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( ^ν^)『グッドラック!』のようです

1名無しさん:2020/10/26(月) 21:53:02 ID:gZst8NnM0


P.

朝焼けの名残りが、峙つ入道雲越しに霞んで見える。
零れ落ちる光の欠片を落とさぬように、掌をお盆の形に整えた。

実りと収穫のこの季節には似つかわしくない、過ぎた盛夏の置き土産を、遠い眼差しで見つめている。

水田の細流が死水にならないよう、貴方は今朝方水を引いてくれた。
稲刈りなのに、どうして水を流してしまうの?
理由は見当たらないけれど、耳当たりの良い爽やかなせせらぎ。

まだ薄白い芒原へ散歩に出かけて、明日は砂浜にでも行ってみようよ、と言う。
二転三転移り変わる奔放な貴方はまるで子どもみたいで、物憂い作り笑いはぎこちない。

「いい本があるんだ。こんな日にはぴったりの一冊なんだ」

そんなに本を読まない人なのに、心に沁み入る大切なことを分かってる。
気まぐれでなんとなく選んだその詩集は、番えた老夫婦の詩だった。


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102名無しさん:2020/10/28(水) 23:37:53 ID:GyVjF5BM0


※※※※※※※※※※※※

重度の知的障害があったところで、当人にとってはそれが平時だ。
奇妙で不可思議な言動に面食らい、精神の所在が不確定だと思われがちではあるが、生きている以上成長以外の選択肢は無い。

微弱ながらも人は前に進んでいる。日進月歩どころか後退も伴いつつ、精神遅滞があろうとも人は大人になる。

これが極めて厄介な物で、安易に社会人と同じだ、とは言い難い。
彼らは情動の舵取りが上手く熟せずに社会から爪弾きされ、その責任を感じることなく八つ当たりで代償する。

本人は外敵からの攻撃に反撃でもしたつもりになっているから、思い込みの暴走で鬱憤や遺憾を外側へと解き放つ。
だが悲しい哉、原因が内的な、且つ根本的な魂に起因している以上、いくらそれを外に撒き散らしたところで満足出来ない。

子供が子供のまま大人になるというのは非常に面倒臭い。
変に狡賢くなり、衒学的な虚言で地位を確立しようとするからだ。
足りない能を補う要素を努力や勉励、誠意から捻り出すのではなく、常に近道を模索する。

そうして連中は嘘で塗り固めた矮小な地位の確立で、自律している人間性を演じる。
勘違いした同族の他人がそれを評価して、主格は嘘を取り込み真実だと勘違いする。


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103名無しさん:2020/10/28(水) 23:38:03 ID:GyVjF5BM0


※※※※※※※※※※※※

重度の知的障害があったところで、当人にとってはそれが平時だ。
奇妙で不可思議な言動に面食らい、精神の所在が不確定だと思われがちではあるが、生きている以上成長以外の選択肢は無い。

微弱ながらも人は前に進んでいる。日進月歩どころか後退も伴いつつ、精神遅滞があろうとも人は大人になる。

これが極めて厄介な物で、安易に社会人と同じだ、とは言い難い。
彼らは情動の舵取りが上手く熟せずに社会から爪弾きされ、その責任を感じることなく八つ当たりで代償する。

本人は外敵からの攻撃に反撃でもしたつもりになっているから、思い込みの暴走で鬱憤や遺憾を外側へと解き放つ。
だが悲しい哉、原因が内的な、且つ根本的な魂に起因している以上、いくらそれを外に撒き散らしたところで満足出来ない。

子供が子供のまま大人になるというのは非常に面倒臭い。
変に狡賢くなり、衒学的な虚言で地位を確立しようとするからだ。
足りない能を補う要素を努力や勉励、誠意から捻り出すのではなく、常に近道を模索する。

そうして連中は嘘で塗り固めた矮小な地位の確立で、自律している人間性を演じる。
勘違いした同族の他人がそれを評価して、主格は嘘を取り込み真実だと勘違いする。


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104名無しさん:2020/10/28(水) 23:39:20 ID:GyVjF5BM0


ここで問題が起きるわけだが、嘘を真実に摺り替えた当事者はその事実を忘れてしまう。
自分の想像が生んだ思い込みこそが唯一無二の真実だと疑わなくなる。

そうして勢いに飲み込まれ、或いは周囲を巻き込んで行く内に、結局その責任が取れなくなる程ど壺に嵌まり込んで行く。
救えないのは、これを巻き起こした当事者にその自覚が全く無いことだ。

正解のルートを順当に辿っているつもりが、その薔薇道は第三者的に見れば滑稽な後ろ歩きに過ぎない。
注意喚起を悪口と捉え、相手の言葉に耳を貸さず躁的に罵倒を繰り返す。

反駁されればお得意の逃げ口上である障害者の身分を呈し、安直な同情に端を発する恩寵を賜る。
他人の盲目的な庇護愛を自身の才能故だと思い込む内、生まれ持っての遅滞を個性だと売り込み自画自賛に溺れるんだ。

成長とは必ずしも望ましいものとは限らない。
擁護的な称賛の声を浴びて自己肯定感をぶくぶくと太らせた、肥大化した無能の自意識に金銭的価値を付与する人間も多く目にしてきた。


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105名無しさん:2020/10/28(水) 23:40:16 ID:GyVjF5BM0


狭い世界に暮らす愚者が盲に世間を批判している。
その姿に人が集る所以は、安くて滑稽な諧謔性を笑いの種にする為だ。
共感的態度と好意的な意見が孕む内情は、その実愚かしく舞い狂う珍奇なダンスへの期待に過ぎない。

俺もシューも、元来の性格は決して良くは無いんだ。
二人して幼少期、知的障害で身体のデカい生き物に嬲られていた経験があるから、そもそも障害持ち全体に対して良い印象を抱けない。
それが例え我が子であっても、と若い頃は思っていた。

何れ本人が不幸になり、それに巻き込む形で他人を陥れる存在になるだろう、とシューは生まれた我が子を抱きながら話していた。
こんなんじゃ母親失格だ、未熟者の私に親になる資格なんて無い。そんなよく聴く文言が、シューの口から出るとは思いもしなかった。

人の心は常ならず。感情の波は季節や時分と関係無く訪れて、その人そのものを蝕んで行く。
思い返せばあの頃から、現在の傾向に結び付く何某かが在ったのかもしれない。

あの頃は兎にも角にも仕事三昧で、稀に舞い込む休日は身体も精神も抜け殻みたいに動かせなくなっていた。
職場と寝床の往復を今以上に余裕の無い状態で続けていたせいで、身体の不調すら無意識的に咎められる程だったが、
それでも健気な妻子を思えば頑張れていたんだ。


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106名無しさん:2020/10/28(水) 23:41:45 ID:GyVjF5BM0


時期尚早だったに違いないが、この選択を後悔したことは一度も無い。
格好つけて宣言してみたが、つまりは悔いた記憶を覚えていないだけだ。
世間の荒波や引っ越しや流行病の落ち着き始めた安定の時期、結婚して家を建てて子どもを設けて、ここまでは全部順調だったんだ。

シューが身篭って腹を大きく膨らませて行く内に、育児情報誌や子育てグッズが日増しに山を成していった。
あいつが積み重なるそれらを四六時中読み耽っていたのは、俺が不甲斐なかったせいもあるだろうが、不安が大部分を占めていたんだろう。

睡眠不足が身体に障るからと夜中は十分に会話が出来ていなかったし、話せたとしてもその議題が結論に達する事はほぼ無かった。
障害について語り明かしたのも、ちょうどその時だったな。

障害者に対しては決して良い印象を抱き難いが、全員が全員頓狂で不埒な連中だとは微塵も思っていない。
統括的に人を区分して彼らの性格を断定する程、偏屈者のつもりはない。

意思の疎通だって可能だし心優しい人もとい純粋な人が多いんだろうということは、色んな記事やエッセイなどから読み取っている。
大人になってから直接的にやり取りしたことなんてほぼ無いが、障害の有無に拘らず頭のおかしな輩はごまんといる。
障害持ちの彼らだけが、総じて変だと断じるのは不可能だ。


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107名無しさん:2020/10/28(水) 23:43:04 ID:qc4K4Ms60


そもそも人は少なからず、他人とずれた意識を持っている。
常識も倫理観も定義こそ大々的に理解はされているが、その範囲がどこからどこまで含むのかについては人それぞれだ。
自分にとっての当たり前が人にとっての当たり前に成り得ないことなんて、何にも考えずとも生きてさえいれば、自然と分かるだろう。

子どもの頃の俺やシューは、この融通の効かない性格のせいで、そんな人間に自分の考えている正常な意識を押し付けていた。
思い返しても別に反省なんてしていない。接し方を間違ったと捉えている。

誰しも自身の信じる神が冒涜されれば気分を害するものだ。
口煩く相手の信奉する真理をがなり立てられたところで、例えそれが如何に高尚且つ崇高な節義だとしても、
俺にとっても相手にとっても、所詮は馬の耳に念仏だ。

心を広く開けなければいけない。
相手の言葉に耳を傾けて、どんなにそれが馬鹿馬鹿しくて筋の通っていない羅列であろうと、同調的態度で傾聴するべきだ。
真理ほど理由無く納得が得られる概念も少ないが、それを体現出来る人間も同様に少ない。


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108名無しさん:2020/10/28(水) 23:43:57 ID:GyVjF5BM0


そうしていく内に、面倒事を上手く捌けるようになる。
逐一心無い言葉を間に受けて傷だらけになり凋落した所で、誰もお前を助けてくれない。

順次若年の瘧が落ちるのと並列して、自身に害を与える他者の文言を右から左へと流せるようになる。それが平時になる。
人は誰しも自分とは異なる意識を持っているとは言ったが、障害が個性へと鞍替えされつつある昨今では、
単に診断されていないだけの片端者も数多にいる事だろう。

はっきり目に見えて不然を露わにしている人間の方が少ないが、会話してみればそれらの嫌いが存じているとそれとなく察せられるはずだ。
人格障害、発達障害、症候群、恐怖症、性格特徴、発育遅滞など、固有名詞も含めればその類型は数限り無い。
だが別に、その有無で相手への評価が変わるとは一概には言えない。印象こそ、変化するかもしれないが。

真っ当に生きてきて、一度も狂わないでいられる人間なんて、いやしない。


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109名無しさん:2020/10/28(水) 23:44:38 ID:GyVjF5BM0


( ^ν^)「くるうは何か、やりたい事とかあるのか」

川 ゚ 々゚)「何も」

会話に場所を設ける程度の重い議題を提示するつもりがないからか、
ふとした瞬間に出した疑問が実は重要なものだったんじゃ、と発言してから回想する機会が多い。
だからといって訂正しようにも、俺自身が気になって疑問を投げ掛けているのだから、結局行きずりで続行せざるを得ない。

居心地が悪いわけではないが、病院からの帰路で後部座席にシューが眠っている以上、声量や話題内容を意識するなと言う方が無理があるだろう。

時間は有限だ。有効的に活用すべきだ。それが分かっているからこそ、使い方に迷うんだ。この逡巡こそが無駄であるにも拘らず。

暗いトンネルを潜り抜けて、いつ見上げても曇っている天が視界に入る。
空を除いた周囲の環境は噎せ返るほどの深緑で、凹凸の激しい山道が差し出すこの彩りほど、不安を煽られる色も少ないだろう。
遠方から眺めるだけなら心安らぐ色相らしいが、その渦中に埋もれる者からすれば、心地良さなど皆目見当も付かない。


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110名無しさん:2020/10/28(水) 23:45:30 ID:GyVjF5BM0


( ^ν^)「何も、はないだろ。何か、何でもいいから、こうなりたいとかも無いのか?」

川 ゚ 々゚)「別に」

意思の疎通は滞りないが、最近のくるうは何事に対しても関心が薄く、加えて素面だと極め付けに愛想が悪い。
我がままで強情な気質こそ生まれてこの方不変なんだが、いい加減に何もしないでも生きていけるという勘違いを修正して欲しかった。

育て方を間違えたんだろう。姉だからと我慢させ過ぎて、その幅寄せが現状に結び付いているのだろう。
或いは幼少期に頭を強くぶつけた事案が起因して、脳機能の何処かしらが余計に破綻してしまっているのかもしれない。

シューは一生帰ってこない。既に遠くへ飛んで行ってしまっている。
俺だっていつ身体を壊すか分からないんだ。演技でも虚言でも何でもいいから、くるうにもそろそろ現実を見据えてもらいたい。


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111名無しさん:2020/10/28(水) 23:46:22 ID:GyVjF5BM0


未だにヒールへ何も期待せず、くるうにばかり社交性を求めてしまっているのは、
甘かやして育てた次女のヒールよりも、生まれ付き知的障害の或る長女のくるうが一家を担うべきだと考えているからだろうか。
それとも習慣的にくるうへ家事を任せているから、そのままの成り行きで任に抜擢しているんだろうか。

考える時間が無いから、と何事も時間のせいにして、惰性で日常を凌ぐ自身を省みれない。
無責任だと罵られても仕方が無いが、この歳で自立を果たせていない娘たちには、なるべくその趣旨は言われたくないな。

前の車が妙に遅くて胃がむかむかする。求めていないフラストレーションが徐々に溜まって行く。


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112名無しさん:2020/10/28(水) 23:47:09 ID:GyVjF5BM0


( ^ν^)「お父さんもお母さんも、いつまでも元気に、とは行かないんだ。そう遠くない未来かもしれないんだよ」

川 ゚ 々゚)「その時になったら考える。くるう頭イイし」

馬鹿と天才は紙一重というが、くるうの自賛する賢さが指すのは冗談の類とはまた別の、芯から確信している自信だった。
所在無さげに賢しらな顔つきをしているが、そこに深い随想の欠片は見出せない。
子細らしく細めた瞳が何を含蓄しているのか、若しくは虚像を写しているに過ぎないのか。

俺が問い掛けている質問は、くるうの頭脳に関わる事柄じゃない。
いつ来るか不明の、ともすると明日にでも訪れるかもしれない不安に、くるうはどうやって備えるつもりかを訊いていた。

その時やらいつかやらと来るべきタイミングを悄然と待ち構えているだけでは、不意に襲い掛かる受難をやり過ごすことは難しいだろう。


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113名無しさん:2020/10/28(水) 23:48:01 ID:GyVjF5BM0


変化は決まって唐突だ。
今この瞬間、疲労のせいで隘路に事故を起こさないとも限らない。
俺が急に首が回らない程の希死念慮でも湧き立たせ、道沿いの叢林へと突っ込まないとも限らない。

いや、そんなことするわけないだろ。愛しい家族が乗っているんだ。
何を考えているんだ俺は。

( ^ν^)「頭がいいからこそ、予め考えておいてもいいんじゃないか。頭使っても損は無いだろ?」

川 ゚ 々゚)「やなことなんて考えたくない」

ご尤もだ。俺もそう思う。可能なら嫌なことなんて全く考えたくない。
その気持ちは十分に理解出来るし、諸手を挙げて賛同しよう。

やはりくるうは俺とシューの子どもだ。考え方からして昔の自分たちにそっくりだ。
些か気掛かりなのは、今このご時世、この年齢に於いても幼年の俺と同じ思考回路だというところだ。


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114名無しさん:2020/10/28(水) 23:49:11 ID:GyVjF5BM0


気に食わない事態は後回しにして今を乗り切るための亡失へと逃避する。
努めても解決しない疑問は時間の彼方に押し潰して、この現状を齎す長い悩みを只管暇に消費する。

何もしないで良い理由ばかり矢鱈とでっち上げるのが上手だ。
逃げ口上に長けているからこそ、いざという時まで焦りによる行動を表出しない。若しくは、出来無い。
期限は恒例の言い訳で霞ませて、果てしなく続くと思わせる短い生を消費しているんだ。

どうしてこんな考え方しかできないんだろうか。
ストレスのせいか。又は内藤のアイロニーにでも中てられたか。

法定速度より十キロ程鈍間な前車にも、重く伸し掛かる鬱蒼とした樹海にも、一向に晴れない鈍色模様にも、もうそろうんざりしてきたところだ。

海は何処に行った。
蒼く潮水薫り、清涼な檸檬の飛沫が上がる、あの包み込むような母なる海は、みんなは、何処に消えた。

ここにいるじゃないか。
くるうは助手席に、シューは後部座席に、ヒールは自宅の小部屋に、確かにいるじゃないか。


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115名無しさん:2020/10/28(水) 23:49:50 ID:GyVjF5BM0


( ^ν^)「嫌なことだとしても、だ。もう大人なんだから、逃げてるばかりじゃ始まらないぞ」

川 ゚ 々゚)「ヒールちゃんがお父さんに怒鳴った理由、くるうも解るよ」

小さい子を優しく諭すように穏やかな声色を心掛けたつもりだが、大根役者の猫撫で声程度じゃくるうには届いてくれないらしい。
聞き手に徹していた揺り戻しでも返すかのように、ちぐはぐと歪に育った成人女性が淡く放言する。
不気味なまでも無表情な遠い視線は、若干狼狽えていた俺など委細構わず漫ろに述懐してゆく。

川 ゚ 々゚)「お父さんは褒めてくれない。いつも独り善がり。ありがとうの一言も、言ってくれない」

( ^ν^)「は?」

どういう意味だろうか。
感謝の言葉も態度も、しっかりと伝えてきたつもりだったが、くるうにとっては足りなかったということだろうか。


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116名無しさん:2020/10/28(水) 23:50:47 ID:GyVjF5BM0


人は褒められないと気力が失せるらしい。
自分はこんなにも必死に、血反吐を吐きながら努力しているというのに、頑張っているというのに、どうしてこの人は自分を褒めてくれないんだろう。
もっと工夫が必要なのか。ここはやはりこうするべきなのか。
次はこうしよう、次はこうしよう。そうすれば認めてもらえる、そうに違いない。しかし念願の果される次は来ない。

遣る瀬無い鬱憂だけがゆっくりと器を満たしてゆき、艱難辛苦を飲まされている内に生気が減退するらしい。
意気消沈や葛藤程度で止まれば救いがあるが、それが病の木片と成り、嘉賞の言の欠如から精神を冒されてしまうらしい。

病は気からって言葉がある。
俺の言葉は、気遣いは、ヒールやくるうには及ばなかったということか。
それとも俺は本当に、何もかもを放てていなかったのか。

言ったつもりになっていただけだったのか。

川 ゚ 々゚)「お父さん、いっつも自分のことばっか。今のくるうを通して、一体誰を見ているの? ねえ、くるうはくるうだよ、どうしてこっちを見てくれないの?」

言葉が出なかった。言い訳だ。出せなかった。驚いたからに違いないが、それが理由ではない。
何故、どうしてこんなにも虚しいんだ? どうしてこんなにも、何も無いんだ?


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117名無しさん:2020/10/28(水) 23:51:46 ID:GyVjF5BM0


俺は誰を眺めていたのか。
苦しみ喘ぐ我が子を他所に息せき切って、現状の直視に怯えていたのか。
なんで、どうして、いや、分かり切ったことか。

この深山幽谷は余りにも暗過ぎる。
厭味な天を鎧う林冠ですら心を紛らわしてくれない。寧ろ褻にも晴れにも存ずる無能だけが助長される。

余りにも予想出来た展開だ。
事実を迂遠にし過ぎている自覚を、改めて認めたに過ぎない。
しかしその論旨を示唆出来るほど、俺は成熟した精神の持ち主じゃなかった。

頭が割れるように痛む。
矜恃にも満たない頭痛のプライドが自己憐憫を誇張している。そうして惑っていると、不意に携帯電話の通知音が鳴った。
恐らく仕事場からだろうそれを横目に入れると、気味の悪い文章が添付されていた。

『今日はもう来なくて良い』

盛岡からだった。その言葉ほど、絶望する文言は金輪際存在しない、そう思い込もうとする。
だが俺が本来絶望していたのは、もっと根本的な自己への諦観だった。

くるうは隣に座っている。俺は事故を起こさぬように、とくるうを見遣ることは無かった。
瀏々と寂寞の風が吹いている。無常の風が吹き込んでいる。
料理用には些か長く強すぎる縄の使い道を考えることにした。

※※※※※※※※※※※※


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118名無しさん:2020/10/28(水) 23:52:39 ID:GyVjF5BM0


※※※※※※※※※※※※※

大抵こういう議題は論じ尽くされている。
必ずしも全ての人が通る道とは言い難いが、少なからず直面する可能性がある以上、頭の片隅に不安の一欠片が在っても不思議じゃないと思う。
突飛な発想に羽を生やして、その持論を結論まで持って行こうとする人も、敢えてでも面倒でも考えないで放る人も、等しく存在する事だろう。

俺のケースは自己嫌悪と他者嫌悪が引き起こした哀れな一例だ。
切っ掛けこそ、筐底に秘して見ない振りをしていた疾患の発露だったが。

不治の病を患うと、似たような症状を抱える患者家族同士で傷を見せ合い舐め合う会合に誘われる場合が多い。
自分一人だけが辛いわけじゃなくて、近しい悩みを抱えながらも気丈に振る舞っている人を見て、
自分も暗く考え過ぎずに頑張ろうと感じられれば、若しくは勘違い出来れば、
きっともう少しだけまともな代替案を出せていたんだろう、と悔いている面もある。

気紛れで何度か参加した経験があるが、あそこに通い詰めてしまうと、俺は駄目になると確信した。
似たような人間と話し合っても問題は解決しないし、自分たちの方が彼ら家族より幾分マシだと誇ってしまうからだ。
逆も然り、大事な家族を見下され、優越感の踏み台にされるのが耐えられなかった。


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119名無しさん:2020/10/28(水) 23:53:34 ID:GyVjF5BM0


彼らはそれすら清濁併せ呑んでいたんだろう。
朗らかにニコニコしていた瞳の奥は座っていたから。

病の進行を間に受けている人よりも、どうにかしてそれに抗っている人の方が多かった気がする。
不屈の精神と称するには余りある、怨念じみた大熱が篭っていて気味が悪かった。
海外の新薬開発機構が作成した薬剤が効くとか、新しく学会で発表された検査事項分類が役立つとか、誰々さんが試した健康法で一時寛解したとか、
口を開けば目的不明の知識が飛び交う場所だった。

俺みたいな考えの持ち主も少なくなかったな。
こんなところに来たら終わりだ、と呟く厭世家達は、縄で首を括られた飼い犬のように家族へ従順な態度を振る舞っていて。

それでいいのか、あなた達は。
諦観でも達観でもない自己破壊的な不始末で首を垂れ、敷衍するだけの今を延命して、それでいいのか。

言ったところで意味が無いし、俺の顔だってそいつらと大差無いんだ。同族嫌悪ほど虚しく愚かしい行為も無いだろう。


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120名無しさん:2020/10/28(水) 23:54:24 ID:GyVjF5BM0


あそこには幸福があった。
冷めない熱で叶わない望みに手を伸ばす人と、それを論い嘲弄する事で自我の優位性を保っている人。

両者の共通項は夢を見続けている点だ。
甘美な情熱と憂鬱に骨の髄まで浸されて、濃厚な泥水に惑溺していた。
とても楽しそうな雰囲気だったよ。和気藹々と賑わっていたとも。

もしかしたらの奇跡は絶対に起こり得ないにも拘らず、しかしその神秘性へ盲目的に縋り付いてしまうのは、
心の置き所があり得ない空想にしか存在しないからだ。
その生き方が楽だと分かってはいた。しかし是認出来なかったんだ。

幸福とは何ぞや、幸せの在処はどこぞや。
彼らと同様に同類を見下せと、愛しかった家族を蔑ろにしろと、それこそが唯一の救済だと、そう言いたいのか。


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121名無しさん:2020/10/28(水) 23:55:15 ID:GyVjF5BM0


学生の頃、何科か忘れてしまったが、生死や幸不幸などの拮抗関係を考える単位があった。
人を食ったような下卑たナルシズムの貼り付く中年女性の教師が、
人と切っても切れない仲にあるそれらを衒い、考えたことの無い生徒たちを嘲笑していたっけ。

漠然とした不安を根詰めて思考したところで人の価値は変わらない。
より熱心に思考する人間の方が高尚だと断じる選民思想ほど、下賤な論理も少ないだろう。

考えなくて済むのなら、病だの不幸だの死だのは、考えるべきじゃない。

俺は退屈と平凡からですら自殺を仄めかせるお前たちが羨ましいよ。
内的因子が外的因子に優っている幸せな沈思が妬ましい。

外に目を向けて考えろ。マージナルマンは心の中にだけ住まわせろよ。
なぁ、なぁ…頼むよ…。
希望を殺せ。

※※※※※※※※※※※※※


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122名無しさん:2020/10/28(水) 23:55:58 ID:GyVjF5BM0


※※※※※※※※※※※※※※

何と喜ばしいことだろう。何と嬉しいことだろう。
薬が効いたのか、シューの容態が快復しつつある。

昨日なんて米を四合も炊いて平らげた。
会話だって滞りなく、恣意的な思考回路も取り戻していた。

激しく憤る数も減った。舌を垂らし痴愚になることも滅多に無い。
万事順調、順風満帆なあの頃が帰ってきたかのようだ。
共に拖泥帯水へと沈み込み、寄り添い続けた功が実ったんだ。きっとそうだ。そう思いたかったんだ。

盛岡は何年も前から業務成績の一向に上昇しない俺への扱いに四苦八苦していたらしい。
杉浦という第三者を通じての連絡だったのを良い事に、気遣いの形を象った休職の手筈を進めたと聴く。
事態が飲み込めない以上直接本社へ出勤した際休めと言われ、後ほど詳細を杉浦から伝えられた。


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123名無しさん:2020/10/28(水) 23:56:58 ID:GyVjF5BM0


頭が硬くなったのでは無く、単に俺が厄介者認定されていただけだった。
休職中は勿論給料など出ない。福利厚生も手当も無い。

霙混じりの雑音も、いつの間にか淅瀝たる牡丹雪へと様変わりしていた。

ヒールが終に自室から出てきてくれた。
烈火の如く真っ赤な髪色に染め上げて、非現実的な服装を肥やしに肥やした肉に乗せ、漸く準備が整ったと豪語している。
何を成すつもりかは皆目見当が付かないけれども、ただ暇を潰して食料を消費するだけの日々から脱却してくれるのなら、それだけでも十分だ。

身体を締め上げている麻縄じみた付属品は単なる服飾の一部のようで、最近の流行を汲んでいるつもりなんだろう。
現状を見据えて今後の経緯を予想出来る様になれたのは、とても喜ばしいことだ。俺はきっと純粋に嬉しかったのだろう。

夜学に通う金を稼ぐ為、派遣会社に登録して、これから紹介先の面接に行くそうだ。
服装の指定無しと記載されていたから、自分らしい格好で訪ねるべきだと考えたんだと。
うんうん、何事も経験だ。一家の代表として是非応援しよう。頑張る娘の背中を押そう。


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124名無しさん:2020/10/28(水) 23:57:54 ID:GyVjF5BM0


太陽が空の頂上へと昇りきった時間帯に目覚める毎日。
雨戸の締め切った暗い万年床で、時を告げるのは街並の音。
一週間以上こんな生活が続いたことなど、生まれてこの方あっただろうか。

三日に一回程度の頻度で、杉浦が仕事終わりに様子を見に来てくれた。丁度繁忙期が経過したらしい。
時々やや豪華な惣菜を貰ったりもした。有り難すぎてこいつに足を向けては寝られない。無貸与の借金を日々重複させ続けている気分だ。

そして今日も俺は、何をすれば良いんだ。しかし、迷うが答えは明白だ。家族ともっと話すべきだ。
分かっているのに身体も頭も働かない。あんなにも希っていた機会が齎されたというのに、どうして気力が湧き立たない。

時間が数限りなくあると勘違いしているからか。
いつでも実現可能な状態になったから、面倒事を後回しにしているのか。


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125名無しさん:2020/10/28(水) 23:58:28 ID:GyVjF5BM0


しんしんと降り積もる雪の気配を感じる。
痛い程の静謐が窓硝子に爪を立てていた。

くるうも近々働き始めるらしい。
指示されたことはしっかりこなすし物分かりの良い子だから、あとは愛想さえ身に付けられれば大丈夫だろう。
近くのコンビニで採用された旨をシューを通じて聴いた、と思う。

人手が足りていなかったから、どんな時間帯でも対応出来る近所の人なら大歓迎だと。
扱き使われるのが目に見えているが、辛くなったらすぐに逃げて相談して欲しい。
今度こそしっかり話を聴いて、なるべく上手く言葉を選ぶよう気をつけるから。


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126名無しさん:2020/10/28(水) 23:59:16 ID:GyVjF5BM0


lw´‐ _‐ノv「わたしは、もう、ここにはいられない。あなたの目に入るわたしは、あなたの求めるわたしになりえない」

( ^ν^)「何?」

ヒールもくるうも、ここにいない。
遠い日が寒々しく滑り込むリビングで、寝惚け眼のお前が脈打つ。

築何年だったか忘れてしまったが、たぶんくるうと同い年のこの家も、去年ローンが払い終わった。
度重なる風雨に晒されて、鼠色じみた煤汚れの目立つ外壁は、ふと手を突いて触覚を試すと、ざらざらと歳衰えた趣きを醸してくる。
足取りが重い。俺も随分、歳を重ねてしまった。指先すらも動かし辛い。

今日は雪がだいぶ積もった。世界から音が消えたみたいに、しんと静まり返っている。

lw´‐ _‐ノv「もう、わかったんだ。これが最期な気がするから、今のうちに、今のうちに、しっかり伝えないとって」

( ^ν^)「そうかい」


.

127名無しさん:2020/10/29(木) 00:00:06 ID:gDv24fb.0


俺の言葉は少ない方がいい。
お前が中心になっているからこそ、余計な口出しは不要だ。

何よりも、過日のお前がここにいるように思えるから。
例えそれが最期だとしても。例えこの一瞬が、瞬く間に覚めてしまう夢幻の一刹那だとしても。

何れにせよ、やがて人は居なくなる。だからこの一瞬に、お前は全身全霊をこめているんだろう。
深々と意識を冷やす外気が背中に当たる。この風はお前をさらってゆくのか、それとも発電機関の余熱を安らげてくれているのか。

lw´‐ _‐ノv「なんと、言えばいいんだろうか。どんな言葉を用いれば、しっかり大切なことを、かんちがいなく言えるんだろうか」

( ^ν^)「そのまんまで上等だよ」

真っ白い大地と、真っ白い空だった。
もう何年も、この真っ白い世界で溺れ続けていたような気がする。
白を通り越し青を通り越し、溶け残った断片は淡彩の檸檬色だった。


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128名無しさん:2020/10/29(木) 00:01:06 ID:gDv24fb.0


きっと今日もどこかで子どもが生まれている。
生命の躍動に感涙して、咽ぶ二人が改めて家族になる。

生物の死に絶えた閑散の中で、果実のお前が繁吹いている。
無常の風か、極楽の余り風か。しかし季節は冬だった。

瞬きをゆっくりと三度、のちに静かな深呼吸。柑橘類の香気。

lw´‐ _‐ノv「あなたは変わらず接してくれる。たった二人のときだけは、わたしもあなたも、あのころにもどれるの」

( ^ν^)「お前に、寄せているだけだよ」

悲願は果たされたか、あるいはもしかして、いや、やっぱり俺はお前が羨ましかった。
思い返せば最近は、お前お前と誰何してばかりで、お前の実体を見ようともしてなかったな。

淡い陽だまりに彩られ、瞑目して想いを巡らすその仕草にも、久しく出会っていなかった。
部屋に明かりが入る程、隅の家族写真は翳りゆく。
若かりし日の四人の姿が影に埋もれる。


.

129名無しさん:2020/10/29(木) 00:02:08 ID:gDv24fb.0


lw´‐ _‐ノv「苦労をかけたね」

( ^ν^)「そんなことない」


お前こそ全てだから。使い古された文句で申し訳ない。


lw´‐ _‐ノv「たくさん迷惑かけたよ」

( ^ν^)「何言ってんだ」


俺には余りにも過ぎた日々だったよ。上手く口が回らなくて、ごめん。


lw´‐ _‐ノv「悪かった、本当に」

( ^ν^)「それは俺の台詞だ」


寧ろ俺が、山程お前に世話になった。幾ら感謝してもし足りない。


lw´‐ _‐ノv「…ごめんね、全部」

( ^ν^)「…」


頼むから、この記憶だけでも残してくれ。なんでもするから、忘れさせないでくれ。


.

130名無しさん:2020/10/29(木) 00:04:13 ID:gDv24fb.0


lw´‐ _‐ノv「でもね、わたしは楽しかったよ」

( ^ν^)


俺も、楽しかったよ。大変だったけれど、最高の人生だ。


lw´‐ _‐ノv「くるうやヒールと出会えて、わたしは本当に、幸せでした」

(  ν )


俺だって、そうだ。何十年にも渡る苦痛よりも、お前たちと出会えた一瞬を愛している。


lw´‐ _‐ノv「あなたと過ごせて、わたしは世界で一番幸せだった。あなたが、ニュッさんが、わたしの全てだった」

:(  ν ):


それでも、それでもお前は、シューは、行ってしまうのか。


lw´‐ _‐ノv「ありがとう、ありがとう、ニュッさん。…さようなら」

:( ;ν;):「…あ、あ」


それきり、シューの機関は止まってしまった。縄のねじれる音がした。
シューの黄色の残り香が、穏やかな冬の日差しにとどまっている。





そんなありふれた奇跡が起こればよかったのに。

※※※※※※※※※※※※※※


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131名無しさん:2020/10/29(木) 00:05:39 ID:gDv24fb.0


※※※※※※※※※※※※※※※

清浄に掃き清められた、澄んだ空気の夜だった。

川 ゚ 々゚)「くるうね、最近怖い夢を見るの。お母さんにね、高いところから突き落とされんの」

lw´‐ _‐ノv「え」

光色の一切が失せた黝然の瞳で、くるうは何の気なしに話していた。俺はそれを笑って聴き流している。
しかしシューには、たったそれだけの言からですら、深い楔が刺さっていた。

思い返せばあの数日、たった数日で、それまで綺麗に均されていた家の庭が、底冷えする泥沼と化してしまったのかもしれない。

( ^ν^)「ヒールは学校どうだ?」

川*` ゥ´)「別に」


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132名無しさん:2020/10/29(木) 00:06:36 ID:GaunGq2Q0


病と言うのは暗々裏に進行する。必ずしもその姿を露わにして、あからさまな狂態を晒すとも限らない。
万事は取り分けて、俺が知ってようと知らずまいと、説得力が有ろうと無かろうと、時間のような不気味さで歩を進める。

病巣の原因が分かれば苦労はしない、か。
だがそう思い込もうとしても、因果が分かったところで、きっともう取り返しが付かない段階に達していたんだ。

( ^ν^)「そういえばお前、先週の日曜日、どこに行ってたんだ? 妙に帰りが遅くて心配してたんだぞ」

lw´‐ _‐ノv「ああ、えっとね、その日は杉浦さんにご馳走になって、それで遅くなったの」

どうにも具合が悪そうに俯く老成途上のお前から、不意に湧き立つ後ろめたさを覚える。
その正体が自身とデレの関係に起因しているのに、甲斐性無しの被害妄想が勢い付いて、暴れ出しつつあった。

雨の細波が清冽に場の空気を濁す、無辺際に桜の咲き染める初春の宵。


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133名無しさん:2020/10/29(木) 00:07:40 ID:gDv24fb.0


それから雨が嫌いになった。
いじらしい嫉妬を隠すように、杉浦が本来持つ平素の気立てを好印象で束ねていった。例えあいつの本心が、真実優しさで出来ていようと。

あれきり全部変わってしまった。
死に絶えた四季が腐敗臭を彷徨かせている。
冷めた視座で自分を笑うように、夜の底へと沈み込む。

人の衝動性に説得力が見出せないのと同様、尽く世の無状はじっとりと人を掴んで離さない。

瑞々しい香りが漂う。糞便の幻臭が漂う。廉価な香料でさえ、値千万の価値を持っていた。その筈だった。
自己の回天が済んだ今、残り香は所詮、憧憬の虚しさ。喉が乾く。肉を焼き焦がすほどの熱を持った、喉が渇く。

腹が減った。酷く腹が減っていた。
中身が空っぽになったみたいに身体が軽く、しかも吐くほど腹が減っていた。


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134名無しさん:2020/10/29(木) 00:09:03 ID:gDv24fb.0


柔らかい水に包み込まれている。
怒鳴り声に乗る赤児じみた叫喚は、自分のどうしようもなく頭の悪い所を誤魔化すように、ただ只管荒れていた。
その出所からは、馥郁とした香辛料のスパイシーな香りが漂う。

陶酔境の鴇色が、濡れそぼって近づいて来る。
えらく危なっかしい酔歩の持ち主は頬を染めつつ、それが偽らぬ素性と告げていた。
あの日の唐草模様は何を盗んだ。
混じり気の無かった純白が、平和の象徴を象っている。

どうしても、お前は遠くに行ってしまう。
こちらで借りた附属品の一切を失せているのに、何故そんなにも綺麗なんだろうか。
言葉を解する花が立つ。
一際輝く瞳の奥は果てし無く、人跡未踏のそれは無量に広がる清かの極地。
お前はそこから何を見る?






なのに、どうして、ここはこんなにも真黒い。
どうしてこんなにも、暗く、鬱悒く、寒いんだ。


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135名無しさん:2020/10/29(木) 00:10:24 ID:gDv24fb.0


折角だから最期くらい、飛び切り素晴らしい夢現を見せたかったのに。
明るくて、晴れ渡るような、さめざめと涙を流して、優しくて、喜ばしくて、素敵で。

例えそれが、いつか必ず覚める妄語に過ぎないにせよ。
例えそれが、無い心を全力で働かせた、幼稚な戯言に過ぎなくとも。

別離が無性に恐ろしい。乖離がただただ悍しい。
俺に見せるな、俺に聞かせるな。
今ですら慌てふためくほどの圧倒的な人の悪意で、底知れない怨嗟で、俺を怯えさせる全ての声を、耐えられないほどの絶望の病を、
頼むからあいつに、あの子たちに、与えてやらないでくれ。

心を蝕む呪詛に中てられた末路を俺は体験した。
淵源の見当たらない、只管理不尽な、唐突で曖昧模糊とした今日までの日々を。
明日も明後日も、寝ても覚めても終わらない無限の輪廻の連鎖を。

だからお前たちは、それを掻い摘んで気付いてくれ。
いつになっても構わないが、早いに越した事はない。


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136名無しさん:2020/10/29(木) 00:11:43 ID:gDv24fb.0


自我の悩みは何れにせよ消える。
それまで耐えるにしても、自分の限界は知っておくべきだ。

暗晦の夜長が明けたとしても、帳の隙間から覗く星宿に感動しても、循環する四季の天然に身を焦がしても、夕去に延びる冥々の陰影を書き殴っても、
少なくとも、今はまだまだ続く。

壊れた物は治らない。欠落品は直らない。人は快復しない。

お前たちの悩みが何処に在るのか、俺は分からなかった。
もっと話しておけば良かった。
これだけ無為自然と、もしも無意味で在るにせよ、抒情出来ているのだから。

意味の無いことが好きだよ。だから会話が大好きだ。
心が通じ合うことも、共通する理解が繋がることも、決して無いから。

好きな行為には、相反する嫌いな感情が同量付加される。
好きで在れば好きで在るほど嫌いで、嫌いで在れば嫌いで在るほど好き。
感情が雑多に混ざり合ってこそ、人間らしい。
一つの対象に一つの意識しか向けられないなんて、そもそも大前提として有り得ない。

お前たちが大好きだよ。
世界で一番、この命を擲ってでも守りたい、大切な大切な家族だ。


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137名無しさん:2020/10/29(木) 00:12:40 ID:gDv24fb.0


そんなことをわざわざ口に出してまで、まるで確認するみたいに話す必要、無いだろ。
態度からでも心情は伝わるものだ。家族だからな。

水沢腹堅晩冬の時期。
随分と身体が重たく感じる。芯の芯から冷え切ってゆくみたいに。

唐突だが、あれは偽薬に過ぎないことくらい、分かっていた。
毒味がてら舐めてみると、ただの氷砂糖の結晶だった。
甘かった。どうしようもなく、甘ったるかった。

もうだいぶ、本当に途方も無く長く感じる時間が経っていた。

この薄茶い装丁も、きっと不本意な用途を押し付けられた、と思っていた事だろう。
無能の集積なんて不名誉の烙印を押されてしまうんだから。

何番線か不明の、家族の居ないホームに、独りで立つ。
半身が上手く動かせない。寒波に手が悴んで、指先が全く微動だにしない。
しかし不随意に、寒さを紛らすように、或いは固まる自分を震えで鼓舞するように、足先だけが振戦している。


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138名無しさん:2020/10/29(木) 00:14:07 ID:gDv24fb.0



どうして今更なんて、そんな野暮なことを疑問視しないでくれ。
変わらない日々に順応する為の仮面を付けていた、なんて格好つけるつもりはない。

お父さんはさ、疲れているんだ。
なるべくそれを表に出さないようにしているけれど、もう駄目なんだ。

彼方を見据えると、朝焼けに青褪めた対岸線が透けている。
眩い許りの太陽が視界をぼやかして、そこにいつかのトパーズが見える。

黄玉色は、確かにそこで飛沫を上げた。
硬くて脆い、檸檬のような儚さに、俺はいつかの微睡を思い返す。

あの廉価な香気。限りなく愛おしい、もうここにはいないお前のもの。

お前達に会えて良かった。本当に良かった。
しかし、何が良いんだろうか。いや、きっと何でも良いんだろう。
運命も因果も、夢も憧れも、きっと全部叶わない。叶わないのなら、せめて不在の明日に希望を託そう。

踵に軽く体重を乗せる。丸く擦り減った靴底のコインローファー。
皺が幾星霜にも寄る甲の切れ込み、そこへなけなしの硬貨を嵌めた。


それでは、幸運を。
グッドバイ。



.

139名無しさん:2020/10/29(木) 00:14:49 ID:gDv24fb.0










( ^ν^)『グッドラック!』のようです

【終】


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140名無しさん:2020/10/29(木) 00:15:21 ID:gDv24fb.0


E.

( 十ω十)「『これを読んでいると言うことは、恐らくもう俺はこの世にはいないだろう』」

( ФωФ)「…莫迦」

あいつは首を括っていた。
度重なる負担に耐えかねて、耐えかねて、誰に相談するでも無く、全てをこの虚しい手帳に記していた。

ほんの数ヶ月、又はあいつにとっては、たった二、三日でのこと。

盛岡さんはこいつの訃報を聴いて、心底後悔していた。
本意が休養のつもりだったのか、除け者にする為だったのか、その実態は分からない。

あいつは、それでも確かに生きていた。
脊椎に傷を負って、不随の身体を引き摺りながら、それでも確かに生きていた。
老々介護のように互いで互いを支え合っていたように見えたが、奥さんの一時寛解は、やはり幻であったようだ。


.

141名無しさん:2020/10/29(木) 00:16:06 ID:gDv24fb.0


あの日、唐突に休まされるようになってから、私はほぼ毎日こいつの家を訪ねた。
奥さん…シューさんとは産後、夫とどうすれば共に子育て出来るのかについてのアドバイスを訊かれた時以来だったが、
件の人物も、悲しいまでに変わってしまっていた。

薄情ですまない。
しかし私とシューさんとの間に、お前が危惧していたような関係は全く持って無かったよ。

lw´‐ _‐ノv「あ〜…」

(;十ω十)「…」

もはや意思の疎通は不可能。
内藤医師も、命に別状は無いと仰られていたが、緩和ケアを考えるべきとも話していたか。


.

142名無しさん:2020/10/29(木) 00:16:54 ID:gDv24fb.0


彼らとも一度見えたが、一家揃って身勝手な方々だった。
葬式でほくそ笑む輩など初めて見たものだから、私はついその胸倉を掴み上げて、路傍に摘み出してしまったが、
その程度だが、お前は少しでも満足してくれたか。

川* ゚ 々゚)「あ〜…」

川*` ゥ´)「……」

( 十ω十)「…」

余白で偽ったとしても、何の実りもないだろうに。

酒乱の長女は日々酩酊していて、既に言葉も通じなくなっている。
自堕落な次女は日がな一日中、食料と惰眠と暇を貪っている。

お前の意思は掻い摘んで伝えたが、何の変化も起こらなかった。
お前が言わないで欲しいと記載していた出来事は省いて、その意図をお前の経験と同時に伝えたが、三人に変化は無かった。


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143名無しさん:2020/10/29(木) 00:18:52 ID:gDv24fb.0


( 十ω十)「……」

私はお前が作り上げた家の庭を土足で踏み荒らしたくなどない。
お前が今まで全力で生きてきたその結晶を、私の突発的な怒りで亡き者になどしたくない。

だから私は何も言わない。
義務でも責でも何でもない一人の友人として、お前の大切な物を、極力干渉することなく、出来るだけ守って行く心づもりだ。

lw´゚ _゚ノv「米ぇ!!」

川# ゚ 々゚)「うるさい!!」

川*#` ゥ´)「…ッチ」

( 十ω十)「……」

お前はこれを耐えてきたのか。それとも受け入れてきたのか。

この、何処までも淡々と続く、何処にでもありふれた人の営みを。
生と言う名の不治の病を患い、その自我を全面的に肯定している人々を。


.

144名無しさん:2020/10/29(木) 00:19:45 ID:gDv24fb.0


愛おしい面影の残る血を分けた家族を見て、日々変化する異常を鉄扉の心で受容し、それらを盲に認めてきたのか。

lw´゚ _゚ノv「米ぇ!! 米ぇ!! 米持ってこい!!」

川# ゚ 々゚)「さっき食べたでしょっ!! 何回も言わせないで!! うるさいの!!」

川*#` ゥ´)「…ウッッザ」

( ФωФ)「……」

ここは墓場だ。
魂の抜けた空虚な人形が、土に埋れず死体を遊ばせている、暗晦のモルグだ。
お前が見ようとしていた清涼の海は、天然の自然は、一度でも見失ったらそこで終わりなんだ。
私はここに来て、やっとその木片を垣間見えた。


.

145名無しさん:2020/10/29(木) 00:21:07 ID:gDv24fb.0


お前の部屋は、お前の家族が捨てるのを面倒臭がったゴミ袋が所狭しと敷き詰められていた。
お前が作り置きしていた料理の一切も、お前が大事にしていた小説の一切も、全てが分別無く綯交ぜに腐敗臭を漂わせていた。

しかしあの夥しい量は…お前は生きていた時から、そこに押し込められていたのか。

( ФωФ)「…なあ、ニュッさん」

あの、二月の良く晴れた日。
異常の始めと終わりにだけしか拝めなかった、朝焼けの燻る日。
貧困に喘ぎ売り払ってしまった車の代わりに、これから用いたであろう電車のホーム。
あの日見た唐草模様の弁当箱は、そこにそのまま放置されていた。

踵の擦り減った靴を滑らせ、そのまま転がり落ちたお前を思う。
無数に鏤められたお前の一端であるローファー。そのサドル。
冥銭が五円玉というのは、あまりにも悲しすぎるだろう。

( ФωФ)「なあ、ニュッ…」

返事は無かった。無常の風が、桜の花弁を吹かせている。
春が来た。







【了】


.

146 ◆MSKEobRqzo:2020/10/29(木) 00:23:20 ID:gDv24fb.0
以上です
読み辛い文章で大変申し訳ございませんでした

147名無しさん:2020/10/29(木) 00:26:32 ID:3TPMEVsQ0
otsu

148名無しさん:2020/10/29(木) 00:26:57 ID:3TPMEVsQ0
otsu

149名無しさん:2020/10/29(木) 04:48:12 ID:DM4tVtQY0
おつでした!

150名無しさん:2020/10/29(木) 21:20:39 ID:F650Wdb.0
おつ
なんかもう絶望しかなんだかもう
どうしようもないなぁ

151名無しさん:2020/12/04(金) 01:40:03 ID:HxgeoMtM0
今更ながらおつ!
こっちまですり減ってしまいそうだ、苦しいなあ


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