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( ^ω^)外道の花道のようです

1 ◆hrDcI3XtP.:2020/06/21(日) 19:20:51 ID:FJOf8d1E0
 
 
 

 零
 
 
 
.

228 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 00:58:09 ID:.STSvk2M0

( ^ω^)「他に誰か、人間を立てるとか」

(; ゚∋゚)「まあ、それが無難な形ではありますが……自分が訊きたいのは、その少女をどうしたいのか、です」

ζ(゚ー゚;ζ「え……」

 視線を向けられた麗は困惑し、僕の腕をつかむ。

( ^ω^)「……酷い事態にならなきゃ誰だっていいんですお。この子みたいな目に遭うことがなければ」

从'ー'从「…………」

 左隣に座る少女。未だ赤い瞼と鼻を啜る音が悲劇を如実に物語っている。
 その様子に男は目を伏せ、暫くの沈黙を挟み、ややもすると重苦しそうに唇を動かす。

(; ゚∋゚)「……分かっておいででしょう、内藤さん。それは“絶対に不可能”なんですよ。あなたもそちらの業界に関わっていたと聞いています。だったら……」

( ^ω^)「あなたの監視下にあっても、ですかお」

(; ゚∋゚)「それも勿論あります。常に目を見張らせておくことは無理です。結局、商品の薬物にすら手を出すのが今の小僧共ですよ。抑えが、我慢が利かんのです」

 教育不足だ、と言いたくもなるが、どの世代であれ、そしてどの時代であれ頭のネジが外れた人種は少なくはない。
 思うに管理体制が杜撰だったのは事実だろう。商品の管理――薬物、タレント含め――が行き届いていないこともそうだが、情報や世代の人脈や思想を把握していないように思える。

( ^ω^)(やっぱこっちの関東とは違って関西や九州はやりたい放題だおねぇ。そりゃ荒れる訳だお)

 地域によって極道の質が変わるか否か、というのは、端的に言うならば大いに変わる。
 どちらかと言えば我々関東の勢力というのは決め事や領域や掟にかなり五月蠅いし、それを徹底的に教育する。
 対して関西や南部は“実力至上主義”が目立つ。簡単に言えば強い奴が全てであり、そこに垣根やらはない。
 だから荒れやすい。だから抗争や組織分裂や組織内での対立、抗争、警察組織との癒着問題が多く見受けられる。

229 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 00:58:55 ID:.STSvk2M0

(; ゚∋゚)「ですが……人員そのものが貴重な資金源であるのはお分かりでしょう。枕をしない芸能関係者なんてこの世に存在しない。汚れのない綺麗な身の上なんて夢物語でしょう」

( ^ω^)「……でしょうお」

 それが事実であり、覆しようのない現実なのは、きっと、多くの一般人も勘付いているだろう。
 枕営業と呼ばれるものは、個人で行うこともあれば、事務所の単位で、まるで生贄の如く懇意にされる目上の組織に差し出すことが通例であり当たり前のものだった。
 そうして経営が続いていく。そうして事業は拡大していく。それが闇の循環であり、皆の見る、或いは思っている華やかで夢のような芸能の世界は、色と金と薬で成り立つ悪の不夜城だ。

(; ゚∋゚)「いくら内藤さんがその子や、助け出したそこの女の子を大切に思っても、それが罷り通る世界じゃない。大切であり応援する身であるならば、そこを堪えてでも……いや、堪えて努力を認めてあげなければ」

( ^ω^)「…………」

 それは分かっている。だから僕は彼女個人の問題だとも思っていたし、それに背を向けたのも事実だ。
 だが我慢がならなかったし、では、本当に咲き乱れる絢爛なる花道とは、そうも外道に近しい悪の道なのかと僕は疑問を抱き、許容し難い気持ちになった。

( ^ω^)「夢を食い物にして、言うことを聞けば仕事をあげるから、とか、曲を書いてあげるから、とか、いいからシャブやってみなよ、とか……それでいいんですかおね、この世界」

(; ゚∋゚)「…………」

 穢れのない世界はどの業種にもないだろう。
 けど、僕は、この幾十年、あるいは数世紀にもわたる、演劇や歌劇をも含めた芸能楽の現状や、ある種罷り通る薄汚れた闇に、頷けなくなっていた。
 今までそれをずっと見てきた。涙を流し散々なまでに男共に狂わされた人物も見てきた。数多の理由があり第一線で活躍していたアイドルがアダルトビデオに身を堕としたのも見てきた。

( ^ω^)「子供達は、夢を見てその道を突き進んできた少年少女達は、それでもそれらを受け入れるんですお。なんでかって、それをすれば願いが叶う可能性があがるから。
      汚いおっさん共やばあさん共の股間に顔埋めてシャブ喰ってホル注して糞に塗れるだけでトップの座を手にすることが出来ると、そう、夢見続けているから」

 だからウィンウィンの関係と呼んだっていいかもしれない。そんなもん上等だと啖呵を切って闇へと踏み出す人物達もいるかもしれない。
 だがそれに耐え切れずに命を絶った子供達や、日本から追い出された子供達や、もう二度と歌えない身体になった子供達は星の数程も実在している。

( ^ω^)「所詮僕等は外道の身ですお。だから慣れっこですお。けど……本当の意味で戦うって、夢を追いかけるって、違うんじゃないかって、思っちまったんですお」

230 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 00:59:27 ID:.STSvk2M0

 何せそれは歴史が勝手に作り上げた意味のない、大人共の欲望によって満たされた糞の産物だからだ。
 別に乱交パーティーなんぞ開かなくったっていい。シャブを喰ってキメセクを強要される謂れだってない。垂れた糞をかっ喰らって無理矢理に笑う必要なんてない。

( ^ω^)「だったら……ぶっ壊しゃいい」

(; ゚∋゚)「……は?」

 僕は立ち上がり、彼を見下ろす。付近の極道者達は緊張の面持ちで、僕を警戒しつつ男性の傍へと集った。

( ^ω^)「あの時と……八年前とおんなじなんですお。“そうある理由が分からない”、“何故従い続ける必要があるのか”、“どうして支配されなきゃならないのか”……同じなんですお、気持ちは」

 今も尚、闇に身を堕とし大人の欲望に支配され、夜を涙で濡らす人々は数多くいるだろう。
 その世界が最早常識のように、当たり前のように、そんな糞みたいな儀式が通例になってしまっているから、誰もが疑問を持たずそれを受け入れ、或いは実行されていく。
 それっていうのは、実に下らないことではないか、と僕は思ってしまった。少し前まで、それこそまだ組が崩壊するまで、僕はその面倒を見ていたが、哀れと思うことはあれど助け船を出す気は微塵もなかった。
 ましてや業界の闇に疑問も持たず、所詮極道と変わらぬ糞みたいな図式だと結論していた。
 だが、そこに我が可憐なる花が関係するというのであれば、そしてそれを自覚したらば、僕は黙っていられなくなる。

( ^ω^)「その糞みたいな景色を、ありふれた異常的な常識を当然と呼ぶ業界そのものを、変えちまえばいいんですお」

(; ゚∋゚)「……何を仰ってんです、内藤さん」

( ^ω^)「だから……カチコミかけんですお。芸能界におぉ」

 僕の台詞に彼は言葉を失い、その付近に立つ極道共も呆けたような顔になった。
 それは不可能だ、と思っているのだろう。業界に関わる人の数などはかりしれないし、それに関与する企業や組織なんぞ世界中の規模になる。

( ^ω^)「こうも暴れた落とし前、僕もその道の端くれとあっちゃあ、どんな大義や名分があろうと許されちゃいけないでしょう? あなた方の面子もある」

(; ゚∋゚)「……なら、どうするって――」

231 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 00:59:51 ID:.STSvk2M0






( ^ω^)「この会社、僕がもらい受けますお」






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232 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:00:19 ID:.STSvk2M0

 場が静まり返り、誰もが驚愕の面になった。
 僕の両隣りに座る少女達も、対面する極道の親分も、その取り巻きの幹部やら三下共も、こいつは何を言ってんだ、と、そんな顔だった。

( ^ω^)「いいじゃないですかお。自分のところの人員じゃ心配だって言うし、頼りになる、或いは信頼に足るフリーの人物もいないみたいですし」

(; ゚∋゚)「い、いやいや、内藤さん? あんたぁ何を口走って――」

( ^ω^)「手前の“任侠”を口にしてんですお。僕はそういう人間ですからお。道が悪のそれと分かれば、だったらそれに近しい人間がその悪を粉砕すりゃいい」

 人員の全てを再起不能にし、現在、この会社は看板と複数のタレントやらを抱え込むだけの幽霊会社のようなものだ。
 ならば丁度いい話で、僕がここまで踏み込んで暴れまくって散々なまでに小僧共をぶち壊して、更には一つの組の親分に頭まで下げさせたのなら、ケツを拭うべきだろう。

( ^ω^)「まあ、そりゃ、タダでもらい受けようってつもりはありませんお? 会社だって慈善事業じゃない。有益な人員に将来有望なスタッフもいるでしょう?」

 それに、と僕は麗と少女の二人を見つめる。

( ^ω^)「麗さんは言わずもがな、この子も大層素晴らしい原石ですお。こりゃトップ狙えますお」

ζ(゚ー゚;ζ「ほえっ!?」

从;'ー'从「ふえ〜?」

 当人達は何もかも意味不明だろう。説明の一つもしていない。してもいいが時間がかかるし、少女の被害も鑑みれば、そう容易く口にするわけにもいかなかった。
 ただ、僕のこれと決めたら曲げない性分と、突飛すぎる内容に誰もがついてこれず、目を白黒としている。

( ^ω^)(とは言え表に出るつもりは一切ないけどお)

 既にもらい受ける前提ではあるが、そうであっても僕は運営に関わるつもりはない。
 理由は様々あるが、最大のものとしては“名が通り過ぎている”事実だ。その注目度は南の見知らぬ土地ですら十分通用する程だった。業界全体で見れば僕は核兵器レベルの問題児になる。
 それに、要らぬ不安要素になりたくない。僕を目的とする腐れの阿呆共もいるだろう、と埴谷刑事は言っていた。だったらば、実質的に僕がこの会社の持ち主の程度で済ませ、あとは平凡のままに過ごせばいい。

233 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:01:06 ID:.STSvk2M0

( ^ω^)「つーわけで、くださいお、この会社」

(; ゚∋゚)「あんたぁ……本当に噂に違わぬ剛毅な人品ですな。まるで冗談にも思えない」

( ^ω^)「そうした方が手っ取り早いですからお。手前の目の届く範囲だったら裏方で好きに動けるでしょう。もし不埒な輩がいても“穏便に”済ませることが出来るでしょうし」

(; -∋゚)「その瞬間から悪の覇道のそれですよ……」

 参った人だ、と彼は天を仰ぎ、顔を手で覆うと疲弊の為か大きな息を吐いた。

(; -∋゚)「……言っときますが、高いですよ、この会社。いくら内藤さんと言えど、更にこちらの仕出かしたことであっても、構成員の被害やらを鑑みても、安く提供は出来ません」

( ^ω^)「おっおっ。全然かまいませんお。僕もほんの少しですけどお金には余裕がありますお」

 僕は決して裕福な身ではないが、出所の際に親分からの差し入れである“おひねり”――出所祝いを今も使わずに箪笥預金として大事に保管してある。
 額は一千万丁度だ。混乱の最中であっても最低限度の御駄賃を与えてくれた事実には感謝しかない。それを少ないと嘆く真似は出来なかった。
 兎角、僕はそんなポケットマネーがあるからか少しばかり強気だった。何せ所詮はインディの、それも地方都市で事務所を構えるレベルだ。で、あるならば、一千万の値段で売れたら御の字――

(; ゚∋゚)「十億です」

( ^ω^)「……はい?」

(; -∋゚)「だから、この会社を買収するというのであれば、現金で十億円の価格になりますよ」

( ^ω^)「……マ〜ジ〜?」

(; -∋-)「マ〜ジ〜マ〜ジ〜……」

 予想外の桁に少しばかり思考が停止し、いやそれは有り得ないだろう、足下見すぎだろう、と僕は突っかかりそうになる。
 が、しかして彼は冷静に言葉を選び、僕に淡々と紡ぐ。

234 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:02:32 ID:.STSvk2M0

(; -∋゚)「なんだかんだ、うちの事務所は大手と幾つかのパイプもありますし、定期的な人員の生贄……まあ枕ですな。それによって結構な数のタレントも輩出しています。
     この部屋も……あなたが滅茶苦茶にぶっ潰してくれたこのレコ室だって、ちゃんと機能していましたし、うちは外部ではなく内部で全て生産していましたから。ノウハウもばっちり、育成用の人員も高い金を払って雇ってる」

(; ^ω^)「そ、そうはいってもですお、流石に十億って」

(; -∋゚)「正直かなり安く言ってますよ。期待の価格、或いは値から言っても、正直二倍か三倍で売りたいですから。仕事も絶えず頂いてますし」

 ああ、インディで済ます程度なのか、と乗り込む以前にふと思いもしたが、成程、儲けは確かに出ていたらしい。

(; -∋゚)「これから売れるであろう人員、そしてあなたの手元にいるその期待の新人二名を含め、全てを円に換算して十億。ゲンナマ、且つ一括でしか受け付けません」

(; ^ω^)「い、いやいや、流石にそんな大金、今すぐに用意なんて……」

(; -∋-)「なら……無理です。今回は諦めてください、内藤さん。幾らあなたであっても、払えないのであれば譲ることは出来ません」

 ああ、これは最悪だ。大見得をきって余裕にかまけていたらまるで歯が立たない、なんとも無様な結末だった。
 状況に理解が及ばないながらも、少女達が僕を心配そうに見つめている。その視線を受け、僕は焦燥を抱きつつも、だったらば、と肚を括った。

(; ^ω^)「……ここらのテラ、教えてくださいお」

(; ゚∋゚)「博打ですか。そりゃ“あなた方”は確かに博徒のハシリですよ。だからっつっても一夜で二桁億は今の時世じゃ稼げませんし、勝負は受けませんよ」

(; ^ω^)「んなこと言ったって金作らなきゃならんでしょうお。いいから教えてくださいお、テラの在処を!」

 テラとは隠語であり、その意味合いは賭場だ。それも賭けを前提にした、我々極道が取り仕切る鉄火場だ。
 古い時代にはそこら辺の居酒屋の店主やらどこぞの教員やら議員なんぞがバッグに現金で二桁億を突っ込んでテラにやってくる。僕達はそんな博徒を相手にシノギをする。
 夢の狭間で今宵は誰が泣きを見て、誰が女を抱くのか、なんてことが懐かしい時代であり、その名残が今も抜けない僕は、いざとなれば博打という考えが根強い。

235 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:03:58 ID:.STSvk2M0

(; ゚∋゚)「そんなんだから古い気質だなんだ言われんですよ、タチが悪い!」

(; ^ω^)「だって僕らの時代なんてそんもんでしょう! だから一億か二億貸してくださいお! 増やして返しますから!」

(; ゚∋゚)「しかも買う相手に種銭を無心しようだなんて、あんた生きる時代おもくそ間違ってますよ!」

(; ^ω^)「いいじゃあないですかお! “僕ら”ぁ博打じゃ誰にも負けませんから! ね!? お金増えるんですお!?」

(; ゚∋゚)「そうやって関東の賭場を荒らし回って実質的に支配してたからあんたら恨み持たれたんですよ! いいから綺麗な金作ってきなさいよ!」

(; ^ω^)「そうは言ってもまだ金借りることできませんし! 普通の手段じゃ二桁億なんて稼げませんお!」

(; ゚∋゚)「じゃあ車とか、銃握って走るとか! 仕事回しますから!」

(; ^ω^)「ふざけんじゃねえおそんなん完全に鉄砲玉じゃないかお!」

 やいのやいの、ぎゃーぎゃーと騒ぐ僕達に、しまいには誰もが、これはどうしたものかと困り果てた顔になる。
 しかし誰よりも困窮しているのは僕だ。結局、彼が再度人選をしたところで事態は解決しないし、芸能の闇に身を堕とすだろう彼女達が救われないままだ。
 となれば再度の暴力か、そうしてこの組の支配権を僕が掌握し、再度極道の世界に舞い戻るしかないのか――

236 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:04:29 ID:.STSvk2M0







「相変わらず……滅茶苦茶なお人だなぁ、あんたは……」






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237 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:05:13 ID:.STSvk2M0

 そんな時だった。賑やかしい騒動の中、その空気を割くように、一つの言葉が場に響いた。

(; ^ω^)「……え?」

 最初、僕は信じられない気持ちで、もみ合いになっていた組長から手を離し、声のした方向――入口の方面を見つめる。
 そこには、陰鬱な顔をした、スーツ姿の男が立っていた。
 何故か両手にはジュラルミンケースを持っていて、それを強く握る男は僕を見る。

「なんだ手前は!?」

「どこぞの野郎だこら、あぁ!?」

 三下の男達が急いだ足取りで道を塞ぎ、突如現れた男へと迫り寄る。
 だが男は威勢のいい様子に鼻を鳴らすと静かに笑い、手に持つケースで三下共の間を割り、確かな足取りで僕の方へと歩んでくる。

(; ゚∋゚)「おいおいおい……マジかぁ、こりゃ」

 僕と掴み合いをしていた男性は口を開け、いよいよをもって身体を震わせた。
 そのまんまで彼は僕を見て、あなたが寄越したのか、と無言のままに問う。
 それに僕は、いや、何も知らないことだ、と、これまた無言で返す。
 そんな風に、僕達は同時に顔を見合わせ、更に同時に顔を新参の男へと向けた。

「まぁ、そりゃ……腕力でのし上がってきたもんですし、いざとなりゃごり押しで上等ってのが俺達の性分でしたが……そりゃあいけませんよ」

 懐かしい顔だった。自然と僕は男性から手を放し、新参の男へと迫っていく。
 僕の顔を見てその男の瞳が揺れた。潤んだそれに、僕も熱いものがこみ上げそうになる。
 だが、“僕達”はそれをなんとか誤魔化し、僕は僕で強く瞬き、男は男で空を見上げて咳払いをする。

「……あんだけ俺に言ったでしょう。筋を通せ、義理と人情を忘れるな。渡世にゃかかせねえ、外道の道にゃ逸れぬ“極道”があるって――」

 男がケースを地面に置き、僕へと深く頭を下げる。
 そうして、長く、深く頭を下げた男は、ようやっとのように顔を上げ、僕へと言葉を紡いだ。

238 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:05:41 ID:.STSvk2M0






(。'A`)「そうでしょう……兄貴!」




( ^ω^)「ドクオ……!」





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239 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:06:34 ID:.STSvk2M0

 僕が名前を呼ぶと、その男は――かつて僕の舎弟として常に傍に控えていた可愛い弟分がいよいよ涙を零し、僕の手を掴む。

(;A;)「……お勤め、ご苦労様でした。御無事でなによりです、兄貴……!!」

( ^ω^)「……ありがとうお、ドクオ。まさかまた会えるだなんて、夢にも思わなかったお……」

 まるで縋るようにドクオは泣いていた。先まで澄ました顔をしていたくせに、こうして対面し、互いの名を呼べば、ついぞ現実を受け入れるほかになかったのだろう。
 色々あったのだと悟った。僕が刑務所にいる間、多くの幹部衆が捕まっている間に、彼や、残る人員達は最後の最後まで親分と共に戦い続けてきた立場だ。

( ^ω^)「……ごめんお、大事な時にいることが出来なかったお。辛い思いばかりだったろうお……よく、生きててくれたおね」

(;A;)「もったねえです、そんな言葉、もったいなくてっ……すんませんでした、組ぃ、護れなくて、俺ぁ、俺達はっ……!!」

( ^ω^)「いいんだお、生きててくれりゃあ……僕も親分も、それだけで嬉しいし、十分なんだお……」

 その胸中を思えばこそ、慰めの言葉しか出てこなかった。
 それを知ってか否か、ようやっと突如現れた人物が我が組の“生き残り組”だと気付くと、誰もが無言で頭を下げ、また、親分と呼ばれた男性も口を噤み、ただただ寡言に伏した。

( ^ω^)「つっても、お前……なんでここにいるんだお? どうして僕の居場所が……」

 湧いて出てきた疑問だが、ドクオは涙を拭うと真っ直ぐに立ち、僕の質問にはっきりとした言葉で返す。

(。'A`)「はい。実は埴谷の野郎から先日、連絡を受けまして。そのうちに兄貴が行動をするだろうから、と……ある程度の備えをしておけよ、と言われてまして」

( ^ω^)「埴谷刑事から……?」

 先日にか、と僕は疑問を抱く。そもそも埴谷刑事は僕に何らかのアクションを望んでいるようだったが、こういった暴走を望んでいた訳ではないように思える。
 だとして、戦力の一人と考えてドクオを操作しようと思っていたのなら、大きく目的は逸れたように――

( ^ω^)(……いや、違う。確かに僕がここに乗り込んだのは僕の意思だお。けど……必要な情報も、それを嗾けたのも埴谷刑事だお)

 つまり、彼は端から僕に一つの事務所を潰して欲しかったのだと合点する。
 が、しかし意味が不明だった。何故に舎弟企業程度を潰して欲しかったのだろう。或いは中てる敵を間違えたか、それとも、ものの試しとして今回の標的を選んだのか。
 いずれにせよ確信もないままで、兎角として僕はドクオの言葉に頷いた。

240 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:08:45 ID:.STSvk2M0

( ^ω^)「そんで……備えっていうのは」

(。'A`)「まあ、兄貴のことですから。道具どうのこうのじゃないだろうって言われまして。だったらってことで、その……組長からの、餞別を」

( ^ω^)「――……親分から?」

 彼の手にしていた二つのケース。どうやらそれ等は親分からの贈り物のようで、そうとなると想像がつき、僕は男性へと視線を向けた。

( ^ω^)「……親分さん。ゲンナマ一括で十億、でしたかお」

(; ゚∋゚)「ええ、まぁ……」

( ^ω^)「一度言った額ですお。二言はないですおね? それから訂正も」

(; -∋゚)「あー……ない、ないです。いいですよ、現金十億で手打ちです。しっかしまぁ、こうも都合のいいことが起こるもんですかねぇ……」

( ^ω^)「おっおっ……優しい親に可愛い弟がいて、僕は幸せ者ですお」

 最早彼は巨大なケースの中身を見る以前に察したようで、ああ、もっとふんだくればよかった、と後悔の表情だった。
 しかしそうは問屋は降ろさないし、男が一度これと決めたのならば泣きを入れようが関係はない。

('A`)「とは言えですよ、兄貴。これは一応、兄貴の為の出所祝いで、組長からもそれをちゃんと伝えるようにって……」

( ^ω^)「いいんだお、これで。どうせ金なんて使うアテもなかったしお。だったらお、いい買い物をして、気分よくなろうじゃあないかお」

 ドクオが机の上にケースを二つ置き、それを惜し気もなく開いてみせた。

ζ(゚д゚;ζ「え、えええ!? なにこの、この凄いお金ぇ!?」

从;'ー'从「これ、全部おじさんのお金なの〜!?」

 そこには詰まりに詰まった札の山が押し込まれていた。
 少女達は見たこともない額に仰天しており、ドクオは少々呆れたような顔で僕を見ている。
 が、僕は一つ景気よく笑うと、対面に座っているとある組の親分へと向き直り、そのケース二つを差し出す。

241 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:09:44 ID:.STSvk2M0




( ^ω^)「約束の……現金十億ですお、親分さん?」



(; -∋゚)「あ〜も〜……ええい、分かりましたよ、分かりました! 十億で結構、もってけドロボウ!」



 五億ずつ積まれたケースが合わせて二つ。中身を見るまでもなく僕達のように額を理解した彼も、また極道だった。
 ああ、いい買い物だった、と僕は満足に頷き、欲しかったものを手に入れると、彼と握手を交わし――




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242 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:10:46 ID:.STSvk2M0



( ^ω^)「あ、そしたらドクオ。お前が継いでくれお、会社の社長」


('A`)「……え?」


( ^ω^)「いやほら、僕が親やっちゃよくないから」


(;'A`)「……いやいやいやいや、舎弟の俺がなんで!? あんたでしょ上に立つの!?」


( ^ω^)「いや〜、僕、もうしばらく見ていたいから……だからやってくれお」


(;'A`)「あっ……あんたはそんなんだから、もぉ〜!!」


 僕は隣に座る少女を見る。今も大金の山に目を輝かせる幼い彼女を。
 その笑みと無垢な様を、もう少し、僕は傍で見守りたいから、だから、僕は自分で買った事務所を、舎弟のドクオに譲り、これにて一夜の大騒動は幕を下ろした。



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243 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:11:16 ID:.STSvk2M0



 九 了



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244 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:11:41 ID:.STSvk2M0


 おまけ



(; ^ω^)「おー、またもや麗さんに呼び出されたお……」

(; ^ω^)「まあいいけどおぉ、しかし久しぶりの昼間の休みだってのに、一体何を……」

(; ^ω^)「つーかどこにいるんだお? 駅前で待ち合わせしようって……」


「こっちったい、平治さん!」


(; ^ω^)「お?」




ζ(゚д゚*ζ「待ってたとよ、真の博多を知らぬ者よ!」
   ∽



(; ^ω^)(なんか腕組みしてる〜〜〜!!)

245 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:12:37 ID:.STSvk2M0

ζ(゚д゚*ζ「今日も今日とて博多の美味を貪りにいくっちゃん!」
   ∽

(; ^ω^)「それはいいですけどお、なんで腕組みしてんですかお?」

ζ(゚д゚*ζ「なんか達人ぽいから!」
   ∽

(; ^ω^)「あ〜、そういうね、あるねなんか雰囲気ね。遊戯王のキャラが何故か大体腕組みして仁王立ちしてるみたいなあれね、決闘者のね」



ζ(゚д゚*ζ「兎に角! 前回は博多風もつ鍋の味に大層満足したっぽいけども!」

ζ(゚д゚*ζ「よもやの博多=ラーメンなんていう有り触れたミーハー気質の平治さんに!」

ζ(゚д゚*ζ「真なる名物を御紹介するったい!」

(; ^ω^)「でもラーメン美味しいですお?」

ζ(゚д゚*ζ「当然っちゃん! けどソウルフードにはなり得ん!」



ζ(゚д゚*ζ「だから今日は!! 前回にも言ってた“あのうどん”をば食べに行くったい!!」

(; ^ω^)「え〜〜〜……うどん〜〜〜……???」

246 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:13:42 ID:.STSvk2M0

(; ^ω^)「いやうどんは好きですお?」

(; ^ω^)「けどほら、やっぱりうどんと言えば四国は香川だって――」

ζ(>д<*ζ「ぬぁ〜〜〜!! しゃーしぃ!! 愚の骨頂とはあんたのことったい、平治さん!! あんな紛い物とはわけが違うけん!!」

(; ^ω^)「い、いやいや讃岐うどんは美味しいですお?」

ζ(゚д゚*ζ「確かに美味しいけども!! だけどもやっぱり博多の方が何億倍も上なのは間違いないったい!!」

(; ^ω^)「郷土愛すげえな……」



ζ(゚д゚*ζ「兎に角!! 食わんことには始まらん!! てなわけで行くっちゃけど……文句はなかとね!?」

(; ^ω^)「ああ、まぁ……お腹も丁度空いてますし、構いませんお」

ζ(゚д゚*ζ「したらばゴー!!」

247 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:14:10 ID:.STSvk2M0



ζ(゚д゚*ζ「ほいついた!! ここが我等が博多の民の聖地、その名も『牧のうどん』ったい!!」

(; ^ω^)「牧の……? あ、これ店名なんだおね……」

(; ^ω^)「ほおぉ、中々活気があるおね、この駅内の店舗」

ζ(゚д゚*ζ「本当は本店が最高やけども、ここも味は悪くないっちゃん!! それに券売機システムが他所の人にも楽でよかと!!」

(; ^ω^)「ふ、ふむぅ……にしてもメニューが豊富だおね、どれにしたら……」

ζ(゚д゚*ζ「初めての人は兎角として『かしわめしのセット』がオススメったい!!」

(; ^ω^)「お、これだおね? どれ、値段は……」



(; ゚ω゚)「ん……こりゃまた安い!? 飯物、漬物、そして麺物で八百七十円!?」

(; ゚ω゚)「い、いや、そうでもないかお? 別にそんな、この程度の値段設定ならどこにでもあるかおぉ……」

(; ゚ω゚)「おっおっ、もういい加減値段マジックなんぞ通じんおぉ? 僕も馬鹿じゃあない、この博多の物価にも慣れてきたからおぉ、そんな程度じゃぁ……」

248 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:15:23 ID:.STSvk2M0

(; ゚ω゚)(値段に劣る料理ってのは少なくないんだお。例えば出てくるまでの速度、味の質も含め、店員の接客態度等々、つまり満足度に沿うかどうかが決め手なんだお……)

(; ゚ω゚)(そう考えた時、果たして本当にこの値段は高いのか? それとも安いのか? というのは、やはりその味と店の醍醐味を理解しなきゃあいかんお)

(; ゚ω゚)(ふっ、嘗めるなおぉ、博多ぁ……僕だってこれでもグルメの端くれ。早々納得させようだなんてぇ思うなおぉ……?)



( ^ω^)(……しかし)



(; ^ω^)(マジでメニューが豊富だお……肉うどんとかくっそ美味そう……値段も、やはり安いような気がしてくるくらい気にならない……)

(; ^ω^)(かつ、トッピングの選択肢も多い。これはとても好印象だおぉ……つまりは自分のセンス次第でいくらでもチューニングが出来るってわけだおね)

(; ^ω^)(くっ……果たして今回だけで判断を下せるのか? このグルメハンター内藤がよぉ……!)


ζ(゚ー゚*ζ「は〜〜〜、やったぁ、久しぶりに牧の〜〜〜♪ お腹空いたぁ♪」

(; ^ω^)「な、中々上機嫌じゃないですかお……そんなに好きなんですかおぉ?」

ζ(^ヮ^*ζ「当然じゃあないですか! だって本当に美味しくて――」



ζ(゚ー゚*ζ「最高のミラクルを提供してくれるお店なんですからねぇ……?」



(; ^ω^)(くっ……このプレッシャー……あのグルメ女帝デレの君がこうも言い切るだなんて、余程の覚悟が必要かお……!)

249 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:17:22 ID:.STSvk2M0



「はいお二人さんねー。食券頂戴ねー」

ζ(゚ー゚*ζ「あ、これです」

(; ^ω^)「あ、僕のですお」

「はいはいー。味の濃さ、麺のかたさは? 大盛りは?」

ζ(゚ー゚*ζ「えーと、味普通の麺かため、量は普通で!」

(; ^ω^)「――……」





(; ゚ω゚)(――愚かなり出流麗!! 麺をかためで選ぶとは、いよいよ堕ちたか……!!)



.

250 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:18:15 ID:.STSvk2M0

(; ゚ω゚)(語るに及ばず、麺のかたさの選択とはずばり食後までの流れの全てを決める最大の難関!!)

(; ゚ω゚)(確かにかためであるならば麺の変化やスープとの相性の差異を感じやすい……だが!!)

(; ゚ω゚)(その味に最も適した麺のかたさこそが“普通”と呼ばれる選択肢!! その店がジャスティスとして銘打つ“普通”!! “あるべき最良の選択”!!)

(; ゚ω゚)(おっお、所詮はおこちゃまだおね……通気取りはこれだから困る……まあ僕はそんなミスはしないけどお……?)



「おにいさんは?」

(; ^ω^)「おっ。味普通、麺も普通、量も普通……ですお」

「はいはいね〜。んじゃちょっと待っててね〜」

ζ(゚ー゚*ζ「……普通、選んじゃいましたか。麺のかたさ」

(; ^ω^)「おっおっ……そりゃあ、やはりその店のベストを知るためであれb」

「はいお待ちどうさんね〜」

(; ^ω^)「あ、どうも……」




(; ゚ω゚)「いや待て!? 早すぎんか!? まだ五秒だぞおい!?」

251 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:19:19 ID:.STSvk2M0

(; ゚ω゚)「なんちゅー速度っ……え、何で? どうやって? もう既に用意していたかの如き速度だお?」

ζ(゚ー゚*ζ「丁度ロット周りがよかったんですねぇ……それより、平治さん?」

(; ゚ω゚)「な、なんですかお?」





ζ(゚∀゚*ζ「“お早く”……“お早くお食べに”なられたほうがよかよ……?」





(; ^ω^)「な、何を意味深な……」

ζ(^ー^*ζ「はぐはぐ……ん〜〜〜、うまか〜〜〜!! やっぱり最高ったい〜〜〜♪」

(; ^ω^)(んな、もう食べ始めてる……!?)

(; ^ω^)、(ま、まぁ、僕も食べ始めるかお……でもその前に、少し外観の観察をば……)

252 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:20:35 ID:.STSvk2M0

(; ^ω^)(ふむ……見た感じは普通のうどんのセットだお。どこにでもありそうな……)

(; ^ω^)(かしわ飯ってのが分からなかったけど、これは……鳥五目御飯? ああ、かしわってのは鶏のことかお!)

(; ^ω^)(ふぅむ、意外性がないおね……あ、でもこのトッピング……ごぼう天? 凄くいいニオイだおね、おいしそうだお……)

(; ^ω^)(……まあそこまではいいんだけども)

(; ^ω^)(これ……このヤカンは一体……?)

(; ^ω^)(何故か盆にヤカンが乗っかってきたお……麗さんにも当然のようにある。あ、これもしかしてお冷……?)

(; ^ω^)(あとは……漬物に吸物かお。ふん、なんだお、別にそこまで期待する程じゃないおねぇ……)


(; ^ω^)「んじゃま、いただきます」


(; ^ω^) チュルンッ

(; ^ω^)

( ^ω^)






( ^ω^)

253 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:21:43 ID:.STSvk2M0

( ^ ^) ω「あああああああ!! あれええええええ!? またこの、何これ味うんまいねこれえ!?」

( ^ ^) ω「え、凄いダシがきいてる!? おまけにこのうどん!! なにこれすげえトゥルトゥルしてて滑らか〜〜〜!!」

( ^ ^) ω「しかも不思議なくらい味が麺に纏わりついてて、どころかしみ込んでる程に味が濃い!!」

( ^ ^) ω「でもその濃さ!! これが例えば醤油が強いだとか塩分の強さだったら参っちゃうけど、これは違う!! うまみだお!! ダシに溶け込んだ様々なエキスが生んだ最高の調和だお!!」

( ^ ^) ω「のど越しもいいけどこの麺、やぁあらかい!! コシがないんだけど、でもちゃんと食べてる感が強い!!」

( ^ ^) ω「更にこれ、ごぼう天……!! もう語る必要もないでしょう!? アツアツの揚げたてのごぼう天がダシを吸い込んで、噛みしめるだけでじゅわぁっとゴボウの風味とダシとが混ざり合ってすんごいこれ!!」

( ^ ^) ω「それに舌鼓を打つ傍らに、かしわ飯……!! これ、このシンプルな味わい!! 炊き込みご飯のそれに近い!! でもその素朴さがいいんだお!! うどんの味を引き立てるし、食の緩急になる!!」

( ^ ^) ω「あああ、ヤバイ!! 箸が右往左往する程に食の循環が!! この狭い盆という環境で!! 完璧に成り立つその奇跡!!」

( ^ ^) ω「恐るべし『牧のうどん』!! 嘗めてかかってごめんなさい!!」

254 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:23:04 ID:.STSvk2M0

(* ^ω^)「いやうめえ!! マジでこんなに美味いうどん初めて食べたお!! これで八百七十円!? 嘘でしょう!? 量も思ったよりあるし味がマジで関東じゃ味わえない程凄い!!」

ζ(^ー^*ζ「ふふふ……関東の料理の多くは醤油で味付けするから、実際のところの、ダシの美味しさだとか、素材の真のうまみが分からないことが多々あるとよ」

ζ(^ー^*ζ「しかもそのせいで椀や丼が黒い色合いになってしまって、食欲を減衰させる一因でもあるのは間違いないったい!」

(* ^ω^)「いや本当その通りだお……この透き通ったダシの中を泳ぐうどんに揚げ物の存在感が視覚からもはっきりと伝わるし、何の阻害物もないダシの風味が脳にダイレクトアタックをかましやがるお!」

(* ^ω^)「でもあちい!! やっぱあちい!! でもうめえ!!」

ζ(^ー^*ζ「ふふふ……でも、本当の“恐ろしさ”はここからったい、平治さん……」


(* ^ω^)「恐ろしさぁ? 何を言うんですかお、麗さん……こんなに美味しいうどん食べて、何を恐れるってんですかお?」

(* ^ω^)「思った以上に量もめちゃくちゃあるし、しかもこれ、まるで大盛りレベルですお? いやぁ、博多の飯は大体どれもこれも量が多い……」



(* ^ω^)(……いや)

( ^ω^)(……おかしい。何かがおかしいお)

( ^ω^)(僕は結構早食いだし大食らいだお。猫舌だから熱いものを食べるのは少し遅くなるけど……)

( ^ω^)(もう、食べ始めてから五分経ってるお……そんだけあったら、いつもならもう平らげてるのに……)





(; ^ω^)「量が、まったく減ってない……!?」

255 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:24:34 ID:.STSvk2M0

(; ^ω^)(ゆ、夢でも見てんのかお、僕は……!? 凄く美味しくて幸せなのは間違いない……!! いっそ食べ終わりたくないくらい美味いのに、そのはずなのに……!!)

(; ^ω^)(おっ、終わりが見えてこない!? 何故だお!? 初めに目にした量からほんの少し程度しか食べていないくらいの、そんな程度の差しか見受けられない……!!)

(; ^ω^)(くっ、しかもセットだからこんだけ食べてるとかなりお腹にくる……!! 可笑しい、麺の量は普通って言ったのに、一体何が起きてんだお――)



ζ( ー *ζ「言ったじゃあないですか、平治さん。お早くお食べになりなさい、と……」

(; ゚ω゚)「――ぬぅっ……!?」

ζ( ∀ *ζ「訊いたじゃあないですか。普通のかたさを選んでしまったのか、と……」

(; ゚ω゚)「れ、麗さん、何故に自分の丼に、そのお冷の入ったヤカンを傾けて……!?」




ζ(゚∀゚*ζ「嵌ってしまったが最後!! どうです平治さん、別名『無限牧の地獄』はぁ!? “延々と汁を吸い続けることにより伸び続ける麺”を食べ続ける、凡そ経験したことのない悪夢はぁ!?」

(; ゚ω゚)「んなっ――そのヤカンの中身、まさかお冷じゃなくて……う、うどんのスープだとぉおおおおお!?」

256 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:26:08 ID:.STSvk2M0

ζ(゚∀゚*ζ「嵌ってしまったが最後!! どうです平治さん、別名『無限牧の地獄』はぁ!? “延々と汁を吸い続けることにより伸び続ける麺”を食べ続ける、凡そ経験したことのない悪夢はぁ!?」

(; ゚ω゚)「んなっ――そのヤカンの中身、まさかお冷じゃなくて……う、うどんのスープだとぉおおおおお!?」


ζ(゚∀゚*ζ「その通り!! 牧ののうどんはコシがないことで有名ったい!! しかしそのやわさと独特のテクスチャとダシを強く吸い込むことで味わえる風味に多くの人々が虜になるとよ!!」

ζ(゚∀゚*ζ「しかし!! スープを吸い続けるという特異な特徴!! これにより麺は延々と伸び続け、己の食べる速度がその伸びる速度を超えない限り無限に食べ続けるハメになる!!」

ζ(゚∀゚*ζ「よく観光客がやらかすっちゃん……“味濃い目、麺普通、或いはやわめ、そして最悪のシナリオを引き起こす大盛り”……!!」

ζ(゚∀゚*ζ「さあ追い越さんとぉ、平治さん……さもなきゃその食事は永遠に終わらんとよ……!!」

(; ゚ω゚)「くっ、くおぉっ……嘗めるなお!? こちとら“江戸の皿食い”とまで呼ばれた剛で鳴らした覇者よ!! こんな程度の地獄、すぐに食べつくしてやるお!!」

(; ゚ω゚)「ぬおおおおおおおおおお!!」

257 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:27:16 ID:.STSvk2M0








(; ω )「た、食べ切った、お……もっ、何も、はいらなっ……」

ζ(^ヮ^*ζ「お〜♪ 流石は平治さんったい!! すごいすごい〜!!」

(; ω )「こ、こりゃ美味いけど、けど、嘗めてかかると、マジで地獄ですおね……」

ζ(^ヮ^*ζ「ふふふ。もうしばらくは食べたくない、と……そう思うくらいですよねぇ。けども……」





ζ( ∀ *ζ「不思議ですよねぇ。食べ終えたばかりなのに、もう既に“また食べたい”と思う程に……牧のに嵌ったが最後、その呪縛からは逃れられんったい……!!」





(; ω )「お、おぉっ……本当に、恐ろしいのがマジでその通りなんだお……!!」

(; ω )「こんだけしてやられたってのに、だのにっ……あの味が忘れられんお……!!」

(; ゚ω゚)「今度こそは!! ちゃんとした戦略を立てて挑みますお!! だからまたきましょうお、麗さん!!」

ζ(゚ー゚*ζ「ふふっ……ええ、勿論ですよ、平治さん! 牧のでしたら、私、いつでも付き合いますから!」

258 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:27:59 ID:.STSvk2M0

(; ^ω^)「くっ、博多の食、恐るべし……しかしその味は間違いなく最高の域にあるのは間違いない……!!」

ζ(゚ー゚*ζ「ふっふっふ……確かに食そのものは最高峰なのは間違いなく……」



ζ(゚д゚*ζ「しかし!! 何もお店の味だけが最高なわけじゃあないったい!!」

ζ(゚д゚*ζ「何故に食に恵まれ極まった土地と呼ばれるのか!? 何故に旅行者が絶えず、多くの人々がその名残を求め――“銘菓”を大量に買い込んでいくのか!?」

ζ(゚д゚*ζ「地元の人間ですら“銘菓”を買い込む!! それほどに小腹を満たすことにすら情熱を持つのが博多の美学!!」

ζ(゚д゚*ζ「家で過ごす束の間、或いは憩いの一時……その一時をも至福に染めてあげるっちゃん、平治さん……!!」

(; ^ω^)「ほ、ほおぉ、お菓子ぃ……? たかだか子供のおやつ程度の食べ物が、この僕の小腹を満たし、かつ満足させようだなんて……」

(; ^ω^)「そんな大見得を切れる銘菓があるってのかお……? 本当にあるってんなら、菓子折り持ってきやがれってんだおぉ……!」



 おまけ 続く

.

259 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:29:02 ID:.STSvk2M0
本日はここまで。牧のうどんは本当に美味しいですから、是非一度食べてみて欲しいです
それではおじゃんでございました。また次回

260 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/09(日) 01:31:40 ID:.STSvk2M0
あ、微笑むシリーズは今週お休みします
書き貯めして一気に投下しますのでよろしくお願いします

261名無しさん:2020/08/09(日) 03:20:20 ID:/ONtdKAQ0
otsu

262名無しさん:2020/08/09(日) 09:31:12 ID:mfDVAnAk0
なんだこの飯テロは…

263名無しさん:2020/08/09(日) 19:31:13 ID:wC6gGRg20
更新が早くてウレシイウレシイ

264名無しさん:2020/08/10(月) 23:06:32 ID:2BRY0Chg0


いや展開が予想外すぎる

265 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/17(月) 06:18:20 ID:JbYGcgkc0



 十



.

266 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/17(月) 06:18:45 ID:JbYGcgkc0

 炭火の香りと脂の滴る音、そして身を焦がされる肉が火炎により踊る様。
 最早芸術をも思わされる光景に僕は垂涎する程で、程よい獲物をトングで浚い、それを手元の皿へと誘い、タレに落とし、白米へと乗せる。
 仮にピカソが生きていれば筆を折り、ダリが見れば石膏に顔面から突っ込むだろう。
 つまり、世に存在した名だたる巨匠ですらも極まった食を前にしては敵う術はないと言える。

(* ^ω^)「はふっ、はむはふっ!! ふんむぐぁっ!!」

 牛ハラミ特有の脂に肉の旨味は最早筆舌にも及ばず、僕は全身でそれを感じると歓喜に震えた。
 米との相性を語る必要があるだろうか。否、それこそが無粋であり、やはり焼肉においてハラミこそは大正義であると僕は悟りの境地に達する。
 御満悦のままに箸を進める僕だが、対面に座る人物も似た様子だった。

(* ´∀`)「っぁああぁあ〜〜〜!! やっぱり最高ですモナね、焼肉にビール!!」

 咽喉を鳴らす勢いでビールを飲み干し、大きな声で感動を口にするのは茂名刑事だった。
 彼の手元には手塩にかけて育んだカルビとハラミがサンドイッチ状に積まれ、それを一枚一枚豪快に口へと放り込む。
 それを玩味しつつもストックされているビールのグラスを一瞬の速度で飲み干し、再度同じ工程を繰り返す。

(* ´∀`)「いやはや、やっぱりここのお店の肉は最高ですモナね、内藤さん!!」

(* ^ω^)「まったくもって同意ですお、茂名さん!!」

 僕は現在、茂名刑事と先の約束通りに焼肉を堪能していた。先日に埴谷刑事に連れられてきた店だったが、やはりここの肉の質は最高だった。
 茂名刑事も何度か足を運んだ経験があるようで、その変わらぬ味わいに二人して感動を繰り返し、何度も頷く。
 酒豪で知られる彼だが、食事開始から僅か五分の只今において既に十杯のグラスを空けている。
 だのにもかかわらず酔いの一つもなく、どころか磨かれた味蕾細胞を遺憾なく発揮して肉と酒の織りなす官能的な味わいに“酔いしれて”いた。

267 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/17(月) 06:19:15 ID:JbYGcgkc0

(* ´∀`)「しっかし、本当によかったんですか、内藤さん」

(* ^ω^)「お? 何がですかお?」

(* ´∀`)「モナー……いや、ほら。表に鬱田さん立たせちゃって、一緒に食べりゃいいのに」

(* ^ω^)「おー、何度もそう言ったんですけどお、あいつもまた頑固ですからお、まあ今度別の形でご褒美あげることにしますお」

(* ´∀`)「いやはや勿体無い、彼もまた酒豪ですモナ……一度ちゃんと飲み比べしたかったですモナ〜」

 先の某事務所襲撃から一日の時間が経過していた。
 結局、僕は件の事務所を買収した訳だが、現在はそれに伴って人事の整理や法的な手続きが執り行われている。
 会社はドクオにやった。未だに本人は納得がいかない様子だが、そこは兄貴分の命令だとして素直に頷いて欲しいところではある。
 事務所の面倒を見ていた彼の極道一家には今現在も甘えている状態であり、必要な書類の手続きだとか引き継ぎの段取りから全て投げっぱなしだった。
 さて、そんな騒動の最中、本日の僕は当たり前のように出勤し、料理長の下でネタの仕込みや段取りを習い、夜分になるとこうして刑事と食事をしていた。

(* ´∀`)-3「げぇっぷ……いやはや、相変わらず内藤さんは滅茶苦茶ですモナねぇ。組織一つぶっ潰して会社まで買収して散々に忙しない最中なのに、呑気に食事ですモナ?」

(* ^ω^)「なぁに、そうは言っても僕の役目はもうありませんからお。これからはドクオや、あの親分さん達に采配は任せて、あとは平々凡々と過ごすだけですお」

(* ´∀`)「モナ〜……平々凡々と、ですモナ……?」

 疑わしい視線だったがそれを無視し、僕は肉を頬張る。
 今の僕は食事に夢中だ。先日も焼肉を食べていたが、あの時はまったく堪能出来なかったし空気は緊張により張り詰めていて、端的にいって食事らしい食事とは呼べなかった。
 だが、本日のお相手は刑事と言えども仏の異名で知られる優良刑事であり、その穏やかな物腰や表情を前にしては嫌悪の一つもなく、僕は食事に集中出来ていた。

( ´∀`)「本当に……なんのビジョンもなく暴れたんですかモナ、内藤さん」

( ^ω^)「おー……」

 新たに空いたグラスを置いた茂名刑事は何ともないような調子でそんなことを訊く。
 だが不快感はなく、僕は箸を止めると一度口元を拭い、次いでウーロン茶を飲むと口内をリセットする。

268 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/17(月) 06:19:40 ID:JbYGcgkc0

( ^ω^)「ないですおね、なんも。本当に突っ走った形でしたお」

( ´∀`)「モナモナ……それもまたあなたらしいですモナ。古い気質の極道ってのは仁義とあっちゃ身体が勝手に動きますモナねぇ」

( ^ω^)「そんな大層なもんじゃあないですお、茂名さん」

 計画もなく、算段すらもなく、僕は猪突猛進に突っ込み、組織に属する人物の八、九割を再起不能に陥る程に痛めつけた。
 傍から見れば暴力主義の仕出かした悪の所業のそのものだろう。そもそも正義を気取るつもりもないし、事務所内で行われていた闇を世間に公表するつもりもない。
 ただ、気に入らなかったし、そこまで踏み込んだのならばケツを拭くのは当然のことで、そこまでの土台は作ったから、あとの役割はドクオと彼の親分に任せたい。

( ´∀`)「それもまた、中途半端じゃないですかモナ? やるだけやって重要な部分じゃ体をかわすってのは……内藤さんらしくもないモナ」

( ^ω^)「そうせざるを得ないでしょう。よもやこんな南の土地ですら僕の名前が知られてるとは思いませんでしたお。これ以上世間に顔を出しちゃまずい」

 そりゃ、最後の最後まで面倒を見るのが仕出かした当人の持つべき責任と言える。
 だがその所為で要らぬ敵を増やしたり余計な不安要素を招くことこそが、地獄に参る黄泉平坂を垣間見る理由にすらなり得る。
 で、あるならばこのくらいが上等だろう。土台の完成こそが最たるものであり、今の僕に役割はないと言える。

( ´∀`)「今の、ですかモナ。となると……今後、暴力を振るうこともある、と」

( ^ω^)「それが……手前が突っ走った理由ですからお。ですから、暴力が必要になると判断すれば、僕は相手が誰であろうと前に出るし、彼女達を守りますお」

 臆面もなく、誤魔化しすらもなく、僕は僕の思うことを馬鹿正直に喋っている。
 普段の僕であればそういったことを口にはしない。だがこれこそがこの仏と呼ばれる茂名刑事の恐ろしい手腕であり、つまり、彼と言葉を交わしていると“自然と本心を口にしてしまう”のが常だった。
 全ては計算されたものであると理解は出来ている。その穏やかな表情、声、優し気で丁寧な動き、所作、言葉の選び方に相槌の一つ取ってしても見事だと思える。
 それ等は心理的なものを意味する。だがそれを知っても尚、理解しても尚平然と本心を語ってしまうのは油断の云々ではなく、そういった己の愚かさをも“まあいいか”と思わせてしまう程に彼は仏だった。
 帝釈天とはつまり彼を言い、対する我々修羅――極道は、この茂名刑事に、それこそ散々なくらいの辛酸を喰わされたものだ。

269 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/17(月) 06:20:04 ID:JbYGcgkc0

( ´∀`)「穏やかじゃないですモナね〜……けど僕個人としてはいいと思いますモナ」

( ^ω^)「おっおっ……警察が極道の肩もっちゃいけんでしょうお」

( ´∀`)「ですモナかね〜……けれども……」

 一度そこで言葉を切ると彼は新しいグラスを傾ける。
 十秒もせずに満タンだったビールは消え去り、彼は落ち着いた動きでグラスを置くと、僕を真っ直ぐに見つめてこう言った。

( ´∀`)「ああいった連中が幅を利かせるよりも億倍マシですモナ」

( ^ω^)「…………」

 それは個人の思うことか、それとも警察という組織としての思うことか、というのは不明だ。
 だが、古い時代と比べ、現代の極道の在り方というのは大きく変わっているし、その手段や組織の地下移行も含めると、日本の闇はとても複雑化していると言える。
 その中には多くの犯罪行為があり、例えば他国組織との繋がりも勿論だが、地下に広がる闇は罪も持たぬ一般人をも平然と巻き込んでいるのも事実であり、警察はその実態に頭を抱えているだろう。

( ^ω^)「暴対法の強化は間違いではなかったと思いますお。けれども過度な締め付けが闇の拡大化を助長したのも事実ですお」

( ´∀`)「……未だ外国の勢力に対する法の整備すらままならないのが現状ですモナ。そんな状態での地下移行やら有権者等との繋がりやら、中々どうして……複雑ですモナ」

 犯罪行為はなくなるか否か、という問いがあったとしたら僕は即座に否であると答えることが出来る。
 何故かと問うならばそういった手段でしか生きることが出来ない人々がいるからだ。
 それは能力的なものも含むが、驚く程に闇に沈んだ人間は闇の中に居心地の良さを覚え、そこから抜け出せずに生き続ける。
 己等の所業が悪であり犯罪であるという自覚を持たぬ極道は存在しない。自覚をしていても尚と突き進むが故に我々は性質が悪いとも言える。
 そんな闇にどれだけの制限を設けられ厳罰化されようとも、我々はその闇の中を泳ぎ続け、シノギの確保と組織の拡大化を邁進し、日々の糧とするべく活動を続けていく。

( ^ω^)「全てはバブルが決め手でしたおね。あれがなければこうまで日本の闇は歪になりゃしなかったでしょうお」

( ´∀`)「まったくですモナ……いや本当、金があり欲が溢れると、人の箍は外れますモナね」

 その言葉の後に彼は焼肉を頬張る。重い話の後だったが、そんな気分を払拭するようにカルビは彼に元気を与えたようだった。

270 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/17(月) 06:20:31 ID:JbYGcgkc0

( ´∀`)「けど……内藤さん自身は平凡に過ごしたいとは言え、ですモナ。今回の騒ぎは既に出回っているはずですモナ」

( ^ω^)「おー……そうでしょうお」

( ´∀`)「モナ? それすらも覚悟してたって感じですモナね。まあそりゃそうかもですけど……嗾けらなきゃこんな事態には――」

( ^ω^)「そうしたかったんでしょうお、埴谷さん……いや、あんたらは」

 何ともないように、それこそ平然と、素直に、普通の声色で僕はそう言う。
 彼を前にするとどうにもこうにも臆面やらもなくなってしまうのが悪いところだ。だから僕は口にする気もなかったのに、己の中にある確信めいた疑いを口にしてしまう。

( ^ω^)「どうあれなんであれ、昨夜の騒動は一つのパフォーマンスですおね。僕が娑婆に出てきたこと、更にはバックに極道が控えてようが相も変わらずに好き放題暴れる性格であること……」

( ´∀`)「…………」

( ^ω^)「しまいにゃ相手の一家に頭下げさせて手前の部下まで姿を見せて、挙句は十億の資金で会社をも買収して……件の一家は傍から見れば僕に降ったようにも見えるかもですおねぇ」

( ´∀`)「……モナモナ。誰がどう見てもそうなりますモナね」

( ^ω^)「その様はまるで復活の狼煙であり、一つの組織の買収こそは――……個人の戦力を得たも同義じゃあないですかお、茂名さん?」

( ´∀`)「――……」

 彼の手の動きは先から止まっている。
 だが僕は何食わぬ顔であり、いい焼き加減の牛ハツを箸で摘まむとそれを口内へと放り込んだ。
 程よい弾力と血の旨味は幾度味わっても最高だ。本日に限っては何一つ取り繕う必要もないが故に“尚のこと最高”だった。

271 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/17(月) 06:21:08 ID:JbYGcgkc0

( ^ω^)「まぁ……あんたらが僕に何を望むのかは未だ分かりませんお。ただ、気をつけて欲しいんですお」

( ´∀`)「気をつける、ですかモナ?」

( ^ω^)「既に僕が手前の“極道”を口にし、“任侠”を一人の少女の前で晒した事実……そうなればもう、僕は相応にもなる」

 茂名刑事の表情は変わらない。だが、自然と彼の額には汗が滲み、その笑顔の奥にあるであろう焦燥感に僕は笑いそうになる。

( ^ω^)「何を企み、何を実行しようとも、そりゃ好きにすればいいですお。けど僕に二茶美歩組と名乗らせたのであれば、覚悟をした方がいい」

( ´∀`)「……モナモナ。そんな怖いこと言わんで下さいモナ、内藤さん。いい関係、そしていい距離感であればいいんですモナ。それに看板を掲げようとも、もうあなたはカタギですモナ」

 僕は僕の意思で動いているつもりだ。だから僕の意思の前に立ちはだかる害悪は全て薙ぎ倒す。
 それは昨夜が証明付けている。敵と判断したらば僕は容赦はしないし、どのような手段であれ、それが殺しであれ、やむを得ぬと判断すれば息の根をも止める。
 更には我が舎弟まで駆けつけ、彼は今も変わらずに僕の右腕としての矜持を抱き、この只今においても外に立って“僕の護衛、及び敵と思しき人物や組織に対する警戒”を義務のようにまっとうしている。
 同じ席で食事をとる――儘あることだ。だが僕達のような人間が、昨夜の騒動から明けてすぐに馬鹿のように油断をして共に食事をすることなど有り得ない。
 ましてや粉砕したのは企業舎弟だ。相手方の組とはつつがなく、綺麗に話は済んでいるし今も協力的ではあるが“僕の名を聞いた誰彼の皆がそういう気持ちである”とは限らない。

( ^ω^)「そんなカタギに疑心を抱く奴等もいるんだそうですお、茂名さん。あんたの相方が以前にそう言ってましたお」

(; ´∀`)「要らん発破ですモナね〜……あの人もまた古い人品ですモナ、まったく……あんたに対して甘すぎるモナよ、先輩は……」

( ^ω^)「それはあんたも同じでしょう、茂名刑事。即座に僕を保護する意味合いも込めての密会……しかも鬼の埴谷が外事とあっちゃ誰も手出しできませんから。僕ぁ愛されてますおねぇ」

(; ´∀`)「あーあー、そういうこと言う……肝の据わり方、やっぱおかしいですモナぁ、内藤さん……」

 そこでお互いは笑い合い、彼は勘弁してくれといった感じで、僕はお道化た感じで声を響かせた。
 やはり埴谷刑事とは違う。仏の茂名刑事を相手にしては飯も美味いし“一切の気を遣わなくて済む”から、自然体のままに過ごせるから最高だった。

272 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/17(月) 06:22:04 ID:JbYGcgkc0

( ^ω^)「さて、と……そんじゃ僕はお先に」

(; ´∀`)「あれ、もうですかモナ?」

( ^ω^)「いくら飯が美味いとは言え、流石に可愛い弟分を外で立たせたまんまってのは嫌ですんでおぉ」

 どうぞ、と言って僕は茂名刑事に一本の束――百万円を手渡す。本日の食事代と先のストーカ事件の際の迷惑料を含めた金額だった。
 多すぎないか、と呟いた彼だが僕の顔を見ると渋々と受け取り、これだから古い極道は恐ろしいんだ、と感想を零した。

(; ´∀`)「その気前のよさを江戸っ子のそれと呼べたのは、ふる〜い話ですモナぁ。極道が一度出した金を受け取れないってのは……現代においては最恐の脅し文句ですモナ」

( ^ω^)「おっおっ、それ以上に稼がせてもらいます、ってかお? 流石にそこまでバチバチにはなれませんお……そのままに受け取ってくださいお、茂名さん」

(; ´∀`)「あー、怖い怖い、こうやって借りを現物で返されちゃ立つ瀬もないですモナ……飲み直さにゃ自分のヘマに泣きそうですモナぁ〜……」

( ^ω^)「ま、今回は僕の勝ちってことで……埴谷さんにも、ざまーみろって言っといてくださいお」

 それじゃ、と僕は言葉を残して席を立つ。
 今回の流れは全て埴谷刑事と茂名刑事の思い描いた作戦であり、その真の目的は凡そのところで理解はしているものの、しかして僕は彼等の思う通りにはならんと釘を刺し、更には借りも全て返した形となる。
 或いは僕の操作に自身があったのかもしれないが、先の百万円こそが僕の意思表示であり、つまり、それを簡単に説明するならば“糞喰らえ”だ。
 僕は僕の意思にしか従わないし己の為すべきことのみを絶対としている。そこに偶々のように利害が一致すれば協力はするだろう。だが僕は彼等の犬になる気はない。

('A`)「お仕事、お疲れ様です、兄貴」

( ^ω^)「おー。なんかありがとうお、ドクオ。わざわざ見張りなんて……」

('A`)「流石に昨日の今日ですから。まして美歩の極道が油断なんぞ許す訳もないでしょう」

 その言葉に僕は薄く笑みを零し、適当に歩き出すとそれにドクオがついてくる。

273 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/17(月) 06:22:43 ID:JbYGcgkc0

( ^ω^)「そっちはどうだお、流れとしては」

('A`)「建物自体はなんとか。ただ会社の運営はまだどうにも……来月には動けるんじゃねーかと」

( ^ω^)「稼いだ金は全部ドクオにあげるお。方針やらは件の親分さんと決めてくれお」

('A`)「分かりました、兄貴……」

 了承の返事をしたドクオだが、しかし、彼の足音が止まると僕も止まり、振り返って彼を見る。
 そこには俯き、どう言葉にしようかと悩む素振りを見せる我が舎弟の困った顔があった。

(;'A`)「……兄貴、無礼を承知で訊きたいんですが」

( ^ω^)「お? なんだお――」

(;'A`)「あの事務所を足がかりに、組ぃ立ち上げる訳じゃねーんですか」

 その疑問は最もだろうな、と僕は思う。
 恐らくは僕を知る人物達は、更には僕をよく思わない人物達はそういう行動だと受け取ったに違いない。
 だが僕はそれに首をふり、ドクオへと歩み寄ると彼の肩に手を置いて、再度首を横に振った。

( ^ω^)「僕はお、ドクオ。二茶美歩組以外の組なんて作る気も、ましてや組織して運営する気だってないんだお」

(;'A`)「なら、マジであの会社は慈善事業のように、メスガキ共を世に輩出して、それに群がるだろう腐れ豚野郎共をぶっ飛ばすだけの、そんなものなんですか」

 以前までの僕を知る人物達からすればとても信じ難い話だろう。
 僕だってそんな未来のビジョンなんてなかったし、やはり僕は悪であるからして、正義を気取るつもりはなかったし、それは今も変わらない。
 けれども、僕には恩がある。自由と平和、そして普通といった、有り触れたものだが、しかして外道の人間には縁のない癒しと温もりを、可憐なる少女から幾度も頂戴している。

274 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/17(月) 06:23:17 ID:JbYGcgkc0

( ^ω^)「渡世にゃ逸れぬ義理がある……そう言っただろうお、ドクオ」

(;'A`)「……たかだか十代のガキじゃあないですか。手前等で突き進むと決めた道ですよ、何もそこまで面倒みなくったっていいんじゃねーですか」

( ^ω^)「おっお……だがそのガキ共こそが、この暗がりに満ちた世を眩い程に照らすんだお、ドクオ」

 外道であれ、邪道であれ、見据える先には深淵にも程近い闇の道のみが延々と続いている。
 だが、その道に立てども、見上げれば必ず天があり、それを見上げては花道に身を焦がれ、知らぬうちに手を伸ばしている。
 それは届かぬと知りつつも、つい、当然のように太陽へと手を伸ばすのと同じだ。
 温もりや、愛しさといった気持ちがそうさせる。天へと伸ばし、花道を見上げたままに、その絢爛と咲く様に酔いしれるからこそに、僕は光を遮る悪を認める訳にはいかない。

(;'A`)「……だぁ〜!! もう、なんなんだよあんたはっ……四年もムショん中いりゃぁボケてるのが当然だろうに、かと思えば変わらないくらいに破壊的だし!! だっつーのに妙に甘すぎるし!!」

( ^ω^)「おっおっお。飽きやしねーだろうお、この世の巷は。そういった破壊の暴君ですら暴力を封印するし、そんな封印を難なく振りほどくくらい、夢中なんだお、花道におぉ」

(;'A`)「兄さん等が見たら爆笑しますよ、マジで!! 組長も、俺らの周りも、よもやの内藤の兄貴がただ一人のメスガキの為に一肌脱ぐなんざ、マジで考えにも及ばねえ、いっそ大事件だってね!!」

と、そこまで口にしたドクオは、まるで思い出したかのように手を打った。

(;'A`)「そうだ、そうだった兄貴!! あんたぁ、そのメスガキとちゃんと連絡とれてるんで!?」

( ^ω^)「お? 麗さんとかお?」

 そう言えば昨夜の騒動の後からは連絡の一つもない。全てをドクオに丸投げした後、僕は適当な加減でその場から去ったが、それから今に至っても尚、彼女からは何のアクションもなかった。
 その事実に疑問を抱けども、僕にだって僕の予定やらがあるし、今夜に至っては茂名刑事との食事、とは名ばかりの密会もあった。故に然程気にもかけなかったし、そもそも危機は既に去っている。
 だから僕は特に気にしていなかったが、そんな僕に対してドクオは、これだからあんたは困るんだ、と愚痴をこぼした。

(;'A`)「そのメスガキですがね、連絡とれねーんですよ、今朝から……!!」

( ^ω^)「――今なんつった……?」

 よもやの情報に僕は即座に臨戦態勢となり、再度の窮地か、と思うも、しかしドクオは僕を宥めるように手を翳す。

275 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/17(月) 06:23:53 ID:JbYGcgkc0

(;'A`)「いや、そのですよ、兄貴。あのメスガキってば滅茶苦茶言うんですよ」

( ^ω^)「滅茶苦茶だぁ……? そりゃなんだってんだお、まさか働きたくないとか、やっぱ尻込みしたとか――」

(;'A`)「いやね、それは大丈夫なんですよ。けれどすっかり昨夜の件で怯えちまったのかなんなのか、すっげー我儘を口にしやがりまして……」

 勿体ぶるような台詞だが、事実、彼はどう伝えたものかと非常に悩んでいる様子だった。
 それから察するに、恐らくは僕も関連する事情だろうな、と察する。
 或いは彼女が僕に恐怖し、もうあんな人物とかかわりたくないだとか、理解が及ばないながらも大金のやり取りや暴力の痕跡を前に、やはり芸能界は末恐ろしい場所だと意気消沈したのかもしれない。
 そうとなれば僕には大きな責任があるだろう。彼女の為を思ったが故の行動だったが、そうだ、そもそもが全て裏目に出た場合、僕の行動は全て無意味なものに――

(;'A`)「兄貴じゃなきゃ嫌だ、との、ことで」

( ^ω^)「……はい?」

(;'A`)「いやだから、あー……マネジャーなんですけどね……内藤の兄貴じゃなきゃ“怖くて仕事が出来そうにない”とか、ナマ言いやがりましてね……」

( ^ω^)

( ^ω^)

( ^ω^)









( ^ω^)「はい???????????」

276 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/17(月) 06:24:17 ID:JbYGcgkc0

 なんじゃそれは、と理解が及ばずに疑問符を浮かべていると、ふと、ポケットに仕舞い込んでいたスマートフォンが震動した。
 それを引きずり出し、画面を起動させ、今し方の着信からアプリを呼び起こせば、そこには件の姫君からの、何故かお怒り気味なお言葉が綴られていた。

( ^ω^)「“今どこですか”……」

 絵文字の一つもなく、顔文字すらもなく、そのシンプルな文面を読み上げて僕はドクオを見つめる。
 それにドクオはかぶりを振り、だからガキなんぞ相手にするのは嫌でしょう、と言う。
 その台詞に頷きそうになった。嫌な予感がしたし、よもや想像から思い切り外れた彼女の駄々には、流石の僕でも頭を抱えたくなる程だった。

(;'A`)「そのガキの為だってんなら、ちゃんとケツくらい手前で拭かねえとですよ、兄貴」

( ^ω^)「え、僕? 僕なの原因?」

(;'A`)「まー当人からすりゃそうなんじゃないすかね。この文面……兄貴ぃ、今日何かメッセージとか送ったりは……?」

( ^ω^)「いや仕事だったし、忙しかったし」

(;'A`)「あ〜〜〜……」

 こりゃダメだな、とドクオは呟くと俯く。

(;'A`)「……兎角、この様子じゃ今すぐに会ってナシつけた方がいいっすよ、兄貴」

(; ^ω^)「今からぁ? いやいや、だってもう、そんな、僕の役割は違うお? 必要な時に害悪をぶっ潰しておぉ、それ以外の僕は単なる客で――」

(;'A`)「その客としての立場すらも失くしたらどうすんです。そのメスガキが音楽活動を止めちまったら、なーんもかんも意味なくなりますよ」

(; ^ω^)「い、いやいや大袈裟な。そんな、いやまさか、ほら、ねぇ……?」

(;'A`)「…………」

(; ^ω^)「…………」

(;'A`)「……うちの稼ぎ頭になる予定の将来有望なガキですんで。さっさとナシつけてきてください、兄貴」

(; ^ω^)「……マジでかー……」

 胃が痛くなる。予想だにしない展開なのもそうだが、何故にそうもお怒りであらせられるのかも分からないからだ。
 僕は一度深呼吸をして、アプリを起動すると、遜ったように“駅の近くにおります”と打ち込み、既読が即座についた瞬間、こりゃ虎視のそれだと項垂れた。

277 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/17(月) 06:24:55 ID:JbYGcgkc0



 十 了



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278 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/17(月) 06:25:41 ID:JbYGcgkc0
本日はここまで。おまけはお休み
感想や乙等、ありがとうございます。心底嬉しい限りです
それではまた次回、おじゃんでございました

279名無しさん:2020/08/17(月) 09:53:22 ID:PIrP6v5U0


280名無しさん:2020/08/17(月) 11:18:56 ID:FIfXAwkA0

デレも芯が強いなw

281名無しさん:2020/08/17(月) 16:59:53 ID:tFxa4mk.0
otsu

282名無しさん:2020/08/17(月) 19:19:20 ID:cyM7y7Ts0
おつんぬ

283名無しさん:2020/08/17(月) 21:09:52 ID:Uo3x6gAA0
ますます桐生ちゃんぽい

284名無しさん:2020/08/17(月) 21:28:56 ID:68GfA7Qw0
龍が如くと思っていたらアイマスだった

285名無しさん:2020/08/19(水) 19:17:24 ID:o80i5DZ60
おつ!
ドクオ口悪いなあ
どこまでやっていくかがわからないから楽しみ

286 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/23(日) 14:37:05 ID:TMix5Qbk0



 十一



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287 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/23(日) 14:37:42 ID:TMix5Qbk0

 夜と言えども夏は当然に暑い。十分袖のパーカーは汗を吸い、のしかかるようなフードも煩わしい。
 自然と首筋に汗が流れる程で、やはり南の土地は関東よりも温度も湿度も高かった。
 そんな真夏の夜に僕は息を切らして走っていた。目的の場所に差し掛かると呼吸を整えて汗を拭う。
 若い頃のように体力が無限に湧いてくる身体とは違う。歳相応であり、如何に普通の人々より丈夫な部類とは言え、それでも時の経過には抗えなかった。

(; ^ω^)(えーと、確かここの公園かお? 隣の町だけども、駅前で助かったお、分かりやすい……)

 最終の地下鉄に乗り、僕は件の姫君に呼び出されて目的の公園までやってきた。
 何も走る必要はなかったが、言外の圧力というか、何故か急かされるものがあった。
 相手は幼い子供だが、子供である以前に女性だ。女性は怒らせると恐ろしいもので、それは世の男性の多くが理解している事柄だろう。
 故に、僕は何故にかは不明ではあるが、御立腹であらせられる姫君に一秒でも早く会うために駆けつけた。

(; ^ω^)(お、いたお……)

 今時の公園には遊具の一つもなくて、あったとしても安全の為にか紐や何かしらの補助器具で固定されている。
 これじゃ子供の怪我は増すばかりだろう。危険の学習なんてものは体験して得ることが往々だ。親の心子知らずとは言え、子の身体親知らずとは本末転倒と言える。
 そんなことを考えながらも、僕はブランコに腰かけて孤独を漫喫する少女を発見した。
 暗い表情の彼女は俯き加減で静かに揺られている。僕は発見と同時に足先を定め、ゆっくりと迫り、やがて目の前に立つと彼女へと声をかける。

(; ^ω^)「こんばんはですお、麗さん」

ζ(゚- ゚*ζ「……平治さん」

 彼女こそは出流麗。地下アイドルのデレとして地元では名が知れる立場であり、先日には見事にインディレーベルと契約を結ぶに至る。
 とは言え現状、事務所は機能せず、運営の再開も一月の時間を要する。
 ある意味では猶予にも等しく、大きく様変わりをする会社の体制は今後の運営の命運を別つとも言えるだろう。
 そこには当然僕の目があり、その企業自体も僕の舎弟の持ち物となる。実質的には僕の管理下だが、勿論それは内々のみが知る実情だ。

288 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/23(日) 14:38:20 ID:TMix5Qbk0

(; ^ω^)「いやしかし暑いですおね、こっちの夏は。夜も変わらずに蒸してるし……やっぱり海が近いからですかおね」

 呟きつつ彼女の顔色を窺う。
 先のメッセージを思い返すと、やはり彼女は怒りを抱くように思えたが、けれども対面してみるとそれとは対極の様だった。
 それは萎れた花のようで、怒るというよりかは哀しみを抱くような、どことなく暗い心持ちに見えた。

(; ^ω^)「……元気、ないですおね」

ζ(゚- ゚*ζ「……まあ、昨日の今日ですから」

 そう呟く彼女は、昨夜の騒ぎを思い返しているようだった。
 全ての説明はしていない。何故に僕が殴り込みをかけたのか、何故に僕が買収をしたのか等々、それらを語るつもりがなかった。
 何せ知る必要がないからだ。未だ幼く、闇を知らないであろう子供に真実を語ってどうなるというのだろう。
 それこそは無粋というか野暮、よりかは無駄でもあるし、不要な心配やら不安を抱かせては今後の活動にも影響するだろう。

( ^ω^)「……隣、失礼しますお」

 完全に呼吸が整い、汗も引いた頃になって僕は隣のブランコに腰かける。
 幼少以来に座るブランコだが特に感想はない。ただただ僕の視線は彼女にのみ向かっている。

( ^ω^)「…………」

ζ(゚- ゚*ζ「…………」

 僕達は無言だった。僕は彼女に呼び出された訳だが、僕から語るような内容はない。
 或いは彼女はそれを待ち望んでいるのかもしれないが、僕はやはり、何も口にするつもりはない。
 多くの疑問を持つのは当然だろう。何となくのところで僕の正体にも気が付いているだろう。
 だが様々な事実を僕の口から語る理由が存在しない。僕と彼女は所詮は他人の関係であり、演者と観客の間柄だ。
 確かに外で会ったり食事をしたりはする。だがそれ以上に踏み込むこともなく、昨夜の出来事も僕個人のエゴが由来する。

289 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/23(日) 14:38:55 ID:TMix5Qbk0

ζ(゚- ゚*ζ「……平治さんは」

( ^ω^)「…………」

ζ(゚- ゚*ζ「…………」

 何かを口にしかけて彼女は黙る。きっと、彼女には訊きたいことが山ほどもあって、それを整理も出来ずにいるのだろう。
 ただ、やはり、僕は何も言わない。彼女が口にする疑問というのは凡そではあるが見当はつく。ではそれに対する僕は、その問いを向けられた際、素直に答えを口にするか――

ζ(゚- ゚*ζ「……お金持ちと?」

( ^ω^)「……へぇえ???」

 何とも気の抜けた声が出てしまった。よもやそんな可愛らしい質問をされるとは思いもしなかった。
 てっきり確信をつくかと思えばそうでもなく、しかして“お金持ち”という表現があまりにも初心で、僕は何だか肩の力が抜けた気分だった。

( ^ω^)「おー……お金はないですお、全然……働かなきゃ食っていけないですお」

ζ(゚- ゚*ζ「……あんな大金をぽんと出したのに?」

( ^ω^)「あれはまあ、色々ですお」

ζ(゚- ゚*ζ「色々」

( ^ω^)「そう、色々……色々なんですお」

 不思議と先までの緊張感はなくなり、僕と彼女の間には落ち着いたような、和やかとはまた違うが、けれども穏やかな空気があった。
 僕は軽くブランコを揺らすと俯いてそう言う。その言葉に彼女も俯くと、小さく笑った。

ζ(゚- ゚*ζ「大人って色々がありすぎると思うんですよね」

( ^ω^)「まあ、大人ですから。ある程度生きてると、それこそ色々なことがあるんですお」

 それは経験も含めてもいい。人には歴史がある。それが善かれ悪しかれ、美しかろうが汚かろうが、生きている事実からして歩んできた道が必ずある。
 結果として今の自分があり、今に至るまでに様々な物を手にし、または手放してきた。それは世の大人全員が同じだ。

290 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/23(日) 14:39:52 ID:TMix5Qbk0

ζ(゚- ゚*ζ「その色々があると、他人であっても見過ごせないような性分になるんですかね」

( ^ω^)「…………」

 彼女の台詞に僕は閉口する。
 僕を見つめているのが分かる。それを察するが故に僕は視線を地に這わせている。

ζ(゚- ゚*ζ「黒い噂は、噂程度には知ってたんです。けどそういうのって、ほら、都市伝説みたいなもんじゃないですか。そもそも実感だって得られないでしょう」

( ^ω^)「…………」

ζ(゚- ゚*ζ「けど当事者になると“あ、やっぱり本当なんだ”って……私もそういうことをするんだなって、ふんわりとだけど思いました」

 果たして昨夜、僕が全てを破壊しなかった場合どうなっていただろう。
 あの日に闇に沈むことはなかったかもしれない。だが彼女の今後は間違いなく闇に染まったはずだ。
 その“通過儀礼”を果たせば確実とまではいかずとも世に名が知れるようにはなる。己の身体と心を犠牲にすれば夢を叶えることが出来る。

ζ(゚- ゚*ζ「別に覚悟がなかった訳じゃないんですよ。そもそも地下アイドルって、普通、売れないし、メジャーに行くことだって稀も稀なんですよ。事務所に所属出来るだけでも奇跡なくらいで」

 俯いたままに彼女は言葉を続ける。

ζ(゚- ゚*ζ「だからオファーがきた時は舞い上がっちゃって。同時に不安もあったけど、でも、平治さんが背中を押してくれたから、あの時は本当に前向きになれましたし……頑張ろうって思えた」

 その言葉に彼女は拳を握る。
 小さくて細い手だった。傷の一つもなく、不相応な皺もなく、爪の先まで綺麗で、それこそは無垢であり、清純を物語っていた。

ζ( - *ζ「……本当に頑張れたんですかね、私。そういう状況になった時、全部は夢の為だからって……頷けたんですかね?」

( ^ω^)「…………」

ζ( - *ζ「あの子を見た時、察してたんです。ああ、可愛そうなことをされたんだろうなって。それで……平治さんが余計に怒っちゃったんだろうなって」

“余計に怒った”という言葉に僕は察する。
 やはりというか、彼女も経緯はある程度把握してる様子だ。誰が語ったかは不明だが、これで僕の正体は完全にバレたも同義だった。

291 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/23(日) 14:41:16 ID:TMix5Qbk0

ζ( - *ζ「……色々を抱えた人は、どうしてそうも出来るんですか?」

( ^ω^)「……嫌なものを見たくないだけですお」

ζ( - *ζ「でも、それがこの業界の通例で――」

( ^ω^)「だとしても」

 僕は言葉を遮り強く声を出した。

( ^ω^)「その通例だとか普通だとか当たり前だとかを受け入れる道理はないですお。ましてそれを暗黙のルールにするだの、可笑しいでしょう」

ζ( - *ζ「……その可笑しい状況に多くの人達が関わってるじゃないですか。今、最前線で輝いてる人たちだって、みんな通ってきた道じゃないですか」

 言葉の裏側に感じるのは“私だけが助かったことに対する自己嫌悪”だった。
 ある意味は罪の意識だろう。被害の一つもなく、どころか今後は護られる立場であり、それは贔屓のままだろうし、今後それを押し通すとしても障害は無数に出てくる。
 様々な感情があると察する。葛藤もあるだろうと理解する。それでも僕はかぶりを振ると、彼女へと視線を移した。

( ^ω^)「先達の人たちは何を思いますかおね、麗さん。今後続くであろう夢を見る子供たちも同じ目に遭えばいいとか、いっそ闇に沈めと思うでしょうかおね」

ζ( - *ζ「…………」

( ^ω^)「中にはそういう人種もいるでしょうお。でもその数と同じくらい……闇を憎む人たちもいるでしょうお。被害がなくなれば、平和になればと思う人もいるでしょうお」

 芸能界は常に競争の世界であり弱肉強食のそれだ。故にライバルは蹴落とすし目障りな誰かを潰すし碌な争い方なんてものはない。
 だがそれであっても、その馬鹿げた喧嘩に付き合う理由もないし、結局、負の感情で動く程度の人間なんてものはその程度であり、ほっといてもいつかは自滅をするのが往々だ。

( ^ω^)「先達の人たちを救うことは出来ませんお。ですがこれからの新世代をあるべき普通へと導くことは出来ますお。中にはそういう手段を必要とする子供は絶えないでしょうお。
      でも夢を食い物にして闇に無理矢理沈められるような悪の所業は……潰せるんですお」

 無知蒙昧と嘲るのは筋違いだ。それは強盗が“財布を盗まれやすい場所に置く方が悪い”と口にするのと同程度の愚かな様だ。
 どうあっても他者を傷つけたり騙したり付け入ったりする方が悪だ。自衛出来ない人物を悪と断ずるならば悪を手段とし欲を目的とする腐れ共は畜生以下ではないのか。

292 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/23(日) 14:42:36 ID:TMix5Qbk0

( ^ω^)「そう簡単に変わる世界ではないですお。それは重々承知ですお。けれども……あなたがそれに沈むのだけは、見ていられんのですお」

ζ( - *ζ「……そういうの、ずるいんですよ、平治さん」

 或いは彼女の立場を幸運だと思う誰ぞかもいるかもしれない。何故にお前だけが特別なのだと泣き叫ぶ少年少女に今後出会い、罵詈雑言を叩きつけられるかもしれない。
 だがそうであるならば大きなチャンスであり、変革を得る機会そのものであり、何故ならば僕がその少年少女達を買い付けることも可能だからだ。
 それは金の問題ではない。非現実的であっても僕は夢を食い物にする豚共を許すつもりはない。僕の目が届き、そして手が届く範囲であるならば、可能な限りその力を惜しまずに行使する腹積もりだ、
 それが僕の仕出かした暴力に対するケジメだからだ。それが責任を果たすというものだからだ。

( ^ω^)「……あなたがその魁となってくださいお、麗さん。それが僕があなたに託す気持ちですお」

ζ( - *ζ「勝手ですよ、そんなの。知らぬ間に助けて、知らぬ間に義理を押し付けるようなものじゃないですか」

( ^ω^)「それが“僕達”の専売特許ですから」

ζ( - *ζ「まるでヤクザみたいなことを言いますね」

( ^ω^)「……おっおっ」

 誤魔化すように僕は笑うと立ち上がる。
 背を向けたままに僕は彼女に言葉を紡ぐ。

( ^ω^)「……駆け抜けてくださいお、その花道を。僕みたいな外道を救ってくれたように、世の多くの人々を元気にしてあげてくださいお」

 ドクオという看板は言わずもがな強い。元より僕の右腕であり、先の抗争の生き残りでもあるからだ。
 その事実だけでも多くの企業は身震いするだろうし、その裏に僕の存在があると分かれば尚のこと手出しは難しくなる。
 傍から見れば完全に極道のそれだろう。だが名乗ることはないし、僕は二度とその道に戻るつもりもない。
 だから安心して突っ走るべきだ。そう生きると決めたのであれば止まってはならない。障害となり得るものは全て陰で粉砕し、彼女はめもすまに走り続けるだけでいい。

ζ( - *ζ「……そういうのが勝手だって言ってるんですよ」

( ^ω^)「お……」

ζ( - *ζ「そりゃ助けられたことは心底感謝してますよ。でもそれとはまた別に、なんだってこうも煮え切らんのかと、ムカムカするったい……」

 背を向けて歩き出そうとした僕だが、背後で立ち上がる気配を感じる。
 更には先よりも棘のある言い方で、僕は振り向いて彼女と対峙する。

293 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/23(日) 14:45:43 ID:TMix5Qbk0

ζ( - *ζ「全部勝手ったい……期待も、義理も、自己完結の様々も、そうやっていつもどことなく壁をつくって背を向けるのも、何もかも勝手とよ……
       まるで踏み入ることすら許されんような気になる、近づくなと言われてる気分になるとよ」

 呟くような声量だったのに、彼女は言葉を口にする程に語気が荒れてきた。
 それを受けて、僕は知らぬ間に後退っている。つまり、僕は彼女から溢れる不穏な空気に気おされていた。

ζ( д *ζ「格好いいとでも思っとると? 裏で動いて危機を潰して、それで自己満足に浸って会社まで買収して、挙句は舎弟に運営を放り投げて……それは格好いいと?」

 彼女は確かな足取りで迫ってくる。
 次第に俯いていた顔が正面を向き、僕は彼女の表情を見て背筋に嫌な汗が伝った。

ζ( д #ζ「平治さん、あんたなんも分かっとらん……なんもかんも、全然っ……分かっとらんったい!!」

 それは正しく般若の面だった。元より般若は鬼女であり恨みや嫉妬の意味合いを持つ。
 ただ、今、僕の目の前に立つ般若は憤怒のそれであり、捲し立てる勢いに僕は再度後退った。

ζ(゚д゚#ζ「なんが男らしいことがあるかね!! あんたぁそりゃ満足かもしれんけど!! 結局矢面に立って戦うのは私とかドクオさんじゃなかと!?
       それで都合よく“われぁ裏で嫌なもの消すけん”なんてあまりにも身勝手たい!!」

(; ^ω^)「れ、麗さん?」

ζ(゚д゚#ζ「無責任じゃ言うとるとよ!! 好き放題暴れてそりゃ楽しかろう!! どこぞのヤクザもひれ伏すくらいに危なかろうてことは分かっとう!!
       けどそんなん知らん!! 私はそんなんどうでもよかとよ!!」

 手を掴まれ、僕は迫る彼女の顔に息を呑む。

ζ(゚д゚#ζ「何が外道ったい!! 何が世の人々に元気を云々じゃ!! そんなん知らん、私ぁ知らん!! 私ぁあんたが無理くり理由作って遠巻きにいよるのがいっちゃん気に食わん!!」

(; ^ω^)「――……」

ζ(゚д゚。#ζ「なんで逃げよるか!! 他人任せにしよるか!! 手前で上等切るならケツまで拭くんが道理やろが!! それが本当の“任侠”と呼べるんじゃなかと!?」

 逃げる、他人任せ――そう言われて僕は、果たして僕は、他者から見た時にそう思えるのか、と自問する。
 だが、今に至るまでに、僕は茂名刑事からもドクオからも似たような台詞を向けられた。
 ケジメをつけろと、ケツを拭けと。僕は僕なりに僕の思うやり方で清算を果たすつもりだった。けれども、その姿は、もしかしたら、違うように見えていたのかもしれない。

294 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/23(日) 14:48:33 ID:TMix5Qbk0




ζ(;д;#ζ「別に怖くなかと!! 私ぁ平治さんを怖くなんて思わん!! だから逃げんでよっ……何もかも事後で、何も言わんままで、澄ました顔で背を向けんでよ!!」



( ^ω^)「――……」




 ああ、と思った。彼女のその叫びを聞いて、僕はようやく自分の偽っていただろう本心に気が付いた。

( ^ω^)(怖くない、かお……僕は、怖がられたくなかったのかお?)

 それは突き放すような形に見えたのかもしれない。あれしてやるだの、これしてやるだの、それは確かに大義名分としては成り立つ形だろう。
 だが、僕のその姿というのは、逃げているようにも見えるのかもしれない。
 僕は陰ながらに彼女を護るつもりだし、その為に今回の騒動を仕出かした。
 けれども、ドクオに会社を任せ、件の一家に事後処理を任せ、埴谷刑事や茂名刑事やらには尻拭いかのように護られ、今現在は一人の少女を泣かせている。
 それらは全て中途半端だし、少女を泣かせた事実は最悪のそのものと言える。

( ^ω^)(どうあっても僕は注目を集めるし、結局、手段だって暴力くらいしかないお。だからきっと彼女の傍にいれば彼女を傷つけてしまうお。だったら表立たず、裏で動けばいい)

 それは僕の考える理想の形だ。だがここには肝心のものが抜け落ちている。
 僕の考える構想の全ては“僕だけの意思で成り立っている”ものであり、会社を任されたドクオや件の親分は僕の意思に従い行動しているだけで、そも、事務所に所属している人々は巻き込まれた形だ。
 そんな最中に、僕の役割は暴力だけだからと言って身を隠すだとか、彼女達のてんやわんやとした光景を無視して暗躍するというのは、果たして身勝手のままではないか。
 或いはそれによって、確かに彼女達を護ることは出来るかもしれない。けれども彼女達本人の心の内というのは分かったものではない。

295 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/23(日) 14:50:10 ID:TMix5Qbk0

( ^ω^)(聞く必要はないだの、確かめる意味もないだの、全部麗さん本人のことなのにお……それってのは、拒絶にも等しい、黙殺のそれじゃねーのかお)

 踏み込ませたくないのは本心だし、やはり解決出来るのであれば僕一人がそれを達成すればいい。
 何せ慣れっこだからだ。それしか僕には得意なことがないからだ。
 でも実際のところ、僕のそういった姿勢というのは偽りなのかもしれない。本心では、僕のそういった荒れ狂う様に怯えてしまう彼女達を見たくなかったのかもしれない。

( ^ω^)(手前のことってのは、存外、分からんもんだおね……)

 僕一人が泥を被ることを彼女は間違いだという。当人を差し置いて勝手に傷つくのは身勝手だという。
 そうなのかもしれないな、と思う。これが他人の仲であるならば好きにしろと思うだろう。けれども、果たして僕と彼女は他人の間柄であると断言できるのか。
 夜遅くまで通話をするだとか、飯を食いに行くだとか、挙句毎度のライブには必ず駆けつけるだとか――彼女の為を思って一つの事務所を潰すだとか。
 そんな僕と彼女の関係性というのは、きっと、簡単なものではないのではないか。

ζ(;д;#ζ「うぐーっ……ひぐっ……!」

( ^ω^)「…………」

 涙やら鼻水やら、なんとも盛大に面が崩れた彼女は、なんとも盛大に本心を見せてくれた。
 本人にしか分かり得ない感情があるのだろう。様々な思いが駆け巡り、今、それが爆発したのだろう。
 僕は納得をした訳ではない。僕のやり方は確かに他人任せでもあり身勝手でもあるとは思う。だがそうしなければ護れないこともこの世にはある。
 けれども、それはきっと、“色々”を経験した身でしか理解出来ないものであり、彼女のように若い子には到底想像も及ばない域の世界だ。
 だから甘い考えだと一蹴することも出来る。出来るが、それでも、彼女の抱く情熱は優しさを意味したし、僕はそれを受けて穏やかな気持ちになった。

( ^ω^)「……ハンカチ、どうぞですお」

ζ(;д;#ζ「っ……あ゙いっ……」

 パーカーのポケットから取り出し、それを彼女に手渡す。
 受け取った彼女はそれで涙やら鼻水やらを拭うが、それでも嗚咽は止まらなかった。

( ^ω^)「……逃げてるように見えましたかおね、僕は。あなたに背を向けていましたかおね」

ζ(;д;#ζ「だって何も言ってくれないし、何も連絡してもくれないし、さっさと帰っちゃうし……!!」

 ああ、そりゃあ当然ふざけた野郎に見えるな、と僕は己の行動を振り返って呆れかえる。
 先程ドクオに言われた台詞を思い返すと、そりゃ男としちゃダメだろうな、とようやく合点した。

296 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/23(日) 14:51:27 ID:TMix5Qbk0

( ^ω^)「……当人が他人に説明を任せるだとか、護るべき対象を他人に委ねるだとか、そりゃあ……無責任ですおねぇ」

ζ(;- ;#ζ「……それに嘘もつきようし」

( ^ω^)「……あの時はこんな関係になるとは思いませんでしたから」

ζ(;- ;#ζ「あの刑事さん、友達じゃないでしょう?」

( ^ω^)「ええ。寧ろ敵ですお。それも因縁の関係ですおね」

ζ(;へ;#ζ「……なんしてそうも平気で嘘をつくとっ……」

( ^ω^)「……関わらせたくないですから」

ζ(;д;#ζ「それを決めるのは私ったい……!!」

( ^ω^)「おっおっ……ええ、そうですおね。そりゃ、それが当たり前なんですおねぇ……だって当人の意思ですからお。何してんですかおね、僕は」

 僕は空を見上げる。この日の空も、やはりと言うか、毎度というか、星の数は少なかった。
 けれども、僕の望む星の輝きよりもいっそうに煌めくのは彼女の涙で、抱く罪悪感も加味してか、その眩さには目を伏せたくなる。

( ^ω^)「……ドクオに駄々をこねたと聞きましたお。それも滅茶苦茶問題のある我儘ですお」

ζ(;д;#ζ「……最強の護衛になるとよ」

( ^ω^)「ですがそれは同時に危険を招きますお。あなたの思っている以上に世は複雑なんですお、麗さん」

ζ(;д;#ζ「さっきから言っとるやろ。そんなん知らん、私ぁ知らんって」

 彼女が涙で潤む瞳で僕を強く見つめる。
 その輝きはやはり眩くて、直視出来ない程に強くて、僕はいつものように視線を逸らそうとした。
 だが、そんな僕の癖を知るかのように、彼女は僕の手を力強く掴むと、僕の目をしっかりと捉えて、こう言った。

297 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/23(日) 14:52:25 ID:TMix5Qbk0





ζ(;д;#ζ「見せてあげたいっちゃん、平治さんに……!! そうも身を焦がすなら一緒に行けばいいとよ……!! 外道に咲く花道だってあるとよ、平治さんも花道を歩めるとよ……!!」


( ^ω^)「外道に咲く花道……? おっお、そんなん、ある訳が――」


ζ(;д;#ζ「あるったい!! 平治さんが傍にいれば私は絶対に走り続けられる!! そしたら絶対に見せてあげられるったい、外道の花道を!!」





.

298 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/23(日) 14:53:33 ID:TMix5Qbk0



 外道の花道は在り得てなるのだろうか。

 そればかりを、悪ばかりを手段としてきた僕にその資格があるのだろうか。

 彼女はどこまでも世間知らずのお子ちゃまでしかない。

 そうやって突き放すのが一番手っ取り早い。

 けれども、僕はその言葉に胸が熱くなる。

 夢を見ているのは、もしかしたら僕も同じなのかもしれない。

 ステージで輝く彼女を見続けたが故に、僕もその熱に中てられたのかもしれない。



.

299 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/23(日) 14:54:13 ID:TMix5Qbk0




ζ(;д;#ζ「だからマネージャーになって私の傍におってよ!! 私を護って、そんで一緒に花道を突っ走ってよ、平治さん!!」



 これだから小娘は――そう言いたいのに、僕は言葉を探せないでいる。
 ただ、僕は彼女の泣きじゃくる様が見ていられないから、どうにも落ち着かない気持ちだから、自然な形で頭を撫でてやった。
 そしてまた、これもとても自然的なもので、僕は別に、特に意識もしていないし、ただ、こう、風に頬を撫でられてくすぐったかったから、縦に首を振っただけだ。
 そこに何も特別なものはない。揺れる麗しの花の薫香を聞けば誰だって頬を緩ませて笑みを浮かべるのと同じことだ。
 だから僕は何も意外な真似なんてしちゃいない。泣きじゃくる彼女の頭を撫でて、静かに頷いて、胸に飛び込んできた彼女を宥めてやる程度の、そんな当たり前のことをするだけ。
 そう、何一つ、意外なことは、何も、何も。

300 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/23(日) 14:54:33 ID:TMix5Qbk0



 十一 了



.

301 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/23(日) 14:55:07 ID:TMix5Qbk0
本日はここまで。おまけは今回もお休みで
それではまた次回。おじゃんでございました

302名無しさん:2020/08/23(日) 15:01:18 ID:4SSMV4eY0
初リアタイktkr



303名無しさん:2020/08/23(日) 22:39:18 ID:KQ56ertg0

強い子やのう

304名無しさん:2020/08/23(日) 23:27:01 ID:UB8h1quA0
すっごくいい!ケジメとして最後まで面倒みるとか当然だよね!

305名無しさん:2020/08/24(月) 20:24:02 ID:q9gImy8g0

少しデレの発言にイラッとしてしまったけど冷静になって読んだらそりゃそれぞれの視点から物を言ってるいるんだからそうなるのも分からなくはないよなって納得した
そして内藤の地の文いいなー

306 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/30(日) 23:27:24 ID:5YJqcv.k0



 十二



.

307 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/30(日) 23:27:45 ID:5YJqcv.k0

(=゚ω゚)ノ「今月いっぱいで、かい……」

( ^ω^)「本当に急なお話になってしまって申し訳ございませんお、料理長……」

 腕を組み、眉間に皺をつくる彼に僕は頭を下げる。
 夕暮れ時の休憩室で僕は今月限りで辞職をすると告げた。料理長は小さく唸ると目を伏せ、言葉を選ぶように紡ぎ出す。

(=゚ω゚)ノ「仕事が嫌になった、って訳じゃないんだろう、内藤さん」

( ^ω^)「それは勿論ですお。むしろ雇っていただいた上に寝床まで頂いて、散々お世話になった身ですから……嫌になるだなんて、とても」

(=゚ω゚)ノ「やっぱぁ、あんたぁ出来た人間だよ。仕事もマジメだったし礼節も心掛けてる。そうとなると……大きな理由でも出来たのかい?」

 昔気質の、それこそ昭和の頑固親父にも思える料理長だが、彼に怒りの感情はなく、どころか心配を寄せられる。
 恐らく、若い世代の人々は余計な世話だとか、詮索される謂れはないだとか、そういった風に思うのかもしれない。
 だが、これもまた人情であり、それこそ古い日本人の良さであると僕は思っている。僕個人としてもそういう人間が好みだった。

( ^ω^)「……やらなきゃいけないことが出来たんですお」

(=゚ω゚)ノ「……そいつは義理の形なのかい?」

( ^ω^)「そうですおね、本当なら義理と言うべきことなのかもしれませんお。けども……」

 窓辺からさす夕日を見つめる。その先に浮かぶ雲を割くように飛行機が飛んでいた。
 今更ながらに実感をする。遠い地にきたものだと。既にこの土地に越してきて二カ月と余にもなるが、存外、地に足がついてきたというか、土地柄にも慣れてきている。
 人の適応能力というのは思った以上に優れているのかもしれない。結局、僕は普通だとか自由というものに慣れることは出来なかったが、それ等に触れたおかげか、より一層に己の立場を自覚することが出来た。

( ^ω^)「それもまた手前の道なんですお。義理だ人情だと言葉を持ち寄っても、手前が出張れば……“極道”になるんですお、料理長」

 僕の得手はやはり暴力に尽きる。それのみを絶対の手段とすることが出来る。
 再度闇の世界に殴り込みをかけることになれども、四年のブランクがあろうとも、一歩を踏み出せば止まれない、己は猪武者のままだと。

308 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/30(日) 23:28:19 ID:5YJqcv.k0

(=゚ω゚)ノ「あんたぁ、つええ人さ、内藤さん。耐え忍ぶことも知っているし、義理の為とあれば出張る、と……俺のところで働いてりゃ、平和になれたろうに」

( ^ω^)「……永劫に続く平和は、あるんでしょうかおね、料理長」

(=゚ω゚)ノ「そいつは難しい話さ。けどもよ、あんたはそれを違えぬようにとしていたろう。俺の調理場でもよ」

 煙草を銜えた彼は深く煙を喫むとゆっくりと紫煙を吐き出す。

(=゚ω゚)-~「……暑かったろう、下に着てちゃ」

( ^ω^)「……晒せませんから」

(=゚ω゚)-~「その男気が大事なんだ。何よりも持たなきゃならねえものなんだ。それを今の若いジャリ共は分からんだろう。平気で悪ぶって他者を威圧したり手前のアホの程を自慢気に口にする」

 僕は僕の過去を誰にも告げていない。だが察するものがあったのか、或いはそういう人物達とも所縁があるのか、料理長は目を細めて小さく笑う。

(=゚ω゚)-~「時代は変わったよな、内藤さん。生きにくいだろう」

( ^ω^)「……いつの世であれ変わりはありませんお。手前の道を往くまでですお」

(=-ω゚)-~「はっはっは……やっぱいい男だ、こんなにも惜しい人材を手放すことになるとはな……けども止まれねえんだろう、きっと。あんたはそういう人間なんだろう」

 或いは、彼はその優しさで、僕を引き留めようとしていたのかもしれない。
 僕の過去を知らずとも、それでも僕の抱く覚悟だとか信念を感じ取り、凡そ普通とは程遠い道を歩まんとする部下を、どうにか出来ないものかと説得しようとしていたのかもしれない。
 有難い気持ちでいっぱいだった。けれども僕は彼の言葉に頷き、真っ直ぐに見据えて言葉を紡ぐ。

( ^ω^)「それが己の“極道”ですから」

(=-ω゚)-~「……いい面魂だ。時代にゃまったくそぐわねえが、それでも久しく一本の“任侠”を見せてもらったよ」

 やれやれ、と彼は天を仰ぐと諦めたように溜息を吐く。
 その様に僕は頭を下げ、立ち上がると、改めて深く頭を下げた。

309 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/30(日) 23:28:46 ID:5YJqcv.k0

( ^ω^)「残る今月のケツまで。どうかよろしくお願いいたしますお、調理長」

(=゚ω゚)-~「ははは……おうよ、ビシバシいっからよぉ、しっかりついてこいよ、内藤さん?」

( ^ω^)「おっおっ……はいですお」

 本当に、僕は恵まれていたと思える。
 偶然のことではあったが、住み込みの形で、従業員の多くも“大人”ばかりで、こういう際になれば人情味に溢れている。
 僕はここで骨を埋めるべきだったかもしれない。先々で関与した数多の事柄を無視し、警察等の監視やらも無視し、平凡のままに、普通や自由に戸惑いつつも、死ぬ時まで鍋を振っていたらよかったのかもしれない。
 それこそが、きっと、世でいうところの平和や自由や普通というもので、そう思うと、なんだ、己も手を伸ばせばそれを簡単に掴めたのではないか、と呆気のない気持ちにもなる。

( ^ω^)(それでも……十分に味わえたから、もう、いいんだお)

 料理長との会話を終え、自室に戻ると私服に着替える。
 どこからどう見ても普通のおっさんの格好だ。濃い灰色のパーカーに黒いパンツに踵の擦れたスニーカーの出で立ちなんてどこにでもいる。
 ただ、人と違うのは全身を覆う彫り物と無数の古傷、そして過去の経歴くらいだ。
 その“くらい”が大きなギャップを生むのかもしれない。だがそんな過去があったからこそに僕は僕の思う道を突き進むことが出来る。

( ^ω^)(次第に組織化も完了するお。そうなるまでにどれだけ地盤を固められるか……時間はないにも等しかったけども、それでも親分さんやドクオには多くのパイプがある)

 ホテルから足を踏み出し、少しばかり夕暮れの道を歩く。
 通りには人々が行き交い、次第に宵へと移れば人の波も増すだろう。
 そんな逢魔が時に、僕は視線の先に停まっている車両へと足を進める。
 黒塗りの国産セダンはフルスモークの外観で、あまりにもあからさまだったが、しかし文句を言うのは筋違いであると僕は諦めた。
 僕の接近を悟ったように運転席からスーツ姿の男が現れ、流れるような動作で僕に頭を下げる。

('A`)「お疲れ様です、兄貴。お迎えに参りました」

( ^ω^)「おー……こりゃまた見たまんまのヤクザカーだおね……どうしたんだお、このLS」

('A`)「件の親分さんが好きに使え、と仰いまして。兄貴にはもっと上の車両がよかったんですけどね……」

(; ^ω^)「センチュリーだのSクラスだの回すくらいなら歩くお、目立つし」

('A`)「ですが国産車の防弾性はまったく信用なりませんよ?」

( ^ω^)「まーそれはあるけども……」

310 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/30(日) 23:29:15 ID:5YJqcv.k0

 紺色のスーツを着ているのは僕の舎弟であるドクオだった。
 いい色味に生地感で、こりゃどう見ても僕の方が格下に見えるな、と適当な感想を抱く。
 兎角、彼に促されると後部席へと乗り込み、次いでドクオが運転席に乗り込むと、車両は静かな音で走り出した。

('A`)「……懐かしいですね、こうして兄貴を乗せるのも。それこそ四年ぶりですか」

( ^ω^)「そうだおねぇ……土地はまったく違うけどお、けれどもこうも大人しく走れるのもかなり久しぶりだお」

('A`)「あの頃は酷かったですからね……各信号機止めなきゃ走れませんでしたから」

 四年前まで、僕達の組が首都で抗争を繰り広げていた時期は、僕達のような幹部クラスが動くとなると道すがらの信号機等は全て“物理的に閉鎖”をしたものだった。
 理由は単純だ。赤信号でもなんでも同じことだが、一瞬でも速度を緩めたり、最悪は停止することがあれば“殺される”ことが当たり前にも等しかった。
 封鎖をする際は暴走の小僧共を使ったり三下共を使ったり、時には警察までもが協力体制となって僕達の進路を作ってくれたりもした。

('A`)「それに比べりゃ、今の状況は夢のようですよ。銃弾ばら撒かれるでもないし突然集団が押し寄せてくるでもないし」

( ^ω^)「ダンプやらトラックやらで突っ込まれたりもないからお。本当、平和になったおねぇ……」

 しみじみと二人で語らうと、自然と笑みがこぼれてきた。
 やはり僕と同じ時代を生き、同じ地獄を経験しているからこそに、お互いはお互いの生存を祝福出来たし、再会した際は不覚にも涙を零しそうにもなった。
 なまじ、彼は“生き残り組”であり、苛烈が極まった最後の最後を直接に経験している立場だ。僕よりも思うことは多いだろうし、今の平和な状況には逆に落ち着かない心境だろう。

('A`)「兄貴、一つだけご報告があります。件の組織運営とは大きく話は変わりますが……」

( ^ω^)「お? なんだお?」

('A`)「今、国内では弾丸が不足している状況です。先の結果とも言えますけども、竿だけは余ってる……そんな具合です」

( ^ω^)「……そうかお」

 昔から日本の闇では儘見受けられた現象でもある。
 日本にも勿論銃は普及している。それは様々な形であり、中には猟銃だとか、正当な使い道の物も勿論ある。
 が、多くの不正規銃は大陸から流れてくるケースが大半であり、そのほとんども口径の大きなものが過半数だった。
 さて、とは言え弾丸の数というのは銃本体よりも出回る数が少ないことがある。そも、国内での流通量が少ないこともあるが、昔から日本では“弾数が少ないのに撃ちまくる”ことが多い。
 更には国内で普及されている弾丸の口径と大陸由来の銃では規格が合わないことがあって、結果的に銃というのは使ったら使いっきりで捨てるのが業界の常識だった。

311 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/30(日) 23:29:41 ID:5YJqcv.k0

('A`)「大きく動ける組織はないんじゃねーかと……思っています」

( ^ω^)「そもそもが戦争終結からまだ二月だろうお。そんな最中に大袈裟に動くアホがいる訳が――」

(;'A`)「ブーメランにも程がありますよ、兄貴」

(; ^ω^)「……と、兎に角だお。組織変革はどんな塩梅だお?」

 話を切り替える為に僕は上ずった声でそう訊く。
 半ば呆れたようなドクオだが、彼は一度かぶりを振ると僕の問いに素直に答えた。

('A`)「レーベルのプロダクション化……ですね。中々どうして、そこまでうまくは進んじゃいませんよ」

( ^ω^)「おー、やっぱりかお」

('A`)「別にレーベルの体でよくないですか? 転身は儘あることですけども、別に必要な時に出張ればいいって兄貴も言ってたじゃあないですか」

( ^ω^)「まぁ僕もそのつもりだったんだけどお……請われて頷いたからには、全て己の手元に置かなきゃ危ない話だお」

 僕が買い取った会社はレーベルを担当するインディ組織だが、そも、レーベルと事務所――プロダクションというのはまったく内容の異なる組織だ。
 単純に言えばレーベルと言うのは音源等の販売や管理、プロモーションやリリースのスケジュール等を専門とする。
 対してプロダクションと言うのは個人のマネジメント管理をする組織であり、単純に言えば売り込み営業だとか個人の活動スケジュール管理が能力とされる。
 今時ではレーベルであっても事務所的な役割を持つことがあり、実際、僕が買い取った会社も現代風の流れを汲んでいた。
 だがそれこそが落とし穴の形であり、つまりはマネジメントもプロモリリースも、個人の利益は単一の会社によって独占される形となる。

( ^ω^)「んだから二分化する。元の会社そのものをプロダクション化して、その下部組織として元来のレーベルを維持するお」

('A`)「今までとは逆の形式にする、と。音源制作の技術自体は中々どうしてまともでしたから、捨てることはまずあり得ませんものね。ただそうなると……」

( ^ω^)「手が足りんお。人手が」

 事務所の運営はドクオに任せるとしても、レーベル自体は存続させるとして、ではその組織を誰に預けるか。
 僕にはすでに先約があるから手助けは出来ない。ドクオもこれからの事業拡大や進展に忙殺される日々だろう。
 となればやはり、思い立つのは一人の人物だけだ。

312 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/30(日) 23:30:05 ID:5YJqcv.k0

(;'A`)「流石に甘えすぎじゃあねえですか、あの親分さんに。そろそろあの人も怒りますよ、このままじゃ」

( ^ω^)「何も無償でやれとは言わんお。元より買い取った立場だけどお、奴さんは結構惜しいことしたって嘆いてたお? だったら金勘定の話だお」

(;'A`)「……兄貴? まさかとは思いますけどね、甘いことを言うつもりじゃあ……」

( ^ω^)「おー。いいお、八割くらいアガリくれてやれお」

(;'A`)「……まぁじであんた頭ぶっ飛んでるっすよ、兄貴。そんなん在り得ないでしょうが」

( ^ω^)「いいや、いいんだお。そんくらいのことをせんと、恐らく……南部は抑えられんお」

 その言葉にドクオの表情が変わる。

( ^ω^)「敵は少なければ少ない程にいい。“そう習った”ろうお、ドクオ」

('A`)「……ええ、勿論」

( ^ω^)「僕は既に行動をしちまってるお。そうなりゃ次に誰が動くかなんて分からんし、人の心の内なんざ誰にも分かりゃしないお。だったら先手を打って黙殺する、或いは手駒に加える……それだけだお」

 淡々と語る僕をルームミラー越しにドクオが見つめてくる。
 その視線に気付けはせども、僕は窓越しに外の景観を眺め、次第にさんざめく大通りに移り変わった事実に頬を緩める。
 やはり夜の栄えた街は好きだ。人の多い景色は居心地がいいし、闇夜の中でなければ身動きが取れない人種だっている。その内に僕も含まれる。

('A`)「……四年もムショん中にいりゃ、普通はボケてると思うんですがね」

( ^ω^)「そんな僕を期待してたのかお、ドクオ?」

('∀`)「いやぁ、全然。むしろ、こうして実感を得ると幸せで幸せで……どこまでも兄貴は戦夜叉のそれだなって」

 一度言葉を切ると、ドクオはこう続ける。

313 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/30(日) 23:30:26 ID:5YJqcv.k0






('A`)「敵を前提にするのが当然であって、それを粉砕するのも当然だと……荒れ狂う嵐ですよ、兄貴は」






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314 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/30(日) 23:30:50 ID:5YJqcv.k0

( ^ω^)「……そこまでバチバチじゃあねえけどお」

('A`)「つっても実力は相も変わらず……十数名を瞬殺ですよ、とても四十のオッサンに出来ることじゃあねえ」

( ^ω^)「小僧共に後れを取っちゃ手前の“任侠”が泣くだろうお」

('∀`)「へへっ……流石は邪神を背負うだけはある。んでこの際においては“その任侠”こそが真なる意味になり得るから、ある種は当然なのかもしれませんね、この事態は」

( ^ω^)「べーつにそんなんじゃねえお、んなことより前見ろお、前……」

 相も変わらないのはお互い様だろうに、と僕は呟く。
 このドクオというやつは変わらない。昔と同じく僕の側近としての矜持を持ちそれを疑うこともなく、また、僕の言葉に迷いもなく頷いてみせる。
 同じく“血祭り隊”で先頭を突っ走ってきた仲でもあるからか、お互いの抱く信頼は親子のそれにも等しいかもしれない。

('A`)「んまぁそれはそれとして、ですよ兄貴。そうもしゃっきりするってーんなら……いよいよその見た目もちゃんとしねーとですよ」

(; ^ω^)「え〜……別にいいお、パーカー楽だし……それに汚れたり破れても然程惜しくないしお……」

('A`)「い〜や、ダメですよ。そもそも、今後は人前に出てちゃんと営業したり酒の席に付き合ったりですよ? そんなんで適当な装いじゃ仕事になりもしねえでしょう」

(; ^ω^)「真っ当なこといいやがるおねぇ……」

('A`)「ですから……ほら、百貨店に到着です。行きますよ、買い物に」

 気付けば車両は百貨店の地下駐車場に停車していた。促される形で僕は這い出ると、そのままに店内へと導かれる。
 店内は涼しい空気と化粧品の放つ独特な空気が渦巻いていた。これが少しばかり苦手な僕だが、ドクオは構わずに僕を先導するように歩みを進める。

('A`)「まずは靴ですがぁ……ヘルメスかフェラガモか、どっちがいいですか?」

(; ^ω^)「いや、もっと安いので……」

('A`)「シャツはプラダですね、兄貴の品格に合う。ネクタイは各ブランドで一本ずつ買いましょう。ベルトは無論ヘルメスを三本くらい……」

(; ^ω^)「いやいやドクオ? ドクオくん? なんでそんな一級品ばかりなの?」

315 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/30(日) 23:31:33 ID:5YJqcv.k0

 僕の反応を無視するかのようにドクオは先々の店で目的の品を買い込む。
 既にこの時点でかなりの金額だったが、それにドクオは何食わぬ顔で現金払いを済ませる。
 何故に僕のサイズを全て把握しているのかと疑問だったが、そこはドクオだ、知っていても不思議ではないし、仮に訊いても、何故に己が知らないと思うのかと逆に首を傾げられそうだった。
 兎角、僕は贅沢三昧の様々に至極参った表情で、アオキとかでいいんじゃないのか、と思うも、これもまたドクオの拘りであるからと、結局は諦める形となった。

(*'A`)「おし、小物はこんくらいか。そんじゃお次は――」

(; ^ω^)「お、もう買い物終わりかお? ならとっとと飯でも食いn」

(*'A`)「時計ですね、兄貴」

(; ^ω^)「……お〜……」

 ああ、これは間違いなく高額な買い物になると察する。
 しかして待ってほしい。僕にだって自慢の腕時計がある。白盤のデ・ヴィルだ。これは嘗て親分からもらった大切な品であり、僕にとって何物にも代えがたい品だ。
 だから不必要な買い物だと文句を言おうとするが、それを制するかのようにドクオが僕の腕時計を指差した。

('A`)「言っときますけどね、兄貴。そのデ・ヴィルはカジュアル向けなんですよ。あとヴィンテージです」

(; ^ω^)「え、ダメなの? 正装には向かないの? あとヴィンテージってどういうこと?」

('A`)「それ一本で三百万しますから。今後もっと値動きしますから大事にしてくださいよマジで」

(; ^ω^)「え? マジ? え? 親分からもらったやつだお? そんな別に高価なもんじゃないって……」

('A`)「オメガはね、ヴィンテージにこそ価値があるんですよ。組長も理解してたんでしょうね。あんま極道ってオメガ身に着けないですけど、それも価値観やらが関係するんですよ。あの人ら目利きが異常ですから」

(; ^ω^)「え〜〜〜……これそんな高いのぉ……?」

('A`)「まあ兎角、その一本があったとしても複数本使い分けるのが大人ですから。かつ、兄貴にはもっと正装に向いた時計が必要ですから。となると……」

 しどろもどろとしている僕だが、そんな僕の手を引いてドクオは目的の場所へと歩いていく。
 まるで引率の親だとか保護者のようだが、僕が次に訪れた区画にはいよいよ足踏みする程に立ち入り難い場所だった。

316 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/30(日) 23:32:22 ID:5YJqcv.k0

('A`)「兄貴はウブロとか似合いますね。王道にロレも一本買いましょう。ブライトリングとかも洒落てていいですね、好きでしょうこういうの?」

(; ^ω^)「……恐ろしい数字しか目に映らんお、ドクオ」

(;'A`)「いや安い方ですから。あんたなんでそうも金勘定に厳しいんですか、昔あんだけ儲けてたのに」

(; ^ω^)「だってどうせ壊れたりダメになることばっかだったから……戦争ばっかで……」

(;'A`)「あ〜〜〜……」

 三桁万円の高級品を前に僕は生きた心地がしない。確かに先の買い物では十億円をぽんと出したが、それは必要経費の形だ。
 そもそも僕は贅沢をしない性分だ。形あるものはいつかは壊れる。大切に扱えども暴力を手段とし、またその中に立つと、どれだけ着飾っても機能を失えば意味はないのだと悟る。

(;'A`)「んじゃあ、そうだなあ……このデイトナとクラシックフュージョンは俺からの出所祝いってことでどうです?」

(; ^ω^)「あ、それなら、うん、受け取れるお」

(;'A`)「……贅沢をしなかった理由が“どうせ壊れるから”ってあまりにも切なすぎますよ、兄貴ぃ……」

(; ^ω^)「でも大体壊れるお? ベルトとか時計とか武器だし、靴も武器だし、背広も武器だお、拘束しやすいお?」

(;'A`)「すげえ泣きたい気分になってきた……あんたマジでどんだけ戦うことしか能にないんすか……」

 何故か目元に涙を溜めて拭うドクオに僕は、果たして己の生涯とはそうも哀れみを向けられる程なのかと疑問符を浮かべる。
 兎角、時計だけで云百万円の買い物を済ませたドクオは、さて、いよいよお待ちかねだぞ、と僕を見つめる。

('A`)「さあ、兄貴のだいっきらいなスーツ選びですねぇ」

(; ^ω^)「おー……一番戦闘に不向きだお、あれ最悪だお、肩とか張るし脚とか窮屈だし」

(;'A`)「あのね、社会人にとっては確かに戦闘服ですよ。でも本当の意味合いでの戦闘には不向きに決まってるでしょう?」

(; ^ω^)「……やっぱパーカーでよくないかお? 顔も見られにくいし」

(;'A`)「普通は視界が限定されるからパーカーだって戦闘には不向きですよ。あんたの直感やらが戦闘を可能にしてただけで普通は死にますよ、フードなんて被ってたら」

317 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/30(日) 23:33:27 ID:5YJqcv.k0

 まるで駄々っ子のように首を横に振り続ける僕。その様に心底呆れた顔のドクオ。
 スーツは確かに憧れはした。着ていた時期もあるし、やはり正装をする時というのもあったし、そうとなれば馴染みがない訳ではない。
 だがやはり、僕は動きやすくて簡単なファッションがいい。様々な状況に対応出来るもので、かつ、壊れたりしても然程問題のない程度の品が最高だ。

(;'A`)「マネジャーやるんでしょう、これから……他社にパーカー姿でいくつもりですか、営業をそんな阿呆な格好でやるつもりですか」

(; ^ω^)「ぬぐっ……」

(;'A`)「いいから受け入れなさいよ、いい大人でしょう、みっともないなぁもう……」

 大人だろう、と言われると、そりゃそうだけども、と頷いてしまう。
 だが僕の心配のうちには、ドクオの高級志向に対するものもある。別に高級品である必要を僕は感じない。勿論高い品にはそれに相応しい造りであったり、様々な理由がある。
 けれども、だからといって安い物や手頃な価格の品が粗悪であるとは言えない。中には値段不相応に良質なものだって少なからずある。
 で、あるならば日本製の、それこそアオキだとかで数万程度のスーツを買うのがベストじゃないのか、と僕は言おうとするが――

('A`)「兄貴の体格ですけどね、その身体じゃ日本製は合いませんから」

(; ^ω^)「え」

('A`)「身長は別としても筋肉の分厚さだとか骨格の偉丈夫さだとか、まあ……オーダーする羽目になりますよ、多分」

(; ^ω^)「で、でも高級品買うよりは安くなるお? そっちでいいお」

(;'A`)「本当に貧乏性だなぁ……とにかく、次の場所は見るだけでもいいですから、行きましょうよ。一応、兄貴の好きなブランドですし……」

(; ^ω^)「え? 僕の好きなブランド?」

 はて、それはなんだろうと疑問に首を傾げる。
 が、しかして僕にとってアイコン的なブランドというのは一つしかなかった。
 それは僕がムショに入る寸前に着ていたものであり、出所をした際に一番に袖を通したものでもあった。

318 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/30(日) 23:33:57 ID:5YJqcv.k0

('A`)「ジバンシィ……然程日本じゃメジャーの扱いとはいきませんけどね。けどもヘプバーンが愛用したのも頷けますよ、造りは最高ですね」

 見覚えのあるロゴを見上げ、僕はドクオに促されてその区画へと踏み入る。
 荘厳な風景にすら思えたが、その景色に立ち、真っ先に目についたのは僕の愛用していたパーカー、に似たモデルのものだった。

('A`)「今じゃ二十云万もしますからね、パーカーの一着だけで。大分名が売れてきましたよね」

( ^ω^)「……おぉ」

 何故に愛用していたのか、という理由は然程語りたくはないが、ただ、不思議と僕はジバンシィのデザインやらファッション性に惹かれた。
 昔に比べて値段設定が幾倍にも増しているが、けれども先までの貧乏性はどこへやら、僕は目についたパーカーを手に取るとそれを買う腹積もりで観察する。

('A`)「……一番合うんでしょう、ここが。兄貴の身体に」

( ^ω^)「おー……不思議とお、マジでジャストサイズっていうか、何一つストレスがないくらい、身に馴染むんだおね、本当に不思議だけどお……」

 やはり黒の色味すらも気に入るくらい、このブランドは何もかもが好みだった。
 僕は大切な物を手にするようにパーカーを抱くと、これは己の金で買うぞ、とドクオに告げた。

('A`)「スーツって、勿論生地もありますけど、そのブランドならではの特徴がありますからね。馴染むスーツは本当によく馴染む。これから真面目に戦う身であるなら、やっぱ一番しっくりくるスーツにした方がいいですよ」

( ^ω^)「つっても、アルマーニとかは着てたけど、ジバンシィのは着たことないお?」

('A`)「だからこそ着て確かめればいいんですよ。ほら、これとか」

 そう言ってドクオが指差すのはチャコールグレーの、少しカジュアル寄りのスーツだった。
 一般的に好まれる色合いは紺か灰だ。黒は通常では好まれない。多くは冠婚葬祭のイメージが根強いからだ。
 僕も色の好みはあるが、ドクオの示したスーツは気品を持つ、いい色味の、軽い光沢を持つ生地だった。

('A`)「……あれに、ブラウンのネクタイとベージュのシャツ、金のタイピンにカフスなんかしたら洒落てますね」

( ^ω^)「…………」

('A`)「……気になりますか?」

 ドクオの問いに僕は無言で頷く。それに彼は微笑むと、近くに立っていた店員に声をかけ、あれを試着したいと言った。
 直ぐ様に試着室に通された僕は今日買いこんだ品々に袖を通しつつ、目的のジバンシィを手に取った。

319 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/30(日) 23:34:17 ID:5YJqcv.k0

( ^ω^)「お……!?」

 着て即座に思ったのは、あまりにも気楽で、とても軽い心地で、身体にストレスの一つもなく、脳内では戦闘可能だと答えが導き出される。
 色味もシックなまとまりで、また、スラックスのテーパー具合やダブルに折られた物が若々しくて、けれどもそれが自然な風で、僕は自然と笑みを浮かべてしまう。

( ^ω^)「……やっぱり、僕にとってはトレードマークでもあり、アイコンなんだおねぇ……」

 その姿のままに試着室から出れば、店員の複数名とドクオが穏やかな笑顔を浮かべて僕を見つめてくる。

(*'A`)「やっぱ、いいすねぇ、兄貴は……バチッとしてるじゃあないですか。サイズ感も完璧だし」

( ^ω^)「丈をほんの少し調整するくらいかお。後は本当、自然過ぎるくらいにフィットしてて……」

 値段が気になり店員に訊ねるが、返答を頂くと同時に今し方得た情報を闇へと消し去る。
 やはりお高い買い物だが、しかし僕はとても気に入ったので、僕はこのスーツを買うことにする。

( ^ω^)「これなら、マネジャーとしてそれっぽいかおね?」

(*'A`)「あー、そりゃもう。カタギっぽいし今時っぽいし、いい感じじゃないですか。んじゃあこれと……」

( ^ω^)「あ、いや、ドクオ、ここの買い物は自分で買うお――」

(*'A`)「あと五着くらい見繕っていただけますかね、店員さん。ええ、そりゃもう必要ですから、ビジネスマンですよビジネスマン。毎日同じスーツ着てたら恥ずかしいでしょう、芸能関係者ですからなぁ、うほはは」

( ^ω^)「……お前本当金に糸目つけねえおねぇ……」

 呆れに溜息を吐きつつも、僕は鏡に映った己の姿を見る。
 その姿はどことなく紳士的で、しかして厭味の一つも感じず、やはりいい具合だな、と思う。

( ^ω^)(これなら、麗さんの隣に立っても、大丈夫かお……?)

 胸を張り、想像をする。
 可憐なる花の隣に今の己が傍に控える姿を。
 そうすると、なんだ、結構いいじゃないか、と納得して、結局僕は残りのスーツも全て自腹で払い、これでようやく戦えるな、と新しい己の道に踏み出したような、そんな気がした。

320 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/30(日) 23:34:40 ID:5YJqcv.k0



 十二 了



.

321 ◆hrDcI3XtP.:2020/08/30(日) 23:35:03 ID:5YJqcv.k0
本日はここまで、おまけはまたそのうち……
それではおじゃんでございました

322名無しさん:2020/08/31(月) 00:58:32 ID:jE40rLjk0

お買い物回

323名無しさん:2020/08/31(月) 01:06:13 ID:f9Brkdqo0
おつんつん

324名無しさん:2020/08/31(月) 13:14:10 ID:4eZCggds0
乙乙
ドクオの保護者具合が最高

325 ◆hrDcI3XtP.:2020/09/06(日) 10:42:13 ID:eBITXaqQ0



 十三



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326 ◆hrDcI3XtP.:2020/09/06(日) 10:42:41 ID:eBITXaqQ0

 古い時代の人間は言う。靴はフェラガモに限る。革はヘルメス、スーツはアルマーニ。時計はロレックスが当然。
 車はメルセデスが最高の信頼性を誇り、女性への贈り物にはカルティエのトリニティを。
 今時からすれば価値観の差は歴然だろう。インポートだろうがドメスティックだろうが各ブランドは各々に良さがある。
 何もハイブランドのみが優れている訳ではない。どころか現代のハイブランドはタグの値段と品質が釣り合っていない場合も儘ある。

( ゚∋゚)「こりゃまた……見違えましたね、内藤さん」

(; ^ω^)「おー、なんだか綺麗目すぎて自分らしくない気がしますけどお」

 だがハイブランドには絶対的な歴史があり、それに伴う品質の保証や信頼性も遥かに優れているのは確かだった。
 ジバンシィのスーツにデイトナ、フェラガモを履いて僕は件の親分さんと面会していた。
 相も変わらず着流し姿の彼だが、僕をまじまじと観察すると頷きを見せ、ああ、いい風になった、と言う。

( ゚∋゚)「見栄ってのは矜持のそのものですよ、内藤さん。男が見栄も張れない生き方してどうするってんです」

(; ^ω^)「今の若い子には理解し難い価値観だとは思いますお。僕としても着せられてる感があるっていうか」

( ゚∋゚)「いやいや、まったくそんなことはありませんよ。寧ろ雰囲気がしっかり出来上がってるし風格もある。ようやっと“らしい”姿じゃあないですか」

 シックな色合いにまとめられた僕の出で立ちに、彼は洒落っ気も含めいい具合だと評する。
 未だに慣れない高級品の数々だが、身体に馴染んでいるのは事実だった。自然体とは言い難いが、それでも傍から見て違和感は薄いそうで、それに僕は安堵する。

( ゚∋゚)「若い衆らは口々で言いますねぇ、今時はブランド志向なんてアホ臭い、無理に見栄を張る必要はない、無茶な買い物は馬鹿の証拠だのなんだの」

 小さく笑う彼は煙草を灯すと、漏れた息でそれが揺らぐ。

( ゚∋゚)-~「それ等は言い訳ですよ。本当は通りすがる高級車に目が行くし靴や時計に内心で興味がある。稼ぎの幅が狭いのは当人の問題で、儲けてる人間は見栄の重要性を理解している」

( ^ω^)「おー……単純に言って着飾るだのはステータスですけどお、それによって信用が得られるのが社会ですからお。僕らみたいな極道こそがそれを誰よりもよく知ってますおね」

 着飾る必要性とは単純に言って他者へのアピールだ。己はこれだけ稼ぐことが出来ている、外車を好き放題乗り回すだけの資金や環境や人脈がある。
 時計をコレクションするだけの余裕や家を複数所持するだけの社会的信用もある等々、つまり人格も含め、第一印象はどうあっても他者に対して強力な印象を決定づける。

327 ◆hrDcI3XtP.:2020/09/06(日) 10:43:18 ID:eBITXaqQ0

( ゚∋゚)-~「だから着飾る。金を惜しまず全面に出すだけの矜持も含め、無理をしてでもそうする。じゃなきゃ相手にされないし仕事も貰えない。稼ぎの薄い奴に手を差し出す馬鹿なんて居る訳がない」

( ^ω^)「現代でもそこばかりは変わりませんからお。実質、そこが勝負時なんですおね、初対面が」

( ゚∋゚)-~「ある意味は結果を自身で買う訳ですな。その後の信用は実績で証明すればいいだけ……その土俵にようやくあがった、と」

(; ^ω^)「パーカーの方が気楽だし暴れやすいから、出来ればラフな姿がいいんですけどお」

(; ゚∋゚)-~「あなたは本当に喧嘩のことしか頭にありませんね……」

 半ば呆れる様子の彼だが、そんな彼が湯飲みを傾けると僕も内容を啜る。
 現在、場所は先日に僕が買い付けたレーベル本社。本社と言えども現状は幽霊会社の扱いで機能をはたしていない。
 プロダクション業と並行されていた事実からして複数のタレントを抱えているが、現状の彼等に仕事は回っていない。
 そもそもがインディのレベルだから地方での活動が専らといえる。そうなるとライブハウス等の小さな箱での仕事だから、然程マネジメントは重要でもないし必要とも言えない。

( ゚∋゚)-~「とは言えプロダクション化への移行はいい着目ですね。事業拡大の最善手だ。元より多く抱えるパイプの有効活用でもありますし、あなたがマネジメント管理をするならば仕事の采配はそれこそあなた次第だ」

( ^ω^)「勿論本人と相手方があっての内容ですけどお。まあ変なお誘いやらは全て遮断できますおね」

( ゚∋゚)-~「会社自体はドクオさんの手によって運営され、現場や現地、或いは他社とのお仕事……最前線はあなたが直接に出張る。こりゃあなた方の正体を知る人達からすれば恐怖でしかありませんね」

( ^ω^)「ある種は最高の状況だとは言えますけども……そのせいで僕が直接注目を集めることにもなりますお。それだけでも危険度は跳ね上がる」

 僕の心配に対して彼も大きく頷く。

( ゚∋゚)-~「けれども請け負ってしまったのであれば、あなたは退かない性分でしょう?」

( ^ω^)「んまぁ、あんだけ上等切られたんじゃあ……そりゃこっちも気合い入りますおね」

 やはり南の女は我が強いな、と僕が言うと彼は笑いを零し、酒を飲ませても恐ろしいぞ、とからかうように言った。


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