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(゚、゚トソンたまねぎのようです

320 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:16:33 ID:OOx5Cbz20
彼女が求めれば何度も話を聞いた。
彼女の鬱憤を晴らす為に幾度となく体を重ねた。僕を委ねた。
寄り添い支えた。

何も解決していないのに、何かで心を満たせれば悪夢は消えると勘違いした。

勘違い?

にゃあ。

ちゃんと倫理を守っている。
彼女が望んだ言葉を伝え、行動してきた。
僕は正しい。

にゃあ。

…。

321 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:17:36 ID:OOx5Cbz20
ヒッキーさんとくるうさんとまたんき君の声がリビングから聞こえてくる。

喧喧囂々、正直言って少し煩わしい。
アルコールが過剰に入っているのだろう。僕もさっきまで参加していたのだが、ペニサスが船を漕がせていたので一緒に眠ることにして逃げてきた。

その時点で、彼らは既にウィスキー瓶を2本は空にしていた。
彼らというか、殆ど全てくるうさん1人で空にしていたのだ。

322 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:18:23 ID:OOx5Cbz20
アルコール度数40度の700ml瓶を、2本一気にラッパ飲み。

急性アルコール中毒で搬送されてもおかしくない量を一息で飲み干していたのだ。
見ているだけで嘔吐感の込み上げる量なのに、彼女は完璧に素面だった。
愕然とした。

川* ゚ 々゚)「お酒に愛されてるのよ」

そんな風に豪遊する彼女は、持ち前の美貌も備わって酒呑童子の様相だった。
艶っぽい妖艶な魅力を発散する彼女の姿は、昔話に登場する鬼が天狗かの妖怪のようにも見えた。

323 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:19:09 ID:OOx5Cbz20
問題は後に残された男性陣、ヒッキーさんとまたんき君だ。
二人とは何度か酒盛りしたことがあり、程度は知っていたものの、またんき君は以前より弱体化していた。
缶ビールの2本目を開けた時点で既に酩酊していたのだが、「今日は潰れるまで飲むぜ!!」と誰もいない壁に向かって叫んでいた。

ヒッキーさんは以前にも増して、アルコールに嫌われていた。
ダイエットの影響で胃袋に何も入っておらず、空腹で飲酒してしまったことが悪目に出たのだと思う。
お猪口一杯分の日本酒を飲んだきり、床に伏して動かなくなった。

二人とも健康的で非常に素晴らしいことだ。今後もそのままであってほしい。

324 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:20:01 ID:OOx5Cbz20
何も決められない僕に機会を与えてくれたのが彼らだった。
行き詰まって、先延ばしにしていた僕らに連絡してくれたのだ。

彼らが僕に一報寄越してくれなければ、誰にも助けを求められなかっただろう。
ペニサスを今、よりもっと酷い状態にしてしまっていただろう。
運が良かったとしか言いようがない。

感謝しているからこそ、僕たちは進んで協力を申し出たのだ。

彼女のために。

325 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:20:42 ID:OOx5Cbz20
彼女のために?

違う。

…違う。

違うのか?

ペニサスの、ため?
ペニサスの澄んだ顔を再び見たいから。

見たいのは僕。

僕は間違っていない。
正直な感情だ。

にゃあ。

326 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:21:20 ID:OOx5Cbz20


自分のため?

違う。

彼女のためだ。

彼女の、望みのためだ。

僕は正常だ。

僕は、正しい。


.

327 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:22:08 ID:OOx5Cbz20
ペニサスの瞳が僕を射抜く。
色の薄い網膜と、深奥の瞳孔が僕を見据える。

ペニサスのため?

ダメ、だ。

ぼくは、せいじょうだ。

にゃあ。

うるさい。

328 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:23:04 ID:OOx5Cbz20
僕は自身の内側から分解されてゆくような不安に堪え兼ねて、彼女の体を力強く抱きしめる。

僅かな動揺を伝える脈の変調の後、彼女は僕の頭に両腕を回してくる。
幼い彼女の吐息が、僕の耳に掛かる。

とても、久しぶりの感覚。

僕は自己の瓦解から逃れるように腕を伸ばし、彼女の寝間着に手を差し入れる。
線が細くて幼さの残るあどけない表情は、まるで何かを悟っているかのような薄幸の微笑を浮かべていた。

329 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:23:48 ID:OOx5Cbz20
二つ隣の部屋では、既にトソンさんが休んでいる。
この家に到着するなり、彼女は部屋を一つ借りて休息を摂った。
入眠に時間を要するので、早めに床に臥したいと話していた。

その一室はリビングから距離があるし、それぞれの部屋には内鍵が付いている。
よほど大きい音でもない限り、別室までは響かない。届かないはずだ。

330 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:24:49 ID:OOx5Cbz20
激しい雨音が窓の外から響いている。
先程よりも勢いを増しており、その様相は台風のそれだ。

ペニサスも僕も、とっくの昔に気づいていた。少なくとも僕は意識していた。
この関係が禁忌だと、頭の中で理解していた。
僕はそれを罪だと知りつつも、幾度も無数に破ってきた。

リビングの方向からは、もう物音一つ聞こえてこない。
眠ってしまったのだろう。

楽しそうな談笑も、酒瓶の転がる音も、誰かが転倒した時の振動も、人がいる気配ですら、不思議と伝わってこない。

331 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:25:30 ID:OOx5Cbz20
僕らは既に一糸纏わぬ姿に成っている。
母体たる海から生へと堕ちたその姿のまま、永劫を共有している。

街のネオンに薄ぼんやりと照らされる妖艶な細い体が、僕の上に馬乗りになる。
高校生とは思えないほどに未発達な肢体を広げ、僕にその全貌を見せ付けるように裸体を晒す。

白く透き通る肌。

夏の湿気と気温のせいで、彼女はしっとりと薄い汗を吹いていた。

ぼくは、ぼくは――

332 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:26:09 ID:OOx5Cbz20
普段の彼女からは想像できないほどに堕落しきった表情を湛え、弛緩した口元から透明で粘り気のある液体が僕の口腔内へと注がれる。

喫茶店で彼女が呑んでいたホットミルクの味。
生暖かくて、砂糖のように甘い。

僕は正常だ。

ペニサスは正常だ。

「にゃあ」

333 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:27:06 ID:OOx5Cbz20
粘液を滴らせた彼女の凹凸の少ない身体が、蛇のように波打ちながら、僕の全身を隈なく這いずる。
甘える子猫を思わせる嬌声が鼓膜を揺らす。

彼女の吐息がネオンに霞む。

僕は正常だ。
ペニサスは正常だ。


体表を撫でる温度の響き。
彼女の香りが漂う。


にゃあ。


そのまま僕達は、気を失うまで交わった。
互いの虚を埋め合うように。

334 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:27:45 ID:OOx5Cbz20


15.缺ヒッキー


.

335 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:29:03 ID:OOx5Cbz20
やりたいことなんて、もともと何も無かった。
楽しければそれで十分だった。
楽しくなくても、暇が潰せるのなら上等だった。

高校生の頃、周りには親しい友達が沢山いて、毎日が輝いていた。
いつも自然と笑えていたし、今よりずっと活発だった。
恋に悩む時期も、友達とは何かと思索する日も、自分の存在意義に煩悶する夜もあった。
その全部が糧になって今の僕がある、なんて臭い台詞を宣うつもりはない。

ただそういう時期があったという過程が残っているだけで、今の自分には何ら関係ない。

336 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:30:22 ID:OOx5Cbz20
昔から読書が趣味だったが、それが起因して小説を書く趣味が出来たのではない。
自分の今までの生き方とは無関係に、突発的に思い立っただけのこと。
前後関係なんて知るか、因果が無くても納得しろ。
僕はそう思う。

高校時代、僕は小説サークルに所属していた。
名前だけは立派だが、その実態は自称読者家と文化系の翳りのある人間が蔓延る集会だった。

高校生の書く文章なんて、正直言って高が知れていた。
互いに適当に読み合って、時間を潰すだけの無為な活動だった。

ありきたりな超能力を付与された登場人物。
どこかで見たことのある不幸設定。
あからさまな作者の自己投影。
矛盾する物語。
私利私欲の文章。

どこを抉り抜いても、自己顕示欲と承認欲求の塊だった。

337 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:31:11 ID:OOx5Cbz20
褒める箇所なんて見当たらなくても、短所だと思った部分を長所のように讃えた。
そう言っておかないと、後が面倒だった。

放課後に半分義務として部活動を行なっている学校だったから、嫌でも毎日相手と対面しなければならない。
そんな人物といざこざが起きれば、面倒臭いに決まっている。

相手の気持ちを慮って、なんて言えば聴こえは良いかもしれないが、僕は自分の利益しか考えていなかった。
ただの欺瞞を宣っただけだ。人によっては偽善に聞こえたかもしれない。

相手の求めている感想を考えて、それを伝えてやってただけのこと。

338 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:32:34 ID:OOx5Cbz20
あの時から僕は、根本的には何も変わってない。
歳を重ねるに連れ、少々悪知恵が付いたくらいだ。

真偽の判断が付け辛くなった程度の差異。
3年という歳月は、人を大きく変えてはくれないのだ。

或いは、僕に変わる気が無かっただけか。

退屈な日常だった。

日々の戯言に罪悪感も覚えていたが、その内全て平気になった。
虚言を並べても僕の心は傷まないし、表面的な言葉に対して嬉しそうな笑顔でも向けられれば、気分が良くなることさえあった。
人から感謝される言葉を言える自分は優しい人間なのだと思い込んだ。

本音ではそれを認められなかったが、生きていく上では特に支障は無い。
寧ろ自己肯定感も得られるのだから、現実に徐々に順応していっているとも言えるんじゃないかとさえ思っていた。

339 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:33:45 ID:OOx5Cbz20
でも、そんな些事どうでもいいくらいに、救いようもなくつまらないんだ。
自分の人生に満足できない。
凡庸で平凡、在り来たりな毎日には、何の刺激も落ちていない。
奇跡は起きない。

独りで悩み抜き、思考を重ねて徳を積めば何か変わるのではないか。
例えば、勉学に励み知恵を日々堆積すれば、奇跡が起きてくれるんじゃないか。
上っ面の体裁を今以上に綺麗に均して、それを内面に還元できれば、菩薩から手が差し伸べられるんじゃないか。

奇跡が、起きてくれるんじゃないか。
盲目的にそう祈り、無駄な努力をし続けた。

340 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:34:27 ID:OOx5Cbz20
そんな生活の中で、くるうとの関係は唯一退屈しのぎになってくれた。
彼女の書いてくる小説。

現実では起こりえないような登場人物の不幸設定に、正直言って最初は辟易していた。
沈魚落雁の彼女もその程度だったのかと、外見の素晴らしさに対する内面のギャップに落胆していた。
顔が良ければ精神も崇高だと思うなんて、全くもって自分勝手な解釈だ。

だが、彼女の描き出す内容は一緒に過ごす時間と共に変化していった。

341 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:35:14 ID:OOx5Cbz20
推敲を重ねる度に登場人物の心理描写が深くなっていったし、物語の起承転結が一人の人間の一生を俯瞰しているような精緻な物に変遷していった。

緩急の付け方も上手かった。
地の文が多いと思えば要所では少なくし、読者に読ませる術も習得していっていた。

ただ時折、凡そ高校生には考えつかないような凄惨な情景が、自己体験を根拠に記されているのかの如く描写されることがあった。
勿論物語中では良いアクセントになっているのだが、後に彼女の口から、それらは本当に自身の経験を元にしていたことを明らかにされた。

342 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:36:05 ID:OOx5Cbz20
部活で一番多く対話を重ねたのが彼女だ。
これまでの人生の中で、至上に楽しい思い出だ。

時間を忘れる程に語り合った。
休日に図書室へ向かったら偶然彼女と遭遇し、陽が落ちるまで話し込んでいた、なんて日もあった。
溌剌と話している彼女の仕草に見惚れることも数多くあった。

くるうは当時から抜きん出た美貌を備えていた。
外見やスタイルもさる事ながら、表裏の無いあっけからんとした性格が、男女学年問わず好まれている人格者でもあった。

343 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:36:58 ID:OOx5Cbz20
僕はその内、これが恋なのかも知れないと思う日々が増えていった。
彼女が僕に対して好意的な感情を向けていることも、薄々勘付いていたのだ。

そんな僕達は現在、初めて身体を交えた図書室にいた。
瞼をゆっくりと開くと、彼女の円な両眼が僕の顔を映していた。



川 ゚ 々゚)「あ、気がついたー? 夢の中でも眠ってるなんてねー。
さっきの日本酒、相当効いてるみたいだねー」

(;-_-)「…あー……頭いってぇー…。
夢の中でも二日酔いが残るなんて、変なとこでリアリティーあるな」

川* ゚ 々゚)「ははは、目の下に隈できてやんのー」

(-_-)「……うるさいな、笑うなよ。頭に響く」

344 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:37:58 ID:OOx5Cbz20
目の前ではくるうが豪快に笑っている。
純真無垢な雰囲気は、高校生の頃と変わらない。

本当は純真でも無垢でもなく、本音をひた隠しにしているだけだと僕は知っている。
彼女の脳裏に隠匿されている凄惨な感情を、僕は知っている。

後方の窓からオレンジ色の夕焼けが差し込んでいて、彼女の表情は逆光の影響でよく見えない。
僕たちがいるこの場所は、高校時代に部活動で毎日通っていた図書室だった。

345 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:39:16 ID:OOx5Cbz20
現時点、室内には僕達は二人しかいない。
服装は何故か僕たちの通っていた高校の制服。男子は黒い学ラン、女子はセーラー服。
しかし体つきは大学生のままだった。

ひとしきり笑い終わった後、少しだけ真面目な表情で彼女は言う。
真面目といっても表情の変化は殆ど読み取れず、纏った雰囲気に若干の緊張感が生じたにすぎないのだが。


川 ゚ 々゚)「ここさー、例の夢だよねー。たぶん」

(-_-)「…確証は無いが、そんな感じだよな。雰囲気とか、展開的に。
正直言って、ここは僕の夢で君は創作物かとも思ったが…互いに、それぞれ固有の意識と記憶で話してるっぽいし…」

川 ゚ 々゚)「それにー、何よりも夢とは思えないような、みょーな生々しさがあるしね」

(-_-)「そう。皮膚に重く伸し掛る嫌な空気が、現実のそれと一緒だ。
…ここって、やっぱり高校の時の図書室だよな」

346 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:40:05 ID:OOx5Cbz20
川 ゚ 々゚)「そうだと思うよー。
"ぼのぼの"の隣に"恐怖新聞"が置いてある悪趣味な図書室なんて、うちらが通ってた高校以外無いでしょ」

(;-_-)「そこで確信するのかよ。もっとなんかあるだろ。
哲学書の占める割合が他の書籍より高いとか、巨大なサボテンの観葉植物が大量にあったとか」

川 ゚ 々゚)「それも勿論あるんだけどもさー、この悪意溢れる配列は、この図書室特有だと思うよー?」

(-_-)「まぁ、それもそうだけど。
…それにしても懐かしいな。卒業してからは、もう二度と訪れることなんてないだろうって思ってたのに」

川 ゚ 々゚)「現実には訪れてないけどねー。
あの頃は楽しかったよね、毎日毎日飽きもせず会話してさー。
この部分はこんな表現を使ったほうが面白いとか、臨場感出したほうが感情移入できるとか、さ」

347 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:40:44 ID:OOx5Cbz20
(-_-)「……お前、そんな懐古主義者じゃないだろ。らしくないな、なんかあったか?」

川 ゚ 々゚)「……別に」

彼女は両腕を水平に広げ、両足を支点にしてゆっくりと回転する。
独楽のように、クルクル、クルクル、と。

逆光で表情は見えないが、その声色は溢れんばかりの憂いを湛えていた。

楽しそうにフラフラと回転を繰り返す滑稽な姿と、憂慮と悲哀に塗れた声との対比が、夕日に照らされて酷く眩しかった。

348 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:41:59 ID:OOx5Cbz20
回る風に乗って、彼女のスカートが靡き翻る。
色っぽい黒のガーターベルトが制服から見え隠れして、それが彼女はもう高校生ではないのだと告げてくる。

果たして僕は、彼女に今まで幼稚さを感じたことなどあっただろうか。
高校の部活動で初めて顔を合わせたあの時、彼女の中には子供らしさなんて残っていたのだろうか。

結局、彼女の中に少女を見ることは叶わなかった。
正確には、彼女は僕が知るよりずっと前に大人になっていたのだ。

彼女の着てくる下着には規則性が無かった。
彼女と初めて交わったその日から、僕達は毎日飽きもせずに身体を重ねたが、下着が他人の記憶に残ることなんて彼女はまるっきりの無頓着だったようだ。

学校が終わってからの放課後に、場所を問わず互いを貪るように情欲を発散させた。
彼女の身体中の生傷が日に日に増えていることに、気付いていない振りをしながら。

349 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:42:49 ID:OOx5Cbz20
川 ゚ 々゚)「…これってさー、夢の共有に成功した? のかな?」

(-_-)「あー……えっと、つまり、探せばまたんきや、トソンさんやデミタス君やペニサスさんがいるかもしれないってことか?」

川 ゚ 々゚)「そーそー、それもあるー」

そう言いながら、彼女は僕の右隣の席に座る。
紺の膝下丈のスカートに、長袖の白いセーラー服。
その上の顔には、所狭しと無数のピアスが開いている。

勢いよく座った衝撃で、耳のリングが小気味良い音を鳴らす。

350 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:43:32 ID:OOx5Cbz20
(-_-)「可能性は…まぁ、無くはないんじゃないか。僕らが今、同じ夢を見ているんだから」

川 ゚ 々゚)「だよねー。
思ったんだけどー、同じ夢を見る条件って、実は案外曖昧なんじゃない?」

(-_-)「というと?」

川 ゚ 々゚)「今回の検証はさー、身体的な距離感が同じ夢を見る条件に関わってるんじゃないか、って事でデミタス君の家を借りたでしょー?」

(-_-)「またんきの提案にそれらしい理由付けをするなら、そういうことだな」

川 ゚ 々゚)「その結果、こうして同じ夢を見てるっていうのはー、少なくとも同じ居住空間内にいる人物は、夢を共有できる可能性があるってことを意味してるんじゃない?」

351 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:44:25 ID:OOx5Cbz20
彼女の論は、そりなりに的を射ていると思う。

トソンさんが見た夢が例の噂と同じものだとするなら、彼女が一人暮らしゆえに隣室のくるうと夢を共有できていない事も納得できる。
でもそれなら一つ、あからさまに腑に落ちない点がある。

(-_-)「一理あるな。筋は思ってると思う。まだ一回の検証結果しか判明してないから、あくまで仮定の範囲を出ないけどもな。

だがそれなら、ペニサスさんが夢を見た時にデミタス君が同じ夢を見れなかったのは、どうしてだ?」

川 ゚ 々゚)「うん? どういうこと?」

352 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:45:10 ID:OOx5Cbz20
(;-_-)「いや…だから、デミタス君の家でペニサスさんは同棲してるんだから、身体的にも精神的にも至近距離にいる彼が、夢を共有できても不思議じゃないだろ」

川 ゚ 々゚)「…………」

急に彼女が言葉を発しなくなったので表情を伺うと、まん丸な目を更にまん丸に見開かせていた。

可愛らしい仕草。
喫茶店で見せた時と同じ顔つき。

文字通り、絶句していた。

353 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:45:46 ID:OOx5Cbz20
(;-_-)「……えーっと、くるうさん? 大丈夫ですか…?」

川 ゚ 々゚)「…………。…あー、ごめん。ちょっとビックリしちゃって機能不全に陥ってた。
…で、何の話だっけ?」

(-_-)「えっと、デミタス君とペニサスさんが同じ屋根の下で睡眠を摂っていて、その上相思相愛なのに夢が共有できてない理由はなんじゃらほいって話」

川 ゚ 々゚)「あ、うん、思い出した。うーん、なんでだろ。
……あの二人の場合はー、精神的な距離が関係してるんじゃないかな?」

354 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:46:23 ID:OOx5Cbz20
一瞬で冷静さを取り戻し、ちょっと考える素振りをしてからそう呟く。
こいつは何を言っているんだろう。

たった今二人は相思相愛だと言ったばかりだし、彼らがあからさまに仲睦まじいことは、喫茶店やデミタス君宅での様子から既に分かっているだろうに。

(-_-)「どういう意味だ?
彼らが普通のカップル並に仲良い姿は、お前も見ただろ?
それとも、あの二人の惚気は演技だとでも言いたいのか?」

355 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:47:38 ID:OOx5Cbz20
川 ゚ 々゚)「そうじゃないよ、そういうことじゃなくて。

…私はデミタス君を今日初めて見たからあまり自信持って言えないんだけど、なんか彼、すっごく疲れてるよーに見えたんだよね。
今にも倒れてしまいそうというかー、死んでしまいそうな雰囲気に見えたっていうかー…。
存在が希薄だった、というか」

(-_-)「彼は元々ああいう雰囲気の人間だ。その巨体や骨格からは想像できないくらいに存在感が薄いんだ。
少なくとも僕が彼と初めて会った時点、高校一年生の頃から、あの空気を抱えていた。
ただ…そうだな、確かに彼の様子は変だった。

彼、あんな体型じゃなかったんだよ。少なくとも一ヶ月前までは。

もっと筋肉質な身体だった。四肢だってあんなに細くなかったし、下腹部にばかり脂肪が乗っているようなタイプの人間じゃなかった。
全身が程よく引き締まった筋肉で覆われた、極めて健康的な肉体の持ち主だった」

356 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:48:48 ID:OOx5Cbz20
川 ゚ 々゚)「…予想なんだけどもね、彼は夢も見れないくらい、深く眠ってたんじゃないかな。
たった一ヶ月で体つきがあからさまにおかしくなるくらい、疲れ果ててたんじゃないかなって、思ってるの。
私が言いたいのはね、そういう意味よ」

なるほど、精神的な距離感があるというのは睡眠時においての評価か。

独特な表現だ。
確かにそれなら、彼がペニサスさんと同じ夢を見れなかったのも納得できる。

357 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:49:28 ID:OOx5Cbz20
つまり、彼は夢を見ていなかった。

ペニサスさんが夢を見ているその時点に、彼の意識はノンレム状態で、深淵に落ちていた。
だから夢を共有できなかった、と。

またんきが喫茶店で彼を見ても体型の変化に素知らぬ顔だったのは、毎日彼の姿を学校内で見ていたからだろう。
あれだけの巨体の持ち主は、そうそういないから。

それに僕もまたんきも、他人の変化にはすこぶる鈍いから、あまり気にかけていなかったのかもしれない。

358 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:51:13 ID:OOx5Cbz20
(-_-)「…なんというか、いたたまれないな。
ペニサスさんの精神面での疲弊に、デミタス君の身体面での衰弱。
既に傷だらけで、二人は心身ともに満身創痍だ。

その上解決のためには、実際の情報が不可欠だ。
ペニサスさんが夢を見始めた時期だったり、何度見たのかについても、覚めてから詳細に聞かなくちゃいけないなんて。

予想に過ぎないが、彼の体格が変異し始めた時期とペニサスさんが夢を見始めた時期は、なんとなく同じような気がするし…デミタス君は、何よりもペニサスさんを大切に思っているから」

川 ゚ 々゚)「喫茶店でペニちゃんが話した夢の話も、一度や二度の経験じゃないくらい詳らかに覚えてたしね、彼女。
場面ごとの心情もそうだけど、情景を語る様子が、まるでついさっき見てきたばかりの事を話してるみたいだったし。

…………精神的な距離感、ねぇ…」

359 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:51:54 ID:OOx5Cbz20
彼女はそう呟いた後、唐突に立ち上がる。
直立した姿勢で僕を見下ろす表情は、なぜだかとても苦しそうに見える。

見ているだけで胸が締め付けられるような。
胸に痛みが溢れてくるような。
そんな悲痛な表情。

(-_-)「どうかしたか?」

川 ゚ 々゚)「ごめんなさい」

どこかで聞いたことのある響きだった。
つい最近聞いたような、ずっと昔に聞いたような、既視感のある一綴りの言葉。

あの時と、同じ言葉。

360 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:52:45 ID:OOx5Cbz20
(-_-)「ん? 何が…」

川 ゚ 々゚)「本当はね、ヒッキーから電話が来た時点で、決めてたんだ。
いや、実際はもっと前から分かってたことなんだけども…私は何かきっかけがないと、積極的に動けないから。
そういう部分も、分かるでしょ? あなたなら」

僕の言葉を遮るように、彼女は一方的に言葉を吐く。
自己欺瞞だ。本音を理解しながら虚構で隠し続け、実像が形を綻ばせている。

彼女は本心を隠していると僕は断言できる。
だから彼女の独白もとい言い訳に、静かに耳を傾けることにした。

361 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:54:56 ID:OOx5Cbz20
川 ゚ 々゚)「夢ってさ、現世と同意義だって考えている人もいるんだって。
今生きているこの世界こそが夢であり地獄であって、覚めても同じ夢を繰り返すって考え方。呆れるくらい唯物的だよね。世界を見ている個人がいる、観測者がいるからこそ成り立つ世界なんてさ。

哲学者の文言だと邯鄲の枕とか、胡蝶の夢とか、酔生夢死なんて諺もあるよね。
人の一生を夢に例えて、死ぬことと目覚めることを同義にしてる説話とかも。
こっちに関しては光陰矢の如しって言ったほうが、適当な感じもするけども。
私、この手の話嫌いなんだよね、安直で。
創作物とかでも摩訶不思議な話を展開するときに夢の世界を舞台にして、実は全部夢オチでしたーで終わらすやつ。
作者が風呂敷を広げすぎて収拾がつかなくなると、話を強制的に終わらす手段。それで斜に構える態度とかがさ。
…私たちが所属してた部活でもそういう子、多かったよね。

でもそんな虫螻の見る夢の一端がある一方で、夢占いなんてのもある。見ている夢の内容が、その人の深層心理だったり感情だったりを、それとなく示しているってやつ。
現世と幽世がさ、夢という媒体を得て合同だと能わられるなら、深層心理を表現している夢ってなんなの? って思う。
なんでも都合よく、この夢は低迷や葛藤ですね、あーこれも実は夢が示唆してますねーとか、愚鈍すぎる思考回路って滑稽じゃない?」

362 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:55:44 ID:OOx5Cbz20
川 ゚ 々゚)「なら夢ってなんなの? すべてだとでも言いたいの? って野次を飛ばしたくなる。
でも敢えて、敢えてね、決して賛同しないけども、夢が自己の精神を反映してるとするのなら、それが自分以外の他人と共有できると仮定するなら、共有された夢は、自身と他人の深層心理を白日の下に晒す手段になり得るんじゃないか。
互の類似点も相違点も綯交ぜにして、夢という表層を借りて、内情を暴露できるんじゃないかって思ったんだ。
だから私は、ヒッキーからの誘いに乗ったの」

363 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:57:36 ID:OOx5Cbz20
彼女は僕に言を挟む間も与えずに述懐する。

歪な根拠と言葉と偏見に基づいた知識が、混ぜ合わされた発言。
言いながら論を展開させたかのように、彼女自身の心情や記憶がまろび出ている。

心当たりのある論述だった。というよりも心情の吐露に近いだろう。

彼女の語った言葉は、この共有できる夢に対しては根拠の実在しない独りよがりな希望的観測だった。
自身の求める『こうだったらいいのに』という思考の現れに聞こえた。

理解出来なくは無い。言おうとしていることも、なんとなく分かる。

364 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:58:03 ID:OOx5Cbz20
でもそれは、

それは

反則だろう。

その感情は、
その表現は、
その理由は、

僕らみたいな人間が、言ってはいけないことだろう。

365 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:58:41 ID:OOx5Cbz20
話していた内容が、ではない。
彼女の考えとするところ、行動原理や思惑は痛いほどに伝わった。

僕は、ただ苦しかった。

彼女の言葉が、怖かった。

彼女の本音が、怖かった。

やめてくれと、叫びたかった。

366 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:59:07 ID:OOx5Cbz20
彼女から伝わる思考は、毒だった。
ゆっくりと包容するように、生温く蝕む神経毒。

だが声は出ない。
出せなかった。
彼女の唇が、僕の声に蓋をした。

367 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 22:59:59 ID:OOx5Cbz20
口唇をすり抜けて、歯牙に肉厚な舌が這いずる。
馴染みのある彼女の甘い舌。

そっと舐るように、粘膜を少しずつ剥ぎ取るように。

優しい動きが口内を回る。

僕は怖かった。
泣き出してしまいたかった。

弾劾して、糾弾して、断罪して、責め立てられたかった。





にゃあ。

368 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:00:48 ID:OOx5Cbz20


何処かで猫が鳴く。
僕と彼女の関与できない領域から、猫の鳴く声が聞こえる。

彼女の四肢が、藤の蔦のように絡む。
椅子に座っている僕の上に伸し掛かるように、その細い体を絡めてくる。

駄目だ。
僕はそれを求めていない。

求めてはいけない。

369 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:01:38 ID:OOx5Cbz20
彼女の空気のように軽い身体が、椅子ごと僕を床へ倒す。
大気の爆ぜるけたたましい音も、背面に掛かる重力の衝撃も、空気が弛んでいるかの如く遠くから響いてくる。

意識だけが、異常なまでに研ぎ澄まされていた。

僕には彼がいるのに。

彼こそが幸福だと認識したのに。

370 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:02:13 ID:OOx5Cbz20





そうだ。
認識したのだ。
認識することで、幸福の形に捏ねたのだ。

だが、もう。

もう僕は。

…………。

371 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:02:59 ID:OOx5Cbz20
細い腕が頭を包む。
そのまま優しく、後頭部を撫でられる。

心地が、良かった。

眼前が歪む。


海に、落ちた。

372 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:06:39 ID:OOx5Cbz20


16.而木またんき


.

373 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:07:41 ID:OOx5Cbz20
頭が割れる。脳の奥の方からズキズキとした痛みが響く。

最悪だ。最低な気分だ。
これが俗に言う二日酔いか。

あー……ったま、いてぇー…。…うん? ここはどこだ?

ついさっきまで先輩んちで酒呑んでて、んでヒッキーが日本酒を一杯仰いで、トイレに駆け込んでって…。

そんときはゲラゲラ笑ってた気がすんだけども、あいつが帰ってきてから、俺はクリアアサヒを一缶一気に呑み干して…くるうさんや、デミタス先輩達が、歪んでいって……。

……。

374 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:08:50 ID:OOx5Cbz20
あーあれか、ぶっ倒れたのか俺。
缶ビール一本しか飲んでねーぞオイ。酒弱すぎだろ。

ビール一本すら耐えられないとか、つくづく情けねぇ。自分が不甲斐無さすぎて涙が出てきた。

こんなんじゃ大学やらの飲み会で、ハメ外して騒ぐことすらできねーな。
んなダッセーことするつもり、端からないけどな。

それで、これはどこの天井だ? 
やけに小奇麗でツルっとしてるな。


あーあれか、学校の天井か。
周りに勉強机も椅子も黒板も無いし、その代わりにロッカーと赤い消化器が見えるし、背中が妙にひんやりするから、ここは学校の廊下だな。

学校とは言ったがここはどこだ?
少なくとも俺が通ってる学校じゃないのは確かだ。

375 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:09:22 ID:OOx5Cbz20
オレンジ色の夕日がやけに眩しい。
窓の大きさが、俺の通ってる高校の倍近くある。

窓から見渡す限り田んぼと山ばかりの緑一色で、非常に目に優しい世界だ。
床はリノリウム製の上、自然は豊か。ここは学校に模したサナトリウムか?
…そんなわけないか。

外で学生たちが汗を流しているのが見える、上階からは吹奏楽の奏でる旋律が風に乗って流れてくる、校舎の裏の方からは「あ・え・い・う・え・お・あ・お」って元気な声が響いてくる。

376 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:10:13 ID:OOx5Cbz20
俺も部活に入っていれば、こんな風に青春を謳歌できたかもしれないな。
他人と足並み揃えて、甲論乙駁に論じ合って、切磋琢磨に自分磨きができたのかもな。

高校一年生になったばかりだから、まだまだ青春できるチャンスはあるんだろうけども。
今はそんなこと、どうでもいいか。

それで何が異常かと言うと、俺はついさっきまで先輩の家で酒盛りしていた筈だ。
二日酔いで記憶も疎らのまま、学校に来られるわけもない。
その上ここは俺やトソンが通っている高校じゃない。

377 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:10:58 ID:OOx5Cbz20
現実だと考えられないような意識の転換や記憶の齟齬を考慮するに、たぶんこれは夢なんだろう。
リアルな二日酔いの頭痛が酷いし千鳥足で歩きづらいしで、俺にとっては散々な世界だ。

いやほんと、少しでいいから夢らしく、都合の良い展開を用意して欲しい。

あー気持ちワル。もう二度と酒なんて飲まない。

順当に考えるなら、これがトソンやペニサス先輩が見た夢なんだろう。
二人の見たやつと比べると、だいぶまともな世界だがな。

378 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:12:00 ID:OOx5Cbz20
廊下は綺麗に掃除されてるし、便所の便器はピカピカに磨かれてるし、トイレットペーパーも十分補充されている。


とりあえず吐いて何とか調子を取り戻したわけだが、これ、現実の俺大丈夫なのか。
夢の中で吐いちまったら、現実でもゲロしてそうだ。
もしそうなっていたのなら、デミタス先輩にマジで申し訳が立たない。

…現実に帰った時の覚悟を決めておこう。腹を括らないと、デミタス先輩に殺される。

なんか、夢の中なのに、やだなぁ。

379 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:12:40 ID:OOx5Cbz20
吐瀉物塗れの口内を蛇口の水で何度も濯いだが、喉は相変わらず灼けるように痛む。
嘔吐時の不快感には、やっぱりいつまで経っても慣れねぇ。

目を充血させて鼻頭が真っ赤になった自分の顔を鏡でボーッと眺めていると、廊下の奥から見覚えのある二人が歩いてくるのが見えた。

ワイシャツ姿の巨漢と、セーラー服の少女。

380 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:13:37 ID:OOx5Cbz20
そういえば俺の着ている服装も、いつの間にか学ランに変化していた。
通っている高校の服と大差無いが着慣れてない分、少しだけ窮屈だ。


呆然と鏡と向き合っていると肩を突かれた。
振り返った視線の先には、予見した通りのアンバランスカップル。
歩くのが早いのか、俺の意識が混濁してんのか…これはもうダメかもわからんね。

やや落ち着きの無いカワイイ少女が、2メートル近い巨漢のワイシャツの裾を握っている。

ペニサス先輩とデミタス先輩だった。

381 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:14:54 ID:OOx5Cbz20
(´・_ゝ・`)「えーと、大丈夫かい? かなり顔色悪いけど」

(・∀ ・;)「あー…なんとか、大丈夫っすよ。さっき全部、便器にぶちまけてきたんで」

('、`*;川「…これが二日酔いですか」

(´・_ゝ・`)「え、吐いたの? 夢の中で?」

しまった、と思った時には時すでに遅し。
数秒前の不用意な発言をした自分を恨む。

382 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:16:09 ID:OOx5Cbz20
(・∀ ・;)「え、あーいやー…ははは。ただ便器を抱えてただけですってばー。
そんな、まさか吐くわけないじゃないですかーヤダなー。
ましてや今、俺は先輩の家にいるんスから」

(´・_ゝ・`)「うん、夢から覚めたらちゃんと後片付けしてよ。
…気は進まないけども、僕も手伝うからさ」

そうは言ってくれたものの、先輩の目は笑っていなかった。
普段と同じような笑顔を浮かべていたが、瞳の奥は冷え切っていた。

怖い。普段に増して怖い。
ごめんなさい先輩。

383 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:17:14 ID:OOx5Cbz20
('、`*;川「と、とりあえず現状の整理をしましょうよ」

それもそうだ。助けてくれてありがとうございますペニサス先輩。
夢から覚めたらアイスクリーム奢る。満足できなければ飯奢る。
でも俺なんかに気を使わせちゃってごめんね。情けなくてごめんね。

(´・_ゝ・`)「…それも、そうだね。夢の中で現実の問題をとやかく言っても、詮無い事だし…」

384 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:18:17 ID:OOx5Cbz20
三人横一列に並んで、行く宛もなく校内をブラブラ歩く。
チャイムの音が鳴ると同時に、遠くの方から『夕焼け小焼け』の旋律が流れてくる。
外から響いていた学生たちの声が、心無しか減ってきているような気がする。

(´・_ゝ・`)「恐らくだけど、今僕たちがいるこの世界が夢の世界…ってことだよね。
なんとも言えない妙な現実感があるし」

(・∀ ・)「それにお互いに自我を保ててるっつーか、現実の性格そのまんまっすからね。
まー、確証は無いんですけども。
もしこれで二人の性格がリアルと似ても似つかねーもんだったら、普通に個人が見てる夢と大差ないですし」

385 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:19:24 ID:OOx5Cbz20
('、`*川「私とデミタスだけしかいなかったら、二人とも互いの性格を熟知しているから確信が持てなかったけども…ニエキさんと私は、今日が初対面でしたからね。
不幸中の幸いというか…。でも、顔を知ってる人と合流できて良かったです」

普通、初対面の人間が夢に出てきたら怖いと思うが…。
社交辞令か?
いや、嘘をついているようには見えないな。

…喫茶店で話してくれた夢みたいな感じじゃなくて良かったってことか。
あの話の中じゃ、知り合いどころか俺みたいな出会って間もない人間すらいなかったんだしな。
初対面の俺ですら、彼女にとっちゃ心の支えになるくらいにあの悪夢が怖かったんだろう。
…クソ、もどかしいな。

386 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:20:37 ID:OOx5Cbz20
(´・_ゝ・`)「ところでさ、またんき君はここに見覚えはある? 僕らの記憶にはこんな学校は無いからさ、もしかしたら、君たちなら心当たりがあったりするかもって思ってるんだけれども」

俺がこの子のためにも一刻も早く解決してやろうと意気込んでいると、デミタス先輩が話しかけてきた。
多分この人も同じ気持ちなんだろう。そして俺なんかよりもよっぽど切実に、早急な解決を願っているんだろう。

俺は寧ろ怖がるどころか、望んでこの件に首を突っ込んじまったっていうのに。

387 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:21:47 ID:OOx5Cbz20
(・∀ ・)「いや、力になれなくて申し訳ないすけども、少なくとも俺の記憶には、こんな学校無いですね。
…あと、ここの生徒らしき奴ら眺めてると、なんとなく高校生っぽく見えないすか?
ここ、小学校とか中学校じゃなくて、高校なんじゃないかなーなんて」

('、`*川「確かに。
彼らの背丈や体格は、小中学生と比較すると、かなりしっかりしてますよね…。
ムトウさんとニエキさんとデミタスは、同じ高校ですよね?」

(・∀ ・)「そうっす。
んで、ヒッキーとくるうさんが同じ高校だったハズです」

388 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:23:03 ID:OOx5Cbz20
(´・_ゝ・`)「それならこの夢は、もしかしたら彼ら二人の記憶から作られているのかな?」


その響きに、何故かゾクリと身震いする。
ただのなんてことない事実なのに、あの二人が高校の頃からの親友だってこと、もう何回も聴いているのに。

なんで、こんな不安になるんだろう。
なんで俺は、こんなに怯えているんだろう。

俺の彼氏を、俺以上に知っている異性の親友がいるってだけの当たり前な現実。
その女は俺以上にあいつのことを知っていて、二人とも互いを十全に理解し合っている。

俺がどんなに頑張ったって覆せない空白の時間がある。
その空白を、あいつらは共有している。
分かち合っている。

389 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:23:58 ID:OOx5Cbz20
悔しい。
なんとも胸に刺さる現実だ。
あいつも俺とおんなじ同性愛者なんだから、心配する必要なんて無いのに。

関係が半年にも満たない彼氏の俺と、年単位で付き合いのあるくるうさん。
彼女の方が、俺よりヒッキーを理解してるに決まってる。
そんなの、ただのなんてことない事実ってだけだろ?
感覚的には、あいつの家族が俺以上にヒッキーを知っているのと大して変わらないだろ?

…そういえば、あいつはいつ自分が同性愛者だって自覚したんだっけ?
その話を聴いた気もするし、聴いてない気もする。

390 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:24:41 ID:OOx5Cbz20
5ヶ月って、やっぱ微妙な期間だな。不安が全く拭えない。信用しきれない。
あいつを信頼できない俺が一番不甲斐ないのに。

思えば俺は、あいつのことを全然知らないな。

両親がどんな人なのかとか、何に興奮するかとか、中学の頃の恥ずかしい思い出とか、過去から今までの悩み事の数々とか……。

391 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:25:11 ID:OOx5Cbz20
…中学校の頃の、思い出?

過去から現在までの、悩み事?

なんだ? この気持ち悪い感覚…?

二日酔いみたいな一時的な感じじゃなくて、俺の存在の根底を揺るがしているような、気持ち悪さ。

392 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:26:00 ID:OOx5Cbz20
クソ! 俺は何に対して怒ってるんだ?
なぜか無性に苛々する。

なんでだ、なんでだ、なんでだ!

あいつのことを、考えなければ。
あいつとの記憶を辿る時だけ、俺は安心できるんだ。

…そもそも、俺とあいつとの繋がりは、言い訳できないくらい希薄だった。
偶然入った店で意気投合して、連絡先を交換して、休日に一緒に出かけたり、その帰りにホテルでシたりして、今みたいな関係が出来上がったわけだ。

393 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:26:58 ID:OOx5Cbz20
なんていうか…こう、深入りしすぎない方が良いんじゃないかとか、知り過ぎない方がお互いに楽なんじゃないかって、思ったんだよ。

俺があいつの重荷になっちまわないかとか、独占欲であいつを束縛しちまうんじゃないかとか。

…根底に有るのは、別れる時に自分が傷付きたくないっていうだけの、利己的な感情なんだけどな。

知りすぎてしまうと、別れを惜しんでしまう。
相手に馳せる感情の量が多ければ多いほど、その存在が消えた時の喪失かデカくなる。
怯えだらけの自分勝手な感情だよ。

394 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:27:42 ID:OOx5Cbz20
でも…うん。

今のところ別れる予定は無いし、夢から覚めたら互の理解を深めよう。
ちょっとずつでもいいから、話し合ってみよう。
まだ全然遅くないはずだ。

若気の至りで体の関係ばっか充実しちまったけど、心の距離だって近づけていかないとな、好きなんだから。

それに今は収まったが、ついさっき俺を震わせていた感覚の原因もよく分からん。

395 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:28:15 ID:OOx5Cbz20
…あの時、俺はヒッキーの事を考えていた。
少なくとも俺には、あいつの存在が根深く関与している。

面白い、なんて一言じゃ言えないようなことが起こりつつある予感がする。
それに、何か変だ。

俺の同性愛感情は、昨日の思考では演技の一環だと認めたはずなのに。

俺の本音はどこだ。

本性は、どこだ。

396 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:28:58 ID:OOx5Cbz20
(・∀ ・)「…あー、その可能性はあると思います。
…そういえば今思い出したんすけども、確かあの二人、高校生の頃よく図書室にいたって聞いた気がします。
なんでも部活で物語を書いていて、互いの話を読み合ってるうちに仲良くなったとか、なんとかって…。
とりあえず、今んところ行く宛ても無いですし、図書室にでも向かってみないすか?」

試行錯誤を繰り返す脳味噌を、なんとか落ち着けて言葉を紡ぐ。

この間僅か二秒。スゲーだろ。

397 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:29:57 ID:OOx5Cbz20
いや、色々と考え過ぎだぞ俺。精神論は得意分野じゃない。
こういう話は、トソンとかヒッキーとかデミタス先輩とかに任せておけばいいんだって。

第一、俺の頭は複数の事を同時に処理できるような優秀な作りしてねーっての。
単純構造なんだよ。単細胞なの。

('、`*川「へぇ…あの二人って、高校からの付き合いだったんですね。しかも図書室つながりなんて。
勝手なイメージですけれども、ヒッキーさんはまだしも、くるうさんからは文系らしい空気が全く感じられなかったので、ちょっぴり意外です」

(・∀ ・)「あー、まー、そうっすよね。ぶっちゃけ俺も半信半疑ですし。
くるうさんがどんな文章書くかなんて、全然想像できねーし。
っつーか話し方とか、抜けてる感じ満載だし、すっげー天然感あんのに意外っつーか…」

398 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:30:56 ID:OOx5Cbz20
(´・_ゝ・`)「人は見掛けに拠らないものだよ。
本来の姿をひた隠しに生きている人は、案外多いと思うし。
またんき君にだって、他人にはおおっぴらにできないような本音ぐらい心当たりがあるだろ?
彼女がどこか抜けているように見えるのも、そんな本性を誰にも悟られず隠匿するための芝居かもしれないし。
…くるうさんは、まさにそんな部類の人な気がするし…。なんていうか、奥が深そうというか」

西陽が徐々に傾き、構内に夕闇が広がってくる。
空が青紫色に染まってゆく。妖しくて不気味な空色だ。

いわゆる逢魔ヶ刻ってやつか? 明るいのか暗いのかハッキリしない時間帯。

399 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:31:45 ID:OOx5Cbz20
(・∀ ・)「まー、何考えてんのか想像できない人ってのは、間違い無いっすね」

('、`*川「…なんか、デミタスが他人に興味持つなんて、珍しいよね」

(´・_ゝ・`)「いやぁ、これは興味っていうよりも関心みたいな、あやふやなモノなんだけどもね。
正直僕にもよくわかんないんだけどさ。
なんとなく、自分と似てる気がしたというか。
…近いって、言うのかなぁ? 心の形が似ているような、そんな感じのイメージ」

('、`*川「ふぅん?」

400 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:32:29 ID:OOx5Cbz20
ペニサス先輩が唇を尖らせる。
ちょっと妬いてるっぽくて、可愛らしいというか焦ったいというか。
一言で言えばあざとい。デミタス先輩羨ましい。

俺も彼《彼女》に、こんな風な態度をとって貰いたいもんだぜ。





(・∀ ・)「とりあえず、図書室とやらを探しましょっか。
二人の居そうなところだと、そこくらいしか思いつかねーし。
んで、その道すがらにトソンのやつも見つけられれば一石二鳥でしょ」

401 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:33:25 ID:OOx5Cbz20
(´・_ゝ・`)「…そうだね。ムトウさんだけは、どこにいるのか皆目検討がつかないし。
それにこの夢が、いつ終わりを迎えるか分からないのも、事実だからね。
…さっさと終わって欲しいよ、こんな夢」

先輩が言っている『こんな夢』っていうのは、なんとなく現在進行形で見ているこの高校の夢だけじゃなくて、一連の悪夢すべてを指しているみたいな響きだった。
言われて気づくが、この夢はいつまで続くんだ?

何で俺たち三人は、こんなにすんなり合流できたんだろう。
ってか同じ家で寝た途端に夢が共有されるとか、どんだけ急な展開だよ。
頭がついて行かねえ。理解が追いつかねぇ。

402 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:34:44 ID:OOx5Cbz20
でも、楽しいことは事実だな。非現実的な展開が、俺に訪れてくれた。
すんなり夢が繋がれたんだから、もしかしたら俺らが現実で先輩んちを借りる必要なんて、無かったかも知んねえな。

過程なんてどうでもいい。
結果が俺の望んだもんなら、如何にえげつない事実をつきつけられようとも甘んじて受け入れよう。
現状の退屈が凌げればそれで上等。

ただ漫然と過ぎていくだけの日々も悪くないが、こういう奇跡的なチャンスはそうそう巡ってこない。
浅知恵で飛び込んじまえばいいんだ。危険性だとか未知なものへの不安だとか、そういう危機管理能力なんて擲って、この海に飛び込めばいい。

俺や彼氏やカップルやあいつら部外者の事情も、煩雑に拗れて雁字搦めに絡まり合っているが、それをゆっくりと紐解くのは、夢が覚めてからのお楽しみ。

403 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:35:28 ID:OOx5Cbz20
六十トソンの人間性。
韶実くるうの本音。
缺ヒッキーの罪業。
仆盛デミタスの苦悩。
厭藤ペニサスの怯え。

彼らが一筋縄にはいかない人間だってことぐらい、既に気づいている。
だからこそ俺は彼らに惹かれたんだし、彼らもここに引き寄せられたんだ。

俺(而木またんき)の、記憶も。

ついでにまだ見ぬ人々と、とっておきの夢の実態。

404 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:36:20 ID:OOx5Cbz20
この夢は、人が仕舞いこんだ秘密を暴露する。

さっきの俺の動揺が何よりも雄弁な証拠だ。

俺は、自分ですら意識することを忌避した記憶を海の底に幽閉している。
この夢は、心の内を白日の下に晒す。
そんな予感がする。


愉しくなりそうだ。《非常に嫌な予感がする》


夕日はすっかり地平線の彼方へ沈んでいて、これから夜が始まろうとしていた。
どどめ色に濁った空色が、辺り一帯を包んでいた。

405 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:42:28 ID:OOx5Cbz20


17.六十トソン


.

406 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:43:27 ID:OOx5Cbz20
今まで生きてきた短い人生の中で、私には既に確信していることがある。
16年、この時点で私は、そんな自身の性格に諦観している。
その上それを変えようとは微塵も思ってないし、多分死んでも変わらないと直感している。

私には、これが私だと胸を張って言えるような要素がない。
私といえば何かと逡巡しても、答えが一向に浮かばないのだ。

平たく言えば、自己同一性の拡散。
もう少し自分らしい言葉で代用するなら、積極性の欠如だ。

407 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:44:38 ID:OOx5Cbz20
現在通っている高校は幸運にも都市部に位置し、私は一人暮らしをしている。
家族から離れて生活したいと思っていた時期だったのが幸いしたものの、正直言って実家から近場の学校でも別に問題なかった。

田舎の片隅に唯一建てられた中学校だったので、同級生たちは特段悩みもせずに近郊の高校へと進学していった。
私も恐らく同様の道を歩むだろうと思っていたので、真面目に高校受験を捉えていなかった。

自分が将来何を目指しているかとか、その為にどんな高校に進む必要があるのかとか、そういう未来に向けての思考は一切行っていなかった。
自分の学力と照らし合わせ大きく逸脱していなければ、どこでも良かった。

都会の進学校を受験するようになったのは両親の推薦に他ならない。

408 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:45:16 ID:OOx5Cbz20
二人とも地方公務員なのだが、元々は都心に住んでいたらしい。
都会で彼らは切磋琢磨に研鑽を重ねて昇進し、その時に稼いだ貯金が現在の私たちの生活を支えていた。
二人で可愛い愛娘の将来を熟考した結果が、都内高校への進学だったのだろう。

自分たちと同様の安定した将来のため、我が子を思いやっての決断だったのだろう。
可愛い子には旅をさせろとは、よく言ったものだ。

409 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:46:08 ID:OOx5Cbz20
自分の性格を他人のせいにするつもりはない。
私が私である以上、一人の自立した人間なのだから、他人からの影響は関係無いと思う。
私に積極性が乏しい所以は、自身の責任だと理解している。

このまま漫然と生きていていいのだろうか。
前に進まず後ろにも戻らず、行動する意思すら薄弱な私には、価値があるのだろうか。

410 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:47:11 ID:OOx5Cbz20
常軌を逸している程に自分自身を見失っているとは思わない。
曲がりなりにもこの16年間、無為に生きてきたわけではない。
人間社会に所属しているのだから、この場面ではこういった発言が好まれるのだろうとか、ここではこうすべきだとか、そういった一般常識は心得ている。
それに従い行動するだけの気概は持ち合わせている。

しかし、これは積極性とは対比に位置する行為だ。
経験則に基づく行動には最低限の責任と、その場に即した合理的な理由しか存在しない。

場面ごとに求められる適切な対応を理解し実行しているだけであって、そこに私の意志や個性は存在しない。

自我が欠如しているのだ。
欠落しているのだ。

411 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:48:30 ID:OOx5Cbz20
自力で判断できない自分に辟易している。心底うんざりしている。
自己嫌悪と言うのが正に相応しいのだろう。

しかし、そんな自分を捨て去る度胸は無い。
現状で、社会に対して全く不自由していないからだ。
寧ろ順応しているとも言えるだろう。

個性を持たないことが人間という群体において、非常に有意義に働くことは言わずとも分かる。

他人と異なる点は長所ではなく短所だ。
異質の存在は社会にとってはデメリット以外の何者でもない。
社会は銘々の個性などに毛ほども興味無いし、ただの歯車に自己の権利を濫用されても困る。

412 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:49:31 ID:OOx5Cbz20
目立たないことは利点だと、美徳だと、分かっている。
分かっているのだが。

この胸の虚無感は、何故なのだろうか?

私は人間に値しない存在なのだろうか。
私が私であるための理由と、他人が他人であるための理由が同じだからだろうか。
私という個人の有無が、何にも影響を及ぼし得ないからだろうか。

誰かと代替の効く私は、無価値な欠陥品だからだろうか。

413 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:50:11 ID:OOx5Cbz20
都会だと、街中でたまに異様な服装の人を見かけることがある。
それは、例えば真っ赤なロングコートにパステルグリーンのフレアパンツを履いて黒のボタンダウンシャツを着た男性であったり、ピンクのミドル丈ファーコートに花柄レースのトップスをタックインして紫のミニスカートを履いた女性だったり、ファンシーなキーホルダーで構成されるワンピースを着ていたりする。

それらを眺める私の目は、きっと冷め切っているだろう。

414 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:51:14 ID:OOx5Cbz20
少し前の時代では、個人の性格や思考などは徹底的に抑圧され、個性には不必要の烙印が押されていた。
社会を立て直していく過程に於いては、有用性のある歯車に需要があったためだ。
当時の人々には個性で悩む余裕さえも、きっと無かったのだろう。

その一方で現代はどうだろうか。
精神的、身体的、社会的に余裕が生まれた現代では、個性の抑圧された当時を生きていない人々が自己主張を繰り広げている。
その端的な例が服装だろう。

個性的、異質、自己顕示欲、承認欲求、そういった個々人の内側を暴露している人々が口角泡を飛ばし主張を掲げている。

415 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:52:07 ID:OOx5Cbz20
私は彼らのようになりたくない。
なる勇気がない、と言ったほうが適当だろう。

どんなに頑張ったって、彼らのように生活していく強かさが、私には欠けているから。
変化を起こせる力が、無いから。

つまりこれが私の劣等感。
自身の性格に対しての確信だ。

他者に憧れ自分を貶める。
自分で自分を貶めているのに、そのフラストレーションを赤の他人への妬み、憎しみに転嫁しているのだ。

416 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:53:03 ID:OOx5Cbz20
現状抱えている己の虚無を満たすために変化を求めたところで、私には努力することができない。
今まで培ってきた社会的地位を蔑ろにしてまで個性を主張し、正しいのかすら分からない努力をしたくない。

現状がベスト、それに伴う蟠りは如何に変化したところで消えないだろう。
消えずに残るだろうが、私にはどうすることもできない。

諦めている。失望している。満足している。
それらの言葉で片付けられる感情しか持ち合わせがない。

私も、自分を押さえ込んで生きているのだろうか。

417 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:55:19 ID:OOx5Cbz20
辛くて、苦しくて、感情を吐露できなくて、素直になれなくて、意味の無い妄言を、まるで酸欠の金魚が口から泡を吹いているかのように、垂れ流し続けているだけなのだろうか。


違う、と思う。


私の心は今のところ傷一つ無い。
抑制するほどの個性を主張も無い。
何度も試行錯誤を繰り返して、今の状態が最良だと判断しているだけだ。

418 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:56:00 ID:OOx5Cbz20
私の個性が無くなること。自己表現の欲求を失うこと。
それが社会に生きていくことだと思っている。

自分の心を殺して日々を生きている私は、そのうち霧散してしまうのではないか。

目を覚ました時には、私という存在は消え去ってしまうのではないか。

そんな非現実的な幻覚が、私を刺す。

419 ◆MSKEobRqzo:2020/06/16(火) 23:56:59 ID:OOx5Cbz20
社会の歯車という言葉がある。

個人個人が社会を形成していくために必要な要素だと証明するために作られた言葉。
1つでも欠けてしまえば世の中が円滑に回らなくなる、という意識を植え付けるための文言。

個人の存在は歯車たり得るのだろうか。

現代社会に生きている人々は、社会の歯車だと言えるのだろうか。
全てが総て、無くてはならないものだと言いきれるのだろうか。


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