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ξ゚⊿゚)ξコーヒー・オブ・ザ・デッドのようです
1
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:25:11 ID:jy8Ko0x20
吹き付ける風の冷たさが、やけに染みる日だった。
ξ゚⊿゚)ξ「寒っ……」
春も近いというのに空気はシンと冷気で澄みきり、刺さるような寒さが顔を酷く痛めつけてくるものだから、
私はコートのポケットに手を突っ込み、首に巻いたマフラーに顔を埋めながら風に向かって歩く。
ふと周りを見ると、ニジイロコムシが、風に流されながらフワフワと飛んでいた。
この小指の先ほどの虫の名前、それがニジイロコムシ。
小学生の頃に見た虫の図鑑にそう書いてあったのを今でも覚えている。
人の匂いだったか体液だったか。
それらのいずれかに敏感に反応するこの虫は、今日も私の周りをフラフラと飛んでいる。
そしてこの虫はその名の通り七色に光る虫だ。太陽光の当たり方によって見える色が変わってくる。
今日の見え方は緑色だった。見えた色によって今日の運勢が分かるなんて小学生の頃は言ってたっけ。
寒空の下、そんな虫を眺めながら私は近所のカフェへと向かっていた。
いつもなら「コーヒーでも飲みながらボンヤリしたいなぁ」なんて思いながら向かうカフェ。
けれど今日に限っては事情が違った。
アイデアを捻り出すための、気分転換のための散歩の一環だった。
https://f.easyuploader.app/eu-prd/upload/20200318142453_6e386770435136687375.jpg
.
2
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:25:47 ID:jy8Ko0x20
私は小説を書かなくてはいけない。
そのために、何とか頭の中をかき回していたのだ。
最初に断っておくが、私は作家などではない。しがない、文系の一大学生だ。
こんな事になったのは、ゼミの課題がきっかけだ。
「小説を書く事。題は自由。1万字以上であれば文字数は問わない。出来栄えを評価して点数とする」
『文藝創作』のゼミに入って、初めてゼミ室に入った瞬間にホワイトボードに書かれていたのがこの文章である。
志望度としては低かったこのゼミに入ることになって、テンションがだだ下がりだったのが、更にやる気が落ちた瞬間であった。
元々小説を読むのが好きで、創作する側はどうなっているのだろうかと、ちょっとした疑問をもって志望しただけなのだ。私は。
そもそも1万字とはどれほどの数字なのだろう。
一瞬考えてTwitterで100文字のツイートを100回投稿するのと同じだと気が付いた。
普段から本当に短文をちょいちょいと投稿しているだけの私にとっては、果てしなく面倒くさい作業という事は理解できた。
けれども単位は必要だ。そのためにもこの課題を書き上げなくてははいけない。
締め切りは、もうそこまで迫っていた。
3
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:26:32 ID:jy8Ko0x20
石の階段を下り、歩道へと降りる。
そこを少し歩いた先にある横断歩道を渡って、拝成商店街のアーケードに入る。
アーケードを真っ直ぐ突き進み、携帯ショップの脇から入れる裏路地を抜け、通り抜けた先にある拝成児童公園脇の歩道を北に向かって歩く。
そして少し歩くと、カフェは姿を現す。
そこはこじんまりとした、いわゆる隠れ家風カフェだ。
外観も店内も白を基調としていて、置いてある雑貨や家具は北欧のものであふれている。
私はそれらがいちいち可愛くて仕方がなくて、毎回見てはうっとりしていた。
白いヴィンテージ風のドアを開けると、カランカランとカウベルが鳴った。
(*゚ー゚)「いらっしゃいませー」
白シャツに青いデニム、そして濃紺のエプロンを着た店員さんが元気に出迎えてくれた。
今日の店内は意外と盛況のようだった。
ここのカフェにはそれなりに来ているつもりだが、ここまで混んでいるのは初めて見たかもしれない。
どこかのタウン誌にでも紹介されたのだろうか?
自分の行きつけが有名になるのは嬉しいようでもあり、ちょっと悲しくもある。
やはり、自分の愛したものは、自分だけのものでいてほしい。
そんなインディーズバンドのおっかけのような発想をしてしまった。
4
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:27:07 ID:jy8Ko0x20
(*゚ー゚)「すいません、現在混みあっておりまして……相席でも大丈夫ですか?」
申し訳なさそうに案内をする店員さん。ナチュラルなメイクが良く似合っていて可愛い。
ξ゚⊿゚)ξ「ええ、問題ないです」
店員さんの案内に私は二つ返事でOKを出した。この混み具合ではしょうがない。
座ってコーヒーを飲めるだけありがたいと思わなければ。
「では、ご案内いたしますね」そう言われて歩き出した店員さんの後をついて歩く。
店内は思ったより奥までびっしりと人が埋まっていて、それでいて賑やかだった。
この店の雰囲気には、やはりちょっと合ってない。
(*゚ー゚)「すいませんお客様、こちら相席よろしいでしょうか?」
('、`*川「はい、大丈夫です」
そう言って案内された席に座っていたのは、おしとやかそうなお姉さんだった。
私と年齢は近いくらいだろうか?
ベージュのケーブルニットに紺の少し緩いシルエットのパンツを履いていた彼女は、物腰の柔らかい雰囲気を醸し出していた。
私は軽く頭を下げながら、椅子へと座る。
5
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:27:43 ID:jy8Ko0x20
ξ゚⊿゚)ξ「すいません、お邪魔します」
('、`*川「いえいえ……」
おずおずと挨拶をしたら、お姉さんはニコッと笑顔で返してくれた。
雰囲気と変わらない、柔和な笑顔だった。
(*゚ー゚)「では注文お決まりになりましたら……」
ξ゚⊿゚)ξ「あ、ブレンドコーヒーお願いします」
(*゚ー゚)「はい、かしこまりました」
サクッと注文を終えた私はマフラーと上着を脱ぎ、椅子の背もたれに掛けた。
荷物を椅子の下のカゴの中に入れる。
ふうと一息ついてから周りを見回してみると、いかにも主婦仲間で会話を楽しみに来たと思われる人達が複数組。
そしていつもの私のように、一人でボンヤリしに来たと思われる人がそこそこ。比率的には半々といった感じだろうか。
6
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:28:18 ID:jy8Ko0x20
視線を正面に戻すと、先ほどのお姉さんがのんびりとコーヒーを飲んでいた。
時折スマホに目を落とす以外はボンヤリと窓の外や店内のどこかに視線を漂わせている。
私はその佇まいに優雅さと気品を感じ、感心してしまった。
何故かは知らないけれど、そんな雰囲気が漂っている。
まるでいつもそうしているかのような、こなれた感じがしていて素敵だ。
あれは私では到底醸し出すことの出来ない雰囲気だな、と感じた。
そんな事を思いながら、私は椅子の下に置いたリュックからノートパソコンを取り出した。
私のパソコンの天板にはステッカーがベタベタと貼られている。
最初はお気に入りのバンドのステッカーを1枚貼っているだけだったのだ。
しかし友達がパソコン用にと次から次とステッカーを渡してきては貼っていくので、いつの間にか天板は隙間無くステッカーで埋められた。
別に嫌というわけでは無かったが、こういう外に持ち出すとき少し恥ずかしい。
そしてパソコンを机の上に置いたのだが、意外に場所を圧迫する事に気が付いた。
この状態で画面を開いて作業を始めたら、間違いなく向かいのお姉さんの邪魔になる。
私は先ほどから窓の外を眺めているお姉さんに伺いを立ててみることにした。
ξ゚⊿゚)ξ「すいません、テーブル使ってもいいですか?」
私の声を聞いて、ハッと窓からこちらに視線を移したお姉さんは「大丈夫ですよ」と、また柔らかい笑みを浮かべながら答えてくれた。
それを聞いた私は「ありがとうございます」と言ってから、軽く会釈をしてパソコンに向かい始めた。
さて、私は何から書いていけばいいだろうか。
7
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:28:52 ID:jy8Ko0x20
「ξ゚⊿゚)ξコーヒー・オブ・ザ・デッドのようです」
.
8
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:29:40 ID:jy8Ko0x20
………
……
…
(*゚ー゚)「ブレンドコーヒーお待たせしました」
注文してから数分後。ようやく待望のコーヒーがやってきた。
混雑してるだけあってもっと遅く出てくるかと思ったが、そんなことはなく普通に出てきた。
他の客も皆注文は終えていて、あとは談笑に励んでいるのだろう。
それもカフェの一つの在り方だからね。なんて自分で納得していた。
早速出てきたコーヒーをいただく。まろやかな口当たりで酸味が少なく、独特の香りがするここのブレンドは私好みだ。
そしてコーヒーの香ばしい香りが、白い店内に独特の雰囲気を作り出していた。
うん、素敵だ。
さて、問題は目の前の小説である。1万字を埋めるためにどうすればいいか。
とりあえず悩んだ私は検索窓に『小説 書き方』と入れてエンターを押す。すると7,760,000件もの検索結果が出てきた。
検索上位の方をペラペラと眺めていても「うーん」と私は唸るばかりで、あまりピンとくるようなものは無かった。
おそらく書く気力が足りていないのだろう。この期に及んでそれは致命的なのだが。
とりあえずエディタを立ち上げるだけ立ち上げて、1行書いては消しを繰り返していた。
9
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:30:16 ID:jy8Ko0x20
('、`*川「あの」
急な呼びかけに、私は驚き身体を思わず硬直させた。
その時テーブルに手をぶつけてしまって、危うくコーヒーをこぼしそうになってしまった。
私は「すみません」と反射的に謝った。お姉さんは相変わらず微笑みを絶やさず「大丈夫よ」と答えてくれた。
('、`*川「ビックリさせてごめんなさい、貴方が今何してるのか聞きたくて」
そう言ってパソコンを指さす彼女。
その指のネイルは綺麗に整えられていて、薄いベージュのカラーが塗られていた。
ξ゚⊿゚)ξ「え? あ、これはですね、えっと……」
思いがけず内容を聞かれたことで戸惑ってしまった私。
しどろもどろになってしまって恥ずかしい事この上なかったが、どう答えればいいのか分からないのも確かだった。
10
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:30:51 ID:jy8Ko0x20
ξ゚⊿゚)ξ「小説です、小説を書いてます」
私は隠すのをやめて、正直にさらけ出すことを選んだ。
レポートですとか言って誤魔化しとけばいいのに、何故馬鹿正直に言ってしまったのか、自分でもよく分かっていない。
('、`*川「あら、作家の方なんですね」
ξ゚⊿゚)ξ「いえ、違うんです……ただの学生なんです……」
('、`*川「あら、なら作家志望の学生さん?」
ξ゚⊿゚)ξ「学校の課題で……ちょっと……」
それを聞くとお姉さんは「ああ、なるほど」といった感じで頷いた。
私も苦笑いを浮かべつつ、同じように相槌を打った。
ξ゚⊿゚)ξ「中々書けなくて。締め切りが近いのに」
11
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:31:37 ID:jy8Ko0x20
('、`*川「それなら、ちょっとお話しませんか」
微笑みながら私のことを見つめていたお姉さんは、ちょっと遠慮がちに私にお誘いを持ち掛けてきた。
ξ゚⊿゚)ξ「お話……?」
('、`*川「ちょっと暇を持て余しちゃって。ほら、もしかしたら小説のネタが浮かぶかもしれないですし」
('、`*川「もし、あなたが良ければだけど」
どうせこのままパソコンと睨めっこか、窓の外を眺めてボンヤリするかの2択だったのである。
カフェの席で出会った見知らぬ人と交流を図るのもまた一興ではないか。
それにこの人の言う通り、話すことで見えてくるネタもあると思った。
ξ゚⊿゚)ξ「いいですよ、お話しましょ」
それに、単純に楽しそうだなと思った私は、お姉さんのお誘いを二つ返事で受けた。
('ー`*川「よかった、迷惑だとか言われたらどうしようってずっと迷ってたの」
そう言ってニッコリと笑うお姉さんは、やっぱり上品で可愛かった。
私ではたどり着けない領域にいる人なんだろうな、なんて思う。
安心したのかお姉さんは残っていた自分のコーヒーに口をつけていた。
同じく私も自分のコーヒーを啜った。先ほどよりも冷めていて、酸味が若干強く感じられるようになっていた。
12
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:32:13 ID:jy8Ko0x20
互いにコーヒーを飲んで、しばしの沈黙の後。
('、`*川「あのね」
お姉さんが口を開いた。
('、`*川「私、彼氏を殺したの」
まず、私は耳を疑った。
だが残念なことに周りの会話は鮮明に聞こえていた。何なら2つ隣のテーブルのオーダーまで聞こえている。
次に、私は彼女が冗談を言っているのだと思った。
彼女の表情は相変わらず笑みを保ったままだ。けれどからかっているという感じにはあまり見えない。
私は何と返していいか分からず、また沈黙が訪れた。
周囲は変わらず賑やかで、ここの席だけ浮いてしまっているみたいに思える。
ξ゚⊿゚)ξ「……ええと……」
こんな時にかけるべき言葉を探し、必死に頭を回転させる。
落ち着くんだ、私。
13
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:32:48 ID:jy8Ko0x20
('、`*川「うふふ、ゴメンねこんな事言って」
ξ゚⊿゚)ξ「あの……本当に『殺した』んですか?」
('、`*川「まさか。もしそうなら私は今頃こんな所でコーヒーなんか飲まずに、どこか遠くに逃げてるわ」
ξ゚⊿゚)ξ「そ、そうですよね……」
私は思わず溜めていた息を吐き出した。
あまりにも分かりやすくホッとしたのが見えたのだろう。目の前のお姉さんも少し笑っていた。
('、`*川「でもね、ある意味では本当なの」
ξ゚⊿゚)ξ「ある意味?」
('、`*川「私のせいで彼という『人間』は『死んだ』の。聞きたい?」
私は黙ってこくりと頷いた。
目の前で殺したと言われた恐怖よりも、好奇心の方が勝っていた。
ただ、それだけの事である。
14
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:33:24 ID:jy8Ko0x20
彼女は私の様子を見ると、コーヒーを一口飲む。
そしてポツリ、ポツリと何が起きたのかを話し始めた。
('、`*川「元々彼は心豊かで色々なことを体験するのが好きでね……」
('、`*川「積極的に出かけたり、本を読んだりするのが好きだったの」
('、`*川「でもね、新しい仕事を始めてから、いつも好奇心で膨らんでいたはずの心がドンドン萎んていった。他人の私からも分かったわ」
彼女は鼻を啜った。泣いているのだろうか?
ハンカチで目元を拭う。
('、`*川「昨日の夜だったわ……私たち喧嘩したの」
('、`*川「お互いとても酔っていたから、何を言ったか詳しいことまでは覚えてない」
('、`*川「けれど相当酷いことを言ったことだけは記憶にあるの」
ξ゚⊿゚)ξ「その時に彼が?」
('、`*川「ええ、お察しの通り『死んだ』のよ」
15
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:34:00 ID:jy8Ko0x20
('、`*川「『心』なんで見えるもんじゃないなんて事は知ってるけど、その時だけはハッキリ見えたわ」
('、`*川「『心』ってこんな簡単に砕けるんだって思った。パチーンって弾け飛ぶ様が見えたわ」
先程から涙を拭っていたハンカチでまた目元を押さえ、彼女は話を続けた。
('、`*川「そして彼の『心』は『死んだ』」
ξ゚⊿゚)ξ「なるほど、それで彼を殺したとお姉さんは言うんですね」
ξ゚⊿゚)ξ「……その後彼はどうしたんですか?」
('、`*川「普通に寝て、今朝普通に起きたわ」
('、`*川「7時に起きるといつものようにアメリカンコーヒーを飲んで、バターをたっぷり塗ったトーストを2枚食べて出かけていったの」
ξ゚⊿゚)ξ「コーヒーを飲んでトーストを優雅に食べて出かける死人かぁ……」
そう言って私はコーヒーを一口飲む。
何故か、先ほどよりも味が薄まっているような気がした。
16
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:34:35 ID:jy8Ko0x20
('、`*川「もう何も感じる事が無い」
('、`*川「彼は脳ミソから指示された事を機械的に行うだけの存在になってしまった」
また目に溜めた涙を拭う彼女。
先ほどから結構な量の涙を流していることから、本当にひどく悲しんでいるのだろう。
ξ゚⊿゚)ξ「笑ったり泣いたりもしないんですか」
もはや興味本位で聞き始めている私。
こうなった以上、もう徹底的に聞く事にした。訳の分からないことは、徹底的に追いたくなる。
私はそう言う人間なのだ。
('、`*川「いえ、今朝も新聞の4コマ漫画を読んで、ひとしきり笑ってから家を出たわ」
ξ゚⊿゚)ξ「……なるほど」
新聞の4コマ漫画で笑う。
その感性も不思議ではあるのだが、今はとりあえずどうでもいい。
17
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:35:11 ID:jy8Ko0x20
ここは正論で答えるべきだな。
そう思った私はゴホンと一つ咳払いをして話し始めた。
ξ゚⊿゚)ξ「でもそれって本当に『心』は死んでるんでしょうか?」
('、`*川「と、言うと?」
ξ゚⊿゚)ξ「元々人間の心によって、物理法則が変化することはありえない」
ξ゚⊿゚)ξ「今起きている意識や心の体験というのは、脳の動きで発生している現象にすぎないわけです」
ξ゚⊿゚)ξ「このコーヒーだってそう。舌が苦みや風味を、そして目がそういう色だって、脳みそに伝わり理解している」
ξ゚⊿゚)ξ「そう、つまり『心』や『意識』、『体験』は脳の活動なんですよ」
ξ゚⊿゚)ξ「だから、『心』だけが死ぬなんて事はありえないんです」
ξ゚⊿゚)ξ「それが無かったとしても、まったく問題なく人間としての生活ができるんですから」
ξ゚⊿゚)ξ「だから、大丈夫です。彼は死んでなんかいませんよ」
18
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:35:46 ID:jy8Ko0x20
所詮この世は全てが物理法則だ。
今見ている景色だって、目を通して脳がそういった色やモノだと認識させているだけだ。
全てはインパルスがニューロンネットワーク上を流れ、情報を伝えられているだけに過ぎない。
彼女は残っていたコーヒーを飲みながら私の話を聞いていた。
ソーサーにカップを置き、一呼吸おいてから口を開いた。
('、`*川「貴方は物理主義者なのね」
ξ゚⊿゚)ξ「そういうもんになるんですかね」
('、`*川「でも実際、今私達は意識を持っていて、自分の体験としてコーヒーを飲んでいるわけじゃない?」
彼女は先ほどよりも口調を強めた。
声も心なしか先ほどより張っている。
19
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:36:21 ID:jy8Ko0x20
ξ゚⊿゚)ξ「まぁ、そうですね」
('、`*川「元々必要の無い機能を余計に持っている不自然な存在、それが私達」
('、`*川「何故なんでしょうね? なんで機能的にはまったく必要のないものが、わざわざ発生していると思う?」
ξ゚⊿゚)ξ「それは……」
('、`*川「心や体験も、機能的に必要だから存在しているのよ」
('、`*川「『心』や『意識』、『体験』が脳という物理的機械の動作の決定になんらかの影響を与えている、とは言えないかしら」
ξ゚⊿゚)ξ「うぅん……」
('、`*川「そして私はこうとも思うの」
('、`*川「『心』や『意識』を失ってしまったらもうそれは人間としては死んでいる」
('、`*川「私は彼のその大切な要素の一つである『心』をズタズタにしてしまった」
('、`*川「よって『心』が死んだ彼は死んでしまったのと同義」
('、`*川「脳からの反射だけで動くだけの人形、それが今の彼」
20
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:36:57 ID:jy8Ko0x20
('、`*川「言うなれば」
('、`*川「彼はゾンビになってしまった」
ξ゚⊿゚)ξ「ゾンビ」
私は突拍子も無く出てきたホラーな単語を確認するように呟く。
ゾンビ。
この閑静な住宅街近くの、いわゆる隠れ家的なカフェとは相容れないこの単語。
ゾンビ。
.
21
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:37:32 ID:jy8Ko0x20
(;、;*川「そう、私は殺してしまったのよ、彼を」
そして目の前に座っている彼女はまた泣き出した。
ふと私は周囲を見回した。
私達の席の周りに座っている人々はざわつきこそしないものの、こちらの方をチラチラと見ているのが分かる。
先ほどから声のボリュームが、いつの間にか1つや2つ上がってしまっていたからだろう。
ξ;゚⊿゚)ξ「あの、よかったら外に出ませんか? ゆっくり外の空気を吸ってまず落ち着きましょう」
周囲の目が気になってしまった私は、彼女を慰めつつ荷物を持たせて、ゆっくりと席を立たせた。
私も広げていたパソコンをリュックに詰め込み、レジへと向かった。
ξ;゚⊿゚)ξ「あ、お会計お願いします」
ξ;゚⊿゚)ξ「一緒で構わないので……」
22
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:38:07 ID:jy8Ko0x20
そして私はカフェを出るとお姉さんの手を引き、来るときの通り道にあった公園へと連れ出し、ベンチに座らせた。
ニジイロコムシが相変わらず宙を舞う中、私は背中をさすってあげたり、時折漏らす言葉に相槌を打ってあげたりした。
('、`*川「ぐすん」
ある程度泣いて落ち着いたのだろう、彼女は顔を上げまたハンカチで涙を拭った。
私達の周りではニジイロコムシが太陽光を反射して、今は黄色に輝きながら宙を舞っていた。
数もそこそこいるので、ちょっぴりうっとおしい。
ξ゚⊿゚)ξ「……落ち着きましたか?」
('、`*川「……ごめんなさい、取り乱しちゃって」
ξ゚⊿゚)ξ「いえいえ、いいんですよ」
('、`*川「私、取り返しのつかない事をしちゃったのよ」
そう言ってまた俯いた彼女は話を続ける。
今度は目に涙は浮かんでなかった。
23
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:38:53 ID:jy8Ko0x20
('、`*川「殺人みたいに裁かれない分、酷く質の悪い悪事よ」
ξ゚⊿゚)ξ「そんな事……」
ある、と言えばあるのかもしれない。
意識を持たなくなったと言うのは彼女の妄想に過ぎなくとも、心を壊してしまったというのはある意味殺人的な行為だ。
見えない分、誰からも治しようがない。
('、`*川「私、どうしたらいいんだろう」
('、`*川「家に戻るにも彼がいたら何て言えばいいのか分からないわ……」
ゾンビには一度なってしまったら戻らない。
それと同じように今脳からの反射だけで動いているらしい、彼も戻らないのだろう、多分。
彼女に関しても、そしてその彼氏に関しても、どうしたものかと思案していた、その時だった。
24
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:39:31 ID:jy8Ko0x20
( ・∀・)「あれ? ペニちゃん」
そう言って目の前に現れたのはシュッとしたスタイルをした男だった。
鼻筋は通っていて薄い唇、目はしっかりとした二重でパッチリしていて、長身痩躯の体形。
俗にいう、イケメンと呼ばれる種類に属する人間だろう。
('、`*川「あ、モララーくん……」
もしやこれが新聞の4コマ漫画で笑うゾンビ男か?
彼女の方を見ると申し訳なさげに俯いていた。
おそらくそうなんだろう。
( ・∀・)「用事終わったからご飯でも食べよって、電話したのに出てくれないし、家にもいないしどうしたんだろって心配したよ」
('、`*川「……ごめんなさい……」
( ・∀・)「でも安心したよ、友達と一緒だったんだね」
('、`*川「本当にごめんなさい……」
25
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:40:09 ID:jy8Ko0x20
('、`*川「昨日酷いこと言って……あなたを……あなたを殺しちゃったんじゃないかって……」
( ・∀・)「殺した!? そんな物騒な事言わないでよ! ほらご覧の通りピンピンしてるじゃないか」
そう言って自分の胸をポンポンと叩き、ニッコリと笑って見せるゾンビ男。
仕草がいちいちカッコいいのがちょっとムカつく。
('、`*川「そうだけど……」
( ・∀・)「昨日の事は昨日の事、反省したらあとは忘れよ?」
('、`*川「うん……」
( ・∀・)「じゃあお昼ご飯食べに行こう! お友達の方も一緒にどうですか?」
ξ゚⊿゚)ξ「あ……私は遠慮しておきます」
一連の出来事を呆気にとられながら見ていた私。
急に声をかけられたから、ワタワタしながら断ってしまった。
26
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:40:45 ID:jy8Ko0x20
ξ゚⊿゚)ξ「彼女すごく気にしてたので、慰めてあげてください」
私はそう言って彼女の背中を軽く抑える。
( ・∀・)「分かりました、ありがとうございます」
( ・∀・)「また次の機会にでもご飯食べに行きましょう」
ξ゚⊿゚)ξ「はい、是非」
多分次は無いだろうけど。
そう思いながら慰められている彼女の姿を見ていた。
( ・∀・)「ほら、行こう?」
('、`*川「うん……」
( ・∀・)「何食べたい?」
('、`*川「パスタがいい……」
今日のランチについて話しながら去っていく彼と彼女の後ろ姿を、私は見送った。
27
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:41:38 ID:jy8Ko0x20
「彼氏を殺した」
その不穏な発言から始まった一連の出来事で少し疲れてしまった。
私はベンチにもたれかかる。
仮に彼が彼女の言うところの心や意識を持たないゾンビだったとしても、それを補って余りある程の魅力を持った人だった。
正直羨ましい。
ただし唯一不思議だったことがある。
あれだけいたニジイロコムシが一切彼には反応しなかった。
普通人にまとわりつくように飛ぶはずなのに、何故彼には一切寄り付かなかったのだろう。
人がいれば、そこに絶対ニジイロコムシはいるはずなのに。
もうあれだ。
ゾンビだって言うくらいだから、彼はロボットだったのだ。
匂いや体液が一切流れない、完璧なロボット。
もちろん、心や意識なんてものはないから、壊れる心配も無し。
あの出来過ぎた顔立ちにも説明がつくというものだ。
めでたしめでたし。
私はもたれかかっていたベンチから立ち上がり、歩き出す。
そしてバッグからスマートフォンを取り出し、いつものアイツに電話した。
28
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:42:22 ID:jy8Ko0x20
( ^ω^)「もしもし」
ξ゚⊿゚)ξ「あ、ブーン元気?」
( ^ω^)「どうしたお? 遊ぶのは明日って……」
ξ゚⊿゚)ξ「別にあんたの声が聞きたくなって電話したわけじゃないんだから」
( ^ω^)「……おっおっ! そうかお」
ξ゚⊿゚)ξ「今ね、大変だったの」
( ^ω^)「気持ち何か声が疲れているお」
ξ゚⊿゚)ξ「カフェで凄いお姉さんと凄い議論を交わしたの」
ξ゚⊿゚)ξ「飲んでいたコーヒーよりも熱かったわね」
( ^ω^)「ほぉ、休日の午前中から楽しそうな事してるお」
ξ゚⊿゚)ξ「まあね、素敵でしょ?」
ξ゚⊿゚)ξ「ねえブーン、聞いてみたいことが出来たんだけど」
( ^ω^)「なんだお?」
ξ゚⊿゚)ξ「私がゾンビになっても愛してくれる?」
……なーんてね。
.
29
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:43:06 ID:jy8Ko0x20
………
……
…
私は行きつけのカフェに戻っていた。
先ほどまでとは打って変わって、店内はガランとしている。
埋まっていた座席はほとんど空いていてた。
いつものと言っては失礼かもしれないが、ある程度の落ち着きある店内に戻っていた。
今度は店員さんに案内される事も無く、自分で好きな席に座ることが出来たので、私はお姉さんと一緒に座っていた席に座った。
湯気の立っているコーヒーの入ったマグカップをテーブルの脇に置き、天板がステッカーだらけのノートPCを起動した。
私は、先ほどの一連の出来事を小説にしてまとめようと思った。
そうだ、これは彼に、そして彼女に贈る話にしよう。
そして私は執筆用のソフトを立ちあげ、そして頭の中で溢れ出ることを止めない文章達を打ち込んでいく。
400字詰めの原稿を模したエディタの向こうに、新しい世界が見える。
少し怯んだ私は息をのんだが、頭の中で生まれる物語がそれをかき消した。
そしてその世界は、私の手で、少しずつ作り上げられていくのだった。
30
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:43:40 ID:jy8Ko0x20
ξ゚⊿゚)ξコーヒー・オブ・ザ・デッドのようです
END
.
31
:
◆Bze4.HgeAQ
:2020/05/06(水) 23:47:23 ID:jy8Ko0x20
使用イラストはNo.39でした。
https://res.cloudinary.com/boonnovel2020/image/upload/v1588208775/39_qydtit.jpg
ありがとうございました。
32
:
◆S/V.fhvKrE
:2020/05/07(木) 00:27:11 ID:LzbiSRow0
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33
:
名無しさん
:2020/05/09(土) 01:32:33 ID:4XuB59Y60
良かった、乙
34
:
名無しさん
:2020/05/09(土) 14:11:22 ID:SnKyRTrs0
哲学的ゾンビか
あの絵からこの発想になるのすごい
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