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そして、永訣の朝をこえる
1
:
◆a.E1C58Xxk
:2020/04/26(日) 23:17:33 ID:JcdzbL/k0
愛するものが死んだ時には、自殺しなきゃあなりません。
愛するものが死んだ時には、それより他に、方法がない。
32
:
名無しさん
:2020/04/27(月) 01:44:45 ID:3C3G/FGw0
期待
33
:
名無しさん
:2020/04/27(月) 07:24:00 ID:c29yxAp.0
乙
34
:
名無しさん
:2020/04/28(火) 18:18:18 ID:UtSGckuw0
宮沢賢治リスペクトかな?
期待期待
35
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 03:02:35 ID:FoVp05VI0
続き楽しみじゃん…
36
:
◆a.E1C58Xxk
:2020/05/02(土) 19:57:43 ID:.0D0gqdE0
続き投下します
37
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 19:58:33 ID:.0D0gqdE0
「それじゃ、トソンのこと頼むわね」
お母さんはそう言い残して、お父さんと病室を出ていった。
わたしだけが、トソンのそばに残された。
ここ最近、トソンは体調が良くない。
熱を出して、呼吸するたびに苦しそうにうなっている。
意識も混濁していて、昨日のことさえ覚えてないこともあった。
頼む、と言われたけど、わたしにできることなんて何もなかった。
今日の主治医との話にも、連れていってもらえなかった。
無力な自分が、恥ずかしく思えた。
38
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 19:59:16 ID:.0D0gqdE0
「うぅ……」
「あっ、だめだよ」
口の中に入れられていたチューブを、トソンが外してしまった。
ここから酸素が送り込まれているのだけど、それが苦しいと以前聞いたことがあった。
「いいんです……」
トソンは朦朧としながら、チューブを鼻に付けようとする。
本来はそれで良くて、付けている本人も苦しくないらしい。
だけど、トソンの場合は肺炎が進んでいて、それでは効果がなかった。
ベッドの脇にある、酸素濃度を知らせるメーターが、じわじわと減っていく。
「よくないの」
「苦しいです……」
「付けないと元気にならないよ」
39
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 19:59:56 ID:.0D0gqdE0
今日、何度目かもわからないくらいに繰り返した会話だった。
なのに、きっと明日になれば覚えていない。
「はぁ……」
さすがに、ひとりきりでこれを繰り返すのは辛かった。
どうしてやめてくれないのか、と思ってしまう。
がっくりと、ため息をついた。
「ん?」
かすかに、電子音が聞こえた。聴き慣れない音だった。
「ちょっ、トソン!」
顔を上げると、トソンの手にはナースコールが握られていた。
ボタンの部分がオレンジ色に光っていた。きっと押してしまっていた。
わたしはすぐにナースコールを取り上げて、手の届かない場所に置いた。
「押しちゃったの?」
尋ねてみると、トソンは首を横に振った。
だけど、それから一分もしないうちに看護師さんがやってきた。
40
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:00:59 ID:.0D0gqdE0
「どうしました?」
「えっと、すみません。トソンがいじっちゃって……」
説明すると、看護師さんはトソンの容態を確認してくれた。
どうやら問題はなさそうで、チューブも直してくれた。
「あの……すみませんでした」
「いいえ、大丈夫ですよ」
「チューブ、また外しちゃうかもしれないんですけど……どうしたらいいですか?」
わたしにもできることがあるかもしれない、と看護師さんに聞いてみた。
チューブの直し方は簡単そうだった。教えてもらえば自分でできる気がした。
「うーん……」
看護師さんは少し悩む様子を見せた。
そして、わたしを病室の外へ来るよう促した。
41
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:01:36 ID:.0D0gqdE0
廊下に出ると、声を潜めて、看護師さんは言った。
「あまり面会のときにはやらないようにしているのですが……」
「はい」
「ミトンを付けて手を使えなくさせる、という方法もあります」
「……ミトン」
「ボクシングの練習のとき、手にはめているミットのようなものです」
「あぁ……」
「どうしますか? お姉さんさえよろしければ、いま付けられますが……」
42
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:03:26 ID:.0D0gqdE0
「一度付けたら、ずっと付けっぱなしですか?」
「この場合は夕飯の時間になったら、外すことになりますね」
時間を確認した。夕飯まで三時間を切っていた。
これくらいならトソンにちょっと我慢してもらおうか、と思った。
それに、わたしも少し疲れてしまっていた。
「……お願いします」
「分かりました。少し待っていてください」
話を終えると、看護師さんはナースステーションに帰っていった。
わたしはトソンのそばに戻って、看護師さんを待った。
「お待たせしました」
数分後、看護師さんはミトンを持ってやってきた。
ミトンは想像していたよりも、ボクシングで使うミットそっくりだった。
43
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:04:21 ID:.0D0gqdE0
「都村さーん、ちょっとミトン付けますね」
トソンに声をかけると、看護師さんは手際よくミトンを付けていった。
付け方はかなり厳重で、ちょっとやそっとでは外せないことは明らかだった。
「はい。それでは夕飯の時間まではこのままで」
「ありがとうございました」
ミトンを付け終わると看護師さんは帰っていた。
また、トソンとふたりきりになった。
「……これ」
「いたずらばかりするから、付けてもらったよ」
「いらないです……」
トソンはさっそく、ミトンを外そうとし始めた。
だけど、指先が使えないのに、簡単に外せるわけがなかった。
44
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:05:16 ID:.0D0gqdE0
「ん……」
口まで使い始めたけど、結局外すことはできなかった。
ついにトソンは諦めたのか、ただ天井を眺めるばかりになった。
「お姉ちゃん」
「どうしたの?」
トソンが傍らに置かれた棚に手を伸ばしながら、わたしを呼んだ。
「本が読みたいです……」
頼まれても、すでにミトンを付けたあとだ。
夕飯まで外されることはないし、わたしが外すわけにもいかない。
そもそも、本を読めるような体調じゃないことは、目に見えてわかる。
「わたしが読んであげるよ、何がいい?」
「自分で読みたいです……これ外してください」
「だめだよ、またチューブ外すでしょ」
「お願いです……お姉ちゃん……」
45
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:06:17 ID:.0D0gqdE0
こんなに駄々をこねるトソンは珍しかった。
熱で意識が朦朧としているせいかもしれなかった。
「……だめ」
可哀想だとは思った。
だけど、わたしが決めたことだ。
トソンのお願いを聞くわけにはいかない。
「お願い、おとなしくしてて。元気にならないよ」
言い聞かせるように、手を取ってベッドに戻した。
トソンはそれっきり、何も言わなかった。
「……」
ふと、トソンの目から、一筋の涙がこぼれた。
「……っ」
それを見た瞬間、たまらなくなって、わたしも泣きたくなった。
わたしは何をやっているんだろう、という気持ちになった。
46
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:06:53 ID:.0D0gqdE0
トソンのために何かしてあげたいと思っていた。
だから、チューブを外せないようにミトンを付けようと決めた。
なのに、そのせいで本が読めなくて、トソンが悲しんでいる。
姉になったあの日から、この子を守らなければならないと決心した。
だけど現実はこの有様だ。トソンのために何ひとつ、できやしない。
お父さんとお母さんに、早く帰ってきてほしかった。
それまでは、泣かないでトソンのそばにいてあげようと思った。
47
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:07:21 ID:.0D0gqdE0
何もできないまま、今日は終わった。
次の日も、そのまた次の日も終わっていった。
気づけば、二月も終わろうとしていた。
48
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:09:17 ID:.0D0gqdE0
二月最後の日曜日。わたしは朝から病院にいた。
朝食を食べてすぐ、電話がかかってきたからだ。
それが何を意味しているかは、わたしにもわかった。
病院に着いたとき、いつもの病室にトソンはいなかった。
ナースステーションの真横の、ベッドを置くだけの個室に移動していた。
ベッドの横には、心電図を映すモニターが置かれていた。
このままでは確実に助からない。
もっと強力な呼吸器を付ければ、改善するかもしれない。
だけど、そうすると、呼吸器はもう一生外せない。
担当の看護師さんが、わたしたちにそう説明してくれた。
49
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:10:09 ID:.0D0gqdE0
「どうする」
お父さんが尋ねてきた。
お母さんは泣くばかりで、何も答えられなかった。
「ミセリは、どうしたい」
お父さんの声も、震え始めていた。
なんだか、わたしだけは泣いてはいけないような気になった。
聞かれても、決められるわけがなかった。
トソンには生きていてほしい。みんなそう思っている。
だけど、生きるってどういうことなんだろう。
もっと強い呼吸器は無理やり空気を吸って吐かせるものらしい。
口から食事を取ることも、話すこともできなくなる。
そこまでして送れるトソンの一生は、あとどれくらいの長さだろう。
50
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:11:24 ID:.0D0gqdE0
トソンを見た。いままでで一番苦しそうな表情だった。
「わたしは……」
喉元まで、もういい、という言葉が出かかった。
そんな自分が、怖かった。
「……トソンに聞いてみる」
トソンの手を取った。高熱のせいで汗ばんで、熱かった。
「トソン、生きたい?」
届くかもわからない質問を投げかけた。
答えてくれてもくれなくても、どうするかは親が決める。
だからこれが、いまのわたしが、トソンのためにできる精一杯だ。
「生きたい? 生きたいよね?」
祈るように尋ねた。反応はなかった。
「生きたいって言って! トソン!」
ぎゅっと手に力を込めた。
全身の血が頭に上っているように感じた。
51
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:11:52 ID:.0D0gqdE0
「…き…い」
呼吸器の向こう側から、かすかにトソンの声が聞こえた。
耳をぎりぎりまで近づけて、聞き取ろうとしてみる。
「トソン! もう一回!」
「……」
52
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:12:24 ID:.0D0gqdE0
「ゆき……たべたい」
53
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:13:13 ID:.0D0gqdE0
「ちょっとごめん!」
わたしは家族を押し退けて、病室を飛び出した。
背後からお父さんとお母さんの声がした。
それも階段を降り始めたころには聞こえなくなった。
隣の棟にあるコンビニを目指して、ひたすら走った。
コンビニに着くと、わたしはみぞれのアイスを掴んで、レジに叩きつけた。
「急いでください!」
店員は不思議そうな顔で会計を済ませた。
わたしはお釣りも受け取らずにアイスだけ持って、再び走り出した。
自分でも、何をやってるんだろうと思う。
だけど、トソンはわたしに言った。雪が食べたい、と。
熱に浮かされた、うわごとかもしれない。
でも、あの言葉は確かに意思を持っていると信じていた。
高熱を出して喉が渇いたときも。
これからまだ生きようと思ったときも。
もうここまででいいと思ったときも。
トソンは、あの日の雪が食べたいと思ってくれている。
54
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:13:46 ID:.0D0gqdE0
だったら、わたしはそれに応えなくてはならない。
雪は降っていなくても、トソンが食べられなくても。
わたしはトソンのために、雪を持ってこなくちゃいけない。
それでわたしはようやく、トソンのために何かしてあげられるんだ。
55
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:14:36 ID:.0D0gqdE0
息を切らして、トソンの部屋に戻ってきた。
なぜか、その入り口は開け放たれていた。
中には誰もいなくて、わたしはその場で立ち尽くす。
「お姉さん、こっち!」
担当の看護師さんの呼びかけに振り向いた。
別の部屋の前で、こちらに向かって、早く来るよう手を振っていた。
飛び込むように、部屋に入った。
お父さんとお母さんが、必死でトソンに声をかけていた。
心電図はもう、ほとんど動いていなかった。
「ミセリ!」
わたしに気づいたお母さんに、腕を引っ張られた。
そのままトソンのそばに連れていかれた。
「トソンに何か言ってあげて!」
それがどういう意味なのかはわかっていた。
でも、なんて声をかければいいのか、わからなかった。
最後の言葉を探して、トソンの顔を見た。
まるで、眠っているようだった。
苦しそうには見えなかった。
56
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:15:48 ID:.0D0gqdE0
「……トソン」
いつものように名前を呼んで、体を揺すってみた。
トソンは起きなかったし、返事もしなかった。
ただ呼吸器で無理やりに息を吸って、吐かされていた。
モニターから電子音が聞こえた。
顔を上げると、0という数字が見えた。
看護師さんが何かボタンを押すと、モニターはもう一度、弱い脈拍を刻み始めた。
映し出されているものには、もう何の意味もないと、悟った。
それでもお母さんは、泣きながらトソンの名前を呼び続けた。
お父さんはその様子を見て、声を殺して泣いていた。
わたしだけが、他人のように平静だった。
やがて呼吸器も、モニターも、電源が止められた。
電話からたった二時間後のことだった。
雪は、食べさせてあげられなかった。
57
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:16:27 ID:.0D0gqdE0
それからのことは、あまり記憶にない。
ただ、慌ただしく日々が過ぎて、葬儀は終わった。
お父さんとお母さんは、葬儀場に泊まることになっていた。
わたしはそれを聞いた瞬間に、泊まりたいと言い出していた。
58
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:17:25 ID:.0D0gqdE0
そして、いまは午前三時過ぎ。
わたしは、棺の横にいた。
「トソン……トソンってば」
自分の声だけが、静まりかえった葬儀場に響いた。
どれだけ待っても、返事はなかった。
棺の中を覗きこんだ。
うっすらと化粧をされたトソンが、眠るように横たわっていた。
朝になったら、平然と起きてきそうな気がした。
酸素濃度が低下すると、意識が朦朧とした状態になる。
だから、あまり苦しみを感じないまま亡くなったんじゃないか。
最期まで聴覚は残るから、家族の声も聞こえたんじゃないか。
トソンの体を拭いているときに、看護師さんが言っていたことだ。
家で、葬儀場で、やってくる人みんなに、お父さんとお母さんはこの話をしていた。
そして、聞いた人は決まっているかのように言う。
よかったね、と。
59
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:18:07 ID:.0D0gqdE0
備え付けられた冷蔵庫から隠し持ってきたビールを、また少し飲んだ。
酔っぱらった頭でわたしは思った。何がよかったね、なんだろう。
何もよくない。だって、トソンは死んだんだから。
わたし以外、みんなおかしい。間違っているに決まっている。
そうじゃないなら、わたしだけがおかしくて、間違っていることになる。
「……案外、そうだったりして」
そういえば、まだわたしは泣いていない。
お父さんも、お母さんも、遠い親戚も、顔すら知らない同級生も。
みんな自分のことのように泣いていたのに。
とても悲しいのに、わたしは性懲りもなく、何もできていない。
トソンがいた場所にできた空白を前に、立ち尽くしている。
60
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:18:36 ID:.0D0gqdE0
愛するものが死んだ時には、自殺しなきゃあなりません。
愛するものが死んだ時には、それより他に、方法がない。
61
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:19:18 ID:.0D0gqdE0
また、中原中也がわたしに囁きかけてきた。
この詩の先は、もう知っている。
テンポ正しく、握手をしましょう。
春日狂想は、この一文で締めくくられていた。
きっと、折り合いをつけて生きていこうなんて意味だと思った。
だけど、わたしは中原中也じゃない。
わたしにとって一番大事なのは、そこじゃなかった。
わたしはまだ生きている。きっと業が深いからに違いない。
だから、奉仕の気持ちにならないといけない。
トソンのために、できることを探さずにはいられない。
62
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:19:46 ID:.0D0gqdE0
わたしはずっと、トソンのそばにいないといけない気がした。
それならわたしにはやっぱり、自殺するしか方法がなかった。
63
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:20:22 ID:.0D0gqdE0
それからつつがなく告別式は終わった。
そして、わたしは休みの日が来るたびに、お父さんの実家を訪ねるようになった。
トソンに一日でも多く線香をあげなければいけない、と思っていた。
今日もいつ、どうやって死ぬか考えながら、線香をあげた。
「ミセリは優しいね」
その様子を見ていたおばあちゃんが言った。
「そうかな?」
本当に優しい人は自殺しないよ。
気を抜くとそんなことを口走りそうだった。
「ちょっと書斎、行ってくるね」
口が滑る前に、わたしはその場をあとにした。書斎に用事なんてなかった。
だけど、とっさに言ってしまったから、もう行くしかなかった。
64
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:21:16 ID:.0D0gqdE0
「はぁ」
書斎に入ってため息を吐くと、埃が激しく舞った。
ここはいろんな意味で、息が詰まりそうだった。
しばらく時間を潰すために、本を読むことにした。
とはいえ、でたらめに手に取ってみる気は起きなかった。
だから、前にトソンが読んでいたものから選ぶことにした。
「……これでいっか」
わたしでも知っている著者の本を、宮沢賢治の詩集を手に取った。
「ん?」
読もうとしてすぐに、違和感を覚えた。
本に何か挟まっている。栞かもしれない。
だけど、トソンは読み終わったと話していた記憶がある。
わたしは何か挟まっているページを開いた。
そこには永訣の朝、という詩が書かれていた。
65
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:21:54 ID:.0D0gqdE0
それよりも、挟まっていたものの方がわたしには大事だった。
https://res.cloudinary.com/boonnovel2020/image/upload/v1588208777/10_acctii.jpg
「……プリクラだ」
正確には、プリクラを引き伸ばした写真だった。
トソンが中学を卒業できた記念に、撮ったときのものだ。
引き伸ばして渡したっきりだったから、ここにあるとは知らなかった。
トソンはこの詩が気になっていたのかもしれない。
読んでみようと写真をどかしたとき、裏側に何か書かれているのが見えた。
Ora Orade Shitori egumo
「……なに、これ?」
きっとローマ字読みなんだろうけど、意味はわからなかった。
66
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:23:15 ID:.0D0gqdE0
早々に解読を諦めて、詩を読んでみることにした。
けふのうちに
とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
言葉遣いは古いけど、なんとなく意味は理解できた。
だから、わたしは息を呑んだ。
そのまま読み進めていると、わからない言葉が出てきた。
それはどんどん増えていくので、解説を見ながら読むことにした。
この詩は、宮沢賢治が亡くなった妹を想いながら書いたものだった。
67
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:23:52 ID:.0D0gqdE0
だけど、トソンが写真を挟んだ意味が、よくわからなかった。
何かのメッセージなのかもしれないし、たまたまなのかもしれない。
トソンは何も言ってくれなかった。だから、考えればきりがなかった。
「あっ」
Ora Orade Shitori egumo
写真の裏に書かれていた一文を見つけた。
これを書くためにページを開いて、そのまま挟んだんだろうか。
だとしたら、この言葉こそがトソンの伝えたかったものかもしれない。
いまとなっては遺言になってしまった言葉。
いったいどんな意味なのかと、スマホで検索をかけた。
68
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:24:17 ID:.0D0gqdE0
その意味を知ったわたしは、泣いた。
そして、死ぬのをやめることにした。
69
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:24:58 ID:.0D0gqdE0
記憶の海の中から、わたしの意識が戻ってきた。
四十九日が終わったら、きちんとお別れをしようと決めた。
だから今日、トソンの遺した言葉も天に昇るべきだと思った。
ライターの火は写真を焦がし、やがて燃え移った。
トソンがそこにいたという空白さえも、少しずつ燃やしていく。
悲しいけれど、誰もが必ず乗り越えていくものでもあると思った。
トソンの写っていた部分が燃え尽きる。
今度はわたしが、死にたがりのわたしが、燃えていく。
あとに残るのは、生きたがりのわたしだけだ。
やがて、写真はほとんど燃え尽きた。
もう大丈夫だろう、と手を離すと、燃えかすが宙を舞った。
これでもう、トソンは本当にこの世界からいなくなってしまった。
70
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:25:34 ID:.0D0gqdE0
だから、トソンのために生きて、死にたがったわたしも、もういない。
わたしはこれから、わたしの人生を生きなければならない。
それが、トソンの望みだと思うことにした。
託されたわけじゃない。勝手に汲み取っただけだ。
でも、人の想いは託すにはきっと重すぎるから、これでちょうどいいと思った。
「あっ、やば」
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
風が一層強まって、まるで早く戻るように言っているみたいだ。
71
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:26:02 ID:.0D0gqdE0
風に促されるまま、出入口の前までやってきた。途端に、不思議と風は止んだ。
それでいいんです、と言われているようだった。
振り返ると、青空へと伸びる葬儀場の煙突が、小さく見えた。
いつかわたしも、あそこで燃やされて天に昇るんだろう。
死にたくないと思いながら死んで、そうなればいいと思えた。
「さよなら、トソン」
最愛の妹に、別れの言葉を告げた。
返事はもう、必要なかった。
「またいつか、ね」
最後にそう付け加えて、わたしは、静かに扉を開いた。
72
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 20:27:08 ID:.0D0gqdE0
おわり
73
:
◆a.E1C58Xxk
:2020/05/02(土) 20:30:42 ID:.0D0gqdE0
以上で投下は終わりです
宮沢賢治「永訣の朝」、中原中也「春日狂想」
このふたつの詩を知っていると、この作品をより楽しめるかと思います
よかったら合わせて読んでみてください
74
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 21:11:59 ID:QGi/EKKc0
好き
乙
75
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 21:54:14 ID:sexioS0k0
乙!!!!
76
:
名無しさん
:2020/05/02(土) 23:46:47 ID:8aKu3GHg0
震えたわ
解説が欲しいって言っても野暮だよね、おとなしく詩を読みます
77
:
名無しさん
:2020/05/03(日) 00:01:52 ID:hKqLZ01c0
お疲れ様
悲しくて寂しくっていい話だった…余韻…
78
:
名無しさん
:2020/05/03(日) 07:54:24 ID:Tdmc/rRA0
おつ
二つの作品を損なわないいい作品だった
79
:
◆S/V.fhvKrE
:2020/05/07(木) 00:11:17 ID:gxsj/p8k0
【投下期間終了のお知らせ】
主催より業務連絡です。
只今をもって、こちらの作品の投下を締め切ります。
このレス以降に続きを書いた場合
◆投票開始前の場合:遅刻作品扱い(全票が半分)
◆投票期間中の場合:失格(全票が0点)
となるのでご注意ください。
(投票期間後に続きを投下するのは、問題ありません)
80
:
名無しさん
:2020/05/08(金) 10:10:41 ID:1UhnMLyM0
めちゃめちゃ良かった
乙
81
:
名無しさん
:2020/05/16(土) 10:58:42 ID:XNWKH/do0
おつ
ミセリと同じタイミングでミセリと同じようにスマホで意味を調べて、泣きたくなってしまった
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