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スピカを沈めるようです

1 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:19:36 ID:.Jf8dnAE0
ラノブンピック参加作品
イラストはNo32をお借りしました

https://f.easyuploader.app/eu-prd/upload/20200318142340_34676d6a654d666c4c51.jpg

2 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:20:09 ID:.Jf8dnAE0


星のように煌めき続けて、消せない記憶がある。

柔らかい春の日差し。
繋いだ手の暖かさ。
胸の高鳴り。
彼女の薬指。
赤いランドセル。
すべてを奪い去った音。

もう嵌める人のいない、スピカの指輪。


.

3 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:20:50 ID:.Jf8dnAE0



スピカを沈めるようです



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4 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:21:56 ID:.Jf8dnAE0

('A`)「内藤、金曜って暇?」

( ^ω^)「金曜? なんで?」

('A`)「おう。合コンやるんだ」

( ^ω^)「へえ」

('A`)「今日の女の子さぁ、結構可愛いんだけど……どう?」

( ^ω^)「やめとくお」

('A`)「ん、そっか」

5 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:22:27 ID:.Jf8dnAE0

宇田は軽く頷いただけで、特に食い下がらずに引いてくれた。
その優しさがとてもありがたかった。

宇田はいつも僕を誘ってくれて、だからといって強制もしない。
いい奴だと思う。だから彼が本当に困っていたら参加しようと決めていた。
これまでにそうなったことはないけど。

視界の隅で、宇田が茂名に話しかけていた。
盛り上がる二人を見て、うまくいくことを祈った。

6 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:23:02 ID:.Jf8dnAE0

(* ´∀`)「いやー、合コンひさびさモナ。楽しみモナ」

( ^ω^)「ファイト」

( ´∀`)「内藤も来ればいいのに。もったいないモナ」

( ^ω^)「僕はいいお」

( ´∀`)「そんなんじゃいつまで経っても彼女できないモナよ」

7 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:23:35 ID:.Jf8dnAE0

とりあえず曖昧に微笑んだものの、舞い上がっている茂名は僕の顔なんか見ていなかった。
何を着ていくべきだろうかと弾む声に適当な言葉を返しながら、頭では別のことを考えていた。
もうどこにもいない『彼女』のことを。

ζ( ー *ζ

笑顔を、思い出を、何度も反芻する。それが自分の古傷を抉る行為だと知りながら。
自傷と呼んで差し支えない。わかっていた。

だけどこうして思い出す限り、僕は彼女のことを忘れない。
それなら自傷でもなんでもよかった。

8 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:24:02 ID:.Jf8dnAE0

***

('A`)「ついに今日、新人がくるじゃん」

( ^ω^)「ああ、そうだったおね」

('A`)「俺の情報網によると、どうやら新人は女子らしい」

( ^ω^)「ほほう」

('A`)「しかも美人とのことだ」

( ^ω^)「いつもながら感服するネットワークだお」

('A`)「宇田ネットワークはどんな女子も逃がさない」

( ^ω^)「ところで先週の合コンの成果は」

('A`)「それには触れてくれるな」

9 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:24:48 ID:.Jf8dnAE0

僕の所属する部署はそれなりに人材が豊富で、入れ替わりも少ない。
入社して四年経つが、最後に新入社員が入ってきたのは二年前だ。
その頃の僕たちはまだ未熟で、育成に関わることはなかった。

('A`)「俺たちが教育係になるとはねぇ。月日が経つのって早いな」

( ^ω^)「入社した頃がなつかしいお」

('A`)「皆の前で喋るの緊張したよなぁ。ほら、自己紹介のとき」

10 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:26:07 ID:.Jf8dnAE0

宇田と僕は同期で、高校時代の同級生でもある。
ほとんど同じクラスだったし、わりと頻繁に遊ぶ仲でもあった。

自己紹介で話題に困った宇田がそのことを持ち出したのは、まぁいい。
ただ、僕の高校時代の失敗談・思春期特有の奇天烈な言動・変なあだな・その他の黒歴史まで暴露するのはどうかと思う。

( ^ω^)「あのときはよくも……」

('A`)「時効、時効」

ふと、茂名が席を立った。それを合図にしたように皆がちらほらと立ち上がる。
午前九時。朝礼の時間だ。

11 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:27:07 ID:.Jf8dnAE0

( ・∀・)「えー、皆も知っていると思うが、今日から一人仲間が増える」

僕は朝礼のとき、あまり前に出ないようにしている。
後ろのほうでも声は聞こえるし、うっかり欠伸でもしようものなら課長に睨まれるからだ。

今日も御多分に漏れず、背の高い鴨志田の後ろに立っていた。
ちょうど重なるように立っている新入社員の顔は見えない。

ただ、スカートスーツとそこから伸びる細い足は見えた。
どうやら女子社員という噂は事実だったらしい。
宇田が目を見開いているのを見る限り、美人という部分も間違っていなかったんだろう。

何にせよ、僕にとってはどうでもいいことだ。

12 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:27:36 ID:.Jf8dnAE0

( ・∀・)「新入社員の津出玲子さんだ。……津出さん、皆に一言お願いできるかな?」

ξ   )ξ「はい」

新入社員が一歩、前に出る。
鴨志田の延長線上から外れ、僕の視界に飛び込んでくる。

そして僕は、宇田が目を見開いていた理由を思い知った。


ξ ゚⊿゚)ξ「美府大学から参りました、津出玲子です。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

( ゚ω゚)

13 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:28:15 ID:.Jf8dnAE0


ζ(^ー^*ζ


津出と名乗った新入社員は、あの日喪った彼女に瓜二つだった。


.

14 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:29:15 ID:.Jf8dnAE0

ζ(゚ー゚*ζ『えーっと、内藤くん……だよね? 私に話って?』

(; ^ω^)『出連さん……えっと……』

ζ(゚ー゚*ζ『ふふっ、なんかこのシチュエーションだと告白されるみたい』

(; ^ω^)『ぶっ!!』

ζ(゚ー゚*;ζ『……え? もしかして本当に告白?』

(; ^ω^)『……うん』

ζ(゚ー゚*;ζ『……えっと、あの……ごめんなさい……』

(; ^ω^)『いや、僕のほうこそごめんだお! いきなりこんなこと! でも!』

ζ(゚ー゚*;ζ『う、うん、わかった。ちょっと落ち着こっか』

ζ(^ー^*ζ『とりあえず、お友達から始めよう?』

15 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:30:05 ID:.Jf8dnAE0

彼女と過ごせた時間はとても少なかった。
だから僕は、その数少ない思い出を何度も思い返す。

噛みすぎて味がなくなったガムのようでも、再生しすぎて擦り切れたCDのようでも構わない。
僕はあの幸福だった日々を、そして彼女のことを、絶対に忘れない。

忘れたくない。


***

16 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:30:54 ID:.Jf8dnAE0

('A`)「津出さん、だっけ? 俺は宇田。で、こいつが内藤」

ξ ゚⊿゚)ξ「よろしくお願いします」

('A`)「俺たちが教育係だから、わかんないことあったら遠慮なく聞いてね」

ξ ゚⊿゚)ξ「はい」

('A`)「とりあえず今日は、基本的なソフトの使い方を……」

('A`)「……俺が教えるから、内藤は何かあったら頼む」

( ^ω^)「わかったお」

17 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:31:27 ID:.Jf8dnAE0

宇田はいい奴だ。本当に。
きっとこの後も僕を気遣って、津出さんの話題は出さないだろう。

たどたどしく操作を教える宇田。
はきはきとした口調でそれに応え、メモを取る津出さん。
僕はその横顔を、なるべく見ないようにした。


***

18 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:32:10 ID:.Jf8dnAE0

ξ ゚⊿゚)ξ「ここ、いいですか」

椅子に座っている僕と立っている津出さんでは、必然的に僕は見降ろされる形になる。
その体勢だとか、津出さんのきりっとした目に気圧されたわけではないけど、自然に「どうぞ」と声が出た。

正面に座った津出さんがお弁当を広げ始める。
困った。逃げられない。喫煙所に行った宇田が恋しい。

ξ ゚⊿゚)ξ「内藤さん、私の教育係なんですよね」

( ^ω^)「お、おお。そうだお」

ξ ゚⊿゚)ξ「色々とご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」

( ^ω^)「はあ、いや、こちらこそ」

19 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:33:27 ID:.Jf8dnAE0

怖い。それが第二印象。
柔らかさとはかけ離れた表情だとか、はきはきしすぎる口調だとか。
失礼ながら、友達は少ないほうだろうな、となんとなく思った。
顔は彼女にとてもよく似ているのに、中身は全然似てない。当たり前だけど。

ξ ゚⊿゚)ξ「私、津出玲子といいます。歳は二十二で、趣味は盆栽です」

( ^ω^)「そりゃ随分渋い趣味……じゃなくて。どうしたんだお、藪から棒に」

ξ ゚⊿゚)ξ「自己紹介をしたほうが仲が深まるかと思って」

それはそうだろうが、訥々と語られても。
コミュニケーションが苦手なのかもしれない。悪い子ではなさそうだけど。

20 ◆/cEv93/Jd.:2020/04/25(土) 15:34:24 ID:.Jf8dnAE0

ξ ゚⊿゚)ξ「私の趣味、変ですか?」

( ^ω^)「別に変じゃないけど、若い女の子にしては珍しいんじゃないかお」

ξ ゚⊿゚)ξ「年寄り臭いってよく言われます」

(; ^ω^)「まぁ……うん……」

ξ ゚⊿゚)ξ「あと、これもあまり今時っぽくはないだろうけど……星を見るのが好きです」

( ^ω^)「……え?」

ξ ゚⊿゚)ξ「天体観測っていうほどきちんとしたものじゃないけど、晴れた日は空を眺めたりしてます」

ξ ゚⊿゚)ξ「私おとめ座だから、おとめ座のスピカって星が一番好きなんです」


胸が締め付けられる。


.


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