したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

川д川 昔話をするようです ('、`*川

1 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:02:44 ID:JRQxQCxk0
使用イラストは5
https://f.easyuploader.app/eu-prd/upload/20200318141954_5731746a485133504869.jpg

よろしう

2 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:03:37 ID:JRQxQCxk0
 
 久しぶりにペニサスから連絡があった。

 それは私が女子大生らしく街でショッピングに
いそしんでいた休日の午後の出来事で、最新機種の
スマートなフォンに表示された通知を私は受け取った
わけだった。

('、`*川「やふー貞子ちゃん。時間があったら
     久しぶりにお茶しない?」

 現役時代のプレイスタイルからは想像もつかない
軽薄な文言でのお誘いだ。ちょうど今回の目的だった
アイテムを購入し終えたところだったので、私は
ふたつ返事で合意した。

 そして彼女のユニフォーム姿を思い起こす。

 私とペニサスは同じ高校の出身で、バスケットボール
に在学中のあらゆる情熱を注いだものだった。

3 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:04:42 ID:JRQxQCxk0
 
 指定された店まで移動する。休日であるというのに
世には制服姿の少年少女が溢れており、中には私たちの
出身校の制服もちらほら見られた。

川д川「なるほど、通ったことがない道だったから
    ピンとこなかったけど、意外と高校から
    近いのか」

 地図アプリを頼りに店まで到着すると、どうやら
私の方が先に着いたようだった。ちらほらと雪の降る
気温の中立って待つ気にはならず、早速私は入店した。

 店員に促されるまま2階の窓際に腰かける。コートを
脱いで雪を払い、大きくひとつ息を吐く。窓から外の
様子を眺めていると、やがて知っている顔がこちらに
向かってきているのに気がついた。

4 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:09:24 ID:JRQxQCxk0
 
('、`*川「おっす」

川д川「うぃ」

 店員に導かれて2階の窓際席へ上ってきたペニサスと
必要十分な挨拶を交わす。どれだけ久しぶりの再会で
あろうとも、私たちにはこれで十分だ。

川д川「あれ、ひょっとして大学生になって会うのって
    はじめてじゃないっけ?」

('、`*川「ええと、そうだね。そうかもしれない。
     そういやめっちゃ久しぶりだね」

 ペニサスは私と同じようにコートを脱ぐと、付着した
雪を払って私の向かいに腰かけた。

5 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:10:11 ID:JRQxQCxk0
 
('、`*川「注文してないの?」

川д川「そういやしてない。嫌な客だね」

 笑ってペニサスがメニューに手を伸ばす。長い腕だ。
彼女はインサイドプレイヤーらしい筋肉量を、この
長い手足とゆったりとした服装に隠し持っている。

 私はその腕をがしりと掴んだ。

('、`*川「うわびっくりした。何!?」

川д川「いやあ、筋肉衰えたかな〜と思って」

('、`*川「そんな簡単にスリムになれたら
     苦労しないね。
     一度ついた筋肉を落とすのは大変なのよ」

 ご苦労様です、と私は言った。

6 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:18:31 ID:JRQxQCxk0
 
 改めてペニサスと向き合う。互いにメニューを
確認し、私はチョコレートケーキを、彼女は
シフォンケーキを注文した。

 紅茶はポットで頼んで共有する。何ともオシャレで、
この店を選んで流れるように注文を行うペニサスの姿は
すっかり一人前の女子大生だった。

('、`*川「お、うちらの後輩じゃん」

 窓から外を見降ろし、彼女は私にそう言った。
私はそれに頷き、店員の運んできたケーキとお茶を
受け取って並べた。

川д川「ここって学校から近いみたいよ」

('、`*川「そうそう。だからあんたを誘ったんだよ。
     なんだか懐かしい気持ちになっちゃってさ」

7 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:19:32 ID:JRQxQCxk0
 
 ペニサスは何やら遠い目をし、紅茶の注がれたカップ
を静かに口へとゆっくり運んだ。私もそれに倣ってお茶
を飲む。柔らかな口当たりの美味しい紅茶である。私に
紅茶の銘柄に関する知識はまったくないが。

('、`*川「てきとーにカフェを探してたらさ、
     結構評判いいとこがあって、地図見たら
     学校の近くじゃない。
     あたしゃ運命を感じたね」

川д川「来たことなかったんだ?」

('、`*川「ないない。高校のときは当たり前に
     なかったし、避けてたわけじゃないけど
     このへんのカフェに注意を払う気には
     ならないわよね」

川д川「それは確かに」

8 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:23:42 ID:JRQxQCxk0
 
 高校時代の私たちにとって学校とはバスケットボール
をする場所で、学校周辺はただの通路、飲食店は
カロリーを摂取する手段でしかありえなかった。
仮に当時この店を目にしていたとしても、それを
興味の対象として認識するのは難しかったに違いない。

('、`*川「思い出すねえ」

川д川「何を?」

('、`*川「ほら、あそこにもうちの制服の女の子。
     あのコートの下にはセーラー服。
     はぁ、セーラー服って尊いわ」

川д川「そうかね」

 私はズズリと紅茶を啜った。

9 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:25:01 ID:JRQxQCxk0
 
('、`*川「大学生になって、制服を着ることが
     なくなったから気づけたんだと思うけど、
     あの思い出の日々はかけがえのない
     ものだったのだよ」

川д川「ほう」ズズ

('、`*川「やっぱり春がいいかな。過ごしやすい陽気で
     道の花壇にはキレイな花が咲いちゃって、
     それを横目にテクテク歩いて帰るわけ。
     ちょっと美味しそうなお店を見つけて
     買い食いしたり、ついついオシャベリが
     長くなって遅く帰って怒られちゃったりさ」

('、`*川「いやあ、青春だったわねぇ」

川д川「それは、記憶?」

('、`*川「いや妄想」

川д川「よかった。心配したわ」

https://f.easyuploader.app/eu-prd/upload/20200318141954_5731746a485133504869.jpg

10 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:28:13 ID:JRQxQCxk0
 
 私と彼女の記憶の間に大きな隔たりがあったら
どうしようかと思ったものだったが、どうやら
灰色の記憶を妄想でコーティングしただけらしい。

 驚くほどの濃密さで過ごし、あっという間に
過ぎ去っていった部活の日々を思い出す。
通学路に花が咲いていたかどうかも記憶に
残っておらず、私は静かに驚いた。

川д川「あの頃の思い出と言えば――」

 シューターだった私にとってはひたすら反復する
シューティング練習の記憶がほとんどだ。

 そして試合だ。何度も勝ったことがある筈なのに、
負けた試合、それも自分のシュートが最終的に外れて
負けた試合のことは特に鮮明に思い出すことができる。

 それまでに何度勝利に貢献しようとも、高校生活
最後の試合で最後のシュートを放ったあの感覚を、
私は一生忘れることができないだろう。

11 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:28:56 ID:JRQxQCxk0
 
 接戦だった。

 残り時間が3分ほどで、私たちのチームは5点差
くらいで負けていた。“鮮明に覚えている”なんて
言いながら点差があやふやなのに自分でも驚いている
次第だが、少なくとも2本のシュート成功が必要な
状況であったことを覚えている。

 私はスリーポイント・シューターだ。

 私の役目はコート中を走り回ってどうにかフリーの
状態でボールをもらい、それをできれば3点シュート
でゴールリングを通すことである。私はそのために
出場していると言っていいだろう。

 残り時間が短く、点差はそこまで広くはないが
なくはない、と、誰でも3点シュートを警戒する
場面である。当然私はマークされていた。

12 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:31:39 ID:JRQxQCxk0
 
 味方のポイントガードが指示を出す。あらかじめ
決められた動きで私たちは協調し合い、質の高い
シュートを皆で作り上げるのだ。

 大きくひとつ息を吐く。自分のマークマンに目を
やると、汗ばんだ肩が触れそうなほどに密着していた。

川д川「汗だくの女の子と触れ合う趣味は
    ないんだけどな」

 そんな私の呟きは無視された。

 彼女は軽く指先を触れるようにして私の動きを
読み取ろうとしている。ご苦労様なことである。

 どうせ動き出したら悟られるので、私は彼女に
声をかけることにした。

川д川「そろそろ行こうか。おデートしましょ」

13 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:32:30 ID:JRQxQCxk0
 
 味方の配置が整っているのを確認して私は床を蹴る。
バスケットボールシューズのゴム底がコートとの摩擦で
音を立てる。スキール音と呼ばれる高い音だ。

 方向転換の角度は90度。追手の負担となる移動が
私の習慣となっている。

 ペニサスだ。味方のインサイドプレイヤーが体を
張って私の動きの助けをしてくれている。私は彼女に
ぶつかるギリギリの進路でそのすぐ横を走り抜ける。

 これまで何度彼女と接触事故を起こしてきた
ことだろう。その経験値の蓄積を総動員させ、
私は理想的なステップでスクリーンを利用した。

14 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:33:21 ID:JRQxQCxk0
 
 私たちがそうしている間に、コートの向こう側でも
同じようなオフボールの動きが展開されていた。

 それは私の動きを目立たなくさせる囮のような
役割を担っている。うまくタイミングを合わせて
動き回ることで、私は皆で作り上げる形の中で
フリーでボールを受けられるのだ。

 今回の狙いは私のレイアップ・シュートである。
もっとも得点期待値の高いプレイで、意外と高い
私の身長を有効活用できるデザインとなっている。

 こちらの動きは及第点だ。私はゴール下フリーで
ボールを受け取る。いや受け取れなかった。

 こちらの動きは及第点だが、あちらの対応が満点
だったのだ。今回フリーになることはできないと、
私はゼロ秒で察知する。おそらく私にパスを出そうと
している味方の女子もそうだろう。

15 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:33:57 ID:JRQxQCxk0
 
 一瞬のひらめき。

川д川「ゴール下への走り込みが
    察知されているなら――」

 その動き自体をフェイントにしてしまえばいい。

 頭で結論を出すより先に、体が勝手に動いていた。

 左足を踏み込んで無理やり方向転換した
自分の行動に理由をつけるとするならば、
おそらくそう考えたのだろうということだ。

 この瞬間に、実際私が何をどう考え行動したのか、
それは私自身にもよくわからない。

 わかっているのは、当初のデザインの通りに
パスを出されていたら、おそらく私はそれを
受け取れなかっただろうということである。

16 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:34:49 ID:JRQxQCxk0
 
('、`*川「嘘だろなんで!?」

 そして私が利用したのはペニサスだった。

 突然の私の行動に彼女は驚愕したに違いない。

 しかしながら、咄嗟のことでも体に染みついた動作、
私のために体を張って壁になるという基本的な働きを
彼女は完全に果たしたのだった。

 この動きは私たちのデザインされたセットプレイに
満点の対応をした相手にとっても驚きだったのだと
思う。熟達したスクリーンプレイで追手を振り切った
私は、3点ラインの外にいた。

川д川「フリー!」

17 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:35:09 ID:JRQxQCxk0
 
 要求するまでもなく私にパスが送られてくる。

 それまでの移動に伴う運動エネルギーをすべて
処理してボールを受け取った私は、既に膝を曲げた
投球動作の一部に入っていた。

 必死に私を追ってきたディフェンダーが、
諦めることなくシュートの妨害を試みてくる。

川д川「そう かんけいないね」

 熟達したシューターの持つ距離感覚で私は
彼女の手が届かないことを知っている。迫りくる
追手のプレッシャーは当然いつもそこにある、
私にとっては空気のような存在なのだ。

18 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:35:56 ID:JRQxQCxk0
 
 はじめてバスケットボールをシュートしたのは
小学校での体育の時間のことだった。

 当時の私は両手でビー玉を撃ち出して遊ぶオモチャを
殊の外気に入っており、いわゆる女子投げで放つ
バスケットボールはその動きを彷彿とさせたのだった。

 つまり、私は一発でバスケのシュートが気に入った。

 休み時間に男子に交じってボールを触るような勇気を
持ち合わせてはいなかったけれど、体育の時間や、
空いているボールとゴールがある場合には抜け目なく
シューティングの経験を好んで積んだ。

 中学校に進学してからはもちろん女子バスケ部に
所属した。そして現在に至るまで、私は一貫して
両手で撃ち出しボールをリングに潜らせる動作を
誰よりも愛している。

 だから私は、“ビーダマン”と呼ばれるオモチャを
かつての私に与えた親戚のお兄さんには
感謝の気持ちを持ち続けている次第である。

19 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:36:26 ID:JRQxQCxk0
 
 何万回とそれまでに繰り返してきたのと同じ動作で
放ったシュートは、私の両手を離れた後アーチの高い
放物線を描き、当然誰にも邪魔されることなく
ざっくりとネットに包まれた。

 リングには触れさえしていない。スウィッシュと
表現される独特の音色が私の口角を持ち上げる。

川д川「これこれ……!」

 この快感のためにバスケをしていると言っても
いいだろう。私は快感に身をゆだねながら、
しかしまだ負けているという現状を鑑み
足早に自陣へと引き上げる。

 その途中でペニサスと目が合った。気の利いた
彼女のスクリーン・プレイがあったからこそ
生まれたような得点である。私は彼女を指さし
感謝の意をジェスチャーで伝える。

 意外なことに、ペニサスは私を睨みつけていた。

20 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:37:30 ID:JRQxQCxk0
 
 直後、相手のタイムアウトが宣告された。

 1分間の作戦会議だ。3点シュートで効率よく
縮められたリードを今後どのように保つかを
話し合いたいのだろう。

 時間は私たちにも平等に与えられる。
ベンチに戻って給水していると、ペニサスが
私に近寄ってきた。

('、`*川「何だよ今の。セットの動きと違うだろ」

川д川「確かに違うね」

('、`*川「この土壇場で、しかもシュートになんて、
     勝手に変更するんじゃないよ」

 かなり激しい剣幕だ。しかしながら、私はまったく
彼女に同意できなかった。

21 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:37:58 ID:JRQxQCxk0
 
 セットプレイの目的は皆で一丸となって良いシュート
を作り上げることだ。良いシュートとは効率性の高い
シュートのことで、ゴール下のシュートに代表される。

 そして、そのゴール下シュートに次いで効率がよいと
言われているのが、一部の3点シュートなのである。

 通常のシュートは入っても2点にしかならないため、
得点効率や期待値というところで考えると、多少成功率
が低かろうとも3点シュートは効率性に優れている、
というのが現代バスケの常識だ。特にコーナースリーは
リングへの距離が短くなるため有効とされている。

 私の先ほど放ったシュートはコーナーでこそなかった
が、フリーで打てたシュートだった。十分アリな
選択であると私は思う。“良いシュートを作り上げる”
という本来の目的を達成できているからだ。

 しかし、そう思わない者もいる。

22 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:38:19 ID:JRQxQCxk0
 
 ペニサスの主張に反論しかけたところで監督の話が
はじまった。

 私たちの高校はどちらかというと進学校で、
この女子バスケ部もたとえばインターハイのような
晴れの舞台に上がれるような強豪ではない。

 監督もバスケ経験者ではあるが、誤解を恐れずに
言えば素人だ。今回仕掛けたセットプレイも、
部長であるペニサスがチームの得点源である私のために
考え、皆で工夫し作り上げたものである。

 私たちは決して強豪校ではないけれど、できる限りの
情熱と時間をバスケットボールに費やしてきたのだ。

川д川(だからこそ――)

 思い入れも強いのだろうな、と私は思う。

 監督がこの時どのような指示を出したのかは
覚えていないが、ペニサスと十分な議論ができずに
試合が再開されたことは強く記憶に残っている。

23 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:38:40 ID:JRQxQCxk0
 
 そして試合が再開された。

 私たちは依然として追いかける側だ。
あらゆる力をふり絞って失点を防ぎ、
何とかして得点を重ねる必要がある。

 私はコート中を走って逃げるマークすべき相手を
追いかけ、マイボールになっては反撃の機会を
注意深く探した。

 入れば高得点となる3点シュートはそれまでの
試合上の失敗を覆い隠してくれる、鎮痛薬のような
存在だ。真に望ましいのはその原因の追及・解消
なのだろうが、とりあえずの急場を凌ぐには
ありがたい存在である。

 相手もその有効性を知っているので、
私を厳しくマークしてくるというのは、
十分予想可能な当たり前のことである。

24 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:39:08 ID:JRQxQCxk0
 
 そのマークの激しさを負担と取るか賞賛と取るかは
シューターによって異なるのだろう。私にとっては
断然後者だ。ドMでなければこんなプレイスタイルを
続けていないとさえ思う。

川д川「――って、誰がドMやねん!」

 そんな自分の妄想に対するツッコミの力さえもを
燃料として私はコートを走り回る。
既に体力などは残されていない筈なのだけれど、
泳ぎ続けていなければ死んでしまうマグロのように、
私は地面を蹴って前へと進む。

 努力の甲斐なく相手のシュートが成功した。
残り時間は何分だ。何分でもなかった。
1分を既に切っており、秒単位での攻防となっている。

 心臓が口から飛び出そうなほど強く鼓動し、
汗だか汁だかわからない体液が体中を覆っている。
そのくせ口の中はネバネバするのだ。
控え目に言ってコンディションは最悪だろう。

25 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:39:59 ID:JRQxQCxk0
 
 そんな中、印象的なコールが発せられた。

 かつてペニサスが考え、部の皆で話し合って
微調整を繰り返して作り上げたセットプレイだ。

 最終的に私にイージーなレイアップ・シュートを
打たせることを目的としたものである。

('、`*川「――」

川д川「――」

 私たちは声を出さずに会話する。大きくひとつ
息を吐く。

 これが最後の攻撃となるかもしれない。

川д川「――いこうか」

 バッシュに包まれた右足のつま先に力を込め、
私は体育館の床を蹴り出した。

26 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:40:36 ID:JRQxQCxk0
 
 マークマンが付いてくる。
 
 私はペニサスを壁として利用して彼女を剥がす。
こちらもあちらも、どちらも必死だ。

 きっとコートの反対側でも同じようにスクリーンを
利用した攻防が繰り広げられているのだろう。

川д川「女の子なのにマーク“マン”って、
    なんだかヘンテコな印象だなあ」

 ピークに達した疲労がそんなことを考えさせるのか、
私は試合とまったく関係ないことを思い浮かべながら
体を動かした。

 私の体は思考の指令を必要とせずに勝手に
動き回っている。習慣化された動作で眼球が情報を
かき集め、脊髄反射で精査する。

 相変わらず見事な守備だ。こちらのオフェンスは
及第点と言える出来だと思うが、
あちらのディフェンスには満点を付けるしかない。

 減点のしようがないのだ。

27 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:41:38 ID:JRQxQCxk0
 
('、`*川「――それで、あんたは最後に
     レイアップを選んだんだったよね」

 ペニサスが紅茶を口に運んでそう言った。
どちらから始めたのかすら覚えていない昔話に
花を咲かせた私たちは、注文したケーキに
どちらも手をつけさえしていなかった。

川д川「そうだね。そして外した」

 私は少し笑ってそう言った。大きくひとつ息を吐く。

('、`*川「あの時は訊けなかったけど、
     あれってあたしに気を使ったの?」

川д川「セットの動きを無視するな、って?
    あはは、まさか。そんなわけないじゃん」

 思わぬペニサスの発言に、思わず私は笑って
しまった。本当に予想外だったのだ。

28 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:42:10 ID:JRQxQCxk0
 
('、`*川「――本当に?」

川д川「いや嘘なんてつかないよ。マジで、マジで。
    本当に。気を使ってプレイの選択をしたことは
    ないな。チームの方針には従うけどさ」

 いつもどっしりしていて姉御肌な、
我らがキャプテン・ペニサス伊藤が心配そうな顔で
見てくるものだから、私はなんだか焦ってしまった。

川д川「あの時は何だったかな、確かにその前の
    プレイと同じようにスリーまで開いても
    良かったけど、確かちょっとディフェンスが
    違って見えたのよね。対策されてそうだと
    思ったっていうかさ。だからそのまま
    ボールをもらって、リバースでシュートした。
    いつもは結構入るんだけど、振り切れても
    なかったしね、タフっちゃタフなシュート
    だったね」

 当時のプレイを思い出しながら私は話す。
ペニサスは静かに紅茶を飲んだ。

29 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:43:35 ID:JRQxQCxk0
 
 あの試合に負けた後、私たちは反省会をすることも
なく、シャワーを浴びて着替えてチームとしては
解散し、私はペニサスを含めた何人かとご飯を食べて
カラオケで歌って家に帰り、すべてを放り投げるように
ぐっすりと眠った。

 そして眠りから覚めた私たちは女子バスケットボール
部員ではなく、ひとりひとりの受験生だったのだ。

 私たちの高校はどちらかといえば進学校で、
高校3年生の私たちには大学受験が待っていた。
志望校が同じだったわけではないけれど、私たちには
勉強という共通の話題があって、わざわざ仲違い
しかけた上に負けたバスケの試合について、
口を開く必要はどこにもなかったのだ。

 そして、今日が大学生となった後はじめての会合だ。
私は改めてペニサスの様子をまじまじと見つめる。

30 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:44:15 ID:JRQxQCxk0
 
 肩にかからないくらいの長さに切り揃えられた髪は
女子大生らしい明るい色で、色白でほんわかとしたペニサスの雰囲気に合っている。ざっくりとしたピンクのニットにその身を包んだ彼女がかつて盾役のようなインサイドプレイヤーだったとは誰も思わないことだろう。

 まだまだ10代の若さと大学生のお姉さん感を伴った、
かわいらしくも落ち着いた出で立ちである。

 私もざっくりとした服に体型を隠してもらっては
いるけれど、どういうわけだか色白というより
青っちろく見えてしまうのだ。

 こちらはステキ女子からはほど遠い。

('、`*川「私たち、本日を持って引退します!」

川д川「普通の女の子に戻りたい!」

 そんな誓いをカラオケボックスで叫び合った
私たちであったものだが、戻れる程度にはどうやら
個人差があるらしい。

 私が騙された気分になるのを止める権利は
おそらく誰にもないことだろう。

31 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:44:46 ID:JRQxQCxk0
 
川д川「おや?」

 しかし私は気がついた。

 ペニサスの左手首にシリコンバンドが見えるのだ。

 見覚えのあるシリコンバンドだ。見覚えがあるから
私はそれまで違和感をもたなかったし、
カラフルでオシャレな服装の中に紛れていたら
それほど目立たないデザインであることを
私ははじめて思い知った。

 それは、ペニサスがいつも試合中に装着していた、
必勝祈願のシリコンバンドだったのだ。

('、`*川「ああこれ? やっと気づいたか」

 そんな私の視線を受けたペニサスは、ニヤリと
笑って座り直した。

32名無しさん:2020/04/25(土) 11:45:58 ID:UlqBPwDo0
支援

33 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:48:18 ID:JRQxQCxk0
 
('、`*川「あたしも驚いたんだけど、
     普通の格好でバンド付けても
     そんなに目立たないのよね」

川д川「それ、オシャレで付けてるの?」

('、`*川「まさか。本気で言ってる?」

川д川「流石の私もそうは思わない。
    でも、あんなにバスケはもうやめだって
    言ってたからさ」

 ペニサスは黙って紅茶を飲み干すと、カップを置いて
肩をすくめた。

('、`*川「そうそう。バスケはやめだってあたしは
     言った。何度もね」

 カラオケボックスで普通の女の子に戻る宣言を
した後、制服の下にジャージを着込むのをやめて
受験勉強に取り組む中でも、ペニサスは一貫して
バスケはもうやらないと言っていたのだ。

34 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:50:36 ID:JRQxQCxk0
 
('、`*川「でもさ、やっぱりだめなんだよね。
     大学に入っても体育の授業ってあるじゃん、
     それでボールを触ってさ、触ったら
     だめだわ。バスケがやりたくなっちゃって」

 そしてペニサスは大学のバスケットボールサークルに
入ったらしい。私たちが汗水垂らした修行のような
部活ではなく、半ば遊びのサークル活動のひとつにだ。

('、`*川「あたし、実は今シューターやってんのよね。
     いやあシュートって楽しいわ」

川д川「まじか」

('、`*川「マジまじ。だってサークルで体張っても
     しょうがないしさ、あたし元々小柄だし」

('、`*川「――それに、点取り屋をやってみれば、
     あの時のあんたの気持ちもわかるかも
     しれないな〜と思ってさ」

35 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:50:56 ID:JRQxQCxk0
 
('、`*川「あたしはずっとわかんなくてさ。
     セットを無視して打ったスリーは入って、
     レイアップは外れたじゃん。そして負けた」

川д川「それはその、所詮シュートが入るかどうかは
    確率だから」

('、`*川「もちろんそうだよ。でも、確率だから、
     って言うんだったら、それこそ決められた
     通りの動きにした方がいいと思わない
     わけ? なんだか蒸し返すようだけどさ」

川д川「本当にそうだね」

 私は笑ってしまってそう言った。飲み干されたきり
注ぎ足されていない彼女のカップと自分のものに、
ポットから紅茶を静かに注ぐ。

川д川「どちらかというと、打てる、とか、入る、って
    思った自分の直感に従わずに失敗する方が
    怖いかな、私は」

36 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:51:53 ID:JRQxQCxk0
 
 シューターというのは変な役割だと私は思う。

川д川「だってさ、プロとか、それこそNBAの選手
    とかでも、スリーの成功率って4割くらいで、
    超うまい人でも半分も入らないんだよ」

 そんな不確かなもののためにチームが一丸となって
動くのだ。

 自分のために体を張って追手を邪魔する
スクリーナー。私たちが打ちやすいように、
適切なタイミングで丁寧にボールを供給するパサー。
囮の動きで何人もが動き回る。

 そうして巡ってきたボールをシュートする。
皆の期待や労力に報いるためにも是非とも
成功させたいものである。

 しかしながら、成功よりも失敗の方が多いのだ。

 普通の神経でできる仕事ではないと私は思う。

37 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:52:17 ID:JRQxQCxk0
 
 そんな不確かな確率の中で、しかし私たちは
働かなければならない。平常心でシュートを放ち、
成功させなければならないのである。

 そんな中で助けとなるのは積み重ねてきた練習量と、
経験と、それに伴う直感だ。判断と言ってもいいだろう。

 私は打てると判断したシュートは必ず打つ。
それまでの試合の中で何本同じようなシュートを
外していようと、頭が、いやこの体の細胞が、
打つべきだと思ったシュートや取るべきだと思った
行動は決して否定しないようにしているのだ。

川д川「それができなくなった時は、
    それこそシューターを廃業すべきと思うね」

('、`*川「ふうん。それじゃあ本当に気を使った
     わけじゃあなかったんだ」

38 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:52:55 ID:JRQxQCxk0
 
川д川「そうだよ。まったくしつこいなあ」

 私はニヤリと笑ってそう言うと、脇に置いていた
紙袋をテーブルの上にどさりと置いた。
今日ペニサスと会う前に購入していたアイテムだ。
元々彼女と会うついでにこいつの話もしておこうと
思っていたのだ。

('、`*川「――これは?」

川д川「開けてごらんよ」

('、`*川「なんだよ勿体つけちゃって。
     ――これは!?」

 驚きの顔でこちらを見るペニサスに、私は肩を
すくめて見せた。

 彼女が紙袋から取り出したのは、私が試合中に
愛用していたのと同じ種類の新しいリストバンド
だったのだ。

39 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:54:13 ID:JRQxQCxk0
 
('、`*川「な、――なんでこんなの持ってるの?」

川д川「いや実は、私も現在大学生でさ」

川д川「大学って、必須で体育の授業が
    あるじゃない?」

 笑って私はそう言った。

 まんまと授業でバスケットボールを触った私は、
シュートを打ってみて非常に驚いた。

 はじめてボールを触るかのような感触がしたからだ。

川д川「よく訓練されたシューターって、
    投げた瞬間にすべてがわかる時があるのよね。
    このシュートはどういう軌道を通って
    どうゴールしていくかをさ。そんな感覚的な
    ものが、ごっそり抜け落ちてるみたいだった」

40 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:55:19 ID:JRQxQCxk0
 
 それは私にとって驚きで、何よりとても大きな
喪失感だった。

 なにもバスケにすべてを賭けていたわけではない。
大した結果を残せてきたわけでもない。

 試合に勝った経験よりも負けた経験の方が豊富だし、
シュートに成功した経験よりも失敗した経験の方が
豊富である。直感に従った結果、チームメイトと
衝突しかけ、試合にも負けてしまったこともある。

 それでも私の体に蓄積されたシュートに関する
感覚は、かけがえのないものだった。

川д川「嫌だ、と思ったんだ。私は絶対にボールを
    放るあの感覚を、失ってしまうのが嫌だった」

川д川「だから、実は私もまたバスケをやろうと
    思ってたんだ」

41 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:55:53 ID:JRQxQCxk0
 
('、`*川「じゃあ本当に――」

川д川「何よ?」

('、`*川「あれで嫌になってはいなかったんだね。
     あの試合も負けちゃって、そのまま引退に
     なって、ずっと話せないままだったから、
     貞子がバスケが嫌いになってたらどうしよう
     かなって、あたし、これまで思ってた」

川д川「しつこいなあ。そんなに私たち衝突したこと
    なかったっけ?」

('、`*川「物理的には何度もあるけどね」

川д川「だってペニサス、スクリーンの角度が
    なんだかちょっと変なんだもん」

('、`*川「角度? はぁあ? そんなんはじめて
     言われるんだけど」

川д川「意外と肩幅もあるからさ。
    よくぶつかったものだったわ」

42 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:58:30 ID:JRQxQCxk0
 
('、`*川「何それ。うわー、今言うかねそんなこと」

川д川「言ったことなかったっけ?」

('、`*川「ないし」

川д川「まあいいじゃん、もう私とあなたじゃ
    ぶつからないから」

('、`*川「よくないし!」

 ぶつくさと文句を続けるペニサスをよそに、
私は返してもらったリストバンドを装着してみた。
良い具合だ。早くシュートを打ちたくなってくる。

43 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 11:59:24 ID:JRQxQCxk0
 
('、`*川「ちょっと貞子、聞いてんの?」

 ペニサスはそのほんわかとした雰囲気を捨てて
ぷんすか怒り狂っている。私はそれをかわいらしく
思った。彼女を誘ってどこかで練習をするというのも
いいかもしれない。

 一方彼女は文句を言い続けている。

('、`*川「あんたさあ、あんたも一回こっち側も
     やってみたら?インサイドの苦労も
     知れって。背も高いんだからさあ」

 ついにはそんなことを言い出したので、
私はニヤリと笑って見せた。

川д川「嫌だよ、私はシューターだ。
    シュートを打って点を取る」

 それよりいい加減ケーキ食べようよ、と
ペニサスを誘うと、彼女はかわいく憤慨していた。
面白いやつである。

 そのうち練習に誘ってみよう。頭と体で私は決意し、
チョコレートケーキにフォークを刺した。



   おしまい

44 ◆AIEizG9SiE:2020/04/25(土) 12:10:55 ID:JRQxQCxk0
あれ、1レス貼り損ねてる
なくても驚くほどに違和感がないのでなくてもいいけど、
よかったらまとめる際には >>3>>4 の間にこれを
入れてくれると嬉しいです。



 ペニサスだ。ほんわかとした優しい顔は大学生に
なっても変わっていない。こちらからは彼女が
見えているが、おそらくペニサスがこの2階席に
注意を払うことは不可能だろう。

川д川「なにやら盗撮でもしている気分」

 その一方的な観察を私は楽しむ。

 ペニサスは完全に着やせするタイプだ。コートを
着ていることもあるが、まさかその中にアスリートの
体が潜んでいるとは思うまい。誰もがそのほんわかと
した顔と高くない身長に騙されることだろう。

 ユニフォーム姿になった彼女は意外や意外、
ゴリゴリのインサイドプレイヤーなのだ。

 プレイスタイルも泥臭い。

 体を張って私たちシューターを活かしてくれる、
RPGでいうところの盾役のような存在だった。

45名無しさん:2020/04/25(土) 12:57:26 ID:y1RrMTqs0
乙!少しほろ苦い青春の思い出って感じでなんだかニヤニヤした
バスケ知らない自分でもスイスイ読めて面白かった

46名無しさん:2020/04/25(土) 13:44:11 ID:yyuOI3gI0
良いお話でした!

47名無しさん:2020/04/25(土) 16:49:26 ID:nILUNQIk0
おつ!
スポーツもののブーン系好きだから嬉しい

48名無しさん:2020/04/28(火) 08:00:19 ID:sL.O0mjk0
おつおつ
好き

49 ◆S/V.fhvKrE:2020/05/07(木) 00:05:02 ID:uguS2W1I0
【投下期間終了のお知らせ】

主催より業務連絡です。
只今をもって、こちらの作品の投下を締め切ります。

このレス以降に続きを書いた場合

◆投票開始前の場合:遅刻作品扱い(全票が半分)
◆投票期間中の場合:失格(全票が0点)

となるのでご注意ください。
(投票期間後に続きを投下するのは、問題ありません)


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板