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( ・-・)('、`*川マーチのようです

69名無しさん:2020/09/26(土) 21:57:24 ID:/1NdTHVQ0
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('、`*川「じゃあ私も、昔話をしたい気分なので」

ペニサス先生が話し始めた。
僕は彼女の顔を見ていなかったし、恐らく彼女も僕の顔を見てはいなかった。

('、`*川「海岸通りを挟んで、向かい側に小さなレストランがあって。本当に小さくて、すぐ満席になっちゃう」

そこで、彼女はギコ先生と出会った。
何気無しに入ったレストランで通されたテーブル席が、ギコ先生との相席だった、と言った。

('、`*川「元々先生ね、オーストラリアで少しだけ働いてて。ワーキングホリデーってやつ」

元々、自らの行く末、将来像と言うものにとことん関心の無い少女だった。
適当に選んだ大学に進学し、適当に選んだ専攻は国際文化学。
無下に過ごした四年間で得た物は欠片も無く、就業先も見つからないままに卒業。

周囲の視線から逃げる為か、それとも大学の代わりとなる新たな暇潰しか
彼女はオーストラリアへ渡り、観光地のカフェで更に数年間を潰した。

('、`*川「まあ、期限的に帰らなきゃいけなくなって。でもやりたいことなんて何一つ無いから」

社会的な体裁を保つ為に求職者のポーズを取り、更に数ヶ月が溶けていった。
その間、彼女は足繁くこの海岸に通っていた。

('、`*川「あっちで働いてた町、ゴールドコーストって言うんだけど、そこにある公園と雰囲気が似てたから」

(,, ・-・)「それで、ギコ先生に会って、塾の先生にならないかって?」

('、`*川「まあね」

僕は、隣で寝息を立てている男の顔を見た。
彼は寝返りを打ち、二、三度大きな咳をすると、再び静かな寝息を立て始めた。


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70名無しさん:2020/09/26(土) 21:58:24 ID:/1NdTHVQ0
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するとこの二人は、どうだろう。
今まで見たもの、そして今僕が目にしているもの、全てに新たな意味付けが為されたような気がして
ギコ先生は勿論、ペニサス先生に対しても言いようの無い嫌気を覚えてしまった。

('、`*川「思い出なんですよ」

と、ペニサス先生は言った。
彼女が何の意思を以て僕に「思い出」を伝えたのかは、分からなかった。

(,, ・-・)「泳いできます」

僕は立ち上がった。

('、`*川「日焼けすると痛いよ」

(,, ・-・)「叩かれて出来た痣よりは痛くないです」

彼女の顔を見ずに、波打ち際まで早足で歩いた。
ペニサス先生の返答は無かった。答えが無くて良かったと思った。僕は、大変卑怯な人間だった。
ギコ先生がまた寝返りを打ったのか、レジャーシートがガサガサと擦れる音だけが聞こえた。

波打ち際に着くと、ニュッが浅瀬で取ったと思われしき海草を僕に投げ付け

(,, ^ν^)「早過ぎるだろ」

と言った。
もっと陽が落ちて、水面が橙色に染まるその瞬間まで、待たなければ駄目だろう、と。







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71名無しさん:2020/09/26(土) 21:58:55 ID:/1NdTHVQ0
しばらくぶりです

72名無しさん:2020/09/26(土) 22:03:03 ID:GNsBMSxg0
乙です
大好きです

73名無しさん:2020/09/26(土) 22:15:01 ID:d2x9qMxI0
乙です。
今回も大好きです、最高です、ありがとうございます。

74名無しさん:2020/09/26(土) 23:40:19 ID:XgpzUM9Q0
投下乙です
痣のことは本人から直接聞いてなかったよね
ギコ先生、寝返りを打つタイミングが毎回絶妙で不気味

75名無しさん:2020/09/27(日) 11:54:47 ID:aGmPMFKc0
乙です。続きが読めて嬉しい
「大変卑怯な人間だった」て自己評価がなぜか印象に残る
ギコ先生ほんとに寝てんのかなあ?

76名無しさん:2020/09/27(日) 19:14:46 ID:b.xPGRmo0
乙です! 続きやった〜!
どことなく湿度の低い夏の風が吹いてきたような気がしました
今回も面白かった!

77名無しさん:2020/10/11(日) 20:23:13 ID:lPGacmOg0
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夏の海は腹が立つ程に穏やかだった。
僕は寄せ来る波を丁度良いタイミングで蹴り返す、それだけを何十分と繰り返しており
頭の中では、さっき咄嗟に口に出てしまった言葉を何度も反芻していた。

叩かれて出来た痣よりは痛くないです。
彼女がこの言葉を自身の背中に準えて解釈したのかは定かではないが、
ともかく僕は、しばらくペニサス先生の顔をまともに拝む勇気を持てずにいた。

海岸を東に少しばかり歩くと、コンクリート製の波止場があった。
昔は船着き場として使われていたようで、周辺の浅瀬と比較すると、そこそこの水深があり
過去、ふざけて飛び込んだ観光客による死亡事故が発生していた。

海に着いた時、ギコ先生はこう言った。
人が死んで、市が何をしたかと思えば、しょぼいロープを張って、看板を立てただけだ。

(,, ゚Д゚)「そんなわけで誰でも入れるんだけど、だからっつって絶対に行くなよ。死んでも知らん」

これは「フリ」ではない、僕達は分かってはいたが
強く念を押されて禁止されると、真逆の行動を取りたがる人間は、どこにでもいるものだった。

無心に波を蹴り上げていた僕の元へ、ニュッがやって来た。

(,, ^ν^)「そんなに深くないらしいよ」


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78名無しさん:2020/10/11(日) 20:23:59 ID:lPGacmOg0
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(,, ・-・)「誰から聞いたの」

(,, ^ν^)「そこの、サーフィンやってる人」

ニュッはあまりにも素直で、人を疑うことを知らない少年だった。

(,, ^ν^)「絶対飛び込んだら楽しいって、ちょっと見に行くだけ、ほら」

彼は何としてでも波止場に行きたがっていたし、僕は僕で大分やけになっていたから
大人達に見つからないよう、忍んで波止場へと足へ運び、細く頼りないロープをくぐった。
古く苔が生えた消波ブロックが数個並んだ先に、白く小さな灯台があり
水平線の際まで群青を吸い込んだ海を、まんじりともせず見下ろしていた。

僕達は波止場の先端に顔だけ突き出し、寝そべった。
コンクリートを絶え間無く打ち付ける白波の底は暗く、底は見えなかった。
特に覚悟もせず、勢いのまま飛び込んだら、確かに溺れ死んでしまうかもしれないな、と思った。

(,, ^ν^)「深いね……」

ニュッは、明らかに怖気付いていた。

(,, ^ν^)「いや、深いな……深い……」

彼は立ち上がり、あからさまにその場を離れたがる仕草を取った。
右足を地に忙しなく打ち、腕を組み、首を右に左に動かし、何とも落ち着きが無く
怖がっているのだな、と思った。
あれだけ来たがっていたくせに、僕は心の中で呟いた。


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79名無しさん:2020/10/11(日) 20:25:10 ID:lPGacmOg0
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(,, ・-・)「深いねえ」

暗がりに隠れて見えぬ底を漫然と眺めていると、僕の心持ちもやや紛れていくようだった。
何故だろうか、あまりにも限りを知れぬ無量の前にこうして佇むと、
包み込まれるような、無類の安心感にも似た感情に襲われてくるのだった。

(,, ^ν^)「戻ろうぜ」

とうとう痺れを切らしたか、ニュッが僕に誘いかけた。
が、僕は僕で、その場を離れるような気分にもなれなかった。

(,, ・-・)「先、行ってて」

(,, ^ν^)「そろそろ本当に怒られるぞ」

いいんだよ、怒られても。
何かしら適当な理由を付けられてでも、僕は彼女に罰せられなければならないかった。
それは稚拙で独りよがりな感情だったが、ともかく僕はテコでも動こうとせず
それを悟ったのか、彼は適当に帰って来いよとだけ言い、波止場を離れていった。
僕は動かなかった。早く気付いてくれ、立ち入り禁止の波止場に寝そべる不届き者を見つけてくれ。
僕は悪びれもしないだろうから、二度と口を聞けなくなるくらい、怒涛の剣幕で叱ってほしい。
貴方は背中の痣をコケにした僕を憎んでいるだろうし、それくらいで丁度良い。

そのうち日が傾き、打ち寄せる波が放つ飛沫が、橙の光を含んでは刺すように眩しく光った。
僕は寝返りを打ち、仰向けになったが
水平線の向こうへと沈むように重なる無毛雲の更に上空でひつじ雲が広がり
そろそろ秋が来るのか、と思うと、心なしか潮風にも幾ばくかの肌寒さを覚えた。

一体どうしてここまで意地になってしまうのか、折角海にまで来て、つまらない強情で何時間もフイにしてしまって――
僅かによぎる悔いを寸でのところで振り払い、その時をひたすらに待った。僕は、どうかしていた。


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80名無しさん:2020/10/11(日) 20:25:39 ID:lPGacmOg0
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目線を西の方にやると、海岸線を歩く二人の男女の影が見えた。
男の身振りの大きさや時折、風に乗ってくる声の荒さで、何やら揉め合っているらしいことは分かったが
ギコ先生とペニサス先生の二人だと分かるは、それから間もなくしてのことだった。
いよいよ来たかと、僕は身構えた。

口論の内容は、潮風と二人が砂を踏みしめる音に隠れ、うまく聞き取れなかった。
俺が何の為にロクに寝ないで仕事をして――
そんなに辛いんだったらもう辞めればいいのに、何で――
うまく行かなかったんで辞めますなんて、そんな――
これ以上聞くべきものではないのだろうな、僕は再び注意を夕空に移し、呆けることに集中した。

何やってんだお前、と、ギコ先生の声が後方から飛んで来た。

(,, ゚Д゚)「絶対に行くなっつったろ! 何考えてんだよ、おい」

予想通りの剣幕だった。僕は慌てて立ち上がり、なるべく「驚愕」の表情を以て彼の顔を拝むことに努めた。
ギコ先生はロープを越え、大股で僕の元に寄り、僕の頭をしっかりと平手で叩いた。
目先に火花が散り、夕日がぐわんと揺れた。

(,, ゚Д゚)「言ったよな、俺、なあ? 死んでる奴がいるんだって、俺、言ったよな」

首根っこを掴まれ、波止場の先へと連れられた。今の今まで散々眺めていた、海の底を見せられた。
夕のしじまの海は陰を増し、重油のようなどす黒さをたたえていた。


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81名無しさん:2020/10/11(日) 20:26:51 ID:lPGacmOg0
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(,, ゚Д゚)「今俺がお前をほんの少しでも押せば、ここに落っこちるんだからな?」

そうすれば、人間なんて簡単に死んでしまうのだ。
それは、その通りだ。ただ、僕は思った。それは貴方も同じだろう。
僕が貴方の手を振り払って、その背中を一気に蹴ってしまえば、たちまち黒い海の中だ。
僕にその気は無いと言い切れないだけ、貴方の方が、よほどそれに近いかもしれないのに。

ただ、僕はしおらしく謝った。ごめんなさい、駄目だと言われると、逆に行きたくなってしまいました。
彼は小さく舌を打ち、とにかくここから出ろ、と言った。
波止場のロープをくぐった先には、ペニサス先生がいた。顔を上げた瞬間、うっかり目を合わせてしまった。

(,, ゚Д゚)「じゃあ、花火の準備するんで……こいつ、何とかしといてください」

ギコ先生はそう言うと、海岸へと戻って行った。
しばし時間が流れたところで彼女は口を開いたが、その口調はいつもの淡々としたものだった。

('、`*川「何で、こんなところにいたの」

そう問われたところで、僕には返しようが無かった。
それとも、自己嫌悪に駆られ、先生に怒られたいがあまり、ここで何時間も暇を潰していましたと言えば
可愛い奴めと、ギコ先生に叩かれた頭を撫でてもらえるのだろうか。
しおらしく謝ることにした。

(,, ・-・)「ごめんなさい」

('、`*川「まあ、入るなって言われたら入りたくなるよね」

彼女はあっけらかんとしていた。

('、`*川「ここから見る海がね、一番綺麗なんですよ……事故の前で、誰でも入れた頃の話ね」


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82名無しさん:2020/10/11(日) 20:27:13 ID:lPGacmOg0
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僕を叱るそぶりは一切見えず、まるで何事も無かったような態度を取り続けるペニサス先生に
拍子抜けしてしまい、張り詰めていた覚悟が一気に崩れ、どっと疲れが雪崩れ込んだ。

('、`*川「こんなロープ一本じゃねえ、子供でも入れちゃうよ」

ペニサス先生は波止場の入り口に掛かる細いロープを手でたわませ、笑った。
もう一度、謝った。

(,, ・-・)「ごめんなさい」

('、`*川「もうすぐねえ、花火をやるんですよ」

彼女は、意図して僕の謝罪をかわしているのだなと分かった。
スイカ割りはもう終わってしまったが、花火ならばまだ間に合う、と彼女は言った。

('、`*川「こういうのはね、余計なこと考えずにパーッとやるのが勝ちなんですよ」

(,, ・-・)「ごめんなさい」

('、`*川「シーンもたまには子供らしくしてみたっていいんだよ」

(,, ・-・)「ごめんなさい」

僕は、よほどガキそのものだった。ニュッや他の生徒より、よほど。
それを貴方は気付いているのか、気付いていないのか。
瞼が熱くなり、少しでも顔を俯けば、膝から崩れ落ちてしまいそうだった。


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83名無しさん:2020/10/11(日) 20:27:51 ID:lPGacmOg0
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ペニサス先生は僕の手を取って、海岸線へと歩き始めた。
咄嗟のことに面食らったが、僕は為されるがまま、黙ってその手を握り返した。
細くしなやかで、熱が通っていない、冷ややかな指先を掌で感じた。

('、`*川「なんか、さっきから大人しいね、いや、しおらしい?」

僕は、何も応えなかった。
この行為に、引率の先生として児童を誘導する、それ以上の何かがあるとは到底思えなかったが
少なくとも、僕にとっては大いなる意味付けをもたらすものであることは確かだった。

('、`*川「シーンの手、何でこんなに冷たいの」

(,, ・-・)「先生もです」

('、`*川「冷たい者同士か、なんか嫌だな、それ」

ペニサス先生はあくまでも平静で、必死に真顔を取り繕っている僕にしてみれば、癪だった。
彼女に擦り寄りたい、頭を撫でてもらいたい、頬に触れてもらいたい。
僕が今、どれだけ熱を持っているかが分かるだろう。
まるで抑えの効かない子犬のようだな、僕は顔を俯かせ、自嘲気味に笑った。



あまり派手な花火を選ぶ気になれず、海岸の隅の方で線香花火にライターで火を点け
か弱い火花をぼうっと眺めていた。
歪に生えた針葉樹のような火花が数十秒、それでお終い。また火を点けて、数十秒、またお終い。
線香花火の束から一本、また一本と抜き取る度に、夏が擦り減る音が聞こえる。


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84名無しさん:2020/10/11(日) 20:28:18 ID:lPGacmOg0
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大分ことが進んだな、僕は火花を眺めながら、今夏のことを思い出していた。
言葉を交わす頻度は間違い無く増えた。「シーン君」が「シーン」へと変わった。パーカーも貸した。
手も繋いだし、知らなくて良いことも知った。
反面、僕が理想とする行く末と言うものがあるとするならば、それはあまりにも遠いことを
嫌と言う程分からされてしまった日々だったとも、また思うのだった。

(,, ^ν^)「告白したか」

いつの間に、隣にはニュッが立っていた。彼は溢れんばかりの花火を両手に抱えていた。

(,, ・-・)「欲張りだね」

(,, ^ν^)「ちゃんと夕方まで待って、いいタイミングで好きですって言ったか」

何も応えなかった。
僕を見て、彼は何かを察したような顔をしたが、恐らくそれは一片も当たってはいなかった。

(,, ^ν^)「まあ、そういうこともあるから」

僕は、それでも良いと思った。

(,, ・-・)「ありがとう」

(,, ^ν^)「父ちゃんが、恋は線香花火みたいなもんだって言ってたから」

(,, ・-・)「ありがとう」

(,, ^ν^)「火が点いても点かなくても、どのみち最後には終わっちゃうもんだから」

あまり巧くない例えだった。
僕は、いつの間にか最後の一本になった線香花火を手に取った。





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85名無しさん:2020/10/11(日) 20:28:52 ID:lPGacmOg0
最後の花火に今年もなりましたか?

86名無しさん:2020/10/11(日) 20:30:05 ID:n.bJLEI20

何年たっても思い出してしまうな

87名無しさん:2020/10/12(月) 01:42:36 ID:xWWyiZ6E0
おつです
シーンみたいに、こんなにも心揺らすことが、今の自分にもできるんだろうか
花火なんてもう数年、見てすらいなかったんだな……

88名無しさん:2020/10/12(月) 23:05:37 ID:fel758Rs0
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残暑を以て抗っていた夏の残像も次第に消え失せ、日を置かずしてキンモクセイが街に香った。
僕とペニサス先生の間にこれと言った進展は無かったが
彼女が六時に上がる毎週水曜日は、何かと理由を付け、一緒に帰るようにしていた。

これまでの経過を遡って鑑みるに、ペニサス先生が僕の慕情に気付かないはずがなかった。
ただ、直接的にせよ間接的にせよ、彼女はデッドラインを超えることはおろか、触れようとするそぶりも見せず
元々が叶わぬ思いであると分かっていようが、僕は妙な歯痒さを覚えてしまうのだった。

仕方が無いと言われれば、その通りだった。
先生と生徒、成人と未成年、いっぱしの大人と無知な少年、おまけに、彼女にはギコ先生がいた。
僕はあくまでも彼女と「とりわけ仲が良い児童」くらいのもので、適当に面白おかしくあしらわれるべき存在であることは
流石に無視できなければ、受け入れずに突っぱねる道もまた、存在しなかった。

そのギコ先生が、いよいよ誰の目にも分かるくらい余裕を失っていた。
目は絶えず充血し、元々乱暴でざっくばらんなきらいがあった言動は、ますます粗野な面が剥き出しになっていった。
もう何日もまともに睡眠を取っていない。
彼は授業を終えた後、僕達が帰り支度をしている最中に、誰に語るまでも無く呟いた。

(,, ^ν^)「休めばいいのに」

ニュッが言うと、彼は不自然に口角を吊り上げ

(,, ゚Д゚)「ははは」

と笑うと、それきり何も言わず、カーテンの向こうへと消えて行った。


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89名無しさん:2020/10/12(月) 23:06:02 ID:fel758Rs0
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彼は、もう一つの勤め先である「トラックの会社」の仕事に追われていた。
この頃になると、周囲の断片的な情報をかき集めて、ギコ先生がどのような状況になっているのか、
子供の僕達にも薄々読めるようになっていた。

彼は学生時代、運送屋のアルバイトに精を出しており、
そこで世話になった先輩が独立する際に声をかけられたらしい。
共同で会社を立ち上げないか、と。


(,, ^ν^)「阿比谷運輸って名前らしいよ」


ある日、ニュッが僕に耳打ちした。
何故それを知ったのかと聞くと、ギコ先生のポケットから落ちかけていたキーホルダーに
その名前が彫られていた、と言った。

阿比谷運輸はグロキンから電車で三駅離れた、小さな町の片隅にあった。
駅を降りてしばらく歩くと、中小企業の煤けた町工場が小川沿いにずらりと立ち並ぶ通りに出て、その一角に構えていた。
入り口から見て、駐車場には幌付きの中型トラックが数台
奥のヤードには無造作に詰まれた段ボールの山、更にその奥に、事務所らしき建物があった。

僕達は息を殺し、塀の外から様子を伺った。
ほの暗いヤードに人影を見つけられぬまま十数分が過ぎたが、
やがて、カーキ色の作業服を羽織った若い男の二人組がやって来た。
そのうちの一人は、挙動と声からすぐにギコ先生だと分かった。


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90名無しさん:2020/10/12(月) 23:06:24 ID:fel758Rs0
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ギコ先生が、もう一人の若い男をどやしつけていた。
男は何段にも積まれた段ボールを両手で抱えながら、しきりに頭を下げていた。
ギコ先生は胸ポケットからタバコを取り出し、ライターで火を点け
激しく貧乏揺すりをしながら深く吸い込んだ。

どうもこれが最後の荷物のようで、男がヤードに最も近いトラックにそれを積むと
ギコ先生が助手席に、もう一人の若い男が運転席に座った。
トラックはけたたましいエンジン音を立てると急発進し、小川沿いの道に出ると、たちまちに見えなくなった。
どのような事情があるのかは知らないが、とにかく彼等は余裕が無く
終始焦っていることだけは僕にも分かった。


(,, ^ν^)「初めて見た、あんな先生」


ニュッは一言だけ呟き、それきり何も言わなかった。
帰りの道すがら、彼は今までに無く神妙な面持ちを見せていた。ショックだったのだろう、僕は思った。
僕にしてみればまったく意外な光景ではなかったが、ニュッはギコ先生に良く懐いていたし
何より彼の常に調子を崩さず飄々とした、あの雰囲気に憧れていたのだ。


僕がそれよりも気になっていたのは
ギコ先生の変化の煽りをペニサス先生がまともに食らってしまうのではないか、ということだった。
人間、余裕が無くなれば無くなるほど物に当たるだろう。
もし、ギコ先生があの痣を付けたのだとしたら、今頃は更に酷くなっているに決まっている、僕はそう考えていた。
ところが、ペニサス先生はギコ先生とは対照的に
いつもの捉えどころが無い彼女の偶像を崩してはくれなかった。



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91名無しさん:2020/10/12(月) 23:06:45 ID:fel758Rs0
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('、`*川「夏が終わったら秋が来るし、秋が終わったら冬が来るねえ」


彼女は時々、当たり前だろうということを澄ました顔で呟いた。


(,, ・-・)「冬が終わったら、春が来ますよ」


('、`*川「来るねえ!」


その日、何故だかペニサス先生は上機嫌だった。
川縁の道、路石の上で綱渡りの如く慎重に足を運ばせながら、春が好きなんだよ、と彼女は言った。


('、`*川「特に三月が好きなんですよ」


(,, ・-・)「何でですか」


('、`*川「何でなんだろう、寂しいから?」


寂しいから?
ペニサス先生は、こう続けた。四月は出逢いの月、三月は別れの月だと。
三寒四温を経て、雪解けの温さにだらだらと心地を委ねる間も無く、教え子は新たなる場所へと旅立って行く。


('、`*川「いつの間にか皆凛々しくなっちゃって、それ見てるとね、先生寂しくなっちゃう!」


(,, ・-・)「それなのに、好きなんですか?」



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92名無しさん:2020/10/12(月) 23:07:19 ID:fel758Rs0
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ペニサス先生は、くくくと笑った。


('、`*川「何だろうね。寂しいけど、嬉しかったりもするんだよ」


(,, ・-・)「寂しいのに、嬉しいんですか?」


しばし考えたが、いまいち腑に落ちる答えを導き出せなかった。
僕も彼女と同じくらいに年を取れば、いずれ分かるようになる心持ちなのだろうか。


('、`*川「うひゃあ!」


縁石から足を滑らせ、体勢を崩したペニサス先生がおかしな声を上げた。


('、`*川「シーンもそのうち、どんどん大人になっていくよ。なっていくけど、私はずっと幼稚園児」


(,, ・-・)「どういうことですか」


('、`*川「ペニサスちゃんは、ずっと幼稚園児!」


彼女は僕の顔を見て、けらけらと笑った。
これを他意の無い彼女の道化と素直に捉えるほど、僕は純粋な人間ではなかった。

交差点でいつものようにペニサス先生と別れ、家に着くまで少しの道すがら
何故だろうか、阿比谷運輸で見たギコ先生の横暴な振る舞いが思い出され、頭から離れなかった。
そして僕は、再びギコ先生の「家」に足を踏み入れる決意を固めた。



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93名無しさん:2020/10/12(月) 23:07:46 ID:fel758Rs0
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ニュッが僕達の不法侵入をうっかり漏らしてしまって以降、ギコ先生の施錠は
以前の比にならない程に厳重なものとなっていた。
その間、僕は部屋を出たふりをしてトイレに隠れる荒業を繰り出すことで一回だけ訪問に成功したが
彼は日に日に警戒を強めていたから、最早同じような方法は通用しないだろう、そう思った。

僕が取った戦略はあまりにも愚直なもので
ギコ先生が確実に出掛けているだろう時間を見計らってはあの部屋に足繁く通い、
彼がうっかり鍵をかけ忘れていないか確認する、ただそれだけだった。
それは我ながらあまりにも馬鹿げた行為だとは理解していたが、そうした冷笑を無理矢理に押さえ付けるは
僕のペニサス先生への偏執的な慕情でしかなかったのだ。

朝、放課後、晩、朝、放課後、晩、朝、放課後、晩、朝、放課後、晩
僕はドアノブを回し続けたが、律儀に施錠されたスモークガラスのドアはびくともせず
何十回とそれを繰り返していくうちに、流石に僕もそろそろ嫌気が差し始めた。

突然やって来たそれはいつだかの晩で、僕はいつものようにドアノブに手をかけた。
この頃になると、僕にとってこの行為は食前に手を合わせるとか、人に会ったら会釈をするとか
そういった原始的な人間の決まりごとと同義なのではないかと本気で思い込んですらおり
それを成したところで何か特別なことが発生する望みは、最早一片も持ち合わせていなかった。

するとドアノブは右に回り、呆気無くドアが開いた。
ギコ先生が、とうとう鍵をかけ忘れたのか。
僕は拍子抜けし、暫く部屋の中に入るまいか迷っていたが、やがて意を決した。
靴を脱ぎ、部屋に足を踏み入れ、いよいよ中央を仕切るカーテンを開けた。

僕はぎょっとした。煎餅蒲団の上に、誰かが横たわっていた。
暗がりの中でも、それがギコ先生ではないことは影の輪郭で分かった。


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94名無しさん:2020/10/12(月) 23:08:12 ID:fel758Rs0
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恐る恐る、忍び足で顔に回り込んだ。
それは静かに寝息を立てているかと思えば、時々、嗚咽のように細かく喉を震わせてもいた。
薄々分かっていたが、布団に横たわるは、ペニサス先生だった。
口を小さく開け、閉じられた両目は腫れぼったく、頬には細く涙の跡があった。
僕は彼女の前に膝を付き、彼女に聞かれないよう、小さな声で問うた。

(,, ・-・)「泣いてたんですか」

彼女が、僅かに喉を揺らした。

(,, ・-・)「何のせいで、何のせいで泣いてたんですか」

小さく息を吐いた。赤く腫れた右の瞼を、僅かに持ち上げた。
ペニサス先生が、僕を見た。気怠げな二つの眼で、彼女は何を思うか、何秒も、何十秒も僕を見ていた。
思わず、息が止まった。金縛りに遭ったように、その首を、目線を、逸らせなくなっていた。

('、`*川「シーン、か」

一言、彼女は呆けたように呟いた。驚きも慌てもせず、不自然なくらいに冷静だった。
何かを確認するようにシーン、シーン、と、僕の名前が何度か呟かれた後
膝を付いたまま硬直した僕の元に、白く、細い二本の腕が伸びてきたかと思えば
瞬きもつかぬ間、天地が歪みを以て反転し、温かく、確かな質感を持った何物かに、強く押し付けられた。

ペニサス先生の胸元に頬を埋めながら、僕は努めて冷静であろうとした。
ああ、僕は思いの外簡単に、ここまで来てしまったのかもしれない。もしもこれが、望んでいたものだとするならば。


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95名無しさん:2020/10/12(月) 23:09:04 ID:fel758Rs0
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彼女の白く細い、ややもすればこわれもののような腕からは想像もできない程に、力を持って絞められた。
夏の海、あれほど冷たかった彼女の掌は、今では電熱器のように鈍く火照りを放っていた。
うずくまるように丸められた僕からは、彼女がどのような面差しで僕に抱き着いていたかは知る由も無かったが
少なくとも、いつもの飄々とそよ風めいた笑みとは程遠いものだろうな、と思った。

それは数十秒か、数分か、それとも何十分かは知らないが、とにかく永遠の瞬間性を保ちながら続き
やがて彼女に強引に引き離された僕は、ここで初めて、ペニサス先生と正面切って向き合った。

整然と切り揃えられたセミロング、毛先の一本一本までが、驚くほど精密に見えた。
着ている白いニットの首元はだらしなく伸び切り、そこから覗かせた右の肩先が、息を吐く度に上下に動いた。
湿りを帯びた睫毛が、瞬きする度にしなりを帯びて揺れた。

息を飲んだ。僕はこの人を前にして、何を為す術も無かった。
シーン、彼女はもう一度、僕の名を呼んだ。彼女はもう、寝ぼけてはいないようだった。

('、`*川「目、閉じて」

言われるがままに、目を閉じることだけに腐心した。僕には、それだけで精一杯だった。
僕の口元に、強く熱を持ったもう一つの口元が重なり合い、高い湿度のままに右から左に走り抜けた。
もう、何も考えられなくなった。
張りぼての平静は脆くも崩れ、その時の僕は多分、生まれて以来の情けない顔をしていた。
傑作だな。それでも僕はどこかで、俯瞰的な僕をどこかに見出そうとしていた。

それにしても、赤の他人の舌が僕の奥歯から奥歯へといたずらにうろつき回り
時には僕の舌と挨拶を交わすなり、たまには互いに組み交わしあうなり
ただそれだけのことで、僕は何故、風邪をこじらせたように頭は激しい熱に浮かされ
目の焦点は合わなくなり、心臓はタガが外れたポンプのように脈打ち、焦らされ、悶えの中で喘ぐのか。

打ちのめされるような灼熱を前に、僕はいつしか、涙を止められなくなっていた。
何が由来の涙なのかは、僕の身体のみが知ることだった。
これもまた人の営みの一つだとするのなら、人間とは中々罪深いものだな。
僕は相変わらず、どこかで冷笑的であろうとしたが、これ以上保険をかけたとしても、無駄なことだった。


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96名無しさん:2020/10/12(月) 23:09:38 ID:fel758Rs0
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煎餅布団の上で身体を丸め、嗚咽を止めよう、何とかして止めようと、必死で息を殺していた。
ごめんね、と声が聞こえた。
僕はその時恐らく、謝らないでください、といったような言葉を呟いたはずだった。

ペニサス先生が傍に横たわり、僕の頭を、そっと撫でた。
ごめんね、と言った。
先生も、私も、もう、どうすれば良いのか分からなくなってしまった、と。

あの人のことは応援しているし、ニヒルでぞんざいで乱暴な面もあるけれど誠実な人だし
私に居場所をくれた大切な人だったけれど
何をどうすれば、彼がいつかの穏やかさを取り戻してくれるのか、もう、分からなくなってしまった、と。

ここまで話して、ペニサス先生が寝返りを打つと、乱れたニットが布団と擦り合ってめくれ上がり
彼女の、剥き身の背中が露わになった。
無数の斑点を散らしたような、赤、紫、青、紫、青、青、赤、紫。
僕があの日スケッチブックで見た、細く小さな、あまりにも哀れな影。

思わず、その背中に手を触れた。背骨の遠く向こうから、微々たる脈動が聞こえた。
僕は、とうとう嗚咽を抑えることができなかった。
ごめんなさいと言った。ごめんなさいと言った。何度もごめんなさいと言った。

ペニサス先生は、しゃくり上げる僕に小さく微笑みかけ
分かったでしょ、と、息交じりの声で囁いた。
僕はこの時、初めてこの人を好きになってしまったことを、少しだけ後悔した。






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97名無しさん:2020/10/12(月) 23:10:52 ID:fel758Rs0
What a Long Great Trip It’s Been..

98名無しさん:2020/10/13(火) 00:45:27 ID:Ma7wC19Q0
連日乙です
「幼稚園児」と聞いて、彼女がいつか就活する気にならなかったって話を思い出した
今回は大人の、どうしようもなくダメなところを見せつけられたかな

99名無しさん:2020/10/13(火) 01:00:47 ID:4/fIqH7k0
乙です!
思春期の何も知らないシーンと不安定になっている
大人のぺにサスのやり取りが本格的に踏み込んできてハラハラする…
続きを楽しみにしてます!

100名無しさん:2020/10/13(火) 03:20:49 ID:nzQwPTvg0
おもろいわね

101名無しさん:2020/10/13(火) 11:32:07 ID:2OSfWumA0
乙です
続きが気になる…

102名無しさん:2020/10/13(火) 22:56:11 ID:waJ9A10.0
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しらじらと日は過ぎ去った。
紅葉を木枯らしが散らし、青空はぐんと高くなり、僕達はコートを引っ張り出した。
秋が終われば冬が来るねえと、いつか彼女は言ったが
四季の移り変わりとはかくも律儀なものかと、僕は思った。

あの一件以降、特に大きく何かが変わった、というわけではなかった。
僕は相変わらず涼しい顔を装ってグロキンに通い続けていたし
ペニサス先生もまた人前では、持ち前のあっけらかんとした気立てを崩すことはなかった。
そうした意味では、僕も彼女も強情で見栄っ張りだった。

僕達は影に隠れ、何度もあの日と同じことを繰り返した。
その間の彼女は、僕が憧れ慕い続けていた「ペニサス先生」とは似て非なる何かだった。
固く抱き付かれ、口元を重ね合わせる度に
僕はより無邪気で、ヒステリックで、幼稚な彼女を畏怖しながらも、哀れみを以て覗かずにはいられなかった。
何より、僕には背中の痣を知ってしまった後ろめたさもあった。

なんて可哀想なペニサスさん。
思い人には好きなように傷つけられ、ないがしろにされ
甘えを見出だせる場所があるとするならば、僕の口の中か。

僕の舌を絡め取らんと躍起なペニサスさんの目はどこまでも虚ろで
ドア上の非常口を示す光だけが瞳の中で反射し、ぼうっと緑色に浮いていた。
僕はそれを見る度に、何とか自分だけは正気であろうと耐え続けたが
彼女の荒く高まった息遣いの前には無力だった。

事が終わる度に、僕の顔は熱と涙で惨憺たるものとなったが
彼女はそれを見て乾いた笑みを浮かべ、そっと互いの頬を重ねた。

それが大体のあらましだった。



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103名無しさん:2020/10/13(火) 22:56:32 ID:waJ9A10.0
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いよいよギコ先生はグロキンに姿を見せないようになった。
ペニサス先生が事の最中に断片的に語る情報を継ぎ接ぎして並べるに
あの会社が傾き、にっちもさっちも行かなくなっているようだった。


(,, ^ν^)「ギコ先生、元気かなあ」


時折、思い出したようにニュッが言った。
その言葉を聞いて思い浮かぶは、あの日、会社のヤードで後輩と思われしき男を
どやし、なじる、切羽詰まった男の姿。
ペニサスさんを弄び、追い詰め、弱らせ、痣を付けた男。


(,, ・-・)「元気でいてほしいよね」


(,, ^ν^)「おっ、恋のライバルに余裕だな」


ニュッは僕の右肩を軽く小突き
僕はどう反応すれば良いか分からず、控え目に笑ってみせた。

あながち、嘘ではなかった。
彼に余裕が無くなれば無くなるほどに、皺寄せが来るはペニサスさんだった。
そうして彼女が打ちのめされる度に、僕の口元に舌がねじ込まれた。
彼には、どこか僕達が知らない場所で、適当に元気でいてくれれば、それに越したことは無かった。



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104名無しさん:2020/10/13(火) 22:56:57 ID:waJ9A10.0
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この頃になると、僕は誰を憎み、誰を許せば良いかも分からなくなっていた。
僕のギコ先生に対する感情は単なる憎悪や敵愾心とは片付けられないものだったし
ペニサスさんにしても、純な慈しみとはまた違った濁りを抱えつつあった。

ペニサスさんに抱き付かれる度、僕はどこかで何かを間違えたような気がしてならなかった。
確かに僕達は最早先生と教え子の関係をとうに逸脱していたし
それは僕が望んでいたものと概ね似通った方向性を備えていたが
それでも、何かしらがどこかしらで完全に食い違っているような気がしてならなかった。

ただ、僕は思考の奥底で満更でも無い心を捨てきれずにいた。
彼女の胸元へ乱暴に抱擁される度、口づけを交わす度に
何もかもがとろけるような熱の中でへらへらと浮かれ上がる僕がいた。
それを前にしてしまえば、あらゆる疑念も哀れみも、どうでも良くなってしまった。
やましさに媚び諂いながらも飛び込む快楽の甘美さたるや
如何程かも形容し難いものだった。

なんて可哀想な男、可哀想な女、可哀想な少年。



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105名無しさん:2020/10/13(火) 22:58:02 ID:waJ9A10.0
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灯りも付けず、綿が潰れた布団に二人、寝転んでいた。
夜風が吹き、窓の隙間を刺々しい冷気がすり抜けた。


('、`*川「ん」


ペニサスさんが、被っている掛け布団に僕も入るよう手招きをした。
言われるがままに彼女の懐に入ると、こそばゆい温もりに、妙な焦れったさを覚えた。

それから暫く、ペニサスさんは僕の顔を静かに見つめていたが
やがて反動をつけて上半身を起こすと
部屋の隅に転がっていたスケッチブックを手に取り、表紙を捲った。


('、`*川「見たことあるんでしょ、これ」


僕が黙って頷くと、彼女は含み笑いを浮かべ
次の頁、また次の頁と、ぱらぱらと捲って行った。

それを見て、僕は思い出した。僕が初めて見た貴方は、このスケッチブックの中だった。
僕はギコ先生のレンズ越しに、初めて貴方を拝んだのだった。


('、`*川「うまいよね」


もう一回、頷いた。
彼が描くスケッチは迷い線が少なく、切れ良く整っており
その表情、ポーズ、アングル、どれを切ろうが、悔しいほどに魅惑的だった。



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106名無しさん:2020/10/13(火) 22:58:33 ID:waJ9A10.0
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('、`*川「美大でね、ちゃんと絵を描く仕事に就こうって、頑張ってたんだって」


よくある話だった。
高校生までは誰よりも絵が巧いと思っていた。世界一、絵が巧いと思っていた。
美大に入り、井の中の蛙という言葉の意味を初めて知った。
周囲の秀才達に追い付け追い越せと無茶をするうちに、そのうち、心が先に折れてしまった。

失意のまま大学を中退し
運送屋でアルバイトに明け暮れるうち、姉が作った英語塾に拾われた。
それでも絵を描くことそのものは捨てきれず
空いた時間を使ってはスケッチブックにラフを残すことで満足する日々を続けていた。

分かり易い若者の思い上がり。
分かり易い若者の挫折。
分かり易い若者の妥協。


('、`*川「人を描くのが好きなんですよって言ってた。それで冗談で、モデルになってあげますよって言ったら、本気にされちゃった」


(,, ・-・)「よく『モデルになってあげますよ』なんて平気で言えますね」

('、`*川「見てくれにだけはそこそこ自信があったんですよ」

私くらいになると、こんなに小さな子だって釣れる。僕は、額を彼女の人差し指で小突かれた。
果たしてどこまでが本気の言葉かは分からないが、こうも言い切られてしまうと、返す言葉が無かった。

(,, ・-・)「ずるいです」

僕は悔し紛れに言った。ずるい。


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107名無しさん:2020/10/13(火) 22:59:09 ID:waJ9A10.0
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こうして、ギコ先生のスケッチブックには、ペニサスさんのラフ画が並び始めた。
ここまで来ると、二人が恋仲となるまで、それほど時間は掛からなかった。

なんだろうね、とにかくうまく行かなかったね、彼女は言った。

('、`*川「おんなじような二人だったから、逆に駄目だったのかもね」

ペニサスさんが、頁を捲る手を止めた。
描かれているは、あの背中。痣だらけの、誰かの細い背中。

半端にくじけた二人。
何を成し得ることも無く、何を覚悟することも無く、いたずらに日々を重ね
子供じみた稚拙な感情は地続きのまま、いつしか身体だけはいっぱしの大人、二人。

('、`*川「これ、痛いんだ。絵筆の逆の方でね、思いっきり、背中を突かれる」

彼女は絵筆を取り、僕に投げて寄こした。僕は柄の先端を、指でなぞった。
硬く、軽い木製の絵筆。
悪意を持って突き刺せば、鋭い痛みを与えるに違いなかった。

(,, ・-・)「こんなもので、あの人は先生を殴ってたんですか」

('、`*川「そうね。酷いよね」

絵筆の毛先は整然と揃っており、普段はギコ先生によって几帳面に整備されていたのだろうか。
よもや君も、人を殴るために使われるとは思ってもいなかっただろう、僕は馬鹿正直に哀れんだ。

毛先を撫でているうちに、あることを思い浮かんだ。
僕はペニサスさんの背後に忍び寄り、彼女のうなじを、筆先でそっとつついた。


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108名無しさん:2020/10/13(火) 22:59:38 ID:waJ9A10.0
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('、`*川「ひゃっ?」

素っ頓狂な声が上がった。
してやったりだった。僕はほくそ笑み、そのまま横に回り込んで
彼女の首元の右から左を、絵筆で撫でつけた。

('、`*川「やめっ、やめやめやめ、やめっ!」

僕の所為で、ここまで動揺しているペニサスさんは初めてだった。しかも、ここまで原始的な方法で。
何故か、胸がすくような気がした。彼女が顔を赤くすればするほどに僕は躍起になってしまい
それから随分と長いこと、彼女を絵筆でくすぐり続けた。
彼女は煎餅布団の上で必死にもがいていたが、やがて力尽きたか
身体を横たえ、荒く息を吐きながら、やられた、やられたと繰り返し独り言ちていた。

(,, ・-・)「どうでしたか」

僕が聞くと、ペニサスさんの白い腕が僕の背中に伸び、途端に彼女の胸元へと引き寄せられた。
耳元から、四つ打ちのリズムマシンのような激しい脈動が聞こえた。尚も続く荒い息遣いが、僕の頭を掠めた。
お前のせいで私はこうだ、とでも言いたいようだった。

('、`*川「いや……シーンは最高に悪い子だね」

頬を撫でられ、僕はやはり、黙って頷いた。
もう、貴方にギコ先生は必要無い。
僕ならば、奴よりもほんの少しばかり絵筆を上手に使えるだろう、本気で思っていた。

夜風は止まず、時折、ドアが音を立てて揺れた。
まるで、誰かが小刻みにノックを繰り返しているようでもあった。






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109名無しさん:2020/10/13(火) 23:00:03 ID:waJ9A10.0
多分明日はお休みします、また明後日

110名無しさん:2020/10/13(火) 23:13:56 ID:gSlQ3lHY0
三夜連続乙

111名無しさん:2020/10/13(火) 23:40:57 ID:Esi76Q2g0
投下乙です
自分の痣の描かれたスケッチブックをめくる、実に退廃的です
もうなんというかグズグズですね。
>こんなに小さな子だって釣れる
いけませんね…これあいけませんよ(もっとやれ)

112名無しさん:2020/10/14(水) 02:15:09 ID:3kvmD8lI0
乙です
ペニサスさん、唯一の快楽で空虚感を慰めてるように見えるよ。シーンへの愛情がどれほどあるのか
筆の柔らかい方で、ただ撫でるんじゃなくて、おやと思った

113名無しさん:2020/10/18(日) 20:43:51 ID:8SELjMO60
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クリスマスパーティーが近かった。

僕がグロキンに入る前、ニュッは僕への誘い文句として
グロキンにはクリスマスパーティーがある
事前に作ったお菓子の家を、当日に皆で壊して食べるのだ、と言った。

何もお菓子の家を壊しにグロキンに入ったわけではないのだが、
何故か僕は、そのことを思い出していた。

(,, ^ν^)「本当に作ってるよ、一から作ってる」

ニュッが言った。


(,, ^ν^)「あと、何か色々食べる、ケーキも食べるし。英語のよく分かんない歌も歌うけど、めんどいのはそれだけだから」

彼にとってのクリスマスパーティーは、己の食欲を体良く満たしてくれる場に過ぎなかった。
彼にあまり食べ過ぎるなよとだけ言い、僕は僕で、まったく別のことを考えていた。

明くる日、ペニサスさんと川沿いを歩いて帰った。
気温は日に日に下がり、岸辺のすすきは黄金色を帯びて萎びた。
向かい風に煽られる度に手がかじかみ、堪らなかった。

('、`*川「家を作るよお」

と、ペニサスさんは言った。
曰くそのお菓子の家は本格的なもので、有り合わせのパーツを調達して組み上げるものではなく
例えば壁に使うクッキーは、生地をこねて焼く段階から始めるらしかった。


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114名無しさん:2020/10/18(日) 20:44:11 ID:8SELjMO60
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('、`*川「先生が何人か集まって作るからね、めっちゃ大掛かりですよ」

(,, ・-・)「先生はどの部分を作るんですか」

ペニサスさんはしばし考え込み

('、`*川「なんだろう、屋根かなあ。去年も屋根だったし」

相応の量のクッキーを焼き、それを階段状に重ねて
砂糖とクリーム、チョコレート諸々でコーティングし、屋根に仕立て上げていくと言った。
話を聞いただけでも、気が遠くなりそうな作業だった。

(,, ・-・)「出来るんですか」

('、`*川「不器用だと思ってる?」

ペニサスさんは僕を睨み付けた。
その通り、僕は彼女に器用な印象はまったく抱いていなかった。

(,, ・-・)「あんまり料理とか細かいこととか、やってるイメージが無くて」

彼女は眉をひそめた。

('、`*川「意外と手先は器用なんですよ、向こうでもカフェで働いてたし」

シーンが知らないだけだ、と彼女は言った。
私の作る屋根と言ったらそれはもう綺麗で、壊すのが勿体無いくらいの出来になる、とも。


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115名無しさん:2020/10/18(日) 20:44:46 ID:8SELjMO60
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僕は楽しみにしておきますとだけ返し、話題を移した。

(,, ・-・)「プレゼント交換って、ありますけど」

何を贈れば、喜ばれると思いますか。
ペニサスさんが、個人的に思っている物で構わないので。僕は、そう尋ねた。

('、`*川「私の個人的な話だと意味無いんじゃない?」

彼女の言葉はまったくもってその通りだった。
その通りだったが、察してほしかった。

(,, ・-・)「それでもいいんで、何か欲しいものとか、貰って嬉しいものとか……」

彼女はその言葉を受け、しばらく考え込むしぐさを見せたが
やがて呟いた応えは突拍子も無いものだった。

('、`*川「そりゃもう、無償の愛をあるだけ」

(,, ・-・)「はあ?」

僕は面食らった。少なくとも、僕に放つような性質の冗談ではなかった。

('、`*川「大人は愛に餓えてます、先生も例外じゃなく餓えてます!もしも貰えるなら絶対に減らない愛情をあるだけ」

(,, ・-・)「分かりました、分かりました」


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116名無しさん:2020/10/18(日) 20:45:19 ID:8SELjMO60
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慌てて遮ると、ペニサスさんは僕に背を向け
擬音には表せないような、何とも奇異な声を上げて笑った。

('、`*川「何を分かったんだよお」

(,, ・-・)「いや、ほら、あの」

('、`*川「何を分かったんだよお!」

あからさまな悪乗りにしどろもどろになる僕を見て
彼女はまた笑い、僕の頭を乱雑にかき回した。

('、`*川「ああ、可愛いシーン、シーン愛してるよ、よしよしよし」

変に上ずった、あからさまに作られた猫なで声だった。
僕は随分と長いこと撹乱されながら、何かがあったな、と思った。

彼女は大変脆い人間だったが、この頃にもなると直接的では無いにせよ僕にその仕草を隠さなくなってきており
それを僕が由として受け入れるべきかもまた、何とも言えないところだった。



その日は久々にギコ先生が教鞭を執っていた。授業が終わり、皆がめいめい部屋を出る頃
僕はギコ先生に呼び止められた。

(,, ゚Д゚)「よお、ちょっといいか」

彼は僕にそう呼びかけると、部屋の中央を仕切るカーテンを持ち上げ、親指をその向こうに差した。
どうやら、正式に彼の「家」に客人として招待されたようだった。


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117名無しさん:2020/10/18(日) 20:46:06 ID:8SELjMO60
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僕は狼狽しつつもカーテンをくぐり、差し出された染みだらけの座布団に座ったが
この座布団と言い、あれから僕とペニサスさんが何度も一緒に横たわった薄っぺらの煎餅布団と言い
この空間を占める全てが全て、ギコ先生の生活の下にあることを今更ながら改めて認識してしまうと
些か、ぞっとしないでもなかった。

彼は布団を挟んで向かいに腰を下ろすと、おもむろにタバコを胸ポケットから一本取り出し、火を点けた。
ライターを持つ手が僅かに震え、炎が左右に揺らめいていた。

(,, ゚Д゚)「煙いか、悪いな」

壁の上方で、埃をまとった換気扇がからからと頼り無く回っていた。
ギコ先生が僕から顔を背け、深く息を吸い込み、吐き出すと
煙がのたのたと上昇し、換気扇へと吸い込まれるように消えて行った。

ギコ先生が次に放つ言葉で大体が分かるだろう、僕は思っていたし、その時を待っていた。
吸い殻を灰皿にきつく押し当て、漸く彼は口を開いた。

(,, ゚Д゚)「この部屋には、大分慣れたか」

(,, ・-・)「は?」

思わず、声が出てしまった。

(,, ゚Д゚)「お前、あいつにいいようにされてんだろ、ここで」

(,, ・-・)「あいつって、誰ですか」

問い返すだけで、精一杯だった。
無味乾燥に据わった彼の両眼が、僕を真芯で捕えていた。


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118名無しさん:2020/10/18(日) 20:46:30 ID:8SELjMO60
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(,, ゚Д゚)「そりゃ、ペニサスだろうよ」

僕はいよいよ彼を直視できなくなり、下を向いてカーペットに溜まった埃を眺めるしかなかった。
彼は全部知っていた。僕と彼女のしょうもない茶番は、全て筒抜けだったのだ。
ペニサスさんが、全てをこの男に白状したのだろうか。余計な疑念まで、いたずらに思い浮かんでしまった。

(,, ゚Д゚)「いや、大体分かるよ。隠してるつもりでも、大体分かる」

だから顔を上げろ、と彼は言った。俺はお前を叱るつもりは無い、と。
僕は、頑なに顔を上げなかった。ギコ先生に顔が立たないとか、そういった律儀な理由では無かった。
とにかく、僕の独りよがりな失望、幻滅と言うのか、ただそれだけの我儘が故だった。

(,, ゚Д゚)「違うんだよ、俺はお前を詰めたいんじゃなくて、確認したいだけなんだよな」

再び、ライターを擦る音が聞こえた。

(,, ゚Д゚)「お前さ、ペニサス先生のこと、好きなのか」

僕は下を向いたまま、幾分迷った末、小さく頷いた。
頷かなければ、僕が好きだったペニサスさんも
それを好きだった僕自身をも否定するような気になってしまい、どうにも癪だった。

ギコ先生は、へえ、とだけ呟き、こう言った。

(,, ゚Д゚)「じゃあ、俺のことは嫌いか?」


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119名無しさん:2020/10/18(日) 20:47:02 ID:8SELjMO60
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ここで僕は漸く顔を上げたが、この質問に返す術はどうにも見当たらなかった。
ギコ先生は相変わらず僕だけを一点に見つめており
僕が頷きも、首を振りもせずに固まっていると、少しだけタバコの火先に目を移し、ため息混じりに笑った。

(,, ゚Д゚)「まあ、それが答えみたいなもんだろ」

彼はタバコを咥えながら立ち上がり、家まで送ると言った。
部屋を出て階段を下りると、ビルの向かいの有料駐車場に小型のトラックが停まっていた。
それを見て、思い出した。阿比谷運輸の駐車場に停まっていた、幌付きのトラック。
目の前に停まっているは、そのうちの一台だった。

(,, ゚Д゚)「送ってやるよ、どっち方面だ」

僕が応える前にギコ先生は運転席に乗り込み、窓越しに腕を振り、僕に「早く乗れ」と合図を送ってきた。
トラックの助手席は、子供の僕には随分と高い位置にあるように見え、苦労してよじ登った。
僕がシートベルトを着けない内に彼はサイドブレーキを乱暴に引き、トラックは急発進して道路に出た。

(,, ゚Д゚)「どっちだ? 川沿いか、そんで適当なところで左曲がりゃいいんだな」

(,, ・-・)「まだ、何も説明してないです」

(,, ゚Д゚)「うるせえ、どうせそこら辺だったろ」

僕は何も言わず、彼がハンドルを切る方向に身を任せることにした。
冬の黄昏時、河川敷の沿道に街灯は少なく、トラックのフロントミラーが路肩の枯れすすきばかり照らし
車内の居た堪れない空気と相俟って、何とも言えない寒々しさを覚えた。


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120名無しさん:2020/10/18(日) 20:47:40 ID:8SELjMO60
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(,, ゚Д゚)「会社、清算しようと思ってんだよ」

出し抜けに、ギコ先生が呟いた。突然の一言に、僕は狼狽した。

(,, ・-・)「は?」

今日で二回目だ。

(,, ゚Д゚)「清算……分かんねえか、会社、終わらせようと思ってんだよ」

話を持ち出した理由が分からなかった。それを僕が聞いて、どうしろと言うのか。
僕の動揺をよそに、彼は話を続けた。

(,, ゚Д゚)「正直、もう厳しかった。ぶっ潰れる前に、自分らで終わらせるよ。次の春くらいには」

それを、あいつに話したんだ。そしたら、俺が思った以上に激しい反応をされた、驚いた。
声を上げて泣かれたし、随分とあること無いことも言われて
どう反応すれば良いのか分からなかったから、ずっとあいつを黙って眺めるくらいしか、できなかったよ。

(,, ゚Д゚)「なあ、お前さ、あいつのこと、好きか?」

僕はもう一度頷けば良いのだろうか、何を以てすれば、彼の眼鏡に適う答えとなるのだろうか。

(,, ゚Д゚)「おい」

僕は何も応えず、フロントライトの先の宵闇をただただ見つめていた。
両眼にうっすらと涙が溜まり、光の粒がぼやけ
何を僕は悲しんでいるのだろうと思うと少しだけおかしくなり、ギコ先生から顔を背け、僅かに笑った。






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121名無しさん:2020/10/18(日) 20:48:50 ID:8SELjMO60
配信遅くなってすみません、今日のマーチです

122名無しさん:2020/10/18(日) 21:07:46 ID:i00V.iyQ0
おつ
シーンの心情が痛くて読むのがつらいしニュッくんはかわいい

123名無しさん:2020/10/19(月) 00:38:19 ID:tPHP/daY0
投下乙です
やはり見て見ぬふりだったのか

124名無しさん:2020/10/19(月) 03:58:27 ID:fmtAqAxo0
シーン……かわいいししんどい……

125名無しさん:2020/10/19(月) 23:37:24 ID:tIU3hxdE0
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ペニサスさんに渡すプレゼントを考えあぐねて、一週間が過ぎた。

クリスマスパーティーの日まで数える程しか無く、僕は少しばかり焦っていた。
その数日間は通常のカリキュラムが中止され
代わりにパーティー用の飾りの仕込みや歌、踊りの練習に費やされた。

僕達はある程度懸命に向こうの国の讃美歌を覚えたが
それらがどういう意味を持っているかを細かに説明されたところで理解できるわけも無く
僕もニュッも、それらしく聞こえるようなフレーズを
音程に合わせてひたすらになぞるだけだった。


「ほら、めんどいんだよ」


ニュッが吐き捨てるように言ったが
彼にとっては、これも全て御馳走とお菓子の家の為だった。

またある時はパーティーの会場となる一階の託児所に集まり
ツリーを建て、リースを飾り付けた。
脚立に上りリースを壁に取り付けていると、部屋奥にあるキッチンの様子が見えた。

ペニサス先生が、お菓子の家の屋根を作っているようだった。
手を動かしつつ、彼女を見ていた。
オーブンから取り出したクッキーは所々が焦げており、それを見た彼女は頭を掻きむしった。
曲げた肘がオーブンで熱されたプレートに当たり
熱さに跳び跳ね、後頭部を冷蔵庫にしたたかに打ちつけた。
僕は何も見なかったことにし、リースの取り付けに目を戻した。



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126名無しさん:2020/10/19(月) 23:38:27 ID:tIU3hxdE0
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('、`*川「中々うまく出来たよお」


帰り道、ペニサスさんは僕に言ったが
僕は余計なことは言わずに、少しだけ笑って返した。

小川の河川敷、寒風が強く吹く夕べだった。
この数日で気温は瞬く間に下がり、木々は葉を落とし、初霜は降り
町は一気に冬の装いを見せた。

彼女は白い息を手袋越しの掌にあてると
マフラーを風にたなびかせては、寒いねえと一言呟き、僕に笑いかけた。


('、`*川「こうやって、マフラーを下にへたらせないようにたなびかせ続けたら勝ちね」


(,, ・-・)「それ、僕に言ってるんですか」


('、`*川「シーン、やってくれないの」


渋々、彼女のゲームに付き合うことにした。
川沿いの遊歩道、「河口から15km」の立て看板を起点に、ヨーイドン。

これが中々難儀で、無作為に吹き付ける向かい風を目ざとく見つけ
手際良く肩を乗せ続けなければ、マフラーはすぐに垂直に落ちてしまうのだった。
あれこれと苦戦している僕とは対照的に
ペニサスさんは何故だろうか、やたらめったらとそれが巧みだった。


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127名無しさん:2020/10/19(月) 23:39:12 ID:tIU3hxdE0
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数分程経ち、どう足掻いても勝てそうにないと思った僕が音を上げた。
乱れたマフラーを巻き直す僕を横目に
彼女は子供のように、無邪気に両手を挙げて喜んでいた。


('、`*川「私の勝ちね! 私は勝ち、シーンは負け、私の勝ち!」


ただ、これを無邪気と形容するには
少しばかり意味を持ち過ぎているような気もした。


(,, ・-・)「そんな何回も言わなくても」


('、`*川「負けたシーンは残念賞です、景品をやろう」


そう言うと、彼女はおもむろに着ていた紺色のダッフルコートを脱いで
僕の両袖にそれを通し、ボタンを留めた。

僕はぎょっとしてそれを見たが、僕の上背にはやや大きく
袖が指の付け根にかかるくらいには余っていた。
まだペニサスさんの体温が仄かに残っており、僕は途端に気恥ずかしくなった。


('、`*川「いいじゃんね、来年にはジャストサイズになるよ」


ペニサスさんが言った。
僕は頬の火照りを彼女に見つけられないよう、顔を俯かせ、言った。


(,, ・-・)「ぬくいです」


('、`*川「私と同じこと言ってるじゃん」



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128名無しさん:2020/10/19(月) 23:39:38 ID:tIU3hxdE0
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メリークリスマス、と彼女は言い、ピースサインを僕によこした。
ペニサスさんが、僕に似合いそうだと衝動的に買ったコートらしかった。
しっとりとしたメルトンの生地で、肌触りが心地良かった。

僕は何故だか逃げ出したい気分になってしまい、蚊の鳴くような声で一言
ありがとうございますとだけ言い、それ以上何も口に出せなくなってしまった。
勝っても負けても渡すつもりだったんですねとか
その手の憎まれ口など、到底叩ける気にもなれなかった。


('、`*川「パーカー貸してくれたからね、随分と上等なお礼でしょ」


俯いたまま、小さく頷くだけで精一杯だった。
そんな僕を、彼女はしばらくの間、黙って見つめているようだった。
その顔は、恐らく微笑んでいたはずだった。微笑んでいたに違いなかった。

('、`*川「気に入ってくれた?」

また、小さく頷いた。とても顔向けできなかった。
恐らく、とんでもなく締まり無くふわふわとした顔をしていたはずだった。
しどろもどろになる僕に追い打ちをかけるように、彼女は僕の右手を取り、歩き始めた。
互いに手袋越しだったが、ある意味で僕にとっては幸いだった。

ここで僕はようやく顔を上げて、ペニサスさんを見た。
少しだけ顔を上げ、河川敷の先を見据えた彼女の表情は、いつか見た
スケッチブックの中の彼女そのものだった。


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129名無しさん:2020/10/19(月) 23:40:24 ID:tIU3hxdE0
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僕は彼女の横顔に見惚れながら、ぼんやりと思い出していた。
あのスケッチブックを初めて眺めた日のこと、パーカーを貸した日のこと
海岸線で初めて手を繋いだ日のこと――
まるで僕達の間にやましいこと、後ろめたいことなど初めから無かったかのように
極端に全てが偶像化され、やたらと輝いて僕を話さなかった。

僕はやはり、この人が好きだったな、唐突に思い出したのだった。
だからこそ彼女には、利己的でも、ましてや自慰的でもない
慈恵に満ちた愛で僕を包んでほしかった。
僕は大層我儘な人間だったし、実際に僕達が辿った場所はそれとは大分ずれてしまったが
それでも、そうした勘違いを平然と繰り返せるくらいの物事を積み重ねてきたのだ。

今日もまた一つ、勘違いが増えて行く。まあ、それも悪くないか。

(,, ・-・)「大好きです」

('、`*川「でしょ? やっぱり私のセンスだからね」

彼女は分かっていながら、平然とそのように返してきた。それで良いと、僕は思った。
僕はそれ以上、後に続く言葉を見つけようとはしなかった。

いつもは十数分で帰路に就く道のりだったが
その日の僕達は手を繋ぎながら、随分と長い間河川敷を歩いたような気がした。
やけに風荒ぶ、冬の宵だった。


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130名無しさん:2020/10/19(月) 23:41:33 ID:tIU3hxdE0
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その日がペニサスさんの最終出勤日だと僕が知ったのは
あろうことかクリスマスパーティーの当日だった。

誰が言い出したか、あるいはペニサスさんの余計なお節介から来るものかは知らないが
周りの人間は、彼女がグロキンを辞めることをある程度は知っており
僕にそれを勘付かれないよう、何かと計らっていたらしい。

(,, ^ν^)「だってさ、先生いなくなるって知ったらシーン、絶対必死に止めるだろ」

とは、ニュッの言い分だった。

(,, ^ν^)「だから、俺も皆も協力して、シーンには知らせないようにしようって、あいつの為だって」

(,, ・-・)「『あいつの為』ってのは、誰が?」

ニュッは一瞬だけ僕から目を逸らすと、その目線を崩さず、こう言った。

(,, ^ν^)「ギコ先生が、あいつはペニサス先生と仲が良過ぎるから、しょうがないって」

そうだろうな、と思った。僕は特に驚きもしなかった。

(,, ^ν^)「怒ってない?」

(,, ・-・)「怒ってないよ」

(,, ^ν^)「嘘だ。めっちゃ怒ってんじゃん」

僕は、彼に少しだけ笑ってみせた。
それを受けた彼は、ばつの悪そうな笑顔を僕に向けると、再び目を逸らした。
本当だよ、僕は君を怒りはしない。僕は目で応えたつもりだった。


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131名無しさん:2020/10/19(月) 23:42:13 ID:tIU3hxdE0
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その日、僕は讃美歌を意味も分からず歌い、しっちゃかめっちゃかな踊りを披露し
御馳走に少しだけ手を付け、ケーキの切れ端を食べ
お菓子の家が運ばれてくると、チョコレートとクリームで丁寧にコーティングされた屋根の部分だけを皿によそい
それをフォークで細かく割り、スプーンで長い時間をかけて磨り潰した。
ひたすらに磨り潰した。
チョコレートが溶け、割れたクッキーと合わさって汚らしい泥団子のようになるまで、執拗に磨り潰した。

ニュッがやって来て

(,, ^ν^)「こんなに磨り潰したらおいしく食べられないじゃん」

と笑い飛ばしたが、彼の顔は本心を隠し切れずに引き攣っていたし
僕も、それに応えるつもりは無かった。

いよいよ泥団子も擦り切れ、乾いた土くれへとなり果てると、僕は皿をテーブルに置き
部屋の隅に片されていたボールプールに飛び込み、顔だけ外に出しながら
パーティーの佳境を、呆けた眼で見つめていた。
この期に及んで、僕は一体どのような感情を持てば正しいのだろうか、それすらも分からなくなっていた。

君達には僕を見つけないでもらいたいし、見つけてもらいたかった。
君達には僕を案じないでほしかったし、案じてほしかった。

しばらくして、ギコ先生が僕に気付いたのか、ボールプールに近寄ってきた。
何を口走るかと僕は少しばかり身構えたが
彼はボールプールの中から青いボールを引っ掴むと、僕に目掛けて投げ付けた。

ボールが僕の額に当たると、彼は一回だけ大きく手を叩き
それきり何も言わず、事務所の奥へと消えて行った。






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132名無しさん:2020/10/19(月) 23:42:44 ID:tIU3hxdE0
>>125
ニュッ君の顔文字付け忘れました

133名無しさん:2020/10/20(火) 00:18:07 ID:QvRTLU9A0
投下乙です

見つけてもらいたかった時の君達は
案じてほしかった時の君達は

総評:めんどくせえけどそこが好き

134名無しさん:2020/10/20(火) 01:40:36 ID:BaCHcLEk0
乙です
やり取りの一つ一つに、よくわからないけど捨てがたい感情が湧いてしまって、もう!
そしてペニサス先生にも変化が来たか……

135名無しさん:2020/10/20(火) 05:43:54 ID:4Bkg.A6M0
切ない

136名無しさん:2020/10/20(火) 17:10:59 ID:BhCNykSw0
乙乙乙乙

137名無しさん:2020/10/20(火) 23:35:03 ID:g5TAUrPM0
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下り坂を一気に駆け抜けるといよいよ海が見えるはずだったが
未明の海岸通りに街灯は疎らで、その向こうにはあらゆる某かの最果てのような
ぽっかりと深い闇が天地を埋め尽くしているだけだった。

トラックは右へ曲がり、海岸通りに乗った。
ペニサスさんが何処を目指しているか、僕はようやく分かり始めたような気がした。
彼女が運転席の窓を開け、冷たく湿った潮風が車内に入り込んだ。
窓の外に響くさざ波を聞き、確かに海が近いのだなと思えた。

ペニサスさんが小さなしゃっくりを繰り返し、鼻をすんと鳴らした。
瞳は相変わらず潤み赤ばんでおり
そこに花粉症以外の意味を見出すことは余計なお世話だろうか
僕は何の気無しに考えた。


('、`*川「この前、たまたまニュッ君を見たよ」


ペニサスさんが言った。
たった数ヶ月見ないうちに、随分と凛々しくなったと。


('、`*川「不思議だね。ほんの少し目を離しただけで、すぐに成長しちゃうんだ」


(,, ・-・)「卒業式が近いですからね」


('、`*川「卒業式が近いと、そうなるの?」


上の空で放った言葉を真芯で捉えられ、僕は少しだけ狼狽してしまった。



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138名無しさん:2020/10/20(火) 23:35:47 ID:g5TAUrPM0
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(,, ・-・)「なんかこう、卒業して、今までの場所を離れてまた一歩踏み出すぞって意識が成長させるんじゃないですか」


('、`*川「何それ」


ペニサスさんは息混じりに笑ったが
やがて卒業、卒業ねえと二、三度繰り返すと、囁くように、こう言った。


('、`*川「卒業するの?」


(,, ・-・)「え?」


('、`*川「シーンも、卒業しちゃうの?」


(,, ・-・)「まあ、ニュッと同級生なので」


彼女が求めていた答えは、少なくともこれでは無さそうだった。
不服そうに口を尖らせ、しばらく何も言わずに通りを走り続けていたが
やがて、こう呟いた。


('、`*川「春は好きだけど嫌いだよお、皆置いてっちゃうから。ねえ、ギコさん」


彼女は、ここにいるはずのないギコ先生の名前を口にし、バックミラーに目線を当てた。
思わず、目を閉じた。
荷台、幌の奥、僕達の真後ろ、そこに何が積まれているのか。
まだ分からないままでいることが、いよいよ厳しくなってきたな。僕はそう思った。



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139名無しさん:2020/10/20(火) 23:36:40 ID:g5TAUrPM0
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ペニサスさんへは、革のブレスレットを渡す予定だった。
深く濃いマルーンのブレスレットは、ムラ無く綺麗に染め上げられた彼女の髪色を彷彿させ
僕が彼女に持ち合わせたイメージカラーそのものだったが
今となってはどうだって良いことだった。


ペニサスさんはグロキンを去り
僕にとっては勿論のこと、誰にとってもいよいよ「先生」ではなくなった。
無論、僕と彼女の接点も無くなった。
残された僕がボールプールに埋まりながら漫然と過ごしていれば
順当に年は明けて一月を迎え、それも慌ただしく過ぎようとしていた。


彼女が何故グロキンを去ったか、僕には分からなかったし
それをギコ先生に聞く気にもなれなかった。
恐らく彼はその大部分を知っている
いや、むしろ彼自身が大元なのだろうと僕は当然のように訝しんでいたが
僕はそろそろ疲れていたし、何より彼もいよいよグロキンに顔を見せなくなりつつあった。

会社の清算に追われているのだろうと、僕は思っていた。
それは恐らく当たっており、たまに顔を合わせる日が来れば
彼の眼は去年の比ではない程に血走っていたし、頬もこけていた。
まともに食べていなければ、寝てもいないのだろう
元々の荒い気性は更に激しさを増すかと思いきや、口数は少なくなり、声も細くなって行った。

それでも常日頃から何かしらに腹を立てているような振る舞いは変わらず
僕はともかくとして、ニュッはいよいよ彼を恐れ始めた。



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140名無しさん:2020/10/20(火) 23:37:00 ID:g5TAUrPM0
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(,, ^ν^)「昔のギコ先生に戻ってほしいよな」


ニュッはそう言って、僕にぎこちなく笑いかけた。
クリスマスパーティーの一件もあって、彼はそれ以降
やけに僕に対してよそよそしくなっていた。
時に腹を立てたり、時に救われたりもした彼の軽口は鳴りを潜め
残るは当たり障り無い世間話と相槌だけで、僕はそれが無性に悲しかった。

君の罪悪感はただの思い込みで、ぼくに負い目を感じることなんて何処にも無い――
彼は変なところで真面目な男だから、今さらそう言ったところで
このよそよそしさは消えてくれないだろうな。
僕は、決め付けにも近い諦観を彼に覚えていた。


小学六年生の冬だった。
吹き付ける風の中に幾ばくかの温もりを覚え始める頃には
僕もニュッもめでたく卒業を迎えているだろう、僕はぼんやりと思った。
そしてグロキンには中学生向けのカリキュラムが無い為
僕達は自分の意思に如何無く、ここを去らなければならなかった。

残されたグロキンでの生活を、僕は平々凡々と過ごした。
少なくとも、下を向いていつまでもいじけることは無かった。
まるでペニサスさんなど最初からいなかったかのように、澄ました顔で授業を受け
クラスの同級生とも笑い合い
まるで残された時間を噛み締めているかのように、ここを離れるのも寂しいねと呟いては
彼らから頷かれたりしていた。

僕は大変強がりな少年だったから
少しも堪えていない様子を周りに見せつけることに、とにかく躍起になっていたのだった。


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141名無しさん:2020/10/20(火) 23:37:26 ID:g5TAUrPM0
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それでも小川の沿道を帰る時、傍らに彼女の影を見出せずにはいられなかった。
刺すように冷たい風に晒される時、身をコートに首元をすぼませながら
僕はいつかの、クリスマスも近い宵のペニサスさんを思い出してしまい、舌打ちを繰り返した。

何故いなくなってしまったのだろう、それも、僕を置いて!
それはとてもおこがましい疑問だったが、僕が思えることは、それだけだった。
それでも、風がコートの余った袖を上下に煽る中で、泣くまい、ただ泣くまいと、強く思い続けた。

彼女がグロキンを辞めずとも、三月には僕がいなくなる。
ただ、別れが少し早まっただけだ。これは必然だ。
僕はそう自分に言い聞かせることで、必死の思いで日々の安寧を取り戻そうとしていた。


その日は授業が長引き、帰宅はいつもより随分と遅くなりそうだった。
春の息吹は三寒四温と共にやって来るとは言うが
陽が落ちても気温が落ちず、川岸を吹く風は生温かった。
足早に道を歩いていると、道の向こうに、何者かの影を見た。
それは、僕に繰り返し手を振っていた。見覚えのある輪郭が、こちらに近付いて来た。

('、`*川「ばあ」

ペニサスさんは言った。何とも彼女らしい第一声だった。
が、僕はあくまでも体裁を整えるつもりでいた。できるだけそっけなく、こう返した。

(,, ・-・)「何ですか、いきなり出てきて」

('、`*川「えっ、酷い。元恩師だよ」


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142名無しさん:2020/10/20(火) 23:37:54 ID:g5TAUrPM0
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彼女が、グロキンを辞める前と同じ調子で僕に接するものだから
それがどうにも、くすぐったくて仕方が無かった。
何とかしてペニサスさんを振り切ろうと足を速めるも、彼女は巧いこと僕に歩調を合わせ
僕の目の前で手を振ったり、頬をつついたり、耳をひねったり、ありとあらゆるちょっかいを繰り返した。
流石に耐えられず、僕は足を止め、彼女に言った。

(,, ・-・)「いきなり辞めて、いきなり目の前に出てきて、笑って話なんてできるわけないでしょ」

('、`*川「いや、まあ、そりゃそうだ」

ペニサスさんが意外にもすんなりとそれを認めるものだから、僕は面食らった。
続けて彼女は何かを言いかけたが、瞬間頭を上げ、小さなくしゃみを繰り返した。

(,, ・-・)「花粉症ですか」

('、`*川「当たり」

彼女は小さく鼻を鳴らし、上ずった唸り声を上げた。
その声があまりにも素っ頓狂なものだから、僕はつい笑ってしまった。慌てて俯いたが、遅かった。

('、`*川「今、笑ったな。笑ったでしょ、私の監視は誤魔化せない」

(,, ・-・)「笑ってないです」

「嘘、絶対笑った。もう、シリアスモードにはなれないね!」

僕は渋々彼女の話を聞くことにしたが、その一方では、満更でも無かった。
形はどうであれ、まさかペニサスさんとまた会話を交わし合える日が来るとは、思わなかったのだ。
お前は何様なのだと言われそうだが、僕はいつもどこかで、終いには彼女に甘かった。


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143名無しさん:2020/10/20(火) 23:38:25 ID:g5TAUrPM0
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彼女は、こう言った。仕事を辞めて暇だから、ドライブに行こうと思い立った。
ただ、真昼のドライブは面白味が無いから、夜通しあても無く運転し続け、気が向いたところに行こう。
車は偶然手に入った。相手は、どうしても僕が良かった。
遊びの誘いにしては、無茶苦茶だった。僕はしばらく考え込むふりをして、こう言った。

(,, ・-・)「僕、これから帰るんですけど」

('、`*川「知ってる」

(,, ・-・)「夜通しいないなんて、皆が許さない」

('、`*川「知ってる」

彼女は、明らかに正気ではなかった。

(,, ・-・)「断ったら?」

('、`*川「シーンを殺して、私も死ぬ」

その言葉は、まるで冗談に聞こえなかった。
何故だろう、僕は静かに膝を震わせていた。何かがおかしい、僕の直感が告げていた。

彼女は、じっと僕を見つめていた。お前を逃がすことは無い、とでも言っているかのようだった。
どうやら、僕は意を決さなければいけないかもしれなかった。


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144名無しさん:2020/10/20(火) 23:39:26 ID:g5TAUrPM0
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(,, ・-・)「車は、どこにあるんですか」

僕が言うと、彼女は下を向いて静かに笑い、左の掌で両の眼を拭った。
川岸を下りた先に有料駐車場があり、そこに停めてあると言った。

('、`*川「まあ、免許持ってないんだけどね」

(,, ・-・)「は?」

思わず、声を上げた。

('、`*川「大丈夫、私ゴーカート得意だったし」

もう、取り返しが付かないかもしれない。僕は唇を噛み締めた。
河川敷の沿道を左に曲がり、僕達は近くの駐車場に向かった。

彼女が「手に入れた」車を見て、僕は目を疑った。
それは、幌付きのトラックだった。いつか、どこかで見た、緑色の幌が付いたトラック。
あの男があの会社で運転していた、あのトラック。何度見直しても、違い無かった。

('、`*川「席が二つしか無いから、シーンしか乗せられないんだな」

トラックのキーを開け、ペニサスさんがあっけらかんとした口調で言った。
この車って、このトラックって、まさか、貴方は――僕はそう言いかけて、やめた。
運転席に座ったペニサスさんが、僕を見ていた。それはピアノ線のように、張り詰めた視線だった。

('、`*川「どうすんの?」

分かった、分かりました、僕は、貴方のトラックに乗ります。それが、貴方の望みであれば。
僕は黙って助手席に乗り込み、シートベルトを締めた。


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145名無しさん:2020/10/20(火) 23:39:58 ID:g5TAUrPM0
続きます
ようやく導入と繋がりました

146名無しさん:2020/10/20(火) 23:54:34 ID:4Bkg.A6M0
シーンの心情に初めて出てきたエクスクラメーションに驚いてしまった
ペニサスはなぜヤケになってるんだろう

夕闇の河原の情景がとても好きでした

https://i.imgur.com/kPAEaK9.jpg

147名無しさん:2020/10/21(水) 09:48:19 ID:1anZouVE0
早く続きが読みたいのと終わって欲しくないのと
早く全てを明かして楽にさせてくれという気持ちが入り混じってる

148名無しさん:2020/10/21(水) 13:40:47 ID:mdsHKkJY0
サスペンスの気配にも始まりもしなかったジュブナイルの終わりの気配にもヒリヒリヒリヒリする

149名無しさん:2020/10/21(水) 19:09:14 ID:zzd95u2.0
おつです
冒頭のシーンがこんなに不穏なものだったとは……

>>146 氏もおつです。季節感やふたりのやり取りが堪らない

150名無しさん:2020/10/21(水) 20:00:23 ID:EK7F81lg0


151名無しさん:2020/10/24(土) 17:36:22 ID:WrTk35p.0
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果たして、トラックが辿り着くは、かの波止場だった。
公園から海を見下ろした段階で、予測が付いていなかったと言えば、それは嘘になった。
この前の夏と同じように、入り口には侵入防止の細いロープが張られていたが
頼りなく緩んでおり、最早その意味を成していなかった。

('、`*川「まあ、そんじゃ行きますか」

ペニサスさんが言うと、トラックはロープを無視し、波止場へと突っ込み
ある程度進んだその先、先端からほど近いところで停まった。
トラックを降り、ペニサスさんが大きく伸びをした。

('、`*川「いやあ、着いた着いた。ノロノロ運転だったけど」

夜空は次第に薄れ始め、水平線の間際に、橙の光の層を見た。
朝焼けが近い、僕はぼんやりと思った。
僕とペニサスさんの影だけが映るこの海岸にも、直に日が昇り、正しく朝が始まるならば
それまでに、彼女から全てを聞いておかなければなるまい、僕の直感だった。

(,, ・-・)「何で、ここに来たんですか」

ペニサスさんの反応は薄かった。

('、`*川「んー」

ここだったら、周りの浅瀬と比べても結構な深さがあるよね。
彼女はそう言って波止場の先端まで歩き、この前の夏の僕と同じように
うつ伏せになって水の底を見ようとした。

('、`*川「何も見えない」

(,, ・-・)「でしょうね」


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152名無しさん:2020/10/24(土) 17:37:02 ID:WrTk35p.0
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橙の層は次第に厚みを増し、波止場に寄せる波も、淡く光りを纏い始めた。
ペニサスさんはしばらくの間うつ伏せのまま、それを目で追っていたが
やがて立ち上がり、こう呟いた。

('、`*川「ギコさんに別れてくれって、言われたんですけどね」

ペニサスさんの家に、一台のトラックがやって来た。
彼女の部屋に上がったギコ先生はトラックのキーを置き、それを指差すと、駄目だったと言った。
相応の借金を抱えた。これ以上、一緒にいられることは無い。分かるだろう。

('、`*川「『分かるだろう』って、この期に及んでその言葉は無いでしょ、って」

それから、口論が始まった。かつて無い程の強い剣幕で、互いを罵り合った。
堪えかねたギコ先生が、ペニサスさんの頬を叩いた時、いよいよ事の終わりが見えた。
ペニサスさんは、ギコ先生のトラックのキーを引っ掴むと、部屋を飛び出し
家の前に停めてあったトラックのドアを開け、エンジンを掛けた。全ては衝動的なことだった。

('、`*川「死んでやろうって、思ったんですね」

何もかもを無視して、どこまでも行こう。好き勝手に暴走させ、後はもう、どうとでもなれば良い。
横転しようが、爆発炎上しようが、構わない。
金もそう、社会的信用もそう、トラック、私、彼の残された全てを奪うことで、清算しよう。
まるで、拗ねた子供の末路のよう――私の最期にはお似合いだろう。彼女は、そう思った。

ギコ先生は、彼女を追い掛けた。彼もまた、気が動転していた。
ペニサスさんは、彼が迫っていることなど知る由も無かった。
待てって、降りろって、死に物狂いで叫ぶも、その言葉は届かなかった。

アクセルを踏みつけ、エンジンが高速で回転し
トラックは揺り起こされたかのように車体を軋ませ、前方目掛けて急速に発進した。
武骨で血が通わぬ鉄の塊、そこに彼の影が覆い被さった時、もう、遅かった。


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153名無しさん:2020/10/24(土) 17:37:37 ID:WrTk35p.0
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('、`*川「ブレーキをかけて、それを見に行ったんですよ」

彼女の言う「それ」は、一方通行の標識にもたれかかるようにして、倒れていた。
手足は明後日の方向を向き、白いポールに、どす黒い生血。
辛うじて息はあるようだが、その目は虚ろに濁り、いずれにしても時間の問題だった。

この時、彼女はいやに冷静だった。取り返しが付かなくなった、そのような時
人は狂乱を超えて、平静であることに努められるものだった。
彼を肩に担ぎ、トラックへと向かった。四肢を力無くぶら下げたその身体は重く、堪えたが
幌を開け、中に「それ」を押し込むまでに、それほど時間は掛からなかった。
元々人通りが少ない住宅街の裏路地、人目につくことは無かった。

再び運転席に着けば、やんぬるかな、横転する気も、爆発炎上させる気も、失せていたが
人としての道理に基づいた道に戻る気も、さらさら無かった。
いつか隣で見ていたギコ先生の運転を思い出し、その記憶と乏しい知識を頼りに、トラックを動かした。

思い出すは、いつかの教え子のこと。
その歳にして不相応な情念を押し付けてしまった、あの子のこと。
ひとまず、あの河原に向かおう。彼女はそう思った。

('、`*川「このトラックはねえ、ギコ先生の会社のトラックだよ」

彼女はトラックの幌を右手で掴み、力無く笑った。今更、言うまでもない話だった。

(,, ・-・)「じゃあ、この中には」

('、`*川「いるよ。今更開けないけど」


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154名無しさん:2020/10/24(土) 17:38:19 ID:WrTk35p.0
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ここに来て、僕は、両の膝が震えていることに気付いた。
よもやとは思っていたが、信じたくない話だった。考え得る限り最悪の結果が、今こうして、形に表れていた。
ならばペニサスさん、貴方は、それを荷台に積み、僕を深夜のドライブに連れ込み
いつかの波止場に向かい、次に、何をしでかそうと考えているのか。
これ以上、一体何を面白がって、何もかもを壊そうと躍起になっているのか。

(,, ・-・)「怖いです、ペニサスさん」

('、`*川「怖がらなくていいよお」

(,, ・-・)「ギコ先生は、僕だって、ペニサスさんがどうしたいのか」

('、`*川「怖がらなくていいよお」

(,, ・-・)「もうヤケになるのはやめて、帰りま」

('、`*川「怖がらなくていいよお!」

ペニサスさんが叫んだ。彼女の眼から、二、三粒の涙が垂れ落ち、それが止まることは無かった。
僕は彼女を見ながら、これが花粉症ならばどれほど良かっただろう、と思った。

ペニサスさんは言った。今更、私には戻る道が無い。
大人にあるまじき女、無責任な女、思い上がった女、勘違いしたまま終わるが適当だ、と。

('、`*川「だから」

ペニサスさんは僕に歩み寄り、そっと抱き寄せた。
シーンだけは連れて行きたかった。これが、私の最後の勘違いだと。


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155名無しさん:2020/10/24(土) 17:38:59 ID:WrTk35p.0
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(,, ・  ・)「どういうことですか、それは」

彼女の腕の中で、僕は言った。その声は、わなわなと震えていた。
薄々、ペニサスさんの行く末は分かりかけていた。彼女は、そこに僕を連れて行こうとしていた。
でも、ペニサスさん。僕は分かってほしかった。
貴方はそう思っていただろうが、僕は、喜んで貴方の玩具に成り下がった覚えは、一度も無かった。
僕の慕情を勘違いして、貴方は、どこまで子供であろうとするのか。

(,, -  ・)「僕は、子供の僕をからかって遊ぶペニサスさんが好きだったんです」

気付けば僕もまた、溢れる涙を抑えられなくなっていた。
いつも澄ました顔で、僕の稚拙な恋心を手玉に取り、たまに弄んでは笑顔を見せつける
ペニサスさんは、歳の差だけでは片付けられない距離があり、それが悔しくも、大いなる魅力だった。
だからこそ、これ以上僕を、その幼稚さで失望させないでほしかったのだ。

(,, -  -)「だから、コートを貰った日は本当に嬉しかったんです」

僕は彼女から貰ったダッフルコートを脱いで、彼女に突き出した。
これを僕だと思ってください、そうすれば、貴方の我儘も少しは満たせるでしょう、僕は言った。
彼女は何も言わずにコートを受け取ると、おもむろにそれを着て、こう言った。

(' `*川「冷たいね」

(,, -  -)「風に当たってますからね」

そういうことじゃなくてさ、彼女は目元に涙の粒を残しながら、笑った。

(' `*川「そうだよね、そうだよね、そうだよ」

ペニサスさんは、自分に言い聞かせるが如く、何度も同じ言葉を繰り返した。
そして長い溜息を吐くと、運転席によじ登り、何かを持ち出した。それは、件のスケッチブックだった。


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156名無しさん:2020/10/24(土) 17:39:30 ID:WrTk35p.0
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彼女は僕にそれを差し出すと、こう言った。

(' `*川「これは、シーンの好きにしていいや」

持ち帰っても良い、私に突き返しても良い、シーンに任せる、と。
僕はスケッチブックを捲り、あのラフスケッチの頁で止めた。初めて拝んだ、ペニサスさんの顔。
直線的な鼻立ち、そばかすを僅かにまぶした白い肌
僅かに垂れた眼差し、まるで見る者を挑発するかのような、涼しげに澄ました表情。

頁の根元を掴み、それを引き破っては、手を離した。
それは潮風に煽られ、しばらく海面をたゆたった後、白波に揉まれては消えて行った。
次の頁もそう、また次の頁もそう。涙を堪えながら、引き破り続けた。
ギコ先生のスケッチブックは、たちまちに海の藻屑となり
僕がそれを拝むことは、もう、二度と無くなったのだろうと思った。

(,, ・  ・)「こうしてやりました」

こう言って、彼女の方へと振り返った。まったくもって可愛くない答えだった。
あまりにも僕が自信有り気に言うものだから、彼女は横を向き、息を殺して笑った。

(' `*川「いや、これはユニークな使い方だね」

彼女は僕の目の前で屈み、そっと僕の頭を撫でると、上目遣いでこう言った。

(' `*川「ここから二〇分くらい歩くと、私鉄の駅があります」

そろそろ始発も動き始めます、交通費は渡すから、シーンはそれで帰りましょう。
トラックで、家まで送ってあげることはできない。君の言う通り、私は幼稚で駄々っ子なので。


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157名無しさん:2020/10/24(土) 17:40:01 ID:WrTk35p.0
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(,, ・  ・)「ペニサスさんは、どうするんですか」

僕はそう聞いておきながら、返事を聞きたくなかった。

(' `*川「私はねえ、戻らないよ」

だから、シーンともここでまたね、ってことですね。
ペニサスさんはそう言いながら、両腕で僕に、きつく抱き着いた。今までに無く、強い力だった。
為すがまま抱き着かれると、ああ、これが全てか、と思わずにいられなかった。

朝焼けは一層のきらめきを増した。カモメが群れを作っては鳴き、月は白んで隅に追いやられた。
日の昇りが早くなったな、これは喜ぶべきことでもあるのだろう、と思った。
彼女は再び波止場の先端から海を覗き込み、深いね、と言った。

(' `*川「多分ね、これくらいの深さなら大丈夫だと思うんだよ」

僕は、何も応えなかった。
ペニサスさんが、腕時計を覗き込み、そろそろ始発が出るかもよ、と言った。

(' `*川「だから、もう行きな」

(,, ・  ・)「ペニサスさんは、どうするんですか」

分かり切っていることをもう一回尋ねると
ペニサスさんは呆れたように眉を曲げ、笑った。

(' `*川「分かってるんでしょ」


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158名無しさん:2020/10/24(土) 17:40:55 ID:WrTk35p.0
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その言葉で、もう、その時だと悟った。
僕はペニサス先生に背を向け、何も言わずに、波止場の出口へと歩き始めた。
さようならも、ありがとうも無かった。言ってしまえば、それで本当にお終いだろうと思っていた。
僕はこの期に及んでも、蜘蛛の糸が僕達の下に垂れ下がるその時を
待っていたのかもしれなかった。

(' `*川「振り返るなよお!」

後方でペニサスさんの声が聞こえた。僕は、決して振り返ろうとはしなかった。
そして、彼女がトラックのドアを閉める音、トラックのエンジンがかかる音が聞こえ
僕は何も見ないで済むように下を向き、駅へ向かって走り始めた。

もう、泣くまい。僕はもう今月で小学校を卒業する。来月からは、中学生になる。
電車には大人料金で乗る。制服を着るし、ネクタイだって締める。
身長も伸びる、身体つきも変わってくるだろうし、声も低くなるだろう、僕はそうして、大人になる。
だから、泣くまい。そう言い聞かせた。

大きな埃風が舞い、口に砂混じりの空気が入っては、むせた。
遠くで白波が岸辺を強く打ったような音が聞こえたが、それが今の強風によるものか
もしくは、ペニサスさんのトラックが波止場の先端を越えた音だったのか――
それでも僕は、決して振り返らなかった。

日は当然のように昇り続け、息せき切って走る僕の影が、次第に色濃くなって行った。
埃風に煽られ、枝から引き離された桜の花びらを一つ、また一つと踏み潰した。
三月、春は着実に迫り寄っては、僕をまた一段と急かした。昨日よりも着実に。多分、明日はもっと。

またしても埃風が舞った。
今までの僕とペニサスさんの全てを嘲笑うような、振り払うような、根元から掬われるような風。
僕は砂埃を背中に受けながら、走った。決して振り返らなかったし、走ったし、決して振り返らなかった。
走ったし、決して振り返らなかった。






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159名無しさん:2020/10/24(土) 17:43:04 ID:WrTk35p.0
以上で完結です、お付き合い頂き有難うございました

>>146
支援絵有難うございます!なんと綺麗な夕焼けか
丁度河原から見る夕日が綺麗な季節になってきましたね

160名無しさん:2020/10/24(土) 18:10:41 ID:i5.Ehdc20

たいへん面白かったです 今年読んだブーン系の中で一番面白かった
かなしいとも辛いとも違うこの諦めのような気持ちがシーンと同一になれたみたいで少しうれしい
最後まで書いてくれてありがとうございました

161名無しさん:2020/10/24(土) 18:26:51 ID:EjVlbFkc0

すごく好き
こんな結末で悲しいけど、読めてよかった

162名無しさん:2020/10/24(土) 18:41:45 ID:.TlRWxmM0
乙乙乙
凄く心にくる物語だった
読めて本当に良かったです

163名無しさん:2020/10/24(土) 20:28:19 ID:TjZ5ptiQ0


164名無しさん:2020/10/24(土) 20:32:09 ID:3b9nPjXc0


165名無しさん:2020/10/25(日) 01:31:25 ID:FiKrEneQ0
完結乙です
しばらく呆けてしまったわ……
他者が本人に立ち入れる、限界みたいなものを凄く感じる
ペニサスさんに帰れるところは無かったのかな

166名無しさん:2020/10/27(火) 01:11:45 ID:tTFCjjHY0


167名無しさん:2020/10/27(火) 18:10:42 ID:5/6V9ho60
いいね

168名無しさん:2020/11/11(水) 03:07:40 ID:qC.LINcM0
オネショタのムフフな展開を期待してたのに…


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