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THE SEVEN KILLERS NO YOUR DEATH!!

1 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 17:34:16 ID:7LOHS.qk0
※おわりとはじまり祭り参加作品です

※短期連載の予定ですが、祭り期間内に終わらなくても完結までは頑張ります

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2 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 17:36:22 ID:7LOHS.qk0
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第一話:≪フォークロア=ラモン≫






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3 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 17:39:27 ID:7LOHS.qk0
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     ─────



夜の歓楽街を、やや俯きがちに一人の男が歩いてゆく。

足取りはゆるやかに、それでいて体軸には僅かなブレもなく。

その足跡が残っていれば、彼の歩調が驚くほど真っ直ぐ、均等に伸びているのが知れたはずだ。

安酒と、血潮と、吐瀉物の臭気とが入り交じった、生ぬるい人の生活臭が漂う通りであった。

目を上げればネオンは煌々と光を放ち、怒号とも嬌声とも知れない人の声が、方々から耳に入る。

喧騒のその街にあって、彼だけが静謐を湛えているかのように歩いている。

猫のように密やかに、目立たぬように、しかしながら確かな目的意識を持って。

しかしその喧騒も、ひと度路地を曲がれば遠いものへと変わり果てる。

彼の靴の音だけが、薄暗い路地のビルの壁面へ吸い込まれる。

ビルの影に呑まれてしまったかのような、そんな錯覚すら覚える光景である。

男は規則正しい歩幅を保ち、十分ほどの時間をかけて、路地を進んだ。

人気は次第に失せ、ついには彼の他誰もいない、路地の行き止まりへとたどり着く。

そこには、半地下に設えられたバーの看板が立っていた。


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4 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 17:43:29 ID:7LOHS.qk0
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入り口には、屈強な男が一人、腕組みをして佇んでいる。

その様子をチラリと見ながら、彼は無造作に男へ声をかけた。


( ・∀・)「入れるかい?」


屈強な男は、声をかけてきた男の姿を不審げにねめつけた。

黒い上下のジャージに黒いニット帽を被り、足元まで黒いスニーカーで固めた男だった。

全身黒ずくめの出で立ちは、どんな贔屓目に見たところで怪しくないとは言い難い。

まさかジョギングがてらここへ立ち寄った、という訳でもあるまい。


(`・ω・´)「要件は?」

( ・∀・)「例のブツ、売ってくれんだろ?ここに売人がいると聞いた」


それを聞いた途端、屈強な男の眼が座り、口調は尋問めいて強くなった。


(`・ω・´)「誰の紹介だ」

( ・∀・)「斎藤ホライゾン」

(`・ω・´)「……紹介状」


屈強な男は指をくいくいと数度、己の体の方向へ向けて曲げる。


( ・∀・)「人伝ての紹介でね。書面は持ってない」

(`・ω・´)「なら入れる訳にゃいかねぇな。お引き取り願おう」

( ・∀・)「そうか」


言うや否や、ジャージの男はポケットから何かを取り出した。

屈強な男がそれを視認するよりも早く、彼の首にその「何か」が走る。


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5 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 17:44:28 ID:7LOHS.qk0
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入り口には、屈強な男が一人、腕組みをして佇んでいる。

その様子をチラリと見ながら、彼は無造作に男へ声をかけた。


( ・∀・)「入れるかい?」


屈強な男は、声をかけてきた男の姿を不審げにねめつけた。

黒い上下のジャージに黒いニット帽を被り、足元まで黒いスニーカーで固めた男だった。

全身黒ずくめの出で立ちは、どんな贔屓目に見たところで怪しくないとは言い難い。

まさかジョギングがてらここへ立ち寄った、という訳でもあるまい。


(`・ω・´)「要件は?」

( ・∀・)「例のブツ、売ってくれんだろ?ここに売人がいると聞いた」


それを聞いた途端、屈強な男の眼が座り、口調は尋問めいて強くなった。


(`・ω・´)「誰の紹介だ」

( ・∀・)「斎藤ホライゾン」

(`・ω・´)「……紹介状」


屈強な男は指をくいくいと数度、己の体の方向へ向けて曲げる。


( ・∀・)「人伝ての紹介でね。書面は持ってない」

(`・ω・´)「なら入れる訳にゃいかねぇな。お引き取り願おう」

( ・∀・)「そうか」


言うや否や、ジャージの男はポケットから何かを取り出した。

屈強な男がそれを視認するよりも早く、彼の首にその「何か」が走る。


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6 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 17:46:05 ID:7LOHS.qk0
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(`・ω・´)「あ?」


表情を変える間もない刹那の時間。屈強な男の首に、赤い筋が切り込んだ。

ジャージの男は何事もなかったかのようにその脇をすり抜けると、地下への入り口へ足を運ぶ。


(`・ω・´)「待て、テメェ」


屈強な男の放った言葉は、それが最後であった。

次の瞬間、彼の首からは血が迸り、地面から地下の階段へかけて、悲壮な落書きを施した。


(`・ω・´)「え……」


そして屈強な男は、前のめりに倒れる。まだ微かに息はあるが、それも長くは続くまい。

ジャージの男は、それに振り向きもせず階段を下りて、その先にある扉を開いた。


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7 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 17:48:15 ID:7LOHS.qk0
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女が、卑猥な声を上げるBGMが流れている店であった。

椅子と机が数脚設置されているだけの、シンプルな内装だ。

どうやら、あまり品のいい店ではないらしい。

店内は換気が上手く成されていないのか、タバコの煙がもうもうと立ち込めている。

もっと有り体に言えば、稼ぐ気のない店とも言えるかもしれない。

男が店内へ入ると、店中の人間の視線が彼へと集中した。

ジャージの男はいつの間にか、ニット帽を目深に被り直している。

顔の全てを覆うように隠しているが、目の部分だけは布地が切り抜いてあり、視界は確保してある。


/ ,' 3 「なんだテメェ?」

( ・3・)「どこの人間だコルァ!!」

( ^^)「客か?」


店内はにわかに色めき立ったが、ジャージ男はそれを一顧だにしなかった。


( ・∀・)「……」


無言のまま彼は、懐に差し入れた手を抜く。

そこに握られていたのは、一丁の拳銃であった。


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8 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 17:50:19 ID:7LOHS.qk0
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/ ,' 3 「野郎、カチコミか!!」


そう叫んだ男が、最初の犠牲者だった。

ジャージ男の銃弾は、彼の眉間をこれ以上ないほど正確に撃ち抜いていた。

音はなく、煙だけがその発射口から昇っている。

ジャージ男は拳銃を正眼に構え、居並ぶ男たちを精密に撃ち落としていった。


( ・3・)「うっ……」

( ^^)「ぐぁっ」


今際の際の言葉は、どれも全て短かった。全員、銃弾を一発で頭部に撃ち込まれていたからだ。

わずか数秒で、見るからに屈強な男どもが倒れ伏してゆく。その速射は、尋常な手腕では到底なし得ない。

目に見える場所の敵を片付けると、ジャージ男は銃を構えたまま、店の奥へと進む。

店舗の奥には従業員の待機スペースがあり、彼はそこからも人の気配を感じていた。


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9 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 17:52:45 ID:7LOHS.qk0
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焦れることなく、彼は歩みを進める。

逃げ道が入り口しかないのは事前に調べがついていた。他の場所から逃げられることはない。

その証拠に、異変を察知した店の人間は、逃げることなく飛び出て男の進路をふさいでいた。


(=゚ω゚)「止まれ!」

( ゚∋゚)「どこの組のモンだ!!」


その手には男と同じく拳銃が握られていたが、そこから弾丸が発射されることはなかった。

彼らの姿を見とめるや否や、ジャージ男は彼らの脳天にまたしても鉛を埋め込んだからだ。

血と脳漿を垂れ流し、男たちは無惨にも崩れ落ちる。

ジャージ男は死体となった男たちの横を抜けて、待機部屋へと至る。

そこには二人の男が、絡み合い横たわっていた。


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10 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 17:55:04 ID:7LOHS.qk0
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(;><)「ヒィッ!」

(;<●><●>)「な、なんだキサマは……どこの誰だ!?」


うろたえるギョロ目の男は、部屋の机に背を預けて局部を露出していた。

その腹は丸々と肥え、上に重なった男の倍はあるように見える。

そしてもう一人の男は、その局部に細い手を添えて震えていた。

体の線が細く、唇がやけに赤い男であった。

どうやら二人は、同性ながらに情事の最中であったらしい。

不埒な行為を隠そうともしていない辺り、この二人が施設のリーダー格のようである。

ジャージ男はその光景に快も不快も見せず、上になっている童顔の男から躊躇なく撃ち殺した。


(;><)「ギャッ……!?」

(;<●><●>)「ビロ!!クッ……クソがぁっ!!」


男は机の上にあった銃を取り、ジャージ男へ向ける。

しかしジャージ男は、銃を取った男の手をいとも容易く撃ち抜いた。


(;<●><●>)「ぐがっ……!!」


鮮血が滴り、男は銃を取り落とす。

痛みに激しく顔を歪ませる標的を、ジャージ男は鮫のように淡々と追い詰めた。

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11 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 17:57:13 ID:7LOHS.qk0
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ジャージ男はゆっくりと、敵がどう足掻いても的を外さない位置まで近寄る。

ギョロ目の男の顔には、もはや恐怖の感情しか写されていない。

手足は凍りついたように震え、局部は萎えて蕾のような醜態を晒している。

そしてそれとは対照的に、ジャージ男の瞳からは、どのような感情も読み取ることは出来なかった。

ギョロ目男はハッとして、大きな黒目がちの瞳をさらに見開いた。


(;<●><●>)「お前まさか、フォークロア……!」


先に倒れた男たちと同様に、男はそのセリフを言い終えることが出来なかった。

無慈悲な銃口は、彼の運命を死の他に何ら変えはしなかったからである。


( ・∀・)「……」


男はニット帽をまくると、その男の顔を数秒間見つめた。

そして踵を返すと、累々たる屍の山を通り抜けて、元の入り口から表へ出ていった。

ジャージ男の侵入から、僅か六分。

彼の衣服には、一滴の返り血すら付着してはいなかった。

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12 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 18:00:05 ID:7LOHS.qk0
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元来た道を戻りながら、男は懐からスマートフォンを取り出した。

その所作に、逃亡の焦りは全く感じられない。

短縮通話の画面を開くと、前にかけた番号へリダイアルする操作を行う。

程なくして、電話は相手方へと繋がった。


『よう、ラモン。首尾はどうだ?』


電話越しの相手は、男へ向けて低い声で経過を尋ねた。

ラモン、と呼ばれたジャージの男は、淡々と結果だけを告げた。


( ・∀・)「犬は八頭、みんなよく寝てる。後はそっちで好きにしてくれ」

( ・∀・)「それと、電話口で名前呼ぶな。迂闊すぎる」


「犬」とは、彼の殺した標的の隠語であり、「寝る」とは標的の死亡を確認したという意味だ。

盗聴の危険を回避するために、敢えてこのような言い回しをしている。


『あぁ、悪かったよ。後の事は任せて、お前はゆっくり休みな』

( ・∀・)「あぁ、そうする」


そして通話を切ると、彼は喧騒の表通りへとまた帰ってゆく。

行きと違うのは、道中の路肩に灰色のバンが停まっていたことだ。

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13 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 18:03:31 ID:7LOHS.qk0
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( "ゞ)「ア〜ニキィ〜!!」


バンの運転席から身を乗り出すようにして、一人の若者が大声を張り上げる。

髪を金髪に染め上げた、今風の若者だ。赤いスカジャンを身に纏っているが、それが絶望的なまでに似合っていない。

険のある顔立ちとは裏腹に、愛嬌のある仕草がその不調和を引き起こしているように見える。

どうやら彼は、ジャージ男……ラモンのことを呼んでいるようである。

ラモンは返事をせず、器用にガードレールを跨いでバンの後部座席へと乗り込んだ。


( "ゞ)「いや〜いつ駐禁のキップ切られるかヒヤヒヤしたッスよォ!」

( "ゞ)「今日も早い仕事っしたね!さすがッス!」


男は言葉を切るように、短いブレスでまくし立てる。

その忙しなさが、男の軽薄さに拍車をかけているように見えた。


( ・∀・)「早く車出せ」


ラモンは興味のないものを見る顔をして、運転席を後ろから蹴り催促する。


( "ゞ)「了解ッス!」


邪険に扱われたにも関わらず、男はどこか嬉しそうにしながら車を発進させた。

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14 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 18:05:55 ID:7LOHS.qk0
11


( "ゞ)「ところで、今日の仕事はどうッしたか?」


運転席の男は、車を走らせながら意気揚々とラモンに質問する。

ルームミラー越しにラモンをチラチラ伺っているが、当の本人は至って冷ややかだ。


( ・∀・)「どうってことない、いつもと同じだ」


ラモンは芯まではリラックスせず、ゆるりとした体勢で座席に体を預けている。


( "ゞ)「でも、十人くらいはいたんでしょ?ターゲット」

( ・∀・)「八人だ。別に、誰が何人いてもやることは変わらん」

( ・∀・)「来て、見て、殺る。その行程を繰り返せばいいだけだ」

( "ゞ)「さっすがアニキ!!パネェッス!!」


男は運転中にも関わらず、ハンドルから手を離してバンバン叩く。

そのせいでバンは左右にふらふらと揺れ、車線を乗り越えてしまいそうになる。


( ・∀・)「……事故るなよ、デル」


無表情の中に諦めを見せ、彼はため息をつく。


( "ゞ)「当然ッスよ!組織の宝を、俺の事故で亡くす訳にゃいかないッスからね!」


デルと呼ばれた男は、急に真面目くさった顔になり運転に集中しはじめた。

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15 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 18:08:54 ID:7LOHS.qk0
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( "ゞ)「しっかし、相手もバカッスよね〜。うちらの島で後ろ楯もなくヤク売ったりなんかして」

( "ゞ)「それとも奴ら、フォークロア=ラモンの名前も聞いたことなかったんスかね?」

( "ゞ)「うちの島で無礼する奴は、アニキに皆殺しにされるって有名だってのに」


問われたラモンは、やれやれと言った風に言葉を返した。


( ・∀・)「知ってようがいまいが、結果は同じだ」

( ・∀・)「受けた仕事は確実にこなす。例外はない」

(*"ゞ)「クゥ〜〜〜ッ!!!そういうとこが渋いッスよ〜〜〜!!!」


はしゃぐ男、デルのせいで、車はまたも荒れた運転になる。

ラモンは強めに座席を蹴ると、ドスの効いた声で彼を諌めた。


( ・∀・)「デル、同じことを二度言わすな。普通に前見て運転しろ」

(;"ゞ)「す、すんません……」


デルは冷や汗を流し、謝罪する。

彼とラモンがコンビを組んで二年ほどになるが、一事が万事この調子である。

無能な男ではないのだが、一度興奮して羽目を外すと際限なく転がり落ちていく。

それだけに、適切な箇所でラモンがブレーキをかけるのが、彼らの日課となってしまっているのだ。

それ以降、目的地に着くまで、二人が車内で会話を交わすことはなかった。

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16 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 18:50:42 ID:7LOHS.qk0
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彼らの行き着いた先は、都心からはるか離れた場所にある、安アパートだった。

二階の角部屋が彼らの部屋であるが、そこに行くまでの廊下も階段も、錆びが浮いて今にも抜け落ちそうである。

どこから漂っているのか、生物の腐るすえた臭いも鼻をついてくる。

建築法に抵触していないのが不思議なほどの、老朽化物件だ。

住人は、彼らを含めて五人しかいない。全てワケ有りの者ばかりだと専らの噂である。

違法滞在の外国人や、薬物に溺れた元キャバ嬢も住んでいるとのことだが、顔を付き合わせたことは一度としてない。

アパートの外装を見るに、そのろくでもない噂も案外否定できるものではないかもしれない。

もっともそれは、相手方も同じように思っているのだろうが。

二人は軽く荷物をまとめると、足早に車を後にした。

硝煙反応を示す上下のジャージとニット帽は車内で脱ぎ、廃棄する。

代わりのジャージに身を包んだラモンは、歩きがてらデルに質問をしていた。

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17 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 19:00:32 ID:7LOHS.qk0
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( ・∀・)「そういや、頼んであった替えはもう届いてるか?」

( "ゞ)「ハイッス。用意してありますよ〜!」

( ・∀・)「帰ったらすぐ取り替える。準備しとけ」

( "ゞ)「了解ッス!」


替えとは銃身の替えのことである。

旋条痕から銃を特定されないため、ラモンは殺しの度に銃身を交換している。

細やかな配慮であるが、誰しもがそこまで徹底しているわけではない。

だからこそ、人は彼を殺しの伝導者、≪都市伝説(フォークロア)のラモン≫と呼ぶのだ。

そんな剣呑な雑談を交えるうち、彼らは自室へとたどり着いた。

部屋の中にはちゃぶ台が一台と、子供の使うような勉強机が一台あるのみだった。

その他の家具や調度品の類いは、全く見当たらない。

服すらタンスに入れられず、畳んで床に直接置いてあるような有り様だ。

ラモンはまず勉強机の方へ向かうと、机の下から銃を分解するための工具箱を取り出した。

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18 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 19:06:15 ID:7LOHS.qk0
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ラモンは懐から銃を取り出すと、慣れた手付きでそれをバラし始めた。

S&Wの40口径オートマチックに、サプレッサーを取り付けた物である。

元は官品からの横流しであったが、使ううちに手に馴染んでしまったため、ラモンは今でもこれを愛用している。

手際よく分解し、パーツごとに分けて机へ置き、汚れがあれば布で取り除く。

それが一見すると無造作な動きに見えるのは、彼が銃の構造を知り尽くしているためだ。

その合間を見て、デルは替えの銃身を机の空きスペースへと置いた。


( "ゞ)「そういや、聞きましたかアニキ」

( ・∀・)「何をだ」


影を作らないよう少し遠めから作業を眺めていたデルが、遠慮がちにラモンへ声をかけた。


( "ゞ)「うちのボスの病状、そろそろヤバいみたいッスよ」

( "ゞ)「今日、緊急の幹部会が召集されたらしいッス」

( ・∀・)「そうか」


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19 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 19:06:35 ID:7LOHS.qk0
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ラモンは懐から銃を取り出すと、慣れた手付きでそれをバラし始めた。

S&Wの40口径オートマチックに、サプレッサーを取り付けた物である。

元は官品からの横流しであったが、使ううちに手に馴染んでしまったため、ラモンは今でもこれを愛用している。

手際よく分解し、パーツごとに分けて机へ置き、汚れがあれば布で取り除く。

それが一見すると無造作な動きに見えるのは、彼が銃の構造を知り尽くしているためだ。

その合間を見て、デルは替えの銃身を机の空きスペースへと置いた。


( "ゞ)「そういや、聞きましたかアニキ」

( ・∀・)「何をだ」


影を作らないよう少し遠めから作業を眺めていたデルが、遠慮がちにラモンへ声をかけた。


( "ゞ)「うちのボスの病状、そろそろヤバいみたいッスよ」

( "ゞ)「今日、緊急の幹部会が召集されたらしいッス」

( ・∀・)「そうか」


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20 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 19:15:01 ID:7LOHS.qk0
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ラモンは特別関心を払った様子もなく、銃のスプリングから煤を払う。


( "ゞ)「アニキはボスの後釜、誰になると思いますか?」

( "ゞ)「やっぱり俺たちボスの直系としては、気になるとこッスよね?」

( ・∀・)「予想したところで、俺たちのやることは変わらん」

( ・∀・)「餅は餅屋、掃除屋は掃除を、だ」

( "ゞ)「……そッスか」


ボスの直系とは、ボス本人に直接殺しの手解きを受けた者を指す。

ラモンもデルも、その殺しの技を直接ボスより指導された数少ない人間だった。

そんな彼らの耳に、ボスの容態という重要な情報が入ってこないはずがない。

実際、彼らのボスに当たる人物が危篤状態であることは、ラモンも伝え聞いていた。

しかし、その跡目争いにまで話が及ぶと、途端に彼の興味は消えて失せる。


( ・∀・)「まぁ、うちの組織もボスのカリスマ性あってのもんだったからな」

( ・∀・)「奴が死んだら、内部情勢もかなり荒れるのは間違いないだろう」

( "ゞ)「気にならないんスか?ボスの後に誰が組織のトップに立つか」

( ・∀・)「問題は誰に着くかより、どうやって自分を生かすかだろ。違うか?」

( "ゞ)「……じゃあアニキは、これを機に独立するとかは考えてないんスか?」

( ・∀・)「あ?」


そこで、スムーズに動いていたラモンの手が止まった。


( "ゞ)「聞いてないはずないッスよね、『ロマネスクの恩赦』のこと」

( "ゞ)「アニキなら恩赦を勝ち取れるッスよ!!絶対に!!」


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21 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 19:20:35 ID:7LOHS.qk0
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『ロマネスクの恩赦』。

それは彼らのボス、リチャード=ロマネスクが病床で呟いたという、奇妙な指令だった。

彼は枕元に幹部を呼ぶと、組織小飼いの殺し屋たちへ、こう通達するよう命じたという。


「組織の殺し屋へ恩赦を与える」

「恩赦を受けた者は組織を抜け、それを追うことはまかりならない」

「但し、恩赦を受け取るのは一名のみである」

「我こそはと思う者は、自分が殺したと分かるよう誰かを殺し、参加意思を表明すべし」

「参加表明は、今日より三日を期限とする」

「参加した殺し屋のうち、最後まで生き残った一名へのみ、恩赦は与えられる」


これが、ロマネスクの恩赦の概要である。

幹部たちは無論困惑したものの、ボスからの強い叱咤を受けて、渋々ながらこれを殺し屋たちへ通達した。

それがちょうど二日前のことである。

無論それは、ラモンの耳にも届いていた。

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22 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 19:22:44 ID:7LOHS.qk0
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( "ゞ)「せっかく組織を抜けれるチャンスなんすよ!ラモンさんも参加しましょうよ!」

( ー∀ー)「……デル、俺は別に組織を抜けたいと思ったことなんざ一度もねぇよ」


ラモンは組み立て途中の銃を置いて、デルの方へ体ごと向き直った。

デルは不服そうにしているが、ラモンが上手い話に飛びつかないのには理由があった。

殺し屋はその仕事の性質上、それを命じた組織と一蓮托生であることがほぼ確定している。

組織の死は、即ち殺し屋の死でもあるのだ。

いかにボスの死に際とはいえ、それらを全て水に流すことなどあり得ない、とラモンは考えている。

加えて、ボスが死んだ後にまで幹部が約束を遵守するという保証もない。


( ・∀・)「それに、今回のことは色々と急が過ぎる。離れて様子を見ておくのが賢明だ」

( "ゞ)「でも……」

( ・∀・)「ボスが危篤なら、しばらくは俺らの仕事もないだろうよ」

( ・∀・)「せめて今だけは、ゆっくり療養しときな」


そしてラモンは、再び体を机へ向けて作業に戻る。

背後のデルは、不満げな顔で佇むしか出来ないでいるようだった。

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23 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 19:25:27 ID:7LOHS.qk0
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東都市、蕪新町(とうとし、かぶらしんまち)。ラモンたちの住む街の名である。

かつて東京と呼ばれた都市は、今はもうない。

戦後、アメリカの植民地支配を受けた日本は、アメリカの一部へと併合された。

その際に、首都の名前を東京から東都へと変更させられたのである。

元より有用な資源の少ない日本を、アメリカは何故、植民地支配しようと考えたのか。

その答えが、列島の娯楽化である。

産業の中心を第三次産業へ推移させることで、戦後の経済と物流の復興を図ると同時に、その中枢をアメリカが握るという政策だった。

一次産業の衰退により、アメリカ本土からの輸入に頼るしかなくなった日本は、甘んじてそれを受け入れなければならなくなる。

今では日本はアメリカの保養地と揶揄されるまでになり、国民の六割が米国との混血児で構築されるまでに至った。

そして娯楽を先鋭化させていった結果、日本列島はラスベガスもかくやという賑わいを見せることとなる。

そしてそれは、その利権に群がる魑魅魍魎が後を絶たないという、覆い隠し難い事実をも孕んでいた。


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24 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 19:27:47 ID:7LOHS.qk0
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ラモンは今、蕪新町の大通りを歩いている。

組織の連絡員から、呼び出しを受けたためだ。

夜になればきらびやかなネオンと、酒と女の気配を漂わせるカジノの街。

それが、今の蕪新町である。

そしてラモンの属する組織が、賭博利権を握っている街でもあった。

そんな物騒な街も、平素は随分と静かで落ち着いている。

ラモンが向かったのは、個室のある一軒の食堂だった。

内密に進めたい話がある時、組織はその個室を借りてラモンに指令を出す。

そこに呼ばれたということは、往々にして彼へ仕事の依頼があるということだ。


( ・∀・)(ボスも危ういってのに、忙しないもんだな)


ラモンが組織に対して思うことと言えば、その程度である。

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25 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 19:31:09 ID:7LOHS.qk0
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蕪新町の中でも比較的古い店の並ぶ路地に、その店はある。

作りそのものはコンクリート仕立てだが、内装は和を基調としている。

外国人誘致が主産業とされる昨今、靴を脱いで上がる座敷がある店は珍しい。

ラモンは無言のまま木戸をくぐり、店内の奥座敷まで歩いた。

店員も勝手知ったるもので、いちいちラモンを案内したり問い質したりはしない。

座敷の上座には、ラモンのよく見知った顔があった。


< ゚ _・゚>「いよお、ラモン。遅かったじゃねぇか」


赤黒い肌の、酒焼けしたダミ声の男だった。

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26 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 19:33:20 ID:7LOHS.qk0
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( ・∀・)「人を呼びつけておいて駆けつけ一杯なんざ、いいご身分になったじゃないか」


ラモンはテーブルの上のお銚子を見て、男をじろりと睨んだ。


< ゚ _・゚>「そう怒るな。飲まにゃやってられんこともあらぁ」

( ・∀・)「そいつは、ボスのことか?」

< ゚ _・゚>「あぁ……」


男は空になったお銚子を、舐めるように指で浚う。

ラモンは下座に座ると、油断なく辺りを見回した。


< ゚ _・゚>「どうもボスの容態、良くないらしい。持ってあと一週間てとこだ」

( ・∀・)「デルから聞いたよ。危篤状態だって?」

< ゚ _・゚>「らしいな。詳細は幹部連中しか知らんそうだが」

( ・∀・)「そうか。せめて苦しまずに逝けるといいがな」

< ゚ _・゚>「お前よぉ……長生きしてほしいとかウソでも言えよ」

( ・∀・)「おべっかの使い方は習ってないな。それより、要件はそれだけか?」

< ゚ _・゚>「んなワケねぇだろう」


男はテーブルの上に、一枚の茶封筒を差し出した。

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27 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 19:35:44 ID:7LOHS.qk0
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( ・∀・)「これは?」

< ゚ _・゚>「お前が今、一番必要としてるであろうもんだ」


ラモンは怪訝な眼をして、封筒の中身をテーブルへぶちまける。


( ・∀・)「……おい、なんだこれは?」


その中身は、数枚の写真だった。

ただしそれは、どれを取って見ても普通の写真ではない。

そこに写されたのは全て、死体の写真だった。


< ゚ _・゚>「なんだはこっちのセリフだよ、ラモン」

< ゚ _・゚>「お前なんだって、ロマネスクの恩赦なんぞに参加したんだ?」

( ・∀・)「……なんだと?」


ラモンは冷静に、しかし視線を鋭くして対面の相手を睨んだ。


< ゚ _・゚>「その写真の被害者は、ぜんぶロマネスクの恩赦の参加者に殺された奴らだ」

< ゚ _・゚>「その写真の六枚目、そりゃお前の仕業じゃねぇのか?」


ぶちまけられた写真から、男は一枚を取り出してラモンの前に置いた。

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28 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 19:37:00 ID:7LOHS.qk0
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その写真に収められた男は、首を真っ直ぐ横に裂いて殺されていた。

男は壁に寄りかかるように死んでおり、壁には血糊で大きく「R」と書かれている。


< ゚ _・゚>「その写真は、手前の物ほど早く参加を表明してる」

< ゚ _・゚>「六枚目と七枚目は、昨日組織へ向けて送られてきたもんだ」

< ゚ _・゚>「組織の連中はお前の仕事と思い込んでるようだが、まさか違うのか?」

( ・∀・)「違う。どんな理由があろうと俺は、現場に証拠は残さない」


強い言葉で、きっぱりとラモンは言う。


< ゚ _・゚>「ナイフでの殺害はお前の得意とするところだ」

< ゚ _・゚>「おまけに壁にはラモンのR……誤解なら解けそうにないな」

( ・∀・)「ナイフの使い方に特徴がある、イニシャルRの殺し屋は他にはいないのか?」

< ゚ _・゚>「さてな……みな口を揃えてラモンが来たと言っていたからな」

< ゚ _・゚>「心当たりが他にあるなら、ああまで騒ぎはしないだろうさ」

( ・∀・)「ならこれは、俺を陥れようとする誰かの罠に、ハメられたってことだ」


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29 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 19:39:15 ID:7LOHS.qk0
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ラモンは封筒に写真を戻し、懐に入れた。


< ゚ _・゚>「どうするつもりだ?今さら俺じゃないなんて言っても取り消しは効かんぞ」

( ・∀・)「犯人に心当たりがある。落とし前はつけさせるよ」

< ゚ _・゚>「本気か?」

( ・∀・)「殺し屋が殺ると言ったら、それ以外の結末はない。違うか?」

< ゚ _・゚;>「……」


その鬼気迫る迫力に、思わず男は押し黙った。


( ・∀・)「連絡、ありがとよ。知らん間に利用されてたんじゃ寝覚めが悪いところだ」

( ・∀・)「犯人に教えてやる。殺し屋ラモンの流儀ってやつをな」


そしてラモンは去り、個室には男だけが残される。


< ゚ _・゚;>「……おっかねぇ〜」


もう一本酒をつけねば、昼間なのにどうにも寝付かれなくなりそうだった。

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30 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 19:44:18 ID:7LOHS.qk0
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ラモンは店を出て、自分の住むアパートへ帰宅する。

その所作に無駄はなく、どこどこまでも自然で、力みがない。

これから人を殺めようとしている人間には、どうしても見えなかった。

その道中、ラモンは薄汚い路地を横切り、ビール瓶を一本失敬していく。

瓶は腰へ差し、何食わぬ顔で歩く。相当に目立つ姿だが、ある意味でこれはやむを得ない姿なのだ。

やがてアパートへつくと、彼は通りからの死角になる裏手へ回り、周囲に人目がないことを確認した。

数度、短く息を吐いた後、彼はふっと全身の力を抜く。


( ・∀・)「……はっ!」


コンクリート塀に足をかけると、ラモンは駆け上がるように一気に二階のベランダへと跳躍した。

そこは彼がアジトにしている、二階の角部屋だった。

ベランダの柵にしがみつき、腕力のみで自身の体をその上へと引き上げる。


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31 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 19:47:33 ID:7LOHS.qk0
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ラモンはベランダに身を潜め、中を伺った。

そこにいるはずの男の姿は、見当たらなかった。

代わりに、声だけが室内から聞こえた。


『アニキ?アニキっすよねぇ?』

『そんなとこで何してんすかァ〜。ちゃんと玄関から入ってくださいよ』


それは間違いなく、デルの声である。

ベランダから姿が見えないのに声だけは聞こえる。即ち、ラモンから隠れているということだ。

音を殺し、気配を絶ったラモンを、彼は鋭敏に察知していた。

コンビを組んで二年になるが、窮地での危機察知能力に、デルは人並み外れたものを持っていた。

性格に難はあるが、ボスがコンビを組むよう命じるだけのことはあるようだ。

しかし、その声はまるで酔っているかのように芯がなく、へなへなとしている。


( ・∀・)「デル。お前に預けたナイフと銃、どこにやった?」


ラモンは居場所がバレるのも折り込み済みで、すぐさま言葉での陽動に切り替えた。


『いつも通り大事に保管してるに決まってるじゃないッスか〜』

『だから、ね?早く取りに来てくださいよぉ、アニキィ〜〜』


無論、そんな言葉を信用して室内へ入る輩はいないだろう。

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32 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 19:49:43 ID:7LOHS.qk0
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( ・∀・)「その前に、一つだけ聞かせてもらう」

( ・∀・)「俺のフリをしてロマネスクの恩赦に挑んだのは、お前で間違いないな?」


沈黙で応えるかと思ったが、デルはすぐさまその疑問を否定した。


『そんなこと、するはずないじゃないッスか』

『どーしてそんなすっとんきょうなこと……』

( ・∀・)「死体の傷口は、左から右へ向けて走ってた」

( ・∀・)「あれは左利きの人間がよくやるナイフの使い方だ」

( ・∀・)「デル。お前たしか、左利きだったな?」

『……たまんないッスねぇ。それくらいで俺を犯人呼ばわりするなんて』

( ・∀・)「それだけじゃねぇ。お前、致命的なミスを犯してる」

『はぁ?だから何の話……』

( ・∀・)「ラモンの綴りは、L.A.M.O.N。イニシャルはLなんだよ」

( ・∀・)「レモンの綴りと一字違いだ。知らなかったのか?」

『はぁ!?ラモンさんのイニシャルはRじゃないッスか。間違うはずが……』

( ・∀・)「あぁ、ウソだ」

『……あっ!?』

( ・∀・)「お前は無能じゃないが、単細胞が過ぎるのが珠に瑕だな」

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33 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 19:54:06 ID:7LOHS.qk0
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( ・∀・)「理由は後で……いや、死んでから地獄で聞いてやろう」

( ・∀・)「俺は、俺を裏切った人間を許したことはない」


言うやいなや、彼はベランダの出入口の戸にビール瓶を叩きつけた。

戸のガラスと瓶は派手な音を立てて同時に割れ、風が室内へ入り込む。

それが開戦の狼煙だったかのように、室内から銃弾が数発放たれた。

すぐさまベランダの隅へ身を隠したラモンに、弾は当たらない。

彼が屋外から侵入したのは、不用意に玄関から入って狙い撃ちされるのを防ぐためである。

だが現在、デルの危機察知能力はラモンの警戒心を大きく上回っていた。

ならば、どうするか?


( ・∀・)「……」


ラモンは無言のまま、砕け落ちたガラスを集めて握った。

そしてタイミングを計りながら、室内へ突入する機を伺った。

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34 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 19:57:26 ID:7LOHS.qk0
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室内へ入るには、銃の射線から逃れる必要がある。

デルはベランダの入り口の前に構え、いつでも銃を撃てるようにしているだろう。

ラモンは体を低くして、割れたビール瓶の一部を室内へと投げ込んだ。

そして自身は投げ入れたビール瓶とは逆方向に、低い姿勢のまま横っ飛びに飛んでいく。

瞬く間に銃弾が飛んでいくものの、それが囮のビール瓶と知れるやすぐに発砲は止む。


( "ゞ)「アニキィ!!」


デルは近づいてくるラモンへ照準を合わせ直そうとした。

しかし、照準を合わせようとした矢先にラモンは体を切り返し、的を絞らせない。

屋内での至近距離にも関わらず、ラモンの動きは驚くほどに素早かった。

狭い室内を鋭角になぞるように、ラモンは徐々にデルへ近づいていく。


( "ゞ)(この距離じゃ装填してる隙に殺られる……なら!)


デルは弾の切れた銃を投げ捨て、獲物をナイフへと切り替えた。

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35 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 20:17:36 ID:7LOHS.qk0
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デルが銃を捨てたのを好機と見てか、ラモンは一直線に彼の元へ走った。


( "ゞ)「来いよ!!フォークロア・ラモン!!」


ラモンの殺しの技をよく知る彼は、ナイフを構え体の前面を防備する。

相手が丸腰ならば、攻撃の届く範囲はどうしても正面に限られる。

仮に側面や後方へ回り込んだとしても、デルのナイフがカウンターで切り込む方がかろうじて早いだろう。

彼とてボスの直系と呼ばれた一人である。一通りの戦闘訓練は受けて、この場に立っている。

だが、通り一辺の修羅場など、ラモンの敵ではなかった。


( ・∀・)「フッ!」


鋭い呼気と共に、彼はデルへ向けて何かを投げつけた。


(;"ゞ)「うっ……!?」


それは、ベランダで拾っていたガラス片であった。

思わぬ目眩ましを食らい、デルの動きに動揺が走る。

その動揺を、殺し屋ラモンが見逃すはずはなかった。

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36 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 20:30:19 ID:VzY2pz6s0
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デルが予測していたより遥か遠間から、ラモンの腕が伸びる。

本来なら届かないはずの間合いから、鋭利な刃が光って見えた。

それはまるで、命を刈る死神の鎌のようであった。


( ・∀・)「終わりだ、デル」


その刃は、デルの喉笛に食い込み、すぐさま通り抜ける。


(;"ゞ)「カッ……!!」


熱いものが迸る感覚だけが、デルに残された。

迎撃するはずだったナイフを取り落とし、毛羽立つ畳の上に膝を着く。

ラモンはぶつかりそうになる寸前で足を止め、何も言わずそれを見つめた。

その右手に握られていたのは、彼が行き掛けに拾ったビール瓶の、首の部分だった。

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37 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 20:31:55 ID:VzY2pz6s0
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ラモンは、犯人がデルと予測した時から、預けた武器が用を成さないであろうことにまで考え至っていた。

そのため、非常時の備えとして瓶を小脇に抱え、移動していたのである。

ビール瓶で相手の首を裂く。言葉にすれば簡単だが、実はそう容易なことではない。

瓶を突き立てるならまだしも、研いだ訳でもないガラス片で物を切るのは難しいのだ。

割れた瓶で果物を綺麗に切り分けるよう言われれば、その難易度が想像出来るだろう。

ラモンの、異常なまでの腕の振りの早さと、敏捷性があって初めて成せる技であった。


( ・∀・)「デル。なんでこんなことやらかした?」


ラモンは、デルの前に立って彼を見下ろした。

首筋の傷はグロテスクに開き、まだ暖かい血が滴り落ちる。

だが彼にはもう、その痛みを覚える感覚すら無くなりかけているようだった。

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38 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 20:34:09 ID:VzY2pz6s0
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デルは虚ろな瞳を瞬かせ、小さく笑った。


(;"ゞ)「へ……へへ……だって、アニキは……最高の殺し屋じゃないッスか……」

(;"ゞ)「最高の殺し屋が……こんな最高な祭りに参加しないなんて……あり得ないッしょ……?」

(;"ゞ)「アニキの凄さは……俺一番分かってますから……」


そこまで言って、デルは前のめりに倒れた。

血溜まりから血液が跳ねたものの、一歩退いたラモンの服を汚すことはなかった。


( ・∀・)「……バカめ」


デルはラモンに、傍観することなく火中の栗を拾い続けることを望んだのである。

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39 ◆WvlUzi6scI:2018/12/31(月) 20:35:11 ID:VzY2pz6s0
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そしてその願望は、彼の死と共に叶えられることとなった。

もはやラモンのどのような訴えも、組織へ受け入れられることはない。

一度吐いた言葉は飲み込めない。それは彼らの世界の鉄則なのである。


( ・∀・)「……厄介なことになりやがったな」


ラモンは銃とナイフを回収すると、デルの死体処理を依頼するため連絡員に電話する。

物言わぬ骸となったデルの顔は、思いの外満足げに、微笑んでいるかのように見えた。

その笑みを見た瞬間、ラモンはどうしようもない破滅の足音を、聞いたような気がしたのだった。


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40名無しさん:2019/01/01(火) 05:47:43 ID:UP7gM9tU0
支援

41名無しさん:2019/01/02(水) 02:16:10 ID:11X3gwk.0

シリアスな雰囲気で楽しみだ

42名無しさん:2019/01/04(金) 07:56:37 ID:P0IQVj920

けっこうすき

43名無しさん:2019/01/04(金) 09:37:19 ID:UXCK8eUg0
タイトルだけ見るとキル・ビルっぽい

44名無しさん:2019/01/04(金) 15:00:07 ID:gttQdH1U0
乙!こーゆーバイオレンスな雰囲気のやつは大好きです!

45 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:14:28 ID:EU9MvEvk0
第一話了

46 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:15:17 ID:EU9MvEvk0
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第二話:≪ダイヤモンド=トゥーン≫






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47 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:20:28 ID:EU9MvEvk0
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平日の昼下がり。ラモンは一人、アジトの壁の前に立って、気息を整えている。

いつものジャージではなく、ハーフパンツに上半身は裸という出で立ちである。

アジトといってもそこは例のボロアパートではなく、いくつかある拠点のうちの一つに過ぎない。

蕪新町の商業経済区から離れた、高級住宅街の片隅に位置する家屋である。

その立地に恥じない程度には、豪華な見栄えのする一軒家だった。

先のアジトと違い室内には調度品も充実しており、明かり取りの窓も大きく取られいる。

壁は白く清潔で、何かの死骸が放つ不衛生な臭いもしない。まさしくそこは天と地ほどの差があった。

アパートで殺しを行ってしまったため、ラモンは潜伏も兼ねて、しばらくこちらのアジトを使うことに決めていた。

組織の連絡員から聞いた話によると、あれだけの騒ぎを起こしたのに、アパートの住人は誰一人気にも留めていなかったという。

その治安では、殺し屋が身を隠すのに使うのも必然と言えた。

とはいえ、万が一のことも考えればやはり潜伏場所は変えておくのが正しい選択だろう。


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48 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:21:40 ID:EU9MvEvk0
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そして今、ラモンの立つ壁の前には、1から9までの番号が振られた紙が貼ってある。

位置はラモンの肩幅から頭頂程度の高さまで。ナンバーの割り振りは順不同のようだ。

その紙の場所を目で確認しながら、ラモンは浅く呼吸をする。

やがて彼は、傍らの机に置いてあったスマホのボタンを押した。


『3秒後にカウントを開始します。構え……3、2、1』


どうやら彼は、何かのアプリを起動させていたようである。

その音声に合わせて、彼は両手を体の前に構えた。


『7、1、3、8、6、0、5、4、1、3、3、0、2……』


アプリは無機質な合成音で、数字を読み上げていった。

ラモンはそれに合わせて、読み上げられたものと同じ壁の数字を素早く殴る。

固い建材のはずだが、ラモンの拳に躊躇はない。拳が壁を打つ度に、小気味良い音を鳴らしている。

やがてアプリは、数字を読み上げるスピードを早くしていった。

それに合わせて、ラモンの手数も増える。

タン、タン、タンだった読み上げのリズムが、タンタンタンになり、最終的にはタタタの速度にまで上がっていった。

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49 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:23:07 ID:EU9MvEvk0
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これは、ボクシングのトレーニングを応用した、彼独自の鍛練法である。

本来のやり方は、サンドバッグやボクシングミットに番号を割り振り、コールされた場所をパンチする。

それを限りなく早く行うことで、瞬発力と反射神経を養うのである。

これを1セット3分間、インターバルを1分挟み3セット行う。

本来ならコールの役目はデルにやらせていたのだが、人力では番号が規則的になりやすかったため、アプリを使うことになった。

やってみると分かるが、このトレーニングの肉体への負荷は、想像するより遥かに大きい。

百戦錬磨のラモンでさえ、これをこなした後には息を整えるのに時間を要するほどである。

ボクシングのそれと違うのは、競技では反則を取られる箇所、つまり急所に番号が振られていることだった。

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50 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:23:56 ID:EU9MvEvk0
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頸動脈、肋間神経、金的、咽、眉間、鳩尾。

メジャーなものから知られざるものまで、俗に急所と呼ばれる箇所は無数にある。

だが、動きながらそこへ適切な打撃を加えるには、常人が思う以上の鍛練が必要だ。

ラモンはあえてそこへ番号を置き、どのような体勢からでも急所への攻撃を加えられるよう鍛え上げていた。

しかもそれだけでは終わらない。割り振られた番号は1から9までだが、アプリは0から9をコールするよう設定されている。

0をコールされた場合は敵からの攻撃を想定し、避ける動作まで加えなければならないのだ。

相手が素手ばかりとは限らない。横薙ぎのナイフ。至近距離の拳銃。振り回される鉄パイプ。

それらを事前に想定して、適切な距離を取って避け、捌くのである。


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51 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:24:53 ID:EU9MvEvk0
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必然、動きは複雑なものとなり、求められる能力も高くなってゆく。

常人が行えば、3セット目にはパンチの精度も落ち、必殺の威力とは到底呼べなくなっている。

それを最後までペースを落とさずに実行出来るだけで、彼の抜きん出た身体能力が垣間見えた。

3セット9分、インターバルを含め12分。

さすがのラモンも、息を荒げ汗が吹き出している。


(;・∀・)「ハッ……ハッ……」


ラモンは傍らに置いていたタオルを取り、汗を拭った。

平時はこれを数セット続けてトレーニングとしているが、今日は1セットで終了した。

「ロマネスクの恩赦」のことを、念頭に置いていたためだった。

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52 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:26:08 ID:EU9MvEvk0
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彼の一存では、あくまで自分はこの騒動に巻き込まれた側の人間である。

しかし、恩赦への参加を表明したと思われた以上、上層部から反目を買う可能性も大いにあった。

ボスからの指令を不服とする層も、間違いなく存在するためである。

一応、デルの裏切りについては連絡員を通して上へ話しはしていた。

だからといって、彼のしでかしたことがなかったことになる訳ではない。

極めて理不尽な話だが、事態の収束を望むなら、デルが事を起こす前に始末するしかなかったのだ。

それが叶わなかったからには、どれだけ御託を並べたところで聞き入れてはもらえない。

穿った見方をするならば、デルに代理で参加表明させ、当人は怖じ気づいて逃げたと捉えられることさえ有り得る。

そうなれば、ラモンへのこれまでの信頼は失墜してしまうだろう。

それだけに、彼は自分から行動を起こすことをしなかった。

まずは静観し、事の成り行きを見守る。動きがあればそれに乗じ、なければ最後まで動じない。

それだけに徹していた。

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53 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:27:48 ID:EU9MvEvk0
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トレーニングを軽めに切り上げたのも、他の殺し屋からの急襲を考えてのことだった。

本来なら仕事のない期間、ラモンは肉体に鈍りが出ないよう厳しく追い込みを掛けている。

それをしないのは、僅かな肉体の傷みが致命傷になる可能性を考慮しているからだ。

どう転ぶかは未だ不明だが、参加した殺し屋たちは皆一筋縄では行かない者ばかりのようだ。

ラモンも万全の体勢を作り上げておかねばならない。

でなければ、自分を裏切ったデルのように、あえなく死ぬだけとなるだろう。

ラモンはシャワーを浴びるため、浴室へと赴く。

その足を止めるように、彼の使うスマホが音を響かせた。

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54 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:28:55 ID:EU9MvEvk0
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スマホの画面に表示された名前は、組織の連絡員、鯉衣(こいぎぬ)だった。

以前、ラモンを食堂に呼び出した男が鯉衣である。

ラモンはスマホを取ると、画面に指で触れて通話に移行する。


( ・∀・)「もしもし、俺だ。どうした」


しかし、画面の向こうからは一向に返事がない。

代わりに、低く擦りあげるような笑い声が聞こえて来た。


『……クククッ……ラモン……分かるか、俺だよ……』


電話越しに聞こえて来たのは、鯉衣の声ではなかった。


( ・∀・)「……その声。トゥーンか」

『あぁ、そうだ』


それは、やけに耳に残る、ざらついた不快な笑い声だった。

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55 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:30:13 ID:EU9MvEvk0
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( ・∀・)「鯉衣はどうした?」

『野暮なことを聞くなよ。俺が電話に出たってことは、予測くらいつくだろ?』


このスマホは、ラモンが組織と連絡を取るための数少ないガジェットだ。

それが他人に奪われているということは、鯉衣はすでに的にされている可能性が高い。


『ヤツはあんたの隠れ家から電話の番号まで、洗いざらい吐いてから死んだなぁ』

( ・∀・)「むごいことを……それで、気狂いトゥーンが俺に何の用だ?」

『惚けるにしちゃセンスがないな。用なんざ「ロマネスクの恩赦」に決まってるだろ?』

『今からそっちへ向かう。首洗って待っとくんだな』


そうして電話の相手、トゥーンは通話を切った。

殺す対象へ向けて今から向かうと宣言する殺し屋を、ラモンは初めて見た。

大胆すぎるその予告は、過剰な自信の顕れなのだろうか。


( ・∀・)「来ると分かってるなら、準備してやらないとな……」


ラモンはコキコキと首を鳴らすと、ひとまず中途で止めていたシャワーを、浴びることに決めた。


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56 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:44:03 ID:EU9MvEvk0
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     ─────


三十分後、ラモンの潜伏先のアジトの前に、一人の少女が立っていた。


ξ゚⊿゚)ξ「……」


少女はアジトの外観を一通り見回すと、唇を曲げてニヤリと不敵に笑う。

そして待ちきれない様子で、乗り付けたタクシーの運転手に万札を一枚放って寄越した。

運転手は愛想のない客にムッとしながら、釣り銭を計上して渡そうとする。


ξ゚⊿゚)ξ「釣りはいらねぇ、取っときな」


少女は伝法な口調で、足早にラモンの邸宅へ向かう。

その話し声に運転手はギョッとし、関わり合いになるものかと早々に車を発進させた。

黒いフリルの山ほどついた、仰々しいワンピースを着た少女だった。

ロリータファッションというのだろうか。派手さばかりが極まって、実用性に乏しい服装である。

服の隙間から覗く素肌は病人のように白く、精気が全く感じられない。

ほっそりとした痩せぎすの肢体には、十分な栄養が行き届いているようには到底見えなかった。

それなのに瞳だけは、異常なまでに強い光を宿している。


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57 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:45:32 ID:EU9MvEvk0
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彼女は、何一つ臆するものなどないかのように玄関を開け放った。

罠や仕掛けへの疑いは、端から捨ててかかっているようだ。

玄関に、鍵はかかっていなかった。

迎え入れようとする側も、躊躇いなく足を踏み入る側も、どちらも正気の沙汰ではない。

玄関からは短い廊下が伸び、三つの部屋へ続いている。

一つはシャワー室、一つは居間、一つは物置への通路である。

彼女はその中から、居間に通じる戸のドアノブを掴んだ。

そこを選んだのは、ただの順番である。

元よりしらみ潰しに探すつもりで、一番広い居間から先に選んだだけのことだ。

しかしどうやらそれは、彼女にとって三分の一の外れを、引いてしまったようだった。

潜む殺し屋は、居間の入り口のすぐ側にいた。


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58 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:46:37 ID:EU9MvEvk0
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部屋へ入った際に死角となるドアの陰。そこへ置かれたチェストの上に立ち、ラモンは待ち構えていた。

少女は部屋へ足を入れて、三歩でその気配に気づく。

だがラモンはすでに銃を構え、発砲の体勢へと移っていた。

一発、二発。引き金はきっちり二度引かれ、振り向き様の少女の額へ銃弾が撃ち込まれる。

一発目の弾丸が肉を弾き、二発目の弾丸が血を飛ばし、少女はあっけなく床へ倒れた。

だがラモンは、警戒の姿勢を解かない。

銃を構えたままチェストから飛び降り、ゆっくりと少女の亡骸へ近づいていく。

少女は、居間のほぼ中央で横向きに倒れていた。

ラモンはその遺体へ向けて、念押しの一発を撃ち込もうとした。

しかしその引き金が引かれる直前、死んだと思われていた少女の遺体が、不意に動き出していた。


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59 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:47:54 ID:EU9MvEvk0
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少女は横臥した体勢から、近くにあった黒い机を蹴り飛ばした。

机は圧縮木材が使われており、重さにして80㎏は下らない代物だ。

その重たい机が、少女の蹴りで軽々と吹き飛ばされる。

ラモンは銃を下ろすと横に飛び、すんでのところで机を回避した。

ラモンの背後のチェストにぶつかり、机は重々しい破壊音を立てる。

しかし、ラモンが回避したのと同じ方向に、少女も飛んでいた。

机を蹴り飛ばし、起き上がってラモンの体を追う。その間、わずか数秒しか経っていない。

少女もまた、ラモンに劣ることのない反射神経を有していることになる。


ξ゚⊿゚)ξ「チッチッ、甘ぇよラモン。こいつぁ没収だ」


少女はラモンが下ろしていた銃を握り、彼の手からむしり取った。


( ・∀・)「……チッ」


ラモンは舌打ちすると、少女から大きく距離を取った。

少女は、ラモンの手の届かない居間の隅へ銃を放り、ふふんと鼻で笑った。


ξ゚⊿゚)ξ「そうカリカリすんな。俺は話をしにきただけなんだからよ」


そう語る少女の声は、低く嗄れた成人男性の声だった。

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60 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:49:21 ID:EU9MvEvk0
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ξ゚⊿゚)ξ「おっと、この声のこたぁ気にしねぇでやってくれ」

ξ゚⊿゚)ξ「今日は声帯のクスリ飲んでねぇから、男の声のままなんだ」

( ・∀・)「声よりも、ド頭ぶち抜かれて生きてるカラクリを教えてほしいもんだな」


ラモンはゆっくりと、少女に与えた傷を観察する。

最初にラモンが撃った傷口は、二発とも弾が貫通せずに留まっている。

額がえぐれて流血してはいるが、致命傷には至っていないようだ。


ξ゚⊿゚)ξ「手術で鉢に鉄板埋め込んでんだ。単純な仕掛けだろ?」

ξ゚⊿゚)ξ「その程度の口径の銃じゃ、俺の頭は通さねぇよ」


少女は傷口を指でほじり、ぐりぐりとかき回した。

出血は酷くなり、傷口は余計に損壊して荒れたが、全く気にしていないようだ。


ξ゚⊿゚)ξ「それより、俺はお前に聞きたいことがあったんだ」

( ・∀・)「なんだ」


一定の距離を保ち、ラモンは少女の正面で足を止めた。


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61 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:50:47 ID:EU9MvEvk0
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ξ゚⊿゚)ξ「恩赦の参加表明の死体、ありゃお前が殺したヤツじゃねぇな?」

( ・∀・)「そうだ。よく分かったな」

ξ゚⊿゚)ξ「ナイフの切り口が雑過ぎらぁ。お前ならもっと綺麗に切り裂ける」

ξ゚⊿゚)ξ「なぜ自分が殺った訳でもねぇ殺しで、お前が動いてる?」

( ・∀・)「あれは俺の舎弟分のやらかしだ。責任の一端は俺にもある」

ξ゚⊿゚)ξ「なるほどな……要するに他人のケツ拭いか」

( ・∀・)「それに、やったことを取り消せないなら『とことんやる』。それしか生き残る道はない」

( ・∀・)「傍観者に徹して殺されるのは真っ平だからな」

( ・∀・)「だが、お前はそうじゃないんだろう?トゥーン」

ξ゚⊿゚)ξ「あぁ、もちろんさ」


言いながら、少女トゥーンはその面に悪魔的な笑みを浮かべた。

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62 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:52:47 ID:EU9MvEvk0
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ξ゚⊿゚)ξ「俺ァお前が恩赦に名乗りを上げてくれて、感謝してるんだぜ?」

ξ゚⊿゚)ξ「他の有象無象の殺し屋なんぞ眼中にねぇが、フォークロア=ラモンが相手なら不足はねぇ」

ξ゚⊿゚)ξ「だから他に獲られる前に、俺がお前との戦いに一番に名乗り出たワケよ」

( ・∀・)「だろうな。恩赦への参加も、お前が一番早かったからな」


ラモンが渡された恩赦の死体写真、その一番最初の写真はトゥーンのものだった。

死体は無惨にも脛椎がへし折られ、胸に数多の穴を穿たれて殺されていた。

恐るべきはそれが、全て素手を駆使して行われたということである。

その金剛力と、獲物を玩んでから殺す性質から、彼女は≪金剛の玩具(ダイヤモンド=トゥーン)≫と呼ばれていた。


ξ゚⊿゚)ξ「ずっと、お前みたいな男と命のやり取りをしたかったんだよ」

ξ゚⊿゚)ξ「拳銃なんぞ捨てて、命(タマ)の取り合いと洒落こもうや?」


トゥーンはラモンへ向けて、細く白く長い中指を立てて見せる。

その腕に、その脚に、その細かった首に、みるみるうちに太い血管が居並んだ。


( ・∀・)「話だけで終わるはずがなかったな……」


ラモンは諦め顔で、戦闘の構えを取る。

そして、二人の戦いは瞬時に開幕した。

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63 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:54:01 ID:EU9MvEvk0
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トゥーンは長いスカートの裾をはためかせ、ラモンの間合いへと入った。

ラモンは右手にナイフを携えると、それをトゥーンの頸動脈めがけて走らせる。


ξ゚⊿゚)ξ「フハッ!!」


トゥーンは上体を反らしてそれをかわすと、切り込みに来たナイフを腕ごと掴もうとした。

ラモンは掴みに来たトゥーンの手を半回転して避け、勢いを殺さずに反対の拳で裏拳を放つ。

それはトゥーンの鼻っ柱をかすめたが、彼女は鼻血の一筋すら溢しはしなかった。


ξ゚⊿゚)ξ「いーい連撃だ、さすがのことはある」

ξ゚⊿゚)ξ「だが、その程度じゃあ俺は殺せねぇぜ」


そしてトゥーンは、脚を高く上げて蹴りのモーションを見せた。


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64 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:55:18 ID:EU9MvEvk0
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それは一見するとゆったりした動作であり、ラモンを仕留められるような動きでは到底有り得なかった。

長いスカートがひらついて、数瞬トゥーンの視界は完全に塞がれる。

ラモンはその隙をついて、トゥーンの脚の動脈を切りつけるつもりで接近した。

その顔が予想外の痛みに歪んだのは、蹴りが放たれるにはまだ遠すぎる間合いからだった。


( ・∀・)「……!!」


ラモンのナイフを持った側の手に、何か固いものが高速で当たる感触があった。

取り落としそうになったナイフを握り直すと、手の甲にジンとした鈍い痛みが走る。

それを見計らったかのように、ラモンの上空からトゥーンの踵が舞い降りて来た。


( ・∀・)「チィッ!」


ラモンは蹴り足めがけてナイフを振り回すが、足は途中で軌道を変えて逃げて行く。


ξ゚⊿゚)ξ「惜しいねぇ。ナイフを落とすかと思ったが、そこまで甘くはないか」

ξ゚⊿゚)ξ「ナイフが無ければ、脳天カチ割って俺の勝ちだったんだがな」


トゥーンは踵落としの勢いそのままに、180度開脚し足を地面にペタリとついていた。

それはまるで、バレエのように優雅な舞いの途中であるかのように見えた。

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65 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:57:43 ID:EU9MvEvk0
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( ・∀・)「指弾(しだん)、か」


ラモンはトゥーンから距離を置き、自分への攻撃を冷静に分析した。


( ・∀・)「弾は……まさか、俺が撃った銃弾か?」

ξ゚⊿゚)ξ「ご名答!ここに残ってたのをほじくり出してな」


トゥーンは立ち上がりながら、先ほどの銃創をトントンと指で叩いた。

指弾とは、弾を指で弾いて敵を攻撃する、中国拳法の技の一種である。

本来は不意討ちや目眩ましに使われる技だが、達人が行うと骨を折る威力となることもある。

トゥーンの異常性は、自らの頭に残っていた弾丸を取り出し、指弾の弾として使用したことだ。

先ほどの傷をえぐる動作は、ただのパフォーマンスではなかったのである。

加えてトゥーンは、高く上げたスカートで利き手を巧妙に隠し、弾の放たれる寸前までラモンに悟らせなかった。

あの一瞬の邂逅で見せるには、あまりにも狡猾な策だったのだ。


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66 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 13:59:32 ID:EU9MvEvk0
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だがそれ以上に、ラモンには気にかかることがひとつあった。


( ・∀・)「……ステロマイナー、だな?」

ξ゚⊿゚)ξ「……!」


トゥーンはぴくりと体を反応させ、身構えた。


( ・∀・)「図星みたいだな」

ξ゚⊿゚)ξ「……何故分かった?」

( ・∀・)「体格に見合わない指弾の弾速、異常に細い体の線、鼻血すら出さない屈強な顔面」

( ・∀・)「全てがステロマイナーの使用者に通じる特徴だ」

( ・∀・)「迂闊に手の内を見せすぎたな、トゥーン」


ステロマイナー。それはステロイド系の薬物に属する、筋増強剤の一種である。

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67 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 14:00:41 ID:EU9MvEvk0
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通常のステロイドは男性ホルモンに近似した合成薬物であり、筋量を増大させる効果がある。

それに対してステロマイナーは、筋繊維の質そのものを上昇させるための薬品である。

この薬を使うと、筋量ではなく筋繊維一本辺りの耐用強度が増す。

通常の筋繊維を木綿糸とするなら、ステロマイナー服用後の筋繊維はピアノ線ほどの強度になると言われている。

同じ見た目でも、遥かに強靭な筋肉を有することが出来るということだ。

これによりどのような効果が望めるかといえば、「擬態」である。

女子供のような弱々しい肉体に、男性並みの筋力を搭載させることが出来るのだ。

古くは女性アスリートが、見た目に変化を及ぼさずに筋力をアップさせる不正のため使っていた薬物である。

また、全身の筋肉の剛性がまんべんなく上がるため、顔筋や心筋等、鍛える必要のない箇所まで強化される。

鼻血が出にくいのも、それに端を発しているのである。

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68 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 14:02:08 ID:EU9MvEvk0
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ξ゚⊿゚)ξ「俺が迂闊だと?バカを言うな」

ξ゚⊿゚)ξ「たったあれだけの接触で、ドーピングの種類まで当てられるお前が異常なんだよ」


トゥーンはラモンに対する率直な感想を口にした。

それは彼女に限らず、誰が対峙してもそう思うだろう。

ラモンの卓越した観察眼は、常人のそれを遥かに凌駕していると言えた。


ξ゚⊿゚)ξ「だが、クスリを当てただけでお前が有利になった訳じゃあねぇ」

ξ゚⊿゚)ξ「どうするね、殺し屋さんよ?」

( ・∀・)「いいや。この戦いは俺の勝ちだ」

ξ゚⊿゚)ξ「……なんだと?」


トゥーンがにわかに色めき立つ。こうまで露骨な勝利宣言をされては、それも致し方ないだろう。

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69 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 14:03:20 ID:EU9MvEvk0
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( ・∀・)「ステロマイナーには致命的な弱点がある」

( ・∀・)「そこを突けば、お前を殺すためにナイフの一本すら必要はない」


そう言うとラモンは、本当にナイフを床へ投げてしまった。


ξ゚⊿゚)ξ「……油断させようとしてんなら、ムダだから止めとけよ?」

( ・∀・)「いいや、これは本当に必要ないのさ」

( ・∀・)「来いよ、ダイヤモンド=トゥーン。最後は素手で決着をつけよう」

ξ゚⊿゚)ξ「……お前やっぱ最ッ高だぜ、ラモン!」


トゥーンは心底から、嬉しそうに笑った。

それは見た目の年齢からすると、あまりに邪悪さの過ぎる笑みであった。

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70 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 14:06:14 ID:EU9MvEvk0
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ξ゚⊿゚)ξ「ハハァッ!!」


トゥーンは、獰猛な肉食獣のようにラモンを襲う。狙うは彼の命一つのみである。

彼の首に手をかけ、力をこめるだけで人生は終わりを告げる。

その瞬間を想像するだけで、彼女の背筋は激しく粟立った。

ラモンはそれを、あろうことかノーガードで迎え撃った。

先ほどまでと違い、彼は戦闘の構えすら取らない。

手を体の横にだらりと伸ばし、色のないガラスのような瞳でトゥーンを見ていた。


ξ゚⊿゚)ξ「バカめ!!」


トゥーンは猛然と、彼の首を掴みに行った。

顎を引くことすらなく、まるで狙ってくださいと言わんばかりである。

それがラモンの罠であることは、充分に考えられた。

だが、自分の早さならラモンのどんな反応をも凌駕出来る。

そう信じて、彼女は敢えて一撃必殺の首折りを狙いに行った。

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71 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 14:07:21 ID:EU9MvEvk0
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ξ゚⊿゚)ξ「獲ったァッ!!」


その細い指が、ラモンの首に絡みついていた。

勢いのあまり、一瞬ラモンの体が宙へと浮く。

トゥーンの強靭な握力は、軽く握っただけでラモンの首筋をへこませている。

あとは力をこめさえすれば、彼の生涯は無へと帰す。

だがラモンも、ただ黙ってされるがままになっている訳ではなかった。


( ・∀・)「ハッ!」


ラモンは彼女の右手が己の首を掴んだ瞬間、伸ばされた肘を両手で包むようにして強く叩いた。

自身の体を的にしたカウンターにしては、意味を感じさせない攻撃である。

しかしその効果は、如実にトゥーンの体を犯していた。

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72 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 14:09:00 ID:EU9MvEvk0
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バツンという、太いゴムの千切れるような音が耳に入った。

そして次の瞬間、トゥーンの右手から力がするりと抜ける。


ξ;゚⊿゚)ξ「ぬっ……!?」


彼女の意思に反して、右腕はどれだけ力をこめようとしても、もう動かなかった。


( ・∀・)「それがステロマイナーの弱点だ、トゥーン」

( ・∀・)「その薬は筋肉の剛性を上げる代わりに、柔軟性を極端に奪う」

( ・∀・)「そんな脆い筋肉は、伸びきった状態で横からの衝撃を受けるとすぐ断裂するんだよ」

( ・∀・)「常に弦の張り詰めたバイオリンを演奏してるようなもんだ」


実際にこの薬が禁止されたのも、競技会で肉離れや筋断裂を起こす選手が後を絶たなかったからという背景がある。

しかし、その特性を知っていてなお、意図的にその傷状を発生させるのは困難だ。

それはトゥーンのものとはまた違う、ラモンの異常性と言えた。

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73 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 14:10:57 ID:EU9MvEvk0
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ξ;゚⊿゚)ξ「チィッ!!」


トゥーンは動かない右腕を捨て、左手でラモンに殴りかかった。

しかし、片腕が使えないというだけで人の動きは格段に落ちる。

ラモンはガードの出来ない右半身を狙い、急所を連打した。

脇の下から、肋間神経。首の上から、頸動脈。

喉仏、鎖骨、鳩尾。ひとつの急所を打つのに一秒とかからない早業だった。


ξ; ⊿ )ξ「くぁっ……」


トゥーンがよろけ、膝をついたのを見届けて、ラモンは反対の左半身へ体を向ける。

そしてトゥーンの背後へ回ると、左手を関節技で封じながら、彼女の首をがっちりとロックした。

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74 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 14:13:50 ID:EU9MvEvk0
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( ・∀・)「このまま、首を折らせてもらう。何か言い残したことはあるか?」

ξ゚⊿゚)ξ「……」


トゥーンは、何も言わなかった。

いかに彼女の怪力といえど、両腕を封じられている状態で出来ることは皆無だった。


( ・∀・)「ないなら、俺から二、三質問させてもらおうか」

ξ゚⊿゚)ξ「なんだ。負け犬を余計にいたぶろうってか?」


トゥーンは毒づいたが、ラモンはそれを無視して言葉を続けた。


( ・∀・)「お前、体の痛みを感じてないな?」

ξ゚⊿゚)ξ「……!」

( ・∀・)「筋断裂を起こした時、痛みに対する反応が乏しすぎた。冷や汗さえかかないなんて、有り得ない」

( ・∀・)「それに急所を打った時も、どちらかというと体の反応で崩れた様子だったしな」

ξ゚⊿゚)ξ「だから、どうした?」

( ・∀・)「恐らくは、薬の副作用を抑えるために手術してるな?」

ξ゚⊿゚)ξ「……」

( ・∀・)「ステロイド系の薬は、腎に多大な負担をかける」

( ・∀・)「そのやたらと白い肌も、黄疸を隠すためのカムフラージュってとこか……」


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75 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 14:16:00 ID:EU9MvEvk0
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ξ゚⊿゚)ξ「あーあー、分かったよ。白状するよ」

ξ゚⊿゚)ξ「ブロック手術でな。痛みを感じる部位を消してあんだ」

ξ゚⊿゚)ξ「こいつがなけりゃ、俺の体は立って歩くこともままならん」

( ・∀・)「やっぱり、そうだったか」


ブロック手術とは、痛みを感じる神経部位を固めて、文字通りブロックする手術である。

そしてその施術は、末期がん等痛みを取り除くのが困難な患者へ施されることが多い。


ξ゚⊿゚)ξ「銃を弾いた頭の鉄板も、その手術ついでに入れさせたのよ。合理的だろ?」

( ・∀・)「なぜそんな体を押してまで、ロマネスクの恩赦に挑むんだ」

( ・∀・)「余命がなければ、組織を抜けようと同じことだろうに」

ξ゚⊿゚)ξ「お前にゃ分からんよ。世の中には生きるためでなく、死ぬために事に臨む人間もいるってことだ」

( ・∀・)「……」

ξ゚⊿゚)ξ「なぁ、ラモン。お前は生きろ。生き残って、俺を地獄で悔しがらせてみやがれ」

ξ゚⊿゚)ξ「あぁ、やっぱり死ぬんじゃなかった……ってな」

( ・∀・)「保証は出来ないが、善処するよ」

ξ゚⊿゚)ξ「ケッ、ノリの悪い男だぜ……まぁ、いいか」


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76 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 14:16:49 ID:EU9MvEvk0
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ξ゚⊿゚)ξ「俺からの独白は以上だ。後は好きに殺ってくんな」

( ・∀・)「あぁ。痛みもなく送ってやる」


トゥーンは目を瞑り、その時に備えた。


ξー⊿ー)ξ「……あぁ、マリア……ソニヤ……やっと、俺もそっちへ行ける……」


そんな呟きも、届いてか届かずか。ラモンは一切の躊躇を見せず、首にかけた腕へ力を込めた。


ξ ⊿ )ξ「……ッ」


一瞬、ビクンと全身を痙攣させて、トゥーンの体が強張る。

ラモンはそれを確認してから、テコの原理を使って彼女の首を強く挫いた。

その強張りが解けた後、再び彼女の体が動くことは、なかったのである。


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77 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 14:19:37 ID:EU9MvEvk0
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その昔、西欧のとある独裁国家で、若き将校が他国へ亡命しようとした。

しかし亡命は失敗し、最愛の娘と妻を殺され自らも瀕死となった。

死の寸前、彼は放っても死ぬと、最期を確認されずに放置された。

生き残った男は復讐を誓う。性別を変え、薬漬けになり、独裁者へと近寄った。

そして見事復讐を果たした後、とある組織の勧誘員(スカウトマン)に、その力を見初められた。

その後、極東の島国で殺し屋として働く彼の過去を、もはや知る者は誰一人としていない。

少女の装いは、幼くして死んだ娘への鎮魂なのか。

彼が求めていたのは、己を殺してくれる者だったのか、どうなのか。

それを確認する術は、もはや存在しない。

哀れな人形が都市伝説に食われた。これはただ、それだけの話だったのである……。


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78 ◆WvlUzi6scI:2019/01/05(土) 14:20:19 ID:EU9MvEvk0
第二話了

79名無しさん:2019/01/05(土) 16:10:50 ID:l.RHkLDE0
乙!!

80名無しさん:2019/01/09(水) 20:57:49 ID:2TyL40nQ0
まだかなー

81 ◆WvlUzi6scI:2019/01/13(日) 20:38:29 ID:e.XvVMAo0
作者ですが自分の見通し不足で祭りの期間内に終わらせられそうにないので、おわはじ祭りからは削除してもらいたいと思います……

完結はさせるのでそれまでお付き合いいただけると幸いです

82名無しさん:2019/01/13(日) 21:48:03 ID:5IZNZk2.0
>>81
待ってます!無理しないでマイペースでええんやで
一応、後夜祭期間もセーフみたいやで

83名無しさん:2019/01/25(金) 12:42:36 ID:.4Uj9nn.0
おつ
かっけーなぁおい

84 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 18:58:34 ID:T8a5cjVM0
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第三話:≪フェイクファー=ドク≫







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85 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 18:59:57 ID:T8a5cjVM0
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ラモンは、思案にくれていた。

トゥーンの遺体を処理する際、一つの問題が生じたためだ。

鯉衣が死んでしまったため、ラモンの懇意にしている連絡員がいなくなってしまったのである。

通常なら、情報伝達の要である連絡員に問題があった場合は、すぐに組織から代わりが派遣される。

そうしなければ、「迅速な仕事」に差し支えが生じるかもしれないからだ。

殺し屋における迅速な仕事は、一瞬の躓きが命取りになるパターンが多々ある。

そしてその躓きは、同時に組織にとっても致命的なものとなる可能性があるのだ。

だが、トップが危篤の現在、末端の殺し屋へ新たに割く人員があるかは甚だ疑問だった。

現に今、組織本部へ連絡してみたところ、けんもほろろな対応しか返されなかった。

それはそうだろう。いかにボス本人の意向とはいえ、本来なら組織内で殺し合いをしているタイミングではないのだ。

ラモンは仕方なく、死体処理班のメンバーへ直接交渉するため電話をかけようとした。

そのラモンのスマホが鳴動し、着信を表示した。

ラモンには覚えのない番号からであった。

いぶかしむより先に警戒しながら、ラモンは電話を取る。


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86 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:01:34 ID:T8a5cjVM0
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( ・∀・)「誰だ」

『おおー !ラモンはんでっか〜?電話取ってくれて助かりましたわ〜!』

『どうもどうも〜!うち会社の方から派遣された、連絡員の野間いいます〜!』

『これから鯉衣はんの代わりにご用聞きさせてもらいますんで、贔屓にしたってくださいね〜!』

( ・∀・)「その前に、なぜ俺の番号を 知ってるのか、納得いく説明がなければ電話を切る」

『ちょちょちょ!待って待って!』

『上からの指令であんたの番号教えてもらっただけや!不審がらんといて!』

( ・∀・)「具体的に誰から番号を聞いたかを言え」

『幹部のアルフレドさんからや!あんたさっき電話したやろ!』

( ・∀・)「……あぁ、したな」

『せやろ?これから処理に向かうんで、居場所教えてもらっていいです?』

( ・∀・)「二号住居だ。それで分からなければ知ってる奴に聞け」

『はいは〜い。したら早く着くよう向かいますんで〜』


そこで、相手方からの通話は切れた。


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87 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:02:37 ID:T8a5cjVM0
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それから三十分後、来訪者はラモンの住居へとやってきた。


(゚A゚* )「ちわーっす、ラモンはーん」

(゚A゚* )「連絡員の野間ですー。入りますよー?」


住居には相変わらず鍵がかかっていなかった。

野間は遠慮なく、靴のまま中まで侵入する。


(゚A゚* )「ラモンはーん?いないんですか〜?」

(゚A゚* )「あれ〜?おかしいなぁ、二号住居ってこことちゃうんかな」


そして居間の戸を開けると、部屋の中央にはトゥーンの遺体が安置してある。


(゚A゚* )「やっぱここやなぁ……どこ行ったんやろラモンはん?」


そしてしばらくの間、野間は室内をじろじろと観察していた。


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88 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:04:37 ID:T8a5cjVM0
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(゚A゚* )「そこや!!」


そして唐突に、野間は居間の片隅を指差した。

その先は壁収納になっており、人一人が隠れることも可能なスペースがある。


(゚A゚* )「フッフッフ。そこに隠れとるんやろ、ラモンはん。うちにはお見通しやで?」

(゚A゚* )「初対面のうちを警戒してのことやろうけど、案外気が小さいんやなぁ」


得意気な顔でラモンが出てくるのを待っていたが、彼はそこにいなかった。

ラモンは冷静に姿を現し、野間の背後を取る。


( ・∀・)「動くな」

(゚A゚*;)「ひぎゃあっ!?」


喉元にナイフを突きつけると、ラモンは熱のない声で、冷酷に言い放った。


( ・∀・)「連絡員の野間、本人で間違いないな?」

(゚A゚*;)「は、はいぃ!!」

( ・∀・)「遺体の片付けはあんたに任せる。なるべく早くしてくれ」


ナイフの先端は、今にも刺さりそうなほどの凹みを喉の皮膚へ作っていた。


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89 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:07:03 ID:T8a5cjVM0
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( ・∀・)「こちらに害意はないが、仕事以外の仕草を見せたらその限りじゃないと覚えておけ」

(゚A゚*;)「あ、あんたどこにおったん……?」


とめどない冷や汗と共に、野間はラモンへ質問を試みる。


( ・∀・)「シャワールームだ。あんたの動向を見るつもりだったが、そっちが勝手に勘違いしたから出てきた」

(゚A゚*;)「そっちやったか〜〜〜!!収納と悩んだんやけどなぁ〜〜〜!!」

( ・∀・)「まぁ、あんたに敵対意識がないのは分かった。あとは自分の仕事だけ正確にこなせ」

(゚A゚*;)「うち、そんな信用ないかぁ?」

( ・∀・)「あんたも言ったが、初対面の人間は基本的に誰だろうと信用してない」

( ・∀・)「前に俺を囲んで、殺そうとした連絡員もいたんでな」


そこまで話してようやく、ラモンはナイフを下ろした。


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90 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:08:46 ID:T8a5cjVM0
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(゚A゚*;)「はぁ……助かった。迂闊に仕事も出来んわホント」

( ・∀・)「黙って働いてれば、俺から何かすることはないさ」

( ・∀・)「命が惜しいなら、ビジネスライクな関係は崩さないことだな」


ラモンはひらひらと手を泳がせ、自分から手を出さないことをアピールする。

野間は素早くラモンから離れると、すでに冷たくなりかけているトゥーンの死体へ手をかけた。


(゚A゚* )「ところで、トゥーンはんの処理方法に指定はありまっか?」

( ・∀・)「ない。埋めるも焼くも沈めるも、だ」

(゚A゚* )「了解。ほな持ってきますなー」


野間は携行していた死体袋に、手際よく遺体を詰める。

それはおよそ人の死を扱っているのは思えないほどの軽快さだった。

ラモンはそれを最後まで見届けることなく、居間の扉を開ける。


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91 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:10:19 ID:T8a5cjVM0
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(゚A゚* )「どこ行きますのん?」

( ・∀・)「しばらくここを空けて潜伏する。仕事の後なんでな」

(゚A゚* )「そうですか〜。ならこれ渡しときますね」


野間は数メートル先のラモンの背中へ向けて、懐から取り出した紙を綺麗な軌道で投げて寄越した。

ラモンはそれを、まるで背中に眼でもついているかのように後ろ向きのままキャッチする。

それは名刺大の大きさの、連絡先が書いてある紙であった。


(゚A゚* )「鯉衣はんの代わり務めますさかい、これからもよろしゅう」

( ・∀・)「あんたが信用に足る人間ならな」


ラモンは紙にざっと眼を通すと無造作にポケットへしまい、表へ通じる戸口を開いた。

日はまだ高く、そこで殺しが行われたことなど、露知らぬ事実であるかのような陽気であった。


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92 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:12:16 ID:T8a5cjVM0
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  ─────
     ─────


ラモンが身を隠したのは、組織所有の雑居ビル群のうちのひとつだった。

蕪新町には、組織の所有物件である廃ビルが幾つか点在している。

表沙汰に出来ない取引や、発見されるべきでない遺体の隠蔽などに使用されるのだ。

そのビルの中に、廃墟であるにも関わらず、組織が電気水道を通しているビルがひとつだけある。

それは、ラモンの隠れ家としてボスが提供したものだった。

アパートと高級住宅、それにこの廃ビルをローテーションして、ラモンは世間から身を潜めているのである。

本来ここは居住目的でないため生活環境は整っていないが、それを気にするラモンではない。

打ちっぱなしのコンクリートに身を横たえ、体を軋ませながら眠りにつく。

電気は連絡用のスマホの充電にしか使わないし、トレーニングをしなければシャワーを浴びる必要もない。

それを慣れたものとこなせる程度には、そこでの生活はラモンの身に染み付いたものとなっていた。

そして翌朝、日が登るのを待ってラモンはビルを後にする。

潜伏場所にここを選んだのには、もうひとつ理由があった。


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93 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:13:57 ID:T8a5cjVM0
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ラモンの隠れ家のビルから僅か徒歩十分ほどの距離に、もうひとつ別の雑居ビルがある。

鉄条網で囲まれ、一見すると立ち入り禁止区域にしか見えないが、ラモンは柵を乗り越えて堂々と不法侵入する。

正面の入り口には南京錠がかかっており、裏口へ回ると鍵のついていない扉が、壊れて半開きになっている。

ラモンはそのどちらも無視し、非常用階段からビルの中へと入っていった。

ラモンの靴の音だけが、建物の中に響き渡る。

内部は明かり取りの窓すら無く、歩く者へ絶えず陰気で湿っぽい印象を投げ掛けてくるようだ。

その屋内が、突然まばゆい光で照らされた。

強烈な光は、死んでいると思われていた室内灯から放たれていた。

市販されている物より、遥かに光量が大きい。

そしてビル内に、とてつもないボリュームの音声が流される。


『いらっしゃ〜い!!ようこそラモン兄!!』

( ・∀・)「悪趣味は変わらずだな、ドクよ」


ラモンは、天井に据え付けられたスピーカーを睨みながらぼやいた。


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94 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:15:13 ID:T8a5cjVM0
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『悪趣味?何のことか分かんないなぁ〜』

『それより、俺の組んだカウントアプリ使ってくれてる?』

( ・∀・)「あぁ、重宝してる」

『そりゃ良かった!ラモン兄のためになってるなら、作った甲斐があったよ〜』


ドクと呼ばれた声の主は、そのラモンの声が聞こえているかのような応対を見せた。

スピーカーと共に、集音マイクが据え付けられているのだろう。


『それで、今日は何の用?』

( ・∀・)「『ロマネスクの恩赦』だ」

( ・∀・)「なぜ殺し屋でもないお前が、ロマネスクの恩赦に参加する?」

『アハハッ、なんだそんなことかぁ』

『別にダメならダメで諦めるつもりだったけど、上からは特に止められもしなかったからね』


スピーカーの向こうから、あどけない笑い声がする。

子供のようでいて、子供のものではあり得ない、不思議な笑い声だった。


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95 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:16:43 ID:T8a5cjVM0
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『俺はね、組織から離れて自由になりたいだけなんだよ。ラモン兄』

『俺には外へ出る権利がある。何故なら俺は、こんなにも才に溢れてるんだから!』

『俺の才能は、こんなちゃちな組織で燻らせるには勿体ないと思わない?』

( ・∀・)「考えが甘いな、ドク。世間知らずにも程がある」

( ・∀・)「これは忠告だ。今すぐに恩赦から手を引け」

『組織にもたれっぱなしのラモン兄が言っても、説得力はないよ』

『それに、一度名乗りを上げたら後に引けないのくらい、知ってるだろ?』

( ・∀・)「それでもだ。どんな詫びを取らされようが、謝罪を入れてなかったことにしてもらえ」

( ・∀・)「でないとお前、すぐに取り返しのつかないことになるぞ」

『死ぬのなんて、今さら怖くないよ』

『それともその忠告は、俺があんたと同じミックスチャイルドだからしてくれてるの?』

( ・∀・)「……!」


ラモンはその言葉に一瞬だけ顔をしかめると、すぐに元の無表情に戻った。


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96 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:17:59 ID:T8a5cjVM0
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( ・∀・)「違うな。他の殺し屋に惨たらしく殺されるくらいなら、俺がお前に引導を渡してやるってだけだ」

( ・∀・)「それが旧知である俺の出来る、最大限の譲歩だ」

『だったら、俺のいる階まで来て俺を殺してご覧よ』

『ラモン兄には、無理だと思うけどねぇ〜』


そしてライトは、部屋の奥に続く扉を煌々と照らし出した。


『さぁ、おいでよラモン兄。地獄はどこにあるのか、よぉく教えてあげる』

( ・∀・)「……」


ラモンはその芝居がかった台詞に応じず、黙って奥の扉へと歩いて行った。


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97 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:19:25 ID:T8a5cjVM0
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扉の奥には階段があり、ラモンは階上へと足を運ぶ。

強い光も、階段の最奥までは照らし出すことが叶わない。


『けどさぁ、よく俺が恩赦の参加者だって分かったねぇ』

『俺の関与を察知されないうちに、二、三人殺っておくつもりだったんだけど』


スピーカー越しの雑談は、ドクが一方的に話しかけることで成立している。

ラモンはそれに、特段集中力を乱された様子もない。


( ・∀・)「そこが甘いってんだよ、ドク」

( ・∀・)「参加者の証明写真、二枚目がお前の殺った被害者だろう」

( ・∀・)「あれくらいなら、俺でなくとも特定できる」

『チェッ、なぁんだ。バレバレだったのか』


恩赦への参加表明写真、その二枚目に位置する写真は、「死因の特定出来ない写真」であった。

絶命した被害者にはこれといった外傷もなく、着衣の乱れもない。

ただ血の気の失せた顔と、精気を発することのなくなった体が写されていただけであった。

それは自身の殺しへの関与を喧伝せねばならない特性上、有り得ない写真である。

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98 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:20:32 ID:T8a5cjVM0
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( ・∀・)「お前のことだ。『殺しの痕跡を残さないのが何よりの証拠』とでも言いたかったんだろ」

( ・∀・)「自分なら、他のどんな殺し屋より上手く人を殺せるって風にな」

『よく分かってんじゃん、ラモン兄』

『殺しは所詮作業だよ。もっと効率を上げて、機械的に進めるべきなんだ』

( ・∀・)「お前と殺しの議論をするつもりはさらさらない」

『フフフ……さぁラモン兄、第一の試練の登場だよ!上手いこと切り抜けてごらんよ!』


階段を登りきった先には、再び光に照らされた廊下があった。

しかしその先に待ち受けていた物は、さすがのラモンでも想像し得なかった物だった。


( ・∀・)「……なんだ、これは?」

『お掃除ロボットのルンボくんで〜〜〜す!!』

『おっと、パクりだなんてお寒いこと言わないでおいてよね?』


ラモンの視界に移ったもの。それは、廊下の両端にズラリと並んだ、どこかで見覚えのある円筒形の機械だった。


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99 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:21:56 ID:T8a5cjVM0
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( ・∀・)「……ルンバか?」

『ガワは確かにルンバの流用だけど、中身は全くの別物だよ?』

『ラモン兄が対処を間違えれば、すぐにでも襲い掛かってくる』

( ・∀・)「対処、ねぇ……」

『それを渡りきって、見事三階まで来られればラモン兄の勝ちだよ!』

( ・∀・)「くだらねぇな。殺しは作業じゃなかったのか?」

『作業と同時に娯楽でもなきゃ、やってられないでしょ?さぁ、ラモン兄の技、よぉく見せてよ!』


ラモンは摺り足になり、両端に掃除ロボットのいる廊下を、ジリジリと歩いた。

廊下は60m程で、およそ1mごとに間隔を開けてロボが置いてある。

ルンバの形をしたロボは、よくよく聞けば微かな機械音を鳴らしていた。

その背には、銃口とおぼしきパーツが取り付けてある。

それを見て、ラモンは懐から銃を取り出していた。

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100 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:24:45 ID:T8a5cjVM0
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予備の弾丸も、十分に用意してある。仮にここでロボを全て撃ち壊しても、弾は余剰するだろう。

だがラモンは、ロボの銃口を見ながらも、安易にそれを撃つことをしなかった。

それはひとつには、ドクの性格を十二分に把握しているためだった。

見ての通り、彼はロボットの製作を得意とする異能のマフィアであった。

元は孤児として組織に拾われ、暗い仕事を任されるはずだったが、そちらの方面では全く芽が出なかった。

本来なら役に立たない孤児は、その時点で始末される運命である。

だが運の良いことに、彼は意外な才能を発揮し、それをボスへ見出だされる。

それが、機械工学である。

拳銃の仕組みを解体せずに理解して、自動小銃の設計図を書いたのが齢十歳の時だった。

落書きと見紛うその設計図の価値を、ボスであるロマネスクだけが見抜いていた。

ボスはその才能を磨くことを条件に、孤児の彼をMITへ進学させることにした。

今では新しい暗殺兵器の開発に携わり、殺し屋どもに重用されている。

また最近では、一般に流通するものより遥かに高度な、暗殺用人型ロボットを製作しているとの噂もある。

それにあやかってついた二つ名が、≪贋作博士(フェイクファー=ドク)≫であった。


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101 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:25:53 ID:T8a5cjVM0
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何よりラモンが警戒しているのは、ドクの意表であった。

昔から彼は、こちらが思いもしないことをしでかすのが得意だった。

例えば、好かない殺し屋へわざと暴発する銃を渡した、遠隔操作の爆弾を設置する前に爆破した、等と噂になっている。

証拠こそなかったが、恐らくそれは事実であろうとラモンは踏んでいた。

ドクが手をかけたのは、彼が組織に入るに当たり厳しく指導された相手ばかりだったからだ。

ラモンにはそれが、ドクの復讐心からというよりは、臆病なまでの防衛本能から来ているように思えた。

確実に殺そうとするのは、彼の場合報復を恐れる心の裏返しなのだ。

そして今、この場所でラモンが取るべき最も合理的な方法は、「撃たれる前に撃つこと」である。

臆病なドクがそれを想定していないことなど、有り得るだろうか?

わざと銃口を露出したロボを用意し、ラモンの敵がい心を煽っているようにも見える。

それ故、ラモンは撃つことをせずロボットの反応のみを伺っているのである。

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102 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:27:36 ID:T8a5cjVM0
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事実、ラモンが進むに任せて、ロボは動きをほとんど見せなかった。

機械音だけを唸らせ、ラモンを左右から見送っている。

そして10m前後進んだところで、ラモンは確信した。


( ・∀・)(こちらから手を出さない限り、こいつらは動かない……)


ラモンの方向を音で感知してはいるものの、そこから弾が発射されることはない。

恐らく、その銃口に怯えて弾丸を放てばアウトだったのだろう。

しかし、まだ油断は出来ない。ラモンは最大限の注意を払い、歩みを進めた。

そして、次の扉までの距離が残り30mを切った時であった。


( ・∀・)「……!!」


突然、ロボが唸りを上げて襲い掛かったのである。


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103 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:31:32 ID:T8a5cjVM0
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廊下の両端から、突如として駆動音が鳴り渡った。

そして円筒形の殺人機は、ラモンの上半身へ射出口を向ける。

数十台のロボが一斉に向きを変える様子は、圧巻の一言である。

ラモンは、突然の銃口から逃れるために、拳銃を使いながら咄嗟に走り出していた。

扉まで、残り30m。

直前まで無反応だったロボはそのまま動かず、ラモンより前のロボだけが動いている。

そのためラモンは後方を見ずに、前方のロボだけを撃っては壊していった。

壊れた残骸はさらに前へ蹴り飛ばし、掃除ロボットの進行を妨害する。

扉まで、残り20m。

走りながら銃を装填しなおすのは困難だったが、ラモンはそれをやってのけた。

ラモンの速射は、ロボの銃口を寄せ付けなかった。

弾が発射されるより早く、ラモンはロボを打ち壊す。

扉まで、残り10m。

自身へ迫る銃口のうちから近いものを的確に選び、ラモンは撃ち落としていった。

ラモンの足は、ロボの足並みより断然早かった。

立ち塞がるロボを薙ぎ倒しながらラモンは走破し、無事扉へとたどり着いたのである。


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104 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:34:05 ID:T8a5cjVM0
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『アハハハッ!!やったねラモン兄、さすがじゃん!!』


スピーカー越しに、パチパチと拍手の音が聞こえてくる。

ロボは素体となった掃除ロボと同様に、段差は乗り越えられないらしい。

階段の上から見下ろしている限り、安全なようだ。


『ラモン兄のお察しの通り、このロボットは銃を撃てば圧力感知で撃ち返してくる仕様だったんだ』

『ただし、廊下の半分のロボットまではね?』

『後半の半分は普通にセンサー感知のロボだったから、壊しながら逃げるの大変だったでしょ?』


ケラケラと笑いこけながら、ドクはラモンを労った。


( ・∀・)「底意地の汚ぇ罠だな……臆病者のお前らしい」

『でも、銃の発射タイミングにラグを作ってたの、ラモン兄気づいてたよね?』

『そゆとこ気づくの、マメだよね〜〜〜』

( ・∀・)「お前に誉められても、何しようもないな」

『アヒャヒャッ、そりゃそうだ!』

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105 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:36:25 ID:T8a5cjVM0
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『てなわけで、今回のテーマはズバリ、「選択」でーす!』

『どんな判断を下せば間違いないか、敵を殺すのか殺さないのか、どこまでが罠でどこまでが道なのか?』

『ラモン兄にはギリギリの瀬戸際まで考えてもらうよ〜!!』

( ・∀・)「付き合いきれんな。お前の薄汚れたゲームには」

『そんなこと言わないでよぉ!ラモン兄はここに入ってきた時から、ずーっと試されてたんだから』

( ・∀・)「知ってるよ。『入り口の三拓』だろ?」

『ウフフ、そうそう!やっぱり気づいてたんだ!嬉しいなぁ!』


ドクはスピーカーの向こうで、一人喝采を上げていた。


( ・∀・)「ここへ入る前、正面玄関と裏口と非常口の三つの入り口があった」

( ・∀・)「正面は鍵がかかってて、裏口は壊れて半開き。そのどちらも不正解」

( ・∀・)「正解の入り口は非常口だけだった、ってことだろ?」

『ピンポーン!間違った入り口から入ったら、電流で黒焦げだったよ〜!』

『罠を張る人間からしたら、罠に気づかれず死なれるのって虚しいんだよねぇ』

『その点ラモン兄はすっごく優秀だよ!その調子で、もっと俺を楽しませてよ!』

( ・∀・)「抜かせ。お前ごときの罠で、俺を殺せると思うな」

『さぁ、どうだろうね?やってみないと分からないよ?』

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106 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:38:55 ID:T8a5cjVM0
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ラモンはその挑発的な物言いを無視して、三階への階段を登った。

扉を開けた先には、奇妙な人物たちがたむろしていた。


( ∵)「ゴ……ゴオォォ……」

( ∵)「ゴッ、ゴッ……」

( ∵)「ゴェェェェ……」


呻き声のようなくぐもった声を上げて、屈強な男たちが十名ほどで廊下を塞いでいる。

その顔には、一様に無表情な能面のような仮面が取り付けられていた。


『さぁ、第二の試練だよ!道を塞ぐその男たちを、ラモン兄はどうやってどかす?』


ドクは嬉々として、ラモンを試す行いを止めようとしなかった。

ラモンはその問いに応じず、黙って戦闘の構えを取る。

しかしラモンはその男たちに、言い様のない違和感を覚えた。

男たちは道を塞ぐだけで、一向にラモンの方を向かないのだ。

言い知れぬ不穏さを感じたラモンは、そのうちの一人を捕まえて、無理やり仮面を引き剥がした。

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107 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:41:10 ID:T8a5cjVM0
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(-_-)「ンガッ……」


その仮面の下の顔は、眼と口を無惨にも縫い止められていた。

表情は哀れにも怯えきり、小さく震えている。


( ・∀・)「『人飼い』か……お前、ついに外道に落ちきったかよ」


人飼い、すなわち奴隷のことである。

逃げることのないよう眼と口を塞がれ、生殺与奪を奪われたのだろう。

道を外した一般人をヤクザが飼うことは、現在でもない話ではない。

その一般人の末路が、いいものであるはずないのも想像に難くないだろう。

しかし、生きたまま眼口を縫われるのは、やはり残酷な仕打ちである。


( ・∀・)「……」


ラモンは続けて、男の着ている服をナイフで破いた。

その下には、一目でろくな目的ではないと分かるような機械が取り付けられていた。

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108 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:42:58 ID:T8a5cjVM0
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( ・∀・)「こいつぁ……爆弾か」


『そうだよ〜。心音と連動させて、心臓が止まると爆発する爆弾なんだ!』

『ちなみに、ちょっとした衝撃でも爆発しちゃうかもしんないから気をつけてね?』

『そいつらには誰も通すなって言ってあるから、ラモン兄も簡単には通れないと思うよ〜』


ドクの言うとおり、男たちはスクラムを組んでラモンの行き先を阻んだ。

恐らく最初からそうするよう、ドクから指示されていたのだろう。

確かに道を阻むだけなら、眼が見えている必要はない。


『さて、どうする?ラモン兄の格闘技術でも、爆弾にショックを与えずに通るのは難しいよね』

( ・∀・)「……」


ラモンは、男たちのスクラムを見つめながらしばし考えていた。


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109 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:45:15 ID:T8a5cjVM0
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爆弾は、男たちの胸部に取り付けられている。

胴体に派手な振動を与える攻撃は出来ないということだ。

それどころか、気絶させて倒れたショックでも爆発するかもしれない。

胴に攻撃を当てず、倒れもさせられない。

そのミッションは、どう考えても不可能な物であるとしか思えなかった。


( ・∀・)「普通の奴なら、な」


ラモンは拳をコキリと鳴らし、男たちの群れへと近づいた。

そして、最初に仮面を剥いだ男の前へ立つ。

男はラモンがそこにいることに、まるで気がついていないようだった。

それは目が見えていないという以上に、ラモンが静寂に身を委ねているためのように見えた。

そして次の瞬間、ラモンの掌底が男の顎を、これ以上ないほど正確に貫いた。

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110 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:47:48 ID:T8a5cjVM0
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直ちに男の意識は失われ、前へつんのめって倒れそうになる。

ラモンはそれを反対の手で支え、足を刈るようにして後ろから男の両膝を押した。

力が抜けて折れた膝に体重がかかり、男は綺麗な正座のポーズで気絶した。

ラモンは間髪入れず、隣にいた男に躍りかかった。

伸び上がるような美しい掌底は、頑丈な男の顎を砕く。

そうして横倒しに倒れそうになった男をラモンが引っ張り、床へゆっくりと下ろした。

男たちは周囲で何が起こっているのか確認も出来ずにいた。

自分たちの間を縫うようにして、何かが意識を刈り取って行くのを感じるのみである。

やたらめったらに振り回される腕を掻い潜り、ラモンは次々と男たちの顎を弾いていく。

そして、尻餅をつきそうになった子供をあやすように、優しく床へ下ろしていった。

まるで力の差を覚え込ませるように、ラモンは丁寧に男たちを下していく。

数の利以上の、大人と赤子ほどの力量差が、そこにはあった。


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111 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:49:49 ID:T8a5cjVM0
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そして数分後、そこには腹を上にして気絶した男たちの姿があった。

うつぶせにすれば、爆弾に刺激を与えるかもしれない。

全てはそう考えたラモンが、彼らをコントロールして寝かしつけた故の姿勢だった。


『やっぱラモン兄って、化け物だね』


さすがのドクも、そう答えるしかなかったようだ。


( ・∀・)「俺からすれば、人間爆弾なんてバカな真似するお前の方が化け物だよ」

( ・∀・)「端から遠隔爆破出来るようにしておけば、ムダな手間はかからなかったろうにな」

『殺すためだけじゃゲームにならないでしょ?』

『それに、ラモン兄なら遠くから爆発させても避ける気がしたからさ』


ラモンはそれを無視し、四階への階段を登る。

爆弾を避けれたのかについては、敢えて何も応えなかった。


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112 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:51:56 ID:T8a5cjVM0
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その後もラモンは、驚異的な洞察力を見せ続けた。

四階には、赤外線感知のトラップが仕込まれていた。

少しでも体が赤外線に触れれば、四方からガトリングが火を吹くよう設置されている。

しかしもちろん、赤外線が肉眼で見えるはずがない。

ラモンは赤外線の射出口のみを見て光の向きと高さを判断、これを無事突破した。

五階の廊下は地雷源の園だった。

一歩でも間違えれば、地雷はラモンの体を跡形もなく消し飛ばすだろう。

ドクはそれすらも、回避の手段を用意していると宣う。

その地雷の配置の法則をラモンは看破し、見事突破した。

その地雷源の奥の一室。そこが、ドクのいる部屋だった。

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113 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:54:31 ID:T8a5cjVM0
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ラモンは、錆びた重い扉を難なく開けた。

室内は、二十坪ほどの広さがあるように見えた。

床にはゴミの詰まった袋が無数に置かれ、机には何かしらの設計図のようなものが散乱していた。

右手側には固そうなベッドがあり、奥にはトイレのマークが着いた扉まである。

生活の全てをここで済ましているような印象が残った。

部屋の一番奥にはモニターが幾つも据えられ、そのモニターの前の椅子に、ドクは座してラモンを待っていた。


('A`)「やぁ、ラモン兄」


恐らく、そこでラモンの動向を逐一監視していたのだろう。

ラモンは返答せず、即座に銃を取り出してドクへ向けた。


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114 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:55:57 ID:T8a5cjVM0
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('A`)「おっと、ストップストップ!せっかちだなぁラモン兄は」

( ・∀・)「悪いが、ここまで来てお前を見逃すつもりはない」

( ・∀・)「それとも、最後まで見苦しく抵抗してみせるか?」


ラモンは、ドクがどう動いても対応できるよう、ジリジリと距離を詰めた。


('A`)「ラモン兄ってやっぱ、優しいよねぇ」

( ・∀・)「……なんだと?」

('A`)「昔の弟分が哀れだから殺してやろうなんて、普通の殺し屋は考えないよ?」

('A`)「こんな労力までかけて、さ」

( ・∀・)「そいつは、皮肉で言ってるのか?」

('A`)「いいや、本心だよ。俺なんかラモン兄にしてみれば、取るに足らないガキだろうにね」

('A`)「だから俺も、精一杯ラモン兄をもてなすんだ」


言って、ドクはゆっくりと両手を挙げた。


('A`)「さぁ、最後の試練だよ。ラモン兄」

('A`)「最後の選択は、『無抵抗の俺を殺すか殺さないか』、だ」

( ・∀・)「……!」


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115 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 19:58:26 ID:T8a5cjVM0
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二人の間に流れる時間が、ゆっくりと粘っこいものになった気がした。


( ・∀・)「抵抗しなければ、俺が躊躇を見せると思うか?」


ラモンの銃口は、ドクの眉間から一時たりとも離れない。


('A`)「いいや、ラモン兄なら一切の躊躇なく撃つだろうね」


そう言う割に、ドクの表情からは怯えが見受けられなかった。

それは、死を覚悟してのことなのか、それとも何らかの罠を前提としたものなのか。


( ・∀・)「下らんな。撃つぜ」


宣言して、ラモンが引き金を絞ろうとした、その時だった。


('∀`)「ンッフ、ウフフフ……」

('∀`)「やっぱラモン兄は優しいねぇ」

('∀`)「こんな時間稼ぎの会話にも、付き合ってくれるんだから」


瞬間、ドクの顔は凄まじい変貌を遂げていた。


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116 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 20:01:22 ID:T8a5cjVM0
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( ・∀・)「……!!」


その時、ラモンは見た。

ドクの顎が大きく割れ、そこから真っ黒な銃口がせり出して来るのを。

それを目撃した時、ラモンは銃口から体を逃がすため、横っ飛びに飛んでいた。

そして、発射された何かを避けながら、自らも銃を撃つ。

ドクへ向けて、ではなく。

彼らのいる部屋の、向かって左側の壁へ向かって、であった。

二発の銃声が轟き、続けてラモンは、目の前のドクを模したモンスターへ、動きながらあらんかぎりの銃弾を浴びせた。

そして円を描きながら近づいていくと、チャックを緩めていたジャージの上を脱ぎ、醜く開いた口へ覆い被せて縛った。

そうすることでようやくそのモンスターも、不審な動きを見せることはなくなった。


( ・∀・)「チェック・メイトだ」

( ・∀・)「そうだろう、ドク?」


ラモンは目の前の物体へでなく、銃弾を放った壁へ声をかける。


『なん、で……?』


その壁の一部が崩れ、中から何かが倒れ出てくる。


(;'A`)「がっ、あっ……!」


それは、腹部に二発の銃弾を受けた、『本物のドク』だったのである。


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117 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 20:03:16 ID:T8a5cjVM0
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ラモンは、倒れたドクへと歩み寄った。


(;'A`)「なんで……いつから偽物だって見破ってたの……?」

( ・∀・)「最初からだよ」

( ・∀・)「俺と殺りあいたいなら、視線の消し方くらい学んでから来るんだったな」

(;'A`)「なぁんだ……全部バレバレだったのか……」

( ・∀・)「当たり前だ」

( ・∀・)「贋作博士(フェイクファー=ドク)の異名を持つお前が、最後の最後にロボを使わんはずがないだろう」


偽物のドクは、稼働部を無理やり止められ煙を上げてショートしていた。

ドクの気質やこれまでの傾向を省みて、何らかの擬態をしてくるだろうことは予想出来たことだった。

しかし、まさか丸のままロボットと入れ替わっているとは、最初は思いもしなかった。

左から見られている視線に気づかなければ、ラモンもそれがロボだとは確信出来なかっただろう。

それほどまでにそのロボットは、ドクと生き写しの精巧な姿形を持っていた。


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118 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 20:05:58 ID:T8a5cjVM0
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( ・∀・)「ついでに、死亡痕のない恩赦の死体の、種明かしもしてやろうか?」

(;'A`)「えっ……?」

( ・∀・)「多分、医療用のポリファイバー繊維を使った、極細の針だろう」

(;'A`)「……」

( ・∀・)「図星か。分かりやすい奴だ」


ラモンは語りながら、偽物のロボットの前へと立つと、ロボの口枷にしていた己のジャージを手早く外した。

傍目には分からないが、ラモンがジャージを振ると、口に当たっていた部分からジャラジャラと音がする。

その裏布には、目に見えないほど細かな針が、びっしりとこびりついていた。


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119 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 20:07:37 ID:T8a5cjVM0
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( ・∀・)「やはりか。これを胴や頭に受ければ、見た目に変わりなくても内臓はズタズタだろう」

(;'A`)「いつから、気づいて……」

( ・∀・)「痕跡の残らない殺し方なら、毒や菌がメジャーなところだ」

( ・∀・)「だが臆病なお前が、自分にも害のおよぶかもしれないそれらを使いこなせるとは思えん」

( ・∀・)「と考えたら、傷痕が見えないほどの極小の針か弾だろうと踏んだ」

( ・∀・)「医療用具の闇卸しなら、うちの組織もやってることだ」

( ・∀・)「それにポリファイバーなら、時間経過で血液に溶けて消え失せるからな」

(;'A`)「はは、すげぇや……専門家でもないのにそこまで分かるの……?」

( ・∀・)「こちとら、殺しの専門家だ。その程度のことに気づかずにやっていけるか」


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120 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 20:09:14 ID:T8a5cjVM0
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そしてラモンはドクの横に座り、その傷痕をまじまじと観察する。


( ・∀・)「壁越しじゃさすがに、急所をズドンって訳にはいかなかったな」

( ・∀・)「お前が望むなら、痛みを長引かせずに殺してやってもいいが、どうする?」

(;'A`)「ハ、ハハ……まったく、ラモン兄には敵わないや……」

(;'A`)「いいよ、このままで……ラモン兄に悪いし……それに、死ぬまでに話もしたかったしね……」


そしてドクは、床へごろりと大の字に転がった。


( ・∀・)「遺言なら聞いてやる。なんだ?」

(;'A`)「そんな大層なもんじゃないけど……」

(;'A`)「外の世界を知りたがるのって、甘かったのかなって……」

(;'A`)「ラモン兄は、どう思う……?」


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121 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 20:12:05 ID:T8a5cjVM0
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( ・∀・)「さぁ、な。ただ、殺し屋に喧嘩売るようなやり方には絶対賛同しなかった」

( ・∀・)「お前ほどの才能があったなら、他にどんなアプローチでも出来ただろうにな」

(;'A`)「へへ……そっか……やり方間違っちゃったのか……」

(;'A`)「でもさぁ……俺、ラモン兄みたいなスマートなやり方したかったんだよね……」

(;'A`)「誰にも媚びない……一匹狼みたいな、カッコいいやり方でさ……」

(;'A`)「まさか本人が……出てくるとは、思わなかったけど……」

( ・∀・)「成り行きでな。仕方なく、だ」

(;'A`)「あーあ……そりゃツイてないや……」


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122 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 20:13:44 ID:T8a5cjVM0
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(;'A`)「あー……もう意識が薄れて来たや……」

(;'A`)「こんだけ血が出てんだから当たり前かぁ……」

( ・∀・)「そうだな。お前はもうじき、死ぬだろう」

(;'A`)「うん……それじゃ、正しい選択を続けたラモン兄へ、最後にプレゼントをあげるよ……」

(;'A`)「とっておきの……俺しかしらない情報だよ……」

( ・∀・)「なに?」

(;'A`)「俺、一ヶ月くらい前に……ボスの直令でロボットを一機作ったんだ……」

(;'A`)「それが奇妙な命令で……ボスの顔を型どったロボを作れって……」

( ・∀・)「なんだと?」

(;'A`)「その時は分からなかったけど……そのロボ、恩赦に関係してるんじゃないかな……」

(;'A`)「なんとなく、そんな気がするんだ……」

( ・∀・)「分かった。忘れずに記憶しておく」


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123 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 20:14:58 ID:T8a5cjVM0
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(;'A`)「あーあー……もう、終わりかぁ……」

(;'A`)「楽しい時間は……あっという間、だね……」

( ・∀・)「あぁ。楽しかったか?」

(;'A`)「もちろん……最後に遊ぶのがラモン兄で……良かった……」

( ・∀・)「そうか」

(;'A`)「あぁ……」


(;'A`)「…………ごめん、ラモン兄」

(;'A`)「俺……俺やっぱり、まだ死にたくないよぉ……」

(。;A;)「……ウッ……ウェェェン……ウェェェ……」


そして、しばしの慟哭の後、ドクの手は力無く床へと伏せられた。


( ー∀ー)「……」


ラモンは涙に濡れたその瞳を、ずいぶんと優しい手つきで、閉じさせてやっていた。


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124 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 20:16:39 ID:T8a5cjVM0
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Prrr、Prrr……


『はいなー。ラモンはん何のご用でっかー?』

( ・∀・)「野間か、犬の処理を頼む。場所は組織の雑居ビル三号だ」

『はいはいー。すぐ向かいますー』

( ・∀・)「それと、今回は処理に指定を頼みたい」

『ええですよー。どうします?』

( ・∀・)「埋めで頼む。可能なら誰にも掘り起こされない場所がいい」

『構わんですけど、そうなると手間賃余計にかかりますよ〜?』

『埋めより沈めたり燃やしたりの方が、楽ですからねぇ』

( ・∀・)「いいんだ、そうしてくれ」

『はーい。それじゃそのようにー』

( ー∀ー)「……」


ドクの死体処理にあたり、死体の損壊の少ない埋めを選んだのは、ラモンの優しさ故なのかどうか。

それは、選んだ本人にしか、分からないことであった。


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125 ◆WvlUzi6scI:2019/01/25(金) 20:17:02 ID:T8a5cjVM0
第三話了

126名無しさん:2019/01/25(金) 21:07:44 ID:R5P/bhEg0
乙!

127名無しさん:2019/01/26(土) 00:10:42 ID:uBVP4JPI0
乙です!
やっぱり面白い

128名無しさん:2019/02/06(水) 19:18:33 ID:IedhGcv60
すごい面白い

129 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:17:36 ID:WtupneaY0
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第四話:≪グラン=ウィッチ≫








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130 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:20:04 ID:WtupneaY0
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ラモンがロマネスクの恩赦に巻き込まれてから、早三日が経った。

名乗りを上げた七名のうち、すでに二名がこの世を去っている。

当初は傍観に徹するつもりだったラモンだが、結果的に二名とも彼が手を下した形となっていた。

先に手を出したトゥーンはともかく、ビルにこもっていたドクを殺したことで、もう言い訳は出来なくなっている。

ドクを殺したのは、他の残虐な殺し屋に命を狙われることを哀れと思ったからである。

ラモンの認識では、ドクは技術屋であって殺し屋ではない。

この戦いを勝ち抜くのは、到底無理だと思われた。

といって、本人にそう言って説き伏せるのは、馬に念仏を教えるより困難である。

故にラモンは、望まない殺しを甘んじて受け入れたのであった。


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131 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:20:47 ID:WtupneaY0
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これでラモンは、自分が無関係であるというポーズを取ることは出来なくなった。

ドクのために何かしてやったというより、自分の拭えぬ甘さがそうさせたのだという意識が強い。

我ながら馬鹿な選択をしたと思うが、さりとて格段の悔いもない。

『悔い嘆き諦めるより先に、とことんやれ』

それは、ボスからの直々の教えであった。

そして現在、ラモンはトゥーンと死闘を演じたボロアパートへ帰って来ている。

銃身の替えを持ってくるよう、野間に依頼していたからである。

拠点としているのは変わらず雑居ビルなのだが、そちらには銃を分解する工具を置いていない。

そのため、工具を取りに来たついでという理由もあった。

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132 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:21:34 ID:WtupneaY0
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野間とは、自室の前で待ち合わせていた。

先に来ているか、それとも少し待つことになるかは先方次第だった。

ラモンは、いつも通りのボロ階段を抜け、汚い廊下を足早に駆けた。

その歩みが、ふとした拍子にゆっくりと止まる。

人通りの皆無なはずのその廊下に、誰か立っているのが見えたからだ。

じっと凝視すると、薄暗い廊下の片隅に白い人影が見える。

ラモンは、自分をつけ狙う刺客の可能性を考慮して、注意深く進んだ。

そして数歩歩いたところで、その白い影の正体が見えた。

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133 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:23:30 ID:WtupneaY0
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川 ゚ 々゚)「〜♪」


そこにいたのは、鼻歌まじりにくるくると回る一人の少女であった。

ラモンはわずかに警戒を解いて、そのそばを歩く。

彼女は、人一人見かけることのないボロアパートで、ラモンがごく稀に遭遇する少女だった。

いつも廊下で一人遊びに興じて、ラモンに注意すら払わない。

常に白いワンピースを身につけ、足は季節に関わらずサンダル履きだった。

年齢が幾つなのかも分からないし、想像する必要もない。

今回もまた、何事もなく通りすぎるだけだと思われていた。

しかしその時、横を通りすぎようとしたラモンに、少女の方から声をかけて来た。


川 ゚ 々゚)「お兄さん!」

川 ゚ 々゚)「お花はいりませんか?」


ラモンに向かって少女が話しかけて来るのは、これが初めてだ。

少女は思いの外はっきりとした口調で、そう聞いてきたのだった。

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134 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:24:36 ID:WtupneaY0
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( ・∀・)「花?」


ラモンは一旦足を止め、少女の顔を見た。

よく見ると、その右手に彼女の言う花らしきものが見える。


川 ゚ 々゚)「はい!どうぞです!」


少女は廊下の暗がりから姿を見せると、右手をラモンに向けて差し出した。

そこには、ずいぶんと萎れて首の折れた、黄色い菊の花が握られていた。


( ・∀・)「悪いが、金の持ち合わせがないんでな。またにしてくれ」


そういって、ラモンは彼女の追随をかわそうとした。

そのラモンの胸へ、少女は菊花を押し付けるようにして渡す。

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135 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:26:14 ID:WtupneaY0
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川 ゚ 々゚)「お兄さんはいい匂いがするから、タダであげるです!」

川 ゚ 々゚)「はい!」


そうして潰れた花をぐいぐい押しつけられて、ラモンは苦い表情になった。


( ・∀・)「いい匂いってなんだ……」

川 ゚ 々゚)「火薬と、錆びた鉄の匂いがするです!」


それは果たしていい匂いなのか分からず、なし崩しにラモンはその花を受け取ってしまった。


(゚A゚* )「なんや、えらいモテモテでんなぁラモンはん」


間の悪いことに、ラモンは全て見られるそのタイミングで、後から来た野間と鉢合わせてしまった。

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136 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:27:57 ID:WtupneaY0
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川 ゚ 々゚)「あっ、おねーちゃん!!」


少女は野間を見て、大きく手を振る。


( ・∀・)「なんだ、知り合いか?」

(゚A゚* )「いいや、全く。誰かと勘違いしてるんと違います?」


野間は少女に一瞥もくれず、ラモンの前を歩いて行こうとした。

少女はそれを、どこかショックを受けたような顔で見送っている。


( ・∀・)「……」


妙な違和感を覚えながら、ラモンは少女にもらった花を握り、野間の後へと続いた。


(゚A゚* )「ご注文の品、確かに持って来ましたでー」


ラモンの部屋へ入るなり、野間はバッグから幾つかの箱を取り出す。


(゚A゚* )「サプレッサーと銃身の替え、それとこれはサービスですわ」


細長い箱を二つ、正方形の箱を一つ、ラモンに渡す。

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137 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:29:32 ID:WtupneaY0
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( ・∀・)「これは?」

(゚A゚* )「銃弾(マメ)百発、オマケしときます〜。使うてくださいな!」

( ・∀・)「頼んでないものを持って来るな。恩に着るつもりはないぞ」

(゚A゚* )「ええんですええんです、これから贔屓にしてもらうのが目的なんで」

( ・∀・)「この弾、ちゃんとした正規品なんだろうな。安物で命を無くすのは真っ平だが」

(゚A゚* )「当たり前ですやん!雑なもん渡して信用失ってたまりますかいな」

( ・∀・)「分かった、それならもらっておこう。代金は?」

(゚A゚* )「三十万てとこで、どないですか?」

( ・∀・)「あぁ、即金で払う」


ラモンは懐に手を突っ込むと、札束の入った封筒を渡した。

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138 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:31:17 ID:WtupneaY0
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( ・∀・)「ここに百万ある。お前の必要な分だけ抜いていい」

(゚A゚* )「雑な勘定しますなぁ。うちが余分に抜いたらどうしますの?」

( ・∀・)「これからの手間賃代わりだ。全額取っていっても別に構わん」

(゚A゚* )「はぁ〜。さすがに仕事人は持ってるもん持ってますなぁ」

(゚A゚* )「けど、一度言った手前信用に関わるんで、最初の三十だけで結構ですわ」


野間は札束を弾くと、三十枚正確に数えて懐に収めた。


(゚A゚* )「はい、確かに。今後ともうちをよろしゅうお願いします」

( ・∀・)「律儀なもんだな。手付金くらいもらっても良さそうなものを」

(゚A゚* )「連絡員いうのもこれで面倒なもんでしてね」

(゚A゚* )「金の出入りは出来るだけクリーンにしとけ言われてるんですわ」

(゚A゚* )「代金ピン跳ねしてるなんて思われたら、命取りですからねぇ」


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139 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:32:53 ID:WtupneaY0
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軽口を叩いた後、野間はラモンの部屋を後にしようとした。

その足が、彼に向けてくるりと反転する。


(゚A゚* )「あぁ、そやった!大事なこと忘れてましたわ!」

( ・∀・)「なんだ?」

(゚A゚* )「ラモンはん、さっきの女の子といいモテ期が来てるんと違いますか?」

(゚A゚* )「うち、ラモンはん宛のパーティーの招待状を預かって来てましてん」


野間は金を受け取ったのと逆のポケットから、真っ白な封筒に入った手紙を取り出した。

ラモンはそれを、何とも言えない表情で受け取る。

殺し屋を呼び出すパーティーが、まともなものであるはずがないからだ。


( ・∀・)「……」


ラモンは無言のまま、手紙をくるりと返しその裏面を見る。

その手紙の差出人の宛名には、流麗な筆記体で、こう記されていた。


『Grand Witch』と。


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140 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:34:33 ID:WtupneaY0
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≪グラン=ウィッチ≫と呼ばれる殺し屋がいる。

それは、中国は黒竜江省の寒村を起源に持つ、暗殺者の末裔である。

中国北東部の寒冷地に属するこの地域は、昔から産業に乏しく、貧しい生活を余儀なくされる民が多かった。

その結果、人々は口に糊をするため、非合法な仕事に身をやつすことがままあったのである。

その最たる例が、肖(シャオ)家と呼ばれる暗殺者の一族であった。

肖家の者は女人だけで構成され、男児は従僕としての生を強制される。

そして女児は幼少期から、様々な種類の毒物の服用を義務づけられているのだ。

服用するものは毒草や毒茸に始まり、蛇蠍(だかつ)、蟲の毒針、毒魚の肝等、山海を問わず多岐に渡る。

少量ずつ、死に至らないよう食事に混ぜ、嘔吐しては解毒薬を飲み、次第に服毒する量を増やしていく。

それを繰り返し、体が毒を吸収し、抗体を得るまでひたすらに待つのである。

長年そのような生活を続けた結果、彼女らの体液は血液も唾液も、粘液ですら強い毒性を帯びることとなる。

その過程で死ぬ者も、発狂する者もいるほどの過酷な試練を潜り、早い者は十代の後半に暗殺者としての頭角を現す。

その体毒を使い、彼女らは数百年もの永きに渡り、中国社会の裏で暗躍を続けていたのだ。

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141 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:37:26 ID:WtupneaY0
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そして現在、肖家の者は≪グラン=ウィッチ≫と呼ばれる彼女一人だけとなっている。

噂では、一族郎党皆殺しにした彼女を組織の勧誘員(スカウトマン)が見初めたのだと囁かれていた。

その鮮やかな毒殺の手口から、彼女が≪偉大なる魔女(グラン=ウィッチ)≫の二つ名を賜っているのは確かな事実である。

恩赦の証明写真も、誰の犯行かこの上なく分かりやすい、毒殺死体だった。

チアノーゼで真っ青になった顔は、彼女の持つ神経毒で呼吸器に異常をきたした結果である。

そんな女が、自分のアジトにラモンを呼んでいる。

どちらにとっても、タダで済むはずがない事件であった。

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142 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:39:26 ID:WtupneaY0
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『フォークロア=ラモンへ』

『本日九時より、酒肴と僅かばかりの余興を持って貴殿を歓待致したいと存じております。』

『万が一お越しにならなかった場合、貴殿の殺しの証拠を携えて警察へ出頭することと相成るでしょう。』

『よくよくお考えの上、行動をご決定くださいますようご一考お願いいたします。』

『BAR ベラドンナにて、グラン=ウィッチより。』


野間から渡された手紙は、そのようなものだった。

それは招待状というより、ほとんど脅迫のような内容である。

ラモンは殺しをする際、証拠を残さないよう細心の注意を払っている。

まして同じ組織の人間が関わっている以上、隠蔽は完璧でなければならない。

それでなくても、殺し屋が警察を頼って出頭するなど有り得ないことだ。

だが、どのような想定外の漏れがあるかは、さすがのラモンにも判断のしようがない。

証拠があると言われれば、それを確認しにいくより他にないのである。


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143 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:42:00 ID:WtupneaY0
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ラモンは、招待状を寄越した野間を横目でチラリと睨んだ。


( ・∀・)「まさか、あんたもあいつとグルなんじゃないだろうな?」

(゚A゚* )「んな訳ありますかいな!!うちは組織宛てに送られた手紙持ってきただけです〜!!」

(゚A゚* )「ラモンはんが潜伏場所コロコロ変えるから、うちが預かるしかなかったんやで!!」

( ・∀・)「どうだかな。誰がどこで繋がってるかなんざ、誰にも分からんもんだ」

( ・∀・)「まぁいい。お前が関与してるかどうかは、奴の口から直接聞くとするか」

(゚A゚* ;)「それ、クロやったらうちが殺される奴ちがいます?」

( ・∀・)「俺に対してウソをつかなければいいだけだ。簡単だろ?」


当然ながらそれは、十中八九より高い確率でグラン=ウィッチの罠であろう。

そうと知りながら、ラモンは容易くそこに命を掛けることが出来る。

惜しむ物のないことは、ラモンの強みのひとつと言えるかもしれなかった。

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144 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:44:06 ID:WtupneaY0
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グラン=ウィッチの住み処は、蕪新町の国道沿いにある一軒のバーである。

国道とは言っても、主道からは道一つ逸れた場所にあるため、車通りはあまりない。

繁華街からもかなり離れた立地にあるので、一見すると知る人ぞ知る店といった様子に見える。

酒を飲ませることで稼ぐことを主体としていないのだから、それも当たり前だと言えた。

人の行き来が少ないということは、密事に使われても発見される可能性が低いという利点がある。

罠へ誘い込みさえすれば、たとえラモンであっても殺せるという自負があるのかもしれない。

稀代の毒使いグラン=ウィッチの罠とは、一体いかなるものか。

それを見極めるため、ラモンはまず外からの見(ケン)に徹することにした。

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145 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:45:24 ID:WtupneaY0
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現在の時刻は、午後八時半を回ったところである。

約束の時間より三十分早く来たラモンは、店へ入る前に周囲を探索した。

正面の入り口には、鍵がかかっていないようである。

その証拠に、黒い扉には次のような張り紙が貼られている。


『本日、貸し切りのため閉店致します。悪しからず。』


つまり、入るなら正面から入れとラモンへ告げているのだ。

次にラモンは、店舗の裏口へ周り侵入経路の確認をする。

そこには、エアコンの室外機と、ゴミを捨てるための大きめのポリバケツが二つ、据えられていた。

店の裏口には、当然のように厳重に鍵がかけられている。

設置された窓は小さく、割ってそこから入るには困難な形である。

店の裏手はフェンスで隔たれ、その先には松の木の防風林が繁っていた。

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146 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:47:30 ID:WtupneaY0
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裏口の鍵を壊して侵入することも出来るが、バーの体裁を取っている以上、防犯登録が成されているかもしれない。

警備会社へ通報されて捕まるような愚は、避けねばならない。

ラモンはしばし考えた後に、店舗裏のとある場所へ視線を流した。


( ・∀・)(……なるほどな)


得心がいったという顔で、ラモンは一人頷く。

そのまま外周を一周すると、裏から侵入するのを諦め、店の正面入り口へ戻ってきた。

どうやら彼は、正面から堂々と入ることに決めたようである。

ラモンは両手を組んで高く上げると、冷えた肩をほぐした。

しばし体の各所をストレッチしながら、人目がないことを確認してポツリと呟く。


( ー∀ー)「九十秒、ってとこか……」


そして息を大きく吸い込むと、魔女の住み処へ足を踏み入れたのである。

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147 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:49:13 ID:WtupneaY0
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店内は、じっとりと重く生暖かい空気に苛まれていた。

湿度が異様に高く、店内に流れる小粋なジャズも、それを些かも軽くはしない。

照明の暗い店内と相まって、まるで深海の水底を歩いているかのようであった。

そんな中ラモンは、初手から恐るべき颶風のような速さを見せた。

机の合間を縫うように、店の奥まで走ったのである。

最初からたどり着くべき目的地を決めていたような、そんな足取りだった。

その足に、一切の迷いはない。

そんなラモンを射抜くべく、機械仕掛けのボウガンが天井から彼を狙っていた。

そこから矢が放たれるや、ラモンは前転してそれを素早く避ける。

次々に発射される矢のどれも、ラモンの体へ触れることはなかった。

避けた先は店の奥へと通じる通路であり、そこにはピンと張られた鋼線が幾重にも張り巡らされている。

ラモンはナイフを取り出すと、鋼線を両断してボウガンの死角へと逃げ込んだ。

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148 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:50:14 ID:WtupneaY0
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鋼線に足を取られれば、体を切り刻まれた上にボウガンの餌食となっていただろう。

だがラモンはそれに安堵せず、足を止めることをしなかった。

奥の通路は狭く、暗さもあって先の見通しがあまり効かない。

しかしラモンは、そんな事を一切気にすることなく走った。

道中、天井からポタポタと水が滴っているところが幾つもあった。

屋内の異様な湿気の原因はそれかとも思えたが、ラモンはその水滴に当たらぬよう、慎重に体を動かした。

ラモンは直感的にそれを避けただけなったが、実はそれもグラン=ウィッチの仕掛けた罠の一つだった。

天井から滴っていたのは、管を介して流れる強アルカリ水だった。

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149 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:53:41 ID:WtupneaY0
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強アルカリ性の水は、たんぱく質と反応して火傷のような炎症を引き起こす。

量が少ないので致命にこそなりにくいが、皮膚や粘膜に付着しただけで大惨事になることは間違いない。

これも広義には、一種の毒と捉えることができる。

ラモンは見えづらい通路にも関わらず、丁寧にそれを避けきった。

そして、店の奥のとある一室へ、するりと潜入した。

そこはどうやら、鍵のかかっていない物品倉庫のようである。

雑多な品物が、適当に据えられたラックの上へ煩雑に放置されている。

ラモンは暗い室内をざっと見回すと、壁際に設置されたラックに注目した。

走り寄り、それを強く引っ張ると、簡素な造りのラックは音を立てて簡単に倒れた。

その裏には、ラックで巧妙に隠されたドアが存在した。

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150 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:55:18 ID:WtupneaY0
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ラモンはその扉を開けると、堂々たる足取りで中へ入った。


('、`*;川「……!」


そこにいたのは、正真正銘のグラン=ウィッチ本人であった。

顔の下半分を覆うような形の、ガスマスクを取り付けている。

そしてマスクを取り付けてさえ分かるほど、あからさまな驚愕の表情をしていた。

ラモンは、彼女へ向けて走ると、本人ではなくその横に置かれた機械に触れようとした。

その機械は、大量の蒸気を黙々と吐き出し続けている。

どうやらその機械が、室内全てに行き渡るほどの湿気の原因であるらしい。

それを止めようとしたグラン=ウィッチの動きを制し、ラモンは機械の胴体部分に蹴りで大きな凹みを穿った。

機械は沈黙し、次にラモンは室内奥の窓へと走ると、それを勢いよく肘打ちで打ち壊した。

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151 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 19:57:19 ID:WtupneaY0
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蒸気は割られた窓から抜けていき、外から清廉な空気がなだれ込んだ。

ラモンはそれを確認するまでもなく、振り返ってグラン=ウィッチへ銃を向けた。

間髪入れずに発射された弾丸は、彼女のマスクを掠めて弾き飛ばす。


('、`*;川「くっ……」


口を覆い、顔をそむけると、彼女は浅い呼吸を繰り返した。

それを見てラモンも、息を浅く吐いては吸う。


( ー∀ー)「スゥゥ…ハァァ……」


その様子を見て、彼女はハッと何かに気づいたような顔を伺わせた。


('、`*;川「まさかあんた……ずっと息を止めてたの!?」

( ・∀・)「あぁ。安全と分かるまでな」

('、`*;川「あり得ない……どんな心肺機能してるのよ……」

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152 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:02:31 ID:WtupneaY0
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驚愕の顔を浮かべる彼女であるが、それだけでは読者諸兄に伝わるまい。

グラン=ウィッチの仕掛けた罠は、極めて単純にして悪辣なものであった。

ラモンが部屋に入るなり壊した機械は、結婚式場などで使われる大型の加湿器だった。

通常のものと違い、ドライアイスを使ってスモークも焚ける業務用の特別製品である。

彼女はそれに水ではなく、アルコール度数の極めて高いウォッカを入れて使用していた。

ウォッカと、強力な神経作用を持つ自らの毒血を仕込んでいたのだ。

これにより、毒はアルコールと共に気化され空気中に散布される。

それを吸い込めば、体は数分で酩酊し意識を失うという、凶悪な代物であった。

ボウガンも鋼線も強アルカリ水も、全てはそれを生かすためのフェイクである。

それら全てをかわすための動作をすれば、必然息は荒くなり、吸気も激しくなる。

薄まった毒そのものより、アルコールの粘膜摂取による泥酔を狙っての罠だった。

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153 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:05:21 ID:WtupneaY0
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ではなぜその罠は、ラモンに効果を成さなかったのか?

グラン=ウィッチの述べた通り、呼吸を止めていたまでは理解できる。

問題はどの段階で、それを看破していたのかである。

その答えは、ラモンが侵入する前、店の裏口に回った時であった。

ラモンは侵入経路を確認する際、あることに気づいていた。

店外に置かれていたエアコンの室外機が、動いていなかったのである。

暖房を着けずに店を回すには、まだまだ寒さの厳しい季節である。

ましてや今日は彼女にとって、ラモンを誘き寄せ仕留めるための特別な日なのだ。

そんな日に完璧主義のグラン=ウィッチが、空調を疎かにしようはずがない。

つまりこれは、仕込んだ罠を阻害しないようにするための仕掛けである、とラモンは考えた。

エアコンが邪魔になるトラップ、加えて相手は毒物のプロフェッショナル。

となれば何かしらの毒が、空気中に撒かれている可能性は十分にあり得た。

ラモンが侵入する前に呟いた「九十秒」とは、呼吸を止めて活動できる時間のことだったのだ。

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154 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:07:50 ID:WtupneaY0
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正確には呼吸していなかったのではなく、息を吸う動作だけをラモンは止めていた。

外で吸った空気を、少しずつ消費して吐き出していたということだ。

しかしそれでも、激しく動きながらの九十秒である。

普通であればいかに身体能力に優れていようと、呼吸を保てる時間ではない。

人体には、血中酸素飽和度という数値がある。

血液中のヘモグロビンに、酸素が何割結び付いているかを表す数値である。

これが高いほど、肺から取り込んだ酸素を血液に取り込む能力が高いことになる。

そして科学分析の結果、人間の血中酸素飽和度は、他の生物に比べて大きく劣っていることが判明している。

その結果、低酸素下での肉体の動きに制限がかかってしまうのだ。

それを向上させるため、現在のプロスポーツでは低酸素トレーニングや高所トレーニングを取り入れている。

それによりヘモグロビン数を増やし、結果的に血中酸素飽和度を上げるのである。

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155 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:09:46 ID:WtupneaY0
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だが、ラモンのボスであるロマネスクが課したのは、そんな生易しいトレーニングではなかった。


『ガスや火災で、呼吸が制限されマスクもない場合、何もしなければただ死を待つだけだ』

『ならば、呼吸をせずとも動けるよう鍛え抜くしかあるまい』


そう言って、無呼吸での戦闘を強制したのである。

やり方は至極簡単だった。

口と鼻をガムテープで止めた状態で、模擬戦闘を行うのだ。

途中で苦しさに耐えかねてガムテープを外そうとすれば、死の制裁が加えられる。

そうして最後に気絶するまで戦い、心肺能力を高めるのである。

そのような常軌を逸した修行の末、ラモンは常人を遥か凌ぐ強靭な肺活量を手に入れていた。

今でこそ、呼吸器をガムテープで塞ぐような馬鹿な真似はしない。

だが、呼吸を浅くして心肺に負荷をかけるトレーニングは未だに欠かしたことはない。

そしてむろんそれは、グラン=ウィッチの預り知らないことであった。

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156 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:12:22 ID:WtupneaY0
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('、`*;川「あんた普通じゃないとは思ってたけど」

('、`*;川「まさかそんな脳ミソ筋肉みたいな方法で攻略されるとはね……」


銃を向けられた彼女は、ラモンから一定の距離を置いて立っていた。


( ・∀・)「武器を捨てて投降しろ、シャオ。でなければ、お前の命はない」

('、`*川「ふふ、そうね。絶体絶命ってこういうことかしら」

('、`*川「でもあなたは私を殺すことは出来ない。違う?」


その問いかけに、ラモンは答えることをしなかった。

沈黙、即ち否定出来ない事実ということだ。


('、`*川「そりゃそうよね。だって私は、あなたの殺しの証拠を握ってるかもしれないんだもの」


残念なことに、それは彼女の言うとおりだった。

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157 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:13:46 ID:WtupneaY0
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ラモンが警戒しているのは、彼女に協力者がいるパターンである。

その場合、単純に彼女を殺害してめでたしとする訳にはいかない。

殺したことを合図として、外部へ連絡が行くことがあるためだ。

もちろん、名実共に一流の殺し屋である彼女が、警察へたれ込む確率はほぼ0である。

だが、直接殺しの手を下さない組織の連絡員ならば、ラモンをハメようとする可能性は十分に有り得た。


( ・∀・)「お前の掴んだ証拠とやらは、一体どんなものだ?」

( ・∀・)「それが言えないなら全て虚偽と見なして、お前を殺す」


ラモンはかまをかけるために、言葉で揺さぶりをかけた。

グラン=ウィッチはそれに応じて、柔らかな微笑みを湛える。

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158 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:15:38 ID:WtupneaY0
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('、`*川「フェイクファー=ドクのアジトよ」

('、`*川「あそこには、あなたの気づかない隠しカメラが仕掛けられていたの」

( ・∀・)「有り得ないな。映像機器の類いは、全て確認して処分した」

('、`*川「そうかしら?何か盲点はなぁい?」

( ・∀・)「盲点だと……?」

('、`*川「フェイクファー=ドクは名うてのロボット技師でもある」

('、`*川「その彼が、ロボットにカメラを仕込まないなんてあるかしら?」

( ・∀・)「……!」


確かに、ドクを模したロボットはあり、それを最後に確認することまではしなかった。

映像端末さえ積んでいれば、ラモンの犯行の記録を残すことは可能である。

だが、死体の遺棄と事後処理は野間に一任してあった。

もしあの後にグラン=ウィッチの関与があったのなら、やはり野間は彼女の側の人間ということになる。

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159 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:18:05 ID:WtupneaY0
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( ・∀・)(新参の連絡員を安易に信用した俺が悪かったか……)


状況が状況だっただけに仕方ないが、本来なら野間の身辺を洗うことくらいすべきだったかもしれない。

鯉衣がトゥーンに殺されて以来、ラモンに時間の猶予がなかったせいでもあるが……。


( ・∀・)(……ん?)


その時、ラモンの脳裡に突如として引っ掛かった物があった。


( ・∀・)「シャオ。ドクのアジトまでは、誰に手引きしてもらった?」

( ・∀・)「まさか、お前一人で全てこなしたなんて言うつもりはないだろう?」

('、`*川「そうねぇ。私の懇意にしてる連絡員が教えてくれたわ」

( ・∀・)「嘘だな。それなら、うちの連絡員の鯉衣と鉢合わせてるはずだ」

( ・∀・)「あいつが俺に、そんな重要なこと黙ってるはずがない」


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160 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:20:11 ID:WtupneaY0
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('、`*川「フフフ……そうね。でもあなたこそ、そんなに鯉衣さんを信用していいのかしら」

('、`*川「誰がいつ人を裏切るかなんて、誰にも知れないものよ?」

( ・∀・)「それが、そうでもない」

('、`*;川「……!」


そしてラモンは、無情にも銃の引き金を引いた。

彼女はとっさに、大型加湿器の陰へ飛び込み難を逃れる。

ラモンの放つ空気の微細な変化を、敏感に感じ取ったようだった。


( ・∀・)「シャオ、ひとつだけ教えておいてやる」

( ・∀・)「鯉衣はもう死んでる。今の連絡員は、全くの別人だ」

( ・∀・)「死人だけはどう足掻いても、人を裏切らないんだよ」


そして威嚇のため、加湿器へ向かって二発、銃弾を撃ち込んだ。

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161 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:21:37 ID:WtupneaY0
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('、`*;川「あらそう……それは迂闊だったわね」

( ・∀・)「大人しく出てくるなら、なるべく死体が傷まないよう殺してやる」

( ・∀・)「殺し屋といえど、醜い姿で死んでいくのは嫌だろう?」


出てくれば、ラモンの正確な射撃の的とされる。

出てこなければ、ラモン自ら手を下しに近寄っていく。

これはただそれだけの、二者択一である。


('、`*;川「おあいにくさま。私は私以外の誰にも殺させはしないわ」

('、`*;川「あなたこそ、窮鼠猫を噛むって言葉を知った方がいいわよ?」


それは、あまりにも無理のある強がりだった。

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162 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:22:53 ID:WtupneaY0
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ラモンとグラン=ウィッチの距離は、10メートルも離れていない。

加えて部屋にある遮蔽物は、壊れた大型加湿器のみである。

どう考えても戦局は、彼女に不利としか言えなかった。

だが、そこで彼女は思いもよらない方策に出た。


('、`*川「……ねぇ、ラモン。私と一緒に逃げない?」

( ・∀・)「何?」

('、`*川「気が変わったわ。殺し合いなんて止めて、私と逃げましょう?」

( ・∀・)「これだけの罠を仕掛けておいて、どの口がほざく」

('、`*川「だから、気が変わったのよ。私あなたのこと、気に入っちゃった」


そして彼女はあろうことか、加湿器の陰から立ち上がったのである。

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163 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:23:57 ID:WtupneaY0
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むろん、そんな大それた隙を見逃すラモンではない。

グラン=ウィッチの眉間に狙いをつけ、素早く引き金を引く。

だがその前に彼女は、自分の隠れていた加湿器を強く蹴っていた。

加湿器にはキャスターがついており、彼女は陰に隠れながらそのストッパーを外していた。

猛然と転がって来る加湿器に、ラモンの照準は狂わされる。

その隙に、彼女は部屋の対角線へと逃げていた。

ラモンは加湿器を避けると、銃を向け直し引き金を引こうとした。


('、`*川「この組織は、もうすぐ瓦解するわよ」


彼女が、そんな不吉なセリフを吐くまでは。

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164 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:24:56 ID:WtupneaY0
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( ・∀・)「……」


ラモンは無言を貫き、彼女の脳天に照準を合わせていた。

だが、今度は引き金を引くことをしなかった。

グラン=ウィッチが次に言う言葉を、聞き届けようとしているようだった。

それを見て、彼女は僅かに胸を撫で下ろす。


('、`*川「少しだけ、昔話をしましょうか」

('、`*川「私ね、これから滅びへ進むものが、何となく分かるの」

('、`*川「この組織も、これから壊滅の運命を辿るはずよ」

('、`*川「私たち、肖家の一族と同じようにね」


そして彼女は、粛々と語り始めた。

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165 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:26:17 ID:WtupneaY0
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('、`*川「肖家は、暗殺を生業としていた。殺す者を選り好みすることなんて当然なかったわ」

('、`*川「たとえどんなお偉いさんでも、我々の毒牙にかかればイチコロだった」

('、`*川「色仕掛けだろうと正攻法だろうと、ね?」

('、`*川「ただ、中国共産党の大幹部を暗殺してほしいって依頼だけは断るべきだったと思った」

('、`*川「共産党員ってね、年寄りほど執念深くてヤバいのが多いのよ」

('、`*川「血の一滴でも流させようものなら、一族皆殺しにしても足りないってくらいのね」

('、`*川「その辺はやっぱり、毛主席の思想筋なのかしらねぇ……」

('、`*川「ま、そんなヤバい奴らを相手にして、ただの殺し屋が生き残れるはずがないわね」

('、`*川「なのに、暗殺を取り止めて逃げようとしたのは私だけだった」

('、`*川「それどころか、奴らは私を面罵して、腰抜けだの恥だの罵ったの」


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166 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:27:54 ID:WtupneaY0
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('、`*川「だから、私がみんなを殺してあげたの」

('、`*川「一族郎党皆殺しにされるより、私一人でも生き残った方がいいでしょう?」

('、`*川「そこを今の組織に拾われて、今に至るってワケ」

('、`*川「そしてね……この組織からは、あの時の肖一族と同じ匂いがするのよね」

('、`*川「要を失って荒れる寸前の、キナ臭い滅びの香り……」

('、`*川「あなたはそれを感じない?ラモン」


そこで彼女は、ようやくラモンへと話の矛先を向けた。


( ・∀・)「知ったことじゃないな。たとえ滅びに向かおうと、俺は逃げない」

('、`*川「フフ……古風な男ね。でもそういうの、嫌いじゃないわよ」

('、`*川「考えてみればあなたに惹かれたのは、そういう古臭いとこが私と通じたからかもしれないわね」

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167 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:29:19 ID:WtupneaY0
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('、`*川「ねぇ、ラモン。あなたは自分が必要とされなくなった後の世界を考えたこと、ある?」

( ・∀・)「ないな。そんなものに興味はない」

('、`*川「私はあるわよ。いつでもそんなことばっかり考えてた」

('、`*川「だって、考えてもみてよ」

('、`*川「私の毒より強くて検出されにくい毒なんて、科学的にいくらでも合成出来るわ」

('、`*川「あなたもそう。格闘と拳銃のヒットマンスタイルなんて、いつまで通用すると思っていて?」

('、`*川「要するに時代遅れなのよ、あなたも私も」

('、`*川「いつか私たちの殺しの技は、必ず通用しなくなる時が来る」

('、`*川「その前に、どこか遠くへ逃げたっていいじゃない」

( ・∀・)「……」

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168 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:31:05 ID:WtupneaY0
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('、`*川「沈む船に乗り続けなきゃいけない道理なんてないわ」

('、`*川「私たちはこれから、どこへでも行けるのよ?」


グラン=ウィッチは、ゆっくりとラモンへと近づいていった。

ラモンはそれを撃つことをしなかった。

情に流された訳でも、彼女に気圧された訳でもない。

ただその話の行き着く先を、最後まで聞き届けようとしただけである。


( ・∀・)「殺しの事情を知る人間を、組織が黙って逃がすと思うか?」

('、`*川「だから恩赦を使うのよ。あなたなら、最後の一人になるくらい簡単でしょう?」

('、`*川「私があなたに殺されたことにして、一緒にここから逃げるの」

('、`*川「ほとぼりが冷めるまで、海外でもどこでも身を隠せばいいわ」


そう言って彼女はラモンの腕に手を絡ませ、構えた銃を下ろさせた。

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169 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:34:13 ID:WtupneaY0
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('、`*川「ねぇ聞いてラモン。あなたに私の、一番大事なものをあげる」

('、`*川「私の名前は、シャオ=ペイニー。でも、本当の名前は別にあるの」


彼女は、ラモンの体に自らの体を押し付け、ひたりと寄り添った。

たわわな二つの塊が、ラモンの腕の付け根に当たって柔和に形を変化させる。


('、`*川「中国人って、諱(いみな)にこだわる事がよくあるのよ」

('、`*川「私の本当の名前は、肖大花。大きい花って書いて、シャオ=ターファって読むの」

('、`*川「かわいいでしょ?」


口角を持ち上げて、彼女はひどく妖艶な笑みを見せる。

いつの間にかその腕は、ラモンの両腕にぐるりと絡みついていた。

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170 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:35:59 ID:WtupneaY0
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シャオは、ラモンの耳元へ口を寄せた。

ラモンはされるがままになり、何故か反抗しようとしない。


('、`*川「ねぇ、ラモン。私を見て……?」


そうして、彼女の瞳にラモンの顔が写るほど近づいたその時。

彼女の表情は妖しく変貌した。

ラモンの体に顔を寄せ、その首筋に歯を立てようとしたのである。

毒の体液は、傷口から僅かでも入れば致命傷となる。

甘言を弄して近づいたのは、逃げられないこの距離に踏み込むためだった。

そして両腕は、彼女の腕に取られて咄嗟には動かせない。

絶体絶命でありながら、しかしラモンは極めて冷静そのものだった。

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171 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:37:42 ID:WtupneaY0
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ラモンは無理やり一歩前へ出ると、首を大きく振った。

噛みつこうと口を開けたシャオの鼻筋へ、ラモンの額がめり込んだ。


('、`*;川「がぁっ……!」


その美しい鼻梁を歪ませて、シャオはよろめく。

密着した体が離れると、ラモンは利き手とは逆の手でナイフを握り、シャオの喉元へ走らせた。


('、`*;川「あっ……」


なまめかしさすら感じる声を上げて、シャオは倒れる。

それは、偉大なる魔女とまで呼ばれた殺し屋にしては、あまりにもあっけない最期であった。

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172 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:38:35 ID:WtupneaY0
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ラモンが彼女のされるがままになっていたのは、彼女の殺しの決め手が毒であったためだ。

唾液にしろ血液にしろ他の分泌液にしろ、ラモンへ作用させるには彼の体に接触する必要がある。

しかもそれは体表でなく、最低でも粘膜には届かないと効果を発揮できない。

ラモンならそれを狙って近づいてきた彼女へ、カウンターを与える程度は容易くやってのける。

ある意味で、彼女の言った時代遅れという言葉が、そのまま彼女の敗因になったとも言えた。


( ・∀・)「……」


ラモンは彼女の生死を確認するため、その死体へと近づく。

一歩の距離をあけて観察したが、彼女が動く気配はない。

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173 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:41:20 ID:WtupneaY0
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ラモンが背を向けて、立ち去ろうとしたその時だった。

彼女はのそりと立ち上がり、精気のない瞳でラモンへ躍りかかったのである。

ラモンは振り向き様、拳をあびせようと腕を上げた。

だが、その拳が彼女へ届くことはなかった。


( 、 *川「私……あんたの子供なら、産んでも良かったけどな……」


それだけ言い残し、彼女は再び引きずられるように、床へ倒れた。

血液は大量に床へこぼれ、まるで彼女の本当の名のように、大輪の花を咲かせたかのようだった。

後の調べでは、その出血はショック死するのに十分すぎる量だと言われた。

立ち上がることさえ不可能だったはずだ、とも。


( ー∀ー)「……女の執念てのは、恐ろしいもんだな」


ラモンの耳には、彼女の精一杯の最期の言葉は、荒まく呪詛のようにしか聞こえなかった。


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174 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:41:51 ID:WtupneaY0
第四話了

175 ◆WvlUzi6scI:2019/02/18(月) 20:44:27 ID:WtupneaY0
※本編で登場した加湿器アルコールは、実践して救急車で運ばれた人もいる非常に危険な行為です。
 懸命な読者諸氏におかれましては、決して真似することのないようよろしくお願いいたします。

176名無しさん:2019/02/18(月) 21:31:20 ID:3D/qAYg.0
なんでsageで投下するかなあ
俺がageてやんよ

177名無しさん:2019/02/18(月) 21:50:28 ID:3D/qAYg.0
読み終わった
ほとんどの拳銃やライフルは工具無しで分解できるんやで(小声)
ネジの一本一本まで分解するなら道具も必要だけど、銃身の交換だけだったらそこまで分解しないわな
話自体はめちゃくそ面白いから続きも楽しみにしてる

178名無しさん:2019/02/19(火) 18:46:09 ID:Sp/09eas0
乙乙

179名無しさん:2019/02/19(火) 19:11:09 ID:WyshGQ6U0
おつおつ

180名無しさん:2019/02/19(火) 21:53:42 ID:L1Z9nz2o0
おつ!

181名無しさん:2019/02/20(水) 02:23:01 ID:HNcMteco0
はーええなあ、なんか昔のweb漫画っぽさがあってすごく好きだわ。乙

182名無しさん:2019/02/22(金) 17:17:11 ID:x4ExViZ.0
乙!

183 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:23:10 ID:Wdejwyp.0
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第五話:≪ダブルフェイス=クロウ≫






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184 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:24:53 ID:Wdejwyp.0
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ホテルニューグラウンドカブラ。

蕪新町に存在する中で、最も大きい商業カジノホテルである。

宿泊スペースは日本最大級の51階建て、延べ床面積は70万平方メートルを越えるモンスターホテルだ。

衣・食・住、その全てにおいて最高水準の物を取り揃えており、およそ庶民には想像もつかないような歓待が毎夜繰り返されている。

そして何より、この世の全ての娯楽を詰め込んだとまで言われるカジノフロアは、圧巻の一言しかない。

吹き抜けの天井は光取りのためガラス張りになっており、閉塞感を全く感じさせない造りとなっている。

その絢爛さたるや、博打を知らずに五十まで生きた男の財布すら緩ませると言わしめる程である。

またその裏では、警察官をも巻き込んだ売春の斡旋や違法な金貸し、薬物・医療機器・臓器の密売等、様々な悪事が行われている。

その母体は「組織」にあり、組織全体の収益の1/3程もがカジノによって賄われているとのことだ。

ものの噂によれば、その収益は年に数十億とも数百億とも言われている。

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( ゚∀゚)


ジョージ=ロングヒルは、その収益と事故における全責任を負う、カジノホテルの総支配人である。

そんな彼の元へ意外な来客が訪れたのは、夜も更け始めた午後11時頃のことであった。

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185 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:27:37 ID:Wdejwyp.0
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( ゚∀゚)「あぁ?ラモンが来ただぁ?」


ジョージは、インカムから流れてきた名前に、この上なく渋い顔で返した。

場所はカジノの裏口に程近い、支配人室である。

有事の際にはいつでもカジノフロアへ出ていけるよう、彼はこの場所で待機している。


『はい。今裏口で止めていますけど、急ぎの用みたいで支配人と話がしたいと……』


そこまで聞いて、ジョージはインカムのマイクへ向かって露骨な舌打ちをした。

マイク越しに話しているのは、裏口の警備を任せている組織の若い衆だった。

普通の人間が相手なら有無を言わさず追い返すのだが、さすがに殺し屋の来訪は予想外である。

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( ゚∀゚)「何のつもりかは知らんが、用なら連絡員を通せって言っとけ」
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( ゚∀゚)「こっちだってヒマじゃねーんだ、向こうもそれくれぇ分かってんだろ」
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( ゚∀゚)「それより、そっちにセントジョーンズはいるか?」

『セントさんですか?こちらでは見かけな……うわぁっ!?』
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( ゚∀゚)「もしもし?どしたぁ?」


しばしの沈黙の後、インカムから最初の声とは違う声が流れる。


『ジョージ、ラモンだ。今からお前に話がある』


そこから聞こえたのは、紛れもないフォークロア=ラモン本人の声だった。


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186 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:29:08 ID:Wdejwyp.0
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( ゚∀゚)「おいおい、このクソボケ野郎がよ。人の凌ぎの邪魔してんじゃねぇぞ」
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( ゚∀゚)「そのケツ穴ガバガバにされたくなけりゃ、今すぐ巣へ帰りやがれ」


ラモンはその罵倒を気にも止めず、一人で話を続けた。


『出来れば直接会って話がしたい。お前の今いる場所はどこだ?』

  _
(#゚∀゚)「てめぇは人の話を聞けっての……」


『あぁ、もういい。もう見えた』

  _
( ゚∀゚)「あぁ?」


その台詞が聞こえるや、ハインのいる支配人室の扉が派手に開かれた。


( ・∀・)「やっぱりここにいたか、ジョージ」


いつもの黒いジャージ姿で、フォークロア=ラモンがそこに立っていた。

  _
(#゚∀゚)「てンめぇラモン……こっちゃお前に入館許可なんざ出してねぇぞコラ」
  _
(#゚∀゚)「ここは掃除屋がウロチョロしていい場所じゃねぇんだよ。それくらい分かってんだろうが」


怒りを顕にするジョージを尻目に、ラモンはいかにも大したことでないとばかりに軽く言い放った。


( ・∀・)「急ぎだったんでな。悪いが、手続きは全て取っ払わせてもらった」

( ・∀・)「緊急事態だ。今すぐカジノの客を全員避難させてくれ」

( ・∀・)「このホテルのどこかに、爆弾が設置されている」
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( ゚∀゚)「ハァ?」


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187 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:31:23 ID:Wdejwyp.0
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ジョージが頓狂な声を上げるのも無理はない。

もしその話が本当なら、被害者は客と従業員含め、百名をゆうに越える。

日本の爆破事件史上類を見ない、甚大な被害だと言えるだろう。

しかし、ジョージはそんなラモンの忠告を軽く一笑に伏した。

  _
( ゚∀゚)「ハハハッ!バカかお前は、ここがどこか分かってんのか?」
  _
( ゚∀゚)「ここは泣く子も黙る組織の台所だぞ。爆弾なんぞ持ち込ませる訳ァねぇだろが」


過信とも言える放言だが、それには確たる裏付けがある。

ここはジョージの言う通り、組織の金の大部分が出入りする要所である。

そのため、武器や火器の類いは、誰であれ持ち込めないよう徹底しているのだ。

正面玄関にはSPが複数名待機し、客への金属探知が義務づけられている。

それは外部の業者であろうと、カタギでない同業者であろうと同じ扱いである。

そしてもし不審な物を持ち込めば、誰であれ必ず「制裁」を受けることとなる。

そのため、不埒な輩が何かしようと企てることは、ほとんどないと言って良かった。

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188 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:32:30 ID:Wdejwyp.0
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しかしラモンは、そんなジョージの余裕を拒絶する。


( ・∀・)「敵が外部の人間なら、な」
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( ゚∀゚)「なんだと?」

( ・∀・)「野間、奴を連れてきてくれ」


インカムとは別に持っていたらしい通信機へ向けて、ラモンは低い声音で告げた。


(゚A゚* )「オラッ!キリキリ歩かんかい!」

川;゚ -゚)「ひぃぃ……」


数十秒後、恐らくはどこかで待機していたらしい野間が、男を一人引き連れてやってきた。

髪の長い、頬のこけた貧相な男であった。

両手首は手錠で縛られ、その上から縄が幾重にも噛まされている。

  _
( ゚∀゚)「誰だよそいつは。次から次へ勝手に人を連れ込むんじゃねぇよ」

( ・∀・)「こいつは、組織の爆発物製造班班長、≪ダブルフェイス・クロウ≫だ」
  _
(;゚∀゚)「あぁ!?なんだって!?」


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189 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:33:34 ID:Wdejwyp.0
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ジョージは訳が分からないといった顔で男を指差した。

  _
(;゚∀゚)「こいつが、爆発物製造の班長?てこたぁ爆弾仕掛けたのもこいつってことか?」

( ・∀・)「そういうことだ」
  _
(;゚∀゚)「意味が分かんねぇ……なんで同じ組織の人間がカジノに爆弾を?」

(゚A゚* )「話すと複雑過ぎる事情があんねん……」
  _
( ゚∀゚)「あんたは組織の連絡員か?」
  _
( ゚∀゚)「悪いが何の説明もない今の状況じゃ、お前ら誰一人信用出来ねーな」

( ・∀・)「ま、そうだろうな。時間がないんで俺も簡潔に話すとしよう」


ラモンは油断なく辺りに目を配ると、静々と語り始めた。


( ・∀・)「ジョージ。あんた、ロマネスクの恩赦は知ってるか?」
  _
( ゚∀゚)「あぁ、聞いてる。ボスが殺し屋どもを焚き付けた意味の分からん指令だろ」

( ・∀・)「こいつ……クロウは、その恩赦の参加者の一人だ」
  _
( ゚∀゚)「ほう?」

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190 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:36:03 ID:Wdejwyp.0
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( ・∀・)「元は爆発物の製造と解体のスペシャリストだが、組織から離反する意思があったらしい」

( ・∀・)「だが、事を起こした直後にこいつは怖じけづいた」
  _
( ゚∀゚)「あぁん?」

( ・∀・)「本来なら敵対しあうはずの俺に、爆弾を処分してくれと泣きついて来たのさ」

川;゚ -゚)「……」コクコク


男は何度となく小さく頷いている。

その度に長い黒髪は揺れ、何本もの白髪が混じっているのが散見された。

  _
( ゚∀゚)「おいおい、いい年したオッサンがビビってケツ捲っただって?ダサいにも程があるだろ……」
  _
( ゚∀゚)「そもそも、何だってそいつは無関係な俺のカジノを巻き込もうとした?」

( ・∀・)「おおかた組織の施設を巻き込めば、俺が必ず動くと踏んだんだろう」
  _
(#゚∀゚)「クソが……そんなんで俺に泥かけんじゃねぇよ」

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191 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:38:01 ID:Wdejwyp.0
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  _
( ゚∀゚)「それになぁ、俺ァここに勤めて長いが、セキュリティはいつでもおこたらず万全に調整してる」
  _
( ゚∀゚)「どう足掻いても、SPや従業員に気づかれず爆弾を持ち込むなんざ不可能なんだよ」

川;゚ -゚)「ち、ち、違う……」


男はどもりながら、ようやくそれだけを発声した。

どうやら、その声に乞音障害を持っているようだ。

  _
( ゚∀゚)「……何が違うってんだ。言ってみろ」


ジョージはドスの効いた声で恫喝する。

その言葉に、男はすっかり怯えきってしまっていた。


川;゚ -゚)「う、うぅ……」
  _
(#゚∀゚)「何が違うのか言ってみろってんだよ!!」

川;゚ -゚)「ひぃっ……」


怯えて答えに窮する男に代わり、すかさずラモンが助け船を出した。

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192 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:39:08 ID:Wdejwyp.0
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( ・∀・)「清掃だよ、ジョージ。この広い施設、清掃は外部の業者に委託してるんだろ?」
  _
( ゚∀゚)「いいや。残念だが、清掃も従業員にやらせてる」

( ・∀・)「窓の外もか?」
  _
( ゚∀゚)「……あ?」

( ・∀・)「これだけの高層ホテル、従業員の手だけで清掃が行き届くとは思えん」

( ・∀・)「内部は中の人間でも、外装は業者に掃除させるしかないんじゃないか?」
  _
(;゚∀゚)「……」


ジョージの額に、冷たい汗が一筋流れた。


( ・∀・)「こいつは、ビルの屋外清掃業者に紛れて爆弾を設置しにきたんだ」

( ・∀・)「さすがのセキュリティでも、清掃具の一つ一つまで確認は出来ないだろうからな」

( ・∀・)「掃除用具の中に爆弾の材料をバラして仕込むことは、充分に可能だ」
  _
(;゚∀゚)「ま、待て!清掃は俺じゃなく副支配人のセントの担当だ!」
  _
(;゚∀゚)「奴の采配なしに業者を入れるこたぁねぇぞ!」

( ・∀・)「そのセントは今どこだ?」
  _
(;゚∀゚)「奴は……朝からどこにいるか連絡が取れなかった……」

( ・∀・)「なら、利用されて殺されてるな。まず間違いない」
  _
(;゚∀゚)「ウソだろ……おい……」

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193 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:40:02 ID:Wdejwyp.0
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ジョージは困惑の表情を見せたが、すぐにその顔が怒りの色へと染まる。

  _
(#゚∀゚)「おい、クロウとやら。あんた、うちのセントに何しやがった?」

川;゚ -゚)「し、し、知らない……分から、な、ないんだ……」
  _
(#゚∀゚)「てめぇが首謀者なんだろうが!!知らねぇはずねぇだろ!!」

川;゚ -゚)「ほ、ほっ、本当なんだ……わた、わた、私は『彼女』のめい、命令に、従っただけだ……」

川;゚ -゚)「か……か、彼女はい、いつでも……私を監視してる……にげ、逃げられ、ないんだ……」


おどおどと語る男へ、ジョージは今にも掴みかからんばかりだ。


( ・∀・)「落ち着け、ジョージ。そいつは本当に何も知らない」
  _
(#゚∀゚)「んな訳があるかよ!こいつが犯人なんだろ?」

(゚A゚* )「それが事態を複雑にしてる原因でしてなぁ……」

(゚A゚* )「この人は犯人であって、犯人でないんですよ」


野間がクロウとジョージの間に入り、訳知り顔で事情を説明しようとした。

その時だった。

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194 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:41:05 ID:Wdejwyp.0
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川; - )「あぁっ……!!」


クロウが、突然頭を抱えて左右に振り始めた。


川; - )「く、来るっ……!!あの人が、来てしまうっ……!!」

川; - )「うああああああああああああっっっっ!!!」


クロウは尋常でない速度で頭を左右させ、狂った雄叫びを上げる。

今にも舌を噛み千切らんばかりの、凄まじい勢いである。

  _
(;゚∀゚)「なっ……なんだこいつ!?」

( ・∀・)「来たか……」


やがてクロウは、その速度を維持したまま、壁へ頭を打ちつけ始めてしまった。

  _
(;゚∀゚)「お、おい!大丈夫なのかよアイツ!」

( ・∀・)「すまんが、今は黙って成り行きを見ていてくれ」


そしてクロウの鮮血が壁を染め上げ、彼の白髪混じりの髪をも染め上げる頃。


川 ∀ )「あっ……あはっ……」

川 ∀ )「あはははははははははははははははははははははははっ!!!!!!!!!!!!!!!」


彼の悲痛な雄叫びは、狂った笑い声へと変貌を遂げていた。


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195 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:44:30 ID:Wdejwyp.0
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ノパ∀゚)「あははははははっ!!!!」

ノパ∀゚)「よぉう、ラモン!!!久しいじゃないかぁ!!!」

ノパ∀゚)「ギャハハハハハハッ!!!」



そこには、先ほどまで怯えた顔で周囲を見回していた男の姿はなかった。

白髪は鮮血に染まり、まるでメッシュを入れたようになり。

その瞳は挑戦的に光り輝き、恐ろしいまでの自信を伺わせ。

縄と手錠で縛り上げられた手を、極限まで捻って振り回している。

そこにいたのは、まるで別人のようになってしまった男の姿であった。

  _
(;゚∀゚)「なっ……!?」

ノパ⊿゚)「あんたがこのホテルの支配人だねぇ!?」

ノパ⊿゚)「初めまして。アタシゃ≪ダブルフェイス・ヒイロ≫!!」

ノパ⊿゚)「このホテルへ爆弾を仕掛けた張本人だよ!!」

ノパ∀゚)「あはははははははははははっっっっっっ!!!!!!!!!」


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196 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:45:59 ID:Wdejwyp.0
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まるで人が違ってしまった男の様子を、ただ一人ジョージだけが呆然と見詰めている。

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(;゚∀゚)「一体、何なんだこいつは……」

( ・∀・)「こいつはクロウのもう一つの顔、ダブルフェイス・ヒイロ」

( ・∀・)「二重人格って言やぁ分かりやすいかもな」
  _
(;゚∀゚)「二重人格……!?」


一人の人間の中に複数の人格が介在する、多重人格という症例がある。

クロウは世にも珍しい、その発症者であった。

しかも人称から察するに、ヒイロはクロウの中に存在する女性の人格であるらしい。


ノパ⊿゚)「そうさ!!ゴミ虫のクロウは人殺しのストレスに耐えきれなかった!!」

ノパ⊿゚)「あいつは自分で背負いきれない罪を、別人格のアタシになすりつけて逃げたのさ!!」

ノパ⊿゚)「だからアタシゃ、好きなようにやらせてもらうことにした!!」

ノパ⊿゚)「ロマネスクの恩赦を勝ち取って、自由になるのはこのアタシだよ!!」
  _
(;゚∀゚)「ば、バカ野郎!そんなてめぇの都合にホテルを巻き込むんじゃねぇ!」

ノパ⊿゚)「あぁ〜?文句があるならさっさと爆弾見つけて解除しな、眉毛野郎!!」

ノパ⊿゚)「アタシは協力なんざしてやんないけどねぇ!!」

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197 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:47:16 ID:Wdejwyp.0
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ノパ⊿゚)「さぁ、ゲームの始まりだよラモン!!あんたとアタシ、どっちがクレバーか競おうじゃないか!!」

ノパ⊿゚)「このヒイロ様が直々に、あんたをぶち殺してやるよォ!!」

ノパ∀゚)「ギャハハハハハハ!!!ギャハハハハハハッッ!!!」

ノハ ∀ )「ハハッ……!!」ガクンッ


川; - )「……うぅ……」


川;゚ -゚)「……い、い、今彼女が、き、来てたのか……?」

( ・∀・)「あぁ、来たよ。宣戦布告だけ残してな」

川;゚ -゚)「うぅ……お、お、恐ろしい……恐ろしい……」

川;゚ -゚)「わ、わ、私のじ、人生は、彼女に、し、支配されている……私に、にはな、何も……出来、ないんだ……」


クロウはその場にへたりこみ、頭を抱えて震えるばかりである。

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198 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:48:50 ID:Wdejwyp.0
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ラモンはそれを傍目に見ながら、ジョージへ声をかける。


( ・∀・)「説明は以上だ。理解したんなら、早く客を避難させてくれ」
  _
( ゚∀゚)「……残念だが、それは出来ねぇんだ」
  _
( ゚∀゚)「今日は黒瀬組の組長と幹部がお忍びで来てる。途中で閉める訳にはいかねぇんだよ」

( ・∀・)「黒瀬組か……グレーの客か?」
  _
( ゚∀゚)「そうだ」

( ・∀・)「チッ……ヒイロの奴、抜けさせられない客が来る日を把握してやがったか」


組織の賭博部門では、客層の判断を色で分けて識別している。

シロの客は、全く害意のない一般客。

クロの客は、博打ではなく闇取引が目当ての裏の要人。

そしてグレーの客は、カジノを目的としたヤクザやその関係者のことを指している。


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199 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:50:30 ID:Wdejwyp.0
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もし今ここで全ての客を帰してしまえば、黒瀬組も満足しないまま帰す羽目になる。

組織との背後関係を考えて引き下がることも考えられるが、何せ相手はそれなりの筋の者である。

使う金額すら、一般客のそれより桁二つ程も上回っているのだ。

そんな彼らに面子を潰したと思われれば、どんな報復行動に出るか分かったものではない。

  _
( ゚∀゚)「分かったろ。カジノに火の入ったこの状況で、客を帰す訳にはいかん」

( ・∀・)「一般客だけでも帰せばどうだ?」
  _
( ゚∀゚)「出来なくはねぇがなぁ……」
  _
( ゚∀゚)「万が一爆弾が爆発しちまえば、今度はなんで黒瀬組を逃がさなかったって話になるだろ?」
  _
( ゚∀゚)「あちらを立てりゃ、こちらが立たずってやつだ」

( ・∀・)「面倒な人種だな、ヤクザってのも……」

( ・∀・)「結局、このままの状況で爆弾を見つけて解除せにゃならんってことか」
  _
( ゚∀゚)「そのことだが、お前爆弾の解体なんか出来んのか?」
  _
( ゚∀゚)「いくらお前が殺しのプロでも、素人判断でどうこう出来る代物じゃないだろ」


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200 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:52:26 ID:Wdejwyp.0
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ジョージは胡散臭げな顔で、ラモンを睨み付けている。


( ・∀・)「俺の専業は殺しだ。爆弾処理が専門外なのは百も承知だよ」

( ・∀・)「だから危険を承知で、敵であるクロウを連れてきたんだ」
  _
( ゚∀゚)「けどよぉ、こいつ以外にも爆発物製造班はいるんだろ?」
  _
( ゚∀゚)「だったらそいつらを連れてきた方が、人手も確保出来て良かったじゃねーか」

( ・∀・)「いいや。もう組織にはこいつしか爆弾職人はいない」

( ・∀・)「これを見れば分かる」


ラモンは懐から一枚の紙を取り出して机へ置き、支配人室の扉を開けて外へ出ようとした。

  _
( ゚∀゚)「……?」


野間とクロウはラモンに追随し、ジョージだけがその紙を不用意に覗いてしまった。

  _
(;゚∀゚)「げっ!?」


そこに写っていたのは、胸部を爆破され息絶えた、製造班の男たちの死体である。

それはダブルフェイス・クロウの、恩赦への参加表明写真であった。


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201 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:53:35 ID:Wdejwyp.0
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(;゚∀゚)「テメッ……何てもん見せやがんだラモン!!」


ジョージは込み上げる吐き気を堪えながら、ラモンの後を追った。

  _
(;゚∀゚)「何の前置きもなしにあんなグロいもん見せるんじゃねーよ!!」

( ・∀・)「悪かったな。だが時間がない以上、ああするのが一番手っ取り早い」

(゚A゚* )「ラモンはん、どこ行きますのん?」

( ・∀・)「カジノスペースの屋上だ。爆弾は恐らくそこにある」


ラモンは迷いのない足取りで、カジノの廊下を歩いた。

  _
( ゚∀゚)「なんでんなことが分かるんだよ」

( ・∀・)「カジノの天井は吹き抜けだ。上で爆発が起これば、ガラスや鉄骨が大量にフロアへ降り注ぐ」

( ・∀・)「爆弾造りのプロが、そんな美味しい構造を見逃すはずがない」

(゚A゚* )「なるほどなぁ……」


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202 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:55:16 ID:Wdejwyp.0
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( ・∀・)「それに、屋外清掃員に化けて侵入したなら、必ず屋上へ通される」

( ・∀・)「窓の清掃は、上からゴンドラを吊るして拭き上げるのが基本だからな」

川;゚ -゚)「わ、私も……そう、思う……」

川;゚ -゚)「ひ、ヒイロは、無駄なことを、い、一切し、しない……いつも最短距離で……ひ、人を殺める……」

川;゚ -゚)「ご、ご、合理的で……人の命を、な……何とも思ってい、ない……あ、悪魔なんだ……」


クロウはその身を、ぶるりと震わせる。

これまでにもヒイロの行動で、何度となく肝を冷やして来たのだろう。


( ・∀・)「決まりだな。ヒイロと最も時間を共にしてる男のお墨付きだ」

( ・∀・)「爆弾は十中八九、屋上のどこかにある」
  _
( ゚∀゚)「それはいいが、お前らそのカッコでカジノスペース通るなよ!」
  _
( ゚∀゚)「手縄付きの男なんざ引っ張り回してたら、客がビビッちまうだろ!」

(゚A゚* )「はいはい、分かった分かった。緊急時に細かいなぁ」

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203 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:57:29 ID:Wdejwyp.0
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そして一行は、非常用階段を通ってカジノスペースの屋上へと辿り着いた。

カジノはホテルから離れた造りになっており、横に広い敷地面積が取られている。

屋上までの高さは二十階建てのビルに相当し、その天井は先ほど述べた通り吹き抜けである。

建物としては、少々寸胴な造りと言えるかもしれない

ラモンたちは非常用の階段を使い、ビルの屋上へとやってきた。

そこで彼らを待ち受けていたものは、ラモンにとって妥当、ジョージにとっては意外なものだった。

  _
(;゚∀゚)「セントッ!?」

( e )「……」


そこにはいたのは……いや、あったのは、物言わぬ骸となった副支配人、セントジョーンズだった。

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204 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 21:58:36 ID:Wdejwyp.0
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セントジョーンズの遺体は、屋上にしつられられたとある場所に横たえらせてあった。

先ほどの写真と同じく、胸部を爆破されて黒焦げになった遺体である。

  _
(;゚∀゚)「セントォォォォ!!!」


ジョージはそれを見て取り乱したが、ラモンはさも当然であるかのようにそれを制した。


( ・∀・)「死体に近づくな、ジョージ。まだ爆弾が残されてるかもしれない」
  _
(;゚∀゚)「うるせぇ!!セントは俺の同僚だ、テメェらの指図は受けねぇ! !」

(゚A゚* )「落ち着きや!気ィ吐いてもセントはんは帰ってけぇへんで!」


二人に制され、さすがのジョージも冷静さを取り戻す。

  _
(;゚∀゚)「す、すまねぇ……俺としたことがテンパっちまった」

川;゚ -゚)「あ、あ、あれは……ひ、ヒイロのち、挑発だ……」

川;゚ -゚)「ばば、爆弾は……こ、ここにあるに、ち、違いない……」

( ・∀・)「あぁ、俺もそう思う。手分けして探すぞ」

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205 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:00:25 ID:Wdejwyp.0
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  _
( ゚∀゚)「その必要はねぇよ、ラモン……」

( ・∀・)「何故だ?」

(゚A゚* )「あんたまさか、同僚殺されて自棄になってるんと違うやろな?」
  _
( ゚∀゚)「んな訳あるか!爆弾の場所のだいたいの目星がついたんだよ!」


頭を掻きながら、ジョージは死体から目を逸らしつつ言った。


( ・∀・)「なんだと?」

川;゚ -゚)「そ……そ、それはどこに……?」
  _
( ゚∀゚)「清掃に使うゴンドラの中だ、多分な」

( ・∀・)「その根拠は?」
  _
( ゚∀゚)「セントが死んでるあそこは、ゴンドラを吊るためのクレーンの操縦室だ」
  _
( ゚∀゚)「しかも、普段は屋上に上げてあるはずのゴンドラが、どこにも見当たらねぇ」


確かによくよく見ると、爆破痕はセントの胸部の他に、背後の機械にも残っている。

  _
( ゚∀゚)「行って確かめる気はねーが、たぶんゴンドラはもう動かねぇだろ」
  _
( ゚∀゚)「自力で探して、ゴンドラの中を確かめてみろってことじゃねぇか?」

( ・∀・)「なるほど。ありそうな線だな」

(゚A゚* )「なんややたら詳しいけど、もしかしてあんたが爆弾仕掛けたんと違う?」
  _
(;゚∀゚)「なんでだよ!お前言っていい冗談と悪い冗談あるからな!」

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206 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:03:50 ID:Wdejwyp.0
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ジョージの言葉通り、ほどなくしてゴンドラは発見された。

ゴンドラを吊り下げるためのクレーンを追えば、その追跡は容易である。

ゴンドラはカジノの北側壁面の中腹に設置され、彼ら三人を待ち構えていた。


( ・∀・)「さて、どうするか……」
  _
( ゚∀゚)「クロウに下りて取ってこさせようぜ」

川;゚ -゚)「や、や、止めてくれ……わ、私はこ、こういう役目に、む……向いてない……」
  _
( ゚∀゚)「ケッ、じゃあどうすんだラモンよう?」

( ・∀・)「一応聞くが、あんたは爆弾の設置場所について、本当に何も知らないんだな?」

川;゚ -゚)「し……知ってたら、と、とっくにお、教えて、いる……」

川;゚ -゚)「わ、わ……私はか、彼女のやることを、知らない……彼女もわ、私のや、やることを、把握、していない……」

( ・∀・)「記憶の分断、ってヤツか……仕方ない」

( ・∀・)「ジョージ、ロープを用意してくれ。俺が下りて確認して来よう」

(゚A゚* )「大丈夫なんです?どんな罠があるか分かったもんやないですよ」

( ・∀・)「手をこまねいて見てる訳にもいかないだろう。お前たちは上で万が一に備えておいてくれ」

( ・∀・)「もし爆発の兆しが見えたら、俺を置いて素早く逃げろ。いいな?」
  _
( ゚∀゚)「知ったこっちゃねぇな。この場の責任は俺にあるんだ、好きにさせてもらうぜ」

( ー∀ー)「……分かった。勝手にしな」


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207 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:04:55 ID:Wdejwyp.0
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屋上には緊急時のための災害避難用具が設置されている。

その中に、ゴンドラまでギリギリ届く程度の長さのロープがあった。


(゚A゚* )「ヒイロの姉さん、ロープあるの知っててギリギリの高さにゴンドラ仕込んだっぽいなぁ」

( ・∀・)「だろうな。俺が下りて確認しに来るのまで見越しての罠だろう」


言いつつ、ラモンは転落防止用の柵にてきぱきとロープを結わえつけた。

固く結び、その先端を丸めてゴンドラまで垂らす。

釈迦の送った慈悲の糸のように、ロープは地獄のゴンドラまで続いた。

  _
(;゚∀゚)「じわじわ来る高さだな……お前本当に下りれるのか?」

( ・∀・)「並みの訓練は積んでない。このくらいなら目をつむっていても可能だ」

(゚A゚* )「はぁ〜……やっぱ一級の殺し屋はちゃいますなぁ」


そんな雑談を交わしながら、ラモンは屋上からの第一歩を踏み出していた。

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208 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:07:46 ID:Wdejwyp.0
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口では雑談を交わしながら、ラモンは脳内で様々なシミュレーションを試みていた。

爆弾の起動条件は一体何か。

スイッチ式、時限式、振動感知式、熱感知式、様々な条件が考えられる。

もしそれを知らずラモンが起動させてしまえば、カジノ爆破の汚名は彼が着ることになる。

ヒイロの狙いは、そこにあるかもしれないのだ。

それを踏まえて、爆弾の処理は慎重に慎重を期さねばならない。

強いビル風が、ラモンのロープを時折ギシギシと揺らす。

流れに逆らわないよう最小限の動きで揺れをかわし、ラモンは軽々とゴンドラまで下りた。


( ・∀・)「これか……」


下りる途中から見えてはいたが、ゴンドラの内部には革製のボストンバッグが置かれていた。

目的の爆弾は、その中に入っているに違いない。


( ・∀・)「どうやってボストンバッグなんか持ち込んだんだかな……」


隠すことが可能な爆弾の部品より、バッグの方が遥かに大きく持ち運びが困難だ。

そんな素朴な疑問を後回しに、ラモンはバッグの蓋に手をかけようとした。

しかし、彼の身に危険が迫っていたのもまた、この時だったのである。

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209 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:09:06 ID:Wdejwyp.0
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上階では、野間とジョージの二人がラモンの様子を見守っていた。


(゚A゚* )「うわ、えげつなー……なんであんなスルスル下りてけるんや」
  _
(;゚∀゚)「恐怖心が麻痺してるとしか思えん……何なんだあいつは……?」


二人がおっかなびっくり階下を覗いている間、クロウに異変が起きていた。


川; - )「うっ……」


クロウは二人の背後で、よろりとよろけながらある場所へと向かった。

一歩、一歩。二人に動きを悟られないよう、ゆっくりと。

やがて彼は、目的の場所へとたどり着く。

それは、セントの死体が放置された、ゴンドラの操縦室だった。

クロウは、その死体の脇からあるものを取り出す。

そしてそれを掴むや、いきなり柵へ向かって走り出していた。

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210 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:10:41 ID:Wdejwyp.0
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ノパ∀゚)「ヒャッハァーーーーーーーーーーー!!!!!!」


その時クロウは、既にヒイロへと変貌していた。

二人はラモンを心配するあまり、ヒイロへの警戒を完全に怠っていたのだ。


(゚A゚* ;)「あっ!?」
  _
(;゚∀゚)「何ィッ!?」


二人が止める間もなく、ヒイロはラモンの元へと落下していく。

ヒイロが手にしたもの、それは両端に鉤のついたロープだった。

その一端を柵へかけると、ヒイロはロープを掴んだまま自然落下していく。

落ちながら彼女は、反対の鉤を自身の手にかけられた手錠へと引っ掛けた。

そして落下の速度を、窓ガラスを蹴ることで横向きの推進力へと変えていく。


( ・∀・)「……!」

ノパ⊿゚)「よぉう、色男ォ!!!アタシもご一緒させてくれないかい!!?」


そしてヒイロは、ラモンの立つゴンドラへと下り立ったのである。


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211 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:12:21 ID:Wdejwyp.0
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ボストンバッグを挟んで、二人は対峙する。

一歩間違えば死にかねない危険な技を、ヒイロは平然とやってのけた。

ここが地上何階かを考えれば、正気の沙汰でないことはハッキリしている。

ラモンがその動きに対応しきる前に、彼女はバッグを踏みつけにしようと足を踏み出す。


( ・∀・)「おいおい。自分で用意したもんを手荒に扱うなよ」


ラモンは足払いで彼女の足を払うと、バッグをまたいで高速の突きを見舞おうとした。

しかし次の瞬間には、彼女は後ろへ飛び退き、ロープを頼りにゴンドラの外へと逃げてしまっていた。


( ・∀・)「よくもまぁ、手首から先を封じられてそこまで動けるもんだ」

ノパ⊿゚)「だろう?ビビクソのクロウには出来ない芸当さぁ!!」


振り子の原理でロープを振り、ヒイロは返す刀でラモンへ飛び蹴りを浴びせようとした。


( ・∀・)「だが、甘い」


不安定な足場の上にも関わらず、ラモンの重心は安定していた。

ラモンは飛び蹴りをかわし、すれ違いざまヒイロの顎へ向けて掌低打を放った。


ノハ; ⊿ )「がっ……!!」


カウンター気味に入った掌打は、ヒイロの意識を脳外へ弾き飛ばす。


( ・∀・)「おっと」


ラモンは彼女が落ちないよう、ロープを引いてゴンドラの内側へと引き込んだ。

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212 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:13:46 ID:Wdejwyp.0
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(゚A゚* )「ラモンはーん!大丈夫ですかー!」
  _
(;゚∀゚)「すまねぇー!気が緩んじまったー!」

( ・∀・)「俺は構わん。クロウを引っ張り上げてくれ」

( ・∀・)「俺もすぐに上がる」


二人がクロウに繋がった縄を引っ張っている間に、ラモンはボストンバッグを腕に引っ掛け、ロープを伝って器用に上まで帰還した。


川 - )「……」クタ
  _
( ゚∀゚)「とんでもねぇ無茶しやがんな、こいつは……」

(゚A゚* )「せやなぁ……ほんで、爆弾は?」

( ・∀・)「ここにある」


ラモンはバッグを開けて、その中身を白日のもとに晒す。

素人目には分からないが、複雑な機械と配線の繋がった箱が、そこには入っていた。


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213 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:15:57 ID:Wdejwyp.0
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( ・∀・)「問題は、これをどうするかだな……」

( ・∀・)「本当ならクロウに解除させるはずだったが、気絶しちまってるんじゃな」
  _
( ゚∀゚)「二、三発しばいたら起きねぇかコイツ?」

( ・∀・)「それより、爆弾をどこかに捨てた方が早そうだな。野間、車を回してきてくれ」

(゚A゚* )「はいな!どこに捨てに行きます?」

( ・∀・)「東蕪湾の第三埠頭まで行こう。やや遠いが、あそこならまず人目につくことはない」

(゚A゚* )「ほな、うちも手伝います!」
  _
( ゚∀゚)「俺も行くぜ。最後まで見届ける責任はありそうだからな」

( ・∀・)「気持ちは分かるが、ここ以外にも爆弾が残されてる可能性が捨てきれない」

( ・∀・)「お前たちはここへ残って、残された爆弾がないか探してくれ」

(゚A゚* )「うーん……そういうことならまぁしょうがないかぁ」
  _
( ゚∀゚)「チッ……分かったよ、最後はお前に任せる」

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214 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:18:22 ID:Wdejwyp.0
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( ・∀・)「それと、クロウは車に乗せて連れていく。そのつもりでいてくれ」

(゚A゚*;)「えぇぇっ!?なんで!?」
  _
( ゚∀゚)「ドライブにしちゃシケた相手だな、おい」

( ・∀・)「なんでも何も、こいつがヒイロになったらお前ら対処出来ないだろ」

( ・∀・)「それに、道中で気絶から目覚めたら、その場で解体処理させることも出来る」


そう言ってラモンはクロウの脇の下に肩を入れると、担いで階段を下りようとした。

  _
( ゚∀゚)「待てよ。俺がそいつを持って下りるから、あんたは車まで先に行っとけ」

( ・∀・)「構わん。別に俺一人で問題なく運べる」
  _
( ゚∀゚)「客に見られたらどうすんだ。いいから俺に貸せ」


ジョージは半ば無理やりラモンからクロウを奪うと、やや引きずるようにして運んだ。

  _
(;゚∀゚)「おっと……案外重てぇな……」

(゚A゚* )「自分から言うたんやから落とすんやないで!」
  _
(;゚∀゚)「わぁーってるわ、アホ!!」

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215 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:21:45 ID:Wdejwyp.0
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そして四人は、カジノの裏手に横付けされたバンの前へやってきた。

野間が事前にそこまで車を運転し、ジョージは肩で息をしながらクロウを運んでいた。

  _
(;゚∀゚)「へはっ……へはっ……」

(゚A゚* )「そんなしんどそうにするなら止めとけば良かったのに……」
  _
(;゚∀゚)「うるへーわ!」

( ・∀・)「クロウは助手席に乗せてくれ。その方がもしもの時に動きやすい」

(゚A゚* )「爆弾は?」

( ・∀・)「俺が持って運転する」

(゚A゚* )「はいなー」


ラモンは運転席に座ると、自身の膝の上へボストンバッグを置く。

ごちゃごちゃして運転しづらそうではあるが、それもやむを得まい。


(゚A゚* )「よいしょ、っと……クロウはんも積みましたで!」

( ・∀・)「よし。それじゃ、行ってくる」
  _
( ゚∀゚)「おい、ラモン!!」

( ・∀・)「なんだ?」
  _
( ゚∀゚)「恩を売られたなんざ思っちゃいないが、結果的にお前はこのカジノを救って見せた」
  _
( ゚∀゚)「この借りは必ず返す。テメェの及ばないことがあれば、俺を頼れ。いいな!」

( ・∀・)「……あぁ、そうさせてもらうよ」

(゚A゚* )「なんや、めっちゃツンデレやんあんた」
  _
( ゚∀゚)「ケッ、やかましい。俺らはとっとと後処理済ますぞ!」

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216 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:24:36 ID:Wdejwyp.0
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そしてラモンはクロウと二人、埠頭までの道を走り出す。

道中にこれといって危険はないが、万一にも警察には見つかりたくないため目立たない道を選んで走った。

さながら、本当のドライブのように穏やかな時間が過ぎる。

その時の流れの中にあって、ラモンは事のまだ済んでいないことを理解していた。

やがてラモンは、車の振動によってクロウが覚醒しつつあるのに気がついた。


川; - )「う……うぅ……」

川;゚ -゚)「……こ、ここは……?」

( ・∀・)「動くな」

川;゚ -゚)「ヒッ……!?」


しゃっくりのような奇声を上げ、クロウが凍りついた。

それもそのはずである。ラモンは対向車線から見えないよう、クロウの脇腹にナイフを向けていたのだ。

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217 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:26:06 ID:Wdejwyp.0
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川;゚ -゚)「ら、ら、ラモン……な、何をする……ナイフをど、どけてくれ……」

( ・∀・)「もうとぼける必要はない。全てのネタは割れてるんだ」

川;゚ -゚)「……!!」

( ・∀・)「ここには俺とあんたしかいない。ゆっくり話をしようじゃないか」


そうしてラモンは横向きのナイフを、クロウの体の上で器用に一閃させた。

クロウの着ていたコートと薄手のシャツがはらりと落ち、その下から奇妙な構造の機械が覗く。

どこかで見た覚えのあるそれを、ラモンは横目でちらりと確認する。


( ・∀・)「それはドクの奴が奴隷に使ってたのと同じ、生体感知型爆弾だな?」

( ・∀・)「バッグの爆弾はフェイクで、そっちが本命の爆弾だったってことか」

川;゚ -゚)「う……あ……」

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218 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:27:47 ID:Wdejwyp.0
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生体感知型爆弾。

それは宿主の心音とリンクし、脈拍の停止と共に爆発するタイプの爆弾である。


( ・∀・)「ドクが作るには尖り過ぎてると思ってたが、あんたがこいつの産みの親だったんだな」

川;゚ -゚)「い、い、いつから……こ、この爆弾に、き、気づいて、た……?」

( ・∀・)「服の様子とあんたの素振りからして、何か隠し持ってるのは最初から気づいてた」

( ・∀・)「しかしまさか、自分に爆弾を仕掛けるなんて真似をするとは思わなかったよ」


ラモンはナイフをしまうと、両手をハンドルの上へと置いた。

それを見て、クロウはラモンに害意のないことを悟り、内心で安堵する。


川;゚ -゚)「……す、す、すまなかった……こ、これも、全て……ひ、ヒイロの……し、した、ことで……」

川;゚ -゚)「お、お、俺は、寝てる間に……ば、爆弾を、仕掛けられた、だけなんだ……!!」

( ・∀・)「……なぁ、クロウよ。さっき俺は全てのネタは割れてるって言ったな?」

( ・∀・)「嘘をつくのはよせ。あんたの本音は、もう透けてる」

川;゚ -゚)「えっ……」

( ・∀・)「ロマネスクの恩赦に名乗りを挙げたのは、ヒイロじゃなくあんただ」

( ・∀・)「爆破騒動の首謀者は、あんたを置いて他にいないんだよ」

川;゚ -゚)「なっ……!!」

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219 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:29:25 ID:Wdejwyp.0
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川;゚ -゚)「な、な、な、何故っ、そんなことを言う……!!」


気弱なクロウにしては珍しく、ラモンへ向かって食って掛かる。

ラモンはそれを軽くいなすと、前方の遠くへ視線を投げた。


( ・∀・)「ここから先は、俺の勘が混じったただの推測だが……」

( ・∀・)「クロウ。ヒイロの奴は、爆弾を作ることができないんじゃないか?」

川;゚ -゚)「……!!」


クロウの表情が、あからさまに動揺したものとなった。


( ・∀・)「やっぱりな。そうじゃないかと踏んでいたよ」

川;゚ -゚)「なっ……なぜそんな、し、知った、ような口を、き、聞けるんだっ……!!」

( ・∀・)「『記憶の分断』だよ、クロウ」

( ・∀・)「多重人格者は、その人格ごとに担当する記憶に違いがある場合が多い」

( ・∀・)「やることと出来ること、覚えていることにそれぞれ差異が生まれるんだ」

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220 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:33:24 ID:Wdejwyp.0
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ラモンの述べた記憶の分断は、多重人格の生まれる経緯に依るものである。

多重人格とは、過度のストレスやトラウマから、精神の負担を軽減するために起こる。

そのために脳が取る行動こそが、負の遺産を記憶する別人格を作り上げてしまうことなのだ。


( ・∀・)「あんたが多重人格を発した理由は、十中八九人殺しのストレスからだ」

( ・∀・)「気弱なあんたは、自分の爆弾で人が死んでいくという事実に耐えられなかった」

( ・∀・)「そしてここが重要なんだが、それと同時にあんたは『爆弾作りを捨てることも出来なかった』」

川;゚ -゚)「……ッ!!」

( ・∀・)「何故ならあんたは、自分には爆弾を作るしか能がないと思っているからだ」

( ・∀・)「自分にはそれしか出来ることがないが、かといって爆弾が人を殺す事実は認めたくない」

( ・∀・)「その二つを矛盾なく同居させるには、爆弾は作ったが使うのは自分じゃないという言い訳が必要だ」

( ・∀・)「そのために、爆弾魔ヒイロが爆弾を作れるようにする訳にはいかない」

( ・∀・)「そうなったら、あんたのアイデンティティが喪失しちまう」

( ・∀・)「そして、爆弾という最大の武器を作れないヒイロに、爆破テロを主導することは出来ないんだよ」

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221 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:34:55 ID:Wdejwyp.0
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クロウは、酸欠の鯉のように口をぱくぱくと開閉している。

言いたいことはあるが、言葉が上手く続かないようである。

その姿を無視して、ラモンはさらに言葉で理を詰めていった。


( ・∀・)「仮にヒイロがこの事件の主犯格だとしたら、バッグの爆弾で確実に俺を仕留めるよう仕向けていたはずだ」

( ・∀・)「正直バッグの爆弾が本物かどうかは、ゴンドラに下りる直前まで五分五分だと思ってた」

( ・∀・)「万が一予測が外れて、ヒイロが事を主導してたなら、奴はカジノごとき壊すのを恐れないからな」

( ・∀・)「だがあんたが主犯なら、まず間違いなく組織との衝突を恐れてカジノへ手は出さない」

( ・∀・)「そしてそれなら、服の下へ隠し持ったそれは、本当の切り札なはずなんだ」

( ・∀・)「そこへ来てヒイロは、わざわざ爆弾の爆発を待たずに俺へ格闘戦を仕掛けた」

( ・∀・)「その時に、ドクのところで見た心音と連動してる爆弾のことを思い出したのさ」

( ・∀・)「俺が反射的にヒイロを殺せば、その瞬間に奴の爆弾はズドンだ」

( ・∀・)「その時点でようやく、バッグの爆弾は偽物だと確信出来たってことだ」


クロウは、何も言わなかった。

ラモンの言葉にただ両の手を固く結び、口を閉ざすばかりである。

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222 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:37:22 ID:Wdejwyp.0
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ラモンは数拍置いて、沈黙を貫くクロウに質問した。


( ・∀・)「このニセ爆破騒動、あんたが考えたのか?」

( ・∀・)「俺を呼び出すためだけなら、カジノを的にしなくても済んだだろう」

( ・∀・)「大袈裟な行動の割に、そこだけがいまいち不可解なところだ」


ラモンは、クロウの返答を辛抱強く待った。

もとより車内という密室、白状する他ないのは火を見るより明らかである。

それでもなお五分はたっぷり沈黙してから、ようやくクロウは重たい口を開いた。


川;゚ -゚)「……だ、だ、ダイヤモンド、だ」

( ・∀・)「……?」

川;゚ -゚)「ダイヤ、モンド=トゥーン、に、じょ、助言を、こ、請うた、んだ……」

( ・∀・)「なんだと?」

川;゚ -゚)「あ、あ、あの人は、弱い男には、み、見向きもし、しない……」

川;゚ -゚)「その代わり、じ、自分よりつ、強い者に、い、挑もうとする弱者には、助言をくれたり、す、するんだ……」

川;゚ -゚)「わ、わ、私は、彼のめ、眼鏡に、敵わなかったが……ひ、ヒイロが、あの人に、話を、聞けた……」

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223 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:39:54 ID:Wdejwyp.0
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ξ゚⊿゚)ξ『お前ごときがフォークロア=ラモンを殺したい?』

ξ゚⊿゚)ξ『なら、相討ちより他に方法はねぇなぁ』

ξ゚⊿゚)ξ『お前の作れる個人殺傷能力の一番高い爆弾を持って、奴もろとも自爆しろよ』

ξ゚⊿゚)ξ『ま、お前が挑む前に俺がラモンをぶち殺してるだろうがな』


そう、トゥーンは述べたのだという。


( ー∀ー)「トゥーンの野郎、死んでからも人に迷惑かけやがる……」

( ・∀・)「この世界は本当に、誰と誰が繋がってるか分からんもんだな」

川;゚ -゚)「そ、それをふま、踏まえて……私が、カジノを、フェ、イクに、使う方法をか、考えた……」

川;゚ -゚)「ひ、ヒイロは、私の案に……は、反対も、さ、賛成も、しない……」

川;゚ -゚)「か、か、彼女は、いつも……私に、ただよ、寄り添うだ、だけなんだ……」

川;゚ -゚)「か、彼女は、私の厄介者で……私の、しゅ、守護、天使で……」

川;゚ -゚)「そ、そして、文字通りの、私の、え、英雄、だったんだ……」


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224 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:43:08 ID:Wdejwyp.0
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川;゚ -゚)「わ、私のは、話せることは……す、全て、話した……」

川;゚ -゚)「わ、私を……こ、こ、殺すなら……殺せば、いいだろう……」


クロウは怯えながらも、ラモンを斜に見ながら強がった。

それはどちらかと言うと、開き直りやヤケクソに近い感情だったろう。


( ・∀・)「そうしたいところなんだがな……」

川;゚ -゚)「……?」

( ・∀・)「少し、俺の昔話にも付き合ってもらおうか」


ラモンは誰に聞かせるでもなく、ぽつりぽつりと呟く。


( ・∀・)「昔、俺がまだ十代だったころ、敵に追われてどうしようもなくなった時があった」

( ・∀・)「銃弾も尽き、ナイフも折れたその時、懐にパインが一個残ってなけりゃ、俺は生きてはいなかったろうな」

( ・∀・)「そのパインを作ったの、誰だったと思う?」


パインとは、手榴弾の隠語である。

クロウはぽかんとしていたが、ハッとしてラモンの横顔を見つめた。


( ・∀・)「まぁ、これはただの独り言だがな」

( ・∀・)「あんたとは、殺しあいたくなかったよ」

川;゚ -゚)「……!!」


クロウの顔に、驚きの表情が張り付いた。

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225 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:45:34 ID:Wdejwyp.0
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( ・∀・)「第三埠頭には、中国へ密航できる船が何便か出てる」

( ・∀・)「運が良ければ、そのうちのどれかに乗れるかもしれないな」

川;゚ -゚)「わ……私を、に、逃がす、のか……?」

( ・∀・)「殺さないってだけだ、密航の手引きも手続きもしない」

( ・∀・)「後の人生はあんた次第ってことだよ」

川;゚ -゚)「……そう、か……」


クロウは、座席の背もたれに深く腰をついた。

その眼は極限まで細められ、なにかを考えているようにも見える。

その横顔に、ラモンが何か言葉をかけようとした瞬間。

運転席のラモンの顎へ向けて、鋭い右拳が突きつけられた。

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226 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:46:35 ID:Wdejwyp.0
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ラモンはそれを予測していたかのように、左手で受け止めて片手運転する。


( ・∀・)「どういうつもりだ、クロウ……いや、ヒイロ!」

ノハ ⊿ )「ククッ……バレちまったか……」

ノパ⊿゚)「これでおしまいなんざ、どう考えてもつまらないだろう!?」

ノパ⊿゚)「アタシがもう一波乱、起こしてやろうと思ったのさ!!」


そしてヒイロは自らの胸を、反対の手で突こうとした。

狙いはもちろん、その胸につけられた爆弾である。

派手に衝撃を与えれば、それに乗じて爆弾が誤爆する可能性は高い。

ヒイロはそれを意図して起こそうとしたのである。

ラモンはそれを封じるため、ヒイロの右拳を握りこんだまま、彼女の顔に拳を当てた。


ノハ#゚⊿゚)「チッ……!!邪魔するんじゃないよォ!!」


一旦は怯んだものの、ヒイロはなおも執拗に左手で胸の爆弾を殴りつけようとする。

ラモンは後方から車が来ていないのを確認すると、ヒイロの手を掴んだまま、あらん限りの力で思い切り急ブレーキを踏んだ。

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227 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:48:33 ID:Wdejwyp.0
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ノハ;゚⊿゚)「ぬぉっ……!!」


ヒイロの体が前へつんのめり、自然と左手が胸から離れていく。

そして姿勢を崩したと見るや、今度は一気に車を加速させる。

前と後ろに体を振られ、ヒイロは尻が浮くほどの加速度を体に受ける。

そのショックで爆弾が爆発しないよう、ラモンは絶妙なカーコントロールで彼女のバランスを取っていた。


ノハ#゚⊿゚)「ナメやがって……それならこいつはどうだい!?」


ヒイロはラモンが拳を離さないと知ると、今度はラモンの視界を塞ぐべく、運転席へ体を乗り出そうとした。

しかし、身を乗り出そうとした彼女の足が、突然凝り固まったように動かなくなる。


ノハ;゚⊿゚)「グッ……な、何だ!?」

ノハ#゚⊿゚)「何のつもりだい、クロウ!!アタシの足を離しな!!」


どうやら彼女が動かないよう、クロウが体を押さえ込んでいるようだ。

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228 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:51:27 ID:Wdejwyp.0
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川 ゚ -゚)「……もう、いいんだ、ヒイロ」


ヒイロの人格は、突如としてクロウの人格へと取って変わった。

その拳から力が抜けたのを見て、ラモンはようやくクロウの右拳を手から放った。


川 ゚ -゚)「ラモンも、すまなかった。だが、もういい」


その声は極めて落ち着いており、先ほどまでの乞音は既に存在していなかった。


( ・∀・)「もういいってのは、どういうことだ?」

川 ゚ -゚)「こういうことだよ、ラモン」


クロウは助手席のドアを開けると、ドアから足を半分出そうとした。


( ・∀・)「よせ!死ぬつもりか!」

川 ゚ -゚)「あぁ。その通りだよ、ラモン」


クロウはジリジリと、体をドアの隙間へねじ込んでいった。

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229 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:52:28 ID:Wdejwyp.0
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ヒイロとの小競り合いのせいで、車の時速は現在百キロを越えている。

このまま地面に落ちれば、ただで済まないのは明白だ。

ラモンはスピードを落とそうと、ブレーキへ足をかけた。


川 ゚ -゚)「速度を落とすな!」


しかし、クロウはそれを止めようとする。


川 ゚ -゚)「ラモン、頼む……どうかこのまま、私を死なせてくれないか……」


それは悲痛な、クロウの嘆願だった。


( ・∀・)「……なぜそんな死に方を選ぶ。あんたはまだ、生きることだって出来るだろう」

川 ゚ -゚)「いいや。出来はしないさ」

川 ゚ -゚)「この爆弾は、外すのに外科的な手術を必要とする」

川 ゚ -゚)「他所へ渡ったところで、全ては手遅れなんだ」

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230 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:53:55 ID:Wdejwyp.0
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( ・∀・)「中国で医者を探せばいいだろう。簡単に事を諦めるな」

川 ゚ -゚)「そうだな……だがそれ以上に、もう私には生きる気力がないんだ」

川 ゚ -゚)「幼い頃から蔑まれ、疎まれ、嫌われて生きてきた」

川 ゚ -゚)「そんな私が存在を証明するには、爆弾を作るしか方法はなかった」

川 ゚ -゚)「嫌で嫌でたまらなかったが、そうするしか術はないと思い込んでいたんだ」

川 ゚ -゚)「私がロマネスクの恩赦に挑んだのは、自分の声で吠えたかっただけなんだよ……」

川 ゚ -゚)「だが、もういい、もう充分だ」

川 ゚ -゚)「フォークロア=ラモンという偉大な殺し屋から認めてもらえたなら、私の人生も悪いものではなかったよ」

川 ゚ -゚)「ここいらで、幕を引かせてはくれないか……?」

( ・∀・)「……バカだぜ、あんた。そんな形で終わって、満足だなんて」


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231 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:58:51 ID:Wdejwyp.0
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川 ゚ -゚)「フフ……あんたには最後まで、迷惑をかけたな」

川 ゚ -゚)「詫びも礼も出来ないのが、心残りだよ」


クロウは、両手を車のフレームにかけた。

今両手を離せば、体はもう外へ放り出されてしまう。


ノハ ⊿ )「……ざけ……ッ!!」

ノハ#゚⊿゚)「ざけんなァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」

( ・∀・)「ヒイロ……!!」


それを中断させたのは、人格の支配権を奪ったヒイロだった。

ヒイロは体を思い切り捻ると、助手席へ再び戻ろうと踏ん張った。


ノハ#゚⊿゚)「そんな!!そんな死に方、許してたまるか!!」

ノハ#゚⊿゚)「自分と引き換えにこいつを殺すならまだいい!!だが一人で死ぬのは犬死にと一緒だ!!」

ノハ#゚⊿゚)「爆弾ならアタシが何とかする!!ラモンだって殺して生き延びさせる!!」

ノハ#゚⊿゚)「死ぬな!!死ぬんじゃねぇぞクロウ!!お前は、アタシの全てなんだ!!」


しかし、彼女の奮闘もそこまでだった。


川 ゚ -゚)「……ありがとう。ヒイロ」

川 ゚ -゚)「最後まで、共に逝こう」


そして、意識を取り戻したクロウは、フレームから指をゆっくりと離した。

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232 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 22:59:57 ID:Wdejwyp.0
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ノハ#゚⊿゚)「ふざけるなァッ!!!だとしたらアタシは……アタシは……!!!」


ノハ# ⊿ )「アタシは何のために生まれてきたんだァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」







法定速度を無視したラモンの車は、一瞬でクロウの体を置き去りにした。

後に聞こえたのは、遥か後方で微かに響く、爆発音だけであった。






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233 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 23:02:19 ID:Wdejwyp.0
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その後、クロウの爆発遺体は、野間の手によって迅速に回収された。

不思議なことに彼の亡くなった道路には、彼の血液が人型となって、寄り添うように流れていた。

爆発の勢いで人の形に飛び散ったとも考えられるが、現場に立ち会ったラモンには、ヒイロがそこにいたように見えてならなかったという。


≪双頭の烏(ダブルフェイス=クロウ)≫。

≪双頭の不死鳥(ダブルフェイス=ヒイロ)≫。


その末期に、笑みの浮かぶはずもなく。

ただ黒く焼け焦げた骸を、路傍に曝すのみであった。


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234 ◆WvlUzi6scI:2019/04/21(日) 23:03:02 ID:Wdejwyp.0
第五話了

235名無しさん:2019/04/22(月) 01:38:26 ID:vE9DgzfE0


>>186で支配人室にいるのがハインになってるぽ
>その台詞が聞こえるや、ハインのいる支配人室の扉が派手に開かれた。

236名無しさん:2019/04/22(月) 12:39:57 ID:5AtJvRTk0
乙!
毎回面白い上にみんないいキャラしてる

237名無しさん:2019/04/22(月) 18:12:11 ID:ussQdqpcO
乙!

238名無しさん:2019/04/22(月) 18:13:55 ID:ussQdqpcO
乙!

239名無しさん:2019/04/28(日) 04:09:13 ID:XWIfpJB20
待ってた!おつおつ

240名無しさん:2019/05/07(火) 00:37:52 ID:ZeBV2b0Y0
age

241名無しさん:2019/05/14(火) 21:05:17 ID:oM89z9MQ0
今更タイトルの意味に気づいた
期待

242 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 20:07:54 ID:1OEaOtcU0
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第六話:≪ツイン=ザミエル≫






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243 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 20:15:29 ID:1OEaOtcU0
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(´<_` )「〜♪」

( ´_ゝ`)「……」

(´<_` )「そうさ、おそれないでみーんなのたっめっに♪」

(´<_` )「愛と、勇気だけが友達さ〜♪」

( ´_ゝ`)「弟者、うるさい。気が散る」

(´<_` )「おっと、すまんすまん」

( ´_ゝ`)「……」

(´<_` )「……」バリバリ

( ´_ゝ`)「お前さぁ……飴舐めるのはいいけど噛むのは止せ。うるさい」

(´<_` )「おぉ、すまん」ゴクン

( ´_ゝ`)「仕事中にモノ食うなって言ってるだろ……」

(´<_` )「腹減ったんでな。兄者も食うか、飴」

( ´_ゝ`)「いらんっつの」


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244 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 20:33:05 ID:kLkUWMsc0
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(´<_` )「おっ。兄者、ターゲット捕捉した」

( ´_ゝ`)「把握。現状は?」

(´<_` )「徒歩にて歩行、秒速約1.1m」

( ´_ゝ`)「了解」

(´<_` )「ターゲット頭部周辺、南西微風時速0.2……いや、0.3。修正ヨロ」

( ´_ゝ`)「南西微風把握。修正した」

(´<_` )「兄者、ターゲットが6秒後に立ち止まる。撃つならそこだ」

( ´_ゝ`)「えっ?」

(´<_` )「4、3、2、1……Go.」

( ´_ゝ`)「……」カチッ


───タァンッ…


(´<_` )「イエッス!ターゲットの被弾確認!」

(;´_ゝ`)「相変わらず、お前の射線誘導は頭おかしい精度だな……」

( ´_ゝ`)「なんで立ち止まるかどうかなんて分かるんだ?」

(´<_` )「そりゃ、なんとなくとしか言えないな」

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245 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 20:37:03 ID:kLkUWMsc0
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(´<_` )「いつもならこれで終わりだけど、今回は写真撮るんだっけ?」

( ´_ゝ`)「あぁ。だが今回はその前にもう一発だ」


───タァンッ…


(´<_` )「なんで二回も撃ったん?」カシャッ、カシャッ

( ´_ゝ`)「俺の仕業だとハッキリ伝えるためにな」

( ´_ゝ`)「その写真、素早く現像して組織の本部宛に送っといてくれ」

(´<_` )「把握把握」パシャパシャ

(´<_` )「しかし、ロマネスクの御社?だっけ。何で兄者はんなもんに参加する気になったんだ」

( ´_ゝ`)「御社じゃなくて恩赦な」

( ´_ゝ`)「ちょっとばかし、個人的に戦いたい相手がいるもんでな」

( ´_ゝ`)「巻き込んで悪いが、お前にも付き合ってもらうぜ」

(´<_` )「へぇー……」

(;´_ゝ`)「すごいどうでもよさそうな顔だな……」

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246 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 20:38:03 ID:kLkUWMsc0
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野間はラモンから呼び出しを受け、隠れ家としているいつものボロアパートまでやって来ていた。

軋むドアを開け遠慮なく入室すると、暗いアパートの一室でラモンは、考え深げな顔をして佇んでいた。

何か用意するものでもあるかと思っていたが、そういう訳でもなさそうだ。

彼は地図を床に起き、あぐらをかいてそれを眺めている。

地図には幾重にも印がつけられ、細かな注釈が書き加えられている。


(゚A゚* )「こんちわー……って、なんですのんそれ」


挨拶もそこそこに、野間は脇から地図を覗き込んでしげしげと見詰めた。


( ・∀・)「来たか、野間。こいつは、次の殺し屋への対策だ」


言うとラモンは、隣に座るよう野間へ促した。

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247 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 20:41:00 ID:kLkUWMsc0
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( ・∀・)「直接対決するには厄介な相手がいるもんでな」

( ・∀・)「ここ何日か、相手への対策を考えていたところだ」


ラモンは言いながら、地図の上に一枚の写真を投げ置いた。


(゚A゚* )「これは……恩赦の表明写真ですなぁ」


対象は銃でこめかみを撃ち抜かれていたが、問題はそこではなかった。

その写真はどうやら、望遠レンズを使って遥か遠方から撮ったもののようだった。


( ・∀・)「それを撮ったのは恐らく、≪ツイン=ザミエル≫。双子の狙撃手だ」

(゚A゚* )「あちゃあ〜、狙撃手でっか!そら確かに敵いませんなぁ」

( ・∀・)「中・近距離の敵なら幾らでも制圧できるが、遠距離から撃たれちゃどうしようもないからな」

( ・∀・)「その上で、あんたにも少々協力を願いたいことがある」

( ・∀・)「今回は、そのための作戦会議と思ってくれていい」

(゚A゚* )「何の何の!ラモンはんの頼みとあらば何でも聞きますよ〜!」

( ・∀・)「すまんな。まずは、狙撃手の二人に対する情報を共有しよう」


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248 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 20:42:34 ID:kLkUWMsc0
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( ・∀・)「ツイン=ザミエルこと流石兄弟は、先に言った通り双子の狙撃手だ」

( ・∀・)「兄が狙撃を務め、弟が観的手に回る、コンビネーションスナイパーだな」

(゚A゚* )「観的手でっか。二人は軍隊上がりか何かなんです?」

( ・∀・)「いいや。兄は組織の生え抜き、弟は中途参加の元一般人だそうだ」

(゚A゚* )「へぇー。軍人でもないのに観的手やるの、珍しいですねぇ」


観的手、それは一般人にはあまり知られることのない職業である。

観的手は狙撃手とセットで行動し、その狙撃の補助をする役目を担う。

風向や標的までの距離を正確に割り出し、狙撃手へ伝えるのだ。

手練れの観的手ともなると、標的の着衣のはためきを見ただけで、風向を即座に計算してみせることも可能だという。

狙撃に必須ではないものの、円滑な仕事を求めるならば欲しい役割である。


( ・∀・)「珍しいどころか、とんでもない難敵だよ」

( ・∀・)「兄の方とは何度か仕事をしたことがあるんだが、弟が参加してからは狙撃の精度が尋常でなくなった」

(゚A゚* )「ほんまでっか。具体的な数字で言うとどんなもんです?」

( ・∀・)「狙撃成功率100%と言えば、嫌でも理解できるだろう」

(゚A゚*;)「げぇっ!!」

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249 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 20:43:55 ID:kLkUWMsc0
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(゚A゚* )「100%てそんなん、もうただの化け物ですやん……」

( ・∀・)「そうだな。狙われたが最後、俺でもまず間違いなく死ぬだろう」


ラモンは物騒なセリフを事も無げに吐いていく。

それに異を唱えるように、野間は自らの抱いた疑問をラモンへとぶつけた。


(゚A゚* )「でも、その双子が参加してきたってなんで分かりますの?」

(゚A゚* )「見たとこ、写真には犯人を特定できそうな要素は……」

( ・∀・)「ところが、これは奴らにしか出来ない芸当なんだ」

( ・∀・)「この銃創、よく見ると弾丸が同じ傷口に二発撃たれてる」

( ・∀・)「全く同じ場所を正確に撃って見せる、そんな技量の持ち主はそいつらしかいない」

(゚A゚* )「はぁー……つくづく化け物ですなぁ」

( ・∀・)「さすがの俺も、今回ばかりは単独で相手すると骨が折れる」

( ・∀・)「だから、あんたに協力願ったって訳だ」

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250 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 20:45:05 ID:kLkUWMsc0
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そしてラモンは、今回の仕事の説明に移った。


( ・∀・)「まず俺は、今日のこの日までに色々と布石を打っておいた」

(゚A゚* )「というと?」

( ・∀・)「狙撃地点を特定しやすくするために、行動パターンを敢えて一定にしたんだ」

( ・∀・)「毎日同じ道を通ったり、癖のように立ち止まって見せたりな」

( ・∀・)「隠れ家のローテーションもその一環だ」

(゚A゚* )「あぁ!アパートと一軒家と廃ビル、ぐるぐる回ってましたねぇ」

( ・∀・)「あぁ。奴らは標的の行動の把握に一週間はかける」

( ・∀・)「そろそろあっちも、動き出す頃合いだろう」


そしてラモンは、地図の一点を指差した。


( ・∀・)「奴らが俺を狙うのはここ、A地点でほぼ間違いない」

( ・∀・)「ここで奴らを迎え撃つ」


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251 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 20:48:20 ID:kLkUWMsc0
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(゚A゚* )「なんでここで狙撃しに来るって断言出来ますのん? 」

( ・∀・)「まず、一軒家のある住宅街は予想から除外していい」

( ・∀・)「いくら閑静な場所とはいえ、目撃者が出る可能性のある所を狙撃地点には選ばない」

( ・∀・)「同様に、アパートのある場所も住人に見られる可能性が0じゃあない」

( ・∀・)「やるなら九割九分、廃ビルのどこかだ」

(゚A゚* )「なるほど」

( ・∀・)「そしてこの一週間、行動を絞っていたおかげで先方の動きの予測も立てやすくなった」

( ・∀・)「このA地点は、邪魔になる立木も障害物もない」

( ・∀・)「おまけに、場が拓けてるせいで上から狙うのにうってつけだ」

( ・∀・)「奴らなら、この絶好の狙撃ポイントを見逃しはしない」


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252 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 20:50:33 ID:kLkUWMsc0
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(゚A゚* )「でもこれ、ラモンはんの誘いやってバレたりしません?」

( ・∀・)「十中八九バレてるだろう。いつも同じ動きしかしないターゲットなんざ、見るからに怪しいしな」

( ・∀・)「それでも奴らは、ここを狙撃地点に選ぶ」

(゚A゚* )「なんでですか? 」

( ・∀・)「狙撃ってのは素人が考える以上に、気力も体力も必要なもんだ」

( ・∀・)「ここぞという場を一点見つければ、よほどのことがない限りそこから外れることはない」

( ・∀・)「たとえそれが、罠だと分かっていてもな」

( ・∀・)「問題は、相手がどこから狙撃してくるかだが……」

(゚A゚* )「そんなもん、見つけるのは無理と違います?」

( ・∀・)「そうも言ってはいられんだろう。見つけられなければ俺が死ぬだけだからな」

(゚A゚* )「そうですなぁ……」

( ・∀・)「そこで、この地図を見て欲しい」

(゚A゚* )「はいな」

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253 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 20:54:26 ID:kLkUWMsc0
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( ・∀・)「地図に三つのデカい丸が描いてあるのが分かるな?」

(゚A゚* )「はいはい」

( ・∀・)「これは狙撃予測地点から半径1km圏内、2km圏内、3km圏内の印だ」

( ・∀・)「一番内側の丸が1km、そこから外側へ向かって順に2km、3kmとなってる」

( ・∀・)「あんたにはこの中から、敵の狙撃手を探し出して欲しい」

(゚A゚*;)「は、はい!?」

(゚A゚*;)「そんなんどう考えても無理ですよ!!ノーヒントでこんな広いとこから……」

( ・∀・)「だろうな。だが、丸きりのノーヒントって訳でもない」

( ・∀・)「一番内側の1㎞圏内、まずはここを重点的に探してくれ」

(゚A゚*;)「はぁ……けど、なんで?」

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254 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 20:59:28 ID:Uo8Mfgdc0
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( ・∀・)「その前にまず、半径を3kmまでに絞ってる理由から話そう」

( ・∀・)「現在公式に発表されている最長の狙撃記録は、約2.8kmだ」

( ・∀・)「3kmはまず人間の限界射程距離と言っていいだろう」

( ・∀・)「そして俺は、3km先から撃たれることはまずないと思ってる」

(゚A゚* )「それはなんでですのん?」

( ・∀・)「流石兄者は慎重な男だ。失敗する確率の高い方法は選ばない」

( ・∀・)「一緒に仕事をしたときも、1kmの確実な距離から狙っていた」

(゚A゚* )「1kmでも相当なもんやけどなぁ」

( ・∀・)「だからあんたには、1kmの範囲から外へ向けて、順を追って調べて欲しいんだ」

(゚A゚* )「それでもビルの数はめっちゃありますよ?」

( ・∀・)「1km圏内までなら、狙撃に使えそうな高さのビルは限られる」

( ・∀・)「地図上で赤い印のしてある建物がそれだ」

( ・∀・)「それに、人気のない廃ビルに忍び込もうとすれば、必ずどこかに痕跡が残る」

( ・∀・)「それを見逃さないよう、細心の注意を払って探してくれ」

(゚A゚* )「めっちゃプレッシャーかけますやん……」

( ・∀・)「今回俺は的になるしか出来ないんでな。あんたが頼りなんだよ」

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255 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:00:12 ID:Uo8Mfgdc0
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( ・∀・)「明日の正午ちょうどに、俺はA地点を通る予定だ」

( ・∀・)「それまでにあんたには、奴らの居場所を探して狙撃を妨害してほしい」

(゚A゚* )「どうやって?」

( ・∀・)「作戦はこうだ」


………………
…………
……


(゚A゚*;)「う、うぅーん……あまりにも単純な作戦過ぎません?」

( ・∀・)「敵の動揺を誘えればそれでいい。単純な方が成功率は上がる」

( ・∀・)「頼んだ、野間。俺の生死はあんたの肩にかかってる」

(゚A゚* )「……そこまで言われたらやらんと女が廃りますわな」

(゚A゚* )「いっちょやったりますか!!」


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256 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:01:01 ID:Uo8Mfgdc0
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一方のこちらは、流石兄弟が潜むアジトである。

半地下になったビルディングの狭い一室に、雑多に物が置かれている。

弟は固いソファへ座り、兄は床へ直に座ってライフルをいじっている。

そして暇そうにする弟があくびをしようとした時、兄がおもむろに口を開いた。


( ´_ゝ`)「3kmで行こうと思う」

(´<_` )「……何が?」


あくびを噛み殺して、弟、流石弟者が聞き返す。


( ´_ゝ`)「狙撃だよ、明日の」


兄、流石兄者は、何でもないことのようにさらりと返した。


(´<_`;)「はぁ?本気か、兄者」

(´<_`;)「3kmの狙撃なんて、俺やったことないぞ?」


弟者が困惑するのも無理はない。

それほどまでに3kmという距離は、狙撃手にとって大きく立ちはだかる壁なのだ。

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257 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:03:38 ID:Uo8Mfgdc0
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一方のこちらは、流石兄弟が潜むアジトである。

半地下になったビルディングの狭い一室に、雑多に物が置かれている。

弟は固いソファへ座り、兄は床へ直に座ってライフルをいじっている。

そして暇そうにする弟があくびをしようとした時、兄がおもむろに口を開いた。


( ´_ゝ`)「3kmで行こうと思う」

(´<_` )「……何が?」


あくびを噛み殺して、弟、流石弟者が聞き返す。


( ´_ゝ`)「狙撃だよ、明日の」


兄、流石兄者は、何でもないことのようにさらりと返した。


(´<_`;)「はぁ?本気か、兄者」

(´<_`;)「3kmの狙撃なんて、俺やったことないぞ?」


弟者が困惑するのも無理はない。

それほどまでに3kmという距離は、狙撃手にとって大きく立ちはだかる壁なのだ。

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258 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:05:00 ID:Uo8Mfgdc0
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( ´_ゝ`)「お前はいつもみたいに、標的の動きを読んでくれればいい」

( ´_ゝ`)「後は俺が、正確に事を済ませばいいだけだ」

(´<_` )「言っとくけど、3kmも間合い取ったら風向きも読めるか分からんからな?」

(´<_` )「距離があればあるだけ、突風とかで弾が流される可能性も高くなるんだから」

( ´_ゝ`)「なぁに、お前なら出来るさ」

(´<_`;)「気軽に言ってくれるぜ……外しても俺のせいにするなよ」

( ´_ゝ`)「それだけ俺は、お前の才能を買ってるってことだよ」

(´<_` )「……今度のターゲット、そんなに面倒な相手なのか?」

( ´_ゝ`)「あぁ、その通りだ」

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259 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:06:58 ID:Uo8Mfgdc0
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( ´_ゝ`)「フォークロア=ラモン。こいつは俺の知る限り、完璧に最も近い殺し屋だ」

( ´_ゝ`)「フィジカルとメンタル、そのどちらにおいても欠けた部分が見当たらない」

( ´_ゝ`)「パーフェクトキラーって言葉があるとするなら、俺は奴にくれてやってるね」

(´<_` )「そんなやつ、本当にいるのか?大抵はどっかに穴というか、弱点があるもんだが」

( ´_ゝ`)「だからこその3kmなんだよ、弟者」

( ´_ゝ`)「あいつは俺らを、特定の狙撃地点に誘導しようとしてる」

( ´_ゝ`)「それを上回るには、予想の遥か外から撃つしか方法はないんだ」

(´<_` )「兄者がそう言うならそうなんだろうがな……」

(´<_` )「俺は一緒に仕事したこともないし、いまいち実感湧かないな」

( ´_ゝ`)「そうか……それならちょうどいい機会だ、お前に話しておいてやるよ」

( ´_ゝ`)「俺がなぜ、ロマネスクの恩赦に参加したのかをな」


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260 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:08:22 ID:Uo8Mfgdc0
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( ´_ゝ`)「これはまだ俺が、お前と組んで仕事をする前の話だ」

( ´_ゝ`)「蕪新町の代議士とうちの組織が揉めて、その殺しが俺に回って来たことがあった」

( ´_ゝ`)「その時に組まされたのが、ラモンだったんだ」

( ´_ゝ`)「ラモンが組織の顧問弁護士を装って代議士を呼び出し、俺が狙撃するって筋書きだったんだが」

( ´_ゝ`)「その時に俺は、妙な違和感に気がついたんだ」

(´<_` )「違和感?」

( ´_ゝ`)「組織の息のかかった喫茶店に呼び出して、窓際に座らせるまでがラモンの役目だったんだがな」

( ´_ゝ`)「あいつ、椅子に深く腰かけて、窓枠に絶対顔が入らないようにしてたんだ」

( ´_ゝ`)「歩くときも何というか……定まりのない酔っ払いみたいな歩き方だったな」

(´<_` )「んん……?なんでそんなことを?」

( ´_ゝ`)「その理由を察したのは、仕事が全て終わってからだった」

( ´_ゝ`)「ふと俺は、狙撃態勢に入ってからラモンの顔を見ていないことに気づいた」

( ´_ゝ`)「それがどういう意味か、弟者は分かるか?」

(´<_` )「……?」

( ´_ゝ`)「あいつは、自分が仲間から狙撃される可能性を考慮してたんじゃないかと俺は思ったんだ」

(´<_`;)「はぁ?」


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261 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:09:31 ID:Uo8Mfgdc0
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(´<_`;)「仮にそんなもの気にする奴がいたとしたら、それはただのバカじゃないのか?」

( ´_ゝ`)「それがそうとも言い切れん」

( ´_ゝ`)「あいつくらいになると、恨みを買ってる連中も相当数いるだろうしな」

( ´_ゝ`)「組織内部の人間だからといって、安易に信用しないよう身に付いてるんだろう」

(´<_`;)「はぁ〜〜〜……世の中いろんなヤツがいるなぁ」

( ´_ゝ`)「それからだよ。俺があいつの警戒心と、勝負してみたいと思うようになったのは」

( ´_ゝ`)「俺の狙撃とあいつの回避、どちらが上かやりあいたかった」

( ´_ゝ`)「そのために、ロマネスクの恩赦はうってつけだったって訳さ」

(´<_` )「……ラモンって奴も相当だけど、兄者もけっこうな変わり者だよなぁ」

( ´_ゝ`)「お前も今に分かる。頼りにしてるぜ、弟者」

(´<_` )「へいへーい」


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262 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:10:22 ID:Uo8Mfgdc0
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( ´_ゝ`)「狙撃する場所は、旧大本営ビルの屋上からだ」

( ´_ゝ`)「細かな設営は向こうへついてから行う。いいな?」

(´<_` )「オーケー。任せとけ」

( ´_ゝ`)「よし。それなら明日は早い、今日はもう休め」

(´<_` )「把握」

( ´_ゝ`)「恩赦を手にして組織を抜けたら、南の島でバカンスでもするか」

(´<_` )「ハハハ、取らぬ狸の何とやらだな。まぁ、せいぜい楽しみにしておくよ」

( ´_ゝ`)「そうしろ」

(´<_` )「じゃ、おやすみ兄者」

( ´_ゝ`)「あぁ、おやすみ」


そうして弟者は別室のベッドへ、兄者は弟者の座っていたソファへ横になる。

後に残ったのは、緩慢で乾いた、夜の静寂のみであった。

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263 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:12:57 ID:Uo8Mfgdc0
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さてこれより先、ラモンと兄弟の邂逅は、弾丸一発分の刹那に終始する。

よってここで流石兄弟の過去に触れておかねば、それを語る機会は皆無となるだろう。

流石兄者と流石弟者、二人は組織に属する気鋭のスナイパーである。

両親はすでに亡く、家族は二人を置いて他にいない。

物心つく前に亡くなったらしいが、それすらも養護施設の教員から聞いた話である。

寂しいと思わないことはなかったが、それでも二人はそれなりに楽しく暮らすことは出来た。

転機となる出来事があったのは、彼らが義務教育を終える年齢になった頃である。

彼らの暮らす養護施設が、経営不振を理由に潰れる運びとなったのだ。

おりしも彼らは、進学先を決めなければいけない時期に差し掛かっていた。

二人は施設長へ働きに出て稼ぎを渡す旨を伝えるものの、時はすでに遅し。

頼るものもなく、行く先も定かでなくなってしまった施設の子らは、ただ困惑するしか出来ずにいた。

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264 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:15:10 ID:Uo8Mfgdc0
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その時、彼らを引き取ると申し出たのが組織の外部団体であった。

組織の折衝や渉外を行うその団体は、身寄りのない子供たちを引き取って育てる役目をも負っていた。

もちろんそれは、慈善などが目的ではない。

子供相手ならば、どれほど汚い仕事を課せようが反発されることは少ないからだ。

彼らはまず低年齢の子供たちから無条件に引き取り、分別のついた子供たちには面談を行った。

物分かりの良さとはすなわち、組織に対する洗脳のしやすさでもある。

義務教育を修了した程度の年齢だと、反抗されたり逃げたりされることがあり効率が悪い。

組織の勧誘員(スカウトマン)はまず兄者と面談し、彼らにとって従順となりえる素材かをよく観察した。

その時、兄者は言ったのだ。


( ´_ゝ`)「俺ならなんでもしますから、弟には普通の暮らしをさせてやってください」


健気にも兄者は、弟を生かすための人身御供となろうとしていたのだ。

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265名無しさん:2019/05/17(金) 21:15:22 ID:bqTzXn.k0
支援

266 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:15:49 ID:Uo8Mfgdc0
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相対する大人たちが普通の者でないことは、兄者も察していた。

だからこそ、弟を彼らに関係させる訳にはいかなかった。

その気概を察した勧誘員は、弟を盾にすれば兄が反抗することはないと判断。

弟を真っ当な施設に送ることを条件に、兄者を組織へと迎え入れることに決めた。

こうして兄者は弟と別れ、闇の世界の住人となることとなった。

そこからの修行は、壮絶を極めるものだった。

たとえ五歳の子供であっても、何らかの成果を挙げねば報酬は与えられない。

組織にとって益となることが出来なければ、大人たちに振り返ることすらされはしなかった。

彼は日夜殺しの技術を磨くことに明け暮れ、その肉体は日に日に鋭利になっていった。

死と隣り合わせの過酷な日常も、弟のことを思えば我慢することが出来た。

その日々の中で、彼は自分に射撃の素質があることを見出だされた。

自分でも、初めて撃ったとは思えないほどに銃は手に馴染んだ。

弾丸は思い通りの軌道を描き、狙った的へ吸い込まれてゆく。

それを組織の幹部に見込まれた彼は、同期の子供たちとは別メニューの訓練を施された。

さらに過酷な追い込みの中で、兄者は集中力と忍耐力を研ぎ澄ましていった。

そうして数年後。彼は、一匹の獣として完成していたのである。

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267 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:16:31 ID:Uo8Mfgdc0
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ラモンと仕事を共にしたのも、この時期である。

殺し屋としてはラモンが数年先輩であるが、狙撃技術は競うまでもなく兄者が上だった。

もっともこの時は、後年ラモンと争うことになるなど、予想だにしていなかったのだが。

そして狙撃手としての組織での地位を確固たるものにした年、兄者にまたしても転機は訪れる。

それは、ほんの気まぐれのつもりだった。

珍しく予定のない日、兄者はトレーニングへ向かう足を止め、蕪新町の街中に現れた。

そこは、組織に教えられた弟の住む施設のある住所だった。

遠巻きに眺め、弟の安否を確認できればそれで気が済むはずだった。

しかし、その施設は何か様子がおかしかった。

人気がなく、荒廃しているようにしか見えなかったのである。

住所を見間違ったかと思い、もう一度中を伺おうとしたその時。

施設の一室から、怒鳴るような大声が聞こえて来た。

不審に思った兄者が、室内を覗ける位置へと侵入したところ。

そこでは頬を真っ赤に腫らした弟者が、年長者に殴られていたのであった。

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268 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:17:04 ID:Uo8Mfgdc0
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目を疑う光景とは、このことである。

よく見れば弟者の腕は痩せ細り、筋と骨とが浮き立ってガリガリである。

決して裕福とは言えない前の施設でさえ、そんな風になったことはなかった。

兄者は、弟が安全な場所へいるのだとばかり思い込んでいた。

だが、その実態は何のことはない、ただの地獄であった。

弟者は申し訳なさそうな顔で、ただ黙って殴られるがままにされている。

その様子があまりにいたたまれなく、兄者は思わず目を逸らしてしまった。

そして彼は、後ろ髪引かれる思いを胸にその場を後にする。

決して逃げ帰った訳ではない。

弟者に手を上げた相手を、殺すためにそうしたのだった。


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269 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:18:40 ID:Uo8Mfgdc0
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それからきっちり十時間後の午前0時。

弟者を殴っていた男は、眉間に銃弾を受けて死亡していた。

そして、兄者は弟を救出することに成功する。

ほんの十時間で狙撃を成功させる圧倒的集中力は、弟の危機を救うためだったとしか言い様がない。


(´<_`/;)「兄者……」


弟者は呆気に取られた様子で、兄の姿を見つめていた。

腫れていたせいで分からなかったが、近くで見れば頬も肉が削げ落ちて痩せていた。

よほど栄養状態が悪かったのだろう。

何があったのかは、敢えて問わなかった。

どうせろくでもないことをやらされていたに決まっているからだ。

その代わり、彼は弟をアジトへ招き、温かいシャワーと飯を提供した。

たったそれだけのことで、弟はぐずぐずと泣き出して止まらなくなってしまった。

どれほどの劣悪な環境で過ごせばそうなるのか、兄者には見当もつかなかった。

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270 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:21:06 ID:Uo8Mfgdc0
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それから兄者は、懇意の組織幹部を通して勧誘員へ苦情を入れた。

数年越しのこととはいえ、弟者をまともな施設に入れるという約束を違えたからである。

しかし、組織はまともに取り合いはしなかった。

まず最初に、弟者を預けた当初は間違いなく普通の施設であったことを強調された。

信用してはいなかったが、後に兄者が調べたところによれば、それは事実でしかなかった。

不幸にも弟者が預けられてから経営者が代わり、あのようなことになっていたらしい。

そして第二に組織の代表は、兄者が断りなく勝手に殺しを行ったことを厳しく追及した。

私情からの殺しは、ボスであるロマネスクの最も忌み嫌う行為である。

それは本人はおろか、組織そのものを危機へと追いやる行動だからだ。

それでなくとも、組織の幹部へ相談すれば、ほぼ間違いなく仕事の殺しとして請け負えたはずなのだ。

何故なら、組織との約束を違えたということは、組織との繋がりを軽んじたということに違いないからである。

それを無視して何の相談もなく殺しに走ったのは、兄者が軽率であったと言う他にない。

弟を虐げられて我慢ならなかった、などという言い訳は聞き入れられないのだ。

本来ならば兄者には、制裁が加えられてもおかしくない事件である。

だが今回は、組織側の落ち度も省みて、厳重注意程度の対応に落ち着いたようだった。

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271 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:21:43 ID:Uo8Mfgdc0
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その代わり兄者には、組織から厳しいペナルティが課せられた。

半年間、殺しの仕事から離れるようにと通告されたのである。

蓄えこそあるものの、スナイパーとして半年ものブランクが空くのは致命的である。

腕が落ちたと判断されれば、ますます仕事は回されなくなるだろう。

ましてやこれからは、弟の食い扶持も稼がなければならない。

仕事の口は多いに越したことはないのだ。

そこまで考えたところで、弟者が意外すぎる一言を口にした。


(´<_` )「兄者。俺、兄者と同じ仕事やってみたい」


弟者も殺し屋になると言い出したのだった。

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272 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:22:45 ID:Uo8Mfgdc0
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兄者はもちろん、ここはお前の居ていい世界ではないと反対した。

ここは地獄だ、とも釘を刺した。

だが、弟者もそれに強く反抗した。


(´<_` )「そこが地獄ってんなら、俺がいた場所も地獄だったさ」

(´<_` )「同じ地獄なら兄者のために、少しでも協力させてくれよ」


そう弟者は言うのである。

兄者は弟者へ普通の生活を送って欲しかったが、どうやらそれはもう手遅れだったようだ。

思案した兄者は、ひとまず弟者の適性を見るためにテストすることにした。

すると、驚愕の結果が明らかになったのである。

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273 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:24:03 ID:Uo8Mfgdc0
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まず持久力や俊敏さ、これは話にならないレベルで低かった。

兄者と組手をすれば一瞬で組み敷かれ、走り込みをさせれば2kmで音を上げた。

食事もまともに与えられない環境だったならば、それが当たり前だろう。

その代わり、弟者の射撃の才能には、兄者も舌を巻くほどのものがあった。

組織の使っている射的場で、兄者は弟者へ六連装のリボルバーを渡した。

とりあえず弾が空になるまで撃ってみろと命じ、細かいことは後々教えるつもりだった。

その上で兄者は、弟者の射撃センスを図ろうとしたのだ。

弟者は銃にも物怖じせずに真っ直ぐ構えると、六発の弾丸のうち五発までを的に命中させた。

それは、銃を扱ったことのない素人ではまずあり得ない結果であった。

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274 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:25:12 ID:Uo8Mfgdc0
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弟者はまず一発目を無造作に撃つと、反動で痺れる手を振りながらこんなことを呟いた。


(´<_` )「なるほどなぁ……そういうことか」

(´<_` )「てことは今左に逸れたから……重心を右寄りに置いて……」


そして、今度は立て続けに五発、的の中央付近を射抜いたのだった。

構えは無茶苦茶だったが、それで偶然でなく当てられたのは却って信じられない結果だった。

弟者の呟きから察するに、弾道を見て自分でフォームを修正したことになる。

どうしてそんなことが出来るのかと聞いても、弟者は何となくとしか答えない。

それはまさしく、天賦の才としか言い様のないセンスだった。

ただし、それで殺しに向いているかと言われるとそうとも言い切れなかった。

弟者は二度目の狙撃は、六発の弾丸全て的を外していた。

銃の反動で握力が薄れ、まともに当てることが叶わなかったためである。

なるべく反動の少ない銃を選んではいたのだが、それですらこの結果だった。

これではいかにセンスに秀でていようと、殺しあいの場に参加させる訳にはいかない。

そこで兄者が考案したのが、弟者を観的手として使うことであった。

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275 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:26:37 ID:Uo8Mfgdc0
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弟者はまず一発目を無造作に撃つと、反動で痺れる手を振りながらこんなことを呟いた。


(´<_` )「なるほどなぁ……そういうことか」

(´<_` )「てことは今左に逸れたから……重心を右寄りに置いて……」


そして、今度は立て続けに五発、的の中央付近を射抜いたのだった。

構えは無茶苦茶だったが、それで偶然でなく当てられたのは却って信じられない結果だった。

弟者の呟きから察するに、弾道を見て自分でフォームを修正したことになる。

どうしてそんなことが出来るのかと聞いても、弟者は何となくとしか答えない。

それはまさしく、天賦の才としか言い様のないセンスだった。

ただし、それで殺しに向いているかと言われるとそうとも言い切れなかった。

弟者は二度目の狙撃は、六発の弾丸全て的を外していた。

銃の反動で握力が薄れ、まともに当てることが叶わなかったためである。

なるべく反動の少ない銃を選んではいたのだが、それですらこの結果だった。

これではいかにセンスに秀でていようと、殺しあいの場に参加させる訳にはいかない。

そこで兄者が考案したのが、弟者を観的手として使うことであった。

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276 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:27:06 ID:Uo8Mfgdc0
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観的手であれば、直接的に人を殺めることもなくなる。

それに、一見しただけで銃弾の軌道を修正できる才能は、スナイパーとしても得難い能力である。

そこで兄者は、半年の謹慎期間を全て弟者のトレーニングへ当てることにした。

特に、観的手に必要不可欠な持久力と集中力のトレーニングは、念入りに行った。

時として彼らは、スナイパーと共に一日以上も同じ場所で標的を待つ場合がある。

今の体力では一日はおろか、一時間さえ集中力は持続しないだろう。

兄者は弟者を、徹底的にしごきあげた。

吐くまで走り込みをさせた後に、銃と共にビルの屋上へ放置したこともあった。

不眠不休でターゲットを一週間監視し続けるだけ、というトレーニングも行った。

どんな厳しいしごきも、弟者は不平不満なくこなして見せた。

それだけ、兄者の手腕を信用していたのだろう。

その信頼を、裏切る訳にはいかなかった。

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277 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:28:23 ID:Uo8Mfgdc0
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そうして半年が過ぎた頃、弟者は文字通りの進化を遂げていた。

相変わらず集中力に難はあるものの、ここぞという時の一点突破力は目を見張るものがあった。

何より、彼の観的能力は兄者の想像を大きく上回った。

標的への洞察力を鍛えることにより、弟者は相手が何をしようとしているか察知してしまうまでになったのだ。

本人曰く、空気の流れを読むように相手の呼吸を読み、それに自身の呼吸を合わせれば分かるようになるのだと言う。

本気だとしたら正気の沙汰ではないが、弟者はそれを「同期」と呼んで、さも普通に存在する技術であるかのように捉えた。

兄者は成功を確信し、組織の幹部へ弟者を顔見せさせる約束を取り付けた。

そこで承認が得られれば、晴れて弟者も組織の殺し屋の一員となる。


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278 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:30:04 ID:Uo8Mfgdc0
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二人は緊張の面持ちで、幹部からの呼び出しに応じた。

しかしそこにいたのは、幹部だけではなかった。

組織のトップであり、いかな殺し屋が束になっても敵わないと目される男、リチャード=ロマネスクが居たのである。

彼自身、直系と呼ばれる殺し屋を何人も育成しており、顔見せにやってくる可能性は十分に有り得た。

しかしそれでも、組織の長自らが品定めにやってくるのは二人にとって驚愕であり、恐怖でもあった。

ロマネスクは二人を睥睨すると、特に弟者を念入りに眺めた。

そして、彼の横へ不躾に歩み寄り、腕や胸板の筋肉へと触れた。


『なるほど、よく鍛えられている。素人をここまでにするには相応の努力が必要だっただろう』


ロマネスクは一通り弟者の体へ触れると、兄者へそう通告した。

兄者はここぞとばかりに、弟者の狙撃能力や、観察力の高さをアピールした。

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279 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:31:53 ID:Uo8Mfgdc0
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『寡黙なお前がそこまで言うのなら、才覚に関しては間違いなく一級品なのだろうな』


ロマネスクはそう評して、珍しく他人を誉める言葉を使った。

同席した幹部の動揺を見る限り、それはよほど珍しいことだったのだろう。


『いいだろう。流石弟者の身柄は、今後我々の預かりとする』

『組織としての作法やルールは、お前が教えてやるんだな』


そしてロマネスクは、弟者の正式な殺し屋としての雇用を認めた。

兄者と弟者は深く頭を下げて感謝したが、ロマネスクはその耳へ、意味深な一言を残して立ち去った。


『お前が深淵を見つめる時、深淵もまたお前を見つめている』

『この言葉の意味を理解したとき、お前たちが生き延びているかどうかは、俺の知ったことではない』


それがどのような意味なのかは、現在に至るまで判明していない。

その言葉だけが、場違いな売女のように不自然に浮かび上がって、耳から離れなかった。


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280 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:34:11 ID:Uo8Mfgdc0
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そして時は現代へ戻る。

二人は、大本営ビルの屋上へ鎮座していた。

時刻は午前八時。ラモンの通る時間まではまだ間がある。

彼がいつ現れてもいいよう、体調も精神もベストを保てるよう調整していた。


(´<_` )「しっかし、3kmってやっぱり遠いなぁ……」


弟者は双眼鏡を目に当てながら、3km先の狙撃ポイントを眺めた。

その距離は言うなれば、世界記録にアスリートが挑戦するようなものだ。

本当に当てられるのかという疑念が、弟者の言葉の裏からは感じられる。

兄者はというと、その言葉を聞き流しながら屋上の床へ伏せて、ライフルの調整を行っていた。


( ´_ゝ`)「やるしかないのさ、弟者」

( ´_ゝ`)「俺は少なくとも、出来ないなんざ一辺も思ってない」


スコープのつまみを調節しながら、兄者は言う。

それを聞いて、弟者も腹を括った表情になった。


(´<_` )「……やってやるか」

( ´_ゝ`)「あぁ、その意気だ」


だがこの時、二人は未だ何も知らないも同然であった。

彼らを見舞う深淵と、そのもたらす惨劇を。

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281 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:36:11 ID:Uo8Mfgdc0
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  ─────
     ─────


一方こちらは、ラモンに依頼されて敵を探す野間である。

車の助手席に乗り込み、膝を叩いてパンと鳴らした。


(゚A゚* )「さ、行こか!!」


意気揚々と答える野間に、運転席の男は渋い顔をした。

  _
( ゚∀゚)「あのよぉ……お前の仕事に俺を巻き込まないでくれる?」


運転席の男は、カジノホテル主任のジョージだった。

気だるそうな顔をしたまま、ハンドルに体をもたれさせている。

今回、野間とは別に運転手が必要となり、ジョージに白羽の矢が立ったのだ。


(゚A゚* )「しゃーないやろ!今回ラモンはんは、敢えて的になるしか出来へんのや!」

(゚A゚* )「それにあんたかて、ラモンはんにいつでも頼れ言うてたやんか!」

(゚A゚* )「恩はいつでも返せるもんちゃうんやで?返せる時に返しとき!」
  _
( ゚∀゚)「わぁーってるけどよぉ……」
  _
( ゚∀゚)「俺カジノ上がりでこれから寝るとこだったんだぜ……?」

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282 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:38:54 ID:Uo8Mfgdc0
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(゚A゚* )「それは悪いけど我慢してもらうしかないなぁ」

(゚A゚* )「それにこの車かて、あんたやなかったら用意出来んかったやろ?」
  _
( ゚∀゚)「そらーまぁそうだな……」

(゚A゚* )「そこを見越してラモンはんに頼られたんや、光栄やろ!」


その車両は、とある目的に使うための特別なものである。

ラモンから車種の指定を受けたときは、野間でさえ驚きを隠せなかった。


(゚A゚* )「これであとは、ターゲットがどこにいるか探せばええだけやな」
  _
( ゚∀゚)「ターゲットって?」

(゚A゚* )「んー……まぁ簡単に言うと、ラモンはん殺そうとしてる敵がおんねん」

(゚A゚* )「うちらは今からそいつらを探すでーって話や」
  _
( ゚∀゚)「ほーん、なるほどな」

(゚A゚* )「タイムリミットは正午ちょうどや!それまでに探さんとラモンはんが敵に殺られてまう!」
  _
( ゚∀゚)「てぇことは、あと五時間か……」

(゚A゚* )「せやで!あんたもなんか変わったとこ見つけたら言うてな!」
  _
( ゚∀゚)「あいよ」


そしてジョージはエンジンに火を入れ、車は走り始めた。

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283 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:41:03 ID:Uo8Mfgdc0
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ジョージは、野間の指示通り車を走らせた。

もとより明確な目印あっての探索ではない。

そのため、慎重に慎重を重ねて、違和感を精査しなければならなかった。

それもあって、車の進みは遅々としていた。

一旦止まってはビルの様子を遠巻きに伺い、また車を発進させる。

それを繰り返しているうちに、時間はみるみるうちに浪費されていった。


(゚A゚*;)「……あかん!見つからん!」

(゚A゚*;)「赤い印のついたビル全部探したけど、それらしいもん全然ない!」


野間は焦りを隠せなかった。

この時点ですでに、二時間が経過していたためである。


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284 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:45:38 ID:Uo8Mfgdc0
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(゚A゚*;)「1km圏内はハズレやったんかな……?」

(゚A゚*;)「しゃーない、2kmまで範囲伸ばして探すしかないか」


しかしめぼしい発見は何もないまま、さらに二時間が経過した。

正午までの時間は、残り一時間を切っている。

野間の焦りは、さらに強いものとなっていった。


(゚A゚*;)「あかーん!このままやとうちがラモンはん殺しの戦犯になってまう!」
  _
( ゚∀゚)「大丈夫かよ、お前」

(゚A゚*;)「あんまり大丈夫やないわ……どないしよ……」
  _
( ゚∀゚)「まさかとは思うがお前、何の見当も付けずに探してるのか?」

(゚A゚* )「んな訳あるかい!ラモンはんが、この地図の赤い印のビル探せ言うてたんや」
  _
( ゚∀゚)「そうか。なら、俺にも地図を見せてみな」

(゚A゚* )「ええけど、なんか分かるん?」
  _
( ゚∀゚)「さぁな。とりあえず見てみにゃ何とも言えん」


ジョージは車を路肩に止め、助手席の野間から地図を受け取った。

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285 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:46:37 ID:Uo8Mfgdc0
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  _
( ゚∀゚)「どーれ……この赤いのが、ラモンの指示したビルか」

(゚A゚* )「そやで」
  _
( ゚∀゚)「で、この地図の丸い線はなんだ?」

(゚A゚* )「一番内側の線がラモンはんのいるとこから半径1km、そこから外側に向かって2kmと3kmの線や」
  _
( ゚∀゚)「こんな遠くから、敵さんはミサイルでもぶっ込もうってハラなのか?」

(゚A゚* )「なんでや!狙撃や狙撃、スナイプ!」

(゚A゚* )「敵は遠くからラモンはんを撃ってくるつもりやねん!」
  _
( ゚∀゚)「ふぅん……」

(゚A゚* )「ほんで、1kmと2kmの範囲は今あんたと回ったとこや」

(゚A゚* )「ラモンはんによると、3kmは遠すぎてほぼ有り得へん言う話やったけど……」
  _
( ゚∀゚)「……」


ジョージは顎に指を添え、考え深げに押し黙ってしまった。


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286 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:47:23 ID:Uo8Mfgdc0
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(゚A゚* )「なぁ、黙ってんとなんか言うてくれん?」

(゚A゚* )「もう残り時間もあんまりないねんけど……」
  _
( ゚∀゚)「……ラモンの野郎、見誤ったかもな」

(゚A゚* )「えっ?」
  _
( ゚∀゚)「姉ちゃん、3km地点を探すぞ。いいな?」


言うなりジョージは、止めていた車を急発進させた。


(゚A゚*;)「ちょっ、ちょお待ってや!見誤ったってどういうこと?」
  _
( ゚∀゚)「時間がねぇから走りながら説明してやるよ」
  _
( ゚∀゚)「舌噛むなよ!!」

(゚A゚*;)「うぇぇぇぇぇ!?」


ジョージは、助手席の野間が後ろへ仰け反るほどにアクセルを踏み込んだ。


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287 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:48:26 ID:Uo8Mfgdc0
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(゚A゚*;)「なんやねんあんた!説明もなしに走ってからに!」
  _
( ゚∀゚)「悪い悪い。だが一秒を争うならそうも言ってらんねーだろ?」

(゚A゚* )「そうやけど、あんたに何が分かったん?」
  _
( ゚∀゚)「あぁ。俺も殺しについては門外漢だし、黙っとこうと思ったがよぉ」
  _
( ゚∀゚)「今回の敵は、もしかしたらギャンブラーかもしんねぇと思ってな」

(゚A゚* )「ギャンブラー……?」
  _
( ゚∀゚)「こう見えて俺は、カジノのディーラー上がりなんでな」
  _
( ゚∀゚)「ギャンブラーの考えについちゃ、よーく知ってるんだよ」


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288 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:53:24 ID:Uo8Mfgdc0
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( ゚∀゚)「姉ちゃん、スナイパーってのはだいたい恐ろしく辛抱強いもんじゃねぇのか?」

(゚A゚* )「ん……まぁ、そやな。一日二日ターゲットを待つなんて、ザラにあるらしいで」
  _
( ゚∀゚)「俺の経験上、我慢強い奴ほどいざって時の駒(※)の張り方がデケェもんなのさ」


(※)駒……金銭の隠語。丁半博打で金銭の代りに木駒を使っていたことに由来する。


(゚A゚* )「それが何の関係があんねん!」
  _
( ゚∀゚)「今回の件で言うなら、1kmの範囲から撃つのは安全策だ」
  _
( ゚∀゚)「だが、それだと敵さんの払う我慢の対価として見合わねぇんだ」
  _
( ゚∀゚)「事実1km圏内は、ラモンに読まれて探されてるからな」

(゚A゚* )「むっ……確かにそうやけど……」
  _
( ゚∀゚)「ひたすら我慢する相手は、相応の成果物があって初めて動く」
  _
( ゚∀゚)「何故ならその一回で相手の裏を掻いて、全部かっ浚う自信があるからだ」

(゚A゚*;)「……」


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289 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 21:58:40 ID:TntGTxp20
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野間は次第に言葉を失っていった。

ジョージの言葉には、正しく説得力を感じられたからだ。

  _
( ゚∀゚)「見つかって全てがご破算になるより、3km先から賭けに出た方がまだ分がいい」
  _
( ゚∀゚)「そう考えるのがギャンブラーの心理ってヤツだ」
  _
( ゚∀゚)「ついでに言うと、3km狙撃が有り得ないってのも、甘い見通しだったと思うぜ」

(゚A゚* )「なんでやねん!遠くなるほど狙撃の成功率は下がるんやで?」

(゚A゚* )「確実に近い距離から当てた方が、いいに決まってるやん!」
  _
( ゚∀゚)「そりゃ、組織の仕事が絡めばそうするだろうさ。外せば殺されるからな」
  _
( ゚∀゚)「だが今回は完全な私情だろ?だったら、外そうが当たろうが遠くていいんだよ」

(゚A゚* )「なんでそうなるん?」
  _
( ゚∀゚)「標的から遠い方が、逃げるのにラクだからだ」
  _
( ゚∀゚)「生きてさえいれば、失敗してもまたラモンを殺すチャンスはある」
  _
( ゚∀゚)「距離を取るのは、相手にとってアドバンテージしかねぇんだよ」

(゚A゚*;)「……!」


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290 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 22:05:06 ID:iikSb.Vg0
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野間は次第に言葉を失っていった。

ジョージの言葉には、正しく説得力を感じられたからだ。

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( ゚∀゚)「見つかって全てがご破算になるより、3km先から賭けに出た方がまだ分がいい」
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( ゚∀゚)「そう考えるのがギャンブラーの心理ってヤツだ」
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( ゚∀゚)「ついでに言うと、3km狙撃が有り得ないってのも、甘い見通しだったと思うぜ」

(゚A゚* )「なんでやねん!遠くなるほど狙撃の成功率は下がるんやで?」

(゚A゚* )「確実に近い距離から当てた方が、いいに決まってるやん!」
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( ゚∀゚)「そりゃ、組織の仕事が絡めばそうするだろうさ。外せば殺されるからな」
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( ゚∀゚)「だが今回は完全な私情だろ?だったら、外そうが当たろうが遠くていいんだよ」

(゚A゚* )「なんでそうなるん?」
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( ゚∀゚)「標的から遠い方が、逃げるのにラクだからだ」
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( ゚∀゚)「生きてさえいれば、失敗してもまたラモンを殺すチャンスはある」
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( ゚∀゚)「距離を取るのは、相手にとってアドバンテージしかねぇんだよ」

(゚A゚*;)「……!」


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291 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:03:50 ID:iikSb.Vg0
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  _
( ゚∀゚)「まぁ、お前らがこういう思考に行き着かなかったのも無理はないと思うぜ」
  _
( ゚∀゚)「相手が殺し屋で自分もそうなら、間違いなく確実に殺す手段を選ぶと思うからな」
  _
( ゚∀゚)「その心理の読み合いが、ギャンブルの醍醐味ってヤツだ」

(゚A゚* )「やかましわ!じゃああんたは、敵がどこから狙ってくるか分かった言うんか?」
  _
( ゚∀゚)「あぁ、だいたいな」

(゚A゚* )「ホンマか!?」
  _
( ゚∀゚)「3km地点の端にビルの密集地帯があるだろ?たぶん敵は、そこにいる」

(゚A゚* )「待ちーな!こんなビルが集合してたら、ビル同士影になってロクに狙えもせんで?」
  _
( ゚∀゚)「こういう時は、相手の気持ちになって考えろって教わらなかったか?」
  _
( ゚∀゚)「相手の気持ちになるってことは、自分のされてイヤなことを考えるってこった」

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292 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:04:36 ID:iikSb.Vg0
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( ゚∀゚)「確かにここはビルとビルとの間が狭くて、撃つのに難儀するだろうな」
  _
( ゚∀゚)「そんなビルの密集地帯から狙ったら、どのビルから撃ったかますます特定しづらくなる」

(゚A゚*;)「あっ……」
  _
( ゚∀゚)「ビルの密度が高ければ高いほど、探索の手間も増える。俺ならそう考えるね」

(゚A゚* )「……信じてええんやな?外したら、もう探す時間残ってへんで?」
  _
( ゚∀゚)「ちげーよ。こいつぁ俺らと敵の、命を駒にしたギャンブルだ」
  _
( ゚∀゚)「ギャンブルなら、人事を尽くして天命を待つしか出来ることはねーんだよ」

(゚A゚* )「……あぁもう、分かった!今だけはあんたのこと、信用したるわ!」


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293 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:05:18 ID:iikSb.Vg0
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ジョージは車を走らせて、目的の場所へと向かった。

野間は終始気が気でない表情で、ジョージの横顔を睨んでいる。

やがて、車は狙撃地点から遠く離れたビル群へ辿り着いた。

ここから、彼らは敵の姿を探し出さなければならない。


(゚A゚* )「ラモンはんは、どこかに必ず侵入の痕跡が残ってる言うてた!」

(゚A゚* )「あんたも気ィ張って探してや!」
  _
( ゚∀゚)「分かってるよ。俺が絡んでおいて、あいつを殺させる訳にゃいかねーからな」


野間は双眼鏡をジョージへ渡して、車内から辺りを見回した。

時に車を移動させ、時に上を見、下を見ながら、二人は注意深く周囲を観察した。

そして、とあるビルの直前でジョージは気づいた。


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294 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:06:22 ID:iikSb.Vg0
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  _
( ゚∀゚)「んっ」

(゚A゚* )「どうしたん?」
  _
( ゚∀゚)「なぁ、あのビル……非常口が開いてねぇか?」

(゚A゚* )「ホンマか?」


野間はジョージの指差す方へ双眼鏡を向けた。

拡大してみると、確かに各階の非常口が閉まっていなかった。


(゚A゚* )「これは……ビンゴかもしれんな!」
  _
( ゚∀゚)「逃走経路の確保に、戸を開け放って上まで登ったのかもな」

(゚A゚* )「よっしゃ!後は気づかれんよう静かにビルの下まで走ってってや!」

(゚A゚* )「ここでバレたら、逃げられておじゃんやで!」
  _
( ゚∀゚)「オーケー、任せろ」


二人は知る由もなかったが、そのビルこそ、双子が狙撃場所として選んだ大本営ビルであった。

それは、狙撃の開始時間の十分前という、実にギリギリの際の勝負であった。

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295 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:07:32 ID:iikSb.Vg0
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  ─────
     ─────


正午まで、残り三分。


(´<_` )「……!」



【 (・∀・ ) 】



(´<_` )「兄者。ターゲットの姿を確認」

( ´_ゝ`)「把握。こちらもターゲットを捕捉した」


双子は、ラモンの姿をその眼に捉えていた。

兄者は伏臥位でライフルを構え、弟者もその隣で腹這いになっている。

その弾丸は、いつでもラモンの脳天を貫けるという自信に満ち溢れていた。


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296 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:08:29 ID:iikSb.Vg0
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ラモンはというと、その立ち居振舞いに変わった様子は見られない。

いつものように力みなく、ただまっすぐポイントへと歩いて来る。


(´<_` )「歩行速度、秒速約1.0m……恐ろしく無防備な自然体」

(´<_` )「本当に狙われてるのが分かってるのか?」

( ´_ゝ`)「分かってるはずだ。じゃなきゃこの時間に、ここへ現れるはずがない」

( ´_ゝ`)「気を引き締めろ、弟者。奴が倒れる瞬間まで、一瞬たりとも目を離すな」

(´<_` )「了解」


そして二人を包む空気が、ギュッと濃縮された。

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297 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:09:09 ID:iikSb.Vg0
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正午まで、残り二分。

弟者は、ラモンへの同期の精度を高めようと試みた。


(´<_` )「スゥー……ハァー……スゥー……ハァー……」


吸う。吐く。吸う。吐く。

そのとめどない繰り返しを、ラモンのそれと合致させてゆく。

反応はやがてラモンと同一になり、弟者はラモンの写し身となる。


(´<_` )「……!」


そして、弟者は察知した。


(´<_` )「兄者。ラモンは正午ちょうどに、狙撃地点で立ち止まる」

(´<_` )「そこが狙い目だ」

( ´_ゝ`)「……把握」


現時点でそれが弟者まで伝わったということは、すでにラモンが立ち止まる場所を決めているということだ。

はっきり言ってこれは、かなりの僥倖であると言えた。

正午まで、残り一分。

そこで、全てが決まる。


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298 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:11:43 ID:iikSb.Vg0
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(´<_` )「29、28、27……」

(´<_` )「19、18、17……」


弟者はラモンが予定の場所に立つ三十秒前から、カウントを開始した。

起こり得る不測の事態は、全て考え尽くしている。

手の施しようのないものは、諦めるより他にない。

だがそれ以外は、全て二人の有利になるよう働くはずだった。


(´<_` )「10、9、8、7……」

(´<_` )「6、5、4……」


弟者は、努めて冷静にカウントを行うよう、平静を保っていた。

そのため、次にラモンの取った行動に、予測が追いつかなかった。

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299 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:12:48 ID:iikSb.Vg0
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【 (・∀・ ) 】



(´<_` )「3……」





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300 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:13:50 ID:iikSb.Vg0
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【  ( ・∀・ ) 】



(´<_` )「2……」






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301 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:15:35 ID:iikSb.Vg0
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【 ( ・∀・ ) 】


(´<_`;)「1……!?」

(´<_`;)「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!??」





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302 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:16:12 ID:iikSb.Vg0
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深淵が、双眼鏡越しに弟者を見つめていた。






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303 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:18:00 ID:iikSb.Vg0
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そして兄者もまた、予期せぬ襲撃に遭遇していた。


『ショッコラ♪ショコラショッコラ、ショコラ♪ショッコラ、ショコラ高収入♪♪』

『キャバクラ〜♪リフレ〜♪デリバリ〜♪』

『なんでも揃う求人サイトはショコラまで〜〜〜♪♪♪』



(;´_ゝ`)「……ッ!?」ビクッ


正午となった瞬間、階下からとてつもない音量で、そんな音声が流れてきたのだ。

ビルの屋上まで鳴り響くその音は、並大抵の音量では有り得ない。

突然のことに兄者は、迂闊にも照準をずらしたまま引き金を引いてしまった。


(;´_ゝ`)「しまっ……」


それはほんの数センチのズレでしかなかったが、3km先ではそのズレが、数十センチもの誤差となる。

結果的に兄者の狙撃は、それが原因で失敗してしまったのだった。


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304 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:19:38 ID:iikSb.Vg0
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『ショコラ♪ショコラ♪高収入……』



(゚A゚* )「……どうやろ、ちゃんと妨害出来てるかな」
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( ゚∀゚)「何とも言えねぇな……」



突然の爆音の正体は、野間とジョージ二人の乗った車だった。

それは、組織系列の風俗求人斡旋サイトの、宣伝車である。

一時期話題となったこの車の特徴は、宣伝音がとにかく大きいことにあった。

その音量たるや、街宣車や電車の走行音すらも軽く凌駕する。

この車が通ると、他の音が一切聞こえなくなると言われ、SNSで取り上げられたこともあるほどだ。

ジョージは、カジノの他に風俗関係への部署へも顔が効く。

ラモンはそれに目をつけ、音声による狙撃の妨害を企てたのだった。


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305 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:21:36 ID:iikSb.Vg0
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とはいえ、このままでは狙撃に失敗した兄弟に逃げられるだけである。

野間の仕事は、この後逃げようとする流石兄弟を、捕獲することにあった。

そのためにラモンは野間へ二人の居場所を探してもらい、特定したのだ。

いわば野間にとって、ここからが正念場ということである。

最低でも逃げる二人を追って、潜伏場所を突き止めねばならない。

しかし、狙撃から一分が経ち二分が経ち、そして五分が経っても、誰も階上から降りて来なかった。

  _
( ゚∀゚)「……誰も降りて来ねぇが、まさか裏口から出たじゃねぇか?」

(゚A゚* )「だとしても、ビルの外に出る出入口はここしかないはずやで?」


もしやここには誰もおらず、狙撃場所は全く別の地点だったのではないか。

そんな疑念が野間の頭にもたげ始めた頃、突如として屋上から、一発の銃声が轟いた。


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306 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:27:46 ID:iikSb.Vg0


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  ─────
     ─────


( ・∀・)「……」


ラモンは野間からの連絡を受け、一人ビルの屋上までやってきていた。

双子は一向に姿を現さず、それどころか謎の銃声まで聞こえて来たのだ。

最初はラモンを狙う第二の弾丸かと思ったが、ラモンと連絡が取れたことでその可能性もなくなった。

ということは、流石兄弟の身に何かしらのイレギュラーが起こったこということだ。

このままでは自分の手に余ると判断した野間は、ラモンに来てもらえないか打診した。

それが今、ラモンがここに訪れた理由であった。

ラモンは不意討ちの可能性を考慮し、ゆっくりと屋上の扉を開けた。


( ´_ゝ`)「……よう、来たかラモン」


そこには、呆然とする兄者と、血塗れで床に倒れた弟者の姿があった。


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307 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:31:36 ID:iikSb.Vg0
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( ・∀・)「仲間割れか?」


ラモンは冷静な顔のまま、まずは仲違いを疑ってみせた。

いかな双子といえど、利害に齟齬が生じれば殺しあうことはあり得る。

だが兄者は、聞いて即座にそれを否定した。


( ´_ゝ`)「そんなんじゃないさ。これでも俺たちは、上手くやって来てたんだ」

( ・∀・)「それなら、あんたたちに一体何があったんだ」


そこで兄者は、ふぅと大きなため息をついた。


( ´_ゝ`)「弟者が……双眼鏡越しに、あんたと目があったと怯えていた」

( ´_ゝ`)「3km先の相手と目が合うなんて、あんた相手じゃなきゃ信じたりしなかった」

( ・∀・)「……」

( ´_ゝ`)「……俺は、あんなに怯えた弟者は、初めて見たよ」


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308 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:33:26 ID:iikSb.Vg0
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兄者は、弟者の死体からなるべく距離を置こうとしているように見えた。


( ・∀・)「分からんな。たとえ目があったとして、それがなぜ弟を殺す理由になる?」

( ´_ゝ`)「あんたなら分かるだろ?怯えた羊は食われるだけだ」

( ´_ゝ`)「弱者不要論は、どんな社会でも鉄則だろう」


その言葉の割に、兄者の顔からは一切の血の気が失せていた。

例えば戦闘を行う者にとって、恐怖は何者にも耐え難い難敵である。

恐怖が怯えを産み、怯えが規律を乱し、組織にとって悪影響を及ぼすことは十二分にある。

そのため、怯えを隠すことすら出来ない者は、その場で処分されるのだ。


( ・∀・)「だが、あんたらは組織から抜けようとしていたんだろう」

( ・∀・)「組織へ戻るつもりがないなら、組織の定めに殉ずる必要もないはずだ」


ラモンは、疑問に感じたことを迷いなく兄者へとぶつけた。

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309 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:34:58 ID:iikSb.Vg0
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( ´_ゝ`)「あぁ、そうだな。だがあんたには分かるまいよ」

( ´_ゝ`)「自分と同じ背格好で、自分と同じ顔をした人間が、狼狽え泣きそうになってる惨めさはな」

( ´_ゝ`)「あの時俺は、本当の意味での敗北ってヤツを知ったのさ」

( ´_ゝ`)「俺は、弱者不要っていう基本中の基本すら、こいつに教えてやれやしなかったんだよ」


それは、あまりにも身勝手な主張であった。

だがそれだけに、兄者が悲痛な苦しみにのたうっていることは痛いほどに感じられた。


( ´_ゝ`)「そうさ、弟は俺が殺した!こいつは、裏社会になんぞいたらいけなかったんだ!」

( ´_ゝ`)「それを理解していなかった時点で……俺の、敗けだったんだよ……」


それはかつて、リチャード=ロマネスクが予見したことそのものだった。

弟者は、その背景に殺し屋としてのバックボーンを何一つ持たない一般人である。

そして二人の才が合わされば、失敗して命が脅かされる危険性すらない。

素人同然の人間が、成功体験のみを糧に裏社会で生きる危うさを、ロマネスクは指摘していたのである。

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310 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:36:58 ID:iikSb.Vg0
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( ´_ゝ`)「深淵を見つめるとき、深淵もまた俺たちを見つめている、か……」

( ´_ゝ`)「あんたが、俺たちにとっての深淵だったんだな」

( ・∀・)「……」


ラモンは一歩、兄者へと歩みを進めた。

兄者はその分、一歩後退する。


( ´_ゝ`)「なぁ、ラモンよ……」

( ´_ゝ`)「残念だが俺はもう、どんな世界でも生きることは出来そうにない」

( ´_ゝ`)「そろそろ、お仕舞いにしちゃあくれないか……」

( ・∀・)「あぁ、いいだろう」


ラモンは腰のホルスターから銃を抜くと、兄者の心臓へと狙いを定めた。

そして最後まで抵抗の意志がないのを確認すると、その真ん中へ三発、正確に鉛の弾を撃ち込んだ。

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311 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:40:27 ID:iikSb.Vg0
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(;´_ゝ`)「がっ……はぁっ……!」


兄者はその弾丸を受け、数歩後ろへよろめいた。

だが、よろめきながらも兄者は、床に倒れ伏すことだけは絶対にしなかった。


(;´_ゝ`)「弟者……ごめんな……こんな、人でなしの兄貴で……」

(;´_ゝ`)「……俺が、お前と同じ所で……死ぬわけには、いかないよな……」

(;´_ゝ`)「なぁ、弟者……」


そして兄者は息も絶え絶えながら、屋上の縁へと辿り着いた。

古いビルだけにフェンスは撤去されており、コンクリートの縁石で囲われているのみである。


(;´_ゝ`)「すまない、弟者……俺も今逝く……」

(;´_ゝ`)「ラモン……あんたはせいぜい、良い悪夢でも……見てるがいいさ……」


そして兄者は、最後の力を振り絞って、屋上から飛び降りた。


( ・∀・)「……」


ラモンはそれを、一言も発することなく、ただ見送っていた。

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312 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:43:03 ID:iikSb.Vg0
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ラモンが双眼鏡越しに弟者と目を合わせたことは、偶然であり、また偶然ではない。

それは、弟者の同期という技に起因する。

相手との同調を旨とするこの技は、本来は対象と、相互に影響しあう物なのではあるまいか。

普段の標的ならいかほどのこともあるまい。

だがラモンほど敏感な感覚を持つ相手なら、はっきりとせずとも何かしら感じるものがあるのかもしれない。

それがあの時、ラモンが何気なく視線を上げた理由であるのかもしれなかった。

あるいはもしも、狙撃の悪魔というものがいるとするならば……。

それは気まぐれに射手の命を玩び、奪う悪魔なのかもしれない。


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313 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:44:33 ID:iikSb.Vg0
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≪魔弾の悪魔(ツイン=ザミエル)≫。

ザミエルとは戯曲「魔弾の射手」において、魔弾を鋳造した悪魔の名である。

しかしここに、ひとつの疑問が生じる。

魔弾の射手は射手の男が主人公である。

ザミエルの名を冠するのは、狙撃手である二人に相応しくないように思える。

その名付けは、ロマネスクの手により行われたこと。

そして魔弾とは、愛する者を射抜く魔性の弾丸であること。

それらの符号が意図されたものなのか偶然か、それは名付け親にしか分からないことである。


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314 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:50:27 ID:iikSb.Vg0
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そして、恩赦の参加者も残るところ一人となった翌朝。

ラモンの耳に飛び込んできたのは、全ての発端であるリチャード=ロマネスクの訃報であった。







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315 ◆WvlUzi6scI:2019/05/17(金) 23:51:21 ID:iikSb.Vg0
第六話了

316名無しさん:2019/05/18(土) 17:37:37 ID:ZfzFYzLo0
ロマが我輩じゃないのは久々に見たおつおつ

317名無しさん:2019/05/18(土) 18:05:14 ID:HF1scWCM0
野間普通に裏切るかと思ってたおつ

318名無しさん:2019/05/23(木) 00:24:04 ID:UVIx/6hk0
全てがかっこええ……

319 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 21:48:28 ID:NWIHOMI.0
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第七話:≪ラストマン=スタンディング≫






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320 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 21:50:22 ID:NWIHOMI.0
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ロマネスクの通夜は、雨の降る中で行われた。

現在は米国式の葬式が主流であり、彼の通夜も米国式である。

広い教会を貸し切り、強面の男たちが所狭しとひしめきあっている。

雑談をするもの、棺桶へ礼をするものや献花するもの、今後の進退に頭を悩ませるもの。

ヤクザ者たちはその表情に、様々なものを宿らせている。

場違いなまでにきらびやかなステンドグラスが、その一挙一動に光を投げかける。

十字架の前に立つヤクザたちの姿は一種異様であり、見方によっては滑稽でもあった。

そのヤクザたちが、一様に色めき立った場面がある。

それが、ラモンの来訪であった。

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321 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 21:51:10 ID:NWIHOMI.0
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教会の入り口が開いた瞬間、皆の視線はそこへと集中する。

そして驚愕の表情で、ラモンを迎え入れた。

あろうことかラモンは、いつもの黒いジャージ姿で教会へやって来ていたのである。

そのあまりにも礼を欠いた伝法な姿に、座っていた幹部までもが立ち上がった。

ラモンは傘を閉じて教会の入り口に立て掛けると、非難の眼を軽く受け流して棺桶の前へやってきた。


( +ω+)

( ・∀・)「……」


ラモンは、ロマネスクの顔を一度だけ見ると、そのまま踵を返して立ち去ろうとした。

献花も、一礼さえもしなかった。


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322 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 21:52:32 ID:NWIHOMI.0
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その態度に、幹部たちは激怒した。

どう省みても、組織のトップの死へ対する態度に相応しいとは言い難い。


『ラモン待てコラァ!!』

『なんだその格好は?舐めてんのかオォ!?』


今にも掴みかからんばかりだが、それを制しているのはラモンが頭抜けた実力を持つ殺し屋だからだ。

そうでなければ今頃ラモンは、袋叩きでは済まされない目に合っていただろう。

だが、それを知ってか知らずか、ラモンは怒る幹部たちを煽るように言葉を返した。


( ・∀・)「下らないな。お前ら節穴の目に付き合ってやるヒマはないんだ」


その答えに、抑えていた幹部たちも我慢の限界を迎えた。


『ぶち殺す!!』

『生きて帰れると思うな!!』


口々にわめいて、ラモンを取り囲もうとした。

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323 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 21:53:45 ID:NWIHOMI.0
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ラモンはそれに、律儀に応戦する構えを見せた。

たとえピストルを持とうと、幹部程度ではラモンにとって烏合の衆でしかない。

しかし、いざヤクザたちが雪崩れこもうとしたとき、教会の外から車のクラクションが鳴り響いた。

ラモスはそれが自分に当てられたものだと察し、後ろ向きのまま入り口まで後退して扉を開け放った。


(゚A゚* )「ラモンはん!!」


野間が、教会の敷地内に車を乗り入れて叫んでいた。

逡巡する間もなく、ラモンは屋外へと移動しながらその車に乗り込む。

野間は思いきりアクセルを踏むと、華麗に180度のターンを決め、その場を後にした。

背後では組織のヤクザたちが、罵詈雑言を並べ立ててその後ろ姿にがなり立てていた。

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324 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 21:55:17 ID:NWIHOMI.0
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(゚A゚* )「いやー危なかったですなぁラモンはん」

(゚A゚* )「怒鳴り声聞こえたから、そのカッコ突っ込まれたんやろな思てましたよ」

(゚A゚* )「まさかホンマに幹部と喧嘩しようとするとは、思わんかったですけどねぇ」


野間は運転しながら、飄々と軽口を叩く。

だがラモンは、それに応じようとしなかった。


(゚A゚* )「……もしかしてラモンはん、怒ってます?」

( ・∀・)「これが怒らずにいれると思うか?」


ラモンの顔色を伺い、不安そうに野間は尋ねる。

ラモンにしては珍しく、感情を顕わにして隠そうとしなかった。

そして怒りの口調のまま、彼は拳銃を取り出して野間へ突きつけた。

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325 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 21:57:49 ID:NWIHOMI.0
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対向車から見えないよう腰より下で銃を構え、ラモンは低い声で野間へ問うた。


( ・∀・)「お前も、今回の件に一枚噛んでいるのか?」

( ・∀・)「正直に吐かないなら、このまま死んでもらう」


野間はそれに対して、申し訳なさそうに眉をしかめて答えた。


(゚A゚* )「……悪いですけど、それは殺されても喋るな言われてますねん」

( ・∀・)「そうか。それはつまり、命がいらないってことだな」


ラモンは引き金にかけた指へ、力を込めた。


(゚A゚* )「……」


野間は殉教者めいた表情で、それを真摯に受け止めている。

ラモンはその姿を見て、不可解だという態度のままに銃を下ろした。

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326 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 21:58:46 ID:NWIHOMI.0
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( ・∀・)「分からんな……あんたは何のために、俺を巻き込んだんだ」


野間はホッと胸をなでおろすと、ラモンをなだめるように言葉を選んで話した。


(゚A゚* )「ラモンはんの怒りはごもっともやと思います」

(゚A゚* )「けど、もうちょいしたら全ての真相は明かされる」

(゚A゚* )「それまで、辛抱してもらえませんか?」


そしてラモンは、野間の運転する車がアジトを目指していないことへ気づく。


( ・∀・)「どこへ連れていくつもりだ?」

(゚A゚* )「たぶん、ラモンはんが思ってるのと同じ人のところへ」


ラモンはその答えに、疑念よりもむしろ納得の表情で応じる。

そして車は雨の中を、ただ真っ直ぐに粛々とひた走った。

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327 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 21:59:50 ID:NWIHOMI.0
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ラモンを乗せた車は、街の隅にある外国人墓地で停車した。

もとは寺だった場所だが、檀家が減って潰れたことで、基督教墓地へと改宗された場所であった。

野間はその入り口に車を横付けすると、ラモンへ降りるよう促した。


(゚A゚* )「ここから先は、ラモンはん一人で行くように言われてます」

(゚A゚* )「お願いできまっか?」

( ・∀・)「……」


ラモンは良しとも悪しとも言わずに車を降りて、野間の言葉に従った。

傘は先ほどのゴタゴタで忘れてきている。

もとより濡れることに、さほどの抵抗もなかった。

それよりも彼は、そこで待ち受けるものへ集中しなければならない。

墓地の中ほどまで進むと、とある墓の前に人影があった。

ラモンと同様に濡れることを厭わないその後ろ姿に、ラモンは見覚えがあった。

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328 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:00:15 ID:NWIHOMI.0
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( ФωФ)「……来たな、ラモン」


( ・∀・)「……ボス」



死んだはずのリチャード=ロマネスクが、幽鬼の如くそこへ佇んでいた。







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329 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:02:33 ID:NWIHOMI.0
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( ФωФ)「久しいな、ラモン。こうして会うのは何時以来だ?」


ロマネスクはまるで旧知に会ったように、不敵なまでのにこやかさで話しかける。

頬はやつれ、肌の血色は悪く、服の上からでも体の線が細くなったのが見て取れる。

立ち姿だけを見れば、どこにでもいる一介の老人にしか見えないだろう。

だがラモンの心中は、それほど穏やかでは有り得なかった。


( ・∀・)「どういうことだ。あんた、死んだんじゃあなかったのか」

( ФωФ)「カカカッ。まさか本当に俺が死んだと思っていた訳ではあるまい?」

( ФωФ)「謀(たばか)るのは先の見えぬ部下たちだけで十分ということよ」


その言葉に、ラモンは唇の端を噛んで答えた。


( ・∀・)「やはり、あの死体はロボットか」

( ФωФ)「そういうことだ」


ロマネスクはそれまでのにこやかさを潜め、唇の端を歪めて凶悪に笑った。


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330 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:05:12 ID:NWIHOMI.0
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フェイクファー=ドクの作ったデスマスク。

ボスの似姿を象ったと話していたロボットの用途。

それが、自身の死を偽装するためと考えれば、ピタリと当てはまった。

ラモンが幹部たちへ向けた怒りは、誰もそれを看破出来なかったことへの怒りであった。


( ・∀・)「だが、いくら精巧なロボットでも、医者までは騙せないだろう」

( ФωФ)「そうだ。だから主治医と看護婦には金を掴ませた」

( ФωФ)「職能の高い人間ほど、金の利点をよく知っているものだ」


ロマネスクは、その顔に乾いた笑みを張りつかせたままである。


( ・∀・)「金にモノを言わせて、か。随分と回りくどい真似をするんだな」

( ФωФ)「その通り。全ては、ただこの一時を用意するためにな」


ラモンは冷えきった両手をポケットへ入れると、その笑みへ向けて何かを投げつけた。


( ・∀・)「この写真も、あんたが撮ったもんだな?」


それは、恩赦の参加証明写真の、最後の一枚だった。

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331 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:06:34 ID:NWIHOMI.0
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その写真には、眼を潰され、両耳と鼻を削がれた無残な死体が写されている。


( ・∀・)「この殺し方は、あんたが昔俺に教えてくれた、裏切り者を粛清するための殺し方だ」

( ・∀・)「だが組織の構成員は、この写真を見ても誰一人あんたを連想していなかった」

( ・∀・)「つまりこの写真は、最初から俺へのメッセージだったってことだ」

( ・∀・)「『恩赦を争えば、最後にボスへ行き当たる』っていうな」

( ФωФ)「ククク……そこまで分かっているなら、話は早い」

( ・∀・)「ボス……あんた一体、何がしたいんだ?」

( ・∀・)「ロマネスクの恩赦とは、何のための指令だったんだ」

( ・∀・)「いつから種を仕込んで、俺に何をさせようとしてる?」

( ФωФ)「それを知りたくば、俺を殺すより他ない」


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332 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:07:42 ID:NWIHOMI.0
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その台詞を口にした途端、ロマネスクの体から熱のように殺気が迸った。

それはほんの一週間前まで、重病で寝たきりだった男の出せるものではない。

修羅場を潜り続けたラモンですらが、密かに背筋を粟立てるほどの圧倒的な殺意だった。


( ・∀・)「病床の老人を殺して誇るほど、墜ちちゃいないつもりだがな」

( ФωФ)「抜かせ、ガキめが。殺せるものなら殺ってみるがいい」

( ФωФ)「天才、地才、人才。三才の全てを持って俺を殺してみせよ」

( ФωФ)「そして、≪最後に立つべき者(ラストマン=スタンディング)≫を決するのだ」


その言葉を聞くなり、ラモンは相手の反応を待たず、横っ飛びに大きく飛び退いていた。


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333 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:09:05 ID:NWIHOMI.0
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( ФωФ)「正解だ、ラモンよ」


一瞬前までラモンの頭があった場所を、弾丸が通過していた。

ロマネスクの手には、いつの間にか拳銃が握られている。

会話のどのタイミングで銃を抜いたか、そしていつ引き金を引いたのか。

常人では関知することさえ出来なかっただろう。

抜いたロマネスクも怪物なら、避けたラモンも怪物である。

飛び退くのがあと一秒遅ければ、弾丸はラモンの眉間を貫通していた。

ここから先は、その一秒の奪い合いとなる。

瞬きすら許されない闘争が、今始まろうとしていた。

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334 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:10:11 ID:NWIHOMI.0
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リチャード=ロマネスク。組織の首領にして、希代の殺し屋。

その二つ名は≪死神≫と称され、万人から畏怖と憎悪の対象となっていた。

彼の周りでは、まるで死が常態であるかのように横行する。それゆえの、死神の異名である。

組織の仲間ですらが、彼の周囲から一人、また一人と姿を消していった。

噂では、息子夫婦ですらロマネスクに歯向かい、粛清されたと言われている。

真偽のほどは定かでないが、組織の構成員名簿から息子の名が消えていることだけは、確かな事実である。

そのロマネスクの真骨頂とも言える技能が、銃の速射であった。

ラモンは何度も間近で見ている。

いつ銃を抜いたかさえ分からない、その圧倒的な抜き撃ちの早さを。

それを知っているからこそ、彼はロマネスクが動く前に横へと飛んだのだ。


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335 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:11:06 ID:NWIHOMI.0
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ラモンは飛び退いた先にあった、墓石の陰に潜んでいた。

かろうじて見えた敵の銃は、旧式のリボルバーのようだった。

弾丸は六発。撃ちきった隙をついて攻撃することは可能である。

問題はロマネスクがこの雨の中、どの程度の精度で精密射撃をこなせるかだ。

入院していたブランク、年齢、病による気力と体力の低下。

それら相手のマイナス要因は、頭から消し去らねばならない。

それが、敵と相対する時の最低限の心得というものだ。

ロマネスクは現在、ベストコンディションを保って自分へ挑んでいる。

見た目で軽んじられるような相手では断じてない。

墓石から少しでも身を乗り出せば、そこを狙われると思っていいだろう。

身じろぎさえ出来ないような緊張感の中、ラモンは動いた。

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336 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:11:52 ID:NWIHOMI.0
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墓地の外周に沿うように、ラモンは走った。

灌木や墓石があるお陰で、いかにロマネスクといえど簡単に銃を当てることは出来ない。

とは言え、隠れて走るラモンを的確に追い、銃口を向けられるだけでも馬鹿げた反応と言える。

ラモンは発射された銃弾の数を数え、六発目を撃たせたところで反撃に出た。

しかしそれを予見し、ロマネスクも直後に墓石の後ろへ隠れてしまい、弾は当たらない。

その間に再び弾を込め直し、もう一度銃でラモンを追い立てるつもりだろう。

しかし双方の用意した弾丸には限りがある。

それが尽きた時、互いにどのような手が残されているのか、それが雌雄の分かれ目であった。

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337 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:12:42 ID:NWIHOMI.0
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状況は、次第に膠着しつつあった。

ラモンは移動しつつ拳銃での牽制を加え、致命打を打ち込む機会を伺う。

ロマネスクは移動を最低限に抑え、ラモンを遠巻きに追うことに専念している。

決定的な隙は、まだどちらからも生まれていなかった。

どちらかと言えば、膠着状態を望まないのはラモンの方である。

老いたロマネスクとの力の差を最も発揮しやすいのは、接近戦だからだ。

そしてそれを知ればこそ、ロマネスクが待ちに徹し、罠を張っている可能性も考慮せねばならない。

そのため、ジリジリと円を描くようにラモンはロマネスクへと近づいていた。

そんな中で、均衡を先に破ったのはロマネスクの方であった。

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338 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:13:52 ID:NWIHOMI.0
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這うように僅かずつ進むラモンは、敵の動向について思案する。


( ・∀・)(このままだと埒が空かないな……)

( ・∀・)(焦れったい状況が続くのは、ボスも望まないはず)

( ・∀・)(どこで勝負を仕掛けてくる……?)


そう思った時、ロマネスクの影が墓石から墓石へと走る。

そしてその途中に、ラモンへ向けて何かを投げつけた。


( ・∀・)「……!」


その物体が何かを見極めた瞬間、ラモンは走り出していた。

ロマネスクの投げつけたそれは、小型の手榴弾であった。

ラモンの元へ届く前に、それは空中で爆散し、轟音と熱波と鉄片を凄まじい勢いで飛び散らせる。

泥の中にスライディングで滑り込み、かろうじてラモンは爆破の範囲外に逃げ出した。

さすがのラモンも、逃げるしか出来ないタイミングでの投擲だった。

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339 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:15:28 ID:NWIHOMI.0
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( ・∀・)(手榴弾まで持ち出すか……ボスはいよいよ俺のことを殺すつもりらしいな)

( ・∀・)(さて……)


早い判断のおかげで爆破からは逃れられたものの、数秒ロマネスクから目線を切る時間が出来てしまった。

案の定、ラモンが見た先にロマネスクの姿はない。

どうやら最初から、移動のための目眩ましとして手榴弾を使ったようだ。


( ・∀・)(どこから来る?)


ラモンは一旦墓石から離れると、墓地の外周に張り巡らされたフェンスへ背中を預けた。

ロマネスクに背後を取られないようにとの配慮である。

フェンスの向こうは雑木林になっており、外界から遮断された空間が広がっている。

ラモンは油断なく周囲を見回し、ロマネスクの姿と気配を探る。

その背筋に、突如として強烈な悪寒が走った。

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340 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:16:51 ID:NWIHOMI.0
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ラモンは悪寒の正体も分からないまま、前方へ跳んでいた。

それは直感に過ぎなかったが、振り向いたラモンはそれが正しかったことを知る。


( ФωФ)「……」


ロマネスクがフェンス越しに、ラモンの居た場所へナイフを突き立ようとしていた。

爆風に紛れて姿を消したロマネスクは、ラモンの視界から消えるとフェンスを乗り越え、敷地の外側から攻撃しようとしたのだ。

背後を取られることを警戒して、フェンスを背にすることまで読みきっての行動である。

手榴弾の投擲と合わせて二度も先を取られることは、ラモンが経験したことのない出来事であった。

ロマネスクはそのまま素早くフェンスを駆け上ると、まだ態勢の整っていないラモンへ躍りかかる。

ラモンは自身もナイフを抜いてそれを強くいなす。

そして、一連のロマネスクの動きに、言い知れない違和感を覚えていた。


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341 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:18:25 ID:NWIHOMI.0
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( ・∀・)(おかしい……早すぎる)


ラモンがロマネスクから目を切ったのは、ほんの数秒である。

それからロマネスクに襲撃されるまでに、一分とかかっていない。

その数十秒の間にロマネスクはフェンスを乗り越え、ラモンに察知されず背後から攻撃してきたということになる。

侮りではなく、病み上がりの老人には物理的に不可能な速度である。

それをこなすには、どう少なく見積もってもラモンと同等の瞬発力が必要だったはずだ。

ラモンはその違和感を、一旦心に押し留めた。

そしてロマネスクの攻撃をかわし、反撃しながらつぶさに彼の様子を観察していった。


( ФωФ)


ロマネスクは無機物のように押し黙り、冷徹なナイフを振るっている。

その瞳は炯々とした光を宿し、見るだけでラモンを威嚇していた。

その異様な輝きは、意思の強さによる輝きとはまた別種のものであるように思えた。

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342 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:19:51 ID:NWIHOMI.0
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そしてラモンは、その違和感の正体にたどり着いた。

ロマネスクのナイフを大きく払うと、呼吸を整えながら攻撃の届かない距離まで後ずさる。

そして、よもやと思っていたことをはっきりと口にした。


( ・∀・)「……あんたまさか、クスリやってやがるのか?」


瞳孔の散大は、薬物使用者の大きな特徴である。

拡がりきった瞳孔は光をよく反射するため、瞳が輝いているように見えるのだ。


( ФωФ)「その通り。おかげで病の痛みも加齢の苦しみも消えた」

( ФωФ)「肉体的なハンデは、一切ないものと思うがいい」


ロマネスクは短く告げると、再びラモンへ接近する。

これで近接有利のラモンの定義は、崩れてしまったことになる。

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343 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:20:34 ID:NWIHOMI.0
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薬物を使用していたということは、最初からロマネスクは待ちに徹するつもりなどなかったということになる。

何故なら、身体の能力を補完するためのドーピングは、効果が切れれば即詰みであるからだ。

ハンデのない状態でラモンへ挑める代わり、ロマネスクの負ったリスクはあまりに大きい。

時間制限の上に薬物の肉体的負担まで背負い、それでもラモンを殺せる自負があるのだ。

恐らくは手榴弾を使ったあの時に、「待ち」の作戦から「追い込み」の作戦へと変更したに違いない。

ラモンは、ロマネスクの底知れない執念に内心で舌を巻いていた。


( ・∀・)(もしかしたら今日、俺は死ぬのかもしれないな)


そんなことさえ、ラモンは考えてしまっていた。

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344 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:21:32 ID:NWIHOMI.0
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自身の死に対して、ラモンが思うことは特にない。

人を殺すものが、自分の番になればみっともなく命乞いするところは何度となく見てきた。

それを摘み取る側だったラモンが、今回は摘み取られる側になった。

言語化してしまえば、それはただそれだけのことである。

だが自分が何のために殺されるのか、それすらも分からず的にされるのは御免だった。

幸いなことに、ラモンはロマネスクのナイフを強引に払い除けることが出来た。

ということは、単純な腕力では流石にラモンが勝っているということになる。

そこに活路を見出だすとするなら、やはり接近戦で勝負するしかあるまい。

ラモンがナイフをゆるりと前へ突き出すと、ロマネスクも望むところとばかりにそれに応じた。

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345 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:22:22 ID:NWIHOMI.0
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ラモンたちのナイフ術は、本来何合も切り結ぶためのものではない。

動脈、心臓、その他急所を最小限の動きで狙い、短時間で確実に敵を仕留めることを旨としている。

では双方共にその術の使い手だった場合、どのような光景が繰り広げられるのか。

急所を走るナイフを皮一枚の差で避け、切りつけ、また避ける。

その動作が最小限のため、切る側が意図して刃を当てていないように見えるのだ。

見ようによっては、滑らかに動く人体は凄まじく美しい物にも見えるだろう。

ラモンはその動作の最中、ロマネスクが銃を使うことを警戒していた。

そもそも背後を取っておきながら、フェンス越しに銃を撃たなかったのも不可解である。


( ・∀・)(銃の故障か?それとも……)


さすがにこのタイミングで故障すると思うほど、都合の良い考えはあるまい。

だが、雨天で銃を連続使用すれば、目詰まりや不発を起こす確率が飛躍的に上がるのも事実である。

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346 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:23:33 ID:NWIHOMI.0
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銃は使えるものとして警戒しつつ、それを使わせないようラモンは休む間もなくロマネスクを切りつけ続けた。

次第にロマネスクは防戦一方となり、受けに回る場面が多くなってゆく。


( ・∀・)(ここで決める……!)


ラモンは強く足を踏み込むと、体当たりするようにロマネスクへ肩をぶつけた。


( ФωФ)「チッ……」


ロマネスクはよろめき、泥でバランスを崩して足を取られてしまう。

それを見逃さず、ラモンは覆い被さるようにして心臓へナイフを突き立てようと試みた。

その軌道を塞ぐため、ロマネスクは右腕をナイフの前へと差し出す。

鋭利なナイフは腕の肉に潜り込むかと思われたが、予想外に固い感触が刃を弾く。


( ・∀・)(服の下に何かあるな)


恐らく、防御のために仕込んだ鉄骨か何かがあるのだろう。

ナイフを持った右腕を防御のために捨てて、反対の腕でロマネスクは銃を抜いていた。

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347 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:24:25 ID:NWIHOMI.0
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片手で器用に撃鉄を起こし、ロマネスクは銃の引き金を引いた。

ラモンの優れた反射神経は、それさえも見越して回避しようとする。

だが、ガチンという撃鉄の金属音のみを残して、弾は発射されなかった。


( ФωФ)「ムッ……」


それは不測の事態だったのか、ロマネスクはラモンから外した目線を、銃口の先端に移していた。

その隙を見逃すほど、ラモンは甘い敵ではない。


( ・∀・)(行ける……!)


ラモンはそれを勝機と見て、再度ロマネスクの心臓を狙った。


( ФωФ)「……愚かなり、ラモン」


不発だった銃の撃鉄が、再び起こされていることに、ラモンは気づいた。

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348 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:25:20 ID:NWIHOMI.0
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火薬の爆ぜる轟音と共に、ラモンの腹部に重い衝撃が走る。

鉛の弾が、彼の黒いジャージに風穴を空けていた。


(;・∀・)「ぐっ……!」

( ФωФ)「よもや、こんな古典的な罠にかかるとは思わなかったぞ」


ラモンは横倒しに倒れ、代わりにロマネスクは立ち上がる。

彼の仕掛けた罠とは、リボルバーならではの昔から存在する罠だった。

リボルバーはその構造上、弾倉に一発ずつ弾をこめる造りになっている。

それを利用して一発目にあえて弾を入れず、二発目から弾丸をこめるのだ。

こうすることで初弾で弾切れを演出し、敵の油断を誘うのである。

ラモンが迂闊にもそれを信じたのは、普段リボルバーを使わないことと、雨によって銃の不調が起こりやすいためであった。

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349 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:26:42 ID:NWIHOMI.0
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( ФωФ)「さぁ、立つがいい。まさかこれで終わりではあるまい?」


ロマネスクは引き続き銃を構えると、ラモンの脳天へ向けて引き金を引く。

意外にもラモンは軽やかに体を起こすと、引き金が完全に引かれる前に銃口の前から体を逃がしていた。


( ФωФ)「フ……やはりな。腹に何か入れていたか」

(;・∀・)「……」


ラモンがジャージをめくると、その下から分厚い雑誌が音を立てて落ちてきた。

これもまた昔からある、一種の弾除けである。

教会へ参じる前から、ラモンはこうなることを予見して下準備を怠らなかった。

時間さえ許せばちゃんとした防弾チョッキを用意出来たが、その間もなくの戦闘である。

それでも銃を防ぎえたのには、理由があった。

ロマネスクの使う銃は、比較的威力を落としてある口径の小さな銃である。

あまり反動の強い銃では、衰えた筋力で支えることが出来ないからだ。

そうでなければ、雑誌程度で防ぐことは出来なかったに違いない。

その用意周到さが、ラモンの命を救った一場面であった。

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350 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:28:18 ID:NWIHOMI.0
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肉体的ダメージこそないものの、ラモンが精神的なショックを受けたことは否めなかった。

フェンス越しに銃を使わなかったことも。

ナイフでの小競り合いに負けて地面に倒れたことも。

使い勝手の悪いリボルバーを敢えて使っていたことすら。

全てはこの適切なタイミングで銃を抜くための罠だったのだ。

もしも雑誌の備えがなければ、致命的な傷を負う羽目になっていた。

ロマネスクの一挙手一投足が罠であるような、そんな錯覚さえラモンは覚える。


(;・∀・)(呑まれてるな……)


一つの組織を牽引した者の底知れなさに、ラモンは喉を鳴らして唾液を飲む。

この最悪のイメージを払拭するには、自ら果敢に飛び込んで行く他に方法はなかった。

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351 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:29:16 ID:NWIHOMI.0
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終始ラモンを圧倒しているかに見えるロマネスクだが、実を言うと彼もギリギリの瀬戸際を歩いていた。

フェンス越しの攻防。

ナイフでのやり取り。

拳銃の罠。

ラモン以外の人間なら、そのいずれかの段階ですでに死んでいただろう。

それでも仕留めきれなかったのは、若さゆえのラモンのしぶとさか、老いゆえのロマネスクの衰えか。


( ФωФ)(……いいや、違うな)


ロマネスクは、生死を分かつ物がただの天秤であると知っている。

最善を尽くして望もうが、その秤はふとしたことでバランスを崩し、死の側へ重りを傾ける。

その偏りを意図的に動かすことは、何人にも叶わない。

ただそれだけのことなのだ。

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352 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:30:22 ID:NWIHOMI.0
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ロマネスクは、絶えず様々な人間を見ていた。

それは組織の長として必要な能でもあり、彼の特技でもあり趣味でもあった。

人の善性を垣間見ることもあれば、どす黒く燃え上がる人の悪意を知ることもあった。

負の感情に触れる機会の方が多かったが、それで世を悲観するほど馬鹿でもない。

むしろ悪党の方が正しく世を理解しているとさえ、ロマネスクには思えた。

そうして人を見る中で、ロマネスクは次第に人の感情を重視するようになった。

人はどのような感情で動くのか、利害に揺らぐか情を重んじるか、感情に振り回される人間かそうでないか。

それを知り適材を適所に置けば、組織は驚くほどスムーズに運営することが出来た。

その中にあって、ラモンとの出会いは一種特別な意味を含んでいたように思う。

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353 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:31:42 ID:NWIHOMI.0
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ラモンは、孤児の一員として組織に拾われた一人である。

初めて出会ったのは、彼が四歳の時だ。

他の孤児たちと同様に、潰れかけた施設から青田買いしたうちの一人に過ぎなかった。

感情の乏しい、平坦な表情をした子供であった。

引き取られた子供はまず不安と怯えを見せるのが常だが、ラモンに関してはそれがなかった。

代わりに、教えた殺しの技はすぐさま覚えていった。

銃もナイフも徒手格闘も、全てがその年齢における高水準をマークしていた。

そして何より、殺しに対するストレス耐性が、ラモンは群を抜いていた。

聞いた話によると、この少年は呼吸さえ乱すことなく、初めての殺しを遂行したという。

だが、感情のないロボットに、ロマネスクは興味を示さない。

そういう人間は、結果として与えられた仕事をこなすだけに留まるためである。

ロマネスクがラモンに興味を示し、直系の殺し屋として育てるに値すると判断したのは、ひとつのエピソードが絡んでいた。

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354 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:34:05 ID:NWIHOMI.0
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それは、ラモンが十歳の頃である。

ロマネスクは腕の鈍りがないよう、忙しい合間を縫って定期的に射撃の訓練を行っている。

その時日本にいたロマネスクは、蕪新町の射撃訓練施設を使用する機会があった。

組織運営のその訓練施設で、ロマネスクは偶然にもラモンと顔を合わせた。

ラモンはぺこりと一礼だけすると、銃に弾をこめて射撃の体勢に入る。

興味を覚えたロマネスクは、しばしその後ろ姿を観察した。

この時ラモンはすでに、初めての殺しを終えている。

それだけに、銃を構える姿は幼いながらも堂に入っていた。

そして、全ての弾丸は的の中心部に吸い込まれていく。


( ФωФ)(惜しい才能だな……)


ロマネスクはその美しい弾丸の軌跡を見ながら、ラモンの才能を手放しで惜しんだ。

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355 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:35:26 ID:NWIHOMI.0
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そして射撃を終える切れ目で、ロマネスクは彼へ声をかけた。


( ФωФ)「お前、名は何といったか」

( ・∀・)「……ラモン」


ラモンは緊張するでもなく、淡々とロマネスクへ受け答えをした。

組織のトップの顔は分からなくとも、何かしらの重役ということは空気で知れたはずだ。

ロマネスクはラモンの射撃の改善点を二、三注意した後に、彼へこんなことを尋ねた。


( ФωФ)「お前は人を撃つ時、その命を刈る時、何を考えて引き金を引く?」

( ФωФ)「人の命を、人生を奪うときに何を思う?」


それは、感情の機微に重きを置くロマネスクならではの質問である。

ラモンは、相変わらずの平坦な顔で、その問いを思案しているようだ。

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356 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:36:31 ID:NWIHOMI.0
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命を奪うという行為は、非常にストレスのかかる行動である。

人によってはトラウマにさえなりかねないそれを、子供の彼がどう処理しているのか。

快楽か、それとも割り切りか、あるいは何も感じはしないのか。

しかしラモンの答えは、そのいずれでもなかった。


( ・∀・)「……知りたいから」

( ФωФ)「知りたい?何を知りたいのだ?」

( ・∀・)「……人は、何を考えながら死んでいくのかを」

( ・∀・)「だから、俺は人を殺してるんだと思う」

( ФωФ)「……続けよ、ラモン」


ロマネスクはそこに、常人とは違うラモンなりの法があるように感じた。

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357 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:37:49 ID:NWIHOMI.0
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( ・∀・)「……俺は、人が何を考えてるか、ずっとよく分からなかった」

( ・∀・)「人がツラいと思うことも、寂しいと思う気持ちも、怖がってるものも、全部」

( ・∀・)「でも、死ぬ前の人間の気持ちなら……少し、分かる気がする」

( ФωФ)「……例えば?」

( ・∀・)「殺す前にわざと泣く奴や、怒る奴は、自分も悪いことをしてきたと思ってない」

( ・∀・)「だから、自分を殺しに来た俺に、怒鳴ったりわめいたりする」

( ・∀・)「あとは……自分が死ぬと分かっていない人間は、ニヤニヤ笑ったりすることもある」

( ・∀・)「そういう奴は、頭が混乱して何も分からなくなってる……」

( ・∀・)「けど、たまに……本当の本気で、楽しいから笑ってる人間もいる」

( ・∀・)「そういう奴を殺すのは……とても難しい……」

( ФωФ)「……」


ロマネスクは、彼を感情のないロボットだと断じていた考えを改めた。

むしろラモンは、誰よりも感情豊かで多感な少年だった。

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358 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:38:59 ID:NWIHOMI.0
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そしてロマネスクは、ラモンの次に発した言葉に、頭を殴られたような強いショックを覚えた。


( ・∀・)「俺は、人間になりたい……人間になるには、人間の考えを知らなきゃいけない……」

( ・∀・)「知らなきゃ俺は、人になれない……だから、人を殺さなきゃいけない」

( ФωФ)「……!!」


この世には時として、人との共感性を全く持たない人間が産まれることがある。

いわゆるサイコパスとも呼ばれる人種である。

そしてそういった人種は、同じ人間をまるで虫けらのように扱うことを厭わない場合が多い。

他者を同族と認知する感覚が、生まれつき麻痺しているのである。

だが、彼は……ラモンは、人を理解したいがために人を殺すと言う。

自分の欠けた部分を誰よりも理解し、それを埋めるために殺しを行うのだと。

ラモンはそう言っているのだ。

それは、幾千もの人の内面を見続けたロマネスクにしてからが、初めて出会う殺しの動機であった。

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359 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:40:05 ID:NWIHOMI.0
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ロマネスクの持論として、人生は殺しの消耗品であるというものがある。

持ち物を減らし、可能な限り無駄を削ぎ落とし、シャープに生きなければ殺し屋は成り立たない。

一見派手な暮らしぶりで生きているように見える殺し屋も、一皮剥けば本質は同じである。

家族、蓄財、老後の保証、魂の平穏。殺し屋がその人生で諦めなければならないものは、枚挙に暇がない。

だが、削ぎ落とし、削り落とせばそれは、鉛筆のように痩せ細って元に戻ることはないのだ。

そして人生を消耗しきれば、待っているのは死あるのみである。

それだけに、タフで豊かな精神性を持つ者の方が、磨耗しきるまでに時間がかかり、耐用年数は長くなる。

しかし感受性豊かな人間ほど、逆に殺しのプレッシャーに負けて自死を選んでしまうという矛盾もある。

その点、ラモンはその矛盾を包括しながら、自身を補完する道として殺しを選択している。

若冠十歳にしてそんな複雑な精神を持つ人間を、ロマネスクは他に知らなかった。

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360名無しさん:2019/06/11(火) 22:40:11 ID:0wvPxkAU0
支援

361 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:41:16 ID:NWIHOMI.0
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( ФωФ)「お前、俺の元へ来るつもりはないか?」

( ・∀・)「え……?」

( ФωФ)「組織のヒエラルキーの上部、ボス直属の殺し屋たち」

( ФωФ)「その一員になるつもりはないかと聞いているのだ」

( ・∀・)「……あんたは……?」

( ФωФ)「リチャード=ロマネスク。お前たち組織全ての頂点に立つ、親玉よ」

( ・∀・)「……!」

( ФωФ)「訓練は熾烈を極めるが、それだけにお前は間違いなく人間へと近づくだろう」

( ФωФ)「心が決まったなら、明日までに連絡を寄越すがいい」


そしてロマネスクは、幹部ですら一部しか知らない自身のホットラインの番号を、ラモンへメモして渡したのであった。

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362 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:42:47 ID:NWIHOMI.0
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その後、ラモンはロマネスクの元で、直系としての激しい訓練を受けた。

時として人道を踏み外すような訓練も、何度となくさせた。

誰に恨まれ、憎まれようが、ロマネスクにとってはどうということもなかった。

だがラモンにとっては、それすらも人間性の獲得の一環なのだと思うと、不思議な感覚がした。

そうやってラモンを強く育てるにつけ、ロマネスクは彼を、自身の立てる「計画」の中枢へ据えることを決定した。

しなやかに闇に溶ける、黒豹のごとき強靭さ。

臨機応変に変化する、柳のような柔軟性。

そして無表情の中に潜む、驚くべき感情の奔流。

そのどれもが、ロマネスクと共に歩むに相応しいと言えた。

後は彼が経験値を積み重ね、殺し屋としてのみならず、多方に力を発揮出来るようになる日を待つばかりのはずであった。

ロマネスクが、癌に犯されたことが判明するまでは。

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363 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:44:04 ID:NWIHOMI.0
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     ─────


ラモンは、ぬかるむ地面を蹴ってロマネスクへ突進する。

能力だけで言えば、ラモンは決してロマネスクに劣らない。

そして互いに、致命傷はおろか未だ傷ひとつ付けあってもいない。

だが、ラモンが感じていたのは、ジリジリと焼けつくようなただならぬ焦燥であった。

何をしても勝てないような、腕の中を勝利がすり抜けていく感覚だけがある。

何を仕掛けようと、ロマネスクに必ずその一枚上手を取られてしまうのだ。


(;・∀・)(そういえば、この人とやり合う時はいつもこんな感覚を味わってたな……)


ロマネスクと対峙する時、ラモンは圧倒的な実力差から来る、無力感に襲われることがよくあった。

そして、その無力から訪れる諦念を最も否定していた人間が、当のロマネスクだった。

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364 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:45:01 ID:NWIHOMI.0
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有り体な言葉を使うならば、ラモンはロマネスクを天才と称して憚らない。

それは、殺しの才のみを指してそう言っているのではない。

あまり知られていないが、ロマネスクは多方面に、様々な才能を有していた。

彼は表向き、日本在住の米国人資産家として世界を股にかけている。

そのコネもあってか、学術や芸術方面に秀でていることも、ラモンは知っていた。

直系としての殺しの訓練の合間に、ロマネスクがバイオリンを弾いている姿を見たことがある。

語学は多言語に精通し、和洋中問わず絵画の観賞が趣味だと漏らしているのも聞いた。

まことしやかに囁かれる話だと、アメリカに解体された日本の旧皇族一家とも、親交があると噂されている。

どこまでもスケールの大きな巨人。ラモンがロマネスクに抱くイメージは、そんな途方もない物であった。

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365 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:46:08 ID:NWIHOMI.0
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そんな巨人に、ラモンは一度だけ殺されかけたことがある。

それは組織が、日本に版図を広げようとするチャイニーズマフィアと、戦争を繰り広げていた時のことだ。

ラモンを含めた数名の殺し屋が、抗争の尖兵を務めることとなった。

敵を排除するだけの仕事だったが、思いの外彼らはしぶとかった。

それはひとえに、彼らが中華思想という中国人独自の思考に慣れていなかったこともある。

中華思想とは極端に言えば、大のために小を捨てることを厭わない思想である。

そのため、彼らは幾らでも人員の代えを用意し、勝つまで増員を与え続けた。

その処理に手間取っている間に思わぬ罠にかかり、ラモンは単独での逃走を余儀なくされることとなる。

分断されている間に、他の仲間はみな殺されてしまった。

銃弾は尽き、ナイフも折れ、武器は懐の手榴弾一発のみ。

そんな厳しい状況の中、ラモンはなんとかギリギリで生き残ることが出来た。

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366 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:47:26 ID:NWIHOMI.0
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だが、この抗争で組織の被った損失は計り知れない。

ロマネスクが手塩にかけて育てた直系の殺し屋たちも、何人も亡くなった。

理不尽な話ではあるが、生き残ったラモンがその責を背負わされたとしても、何ら疑問ではなかった。

それが証拠に、事が一通り済むとラモンは、ロマネスクに呼び出しを受けた。

険しい顔をするロマネスクの様子を見ると、ラモンは覚悟を決めた。


( ・∀・)「……罠にかかって皆を死なせたのは、俺の責任だ」

( ・∀・)「罰は受ける。一思いにやってくれ」

( ФωФ)「……」


ロマネスクはラモンのその言葉を受けて、懐から銃を取り出した。

そして、無造作に照準を合わせると、その引き金を彼へ向けて引いた。

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367 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:48:27 ID:NWIHOMI.0
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(;・∀・)「……ッ!?」


しかし、その銃弾は、ラモンの右の耳朶を吹き飛ばすのみに止まった。

鋭い激痛が襲い、ラモンは思わず膝をついて耳を押さえる。

そんなラモンに、ロマネスクは努めて冷酷に言い放った。


( ФωФ)「なぜ自ら死を望む」

( ФωФ)「たとえ俺が相手だろうと、死を受け入れるな」

( ФωФ)「やったことを取り消せぬなら、とことんやれ」

( ФωФ)「生死は、必死に足掻き続けたその結果でしかない」

( ФωФ)「貴様の負うべき責任は、生きる中にしか有り得んのだぞ」


ロマネスクはラモンを叱責すると踵を返し、部屋を後にした。

それが、ラモンのこれまでの人生の、唯一にして最大の失敗である。

そのせいで、今でもラモンの右耳は、他の人間より短くねじくれていた。

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368 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:50:12 ID:NWIHOMI.0
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ラモンはこれまで、ロマネスクが自分を殺さなかったのは、ただの気まぐれだと思っていた。

組織にとって益にならないと判断されれば、どんな相手だろうと例外なく粛清されている事実を、ラモンは知っているからだ。

ラモンだけそこから除外されたのは、ロマネスクの気紛れと運以外に有り得ないと、そう思い込んでいた。

しかし今回のことで、ロマネスクにはロマネスクなりの思惑があることを、何となしにラモンは察した。

ラモンに何かをさせるために、ロマネスクは彼を生かさなければならなかったのだ。

そしてロマネスクは、口では生きろと言いながら、自ら恩赦に参加してラモンを殺しにやって来ている。

≪死神≫の異名は、老いてなお一層、不気味な輝きを増しているかのようである。

もしも今回の件が、ロマネスクの長い構想の果てに結実した物なのだとしたら。

ロマネスクの恩赦とは、一体いつから考案され、何のために始動し、何人の人を巻き込んで蠢くのだろう。

その深慮は、ラモンの推し量ることの出来る深さを、とうに越えているのかもしれなかった。

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369 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:51:31 ID:NWIHOMI.0
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  ─────
     ─────


ラモンは走ると同時に足元の泥を高く跳ね上げ、ロマネスクの顔を狙った。

最も原始的な目潰しの方法である。

効果があるとは思えなかったが、一瞬でも視線を遮れればそれだけでラモンの有利になる。

しかしロマネスクはそれを見越して、腕を上げて泥をガードした。

ラモンはガードが上がって隙の出来た腹部を狙い、死角からナイフを振るう。

ロマネスクはそれすらも読みきり、足を振り上げてラモンの顔面へ、蹴りを見舞おうとした。

たとえ腹部にナイフが刺さろうと、ラモンの顎を砕ければダメージは五分五分である。

ラモンはそれを察知して、咄嗟に上体を反らす。

ロマネスクの蹴りが、鼻の数ミリ先を掠めていった。

そして上体を反らした分だけ、ラモンのナイフはロマネスクへと届かなかくなる。

防御と攻撃を兼ね備えた、高度な攻防であった。

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370 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:53:50 ID:NWIHOMI.0
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( ФωФ)「目潰しか、狙いは悪くない」

( ФωФ)「だがその程度、読めぬ俺だと思うな」


そう宣言するとロマネスクは、ラモンの喉笛を切り裂こうと、ナイフを横に薙ぐ。


( ・∀・)「何だってやってやるさ」

( ・∀・)「生き延びるためならな」


ラモンはそれを受け、一旦ロマネスクのリーチの外へ出ると、再度その懐へステップインする。

互いに急所狙いの一撃を、紙一重でかわす攻防が繰り広げられる。

息をするのも忘れそうな密度の中で、その攻防に変化が訪れたことにラモンは気づいた。


( ・∀・)(……?)


それは百度以上にも及ぶ、ナイフでの攻撃の時である。

ロマネスクがそれを避け損ねたのか、ラモンのナイフが頬を裂いた場面があったのだ。

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371 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:55:34 ID:NWIHOMI.0
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そしてロマネスクのナイフも、浅くではあるがラモンのジャージを切り裂いていた。

ラモンは最初、疲労からロマネスクの目視が鈍ったのかと思ったが、そうではなかった。


( ・∀・)(こいつ……あえて俺に切らせてるのか……)


それは、これまでの見切りとナイフ術を駆使した、恐るべきロマネスクの戦法であった。

ロマネスクはラモンのナイフの断ち筋を読み、その軌道の上に敢えて自分の体を置いているのである。

もちろん致命傷は負わないよう、細心の注意を払ってかすらせる程度に止めているのだろう。

そしてラモンのナイフが届くその場所は、ロマネスクのナイフが届く距離でもある。

皮一枚削がせる代わりに、より深く相手の懐へ潜り込み、致命傷を与える。

そんな手品のようなことを、事も無げにやって見せようというのだ。

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372 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:56:43 ID:NWIHOMI.0
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ロマネスクがやろうとしているのは、日本武道で言うところの「後の先」という概念に近い。

後に動く者が先に動いた者を制する、簡単に言えばそれだけの原理に過ぎない。

無論それが言葉にするより遥かに難しいことは、ラモンも充分すぎるほど理解していた。

高度な読みと技の切れが無ければ、それはただの自殺行為として終わってしまう。

それをロマネスクは、ラモンという超一流の殺し屋相手にやってのけているのだ。

その技量は衰えるどころか、ラモンとの戦いでさらに磨かれているようにも見える。

そして、ここで逃げてしまえばロマネスクの優位は揺るがなくなってしまうことにも、ラモンは勘づいていた。

ナイフ術はラモンも得手とするところである。

ここで後塵を拝することは、技術的にも精神的にもロマネスクに遅れを取るのと同義なのだ。

そして一度戦いの天秤が傾けば、それを再び戻すのは困難となるだろう。


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373 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:57:33 ID:NWIHOMI.0
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ラモンはロマネスクとの技の掛け合いに、あえて乗ることにした。

相手がわざわざ攻撃の通る場所へいてくれるのを、見逃すこともあるまい。

その利を生かすことが出来れば、形勢逆転も不可能ではないだろう。

ラモンはそれまでよりも半歩、踏み込みを強くした。

その分ロマネスクのナイフは、ラモンの肌を数ミリ深く切り裂く。

代わりに振り上げたラモンのナイフは、ロマネスクの髪の毛を数本、宙へと切り飛ばした。

肌を割り、髪が裂け、血管は千切れ、血も溢れる。

致命傷こそないものの、次第に二人の体には、不可避の傷が多く刻まれていった。

しかしそれでもなお、ロマネスクという高すぎる壁は、ラモンの前へ立ちはだかった。

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374 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 22:59:54 ID:NWIHOMI.0
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幾度にも渡る傷の差し合いに、終止符を打ったのはロマネスクだった。

彼は二人の距離がジリジリと近づいているのを感じるや、トリッキーな戦術を敢行した。

ナイフを持っていない方の手で、ラモンの顔を覆い目隠しをしようとしたのだ。

必然、ラモンは視界を確保するために、一歩退こうと足を引く。

その引き足に向かって、ロマネスクのナイフが閃いた。


(;・∀・)「痛ッ……!」


初めて肉まで届いた痛みに、ラモンは一瞬顔をひきつらせる。

そして無事な方の足を使い大きく飛びずさると、片膝をついてその痛みに耐えた。

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375 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:01:27 ID:NWIHOMI.0
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( ФωФ)「よくぞここまで食らいついた。だが、ここまでのようだな」

( ФωФ)「その傷んだ足では、満足に攻撃をかわすことも出来まいて」


ロマネスクは、ラモンに反撃の余地がないと見るや、リボルバーを取り出しゆっくりと弾丸を装填した。


( ФωФ)「これが正真正銘、最後の六発よ」

( ФωФ)「そこからどう足掻くか、見せてみるがいい」


もちろんラモンも、それを黙って見ているだけではない。

ロマネスクが弾を込める間に、痛みを堪えて墓石の陰まで走る。

足に力をこめれば血が滲み、雨は容赦なく傷口を洗う。

それでも、何もせずに死ぬわけにはいかなかった。

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376 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:03:56 ID:NWIHOMI.0
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ラモンは墓石の陰で、足の怪我の程度をざっと確認する。

太い血管は切れていないが、長く放置すれば失血は免れない。

何より、要である機動力を殺されてしまったのが痛かった。

ロマネスクは、あえて追い詰めるような速度でゆっくりと迫ってくる。

獅子が獲物を追う時の、退路を残さないやり方である。


(;・∀・)(次に襲って来たときが、勝負の分かれ目だな……)


じくじくと脈打つ傷痕を抱え、ラモンは思案する。

そして数メートル先から、ロマネスクが泥を跳ねて走る音が聞こえてきた。

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377 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:04:55 ID:NWIHOMI.0
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ロマネスクが唯一警戒したのは、ラモンも銃を使う可能性である。

ナイフを使いだしてからその存在が消えたように振る舞っているが、まだ弾丸は残されている可能性が捨てきれない。

そのため、最初はあえてゆっくりと彼を追い込み、ラモンに銃を取り出せる隙を与えた。

緩急をつけることで、ラモンの切り札を見極めようとしたのである。

しかし、ここまで追い込まれてなお、ラモンは銃を使わなかった。

温存しているのか、はたまた何らかのトラブルが起こったのか。

初手でラモンが仕掛けられたフェイントを、ロマネスクも試されていた。


( ФωФ)(ここまで来てしくじる訳にはいかんな)

( ФωФ)(奴はどんな手を打ってくるか……楽しませてもらうとしよう)


ロマネスクの取った手段はただひとつ。

それはラモンと同じ、銃を警戒しつつ進むという、ただそれだけである。

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378 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:06:14 ID:NWIHOMI.0
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もはや大勢は決まったと言っていいが、相手はあのフォークロア=ラモンである。

万全に万全を重ね、なおしぶといことは容易に予想できる。

危険なのは墓石の陰でラモンが銃を構え、出会い頭に発砲すること。

それにさえ対処出来れば、詰みは間近だった。

そのためロマネスクは、銃を構えつつ右腕で半身を覆うような体勢を取った。

先ほどラモンのナイフを弾いたように、右腕には鉄製のアームカバーが仕込まれている。

ラモンの銃の口径ならば、ギリギリで防ぎきることが出来るはずだ。

攻防一体の構えを保ち、ロマネスクは墓石の裏へと体を踊らせた。

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379 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:07:27 ID:NWIHOMI.0
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案の定、ラモンはそこで銃を構えていた。

フェイントを入れられようと対処出来るよう、音に耳を澄ませていたようだ。

ロマネスクは、あえて小細工を弄することをしなかった。

裏を掻こうとすれば、却ってラモンに付け入る隙を与えかねないためである。

ラモンはロマネスクの姿を見るや、その頭部に照準を合わせる。

ロマネスクもまた、瞬間的に眉間へと照準を合わせた。

動き出しはほぼ同時、反射神経も同様。

ならばロマネスクの速射に、ラモンが敵うはずはない。

だが、ラモンはロマネスクの姿が見えるより前に、ある一つの布石を打っていた。

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380 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:09:38 ID:NWIHOMI.0
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ロマネスクは、瞬時にある違和感へと気づく。


( ФωФ)(片手撃ち……?)


ラモンは左手で銃を構え、右手は体に添えるようにして隠しているように見えた。

フィクションならともかく、現実で銃を片手持ちのまま扱うことはまずない。

狙いが定まらない上に、反動も吸収しきれないからである。

その違和感の正体に気づくより早く、ロマネスクの顔面に向かって何かが飛来した。


( ФωФ)(クッ……!!)


それは、鋭利に尖った小石である。

銃弾よりも小さなそれは、アームカバーのガードをすり抜ける。

そしてロマネスクが避ける間もなく、それは彼の右目の下方に突き刺さった。


( ФωФ)「指弾か……!!」


それはかつてラモンが、ダイヤモンド=トゥーンより受けた技であった。

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381 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:11:18 ID:NWIHOMI.0
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ラモンは、ロマネスクが力で自分を制しに来ることを知っていた。

彼の性格上、傷を負った相手へ余計な策を講じることは、これまでなかったからだ。

そして、ロマネスクの速射が発動されれば、負傷した自分の反応で勝てるとは思えない。

そのため彼は、銃よりも早くロマネスクに弾を当てる必要があった。

足音からして、ロマネスクがラモンの左側から来るのは分かっていた。

そのため、ロマネスクが顔を覗かせるちょうど直前に合わせて、拾った小石を弾いたのである。

これが拳銃だと、弾丸の速度が早すぎて、ロマネスクに当たる前に通りすぎてしまっていただろう。

そして、刹那にして最大の隙を、見逃すようなラモンではなかった。

ラモンは立て膝の体勢から上半身のみを使って、体を跳ね起こす。

それすらも、相当の筋力がなければ不可能な芸当である。

そして、ありったけをこめてロマネスクへ銃弾を放っていた。

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382 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:12:32 ID:NWIHOMI.0
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(;ФωФ)「チィッ……!!」


ロマネスクはかろうじて体をよじると、地面に倒れこむようにして攻撃を避ける。

しかしその動きも、弾丸からかろうじて急所を守っただけで終わる。

ラモンの決死の賭けによって、ロマネスクの肩口に二発、銃弾が埋め込まれた。

関節は、動きを司る場所ゆえにガードのしにくい場所でもある。

アームカバーの切れ目は、肩まで覆ってはいなかった。


(;・∀・)「ハァー……ハァー……」

(;ФωФ)「やりおる……その満身創痍の体で、俺を弾くとはな……」


ラモンは血の気の失せた体に鞭打って、ロマネスクと対峙した。

ロマネスクは右腕をだらりと下げると、血の流れるままに任せた。

ラモンはようやく、ロマネスクを自分の勝負の土俵に引きずり下ろしたのだ。

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383 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:13:19 ID:NWIHOMI.0
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ここでロマネスクには、二つの選択肢が生まれたことになる。

ひとつは、右手に持った銃を左手に持ち換えること。

もうひとつは、銃を捨てナイフのみで戦うことである。

片腕が使えなくなった今、ナイフと銃とをスイッチして戦うのは困難となってしまった。

そして先ほども説明したように、片手撃ちでは銃の安定性を捨てるも同然である。

接近戦では、拳銃よりもナイフの方が有利に働く場合が多い。

ロマネスクは、ここで敢えて弾の残った銃を捨てる選択を選んだ。

ラモンの残弾も尽きていることが予測出来たからだ。

先ほどの攻防は、ラモンもがむしゃらだったのだろう。

銃の引き金を三度引き、しかし弾は二発しか発射されなかった。

そして弾丸を再装填してロマネスクを狙う様子も、ラモンには見られない。

窮地はどちらに取っても等しく同じなのだ。

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384 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:15:04 ID:NWIHOMI.0
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ロマネスクが銃を地面に落としたのを確認し、ラモンも銃を投げ捨てた。

残ったのはその身一つと、ナイフの一本のみである。


(;ФωФ)「ククク……つくづく楽しませてくれる男だな、お前は」

(;ФωФ)「まるでこちらが試されているようだぞ」

(;・∀・)「楽しませるつもりも、試すつもりもない」

(;・∀・)「こんな面倒は、早く終わらせたいだけだ」


二人はナイフを構えて、円の軌道を描く。

ラモンの方が足の負傷のぶん、やや歪な円を描いている。

そして、数度の牽制の後。

勝負を掛けたのは、ロマネスクからだった。

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385 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:17:43 ID:NWIHOMI.0
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足を負傷したラモンと肩を負傷したロマネスク。

不利な条件はどちらも同じように見える。

しかし、足の殺されたラモンの方が、初手が遅れるのは必然である。

ロマネスクはそれを見越して、まだラモンへ届かない距離のうちに、目隠しを仕掛けた。

走り寄ると見せかけて突如体を寝かせ、スライディングしたのである。


(;・∀・)「クッ……」


泥の幕が高く跳ね、ラモンの目線まで飛び散る。

ロマネスクはその低い体勢のまま、ラモンの足へ蹴りを入れようと試みた。

無論、負傷した箇所を狙っての蹴りである。

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386 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:19:35 ID:NWIHOMI.0
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ラモンは、強く歯を食いしばると負傷した方の足を上げ、ロマネスクを踏みつけにしようとした。

しかしロマネスクも、ただで踏まれるはずがない。

素早く横に転がると、踏みつけから逃げながら、ラモンのナイフの射程圏内へと入った。


( ФωФ)「シャアッ!!」

( ・∀・)「オォオッ!!」


双方声を上げ、気合いを入れたのは、負傷を忘れるためである。

声を出すと一時的に痛みが和らぐのを知っているのだ。

ここへ来ても、二人の断ち筋は衰えない。

互いにかなりの出血が見えるものの、それが原因で致命傷を負うことはなかった。

卓越したナイフのやりとりは、一個の芸術品のように昇華されていった。

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387 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:23:05 ID:NWIHOMI.0
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気力と気力。

技と技。

力と力。

拮抗したそれらは、一歩も譲ることなく途轍もない高みへと昇ってゆく。

もはや怪我もなく、限界すら越えて、無限に体が動くような錯覚さえしてしまう。

しかし、先にその幻想から覚めたのは、ロマネスクだった。

彼の体は、意思に反して徐々に重く、冷たくなりつつあった。

薬の効果が、ついに切れ始めたのだ。

このままでは五分と持たず、ラモンのナイフの餌食となってしまう。


( ФωФ)(その前に、片をつける……!!)


ロマネスクは気概を新たに、ナイフの柄をより一層強く握る。

そのため、ラモンに起こりつつあった変化に、この時はまだ気づいていなかった。

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388 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:23:39 ID:NWIHOMI.0
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気づいたのは、そこからさらに数度、ナイフを合わせてからだった。

右、左、フェイント、右。

素早く、正確に、力強く。

それだけの動きのはずだったが、何かが先ほどまでと違う。

ロマネスクは唐突に、ラモンの動きに違和感を覚えた。

それまでと何が違うのかは説明できない、僅かな差異である。

だがその僅かな差異が、たった数秒後には明確な差となるような。

そんな予感がしたのだ。

そしてロマネスクは、その違和感の正体をすぐに知ることとなる。

ロマネスクがナイフを動かすのと同時に……否、それよりも早く。

ラモンのナイフが先回りして、ロマネスクの動きを制しているのだ。


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389 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:25:56 ID:NWIHOMI.0
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( ФωФ)(これは……なんだ、何が起こっている?)


まるで予知のようなその動きに、百戦錬磨のロマネスクですら薄ら寒いものを覚えた。

そして、鈍る体の感覚を奮い立たせ、もう一度ラモンの様子を観察しようと試みる。


( ФωФ)「スゥ…ハァー…」

( ・∀・)「スゥ…ハァー…」


息を吸って吐く、そのタイミングですらが、全く同じである。


( ФωФ)(いや、違う……合わせているのだ。呼吸を、俺に……!!)


そう理解したとき、ロマネスクは戦慄に打ちのめされていた。

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390 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:26:53 ID:NWIHOMI.0
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  ─────
     ─────


ラモンはこの時、何かを掴みかけていた。

気の遠くなりそうな傷の痛みと、心臓の破裂しそうな苦しみの中。

それらを打開するような何かを、そこに探していた。

意識は冴え冴えとしているが、決め手となるものが自分にはない。

ロマネスクのような経験則も。

ロマネスクのような技の冴えも。

ロマネスクのような執念も。

自分には、存在しなかった。

では、自分の中には何があるのだろう。

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391 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:27:31 ID:NWIHOMI.0
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意識を脳の奥へと潜らせ、そこに何があるのかを再度確認する。


『スゥー……ハァー……スゥー……ハァー……』


そこには、何者かの吐息の音があった。

雨の中にあって、その吐息の音だけはやけにハッキリと聞こえた。

ラモンは無意識に、その吐息へ自分の呼吸を合わせようと試みた。

なぜそうしようとしたのかは分からない。

強いて言うならばそれは、第六感としか言い様がなかった。

すると、不思議なことが起こった。

半ば霞んでぼやけていた目前のロマネスクの動きが、鮮明に捉えられるようになったのである。

それこそが、故・流石弟者の使った、呼吸を介した敵との同調法。

通称『同期』であった。


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392 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:28:23 ID:NWIHOMI.0
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恐らくそれは、ラモンが流石弟者に標的として見られていた時。

感応力の高いラモンは、同期の感覚にすでに目覚めかけていたのだろう。

弟者がラモンと感応しえたのならば、その感覚をラモンも共有する可能性は十分にあった。

同期が本来、相互作用的に起こりうる事象だとするならば。

見られていたラモンが、無意識に呼吸を読むことを覚えても、何ら不思議ではない。

深淵を見るとき、深淵もまた彼を見詰めている。

弟者の超感覚が、ラモンの鋭敏な感覚すらも呼び起こしたのである。

そして現在、それはロマネスクを追い詰める大きな武器となりつつあった。

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393 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:30:09 ID:NWIHOMI.0
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あれほど早く、予測不可能だったロマネスクの動きが、怖いほどによく見えた。


( ・∀・)(右、左、右、喉、足、心臓、肝臓、膵臓、右肺、眼球……)


ラモンはまだ、自分がロマネスクの動きより早く動いていることを知らない。

いや、知ったとて今日を境に、これをまた再現出来るかは定かではないだろう。

ひとつでも読み間違えば、死は確実にどちらかの身に降りかかる。

現在二人を包んでいるのは、そんな揺るがせに出来ない緊張感である。

そしてロマネスクは、この現象に聞き覚えがあることを思い出していた。


( ФωФ)(『鏡身』)

( ФωФ)(まさか、お前がそんな場所にまで至っていようとはな……)

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394 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:30:52 ID:NWIHOMI.0
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鏡身(きょうしん)。

それは古い武術家の間で語られる、伝説のような話だった。

互いに体術の上級者である場合、敵の動きを先読みすることは常識とすら言える。

それが高じると、次第に敵が次に何をするのか、手を取るように分かってしまうことがあるという。

その動きに対処するためには、まるで鏡写しのように互いに同じ動きをしなければならなくなる。

達人同士でしか起きない稀有なるその境地を、先人たちは「鏡身の位」と呼んで畏れ敬った。

現在、二人を襲っているこの現象はまさにそれである。

極限の先読みで、ロマネスクの動きの自由が封じられているのだ。

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395 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:31:41 ID:NWIHOMI.0
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彼が鏡身を知っていたのは、かつて懇意にしていた武道家から聞き及んでいたためである。

それですらロマネスクの認識は、眉唾か錯覚の類いだと思っていた。

しかしラモンは、現実にその境地へと至り、ロマネスクを追い詰めている。


( ФωФ)(だがこのロマネスク、只では死なん……)

( ФωФ)(貴様が呼吸を読むなら、俺もその境地に至るまでよ!)


重くなり、鈍りつつある体を奮い立たせて、ロマネスクは再度集中した。

ラモンの鏡身が弟者との同期により覚醒したものなら、ロマネスクにもそれが起こる可能性はある。

この短い猶予の中、ロマネスクはその僅かばかりの可能性に、自らの能力の全てを賭けた。

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396 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:32:59 ID:NWIHOMI.0
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( ФωФ)「スゥ…ハァ…」

( ・∀・)「スゥ…ハァ…」


ロマネスクは呼吸を合わせ、再度動きを調律する。

それまで先を取られていたラモンの動きに、徐々に対応できるようになっていく。

吸い付くように滑らかに、二人の動きがみるみる合致してゆく。

それはまるで、舞いを舞っているかのような優雅ささえあった。

しかしラモンは、対応しつつあったロマネスクを嘲笑うかのように、早くもその一歩前へ先んじていた。


( ・∀・)「……」ピタ

( ФωФ)「……!」


ロマネスクはそこで、急ブレーキをかけられたような失速を覚えた。


( ФωФ)(呼吸が読めん……!)


急な動きの変化にとらわれ、ロマネスクはラモンのナイフを浅く受けてしまう。


(;ФωФ)(止めたのか、呼吸を……咄嗟に……!)


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397 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:34:04 ID:NWIHOMI.0
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この究極とも呼べる戦いの最中、息を止める無謀。

酸素は血中から欠乏し、動きはすぐに続かなくなるだろう。

しかし、ラモンの無意識は知っていた。

九十秒間の無呼吸運動。

毒使いグランウィッチのアジトで見せた、その強靭な肺活力。

特殊なトレーニングを積むことで増加した、ヘモグロビン群。

それが今、意外な方向で役に立っていた。


( ・∀・)「……」ヒュンッ

(;ФωФ)「……!!」


ラモンの動きはさらに鋭く。

ロマネスクの動きは、逆に弱々しくなってゆく。

呼吸を止めた以上ラモンの同期も使えないはずなのだが、その早さは衰えることはない。

鏡身は知らずのうちに終わり、ほぼ一方的にラモンが攻める時間が増えていった。

この時ロマネスクは、ひとつの決断に至る。

ロマネスクは、ラモンを殺す覚悟ではなく、刺し違える覚悟で臨む決断へと走ったのだった。

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398 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:35:01 ID:NWIHOMI.0
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もはや戦いの趨勢は決まったと言っても良かった。

追い詰めても、追い詰めても、なお不死鳥のごとく息を吹き返すラモン。

それに比べ、ロマネスクは薬が切れてしまえば、立つことすら困難となった。

そしてそのタイムリミットは、じりじりと燃える導火線のように確実に短くなっている。

望むのは、たった一度ラモンの意表をつく一撃。

急所をえぐり、その命を絶つことの出来る技。

そのためにはこの命さえ、惜しむつもりはない。

鈍色の空は、その雨脚をますます強めていった。

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399 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:35:56 ID:NWIHOMI.0
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ラモンは現在、その攻撃の大半を無意識に行っていた。

つけ入る隙があるならそこだろう。

ロマネスクはこの時、わざと両手を下ろして唐突にガードを下げた。

本来なら不自然すぎるそのノーガードに、逆に警戒が走るところである。

だが、無意識に行動するラモンが、その隙を見逃すはずはない。

それこそがロマネスクの仕掛けた、最後の罠だった。


( ФωФ)(かかった……!)

( ・∀・)「……!!」


ロマネスクはラモンの踏み込みに合わせて、ぽんと柔らかく右足を前へ突き出した。

靴の先端からは刃が伸び、ラモンの足の向こう脛に突き刺さる。

ここまであえて使わなかった、靴に潜めた隠しナイフである。

ラモンはそのダメージに、体が泳いでナイフを当てることが出来なかった。


( ФωФ)「勝機ッ!!」


ロマネスクはその唯一の勝機に、ナイフを全力で前へ突き出した。


( ・∀・)「オオォォォッ!!!」


ラモンも一瞬遅れで体を立て直し、ロマネスクへ向かってナイフを差し出す。

その一瞬の差で、ロマネスクのナイフはラモンの心臓を刺し貫くはずであった。

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400 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:36:52 ID:NWIHOMI.0
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その時。


二人の立つ場所から程近い墓石の上へ、天啓のように轟雷が一筋、鳴り響いて落ちた。






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401 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:38:00 ID:NWIHOMI.0
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( ФωФ)「……」


ロマネスクの刺し出したナイフは、ラモンの左肩を。


( ・∀・)「……」


ラモンの刺し出したナイフは、ロマネスクの心臓を。

それぞれ刺し貫いていた。


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402 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:39:06 ID:NWIHOMI.0
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  ─────
     ─────


(;ФωФ)「ぐはぁっ……!」


ロマネスクは肩で息をすると、がくりと膝から崩れ落ちた。


(;・∀・)「う、ぐっ……」


それと同時にラモンも、前のめりに倒れそうになる。

それをギリギリのところで踏み堪えると、ラモンはロマネスクの前に立ち、彼を上から見下ろした。


(;ФωФ)「ハァ…ハァ…」

(;ФωФ)「見事なり、ラモン……」


ロマネスクは、止めどなく流れる血液に手を濡らしながら、そう答えた。


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403 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:40:34 ID:NWIHOMI.0
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(;・∀・)「ふざけるな……何が、見事だ……」

(;・∀・)「雷がなければ、あんたの勝ちだったろうが」


ラモンとロマネスク。その勝敗を分けた物は、傍らに落ちた雷であった。

普段の二人ならば、たとえ雷が直撃しようと、敵から目を離すような真似はしない。

少なくとも、ラモンはそうしていた。

だが、ロマネスクは違った。

薬物の副作用で開いた瞳孔は、光を網膜に素通りさせてしまう。

例えるならそれは、シャッターが開きっぱなしのカメラのようなものだ。

結果、強烈な稲光はロマネスクの瞳の中で乱反射し、彼の視界を奪ったのだ。

皮肉にも、ラモンと対等に戦うための備えが、彼の敗北を決定づけてしまったと言えた。

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404 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:41:24 ID:NWIHOMI.0
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(;ФωФ)「ククク……先に言うたろうが……」

(;ФωФ)「天才、地才、人才。その全てを賭けよと」

(;ФωФ)「貴様には、文字通り天が味方した」

(;ФωФ)「ただそれだけの、ことだろう……」

(;ФωФ)「ぐふっ……!」


その顔は、ほんの数十分前まで殺し合いをしていたとは思えないほどに、蒼白になっていた。

ラモンはそれが、死ぬ間際の人の顔色だということを知っている。


(;・∀・)「ボス……」


それゆえに、何と声を掛ければいいのか、判じかねていた。

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405 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:42:26 ID:NWIHOMI.0
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それがただ殺すためだけにいるターゲットならば。

物言わず殺すことを躊躇わなかっただろう。

あるいは、一日千秋の思いで追い詰めた憎き仇なら。

悪罵の限りをつくし、喜色満面で復讐の余韻に浸っただろう。

だが、目の前のこの男は、自らの師である。

何の悪意も、恨みも、綻びもない。運命ですらない。

そんな人間を殺めた時に、彼は如何なる感情で接すればいいのか、分かっていなかった。


(;ФωФ)「なんという顔をしているのだ、ラモンよ……」

(;ФωФ)「まるで、叱られた子供のようではないか」


ロマネスクはくっくっと喉の奥で笑い、ラモンの瞳を下から見つめていた。

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406 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:43:27 ID:NWIHOMI.0
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ラモンは頬をぐいと拭うと、へたりこむようにロマネスクの前に腰かけた。

これまでのラモンの大きな傷は、ほぼ足に集中している。

立っているのも相当な意思の力が必要だったに違いない。


(;・∀・)「どうだっていいんだよ、今となっては、そんなこと……」

(;・∀・)「問題なのは、ロマネスクの恩赦とは何だったのか」

(;・∀・)「ただ、それだけだ……」

(;・∀・)「教えてくれ、あんたの本当の目的を」

(;・∀・)「ただ人を混乱させるために、こんなことを始めたのか?」


ラモンはロマネスクへ、純粋な疑問を叩きつけた。

その問いかけに返答するかのように、雨は急速に弱まり、雲は晴れ間を覗かせ始めた。

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407 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:44:41 ID:NWIHOMI.0
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(;ФωФ)「それは俺が死んだ後、野間に聞いてみるがいい……」

(;・∀・)「野間に……?」

(;ФωФ)「俺の死んだ後のことは、全て奴に託してある……」

(;ФωФ)「というよりは……俺が死ぬことまで、折り込み済みの作戦だったのだがな……」

(;・∀・)「やはり、あいつもグルだったのか」

(;ФωФ)「グルというよりは、あいつも俺の被害者かもしれんな……」

(;・∀・)「なに?」

(;ФωФ)「奴には可哀想なことをした……だが、全てを汲み拾うのは不可能……」

(;ФωФ)「誰かの犠牲は、必ずや必要だったのだ」

(;・∀・)「どういうことだ……そんな言葉じゃ、何も伝わらないぞ」

(;ФωФ)「ククク……好きなだけ悩め。そして、答え合わせに胸踊らせるがいい……」

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408 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:45:54 ID:NWIHOMI.0
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(;ФωФ)「さて、そろそろ……逝かねばな……」

(;ФωФ)「瞼が重く……なってきた……もはや血も流れんわ……」

(;・∀・)「待て。まだ話は終わってない……」

(;ФωФ)「おお……見よ、ラモン。虹がかかっておるぞ……!」

(;・∀・)「虹……?」

(;ФωФ)「今生の最後に見るものがあの虹ならば……よい旅立ちではないか……」

(;ФωФ)「雨も上がり……死ぬには、これほどよい日和もない……」

(;ФωФ)「そうだろう、なぁ?ラモン……」

(;ФωФ)「クク、ク……」

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409 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:47:29 ID:NWIHOMI.0
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(;ФωФ)


(;+ω+)


( +ω+)



(; ∀ )「……ボス?」






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410 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:48:11 ID:NWIHOMI.0
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リチャード=ロマネスク。


その五体が、物言わぬ骸と化したそのとき。


ラモンもまた限界を迎え、倒れるように気絶した。


天に翔る龍の如き巨大な虹だけが、二人の男の行く末を、見守っていた。




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411 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:49:00 ID:NWIHOMI.0
第七話了

412 ◆WvlUzi6scI:2019/06/11(火) 23:49:23 ID:NWIHOMI.0
次回、最終回です

413名無しさん:2019/06/12(水) 07:52:23 ID:GJvXO8b.0

ロマは笑って死ぬんだな……

414名無しさん:2019/06/12(水) 09:07:08 ID:AwnZN7Fk0

壮絶すぎる上にかっこいい

415名無しさん:2019/06/12(水) 18:12:01 ID:c/596R4Q0

すっげードキドキしながら読んだわ

416名無しさん:2019/06/13(木) 20:13:24 ID:zOco9iu60
余りにも格好良い死に様

417 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 11:44:53 ID:AIqUMwjk0
今夜八時前後に、最終回投下させていただきます。

418 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:06:55 ID:AIqUMwjk0
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最終話:≪キャッチ・ザ・レインボー≫






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419 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:08:16 ID:AIqUMwjk0
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     ─────


どろりとした、粘度の高い悪夢を見ていた。

これまで殺してきた人間が、ラモンの総身にまとわりつく夢である。

怨念なのか、悪霊なのか、はたまたそんな状態でも生きているのか。

それらは腐臭を放ち、固まりかけた血液のようにズルズルと、ラモンの体表を這いずっている。

ラモンはどす黒く澱み流れるそれを、仕方ないと思って受け入れている。

いつものように足掻く気持ちにはなれなかった。

恨みを買うような仕事は山ほどしたと理解している。

今さら彼らをはね除ける権利は、自分にはない。

殺すものはいずれ殺される。ただそれだけのことである。

あのロマネスクにしてからが、その運命からは逃れられなかったのだから。

ラモンは緩やかに、自らの死を受け入れる。

粘液はラモンの口をふさぎ、鼻を埋め、息を止めようと試みていた。

それは受け入れてしまいさえすれば、案外安らかな気持ちにさせられるものだった。

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420 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:09:14 ID:AIqUMwjk0
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このまま目覚めることがなければ、どれほど心は休まるだろう。

だがそんな心とは裏腹に、体は徐々に覚醒の準備を始めていた。

真っ黒な怨念どもを置き去りにして、意識は肉体へと急浮上してゆく。

彼らに殺されてやれなかったことを、ラモンは少しだけ悔やんでいた。



( ー∀ー)

( ー∀・)

( ・∀・)



そうして目覚めたのは、固いベッドの上だった。

意識ははっきりとしているが、体はひどく重たい。

どうやら、ロマネスクとの戦いの後に、誰かがラモンをここまで運んだらしい。

木造の天井の木目だけが、ラモンの瞳にやけにはっきりと映る。

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421 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:10:28 ID:AIqUMwjk0
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気持ちのいい目覚めとは言えなかったが、あれだけの死闘の後に命があるだけ十分なのだろう。

ラモンは仰向けの体勢のまま、まずは指を握ったり開いたりした。

問題なく動くことを確認すると、次に両肘を曲げようとする。

すると、左肩に鋭い痛みが走った。

ロマネスクのナイフを受けた傷である。

そうやって全身を細かに動かし、現在の自分の肉体の状況を確認してゆく。

肩もそうだが、両足の負傷は更にひどい。

じくじくと傷んで、歩くことにさえ支障が出そうである。

ラモンはため息をつくと、上半身の筋力だけで体を引き起こした。

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422 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:11:44 ID:AIqUMwjk0
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それと時を同じくして、ラモンのいる部屋の扉が勢いよく開け放たれる。


(゚A゚* )「あっ!ラモンはん起きてる!」


扉を開けたのは、野間だった。


( ・∀・)「……あんたか」


ラモンは特に驚いた様子もなく、ベッドの柵に上体を預けた。


(゚A゚* )「まだ起き上がったらあかんよ、怪我だらけなんやから!」

(゚A゚* )「しばらく安静にしとかんと、治るもんも治らんくなるで!」


野間はちゃきちゃきと喋ると、ベッドの横にある机の上へ水差しとグラスを置いた。

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423 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:13:19 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「喉渇いたやろ。これ好きに飲んでええよ」

(゚A゚* )「ご飯も用意するから、ちょい待っといてな?」

( ・∀・)「……敬語で話すの、止めたのか?」


ラモンは野間の甲斐甲斐しい口ぶりを、無表情で聞いている。


(゚A゚* )「もう連絡員は退職したしな。これからはお互いにただの一個人や」

(゚A゚* )「それにホントは、うちの方がラモンはんより歳上やし」

( ・∀・)「そうか」

(゚A゚* )「ご飯は和と洋どっちがいい?どっちも簡単に済ますことにはなるけど」

( ・∀・)「それより、ロマネスクの恩赦の話を聞かせてくれ」

(゚A゚* )「あかんで!ご飯が先!」

( ・∀・)「後でいい。話を先に……」

(゚A゚* )「食べてからにしぃ!!」

( ・∀・)「……洋食で」

(゚A゚* )「オッケー♪」


この怪我では、野間にさえおいそれと歯向かうことは出来なかった。

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424 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:14:25 ID:AIqUMwjk0
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20分ほど経過して、野間はトレイに簡素な食事を乗せて運んできた。

トーストにサラダ、インスタントのオニオンスープ。

それに鶏肉をソテーしたものが皿に乗っている。


(゚A゚* )「ほとんど買い置きと即席もんやけど、不味くはないと思うからカンニンな!」

( ・∀・)「悪いな」

(゚A゚* )「ええんやで。ほな、食べ?」


そう言うと、自分は懐からコンビニのおにぎりを取り出して食べていた。

ラモンはフォークを取ると、鶏肉を刺して口に運ぶ。

温かい肉汁がじわりと染み出て、口の中に広がった。


( ・∀・)「……美味い」

(゚A゚* )「そらどーも」


そのまま数分間、二人は食べることに集中した。

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425 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:17:08 ID:AIqUMwjk0
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食事があらかた終わり、再び会話の口火を切ったのはラモンからだった。


( ・∀・)「ここまでは、あんたが運んできてくれたのか?」

(゚A゚* )「そうや。ボスから適当に時間経ったら様子見に来い言われててな」

( ・∀・)「ボスの遺体は?」

(゚A゚* )「もう山に埋めた」

( ・∀・)「そうか。男二人運んでくるのは力仕事だったろう」

(゚A゚* )「まぁ、実を言うとジョージはんも引っ張ってきて手伝わせたんやけどな」

( ・∀・)「それは……災難だったな、ジョージも」

(゚A゚* )「ラモンはんのピンチや言うたら、ボスの葬儀より優先して来てくれはったで」

(゚A゚* )「口は固いし、ボスの遺体見ても根掘り葉掘りせぇへんし、助かったわ」

( ・∀・)「あんまり巻き込んでやるなよ。可哀想に」

(゚A゚* )「あらま。ラモンはんでも人を可哀想に思うことあるんやね?」

( ・∀・)「そりゃ、人並みにはな」

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426 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:18:14 ID:AIqUMwjk0
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( ・∀・)「それで、ここはどこだ?」

( ・∀・)「見たところ病院でもなさそうだが」

(゚A゚* )「ここは好景気のころ、組織が使ってた療養所やで〜」

(゚A゚* )「蕪新町と隣の市の境目くらいにあるとこかな」

(゚A゚* )「今は使ってないから、うちがボスから下がり受けしてんけど」

( ・∀・)「なるほどな。お前の隠れ家だったか」

(゚A゚* )「そんで、ボスがカネ握らせてた医者連れてきて、ラモンはん緊急手術の開始や」

( ・∀・)「あぁ。ロボットと本物のすり替えを黙認させた、例の医者か」

(゚A゚* )「あん時は死なへんかなってハラハラしてたけど、案外けろっと起き上がるもんやな」

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427 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:19:34 ID:AIqUMwjk0
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ラモンは、肩の傷痕を指でそろりとなぞった。

確かに素人のものではあり得ない、綺麗な縫合痕がある。


( ・∀・)「人間、簡単に死ぬようで案外しぶといもんだ」

(゚A゚* )「せやな」

(゚A゚* )「ほんでラモンはん、術後丸一日眠ってて今起きたとこやったんや」

(゚A゚* )「昨日は熱とか出てたけど、もう下がったんやな」

(゚A゚* )「化け物じみた回復力やなぁ」


野間はラモンの額にぺとりと手を当てた。

ほのかな体温と、ひんやりとした冷たさの混在した手のひらだった。


( ・∀・)「俺の体調はどうでもいい」

( ・∀・)「それより、そろそろ本題について話してくれ」


ラモンはその手を脇へどけると、あらかた空になった食器をトレイごと机の上へ避けた。

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428 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:21:32 ID:AIqUMwjk0
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( ・∀・)「リチャード=ロマネスクの本当の目的は、一体なんだ?」

( ・∀・)「ロマネスクの恩赦とは、一体何のための指令だったんだ」

( ・∀・)「そして、俺はなぜそれに巻き込まれた」

( ・∀・)「はっきりと答えてもらうぜ」


ラモンは野間の瞳を真っ直ぐに見据えて、言葉を口にした。


(゚A゚* )「それに答える前に、ラモンはんが現状をどこまで把握しとるか教えてもらえる?」

(゚A゚* )「それによって、どこから話すか決めるからな」


野間は野間で、話の切り口を決めかねているように見える。

ラモンは数秒だけ考えると、 自身の見解を野間へ向けて話して聞かせた。

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429 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:22:56 ID:AIqUMwjk0
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( ・∀・)「まず、野間。あんたは恐らくボスと血の繋がった肉親だ」

(゚A゚* )「……ほーう?」

( ・∀・)「慎重派のボスが、他人を間に挟んで事を進めるとは考えにくい」

( ・∀・)「やるなら自分を裏切る可能性の少ない人間……血縁を重視する」

( ・∀・)「それに、ボスの息子は粛清されて亡くなってるからな」

( ・∀・)「ボスとの間に立てるあんたは、さしずめ孫娘ってところじゃないか?」

(゚A゚* )「さすがやなぁ……少ない情報から的確に真実を掴んでくるやん」

(゚A゚* )「その通り。うちはリチャード=ロマネスクの孫、ノービス=ロマネスク」

(゚A゚* )「名前を略して、通称野間ちゃんや!」

( ・∀・)「やっぱり、そうだったか」

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430 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:24:15 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「ほんで?うちとじいちゃんの繋がりの他に、何が分かってる?」

( ・∀・)「そうだな……あとは、病気による時間的制約が恩赦の原因であること」

( ・∀・)「これほど巨大になった組織の力でも成し遂げられない何かが、目的にあること」

( ・∀・)「だからボスは、組織から離れたところで事を起こそうと試みていた……」

( ・∀・)「それくらいだな」

(゚A゚* )「うん。そやね」

( ・∀・)「だが、当の目的についてはさっぱり見当がつかないな」

( ・∀・)「殺し屋同士を殺し合わせて、得られる利があるとは考えにくい」

( ・∀・)「俺を組織から離反させたいだけなら、そうボスから命令すればいいだけだからな」

(゚A゚* )「そうやね。その通りや」

( ・∀・)「その過大な損失を受けてまで、ロマネスクは何をしようとしてたんだ?」

(゚A゚* )「そやね……まず、ラモンはんが選ばれた理由から教えよか」

( ・∀・)「あぁ」

(゚A゚* )「ラモンはんがじいちゃんに選ばれた理由は、抜きん出た才能とその出自にあったんや」

(゚A゚* )「じいちゃんは、あんたがミックスチャイルドやから、この計画に選んだんよ」

( ・∀・)「……!」

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431 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:26:05 ID:AIqUMwjk0
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ミックスチャイルド。それは本土人(アメリカ人)と日本人の混血児のことを指す。

その呼び名の由来は、アメリカが日本に敷いていた政策、ミックスチルドレン政策に依る。

戦後アメリカは、日本人とアメリカ人の混血児を増やし、日本への支配力を強めようと画策したことがあった。

そのための民族浄化政策のひとつが、ミックスチルドレン政策である。

禁酒法と並んで世紀の悪法と呼ばれたそれは、現在では廃止され施行されていない。

しかしその被害者は今でも増え続け、世界中で様々な議論を呼んでいる。

この政策のため、日本には混血児の孤児が多数溢れることとなった。

ラモンもデルも、ドクもクロウも、その孤児のうちから組織に拾われた者たちである。

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432 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:27:24 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「じいちゃんが必要としてたのは、才に溢れカリスマ性に富んだミックスチャイルド」

(゚A゚* )「それが、ラモンはんやったんよ」

( ・∀・)「それはさすがに、予測の範疇外だったな……」

( ・∀・)「ボスは出自に関係なく、能力のみを見ていると思ったが」

(゚A゚* )「組織の中でなら、そうやったと思うよ」

(゚A゚* )「けど、恩赦の裏にある目的のためには、その産まれが不可欠やった」

( ・∀・)「その目的とは?」

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433 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:28:21 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「革命や」

( ・∀・)「……!!」

(゚A゚* )「アメリカから日本の主権を取り戻すための、逆転の切り札」

(゚A゚* )「じいちゃんは、アメリカの支配から日本を救うために、あんたを選んだんや」





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434 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:29:21 ID:AIqUMwjk0
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二人の間に流れる時間が、数秒止まったように錯覚する。

その時を再び刻ませたのは、ラモンの言葉だった。


( ・∀・)「……それはあまりに突拍子が無さすぎるんじゃないか?」

(゚A゚* )「そうか?」

( ・∀・)「論理が飛躍しすぎてる。目的と手段がかけ離れてるだろう」

(゚A゚* )「そうやろか?すごく簡単な理屈やで?」

(゚A゚* )「アメリカの横暴によって生まれた悲劇のヒーロー」

(゚A゚* )「そういう肩書きは、自分たちの行為に正当性を与えるもんや」

(゚A゚* )「もしそんなあんたが革命を主導したなら、カリスマなんてもんやない」

(゚A゚* )「凄まじい指導者になると思わんか?」

( ・∀・)「……俺は老人の妄言についていくつもりはないぞ」

( ・∀・)「だいたい、俺とあんたのたった二人で、革命なんて起こせるはずがないだろう」

(゚A゚* )「二人なら、な」

( ・∀・)「……なに?」

(゚A゚* )「もしじいちゃんが、その辺の準備も抜かりなくしてたとしたら……」

(゚A゚* )「ラモンはんはどうする?」

( ・∀・)「……どういうことだ」

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435 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:31:00 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「その前に、ラモンはんにひとつ質問してもいい?」

( ・∀・)「なんだ。回りくどい真似はよせよ」

(゚A゚* )「うちのじいちゃん、なんて異名で呼ばれてたか覚えてる?」

( ・∀・)「忘れるはずがない。≪死神≫ロマネスクだろう?」

(゚A゚* )「そや。組織の人間でさえ彼に逆らったら粛清される」

(゚A゚* )「その恐怖の象徴が、死神の異名や」

( ・∀・)「そうだ。だからこそ、内部の人間でさえボスを恐れた……」

(゚A゚* )「ちゃうねん」

( ・∀・)「なに?」

(゚A゚* )「死んでへんねん、その人ら」

( ・∀・)「なんだと?」

(゚A゚* )「死神の粛清の実態はな、スカウトやねん」

(゚A゚* )「口が固く、それでいて実力の高い人間を、死んだことにして海外に送っとったんや」

(;・∀・)「……本当か?」

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436 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:32:21 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「本当やで。うちの両親も、今はカンボジアで戦闘訓練受けてるよ」

(゚A゚* )「そして、ボス直系の殺し屋いうのも、元々は計画のための兵隊の育成やったんや」

(゚A゚* )「うちもじいちゃんとの血縁を感じさせないように、海外で整形受けて日本に帰って来てん」

(;・∀・)「それが本当だとしたら、ボスはかなり本気で革命に取り組んでることになる……」

(;・∀・)「現在の構成員は何人だ?」

(゚A゚* )「千人くらいかな……じいちゃんが世界中回って、信頼出来る人間を勧誘したらしいで」

(゚A゚* )「そして、いざ事を起こすとなったら、金で雇った傭兵が力を貸してくれる」

(゚A゚* )「それがざっと五千人くらいおったかなぁ」

(゚A゚* )「なんや傭兵同士の海外のコミュニティにも、頻繁に顔出してたって聞いたで」

(;・∀・)「となると、ボスはいよいよ本気で戦争を起こすつもりだったんだな……」

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437 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:34:35 ID:AIqUMwjk0
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(;・∀・)「確かにそれなら、組織の力が及ばないのも当然だ」

(;・∀・)「国家の闘争に、一介のヤクザが介入しようがないからな……」

(゚A゚* )「そやな。そして、本来その計画は、まだまだ先になる予定やった」

(゚A゚* )「じいちゃんは、あんたが三十歳になるのを待って、話を通すつもりやったらしいで」

(゚A゚* )「それくらいが一番、ラモンはんの力が成熟する頃やって話してたわ」

( ・∀・)「それが前倒しされたのは、ボスの病気のせいか」

(゚A゚* )「そやね……数年前、ガンに犯されたことが判明して、根治は不可能やとあの人は悟った」

(゚A゚* )「その時から、ロマネスクの恩赦の構想はあったって聞いたわ」

( ・∀・)「人の知らないところで、とんでもない話を進めるな……」

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438名無しさん:2019/06/14(金) 20:35:40 ID:UsmebRBA0
きた!

439 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:36:29 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「ロマネスクの恩赦の本当の目的は、あんたに経験値を稼がせることや」

(゚A゚* )「ラモンはん、今年で二十二歳やったっけ?」

( ・∀・)「あぁ」

(゚A゚* )「本当なら三十歳で始動するはずやった計画の、その八年分の埋め合わせ」

(゚A゚* )「そのために組織の殺し屋をぶつけて、あんたを精神的にも肉体的にも練磨する腹やったんやろな」

( ・∀・)「なるほど。俺が参加すれば、皆まずは厄介な俺から殺そうとするだろうからな」

( ・∀・)「そしてその総仕上げはボス自ら務める、か……」

(゚A゚* )「うん。実際ラモンはんは、これまでより飛躍的に実力が上がってるはずやで」

(゚A゚* )「世界一の殺し屋との、命のやり取りを制したんやからな」

( ・∀・)「だが、俺は端から恩赦になんぞ参加するつもりはなかった」

( ・∀・)「もしも俺が知らぬ存ぜぬを決めてたら、ボスはどうするつもりだったんだ?」

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440 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:38:19 ID:AIqUMwjk0
.

(゚A゚* )「ラモンはん。よう考えてみ?」

(゚A゚* )「あんたが恩赦に参加する原因になったのは、誰のせいやった?」

( ・∀・)「それは……」

(;・∀・)「……デルだ。デルが余計な真似をしたから、俺は恩赦に参加する羽目になった」

(゚A゚* )「そうやな。じゃあそのデルはんを指導したのは、誰や?」

(;・∀・)「デルはボスの直系……ボスから直接指導を受けた人間の一人……!」

(゚A゚* )「そや。デルはんは、ボスからラモンはんを信奉するよう洗脳されてたんや」

(゚A゚* )「しかも、意図的に歪んだ方向で信奉するようにな」

(;・∀・)「……!!」

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441 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:40:33 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「元々デルはん、思い込みが激しい質やったらしくてな」

(゚A゚* )「それを助長するようにじいちゃんが教育したら、すぐあんたを神聖視し始めたらしいで」

(゚A゚* )「神様が祭りを見送るのを、許すような男ちゃうかったってことやな」

(;・∀・)「ボスは構成員の性格を熟知してる……それくらいはやりかねん……」

(゚A゚* )「そんでデルはんが死んだ後に、鯉衣はんと交代でうちが連絡員やる手筈やったんや」

(゚A゚* )「まぁ、トゥーンはんのせいで鯉衣はん死んでもうたから、その辺の準備は無駄になったけどな」

(;・∀・)「とんでもない化け物だな……」

(゚A゚* )「まだまだ、こんなもんちゃうよ」

(゚A゚* )「あの人はな、あんたが組織の追っ手に追われんよう、あえて死後の後継者を指名せずに死んだんや」

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442 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:42:32 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「跡目争いでごたごたすれば、恩赦を貰って抜けたラモンはんまで気は回らん」

(゚A゚* )「そうすれば、よくすると数年は組織絡みの争いから遠ざかれるやろ」

(゚A゚* )「次期ボスは穏健派のアルフレドさんやろうけど、そうすんなりとは決まらんやろしなぁ」

( ・∀・)「そして、恩赦狙いの殺し屋が死ねば、俺を追うものはますます減るって魂胆か……」

(゚A゚* )「そやな。ホンマ、いっちょ噛みしてたうちでも、何手先まで読んでるのか分からん人やったよ」

(゚A゚* )「自分の死まで利用して、ラモンはんを生かす」

(゚A゚* )「ホンマ化け物としか言いようがなかったわ」

( ・∀・)「あぁ。俺もそう思う」

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443 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:44:43 ID:AIqUMwjk0
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( ・∀・)「ボスの目的はだいたい把握した」

( ・∀・)「要するに俺は、革命の広告塔に指名されたってワケか」

(゚A゚* )「その通りや。それも自分で戦える広告塔やな」

( ・∀・)「勝手な話だが、まぁいい。最後に、もうひとつ聞かせてくれ」

(゚A゚* )「なんや?最後と言わず好きなだけ聞いたらええで?」

( ・∀・)「ボスはこの計画、一人で考えたのか?」

(゚A゚* )「……!」

( ・∀・)「単独でこんな計画を立てたというなら、信じることはやぶさかじゃない」

( ・∀・)「だが、そもそもあの人はアメリカ人だろう?」

( ・∀・)「それがなぜ、日本の主権の回復なんて面倒に関わってるんだ?」

(゚A゚* )「……あの人は、正確にはアメリカと日本のクォーターでな」

(゚A゚* )「ミックスチルドレン政策の施行された直後の日本で産まれたんよ」

( ・∀・)「……なるほど。それだけでどんな辛苦を舐めたか、想像に難くないな」

(゚A゚* )「うん。実際めちゃくちゃ苦労したらしいし」

(゚A゚* )「孤児を利用してるのも、一種の職業斡旋みたいなとこあるのかも分からんね」

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444 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:47:01 ID:AIqUMwjk0
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( ・∀・)「そして、革命を起こす動機は他にもあった。違うか?」

(゚A゚*;)「うっ……な、何でそんなこと言うん?」

( ・∀・)「裏でのしあがった人間が政治にまで関わろうとするには、苦労だけじゃ動機が薄い気がしてな」

( ・∀・)「今や世界一の金持ちにも劣らない闇の要人なら、日本の主権なんて些末な事じゃないのか?」

(゚A゚*;)「ふー……敵わんなぁ、ラモンはんには」

(゚A゚* )「本当は出来るだけ隠しとけ言われた話があるんやけど……話さんと納得せんやろな」

( ・∀・)「なんだ?話してくれ」

(゚A゚* )「じいちゃんが日本をアメリカから取り戻そうとしてんのな」

(゚A゚* )「ある人から頼まれたんよ」

( ・∀・)「誰だそれは。右翼系の政治団体にでも絡まれたか」

(゚A゚* )「んーん」

(゚A゚* )「旧天皇家」

(;・∀・)「……は?」

(゚A゚* )「アメリカに解体された、旧天皇家の一族の一人に依頼されたんやて」

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445 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:48:47 ID:AIqUMwjk0
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(;・∀・)「ま、待て。それはさすがにウソだろう?」

(;・∀・)「確かに昔、皇室関係者と知り合いだったって噂が流れたことはあるが……」

(゚A゚* )「そもそもガセなら、そんな噂すら流れへんで」

(゚A゚* )「ホンマやからこそ、どっかから話が漏れてしもうたんやろ」

(゚A゚* )「あるいはじいちゃんが意図的に漏らしたか、やな」

(;・∀・)「……本当なのか?」

(゚A゚* )「ホンマやで。世が世なら天皇の座におわす、元皇位継承権第一位」

(゚A゚* )「豊篠宮郁仁(とよしののみやゆくひと)殿下からのご依頼やったんや」

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446 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:50:04 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「なんやじいちゃんの話やと、金持ちだけが使えるごっついサロンみたいなんがあってな」

(゚A゚* )「そこで初めて殿下と知り合うたらしいで」

( ・∀・)「皇室関係者を騙る詐欺もあったと思うが、本物なのか?」

(゚A゚* )「じいちゃんもその辺は警戒して、本物かどうか調べたらしいわ」

(゚A゚* )「けど、完璧にシロやったって」

(゚A゚* )「実際、本物の高貴な人特有のオーラはあったって聞いたけどな」

( ・∀・)「そこら辺は、見たことのない俺たちには分からないところだな」

(゚A゚* )「ほんでな、じいちゃんは殿下と意気投合したらしくって」

(゚A゚* )「仲良うなった数ヶ月後に、偽名やのうて本当の名前を明かされたっちゅう話や」

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447 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:51:36 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「向こうさんも、じいちゃんがカタギやないことは勘づいてたみたいでな」

(゚A゚* )「それでも、会う度何も言わずに、じいちゃんに頭を下げ続けてくれたって」

(゚A゚* )「そしてある日、じいちゃんの手を取って、『日本を救ってほしい』って涙ながらに言われたらしいで」

(゚A゚* )「『私には、あなたの生き方を詮索する権利などありません』」

(゚A゚* )「『ですが、困窮する国民をこれ以上見るのは耐え難いのです』って」

(゚A゚* )「普通天皇が、戦争を起こしてくれなんて言わへんやん?」

(゚A゚* )「それでも、誰かにすがるほかなかったんやろなぁ」

( ・∀・)「筆舌に尽くしがたい感情があったのは、明白だな」

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448 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:53:15 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「以上が、ロマネスクの恩赦の本当の目的や」

(゚A゚* )「何か質問はある?」

( ・∀・)「いいや、ない。子細は概ね把握した」

(゚A゚* )「そか。それじゃ、ここからがこっちの本題や」

( ・∀・)「あぁ」

(゚A゚* )「ラモンはんには今、じいちゃんの理想に協力するかしないかの二つの選択肢がある」

(゚A゚* )「協力するんやったら、すぐ海外に身を隠してもらうことになる」

(゚A゚* )「協力せなんだったら、組織を抜けてめでたくプー太郎や」

(゚A゚* )「どないする?」

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449 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:54:03 ID:AIqUMwjk0
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( ・∀・)「今のところ、俺がその仕事を受ける利点は見当たらないな」

(゚A゚* )「ま、ラモンはんならそう言うやろな」

(゚A゚* )「あんたはボスの理想のために殺しをやってたワケやない」

(゚A゚* )「ただ自分のために殺してただけやもんな」

( ・∀・)「あぁ。それに、大まかな蓄えくらいは俺にもある」

( ・∀・)「たとえ無職でも、しばらくはやっていけるだろうさ」

(゚A゚* )「さよか。それなら仕方ないなぁ」

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450 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:54:59 ID:AIqUMwjk0
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( ・∀・)「……あんた、全然食い下がったり説得したりしないんだな」

( ・∀・)「ロマネスクの理想が潰えてもいいのか?」

(゚A゚* )「それはそれ、うちはうちや。むしろ断ってくれた方が有り難いねん」

( ・∀・)「なんだと?」

(゚A゚* )「ラモンはんがそれを断るなら、うちはもうひとつの提案をあんたにしとくわ」

(゚A゚* )「まずは国内で、うちと一緒にちょっとした人助けやってみんか?」

( ・∀・)「どういうことだ。あんたはロマネスクの仲間じゃないのか?」

(゚A゚* )「仲間やで。革命に成功してほしいと思うてるんも本当や」

(゚A゚* )「でもな、じいちゃんのこと好きか聞かれたら、素直にうんとは言えへんねん」

( ・∀・)「……」

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451 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:55:55 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「年端もいかない子供の時から、不慣れな海外で過ごすの強制されてるんやで?」

(゚A゚* )「来る日も来る日も戦闘訓練ばーっかで、なんも楽しくあれへん」

(゚A゚* )「おまけに多感な思春期に整形まで強制されて、たまらんかったわ」

(゚A゚* )「日本のために人生を犠牲にすることを強いられた、うちの気持ち分かる?」

( ・∀・)「……ボスはあんたを巻き込んだこと、後悔してる様子だったがな」

(゚A゚* )「知ってる。けど、一部の犠牲はやむ無しとも言うてたやろ?」

( ・∀・)「……否定はしない」

(゚A゚* )「ほらな?だからうち、じいちゃんのこと好きになれへんのよ」

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452 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:57:02 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「だからうちは、うちの目的のためにラモンはんに力を貸してほしいねん」

( ・∀・)「なんだ、その目的ってのは?」

(゚A゚* )「ラモンはん。あのボロアパートにいた女の子のこと、覚えてる?」

(゚A゚* )「ラモンはんにやたらとなついてた娘や」

( ・∀・)「あぁ。俺に花を押しつけてきたあの娘か」

(゚A゚* )「あの娘くるちゃん言うねんけど、親からひどいネグレクト受けててなぁ……」

(゚A゚* )「うちが保護してやらんかったら、死んでたかも分からんねん」

( ・∀・)「……それで?」

(゚A゚* )「うちな、革命より先に、まず犠牲になる弱者を減らさなあかんと思うんよ」

(゚A゚* )「そのために、ラモンはんに協力してほしいねん」

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453 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:57:55 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「あんたにも、覚えがあるやろ」

(゚A゚* )「ミックスチャイルドは、ヤクザに拾われて使い捨てにされるしか生きる道はない」

(゚A゚* )「それを救わずに革命なんか起こしても、最初に死ぬんは生活力のない貧しい子供たちからや」

( ・∀・)「正論ではあるな」

(゚A゚* )「だからうちな、そういう子らが自立できるように助けてあげる組織、作りたいねん」

(゚A゚* )「弱者同士の相互協力扶助組織。その名も、『メリーメニージェーン』や」

(゚A゚* )「そのためには、絶対強者であるラモンはんの庇護が必要不可欠なんや!」

(゚A゚* )「お願いや、ラモンはん!条件はなんでも飲みますさかいに!」

(゚A゚* )「五年……いや、組織が軌道に乗るまでの三年だけ、協力してもらえんやろか?」

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454 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 20:59:20 ID:AIqUMwjk0
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( ・∀・)「……ふぅ」

(゚A゚*;)「な、なにそのため息……」

( ・∀・)「その案を飲むか飲まないかは別にして、勝算があまりに低くはないか?」

( ・∀・)「たとえばボスの死んだ今、誰が海外の革命軍をまとめあげる」

( ・∀・)「俺が海外に渡らないと言ったら、あんたはそいつらを納得させられるのか?」

(゚A゚* )「それについては、うちがひとつ決定的な弱みを握ってるんや」

( ・∀・)「それは?」

(゚A゚* )「じいちゃんの隠し財産……まぁ今は、ほぼ革命派の運営費やな」

(゚A゚* )「それ、うちしか引き出して使えんようになってんねん」

( ・∀・)「……!」

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455 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:00:49 ID:AIqUMwjk0
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( ・∀・)「それが本当なら、ボスも思いきったことをしたな」

( ・∀・)「あんたが裏切ったら、全てがご破算だろうに」

(゚A゚* )「だから両親には教えてへんのよ。うちに対する人質にするためにね」

(゚A゚* )「たとえ肉親でも、うちが財産の隠し場所を漏らせば即座に殺されるはずやで」

( ・∀・)「その辺りの冷酷さは変わらずだな……」

(゚A゚* )「けど、それはうちの勝機でもある」

(゚A゚* )「財産の一部をメリーメニージェーンに流用して、自立するまでの足掛かりにするんや」

(゚A゚* )「莫大な財産のほんの一部なら、露呈することもまずないわな」

(゚A゚* )「管財人がうちしかおらんかったのが、命取りやったってことや」

( ・∀・)「だが、万が一バレたらどうするつもりだ?命のひとつふたつじゃ済まないぞ」

(゚A゚* )「だから、名目上は革命派の日本支部を作るっちゅうことにするつもりや」

(゚A゚* )「ラモンはんの進軍のきっかけにするためにな!」


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456 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:02:11 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「これ、半分は本気で言うてんねんで?」

(゚A゚* )「自立した子供たちは、ラモンはんに快く協力してくれると思うんや」

(゚A゚* )「そういう人間が増えるんは、革命する側にとっても必ず利点になる」

(゚A゚* )「そのために、三年の我慢はきっと無駄にならんと思うんよ」

( ・∀・)「そうやって、おためごかしで言いくるめても限界はあるぜ」

( ・∀・)「この世界、金のためならなんでもする奴は少なくないからな」

(゚A゚* )「そうやね。けど、財産の全容を知ってるのはうちだけや」

(゚A゚* )「いくらあるかも分からん財産のために、命までは張れんやろ」

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457 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:03:19 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「さぁ、ラモンはん。あんたはどうするか、返事を聞かせてくれんか?」

( ・∀・)「その前に、組織の台所事情を知っておきたい」

( ・∀・)「実際に使える金は、幾らくらいあるんだ?」

(゚A゚* )「それは協力してくれんと、教える訳にはいかへんなぁ」

( ・∀・)「それなら、俺は下りるだけだ。対等な交渉だと思うな」

(゚A゚* )「なんやなんや、急にガッツいてからに……」

(゚A゚* )「まぁええわ。仲間になってもらったら、管理権はラモンはんにも分けるからな」

( ・∀・)「それで?ロマネスクの財産ってのは幾らくらいある?」

(゚A゚* )「そやな。分散して隠してあるから概算やけど……」

(゚A゚* )「ざっと60億ドルは下らんはずやで?」

( ・∀・)「60億か……とんでもない額を貯め込んでたもんだな」

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458 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:04:14 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「なんでも、じいちゃんがメキシコ湾の辺り放浪してる時に、ヤバいドラッグ見つけたらしくてなぁ」

(゚A゚* )「キャンディ・パフ言うねんけど、ラモンはん知ってる?」

( ・∀・)「いいや、知らないな。聞いたこともない」

(゚A゚* )「やろうなぁ……めっちゃ小さい島でしか取れへんって触れ込みで、稀少性アピールしてたからな」

(゚A゚* )「量産こそ出来んかったけど、末端価格でキロ数百万は下らない」

(゚A゚* )「混ぜ物をしてても効果が落ちないドラッグいう触れ込みやったで」

(゚A゚* )「ワイアット=カーチスいう、じいちゃんの友人のマフィアが発見したんやって」

( ・∀・)「皮肉なもんだな……クスリで財を成した男が、最後にはクスリに頼らなければならなかった」

( ・∀・)「もしかして、ボスは俺とやりあう前に、そのキャンディ何とかを服用してたのか?」

(゚A゚* )「んー……キャンディパフはどっちかと言うとダウナー系の薬物やからな」

(゚A゚* )「じいちゃんが使ってたのは医療用モルヒネと、覚醒剤の混合物やったと思うよ」

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459 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:05:52 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「けどまぁ、ラモンはんが協力してくれるみたいで助かったわ!」

(゚A゚* )「今後ともよろしゅうな、ラモンはん!」

( ・∀・)「何を言ってるんだ?俺はボスにもあんたにも、協力するつもりはない」

(゚A゚*;)「えぇ!?じゃあなんで隠し財産の額なんて聞いたん!?」

( ・∀・)「額が大きければ大きいほど、裏切りの可能性は上がるからな」

( ・∀・)「60億もあれば、金のために裏切る輩も殺す輩も出てくるだろう」

(゚A゚* )「だから、ラモンはん以外に金のことは漏らさへんって……」

( ・∀・)「それなら、俺にも漏らすべきじゃなかったな」

( ・∀・)「あんたのその口の軽さは、俺でなくても信用を失うぞ」

(゚A゚*;)「うっ……自分から聞いてきたクセにズルいわ……」

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460 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:07:16 ID:AIqUMwjk0
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( ・∀・)「傷の治療をしてくれたことは感謝する」

( ・∀・)「だから怪我が治り次第、俺はここから出て行かせてもらう」

( ・∀・)「あんたには極力、迷惑かけないつもりだ」

(゚A゚*;)「そんな……」

(゚A゚*;)「これまで殺ししかして来んかったあんたが、組織以外のところで生きていけるん?」

( ・∀・)「それこそ、あんたの知ったことじゃないな」

( ・∀・)「新しい人生を始めるには、むしろうってつけかもな」

(゚A゚*;)「そりゃ、なんも強制できる話やないのは承知の上やったけど……」

(゚A゚*;)「にしても、薄情すぎひんか!?」

( ・∀・)「あんたと知り合って、まだ一ヶ月も経ってないんだ」

( ・∀・)「俺の方が妥当な反応だろう」

(゚A゚*;)「うぅ……」

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461 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:08:41 ID:AIqUMwjk0
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( ・∀・)「理解してくれたなら、少し一人にしてくれないか」

( ・∀・)「あまりにも突飛な話で、少し疲れた。休ませてほしい」

(゚A゚* )「……分かった。怪我も治らんうちにこんな話して、悪かったわ」

( ・∀・)「構わんよ。いつかは耳にしていた話だ」

(゚A゚* )「ほな、おやすみな、ラモン」

( ・∀・)「あぁ」

(゚A゚* )「……なぁ」

( ・∀・)「なんだ。早く行ってくれ」

(゚A゚* )「あんた、死ぬ間際の人の言うこと、覚えてるって本当なん?」

( ・∀・)「……誰から聞いたんだ、そんなこと」

(゚A゚* )「ボスが言うてたで。性格からしてあいつは覚えてるやろって」

( ・∀・)「それが、どうかしたか?」

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462 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:10:11 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )「ボス……いや、じいちゃんなんて言うて死んでいったんかなって」

(゚A゚* )「それだけ知りたかってん」

( ・∀・)「……さぁな。覚えてない」

(゚A゚* )「そっか……ごめんな、変なこと聞いて」

(゚A゚* )「おやすみ。ゆっくり休んでや」

( ・∀・)「あぁ」


( ・∀・)「……死ぬ間際のセリフ、か」


( ・∀・)


( ・∀ー)


( ー∀ー)


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463 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:11:08 ID:AIqUMwjk0
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     ─────


どろりとした、粘度の高い夢はもう見なかった。

俺の体の回りを這いずる黒い怨念たちは、どこにもいなくなっていた。

代わりに、体の外を不思議な浮遊感が包んでいる。

海と空との境で波に揺すられているような、そんな気分にさせられる夢だ。

そして、まるでさざ波のように、遠い耳の奥で何かの音がしている。

俺は何故かそれを聞かないといけない気がして。

耳に全ての意識を集中させた。

耳鳴りのような高い音だったそれは、次第に人の声を成していき。

二分も経つ頃には、完全に人の肉声のようなものへと成り変わっていた。


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464 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:12:37 ID:AIqUMwjk0
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『へ……へへ……だって、アニキは……最高の殺し屋じゃないッスか……』

『最高の殺し屋が……こんな最高な祭りに参加しないなんて……あり得ないッしょ……?』

『アニキの凄さは……俺一番分かってますから……』



ああ。これは、デルの今際の際の話し声だ。

確かあいつは、こんなことを言って死んでいった。

野間が妙なことを言ったせいで、末期のセリフを夢にまで見てしまう。



『……あぁ、マリア……ソニヤ……やっと、俺もそっちへ行ける……』



これは、ダイヤモンド=トゥーンの。



『俺……俺やっぱり、まだ死にたくないよぉ……』

『……ウッ……ウェェェン……ウェェェ……』



こっちは、フェイクファー=ドクの。



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465 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:13:44 ID:AIqUMwjk0
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『私……あんたの子供なら、産んでも良かったけどな……』



グラン=ウィッチの。



『……ありがとう。ヒイロ』

『最後まで、共に逝こう』



ダブルフェイス=クロウの。



『ふざけるなァッ!!!だとしたらアタシは……アタシは……!!!』

『アタシは何のために生まれてきたんだァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!』



ダブルフェイス=ヒイロの。



『すまない、弟者……俺も今逝く……』

『ラモン……あんたはせいぜい、良い悪夢でも……見てるがいいさ』



ツイン=ザミエルの。


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466 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:15:15 ID:AIqUMwjk0
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『今生の最後に見るものがあの虹ならば……よい旅立ちではないか……』

『雨も上がり……死ぬには、これほどよい日和もない……』

『そうだろう、なぁ?ラモン……』



そして、リチャード=ロマネスクの。



皆の最後の言葉は山彦のように何度も繰り返され、その都度何度も、耳の奥で響いた。

そして、俺はようやく気づく。


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467 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:16:25 ID:AIqUMwjk0
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あぁ。こいつらは俺に、逃げるなと言っているんだ。


殺す者は、殺されるまで逃げてはいけない。


それが、人の死を背負う殺し屋の責任であると。


自分たちはそうしてきたと。


そう、俺に告げているんだ。





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468 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:18:13 ID:AIqUMwjk0
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( "ゞ)『こんなところで一人だけサヨナラなんて、ズルいっすよアニキィ!!』


ξ゚⊿゚)ξ『お前は死ぬまで現役でいろよ。なぁ、ラモン』


('A`)『ラモン兄なら、国家相手のケンカでも勝てるでしょ!』


('、`*川『私に愛されながら逃げるなんて、許されると思って?』


川 ゚ -゚)『有終の美なんて言葉、殺し屋には存在しない』


ノパ⊿゚)『あるのは路傍のゴミとなる末路だけさァ!!!』


( ´_ゝ`)『始まるときは、いつか必ず終わるとき』


(´<_` )『そして終わりはまた新しい始まりの合図でもある』



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469 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:19:05 ID:AIqUMwjk0
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( ФωФ)『虹を掴めよ、ラモン』


( ФωФ)『お前だけが掴める虹をな』







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470 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:20:46 ID:AIqUMwjk0
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ボスの言う虹とは、なんのことだろう。


日本という国家の、行く末のことだろうか。


それとも、俺自身の未来のことを指しているのだろうか。


分からない。


分からなかった。


分からなかったのなら、やることはひとつしかない。


『とことんやれ』。


それが、師であるロマネスクの教えだったじゃないか。


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471 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:22:44 ID:AIqUMwjk0
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目が覚めたら、俺はきっと野間からの依頼を受けるだろう。


そして、数年後には革命の一翼をも担っているに違いない。


けれど、俺が想像出来るのはそこまでだ。


その数年後。


この手に握っているのは、果たして未だ見ぬ七色の虹なのか。


それとも、血塗られた殺し屋としての黒く、暗い運命なのか。


それはまだ、確定していない未来の話だ。



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472 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:23:28 ID:AIqUMwjk0
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だが、少なくとも今、この夢を見ている俺だけは。



( ・∀・)



虹の行方を探す、ただ一人の小さな少年でありたかった。





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473 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:24:19 ID:AIqUMwjk0
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474 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:25:30 ID:AIqUMwjk0
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  ─────
     ─────




【Endroll & All cast Profile】




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475 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:27:29 ID:AIqUMwjk0
.


( ・∀・)


≪FOLKLORE=Ramon≫

Age:22

Ht:176 Wt:73

nameless

後に『ロマネスクの後継者』と呼ばれる男。


.

476 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:35:11 ID:AIqUMwjk0
.


( "ゞ)


≪Dell≫

Age:20

Ht:170 Wt:64

nameless

熱狂的ラモン信者。全てはラモンのために。


.

477 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:38:01 ID:AIqUMwjk0
.


< ゚ _・゚>


≪Contact Person≫

Age:40

Ht:163 Wt:84

Name:Koiginu=gisaburo

連絡員。酒は飲んでも飲まれない。


.

478 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:40:07 ID:AIqUMwjk0
.


ξ゚⊿゚)ξ


≪DIAMOND=Toon≫

Age:36

Ht:160 Wt:77

Name:Andrica=Tzandy

怪力を宿す男の娘。妻はマリア、娘はソニヤ。


.

479 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:44:07 ID:AIqUMwjk0
.


('A`)


≪FAKEFUR=Doc≫

Age:19

Ht:156 Wt:43

nameless

ロボット技師兼武器開発員。

ラモンの使うランダムカウントアプリの製作者でもある。


.

480 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:47:35 ID:AIqUMwjk0
.


('、`*川


≪GRAND=Which≫

Age:28

Ht:171 Wt:Secret

Name:Xiao=Peyni

毒使いの女。確実に殺すと決めた相手にのみ諱(いみな)を教える


.

481 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:51:19 ID:AIqUMwjk0
.


川 ゚ -゚)


≪DOUBLE FACE=Clow≫

Age:46

Ht:181 Wt:64

nameless

爆発物製造班長。吃音障害はストレスが消えると無くなる。


.

482 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:52:58 ID:AIqUMwjk0
.


ノパ⊿゚)


≪DOUBLE FACE=Hero≫

Age:46

Ht:181 Wt:64

nameless

クロウの第二人格。趣味はクロウいじめ。


.

483 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 21:57:10 ID:AIqUMwjk0
.


  _
( ゚∀゚)


≪General Manager≫

Age:36

Ht:169 Wt:70

Name:George=Longhill

カジノホテル総支配人。ラモンとの親交はその後も続いた。


.

484 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 22:02:10 ID:AIqUMwjk0
.


( ´_ゝ`)


≪TWIN=Zamiel≫

Age:23

Ht:175 Wt:72

Name:Sasuga=Anijya

狙撃手。弟思いの兄貴。


.

485 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 22:03:36 ID:AIqUMwjk0
.


(´<_` )


≪TWIN=Zamiel≫

Age:23

Ht:175 Wt:70

Name:Sasuga=Otojya

観的手。兄の心弟知らず。


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486 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 22:06:16 ID:AIqUMwjk0
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(゚A゚* )


≪Noma≫

Age:25

Ht:162 Wt:Secret

Name:Norbith=Romanesck

連絡員兼ロマネスクの伏兵。敬語で喋るのは嫌い。


.

487 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 22:09:43 ID:AIqUMwjk0
.


( ФωФ)


≪LAST MAN=Standing≫

Age:Secret

Ht:166 Wt:66

Name:Richard=Romanesck

全てを見通す組織の首領。ラモンに未来を託して逝く。


.

488 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 22:10:50 ID:AIqUMwjk0
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【Special Thanks!!】


≪you...≫






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489 ◆WvlUzi6scI:2019/06/14(金) 22:11:21 ID:AIqUMwjk0
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THE SEVEN KILLERS NO YOUR DEATH!!



【 THE END!! 】




.

490名無しさん:2019/06/14(金) 22:13:42 ID:UsmebRBA0
乙!めちゃめちゃ面白かったです!

491名無しさん:2019/06/14(金) 22:17:33 ID:m1VgKt4I0
乙です!
ヒイロのスペルHeroなのめっちゃ好き

492名無しさん:2019/06/14(金) 22:30:22 ID:NiXiDRD2O
最後まで楽しませて貰いました! 乙!

493名無しさん:2019/06/15(土) 00:25:11 ID:aDN0ojK20
下げてたから気付かなくて読んでたら丁度終わった!お疲れ様でした面白かったです

494名無しさん:2019/06/15(土) 07:11:01 ID:z8KEU58U0
乙!!!
全てが最高にかっこよかった

495名無しさん:2019/06/19(水) 19:49:47 ID:N1H8gqwQ0
乙!

496名無しさん:2019/07/07(日) 17:29:43 ID:Sd67G1iQ0
男の娘が出てきた時点で読むのやめた。注意書きしろよ気持ち悪い

497名無しさん:2019/07/07(日) 20:25:17 ID:vQQuA8ww0
そういうので文句言う奴まだいたんだな

498名無しさん:2019/07/07(日) 21:32:40 ID:GDuecNn60
ブーン系に何求めてんだコイツ

499名無しさん:2019/07/08(月) 07:27:15 ID:9V8dvBuk0
知るかバカって言葉がここまで似合う奴は久しぶりに見た

500名無しさん:2019/07/15(月) 16:43:00 ID:7xpt8xnA0
作者様、お疲れ様でした。
新作も楽しみに待っています。


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