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( ^ω^)戦国を歩いたギタリストのようです
130
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:22:16 ID:2YOLjRA.0
(´メω・`)(五体が武器、か…)
予想以上の鋭さ。柔らかさ。
あれを貰ってしまっては、一撃で倒れそうだ。
( ゚∋゚)「せいッッ!!」
(´メω・`)「はッ!」
狗久流の上段突きを潜って躱す。
渚本介が同時に繰り出した左フックが、カウンター気味に狗久流の顎を捉えた。
(;゚∋゚)「ぐっ…」
頭がぐらつく。膝の力が抜ける。
これでは狙いが定まらない。
苦し紛れに繰り出した両手を、渚本介の両手が捕らえた。
掴み合いだ。
(;゚∋゚)「!?」
(´メω・`)「行くぞ、堂土狗久流」
手四つ。
現代で言えば、プロレスの試合でよく見られる、力比べだ。
渚本介が、大きく息を吸い込んだ。
.
131
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:22:39 ID:2YOLjRA.0
(#´メω・`)「はあああッッ!!!」
(;゚∋゚)「ぬおっ…!!」
全体重を乗せた渚本介の力が、狗久流の両手に圧し掛かる。
抵抗はするが、手首が勝手に曲がっていく。
(;゚∋゚)「おおおおおおッ!!!」
徐々に、手首が曲がる。
膝が折れ、体ごと倒れていく。
(;゚∋゚)「おおおおおッ!!!」
抵抗を続ける。
だが、体はゆっくりと崩れていく。
(;゚∋゚)(この俺が、力負けをするだと…!?)
土下座をするように体が折れ。
ついに、狗久流は地面に倒れ込んだ。
手首への重さが、痛みへ変わる。
.
132
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:23:22 ID:2YOLjRA.0
(#´メω・`)「はああああああッ!!!」
(; ∋ )「おおおおおおおおお!!!」
渚本介の力が更に増していく。
手首が軋む。今にも折れてしまいそうだ。
いや、渚本介は折るつもりなのだろう。
力で抵抗するために上がっていた体温が、急激に下がる。
骨が、曲がってはいけない方向に曲がっていく──
(; ∋ )「──降参だ!!」
(´メω・`)「!!」
狗久流の抵抗が、消えた。
ゆっくりと、渚本介が手を離す。
.
133
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:24:15 ID:2YOLjRA.0
(; ∋ )「ま、参った…… 降参…する……」
力の抜けた両手を、地面に捨てるかのように下ろし。
狗久流は、負けを認めた。
項垂れたまま、大量の汗をかきながら、肩で息をしている。
(´メω・`)「…潔し」
強敵だった。
痺れた両手をはたき、虎恍丸を腰に差す。
狗久流の方を見ると、同じ体制のままだった。
どうやら完全に心を折ることに成功したようだ。
渚本介が、再度近づく。
(´メω・`)「答えろ。ブーンはどこに連れ去られた。何をする気だ」
(; ∋ )「…あの南蛮人のことか」
134
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:24:51 ID:2YOLjRA.0
(; ∋ )「助けるつもりなら… 急げ、あいつは間もなく殺される」
(´メω・`)「場所は」
(; ∋ )「あいつは──」
──八尾井山にいる。
渚本介の背中に、冷たい汗が走った。
第六話 終
135
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:25:30 ID:2YOLjRA.0
暗い夜道を進み、道が開けた頃。
月明かりに照らされて、見覚えのありすぎる光景が見えてきた。
(;^ω^)(あれは…八尾井山かお?)
聖地・八尾井山。
空流のもと、光世真宗の本殿が構えてある場所。
(;^ω^)(なんで八尾井山に向かってるんだお…)
何やら騒がしい。大勢の声が八尾井山から聞こえる。
争うような大勢の声。
嫌な予感が、ブーンの脳裏を過ぎる。
まさか。
吹連勢による攻撃が始まってるのだとしたら。
八尾井山焼き討ちが、既に始まっているのなら。
(;^ω^)(空流さん…!)
136
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:25:51 ID:2YOLjRA.0
( `ー´)「あれが目的地や。南蛮人」
ずっと同じ馬に乗っている男が声を掛ける。
(;^ω^)「…八尾井山で、何が起きてるんですかお」
恐る恐る、ブーンが問う。
あれだけ喋り好きだった男は、何も答えなかった。
ブーンの額に、焦りの色が見え始める。
──空流が、危ない。
.
137
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:26:18 ID:2YOLjRA.0
第七話
「刀無き戦い」
──
庭園の柵を乗り越える。
他の兵士達に見つからないように、という考えからだったが、渚本介はすぐにある違和感に気付いた。
(´メω・`)(静かすぎる)
そもそも兵士なんていないかのように、周りが静かなのだ。
もし、狗久流の言うことが本当ならば。
ブーンは八尾井山に向かっていると言っていたが、他の兵士も、皆向っているとしたら。
「八尾井山焼き討ち」という事件が起こるのは、まさに今日なのかもしれない。
(´メω・`)(急がねば……!)
八尾井山の本殿に居た時、吹連勢が近日中に攻撃を仕掛ける気配など、微塵も感じなかった。
つまり、奇襲なのだ。
光世真宗はすぐに落ちてしまうだろう。
光世真宗が落ちれば、出麗の身が危険だ。
何より、ブーンの命が、危ない。
138
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:27:16 ID:2YOLjRA.0
無人の城門を抜け、馬を止めてあった場所に走る。
幸い、二頭の馬は誰にも見つからずにいたようだ。
渚本介の姿を見るなり、二頭は体を揺らしながら寄りかかってきた。
自分の馬に飛び乗り、ブーンが乗ってきた馬の綱を外す。
何も背負わないその背中を、渚本介は優しく撫でた。
(´メω・`)「短い間だったが、ありがとう。お前のお蔭で旅は順調に終わった」
▼・ェ・▼ブルルッ
(´メω・`)「時間がない。俺はもう行くが…お前は自由だ。自然に戻るも良し、二茶根留に戻るも良し」
(´メω・`)「……さらばだ」
▼・ェ・▼…
不思議そうな目を渚本介に向ける。
渚本介は背を向け進みだした。
(´メω・`)「ハアッ!」
自分の馬を走らせる。
月明かりが強いおかげで、視界は悪くない。
ブーンの乗っていた馬は、そこから動く様子がなかった。
──
.
139
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:27:57 ID:2YOLjRA.0
──
山道を登る。
山頂に近づくに連れ、騒がしさは増していった。
しかし、この騒がしさはなんだろう。
争うような声だと思っていたが、何か違う気がする。
やがて、ブーンは馬から降ろされ、同じ兵士たちに囲まれながら歩かされた。
(;^ω^)(…これからどうなるんだお)
不安はある。
そもそも、何故自分だけが八尾井山に連れてこられてるのかわからないのだ。
いきなり殺される可能性だってある。
しかし、ブーンはまだ何もされていない。それが返って不気味だった。
不気味な点はもう一つある。
吹連にとって、八尾井山は敵地のはずだ。
なのに、何の障害もなく──まるで敵などいないかのように、スムーズに進んでいく。
140
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:29:15 ID:2YOLjRA.0
(;^ω^)(誰からも攻撃されないということは…)
空流が危険を察知して、全員で逃げたのか。
それとも、既に八尾井山は落とされているのか。
もちろん、前者であって欲しい。
そのまま本殿に入り、廊下の奥に進む。
奥の部屋は、確か空流の部屋だ。
(;^ω^)(空流さん……)
無事でいてほしい。逃げていてほしい。
少なくとも捕まっていないことだけを祈りつつ、歩き続ける。
( `ー´)「着いたぞい。ここや」
(;^ω^)「……」
( `ー´)「突っ立ってねえで、入れや」
(;^ω^)「のわっ!」
141
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:30:32 ID:2YOLjRA.0
背中を押され、部屋に入るよう促される。
襖を開け、一歩中に踏み込んだ。
(;゚ω゚)「え……」
愕然。
膝から崩れ落ちそうになるのを、必死に堪える。
なんだ。
何が起こった。
必死に頭を整理しようとするも、ブーンが理解できることなんか何一つなかった。
ζ(゚ー゚;ζ「ぶ、ブーン…」
中に居たのは、両手足を縛られ、泣きそうな目を向ける出麗と。
.
142
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:30:55 ID:2YOLjRA.0
川 ゚ー゚)「よく来たな、ブーン」
──その隣で悠々と座る、空流の姿だった。
.
143
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:31:31 ID:2YOLjRA.0
(;゚ω゚)「……なん、で」
言葉が出てこない。
何故そこにいる。
何故出麗が拘束されている。
何故、敵の目の前で笑っている。
素直空流。光世真宗。八尾井山。
渚本介と共に守るはずの存在が、まるで──
(;゚ω゚)「く、空流さん、あなたは…」
──まるで、吹連側に寝返ったかのように。
.
144
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:32:16 ID:2YOLjRA.0
川 ゚ー゚)「出麗から聞いたよ。お前、未来の日本から来たらしいな」
寒気のするほど美しい笑顔が、ブーンに向けられている。
川 ゚ー゚)「南蛮人のような恰好も、ぎたーの存在も、全部合点がいったよ。お前は──」
(;゚ω゚)「う、うるさいお!!」
思わず、叫ぶ。
空流の言葉が止まった。だが、その余裕のある表情は崩れない。
(;゚ω゚)「なんなんだお! どういうことだお!! 何で、お前が、」
川 ゚ -゚)「まだ分からないのか」
空気が一変する。
空流の表情から、笑みが消えた。
川 ゚ -゚)「吹連と光世真宗は、最初から敵対などしていない」
川 ゚ -゚)「天野が破れ、吹連が二茶根留攻めに失敗したのち、我々は天下統一のため結託した」
川 ゚ -゚)「我々の目的は同じだったからだ。この国を、この大地を治めるほどの、力が欲しかった」
145
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:32:57 ID:2YOLjRA.0
川 ゚ -゚)「だが、その為にはやはり二茶根留が邪魔だ。特に、天野を倒した実績と、あの戦魔の存在がな」
川 ゚ -゚)「だから、まず我々は敵対しているフリをした。戦魔が光世真宗の味方つく為だ」
川 ゚ -゚)「単独行動を好むあの戦魔なら、それでまず交渉をとると踏んだからだ」
(;゚ω゚)「…でも」
混乱した頭で必死に考える。
その流れだと、単独行動を取る渚本介を殺し、大軍で二茶根留に攻め入るつもりだったというところだろう。
だが、わからないことがまだある。
(;゚ω゚)「でも、なぜ僕と渚本介さんを分けたんだお」
川 ゚ -゚)「一つだけ予想外のことが起きたんだ」
空流が即答する。
その瞳は、ブーンを捕らえて離さない。
川 ゚ -゚)「──お前の存在だよ、ブーン」
.
146
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:33:40 ID:2YOLjRA.0
(;゚ω゚)「…え?」
川 ゚ -゚)「お前の存在だけが予想外だった。どう対処していいかもわからなかった」
川 ゚ -゚)「どんな役割で、何故あの戦魔と組んでいるのかも知りたかった」
川 ゚ -゚)「それを知るにはちょうど良い材料もあったしな」
(;゚ω゚)「……出麗のことかお」
出麗の方を見る。
泣きそうな顔は変わらない。空流とブーンの顔を何度も見ている。
川 ゚ -゚)「そうだ。それに、戦魔とはどうしても一騎打ちをしたいという馬鹿がいてな。今頃、戦いの最中だと思うが…」
川 ゚ -゚)「まあ、それに勝とうが負けようが、戦魔はどうせ死ぬ。私の興味はそこじゃない」
空流の口角が上がる。
川 ゚ー゚)「未来から来たと言ったな。未来では音楽で生活していくための努力をしてるんだとか」
(;゚ω゚)「だ、だったら何だと言うんだお!」
147
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:34:37 ID:2YOLjRA.0
川 ゚ー゚)「簡単だ。私の配下に就け」
思考が、止まった。
(;゚ω゚)「……は?」
川 ゚ー゚)「私は琴を教える立場でもある。天下統一の目的は、この地すべてに素直流の琴を広めたいというのもあるんだ」
川 ゚ー゚)「だが、私の世界観だけだと音楽は固くなる。琴には別の捉え方が必要だと思ってたところなんだ」
川 ゚ー゚)「ぎたーの音色、お前の演奏。あれは見事だった。私の配下に就き、私に未来の音楽の全てを伝授しろ」
(;゚ω゚)「い、嫌に決まってるお!」
ほとんど反射的に、ブーンが応える。
(;゚ω゚)「なんで、お、お前なんかの為に、僕がギターを教えなきゃいけないんだお! そもそも、僕はそんな事の為に来たわけじゃないお!!」
川 ゚ -゚)「…断るつもりか?」
(;゚ω゚)「当然だお!!」
148
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:35:39 ID:2YOLjRA.0
ブーンにとって、もはや空流は裏切り者の極悪人だった。
そんな奴に関わりたくない。関わるべきではない。
要求など飲めるはずがない。
第一、ブーンは出麗を救うために、この時代に来たのだ。
川 ゚ -゚)「なれば用済みだ。お前を殺し、出麗を殺し、これから二茶根留に攻め入る」
(;゚ω゚)「──!!」
川 ゚ -゚)「根野。こいつを始末しろ」
ブーンの後方へ、空流が声をかける。
思わず後ろに目を向ける。
(;`ー´)「………おいらが、ですかい」
根野と呼ばれた男は、此処にくる道中、ブーンの話し相手になった兵士だった。
.
149
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:36:06 ID:2YOLjRA.0
川 ゚ -゚)「ああ。早くしろ。戦魔への対策もしないといけないからな」
(;`ー´)「……」
根野は、腰に差した刀を抜かず、固まっていた。
空流が苛立った視線を向ける。
川 ゚ -゚)「何をしてる。やれ」
(;`ー´)「……」
川 ゚ -゚)「やれと言っている」
(;`ー´)「……」
根野の腕が、唇が、微かに震えている。
川 ゚ -゚)「根野、一体どういう──」
(;`ー´)「で、できません!!」
.
150
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:37:11 ID:2YOLjRA.0
空流の目が、僅かに見開いた。
ブーンと出麗は状況が掴めず固まっている。
川 ゚ -゚)「…私の命令に背くということが、どういうことか、わかっているだろう」
恐ろしいほど冷たい声を向ける。
あれだけ気さくだった根野の顔は真っ青だ。
それでも、精一杯、抵抗する。
(;`ー´)「できません…だ、だって」
震える手を握りしめ、根野ははっきりと言い切った。
(;`ー´)「だって、こいつ、音楽が好きやと言いやした」
川 ゚ -゚)「──は?」
ζ(゚ー゚;ζ「?」
(;゚ω゚)「え…」
全員が全員、固まった。
誰も理解が追いついていないといった様子だ。
.
151
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:38:28 ID:2YOLjRA.0
(;`ー´)「お、おいら、頼んでもねえのに武家に生まれて、好きでもねえ刀や槍の練習ばっかさせられて」
(;`ー´)「嫌やったよ。何度人生をやり直したいと思ったか、数えらんねえくらいや。みんなそうやと思ってた。でも…」
根野がブーンを見る。
固まるブーンと目が合うと、無理やり笑顔を作った。
(;`ー´)「…でも、こいつ、生まれてからずっと続けてた音楽を、好きやと言いました」
(;`ー´)「この世界に、こんなこと言えるやつが、一体どれほどいることか。 少なくともおいらは初めてや」
(;`ー´)「だから、こんな勿体ないやつ、こんな勿体ない人生を、おいらが終わらせたくありません! 少なくとも──」
(;`ー´)「──あ、あんたよりは、こいつの方が立派や!」
静まり返る。
震える根野から、カチカチと歯の鳴る音が聞こえる。
川 ゚ -゚)「…言いたいことは、それだけか」
152
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:39:06 ID:2YOLjRA.0
空流が静かに立ち上がる。
根野の元へ、ゆっくりと歩き出す。
ブーンは思わず距離を取った。
前を向いたまま震える根野。
その周りを、空流が歩く。
川 ゚ -゚)「失望したよ。お前、結局奴らと同じなんだな」
空流が根野の背後に来た途端。
懐刀で、根野の首を切り裂いた。
(; ー )「カッ……」
ζ(゚ー゚;ζ「きゃああああっ!!?」
(;゚ω゚)「………」
叫び声を上げる出麗。
声が出ないブーン。
空流だけが、怒気を含んだ冷静な声を漏らす。
153
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:40:10 ID:2YOLjRA.0
川 ゚ -゚)「結局同じだ。百合町を担わせた山田竜兵衛も、武士道とやらに拘る堂土狗久流も、糞の役にも立たない駒だ」
川 ゚ -゚)「根野。お前は少々話好きなだけで、従順な部下だと思っていた。だが結局これだ」
倒れ、痙攣する根野を見下ろすと、空流はため息を漏らした。
人の命を何とも思わない態度が、目に見えてわかる。
ζ;ー;*ζ「し、師匠、どうして…」
出麗の目から涙が溢れる。
絶望か。裏切りへのショックか。
血の滴る懐刀を握り、空流が出麗のもとへと歩き出した。
.
154
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:41:14 ID:2YOLjRA.0
ζ;ー;*ζ「やだ、やだ、助けて…」
川 ゚ -゚)「弟子のよしみだ。苦痛なく殺してやる」
ζ;ー;*ζ「やめて、お願い、助けて……ブーン…」
( ω )「………」
ブーンは未だ固まっていた。
様々な思いが、記憶が、ブーンの中を駆け巡っていく。
戦を止める為、心を削って光世札を流通させた、山田竜兵衛。
そのせいで、居場所を失って傷付いた、斉藤又武貴。
弟子の出麗も、本気で味方として行動した渚本介も。
そして、正義感から最後に勇気を振り絞った、根野も。
全て、利用していただけだったのか。
.
155
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:41:46 ID:2YOLjRA.0
(# ω )「待つお!!!」
叫ぶ。
ピクリと肩を跳ねさせ、空流はゆっくりと振り向いた。
川 ゚ -゚)「何だ。お前から死にたいのか?」
(# ω )「僕を配下にしたいと、そう言ったおね」
空流が片眉を上げる。
川 ゚ -゚)「…確かに言ったが、今更それがどうした」
(# ω )「配下に就いてやってもいいお。ただし──」
.
156
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:42:10 ID:2YOLjRA.0
勢い良く立ち上がり、声を上げる。
(# ω )「僕と勝負するお!! 僕に勝ったら配下にするなり殺すなり好きにするお!」
(# ω )「僕がお前に勝ったら、今すぐこの場から退いてもらうお!!」
川 ゚ -゚)「…勝負、だと?」
(# ω )「そうだお。僕と──」
怪訝な顔を向ける空流を睨む。
荷袋から飛び出たギターのネックを、無意識に握りしめた。
(# ω )「──音楽で、勝負するお」
第七話 終
157
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:42:57 ID:2YOLjRA.0
最近、映画『バタフライ・エフェクト』を思い出すことが増えた。
理由はよくわからない。
ただ、何となく、ふと考えてしまうのだ。
例えば、自分の先祖が結婚相手を間違えたり。
ちょっとしたすれ違いで運命の人に出会わなかったり。
結婚もしないまま人生を終えたり。
それだけで、自分という存在は無かったことになるかもしれないのだ。
『バタフライ・エフェクト』では、主人公が過去を操作することで、未来の凄惨な運命を変えようとした。
それを思い出すたびに、少し不安になるのだ。
有り得ない話だが、もし誰かが過去を操って、自分の運命を変えてしまったら。
運命どころか、自分の存在そのものに影響が出るとしたら。
ξ゚⊿゚)ξ(……私は、どうなっていたんだろう)
158
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:43:19 ID:2YOLjRA.0
就活に無意味さを感じるのは、自分のこれからの人生が、あまりにも見えてこないからだ。
まるで、近いうち、自分の存在が無かったことになりそうな気すらする。
妄想だと笑われるかもしれない。
だが、一つだけ、自分しか知り得ない事実がある。
時々、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。
自分の名前を、忘れてしまうことがあるのだ。
──
159
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:44:03 ID:2YOLjRA.0
第八話
「音楽史対決」
──
川 ゚ -゚)「お前と勝負だと?」
嘲笑。
空流は懐刀を振り、刃に付着していた血を飛ばした。
川 ゚ -゚)「お前如きの命一つに、二茶根留攻めを、天下統一を賭けろというのか」
川 ゚ -゚)「どうにも釣り合う気がしないな。だが…」
懐刀を布で拭く。
慣れた手付きだ。何度も使った経験があるのだろう。
鋭い視線が、ブーンに向いた。
川 ゚ -゚)「素直流の琴を進化させ、天下に広める為には、お前の…未来の音楽理論や技術が欲しいのも事実だ」
川 ゚ -゚)「面白い。お前の喧嘩を、買ってやろうではないか」
( ^ω^)「…決まりだお」
ζ(゚ー゚;ζ「ブーン!!」
160
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:44:28 ID:2YOLjRA.0
慌てた様子の出麗が、声を上げる。
ζ(゚ー゚;ζ「師匠は…素直空流は、音楽界では知らぬ者がいない程の琴奏者なの!」
ζ(゚ー゚;ζ「琴最大の素直流、その元帥よ!? 私なんかじゃ足元にも及ばない! 無茶よブーン!」
出麗も名の知れた琴奏者だ。その師匠というのだから、よっぽど大物なのだろう。
光世真宗の座主でもあり、素直流琴の元帥。
確かに天下統一でも出来そうな立派な肩書きだ。
出麗の言う事もわかる。無茶な勝負かもしれない。
だが。
( ^ω^)「知ったこっちゃないお。僕はこの極悪人が、許せないだけだお」
ブーンにとって、そんなことはどうでも良かった。
こいつを止めるには、音楽しかない。
音楽勝負で、心を折るほど圧倒的に勝つしかない。
それだけが狙いだった。
ζ(゚ー゚;ζ「ブーン……」
川 ゚ -゚)「私を相手に、大した自信じゃないか」
161
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:44:55 ID:2YOLjRA.0
川 ゚ -゚)「それで、音楽でどう勝負するつもりだ」
( ^ω^)「シックスティーン・バースだお」
ブーンが応える。
空流と出麗が首を傾げた。
( ^ω^)「ジャズなんかでよくある、ソロの掛け合いだお。南蛮式の楽譜は知ってるかお?」
川 ゚ -゚)「ああ。横書きのやつだな?」
( ^ω^)「そうだお。まず一人が楽譜の16小節分弾く、続けて相手が16小節弾く、というのを繰り返すんだお」
川 ゚ -゚)「勝敗はどう決める」
( ^ω^)「流れに乗って弾けなくなったら。つまり──」
ブーンが、空流を睨んだ。
これが狙いだ、というのを空流に解からせる為に。
( ^ω^)「──心が屈して、演奏できなくなったら、負けだお」
162
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:45:28 ID:2YOLjRA.0
本来、音楽に直接勝負という概念は無い。
派閥の対立やカテゴリーの分裂、競争などは一般的にある話だが、
対決し勝ち負けを決めるというのは難しい。
例えば現代で行われるギターやベースやドラムバトル。DJやバンド対決。
それらの勝敗の決め方は、大抵「客の盛り上がり」か「審査員の判断」だ。
今この場には客もいなければ、公平な判断ができる第三者もいない。
だからこそ、勝敗の決め方は本人達に委ねられる。
現代で言うなら、ラップのフリースタイルバトルに近い。通常の掛け合いではあり得ない16小節という長さにしたのも、バトルが成立しやすくするためだ。
流れに乗れなかったら。音が出てこなかったら。心が屈したら。それが勝敗になる。
空流はもちろん初めてのことだろう。
ブーンも未経験のことだ。
川 ゚ -゚)「…なるほどな。演奏技術だけでなく、流れの読みや即興力が問われるわけか。面白い」
( ^ω^)「お前は琴で、僕はギターを使うお。お前から始めていいお」
川 ゚ -゚)「曲は、何でもいいんだな?」
空流が部屋の外にいる見張りの兵達を呼ぶ。
根野の死体を片付けて琴を持ってくるように命じると、彼らは急ぎ足で取りかかった。
163
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:45:54 ID:2YOLjRA.0
川 ゚ -゚)「…数年前、ある南蛮船が近くに漂流してきた」
座布団に座り、突然話し出した空流。
ブーンも対面して座り、ギターを膝に乗せる。
川 ゚ -゚)「彼らの持ち物の中に、非常に興味深いものがあってな」
空流の前に、琴が丁寧に置かれた。
兵達がそそくさと退室する。
空流は琴爪を付けながら話を続けた。
川 ゚ -゚)「楽譜だった。琴の楽譜とは違い、横書きで何やら記号だらけだった」
川 ゚ -゚)「私はそれを理解するために、彼らを留め、楽譜の読み方を習った」
川 ゚ -゚)「一年以上もかかってしまったよ。それで得た曲は、実に面白かった」
.
164
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:46:14 ID:2YOLjRA.0
指を構える。
驚くほど綺麗な姿勢。
人を殺したばかりとは思えないほどの、綺麗な指。
世界が、止まったように感じた。
川 ゚ -゚)「この神々しき旋律。まさに光世真宗に相応しい」
美しい音色が、室内に響き渡った。
.
165
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:46:49 ID:2YOLjRA.0
(;^ω^)(外国音楽で仕掛けてくるとは…)
一音一音が、綺麗に伸びていく。
音自体の輪郭は非常にはっきりしている。琴の特徴だろう。
はっとするほど綺麗な音だ。
しかし、すぐ違和感に気付いた。
音の伸びはあるものの、音数そのものが非常に少ないのだ。
日本の古典的な音楽は、音数の多い流れるような曲、というイメージがブーンにはあった。
しかし、空流が今弾いてるのは本来の和製音楽ではないとは言え、これはいくらなんでも少なすぎる。
シックスティーン・バースとは言ったが、これでは掴みにくい。
リズムも難しい。
(;^ω^)(何の曲かは知らないけど、こっちも間伸びするような曲がいいのかお…)
しかし、ハードロックを好んで聴いていたブーンは、そのレパートリーは少ない。
そもそも、二人の音楽性には約500年のギャップがあるのだ。
166
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:47:24 ID:2YOLjRA.0
それでも、リズムをどうにか掴んだブーン。
そろそろタッチされる頃だ。
曲の雰囲気やコンセプトは、結局よくわからなかった。
しかし空流は適当に弾いてるわけではない。それだけは確かだ。
曲としては完成しているのがわかる。だが、とにかく掴みにくい。
ブーンを乗らせない為の、空流の狙いなのだろうか。
( ^ω^)(…とりあえず、耳コピで大まかな流れを弾いて、ベース音で主導権を握るお)
川 ゚ー゚)「……」
最後に丁寧な音を鳴らし、ブーンの方を見る。
さあ、お前の番だ。
そう言いたげな目を向ける。うっすらと笑みを浮かべながら。
琴の余韻が響き渡る中、頭の中でリズムに乗り、ブーンはピックでなく指を構えた。
.
167
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:47:51 ID:2YOLjRA.0
( ^ω^)(行くお!)
まずは、楽器が変わることによるわだかまりを消し飛ばすため、開放弦を鳴らす。
そして、空流の弾いた曲に近い高音に加え、4、5、6弦を親指で刻むようなベース音を作っていく。
川 ゚ -゚)「……」
空流の顔つきが変わった。
自分の弾いた曲がその場で再解釈されて返されるのは、初めてなのだろうか。
少なからず、驚いているようだった。
( ^ω^)(……あれ?)
弾きながら、また違和感。
ベース音が作りやすいのだ。
まるで、和音をただ丁寧に解いたような。
ブーンの弾き慣れたアルペジオが、何も考えずとも出てくる。
そうなれば、あとは簡単だ。
.
168
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:48:14 ID:2YOLjRA.0
( ^ω^)(主導権はこっちのもんだお!)
伸びる高音に、ベース音を刻み続ける。
リズムも取りやすい為、曲としての輪郭が明確になってくる。
川 ゚ -゚)「……」
空流は無表情でその様子を見ていた。
焦る様子は全くない。
ブーンの16小節が終わりに近づく。
川 ゚ -゚)「…勉強になったよ。これが未来の音楽か」
空流の番。
ブーンに慣い、同じような伸びのある高音に加え、弾くような低音を入れる。
琴の迫力に絶妙にマッチした音色だ。
低音が加わり、曲の全体像が見えてきた。
立体感を帯びたその曲は、まるで──
.
169
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:49:03 ID:2YOLjRA.0
( ^ω^)(──ルネサンス音楽かお?)
ルネサンス音楽。
ヨーロッパのルネサンス期に発祥した音楽だ。
宗教歌・聖歌として発展したものが多く、主に教会音楽として広まったと言われている。
やたら伸びのある高音にもこれで納得いく。宗教歌のメロディによくある曲の構成だ。
「南蛮船に乗っていた」というのは、恐らく宣教師か何かだろう。
それにしても、西洋音楽の知識が全く無いはずの空流が、リュートやオルガンといった西洋楽器で奏でる音楽を、琴一つで表現するとは。
それも僅か一年で。
外国の楽譜を読み、尚且つ自分の技術に当てはめたのは、この時代なら恐らく空流が初めてだろう。
なるほど、確かに大物だ。
川 ゚ -゚)「……未来には、きっと私の想像を超えるような音楽や楽器が溢れているんだろう?」
( ^ω^)「!」
空流が演奏しながら話し出す。
音色が、変わった。
.
170
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:49:39 ID:2YOLjRA.0
川 ゚ -゚)「正直、私は今喜んでいるんだ。未来の音楽と、私の全てを賭けて戦っているわけだからな」
神々しい旋律は、より高揚感の出る旋律へ。
川 ゚ -゚)「来いブーン。お前の、未来の全てを、私にぶつけてみろ。素直流の最強を示す良い機会だ」
いや、音色だけでない。曲そのものが変わった。
まるで、音楽のカテゴリー自体が変わったような。
不穏な流れの中、ブーンの番が来た。
( ^ω^)「…浮かれてられるのも、今の内だお」
空流は次の番で何かを仕掛けてくる。旋律の不穏さでわかる。
それを払拭するため、ブーンは違った趣向の流れを鳴らし始めた。
仕掛けさせる前に、技術で上回ってやる。
.
171
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:50:06 ID:2YOLjRA.0
ベース音を刻みながら、音数を極端に増やす。
その旋律は、より芸術的に。より現代的に。
ブーンは、ある曲を勝負に出した。
( ^ω^)(行くお!)
──東京事変『丸の内サディスティック』のソロギターアレンジ。
ジャズやポップスの色が強いこの曲調は、テンポをどれだけ落としても、強烈なほどメロディアスだ。
恐らくは空流が見たことのない演奏技術、感じたことのない世界観だろう。
( ^ω^)(お望み通り、これが未来のミクスチャーだお!)
川 ゚ -゚)「……」
172
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:50:36 ID:2YOLjRA.0
空流の表情に変化はない。
だが、ブーンの演奏から目が離せないようだった。
やがて、16小節の終わりが近づく。
空流はまだ動かない。
( ^ω^)(決まったかお…?)
川 ゚ -゚)
川 ゚ -゚)
川 ゚ー゚)
(;^ω^)「!」
.
173
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:51:15 ID:2YOLjRA.0
不敵な笑みを浮かべる空流。
ブーンの16小節が終わった瞬間、最初のブーンのように、空流は開放弦を大袈裟に鳴らした。
(;^ω^)(来る!!)
何かを仕掛けてくるのはわかってた。
そして、それが始まる。
直後、ブーンは全身の毛が逆立つのを感じた。
(;゚ω゚)「…そんな、バカな……」
思わず声を漏らす。
バカな。ありえない。
一体どうなっている。
川 ゚ー゚)「漂着した南蛮船の奴らを、私は数年留めた。私が作った曲を南蛮にも広めてもらう為にな」
.
174
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:51:42 ID:2YOLjRA.0
またも、演奏しながら話す空流。
空流が始めたそれは、聴き覚えのありすぎる曲だった。
川 ゚ー゚)「彼らにその曲を授け、ちょうど先日出航させたんだ。どう広まるか楽しみにしてたが…」
川 ゚ー゚)「……その反応を見る限り、未来にも継がれる曲と成ったようだな」
(;゚ω゚)「……」
何も言い返せない。
だが、空流の言うことが事実なら。
これが事実なら。
恐らく、世界史に影響するほどの事態だ。
空流の弾くその曲を、改めて言葉にする。
.
175
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:56:01 ID:2YOLjRA.0
(;゚ω゚)「それは……『カノン』、かお」
ヨハン・パッヘルベルが作曲したと言われる名曲、『カノン』。
世界中で愛される、バロック音楽の代表的な曲の一つだ。
それを、空流が、作曲した?
(;゚ω゚)「そんなはずが無いお…」
そう、そんなはずが無い。
『カノン』が作曲されたのは、1680年頃と言われているのだ。もちろんこの1499年にバロック音楽などそもそも存在しない。
だからこそ、空流が作曲したなど、あり得ない。
川 ゚ー゚)「……」
(;゚ω゚)(でも…)
だが、実際に、空流は目の前で『カノン』を弾いている。
.
176
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:56:31 ID:2YOLjRA.0
もし、空流の言うことが事実なら。
空流の作曲した楽譜が、南蛮船に乗って無事ヨーロッパに着いたのなら。
その楽譜を、およそ200年後に誰かが発掘したのなら。
発掘した楽譜を、パッヘルベルが再現できたというのなら。
空流は、当時の西洋音楽どころか、バロック音楽をも先駆けた日本の琴奏者であり。
音楽史上でも、トップクラスの作曲家とも言える。
川 ゚ー゚)「……」
演奏は続く。
ブーンは自らの両頬を叩き、無理やり気持ちを切り替えた。
.
177
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:57:00 ID:2YOLjRA.0
(;^ω^)「……邦楽アーティストがよくカノンを取り入れる理由が、今ようやくわかったお」
皮肉を込めて呟く。
が、空流に完全に気圧されてどうしていいかわからない。
空流の16小節が、もうすぐ終わってしまう。
(;^ω^)(ど、どうすればいいんだお…)
どうすればいい。
この最強の作曲家、最強の琴奏者を、圧倒する為には、一体どうすればいい。
この勝負に敗れてしまえば、自分は本当に空流の配下になるかもしれない。
そうなれば、もう元の時代には戻れないのだろうか。
出麗を救うことも、叶わないのだろうか。
.
178
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:57:35 ID:2YOLjRA.0
(;^ω^)(……いや、負けるわけにはいかないお)
負けるわけにはいかない。
空流を、音楽で、真っ向から倒さねばならない。
ギターのネックを握りしめて考える。
『カノン』に勝る、方法を。曲を。
頭の中に残っているレパートリーを、全て漁っていく。
(;^ω^)(……あ!)
あった。
素直空流に、勝てるかもしれない曲が。
.
179
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:58:17 ID:2YOLjRA.0
川 ゚ー゚)「さあ、来い」
空流の勝ち誇った笑みが、ブーンに向いた。
ピックを取り、空流を睨み返す。
16小節が、終わった。
( ^ω^)「…この曲は、僕が練習した中でも、最も難しかった曲だお」
空流の『カノン』の余韻を、ギターで引き継ぐ。
ピッキングの激しいミュートで、新たなリズム感と躍動感を作っていく。
空流の顔から、笑みが消えた。
( ^ω^)「素直空流、お望み通り聴かせてやるお!! これが、僕の全て──」
.
180
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:59:19 ID:2YOLjRA.0
( ^ω^)「──『カノンロック』だお!!」
川; ゚ -゚)「!?」
空流が一瞬で青ざめる。
何が起きたか、すぐに理解できたようだ。
『カノンロック』。
2000年代、台湾の作曲家JerryCにより作られた、『カノン』をメタルアレンジした曲だ。
バロック音楽をメタルアレンジすること自体は、昔からあった手法だ。
だが、『カノンロック』はその完成度の高さ、演奏力、親しみやすさなどが評価され、一躍有名になった。
一時は、世界中のギタリストが曲にアレンジを加え動画投稿するという流行を巻き起こしたほどだ。
細かい旋律。圧倒的に多い音数。
それでいて丁寧で、原曲の尊厳を保つアレンジ。
.
181
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 15:59:50 ID:2YOLjRA.0
川; ゚ -゚)(どうなっている…!)
狼狽する。
自分が数年かけて作った曲を。全身全霊をかけて作った作品を。
ブーンは、より優雅に、より激しく。
より新しく弾いている。
ビブラート、チョーキング、ハンマリング、タッピング。
この時代にはない技術を駆使し、ギターを鳴らしていく。
ζ(゚ー゚;ζ「な、何、あの弾き方…」
川; ゚ -゚)「……」
見たことないほど細かく動く左手。
見えないほど速く動く右手。
それでいて、原曲の形は、純粋な程に保たれている。
.
182
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 16:00:49 ID:2YOLjRA.0
川; ゚ -゚)「…これが、未来か」
ブーンの16小節の終わりが近づく。
だが、どうしていいかわからない。
両手が震える。
手汗が、琴爪に伝っていく。
弾かなければ。
この素直空流が作った生涯最高の曲を、ブーンは返した。
それをさらに圧し返さねば。
( ^ω^)「──さあ、お前の番だお!」
圧し返さねば。
.
183
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 16:05:11 ID:2YOLjRA.0
川; - )(圧し…返さねば……)
ブーンの16小節が終わり。
音楽が途切れる。
川; - )「……」
やがて、その震える指先から。
琴爪が、静かに落ちていった。
第八話 終
.
184
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 16:07:57 ID:2YOLjRA.0
ほい!
これで今創作板に投下した分は以上です!!
続きはここに投下していきます!
オナシャス!
185
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 17:34:19 ID:dKITcbf.0
まこと乙でござる
186
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 18:24:28 ID:QVnvPBBU0
そういえばここまで音楽的な回は何気に初?
面白かったです。引っ越しもお疲れ様でした
187
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 21:16:46 ID:QwEjIM4w0
おつおつ
188
:
名無しさん
:2018/09/02(日) 21:47:17 ID:jDKRSUKk0
前作昨日まとめで読んだばっかりでこれ見つけてホントショボンさんみたいな気持ちでいっぱいだよ嬉しい
乙です
189
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:09:36 ID:mnh49NE20
皆様ありがとうございます!
引っ越しして良かったです!
続き投下させて頂きます!
190
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:10:05 ID:mnh49NE20
──
(;´メω・`)(ブーン…)
馬を走らせる。
八尾井山はもう目の前だ。
ブーンを助け出し、すぐに避難せねばならない。
もうすぐ、ここは戦場になるからだ。
(;´メω・`)(…仕掛けが、間に合うといいが)
走りながら空を見上げる。
満点の星空だ。だが、そこに静けさはない。
やがて、八尾井山の方から、騒がしい気配が出てきた。
──
.
191
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:10:36 ID:mnh49NE20
第九話
「消滅の足音」
──
空流は暫く動かなかった。
膝の上に両手を力無く置いたまま固まっている。
だらりと下がった髪のせいで、その表情は伺い知れない。
出麗は涙目で口角を上げていた。
と思うと、すぐに困ったような顔になり、また笑顔になり、を繰り返している。
助かったのは間違いないが、師匠が負けたことが複雑でもあるようだ。
(;^ω^)(か、勝ったお…渚本介さん……)
ブーンは勝ったにも関わらず震えていた。
恐怖が、今更になって押し寄せてきたのだ。
恐ろしい戦いだった。
そもそも勝負事などあまりしたことないし、
音楽には自信があるとは言え、流石に命を──今後の人生を賭けて戦ったのは初めてだ。
.
192
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:11:09 ID:mnh49NE20
ζ(゚ー゚;ζ「ブーン…」
(;^ω^)「あっ、ご、ごめんお! 今それをほどくお!」
出麗のもとに駆け寄り、その両手足を縛る縄に手をかける。
かなりきつく縛ってあるようで、ブーンは時間がかかりそうだと思った。
( ^ω^)「ごめんお、ちょっとこれ時間かかりそうだお」
ζ(゚ー゚;ζ「早くしなさいよブス」
(;^ω^)「ええ…焦らなくていいよとか言われると思ってたお…」
(;^ω^)「まったく、君は性格もあの子に似てるおね」
ζ(゚ー゚*ζ「あの子?」
(;^ω^)「いやあの、 ……え?」
.
193
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:11:30 ID:mnh49NE20
え?
ブーンの手が止まる。
あの子だ。ほら、三年も同じバイトをしてる、あの子。
この間は就活の話なんかもした。あの子だ。
ξ゚⊿゚)ξ
──名前が、思い出せない。
顔ははっきりと出てくるのに。
.
194
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:11:53 ID:mnh49NE20
ζ(゚ー゚*ζ「……ブーン?」
(;^ω^)「え、あ、ごめんお!」
ζ(゚ー゚*ζ「あなた、ぎたーはあんなに器用なのに縄は苦手なのね」
(;^ω^)「やめろおそういうの…」
すぐに思い出せるだろうか。
ようやく縄を解き、出麗に手足の自由が戻る。
とにかく、ここから脱出しなければ。
ギターを荷袋に詰め、立ち上がる。
何となく空流の方を見ると、姿勢は変わっていなかった。
垂れ下がった前髪の隙間から、ようやくその表情が見えた。
それを見て、ブーンは思わず後ずさる。
川 ー )
僅かに見える口元が、笑っているのだ。
.
195
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:12:28 ID:mnh49NE20
川 ー )「…見事だ、ブーン」
姿勢を変えないまま、呟く。
感情が抜け落ちたような声だ。
川 ー )「音楽で他人より劣ったのは、生まれて初めてだ」
( ^ω^)「……」
決して劣ってはない。
ブーンは既存の曲を利用し、この時代に無い技術で上回っただけだ。
空流の作曲家としての才能、演奏技術、知識のない西洋音楽を琴に変換する柔軟性。
そのどれもが目を見張るものがあった。恐らく空流は現代でもそれなりの地位まで昇るはずだ。
だが、ブーンはそれを口には出さなかった。
( ^ω^)「約束通り、退いてもらうお」
川 ー )「…ああ」
川 ー )「ブーン、最後に聞かせてくれ」
空流が、ゆっくりと顔を上げる。
.
196
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:12:51 ID:mnh49NE20
川 ;ー;)「私の音楽は…どうだった?」
泣いていた。
何にも動じないような、冷静な女が。
光世真宗の座主が。素直流の元帥が。
空流の音楽はどうだったか。
正直に言うと、あまりにも優雅で、脅威的だった。
だが、それをそのまま言葉にはしづらかった。
本気で空流を潰すつもりで勝負を挑んだのだ。情けはかけられない。
数拍置いて、ブーンが口を開いた。
( ^ω^)「お前が最後に仕掛けてきた曲。確かにあれは未来でも広まってるお」
川 ; -;)「……」
( ^ω^)「ただ、あの曲はお前じゃなく、ヨハン・パッヘルベルという作曲家が作ったことになってるお」
.
197
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:14:32 ID:mnh49NE20
( ^ω^)「曲が発表されたのは200年後だお。『カノン』という曲名で」
川 ; -;)「かの、ん」
空流が呟く。
自分の作った曲が数百年先まで継がれているというのは、一体どんな気持ちなのだろう。
川 ;ー;)「そうか、ありがとう」
ブーンにやっと聞こえるくらいの声で呟き、空流は俯いた。
偉大な作曲家、偉大な琴奏者であることには間違いない。
『カノン』は数百年の時を超え、様々なアレンジを経て、現代でも愛されている。
ポップス、ロック、メタル、ヒップホップ。
バロック音楽とは思えないほど、様々な姿に生まれ変わりながら。
ブーンは踵を返し、出麗とともに部屋から出ようと襖に手をかけた。
( ^ω^)「行くお」
ζ(゚ー゚;ζ「う、うん」
.
198
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:15:12 ID:mnh49NE20
川 ー )「あれはな」
ピタリと、その手が止まった。
川 ー )「『雪晴』、という曲名なんだ」
( ^ω^)「…そうかお」
原題は『雪晴』。
悪くないネーミングだと思った。
『カノン』がアレンジされる際、涙の、だとか、冬の、なんていう枕詞が付いたりする。
それよりは良い。バロック音楽は複雑な感情を表現したものが多い。
曲名はシンプルな方が深みが増すものだ。
ζ(゚ー゚*ζ「『雪晴』…」
( ^ω^)「おっお。覚えておくお」
川 ゚ー゚)「ああ、ありがとう」
空流はもう泣いていなかった。
ブーンの胸の内も晴れていた。
結局のところ音楽で勝負をつけることが出来たが、音楽はしばしば平和の象徴にもなるのだ。
今度こそ部屋を出ようと踵を返し、襖を開けた。
.
199
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:15:37 ID:mnh49NE20
その瞬間、ブーンと出麗の間を、矢が通り抜け。
川 ゚ -゚)「え…?」
空流の胸に、突き刺さった。
(;゚ω゚)「──!!」
ζ(゚ー゚;ζ「師匠!」
出麗が空流に駆け寄る。
ブーンは咄嗟に襖を閉めたが、防御にはならないと気づき、空流と出麗を部屋の角へ押しやった。
数本の矢が、障子を突き抜けて床に刺さっていく。
(;゚ω゚)「な、なんだお!何が!」
川; - )「…お前の反応を見る限り、二茶根留勢の仕業ではないようだな」
.
200
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:16:06 ID:mnh49NE20
空流が咳き込む。
少量の血が畳に散った。
部屋の外から怒号が聞こえる。
ζ(゚ー゚;ζ「し、師匠…」
川; - )「さあ…早く行け……」
出麗を押しのける。
力が入らないのか、その手は出麗を撫でるように滑り落ちた。
(;^ω^)「や、やばいお! 早く逃げるお!」
ζ(゚ー゚;ζ「うん…」
出麗は涙を堪えているようだった。
構っていられないと、ブーンが出麗の手を引く。
途端、ブーンの脳裏にまたも別の事が蘇る。
.
201
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:16:28 ID:mnh49NE20
ξ ⊿ )ξ
あの子の顔が思い出せない。
さっきまでは、顔ははっきりと覚えてたのに。
ただ、出麗に似てると思ったのは確かだ。
例えば、ブーンが今握っている、この透き通るような白い肌の手も。
.
202
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:16:51 ID:mnh49NE20
ζ(゚ー゚;ζ「──ブーン! 何止まってるの!」
(;^ω^)「おっ、す、すまんお!」
慌てて走り出す。
直後、いま抜け出した部屋が赤く光った。
火が放たれている。
空流はもう助からないだろう。
(;^ω^)「出口はわかるかお!?」
ζ(゚ー゚;ζ「ええ! 本殿から出れば周りは森なの! 突っ切るわよ!」
二人で走り続ける。
あちこちから、兵士達の怒号や悲鳴が聞こえる。
何が起こったのかがわからない。
本殿が、火に染まっていく。
──
.
203
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:17:24 ID:mnh49NE20
──
川; - )「…はは、もう指一本も動かないな」
燃える部屋の中で、空流は独り言を呟いた。
出血が多く、体のどの部分にも力が入らない。
ふと、部屋の中央にある琴を見る。
もう弾くことは叶わない。
だが、最後の演奏があの勝負で良かった。
未来の音楽を体感できたのは良かった。
口角が自然と上がる。
川; ー )(志半ばではあるが…楽しかったよブーン、出麗)
最後の視界に琴を収め、目を閉じようとした瞬間。
燃える襖が蹴破られた。
兵士でも入ってきたかと、もう一度目を開けてそれを見る。
.
204
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:18:28 ID:mnh49NE20
その姿を見た途端。
空流の表情から笑みが消え、大きく目が見開かれた。
川; - )「……そうか…そういうことか…」
してやられた、という悔しさと共に。
空流の意識は深く沈んでいった。
──
.
205
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:24:06 ID:mnh49NE20
──
──
206
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:24:31 ID:mnh49NE20
──
朝。
目を覚まし、ベッドの上で今日の予定を大まかにイメージする。
大学に行く。求人サイトと求人用のメールをチェックする。
ゼミに出席する。卒論を軽く進める。
どこかの会社へのエントリーシートを書く。どこかの会社への履歴書を書く。
どこかの会社の採用担当者にメールを送る。
バイトに行く。
ξ゚⊿゚)ξ「はあ…」
忙しいと言っていいのかわからないが、憂鬱なのは確かだ。
なぜ、就活なんかしなくちゃいけないんだろう。
立ち上がり、洗面所に向かう。
今日はスーツで大学に行かなくていい。それだけは少し嬉しい。
着慣れないスーツを着たり、いつもと違うメイクをするのは、それだけで疲れるのだ。
洗面台に立ち、鏡を見る。
蛇口を捻ろうとした手が止まった。
ξ゚⊿゚)ξ(…私の顔、こんなんだっけ)
.
207
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:24:55 ID:mnh49NE20
違和感がある。
顔のどこかが違って見えるというわけではない。
まるで、初めて会う人間のような。
自分の顔ではないような。
ξ゚⊿゚)ξ「顔…洗わなきゃ」
今度こそ蛇口を捻った。
手に冷たい水が貯まっていく。この感覚が、なんとなく幸せだ。
大袈裟かもしれないが、生きてる実感が湧いてくるのだ。
洗顔が終わり、乳液を手に取る。
鏡を見ると、やっぱり、違和感。
ξ゚⊿゚)ξ「…スッピンで行こうかな」
──
.
208
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:25:48 ID:mnh49NE20
──
研究室のドアを開ける。
綺麗に並んだパソコンの前に、既に何名かの学生が座っていた。
ミセ*゚ー゚)リ「あ、ツンちゃんおはよ〜」
ξ゚⊿゚)ξ「おはようミセリ」
友人のミセリの隣に座り、パソコンにログインする。
彼女はツンの顔を見て、ひどく驚いたようだった。
ミセ*゚ー゚)リ「ちょ、ツンちゃんまさかスッピン?」
ξ゚⊿゚)ξ「なんか化粧のやる気出なくて」
ミセ*゚ー゚)リ「え〜! まあわかるけど、普通ファンデだけでもやらない?」
ξ゚⊿゚)ξ「いつもはやるけど…今日は説明会とか無いしもういいかなって」
ミセ*゚ー゚)リ「あ、わかった」
ミセリがニヤニヤしながら椅子を寄せる。
急に何がわかったと言うのか。
ミセ*゚ー゚)リ「失恋したでしょ!」
ξ゚⊿゚)ξ「馬鹿かお前」
.
209
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:27:25 ID:mnh49NE20
もちろん失恋なんてしていない。
というより、まともに恋などしたことがない。
ミセ*゚ー゚)リ「違うかあ。そういえばツンちゃんが男子と話してるのほとんど見たことないね」
ミセ*゚ー゚)リ「いい感じの男子いないの?」
ξ゚⊿゚)ξ「いないいない。男の人とあんまり話さないようにしてるし」
ミセ*゚ー゚)リ「え〜なんで?」
ξ゚⊿゚)ξ「めんどいから」
ミセ*゚ー゚)リ「言うと思った」
ミセリが笑いながらパソコンの画面に向き合う。
彼女もメール画面を開いているところだった。恐らくどこかの会社の人事に送るのだろう。
ミセ*゚ー゚)リ「そういえば」
.
210
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:27:49 ID:mnh49NE20
キーボードを叩く手が止め、ミセリはまたツンに近づいた。
ミセ*゚ー゚)リ「ツンちゃんのバイト先によく喋る男の人がいるんじゃなかった?」
ξ゚⊿゚)ξ「あー」
確かに、いる。
よく喋るというより、よく喋りかけてくる奴が。
ξ゚⊿゚)ξ「いるけどちょっと…」
ミセ*゚ー゚)リ「え、いいじゃん。どんな人? 彼氏候補?」
ξ゚⊿゚)ξ「ううんフリーターで童貞でよく恋愛ソング作ってる人」
ミセ*゚ー゚)リ「うわ怖っ」
ξ゚⊿゚)ξ「でしょ」
一応ミュージシャンなんだけどね、と付け加える。
それでもミセリは引いているようだった。
ミセ*゚ー゚)リ「あ、でも逆に聴いてみたいかも。童貞のラブソング」
ξ゚⊿゚)ξ「youtubeに何曲かあるみたいだけど、時間の無駄だと思う」
ミセ*゚ー゚)リ「辛辣だねツンちゃん…前からそうだったけど…」
.
211
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:28:11 ID:mnh49NE20
ξ゚⊿゚)ξ「まあ実際そうだし。…でも」
ミセ*゚ー゚)リ「でも?」
ミセリが不思議そうに聞き返す。
奴はフリーターで童貞だけど、正直、羨ましいのだ。
ギターの話や音楽の話をする時。作った曲の話をする時。
それがあまりにも生き生きしていて。
やりたいことも無く就活に勤しんでいる自分には、それがどうしても羨ましい。
ξ゚⊿゚)ξ「…なんか、楽しそうなの。音楽を仕事にしようとしているあの人が」
ミセ*゚ー゚)リ「ツンちゃん…」
ミセリが優しく微笑む。
ツンの手を優しく握り、囁いた。
ミセ*゚ー゚)リ「それ、恋だよ」
ξ゚⊿゚)ξ「馬鹿かお前」
──
.
212
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:28:40 ID:mnh49NE20
──
夕方。
大学から帰り、バイトの支度をする。
さすがに少しは化粧をしていくかと思い、化粧台に座って自分の顔を見つめた。
ξ゚⊿゚)ξ「……」
また、あの感覚だ。
自分の顔がこうだったか、わからなくなる。
まるで最初から存在しなかったかのような、ふと消え入りそうな。
漠然とした不安も込み上げてくる。
そろそろ、心療内科とやらにでも行く必要があるのだろうか。
ξ゚⊿゚)ξ「私は生きてるよね?」
鏡に映っている自分に問いかける。
何も答えない。
ξ゚⊿゚)ξ(何してるんだろ、私)
.
213
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:29:26 ID:mnh49NE20
まるで本当におかしくなったみたいじゃないか。
こんなシーンは人に見せられない。
溜め息をつき、ヘアバンドをつけようともう一度鏡を見る。
ξ;゚⊿゚)ξ「──え…」
ツンの手から、ヘアバンドが滑り落ちた。
自分の顔を触り、恐る恐る鏡を触る。
当然ながら、どちらにも感触はある。
指が、震える。
ξ;゚⊿゚)ξ「…どうなってんの、これ」
.
214
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:29:58 ID:mnh49NE20
正面にある化粧台の鏡。
ツンが映るはずのその鏡には、何も映っていなかった。
第九話 終
.
215
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 13:32:58 ID:mnh49NE20
以上っす!また早いうちに投下できるようがんばります!
216
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 21:18:17 ID:gEfr4M4.0
乙!
一難去ってまた一難だな
217
:
名無しさん
:2018/09/07(金) 22:00:28 ID:aBIF./BM0
一体何が起こってやがんだ
続きが気になりすぎる乙乙乙
218
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:03:09 ID:A7Etap/g0
あざす!!
続きを投下させていただきやす!
219
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:03:34 ID:A7Etap/g0
これは、自分という存在が消えていく感覚。
驚きはしたものの、やはりという思いの方が強かった。
悲しさや恐ろしさを感じないのは、感情ごと消えていくからだろうか。
.
220
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:03:59 ID:A7Etap/g0
──
第十話
「時の架け橋」
──
そんなことを考えている場合じゃない、ということはわかっている。
わかっているながらも、頭から離れない。
ξ ⊿ )ξ
(;^ω^)(あの子は…)
曲がり角の多い廊下を走る。
あちこちから火や煙が立ち込んでくる。兵士達の怒号や悲鳴も絶えない。
ζ(゚ー゚;ζ「もう! ここも通れないの!?」
出麗は立ちふさがる瓦礫や火の手に苛立ちながら走っている。
その後を走りながら、ブーンはどうしても別のことに意識が向いていた。
221
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:04:22 ID:A7Etap/g0
ζ(゚ー゚;ζ「三年前と同じね」
え?と聞き返す。
出麗が振り返りもしないまま続けた。
ζ(゚ー゚;ζ「ほら、あんたと巳留那様を連れて根十城を走り回った時も…て覚えてないのよね」
(;^ω^)「ご、ごめんお」
ζ(゚ー゚;ζ「いちいち謝るなブス。あの時は天野から逃げてたけど、今は何が何だかわからないわ」
(;^ω^)「そうおね…」
そう、実際のところ、何から逃げているのかわからないまま逃げている状況だ。
まず吹連ではないはずだ。光世真宗と手を組んでいたのだから。
二茶根留でもないだろう。八尾井山に攻めるという話は、少なくともブーンは聞いてない。
なら、一体何が起きている。
(;^ω^)(それに…)
それに、どうしても思い出せないことがあって、それが気になって仕方ない。
.
222
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:04:44 ID:A7Etap/g0
(;^ω^)「三年前のこの状況のとき、僕は何か言ってなかったかお?」
ζ(゚ー゚;ζ「え?」
(;^ω^)「何かこう、思い出せない人がいるとか」
ζ(゚ー゚;ζ「人」
少し考える素振りを見せ、出麗が応える。
ζ(゚ー゚;ζ「言ってなかったと思うけど。どうかしたの?」
(;^ω^)「そうかお…」
外廊下を抜け、正門へ向かう。
やはり火が放たれており、兵士達がうろついている。残党狩りか。
裏手へ回るしかないと判断し、二人は来た道を戻った。
(;^ω^)「どうしても思い出せないことがあるんだお」
出麗に言ってもしょうがないと思いつつ、すっきりしない胸の内を吐き出す。
どうしてこんなに気になるんだろう。
.
223
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:05:07 ID:A7Etap/g0
(;^ω^)「僕の時代にいる女の子なんだお」
ζ(゚ー゚;ζ「は? こんな時に女のこと考えてたの?」
(;^ω^)「それはちょっと語弊があるお…いやそうだけど…」
出麗が見下しきった目を向ける。
慌てて否定するも、確かにその通りだと思った。
(;^ω^)「君に似てる女の子なんだお。三年も同じバイトなのに、急に顔も名前も思い出せなくなって…」
ζ(゚ー゚;ζ「ああ、さっき言ってたわね。そんなに似てるの? …あ、ここ曲がるわよ」
(;^ω^)「了解だお。 そう、見た目と性格がめちゃくちゃ似てるんだお」
走りながら話を続ける。
もちろん全速力ではないが、さすがに息が上がりそうだ。
だが、目の前の出麗は息も切らさずに走っている。
似てると聞いた出麗が、冗談めかして笑う。
ζ(゚ー゚;ζ「あは、もしかしたらその人は私の子孫なのかもね」
.
224
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:05:34 ID:A7Etap/g0
ピタリと足が止まった。
子孫。
子孫だと?
出麗のフルネームは何だった?
尾付だ。尾付出麗。
彼女がもし同じ苗字なら。
(;^ω^)「尾付……」
ζ(゚ー゚;ζ「え? ってあんた何立ち止まってるの!」
(;^ω^)「……尾付…ツン…」
(;^ω^)「尾付ツン! ツンだお! 思い出したお!」
ζ(゚ー゚*ζ「…」
あっそう。よかったね。とでも言いたげな目を向ける出麗。
今はそれどころではないのだ。
いつ兵士に見つかって殺されるかわかったものではない。
だが、ブーンにとっては無視できない事だった。
むしろ、この方が大問題な気もする。
ツンの名前を思い出してスッキリするどころか、嫌な予感が増していく。
.
225
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:05:57 ID:A7Etap/g0
(;^ω^)(名前はわかったけど…)
名前はわかったが、相変わらず顔は思い出せない。
思い出せないというより、知らないと言った方が近い。
全くわからないのだ。
まるで、最初から存在しないかのように。
(;^ω^)(まさか…)
ζ(゚ー゚;ζ「ああもう! 行くわよ!」
(;^ω^)「おっ!?」
出麗に引っ張られ、また二人で走り出す。
まさか、という嫌な予感が拭えない。
出麗とツンの苗字は一緒だ。
もし、ツンが本当に出麗の子孫なら、出麗の身に何かあると未来のツンにも影響するはずだ。
例えば──出麗が死んでしまったら。
ツンは、いなかったことになるのだろうか。
.
226
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:06:20 ID:A7Etap/g0
(;^ω^)(や、やばいお…)
もしそうなら非常にまずい。
実際、ブーンはツンの記憶を無くしかけているのだ。
それが、ツンの存在がなかったことになる証拠だとすれば。
逆に言えば、いま出麗の身に危険が迫っていることと同じなのだ。
ζ(゚ー゚;ζ「見えてきた! 裏口よ!」
走りながら出麗が指を差す。
そこを見ると、勝手口とも呼べるほど小さな出入口が見えた。
火も無ければ、兵士の声も聞こえない。
自然とスピードが速まる。
ζ(゚ー゚;ζ「急ぐわよ!」
(;^ω^)「了解だお!!」
足が重い。
裏口の先には小道と森が見える。うまく隠れられたら足を休めたい。
飛び出すように二人が裏口から出た途端。
(‘_L’)「読み通りだ、南蛮人」
.
227
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:06:51 ID:A7Etap/g0
(;^ω^)「──え」
鈍痛。
腹と太ももに衝撃が走り、ブーンは前のめりに倒れた。
吐き気が込み上げる。
(;゚ω゚)「かっ…!」
ζ(゚ー゚;ζ「ブーン!!」
蹲りながら後ろを見ると、出麗は数人の兵士達に槍を突き付けられていた。
怯えた目で固まっている。
同時に、ブーンは自分が槍の柄で殴られたのだと理解した。
(‘_L’)「久しいな。あの時、お前に構わずあの小娘を斬るべきだったと、何度も後悔したぞ」
(;゚ω゚)「お、おまえ、は」
息が詰まってまともに話せない。
呼吸を整えないと吐いてしまいそうだ。
知らない顔だが、その立ち振る舞い、その言葉でわかる。
吹連久斗尚、本人だ。
.
228
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:07:21 ID:A7Etap/g0
ζ(゚ー゚;ζ「あんたが、師匠を…?」
震える声で出麗が尋ねる。
久斗尚は口の端で笑い、「如何にも」と続けた。
(‘_L’)「光世真宗は戦魔を二茶根留から離す為に利用したに過ぎん。いずれにしても素直空流もろとも殺すつもりだった」
(;゚ω゚)「……」
ζ(゚ー゚;ζ「そんな…」
様々な感情が錯綜する。
素直空流率いる光世真宗は、結果的にブーンや二茶根留を騙した。
だが、その裏で、吹連側は光世真宗を騙していた。
いずれにしても自軍以外の全員を殺すつもりなのか。
(‘_L’)「利用できるものは利用する。味方以外は全員殺せ。天野から得た教訓だ」
ζ(゚ー゚;ζ「師匠は味方のはずじゃ…」
(‘_L’)「馬鹿を言うな。天下統一に他軍など使えぬ」
(;゚ω゚)「最初から…騙してたのかお…」
幾分か楽になったブーンが、震える膝を抑えて立ち上がろうとする。
その喉元に、久斗尚が槍を向けた。
動きが止まる。
229
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:07:44 ID:A7Etap/g0
(‘_L’)「当然だ。ついでに、お前たちの命も利用させてもらう」
(;゚ω゚)「!!」
槍を投げ捨て、刀を抜く。
斬るつもりだと理解するも、ブーンの体は言う事を聞いてくれない。
刀が、振り上げられた。
(‘_L’)「楽に送ってやる、南蛮人」
(#´メω・`)「させんッッ!!」
突如、久斗尚の体がブーンの目の前から吹き飛ばされた。
一拍置いて、馬に体当たりをされたのだと解かる。
その馬に乗っていたのは。
(;゚ω゚)「しょ、渚本介さん!!」
ζ(゚ー゚;ζ「来てくれたのね…!」
230
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:08:22 ID:A7Etap/g0
(´メω・`)「無事だったか。ブーン、出麗」
兵士達の気が渚本介一人に向けられる。
ブーンは今頃になって気づいたが、久斗尚以外に十人ほどの兵士がこの場に居た。
それを見据え、渚本介はどこから持ってきたのか長槍を構える。
(;^ω^)「や、やっと会えたお…」
脱力し、座り込むブーン。
出麗も同じように座り込んだ。
まだピンチなのは間違いないが、安堵感が二人を包む。
それとは対象的に、久斗尚がよろよろと立ち上がった。
(;‘_L’)「…お前が狗久流を相手する間に、八尾井山を落として二茶根留へ侵攻を始めるのが最良だったが…」
(´メω・`)「もはや叶わぬ」
(;‘_L’)「いや、こうなることも想定済みだ。むしろ──」
血の混じった唾を吐き捨て、久斗尚が笑う。
(;‘_L’)「──作戦通りだ」
.
231
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:08:45 ID:A7Etap/g0
久斗尚が右手を上げる。
途端、兵士達が隠し持っていた短筒──鉄砲を取り出した。
すべての銃口が、渚本介に向く。
(;^ω^)「渚本介さん!!」
(;´メω・`)「くそっ…」
長槍を捨てながら馬から飛び降り、やむを得ず馬の腹に隠れようとする。
だが、間に合わない。
(;´メω・`)(迂闊だった…)
最初から渚本介一人を狙っていたのか。
数発の被弾を覚悟する。
久斗尚が発砲の合図を出したと同時に、渚本介の前に大きな影が立ちはだかった。
(#゚∋゚)「吹連久斗尚ッ!!」
(;‘_L’)「!?」
(;´メω・`)「なっ…」
232
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:09:17 ID:A7Etap/g0
十発の銃弾が一気に放たれる。
そのほとんどが、盾となった斬馬刀に弾かれた。
だが、それを構える右肩と右足にも被弾したようだった。
(;゚∋゚)「くっ…!」
(;´メω・`)「お、おい」
(‘_L’)「…堂土狗久流。どういう事だ」
久斗尚が睨む。
意図的に渚本介を守った狗久流が、片膝をつきながらも睨み返す。
(;゚∋゚)「こっちの台詞だ。貴様、この俺を騙したな」
(‘_L’)「利用したのだ。戦魔との一騎打ちを所望したのはお前だろう」
(;゚∋゚)「悪意に従うつもりはない。お前は、武士の魂を弄んだのだ」
両足でしっかりと立ち上がり、斬馬刀を構える。
その目に怒りの炎を宿らせながら。
(#゚∋゚)「覚悟しろ。もうお前の好きにはさせん!」
(‘_L’)「!」
233
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:09:44 ID:A7Etap/g0
右足を引きずりながら、狗久流が駆け出す。
鉄砲を持った相手に向かっていけるのは、弾の装填に時間がかかることを知っているからだった。
このタイミングで、次の発砲は間違いなく来ない。
(;^ω^)「ふ、伏せるお!」
ζ(゚ー゚;ζ「ええ!」
ブーンと出麗が裏口の方に戻って縮こまる。
駆け出した狗久流を見て、四人の兵達が慌てて久斗尚の前に割り込んだ。
槍を向けられるも、狗久流は臆せず突っ込んでくる。
(#゚∋゚)「せいやァァッッ!!」
斬馬刀を横に一振り。
四本の槍を全て弾き飛ばし、鋭い返し胴で四人を一気に吹き飛ばす。
甲冑ごと斬られたその姿に、ブーンと出麗が目を丸くした。
ζ(゚ー゚;ζ「す、すごいわね」
(;^ω^)「化け物だお…」
(´メω・`)「怪我はないか、二人とも」
234
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:10:11 ID:A7Etap/g0
渚本介が駆けつけ、ブーンと出麗の前にしゃがみ込む。
いつもの優しい目が二人をより安堵させた。
(;^ω^)「無事ですお。疲れたけど」
ζ(゚ー゚*ζ「体力つけなさいよ」
(´メω・`)「それなら安心だ。まだ油断はできないがな」
渚本介が振り向く。
見ると、狗久流が他の兵士達をも斬り伏せているところだった。
向かってくる刀や槍をものともせず、斬馬刀で縦横無尽に吹き飛ばしていく。
(;^ω^)「渚本介さん、アレと戦ったんですかお…」
(´メω・`)「二度な」
(;^ω^)「二度!?」
ζ(゚ー゚*ζ「よく生きてるわねほんと…」
死にかけたさ、と渚本介が呟く。
もう一度狗久流の方を見ると、十人目の兵士を叩き潰すように斬り終えていた。
残るは、久斗尚のみ。
235
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:10:32 ID:A7Etap/g0
(#゚∋゚)「勝負あったな」
(‘_L’)「……」
返り血に塗れた狗久流が睨む。
斬馬刀を脇構えに置いている。渚本介と戦った時のように飛び掛かる気か。
(‘_L’)「ふん」
対する久斗尚は、妙に落ち着いていた。
刀を抜き、大上段に構える。
狗久流は怪訝そうに眉をひそめた。
久斗尚は自分より明らかに身長が低い。体格も普通だ。
大上段からの攻撃──例えば面打ちなどは、身長の高い相手にはきわめて決まりにくい。
(#゚∋゚)「…何を考えている」
(‘_L’)「……」
応えない。
来るなら来い、と久斗尚の目が語っている。
236
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:11:04 ID:A7Etap/g0
(#゚∋゚)「──うつけが!!」
狗久流が走り出した。
斬馬刀は脇構えのまま、引きずるように駆ける。
とんでもない威圧感だ。
対する久斗尚は、大上段の構えのまま動かない。
振り上げられた刀は垂直に立っている。
(‘_L’)「……」
(#゚∋゚)「おおおおお!!」
二人の距離が、残り十歩を切った途端。
久斗尚が、刀を振り下ろした。
(;゚∋゚)「!?」
(´メω・`)(早すぎる!)
刀は届かない距離だ。
タイミングを見誤ったのかと錯覚した直後。
237
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:12:05 ID:A7Etap/g0
刀は、久斗尚の手を離れ。
(; ∋ )「がはっ……!」
狗久流の喉に、突き刺さった。
(;^ω^)「!!」
ζ(゚ー゚;ζ「え!?」
(;´メω・`)(刀投げだと…)
驚く三人を後目に、久斗尚が呟く。
(‘_L’)「児戯に過ぎぬと思っていたが、意表を突くには丁度いい」
膝をついた狗久流へ、悠々と近づく久斗尚。
その喉から刀を引き抜くと、狗久流は静かに崩れ落ちる。
血みどろのその右手から、斬馬刀が滑り落ちた。
(´メω・`)「貴様…」
(‘_L’)「何だ。また仇討ちか?」
238
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:12:46 ID:A7Etap/g0
ゆっくりと立ち上がる渚本介を、見下すように笑う。
(‘_L’)「お前らはいつもそうだ。いつも血筋や仇とやらに縛られている。合理の欠片もない」
(´メω・`)「……」
(‘_L’)「いいか戦魔。俺は全てを利用し、排除したが、此れも天下統一の為だ」
渚本介が久斗尚を見据えながら、その周りを円を描くようにゆっくりと回る。
攻撃のタイミングと距離を計っている。
だが、腰に下がる愛刀には触れていない。
(´メω・`)「…その口ぶりだと、素直空流も始末したようだな」
(‘_L’)「如何にも。光世真宗の兵にもはや生き残りはおるまい」
久斗尚も渚本介の動きを警戒しながら、刀を中段に構える。
(‘_L’)「聖地、八尾井山の焼き討ちはもうじき完遂する。あとは──」
.
239
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:13:14 ID:A7Etap/g0
(‘_L’)「──貴様らの命を奪うだけだ」
(´メω・`)「!」
久斗尚が刀を振り上げ、渚本介の方へと投げた。
それを紙一重で避け、すぐさま久斗尚へと視線を戻す。
武器を手放したはずの久斗尚は、二丁の短筒を構えていた。
そして、二つの銃口が向いた先は。
(;^ω^)「あ…」
ζ(゚ー゚;ζ「ちょ、ちょっと」
座り込み、固まるブーンと出麗。
.
240
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:13:40 ID:A7Etap/g0
(‘_L’)「さらばだ」
(;´メω・`)「ま、待て!」
口角を上げる久斗尚。
走り出す渚本介。
その全てが、ブーンにはスローモーションのように見えた。
(;゚ω゚)「──!!」
乾いた発砲音が鳴り響く。
一瞬、ツンの記憶がもうほとんど無くなっているという事実が、ブーンの脳裏をよぎった。
第十話 終
241
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:15:56 ID:A7Etap/g0
今回は以上で終わりっす!
242
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 16:23:19 ID:A7Etap/g0
「以上で終わり」という日本語の違和感
243
:
名無しさん
:2018/09/16(日) 23:54:19 ID:4LuRKaWc0
仕事おわタイミングでいいものをありがとう!!
ツン……
244
:
名無しさん
:2018/09/17(月) 00:00:04 ID:Qu2GN7tM0
あああ乙!続きオナシャス!
245
:
名無しさん
:2018/09/17(月) 18:11:16 ID:JfTwpWcc0
ありがとうございます!
ただいま執筆なうで、次で最終回になります。
近いうち投下します!
246
:
名無しさん
:2018/09/17(月) 19:56:22 ID:Ndba0Xs20
おつおつ
狗久流…
247
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:35:33 ID:yAwhJitI0
ありがとうございます!
最終話、投下します!
248
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:35:56 ID:yAwhJitI0
──
自分が消える感覚。
それは、予感ではなく、確信だった。
消える理由はわからない。
私が何かしたのだろう。
或いは、私の先祖が、何かしてしまったのだろう。
──
249
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:39:50 ID:yAwhJitI0
──
最終話
「未来への贈り物」
──
もはや何も感じなくなっていた。
何も感じない頭で、何も感じない体で歩く。
ふらつく。
ξ ⊿ )ξ「……」
化粧なんかしていない。
着替えてもいない。
携帯電話のメモリは全て消えていた。
財布には、免許証も何もない。
鏡にも、何も映らない。
ξ ⊿ )ξ「……」
ふらつく足取りで、バイト先のコンビニに向かう。
今日は客の入りが少ない日だ。
閑散とした店内に入る。
.
250
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:40:12 ID:yAwhJitI0
ξ ⊿ )ξ「…おはようございます」
( ^ω^)
そのままふらふらとレジに入った。
同じバイトの先輩が、隣で退屈そうに立っている。
いつもはセクハラ手前の挨拶をしてくるのに。
なぜ、無視をする。
( ^ω^)「今日も一人かお〜…新しい人雇ってくれないかお」
ξ ⊿ )ξ「……」
ああ。やっぱり。
無視なんかじゃない。
.
251
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:40:33 ID:yAwhJitI0
ξ ⊿ )ξ「ブーンさん」
彼は、ツンと目も合わさない。
( ^ω^)「暇だお〜」
ξ ⊿ )ξ「ブーンさん、聞いて」
( ^ω^)「さっさと帰ってギターの練習がしたいお」
ξ ⊿ )ξ「私、もう消えると思うの」
( ^ω^)「ドクオさんにはボイトレしろって言われるけど…」
ξ ⊿ )ξ「ブーンさん」
噛み合わない会話。
ブーンの耳に、ツンの声は聞こえない。
見えてもいない。
ツンには、焦りも悲しみもなかった。
なぜ急に消えてしまうのかという疑問も。怒りも。
ただ、自分はもう消えてしまうのだろうという確信だけがあった。
存在していたという事実も、全て。
だから鏡にも映らないのだろう。
.
252
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:40:55 ID:yAwhJitI0
なのに。
ξ ⊿ )ξ「私ね、ブーンさんが羨ましかったの」
何故か、言葉が込み上げてくる。
ξ ⊿;)ξ「就活なんか私の人生に何の意味もないもの」
何故か、涙が溢れてくる。
ξ;⊿;)ξ「私ね、小さい頃に夢があったの」
何故か、今頃になって、自分の人生が愛おしい。
ξ;⊿;)ξ「歌手になりたかったの。ステージで歌うスターになりたかった」
.
253
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:41:18 ID:yAwhJitI0
ξ;⊿;)ξ「ブーンさんみたいに、音楽で生きていこうとしてるのが羨ましかったの」
( ^ω^)「はあ…」
ξ;⊿;)ξ「私だって、そうしたかった。でも」
( ^ω^)「帰ったらまずは風呂に入って…」
ξ;⊿;)ξ「怖かったの。大学を出て仕事して、無難に生きていくことのほうが、大事な気がして」
(*^ω^)「そうだお! "今日のアーティスト"でも考えとくかお」
ξ;⊿;)ξ「音楽で生きるなんて、リスクが高すぎる気がして」
(*^ω^)「こういう日はチョイ古なロックかメタルだお!」
ξ;⊿;)ξ「でもね、ブーンさん、私ね、ブーンさんみたいになりたかった」
退屈で、無意味な人生だと思っていた。
だが、それももう、終わりだ。
.
254
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:41:38 ID:yAwhJitI0
ξ;⊿;)ξ「ブーンさん」
ξ;⊿;) 「私ね」
ξ;⊿ 「ブーンさんと」
ξ;
.
255
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:42:04 ID:yAwhJitI0
すべてが、薄れていく。
.
256
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:42:24 ID:yAwhJitI0
──
──
257
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:42:51 ID:yAwhJitI0
──
(;゚ω゚)「はっ、はっ、」
ζ(゚ー゚;ζ「……え…」
へたり込むブーンと出麗。
二人の体に銃弾は届かなかった。
代わりに、二人の前に立ち塞がった男が、片膝をつく。
(;´メω `)「く……」
その姿勢のまま、渚本介の口から血が流れた。
.
258
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:43:16 ID:yAwhJitI0
(;゚ω゚)「──渚本介さん!!」
ζ(゚ー゚;ζ「そんな、どうして…」
渚本介は二人に正面を向いて盾となっていた。
背中に被弾したようだが、具体的にどこに当たったのかわからない。
軽傷でないことは確かだ。
今にも倒れそうなその体を、ブーンと出麗が慌てて支える。
(‘_L’)「ようやく、獲ったぞ」
久斗尚が短筒をわざとらしく落とす。
不気味に笑いながら、刀を拾った。
(‘_L’)「天下統一には、二茶根留を潰すには、どうしてもこの男が邪魔だった」
259
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:43:47 ID:yAwhJitI0
刀を持ち、三人の方へと歩いてくる。
(‘_L’)「それに、こいつには一度煮え湯を飲まされている。南蛮人、お前にもだ」
(;゚ω゚)「!」
(‘_L’)「ここでお前らを斬り、我ら吹連は、天下統一を決める」
久斗尚は、もうあと数歩の距離まで来ている。
(;゚ω゚)「……」
絶対的な危機の中に関わらず、ブーンの思考は別のところに向いていた。
ある結論が出そうだからだ。
ζ(;- ;*ζ「ああ…」
出麗は泣いている。
渚本介という唯一の希望が撃たれたからか。
260
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:44:27 ID:yAwhJitI0
出麗の身が危険だ。
ブーンの中で、ツンの記憶はほとんど失われている。
出麗を守らなくてはならない。
だからこの時代に来たのだ。
(; ω )「……」
そうだ。
この時代に来て間もない時、渚本介が教えてくれた。
三年前、自分は出麗を守る為に旅をし、結果的にそれが実ったのだと。
(; ω )「……」
もし、それに失敗していたら。
出麗を失っただけではない。
ツンの存在も、無かったことになっていたのだ。
そう、今まさに無くなりつつあるツンの記憶が、それを証明している。
同じことが起ころうとしている。
.
261
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:44:48 ID:yAwhJitI0
それなら、ブーンがタイムスリップした理由は。
(; ω )(僕が、この時代にきたのは…)
現世のツンを、守る為なのだ。
.
262
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:45:25 ID:yAwhJitI0
(‘_L’)「あの世で仲良く暮らすがいい。この地は、我らが治める」
久斗尚が刀を振り上げる。
狙いは、渚本介と、渚本介を抱える出麗。
(;´メω `)「……」
ζ(;- ;*ζ「た、たすけ…」
(‘_L’)「安らかに眠れ」
刀が振り下ろされる瞬間。
ブーンが、ギターのネックを両手で掴み。
(#`ω´)「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
(;‘_L’)「!?」
──久斗尚の顔面に、ボディを叩きつけた。
.
263
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:45:47 ID:yAwhJitI0
(;‘_L’)「ぐっ…!」
久斗尚がよろける。
ブーンの手に、痺れが広がった。
ζ(;ー;*ζ「…ブーン!」
(#`ω´)「ツンは消させないお!!」
そのまま、よろけた久斗尚に体当たりを喰らわせた。
二人して地面に転がる。
出麗と渚本介からは、距離が生まれた。
(#‘_L’)「…この期に及んで、まだ邪魔をするか、南蛮人!」
刀を構え直し、怒りを露わにする。
ブーンもギターのネックを持ったまま睨む。
.
264
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:46:16 ID:yAwhJitI0
久斗尚が斬りかかろうと一歩踏み出したと同時に。
その目の前を、石が横切った。
(;´メω・`)「相手を間違えるな、吹連久斗尚よ」
石を投げた体制のまま、渚本介が弱弱しく立ち上がった。
(;^ω^)「渚本介さん!」
(;´メω・`)「下がってろブーン。大事なぎたーだろう」
ζ(゚ー゚;ζ「無茶しないで! 鉄砲を受けたのよ!?」
(#‘_L’)「…正義の味方気取りが」
久斗尚が渚本介を睨む。
渚本介は極端な前傾姿勢のまま、肩で息をしている。
これ以上体が上がらないようだ。
(#‘_L’)「俺を止めると抜かしたな、戦魔」
(;´メω・`)「……」
(#‘_L’)「もう一度言おう。戦魔、お前は戦乱そのものだ。お前さえいなければ、ここまで失わずに済んだ」
(#‘_L’)「天下統一とは、対立の無い世を心する! これ以上邪魔はさせん!」
265
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:46:38 ID:yAwhJitI0
久斗尚が斬りかかる。袈裟切りだ。
その軌道を渚本介は転がるように避けた。
背中に、激痛が走った。
(;´メω・`)「くっ…」
(#‘_L’)「ふんっ!!」
連続で、返し胴。
距離をとってそれを避ける。
(;´メω・`)「…お前の治める世などに平和は望めぬ」
肩で息をしながら、久斗尚を睨む。
(;´メω・`)「だが、確かに俺は数多もの人間を斬ってきた。復讐の為、天野を阻む為」
(;´メω・`)「お前の言う通り、俺こそがこの戦乱を表していたのかも知れぬ」
.
266
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:46:59 ID:yAwhJitI0
渚本介が刀を抜く。
何年も行動を共にした、愛刀虎恍丸。
(;´メω・`)「…だが、それももう終わりだ」
(#‘_L’)「抜かせ!!」
久斗尚が、刀を上段から振り下ろしてきた。
それを虎恍丸で受け止め、そのまま押されて後ろに転がる。
(;´メω・`)「がはっ…」
(;^ω^)「渚本介さん!!」
ζ(゚ー゚;ζ「あの傷じゃ、もう…」
いつもなら、刀を弾き返すか受け流して攻撃に出る渚本介が、圧されている。
既に鉄砲を二発喰らっているのだ。
まともに動ける筈がない。
(#‘_L’)「とどめだ、戦魔」
その姿を見下ろし、刀を持ったまま迫る。
.
267
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:47:21 ID:yAwhJitI0
(;´メω・`)(…終わらせる)
久斗尚が迫る。
むき出しの殺意を纏っている。
(#´メω・`)「……この俺が、戦乱の世を終わらせる!」
途端、渚本介は虎恍丸から手を放した。
代わりに、地面に在る「それ」を、握りしめる。
(;‘_L’)「!!」
(;^ω^)(あれは…)
握りしめた「それ」を、残り少ない体力で、持ち上げる。
.
268
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:47:48 ID:yAwhJitI0
(#´メω・`)「はあああああッッ!!!」
人の上半身がまるまる隠れるほどの大きな刀身。
それはかつて、渚本介を苦しめ続けた、忌まわしき刀。
(;‘_L’)(──斬馬刀だと!?)
(#´メω・`)「これが、俺の、最後の攻撃だ!!」
垂直に持ち上げたその刃を、久斗尚に向ける。
思えば、復讐の始まりは、最愛の兄を斬馬刀で斬られたことからだった。
天野を追い、戦い、また追うという日々。
立ちはだかるのは、決まってこの斬馬刀だった。
.
269
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:48:10 ID:yAwhJitI0
(#´メω・`)「はあああああああああ!!」
そして今、新たな敵が、新たな「戦魔」となって立ちはだかっている。
まるで、天下統一を目論んだ天野擬古成と、復讐に明け暮れた太田渚本介の精神を受け継いだかのように。
(#´メω・`)「あああああああああああ!!」
ならば、終わらせてやろう。
その精神を断ち切ってやろうではないか。
戦いの連鎖を生み出した、この斬馬刀で。
.
270
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:48:32 ID:yAwhJitI0
(#´メω・`)「はああああああああ!!!」
(;‘_L’)「あ、あ、……」
久斗尚は完全に気圧されて固まっている。
まともに斬馬刀と対峙したことがないのだろう。
(#´メω・`)「あああああッッッ!!!」
その怯んだ姿に、渚本介は斬馬刀を振り下ろした。
(#´メω・`)「……」
(; _L )「がっ…」
狗久流のように、横向きの刀身──鎬地を使って。
頭を強く打ち、勢いよく倒れる久斗尚。
衝撃で気絶したようだった。
.
271
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:48:54 ID:yAwhJitI0
倒れた久斗尚を見下ろし、斬馬刀を放した。
同時に、渚本介も崩れるように膝をつく。
(;^ω^)「だ、大丈夫ですかお!?」
ζ(゚ー゚;ζ「無茶なことを…」
(;´メω・`)「ああ、すまない」
(;^ω^)「早くここから逃げますお!」
渚本介を出麗に抱えさせて、ブーンは馬のもとへ向かった。
ブーンを助ける際に渚本介が乗っていた馬が近くにいたのだ。
どうにかそれを引っ張り、二人に近づける。
(;^ω^)「ここもいつ襲われるかわかったもんじゃないですお。逃げないと…あ、三人は乗れないか」
(;´メω・`)「いや…」
渚本介が空を見る。
東側が明るくなってきている。
(;´メω・`)「…時間だ」
272
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:49:16 ID:yAwhJitI0
何が、と聞くまでも無かった。
その直後、八尾井山の至るところから悲鳴が上がったのだ。
(;´メω・`)「来たか」
よろよろと山道のほうに歩く。
少し行くと開けた場所に出た。そこから麓が見える。
見ると、大軍が八尾井山に入っていくところだった。
(;^ω^)「ちょ、やばいじゃないですかお!」
ζ(゚ー゚*ζ「いえ、あれは…」
出麗が目を丸くする。
次第に、笑顔になった。
273
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:49:44 ID:yAwhJitI0
ζ(゚ー゚*ζ「二茶根留勢よ!」
(;^ω^)「え!?」
よく見れば、二茶根留の旗が掲げられている。
意表を突かれた吹連勢は、多少の抵抗はしたものの、すぐに飲み込まれていった。
どういうことだ、と渚本介を見る。
渚本介は疲労の現れた顔で笑った。
(;´メω・`)「根十城から出立する前に予め言っておいたのだ。三日目の夕方に具麗芭城から狼煙を上げる。もし上がらなかったら全速力で進軍せよと」
(;^ω^)「え、聞いてないですお」
ζ(゚ー゚;ζ「私も」
(;´メω・`)「極秘にしたかった。すまない」
三日目の夕方。うまくいけば、具麗芭城で交渉だけ終わらせて帰れるタイミングだった。
失敗を見越して、軍を用意させていたのか。
(;´メω・`)「馬で全力で駆ければ一晩で到着するからな」
(;´メω・`)「どうやら成功したみたいだ。だが──」
274
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:50:08 ID:yAwhJitI0
渚本介がブーンの方を向き。
力無く笑った。
(;´メω・`)「お前がいなければ、俺も出麗も死んでいた。ありがとう」
ζ(゚ー゚*ζ「…一応、私からもお礼は言っとくわ」
(;*^ω^)「お、ど、どういたしましてですお」
急に礼を言われ、照れるブーン。
さあ行くぞと振り返り、馬の方へと歩く。
直後、三人のもとに、別の馬が駆けてきた。
▼・ェ・▼ ヒヒーン
(;^ω^)「…ってマルフォイじゃないかお!!」
ζ(゚ー゚*ζ「丸…は?」
ブーンを具麗芭城まで乗せた馬が、綱を解かれた後、誰の指示も受けずにやって来たのだ。
妙な感動を覚え、その馬──マルフォイを撫でる。
(*^ω^)「マルフォイ…お前、根はいい奴だったのかお。原作と同じだおね」
▼・ェ・▼ ヒヒーン
( #)ω゚)「ぬぅふ!」
ζ(゚ー゚*ζ「…あいつ、馬に蹴られてるけど」
(;´メω・`)「結局馴染めなかったか」
275
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:50:30 ID:yAwhJitI0
渚本介と出麗が同じ馬に乗り、ブーンはマルフォイに跨った。
二茶根留に巻き込まれないように八尾井山を降りる。
( ^ω^)「……」
振り返る。
山頂には、ボロボロになった光世真宗の本殿が、朝陽に照らされ輝いて見えた。
吹連久斗尚は二茶根留の兵士に見つかって捕らえられている頃だろう。
長い夜だった。
──
.
276
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:50:53 ID:yAwhJitI0
──
根十城に到着し、渚本介に治療が施された。
二発の弾丸は幸いにも内臓までは到達しておらず、弾丸の摘出と止血だけで済んだ。
ブーンのギターは、人を殴ったにもかかわらず無傷だった。
ブーンもこれには心底ほっとした。パフォーマンスでギターを叩きつけて破壊するアーティストをごまんと見てきたからだ。
(´メω・`)「ははは、未来の音楽家にはそんなことをする奴がいるのか」
( ^ω^)「それで喜ぶ奴らがいるんですお。全く信じられませんお…」
ζ(゚ー゚*ζ「未来は未来で野蛮な人がいるのね。自分の琴を壊すとか私絶対無理…」
体中に包帯を巻いて布団に横たわる渚本介。
その傍にブーンと出麗が座っている。
277
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:51:19 ID:yAwhJitI0
日はとっくに沈んでいた。
静かな夜だ。それまでの喧騒が嘘のように。
( ^ω^)「…この時代に来て、初めてこんなに落ち着いてますお」
(´メω・`)「確かにそうだな。この数日間は実に濃かった」
ζ(゚ー゚*ζ「でも、いい経験にはなったわ」
出麗は話した後、少し表情を曇らせた。
空流のことを思い出したのだろう。
(;^ω^)「あの、…」
ζ(゚ー゚*ζ「わかってる。師匠の件はあんたのせいじゃない」
むしろ、と出麗が続ける。
晴れ渡ったような笑顔だ。
ζ(゚ー゚*ζ「いい勉強になったわ。まさか師匠に音楽で勝る人がいるなんで思わなかった」
278
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:51:43 ID:yAwhJitI0
(;^ω^)「お…」
(´メω・`)「俺も話を聞いたときは驚いたぞ。素直流の元帥と言えば、その辺の町民にも伝わるほどの音楽家だ。まさかそれに勝つとは」
空流は確かに偉大な音楽家だ。200年後の音楽を先取るなど、現代の音楽家にはできるだろうか。
音楽センスでは間違いなく負けていたはずだ。
ブーンが勝てたのは、単純に、運が良かったからなのかもしれない。
(´メω・`)「…お前は」
渚本介が微笑む。
(´メω・`)「随分と強くなったな。それに、泣かなくなった」
( ^ω^)「え?」
ζ(゚ー゚*ζ「それ、私も思った。三年前はあんなに泣き虫だったのに」
(;*^ω^)「そ、そうなのかお…」
279
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:52:07 ID:yAwhJitI0
何となく恥ずかしくて、俯く。
すると、落とした視線の先──足元に、何かが落ちているのが見えた。
拾うと、それは琴爪だった。
出麗の名前が刻まれている。
それに気づき、渚本介の目が優しく細まる。
ζ(゚ー゚*ζ「ブーン、それ……」
(´メω・`)「もう、時間か」
( ^ω^)「……」
時間。ブーンはその意味を直観的に理解した。
この時代で果たすべきことは果たしたのだ。
あとは、元の時代に戻るだけ。
ギターを構え、琴爪で鳴らそうとしたところを、渚本介に止められた。
(´メω・`)「ブーン、頼みがあるんだ」
渚本介の言いたいことが、何となく伝わってくる。
(´メω・`)「ぎたーを弾いてくれ。曲は…」
.
280
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:52:40 ID:yAwhJitI0
(´メω・`)「…三年前に弾いてくれた、あの曲がいい」
( ^ω^)「あの曲?」
(´メω・`)「曲名が分からないんだ。確か、孤独な人間の様子を描いたとか言ってたが」
ブーンはすぐに曲の正体がわかった。
確かに三年前にそんな曲を作ったことがある。
曲名は付けなかった。良い名前が思いつかなかったのだ。
( ^ω^)「了解ですお」
琴爪を置き、ピックを持ち直す。
落ち着いたテンポで、曲が始まった。
(´メω・`)「……」
ζ(゚ー゚*ζ「……」
演奏しながら、ブーンはこの曲のイメージを思い出していた。
孤独な男が街の中をひたすら歩いている。
その景色の一つ一つの優しさと、孤独な自分への嫌悪感。
男は悲しいような切ないような、胸が締め付けられるような想いに駆られていく。
自分は、何故、この曲を作ったのだろう。
.
281
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:53:28 ID:yAwhJitI0
ゆっくりとしたF♯のアルペジオで、曲は終わった。
( ^ω^)「…この曲は」
曲の余韻が全身に広がるのを感じながら、ブーンが口を開いた。
( ^ω^)「曲名が無いんですお。だから…」
部屋を見渡す。
紙と筆を見つけ、ブーンはすらすらと筆を走らせた。
ζ(゚ー゚*ζ「それは…」
(´メω・`)「楽譜か?」
( ^ω^)「そうですお」
書き終えた簡易的な楽譜を、出麗に手渡した。
それを見た渚本介が小さく笑う。
( ^ω^)「出麗にこの曲をあげるお。今度は琴で渚本介に聞かせてあげるんだお」
ζ(゚ー゚;ζ「…南蛮の楽譜難しいし、琴で作りなおすのも難しいんだけど」
( ^ω^)「できるはずだお。素直空流の弟子なら」
.
282
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:53:57 ID:yAwhJitI0
出麗も自然と笑顔になる。
手渡された楽譜に目を落とし、少しでも曲の構成を掴もうとしているようだった。
( ^ω^)「それともう一つ。渚本介さんと出麗に、曲名をつけてほしいんですお」
ζ(゚ー゚*ζ「えっ」
(´メω・`)「ははは、粋じゃないか」
渚本介が笑う。
体を起こし、ブーンと向き合った。
(´メω・`)「考えておこう。この曲は何度でも聴いていられるほど気に入ったしな」
ζ(゚ー゚*ζ「わかったわ。良い名前をつけてあげる」
( ^ω^)「ありがとうございますお」
改めて、琴爪を持つ。
本当に濃い数日間だった。何度も死にかけた。
だが、得られるものもあった。
( ^ω^)「…楽しかったですお。渚本介さん、出麗、お元気で」
ζ(゚ー゚*ζ「あんたもね」
(´メω・`)「ああ、達者でな」
283
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:54:17 ID:yAwhJitI0
楽しかった。
その気持ちに嘘偽りはない。
三年前の自分もこんな気持ちだったのだろうか。
手にした琴爪で、ブーンはギターを鳴らした。
.
284
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:54:39 ID:yAwhJitI0
──
──
.
285
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:55:00 ID:yAwhJitI0
──
──…ちゃ──
──…ちゃん!──
(;^ω^)「──ツンちゃん! 一体どうしたんだお!」
ξ;⊿;)ξ「…え?」
.
286
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:55:28 ID:yAwhJitI0
目を開ける。
そこは、通いなれたバイト先のコンビニ。
自分はレジにいるようだ。
ξつ⊿;)ξ「え? ブーンさん? 何してるんですか」
(;^ω^)「こっちの台詞だお! 気づいたらツンちゃんがレジで泣いてたんだお! 制服着てないし!」
(;^ω^)「気づかなかった僕も悪いけど、マジでびっくりしたお…とにかく事務室行くお!」
ブーンに無理やり腕を引っ張られる。
涙を拭き、ブーンに従って歩いていると、だんだん記憶を取り戻してきた。
ξ;゚⊿゚)ξ「待って!!」
(;^ω^)「え!?」
ブーンを押しのけ、事務所のドアにあるマジックミラーの前に立つ。
恐る恐るそれを見ると。
ξ;゚⊿゚)ξ「…映ってる」
(;^ω^)「は?」
ξ*゚⊿゚)ξ「私、鏡に映ってる!」
(;^ω^)「いや普通でしょ…どうしたんだお本当に…」
287
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:56:17 ID:yAwhJitI0
事務室に入り、椅子に座る。
ブーンはすぐにお茶を出してくれた。童貞なのに手際がいいなと思った。
( ^ω^)「ツンちゃんなんか様子が変だし、今日は帰っていいお」
ξ゚⊿゚)ξ「ありがとうございます」
( ^ω^)「悩んでることがあるなら、僕で良ければいつでも話聞くお」
ξ゚⊿゚)ξ「童貞なのにありがとうございます」
( ^ω^)「平常運転じゃねーかお」
無意識に余計なことを言ってしまったが、ブーンはいつも通り気にしていないようだった。
その姿を見て、ふと、自分が泣いていた理由を思い出す。
ブーンが羨ましかった。
夢を追い続けるブーンが羨ましかった。こんな人生を歩みたかった。
いや、今でもそうしたい気持ちがある。だから就活もやる気が出ないのだ。
でも、よく考えると。
ブーンは23歳だけど、自分はもっと若い。
なら、自分にも、今から夢を追うことはできるのではないか。
( ^ω^)「じゃあ僕は売り場に戻るけど…何かあったら本当に行ってくれお」
ξ゚⊿゚)ξ「待って」
288
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:56:44 ID:yAwhJitI0
事務室を出ようとしたブーンが、驚いて振り返る。
拳を小さく握りしめ、ツンは絞り出すように声を出した。
ξ゚⊿゚)ξ「…私、ブーンさんと」
( ^ω^)「え?」
ξ゚⊿゚)ξ「私も、ブーンさんと音楽やりたい! 歌手になりたい!」
(;^ω^)「!?」
ブーンが大きく目を見開いた。
あまりにも予想外だったのだろう。
少し考える素振りを見せた後、ブーンは満面の笑みで応えた。
( ^ω^)「本気なんだおね?」
ξ゚⊿゚)ξ「はい…」
( ^ω^)「…来週、ジャケの相談しにスタジオに行くんだお。一緒に来るかお?」
ξ*゚⊿゚)ξ「い、行きます!」
即答する。
就活なんて捨てちまえ。夢を追うほうが何倍も良い。
ミセリには文句を言われるだろうな、と苦笑した。
289
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:57:08 ID:yAwhJitI0
(*^ω^)「そうと決まれば話は早いお! 早速ドクオさんに連絡いれとくお」
ξ*゚⊿゚)ξ「スタジオの人ですか?」
(*^ω^)「そうだお。あ、その前にツンちゃんの歌の感じが知りたいからカラオケにでも行くお」
ξ*゚⊿゚)ξ「はい! …え、二人で?」
(;^ω^)「なんで急に嫌そうなの……」
話がとんとん拍子で進んでいく。
胸の内に高揚感が込み上げてくる。
ξ*゚⊿゚)ξ「ブーンさん」
さっきまでの絶望感は、どこに行ったんだろう。
自分の人生が、こんなにも愛おしい。
前世の行いが良かったのかな、なんて思うほどに。
ξ*゚⊿゚)ξ「…ありがとう」
.
290
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:57:33 ID:yAwhJitI0
退屈で、無意味な人生だと思っていた。
だが、それももう、終わりだ。
最終話 終
.
291
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 15:58:22 ID:yAwhJitI0
──
エピローグ
──
今日もツンとのレコーディングを終え、ブーンは自室に戻った。
ツンの歌声は想像以上に良かった。
透明感のある声をさらにウィスパー気味に発するタイプだ。その上声量が大きい。
それが、アルペジオを多用するブーンのギターと、絶妙にマッチする。
ドクオも珍しく大絶賛した。
「とんでもない原石を見つけた」とまで言っていた。
童貞と美少女のラブソングというキャッチフレーズにするか、という話になったが、これにはツンが大反対した。
「誤解されそう」ということらしい。
(;^ω^)「誤解されそうって…」
一人で呟きながら、テレビをつける。
毎週流れている音楽番組がちょうど始まっていた。
今回は日本の名曲特集らしい。
292
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 16:00:10 ID:yAwhJitI0
一曲目に、ある曲が取り上げられていた。
解説者がその曲の解説を始める。
「この曲の凄いところといえば、やっぱりコード進行ですね」
「コード進行?」
「はい。非常に現代的なんですね。具体的には、メジャーコードとセブンスコードの使い方が、昨今のJPOPに共通するものがあります」
「その、コードとかっていうのは、そもそもこの曲が作られた時代から知られてたんですか。コードという概念自体が近代的な気がしますが」
「どうなんでしょう。当時からコードという概念が日本にあったかどうかは…」
「不思議ですねえ。まるで未来から贈られた曲みたいだ。そんな曲が五百年前から存在するわけですから」
「そうですね。作曲者は尾付出麗という琴奏者となっています。きっと素晴らしい才能を持った作曲家なのでしょう」
( ^ω^)「ふうん…」
ベッドに座りながら、司会者と解説者の会話を聞く。
確かに不思議な話だ。やたら現代的な曲が五百年前の曲だったなんて。
だが、古くから伝わる曲が現代的な構成をしているというのは、海外では割とある話だ。
例えば、ヨハン・パッヘルベルの『カノン』のように。
実際、この曲は今や世界中で知られている。
もちろんブーンも知っている。
そして、この司会者と解説者以上に、ブーンには不思議に思えることがあった。
293
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 16:00:31 ID:yAwhJitI0
( ^ω^)「この曲…」
解説が終わり、曲が流れる。
何度聴いても、やっぱりそうだ。
( ^ω^)「昔作った曲にめちゃくちゃ似てるお…似せたつもりはないのに」
この曲の雰囲気は、一貫して切ない。
孤独感すら覚えるほどだ。
実際、ブーンが作った曲も、孤独をイメージして作った。
なのに、テレビに映るその曲名は、あまりそのイメージにはフィットしない曲名だった。
( ^ω^)「『贈り物』……」
その曲名を呟くと、ブーンは何となく、懐かしさを感じた。
エピローグ 終
294
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 16:00:53 ID:yAwhJitI0
以上です。長々とすんませんでした!
それと、逃亡しててほんとすんませんでした!
質問・誹謗・中傷・愛撫、なんでも受け付けます。
ありがとうございました!
295
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 17:16:23 ID:F4/ZnoX20
二部は内容が駆け足な感じだな乙
296
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 18:54:46 ID:ejAbJs5U0
楽しかったのにもう終わっちゃったよ・・・また戦国になんやかんや行ってもいいんだよ?チラッチラッ
まあそれはそれとして乙でした!
297
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 20:48:10 ID:37vis1iE0
乙!面白かった
298
:
名無しさん
:2018/09/19(水) 22:14:50 ID:e/f2Ps.s0
乙!
299
:
名無しさん
:2018/09/20(木) 12:45:34 ID:1kcTO8pw0
乙乙!!
またブーンに戦国にいってほしい!
番外編でまったり観光とかも|´-`)チラッ
最後の曲名にはグッときた
300
:
名無しさん
:2018/09/23(日) 09:56:14 ID:5asXlnQU0
お疲れ様!
次は欧米編だな!
301
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:08:46 ID:L9irMuC20
('A`)「クリスマスソングを作れ」
( ^ω^)「は?」
ξ゚⊿゚)ξ「あ"?」
('A`)「ツンちゃん返事が怖い。まあ聞けよ二人とも」
十二月に入り、本格的な寒さが事務所の中にも蔓延する。
その事務所の一角。三人はストーブの前で縮こまりながらミーティングをしていた。
(;^ω^)「クリスマスソングって…もう12月ですお?」
音楽で生きるという夢を追うフリーター、ブーンが言い返し。
ξ゚⊿゚)ξ「私も、さすがにもう遅いと思います」
ブーンをタッグを組むボーカリスト、ツンも便乗する。
.
302
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:09:46 ID:L9irMuC20
二人が一緒に音楽をするようになってはや半年。
ネット上での人気が徐々に広まり、ファン(主にツンへの)も増えてきた。
手応えを感じてきた頃ではあるが、伸びるのはまだこれからだ、と二人を担当するドクオは思っている。
('A`)「君達二人は注目されてきている…が、代表曲がまだ無いんだ。バズりが足りない」
(;^ω^)「はあ…」
('A`)「そこでだ。基本的にクリスマスソングは良い印象を与えやすい。というかバズりやすい。クリスマスソングを作るということは、お前らの躍進のチャンスなんだ!!!」
(;^ω^)「…で、なんで今このタイミングで言ってきたんですか?もう12月なのに」
('A`)「完全に今日思いついた」
ξ゚⊿゚)ξ「あ"?」
('A`)「やめてそれ怖い」
――
.
303
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:10:40 ID:L9irMuC20
――
( ^ω^)「クリスマスソングって幸せ系が良いんじゃないのかお? みんながハッピーになる日なんだから、幸せな二人を歌うほうがいいお!」
ξ゚⊿゚)ξ「幸せより儚さの方が響きますよ。クリスマスソングで売れてる曲って大体そうじゃないですか」
ブーンとツンのアルバイト先のコンビニ。
相変わらず客のいない店内で、二人は商品の補充をしながら言い争っていた。
争点は、課題となったクリスマスソングのコンセプトだ。
ブーンが理想とするのは愛が成就する幸せな曲。
ツンが理想とするのは愛が成就しない切ない曲。
真っ向からぶつかり合った意見は、なかなか落としどころが見つからない。
(#^ω^)「だいたい、ツンちゃんはそうやって普段から僕に童貞とか言うけど、ツンちゃんこそデートとか恋愛とか経験あるのかお!?」
ξ゚⊿゚)ξ「あるから言ってんだろクソ童貞」
( ^ω^)「ごめんなさい」
ξ゚⊿゚)ξ「ブーンさんは幸せな曲がいいとか言いますけど、クリスマスに幸せな経験とかしたことあるんですか?」
( ^ω^)「無いから言ってるんだお。そういう傷つけ方やめろ」
ξ゚⊿゚)ξ「ごめんなさい」
.
304
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:11:19 ID:L9irMuC20
ため息。
議論は平行線のまま進まない。
ブーンはいっそのこと二曲作るかとも考えたが、もうそんな時間はない。
沈黙が続いたあと、ふとツンが呟いた。
ξ゚⊿゚)ξ「…どっちでもない物語を作る、ってのはどうですか?」
( ^ω^)「え?」
ξ゚⊿゚)ξ「ちゃんと聞け童貞。成就も失敗もしてないような、どちらとも取れるような話にするんです」
ξ゚⊿゚)ξ「例えば…クリスマスまでに決めるつもりだったけど、結局距離が縮まっただけ、とか」
( ^ω^)「お、なるほどだお。確かにそのほうが共感性高そうだおね」
ブーンが繰り返し頷く。
確かに、それなら幸せな話とも切ない話とも受け取れる。その中途半端さがむしろリアルだ。
.
305
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:11:54 ID:L9irMuC20
( ^ω^)「よし、この品出しが終わるまでに物語を考えるお!」
ξ゚⊿゚)ξ「えっ今ですか?」
( ^ω^)「もちろんだお!例えばこういうのはどうだお?ある男が――」
話が盛り上がる二人。
横で熱弁するブーンを見ながら、ツンはこの会話になんとなく居心地の良さを感じていた。
そういえば、以前に比べるとブーンに対しての口数が増えた気がする。
ブーンに慣れたのか、自分の性格が変わったのかわからない。
が、自分という存在にずっと疑問を抱えていた半年前に比べると、今のほうがずっと心地いい。
閑散としたコンビニの中で、二人は曲のイメージを退勤時間まで語り合った。
――
.
306
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:12:27 ID:L9irMuC20
――
孤独な男が、一人寂しく過ごしていた冬の日、ある女性ミュージシャンと出会う。
彼はその出会いにより、それまで興味のなかった音楽に心奪われていく。
そしてクリスマスの日。彼女が作った曲を聴いているうちに、彼が愛しているのは彼女の音楽ではなく、彼女そのものなのだと気づく。
男は、彼女にその愛を伝えることを決心する。
――
.
307
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:12:56 ID:L9irMuC20
ξ゚⊿゚)ξ「…いいんじゃないですか?」
(*^ω^)「いいおね!」
ξ゚⊿゚)ξ「正直、いいと思います」
(*^ω^)「いいおね!!!」
ξ゚⊿゚)ξ「うるさい」
( ^ω^)
ξ゚⊿゚)ξ「私のイメージ通りだし、こういうストーリーなら色々納得できます。ブーンさんにこんなこと言うの癪ですけど、理想的です」
.
308
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:13:50 ID:L9irMuC20
翌日。
ブーンが家で書いた曲のコンセプトをツンに確認させてみると、予想の遥か先を行くほどの良い反応が返ってきた。
ブーンはその反応を嬉しく思いつつも、別の感覚に襲われていた。
( ^ω^)「僕としても、なんか不思議なくらいしっくりくる物語なんだお。経験したわけでもないのに」
ξ゚⊿゚)ξ「でしょうね」
( ^ω^)「やめろ」
ξ゚⊿゚)ξ「私も不思議なくらい納得できました。初めて見る物語なのに」
どうやらツンも同じ感覚を持っているようだ。
そう、自分でも不思議に思うほど、この物語が自分の理想にフィットするのだ。
まるで同じ経験があるかのように。
(*^ω^)「まあとにかく、このコンセプトで曲を作ってみるお!僕らの意見がこんなに合致するんだから、きっと良い曲ができるお」
ξ゚⊿゚)ξ「そうですね。これで行きましょう」
――
.
309
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:14:30 ID:L9irMuC20
――
寒さが包み込む根十城の朝方。
兵舎の裏庭で、焚火で暖を取る男がひとり。
(´メω・`)「……」
かつて戦魔と恐れられた剣豪、太田渚本介。
小さな火の前に座り込み、両手を見ながら指を上下に動かす。
寒さで動きにくい。
ζ(゚- ゚*ζ「…アンタ、何してるの?」
二茶根留家近習一族にして、有名な琴奏者、尾付出麗が後ろから呼びかける。
.
310
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:15:09 ID:L9irMuC20
(´メω・`)「出麗か」
出麗が自然と渚本介の隣に座る。
汚れるぞ、と声をかけたが、出麗はこれを無視した。
ζ(゚- ゚*ζ「中に暖かい場所はいくらでもあるのに、なんでわざわざ外で火を起こすわけ?」
(´メω・`)「慣れだな。大勢で囲炉裏を囲むより、少数で火を見る方が落ち着く」
ζ(゚ー゚*ζ「あは、なんとなく分かる気がする」
火を見ながら自然と笑顔になる二人。
渚本介の言う通り、こうして火を見ているだけで落ち着く。
思えば、ブーンと旅をしていた日々、まさにこんな雰囲気が多かった。
(´メω・`)「ブーンの残した曲、できそうか?」
渚本介がふと尋ねる。
出麗は苦笑いで答えた。
.
311
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:16:04 ID:L9irMuC20
ζ(゚ー゚*ζ「かなり苦戦してる。琴の楽譜に写し始めてから気づいたんだけど、見たこともないような音階を使ってるみたいなの」
ζ(゚ー゚*ζ「暫く時間がかかりそうね。師匠の凄さを思い知らされたわ」
そうか、と呟く。
出麗が師匠と呼ぶのは、光世真宗の座主でもあり、素直流琴の元帥、素直空流のことだ。
八尾井山焼き討ちの際に出麗達は裏切られ殺されかけたが、ブーンが音楽で彼女を止め、結果的に彼女は吹連久斗尚に裏切られて命を落とした。
謀反者とは言え、惜しく思う。
二人して暫く無言で火を眺めたあと、ふと、渚本介が口を開いた。
(´メω・`)「…琴は、冬でも弾けるのか?」
ζ(゚- ゚*ζ「は?」
出麗が思いっきり怪訝な表情で渚本介を見た。
質問の意味がわからない。
.
312
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:17:14 ID:L9irMuC20
(´メω・`)「武器術や徒手戦闘は、冬になると動きが圧倒的に悪くなる。寒さで鈍くなるんだ」
(´メω・`)「琴はどうなんだ?寒さの影響は指こそ受けるだろう」
考える。
確かに寒いと指が動きづらいが、弾けるかどうかで言えば、弾ける。
ζ(゚- ゚*ζ「激しい動きがあるわけじゃないし、そもそも弾くのは室内だし、弾けるわよ。武器なんかと比べないで」
(´メω・`)「そうか、そう言われるとそうだな」
ζ(゚- ゚*ζ「急にどうしたの?琴なんか興味なさそうなのに」
渚本介は両手を開き、もう一度指を上下した。
先程よりは動く。
(´メω・`)「…頼みがある。確かめたいことがあるんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「なに?琴を教えてほしいの?」
.
313
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:17:37 ID:L9irMuC20
出麗が悪戯っぽく笑う。
それに対し、渚本介は至って真剣な表情で返した。
(´メω・`)「その通りだ。琴を教えてほしい」
ζ(゚ー゚*ζ「えっ」
.
314
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:18:05 ID:L9irMuC20
――
(´メω・`)♪〜♪♪〜
ζ(゚д゚;ζ
(´メω・`)♪〜♪〜♪〜
ζ(゚д゚;ζ
出麗の部屋で琴を教え始めてから数日。
渚本介の覚えの速さは異常なほどで、基礎はあっという間にできるようになってしまった。
普通なら一か月以上はかかるであろうレベルに既に達している。
ζ(゚д゚;ζ「…ほんとに琴は初めてなの?」
(´メω・`)「ああ。ぎたーなら何度かあるがな」
ζ(゚д゚;ζ「それもおかしいけど…」
それにしても、上達が速すぎないだろうか。
渚本介の持つ音楽センスに驚きつつも、出麗はふと別のことが気にかかった。
.
315
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:18:52 ID:L9irMuC20
ζ(゚- ゚*ζ「そういえば、確かめたいことがあるって言ってたけど、ぎたーが弾けるから琴も弾けるかってこと?」
(´メω・`)「……いや」
琴爪を外し、丁寧に置く。
その仕草も既に様になっている。
(´メω・`)「俺は、ブーンを羨んでいた」
出麗と目を合わさず、琴を眺めながら渚本介が語る。
(´メω・`)「あいつの音楽に触れるたびに、俺は自分の人生の価値の無さを突き付けられる気分だった。俺は憎しい相手を追って刀を振っていただけだからな」
(´メω・`)「だがあいつは違った。自分の為に、ひたすら音楽の道を歩んでいた。俺が陰なら、あいつは陽だ。それが羨ましかった」
(´メω・`)「だから、天野を斬った後、俺はブーンからぎたーを習った。あいつのように、俺も音楽で人生が変わるんじゃないかと期待したんだ」
ζ(゚- ゚*ζ「……」
.
316
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:19:26 ID:L9irMuC20
無言で見つめる出麗。
渚本介は相変わらず下を向いている。
(´メω・`)「…だが、あいつが最初に未来に帰ったとき、俺は音楽から離れた。あいつの音楽はぎたーだ。そのぎたーが無いなら意味がないからだ」
(´メω・`)「そして、あいつはお前に曲を託した。未来から来た音楽を、この時代の琴に託したんだ。だから、触れてみたかった」
(´メω・`)「確かめたいのは、俺も音楽で人生が切り開かれるか、ということだ。ブーンの認めた琴なら――」
ζ(゚- ゚#ζ「もういい」
出麗が静かに話を切る。
その声は明らかに怒気を含んでいる。
渚本介は、一瞬、何が起きたか理解できなかった。
.
317
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:20:08 ID:L9irMuC20
ζ(゚- ゚#ζ「なら、ブーンがいなければ、私の琴は音楽ですらなかったってこと?」
(´メω・`)「いや、そういうわけでは…」
ζ(゚- ゚#ζ「そんな偉そうな姿勢で音楽に触れるのは、音楽家に対する侮辱よ。ブーンが示した音楽がすべてじゃない。ブーンだって、きっとそんなつもりでぎたーを弾いてない」
ζ(゚- ゚#ζ「気分が悪いわ。出て行って」
(´メω・`)「……」
暫く固まったあと、無言で立ち上がり、出麗の部屋を出た。
兵舎の裏庭で、ひとり座る。
渚本介は暫く戸惑った。なぜ出麗が怒ったのか理解できなかったからだ。
彼女を侮辱するつもりも、傷つけるつもりもなかった。
何が彼女を怒らせたのか、よくわからない。
.
318
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:20:32 ID:L9irMuC20
(´メω・`)「…火を起こすか」
いつもそうしているように、一人で火を起こし始める。
こうして外で作業をしていると、ブーンと旅をしていた日々を思い出し、気持ちが落ち着いてくるのだ。
ブーンはいつだって平和だった。彼の住む未来では、斬り合いなんか起きていない、平和な時代なのだと教えてくれた。
緩んだ顔が一瞬で固まり、手が止まった。
(´メω・`)「……」
ブーンと出会った日の、彼のある一言が、急に脳裏をよぎったからだ。
それは、芸能は高貴なものだと教えられたブーンが、憤慨して発した言葉だった。
.
319
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:20:53 ID:L9irMuC20
――音楽や芸能というものは人間すべてが楽しめるもので、愛すべきものなんですお!――
.
320
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:22:14 ID:L9irMuC20
(´メω・`)(ブーン…)
体が熱くなる。
そうか。そういうことだったのか。
熱がひたすら体中を駆け巡る。
火起こしを途中で放り投げ、渚本介は自室へと急いだ。
出麗に謝ろう。それはもちろんのことだ。
そして、出麗にある贈り物をしよう。今考えられる謝罪と弁明は、これしか思いつかない。
その準備が必要だ。
飛び込むように部屋に入ると、渚本介は一晩中それに打ち込んだ。
――
.
321
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:22:42 ID:L9irMuC20
――
翌日の夜。
渚本介は出麗の部屋の前に来た。
一つ深呼吸し、呼びかける。
思いっきり不機嫌な顔の出麗が、襖を開けた。
ζ(゚- ゚#ζ「…なに?」
(´メω・`)「謝りに来た」
堂々と言い切る渚本介。
謝る者の態度なのかと思いつつ、出麗は渚本介を中に入れた。
(´メω・`)「昨日のあの後、俺なりに考え込んだ。そして気づかされた。あれは音楽に対する、お前に対する非礼だった。申し訳ない」
ζ(゚- ゚#ζ「…なんで私が怒ったか、本当にわかってるの?」
(´メω・`)「勿論だ」
.
322
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:23:55 ID:L9irMuC20
そう言い切るなり、渚本介は立ち上がり、部屋の端にある出麗の琴へと歩き出した。
ζ(゚- ゚;ζ「は?何する気?」
(´メω・`)「一曲、聴いてくれ」
渚本介は琴爪をつけ、琴の前に座った。
何が起きてるか、何がしたいのか理解できない出麗の前で、渚本介は構わず演奏を始めた。
途端、出麗の目が大きく見開かれた。
(´メω・`)♪〜♪♪〜
ζ(゚- ゚;ζ「え、それもしかして…」
出麗は体が崩れそうになるのを堪えるのに必死だった。
その感情を、言葉として精一杯絞り出す。
ζ(゚- ゚;ζ「どうなってんの…それ…」
ζ(゚- ゚;ζ「ブーンの曲じゃない!」
.
323
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:24:44 ID:L9irMuC20
渚本介が弾いたのは、ブーンが残した名前のない曲だった。
出麗に琴を習っていた数日の間に、出麗が必死に書き写している琴用の楽譜を、渚本介は暗記していたのだ。
そして前の晩、渚本介はそれを別の紙に書き写し、自分なりに加筆し、見事その曲を完成させてしまった。
ζ(゚- ゚;ζ「……」
その才能の底知れなさに驚きながらも、出麗はやはり渚本介の考えがわからなかった。
まるで琴の腕前を自慢されているような気もしたが、渚本介がそんな嫌味なことをするはずがない。
曲が終わり、音の余韻が薄くなると同時に、渚本介は真っ直ぐ出麗を向いた。
(´メω・`)「…俺が間違っていた」
その声には、昨日の語りとは違った、明るい響きがあった。
.
324
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:26:34 ID:L9irMuC20
(´メω・`)「ブーンが教えてくれたのは音楽そのものではない。音楽は誰でも平等に愛せるということだ。だから、ぎたーひとつで大勢の人間を救えた」
(´メω・`)「これは、そんなことすら理解できなかった俺にお似合いの曲だ。孤独な男の歩みの曲だ。だが、もう違う」
渚本介に笑顔が宿る。
出麗も、自分の心に少しずつ高揚が増していくのがわかった。
(´メω・`)「俺は、この曲をブーンに送り返そうと思う。俺の人生をかけて、この曲を、音楽を、音楽の持つ自由さを広め、未来に贈ろうと思う」
(´メω・`)「手伝ってくれるか、出麗」
出麗の胸には、もはや怒りも戸惑いもなかった。
この男は、音楽をまるで便利な道具のように捉えていた。そして、ブーンの音楽以外を認めていなかった。
だが今は違う。音楽に向き合い、自分の人生を、音楽に捧げようとしている。
まるでブーンの生き様のように。出麗の生き様のように。
音楽を愛する、すべての人々と同じように。
ζ(゚ー゚*ζ「…うん」
.
325
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:27:32 ID:L9irMuC20
笑顔で頷く。
渚本介も笑顔を返し、立ち上がって出麗のもとに歩み寄った。
出麗の琴爪を、そっと差し出す。
ζ(゚ー゚*ζ「……」
出麗はそれを受け取る際、渚本介の手に触れた。
たまたま触れたのか、わざとそうしたのか、自分では判断がつかなかった。
指先に感じた渚本介の温もりに、心臓が反応する。
(´メω・`)「…雪か」
はっとする。
渚本介は手に触れたことなど全く意に介さない様子で、格子の外を眺めていた。
やっぱり、何を考えているのかよくわからない。
.
326
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:28:03 ID:L9irMuC20
ζ(゚ー゚*ζ「そうね」
降り注ぐ雪を見つめる二人。
火を眺めるのも、雪を眺めるのも、気持ちは大して変わらない。
誰と見るかが重要なのだ。
心地の良い沈黙が、二人を包み込んだ。
明応八年、十二月二十五日のことである。
――
.
327
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:28:30 ID:L9irMuC20
――
('A`)「君たちに…報告がある…!」
( ^ω^)「は?」
ξ゚⊿゚)ξ「あ"?」
('A`)「それやめてくれない?」
クリスマス当日。
相変わらず冷え切った事務所内の一角で、ストーブの前で三人は集まっていた。
('A`)「君たちの作ったクリスマスソングだが…」
('∀`)「……絶賛大ヒット中でございますッッッ!!」
(*^ω^)「マジですか!!やっほーう!!!」
ξ゚⊿゚)ξ(ネットの評価見たらわかるだろ…)
.
328
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:29:15 ID:L9irMuC20
二人の作った曲は、見事に大ヒットした。
ネット販売、動画共有サイトでの急上昇ぶりは恐ろしいほどだ。
('∀`)「いやはや、恐れ入ったよ。まさか本当にバズるとは思わなかった」
( ^ω^)ξ゚⊿゚)ξ(こいつ…)
('∀`)「この調子で頼むよ!音楽の世界では、有名になればなるほど軌道に乗りやすいからな!」
('∀`)「次はお正月ソングでも作ってもらおうかな!?つって」
( ^ω^)ξ゚⊿゚)ξ「あ"?」
('A`)「すみません」
.
329
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:30:04 ID:L9irMuC20
事務所を出て、同じアルバイト先に向かう二人。
夕暮れの中、街灯やイルミネーションがうるさいほど二人に降り注ぐ。
(*^ω^)「ドクオさんの言う通り、結局は大成功だったおね」
ブーンが嬉しそうに呟く。
ツンはそっけなく相槌を打った。
(*^ω^)「音楽で生きるっていう夢が、徐々に現実になりつつあるお。なんだか実感わかないお」
ξ゚⊿゚)ξ「私もです。就活もしないでこの世界に入って、本当に成功しそうなのが信じられないです」
ブーンは満足気に頷いた。
二人の夢は共通している。音楽で生きていくということだ。
その夢に日増しに近づいていく感じが、いい意味で、なんだかむず痒い。
.
330
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:30:46 ID:L9irMuC20
( ^ω^)「それにしても、まさかクリスマスまでバイトのシフトぶち込まれると思わなかったお」
ξ゚⊿゚)ξ「どうせ予定ないでしょ」
(;^ω^)「いやそうなんだけど…あれ、ツンちゃんも予定ないのかお?」
ξ゚⊿゚)ξ「ないですよ。相手いないし、いてもデートとかめんどくさいので」
( ^ω^)「てことは、今日は僕とコンビニデートするようなもんだおね」
ブーンはいつもの調子で軽口を叩いた。
そして、すぐ違和感に気づいた。
いつもならメンタルを潰されるギリギリのツッコミを入れられるのだが、その反応がないのだ。
思わずツンの横顔を見ると、彼女は少し顔を赤らめ、俯いていた。
ξ*゚ -゚)ξ「…そうですね」
その声はあまりにも小さく、ブーンには届かなかった。
心地の良い沈黙が、二人を包みこんだ。
戦国を歩いたギタリスト 番外編
完
.
331
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 19:31:35 ID:L9irMuC20
以上です!!
皆様も良きクリスマスを!!!
332
:
名無しさん
:2020/12/23(水) 21:20:46 ID:5VHcFOBo0
クリスマスプレゼントありがとう
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