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('、`*川魔女の指先のようです

293名無しさん:2018/01/08(月) 07:53:46 ID:WgoVE2mI0
余命が後一年あるかないかだとしても、延命だけはするつもりがなかった。
延命措置は生きながらえる行為。
彼は、それをしてはならない存在なのだ。
ペニサスに殺されるまでは、生き続けなければならない。

こうして、ギコにとって最後の日々が始まった。
終わりに向けての旅を始める気分だった。

まずはこれまでと同じ生活を続けつつも、未経験だったことに挑戦をした。
ジュスティアがあまり好意的に見ていない団体が実施するイベントに顔を出し、子供達に戦争の悲惨さを伝え、後世が戦争を望まないように語りかけた。
その行いはジュスティア軍の英雄らしからぬ行動だったが、彼が高齢だったこともあり、誰もが見て見ぬふりをした。
気が狂った老人を相手にするほど、ジュスティアは暇ではないのだ。

彼がそのイベントで正義の在り方について疑問を持ち続けるようにと語ったのは、軍には知られていなかった。
まだ行ったことの無い、遠い場所にある景色を見に行った。
かつてペニサスが使っていたバイクは、老人をいたわるように優しく走ってくれた。
バッテリータンクを撫でた時、バイクから声が聞こえた様な気がしたが、それは幻聴だったのだろう。
バイクは喋らないのだから。

死を意識することで毎日が充足していることに、ギコは気付き始めた。
想いを伝えることは出来なかったが、人生に意味を取り戻すことが出来た。
それは贖罪の日々の終わりにしては、あまりにも幸せな日々だった。
かつて犯した罪を意識しながらも、信頼する人間がそれに終止符を打ってくれると分かっているのが、この上なく安心できた。

夏が終わり、秋が来た。
紅葉を見に行き、酒を飲んで月を見た。
世界の美しさと向き合い、世界の儚さを知った。
青白い月を見ながら飲む酒の美味さは、これまでに味わったことの無い物だった。

月見と呼ばれる文化は、もっと早くに知っておくべきだったと後悔した。
そして、人生で初めてイルトリアを訪れた。
バイクで訪れた彼は、これまでに自分が聞かされてきたイルトリアは偽物だったことがよく分かった。
イルトリア人はギコがジュスティア人だと分かると、すぐに酒場に連れて行き、そこで盛大な酒盛りが始まった。

彼はこれまでに受けたことのない様な歓迎を受け、憎しみと尊敬の入り混じった不思議な態度で受け入れられた。
ジュスティア人の悪口を言う人間は、誰もいなかった。
宴から解放され、タクシーに乗せられて戻ると彼の宿泊するホテルの部屋が最上級のものになっていた。
彼がかつて信仰していた正義など、世界のどこにもなかった。
悪もまた、見つからなかった。

やがて、冬が来た。

(,,´Д`)

足腰は油の切れた機械のように軋みを上げ、満足に歩くことも難しくなりつつあった。
散歩を続けられるのも、そう長くはなさそうだった。
しかし、こうして決められた日課をこなすことには彼なりの意味があった。
生活の流れが決まっていれば、彼の命を狙う人間にとっては極めて狙いやすい状況を作り上げることになる。

294名無しさん:2018/01/08(月) 07:54:22 ID:WgoVE2mI0
ペニサスがギコを殺す算段を立てやすいようにという配慮だった。
それが叶えられるのはいつの日なのかは分からないが、病魔に殺されるよりも先に彼女に殺されたかった。
彼は罪の意識と共に日々を過ごし、その時間を甘受した。
決して薄れることの無い正義感からもたらされる罪悪感を救う、唯一の時間。

公園に到着し、ベンチに腰を下ろす。
息が上がっていた。
心臓が弱っているのだと、よく分かる。
あとどれくらい、自分の命はもつのだろうか。

(,,´Д`)「あぁ、良い香りだ」

コーヒーの香りが、いつもより濃厚に感じられる。
前までは感じることの無かった魔法瓶の重みを手に感じる。
液体の熱、吹き付ける風の温度が肌をなめらかに撫でて行く。

(,,´Д`)「ふぅ…… 美味い……」

目を閉じ、思いを馳せる。
これまでの人生を振り返る。
そうして、己の今を知る。
瞼を上げ、世界を見る。

(,,´Д`)「……いい日だ」

世界は、こんなにも輝いていたのだ。
太陽の熱。
潮騒の音。
草木の香りと、季節の匂い。

命が終わり、命が始まる彩り。
今までそこにあったのに、気付けなかった物たち。
今もそこにあることに気付けた物たち。
ギコは全てを理解した。

嗚呼。
自分は今日、ここで、終わるのだと。
何よりも愛しいと感じた者の手によって、命を絶たれるのだ。
何といい日なのだろうか。

笑みが浮かぶ。
力強く笑むことはできないが、彼は幸せを感じていた。
これまでの人生で、ここまで幸せだった瞬間があろうか。
待ち望んだ最期の時が、すぐ目の前に来ている。

295名無しさん:2018/01/08(月) 07:54:57 ID:WgoVE2mI0
本当に、いい日だ――

(,, Д )

――胸に感じた口付けのように優しい衝撃を通じて、そこに込められた様々な感情を一瞬で理解し、ギコの命はそこで終わりを告げた。
最後に彼が抱いた感情は、感謝だった。


______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

老いた魔女の人差し指は震えていた。
だがそれは、老いから来るものではなかった。
人を殺めた罪悪感故でもない。

( 、 *川

己の人生を支える重要な半身を失った痛みと、離別による心の痛みが体に現れているのだ。
この日が来ることは分かっていたはずだ。
彼に死をもたらすのが自らの務めであると理解し、認識し、納得していた。
それでも、魔女は心を痛めていた。

彼との間に芽生えた関係は、決して一言で片づけられるものではない。
最後に笑顔を浮かべた彼の顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
何度も人を殺してきた。
この手で、この指で。

この忌々しい指で、命を奪い続けてきたのだ。

魔女の指先で撫でたものは、その命を奪いとられてしまうのだ。
例えそれがどんなに愛おしい者であっても、魔女の指は無慈悲に命を奪う。
彼女のライフルが狙う先にあるのは、死の宣告を受けた人間だけ。
だからこれは、何も特別なことではないのだ。

感情的になる必要はない。
感傷に浸る必要もない。
罪悪感など芽生えさせる必要も。
悲しむ必要も、ないのだ。

――魔女は顔をその手で覆った。

十一月のその日、魔女と呼ばれた老女の指を涙が濡らしたことを知る者は、誰もいなかった。



296名無しさん:2018/01/08(月) 07:59:19 ID:WgoVE2mI0
これにてお終いとなります

支援ありがとうございました

質問や感想などあれば幸いです

297名無しさん:2018/01/08(月) 12:34:12 ID:04vo6rVM0
最高だった。
本当に最高だった!
完結乙!

298名無しさん:2018/01/08(月) 12:51:46 ID:h03dZOQg0
乙乙

299名無しさん:2018/01/08(月) 13:30:17 ID:i2CBC5LU0
おつおつ
やっぱブーン系はいいね

300名無しさん:2018/01/08(月) 20:36:35 ID:2T5vmDVc0
終盤読んでる途中で序章思い出してラストはこうなっちまうのかって思ってたけど、予想を裏切られた
いいエンドだ

301名無しさん:2018/01/10(水) 12:45:47 ID:f09G7tHs0

夢中になって最後まで読んだ

302名無しさん:2018/01/13(土) 09:41:06 ID:1BE.43qc0
乙乙

久しぶりに夢中になってしまった。
ありがとう


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