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四十代から始まるヒーローライフ
48
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:33:54 ID:y9YySBcU0
≪ ●〓●≫ 「……黙っていろ」
「なんだ、諦めたのではなかったのか」
≪ ●〓●≫ 「……諦めるものか。この身体がどうなろうと、必ず助ける。
それが今の俺にできることだ……」
U'A`η 「戯言ヲ……潰レロ!」
≪ ●〓●≫ 「はは……」
掲げた剣は触手を二つに割いた。
追撃とばかりに迫る三本を返す刀で全て切り落とす。
がむしゃらに剣を振るうのはやめだ。
俺は戦うことを望む。目の前の脅威から、無関係な人間を護るために。
≪ ●〓●≫ 「それが……俺の欲望だ。吼えろ……太陽剣!」
燃え上がった炎が刀身を包む。
それは大気を蜃気楼で歪めるほどの高温を放つ。
U'A`η 「コイツラガ……!?」
人質を構える化け物に向かって全力で飛び込む。
二人の少女で生み出された死角で大きく跳躍し、真上から炎の刀剣を振り下ろした。
うねる炎は、化け物の胸の中心にあった欲望の核を燃やし尽くす。
49
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:36:28 ID:y9YySBcU0
≪ ●〓●≫ 「壊れろ、果て無き欲望」
U'A;:;::・..., 「ナ……」
触手で形成された全身が崩れ、スーツ姿の男だけがその場に残っていた。
('A`) 「俺は……何を……」
遠巻きに見ていた野次馬の歓声から逃げる様に、垂直飛びでビルの屋上に飛び移る。
必要以上に遠くに逃げてから、姿を隠して変身を解いた。
(; ФωФ) 「はぁっ……はぁっ……」
滴り落ちる汗が止まらない。心臓は未だに胸が破れそうなほど強い鼓動を打っていた。
いくらスーツによって強化されているとはいえ、
命を懸けた全身運動をし続ければ、すぐに疲労で動けなくなりそうだ。
「こんなヒーロー様なんて、恥ずかしくて人前に出られないな」
(; ФωФ) 「っ……はっ……そんな必要は……ないから……別にいい……」
「まぁいい。初めての戦いにしちゃ上出来だ」
(; ФωФ) 「帰ったら……話してもらうぞ……お前の知っていること……全部を」
「ああ、望むままに」
適当な路地裏に隠れて変身を解く。
走って戻ってきた時、現場は喧騒で溢れていた。
気絶したままの後輩が救急車で運ばれていったのを確認して、
ふらつく足取りで会社へと戻った。
50
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:37:19 ID:y9YySBcU0
*
結局、昼休み時間中には戻れず、
外回りから帰ってきていた営業部長にこっぴどく怒られた。
遅刻した十五分に対して、説教が一時間続いたのはどう考えても無駄な時間だとは思ったが、
口に出す愚はおかさなかった。
本来の上司である総務部長は自分の席で仕事をして我関せず。
もともとそういう人だとわかっていたが、
助け舟を出してくれるだろうと変に期待してしまったのは失敗だった。
おかげで仕事は長引き、家に帰ってきたのは夜の十時頃。
風呂に入って、冷蔵庫から取り出したビールで一心地つくと十一時前になっていた。
「話があるんだろう」
座椅子に座ってうとうとしていると目の前に淡く光るコインが現れた。
それが発した不機嫌そうな声で、微睡みから呼び戻される。
( ФωФ) 「話はあった。だけど今日はもう疲れた」
51
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:38:49 ID:y9YySBcU0
「それなら明日にするのか。それとも明後日か。
いつ何時命を落とすとも限らない貴様が、後伸ばしにするのであれば私に言うことは無い」
( ФωФ) 「……それもそうだな。無理してでも聞いておいたほうが良いのは事実だ
少し待て」
洗面所で蛇口をひねる。
勢いよく出てきた水で顔を洗って眠気を飛ばしてから、部屋に戻った。
( ФωФ) 「何から聞くかな……。そうだな、お前は一体何なんだ」
「私は自身を欲望メダルとして認識している。なぜそう名乗ったのかは知らないが」
( ФωФ) 「欲望メダル……その名の通り欲望を具現化したものなのか」
「具現化とは違う。私は欲望そのものと言ってもいい。
お前の欲望が転じて私を生み出したというわけだ」
( ФωФ) 「お前のことはわかった。聞いても意味がないという事だけな。
なら、今日のあの化け物は何だ」
「自信の欲望に飲み込まれた人間の末路だ。
負の感情で塗りつぶされた瞬間に、欲望メダルを生み出してしまった人間のな。
便宜上、壊人とでも言おうか」
52
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:39:36 ID:y9YySBcU0
( ФωФ) 「壊人……」
「湧き上がる欲をコントロールしてこそ人間と言うもの。
その手綱を手放してしまえば、人としてはもう壊れてしまっている」
( ФωФ) 「たかがメダルの癖にうまいこと言ったものだな」
「私は貴様自身でもある。自らを貶すことも大概にしておけよ」
( ФωФ) 「余計なお世話だ。欲望ごときで、姿まで変わってしまうものなのか」
「たかだか欲望と侮るな。人間の持つ力の中で最も大きな力だ。
壊人と同じ目に合いたくないのなら、もう少し考えることだな」
( ФωФ) 「御忠告どうも。それで欲望の中心を壊せば元の人間に戻るわけか」
「元の……とはいかないだろうな」
( ФωФ) 「どういう事だ」
「壊人の急所は欲望そのものが具現化した結晶だ。
それが破壊されてしまえば、それまで通りとはいかない。
無気力にただ生きるだけの抜け殻のようになってしまう」
53
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:40:38 ID:y9YySBcU0
(; ФωФ) 「なっ……!」
「程度はその人によりけりだがな。
一つだけ言っておく。あの場では貴様がとった行動はベストだった。
自分を責めるなどという無駄なことはしてくれるなよ」
( ФωФ) 「……ふん。今日のあれは、どのみち正当防衛だ。
話は充分聞かせてもらった。俺はもう寝るぞ」
「私自身わかっていないこともまだ多くある。
気を付けることだ」
欲望メダルは胸の中に吸い込まれて消えた。
結局その存在について大したことはわからなかったが、
会話が通じるだけでも有難いことだ。
焦らなくとも、そうそうあんな化け物が現れるわけじゃない。
( ФωФ) 「おっと、そういえば、手紙が来ていたな。
む、なんだこれ」
机の上に乱雑に放り投げていた配達物の山を仕分けする。
クレジットカードの請求書や、携帯の料金についての案内を全て破って捨てると、
最後には、あまり見ることがないお洒落な封筒が残った。
54
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:41:52 ID:y9YySBcU0
他の部屋と間違えられたのかとも思ったが、宛名にあるのは確かに俺の名前。
裏返してみると、手紙をとり落とすほどの衝撃が走った。
(; ФωФ) 「しぃ!?」
差出人の名前は、娘のものに間違いがない。
だが、その苗字には見覚えがない。
少なくとも、デレの旧姓ではなかった。
( ФωФ) 「まさか……」
苗字が変わるなんてことは、ある特定の状況でしかありえない。
それならば、やけにお洒落な封筒にも得心がいく。
破いてしまわない様に苦労して開く。
中に入っていたのは、返信用はがき。
( ФωФ) 「そうか……結婚したのか……」
実感はあまりわかなかった。
もう十数年もあっていない娘が、何故今更自分を招待してくれたのかはわからない。
それでも、ようやく機会に巡り合えた。
55
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:42:22 ID:y9YySBcU0
娘に会いたくない父親などいるわけがない。
すぐさま手元のボールペンで参加に大きな丸を付けた。
( ФωФ) 「明日、すぐに出しておくか」
忘れるなんてことは絶対にありえないが、
返事は出来るだけ早いほうが良いに決まっている。
( ФωФ) 「どんな相手なのだろう」
彼女の決めた夫を、自分の立場で否定するつもりは無い。
出来るだけ受け入れてやるつもりだ。
でも、出来るなら金髪のヤンキーではない方が有難いのだが。
突然の結婚式という情報に、頭の中で思考がぐるぐると渦巻いていたが、
電気を消して目を閉じると、一分も数えないうちに眠りに落ちていた。
56
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:44:45 ID:y9YySBcU0
*
喫茶店で壊人に襲われてから一週間が経過していた。
今まで通りのつまらない毎日。
とはいえ、訳のわからない化け物に命がけで戦いを挑むくらいなら、
営業部長に怒鳴られる日々もいくらかマシというものだ。
あの夜以来、欲望のメダルは一言も発していない。
あいつと一緒に不思議な力も消えてしまったのなら、どんなにいいことか。
( ФωФ) 「ふぅ……」
右手が震える。
パソコンに打ち込まれていく文字は、意味のなさないアルファベットの羅列。
戦いの翌日から感じていた右手の痺れは、和らぐことなく続いていた。
コーヒーカップを持ち上げるのにも苦労するほどの震え。
最初はただの疲労だと思っていたが、いっこうに良くならない。
念のために、病院の予約をしておいた。
有給の申請書を出すのにも、わざわざ別部署の部長が文句を言って来たせいでいろいろと面倒だったが。
午前中で仕事を切り上げ、市内の総合病院に向かうためにタクシーを会社の前に呼ぶ。
57
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:45:28 ID:y9YySBcU0
( ФωФ) 「部長、すいません」
「ああ、行っておいで」
( ФωФ) 「失礼します」
「うん」
穴が空くほどこちらを睨みつけてくる営業部長に会釈をし、エレベーターに向かった。
掃除のおばさんと入れ換わりで乗り込み、一階のボタンを押す。
「おい」
( ФωФ) 「今まで黙っていたと思ったら急にお喋りか」
「近づいてきている」
( ФωФ) 「何が」
「壊人だ」
(; ФωФ) 「くそっ、なんでこんな時に……」
咄嗟に、他の階のボタンを押す。
辛うじて二階のボタンが間に合い、エレベーターが停止した。
58
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:46:04 ID:y9YySBcU0
( ФωФ) 「何処にいるのかわかるのか」
「真下だ」
( ФωФ) 「ということは一階か。暴れている様子は無さそうだが……」
階下からは騒ぎ立てる人の声は聞こえない。
ということは、壊人としての姿を現していないのだろう。
この時間に、一階ロビーに誰もいないことなどあり得ない。
「杉浦!」
焦ったような声は爆音に書き消された。
突然の浮遊感で、足元が消失したのだと気づいた。
(; ФωФ) 「痛っ……」
運良く瓦礫に埋もれるようなことはなかったが、
スーツのズボンが破れた箇所が真っ赤に腫れていた。
激しい痛みが頭に響く。
「来るぞっ!」
(; ФωФ) 「へっ、変身!」
59
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:51:22 ID:y9YySBcU0
周囲の人影を確認することなく叫んだ。
後一秒でも叫ぶのが遅ければ、俺の人生はそこで終わっていたのだろう。
変身した直後に感じた恐怖の塊が、交差させた両腕にぶつかって弾けた。
\¥・∀・¥\ 「壊人殺し……お前がそうか」
目の前に立っていたのは、王冠を被った男。
金色のペンキを頭から被ったかのような見た目が異様さを際立たせていた。
≪ ●〓●≫ 「いきなり何をする」
\¥・∀・¥\ 「欲望のままに生きる俺たちの邪魔をするお前を排除する」
≪ ●〓●≫ 「ぐっ」
振り回される鎚は、ガードの上からですら肺臓を揺する。
「気を付けろ。この男は貴様と同じで欲望を飼い慣らしている」
≪ ●〓●≫ 「つまりどういうことだ」
「前の壊人とは比較にならんということだ」
60
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:51:55 ID:y9YySBcU0
\¥・∀・¥\ 「話をしている余裕があるのか?」
コンクリートを容易く砕くほどの重厚な鎚を持ちながら、その速度は俺と同等。
足の負傷は変身でいくらかマシになったとはいえ、万全からは程遠い。
\¥・∀・¥\ 「どうした! 裏切り者!」
≪ ●〓●≫ 「仲間になったつもりはない」
\¥・∀・¥\ 「欲望メダルの力を得ていながら、そのいいわけは苦しいぞ!」
≪ ●〓●≫ 「ふんっ」
鎚とかち合わせた右腕の剣は弾かれ、
その衝撃で罅が拡がり、半ばほどで二つに折れた。
まるで右腕がもげたかのような激痛に動きが鈍る。
\¥・∀・¥\ 「腹が隙だらけだ」
≪ 〇〓●≫ 「ぐぅっ……!」
内臓が吹き飛んだかのような衝撃で、コンクリートの壁に叩き付けられた。
息が止まって視界が明滅する。
怖気を感じて頭を下げた瞬間に、頭部があった場所の壁が消滅した。
61
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:52:35 ID:y9YySBcU0
\¥・∀・¥\ 「他愛ない。その程度の実力しかないのであれば、
正義など気取らずに己の欲望に素直になればいいのだ」
≪ ●〓●≫ 「はぁぅ……ぐ……」
\¥・∀・¥\ 「鬱陶しいヒーローもどきにはここらでご退場願おう」
膝をついたまま動けない。
目の前に迫り来る恐怖によって、逃げるという選択肢すらも奪われていた。
男が一歩ずつ近寄ってくるのをただ呆然と眺める。
手に持つ黄金の槌は、先端部を鋭い刃に変化させていた。
コンクリートすら破壊する一撃を、耐えられるはずもない。
死の足音は目の前にまで迫っていた。
「諦めたのか」
≪ ●〓●≫ 「うるさいな」
抗えようもない。力の差は歴然。
どれだけあがいたところで、みっともなく殺されるのがおちだ。
それならば、抵抗しない方が楽に死ねる。
62
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:53:35 ID:y9YySBcU0
≪ ●〓●≫ 「そうだろ?」
「お前が奴に劣っているのは、欲望の強さ。
そうやって投げ出してしまえば、勝率はゼロ。
だがもし戦うというのなら、そのための方法を教えよう」
≪ ●〓●≫ 「……心残りが一つだけある」
「知っている」
≪ ●〓●≫ 「……娘の結婚式」
手紙に書かれていた短いメッセージは、見慣れない字体。
娘はどんな気持ちで俺に手紙を送ってくれたのかわからない。
だから会いたい。会って話をしたい。会って謝りたい。
それがただ一つの、俺がここで死ねない理由。
「強く深い欲望は、全て貴様の力となる。
だから願え。自らの生存を確たるものとするために」
63
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:54:14 ID:y9YySBcU0
≪ ●〓●≫ 「っ……はぁっ───……」
\¥・∀・¥\ 「覚悟を決めたか?」
≪ ●〓●≫ 「ああ、生きる覚悟をだ!」
\¥・∀・¥\ 「ぬっ!?」
首元を狙って突き出した折れた刃。
男は必要以上に飛び下がって避けた。
≪ ●〓●≫ 「当て推量ではあったが、その露骨な動き。
どうやらそれがお前の核で間違いなさそうだな」
\¥・∀・¥\ 「ちっ……」
≪ ●〓●≫ 「その派手な見た目。……金欲か」
\¥・∀・¥\ 「ふん。だったらなんだ」
≪ ●〓●≫ 「そんな下賤な欲望に負ける気はしないと、そう思っただけだ」
\#・∀・¥\ 「ふざけたことをっ!」
64
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:55:05 ID:y9YySBcU0
勘違いをしていた。
相手は自分よりも強いのは、欲望によって強化された基本能力だけだ。
この平和な世の中に住んでいた俺たちが、命がけで戦う技術に、
いったいどれだけの差があろうか。
少なくとも壊人は一ヶ月以上前には存在していなかった。
表立って行動し始めたのはこの一週間ほど。
だからこそ、テレビは連日同じような内容を放送している。
振り抜かれた槌は、屈んだ頭の上を通過して風を切る。
強気なこの男であっても、戦闘においてはただの素人。
重たいものの軌道はそう簡単には変えられない。
\¥・∀・¥\ 「なにっ……」
≪ ●〓●≫ 「ぬうおおおおお!!」
がら空きの腹部に一度、渾身の右ストレートを叩き込んだ。
剣が黄金色の鎧の隙間に突き刺さる。
\¥・∀-¥\ 「ぐぎぃい……」
≪ ●〓●≫ 「ふんっ!」
65
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:56:34 ID:y9YySBcU0
素人丸出しの左手パンチ。
利き手と反対の一撃も、強化された身体能力で敵を浮かすまでに至った。
\¥・∀・¥\ 「いきなり何が……」
槌を取り落として膝をついた男。その頭を蹴り抜いた。
自動ドアのガラスをぶち抜いて、道路にまで転がっていく。
直後に聞こえたのは、集まっていた野次馬とテレビ局の悲鳴。
≪ ●〓●≫ 「はぁっ……」
報道によれば、壊人化の事件で少なくない人が命を落としたりしているはずなのに、
自分は大丈夫だとでも思っていたのだろうか。
危険に対する無関心には、ほとほと呆れる。
≪ ●〓●≫ 「くそっ……」
放っておけばさらに面倒なことになるのは火を見るよりも明らかだ。
玄関を飛び出して、壊人が一般人に向けて伸ばしていた腕を跳ね飛ばした。
\¥メ∀・¥\ 「ぎぃ……」
≪ ●〓●≫ 「その手はもう見た」
66
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:57:13 ID:y9YySBcU0
あの時の触手を持つ壊人と違い、人型を保っているこいつとは、
群衆を護りながらでも十分に戦える。
\¥・∀・¥\ 「くっ……」
血の代わりにどす黒い液体が傷口から溢れ出て来る。
それは地面に落ちては蒸発していく。
≪ ●〓●≫ 「諦めろ」
\¥・∀・¥\ 「いや、まだだ……!」
立ち上がった男は、槌をその身体に取り込んだ。
全身の鎧はさらに分厚く堅牢になり、奪ったはずの右腕が再生していた。
≪ ●〓●≫ 「なっ!?」
気づいた時には跳ね飛ばされていた。
車に轢かれたような衝撃で、オフィスのあるビルの中まで。
トラックすら止めたこの身体でさえ、全身の骨が悲鳴を上げていた。
≪ 〇〓●≫ 「ぐっ……」
67
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:58:10 ID:y9YySBcU0
\¥・∀・¥\ 「奥の手まで使わなければならないか。
もはや動けまい。俺の勝ちだ」
≪ ●〓●≫ 「くそっ……」
抵抗する意思はある。気概もある。
それでも、指先が辛うじて動かせる程度。
≪ ●〓●≫ 「動け……! 動け……! この後に動けなくなってもいい!
だから今だけは、こいつを倒すまでは!」
\¥・∀・¥\ 「無駄だ。潔く死ね!」
俺の頭をトマトの様に潰そうと、金色の拳が振り下ろされる。
≪ ●〓●≫ 「ぐうおおおおお!」
腹の底から叫んだ。全身を奮起するために。
心の果てから欲望を引きずり出す。
黒く渦巻く澱みが前に進むための力となる。
\¥・∀・¥\ 「!?」
68
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 22:58:54 ID:y9YySBcU0
\¥・∀・¥\ 「!?」
拳が砕いたのはコンクリートの廊下。
残された全力で、俺は右腕の剣で男の喉元を貫いていた。
\¥ ∀ ¥\ 「かぁっ……ぁ……」
≪ ●〓●≫ 「これで……人間に戻れる」
倒れた男が身に纏っていた金色の鎧は、跡形も無く消失した。
自分と同じくらいの年でありながら、身に付けている服は襤褸切れ。
髭も髪も好き放題に散らかっていた。
≪ ●〓●≫ 「浮浪者か……金の欲望に溺れるわけだ……」
「さっさと逃げろ」
≪ 〇〓●≫ 「わかってい……る……?」
崩落した天井を越えて二階に飛び上がった時、立ちくらみに襲われて膝をついた。
激しく酔った時のように視界はグルグルと回転し、
喉元まで吐しゃ物が込み上げてくる。
≪ 〇〓●≫ 「っ……!」
「おい、どうした杉浦! すぎう……!」
変身が解けたのを確認した瞬間に、意識が暗がりに引きずり込まれた。
69
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:01:54 ID:y9YySBcU0
*
( +ω+) 「くっ……」
目を覚ました瞬間から、胸の中に溢れ出て来る何かを抑え込む。
ぎゅっと閉じた瞳をゆっくりと開けると、見慣れない風景が飛び込んできた。
( +ωФ) 「ここは……」
最初に気付いたのは消毒薬の臭い。
次に白い天井と硬い布団。
首を回してみれば、腕には点滴が繋がっていた。
片腕は完全に動かず、戦闘前に打ち付けた足はしびれが残っている。
「目を覚まされましたね、杉浦さん。ここはヴィップ総合市民病院です。
化け物が暴れていたビルの中で倒れていたところを運び込まれたんですよ」
( ФωФ) 「あ、ああ」
「足くらいにしか目立った外傷はなかったのですが、三日も寝込んでいらっしゃったのです。
どうです。身体は動かせますか?」
70
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:02:24 ID:y9YySBcU0
( ФωФ) 「っ……」
左腕一本で身体を持ち上げる。
優しく添えられた看護師の腕に支えられながら、なんとか上半身を起こすことができた。
「無理に動かさないでくださいね。筋肉が驚いてしまいますので。
起き上がることができたのなら、きっとすぐ歩くことができますよ」
(; ФωФ) 「待ってくれ! 三日も寝ていたということは今日は何日だ」
「十月の七日ですよ」
( ФωФ) 「そうか……」
記憶が正しければ、娘の結婚式は十月の十二日。
最悪の結果には至っておらず、胸を撫でおろした。
( ФωФ) 「いつ頃退院できるだろうか」
「歩けるようになれれば、明日にでも」
( ФωФ) 「なら……っ!!」
71
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:03:27 ID:y9YySBcU0
「大丈夫ですか!?」
( ФωФ) 「ええ……」
「リハビリをお手伝いする担当の者を連れてきますので、そのままお待ちください
病室を足早に出ていった看護師の背を見送った。
手持無沙汰になり、改めて病室内を見回す。
ベッドは一床しかなく、テレビや本棚、ラジオなど日常生活を送れるだけの設備が整っていた。
保険には入っているが、これだけ贅沢な個室となれば、支払いを心配せずにはいられない。
「悠長なものだな」
そんな心情を盗み見た、自分のものではない意志が呟いた。
( ФωФ) 「オーガストか。俺に何が起きた」
「二階に上がった途端に気絶して倒れた。それ以上の事は私も知らない」
( ФωФ) 「役に立たない奴だ」
「私は貴様の一部であって、憑依しているわけでも観察しているわけでもない。
便利な案内役ではないのだと心得よ」
72
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:04:45 ID:y9YySBcU0
( ФωФ) 「右腕が全く反応しない」
「さてな。私にも原因はわからん。
ただ、その症状は進行している。一度目の壊人と戦った後よりも、今の方がひどい。
みなまで言わずともわかるだろう」
戦えば戦うほど、身体の自由を失っていく。
それが俺の欲望の代償だとするならば、あまりにも重たすぎる。
所詮落ちぶれた四十の身で、他人を護ろうなどとは過ぎた願いだったわけか。
「壊人と戦うことをやめるべきだろう」
( ФωФ) 「俺が望んだのは俺の平穏ためだと思っていた。
だが、きっとそれ間違っていたんだろう」
「どうしてそう言い切れる」
( ФωФ) 「あいつと戦っていた時、俺は一般人を脅威から護っただろ。
その事実に、正直胸が震えた。
今日目を覚ました時、俺が最初に得たのは達成感だった。
誰かを護れるのなら、俺は……」
「命すら惜しくは無いと。無意味な嘘を吐くな。私にはわかる」
( ФωФ) 「偉そうに……」
73
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:05:20 ID:y9YySBcU0
「ふん、長生きをしたければこの病院はさっさと離れることだな」
( ФωФ) 「どういう事だ」
「嫌な気配がずっと漂ってる。かなり濃い欲望だ。
この病院全体を覆ってやがるせいで、どこの誰かははっきりしないがな。
このレベルの欲望が解放されれば、貴様では歯が立たないだろうな」
( ФωФ) 「警告はありがたく受取っておくさ。
どのみち歩けるようになるまでは退院できないがな」
「娘の結婚式があるのではないか」
痛いところをついてくる。
そうだ。だからそれまで俺は死なない。死ねない。
花嫁姿を見るまでは、孫の顔を見るまでは。
俺の前では誰も不幸にさせない。
「ふん、私の立場からすればその強欲は褒めておくべきだろうな」
会話を遮るノックの音。
入って来たのは自分より少し年上であろう男性の看護師だった。
74
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:05:58 ID:y9YySBcU0
( ,,^Д^) 「杉浦さん、お待たせしました。リハビリ担当の高良です。
よろしくお願いします。」
( ФωФ) 「こちらこそ」
( ,,^Д^) 「早速ですけど、立ち上がれそうですか」
( ФωФ) 「ええ、なんとか」
右腕は相変わらず何の感触もなく、重たいだけの荷物のようだ。
左手だけに力をいれ、ベッドの端に足を並べた。
( ,,^Д^) 「右手の調子が悪いのですか?」
( ФωФ) 「指先まで全く感覚が無いんです」
( ,,^Д^) 「うーん、先生はおかしいところは無かったと言っていたんですけど。
もう一度精密検査をしてみますか?」
( ФωФ) 「いえ、結構です。そのうちよくなるでしょう」
一回目の検査でわからなかったのなら、何度したところで無駄だろう。
欲望メダルなんていう非現実的な存在が関わっている事象を、
現代医学が解明できるわけがない。
75
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:08:55 ID:y9YySBcU0
(; ФωФ) 「ぐっ……」
( ,,^Д^) 「どこか痛みますか?」
( ФωФ) 「足が少し。立てないほどではないですが」
背中を支えてもらいながら、歩行器を片手で掴む。
だらりとぶら下がった右腕はそのままに、左手だけで体重を支える。
営業部長の嫌がらせのせいか、ここ数年の体重は横這いだった。
感謝するわけもないが、意外な恩恵に助けられた。
( ,,^Д^) 「歩くことは?」
(; ФωФ) 「ふっ……」
ただの一歩が重たい。
足は上がらず、引き摺りながら前に踏み出した。
ただ歩くことに、苦労する日がこんなにも早く来るとは思わなかったな。
あと十年は大丈夫だとたかを括っていた。
( ,,^Д^) 「凄いですね。すぐに歩行器なんて必要なくなりそうです」
(; ФωФ) 「そうでなくては困るんです。
娘の結婚式が五日後に迫っていまして」
76
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:09:31 ID:y9YySBcU0
( ,,^Д^) 「それはおめでとうございます。身体は健康そのものです。
今の調子でいけば、十分間に合いますよ」
(; ФωФ) 「有難うございます」
腕を使わずに立つのはまだ難しそうだが、足は段々と歩き方を思い出してきたらしい。
たった一時間ほどの訓練で、病室内をくるくると周回する程度ならこなせるようになってきた。
本当に身体には異常がないのだろう。
(; ФωФ) 「ふっ……ふぅ……ふぅ……」
( ,,^Д^) 「さて、そろそろ止めておきましょう。あまり無理をすると逆に良くありませんから」
額から汗を流すほどハードの運動を続けていたようだ。
ベッドの端に座った途端に、疲労感が全身にのし掛かってきた。
(; ФωФ) 「ふぅっ……」
( ,,^Д^) 「今日は読書なりして過ごしてください。明日から本格的なリハビリを行いますので。
あ、あと、消灯時間は十時となっていますので、宜しくお願いします」
( ФωФ) 「確かコンビニがありましたよね」
77
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:10:12 ID:y9YySBcU0
以前ヴィップ総合病院に来たのは、健康診断の結果が悪かった時だ。
その時に、検査までの待ち時間を潰すために雑誌を買った記憶があった。
( ,,^Д^) 「ええ、少し割高にはなるんですが、部屋までお持ちするサービスもやっています。
そちらのタブレットで注文してください」
( ФωФ) 「はぁ、タブレットですか」
枕元の充電スタンドにささっている手のひらサイズの電子機器。
ここまでサービスのいい個室に入院するはめになるとは思いもしなかった。
保険はいくら降りるだろうか。
全く、後が怖い。
( ,,^Д^) 「万が一何かありましたら、ナースコールを押してください。赤いボタンがそうです」
手の届く範囲にぶら下がったリモコンを指差す。
( ФωФ) 「わかりました」
( ,,^Д^) 「それでは失礼します」
リハビリ担当を見送り、タブレットに手を伸ばした。
電子機器が不得意なのはわかっていたことだったが、
電源をいれるだけなのに五分もかかってしまった。
ようやくコンビニの注文画面にたどり着き、いくつかの雑誌と少々割高なビール、つまみを注文した。
78
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:10:56 ID:y9YySBcU0
( ФωФ) 「ふぅっー……」
かごを持ってコンビニ店員が部屋に来たのは、注文してから十分ほど経ってのことだった。
料金は退院時に払えばいいらしく、若干の不安を感じながら商品を受け取った。
早速缶ビールを開けようとして、右手が動かないことに気づく。
左手一本でプルタブを苦労して空け、喉をならしてあおった。
(//ФωФ) 「ぷはっ!」
「アルコール中毒者め」
(//ФωФ) 「わざわざそんなことを言いに来たのか」
喉を通り抜けていく冷たい液体と、弾ける炭酸の爽快感で、
ここが病院であることすら忘れることができた。
程よい酔いに抱かれ、窓の外を眺める。
沈み始めた太陽が空を朱く染まった空に、何の前触れもなく黒い影が蠢いた。
(; ФωФ) 「なんだっ!?」
幻覚ではない、確かな存在感。一瞬だけ揺らめいた影は、瞬きしたのちには消えていた。
綺麗なグラデーションの夕焼けが空を焦がす。
79
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:11:33 ID:y9YySBcU0
「……何かが、いる」
( ФωФ) 「壊人か」
「まだ違う。だが……」
( ФωФ) 「そう簡単に壊人が生まれたりはしないだろ。
じゃなきゃこの世は怪人まみれになっているはずだ」
「貴様はさっさと退院することだけを考えておけ」
( ФωФ) 「そうさせてもらうさ」
二本目のビールを飲み終え、雑誌を開く。
最近起きた壊人のニュースが事細かに乗っていた。
周辺の都市の中で最多の人口を誇るヴィップ市周辺でも、起きた事件はたった二件だけ。
その両方に自分が絡んでいるのは驚きだが。
他の都市での発生した事件も、警察の手によって解決されているらしい。
俺が無理をしなくても、いずれ解決はしたのだろう。
そう思えば寂しくもあったが、
次のページに纏められていた情報を見て少し嬉しかったのは正直な気持ちだ。
80
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:14:11 ID:y9YySBcU0
他都市と比較してヴィップ市の被害は極端に小さかったのだ。
人的被害はほぼゼロ。物的被害も額面の桁が違う。
変身した自分の姿も、かなり写りが悪かったが載っていた。
記事のタイトルは、怪人同時の仲間割れ。
そのページにはかなり気分が害されたが、
総括的に見れば人間の味方だとする説もきちんと載っていた。
ほんの少しの達成感を得て、ベッドに横になった。
*
「杉浦さんー杉浦ロマネスクさんー」
( ФωФ) 「はい」
ロビーにいる少なくない人の視線を感じながら、受付に向かった。
右腕は棒のように動かないが、自由に歩き回る程度には回復した俺は、
当初の予定通り退院を願い出た。
入院中にしつこく勧められて再検査をするも、結果は正常。
右腕に起こっていることはわからないままだ。
81
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:14:34 ID:y9YySBcU0
「これはお薬です。痛みがするときに飲んでください」
( ФωФ) 「ありがとうございます」
「さて会計ですけど、入院中に保険会社の方から連絡がありまして。
大変お伝えし辛いんですけど、個室が保険適用外となっていまして……」
( ´ФωФ) 「はぁ……」
「とりあえず、これなんですけど。流石に持ち合わせは無いですよね」
渡された請求書の金額は予想よりも一桁大きかった。
あまりの額に、手元の書面と受付の女性を見比べる。
(; ФωФ) 「振込でも?」
「ええ、では振り込み書がこちらです。
期限はひと月となっておりますので、お気を付けください」
( ФωФ) 「わかりました」
「お大事に」
82
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:15:56 ID:y9YySBcU0
見た目よりもずっと重く感じる振込用紙一式を受け取って、自動ドアをくぐった。
この数日間ずっと纏わりついていた消毒薬の臭いが、太陽によって清められていく気がする。
まだ太陽が低い位置にある空をしばらく見つめてから、明るさに目を慣らす。
朝一番のタクシー乗り場は、まだまばらに並んでいる。
一番前で待っているタクシーに乗り込む。
自宅の住所だけを告げ、背もたれに全体重を預けた。
程よい振動と温もりでうとうとしているうちに、目的地に着いたのだろう。
運転手がこちらを向いて料金を伝えて来る。
( っωФ) 「ああ、どうも」
完全に開ききっていない目を擦りながら、メーターの金額を確認する。
ポケットの財布から降り曲がった千円札を三枚取り出して渡した。
お釣りを受け取ってタクシーから降りる。
たった数日留守にしていただけなのに、妙に懐かしく感じる我が家の前でたちずさむ。
といっても、マンションの玄関なのだが。
あまり長いこと立っているとそれだけで通報されかねない。
83
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:17:21 ID:y9YySBcU0
暗証番号を押すと自動ドアが開く。そのままエスカレーターに乗って目的の階へ。
自分の部屋に帰って来た時、自然と声が零れていた。
( ФωФ) 「ただいま」
応えてくれる声は無く、部屋の中には平穏が佇んでいた。
もう長いこと使っておらず埃っぽいスーツを取り出して、叩く。
クリーニングにかけてからきちんと仕舞っていたおかげで黴臭くは無い。
すぐに着られる状態であることに安堵しながら、袖を通した。
( ФωФ) 「ネクタイは、結べないか」
いつもより何倍も苦労してスーツに着替えると、ネクタイを丸めてポケットにしまった。
会場への地図が入った案内状を懐に仕舞い、玄関から出る。
駅までの道のりはいつもと変わらない。
日曜日なせいか、少しばかり静かだが。
駅について切符を買う。
今日乗車するのは、会社に向かう電車とは反対側の路線。
とは言っても環状線であるために、どちら側に乗ろうと目的地には辿り着けるのだが。
座席はがら空きだ。
まばらに乗っている人は誰もこちらを気にしない。
のんびりと電車に揺られて、流れゆく景色を眺める。
立ち並ぶビル群に派手な広告。見慣れない建物が気分を高揚させる。
84
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:18:16 ID:y9YySBcU0
朝起きて仕事に向かい、夜は自宅でゆっくりと過ごす日々。
日曜祝日はただ悪戯に時間を浪費していた。
灰を被ったような人生が、いつになれば終わるのだろうかと考えたこともある。
しぃが分け与えてくれた幸せを、噛み締めなければ。
これから先、もう二度と会えないとしても。
今日という日を俺は大切にしよう。
( ФωФ) 「さて、行くとしようか」
駅のロータリーを指定の場所まで歩く。
会場まで送ってくれるバスはすぐに見つけることができた。
「杉浦……」
( ФωФ) 「なんだ」
「……なんでもない」
( ФωФ) 「式の間は話すなよ」
「そうしよう」
指定された会場行バスの中、窓を眺めて出発するのを待つ。
座席で他の人達は誰も彼も楽しそうに話をしている。
やがて運転手が歩いてきた。席が埋まったのを確認してから、式場へと向かって動き出す。
85
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:19:37 ID:y9YySBcU0
十分ほどの移動時間で、荘厳な教会の前に止まった。
他の参加者が降りるのを待ってから、一番最後に降りる。
受付はまだ始まっておらず、近くの生け垣に腰を下ろした。
退院したばっかりの身に立ちっぱなしは少々つらい。
付近を見回していると、少し離れたところにお洒落な喫茶店があった。
中から店員らしき人物が出て来て、オープンの看板が掲げられる。
まだ開始まではしばらく時間があるのだから、コーヒーでも飲もう。
そう思って、喫茶店に向かった。
|゚ノ ^∀^) 「いらっしゃいませー」
扉を開けた瞬間に溢れ出したコーヒーの香り。
朝一だというのに、サイフォン管の中で沸騰した水がこぽこぽと音を立てている。
柔らかな笑顔の女店主に迎えられ、式場が良く見える窓際の席に座った。
これで万が一にも遅刻をするようなことは無いだろう。
|゚ノ ^∀^) 「ご注文がお決まりになりましたら呼んでください」
( ФωФ) 「うむ」
手作りのメニューには、予想よりも多くのコーヒー豆が載っていた。
オリジナルのブレンドもしてくれるみたいだが、そこまでコーヒーに造詣が深いわけではない。
86
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:20:14 ID:y9YySBcU0
( ФωФ) 「すいません、注文を」
|゚ノ ^∀^) 「はい」
( ФωФ) 「このおススメをホットで。それから、エッグサンドを」
|゚ノ ^∀^) 「ミルクと砂糖はお付けいたしますか?」
( ФωФ) 「いや結構」
|゚ノ ^∀^) 「少々お待ちください」
朝一番だけあって他の客はいない。
しばらくすれば他の招待客が来るかもしれないが、それまではこの静寂を楽しもう。
優しいジャズの音色に合わせて、コーヒー豆を挽く音が重なる。
続いてフライパンにひいた脂が弾ける音。
落とされたのは卵が二つ。
狙いすましたかのように焼き上がる食パンを、フライパンに押し付け卵を纏わせる。
スライストマトとレタスにマヨネーズをかけて挟み込んで完成。
調理をする女性の手元は見えなくても、音が明瞭に工程を教えてくれる。
|゚ノ ^∀^) 「お待たせしました」
87
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:21:08 ID:y9YySBcU0
湯気が立ち上るコーヒーと、とろけるエッグサンド。
数日間の病院食のうちに忘れていた食欲が一斉に立ち上がった。
( ФωФ) 「うまい……」
シンプルな味付けが食パンに染み込んだバターと程よく合う。
食感も飽きさせず、一皿をすぐに平らげてしまった。
コーヒーは香りを楽しみながらゆっくりとカップを傾ける。
|゚ノ ^∀^) 「今日は結婚式ですか?」
( ФωФ) 「ええ」
|゚ノ ^∀^) 「おめでとうございます」
( ФωФ) 「ありがとうございます」
|゚ノ ^∀^) 「何かご注文がありましたら、そちらのボタンを押してください。
どうぞゆっくりしていってくださいね」
女店主は年代物のブラウン管テレビをつけると、そのまま奥の部屋に向かった。
朝のニュースは取り留めない動物園の話題。
新しい動物の子供が生まれたことを取り上げている。
88
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:22:38 ID:y9YySBcU0
ここ一ヶ月の間で頻繁に発生している壊人の事件については、何も触れられていない。
不安を煽るよりも、話題を逸らすことを選んだのだろう。
チャンネルを変えてみても、どこも同じような特集を組んでいた。
受付の三十分ほど前になって窓の外に目を向けると、人だかりができていた。
結婚式の招待客が到着し始めたのだろう。
会計を済ませて外に出ようとした時、ニュースキャスターたちが突然慌ただしくなり、
何枚かの原稿が本来写るはずの無いスタッフから手渡された。
緊急のテロップと共に、画面を埋め尽くした白い巨体。
不定形なそれは、五階建ての病院を崩壊させながら起き上った。
地面に落ちている看板には、今朝見たばかりの文字が並んでいる。
(; ФωФ) 「ヴィップ総合病院……! なんだ……あれは……」
蛞蝓のように瓦礫の上を這う巨体。
カメラは大きく揺れながら、化け物から遠ざかっていく。
視点が、上空からのものに変わる。
ヘリコプターから撮られたであろう映像は、それが移動していることを明らかにしていた。
固体と液体の中間の様な身体で、進行方向にある建築物を容赦なく破壊していく。
ただ一直線、何かに惹かれているかのように進む。
化け物の通りすぎた後には溶解したコンクリートと鉄筋だけしか残っていない。
89
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:23:43 ID:y9YySBcU0
テレビに釘付けになっていた俺の横っ面を叩くかのように、無機質なサイレンの音が鳴り響いた。
喫茶店の眼の前で止まったパトカーから降りてきた警察官が二人。
店内を見回して店員がいないのを確認すると、一人は奥へと入っていった。
何が起きているのか問う前に乱雑に手渡された一枚の紙。
そこに描かれていたのは付近の地図で、中心を真っ赤な太い線が南側から真っ直ぐ縦断していた。
「こちらは避難区域に指定されました!
すぐに一キロ東のヴィップ第二小学校まで避難してください」
( ФωФ) 「どういうことだ」
「あれですよ」
警官の一人が指差したのはテレビに映った化け物。
手元の地図と同じ侵攻予定ルートがテレビにも表示されていた。
「とにかく今のところは真っ直ぐ進んでいるだけなので、
被害予定地の方には避難してもらっているんです」
( ФωФ) 「待て、ここが避難対象になるということは、あの教会もか」
窓の外に見える教会にも、別のパトカーが止まっていた。
騒ぎは聞こえないが、恐らく同じようなことを言っているのだろう。
90
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:24:13 ID:y9YySBcU0
(; ФωФ) 「今日は結婚式があるんだ!」
「申し訳ありませんが、避難していただくほかありません。
その旨は、関係者の方にも伝えています。
予想以上に移動速度が速く、あまり時間が無いんです」
|゚ノ ^∀^) 「お金は結構です。すぐに避難しましょう」
(; ФωФ) 「くそっ!」
|゚ノ ^∀^) 「お客さん!?」
何も考えずに飛び出していた。
警官の制止も聞かず、南側へと大通りを下る。
( ФωФ) 「五、六キロってところか」
青空に立ち昇る白煙は、化け物の現在位置を正確に教えてくれた。
テレビで見た移動速度はおよそ時速ニ十キロ。
十数分もすれば、ここの通りも廃墟に変わる。
ふざけるな。
今日のような大切な日を、欲望に取りつかれた馬鹿に邪魔させるわけにはいかない。
91
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:25:15 ID:y9YySBcU0
「戦うのか」
( ФωФ) 「当たり前だ!」
「貴様には勝てん。あれは人間の根源なる欲望。
これまでの独り善がりな欲望から生まれた壊人とは格が違う」
( ФωФ) 「娘の晴れ舞台を台無しにされてなるものか。
それにこの国ではあれは止められない。ここから先にも多くの人々が暮らしている」
「ふん。決めるのは貴様だ。だがこれだけは言っておく。
無謀と知りつつ急流に飛び込めば溺れるだけだ」
(#ФωФ) 「変身!」
身体能力を底上げする派手で真っ赤なスーツ。飛ぶも跳ねるも、まるで段違い。
再生した右腕の剣は、それまでが嘘のように思った通りに動く。
煙が立ち上る諸悪の根源を目指して、道路を踏み砕く勢いで加速した。
避難誘導が終わって、人っ子一人いない都市なのに、静寂とは無縁の世界。
白い巨躯が進むたびに道路が削れ、外灯が折れ、建物を崩す。
様々な破壊の音で溢れていた。
92
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:25:56 ID:y9YySBcU0
≪ ●〓●≫ 「流石に大きいな」
鞭のようにしなる腕の一本がビルを貫いた。
映画に出て来る怪獣のように、傍若無人に振る舞う壊人。
頭も足もなく、太い触手のような腕が数本あるだけの姿は、
もはや人と評することすら間違っているようにも思える。
≪ ●〓●≫ 「いくぞ……ッ!」
こちらに進んでくる化け物の動きは緩慢で単調。
ならば、削り切って欲望の核を破壊してしまえばそれで終わりだ。
今ならまだ娘の結婚式も執り行える。
ビルを貫いていた自分の身長よりも太い触手を一本、根元から切り落とした。
刃はするりと抜け、落ちた触手がビルに取り残された。
着地して構えた瞬間、肌に走る緊張感。
目の無い化け物は確かにこちらを認識した。
≪ ●〓●≫ 「ようやく俺に気付いたか」
「ギギギギギイイイ」
声にもならない叫び声をあげて、上から振り下ろされる白い腕。
それを正面から真っ二つに切り裂いた。
93
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:26:36 ID:y9YySBcU0
飛び散った肉片が蒸発していき、化け物の怒りが大気を振動させる。
耳を塞いで蹲りたくなる衝動を抑えて、一歩を踏み出した。
本体と思える巨大な塊に剣を突き立てる。
高温の刀身が、内部を焦がす。
≪ ●〓●≫ 「なにっ……」
「ガガギギアアア!」
両側から、飛び回る蚊を潰すかのように両腕が叩き付けらた。
避ける間もなく、肉の中に沈み込む。
≪ ●〓●≫ 「息が……」
いくら超人的な力を手にしても、呼吸は必須だ。
このままでは、肉の海で窒息死してしまう。
がむしゃらに剣を振るって道を切り開く。
視界を埋め尽くす白一色の肉壁は、何処までも続くかに思えた。
≪ ●〓●≫ 「ぶはっ……」
ようやく外に出られたとき、スーツの一部が煙をあげて溶けていた。
俺を飲み込んでいた白い塊は本体から分離し、国道で未だ蠢いている。
94
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:27:21 ID:y9YySBcU0
≪ ●〓●≫ 「待て……!」
こちらに興味を失ったのか、街に壮絶な傷跡を残して進んでいく。
全速力で正面に回り込んでから、一つの事実に気付いた。
最初にテレビで見た時は、五階建ての病院を飲み込むだけの大きさがあった巨躯が、
今はその半分程度しかないことに。
≪ ●〓●≫ 「このまま削り切る……!」
つまり、目の前の敵はただ大きいだけの木偶。
全ての行動を起こすにおいて、自身の質量を犠牲にしている。
再生能力も持たないのであれば、教会に着くまでに核を破壊することすら難しくはないはずだ。
「受けろッ!」
心の中の声に従い、咄嗟に両腕を前に構えた。
瞬きする間に目の前を埋め尽くしていたのは、白い腕。
≪ ●〓●≫ 「ぐぅっ……」
意識ごと吹き飛ばすかのような衝撃を受け、ビルの壁に打ち付けられた。
内臓を丸ごと吐き出してしまいそうなほどの痛み。
息が出来ずに、瓦礫の中から起き上がれない。
「油断をするなといったはずだ」
95
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:28:16 ID:y9YySBcU0
≪ 〇〓●≫ 「かっ……がはっ……」
「直に見て確信した。あれは人間の欲望の中で最も強い生存欲。
病院という環境でこそ生まれた壊人だ」
≪ 〇〓●≫ 「せい……存……」
「見ろ、貴様が奴を削ったせいで、奴は進化した」
白い化け物の壊人は、十分の一以下の大きさになっていた。
今までのような不定形ではなく、れっきとした形をもって。
≪ ●〓●≫ 「なんだ……あれは……」
全身は墨をこぼしたかのような黒。
右腕には剣を、左腕には盾を構え、鎧に全身を覆われている大柄な人間。
まるでゲームに出て来る勇者の姿そのもの。
「それはそうだ。あの壊人は子供だからな」
≪ ●〓●≫ 「なっ……!」
96
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:30:09 ID:5FSXn3320
( っωФ) 「ああ、どうも」
これは突っ込んでよいものか
97
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:31:48 ID:y9YySBcU0
「余命幾許もない……もはや尽きているかもしれないが。
生きたいと願った心に欲望メダルが同調して壊人となったんだろう。
おまけに生まれる直前に周囲にいた他の病人も飲み込んでいる。
大人数の人間が生きたいと願う欲望が生み出したのがあれだ」
勝てないといった意味が分かったか、とオーガストは続けた。
もしそれが本当なら、確かに一人で戦う俺の分は悪いだろう。
だからといって、今あれを止めなければ多くの被害が出る。
欲望に取り込まれた子供も、今ならまだ助けられるかもしれない。
≪ ●〓●≫ 「行くぞ……!」
息を整え、剣を構えて立ち上がった。
黒い勇者となった壊人は微動だにしない。
≪ ●〓●≫ 「ぬうあああ!!」
気合いを入れるために叫び、剣に炎を纏わせる。
一撃。核さえ破壊してしまえば、どんなに壊人が強かろうと関係ない。
それですべてが終わる。
98
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:32:46 ID:y9YySBcU0
振りかぶったこちらに対し、盾を構えるわけでもなくただ立ち尽くす黒勇者。
その隙だらけの胸元に剣を振り下ろした。
≪ ●〓●≫ 「……な」
金属音同士がぶつかった甲高い音。
刀身を失った右腕は、痺れて動かない。
弾くような動作で軽々と持ち上げられただけの剣で、こちらの武器は半ばから断たれた。
≪ ●〓●≫ 「しまっ……」
動揺で固まったがら空きの腹部を、一閃。
両隣にあったビルが鋭利な刃物で切り裂かれて崩落した。
腹部に当てた手が暖かい液体で濡れる。
痛みよりも先に、傷口から真っ赤な血液が噴き出した。
≪ 〇〓●≫ 「くそ……」
死の恐怖。
今まで感じたものよりもはるかに濃密なそれは、全身の温度を一瞬で奪う。
気づいた時には膝から崩れ落ちていた。
勇者の暗い瞳は何も写さず、ただこちらを見下ろす。
99
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:33:43 ID:y9YySBcU0
≪ 〇〓●≫ 「うああああああ!!」
必死に飛びかかった俺は、盾に弾かれて数十メートルも吹き飛ばされた。
衝撃のせいか、それとも核が破壊されたせいか変身が解け、ただの年寄りの姿へと戻る。
「心配するな。核が破壊されたわけじゃない。
欲望の核が破壊されて俺が無事なわけがないからな」
( メωФ) 「はっ……ぁ……」
頭上をうるさく飛び回るヘリコプターの音が、耳元で鳴っているかのように響く。
右腕は前にもまして重く、左の指先も感覚が無い。
じわりじわりと、自分自身から意識が切り離されているかのような感覚。
だが自分の欲望はまだ壊れていない。それならば、諦めるにはまだ早い。
( メωФ) 「まだ……戦える。……変身」
寝転がったまま変身をするなんてヒーローものではありえないだろう。
だけど、このスーツを着れば起き上がることができる。
腕も足も、まだ自由に動く。
≪ ●〓●≫ 「おおおおっ!」
100
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:34:27 ID:y9YySBcU0
無防備な背中を向けている壊人を斬りつけた。
卑怯だのなんだのと罵られようが関係ない。
ただ勝つことができればそれだけでよかった。
≪ 〇〓●≫ 「馬鹿な……」
再生した剣は、いとも容易く折れた。
その厚い鎧を傷つけることすら敵わず、道路を傷つけるにとどまった。
「ギ…………」
こちらを振り向く眼球の奥底に、身の毛もよだつほどの荒々しい魂が垣間見えた。
その瞬間には目の前で高く掲げられた剣。
≪ ●〓●≫ 「まずいッ……!」
防ぐことができなかった不可視の斬撃が思い出されて総毛立つ。
スーツすらも容易に切り裂くほどの攻撃を至近距離で受ければ、
欲望の核が破壊される程度ではすむまい。
最悪死に至るかもしれない。
ならば何がいる。今の俺に足りないものは何だ。
そんなことは自問自答するまでも無い。
望めば手に入る。願えば叶う。それが欲望メダルを持つ者の力。
101
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:35:49 ID:y9YySBcU0
オーガストの言葉が脳裏に蘇る。
静止した世界をゆっくりと切り裂く剣。
こちらの頭を真っ二つにしようと迫る脅威を、防ぐために必要な力。
≪ ●〓●≫ 「おおおおっ!!」
左腕が熱く燃える。
炎は瞬間的に拡がり、振り下ろされた斬撃と衝突して火花を散らせた。
ィ'ト─;-イ、
以`゚益゚以 「ギィ……?」
手の甲から腕までを覆うのは、荒々しい炎を象った強固な手甲。
望んで手に入れた守りの力は、必殺の刃を受け止めた。
≪ ●〓●≫ 「これで……同等だッ!」
受け止めた刃をいなし、首元を貫いた。
柔らかい手ごたえが攻撃の有効性を証明する。
鎧の隙間から、血液のように黒い液体が流れだしてきた。
ィ'ト─;-イ、
以`゚益゚以 「グガアア!!」
人間であれば声すら出せないはずの傷を受けながらも、
目の前の壊人は全身を震わせて叫ぶ。
102
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:38:25 ID:y9YySBcU0
強固な左拳を振りかぶった瞬間に、身体が浮いた。
≪ ●〓●≫ 「なっ!?」
盾を地面に落とし、開いた手で剣を掴んでいた壊人。
膂力だけで持ち上げられていることに気付いた時、背中に奔る激しい衝撃と痛み。
≪ 〇〓●≫ 「がはっ……!」
ビルの壁を突き破って、通りを二つ横切った。
脇腹に違和感を覚え手を這わせると、指が身体を貫いている鉄筋に触れた。
≪ 〇〓●≫ 「くっそ……ぐっ……」
半ばで切り落として無理やり引き抜く。
変身が解ける寸前に傷口は塞がったが、痛みを忘れるわけではない。
嫌な汗が背中を濡らす。無理やりに踏み出した一歩に耐えられず、崩れ落ちた。
欲望のスーツではないせいで、アスファルトの道路がひんやりと冷たい。
両腕は全く動かず、脚は鉛のように重たい。
それでも意思が体を起こそうと引きずる。
(; メωФ) 「戻らなくては」
なんとか仰向けになると、胸の辺りから小さな光が現れた。
それは金色のコインを象った欲望の象徴。
オーガストと名乗るもう一人の俺。
103
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:39:01 ID:y9YySBcU0
「勝ち目のないことはわかっただろう」
(; メωФ) 「いや、勝てる。攻撃は通じた。なら、後は核を破壊するだけだ。
意思無き人形を破壊するのは、敵と相対するよりもよっぽど容易い」
「違う。気づかないのか」
(; メωФ) 「何をだ」
結婚式の時間までもう猶予はない。
無駄話に付き合っている暇などない筈なのに、
オーガストがわざわざ表に出てきた違和感に、気付かないふりは出来なかった。
「貴様、両腕が動かないんだろう」
(; メωФ) 「だったらなんだ。変身すれば自由に動く」
「俺としたことが……今の今まで全く気付かなかったとはな。
貴様の欲望は”他人を護る”なんて高潔なものでは断じてない」
(#メωФ) 「違う! 俺は……俺の欲望は護ることだ。
他人の為に願ったからこそ、欲望に取り込まれずにいるんだろう!」
104
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:40:09 ID:y9YySBcU0
「いや……貴様は欲望の権化となり下がった。気づいていないのか?
事実、勝てもしない相手に、誰ともわからない人間を護るために挑もうとしている」
違う。俺は俺のままだ。何も変わりはしない。
欲望に操られているわけではない。
娘の結婚式を無事に終わらせることが出来れば、それだけでいいんだ。
俺はどうなったって構いはしない。
「よく聞け。お前の本当の欲望は……」
( メωФ) 「やめろ!」
制止を聞かずに、オーガストはそれを口にした。
「自己犠牲だ」
.
105
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:42:51 ID:y9YySBcU0
「それが貴様の欲望だ。
貴様は戦えば戦うほど、傷つけば傷つくほど、貴様自身を失っていく。
そうして最後には意志も自由も何もない抜け殻となる」
( メωФ) 「……変身!」
全身を保護する真っ赤なスーツで駆けだした。
事実から逃げるためではない。戦いの場に戻るために。
相変わらず一直線に歩く壊人。
目の前にあるすべての障害物を破壊して進む。
目的があるのかないのかはっきりはしないが、後を追うのが楽でいい。
≪ ●〓●≫ 「止まれ……」
三度立ち塞がった。
漆黒の騎士は黒煙を立ち昇らせて、こちらに剣を向ける。
前触れの無い攻撃を、余裕をもって躱す。
ィ'ト─;-イ、
以`゚益゚以 「ググ」
106
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:43:51 ID:y9YySBcU0
変身時に望んだのは更なる強さ。
それによって強化された脚力は、さっきまでの倍以上。
これまでの俺よりも、今の俺の方がはるかに強い。
だったら負ける理なんてあるはずがない。
≪ ●〓●≫ 「おおっ!」
左右に二回身体を素早く振る。
フェイントに合わせて揺れる盾の隙間に、都度斬撃を放つ。
全てが鎧の表面を削った。
今まで傷一つ付けることができなかったそれに、消えることの無い傷跡が残る。
ィ'ト─;-イ、
以`゚益゚以 「ゴガァ!!」
闇雲に振り回される剣は、掠りもしない。
息つく暇もないほど振り回されていたはずの攻撃も、鈍間で遅く感じる。
身体強化の恩恵は、身体の自由を失うごとに強くなっているのだと確信した。
オーガストの言葉が頭の中で反芻する。
107
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:44:42 ID:y9YySBcU0
自己犠牲の欲望。
あとどれだけ戦えるだろうか。
あとどれだけ生きることができるだろうか。
不安が剣筋に重苦しくまとわりつく。
それらを振り払うようにして、壊人の鎧を切り裂く。
ィ'ト─;-イ、
以`゚益゚以 「ギギイ!」
心臓を狙った突き。
苛立ちが鈍らせた判断。生まれた一瞬の隙を逃す手はない。
強固な胸板を貫くために、全身のばねを乗せて迫り来る剣先を向かえ撃つ。
≪ ●〓●≫ 「……っ!」
頬を掠った剣先。暖かいものが滴り落ちる。
一方で真っ赤に燃える剣は、鎧と脇の間を抜けていた。
壊人の胸当ての中、膝を抱えて目を瞑る子供。
不健康そうな青白い肌が病院の検査着の隙間からのぞく。
ィ'ト─;-イ、
以`゚益゚以 「ィ……!」
108
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:46:34 ID:y9YySBcU0
初めて表情を見た気がした。
兜の口元が歪み、赤黒い肉が見え隠れする。
身の毛がよだつおぞましい笑み。
≪ ●〓●≫ 「しまっ……」
首元を狙う剣を左手で防ぎ、距離をとる。
こちらの動きに合わせる様に、まったく同じ歩幅で迫る壊人に焦って大きく飛び下がった。
結果生まれた隙は致命的だった。
中途半端な逃げの跳躍に対して、全力で飛んだ壊人の方が早く力強いのは自明の理。
盾による突貫攻撃を空中で受けきることは出来ない。
数台の車を犠牲にしてどうにか受け身をとる。
≪ 〇〓●≫ 「っぅ」
起き上がった時に見えたのは黒い鎧。
ただ危機感だけを信じて転がって避けた。目標を見失った剣はアスファルトを裂く。
目の前にいるのはもはやただ暴れる化け物ではない。
確固たる意志を持って俺を敵だと認識した壊人。
109
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:47:31 ID:y9YySBcU0
ィ'ト─;-イ、
以`゚益゚以 「ゴギギッ!ギギィ!」
こちらの首を刈ろうと空を斬る剣。
一撃一撃が鋭く、絶え間ない連撃を、受け、往なし、避ける。
≪ ●〓●≫ 「まだ……まだっ!」
動きが劣っているわけじゃない。
武器の性能も互角。
ならば、戦いを決めるのは気合いと覚悟。
全てをかけている自分が負けるはずが無い。
≪ ●〓●≫ 「……!」
二度目のシールドバッシュ。
大きく回り込んで、側面を狙う。
剣同士がかち合って双方ともにバランスを崩す。
何とか踏みとどまって先に仕掛けた。
盾をもっていない身軽さを利用して、背後にまで一気駆ける。
反転する壊人の動きを確認してから、逆方向に跳ねた。
交差する身体と盾。
がら空きになった肘を狙って振り下ろした。
110
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:48:11 ID:y9YySBcU0
ィ'ト─;-イ、
以`゚益゚以 「ギィイイ!!」
鎧の継ぎ目に刃が深々と突き刺さり、そのまま切り落とした。
持ち主を失い地面に転がる盾。
≪ ●〓●≫ 「おおっ!!」
畳み掛ける。
均衡が崩れた今こそ、この戦いを終わらせる好機。
ありったけの力を込めて、首を跳ね飛ばそうと振るった。
剣は焔を帯びて、鎧の頭を溶断した。
≪ ●〓●≫ 「はぁっ……はぁっ……」
後は核を破壊するだけで、この壊人は消滅する。
動かなくなった鎧の胸部装甲を引き剥がす。
あれだけの動きに晒されていながら、中で眠る子供は起きる様子が無い。
「杉浦。それが核だ」
≪ ●〓●≫ 「これが……」
111
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:49:50 ID:y9YySBcU0
「早く破壊しろ」
人間の形を斬る事への抵抗が、見えない腕のように剣をつかんで離さない。
この検査着を着た少年は、病院に入院していたのだろう。
おそらくは重たい病に侵されていたせいで、生きたいという欲望にのみ込まれて壊人となった。
半端な想いでは無い。その身を化け物にやつすほどの強い願い。
それだけ強い生きたいという願いを奪い去ってしまっても、
この少年は病魔と闘い続けることができるのだろうか。
掲げたままの剣は、次第に硬くなっていく。
「杉浦!!」
オーガストに呼ばれて我に返った時、仰向けに倒れたままの鎧がわずかに身動ぎしたように見えた。
咄嗟に飛び下がった瞬間、地面を貫いて数十の黒い棘が生える。
「馬鹿が。欲望の核を壊したところで命を奪うわけではないというのに」
≪ ●〓●≫ 「だけど、この欲望を壊せば、あの子が生きていられるかどうか」
「貴様は自己犠牲の欲望で力を得た壊人ではあるが、世間的にはヒーローだ。
そのヒーローが、意味の無い情に踊らされて敵を仕留め損なうとはな」
≪ ●〓●≫ 「誰かを救いたいからヒーローをやっているんじゃない。
誰もを救いたいからヒーローになると決めた。
たとえ化け物となって死ぬことになったとしても」
112
:
名無しさん
:2017/08/25(金) 23:51:29 ID:y9YySBcU0
「その甘さがお前を殺し、次なる犠牲者を生むぞ」
鎧の中から起き上がる少年。
枯れ枝のように細く頼りない両足でありながら、しっかりと地面に立つ。
( ФωФ) 「ヒーローは多数の為にいるんじゃない。万人の為に立つんだ」
「なら好きに死ね」
( ФωФ) 「そうさせてもらう……ッ!」
大きく飛び上がった。
直前までたっていた道路を切り裂いた剣。
身体に不釣り合いなほど巨大なそれは、
先程まで鎧の姿の壊人が武器として操っていたもの。
病弱な姿からは予想も出来ないほどの膂力で、大剣を軽々と振り回す少年。
( ・∀・) 「見て!! 自分の力で立って歩くだけでも久しぶりなのに!
まさかチャンバラごっこまでできるなんて!」
無邪気なはずの笑顔は、青白い肌と落ちくぼんだ目のせいでより一層狂気的だ。
( ・∀・) 「すごい! すごい! あははははは!!」
113
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:07:23 ID:AVN1Glb20
殺意の無い攻撃は、当たれば死に至る強力無比な一撃。
受けるのもやっとな状態で、後退しながら攻防を続ける。
≪ ●〓●≫ 「くっ……」
( ・∀・) 「ねぇ! ねぇ! 守るだけじゃつまらないよ!」
≪ ●〓●≫ 「殺し合いを楽しむなんて間違っている」
( ・∀・) 「大丈夫! きっとぼくは死なないから!」
袈裟懸けに振り降ろされた剣を、速度が乗る前に止める。
子供とは思えないほどの力。全力を出してようやく鍔迫り合いが成立していた。
≪ ●〓●≫ 「ぐぅ……」
( ・∀・) 「ヒーローみたいなかっこうをしてるのに、とっても弱いんだね」
身体が浮いた。危機を察知して無意識に顔の前に置いた左腕。
肩が外れるかと思うほどの重たい衝撃がぶつかった。
( ・∀・) 「ざぁんねん」
がら空きの胸元に剣先が迫っていた。
弾かれてそっぽを向いている左の手甲は間にあわない。
114
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:07:49 ID:AVN1Glb20
≪ ●〓●≫ 「おおっ」
左腕の勢いのままに身体を反転させ、右腕の剣を叩き付けた。
胸先数ミリを通過した刃に背筋が凍る。
焦って距離をとる。追い討ちに対して構えていたが、少年は追ってはこなかった。
剣を肩に担いだまま、まったく関係の無い方角を見つめていた。
( ・∀・) 「向こうに、いっぱい人がいるんだね!」
≪ ●〓●≫ 「なっ!」
突如として走り出した少年の前に慌てて立ちふさがる。
俺と違って全身の強化ではなく、身体能力の一部のみが壊人化の恩恵を受けているのだろう。
足の速さではこちらが勝っているらしい。
( ・∀・) 「どうしてじゃまするの?」
≪ ●〓●≫ 「人のいるところに行って何をするつもりだ」
( ・∀・) 「ぼくの強さを知ってもらうんだ。
いっぱい殺せば、きっとぼくが強くなったんだって、元気になったんだって」
≪ ●〓●≫ 「尚更行かせるわけにはいかない」
(#・∀・) 「どいて」
115
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:09:00 ID:AVN1Glb20
半歩下がって剣先を躱す。
苛立ちが分かるくらいには荒れた攻撃。
先程までの遊びを含んだものよりかは、幾らかよみ易い。
( ・∀・) 「もうっ! ああもうっ!」
急激に鋭くなった一撃が脇腹を掠った。
壊人の調子の変化が激しいのは、欲望の本体が子供だからか。
こちらの攻撃は弾かれて当たらず、相手の攻撃はただの一撃ですら全力で受けなければならない。
何合斬り合っただろうか。
終わらない殺し合いに、削られていく精神が悲鳴を上げる。
( ・∀・) 「あーあ。つまんなくなってきたな。
ねぇ、勝てないんだからあきらめてよ」
≪ ●〓●≫ 「はぁっ……はぁっ……」
スーツの中で額から汗が滴り落ちた。背中はぐっしょりと濡れていて気持ち悪い。
どんな素材なのかはわからないが、湿気が抜けてくれるのは唯一の救いか。
壊人化は無限に動き続ける体力を得る力ではない。
わかってはいたつもりだった。端から長期戦には勝ち目などないのだと。
それでも抗うしかない。無理無茶は承知の上だ。
( ・∀・) 「それっ!」
116
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:09:44 ID:AVN1Glb20
一歩を踏み出した少年の剣は、的確に足元を狙ってきた。
それを飛んで避けた時に気付く。
今まで剣を振るう事しかしてこなかった少年が、剣を離していることに。
≪ ●〓●≫ 「ぐぅっ……!」
もう遅かった。
胃袋をひっくり返すかのような一撃。
小さな拳から放たれたとは思えないほどの痛みで膝をつかされた。
( ・∀・) 「さよなら」
鈍器殴られたのだと錯覚するほどの蹴り。
頭を護ったはずの左腕が、こめかみにめり込んでいた。
ぶれる視界、ゆれる意識。立ち上がる間もなく二度目の痛みに襲われ、気づけば瓦礫の中。
メットは割れ、視界は変に明瞭だ。
それなのに視点は定まらず、額から流れ落ちる滴が口の中に入った。
身体の八割近くの感覚が無い。埃の臭いもせず、味もしない。
起き上がることどころか、呼吸すらもうまくできない。
辛うじて聞こえる音と、コンクリートの破片の間から零れる小さな光だけの世界。
117
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:10:30 ID:AVN1Glb20
( Φω●≫ 「…………それでも」
小さな光が何かに遮られて完全な闇が訪れた。
これ以上の壊人化をすればもはや生きていられるかどうか。
ここで諦めてしまえば今までの全てが無駄になる。
誰も救えず、無力感に抱かれて死ぬのか。
それとも誰かを救って達成感に溺れて死ぬのか。
二つに一つ。
( Φω●≫ 「答えは決まっている! 変身ッ!」
瓦礫を吹き飛ばした。
予期しない抵抗に、僅かに鈍った剣先を全力で殴りつける。
目標を逸れた剣は地面に深々と突き刺さった。
その横腹にもう一撃を加えると、半ばから簡単に折れた。
バランスを崩した少年は剣を捨てて初めて後ろに下がった。
( ・∀・) 「よくも僕の剣を……!」
≪ ●〓●≫ 「欲望のままに暴れるな。
正気を保てば、今のまま生きていけるはずだ」
118
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:11:03 ID:AVN1Glb20
( ・∀・) 「正気……? 僕がくるってるって言いたいの?」
≪ ●〓●≫ 「このまま戦って、生きたいという欲望を壊したくはない」
( ・∀・) 「たかだか剣一本折ったくらいで勝ったつもりなんだ。
勘違いしないでくれるかな。僕はまだ、一度も本気を出してない」
少年の周囲に顕現した漆黒の球体。
陽炎の様に揺らめきながら、少年の周囲を漂う。
その数は百をゆうに超える。
( ・∀・) 「うち殺して」
言葉と同時に射出された掌の大きさの闇。
その性質が分からない以上、無闇やたらに受けるのを避ける。
ビルの屋上にまで跳んだこちらの起動を正確に追って来る弾丸。
切り落としたアンテナを弾幕に向けて蹴り飛ばす。
≪ ●〓●≫ 「ちぃっ!」
まるで相殺するかのように、アンテナの一部とそこに触れた弾丸が消滅した。
さらに二つ三つの屋上を跳んで渡り、背後を振り返る。
未だに多くの球体がこちらを狙っていた。
119
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:11:39 ID:AVN1Glb20
速度を捨てた追尾性重視の弾丸。
振り切るために必要なのは、物理的な壁。
だったら簡単だ。心の中で謝罪をしながら、ビルの天井を踏み抜いた。
十数階の建物を複雑な動きで下に下に移動する。
頭上で泡の弾けるような音ともに、球体が弾けてい消えていく。
途中、敢えて一階上がったところで追ってこなくなっていた。
≪ ●〓●≫ 「ここまで来れば……」
窓の外がわずかに震えた。
その一瞬の危機感を信じて屈んだ直後。
それまで頭があった場所が黒い奔流によって横一線に薙ぎ払われた。
≪ ●〓●≫ 「さっきまで剣を振るってたやつの戦い方がこれか」
( ・∀・) 「剣よりも銃の方が強いのは当たり前だよ」
≪ ●〓●≫ 「っうおお!」
窓ガラスに飛び込んで地上に向かって身を投げた。
瞬きする間もなく、先程までいたビルが丸ごと闇の中。
たった数秒で更地となった。
120
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:12:12 ID:AVN1Glb20
( ・∀・) 「あはははは! 逃げてばっかり!」
≪ ●〓●≫ 「ぐぬっ……!」
クロスさせた両腕に響く衝撃は骨すら軋む。
無防備なところにもらえば、骨の一本や二本ではすむまい。
( ・∀・) 「それっ!」
≪ ●〓●≫ 「馬鹿な……」
地面に着地した直後に動いた二つの大きな影。
道路の両脇にあるビルがこちらに向かって倒れてきた。
正面には壊人の子供。
背後には鉄すら消し飛ばす威力の低速散弾。
前門の虎に後門の狼。後二つ足すとすれば獅子と狐だろうか。
絶望を目の当たりにして、脳が無駄に演算速度を上げる。
生き残る道は一つしかない。
正面。両腕に何も持っていないのを確認して突っ込んだ。
( ・∀・) 「なっ……!んて……分かりやすい」
121
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:13:23 ID:AVN1Glb20
両側のビルの腹を貫いて飛来した無数の弾丸。
速度を重視した無誘導の弾幕を、前傾になった俺に防ぐ手立てはなかった。
≪ Φω●≫ 「ぐ……っ……」
痛みを堪えて進む。今更背後に道はない。
一部生身が露出するほど破壊されたスーツのまま、何とか少年の懐に届いた。
それでもまだ笑みを崩さない小さな壊人。
その腹部を狙って握り込んだ拳を、振り抜いた。
( ・∀・) 「さようなら、ヒーロー」
腕の感覚が消えた。
変身が解けたのではない。
肘から先が消滅したのだ。
一歩遅れて気が付いた。
真上から落ちてきた刃が、容赦なく持ち去ったのだと。
子供と侮ったわけではない。
≪; Φω●≫ 「ぐうぅうあああ……ッ!!」
地面に叩き付けられた瞬間にとんだ意識は、痛みによってすぐさま引き戻された。
巨岩に潰された両足は、脳が処理しきれない程の信号を送る。
122
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:14:25 ID:AVN1Glb20
( ・∀・) 「ここがどこかわかる?」
岩の上に着地した少年は、倒れた俺の頭上を指さす。
辛うじて動く首を動かし、視線を伸ばした先にあったのは、
無傷なままの白い教会。
今日、娘が幸せになるはずだった場所。
守りたかった全て。
( ・∀・) 「何も守れなかったね」
少年が掲げた掌の傍に発生する黒い弾丸。
≪ Φω●≫ 「やめろ! ……やめてくれ」
こちらを見下ろしたまま、爆発音とともに激しい突風が起こった。
爆炎の中心は灰色の靄で覆われ何も見えない。
≪ Φω●≫ 「あ……あぁ……」
一陣の風が吹き抜けて煙が晴れる。
そこにあったはずの荘厳だった教会は、見る影もない。
123
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:15:53 ID:AVN1Glb20
( ・∀・) 「あはははは!」
気づくのが遅すぎた。
いや、認めようとしなかったのだ。
目の前にいるのは少年の姿をした壊人だということを。
その結果がこれだ。誰もを護ると豪語しておきながら、誰一人護れなかった敗北者になり果てた。
( ・∀・) 「さようなら」
子供の掌に込められているのは、特大の殺意。
少年の欲望を吸い込んで膨張していく。
存在そのものを消滅させようとするつもりなのか、生み出された黒い弾丸は身体よりも大きい
せめて痛みなく、そう願って瞼を閉じた時に響いた声。
最初は幻聴なのだと思った。
目を見開いた少年が、よそ見していることで気づいた。
その声の主がすぐ近くまで来ていることに。
124
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:16:20 ID:AVN1Glb20
「お父さん!!」
.
125
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:18:16 ID:AVN1Glb20
聞き覚えは無い。声も姿も十数年前から一度も見聞きしていないのだ。
最初は、気づかないかもしれないと不安すら感じていた。
そんなことは無かった。
ウェディングドレスを着ていたからではない。
お父さん、と呼びかけられたからではない。
もっと単純で簡単なこと。
何よりも濃く、何よりも強い絆こそが、彼女を娘だと確信させた。
≪ Φω●≫ 「何で来たんだ! 逃げろ! しぃ!」
( ・∀・) 「へぇ、あれが大事な人なんだ」
≪ Φω●≫ 「頼む、やめてくれ……」
こちらに向けられていた殺意の塊は、ゆっくりと持ち上げられて対象を変えた。
人間一人を容赦なく消し去るほどの弾丸が、抗う力を持たないただの女性に向けられる。
≪ Φω●≫ 「はやく……逃げてくれ……」
( ・∀・) 「ほら、お父さんもこう言ってるんだ。逃げてごらん。
恐怖のどん底に落としてから殺してあげる」
126
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:19:55 ID:AVN1Glb20
(*゚ー゚) 「逃げないから!」
≪ Φω●≫ 「なにを……ッ!」
(*゚ー゚) 「お父さんが勝つまで、ここで待ってるから!
だって、私の覚えているお父さんは、絶対に負けない!」
(#・∀・) 「ふゆかいなお姉ちゃん。もういいや。消えて」
≪#Φω●≫ 「やめろおおお!!」
両足を引き千切り、腕だけの力で身体を動かした。
弾丸の前に身を投げ出してしいを庇う。
(*゚ー゚) 「お父さん!?」
≪ Φω●≫ 「……に…・・げろ……」
朦朧とした意識の中、自分を見下ろす影が見えた。
幻のように淡く光るその女性は、涙を流している。
(*;ー;) 「お願いだから。また誰かを護るために自分を犠牲にするのはやめて。
私、お父さんが強いこと覚えてるから。誰にも負けないくらい頑張ってるって知ってるから」
127
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:20:34 ID:AVN1Glb20
(#・∀・) 「やめろ。やめろやめろやめろ!!
家族なんて……いてもいなくても同じなんだ!
これ以上、僕の前で仲良くするな!」
(*;ー;) 「信じてる。今でも信じてるよ!
たとえ他の誰もがお父さんを悪だと言っても、私だけは信じてるから。
だから……」
( ・∀・) 「うざいうざいうざいうざいうざいうざい……!!」
(*゚ー゚) 「勝って!」
.
128
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:23:58 ID:AVN1Glb20
(#・∀・) 「消えろ消えろきえろきえロキエロキエロオオオオオ!!!」
空を覆う無数の星々がやけにはっきりと見えた。
その一つ一つが致命傷となるほどの威力を秘めた攻撃であることを理解しながら、
心はどこかに浮かんだままでいる。
すぐ目の前にいる娘のことなど考えてすらいなかった。
しぃが俺に願った勝利。
それは、昔の俺が口癖のように言っていた言葉。
妻と娘と別れてからは一切口にすることも無かったが。
誰かに勝つこと。自分に勝つこと。そのために必要なこと。
大事なのは結果でも過程でもなく、スタートラインに立つ心構え。
負けまいと、前を向く心。
生きようと、一歩踏み出す勇気。
聞き飽きた、と怒らせるほど口にしていたはずの言葉なのに、いつしか忘れていた。
汚れた社会で失くしてしまっていた。
あるいは、自分で捨てたのかもしれない。
しぃのおかげで思い出した。
俺がどう生きたかったのかを。本当に願っていたのは何だったのかを。
129
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:27:06 ID:AVN1Glb20
胸の奥が燃えるように熱い。
真っ暗闇の中で戸惑っていた俺の前に現れたのは、小さな光。
それは表面にガーベラ、裏麺に髑髏をあしらった金色のコイン。
そう、コインの表と裏なんて、決まっていない。
だから、俺が決めてもいいのだ。
目の前に浮かぶ欲望のコインは、現れるなり豪快な笑い声を立てた。
「はっはっはははははははっははは!!」
欲望のメダルは、聞いたことも無い様な高笑いをしていた。
( ФωФ) 「オーガスト! いまさら何を……」
「貴様、この私の最後の言葉だ。よく聞いておけ」
( ФωФ) 「どういう意味だ」
「貴様は自身の欲望に飲まれることなく、その力を操ることができた稀有な人間だ。
その貴様が、また一つ奇跡を起こしたと知って笑わずにおれようか」
( ФωФ) 「何が面白い」
130
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:29:50 ID:AVN1Glb20
不愉快なほど高らかに笑う。
次第にはっきりとしてくる記憶。今、自分の置かれている現状を思い出した。
すぐにでも逃げなければ、死んで全てが終わりだ。
「心配するな。この空間はお前の世界であって現実とは流れている時間が違う。
もっとも、それでもさほど余裕があるわけではないがな」
( ФωФ) 「だったらさっさと本題を言え」
「貴様は欲望に打ち勝った。自己犠牲などという低俗な欲望に。
人を壊すほどの力の全ては、信念となってお前と共にある」
( ФωФ) 「信念……?」
「欲望を信念に昇華させた貴様が、道を違えないことを願っておくとしよう」
( ФωФ) 「オーガスト?」
「せいぜいあがくんだな。信念を捻じ曲げない様に」
≪ Φω●≫ 「ッ!?」
目を見開いた。降り注ぐのは流星の様な弾丸。一つ一つがはっきりと見える。
両足は千切れたまま、両腕は動かない。
辛うじて動くのは眼球だけ。
オーガストの言葉の意味は、まだ理解できていない。
だけど心が叫んでいた。
護るのは、他人だけじゃない。
どんなにあがくことになっても、みっともなくても、自分自身も護ること。
俺が真に振るうべきは、欲望を叶えるための力ではなく、信念を貫き通すための力。
正しいと思えることを、正しく実行するために。
だから、叫んだ。
自らの魂に信念を刻み付ける様に。
131
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:32:34 ID:AVN1Glb20
「わが身に巣食う欲望よ! 今、この魂に応えて信念となれ!!」
≪ Φω●≫ 「オーバーロード!!」
.
132
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:36:52 ID:AVN1Glb20
失っていたはずの両足は元通りに。
荒々しく炎が燃えるブーツと、柔らかな丸みを帯びた手甲。
胸部の装甲はより頑丈に、それでいて身体は羽のように軽い。
真っ赤なマントは足首までもあり、胸に黒いラインが三本。
_Λ__Λ
≪ Φ::Φ≫ 「紅陽剣!」
炎とともに現れたのは、一振りで壊人を切り裂く正義の剣。
真上に掲げた剣先が放った熱は、降り注ぐ弾幕を全て焼き尽くした。
(*゚ー゚) 「不思議……大きな火なのに、全然怖くない」
_Λ__Λ
≪ Φ::Φ≫ 「この炎は俺の信念そのものだ。悪しき者以外の誰かを傷つけることはない。
だから安心してそこにいろ」
(#・∀・) 「なんだよなんだよおおおおおお!!」
正面から飛び込んできた少年。
娘を背に護りながら攻撃を受け止めた。
ぶつかり合った剣圧だけで地面が捲れる。
(#・∀・) 「くそくそくそくそおおおっ!」
やたらに振り回される剣は、もう怖くない。
体重を乗せて薙ぎ払う。
少年の痩せ細って軽い身体は、一撃を耐えきることが出来ずに空に打ち上げられた。
133
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:38:25 ID:AVN1Glb20
空中で数度回転して、大気を蹴って飛び降りて来る少年。
その手に構えた剣を真下に向けて、弓のように一直線に。
避ければ娘の命はない。
だったら、受け止めればいい。
両腕を覆う手甲を交差させ、衝撃に備えて足を引いた。
(#・∀・) 「なめるなあああああ!!!!」
叫んだ少年の刃は、手甲を貫通することなく砕け散った。
空を彩る黒銀の破片。
(#;∀・) 「ヒーローだったら……ヒーローだったら……、
僕をどうして助けてくれなかったんだあああ!!」
_Λ__Λ
≪ Φ::Φ≫ 「遅くなってすまない。今から助ける」
( ;∀;) 「そんなの、そんなの!! 信じない!!」
_Λ__Λ
≪ Φ::Φ≫ 「信じてくれ。欲望に取り込まれるほど生きたいと願う君は、きっと生きられる!
俺が助けてみせる! だから……俺を信じろ……!」
134
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:39:32 ID:AVN1Glb20
両腕で空に向けた剣から、炎が舞い上がる。
赤い剣は、躊躇いなく少年を切り裂いた。
( ∀ ) 「あああぁぁあぁぁぁああ!!」
炎に焼かれ、壊人の核は消し炭となった。
燃え尽きた灰の中に残されたのは、傷一つない少年。
意識を失ったまま動かない。
助け起こして、そのまま両腕に抱いた。
_Λ__Λ
≪ Φ::Φ≫ 「……しい、すまない」
(*゚ー゚) 「わかってる。お父さんは正義の味方だから」
_Λ__Λ
≪ Φ::Φ≫ 「また連絡するよ」
(*゚ー゚) 「うん! 待ってるね!」
135
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:40:52 ID:AVN1Glb20
長かった戦いが終わりを告げた時、既に陽は落ちていた。
空から降り注ぐ人工的な光は、きっと悪者探しをしている傍観者の瞳。
それに晒させるわけにはいかず、少年の身体をマントで包んだ。
そのまま胸に抱いて、真夜中の空に飛び上がった。
少年との約束を守るために。
目指すのは市内で最も大きな病院。
弱々しい鼓動と額に浮かぶ汗が、病状の重さを物語っていた。
それでも、この少年はきっと生きていける。
全く医学知識の無い俺でも確信を持って言えた。
直接拳を交え、刃を交わした仲である。そこらの医者よりはずっと正確な判断ができるはずだ。
大切な命を守るために、月夜の下でビルの屋上を渡る。
誰よりも強い願い故に、欲望の化身となってしまった少年を、一体誰が攻められようか。
都市の損害は決して小さくないが、得たものは大きく、失わなかったものはもっと大きい。
誰もが笑って暮らせるように、そして道を誤ってしまったものが正しき道に戻れるように。
俺はこれからもヒーローであり続けよう。
.
136
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:42:34 ID:AVN1Glb20
四十台から始まるヒーローライフ はこれで終わりです。
最後まで読んでくださった方に感謝を。
137
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 00:50:15 ID:poS/mjTQ0
乙乙
惜しむらくは短編
138
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 02:53:04 ID:L8SItb3g0
おつかれー!面白かったよ!
続編希望!
139
:
名無しさん
:2017/08/26(土) 12:40:04 ID:EP/4vdBM0
面白かった
乙
140
:
◆TflJu3mvXc
:2017/08/27(日) 01:19:58 ID:oPnnDj6A0
【業務連絡】
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http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1500044449/295
】
141
:
名無しさん
:2017/08/29(火) 19:19:52 ID:z8G4QBqI0
乙
面白かった!
やっぱヒーロー物は熱いね!
142
:
名無しさん
:2017/08/29(火) 21:24:09 ID:J9siiZos0
>>137-138
禿同
143
:
名無しさん
:2017/08/30(水) 00:32:16 ID:I0YiBRU20
短編にしておくにはもったいないな
144
:
名無しさん
:2017/08/30(水) 02:28:20 ID:xNls7bfA0
ヒーローものの宿命だが、ちと展開がありきたいよのぉ
145
:
名無しさん
:2017/08/30(水) 15:33:20 ID:ou6pu07s0
こういうの大好き!!!
もっとよみたい!!!
146
:
名無しさん
:2017/08/30(水) 22:51:53 ID:26BkdQ860
おつ
少年が元気になるといいな
147
:
名無しさん
:2017/08/31(木) 08:05:04 ID:Yg9xP68M0
乙乙
うーもったいない(っ´;ω;`с )
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