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STRAIGHT GIRL

1 ◆ekcVqW2nXc:2017/08/24(木) 20:06:34 ID:q/k.8qN20

人が死ぬ瞬間を、見たことがある。

「きゃあああああああ!」

それは、五月の大型連休が明けて、最初の登校日の出来事だった。
廊下から聞こえてきた悲鳴が、教室を包んでいた喧騒を切り裂いた。

「なに、いまの……?」

「何組!?」

「三組っぽい!」

「なんかヤバそうじゃね!?」

廊下に出ていく男子の足音、ただならぬ気配に怯える女子の声。
まるでひとつの物体のように、悲鳴のした方へと流れていく人の波。
いつもの俺なら、何の興味も湧かずに、ただ傍観しているだけだったと思う。

('A`)「……何があったんだか」

なのに、そのときに限って重い腰を上げる気になったのは、きっと何かの運命だったのかもしれない。

93 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:54:52 ID:q/k.8qN20

川# - )「ドクオに心配なんかされなくたって平気だったのに!」

頭がまともに動き始めて、いつもの調子で言葉が浮かんでくる。
そんなわけないだろう。俺が来なかったらどうなってたか分かっているのか。
そう言い返してやればいい。来栖の言っていることはめちゃくちゃだ。

川# - )「これで反感買ってもっとひどいことされたら責任取ってくれるの、されるのは私なのに!」

そうならないために動画を撮って、録音もした。
家のパソコンと同期してるっていうのは、とっさに出たでたらめだけど。
でも、そのおかげであいつらももう手出しはしてこないはずだ。

川  - )「……言い返せないなら、なんでこんなことしたんだ」

いくらでも言い返せる。そのための言葉だって、たくさん浮かんできている。

(;'A`)「……」

なのに、どうして俺はそれを口にできないんだろう。

94 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:55:19 ID:q/k.8qN20

川  - )「……もういい」

(;'A`)「いたっ」

来栖に立ち上がるついでに突き飛ばされて、バランスを崩してしまう。
起き上がろうとしているうちに、来栖はその場からそそくさと歩き去ろうとする。

(;'A`)「来栖……」

木枯らしにざわめく黒髪を、白波のように揺れるスカートを。
どこか小さく見えたその背中を、呼び止めたくて名前を呼ぶ。

「……」

来栖は振り返らないまま足を止めた。

「……こんなところ、お前にだけは……見られたくなかった」

そして、それだけ告げると、また歩き始めて、いつしかその姿は校舎の影に消えた。

95 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:55:50 ID:q/k.8qN20

翌日から、来栖は屋上に来なくなった。

教室にも姿はなかった。休み時間になるとすぐに、荷物ごとどこかへ行ってしまうらしかった。

時間の許す限り、考えつく限りの場所を探しても、来栖を見つけることはついにできなかった。

連絡を取ろうとして、俺は初めて来栖と連絡先を交換すらしていなかったことに気付いた。

あの屋上での時間が、本当の意味で俺たちにとってのすべてだった。

それが分かったところでもうどうしようもなく、何も起こらないまま月日は流れていった。

初雪が降り、新しい年が始まり、校内に三年生の姿がまばらになり、春一番が吹いて、桜が花を咲かせた。

俺はどこか空白を抱えたまま、それでもなるべくいつも通り、その日々をやり過ごしていった。

凍った地面で滑って転び、元日の親戚の集まりからはじき出されて。

無事に卒業が決まって、職もないまま社会に放り出されることが決まって。

在校生が予行練習で歌う『旅立ちの日に』を他人事のように聴いて。

最後の登校日、特別な言葉をかけられることもなく、家を出て。

96 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:56:55 ID:q/k.8qN20
.












だけど、すべてを諦めたように生きてみても。
あの日の来栖の小さく見えた背中と、泣いていたような声は。
俺の胸に氷柱のように刺さって、溶けることも、抜けることもついになかった。













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97 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:57:52 ID:q/k.8qN20

――3月〇日――

卒業式を終えて賑わう教室をあとにする。
体育館を出たころに降っていた通り雨は、いつの間にか止んでいた。

('A`)「……あー」

周囲の幸せそうな喧騒とは相反して、卒業することに何の感慨も湧かなかった。
何の後ろ盾もなく社会に放り出されることにも、焦燥すら感じなかった。

('A`)「……空っぽだ」

俺の三年間のすべてがこの教室に、校舎にあったはずだ。
なのに、ここに置いていくものも、ここから持っていくものもない。
そういうものを俺が作ろうとしなかったからだ。

いや、違う。
教室でもなく、校舎でもなく、三年間も過ごしていないけど、俺のすべてがあった場所はある。
そこに置いてきてしまったものも、持っていきたいものも、確かにあった。

98 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:58:21 ID:q/k.8qN20

来栖のクラスの前を通り過ぎるとき、中を覗いてみた。
やっぱり、来栖の姿を見つけることはできなかった。それがいつしか当たり前になってしまっていた。
もう主のいなくなった机に、知らない誰かが腰掛けて談笑していた。

('A`)「ああ、空っぽ、だ」

自嘲するように、同じ言葉を繰り返す。
心の中に空白ができてしまっていた。そこにあったものがなくなって、代替品も置けずにいた。

('A`)「はあ……」

俺はいつから、こんなに諦めるのが下手になったのだろう。
また上手く諦められるようになるのはいつだろう。
ぼんやり考えながら、後輩に見送られる同級生の横をすり抜けて、下駄箱までたどり着く。

('A`)「……ん?」

俺の靴の上に、四つ折りになった手紙が一通、置かれていた。
差出人の名前は書かれてない。こんなものを送られる心当たりもない。
どうせいたずらだろうと高を括って、手紙を開く。

(;'A`)「……っ!」

そして、俺はその短い手紙を読み終えるなり、全速力で駆け出した。

99 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:58:49 ID:q/k.8qN20

(;'A`)「はっ、はぁ、は」

視界ががくがくと揺れる。花束を抱えた生徒を避けきれずにぶつかる。
いま背後から聞こえてきた怒鳴り声の主は、きっとぶつかった相手だ。

『ドクオへ』

手紙の内容が頭の中をずっと巡りまわっている。

『私は死のうと思う。』

悪態のひとつもついてやりたかったけど、息を吸うので精一杯だった。
階段を何段飛ばしか自分でも分からないスピードで駆け上っていく。

『散々避けてきたのに、いまになってこんなものをよこしてすまない。』
『でも、これはお前には伝えておかないといけない気がした。』
『結局、お前くらいしか伝えたい相手が見つからなかった。』

見えない大きな力に動かされるかのように、屋上に向かっていた。
来栖がそこにいる確証はない。死に方なんて選ぼうと思えばいくらでもある。

100 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:59:12 ID:q/k.8qN20

『私が死ぬのは私が弱いせいで、もちろんドクオのせいでもない。』
『ドクオなら私がいなくても、きっと生きていける。』
『だから、どうか私が死んでも気にしないでほしい。』

来栖と会えなくなってから、昼休みになると学校中を探した。
当然、俺の裏をかいたのかと考えて屋上も探して、結局見つからなかった。

『短い間だったけど、ありがとう。』

だけど、きっと来栖は屋上にいると、俺は信じた。

『さよなら。 来栖直』

だって、あの場所が。あの場所だけが、俺たちのすべてだったから。

(;'A`)「あだっ」

ぶつかりながら潜り抜けようとしたバリケードが崩れかけて、体が引っかかる。
強引に体を引き抜くと、俺が潜った隙間は崩れてしまった。

(;'A`)「……!」

抜け出した勢いのままに詰め寄った扉の、鍵が、開いていた。

101 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:59:39 ID:q/k.8qN20

(;'A`)「来栖っ!」

扉を開くなり、間に合ってくれと願いながら叫ぶ。

川;゚ -゚)

金網状のフェンスの向こう側で、ずぶ濡れの来栖は俺の方へと振り向いた。

川;゚ -゚)「……ドクオ」

むせび泣いたみたいな通り雨が過ぎ去り、再び晴れ渡った青空を背負って、来栖は呟いた。
春風に吹かれて重そうに揺れる黒髪。たなびくスカート。空と同じ色をした瞳。
慟哭を聞いたあの日から、何ひとつ変わらないままだった。

('A`)「……来栖、お前何やってんだよ」

それから、来栖を刺激しない意味でも、呼吸を整える意味でも、ゆっくりと歩いて近づいていく。
来栖の左手は、まだフェンスをしっかりと握りしめたままだった。
どうかその手を離さないでいてくれ、と強く願う。

102 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:01:06 ID:q/k.8qN20

('A`)「何で死のうとしてんだよ。遺書のくせに理由も大して書いてないし」

とりあえず時間を稼ぐために話を続ける。
酸欠気味だった頭も、時間が経って少しずつ回ってきた。

川;゚ -゚)「……怖いんだ」

来栖はばつが悪そうに視線を逸らし、口を開いた。
俺は一度黙って、気が済むまで来栖に喋らせてやろうと思った。
きっと、いまから語る言葉も、いつか吐き出されるそのときを待っていたはずだ。

川;゚ -゚)「学校の外に出るのが怖いんだ……学校っていう、小さな水槽の中ですらうまく泳げなかったのに」

川;゚ -゚)「そのまま海に放り出されたって、泳いでいけるわけがないんだ……」

川; - )「私はきっと波に呑まれて、溺れて死ぬ。空を飛べずに落ちて死ぬよりきっと、ずっと苦しい……」

川; - )「だから、いまなんだ。これからもっと辛い思いをするより……いま死んだ方が幸せなんだ……」

103 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:01:37 ID:q/k.8qN20

言い終わって、居心地悪そうに風で乱れた髪を直す来栖。
すぐにまた乱れるのだから、何の意味もないけど、きっとそれは本人も分かっている。
分かっていても、何かせずにはいられない気分なんだろう。

('A`)「……やっぱり、来栖が物分かりがいいと違和感すごいな」

川;゚ -゚)「いいことじゃないか、褒めてくれないか?」

('A`)「断る……なあ、俺の知ってる来栖は恨み言吐きまくって、それでも生きようとするような奴なんだ」

あのとき、来栖が弱っていたのは過酷ないじめのせいだったと、いまなら分かる。
だけどいま、自殺しようとするまで来栖を追い込んでいるものはなんだ。
脳裏に、あの日の来栖の慟哭が響く。嫌な予感が背中をなぞって、寒気がする。

(;'A`)「もしかして……いじめ続いてるのか?」

川 ゚ -゚)「……そうじゃない。おかげであれから平和そのものだった」

104 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:02:00 ID:q/k.8qN20

だったらどうして、と口を挟もうとした。

川 ゚ -゚)「ドクオ、私たちが初めて会った日のこと、覚えてるか?」

だけど、突拍子もない来栖の問いかけに、俺は思わず言葉を飲んでしまった。
来栖は俺が何も言えないのを確認して、話を続ける。

川 ゚ -゚)「……ドクオは、あれが本当に偶然だって思ってるのか?」

そう言われて、来栖がやってくるまでのことを思い出そうとしてみる。
俺が倒れていて、そこに偶然来栖がやってきた。ただそれだけのことだ。

(;'A`)「……!」

だけどそれは、来栖が鍵の番号を知っていれば、の話だ。

川 - )「……気付いたか」



川 - )「知ってたんだ。お前が屋上で死にかけてる、って。だから私はお前に会いに行ったんだ」

105 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:02:33 ID:q/k.8qN20

川 - )「死にかけてるやつが屋上に続く階段を上っていった、って小耳に挟んでな」

('A`)「どうして、わざわざ」

俺が理由を尋ねると、来栖は静かに笑った。
背負った青空に、一筋の黒い煙が立ち上り始めていた。
あそこは確か、葬儀場だった。

川 - )「……安心したかった。自分より下の人間が見たかった」

川 - )「いま消えようとしている人間よりは自分はマシなんだ、って思いたかった」

('A`)「……性格悪いな」

川 - )「そうなんだよ。私はずっと、ドクオのことを下に見てた」

川 - )「ドクオを見てると、自分が『誰からも愛されない駄目人間』じゃないような気分になれた」

川 - )「普段貼られてるレッテルが剥がれて、ありのままの『来栖直』でいられる気がしてた」

川 - )「……だから、私はドクオが好きだった。一緒にいたかった」

106 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:02:56 ID:q/k.8qN20

('A`)「……そうだったのか」

川 - )「ドクオには、迷惑かけたな」

来栖は手を放して、握りしめていたフェンスを指先でつう、と撫でた。
心臓が跳ね上がり、じわりじわりと近付いていた歩みを止める。

川 - )「でもな、気付いたんだ。ドクオは強いやつなんだ、って」

('A`)「……?」

川 - )「ドクオはいつもぶれなかった。例えネガティブな方向であっても、しっかりと自分を持っていた」

川 - )「何があっても『毒島徳男』であり続けられるドクオのことを、羨ましく思うようになっていった」

最初は意味が分からなかったけど、聞いているうちに来栖の言い分に合点がいく。
それでも言いたいことはたくさんあった。でも、来栖の話はしばらく止まらなさそうだ。
手も放してしまっているし、立ち止まって口も挟まずにいようと決める。

107 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:03:28 ID:q/k.8qN20

川 - )「私も『来栖直』でいたかった。でも、こんな性格の悪い私が受け入れられるわけがなかった」

川 - )「その現実を受け止められるほど私の心は強くもなくて、受け入れられるほど広くもなかった」

川 - )「自分でいることは認められず、誰かになることもできないまま……」

川 - )「悩み続けて、探し続けたけど、結局いまも答えは見つからない……」

川 - )「何者にもなれない、居場所もない私には……涙が出るくらいドクオが眩しく見えた」

来栖の前髪からはいまも雨が滴り続けている。
額を、頬を伝って、顎の先から落ちて、地面の染みになっていく。
俺にはそれが、まるで泣いているように見えた。

川 - )「だから、ドクオがずぶ濡れの私を気遣ってくれたとき、校舎裏で助けてくれたとき……」

川 - )「……嬉しかったけど、それ以上に辛かった……ごめん」

108 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:04:41 ID:q/k.8qN20

川 - )「見下していたドクオよりも自分は下の人間なんだ、って突きつけられた気がして……」

川 - )「疑念なんかじゃなくて、自分は神様の作ったピラミッドの最底辺にいるんだ、って確信したんだ」

そっと目を閉じた来栖は、そのまま天を仰いだ。
雨雲が通り過ぎ、むき出しになった太陽に口づけするかのように。
距離を縮めるには絶好の機会のはずなのに、俺の足はどうしてか前に進んでくれない。

川 - )「だから死にたい……私は誰にもなれない……私の居場所なんてどこにもない」

屋上に来てから、来栖は初めてまっすぐに俺を見た。

川 -;)「ドクオみたいに、生きていけるほど……」

その瞳にいっぱいに溜まった涙が、青色を反射してきらめいていた。

川 ;-;)「私、は、強くないから……」

109 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:05:07 ID:q/k.8qN20

川 ;-;)「ぅうっ……うあぁ……っ! うわあぁぁ……!」

堰を切ったように、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして来栖が泣き出す。
欲しかったおもちゃを買ってもらえずに駄々をこねる子供のような、大きな泣き声だった。
例え、誰かにその声が届いたとしても、耳障りというひと言で片付けられてしまうに違いない。

( A )「来栖……お前」

川 ;-;)「うぅ……ひ、ぐ……?」

でも、俺はこの大きな子供がどうして泣いているのか知っている。
その悲しみが泣き止めば消えるものではないことも、知っている。



('A`)「……馬鹿じゃねえの」

だから俺は、俺だけは、来栖をこのまま放っておいたりはしない。

110 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:05:48 ID:q/k.8qN20

('A`)「……そうやって、俺のせいにするのか。自分が死ぬ理由を、他人に押し付けるのか」

川;゚ -゚)「……違う! そんなことない! 私が死ぬのはドクオのせいじゃない!」

泣き止んだ来栖は血相を変えて、フェンスにかじりつくようにしがみついて叫んだ。
これから死のうとしていたくせに、俺に向けられる視線は焦りと怯えを孕んでいる。
俺はその来栖の様子で、あるひとつの確信を得た。

川;゚ -゚)「私が弱いせいだ、全部私が悪いんだ! だからドクオはなにも」

(#'A`)「そういうこと言うからお前は馬鹿だっつってんだよ!」

もう何も怖がる必要はない。
胸に秘めていた苛立ちをぶつけながら、俺は来栖との距離を縮めていく。

(#'A`)「お前が弱いのはお前のせいかもしれないけどな!」

(#'A`)「それに気付いて死ぬってんなら、気付かせた俺のせいって言ってるのと変わんねえだろうが!」

111 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:06:19 ID:q/k.8qN20

川;゚ -゚)「ぁ……」

(#'A`)「違うなら説明してみろよ! いますぐ、ここで!」

川; - )「……」

来栖の視線は俺から外れて、所在なさげに動き続ける。
酸欠で苦しむ金魚のように口を開け閉めしてはみているけど、結局何も言えない。

('A`)「……来栖」

そうしている間に、俺はフェンスを挟んで来栖の真正面までたどり着いていた。

('A`)「……本当は、死にたくないんだろ」

川;゚ -゚)「……!」

フェンス越しに、しっかりと、来栖の手を握りしめた。
雨に濡れた指先は冷え切っていて、だけど確かに血が通っていて、かすかに熱を帯びていた。

112 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:06:47 ID:q/k.8qN20

('A`)「踏ん切りがつけられないから、後戻りできないようにわざわざ俺に遺書なんか書いたんだろ」

('A`)「そこまでしたのに、雨が降ってるときからずっと屋上にいたのに、飛び降りれなかったんだろ」

さまよっていた来栖の視線が、俺の視線と重なってぴたりと止まった。
握りしめた指先に少しずつ温もりが戻っていくのを感じていた。

('A`)「死にたがってるお前を、死にたくないお前が必死で止めてたんだ」

(#'A`)「遺書を読んだ俺が止めに来てくれるって、心のどこかで期待してたんだろ!」

さらに力を込めて、来栖の手を握り直した。

(#'A`)「そうだって言え、来栖!」

来栖が痛がる様子はない。きっと俺にはそこまでの力なんてない。
でも、この手を離したくないという気持ちだけは、世界中の誰よりも強く込められる。

113 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:07:07 ID:q/k.8qN20

川 ;-;)「……死にたく、ない」

来栖の目から、大粒の涙が次々とこぼれていく。

川 ;-;)「でも……死にたいのも本当なんだ」

泣きわめくでもなく、涙に濡れた声で来栖はぽつぽつと言葉を紡ぎ始める。

川 ;-;)「どっちも本当だから……どっちも選べない」

川 ;-;)「だから私はこんななんだ、ってわかってるのに……」

川 ;-;)「いつも考えてるうちに頭の中がぐちゃぐちゃになって……」

川 ;-;)「ぐちゃぐちゃになったらまた整理して、それでまた選べなくての繰り返しで……」

川 ;-;)「私……どうしたら、いいのかな……」

114 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:07:52 ID:q/k.8qN20
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('A`)「……別に、どうもしなくていいんじゃないか」














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115 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:09:21 ID:q/k.8qN20

川 ;-;)「……え?」

('A`)「前に言ってたよな? この世界のことが嫌いだって」

川 ;-;)「言った……けど」

('A`)「じゃあ、どうでもいいだろ。お前の嫌いな神様が作ったハートとか、そのせいで作られたピラミッドとか」

呆ける来栖をよそに、空いている方の手で自分のハートをはたいてみせる。
当たり前だけど、手のひらは空を切るばかりだ。ハートは見えるだけのもので、触れることはできない。

('A`)「大体、こんなもん本当に信用できんのかよ」

だったらそんなもの、気にしなければ存在しないのと何も変わらないじゃないか。

('A`)「同じもの量ってるくせに、人によって天秤も重りも違うんだぞ」

川 ;-;)「そうだけど……」

116 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:09:46 ID:q/k.8qN20

('A`)「あとな来栖、お前とんでもない勘違いしてるぞ」

川 ;-;)「えっ?」

('A`)「俺は強くなんかないし、お前は弱くなんかない」

('A`)「何もかも諦めてなるべく傷つかないように生きてる俺なんかより……」

('A`)「傷ついても苦しくても諦め悪く立ち向かっていく来栖の方が、よっぽど強い」

川 っ-;)「そ、そんなの自分の弱さを認められていないだけだ……」

川 っ-;)「それよりも自分と向き合って、弱さを受け入れられるドクオの方が強いに決まってる」

弱ってたくせに、そんなことを言うときに限って来栖はいつもの調子に戻ってくる。
それなら、この話題を続けたところで水掛け論になるのは目に見えている。

(;'A`)「はあ……来栖がそう思うなら、もうそれでいい。でもな……」

117 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:10:08 ID:q/k.8qN20

('A`)「お前と出会って俺の世界は広がった。お前と過ごすうちに大切にしたいものが増えた」

('A`)「だから……もしも俺が強い人間なんだとしたら……お前が俺を強くしてくれたんだ、来栖」

川 ;-;)「ドクオ……」

熱を取り戻した来栖の手が、ゆっくり引っ張られた。
応じるように手に込めた力を抜くと、さっきまで俺がそうしていたように、来栖は俺の手を握り返す。

('A`)「いま来栖にとって、俺にとって大切なものが、ずっと大切なままかなんて分からない」

('A`)「現に、俺の大切なものは変わったから」

かつて守りたいと願ったお袋の柔らかい笑顔が脳裏に浮かぶ。
守れなかった後悔はいまでも消えないし、もうどうでもよくなったわけでもない。
ただ、大切なものが増えた。お袋よりも守りたいものができた。それだけのことだった。

('A`)「いまはそれがすべてだと思っていても、いつか振り返ってみるまでそうとは限らない」

('A`)「そのときになってみれば、何もないのと変わらないような、些細なことかもしれない」

118 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:10:43 ID:q/k.8qN20

('A`)「いまこの瞬間、いったい何が正解なのか。その答えは教室とか学校にはなくて」

('A`)「きっと外の世界にあるんだ。それに気付けないからみんな傷つくし、傷つけるんだ」

('A`)「教室も学校も……狭いから」

ふたりぼっちの屋上に響く自分の声は、どこか懐かしく感じる優しさに満ちていた。
こんな柄でもない声が出せるのか、なんて他人事のように思った。

('A`)「俺は答え合わせがしたい。俺の大切にしていたものが、本当にそうなのか確かめたい」

そういえば、お袋の声はこんな感じだったと、ぼんやりと思い出した。

('A`)「だから……生きたい。答えを知るまで、俺は死にたくない」

川 ;-;)「……ドクオのこと、結構わかってるつもりだったけど」

('A`)「なんだよ?」

川 ;-;)「何があってもその言葉だけは言わないと思ってた」

119 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:11:33 ID:q/k.8qN20

来栖はまだ泣いていた。青いきらめきがまばたきをするたびに、色を失って落ちていく。
だけど、もうその声は震えていない。瞳の中心には俺の姿が映り続けている。

('A`)「来栖と会わないうちに、何かあったんだよ」

軽口の応酬が本当に懐かしくて、自然と口元が綻ぶのが分かった。
会わないうちに何があったのかなんて、俺にはまったく心当たりはない。
でも、確かに何かはあったんだと、こうして来栖と話してみて思った。

('A`)「来栖……」

空いている方の手で来栖の手を握る。
片方は握っていて、もう片方は握られているというなんとも妙な状態になる。
それでも、きっといまはこれが正解のはずだ。

('A`)「俺は生きたい……だから、来栖にも生きていてほしい」

('A`)「もしもいま死んだ方が正解だったなら、俺のことなんてどうしてくれても構わない」

川 ;-;)「うん」

120 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:12:00 ID:q/k.8qN20

('A`)「だって……俺にはお前が必要だから。俺を好きでいてくれるのは、世界中で『来栖直』だけだから」

川 ;-;)「うん……」

('A`)「お前が死ぬっていうなら、そのときは俺も死ぬよ」

川*;-;)「……ずるいぞ、その言い方」

そう言って来栖は、くしゃっと顔を歪めて笑った。
本当に久しぶりに見せた笑顔に、安堵の気持ちが込み上げてくる。

('A`)「分かってる」

川*;-;)「ドクオ、私……生きてていい? 私のままでいてもいい?」

笑顔を絶やさないままぽろぽろと涙をこぼし、来栖は噛みしめるように尋ねてくる。
俺がどう答えるか分かってて聞いているな、とすぐに気付いた。
同時に、聞き返したくなるようなことを俺は言ったんだ、とも自覚する。

(;'A`)「……聞き返すなよ……恥ずかしい」

川*゚ -゚)「ありがとう……ふふっ」

121 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:12:24 ID:q/k.8qN20

川 ゚ -゚)「……ところでドクオ、そこどいてくれ」

真っ赤に腫れた目で俺を見つめて、来栖が言う。
もう涙は止まっていた。いつも通りの来栖が、フェンスを挟んだ先にいた。

('A`)「……なんで?」

川 ゚ -゚)「そっちに戻る。フェンス乗り越えるのに邪魔だからな」

('A`)「分かった」

繋いだ手を離すと、来栖は揃えて置いてあったローファーを履き直した。
それから、フェンスの金網の穴につま先を引っかけ、危なっかしく登り始める。

川 ゚ -゚)「よっ、と」

頂点の内側に反り返った部分までやってくると、来栖は四つん這いになって反対側に向く。
当然、下にいる俺からは来栖の白い下着が丸見えになる。

122 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:12:47 ID:q/k.8qN20

川#゚ -゚)「……見たな」

降りようと後ろを振り向いた来栖は、そのことに気付いたらしかった。
スカートを手で押さえて、じっと俺を睨みつける。

('A`)「見えるからな」

川#゚ -゚)「……見るな、あっち向いてろ」

片手が塞がった状態で降りることは到底不可能だ。
どうやら来栖は、俺に下着を見られたまま降りる気はないらしい。

('A`)「そう言うならそうするけど……前も見たろ。なんでいまさら」

適当な方向を向くと、金網の揺れる音が聞こえ始める。
それに合わせて、俺は浮かんだ疑問を来栖にぶつけてみた。

「そんなの決まってるだろ」

声が聞こえて、ローファーがコンクリートを叩く音が近づいてくる。

123 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:13:28 ID:q/k.8qN20

そばまで来たので振り向こうとした瞬間、制服の肩を掴まれた。
まさか機嫌を損ねたか、なんて考えがよぎるが、何もできないまま強引に振り向かされる。

川* - )「見られたくないときに見られたら……恥ずかしいじゃないか」

ふてくされたように目を逸らしながら、来栖はそう言った。

(;'A`)「……お、おう」

だけど、俺には来栖が不機嫌になった理由が分からなかった。
それに、目の周りだけじゃなくて、耳もほんのりと赤い理由も。

川* - )「とにかく忘れろ……いいな?」

(;'A`)「分かった忘れる。忘れるから機嫌を直せ」

川 ゚ -゚)「それでいい……ふう」

124 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:14:00 ID:q/k.8qN20

大きく息をついて、来栖は振り返って屋上を見渡す。
何もないこの場所に、俺たちのすべてがあった。それも、もうすぐ過去になる。
来栖はいま何を見て、何を思っているのだろう。

川 ゚ -゚)「……ドクオ、これからどうしよう」

フェンスに止まっていた鳩が、どこか遠くへ飛び去っていった。
気が済んだのか、来栖は俺に向き直って、未来のことを話し始める。

川 ゚ -゚)「飛び降りようとしてたところ、誰かに見られたかな」

('A`)「それならとっくに誰かすっ飛んできて……あ」

そういえば、バリケードは崩れて俺たちも通れなくなっていることを思い出す。
見つかっていないから誰も来ないと思っていたけど、それは俺の勘違いかもしれない。
扉の向こうでは、バリケードの撤去作業が必死で行われている可能性もある。

(;'A`)「来栖、悪い。実は……」

川;゚ -゚)「えっ……ええ……」

125 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:14:27 ID:q/k.8qN20

バリケードを崩してしまったことを伝えると、来栖は狼狽し始める。
何か言いたげではあったけど、結局苦い顔をして飲み込んだようだった。
おそらく、そもそもの原因が自分にあるからだと思う。

(;'A`)「誰にも見つかってなかったら、まずやることはバリケードの撤去だな」

川;゚ -゚)「いっそ見つかってた方がいい気がしてきたな……怒られるだろうけど」

('A`)「怒られても大丈夫だろ。影響あるような進路じゃないしな、俺たち」

川*゚ -゚)「……そうだったな、ははっ」

軽口を叩くお互いの顔を見合わせて笑う。
飛び立つための羽はないけど、体は軽かった。
ひとまず屋上から脱出するというところまでは、俺たちは生きていけそうだった。

川 ゚ -゚)「なあ」

('A`)「ん?」

出入り口の扉に向かう途中、来栖が語りかけてくる。

126 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:14:59 ID:q/k.8qN20

川 ゚ -゚)「屋上から出れたら、やりたいことがあるんだ」

('A`)「なんだよ?」

川 ゚ -゚)「打ち上げ、してみたい。ファミレスとかその辺の公園とか、どこでもいいから」

('A`)「……いいな、それ」

さっきの想定は訂正しよう。
打ち上げをするまでは、バリケードがどんなに重くても、頑張って生きよう。
そうやって少しずつ、前を向いて歩いていこう。

('∀`)「楽しそうだ」

川*゚ -゚)「だろ?」

前を向くのが辛くなったなら、こうして横を向けばいい。
そうしていつか、今日を振り返られる場所までたどり着ければ、と思う。

127 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:15:23 ID:q/k.8qN20

扉の前までやってきて、俺たちは並んで立ち止まる。
一度開けてしまえば、もう屋上には戻れない。
ひとまずその先に待っているのは、どんな形であれ困難には違いない。

('A`)「来栖、怒られる覚悟と力仕事をする覚悟はいいか?」

川 ゚ -゚)「安心しろドクオ。覚悟だけはばっちりだ」

だけど、俺たちはそれでも生きていく。生きていける。

('A`)「よし……それじゃ頑張りますか」

川 ゚ -゚)「打ち上げも待ってるしな」

だって、俺たちはそういう風に生きていこうと決めたから。

128 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:16:14 ID:q/k.8qN20
.













そして俺たちは、追い風を背中いっぱいに浴びながら、ゆっくりと扉を開いた。














.

129 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:17:46 ID:q/k.8qN20
.












STRAIGHT GIRL

おわり













.

130 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:18:31 ID:q/k.8qN20
以上で投下は終了です。
こちらの不手際で投下を中断してしまい申し訳ありませんでした。

131名無しさん:2017/08/24(木) 22:20:42 ID:oZ69HnHM0
今70レスくらいを読んでるけど滅茶苦茶面白いぞ

132名無しさん:2017/08/24(木) 22:28:36 ID:KAuYWbJM0


133名無しさん:2017/08/24(木) 22:50:55 ID:oZ69HnHM0
書き溜めの息抜きに適当に開いたけど読んでよかった

134名無しさん:2017/08/25(金) 03:19:53 ID:C.CmIdCI0
一直線に読んでしまった
なんだよコレメチャクチャ面白いじゃねえかよ

135名無しさん:2017/08/25(金) 06:34:34 ID:x13lfHsw0

クソスレ投下してる場合じゃなかった

136名無しさん:2017/08/25(金) 16:53:42 ID:btMoIKXY0
面白い

137名無しさん:2017/08/25(金) 17:26:52 ID:B6yVplxQ0
冒頭のブーンが忘れらんねえ……ハートの設定がかなり刺さったわ
ドクオとクーには強く生きて欲しい

138 ◆TflJu3mvXc:2017/08/27(日) 01:12:29 ID:yy4AxMW60
【業務連絡】

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139名無しさん:2017/09/02(土) 21:29:13 ID:4ZRJ4K5o0
すっげー良かった、青春ど真ん中だ


140名無しさん:2017/09/04(月) 19:02:29 ID:rJPNpkS60
すっごくよかった
ブーンにもこうして好きだって思ってくれる誰かがいればよかったのにな

141名無しさん:2017/09/09(土) 13:37:04 ID:zrWb1HQc0
設定は重いけどラストが爽やかで良かった!
すごく好きだ

142名無しさん:2024/12/15(日) 08:45:58 ID:B9yoRDxg0
乙乙
現実でもハートの表示があったら超嫌だなと思いつつ、作者の熱を感じる作品だった。


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