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STRAIGHT GIRL

42 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:21:09 ID:q/k.8qN20

川 ゚ -゚)「初めて会ったときだって、鍵が開いててびっくりしたぞ」

思い返せば、俺より先に来栖が来たことはなかった。
あまりに我が物顔で振舞っているので、俺のいないときにも屋上に来ていると思っていた。
ということは、いまここで来栖にも開け方を教えておけば、俺のストレスの種がひとつ減ることになる。

('A`)「じゃあ番号教えるから、俺の方が遅かったら自分で開けてくれ」

川 ゚ -゚)「わかった」

そう言って来栖はメモをするためか携帯を取り出す。
屋上へ出る扉は、4桁の番号を揃えるダイヤル式のものだった。
南京錠ではないあたり、まさかバリケードを潜り抜ける生徒がいるなんて思っていなかったんだろう。

川 ゚ -゚)「よし、いつでもいいぞ」

携帯を構えて、真剣なまなざしを俺に向ける来栖。
頼むから、また不機嫌にならないでくれ。そう願いながら、番号を教える。

('A`)「0721」

川 ゚ -゚)「は?」

43 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:21:35 ID:q/k.8qN20

(;'A`)「いや、だから0721」

川#゚ -゚)「……からかってるだろ」

平静を取り繕って絞り出されたその一声は、殺意がこもっているように聞こえた。
携帯を握りしめる手も震えている。きっと力を込め過ぎているせいだと思う。
炎は青い方が温度が高いというけど、いまの来栖の瞳の青色は、怒りの炎の色に見えた。

(;'A`)「本当に0721なんだよ、ほら」

携帯が飛んでこないか警戒しながら、ダイヤルを回す。
来栖はその様子を背後からいぶかしげに覗き込んでくる。
俺はささやかな抵抗として、わざと番号を見えるようにしながら鍵を開けてみせた。

川;゚ -゚)「……ほんとだ」

信じられない、と目を丸くする来栖。
俺だって、当てずっぽうで番号を入れて開いたときは同じような反応だった。

('A`)「な?」

川;゚ -゚)「この鍵を付けたやつが学校にいるかも、って考えると恐ろしいな……」

44 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:22:02 ID:q/k.8qN20

ぼやきながら、来栖は扉を開けて屋上に出ていく。
相変わらず謝罪はなかったけど、機嫌が直ってくれただけで上出来だった。

川 ゚ -゚)「風が強いからこっちにしよう」

追いかけて屋上に出た俺を、来栖が塔屋の影から手招きしていた。
招かれるままに向かってみると、確かに塔屋がうまい具合に風を遮ってくれている。
日陰にもなっていて、どうしていままでここを使わなかったのかと激しく後悔した。

川 ゚ -゚)「国数英社理だからな」

('A`)「おう」

来栖は鞄からいそいそとしわのついた答案用紙を取り出す。
併せて俺も、手汗で湿って張り付いた部分を少しずつはがしていく。

川 ゚ -゚)「せーの、はい、って言ったら見せ合いっこするからな」

('A`)「はいはい」

川 ゚ -゚)「それじゃあ……せーの、はいっ」

45 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:23:19 ID:q/k.8qN20

川 ゚ -゚)「……ひどい点数だな」

('A`)「そっちこそ」

それぞれ表に向けられた答案用紙は、俺のも来栖のも例外なく赤点が並んでいた。
この分だと夏休みも補習で来栖と顔を合わせることになりそうだ。

川 ゚ -゚)「3対2で私の負け……か?」

('A`)「この点数で勝ち負けもなにもないと思うけどな」

答案用紙とにらめっこしていた来栖は、ため息とともにがくりと肩を落とす。

川;゚ -゚)「負けは負けだ……でも、なんでドクオは数学で二桁も点数取れてるんだ」

(;'A`)「こっちは当たり前のように一桁のお前に驚いてるわ」

46 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:23:43 ID:q/k.8qN20

期末考査の直前、テストの点数で勝負しよう、と突然来栖が言い出した。
噂に聞く限り来栖は補習の常連らしく、勝負以前の問題だと思っていた。
だけど、断れば機嫌を損ねるに決まっているし、仕方なくその提案に乗ることにしたのだった。

川;゚ -゚)「解答欄全部埋めたのに……」

そんなに自信があるのか、と勘繰ったこともあるけど、蓋を開けてみればこの通り。
こんな結果でここまで悔しがれるのが不思議な有様だ。
どうせ俺も赤点なんだから、五十歩百歩だというのに。

('A`)「そんなに悔しがることかよ。勝とうが負けようがどうせ赤点だぞ」

川 ゚ -゚)「悔しいに決まってるだろ。だって負けたんだぞ。赤点取らないように頑張って勉強もしたのに」

(;'A`)「えっ?」

どうも気になって聞いてみると、斜め上の答えが返ってきた。
来栖の性格上、面倒くさいレベルの負けず嫌いなことはまだ想像できる。
だけど、まったく勉強していない俺に、勉強しているのに負けていたのは予想外だった。

川 ゚ -゚)「えっ、とはなんだ。ドクオだって勉強するし、負けたら悔しいだろ」

(;'A`)「……え?」

47 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:24:12 ID:q/k.8qN20

川;゚ -゚)「……ドクオ、まさか勉強してないのか?」

('A`)「……おう」

川;゚ -゚)「どうして?」

どう答えたらいいのか分からない。
自分の中できちんとした理由はあるけど、それを言えば来栖は確実に怒るだろう。
かといって、適当な理由をでっちあげても、追及されればいずれ嘘もばれる。

('A`)「……別に、勉強しても赤点だろうし」

だったらいっそ、正直に話してしまおう。
来栖にぐちぐちと言われて昼休みは潰れるだろうけど、チャイムが鳴ればそれも終わる。

川 ゚ -゚)「勉強したことないのか?」

('A`)「お袋が生きてたころは……してた」

川 ゚ -゚)「それなら今回だってすればよかったのに。赤点取らなかったかもしれないのに」

('A`)「俺が赤点取っても来栖が困るわけじゃないだろ」

48 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:24:44 ID:q/k.8qN20

川 ゚ -゚)「私は困らないしお袋さんもいないけど、だからって赤点取っていいわけじゃない」

珍しく正論を語る来栖に困惑してしまう。
俺の言っていることが屁理屈だなんて、自分でも分かりきっている。
だけど、正しいことをするのは大変なことでもあって、俺にはそのための体力が残されていない。

川;゚ -゚)「……だいたい、ドクオは自分を下に見すぎなんだ。やろうと思えば、もっとやれる人間なのに」

('A`)「……そう言うけどさ、俺はもう、やろうだなんて思えないんだよ」

俺には来栖が分からない。
どうせ赤点なのにどうして勉強するのか。
消死しかけるような人間が卑下することにどうして怒るのか。

川;゚ -゚)「そんなことない……」

どうして、まるで自分のことのように、俺のことでそんな風に悲しそうにするのか。

49 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:25:14 ID:q/k.8qN20

('A`)「俺は頭は悪いけど、自分の身のほどくらいはわきまえてるつもりなんだ」

川;゚ -゚)「……」

('A`)「例え来栖がどう思っていたって、俺は駄目人間だ。俺のハートがそのまま答えなんだよ」

川;゚ -゚)「……そう、か」

来栖の相づちを吹き飛ばすように強い風が吹き、答案用紙が何枚か飛ばされてしまう。
あっという間にフェンスを越えて、回収はもう不可能といってもいい。
もっとも、生きてること時点で恥を晒してるようなものだし、誰かに答案を見られてもどうでもいい。

川  - )「……ドクオは、わきまえられているんだな。そういうことなんだ」

答案用紙の行方を気にしていないのは、来栖も同じだった。
ただ、飛ばされたこと自体に興味がなかっただけだろうけど。

川 ゚ -゚)「……なあドクオ、窓際の席になったことってあるか?」

残った答案用紙に手を伸ばしながら、来栖は唐突にそんなことを聞いてくる。
その指先はせわしなく動いていて、答案用紙で何か作っているようだった。

50 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:25:45 ID:q/k.8qN20

('A`)「あるけど」

川 ゚ -゚)「じゃあ、窓の外を見るとき、どんなことを考えてた?」

思い出そうとしてみるけど、いちいち考えながら窓の外を見ていた記憶がない。
大抵は意識ここにあらず、という状態だった気がする。

('A`)「……特に何とも」

川 ゚ -゚)「……私は、空を見てた」

俺の向かいに座っていた来栖は、話しながら隣にやってくる。
その手の中には、しわを差し引いてもかなり不格好な紙飛行機が完成していた。

川 ゚ -゚)「鳥みたいに、どこまでも空を飛んでいく想像をしてた」

言い終わって、来栖は紙飛行機をそっと押し出すように投げた。
すぐにバランスを崩したそれは、俺たちの目と鼻の先で地面に吸い込まれるように落ちていった。

51 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:27:11 ID:q/k.8qN20

川 ゚ -゚)「でも、想像してみてもうまく飛べないんだ」

その様子を見届けて、来栖はふたつ目の紙飛行機を作り始める。
だけど、作り始めたそばから綺麗に折れていなくて、いまから結果が見えるようだった。

('A`)「どうして?」

川 ゚ -゚)「だって、私は鳥じゃないから。人間だから。どんなに頑張っても空は飛べない」

('A`)「別に想像なんだし人間が空飛んでもいいだろ」

川 ゚ -゚)「そうなんだけど、それでも、自分が空を飛んでる姿を想像してみても……」

投げられるふたつ目の紙飛行機。後を追うようにひとつ目のそばに落ちる。

川 ゚ -゚)「できるわけがない、って思ってしまうんだ。どんなに飛びたくても、いつもそんな想いが邪魔するんだ」

('A`)「ふーん……」

飛びたいなら飛べばいいのに、なんて言ったら来栖は怒るだろうか。
それすら分からないのは、俺が何かをしたいとも思わなくなってしまったからだろうか。

52 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:27:43 ID:q/k.8qN20

川 ゚ -゚)「おかしいだろ?」

('A`)「まあ……おかしいとは思う」

自嘲するような来栖の問いかけに答えながら、自分の答案用紙を折っていく。
ところどころ湿ってはいるけど、来栖のものよりはしわはついていない。
飛ばしてみれば、多少はましな飛び方をするかもしれない。

('A`)「でも……俺みたいに何もする気がないよりはいいんじゃないか」

川 ゚ -゚)「えっ……?」

('A`)「俺は飛びたいとか考えもしないから、絶対に飛べない」

飛べないやつに折られる紙飛行機はどんな気持ちだろうか。
そんなとりとめのないことを考えながら、羽の部分に取りかかる。

('A`)「でも、来栖は飛びたいって思ってる。だから、俺と違っていつか飛べるかもしれない」

53 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:28:07 ID:q/k.8qN20

('A`)「勉強といい、来栖の諦めの悪さは……すごいと思う。俺には真似できない」

褒めているのか皮肉なのか、自分でも話している途中で分からなくなっていた。
想像の中の、毒にも薬にもならない話について、何を言っているのかと思う。
ただ、こんなに言葉と想いが溢れてきたのは、本当に久しぶりだった。

川 ゚ -゚)「……そう、かな」

('A`)「俺はそう思う」

歯切れの悪い返事をする来栖を横目に、完成した紙飛行機を眺める。
湿った部分はうまいこと羽を避けている。狙ったわけではないけど、上出来だ。

('A`)「よっと」

風が収まった瞬間を狙って、紙飛行機をそっと投げる。
だけど、来栖の作ったふたつの紙飛行機に吸い込まれるように、緩やかに落ちていく。

54 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:28:30 ID:q/k.8qN20

もう地面に落ちる、そう思った瞬間だった。

川 ゚ -゚)「あっ」

吹き付けた風にうまいこと乗って、紙飛行機はふわりと舞い上がる。
そして、墜落した二機の少し先で、まるで本物のように見事に着地してみせた。

('A`)「……おお」

川 ゚ -゚)「すごいじゃないか」

('A`)「たまたまだろ……」

感心したように来栖は言うけど、何もすごいことなんかない。
風が吹かなければ、来栖の紙飛行機と同じように落ちていたに決まっている。

川 ゚ -゚)「それでもすごい。結果だけ見れば私のより飛んだんだから」

('A`)「まあ、そうだけど」

55 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:29:02 ID:q/k.8qN20

川 ゚ -゚)「だから、私はすごいと思う。私は、あそこまで飛ばせなかったから」

来栖は体育座りをして、俺の紙飛行機を見つめていた。
頬を膝に預けた格好で、横顔は黒髪に遮られていてよく見えない。

自分は自分だからうまく飛べない、と来栖は言っていた。
作った紙飛行機さえも、うまく飛べないまま落ちていった。

そして、偶然とはいえ、自分のものより遠くに飛んでみせた俺の紙飛行機を、来栖はすごいと言った。

その言葉を、来栖はどんな気持ちで言ったのだろう。
空のように青い瞳の中を、俺の紙飛行機はどんな風に飛んだのだろう。

川 - )

その答えは、夜の海のように黒い髪の向こうに隠されて、見えることはなかった。

56 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:29:29 ID:q/k.8qN20

――10月〇日――

夏休みは、補習に追われているうちにあっという間に過ぎ去っていった。
この前始まったような気がした二学期も、気付けばひと月以上が経っていた。
受験がちらつき始めた三年生の教室は、どこかひりついた空気が漂うようになっていた。

川 ゚ -゚)「なあドクオ。お前進路指導って終わったか?」

だけど、受験とは無縁な俺と来栖は、相変わらず昼休みは屋上で駄弁っていた。
こうしていると、ふたりだけが屋上に時間ごと取り残されているようにも思える。
衣替えで来栖のセーラー服が紺の長袖になっていなければ、本気でそう信じていたかもしれない。

('A`)「とっくに終わった。来栖は?」

川 ゚ -゚)「まだ。どんなこと話すんだ?」

('A`)「えーと……成績とか、志望の進路とか」

川 ゚ -゚)「担任も一応はそういう話するのか。私たちみたいなのなんて、普段はほったらかしなくせに」

57 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:29:56 ID:q/k.8qN20

担任に何を言われたか、いまいち思い出せない自分がいる。
そもそも、進路指導はやったけど、いつごろだったかも定かではない。
正直、将来のことなんて考えるだけ無駄だから、適当に流していたんだと思う。

('A`)「成績がやばいから、進路より卒業を優先しろって言われた記憶はある」

川 ゚ -゚)「なんだそれ。肝心の進路については結局ほったらかしか」

('A`)「留年出したら担任の評価に影響するんじゃないか? よく知らんけど」

川 ゚ -゚)「じゃあ私も同じこと言われるだろうな」

来栖は話しながら頭上のハートを見上げて、手で払ってみせる。
それを何度繰り返してみても、来栖のハートが消えることはない。
本人の嫌われっぷりをまざまざと見せつけるために、今日も黒く輝いている。

川 ゚ -゚)「頭が悪いだけならまだしも、ハートもこんなだしな」

58 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:31:58 ID:q/k.8qN20

他人からどれだけ愛されているかは、いまやありとあらゆる局面で重要視されている。
受験なら偏差値、就活なら学歴のように、一定以上の高さが求められる。
いまやいい学校、いい会社は昔のように勉強ができるだけでは入れなくなっていた。

川 ゚ -゚)「私が勉強ができたとしても、結局ハートではじかれて大した進路はないだろうな」

来栖はまだハートに対して無駄な抵抗を続けていた。
だけどそのうち、疲れたのか手を止めて、そのまま仰向けに寝転がる。

川 ゚ -゚)「……ドクオは将来の夢ってあるか?」

('A`)「なんだよいきなり……」

川 ゚ -゚)「聞きたくなった。いきなりな」

('A`)「そうかよ」

来栖の突拍子もない切り出しにも、もうすっかり慣れてしまった。
機嫌が悪くなければ、質問に対して俺が話すまで待ってくれることも、いまは知っている。
ゆっくりと、俺も来栖も満足できる答えを探して、遠い記憶を漁っていく。

59 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:32:26 ID:q/k.8qN20

('A`)「ない、な。昔はあったと思うけど、もう覚えてない」

どれだけ記憶の中を探してみても、見つけたのは空白だけだった。
そこにあったものが消えて、代わりのものも置かれないまま、放置された空白。
内容も覚えていない夢がそこにあった、という事実だけが残っていた。

('A`)「たぶん、どこかでそういうのは諦めたんだと思う」

川 ゚ -゚)「……なんとなく、ドクオはそう言うだろうな、って思ってた」

相手に慣れてしまったのは、どうやらお互い様らしかった。

川 ゚ -゚)「私も、夢らしい夢は……ない」

来栖は小さなため息をひとつついて、ぽつりと呟いた。
俺も、来栖はきっとそうなんだろうと思っていたけど、口には出さなかった。

60 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:33:04 ID:q/k.8qN20

川 ゚ -゚)「あのな」

しばらく無言の時間が続いたあと、来栖は俺を呼んだ。
名前は呼ばれなかったけど、確かに俺に向けた呼びかけだと分かった。

川 ゚ -゚)「私、親がいないんだ。小さいころにふたりとも死んじゃって、母方の祖父母に引き取られた」

俺は口を挟まずに、ただ黙って聞いていようと決めた。
いつかのように、何度も頭の中でなぞっていた独り言を吐き出していると、すぐに気付いたからだ。

川 ゚ -゚)「でも、うちの親は駆け落ち同然に結婚したらしくて、孫の私にも愛着なんてなかったみたいでな」

子供のころの来栖を想像しようとしてみるけど、いまの状態で身長が縮んだ状態しか浮かばない。
もしかしたら、いまよりは可愛げのある顔をしていたのかもしれない。
性格も丸くて、ハートはいつでも真っ赤だった、なんてことも考えられる。

川 ゚ -゚)「高校に入った途端に厄介払いされた。仕送りはしてやるからひとりで暮らせ、って」

秋風がそっと俺たちを撫でて、通り抜けていく。
痛いくらいに眩しい太陽や、地面の照り返しが恋しくなるほどに、なぜか冷たく感じた。

61 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:34:09 ID:q/k.8qN20

川 ゚ -゚)「肉親に愛された記憶がない。親のことも覚えてない。愛してくれていたのかもわからない」

だから、と言いかけて、来栖は一度口を閉じた。
ずっとどこか遠くを見つめていた視線が、俺に向けられた。

川 ゚ -゚)「だから、ドクオのお袋さんの話を聞いたとき……少しだけ羨ましかった」

('A`)「……そうか」

俺は来栖を見つめ返しながら、相づちだけ打った。
この言葉だけは、きっと用意されていなかったものだと思ったからだった。

川 ゚ -゚)「羨むような話じゃないってわかってるんだけどな。ごめん」

('A`)「気にすんなよ」

川 ゚ -゚)「うん……」

62 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:34:40 ID:q/k.8qN20

歯切れの悪い返事を最後に、また会話が途切れた。
来栖が喋らなければ、こんなに屋上は静かなのだと気付かされる。
かといって、俺が喋ったってどうせろくなことにはならないと分かっている。

川 ゚ -゚)「私も夢らしい夢なんてないんだ」

良くも悪くも何も変わらないまま続いた静寂が破られる。
来栖は起き上がると俺を見て、再びそう切り出した。もう独り言ではなかった。

川 ゚ -゚)「でも……無理だってわかってるけど、大学にいってみたい」

('A`)「そうなのか」

川 ゚ -゚)「普通の人みたいに講義受けたり、サークルに入ったりするのはちょっと憧れる……どう思う?」

('A`)「……いいんじゃないか。俺にはそんなこと考えられないし、すごいと思う」

川 ゚ -゚)「……そう、かな」

63 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:35:01 ID:q/k.8qN20

来栖はどこか懐疑的だったけど、俺にとっては嘘偽りない本音だった。
こんな言葉がすんなりと出てきたことに、俺自身驚いているくらいだ。

川 ゚ -゚)「すごくなんかない。最近、自分は駄目なやつなんだ、って……改めて思い知らされてる」

('A`)「なんで?」

川 ゚ -゚)「私が嫌いだったやつらは、人並みの苦労をすれば普通に生きていけるやつばかりだった」

来栖はふい、と俺から視線を外した。
そして、遠くでちぎれていく雲を眺めながら話を続ける。

川 - )「内心見下してたやつは、実は私よりもよっぽど強いやつだった」

そのひと言だけが、どこか不思議な響きだった。
独り言のような、語りかけているような。嬉しいことのような、悲しいことのような。
言葉にしているのに、白日の下に晒されていないような曖昧さを帯びていた。

川 - )「自分が神様の作ったピラミッドの最底辺にいる、って現実を突きつけられてばかりだ」

64 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:35:44 ID:q/k.8qN20

川 ゚ -゚)「いまな、教室で窓際の席なんだ」

考えたことを片っ端から話しているかのように、話題が変わっていく。
伝えたいことはたくさんあって、それを伝えることは大の苦手。来栖はそういう奴だった。
だけど、今日はいつにも増して様子がおかしい。

川 ゚ -゚)「相変わらず、空は飛べないよ。飛びたいっていう想いは、日に日に強くなっていくのに……」

('A`)「……そのうちなんとか、なるんじゃないか」

川 ゚ -゚)「そのうち、っていつなんだろう。ドクオはいつだと思う?」

(;'A`)「それは……」

たまらなくなって言ってみた慰めの言葉も、何の意味も持てずに流されていく。
答えられずにいる俺を、来栖はじっと見つめたままでいる。
その前髪を揺らす秋風にうまく乗れないのは、俺も来栖も同じだ。

川 ゚ -゚)「……からかっただけだから、気にしないでくれ」

だったら、俺に何か気の利いたことなんて、言えるわけがない。

65 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:36:14 ID:q/k.8qN20

川 - )「飛べないならいっそ、地面に落ちて赤い染みにでもなる方が、私らしいのかもな」

言い終わって、来栖は目を伏せた。
深さを増したように見えた瞳の青が、俺の胸に突き刺さって、同じ色に染めていく。
赤い血だまりの中に来栖が浮かんでいる映像を、脳裏にちらつかせる。

(;'A`)「……なんか、お前がそういうこと言うやつだとは思わなかった」

川 - )「……私も、少し前までは思ってなかった」

(;'A`)「来栖はもっと遠慮を知らなくて、諦めが悪い方が、なんていうか……お前らしいよ」

川 - )「……うん」

(;'A`)「しおらしい来栖は……気持ち、悪い、というか……俺は好きじゃ、ない」

川 ゚ -゚)「うん……?」

66 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:36:35 ID:q/k.8qN20

川 ゚ -゚)「ドクオ……?」

ただでさえ大きな目を見開いて、来栖はぽかんとしている。
崩そうとしても崩れないような整った顔立ちが、まるで漫画のように歪んでいた。

川*゚ -゚)「……ぷっ、ふふ、ふふふふ」

やがて来栖は、その頬が膨らんだかと思うと、間髪入れずに笑い出した。
握りしめた答案用紙のようにくしゃくしゃの笑顔を浮かべて、小刻みに肩を震わせて。
風で髪が乱れても気にする様子もなく、顔が赤くなるほど笑い続けた。

(;'A`)「な、何がおかしいんだよ」

川*゚ -゚)「ふふっ、ドクオ。さっき言われたこと、そのまま返してやる」

こぼれてきた涙を拭った指先を俺の眼前に突きつけて、来栖は言った。

川*゚ -゚)「お前がそういうこと言うやつだとは……思わなかった!」

67 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:37:20 ID:q/k.8qN20

(;'A`)「それならお互い様だろ……」

川*゚ -゚)「そうかそうか。ドクオはしおらしい私は好きじゃないか」

('A`)「話聞けし……」

乱れた髪を直しながら、誇らしげに来栖は笑みを浮かべる。
もう俺のささやかな反論なんて聞いてすらいない。
ため息と苛立ちが胸の奥から少しずつ込み上げてくるのが分かった。

川*゚ -゚)「ところでドクオ。一応聞きたいんだけどな?」

('A`)「んだよ……」

吐息がかかるほど来栖の顔が寄ってきて、思わずのけぞってしまう。
誰かにここまで近くに寄られることなんてなかったし、そもそも近寄られること自体好きじゃなかった。

川*゚ -゚)「らしくない私が好きじゃないってことは、要するにいつもの私は好きなんだな?」

それもあるけど、妙に気恥ずかしくなってしまったから、というのもあった。
まつ毛に付いた涙が綺羅綺羅と輝いているのに気付いてしまったこととか。
海のような瞳の青色につい見入ってしまったことが、まるでいけないことのように思えてしまったとか。

68 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:38:20 ID:q/k.8qN20

(;'A`)「あー……」

俺が返答に困っている間も、来栖は離れる気配がない。
言うべき言葉を探す。来栖の機嫌のためじゃなく、俺が納得するための言葉を。

(;'A`)「……その」

川*゚ -゚)「なんだ?」

視線を来栖の足元に落とした。焦点が外れて、来栖の顔がぼやける。
それだけで頭から血の気がすっ、と引いていった気がした。
そうして、ようやく俺は言うべき言葉を見つけることができた。

(;'A`)「……嫌い、ではない」

俺は断じて来栖のことは好きじゃなかった。
こんな面倒くさい女のことを、好きになれるわけがなかった。

川 ゚ -゚)「……そうか」

だけど、俺は確かに来栖と過ごす時間を楽しんでいた。
来栖のハートをほんのわずかに、でも確実に、赤く染めているのは俺自身に違いなかった。

69 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:41:07 ID:q/k.8qN20
.










川 ゚ -゚)「わかった」

だから、来栖の上履きが「また」新しくなっていることに気付いたとき。

川 ゚ -゚)「もう大丈夫だ。いろいろすまなかったな、ドクオ」

お袋が倒れているのを見つけたときのように、確信めいた悪寒に心臓を締め付けられた。










.

70 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:41:33 ID:q/k.8qN20

――10月×日――

さっきまで淡い橙色に染まっていた空は、いつの間にか薄暗くなり始めていた。
廊下を歩きながら吐き出した息の白さが、冬の気配を感じさせる。
今日は11月の終わり並みの寒さだと、ニュースキャスターが言っていたことを思い出した。

(;'A`)「さっみ……」

小さく呟いた声も、人気のなくなった校内ではやけに大きく響いて聞こえる。
居場所はなくても暖房は効いている自宅が、いまは恋しかった。

「やっばー! ちょー手冷たいんだけど!」

「やだ、ちょ、触んないでよー!」

トイレの前に差し掛かろうかというところで、中から女子のグループが出てきた。
不良とまでは言わないけど、真面目には見えない見た目をしたやつらの集まりだった。
静けさと相まって、騒ぎ声はかなり耳障りだ。それとなく距離を取って、そのまま通り過ぎようとする。

71 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:42:05 ID:q/k.8qN20

「てか寒くね? あいつ凍死するんじゃない?」

「いいっしょ、別に。あんな顔しか取り柄のないやつ」

「だよねー! あっはははは!」

聞こえてきた会話に、足を止める。
誰かの悪口であることは明白だった。問題は、それが誰に向けてのものなのか。
そして、その誰かが何をされたのかだった。

('A`)「……」

女子トイレの前で立ち止まる。
かすかに、だけど確かに、中から扉の開く音がした。
水気を含んだ足音が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

('A`)「……来栖?」

恐る恐る発した俺の声に合わせて、足音が止まった。

72 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:42:32 ID:q/k.8qN20

(;'A`)「……来栖」

川 - )「……」

ゆっくりと現れた来栖は全身ずぶ濡れで、その体は寒さのせいか小刻みに震えていた。
いつもは俺をまっすぐに見つめてくる瞳も伏せて、何も言わずに立ち尽くしている。
さっきトイレから出てきた女子たちにやられたのだと、一目見て察した。

(#'A`)「あいつら……!」

ハンカチすら持っていないので、仕方なく制服の袖で濡れた髪を拭いてみる。
だけど、あっという間に袖も濡れてしまって、焼け石に水だった。

川 - )「大丈夫……」

来栖は俺の腕をそっとどけると、大事そうに抱えていた鞄からタオルを取り出す。
それが何のために入れていたものなのか、嫌な想像が膨らんでいく。

(;'A`)「寒いだろ……何かあったまる飲み物買ってくるから」

川 - )「いい……」

73 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:43:21 ID:q/k.8qN20

川 - )「ドクオ、悪いけどほっといてほしい」

(;'A`)「んなこと言われたって……」

川 - )「頼むから、妙な気とか起こさないでくれ」

そう諭す来栖の様子は、俺がらしくないと言った姿そのままだった。
いつもなら、こんなことをされて黙っている来栖じゃない。
何が何でもやり返してやるとか、そんなことを言い出すはずなのに。

川 - )「ほっとけばそのうち飽きて終わる。反応してやるから面白がって続けるんだ」

(;'A`)「そのうち、っていつだよ。終わるまでに何回こんな目に合うんだ」

川 - )「……とにかく、いいから」

無理矢理に会話を終わらせて、来栖は急ぎ足で俺の横をすり抜けていく。
濡れた足音が遠ざかっていく。廊下には水の滴った跡が残っている。
外に出れば寒さで凍えるのは想像に難くない。

74 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:43:52 ID:q/k.8qN20

放っておいたとしてあと何回、今日みたいなことが起こるのだろう。
俺はあと何回、それを見過ごせばいいのだろう。

(;'A`)「……バカか、あいつ」

もしかしなくても、来栖はとんでもない馬鹿だ。
自分の言うことなら、俺は大抵聞き入れてくれると思っているのかもしれない。
そんなことは断じてない。俺にだって、絶対に譲れないことはある。

(;'A`)「放っておけるわけないだろ……」

言ってやれなかった言葉を、いまさら来栖の消えていった曲がり角に投げかける。
もう夕日は沈んでいて、吐息の白さが一層際立って見えた。
せめて、来栖が風邪をひかないことを祈らずにはいられなかった。

75 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:44:17 ID:q/k.8qN20

家に帰ってから、すぐに携帯で開いたのは、うちの学校の裏サイトだった。
クラスメイトがアクセスの仕方について話していたのを、少し前に盗み聞きしていた。

('A`)「相変わらずひでえな」

久しぶりに見てみたけど、並んでいるスレッドのタイトルはほとんどが後ろめたいものばかりだ。
特定の気に入らない生徒、教師、部活への悪口を言うためのスレッド。
人間関係や受験といった特定の話題を語るためのスレッドまで様々だ。

('A`)「あ、俺のスレまだあったのか」

こんな身の上だからか、俺についてのスレッドも当然のように作られている。
内容はキモいだの早く消えてほしいだの、好き勝手書かれていた記憶がある。
嫌われているのは承知の上だったから、何を言われたところで特に思うこともなかった。

('A`)「……」

それらの中でも一番上にあって、書き込み数もパート数も目立って多いスレッドがあった。
スレッドのタイトルは来栖直専用スレ。どうやら現在進行形で書き込みされているらしかった。

76 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:44:42 ID:q/k.8qN20

開いてみると、画面に来栖への誹謗中傷がずらりと並んでいる。
当たり前だけど擁護する意見なんてものはひとつもない。
スクロールして少し前の書き込みから読んでいく。

('A`)「……やっぱりな」

その中には上履きを隠したことや、席を離れたときに持ち物にいたずらしたことが書かれていた。
だから来栖の上履きはたびたび新しくなっていたし、鞄もいつも持ち歩いていた。
最近は昼休みになると逃げるように教室から出ていくからいたずらできない、とも書かれていた。

今日の分の書き込みには、個室に閉じ込めて水をかけてやった、とあった。
画面の向こうに、悪びれる様子もなくはしゃいでいた女子グループの姿が見える。
あの中の誰が書いたのかは知らないけど、そんなことはどうでもよかった。

その書き込みに対する反応は、どれも肯定的なものばかりだった。
風邪をひけばいいだの、いっそこじらせて死ねばいいだの、そんな話題で盛り上がっている。

('A`)「……」

きっとずぶ濡れになった来栖の姿を見たら、こいつらは指をさして笑うんだろう。
そんなことを大っぴらにはできないから、ここでやっているだけだ。

77 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:45:07 ID:q/k.8qN20

(#'A`)「……ふざけんな」

心臓が強く脈打って、顔が火照っていくのを感じた。
書き込んでいるやつらが誰かは分からないけど、とにかく全員が気に食わなかった。

確かに来栖の評判はよくない。嫌われる理由なんて山ほど心当たりがある。
だけど、ここまで陰湿ないじめをしていいはずがない。
来栖のことを何も知らないくせに、分かった風に来栖を語って、決めつけている。

('A`)「ふー……」

行き場のない苛立ちを吐き出すように、深く息を吐き出す。
それだけで少し落ち着けた気がして、深呼吸というのは案外侮れないものだと思った。

('A`)「まだ書き込まれてる……」

一通り読み終わって更新してみると、かなりの数の書き込みが新着で表示される。
この時間はいまの俺みたいに、自宅からアクセスして張り付いている生徒が多いのかもしれない。

78 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:45:38 ID:q/k.8qN20

新着の書き込みは、そのほとんどが返信で占められていた。
その片方は来栖に水をかけた女子のうちの誰かだった。
匿名での書き込みだけど、内容からしてお互いに相手が誰か分かっているらしかった。

(;'A`)「冗談だよな……?」

その書き込みの内容に、思わず息を呑む。
水をかけた程度では受験の憂さ晴らしにならないらしい女子に対して、さらなるいじめが提案されていた。
その女子の知り合いの男子らしい会話相手は、来栖に乱暴してその様子を撮影しようと言い出した。

いじめの域を超えた、紛れもない犯罪なのは明白だった。
なのに、それすら誰も止める気配がない。むしろ実行するように煽る始末だ。
話はエスカレートしていって、具体的な日付や方法、ばれない場所まで相談され始めている。

単なる冗談なのかもしれない。煽っているやつらもそのつもりなのかもしれない。
だけど、画面の向こうにいるのは人間だ。冗談でなければ、ただ事で済むはずがない。
現に来栖は書き込まれているようないじめを受けていた。今回だけ例外である保証はどこにもない。

俺には書き込みの内容が冗談だとは、到底思えなかった。
ここにはむき出しになった人間の悪意が満ちている。
液晶一枚隔てただけで、誰もが現実感を失って、すべてが他人事にすり替わっている。

79 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:46:06 ID:q/k.8qN20

そうこうしているうちに、計画の話し合いがついてしまう。
そのあとには楽しみにしている、動画をアップロードしろと煽る書き込みが続いている。

(;'A`)「……どうする」

時間は明日の放課後。場所は校舎裏の体育倉庫。
どうやら今日の女子のグループに加えて、男子も複数人集まるらしい。
来栖が帰る前に同じクラスのやつが捕まえて校舎裏まで連れていく、とのだった。

もしも冗談ではないなら、止めるしかないと分かっている。
問題はその方法だ。何も起こらないうちに騒げば、指導を受けるのは俺の方だ。
事前に来栖に伝える手もあるが、俺は携帯の番号もアドレスも知らない。

(;'A`)「昼休み……いや、同じクラスのやつがいるなら見張られてるに決まってる」

となれば、できることは直前になって止めに入ることくらいだ。
それを可能にする手段を足りない頭で模索する。
自分の頭が悪いことを心底恨んだのは、いつ以来だろう。

80 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:46:45 ID:q/k.8qN20

そうこうしているうちに、計画の話し合いがついてしまう。
そのあとには楽しみにしている、動画をアップロードしろと煽る書き込みが続いている。

(;'A`)「……どうする」

時間は明日の放課後。場所は校舎裏の体育倉庫。
どうやら今日の女子のグループに加えて、男子も複数人集まるらしい。
来栖が帰る前に同じクラスのやつが捕まえて校舎裏まで連れていく、とのだった。

もしも冗談ではないなら、止めるしかないと分かっている。
問題はその方法だ。何も起こらないうちに騒げば、指導を受けるのは俺の方だ。
事前に来栖に伝える手もあるが、俺は携帯の番号もアドレスも知らない。

(;'A`)「昼休み……いや、同じクラスのやつがいるなら見張られてるに決まってる」

となれば、できることは直前になって止めに入ることくらいだ。
それを可能にする手段を足りない頭で模索する。
自分の頭が悪いことを心底恨んだのは、いつ以来だろう。

81 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:47:57 ID:q/k.8qN20

力には頼れない。多勢に無勢だし、そもそも俺の腕っぷしなんて大したことがない。
それに、その場限りでいじめをやめさせても意味がない。
根本的な解決ができる方法でなければ、来栖を本当の意味で助けることはできない。

何も思いつかないまま、時間だけが過ぎていく。
嫌な想像ばかりが脳裏にちらついて、思考を妨げる。

('A`)「……そうだ。これだ!」

振り払おうとしたどんどん具体的になっていく想像に、気付かされることがあった。
力に頼らず、いじめへの抑止力になる解決手段。目には目を、歯には歯を。

撮影には、撮影を。
こちらもいじめの現場を撮影してやって、脅しの材料に使えばいい。

('A`)「……いける」

さっそく携帯のカメラを起動して、動画を撮ってみる。
少し画質は荒いけど、遠くからでも拡大して撮影できる。音も拾える。
映像から個人を特定するには十分だった。

計画を詰めるために、さらに深く思考の海に沈んでいく。
そうしてようやく算段のついたころには、日付がとっくに変わっていた。

82 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:48:51 ID:q/k.8qN20

――10月△日――

翌日、放課後になって教室を飛び出し、校舎裏の木陰に潜んでからだいぶ時間が経った。
いまのところ、体育倉庫の付近には人影ひとつすらない。

('A`)「……まだか」

昼休み、来栖は屋上に来なかった。
教室まで行ってみると、昨日見かけた女子のグループが来栖の机を囲んでいた。
昨日の書き込みを見た人間ならば、あれが冗談ではないとすぐに気付けるはずだ。

いっそ気持ち悪いくらいに、気持ちのいい高校生の青春の風景がそこにはあった。
みんなで集まって談笑しながら、昼食を食べる。何もおかしいことじゃない。
その輪の中心でうつむいたまま、引きつった表情をした来栖がいなければ。

本当なら、すぐにでも助けてやりたかった。
だけど、それじゃ何の解決にはならない。今日をしのぐことすらできやしない。
教室をあとにするときに必死で抑えつけた感情は、いま俺の胸の中で熱く煮えたぎっている。

83 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:49:45 ID:q/k.8qN20

('A`)「……来た」

忘れもしない耳障りな高い声が近づいてきた。
まだ遠くにいるうちに携帯を取り出し、起動音が聞こえてしまう前にカメラを起動する。
息を潜め、枝葉の隙間から女子たちと、その中心にいる来栖を映し始める。

「ちんたら歩かないでくれる? イライラすんだけど」

川;゚ -゚)「痛っ……」

ちょうど木陰の正面あたりまで来て、女子たちは歩みを止まる。
そして、校舎の壁を背にした来栖を囲うように、こちらに背を向けて半円状になった。
もっと顔が見えた方が都合がいいけど、歩いてきた時点で全員の顔はばっちり映してある。

「く〜る〜す〜さ〜ん? 昨日は大丈夫だった? 風邪ひかなかった?」

川 - )「……」

「うわあ、シカトとかひっど。心配してやってんのに」

川 - )「……っ」

84 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:50:10 ID:q/k.8qN20

「肺炎になって死んじゃったらどうしよう〜、って思ってたのにさ〜」

「水かけられたせいでなりました、とか言われたら内申やばいもんね!」

「ねー! 別に死ぬのはいいけど!」

うつむいた来栖の表情までは見えないけど、想像は簡単にできる。
怒り、悔しさ、情けなさ、悲しさ。いろんな負の感情の混ざった、苦虫を噛み潰したような表情に決まっている。

(#'A`)「……あいつら」

きっといまの俺だって、そういう表情をしているはずだから。

「……なに、その目。アンタなんか死んだって誰も困らないんだけど。わかってる?」

「……わかってないっしょ! こいつ頭パーだし!」

川# - )「……っ」

鞄を抱きしめる来栖の指先が、制服の袖を固く握りしめたのが見えた。

85 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:50:34 ID:q/k.8qN20

「……わかってないみたいだし、ばっちり教えてやろうよ」

そのささやかな抵抗の意思が、リーダー格らしき女子の逆鱗に触れたらしかった。
携帯でもういいよ、とだけ誰かに電話をかけて、少しするとガラの悪そうな男子がぞろぞろとやってきた。
数えた限りでは四人。どいつもこいつもにやつきながら、来栖を舐めまわすように眺めている。

「……いくら言ってもわかんないならさあ、体で教えるしかないよね?」

リーダー格らしき女子の言葉を合図に、男子のふたりが来栖の両腕を掴んだ。
残ったふたりのうち片方は扉を開けるためか、体育倉庫の方へ走っていく。
最後のひとりは動画撮影の準備なのか、スマホを取り出していじり始めた。

川;゚ -゚)「……ひ」

これから何が起こるのか察したのか、来栖の顔から血の気が引く。
声にもならない、喉が鳴るだけの小さな悲鳴が校舎裏の静寂を切り裂いた。

川;゚ -゚)「やめ……助けてっ! 誰かぁ!」

86 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:51:02 ID:q/k.8qN20

「おい口塞げ!」

川;゚ ゚)「ゃめ、んっ! んんーっ!」

暴れ始めた来栖を、男子が力ずくで体育倉庫へ引っ張っていく。
女子も口にハンカチを詰めたり、背中を押したりして協力し始めた。
抵抗むなしく、来栖の体は少しずつ、確実に運ばれていく。

(#'A`)「……おい待て! やめろっ!」

動画はここまでで十分だ。録画を止めて木陰から飛び出し、来栖の元へ駆け寄る。
久々に全速力で走って、息も絶え絶えになった俺にすべての視線が注がれる。

(#'A`)「やめろ……いまの……全部、動画にっ、撮ったぞ……」

動画を再生した画面を見せつけるように、携帯を突きつける。
固まる一同をよそに、体育倉庫のそばにいた男子が逃げ出していくのが見えた。
お前の姿も映ってるからな、と心の中で吐き捨てる。

「……ちっ」

87 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:51:44 ID:q/k.8qN20

('A`)「えっ?」

舌打ちをした男子のひとりに、携帯を持った手を思い切り引っ張られた。

(;'A`)「ぶぇっ」

そのことに気付いた次の瞬間、右の頬に強い衝撃が襲った。
体がふわりと宙を舞って、受け身も取れないまま地面に落ちる。
火花のちらつく視界が横倒しになったところで、俺はようやく殴られたのだと気付いた。

川;゚ -゚)「ドクオっ、ドクオぉ!」

視界の外で来栖が俺の名前を叫ぶ。激しい足音と、布ずれの音も聞こえる。
だけど、それだけだ。俺の元へ駆けつけることはない。それは不可能だと理解できる。

「っんどくせえことしてくれんなあ……」

地面に落ちた携帯を、俺を殴った男子が拾い上げる。
そして、すぐさま折り畳みの部分から真っ二つにへし折った。

88 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:52:09 ID:q/k.8qN20

「……で、なんだっけ? やめろ、とか言ったか?」

(;'A`)「ぅ……」

男子はまだ寝転がったままの俺の髪を掴んで顔を上げさせる。
その脅し文句は、俺が尻尾を巻いて来栖を見捨てて逃げ出すのを期待してのものだ。
男子の背後で立ち止まったままの残りの連中の表情も、余裕に満ちたものになっている。

(;'A`)「……っ」

俺は確かに弱い。来栖と力比べをしたって負ける自信がある。
頭もよくない。一晩考えた作戦ですらこんな始末だ。

(# A )「……だよ」

「あ?」

だけど、逃げないことくらいはできる。

(#'A`)「……そうだよ、やめろって、言ったんだよ……」

89 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:52:51 ID:q/k.8qN20

髪を掴む手を振り払い、これみよがしに胸ポケットから取り出したものを突きつける。
シャーペンよりも一回り大きい程度のボイスレコーダーだ。

(#'A`)「これにも動画と同じ音声が入ってる。馬鹿みたいに騒いでくれたおかげでばっちりな!」

「んだとてめえ……?」

(#'A`)「言っとくけど、壊しても無駄だぞ。これは無線で俺の家のパソコンと同期してる」

「……?」

また殴られてたまるか、と相手の拳よりも先に言葉で殴りつける。
俺の言っていることが理解できていないのか、男子は間抜けな面のまま動きを止めた。

(#'A`)「こいつを壊そうが俺を殴ろうが、音声データは俺の手元に残ったままだ」

「……え、やばくない?」

背後で女子のひとりが呟いた。
不安が波紋のように広がって、俺と来栖以外の全員がにわかに騒ぎ始める。
俺を殴った男子も事の重大さを理解したのか、眉をしかめた。

90 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:53:21 ID:q/k.8qN20

(#'A`)「いますぐ来栖から離れろ。ここから消えろ。二度と来栖に手を出すな」

これまで抑えてきた怒りを、存分に込めて吐き捨てる。

(#'A`)「そうしなかったら……分かるな?」

来栖があれだけ恨みつらみをぶちまけていた理由が、少しだけ分かった気がした。
この胸に抱いたもやが晴れていくような感覚は、くせになりそうだ。

「……くそがっ!」

「チョーシ乗りやがって! 死にかけのくせに!」

捨て台詞を吐きながらひとり、またひとりと去っていく。
最後に来栖を捕まえていた男子ふたりが、俺に押し付けるようにその掴んでいた両腕を離した。

(;'A`)「来栖!」

解放されるなり、その場にへたりこんでしまった来栖の元に駆け寄る。
殴られたせいか、まだ少しふらついてしまう。

91 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:53:54 ID:q/k.8qN20

(;'A`)「……大丈夫か? 怪我とかないか?」

川 - )「……」

来栖は返事もせず、呆然としたまま地面を見つめている。
あと少しで暴行されるところだったんだから、ショックを受けても無理もない。
だけど、見た限りでは怪我をしている様子はない。ひとまずはほっと胸を撫で下ろす。

(;'A`)「もっと早く助けたかったんだけど、証拠を押さえないと……」

川 - )「……なんで」

来栖は震える声で絞り出すように、ひと言だけ呟いた。
指先が力いっぱい地面を掻いて、砂を握りしめる。

(;'A`)「……ごめん、怖かった、よな」

動揺や怯え、不安からそうしているのだと考えて、俺は素直に謝った。
一刻でも早く、元通りの来栖に戻ってほしかった。

92 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:54:18 ID:q/k.8qN20

川# - )「……そうじゃない!」

(#'A`)「っ!」

だけど、来栖は俺の謝罪を否定するなり、握りしめていた砂を思い切り投げつけてきた。

川# - )「なんで、放っておいてって言った、のにっ、こんなことっ!」

喉が張り裂けんばかりの、悲鳴にも似た来栖の叫びが、校舎裏に響き渡った。
うつむいたまま、癇癪を起こした子供のように息を荒げている。

(;'A`)「……ごめ、ん」

川# - )「なんで、って! 聞いてるの!」

反射的に口にした謝罪の言葉を聞いて、来栖はさらに喚きたてる。
来栖は明らかに怒っていた。それはなんとか理解できた。
だけど、その理由が分からない。俺はただ、来栖を助けたくてやっただけなのに。

(;'A`)「……」

頭がうまく回ってくれない。真っ白になったまま、何も浮かんでこない。

93 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:54:52 ID:q/k.8qN20

川# - )「ドクオに心配なんかされなくたって平気だったのに!」

頭がまともに動き始めて、いつもの調子で言葉が浮かんでくる。
そんなわけないだろう。俺が来なかったらどうなってたか分かっているのか。
そう言い返してやればいい。来栖の言っていることはめちゃくちゃだ。

川# - )「これで反感買ってもっとひどいことされたら責任取ってくれるの、されるのは私なのに!」

そうならないために動画を撮って、録音もした。
家のパソコンと同期してるっていうのは、とっさに出たでたらめだけど。
でも、そのおかげであいつらももう手出しはしてこないはずだ。

川  - )「……言い返せないなら、なんでこんなことしたんだ」

いくらでも言い返せる。そのための言葉だって、たくさん浮かんできている。

(;'A`)「……」

なのに、どうして俺はそれを口にできないんだろう。

94 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:55:19 ID:q/k.8qN20

川  - )「……もういい」

(;'A`)「いたっ」

来栖に立ち上がるついでに突き飛ばされて、バランスを崩してしまう。
起き上がろうとしているうちに、来栖はその場からそそくさと歩き去ろうとする。

(;'A`)「来栖……」

木枯らしにざわめく黒髪を、白波のように揺れるスカートを。
どこか小さく見えたその背中を、呼び止めたくて名前を呼ぶ。

「……」

来栖は振り返らないまま足を止めた。

「……こんなところ、お前にだけは……見られたくなかった」

そして、それだけ告げると、また歩き始めて、いつしかその姿は校舎の影に消えた。

95 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:55:50 ID:q/k.8qN20

翌日から、来栖は屋上に来なくなった。

教室にも姿はなかった。休み時間になるとすぐに、荷物ごとどこかへ行ってしまうらしかった。

時間の許す限り、考えつく限りの場所を探しても、来栖を見つけることはついにできなかった。

連絡を取ろうとして、俺は初めて来栖と連絡先を交換すらしていなかったことに気付いた。

あの屋上での時間が、本当の意味で俺たちにとってのすべてだった。

それが分かったところでもうどうしようもなく、何も起こらないまま月日は流れていった。

初雪が降り、新しい年が始まり、校内に三年生の姿がまばらになり、春一番が吹いて、桜が花を咲かせた。

俺はどこか空白を抱えたまま、それでもなるべくいつも通り、その日々をやり過ごしていった。

凍った地面で滑って転び、元日の親戚の集まりからはじき出されて。

無事に卒業が決まって、職もないまま社会に放り出されることが決まって。

在校生が予行練習で歌う『旅立ちの日に』を他人事のように聴いて。

最後の登校日、特別な言葉をかけられることもなく、家を出て。

96 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:56:55 ID:q/k.8qN20
.












だけど、すべてを諦めたように生きてみても。
あの日の来栖の小さく見えた背中と、泣いていたような声は。
俺の胸に氷柱のように刺さって、溶けることも、抜けることもついになかった。













.

97 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:57:52 ID:q/k.8qN20

――3月〇日――

卒業式を終えて賑わう教室をあとにする。
体育館を出たころに降っていた通り雨は、いつの間にか止んでいた。

('A`)「……あー」

周囲の幸せそうな喧騒とは相反して、卒業することに何の感慨も湧かなかった。
何の後ろ盾もなく社会に放り出されることにも、焦燥すら感じなかった。

('A`)「……空っぽだ」

俺の三年間のすべてがこの教室に、校舎にあったはずだ。
なのに、ここに置いていくものも、ここから持っていくものもない。
そういうものを俺が作ろうとしなかったからだ。

いや、違う。
教室でもなく、校舎でもなく、三年間も過ごしていないけど、俺のすべてがあった場所はある。
そこに置いてきてしまったものも、持っていきたいものも、確かにあった。

98 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:58:21 ID:q/k.8qN20

来栖のクラスの前を通り過ぎるとき、中を覗いてみた。
やっぱり、来栖の姿を見つけることはできなかった。それがいつしか当たり前になってしまっていた。
もう主のいなくなった机に、知らない誰かが腰掛けて談笑していた。

('A`)「ああ、空っぽ、だ」

自嘲するように、同じ言葉を繰り返す。
心の中に空白ができてしまっていた。そこにあったものがなくなって、代替品も置けずにいた。

('A`)「はあ……」

俺はいつから、こんなに諦めるのが下手になったのだろう。
また上手く諦められるようになるのはいつだろう。
ぼんやり考えながら、後輩に見送られる同級生の横をすり抜けて、下駄箱までたどり着く。

('A`)「……ん?」

俺の靴の上に、四つ折りになった手紙が一通、置かれていた。
差出人の名前は書かれてない。こんなものを送られる心当たりもない。
どうせいたずらだろうと高を括って、手紙を開く。

(;'A`)「……っ!」

そして、俺はその短い手紙を読み終えるなり、全速力で駆け出した。

99 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:58:49 ID:q/k.8qN20

(;'A`)「はっ、はぁ、は」

視界ががくがくと揺れる。花束を抱えた生徒を避けきれずにぶつかる。
いま背後から聞こえてきた怒鳴り声の主は、きっとぶつかった相手だ。

『ドクオへ』

手紙の内容が頭の中をずっと巡りまわっている。

『私は死のうと思う。』

悪態のひとつもついてやりたかったけど、息を吸うので精一杯だった。
階段を何段飛ばしか自分でも分からないスピードで駆け上っていく。

『散々避けてきたのに、いまになってこんなものをよこしてすまない。』
『でも、これはお前には伝えておかないといけない気がした。』
『結局、お前くらいしか伝えたい相手が見つからなかった。』

見えない大きな力に動かされるかのように、屋上に向かっていた。
来栖がそこにいる確証はない。死に方なんて選ぼうと思えばいくらでもある。

100 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:59:12 ID:q/k.8qN20

『私が死ぬのは私が弱いせいで、もちろんドクオのせいでもない。』
『ドクオなら私がいなくても、きっと生きていける。』
『だから、どうか私が死んでも気にしないでほしい。』

来栖と会えなくなってから、昼休みになると学校中を探した。
当然、俺の裏をかいたのかと考えて屋上も探して、結局見つからなかった。

『短い間だったけど、ありがとう。』

だけど、きっと来栖は屋上にいると、俺は信じた。

『さよなら。 来栖直』

だって、あの場所が。あの場所だけが、俺たちのすべてだったから。

(;'A`)「あだっ」

ぶつかりながら潜り抜けようとしたバリケードが崩れかけて、体が引っかかる。
強引に体を引き抜くと、俺が潜った隙間は崩れてしまった。

(;'A`)「……!」

抜け出した勢いのままに詰め寄った扉の、鍵が、開いていた。

101 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 21:59:39 ID:q/k.8qN20

(;'A`)「来栖っ!」

扉を開くなり、間に合ってくれと願いながら叫ぶ。

川;゚ -゚)

金網状のフェンスの向こう側で、ずぶ濡れの来栖は俺の方へと振り向いた。

川;゚ -゚)「……ドクオ」

むせび泣いたみたいな通り雨が過ぎ去り、再び晴れ渡った青空を背負って、来栖は呟いた。
春風に吹かれて重そうに揺れる黒髪。たなびくスカート。空と同じ色をした瞳。
慟哭を聞いたあの日から、何ひとつ変わらないままだった。

('A`)「……来栖、お前何やってんだよ」

それから、来栖を刺激しない意味でも、呼吸を整える意味でも、ゆっくりと歩いて近づいていく。
来栖の左手は、まだフェンスをしっかりと握りしめたままだった。
どうかその手を離さないでいてくれ、と強く願う。

102 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:01:06 ID:q/k.8qN20

('A`)「何で死のうとしてんだよ。遺書のくせに理由も大して書いてないし」

とりあえず時間を稼ぐために話を続ける。
酸欠気味だった頭も、時間が経って少しずつ回ってきた。

川;゚ -゚)「……怖いんだ」

来栖はばつが悪そうに視線を逸らし、口を開いた。
俺は一度黙って、気が済むまで来栖に喋らせてやろうと思った。
きっと、いまから語る言葉も、いつか吐き出されるそのときを待っていたはずだ。

川;゚ -゚)「学校の外に出るのが怖いんだ……学校っていう、小さな水槽の中ですらうまく泳げなかったのに」

川;゚ -゚)「そのまま海に放り出されたって、泳いでいけるわけがないんだ……」

川; - )「私はきっと波に呑まれて、溺れて死ぬ。空を飛べずに落ちて死ぬよりきっと、ずっと苦しい……」

川; - )「だから、いまなんだ。これからもっと辛い思いをするより……いま死んだ方が幸せなんだ……」

103 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:01:37 ID:q/k.8qN20

言い終わって、居心地悪そうに風で乱れた髪を直す来栖。
すぐにまた乱れるのだから、何の意味もないけど、きっとそれは本人も分かっている。
分かっていても、何かせずにはいられない気分なんだろう。

('A`)「……やっぱり、来栖が物分かりがいいと違和感すごいな」

川;゚ -゚)「いいことじゃないか、褒めてくれないか?」

('A`)「断る……なあ、俺の知ってる来栖は恨み言吐きまくって、それでも生きようとするような奴なんだ」

あのとき、来栖が弱っていたのは過酷ないじめのせいだったと、いまなら分かる。
だけどいま、自殺しようとするまで来栖を追い込んでいるものはなんだ。
脳裏に、あの日の来栖の慟哭が響く。嫌な予感が背中をなぞって、寒気がする。

(;'A`)「もしかして……いじめ続いてるのか?」

川 ゚ -゚)「……そうじゃない。おかげであれから平和そのものだった」

104 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:02:00 ID:q/k.8qN20

だったらどうして、と口を挟もうとした。

川 ゚ -゚)「ドクオ、私たちが初めて会った日のこと、覚えてるか?」

だけど、突拍子もない来栖の問いかけに、俺は思わず言葉を飲んでしまった。
来栖は俺が何も言えないのを確認して、話を続ける。

川 ゚ -゚)「……ドクオは、あれが本当に偶然だって思ってるのか?」

そう言われて、来栖がやってくるまでのことを思い出そうとしてみる。
俺が倒れていて、そこに偶然来栖がやってきた。ただそれだけのことだ。

(;'A`)「……!」

だけどそれは、来栖が鍵の番号を知っていれば、の話だ。

川 - )「……気付いたか」



川 - )「知ってたんだ。お前が屋上で死にかけてる、って。だから私はお前に会いに行ったんだ」

105 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:02:33 ID:q/k.8qN20

川 - )「死にかけてるやつが屋上に続く階段を上っていった、って小耳に挟んでな」

('A`)「どうして、わざわざ」

俺が理由を尋ねると、来栖は静かに笑った。
背負った青空に、一筋の黒い煙が立ち上り始めていた。
あそこは確か、葬儀場だった。

川 - )「……安心したかった。自分より下の人間が見たかった」

川 - )「いま消えようとしている人間よりは自分はマシなんだ、って思いたかった」

('A`)「……性格悪いな」

川 - )「そうなんだよ。私はずっと、ドクオのことを下に見てた」

川 - )「ドクオを見てると、自分が『誰からも愛されない駄目人間』じゃないような気分になれた」

川 - )「普段貼られてるレッテルが剥がれて、ありのままの『来栖直』でいられる気がしてた」

川 - )「……だから、私はドクオが好きだった。一緒にいたかった」

106 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:02:56 ID:q/k.8qN20

('A`)「……そうだったのか」

川 - )「ドクオには、迷惑かけたな」

来栖は手を放して、握りしめていたフェンスを指先でつう、と撫でた。
心臓が跳ね上がり、じわりじわりと近付いていた歩みを止める。

川 - )「でもな、気付いたんだ。ドクオは強いやつなんだ、って」

('A`)「……?」

川 - )「ドクオはいつもぶれなかった。例えネガティブな方向であっても、しっかりと自分を持っていた」

川 - )「何があっても『毒島徳男』であり続けられるドクオのことを、羨ましく思うようになっていった」

最初は意味が分からなかったけど、聞いているうちに来栖の言い分に合点がいく。
それでも言いたいことはたくさんあった。でも、来栖の話はしばらく止まらなさそうだ。
手も放してしまっているし、立ち止まって口も挟まずにいようと決める。

107 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:03:28 ID:q/k.8qN20

川 - )「私も『来栖直』でいたかった。でも、こんな性格の悪い私が受け入れられるわけがなかった」

川 - )「その現実を受け止められるほど私の心は強くもなくて、受け入れられるほど広くもなかった」

川 - )「自分でいることは認められず、誰かになることもできないまま……」

川 - )「悩み続けて、探し続けたけど、結局いまも答えは見つからない……」

川 - )「何者にもなれない、居場所もない私には……涙が出るくらいドクオが眩しく見えた」

来栖の前髪からはいまも雨が滴り続けている。
額を、頬を伝って、顎の先から落ちて、地面の染みになっていく。
俺にはそれが、まるで泣いているように見えた。

川 - )「だから、ドクオがずぶ濡れの私を気遣ってくれたとき、校舎裏で助けてくれたとき……」

川 - )「……嬉しかったけど、それ以上に辛かった……ごめん」

108 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:04:41 ID:q/k.8qN20

川 - )「見下していたドクオよりも自分は下の人間なんだ、って突きつけられた気がして……」

川 - )「疑念なんかじゃなくて、自分は神様の作ったピラミッドの最底辺にいるんだ、って確信したんだ」

そっと目を閉じた来栖は、そのまま天を仰いだ。
雨雲が通り過ぎ、むき出しになった太陽に口づけするかのように。
距離を縮めるには絶好の機会のはずなのに、俺の足はどうしてか前に進んでくれない。

川 - )「だから死にたい……私は誰にもなれない……私の居場所なんてどこにもない」

屋上に来てから、来栖は初めてまっすぐに俺を見た。

川 -;)「ドクオみたいに、生きていけるほど……」

その瞳にいっぱいに溜まった涙が、青色を反射してきらめいていた。

川 ;-;)「私、は、強くないから……」

109 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:05:07 ID:q/k.8qN20

川 ;-;)「ぅうっ……うあぁ……っ! うわあぁぁ……!」

堰を切ったように、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして来栖が泣き出す。
欲しかったおもちゃを買ってもらえずに駄々をこねる子供のような、大きな泣き声だった。
例え、誰かにその声が届いたとしても、耳障りというひと言で片付けられてしまうに違いない。

( A )「来栖……お前」

川 ;-;)「うぅ……ひ、ぐ……?」

でも、俺はこの大きな子供がどうして泣いているのか知っている。
その悲しみが泣き止めば消えるものではないことも、知っている。



('A`)「……馬鹿じゃねえの」

だから俺は、俺だけは、来栖をこのまま放っておいたりはしない。

110 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:05:48 ID:q/k.8qN20

('A`)「……そうやって、俺のせいにするのか。自分が死ぬ理由を、他人に押し付けるのか」

川;゚ -゚)「……違う! そんなことない! 私が死ぬのはドクオのせいじゃない!」

泣き止んだ来栖は血相を変えて、フェンスにかじりつくようにしがみついて叫んだ。
これから死のうとしていたくせに、俺に向けられる視線は焦りと怯えを孕んでいる。
俺はその来栖の様子で、あるひとつの確信を得た。

川;゚ -゚)「私が弱いせいだ、全部私が悪いんだ! だからドクオはなにも」

(#'A`)「そういうこと言うからお前は馬鹿だっつってんだよ!」

もう何も怖がる必要はない。
胸に秘めていた苛立ちをぶつけながら、俺は来栖との距離を縮めていく。

(#'A`)「お前が弱いのはお前のせいかもしれないけどな!」

(#'A`)「それに気付いて死ぬってんなら、気付かせた俺のせいって言ってるのと変わんねえだろうが!」

111 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:06:19 ID:q/k.8qN20

川;゚ -゚)「ぁ……」

(#'A`)「違うなら説明してみろよ! いますぐ、ここで!」

川; - )「……」

来栖の視線は俺から外れて、所在なさげに動き続ける。
酸欠で苦しむ金魚のように口を開け閉めしてはみているけど、結局何も言えない。

('A`)「……来栖」

そうしている間に、俺はフェンスを挟んで来栖の真正面までたどり着いていた。

('A`)「……本当は、死にたくないんだろ」

川;゚ -゚)「……!」

フェンス越しに、しっかりと、来栖の手を握りしめた。
雨に濡れた指先は冷え切っていて、だけど確かに血が通っていて、かすかに熱を帯びていた。

112 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:06:47 ID:q/k.8qN20

('A`)「踏ん切りがつけられないから、後戻りできないようにわざわざ俺に遺書なんか書いたんだろ」

('A`)「そこまでしたのに、雨が降ってるときからずっと屋上にいたのに、飛び降りれなかったんだろ」

さまよっていた来栖の視線が、俺の視線と重なってぴたりと止まった。
握りしめた指先に少しずつ温もりが戻っていくのを感じていた。

('A`)「死にたがってるお前を、死にたくないお前が必死で止めてたんだ」

(#'A`)「遺書を読んだ俺が止めに来てくれるって、心のどこかで期待してたんだろ!」

さらに力を込めて、来栖の手を握り直した。

(#'A`)「そうだって言え、来栖!」

来栖が痛がる様子はない。きっと俺にはそこまでの力なんてない。
でも、この手を離したくないという気持ちだけは、世界中の誰よりも強く込められる。

113 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:07:07 ID:q/k.8qN20

川 ;-;)「……死にたく、ない」

来栖の目から、大粒の涙が次々とこぼれていく。

川 ;-;)「でも……死にたいのも本当なんだ」

泣きわめくでもなく、涙に濡れた声で来栖はぽつぽつと言葉を紡ぎ始める。

川 ;-;)「どっちも本当だから……どっちも選べない」

川 ;-;)「だから私はこんななんだ、ってわかってるのに……」

川 ;-;)「いつも考えてるうちに頭の中がぐちゃぐちゃになって……」

川 ;-;)「ぐちゃぐちゃになったらまた整理して、それでまた選べなくての繰り返しで……」

川 ;-;)「私……どうしたら、いいのかな……」

114 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:07:52 ID:q/k.8qN20
.













('A`)「……別に、どうもしなくていいんじゃないか」














.

115 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:09:21 ID:q/k.8qN20

川 ;-;)「……え?」

('A`)「前に言ってたよな? この世界のことが嫌いだって」

川 ;-;)「言った……けど」

('A`)「じゃあ、どうでもいいだろ。お前の嫌いな神様が作ったハートとか、そのせいで作られたピラミッドとか」

呆ける来栖をよそに、空いている方の手で自分のハートをはたいてみせる。
当たり前だけど、手のひらは空を切るばかりだ。ハートは見えるだけのもので、触れることはできない。

('A`)「大体、こんなもん本当に信用できんのかよ」

だったらそんなもの、気にしなければ存在しないのと何も変わらないじゃないか。

('A`)「同じもの量ってるくせに、人によって天秤も重りも違うんだぞ」

川 ;-;)「そうだけど……」

116 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:09:46 ID:q/k.8qN20

('A`)「あとな来栖、お前とんでもない勘違いしてるぞ」

川 ;-;)「えっ?」

('A`)「俺は強くなんかないし、お前は弱くなんかない」

('A`)「何もかも諦めてなるべく傷つかないように生きてる俺なんかより……」

('A`)「傷ついても苦しくても諦め悪く立ち向かっていく来栖の方が、よっぽど強い」

川 っ-;)「そ、そんなの自分の弱さを認められていないだけだ……」

川 っ-;)「それよりも自分と向き合って、弱さを受け入れられるドクオの方が強いに決まってる」

弱ってたくせに、そんなことを言うときに限って来栖はいつもの調子に戻ってくる。
それなら、この話題を続けたところで水掛け論になるのは目に見えている。

(;'A`)「はあ……来栖がそう思うなら、もうそれでいい。でもな……」

117 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:10:08 ID:q/k.8qN20

('A`)「お前と出会って俺の世界は広がった。お前と過ごすうちに大切にしたいものが増えた」

('A`)「だから……もしも俺が強い人間なんだとしたら……お前が俺を強くしてくれたんだ、来栖」

川 ;-;)「ドクオ……」

熱を取り戻した来栖の手が、ゆっくり引っ張られた。
応じるように手に込めた力を抜くと、さっきまで俺がそうしていたように、来栖は俺の手を握り返す。

('A`)「いま来栖にとって、俺にとって大切なものが、ずっと大切なままかなんて分からない」

('A`)「現に、俺の大切なものは変わったから」

かつて守りたいと願ったお袋の柔らかい笑顔が脳裏に浮かぶ。
守れなかった後悔はいまでも消えないし、もうどうでもよくなったわけでもない。
ただ、大切なものが増えた。お袋よりも守りたいものができた。それだけのことだった。

('A`)「いまはそれがすべてだと思っていても、いつか振り返ってみるまでそうとは限らない」

('A`)「そのときになってみれば、何もないのと変わらないような、些細なことかもしれない」

118 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:10:43 ID:q/k.8qN20

('A`)「いまこの瞬間、いったい何が正解なのか。その答えは教室とか学校にはなくて」

('A`)「きっと外の世界にあるんだ。それに気付けないからみんな傷つくし、傷つけるんだ」

('A`)「教室も学校も……狭いから」

ふたりぼっちの屋上に響く自分の声は、どこか懐かしく感じる優しさに満ちていた。
こんな柄でもない声が出せるのか、なんて他人事のように思った。

('A`)「俺は答え合わせがしたい。俺の大切にしていたものが、本当にそうなのか確かめたい」

そういえば、お袋の声はこんな感じだったと、ぼんやりと思い出した。

('A`)「だから……生きたい。答えを知るまで、俺は死にたくない」

川 ;-;)「……ドクオのこと、結構わかってるつもりだったけど」

('A`)「なんだよ?」

川 ;-;)「何があってもその言葉だけは言わないと思ってた」

119 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:11:33 ID:q/k.8qN20

来栖はまだ泣いていた。青いきらめきがまばたきをするたびに、色を失って落ちていく。
だけど、もうその声は震えていない。瞳の中心には俺の姿が映り続けている。

('A`)「来栖と会わないうちに、何かあったんだよ」

軽口の応酬が本当に懐かしくて、自然と口元が綻ぶのが分かった。
会わないうちに何があったのかなんて、俺にはまったく心当たりはない。
でも、確かに何かはあったんだと、こうして来栖と話してみて思った。

('A`)「来栖……」

空いている方の手で来栖の手を握る。
片方は握っていて、もう片方は握られているというなんとも妙な状態になる。
それでも、きっといまはこれが正解のはずだ。

('A`)「俺は生きたい……だから、来栖にも生きていてほしい」

('A`)「もしもいま死んだ方が正解だったなら、俺のことなんてどうしてくれても構わない」

川 ;-;)「うん」

120 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:12:00 ID:q/k.8qN20

('A`)「だって……俺にはお前が必要だから。俺を好きでいてくれるのは、世界中で『来栖直』だけだから」

川 ;-;)「うん……」

('A`)「お前が死ぬっていうなら、そのときは俺も死ぬよ」

川*;-;)「……ずるいぞ、その言い方」

そう言って来栖は、くしゃっと顔を歪めて笑った。
本当に久しぶりに見せた笑顔に、安堵の気持ちが込み上げてくる。

('A`)「分かってる」

川*;-;)「ドクオ、私……生きてていい? 私のままでいてもいい?」

笑顔を絶やさないままぽろぽろと涙をこぼし、来栖は噛みしめるように尋ねてくる。
俺がどう答えるか分かってて聞いているな、とすぐに気付いた。
同時に、聞き返したくなるようなことを俺は言ったんだ、とも自覚する。

(;'A`)「……聞き返すなよ……恥ずかしい」

川*゚ -゚)「ありがとう……ふふっ」

121 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:12:24 ID:q/k.8qN20

川 ゚ -゚)「……ところでドクオ、そこどいてくれ」

真っ赤に腫れた目で俺を見つめて、来栖が言う。
もう涙は止まっていた。いつも通りの来栖が、フェンスを挟んだ先にいた。

('A`)「……なんで?」

川 ゚ -゚)「そっちに戻る。フェンス乗り越えるのに邪魔だからな」

('A`)「分かった」

繋いだ手を離すと、来栖は揃えて置いてあったローファーを履き直した。
それから、フェンスの金網の穴につま先を引っかけ、危なっかしく登り始める。

川 ゚ -゚)「よっ、と」

頂点の内側に反り返った部分までやってくると、来栖は四つん這いになって反対側に向く。
当然、下にいる俺からは来栖の白い下着が丸見えになる。

122 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:12:47 ID:q/k.8qN20

川#゚ -゚)「……見たな」

降りようと後ろを振り向いた来栖は、そのことに気付いたらしかった。
スカートを手で押さえて、じっと俺を睨みつける。

('A`)「見えるからな」

川#゚ -゚)「……見るな、あっち向いてろ」

片手が塞がった状態で降りることは到底不可能だ。
どうやら来栖は、俺に下着を見られたまま降りる気はないらしい。

('A`)「そう言うならそうするけど……前も見たろ。なんでいまさら」

適当な方向を向くと、金網の揺れる音が聞こえ始める。
それに合わせて、俺は浮かんだ疑問を来栖にぶつけてみた。

「そんなの決まってるだろ」

声が聞こえて、ローファーがコンクリートを叩く音が近づいてくる。

123 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:13:28 ID:q/k.8qN20

そばまで来たので振り向こうとした瞬間、制服の肩を掴まれた。
まさか機嫌を損ねたか、なんて考えがよぎるが、何もできないまま強引に振り向かされる。

川* - )「見られたくないときに見られたら……恥ずかしいじゃないか」

ふてくされたように目を逸らしながら、来栖はそう言った。

(;'A`)「……お、おう」

だけど、俺には来栖が不機嫌になった理由が分からなかった。
それに、目の周りだけじゃなくて、耳もほんのりと赤い理由も。

川* - )「とにかく忘れろ……いいな?」

(;'A`)「分かった忘れる。忘れるから機嫌を直せ」

川 ゚ -゚)「それでいい……ふう」

124 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:14:00 ID:q/k.8qN20

大きく息をついて、来栖は振り返って屋上を見渡す。
何もないこの場所に、俺たちのすべてがあった。それも、もうすぐ過去になる。
来栖はいま何を見て、何を思っているのだろう。

川 ゚ -゚)「……ドクオ、これからどうしよう」

フェンスに止まっていた鳩が、どこか遠くへ飛び去っていった。
気が済んだのか、来栖は俺に向き直って、未来のことを話し始める。

川 ゚ -゚)「飛び降りようとしてたところ、誰かに見られたかな」

('A`)「それならとっくに誰かすっ飛んできて……あ」

そういえば、バリケードは崩れて俺たちも通れなくなっていることを思い出す。
見つかっていないから誰も来ないと思っていたけど、それは俺の勘違いかもしれない。
扉の向こうでは、バリケードの撤去作業が必死で行われている可能性もある。

(;'A`)「来栖、悪い。実は……」

川;゚ -゚)「えっ……ええ……」

125 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:14:27 ID:q/k.8qN20

バリケードを崩してしまったことを伝えると、来栖は狼狽し始める。
何か言いたげではあったけど、結局苦い顔をして飲み込んだようだった。
おそらく、そもそもの原因が自分にあるからだと思う。

(;'A`)「誰にも見つかってなかったら、まずやることはバリケードの撤去だな」

川;゚ -゚)「いっそ見つかってた方がいい気がしてきたな……怒られるだろうけど」

('A`)「怒られても大丈夫だろ。影響あるような進路じゃないしな、俺たち」

川*゚ -゚)「……そうだったな、ははっ」

軽口を叩くお互いの顔を見合わせて笑う。
飛び立つための羽はないけど、体は軽かった。
ひとまず屋上から脱出するというところまでは、俺たちは生きていけそうだった。

川 ゚ -゚)「なあ」

('A`)「ん?」

出入り口の扉に向かう途中、来栖が語りかけてくる。

126 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:14:59 ID:q/k.8qN20

川 ゚ -゚)「屋上から出れたら、やりたいことがあるんだ」

('A`)「なんだよ?」

川 ゚ -゚)「打ち上げ、してみたい。ファミレスとかその辺の公園とか、どこでもいいから」

('A`)「……いいな、それ」

さっきの想定は訂正しよう。
打ち上げをするまでは、バリケードがどんなに重くても、頑張って生きよう。
そうやって少しずつ、前を向いて歩いていこう。

('∀`)「楽しそうだ」

川*゚ -゚)「だろ?」

前を向くのが辛くなったなら、こうして横を向けばいい。
そうしていつか、今日を振り返られる場所までたどり着ければ、と思う。

127 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:15:23 ID:q/k.8qN20

扉の前までやってきて、俺たちは並んで立ち止まる。
一度開けてしまえば、もう屋上には戻れない。
ひとまずその先に待っているのは、どんな形であれ困難には違いない。

('A`)「来栖、怒られる覚悟と力仕事をする覚悟はいいか?」

川 ゚ -゚)「安心しろドクオ。覚悟だけはばっちりだ」

だけど、俺たちはそれでも生きていく。生きていける。

('A`)「よし……それじゃ頑張りますか」

川 ゚ -゚)「打ち上げも待ってるしな」

だって、俺たちはそういう風に生きていこうと決めたから。

128 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:16:14 ID:q/k.8qN20
.













そして俺たちは、追い風を背中いっぱいに浴びながら、ゆっくりと扉を開いた。














.

129 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:17:46 ID:q/k.8qN20
.












STRAIGHT GIRL

おわり













.

130 ◆9D3AZ7c4Wc:2017/08/24(木) 22:18:31 ID:q/k.8qN20
以上で投下は終了です。
こちらの不手際で投下を中断してしまい申し訳ありませんでした。

131名無しさん:2017/08/24(木) 22:20:42 ID:oZ69HnHM0
今70レスくらいを読んでるけど滅茶苦茶面白いぞ

132名無しさん:2017/08/24(木) 22:28:36 ID:KAuYWbJM0


133名無しさん:2017/08/24(木) 22:50:55 ID:oZ69HnHM0
書き溜めの息抜きに適当に開いたけど読んでよかった

134名無しさん:2017/08/25(金) 03:19:53 ID:C.CmIdCI0
一直線に読んでしまった
なんだよコレメチャクチャ面白いじゃねえかよ

135名無しさん:2017/08/25(金) 06:34:34 ID:x13lfHsw0

クソスレ投下してる場合じゃなかった

136名無しさん:2017/08/25(金) 16:53:42 ID:btMoIKXY0
面白い

137名無しさん:2017/08/25(金) 17:26:52 ID:B6yVplxQ0
冒頭のブーンが忘れらんねえ……ハートの設定がかなり刺さったわ
ドクオとクーには強く生きて欲しい

138 ◆TflJu3mvXc:2017/08/27(日) 01:12:29 ID:yy4AxMW60
【業務連絡】

主催より業務連絡です。
只今をもって、こちらの作品の投下を締め切ります。

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139名無しさん:2017/09/02(土) 21:29:13 ID:4ZRJ4K5o0
すっげー良かった、青春ど真ん中だ


140名無しさん:2017/09/04(月) 19:02:29 ID:rJPNpkS60
すっごくよかった
ブーンにもこうして好きだって思ってくれる誰かがいればよかったのにな

141名無しさん:2017/09/09(土) 13:37:04 ID:zrWb1HQc0
設定は重いけどラストが爽やかで良かった!
すごく好きだ


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