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( ^ω^)液晶画面にキスをするようです
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目の前で少女が笑っていた。
栗色でベタ塗りされた髪。
顔の半分ほど大きく描かれた瞳。
申し訳程度に省略された鼻。
【 ξ(゚ー゚*ξ 】
僕と彼女は壁で隔たれている。
その壁は絶対に破ることができない。
どんなに願っても祈っても、一生言葉を交わすこともできない。
( ^ω^)「好き、だお」
それでも僕は、彼女に恋をしていた。
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( ^ω^)液晶画面にキスをするようです
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( ^ω^)液晶画面にキスをするようです
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( ^ω^)「おいっす」
('A`)「おう」
ホームルーム開始五分前、どうにか席に着けた。
鞄の中身を引っくり返す僕に、ドクオが声をかけてくる。
('A`)「昨日のミセマギ見た?」
(*^ω^)「もちろんだお! デレは相変わらず可愛いお!」
('A`)「お前本当にデレ好きだよな。まぁ可愛いけどよ、俺も好きだし」
ドクオの「好き」と僕の「好き」のニュアンスが違うことはわかっている。
その証拠が、僕らに近寄ってきた女子生徒だ。
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川 ゚ -゚)「やあ、おはよう」
(*'A`)「あ、おはよう、素直さん」
川 ゚ -゚)「何の話だ? 私も混ぜてくれよ」
(*'A`)「あ、えーと、アニメの話なんだけど」
ドクオは恥ずかしそうに俯いて、素直さんから視線を逸らした。
「あ」から会話を始めるな。コミュ障がバレるぞ。
何往復か会話をして、素直さんが自分の席に戻っていくのを見ながら、ドクオはふーっと息を吐いた。
自分の薄っぺらい胸板に両手を添えている。どこの乙女だ。
(;'A`)「ああ、緊張した」
( ^ω^)「早く告白したらいいのに……見てる方がじれったいお」
(;'A`)「簡単に言うなよ。相手は素直さんだぞ、クラス一の美女の」
客観的に見れば好意を持たれてるのは明白なのに、ドクオの鈍感さは筋金入りだ。
僕からすれば、好きな人に告白できるなんて羨ましくて仕方がないのに。
ふと、鞄の中にあるべきものがないことに気が付いた。
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(;^ω^)「やっべ、朝ご飯忘れたお」
('A`)「朝? 昼じゃなくて?」
(;^ω^)「寝坊したから家で食べられなくて、おにぎり持ってきてたんだお」
('A`)「二時間目体育だろ、大丈夫か?」
(;^ω^)「大丈夫なわけないお。今から売店行ってくるお」
ただでさえ運動神経が悪いのに空腹というハンデを背負う勇気はない。
鞄から引っ張り出した財布だけを持って、足早に教室のドアをくぐった。
ξ )ξ
その瞬間、視界の端に女子生徒の姿が見えた。
「あ、ぶつかる」なんて思ったときにはもう遅い。
(;^ω^)「おっ!」
ξ;゚⊿゚)ξ「きゃあっ!」
ひと昔前の漫画のように正面衝突した。
女子生徒の抱えていた文庫本が、ぶつかった衝撃で宙を舞う。
お互いよろけて尻もちをついて、立ち上がったのは僕が先だった。
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(;^ω^)「ごっ、ごめんなさい!」
ξ゚⊿゚)ξ「ううん、私こそ」
女子生徒が顔を上げる。その顔を見たとき、息を飲んだ。
廊下の雑踏も時間も、全て止まった気がした。
だって、そこにいたのは。
【 ξ(゚ー゚*ξ 】
( ゚ω゚)「――――デレ?」
ξ゚⊿゚)ξ「え?」
女子生徒の怪訝そうな顔を見て、はっと我に返る。
デレがこの学校に――この世界にいるはずがない。
何を言おうとしたのか女子生徒が口を開く。
それを制するように手を取って立たせた。ついでに、足元に転がっていた自分の財布を拾う。
(;^ω^)「本当にごめんなさい!」
同じく床に落ちていた文庫本も拾って、女子生徒に押し付ける。
そのまま踵を返して教室に駆け込んだ。
教室を飛び出た本来の目的を思い出したのは、始業のチャイムが鳴った瞬間だった。
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('A`)「おい、さっきの見てたぞ。前くらい見て走れよ」
(;^ω^)「ドクオ、あの子、デレに似てないかお?」
ドクオの呆れたような声を遮って、僕は矢継ぎ早に捲し立てた。
数秒考え込んで、「ああ」と感嘆の声が上がる。
「そういえば似てるかもな、津出」と続いた。
( ^ω^)「あの子、津出さんっていうのかお?」
('A`)「確か隣のクラスだよ。そういや髪型とか似てる気もするな、言われてみれば」
( ^ω^)「津出さん……」
女子生徒の名前を覚えようとして、それが無駄なことだと気付いた。
名前を覚えたってどうしようもない。
どこか面影があったとしても、彼女はデレではないんだから。
たった一度ぶつかったくらいで、もう話す機会もないだろう。
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-
ところが、その機会は訪れてしまった。
放課後、ドクオと別れた僕がそろそろ帰ろうかと教室のドアを潜った、その時に。
ξ゚⊿゚)ξ「あ」
(;^ω^)「……お」
なんともタイミングよく津出さんがそこに通りがかったのだ。
奇しくも朝ぶつかった場所で、同じ立ち位置で。
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-
( ^ω^)「今朝は本当にごめんだお」
ξ゚⊿゚)ξ「もういいわよ、そんなこと」
津出さんの物言いは、女子にしてはものすごくサバサバしていた。
「少し怖いな」と感じてしまうほどに。
僕の表情からそれを読み取ったのか、津出さんは少しだけ口調を和らげた。
ξ゚⊿゚)ξ「私ね、津出。津出礼奈」
( ^ω^)「知ってるお。僕は内藤文太だお」
ξ゚⊿゚)ξ「"知ってる"って、今朝私の名前間違えてなかった? デレ、って」
怪訝な顔をしていたからある程度察してはいたけど、デレの名前までしっかり聞き取られてるとは思わなかった。
硬直する僕に構わず、津出さんは言葉を続ける。
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ξ゚⊿゚)ξ「人間違い? デレってずいぶん日本人離れした名前ね」
(;^ω^)「え、ああ、まあそんな」
ξ゚⊿゚)ξ「……魔法少女ミセリ☆マギカ?」
どうにか濁そうとしていた僕の努力が虚しく散った。
「バレた」という衝撃と同時に疑問が浮かぶ。
なぜ津出さんはミセマギのこと知っている?
真っ先に思いついたのは、津出さんもミセマギが好きなんじゃないかということ。
でも津出さんはどう見ても普通の女の子で、とてもオタクには見えない。
いや、最近のオタクはお洒落な人が多いし、見た目で判断するのは――
ξ゚⊿゚)ξ「内藤、今から暇?」
思考が止まってしまった僕を見て、津出さんは表情を変えずに言った。
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-
連れてこられたのは、学校の図書館だった。
放課後だからか、僕たちの他には誰もいない。
隅っこに備え付けられた空調が申し訳程度に音を立てている。
窓の外からは運動部が部活に励んでいる声も聞こえた。
津出さんは適当な椅子に腰をかけて、目線で僕にも座るよう促した。
少し悩んで、向かい合う形で座る。
口火を切ったのは僕のほうだった。
( ^ω^)「あの、もしかして、津出さんもミセマギ見てるのかお?」
ξ゚⊿゚)ξ「見てないわ。でも、友達が好きだから知ってる。
……デレって子、ちょっと私に似てるんでしょ?」
ミセマギはかなり人気のあるアニメだ。津出さんの友達に知ってる人がいてもおかしくない。
軽く巻かれた髪型や、栗色の髪色がデレに似ている――ような気がする、程度だけど。
津出さんの友達とやらもきっと僕と同じことを思って、津出さんに話したんだろう。
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ξ゚⊿゚)ξ「他の人に聞かれたくなかったから図書室にきたの。
……内藤は私と同じ匂いがするから、話してもいいかなって」
(;^ω^)「に、匂い?」
津出さんは鞄から一冊の本を取り出した。
僕の見間違いでなければ、それは今朝ぶつかった時に抱えられていたものだ。
幾何学模様が描かれたカバーを外し、津出さんは本の表紙を僕に見せる。
黒髪の青年が、剣を携えながら明後日の方角を向いているイラスト。
その横には大仰なフォントでタイトルが振られていた。
名前だけは聞いたことがある。割と有名なライトノベルだ。
ξ*゚ー゚)ξ「私の、好きな人なんだ」
津出さんは頬を赤らめて、幸せそうに微笑んだ。
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ξ゚⊿゚)ξ「私ね、昔から人見知りで……人と話すのが苦手だったの」
僕と津出さんは、いわゆる同類だった。
他人と和気藹々と喋るよりも、ひとりで静かに空想することを好む。
それにうってつけなのが本だ。
読んでいれば誰かに話しかけられることも減るし、思う存分自分の世界に浸れるから。
その考えは多数派ではないにしろ、全くいないというわけではないだろう。
だけど僕らは何を間違ったのか、そこで出会った架空のキャラクターに恋心を抱いた。
どれだけ非生産的なことなのかも、どれだけ自分が異常なのかも、全部わかっている。
それでも次元という壁の向こう側にいる人に恋をしてしまった。
ξ*-⊿-)ξ「初めてこの人を見た時、世界が変わった気がした。恋に落ちた。
二次元、実際にいない、空想上……それでもいい。
だって、好きなの。どうしようもなく愛してるの」
( ^ω^)「津出さんも、僕と同じだったんだおね」
自分以外に、架空のキャラクターに恋をする人間がいるなんて思わなかった。
インターネットを見れば「好き」「結婚したい」とのたまう人はたくさんいたけど、
自分のように本気で恋焦がれているようにはとても見えなかったのだ。
でも津出さんの表情や言葉は、まさに恋をしている人間のそれで。
「自分だけじゃなかった」ということに、同士が目の前にいることに、救われた気持ちになる。
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ただひとつ疑問が残る。
津出さんが僕にこのことを話してくれたのは「同じ匂いがした」からだという。
どうして津出さんは僕がデレのことを好きだとわかったんだろう。
津出さんの憶測が外れていて、僕がデレを恋愛対象として見ていなかったら。
失礼な話、引いていたかもしれないのに。
誰かに言いふらされるリスクだってあっただろう。
ξ゚⊿゚)ξ「ちゃんと確信は持ってたわよ。だから話しかけたの」
( ^ω^)「すごいおね。女の勘ってやつかお?」
ξ゚⊿゚)ξ「うーん……ちょっと違うかな」
今朝、津出さんにぶつかったとき。
津出さんを「デレ」と呼んだ瞬間の僕は、ひどく驚いた顔をしていたそうだ。
ξ ゚⊿゚)ξ「ミセマギのことは知ってたから、この人も好きなんだなって、それくらいしか思わなかったけど」
けれど、僕は次に――今にも泣きそうな顔で、嬉しそうに笑ったらしい。
まるで「やっと会えたね」とでも言うような、安堵と喜びが混じった表情で。
ξ ゚ー゚)ξ「それでわかったの。だって、私もこの世界で好きな人に出会えたら、きっと同じ顔するだろうから」
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( ^ω^)「つまり、同類だからわかった、と」
ξ゚⊿゚)ξ「そうね。だから女の勘っていうより、同類の勘よ」
( ^ω^)「おっおっ」
立場が逆だったら、僕は津出さんを同類だと思えただろうか。
津出さんが泣きそうな顔をしているのを見て「この人も二次元を愛しているんだ」と気付けただろうか。
多分、気付かなかった。「ぶつかって嬉しそうに笑うなんて変な人だな」なんて思ってただろう。
僕がそういうことに鈍いということを含めても――やっぱり、女の勘なんだ。
ふと目線が合って、同じタイミングで笑った。
秘密を共有できる仲間ができた。
僕らのようなはみ出し者にとって、それは又とない奇跡だった。
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それから、僕と津出さんはよく話すようになった。
場所はもっぱら放課後の図書室。
僕はスマホでアニメを見て、津出さんは小説を読みながら、暗くなるまでだらだらと喋る。
好きな人のこと、勉強のこと、最近のアニメ及びそのファンについて、果ては政治のことまで。
性別も違うし、今まで話したこともなかったのに、僕らは不思議と馬が合った。
( ^ω^)「そういえば、少し前まで『ナントカは俺の嫁』って言葉が流行ってたおね」
「一時期2chはそんなタイトルのスレッドばかりだったな」と思い出す。
今はどちらかというとママ呼びのほうが主流だけど。
それにしても、夫の立場から息子の立場になるのは、人間の成長として真逆じゃないだろうか。
小説のページを捲りながら、津出さんは不機嫌そうに僕の方を向いた。
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ξ゚⊿゚)ξ「私、その言葉嫌いだった」
( ^ω^)「僕もあまり好きになれなかったお」
「多分同じ理由で嫌ってたんだろうな」という考えは的中した。
津出さんは不機嫌な顔のまま、僕のほうに身を乗り出す。
どうやらこの話題は地雷だったらしい。今更気付いたって手遅れだけど。
ξ゚⊿゚)ξ「あれ、本気で言ってた人はいったい何人いたのかしらね。
流行ってるアニメのキャラにしか使われてるところ見なかったし、
そのアニメが廃れたら皆新しいアニメのキャラに同じことを言ってたじゃない。
いまだに同じキャラを愛してる人、いるのかしら?
二次元を消耗品としか見てないなんて最低よ、嫁を娶る資格はないわ」
(;^ω^)「……」
まあ、僕もほぼ同じ意見だけど、ねぇ。
思う存分捲し立てたことですっきりしたのか、津出さんの口調が若干穏やかになった。
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ξ゚⊿゚)ξ「まあ本気かどうかなんて、その人にしかわからないけどね。
その人の恋の寿命が短いだけなのかもしれないし」
( ^ω^)「恋の寿命?」
ξ゚⊿゚)ξ「恋にも寿命があるんだって。個人差はあるけど、大体三年って聞いたことがあるわ」
( ^ω^)「相手に飽きちゃうってことかおね」
ξ ゚⊿゚)ξ「まぁそうね。感情って消耗品だし、仕方ないけど」
津出さんは何年彼のことが好きなのかと尋ねると「四年半」と淀みない答えが返ってきた。
それはもう恋の寿命とやらを通り越しているのでは。
ξ*゚ー゚)ξ「だって私は毎日彼に恋をしてるから」
それは「惚れ直す」を毎日続けているということだろうか。
デレを好きになってまだ一年目という新参者の僕は、
堂々と彼への愛を誇る津出さんを羨ましいと思った。
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初めて話したときのつっけんどんな態度から、津出さんはいわゆるツンデレというやつなのかと思っていた。
話していく内に、好きな人のことを話すときニヤニヤしたり赤面する津出さんを見て、全然違うと気付いたけど。
「むしろデレよりデレデレだなぁ」と思ったくらいだけど、それも間違いだった。
津出さんはツンデレやデレデレどころじゃなく、ヤンデレの気があるらしい。
その日、津出さんはとても不機嫌だった。
ξ#゚⊿゚)ξ「ねえ、見てよこれ。この女、少し近付きすぎじゃない?」
鼻先に突きつけられた津出さんの愛読書を見る。
左半分が挿絵で右半分が文字の羅列という、ライトノベルにありがちなレイアウト。
髪の長い美少女が、津出さんの好きな人を誘惑しているようなシーンが描かれていた。
誘惑に喜んでいる様子はなく、頬に汗を浮かべて戸惑っている表情なのが救いだろうか。
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ξ#゚⊿゚)ξ「誰の許可とってモララーにベタベタひっついてんのかしら」
もしもミセマギでデレにアプローチする男が現れたら、僕だって面白くはない。
きっと嫉妬してしまうし、くっつく展開にならないかハラハラする。
でもここまでヒステリックには……。
ξ )ξ「私がこの世界の住人だったらすぐ殺してやるのに……こんな女より私のほうが相応しいのに……」
(;^ω^)「つ、津出さーん?」
ξ ゚ ゚)ξ「内藤もそう思うわよね?」
(;゚ω゚)「もちろんです!」
「女は怖い」とはよく聞くけど、その意味がようやくわかった気がする。
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(*^ω^)「もうすぐだお」
日曜日は、僕が一週間の中でも一番楽しみにしている日だ。
学校が休みということももちろんあるけど、それだけじゃない。
好きな人に――デレに会える日だから。
(*^ω^)「!」
時間ぴったりに、画面からオープニングが流れ始めた。
慣れ親しんだそれを鼻歌で歌って、デレが画面に現れた瞬間に止めた。
デレを視界に入れる以外の動作――鼻歌や瞬きや呼吸さえも、今は惜しい。
そんなことに労力を使うくらいなら、その分デレを目に焼き付けたい。
今の僕は、教室でクーに見惚れるドクオと同じ顔をしているんだろうなぁ、と頭の片隅で思う。
(*-ω-)
オープニングが終わったあと、脳裏に焼き付いたデレを思い返して幸せに浸った。
人はきっと僕や津出さんのような人間のことを、異常とか言うのだろう。
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津出さんは普通の女の子なんだと思う。
「ファンブックにスタイルがいい人が好みだって書いてたから」ってダイエットしたり、
「青色が好きだって言ってたから」と青いヘアアクセサリーをつけたり、
好きな人のために行動する、どこにでもいる恋する女の子。
さばさばした口調は裏表がない性格の表れで、決してきつい性格なわけじゃない。
口調通りに性格もきついなら、僕のうざったいノロケなんか聞いてくれないだろう。
ξ ゚ー゚)ξ「それで、デレのどこが一番好きなのよ」
(*^ω^)「そりゃもう、全部だお!」
ξ;゚⊿゚)ξ「どこが一番かって聞いてるのに」
ああ、こんな充実した日々が訪れるなんて思わなかった。
好きな人を好きだと言えることがこんなに幸せだと思わなかった。
相変わらずデレと画面で隔てられているのはつらいけど、
津出さんと慰め合っていれば、その寂しさも少し和らぐ気がした。
いつも話を聞いてくれるお礼に、何かできないだろうか。
僕の話に相槌を打つ津出さんを見ながら、ふとそんなことを考えた。
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ξ;-⊿-)ξ「来週から映画が始まるの」
津出さんの好きな人――モララーが登場する作品の映画化が発表されたのは随分前。
やれイメージと違うだ原作無視だと騒がれがちな実写化ではなく、ちゃんとしたアニメーション映画らしい。
だから手放しに喜べるだろうに、津出さんは眉間に皺を寄せていた。
ξ;-⊿-)ξ「週ごとに入場特典が違うのよね……一体何回行けばいいのか」
(;^ω^)「アニメ映画あるある」
ξ;-⊿-)ξ「仕方ないとはいえ出費きついわ。バイト増やさないと」
初週の特典はモララーのクリアファイルらしい。
何枚欲しいのかと聞いたら「あればあるだけいい」と返された。流石すぎる。
ξ ゚⊿゚)ξ「学校終わった後に行っても、一日一枚が限界なのよね」
その計算なら七枚手に入るはずだけど、津出さんは不満げだ。
津出さんの愛は今までの付き合いで十分わかっているつもりだし、何も言うまいと決めた。
同じオタクとして気持ちがわからないこともないし。
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( ^ω^)「……お、そうだ」
ξ ゚⊿゚)ξ「?」
( ^ω^)「たしかその映画、総集編だったおね?」
ξ ゚⊿゚)ξ「そうだけど……」
( ^ω^)「じゃあ、僕が一緒に行くお。そしたら一日二枚もらえるお?」
散々話を聞かされていたから気になってはいた。
ただ僕は漫画専門で、文章というものがどうにも苦手なのだ。たとえラノベであっても。
だから原作を読む機会はなかったけど、アニメなら問題なく見れる。
津出さんから物語のあらすじは聞いていたし、総集編なら初見でもなんとか大丈夫だろう。
映画代は学割が利くから、バイトをしていない僕でも問題ない。
さすがに毎日付き合うのは色んな意味で無理だけど。
津出さんはというと、予想通りというかなんというか、慌てふためいていた。
まさか僕が一緒に行くなんて言い出すと思わなかったのだろう。
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ξ;゚⊿゚)ξ「いやいや、悪いわよ。内藤、別に好きなわけじゃないでしょ」
( ^ω^)「前から興味あったし、津出さんにはいつも話聞いてもらってるから、お礼になるかなって」
ξ ゚⊿゚)ξ「……お礼なんて……私のほうこそ、いつも……」
( ^ω^)「? ごめん、今なんて?」
ξ;*゚⊿゚)ξ「な、なんでもないわよ! バーカ! ハゲ!」
(;^ω^)「ハゲてないお」
なぜ急に謂れのない罵りを受けたのかはわからなかったけど、迷惑がられてはないようだった。
「ひとりで集中して見たい」という理由で断られることも考えていたから、とりあえず安心した。
結局、映画は来週の日曜日――公開初日に行くことになった。
津出さんは申し訳なさそうにしていたけれど、やはり動く彼に会える楽しみが勝つのか、声が弾んでいる。
そして、日曜日はあっという間に訪れた。
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(;^ω^)(あっちいお)
うだるような暑さというのは、きっと今日のような日のことを言うのだろう。
僕は今、ショッピングモールの入り口に立っている。
日曜日というだけあって人が多く、その人口密度がさらに暑さに磨きをかけている……気がする。
それにしても、子連れの家族やカップルが行き交うそこに一人で佇むのは、少し気まずい。
鞄からスマホを取り出す。ぷらぷらと揺れているのはもちろんデレのイヤホンジャックだ。
(;^ω^)(……あー)
数分前に津出さんから「暑いから映画館の中にいる」というLINEがきていた。
僕はそれより前からここにいたけど、マナーモードにしていたせいで通知に気付かなかったらしい。
(;^ω^)(ていうか、僕も最初から映画館で待てばよかったんだお)
「女の子とデートするなんて初めてだから、緊張しているのかもしれない」なんて考えて吹き出しそうになった。
いくら二人きりといっても、これがデートになるわけがない。
今から僕は、その女の子の想い人に会いに行くのだから。
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( ^ω^)(そういえば、今日の僕の立場って一体なんなんだお)
「間男になるのかな」なんてくだらないことを考えながら歩く。
そう広くもないショッピングモールだから、映画館にはすぐに辿り着いた。
ξ*゚⊿゚)ξ「内藤!」
津出さんのよく通る声が、僕の名前を呼んだ。
白いブラウスに青いデニムのスカート。
顔立ちがくっきりしているように見えるのは、メイクでもしてるんだろうか。
学校で見る津出さんとは全く違うその姿に、不覚にもどきりとしてしまう。
まぁ、女の子らしい服装も僅かに紅潮した頬も、全部僕でなくモララーのためだけど。
ξ*゚⊿゚)ξ「見て!」
( ^ω^)「お、これ……」
津出さんが僕に突き付けてきたのは、特典のクリアファイル。
なるほど、興奮しているわけだ。ていうか近い近い。見えない。
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ξ ゚⊿゚)ξ「内藤の分も券買ったから、二枚もらえたけど……本当に両方私がもらっていいの?」
( ^ω^)「僕が持ってるよりも津出さんが持ってたほうが、モララーも喜ぶお」
ξ*゚⊿゚)ξ「……ありがと」
津出さんはクリアファイルに印刷されたモララーを見つめて、嬉しそうに微笑んだ。
その仕草は、好きな人の写真を愛おしむ恋する乙女そのもので。
僕は不覚にもまた「可愛いな」と思ってしまった。
( ^ω^)「そろそろ入場開始しそうだし、ポップコーンとかジュース買うお」
ξ ゚⊿゚)ξ「ん、そうね。これはまたあとでじっくり堪能するわ」
( ^ω^)「堪能て」
そのあとポップコーンの塩とバター醤油のどちらを選ぶかで揉めたりしつつ、僕らは席についた。
.
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―――
ξ*゚⊿゚)ξ「もららーかっこよかった……しゅき……」
( ^ω^)「津出さん、こっちの世界に戻ってくるお」
ξ*゚⊿゚)ξ「とうとい……しゅき……」
( ^ω^)(これはもうだめかもわからんね)
映画は予想していたより面白かった。
まず、二時間半の中にストーリーをねじ込んでないのがよかった。
何部作かに分けて制作しているらしく、無理のないストーリー運び。
その余裕のおかげか、初見の人にもわかりやすいような配慮した作りになっていた。
声優の演技もよく、主題歌も内容にぴったり。アニメオタクの僕から見ても、なかなかの高得点。
もっとも、動くモララーを堪能できた津出さんにとっては、そんな細かいことは二の次でしかなかったようだけど。
津出さんは映画のパンフレットを握り締めたまま硬直していた。
さっきから語彙力を失ったポンコツと化しているけど、どうしたものか。
.
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ξ*゚⊿゚)ξ「ちょっと削られてる部分もあったけど、よかったわ……戦闘シーンも迫力があったし」
( ^ω^)「第二部も楽しみだおね」
ξ*゚⊿゚)ξ「そうね……二部はどこまでやるのかしら。楽しみだわ」
しばらくして、ようやく津出さんがポンコツから人間に進化した。
まだ若干覚束ない足取りが「あ」という声と一緒に止まる。
ξ*゚⊿゚)ξ「ねえ、見てあれ! 可愛い!」
津出さんが指差したのは、世界的にも有名なゲームのマスコットキャラクターだった。
バルーンで作られたそれは黄色く膨らんでいて、背丈は僕たちより少し大きい程度。
子供をメインターゲットにしているからか、子供がじゃれるのにちょうどいい大きさに設計されていた。
ξ*゚⊿゚)ξ「内藤、写真撮って」
(;^ω^)「マジかお」
.
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津出さんはバルーンの元に駆けていくと、横に並んでピースサインを作った。
にやけた笑顔とよくわからないポージングは、普段の津出さんからはあまり想像できない。
どうやらまだテンションが戻り切ってないらしい。
( ^ω^)「撮るおー」
ぱしゃりぱしゃりと、スマートフォンで津出さんと電気ネズミを写真に収めていく。
僕は写真を撮るのがあまりうまいほうではないけれど、何枚か撮れば一枚くらいは良いものが撮れるだろう。
(*゚ー゚)「あのー」
(;^ω^)「おっ!? はい!?」
(*゚ー゚)「よかったら撮りましょうか?」
いつの間にか後ろに女の人が立っていた。
清楚な雰囲気で、可愛らしい顔立ち。僕よりいくつか年上に見える、
少し後ろにいる男の人は、多分彼氏だろう。優しい表情で女の人を見つめている。
.
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( ^ω^)「えっと……」
(*゚ー゚)「せっかくのデートなんだから、彼女と二人で撮らないと!」
(;^ω^)「デートって……」
(*゚ー゚)「このスマホで撮ればいいんですよね? ここ押せばいいですか?」
「デートでもないし、恋人でもないんです」と訂正すべきか迷って、やめた。
代わりにお礼を言って、自分もカメラの枠内に収まる。
僕、電気ネズミ、津出さんという順番。女の人が「撮りますよー」と片手を振った。
ξ ゚ー゚)ξ「写真一緒に撮るのは初めてね」
声を弾ませた津出さんが「笑って」と促してくる。
「わかってるよ」と返事をする代わりに、自分の中で最高の笑顔をカメラに向けた。
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-
( ^ω^)「ふー」
鞄を適当に放り投げて、ベッドに倒れ込んだ。
枕元ではデレが微笑んでいる。お小遣いを叩いて買った、6分の1スケールフィギュア。
( ^ω^)「映画、結構面白かったお」
デレに語り掛けるのは、毎日の日課というか癖になっていることだ。
はたから見たらかなりの不審者だろう。
それでもやめられない辺り、僕はやっぱりどこかおかしいのだと思う、
ふと、津出さんでなくデレとデートしたらどうなるのだろうと考えた。
今日みたいに映画を観て、フードコートで感想を語り合って――というところまで妄想して、苦笑いする。
絶対にありえない甘ったるい妄想をしてしまうのも、癖になってしまった。
我に返ったとき虚しくなるだけなのに。
( ^ω^)「君がこの世界にいたらいいのにな」
枕元にいるデレは答えない。
瞬きひとつすらせず、虚空を見つめている。
.
-
( ^ω^)「お?」
スマホがデレのキャラクターソングを奏で始めた。この曲はメールやLINEではなく、電話着信だ。
画面を確認すると「津出さん」と表示されていた。
( ^ω^)「もしもし」
『あ、内藤? あのさ、写真のことなんだけど』
( ^ω^)「あ」
あのときハイテンションだった津出さんは、自分のスマホを僕に渡すのを忘れていた。
だから僕のスマホで撮って、あとで送ると約束していたんだった。
(;^ω^)「ごめんごめん、忘れてたお」
『しっかりしてよね』
突き放すような言葉とは裏腹に、津出さんの声は優しい。
.
-
( ^ω^)「わざわざ電話じゃなくてもLINEでもよかったんじゃないかお」
『まぁそうなんだけど、お礼は文章じゃなくて直接言うべきかなって』
( ^ω^)「お礼?」
『今日、付き合ってくれてありがとう』
改めてそういう風に言われると、なんだかむずがゆい。
電話越しでよかった。目の前にいたら、赤くなった顔を見られるところだった。
(;*^ω^)「いや、別にそんな、映画面白かったし!
そ、そうだ、モララーがドラゴンに立ち向かうところ、圧巻だったおね」
『そう! あのときのモララー、原作でもすごくかっこいいのよ! それから――』
予想通りモララーの話になると、津出さんは前の話題なんてすっかり忘れた様子で声を弾ませた。
今どんな体勢でいるのか知らないけど、身を乗り出してそうだなぁ、なんて思って苦笑いする。
.
-
( ^ω^)「――――主題歌もかなりよかったお。歌ってたの誰だっけ、あの変わった名前の」
『ああ、新人らしいわよ。名前は……なんか、決めるとき近くに置いてたものから取ったらしいけど」
( ^ω^)「安直すぎだお」
『そんなもんでしょ、由来なんて』
話を二転三転させながら、僕たちはしばらくだらだらと喋っていた。
電話越しなのに、学校の図書室にいるときと変わらない。
元々似たような価値観を持っているせいか、津出さんと話すときは自然と肩の力が抜けた。
それが楽しくて、心地よくて、時間なんかすっかり忘れていた。
『そういえば内藤、大丈夫なの?』
( ^ω^)「お?」
『ミセマギの放送日って確か――』
(;゚ω゚)「!!」
.
-
ミセマギの放送日は日曜日、つまり今日だ。
時計を確認すると、放送開始から10分経っていた。
テレビの電源を点けてボリュームを上げる。その音が伝わったのか津出さんの声が固くなった。
『もう始まってたの?』
(;^ω^)「僕もすっかり忘れてたお。ごめん、じゃあまた」
『うん、切るわね……ごめん』
最後の言葉が途切れるくらいの速さで電話が切れた。津出さんが気を利かせて切ったんだろう。
テレビは本編ではなくコマーシャルを映していて、少し冷静になれた。
そういえば今日の放送分だと、デレの出番はBパートからのはずだった。
CMが明けるのを待ちながら、ぼんやり考えた。
ミセマギの放送を忘れるくらい何かに熱中することなんて、今までなかった。
僕は自分が思っていたよりも、津出さんとの電話を楽しんでいたんだろうか。
.
-
(;'A`)「お前、津出と付き合ってるってマジ?」
朝一番からドクオがそんなことを言うものだから、面食らってしまった。
というか顔が近い。朝からこんな青白い顔を至近距離で見たくない。
どうして誰も彼も、僕の顔に物を近付けたがるんだ。
(;^ω^)「なんでそうなるんだお」
(;'A`)「いや、昨日クーが映画館でお前らのこと見たっていうから」
( ^ω^)「お? いつの間にクーって呼ぶくらいの仲に発展したんだお?」
(;'A`)「い、今それはいいだろ! それより……」
( ^ω^)「付き合ってないお」
ドクオは僕の言葉を聞いて、安心したような、困惑しているような、微妙な表情を浮かべる。
その隙を突いて、僕はようやく自分の席に座ることができた。
.
-
('A`)「でも二人っきりで映画って、デートだろ」
(;^ω^)「デートじゃないお」
今度は僕が曖昧な表情を浮かべる番だった。
僕はともかく、津出さんはモララーのために映画を観に来たのだから。
――僕はともかく?
( ^ω^)「……たまたま見たい映画がかぶったんだお。ほら、今やってるやつ。ラノベの」
('A`)「ああ、あれか……津出ってああいう系も見るんだな。
ていうか、それだったらなおさら付き合えばいいじゃん。趣味合うんだし」
(;^ω^)「そんな単純な話じゃないお」
僕たちは思春期で、当然女の子にも興味津々で。
だから「あわよくば誰かと付き合ってみたい」なんて下心ももちろんあるし。
「このまま現実の人を愛せないままだったら」なんて考えて、怖くなったりもするけど。
( ^ω^)「……そんなんじゃ、ないんだお」
だって僕はデレのことが好きなんだから。
ドクオの言葉を否定する声が、なぜか小さくなった。
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ξ;゚⊿゚)ξ「昨日はごめん」
顔を合わせて開口一番がそれなことに、津出さんの生真面目さが見えた気がした。
大丈夫だと笑ってみせても不安げな表情を浮かべているものだから、
昨日はBパートからの出番だったことを話すと、ようやく普通の表情に戻ってくれた。
ξ ゚⊿゚)ξ「でね……写真なんだけど」
( ^ω^)「あ」
忘れてた。
ξ;゚⊿゚)ξ「なんていうか、昨日の今日だから言いづらいけどさ……あんた、そろそろボケはじめてる?」
(;^ω^)「老人扱いすんなお! ちょっとうっかりしてただけで……」
ξ ゚⊿゚)ξ「じゃあまたうっかりしないように、今送りなさい。ほら!」
(;^ω^)「いってえ! 叩く必要性を説明してくれお!」
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ξ;゚⊿゚)ξ「昨日はごめん」
顔を合わせて開口一番がそれなことに、津出さんの生真面目さが見えた気がした。
大丈夫だと笑ってみせても不安げな表情を浮かべているものだから、
昨日はBパートからの出番だったことを話すと、ようやく普通の表情に戻ってくれた。
ξ ゚⊿゚)ξ「でね……写真なんだけど」
( ^ω^)「あ」
忘れてた。
ξ;゚⊿゚)ξ「なんていうか、昨日の今日だから言いづらいけどさ……あんた、そろそろボケはじめてる?」
(;^ω^)「老人扱いすんなお! ちょっとうっかりしてただけで……」
ξ ゚⊿゚)ξ「じゃあまたうっかりしないように、今送りなさい。ほら!」
(;^ω^)「いってえ! 叩く必要性を説明してくれお!」
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背中を丸めて津出さんの攻撃に耐えながら、スマホを操作した。
叩かれたせいで指がずれて、写真と一緒に変なスタンプを送ったのはご愛嬌だ。
写真写りがあまりよくないと膨れっ面をする津出さんを見て、自然に笑みが浮かぶ。
ふと気付いた。僕は津出さんといるとき、すごく自然に笑えている。
昔から女子が苦手だった僕にとって、それはかなり異例なことだった。
( ^ω^)「今日も映画行くのかお?」
ξ ゚ー゚)ξ「当たり前じゃない。学校終わったらダッシュよ」
津出さんはしばらく図書室には来ないだろう。
来週以降の入場特典次第では、一か月ほど来ないかもしれない。
それがなんだか、少し寂しく思えた。
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川 ゚ -゚)「別に、好きじゃないと付き合っちゃいけないというわけでもないだろう」
素直さんは不思議そうに言って、首を傾げた。
きれいな顔だなとは思うけど、ドキドキはしない。デレを見たときのようには、ならない。
川 ゚ -゚)「私はアニメには詳しくないが……同じものを好きで、一緒にいて楽しいと思えるなら十分じゃないか?」
( ^ω^)「そういうものかお」
僕が津出さんに気があると思ったドクオが、素直さんに相談したらしい。
とんだ勘違いな上に余計なお世話だけど、そこがドクオのいいところでもある。
「そういう話なら女子のほうが詳しい」という理由で、今まであまり話したことのなかった素直さんと顔を突き合わせていた。
川 ゚ -゚)「最初から好きで付き合う人のほうが少ないものだよ。私だって最初はあいつのどこがいいのか言えなかったからな」
( ^ω^)「ドクオが聞いたら泣くお」
川 ゚ -゚)「今はちゃんと好きなんだから、問題ないだろう?」
それにしても、二人はいつの間に付き合い始めたんだろう。
高校生にもなるとみんな彼氏彼女を作り始めて、僕だけが置いて行かれている気がする。
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( ^ω^)「僕には好きな人がいるんだお」
ドクオにも素直さんにも言えなかった言葉を呟く。
夢に見るほど好きで、ずっと恋焦がれてる人がいるんだ。
画面を指で突いても、向こうの世界に行けやしないけど。
( ^ω^)「好きだお」
一年前、ドクオが貸してくれた漫画がミセマギだった。
初めてデレを見たときの感想は「かわいいな」程度だったと思う。
だけど読んでいく内に、どうしようもないほど惹かれていった。
キャラクターとしてではなく、人として。
漫画のキャラクターを好きになってしまったと気付いたとき、思わず笑ってしまった。
こんな薄っぺらい紙きれ一枚、そこには命なんて何もないのに。
( ;ω;)「好きなんだお」
この世界にいない人を好きになるのが、こんなに苦しいなんて思わなかった。
手を繋ぐことも気持ちを伝えることもできなくて、自分が周りと違うという漠然とした恐怖があって。
( ;ω;)「 」
僕にできるのは、こうして液晶画面にキスをすることだけ。
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ξ ゚⊿゚)ξ「志望校決めた?」
( ^ω^)「んー、××大かなって」
ξ ゚⊿゚)ξ「へえ。私△△大」
気が付けば暑さはとうに消えて、冬になっていた。
それに伴って僕らの話題がひとつ増えた。受験のことだ。
袖の長いカーディガンから伸びる津出さんの指が、本のページを捲る。
( ^ω^)「新刊かお?」
ξ*゚⊿゚)ξ「そう。読む? 今回もモララーが最高にかっこいいわよ」
( ^ω^)「僕、活字苦手なんだお」
ξ ゚⊿゚)ξ「そういえばそうだったわね」
「残念」と本に視線を落として、津出さんは喋らなくなった。
邪魔をするのも悪いので、僕も黙って勉強を再開する。
思えばもう随分、この図書室でミセマギを見ていない。
アニメの放送が終わって数か月経っていた。
しゃりしゃりとシャーペンが文字を描く音だけが聞こえる。
僕は無言でいると居心地が悪くなるタイプだけど、不思議と津出さんといるときの沈黙は苦に思わなかった。
.
-
ξ ゚⊿゚)ξ「内藤、そろそろ帰りましょ」
( ^ω^)「お」
集中して自分の内側に向かっていた意識が、津出さんの呼びかけで窓の外に向いた。
陽はほとんど沈みかけていて、電灯の明かりが目立つほど辺りが暗くなっている。
(;^ω^)「おー、ごめんお」
ξ ゚⊿゚)ξ「勉強熱心なのはいいことよ」
津出さんはとっくに愛読書を読み終わっていたらしく、机の上には他の本が数冊積まれていた。
勉強に精を出していない辺り、津出さんと僕の余裕の違いがわかる。
( ^ω^)「お詫びにバス停まで送るお」
ξ ゚⊿゚)ξ「こういうときはお詫びじゃなくても送るものよ!」
津出さんのローキックが炸裂した。痛い。
言われなくとも、元々ちゃんと送るつもりだったのに。
.
-
ξ ゚⊿゚)ξ「早く冬終わんないかしらね」
マフラーに顔を埋めた津出さんが毒を吐く。
雪こそ降ってないけれど、僕たちの吐く息は白く濁ってるし、指先は感覚がなくなるほど冷たい。
( ^ω^)「僕、春が一番好きだお」
ξ ゚ー゚)ξ「私も」
お互いの好きな人の話よりも、こんなとりとめもない話をするほうが好きだと気付いたのはいつだろう。
僕の意見に同意したり、価値観を認めてもらうことが嬉しかった。
たまに正反対の意見を言い合って「人それぞれだよね」と苦笑いするのも楽しかった。
春になって高校を卒業すれば、こんな他愛ない日常も消えるのだろう。
そう考えると、目を伏せたい気持ちになった。
( ^ω^)「お。着いちゃったお」
時刻表を見た津出さんが「あと十分で来る」と笑った。
田舎に住む僕たちにとっては、十分の待ち時間ならかなりラッキーな部類なのだ。
数分に一度バスが通るという東京の時刻表を、一度見てみたいと思う。
.
-
ξ ゚⊿゚)ξ「送ってくれてありがとう。暗いし、内藤も早く帰ったほうがいいわよ」
( ^ω^)「……うん」
ξ ゚⊿゚)ξ「内藤?」
( ^ω^)「津出さん」
きっと僕は寂しかったんだと思う。
PVCじゃなくて、生身の人間にそばにいてほしかったんだと思う。
( ^ω^)「津出さん、彼氏ほしいって思ったことないかお?」
ξ;゚⊿゚)ξ「はぁ? まぁ、ないこともないけど……」
( ^ω^)「あのさ、僕とか、どうかなって」
「何言ってるのよ」と言いたげに――というか多分実際に言おうとした津出さんの笑みが、すっと消えた。
それはきっと僕の手がみっともないくらい震えていたからだ。
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ξ ゚⊿゚)ξ「送ってくれてありがとう。暗いし、内藤も早く帰ったほうがいいわよ」
( ^ω^)「……うん」
ξ ゚⊿゚)ξ「内藤?」
( ^ω^)「津出さん」
きっと僕は寂しかったんだと思う。
PVCじゃなくて、生身の人間にそばにいてほしかったんだと思う。
( ^ω^)「津出さん、彼氏ほしいって思ったことないかお?」
ξ;゚⊿゚)ξ「はぁ? まぁ、ないこともないけど……」
( ^ω^)「あのさ、僕とか、どうかなって」
「何言ってるのよ」と言いたげに――というか多分実際に言おうとした津出さんの笑みが、すっと消えた。
それはきっと僕の手がみっともないくらい震えていたからだ。
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-
ξ )ξ「私だって、周りの友達みたいに彼氏がいたらなって思ってたよ」
ξ )ξ「でも好きじゃない人と付き合うなんて相手に失礼でしょ? だから告白されても断ってた」
ξ )ξ「でも最近怖くなったよ、このままずっと一人なのかって。普通の恋愛ができないままなのかって」
ξ )ξ「どうして私は普通に人を好きになれないのかなって……」
ξ )ξ「内藤もそうなんでしょ? わかるよ。
同じ境遇で同じ価値観の私なら好きになれるかもって思ってくれたのも、わかる」
ξ )ξ「私も同じだから。内藤となら付き合ってもうまくやっていけるんじゃないかって思うよ」
ξ )ξ「でも……ねぇ、なんでだろうね……」
ξ ;⊿;)ξ「私、やっぱりあの人が好きなんだよ……他の人のこと、どうやっても好きになれないよ……」
.
-
ひどくなじられることも、それに伴う痛みも覚悟していたつもりだった。
だけど泣いている津出さんを見たときの痛みは、想像していたよりもずっと鮮烈だった。
ξ ;ー;)ξ「……ばいばい」
ドラマのようなタイミングでバスが止まった。
不器用に口角を上げた津出さんが乗り込むのを、黙って見ていた。
バスが音を立てて発車して、僕の横を走っていく。
( ω )「津出さん」
振り返ったとき、バスはもう遠くまで行ってしまっていて、津出さんの背中すら見えなくなっていて。
奇跡が起こるわけでもないのに、僕はしばらくその場に立ちすくんでいた。
津出さんの最後の言葉が、ずっと耳に残っていた。
.
-
( ^ω^)「ふられちゃったお」
普通にご飯を食べて、風呂に入って、いつものようにデレのフィギュアを抱えていた。
漫画やドラマだったら暗い部屋で塞ぎこむシーンだろうに。
( ^ω^)「浮気した罰かおね。でもデレが悪いんだおー、こっちの世界にきてくれないから」
返事なんかくるはずもない。乾いた笑いが漏れた。
フィギュアの代わりにスマホを手に取って、LINEを送る相手がひとり減ってしまったとぼんやり考える。
寂しさを埋めようとして、デレに対する想いも、友達も、居場所も、全部失った。
津出さんはもう図書室には来ないだろう。
お互いの好きな人の話も、他愛ない話も、もうできない。
笑いあったり、ふざけたり、議論したり、そんな日常はもう訪れない。
そう考えたとき、あの身を裂かれるような痛みにまた苛まれた。
( ;ω;)「……」
そのとき初めて、僕は津出さんのことを好きになっていたんだと気付いた。
激情とは程遠くても、ただそばにいたいと願うだけの愛もあるのだということを、今このとき知った。
.
-
スマホを操作して、カメラロールを眺めた。
うだるような暑さだったあの日、映画館で撮った津出さんとの写真。
画面の中で無邪気に笑う僕らが、涙で滲んでいく。
( ;ω;)「……ああ」
告白なんかしなければよかった。
いや、そもそもこの感情に気付かないままでいればよかった。
そうすればこんな痛みも、自分の惨めさも、知ることはなかったのに。
( ;ω;)「ごめん、ごめんお」
口から漏れる謝罪が誰に対してのものなのか、自分でもわからなかった。
あれほど愛を囁いておきながら、寂しさであっさり鞍替えしたデレに対してか。
同類だと言っておきながら、結局愛を貫けなかった津出さんに対してか。
どちらにしたって、僕がふたりを裏切ったことに変わりはないけど。
.
-
それでも、僕は津出さんに幸せになってほしかった。
全部わかって包み込んでくれる彼氏ができるとか、僕よりももっと話が合う人が現れるとか、なんでもいい。
こんな救いようのない結末だけど、何年後でもいいから、救われる日がきてほしいと思った。
( 。 ω )「……さよなら」
その言葉すら、津出さんに対してなのか、デレに対してなのか、わからない。
ただ、僕の中で何かが死んだ。それは確かだった。
泣くのは今だけにしよう。
涙がいつ止まるのかはわからないけど。
.
-
僕はスマホを握り締めて、目を閉じる。
そこに映る思い出を壊さないように優しく、
液晶画面に、キスを、した。
.
-
以上で投下は終了です。ご覧いただきありがとうございました。
今気付いたけどなんか酉違うのになってるしなんだこれ泣きそう
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乙
これ好きだな
-
液晶はこの世で一番堅い境界線だからな
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乙 なんと言うか深い感じだった
後日談も気になるけどこれで完成してるからなぁ
という訳で俺は画面越しにツンちゃんに接吻を…
-
乙
甘酸っぱいやん
-
おつ
目尻が熱くなる切ないラスト、大人になれたらある意味青春の1ページとして思えるのかな
たしかに後日談があったら気になるし再会なんてあったらほっこりできるんだろうけど、これはこれで完結したからこそ思う気持ちなんだよね
もどかしい、でも好き
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乙
-
>>49コピペミスって重複してるので訂正します……
-
耐え切れなくて、自分と津出さんの足元しか見えないくらいに視線を下げた。
表情が見えなくなったことに少しだけ心が落ち着いていく。
暗闇に襲われたとき目を瞑って恐怖を和らげるように、それはただの現実逃避でしかないけれど。
ξ )ξ「内藤、私のことが好きなの?」
( ω )「わからないけど、多分、違うお」
ξ )ξ「何よ、それ」
津出さんの声に戸惑いや怒りはなかった。その代わり、今にも泣きそうなほど震えていた。
真面目で潔癖な津出さんが「普通は好きだから告白するでしょ」と咎めなかった理由が、僕にはわかる。
僕と津出さんは、悲しいくらいにどこまでも同類だったんだ。
文字通り次元の違う人に焦がれることに、いい加減疲れてしまっていた。
この世に生きる大多数の人と同じように、生身の人を愛して、愛されてみたかった。
ξ )ξ「あのね、内藤」
次に聞こえた津出さんの声は、もう震えてなかった。ただ優しかった。
.
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>>64=>>49訂正分です
読んでくれた方、まとめさん、わかりづらくてすみません
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>>2と>>40-41は不要修正?
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>>66
ああもうミスばっかりだ……酒飲みながら投下するもんじゃないですね
>>2のタイトルコールと>>41訂正しますすみません
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あ、>>41は重複してるだけだから修正いらなかった
>>2だけ訂正します
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( ^ω^)液晶画面にキスをするようです
.
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>>69=>>2訂正分です
>>41はトチって重複投稿してしまったので記憶から抹消してください
これ以上ミスがあったら死にます
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訂正おつ!
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【業務連絡】
主催より業務連絡です。
只今をもって、こちらの作品の投下を締め切ります。
このレス以降に続きを書いた場合
◆投票開始前の場合:遅刻作品扱い(全票が半分)
◆投票期間中の場合:失格(全票が0点)
となるのでご注意ください。
(投票期間後に続きを投下するのは、問題ありません)
詳細は、こちら
【http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1500044449/257】
【http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1500044449/295】
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おつ
つらい…
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クソスレだと思って開いたのにだいぶ切ない話で辛かった
好き
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ギャグだと思ってたのに救いのない話だった
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乙
切ないなぁ…
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