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月が映える夜がキレイなようです

1名無しさん:2017/04/20(木) 20:43:23 ID:D1OUooxc0

月が綺麗な夜である。
自動ドアから見える月を見てそう思った。

ふと右腕に着けた時計を見る。そろそろ深夜1時になりそうだ。

今日の遅早番(19時〜1時までのシフト)のニダさんがバックレをかまし、僕はその煽りを受けて長い長いシフトになった。
だが、その10時間の長丁場ももう終わる。少しながらの解放感が僕を包む。

すぐ傍が繁華街であるこのコンビニは、夜から深夜にかけてが最も忙しい。
しかし、日曜日である今日は思ったより人が少ない。
店にいるのは髪を盛って胸元を大きく開けたホストと派手なメイクと髪型、そしてドレスを着こんだキャバ嬢だけだ。

いつものように栄養ドリンクを買い込んだホストの会計を終えると、さっきから入ってくる客がいなかった自動ドアが開いた。

10名無しさん:2017/04/20(木) 20:50:24 ID:D1OUooxc0
( ^ω^)「僕はてっきりツンとは友達だと思ってたお」

ξ゚⊿゚)ξ「ううん、もっとお互いのことよく知って、【ちゃんとした】友達になりましょってこと」

( ^ω^)「……ちょっと解せないお、例えば別に生まれ故郷を知らなくても、楽しく話せたらそれで十分友達じゃないかお」

ξ゚⊿゚)ξ「ううん、違うわ」

ξ゚⊿゚)ξ「私が思う友達ってね、もっと深くまで知り合う事だと思うの」

( ^ω^)「ふーむ」

ξ゚⊿゚)ξ「私ね、ずっとクラスで目立つ子のそばにいて過ごしてきたの」

ξ゚⊿゚)ξ「クラスで目立つ子の近くって、とっても楽なの。その子の近くにさえいれば自分もいい立場にたてるから」

( ^ω^)「その気持ち、分かる気がするお」

ξ゚⊿゚)ξ「私はいつでも『目立つ子のそばにいる子』でしかなかったの」

ξ゚⊿゚)ξ「まるで地球と月みたいにね。ずっと私は彼女たちの周りを衛星みたいにグルグルとついて回ったわ」

ξ゚⊿゚)ξ「その立場にさえいれば、周りとはそれなりに仲良くなれるから、それ以上は踏み込まなかったの」

11名無しさん:2017/04/20(木) 20:50:59 ID:D1OUooxc0

ξ゚⊿゚)ξ「あんまり自分に踏み込まれるのって好きじゃなかったし、それに人と関わるのって疲れちゃって。だから何もしてこなかったの」

ξ゚⊿゚)ξ「案の上、卒業したら、目立つ子はもちろん、一緒に周りにいた子も一気に音信不通になったわ」

( ^ω^)「……」

ξ゚⊿゚)ξ「これまでは、それでいいと思ってたし、これからも私はこうして生きていくつもりだったわ」

ξ゚⊿゚)ξ「月なら夜に無くなったら寂しいし、暗くなっちゃうから困るでしょうけど」

ξ゚⊿゚)ξ「私がいなくなってもそんな事はないんだなって」

ξ゚⊿゚)ξ「『私もいなくなったら忘れ去られるだけなんだ』『誰からも気にされなくなっちゃうんだ』って、そう思うと怖くならない?」

12名無しさん:2017/04/20(木) 20:51:34 ID:D1OUooxc0

( ^ω^)「それが嫌だから酔っぱらって適当に入ったコンビニにいた僕を捕まえて友達にするのかお? 」

ξ゚⊿゚)ξ「……そういうわけじゃないって言っても信じてもらえないかもしれないけど、そういうわけじゃないのよ」

ξ゚⊿゚)ξ「今日友達と飲みながらその事考えてたら、酔っちゃって。そんな状態で入ったコンビニにブーンがいて」

ξ゚⊿゚)ξ「『この人とは縁があるのかも』って思って連れ出したの」

(;^ω^)「……結局偶然だったってことだお」

ξ;゚⊿゚)ξ「うっ……でもなんかあるのかなと思ったのは事実だから」

( ^ω^)「……まぁ、ブーンもツンが言ってた事に対して思う所が無いわけでは無いお」

( ^ω^)「とりあえず、これから仲良くやろうお」

13名無しさん:2017/04/20(木) 20:52:22 ID:D1OUooxc0

僕は左に座るツンの方へ向き直り、右手を差し出す。

シェイクハンド待ちの姿勢だ。
ツンは僕の差し出した右手を同じく右手でガッツリ握ると、大げさに激しい握手をした。

ツンはニコリと笑って僕に向かってこう言った。

ξ゚⊿゚)ξ「ありがとうブーン、これから友人として仲良くやりましょう」

( ^ω^)「おっ、面と向かって言われるとなんか恥ずかしいお」

ξ゚⊿゚)ξ「じゃあブーン、友達祝いに一ついい事を教えてあげるわ」

( ^ω^)「おっ、なんだお?」

ξ゚⊿゚)ξ「……あのね」

そのまま彼女が僕の左耳に耳打ちした内容は、彼女の匂いや吐息の感覚を間近で感じたことよりも強烈で。
さっきまで酔いどれていた自分の頭を覚ますには十分で、鮮烈な内容だった。

14名無しさん:2017/04/20(木) 20:52:57 ID:D1OUooxc0

………
……


( ´ω`)「はぁー」

僕は右手に持ったビール缶を見つめながら大きなため息を吐いた。

ξ゚⊿゚)ξ「ちょっと負のオーラをビールに吹きかけるのやめてくれない? まずくなりそう」

その日の夜、僕とツンは僕の家の近所のスーパーへ買い出しに来ていた。
今夜は僕の家で宅飲みになってしまった。

正直言って勘弁してほしい。
宅飲み自体は嫌では無い。むしろ結構好きだ。ただそれは「自分の家以外での」という文字が頭に入る。
荒らすだけ荒らされて、片づけるのに丸一日かかるのはもうウンザリだ。

その後の片付けの事を考えるだけで、気分が憂鬱だ。

15名無しさん:2017/04/20(木) 20:53:42 ID:D1OUooxc0

しかも今日は僕とツン、2人きりの宅飲みという訳では無い。
僕、ツン、クー、ドクオ、ショボンの5人、ようするに何時ものメンツで、僕の家で宅飲みだ。

( ^ω^)「だって、また……僕の家で……宅飲み……」

ξ゚⊿゚)ξ「死んだ目しながら言っても変わらないのよ、現実を受け止めなさい」

( ;ω;)「おー」

「泣きそうだお」
そういって僕は両手で顔を覆い、泣きまねをする。
必死に鼻をスンスン鳴らしながら泣いたふりをしていると、ツンが「はい」と何かをこちらに差し出してきた。

ξ゚⊿゚)ξ「これ、持って」

僕は泣いてもいない顔を隠す両手をビールとツマミで詰まったかごに奪われ、ツンの後ろをトボトボと歩いたのだった。

16名無しさん:2017/04/20(木) 20:54:25 ID:D1OUooxc0

('A`)「おせーよ」

家に着くと、既にドクオ、クーが揃って待っていた。
なんとなく、二人の空間に飛び込んだ感じがして気まずい。僕の家だけど。

( ^ω^)「というかお前どうやって入った」

('A`)「は? 普通に鍵を使ったんだが?」

( ^ω^)「鍵は僕の右ポケットにあるんだが?」

('A`)「合鍵なんだが?」

(;^ω^)「は?」

('A`)「いや、どうせお前の家によく転がり込んでるし別にいいかと思って」

(;^ω^)「いつの間に作って……えぇ……ドクオお前馬鹿だろ?」

('A`)「もうやだぁ〜ん、私とブーンちゃんの仲じゃなぁ〜い」

17名無しさん:2017/04/20(木) 20:55:00 ID:D1OUooxc0

(;^ω^)「クネクネすんな気持ち悪い、ていうか合鍵返せ」

僕がドクオから合鍵を取り戻すまでの3分間、酷く冷めた目でこっちを見ていたツンが、冷凍ピザの袋を開けながら言った。

ξ゚⊿゚)ξ「ねえ、ショボンは?」

('A`)「あー、バイトだって」

(;^ω^)「またかお?」

川 ゚ -゚)「うむ、最近ショボンのバイト先はバックレだなんだで人手が足りないらしいからな」

( ^ω^)「でもだからってショボンが頑張る必要は無いんじゃ」

川 ゚ -゚)「ショボンはそういう男だ」

('A`)「うむ、そうだな」

18名無しさん:2017/04/20(木) 20:55:35 ID:D1OUooxc0

ξ゚⊿゚)ξ「いや、案外あいつ適当よ?」

( ^ω^)「うん、多分今日も適当な理由つけて早上がりしてくると思うお」

(´・ω・`)「呼んだ?」

(;^ω^)「おおっ!?」

ξ;゚⊿゚)ξ「うわっ!ビックリしたぁ!! 」

('A`)「おっすショボン、お疲れ」

川 ゚ -゚)「お疲れさん」

(´・ω・`)「うむ、皆の衆ありがとう、乾杯」

そういってショボンは僕の前にあった缶ビールを手に取り、タブを起こすとグイッと飲んでしまった。

19名無しさん:2017/04/20(木) 20:56:09 ID:D1OUooxc0

( ^ω^)「あのまだ乾杯してないんだけど……まぁいいや、乾杯」

僕は脇にあったチューハイの缶を手元に寄せ、タブを起こす。
カシュッという炭酸の爽やかな音が響いた。

('A`)「もうほんとマトモに乾杯したことねえよな」

カシュッ。

川 ゚ -゚)「そんなもんなのか?」

カシュッ。

ξ゚⊿゚)ξ「そんなもんよ」

プシュッ。

( ^ω^)「ねえ待って、ショボン、鍵閉まってたのにどうやって入ってきたの」

(´・ω・`)「合鍵」

( ^ω^)「もうカギ付け替えるかお!」

プシュッ。

20名無しさん:2017/04/20(木) 20:56:44 ID:D1OUooxc0

………
……


僕らが最初の缶を開けてからどれくらいたっただろうか。
いつの間にか閉じていた僕の目を開けて見た、時計の針は2本とも天辺を指していた。

身体を起こして辺りを見回す。部屋の中に人影は……無い。
電気も消されていて、部屋に差し込む灯りは月の明かりと街の煌めきだけだった。

僕は皆帰ったのかと思い、外の空気を吸おうと立ち上がり、ベランダの方へ歩み寄ろうとした。
すると窓の外にポッと小さな灯りが2つ見えた。

僕は薄明りの中じっと目を凝らす。
目が慣れてきて見えてきた窓の外では、ドクオとクーが並んで、煙草を吸っていた。
お互い外の方を向きながら、ドクオはベランダの柵にもたれかかり、クーは肘をつきながら話している。

付き過ぎず離れすぎずな間隔で2人は並んでいた。

21名無しさん:2017/04/20(木) 20:57:26 ID:D1OUooxc0

何か話してる声も聴けないわけでは無いが、聞いてしまうのも野暮だろう。
そう思って僕がその場を離れようとして振り返ると、そこにはコンビニの袋を持ったツンが居た。

彼女は僕と目が合うと、右手の人差し指をピンと立て、自分の唇の前へ持ってきた。

「あの2人の邪魔をするな」と言いたいのだろう。
僕も同じように右手の人差し指を立てて自分の唇の前へ持ってくる。

彼女はコクリと頷き、僕の方へ顔を近づけてくる。


ξ゚⊿゚)ξ「私たちも外に出ましょ」


綺麗な金色の髪の匂いが感じられそうなほど近くで、彼女は言った。
暗闇の中、距離感が掴めなかった僕は急に接近してきたように思えた彼女の顔の目前で、またコクリと頷いた。

僕は、暗闇の中で良かったと思った。

22名無しさん:2017/04/20(木) 20:58:01 ID:D1OUooxc0

ξ゚⊿゚)ξ「公園で飲むっていうのもたまには良いわね」

( ^ω^)「花見くらいでしか外で飲むことってないお」

僕らは、アパートの真正面にある小さな公園のブランコに座りながら、ツンの買ってきた缶チューハイをチビチビ啜っていた。
あのドクオとクーの姿を見た後、なんとなく僕らは僕の部屋に戻れず、気が付けば足元に2つ空き缶が転がっていた。

(;^ω^)「そういやショボンは? 」

ξ゚⊿゚)ξ「ああ……ブーンが寝た後に『バイト先から呼ばれた』って言って戻ってったわ」

( ^ω^)「酒入れてたのに?」

ξ゚⊿゚)ξ「酒入れてたのに」

23名無しさん:2017/04/20(木) 20:58:37 ID:D1OUooxc0

(;^ω^)「おお……偉いのか悪いのか分からんお……」

ξ゚⊿゚)ξ「……まっ、お陰様であの2人も仲良くできてるんだからよかったじゃない」

( ^ω^)「まーそうだおねー……」

ξ゚⊿゚)ξ「この前の話、本当だったでしょ?」

( ^ω^)「半信半疑だったけど確信に変わったお」

ξ゚⊿゚)ξ「あの2人ってさ」

さっきから飲むペースを緩めたツンが、軽くブランコを揺らしながら話す。

ξ゚⊿゚)ξ「いつの間にあんな仲良くなったんだろうね?」

( ^ω^)「さぁ? 正直僕もビックリしてるお」

ξ゚⊿゚)ξ「多分知らない間に結構やり取りしてたんでしょうね」

24名無しさん:2017/04/20(木) 20:59:37 ID:D1OUooxc0

( ^ω^)「でもあれじゃ、美女と野獣……もとい美女と珍獣だお」

ツンは飲みかけていたハイボールを噴き出すとゲホゲホとむせる。

ξ;゚⊿゚)ξ「美女と珍獣ってあんたね……」

( ^ω^)「だってあんな顔面変形野郎と黒髪清廉美人が付き合うとかギャグか罰ゲーム以外の何物でもないお」

ξ゚⊿゚)ξ「け、結構徹底的に言うわね……」

ξ゚⊿゚)ξ「でも、案外クーはドクオの事評価してるんじゃない?」

ツンは足元に置いていたハイボールの缶をグイッと飲む。

( ^ω^)「ほほう?」

25名無しさん:2017/04/20(木) 21:00:17 ID:D1OUooxc0
ξ゚⊿゚)ξ「私生活はだらしないけど、やる時はやるとか……結構男らしいとか……案外真面目とか!」

その言葉に思わず僕は苦笑いがこぼれる。
毎日パチンコ屋の開店前から並ぶために、必修講義の出席を捨てている男のどこに真面目の要素があるのか教えてほしい。

潔く僕に代返を頼むところは確かに男らしいかもしれないが。

( ^ω^)「アイツが真面目の部類に入るなら世の中の人間9割は真面目だと思うお」

ξ;゚⊿゚)ξ「……まぁでも彼いい人じゃん!」

( ^ω^)「……確かにそれは認めるお」

そう、彼は確かにまともじゃないし、真面目じゃないし、年中金欠のパチンコ野郎だ。

('A`)

でも彼は人に好かれるし、悪い印象をあたえない。

確かに、いい奴なのだ。

それが何故かは分からないが。

26名無しさん:2017/04/20(木) 21:00:54 ID:D1OUooxc0

( ^ω^)「……多分あいつも月なんだと思うお」

ξ゚⊿゚)ξ「引っ付いてるってだけってこと?」

( ^ω^)「本人はイマイチ光らないし凸凹なんだけど、他人という太陽に照らされるとキラキラした人間になるんだお」

ξ゚⊿゚)ξ「……月も色々ね」

僕らはそれぞれ3缶ずつ飲み終えると、どちらかが言う訳でもなく、2人ともブランコから立ち上がった。

ξ゚⊿゚)ξ「戻ろっかそろそろ」

( ^ω^)「おっ……そうするかお」

僕らはゆっくりと、さっき歩いてきた道を歩き始めた。
途中、「あっ」と言ってツンが空を見上げた。



ξ゚⊿゚)ξ「綺麗な月ね」


.

27名無しさん:2017/04/20(木) 21:01:30 ID:D1OUooxc0

('A`)「よう、お帰り」

僕らが部屋に戻ると、ドクオは部屋の中に戻って煙草を吸っていた。
クーは?と僕らが問うと、「あそこで寝てる」と部屋の隅で小さくなって眠っているクーを持っている煙草で指した。

('A`)「クーと?ああ、別に大したこと喋ってないよ」

('A`)「……いや、ほんとホント。別にお前らが期待するようなこと喋ってない」

('A`)「正直、クーも酔いどれでマトモに話せてなかったし」

('A`)「なんか?……まぁ、今度クーが吸ってる甘い匂いの煙草も吸ってみることにしたってくらいだ」

28名無しさん:2017/04/20(木) 21:02:11 ID:D1OUooxc0

('A`)「……何ニヤニヤしてんだよテメエら」

('A`)「お前らも存分に怪しいんだよ」

('A`)「なんだよあの帰ってくるときのお前らの近さ。しばくぞコラッ」

('A`)「上から見えてんだよコラッ、何空見上げてんだよコラッ、確かにいい月だったな!」

('A`)「……うっせうっせ、いいから今日は飲み明かそうぜ」

その後、ツンとドクオはすぐにダウンし、僕はあらかた机の上を片付けてから眠りについた。
部屋に積み重なっている、多数の缶と空の袋は、見ないことにした。

ふと、窓の外を見る。

先ほどから空を覆っていた雲の切れ間から、丸い月が顔を覗かせていた。
それは、普段見る月よりなんだか輝いて見えた。

月が映える夜がキレイだ。

なんて思った。

29名無しさん:2017/04/20(木) 21:03:09 ID:D1OUooxc0



月が映える夜がキレイなようです



おわり

30名無しさん:2017/04/20(木) 21:05:56 ID:D1OUooxc0
読んでいただきありがとうございました。

他にもう一つ書いていたのですが、
ボツにするのが惜しいので、ついでに投下させてください。

31名無しさん:2017/04/20(木) 21:06:31 ID:D1OUooxc0

人生は点と線で繋がれた道を歩くようなものだ。

僕達が今歩いている線は次に繋ぐ『点』を探し、見つけたらそこへ繋がり、
そして打たれた『点』まで歩き、またそこから伸びる『線』の上を歩き続ける。

僕らが生きるために跳ね回り、踊り続けるたびに『点』は打たれ続ける。
そして、人生は縁取られ続けていく。

それを繰り返して僕らは今人生の輪郭を作り上げていくのだろう。


『春が通り過ぎていくようです』


.

32名無しさん:2017/04/20(木) 21:07:06 ID:D1OUooxc0

………
……


「おいーっちにー、おいっちにー、そーれっ……」


春の匂いがする。
身体を包む仄かな暖かさと草木の薫りが混ざり合い、溶け切らない。
日差しは冬よりも幾分かの柔らかさを得たように、優しく降り注いでいる。

('A`)「あの時……あの事が無ければ……」

( ^ω^)「また始まったお」

桜の花びらがヒラヒラと僕らの周りに降り注ぐ。
少し高いとこにあるここからは、グラウンドの様子が良く見える。

初々しく見えるあの人達は野球部の新入部員だろう。

33名無しさん:2017/04/20(木) 21:07:42 ID:D1OUooxc0

('A`)「俺はここまで真面目に頑張ってきた」

('A`)「にも関わらずだ……あの2単位で俺は終わった……」

( ^ω^)「また今期があるお……」

('A`)「まぁな、頑張るさ、頑張るけどな……」

( ^ω^)「あまり思いつめるだけ損だお、もう少し前向きに行くお」

('A`)「あのな、これは大事なことなんだよ」

( ^ω^)「過去の感傷に浸り続けることがかお?」

('A`)「そうだ」

34名無しさん:2017/04/20(木) 21:08:17 ID:D1OUooxc0

('A`)「もし、アレがあったら……と考え続けるだけで救われるんだ」

( ^ω^)「えーそうかお?」

('A`)「いつまでも取り返せないからこそ、ああしてれば良かったんだろうと後悔とズルズルとした期待を持ち続けられるんだ」

('A`)「後悔なく終われるのも悪くない事だけどな、悔いを残す事はある意味過去の『点』に対して思い出を残す事でもあるんだよ」

( ^ω^)「単純に女々しいと言うのとは違うのかお」

('A`)「そうバッサリ切り捨てるなよ……」

( ^ω^)「例えば」

そう言ってブーンはグラウンドを指差した。

( ^ω^)「あの新入部員達もドクオが言うところの『点』を残すことになるのかお?」

('A`)「人生を進む上で誰でも『点』は残すと思う」

35名無しさん:2017/04/20(木) 21:09:09 ID:D1OUooxc0

('A`)「ただ、その中で打っていく『点』に対してどれだけの思いの強さを残せるかっていうだけの話さ」

( ^ω^)「要するに何なんだお?」

ドクオは指先で空を突っつく。点を打ってるつもりなのだろうか。
突いた点からスーッと指を横に引く。

('A`)「自分が変わる……例えば思考やその先の出来事だったり、そういった事をいくら残せるかって言う話さ」

('A`)「思い出何かとはまた違った……要するに分岐点だよな」

( ^ω^)「ドクオにとってあれは分岐点だったお? そこまで深刻なものでも無かったお……」

('A`)「『点』はどこに打たれたか分からねえ」

( ^ω^)「ネガティブ思考もここまでいくと国宝モノだお」

('A`)「人はその『点』と『点』の間に引かれた『線』の上を歩いて生きていくんだ」

36名無しさん:2017/04/20(木) 21:09:44 ID:D1OUooxc0

('A`)「どこかでピリオドを打つまで、いびつな形の人生を歩いていくんだな」

( ^ω^)「人生でドクオの言う悔いのない『点』だけを打つ人って中々いないお」

('A`)「そんなもんかな?」

( ^ω^)「そんなもんだお」

ブーンはそう言ってふぅと息を吐き出すと、足元に置いていたペットボトルを持ち上げ、
蓋を開けてチビチビと中の水を飲んだ。

('A`)「ブーンだってあるはずだ、絶対」

( ^ω^)「そりゃ、無いといえば嘘だお」

('A`)「そうだろう? そういうもんだよ」

37名無しさん:2017/04/20(木) 21:10:19 ID:D1OUooxc0

('A`)「聞かせてくれよ、その話」
  _,
( ^ω^)「人の嫌な思い出を聞きたがるとか……随分とまあ悪趣味だお」

(;'A`)「な、なんだよ、俺はずっと語ってただろ」

( ^ω^)「ドクオは一人でずっとブツブツ言ってただけじゃないかお……」

('A`)「それを聞いてたんだからいいじゃん、イーブンだよ」

( ^ω^)「……やっぱりアレはあんまりいい思い出じゃないんだお」

空になったペットボトルをポーンと脇にあるゴミ箱に投げ捨てる。
それは綺麗な放物線を描いて、ゴミ箱の中へと吸い込まれていった。

38名無しさん:2017/04/20(木) 21:10:55 ID:D1OUooxc0

………
……



ξ゚⊿゚)ξ「ブーンが一番なりたいモノって何?」

風が吹き、青い草木が生い茂り始めた、初夏の空気に包まれる中。
彼女、ツンは僕に向かってそう言った。

僕はただ愛想笑いを浮かべながら、彼女と一緒に音を出す。
ジャンジャンジャギジャギと、ギターの歪んだ音が2つそろって鳴る。

( ^ω^)「……何かになりたいお」

ξ゚⊿゚)ξ「何それ、仮面ライダーとか?」

( ^ω^)「そういうんじゃなくて……『何者』かになりたいお」

39名無しさん:2017/04/20(木) 21:11:30 ID:D1OUooxc0

ξ゚⊿゚)ξ「よく分かんないなーそういうの」

ξ゚⊿゚)ξ「男ってそういうの好きだよね」

( ^ω^)「何かになれるって素晴らしい事なんだと思うお」

ξ゚⊿゚)ξ「大臣とか? 弁護士とか?」

( ^ω^)「うーん……そういうのもいいけど」

( ^ω^)「名前を付けて呼ばれるって意味では、誰かにとっての何者かになれたらいいお」

ξ゚⊿゚)ξ「やっぱり意味不明、アホみたいに聞こえちゃう」

( ^ω^)「アホで結構だお」

そう言ってジャーンと適当にギターを鳴らす。
安いエフェクターのディストーションのかかったストラトキャスターの音が、開けた窓から抜けていく。

「君にとっての何者かになりたい」

そんなクサいセリフは、とてもじゃないが言えなかった。
僕は毎日、毎月を悶々とした思いを引きずりながら、高校生としての日々を過ごしていた。

40名無しさん:2017/04/20(木) 21:12:10 ID:D1OUooxc0
( ^ω^)「あ」

ξ゚⊿゚)ξ「あ」

ある日の帰り。
駅前にあるカフェで友人と待ち合わせをするためにやってきた所で、僕は彼女とばったり出会ってしまった。

( ・∀・)

彼女と一緒にいたのはイケメンと各クラスの女子たちから持て囃されている茂等だった。
一目見て、「これはデートなんだ」と勝手に理解した。

男女で2人きり、しかもコソコソとした感じが隠せていなかったというのもある。
でも、そんな事だけじゃない、隠しきれない雰囲気が彼女と彼の間から漂っているように見えた。
僕と練習している時なんかには見せたことの無い、『女』の顔をしているように見えたのだ。

察した僕は、軽く会釈をしてその場から離れるしかなかった。
それしか出来なかった。

翌日、彼女と出会った時、もうまともに顔なんて見れなくて、出来る限りまともに努めていたけれど、彼女にはどうかしてるように見えたかもしれない。

そして僕はそのまま卒業までを一バンドメンバーとして過ごし、彼女とは離れた。
僕は、彼女にとっての何者かにはなれなかった。

41名無しさん:2017/04/20(木) 21:12:45 ID:D1OUooxc0

………
……


('A`)「……で?」

( ^ω^)「で?」

('A`)「なんだよ消化不良じゃねえか、続きあるんだろ」

( ^ω^)「まぁ、あるっちゃあるけど……」

('A`)「言っちゃえよ、俺の方が気になって仕方ねえよ」

( ^ω^)「つまらん話だお」

('A`)「なんだよ、もったいぶらずに言えよ」

42名無しさん:2017/04/20(木) 21:13:30 ID:D1OUooxc0

( ^ω^)「……『点』は」

('A`)「?」

( ^ω^)「その時に打つから『点』になるんだお」

( ^ω^)「打てなかった『点』は、繋がった線に対して意味をなさないんだお」

('A`)「???」

( ^ω^)「歪な形でもいいから、あの時打った『点』を使って形を描きたかったなんて後出しのジャンケンなんだお」

('A`)「お、おう」

( ^ω^)「思い通りの点を打たれるまで伸び続ける線なんて存在しないんだお……」

('A`)「……続き、聞かせてくれよな」

( ^ω^)「つまらん話だお」

43名無しさん:2017/04/20(木) 21:14:05 ID:D1OUooxc0

………
……



大学生としての生活をスタートさせてからしばらく経ったある日、久々に見る名前からのメッセージが届いた。
ツンからのメッセージだった。

「久しぶりに会いませんか」

ひどく短いメッセージが、ポツンと一通だけ送られてきたのだ。
僕もそれに応えるように、「いいよ」と短いメッセージを彼女に送り返した。

44名無しさん:2017/04/20(木) 21:14:41 ID:D1OUooxc0




ξ゚⊿゚)ξ


久しぶりに出会った彼女は、少し大人びて見えた。
それは化粧のせいか、はたまた少し重ねた年月が彼女を大人びて見せたのかは分からない。

そんな彼女と僕はまた再び出会った。
あの日のまま、ただ年を食っただけのように思える僕にとって、少し後悔する理由には事足りた。

せっかく調べた雰囲気のいい店であこがれた彼女と2人きりでいい雰囲気なのに、僕はずっとジントニックをすすっている。

ξ゚⊿゚)ξ「最近さ……」

( ^ω^)「うん……」

どうしたらいいのか、お互い距離感を図りながら会話をしてるような固い雰囲気が続く。
色々な事を考えながら僕は悶々としていた。

45名無しさん:2017/04/20(木) 21:15:57 ID:D1OUooxc0


ξ゚⊿゚)ξ「あのさ、あの日あったじゃん」


突然彼女がラフな口調で突っ込み気味に話しかけてきた。

( ^ω^)「あの日?」

ξ゚⊿゚)ξ「カフェで出くわしちゃったあの日」

意外なことに、踏み込んできたのは彼女の方からだった。

ξ゚⊿゚)ξ「あの日は焦ったなー、まさかあんなところ見られると思わなかったもん」

( ^ω^)「おっおっ、僕も焦ったお」

ξ゚⊿゚)ξ「そうなの、あの日までちゃんと隠しきれたのになーって」

46名無しさん:2017/04/20(木) 21:16:33 ID:D1OUooxc0

( ^ω^)「あの日まで?」

ξ゚⊿゚)ξ「うん、だってあの日に丁度別れたんだ」

( ^ω^)「えっ」

ξ゚⊿゚)ξ「まさか別れの現場にブーンが立ち会ってくれるとは思わなかったわ」

僕のジントニックを飲む手が、ピタリと止まった。

ξ゚⊿゚)ξ「それでね、今日もお別れを言いに来たの」

ξ゚⊿゚)ξ「私の踏ん切りって意味でもね……」

(;^ω^)「お別れ? お別れってなんだお」

47名無しさん:2017/04/20(木) 21:17:08 ID:D1OUooxc0

ξ゚⊿゚)ξ「私ね、ブーンのことが好きだったの」

手に持っていたグラスを、思わず落としそうになる。

ξ゚ー゚)ξ「ずーっと見てたわ、あの日からずっと」

ξ゚⊿゚)ξ「でも、ブーンは振り返るどころか、私を避けているようにさえ見えた」

ξ゚⊿゚)ξ「だからね、私も諦めざるを得なかった……」

(;^ω^)「そ、それは違……」

ξ゚⊿゚)ξ「ううん、言わないで」

ξ゚⊿゚)ξ「そうしないと私、後悔しちゃう、きっと」

(;^ω^)「僕だって、そんなこと言われて、後悔するお……」

48名無しさん:2017/04/20(木) 21:17:43 ID:D1OUooxc0

ξ゚⊿゚)ξ「もし、あなたの思いが違うとして、あの時にはもう戻れないのよ」

ξ゚⊿゚)ξ「すれ違ったお互い、後悔のまま終えましょうよ」

そう言って彼女はポロポロと涙をこぼして切々と語り始めた。

バンドメンバーとしての思い出、あの時の彼との思い出、そして如何にして僕に惚れ込んだか……
数年の胸のつかえを語りきった彼女は、最後にはすっきりとした表情で僕の元から去っていった。

そして僕の元には、ただモヤモヤとした思いと、やりきれない思いだけが残ったのだ。

49名無しさん:2017/04/20(木) 21:18:19 ID:D1OUooxc0

………
……


( ^ω^)「……こんな感じだお」

('A`)「……友達じゃあさ、ダメだったのかな」

('A`)「だってさ、そんな泣くほど思ってたんだろ? なのに言って、ハイおしまいってさ」

( ^ω^)「ブーンだって最初はそう思ったお」

( ^ω^)「でも……仮にもあそこまで思った相手に対して友達って括りは一番しんどいんじゃないかお」

( ^ω^)「実際、自分が彼女の立場だったら、そうしてたと思うお」

( ^ω^)「……もう過ぎた『点』は打てないんだお」

50名無しさん:2017/04/20(木) 21:18:54 ID:D1OUooxc0

( ^ω^)「あの時打てたはずの『点』が打てないと分かったからと言って、今更戻ることは出来ないんだお」

( ^ω^)「既に『線』は引かれていて、次に打たれる『点』を探しているんだお」

('A`)「……なんつーか、やるせねーな」

( ^ω^)「ドクオが振った話だお」

( ^ω^)「……もし、もっと僕に根性があって彼女に『サヨウナラ』をしっかり言えたらまた今の気分は違ったのかもしれないお」

('A`)「……青春だねえ」

( ^ω^)「……青春『だった』お」

('A`)「春は、通り過ぎちまったか」

51名無しさん:2017/04/20(木) 21:19:32 ID:D1OUooxc0

その日の帰り道、僕はドクオにカフェでフラペチーノを奢ってもらった。


('A`)「なんつーか、悪かったな」


なんてガラにもない事をドクオが言うもんだから、僕は肩をポンポンと叩いてやった。


あの時打った『点』。


それがどうであれ、その『点』から伸びる線は止めることは出来ずに伸びていく。
その伸び続ける線を後からまた付けられた『点』の上から眺めて、あの時を後悔しながら過ごしていくのだろう。


僕は飲み残したフラペチーノをずっと吸い込みながらそんな事を思った。

薄くなったベリーの香りと、ちょっとの甘酸っぱさだけが口の中に残った。

52名無しさん:2017/04/20(木) 21:20:12 ID:D1OUooxc0


『春が通り過ぎていくようです』


おわり

53 ◆sVJSKQRVSQ:2017/04/20(木) 21:21:46 ID:D1OUooxc0
以上です。ありがとうございました!

54名無しさん:2017/04/20(木) 21:48:21 ID:Tg9HtPPY0

じんわりと染みてきて何周か読み直したくなる話でした

55名無しさん:2017/04/20(木) 22:21:36 ID:el5LVZvo0
ええねぇ

56名無しさん:2017/04/21(金) 00:20:40 ID:aTXbNiVI0
乙乙
こういう雰囲気の話好き

57名無しさん:2017/04/22(土) 09:55:03 ID:s5bWSdNk0
どっちの話も良かった
特に2作目の雰囲気が大好き
乙でした

58名無しさん:2017/04/22(土) 17:33:12 ID:/qEI90HQ0

余韻がいい感じ

59名無しさん:2017/04/25(火) 19:27:51 ID:Btd4KFtI0
特別大きなことが起こるわけでもないのになんかすごく好きだ



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