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(*゚∀゚)お母さんばらばらのようです
1
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 01:56:57 ID:q1JYs1Cw0
※ハートフルマンションストーリーですがちょっとグロがあります
2
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 01:58:50 ID:q1JYs1Cw0
百物語用に用意しちゃってたんで夏要素ないです
ボルガ博士、お許し下さい!
3
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:00:20 ID:q1JYs1Cw0
.,、
(i,)
|_|
4
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:01:56 ID:q1JYs1Cw0
(*゚ー゚)「できちゃったみたい」
しぃは喜びと憂いの混じった顔をしていた。
対するギコは一瞬言葉を失い、弾かれるようにしぃの方を見た。
(,,゚Д゚)「マジか」
夕食後だった。しぃは皿を洗い終えたところでその告白をした。
皿を洗っている間ずっとしぃは言い出す決心を固めていた。
そうとは知らずギコは携帯電話でナイター試合の経過を見ていた。
応援しているスワローズの先発投手が打ち込まれているところだった。
ギコはその後暫く言葉が出ず、携帯電話を置いて目を閉じた。
小さく息を吐いてから目を開いて傍らにあったセブンスターの箱を取る。
ジッポ・ライターで煙草に火を着け吸い込んだあと、深々とそれを吐いた。
(,,゚Д゚)「堕ろせ」
それはしぃにとって絶望の判決であり、ギコにとっては当然の帰結だった。
(*゚ー゚)「そ、そうだよね、しかたないよね」
しぃは笑顔を作った。ギコはまた煙をゆっくりと吐いた。
マンションを買った時はリビングで吸わないと決めたものだがこの半年はまるで守られていなかった。
しぃが妊娠した、これは意外な事だった。まだ一緒に暮らすようになってから五ヶ月ほどだ。
ただしぃが妊娠したからとはいえ出産させる事は出来ない。しぃはギコの妻とは別の女だ。
5
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:03:37 ID:q1JYs1Cw0
ギコは妻ともう一年以上も別居している。福井の実家に帰ったきりなのだ。
広いマンションに一人で暮らすのは勿体無いと肉体関係のあったしぃを呼んで五ヶ月になる。
いわゆるセックス・フレンドというやつだ。しかし五ヶ月も同居していると本物のカップルのようにも思えてくれる。
しかしギコには妻がいる。一年以上も別居しているがきちんと関係を修復したいと思っている。
妻ではないしぃの出産を認める訳にいかないのは明白だ。しぃもそれを十分に承知していただろう。
だから妊娠を告げた瞬間に複雑な表情をしていたのだ。
(,,゚Д゚)「いつだろうな」
ギコがぽつりと言った。しぃは「え、どういうこと?」と訊き返す。
(,,゚Д゚)「いつできたんだろうって」
同居していれば毎晩セックスをする。しかし基本的に避妊具を装着していたはずだ。
確かに何度か避妊具をつけずにセックスに及んだ事がある。そのうちのどれかだろう。
しかし何より一番意外であった事はこうも簡単にしぃが妊娠した事だ。
ギコは結婚してから別居するまで四年もの時間があったが妻は妊娠しなかった。
別居する直前は二人の仲もすこぶる悪く夜の営みはなかったがそれまでは毎晩セックスをしていた。
結婚当初は子供が何人欲しいだとか妻が将来の展望を語っていた。三十代に入っていたし良い時期だとギコも思っていた。
避妊具を装着せずセックスをして妊娠を待っていたがそれが叶う事はなかった。精子が死んでいるのではと不安になったほどである。
そのためどうして今更という思いが強かった。
(*゚ー゚)「たしかに、いつだろうね」
(,,゚Д゚)「まぁでも予想外だったな」
(*゚ー゚)「ほんとだよね、びっくりだよね」
6
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:06:10 ID:q1JYs1Cw0
しぃは妊娠初期だった。妊娠十二週未満までを指す。
妊娠初期ならば中絶手術も比較的簡単に行なえ日帰りも可能だという。
ギコは十分ほどパソコンで調べた。保険は効かないと書かれており少し焦るが十万円から二十万円程度とあり安心する。
決して安い出費ではないが責任は自分にあり仕方がない。今度の休みにでも病院に行ってみようとギコは言った。
その日の晩にギコは夢を見た。夢などいつも起きれば忘れてしまうのに妙に焼き付いていた。
夢で見たのはギコの生まれ故郷の風景だった。ギコはまだ小学校に上がるかどうかといった幼さだった。
まるで俯瞰するかのようにギコは幼い自分が歩いていくのを見ていた。隣には大好きだった母親がいた。
幼い頃のギコは列車を見るのが好きだった。街には地方私鉄の駅がありよくそこに連れてもらったのだ。
その駅は奥に車庫もあり昼間にはホームの脇に朝ラッシュを終えた列車が繋がれて休んでいる事も珍しくなかった。
地方のローカル線なので運行本数は少なく列車の往来は一時間に数本しかなかったが、ギコはその留置車両を見るだけでも良かった。
花形の特急列車よりも当時の主力だった銀の通勤列車が特に好きだった。セミステンレス製の列車はマッコウクジラの愛称で親しまれていた。
コルゲートを用いた金属の近未来的な車体に、じかに触れて確かめてみたくなるほどなめらかにカーブを描いた前面のデザインは秀逸だった。
その列車は東京の地下鉄で走っていたものを地方私鉄が購入しており、都会からやって来たという来歴が余計にお洒落であると感じさせた。
7
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:07:43 ID:q1JYs1Cw0
母親の手を引き銀のマッコウクジラを見る。もしかすると一番幸せだった時期かもしれない。
まだ将来の事はおろか直近の未来すらも考えていなかったとても脳天気で悩みのない時代。
抱えているものもなくただ毎日をよく食べてよく遊んでよく寝ていただけの頃。
母親はギコが中学校に上がった頃に病気で死んでしまった。父親はもっと前に家を出ていた。
そこから親戚の家に引き取られるが、それまでの幸福な時代とはほど遠いものだった。
もう長い事地元に帰っていない。帰っても母親も父親もいないうえ当時住んでいたのはアパートだ。
帰る家もない。その親戚も八年ほど前に亡くなりその子供とは年賀状のやり取りを続けているぐらいだ。
どうして今になってこんな夢を見るのだろう。微睡みのなかギコは考える。
母親の事を思い出すのすら久しぶりなのだ。どうして母親なのだろう。
眠りの海から浮き上がる感じがする。覚醒が近いのだと悟る。母親の顔がぼやけて遠のいていく。
母親。そうだ、しぃは一時的に母親になったのだ。しかし妊娠をしただけでまだ生まれていない。
まだ生まれていない以上は生きていない。しかし妊娠しているのならばしぃの腹の中には命がある。
生の境目はどこだろう。受精した時点だろうか。妊娠した時点だろうか。子宮から出てきた時点だろうか。
一時的な母親。しぃは一時的にもあの母親と同じ立場となったのだ。すぐ中絶手術を受けるのに。
だからこんな夢を見たのだろうか。朝陽を浴びながらギコはそう考えた。
8
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:10:53 ID:q1JYs1Cw0
ベッドではまだしぃが眠っていた。いつもはしぃの方が起きるのが早い。
ギコが先に起きるのは珍しい事だがこれも夢のせいなのだろう。
カーテンを引くと複々線の東武スカイツリーラインの線路が見える。そこを日比谷線からやって来るグレーのアルミ製の車両が駆けていく。
あのつまらないデザインの車両は幼い頃に好きだったマッコウクジラの後継だそうだ。
まさに地下鉄らしい無機質な顔つきの車両が投入されマッコウクジラは活躍の場を失いギコの地元へ売られたのだ。
幼いギコを魅了した近未来的なデザインは鳴りを潜め、より機能的である事を求められているような車体で好きにはなれなかった。
しかしギコはあのつまらないアルミ製の車両で毎朝通勤をする。一時間後にはあれに乗らなければならないのだ。
(*゚ー゚)「おはよう、早いね」
しぃが起きてくる。昨夜はセックスをしてそのまま眠ってしまったので互いに裸だ。
(,,゚Д゚)「変な夢を見てな」
(*゚ー゚)「変な夢?」
(,,゚Д゚)「地元の夢」
(*゚ー゚)「それが変な夢なの?」
(,,゚Д゚)「もうあそこに帰る事もないだろうからな」
(*゚ー゚)「あぁ…」
9
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:12:18 ID:q1JYs1Cw0
妻は福井の実家へ帰った。帰る生家があるとはいいものだ。
皮肉混じりにギコはそう思う。逃げ場が確保されているのだから。
(*゚ー゚)「朝ご飯用意するね、シャワー浴びてきて」
(,,゚Д゚)「あぁ」
家を出ていつもの列車に乗るまでのタイム・スケジュールを頭の中で組み立ててギコはシャワーへ向かった。
マンションの隣を走っているのは東武線で、徒歩五分の急行停車駅である西新井駅と徒歩二分の各駅停車のみの梅島駅が選べる。
ギコの職場は上野にあってここからなら各駅停車に乗っていけばそのまま直通運転で日比谷線に入っていく。
通勤が楽であるというのがこのマンションを選んだ決め手の一つでもある。
梅島駅に着くといつもの各駅停車の列車がやって来る。あのつまらないアルミ製の車両だ。
東武線は浅草または北千住が起点であるが各駅停車は殆どが本線と別れて日比谷線へ向かう。
そのため行き先も埼玉の住宅街には似つかわしくない高級住宅街の中目黒という落ち着かないものだ。
もっとも中目黒の方では東武動物公園行きなど、どこの田舎なのだと言われているに違いない。
高架複々線が維持されアルミ製の車両は住宅街を抜けて荒川を渡る。
三階建ての北千住駅を出ると次第に地上へ降りて行き南千住駅から一気に地下に潜る。
古い隧道に入ればオフィスのある上野はすぐに着く。
10
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:14:48 ID:q1JYs1Cw0
(`∠´)「おはよう」
(,,゚Д゚)「おぉ、おはよう」
ゲートをくぐりエレベーターを待っていると後ろから同期のベルがやって来る。
同い年かつ同期で今では同じ部署で働いているので仲が良い。
ベルはまだ独身で葛西のアパートで一人暮らしをしている。
ギコが結婚しマンションを購入した際には随分と羨ましがられた。
(`∠´)「そうだ、お前昨日Facebook見たか?」
(,,゚Д゚)「いや?」
(`∠´)「なんだよ見ろよ。 フォックスの奴、子供が出来たんだってさ」
(,,゚Д゚)「へぇ」
フォックスも同じ同期だ。今は部署が違うが時折飲みに行ったりしている。
彼は去年結婚したばかりだ。その時はまだ別居する前だったのでギコは妻と一緒に披露宴に出席していた。
(,,゚Д゚)「もう出来たのか、早かったな」
(`∠´)「だろう、いいよなぁ」
(,,゚Д゚)「お前はまず相手探しからだろう」
(`∠´)「言われなくともやっているよ」
11
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:16:44 ID:q1JYs1Cw0
ベルはよく合コンに行っている。自分でセッティングもするし便乗したりもする。
交友関係が広くネタを多く持っているがどうやらなかなかそれが結実しないらしい。
(`∠´)「しかしお前は子供がなかなか出来ないよなぁ、結婚してからもう」
(,,-Д゚)「五年」
(`∠´)「五年な、五年。 なんで出来ないのかねぇ。 ちゃんとやっているのか」
(,,゚Д゚)「下世話な話だな。 言われなくともだよ。 俺が訊きたいぐらいだ」
ギコは妻と一年も別居している事をしぃ以外の誰にも公表していない。
仲の良い同期のベルも例外ではない。ひたすらに隠している。
妻が出ていったなど恥ずかしくて言い出せるはずがないのだ。
ベルなど親しい者も自宅マンションには招かないようにしている。
最近の同僚の披露宴に出席する際にも妻は体調不良なのだと言い張ってきた。
ここまで隠し通せたのは妻にギコの会社関係の友人が殆どいなかった事が大きい。
また妻がソーシャル・ネットワーキング・サービスを好んで使っていなかったため露呈される事がなかった。
それに当然ながらセックス・フレンドを妻の代わりに自宅マンションに住まわせているなど絶対に知られてはいけなかった。
(`∠´)「精子が死んでいるんじゃないのか」
(,,-Д-)「朝からやめてくれ、全く」
12
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:17:48 ID:q1JYs1Cw0
もし子供が出来ていれば妻と別居する事態は避けられたのではと今でもたまにギコは思う。
たられば論であるし結果論でもあるがそう考えざるを得ない。
妻とは四年も共にしたのに子供は出来なかった。しぃには子供が出来た。
どうしてうまくいかないのだろう。
週末になってギコはしぃと青山にある中絶手術を執り行っているクリニックを訪れた。
東武線急行中央林間行きに乗ると押上からそのまま半蔵門線に入り青山一丁目で降りる。
ホンダの車が展示されているビルを横目に青山通りを進んで狭い裏道に入る。
住宅街の中にタイル張りのクリニックは佇んでいた。目立たないよう存在を消しているかのようだった。
そこで診察を受ける。条件が揃っていれば今日にも手術出来るらしい。意外にもハードルは低く感じられた。
妊娠初期であるしぃはやはり比較的に簡単な手術で済むという。日帰りどころか三時間ほどで終わるのだそうだ。
更に妊娠初期である十二週を越えてしまうと手術方式も変わるうえに胎児の埋葬も必要になるという。
ならば早い内に済ませた方が良いという事でさっそく手術の予約をした。費用も十七万円ほどだ。
クリニックを出てほっとギコは息を吐いた。肩の荷が下りた気がした。
13
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:19:42 ID:q1JYs1Cw0
そのまま青山でランチをする事にした。あまり青山エリアには縁がないのだ。
神宮球場には何度もスワローズの試合観戦に行っているがそれ以外で立ち寄る事は少ない。
表参道などを含めてお洒落なエリアだなとぼんやりとした印象を持っている程度だ。
また青山通りに戻ると高級車が多く走っている。路肩にもレクサスが何台か路上駐車をしていた。
青山通りといちょう並木がぶつかる交差点にあるカフェが良さそうだったので入ってみる。
テラス席があり天気も良いのでそこに座る事にした。
ギコは長野の高校を出てから東京の大学に進んで一人暮らしを始めた。
キャンパスは御茶ノ水にあり借りていたアパートも総武線の平井だった。
大学の友人に連れられて渋谷や新宿、六本木の街にはよく繰り出して東京を実感したものだ。
しかし青山という高級エリアに近づく事は殆どなかった。長崎出身のしぃも同じくあまり来た事はないという。
しぃと出会ったのは妻がマンションを出ていって五ヶ月ほど経ってからだ。
ベルがセッティングし人数が足りないからと頼まれた合コンでしぃと出会った。勿論ギコは既婚者という事を隠していた。
更にベルに別居している事を隠したままで、その時は二つも嘘を重ねている状態だった。
そこでギコはしぃと出会った。妻が出ていき精神的に落ち込んでいたためにあっさりとギコはしぃを気に入った。
親密な関係になってからギコは自分の家庭状況を素直にしぃに話した。別居を話したのはしぃただ一人だ。
14
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:25:30 ID:q1JYs1Cw0
妻への当てつけがあったのかもしれないと、後にギコは考えたりもした。
諸都合で今のアパートから引っ越したいと言っていたしぃにマンションに来ないかと誘ったのだ。
妻が急に帰ってきたらだとかそんな事は考えなかった。もしそうなればいよいよ夫婦関係は修復不可能になるはずだ。
しかしギコは一人に戻って人肌恋しいと強く思う事が多かったのだ。
しぃは少し悩んでからマンションに住むと告げた。翌週には参宮橋のアパートを解約した。
マンションで同居するようになってからしぃは妻のように家事を受け持ってくれた。
まるで妻の代わりだった。
しぃは美人だった。合コンの席でも明らかに一番の美人だった。
ベルは今でもたまに食事に誘っているようだった。二人の関係は公言出来ないものなので仕方がない。
しぃは物分りが良くギコの家庭状況を理解して周囲に発覚しないよう務めていた。
またしぃは以前付き合っていた男にストーカー紛いの行為を受けていて引っ越したがっていた。
そのため事情を知っていた周囲の人間はしぃが突然引っ越した事に疑問を抱かなかったらしい。
(,,゚Д゚)「悪かったな」
(*゚ー゚)「え?」
(,,゚Д゚)「中絶」
(*゚ー゚)「あぁ、うん、仕方ないよ」
ランチのパスタが運ばれてくるので会話をやめる。さすがに聞かれて良い内容ではないだろう。
15
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:29:00 ID:q1JYs1Cw0
(*゚ー゚)「仕方ないよね、うん」
確かめるようにしぃは言う。
(*゚ー゚)「迷惑かけられないし」
しぃは短大を出て事務職として入社したが、後にストーカー紛いの行為をするようになった男と別れてから二年ほど勤めた会社を辞めてしまった。
同じ会社のいわゆる職場恋愛というもので別れてしまってからは気まずくて堪らなかったのだという。
それからはアルバイトで生計を立てていたが正社員時代と比べ収入は減ってしまった。
参宮橋のアパートは家賃も高く生活を圧迫しておりそれも引っ越したいと思わせる要因だった。
しぃとしても妻が出ていったギコのマンションは移り住むにはうってつけとも言えたのである。
勿論ギコは関係修復を望んでおり一時的なものだとしぃは十分に理解していた。
(*゚ー゚)「これからもよろしくね」
しぃ自身ギコに依存しているのかもしれないと時折考える。
住まいを提供してもらっているだとか環境以上に精神的に依存している気がする。
ストーカー紛いや苦しい金銭事情に悩まされていた時に出会ったギコは大げさに言えば救世主のようにも感じられた。
そもそもしぃは以前から依存体質であるのは自他ともに認める事だ。前のは依存する相手が恐ろしく悪かった。
しぃの出身は九州長崎である。ギコと違って実家はあるものの半ば出て行くように東京の短大へ進学したのであまり帰りたくはない。
今更実家に帰る事など出来ないのだ。まだ二十二歳だが地元ではろくな働き口はないだろう。
そのために東京での再就職を目論んでバイトをしながら資格取得の勉強をしているところだった。
もっと貯蓄があれば専門学校にでも通えたのにと悔やむ時もある。
その話をすればギコはもしかしたら学費を出してくれるのかもしれない。
業界では大手に分類される企業の本社勤務であるギコの収入は良い。
しかしそこまで欲張りな事は出来ない。ただでさえマンションに住まわせてもらっているのだ。
ギコにとっての一番でないにも関わらず。ギコにとっての一番。それは揺るがなく妻なのだ。
もしかするとギコにとっての一番になれば変わるのだろうか。
16
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:35:09 ID:q1JYs1Cw0
(,,゚Д゚)「どうした」
(*゚ー゚)「ううん」
それは無理だろう。しぃはパスタをフォークで巻く事に集中する。
しぃがやっぱり産みたいと言い出したのは手術前夜だった。それにギコはひどく驚いた。
食後にそれを打ち明けられたギコはぽかんと口を開けてしまった。
はじめどうしてしぃがそんな事を言うのか全く理解出来ないでいた。
(,,゚Д゚)「…何を言っているのか分かっているのか?」
(*゚ー゚)「うん」
(,,゚Д゚)「俺は結婚しているんだ、お前の妊娠を認められる訳がないだろう」
(*゚ー゚)「分かってる」
(,,゚Д゚)「ならなんで」
(*゚ー゚)「だって、私とギコとの子だよ。 みすみすなかった事になんて出来ないよ」
(,,゚Д゚)「だから早めに中絶しようって言っているんじゃないか。 幸いまだ妊娠初期なんだ。 また妊娠だって出来る」
17
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:39:52 ID:q1JYs1Cw0
しぃが二人の子供を、などと言い出すとは思わなかった。それほどに自分の存在が大事なのだとギコは知った。
正直なところギコにとってはしぃは妻がいない間の期間限定の暫定的なパートナーのつもりだった。
だから子供を作るつもりなんてなかったし、出来てしまった以上は素早く手を打つ必要があると思っていた。
二人の子供を産むというのはたとえこの後別れてもその関係が一生続くのだ。
関係ないと知らんぷりをしてもギコの子供がどこかで生きている事実はどこまでもなくならない。
ギコはそれがとても恐ろしい事に思えた。
(,,゚Д゚)「俺は結婚している、だから認知は出来ないぞ」
(*゚ー゚)「分かってる」
(,,゚Д゚)「このマンションを出て行けと言っても」
(*゚ー゚)「ギコがそう言うなら従う」
ギコは天を仰ぐ。頭上には東芝製の蛍光灯がリビングを照らす。
(*- -)「私ね、本当にギコが好きなの。 このマンションに住めばいいって言ってくれた時も嬉しかった。
妊娠したって分かった時も本当は嬉しかった」
ギコは言葉を探す。見つからない。
(*゚ー゚)「だから安心して、私はギコから遠いところでこの子と暮らす。 それなら大丈夫でしょう」
どうすればいいのだろう。うまくいかない。思い通りにいかない。
第一志望に受かり本社勤務となり結婚をしてマンションを購入するまでは順調だった。全てが順調だった。
妻が妊娠しなかった。愛想を尽かして出ていった。一年経っても帰ってくる気配はない。
代わりに住まわせたしぃは妊娠してしまった。堕ろす手配をしたのに今更産みたいと言う。
18
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:42:32 ID:q1JYs1Cw0
(,,゚Д゚)「なんでだ」
ギコにとってしぃは一時的な人間だった。
しかししぃにとってギコは一生の人間になってしまう。
(#,,゚Д゚)「なんでなんだよ!」
テーブルの上にあった灰皿を叩きつけた。床に当たって大きな音をたてて転がっていく。
しぃが肩を跳ねさせた。ギコは立ち上がってキッチンから包丁を持ちだした。
(;*゚ー゚)「ぎ、ギコ」
(,,゚Д゚)「堕ろせ」
(;*゚ー゚)「でも」
(,,゚Д゚)「今ここで腹を裂かれるか堕ろすかを選べ」
(;*゚ー゚)「そ、そんなの」
(#,,゚Д゚)「じゃあ腹を裂いて子供を出してやるよ!」
しぃに掴みかかって服を引きちぎった。綺麗な腹が出る。
僅かに腹が張っているような気がするが大きく膨らんでいたりはしない。
しかしこの先の人生を歪ませる存在が潜んでいるのだ。危険だ。
(;*゚ー゚)「や、やめて、おねがい」
(#,,゚Д゚)「じゃあ堕ろせ! 堕ろすと言え!」
(*;ー;)「お、堕ろすよ、堕ろす。 堕ろすからやめて、おねがい」
19
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:46:00 ID:q1JYs1Cw0
しぃは泣いていた。初めて見る涙だった。急に虚しくなってギコは包丁を置いた。
(*;ー;)「ごめんね…ごめん…ごめん…」
しぃは泣きじゃくっていた。身体を丸めて泣く姿はまるで幼子のようだった。とても醜かった。
前に聞いた話ではしぃはストーカー紛いの男と付き合っていた当時に暴力を受けていたらしい。
それが原因で別れる事となったがその後もストーカー紛いの行為が続いたのだという。
もしかすると当時を思い出したのかもしれない。トラウマが蘇ったのかのかもしれない。
(*;ー;)「ごめんなさい…ごめんなさい…」
(,,゚Д゚)「…ごめん」
幸薄い印象はあったがこんなにも弱い女だったのだ。ギコは脱力感のなかしぃを眺めていた。
セブンスターの箱を手繰り寄せ一本取り出して火をつけた。煙は虚空に消えていく。
翌日しぃは手術を受けた。掻爬法をいう方式で文字の通り子宮に器具を突っ込んで胎児を掻き出すのだ。
ものの数時間で手術は終わって呆気なく妊娠という事実は消えた。深々とギコは息を吐いた。
妊娠十二週以上だと掻き出された胎児は死体となるそうだが十二週未満なので廃棄物扱いになるそうだ。
これには様々な議論が交わされていて確かにどこからが命なのだろうとギコは不思議に思う。
少なくとも十二週を越えなければ生命としての扱いを受けないという事だろうか。
妊娠した時点で新しい命だと言う者もいるがまだ確定はしていないではないか。
ともかく中絶手術は完了した。これでひとまずは安心出来る。
20
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:48:28 ID:q1JYs1Cw0
その夜ギコは夢を見た。ぼんやりとした視界の中で誰かがこちらを見ていた。
それは子供だった。男の子だった。女の子だった。三歳児だった。十二歳だった。
その子供はぐにゃぐにゃと変形して姿を変える。
五歳のやんちゃな男の子。十歳の思春期の女の子。
十五歳の受験を控えた男の子。十九歳の夜遊びを覚えた女の子。
どれが本物なのだろう。本物はあるのだろうか。本物。偽物。
(*゚∀゚)「どれも本物の私だよ」
(,,゚Д゚)「誰なんだお前は」
(*゚∀゚)「僕には名前もないからなんと言えばいいんだろうね」
可愛らしい女の子で喋り、声変わりした低い声で話す。
言葉のたびに声は変わる。容姿は変わる。
(*゚∀゚)「ボクは今日死んだ君の子供だよ」
(,,-Д-)「…なんて夢だ」
写生大会で優秀賞を取った。
学芸会でお姫様を演じていた。
万引きをして店から連絡が来た。
自分のパソコンを欲しがっていた。
粉薬を飲むのが苦手で泣いていた。
自転車の補助輪を取って怪我をした。
徒競走で追いつける者はいなかった。
視力が落ちたので眼鏡を作りに行った。
ソフトボール部がない事を残念がっていた。
ジャングル・ジムから落ちて骨折してしまった。
地区のリトルリーグで四番打者を任されていた。
車酔いが激しくて学校のバス移動が憂鬱だった。
初恋の相手は幼馴染みと付き合い一人で悲しんだ。
男子と取っ組み合いの喧嘩をして見事に勝利を収めた。
ブック・オフで一日中立ち読みをしているのが好きだった。
初めてマンションに付き合っているのだと彼氏を連れてきた。
21
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:51:12 ID:q1JYs1Cw0
景色が目まぐるしく変わる。情景がぐるぐる廻る。
高速でプラネタリウムを見ているかのようだった。
走馬灯のようにアルバムの写真を駆け巡る。
そのたびに容姿を変える。成長しては退化する。
髪がぼさぼさの大学生になり泣くしかない乳児に戻る。
自分で車を運転して初めての一人の列車利用に緊張する。
(*゚∀゚)「全部俺の可能性だ」
名もない彼は語る。
(*゚∀゚)「どの未来も存在しえた自分なの」
名もない彼女は話す。
(*゚∀゚)「僕がこの世に存在さえすれば」
(,,゚Д゚)「お前はまだ生まれていない」
(*゚∀゚)「でも妊娠していたんだよ」
(,,゚Д゚)「生まれていない以上は存在していない」
(*゚∀゚)「お母さんのあそこから胎児がばらばらに掻き出されたんだぜ」
(,,゚Д゚)「十二週未満は廃棄物だ。 死体にもならない。 命ではないんだよ」
(*゚∀゚)「あたしの未来はなくなってしまったの」
(,,゚Д゚)「お前は存在してはいけないからだ」
22
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:54:54 ID:q1JYs1Cw0
(*゚∀゚)「私は」
(#,,゚Д゚)「人の夢なのに図々しく居座るんじゃねぇ!
夢のくせにふざけやがって!」
じれったくてがむしゃらに腕を振り回す。
繰り返し変化する情景がさぁっと消える。
容姿を変える彼彼女が霧散する。
意識が急速に浮き上がる。
(,,゚Д゚)「…」
見慣れた天井だった。隣ではしぃがまだ寝ていた。
大きくギコはため息をついた。
(,,-Д-)「…本当に、なんて夢だ」
中絶手術をしてもまたきちんと妊娠は出来ると説明された。ギコとしてはしぃにはいつか本当のパートナーと出会って授かって欲しいと思う。
再びセックスを出来るようになるまでは二週間ほどかかるらしい。元はセックス・フレンドであったがセックスは暫く出来ない。
元々はそういう関係であった。しかし子供を産みたいと告げた時にしぃはギコの事を本当に好きだと言った。
ドライな関係とも言えるセックス・フレンドであったはずだ。妻がマンションを出ている間の一時的な関係であったはずだ。
しぃは気が利くし結婚でもすれば良い妻となるだろう。共に暮らしていてもストレスをあまり感じない。
だからこの関係は終わらせた方が良いのではとすら思う。このままずるずる続けて良いものではない。
ただすぐにしぃをマンションから追い出すというのは忍びない。それではあまりに可哀想だ。
そもそも以前付き合っていた男にストーカー紛いの行為を受けていて他の場所に引っ越したがっていたのだ。
そんなしぃを再び野に放つのは酷であろう。そんな冷酷な事をしたくはない。
23
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 02:58:48 ID:q1JYs1Cw0
しかし肝心の妻は帰ってくる気配はない。更に連絡すら取れない。福井の実家にいる事は確かだが電話に出ない。
当然妻の携帯電話にかけても着信拒否をされていて太刀打ち出来ない。妻の気が変わらない限り話す事も出来ない。
妻の地元で知り合いを作っておくべきだった。そうすれば独自のルートで連絡を取れたかもしれない。
実家に直接行ってしまう手もあったが実行出来ずに一年以上が経過してしまった。
妻の実家がある福井は遠い。
両親に挨拶に行った時は東海道新幹線を米原まで乗り北陸本線の特急に乗り換えた。
北陸新幹線が開通したが暫定的に金沢までであり、福井は取り残されている。
金沢から先はまだ開通まで時間がかかるし大阪方面はルートすら決まっていない。
福井にはまともな空港がなく石川にある小松空港が近いぐらいだ。
夫婦関係瓦解の決定打はとある大喧嘩だった。妻の機嫌はいつまで経っても直らず遂に荷物をまとめて出ていった。
そうなる前から妻とは些細な言い合いが増えていた。それは性格の違いや価値観の差によるものだった。
交際中はそんな隙間は互いの協力や歩み寄りで容易に埋められるものだと本気で考えていた。
しかし結婚して時間が経ち新鮮味が薄れていくと共にその隙間は溝となり大きな亀裂となってしまった。
24
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 03:00:36 ID:q1JYs1Cw0
思い切ってローンを組んで購入した西新井の新築マンションも妻と取り留めておく事は出来なかった。
初めて現地へ訪れた時は白亜の城かと思ったほどだ。子育てファミリー向けという説明にも胸が高鳴った。
かつて東武線の車両工場があった広大な土地に建設された大型マンションで七百三十八戸も用意されている。
すぐ脇を複々線の東武線が駆け抜けて駅へのアクセスも良好で都心に近い大規模マンションとしては極めて良い環境にある。
白いマンションが線路に向かって一部屋ずつ段々に突き出していていく様は圧巻である。美しいの一言に限る。
その佇まいはスペイン・アンダルシアの地中海の白い村として有名なミハスを彷彿とさせた。
ここで新たな人生が始まるのだと思った。幸福な家庭を築いていけると確信していた。
窓を開けて東武線の複々線を眺める。すぐそばの線路をグレーのラインカラーを身に纏った日比谷線の車両が駆けていく。
幼少時に好きだったあの近未来的なマッコウクジラを追い出したアルミ製のつまらない車両。
あそこにマッコウクジラが走ってくればきっと童心に帰るのだろうとギコは考えた。
小さい頃の自分の姿が見えた。ギコはこれが夢なのだと理解する。最近よく夢を見る。
小学校に上がる頃。よく駅に行って休むマッコウクジラを見に行った。かつての幸せな記憶。
しかし次第にそれは自分を俯瞰で見ている夢ではないと気づいた。これは母親の視点だ。
まだ小さいギコの手を取り駅までの道を歩く。母親はいつもパートに出ていた。
一週間のうち日曜日だけが休みでその日はギコが母親を独占出来る日であった。
こうしてよく休みの日に駅に連れて行ってもらっていたのだ。
父親はおらず貧しい家であった。そのため遊園地など行った事がなかった。
しかし当時のギコはそうしてマッコウクジラを見に行くだけで十分だったのだ。
25
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 03:04:30 ID:q1JYs1Cw0
ギコが産まれる。狭い病院でまだ猿みたいなギコの頬を撫でる。
乳をやると吸い付いてそれを飲む。おむつを交換してやる。
自分で歩けるようになる。言葉を話せるようになる。
外に遊びに行くようになる。三輪車に乗れるようになる。
夜泣きをすれば眠るまで頭を撫でてあやしてやる。
保育園に預けるとはじめは泣きじゃくって離れられない。
特定の友達が出来て一緒に遊ぶようになる。
ギコが小学校に上がる。新品ではないランドセル。泥のついた運動靴。
名前のゼッケンを体操服に縫い付ける。漢字ドリルや宿題を見てやる。
友達と遊びに行くからと自転車をねだられ無理をして買ってやる。
補助輪を取る練習に付き合う。擦りむいた膝を消毒して絆創膏を貼る。
家庭科の授業で作ったいびつなナップサックを受け取る。
買い食いを咎める。悪い友達との付き合いを注意する。
家に連れてきた女の子との関係をそれとなく訊いてみる。
学校での話。今日何があったか、どんな話をしたか。他愛もない話。
中学校に上がったあたりに病気で亡くなるまでの限られた時間。
当然のものだと思っていた母親との時間。当たり前だと思っていた母親の存在。
母親の視点は常に自分にあった。温かく見守っていた。
どうしてまた母親の夢を見るのだろう。遠い過去の記憶の話なのに。
やはりしぃが一時的に母親になったからだろうか。一時的なのに。
(*゚∀゚)「お母さん」
まただ。ギコは顔をしかめる。
26
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 03:07:03 ID:q1JYs1Cw0
(*゚∀゚)「あたしのママ」
(*゚∀゚)「僕のお母ちゃん」
(*゚∀゚)「私のお母さん」
(*゚∀゚)「俺のお袋」
(*゚∀゚)「どうして?」
(,,゚Д゚)「出てくるな」
(*゚∀゚)「貴方はお母さんに愛されたのに、どうして?」
(#,,゚Д゚)「出てくるな!」
彼彼女に飛びかかる。それは消えてしまう。
(*゚∀゚)「産まれたかった」
(*゚∀゚)「生きたかった」
(*゚∀゚)「存在したかった」
(*゚∀゚)「どうして」
(#,,゚Д゚)「うるさい! 夢のなかの分際で! 黙れ!」
(*゚∀゚)「どうして?」
(*゚∀゚)「どぉして?」
27
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 03:08:52 ID:q1JYs1Cw0
(#,,゚Д゚)「黙れ! 黙れ! 黙れ!」
(*゚∀゚)「どうし(#,,゚Д゚)「うるさいんだよ!」
夢をかき消す。夢を吹き飛ばす。夢を叩き潰す。夢を殴り殺す。夢を消失させる。
どうして? 声だけが残る。
どうして?
どうして?
どうして?
どうして?
どうして?
どうして?
どうして?
(#,,゚Д゚)「うるせえええええんだよおおおおおおおお!」
隣でしぃが飛び起きた。目を擦りながらギコの方を見た。ギコはひどい汗をかいていた。
(;*゚ー゚)「ギコ…?」
(,,゚Д゚)「いや…ごめん」
(*゚ー゚)「夢?」
(,,゚Д゚)「あぁ…」
ギコは顔を覆った。大きくなった手から吐き出される息が漏れる。
28
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 03:15:13 ID:q1JYs1Cw0
(,,゚Д゚)「夢だ…」
煙草を吸いたい。セブンスターの箱を開けるが中は空で壁に投げつけた。
(*゚∀゚)「人には無限の未来がある」
(*゚∀゚)「幾つもの分岐点から何十何百もの未来が続いている」
(*゚∀゚)「分岐を繰り返して繰り返して膨大な数の未来が待っている」
(*゚∀゚)「ぼくにも無限の未来があった」
(*゚∀゚)「Jリーガー」
(*゚∀゚)「消防士」
(*゚∀゚)「お笑い芸人」
(*゚∀゚)「アナウンサー」
(*゚∀゚)「宇宙飛行士」
(*゚∀゚)「看護師」
(*゚∀゚)「作詞家」
(*゚∀゚)「女優」
(*゚∀゚)「プロドライバー」
(*゚∀゚)「ケーキ屋さん」
(*゚∀゚)「美容師」
(*゚∀゚)「新幹線の運転士」
(*゚∀゚)「専属モデル」
(*゚∀゚)「イラストレーター」
(*゚∀゚)「教師」
29
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 03:17:05 ID:q1JYs1Cw0
(*゚∀゚)「どんな未来があっただろう」
(*゚∀゚)「どんな未来もあった」
(*゚∀゚)「生きてさえいれば」
(*゚∀゚)「産まれてさえいれば」
(,,゚Д゚)「お前らはなんだ、わざわざ人の夢に説教しに来てるのか」
またこの夢が。うなされている。うんざりだ。ギコは呻く。
(*゚∀゚)「私は生きたかっただけ」
(*゚∀゚)「俺はただ存在したかっただけ」
(,,゚Д゚)「それで人の夢にまで出てきやがるのか」
(*゚∀゚)「お父さんだから」
(*゚∀゚)「お父さんだから」
(*゚∀゚)「お父さんだから」
(,,゚Д゚)「やめろ」
お父さん。
(,,゚Д゚)「お父さん…」
30
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 03:19:05 ID:q1JYs1Cw0
しぃが一時的に母親となったと解釈するのならばギコも一時的に父親になったのだ。
父親。いつかなるものだと思っていた父親。妻と家族設計を語り合ってもなれなかった父親。
高校二年の春に初めてセックスをした時からぼんやりと考えていた父親になるという事。
避妊をせず妻の膣内に初めて射精した時にもしかするとこれで父親になるかもと考えた。
父親にはならなかった。なれなかった。妻との間に子供は出来なかった。しぃには出来た。
父親になった。なってしまった。なってはいけなかった。妻との関係を修復するには許されなかった。
認める訳にはいかなかった。しぃの腹の中に蠢くその存在を認める訳にはいかなかった。
(*゚∀゚)「お父さん」
(*゚∀゚)「親父」
(*゚∀゚)「父ちゃん」
(*゚∀゚)「パパ」
(,, Д )「やめろ」
真新しい高校の制服に袖を通して、汚れた作業着を着て、河川敷でグローブを持って、くまのぬいぐるみを抱えて、彼彼女はギコを呼ぶ。
(*゚∀゚)「どうして? お父さん?」
(,, Д )「うるさい」
(*゚∀゚)「どうして私を殺したの?」
(*゚∀゚)「どうして俺を殺したんだよ?」
(*゚∀゚)「どうして僕を殺しちゃったの?」
(*゚∀゚)「どーして殺したの?」
31
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 03:20:59 ID:q1JYs1Cw0
(#,,゚Д゚)「邪魔だったからだよ! 認める訳にはいかなかったからだよ! お前らはエラーだったんだよ、望まれなかったんだよ」
(*゚∀゚)「望まれなかった」
(#,,゚Д゚)「そうだよ、邪魔しやがって! もう出てくるな!」
彼彼女が消える。霧が晴れる。
窓の向こうを急行列車が横切って行く。明るい室内灯が照らす車内には立ち客もいる。
二十時過ぎの下り列車はまだ帰宅ラッシュから抜けられていない。
その後に追いかけるように隣の線路を各駅停車が走っていく。
このマンションを購入するに当たって妻は線路が見えるのはいいねと太鼓判を押していた。
妻の福井の実家のすぐ近くにも地方私鉄の線路があった。どこか落ち着くのだろう。
それはギコも同じであった。思い返せば幼少時にマッコウクジラを見るのが好きだったからだろう。
(*゚ー゚)「なぁに?」
夕食の洗い物を終えてしぃが戻ってくる。ギコは窓から離れてソファーに座った。
早かれ遅かれ到達する事は分かっていた結論だ。しぃとて理解しているだろう。
(,,゚Д゚)「やっぱりこの関係を続けるのかよくないと思うんだ」
しぃが返事に臆する。その切り出しで次の言葉を考えたようだった。
32
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 03:22:27 ID:q1JYs1Cw0
(*゚ー゚)「ギコ…」
(,,゚Д゚)「別れよう」
今度こそしぃは言葉を失う。ギコは唇を噛んだ。静寂が生まれた。
(,,゚Д゚)「俺が悪い」
弁解するようにギコが口を開いた。
(,,゚Д゚)「あいつに出て行かれて、自棄にもなっていた。 本来よくない事だと分かっていた」
しかし思いつくのは言い訳ばかりだ。
(,,゚Д゚)「一人は辛い。 そこでお前と出会った。 ちょうどいいって思った」
妻が出ていったマンションを埋める存在。セックスする相手を埋める存在。開いた穴を一時的に埋める存在。それがしぃだった。
(,,゚Д゚)「だけどこのまま関係を続けていたら互いにだめだ。 お前を妊娠までさせてしまった。 最低だ」
(*゚ー゚)「…そうじゃないんだよ」
しぃがようやく喋る。そうじゃない、その意味がギコには分からなかった。
(*゚ー゚)「…いいよ、大丈夫。 私もちゃんと分かってた。 奥さんが帰ってくるまでに間だけだって」
しぃは笑ってみせる。それにギコは安心する。
(*゚ー゚)「ギコの一番にはなれないもの。 分かってたよ」
33
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 03:24:36 ID:q1JYs1Cw0
(,,゚Д゚)「…すぐに出て行けって訳じゃない。 あのストーカーの元カレの事もあるし仕事の事もある」
(*゚ー゚)「うん」
(,,゚Д゚)「落ち着いたらでいいんだ。 だからその日まではこれまで通り」
(*゚ー゚)「うん」
どうせまだ妻は帰ってこない。しぃとの関係を今すぐ断ち切る必要はない。
しかしその関係は永遠ではないという事の確認、約束。その宣言。
いずれそう宣言する日は来たはずだ。避けては進めない事だ。
これでいいんだ。ギコは思う。互いに前に進めればいい。
海と山に挟まれ坂の多い街だった。限られた土地に詰められて建物が並んでいた。
港には船が何隻も停泊していて湾の入り口には大きな橋が架かっていた。
大きな頭端式ターミナルの駅がこの街と外の世界を結ぶ玄関口だった。
街中を縦に横に線路が伸びて単行の路面電車が街を駆け抜けていた。
国道沿いの終点の小さな電停で線路はぷっつりと途切れていた。
線路の下には小川が流れていてその上でボギー車の路面電車が発車時間を待っていた。
34
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 03:26:41 ID:q1JYs1Cw0
見た事のない街。訪れた事のない街。話で聞いていた街。しぃの生まれ故郷。長崎。
高校卒業までの十八年間をしぃはこの街で過ごした。
しぃのルーツや思い出が詰まった街だ。
これまで行った事がなくこの先も行く事のないだろう遠い街。
しぃのいた街。しぃの物語が紡がれた街。
幼稚園でのしぃ。小学校でのしぃ。中学校でのしぃ。高校でのしぃ。
内気なしぃ。演劇の上手なしぃ。男子に告白されたしぃ。
数学が苦手だったしぃ。化粧を覚えたしぃ。バイトをするしぃ。
十八年間のしぃが坂の多い街に現れては消える。成長して退化する。
小学校の卒業式で、中学校の卒業式で、高校の卒業式で写真を撮るしぃ。
卒業アルバムに寄せ書きをする。また遊ぼうね。メールするね。東京に行っても頑張ってね。
笑顔ばかりのアルバムに文字が連なる。別れの言葉、不滅の友人関係を誓う言葉、送り出す祝福の言葉。
アルバムがめくられる。しぃのページ。将来の夢。お嫁さん。しぃははにかむ。
お嫁さん。そこで映像は途切れた。将来の夢。お嫁さん。
どんなお嫁さんだろう。どんな夢を抱いていたのだろう。
お嫁さん。しぃは妊娠をした。お嫁さんではなかった。
一番にはなれなかった。お嫁さんにはなれなかった。
祝福されなかった。誰からも祝福されなかった。世界から祝福されなかった。
35
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 03:29:00 ID:q1JYs1Cw0
しぃは冷たい手術台の上で足を開かれ寝かされていた。
ギコがいつも顔を埋め舐め回す秘部が露になっていた。
そこに金属の器具が填め込まれて強制的に秘部が開かれる。
ぐっと開かれた秘部からは身体の中身が見えてしまいそうだった。
そこに長細いハサミ状の器具が挿入される。子宮の中に入って胎児を見つける。
真っ赤な胎児は不完全ながら人間になりつつある。ぶにぶにの出来損ない。
まるで化物のように感じられた。
(*゚∀゚)「あぁ、僕は死ぬ」
(*゚∀゚)「あぁ、私は掻き出されて死ぬ」
(*゚∀゚)「あぁ、俺は吸い取られて殺される」
(*゚∀゚)「あぁ、あたしは砕かれて殺される」
ハサミ状の器具が胎児を切り取り掻き出す。出来上がりつつあった身体が崩れる。
小さい手が掻き出される。小さい足が掻き出される。小さい腹が掻き出される。小さい頭が掻き出される。
顔として完成しなかった頭部が器具で運ばれる。無限の可能性が摘み取られる。存在を捨てられる。
(*゚∀゚)「あたしばらばら」
(*゚∀゚)「ぼくばらばら」
(*゚∀゚)「オレばらばら」
(*゚∀゚)「わたしばらばら」
36
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 03:30:09 ID:q1JYs1Cw0
(,, Д )「やめろ…」
(*゚∀゚)「ばらばら」
(*゚∀゚)「ばらばら」
(*゚∀゚)「ばらばら」
(*゚∀゚)「ばらばら」
(*゚∀゚)「「「「ばらばら」」」」
(,, Д )「やめろやめろやめろおおおおああああああああ!」
携帯電話が鳴っていた。
朝だった。
顔は汗か涙かよく分からないもので濡れていた。
アラームではなかった。
着信だった。
携帯電話を取る。
隣にしぃはいなかった。
着信はしぃからだった。
嫌な予感がした。
電話に出た。
37
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 03:33:58 ID:q1JYs1Cw0
(,,゚Д゚)「もしもし」
『ギコ』
穏やかな口調だった。
(,,゚Д゚)「どこにいるんだ、こんな早い時間に」
『ごめんね』
ギコの質問を無視してしぃは謝った。
『分かってたんだ。 一番にはなれないって分かってたんだけどね』
(,,゚Д゚)「どうしたんだよ」
『私ね、昔からの夢がお嫁さんだったんだ』
知っている。さっき見てきたところだ。
『ごめんね』
(,,゚Д゚)「おい、どうしたんだよ、今どこにいるんだ」
『窓を開けて』
言われた通りにカーテンを引き、窓を開ける。新しい朝を迎えた街。視界を複々線の線路が横切る。
駅の方を見ると先端に女性が立っている。見慣れたその姿。しぃだった。
(,,゚Д゚)「そんなところで何をしているんだ」
38
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 03:36:35 ID:q1JYs1Cw0
返事はない。窓の向こうでしぃが駅のホームから線路に降りる。
複々線の線路をマンションの方へ歩く。その行為が信じられなかった。
ギコは叫ぶ。
(;,,゚Д゚)「やめろ、今すぐ戻れ! しぃ!」
『ごめんね』
謝罪だけが帰ってくる。しぃがマンションの前に着いてこちらを見る。
けたましい音が聞こえる。下り快速列車が猛スピードで突っ込んでくる。
警笛をありったけ慣らし急制動をかけているがものすごい速さでしぃに接近する。
『さよな
轟音と共に普通鋼の列車がしぃに激突した。
衝撃でしぃの身体が飛散する。引き千切られ弾け飛ぶ。
しぃの手がしぃの足がしぃの腹がしぃの頭が飛ぶ。
血肉と脳漿を撒き散らしながらしぃは分解されて空を舞う。
しぃの身体を粉砕してようやく列車は止まった。
マンションの住人が音を聞いて窓を開けたりベランダに出たりした。
真っ白なマンションには不釣り合いなどす黒い血に悲鳴が上がった。
しぃは普通鋼の列車で死んだ。解体されて殺された。ばらばら。
(*゚∀゚)「ばらばら」
(*゚∀゚)「ばらばら」
(*゚∀゚)「ばらばら」
(*゚∀゚)「お母さんばらばら」
(*゚∀゚)お母さんばらばらのようです
39
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 04:19:13 ID:EZ.S0CK20
乙
自分を含め、ギコはあまりに人の情を軽く考えすぎたな
性別を持たない夢の子どもの言葉が切ない。
40
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 04:21:34 ID:phj1lKjU0
乙
ハートフルって何だよハートフルボッコかよ
41
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 09:40:20 ID:zAmz//0c0
誰も幸せになれないなあ
表記詐欺はやめろとあれほど
乙
42
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 10:34:23 ID:RxspNcUU0
もうハートフルには騙されんぞ!
乙
43
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 23:04:56 ID:wpcGs...0
乙
あれだろ?ハートフルってhurtfulの方なんだろ?
44
:
名無しさん
:2016/08/13(土) 23:49:52 ID:Ar2IvPig0
おつ
ハートフルのハートがつめたい
45
:
名無しさん
:2016/08/14(日) 01:25:48 ID:azNJFCWw0
ありがとうございます
ウソハートフルダメゼッタイ!
ろうそく消し忘れたので消しておきます
(
)
i フッ
|_|
46
:
名無しさん
:2016/08/21(日) 10:44:32 ID:gB9y5TZc0
乙
悪い予感はしてたけど、この結末...
ギコも子供のころはあんなに輝いていたのに、どうしてこんなことに
47
:
名無しさん
:2016/08/27(土) 06:43:51 ID:a2JN7blI0
乙
つーが怖いが哀しいな
48
:
名無しさん
:2024/10/06(日) 01:43:45 ID:mfvlVueU0
乙乙
うわー!怖かった焦らされるように進むストーリーが本当怖かった!!
しぃは子供を失った悲しみもあるけど、警察に自分の身元を調べさせてギコも一生子供を持てないように仕向けようとしたのかもしれないな…
しぃは独占欲とか成敗とか、色んな気持ちが混じってたんだろうなと思いました
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