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Where is my boogie? のようです
53
:
名無しさん
:2016/07/16(土) 23:54:52 ID:Mq5XM1dw0
ある時、俺は酷い困窮状態に陥った。
先日辞めたバイトの貯金がいとも簡単に尽きてしまい、加えて金を貸していた友人が返済期日の当日になって音信不通になったのだ。
今思い返すと色々なものを甘く見積もりすぎていて間抜けの極みであると言わざるを得ないのだが、
当時の無職ボケしていた俺には完璧にいくはずだったプランだった。
所詮返済される金と、おおよそそれまでには働いているだろうという見積もりで考えていた甘い目論見が見事に崩れ去ったという間抜けな話である。
さてどうするかと俺は思案していた。
返済期間は迫っているし、かと言って親に借りる事は出来ない、というより無理だ。
足りない脳みそをフル回転させる。
すると俺はあることを思い出した。
そう、例の晒した通帳だ。
これまでに行っていた放送でもその発言をしたであろうリスナーに振り込んだという旨のコメントを何度か残されていたが、
俺はいつもの煽りであるとか、ふざけた内容なんだろうとあまり深く考えてはいなかった。
54
:
名無しさん
:2016/07/16(土) 23:55:48 ID:Mq5XM1dw0
藁にもすがる思いでその通帳を握りしめて近所のATMに駆け込み記帳する。
すると、2桁しか無かった残高が6桁に変わっていた。
しかも1人、2人では無く複数人から細かい金額が振り込まれていたのだ。
すぐに引き降ろして家に帰った。
その時からだった。
もっと人を集めるためにはどうするべきか、
他にもっと稼げる方法は無いのか、久々に真剣になって勉強を始めた。
俺は腹を括ったのだ。
ネットという檻に囲われた見世物になる事に。
55
:
名無しさん
:2016/07/16(土) 23:56:37 ID:Mq5XM1dw0
(´・ω・`)「(俺は暇つぶししてるだけで、ちょっと過激な事を言っただけで金をくれる)」
(´^ω^`)「(こんなに楽チンな事ってあるだろうか!
やっぱ大学なんて金の無駄だってハッキリ分かんだね)」
昔から面倒くさがりな性分であった俺が、金を稼ぐために必死の努力をした。
地味に宣伝を繰り返し、マメに投稿や配信を繰り返す。
そして所々で過激な発言を入れたり行動を入れる。
これだけでリスナーはぐっと増える。
いや、リスナーと言うよりは、見世物小屋へ興味本位で見に来る奴らと言う方が正しいか。
(´・ω・`)「ハイ論破、もうちょっと勉強してこいや中卒wwww」
最近では喧嘩腰でスカイプ通話をしてくる奴を適当にいなして遊んでいる。
56
:
名無しさん
:2016/07/16(土) 23:57:41 ID:Mq5XM1dw0
詭弁でも何でもいい。
大体の人間は勢いとオラオラな姿勢だけでやってくるから、まともに会話しようとしてはいけない。
だからこういう場では高圧的な口調とそれっぽい事を言う。
そして相手より上の立場を取る。
そうすればあとは理論性とか調合性とかはどうでもいい。
マウンティングできれば、あとは適当に殴ってもダメージを与えられる。
こういうのは一方的に殴られる人間を見たい奴らが集まってくるだけなのだから。
そして、そんな会話を繰り広げる俺たちを見下して、優越感に浸りたいだけなのだ。
そちらがそう言う気持ちなら、こちらもそれを存分に使わせてもらうのが道義ではないだろうか。
具体的に言うならば、金をそいつらに如何にバラ撒かせるか、それだけをただ見据えて動くのである。
57
:
名無しさん
:2016/07/16(土) 23:58:47 ID:Mq5XM1dw0
だがそれも最近は疲れてきた所がある。
ある程度俗に言う『信者』を獲得し、
定期的な貢物(それは金銭であったり物資であったり様々であるが)
を得る事が出来た俺は張り詰めていた気持ちが少し緩んできたのかもしれない。
そんな自分を正すために、久々に外で配信をやる事に俺は決めた。
外配信は必然的にスリルがある。
何が起こるか分からない。
ハプニングを引き起こす事もある。
だからこそ面白い。
でも、延々と続けるつもりでやっているほど馬鹿じゃない。
(´・ω・`)「いずれコンテンツは飽きられる時が来る」
(´・ω・`)「それは避けられないし当然の出来事だ」
(´・ω・`)「それまでに俺は金を毟り取らなければいけないんだ」
ゴロンと、倒れ込んだベッドの上で寝返りを打つ。
58
:
名無しさん
:2016/07/16(土) 23:59:43 ID:Mq5XM1dw0
世の中の人間から見たら俺は何に見えるだろうなんて、考える事がある。
そんな時にあれやこれやと普段回さない頭で必死に考えてみるのだが、いつも同じ結論にたどり着く。
『クソ野郎』である。
これで何回目だろうという結論を頭の中で出した俺はフッと思わず息を吐いて笑ってしまった。
そして起き上がって、冷蔵庫へと向かう。
酒だ。酒を飲みたいのだ。
(´・ω・`)「たしか〜この前信者クンから送ってもらったヤツが〜」
(´・ω・`)「……ちぇっ、この前の配信の時に飲みきっちゃったか」
本当に欲しい時、こういう時に限ってモノが無い。
普段余計な時にはあるのに。
つくづくタイミングが悪いと言うか、なんかこういうモノは俺と一緒だ。
59
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:02:20 ID:Gv6jsmKA0
まぁいい。
こういった普段の行い1つも動画のネタに出来る事が良いところだ。
それでも『目立つ』という事はとてもシンプルで、とてもハードルの高い行為である。
何か意図的なトラブルを起こす必要性も少し考えた。
テーブルの上に置いていた財布を部屋着の後ろのポケットに突っ込み、とりあえず近所のコンビニへ向かうことにした。
玄関のドアを開けると目の前の廊下が水浸しだ。
どうやら強い風と通り雨が先ほどまで降っていたようだ。
(´・ω・`)「こういうしょーもない事ばっかりタイミングがいいから嫌になる」
俺は目の前の水溜りをピョンと飛び越し、なるべく水を跳ねさせないように、ゆっくりと、それでいて慎重に廊下を歩いた。
そしてスマートフォンの配信用アプリを起動する。これからまた配信が始まる。
(´・ω・`)「こんばんび〜♪」
数十人が、また明かりのついた俺の見世物小屋へとやってきた。
俺はそれを見てまたニヤリと笑うのだ。
『また金の元が増えた』
60
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:02:56 ID:Gv6jsmKA0
──【 素直 空 (24) 女性 】
.
61
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:04:26 ID:Gv6jsmKA0
川 ゚ -゚)「〜♪」
私の足取りは久々に軽やかだった。
ここ数日の間、一心に抱えていた悶々とした不安を晴らすことが出来ると思うだけで、心が弾む。
毒田独雄、ここではあだ名であるドクオと呼ぶが──
彼は私にとっての精神安定剤である。
もちろん、身体的・精神的な依存という恋人的な安定を彼から得ているわけでは無い。
ドクオは私の全てを肯定してくれる。
誰しも他人から自分から否定される事、そして生きている中で生まれる違和感や恐怖などを回避して生きたいはずだ。
そんな時、誰かに自分の考え、もしくは行動を受け入れてもらう事で安心を得ることを求める。
ドクオは私の全てを否定しない。
真剣に聞いて私についての否定や提案なんていらない。
真面目な人生相談員なんてそんな時の私にはいらない。
62
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:05:43 ID:Gv6jsmKA0
とめどなく話す私の不安や愚痴を受け止め、ウンウンと頷き、ただ正しいよと言ってくれるだけで良い。
そんな人間が存在すると思うだろうか?
実際、ドクオはそう言う人間なのだ。
彼に初めて出会ったのは高校の部活動で、
緩い緩い先輩たちに囲まれていた文芸部の隅っこで、小さく縮こまっている人というのが最初の印象だった。
私にとってここにいる人たちは物珍しい存在だった。
今まで周りにいる人間たちはいつだって本を知らない人間たちだったから。
活字よりは漫画を愛し、文に目を通すのは国語の教科書くらいの友人くらいしかいなかった。
私も精々その時に流行っている書籍に目を通すくらいのもので、積極的に読もうとなんて思わない人間だった。
63
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:07:46 ID:Gv6jsmKA0
そんな私が何故文芸部に入ったかと言えば、
単に上手いことサボれて楽の出来る場所に居たかっただけである。
先輩たちも緩いといえば聞こえがいいが、
物静かで大人しめな、俗に言うオタクの集まりが彼らであったから、私がサボったとしても強く言えないだろうという短絡的かつ酷い思考だ。
その中でも彼は極めて異質だった。
常に彼の傍らには文庫本とハードカバー本が積み重なっていて、
背表紙は常に違うものへ変わっているのが分かったから、常に本を読んでいるのだろう。
ライトノベルやアニメの話で溢れる人々の中で彼は小説、特に古い純文学を好んで読んでいる。
地味で浮かない彼が孤立して更に空気と化しているのが部室での常であった。
64
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:08:49 ID:Gv6jsmKA0
川 ゚ -゚)「君はいつも何を読んでいるの?」
最初は興味本位だった。
隅の方で常に活字と向き合っているだけの彼というのがどんな人物なのか、気になったのだ。
('A`)「……僕はね、遠藤周作が好きなんだ」
意外と返答に戸惑いは無かった。
私は更に言葉を続ける。
川 ゚ -゚)「遠藤周作? 聞いたこと無いなぁ」
('A`)「有名な小説家なんだ……」
そう言って彼は普段の姿からは想像できない饒舌さで語り始めた。
『沈黙』がどうの。
『海と毒薬』がどうの。
そして『キリスト教が遠藤周作に』どうの。
65
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:11:48 ID:Gv6jsmKA0
私は彼の話を黙って聞いては時々頷いてあげた。
自分の語るものを静かに聞く事、それが下手な会話よりも心に響くのは自分の経験でもよく分かっているから。
案の定彼は一通り話し終えると、満足した表情で私に問いかけてきた。
('∀`)「君はどんな本を読むの?」
と。
私は無知を隠すことなく彼に本を学んだ。
そして彼は私に対して好意を持ったのであろう、それ以降頻繁に話しかけてくるようになった。
話を深めて仲も深めていくうちに、
彼が私に対して恋愛感情を持った事は手に取る様に分かった。
初めて出会った時以降、彼は隠すことなく好意を剥き出しにして私に接してくる姿があまりに滑稽ではあったが。
普通ならば怒るような事でも彼は笑って許してくれる。
受け入れてくれる。
なので私は大いに利用させてもらっている。
66
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:12:39 ID:Gv6jsmKA0
もちろん、恋人になるなんて一線は超えない。
彼が私を求めて、延々と私に与え続ける限り『恋人ごっこ』を続けるだけだ。
向こうが冷めたり、ふと現実に立ち直るまでは、ずっとそうしているつもりである。
利用する事に対しての罪悪感?
そんなものは無い。
財布を開けてこちらに札束を渡そうと懇願している人間から受け取らないなんて事は無いように、
何もこちらから提供することなく施しを受けられる事を拒む人間なんているのだろうか?
それを望んでいて、受け入れることによって彼は喜ぶのだから。
67
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:13:34 ID:Gv6jsmKA0
そんな彼を利用する事を誰が否定する?
誰に疎まれる?
悲しむ人間なんて一人もいない。
これは素晴らしい、延々と続く『幸福』なのだ。
そう、私は貢献しているのだ。
一人の人間に対して時間を割くことで、見返りを得ているだけ。
誠に『誠実』な『天使』なのだ。私は。
68
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:14:53 ID:Gv6jsmKA0
アスファルトにちょくちょく広がる水溜りを軽やかに跳ねて避け、弾むようなリズムで歩く。
点々と続く街灯の明かりから伸びる影がやけに細く黒く見える。
私はそんな影をあえて踏んで、跳ぶ。
新興住宅街の中にあるここは、やけに静かで綺麗だ。
あまりにも静かなものだから、何だか鼻歌の一つでも歌いたくなる。
そろそろバイトが終わるという事なので私はドクオのバイト先へと向かっていた。
こうやって少し自分が歩み寄るだけで延々と勘違いをしてくれるのだから楽な限りだ。
数百メートルの徒歩で数か月の求心を得られるなら、私はいくらだって歩こう。
そうして歩いているとコンビニの大きい看板が見えてくる。
住宅街の漏れる薄明りの中で煌々と輝くそれは、とても異質で浮き上がって見えた。
69
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:16:26 ID:Gv6jsmKA0
(´・ω・`)「うん、今コンビニ着いた〜何オススメ?」
その脇で突っ立っている男がいた。
私が看板を見た瞬間、その男と目が合ったのだ。
と思った瞬間にはスッと視線を逸らされた。
上下スウェット姿で、顔だけやけに小奇麗な垂れ眉の男は、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながら手に持ったスマートフォンに向かって話しかけている。
(´^ω^`)「ゴム? 使う相手がいねえwwww」
何なのだろう、通話してる風でも無く何故かスマートフォンの背面をコンビニに向けながらまだボソボソと言っている。
_,
川 ゚ -゚)「(気持ち悪ッ)」
変質者かもしれない。
私は生理的な嫌悪感を覚えるその顔を浮かべるその男の元から足早に立ち去り、コンビニの入口へと向かう。
(´^ω^`)「おっ、カワイイ女の人いんだけど! ナンパしちゃいてえ」
私の方へスマートフォンの背面を向けるその男が視界の隅に入った。
早足を小走りに変えて、入口へと一目散に向かう。何かされてはたまったものでは無い。
70
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:17:02 ID:AHP66Sck0
ここで繋がったか
71
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:17:50 ID:Gv6jsmKA0
最近流行りの配信者という奴だろうか?
友人に勧められて一度見てみたが、私はどうもあの手の人間が受け付けない。
自ら顔と恥を晒して、何が楽しいのだろうか?
ちんけな自己顕示欲を満たすため?
それともお金を得るため?
私には理解が出来ない。
したくもないが。
そんな奴らの巻き添えを喰らって私まで晒されてなるものか。
更に進む足が早まる。
72
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:19:41 ID:Gv6jsmKA0
そしてようやく自動ドアの入口の前に立つ。
足元を見てホッと息を吐き出す。
そして顔を上げた次に視界に入ってきたのは
('∀`)「よう、クー」
血だまりの中、鮮血にまみれ床に大の字で仰向けに倒れている人間たちの前で立っていたドクオの姿であった。
その顔は貼りつけられたような、なんとも狂気じみた笑顔を浮かべていて、
目線があった瞬間、私の背筋に冷たい何かが走った。
73
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:20:33 ID:Gv6jsmKA0
私は思わずヒッっと短い悲鳴を上げる。
地獄の入口で笑顔で手招きをしている悪魔は多分こんな感じなんだろうな。
上手く事態を飲み込めず、ボンヤリとモヤがかかったような頭でそう思った。
.
74
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:22:00 ID:Gv6jsmKA0
───
──
─
川;゚ -゚)「ドクオ、一回落ち着こう、な?」
('A`)「俺は至って冷静だよクー」
そう言って彼は、ふらふらとこちらに近づいてくる。
おぼつかない足元に、血みどろの制服。
そしてどす黒くなった銀色の支柱を持っている姿はさながら死神のようでもあった。
75
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:24:20 ID:Gv6jsmKA0
('A`)「俺は天誅を下さなければいけないんだ」
彼は足元に倒れている若者の頭を勢い良く踏みつける。
先ほどまでピクリとも動かなかった若者は、踏まれた瞬間ビクリと身体を痙攣させ、
くぐもった声を上げたが、またすぐに動かなくなった。
('A`)「今まで何故俺が報われなかったんだ」
('A`)「俺は精一杯必死に生きてきた、それにも関わらず人生は俺に分け前はくれなかった」
('A`)「それは何故かって必死に考えていたんだよ」
('∀`)「簡単な事だった、それは奉仕が足りなかったからだ」
先ほど死んだように冷めきった表情に戻ったはずの彼の口角がまたつり上がった。
歪めるように浮かべている笑みはやはり不気味であった。
76
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:25:41 ID:Gv6jsmKA0
川;゚ -゚)「違う」
私は思わずつぶやく。
('∀`)「違うわけがないだろう?」
('∀`)「床に這いつくばってる、このゴミ共を俺の中に潜むやつの声に従って殺した」
('∀`)「そうしたらなんと君から連絡が来た! いままで必死に僕が送っても一切反応が無かった君から!」
('∀`)「その瞬間俺は確信したんだ、俺の中に潜むのは『神』なんだ」
('∀`)「しっかりと神の声に答えた結果さ!」
77
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:26:41 ID:Gv6jsmKA0
川;゚ -゚)「違う! そんな訳があるものか!」
('∀`)「それこそ無いだろう? 僕が『応えた』瞬間に君は僕を誘ったんだ」
目の前にいる彼は、最早果てを見つめていた。
今ここではない遥か高みか、はたまた彼にしか見えない世界か。
川;゚ -゚)「狂ってる……」
どちらにしても、彼の瞳は尋常でない光を宿していた。
狂気とも達観とも言い難いそれは、理解の範疇を通り越して目眩がするほど。
少なくとも目の前にいる彼は、
私の話を笑顔でウンウンと頷いて同意し、肯定してくれる彼の姿では無かった。
78
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:28:09 ID:Gv6jsmKA0
('∀`)「さあ、クー、話をするんだろう? 行こうよ」
('∀`)「この前調べたんだ、ちょっとオシャレなカフェでさ、お酒も飲めて……」
先ほどより更に歪んだ笑みを浮かべる彼は、私の腕を掴み強く引っ張る。
思わず私はその手を叩き叫んだ。
川;゚ -゚)「触るなっ!!」
その瞬間。
彼の顔から笑みが消え去った。
貼り付けられていた歪んだ笑みが剥がれ落ちたかのような、そんな変化の仕方だった。
('A`)「お前も俺を拒否するのか?」
そう言った瞬間、再び彼は一旦跳ね除けて離した手を勢い良く伸ばしてきた。
先ほどとは比べ物にならないくらい非常に強い力で私は引かれ、思わず体勢を崩してしまう。
79
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:29:23 ID:Gv6jsmKA0
腕を握りしめている彼の指先は白くなり、爪は服を突き破り食い込まんばかりに突き立てている。
私を連れて行こうとした先ほどとは、明らかに違う意思が込められていた。
('A`)「結局お前もそうなんだな」
('A`)「俺が与えても返さない、俺が失っても得ることはできない」
('A`)「そういう奴には天誅を与えないといけない」
川;゚ -゚)「ご、ゴメン、ドクオ、さっきのは反射的に」
川;゚ -゚)「私達仲良くやってたじゃないか、天誅とか言わないで、な?」
80
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:30:20 ID:Gv6jsmKA0
('A`)「お前はいつもそうだな」
('A`)「都合が悪くなるとすぐに自分に都合のいいような言い訳を始める」
('A`)「俺が気がついていないアホだと思ってたんだろう? そうでもなきゃあんな事言わないよな」
川;゚ -゚)「ち、違う……私を信じて……ドクオ……」
('A`)「お前はずーっとそうだった、なんだってそうなんだろう?」
('A`)「お前みたいな奴にこそ俺は『忠実』な仕事をこなす必要がある」
そう言うと彼はその細身のどこから出しているのかわからない程の強い力で私を引っ張り、店の外に連れ出した。
必死に抵抗しようとした私の努力も虚しく、ズリズリとただ、彼に身体は引きずられていく。
最後にチラリと見えたレジの中では、メガネをずり下げた大学生くらいのバイトの男性が、必死に何処かへと通話していたのが見えた。
その瞬間、頭に鈍い痛みが走ると同時に視界はブラックアウトしていった。
倒れる瞬間に私を見下ろすドクオの顔が目に入る。
それはとても冷たく、それでいて悲痛な叫びを私に訴えかけているような……
81
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:30:55 ID:Gv6jsmKA0
今日はここまでです。
ありがとうございました。
82
:
名無しさん
:2016/07/17(日) 00:38:58 ID:AHP66Sck0
群像劇はやっぱりそれ等が繋がる瞬間がいいね
乙
83
:
名無しさん
:2016/07/18(月) 12:03:45 ID:T9jiMfMQ0
乙!
最近楽しみな作品の一つ
84
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:30:54 ID:iVkjKxH.0
──【 内藤 大地 (24) 男性 】
.
85
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:31:30 ID:iVkjKxH.0
ひどくつまらない人生である。
僕の生きてきた軌跡はこの一文で全てまかなえると思う。
比喩でも冗談でもなく、それほどまでに波乱も山も谷もない、そんな人生を過ごしてきた。
人並みに勉強をこなし、スポーツでもまずまずの成績。
中学・高校・大学もずーっと平々凡々と慎ましい生活を送ってきた。
まさしく市民A、もしくは通行人A。
名前もつかないが物語にも絡まない。僕が物語の登場人物なら実に似合いだろう。
でも、別に僕はこの状態に悲観しているわけでも、憤っているわけでもない。
RPGの世界に勇者が無数に溢れていないのと同じで、名前がつく人物というのは選ばれた存在の人間がなるべきものだと僕は思っている。
86
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:32:42 ID:iVkjKxH.0
その他の有象無象はゲームならば舞台装置だが、現実世界ではその有象無象によって世の中は動かされ、そして名前を持つ人間たちを動かしているのだから。
僕はその有象無象であることに不満は持たないし、むしろ誇りを持っている。
微力ながらも世界を動かしている存在であるわけで、加えて名前のついた人々を気楽に批評したりすることができるこの立場のいかに気楽であることか。
( ^ω^)「ふぅぅ〜〜」
背もたれにグッと倒れ込み、身体を伸ばしながら溜め込んでいた息を吐き出す。
長いこと抱えていた面倒くさい案件の終わる目処がようやくついた安堵が身体を包み込む。
社内の時計を見ると、ちょうど短針が11を指す直前だった。
(;^ω^)「やばいお、残業しすぎたお」
僕は思ったより進んでいた時間に焦り、そそくさと散らばっていた書類をまとめ始めた。
明日からまた別の面倒くさい案件が始まると思うと憂鬱になりそうだが、今くらいは考えなくてもいいだろう。
87
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:33:18 ID:iVkjKxH.0
タイムカードを切って会社を出ると多くの人々が家路に着くために駅に向かって歩いていた。
ビジネス街であるこの土地は、朝と夜に人が溢れる場所だ。
あまりこの時間まで残る事は無いのだが、夜も更けそうなこの時間でも多くの人が居るのだなと少し感心してしまった。
あまりよろしくない事ではあるのだろうが、一般市民としては仕事をこなすことが全てなのだからそれだけ仕事が溢れてるということなのだろう。
そんな歩く市民A達の波に乗りながら駅まで歩いたのだが、何やら様子がおかしい。
改札の前で皆立ち止まっている。
あぁ、これは、あれだ。
『ただいま新美府駅と当駅間におきまして、人身事故が発生した影響で全線運転を見合わせております……ただいま現場検証を……』
拡声器を持った駅員が淡々とアナウンス文を読み上げ、脇にいる駅員たちが客の対応に追われていた。
88
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:34:07 ID:iVkjKxH.0
恒例のヤツである。
慌てて人混みから抜け出してバスプールに向かったのだが、とんでもなく長い列が出来上がっていて、それはタクシープールも変わらなかった。
( ^ω^)「どうすっかなー……」
僕は悩みに悩んだ挙句、歩いて帰ることに決めた。
ここから1駅先、距離にして3キロちょっとくらいの少し長めの距離ではあるが、普段から運動不足である僕にとっては良い運動の機会だと考える事にしたのだ。
加えてこの道は僕にとっては通いなれた道でもあった。
高校時代、実家から自転車で高校に通った時の通学路だった。
89
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:34:42 ID:iVkjKxH.0
( ^ω^)「夢でキス、キス、キス♪」
この道はある意味、僕にとっては思い出を辿るような楽しい道のりなのだ。
あの自販機。
あの交差点。
あの生け垣。
全てが僕にとってのまさしく青春の一部分であったし、輝く思い出の欠片だ。
.
90
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:35:19 ID:iVkjKxH.0
( ^ω^)「〜♪」
そう言えば。
歩いている最中、久々にある人物のことを思い出した。
そいつは、いつだって捻くれていた。
.
91
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:35:56 ID:iVkjKxH.0
───
──
─
('A`)「……」
いつも大体窓際で分厚い本を読んでいるのがドクオだった。
栄養失調かと思うくらいやつれた顔と枯れ木のような身体。
そしてダボダボの制服の肩にはフケがいつも積もっていた。
そんな彼についていたあだ名がドクオ。
頭を掻いてフケを無意識に撒き散らしている姿が毒の粉を撒いているように見えたから。
そんな彼は同じ部活を共にした仲間で、僕の友達だ。
92
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:36:31 ID:iVkjKxH.0
( ^ω^)「もうちょっとディティールを……」
絵、特にマンガを書くことが好きだった僕は、
ひどく真面目な顧問がいる美術部を選ばずにこの文芸部を選んだ。
もちろん『文』芸部なので小説や詩を書くことが中心の部活動ではあったのだが、
同人誌的なノリの感覚で、皆そこまでガチガチな人たちでは無かった。
なので僕は漫画を書かせてもらっていたし、それに挿絵を書く事の出来る僕はなんだかんだで重宝されていたのだった。
ウチの部活はいい意味で『緩い』部活であり、先輩も顧問もいい人ばかりだった。
クラスでイジりというより最早イジメに近いような扱いを受けていたドクオもここにいる時だけは馴染んでいて、生き生きとしていたのをよく覚えている。
(*'A`)「梶井基次郎の檸檬はこの時期に読みたくなりますよね」
時々テンションが上がりすぎて、少し浮いていた時も皆彼と上手くやっていた。
93
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:37:06 ID:iVkjKxH.0
よくよく考えれば彼こそが文芸部員の本来あるべき姿なのかもしれない。
純粋な意味で文学を愛し、読み解き、文章に落とし込んでいたドクオは、
どちらかと言えばライトノベルやSFを愛する部員たちとは少し変わった存在だったのだろう。
そんな彼と僕は数少ない男子文芸部員として、入部当初からよく話したりつるんだりしていた。
( ^ω^)「あーやっぱケツのラインが美学だお」
('A`)「いやいや、この文はそういった官能的な感覚に委ねているワケでは無く……」
変わり者ではあったが、彼は心底真面目であった。
非常に真面目すぎたがために、彼は変人に見える事が多くあった。
94
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:40:05 ID:iVkjKxH.0
例えば僕は生まれてこの方お腹が引っ込んだ事のない、ポッチャリ体型である。
ざっくり言えばデブだ。
それについて他者から嫌味半分、からかい半分の冗談に近い暴言をよく言われるのだ。
俗に言うイジリである。
そんな感じで僕はよく自分の身体について揶揄され、からかわれる事が常である。
この部活でも例外ではなく、先輩から飛び出たお腹について真っ先にいじられた。
そのいじりに対して僕の返答は、いつも苦笑混じりの半笑いだった。
(#'A`)「それは酷いんじゃないですか! 身体的特徴をバカにするなんて!」
しかし、脇で聞いていたドクオがその僕に投げられた言葉に対して酷く怒りを見せたのだ。
95
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:40:40 ID:iVkjKxH.0
このように普通笑って流すような揶揄する冗談でも、
彼にとっては自分に対する侮辱としか捉えることが出来ない、そういう人間なのである。
そして時折、彼のスイッチが入れられると異常なまでに怒り狂う彼の姿を見かけるのだった。
もちろん自分の事を悪く言われているのだから、怒ることは当然の権利だ。
しかし彼にとってこの世の中は生きにくいんじゃないか。そう思ってしまう。
でもそんな彼が羨ましく見える時も少しだけあった。
96
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:41:16 ID:iVkjKxH.0
( ^ω^)
万年ニヤケ顔である僕はいつだって周りにいい顔をして生きてきた。
棘を持たず、自分の顔みたいに真ん丸な心で接して生きてきた。
それで良かったのだ。
誰とも敵対せず、円満で傷つかない事が正解であると思っていたし、そうあることが僕にとっては最善な生き方だった。
だからこそ彼のように自分の怒りの感情、負の気持ちをしっかり表明できる姿にはある種の憧れのようなものも感じていたし、
反面教師としようという戒めも僕に与えてくれた。
彼の純粋さとストレートな表現は、多様な意味で心を貫くものがあった。
たまに見せる異常な暴力性はある種アクセントであったかもしれない。
彼は万人に好かれる人間では無かったはずだ。
少なくとも、私の学生時代の記憶では私以外に彼とよく接していたのはあと一人しか知らない。
97
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:41:57 ID:iVkjKxH.0
川 ゚ -゚)
今でも思い出せる。
織られた絹のように滑らかに光る漆黒の肩まで伸ばした髪と、切れ長の瞳と長いまつげ。
すっと通った鼻筋に、程よい厚みを持ち潤いを持った唇。
そして透き通るような、ある種病的なまでに白い肌。
私が見た中で、最も美しく、最も腐った人間だった。
98
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:42:37 ID:iVkjKxH.0
───
──
─
最初に彼女を見た時、失礼ながら私は何故こんな部活にいるんだろうと思ってしまった。
学生時代を過ごした経験がある方は何となく想像できると思うが、
見た目でおおよその学生生活の立ち位置というのは決まってくる。
所謂スクールカーストというやつだ。
間違いなく彼女は上の方に存在するべき人間であるはずである。
何故こんなカースト底辺(先輩方には申し訳ないが)の部活に入ってきたのか理解することが出来ず、
加えて彼女が積極的に話しているのがあのドクオであった事も更に理解に苦しむことの一つであった。
99
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:43:12 ID:iVkjKxH.0
川 ゚ -゚)「臓器や筋骨は身体的な成長と共に大きさを増し、その面積や機能を高めていく。もちろん例外的な障害もあるがね」
川 ゚ -゚)「だが精神面はどうだろうか」
川 ゚ -゚)「思春期や年齢を重ねるにつれて感情や思考も成長していく」
川 ゚ -゚)「しかし感受性や記憶といった部分に関して言えば成長というよりは体験が必要であると私は考える」
川 ゚ -゚)「……これは口では表しにくい。自分が自分である事、成し遂げることによって自己のアイデンティティを形成していくのだ」
川 ゚ -゚)「あまりに概念的、そして主観的な感想だ」
川 ゚ -゚)「だが、もしも全てを他者の存在に依存することで自らの人格を保っている人間がいるとしたら」
川 ゚ -゚)「それは人間では無く、最早中身の無い抜け殻ではないかと私は思うのだよ」
100
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:44:27 ID:iVkjKxH.0
たまに交わすこのようなえらく小難しい会話が聞こえてくる事がしばしばあった。
そのため僕は彼女のイメージが全くつかめず、更に頭は混沌の極みに堕ちていった。
('A`)「なるほど、君は面白い事を言うね」
('A`)「要するに他人の褌で気取る人間には内面は存在せず、満たされるはずの自己による成功体験などによる承認欲求が空洞のままである」
('A`)「すなわち俗に言う『中身の無い人間』とはこの事を指すべきであると、そういう事だね?」
川 ゚ -゚)「うむ、まぁ、おおよそ」
('A`)「仮にそう言う人間を、そうだな……『ウィッカーマン』と呼ぼう」
川 ゚ -゚)「『ウィッカーマン』?」
101
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:45:03 ID:iVkjKxH.0
('A`)「大きな編み細工で出来た像の事さ、古代ガリアで信仰されていたドルイド教の儀式で使われる」
('A`)「それ自体はスッカラカンで、正しくハリボテの大きな像なんだが……その空洞に何を入れると思う?」
川 ゚ -゚)「ふむ」
川 ゚ -゚)「古代宗教の儀式に用いられる祭具……」
川 ゚ -゚)「……家畜、あるいは……人間」
('A`)「ご名答」
('A`)「それ自体は編み人形である『ウィッカーマン』は中身を他人で満たす事によって祭具としての価値が生まれる」
('A`)「他者によって満たされて意味が発生すると言う意味では、クーが規定する中身が空洞の人間」
('A`)「それは間違いなく『ウィッカーマン』に近しい存在であると思うわけだ」
102
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:45:38 ID:iVkjKxH.0
川 ゚ -゚)「延々と中に詰め込む人間を探し続ける事になると?」
('A`)「その通りだよ」
('A`)「燃やすことなく、延々と生贄となる人間を詰め込んでいくんだ」
('A`)「ある意味焼き払うより残酷かもしれないね」
川 ゚ -゚)「……焼き払い、『ウィッカーマン』となる要素自体を解消しないと延々に続く事になると、君はそう言いたいわけだな?」
('A`)「あるいは」
103
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:46:21 ID:iVkjKxH.0
一体何故こんな所で、一体何故彼とこんな会話をしているんだろうか。
そのうち私の疑問は恐れや理解できない苦しみより、興味の対象へと変化していった。
とうとうある日、私はその膨らむ興味が抑えられなくなった。
ドクオから勧められたのであろう書籍を、パラパラと窓際でめくっていた彼女に思い切って問いかけてみた事があった。
その時のやり取りが未だに忘れる事が出来ない。
( ^ω^)「……何読んでるんだお?」
川 ゚ -゚)「ん……梶井基次郎の全集」
104
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:46:56 ID:iVkjKxH.0
そういってページをめくる手を止めない彼女であったが、中身を読んでいるという感じでは無く、
ただ暇を持て余している時の手遊びのようであった。
( ^ω^)「あぁ、梶井基次郎かお」
僕は恥ずかしながら読んだことが無いため、僕も適当な相槌で濁す。
川 ゚ -゚)「うん、ドクオに読んでみろって言われてな」
( ^ω^)「いいのはあったかお?」
川 ゚ -゚)「いや……全然」
僕は思わずズッコケそうになる。
読み終わったから適当に本で遊んでいたわけじゃないのか??
105
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:47:42 ID:iVkjKxH.0
川 ゚ -゚)「私にとって現代文学は難し過ぎてね」
川 ゚ -゚)「大衆小説くらい砕けた文章なら読む気も起きるんだが、如何せん文学になると途端に言い回しが煩雑になるだろう?」
川 ゚ -゚)「だから私は読まないんだ」
(;^ω^)「……じゃあ何でその本を借りたんだお?」
川 ゚ -゚)「彼が勧めて来たから、それだけだ」
彼女は捲るために開いていた本をパタンと鳴らして閉じた。
僕は理解できなかった。では何故?
何故あんな偏屈な奴とあんな偏屈な会話をしているのだ?
106
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:48:17 ID:iVkjKxH.0
( ^ω^)「でも感想とか聞かれたりしないのかお? 普通貸したら……」
川 ゚ -゚)「適当な感想を述べると彼が適当な持論を述べてくれるからな」
川 ゚ -゚)「私はそれに相槌を打つだけで終わりさ」
( ^ω^)「……随分酷い話だお」
川 ゚ -゚)「何故?」
( ^ω^)「彼は、君が少なくとも自分の話を聞いてくれる同好の士だと思って書籍を貸しているわけだお?
それなのに読むわけでもなく、ただ持っているだけなんて……」
川 ゚ ー゚)「おいおい、勘弁してくれよ。押し付けられているのはこっちなんだぞ」
川 ゚ -゚)「それなのに私が加害者みたいな言われようなのは心外だな」
107
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:48:57 ID:iVkjKxH.0
( ^ω^)「じゃあ何故ドクオと会話なんてするんだお?」
( ^ω^)「趣味が合うわけでもない、会話も少なくとも一方通行、良い印象は与えないであろう外見」
( ^ω^)「しかもあんな複雑で抽象的な会話」
( ^ω^)「正直言って君が何故ドクオと絡んでいるのか理解に苦しむお」
彼女はふぅと一息はいてこちらを見つめてくる。
こぼした息の中には、呆れと嘲笑が込められているように思えた。
川 ゚ ー゚)「君はドクオの恋人か何かかい?」
( ^ω^)「茶化さないでほしいお」
108
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:49:33 ID:iVkjKxH.0
川 ゚ -゚)「……例えば」
( ^ω^)「?」
川 ゚ -゚)「川の中に鉄の斧を投げ込んだら、何も聞かれず金の斧になって返ってくる湖があったら君はどうする?」
( ^ω^)「何を言ってるんだお?」
川 ゚ -゚)「茶化さないで答えて欲しいな」
( ^ω^)「……そりゃありったけの鉄の斧を投げ込んで金の斧に変えるお」
川 ゚ -゚)「ありったけ?」
( ^ω^)「ありったけだお」
109
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:50:07 ID:iVkjKxH.0
僕の答えを聞いたクーはまた大きく息を吐いた。
今度は明らかに僕を馬鹿にして呆れた感じのため息だった。
川 ゚ -゚)「君は愚かだな」
( ^ω^)「は?」
川 ゚ -゚)「全てを金に変えてしまったら仕事が出来ないだろう」
( ^ω^)「でも変えたものを金に変えれば仕事をする必要なんて……」
川 ゚ -゚)「いつ尽きるか分からない、そして本物かも分からないうちに全てを捧げるなんてアホのすることだ」
( ^ω^)「……後出しジャンケンは卑怯だお?」
川 ゚ -゚)「後出しでも何でも無いよ、一般的な考えさ」
110
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:50:44 ID:iVkjKxH.0
川 ゚ -゚)「『もしかしたら池の中で鉄の斧を回収して偽物を配り利益を得ているのかもしれない』
『鉄の斧が一つも無くなった途端に金の斧を出さなくなるかもしれない』」
川 ゚ -゚)「そんなリスクを考えて保険を残しておくのは基本だろう」
( ^ω^)「詭弁が過ぎるお、だって」
川 ゚ -゚)「少なくとも私はそういう考えのもとで動いている」
僕の言葉を遮って、彼女は話を続ける。
川 ゚ -゚)「与えてくれる相手はいつまで与えてくれるか分からない、ならば慎重な立ち回りをしなくてはいけない」
川 ゚ -゚)「私が求めるものの代わりに何か些細なことを要求されるなら、少し余力を残してそれをこなすことだ」
( ^ω^)「それがドクオと話す理由なのかお?」
111
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:51:25 ID:iVkjKxH.0
川 ゚ -゚)「彼は私に対して全てを捧げてくれる」
_,
( ^ω^)「……はぁ?」
川 ゚ -゚)「もし今、私が君に3万円ほどくれと言ったら迷わず渡してくれるかい?」
(;^ω^)「馬鹿言うなお、そんな金も貸す意味も無いお」
( ^ω^)「……まさかドクオから金をムシっているのかお」
川 ゚ -゚)「まさか」
川 ゚ -゚)「そんなものよりもっと尊いものさ」
( ^ω^)「そんな高尚なものを彼が持っているとは思えないお」
112
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:52:08 ID:iVkjKxH.0
川 ゚ -゚)「人の感情は金で買えると思うかい?」
( ^ω^)「表層的な意味であれば」
川 ゚ -゚)「そう、心は物的なモノで得ることは出来ない」
川 ゚ -゚)「それを深層まで得るために与えるものは同じか、それと同等で無ければならないんだよ」
川 ゚ -゚)「彼は交流を深めるうちに中々たどり着くことの出来ない奥底まで私に晒してくれた」
川 ゚ -゚)「その深い場所で彼はやりとりをしている『気分』になっているのさ、私は大したものを彼に与えてなんかいないのに」
( ^ω^)「……もういいお、君の話を聞いていると頭が痛くなる」
川 ゚ -゚)「……それでいい、別に理解してもらおうなんて思っちゃいない」
113
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:52:53 ID:iVkjKxH.0
川 ゚ -゚)「私が欲しい相手は『理想』なんだよ、ただの『理想』」
そういって彼女はまた手元の本をペラペラと捲る作業へ戻っていった。
僕が彼女について思い出せる記憶はこれくらいだ。
実際にはもっと有象無象の会話をいくらかしていたのだろうとは思う。
だがあまりに……あまりにこの会話の印象が強すぎて他の記憶が霞んでいる。
この歳になり改めてあの会話を思い出すと、一層彼女の異常さを感じてしまう。
小難しい言い回しで僕の問いに対する答えをボカしていたが、
要するに彼女が求めているのは『精神的な奴隷』なのだ。
それが常に存在する状態、それこそが彼女の『理想』である。
114
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:53:31 ID:iVkjKxH.0
常に依存する先を見つけ、その寄生先の良心と奉仕という養分を吸いつくす。
そしてその宿主が死なない程度に好意と言う名の栄養を与える事で、相手が自らを突き放すまで執着し続ける存在。
あるいは突き放してもまた好機をうかがっては近寄るのかもしれないが……
いや。
最早彼女自身を必要とする、
されるために中毒症状に近い何かが彼女にあるのかもしれない。
それが彼女、『素直 空』なのだ。
115
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:54:15 ID:iVkjKxH.0
ただ僕は思う。
その寄生先が洗脳から目覚めた時、彼女はどうなってしまうのか。
今までが上手くいっていたからと言って、
今後が保障されるなんて訳がないのは社会の誰もが知っている。
常に従わせ、与え続けさせたにも関わらず、自身に何も残らないという事に宿主が気がついてしまった時。
それは寄生虫が死ぬ時だ。
.
116
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:54:53 ID:iVkjKxH.0
───
──
─
遠い記憶の回想をしているうちに繁華街の雑多で少々下品な明かりの中を抜け出し、
僕は住宅街近くの路地までたどり着いていた。
ここいらへんになると最早明かりは短い距離で立っている街灯の明かりくらいで、この明かりの距離も住宅街の奥になるほど離れていく。
ここまで来たらもう少しだ。
僕は疲弊し始めた脚の太ももあたりを軽く叩き、歩くスピードを早めた。
この真っ直ぐな路地を歩いていくと、そのうち右手側にコンビニが見えてくるはずだ。
そこまでたどり着いたら何か飲み物でも買おう。
117
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:55:28 ID:iVkjKxH.0
そう思って自分に気合いを入れ直していると、向こうからこちらに走ってくる人影が見えた。
『珍しいな』というのが最初の感想だった。
住宅街の割に人通りが少ないこの路地で、しかも日付もそろそろ変わりそうなこの時間に人と出会う事は案外珍しい事だった。
しかし、何やら様子がおかしい。
息づかいが少し離れた位置にいるこちらに聴こえてくるほど荒く、
髪を乱しバタバタと走っている事すら分かるほどだ。
何か片手に大きな荷物を持っているにも関わらずである。
118
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:57:12 ID:iVkjKxH.0
その姿は女性のシルエットであり、こちらへ近づいていくにつれてはっきりと見えてくる顔立ちも女性のそれであった。
しかし異様だったのはその顔が憔悴し、何かに酷く怯えた表情をしていたことだ。
そして僕のすぐ近くまで走ってくると、脚がもつれたように彼女は転んだ。
慌てて僕は駆け寄る。
('、`;川「ハァッ、ハァッ」
(;^ω^)「だ、大丈夫ですかお!?」
僕は未だ混乱している様子の彼女に呼びかけた。
('、`;川「……け、け、……ゲホッゲホッ」
(;^ω^)「何かあったんですかお?」
('、`;川「警察! 呼んで! 下さい!」
('、`;川「あの女の人……死んじゃう……!!」
静かな住宅街に彼女の絞り出した声が響く。
それと同時に大きくむせた彼女の背中をさすりながら、僕はスマートフォンを取り出した。
119
:
名無しさん
:2016/08/01(月) 22:58:16 ID:iVkjKxH.0
今日はここまでです。
ありがとうございました。
120
:
名無しさん
:2016/08/02(火) 05:12:45 ID:DHGlIPYM0
乙
121
:
名無しさん
:2016/08/02(火) 18:00:10 ID:lnZHtrsQ0
取り敢えずクーにはざまぁと
122
:
名無しさん
:2016/08/02(火) 18:55:34 ID:U0u.4XlA0
乙乙ー
多角的にすすんでいくのが良いね
続きが待ち遠しい
123
:
名無しさん
:2017/02/11(土) 07:25:58 ID:EmFPEmjU0
まだかなー
124
:
名無しさん
:2017/03/16(木) 20:43:09 ID:7RCw6vu60
待ってるぞー
125
:
名無しさん
:2018/10/30(火) 03:12:10 ID:ioDNF2ho0
待ってる
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