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( ^ω^)は見えない敵と戦うようです

6 ◆N/wTSkX0q6:2016/04/03(日) 22:53:58 ID:0w0/X/Ow0
『見えない何かと戦う少女』の噂について、僕が知ったのはごくつい最近のことだ。
噂と言ってもいわゆる口裂け女や人面犬のような超常めいた都市伝説の類じゃなく、もっと身近でホットな話題。
実在する頭のおかしな女にまつわる話である。

曰く、深夜に公園で一人で鉄パイプを振り回していたとか。
曰く、下校途中の小学生の群れへ突っ込んで追い散らかしたとか。
曰く、繁華街を血まみれで全力疾走していたとか。
通報、職質、補導に声掛け、警察のお世話になったことも一度や二度じゃきかないらしい。

まあそこまでならわりとありふれた、一山いくらの変質者としてしめやかに忘れ去られたことだろう。
その少女を巡る話題がいつまでも風化しなかったのは、あるのっぴきならぬ理由によるものだ。
彼女――津村ツンは僕の通う高校の女子生徒で、しかも僕と同じクラスだった。
ことさらに身近な存在で、つまりは対岸の火事じゃなかったということだ。

津村ツンの奇行が始まったのは一年ぐらい前、高校に入学したばかりのことで、噂はすぐに広がった。
取り立てて優秀でも愚鈍でもない中庸な少女だった彼女は、ある日を境に誰もいない場所で空気相手に格闘戦を演じ始めたそうだ。
面白がって見ていた周囲も次第にその鬼気迫る挙動にただならぬものを感じ、何度も辞めるよう彼女に忠告したが、無駄だった。
やがて友人達は付き合いきれなくなり、加速度的に彼女は孤立して、それでも尚見えない何かとの戦いを今日に至るまで続けてきた。

僕がこれまで彼女を知らなかったのは、当時クラスが違ったこともあるけど、
僕自身が部活に熱中していて噂を気にする余裕がなかったからだ。
中学から続けていた陸上部で僕は短距離走のエースを嘱望されていて、毎日早朝から日が暮れるまで練習に明け暮れていた。
期待されるのが嬉しくて、風を切って走るのは心地よくて、縮むタイムに自分の成長が実感できて嬉しかった。
春から二年目になる部活は僕らが主役、絶対に全国に行こうと皆で誓い合ったものだった。

……そう、過去形だ。
半年前に交通事故に巻き込まれた僕は、足の靭帯をかなり深く傷つけた。
藁にもすがる思いで様々な医者に見せたけれども、診断結果は判で押したように深刻の一言。
日常生活に支障が出ないくらいには回復するが、その後も何年かは激しい運動――陸上競技などもっての他。
少なくとも、高校在学中に大会へ復帰することは不可能とのことだった。

とまれかくまれ、最低限のリハビリを終え退院した僕を待っていたのは、人生で体験したこともない程の膨大な"暇"だった。
朝から晩まで、休日も関係なく、5W1Hいつでも陸上のことを考えて生きてきた。
掛け値無しに、部活は僕の全てだったのだ。
なにもやることのない一日がこんなに長いなんて知らなかった。

部活に顔出せば周りに気を遣わせるし僕自身も見ていて辛い。
高校二年の春、とても中途半端な時期に寄る辺を放り出された僕には、居場所がなかった。
そんなときに耳に入ってきた津村ツンの噂は、食べ切れない乾パンのような放課後の過ごし方を決定づけるのに十分過ぎた。
まあ、我ながら軽薄すぎてアレなんだけど、暇つぶしに面白いガイキチさんを見に行こうと思ったわけだ。


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