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【在特会福岡】山口県護国神社に異常な抗議をした小郡教会に電話
759
:
名無しさん
:2017/08/23(水) 00:23:23 ID:skRyZMik0
pppkawamura3 年前
私は毎年台湾に遊びに行きますが とても友好的な台湾なので 安心できます
或るときタクシーに財布を忘れました 携帯電話も一緒に 友人に私の携帯に電話
して頂きました ほどなく時間にして20分位でタクシーの運転手さんが届けて下さいました それからはますます台湾が好きになりました
台湾は親日と言うより日本人の礼儀を持つ人々です
謝謝台湾 皆さんも是非台湾に遊びに行って見て食べて 空気も気候も楽しんで
下さい
Parupunte Nobu3 年前(編集済み)
俺が台湾に住んでいた17年前、借家の大家さんが張さんという元日本人で、学徒出陣で特攻隊に志願した人だった。
もちろん日本語ベラベラ、いや、そんな発言は失礼というくらいの日本語だった。奥さんも日本語世代だったが、「女性の日本語ってこんなキレイだったんだ」と思ったくらい、曇りがない日本語だったことを、今でも覚えている。
で、当時よく張さんに、「今の日本と日本人、だらしないよ。もっとしっかりしなさい」とよくお説教されたものだが、内容は楊さんとほとんど同じだった。いや、それより厳しいものだったかもしれない。なぜならば、
「愛する国のために、故郷のために自分の命を投げ出す覚悟だった。そんなの当たり前じゃないか。あんたもこの娘(←彼女)が襲われそうな時、身を捨てて助けるだろ?まさか自分だけ逃げはしないよな?w まあそれと同じことだよ」
(何で特攻隊に志願を?という質問に対して)
「特攻隊に志願した時点で自分は死んだと思ってる。それからの人生なんておまけだよ。やけに長いおまけだけどねw だから死ぬのは全然怖くなかったし、今も怖くないよ」
(国民党の反日・台湾無視の歴史教育に反抗して、特務(秘密警察)に殺される上等で台湾史の教科書を自分で作って子供たちに教えていたという。「特務に捕まって殺されるのは怖くなかったですか?」という質問に対して)
と豪語していたほどの人だったから。
口調もよく似ていて、厳しいながらも愛がある、なんというか、ふがいないダメ孫にお爺ちゃんが愛のムチを与えているような感じだった。楊さんも同じ気持ちなはずだ。
俺が台湾に住んでた頃は日本語世代の方が多かったので(日本語能力は、「片言よりマシな程度〜今の日本の若者以上」まで人それぞれだったが)、色んな話を聞かせてもらった。言うなれば、楊さんのようなお年寄りがそこら中にゴロゴロいたと言っても言い過ぎじゃなかった。
当時の俺は、日本人からは右翼と揶揄され、学校の先生からはかなりの思想的問題児扱いされたくらいの保守系だったはずなのだが、学校教育の自虐史観がどこかで残っていた。そういう意味では学校の教育って怖い。
そんな自虐史観の垢を完全に洗い流してくれ、「真実の日本と日本人の誇り」というものを教えてくれたのは台湾であり、張さんを始めとする日本語世代の皆さんだった。
日本語世代の方々には、「日本人、しっかりしなさいよ!」と本当によくお説教されたがw、この動画を見て懐かしさすら感じた。
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