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智絵里「私がお母さんになったらもっと娘を愛してあげよう」

1 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 18:39:57 iXU/aEUs
お昼ごはん代を500円じゃなくて1000円あげよう


2 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 18:43:56 QOi8qkzc
愛されずに育つと愛し方自体が分からなくなるからね、しょうがないね


3 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 18:49:04 L9GrKZxM
プロデューサーと愛しかたを学んでいくんやで


4 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 18:51:08 wbh.iZUQ
虐待は世代間連鎖するからね……


5 : Awakening Will :2015/11/20(金) 18:52:22 ???
昼食代1000円とかなかなかリッチやないかい
そこらのリーマンより待遇ええやんか


6 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 18:53:12 b2gLWhho
坂上忍は子役時代お昼代なかったらしいからな


7 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 18:53:22 2yK6DPc6
>>5
自分の子供への対応ネタで、ツッコムところがそこなのは、悲しいなぁ……


8 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 18:54:48 J/rvdiOU
>>5
うわぁ…


9 : Awakening Will :2015/11/20(金) 18:59:30 ???
>>7>>8
誠意は言葉より金と福留さんが言ってたしね
金に勝るもんなんか世の中にはない、それ一番言われてるから


10 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 18:59:46 3X9A9YuQ
ウソつけ絶対過干渉こじらせて「私はあなたのためを思っているのに!」ってなるゾ


11 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:02:01 pX08TH5c
なんかズレてる人がいますね…


12 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:02:55 Cqa4WWcQ
智絵里「どうしてママの言うことが聞けないの!」ボコー


13 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:04:27 RxXW.r4.
あくまで智絵里の子なのであって自分の子の話ではない


14 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:04:32 L9GrKZxM
かな子おばちゃんお菓子くれるから好きとかいって智恵里の心さらに歪ませそう


15 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:05:53 6T2WBGas
このキャップいつも糞みたいなレスしてんな


16 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:06:15 iRSnY.cY
一緒に四つ葉のクローバー探したりしてちゃんと幸せな家庭を築くから…


17 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:08:01 QOi8qkzc
>>12
今週の東京喰種読むとこの息子だか娘もああなってしまいそうで怖い


18 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:08:27 GrT15ZMo
武内Pが妻も子供も分け隔てなく愛するからヘーキヘーキ


19 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:25:28 Cqa4WWcQ
緒方智絵里。
元346プロダクション所属のアイドルであり、現在は芸能界を引退し彼女を担当をしていたプロデューサーと結婚し娘を1人設けている。

夫は仕事ぶりは平凡であったが優しく家族思いな性格をしており、智絵里の事も娘の事も深く愛していた。
智絵里もそんな夫を支える事が生き甲斐としており、TVに夫のプロデュースしているアイドルが出演すれば、娘と一緒にTVに向かって声援を送り、娘に昔の、アイドル時代の思い出話などを語ったりした。

幸せだった。

娘が「私もアイドルになりたい!」と目を輝かせながら語る度、智絵里は「じゃあパパにプロデュースしてもらおうね」と優しく娘の頭を撫でたのであった。

幸せだった。確かにあの時、あの幸せはこの家の中にあったのだ。


20 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:25:56 pX08TH5c
何か始まってる!


21 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:28:31 BVN2JWDs
娘「ねーお母さん、皐月ちゃん(卯月娘)は今度の連休にぴにゃこーランド行くんだって!私も行きたいよー」
智絵里「ごめんね…今度の連休はパパもママもお仕事があるから…」
娘「もう!いつもそればっかり!あーあ、私も皐月ちゃん家に産まれたかったなー」
智絵里「……どうしてそんなこと言うの?」
娘「…お母さん?」
智絵里「私は!!あなたをこんなに愛しているのに!!どうして!?」ガッ
娘「あ…がっ…!」
智絵里「どうして!?どうして分かってくれないの!?」
娘「お…おかあさ…、く…苦し……」
智絵里「ハッ…ご、ごめんなさい…!私ったら…」パッ
娘「ゲホッ!ゴホッ!」


22 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:38:13 62Ogt2ms
本当に欲しいのは愛情なんだよなぁ
悲しいなぁ…


23 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:38:40 t6axMJK.
やめろォ(建前)ナイスゥ(本音)


24 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:45:43 dj2AU/ZU
>>9
自分の子供に誠意示してどうすんねん
愛情示さんかい


25 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:46:42 QOi8qkzc
>>24
ウィットに富んだ正論に草


26 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:47:53 Cqa4WWcQ
部屋には散乱した食器、それらを投げつけた時に当たったのだろう、ダイニングテーブル上方にあるペンダントライトの照明は消え、壁に設えられた間接照明が部屋に灯りを灯していた。

子ども部屋ドアを隔てて娘の押し殺したような嗚咽が聞こえている。
「またやっちゃった…」智絵里は小さく呟いた。

今日の原因は何だったか。

娘の学校の父兄参観日に夫がどうしても出ることが出来ない事を娘に伝えた時に、拗ねた様な表情をしたことだったか。

それとも、娘から娘の友達が家族で遊びに行った話を楽しそうに聞いたことだろうか。

それとも、今夜も夫が仕事の打ち合わせで帰宅することが出来ない電話を受けたからだろうか。

あるいは、その全てか。

近所の住人が玄関のドアを叩く音を聞きながら智絵里は薄暗い部屋に1人佇んでいた。


27 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:48:21 WUkWKfLs
この類のは自分のやって欲しかったのは、やりたかったのはとかがわかっても加減がわからなかったりするんだよなあ


28 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:52:07 62Ogt2ms
卯月はいいママになれてよかった


29 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:56:42 atsRC1dM
結構いい文章書くけど、何かトレーニングやってるの?


30 : IW26一生ボンバーヘッドダイビングタバコの火を消すブルースリー :2015/11/20(金) 19:57:38 ???
こういうSS用でないスレでSS書ける人ってどういう頭の回転してんねやろ


31 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 19:59:45 MvvNBtnE
>>9 福留さんは子供に誠意示してるはずだから(小声)

ジョンレノン見たいな生き方になりそう
ポールに「どうやって子供と接すればいいんだ」って言ったらしいし


32 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 20:06:43 bvHLM/Ic
仁奈ちゃんの方はきらり上田しゃん美優さんあたりに
母親代わり姉代わりで可愛がられてどうにかなりそうなんですけどね


33 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 20:22:29 JoPBk4yQ
>>29
SS書くの初めてです(震え声)


34 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 20:30:47 Ma2OVW8o
松田優作も「普通の家庭っていうのがどういうものなのかわからない」って言ってたらしいですね
キャリア中盤あたりでホームドラマ出だした頃に演じ方が全然わかんなくて苦労したそうな
結婚してしばらく俳優休んで普通の家庭というものを体験していったらしい


35 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 20:52:15 2.rozpuc
>>14
杏のとこにもよく遊びに行ったりしてさらに闇が深まりそう


36 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 21:07:15 JoPBk4yQ
近所の住民をなんとか言いくるめ、部屋に戻った智絵里は薄暗いダイニングのテーブルに突っ伏した。

一体、どこから歯車が狂ったのか。何度考えたかわからない回想を繰り返す。

「新しいプロジェクト?」

数ヶ月前、娘が眠りにつき、2人だけの時間を過ごしている時に夫が346プロダクションの新規プロジェクトに抜擢された事を告げられた。

夫はこれを成功させれば武内や765の赤羽根さんに肩を並べることの出来るチャンスだ、と鼻息荒く語っていた。
智絵里も離れて長いとはいえ、芸能界に身を置いていたのだ。その様なチャンスがもたらされるは稀である事を理解している。
確かに夫にとっては栄達の道である。しかし、智絵里にとっては家族の時間が、いや、愛する人との時間が減ってしまうことを意味していた。

"引き受けないで欲しい"

智絵里が意を決して想いを伝えようとするより先に

「今まで以上に迷惑かけると思うけど、最後の我儘だと思ってどうか引き受けさせてくれ」

夫が頭を下げた。しばらくの間をおいて、

「それがあなたの気持ちなら、私があなたを支えます。」

智絵里は「夫婦ですもの。」と付け加えて微笑んだ。

自分の心に蓋をしたまま。


37 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 21:08:28 t6axMJK.
もう始まってる!


38 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 21:10:10 2B43uAKs
アニメではちえりちゃんときらりの闇を掘り下げられなくてほんとによかった
あんなんアニメでやられたら発狂するわ


39 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 21:10:46 wbh.iZUQ
「かな子おばさんのお菓子おいしかったなー」
「杏おばさんとゲームしてきたよー」
「見て見てーきらりおばさんと作った髪留めー」
「美波おばさんに○クロス教えてもらったんだー」
「美嘉おばさんいつになったら処女じゃなくなるんだろうねー」
「凛おばさんがまた卯月おばさんの旦那さん狙ってたよー」


40 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 21:23:16 37V1uKls
智絵里「私がカープの監督になったらもっといい采配しよう」


41 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 21:27:10 OPrhHsdk
なおこれを本当に実現してしまったMAJORの寿くん


42 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 21:27:43 OmrmPa1Y
>>40
緒方智絵里監督「(育児放棄は)結果論。」


43 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 21:29:03 fE/QRwkk
>>40
の、ノムケンも1年目はひどかったから……(震え声)


44 : おさらい決闘者 :2015/11/20(金) 21:32:04 ???
>>39
肩幅シーンは子供に見せちゃいかんでしょ
というか放置しすぎじゃ…あっ(察し)


45 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 21:37:29 DIJT31Mc
>>44
智恵里「杏ちゃん、ちょっと用事で出かけるから子供預かってくれない?」


46 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 21:51:51 e/22G86.
>>45
なまじ両方とも有名だから下手したら隣人訴訟事件みたいになりそう


47 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 22:05:14 JoPBk4yQ
そういえばその話をしたのもここだったな、とダイニングテーブルに突っ伏し、漏れそうになる泣き声を押し殺しながら思い返していた。

顔を上げ、子供部屋に目をやると、泣き疲れて眠ってしまったのか泣き声は聞こえなくなっていた。

「弱いママでごめんね…」

涙声でそう呟くとまたテーブルに突っ伏した。

夫はプロジェクトに掛かり切りとなり、初めの内は2日に1度は帰って来ていたのが、プロジェクトが進むにつれ3日に1度、4日に1度とどんどんとその間隔が伸びていった。
今では週に1度しか返って来ない事もある。
帰って来ても帰って来れなかった間に貯まった洗濯物を出し、後は泥の様に眠ってしまう。

心配なのだ。

帰って来て顔を合わせる度にやつれているその顔が。
きちんと食事は摂れているのだろうか?しっかり休めているのだろうか?

休日のはずなのに自室に篭って資料に向かい、仕事を続けていることが。
仕事に打ち込みすぎて自分の事を省みれなくなってはいないだろうか?

「あなた、あまり無理をしないでね。」

智絵里が夫の部屋にコーヒーを運びそう声を掛けると決まって

「大丈夫さ、俺は頑丈さだけが取り柄だからな。」

と、頬がこけ眼の落ち窪んだ笑顔で答えるのであった。

「手が空いたら桜(娘)とも話してあげて?あの子、毎日、今日はパパ帰って来るの?って聞くんだもの。」

「そうだな。もう少しで切りが良さそうだし、後で子供部屋に行くよ。」

そう言うと、また机の上の資料に向き直ってしまった。

結局、夫はその日、自室で眠ってしまった様で子供部屋に訪れる事はなかった。


48 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 23:08:10 JoPBk4yQ
智絵里は再びテーブルから顔を上げ、子供部屋に目をやった。

あの時、1番傷付いたのは誰だったのか。

「パパ、お仕事大変だから仕方ないね。」

と、悲しみで涙が出るのをこらえる様に笑った娘。私たちはそんな表情をまだ幼い娘にさせてしまったのだ。

智絵里は両親の愛情を一身に受けて育ったとは言えないだろう。だからこそ、そんな表情を浮かべる時の心の在り様は痛いほどに分かっていた。

「桜…」

智絵里は立ち上がり子供部屋に向かった。コンコンと数度ノックをして

「桜…?入るわよ?」

と声を掛けてからドアを開け、部屋に入った。

桜は眠ってしまっている様で規則的な寝息がベッドから聞こえている。
部屋は年相応の女の子の部屋らしく可愛らしいインテリアで溢れていた。
少しだけ普通の家の子と違うのは、夫がプロデュースするアイドルのサインやポスター、自宅に遊びに来たアイドル時代の友人が、お土産にと持って来たミニカーなどが紛れていることだろうか。

そんな中で家族でぴにゃこーランドへ遊びに行った際に桜が夫にねだって買ってもらったぴにゃこら太のぬいぐるみが目に留まった。

まだ1年も経っていないというのに、遠い過去の様に思える幸せな記憶。
今の自分たちとはあまりにも違いすぎて、記憶が誤りなのではないかとすら思える。

ベッドのすぐそばに歩み寄り、桜の顔を見下ろすと頬に涙の伝った跡が残っている。

「私がお母さんになったらもっと娘を愛してあげよう。」

夫と一緒になった時、心で静かに、しかし強く誓った言葉。
そんな言葉が今更思い出されて涙が溢れて止まらなかった。

涙も、泣き声も抑えることが出来ない。

自分は何をしているのだ。

愛する人から愛情を受けられない辛さは知っていたはずだろう。

ベッドの脇に座り込み、智絵里は泣き続けた。


49 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 23:15:00 womh7bYY
ええぞ!ええぞ!SSええぞ!


50 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 23:31:33 JoPBk4yQ

「ママ…?」

泣き声のせいだろうか、桜が目を覚まし智絵里に声を掛けて来た。

「ママ…泣いてるの?」

声を掛けられても智絵里は泣き止むことが出来ない。

ごめんなさい
娘の気持ちを分かってあげられない弱いママでごめんなさい

ごめんなさい
自分の気持ちを正直に伝えられない弱い妻でごめんなさい

ごめんなさい
自分で誓った事さえ貫けない弱い人間でごめんなさい

自分の中の殻に篭り、自分を責め続けていた。


51 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 23:36:15 P0fuE11A
ぴにゃこら太はディズニーポジションになってるんですかね…


52 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/20(金) 23:56:18 JoPBk4yQ
涙を拭う智絵里の手に暖かく柔らかいものが触れた。

「ママ、泣かないで…?ママが泣いてると桜も泣きたくなっちゃう…」

眼に涙を浮かべ、今にも泣き出しそうな顔でそう言い、智絵里の胸に飛び込んできた。

智絵里は自分に桜を抱き締める資格があるのかと逡巡したが、胸の中からくぐもった泣き声が聞こえてきた瞬間、桜を抱きしめていた。

ごめん…ごめんね…ママが子どもだったね…

赦しを乞う様に智絵里が涙声で何度も繰り返す。

桜は何も言わず、智絵里の背中に手を回し力いっぱい抱きしめている。

そうしている内に、桜は眠ってしまった様で智絵里の胸の中で静かに寝息を立てていた。
智絵里が桜を抱き抱えてベッドへ寝かそうとするが、しっかりと背中に回された桜の腕は解けず、結局、智絵里も桜のベッドで一緒に寝ることにしたのだ。


53 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 00:06:22 Zx1O/V76
なぜこうも文豪が集まるのか


54 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 00:08:54 mREIPsMs
ホモは文豪


55 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 00:11:18 jD4Gkdi.
素晴らしいSS誇らしくないの?


56 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 00:20:15 TcRfa0Wo
夢を見ている。

毎日、子育てと家事をこなして夫の帰りを待つ。

時々、娘と一緒にTVで夫がプロデュースするアイドルに声援を送る。
"私もアイドルになりたい!"と目を輝かせて語る娘に、
"じゃあ、パパにプロデュースしてもらおうね。"と頭を撫でながら答える。
昔の、アイドル時代の辛かったけどそれ以上に楽しかった思い出を話したりもする。

もっと時々、家族で遊びに出掛ける。
疲れている中、忙しいスケジュールを縫ってなんとか予定を合わせた夫が、娘の我儘に振り回されているのを少し後ろから見守っている。

少し退屈で、平凡だけど幸せなだった毎日。

そんな夢を見ていた。


57 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 00:40:28 yEiTko42
陰惨なSSを読むとこころがぴょんぴょんするからすき


58 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 00:44:21 GZoE0AMA
もう待ちきれないよ!早く出してくれ!


59 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 01:27:27 TcRfa0Wo
目が覚めると智絵里は涙を流していた。夢のような、回想のような、数ヶ月前の当たり前の日常の風景に涙していた。

隣を見ると、一緒に眠りについたはずの桜は姿がない。先に起きてリビングにでも出ているのだろうと思ったが、部屋のドアの外から物音と話し声がしている。

智絵里はのそのそとベッドから起き出し、部屋のドアを開けた。

「お、智絵里おはよう。」
「ママ!おはよう!」

そこにはワイシャツを腕まくりして床に散乱している食器や割れた照明の片付けをしている夫とそれを手伝う桜の姿があった。

「………おはよう…?」

智絵里が状況の変化について行けずに立ちすくんでいると、

「俺、プロジェクト降りたよ。」

夫がそう告げた。

「もちろん全て投げ出したわけじゃなくて、ある程度目処がついたから残りの重要な部分以外は武内に引き継いでもらったんだ。」

持つべきものは優秀な同僚だな、と頷きながら呑気に語っている。

昨夜までとは違い明るい雰囲気が部屋を包んでいたが、智絵里は夫に隠し続けて来た事を知られてしまったという恐怖に囚われていた。

夫は割れた食器の大きな破片を集めて紙袋に入れている。桜は掃除機で食器や照明の細かい破片を吸っている。
智絵里も手伝おうと1歩踏み出そうとした時、

「ところで、この部屋どうしたの?」

夫が智絵里に問いかけた。


60 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 02:01:34 h6zQNI7.
どきどき……


61 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 02:04:58 rRiFiyWc
ざわ…ざわ…


62 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 02:05:17 TcRfa0Wo
智絵里は夫に問いかけられ硬直してしまった。
意を決して話そうとするが、喉が自分のものではないかの様に声が出ない。
それを繰り返す度に身体は強張り、更に声が出せなくなっていく。
腕を身体の前で自分の身体を守る様に、相手との距離を保つ様に組み、俯いてただ震えている。

夫が歩き出したのが分かる。スラックスの衣擦れの音、1歩1歩踏み出される足音。それらの音が近づいて来る度に身体の震えと強張りが強くなる。

「智絵里…」

夫が歩みを止め、智絵里の名前を呼んだ。

殴られる、そう思った。当然だ。それだけの事を自分はしてしまった。

夫の信頼を裏切った。

桜の心を傷付けた。

何よりも自分で誓った想いを忘れていた自分自身が許せなかった。

だから、殴られて当然だ。当然の罰なんだ。

「智絵里」

再度名前が呼ばれると、智絵里は眼を強く瞑り、身体を強く硬直させた。

次の瞬間、智絵里は夫の腕に包まれていた。


63 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 02:57:53 TcRfa0Wo
夫は智絵里に語り掛ける。

「俺の事が嫌いになったか?」

智絵里は答えない。

「結婚しても芸能活動続けたかったか?」

智絵里は答えない。

「俺が帰って来ない間、辛かったか?」

智絵里の肩がビクッと震えた。

「……俺がプロジェクトに参加するの、本当は嫌だったか?」

いつの間にか夫の背中に回されていた智絵里の腕に力が篭った。


「………嫌だったよ。」

智絵里は震える声で、しかし、はっきりと答えた。

顔を合わせる度にやつれていくのを見るのが心配だったこと。

休日なのに部屋に篭って仕事を続けているのを見て、自分の事を省みれなくなっているのではと不安になったこと。

一緒にいる時間が少なくなって寂しかったこと。

自分の心に秘めていた全てを感情のままに、涙とともに打ち明けた。


「………ごめん…そんな事、全然気付いてやれなかった…」

全てを聞き終えた夫はそう呟いた。
夫の智絵里を抱き締める腕に力が篭る。
智絵里は夫の胸に頭を押し付けたまま、首を横に振る。
謝る必要なんてない、弱い私が悪いとくぐもった声で言い続けている。


64 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 03:17:36 TcRfa0Wo
抱き合ったまま、どれくらいの押し問答をしていたのだろうか。
夫のワイシャツがくいくいと引っ張られる。

「パパ…」

振り向くと桜が困った様な、居た堪れないような顔をして立っていた。

「こういう時は"喧嘩両成敗"だって拓海ちゃんが言ってた…んだけど…」

桜は顔色を伺う様な上目遣いでこっちを見ている。

ぷっ、と笑いが漏れた。夫が先だったか、智絵里が先だったか、それとも同時だったかも知れない。

「そうだな、喧嘩両成敗だな。」

そう言って夫は桜を抱き寄せた。桜も夫と智絵里の間に挟まれ楽しそうに笑っている。

「じゃあ、罰としてパパとママで部屋の片付けやっちゃうか!……桜も手伝ってくれてもいいんだよ?」

「えー!?もー、しょうがないなー。」

夫と桜が智絵里から離れ、掃除に戻っていく。

「って事なんで、智絵里も顔洗って着替えたら片付け一緒にやろう。」

にっこり笑ってそう言った夫の眼にはうっすら涙が浮かんでいた。


65 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 03:30:38 mYxg0JI.
嘘だゾ、絶対にハッピーエンドで
終わらないゾ(疑心暗鬼)


66 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 03:43:23 TcRfa0Wo
洗面所で顔を洗って身支度をする。

ダイニングからは夫と桜の弾んだ声が聞こえる。
眼に涙を浮かべているのを桜に見つかり、からかわれているようだ。

窓から外を見てみると、雲ひとつない青空。
片付けが終わったら、お弁当を持って3人でどこかへ出かけよう。ぴにゃこーランドでも近所の公園でも、3人一緒ならどこでもいい。

「ママー!準備まだー!」

桜に呼ばれてダイニングへ向かう。

もう伏し目がちな昨日なんていらない。

今日、ここから、私たちは家族をやり直すんだ。


67 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 03:51:13 TcRfa0Wo
あ、完入れ忘れた…

終わりです。お目汚し失礼しました。


68 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 03:51:55 mYxg0JI.
お疲れ様やで


69 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 03:55:28 X.HpDtas
お疲れ様です

いいゾ〜これ


70 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 08:47:20 mREIPsMs
いいゾ~コレ


71 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 08:50:25 jD4Gkdi.
すっげぇよかったゾ〜


72 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 09:08:38 q40mMJxs
なぜこうも文豪が集まるのか?


73 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 09:13:55 0KMpANN.
ホモは文豪


74 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 10:03:21 TcRfa0Wo
初めてSSを書きましたが、難しかったです(小並感)
安価裁きの上手いSS作者さんってすごい。改めてそう思った。

>>21
ぴにゃこーランドのネタありがとうございました


75 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 10:36:54 PKPj/9XI
SS兄貴の文豪っぷりに涙がで、でますよ・・・
安易なバッドエンドや投げ出しに終わらず幸せな後片付けをして終了だったところが
とても気持ちよかった(小並)


76 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 10:56:03 afBa2rUQ
ええ話やこれは…
最後をTHE IDOLM@STERの歌詞で締めるとか粋過ぎィ!


77 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 11:23:35 BxyljYw6
お〜ええやん(ご満悦)
智絵里はこういうの似合いますね……


78 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 11:28:08 0Ucmnzdw
乙倉くん
これでSS初挑戦だったのか(驚愕)ホモは文豪、はっきりわかんだね
自分にもまともなSS書けるだけの文章力を…一本だけ!下さいっ!


79 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 13:06:59 NTEKPxIo
ええやんええやん


80 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 15:37:27 0u8SGEVg
若干加筆修正したのって需要ありますか?(小声)


81 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 15:58:49 WlDFD1Bc
ありますあります


82 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 16:48:21 0u8SGEVg
http://touch.pixiv.net/novel/show.php?id=6064132

まさか自分がpixivにSSを投稿する事になるなんて、夢にも思いませんでした。


83 : 必要ねぇんだよ!名前なんか :2015/11/21(土) 18:35:24 ???
虐待されてた訳じゃないけど親子仲が悪かった知り合いはやたらと大人びてましたね


84 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 18:42:56 1bumo8ko
>>83
こんな親みたいにならないように自分がしっかりしなきゃ…ってなりますからね


85 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 18:58:59 TcRfa0Wo
自分は"ああはなるまい"と努力していたつもりだったのに、どこかで親と同じ様な言動をしてしまって絶望するとかね


86 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/21(土) 19:00:22 DuhNt8Rg
はえ〜、すっごい大作・・・(感動)


87 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 07:12:23 IZaCDTjk
新田「緒方って奴は何やらせても愚将じゃけえ」


88 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 07:17:36 JYUl3L3o
>>82
やりますねえ!
評価してフォローしますよ〜するする…
ここでもpixivでもいいからまた書いてくれよな〜頼むよ〜


89 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 07:44:49 J7.yBBeg
これで初めてとかウッソだろお前⁉︎?(賞賛)
読みやすくて描写も丁寧でとても良かったです


90 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 09:44:51 VTu/cO6s
緒方家は家庭内がギスギスしてるくらいだと思うけど市原家はやばそう


91 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 11:51:34 nRCOM3QY
母と一緒にTVを観ている。
父がプロデュースするアイドルの応援をするためだ。
父は仕事が忙しいようで数日顔を合わすことのできない事もあったが、こうしていると父の存在を強く感じられる。

TVを観ていると、母はたまにアイドル時代の思い出話をしてくれる。
アイドルの輝かしい一面だけでなく、ステージに上がることが出来るようになるまでの、苦しかったであろう下積み時代のことも懐かしそうに、そしてとても楽しそうに話すのだ。
そんな母を見て、

「私もアイドルになりたい!」

と母に語る。そうすると母は決まって

「じゃあ、パパにプロデュースしてもらおうね。」

と、微笑みながら答えてくれる。優しく私の頭を撫でながら。


冬の寒い朝に暖かくて柔らかい毛布に包まれているような幸せな時間。
私はそんな時間が何よりも大好きだった。


92 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 12:33:01 nRCOM3QY

「むー…パパのばか…」

私は自分の部屋の机で頬杖を突いてうなっていた。
空いた方の手で今日母から返された父兄参観日のプリントをいじくっている。
父は仕事の都合がつかなくてどうしても出ることが出来ないらしい。
元々、父は毎日忙しそうにしており数日顔を合わせない事もあったが、最近はそれに輪を掛けて忙しいようだ。

新しいプロジェクト。
数ヶ月前、父はそれに抜擢されたと嬉しそうに語ってくれた。しかし、それからというもの、今までは少なくても週に数度は家に帰ってきて話もしてくれていたのが、最近は週に1度しか帰ってこないことが多く、帰ってきてもすぐ自分の部屋で眠ってしまう。
休みのはずなのに、結局部屋に篭って出てきてくれない事もあった。

「パパのばか……はぁ…」

大きくため息をつきながら机から立ち上がってプリントをランドセルに入れる。
目に入ったぴにゃこら太のぬいぐるみの頭をぽふぽふと軽く叩く。
1年くらい前、家族みんなでぴにゃこーランドに遊びに行った時に父にお願いして買ってもらったものだ。

「また、みんなで遊びいきたいなぁ…」

今日、学校で友達が家族で遊びに行った話を聞いた。正直、すごく羨ましかった。
何度か、父の仕事がプロデューサーじゃなくて忙しくない普通の仕事だったら良かったのに、と思ったこともある。

「はぁ…」

再度ため息をついて、机に座り直す。

しばらくの間、今度の父の休みの日に何をしてもらおうか、そんな事を考えていたら、部屋の外から母の携帯電話の着信音が聞こえてきた。


93 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 12:56:39 nRCOM3QY

部屋の外から物の割れる音が聞こえる。壁に向かって投げつけられているのか、私の部屋にも振動が伝わってくる。
私は部屋の隅で震えながら体を抱えるように座り、涙を堪えていた。

怖い。

いつからか、母は少し変わってしまった。
話をしている時、ふと怒っているような、寂しさを堪えているようなそんな表情をするようになった。
TVで一緒に父がプロデュースするアイドルを観ていてもどこか上の空で、ただTVの画面を見つめていることもあった。

しばらくすると物の割れる音はしなくなり静かになったが、今度はインターホンとドアが叩かれる音が鳴り響いた。

もう涙を堪えることが出来なくなった私は、ベッドに入って布団を頭から被った。
泣き声だけは漏らさないように、両手のひらを口に押し当てた。

"心配させちゃダメだ。"

きっと、母だって辛いのだ。
それなら私は母の負担にならないように自分の事は自分でやろう。
辛いことがあっても、我慢しよう。

布団の中で声が漏れないよう、抱きかかえた枕に顔をうずめ、丸まるようにしてそんな事を思っていた。


94 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 13:36:06 YeLl2c8.
も始!


95 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 13:40:29 nRCOM3QY

家族みんなでぴにゃこーランドにいる。
アトラクションを一通り楽しみ、帰りに寄ったお土産屋さんで私はぴにゃこら太のぬいぐるみを父にねだっている。

「ねー!パパ、おーねーがーいー!」

私は父の左腕にぶら下がるようにしてお願いを続ける。
しばらくして、父が折れたのか苦笑いとともに買ってくれたそれを頭の上に掲げて、少し後ろにいる母の方へと身体ごと向き直った。


向き直って見た先の母は、声を上げて涙を流しながら

「ごめんなさい…」

と呟き続けていた。


96 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 13:41:31 bfmjIJsc
お、開いてんじゃ〜ん


97 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 13:46:40 wEtpIXL.
もう始まってる!(ホモガキ)


98 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 14:28:41 nRCOM3QY

ショックとともに目が覚めた。

心臓がうるさい。何度か大きく息をしながら部屋の中を見やると、ベッドの脇に母が座っていた。
びっくりして息が止まりそうになったが、ベッド脇の母は夢の中と同じように涙を流しながら、ごめんなさい、と繰り返し呟いている。

「ママ…?」

母は答えない。

「ママ…泣いてるの…?」

呼びかけても話しかけても、母は俯いて時おり手の甲で涙を拭いながら、ごめんなさい、と繰り返す。

「ママ。」

私はベッドから起き上がり、母の元へと歩み寄る。

涙を拭っている母の手に触れた。
顔を上げた泣き顔の母と目が合う。

「ママ、泣かないで…?ママが泣いてると桜も泣きたくなっちゃう…」

そう言うと私は母の胸に飛び込んでいた。

さっきあんなに泣いたのに涙が溢れてきた。泣き声も堪える事ができない。
母の背中に両手を回して抱きしめた。

母も私の私の背中に手を回し、抱きしめてくれた。

「ごめん…ごめんね…ママが子どもだったね…」

そういう母に、そんなことない、と言葉で伝える代わりに背中に回した手に力を込めた。
母を慰めるように、母に思い切り甘えるように、両手に力を込め続けた。


99 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 15:12:09 nRCOM3QY

玄関の鍵を開けようとする音で目が覚めた。

ドアが開かれ、閉まる音と振動がした。
誰かが玄関から廊下を通ってこちらへ歩いて来ている。
廊下とダイニングをつなぐドアを開けた音がした。

「うわぁ!?」

父が帰って来たみたいだ。


昨夜は母に抱きついて、そのまま眠ってしまったみたいだ。
私は隣でまだぐっすりと眠っている母を起こさないよう、そろそろとベッドから離れた。
部屋からダイニングへと移動し、ダイニングの入り口で立ち尽くす父に声を掛けた。

「パパ、おかえり。」

私の存在に気付いた父が弾かれた様にこちらへ駆け寄る。

「桜!?智絵里は!?怪我とかしてないか!?」

すごい勢いで質問をまくし立てる。

「あのね…」

私は昨夜の事を分かる限り父に話した。
父は途中から膝を付いてしゃがみ、私に目線を合わせる様にして私の話を黙って聞いてくれている。

「そうだったのか…」

父は私の話を聞き終わると、全然気がつかなかった…、と呟きながら悲しそうな表情を浮かべていた。俯いて何か考え事をしている様だ。

私が父のワイシャツの肩口あたりを摘み、おずおずと

「パパ、あのね。ママを怒らないであげて?きっとママも辛かったんだと思うの。」

そうお願いすると、一瞬あっけに取られた表情をしたが、すぐに笑顔になって

「わかってるよ。約束する。」

そう言って軽く私を抱き締めて頭を撫でてくれた。しばらく撫で続けた後、父はよしっ、と声を出して立ち上がり、ワイシャツの袖をまくりながら

「とりあえず、ママが起きてくる前に一緒に片付け始めちゃおうか。」

と笑顔でそう言った。


100 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 16:29:55 nRCOM3QY

しばらくの間、掃除機を使って床に散乱する食器や蛍光灯の破片を片付ける手伝いをしていると、母が子供部屋から起き出して来た。

「お、智絵里おはよう。」
「ママ!おはよう!」


「………おはよう…?」

母は状況が飲み込めないらしく、立ち尽くしている。そこへ

「俺、プロジェクト降りたよ。」

と、父が告げた。

「もちろん全て投げ出したわけじゃなくて、ある程度目処がついたから残りの重要な部分以外は武内に引き継いでもらったんだ。」

持つべきものは優秀な同僚だな、と頷きながら明るい声で母に語りかけている。

「え!?じゃあ、これからはもっと一緒にいられるの!?」

私が割り込む様に話しかけると、

「そうだな。少なくても前と同じくらいは時間作れるんじゃないか?」

父がそう言うと、私は、やったー!と声を上げた。行きたいところ、やりたい事がいっぱい頭に浮かんで来た。
じゃあ、今度の休みにどこどこ行こう!なになにしよう!と矢継ぎ早に話した。
父は私の勢いに驚いた様で

「まぁ、その話は後にして、今は片付けやっちゃおう。」

と片付けに戻って行った。私も先ほどより弾んだ気持ちで掃除機を掛けた。

"嬉しいなぁ。"
"ぴにゃこーランドにもまた行きたいなぁ。"
"あ!でも、またパパの会社にも行きたいなぁ。"

うきうきしながら、ふと母の方へ目をやると、心ここにあらずといった様子で未だに立ち尽くしている。

そこに、いつもよりも真剣な顔をした父が母に問いかけた。


「ところで、この部屋どうしたの?」


101 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 17:06:19 nRCOM3QY

母は何も答えない。

何か話そうとする度、怯えた様に身体が縮こまっていく。
腕を身体の前で身を守る様に組み、俯いて震えている。

父が母の元へと歩み寄る。

1歩、もう1歩と父が踏み出す度に、体の前で組んだ腕を強く抱きしめる様に力を入れている。

「智絵里…」

父が歩み寄る足を止め、母に呼びかけた。

母は何も答えられず固まっている。

「智絵里。」

母の身体が強く強張り、首をすくめる様に格好になった。


そんな母を父は抱き締めた。


父は智絵里に語り掛ける。

「俺の事が嫌いになったか?」

母は答えない。

「結婚しても芸能活動続けたかったか?」

母は答えない。

「俺が帰って来ない間、辛かったか?」

母の肩がビクッと震えた。

「……俺がプロジェクトに参加するの、本当は嫌だったか?」

夫の背中に回した母の腕に力が篭った。


「………嫌だったよ。」

母が震えはしているが、はっきりとした声でそう言った。

新しいプロジェクトを引き受けてからの心配だったこと、不安になったこと、そして一緒にいれなくて寂しかったこと。
それらを涙声で、時折しゃくりあげながらも父に吐き出していく。

私は驚いていた。母も父と一緒にいられなくて寂しいと、私と同じ気持ちでいたのだ。
いつも通り優しく笑って、私の父に会えない不満にも、宥める様に言い聞かせてくれた母が、心ではその様に思っていたのだ。


「………ごめん…そんな事、全然気付いてやれなかった…」

全てを聞き終えた父はそう呟いた。寂しい思いをさせてすまない、と父は母を強く抱き締めている。
母は父の胸に頭を押し付けたまま、首を横に振っている。
謝る必要なんてない、弱い私が悪い、とくぐもった声で言い続けている。


102 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 17:32:58 nRCOM3QY

2人は抱き合って、ずっとお互いに謝り続けている。

私は1人取り残された様にダイニングに佇んでいた。

"どうしよう、どうしよう、どうしよう"

何とかしなきゃ、と頭をフル回転させる。

"あ!"

"そういえば、この前拓海ちゃんと一緒にTVを観てた時に……"


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1月ほど前、母のアイドル時代の友人の向井拓海が遊びに来てくれたことがあり、
ちょうどTVで橘ありすの料理番組がやっていたのでそれを観ることとなった。

ゲストには結城晴と的場理沙が招かれていた。供される料理が"思い出の料理"ということで何かを察した2人はお互いに試食を譲り合っていたが、結局、ありすの

「ちゃんと2人分あるので大丈夫ですよ。」

という言葉で、2人共なんとも言えない表情を浮かべて試食をしていたのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

"美味しいんだけどなー、ありすちゃんのいちごパスタ。"


…違った。

あの時、拓海はなんと言っていたか?思い出すために再び頭をフル回転させる。


"あ! 思い出した!"


私は2人に歩み寄り、父のワイシャツの裾をくいくいと引っ張る。

「パパ…」

こちらへ顔を向けた2人に私はおずおずと言った。

「こういう時は"けんかりょーせいばい"だって拓海ちゃんが言ってた…んだけど…」


103 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 17:33:31 nRCOM3QY
サンキュー橘


104 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 18:20:10 rCCt3dKQ
十年以上たってもいちごパスタはいかんでしょ


105 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 18:21:54 nRCOM3QY

一瞬の間があり、父と母がお互いの顔を見合わせると、どちらからともなく、ぷっ、と笑いが漏れた。

少しの間2人が笑い続けた後、父が

「そうだな、喧嘩両成敗だな。」

と言い、私を抱き寄せた。

急に抱き寄せられ少し驚いたが、父に頭を撫でられ、母には背中をさすられているとこそばゆい様な照れ臭い様な気持ちになってくる。

私が父のお腹のあたりに顔を埋めてしばらく2人のされるがままになっていると、

「じゃあ、罰としてパパとママで部屋の片付けやっちゃうか!……桜も手伝ってくれてもいいんだよ?」

と言った。

私は急な手伝いのお願いに父のお腹から顔を離し

「えー!?」

と非難の声を上げたが、見上げた父の眼にうっすらと涙が浮かんでいるのを見て、

「もー、しょうがないなー。」

と、笑って答えた。

父と一緒に母から離れていくと、途中で父が母の方に向き直り、

「って事なんで、智絵里も顔洗って着替えたら片付け一緒にやろう。」

にっこりと笑って、母にそう言った。私はそれを見ながら、

"うん。真剣な顔もいいけど、やっぱりパパは笑顔の方がいいよ。"

そう思った。


106 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 18:22:56 wEtpIXL.
や笑ナ


107 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 18:56:23 nRCOM3QY

父と一緒に片付けを続ける。母は洗面所へ身支度をしに行ったようだ。

しゃがんで食器の大き目な破片を拾っている父の元に歩み寄り、肩に手をおいて耳元で

「パパ、さっき泣いてたでしょ。」

と、いたずらっぽく言う。

父の肩がビクッと動き、みるみる耳まで赤くなった。

「……泣いてねーし。…ここんとこ徹夜続きで眠くてあくびが出ただけだし。」

目を逸らして、クラスの男子の様な言い訳をしている。

「…じゃあさ、もう1回顔見せてよ。」

私が顔を逸らした父の顔を覗き込もうとすると、くるりと背中を向けてしまう。

「…」
「…」

何とか見てやろうと正面に回り込むと、また私に背を向けるようにくるりと回る。
そんなことを何度か繰り返していたら、足をもつれさせた父が仰向けに転んだ。

「やっぱり、泣いてるじゃん!」
「ちげーし!転んだ拍子に涙出ただけだし!」

"さっきまではちょっとカッコよかったのに、なんだろうこの大きい子どもみたいなのは。"

そんなことを考えていると、立ち上がった父の手がぽふっと頭に乗せられた。

「桜にも寂しい思いさせたね。」

申し訳なさそうな顔をしてそう言った。

「もう、いいよ。」

私はそう言ったが、父は、いや、でも、などと言っているので、

「けんかりょーせいばいって事にしよう?」

そう私が言うと、

「…そうだな。」

と言って、また私の頭に手を置き、わしゃわしゃと髪を撫でた。

髪を撫で終わった後、今度は肩をポン叩くと、

「そろそろママの準備出来ただろうから、呼んで来てくれる?」

と頼まれた。

私はダイニングから洗面所に通じる廊下に向かい

「ママー?準備まだー?」

そう呼びかけた。


洗面所から出た来た母は、いつもよりすっきりした様な顔をしていた。


108 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 19:08:51 nRCOM3QY

片付けが終わった後、家族みんなで近所の公園に来ている。
公園に着いたらちょうどお昼になり、母が腕によりをかけて作ってくれたお弁当を食べるところだ。

空は雲ひとつない青空。

お弁当が食べられそうなベンチに腰掛けお弁当箱の蓋を開ける。

「わぁ…」

お弁当の中身はみんなの好きなものでいっぱいだった。

母の顔を見ると、ニコニコと笑っている。
父を見ると、お弁当に入っている唐揚げに目が釘付けになっている様だ。

「それじゃあ、いただきましょう。」

母がそう言うと、3人とも胸の前で手を合わせる。
お互いの顔を見合わせて、

「「「いただきまーす」」」

と声を上げた。



公園で遊んだ後、父と母の間に入り手を繋いで家に向かって歩いている。

遠くを見ると、夕陽が街並を照らしている。
足下を見ると、3人の横に繋がった影が足下から伸びている。

父と母、それぞれに繋いだ両手に力を込める。

色々あったけど、これからもこうやって一緒に歩いて行きたい。

また顔を上げて遠くを見る。


街は晴れ色、心も晴れて

もう一度両手に力を込める。

"歩いて行きたい" じゃない、家族みんなで "歩いて行く" んだ。


ー完ー


109 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 19:10:41 nRCOM3QY
ありがとうございました。

調子に乗って2作目も書いてしまいました。


110 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 19:17:32 c7H2gq66
>>1乙倉


111 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 19:22:48 7EoxOnRc
緒方監督が野間を寵愛するのは幼少期に親から愛情を貰えなかった事の反動なんですね…


112 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/22(日) 22:03:39 ZFNAZ6iY
パパが絡むと途端にコメディっぽくなりますね…


113 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 00:55:11 amjphcQk
pixivに投稿しろ


114 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 00:56:40 jjO/AcJk
娘さんはどのくらいの年齢なんですかね、2桁行くか行かないかくらい?


115 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 07:14:44 KcQvo9vg
>>113
やっぱりこういうのに掲示板使うのよくなかったですか
今後はpixivのみにします
すみませんでした

>>114
そうですね、8、9歳くらいのイメージで書きました


116 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 07:42:20 06/epTIM
>>115
>>113の書き込みは多分、(これだけのSSが書けるんだから、もっと色んな人に読んでもらう為に)pixivに(も)投稿しろ
的なニュアンスだと思うんですけど(名推理)

また面白いのが出来上がったら、こ↑こ↓に投下してくれよな〜頼むよ〜


117 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 07:44:01 amjphcQk
113ですが116さんと同じ意見です
誤解を招いてすみませんでした


118 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 07:46:18 06/epTIM
とりあえず>>1にこの返事を目に入れてもらって誤解を解く為にもage続けなきゃ(使命感)


119 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 08:37:33 KcQvo9vg
>>116
>>117

それなら良かったです


120 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 11:19:01 ZtxibVRQ
優しい世界


121 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 12:01:09 MoJopTyc
いいゾ〜これ

サンキューたくみん


122 : おさらい決闘者 :2015/11/23(月) 12:38:51 ???
親孝行したくなった


123 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 14:24:40 KcQvo9vg
ちょっと聞きたいんですが、家庭環境が怪しそうなアイドルって

仁奈ちゃん
智絵里
きらり


くらいですか?
個人的には薫ちゃんとか天真爛漫なのに握り箸とかそこはかとなく闇を感じるんですが…


124 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 14:33:01 .TTpTogg
ライラさんはパーティやってたくらい金持ちっぽいけど家出したり
岡崎先輩は子役時代と人形じゃない発言とか
こずえちゃんは親って何ー?って言ってたけど母親いるみたいになってたし微妙か


125 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 14:35:10 IQCeGHUA
杏はそんなにやばかったでしたっけ?
だらけ気味な娘を矯正させるための一人ぐらしっぽい感じだと思ってましたが


126 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 14:38:24 TGhSwMVo
スターライトステージでは
杏親「だらけ過ぎィ!じゃけん今後の為にも自立させましょうね〜」

杏「なら東京で一人暮らしする」

杏親「しょうがねぇな〜(悟空)」

杏「やったぜ。」

という流れだったような


127 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 14:42:25 Ij9hmdTM
しかもマンション買うとかいう大胆さ


128 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 14:44:44 IQCeGHUA
デビューする前は荒れた暮らしをしてたのって、ヤンキーのたくみんと家出娘の周子ぐらいですかね?


129 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 15:08:42 KcQvo9vg
>>125
ポンとマンションを買える裕福さ
=税金対策+杏が使わなくなった後に賃貸に回して資産運用。

そんな裕福な環境に甘えない様に、と戒めるわけでもなく、ニートが容認される環境。

おお、もう…


130 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 15:17:12 IQCeGHUA
>>129
でもお金持ちの家に割とありがちな環境であってネグレクトとかそういうのではないよね

本当に虐待とかネグレクトとか受けてたら金木くんみたいになっちゃう


131 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 15:28:12 KcQvo9vg
>>130
確かに。

頑なに着ぐるみを脱ごうとしない仁奈ちゃんとか
特定の営業先に行くと表情の曇る岡崎先輩とか
握り箸を直してあげようとすると泣き叫んで抵抗する薫ちゃんとか

そんなことがモバマスの世界になくて本当に良かった。


132 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 15:30:00 TGhSwMVo
誰かを傷つけるより傷つけられる人になりなさい(ボコー


133 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 15:32:10 IQCeGHUA
摘まなきゃ(使命感)


134 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 15:34:07 9SWBJYeY
そういえば忍ちゃんも家出同然でアイドルになりに来たらしいですね…

ラブリーチカちゃんもなんか怪しい…


135 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 15:34:37 PhH.poCg
誰が耳にムカデを入れられるんですね(戦々恐々)


136 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 15:36:05 Lxpm4RXI
>>82
作者名で草


137 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 15:36:06 IQCeGHUA
>>135
幸子でしょ


138 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 15:44:49 KcQvo9vg
男に抱かれている間は、自分が必要とされていると実感出来る美優さんとか
お酒を飲んでいる間だけは辛いことを忘れられる…、と呟きながらバーのカウンター突っ伏している楓さんとか
何か留学先で色々あって、強くならなきゃいけない、と決意した木場さんとか

そんなのいるわけないだろ!いい加減にしろ!


139 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 15:47:35 IQCeGHUA
そういうダメ大人妄想ってあんまりされないから新鮮だなぁ…

和久井さんとか相当なダメンズウォーカーだと思う


140 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 15:58:44 KcQvo9vg
>>139
結婚をちらつかされて、"将来的には2人のものになるからいいじゃん"
という言葉に乗せられて様々な金品を貢ぎあげたけど、
ある日、急に相手が音信不通になって半狂乱になる和久井さんなんて存在しない、いいね?


141 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 16:03:16 IQCeGHUA
菜々さんやシュガハさんみたいに痛々しいけど軸のある人間はなぜかそういう妄想は出てこないですね
将来に対する漠然とした不安みたいなネタはできるでしょうけど


142 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 16:05:21 MoJopTyc
>>136
意識低い名前から生まれるハートフルSS


143 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 17:52:57 CqvQ4ufU
BADENDあくしろよ


144 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 19:33:40 MoJopTyc
>>143

ID変わりましたが作者です。

BAD END

父と一緒に片付けを続ける。母は洗面所へ身支度をしに行ったようだ。

しゃがんで食器の大き目な破片を拾っている父の元に歩み寄り、肩に手をおいて耳元で

「パパ、さっき泣いてたでしょ。」

と、いたずらっぽく言う。

父の肩がビクッと動き、みるみる耳まで赤くなった。

「……泣いてねーし。…ここんとこ徹夜続きで眠くてあくびが出ただけだし。」

目を逸らして、クラスの男子の様な言い訳をする。

「…じゃあさ、もう1回顔見せてよ。」

私が逸らされている父の顔を覗き込もうとすると、くるりとこちらに背中を向けた。

「「………」」


何とか見てやろうと正面に回り込むと、また私に背を向けるようにくるりと回る。
そんなことを何度か繰り返していたら、足をもつれさせた父が尻もちをついて転んだ。

「やっぱり泣いてるじゃん!」
「ちげーし!転んだ拍子に涙出ただけだし!」

(さっきまではちょっとカッコよかったのに、なんだろうこの大きい子どもみたいなのは…)

そんなことを考えていると、立ち上がった父の手がぽふっと頭に乗せられた。

「桜にも寂しい思いをさせたね。」

申し訳なさそうな顔をしてそう言った。

「もう、いいよ。」

私はそう言ったが、父は、いや、でも、などと言っているので、

「"けんかりょーせいばい"って事にしよう?」

そう私が言うと、

「…そうだな。」

と言って、また私の頭に手を置き、わしゃわしゃと髪を撫でた。


145 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 19:40:01 MoJopTyc

私は撫でられながら、ふといたずらを思い付いた。


「頭をナデナデしないでよ、もう子供じゃないって言ってるでしょ!」


部屋の空気がピシッと音を立てて凍りついた様な気がした。

父は頭を撫でていた手を引っ込め、ビックリしたような表情をしている。
どことなく、悲しそうな色も混じっているが。

「…えへへ。ビックリした?この前、杏ちゃんに教わったんだー。
何か前に人気があったゲームのセリフなんだって!」


父は安心した様に大きな息を吐き、

「……ああ、本当、ビックリしたよ。」

と苦笑いをしながら答える。その後も、ついに反抗期が始まったのかと…、とかぶつぶつ呟いている。

「他にも色々教わったんだよ!え〜っとね。」

私は教わったセリフを思い出しながら、どんどん披露していく。

「ぱんぱかぱ〜ん!」

「元気無いわね!そんなんじゃダメよ!」

「も〜っと私に頼っていいのよ!」

私が披露するセリフを父は楽しそうに聞いている。

私も得意になってセリフを続ける。


「なんか、ヌメヌメするぅ!」


再び、部屋の空気が凍りついた。今度はビシッ、という音が聞こえた気がした。

「……桜。そのセリフはお外で言っちゃダメだ。」

「えっ、どうして…?」

「ダメだ。」

「でも…」

「…そのセリフは、お外では、使わない。いいね?」

頭の奥底から、"アッハイ"という言葉が聞こえた。

私は父の迫力に押され、気付けば

「わかりました…」

と答えていた。

その答えを聞いて満足したのか、父はいつもの笑顔に戻り、

「そろそろママの準備出来ただろうから、呼んで来てくれる?」

と頼まれた。

私はダイニングから洗面所に通じる廊下に向かう。

背後では、杏のやつ、うちの桜にろくでもないこと教えやがって…とか、武内に頼んで幸子のロケに同行させてやる、とか呟いている。

私は心の中で杏ちゃんに謝りながら、

「ママー?準備できたー?」

そう呼びかけた。


(杏)BAD END


こんなもんで許して下さい!(幸子が)何でもしますから!


146 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 19:44:51 zu0NiOz6
ええんやええんや
笑い飛ばせる終わりの方がいいってウルトラマンもいっとったわ


147 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 20:56:23 CqvQ4ufU
おっつおっつばっちし!


148 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 21:28:55 KcQvo9vg
>>146
>>147

再度ID変わりますが作者です。
サウンドノベルの428的なBAD ENDしか思いつきませんでした。


149 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 21:55:55 6.M268qk
NANじぇい民の豆腐メンタルにも優しいBADENDいいぞ〜これ


150 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 22:39:57 KcQvo9vg
ちなみに幸子のロケは

・エベレスト
・チョモランマ
・サガルマータ

の3択で登山に行く模様


151 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/23(月) 22:56:40 zoWHnJt.
猛吹雪のエベレスト山頂から響くふふーんという声


152 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/24(火) 10:10:34 XMDQ8fC6
杏の身体が小さい理由で

ちょうど12〜15歳くらいの成長期の間、父親の事業がうまく行ってなくて、
小学校の給食くらいしかまともな食事が摂れなかったんだけど、
中学からは給食じゃなくて弁当になったせいで本格的に食事が摂れなくなって、
成長期なのに十分な栄養が得られないから発育が遅れた、っていうのを思い付いたんだけど、どう?


153 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/24(火) 11:22:33 CpMtCPWs
杏の性格は生まれつきの体からくる自覚と諦観みたいなのが感じられます
自分のスペックをよく理解してる+ものぐさのミックスが杏の怠惰さではないでしょうか


154 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/24(火) 11:50:36 1d2ry2zs
>>123
きらりって家庭環境怪しい話あんの?
デカい以外の闇は感じないけど


155 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/24(火) 12:21:51 vkRE4Hgw
>>154
すみません。
かなり深読み&穿った考え方をしたら、ちょっと可哀想なビジョンが浮かんでしまってリストに入れてしまいました。
公式のエピソードではそんな描写は無かったと思います。


156 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/24(火) 12:35:30 bDGjBtX2
>>153
諦観…確かに彼女からにはそういうのが伝わりますね

幸子は未だに家庭環境が真っ黒なのか、寧ろ大の親バカ家庭なのか判断つかないように取られててムズムズする


157 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/24(火) 12:51:46 1d2ry2zs
>>155
無理くり設定ねつ造
シンママのきらり母がデカく育ったきらりを見ると別れた恵体の旦那を思い出すため、日頃から小さくて可愛い子が良かったと言われて育つ
それゆえに小さい物やファンシーなファッションにこだわりを見せるようになったとか
普段のキャラもせめて人当りだけはかわいくいようとする仮面でしかなく、時折見せるきらりんパワーのおしおきタイムのみ本当の自分を出せるのだった…

ダメだ、これただの金木くんだ…


158 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/24(火) 12:53:18 bDGjBtX2
多田野は喰種だった…?


159 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/24(火) 13:52:58 x3UGLmt2
怖い人と思われるくらいなら変人と思われたほうがいいというきらりの切ない考え
杏の諦観の話が出ていますが、きらりのこれもある意味諦観の結果なんでしょうね
だからこそ杏もすぐ見抜いたのでしょうし


160 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/24(火) 20:24:56 CpMtCPWs
両者とも他人と大きく違う体でどう他人の視線と向き合うかと悩んで、杏は引きこもり、きらりは自身を戯画化することを選んだ
対極の反応に見えますが実は同じ根から芽生えた防御行動なのは間違いない
それぞれが自分の選んだ道選ばなかった道と重なるから理解しやすい訳ですね

こんな二人がアイドルになって自身を全肯定して強く輝いているのホント好き


161 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/24(火) 20:28:05 oYcVJLc.
杏は分かりませんがきらりはすごく愛されて育ったんだと思います


162 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/24(火) 20:47:55 rsaBKaGs
両極端の方針を取ってるのにお互い認めあってるところがいい
しかしアニメではきらりとちえりはんまし絡まなかった印象


163 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/25(水) 15:12:35 OKCVj9zY
またBAD END(BADとは言ってない)書いたんですけど、貼っていいですか?(小声)


164 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/25(水) 15:13:40 eGkAXHfk
>>163
オネシャス


165 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/25(水) 16:01:39 OKCVj9zY

父と一緒に片付けを続ける。母は洗面所へ身支度をしに行ったようだ。
しゃがんで食器の大き目な破片を拾っている父の元に歩み寄り、肩に手をおいて耳元で

「パパ、さっき泣いてたでしょ。」

と、いたずらっぽく言う。
父の肩がビクッと動き、みるみる耳まで赤くなった。

「……泣いてねーし。…ここんとこ徹夜続きで眠くてあくびが出ただけだし。」

目を逸らして、クラスの男子の様な言い訳をする。

「…じゃあさ、もう1回顔見せてよ。」

私が逸らされている父の顔を覗き込もうとすると、くるりとこちらに背中を向けた。

「「………」」

何とか見てやろうと正面に回り込むと、また私に背を向けるようにくるりと回る。
そんなことを何度か繰り返していたら、足をもつれさせた父が尻もちをついて転んだ。

「やっぱり泣いてるじゃん!」
「ちげーし!転んだ拍子に涙出ただけだし!」

(さっきまではちょっとカッコよかったのに、なんだろうこの大きい子どもみたいなのは…)

そんなことを考えていると、立ち上がった父の手がぽふっと頭に乗せられた。

「桜にも寂しい思いをさせたね。」

申し訳なさそうな顔をしてそう言った。

「もう、いいよ。」

私はそう言ったが、父は、いや、でも、などと言っているので、

「"けんかりょーせいばい"って事にしよう?」

そう私が言うと、

「…そうだな。」

と言って、また私の頭に手を置き、わしゃわしゃと髪を撫でた。

「…なぁ、桜。」

父が髪を撫でていた手を止め、私に話しかけた。
表情は先ほどよりも険しくなっている。


166 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/25(水) 16:05:04 OKCVj9zY

「さっき尻もちついたときに何か踏んだみたいで、お尻がチクチクするから見てくれないか?」

そうだった。粗方片付いたとはいえ、床には食器や蛍光灯が散乱していたのだ。
片付けたつもりで取り切れていなかった破片を尻もちをついた際に踏み潰していても不思議はない。

「えっ!大変!」

私が慌てて父の背後に回り、スラックスのお尻のあたりを確認していると

“ぶっ”

私の目の前で音がした。

「油断したなァ!桜ァ!」

と、父は素早くこちらに向き直りながら言い、勝ち誇った顔をしている。

「パパ最ッ低!信じらんない!」

私は父を叩こうとするが、父が前に長く伸ばした手で頭を押さえられ、手が届かない。

「これからはからかう相手を考えるのだなァ!父をからかおうとするなど10年早いわ!」

フゥーハハハハハ!とTVで観たマッドサイエンティストさながらに高笑いを上げている。

「うるさい!このっ!このっ!」

さっきは“大きい子どもみたいなの”と思ったが、これはもう、まるっきり“大きい子ども”だ。
私は何とかして引っ叩いてやろうとあれこれするが、やっぱり父には手が届かない。
そんな応酬をしばらく繰り返していたら、父の背後から


「 あ な た た ち 、 何 し て る の ? 」


という母の声が聞こえて、父の顔が凍りついた。

「あっ!ママぁ〜!」

私は一目散に母に駆け寄る。

「あっ!待て!言いつけるのはヒキョーだぞ!」

という背後から聞こえる父が叫ぶ声に構わず、父の悪行を全て話した。
全てを聞き終わった母は、


「あなた、ちょっとお話しましょう。」


とにっこりと笑みを湛えて父に話し掛けた。


167 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/25(水) 16:07:35 OKCVj9zY

母と父の“お話”が始まって数分後、父はダイニングのフローリングの上で正座をしていた。
いろいろな“お願い”が母からされる度、父は、はい…、と弱々しい返事をしている。

“お願い”の内容を要約すると、“もういい大人なんだから、子どもみたいな真似はやめてください。”
ということだ。どうやら母も父に対して私と同じような不満を持っていたらしい。

一通り“お話”が終わると、母がこちらを振り返り私の名前を呼んだ。
私が急な呼びかけに思わず、

「はっ、はい!」

と飛び上がるように返事をすると

「パパに仲直りの印に何かやってもらおうと思うんだけど、桜は何がいいと思う?」

母の急な問い掛けに、少しの間、頭を働かせる。

「え〜と……。あっ。じゃあ―――」


168 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/25(水) 16:11:01 OKCVj9zY

片付けを済ませ、家族みんなで近所の公園に来ている。
空は雲ひとつない青空。
公園に着いたらちょうどお昼になり、母が腕によりをかけて作ってくれたお弁当を食べるところだ。
お弁当が食べられそうなベンチに腰掛け、2つのお弁当箱の蓋を開ける。

「わぁ…」
「……」

片方のお弁当は私と母の好きなものでいっぱいだった。
もう片方のお弁当箱は真っ赤で丸みのあるものでいっぱいだった。

母の顔を見ると、父の方を見てにっこりと笑っている。
父を見ると、目線が父のお弁当に入っているトマトの山と母の顔を行ったり来たりしている。

「それじゃあ、いただきましょう。」

母がそう言うと、3人とも胸の前で手を合わせる。
お互いの顔を見合わせて、

「いっただきまーす!」
「いただきます。」
「いただきます…」

と三者三様の声を上げた。


169 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/25(水) 16:13:15 OKCVj9zY

父がトマト嫌いをなんとか克服し、公園で遊んだ後、父と母の間に入り、
両手を繋いで家に向かって歩いている。
遠くを見れば、夕陽が街並を染めている。
足下を見れば、3人の横に繋がった影が足下から前へと長く伸びている。

右手で繋がる母の顔を見上げると目があった。
いつもみたいに優しく微笑み返してくれる。
左手で繋がる父の顔を見上げると、夕焼けを見ながら、
赤いなぁ…トマトみたいだなぁ…、と虚ろな目で呟いている。

怒るとちょっと怖いけど、とても優しい、でも、気持ちを内にため込む母。
笑顔が似合って頼りになるけど、どこか幼稚なところもある父。
母も、父も、ひとりで何でもできる完璧な人間じゃない。
お互い足りないところを補い合って生きているんだ。
そんな当たり前の事を今回の出来事で改めて実感し、私も2人を支えて行きたい、そう強く思った。

(まずは、パパの子どもっぽいところを治す所からかな。)

BAD END【父の威厳】


170 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/25(水) 16:14:29 OKCVj9zY
ありがとうございました。
仕事がヒマだったんです…


171 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/25(水) 16:16:15 eGkAXHfk
暇なときはシコシコ文章を練り上げる文豪の鑑


172 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/25(水) 16:49:12 a25ykHrE
まとめてピクシブにも投稿しろ


173 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/25(水) 17:41:48 OKCVj9zY
>>171
PCに向かって文章入力してれば仕事してると思われるステキな職場です
>>172
ありがとうございます。
これも含めて今までのはピクシブにも投稿しました


174 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/25(水) 18:50:12 V9jegJzQ
大人ちえりは髪をおろしてるとか想像したらああ^〜


175 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/25(水) 19:03:36 a25ykHrE
ピクシブブックマークに入れてやったぜ
これからも投稿しろ


176 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/25(水) 19:48:24 OKCVj9zY
>>174
(画像貼ってくれても)ええんやで
>>175
ありがとうございます。
励みになります。


177 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/27(金) 13:44:54 6KWCELi.
練習に純愛ものかきました


178 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/27(金) 13:45:42 6KWCELi.

ぷつっ…

針を刺した色白の左手首から真っ赤な血が滲んでくる。
それを見て佐久間まゆはうっとりと笑みを零す。

まゆの左手首には今回の刺し傷以外にも、治りかけの同様の傷、
すでに塞がってはいるが痛々しく手首を横に走る切り傷の跡などがみられる。
まゆは自殺志願者では決してない。
むしろ逆で、生の実感を得たいがために自傷するのだ。

特に生活に不満があるわけではない。アイドル活動も順調、
自由に使える金銭も同年代と比べれば非常に多いといえる。
にもかかわらず、まゆは生の実感を得られない。
まゆ自身にも理解できないが、時おり、喉が渇く様な感覚を覚え、
それを癒すために自傷行為に及んでしまうのだ。

しばらく傷口を眺め、“渇き”が収まってきたまゆは、眠りにつくためベッドへ向かうと
サイドテーブルにある彼女のプロデューサーの写真が入った写真立てを手に取り、
右手の指で傷口から拭い取った血を塗りつけた。

「うふっ・・・プロデューサーさんとの赤い糸・・・」

そう呟き、またうっとりとした顔をしてそれを眺めている。
しばらくそうしていたが、ちらりと時計を見やり、名残惜しそうに元の場所に戻すとベッドへ入った。


まゆは思う。
プロデューサーと結ばれれば、この渇きも癒えるのだろうか、と。


179 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/27(金) 13:47:50 6KWCELi.
終わりです。
まゆは純愛。


180 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/27(金) 14:09:49 DrBUJUcI
純愛って何だよ(哲学)


181 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/29(日) 19:07:47 Xqk9p6XA
リスカままゆは正直興奮するのでもっとやれ


182 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/29(日) 19:45:47 c6OgMBWs
はえ〜スッゴい投稿ペース…

普通に1〜2ヶ月空いちゃう僕も見習いたいですね
今も行き詰まってんだよなぁ…


183 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 09:52:36 4sXRpRDA
>>181
正直、明るいシーン書くより筆が乗る(ゲス顏

>>182
書き始めたばかりでネタが尽きてないだけですよ


184 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 12:14:57 4sXRpRDA
>>153
153さんの書き込みを自分なりに膨らませて1つ書いてみました。


185 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 12:17:54 4sXRpRDA
【序】

「ねぇプロデューサー、飴持ってない?」

明るい日差しの中、助手席に双葉杏を乗せた車は、彼女を担当するプロデューサーの運転で
高速道路を走っている。
赤坂・ブーブーエススタジオにて行われるクイズ番組の収録に杏を送り届けるためだ。

「あるけど……お前、さっきも食べただろ。」

プロデューサーは一応ではあるが、食べ過ぎだぞ、と釘を刺す。

「大丈夫だって、これから収録で頭使うんだから。」

それに杏、太らないし、と言いながら自分の胸のあたりをペタペタと触っている。

「……お前のシートの前、グローブボックスの中に入ってる。」

プロデューサーがため息をついて杏に飴のありかを教えると
それを聞いた杏はグローブボックスの中を漁り、飴の入った袋を取り出して

「ど・れ・に・し・よ・う・か・な〜っと」

と、上機嫌で飴の味を選び始めた。
それを横目で見ながら、プロデューサーは

「…なぁ杏。お前、もうちょっとだけやる気出さない?」

本気を出せばすごいのに、と何度目か分からない小言を言う。

「えぇ〜、疲れるからやだよ。それに、本気なんて出してもあんまり良いことないし。」

そんな小言に杏は飴を舐めながら、すっぱりと言い放つ。

「……お前、それ、年少組の前では絶対言うなよな。」

プロデューサーは再びため息をつき、運転に集中するために口を閉じた。
無言の時間が流れ、カーオーディオから流れる音楽だけが車内を満たしていたが、
しばらくすると杏が

「杏、ちょっと寝るから。着いたら起こしてね。」

と言い、シートにもたれ掛かり目を閉じた。
再び車内が音楽で満たされて行く。
目を閉じた杏は頭の中で、先程プロデューサーに言った言葉に、少し、訂正をする。

(本気なんか出したって、ろくなことないよ。)


186 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 12:19:25 4sXRpRDA
【1】

私は目を閉じたまま、最後に本気を出したのはいつだったか、と思い返す。
いくつか思い当たる様な出来事もあったが、本当の本気だったかと言われれば、
やっぱり違うような気がする。

(体使う事はともかく、他は初めての事でも大抵出来たからなー。)
(天才少女とか神童とか、そんな風に言ってる大人たちもいたっけ。)

体には道路の継ぎ目から生まれる大きめで規則的な振動が伝わる。
それに呼び起こされたのか、私の記憶の底へ押し込んでおいたものが浮かび上がって
来ようとしていた。

(……あーもう。もう割り切ったはずなのに。)

私は浮かび上がろうとするそれを、元の場所へと押し戻そうと努めたが、努力の甲斐無く
完全に顔を出してしまった。

(……まったく。ほんと、ろくでもないよ、あんたは。)

私はため息を付く様に、膝に顔を埋めて泣いている、今より少しだけ体が小さい
自分自身と向き合った。


187 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 12:31:16 4sXRpRDA
【2】

―― 個性、自分らしさ、持ち味、ナンバーワンよりオンリーワン ――

世間はそんな言葉で溢れている。
特別な存在でなくてもいい、そのままで “あなた” は素晴らしい、そう言っている。
どうしてそれらの言葉が受け入れられるのか。
それは、“特別な存在に憧れ、夢破れた者”に向けられた、慰めの言葉だからだ。
彼らは夢破れた後、自分の持つ好ましいと思うものを、“個性”や
“自分らしさ”という言葉に置き換えて自分を慰め、心の拠り所として
その後の人生を生きて行く。彼らを笑うことは出来ない。大多数の人間がそれに当てはまり、
それが普通だからだ。

そんな普通の人間である彼らのコミュニティに、特別な、それこそフィクションから
飛び出して来た様な存在を放り込んだらどうなるだろうか。

精神が成熟した者達なら、素直に受け入れ称賛するか、自分との違いにきちんと
折り合いをつけ、表面上は問題なく接することだろう。

――しかし、そうでない者達は?


188 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 15:06:46 4sXRpRDA
【3】

部屋にすすり泣く声が響く。
同級生からの執拗な追跡を辛くも振り切り、逃げ隠れるように飛び込んだ自室の隅で、
杏はその身を守るように膝を抱えていた。
ドアの外からは母親が心配そうに杏に呼びかける声が聞こえる。しきりにドアを開けようと
試みているが、杏が部屋に飛び込んだ直後に設置したデスクチェアが、
バータイプのドアノブのストッパーとなり開けることが叶わないでいた。

杏が自分の膝から顔を上げ、痛みを感じる右手首に目をやると、
強い力で抑え込まれたせいか、くっきりと手の形に跡が残っている。
――もしもあの時、うまく逃げ出せなかったら――そんな最悪の想像すると体が震え、
それを抑える様に近くにあったうさぎのぬいぐるみを強く抱き締め、再び膝に顔を埋めた。


189 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 15:10:14 4sXRpRDA

【4】

――最初は羨望の眼差しだった。

頭脳明晰、顔立ちも整っている事に加え、地元の名士の娘という事もあり、
大人たちもその周りも、天才少女、神童と杏を囃し立てた。
杏は得意になったり自分の能力をひけらかす様な事はしなかったが、
なぜ皆が自分と同じように出来ないのかが理解できない、そう心のどこかで感じていた。

そんな心の内が知らず知らず漏れ出ていたのか、周囲は少しずつ杏に対する
接し方を変えて行く。

最初は少し遠慮がちに杏との距離を取ろうとした。
自分では釣り合わないから、杏にはもっとふさわしい相手がいるから、と。

次は杏を貶める様な行動を始めた。
根も葉もない噂を流したり、数人で結託して失敗の責任を杏に被せようともした。
歩いているところを偶然を装ってぶつかられる、身の回りの物が隠される、
そういった事が始まったのもこの頃だ。

その後は、それらの行為を大っぴらに、大人数で行う様になり、
行われる内容もどんどんエスカレートして行く。

――羨望の眼差しだったそれは、嫉妬を経て、いつしか憎悪を孕んでいた。


190 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 15:12:02 4sXRpRDA

あるいは、杏もどこかの時点で折れてしまった方が良かったのかも知れない。
だが杏は不当に糾弾されるのを善とせず、自身の潔白を証明し、
相手の言いがかりに等しい主張を論破し、ひとり立ち向かった。
いや、“立ち向えてしまった。”

そんな行動の行き着いた先、それが今回の出来事だった。
男子生徒数人に待ち伏せをされ、人気のない場所まで追い立てられ、
あわや強姦されるところだったのだ。


精神的に成熟していない者達のコミュニティに“異物”が紛れ込んだ場合、
それを構成する人間はどの様な行動を取るか。

立ち向かう事も、受け入れる事も、目を逸らす事も来ない、そんな者達の最後の抵抗。

――それは排除である。


191 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 15:13:48 njyVDSBc
支援age


192 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 15:16:05 JuAAT8Yg
多田野最低だな


193 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 18:27:18 4sXRpRDA

【5】

私はぬいぐるみを抱き締めて顔を埋める。ぬいぐるみは私の涙を拭うように吸い取っていく。

(…こんな目に遭うんなら…余計な事するんじゃなかった……)

私が自分の正しさを示した行動は、余計に彼らを刺激し、
火に油を注ぐ結果となってしまった。
かといって黙っていれば、彼らの丁度いいオモチャにされていただろう。
途中からでも普通を装えば…、とも思ったが、今度はそれを口実に
攻撃をされる事は目に見えていた。
足掻く事も、留まる事も、進路を変えることも許されない。
足に重りをつけられ、ただ真っ直ぐと暗く深い水底へ沈み続けている、そんな感覚だった。

(……もぅ…やだぁ……わたし…最初から普通に…普通に生まれたかった……)

溢れてくる涙を押し戻すようにぬいぐるみに顔を強く押し当てながら、
そんなどうにもならない事を想っていると

「杏、どうした?何かあったのか?」

ノックと共に父の声がした。


私が父の呼び掛けに答えられないでいると、父がドアを開けようと試み始めた。
ドアの外からゴソゴソと物音が聞こえる。
ドアが開かれる事はないだろう、私がそう思っていたら

――カチャリ…

いとも容易くラッチボルトが解除され、ドアが開かれた。

「杏。入るぞ。」

そう告げて父が部屋に入って来た。ドアにぶつかっているデスクチェアを見て、
やっぱりこれか、と呟いている。
驚いて顔を上げると、父が手にカードのような物を持っているのが見え、
一瞬、しまった、と思ったが、泣き顔を隠す様に再び顔を埋めた。

父は私の様子を見て驚いた様子だったが、気を落ち着かせる様に1度大きく息をすると

「杏。何があったんだ。話してみろ。」

低く落ち着いた声でそう私に問い掛けて来た。


194 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 18:28:51 4sXRpRDA

【6】

私は父の問い掛けに、顔を埋めたまま、ぽつり、ぽつりと話し始める。

周りからいじめられていた事、ひとりでそれに立ち向かっていた事、そして、
結果として招いてしまった、今回の出来事についても、全て話した。
途中で涙がこみ上げ、言葉が詰まって途切れ途切れになった部分もあったが、
父は口を挟まず聞いてくれていた。

「杏。」

父が私の名前を呼び、頭に優しく手を乗せて髪を梳かすように撫でる。

「頑張ってたんだな。でも、辛かったよな。」

その言葉を聞いて、また涙が溢れそうだった。
学校に居場所はなく、味方もいない。
それでも立ち向かった自分を認めてもらえた、そんな気がした。

私は胸にあるものを全て父に聞いてもらった事もあって少しずつ落ち着きを
取り戻していったが、そんな頃合いを見計らっていたのか、父が切り出した。

「……杏、お前、学校どうするんだ…?」

どきりとした。
父は地元の名士であり、私も多少なりとも顔が知られてしまっている。
世間体を考えれば休学や転校は好ましくない様に思えたが、
しかし ――また同じ様な事になったら?―― そう考えると、また体が震えてくる。

父はそんな様子を見て察したのか

「…悪い、間違えた。……杏、お前はどうしたい?」

そう言い直した。

「……行きたく…ないです……」

ぬいぐるみを強く抱きしめながら、そう伝えた。


「………そうか。わかった。」

少しの沈黙の後、父がそう答えた。

私は顔を上げ

「……いいの?」

と、恐る恐る訪ねる。

「もちろん。何も心配すんな、俺に任せとけ。」

にぃっ、と口の端を上げて笑い、私の頭をくしゃくしゃと撫でる。

「……ありがと…」

力強い言葉に、今度は安堵で涙が出た。
さっきまでとは種類の違う涙を指で拭いながら父の方を見ると、
こちらを見ながら何かを言い淀んでいる。私が助け舟を出し、どうしたの?と尋ねると

「…その……さっき乱暴されかけたって言ったよな?それで…本当に…その…」

……父が言わんとしている事が分かった。私は

「……うん。本当……まだ…だから…」

そう答えた。
顔が熱い。今鏡を見たら間違いなく真っ赤な顔をしているだろう。
父は視線を私の体の上から下へ動かすと

「……本当に大丈夫みたいだな…良かった…」

そう呟き視線を横に逸らした。

「…………っ!?」

数秒の間を置き、視線の意味を理解した私が自分の服装を確認すると、
制服のブラウスははだけ、スカートはめくれ上がり、上下とも下着が丸見えだった。
慌ててスカートを直し、左手で自分の身を庇う様にブラウスを抑え

「馬鹿!変態親父!早く杏の部屋から出てけ!」

と叫んで、右手に持ったぬいぐるみを振り回して父を追い出した。


195 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 19:46:17 Cx7L251A

【7】

それから、父の働き掛けもあって、私は通学しなくても中学校を卒業出来る事になった。
また、私のいじめに関わっていた生徒やそれを見て無ぬ振りをしていた教職員は、
全員然るべき報いを受けた、と風の噂で聞いた。

私は今まで気を張り詰めていた事から解放された反動か、すっかり怠け癖がついてしまい、
これには父も想定外だったと頭を抱えていたけど、そんな中で東京の高校に通うから
都内に住みたい、なんて言われて更に頭が痛い様だった。私は単に、地元じゃなくて、
定期テストの点数が一定以上だったらほとんど通学しなくていい、
という条件に惹かれただけだけど。

父に“どうしても行きたいなら、1人でもちゃんとやって行ける証拠を見せろ。”と
言われ、5教科7科目満点のセンター試験の答案を見せたら、“いや、でも、家事が…"と
渋っていたけど、最後には許してくれ、結局、私が住むマンションまで買ってくれた。

そうして出て来た東京でだらだら過ごしてたら、プロデューサーにスカウトされて、
印税に目が眩んでアイドルやるなんて思ってもみなかった。

誰も私の事を知らない新しい環境で、目立たず暮らして行くつもりだったのに。


196 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 19:52:22 Cx7L251A

【8】

ETCが高速道路の利用料金を告げ、車がランプウェイを通る重力が体に掛かる。

(そういえば、あのセンター試験の勉強の時は少し本気出したな。2週間くらい。)

あの時の父の喜んでいる様な、驚いた様な表情を思い出し、くすりと笑った。

「なんだ杏、寝てなかったのか。」

プロデューサーが声を掛けて来た。

「さっき起きたんだよ。」

私がそう言うと

「ふーん…珍しいな。」

明日は雨かねぇ…と付け加えて、また口を閉じた。
車内が音楽で満たされていく。

「……ねぇプロデューサー。割り切りたくても割り切れない過去があったらどうする?」

沈黙を破って問い掛けた。

「どうしたんだ急に…悪い夢でも見たのか?」

そう返されて

(ほんと…ろくでもない、悪い夢みたいなもんかもね。)

と思ったが、ふと思いついただけだよ、とごまかして話を続ける。
プロデューサーはしばらく唸りながら考えていたが、考えがまとまったのか

「いいんじゃないか?割り切れないなら、そのまま抱えてれば。」

そう答えた。


197 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 20:01:50 EpgQCFoY
こういう話好きですね


198 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 20:17:21 Cx7L251A

「割り切るって事はつまり、過去の失敗を認めて今の自分の行動を変えるって事だろ?」

「そりゃあ、本当に間違っていたなら考えを改めなきゃいけないけど、
本当に“割り切りたくても割り切れない過去”なら、今でも自分の行動とか考えは
正しかったって思ってるはずだ。」

「正しいと思ってる事を曲げなきゃいけないなんて、俺はそんなの過去の自分に
負けたみたいでイヤだね。」

それを聞いて私は

「……でもさー、結構昔やらかした事思い出して悶絶するって聞くよー?」

わざと茶化して続きを促す。プロデューサーは軽く笑って続けた。

「そうだな。でもさ、それって結局は過去の自分だろ?しかもずっと同じところで
立ち止まってる。そんな奴は、こっちから笑い飛ばしてやればいいんだよ。
“お前が立ち止まってる間に、‘お前’を抱えたまま、俺はこんなに強くなったぜ”
って胸を張ってな。」

私はそう言い切った横顔を見つめる。
筋も通ってない、精神論ですらない
無茶苦茶な理論、だけど、不思議と説得力のあるそれを反芻していると、
赤信号に引っかかり車が止まった。プロデューサーはこちらに顔を向け、
低く落ち着いた声で

「……杏。それでも辛いなら、アイドルの仲間も、トレーナーさんも、事務員さんも、
何なら俺もいる。少しずつでいい、整理できた事から聞かせてくれ。」

にぃっ、と口の端を上げて笑い、そう付け加えた。

……まいった。完全に見透かされていたみたいだ。
信号が青に変わり、運転のために正面に視線を戻したプロデューサーの横顔を見つめる。

(……………っ!?)

慌てて目線を外し、少し俯いて自分の膝あたりに移す。

(いやいやいやいやいや!ない!ないから!ないったらない!)

自分の中に生まれた様な気がする感情を必死に否定する。
顔が熱い。悟られる前に元に戻さなければ!と必死に務めているところに

「なぁ、杏。」

と声を掛けられた。

「な、何?」

どきどきしながら平静を装い、続きを待つと

「俺にも飴1個くれ。」

………

(……台無しだよ、もう…)


199 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 20:25:43 Cx7L251A

【終】

赤坂・ブーブーエススタジオ。
収録も終盤に差し掛かり、次が最終問題だ。
私とトップの選手の差は20点。私が優勝するには最終問題に正解するしかない。

番組のセットの外、照明の落とされたフロアに目をやれば、プロデューサーが
両手を体の前で合わせ、こすり合わせながら祈る様にこちらを見ていた。
収録中だというのに思わず吹き出しそうになる。

≪それでは、最終問題!科学の30!≫

司会者の声で収録に意識を向け直す。
緊迫した雰囲気がスタジオに広がる中、ふと、車内での会話を思い出す。

(“俺はこんなに強くなったぜ”か…)

杏はどうなんだろう?割り切れないのに割り切ったと言い聞かせて、
強くなるどころか、すっかり怠け癖までついて。

(……まったく、ろくでもないのは杏だったな。)
(今でもちょっと、本気出すのは疲れるし、ろくなことないって思ってるけど――)

司会者が問題を読み上げる。
もう1度プロデューサーを見ると、変わらず奇妙なお祈りを続けながらこっちを見ている。

(――それでもたまには、ちょっとだけ、本気出してもいいかなって、思えるようになったよ。)

私は早押しボタンを押し、回答を言い放つ。
直後、正解を告げる効果音が鳴り、続いて優勝者を祝福するファンファーレが
スタジオに鳴り響く。
プロデューサーを見れば、近くにいたスタッフの背中を叩きながら喜んでいる。
私が見ている事に気付き、あの笑顔でグッとガッツポーズをした。
思わず笑みが零れる。

(杏には、もう居場所がある。仲間も、引っ張ってくれる人も、応援してくれる人もいる。)

(“わたし”が過去から顔を出しても、胸を張って笑い飛ばしてやるんだ。)

目を閉じれば、わたしも泣き止んで、抱えていた膝から顔を上げた気がした。


――杏はもう、わたしになんか負けてやらない。


―完―


200 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 20:30:31 Cx7L251A
お目汚し失礼しました。

>>197
やっぱりワンパターンでしょうか?
ベタでも主人公が困難に立ち向かうような話が書きたいので…
色々引き出しを増やして行きたいとは思っているんですが


201 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 20:47:46 EpgQCFoY
>>200
いやいや
「こういう話は私は好きです」の意味です
どんどんやってください


202 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 20:51:26 EpgQCFoY
杏好きなんで嬉しかったです


203 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 20:54:41 9BWOVmiQ
>>200
仕事でもなんでもないんだ
書きたいもの書けばええんやで


204 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 21:25:32 mVZmUeTk
>>201
ありがとうございます。そういってもらえると嬉しいです。
やっぱりハッピーエンドがいいですね。

>>202
僕も杏好きです。何とかハッピーエンドまで持って行けてホッとしてます。
仁奈ちゃんのSSも考えたんですが、現実的なハッピーエンドへの道筋が一切浮かびませんでした。

>>203
ありがとうございます。
励みになります。


205 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/11/30(月) 22:16:11 Cx7L251A
このスレを読んでくれる人たちは皆優しいし寛容なので、
SS書いてみたいけど1歩踏み出せずにいる人とか初心者の人にもSS投稿して欲しいですね。
現に僕も超がつく初心者ですけど受け入れてもらえましたし。


206 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/01(火) 11:39:07 /HFsT3NU
杏の過去は色々妄想できていいですね…親の方針の思惑もこのSSみたいなのとか放任とかいくつか考えられますし

>仁奈ちゃんのSSも考えたんですが、現実的なハッピーエンドへの道筋が一切浮かびませんでした。
草生える


207 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/01(火) 11:48:32 Bnx7/2XM
ネグレクトからの解放って里親とか養子縁組しかないもんなぁ
もしくはP預かりからのうさぎドロップとか


208 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/01(火) 11:58:25 Bnx7/2XM
仁奈パパの遠いところでお仕事って、よく死んだことを理解できない子供に対して言う方便であるから
母親が養育費を得るためにガチで忙しいという見方をするなら、ちょっとは前向き方向に話が作れるかもね


209 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/01(火) 13:11:45 tzIaU4Xo
>>206
確かに放任ルートも考えましたね。難しくてやめましたが。

>>207
>>208
里親も養子縁組もちょっと制度的に無理があるような気がして…
父親が遠く(意味深)に行っているルートなら確かに少し前向きになりますね


210 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/01(火) 13:59:42 tzIaU4Xo
冒頭部分書いてみた

珍しく日付が変わる前に家に帰り着けた母親は子ども部屋で娘の寝顔を見ている。
絹のような指通りの髪を撫でていたら、娘が目を覚ましたようだ。

「ごめん、起こしちゃった?」
「…ママ……パパはかえってきやがりましたか?」

娘が夢うつつで、今にもまた落ちてしまいそうな目で尋ねると

「……パパは遠くに行っているから……」

母親が髪を撫でながらそう返すと

「そーですか…しょーがねーですね……」

そう言って母親に背を向けるように寝返りを打ち、
仁奈はさみしーでごぜーます…、そう呟きとも寝言とも取れる言葉を口にして
再び深い眠りについた。

眠りについた娘を見て母親は子ども部屋を後にする。
母親は一つも嘘を吐いていない。

娘の父親は――二度と帰って来れない――遠くに行ってしまったというだけだ。


これじゃ仁奈ママが主人公になってしまう…だれか続き書いてください


211 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/01(火) 14:09:04 Bnx7/2XM
仁奈ちゃんと仁奈ママで視点を交互にしながら進めて行くとかなら書きやすくなるかな?


212 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/01(火) 18:35:53 tzIaU4Xo
もしくは3人称視点で進めるかですけど…どっちもすっごい難しそうです


213 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/02(水) 10:13:06 m3FMPt6I
仁奈ちゃん視点は難しそうっすね…ていうか子供の視点で文章書くのが難しそう


214 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/02(水) 12:06:12 OnjOtMak
仁奈ちゃん目線なのに地の文がガッチガチというおかしなことになりそう


215 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/03(木) 11:41:39 cnjQP6N.
仁奈ちゃんを薫ちゃんの家にお泊まりに行かせたい


216 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/03(木) 12:18:52 PSMelxh.
>>215
「何を見せつけられてるかのと思ったです。
自分の家を、自分の家庭を私は当たり前だと思ってやがりましたから。
一度あんなものを見てしまえば、仁奈の家は悲惨だってことが分かってしまいやがりました。」


217 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/03(木) 18:10:20 cnjQP6N.
え?ハンバーグってお家で食べるものなんでごぜーますか?


218 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/03(木) 18:12:47 2b6K7B8M
家ではよくおにぎり(塩にぎり)食べてるでごぜーます


219 : IW26一生ボンバーヘッドダイビングタバコの火を消すブルースリー :2015/12/03(木) 18:12:55 ???
>>217
たまの休みに奮発してさわやか行ってるんやろ(希望的観測)


220 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/03(木) 18:56:17 U1ap7Aq.
家でおにぎりハンバーグを食べられるなんて、さわやか関係者の娘さんなのかな?(すっとぼけ)


221 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/03(木) 21:04:55 2b6K7B8M
仁奈ちゃんの聞こえるところで他の年少組とオフにどこに出かけたかの話をして盛り上がりたい


222 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/03(木) 21:18:01 ksza.y.2
市原家の闇は父親が生きていても死んでいてもますます深まるばかり


223 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/03(木) 22:00:23 2b6K7B8M
仁奈ちゃんにPと美優さんで擬似家族感を堪能させた後で、誰も待っていないがらんとした自宅に送り届けたい


224 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/04(金) 00:23:35 9bz84EJQ
練習で書いてるSSでの深刻なあいさんのぽんこつ化


225 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/04(金) 00:29:43 lvHrgDAo
堀裕子なんかも色々妄想できますね


226 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/04(金) 01:02:24 9bz84EJQ
南条くんヒーローに憧れる至った経緯とか
ありすの聞き分けのいい子からの脱却とか
時子様を逆に屈服させるとか


227 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/04(金) 18:05:51 RzqmAWU2
いい子にしててもサンタさんは来なかったでごぜーます


228 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/04(金) 22:02:06 9bz84EJQ

東郷あい「私と薫とPくん」

「あいお姉ちゃんってせんせぇのことすきなんだよね?」

それを聞かれたのは、薫にPくんとの夕食の件で予定を確認し、OKをもらった時だった。

「…っ!……どうして…そう思うんだい?」

私は吹き出しそうになるコーヒーをなんとか堪え、コホンと軽く咳払いをして
平静を装ってそう聞き返す。

「え?だって見てればわかるよ?」
(え。私ってそんなに分かりやすいの?)

ショックだった。
自分の中では完全に隠し通せているつもりだったのに、それを薫みたいな
小さい子に見破られるなんて。

「すきなの?」
「……いや、信頼出来るパートナーだとは思っているが…」
「ほんとに?」
「…本当だ」

じっと私の顔を見つめて、問い詰めるように再度尋ねる薫に少し怯んでしまう。

(9歳に問い詰められてる23歳って…)

傍から見たらひどく滑稽な光景だろう。私は急に周りが気になって辺りを見回したが
皆忙しく飛び回っているのだろう、幸い事務所には私たち以外はいないみたいだった。

「……ふ〜ん。ウソつくんだ」
「…嘘なんかじゃ……」

「お花見した時におんなじこときいたら、“うん”っていったのに」

(……は!?)

自分の事のはずなのに私の一切知らない情報が出て来た。

「何かの間違いじゃないのかい?」

私が、どうか間違いであってくれ、と思いながら聞き返すと

「ううん。あいお姉ちゃんがおさけ飲んで、せんせぇによりかかったりしてたから、
  せんせぇがおトイレ行ってる間に、せんせぇのことすきなの?って聞いたら、
 “うん”って言ったよ」
「“他のみんなにはナイショだよ”、って言われたからだれにも言ってないけど…」

…ショックだった。
ただ、うんと言っただけなら酔って適当に返事しただけの可能性があったけど、
しっかり口止めまでしていたとは…恨むぞ、過去の私。

「せんせぇのことすきだよね?」

もはや言い逃れ出来ない私は、力なく、はい…、としか言えなかった。
それを聞いて満足したのか

「じゃあ、かおるがもっとせんせぇと仲良しになれるようにおてつだいしてあげる!」

そう私に宣言した。

(……は?)

急すぎる展開に状況が呑み込めないが、
どうやら薫は私とPくんをくっつけようとしてくれているらしかった。

「かおる、がんばっちゃうから!」
「いや…そんな…」
「ね?まかせて?」
「そういうのは自分で…」
「ね?」

しばらくそんなやり取りが続いたけど、薫のニコニコ笑いながら有無を言わせない
押しの強さで、最終的には

「よろしくお願いします…」

と返事をしてしまった。
それを聞いて薫は嬉しそうに胸をどんと叩き、かおるにおまかせ!と意気込んでいる。
私はがっくりと肩を落として、すっかり冷めてしまったコーヒーに口を付ける。

(…9歳に言い包められる23歳って……)

私の気持ちを表すような酸味と苦味だった。


229 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/04(金) 22:06:56 9bz84EJQ

自宅から待ち合わせ場所へ向かう。
十二月に入ってから、街はもうクリスマスムード一色。
様々な飾りやイルミネーションで彩られ、きらきらとしている。
すれ違う人たちの表情もどこか楽しげだ。

(おかしくないよね…?)

道に停まっている車やビルのウィンドウに自分の姿が映るたび、
髪型、メイク、服装を何度もチェックする。
私は自分の魅力には自信があったし、それを引き立てる方法も
よく心得ていたつもりだった。
それが、誰かを好きになっただけでこんなに不安になるなんて。

(私って受け身の恋愛しかして来なかったんだな…)

好意を寄せられることは多かったし、それで付き合ったこともあった。
だけど、自分から行動を起こすのはこれが初めてだ。

(もちろん、これが初恋なんて言うつもりはないけど)

そんなことを考えながら歩いて、待ち合わせ場所まで来たら、すぐにPくんの
姿が目に入った。いつものスーツ姿と違い、少しカジュアルな格好をした彼は、
ぼんやりと遠くの方を眺めている。
薫はまだ着いていないみたいだ。薫には悪いけど、デートの待ち合わせの様な気分になる。

「やあPくん、待たせたね」

声を掛けると、こちらに気付いた。

「いや、僕が早く着き過ぎただけだから気にしないで」

ちらりと腕時計を見て、軽く笑ってこちらを気遣うように答えたけど

「…そこは“今来たとこだよ”と返すのがお約束なんじゃないのかい?」

私は気恥ずかしさを紛らわすようについつい冗談を言ってしまう。
そんなやり取りをしていたら、彼の視線が私に注がれているのに気付いた。

「…そう値踏みされるように見られると、少し緊張するな…」
「見られるのが仕事のアイドルが何言ってるんだ」

彼は“見られるのが仕事”と言ったけど、自分が想いを寄せている相手から
じっくりと見られるのは流石に恥ずかしい。

「……それで…君のお眼鏡には適ったかな?」

(君の好みそうなコーディネートをしてきたつもりだけど…)

「…ああ。…正直、見惚れたよ」

(……ふふ。良かった)
(………!…)

私は嬉しさと安堵で顔がに綻びそうになったけど我に返って表情を作り直す。
顔が赤いのを隠すように彼から顔を逸らし、照れ隠しのように、
またそんな事言って…、とつぶやく。


230 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/04(金) 22:07:52 9bz84EJQ

自分の気持ちを落ち着けるためにしばらくそうして、顔から熱がなくなるのを
見計らって顔を上げると、彼はまた遠くの方に目をやっていた。
視線の先を探ってみると、色とりどりのビル広告の中、正面に見える765プロの菊地真くんが
写っているビル広告を見つめているみたいだ。
…正直、いい気分はしない。少し嫉妬を込めて

「どうしたんだい?他所のアイドルを見ながらぼーっとして」

そう尋ねると

「いや、真ちゃんは成長したら格好いい系の美人になりそうだなぁって」

(……今、一緒にいる私のことじゃなくてそんな事考えてたの!?)

私の中に嫉妬と少しの悲しみが生まれ、

「………ああ、確かに彼女は美人になりそうだね」

いけないとは思いながらも、少し不機嫌になって答えてしまう。
心の中で大きくため息をついて

(私も一応、格好いい系の美人で通ってるんだけどなぁ…)

とか

(…私も自分の事僕って言った方がいいのかなぁ……)

とか詮無い事を考えていると

「こんばんはー!あいお姉ちゃん!」

と薫が元気に挨拶をして抱きついてきた。

「こんばんは、薫」
「かおる、ちょっとおくれちゃった?」
「いや、時間ぴったりのようだよ」

遅刻しなかったことに安心したのか薫は、よかった〜、と声を漏らした。
そして、私に抱きついたまま

「せんせぇもこんばんは!」
「ああ、こんばんは」

そう彼とも挨拶を交わした。薫はそのまま

「まってる間なにしてたの?」

と聞いた。彼はもう一度ちらりとビル広告を見て

「真ちゃんが大きくなったら、あいみたいな美人になるだろうって話してたんだよ」

思いも寄らない回答をした。

(……は!?)

急にそんな事を言われ慌てていると、私に抱き付いている薫の手に力が込められた。
薫を見ると私を見上げて、にっこりと微笑んでいる。
まるで、よかったね!と言っているみたいだ。

また顔が熱くなっているのが分かる。私はもう一度顔を逸らして、
そんな話していなかったじゃないか…とつぶやいた。

(今の不意打ちはずるいよ…)

彼と薫は今日行くお店の話をしているみたいだったが、それどころじゃない。
私は彼が言っていた“格好いい系の美人”が自分を差している事が分かって、
更に顔が熱くなるのを感じていた。


231 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/04(金) 22:10:12 9bz84EJQ

Pくんが招待してくれたお店は石窯で焼き上げる本格的なピザを
売りにしていたけど、それ以外にもサイドメニューやワインも充実していて
子どもや小食な女性でも十分食事が楽しめるように配慮されていた。
彼もその点を考慮していたみたいで、ピザは少しにして色々なサイドメニューを注文している。
彼の細やかな心づかいが嬉しい。私と彼はワインもいただいた。
もちろん私はあまり飲みすぎない程度だけど。


「せんせぇ、ごちそうさまでした!」
「Pくん、ご馳走様」

食事が終わり、私たちはお店を後にして、最寄駅のロータリーに向かって並んで歩いている。
私は薫と手をつなぎ、彼の後ろを少し離れて歩いている。
ロータリーには薫のお父さんが薫のおむかえに来る予定になっている。
何でも、薫が私と彼をふたりきりにするためにお父さんにお願いをしてくれたそうだ。
ふたりきり…そう意識するとお酒のせいではない顔の熱さを感じる。
この後しようとしている事を考えると、仕事とも、ただ遊びに行くだけの時とも違って感じられた。

(もし…私が想いを告げたことで、今の関係が壊れてしまったら?)
(…だったら、想いを伝えないでこのままでいた方が……)

そんな考えが頭をよぎって俯いてしまう。しばらく歩道に敷かれたタイルと
ブーツの先を見ながら歩いていると薫とつないだ手がぎゅうっと握られた。
私が薫の方を見ると、不安そうな顔で大丈夫?と言ってくる。
体調ではなくこの後、私がやり遂げられるかを心配してくれているんだろう。

「……うん。大丈夫」

小さく返事をして、私の決意を伝えるように、ぎゅっと握り返した。


232 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/04(金) 22:11:43 9bz84EJQ

私たちよりも先に駅のロータリーには薫のお父さんが着いていた。

「今日はどうもありがとうございました」
「いえいえ、 娘さんも年末年始忙しいですから息抜きになってくれるといいですね」

彼は薫のお父さんと話をしている。
私と薫は少し離れたところで“作戦会議”をしている。

「…あいお姉ちゃん、がんばってね」
「…ああ、ありがとう薫」

私たちはこそこそと小声で話す。

(ここまで薫が“おてつだい”してくれたんだから、ちゃんと想いを伝えなきゃ)

そう決心を決める。それでもうまくいかなかった時の事を考えてしまうと俯いてしまう。

(いやいや、弱気はよくない。私はもっと緊張する様な事を何度も乗り越えて来たじゃないか)

いつも通りの自分に戻れる様にいつもの口調で強がってみる。
けれど、またすぐ気持ちが落ち込んで俯いてしまう。
そしてまた強がってみるという事を何度か繰り返していると

「……かおる、あいお姉ちゃんの事きらいになっちゃいそう…」

薫にそんな事を言われた。

「……薫…どうして…」
「あいお姉ちゃんは、もっとつよくてかっこよくなきゃダメなの!」

どうしてそんな事を言うんだ、と私が言う前に薫に言い切られた。
目が覚めた気がした。
確かに今の私は格好悪いだろう。弱い自分に引きずられてうじうじとしている。

「…それは困ったな。どうしたら許してくれる?」
「え!?…え〜っと……」

薫は、う〜ん、う〜ん、と一生懸命考えていたが、しばらくするとぱぁっと笑顔になって

「いつものあいお姉ちゃんに戻ってくれればいいよ!」

と言った。

「ああ、約束しよう」

私はそう言って小指を差し出し、薫とゆびきりをした。

「約束やぶったら、薫がせんせぇ貰っちゃうからね!」

そう言って薫は私に背を向けてお父さんの方へ小走りで掛けて行った。


233 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/04(金) 22:13:12 9bz84EJQ

「せんせぇ、今日はごちそうさまでした!」
「本当に今日はありがとうございました」

薫たちはもう一度彼にお礼を言ってロータリーをゆっくりと出て行った。

もう私はどんな結果でも受け入れる覚悟を決めた。

(散々迷って、9歳の女の子にたくさん“おてつだい”をしてもらってようやく決まった覚悟だけど--)

私は顔を上げて彼を見つめる。

(格好つけて、いつも通りの自分で、ちゃんと想いを伝えよう)

「……Pくん…もう少し…今夜の君の時間を私にくれないか」

そう、ちゃんと、話し始めた。


234 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/04(金) 22:15:42 9bz84EJQ
お目汚し失礼しました
女性の一人称の練習で書いてみました
もっと地の文が女性っぽくなるようなアドバイスもらえると嬉しいです。

あと薫は天使


235 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/05(土) 01:22:24 FLMpJGbg
あいさんは地の文や独白でも中性的にしたほうが雰囲気出ると思いました
受身で少し後ろ向きな思考をして、ちょっとだけ拗ねる姿が可愛く見える大人の女性だと三船さんなんかが妥当ではないでしょうか?

薫は天使、酔っ払ったあいさんは可愛い


236 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/05(土) 01:28:33 Tp2YL1rg
ああ^��いいっすね��
あいさんはとことん格好いい大人の恋愛も似合うけど、少女のように悩む様もありですね
薫ちゃんはデレステで初めて声聞いたけど、癒やし力高過ぎて浄化されそうになった


237 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/05(土) 07:00:06 fxnddWqs
>>235
これは私のキャストミスですね。
書き分けの練習でPとあいさんと薫ちゃんも別視点ものを書いているんですが、
格好いいあいさんだと女性っぽさがほとんど書けない事に
途中で気付いてキャラの方向転換しました。それに伴うぽんこつ化。
始めから美優さんで書けば良かったと思ってます。

薫は天使。無邪気ロリっていいよね…
あいさんは23歳にしてはしっかりし過ぎてるので、もっと可愛いエピソード欲しいです。


238 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/05(土) 07:05:34 fxnddWqs
あいさんはモテるから自分から動かなくても恋人が出来ると思うので今回は受身なキャラにしてみました。
もちろん格好よく自分から行くのも似合いますが。

薫ちゃんは癒し。色々教えてあげたい。


239 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/05(土) 10:31:41 3Ks3VdjU
こんなSSを書いていたら自分の中の女性性に気付いた。

ガチムチのおっさんだけど


240 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/05(土) 11:30:11 nd35Z6c6
ほのぼの疑似家族いいぞ〜これ


241 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/05(土) 16:54:52 FLMpJGbg
>>237
女性らしさを出す方法としては、地の文で身振り手振りや仕草といったボディランゲージというほどでもない程度の動作を描写するのもアリかなと思いました
無意識に摂取している視覚情報としては服装と同じくらい性差が表れる部分だと愚考します

例えばスカートを整えながら座る動きとか、髪を直す仕草とか(男性よりも比較的に回数が多い為)、置かれた手の指先の描写とか
男性とは違う部分を意識的にクローズアップするのは如何でしょうか


242 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/05(土) 16:56:45 nd35Z6c6
>>241
NaNじぇい民がそこまで女性に詳しい分けないだろ!!
いい加減にしろ!!


243 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/05(土) 17:40:54 Jd2ayn6A
>>241
アドバイスありがとうございます!
確かに地の文で女性らしさを感じさせる仕草や
性差を大きく感じる体の部位の描写を入れるのは効果がありそうですね。
これなら、中性的な女性であっても女性らしさ表現出来そうです。
…難しそうですが。

>>242
え…みんなって街とかで女の人のチラ見とかしないの!?


244 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/05(土) 18:13:34 FLMpJGbg
妹と街にでると普段はしない動作をしていて、なんだかんだ言ってもこいつも女なんだなぁと感心したりしますね


245 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/05(土) 18:18:59 nR54rxAg
>>243
当たり前だよなぁ?熊系のおっさんやちんぽしゃぶりたいゲロマブの兄ちゃんしかチラチラ見ないゾ


246 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/05(土) 18:38:39 FLMpJGbg
自宅だとジャージ姿で大きく膝を開けて座ってる妹が、街だとパンツ履いていてもかなり閉じ気味に座ってたのが印象的でした

多分あいさんもカッコよく閉じて座ってると思います
車から降りるイラストでも内股気味になってましたし


247 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/05(土) 19:07:39 UHPCNDEs
>>245
おう、ズボン下ろして壁に手をつけよ

>>246
そういった細かい仕草を見られるのはいいですね。
アドバイスありがとうございました。何かSSとか書いていますか?


248 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/05(土) 19:42:49 FLMpJGbg
>>247
(根気がないので書か)ないです
書ける人ホント尊敬する


249 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/05(土) 20:52:37 Jd2ayn6A
>>248
色々詳しいのに何だかもったいないですね。
短いものでもいいから書いて欲しいです。


250 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/06(日) 18:10:41 xYcrJcQg
>>248
アドバイスいただいた事を受けて1つ書いてみました。
なぜかこっちには貼れないのでリンクを貼っておきます。
またアドバイスいただけると嬉しいです。
http://touch.pixiv.net/novel/show.php?id=6123825


251 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/08(火) 20:29:34 eEU7JJj.

龍崎薫「かおるとあいお姉ちゃんとせんせぇ」

あいお姉ちゃんとせんせぇはなかよし。
お仕事だけじゃなくて、たまにいっしょに遊びにも行ってるみたい。

みんなでお花見に行ったときに

「あいお姉ちゃんってせんせぇのことすきなの?」

って聞いたら、いつもとちがう、やさしい感じで笑って

「……うん」
「…でも、他のみんなにはナイショだよ?」

って教えてくれた。かおるは何だかうれしくなって、あいお姉ちゃんとせんせぇが
もっとなかよしになれるように“おてつだい”してあげたくなった。


252 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/11(金) 08:04:59 wvZ1/JY2
行き詰まった…息抜きに別の書きました


253 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/11(金) 08:27:28 wvZ1/JY2
NGワードってどれだよ…
ttp://touch.pixiv.net/novel/show.php?id=6139510


254 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/14(月) 20:52:34 Bp.kGlUc

「あいお姉ちゃんってせんせぇのことすきなんだよね?」

あいお姉ちゃんから、夜ごはんのおさそいをされた時に、もう一回聞いてみた。
そしたら、飲んでたコーヒーをふき出しそうになってる。
何とかガマンして、コホンと軽くせきをしてから

「どうして…そう思うんだい?」

って聞いてきた。

(あいお姉ちゃんがすきって言ったのに、なんでそんなこと聞くんだろう?)

ふしぎに思ったけど、たぶん聞いてなくてもわかるから

「え? だって見てればわかるよ?」

って答えたら、何だかビックリしたみたいな顔をした後、しょんぼりしちゃった。

「すきなの?」
「……いや、信頼出来るパートナーだとは思っているが…」
「ほんとに?」
「…本当だ」

あいお姉ちゃんの顔を見ながらもう一回聞くと、そうやって答えた。
答えた後、急に事務所の中をキョロキョロしてる。

(どうしてウソをつくんだろう?)

それが分からなくて、ちょっとイジワルして言ってみる。

「……ふ〜ん。ウソつくんだ」
「…嘘なんかじゃ……」

あいお姉ちゃんがまたウソつこうとしたから

「一緒にお花見した時におんなじこときいたら、“うん”っていったのに」

先にホントのことを言ってあげた。そうしたら、またさっきみたいにビックリした顔をして

「何かの間違いじゃないのかい?」

って聞いてくるから

「ううん。あいお姉ちゃんがおさけ飲んで、せんせぇによりかかったりしてたから、
 せんせぇがおトイレ行ってる間に、せんせぇのことすきなの?って聞いたら、
 “うん”って言ったよ」
「“他のみんなにはナイショだよ”、って言われたからだれにも言ってないけど…」

お花見の時のことを教えてあげると、あいお姉ちゃんはまたビックリしてる。

(もしかしてあいお姉ちゃん、おぼえてないのかな?)

お父さんが、おさけ飲みすぎると話したことわすれちゃう、って言ってたことを
思い出して、さっきよりもしょんぼりしてるあいお姉ちゃんに

「せんせぇのことすきだよね?」

たしかめるみたいにもう一回聞くと、はい…って答えてくれた!
…まだしょんぼりしたまんまだけど。
かおるはそれが聞けてうれしくて

「じゃあ、かおるがもっとせんせぇと仲良しになれるように“おてつだい”してあげる!」

って言ってあげた。
それを聞いたあいお姉ちゃんはふしぎそうな顔をしてる。
今日のあいお姉ちゃんはいつもとちがって何だかカワイイ感じ。

「かおる、がんばっちゃうから!」
「いや…そんな…」
「ね? まかせて?」
「そういうのは自分で…」
「ね?」

“おてつだい”させてもらえるように、何度もおねがいをすると、最後には

「よろしくお願いします…」

って言ってくれた!

(よーし!がんばるぞー!)

「かおるにおまかせ!」

かおるは胸をどんと叩いて、しょんぼりしたまんまのあいお姉ちゃんに
”けついひょーめー”をした!


255 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/14(月) 20:56:37 Bp.kGlUc

「ねー、お母さん、ヘンじゃなぁい?」

買ってもらったばかりの赤いコートを着て、キッチンにいたお母さんに見てもらう。

「よく似合ってる。可愛いわよ」

お母さんはやさしく笑って、そう言ってくれた。うれしくなって、その場で
くるっと回ってみる。
せんせぇは、いつもの服で大丈夫だよ、って言ってくれたけど、
ちょっとはおしゃれして行こうと思って、このお気に入りのコートにした。
おしゃれとかよく分からないから、そう言ってもらえて一安心。

「お父さん、どう?似合ってる?」

お仕事で教えてもらったポーズをして、リビングにいたお父さんにも見てもらう。

「ああ、すっごく可愛いぞ。薫は赤がよく似合うね」
「えへへ、ありがと」

お父さんにも似合うって言ってもらえた。

「今日、おむかえよろしくね?」

そうお願いすると

「ああ、わかってるよ。食事が終わったら連絡するんだよ?」

お父さんは少し困ったみたいに笑って、そう言ってくれた。

(どうして、困ったみたいな顔をするんだろう?)

そういえば、最初にお願いしたとき、あいお姉ちゃんとせんせぇが
もっとなかよしになれる“おてつだい”をしたいからって言ったら
同じ顔してたような気がする。何でなのか分からなくて、ちょっと考えてたら

「薫〜? そろそろ時間じゃないの? 遅れるわよ?」

キッチンからおかーさんの声がした。時計を見てみると、もうすぐ家を出る時間だった。

「わっ!大変!ちこくしちゃう!」

急いで残りのじゅんびを終わらせて

「それじゃあいってきまー!」

ふたりに聞こえるように言って、背中でお父さんの、急ぎ過ぎて転ぶなよー、って
声を聞きながらドアを開けて外に出た。

町はクリスマスのかざりでいっぱいでキラキラしてる。ティッシュを配るお兄さんとか
お店のお姉さんとかもサンタさんのぼうしをかぶってる。
ゆっくり見たかったけど、ちこくしちゃうから、急いで、でも転ばないように早足で歩く。
まちあわせ場所についたら、せんせぇとあいお姉ちゃんはもう先に着いていた。

「こんばんはー! あいお姉ちゃん!」

かおるがあいさつしたら、あいお姉ちゃんがこっちに気付いてくれたから、そのまま
ぎゅっと抱きついちゃった。

「こんばんは、薫」
「かおる、ちょっとおくれちゃった?」
「いや、時間ぴったりのようだよ」

あいお姉ちゃんが時計をチラッと見てやわらかく笑って教えてくれた。
間に合ったことにホッとして、よかった〜、って声が出ちゃった。
せんせぇの方を見ると、薫たちを見ながらニコニコしている。

「せんせぇもこんばんは!」
「ああ、こんばんは」

あいお姉ちゃんに抱きついたまま、あいさつをすると、せんせぇはやさしく返してくれる。

「まってる間なにしてたの?」

かおるが聞くと、せんせぇはビルの方をチラッと見た。そっちを見てみると、
真お姉ちゃんの大きい広告が見えた。

「真ちゃんが大きくなったら、あいみたいな美人になるだろうって話してたんだよ」

ニコッて笑って教えてくれた。あいお姉ちゃんの顔を見上げてみると、
何だかあせってるみたい。
かおるが腕にぎゅっと力を入れたら、こっちを見てくれて、目が合った。

(よかったね! あいお姉ちゃん)

そう思って、もっとぎゅってした。そしたら、あいお姉ちゃんの顔が赤くなって、
ぷいって横を向いちゃった。
横を向いたまま赤い顔で、そんな話していなかったじゃないか…って小さい声で言っている。
何だか、最近のあいお姉ちゃんはカワイイ。

「せんせぇ! 今日はどこにつれてってくれるの?」
「ああ。今日は以前お世話になった――」

かおるとせんせぇが今日行くお店の話をしてる時も、あいお姉ちゃんは聞こえてないみたいだった。


256 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/14(月) 21:01:01 Bp.kGlUc

せんせぇが連れて来てくれたお店はピザ屋さん、けっこう有名なお店みたい。
前にお仕事でお世話になったみたいで、せんせぇとお店の人がそんなお話をしてた。

出てきたピザは家で食べるピザとちがって、薄くてサクサクしててとっても美味しい!
せんせぇはピザ以外にもいろいろな食べ物をたのんでくれた。
ピクルスっていうの以外はみんな美味しくて、ちょっと食べすぎちゃった。
せんせぇとあいお姉ちゃんはお酒も飲んで、あいお姉ちゃんはお花見の時みたいには
なってなかったけど、いつもより楽しそうだった。


「せんせぇ、ごちそうさまでした!」
「Pくん、ご馳走様」

あいお姉ちゃんといっしょに、せんせぇにお礼を言って、みんなで並んで駅に向かってる。
寒いね〜、って言ったらあいお姉ちゃんが手をつないでくれた。
せんせぇは時々こっちを見ながら、少し前を歩いている。
駅でお父さんにおむかえをしてもらって、そのあと、あいお姉ちゃんとせんせぇを
ふたりきりにしてあげるつもり。

(かおるが“おてつだい”できるのはここまでだけど、うまく行けばいいな)

そんなことを思って、あいお姉ちゃんの顔を見上げてみると、足元を見ながら
緊張したような顔をして歩いてる。
つないだ手も少しだけふるえてるから、かおるはつないだ手をぎゅってして、
大丈夫?って声をかけてみた。

「……うん。大丈夫」

あいお姉ちゃんが小さく答えて、かおるの手をぎゅっとにぎりかえしてきた。


257 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/14(月) 21:02:14 Bp.kGlUc

かおるたちが駅に着いたとき、お父さんはもう先に着いてまっててくれた。

「今日はどうもありがとうございました」
「いえいえ、 娘さんも年末年始忙しいですから息抜きになってくれるといいですね」

お父さんはせんせぇと今日のお食事のことをお話してるみたい。
かおるはあいお姉ちゃんと少しはなれたところで“さくせんかいぎ”をはじめた。

「…あいお姉ちゃん、がんばってね」
「…ああ、ありがとう薫」

ひそひそ声でナイショ話をするみたいにする。
あいお姉ちゃんは、おしごとの前みたいな、かっこいい顔になったり、
緊張した顔をして、下を向いてしょんぼりしたりをくり返してる。
今まで見たことない“かっこよくない”あいお姉ちゃんだった。
せんせぇの方を見てみると、しょんぼりしたあいお姉ちゃんを見て心配してるみたい。
…何だか胸のあたりがモヤモヤする。もう一度あいお姉ちゃんを見てみると、
さっきと同じように下を向いてしょんぼりしてる。

「……かおる、あいお姉ちゃんの事きらいになっちゃいそう…」
「……薫…どうして…」
「あいお姉ちゃんは、もっとつよくてかっこよくなきゃダメなの!」

なんだかわからないけど、いつもだったら言わないようなことが、
どんどん口から出てきちゃう。
あいお姉ちゃんが何か言おうとしてたけど、止まらなくてジャマするみたいに言っちゃった。

(あいお姉ちゃんにきらわれちゃったかな…?)

そ〜っと、あいお姉ちゃんを見てみると、何だかすっきりした顔をして

「…それは困ったな。どうしたら許してくれる?」

ってかおるに聞いてきた。

「え!? …え〜っと……」

急に聞かれて、どうしたらいいのか考える。

(…う〜んと…“かっこわるい”あいお姉ちゃんがきらいなんだから……あ! そっか!)

「いつものあいお姉ちゃんに戻ってくれればいいよ!」

にこっと笑ってそう言った。

「ああ、約束しよう」

あいお姉ちゃんも、いつもみたいにかっこよく笑って、小指を出してきたから、
かおるとあいお姉ちゃんでゆびきりをした。

「約束やぶったら、かおるがせんせぇ貰っちゃうからね!」
(……?)

そう言ったらなんだか少し変なカンジになったけど、お父さんとせんせぇの
お話も終わったみたいだから、お父さんの方に走って行った。


258 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/14(月) 21:06:18 Bp.kGlUc

「せんせぇ、今日はごちそうさまでした!」
「本当に今日はありがとうございました」

かおるはお父さんの車に乗って、さいごにもう一度お父さんといっしょにお礼をする。
せんせぇは、にっこり笑って、どういたしまして、って言ってかおるたちが乗った車を
手を振っておくってくれた。
車のミラーからも、後ろの窓からも二人が見えなくまで手を振ってくれてた。
それからしばらく走ってたらお父さんが話しかけてきた。

「薫、今日は楽しかったかい?」
「うん! ピザ屋さんの料理がすっごくおいしかった!」
「そうか!じゃあ今度、家族みんなで食べ行こうか!」
「本当!? やったー!」

今度は家族であのお店に行く約束をして、お店の話をお父さんとする。
ピザ以外の料理もおいしたったこと、だけどピクルスっていうのは食べられなかったこと、
せんせぇとあいお姉ちゃんはお酒ものんだこと、いろいろお話した。

お父さんといっぱいお話をして、話すことがなくなってきたら二人のことが気になりだした。

(あいお姉ちゃん、うまく言えたかなぁ)
(あいお姉ちゃんとせんせぇ、お似合いだから、うまくいってくれるといいなぁ…)
(………?…)
(大好きな二人がもっとなかよしになるのは…かおるもうれしいし…)
(……?…)

なんだかおかしい?
あいお姉ちゃんと約束したくらいから、なんだか胸のあたりがモヤモヤしてたけど、
今はモヤモヤじゃなくてチクチクするカンジ……

(二人がもっとなかよしになってくれたら、かおるもうれしいはずなのに…)
(…うれしいはずなのに、何だかうれしくない……)

うれしいと思う気持ちの中に、さみしいような、かなしいような気持ちがまざってる。
自分の気持ちがわからなくて、頭もモヤモヤ、ぐるぐるしてきて、
どうしたらいいかわからない。

「……お父さん…かおる、わるい子になっちゃったかも…」

お父さんにそう言うと、お父さんはまた困ったように笑って

「どうしたんだ?」

ってやさしい声で聞いてくる。かおるは、
二人がもっとなかよくなってくれればうれしいはずなのに、何だかうれしくないこと、
さみしいような、かなしいような、ヘンな気持ちで胸のあたりがチクチクすること、
自分でもわからない気持ちがいっぱいで、どうしたらいいかわからないこと、
全部お父さんに聞いてもらった。話しながら何だかこわくなって、泣いちゃいそうだった。

「……薫。それは悪い子になっちゃったんでも、変になっちゃったんでもないよ」

お父さんは、安心しなさい、っていってくれたけど

「…でもね、どうしてそうなったかは、自分で考えて欲しい」
「それはきっと、薫にとってすっごく大事な事だからね」

そう言って、ホントは頭をなでてあげたいけど運転中だからって、
かおるの手をぎゅってにぎってくれた。
かおるはお父さんの手のあったかさで気持ちがおちついて、何だかねむたくなってきた。

「…着いたら起こしてあげるから、寝てもいいよ?」
「うん…」

お父さんの言うことに甘えて目を閉じる。

(どうして、こんな気持ちになったんだろう…)

そんなことを考えながら、かおるが寝ちゃうまでお父さんはずっと手をにぎっててくれた。


259 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/14(月) 21:10:16 Bp.kGlUc

めざまし時計の音で目がさめる。
昨日はあのまま寝ちゃったみたいで、いつの間にかかおるの部屋のベッドにいた。
服は昨日の夜のまんま。きっとお父さんが運んでくれたんだ、そう思いながらまた
うとうととしはじめると

「薫〜、今日お仕事でしょ? 遅刻するわよ〜?」

お母さんの声が部屋の外から聞こえてきた。
そうだ、今日もあいお姉ちゃんといっしょにおしごとだった。
いつもより何だか元気が出なくて、のっそりとベッドから出てしたくをはじめる。
新しい服を出して、昨日の夜の服から着がえる。
部屋の鏡で顔を見てみると、少し目がはれて赤くなってた。

(わっ! おしごとなのに大変!)

急いで洗面所に行って顔を洗う。何回かくりかえしてたら、さっきより少しよくなって、
元気も出てきた。

「お母さんおはよー」
「おはよう、薫。昨日は疲れてたみたいね」

キッチンで朝ごはんを作ってるお母さんにあいさつをすると、きのうは家に着いても
かおるが起きないから、お父さんが部屋まで運んでくれたことを教えてくれた。

「お父さんは?」
「もうお仕事に行っちゃったわよ」
「…今日、土曜日だよ?」
「薫のお迎え行くのに、他の人とお休み交換してもらったんだって」

(そうだったんだ…何だか悪いことしちゃった)

かおるがそんなことを考えていたら

「お父さんなら、ちゃんとお礼言えば大丈夫よ。薫の事大好きだし」

そう言って出してくれた朝ごはんは、かおるの好きなものでいっぱいで、
デザートにフルーツまでついてる!

「…何だか今日の朝ごはん、すごいね!」

おどろいてお母さんの方を見てみると、やさしく笑って

「今日は特別よ。早く元気出して欲しいしね」

お父さんからきいたのか、きのうかおるがちょっとヘンな気持ちになったのを知ってるみたい。

「さあ、食べよっか」

お母さんもいっしょにテーブルに着いて、手を胸の前で合わせた。

「いただきまー!」
「いただきます」

二人でいただきますをして、朝ごはんを食べはじめた。


「いってきまーっ!」

朝ごはんを食べおわって、おしごとのしたくもおわらせて、キッチンにいるお母さんに
聞こえるように大きな声で、いってきますをしてから家を出る。

(きのう、あいお姉ちゃん、うまくできたかなぁ)
(今日、あいお姉ちゃんに会ったら何聞こう?)

きれいに晴れて、にぎやかでキラキラした街を、きのうのことを考えながら、
事務所に向かって歩く。そうしていると、やっぱり胸のあたりがチクチクして、
ヘンな気持ちになってくる。
きのう考えたけど、なんでこんな気持ちになるのかはわからなかった。
だけど、時間がかかっても、お父さんに言われたとおり、自分で考えてみようと思う。

そうやってるうちに事務所の前まで来た。
おっきなビルを見上げる。

(なんでこんな気持ちになるかわからないけどーー)
(今はいつもどおりのかおるでいいよね)

エレベーターで事務所までのぼって、入口のドアに手をかける。

「おはようございまーーっ!」

ドアを開けて、大きな声でみんなにあいさつをして事務所へ入った。

- 完 -


260 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/14(月) 21:11:24 Bp.kGlUc
お目汚し失礼しました

ベタすぎるほどベタな内容ですが、書きたいものを書けて満足です(半ギレ)


261 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/17(木) 17:25:15 m0bUf7hE
薫ちゃんは天使(大声)


262 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/17(木) 23:33:29 zwzeDoNM
大天使カオルエル


263 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/17(木) 23:34:11 IbJFiioc
乙シャス!


264 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/20(日) 00:01:35 y7maC7ZQ
はやくプロットまとめて仁奈ちゃんがさみしくなくなる話書きたい


265 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/23(水) 09:55:18 BOFQL9GI
ほんとちえりんとニナチャーンは幸せになってほしい


266 : sage :2015/12/23(水) 10:15:39 v5n2OeNI
きらりとほたるも幸せになって欲しい


267 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/25(金) 20:14:54 8utMqJ.2

【やさぐれプロデューサーとカワイイアイドル】

​ 眩いばかりに着飾った街路樹。
 重なる梢が作る光のアーチをくぐるように社用車は走る。

 世間がクリスマスだからって、仕事は休みになっちゃくれない。 ​


268 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/25(金) 20:52:59 8utMqJ.2

 今日も朝からアイドルを現場に送り、戻って来たら事務仕事とミーティング。
 昼飯食いながら頭の中で企画を考え、午後イチから寝落ちしそうな頭を
 無理矢理エナドリで起こしてさっきのアイデアを形にする。

 少し手が空いて、可愛い事務員さんと一緒にアイドルが作ってくれた
 お菓子をアテにコーヒーを飲んで休憩してても、話題に上がるのは
 仕事の事と愚痴ばかり。事務員さんも忙しさに辟易してるのか、
 吐き出される愚痴が止まらない。

 休憩が終わったら、別の子達の収録に同行して、苦手なお得意様に頭を下げる。
 肩身の狭い収録が終わって、直帰の子を家まで送って、その他の子達と
 一緒に事務所に戻る。

 今度は昼に作って上司に提出しといた企画書のダメ出し部分を奴の好みに直し、
 戻され、直し、一周回って、俺が最初に提出した状態の企画書にハンコをもらう。
 俺の労力と時間を返せ! と奴の胸ぐらを掴んで怒鳴り付けたくなるのをグッと我慢し、

 今は朝に現場に送った子の迎えに向かっている所だ。


269 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/25(金) 21:10:03 8utMqJ.2

 見上げる街路樹のアーチはすごく綺麗で、だけど最近流行りの
 青色LEDのせいか、やけに寒々しく感じる。
 年末年始は俺らの業界でも書き入れ時で、忘年会をするヒマもない。
 目の回る忙しさというのも比喩ではなく、今も若干めまいでグルグルしている。

「あー…渋滞ひっでーなー…みんなバカップルかぁ? うっぜぇなぁ……」

 ステアリングを握った指でトントンと叩きながら見通す道路の先は
 ズラっとテールランプが長く並んでいる。みんなイルミネーションに
 見惚れてペースが下がっているのか、いつものこの時間帯よりもかなり混んでいる。
 ちょっと進んでは止まるを繰り返すバンの車内で空想のバカップル共に
 八つ当たりをしてたら、ラジオから聞き覚えのあるクリスマスソングが
 流れてきた。

「《恋人たちのクリスマス》か…懐かしいな」

 確か俺が小学生だか中学生の時に流行った曲だ。流行りに乗せられて
 歌詞も分からないのに小遣いはたいて買った覚えがある。

(あれからもう20年以上経ってんのか……)

 月日の経つのは早いもんだ、とつぶやく。周りの友達は大体結婚して、早い奴は
 今度の春に子どもが小学校に上がるそうだ。一方俺は、〈仕事が恋人〉だなんて
 言った覚えもないのに女所帯に身を置きながらも浮いた話は一切なく、
 今年もロンリークリスマスだ。

「せめて迎えに行くのが美優さんとか、川島さんとかならなぁ……」

 頭の中に美人で大人なアイドル達が浮かんだが、それを塗りつぶす様に
 ドヤ顔でフフーンと笑うあいつの姿が浮かんで来た。思わず苦笑いをする。


270 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/25(金) 21:40:00 8utMqJ.2

(幸子もねぇ…確かに可愛いんだけどさぁ…)

 自分で言い張るだけあって確かにカワイイ。だけど俺から見れば
〈カワイイ子ども〉だ。ぶっちゃけ、薫とか仁奈とかと大差ない。
 むしろたまに千枝に負けるレベルだ。
 
「やっぱ、大人のアイドル担当してぇなぁ…子役プロダクションじゃねぇんだからさぁ…」

 複数人のアイドルを担当しているが、一番下が仁奈と薫の9歳、
 一番上が幸子の14歳と結構な偏りを見せている。一部の変わった性的嗜好を
 お持ちの方なら泣いて喜ぶ様な職場環境だが、幸か不幸か俺はそうじゃない。

「みんな娘にしたいくらいのいい子達なんだけどねぇ…」

 娘の前に嫁が欲しい、切実に。アイドルの中からなんて贅沢は言わない。
 いやむしろ、アイドルは高給取りが故に使う金もハンパないから、
 金銭感覚がぶっ飛んでない普通の人の方がいい、確実に。

 そんなどうでもいい妄想に耽っていたら、後続車のクラクションで現実に引き戻された。
 前を見れば、いつの間にか前の車との間が空いていて、慌てて車間を詰める。
 イルミネーションのある場所を抜けたからか、渋滞も少しマシになって、
 この分なら時間通りにスタジオに着けそうだ。
 俺はラジオから流れる《ラスト・クリスマス》に合わせて鼻歌を歌いながら
 幸子の待つスタジオへとバンを走らせた。


271 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/25(金) 21:44:13 8utMqJ.2

「遅いですよ! プロデューサーさん! カワイイボクが風邪をひいたら
 どうするんですか!」

 到着早々、迎えを待っていた幸子に文句を言われた。寒い中、律儀に外で待っていた様だ。
 ただでさえ小さい体を縮める様にして、手と手をこすり合わせている。

「悪い、道が混んでて。まぁ風邪ひいた幸子もカワイイから大丈夫だろ」
「当然ですね!ボクはいついかなる時もカワイイので!」
「つうか別に中で待っててくれても良かったんだぞ?」
「分かってませんね、プロデューサーさん。寒い中健気に待ってるボク……
 カワイイと思いませんか?」
「あー、はいはい、カワイイカワイイ、うざカワイイ」
「な!? これが分からないなんて、プロデューサー失格ですよ!?」
「うっさい。さっさとシートベルトしろ」

 仕事終わりだというのに妙に元気な幸子を適当にあしらい、シートベルトを
 着けたのを確認すると幸子の家へ向けて走り出す。

「この時間ならご両親とクリスマスを過ごせそうだな」
「そうですね、早く終わる様に調整してくれてありがとうございます」

 時刻は19時、幸子を家に送り届けるのは20時くらいになるだろう。
 一緒に夕飯というのは難しいかも知れないが、それでも家族みんなで
 ケーキを食べるくらいは十分に出来る時間だ。

「いやいや、俺はスケジュール組んだだけだし。頑張ったのは幸子達だよ」

 いくらスケジュールをやりくりしたって仕事の総量は変わらない。
 今夜の予定を明けるには、別の日にその分の仕事をこなさなきゃならない。
 正直、詰め込んだスケジュールをこなすのはキツかったと思う。
 でも俺の担当アイドル達はみんな小さい子だ。普段忙しい分、
 クリスマスくらいは家族とゆっくり過ごして欲しかった。

「……それでも、やっぱりありがとうございます」
「……あー…どういたしまして。短い時間だけど、家族でゆっくり過ごしてくれ」

いつもよりどこかしおらしい様子に少し調子が狂う。

「……プロデューサーさんは、今夜はどう過ごすんですか?」
「俺? お前を家まで送った後、事務所に戻って残った業務やって終わりかな。」
「…その……誰かと一緒に過ごしたりとかは…」
「お前…それを聞くかよ。今年も独りのクリスマスだよ」

 俺をいじるネタを見つけたのが嬉しいのか、それを聞くと

「まぁ、身近にボクみたいなカワイイ子がいたら恋人を作る気に
 ならないのは当然ですね!」


272 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/25(金) 22:01:44 8utMqJ.2
 
 さっきまでのしおらしさはどこに行ったのか、上機嫌にフフーンと笑いながら
 薄い胸を張って言ってのける。幸子はちらりと外を見て

「街中に溢れるカップルを見て悲観に暮れていたかわいそうな
 プロデューサーさんが、ボクと一緒にイルミネーションを見られるなんて、
 サンタさんも粋なプレゼントをしますね!」

 車はまたイルミネーションで飾られた街路樹の下を通る。
 そしてまた渋滞に捕まった。進んでは止まるを繰り返す車の中から
 歩道に目をやれば、仲睦まじげなカップル達がこの時とばかりにくっついて
 イルミネーションを見上げている。

「カップルねぇ…別にカップルを見ても悲観はしないけどなぁ」
「? 恋人を作りたいと思わないんですか?」
「幸子にはまだ分からないだろうけど、この歳になるとカップルよりも
 幸せそうな子連れの夫婦を見る方が辛いんだよ」

 車の外には父親に肩車をされた子どもがイルミネーションに向かって
 懸命に手を伸ばしている姿が見えた。
 母親は少し離れたところでそれを見守っている様だ。
 
「年齢的にはあれくらいの子どもがいてもおかしくない歳だし、実際周りの早い奴は
 この春に子どもが小学校に上がるっていうし……」

 その光景を見ながらため息まじりにつぶやいて、つくづく思う。
 自分では若いつもりでいても、世間的にはもう十分おっさんと呼ばれる年齢で、
 周りは順調に次のステップに進んでいるのに、自分のやってる事は
 責任と給料が少し増えただけで20代の頃と大差ない。
 自分の選択が間違っていたとは思わないけど、これで良かったのかと言われると、
 別の道もあったんじゃないか、とも思う。

「…結婚とか考えてるんですか?」
「そりゃね。自分もそうだけど、親もいい歳だし」
「でもさっき、クリスマスは独りだって……」
「うん。だから、どっかでいい人を見つけるか…後はお見合いでもするかだよなぁ」
「……ダメですよそんなの。プロデューサーさんはボクのプロデューサーなんですから、
 ずっとボクだけを見てなきゃダメなんです」

 そうつぶやくと、スカートの裾をギュッと握りしめて俯いてしまった。


273 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/25(金) 22:45:16 8utMqJ.2
すみませんNGワードに引っかかって投稿出来なくなりました


274 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/26(土) 11:20:33 iKLtkKKw
これマジ?
管理人(NGワードを)、何とかしろ


275 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/26(土) 11:49:40 AiFe2yo6
どこが引っかかってるのかわからないんじゃどうしようもありませんよね
画像で投稿ってアリなんですかね?


276 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/26(土) 12:11:05 iKLtkKKw
>>275
画像での投稿もOK牧場だけど、渋のアカウント持ってるならそっちで投稿してくれると嬉しいゾ


277 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/26(土) 20:44:49 xAgszLdY
ちえりんがんばれ
がんばって幸せになれ


278 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2015/12/31(木) 23:24:27 m/R0xcCg
もう需要がなさそうですが、幸子のやつの渋のページを載せておきます。
http://touch.pixiv.net/novel/show.php?id=6198118


279 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 16:08:38 4v8l.0vs
あけましておめでとうございます。
書き初めさせてもらいます。


280 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 16:10:25 4v8l.0vs

【市原仁奈「仁奈のおうち」】

――嘘を吐いちゃいけない。

 私たち夫婦は、事ある毎にそう言って一人娘を育ててきた。
 そのおかげか、娘は正直な、とてもいい子に育ってくれたと思う。自慢の娘だ。

 けれど、私は嘘を吐く。それが、いつか必ずばれてしまう嘘だったとしても。


281 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 16:23:59 eDG6uzNc
なんか始まってる!


282 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 16:46:17 4v8l.0vs

 廊下から子ども部屋へと差し込む光が、インテリアの輪郭を浮かび上がらせる。
 盛り上がりのあるベッドからは、娘のすぅすぅという寝息が聞こえている。
 もうすぐ日付が変わる時刻。まだ9つの娘には起きている事も辛い時刻だろう。
 私がベッドの脇に座り、娘の髪を手櫛で整える様に撫でていると

「ママ…?」

 娘が目を覚ましてしまった。

「ごめん…起こしちゃった…?」
「パパは…帰ってきたでごぜーますか?」
「……パパはお仕事で遠くに行っているから……」

 私はその問いに、声を抑え、宥める様に答える。

「そうですか…しょうがねーですね……」

 娘は今にもまぶたが落ちてしまいそうな様子でそう答え、寝返りを打つ様に
 私に背を向けた。

「パパ……仁奈はさみしーです……」

 つぶやきとも、寝言のとも取れる本音を漏らした後、すぐに眠りについた様で
 再び、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。
 私は髪を撫でていた手を止め、名残惜しさを感じながらも、
 ベッド脇から立ち上がり、部屋を後にした。


283 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 17:11:33 4v8l.0vs

 私の夫は外洋の航海士だった。
 元々家を空ける事の多い職業であるため、1ヶ月帰って来ない事も
 ざらではあったが、今回の航海はいつ戻って来るのか見込みが立っていない。

《商社所有のタンカーが南シナ海沖で消息不明》

 そんな一報が私の元に知らされたのは3ヶ月ほど前。夫が乗っていた船は
 航行中に嵐に見舞われ、消息が分からなくなってしまった。
 懸命に捜索活動が行われてるが、乗組員の安否どころか、船の残骸すら
 出てこない状態が続いている。仁奈にその事実を打ち明けようとは思っているが、
 仁奈の悲しむ顔が見たくないという気持ちと、伝えてしまえば夫の死を
 認めた事になる気がして、ズルズルと先延ばしにしてしまっている。
 とはいえ、このまま事実を隠し続けていても、仁奈が自分で理解してしまうのは
 時間の問題で、その前に私の口から本当の事を伝えなければいけない。

 何度思い悩んだか分からない事を考えながら、翌日の仕事の準備を終わらせると、 
 リビングの時計の針が日付が変わった事を示していた。
 思えば、一時的とはいえ、こんな深夜にまで及ぶ仕事を選んだのも、
 それから逃げたかったからなのかも知れない。
 夜は仁奈の寝ている時間に帰って来て、朝はその目から逃れる様に慌しく出て行く。
 自分の娘から逃げるなんて自分でもおかしいと思うが、寂しそうな顔で
 父親はいつ帰って来るのかと尋ねられる度、真実を告げられない私が
 責められている気分になるのだ。


284 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 17:39:45 4v8l.0vs

 唯一の救いは、せめて仁奈の寂しさが紛れればと入れた芸能プロダクションで、
 仁奈は人間関係に恵まれ、いい友達や頼れる大人達に囲まれている事だろうか。
 私は自分が仁奈に寂しい思いをさせているにも関わらず、プロダクションを
 託児所の様に使ってしまっている事を心苦しく思っていたが、プロダクションも
 担当するプロデューサーさんも、こちらの事情を考慮してくれ、仕事以上に
 仁奈の事を気に掛けて頂いている様子だ。
 仁奈自身もアイドルという仕事に向いていたのか、ごく小さな扱いではあるが
 少しずつ、テレビや雑誌で目にする機会が増えて来ている。
 1週間ほど前にお礼も兼ねてご挨拶に伺った際には、逆にプロデューサーさんから
 お礼を言われ、その上、事情が許すならプロダクションの事務員として働かないか、
 とまで言って頂いた。そうすれば、もっと一緒に過ごす時間が作れるだろうからと。
 非常にありがたい申し出だったにも関わらず、私は我が身可愛さからその好意を
 無にする様に断ってしまった。
 もしかしたら、娘の事を蔑ろにする酷い母親だと思われたかも知れない。
 自分でも娘と一緒にいる事よりも逃げる事を優先するなんて母親失格だと思う。

 そんな親として当然の選択を誤ってしまった時点で
 嘘を吐く事も、私自身も、とっくに限界を過ぎていたのだと悟った。


285 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 18:36:13 4v8l.0vs

 携帯のアラームの音で目が覚める。
 翌日の支度を終わらせた後、布団に入った所までは覚えているが、
 その後の事が抜け落ちたみたいにに記憶にない。連日の深夜まで及ぶ
 仕事の反動で目を閉じて数秒もしない内に眠りに落ちたのだろう。
 疲れと睡眠不足から体を起こす事も億劫に感じる。出来る事なら
 このままギリギリまで寝ていたいが、私達の朝食と仁奈のための
 夕食を作らなければならない。
 気合を入れてベッドから起き上がったが、風邪をひいてしまったのか、
 少し頭がくらくらしている。とはいえ、この程度で仕事は休めない。
 今日は何とか薬を飲んで凌ごうと、食後に飲む風邪薬を用意して
 キッチンで朝食の支度を始める。
 私の分のトーストを焼きながら、フライパンに2人分のベーコンと卵を割り入れ、
 出来上がるのを待っている間に炊飯器の中のご飯に市販のおにぎりの素を
 混ぜて、朝食の後にすぐ作れる様に準備をする。
 せめて仁奈の夕食くらいは手を掛けてあげたいが、疲れのせいなのか
 朝から手の込んだものを作る気力が湧かず、結局、火を使わず簡単に
 食べられる物という事で、おにぎりや冷凍食品ばかりになってしまっている。
 
(やっぱり、私、母親失格かもね……)
(その内、お世話になってるアイドルの誰かに仁奈を取られちゃったりして)

 そう自虐しながら朝食を作り終え、冷蔵庫にあった牛乳とともにダイニングへと運ぶ。

「ママ、おはようごぜーます……」

 ちょうどそこに、目を覚ました仁奈が顔を出した。まだ寝ぼけ眼でぼーっとしている。

「おはよう、もう朝ごはん食べる?」
「はい……」
「じゃあ、仁奈の分を用意してる間に顔を洗ってきたら?」
「そーします……」

 そう返事をすると、とてとてと洗面所の方へ歩いて行った。
 私は仁奈の分のトーストを焼き、グラスと取り分けておいたベーコンエッグと共に
 テーブルにセットする。

(……我ながら彩りのない手抜き料理ね…次からはせめてサラダくらい付けよう)

 そんな今更な事を思っていると

「顔を洗ってきたでごぜーます」
「それじゃあ、一緒に朝ごはん食べよ?」

 さっきより少し目のぱっちりした仁奈に声を掛けられて、一緒に食事を摂る事にした。


286 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 18:56:31 4v8l.0vs

「仁奈は今日どんなお仕事するの?」
「今日は美優おねーさんといっしょに動物のカッコして歌うですよ!」
「そう、何だか楽しそうね」

 食事をしながら今日の予定を聞くと、特にお世話になっている三船さんと一緒という事で

「三船さんにお礼を言っておいてね」
「お礼ですか?」
「うん。ママから〈いつもありがとうございます〉って」
「? わかったでごぜーます」

 仁奈はわかったと返事はしたものの、何のお礼か分かっていない様子で首を傾げている。

(三船さん、優しそうで、すごい綺麗な人だったなぁ……)

 ご挨拶に伺った際にお目に掛かった印象を思い返す。
 本当、プロデューサーさんと三船さんには今後頭が上がらないと思う。
 特に三船さんには母親の代わりみたいな事までして頂いている。
 もちろん、9歳の子どもの母親というには少し若過ぎるけど。

「ママ、今日も遅いから……おにぎり作っておくから食べてね」
「……わかったでごぜーます」
「ごめんね…?一緒にいてあげられなくて……」
「だいじょーぶです!仁奈はおるすばんが得意でごぜーます!」

 ……得意げに悲しい事を言われて胸が痛い。

「それに今日は美優おねーさんが出来るだけいっしょにいてくれるって言ってやがりました!」
「……そう…なんだ。よかったわね」

 嬉しそうな顔でそう語る仁奈を見ると更に胸が痛くなって来た。

(やっぱり、仁奈の母親は私なんかじゃなくて三船さんみたいな人の方がいいよね……)

 そう思うと、涙がこみ上げた。何とか押し留めて食事を続けようとするが、
 無理やり気持ちを押さえ付けたせいか、食事が喉を通らなくなってしまった。


287 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 19:14:04 9E5WB0hk
アーナキソ


288 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 19:51:09 4v8l.0vs

「もう食べねーんですか?」
「うん、何だかママお腹いっぱいになっちゃった」
「ちゃんと食べねーとダメですよ?美優おねーさんもそう言ってやがりましたし」
「……うん、でも今日はちょっと無理かな」

(また“美優おねーさん”か……)

 さっき思っていた通りに三船さんに仁奈を取られてしまった気分になって、
 また涙がこみ上げる。仮にそうなっても自業自得で、私には三船さんを
 責める資格なんてないというのに。

「もう片付けしちゃうね」

 私は仁奈から逃げる様に椅子から腰を上げ、残りをキッチンへ下げラップをする。
 ラップの上に留めておけなくなった涙が数滴、ポタッポタッっと落ちる。
 仁奈の目に入らない所へ隠れて、涙がこれ以上零れないように上を向いて
 気持ちを落ち着ける様に深呼吸を繰り返す。
 そうして何とか落ち着きを取り戻すと、涙を拭って平静を装いダイニングへ戻る。

「ラップしておいたから、おにぎりだけじゃ足りなかったらチンして食べてね?
 あ、でも卵はチンしちゃダメよ?」
「わかってるでごぜーます!1度、ボンッてなりやがりましたから!」

 身振りを加えてその時の驚きを伝えようとする姿に笑みがこぼれる。
 それを愛おしく思いながら見ていると、仁奈が何かを思い出した様で話題を変えた。

「そういえば、るすばん電話が入ってやがります。ママが1人でいるときは
 電話に出ちゃダメって言ってたんで、そのままでごぜーますが、
 “ほけんきん”が何とか言ってやがりました」


289 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 20:38:37 4v8l.0vs

(…保険金……)

 その単語に体が固まった。思い当たる事は1つしかない。
 体は震え、心臓の鼓動は早まり、呼吸は早く、浅くなる。
 
(…とにかく、内容を確認しなきゃ……)

 電話の方へ体を向けるが、自分のものではないかのように足が思う様に動かない。
 いつもよりだいぶ時間を掛けてやっとの事で電話の前まで辿り着く。
 呼吸が上手く出来なくて、息苦しい。深呼吸を1つする。意を決して
 震える指で留守番電話の再生ボタンを押した。

《東洋生命保険の最上です。ご契約者様の保険金につきまして、お手続きが
 開始できる事となりました。この度はお悔やみ申し上げます。
 詳細についてお話しさせて頂きたいと思いますので、また改めてご連絡致します》

 機械的な音声案内の後に再生されたそれは、間接的に夫の死を告げるものだった。


290 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 20:40:11 9E5WB0hk
悲しいなぁ…


291 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 21:27:48 4v8l.0vs

(そっか……やっぱりそうなんだ……仁奈にも伝えなきゃでも遺体が見つかったって連絡がないって事は認定死亡なのかな?もう深夜まで仕事する必要ないならなら仁奈と一緒にいられるなそういえば認定死亡の目安が3ヶ月位って話だしちょうどそれくらいだもんね……そっか…そっかぁ…覚悟はしてたんだけどなぁ最初に出会ったのが大学の頃で…もう会えないんだ…そういえば、あの人はこういう事もあり得るからって結婚を渋っていたっけ私達これからどうしようでも結局私が押し切って…)

「ママ? どうしたでごぜーますか?」

 仁奈の声ではっと我に帰る。しばらくの間、電話の前に立ち尽くしていたみたいだ。
 悲しみだけじゃなく、今までの事、これからの事、色々な想いが次々に溢れてくる。
 今すぐここにへたり込んで泣き出してしまいたい気持ちを歯をくいしばる様にして堪える。
 
(仁奈にもちゃんと伝えなきゃ……)

 電話の方を向いたまま俯いて話し始める。

「あのね、仁奈……ママ、嘘を吐いていた事があるの」
「嘘ですか? 嘘は吐いちゃダメだって……」

 数回深く息をして、意を決して仁奈の方へ向き直る。

「いい? ……落ち着いて聞いてね?」

 仁奈が私を咎めようとするのを遮る様にして続ける。
 もう一度深く息を吸い、溢れそうな涙を堪え、勇気を振り絞って口に出す。

「……パパは…もう、お家には帰って来れなくなったの……」


292 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 21:29:14 ECJ2OgXE
あああ・・・


293 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 21:40:02 4v8l.0vs

 声も、体も、震えている。仁奈は最初、言われている事が理解出来ていなかったのか
 きょとんとした顔をしていたが、時間と共に段々と悲しみに歪んだ表情に変わっていく。

「お、お仕事中の事故でね……行方が、わ、
分からなくなって…もう3ヶ月…になるの……」

 涙はもう抑えられない。辛うじて震える声だけは堪え、出来るだけ宥めるような声で
 話を続ける。

「帰って……来ない…?それって……」

 仁奈も涙を流しながら、聞き返し、口にしようとした言葉を言い淀んだ。

「……し、死んじゃった…って事…よ…」

 私は吐き出すようにようやく、本当の事を、それ以外に取りようのない言葉で伝えた。
 仁奈は悲鳴の様な泣き声上げ、私に走り寄って掴み掛かった。

「だって! ママ、パパはお仕事で遠くに…遠くに行ってるだけだって…!
 帰ってくるって言ってたじゃねーですか!パパは帰ってくるって
 言ったじゃねーですか!!」

 仁奈は叫ぶように私の嘘を責める。

「うそつき! うそつき!!」

 怒りをぶつける様に私の事を力一杯叩く。私は仁奈を抱きしめるが、
 私の腕の中から逃れようと暴れ、いやだ、いやだと泣き叫んでいる。
 私はしゃがみ、仁奈の腕の外側から腕を回し、暴れる腕を抑えるように更に抱きしめる。

「いや! はなして! ママのバカァ!」

 私はもう、涙も、泣き声も隠さず、すがりつく様に仁奈に抱き付き、ただただ、謝り続ける。
 いつの間にか仁奈も私に力一杯腕に抱き付いている。

「やだぁ…パパ…パパに会いてーです……」
「ごめんね…ごめんなさい……」

 抱きしめていた手を片方、仁奈の頭へ回し、抱き寄せる様にする。
 仁奈は私の胸に顔を埋めて、涙を流し続けた。私も仁奈を抱き寄せたまま、
 同じ様に涙を流し続けた。


294 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 22:13:04 4v8l.0vs

 散々泣いて、少しだけ落ち着いた私達はそれぞれの仕事のお休みの連絡をして
 ゆっくりとこれからの話をする。葬儀などを執り行わなければいけない事、
 しばらく学校もお仕事もお休みになる事、
それと、保険金の相続が行われる事で
 私はもう深夜まで仕事をしなくて良くなって、仁奈と一緒にいられる時間が
 増える事も話した。この事だけは仁奈も嬉しかったのか、少しだけ笑顔になった。
 一通り話が終わって、改めて仁奈に嘘を吐いていた事を謝る。

「もう、いいです。Pが“ついていい嘘もある”って言ってやがりましたし…」

 ……プロデューサーさんはこういう事態もあると考えていたのだろうか。
 ありがたさと自分の不甲斐なさに、また涙がこみ上げる。

「……それに、仁奈も嘘をついていた事があるでごぜーます」

 それを聞いて私がどういう意味か考えていると、仁奈が胸に飛び込んで、

「……ほんとは…仁奈は、おるすばんなんて、だいっきらいでごぜーます」

 そう言って回した手にぎゅうっと力を入れた。私は仁奈を抱き寄せて

「ごめんね…もう寂しい想いさせないからね……」
 
 頭を撫でながら、私の腕にすっぽり収まる様な、こんな小さな娘に
 無理をさせていた事を今更ながら恥じた。
 そうしてしばらく撫で続けていると、すうすうと寝息が聞こえてきた。
 それを聞いていると、私も気を張っていた事から解放されたからなのか、
 これまでの疲れからなのかうとうととし始めた。暖かい仁奈の体温を感じながら
 こんな母親らしい事をするのはいつ以来だろう、と思いながら眠りに落ちていった。


295 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 22:27:09 4v8l.0vs

 親子3人で手をつなぎ、近所の並木道を歩いている。真ん中に仁奈を挟んで
 左が夫で右が私。話している内容は聞き取れない。けど、表情から
 楽しそうな事は伝わってくる。不意に仁奈が手を解いて走り出す。
 走ると危ないわよ、と笑って声を掛ける。夫の方を見れば、出会った頃の
 姿で私に笑顔を向け、手をつなごう、と手を差し出す。私が伸ばした左手の
 薬指にも指輪はなく、あの頃に戻っている。手をつなぐと夫はいつの間にか
 タキシードを身に付けていて私の薬指に指輪を嵌めた。私のヴェールを優しく
 めくり上げ、誓いのキスをする。唇が離れると、夫は産まれたばかりの仁奈を
 こわごわ抱っこしている。まだ据わっていない首を上手く支えられなくて、
 困った顔をして助けを求める様に私を見ている。私は微笑んで仁奈を受け取ると、
 お手本を見せる様に抱っこをする。少し成長した仁奈を抱っこして、
 家の玄関から夫が航海に向かうのを見送る。お互いの存在を
 確かめ合う様に、その前の夜と同じ様にキスをする。唇が離れると、仁奈と
 航海から戻った夫を出迎える。見送って、出迎えて、少しずつ大きくなっていく
 仁奈と一緒に、何度も同じ事を繰り返す。テレビに可愛い着ぐるみを着た
 仁奈が小さく映っている。私は番組の録画と雑誌のスクラップブックを作って
 愛おしく思いながら何度もそれを繰り返し眺める。
 
 機械的な音声案内の後に言葉が続く。

《ご契約者様の保険金につきまして、お手続きが開始できる事となりました。
 この度はお悔やみ申し上げます》


296 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 22:49:04 4v8l.0vs

 夫と出会ってから、最後に消える様にいなくなってしまうまでを夢に見ていた。
 窓の外に目をやれば、日は登り切り、明るい日差しが差し込んでいた。
 夢の中身を思い返す。ちょっと夫が家を空ける事が多いけど、普通の家庭の普通の幸せな記憶。
 私は溢れていた涙を拭い、あれだけ泣いたのに、まだ涙が出るのか、と少し笑ってしまった。
 仁奈を見てみれば、同じ様に涙を流したのか、頬に涙の伝った跡が残っている。
 時計を見れば、もうお昼前。朝ほとんど食べていなかった事と、心配事から
 解放されたからなのか、少し空腹を覚えていた。

(こんなに悲しんでいても、お腹は空くのか…)

 自分の現金さと図太さを自嘲する。

「ん……ママ…?」
「おはよう、仁奈。もうお昼だけど、お腹空いてる?」
「……おなか空きました……」

 それを聞いてくすりと笑う。どうやらこの子も私と同じで割と図太いみたいだ。
 
「じゃあ、お昼は仁奈の好きなものなんでも作ってあげるから、一緒にお買い物行こう?」
「ほんとですか!? 仁奈、エビフライが食べたいでごぜーます!」
「はいはい、おまかせあれってね!それじゃあ、早く準備してスーパーに行こっか」

 私は笑って力こぶを作ってそう答え、仁奈と一緒に身支度を始めた。


297 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/01(金) 23:20:13 4v8l.0vs

 それから、夫の葬儀やそれに伴う様々な手続きが終わり、仕事を辞めた私は
 真新しい黄緑色の事務服に身を包んでいた。以前、プロデューサーさんが
 申し出てくれた言葉に甘えてプロダクションの事務員として働くことにしたのだ。
 仁奈がアイドルを始めるまで、ほとんど興味のなかった業界だけど、
 基本的な知識から優しく教えてもらえている。私の事務服姿を見て、仁奈は

「ちひろおねーさんとおそろいでごぜーますね!」

 と喜んでいた。しかし、千川さんは若いし可愛いからいいけど、私には絶対キツいと思う。
 一度、普通の事務服か自前のスーツにしていいかとお願いをしたら、
 
「ダメです」
http://i.imgur.com/WpzraZz.jpg

 そうにっこりと、妙に威圧感のある笑顔で断られてしまった。
 私は何故か逆らえず、泣く泣く事務服については諦め、せめてもの情けで
 妙に短いスカートだけは丈の長いものにしてもらった。

「ママ! いってくるでごぜーます!」
「いってらっしゃい、がんばってね。はい、これお弁当」

 仁奈は必ず私の元に立ち寄って挨拶をしてから仕事へ向かう。
 仕事では大抵お昼が用意されているけど、無理を言って家のお弁当を
 持たさせてもらっている。
 仁奈達を送り出して、賑やかだった事務所が少し静かになった。
 耳にしたことのある明るい音楽がラジオから聞こえてくる。

「千川さん、この曲何ていう曲ですか?」
「これは…765さんの《自分REST@RT》ですね」
「…ありがとうございます、いい曲ですね」

 今まで、耳にしながらも聞き流していたのがもったいないと思った。
 もしかしたら、今の私にちょうど響く歌詞だからなのかも知れないけど。
 少し涙がこみ上げ、ごまかす様に咳をして鼻をすする。そうしていると
 黄緑色の袖が視界に入って、ティッシュが差し出された。

「あ、ありがとうございます…」

 ごまかしていたつもりだったけど、千川さんにはバレバレだったみたいだ。
 ティッシュで目を拭う。泣き顔を見られてしまって少し恥ずかしい。
 恥ずかしさを隠す様に軽口を叩く。

「…千川さん、やっぱりこの事務服変えませんか?」
「だめですってば」
「でも、プロデューサーさんは紺とかグレーの事務服を着た千川さんも
 見てみたいって言ってましたよ?」
「…………いや、騙されませんよ?」
「いやいや、本当ですって」

 私がそう言うと、紺とグレーか…とつぶやいて考え込み始めた。

(わかりやすいなぁ、千川さん。三船さんもライバル多くて大変だなぁ)

 こんなにわかりやすい好意を寄せられているのにプロデューサーさんは
 まったくもって気付かない。きっと相手の魅力にはすぐ気付くけど、
自分が魅力的だとは思いもしないタイプなんだろう。

(そういえばあの人もそうだったな……)

 夫と付き合う前のことを思い出して、またティッシュで目を押さえる。
 千川さんに目をやれば、まだ考え込んで、…いっそコスプレを?とつぶやいている。
 それを見て初々しさを感じて思わず笑みが零れる。
 
(三船さんを応援してあげたいけど、千川さんもいい人よね…)
(罪作りだなぁ、プロデューサーさん)

 そんなことを考えながら事務仕事に戻る。千川さんは今度は新しいイベントの
 自分用の衣装に頭を捻っていた。


298 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/02(土) 00:39:09 5UFwTDNU

 仕事の終わった仁奈と一緒に手をつないで家に帰る。
 帰り道の街路樹に夕陽が差し込んでキラキラと輝いて見える。
 仁奈は今日の仕事のことを楽しそうに話す。なんでも、新しい着ぐるみを
 プロデューサーさんが用意してくれたそうだ。

「美優おねーさんとおそろいでごぜーます!」

 そう言って更に嬉しそうにしている。私はアイドルの活動の資料で見た
 美優さんのアニマルパークの衣装を思い出す。

「ねぇ、美優さんどんな格好してたの?」
「? 仁奈とおそろいの水着みてーな服でしたよ?」

 どうやらプロデューサーさんは美優さんに大胆な格好をさせたい様だ。
 美優さんもまたプロデューサーさんのお願いに押し切られたんだろう。

(千川さんには悪いけど、さっさとくっついちゃえばいいのに)

 2人共、優しくて、誠実で、だけど臆病で不器用な似た者同士なのに。

「どーしたんですか?」
「んー? 何でもない。それより今日の晩ごはん何にする?」
「カレー! 仁奈はカレーが食いてーです!」
「はいはい。それと〈食いてー〉じゃなくて〈食べたい〉ね」
「仁奈はカレーが食べたいです!」
「よくできました! ご褒美にハンバーグカレーにしてあげる!」

 それを聞くと目を輝かせて、やったー!と喜んでいる。
 ふと、今日聞いた《自分REST@RT》の歌詞が浮かんだ。

《昨日までの生き方を否定するだけじゃなくて、これから進む道が見えてきた》

 私はあの人が亡くなったという報せを受けてから、3人揃っていないと
 幸せな家庭は築けないと思い込んでいた。
 ちらりと仁奈に目をやれば、嬉しそうに自作のハンバーグカレーの歌を歌っている。

《去った過去気にせず もっとずっと未来をこの目で早く見たい
 予想もつかない素敵な運命待ち構えている》

 過去を気にしないのは私には無理かも知れないけど、
 過去に引きずられない様にする事なら出来るかも知れない。

 素敵な運命が待っていてもいなくても、きっと、私達なら
 2人でも幸せな家庭を築いていける。

(もう自分より誰かの方が仁奈の母親にふさわしいなんて馬鹿なことは考えない)
(寂しい思いなんてさせない。もう少し仁奈が大きくなって、
 口うるさい母親だって思われたって、構うもんか)
(私が仁奈の母親なんだ)

 もう数分もしないで私達の家だ。仁奈の手をぎゅっと強く握る。
 仁奈もそれに応える様にぎゅっと握り返してくる。つないだ手が温かい。
 玄関の鍵を開けてドアを開く。

「「ただいまー」」

 2人の声が揃って玄関に響く。

 今までの事を無かった事になんかしない。
 全部、大事に抱えて2人で新しい幸せな家族の形を作って行くんだ。

 玄関の鍵を閉めようと、ドアの方へ体を向ける。
 ドアの隙間から風がふわりと吹き込んで、私の頬を撫でていった。

――あの人が優しく微笑んで《がんばれよ》と励ましてくれている気がした。

 -了-


299 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/02(土) 00:45:07 5UFwTDNU
お目汚し失礼しました。
市川家にはネグレクトなんて存在しない。いいね?
今年こそは仁奈ちゃんの明るいエピソードが公開されるといいなぁ…


300 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/02(土) 00:50:23 c9HCQdCg
すばらっ
しかしこれはこれで悲しすぎる…

乙倉ちゃん


301 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/02(土) 01:07:48 uE3B.XjI
4、5回は涙汁を出した。
乙倉ちゃん


302 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/02(土) 06:17:24 hpqqrtZw
もう気が狂うほど感動したんじゃ。


303 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/02(土) 10:43:26 5UFwTDNU
仁奈パパは犠牲になったのだ。仁奈ちゃんの笑顔、そのための犠牲にな……

嘘ですただの力量不足です。


304 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/02(土) 11:28:49 5UFwTDNU
【没ネタ】

 私の夫は外洋の航海士だった。
 元々家を空ける事の多い職業であるため、1ヶ月帰って来ない事も
 ざらではあったが、今回の航海からは戻って来る事はない。

《商社所有のタンカーが南シナ海沖で沈没》

 そんな一報が私の元に知らされたのは3ヶ月ほど前。オイルシーレーン防衛に当っていた
 護衛艦2艇に護られていたにも関わらず、正体不明の敵に襲われて護衛艦もろとも
 海の底へと沈められてしまった。

――深海棲艦

 そんな事件からしばらく経って、敵はその様に名付けられた。人型だが、
 戦闘ヘリ以上の機動性と軍艦並みの火力を併せ持ち、群れをなして行動する。
 人型ではあるが、生物であるのか兵器であるのかも不明。
 ただ1つ分かっているのは、相手が敵機を持って人間を襲うという事だけだ。

 
 艦これは最上くんが可愛い事と、秘書艦にすると仕事をしない事しか知らないので諦めた。


305 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/02(土) 11:31:20 8eY6GmQk
将来、仁奈ちゃんがロアナプラに拉致されて地元マフィアになったパパと悲劇の再会するのかな


306 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/03(日) 16:15:50 2njZx8zc
>>305
こんな感じ?

《ミスター・イチハラ、商品が入荷しました》

 部屋でくつろいでいた俺に電話越しの酷いタイ語訛りの英語が仕事を告げる。
 俺は短く、わかったとだけ伝えて電話を切る。
 《商品》の受け渡しはいつもの場所、いつもの時間に行われるから確認は不要だ。
 温くなった飲みかけのビールを飲み干して、缶を握りつぶしてきちんと缶用のゴミ箱へと捨てる。
 部屋には燃えるゴミ、燃えないゴミ、ビン・缶ゴミ、再生プラゴミのゴミ箱がそれぞれ用意されている。
 ゴミを分別する必要はまったくもって無いが、ゴミ溜めの様なこの街に来て十年経っても
 日本での生活で染み付いた習慣は抜けてくれない。

「日本か……」

 ふと昔の事を思い出す。俺は外洋の航海士でペルシャ湾からマラッカ海峡を通過し
 日本へと至る航路を頻繁に航行していた。そんな中、嵐に見舞われ遭難していたところを
 組織の孫請けの運び屋に拾われた。
 始めは人質として会社に身代金を請求するつもりだったらしいが、俺の航海士としての
 知識と経験と外国語能力に目を付けて組織ために活用する事にした様だ。
 見張りを付けられ、嫌々組織のために仕事をしている内に、徐々にヤバい仕事にも手を染める様になって
 気付けば手どころか、頭の先までどっぷりと浸かり、すっかり組織の一員になっていた。
 日本に残してきた妻や娘の元に帰れる訳もなく、気付けば組織の関連企業の
 頭を任されるまでになってしまっている。
 関連企業といえば聞こえはいいが、やってる事といえば《人買い》、世間でいう人身売買だ。
 ミャンマーやカンボジアなどの国境から攫うか両親に売られた若い女や子どもを
 置屋や金持ちの変態に卸す、人間の屑がする様な仕事だ。
 今まで俺が売り捌いてきた子どもの中には、俺の記憶の中にある自分の娘くらいの者達もいた。
 彼女らがその後どうなったかなんて想像したくもない。せめて、置屋ではなく金持ちに
 拾われてくれと願う事しかできない。だが、それも彼女らの器量と運次第。
 競りの落札者をこちらで操作する事は御法度だからだ。
 自分で落札して彼女らを自由にしてあげようと思った事もあった。彼女らが取引される価格は
 日本人からすれば信じられないくらい安い値段だったからだ。
 だが、それをしなかったのは組織の監視の目があった事もあるが、仕事をする内に
 すっかり売り捌く事に慣れ、ある種の諦観を覚えてしまったからだろう。
 両親に売られた娘が命からがら逃げ出して家まで帰れば、両親に殴られて
 再び売りに出されたという話も聞く。

「屑共が……」

 思い返すだけで虫唾が走る話だ。だが、それを仲介する俺も同じ穴の狢だ。
 口にした呪詛の様な言葉が、天井のファンにかき混ぜられて自分に降り注いだ気がした。


307 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/03(日) 16:17:05 2njZx8zc

『お待ちしていました、ミスター・イチハラ』

 俺はいつもの時間――午後一時――にいつもの場所――組織のフロント企業が運営するホテルの一室――へ赴いた。
 取引相手のスーツに身を固めた一見ビジネスマンに見えるその男は、眼鏡の奥に下卑た笑いを浮かべている。

『ああ、今回もよろしく頼む』

 俺は若干の嫌悪感を覚えながらも、顔に出さない様に話を続ける。

『商品のリストを見せてくれ』
『どうぞこちらです。今回はちょっと変わった商品も入荷していますよ』

 リストには性別、年齢、国籍などが並ぶ。性別が《♂♀》のチェックボックスに、
 国籍の見出しが《生産国》になっているのは
 彼ら・彼女らに情が映らない様――商品として割り切れる様――俺が変えさせたからだ。
 リストを上から目を通していく。

《♀/16y.o/Thai》
《♀/12y.o/Cambodia》
《♂/10y.o/Cambodia》
《♀/14y.o/Myanmar》
 ・
 ・
 ・
 
 そんなリストの中に一際目立つ《♀/19y.o/Japan》という商品が目に入った。

『おい、この商品の詳細はあるか?』
『流石ミスター・イチハラ、お目が高い。この商品はかなりの上物ですよ』

 男が日本国旅券と書かれた赤い表紙のパスポートを差し出す。
 俺はページをめくり、顔写真を確認する。
 頭にハンマーで殴られた様な衝撃が走った。

 姓/Surname Ichihara
 名/Given name Nina
 生年月日/Date of birth  20xx/02/08

 慌てて顔写真を確認する。
 そこには記憶の中にある娘の面影と出会った頃の妻を混ぜ合わせたような少女が写っていた。
 
 『どうですか? 上物でしょう? これなら相場の倍、いや5倍の値が付きますよ!』

 男は興奮気味に話すが、俺は言葉を返せない。だが、何より先に仁奈の無事を確認しなくてはいけない。

『……確かに、この商品は上物だな。まさかとは思うが…商品に傷付けたり手を出してないだろうな?』

 睨みを利かせて男に確認をする。

『めっそうもない! 私共は信頼を第一に仕事をしていますから、それを傷つける様な真似はしませんよ!』

 男は、心外だとばかりに言い返したが

『済まない、なにせこれだけの上物だ。商品の状態を確認したかっただけだ。許してくれ』

 俺がそう言って頭を下げると男は慌てて、頭を上げてくださいと言ってきた。

『とにかく、商品の状態は保証します。後ほど詳細を《展示場》で確認して頂ければお判りになると思います』
『……ああ、そうだな。そうする事にしよう』

 だが俺は《展示場》のマジックミラー越しではなく、直接顔を合わせて、
 出来れば話をして抱き締めたいと思った。だが……

 じっと自分の掌を見る。すっかり悪事に染まってしまったこの手に娘を抱きしめる資格なんてない。

 自分の因果を呪いながら唇を噛んで、拳を握る。
 先程の衝撃でかいた手汗が、売り捌いてきた彼ら・彼女らの血の様に感じられた。
 
誰か続き書いてください


308 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/03(日) 16:22:46 D7yGz4Kc
二丁拳銃のPがジョン・ウーしそう


309 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/03(日) 16:45:15 F8mJ.UPQ
やりますねぇ!


310 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/03(日) 18:35:25 kBID1WlI
仁奈ちゃんの闇は妄想の幅が広がり過ぎますね…


311 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/03(日) 18:42:32 UYZs1LT6
長編小説・映画化不可避


312 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/03(日) 20:15:47 2njZx8zc
ダメだ、ブラックラグーンの双子エンドみたいのしか思い付かない…


313 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/03(日) 21:20:24 D7yGz4Kc
娘を解放しようと組織を欺き密かに動く仁奈パパ、仁奈ちゃん奪還をすべく組織壊滅に動き出す武内P、部長、常務の346トリオ
最後は父親と名乗れないまま裏切ったのバレて瀕死のところをPに娘を託して息絶えるんだろうな


314 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/03(日) 21:23:08 2njZx8zc
>>313
それで続きを書いてくれてもいいのよ?


315 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/03(日) 22:45:30 g2TCx8Ew
>>313
アーナキソ


316 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/03(日) 22:57:54 2njZx8zc
誰かこの設定を利用して白スーツに身を包んだ武内Pが二丁拳銃とガンカタを駆使して
組織を壊滅させるガンアクションを書いてくれてもいいのよ?


317 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/04(月) 16:33:52 /YtUkhDU
闇という程ではないですが武内Pのスカウトを断った場合のしぶりんのifルートとか見てみたいですね
夢中になれる物が見つからないまま流されるように生きてきて、もしあの時ウンと言ってたらどうなったんだろうとほのかに後悔するビターな感じのを


318 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/04(月) 17:35:25 gjwxfZv2
>>317
この仁奈ちゃんが救えたら書こうかな…


319 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/04(月) 17:37:05 /YtUkhDU
>>318
オナシャス!


320 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/04(月) 17:39:00 gjwxfZv2
ちょっと仁奈パパの話が時間掛かるかも知れないので、気長に待ってて下さい


321 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/06(水) 22:23:46 ipPTWD.E
全部書き上げてから投稿するべきか、書けたものから投稿すべきか…


322 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/07(木) 00:24:28 Qig/aBoM
一気に出すととんでもない分量になりそうだから、書けたとこからでいいんじゃないんですか


323 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/07(木) 07:48:25 ZRnOa/mI
書けている分から少しずつ投稿していきます


324 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/07(木) 07:49:21 ZRnOa/mI

市原仁奈「仁奈のおうち」アフター

【序/あらしのよるに】

 分厚い雲に隠されて月明かりさえもない黒い海。
 時折、雷光が波間を照らす嵐の中で、俺は辛うじて掴み取った救命浮輪にしがみつく。
 激しいうねりに翻弄される木の葉の様に、右へ左へ、上へ下へ。
 何があっても救命浮輪を手放さない様に、手首にロープを巻き付ける。
 また、雷光が波間を照らす。
 
 巨大な波が俺を呑み込もうとしていた。


325 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/07(木) 07:52:28 ZRnOa/mI

【1/Ringing】

 部屋で微睡んでいた俺はスマートフォンの着信音で目を覚ます。

『ミスター・イチハラ、商品が入荷しました』

 舌打ちを一つして出た電話口では、男が酷いタイ語訛りの英語で新しい仕事を告げた。
 俺はわかったとだけ伝えて電話を切り、寝癖の付いた髪を手櫛で整える様に撫で付ける。
 [商品]の受け渡しはいつもの場所、いつもの時間に行われるから確認は不要だ。
 温くなった飲みかけのビアシンを飲み干して、缶を握りつぶして
 きちんと缶用のゴミ箱へと捨てる。部屋には燃えるゴミ、燃えないゴミ、ビン・缶ゴミ、
 再生プラスチックゴミのゴミ箱がそれぞれ用意されている。
 ゴミを分別する必要はまったくもって無いが、ゴミ溜めの様なこの街に来て十年経っても
 日本での生活で染み付いた習慣は抜けてくれない。

「日本か……」

 ふと日本からこんな街に来る羽目になった経緯を思い返す。

 俺はこの街に来るまで外航船の航海士としてペルシャ湾からマラッカ海峡を通過し
 日本へと至る、所謂オイルシーレーンと呼ばれる航路を頻繁に航行していた。
 航海は長期に渡るため、日本にいるよりも停泊地や海の上にいる時間の方が長かったが、
 一応結婚もして娘も一人儲けた。家を空けている間にどんどん成長する娘に驚きながら、
 航海の合間、一年の内たった数ヶ月しかない穏やかな家族の時間に幸せを感じていた。
 そんな生活の中、俺の乗った船は南シナ海を航行中に嵐に見舞われ沈没。
 俺は海上を漂流していたところを組織の孫請けの運び屋に拾われた。
 組織は始め、人質として会社に身代金を請求するつもりだったらしいが、
 俺の航海士としての知識と経験と外国語能力に目を付けて組織ために活用する事にした様だ。
 見張りを付けられ、組織のための仕事を嫌々こなしている内に、徐々に危険な仕事にも
 手を染める様になって気付けば手どころか、つま先から頭の先までどっぷりと浸かり、
 すっかり組織の一員になっていた。
 こうなってしまっては日本に残してきた妻と娘の元に帰れる訳もなく、
 二人の事を忘れる様に仕事を続けていたら、いつの間にか組織の関連企業の
 トップを任されるまでになってしまっていた。

 関連企業といえば聞こえはいいが、やってる事といえば[人買い]。世間でいう人身売買だ。
 ミャンマーやカンボジアなどの国境から攫ってきたか両親に売られるかした
 若い女や子どもを置屋や金持ちの変態に卸す、人間の屑がする様な仕事だ。
 今まで俺が売り捌いてきた商品の中には、十歳にも満たない、俺の記憶の中にある
 娘くらいの少女達もいた。彼女達がその後どうなったかなんて想像したくもない。
 せめて、置屋ではなく金持ちに拾われてくれと願う事しかできない。
 だが、それも本人の器量と運次第。競りの落札者をこちらで操作する事は御法度だからだ。
 自分で落札して彼ら・彼女らを自由にしてあげようと思った事もあった。
 商品が取引される価格は日本人からすれば信じられないくらい安い値段だったからだ。
 だが、それをしなかったのは組織の監視の目があった事もあるが、仕事をこなす内に
 すっかり売り捌く事に慣れ、ある種の諦観を覚えてしまったからだろう。
 両親に売られた娘が命からがら逃げ出して家まで帰れば、両親に殴られて
 再び売りに出されたという話もよく耳にする。
 俺に出来るのはせいぜい、ほんの数名だけ自分の家や会社にメイドや雑用係として
 雇い入れてやる事だけだ。

「屑共が……」

 思い返すだけで虫唾が走る話だ。だが、それを仲介する俺も同じ穴の狢。
 口にした呪詛の様な言葉が、温い空気と共に天井のファンにかき混ぜられて
 自分に降り注いだ気がした。


326 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/07(木) 07:53:14 ZRnOa/mI

【2/カルマ】

『お待ちしていました、ミスター・イチハラ』

 俺はいつもの時間――午後一時――に
 いつもの場所――組織のフロント企業が運営するホテルの会議室――へ赴いた。
 ここまでの間に通り過ぎてきたエントランスやロビーには、子供連れの観光客や
 団体旅行と思しき集団も見られた。
 表向きは大手旅行会社やホテル予約サイトとも提携している健全なホテルだが、
 その中には関係者しか利用出来ない施設がいくつも設けられている。
 そんな施設の一つである会議室で取引相手の男が一足先に待っていた。
 グーと名乗るその男はタイ人だが、電話の男とは違い流暢な英語を話す。眼鏡を掛け、
 スーツに身を包んだ姿は、一見ビジネスマンに見えるが、眼鏡の奥の澱んだ目には
 下卑た笑いが浮かんでいる。

『ああ、今回もよろしく頼む』

 俺は若干の嫌悪感を覚えながらも、顔に出さない様に話を続ける。

『商品のリストを見せてくれ』
『どうぞこちらです。今回はちょっと変わった商品も入荷していますよ』

 リストには番号、性別、年齢、国籍などが並ぶ。性別が[♂♀]のチェックボックスに、
 国籍の見出しが[生産国]になっているのは、商品に情が移らない様に俺が変えさせたからだ。
 リストを上から目を通していく。

〈1/♀/16y.o/Thai〉
〈2/♀/12y.o/Cambodia〉
〈3/♂/10y.o/Cambodia〉
〈4/♀/14y.o/Myanmar〉
 ・
 ・
 ・
 
 そんなリストの中の〈8/♀/19y.o/Japan〉という一際目立つ商品に目が留まった。

『おい、この商品の詳細はあるか?』
『流石ミスター、お目が高い。この商品はかなりの上物ですよ』

 グーが日本国旅券と書かれた紺色の表紙の冊子を差し出す。
 俺はそれを受け取り、ページをめくって個人情報のページを確認する。
 頭をハンマーで殴られた様な衝撃が走った。

 姓/Surname Ichihara
 名/Given name Nina
 生年月日/Date of birth  20XX/02/08

 慌てて顔写真を確認する。
 そこには記憶の中にある娘と出会った頃の妻を混ぜ合わせたような少女が写っていた。
 
 『どうですか? 上物でしょう? これなら相場の倍、いや5倍の値が付きますよ!』

 グーが興奮気味に話し掛けてくるが俺は言葉を返せない。
 だが、何より先に仁奈の無事を確認しなくてはいけない。

『……確かに、この商品は上物だな。まさかとは思うが…商品に傷を付けたり、
 手を出したりしてないだろうな?』

 平静を装い、睨みを利かせて男に確認をする。

『滅相もない! 私共は信頼を第一に仕事をしていますから、それに傷つける様な
 真似はしませんよ!』

 グーは、心外だとばかりに言い返したが

『済まない、なにせこれだけの上物だ。商品の状態を確認したかっただけだ。許してくれ』

 俺がそう言って頭を下げると慌てて、頭を上げて下さい、と言ってきた。

『とにかく、商品の状態は保証します。後ほど詳細を[展示場]で確認して頂ければ
 お判りになると思います』
『……ああ、そうだな。そうする事にしよう』

 俺は許されるなら展示場のマジックミラー越しではなく直接顔を合わせて、
 話をして、抱き締めたいと願った。だが……じっと自分の掌を見て思う。

――すっかり悪事に染まってしまったこの手に仁奈を抱き締める資格なんてない。

 自分の因果を呪いながら唇を噛んで、隠す様にテーブルの下で拳を握る。
 先程の衝撃で掻いた手汗が、売り捌いてきた彼ら・彼女らの血の様に感じられた。


327 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/07(木) 07:54:07 ZRnOa/mI

【3/よくある話】

『今回の展示の前に少し使用しまして、片付けが大変だったんですよ』

 グーは続きを聞いてくれと言わんばかりに愉しそうに話し掛けてくる。
 俺はそれに乗り、聞き返してやる。

『また何処かの馬鹿が何かやらかしたのか?』

 俺は見た事はないが、商品の確認以外では、組織のルールに触れた者に制裁を
 加える為に使われ、男であれば半殺しに、女であれば輪姦される様を、上の人間や
 そういったものが趣味の人間が、ショーを観る様にミラー越しに愉しむ事があると聞いていた。

『そうなんですよ! お恥ずかしながら、うちの若いのが商品を持ち逃げしようとしましてね』

 つまりは、彼の部下が商品に情が移ってしまったのか駆け落ちを企てたらしかった。

『そいつは商品共々すぐに[保護]出来たんですが、そのままお咎め無しという訳には
 いきませんのでちょっとお借りしたんですよ。まぁ初犯なんで制裁としては軽めに、
 そいつの目の前で女を大勢で犯してやった程度ですがね』
『それはお優しい事だな。俺の部下だったら、今頃は母なる海に還っている所だ』

 それを聞くとグーは更に楽しそうに話を続ける。

『ここからが傑作なんですが、そいつ、見てただけなのに壊れてしまいましてね。
 話し掛けても小突いても何の反応もしなくなってしまったんですよ』
『へぇ、そりゃ今時珍しい初心なヤツだな。で、お前はその後そいつで一儲けした訳だ』

 俺が口の端を片方吊り上げて笑顔を作ってそう言うと、グーは少し顔を曇らせた。

『それがですねぇ……そいつHIVに感染してまして、臓器もろくな値が付きませんし、
 医者も摘出手術をしたくないって言うんで、泣く泣く[ルームクリーニング]に出しましたよ』
『はは、そりゃ運がなかったな』

 グーは苦笑いを浮かべながら肩をすくめるジェスチャーをし、首を左右に振りながら、
 話を締める様に、 全くもって使えない奴でしたよ、と最後に付け加えた。


328 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/07(木) 07:54:37 ZRnOa/mI
続きは夜投稿します


329 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/07(木) 22:33:55 ZRnOa/mI

【4/No.8】

 グーが展示場の裏口の扉を開けて、俺を招き入れた。置かれているソファからは
 部屋の全体が見渡せる。展示場は広いフローリングのフロアの前後を鏡が貼られ、
 手摺りが設えられている。内側に入ればただのレッスンスタジオの様だが、
 貼られた鏡は全てマジックミラーだ。
 組織の上役が利用する事もあるからだろう、置かれているソファはかなり上等なものだ。
 ソファに腰掛けるとグーが声を掛けてきた。

『何かお飲み物はいかがですか? 開けたばかりの上等なウイスキーがあるのですが……』
『いや、今はいい。飲む前にこっちの上物をじっくり見させてもらう』

 俺はマジックミラー越しに部屋の中を見る。商品は全員裸にされ、リストと照合出来る様に
 背中に数字が書かれている。だが、リストを見るまでもない。見間違うはずもない。
 周りの商品と比べて明らかに白い肌、母親譲りのストレートの栗毛、泣きそうな表情が
 記憶の中の娘の面影と重なる。
 [同姓同名で同じ生年月日のよく似た他人]という万に一つの可能性は消えてしまった。
 何故こんな事に巻き込まれてしまったんだ、としばらく茫然としていると

『どうですかミスター? お気に召しましたか?』

 グーに声を掛けられ我に帰る。俺の心の中は嵐の様に揺れていたが、平静を装って言葉を返す。

『……ああ、最高だ。これだけの上物はそうそう出ないだろうな。だが、まずは
 それ以外の商品の確認をしてしまおう。アレは後回しだ』
『かしこまりました。ウイスキーはもうお持ちしても?』
『ああ、頼む。ストレートでな』

 グーがウイスキーを持ってくる間に、頭から仁奈の事を切り離してリストと
 商品を照合する。
 
〈1/♀/16y.o/Thai〉…容姿B、特記:なし、評価B
〈2/♀/12y.o/Cambodia〉…容姿B、特記:ローティーンのため一定の需要あり、評価B++
〈3/♂/10y.o/Cambodia〉…容姿B、特記:一家の家事を担っていたため一通りの家事は可能、評価B-
〈4/♀/14y.o/Myanmar〉…容姿A、特記:なし、評価A+
 ・
 ・
 ・

 十分程で仁奈以外の全ての商品の照合と評価を終わらせる。今回は仁奈程ではないが中々の
 上物が揃っている様だ。


330 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/07(木) 22:34:53 ZRnOa/mI

『ミスター、お待たせしました』
『ああ、ありがとう。今回は中々上物が揃ってるじゃないか』

 ウイスキーを受け取りながらそう告げるとグーは、ありがとうございます、と
 嬉しそうに礼を言う。評価済みのリストを渡してウイスキーに口を付ける。

『……あの、ミスター? 今回の評価、これで間違いありませんよね?』
『何だ、不満なのか?』
『いえいえ! 滅相も無い! ただ、いつもよりかなり評価が高いなと思いまして…』
『そうか……じゃあ修正しよう』

 俺がリストを取り上げようとすると、グーはパッとそれを後ろ手に隠した。俺は思わず吹き出す。

『まぁ、それはいい。所でアレの件で相談があるんだが……』

 俺は顎をしゃくる様にして仁奈を指し示す。今更ながら仁奈を商品として扱うのは気が引けたが、
 今は変に怪しまれない様にする事を優先する。

『相場の5倍の値が付くと言ったな? なら普段の5倍払うから俺個人に卸してくれないか?』

 相場の5倍というのはかなり盛った数字であることは分かっていた。だが、それで仁奈の
 身柄を抑えられるなら惜しくはない。
 いきなりの〈そちらの言い値で買う〉という申し出にグーは驚いた様子で聞き返す。
 
『え、ええ、こちらは一向に構いませんが、そちらの会社としては大丈夫なんですか?』
『問題ない。俺が客としてあの女を買うというだけの話だ。
 あれだけの上物を金持ちの変態にくれてやるのは惜しい』
『……本当にこの値段でよろしいんですね?』
『ああ、それでいい』

 グーが念押しするように確認してきた条件を承諾すると、大げさに喜んで
 手を差し出してきた。

『ああ、感謝します、ミスター・イチハラ! あなたに神の祝福を!』

 力強く両手で握手をした後、抱き寄せて祝祷を読み上げた。俺は嫌悪感を抱いたが
 表に出さない様にして仕事の話を続ける。

『俺が買った女は使いの者を出す。それ以外はいつも通り[市場]に配送してくれ。くれぐれも丁重にな』
『かしこまりました、ミスター。今回はメディカルチェックをこちらでサービス致します』

 グーは上機嫌にそう言って、内線で部下に指示を飛ばす。しばらくすると
 展示場の中に男が数名やって来て商品を部屋の外に連れて出して行く。
 
 俺は連れて行かれる〈8〉と書かれた白い背中をじっと見送った。


331 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/07(木) 22:36:29 ZRnOa/mI

【5/Ploy】

「イチさん、おかえりなさい」
「ただいま、プロイ」
「荷物と上着は…今日はない、ですね」

 仕事を終えて家に帰るとメイドのプロイがぎこちなく日本語で出迎えた。
 もう日は落ちているが、学校の授業が長引いたのかまだ制服を着ている。

《今日も暑かったね、シャワーを先に浴びる?》
《いや、後でいい。ビールはあるか?》
《もちろん! ちゃんと冷やしてあるよ! 部屋に持って行ってあげる!》

 言葉をタイ語に戻し、ニコッと笑ってそう答えると、キッチンへ向かっていった。
 俺は自室に入る前に洗面所で手洗い・うがいをする。
 あんな事があったからか、日本で家族と暮らしていた頃の事を思い出す。

 “お外から帰ったら、手洗い・うがいをしましょう”

 一緒にいられる時間は僅かだったが、娘には事ある毎にそう言っていた。
 言うからには自分もやらなければいけないので、続けていたらすっかり
 習慣になって未だに抜けていない。
 昔と変わったのはうがいをする水がミネラルウォーターに変わったくらいか。
 
(俺はこんなに変わったのにな……)

 鏡を見れば、真っ黒に日焼けした険のある顔をした中年男が写っている。
 この街で過ごした十年間で眉間や目元には深い皺が刻まれ、別人の様に
 人相が変わっている。目線を下げればでっぷりと腹も出ている。
 内面も組織に身を置く事で徐々に変わっていき、どんな[仕事]も顔色一つ変えずに
 出来るようになってしまった。
 何でこんな事に、と少し自分の運命を恨めしく思ったが、それを振り払う様に
 バシャバシャと乱暴に顔を洗った。


332 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/07(木) 22:37:46 ZRnOa/mI
 
 自室に入るとテーブルによく冷えたビールが用意されており、その隣には
 同じくよく冷えたコーラ。
 テーブルの前のダブルのソファにはニコニコしながらプロイが座っている。
 
《用意しておいたよ! 一緒に飲もう?》
《いいけど…今日はずいぶん機嫌がいいな》
《えへへ。実はね今日、来年から中等部の後期クラスに飛び級で進級できる事が
 決まったの!》
《そうか! おめでとう! 家でも勉強頑張ってたもんなぁ》
《イチさんが勉強見てくれたおかげだよ》

 プロイははにかんで俺へ礼を言う。俺も自分の事の様に嬉しくなる。

《よし、じゃあ乾杯しよう。ビール飲むか?》
《いらなーい。アレ美味しくないからコーラで乾杯する》

 そう言ってプロイはコーラの缶のプルタブを開けこちらに突き出す。俺も同じ様にして
 軽く缶と缶をぶつけ合い、ビールに口を付けた。
 
《やっと同じ歳の子と一緒の学年だよ…》
《学校に通い始めるのが遅かったからな。それはしょうがない》
《でも…イチさんに買ってもらえなかったら学校なんて通えなかっただろうし……》

 そうつぶやく様に言うとプロイはすっと俺との距離を詰めて俺の腕に腕を絡める。

《本当にありがとう、イチさん……》

 涙を浮かべた上目遣いで、もう一度俺に礼を言った。

《……どういたしまして》

 抱き寄せて短いおかっぱ頭を撫でてやる。

(ありがとう、か……こちらこそありがとうだ)

 罪滅ぼしのつもりで引き取って、メイドだけでなく俺の自己満足の親娘ごっこに
 付き合ってくれている事に対して感謝しかなかった。
 この街の糞の様な生活の中で、唯一の人間らしい時間。俺にとってプロイとの生活は、
 その名前が意味する通り、宝石の様に輝いている時間だった。


333 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/07(木) 22:38:48 ZRnOa/mI

 しばらく頭を撫で続けていたが、プロイが体を離して急に切り出してきた。

《ねぇ、晩ごはんはお祝いにどこかに食べに行かない?》
《今夜か? 今夜はちょっと人が来る予定があるから無理だな》
《…それって……女の人?》
《ああ、そうだ。ついでにそいつを数日、家で預かるからよろしく頼む》
《……ふーん。わかった》

 外食に行けなかった事に腹を立てたのか、さっきまで機嫌が良かったのに、
 むくれる様にそっぽを向いてしまった。

《……どんな人?》
《そうだなぁ、中々美人な日本人だよ。タイ語は分からないだろうから、
 色々手助けしてやってくれ》
《日本人? 何で日本人の女の人がこんな街に来るの?》
《……プロイと似た様なもんだよ》

 それを聞くとプロイはばつが悪そう様な顔をして、そうなんだ……、とつぶやいた。

《数日って事はずっと住むわけじゃないんだよね?》
《? ああ、準備が整い次第この街から出て行ってもらうつもりだ》

 面倒見のいいプロイがここまで渋る理由がわからなかったが、そう告げると、
 ぱぁっと笑顔になって、じゃあお世話頑張る!と意気込んでいる。

《部屋はゲストルームを使って、晩飯は…そいつを連れてくる奴に何か
 適当に買ってこさせよう》
《じゃあ、私はその間に部屋の準備しちゃうね。あ、でも――》

 プロイはまだほとんど口を付けていないコーラの缶を持ち

《これ飲み終わってからね》

いたずらっぽく笑ってそう言った。


334 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/07(木) 22:41:18 ZRnOa/mI
今のところはここまでです。
以降は1日1章くらいのペースを目指したいと思います

需要のなさそうなSSとも小説ともつかないものにスレを使って申し訳ないです
出来るだけ早く終わらせたいと思います


335 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/08(金) 00:30:46 pPJ7Kno.
これはかなりの量になりそうですね
待ってますんで無理のないペースでガンバって下さい


336 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/08(金) 01:24:12 u/cuTh.I
自分は好きですこういうの(告白)


337 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/09(土) 01:15:45 .LpUc4yE
>>335
ありがとうございます。そう言って頂けると嬉しいです
正直、しぶりんの小説を先に書いた方が良かと思う時があります

>>336
僕も読む分には実はこういう暗めの話好きです。
自分の書くSSは出来ればハッピーエンドで終わらせたいとは思いますが
もし暗い話がお好きでしたら、不夜城/馳星周とかオススメです。

1章だけ投稿します


338 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/09(土) 01:18:06 .LpUc4yE

【6/デリバリー】

 インターホンが来客を告げる。モニターを確認すると男が一人と目隠しと猿轡をされた
 女が一人写っていた。玄関のドアを開けてエントランスに招き入れる。

《兄貴、お届け物っすよ〜》
《ご苦労さん、メオ》

 ドアの前には舎弟のメオが片手に三人分の晩飯を持ち、もう片方の手を
 女と腕を組む様にして立っている。
 
《まずは飯の方を渡しますね。兄貴とプロイちゃんのお気に入りの店のカオマンガイと、
 あとムーサテを適当に買ってきました》
《わざわざ遠回りして買ってきたのか、悪いな。幾らだ?》
《いいっすよ、兄貴にはいつもお世話になってますんでこれくらい》

 白い歯を出して爽やかに笑いながら差し出されたビニール袋を受け取る。
 メオは母親がゴーゴーバーで働いている時に出来た子らしく、父親がどの客かは分からないが
 白人系の血を引いている事は確かで、長身で手足が長い事も相まって
 その外見はさながら俳優の様だ。

《それと、こっちが兄貴お待ちかねのお姫様っすよ》

 メオは仁奈の腕をぐいと引っ張り、こちらへと寄越す。
  俺はそれを受け取ってちらりと顔を覗き込む。
 目隠しと猿轡の上からでも分かる整った顔、だが今は頬に涙の跡が残り、
 怯えきっている様子だった。

《プロイ、こいつを連れて行ってくれ》

 俺がそう声を掛けるとプロイがゲストルームからひょこっと顔を出して
 仁奈に歩み寄って腕を組む。

《やあ、こんばんは、プロイちゃん》
《……こんばんは》

 メオに声を掛けられるとそっけなく挨拶をし、俺の背中に隠れるようにして、
 こそこそと耳打ちをした。

「私、この人、苦手…」
「ああ、俺もだ」

くすりと笑ってそう返すとプロイも同じように笑った。

《あ! 今俺の悪口言ってるっしょ! 日本語わかんねーけど、そういうの伝わるんすからね!》

 仲間外れにされたメオが喚いているが、無視してプロイに指示をする。

《部屋に入れて手首のロープ以外は外してやれ》
《わかった》

 プロイはそう言ってうなずくと、大丈夫? こっち来て?と子どもをあやす様に日本語で
 声を掛けながら部屋に向かって歩いて行った。

《ひでーっすよ、兄貴…俺日本語わかんねーんすからタイ語で話して下さいよ》
《ちゃんとどういう話してるかは伝わってたじゃねぇか》
《あ! やっぱ悪口だったんすね!? ひでーっすよ!》
《うるせえ、お前黙ってばいい男なんだから黙ってろよ。あと、用が済んだなら帰れ》
《何か今日冷たくないっすか!? まだちゃんと用ありますから!》

 メオはそう言うと趣味の悪いシャツのポケットから紺色に表紙の冊子と
 紙を取り出し、こちらに差し出した。

《これ、お姫様のパスポートとメディカルチェックの結果っす。変な病気とかは
 持ってないっすね。あとそれと――》

 いやらしい笑みを浮かべて俺に近寄って耳打ちをする。

《あのお姫様、初物っすよ。大当たりっすね、兄貴!》
《へぇ、そりゃあいいな》

 こんな形で娘の純潔さを知るのは複雑な気持ちだったが、どこぞの馬の骨とも分からない
 男に手を付けられていると知るよりはずいぶんマシなんだろう。

《いいな〜、兄貴は今日から上物二人をはべらせて生活っすか。俺にも回してくださいよ》
《あ? お前、俺の女に手ェ出したら沈めるからな。大体お前も女に囲まれてるじゃねぇか》
《わかってないすね〜兄貴。金のために女を抱くのと、抱きたい女を抱くのは違うんすよ》
《お前なぁ…ヒモならヒモらしく、全員抱きたい女だ、くらい言えねえのか》

 俺が呆れてそう言うと、爽やかな笑顔を作って、女達には内緒でお願いします!と言った。
 思わず笑いが漏れる。こういう面では顔のいい奴は得だと思う。

《もう用は済んだか?済んだならさっさと今夜の女の所に行ってやれ》
《最後にもう一つ、ボスからプレゼントを預かってきてるっす》
《ボスから?》
 
 メオがまた趣味の悪いシャツのポケットをまさぐって取り出した箱を差し出す。
 差し出された箱にはViagraと書かれている。メオはにっこり笑ってサムズアップした。
 俺は黙って自分のシャツのポケットにそれをしまうと、
 メオの尻を蹴り上げてエントランスから追い出した。


339 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/09(土) 10:46:33 .LpUc4yE

【7/“お嬢ちゃん”】

 ゲストルームのドアをノックし、中からの、入っていいよという
 プロイの返事を聞いてから開けた。
 俺が部屋に入った途端に身を固くした仁奈と、それを落ち着かせるプロイが共にベッドに座っている。
 
《もう手のロープも外していいぞ》

 俺がタイ語で話す度、仁奈は肩をびくりと震わせるが、ロープを外してくれると分かると
 大人しくプロイの指示に従っていた。

《少し席を外してくれるか?ついでに晩飯も持って行ってくれ》
《わかった……怖がってるから優しくね?》
《…努力はしよう》

 プロイが差し出されたビニール袋を受け取って部屋から出て行ってしまうと、
 仁奈の目にはより強く怯えの色が浮かんだ。

(十年振りの再開がこれか……)

 叶うなら身分を明かして抱き締めてやりたかった。だが、それは出来ない。
 俺にそんな資格がない事はもちろんだが、娘だと周りに知られるだけで仁奈に
 危険が及ぶ可能性がある。
 仁奈を自由にするための最善の策は、周りにも仁奈にも自分との関係を
 悟られないようにし、周りには〈仁奈を逃がした〉のではなく、
 〈仁奈に逃げられた〉と思わせる様な方法だろう。
 そのためには、仁奈に拒絶される必要があるのだが。
 今後の事を思案していたら、沈黙に耐えられなくなったのか仁奈が口を開いた。

「あの……ここ、どこなんですか…? あなた誰なんですか? 私…どうなるんですか?」

 矢継ぎ早に質問をされる。十年振りに聞いた声はすっかり大人のものになっていた。
 記憶の中にある妻の声ともよく似ていて、感慨深さと郷愁から思い出の中に
 引きずり込まれそうになるが、それを振り払うようにして逆に質問をする。

《名前と年齢と職業は?》

 ごく簡単なタイ語での質問だが仁奈は全く理解することが出来ないようで、
 怯えた目をしながらこちらを見ている。

『名前と年齢と職業は?』

 同じ質問を英語で。英語は多少理解出来るらしく、簡単な受け答えをする事が出来た。
 職業が芸能人だという事には驚かされたが、込み入った話になるとタイ語同様
 話す事も話を理解する事も出来ていない様だった。恐らく攫われてからの会話は
 ほとんど理解出来ていない事に少し安堵し、一つ大きく息を吐くと、
 ため息と勘違いしたのか仁奈は再びびくりと肩を震わせた。それを見て俺は日本語で話し掛ける。

「はじめまして、お嬢ちゃん。俺はこの家の主の――」

 名乗ろうとして、しまったと思った。当然本名を名乗る訳にはいかないため偽名を
 名乗るつもりだったが、それを考えていなかった。適当な日系の名前を
 記憶の中から探し、口に出す。

「フジキド――」

 ケンジと名乗ろうとして寸での所で留まった。俺のここでのあだ名がイチである以上、何かしら
 〈イチ〉の付く名前である必要性に気付いた。また適当に思い付いた名前を口に出す。

「イチロー…フジキド・イチローだ」

 名乗ってから、フジキドが誰の苗字だったかと思い返すと、確か昔流行ったネット小説の
 主人公の名前がフジキド・ケンジだったはずだと思い当たった。
 何でよりによってこの苗字なんだ、と後悔した。

「フジキドさん、ここはどこで、私どうなるんですか?」

 そんな俺のどうでもいい後悔を余所に、仁奈は再び質問をする。

「ここはタイ沿岸の小さな街だ。表向きはビーチリゾートだが、一本裏道に迷い込めば
 身ぐるみ剥がれるか、運がなきゃ翌朝には海に浮かぶ事になる程度の治安のな。
 それから…どうなるか、か……」

 仁奈はごくりと唾を飲んだ。俺は口の端を片方釣り上げて歪んだ笑顔を作ると、低い声で言い放つ。

「そんなもんは、こんなおっさんの家に〈買われてきた〉時点で、何されるかなんて
 処女のお嬢ちゃんでも分かってんじゃねぇのか?」


340 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/09(土) 10:55:20 .LpUc4yE

 それを聞いた仁奈は、ひっ、と短く悲鳴を上げて、俺から距離を取ろうと後ずさる。
 だが、すぐに壁に背中がぶつかる。俺はゆっくりと歩を進める。

「近寄らないで!」

 仁奈は手元にあるものを手当たり次第に投げつけてくる。殆どは命中せずに通り過ぎていくが
 いくつかは俺に向かって飛んでくる。俺はそれを躱し、払いながら進んでいたが、
 近づくほど避けることが難しくなり、カツンと大き目の衝撃を頭に受けた。

「…ッ! いい加減にしろ!」

 反射的に仁奈の頬を手の甲で振り払うように平手で打ってしまった。
 仁奈はその場にへたり込んで、怯えて両腕で頭を守る様にしている。
 沈黙が訪れた部屋には仁奈のすすり泣く声が響いている。手を差し伸べてやりたい、
 全てを打ち明けてしまいたいという願いと、それは出来ないという理性の間で揺れ動き、
 理性が負けて、仁奈に語りかけようと口を開こうとした瞬間、

「どうして…? あ、あの子は、優しい人だから…だ、大丈夫だって…言ってたのに……」

 仁奈がしゃくり上げながらそうつぶやいた。
もう無くしたと思っていた心が締め付けられる。
 だが、それで却って冷静になり、歯を食いしばる様にして願いを理性で塗りつぶす。

「……お嬢ちゃんもプロイみたいに素直になれば優しくしてやるよ」

 そう言い放つと、頭の傷から血が垂れて目に入った。一つ大きく舌打ちをする。

「おい、部屋片づけておけよ」

 仁奈に背を向けて部屋を出る。分不相応な願いも、血と一緒に流れ出てしまえばいいと思った。

 廊下には心配そうな顔をしたプロイが立っていた。俺が頭から血を流しているのを見ると
 慌てて駆け寄って来る。

《大変! 血が出てる!》
《大丈夫だ、これくらいすぐ止まる。救急箱ときれいなタオルを持ってきてくれ》
《わかった! すぐ取ってくるね!》

 プロイはバタバタと廊下を走り、それらを取りに向かっていった。
 戻ってくるまでの間、仁奈とのやり取りを振り返る。
仁奈を無事に逃がすために必要な事だったとはいえ、出来ればあんな振る舞いはしたくはなかった。
 怯え切った姿、明確な敵意を浮かべた表情、絶望してすすり泣く声――
 どれも[仕事]で嫌というほど見てきたものだったが、相手が変わるだけで
 ここまで心が揺さぶられるものなのかと思った。

《タオル取って来たよ! 傷押さえて!》
《ああ、ありがとう。救急箱持って俺の部屋に着いてきてくれ》
《うん、手を引いてあげるね?》

 プロイに手を引かれ自室へ入るとソファに座り込んだ。

《ありがとう、後は自分でやるから、プロイはあいつの部屋の掃除を手伝ってやってくれ。
 ついでに氷のうと晩飯も一緒に一緒に持って行ってやれ。
 ……あと、あいつの前では偽名を使う事にした。フジキド・イチローだ。
 あだ名はこれまで通りイチでいい》
《フジキド? 変な名前〜》
《ああ、俺もそう思うよ》

 自分で選んでおきながら、つくづくそう思う。プロイは名前を覚えるため、
 フジキド…フジキド…とつぶやいている。俺は、ふと頭に浮かんだ事を聞いてみる。

《……なぁ、プロイ。さっきの俺怖かったか?》

 急に問い掛けられてきょとんとした顔をしていたが

《全然! ちょっとビックリしたけど、私、イチさんが優しいって知ってるもん!》

 にっこり笑って即答した。

《そうか…ありがとう。さぁ、あいつの所に行ってあげな》
《わかった。イチさんも後で傷診るからね》

 そう言うと救急箱から氷のうを取り出して部屋から出て行った。俺はソファに横になる。

(優しいか……全然そんな事ないさ……)

 傷口をタオルで押さえながら少し痛みの残る手の甲で目を覆う。
 俺を優しいと思っているプロイは俺が怖くなかったと言ってくれた。
 何も知らない仁奈はどう思ったのだろう。
 顔に乗せた手の甲が妙に熱を帯びていた。


341 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/09(土) 11:27:40 I297X/YQ
フジキドーッ!


342 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/09(土) 11:53:12 NAs/A.vM
お 空 が き れ い で ご ぜ ー ま す …


343 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/09(土) 18:22:26 .3r61sOM
年末年始は家族で過ごせましたか・・・?(小声)


344 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/09(土) 19:24:17 .LpUc4yE
>>341
ドーモ。341=サン。風潮スレイヤーです

>>342
安易なDEAD ENDに逃げたくなっちゃうヤバイヤバイ

>>343
何か元ネタがあるセリフでしょうか?


345 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/09(土) 19:24:56 .LpUc4yE

【8/手口】

《部下に笑われちまうな、これじゃあ》
《そう? カッコいいよ?》

 一晩経って頭の傷の血は止まったが、傷口の保護のためガーゼを当ててもらっている。
 消毒をして、軟膏を塗り、ガーゼを当ててテープで留める。
 荒事に慣れっこのプロイの処置の手つきは堂に入ったものだ。

《あのお嬢ちゃんは、あの後どんな様子だった?》
《ほっぺた冷やしたり、一緒にお掃除してる間に少し落ち着いたみたいで
 この街の事とか私とイチさんの事とか少しお話ししたよ》
《飯に手を付けてたか?》
《ご飯は食べようとしないね。何か言ってたけど、日本語だったから分からなかった》
《そうか…後で様子を見に行こう》

 処置が終わり、身支度と朝食を済ませる。
 仁奈の分の朝食も用意してもらい、それを持ち部屋へ向かう。
 頭に昨日の仁奈の表情が浮かんで、足取りが重く感じるが、そう広くも無い家では
 すぐにドアの前まで来てしまった。コンコンとノックを数回すると、
 中からガタガタと物音が聞こえた。一応警戒しながらドアを開ける。

「入るぞ、お嬢ちゃん」

 ドアを開け放ち、中を見渡す。部屋の隅に追いやられたように踞る仁奈の姿が見えた。
 物陰に潜んでいない無い事が分かり、警戒を解いて部屋に踏み入る。
 散らかっていた部屋はきちんと掃除されていた。昨夜と少し違うのは物が少し減ったくらいか。
 昨日の晩飯は今も手を付けられず、そのままになっていた。
 仁奈を見ると、怯えた目をし、自分の体を抱き締める様にしながらこちらの様子を伺っている。
 眠れなかったのか、腫れた赤い目の下には隈が出来ている。
 腫れと痛みが引いたはずだった手の甲が、また痛み出す様な感覚を覚えた。

「飯、食わないのか?」
「…………」
「…プロイが用意してくれた朝飯だ、そこの屋台で買ってきた粥だけどな。ここに置くぞ」
「…………」
「だんまりか…まぁいい。とにかく飯は食え、いいな?」
「……いりません。食欲ありませんから」

 仁奈はようやく口を開いたが、食事を拒否すると、また口を閉ざしてしまった。
 部屋にエアコンの作動音と天井のファンが回る音だけがしている。

「……睡眠薬」

 俺がそうボソッと口にすると、仁奈はびくりと肩を震わせた。
 飲み物か食べ物に睡眠薬を入れられ、昏迷させられた所を攫われたらしい事が分かった。
 ガイドブックに載る様な使い古された手口のはずだが、
 平和ボケした日本人には有効だった様だ。危機意識の無さに呆れてものも言えない。
 
「安心しろ、変なもんは入ってない。俺は出掛けるが、逃げようとか馬鹿な事は考えるなよ。
 お嬢ちゃんが一人でうろつける様な街じゃないって事はよく覚えておけ」
「……プロイちゃんは出歩いてるじゃないですか」
「それはプロイがうちのメイドだからだ。そうでなきゃ今頃、
 お嬢ちゃんと同じ目に遭ってるだろうさ」

 それを聞くと仁奈は膝に顔を埋め、再び口を閉ざした。

「いいか? 俺に買われた事を幸運だと思え。俺が買わなかったら、今頃は薬漬けにされて、
 薬欲しさに誰にでも股を開く娼婦に仕立て上げられてる所だ」

 外に出る気をなくす様に脅し付ける。最も、言っている事は嘘でも誇張でもないのだが。

「…何かあったらプロイに言え。知ってるだろうが、簡単な日本語なら通じるからな」

 そう言って部屋を出る。
 プロイに仁奈の世話に加え、外に出ない様に監視をする事を言い含めて仕事へと向かった。


346 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/09(土) 19:27:40 .LpUc4yE
今日は多分ここまでです。
本当にモバマスと関係のない自己満足に付き合わせてしまって申し訳ないです。


347 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/10(日) 03:05:37 t8oknVWQ
ウォゥもっと突いてくれオラァン!


348 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/10(日) 15:04:41 uWZSk23g

【9/噂】

 職場に顔を出した俺は質問攻めにされた。頭の傷の事はほんの僅かで、ほとんどは新しく買い入れた女の話だ。
 どんな女なのか、もうやったのか、具合はどうだったのか、下世話な話ばかりだ。
 噂の拡がる速さに少し驚きながらも、仁奈が処女である事まで情報として流れていたので、
 噂の出処のメオを俺の部屋に呼び出して軽く小突く。

《いてーっすよ、兄貴…》
《お前、口が軽すぎんだよ》
《いーじゃないすか、兄貴が女買うなんて珍しいんすから。
 しかも抱く用の女買うのなんて初めてじゃないすか?》
《俺はお前みたいに盛りっぱなしじゃねえんだよ》
《だめっすよ兄貴! セックスは全ての源なんすからもっと貪欲にいかないと!》

 メオは真剣な顔をして独自の理論を展開する。
 精力がその人間の覇気に繋がるというその理論は、少し頷ける部分もある気もするので
 少し突っ込んでみる。

《じゃあ、何でお前はそんなアホなんだ?》
《俺はルックスとセックスに能力を全振りしてるからっす!》

 胸を張って即答された。
 メオを品定めするように頭からつま先へと視線を動かす。

《…まぁ、そんな感じだな、お前は》
《あ! ひでーっすよ! そこは、そんな事ないって言って下さいよ!》
《あ? 何だよ、珍しくきちんと自己分析出来てると感心したのに》
《あ、そっすか? ならいいっす》

 あっさり引き下がるメオに笑いが漏れる。こういうさっぱりした性格も
 女達に人気がある理由の一つなんだろう。
 俺はシャツのポケットから昨日手渡された小箱を取り出す。

《これボスに返しておけよ》
《いやいや、勘弁して下さいよ。俺が渡せなかったと思われたら怒られるっすよ》

 手のひらを俺の方に向けて受け取りを断った。
 メオの言う事も一理ある。下っ端がボスの命令を果たせなかったら大事だ。
 最も、今回の件はジョークの様なもので怒られはしないとは思うが。

《つうか、開いてないじゃないすか、それ。使わなかったんすか?》
《…あれだけの上物相手ならいらねぇよ、こんなもん》

 そう言うとメオはニヤッと笑って、グッとサムズアップした。 
 こんな馬鹿な話をしているだけなのに、妙に絵になるのが腹が立つ。
 メオはにやにやといやらしい笑いを顔に浮かべたまま、口を開く。

《でも、これで兄貴のゲイ疑惑も晴れるし、良かったっすね》

 何か聞き捨てならない言葉が聞こえた。

《おい、何だその疑惑》

 メオはにやけ顔から一気に真顔になって、あっやべっ、と小声で口走った。
 
《た、ただの噂っすよ、噂! 俺は兄貴の事信じてたんで! あ!
 俺もう女のとこ行かないといけないんで! 失礼します!》

 そう告げると逃げるように部屋から出て行った。

(ゲイ疑惑か…まぁ、そんな疑惑があっても仕方ないか)

 俺だってこんないつでも女を買えるような街に十年も暮らしていながら誰も抱いていない男がいたら、
 そっち系かと疑うだろう。妙な疑惑が晴れたならもういいか、と自分を納得させ、
 昨夜のボスからのプレゼントを弄びながら、どう言って返そうか考え始めた。


349 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/10(日) 21:41:38 uWZSk23g
【10/ボス】

 重厚なドアを数回ノックして、中からの入れという声を待って部屋へ入る。

《失礼します》
《おう、イチ――》

 ドア同様に重厚な造りのデスクに座ったボスは、俺の顔を見るなり、ぶはっと吹き出した。

《何だお前、そのガーゼ!》
《いやちょっと昨夜、色々ありまして…》

 後頭部に手を当て、掻く様にしながらそう答える。事務所でも少し触れられたが、
 改めて言われると少し気恥ずかしい。

《昨夜って噂のお姫様と何かあったのか?》
《…ええ、抱こうとしたら手酷い反撃にあいましてね。とんだじゃじゃ馬でしたよ》

 頭のガーゼを指差しながら答える。ボスは笑いを堪えている様だが、くくっと声が漏れている。
 その顔は俺の様な険のある顔ではなく、どちらかというと柔和な印象を受ける。顔に皺はあるが、
 目立つのは笑い皺くらいで、とても闇組織のボスとは思えない風貌だった。

《まぁ、いい女ってのは自信がある分、気の強いのが多いからな》
《そうですね。現実を受け入れるまでの間だけだと願いますよ》

 俺は大げさに肩をすくめて言う。ようやく笑いが収まったのか、ボスは大きく息を吐いて
 何かを探すようにシャツやズボンのポケットをまさぐっている。

《何かお探しですか?》
《いや、ジッポーがな…さっき使ったはずなんだが…》
《お貸ししましょうか?》
《いやいい。お気に入りのじゃないと何か気持ち悪いしな》

 ポケットには入っていなかったようで、デスクの上や引き出しの中も探している。
 しばらくそうしているとお目当ての物が見付った様で、笑顔を浮かべてあったあった、と言っている。
 デスクの上にあるヒュミドールから吸いかけの葉巻を取り出し、火を着ける。
 使っているジッポーは葉巻とは不釣合いな、そこらの露天で売っている様な安物だった。
 俺がついそれを目で追っていると、ボスはそれに気づいたようで、また笑顔を浮かべて語り掛けてくる。

《これ、気になるか?》
《そうですね…正直、少し意外だと思いました》
《こいつはな、俺が下っ端のガキだった頃に兄貴分から買って貰った物なんだ》
《ということは…もう数十年間使われているという事ですか?》
《俺は気に入った道具は大切にする質でな、磨いたり直したりしながら使い続けているんだ。
 ジッポーは構造がシンプルだから、手入れすればずっと使えるぞ》

 そう言って懐かしむ様にジッポーをシャツの袖で拭いている。
 ボスが物を大事にするという逸話は聞いた事があった。
 ボスの家にはドライブ中に襲撃にあった時に乗っていた車が蜂の巣状態のまま保管されているという。
 そして、襲撃した相手は車と同じ状態になったとも聞いた。

《ところでイチ、お前は何の用で来たんだ?》
《失礼しました。今日はこれをお返しに参りました》

 肝が冷えるような逸話を思い返していると、声を掛けられ我に返る。
 俺はシャツのポケットから昨夜のプレゼントを取り出しボスに差し出した。

《なんだ、封開いてないじゃないか。使わなかったのか?》
《ええ、あれだけの上物なら必要ないと思いまして。それに手痛い反撃にもあいましたし、
 しばらくは必要ないかと……》
《そうか? まぁ、別に使えと強要はしないが……》
《せっかくのご好意で頂いたものですから、捨てるのも忍びないので、是非お納め下さい》

 そう言うとボスは渋々受け取り、デスクの引き出しへと仕舞った。

《用はそれだけか?》
《いえ、もう一つお願いがありまして……》
《お願い? イチがお願いとは珍しい事が続くな》
《実は、数日間休暇を頂きたいと思っているのですが…》
《それは構わないが…お前の会社は回るのか?言っちゃ悪いが、お前以外は仕事の出来ない奴ばかりだぞ?》

 意外な高評価に驚く。

《ええ、それは問題ありません。数日間だけなら引き継ぎをすれば何とか出来ると思います》
《そうか、ならいいぞ。お姫様も一緒だろ? たまにはハメ外してこい》

 俺はあっさり許可が下りた事に拍子抜けしながら、ありがとうございます、と頭を下げた。

《休暇行くなら、やっぱりこれ持ってくか?》

 ボスは昨夜のプレゼントを引き出しから取り出し、こちらへ見せる。

《いえ…まだ必要ないと信じたいので……》

 そう言うとボスはまた、ぶはっと吹き出した。よく笑う人だと思った。

《わかったわかった、とにかく楽しんでこい》
《はい、ありがとうございます。では失礼します》

 俺は再び頭を下げて礼を言うと、重厚な造りのドアを開け、最後にもう一度
 ボスに頭を下げて退室した。


350 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/11(月) 17:30:33 XK0GttUA

【11/夕食】

 ボスの部屋のドアと比べると幾分頼りない我が家の玄関のドアを開く。向こうは内装のドアなのに、
 玄関のドアよりも重厚な造りのドアにする必要性を考えると、また少し肝が冷えた。

「おかえりなさい、イチさん」
「ただいま、プロイ」《お嬢ちゃんの様子はどうだ?》
《ずっと部屋から出てこないで、食事も摂ってないみたい》
《そうか、もう食事の用意は出来てるか?》
《え? うん、あとお皿に盛るだけだけど…》
《じゃあ、プロイは用意を続けててくれ。お嬢ちゃんは俺が何とかする》

 そうプロイに伝え、俺は仁奈の部屋へ、プロイはキッチンへとそれぞれ向かった。
 朝と同じようにドアをノックし、中を確認してから踏み入る。仁奈は薄暗い部屋の隅で
 朝と同じ様に蹲まって膝を抱えていた。部屋の中を確認すると、昨夜の晩飯からプロイが差し入れたであろう
 今日の昼食まで全て手がついていない様だった。部屋はエアコンとファンの回る音だけがしている。

「飯、食わないのか?」
「…………」
「まただんまりか…食い物粗末にしやがって、お百姓さんと用意してくれたプロイに
 申し訳ないと思わないのか?」
「…………」

 仁奈はだんまりを決め込んで、膝に顔を埋めたまま喋ろうとも動こうともしない。
 俺が一つ舌打ちををして仁奈に詰め寄ると、足音が近づいてきたのが分ったのか
 顔を上げて身を強張らせた。俺が仁奈の腕を掴むと仁奈は抵抗する様に尚も座り込もうとするが
 無理矢理立たせて引きずるように歩かせる。

「いやっ! 離して!」
「うるせぇ、いいから来い」

 部屋から出て、廊下を歩く。廊下に仁奈の抵抗する声が響くが、構わずそのままダイニングのある部屋に
 投げ入れるように仁奈を入室させた。晩飯の用意をしていたプロイが笑顔になって仁奈に話しかける。

「ニナ! ご飯食べるの?」
「え? え?」

 仁奈は状況が飲み込めずに、戸惑いながらプロイと俺の顔を交互に見ている。

「みんなで同じもの食えば、少しは安心出来るだろ?」
「ニナ! いっしょにご飯食べよう?」

 仁奈は俺の言葉で状況は飲み込めた様だったが、俺から目を逸らす様に俯いてまた押し黙ってしまった。
 だが、プロイはお構いなしに話し掛ける。

「ね? いっしょに食べよ? おいしいよ?」
 
 にこにこ笑って押しの強いプロイのお願いにたじたじになっている仁奈を見て思わず笑みが零れる。
 あまりわがままな事を言わないという事もあるが、俺はプロイのお願いを断れた覚えがない。

「わかった…一緒に食べるよ…」

 仁奈も結局断り切れずに、無事三人で一緒に晩飯を摂る運びになった。プロイは上機嫌で
 鼻歌を歌いながら仁奈の分の食器をダイニングテーブルに運んでいる。

「立ってないで、好きな所に座んな」
「……じゃあ、プロイちゃんの隣に…」

 俺が席に着くことを促すと、渋々ながら食卓に着いた。ちょうどプロイが準備を終わらせて
 最後にコップとミネラルウォーターを持って戻って来ると、笑顔で仁奈の隣に座った。

「さあ、食べよう。ほら、お嬢ちゃんも手を合わせて」

 仁奈は急に言われたからなのか、それが習慣なのか言われた通り手を合わせた。

「いただきます」
「いただきま〜す!」
「……いただきます」

 三者三様のいただきますをして、俺と仁奈の十年振りの夕食が始まった。


351 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/11(月) 18:14:18 XK0GttUA

 仁奈は相当空腹だった様で、最初は食事を恐る恐る口にしていたが、同じ皿に盛られた料理を
 俺やプロイが食べているのを見て安全と判断したのか、今はすごい勢いで食べている。
 元々なのか俺の知らない間に身に付いたものなのか分からないが、意外と肝が据わっている様だ。
 料理を口に運びながらそんな様子を眺めていたら、仁奈の動きが止まった。

「……っ!……っ!…っ!」

 喉を詰まらせてしまった様子で、自分の胸を叩いている。俺たちは慌てて背中を叩いたり
 水を差し出してやったりして、何とか事なきを得た。

「お嬢ちゃん…がっつき過ぎだろ……」
「す、すみません……」

 俺は苦笑いを浮かべてコップに水を注いでやる。仁奈は赤面して俯いてしまった。

「お腹空いてた? もっと買ってくる?」
「え!? ううん、もう大丈夫!」

 仁奈の食べっぷりを見たプロイは、おかわりを勧めたが、赤い顔をした仁奈は慌てて断っている。

「誰も取らないからゆっくり食え。まったく、そんな腹減ってたなら変な意地張らずに
 出された飯を食えばよかったじゃねぇか」
「…すみません…でも……」
「警戒するのも分かるが、これからは、俺が家にいる時間帯はともかく、
 プロイと二人だけの時はちゃんと食え。いいな?」

 俺がそう言うと、また俯いて黙ってしまった。

《ねぇニナ、日本って毎日自分の家でご飯作るって本当?》

 俯いていたところに急にプロイからタイ語で話し掛けられた仁奈は困った様子でこちらを伺う。

《プロイ、日本語で話してあげな》
《えー? 難しいからイチさん通訳してよ》
《……しょうがねぇな》「…日本では毎日家で食事を作るのかって言ってる」
「え、ええ。普通の家はそうですけど、タイは違うんですか?」
「ああ、タイではな、家で作るより屋台で買ってきた方が安上がりだから
 家ではほとんど作らないんだ」
「へー……楽そうでいいですね」
《イチさん、仲間外れにしないで私にも通訳してよ!》
《おっと悪い、普通は毎日作るそうだ。タイは屋台で買う事が多いって言ったら、楽そうでいいなって》
《本当なんだ! 毎日違う料理作るなんて大変だね!》

 俺を通して二人の会話が弾む。仁奈の方が三つ程年上だが、仲の良い友達の様だ。

《じゃあ、仁奈も料理作れるの? 私、日本のカレー食べてみたい!》
「お嬢ちゃん、カレーライス作れるか?」
「え? はい、市販のカレールーがあればですけど……」
《材料があれば作れるってさ》
《本当!? じゃあ、作り方教えて!》
「材料を揃えるから、作り方教えてくれ、だって」
「いいですけど、ルーとかって手に入るんですか?」
「ああ、街に日系人向けのスーパーがあるから、そこに行けばあるだろう」
「そうなんですか、それなら作れます」

 俺がプロイに仁奈の言葉を伝えると、ぱぁっと笑顔になって

《じゃあ明日の晩ごはんは日本のカレーね!》

 と嬉しそうに明日の晩飯のメニューを決めた。


352 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/12(火) 23:08:23 zyXTlC7s

【12/ルール】

 食事が終わり、プロイが片付けをしている。
 俺と仁奈はテーブルに残り、食後のお茶を飲んでいた。
 プロイがゴミをきちんと分別している事に疑問を持ったのか仁奈が質問をしてきた。
 一緒に食事を摂ったお陰か、少し警戒心が和らいだ様だ。

「ゴミを分別する必要はあるんですか?」
「まさか。食い終わったゴミをそこの窓から投げ捨てても文句は言われないさ」
「じゃあ、どうして……」
「これは俺の昔からの習慣でな、未だに抜けないんだ。やる必要はないが、やらないと気持ち悪くてな」

 そう言うと仁奈は納得したらしく、なるほど、とつぶやいている。

《何? 何の話してるの?》
《俺の抜けてくれない習慣の話だよ》

 片付けを済ませたプロイが興味津々に話に入ってきた。

《あー、家って変なルールが結構あるもんね》
《何言ってんだ、変じゃねぇよ。日本では普通だぞ?》
《えー? じゃあニナにも聞いてみよ》

 俺の言う事が信じられないのか、プロイは仁奈に質問をする。

「日本は、ゴミ分けるルールなの?」
「えっと、分別の事? うん、私の家では分けてたよ」

 仁奈の答えにプロイは驚いた様子でこっちを見る。信じられないといった様子だ。
 俺は予想通りの答えに得意げな顔を作る。

(そりゃそうだ。俺が住んでた家でもあるんだから)

 だが、俺のいない間にルールが変わっていたら、少し落ち込んでいたかもしれない。
 仮にそうなっていても文句を言える立場ではないのだが。

「じゃあ、帰ったら、手洗い・うがいも?」
「うん、家はそうだったね」

 仁奈がそう答えるとプロイはまた驚いた顔をして、俺はまた得意げな顔をする。

「フジキドさんの家のルールは何があるの?」
「え? えっと……ゴミを分ける、手洗い・うがい、食べ物無駄にしない……」

 仁奈が逆に我が家のルールを質問して、プロイは一生懸命日本語で答えている。
 一つずつルールを上げていく度、改めて俺の変えられない習慣の多さに呆れる。

「あ、あと、ウソはダメ」

 それは嘘ばかりのこの街で、家の中くらいは誠実でいたかったのと、こんな環境だが、
 せめてプロイにはまっすぐ育って欲しかったから設けたルールだった。
 だが、仁奈が来てからというもの、嘘ばかり吐いている。ルールを敷いた本人が
 全くそれを守れていない事に自嘲する。

「…………」

 ふと仁奈に目をやれば、驚いた顔で俺の顔をじっと見つめていた。少し気恥ずかしさを感じる。

「何だよ、悪党が真人間振るのがおかしいか?」
「あ…いえ、そういう事ではなく……」

 俺が照れ隠しに少しおどけた様に仁奈に聞くと、すぐに目を逸らしてしまった。
 俺は椅子から立ち上がり、部屋に戻ろうとしたが仁奈に一言声を掛けてからにする事にした。

「俺はもう部屋に戻るが、お嬢ちゃんはゆっくりしてろ。入りたきゃシャワーも使っていいぞ」
「…はい、そうさせてもらいます」

 まだ少し警戒心はあるのか、少し逡巡した後、俺の提案を受け入れた。


353 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/12(火) 23:09:25 zyXTlC7s
 
 俺は自室に戻り、ソファに身を埋める。
 視線の先では天井のファンが、きぃきぃと小さな音を立てながら温い空気をかき混ぜている。
 引き継ぎの件はあるが、休暇を取る許可は得た。
 残りの問題はどこで、どうやって仁奈を逃がすかだ。
 当然この街で逃がすのは論外だ。組織の目が気になるし、警察も当てにならない。
 そうなると、ここから離れた街で、手の出せない施設に逃げ込まれた、
 という形を取るのが最善だと思われた。

(日本大使館……バンコクか……)

 何度考えてもそれ以外の選択肢が無かった。それ以外の方法は時間が掛かりすぎるし、
 仁奈と過ごす時間が長引けば長引くほど、俺がぼろを出す確率が増えるだろう。
 ほんの数日一緒にいただけで、捨て去ったはずの家族への情が芽生えている。
 今日の晩飯も無理やり部屋から引きずり出して食卓に着かせずに、
 見て見ぬ振りをする事だって出来た。数日間食事を摂らなくても人間は死なないからだ。
 だが俺はそう出来なかった。理屈じゃない、自分の内側から湧き出る衝動に
 突き動かされる感じだった。理性で塗りつぶしたはずの分不相応な願いが
 また顔を出して、もっと一緒に時間を過ごしたいと思ってしまった。
 一つ大きく息を吐き、手の甲を目を覆うように顔に乗せる。

(俺に、仁奈の父親を名乗る資格はない。名乗るつもりもない)

 自分に言い聞かせるように頭の中で何度も繰り返し、再度願いを理性で塗りつぶす。
 
――そうだ、お前と娘は住む世界が違うんだ。全て黒く塗りつぶせ。

 耳に入るファンの音が、嘲笑しながら俺にそう告げる声に聞こえた。


354 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/12(火) 23:11:35 zyXTlC7s
今日はこれだけ
もう少しで終わります
今週中には何とか…


355 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/13(水) 01:39:14 1k71UXBM
乙ゥ〜
もうボロ出してますね、間違いない


356 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/13(水) 21:22:29 9HespQzM

 マジックミラー越しに幼い少女と目が合う。
 目が合うは筈も、声が聞こえる筈もないのに〈助けて〉と震える声が聞こえる。
 顔と声が男の物に変わり、目線は俺が手にしている拳銃の銃口に注がれている。
 瞬き一つしなくなった男の身体を重りと共にボディバッグに詰め、海流の関係上
 陸には流れ着かないポイントにゴミでも捨てるかの様に投げ落とす。
 俺は月明かりも差さない黒い海を見つめる。

 海上には救命浮輪にしがみつき、波間をゴミの様に漂う俺自身が見えた。


357 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/13(水) 21:28:54 9HespQzM

【13/バッド・モーニング】

 目を開くと、ぼやけた視線の先でファンが回っている。部屋の中を見回せば窓からは陽が差し込んでいた。
 昨夜はあのままソファで眠りに落ちてしまった様だ。爽やかな朝だが気分は晴れない。
 ソファで眠ってしまった事で体が痛いのもあったが、まとわりつく様な寝汗と、
 ずっと見ていなかった仕事の夢を見たせいで寝覚めは最悪だった。
 身体を起こして座り直し、何であんな夢を見たのかを考えるが、結局理由は
 分からず、諦めて水でも飲もうとソファから立ち上がって部屋を出た。

「おはよう、イチさん」
「……おはようございます、フジキドさん」

 水を取りにキッチンへ向かうと、プロイと仁奈がダイニングで朝食の準備をしていた。

「お、おう、おはよう」

 仁奈が部屋から出てきているとは思っていなかった俺は少したじろいだ。
 仁奈は自分の部屋で食事を摂るか、俺のいる時間帯には食べ物を口にしないと踏んでいたが見事に外れた。
 やっぱり肝が据わってる、と変なところで娘の成長を実感した。

《もう準備出来るから、座って待ってて》

 そんな事を考えていたら、プロイに席に着く様に促された。あっという間に準備が終わり、
 昨夜の様に三人揃って席に着いて、いただきますをして朝食を摂りはじめる。
 朝食はいつも近所の屋台の粥だ。俺とプロイは食べながらテレビのニュースを観ていたが、
 タイ語を理解出来ない仁奈は俺は黙々と粥を口に運んでいた。
 プロイと仁奈にも〈旅行〉の件を伝えておかなくてはいけない。
 伏し目がちに食事をしている仁奈に話し掛ける。

「お嬢ちゃん、明日から俺と一緒にバンコク行くぞ」

 仁奈の動きがぴたりと止まり、顔を上げ困惑した表情でこちらを伺う。スプーンの先が少し震えている。

「……二人だけで、ですか…?」
「ああそうだ」

 俺の発言がどういう意味かを察したプロイは、仁奈の肩に手を置いて大丈夫だよと宥めている。

「特に用意はしなくていい。必要な物があれば向こうで買ってやる」
「…………」

 仁奈はスプーンを離し、膝に手を置いて俯いてしまった。プロイが手を置く肩が震えている。

「……そんなに不安がるな。向こうに行けば何かいい事もあるかもしれないぜ」

 今はこれしか言えないが、言外に逃がしてやると仄めかす。仁奈はそれが汲み取れなかったのか
 先ほどと変わらず、俯いたままだ。プロイはちらりとこちらに目配せをする。
〈本当の事を伝えていいか?〉と聞いている様だったが、俺は首を横に振る。
 ここで伝えてしまったら今まで黙っていた意味がなくなる。

「……ごちそうさま。確かに伝えたからな」

 食事を終え、身支度のために席を立って自室に戻ろうとする。
 ちらりと見えた仁奈の悲しそうな横顔に浮かんでいた涙にまた胸が痛む。
 
(俺に、仁奈の父親を名乗る資格はない。名乗るつもりもない)

 仁奈から目を逸らして、また自分に言い聞かせる。
 それでも仁奈の横顔は頭から離れてはくれなかった。


358 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/14(木) 22:11:18 9QQH24C2
ドーモ。ミナ=サン。

投稿して行きます
今夜中に終わる予定です


359 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/14(木) 22:12:58 9QQH24C2

【14/引き継ぐ】

 まとわりつく汗をシャワーで洗い流し、身支度を整える。出がけにキッチンを覗くが、
 後片付けをしているのはプロイだけで、仁奈は部屋に篭ってしまった様だ。
 一応、仁奈が家から出てしまわない様に再度プロイに言い含めて会社へと向かう。
 会社に着いたらまず、忘れない内にバンコク行きの航空券を、念のため
 スマートフォンから手配した。それからは部屋に篭り、引き継ぎのためのメモを作るが、
 自分が普段何気なくやっている事を、いざ形にしてみると、こんなにやる事があるのか、
 と思うほど出てくる。中には自分でやらなくてもいい様なものもあったが、会社の誰かに
 任せられるかというと、不安が残った。ボスの言っていた仕事の出来る奴というのは
 こういう事なんだろうかと思ったが、管理者としては間違っているとも思った。
 途中メオが顔を出したが、事務仕事を押し付けられると思ったのか、早々に
 今日の女の所に向かった様だ。バンコクから戻ってきたら、もっと優秀な奴を部下に付けると決めた。

 結局、引き継ぎは夕方まで掛かり、ぐったりとして自宅へと戻る。
 玄関のドアを開けるといい香りがする。懐かしい、記憶を呼び起こす様な香りだった。

「ああ、昨日言ってた……」

 今日はプロイが出迎えに来ない。きっと料理中で手が離せないんだろう。
 俺は手洗い・うがいをしてから向かったキッチンでは二人並んで料理をしていた。

「あ! おかえり、イチさん」
「…………」

 プロイはいつも通りに出迎え、仁奈は軽く会釈をする様に頭を下げた。
 今朝の話が尾を引いているのか、暗く沈んだ表情をしている。

「……いい香りだな」
「…………」

 ここに来た頃の様に口を閉ざしたまま、鍋を見つめて、ゆっくりとかき混ぜている。
 無視をされた様で少し悲しくなったが、ふと、反抗期の子どもを持つ親はこんな気分なんだろうか、と思う。
 プロイは年頃だが、素直に育ってくれたおかげで反抗期の様なものは無かったから新鮮に感じる。

《もう準備出来るから座ってていいよ?》

 少しくらい悲しくても、父親気分が味わえたならいいか、と自分に言い聞かせていたら、
 プロイに席に着く事を促された。もっと二人が料理している姿を見ていたかったが
 諦めてダイニングに戻り席に着く。
 キッチンからはプロイのたどたどしい日本語と、それに答える仁奈の声が聞こえる。
 微笑ましい、普通の家庭の光景だった。

《はーい! お待たせー!》

 プロイが皿に盛られたカレーを俺の前に置く。食欲を誘ういい香りだ。
 プロイも仁奈も自分の分を持って席に着いた。おそらく俺と仁奈のカレーは仁奈がよそったのだろう、
 ライスが片側に寄せられもう片側にルーが掛かっているが、プロイの分はライス全体にルーが掛かっていた。

「それじゃいただこう……」

 俺が手を合わせる様に言う前に、仁奈はすでに合わせていた。


360 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/14(木) 22:29:16 9QQH24C2

 十年振りに家で日本のカレーを食べている。米はタイ米だが、記憶の中にあるカレーと全く同じ味の様に思える。
 妻や仁奈と過ごした日本での時間が思い出される。この街に来てから一度も
 思い出さなかった記憶が堰を切ったように溢れ出てきた。
 ふと目を上がれば、仁奈とプロイが驚いた目で俺を見ていた。

「な、何だよ」
「イチさん、そんな顔で笑うんだ……」
「いや、笑ってなんかないだろ」
「笑ったよね? ニナ?」
「……う、うん……」

 仁奈は俺の顔から目を離せない様で信じられないものを見たかの様にじっと見つめてくる。

「もっと、そう笑ったほうがいいよ!」
「どんなだかわかんねぇよ……」
「なんだか、いつもより優しい感じ!」

 褒められているのか、馬鹿にされているのか分からず困惑する。
 仁奈は相変わらずじっと俺の顔を見ていた。二人から覗き込まれる様に見られると流石に恥ずかしい。
 思わず顔を背けると向かいからくすくすと笑い声が聞こえてきた。

《イチさん、照れてるでしょ〜》
《……照れてねぇよ》

 見事に言い当てられたがしらを切る。

《嘘を吐いちゃだめなんでしょ? それにバレバレだよ?》
《嘘じゃねぇって……》

 意固地になって二人の方に顔を向けると、プロイはにやにやしながら手を後頭部に当てていた。

《ニナが気付いたんだけど、イチさんって、照れるとこうするよね》

 言われて気付いたが、無意識に手を後頭部に当てていた。慌てて手を下に降ろす。
 それを見た向かいの二人は顔を見合わせてくすくすと笑っている。
 この家に来てから初めて見る十年振りの仁奈の笑顔は、子どもの頃と満面の笑みとは違う優しい笑顔だった。
 出会った頃の妻を見ている様で、目が離せず、じっと見つめていたら仁奈と目が合った。
 仁奈は目が合っても目を逸らさずに慈しむ様に笑い掛ける。涙がこみ上げそうだった。
 気を紛らわす様に、カレーをかき込む。
 
「あの……おかわり、ありますからね?」
「……あ、ああ、もらおうか」

 胸がいっぱいでとても食べられそうもなかったが、仁奈に勧められるままにおかわりをもらう。
 今度はゆっくり味わって食べる。やっぱり記憶の中の味によく似ている味だと思った。

《ん〜! 美味しい! それにしても、日本のカレーって面白いよね! 隠し味にコーヒーとか
 ケチャップ入れるんだもん》
《そうなのか? 俺は料理出来ないから知らないが…》
《ニナの家では入れるんだって。あとそれと――》

 プロイは今日教わったカレーの作り方を思い出しながら俺に語ってくれる。
 話を聞きながら、妻からカレーのうんちく話を聞いた事を思い出した。
 コツも隠し味も同じで、妻から仁奈へ、市川家のカレーの味はしっかりと受け継がれていて、
 俺が良く似ている味だと思ったのも勘違いでは無かった様だ。


「ごちそうさま、久々で美味かったよ」
「ニナ、ごちそうさま! ありがとう!」
「お粗末さまでした」

 晩飯が終わると俺とプロイは仁奈にカレーの礼を言い、食器をキッチンに下げる。
 カレーを作ってくれた仁奈には、お礼にダイニングで休んでいてもらった。
 片付けをしていたプロイが俺に尋ねてくる。

《……ねぇ、本当に明日仁奈を逃がしてあげるの?》
《……ああ。準備は全て終わった、あとは連れて行くだけだ》
《…そうなんだ……》

 数日とはいえ、ずっと仁奈と一緒にいたプロイは別れが辛い様で俯いてしまっている。
 これまで引き取った者達は、俺の会社で雑用として働いていて、会おうと思えばいつでも会える。
 だが、仁奈はここから遠く離れた日本へ帰るのだ。飛行機を乗り継げば半日で着くとはいえ、
 いつでも会える距離とは言えない。

《……お土産いっぱい買ってくるから許してくれ》

 目にうっすらと涙を浮かべるプロイに、俺はそう言ってやる事くらいしか出来なかった。


361 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/14(木) 23:01:32 9QQH24C2

【15/“仁奈”】

《お土産、楽しみにしてるからね》

 翌朝、俺と仁奈を見送るプロイは笑顔でそう言う。笑顔ではあるが、それが悲しみを堪えているものである事が俺には分かる。
 昨夜話をしたからではない、長い間プロイと一緒に暮らしている間に僅かな表情や声色の変化から
 感情を読み取ることが出来る様になっていた。俺と仁奈を乗せたタクシーは空港に向けて走り出したが、
 こっそりと振り向いて家の方を見てみると、プロイは涙を拭っている様だった。
 仁奈は相変わらず口数が少なかったが、バンコクに行く事に対しては諦めたのか、素直についてきた。
 タクシーの車内にはエンジンの音と、タイヤから伝わるロードノイズだけがしている。
 
「なぁ、お嬢ちゃん、バンコクは初めてか?」
「…………」

 会話のきっかけに、当たり障りのない質問をしてみたが返事はなく、ぎゅっと両手の拳を握ったまま、
 窓の外の景色をずっと見ている。結局会話をする事は無く、気まずい雰囲気に包まれた車内で
 三十分ほど過ごし、空港に到着した。

 荷物は最小限に抑えて機内持ち込みにし、自宅を出る前にネットでチェックインを
 済ませておいたので、手続きは優先カウンターで二人分の搭乗券を発券してもらうだけだ。

「これ、渡しておく。保安検査場を通ったら返してくれ」
「あっ……フジキドさんが持ってたんですね」

 仁奈にパスポートを返すと、ようやく口を開いた。

「保安検査場に行く前に何か食べるか?」
「いえ……大丈夫です…」
「そうか……」 

 そう答えると、仁奈はまた口をつぐみ、保安検査場を通った後も、搭乗してからもそのまま口を開かなかった。

 
 腕に仁奈を抱いている。生まれたばかりで、まだ首の座っていない仁奈を上手く抱くことが出来ずに
 助けを求めるように妻に目線を向けると、優しく微笑んでお手本を見せてくれる。
 少し大きくなった仁奈を妻が抱いている。航海に向かう俺を二人で見送ってくれている。
 航海から戻ると、妻とまた少し大きくなった仁奈が出迎えてくれる。
 それから数ヶ月は不慣れながらも父親らしい事をして、慣れてきたところでまた航海に出る。
 立てる様なって、喋れる様になって、自我が芽生えて少しわがままになって――
 航海から帰る度に大きく成長する仁奈に驚きながら、また数ヶ月間、夫と父親をする。
 航海に出る。船上から見える夕焼けは、水面がきらきらと輝いて美しかった。


 飛行機の座席で眠ってしまっていた。目が覚めると同時に霧が晴れる様に記憶から消えてしまったが、
 ひどく懐かしい夢を見ていた気がする。
 窓側の席に押し込む様に座らせた仁奈も、すうすうと寝息を立てている。
 仁奈の寝顔を見つめる。触れてしまいたい衝動を抑えて、座席の正面を向いて座り直す。

(仁奈…お父さんが日本に帰してやるからな……)
 
 自分の命と引き換えてでも、仁奈を無事日本に帰す。
 それが、ろくに父親らしい事も出来ずにどっぷりと悪事に浸かってしまった俺に出来るせめてもの償いだ。
 不安と緊張で胸の鼓動が高まっている。
 腕時計を見れば、バンコクまではもう二十分ほどだった。


362 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/14(木) 23:28:21 9QQH24C2

 バンコクの空港に降り立って、急ぎ足でタクシー乗り場に向かう。行く手を遮る観光客や白タクのポン引きに殺意を覚える。
 何とかタクシーを捕まえて、後部座席の左側に仁奈を乗せる。

《日本大使館まで。場所は地下鉄のルンピニー駅の近くだ》
《OK、お客さんタイ語上手いね、こっちに住んでるの?》
《ああそうだ、だからぼったくってもすぐ分かるからな》

 そう告げると、ドライバーは苦笑いを浮かべて車を発進させる。

(もう少しだ…もう少しで仁奈を逃がしてやれる……)

 一分が一時間の様に感じて、赤信号に引っ掛かる度、更に苛立ちが募る。
 車内に響くエンジンの音とタイヤから伝わるロードノイズに加えて、俺の胸の鼓動が混ざっている気がした。
 数時間に感じるほどの時間が経って、ようやく左手側に大きい公園が見えた。
 この公園の脇の小道に入れば日本大使館のはずだ。

《お客さん、着いたよ。三百バーツね》
《ああ、ありがとう。これチップ込みだ》

 五百バーツ札を差し出すとドライバーは大げさに喜んで、礼をして受け取った。
 俺達を降ろしたタクシーは走り去ったが、仁奈はこんな小道に降ろされた理由が分からず困惑していた。
 鼓動が早まり、息苦しい。俺は一つ大きく息をして、勤めて落ち着いた声で話し始める。

「お嬢ちゃんの後ろの建物は日本大使館だ。で、これ持って掛け込め」
「えっ……?」

 俺が仁奈のパスポートを差し出すと、仁奈は状況が飲み込めない様子で立ち尽くす。
 俺は仁奈の手を取り、無理やりにパスポートを握らせる。触れた手が温かい。

「どうして…そんな……」
「悪党の気まぐれだ。俺の気が変わる前にさっさと行け」

 仁奈はパスポートを握り締め、目に涙を溜めて意外な事を口にした。

「……あの…最後に、仁奈って呼んでください……」

 俺も涙が溢れてしまいそうだった。歯をくいしばる様にして無理矢理に感情を抑えつける。

「仁奈…もう会う事はないだろうが、元気でな」
「…………っ!」

 仁奈の目から涙が溢れ、俺の胸に飛び込んで抱き付いてきた。

「……助けてくれてありがとう、お父さん…」
「な、何を……言って…」

 仁奈はぱっと俺から離れて、涙を流しながら、でも笑顔で手をぽんぽんと自分の後頭部に当てた。
 
「…変わらないね…癖……」
「あ、ああ……」

 ぼろを出さない様に注意を払っていたつもりだった。絶対に正体を明かさないつもりだった。
 だが、俺の抜けてくれない習慣が仁奈に正体を明かしてしまった。
 明かすつもりのなかった秘密を知られてしまった恐怖で体が震えた。

「……人違いだ、仁奈みたいな娘の父親がこんな悪党の訳ないだろ」
「悪党なんかじゃない! 私の事もプロイちゃんの事も助けてくれたじゃない!」
「…俺はそんなんじゃない。俺はもう……」
「そんなの関係ない! ね? 一緒に日本に帰ってやり直そう?」

 俺の言葉を遮る様に仁奈は矢継ぎ早に話す。俺は気圧されるように頷いてしてしまった。
 それを見た仁奈は記憶に中にある様な満面の笑みになってもう一度抱き付いて来る。
 今度は俺も仁奈の背中に手を回して抱き締め返す。しばらくして仁奈が俺から離れて口を開く。

「約束だよ…? 日本でお母さんと一緒に待ってるからね……」
「わかったから、もう行け」
「きっとだからね!」

 仁奈はそう言うと大使館の中に駆け込んで、最後にもう一度俺の方を振り返り、建物の中に消えて行った。

 俺は小道に一人佇んでいた。仁奈は日本で待っていると言った。俺の過去は関係ないとも。
 日本に帰って、俺と妻と仁奈、それとプロイを入れた四人で暮らす。最初はぎこちないかも知れないが、
 賑やかで、穏やかな、そんな幸せな未来を、こんな俺が望んでも――


363 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/15(金) 00:09:20 qKYIoirQ

【終/Ringing】

 幸せな空想に耽っていた俺をスマートフォンの着信音が現実に呼び戻す。
 発信者を確認すると、ボスのオフィスからだった。俺は唾を飲み込み電話に出る。

《はい、イチハラです。何かご用でしょうか?》
《よう、バンコクで仕事が入った、受けてくれるか?》
《…バンコクで仕事、ですか?》

 今のこの気持ちで仕事をする気にはなれなかったが、声には出さない様に受け答えをする。

《まぁ、休暇中で悪いとは思っているが、受けてくれるよな、…フジキド・イチロー》


364 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/15(金) 00:10:50 qKYIoirQ

 心臓が大きく跳ねて、そのまま止まってしまった様な気がした。電話の向こうからボスの笑い声が聞こえる。

《しかし、お前の娘は上物だな。日本で芸能人してるんだって? それにも納得出来るよ。
 しかも、母親と一緒に暮らしてやるなんて親孝行ないい娘じゃないか。
 まぁ、家が今の職場の近くにあるというのも理由なんだろうがな。
 なかなか良いところに家を持ってるなイチ、住所は都内の――》

 スマートフォンではなくボスの深い笑い皺のある顔が、直接俺に話し掛けている気がする。
 
《ボス……いつからですか…?》
《いつから? いつからだと思う?》

 やっとの思いで声を絞り出すが、その顔はゲームでも楽しむかの様に聞き返してくる。

(いつからだ、いつからだ、いつからだ――)

 ここ数日の出来事に今のボスの発言を加味して考えを巡らせる。

――受けてくれるよな、フジキド・イチロー
――開けたばかりの上等なウイスキーがあるのですが……
――ボスからプレゼントを預かってきてるっす
――今回の展示の前に少しお借りしまして 
――なかなか良いところに家を持ってるなイチ、住所は都内の――

《……最初から…いや、その前からですね》
《正解! 流石だな、イチ!》

 震える声を堪えながらそう答えると、ボスは自分が正解したかの様に、心底楽しそうに笑う。

《お前のそういう優秀なところ好きだぜ、イチ》
《ありがとう…ございます》
《じゃあ、その答えに至った理由、聞かせてくれるか?》
《…はい、ではまず――》

 俺は自分の考えを話し始める。
 元々俺の素性については調べていた事、俺より先にグーからボスに話が伝わっていた事、
 おそらくそのタイミングはグーが展示場で部下の制裁をしていた時だという事、
 フジキド・イチローという名前を知っていた事から、プレゼントの中に盗聴器が入っていた事、
 ボスは仁奈が俺の娘だと知っていたから、それを開封しない確信があった事、
 そして、今、リアルタイムで俺の状況を把握出来る状態にある事――

 全ての考えを述べ終わると、電話の向こうから拍手の様な音が聞こえる。

《素晴らしい! 素晴らしいよ、イチ! ますます気に入った!》
《…ありがとう…ございます……》
《ああ、良かった。もしこれで何か一つでも間違えていたら、お前と娘とお前のところのメイドを
 グーのところの馬鹿と同じ目に遭わせてやらなければならないところだった》

 想像しただけで背筋に寒いものが走った。その前からもう足も、声も震えている。


365 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/15(金) 00:12:36 qKYIoirQ

《…どうすれば許していただけますか……? 金なら…》
《許す? 何を言っている、俺は別に怒っていないぞ?》

 震える喉から声を絞り出し、ようやく口にした言葉に意外な答えが帰ってきた。

《言っただろう、俺は気に入った道具は大切にする質だと》
《……一体…何を……》
《珍しく察しが悪いな。…なぁ、イチ、道具を長く使うにはどうしたら良いと思う?》
《……壊れたら修理する事、でしょうか…?》
《う〜ん、間違いではないが正解でもないな。正解はな、壊れる前に手入れをする事だ》

 ボスの言いたい事が分からない。言葉を返せずにいると、電話口からまた声が聞こえる。

《今回の件はな、お前が腑抜けになったり、組織を抜けたりしない様に、娘を使って
 事前に手入れをしただけだ。お前が買った女を、お前がどうしようが俺は構わん。
 だから、俺はお前をどうこうしようとは思っていない。
 ただ、今まで通りのお前でいてくれればそれで良いんだ》

 足元を見れば、濃い影が地面に貼り付いている。日差しは強く、俺を照り付けているはずだが、全く熱を感じない。

《仕事、受けてくれるな?》
《…はい。お任せ下さい》
《そうか、休暇中にすまないな。詳細は迎えの者に聞いてくれ。ルンピニー駅前の
 フロント企業の系列ホテルの駐車場に車を待たせてある。ナンバーは――》

 指示を出す声に含笑いが漏れている。俺は指示を受け、指定の場所へ歩き出す。
 足の震えが取れず、真っ直ぐ歩く事もままならない。

“日本でお母さんと一緒に待ってるからね……?”

 仁奈との約束が頭の中で繰り返される。
 ボスは妻と仁奈の住む家の住所まで調べ上げていた。日本に行ってまで手を出すとは
 思えなかったが、もし、そうじゃなかったら?
 万に一つのわずかな可能性にまた背筋に冷たいものが走る。

「ごめんな、仁奈…お父さん、また嘘吐いちゃったよ……」

 約束は守れない。夢のような幸せな日々も、夢のままで消えた。心が締め付けられ、涙が溢れる。
 悪党に人並みの幸せなど許されないんだ、と涙を拭い、ふらつく足取りで、歩く。
 歩きながら家族との思い出も、仁奈の笑顔も、触れた温度も、
 全てを黒く、黒く塗りつぶして行く。塗りつぶすほど、ふらついていた足取りが元に戻っていく。
 今はもう真っ直ぐに、どんな暗くて汚れた場所でも歩ける気がした。
 塗りつぶして、塗り重ねて、最後に心の中に残ったのは、
 あの月明かりも届かない、あの黒い嵐の様な、闇よりもなお暗い本当の黒。

 指定場所で指定されたナンバーの車を見つける。もう震えも戸惑いも、何もない。
 俺は運転席後ろのドアのハンドルに手を掛け、シートに体を滑り込ませた。


 ―了―


366 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/15(金) 00:17:02 qKYIoirQ
お目汚し失礼しました。
誰も死なないハッピーエンディングでしたね……
じゃあ、俺、次のしぶりんifと自分用に仁奈パパとプロイちゃんのラブラブセックス書く作業に入るから……

最後に、調子に乗ってすみませんでした
もう関係ないSSは書きませんから許して下さい


367 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/15(金) 00:19:21 7UukZq5c
乙シャス
ゆっくり読ませてもらいます


368 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/15(金) 00:19:59 s86Tcxh6
面白かったゾ
しぶりんif待ってるからアクしろよ
お疲れ様でした次作も楽しみに待っております


369 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/20(水) 23:43:53 QHb4Ff7U
ドーモ ミナ=サン
リクエストをもらっていた、しぶりんifを投稿していきます。よろしくお願いします

【注意】
・短いです
・しぶりんが通学していた学校のモデルは女子高ですが、共学になっています


370 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/20(水) 23:44:45 RdLHKVqs
お前のSSを待ってたんだよ(迫真)


371 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/20(水) 23:46:30 QHb4Ff7U

【渋谷凛「変わる世界、変われない私」】

「ごめん、私そういうの興味ないから」

 もう何度目か分からない、話した事もない男子生徒からの告白を断る。
 告白してきた相手もまるで断られる事が分かっていたかの様に、
 特に気落ちした様子もなく、あっさりと引き下がった。貴重な昼休みだし早く教室に
 戻ろうと相手を屋上に置き去りにして、薄暗い階段をいつもより少し大きめな
 足音を立てながら降りていくと、廊下でクラスの友達と鉢合わせた。
 さっきの事を話しながら一緒に教室へ向かう。

「凛、今日はどうだった?」
「いつも通りだよ」
「えぇ〜!? 今日の人って学校中の女子に人気の先輩じゃん!」
「ふーん。あれがねぇ……」

 彼女はそう言ったけど、みんながあの見た目も中身も軽薄そうな男の
 どこに魅力を感じているのか理解出来なかった。

「もー! 凛は理想高すぎだよ!」
「そんな事ないって。タイプじゃなかっただけだよ」
「じゃあ、どんな人がタイプなのよ?」

 友達は私の答えに呆れる様に聞いてくるが、こういった事に興味を持てない私は
 取り繕う様に適当な答えを捻り出す。

「……何度断っても、あきらめずに声を掛けてくる様な人、かな」
「…凛って結構、情熱的な人が好きなんだね……」

 私の答えが意外だった様で、驚いた顔をしている友人を
「そういうわけじゃないけど……」とはぐらかす。
 だけど、情熱的かどうかはともかくとして、これまで見てきた簡単にあきらめて、
 引き下がっていった男子生徒達よりはずっとマシに思える。


372 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/20(水) 23:47:51 QHb4Ff7U

「それにしても、凛はモテるよね〜、毎回“興味ない”って断ってるのに、
 ダメ元で告白してくる男子が後を絶たないもん」
「…………」

 友達はうらやましそうにそう口にしたけど、私にとっては悩みの種でしかなかった。
 よく〈当たって砕けろ〉とか〈ダメで元々〉とか、背中を押す言葉として
 使われているけど、それに付き合わされる側からすれば、たまったものじゃない。
 興味が無いとはいっても、断るのは心苦しいものがあるし、断ったら断ったで
 相手から変に逆恨みされた事もあるし、断った事が気に食わないらしい
 周りの女子からの視線も煩わしかった。
 それでも断り続けていたら今度は、〈私と付き合う〉という事から
 〈誰が私を落とすのか〉という事に目的がすり替わったったらしく、
 言い寄ってくる男子生徒が増えて、更に煩わしい事になってしまった。
 元々興味が無い上に、そんなゲームの賞品みたいな扱いを受けてすごく気分が悪い。
 今日告白してきた男子生徒もあっさり引き下がったところを見ると、きっとその口なんだろう。

「凛のハートを射止めるのはどこの王子様なのかねぇ……」

 そんな事を考えながら廊下を歩いていたら、隣で一緒に歩いていた友達が
 頭の後ろに手を組みながらそうつぶやいた。
 
「……きっと王子様って感じでは無いと思うよ」

 私は少しだけ考えて答える。何故か頭の中にはスーツを着た大柄な男が浮かんでいた。


373 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/20(水) 23:49:26 QHb4Ff7U

「ねぇ、凛も帰りにカラオケ行かない?」

 退屈な午後の授業をやり過ごして迎えた放課後、みんなの雑談で賑やかになった教室で
 帰り支度をしていたら友達に遊びに誘われた。 

「あー、ごめん。今日は家の手伝いしなきゃいけないんだ」
「そうなんだー、残念!」
「ごめんね。また誘って?」
「もちろん! 凛、歌上手いから盛り上がるし、それに――」

 ちらりと、ある男子生徒の方に目をやり「男子も誘いやすいし……」とはにかんだ。

「…それで来てもらったとして、アンタはそれでいいの?」

 純粋な疑問に、私をダシに使おうとしている事への非難を少し混ぜて聞いてみる。

「い・い・の! 今は凛の事しか見えてなかったとしても、私の方に振り向かせるんだから!」
「…すごいね……」
「私、凛みたいに黙っててもモテるタイプじゃないから、自分から行かないと!」
「そ、そうなんだ…」

 私はぐっと拳を握り、力強く言い切った恋する乙女の勢いに気圧されて、
 適当に相槌を打つ事しか出来なくなってしまった。
 なおも持論を展開する友達から目を離して、ちらりと黒板の上の時計に目をやれば、
 そろそろ帰る時間が近付いていた。

「あ、ごめん。もう時間だから帰らないと」
「えぇ〜!? これからが良いところなのに〜!」
「また今度聞くからさ、お母さん待たせちゃうし」
「絶対だからね! じゃあ、また明日〜」

 私も「また明日」と言って友達の元から離れて教室を出て昇降口へ向かう。
 教室を出る前にさっきの男子生徒の方を盗み見てみたが、彼の友達数人と雑誌の
 グラビアページを見ながら鼻の下を伸ばしていた。こんなののどこが良いんだろう?と
 正直思ったが、好みの問題もあるし、私の知らない一面があるのかも知れない。
 それに〈恋は盲目〉という言葉もあるくらいだし、私がどうこう考える必要はないかと
 自分を納得させた。


374 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/20(水) 23:50:08 QHb4Ff7U

 昇降口でローファーに履き替えて外を見ると、満開の桜が校門まで並んでいるのが見える。
 開け放たれた出入口がちょうど額縁の様になって絵画みたいだ。
 春らしくて、新しい門出を祝う様な綺麗な景色。だけど、私の胸はちくりと痛む。

(……夢中になれる何か、か……)

 私は結局、夢中になれる何かを見つける事が出来ずに、毎日を無駄使いしいる。
 表面上は問題なく過ごせている。勉強は先生からも両親からも
 怒られない程度の成績は取れていて、友達とも上手くやれている。
 煩わしいと思う事はあるけれど、最近はそれを躱す術も身に付いてきた。
 …そう、何の問題もない。だけど、充実しているかと言われれば、はっきりNoと言える。
 退屈で、物足りなくて。だけど自分じゃどうする事も出来なくて。
 一日はすごく長いのに、一週間、一ヶ月という単位になると矢の様に過ぎていく。
 まるで私抜きで世界が回っている様に、どんどん変わっていく周りに焦りながら、
 それでも置いていかれない様に必死に着いていっていたら、
 いつの間にか私は高校二年生になっていた。

(ただ年齢と学年が上がっただけじゃ、何も変わらないんだ……)

 一つため息をついて、カーディガンのポケットに手を入れて校門へ向かって歩き出す。
 桜並木の下を歩きながら周りを見渡せば、揃いの学年色のジャージを着た
 新一年生達が揃って体験入部へ向かう姿が見え、
 遠くからはそんな彼らを歓迎する様に、運動部の掛け声や吹奏楽部の
 ロングトーンやスケール練習の音が聞こえている。
 そんなよくある光景を少しうらやましく思いながら歩いていたら、ふいに強い風が
 桜の梢を揺らして、花びらを伴って私の後ろから春の空へと吹き抜けていった。
 見上げた桜と青空は、どこかくすんで見えて、まるで風と花びらが
 色彩まで一緒に連れていってしまった様だった。


375 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/20(水) 23:51:45 QHb4Ff7U

 通学路を駅に向かって足早に歩く。店の手伝いの事もあるけど、さっきの光景を見ていたら、
 胸がちくちくと痛み始め、この痛みと関係が深いここから早く離れたくなったからだ。
 頭から余計な考えを追い出す様にイヤホンをしていつもより大き目な音量で音楽を流し、
 曲に合わせて、頭の中で歌詞をなぞる。
 何とかごまかしながら歩いていたけど、八幡宮のところの信号で引っ掛かると、
 私の抵抗も空しく、頭の中にスーツ姿の大柄な男の姿が彼の低い声と共に浮かんできてしまった。
 私は音楽の音量を更に上げる。信号が赤から青に変わると共に横断歩道を小走りで駆け出した。
 いつも通っている八幡宮とお稲荷さんの間の小道を使うのは何だか避けたくなって、回り道をする。
 すでに小走りではなくなっていたが、頭に浮かんだ彼の姿を振り切る様に更にギアを上げる。
 息を切らせて走って、走って、走って。あっという間に駅に着く。
 頭の中の彼を振り切る事に成功し、少しほっとして音量を下げて息を整えながら
 周りを見回すと、大きなビル広告が目に入って、また私の胸がちくりと痛んだ。

 そこにはあの時、少しだけ話をした女の子が綺麗に着飾り、あの時と同じ様に
 満面の笑みを浮かべて写っている。
 くすんで見える景色の中、そこだけは色鮮やかで、輝いているみたいだった。


376 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/20(水) 23:52:26 QHb4Ff7U

(…卯月……)

 その女の子は一年前のあの時、桜の咲く公園で、私にアイドルへの夢を語ってくれて、
 あきらめない事の大切さを示してくれた人だった。
 私とは正反対の場所に立っている様な、どこまでも夢に対してまっすぐで、
 夢のためならじっと耐える事も出来る強い人。憧れて…ほんの少しだけ嫉妬もした。
 そんな彼女と彼女のプロデューサーは新しい世界まで私の手を引いてくれようとしていた。
 なのに、臆病な私はその差し出された手を払ってしまった。
 あんなしっかりと夢を持って、それに向かって努力もして、私には眩しいくらいの彼女が
 プロデューサーに拾い上げられるまでの間、ずっと研修生でいた様な世界で、
 こんな私がやっていけるわけがないと、自分の可能性を閉ざして〈今〉にしがみ付いてしまった。
 自分で〈今〉に留まる事を決めた私に後悔する資格なんてない。
 それなのに、ありえたかも知れない未来は未だに頭から離れない。

 私は広告から目を逸らして下を向く。

(私は…どうすれば良かったの……?)

 あの時の、桜の花びらを拾い上げて、振り返りながら微笑んだ彼女に問い掛けても、
 何も答えは返ってこなかった。


377 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/20(水) 23:53:32 QHb4Ff7U

「ただいま」
「…おかえり、凛…」
「すぐ店番変われるけど、何か注文とか入ってる?」

 帰ってきた私の顔を見て、お母さんは何か言いたそうだったけど、触れられない内に
 今日の手伝いの話を始める。

「…今日は注文の引き取りが一件だけで、後は何も予定はないわ」
「そう。じゃあ、すぐ着替えてきちゃうね」

 どこか心配そうな表情を浮かべるお母さんから逃げる様に自分の部屋へ向かう。
 机の横にカバンを置いて、カーディガンを脱いでベッドの上に放り投げる。
 ぐるりと自分の部屋を見回すと、机とベッド以外はほとんど何も置いていなくて、
 我ながら殺風景な部屋だと思う。興味のある事も好きな物も見つけられない、
 私の内面を映しているみたいだった。それが嫌でせめてもの抵抗に、店で売れ残った
 花を飾ってはいるけど、ふと机の上に数日前から飾っている白いアネモネに
 目をやれば、力なくしおれてしまっていた。ため息を吐きながらそれを
 指でつまみ上げて部屋から、店頭へ戻る。捨てようかと思ったけど、
 何故だかそうしてしまうのがかわいそうで、また同じ様にコップに活けておいた。

「凛。お母さん、配達に行ってくるから店番お願いね」

 お母さんが店のエプロンを差し出しながら話し掛けてきたけど、
 私は「わかった。いってらっしゃい」とだけ答えて送り出すと、受け取ったエプロンを
 身に付け、ワイシャツの袖をまくって、店内に流れるラジオのチャンネルを変える。
 これだけで私の準備は終わって、後はお客さんが来るのを待つだけだ。


378 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/20(水) 23:54:28 QHb4Ff7U

(…今日、お客さん来ないな……)

 十分経っても二十分経ってもお客さんはやって来ない。
 ただレジに立って待っているだけというのは退屈で、何か物足りない。それに今日は
 じっとしていると余計な事を考えてしまいそうで、何かやる事はないかと色とりどりの
 生花が並ぶ店の中を見て回ってみた。だけど、店の中は手入れが行き届いていて、
 私が出来る様な事は見つからない。
 それでもじっとしていたくない私は、レジや作業台の周りを片付け始める。
 引き出しを開けて、ごそごそと補充の必要なものがないかを確認していたら、
 私は思わず「あっ」と声を出してしまった。

(名刺……)

 引き出しの奥から出てきたのは一年前に卯月のプロデューサーから
 何度となく差し出された名刺だった。

『せめて…名刺だけでも…』

 それを指で摘み上げてじっと見つめていると、彼の低い声が聞こえてくる様だった。
 彼は私が何度断っても諦めずに、通学路にまで顔を出してスカウトをしてきた。
 当時は本当にしつこくて、煩わしいとしか思わなかったけど、今考えれば
 それだけ本気で向き合ってくれていたんだろうと思う。

(それなのに私は……)
 
 今更ながら彼の気持ちを無下にする様に断ってしまった自分が恥ずかしくなった。
 見つめていると、また余計な考えが浮かんできてしまいそうで、名刺に付いていた埃を
 指の背で払う様にし、また引き出しの中にしまい込んで、ラジオに耳を傾ける。
 
《――新生活の始まる四月、新しい一歩踏み出されたリスナーの方も
 多いのではないでしょうか? この曲はそんなみなさんにピッタリの曲だと思います。
 …シンデレラプロジェクトで[お願い! シンデレラ]!》

 聴き始めてすぐに曲が紹介されて、明るい曲調の音楽が流れ始めた。そこに
 〈夢を持とう〉〈夢を叶えるために恐れず一歩を踏み出そう〉とメッセージを乗せて
 歌い上げている。
 確かに、新生活をスタートさせた人にはピッタリな曲だと思った。だけど――
 
 私はラジオの電源を切る。明るい雰囲気に包まれていた店の中は、曲が止まると共に
 しんと静まり返り、温度まで下がった様な気がした。


379 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/20(水) 23:58:34 QHb4Ff7U
 
――〈夢を持とう〉〈夢を叶えるために恐れずに一歩を踏み出そう〉

 その背中を押す様なメッセージが〈今〉にうずくまったまま動けない私には、
 まるで責められているみたいに感じられて耐えられなかった。
 私は俯いて、ありえたかも知れない未来に想いを馳せる。

(シンデレラ…か…)

 もし、私が差し伸べられた手を取っていたら、どうなっていたんだろうか。
 忙しくて、努力も才能も必要で、それでも報われるかどうかも分からない世界に
 一歩でも踏み出せていれば、私も卯月みたいなアイドルに…キラキラした何かに
 なれていたんだろうか。
 私は俯いたまま引き出しを開け、もう一度名刺を取り出す。

(やっぱり…王子様ではなかったな…)

 彼は王子様ではなく、ドレスと馬車を用意してくれた魔法使いだった。
 だけど、馬車はもうとっくに出てしまっていて、舞踏会も終わってしまった。
 私は名刺に両手で持ち、真ん中から引きちぎる。半分になった名刺を重ねて、
 そこに私の未練と後悔も重ね合わせて何度も同じ事を繰り返す。細かくなったそれを
 全てをまとめて捨て去る様にゴミ箱に投げ入れた。
 もう、ありえたかも知れない未来の事は考えない。そう強く自分に言い聞かせる。

 前向きな気持ちになれた気がして顔を上げると、色のくすんだ世界は少しだけ滲んで見えた。

 ―了―


380 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/21(木) 00:01:10 JH8AWK7s
お目汚し失礼しました。短くてすみません

ほのかにビターどころか、しぶりんがうつになっちゃいそう……


381 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/21(木) 08:54:09 YQpFQQDU
悲しいなぁ…


382 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/21(木) 10:55:47 2Ocp9GQA
乙シャッス!
ラストに注文の品を受け取りにどこかで見た人相の悪い大男が来た…だったらキレイに締まるかなーと思いましたが、それじゃあビターENDにはならんよなぁ…


383 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/21(木) 21:02:10 Ro0FK2fA
「もしPと出会えなかったら」って想像するとNGの3人はどうにかなるんだろうけど
(それでも寂しいけど)他のシンデレラプロジェクトのメンバーには破滅的な人生歩みそうな人が結構いますね


384 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/21(木) 21:28:34 JH8AWK7s
???「馬車はもう行ってしまいました。けれど、マニーがあれば私が呼び戻してもう一度舞台を整えますよ!」
(ビターのまま終わらせるべきか、続きも書くべきか……)


385 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/21(木) 23:47:37 JH8AWK7s
ビターじゃなくなるけど、続き投稿していいですか?
ダメならPixivの方だけ投稿しておきますけど…


386 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/21(木) 23:51:59 FjtWoXDE
ヘイ構わん、続けろ


387 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/22(金) 07:50:02 xOHx1xGs
もしビターなままの方が好きだったら読み飛ばして下さい。

渋谷凛「変わる世界、変われない私」EXTRA


388 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/22(金) 07:50:39 xOHx1xGs

 幸か不幸かお客さんが一人も来なかったおかげで、気持ちを落ち着かせる時間をたっぷり取れた。
 誰にも涙目になった顔を見られずに済んで少しほっとしていると、店の外に車が停まった音が聞こえた。
 お母さんが配達から帰ってきたみたいだ。
 
「ただいま。もう引き取りのお客さんは来た?」
「まだだよ。ていうか私が店番してる間、誰もお客さん来なかったし」
「そう…いつもは時間通りか少し早く来るのに…」

 その話し振りからすると、うちのお店のお得意さんみたいだった。時間をしっかり守る人らしく
 お母さんは珍しく来店予定の時間から遅れてる事に心配している様子だった。
 特にやりたい事のない私は家の手伝いをする頻度が多く、お客さん、特にお得意さんの事は
 ある程度把握しているはずなのに、それが誰の事だか分からない。

「その人お得意さんなんだよね? 私、多分知らないんだけど」
「そう? よく話の中に凛の名前が出るから知り合いだと思ってた」

 ますます誰の事だか分からない。誰なんだろうと頭を捻っていたら、お母さんが
 お客さんの来た事に気付いて「いらっしゃいませ」と笑顔で頭を下げた。

「遅れて申し訳ありません、近場の駐車場が全て埋まってしまっていまして……」

 私がどこかで聞いた覚えのある声の方に目をやると、あの時の彼が首に手を当てながら
 申し訳なさそうな顔をして立っていた。


389 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/22(金) 07:52:24 xOHx1xGs

「――? ――ン? 凛!」
 
 私はしばらくぼんやりとしていた様で、お母さんの声で我に返った。

「…ほら、これ注文の品。奥から持ってきて」
「あ…う、うん。ごめん……」

 私は差し出された注文書の控えを受け取って、店の奥へと向かい、お客様名を頭の中で復唱しながら注文の品を探す。
 
(美城…美城…あ! あった)

 並んだ商品の中から目当ての品を見つけて取り上げる。お母さんがアレンジした
 華やかな寄せ鉢なのに、私にはどこか味気なく感じられたがとにかく店頭へ持っていく。

「……お待たせしました、こちらがご注文の商品です」
「ありがとうございます…すごく華やかですね」
「…今、お包みしますね」

 商品を確認してもらった後、作業台へ向かい花を傷付けない様に梱包をする。
 作業をしながら、ちらりと彼の方を見てみるとお母さんと世間話をしている様だった。
 こちらからは彼の背中しか見えないが、お母さんの表情を見ると話は弾んでいるみたいだ。

「……お待たせしました」
「ありがとうございます…渋谷さん、その後お変わりありませんか?」
「…はい、おかげさまで。ありがとうございます」

 私が作業を終え商品を彼に手渡すと、彼が声を掛けてくれたが事務的に冷たく答えてしまった。
 お母さんの方をちらりと見ると、怒っている様にも、呆れている様にも見える顔をしていた。
 
「「ありがとうございました」」

 彼から代金を受け取って、二人で頭を下げる。それに釣られたのか彼も軽く頭を下げて店から出て行った。
 私は小さくなっていく彼の背中をじっと見送る。

「……ねぇ、凛。今日はもう手伝いしなくていいわよ」
「えっ? でも……」
「いいから。…今度は後悔の無いようにね」

 急な申し出の意図が読めなくて言葉に詰まっていたら、お母さんは優しく微笑んでそう続けた。
 私は変に気を回された気まずさと、誰にも言わなかった私の内面がすっかり見透かされていた事に
 恥ずかしさを覚え、思わず赤面する。私は小さな声で「ありがと……」とだけ言うと、彼の背中を追って駆け出した。

 走って、走って、彼の大きな背中を追いかける。顔が赤いとか、エプロンをしたままだとか、
 そんな事は今はどうでもいい。私が追いついた時、彼は車のドアに手を掛けていた。

「ちょ、ちょっと待って!」

 私が焦って声を掛けると、彼は驚いてこちらに振り向いた。

「渋谷さん、どうされました? 私が何か忘れ物でも……」
「ち、違っ……」
「……話すのは後で構いませんから、まず息を整えて下さい」

 すぐにでも話し始めたいのに、息が上がってしまって話す事が出来ない。
 その様子を見た彼は、まず私に息を整える様に促した。私は言われた通りに深呼吸をする。
 しばらくそうして、いざ話し始めようとすると、今度は別の理由で話し始める事が出来ず、
 「あの…」とか「その…」とか口元でごにょごにょと言うだけで精一杯だった。
 一度差し出された手を払ってしまった後ろめたさ、その上でもう一度チャンスを下さいと
 伝える事の厚かましさと恥ずかしさ、その他にも色々な想いが混ざり合って、
 想いを言葉にする事が出来なかった。

「あの…渋谷さん…ご用は何でしょうか?」

彼に声を掛けられて、ちらりと顔を見上げてみると、首に手を当てて困った顔をしていた。

「…その……少し、話しない?」
「話…ですか? ……そうですね、少しなら……」

 私の口からようやく出てきたのは、そんな問題を先送りするだけの言葉だったにも関わらず、
 彼は腕時計を確認すると私のお願いを聞き入れてくれた。

「それでは…どこで話しましょうか? 私はあまりこの辺りには詳しく――」
「公園! …公園に行こう」

 私は特に考えがあったわけでもないのに、咄嗟に彼の言葉を遮って、場所を提案していた。
 彼は私の勢いに気圧されたのか、少し驚いた顔をして「では、案内お願いできますか?」と言って、
 先に歩き始めた私の隣に立って一緒に歩きだした。


390 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/22(金) 07:53:09 xOHx1xGs

 一年前のあの公園のあのベンチに私たちは座っている。あの時と同じ様に満開の桜が春風に揺られている。
 違うのは隣が卯月じゃなく彼女のプロデューサーだという事と、あの時と同じ風景を観ても
 どこか味気ないと思っている私自身だけだった。
 私は口を開いて話を始めたけど、当たり障りのない話を繰り返し、いつまで経っても本題に入れないでいる。
 それでも彼はひとつひとつ丁寧に受け答えをして、私が話を続けやすい様に話を返してくれる。
 こんなに誠実な人を私はないがしろにしてしまったのかと自己嫌悪していたら、
 彼は時間が気になる様で腕時計をちらちらと見ている。
 私は(早く本題に入らないと!)と焦るけど、焦れば焦るほど、伝えたい言葉は胸の奥に引っ込んでいってしまった。

「これからもずっと卯月たちの応援していくから」

 結局口をついて出た言葉は、言いたい事の正反対の言葉だった。
 その言葉を口にした時、私はどんな顔をしていたんだろう。
 彼は驚いた様な顔をした後、首に手を当てて少しの間考え込んで、まっすぐに私を見据えて口を開いた。


「……渋谷さん……もし今でも、夢中になれる何かを探しているのなら……一度、踏みこんでみませんか?」

「そこにはきっと、今までと別の世界が広がっています」


 私が何度となく頭の中で繰り返してきた言葉だった。同じ場所、同じ言葉で
 もう一度私の前に手が差し伸べられた。ただ、ひとつだけ違う事がある。

「あっ…笑顔……」

 私の言葉にはっとして、首に手を当てると、少し恥ずかしそうに、またぎこちない笑顔を浮かべた。

「…私も少しだけ変わる事が出来ました。渋谷さんも、きっと……」
「はい……私も変わりたいです。よろしくお願いします」

 私もまっすぐに、この背の高い魔法使を見据えて、全ての想いを込めて、深く礼をした。


391 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/22(金) 07:54:00 xOHx1xGs

 私は自分の部屋のベッドに顔を埋めてバタバタとしていた。
 アイドルになる事を決めて、その事をお母さんに相談したら、喜んだ様子で
 あっさり許してくれて「お父さんの事は任せておきなさい」とまで言ってくれた。ここまではいい。
 問題はその後、美城プロダクションにお世話になる事を彼に伝えるために電話を掛けた時だ。


「もしもし、渋谷ですけど……」
《ああ渋谷さん、こんばんは。何かご用ですか?》
「その…私の両親も賛成してくれて、そちらでお世話になる事に決めたので報告に…」
《そうですか! ありがとうございます!》

 初めて聞く彼の嬉しそうな声に笑みがこぼれる。

「それで、レッスンとかそういうのって……」
《はい。詳細はこちらに来ていただいた時にご説明しますが――》

 話を聞いていて本当に私はアイドルになるんだという実感と期待と不安が湧いてくる。

《――仕事に慣れるまでは私が渋谷さんの担当をさせてもらう事になると思います》

 それを聞いて、何故だか胸が高鳴った。
 きっと私に手を差し伸べてくれた彼が
 担当してくれる事に対してワクワクしているんだろう。
 きちんと、お礼を言って、よろしくお願いしますと伝えよう。


 ボフッとマットレスに頭を打ち付ける。

(何で…何であんな事口走っちゃったんだろ……)

 自分のやらかした事を思い出して、また顔を埋める。心の中で何度も彼に「ごめんなさい」と謝る。

『…ふーん、アンタが私のプロデューサー?…まあ、悪くないかな…』

 何がどうなってこんな台詞が出てきたのか自分自身が理解出来なかった。
 アイドルになると決めたばかりなのに、担当プロデューサーと顔を合わせたくない気分だった。
 私はごろんと寝返りを打って仰向けになると、大きくため息を吐いて「今度、ちゃんと謝ろう……」とつぶやいた。

 天井から目線を窓の外にやれば、綺麗な満月が出ていた。
 この満月も、公園の満開の桜も、春風が梢を揺らして起こる花吹雪も、もう私の前を通り過ぎていかない。
 私はもう〈今〉にうずくまらない。未来を見据えて一歩を踏み出せた。胸が高鳴って、Tシャツの胸の当たりをぎゅっと握りしめる。

 視線を移して机の上を見てみれば、夕方に活け直したアネモネも輝きを取り戻し、まっすぐに前を見据えていた。
 
 ―了―


392 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/22(金) 07:54:56 xOHx1xGs
お目汚し失礼いたしました

やっぱりハッピーエンドが好きなんです


393 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/22(金) 11:01:13 0rYr76hg
いいゾ〜これ

ifルートだったら蘭子がアイドルしないで熊本の田舎で下妻物語してるハートフルコメディとかできそうですね


394 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/23(土) 19:45:38 FDyMONEI
しぶりんに限らずデビューしてなかったらどうなってたんだろってアイドル意外と多い・・・多くない?

小梅ちゃんとかもヤバいことになってそう


395 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/23(土) 20:03:12 aSw4MBzA
あの世界のアイドルって割と駆け込み寺的な要素ありますね。


396 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/23(土) 20:36:27 BebSai1E
加蓮はしぶりん以上にやばそう
奈緒はちゃんと折り合いつけられそう


397 : 名前なんか適当でいいんだよ! :2016/01/23(土) 22:04:00 ???
>>394
そこが「俺がこの子を何とかしてあげなきゃ!」という
使命感を持たせるようなキャラ造形・シナリオなのでしょうね。


398 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/23(土) 23:36:09 FDyMONEI
逆に「いいお母さんになれなかった美優さん」のSSとかどうすかね?(無茶ぶり)


399 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/24(日) 00:40:36 c47fAhIE
SS乙です

こうやって見るとしぶりんも結構危ういキャラですね・・・


400 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/24(日) 01:36:26 nVXgLxYQ
>>398
子どもを溺愛するPと自分より子供に夫の愛情が注がれているのが許せなかった美優さんとか?


401 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/24(日) 11:51:38 nVXgLxYQ
いいお母さんになれなかった美優さん

・周りからの色んなプレッシャーでうつ
・児童虐待
・不妊症

…ダメだ、ハッピーエンドに持っていけない内容ばっかだ


402 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/01/25(月) 10:54:22 Pu4kKyL.
>>401
子供を施設に預けてる間にアイドル活動始めたので心入れ替えたことにすれば何とか…


403 : sage :2016/02/13(土) 22:54:13 7Xn9Mvyk
【序】

あなたの愛する人にチョコレートを贈りましょう。

                    ――神戸モロゾフ製菓の宣伝広告(1936年)


404 : sage :2016/02/13(土) 22:56:33 7Xn9Mvyk
【1】

 バレンタインデー。
 始まりは製菓会社の宣伝広告からとも百貨店の販売戦略からとも言われるイベント。
 だけど、今では世間の恋する乙女たちにとって特別な1日になっている。
 乙女と呼ぶには少しばかり年嵩になった私にとってもそれは例外じゃなく、
 胸の高鳴る1日だ。
 これまではチョコをもらうばかりで、自分で贈ることは少なかったけれど、
 今年はいつもお世話になっている彼に日頃の感謝と素直になれない私の想いを込めて、
 特別なチョコを贈りたいと思う。

 こう見えて私は人並み以上に料理が出来る方だ。けれど、料理とお菓子作りは
 勝手が違うみたいで、どうにも上手くいかない。何度も作り直し、味見をしている内に、
 キッチンだけでなく家中甘い香りでいっぱいで、それを嗅いでいるだけで
 私のお腹もいっぱいになりそうだった。
 試行錯誤の末、何とか不格好ながらも味は納得いくものが作れ、一安心して
 ラッピングに移る。透かし彫りのような模様の入った立方体の箱に、彼の好みそうな
 派手すぎないラッピングペーパーとリボンでラッピングをしていく。愛情を込めて、
 というのは少し気恥ずかしいけれど、チョコにも、チョコを入れる箱にもたっぷり込めた
 それが抜けださない様に丁寧に、丁寧に。

「うん、上手くできた」

 ひとりつぶやいてソファに体を沈めてひと息つく。
 香りを嗅いでいるだけでコーヒーが欲しくなるような部屋の空気だったけど、
 彼に渡した時のことを想像すると、不思議と嫌ではなかった。


405 : sage :2016/02/13(土) 22:58:12 7Xn9Mvyk
【2】

 「ねぇPくん、頭を撫でてくれるかい?」 

 今、僕の座るソファの隣には担当アイドルの東郷あいさんが
 僕と腕を組むようにして座っている。

「あの…あいさん、さすがにもう……」
「撫でて?」
「誰かが来たらマズいですって……」
「…薫のことは撫でてたのに…ずるいよ……」

 僕は拗ねたように頬を膨らませる彼女に負けて、ついつい手を彼女の髪に運んでしまう。
 そうすると彼女は、ぱぁっと笑顔になって、僕の胸に顔を埋めるようにして体を預けてきた。
 〈こんな美女にこんなことをしてもらえて、男冥利に尽きる〉と言いたいところだけど、
 ヘタレな僕には荷が重いみたいで、ただただ緊張しきりだった。
 彼女の髪を撫でながら、ちらりとテーブルに目をやれば、Rの文字が左右対象デザインされ、
 V.S.O.Pと印字されている高そうなチョコの包み紙が置かれていた。
 ゴミ箱が見当たらなかったのか、几帳面に折り畳まれたそれらは片手では足りない程だ。

「あいさん…これ、全部一人で?」
「ああ、美味しかったよ?」

 僕が問いかけると彼女は顔を埋めたまま顔をこちらに向け、柔らかく微笑んでそう答える。
 以前の仕事で彼女があまりお酒に強くないことは知っていたが、まさか
 ウイスキーボンボンでここまで酔うとは思わなかった。

「あ! でもPくんは食べちゃダメだよ? ちゃんとPくんの分は用意してあるんだぁ」

 いつものクールでカッコいい彼女とは別人のような可愛らしい、少し間延びした声で
 そう言うと僕からぱっと離れて、バッグの中をゴソゴソとし始めた。

「はい! 私の初めての手作りチョコ……受け取ってくれるかい?」
「…え、あ、はい。……ありがとうございます…?」

 急な展開についていけなくて、差し出されたチョコを受け取りながら
 挙動不審な受け答えをしてしまったけど、酔っている彼女は受け取ってもらえたことの方が
 大事なのか、また、ぱぁっと笑顔になった。

「それじゃあ、食べさせてあげよう。……はい、あ〜ん」
「え、あ、その……」
「あ〜ん!」

 ラッピングを丁寧に剥がし、少し不恰好なチョコを指で摘んで、僕の口元に差し出してきた。
 酔っているからか妙に押しが強く、僕は少し戸惑っていたが、結局押し切られて
 「…あ〜ん……」と口を開けた。
 酔っていて力の加減も怪しいのか、チョコを口に差し出す勢いが強く、
 指ごと口の中に押し込まれた。自分でも少し変態っぽいと思うけど、口の中に
 突っ込まれた彼女の細い指の感触に少しドキドキしながら、チョコを味わう。

「これ…美味しい……」
「本当かい? 良かったぁ……それじゃあ、もう1つ…」
「ちょ、ちょっと待って!」

 僕がそう言って更にチョコを僕の口に運ぼうとする彼女を制止すると
 「やっぱり美味しくなかった?」と不安そうに尋ねてくるが、そんなことない、と
 誤解を解いた後、

「せっかくなので、コーヒーと一緒にいただきましょう。あいさんの分も淹れてきますね」
「あっ…そう…うん、わかった」

 そう言ってどこか名残り惜しそうな顔をした彼女から、触れなくてもわかるほど
 熱さを感じる顔を隠すように背を向ける。少しだけ左手に残る彼女の体温と柔らかさに
 名残り惜しさを感じながら、一旦、給湯室へと避難した。


406 : sage :2016/02/13(土) 22:59:40 7Xn9Mvyk
【3】

 事務所のソファでうとうとしていた私はコーヒーのいい香りで目を覚ます。
 なんだかとてもいい夢を見ていた気がして、少しだけ名残惜しかった。
 給湯室の方からはコーヒーの香りと共に物音が伝わってくる。きっとPくんがコーヒーを
 淹れているんだろう。事務所を見回してみれば、私たち以外に人はおらず静まり返っていて、
 私の想いを込めたチョコを渡すには絶好の機会だった。
 彼の好みに合わせて甘みを控えて作ったチョコは、ちょうど今彼が淹れているコーヒーにも、
 きっと合ってくれると思う。チョコを取り出そうとバッグを手繰り寄せて中に手を入れると、
 手がスカッと空振った感じがした。

(は!?)

 慌ててバッグの中を見てみると、チョコが見当たらない。仕事を終わらせて、
 ソファでうたた寝を始めるまでは確かに入っていた。ぱっとテーブルの上に目を移すと、
 私が食べたウイスキーボンボンの包み紙と並んで、どこかで見た、透かし彫りのような
 模様の入った箱が、解かれたラッピングペーパーの上に置かれていた。まさかと思って
 恐る恐る中を見てみる。

「へあっ!?」
 
 思わず変な声が出た。
 1つ減ってはいるが、少し不格好な、私の作ったチョコがそこにいた、夢の中で
 最後に見た時と同じ配置で。自分の手を見てみれば、人差し指と中指の先に
 ココアパウダーが付いている。

(いやいやいやいやいや!)

 頭に浮かんだ、おそらく事実であろう事を必死に否定する。断じて認めるわけにはいかない。
 きっと私がうたた寝をしている間に誰かが取り出して、つまみ食いをしたんだろう。
 うん、きっとそうだ、そうに違いない。
 私は穴だらけの自分の仮説の穴を少しでも塞ぐために、事務所に来てからの行動を
 思い返す事にした。


407 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/13(土) 23:01:19 KKy19kms
なんか始まってる!


408 : sage :2016/02/13(土) 23:01:44 7Xn9Mvyk

「お疲れ様です」

 仕事を終えた私は挨拶をしながら事務所のドアを開ける。外はいつ雪が降っても
 おかしくないような気温で、暖房の効いた事務所の暖かさにほっとする。
 今日の事務所は暖かい空気だけではなく、少しだけ、つい最近嗅いだ甘い香りがしている。
 変装用のキャスケットを脱ぎ、伊達眼鏡とバッグを置いて事務所の中に目をやれば、
 ちょうど薫がPくんにチョコを渡しているところだった。

「せんせぇ! はい! かおる、今日のためにチョコ作ったんだよ!」
「ありがとう! 早速食べてもいいかな?」
「えへへ、どーぞめしあがれ!」

 彼は心底嬉しそうにチョコを受け取ると、破らないように丁寧にラッピングを解いて
 チョコを口に運ぶ。

「かおるのチョコ、どーお?」
「……うん! すっごくおいしいよ! ありがとう、薫」

 ゆっくり味わうようにしてから感想とお礼を伝えた彼は優しく薫の頭を撫でる。
 薫はほっとした様子で「えへへ、よかったぁ」言いながら、されるがままになっている。
 まるで親子のようでとても微笑ましい光景だった。私も思わず笑みが零れる。

「あ! あいお姉ちゃん! おかえり!」
「あいさん、おかえりなさい。すみません、気が付かなくて……」
「ただいま、薫、Pくん。とてもいいものを見せてもらったよ」

 2人が私に気が付いて、おかえりと言ってくれる。私はそれを少しこそばゆく思いながら
 先程の光景の感想を伝える。Pくんは、照れ臭そうにしながら「いいでしょ、これ」と
 大事そうに両手を添えて薫のチョコをこちらに掲げてみせた。

「ああ、本当に羨ましいよ」
「…あげませんよ?」

 私がそう言うと彼は背中にチョコを隠していたずらっぽく笑う。

「あいお姉ちゃんもチョコ食べたいの?」
「そうだね、特に薫の作ってくれたチョコが食べたいかな」
「えっ…でも、あいお姉ちゃんの分作ってないし……」

 私がいじわるをするようにそう言うと、薫は困った顔をしてチラチラと彼の方を見ている。
 その視線に居た堪れなくなったのか、彼も困った顔をして私の顔を見る。
 私はにっこりと笑顔を作り、彼に返してあげる。

「…はい、どうぞ」
「せんせぇ、ありがとう!」

 結局、彼が薫の視線に負けてチョコの包みを渡すと、薫はお礼を言って笑顔でそれを受け取り
 小さくて可愛らしい指でチョコを摘み上げ、私に向けてチョコを差し出した。

「はい、あいお姉ちゃん。あ〜ん」
「ああ、ありがとう…あ〜ん……」

 薫が差し出してくれたチョコを、顔にかかる髪を手で押さえながら、身を屈めて
 口の中に入れてもらう。

「…うん、とても美味しいよ、ありがとう薫」
「えへへ、どういたしまして」

 私がお礼を言いながら頭を撫でてあげると、薫は気持ちよさそうに
 またされるがままになっている。ふと彼の方を見てみると、優しく微笑みながら
 こちらを見ていた。


409 : sage :2016/02/13(土) 23:06:37 7Xn9Mvyk

「なんだい、Pくん? そんな風に私たちを見て」
「あ、いえ、何だか本当の姉妹みたいだな、と思いまして……」
「ああ、なるほど」
 
 私は彼と薫のことを親子のようだと思ったけど、年齢を考えれば年の離れた兄妹の方が
 しっくり来る気がした。そんな話しをしていると、薫が「あ! でも!」と声を上げた。
 頭を撫でる手を止めて薫に視線を戻すと


「せんせぇとあいお姉ちゃんも恋人同士みたいだよね!」


 すごい発言が飛び出した。
 一瞬で胸の鼓動が大きく跳ね上がって、息苦しさを覚える。私は努めて冷静を装いながら
 ちらりと彼の様子を伺うと、少し照れ臭そうにしてはいるけど、いつものように
 優しい笑顔を浮かべて薫の方を見ていた。

「そうでしょ? 僕とあいさんは仲良しだからね」
「ねー! お似合い?っていうのかな?」

 私の緊張をよそに2人は話に花を咲かせている。……否定はされなかったけど、
 〈あくまで、子どもの言うことだから〉と軽く話を流されるのも何だかつまらない。
 彼のデスクに目をやると、脇の方にいくつもラッピングされた箱や包みが
 大事そうに置かれていた。その内いくつかは彼の好みそうな華美でないラッピングが
 施されていて、恐らくはいわゆる本命チョコと呼ばれるものだろう。
 鈍感な彼のことだから気付いていないだろうけど。

(私のチョコも義理だと思われるのかな……)

 きっと彼は思わせ振りな態度なんかじゃなく、きちんと言葉で伝えないとこちらの
 気持ちに気付いてくれないだろう。

(だったら……いや、でも……)

 私は今の関係も心地よく思っているし、何より、私はアイドルで、彼はプロデューサーで。
 私の想いを告げることが彼の重荷になってしまうことだってあり得る。
 だけど……

「あ! かおる、もう帰らないと!」

 私が自分の想いと立場を天秤に掛けたような問いに答えを出せずにいると、薫が声を上げる。
 時計を見れば、小さい子どもが1人で帰るには幾分遅い時間だった。

「薫、いつもより遅いけど1人で大丈夫なのかい?」
「えへへ、今日は駅までお父さんが迎えに来てくれるんだぁ」

 私が声を掛けると、薫はいそいそと赤いダッフルコートを羽織りながら、
 嬉しそうにそう答えた。ここから最寄りの駅までは数分、きっと何の問題もなく
 辿り着ける事だろう。

「薫、お父さんにご挨拶したいから僕もついて行ってもいいかな?」
「うん! じゃあ、せんせぇも一緒に行こ!」

 それでも彼は心配なのか、理由をつけて見送りに行く事にした様だ。薫はそれを聞いて
 嬉しそうに彼と手を繋いでいる。思ったことを素直に行動に移せる薫が少し羨ましい。

「あいお姉ちゃん、おつかれさまでー!」
「すみません、少しの間、留守番お願いします」

 彼も薫と同じ様にコートを羽織りながら私にそう声を掛ける。

「今日はもう、誰も来ないはずですから」

 最後にそう付け加えて事務所から出て行った。


410 : sage :2016/02/13(土) 23:07:56 7Xn9Mvyk
【4】

 よからぬ妄想に耽っていた僕をコーヒーメーカーの電子音が現実に引き戻した。
 気付けば、狭い給湯室はコーヒーのいい香りでいっぱいになっている。
 慌ててカップの用意をしながらも、すぐにさっきの出来事を思い返してしまう。
 薫を駅まで見送って、足早に事務所に戻ったら、いつもより少し柔らかい表情をした
 あいさんに、隣に座ることを促され、言われるがまま座ったら腕を組まれて――
 そこまでを思い返しただけで、また胸の鼓動が高まる。

(柔らかかったなー……あいさん)

 彼女の体温や柔らかさを思い出すだけで顔が熱くなるのを感じる。
 あまりそういった経験がない上に、それが自分が密かに想いを寄せている相手となれば
 なおさらだ。いつもはクールでカッコいい彼女があんな風になるのは意外だったけど、
 それも可愛くて、あのまま勢いに任せて自分の想いを告げてしまいたかった。
 だけど、僕は彼女のプロデューサーで、彼女はアイドルで。
 そうしてしまったら、彼女にも会社にも迷惑がかかることは明白で。
 だから、僕に許されることといえば、ファンよりも近い場所から彼女の所作や表情を
 こっそり見つめることくらいだ。
 カップに注いだコーヒーを上から眺めながら、顔にかかる髪を押さえて、
 薫が口に入れやすいように身を屈めるようにしてチョコを食べさせてもらっていた彼女の
 横顔を思い出す。事務所の方針でカッコいい系で売り出している彼女の女性らしい仕草と
 微笑みをたたえた表情に一瞬見惚れてしまった。
 自分の中に留めるつもりなのに、日増しに想いは強くなっていく。
 僕は自分で決めたことも守れない自分自身にため息を吐きながら、2つのカップを
 トレイに乗せ彼女の待つソファへ向かう。
 このコーヒーを飲んで彼女の酔いが覚めたら、気の迷いのようなさっきの出来事の記憶も
 一緒に彼女の中でなかったことになってくれればいい。そう思った。


411 : sage :2016/02/13(土) 23:10:54 7Xn9Mvyk
【5】

 私はソファで頭を抱える。
 自分の仮説の穴埋めをするために、事務所に来てからの行動を思い返したら、
 逆に穴が大きく拡がって崩れ去ってしまった。2人が出て行った後、この場で
 想いを告げるか否かを決めかねて、気分転換と景気付けにテーブルの上にあった
 ウイスキーボンボンに手を付け、それでも答えが出せなくて、ついつい2つ3つと
 食べ進めてしまったんだった。それからの記憶は曖昧で、彼がいつ頃帰ってきたのかも
 よく覚えていない。

(いや、酔った私が自分でラッピングを開けて食べた可能性もある。うん、きっとそうだ)

 自分でもさっきより穴だらけの仮説だと思うが、それに縋るしかない。
 ふと手を見れば指にはココアパウダーが付いたままだった。

(…私の仮説通りなら、このココアパウダーを舐め取るのも問題ないはず……)

 胸が高鳴る理由からは目を背け、指を口許にやり、ゆっくり口を開いて――

「お待たせしました」
「ふひゃっ!?」

 また変な声が出た。恐る恐る彼の方に目をやると両手にコーヒーを持ったまま
 驚いた顔をして固まっている。

「…………コーヒー、どうぞ」
「あ、ああ、ありがとう」

 彼が私の向かいのソファに腰掛けながら差し出したカップを受け取り、口を付ける。
 いつもと同じコーヒーのはずなのに、何だか妙に苦々しい。2人の間に微妙な空気が流れ、
 沈黙が続いている。

「……あの…チョコ、ありがとうございました。あいさんはお菓子作りも上手なんですね」

 そんな空気に耐え切れなくなったのか、彼が沈黙を破り、そう話し掛けてきた。
 先程私が新たに立てた仮説はあっという間に崩れ去った。

「……どういたしまして。だけど、お菓子作りが得意という訳ではないよ」
「得意じゃなくてこのレベルですか…すごいですね、やっぱり。
 もう1つもらってもいいですか?」
「ああ、君にあげたものなんだから、好きなだけどうぞ」

 私は顔から火が出そうだったけど、勤めて冷静を装いながら、箱を差し出すと、
 彼は一瞬ほっとしたような顔をして、チョコを摘み上げて口へと運んだ。

「うん、やっぱりコーヒーに合いますね、甘すぎなくてちょうどいいです」
「お気に召したようで何よりだよ」

 彼は嬉しそうに微笑みながらそう語り、「ホワイトデーは貼り込まないと
 いけませんね」と続ける。私はチョコが彼の口に合ったことに安心して、 内心ガッツポーズをした。


412 : sage :2016/02/13(土) 23:12:50 7Xn9Mvyk

 それから、しばらくコーヒーを片手に2人で仕事のことや 薫のこと、色んな話をする。
 静まりかえった事務所に穏やかな時間が流れる。
 だけど、彼は今日の出来事をなかったことにするかのようにバレンタインデーのことを
 話題にしようとしない。確かに、顔から火が出そうなくらい恥ずかしい出来事だったけど、
 私がチョコに込めた想いまで、なかったことにしようとしているみたいで、少し悲しかった。
 
「そういえば、私と薫から以外にも、結構な量のバレンタインチョコを貰っていたようだね」
「……ええ、本当にありがたいことです。義理チョコでも、あんな綺麗な人達から
 貰えるなんて男冥利に尽きますね」

 私はあえて先ほど見たデスクの上のチョコについて触れると、彼は一瞬困ったような
 顔をした後、はにかんでそう答えた。

(義理チョコか……)

 もし私がこのまま何も告げずにいたら、このチョコもやっぱり義理チョコの内の
 1つとして扱われて、込めた想いは伝わらないまま、明日からはまたいつもの日常に
 戻ってしまうのだろう。いつの間にか俯いてしまっていたようで、慌てて顔を上げて
 彼に目をやると、心配そうな顔でこちら見ていた。

「あいさん…もし調子が悪いなら早めに帰った方が――」
「Pくん、さっきの私のことをどう思った?」

 彼が心配して声を掛けてきたが、反射的にそれを遮るように質問をぶつけた。
 彼は驚いた顔をした後、困った顔になって最後には俯いてしまった。

「…それを聞いてどうするんですか?」
「いいから! …正直に答えて欲しい。…お願いだ」

 答えづらい質問をしたのはこちらだというのに、気恥ずかしさから、困惑して
 言葉少なな彼を責めるようについ語気を強めてしまう。
 彼は大きく息を吐くと、俯いていた顔を上げ、こちらをまっすぐに見た。少しドキリとする。

「…最初はからかわれているのかと思いましたよ。あんなあいさんを見たことがなかったし。
 だけど、酔っているってわかってからは…その…嬉しかったし…可愛いなって……」

 そう言い終わると赤い顔をした彼は、また俯いてしまった。……彼の言葉で私も顔が熱い。
 胸が高鳴って呼吸も浅くなる。小さく足も震えている。私は1つ深呼吸をして口を開く。

「Pくん、酔ってはいたけれど、あれは全て私の本心だよ」

 深呼吸をしても胸の鼓動も、呼吸も、足の震えも、何1つ変わらなかったけれど、
 精一杯格好付けて、いつもの〈東郷あい〉で言葉を紡ぐ。
 彼はぱっと顔を上げ、驚いた顔をして私を見つめる。信じられないといった様子だ。

「だから…私の初めての手作りチョコ……受け取ってくれるかい?」

 私はもう1度、不格好なチョコを指で摘んで彼の顔の前に差し出す。
 彼は覚悟を決めたような顔をして、ソファから身を乗り出し、今度は自分の口で
 私の指からチョコを奪っていった。
 私は再びソファに腰を下ろそうとする彼のネクタイを右手でつかみ取り、
 ぐいっと彼の顔を引き寄せて、彼の唇に自分の唇を寄せる
 
 彼との最初のキスは、甘い、チョコレートの味がした。


413 : sage :2016/02/13(土) 23:14:24 7Xn9Mvyk
【終】

 2人並んで街中を歩く。2月も中盤に差し掛かり、空気がきんと冷え込んでいたが
 不思議と気にならない。あの後、私達のこれからのことについて少し話をした。
 私にも彼にもそれぞれ立場があって、関係を公にすることはやっぱり出来ない。
 どうするかしばらく考えた後、彼は「〈暗号〉を作りましょう」と言い出した。
 彼に言わせれば。これから2人で食事に行くのは〈日頃の業務の慰労と活動方針の確認〉
 なんだそうだ。
 子どもがする言葉遊びのようだけど、2人だけの秘密がもう1つ増えたのが
 何だかうれしくて、私も快諾した。事務所から数分歩いて駅前に到着すると、
 空からひらひらと粉雪が舞い降りてきた。
 彼は少し考え込むようにした後、すっと私に手を差し伸べる。

「…〈雪で滑ると危ないから、手を貸しますよ〉」
「ああ、すまないね…きちんとエスコートしてくれたまえよ、王子様」

 彼の暗号に、私は笑顔を作り、芝居掛かった気障な台詞で答える。

「…仰せのままに、お姫様」

 彼は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに笑顔になって差し伸べた手とは反対の手を
 自分の胸に当て、軽く身を屈めるような仕草をしながら、私の台詞に合わせた言葉を返した。
 
 彼の手を取り再び2人で歩き出す。街は恋人たちに向けた色とりどりのイルミネーションで
 彩られている。私たちが胸を張って、恋人同士だと言える日がいつになるのかは分からない。
 けれど、私もアイドルの端くれだ。その日が来るまでは、完璧に〈これまでの関係〉を
 演じ切ってみせよう。
 
 私たちを後押しするように降り出した粉雪がイルミネーションに照らされる。
 きらきらと光りながら舞い落ちるそれは、まるで、天からの祝福のようだった。

 ―了―


414 : sage :2016/02/13(土) 23:15:55 7Xn9Mvyk
お目汚し失礼しました。
少しだけ早いですが、ハッピーバレンタイン!
あいさんはカッコいいなぁ、お酒が絡まなければ。


415 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/13(土) 23:20:09 7Xn9Mvyk
モテる人もモテない人もバレンタインデーが日曜日で良かったですね、天気は嵐みたいですけど


416 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/16(火) 17:59:42 oVmBdlbI
おっつおっつ
あいさんかわええんじゃあ^〜


417 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/17(水) 23:46:09 uHwPN6c6
超短編

いいお母さんになれなかった美優さん


418 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/17(水) 23:47:53 uHwPN6c6

 茜色に染まるリビングで女がテーブルに突っ伏して涙を流している、自分自身を呪いながら。
 泣き始めた時には窓から差し込んでいた明るい陽射しは、今はすっかり傾いて、窓枠の影が長く伸びていた。
 今日は早く家に帰れるから、と嬉しそうに家を出た彼女の夫を出迎えるために夕飯の支度をしなくては、
 と思ってはいたが、心と体と思考が切り離されてしまったかの様に立ち上がることも出来ない。

「どうして…? …どうして私は……」

 女はつぶやくが、途端に涙が溢れ、嗚咽に塗りつぶされる様に言葉を最後まで紡げない。
 まるで、尽きることが無いのかの様に溢れ続ける涙は、彼女のブラウスの袖を冷たく濡らしていく。
 ふと、頭に浮かんだことがあった。それは彼女がまだアイドルとして活動していた時のこと。
 毎日慌ただしくて、休みもあってない様で、けれど、充実感があって、眩しい光の中にいる様な、
 今振り返れば、黄金時代だったと思える、少しだけ昔の思い出だった。


419 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/17(水) 23:48:51 uHwPN6c6

 クリスマスに街で後に夫となるプロデューサーにスカウトをされて、押し切られる様に
 そのまま始めたアイドルという仕事。人前に出ることが苦手だった彼女には、
 向いていると言えない仕事だったが、彼女の持つ儚げな雰囲気に加えて、地道な努力が
 実を結び、最終的にはトップアイドルまで登り詰めた。
 また、彼女はアイドルという仕事を通じて、その立場だけではなく、様々な得難いものを手にした。
 自分を理解してくれる友人、慕ってくれる後輩、そして心から愛していて、それ以上に愛してくれる夫――
 
 彼が担当していたアイドルは彼女以外にも複数いた。
 そのほとんどが小学生の少女たちで、彼が彼女たちを相手にする時は、
 柔らかな笑みをたたえ、まるで父親が我が子を見守るかの様だった。
 アイドルを続けていく中で、難しい年頃にも差し掛かったが、彼の気持ちに答える様に、
 彼女たちは笑顔を絶やすことなく、まっすぐ、素直に成長していった。
 密かに愛を育んでいた2人は「いつか子どもを授かったら、この子たちみたいに、
 まっすぐに育って欲しい」そう語り合った。


420 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/17(水) 23:50:33 uHwPN6c6

 次々と蘇る美しい日々の記憶。まさしく黄金時代と呼べるそれを噛み締めていると、
 玄関の方から物音とロックを開ける音がして、彼女は慌てて顔を上げる。
 顔を上げても涙は止まってくれず、頬を伝ってテーブルの上にぽたり、ぽたりと落ちる。

――私たちの夢は叶わなくなった――

 夫にそう伝えなければならないと思うと、胸が張り裂けそうで、いっそ死んでしまいたいとさえ思った。

 長く伸びていた窓枠の影は、もう夜に溶けて見えなくなっていた。

 ―了―


421 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/17(水) 23:52:21 uHwPN6c6
お目汚し失礼しました。

書いといてアレですけど、美優さんにはやっぱりいいお母さんになって欲しいと思います。


422 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/18(木) 08:40:18 XTpzQ3wI
悲しいなぁ…


423 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/23(火) 08:03:22 Uyf1nzy.
超短編

小悪魔見習い鷺沢文香


424 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/23(火) 08:04:50 Uyf1nzy.
 静かな事務所にキーボードを打つ音だけが響いている。
 少し手を止めて、最寄駅まで送るからと、待ってもらっている文香の方に目をやると、
 日頃の疲れからかソファの肘掛けを枕にし、読みかけと思われる分厚い本を
 抱えたまま眠ってしまっていた。
 目に隠す程に伸びた前髪も、今は重力に従う様に横に流れ、彼女の整った顔を
 はっきりと伺うことが出来る。ステージ以外では殆ど見る事の出来ないそれに
 興味が湧いた僕は静かにソファのそばに歩み寄り、彼女の顔を覗き込む。
 
 素っぴんだというのに透き通る様な白い肌、まっすぐに伸びた鼻梁、
 瞳を閉じている事で尚更強調される長い睫毛、薔薇の花弁の様な唇――
 それら全てが奇跡的なバランスで配置され〈美しい〉という言葉以外に表す事が出来ない。
 少し視線を下にやれば、彼女の好むゆったりとした服の生地が、横になる事で
 身体とソファの間に巻き込まれ、ゆとりが取り去られてボディラインが露わになっていた。
 ウエストとヒップが作り上げる女性らしい丸みのある曲線、本を抱えている事で
 形の変わってしまっているバストも、却ってそのサイズと柔らかさを強調する様で
 扇情的だった。


425 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/23(火) 08:05:46 Uyf1nzy.
 少しだけ名残惜しさを感じながら、再度視線を顔へ移す。
 先ほどと変わらず静かな寝息をたてながら彼女は眠っている。
 今、事務所には僕たちふたりきりだ。壁のスケジュール表を見てみても、
 しばらく誰かが戻って来る予定はない。ごくりと唾を飲み込んで、彼女の頬を
 右手の指の背で撫ぜる様に触れる。それだけで彼女の肌のきめ細かさが伝わり、
〈もっと触れていたい〉という欲望が湧いてくる。今度は指の腹で同じ様に頬を撫でる。
 彼女に触れているという事実がそうさせるのか、いつ目を覚ましてしまうか分からないという
 緊張感からなのか分からないけれど、僕の胸はまるで早鐘を打つ様で、痛い程だ。
 手を頬から顎の方へゆっくりと移動させていくと、彼女の唇が目に入った。
 瞬間、一層胸が高鳴って、それに目が釘付けになる。
〈このまま口付けてしまいたい〉という欲望とわずかに残る理性がせめぎ合う。
 僕は手を止めて、彼女の唇を見つめ続ける。急に高熱でも出たかの様に
 頭がボーッとして、彼女の唇に吸い込まれる様にゆっくりと身体を屈める。

「…ん……プロデューサーさん……」

 彼女の唇が小さく動いたかと思うと、小さくそんな言葉が漏れ出した。


426 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/23(火) 08:07:01 Uyf1nzy.
 一瞬で血の気が引く感覚を覚えて、ソファから飛び退く様に距離を取った。
 相変わらず胸は早鐘を打つていたが、今は脈打つ度に冷たい液体が身体中を巡る様だ。
 身動ぎひとつ出来ず、息を殺す様にしていたけど、しばらくすると
 再びすぅすぅと静かな寝息が聞こえてきた。
 僕は大きく長い息を吐き、安堵からその場に崩れ落ちそうになったけど、
 手を膝について何とか堪える。
 膝も身体を支える手も自分のものでないかの様にガクガクと震えていた。
 しばしの間そのままの体勢で震えが治るのを待って、ようやく落ち着いてきたところで、
 自分のためのコーヒーと彼女のための毛布を取りに行くためにゆっくり立ち上がる。
 最後にもう一度だけ彼女の寝顔を覗き見る。先程と変わらない、美しい寝顔。
 だが、気恥ずかしさと罪悪感が綯い交ぜになった感情が湧いてきて、
 さっきまでの様に見つめる事が出来ず、すぐに目を逸らして彼女に背を向けてしまった。


427 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/23(火) 08:08:31 Uyf1nzy.
 僕は脇に毛布を抱え、反対の手に持ったコーヒーを零さない様に静かに歩いて給湯室から
 ソファへ向かう。だけど彼女はもう起きてしまっていて、頬に手を当て、開いた本を
 膝に乗せたままぼんやりとしていた。
 僕はその姿にしばらく見惚れていたけど、毛布が無駄になってしまった事に気が付いて
 仮眠室に引き返そうと彼女に背を向ける。

「…良かったのに……」

 彼女のつぶやきの様な空耳聞こえた気がして振り返る。
 振り返った先には、顔を本で覆う様にしている彼女の姿があった。
 顔は隠れているが、隠し切れない耳は、少し離れた僕から見ても真っ赤になっていた。
 僕もつられる様に顔が赤くなっていくのが分かる。
 もし、あのまま続けていたら――そう思うとまた胸の鼓動が早くなる。
 頭の中は彼女の事でいっぱいで、まるで魅了チャームの魔法にでも掛かった様だった。
“小悪魔がどういうものか分からない”と言っていた彼女だけど、今はもう彼女なりの方法で
 誘惑する方法を身に付けていたみたいで、僕はすっかり虜になってしまった。

「あっ……」

 顔を覆っていた本を下ろした彼女は立ち尽くしていた僕と目が合うと、また顔を本で覆ってしまった。

「…あの……聞いていましたか…?」
「……うん…」

 いくらか引いたと思っていた耳の赤さは、みるみる内に真っ赤になっていく。
 すごい魔法が使えるのに、それを使う事には慣れていなくて、
 そのちぐはぐさが却って魅力的だった。

 赤い顔をした僕たちのこれからがどうなるかは分からない。けれど、少なくとも
 僕に掛けられた魔法は一層強くなって、当分解ける気配はなさそうだった。

 ―了―


428 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/23(火) 08:09:00 Uyf1nzy.
無防備な美人っていいよね。


429 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/24(水) 05:48:32 J9/T7wic
押しが強いふみふみいい


430 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/27(土) 21:59:23 A144uv8w

 幸せとは相対的なもの。

 他人、世間、テレビやネットから得る情報と比べて上か、同じくらいか、それとも下か。
 そうして何かと比べる事で私たちは自分たちの立つ場所がどうなのかを知ることができる。
 だから、比較するものが乏しくて、歪んだ〈普通〉を植え付けられた彼女の幸せが
 私たちの知る幸せと隔たりがあったとしても、それを笑う事は私が許さない。


431 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/27(土) 22:00:05 A144uv8w

 「お疲れ様でした、時子様。本日も完璧でした」
 
 収録を一発で撮り終ると、すぐさま私に忠実な下僕が歩み寄ってくる。
 仕立ての良いスーツに糊の効いたシャツ合わせ、髪を後ろに撫で付けた姿は
 プロデューサーというよりもホテルマンや執事の様な風貌だ。

「この程度、当然ね。それよりも本当に疲れてるように見えるのなら椅子にでもなりなさいな」
「……失礼いたしました」

 私がそう言うと男は慇懃に謝罪の言葉を述べながら、深々と頭を下げる。
 けれど、取り繕ってはいるものの隠しきれない反抗心が滲み出ている。忠実ではあるものの、
 簡単に私のものにならないその男に私は少しだけ気に入っていた。

「本日の予定はこれで終了です。送迎いたしますので、お支度が済みましたらお声をお掛け下さい」
「声を掛けろ? P、貴方は私に手を煩わせるつもりかしら?」
「……控え室のそばに控えております」

 私が軽く調教すると、男は一瞬眉間に皺を寄せたが、すぐに切り返し頭を下げた。
私は「そう、ならいいわ」と軽く言い放ち、控え室へ向かう。

「…覗いたらどうなるか分かっているわね?」
「あり得ませんので、どうぞご安心を」

 付き従う様に歩く男に声を掛けると、そんな意趣返しの様な言葉が返ってきた。
 私は男に顔を向け睨み付けるが、涼しい顔をして受け流される。

「貴方…下僕としての自覚が――」
「私はこちらで控えております、お支度をお済ませ下さい」

 男は急に立ち止まり、私の言葉を遮る様にそう言って頭を下げた。私は大きく舌打ちをして振り返り、控え室のドアを開けた。


432 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/27(土) 22:00:49 A144uv8w

 私が控え室に入ると先客がいた。着ぐるみのおしりをこちらに向け、何やらもぞもぞとしている。

「…貴方は……」
「…? あ! 時子おねーさん! おはようごぜーます!」

 声を掛けると着ぐるみの主がこちらに向き直り、ぺこりと挨拶をする。市原仁奈、私と同じ事務所のアイドルで
 私の苦手とするアイドルのひとりだ。控え室の奥に歩を進め、それを表に出さない様に衣装を脱ぎ始める。

「時子おねーさんもここでお仕事でおごぜーますか?」
「ええ、そうよ。もう終わったけれど」
「仁奈はこれからでごぜーます……」

 彼女は子どもらしい笑顔と無遠慮さで話し掛ける。それを軽くあしらっていると
 先ほどの様にもぞもぞとし始めた。よく見ると着ぐるみの中で背中に手を回そうとしている様だった。

「背中…どうかしたの?」
「背中におくすりを塗ってるんでごぜーます……」
「…それ、着ぐるみ脱いだ方がいいんじゃないかしら?」
「ママに人前で着ぐるみを脱いじゃダメって言われてるんでごぜーます…」

 彼女は、んしょ、んしょと声を漏らしながら懸命に背中に手を伸ばす。彼女は人前で着ぐるみを
 脱いではいけないと言われていると言ったが、それは彼女の体を倒錯した性的嗜好の
 持ち主の目に晒さないための配慮だろう。それならば、同じ事務所の顔見知りで
 何より女同士なら何の問題ない様に思える。

「仁奈、薬を貸しなさい。やってあげるわ」
「えっ…でも……」

 私がそう申し出ると、彼女は約束を破ってしまう事に後ろめたさを感じたのか
 戸惑っていたが「約束を破ったのは秘密にしておいてあげる」と言うと笑顔になって
 「ありがとうごぜーます!」とお礼を言って器用にひとりで着ぐるみを脱ぎ始めた。
 私はぼんやりとそれを眺め、我ながらお人好しだ、と思いながら渡された軟膏の容器を弄ぶ。

「それじゃあ、おねがいします」

 彼女がそう言って着ぐるみの下のシャツを脱いで向けた小さな背中に私の思考が止まり、
 弄んでいた軟膏の容器を取り落とした。

「……仁奈、貴方これ――」
「そんなにひでーですか? いつもより痛くはねーんですが……」

――彼女の小さく柔らかな背中は、それにそぐわない傷や火傷の跡だらけだった――


433 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/27(土) 22:01:51 A144uv8w
はい。


434 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/27(土) 22:04:54 xHffsA1M
もう始まってる!


435 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/27(土) 22:28:55 A144uv8w
続きは救うためのアイデアが思い付いたら書きます。


436 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/28(日) 07:04:35 qXkW1iSU
もう始まってる!


437 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/29(月) 20:32:19 YqSbJam.

 聞きたい事は山ほどあったが、一先ず彼女の背中にある、恐らく煙草を押し当てられて出来たであろう
 真新しい火傷の跡に軟膏を塗り、控え室の救急箱のガーゼを当てる。彼女は嬉しそうに鼻歌を歌っている。

「…はい、もういいわよ」
「ありがとうごぜーます!」

 手当が終わった事を告げると、彼女は明るく礼を言って元の様に着ぐるみを器用に身に着け始める。
 彼女の母親の〈人前で着ぐるみを脱ぐな〉という言いつけがこれらの傷跡を隠すためだと思うと、
 その卑怯さに虫唾が走る思いだった。
 彼女の着替えを見ながら私は、彼女の傷や火傷について確認するのに、どうやって切り出すべきか、
 そもそも踏み込んでいい問題なのか、と色々な事を考える。そうしている内にすっかり元通りに
 なった彼女は考え込む私の事を不思議そうに見ていた。

「市原さーん、よろしくお願いしまーす!」
「はーい! 時子おねーさん、仁奈はお仕事に行ってくるでごぜーます。ありがとうごぜーました!」

 どうすべきか逡巡していると控え室の外から彼女の仕事の開始を告げる声が掛かり、彼女もそれに応え、
 私にもう一度礼をしていそいそと収録に向かってしまった。その背中を見送りながら、
 脳裏に焼き付いたあの痛々しい背中を重ねると胸が締め付けられる。
 手当の間、彼女は鼻歌を歌いながら痛がる素振りも見せなかった。それがまるで、こんな事を彼女が
〈普通の事〉として受け入れてしまっている様に見えるのが悲しくて、気分が重くなる。
 私は大きい溜息をひとつ吐くと、手早く身支度を済ませ、深く落ち込んだ気持ちを抱えたまま控え室を出た。


438 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/02/29(月) 20:33:13 YqSbJam.
 控え室の外には言葉通り彼が控えていた。私が出て来たことに気付くと、すぐさま歩み寄る。

「お疲れ様です。それでは事務所までお送りしますので――」
「貴方、今出て行った子とは親しいかしら?」
「は? 市原さんですか? いえ、顔を合わせたら挨拶をするくらいで特には……」

 彼の言葉を遮る様に問い掛けると、一瞬驚いた様子を見せたがすぐに言葉を返す。

「そう、なら彼女のプロデューサーとは?」
「同僚としてならそれなりに。何か彼に御用ですか? それでしたら丁度――」

 彼が視線を廊下の先に向けると、人の良さそうな男が立っており、番組のスタッフと終えたところの様だ。
 私たちが見ている事に気が付くとこちらに向けて小さく会釈をした。

「貴方、ちょっとこっちにいらっしゃい」

 私がそう男に声を掛けると、状況が読み込めない様で、私の隣に立つ彼に助けを求める様な目を向ける。

「…私を待たせるつもりかしら?」
 
 苛立ち混じりに再度声を掛けると、男はびくりとして足早に歩み寄って来た。

「な、なんでしょうか…?」
「いくつか貴方のアイドルについて聞きたいことがあるわ。来なさい」

 私たちは人気のない場所へと移動し、先ほどの話を2人にも伝える。話しているだけで怒りがこみ上げる。

「そんな……そんな素振りどこにも……」
「貴方…! 彼女は貴方の担当アイドルなんでしょう!? 知らなかったでは通らないわよ!」

 思わず声を荒げて、右手を振り上げる。そのまま男の頬を張ろうとするが、
 隣に立っていた彼に手首を掴まれ止められてしまった。

「離しなさい!」
「……時子様、幼いとはいえ女性の体の隅々まで把握する訳にはいきませんし、
 逆に把握していたら問題です。彼は責められませんよ」
「屁理屈を…!」

 私と彼が口論していると男がつぶやく様に言葉を漏らした。

「美優さんだって、そんな事何も……」

 三船美優、彼女と特に親しくしているアイドルのひとりだ。その彼女が何も気付かなかったとなると、
 今まで上手く隠し通して来れてしまったのだろう。私はひとつ舌打ちを打つと彼の手を振り解いた。
 
「…まずは然るべき場所に連絡して、対応を仰ぎましょう」
「然るべき場所? 甘いわね、P。そんなものが大して役に立たない事くらい
 ニュースを観れば分かるでしょう?」
「しかし…個人が踏み込めるレベルを大きく逸脱しているのでは?」
「私に見て見ぬ振りをしろとでも?」
「いえ…ですが……」

 私の剣幕に押されたのか、彼はたじろいでいたが、大きく息を吐くと、
 こちらをまっすぐ見て口を開く。

「行動には必ず責任付きまといます。その責任を取る覚悟はおありですか?」
「それくらい分かっているわ、当然でしょう」

 そんな事改めて言われるまでもない、持つ者として当然の義務の1つだ。
 私がそう答えると、彼は小さく頷き言葉を続ける。

「それでは、彼女の両親か、話に出た母親に話を聞く必要があると思いますが……」

 彼にそう提案され、私はしばらく考え込んでから口を開いた。

1:両親に話を聞く。
2:母親に話を聞く。

>>445


439 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/03/01(火) 14:40:42 gUsXUrMY
遠い


440 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/03/01(火) 14:48:08 4vR59g2s
2


441 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/03/01(火) 14:50:41 /aTOhDy.
どう?レス伸びた?伸びない?


442 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/03/01(火) 14:53:28 paM1E17o
そんなレス稼ぎ要らんから素直にやってくれよ…


443 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/03/01(火) 15:01:08 gUsXUrMY
稼ぐ意味ないし安価の間隔が判らなかっただけでは


444 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/03/01(火) 21:13:22 YTQQ9U7I
2


445 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/03/01(火) 23:42:17 6qt/sRUQ
2


446 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/03/02(水) 00:23:59 rO45LTQw
2:母親に話を聞く。

ありがとうございました。安価遠すぎました、ごめんなさい。

>>442さん
不快な思いをさせてしまってすみませんでした。

話はまだ書けていないので、少しお時間下さい。


447 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2016/09/15(木) 11:54:29 fZXlPFak
ヌッ


448 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/06/04(木) 09:41:24 JWxhvF1Q
四年近く沈殿してるスレは消していいんじゃないか


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