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ここだけ俺の日記 2冊目

573名無しさんのほにゃんにゃん:2023/10/29(日) 15:14:16 ID:CaeHHEs.0
映画や短歌が説明的になるとダメで、外的な描写から内面を読み取らせないといけないのは何故なのか。改めて考えてみたが、内的な説明を直接ぶつけると、自分の人生として追体験しにくいからなのかと思った。つまり、普段自分達は生きていて、外から視聴覚の刺激を受けている、そして自分でそれを解釈している。直接自分自身の内面の刺激を外から受けるということはしない。だから内面の動きを追体験させるには、直接的な内面の説明を与えるのではなく、そう解釈させる生の外的な刺激を構築して与えるべきということ。他者がそれを自分で解釈して内面の動きを追体験した時に、映画や文学が成立する。などと思った。
昨日は黒沢清監督の岸辺の旅、市川崑監督のおとうと、小津安二郎監督の麦秋を見た。小津安二郎は古いし日常生活の話なのに何故か面白くなるし、考えさせられる


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