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独り言。
1
:
美思
:2013/03/05(火) 19:43:58
ぁ、訪問したんだ。先いっておくけど、言葉、小文字、w、使います。
無理な方今すぐUたぁん。ばぃばぃ((ドッカイケw
それと、ネガティブ、病やすいので←
乱可。ほぼ独り言。レス?そんなんどうでもいいよ。
こんな美思と絡みたいならレスおねがい。
ほんとは淋しいんだから。
2
:
美思
:2013/03/05(火) 19:46:01
ぁ、ほんま意味わからんよなw
うざいゎw
前まであんな感じだったのに急にバカでうざくてアホで糞で・・・
ぅうううううううううううううううううううううううううううううう。
はぁ。氏。
3
:
美思
:2013/03/05(火) 20:23:06
うざいな(笑)
4
:
美思
:2013/03/16(土) 11:08:58
誰かきてー(笑)
5
:
梔
◆99ahyqoHAk
:2014/02/27(木) 20:36:30
こんにちわw
6
:
春日宮
:2014/04/15(火) 21:20:32
行先に、我家ありけり、かたつむり。鐵舟居士
何だか弱りに弱って、心が折れたのか特別な言葉や音の響きが涙を浮かべさせる時があるが、最近とある団体の方々のウェルカムを受け、ふと心の中で思い起こされた。さかのぼると、何年か前の夏の頃だったか、鹿骨の交差点、鹿本中学だったか環七と交わる大路で、「なんとかやってきているな」と感じ入ったのであろう。もちろん今感じているギャップは、確かに存在しているもので、結局私はより居心地の良い場所を選んだに過ぎない。新聞を開いたり、世の中には無数の人や物があって、私とは偶然の産物であり、結果的に残された道を歩んでゆくより他にはないのだが、時折「ここまでやってきたのか」の感極まることが最近あったのではある。
7
:
春日宮
:2014/04/15(火) 22:02:58
ヤレ
団体の月に一度の行事に参加をした。いつもの如く体は固く、息の出来ない有様だったが、直会となり、楽しみの弁当箱を開く、遠くで「みそしる〜」の声を聞いて、立って二つもらいに行くと百円とのことで帰って来た。前の仏教の団体でも若い方が居て、高校生位になると女の子でも、使命感があふれた女の子でも男っぽい印象を受けたものだったが、今回の団体では少し違う印象を受けたのである。短いスカートがまぶしかったが、子供のまま大人になった感じだった。で、そのうら若い方が歯の矯正をされていたのである。非常に人なつっこい方で、初対面だが手相を見て頂いたのだった。春日宮
8
:
春日宮
:2014/04/15(火) 22:37:45
よよぎのよ、いやさかよらむ、すぎのもり。
仏教の時は、あくまで「言われた通り」にやらねばならぬ、お坊さんに喝を受け、先輩は二言目には謗法だ、魔だ、業だと耳に痛かった。仏教は○(まる)と聞いた事があるが、立方体のイメージであった。一方教派神道の団体へと移ってから、かなりの部分はゆるく、教主の方の性別のせいかゆるく、ゆとりを感じる。神職の方や講師の方それぞれ立場の違いこそあれ、僧侶というだけで頭ごなしに言い付けられるのと違い、それ程の上下を感じないのである。自分は手書きのホームページの散らしのポスティングを時々していたが、「改心」して現在の団体の案内紹介の散らしを、報告も厳密てはないが、時々楽しみとしてやろうと考えている。何でも、ではないがその人が「やった方がいい」と思った事はそれぞれの奉仕?として特に制限がないようだ。自助的なグループ、団体という気がする。
9
:
名無しさん
:2014/04/16(水) 08:38:57
春日
根国底国の坐す速佐須良姫と云ふ神、持ちさすらひ失ひてむ
おほきなき あかときいろは わくらばに あをばのくちて はなみはなみち
朝は最近早くに目覚めるが、20分座禅をしながら、紙に一日の見通しを立ててみたのである。独り言ではなく、どこかのブログにコメントとして話すことを考えたが、ありのままの気持ちが吐けなくなるから、止めることにする。名前は春日宮ではなく、春日とする。また、封筒は辻とする。新たに属した宗教法人の教典は、お金に少し余裕があるので、購入した方が良いかも知れない。もしくは、お茶の赤い布を今借りているから、それを支払うか、もしくは上着の一枚を新たに買うかである。今日は室内、もしくは地元で過ごすつもりだから、ゆっくり考える。昨夜削りを済ませた器は、最終確認をして、作業を終わらせる。道場にて頂いた日出さまの本、長らく手つかずで置きっぱなしだから、続きを読むことにしよう。昨日下種・宣伝の為の材料を頂いた。仏教の時とは違い、「陰徳」らしく…枚数や場所の報告は特別必要ないみたいである。内側の雰囲気から、直接何か大きな意味があるとは思えないが、ボツボツ近所で30部くらいを用意してやってみようと思う。
10
:
名無しさん
:2014/06/07(土) 12:38:19
まあいちかわさんににたりしてみえたりかんごしのくろうはみてとれたのだがなにがもんだいかかんがえたぶんけっこんはぎそうのようなきもするしあのふいんきのなかでかいふくとかみらいがないきもしてあれはかんごしやすたっふがいるゆえにらくでもあったのだがかれらはいつかかんずっとあそこでなにをしていてむきりょくなのであろうかとおもうのであるあまりにいいせつびはしょせんあれはけいむしょをしらんからそれよりはましといえるかんきょうのわるさはむしろじぶんのうたのさぎょうからするとわるくはないがはんぶんしたいのようなかんじでれいかいとかきゅうさいとかのおもわくがおよばないせかいであるがちきゅうぜんたいをみればてすけあいのきもちやしゅうきょうをえらぶことができるのはいちぶのひとのえそらごともいえるがあのじょうたいだとほんいんげしゅのしんしゅうきょうてきでありながらでんとうあるかてのかつどうにちれんさんのなんとかできんかというきもちにはきょうかんがもてるのであるめしをくいもういっしゅやりさんまいをしてというところまでいこう
11
:
名無しさん
:2014/06/21(土) 21:32:30
あまきむち えろすかなみた
あつめしる とらせてせりか
なをこそびらく
────────────────
映画、甘い鞭、を見たがその後短歌とはなる、以前から気にはなっていたが、今回レンタルをして、夕方前、かなり体調が思わしくない一日だったけれど、室内でぐったりしながら見終えた、壇蜜さんはあまり、特に関心があるわけではないが、不思議にそれ程美人さんとも思えない、が印象は悪くなくて時折画像散策をしながら、、あ〜だんみつさんだった、なんてこともあり、いつもながらの体当たりの出演ご苦労様です、という思いだった、女医さんが密かに、すること、には男としては感じるものがあり、またセリカという名で、SMクラブでバイトをしていて、レズビアンのサディストを客の要求で逆に縛り付け、鞭打つシーンにも感じるものがあった、ただ全体を見終えて、残った印象は、悲しいとか、寂しい、バタイユさんの本のタイトルだったか、エロスの涙、、だったのである、すくなくとも男のネタになる代物ではなく、大胆なシーンはちりばめられているが、花も紅葉もなかりけり、、という感じだった、室内のアダルト系のメディアなどの片づけが進み、時折男性向けのを一つ借りて見るが、最近のは確かに時間が長く、女の子もかわいいし、大胆で、何となく手が伸びるが、実際見るのが大変で、同じような場面ばかりである、昔、アダルトビデオの制作会社に少し勤めていたことがあり、その時も思っていたが、カメラがひたすら近いのである、この映画でもなく、借りたアダルトでもない、例えば電車の階段や、外で見掛けすれ違う人々、或いは一見女性を意識しないようなことの方に、エロスが潜んでいる気がした、映画を見ながら昔、SMのショーパブで働いていた時のことを思いだし、サイトを開いてみたりもした、まあ澁澤さんの全集を読んでみようかと、借りはしたが面白くない、それで倫理学としての対話集などを、随分久し振りに借りて読んでいる、またはユーチューブの宮台さんという社会科学の学者さんのレポートに関心もあり、動画では自分に何かひっかかる感じを感じて有益に思えたのである、エロスというもの、それはよくはわからないが、昔ある特殊な女王様と知り合ったことがあり、普段はバイオリンを手作りして、港区の一軒家に住み、本棚にはフランス?西洋の哲学書が並ぶという、方はプレイ前に、万が一死んでしまう場合もあるから、誓約書を客に書かせるらしい、そう聞いた、サドのファンである自分も今も関心深いが、相手がいない、またお金を払ってやるには、金が足りないのであった、昔働いていたSMパブのスタッフは当然あれから15年くらい経っているか、知っている人は居なかった。草々
12
:
名無しさん
:2014/08/04(月) 23:50:10
インターネットに何か言葉を放つと、独り言とはいえ、第三者の目にさらされることになり、私は比較的普段は口にすることは少ないのだが、ここぞと言うばかりに悪態をつくことがあり、後になりそれがリアルな世界に実際に伝わり、後悔をすることは今までにも何度も経験してきたことなのである、がしかし今またここで言葉を放つことは、どうしても必要でしかも、独り言だし、一人室内にてすれば?と思いしてみたが、気も済まないから自衛でありながら、先方を無視して、個人的な思惑や出来事を明らかにする、短歌を的とし宣伝も、固有名詞もできるだけ出さないよう注意をして、こないだの短歌一連をもって気持ちの整理をしよう。
13
:
名無しさん
:2014/08/05(火) 00:05:42
たびひとのヱホバを証す人やから神てふゆめか幻仰ぐ
今は手元にはないが、図書館に文語聖書あり、私は詩編や箴言や黙示録などを読み上げていたが、それ以前今よりずっと気がふさぎ込んでいた時、近所のプロテスタント教会へ何度か足を運んだこともあり、ニーチェは神学をやっていたことや、また施設にやっかいになっていた頃は、カトリック教会を利用させて頂いていたので、世界のベストセラーということもあり、黙想会にも参加したことがあったか、まあ輸血に関して一事あった、カルト扱いされてもいる教団の大会に参加したこともあり、ルカの劇も見たがまた最近一人熱心な方が時々やって来ているのである、一度勉強してみたい…と口にしたのが運の尽きだったが、相手の熱心さ、それには頭が下がるが、まあもうこないで下さい、と正直に伝えるべきかも知れない。
14
:
名無しさん
:2014/08/05(火) 00:12:00
ドクターの白衣の下に伸びる足細くて白い肌か弱さに
今でも病院に通っているが、昔の自分を思いだし、それがメモされた。主治医は自分年が同じくらいの女性であるが、白衣の下の足に目が釘付けになったことがあった。随分、五年は前だろう。
15
:
名無しさん
:2014/08/05(火) 00:19:14
食ひ扶ちにありつくための夢魔証木々太削るうつろなりけり
ロサンゼルスに行った時、マッカーシーの展覧会が偶然行われていた、それは凄い偶然で、ベーコンの対談集を読んでわざわざ借金してアメリカ行くような私の執着は、美術に対するものは、凄まじいもので、その後また発狂手前の頃は、桧や杉を削り、著名人に送り、まあ売り込み、活動資金をお願いしていた。もちろん駄目で、Yahoo!オークションで幾つかは売れた。
16
:
名無しさん
:2014/08/05(火) 00:31:37
カラオケに一人出向いておどおどと二胡取り鳴らす空閑の壁
一時期、知人のすすめではないな、二胡を習っていたことがある、一年続いたが、今回の陶芸も一年だから、人に何かを習うのは基本向いていないのだろう。楽器は始め実家の二階で練習していたが、音が煩いらしくカラオケに行きわざわざ練習だ。今思えば、近所の土手でやりゃ良かった。当時一貫してこだわっていたのは、②ということ。なにかを作る、大げさにいうと創造は②だと信じて、また今でも歌を本気で遣るときは②から始める。只、③でもいけるかとも考えるが、途中経過に的はどんどんはっきりしてくるし、①でも行けるし、無くても出来るときは出来るが、まあ答えがあるわけではなかろう。
17
:
名無しさん
:2014/08/05(火) 00:43:18
はろばろと帝釈天へ参れども
弘誓あらずはみくじ結びえ
弘誓という言葉は、四国巡りを再開した故だろう。親戚が田舎から来ていて、親族数名と柴又へ行った。で、私はお寺なら一人でも手を合わすくらいのことは行うが、他四名は蓮の写真を撮ったり、おみくじを引いて大喜びだった。観光地として、存在理由はあるが、確かに周囲はお寺のお陰かいい雰囲気だ。よけいなことは言うまい。
18
:
名無しさん
:2014/08/05(火) 01:00:02
身に受けた共同体の恩恵に神様という働きをみる
ある宗教団体で、神様を本当に信じていますか?と質問され、私は現実的な人です、と答えた。以前の信仰は?生まれた時は?と私の来る場所ではないなと僭越至極であった。だが、親族の一人に小遣いを貰った、その結果かある宗教団体の恩恵を受けることになる。その運びは、個人や特別扱いではなく、終わり親族も満足していて、ああ神様って…こういう感じか、と有り難くも思った。しかし、実際冷静に見れば、問題は宗教や信仰ではなく、親族内にあるのだろう。結果的に見れば、親子の間にあり、私は外で親族と一緒にいると恥ずかしくなる。しかもみな女、女の信仰狂いも、また音痴もどちらも最悪。私はこの姉妹、五人は理趣教のそれと同一に不吉だと思うのは、当然だろう。
19
:
名無しさん
:2014/09/10(水) 15:41:52
アメリカの映画だったと思うが、依存症からの回復の施設を見たことがある。実際の姿は分からないが、日本で自分が実際お世話になったリハビリ・センターでは、映画と違い、一見阿片屈に近かった。管理する側はあえてあまり世話を焼かないのでそうなるのか、最近時折精神科のクリニックのデイケアに参加させて頂くのだが、地下一番下の閉ざされた空間に看護士の方が一人。そして当事者私も含めて、何十人もの中年以上の男性が占めている。前日六本木に行く機会があり、華やかな世界と比べると、デイケアの様相は地下の洞穴のようだったのである。自分の病、幻視、邪眼であるが、整った外見の女性イコール、男性専用の便器と思い起こすのだが、地下にはたまたま女性が一人だった。悪意で言っているのではなく、私の心の病の様相なのである。
20
:
名無しさん
:2014/09/10(水) 16:45:01
デイケアで見掛けた方、昔にも何度か接したことのある方だが、何故か一人室内で思い出される。私に何かを伝えようとしているようにも思えるし、実際何も問うこともない。もっとデイケアに通うよう、さとしているのであろうか。
彼女が欲しい、でも居てもせんずりをするだろう。しかし、実際女性を便器扱いするよりは、一人で用を足した方がよいとも考えられる。風俗行っても時間制限あるし、一回行くだけで大金なのだから、当分一人かね…とほほ。
母や親族との実際の付き合いは、かつて自分がそうであったように、ほとんどなくしてしまい、血の繋がりよりも病院のデイケアでの、まあ何か特別なことをする訳ではないが、時間の方を優先させる。それがよい。
女性が男性の一人である私の目、視線を奪うのも、丁度自然の中に生長する、数々の美しい花のようなものなのかも知れない、しかしそれを素直に思えず、女性という生物を斜めから考える癖がある。
21
:
20140929
:2014/11/22(土) 00:07:41
923は自分の氏名と住所を記し、文字を出来るだけ丁寧に記して、玄峰老師のお寺へと奉納をした。すると足下に血がめぐり記した文字が体の中に入ったかのようになり、一旦元気にはなった。コトタマノマナビの紹介と、講座のささやかなチラシポスティングを行う事とし、封筒以外は特に私の氏名は必要がなかろうが、それでも胸が苦しいので、何が問題か定かではないが、日記をつづる事をしようと思う。
お寺と図書館、デイケアのプログラムの予定を変えて、午前中だけ刺し子をして午後は上野艮手前へと行った。宗教を統一した方が良い気がしたが、色々話をする内に変わり、少し気楽に考え節分の説明を聞いて、帰宅してからコトタマ学のサークルチラシを作りまた配布しようと考えたが、別の講座のポスティングを地道に行うこととし、Webでは百ちゃんの方を今日は12:00迄に50位迄は紹介させておきたい処だ。
暗闇に語るトルソー消えてゆく 真実求めさすらひ落ちし
22
:
wino
:2015/01/23(金) 12:34:24
座禅の具体的なやり方は、谷中のお寺の指導・・・の様にやっていたのであるが、それだと何故か出来なくて、今面壁でかなり楽な姿勢でやってみた。私は下方を見詰めるくせがあるが、面壁で思い切って正面の壁を見詰めてみたら、文字が記号のように浮かんできた。八十は会へと文字を明らかにして送り、九十四の方は今まで通り、日蓮宗、臨済宗、神社で月一で会へと送付をする。紹介は考えない方が良い。今の私は、この二部をコンスタントに処理してゆく事が求められるし、日々の支えである勤めが非常におろそかになっているので、他人の心配よりも自分の事を考える、それが結局社会の為だという正当化が必要なのである。昨日は月一の診察へと行き、そして広尾・麻布の図書館で少し本を開き、進めた。新国訳大蔵経の頭から、長阿含から・・・華厳の読み下しが・・・どこにあるのだろうか、それと二十八冊あった日本語の起源に関する本を一冊開いてみたのであるが、まあかなり息苦しくて、ページをざっと開いてみただけだ。
岩波の文庫だと、速口になり文字も小さいから、国史体系の古事記を電車の中で開いている。周囲には聞こえないような感じで読み上げる、今冬で寒くて公園とか外で本を読むのは難しいのだ。外へ出て、散歩して読破目標を少しでも進ませると、何だか自分に仕事が持てたような気がしていい感じで、その過程で今途中まで出来上がったが、的は座禅で確かに認識する。諸法実相・・・といっても、目に浮かぶ出来事は無数で、その内から一つを選ぶ為には、チラつきにとどまらない形として仮に立てるのが無難なのであった。・・・と一連の前提の中から、自分が外へ出て特に心を動かされるのは、女性の足元である。私はあまり、ジロジロと人の顔を見ないようにしているが、そのせいか足元は自分のものも含めて目を離さないよう意識している、そのせいか、女性の足元が妙に心に残るのであった。冬だから仕事をしているスーツ姿の女性ならストッキングやタイツのようなものをはいている。しかし加えて、気
になるのは女学生・・・のもので、寒さのせいか露出している肌が妙に白赤というのか、妹がいうには学校内ではスカートは長くするのだが、長いスカートはそれ自体が恥ずかしい事らしい、彼女は女子校に通っていた。ただその女性の足元を全体的に見ると、直線が二本立っていて、頭がある。変な話だが、足元を見て気になって顔を見てしまう事がある。この様な事、がお茶のそのお手前を行う棚となつめの配置に関連付けられたのである。座禅会等へ行った時後になって気が付いたが、周囲の人を意識するのは多分必要な事で、一人室内だと壁を相手に座る方が私にはいいようだが外出先では歩いている人、電車の中の人混み自分を見失わないで、かつ周囲を肩を並べるような気持ちが必要と思われる。しかし私は、下方を身過ぎなのであろうし、子供や女性ばかり気を取られ過ぎていて、男性や老いた人も大勢いる。
眼が悪いせいもあるが、もっと視野を広げた方が良いのであろうか・・・なんて反省もしてみたが、今日はその足元とお茶の棚となつめの配置である。
23
:
3477
:2015/02/09(月) 23:51:00
ttp://6928.teacup.com/kongonoyotei/bbs
( 閲覧パス 2034 )
長年の疑問が解決すれば幸いです。
今後20年間の詳細な情報です。
24
:
ヰキ
:2015/03/19(木) 21:24:21
私はその時、タイのバンコクに居て体の中の薬・・アヘンや覚醒剤を解毒して飛行機で日本へと帰ろうとしていた。借金をしてアメリカへと逃げて、アメリカで人生を再スタートさせようと考えて、行ったものの英語は話せず、ビザも三ヶ月で全くの無知だったから、とても生きて行けるとは思わず、慌てて考えを変え、借金を好きに使って再び日本へ戻ろうと考えてたのであろう。十五年位前の話だが、ロザンゼルスで途方に暮れてつい、薬に手が伸びた。それは頂度、泊まっていたモーテルにて、日本人の旅行者と出会い、一日サンタモニカを観光したのだが、彼女と別れ、翌朝彼女は南へ向かう。サンフランシスコで何かを学んでいたらしく、それを終え帰国する前に、一人でロサンゼルスに来て私と出会ったらしい。中華レストランで食事をしていて、俺は「・・有名になりたい・・」みたいな事を口にすると、彼女は新聞にあるような、でっかい事件を起こしてしまえば?何て言ったものだ。アメリカでは他にも出会った日本人が居て、何気なく親しく感じ、別れ方々へ去って行く。或いは日経のアメリカ人・・銀行でのやり取りを何か訝し気に眼鏡奥で告げていたりもしたが、出会った安堵感・・しかし彼女は翌日居なくなって私は一人になってしまった。彼女をモーテルのフロントで見送り、自室へと戻りコール・ガールを呼ぼうとしたが、やり方が良く分からず眠ってしまい気が付くと夕方だった。慌てて外へとダウン・タウンへと行き地下鉄の出口に居たヒッピーに声を掛けヘロインを手に入れた。三四日の使用で一万円だ。その後、持ってたお金の事を考え当時実際に生産されていたのは、ラオス・・タイとの地図の上で国境の向こうだと思うが、50%だと聞いた。はっきり覚えては居ないが、一定量が三千円位かな。三ヶ月やり続けるには十分な値段だったのである。しかし私は注射器は入手出来なかったから、鼻から入れたりお茶へ入れたりタバコやマリファナに混ぜて吸っていて、正直アヘンと覚醒剤をミックスしてやる方がずっと快感だったのだ。特にチェンライの山岳民族の所へ行って最高のロケーションでやるのが良かった。薬漬けになってしまった若い女性はタイの都会育ち。薬求めてやって来て、体と交換に薬に浸っている方が居て、眼が合うとまさに蛇の様だった。昔と違って、タイ国内の山のある地点高さ迄行くと治外法権で未だアヘンの畑は地図の上でのタイにはあるが、それは販売目的ではなく、多少の旅行者や自分達の為の物だった。私はアヘンと覚醒剤とマリファナをひたすら、それこそ苦行者の様に自分へ与え、過ごしバンコクでそれらの毒を抜いて日本へ帰える積もりだったのである。アヘンを少量、マリファナを多少持って少し高価な宿に籠もって過ごした。
25
:
ヰキ
:2015/03/19(木) 21:45:56
今思うと、あの薬の何が良かったのか不思議な気持ちがするが、ドライに言えば眠たくて眠たくてうとうとする、そのような安心感であろう。昼寝で、光がキラキラまぶたの裏へと差し込んでくるような、そんな気持ちであろうか。しかし、それは主体的には一瞬の出来事なので、次第に平常である為に服用する感覚になり、禁断症状の苦しさを解放して呉れる、只それだけの物なのかも知れない。冷静に考えれば苦しむ為の物苦しみを増すことになる、それが分かっていても手が出る。アヘン系に関しては、その程度の感想であろうか、今でも思ったのだが・・今の世にはメンヘラと呼ばれる人が増えているみたいで時折、バカにも思えるが自分を精神疾患者として早く認知して薬をもらっていたら〈麻薬〉にそんな大きな期待を寄せる事もなかったのかも知れない。無知・・今以上の無知の自分には当時、それ以外の選択肢がなかったし、誰も相談する人なんか居なかったのであろう。そもそも自分が何をしたいのかも解らなぬその様な有様で、唯一〈美術〉を高みに上げていて、実際何をしていいのかがわからない、といった状態のまま十年以上過ごした訳だ。私は薬を抜く為にホテルに籠もり、一人でもがいて何度か自力で行った解毒をしようと多少リッチな部屋で長い時間を過ごした。過去にない程の乱用期間のせいか、発狂の手前で、日本へと戻る積もりで解毒していたのではあるが、ベランダから下を見下ろし飛び下りる事も考えたし、それでは駄目だと、夜の町へと出て大通り、片道四レーン位の大きな通りに掛かっていた歩道橋へとのぼり、橋の中程で下を走っている車を見る。沢山の車がライトがスピードを出して走り過ぎて行く、その地面へ実際飛びおりる事はなかったが、暗闇の歩道橋の手すり越しの車のライトの流れそれが心に、眼に深く残っていて思い出されたのではあった。
26
:
Ino
:2015/04/01(水) 19:53:06
方等の四角い面の砂粒は夜空瞬く星たなごころ
趣味の器作り、その色に関して迷っているが、今・最近は土灰透明と云う釉薬を赤土へつけてもらっていて、出来上がりが淡い黒で砂が白い点々としてあらわれる。その様子をまるで、夜空に浮かぶ星のように、何となくロマンチックに思いもしたのである。只今は白萩を次回試す積もりだが・・。
究竟とて借りた言葉の下手な文字物はちんけな土塊の坏
あるノンスタイルの地点から、自分なりのスタイル・・というとおおげさだが、自分なりにもうこれ以上形に於いては変化せず、その内容の変化だけであるという処まできた。文字はそれぞれ盗んだ物を書写して数を合わせ、手書きの歌は多少個性的であろうが、紙二枚程度である。器は素人作りの工業製品であるかのようで、味気ない。
密やかに天秤掛ける妻恋いの思惑過ぎる三十年か
以前お寺へ通っていた時、見る女性それぞれ目につけば何かしら、幻想を生んでいて非常に困っていた。或いはクリニックへ行っても、女性の看護師と見れば、何か尾を引く思いなのである。だから自分の事が一段落したら、生身の人と親しくしたい特定の人とはと思い、かつても色々自分なりの方法で試みて来たが私はその相手を今四十だから三十年位思惑だけに振り回されてきたんだ。
27
:
20150307
:2015/04/11(土) 00:54:20
話をしてみるもので、翌日はぐっすりであった。紹介を止めてしまい、全てを統合した状態で畑へ返す事、文字の詳細は記すとしても自分の非統合の頭もひどくなるから、それ一本にしてしまう事にしよう。まあ最後に入院した時は、頭の中が<死>に支配されて怖かった。私は色々と何か割り切った諦観をつぶやくのであるが、実際は揺れ動いている。でも、自分のこの不安定な感情はかつてはもっとひどかった。今はまだマシであろう。希死念慮が強くなってそれを医師に相談したら、即入院が決まり入院したら高熱が出て寝込んでしまった。世間の普通の職を持っている人から見ると私はかなり自由だが、時間をうまく使う事が出来ないでいるのは、多分カエサルと言う事、ゴミの分別だ。紹介や告知の作業は原因があり、I氏がこう言ったとか色々と理由もつくのだが、今自分を楽にしてあげる為には、五部一括して文字の詳細だけ付けてカエサル。紹介は一切しない事である。今の状態では、人との接触が取れないのだ。そして、それをもって三人の事は忘れてしまう、作戦を取る。
近所の歯科へ行ったが、先生とナース一人の小ぢんまりとした歯科で、ナースさんは三十過ぎだろうが心に焼き付いているのである。それ以前行っていた歯科でもそうだったが、自分のヤニで汚れた口の中を広げてさらすのいに恥じらいを感じるのであった。私がある時、眼鏡を忘れたらナースさんが気付いてくれて手を指した、時にナースさんの丁度ひじの内側の部分、静脈の青い線が見える白くて細い腕だったのである。いつもではないのだが、そのナースさんを時折受付で見るとその体の肉・・・スケベな妄想を通り越して、内蔵とか肌の内側が思い浮かぶ時がある。これは特に意識して・・意図的ではなく、そのナースさんの細々しさを見ての事なのである。つるつるの女性の脛を見れば<お手入れ大変でしょうね>とか思う、が女学生となると微妙に<ああほおづりしたい>肌である。そういうのではなく、相手の女性の肉、内蔵とか血液とかの蠢きが目に飛び込んだ相手・・ナースさんだった。映画アンチヴァイラルのエンディングのようだ。私の心の奥に残ったのは、その女性の腕の青い血管であった。合掌
28
:
名無しさん
:2015/05/08(金) 22:24:50
kankaerutokihasitsukaniutiutinitiokonahukayoihirokusiraserukotowositanotehaarukasorehahituyoutehanakukonoaitanomunenokurusiminoorinihakonoyounisotohetatakaukimotiwosuteteutiwoosametenaniwookonaukawokutaitekinikataruhekinanotearihitotohanasukotonanotemonakukomainokamihayaharimitsukaranonamaenioitesouhuwotomoniokonaukayoitearoukehuhasonokotokohuwonomiokonaiutanokanseiyaesuherantonomanahihatoriaesukakiutusitomosinoimiwosiraherukototearusonohokanisonouetehonwotakarakanitoteniteutainanikanohonrousitemokuukaitemoyoikasararitookonahukayokaroutoomounotearusorerahahiraitesatutomiteokutaketemoyoikehuhakohuwoowarasetoukanwositesoshitenukukotowoehuroniirieikawomiteyasumiasuhatotetotosiyokanheikukototearuhanasunohakonoyounisisukaniutiutiniteokonahanakerehanaranainotearu
29
:
春日
:2015/06/04(木) 23:39:52
母迷う無理を通して飛行機へ飛び乗り息子引き取りに行く
私は借金をしてアメリカ、タイへと逃げて薬の乱用の毎日を送っていた。自力で薬を抜いて、日本へと帰国し、人生をやり直す積もりではあったが、あまりの苦しさで現地の病院へと駆け込む。もうお金も尽きていたが、母が日本から来てくれたのである。
30
:
春日
:2015/06/04(木) 23:55:18
中高年ニートと言うはおれのこと?被害妄想入る歌会
大本は祝詞あり、陶芸あり、短歌ありと自分の関心の的であり、言霊の会のない今、古神道の学びを深めるには、すごい良い環境だとは感じていた。しかし入ってみると、葬祭が団体の本質であり、少ない信徒が代々何とか繋いで来たという状態で、何よりも<神様>は私には禁句だったのである。教派神道の中では、他とはまた違った性格を持ち、ある意味いいとこ取りの考えであると言える・・がまあ信徒は別に悪い人がいる訳ではない。
31
:
春日
:2015/06/05(金) 00:18:10
観察す肉屋の内の肉塊と肉屋に並ぶ人の肉塊
山城千佳子氏の「肉屋の女」をみて
竹橋、近代美術館、常設展の映像作品…
すごく暑い日が続いていてどうも、やらしい目で女性の露出した肌を見てしまう傾向があるのは私だけであろうか。一方病的な異性に対する妄想は、年令のせいもあってか、一時期よりも安定してきていて、まぁ自分で用を足すのだが、男性向けの映像も、冷静に見るとシラケてしまうのである。普段カツ以外で肉は買わないのだが、安いと飛び付いて買ったアメリカ産のスタミナ・・焼肉、焼いて食べたが、吐き気がしてきて、もう二度とあれは買うまいと思うのである。
32
:
名無しさん
:2015/09/08(火) 06:30:03
結婚はしているはずと思うけど妙に気になる女が一人
けっこんは しているはずと おもうけど みょうにきになる おんながひとり
とある団体のお世話にしばらくなるのだが、一人気になる女性がいる、年令は僕より少し若いくらいか釣り合いが取れて、何となく女性を感じるから、妙に自分の都合の良い方に妄想がふくらむ、そもそも私はそこでたいした期間を過ごした訳ではないし、今は知るよしもない。
33
:
名無しさん
:2015/10/09(金) 18:05:05
鉄柵に囲まれている囚人の心へうつる夢の数々
てっさくに かこまれている しゅうじんの こころへうつる ゆめのかずかず
幻として自分が見させられる、人物というのがあり、その時により違うのであるが、何か意味があるの考えることがある
34
:
井上 勇
:2015/12/04(金) 17:13:49
言霊の、会へ奉納、しないこと、個人相手に、謹呈をせよ
わだかまる、胸の詰まりは、歌に組み、所々へ、言い放つべし
自分でも、忘れてしまう、所へと、歌のそれぞれ、申し述ぶべし
紹介を、する必要は、ないのだぞ、そんな時には、学び進ませ
ウェブ上の、発言全て、自らの、名前において、行うが良し
35
:
辻
:2016/04/11(月) 23:11:58
今日は昼頃に起きて、尺八をやりに近所の土手へ先ず行った。土日は朝早く起きて、曲を通しで一回ぐらい吹くぐらいの練習をしたが、これは尺八への執着心もあるがなぜか早起きしたことが、大きな原因である。だが今日は土手には釣りをする人しかおらず、思い切り練習ができたのである。一時間以上吹いて、しかもかなり高い音も出せて、イメージトレーニングも役に立つものだと我ながら感心した。昨夜に紹介をして回りいつものごとくに、やっている最中は気持ちが良かったのだが、翌日の今日はやはり紹介は必要ない、やらないほうが良いと思うに至る。何か余裕があるなら、人の為に尽くすこともあろうが、私の場合は心身の安定が何よりである。それを悩んでいたのだが、こうして不特定の場所に日記のように回想するしかない、人にコメントもできず、だが独り言だけで自らを制御することもできなかった。尺八を十分にやり、中川の土手に行く前に10日分の生活費を下ろし、中川土手では日本書紀を読み上げた。本当は図書館へと行きたかったのだが、胸に苦しみを覚えて薬を含み、買い物の用事をして帰り、やることをやってしまうことにしたのである。米を10キロとパンツがもう穴開きの物が多いので、五枚ぐらい買いたかったのだが、まだ月も3分の1が始まったばかりだったから、一旦先送りにした。小学生が丁度下校の時間を、家に帰り昨晩作り残してあった焼きそばを食べた。で、横になりうなだれていたが、3時半に尺八を持ってまた土手に行き、少し吹いたが今度は思い通りには中々行かないし、風がすごくて落ち着いて練習どころではなかった。部屋に戻り、悩んだ挙句にやっぱりお茶は習うに及ばないと思いその旨を先生にメールした。相手の方には悪いが、竹の尺八を頂けること、このことから神道の信仰に気持ちが傾き、ついうっかりと電話をしてまたやりたいですと伝えてしまったのだが、一度信仰もお茶も決別しようとした身、しかし農業体験は宗教とは別で受け入れてくれた訳で、スメオオカミに感謝して、お返しに月々の祭りやお茶をして返済をしようと、それは冷静に考えるとおかしくて、お返しするならば、昨年ぐらいのペースで農業体験に継続して参加をすることである。月々の支払いもせず、月の祭りにだけ参加してその時はお金を払い、お茶のお手伝いが出来るなら行うぐらいが丁度良い。だから、明日は京都滞在もやはり一週間に改めるつもりである。出来なければ、しかたがないが二週間をこの家を離れるとルーチンワーク、あっちでやることになるので色々と手間なのである。だから明日は母らと待ち合わせをしているが、その前に期間の短縮電話をかけることにしよう。
36
:
辻
:2016/04/22(金) 23:53:02
人類は進化を遂げた 人工の地震を起こし喧嘩売るほど
じんるいは、しんかをとげた、じんこうの
じしんをおこし、けんかうるほど
本当の処は分からないが、福島での地震はアメリカが日本をけしかけようとして起こした地震だという…それ程的はずれな情報ではなさそうだし、自分としては〈有りうる〉と思える事であった。ウェブの動画は全て見た訳ではないのでベンジャミン・フルフォードさんの著作を図書館で借りて読んでみようという、気持ちでいる。アメリカという国は、勝手にテロをし向けて正義の名の元に戦いを繰り返すバケモノの様な国柄か。
37
:
辻
:2016/06/17(金) 22:07:22
二万円、出したお釣りの二千円。一期につかむ女の体
にまんえん、だしたおつりの、にせんえん
いちごにつかむ、おんなのからだ
一年振りぐらいに吉原へと行った。以前相性が、良かった子は店と名を変えていて、ネットで調べて同じ子の所へと入った。しかし、冷静に考えてみると格安のソープではあるが、六十分で二万円弱である。まぁ相手が自分を覚えてくれていたのは喜びでもあったが、自分には高価であると感じた。確かに人肌には触れられる…でも別に触れても実際何の事もない。ある種のしらけはその後の帰り道で大きな後悔となり、スーツ・ケースか夏物の衣服でも買えば良かったかな、とひどく体調を崩した。その女の子を食事にでも誘おうかとも、考えたのだがいずれ自分がヒモの様な状態におち入る事が予想された。まぁ祖母から小遣いをもらい、思わず行ってしまったのだが、ある種の喪失感を深めて雨の中帰ったのであった。
38
:
辻
:2016/08/07(日) 02:04:06
今晩は。自分もこの作品には深い思い入れを感じます。「ぼくのエリ」を初めて観たのはずい分前なのですが、その時はオスカーがやがてエリの侍者のような…そんな存在になるのだなと思いました。一方、映画のリメイク版の「モールス」は主演…のクロエ・グレース・モレッツさんのファンなので比較は難しいですが、昨夜丁度「ぼくのエリ」を観ていて映画それ自体は、前者の方が透明感があって詩的な作品だと思いました。ただ、少々辻つまが合わないと思う場面もあったのですが、作品としては「ぼくのエリ」が一番良かったです。それは原作を読んでいて、「あー何か映画の方がいいな」と思ったりした事にも依るのであります。「ぼくのエリ」の疑問点を小説の方で補うような感じで読んでいますが、自分にとってこの一連の作品、映画「ぼくのエリ」「モールス」と小説「モールス」はここ何年かのフェイバリットな物語であります。
39
:
名無しさん
:2016/09/17(土) 01:07:16
20160817
今日は昼に目覚めたものの、外に出るのは遅くしかもタバコを忘れた。土手にて読書も含めて二時間半は練習をしようと、考えていた…というのも試験に向けては、練習をしっかりできるのは、今日で最後になるからである。タバコが吸えなくて一旦帰宅し、音楽を聴きながら一時間…後に再び土手に行き練習をした。トータルでは予定どうりであっただろう。夕方の散歩を考えていたが、しないで歌の清書をして、会へと文字明細はを添えて無名にて送ったが、もう二度としないと誓った。会報も含めて、一切あの会の発言などとは距離をおくこと。ウェブ上に短歌をためておきたい…その気持ちが長じたのであるから、奉納・謹呈と同じく所々へ向けて対する、これをウェブ上でも同じくする。最近よく覗くサイトは、一切閲覧しないことにして、あくまでも主導権を取り返すのである。その後二時間ぐらいDVDを見て用を足したが、あれももっとのんびり観れないかね…と思う。シャワーを浴び、食事はしていたから、尺八の練習をして急に胸が苦しくなってきた。この日記もさらりと自分を振り返るにはいいであろう。座禅はいつも通りで、読書は土手にて三十分ぐらいのみだ。それが不足だが、もう映画を見始める。明日は尺八の稽古の日、で翌日試験だからどちらにしてもこの何ヶ月かの重しは、月曜日には晴れているだろう。明日の昼、出かける前に本を開いて、先段を下書きできていたらいいかなとは思うのである。辻
40
:
ino
:2016/10/10(月) 01:31:07
短歌には 説明付けず 歌のみで
どこかに散らし 思い晴らそう
雨止んだ 川辺の隅で 座り込み
尺八を吹く 時は二時間
何事も 為してないよな 気が残る
まま日が終わる 時の速さは
若者の これからを観て 考える
自分の踏んだ 道とは違い
尺八を 吹く人たちに 紛れてる
紅一点の 若い女性は
油絵の スタート・キット 買ったけど
挫折しないで 続けられるか
人生の 大きな際を 描くこと
どうなる物か 知る由もなく
口づけを して入れた舌 もの凄い
力で噛まれ 血が溢れ出る
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