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( ^ω^)優しい衛兵と冷たい王女のようですζ(゚ー゚*ζ 第三部

1 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:01:44 ID:U0jBOVFc0
第二部までのお話はBoon Roman様に収録されています。
http://boonmtmt.sakura.ne.jp/matome/sakuhin/tender/
(リンク先:boon Roman)

305 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:11:48 ID:DM6Pm.mI0
(4)her new life

 メガクリテへと向かう旅の途中で、ニュッ君は元担任のスパムから手紙を受け取っていた。
 ヘルセの学校を卒業して、首都の人間と結婚した人。ニュッ君にとって数少ない、親しみのある人物だ。

 手紙の内容は新年早々に完成する新居への案内状だった。
 首都の住宅街。土地勘はなかったけれど、それなりに値の張る土地だと想像はついた。

 豪華、とは言わないまでも、瀟洒で綺麗な街だろう。
 そんな綺麗なところに住む新婚夫婦の家にふらっと立ち寄るのは忍びない。
 だから最初に手紙をもらったとき、ニュッ君は自分の近況を報告するにとどめ、訪問は遠慮するつもりでいた。

( ^ν^)「このあたりか・・・・・・」

 その街に、今ニュッ君は立ち寄っている。
 綺麗と言えば綺麗だ。白壁の家が平坦で幅広い道の両側に建ち並び、葉を散らしたポプラの並木が先の先まで続いている。
 均整を保った道はメガクリテの中央に聳える『大聖堂』へと続いている。メティス国教の総本山を象徴する歴史的建造物。
 ニュッ君にとっては、かつて揺籃期からの思い出の場所でもあった。

306 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:12:47 ID:DM6Pm.mI0
 往来を行く人影は少ない。いたとしてもよそよそしい。
 上質な街が淀んだ空気の中で空しく浮いている。
 昨年12月17日のサイレンの被害が今でも響いていることは火を見るよりも明らかだった。

 手紙に添付されていた手書きの地図を頼りに道を進んだ。
 大通りから少し奥まり、服飾や雑貨の店がなりを潜め、隠れ家的な喫茶店を数軒通り過ぎた先に目的地はあった。
 二階建てのその家は周りより幾分色が明るく見えた。

(   )「どちらさまですか」

 チョコレート色の扉を叩くとすぐに中の者が声がした。
 声色からスパムとわかる。警戒しているのか震えていた。

307 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:13:47 ID:DM6Pm.mI0
 ニュッ君は思い出したように息を吸い、深く吐いてから答えた。

( ^ν^)「僕です」

 扉の目線の当たりにある覗き窓をニュッ君は見据えた。
 程なくして扉が開く。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「・・・・・・来てくれたんだね」

 先生の顔色は決して良くはなかった。頬がこけて、目も落ちくぼんでいる。
 それでもニュッ君と目を合わせて笑ってくれていた。

 スパム先生は変わっていない。
 ニュッ君は勇気づけられた思いがした。

308 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:14:47 ID:DM6Pm.mI0
( ^ν^)「入ってもいいですか?」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「・・・・・・ええ」

 短い応答の後、スパムに促され、チョコレートの扉を潜った。
 通された部屋には応接間だ。真ん中に木目調のテーブルがあり、それを挟んでベージュのソファが向かい合う。
 やはり促されニュッ君が片方に座る。スパムもまた反対側へと座った。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ごめんね、すぐお茶を用意したいんだけど、疲れちゃってて。ここで休んでからでいい?」

( ^ν^)「お構いなく。僕もあんまり長居するつもりはないんで」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「あら、忙しいの?」

( ^ν^)「義勇兵の仕事が夜に入っていますから」

309 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:15:47 ID:DM6Pm.mI0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「義勇兵・・・・・・それって確か、市長が集めていた、なんだっけ」

( ^ν^)「えっとですね」

 ニュッ君は知っている限りのことを口にした。

 サイレンが鳴り響いた、309年12月17日。その翌日からメガクリテは義勇兵の募集を始めた。

 戦いの経験があるものは警備兵として、それ以外の者も何らかの形で復興に資するものとして、協力を要請する。
 国軍にもすでに支援を要請している。が、それ以前から動けるものには動いてほしい、というのがその趣旨だ。

 メティス国では以前から国王政府と首都機能が分断されている。
 国軍の機能は今のところは国王政府側にあり、首都の防衛は首都が中心となって行う手筈になっていた。
 それゆえ、首都にも元々小規模の軍隊は存在していたのだが、今回のような未曾有の災害を前に手が足りなくなった。
 そこで民間人からも協力者を募った、というわけである。

310 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:16:48 ID:DM6Pm.mI0
 街道を伝った隣町エウリドメにいたニュッ君は、応募に参加するべく出発した。
 到着したのは12月21日だ。

 同行者のブーンはメティス国内での活躍が認められ、すぐに警備兵として採用された。
 一方のニュッ君には、実績がなかった。年齢もまだ十四歳。若いと指摘されると、どうとも言い訳ができない。
 それでも協力したい、と懇願した。メティス国民として、社会の一員として、貢献したいと切に訴えた。

( ^ν^)「今は衛生兵の下っ端として働かせてもらってます」

 一番最近サイレンが鳴ったのは五日前だ。
 間が空いているとはいえ、崩れた建物の下に被災者がいることも考えられ、救助活動は絶えなかった。
 さらに、人間と魔人との深い溝が街のあちこちで抗争となり、毎日のように怪我人を出していた。
 今では魔人が街を歩くことさえ禁止され、無許可で彷徨く魔人を捕らえるのも義勇兵の仕事になっていた。

311 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:17:47 ID:DM6Pm.mI0
 あくまでも原因不明の厄災であるサイレンへの対処として集められた義勇兵は、今やメガクリテの治安維持のために一役買っている。
 体よく扱われているものだという自覚は少なからずあったが、ニュッ君は逆らう気もなかった。
 魔人に対して人を守りたかった。だからこそ、いかように扱われても受け入れる心持ちでいた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「そうなんだ・・・・・・」

 初めのうちはソファにもたれるようにしていたスパムも次第に身を乗り出して聞いてくれた。
 疲れていた顔色の中に深刻げな色が浮かび、ニュッ君の話を聞き終えて、言葉を選んでいる様子だった。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ニュッ君がそんなに頑張っているなんて知らなかったよ。
      魔人から人を守る、か。こういっては失礼かもしれないけれど、でもちょっと意外に思っちゃった」

312 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:20:29 ID:DM6Pm.mI0
( ^ν^)「きっと、旅をしたからっすよ」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「旅って、ここに来るまでのこと?」

 首都へ向かって旅をしていることは、以前より手紙でスパムにも伝えていた。
 ニュッ君は頷いて、感慨深げに少しだけ上を見た。

( ^ν^)「いろんな人と会ったんですよ」

 これまで旅した街のことを手短にニュッ君は説明した。
 鴉の街から出発して、蛇の街、虎の村、猪と栗鼠の街。
 魔人と人が共存しているところもあれば、対立している街、割り切って関わっている街もあった。

( ^ν^)「特別仲良くなった人がいた、とかじゃないんです。
      でも、実際に生きている人と接した街って記憶に残るじゃないっすか。
      そのどこにも人がいて、その人たちがサイレンのせいで苦しんでいると思ったら、居てもたってもいられなくなって・・・・・・」

313 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:21:30 ID:DM6Pm.mI0
 人と関わったから、人を守りたくなった。
 衝動の根本は案外に安易で、言葉にすると陳腐にも思えて、ニュッ君は口ごもった。

 五日前、同じことを口にした。
 衛生兵の設けた避難民用のキャンプでのことだ。

 警備兵となったブーンが夜半過ぎにキャンプを訪れ、夜勤のニュッ君はそれを見ていた。
 被災者だからと連れてきた子は見るからに弱っていて、ブーンはニュッ君を同行して治療区画へと連れていった。

 妙に周りの目を気にするブーンの様子が気になって、途中でブーンを呼び止めた。
 その子はいったい何者か、と。
 なおも動かないブーンを前に、ニュッ君は咄嗟にその子の頭を撫でた。
 引っ張り上げる皮膚があった。
 髪の下にぴったりとくっついて、獣の耳が隠れていた。
 ブーンは魔人の子どもを勝手に介抱しようとしていたのである。

314 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:22:56 ID:DM6Pm.mI0
 ニュッ君は周りに聞かれないよう気をつけながら、ブーンを睨み付けた。
 避難民用キャンプに魔人は連れ込めない。
 魔人は人を傷つける、そう信じていきり立つ人も大勢いる。
 貴重な物資を消費するわけにもいかなかった。

 だから魔人の子は警察に通報する。
 ニュッ君がそう言い張ると、ブーンはやがて目を伏せて、魔人の子の背中を支えた。

 せめて軟膏だけでも、とブーンが言い、ニュッ君は懐から常備のそれを手渡した。
 これっきり、とブーンに言いつけた。

 それ以来、ブーンとは会っていない。
 義勇兵として採用されたときからそれぞれ個別に住居をあてがわれていた。
 メガクリテの街の郊外、絢爛豪華さに追いやられたかのようなボロボロのアパートを改築して間に合わせのものだ。
 だから不必要にブーンと接触する機会もなかった。

315 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:23:52 ID:DM6Pm.mI0
 警備兵の動向に明るくはないが、おそらくブーンが捕まったり処罰を受けたりすれば噂が耳に入るはずだ。
 今のところ何も聞こえてこない。ブーンも巧く立ち回ったのだろう。

 前から何を考えているのかわからない人だったが、この頃は特にわからなかった。
 魔人に対して何を思うところがあるのか、なぜ魔人を助けようとするのか。

 だが決してブーンが嫌いになったわけではない。
 むしろ今度ブーンと落ち着いた状況であったら、その内心を真剣に問い詰めてみたい。

 曲がりなりにも一緒に旅してきた仲間と言い争いをしたまま終わるのは、ニュッ君の意に反していた。
 旅で出会ったいろいろな人の中にはもちろん、ブーンも含まれているのだから。

 ちらりとスパムに目をやると、目を閉じて考え事をしている風だった。
 やがてその口元に笑みが浮かび、目が開いた。

316 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:24:53 ID:DM6Pm.mI0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」

 話の流れを無視した問いに不意を突かれる。

( ^ν^)「え、じゃあコーヒーで」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「了解。ニュッ君のお口に合うかな〜」

 鼻歌でも歌いそうな明るい調子で、スパムがソファから立ち上がる。
 軽快な足取りは窶れた顔と不釣り合いで、かえって目をひいた。

 そのままキッチンへと向かって行くと思われた、矢先にスパムは振り返った。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ねえ、ニュッ君」

 スパムの顔色がまた変わる。
 疲れを感じさせない、一種の鋭さがその瞳に宿っていた。

317 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:26:22 ID:DM6Pm.mI0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「魔人のことは嫌い?」

( ^ν^)「・・・・・・えっと」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「コーヒーができてからでいいから」

 翻って、スパムが奥へと消えていく。
 リビングとキッチンの間に仕切りがあった。スパムの顔はよくは見えない。

 ニュッ君は痺れたように黙っていた。
 頭の中は真っ白で、その中で唯一、スパムの言葉だけが反響していた。

 ふと思い出す景色があった。
 旅にでるまえ、それこそ自分がヘルセの街にやってきて間もない頃。

318 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:27:53 ID:DM6Pm.mI0
 スズランの群生。
 それはスパムとの、学校以外での思い出の場所。

 やがて痺れが少しずつ解れていく。
 ここはスパムの家。新しくできたばかりの場所。
 その壁には真新しい罅が入っている。

 きっとその問いは、ずっと俺に聞きたかったことなのだろう。

 動き始めた思考でまず始めにそう思った。



     ☆     ☆     ☆

319 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:28:52 ID:DM6Pm.mI0
(5)大聖堂

 口は災いの元。
 二人の頭にはその言葉がありありと浮かんでいた。

 メティス国教会本部。都市の深奥にもかかわらず緑豊かなその敷地を目指していた二人の前には
 メガクリテの他地域とさほど変わらない瓦礫の山が鎮座していた。

 華美な装飾の名残が日に照らされて黄金に輝いていることからその残骸が元々は国教会の大聖堂だと見分けがついた。

 かつて、ほんの半月ほど前まで、大聖堂には毎日大勢の国教信者たちが集まっていた。
 道に迷っている者にを導き、悩んでいる者を救い、罪を持つ者を赦す場所。
 毎週末には祈りの歌を捧げる集会が開かれ、その歌声は大聖堂の周囲に鳴り響き、嫋々として絶えなかった。

 その歌を聴くことももう叶わない。

( ´∀`)「悪い予感は当たるものモナね」

ミ,,;゚Д゚彡「こんなの前にしてよくまあ余裕を持てますね。どんな心臓してるんですか」

320 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:29:52 ID:DM6Pm.mI0
 モナーとフサギコ、二人の巡礼者然とした男は芝の上に立ちつくしていた。
 芝も粗方火に焼かれていたが、二人のいる場所はまだ辛うじて瑞々しさを保っている。

( ´∀`)「いやいや、余裕なんてありゃしないモナよ。
 懇意にしていた聖者たちも、これじゃどうなったかわからないモナね。牢獄に入れられたか、街を追い出されたか。
 いやあ心が痛いモナ。人間も本気になるとおっかないモナね。モナモナ」

ミ,,゚Д゚彡「・・・・・・」

 目を細めるフサギコを余所に、モナーは気ままに背伸びをした。

( ´∀`)「さて、帰るモナ」

ミ,,゚Д゚彡「え」

321 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:30:52 ID:DM6Pm.mI0
( ´∀`)「なんだモナ?」

ミ,,;゚Д゚彡「いやいやいや、何を言ってるんですか。せっかくここまで来たってのに」

( ´∀`)「メガクリテには年初の挨拶に来ただけモナ。
 それが、挨拶する場所がぶっ壊れているし、責任者も見つからないモナ。だから、用事はおしまい」

ミ,,;゚Д゚彡「そんなの道中で判っていたことでしょう」

( ´∀`)「いやいや、私は目で見たものしか信じないモナよ。
 この場に立ってみてやっと確信したモナ。もう心置きなく帰れるモナよ。また来年、挨拶できるといいモナね。頑張れ教徒たち」

 モナーは大袈裟に瓦礫に向かって手を振った。返事も何もない。人の気配すらない。
 フサギコは髪をかいた。盛り上がった乱髪にその手は埋もれていく。

322 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:31:53 ID:DM6Pm.mI0
ミ,,゚Д゚彡「酋長、帰るのはわかりました。でもどうするんです。外郭の警備は厳しいですよ」

( ´∀`)「来るときは君、通り抜けられたじゃないか」

ミ,,;-Д-彡「やっぱり俺の能力頼みですか」

( ´∀`)「杖、どうモナ?」

 やれやれ、とぼやきながら、フサギコは腰のベルトに携えた杖を見た。
 赤銅の柄の先端、円の中で十字が赤く燃えている。

ミ,,゚Д゚彡「オルもだいぶ溜ってきましたね。まあ一、二回はできるかと」

( ´∀`)「僕を入れてモナね?」

ミ,,゚Д゚彡「もちろんですよ。あ、くそ無意識のうちに入れてしまった・・・・・・」

( ´∀`)「素直な奴モナ」

323 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:32:57 ID:DM6Pm.mI0
 目をつむるフサギコを笑って、モナーは芝から道へと降りた。
 相変わらず、惨状はどこまでも広がっている。
 崩れた家の陰には蹲る人々の姿も見えた。魔人ではない。負傷した人間だろう。

 街のあちこちに避難民用のキャンプも設立されている。だが、それでも街の人間全員はまかないきれていない。
 加えて、年初の挨拶のために訪れていた国教会信者も大勢混ざっている。避難民キャンプはとっくに定員を超過していた。

 ここが花の都だったと言っても、他国の何も知らない人は信じないだろう。
 花咲いた人間の文化・風情はいつでも街が象徴する。ただの住処が飾られれば、その意匠を紡いで地域性が生み出される。
 意匠が受け継がれ、変遷することで、街は発展する。そしてそれは破壊によって終焉を迎える。

( ´∀`)「どんな時代にも終わりはくるモナ」

ミ,,゚Д゚彡「なんですか、突然」

( ´∀`)「ご先祖様の言葉モナ」

324 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:33:53 ID:DM6Pm.mI0
 どことなく寂しさを帯びた口調でモナーは言った。
 そのとき、鳥の鳴き声がした。鳩が、見る間に空からモナーの許へと飛び込んできた。

( ´∀`)「伝書鳩?」

ミ,,゚Д゚彡「誰が送ってきたんでしょうか」

 モナーは手早く鳩の足から手紙を解いた。
 広げられた文字を読み、途端、顔を明るくする。

( ´∀`)「フサギコ、どうやら僕らにはまだやれることがあるみたいモナ」

 困惑気味のフサギコをよそに、モナーは急いでペンを手に取り、手紙に書き付けた。
 ほんの数行の返信が鳩の足に括られ、空へと舞い上がる。

 青空は、街のあちこちから昇る義勇兵の狼煙に濁っていた。



     ☆     ☆     ☆

325 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:34:53 ID:DM6Pm.mI0
(6)接着と剥離

 たった一度サイレンがなったせいで、人間と魔人は別物になった。
 力の違い、能力の違い。露わになった特異点が軋轢を生む。生まれた軋轢が火種となる。
 えぐれた石畳も、砕け散った屋根も、倒れた壁の向こう側から聞こえてくるうめき声も、全てその火種の結果だ。

 冬用のブーツが土を踏みしめる。枯れ葉が砕かれ風に紛れた。
 吐息がブーンの首筋に当たった。

( ^ω^)「起きたかい」

ξ-⊿-)ξ「う……」

 饐えた匂いが届いてくる。どこかで人が死んでいるのだろう。
 砂埃が棚引いて、ブーンたちの周りを漂っている。
 遠くでまたひとつ、壁が崩れた。戦闘が起きている。また誰かが傷つくのだ。

326 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:35:52 ID:DM6Pm.mI0
ξ゚⊿゚)ξ「……あたしを助けているの?」

( ^ω^)「うん」

ξ゚⊿゚)ξ「どうして」

 暴漢に襲われる彼女を助けたことも、気を失った彼女を背負って歩いていることも、
 魔人で破壊された街を歩く人間にはおよそ不似合いな行動だ。
 不審に思うのも無理はない。

 ツンは唇を一文字に閉じ、ブーンの肩に垂れる腕に力を込めた。
 尋ねておきながら、答えを聞くのが怖いかのように。

( ^ω^)「肩、動かさないように。傷が開くよ」

327 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:36:51 ID:DM6Pm.mI0
 ツンの肩には、暴漢に硝子瓶を投げられたときについた傷があった。
 簡易な除菌はブーンが行い、今は包帯が巻いてある。

( ^ω^)「怪我人は助ける。そういうもんだよ」

ξ゚⊿゚)ξ「……魔人なのに」

( ^ω^)「うん。だから、なおさら」

ξ゚⊿゚)ξ ?

( ^ω^)「いろいろあるんだよ」

 広場に出た。幾重にも折り重なった石畳の向こうに、噴水が見える。
 外見は傷つき、崩れかけつつも、機能は逸しておらず、勢いよく水を空中へ放出している。

 埃っぽい空気に透明な水が日の光を浴び、七色の虹を放っている。
 惨状のただ中にはきれいすぎる光。現実感が無い。だからこそ思わず見とれてしまう。

328 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:37:53 ID:DM6Pm.mI0
 ブーンもツンも黙って水を眺めていた。
 お互いそれに気ついて、笑みを含んだ吐息を漏らした。

ξ゚⊿゚)ξ「行く当てはあるの?」

( ^ω^)「うーん、キャンプは魔人御法度だし。
 どこか手頃な空き家でもいいかな。少し休めば動けるようになるよね」

ξ゚⊿゚)ξ「ええ、たぶん。ありがとう」

( ^ω^)「気にしないで」

 それからは話題を変えた。
 瓦礫を見て、ブーンがその元の形を問う。ツンが記憶を頼りにそれにこたえる。
 メガクリテのことをブーンは何も知らなかった。だから、なんでも新しい発見になった。

 ツンはメガクリテに昨年の12月初めに来たという。
 街並みも、サイレンが鳴るまでのわずか二、三週間ばかりだが、出歩き、慣れ親しんでいた。

329 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:38:52 ID:DM6Pm.mI0
 緑の豊かな公園だった場所、児童の通う学び舎、活気のあった商店街。
 頽れたそれらを思い出すのに、ツンは時折言葉を詰まらせた。
 思い入れが深い場所なのだろう。ブーンは広く浅く尋ねるにとどめた。

 やがて二人は大きな瓦礫に出くわした。
 大きなドーム型の建物に、細長い鉄塔。頂上に聳える輪っかの十字架は傾き、旗を風になびかせている。
 旗は二種類。青い地に白い波、その上に翼を広げるアルバトロスの感略図。
 方や赤い地に金のらせん状の縦帯が二本、それらに挟まれて黒い牡牛が振り向いている。

ξ゚⊿゚)ξ「大聖堂と、交易の塔。先端にある青と白の旗はメティスの旗、赤と金はテーベの旗。
 交易の証として、最近掲げられたばっかりだったのに」

 勇壮な建築の名残は煌びやかな装飾交じりの瓦礫からもうかがえる。
 繊細さがうりのメティスの建物とは微妙に風合いが違う。
 産業的な革命が盛んに行われていると噂に聞くテーベの実直的で力強い気質が混じっているらしかった。

330 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:39:53 ID:DM6Pm.mI0
ξ゚⊿゚)ξ「降りるわ」

 言いながら、ツンがブーンの背を降りた。
 ツンの目の高さにブーンの顎がある。身長差が、それだけあった。

 ツンが上目にブーンと見かわした。
 何か言いたそうで、だけど決して口は開かない。

 小首をかしげるブーンに対して、ツンはなおも目を離さない。

ξ゚⊿゚)ξ「迷惑は掛けたくないの。ここで別れましょう」

 ツンは毅然と言い放つ。

( ^ω^)「怪我は」

ξ゚⊿゚)ξ「大丈夫、ていうか、元々大したことないわ。
 気を失ったの、これのせいじゃないし」

331 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:41:54 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「どういうことだい」

ξ゚⊿゚)ξ「それは、あなたは知らなくていいの。こっちのことだから」

 こっち、と言うとき、ツンは大聖堂を指した。
 それ自体は無意識の所作だったのかもしれない。

 教会と魔人は切っても切れない中にあった。
 このような非常事態の中でも、その観念自体がまだツンの中にあったのかもしれない。
 まっすぐに伸びた指先に募るそうした意志を感じてか、ブーンはやや黙し、それから教会から目をそらした。

( ^ω^)「五日ほど前かな、魔人の子どもを助けたんだ」

 不可解そうな顔をするツンをよそに、ブーンは話を続けた。

332 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:42:52 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「警備兵の仕事は交代制なんだけど、その交代のときに、たまたまその子を見つけたんだ。
 茂みの中に隠れていて、でも月明かりに目が光っていた。猫の魔人なんだ。彼らの目はそうなっている。
 その子は僕が近づいても逃げなかった。見れば怪我を負っているのがわかった。だからどうにかしたくて、とりあえず背負ったんだ」

 ツンが睨んでいることなど忘れたかのように、ブーンは微笑んでいた。

( ^ω^)「キャンプに行ったけど、他の人間を刺激しないように、って追い出された。それは、それでいいんだけど。
 その子を置いておける場所がなくて、空き家に入った。幸い救急道具が揃っていたから、簡易な消毒はしたんだ。
 僕も立場があったから、その日しか看てあげられなかった。翌日に寄ってみたら、もうその子はいなくなっていた」

( ^ω^)「今日、久しぶりにその姿を見た。さっきの子だよ」

 ここへきて、ツンが目を見開いた。
 構わずブーンは続ける。

333 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:43:55 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「僕は出て行くのを躊躇ったんだ。人間がいたからね。仮にも警備兵の仕事の合間に魔人は助けられない。
 だが、君が助けてくれたのを見て、思い直した。その子はすぐ逃げちゃったけど、君が追われていて、僕もその後をつけていった。
 だから、あの場所で君を助けることができた。何のことはない。僕を招いたのは君自身だ。そして動機は、ただの後ろめたさの反動だよ」

( ^ω^)「あらためて言うよ。ツン。ありがとう、あの子を助けてくれて。
 そしてあわよくば、僕に君を助けさせてほしい。今日一瞬でも君たち魔人を助けるのを躊躇った僕の、せめてもの罪滅ぼしのために」

 ブーンが言い終わると、しばらくお互い沈黙した。
 ツンの表情は依然不可解そうではあった。だがそれ以上に、目が見開かれていた。
 それが何かと言われれば、期待という言葉が一番似合っていた。

ξ゚⊿゚)ξ「どうしてそんなに魔人を助けたいの」

( ^ω^)「うん、だから、いろいろあって」

ξ゚⊿゚)ξ「教えてくれないの」

( ^ω^)「うーん、そうだなあ。信じられる人なら、いいかもしれないけど」

334 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:45:20 ID:DM6Pm.mI0
ξ゚⊿゚)ξ「・・・・・・」

ξ-⊿-)ξ「いつかあたしも、信じてもらえるかしら」

 視線が途切れる。
 敵意さえ感じられていた瞳が、次の瞬間には穏やかな色味を帯びていた。

 寒い冬風に吹かれながら、その静寂は決して冷たくなかった。

ξ゚ー゚)ξ「行く当て、あるわ。私が隠れていたところ。魔人が潜んでいる場所だけど。
 もしよかったら来てみない? 招待するわ」

( ^ω^)「いいのかな」

ξ゚⊿゚)ξ「言いふらしたら殺したげる」

( ^ω^)「ああ、そりゃありがたい」

335 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:46:21 ID:DM6Pm.mI0
 乾いた笑いを漏すブーン。
 その向かいでツンも笑っていたが、すぐに肩を掴んで縮こまった。

( ^ω^)「肩、痛む?」

ξ゚⊿゚)ξ「痛くない」

(;^ω^)「いやいや、抑えてるよね」

ξ゚⊿゚)ξ「痛くないわよこれくらい、気合いよ気合い」

(;^ω^)「肩貸すから」

ξ-⊿-)ξ「痛くないけど、ありがたいわ」

( ^ω^)「あ、いいんだ」

 怪我をしていない方のツンの腕がブーンの肩に回される。
 背後で噴水の水がやんだ。
 少しだけ涼やかな広場をあとに、肩を組み合って二人は歩いた。



     ☆     ☆     ☆

336 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:48:11 ID:DM6Pm.mI0
 瓦礫にも個性がある。見つめていればもとの街並みが思い浮かんでくる。
 立派な石畳は繁華街の象徴で、土の混じる未舗装の道は細く入り組んだ路地裏の道。
 とりわけ狭苦しい場所を進み、灰色の石の壁を両側に、ブーンとツンは二人で歩いていた。

ξ゚⊿゚)ξ「もう少しよ」

 目的地を提案したのは彼女だ。
 魔人の隠れ家、とツンは呼んでいた。

( ^ω^)「見てわかるものなのかい?」

ξ゚⊿゚)ξ「中は寂れた怪しいバーよ」

( ^ω^)「……外は?」

ξ゚⊿゚)ξ「行けば判る」

( ^ω^)「……」

337 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:49:30 ID:DM6Pm.mI0
 既に噴水の広場もずっと遠くなっている。中心街から外れて、路地裏をひたすらあるいて、石造りのアーチを潜った。
 途中で細い川も見つけた。街を分断する川は、細々流れ続けていて、細切れの木片や着物の裾を流していた。
 どこかで意味があったのかもしれないが、今となってはゴミでしかない欠片。

 その横裾を進んでいけば、再び大通りへと出た。車も人も通っていない。喧騒から遠ざかっているのに、人気すらない。
 すでに人は逃げたのかもしれない。わずかに残った生活感も、やがては砂埃に埋もれてしまうのだろう。

 雲間から覗く弱々しい陽射しが徐々に赤みを強くしていく。
 夕方の到来が先か、それとも雲があたりを包むのが先か。その接戦が上空で窺えていた。

ξ゚⊿゚)ξ「あった」

 言葉があまりに唐突で、ブーンはたたらを踏みそうになった。

 灰色の意思の壁に、埋め込まれるようにして、ブロックづくりのアーチがある。
 その内側に反楕円形の扉が一つ。四つの窓はすりガラス。把手には傷跡が無数についている。

ξ゚⊿゚)ξ「傷? ああ、何でも無いわよ。
 魔人化した魔人を連れてくるときにでもついた傷でしょ」

338 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:50:28 ID:DM6Pm.mI0
 だから気にすることはない、とツンは言いたげだった。
 素直に受け取るのも難しい。

 扉の上には看板が埋め込まれていた。
 「fume」 フューム。この国の言葉で煙を指す。

 ツンは把手に手を伸ばした。
 が、力を込めているにもかかわらず動かない。

ξ゚⊿゚)ξ「あれ?」

 首を傾げた、つかの間。
 扉の周辺から白煙が噴き出す。

 ブーンが身の危険を感じた瞬間、その扉は開かれた。

339 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:51:28 ID:DM6Pm.mI0
 乱れた白煙が膨らみ、霧散する。

 一陣の風。
 ツンの横を掠めたそれはブーンの許にて煌めいた。

(・く・ハリ「シャアーーーー!!」

 見知らぬ男。白い短髪を靡かせて、小柄にまとまり空を切り裂いている。
 ぎょろりと輝く瞳が真っ直ぐブーンを捉えて離さない。

( ^ω^)「!」

 目を見開き抜刀する。
 鋼同士の競り合う音。

 ブーンの得物は支給品の剣、一方相手の男はナックルを握っている。
 金属質のその一片が陽光を受けて赤く光っていた。

340 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:52:57 ID:DM6Pm.mI0
(・く・ハリ「まだまだァ!」

 音に負けない喝破が響き、ブーンの剣を圧倒する。
 一撃、二撃、積み重なるごとにじわじわと後退を余儀なくされた。

 瀟洒な街並みに似合わぬ荒っぽい処遇。
 何が起きているかもわからぬまま、ただひたすらに防御を続ける。

 明確な敵意をブーンは感じ取っていた。

( ^ω^)「君は、いったい?」

(・く・ハリ「それはこちらの台詞だァ!」

( ^ω^)「そんなに叫ばなくても」

(・く・ハリ「アアァーーーん?」

ξ;゚⊿゚)ξ「なーーーー!?」

341 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:54:13 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「え?」

 それは確かにツンの悲鳴だった。

ξ;゚⊿゚)ξ「気持ち悪っ、何すんのよ!」

(グー゙ル「あーい、動かなーい、いたいかんねー」

 攻撃の間隙を縫って見ればツンはまた別の男と言い争っていた。
 マッシュルームカットの頭が若干金色に塗してある、恰幅の良い赤ら顔の男。

 ツンはその赤ら顔の前で尻餅をついている。
 藻掻いているようだが、両手はしっかり石畳に触れたままだ。

ξ;゚⊿゚)ξ「離れないー! なんで“接着”したの!? 敵じゃないのは見て判るでしょ?」

(グー゙ル「ツンは敵じゃないー、もちろん。けどあの人はしらんよー。
 偵察から帰ってくる予定時間も結構過ぎてる、何があったかわからんもん、警戒するのは当たり前」

 言葉の端々でツンの傍の男はブーンを指差し小首を傾げた。
 よく見ればブーンよりいくらか年の低い幼い顔立ちをしている。

342 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:55:13 ID:DM6Pm.mI0
(・く・ハリ「シャーオラー!」

 対してブーンに襲い来る男は、身長は低いが年が高そうだ。二十歳近くか、それ以上か。
 二人は口調も目つきも違う。兄弟でも家族でもなさそうだ。
 唯一の特徴といえば、二人とも両手の甲まで毛が生えている。毛深い人、というよりはそういう種なのだろう。
 つまりは、魔人である。

( ^ω^)「えっと、僕はブーンっていいます。ツンが襲われているところを助けました」

 相も変わらぬ連撃を交わしつつ、思いつくまま述べていった。

( ^ω^)「僕は人間ですが、魔人を憎んではいません。ツンを届けにきただけです。
 どうかツンを受け取ってください。そうすれば僕は真っ直ぐ帰りますので」

343 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:56:27 ID:DM6Pm.mI0
 攻撃が、やむ。
 沈黙。

 そして。

(・く・ハリ「ダメだアアアアア!」

(;^ω^)「えー」

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっと! なんでよ! グルー」

(グー゙ル「僕に言われても。ハクリさん、なんでー?」

(・く・ハリ「ここを見られたんだ、ただで返すわけにはいかない。誰にも言わないように口封じする」

(グー゙ル「なっとくー」

ξ;゚⊿゚)ξ「なによそれ、無駄でしょ、馬鹿じゃないの!」

( ^ω^)(この人、今は叫ばなかったな・・・・・・)

344 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:58:01 ID:DM6Pm.mI0
 戦意が衰えていないことは振り下ろされる拳がありありと証明していた。
 ブーンもまた剣を振る。刀身が揺れ、冷めない。

( ^ω^)(埒があかない)

 思い立った次の瞬間、拳の合間を潜り抜けた。
 ハクリと呼ばれた男の胸もとへ。

( ^ω^)「もらった!」

 振り上げる剣は、逃げられる距離じゃない。
 掲げ挙げたそれを見てから、ハクリを見下ろすつもりでいた。

 が、その手の先に剣がない。

345 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:59:02 ID:DM6Pm.mI0
(;^ω^)「あ、あれ!?」

 疑問符に呼応するかのように遠くで金属音が鳴る。
 ちらりと見えたその先に、横たわる剣が見えた。
 どうみてもブーンの剣である。

(・く・ハリ「“引き剥がした”、残念だったな」

 変に落ち着いた声。
 嫌な予感がしたときには、すでに遅く、ブーンの側頭部に衝撃が走った。

(  ω )。・;゚ ゴフッ

ξ;゚⊿゚)ξ「ブーン!!」

346 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:00:00 ID:DM6Pm.mI0
 比喩でなく、脳の揺れる感触がある。
 足下はふらつき、よろめいたが、どうにか堪えて立ち尽くす。

(  ω )「・・・・・・うう」

 眩暈。
 呼吸をするたびに冷たい空気が肺を逆撫でする。
 その刺激がなかったら、むしろ立ってもいられないだろう。

(・く・ハリ「まだ立てるのか、人のくせに丈夫だな」

 ハクリがあからさまに嘲りを交えて言った。

 魔人も様々だ。ブーンは改めて思う。
 人の中に魔人を憎む奴もいれば、魔人の中に人を憎む奴もいる。
 当たり前の事実だが、人の中にいたからこそ気づきにくかったのだろう。

347 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:01:01 ID:DM6Pm.mI0
 余計なことを考えているうちに頭は冴えてきた。
 追撃があればかなりきつかったが、ハクリの関心は今はブーンを向いていない。

 地面の剣、ブーンから引き剥がしたというそれを座って眺めて、手に取っている。

(・く・ハリ「・・・・・・国軍のマークだ」

 メティス国のマーク。国旗にもあるアルバトロス。
 義勇兵の全員にその剣は支給されている。
 名乗り上げた以上は、国軍兵士と変わらない活躍を期待されてのことだ。

(・く・ハリ「決まりだな、こいつは国軍か、あるいは義勇兵。魔人を討伐して練り歩いている連中の一味だ」

(グー゙ル「ありゃー、決まりだね」

ξ;゚⊿゚)ξ「・・・・・・」

348 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:01:59 ID:DM6Pm.mI0
 こうして不利に傾くとは思いも寄らなかった。
 何がおこるかわからないものだ。ブーンは改めてそう思う。

 ハクリの顔にはもう嘲りは浮かんでいない。
 あるのはよりはっきりとした敵意、憎悪。ブーンを見つめる目に温情はまるでない。

 たとえ、昨日魔人の子どもを助けたことで、ブーンが義勇兵会議に取りざたされ
 すでにその身分を剥奪され掛かっていると説明したところで、ハクリは止まらないだろう。

( ^ω^)「・・・・・・それで? どうするんだい」

 視界は良好。
 冷たい空気を吸い込んで腹をくくる。

(・く・ハリ「お前を徹底的に痛めつけ、捕獲する」

349 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:03:00 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「・・・・・・そうか」

 拳が来るのはわかっている。
 受け止める剣はもう残っていない。

 それでも止まるわけにはいかない。
 背を見せるには戻る場所も、どこにもないのだ。

 だから。

( ^ω^)「悪いけど僕は、こんなところで死ぬわけにはいかない」

 素手の拳は魔人には届かない。
 なんとか地面に転がっていた、石畳の破片を掴み、投げつける。

(・く・ハリ「ふん」

 面白くもなさそうに、破片はハクリによって粉砕された。
 粉々になって宙を舞う。

350 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:04:02 ID:DM6Pm.mI0
 その塵の中にブーンは突っ込んでいた。

(・く・ハリ「また懐に突っ込むのか? 芸の無い男だ」

 拳が振るわれる。
 ステップを踏んで、ブーンは退却する。

(グー゙ル「やっちゃいなー」

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっと、丸腰の人間相手にやりすぎじゃないの」

(グー゙ル「ハクリさん最近身体動かしてなかったからね。首都に来てから籠もりっぱなしだし。
 派手にやりたいのさ。好きにやらせてやんなー」

ξ;゚⊿゚)ξ「勝手すぎるわよ。ブーンは何もしてないじゃない」

(グー゙ル「ふん」

 グルーは鼻を鳴らして目を細めた。

351 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:05:01 ID:DM6Pm.mI0
(グー゙ル「何もしていないっていいながら、仲間が見る間に捕縛されたんだ。
 少しは八つ当たりしたくもなるもんね。君だって、わかるだろー?」

ξ;゚⊿゚)ξ「そんな・・・・・・」

 二の句が継げずにいる間、ブーンとハクリは睨み合っていた。
 見えない何かが詰まっているように、二人の空隙には何もない。
 風の運んだ木の葉が一枚、地面に伏して、影を落とした。

 白髪が先に舞う。

(・く・ハリ「悪いがこれで終わりだ」

 石畳に掌が吸い付く。ナックルの鋼が陽光とは違う銀の輝きを放った。
 低い響き、直後、文字通り地が裂けた。
 並べられた石が思い思いに飛び出して、ブーンはふらつき、遠くツンやグルーも揺れた。

352 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:06:02 ID:DM6Pm.mI0
 隆起する地面の動きが読めず、一様に驚き身を固くする。
 その中で、ツンの片腕が唐突に下へ落ちた。

ξ;゚⊿゚)ξ「んなあ!」

 ちょうど掌をついていた地面が陥没し、穴になった。
 接着はとうに剥がされている。

(グー゙ル「あ、ちょっと! ハクリさん!」

 慌てたグルーの言葉をよそに、ツンは腰へと手を伸ばす。
 白い小杖が爆ぜたように輝いた。

ξ#゚⊿゚)ξ「ふん!」

(ク>ー<ル「うわ」

 空気の塊、疾風に、思わずグルーは目を閉じた。
 が、それは方頬を撫でるのみ。

 吹き抜けた風は真っ直ぐに相対するブーンを横薙ぎ、ハクリにぶち当たる。

(・く・;ハリ「風か!」

 塵芥、砂埃を纏った風に、一瞬だが、目は伏せられる。
 失態に気づいたときにはすでに遅かった。

353 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:07:01 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「――ッ!」

 声になる前の叫び。
 一気呵成の吠え声を吐き、ブーンは腕を振る。
 その手にはすでに剣が握られていた。転がっていたそれを一瞬の眩みをついて拾っていた。

(・く・;ハリ「ふん、そんなもの」

 異常があるとすれば、ハクリの能力。
 触れたものを引き剥がす力。
 それはすなわち、避ける必要も無く致命傷を避けられること。

 引くべき足を前へと踏み出す。
 迫り来るブーンの身体に敢えて接近し、その肘に手を軽く触れた。
 甲高い音とともに、剣がブーンの手から逃れる。

 空を舞う白銀を見て、ハクリはほくそ笑んだ。
 が、視界の端に影が見える。

 ブーンの腕が意表をついて伸びてくる。

354 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:08:09 ID:DM6Pm.mI0
(・く・ハリ「なっ」

 ここにきて、ハクリは自らの失策に気づく。
 剣は武器だ。だが、いつでも攻め手になるとは限らない。

 自分の能力をすでに読まれているとしたら。
 剣がはじき飛ばされることを織り込み済みであるとしたら。

 その握り手は、実は拳。剣はブラフ。狙いは初めから決まっていた。

 悟ったときには、視界は黒ずんだ。
 星が明滅する。開けようとする間もないほどに強烈な痛みが襲ってきた。

( ^ω^)「良かったね、丈夫な身体で」

 笑っているのだろう。
 その顔を見ることは、ハクリにはかなわなかった。

 身体が横転する。
 最後に地面に触れる鈍い音を耳にして、ハクリの意識は地に落ちた。

355 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:09:01 ID:DM6Pm.mI0
 一瞬の静けさ。
 息を荒くしていたブーンは、ゆっくり深く呼吸をする。

 これで終わり。
 安心しきったブーンの耳に、突如、全く別の音がする。

(   )「十分だ」

 誰かの声と、拍手。
 それらの主は煙を吐き出す扉の下にいた。

 空気が張り詰める。
 戦闘行為により内心昂揚していたブーンにもその緊張が伝わった。

(グー゙ル「司教・・・・・・」

356 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:10:03 ID:DM6Pm.mI0
 グルーの声色が、先ほどまでとは打って変わって低くなる。
 司教――国教会の保有する領土を、各地域ごとに分担して統括する、その統監を指す。

(   )「例えば、もしその男が義勇兵としての職務を果たしていたら、とっくに仲間がやってきて、君たちはもう一網打尽だろう。
 だが、すでに時間も経っている。それなのに無事と言うことは、その男に我々を逮捕する意志はないということだ。
 戦い方こそ奇妙に熟れていて油断ならないが、無碍に断る相手でもないよ」

 扉の向こうの暗がりから、男が一歩前へ出る。
 傾き始めた陽の光に、その細面が明らかとなった。



爪'ー`)「つまり普通の、ツンの恩人だ。招き入れようじゃないか。俺たちの隠れ家、ここフュームへ」

 アジトの名前を述べた後、司教、フォックスはツンとブーンを交互に眺め、微笑んだ。



     ☆     ☆     ☆

357 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:12:50 ID:DM6Pm.mI0
(7)the lily bells

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「お待たせ」

 トレイを抱えてスパムが戻ってくる。二つ置かれたコーヒーから湯気がたゆたっていた。
 ひとつがニュッ君の前に置かれる。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「気に入ってもらえるかな」

 さっきも言っていたことを、スパムはまた口にする。
 ニュッ君は小さく首を振った。

 答えの代わりに一口含む。
 芳醇な香りが呼気とともに肺へと届く。
 熱いコーヒーが沁みる。

358 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:13:50 ID:DM6Pm.mI0
( ^ν^)「俺も、味なんてわかんねえっすよ。でも」

 コーヒーカップにはまだ半分ほど残っている。
 コースターに戻すと、コーヒーがわずかに波打った。

( ^ν^)「いい香りだと思います」

 自然とニュッ君の口許に笑みが浮いた。
 スパムの顔が明るくなった。ほっとした様子で、「良かった」と呟いた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「それじゃ、私も飲もうっと」

( ^ν^)「あ、待ってください」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「?」

359 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:14:50 ID:DM6Pm.mI0
 ソファに座りかけた姿勢でスパムが固まる。

( ^ν^)「さっきの答え、の前にちょっと昔話してもいいですか。飲みながらでいいので」

 スパムが小首を傾げる。
 その顔が柔和なことをニュッ君は肯定と受け止めた。

 スパムは静かに腰を下ろした。
 それを合図に、ニュッ君は口を開く。

( ^ν^)「俺がヘルセの学校に通ったのは、俺が養子に出された次の年です。
      デミタスに会ったのと、入学したのと、時期として三ヶ月も離れていませんでした」

( ^ν^)「俺、その頃はまだまだ世間に馴れていませんでした。知り合いもデミタスだけで、そのデミタスだってまだ知り合ったばかりで。
      学校では落ち着いて見えていたのかもしれないけれど、単純に人が怖かっただけです。
      誰かと関わるのが怖くて、必要最低限のことしか言わないように努めていました」

360 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:15:50 ID:DM6Pm.mI0
( ^ν^)「そんな俺には友達もできるわけなくて、帰り道もいつも一人でした。
      デミタスの喫茶店、ロッシュは街の外れの山際にあったから、いずれにしろ民家の少なくなる場所ではあったんですけれど」

( ^ν^)「その途中、山から流れてくる川縁に、スズランの花畑がありました。
      その周りには本当に誰もいなくて、静かで、川のせせらぎと草花のさざめきしか聞こえなかった。
      初めはただ横の道を通り過ぎていたんです」

( ^ν^)「ある日、そこで音を聞いたんです。低く震えるような、動物の声。
      何かがいる、そう思ったら興味が湧いて、花畑の中に足を踏み入れたんです」

( ^ν^)「あとで知ったことなんですけれど、スズランって毒草なんすよね。
      山沿いの辺鄙な場所だったし、人が寄りつかなかったのも、毒のせいだったんだと思います。
      でもとにかく、人の気配が全然無くて、静謐で、俺はその場所が気に入りました」

( ^ν^)「学校で嫌なことがあったときとか、なんとなく苦しかったときとかに、何度か通い詰めました。
      帰り道にスズランを見ながら、岩に腰掛けて一人黙考したんです。いろいろと取り留めの無いことを」

361 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:16:50 ID:DM6Pm.mI0
 ニュッ君は言葉を切ってコーヒーを啜り、喉と唇を潤した。
 ほろ苦さが残り、言葉を続ける勇気をくれた。

( ^ν^)「俺はそのスズラン畑で、スパム先生と会いました。覚えていますか、先生」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「・・・・・・ええ」

 聞き役に徹していたスパムは、視線をわずかにずらしながら頷いた。

 一年目からニュッ君の担任だったスパム。初めて顔を合わせたのも学校の中だ。
 そのときは何も感じなかった。
 学校の先生というひとつの立場、自分らを育てる役割の大人、それだけがニュッ君の、彼女に対する評価だった。

 そのスズラン畑に行くときまでは。

362 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:17:50 ID:DM6Pm.mI0
( ^ν^)「俺は何も言いませんでした。弱音を吐くなんて性に合わないし、何を言えばいいのかも考えなかったし、ただ黙って岩に座っていました。
      そんな俺の傍に、先生も何も言わずにいてくれました。あれ、良かったです。気持ちが楽になりました」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「それこそ大したこと、なんにもしていないけれど」

( ^ν^)「それでいいんです。とやかく言われたり、変に気を遣われたり、まして慰められたりしたら、俺はきっと先生のこと嫌いになりました。
      ただ傍にいてくれたから、安心できたんです。あの頃の俺は本当にガキだから何も言えなかったけど、今なら言えます」

( -ν-)「ありがとうございました」

 頭を下げた。
 人に礼を言う、なんて滅多にないことだ。声が上ずりそうだった。

 これだけはなんとしても言いたかった。
 言うためだけにこの家に来た、といっても過言ではない。

 そう言い切ることができたら、どんなに嬉しかっただろう。

363 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:18:51 ID:DM6Pm.mI0
 下げた頭の瞳で見えた。
 テーブルに入った罅、崩壊している片側。
 コーヒーカップも、比較的綺麗なのを持ってきてくれたのだろうけれど、縁のところが欠けていた。

 顔を上げたら視界が晴れた気がした。

 重荷が下りたからか。
 それとも覚悟ができたからか。

 余計なものがたくさん見える。

 壁にある罅、割れたガラス窓。砕けたロッカーの下にはちぎれた衣服の切れ端が見える。
 カーテンの裾もちぎれていて、床にはいくつもの裂傷が見えた。

 見えないはずがなかった。
 いくら誤魔化そうにも、見逃しきれない、明らかな崩壊の兆し。

364 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:19:50 ID:DM6Pm.mI0
( ^ν^)「先生、どうか正直に答えてください」

 ニュッ君はソファから身を乗り出した。
 両手をついてスパムへと肉薄する。

 スパムは顔を俯かせていた。
 聞いているのかわからないが、それでもニュッ君は言った。



( ^ν^)「先生は、魔人ですよね?」

 確たる証拠があるわけじゃない。
 それでも、ヘルセの街にいたときから薄ぼんやりと察していた。

365 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:20:50 ID:DM6Pm.mI0
 どうしていつも、スパムは山間の花畑にいたのか。
 他の先生方と交流せず、人気を離れて潜んでいたのか。

 最初の勤務地がヘルセで、ショックだったとかつて言っていた。
 だが本当にショックなら、都合八年も居座るものだろうか。
 辞めるきっかけも結婚という、半外的要因。それさえなければスパムは今もヘルセの街にいただろう。

 そして、最初にスズラン畑に訪れたとき耳にした、低く震えるような声。
 毒草の群生地に、野生の動物はまず寄りつかない。
 ましてあの奇妙な声は他の場所では全く聞いたことがない。

 スパムが何も言わなかったのは、本当にニュッ君への配慮だけだったのだろうか。
 その口を開いたら、人間の声とは違う種類のそれが出てしまうからだったのではないか。

 引っかかった理由といえばそれくらいのものだ。
あとは長年話していた期間が直感を育んでくれた。

366 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:21:50 ID:DM6Pm.mI0
 だが、追求する気は、ヘルセにいる間はついぞ起こらなかった。
 スパムはニュッ君にとって支えだった。
 何も言葉を交わさなくても、傍にいるだけでありがたい存在。それを手放せるわけはなかった。

 ヘルセの街の中だけで生きて、他になんのしがらみもなかったニュッ君にとって、スパムは自分の味方と言っても良かった。

 時を経た今、敢えて追求をした。
 スパムが大切だからこそ、その身を心配してのことである。

( ^ν^)「いいっすか、スパム先生。聴いてください。義勇兵は近いうちに強硬手段に出ます。
 許可の有無関係無しに、大規模な探索が強制的に行われ、全ての魔人が隔離されます」

367 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:22:49 ID:DM6Pm.mI0
 首都の中にはまだ、元々住み着いていた魔人の半数が残っている。
 今のところ、サイレンで凶暴化していなかった者は、家から出ないことを条件に居住を赦されていた。

 が、やがて警備兵は安全という理由を楯にし、市内の魔人を一斉に魔人を摘発する。
 内々にその決定がなされようとしていた。

 ブーンのことが気になって警備兵の動向を探るうちに、ニュッ君はこの市政府のこの動向に気づいた。
 重点探索地域の情報も入手済みであり、そこには、かつてスパムからもらった手紙の中で示されていた場所が示されていた。
 慌てて古い荷物を漁り、捨てるかどうか思案していたスパムからの案内状を握りしめ、この家へと辿り着いたのであった。

( ^ν^)「警備兵は早ければ今日の夜にでも進行してきます。
      今ならまだ間に合います。落ち着いて、教会へ行きましょう。
      自ら申し出る魔人と逮捕される魔人とは待遇が異なります。逮捕されたら、きっともう市民として認められない」

368 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:23:50 ID:DM6Pm.mI0
 話しながら、ニュッ君の脳裏には五日前のブーンの姿が浮かんでいた。
 魔人を救おうとする彼を、ニュッ君は諫め、キャンプから追い出した。

 だが、今の自分も、魔人を助けようと躍起になり、思いついた案を口にしている。
 魔人を救うための提案。人間側のルールに則っているとはいえ、それが魔人に襲われる人間として不似合いな気持ちであることは変わりない。

 自分はブーンとは変わらない。
 だからあの人のことを、諫めつつも嫌いになれない。
 ニュッ君はそう気づきながら、今はスパムの顔に集中した。

 そこには諦観がありありと浮かんでいる。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「同じだよ。魔人はみんな、人とは違うもの。怖がられた者は、みんな遠くに追いやられちゃうからね」

 ようやく開いたスパムの言葉は、投げやりな調子でも合った。
 自分の推測が当たっていたことを感嘆する暇もなく、ニュッ君は先を急いた。

369 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:24:50 ID:DM6Pm.mI0
( ^ν^)「それでも、捕まっちゃダメです。酷い目に遭わされますよ」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「そうだろうね」

(#^ν^)「なに達観してるんすか! こっちは必死で――」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「スズラン畑、懐かしいな」

 ニュッ君の言葉がまるでとどいていないかのように、スパムがあっさり話題を変える。
 苛立つニュッ君を横目に、スパムが曖昧な笑みを浮かべた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「あたしの本能でね、スズランは危険な植物だってわかっているの。遺伝子に組み込まれているんだろうね、そういう情報が。
      だけど、そういう危険と向き合わないと、克服しないと、普通の人にはなれないの」

370 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:25:50 ID:DM6Pm.mI0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「スズランだけじゃないよ。最初はコーヒーも、紅茶も、人間が作るもの全部あわなかった。
      全部本能的には毒薬で、人間とは違う身体だって身に染みていた。それでも克服したかった。
      人間の社会の中で暮したかったから」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「かつてこの国では、確かに魔人は敬われていた。神様の使者だから、人間を導く特別な人たちだから、って。
 でもね、あたしみたいに、人間の世界に興味を持った魔人には、その敬いは邪魔だった。
 今みたいに嫌われてしまっても、前みたいに畏れられても、同じなんだよ。身分を隠さないと、あなたたちは私を同種とみてくれない」

ヽiリ,,-ヮ-ノi「ま、それも仕方ないのかもね。事実なんだから。
 こんな興味を抱いちゃったのがそもそもの間違いだったんだよ」

 スパムは目を伏せ、笑っていた。声はなく、鼻を鳴らす音だけがある。
 薄目を開いて、下を向いたまま、その口は徐々に閉じていった。

ヽiリ,,゚ー゚ノi「みんな、あの人のせいなんだから」

371 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:26:50 ID:DM6Pm.mI0
( ^ν^)「あの人?」

ヽiリ,,゚ー゚ノi「私の夫。昔からお世話になっていた人なのよ。人間のことをたくさん教えてくれたの」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「せっかく買った家をこんなに壊しちゃう前に、さっさと現実を教えてくれたら良かったのに、馬鹿みたい」

 諸手を挙げたスパム。真上には天井があり、その端には穴が開いている。
 そこもまた、彼女が壊した跡なのだろう。空が見えていた。
 ニュッ君が歩いてきたときからまた一段と濃くなった雨雲が、今にも泣き出しそうに唸っていた。



     ☆     ☆     ☆

372 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:27:50 ID:DM6Pm.mI0
(8)司教と趣味の店



 フューム、煙。たゆたうそれは店の中に充満していた。
 匂いからして煙草。それも香草の甘い香りが混ざっている。
 息は詰まるが深追いしたくなる匂い。それらはフォックスが手に持つ煙草からも漂っていた。

 遊技場と呼ぶのが一番適しているだろう。
 奥の方からビリヤード台、ダーツのスペース等が建ち並び、壁一面にはワインセラー。バーカウンターも設置されている。

(グー゙ル「腹減ったー、おやつまだかー」

(・く(#ハリ「お前は大して動いてなかっただろ」

(グー゙ル「外に出れば腹は減るのだー」

 先ほどまで戦っていたことや、周りの建物が廃墟同然であることを踏まえれば、暗い話題であってもおかしくないところ
 顔を腫らしたハクリも、グルーも、すでに気楽な無駄話ができるほどに回復していた。
 食事の話が一段落つくと、昼に食べた料理や昨夜のダーツの成績など、他愛の無さに拍子抜けしてしまう。

373 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:28:50 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「・・・・・・」

ξ゚⊿゚)ξ「・・・・・・」

 数席を置いて離れた場所に、ブーンとツンは並んで座っていた。
 二人の前には水の入ったグラス。お互い一口だけ飲んでいる。

 フォックスからは、とりあえず待て、と言われていた。
 まさか遊ぶわけにもいかず、座って休息。目立った傷はないものの、ブーンはひしひし疲労を感じていた。

ξ゚⊿゚)ξ「ねえ」

( ^ω^)「ん?」

374 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:29:49 ID:DM6Pm.mI0
ξ゚⊿゚)ξ「あんた、随分強いじゃない。どこかで鍛えたの?」

( ^ω^)「だと思う」

ξ゚⊿゚)ξ「思う?」

 ブーンは、掻い摘まんで説明をした。
 記憶がないこと、それを探す旅を続けていること。身に覚えのない強さが身体に備わっていること。

 経緯について話した人の数は多くない。
 表だって誇示するような内容でもない。その上、返って弱みと捉えられることもありえる話題だ。
 例えば記憶について、手がかりがあるとでも仄めかされれば、ブーンはそれを探るだろう。
 たとえそれがブーンを嵌めるための罠だとしても、ブーンを誘き寄せる効力は高い。

 その点、ツンにはすんなりと打ち明けた。
 わずか数時間一緒に歩いた程度で信頼するのは愚かしいことかも知れない。
 だが、真剣に話を聞くツンの姿は、その手の不安をブーンの胸中から払拭してくれた。

375 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:30:49 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「言い忘れていたんだけど」

ξ゚⊿゚)ξ「うん」

( ^ω^)「さっきはどうもありがとう。アシストが無かったら結構厳しかったよ」

 先の戦闘。ブーンがハクリの許に飛び込めたのも、ツンが作った隙があったからだ。

ξ゚⊿゚)ξ「何も聞かずにあいつらが襲ってくるものだから、ついね、やっちゃった」

( ^ω^)「あれは、“ふしぎなちから”なんだよね? ハクリもグルーも能力を使っていた。
 君たちは全員、ここの店主さんと契約しているってことなのかな」

ξ゚⊿゚)ξ「ああ、そう見えるでしょうね。でもちょっと違うのよ」

376 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:31:53 ID:DM6Pm.mI0
 そう言うと、ツンは腰元にあった杖を、帯を解いて持ち上げた。
 素材のわからない、端麗な杖。先端の円と十字は今は光りも動きもしていない。

ξ゚⊿゚)ξ「あたしは契約をしても能力は使えないの。性質が備わっていないから。
 あそこのグルーもハクリも同じ。魔人の中では“出来損ない”って呼ぶ奴もいるわ。
 契約をしても人の役には立てない、って意味でね」

ξ゚⊿゚)ξ「でも、あるとき魔人の学者がこの杖を発明した。
 魔人の能力を、契約無しで執行する杖。個人の性質を無視できるのよ」

 カウンターまで持ち上げた杖は、揺れると甲高い音を発した。
 円と十字。思えばそれは、大聖堂やこれまでブーンが通ってきた教会の天辺にも掲げられていた記号にも似ている。

( ^ω^)「“出来損ない”か。知らなかったな。魔人の中にも差があるんだね」

ξ゚⊿゚)ξ「普通、人には言わないけどね。言っても良いことなんて無いし。
 あんたは信じられそうだから言っておく。助けてもらっているし、ここにも無事に来られたし」

377 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:32:52 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「襲われたけどね」

ξ゚ー゚)ξ「それも含めて。傍から見ている分には結構楽しかったわよ?」

(;^ω^)「はは、そうですか。そりゃ良かった」

 話の区切りに、ブーンはコップを飲んだ。
 水が一気に半分なくなる。

 そこへ折良くフォックスが店の奥から出てきた。

爪'ー`)「待たせたね」

 抱えていたトレイから、小皿を選り分ける。
 それぞれには小さな焼き菓子が載っていた。

(・く(#ハリ「イチゴのタルトですか。よく材料が手に入りましたね」

爪'ー`)「まだまだ在庫はあるよ」

(グー゙ル「くれー、はやくくれー」

378 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:34:04 ID:DM6Pm.mI0
爪'ー`)「ツンと、君にもできているから」

 各人の前にタルトが配られ、カウンターの向かいに立ったフォックスは、続いて棚から瓶を捕りだした。
 手早くグラスを取り出して、人数分のそれらを混ぜ合わせる。
 カウンターの上に置かれたそれの匂いを嗅いではじめてピンとくる。ココナッツミルクだ。

爪'ー`)「君らも早くお酒を飲めるようになるといいな」

ξ゚⊿゚)ξ「そろそろいけるんじゃないですかね」

(グー゙ル「やってみましょうよ」

(・く(#ハリ「何の根拠も無いだろう」

( ^ω^)(僕、道中ちょくちょく飲んでたな)

 ココナッツミルクからは湯気が立ち上っており、温かさを感じさせた。

379 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:34:50 ID:DM6Pm.mI0
爪'ー`)「記憶がないんだって?」

 最後のグラスをブーンの前に置いた折にフォックスは尋ねた。
 ブーンは頷いた。

爪'ー`)「そうか。どこかの軍隊にでも所属していたような太刀筋だったが」

( ^ω^)「そうなんですか?」

爪'ー`)y‐「まあね、こうみえて元々は軍人だったから」

 口に煙草を含んだまま、フォックスはカウンター向こうの椅子に座った。
 横を向いて煙草を離し、煙の塊が宙を漂う。

爪'ー`)「ちょっと話してもいいかい? 長いかも知れないけれど」

( ^ω^)「いいですよ。聞いてみたいです」

爪'ー`)「ありがとう」

380 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:37:18 ID:DM6Pm.mI0
 そう言うと、フォックスは視線をやや上へと向けた。

爪'ー`)「軍といっても暇な仕事だった。戦いなんてつい最近までどこにもなかったからね。
 国境防衛が関の山。あとは趣味で剣術や格闘術を独学しながら、一日一日を気長に過ごしていた。
 暇ってのは、堕落への道だ。煙草の味もその頃に覚えた。聖職についた今でも、こればっかりはやめられない」

 煙草を揺らすと煙も揺れる。
 フォックスの気怠げな顔が煙の向こうで微笑んでいた。

爪'ー`)「戦いがなくても、小競り合いくらいはあった。運が悪い奴がそういうのに当たる。
 俺の弟も場末の遊び場でつまんない喧嘩をして、勝手に報復された。
 まずいことに相手は国軍のお偉いさん。表だっては問われなかったけど、俺はあっという間に居場所を無くしたよ」

 低めのゆったりしたトーンは煙の揺れと調和していた。
 薄暗いバーの灯りがその雰囲気を保っている。
 隣でグルーとハクリがタルトを頬張り始めていたが、ブーンとツンはグラス片手に聞き入っていた。

爪'ー`)「しばらく仕事を転々として、世間に嫌気が差して洗礼を受けた。
 剃髪、祈り、修行・・・・・・とにかく世の中を脱したくて、熱に浮かれたように真面目に取り組んだ。
 気がつけば司祭、その次は司教。それくらいになれば地域統括の教会に赴任される。そこでもまた随分真面目におつとめをした」

爪'ー`)「グルーやハクリ、ツンとも、その教会で出会ったんだ」

381 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:38:19 ID:DM6Pm.mI0
 煙草を持った手の甲がツンの方へと傾ぐ。
 グラスを口元に寄せていたツンは、首肯して、言葉を継いだ。

ξ゚⊿゚)ξ「本当にお世話になりました。二年ほどの間に、いろんなことを学べた気がします」

爪'ー`)「うん、まだ終わってないから過去形にするのはやめなさい」

ξ゚⊿゚)ξ「まだ終わりそうにないんですか」

爪'ー`)「教会本部からの通達が来ない限りはね。と、ブーンさんにもわかるように言ってやらなきゃ」

 改めて、フォックスがブーンに向き直る。

爪'ー`)「ブーンさん、今更だが、俺は人間の聖職者だ」

 自分を指差してフォックスは言う。それからツンを指差した。

382 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:39:17 ID:DM6Pm.mI0
爪'ー`)「ツンはウサギの魔人、奥の二人はイヌだ。
 共通点がいくつかあるが、重要なのは、全員杖無しには『ふしぎなちから』が使えない」

( ^ω^)「さっき、ツンからも聞きました」

爪'ー`)「本当に? 随分気前がいいじゃないか、ツン」

ξ゚⊿゚)ξ「ブーンは大丈夫です」

爪'ー`)「・・・・・・ふうん。まあいいや。どうして使えないかは、聞いたかい?」

( ^ω^)「いえ・・・・・・」

 フォックスの目がツンを一瞥する。
 ツンは頷いてから、グラスを置いた。ココナッツミルクにはまだあまり手はつけられていなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「例えば、呼吸をする。これは人間が活動するために必要なの。
 最近テーベの学者も発見していたけれど、人間は酸素を取り込んで、その助けを借りてエネルギーを作り出すのよ」

383 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:40:26 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「ほえー、詳しいね」

ξ゚⊿゚)ξ「世界のニュースとか読むと楽しいものなのよ。
 で、私たち魔人には、人間とは別のエネルギー源があるの。これを私たちは“オル”と呼んでいる。
 酸素と同じように、空気中にある。目には見えないエネルギーの基。普通の魔人はそれらを受容し、エネルギーへと変換する」

ξ-⊿-)ξ「そして、使う。これがふしぎなちからと呼ばれているあの現象よ。
 その作用は基本的に、“オル”への働きかけなのよ。物を動かしたり、力を付与したり。固めたり。
 人間は感知できないから不思議に見えているだけ。理論はあるわ。もっとも、複雑な力は魔人の学者に秘匿されてしまっているけれど」

ξ゚⊿゚)ξ「そんな力を与えられなかったのが、出来損ないの私たち」

 最後にトーンを落としたツンに変わって、今度はフォックスが話を継いだ。

爪'ー`)「力を使えない魔人は一定の割合で存在している。各国によって対処は違うだろうが、メティスでは彼らは全て教会の管理下に置かれる。
 教会から支給される円と十字の杖は“オル”を蓄える補助具だ。それがあるから君らも人の役に立て、ってね」

ξ゚⊿゚)ξ「司教は出来損ないって言わないよね」

爪'ー`)「言いたくないんだ。差別用語だから」

 口を突き出してフォックスが言う。口の端には微笑みが浮かんでいる。対するツンも気軽そうで、親しい間柄が察せられる。

384 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:41:36 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「お二人はどういう関係なんですか」

爪'ー`)「俺は司教、兼指導者。ツンは助手で、兼指導対象者」

 要するに、とフォックスの言葉が続く。

爪'ー`)「能力を使えない魔人にも、大きく分ければ二つのグループがある。自分の身分を弁えた奴と、教会に反発し続ける奴。
 ツンも長いこと反発を通してきたらしい。な?」

ξ゚⊿゚)ξ「・・・・・・ええ」

 これまた面白くなさそうにツンは頷いた。

爪'ー`)「それを教会が見つけて、俺のところへ送り込んできた。
 俺の経歴が変わっているからか、どうも教会は俺を指導者として評価しているみたいなんだ。
 だから俺の区域には所謂問題児が多い。俺のところで信仰を学び、改心したら送り返される」

( ^ω^)「送るって、どこへ?」

爪'ー`)「エウロパの森だよ。そこには、心の清らかな魔人の集まる村がある。
 問題児たちも、改心したらそこへと送られる。そのあとは知らないけど、人の役に立つ仕事に就くらしい」

385 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:42:34 ID:DM6Pm.mI0
 この国の北側に広がる、エウロパの森。
 その名前を耳にしたことはブーンにももちろんあった。
 彼の記憶が始まったとき、その北辺に広がっていた森のことだ。

( ^ω^)「・・・・・・・・・・・・」

 両肘をカウンターに置き、グラスを一口。
 甘い柔らかな香りが広がった。

( ^ω^)「ツンもいずれそこへ?」

 ツンは言葉ではなく、首を横に振ることで態度を示した。

ξ゚⊿゚)ξ「あたし、聖職が性に合っているみたいなの。助手の仕事もやめたくないし、まだ戻りたくない」

爪'ー`)「どの口がいってるんだか」

 せせら笑うフォックスの口元からぷかぷかと煙が漏れた。

386 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:43:35 ID:DM6Pm.mI0
爪'ー`)「君の場合は森に戻りたくないんだろう。あそこには自由なんてないんだから」

( ^ω^)「自由?」

爪'ー`)「そういう噂だよ。僕は人間だから、詳しくはしらないけれどね。魔人の方が知っているだろう」

ξ゚⊿゚)ξ「あいにく、細かいことは何にもしらないの。ずっと避けてたから」

 ツンが一段と冷え切った声で言った。
 エウロパの森の話題が出てから、ツンの態度が明らかによそよそしくなった。
 恨み言が募っている様子がありありと伝わってくる。

爪'ー`)「君の経緯はよく聞いている」

 やや時間を置いてから、フォックスが話し始めた。

387 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:44:42 ID:DM6Pm.mI0
爪'ー`)「かつて、メティスの東方にあったというコミューン“ジンユィ”。
 エウロパの森の魔人たちが立ち入ったのは、君が五歳のときだったか。
 その危難を脱すると、君は人間社会へと隠れた。当時健在だったラスティアで、運良く従者見習いとしての身分を得、住み込みで働いた。
 ラスティアがマルティアの所領となるとテーベへと流れ、やがてエウロパの森に帰還。更正のために俺のところへ来た」

爪'ー`)「酋長から聞いた君の経緯を聞くとね、目に浮かんでくるんだよ。
 魔人のしがらみから必死に逃れようとしていた、お前の姿が」

 あいかわらず、口の端には微笑みが浮かんでいる。
 しかしその視線は揺るがずツンを捉えていた。

 ツンはグラスを両手で握っている。
 残り少なくなったココナッツミルクを包み込むようにしておさえ、見つめていた。

ξ゚⊿゚)ξ「それを認めるわけにはいきません。
 余計なことはしたくありませんし、されたくもありません。
 だからどうか、黙っていてください」

爪'ー`)「・・・・・・ああ」

388 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:45:34 ID:DM6Pm.mI0
 小さな返答が聞こえてくると、ツンの手にこもっていたちからがいくらか緩んだようだった。

爪'ー`)「またそうやって強いことを言う。お前はいつだってそうだ。教会にきたときから、昔から」

ξ゚⊿゚)ξ「悪い?」

爪'ー`)「いいや別に。ただ、いつかは落ち着いてほしいけどね。指導者としてそれだけは望むよ。
 妥協っていう言葉もあるんだし、それは決して悪いことじゃない。使い処を間違えなければ」

 身を乗り出そうとしたツンの前に、フォックスが「さてと」と口を挟む。

爪'ー`)「疲れたろう。しばらくゆっくりしてくれ。ただし、今日は客人が来る予定だから、それまでだけど」

 フォックスはカウンター席から離れた。室内に流れる低い音楽に合わせて手を振りながら、グルーとハクリの許へ向かった。
 話し込んでいた二人の間に割って入るフォックス。冗談を飛ばしたらしく、笑いあっていた。

389 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:46:43 ID:DM6Pm.mI0
 薄暗い店内の雰囲気にも馴れて、ブーンは背もたれに寄りかかった。
 レザーの座椅子が軋む。それすらも趣がある。柔らかすぎず、固すぎず。

ξ#゚⊿゚)ξ「ふん、何が妥協よ」

 フォックスに聞こえない音量で、ツンが口を尖らせた。
 ブーンに話しているというよりは独り言に近い。

ξ#゚⊿゚)ξ「司教自身、妥協できないことがたんさんあったんでしょうに。
 転職しまくっていた時代に見つけたこのお店をこっそり維持していたのは何だっていうのよ。
 やりたいことを忘れられなかったから、人まで雇ってお店を存続させていたんでしょう。
 首都に来てサイレンに巻き込まれたからって嬉々として経営のまねごとなんかして。お客なんて私らくらいしかいないってのに」

 ココナッツミルクが一気にあおられ、空になったグラスがカウンターの脇に避けられる。
 続いてタルトに手を伸ばしながら、ツンはブーンを今一度見つめた。

ξ゚⊿゚)ξ「・・・・・・飲まないの?」

( ^ω^)「え? ああ、いや」

390 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:47:39 ID:DM6Pm.mI0
 ブーンのグラスにはまだココナッツミルクが残り、イチゴのタルトも手つかずだった。
 持ち手を握れば容易に揺れて、間接照明を乱反射する。歪みがなおるとブーンの顔が浮かびあがった。
 常に笑みが絶えない顔。

( ^ω^)「僕にはこの国の魔人についての知識なんて知らなかったから。
 教会が魔人を管理する。そんな仕組みも知らなかった。やがて送られる、森って場所についても」

ξ゚⊿゚)ξ「あたしたちも、何も知らないよ。ただそういうルールが不文律としてあるってだけ」

( ^ω^)「誰が決めたんだろう」

ξ゚⊿゚)ξ「さあ・・・・・・魔人のお偉いさんは、だいたい森にいるらしいけどね」

 そう続けると、ツンはカウンターに突っ伏した。
 手の力が抜けたかのように、腕を突っ張って大きく溜息をついた。

ξ゚⊿゚)ξ「ブーンさんは人間だから、面白くもないでしょう。こんな魔人の内輪話」

( ^ω^)「・・・・・・」

ξ゚⊿゚)ξ「あたしも人間になりたかった。ずっと、そう思っている。昔も、今も」

391 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:48:34 ID:DM6Pm.mI0
ξ゚⊿゚)ξ ・・・

ξ ⊿ )ξ「きっと森へいったら、もう後戻りできないのよ。あたしは魔人って、決まっちゃうの」

 垂れ落ちた獣の耳がカウンターへと垂れて広がる。
 ウサギのそれとはいえ、異形は異形。人との違いが現れている。

 ツンが受けてきた悲しみがひしひしとブーンに伝わってきた。
 差別意識なんてものは、社会がある限りついてまわる。いつの時代もきっと同じだったのだろう。
 300年前にやってきた魔人も、同じように迫害されたのだろう。

 更正施設としてフォックスのもとへ送られてくる魔人たち。
 国中から集められた問題児たちのうちにツンもいる。
 なぜなら自分が魔人であることを認めなかったから、と推測できた。

 フォックスとて骨を折っただろう。
 一筋縄でいく女の子とはとうてい思えない。

 嫌なものは嫌だと良い、良い物は良いという。
 ブーンが思い描いたツンの像は、まさしくそんな強い姿。

 だからこそ、今傍らで見せているような弱気な顔は珍しかった。
 今日会ったっばかりだというのに、そう感じるのも不思議なものだが。

392 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:49:35 ID:DM6Pm.mI0
 できれば彼女から、なるべく目を離したくない。
 記憶じゃない、ブーンの身体のどこかでそんな気が起きている。

ξ ⊿ )ξ「ねえ、ブーン」

 そのときだけ、ツンの雰囲気が変わっていた。
 深刻なことのように、声を低くして、絶対に誰にも聞こえないように。

 ツンは顔を手で覆っていた。
 片手でもその顔つきはわからない。目元だけ隠してしまえば、その本心は誰にも見えない。

 やがてツンは口を開いた。

ξ ⊿ )ξ「お願い、教えて。何のことだかわからなくてもいいから、答えて」

( ^ω^)「・・・・・・」

ξ ⊿ )ξ「あなた、本当に何も憶えていないの?」

393 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:51:00 ID:DM6Pm.mI0
 空気が薄くなった気が、ブーンに起きていた。
 どうしてそんな気がするのかはわからなかった。
 身体が心に先行して、張り詰めた空気を感じていた。

 ブーンは何も答えなかった。
 かろうじて、僅かに首を横に振る。

 ツンが溜息をつくのがわかった。
 息を止めていたらしい。

 謝ろう、とブーンは思い立ち、口を開こうとした矢先。
 ツンが「それじゃ」と言葉を挟んだ。



 頬を伝う涙が、

 指の隙間から垣間見えた。







ξ;⊿ )ξ「良かった。うまく・・・・・・いったのね」

394 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:51:57 ID:DM6Pm.mI0
 すぐにまた指に覆われてしまった。
 鼻を啜る音もなく、顔色だって変化はない。
 それでもブーンは彼女が泣いていることを確信した。

 どうしてかはわからない。
 が、ブーンの胸中にも冷たい感覚が広がる。
 それの名前は、おそらく嘆きだ。

 天啓があった。

 ツンは自分を知っている。
 理由などなくても、確信が湧いた。

( ^ω^)「それって」

 続けようとした言葉が、別の怒鳴りで遮られる。

(・く(#;ハリ「どういうことですか、それは」

395 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:53:08 ID:DM6Pm.mI0
 振り向けば、ハクリが身を乗り出してフォックスに詰寄っていた。
 グルーも青い顔をしている。穏やかな雰囲気ではない。

(ク;゙ー゙ル「奥に引きこもって何をしているのかと思えば、手紙を書いていたんだ・・・・・・」

(・く(#;ハリ「相談も無しにですか」

爪'ー`)「・・・・・・そうだな」

(・く(#;ハリ「俺らがどれだけあそこを嫌っているか、知らないわけじゃないでしょう」

 いきり立つハクリがカウンターを叩く。グラスが揺れ、零れそうになる。
 凄みを加えてフォックスを睨み付けていた。

爪'ー`)「仕方ないんだ。このバーだっていずれ国軍か義勇兵に立ち入られる。
 そうなったら君たち魔人が無事でいられる保証はない。無能力とはいえ、人にとって脅威となりうるのだから」

396 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:54:12 ID:DM6Pm.mI0
(・く(#;ハリ「そんなの、いくらだって耐えられる!
 森に連れて行かれるくらいなら、ここで一暴れした方がずっといい」

ξ゚⊿゚)ξ「ちょっと」

 突然ツンが割り込んで、その場の視線が彼女に集中する。
 気圧される風でもなくツンが続けた。

ξ゚⊿゚)ξ「司教、今の話は本当ですか。私たちが森に連れて行かれるって」

爪'ー`)「・・・・・・ああ。すでに話はつけてある」

ξ゚⊿゚)ξ「酋長が、ここに来るってことですか」

爪'ー`)「そうだ。この街に来ているという連絡だけ受け取っている」

397 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:55:00 ID:DM6Pm.mI0
ξ゚⊿゚)ξ「そう、ですか」

(・く(#;ハリ「だから勝手に連絡するなって」

(グー゙ル「落ち着いてよ、ハクリ。司教の言うことも一理あるよ」

 二人の魔人が騒ぎ立てるのを横目に、ツンが顔を俯かせている。
 顔は窺えず、見えているのは口元だけ。

ξ ⊿ )ξ「そう」

 何を思っているのだろう。
 落ち込んでいるようでもあり、怒っているようでもある。
 そしてとても不思議なことに、笑んでいるようにも見えた。

( ^ω^)「あの」

 今の表情の意味か、先ほどの問いかけの続きか。
 言おうとした言葉の続きは、ついぞ出てこなかった。

398 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:56:04 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^) !
ξ゚⊿゚)ξ !

 音。
 二人同時に顔を上げた。

 地面を揺るがすほどの大音量。
 話し声も遠ざかり、代わりに周期を帯びたうねりが蔓延る。
 高く、遠く。
 この世のものとも思えない、叫びのような音が届く。

 サイレン。

 その音を聞いた魔人は正気を失う。

(;^ω^)「ツン!?」

ξ;゚⊿゚)ξ「あたしはまだ何も起きてないわ」

399 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:57:02 ID:DM6Pm.mI0
(ク;゙ー゙ル「チッ」

 グルーが舌打ちをする。

(・く・;ハリ「今日はお前か」

(ク;゙ー゙ル「ああ、頼んだよー。“接着”!」

 余裕のない声を残して、グルーは杖を振りかざす。
 淡い緑の光が彼の身体を包み込むと、彼の手足が身体に貼り付いた。

(・く・ハリ「杖は引き剥がす」

 ハクリのナックルがグルーを衝いた。
 杖がくるくる宙を舞う。

 グルーは苦悶の表情を浮かべたまま佇み、やがて物同然に倒れた。
 板張りの床に石をぶつけたような重い音が響いた。

(・く・ハリ「牢へ連れて行きます」

爪'ー`)「手伝うよ」

400 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:58:00 ID:DM6Pm.mI0
 ハクリとフォックスに抱えられ、グルーは固まったまま奥の扉へと連れ込まれる。
 真っ暗闇の中に、灯りがいくつか見えていた。
 鉄格子が遠くにある。

 手慣れている。それがブーンの所感だった。
 サイレンが初めて鳴ったときから日が経っている。対策が講じられるのも道理だろう。
 とはいえ、つい先ほどまで歓談していた兄弟を瞬く間に処理する手腕には舌を巻きたくなる。

 サイレンはすでに止んでいた。
 火災が起きたのか、人的な警報がどこかで鳴っている。
 人の少ない地域だったために音は少ないが、市街の方は大騒ぎに違いない。

( ^ω^)「僕も戻らないといけないかもね。義勇兵にも招集が掛かるよ」

ξ゚⊿゚)ξ「そうね。急いだ方がいいかも」

401 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:58:38 ID:DM6Pm.mI0
爪'ー`)「待ってくれ」

 奥から戻ってきたフォックスが、ブーンを見据えた。

爪'ー`)「酋長が君に会いたがっている」

 フォックスが言い、ツンが息をのんだ。
 憤りが感じられる。

 それが何を意味するのか、ブーンにはまだわからなかった。

 店の薄いガラスに、雨粒のあたるのが聞こえてきた。
 曇り空は雨雲へと変わっていたらしい。

 冷たい雨がしとしとと、首都を包み込み始めていた。



     ☆     ☆     ☆

402 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:59:40 ID:DM6Pm.mI0
(8)rain dear





ED Romance de Amor(愛のロマンス/映画『禁じられた遊び』より)
https://www.youtube.com/watch?v=Xw4CJDknHSY





.

403 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/09(月) 00:00:33 ID:akbUVHvM0
 この日、サイレンの音は荒廃した首都に容赦なく響き渡った。
 発症した魔人は数知れず。住まいを自ら破壊して、崩れた暖房器具から火の手が昇り、黒煙を上げた。

 それは、ニュッ君がいたあの新居でも同じだった。

( ^ν^)「・・・・・・ってえ」

 頭をおさえる。掌には血が滲んだ。
 落ちてきた家具に当たったらしい。大怪我ではないが、軽い眩暈が生じた。

 しかし、それはどうでもいいことだ。
 それ以上の衝撃が、目の前に広がっているのだから。

( ^ν^)「・・・・・・」

 記憶の中にあった、その音は、今はっきりとニュッ君の耳に思いおこされた。
 スズラン畑で聞いた、獣の低い唸り声。

404 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/09(月) 00:02:42 ID:akbUVHvM0
 その話をしていた途端、サイレンが鳴るのだから、偶然にしてはできすぎている。
 口は災いの元。
 そんな言葉が頭に浮かんで、口の端が奇妙に歪んだ。

 火が起きている。
 元々ストーブの焚かれていた場所だ。

 煙はニュッ君の周りを漂っていた。
 目の前の光景も、それによって際立たされている。

 覆い隠してくれたら、いっそどんなに良かっただろうか。


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