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仮投下スレ

197 ◆shCEdpbZWw:2013/03/11(月) 10:52:31 ID:Y9OHWRk60
――夢を見た。



随分と昔のことのように思えた。
なにせ、俺が道を行けばその不吉な体に罵詈雑言を浴びせられていた頃だ。
罵詈雑言だけならまだよかった、ガキどもが悪魔退治ごっこでもしているかのように石を投げつける時だってあった。

俺の身体は生まれつきこんな真っ黒なものだった。
まだガキだった頃は、どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけないのかが分からなかったな。
俺は成長するにつれて、俺をこんな目に遭わせた人間どもを、俺をこんな体に生んだ親を、境遇を呪ったりもした。
だが、呪っていたところで状況はまるで変わりゃしなかった。
矛先を向ける先を見失った俺は、次第に何もかもがどうでもよく思えるようになった。

俺の一生は、生きとし生けるもの全てに疎まれ、憎まれ、蔑まれ……そう定められているのだと、諦めた。
孤独なその環境こそが俺にとっての楽園であり、その方が気楽なんだ、そう思っていた。
自分以外の誰かのことを思いやることなんて、面倒で仕方が無かったし、考えたことさえなかったかもしれない。



夢の中で一本の手が差し伸べられた。
この手は……忘れるものか。
街の片隅で傷ついていた俺を抱き寄せようとする、その男の腕を。
俺に石を投げつけた奴らと比べると、妙に頭身が大きなその男の腕を。

アイツは売れない絵描きだった。
誰にも相手にされず、それでもなお自分の描きたいものを一心に描き続けた男だ。
僕らは似た者同士だな、そんなことも言っていたっけな。

冗談じゃなかった。
アイツの境遇がどうだか知った事じゃないが、俺の楽園にずかずかと足を踏み入れてきた侵略者、最初はそう思っていた。
だから、俺を抱きかかえようとするをアイツの腕の中で暴れ、その手を跳ね除け、爪を立てたりもした。
今にして思えば、アイツの商売道具に傷をつけたわけなんだよな……ちょっと悪いことしたな、と思う。

そんな俺の抵抗などお構いなしに、アイツは何度も何度も俺の前に現れては懲りずにその手を差し伸べて来た。
いったい何を考えていやがる、ってのが率直な印象だった。
俺の皮でも剥いで三味線でも作る気か、あるいは保健所から送り込まれた刺客なのか。
はたまた魔除けのグッズにでもして商標登録でも取るつもりか、そういう穿った見方しか出来なかった。

最後はもう根負けだったのかもしれない。
俺を抱き寄せて頬ずりしてくるアイツのことを正直キモいとは思いながらも、観念したんだ。
もう煮るなり焼くなり好きにしてくれ、って感じだった。
優しさだとか温もりだとか、そんなものの存在を信じられなかった俺が、初めてそれらを身に受けた瞬間だった。



人々が忌み嫌う俺の黒い毛並みを、アイツはこよなく愛してくれた。
「ホーリーナイト」なんて大層な名前まで俺によこしてくれた。
意味はなんだと聞いたら「黒き幸」だってよ、不吉だと蔑まれた俺に随分と皮肉めいた名前じゃないか、気に入ったぜ。

アイツは俺のことを何度も何度もキャンバスに描き続けた。
それ自体は悪い気分じゃなかったが、元々大して売れてもいないアイツの絵はますます世間に相手にされなくなっていった。
その日暮らしという言葉がまさにピッタリだったが、まぁそんなことは俺にとっちゃ慣れっこだったんだけどな。
でも、ただでさえデカい図体のアイツの身体は見るも無残にやせ細っていった。
食っていくためには別の絵を描くことだって出来たはずだった……が、アイツはそれをしなかった。

アイツが今わの際に俺に託してくれたことがある。
故郷でアイツの帰りを待つ恋人に手紙を届けてくれないか、と。
冷たくなって、二度とその目を開けなくなったのを看取ってから、俺は飛び出したんだ。



そして――





 *      *      *




「アピャーッ!?」

腹を貫くような激しい痛みに襲われて俺は飛び起きた。
また痛みで意識が飛んでしまいそうになるのを何とかこらえる。

「ぐっ……俺は……いったい……?」

首を動かすのも億劫な状態だったが、今の状況を確認しなきゃならない。
視界に入ったのはメガネをかけたオッサンと、その後ろでなんだか所在なさげにボンヤリとしている猫だった。


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