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カグノコノミの咲く頃(相棒×名探偵コナン)

105カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/02(火) 20:30:58 ID:6TEq2cus

「この件に就いて、検察で深く静かに蔓延している言葉だ。
「知る必要のない事、ですか」

「公安警察の情報収集は、
検察が知るべきではない裏の作業で成り立っている部分が少なからず存在する。
まして、今回は一刻を争う事態だ、手段を選んでいる余裕はない。
そう言われると、検察としても公安警察への口出しは難しくなる。
まして、その検察から報告を受ける法務省としては隔靴掻痒そのものだな」

法務省の事務方トップたる事務次官は自嘲的に笑うが、
この日下部彌彦事務次官がそんなタマではない事は
冠城も身に染みて知っている事だった。

「知らない方がいいですよ、
聞いていない事にしてこちらに任せて下さいと、
そういう事ですか」

「そういう事だ。警察と検察。
検察の中でも公安検察と検事総長からのライン、そして検察と法務省。
それぞれの関係の中で、
知るべき事、知る必要のない事、知らない振りをする事、本当に知らない事が
何層にも複雑に入り組む。丸で白菜の皮むきだ」

そう言って、日下部彌彦事務次官は肉にナイフを入れ、
赤い断面を露わにする。

106カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/02(火) 20:32:24 ID:6TEq2cus

「で、今の所、その検察のごそごそした動きは上手くいってるんですか?」
「どうも、バランスが良くないな」

返答と共に、日下部彌彦事務次官は
ぷすりと野菜の一つをフォークで貫く。

「火中の栗に手を出したら火傷する。
そうやってそれとなく予防線が張られている様だな」
「それで、焼き栗の在処は?」

「地検の公安部。先んじて公安警察と協議を進めているが、
高検、最高検、恐らくは検事正次席検事もその内容を把握しきれてはいない。
裏帳場には共有している様だが、それも全てかはかなり怪しい」

「公調(法務省公安調査庁)は?」
「Sや機関紙の情報を押っ取り刀で引っ繰り返してる。
これがテロなら又ぞろリストラの議論になるだろうな。
まあ、流石にミイラ取りがミイラになってると言う事はないだろうが」
「まして、赤煉瓦のお役人が立ち入る事じゃない、ですか」

「これは、警察官のお前の方が専門かも知れんが………」
「ペーペーの巡査、それもお手伝い専門の窓際ですよ」

107カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/02(火) 20:33:45 ID:6TEq2cus

「事件と言うのは本質的に人間が起こす、
言わば事件は生き物の筈だ。
確かに公安には事前予測が求められるが、
今回の事件は実際に発生している。
それも、他でもない公安部の警察官が何人も殉職する事件がだ。
そして、別件で被疑者が挙げられている。
その様な事件で、東京地検の公安部がここまで踏み込んで、
ここまで迅速に情報を押さえる必要とは何だ?」

「何かを隠蔽した、或いは」
「或いは?」
「自分達で何かを作った、作ろうとしている」
「それに東京地検が関わっている、
少なくとも事情を把握して情報を押さえている、と言うのか?」
「まずくないですか?」

そう言って冠城が向けた乾いた笑いは、
事務次官からの眼差しに直ちに引きつり凍り付く。

108カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/02(火) 20:35:08 ID:6TEq2cus

日下部彌彦事務次官は
国家公務員出身のキャリア官僚であり、検事出身ではない。
この事は、法務省に於いては決定的な意味を持っている。

不慮の事態で適任者に年齢的な空白が出来たと言うのが表向きの理由だが、
局長以上を検事出身者が占めている法務省で格下扱いのキャリア官僚である
日下部彌彦が事務次官に就任したのは異常事態そのものの異例の抜擢。
彼には、その幸運を掴むだけの実力があると、
半ば彼のお庭番だった元法務省職員冠城亘はその事を熟知している。

スタートから司法修習所出身で法務・検察を完全に支配する検察人脈の中、
冠城の様な曲者を独自に使いこなし、検察内部にも独自の人脈を広げて
本来四面楚歌の立場の中でも互角以上に渡り合っている曲者、強者。

異常事態から生まれたこの「異物」は、
新たな異常事態に於いては「彼・女ら」にとって
決定的な不幸を呼び込むかも知れない。
冠城は自分がそこに巻き込まれるであろう事を確実に予感していた。

「国会は何か突っ込まれても捜査中と答えておけば済む」

そう言いながら事務次官は前を向き、ワインを呷る。

109カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/02(火) 20:37:49 ID:6TEq2cus

「内閣、官邸ですか」

「言う迄もなく、事態は外交に直結している、
防衛省も情報収集に動き出している。
官邸筋からは情報提供の矢の催促だ」
「法務省は情報を出したくても無い袖は振れない。
官邸はむしろ公安警察でしょうね」

「ああ、官邸のインテリジェンスは従来から公安警察が主導している。
だが、最近、公安警察出身の内閣情報調査室の担当官と
そのカウンターパートだった公安警察の中から
持病の悪化による退職が相次いで少々ぎくしゃくしているらしい」

「とは言え、今の官邸だと餅は餅屋、司司で黙ってお任せ、
って具合にはいきませんか」

「サミットだ、どうしても官邸が出て来る。
形の上では、内閣に対する窓口は法務省、
法務省が検察を管理している事になっている。
ここから先、何かあった時に検察が知っていました、となれば」

「火の粉が飛ぶのは法務省、
事件の規模から言って大臣が危ない、ですか。
まして、東京地検自身の動きが不穏となると、
あそこは法務省、最高検から見ても時々やらかす。
検察自体の問題を知らない間に掴まれたら目も当てられない」

110カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/02(火) 20:40:42 ID:6TEq2cus

「内側も外側も、だ」

冠城の言葉に、日下部彌彦事務次官が続けた。

「毛利小五郎の妻の事は知っているか?」

「本名毛利英理、通称妃英理。
刑事弁護のやり手として
驚異的な実績を上げている法曹界の女王。ですね。
ええ、こんな身内がいる相手を逮捕した日には、
正式な手続きである以上、裏で何か企んだとしても
容易な事でごまかされはしない」

「しかも、鈴木財閥が動き出してる」
「家族ぐるみの付き合いと聞いています」

「動いているのは鈴木の道楽隠居だ。
表向きは毛利家に任せると静観している事になっているが、
元検事総長や与野党の重鎮、警察キャリアのトップ経験者から
影の実力者だった人脈にまで極秘裏に接触している」

「アグレッシブな爺さんって聞いてますからねぇ」

「あの道楽者が本気になれば、県警の一つや二つ簡単に引っ繰り返る。
起訴とでも言う事になれば、本気で動き出すだろう。
まして、警察自体が毛利小五郎との関係を抱えている」

111カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/02(火) 20:42:13 ID:6TEq2cus

「ええ、毛利小五郎は捜査一課出身で、一課とは今でも繋がっています」

「<眠りの小五郎>、素人でも知ってるニックネームだな。
捜査一課、そっちの刑事部はどう見てる」

「正直、大混乱ですね。表向きは粛々と仕事を進めている事になっていますが、
毛利小五郎がテロリストと言う事になれば
最低でも刑事部レベルの責任問題になる。
だから、刑事部の横槍が入る前に
公安が強引に身柄を取って既成事実を作った。そう見られています」

「捜査一課の有力な協力者と言う事になれば、
事は地検の刑事部、公判部にも波及して来る」
「地検の刑事部はどう見てるんですか?」

「今の所、毛利小五郎の件は公式には上がって来ていない。
あくまで警視庁と地検の公安部が内々で協議している、
地検内部でも公安が主任を立てると、内々に担当分けが為された段階だ。
刑事部長、公判部長は今すぐにでも
過去の毛利小五郎案件の精査を指示したい所だが、
次席、検事正マターで一時停止されていると言う話もある」

「起訴、公判の根拠とした証拠を大量殺人テロリストが提供していた、
なんて事になったら地検としても対岸の火事では済みませんからね。
それでも、地検の内部でこれだけの規模で
公安部主導で情報を抑え込んでいる
………黒蜥蜴の長い舌、ですか」

112カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/02(火) 20:44:09 ID:6TEq2cus

「ポストから言っても関わっている事は間違いないが、
およそ、その通りだろうな。
地検公安部主導の情報統制が、
他から出て来ていると言う事はまずないだろう」

そう言って、日下部彌彦事務次官はぐっとワインを空ける。

「益々以てリスクコントロールが必要な案件、ですか。
毛利小五郎がテロリストと言う事になれば、
彼が提供した証拠、それを使った立件を受けて来た
地検側の対応も見直す必要が出て来ると。
帳場の刑事部側のメインは捜査一課の三係、
毛利小五郎に直結してる目暮班長の仕切りです。
中でも佐藤主任はこっちの刑事部でも名うての切れ者。
今回の公安のやり口はどう見たってきな臭い。
ハムの側に隙があれば確実に反撃がありますよ」

「………本当に知らない事には対処が出来ない」

そう言って、日下部彌彦事務次官は冠城の目を見据える。

113カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/02(火) 20:46:46 ID:6TEq2cus

「お前達の事を許した訳ではない。
だが、優先順位を誤る程愚かでもない。
結局の所、本当に強いのは真実だ。
関わる人間が多くなればなる程にな」

「何かあったとしたら、とても内々で片付く規模じゃない。
だから何か分かったら報せろ、と言う事ですか」

「杉下右京の正義とは何か? 一度じっくり聞いてみたい所だ。
だが、今回は既に何人もの死者が出ている刑事事件だ。
正義と利害は相違しない筈だ。
ここでそれを見誤る様ならば、どの道先は無い。
まして、既に杉下右京が動いているケースであるならば、だ。
それならば、互いにとって最善の結果を出せる筈だな」

「そうですね」

それは、冠城の本心だった。
キャリア官僚法務事務次官日下部彌彦には志がある。
そのために、強かな実力で一欠片の幸運を掴み取り異例の地位に上り詰めた。
そういう男だからこそ、冠城も手駒である事を楽しむ事が出来た。
実利的にも、この異常事態に杉下右京が噛んでいる。
その現実的な意味を見誤る日下部彌彦ではない。
その意味を体現している冠城亘の前で。

==============================

今回はここまでです>>92-1000
続きは折を見て。

114カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/05(金) 03:12:24 ID:eWoJps2w
それでは今回の投下、入ります。

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>>113

ーーーーーーーー

同じ日の、もう少し前の時間の話。

「毛利小五郎?」

総理官邸の一室で、官房副長官の一人が聞き返した。

「それは、いわゆる<眠りの小五郎>の事かね?」
「その通りです」

副長官の問いに答えたのは、甲斐峯秋警視監だった。

「事件と毛利小五郎を結び付ける物証が出ました。
そのため、警視庁公安部は毛利小五郎を
ひとまず公務執行妨害容疑で逮捕し捜査を継続しています」
「確かに、その話はつい先程届いた所ですな」

言ったのは、警察庁出身の官房副長官だった。
現在警察庁の長官官房付に属する甲斐峯秋とは、
公安警察に関わる部署で仕事を共にした事もある。
着席した甲斐峯秋の対面には、内閣官房長官を中心に複数の副長官と、
総理秘書官の内の一人が着席している。

115カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/05(金) 03:13:54 ID:eWoJps2w

「それは、つまり、毛利小五郎が今回の爆破テロの容疑者である、
そういう事なのか?」

「現時点ではあらゆる可能性を視野に入れて捜査を進めている、
としか申し上げられません」
「それでは話にならないだろう」

言ったのは、この中では在任後が最も短い副長官だった。

「我々が、肩書らしい肩書も無い
一介のキャリア官僚にこうして時間を割いていると言うのに」

その言葉の主に、
政府陣営からは哀れみとも蔑みともとれる眼差しが送られる。
その通り、肩書でナメてかかっていい相手ならば、
そもそもこうして雁首揃えている筈が無い。

「事は、極めて微妙な橋の上を渡っています」
「その様な事は分かっているよ」

新任の副長官は尚も続ける。

116カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/05(金) 03:15:09 ID:eWoJps2w

「サミットだからな。サミット会場が
物の見事に爆発して何人もの警察官が死傷した。
それだけでも総理の顔には甚だしく泥が塗られている。
国際問題、国辱だよ。
これは警察の落ち度ではないのかね?」

「いや、そう言われると一言もありませんな」

気弱気に笑みを漏らす老紳士と、
その成果に肩をそびやかす政界基準に於ける若手の代議士。
その有様を、テーブルの片側の政府陣営の大半は心の中で鼻で笑う、
この馬鹿が、と。

「とにかく、君の様な無役の………」
「甲斐警視監」

口を挟んだのは、官房長官だった。

「その状況に於いて、政府に何を求める?」
「官房長官への最優先の情報は………」

甲斐峯秋は、事務担当官房副長官の名前を出す。

「………を通じて、逐一お報せ致します」
「承りました」

名を出された副長官が頷く。

117カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/05(金) 03:16:39 ID:eWoJps2w

「毛利小五郎と言うのは、かなり奇妙な人物です。
無論、警察としては目を付けた以上全てを洗い直しますが、
ですからこの捜査、この先どう伸びるか現時点では測り切れない」
「だから下手に突けば逃げられる、ですか」

そう言った総理秘書官は、警察出身だけに理解が早かった。

「ですから、当面の毛利小五郎の捜査に就いては
警察は可能な限り極秘裏に動きます。
情報を完全に封じる、と言う事は当然不可能な事」

甲斐峯秋の言葉に、官房長官は小さく頷いた。

「ですから、警察、検察が行っている事に対して、
可能な限り最大限の時間稼ぎを願いたい。
内閣、政権との連絡は今申し上げた通りのラインで、
表に出るのであれば、
せめて事前の確実にすり合わせを願いたい」

「待て、これだけの事件でその様な………」
「サミットですから」

言いかけた新任の副長官の前で、甲斐峯秋は爽やかな微笑と共に告げた。

118カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/05(金) 03:27:56 ID:eWoJps2w

「既に、これだけの被害が出ています。
全てを確実に把握し、封じ込めない限り、
最後の一欠片がサミット急所を直撃する様な事があれば、
その事により生ずる被害は計り知れない。
僅かな水漏れから破綻しかねないのがこの手の捜査の繊細な所でして。
ですので、どうか政府としての協力をお願いしたい」

「分かった、協力は惜しまない」

頭を下げる甲斐峯秋に、官房長官が言った。
警察庁次長と言う肩書を失いながら、
却って力押し抜きでぬるぬると地固めをする曲者。
それが、この女を伴ってここに現れた。
そんなものを肩書だけで見る盆暗がこの地位にいたならば、
政治生命も国家生命も幾つあっても足りやしない。

119カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/05(金) 03:29:18 ID:eWoJps2w

ーーーーーーーー

「これで、少しは押さえが利きますかね?」

政府陣営が退出した後、
口を開いたのは甲斐峯秋の隣に着席した一人の女性だった。
ダークスーツに長い黒髪、一見すると峰秋の秘書にも見える一人の女性。

「余り、買い被ってもらっても困るよ。
今は無役の一官僚だからね」

峯秋が、如何にもと言う疲れた口調で言う。

「只、君が同席して私が要請する。流石にその意味は通じたと思いたいね」

峯秋の言葉に、女は頭を垂れる。

120カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/05(金) 03:30:12 ID:eWoJps2w

「とにかく、今は少しでも騒ぎを抑えておきたいですから」
「だが、土台無理な話、精々が時間稼ぎだ」

「ええ、時間稼ぎだけでも。今は、その時間が貴重です。
そのために、甲斐警視監にご足労頂き、私の様な若輩に同行頂いたのですから」
「君とは幾度か関わる事があったが、今回は又、一段と無茶をする。
いや、無茶はこちら、警察の側の無茶の帳尻を君に回していると言う事か」

「我々も、公安ですから」

女の不敵な笑みに、甲斐峯秋はふうっと嘆息する。

「ところで………」

甲斐峯秋は、改めて問い返す。

「政府筋への根回しは確かに重要だが、
わざわざ窓際の官房付を担ぎ出したのはそれだけが理由かね?」

121カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/05(金) 03:33:13 ID:eWoJps2w

「官房長官と対峙しての根回しで十分ではない、
と言う程の贅沢な身分ではありません。
只、甲斐警視監に最近部下が増えた、と言う話には
少々興味がありますが」

「確かに、税金で禄を食む者、
窓際で悠々自適、とはなかなかいかないらしい」

「あなたの掌(たなごころ)に収まりますか?」
「ん? 君の情報収集能力と言うものを
根本から考え直す必要があるのかね?」

すっ、と、笑みの消えた口調の問いに、
甲斐峯秋は柔らかく答える。

「失礼しました。お陰様で、少しばかりでも時間が稼げそうです」
「この身で役に立てて何よりだ」
「これから、小菅で一仕事です。ご一緒しますか?」
「いや、我々が一緒に出ては目立つだろう」
「そうですね」

二人は立ち上がる。
東京地方検察庁公安部岩井紗世子統括検事が一礼してドアに向かい、
警察庁警視監甲斐峯秋はそれを見送った。

122カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/05(金) 03:36:35 ID:eWoJps2w

ーーーーーーーー

それから程なく、
甲斐峯秋の姿は一軒の小料理屋の座敷にあった。

「おお、来たか」
「どうも」

座敷には既に先客。
恰幅のいいスーツ姿の老人の前に峯秋は着座し、
運ばれて来た切子でまずは冷酒を一献。

「済まなんだな、忙しい所を」
「いや、隠居同然の窓際ですよ」
「余り儂を見くびるなよ」

名物の洗いを酢味噌で食らい、
形ばかりの詫び言の後で甲斐峯秋をぎょろりとねめ付けたのは、
「鈴木財閥」と俗称される企業グループの創業一族で
中核企業の相談役を務める、鈴木次郎吉翁だった。

「表向きの役職は退いても、隠然たる影響力を持って
警察トップから政府筋への相談役である事ぐらい、
とうに耳に入っておるわい」

「それはそれは、一線を退いた年寄りは茶飲み話が関の山ですよ」

123カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/05(金) 03:37:52 ID:eWoJps2w

豪快な次郎吉に、峯秋はあくまで柔らかく応じる。
その間に鯉こくが届き、次郎吉は王政な食欲を誇示する。
近郊の山中に建つ隠れ家の様な店、
障子を隔てて、さらさらと清水が流れる庭の向こうに夜の林が広がる。

「向日葵店、見に来て貰ったの」
「ええ、お陰様で素晴らしい絵を見させてもらいました」
「うむ、あの時は例の事情で、
観覧者として特に身元の確かな者を厳選したからの」
「あの時、警備陣の一人に毛利小五郎がおった」

その言葉と共に、次郎吉と峯秋の視線が衝突する。

「幾度も警備を依頼して、あ奴の気性も性根もよう分かっておる」

「こちらとしては、余りその、
幾度も特別な警備が必要になる様な事を
道楽でやってもらうのは余り好ましい事ではないのですけどね。
文化財保護の観点からも」

「あー、分かっておるわい」

峯秋がやんわりと窘め次郎吉がうるさそうに手を払うが、
そこには予定調和のバランスも見え隠れしている。

124カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/05(金) 03:46:36 ID:eWoJps2w

「あれはな、彼奴には幾度も出し抜かれはしても、
芯の通ったなかなかにいい男ぞ。
間違っても、理不尽な殺戮に手を染める様な男ではないわ」

「貴重なご意見、承ります」
「もう一度言う、儂を見くびるな」

ずん、と、小鉢の輪切りを箸で一突きにして次郎吉が峯秋を見据えた。

「あれは、儂が見込んだ漢ぞ」

そう言って、次郎吉は輪切りを逞しく咀嚼する。

「如何にも儂は道楽者ぞ、真面目な仕事は史郎らに任せて、
この血潮の赴くまま、財と労力を注ぎ込んで来た。
故にこそ、これは我が名に懸けての戦さ、
それを任せる者は、儂の眼鏡に適った者達ぞ」

トン、と、次郎吉の指により、
中身の干された切子の猪口が卓に戻される。

「吐いた言葉を飲み込むつもりは無いぞ、甲斐峯秋よ。
そう口に出した以上、もし、あ奴の首を取ると言うのならば、
それはこの儂との戦さになると心得い」

次郎吉の口上を聞きながら、
甲斐峯秋の指が、空の猪口をトッと卓に戻す。

125カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/05(金) 03:50:49 ID:eWoJps2w

「あなたが信義を背負う様に、私にも背負うものがあります」
「ほう」

「この一介の小役人で不足無しと言うのでしたら、
その時は奉職以来私が守り続けて来たものに懸けて、
受けて立ちましょう」

少々冷酒が回った様にも見えるその言葉に、
次郎吉の返答は裏の無い豪傑笑いだった。

「おおう、あ奴を縛ると言うのであれば、
それぐらいでなくては困る。覚悟はある、と言うんじゃな」
「覚悟無しに人の手は縛れない」

「良かろう。又、オークションで会おうぞ。
ちまちまと、見事な目利きを見せてもらおう」
「小役人には到底手の届かないあなたの買いっぷり、
楽しませてもらいますよ」

126カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/05(金) 03:52:25 ID:eWoJps2w

==============================

今回はここまでです>>114-1000
続きは折を見て。

127以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/05(金) 12:59:08 ID:7j29Bay6
続き気になります

128カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/05(金) 19:43:11 ID:eWoJps2w
感想どうもです。

すいません、差し替えがあります。
正直細かい事なので、脳内補完可でしたらそのまま流して下さい。

>>119
該当箇所を以下に差し替え

ダークスーツに長い黒髪、一見すると峯秋の秘書にも見える一人の女性。

129カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/05(金) 19:44:26 ID:eWoJps2w
以下、>>123差し替え
==============================

豪快な次郎吉に、峯秋はあくまで柔らかく応じる。
その間に鯉こくが届き、次郎吉は旺盛な食欲を誇示する。
近郊の山中に建つ隠れ家の様な店、
障子を隔てて、さらさらと清水が流れる庭の向こうに夜の林が広がる。

「向日葵店、見に来て貰ったの」
「ええ、お陰様で素晴らしい絵を見させてもらいました」

「うむ、あの時は例の事情で、
観覧者として特に身元の確かな者を厳選したからの」
あの時、警備陣の一人に毛利小五郎がおった」

その言葉と共に、次郎吉と峯秋の視線が衝突する。

「幾度も警備を依頼して、あ奴の気性も性根もよう分かっておる」

「こちらとしては、余りその、
幾度も特別な警備が必要になる様な事を
道楽でやってもらうのは余り好ましい事ではないのですけどね。
文化財保護の観点からも」

「あー、分かっておるわい」

峯秋がやんわりと窘め次郎吉がうるさそうに手を払うが、
そこには予定調和のバランスも見え隠れしている。
==============================
差し替え以上

130カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/05(金) 19:45:06 ID:eWoJps2w
まことに失礼しました
今回はここまでです。続きは折を見て。

131カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/05(金) 19:50:27 ID:eWoJps2w
訂正追加
>>123

×「向日葵店、見に来て貰ったの」

○「向日葵展、見に来て貰ったの」
==============================

今度こそ以上です
すいませんでした

132カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/06(土) 03:47:21 ID:HvCzcsgU
それでは今回の投下、入ります。

==============================

>>126
>>131

ーーーーーーーー

東京地検公安部統括検事岩井紗世子は、
東京拘置所の廊下で、
元上司との面会を終えた一人の女性とすれ違う。

「内諾は得られました。当面は聞かれても未確認と言う事で、
後の事は甲斐さんと打ち合わせて下さい。
そちらに迷惑はかけません」

用件を伝えて背後に視線を走らせた岩井は、
見事な黒髪の後ろ姿を目の端にとらえる。
その黒髪の頭の中で、「無茶な事を」と毒づいているのは考える迄もない事だ。
相手は少し前まで海外防諜に関わっていた警察庁のキャリア官僚であり、
その際に、関連する事件を処理した岩井とも面識があった。

133カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/06(土) 03:49:45 ID:HvCzcsgU

ーーーーーーーー

元上司との夕食を終えた冠城亘の姿は、東京都内米花町にあった。

(ビンゴ、かよ………)

そして、心の中で思わず呟く。

半ば気まぐれで、地図上の幾つかのポイントを繋げて
線上の生活道路を歩いていたのだが、
そんな冠城の前方を、一人の少女が横切ろうとしていた。
年齢は17歳前後、前頭部が尖る様に跳ねている黒髪のロングヘアで、
一見した所不良、と言うタイプではない。
何より、オーラの沈み方が少々まずいと言うのは、
下調べによる先入観だけではないだろうと冠城は把握する。

「何? 一人?」

そして、そんな少女に、同年代の野郎が何人か、
頭の悪そうな絡みを始めている。

「ねーねー、無視しないでよー」

俯いたまま前進する少女の前に、
悪ガキの一人が回り込む。

134カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/06(土) 03:51:43 ID:HvCzcsgU

「どけて………」
「いいじゃん、ちょっとお話しようって」
「あー、その辺にしとけって」

一つ嘆息して、冠城が声を掛ける。

「んだよ、おっさん」
「だからさー、やめとけって」
「っせぇんだよオヤジ」

気さくに声を掛ける冠城に、
悪ガキが幼稚な言葉のトゲを向ける。

「どいてろって、怪我すんぞ」

ドン、と、冠城が掌で胸を押され、哄笑が起こる。

「いい加減にして」

聞こえた低い声に、冠城が反応する。

「こんなおっさんほっといて行こうよねー………」

ぱしっ、と、少女が掴みかかって来た手を振り払う。
その時の少女の目を察した冠城は、ざっと割って入った。

135カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/06(土) 03:52:52 ID:HvCzcsgU

「はいはーい、そこまで」

冠城が広げたものを見て、悪ガキどもが一歩下がる。

「引っ返して書類作りとかめんどいんだけどさぁ、
これ以上やるってんなら、
全員公務執行妨害の現行犯。そっちのお嬢さんもだ」

途中からしん、と冷えた口調に
悪ガキ共は悪態をついて立ち去り、少女も小さく頷いた。

「って事だ。まだ手出してないから検挙はしないけど」
「父の事ですか?」

虚ろな視線を向けられ、冠城は心の中で嘆息する。

「いや、耳には入ってるけど俺、
今んトコ捜査の担当じゃないんで。ホントの通りすがり」
「そうですか」

冠城の返答に、毛利蘭は無気力に前を向く。
冠城も、関わると決めた以上一応の下調べはしている。
まして、毛利小五郎はその妻共々相応の有名人、
娘の事を把握するのは難しい事ではなかった。

136カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/06(土) 03:53:58 ID:HvCzcsgU

「今、君が警察をどう思っているかは分からないが、
一人のお巡りさんとして明るい所まで送らせてもらう」

冠城の言葉に、蘭は小さく頷く。
ほんの僅か、心を開いた様に見えるのは自惚れか。
と、冠城は自制するが、一方で、
毛利小五郎の娘である毛利蘭も本来警察官には親しんでいた筈であり、
今の段階では根っから嫌いではないのかも知れない、とも考える。
無言で生活道路を歩き、表通りに出る。

「………どうして………」

冠城は、その呟きに視線を向けるよりも早く、
叫び声に視線を送った。

「蘭!」

視線の先から、眼鏡の似合う知的美人が駆け寄って来ていた。
こちらの美人の事も、冠城は知っている。
かつての法務省職員、異色事務次官のお庭番として、
駆け寄って来るコンサバ美女の事はこの事件以前から把握していた。

137カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/06(土) 03:55:03 ID:HvCzcsgU

「ちょっとコンビニに行くって言ったまま帰って来ないから」
「ごめん、売れ切れてたからちょっと遠く迄」
「………あなたは?」

訝し気に視線を向ける妃英理、
本名毛利英理に、冠城は警察手帳を見せる。

「警視庁、特命係?」
「まあ、お手伝い専門の遊軍部署です。
ちょっと帰り道にお嬢さんを見かけたもので、
補導じゃないですけど職務質問がてら表通りまで夜道の付き添いを」
「そうでしたか、それはご迷惑をおかけしました」
「いえいえ」

お礼半分、警戒半分、と言った感じの英理に、
冠城は手を振って気楽に答える。

「それでは、私達はこれで」
「お気をつけて」

元々が気まぐれの道行き、特に相手は切れ者で知られる「法曹界の女王」。
癪だがやり手の上司もおらず、夜も遅くで神経も尖らせている。
今、深入りするのは分が悪かった。

138カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/06(土) 03:56:08 ID:HvCzcsgU

ーーーーーーーー

今度こそ帰路に就いた冠城亘は、到着まで後何分、
と言った辺りで、塀際を見て薄く笑みを浮かべる。
そして、塀際に駐まるRX-7にすたすたと接近し、
こんこんと運転席の窓をノックする。

「警察でーす、路チューデートは程々にお願いしまーす」
「ごめんなさい、こっちも警察なの」

パワーウィンドウがガーッと下降し、
警視庁切ってのイイオンナがその姿を現した。

139カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/06(土) 03:57:04 ID:HvCzcsgU

==============================

今回はここまでです>>132-1000
続きは折を見て。

140カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/29(月) 03:05:14 ID:/KaGHlFM
祝 相棒season17 スタート(一週間以上遅れ)

取り敢えず、予想通り、
ドラマのスタート迄には全然終わりませんでした………

それでは今回の投下、入ります。

==============================

>>139

「捜査一課三係」
「佐藤警部補と高木部長(巡査部長)、ですか」

佐藤美和子が先行して所属を口に出してRX-7から車外に姿を現し、
示された警察手帳を見て冠城亘が呟く。

「特命係は、どこまで掴んでどの線で動いてるの?」

警視庁捜査一課殺人犯捜査第三係主任佐藤美和子警部補は、
RX-7の運転席を出るなり冠城亘に質問を放つ。

「どの線とは?」
「<エッジ・オブ・オーシャン>の爆破事件。
特命係はどの線で動いているのか、聞かせてもらえるかしら?」

141カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/29(月) 03:06:37 ID:/KaGHlFM

目の前の、評判に違わぬ凛々しい美貌に
冠城の口から一瞬笑みがこぼれそうになる。

さっぱりと活動的な黒髪ショートカットも好印象。
父親が二階級特進した二世警察官と言う事もあって、
警視庁内では今でもマドンナとしての根強い人気を誇っている。

冠城は、左様な美女に遭遇出来た幸運への
敬意を示そうとして唇を引き締め踏み止まる。
それは、佐藤主任の背後に控える高木渉巡査部長への礼儀とも心得ていた。

「分かりませんね」

冠城は、返答しながら強まる「圧」を肌で感じる。

「あの爆発の事は、一課のあなた達の方が余程よく知ってる筈だ」
「私達が何も知らずにここに来てると思ってる訳?」
「いいえ。只、そちらにお報せする程の事は知らない、
そう言っているだけですよ、佐藤主任」
「まず、杉下警部はこの事件の捜査を行うつもりですか?」

佐藤主任に続いて高木が質問する。この複雑怪奇な経歴を持つ
警視庁巡査に対する態度をやや決しかねているらしい。

142カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/29(月) 03:09:19 ID:/KaGHlFM

「特命係には捜査権が無いですから。
只、自分らも手伝う予定だったサミット会場での大爆発と言う事で、
事態の把握はしようとしていますが」

「毛利小五郎の存じよりを
色々と嗅ぎまわるのもサミット警備の為なのかしら?
………笑うなっ!」

皮肉っぽい佐藤主任の言葉に
冠城の表情が合わせようとした瞬間、爆裂した。

「ふざけるな」
「ふざけてませんよ」

一歩踏み出し、低い声で言う佐藤主任に、
冠城も心外と言う態度を真面目に示す。

「もう一度聞くわ。それで、あなた達は何を掴んだ?」
「毛利小五郎が、今回の爆破事件に関してガサ入れを受けて別件で挙げられた」
「それは、誰から?」

「毛利小五郎はこっちの業界じゃ有名人、
東京本部(警視庁)にいたら嫌でも聞こえて来ますよ。
そして、毛利小五郎と刑事部、特に捜査一課三係は密接な協力関係にあった。
その程度ですかね。だから、そちらの方がよく知ってる事でしょう」

143カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/29(月) 03:11:00 ID:/KaGHlFM

「そうやって集めた情報に就いて、杉下右京警部はどう結論付けてるの?」

「分かりません。あの人が何かを考えていたとしても、
それが分かるのは手錠をはめる直前の事ですから。
只、自分が知る限りでは、毛利小五郎には分が悪そうですね。
逆に、これで毛利小五郎が白だとしたら、
それはそれでどうしてそういう事になったのか、何かの理由が必要になる。
で、佐藤主任はどうしてこちらに?」

「どうしてって?」

何時しか腕組みをして聞いていた佐藤主任が、冠城の質問に聞き返した。

「事件の事なら、一課のあなた達の方が余程よく知ってる筈だ。
それが、わざわざこんな窓際の平巡査に張り込み掛けて捕まえに来た。
これって、かなりイレギュラーな事でしょう」

「それは、こちらの事件に特命係が絡んで来たからでしょう」
「まあ、そうですね。に、しても、捜査の優先順位を考えるなら、
こんな夜更けにご苦労な事です」
「喧嘩を売りたい訳?」

冠城に問う佐藤主任の声は低く、静かだった。

144カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/29(月) 03:12:16 ID:/KaGHlFM

「それは相手が悪い。三係の佐藤主任が相手じゃあ、
関東の警察官の半分、いや、三分の二は敵に回す。
その若さで同期の先陣切ってブケホ(警部補)に上がりながら、
とった部長賞、総監賞も年齢記録に並ぶレベル。
それで、<刑事の花形>一課の殺しの現場を立派に取り仕切ってる。
並みのサツカンに出来る仕事じゃない。
そんな佐藤主任の仕切る現場では、さぞや目障りでしょうねぇ」

「なんですって?」

「確かに、うちの上司が預かってる特命係、
過去にまあ、色々と手がけてますから。
まして、佐藤主任ぐらい顔の広いやり手がその事を知らない筈が無い。
これだけの大事件の捜査、刑事部でメインで仕切ってるのは三係、
つまり佐藤主任、あなたの仕切りだ。
そんな所に特命係、杉下右京警部が
割り込んで来てホシをかっさらって行きました、
なんて事になれば、そりゃあ目障りにもなるでしょう」

「自惚れるな」

微かに上目遣いの笑いを見せた冠城の言葉に、
佐藤主任がぼそっと返した。

145カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/29(月) 03:15:05 ID:/KaGHlFM

「私達が知りたいのは殺しの手がかり。
殺しであるか否かも含めて、
そのために少しでも有用な情報がある、
その可能性があるなら取りこぼしたりはしない。
それだけの事よ」

「成程」

佐藤主任の言葉に、冠城は微かに首を上下に振る。

「そうやって、利用して来た訳だ。
毛利小五郎を利用し、子ども迄殺しの捜査に噛ませながら、
三係ではそうやって美味しい所をさらって手柄を挙げて来た。

そして、その協力者、毛利小五郎がテロ事件の別件で逮捕されて、
こうやって嗅ぎ回ってる所に先回りして来た。

東京本部でも情報通の佐藤主任なら分かってる筈だ、
ハムだけでも十分厄介なのに、
杉下右京が毛利小五郎の尻尾を掴む様な事になれば、
それはどの筋を動かそうが対処の仕様がなくなると」

「それは、アクティブ・フェーズのつもり?」

146カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/29(月) 03:16:27 ID:/KaGHlFM

佐藤主任の言葉には、静かな怒気が込められている。
高木は、はっきりと理解した。
冠城亘の差し出した手招きを見て、
佐藤美和子が殴り合いの間合いに入った事を。

階級章を隠れ蓑にした慇懃無礼、その向こうは剛直な曲者。
もちろん佐藤美和子は、公的には冠城亘巡査を一蹴出来る警部補である。
それが口であれ、例えではない殴り合いであったとしても、
バックにいる噂の杉下右京が何者であっても
高木としては、佐藤美和子が負ける等と言う事は最初から考えていない。

「勘違いしないで下さい」

冠城は、己を見据えた眼差しに僅かに眉を顰める。
漢と漢の衝突に備えながら。

「我々は、一課の仕事をしているだけです。
一課として、何人もの死傷者が出た事件の真相を追及している、
それが我々の仕事です」

そうやって、佐藤美和子と冠城亘の間に割り込んだ高木渉が静かに告げた。

147カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/29(月) 03:18:12 ID:/KaGHlFM

「警察内では、サミット前に警察官だけの犠牲で済んだのが
不幸中の幸いとも言われていますが、
人の命が失われた事に違いはない。
東京都内で、人の手が関わって人命が失われた以上、
結果がどうあれそれは我々捜査一課の仕事です」

「調べ上げて、関係者が判明すれば意見書を付けて検察官に送致し、
必要とあれば逮捕する、それがあなた達の仕事ですか」

「ええ。僕は、毛利さんを信じたい気持ちはあります。
今まで、そんな怪しい要素は何一つなかったと自分はそう確信してる。

それでも、証拠がそれを許さないのであれば、それに従った対処を行います。
その結果、今迄、僕が警察官として
テロリストと協力して来たと言う事になるのであれば、
責任を逃れるつもりはありません。

それは、目暮班長も佐藤さんも、三係の誰一人、
一課の刑事として殺しの真実から目を背ける様な者はいません」

最初、僅かに驚いた、
そんな可愛らしい表情を見せていた佐藤美和子警部補も、
高木渉巡査部長の背後で小さく頷いていた。
気は優しくて力持ち、いい漢を部下に持っている。
佐藤美和子は鋭い切れ味と力強さを兼ね備えた鋼の名刀。
高木はその副官としては丁度いいと、冠城も十分に理解出来た。

148カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/29(月) 03:19:26 ID:/KaGHlFM

「だが、今の所お役に立てそうもない、ってのも本当だ」

一課の二人とは対峙から互い違いの姿勢となり、冠城が続けた。

「恐らく、そちらが掴んでいる以上の事は掴んでいない。
何しろ捜査権が無いものですから。
毛利小五郎の事を熟知してるのも三係だ。
分かっている事は、これが毛利小五郎の仕業なら
随分と間が抜けている、それも分かっている事でしょう高木部長」

「その通りです」

高木が同意を示す。

「確かに、毛利さんは一緒にいて抜けて見える所もありますが、
僕らの先輩で、退職後に関わる事になった殺人事件の調査に就いても
真摯な人でした」
「例え犯罪者に回ったとしても、
まして、死刑レベルの大事件で間抜けな手抜かりが多すぎる、か」
「客観的に言って、そう評価していいと思う」

冠城の言葉に、佐藤主任も同意する。

149カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/29(月) 03:22:25 ID:/KaGHlFM

「物証の分析、何処迄進んでます?」
「七係に続いて私達からも情報をとる心算?」
「あちらからの情報収集って、
なかなかおっかないんですよ。主に顔が」
「で、こっちは安全だと思われたのかしら?」

「責任問題になりかねない程に協力者を放任して来た。
ホンボシを挙げるって優先順位の為なら腹をくくる事が出来る。
そういう人でしょう、佐藤主任は?
毛利小五郎が挙げられた今、手札を増やす気になりませんかね?」

「私達は一課だから、死傷者の出た事件の真相を追っている。
じゃあ、あなた達特命係は何のためにこの事件を調べているの?」

これが取調室であれば水が欲しくなるであろう、
美和子の目は、何処迄も真っ直ぐで、力強かった。

「真実を知るために」
「だから、何のために?」

ぐっ、と、佐藤美和子から前方に向けた圧が上がる。

「………真実を知る理由なんて、涙の数だけ語る事が出来る。
結果がどうあれ、真実からしか先に進む事は出来ない」

冠城の言葉を聞き、美和子は腕組みをして目を閉じた。

150カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/29(月) 03:24:23 ID:/KaGHlFM

「毛利小五郎の身柄は公安が抑えてて私達も触れない」
「供述の内容は?」

「否認してる。もっとも、私達は
取調べの外からの立ち会いほとんど認められていない。
蚊帳の外に近いのが実情よ」

「物証は何処まで?」

「それも公安に持って行かれてる。
現場の物証は公機捜(公安機動捜査隊)が押さえて、
毛利小五郎探偵事務所のガサ入れもハム(公安)が主導した」

「IT関係の物証も?」

「それは生安部のハイテク犯罪対策課に回されて
私達三係と協議して扱ってるわ。
もちろん、ハムにも報告は行くみたいだけど」

「で、結局、物証に関しては何処まで分かってるんです?
取り敢えず指紋はあったんですよね?」
「ええ。公機捜の鑑識報告で、
高圧ケーブルの格納扉に毛利探偵の指紋が焼き付いてた」
「焼き付いた指紋、ですか。
今は指紋の鑑定も色々進んでるって聞きますけど」
「科警研(警察庁科学警察研究所)で分析は進めてるみたいだけど」

151カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/29(月) 03:25:28 ID:/KaGHlFM

「やっぱり、科捜研(警視庁刑事部科学捜査研究所)ではなく」
「ええ、ハムから科警研に回されて分析を進めてるみたいだけど、
指紋も焼けてしまっていると、形状自体は分かるけど、
それ以上の分析にも限度があるみたいね。
私達が見てるのはそちらからの報告書よ」

「IT関係の証拠は?」
「毛利探偵のパソコンから建物の設計図や警備状況の関係書類が出て来てる。
公安部が任意同行に踏み切った根拠よ。それ以上の事は現在精査中。
明日の会議には中間報告が出ると聞いてる」

「防犯カメラの映像は?」
「<エッジ・オブ・オーシャン>の防犯カメラが起動したのは28日から、
それ以前の記録は残っていない。
周辺の防犯カメラの映像記録は集めてるけど、
直接的な証拠にはならない」

「テレビ………」

割とさくさくと冠城との問答を続けて嘆息する佐藤主任に、
冠城がぽつりと言った。

152カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/29(月) 03:35:59 ID:/KaGHlFM

「<エッジ・オブ・オーシャン>は以前から注目されていた。
施設の中はともかく、外から撮影した映像なら、
テレビ局や個人でも保存している映像データがあるかも知れない」

「個人、と言うと動画サイトとか?」
「これだけの爆発です。今の時代、
事件でも事故でも撮影してたらアップしてても不思議はないでしょうね」
「その投稿者を見つけて協力を求めれば」

冠城と話しながら、高木も食いついて来た。

「テレビ局が撮影した映像となると、少なくとも令状が必要になる。
報道資料の目的外使用となると、報道の自由との兼ね合いがあるから
警察が証拠として押収するのは簡単な事じゃないわね。
只、一課では当初はガス漏れ事故に傾いていて、
そこから急転直下で公安部が毛利小五郎の
ガサ入れから逮捕まで雪崩れ込んだから、
色々と後手に回っていると言うのも本当の所」

「あなたなら出来る、いや、あなたにしか出来ない事だ」

冠城亘の言葉と共に、
冠城亘と佐藤美和子が正面から向き合った。

153カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/29(月) 03:37:33 ID:/KaGHlFM

「毛利小五郎が否認をしていて、仮に彼が犯人だとしても、
その具体的手口は全く分かっていない。
只、高圧ケーブルの格納扉に焼き付いた指紋があったから、
そこに接触していた事になってる。そういう事ですよね?」

「私達が把握している限りは」

「ぶっちゃけた所、三係では毛利小五郎は白の線で動いてる、
そうあって欲しいとも考えてる。

毛利小五郎が無実で、それでもハムがごり押しした場合、
客観的な物証が残っていればそれは足をすくう地雷になる。
もちろん、窓際の平巡査なんかより、
一課のあなた達が一番よく知っている事ですよね?

だから、あなたにしか出来ない。
この状況で、それだけの難しい令状請求を通す。
三係を仕切ってる一課の女王蜂にしか出来ない」

「そうね」

冠城の言葉を聞き、呟く様に言った佐藤美和子は、
何時しか腕組みをして伏せていた顔を上げていた。

「私の責任で出来るだけの事はやってみる」

美和子の言葉に、冠城は小さく頷く。

154カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/29(月) 03:39:00 ID:/KaGHlFM

「冠城巡査」
「はい」
「あなたは、真実を知るためにこの事件を追っていると言った。
真実を知る事からしか始まらないと」
「ええ」

「SITからの引継ぎで、
誘拐事件からの殺人事件を担当した事がある」

佐藤主任の言葉を聞き、冠城の眉が訝しさで僅かに動く。

「誘拐事件の進行中は、SITがメインで殺人担当はその補助、
殺し担当では七係がメインで補助に当たってた。

でも、ホシが挙がって、それが意外と大規模だったから、
七係は誘拐事件の起訴に向けた捜査に入って
三係はそこから派生した殺しを担当する事になった。

誘拐された子どもは無事に保護されたけど、
誘拐の際に巻き込まれて、別の子どもが殺害された。
天国と地獄、遺族からの聴取も行いながら、
公判に耐え得る様に殺しの裏付け捜査を行った」

そう言った美和子は、薄く開いた目を下に向けていた。

155カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/29(月) 03:40:15 ID:/KaGHlFM

「殺しは、日々赤バッジに吸い寄せられる。
その真実から目を背けると言う選択肢は私達には存在しない。
それが一課の仕事であり日常」
「そこに、勝手に首を突っ込んで来る、
特命係、お前ら何様だ?」

冠城が呟く様に言い、冠城亘と佐藤美和子の視線が交差する。

「それを弁えているのなら、分かっているんでしょう。

公安は明らかに大規模テロ事件の事実上の容疑者として
強引に毛利小五郎の身柄を取った、
一課の重要な協力者だと重々承知の上でよ。

最悪、四十年来の因縁で否応なしにハムと刑事部の全面戦争。
私達は、殺しのホシがいるならそれを追う事しか考えていない、
だから、降りかかる火の粉は振り払う。

そんな所に窓際から勝手にちょろちょろ首を突っ込んで来る以上、
もちろん覚悟は出来ているんでしょう?

これは、何人もの人命が失われた、一課が扱う殺しの捜査。
そこに窓際の巡査がちょろちょろ首を突っ込んで来て、
私達に減らず口を叩いた以上」

佐藤美和子は、すっと冠城の目に目を合わせた。

156カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/29(月) 03:42:02 ID:/KaGHlFM

「逃げたらコロス」

女性にしては背の高い佐藤美和子が冠城亘を僅かに見上げる。
冠城は、こぼれそうになった笑みを飲み込む。
貴女に別の場所でコロされたい、と言う軽口と共に。
凛々しく対峙する佐藤美和子は、
そのために確固たる意志力を求められる程に魅力的だった。

「ま、ぺーぺーの平巡査が尻尾巻いたとしても、
すっぽんよりもしつこい人が離れろって言っても離れやしませんがね」
「あなたはどうなの? 冠城亘巡査?」
「逃げる心算はありませんよ」

当たり前の様な、穏やかな一言だからこそ、
佐藤美和子はそれが当たり前の事なのだと理解した。

157カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/10/29(月) 03:44:10 ID:/KaGHlFM

「明日の会議が一つの山になる。
現時点では一課は劣勢。
何を争うべき所かはとにかく、出遅れてる事は確か。
真実を掴むためには、巻き返さないといけない」

「じゃあ、ベストを尽くすしかないって事ですね」
「ええ、呼び止めて悪かったわね」
「いえいえ」

冠城が軽く手を挙げて応じ、一課の二人が動き出す。
果たして実際どんな顔でコロされているものなのか、
小さく頷き意思疎通をしている高木に確かめてみたいと、
冠城はその詰まらないジョークを敬意を以て喉の奥に押し込め封印する。
今、冠城の目の前を去ろうとしているのは、
それぐらいいい女であり、敬服に値する警察官だった。

==============================

今回はここまでです>>140-1000
続きは折を見て。

158カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/08(木) 19:25:03 ID:uju9Pimk
それでは今回の投下、入ります。

==============================

>>157

 ×     ×

4月29日朝、会議を終えて後輩の芹沢と共に廊下を進む伊丹は、
視線の先に見慣れた二人組を把握して進路を変更する。

「送検だ」

空き部屋に入り、伊丹は吐き捨てる様に言った。

「容疑は?」

上司の杉下右京と共に空き部屋について来た冠城亘が質問する。

「まずは公務執行妨害。
ガサ入れへの妨害って事で、関連する証拠も送るってよ」
「急ぎますね、逮捕状のヨンパチ(48時間)の半分以下で送検ですか」
「ああ。お陰で一課は碌に聴取も出来ちゃいない、
野郎の事は全部公安経由だ」

冠城の言葉に、伊丹が苛立たし気に言った。

159カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/08(木) 19:27:04 ID:uju9Pimk

「本件の証拠は出て来ているのでしょうか?」
「焼き付いた指紋とパソコンに入ってた図面、警備計画、
それにガス栓のアクセスログが正式に報告されました」

右京の問いに芹沢が応じた。

「それで、一課の方針は?」
「一課は一課の仕事をする、って方向だな。
まずは報告されたブツの裏を取る」

「毛利小五郎の供述は?」

「完全否認のまま送るってよ。
だから、目暮班長が色々口出ししたがハムに一蹴された」
「これだけブツがある以上、何かおかしい、
だけじゃあ話にならないって事です。
それだけ聞けば正論ですよ。実際それだけのブツがあるんですから」

冠城の問いに対して、伊丹に続いて芹沢が言った。

「目暮班長、ですか。佐藤主任は?」

「自分の仕事をしながら注意深く見守って、ってトコか?
もっとも、鉄面皮決めても内心どうだか、
あの美人も毛利探偵にはかなり入れ込んでたから
ホンボシってなったら無事じゃ済まないだろうよ。
女伊達らにいいデカだったんだが、そうなりゃ良くて所轄落ちだ」

伊丹の言葉に、冠城は小さく頷く。

160カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/08(木) 19:28:53 ID:uju9Pimk

「それで終わるタマじゃなさそうだがな」

伊丹が続ける。

「ほう、では佐藤主任は?」

「ええ、少なくともここで腐ってGWを満喫しよう、
って心算は欠片も無さそうですね。
三係の高木も動き出してるみたいですし、
あの主任はそういうデカですよ」

尋ねた右京が伊丹の言葉を聞く。
どうも右京自身もそのカテゴリーに入っているらしいが、
伊丹は女性の扱いが上手いと言うタイプではない。

だが、一方で、ごく短期間であるが、
佐藤美和子同様の女性の上官の下で事件を追った事もある。

他の例から言っても、全般的に決してとっつきやすいタイプではない伊丹は、
例え始まりは悪くても「刑事を見る目」は確かである。
右京もその事は前例として把握していた。

161カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/08(木) 19:30:59 ID:uju9Pimk

ーーーーーーーー

警視庁サイバーセキュリティ―対策本部のオフィスで、
青木年男は、後ろを通った同僚からの耳打ちを受けた。

「これはこれは」

廊下に出た青木は、待ち構えていた相手に馬鹿丁寧に応対する。

「うちの本部にもあなたの網の目が繋がってましたか」
「過去の捜査でね」

「で、一課の佐藤主任からの個人的な呼び出しって、
一体どういったご用件でしょうか?」
「あなたにお願いしたい事がある」

慇懃無礼そのものに芝居がかった青木に対し、
佐藤美和子警部補は端的に用件を伝えた。

162カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/08(木) 19:32:12 ID:uju9Pimk

「僕に、ですか?
それは捜査への協力と言う事で ?
佐藤主任が今扱ってる事件、
確かにバックアップはうちの本部にも割り振り来ましたけど、
IT関連のメインは生安部のサイバー犯罪対策課の筈では?」

「だからこそ、サイバーセキュリティ―対策本部としての業務は
未知数の上に裁量が効く」
「暇って訳じゃないんですけどねー」
「だけど、あなたは器用な上に知恵が回る」
「佐藤主任」

青木が、ふふんと口角を上げる。

「警察嫌いに星の数で押すのは逆効果だと、
誰かから教わって来ました?」

「私は、ホンボシを挙げたいの。もちろん、それがいればの話だけど」
「三係の協力者以外のマル被を、ですか?」
「そう願いたいわね」
「正直なんですね」

163カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/08(木) 19:33:49 ID:uju9Pimk

虚を突かれない様に気を張りながら、
青木は非常な居心地の悪さを感じていた。

それと言うのも、目の前の佐藤美和子警部。
確かに、新参で、かつ、警察嫌いかつ女嫌いの気のある青木でも、
これが警視庁で知らぬは潜りと言われるミス警視庁の評判は聞いているし、
見た目の時点でそれに相応しい事も理解出来る。

そんな、美人の部類に入る佐藤美和子の顔から、笑顔が消えない、
張り付いたままずっと青木を向いている。

「毛利小五郎、毛利さんはこんな事をする様な人じゃないわ」
「それが本音ですか佐藤主任?」

ふふんと笑う青木に、佐藤主任はにこーっと応じた。

「ええ、もちろん。
それを当たり前に信じられる相手だからこそ、
今まで協力関係を築いて来たんだから」

「いいんですかぁそんな事言って?
別件とは言え身柄押さえられて、物証も出て来てる被疑者ですよね?
それを、そんな先入観バリバリな事言っちゃうの、
まずいんじゃないんですか?」

164カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/08(木) 19:36:02 ID:uju9Pimk

「これは刑事の勘よ、新米君。
今、本部では公安主導で毛利探偵の容疑の裏付けに動いてる。
だけど、私も、三係の誰も本当の所はそんな事を信じてはいない。
だから、比較的自由の利く君の所にお願いに来た」

「へぇー、本部の方針とは別の事をやれと?」

青木の声から、笑いのトーンが消えていた。

「刑事として私が見た所、公安も実際かなり危ない橋渡ってるわよ」
「そうなんですか? 物証、あるんですよね?」
「ええ、今回の爆発事件に就いて、毛利探偵を指す物証は存在する」

「だったら」
「公安の強引なやり口は、一見すると事件解決を急いでいる様にも見える」
「違うんですか?」

「仮にもサミット会場の爆破事件よ。
ここで逮捕して、そこから全容が掴めなければ非常に危険な事になる。
本来公安は組織相手の捜査。
だけど、今回は事件だとしてこれだけの事件、
スタンドアローンなのかバックアップがあるのか、
その辺りの事が全く見えずに毛利探偵の逮捕だけが先行してる。
物証の出方も、仮にも元刑事の毛利さんにしては
余りにも間が抜けていて薄気味悪い」

165カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/08(木) 19:37:42 ID:uju9Pimk

「一課が知らないだけなんじゃないですか?
毛利小五郎って言えば有名人ですからね。
警察の中じゃあ一課の、特に三係の協力者って誰だって知ってますよ。
公安だって、そんな大事件の被疑者の情報をそんな所に流すと思いますか?」

「そうかも知れないわね」
「素直ですね」

思わず口を突いた青木は、
にこーっとこちらを向いた佐藤主任に戦慄する。

「私が言っている事が只の願望、保身なのか真実なのか。
君が直に確かめる、そういう話」
「いいんですか? 僕にそんな事を頼んだりして?」

青木が、ふふんと笑って佐藤主任を見る。

「協力者の不祥事でリーチかかってる
一課の主任が裏で妙な事を頼みに来た。
まずくないですか?」

166カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/08(木) 19:39:07 ID:uju9Pimk

「それでいいのかしら?」

「はいぃ?」

「佐藤美和子の首を狙うのに、
その程度のネタでいいのか? と言ってるの」

青木が見た佐藤美和子は、楽しそうだった。

「公安、佐藤美和子、杉下右京、或いはもっと上。
君が掴んだ情報をどう使うのか。それで、事態がどう転がるか。
君自身が真実の切れ端を掴んでそこに加わるのか」

佐藤美和子が、小柄な青木の顔を覗き込む。

「それとも、一課の女王蜂相手に、
詰まらないネタでケツモチの名刺ジャンケン張ってみる?」

笑顔の佐藤美和子の左手は、壁の蚊を叩き潰したらしい。

167カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/08(木) 19:41:43 ID:uju9Pimk

ーーーーーーーー

「そうですか、役に立ちましたか。
それは何より。では」

自宅で、挨拶と共に電話を切る。
相手は、今は亡き先輩の娘。
強く、美しく育った彼女を思い、微かに感傷を覚える。

「君のそれは、自分の心の中に強く秘めておくもの、か」

一人呟き、通話を終えた携帯を操作する。
そこで見たメールは、最近までのごく短期間、
同じ職場で顔を合わせていた元同僚からの落語のお誘いだった。

168カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/08(木) 19:43:22 ID:uju9Pimk

==============================

今回はここまでです>>158-1000
続きは折を見て。

169カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/16(金) 03:24:03 ID:sDpNPqgM
それでは今回の投下、入ります。

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>>168

ーーーーーーーー

「すぅぎしたさぁんっ」

組織犯罪対策五課に物理的に隣り合った特命係の小部屋に戻り、
たっぷりと空気を含ませた朝の一服を注いだ辺りで、
杉下右京は何処か物悲しい呼び声を聞く。

「おや、青木君」
「どーもっ」

のっそりと現れた青木年男の雰囲気は、何処か陰鬱だった。

「杉下さん、安室透とナイトバロンの都市伝説ってご存知でしたか?」
「いえ」
「そうですか」

そう言って、青木はにたりと笑ってノーパソを置く。

170カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/16(金) 03:25:04 ID:sDpNPqgM

「安室透って、例の<ポアロ>のウエイターの事か?」
「そのとぉーり」

珈琲に口を付けていた冠城亘の言葉に、青木が反応する。
冠城も、つい先程まで右京から渡された資料に目を通していた所だ。

「安室透って、SNSなんかでもやたら人気があるんですよね。
それで、一つの都市伝説が囁かれているんです。
安室透を追い続けるとナイトバロンに取り込まれる、って」
「それは、ひょっとしてコンピューターウイルスの事ですか?」
「正解ですぅ」

右京の言葉に、青木が言った。

「ナイトバロン、闇の男爵、そんなウイルスがありましたね」
「ええ、工藤優作のミステリー小説の主人公の名を取って名付けられた
極めて高性能のウイルスです」
「そぉーなんです。小耳に挟んではいたんですけどねぇ」

冠城と右京の会話の傍らで、
青木がノーパソを起動させて青い画面を表示する。

171カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/16(金) 03:26:20 ID:sDpNPqgM

「ありゃー」

冠城の言葉に、青木はくっくっ喉で笑う。

「熱狂的なファンと言うかストーカーの類がばら撒いたんですかねぇ。
なんか、ネットで安室透情報を熱心に追跡してると
ナイトバロンに食われる、
そんな都市伝説がちらほら聞こえてはいたんですけど、
正に、僕とした事が! ですよ」

「これ、ネットに繋がってないだろうな?」

青木の言葉に、冠城が尋ねる。

「大丈夫です、既に只の箱ですから。
ナイトバロン自体は古典的なウイルスで、
当然僕も最新のセキュリティーで色々と手は打っていたんですが、
あれ、今でも質の悪い変異型が出没してるんですよね。
これが職場だったら社会的に死んでましたよ杉下さん」

172カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/16(金) 03:27:43 ID:sDpNPqgM

「それはどうも、僕がお願いした事ですから、
出来るだけの事はさせていただきましょう」

「結構。バックアップは確保してありますし、これでも本職ですから。
それがウイルス対策に失敗して一台お釈迦とか、
とても請求なんて出来ません」
「そうですか」

「ま、今度奢るわ」
「期待してます」

右京が引き、冠城の気軽な言葉に青木が皮肉っぽく応じる。

「それじゃあどうも」

相変わらず押し付けがましい口調の青木が
大木、小松刑事の横を通って組対五課の大部屋を通り過ぎるのを
カップ片手の右京と冠城が見送る。

「右京さん」
「はい」
「自分、ちょっと外廻り行ってていいすかね?
昔馴染みと顔繋ぎたいんで」

173カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/16(金) 03:28:47 ID:sDpNPqgM

ーーーーーーーー

東京都内、下町の一角に聳え立つ巨大電波塔<ベルツリータワー>。
その展望室で、スコープを覗いていた世良真純が
背後の気配に感覚を研ぎ澄ませる。

「どうも」

そして、スコープを離れて振り返った所で、
真純は声を掛けられた。
真純の目の前にいた男は、真純にスーツの懐中を示す。

「………公安?」

ボーイッシュ女子高校生を体現した様な革ジャン姿のショートカット少女、
帝丹高校生徒世良真純が、一歩前に出てぼそっと尋ねる。

「やはり、公安警察の動向が気になりますか?」
「で、ボクをどうするの?」
「よろしければ、お茶でもご一緒しませんか?」
「そうだね。その前に………」

174カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/16(金) 03:30:33 ID:sDpNPqgM

ーーーーーーーー

「杉下右京?」

タワーの女子トイレ個室で、
電話着信を受けてスマホを耳につけた真純が聞いたのは?
たった今、スマホの短文会話アプリで送信した名前だった。

「そう、警視庁の警部だって」
「それを、どうして私が知っていると考えるコン、コン」

「間違いなく日本人なんだけど、
イメージやセンスがナチュラルにイギリス紳士だった。
上物のteaを飲んでると思う」

「だろうなコホ、あれはシャーロック・ホームズだ」
「は?」

ぼそぼそと潜めていた真純の声が、聞き捨てならない名前に僅かに高くなる。

175カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/16(金) 03:32:31 ID:sDpNPqgM

「一時期ヤードにも協力していた事がある、
その時に、かのベイカーストリートの
諮問探偵の再来とまで言われた切れ者だコホ、コホ」
「よくある例えかも知れないけど………」

そう応じる真純の声は引きつっていた。

「実際に、幾つもの難事件の解決に貢献している、
イギリスでも、日本でもなコン。
それだけの切れ者である事に違いはない。
そして、偏屈者だコホッ、コホッ」

「偏屈者………切れ者だとして、杉下右京にとってのVR、
彼の騎士道は誰に忠誠を尽くしているの?」
「法の正義と真実だ」

真純は一瞬、何かの謎かけか? と身構えていた。

「真実を追究し、法の正義を実現する。
そのためにのみ、警察官として天才的な頭脳を駆使する。
それ以外の事には欠片の興味も望みも無い。
組織のしがらみも、人情も、少なくとも職務の上ではそういう男だ。
だからこそ、キャリア組でありながら未だに警部に甘んじている」

176カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/16(金) 03:34:56 ID:sDpNPqgM

「キャリアなの? あの歳の警部で?」

「ああ、うん十年間、雑用専門の窓際部署で警部のまま塩漬けだ。
それで腐って辞めるでもなく、
一人の警察官として雑用の中からでも難事件を掘り出して解決する。
警察組織の政治的問題に関わる様な事件すらだ。
だから、警察としても捨てるには惜しく
使いこなすには切れ過ぎる、そういう厄介者と言う事だコホッ」

「………じゃあ、出世を厭わず真実のみを追及する信念の人で、
それだけの実力もあるって事だね?」
「そういう事だ。
間違っても都合よく利用しよう等とは考えない方がいい相手だなコホッ」

177カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/16(金) 03:37:21 ID:sDpNPqgM

==============================

今回はここまでです>>169-1000
続きは折を見て。

178カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:01:31 ID:DoZSdFE6
それでは今回の投下、入ります。

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>>177

ーーーーーーーー

「それで、杉下警部はどうしてボクに声を掛けたのかな?」

ベルツリータワー喫茶室で、ミルクティーを頼んだ世良真純は、
相席で対面している紳士に尋ねた。

「どうも。では、改めまして。
世良真純さんですね?」

ストレートティーを運んで来た給仕に言葉を掛けてから、
杉下右京が対面の真純に問いかける。

「そうだけど」

「<エッジ・オブ・オーシャン>のエリアは現在、
警察によって完全に封鎖されています。
しかも、初動で公安機動捜査隊が主導権を取ったために、
刑事部捜査一課ですら間接情報すら得られない状態になっています。
毛利小五郎氏は、特に捜査一課三係に関わる
独自の民間人人脈の中心的な位置にいる様ですねぇ。
そして、このタワーの展望台はあの現場を見下ろす事が出来るポイントの一つ」

179カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:03:37 ID:DoZSdFE6

「その網に、ボクがのこのこ入り込んだって訳か」

ミルクティーを口にしながら、真純は軽く自嘲する。

「高校生探偵を名乗るあなたは、
過去に幾つもの刑事事件に関わって来ましたね。
そこには、毛利小五郎氏や毛利蘭さんと深く関わる事件も含まれている。
特に、毛利蘭さんとは親しい友人の様ですねぇ」

「否定する程間違ってはいないね。いや、概ね正しいよ」

これでは帰国後に見た
何処ぞのフィクションの悪徳交換業者だとふと引っ掛かり、
偽り無き友情の為に真純は少々言葉を加える。

「それでは、今回は誰に頼まれて調査を行っているのですか?」

「これでも、探偵を名乗って活動してるって事を理解してくれるかな?」

「守秘義務と言う事ですか。では質問を変えましょう。
高校生探偵であるあなたから見て、
今回の事件と毛利小五郎氏との関りをどう見ていますか?」

「ボクだってあの人の事は知ってる。まして、蘭君の父上だ。
心情的にはまさか、と言うのが本音の所だよ。
それに、聞いている材料から見ても疑問を禁じ得ない」

180カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:04:52 ID:DoZSdFE6

「ほう?」

「毛利探偵はひどいパソコン音痴で、
とてもじゃないけどIT技術を悪用した爆発なんて実行出来るとは思えない。
もっとも、身内の証言だから出来ない事の証明は難しいけどね」

「詰まり、毛利家でもそういう認識である、と言う事ですか?」

「ボクはそう聞いてるし、
探偵として嘘を言っている様には見えなかったとも言っておくよ」

「あなたは、僕が声を掛けた時、真っ先に公安警察を疑いましたね?」

「まあ、毛利さんを逮捕したのが公安警察だと聞いてるからね。
最初の家宅捜索の時も、捜査一課も立ち会ってたみたいだけど、
物証の押収は全部公安だったって話だし」

「成程。では、あなたの調査は順調に進んでいるのですか?」

「正直、手詰まりだね」

真純は、苦笑と共に答えた。

181カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:06:16 ID:DoZSdFE6

「まず、現場は完全に封鎖されてる、物理的にも情報の上からもね。
警察官である杉下さんの前じゃあ
口に出すのは少々微妙なネタ元の心当たりも無いでもないけど、
そもそも、今回は警察内部でも情報が限られてる、そうじゃないかな?」

「どうでしょうね?」

右京の紳士なスマイルに、真純も苦笑を返す。

「もちろん、隙間から糸で鍵を引っ張る様な謎解きとは程遠い。
正直、高校生探偵の手に余る事件だね」

とうとう、真純はお手上げをした。

「それで、杉下さんはどういう心算でボクに接近して来たんだい?
公安? それとも刑事部?」

「僕が知りたいのはこの事件の、
何人もの警察官、人間の命が失われたこの事件の真相を知る事、
そして警察官として正当な裁きに導く事。
それだけですよ」

てらいもなく言う紳士を前に、真純は口角を上げた。

182カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:07:20 ID:DoZSdFE6

ーーーーーーーー

「ごめんなさい」

鈴木園子はそう断ると、オフィスビルの一室にある
「妃法律事務所」からスマホを手に廊下に出た。

「蘭」
「どうしたの園子?」

戻って来た友人に声を掛けられ、毛利蘭が問い返す。

「世良さんが、今回の事件で蘭に話があるって。
蘭も小母様も物理的に動き難いから今回の件を調べられないか
私の方で頼んだんだけど、まずかった?」

「ちょっと待って」

同級生でもある園子の言葉を聞き、蘭は自分のスマホで電話を始める。

「お母さん」

「何?」

「世良さんって、私の同級生で高校生探偵なんだけど」

「あの神奈川のマンションにいたショートカットの娘?」

183カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:08:23 ID:DoZSdFE6

「うん。その世良さんがお母さんに話があるって、いいかな?」

デスクに就いた妃英理弁護士が頷き、
蘭が英理にスマホを渡す。

「お電話代わりました、はい、ええ………」

英理がメモを録りながら会話を続け、電話を切る。

「少し、出かけて来るわ」

「お母さん?」

「世良さんが、今回の件で私に話したい事があるって」

「じゃあ、私も」

「探偵として、弁護士の私に会いたいと言っている以上、
あなたを連れて行く訳にはいかないわ。
それに、彼女が休みだから留守番もお願いしないといけないし」

英理が、休暇中の事務員に触れながら蘭を制する。

「緑台町のこの店で待ち合わせだけど、
今回の件で何か連絡があったら報せて。
それ以外の件は余程の事が無ければ留守電、お断りでいいから」

英理が蘭にメモを差し出した。

184カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:09:57 ID:DoZSdFE6

ーーーーーーーー

東都環状線米花駅に向かっていた英理は、
途中ですっと足を止め、目を細めた。
前方から、サングラスにキャップの人物が何気なさを装って接近して来ている。
その相手は、英理の前に立った時、ジャンパーの襟元からメモを抜き出した。

ーーーーーーーー

妃英理が杯戸町にある杯戸公園のベンチに座っていると、
隣に、先程自分にメモを渡した人物が着席した。

「世良真純さんね?」

「どうも、世良です。妃英理さんですね?
お嬢さんにはお世話になっています」

噴水をバックにしたベンチで、
キャップとサングラスを外した真純の挨拶に
英理が営業スマイルを返す。

「それで、お話と言うのは?」

「失礼………」

英理の言葉を遮る様に、真純がスマホを取り出す。
そして、真純が英理にスマホの画面を見せた。

185カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:11:20 ID:DoZSdFE6

(from:S 無題
このメールをこのまま見せて下さい
変わった持ち物を身に着けていませんか?)

心の中で画面のメールを読み上げた英理は立ち上がり
ポケットから所持品を取り出す。
手始めに透かす様にペンを見るが、もちろん愛用品だ。
その間に、近くのベンチで英字新聞を読んでいた男性が接近して来ていた。
男性は、左手の人差し指を自分の唇の前に立てながら
右手で警察手帳を開いていた。
そして、右手の人差し指で、英理のスーツの腰の辺りを指さす。
無言のまま、その警察官杉下右京を含む三人掛けになったベンチに、
更に別の男性が接近して来ていた。
黒縁眼鏡に割とラフなスタイルのその中年男性が、
頭を下げて英理に名刺を差し出す。
そして、自分のスマホに音楽を流しながら、
そのスマホを、英理のスーツから剥がした小さな物体に近づける。
すると、眼鏡男が肩から提げている機材から
同じ音楽がスマホの接近に合わせて流れ始める。

186カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:13:15 ID:DoZSdFE6

ーーーーーーーー

杯戸町内の純喫茶のテーブル席に、男女計四名が着席していた。

「それで杉下さん、先程の盗聴器は?」

まず、妃英理が口を開いた。

「見ての通り、非常に小型のものでしたので、
クッション封筒で小曽根さんの研究所に郵送しました」

「小曽根さんですか」

確かにポストへの投函にも同行していた世良真純が言い、
先程の黒縁眼鏡が頭を下げる。

「こちらの小曽根さん、本業は別にあるんですけど
この分野でも高い技術を有していまして、
今回の件を相談した所、手が空いているので手伝っていただけると」

「杉下さんにはお世話になりましたから。
念のためと言う事でしたが、妃先生の移動に合わせて
噴水の音を拾った電波が発生していましたので」

「世良さんを介して回りくどいコンタクトをとったのも、
杉下さんは最初から警戒していたと言う事ですか。
公安警察だとしたら、ここまでやるなんて………」

小曽根の言葉に英理が呻き、真純が右手で額を掴んでいた。

187カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:14:22 ID:DoZSdFE6

「念のため、程度の心算だったのですけどねぇ。
改めまして、警視庁特命係の杉下右京です」
「妃英理です」

「ご丁寧に」

右京が、微笑みと共に名刺を受け取る。

「杉下警部の事はかねてより」

「それはどうも」

「一応形式上は元刑事の妻であり、
刑事弁護の分野でも実績を重ねて来た心算です。
警視庁の公式記録からは見え難い裏側で、
特命係、杉下警部が明晰な頭脳と頑固な程の正義感で
捜査一課でも苦心した幾つもの難事件の解決に寄与して来た事。
武藤かおり先生が担当した事件の真相解明にも
深く関わっているとも伺っています」

社交辞令を否定する英理の言葉に、
右京はもう一度頭を下げる。

188カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:15:39 ID:DoZSdFE6

「私が世良さんに是非にとお願いしたのですが、
騙し討ちの様な形で申し訳ありません」

「すいません、もしかしたら何かの役に立つかも知れない、
と思ったんですけど」

右京に続き、真純も頭を下げる。

「そういう訳ですが、お話、続けてよろしいですか?」

「ええ、それでは私から。杉下警部は今回、やはり
<エッジ・オブ・オーシャン>爆発事件に就いての捜査を?」

「正式な捜査は捜査本部で行われていますが、
色々と気にかかる事がありまして、妃先生にもお話を伺えればと」

「その前に」

慇懃な程に柔らかに尋ねる右京に対して、
英理がカチッとした口調で切り出す。

「あなたの部下の冠城巡査が娘に近づいたのもあなたの指示ですか?」

「その件は彼から報告を受けています。
下見を兼ねてあの周辺にいたのは本当ですが、
お嬢さんと遭遇した事は予想外に近い事だったと」

189カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:17:18 ID:DoZSdFE6

「そうですか。杉下さん」

「はい」

「何人もの死者が出ている爆発事件、
それもサミット会場と言う政治的な重大事件で、
重大な殺人事件で疑いを掛けた被疑者を
転び公妨の様な露骨な別件逮捕で市民を拘束する。
まず、弁護士として看過し難い行為であると申し上げておきます」

「捜査権すら無い立場ですので、
今、公安部で進められている捜査に就いて何かを言える立場ではないのですが、
一人の警察官として承ります」

「そうですか。では、杉下さんの関心の中では、
毛利小五郎はあの事件の犯人である、そうお考えなのですか?」

「難しい所ですねぇ、現時点ではあの事件で逮捕されたと言う訳でもない。
あの事件の情報に就いては、警察内部でも限られていますので」

「疎明として現場から指紋が検出されて、
パソコンから関連する資料が発見されて、
それに現場のガス栓へのアクセスログも発見されて今回送検に至った。
そう伺っています。これまでの信頼関係もありますから、
差し支えの無い範囲での説明は受けています」

190カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:21:01 ID:DoZSdFE6

「それでは、妃先生としてはそれをどの様に?」

「背後関係のある公務執行妨害事件として送検するには十分。
そんな所でしょうか」

「弁護士としての客観的な分析ですか」

「ねえ、杉下さん」

英理が、一度言葉を切った。

「私があの人を疑っているとしたら、
そう考えた事は?」

「それは、もちろん考慮すべき可能性でしょうね。
あなたは聡明で実績のある弁護士です。
もし、毛利小五郎氏の犯行の可能性があれば、
その事に気付くと言う事は十分にあり得ます。
そうであるならば、その様な人に配偶者の殺人容疑に就いての見解を
弁護士として答える様に求めるのはひどく残酷な事と言えるでしょう」

「それでも質問するの?」

「妃先生はそれを欲している、そうお見受けしましたので」

「どういう意味かしら?」

191カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:21:57 ID:DoZSdFE6

「こちらの世良真純さん、高校生探偵だそうですねぇ。
聞く所によれば、妃先生の身近にもその様な人物がいるとか」

「まあ、そうね」

「そして、夫である毛利小五郎氏も私立探偵で
幾つもの刑事事件を解決に導いている。
詰まり、妃先生はそうした存在を身近なものとして認知している。
こちらの世良さんも、探偵として幾つかの殺人事件の調査にも関わった他、
普段から素行調査等の依頼も受けていると伺いました」

「まあ、否定する程間違ってはいないね」

右京の言葉に、真純は軽く苦笑いを浮かべて答える。

「同時に、世良さんはお嬢さん、毛利蘭さんの友人でもある。
だから、これまで世良真純さんが関わった事件、
特に殺人事件に於いては、
蘭さんは高い確率で真純さんと行動を共にしています。
それは、妃先生も同じですね」

「同じ、とは?」

「偶然巻き込まれたケースもあった様ですが、
蘭さんが積極的に妃先生と行動を共にして、
その結果殺人事件に、
それも妃先生の仕事絡みの事件に巻き込まれたケースもあるとか」

192カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:23:22 ID:DoZSdFE6

「はい。その事は私も反省すべき所があったのかも知れません」

「しかし、ここには一人で来られた」

右京と英理が、向き合った。

「蘭さんの友人でもある世良真純さんとの対面に、
あなたはこうして一人で出向いて来られた。
先程も申し上げましたが、
世良さんは高校生ではあっても探偵として活動している、
殺人事件の調査にも関わっている。
それを踏まえた上で、一人の弁護士として
少しでも真実に近づく為の情報を得ようとした。
それがプラスであれマイナスであれ」

英理が、一口、ブラックコーヒーを口にした。

「私の聞く限り、公安警察が余程の抜け作じゃない限り、
否、例えそうであっても、
あの抜け作の毛利小五郎に出来る犯行じゃない」

「それは、IT技術の問題ですか?」

193カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:26:30 ID:DoZSdFE6

「それもあるし、人間性の問題もある。
そもそも論として、あの人がそんな事をする意味がさっぱり分からない。
あの人は、いい所も悪い所も、凄く分かり易い人です。
例えば、百億円詰まれたと言うのであれば、
まかり間違ってと言う事も考えられますが、
そんな分かり易い話でもない限り、わざわざハッキングの手間を掛けて
サミット会場を爆破するなんて全く以て意味が分からない。
むしゃくしゃしてやったとでも言うのなら、
その辺で酔い潰れるか看板を蹴り飛ばして虎箱に入るのが関の山です」

「ひどく、単純に聞こえますが」

「ええ、単純です。あの人は、馬鹿な所は単純に馬鹿であって、
そして、単純な正義漢です。
何か背後関係があるとしても、蘭にも隠れて秘かにIT技術を磨いて
一文の得にもならない大量殺人を実行してあっさり逮捕される物証を残す。
馬鹿げているベクトルがあの人の性質とは全く別の方向を向いています」

「成程、興味深いですねぇ、証明するのが難しいのが惜しい所ですが」

「そうなのよねぇ」

右京の返答に、英理が嘆息する。

194カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:27:55 ID:DoZSdFE6

「まず、現場から指紋が出た、ここから始まってるみたいだけど、
この辺りの事が本当に分からない。
最初は蘭も酔っ払って現場に入り込んだんじゃあ、
って冗談めかして言ってたみたいだけど、
仮にも最近まで建設中だったサミット会場、
それも配電関係なんて流石に無理がある」

「どの様な状態で指紋が検出されたか、その辺りの事はご存知でしたか?」

「いえ、捜査一課からこれまでの信頼関係、人間関係で
ある程度の話は聞いていますが流石にそこまでは」

「そうですか。毛利小五郎氏は元刑事で、
殺人事件の捜査を担当した事もある。
そして、私立探偵、通称<眠りの小五郎>として
警察を退職した後にも幾つもの刑事事件、殺人事件を解決して来た」

「退職後の事は、私も長く別居していましたが、
ここ最近その様な事件の解決に関わって来たとは聞いています」

195カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:29:45 ID:DoZSdFE6

「すると、現場保存の心得は当然ある訳ですね」

「ええ、それは当然ある筈です。
幾らあの人が抜けてても、彼に犯人だとするなら
現場に簡単に指紋を残すなんて」

「腑に落ちませんか」

「もちろん、実際の犯罪に於いてはしばしば理屈通りではない失敗が発生する。
その事も理解している心算ですけど」

右京の言葉に、英理はあくまで冷静な口調で返答する。

「指紋は万人不同終生不変、故に、絶対的な個人識別性を持つ物証として
古くから研究が重ねられ実務が積み重ねられて来ました。
紋様、分泌物、その鑑定に於いては様々な要素が検査され、
個人の識別を初めとした指紋とその付着に関わる
状態、性質の把握が行われています」

「今では常識として知れ渡っているから、
計画犯罪であれば大概の犯罪者は手袋等を用意する。
もっとも、手袋による接触もある程度の痕跡の付着は避けられない。
仕事柄、そうした事を扱う機会は少なからず経験しています。
じゃあ、あの人の指紋は、実際にはどんな状態で………」

「古典的な物証、か」

英理が言葉を切ってふと思考に沈み、真純も真面目な顔で呟く。
その英理が、動きを取り戻してスマホを取り出した。

196カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:32:06 ID:DoZSdFE6

「もしもし、蘭? え? それじゃあ来てるの?
タチバナキョウコ、登録番号確認したら私に送って、
今から戻るからそれでいいなら上がって待っててもらって頂戴。
杉下さん」

電話を切った英理が右京に声を掛ける。

「御免なさい、すぐに戻らなければならなくなりました」

「いえ、大変な時に時間を割いていただいて」

「世良さん、今回の事は、
まず結果オーライで有意義だった事にはお礼を言うけど、
特に信頼を求められる探偵の行動として愉快とは言い難いものがあるわ。
あなたの事は信頼しているみたいだから、
これからも蘭の事をよろしくお願いします」

「はい、その点はすいませんでした。
お嬢さんはいいお嬢さんです」

英理が、紙幣を置いて店を後にする。

「それでは、僕も済ませたい用事がありますから」
「分かりました………失礼」

真純が立ち上がり、お花を摘みに移動する。
真純が店の奥に消えた頃、
右京は自らのスマホでメールを早打ちしていた。

197カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/11/29(木) 03:33:20 ID:DoZSdFE6

==============================

今回はここまでです>>178-1000
続きは折を見て。

198カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/12/31(月) 02:57:14 ID:v7.WoG0k
それでは今回の投下、入ります。

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>>197

ーーーーーーーー

「もしもし、コナン君?」

「妃法律事務所」で、スマホに着信した電話をとった蘭が問いかける。

「蘭姉ちゃんっ、おばさんから何か連絡あったっ?」

「お母さん? もうすぐ帰って来ると思うけど」

「だから、おばさんからの連絡は?」

「どうしたの? お父さんの弁護人の志願者が来てるって報せたら
すぐに帰って来るって」

「あ、そうなんだ。
えっと、その電話した時、おばさん何か変わった事は?」

「ううん、何にも。本当にどうしたのコナン君?」

「い、いや、なんでもない。僕もすぐに戻るから」

199カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/12/31(月) 02:58:37 ID:v7.WoG0k

「どうかしましたか?」

スマホの電話を切り、首を傾げていた蘭に、
応接セットのソファーに掛けた女性が声を掛ける。

「いえ、もうすぐ戻りますので」

少々困惑した様な蘭の言葉に、女性はにっこり頭を下げる。
その時、蘭は、事務所の玄関ドアが開く音を聞く。

「お母さん? ………」

蘭は、戻って来た母の背後に見知らぬ中年男性の姿を見た。

「あなたが橘先生?」
「はい」

英理の言葉に、待っていた女性、橘境子が立ち上がり一礼する。

「ごめんなさい、もう少しの間だけみんなそこを動かないで」
「はあ………」

事務所にいる境子、蘭、園子が戸惑いを隠せない間に、
英理の背後から現れた男性が肩から下げた
機材に繋がったアンテナを室内に向けながら事務所に入って来た。
そして、少しの間、事務所内をあちこちうろついて回る。

200カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/12/31(月) 02:59:49 ID:v7.WoG0k

「大丈夫みたいですね」
「そう」

男性が、英理に報告する。

「あの、もしかして盗聴器発見業者の方ですか?」

「盗聴器っ?」

境子の言葉に、蘭の声が跳ねた。

「ええ、知人から紹介してもらったの。
仕事柄ね、セキュリティー点検をお願いしたんだけど、
来客中にごめんなさい橘先生」

「いえ、弁護士として行うべき事ですから。
橘境子、弁護士です」

「小曽根です。今はこちらが本業ではないのですが」

境子と小曽根が名刺を交換する。

「それじゃあ、請求書を送ってもらうと言う事で」

「本当に良かったんですけど、そうさせていただきます」

小曽根が頭を下げ、事務所を出て行く。

201カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/12/31(月) 03:01:19 ID:v7.WoG0k

「ごめんなさい、お待たせした上にバタバタして。
改めまして妃英理です」

「橘境子です。先生のお噂はかねがね」

名刺交換を行いながら、英理は境子を見定める。
年齢はまだ二十代だろうか、
地味な丸眼鏡が彼女をより童顔に見える。
黒いパンツ・スーツにも着られている感じで、
第一印象を言えば野暮ったく頼りない。
それは、あざといぐらいに。

「それで、毛利小五郎の弁護の件でこちらに来たと伺いましたが?」

「はい、弁護人を探していると弁護士会で聞きました。
私、橘境子に『眠りの小五郎』の弁護をさせてください!」

境子がぱたんと一礼した所で、ばたんとドアが開く。

「コナン君、何処行ってたの?」

事務所の玄関ドアが開き、そこでスケボーを抱えて
ぜーはー荒い息を吐いている男児、
帝丹小学校一年生江戸川コナンに蘭が声を掛ける。

202カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/12/31(月) 03:03:39 ID:v7.WoG0k

「ごめん、蘭姉ちゃん。おばさんは?」

「どうしたのコナン君?」

そんなコナンに、妃英理も不思議そうに声を掛けた。

「あ、はは、ごめんなさい。えっと、その人は?」

「弁護士の橘境子さん。
お父さんの弁護をさせて欲しいって」

「弁護士さん?」
「この子は?」

蘭の説明にコナンが聞き返し、境子が訝し気にコナンを見る。

「あ、江戸川コナン君です。
事情があって父が預かってる」

「こんにちは」

「こんにちは」

蘭が説明してコナンと境子が挨拶を交わす。

203カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/12/31(月) 03:05:11 ID:v7.WoG0k

「あの、話を進めても」

「ええ、構わないわ。
この子も、邪魔にはならないと思うから」

「妃先生がそうおっしゃるのでしたら」

橘境子は、手始めに過去に自分に手掛けた事件に就いての
簡単な資料をデスクに広げた。

ーーーーーーーー

「女性の趣味が変わったのかしら?」

「正直、来てくれるか厳しいって思ってたよ」

お目当ての店の側で、冠城亘は九条玲子と言葉を交わしていた。

204カノコミ ◆EO2CFwwgUE:2018/12/31(月) 03:06:12 ID:v7.WoG0k

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今回はここまでです>>198-1000
続きは折を見て。

恐らくは今年最後の投下です。
よいお年を。


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