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【ぼく勉】小美浪先輩「この前は本当に悪かった」成幸「はい?」

1以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/10(月) 23:23:54 ID:w/7Zs4bc
………………海での一件から数日後 予備校

成幸 「なんです、藪から棒に」

小美浪先輩 「いや、メールでも謝ったけど、これだよ。ほれ」

成幸 (紙袋? 中身は……)

成幸 「あっ……ああ。これ、海で貸したシャツですね」

小美浪先輩 「いや、ほんと悪かったな。返すの忘れて先に帰って」

小美浪先輩 「メールでは大丈夫だったって言ってたけど、本当に大丈夫だったのか?」

成幸 「えっ、あー……」

成幸 (……帰りに乗せてもらった桐須先生の車の運転は、正直全然大丈夫ではなかったけど、)

小美浪先輩 「? 後輩?」

成幸 (それをこの愉快的な先輩に話したら、また桐須先生をからかうネタにしかねないし)

成幸 (わざわざ言うことではないな。よし)

小美浪先輩 「おーい、こうはーい。どうしたー?」

成幸 「……すみません。大丈夫でしたよ。海の家ですぐに新しいシャツを買えましたし」

小美浪先輩 「そ、そうか……」 ホッ

505以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 14:49:39 ID:4bT1U2zI
………………メイド喫茶 High Stage

あすみ 「おい、後輩。なんでこの世には縦波と横波なんてものがあるんだ?」

成幸 「いきなりとんでもないこと言い始めましたね。なんですか」

あすみ 「力学はまぁ、なんとか、分からんでもないような領域に来たような気がするが……」

あすみ 「相変わらず波がよくわからねーんだよ。横波はまだいいよ。なんだよ縦波って。舐めてんのか」

成幸 「珍しくめちゃくちゃなこと言ってますね。前に古橋も似たようなこと言ってましたよ?」

あすみ 「……あいつらと同レベルのことを言ってしまった……」

ズーン

成幸 (……めずらしく感情の浮き沈みが激しい。相当波に手こずってるみたいだな)

成幸 (とはいえ……)

ガヤガヤガヤガヤ……

成幸 「先輩、波の単元については分かりやすくまとめておきますから、仕事に戻ってください」

成幸 「お客さん増えてきましたよ」

あすみ 「む……。たしかにそうだな。よし、戻るか……」

あすみ 「………………」

506以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 14:50:13 ID:4bT1U2zI
パッ

あすみ 「……今日も一日がんばりましゅみー! 小妖精メイド、あしゅみぃ復活でーっす!」

客1 「あ、あしゅみーだー! 俺、注文あるからこっち来てー!」

あすみ 「はーい、ただいま参りましゅみー!」

客2 「その次こっち来てねー!」

あすみ 「はいはーい。おねーさんちょっと待っててねー」

客3 「あしゅみー、あとで愛してるゲームお願い! 今日こそ勝つからねー!」

あすみ 「きゃー、今日こそ負けちゃうかもー!」

成幸 「………………」

成幸 「……相変わらずすごい変わり様だ」

成幸 (俺にもああいう調子でいてくれればなぁ……)


 『成幸くんっ、いつもお勉強教えてくれてありがとうございましゅみー!』


成幸 (……いや、やっぱり気持ち悪いからいつもの先輩でいいや)

507以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 14:51:13 ID:4bT1U2zI
………………

?? 「ふむ……」

?? 「あれが噂の、小妖精メイドあしゅみぃか……」

?? 「噂に違わぬカリスマ性……いや、アイドル性を持ち合わせたメイドだな」

?? 「………………」

?? 「……ふむ」

クスッ

?? 「欲しいな」

マチコ (……うーん)

マチコ (あの隅の席に座ってる人、あしゅみーをずっと見てるような……)

マチコ (一体なんなんだろう……?)

508以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 14:52:07 ID:4bT1U2zI
………………閉店後 掃除

あすみ 「……っふぅー。やっとバイト終わりかー。今日はお客さんめっちゃ多かったなー」

成幸 「そうですね。先輩も今日はやけに気合い入ってましたね」

あすみ 「まぁなー。勉強で分からないところにぶち当たったストレスは、仕事で発散するに限るからな」

マチコ 「はは、バイトとストレス発散が兼ねられるなんて、あしゅみーはほんとすごいよね」

あすみ 「……っつーか、マチコ、後輩に掃除までさせてるのかよ。アタシの勉強を見るだけじゃないのか?」

マチコ 「心配召されるなー。ちゃんと店長にバイト代払わせてるから大丈夫」

成幸 「俺も、問題集を買うお金になるから助かってます」

あすみ 「……お前がいいならいいけどさ」

カランコロン……

マチコ 「ん……? 入店のベル? 変だなぁ。閉店の札は下げといたはずだけど……っと」

?? 「……失礼するよ」

成幸 (女の人……?) 「あ、すみません。お店はもう閉店で……」

マチコ (……この人、閉店までずっと店の隅にいた……あしゅみーのことずっと見てた人だ!)

マチコ (まさか、あしゅみーのストーカー……!?)

509以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 14:53:23 ID:4bT1U2zI
?? 「ああ。閉店後でないとつかまらないと思ったからね」 ニコッ 「“あしゅみー” さん?」

あすみ 「えーっと、どちらさまですかー?」 キャルン

?? 「素晴らしい変わり身の速さだな。私が店の客だと見抜いたか」

?? 「ともあれ、すまない。先に名乗るべきだったな。名刺をあげよう」

?? 「こういう者だ。以後お見知りおきを」

あすみ 「……? “アイドル事務所 『ジャムレーズン』 社長兼プロデューサー 五反田音羽” さん……?」

?? 「まぁ、“ここ” で名前を出すものでもないだろうから、気軽にプロデューサーと呼んでくれ。アイドルたちからもそう呼ばれている」

マチコ 「……!? ジャムレーズン!? ジャムレーズンってあの、“レーズンデート” の事務所の!?」

あすみ 「有名なのか?」

マチコ 「テレビとか見ないのあしゅみー!? 唯我クンは……ああ、当然のようにクエスチョンマークが浮かんでるね!」

マチコ 「今年メジャーデビューして、人気急上昇中のアイドルユニットだよ!」

あすみ 「お察しの通り、テレビあんまし見ねぇしなぁ」

成幸 「同じく……」

プロデューサー 「手前味噌ではあるが、それなりに有名になったつもりだったが、まだまだみたいだな」

マチコ 「いや、このふたりがストイックすぎるだけなので、お気になさらずに……」

510以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 14:54:34 ID:4bT1U2zI
あすみ 「えーっと、話が読めないんだが……アイドル事務所のプロデューサーさんがアタシに何の御用向きで?」

プロデューサー 「ゆっくり話したいことがある。が、今日はもう遅い。明日あたり、時間をもらえないだろうか」

あすみ 「なんか、えらくもったいぶりますね。べつにアタシとしちゃあ興味もないし、聞く気もないんですが」

プロデューサー 「素の君は随分と弁が立つようだな。ますます興味が湧いたよ」

プロデューサー 「まぁ、隠すことでもないし、一言だけはっきりいうとすれば……」


プロデューサー 「君に光り輝くアイドルのオーラを見た。うちの事務所でアイドルとしてデビューしないか?」


プロデューサー 「……といったところかな。ま、興味があったら明日、電話をくれ。この辺のファミレスででも話をしよう」

プロデューサー 「電話をくれることを期待してるよ。じゃあね」

あすみ 「言いたいことだけ言って行っちまった。結局なんだったんだ?」

成幸 「さぁ、俺にもよく分からないですけど……」

マチコ 「……あ、あしゅみー、す、すす、すごいことになったよ」

あすみ 「あ?」

マチコ 「あしゅみー、アイドルになれるかもしれないんだよ!?」 キラキラキラ

あすみ 「……はぁ?」

511以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 14:55:24 ID:4bT1U2zI
………………

マチコ 「これがレーズンデートのメンバー。四人組だね。リーダーのカトルちゃんと……」

あすみ 「あー、いい。どうせ覚えられないから」

成幸 「なんかメイド服っぽい格好ですね」

マチコ 「いいところに気づいたねえ唯我クン。レーズンデートのモチーフはメイドだからね」

マチコ 「で、これがレーズンデートのPV」

あすみ 「………………」

マチコ 「もう少し楽しそうな顔して観て欲しいかな?」

あすみ 「んなこと言われてもなぁ……」

成幸 「え、えっと、可愛らしい衣装と振り付けですね。歌も上手です」

マチコ 「唯我クンの気遣いが胸に刺さるよ……」

あすみ 「……それより事務所の社長のページ、ほんとにさっきの女の人の写真があるな」

あすみ 「本物かよ。暇なのか、アイドル事務所の社長って?」

成幸 「プロデューサーも兼ねてるって言ってましたから、暇なことはないと思いますけど……」

マチコ 「仕事だと思うよ? 新しいアイドルの発掘もプロデューサーの仕事だろうから」

512以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 14:56:05 ID:4bT1U2zI
あすみ 「それでアタシに目をつけるって……大体、アタシみたいなちんちくりん、テレビ映えしないだろ」

マチコ 「そのあたりは詳しくないから知らないけど……でも、そういうところも含めて、お眼鏡に適ったんだと思うよ?」

あすみ 「これほど嬉しくないことも初めてだけどな……」

マチコ 「えーっ、あしゅみー、アイドル興味ないの!? 女の子だったら誰だって憧れるでしょ!?」

あすみ 「それだとアタシ、女の子じゃないことになるな。まぁ別に構わねぇけど」

マチコ 「唯我クンもそう思うよね!? アイドル憧れたこととかあるよね!?」

成幸 「すいません。俺はそもそも女の子じゃないので分かりません」

マチコ 「かーっ。これだからよー。これだから受験戦争は百害あって一利無しなんだよー」

あすみ 「関係ねーだろ。意味なくやさぐれんな。アタシはアイドルなんぞ興味ない。っつーか、アタシがなりたいのは医者だ」

あすみ 「医者とアイドルなんて方向性が真逆じゃねぇか。アタシには縁のない話だよ」

マチコ 「……えー、でも、もったいないなぁ。あしゅみー、可愛いし、アイドルになれば大人気だと思うけどな」

マチコ 「軽音だってやってたんでしょ? ギターもやれるメイドアイドルとか最高じゃない?」

あすみ 「何がどう最高なのか分からねぇよ。ギターだって趣味程度だ。仕事にする気はない」

マチコ 「……はぁ。せっかくアイドルデビューするあしゅみーの推し一号になれるかも、とか思ったけど、本人にその気がないんじゃ仕方ないね」

あすみ 「ああ。まぁ、気をもたせんのも悪いから、明日断りの電話だけ入れておくさ」

513以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 14:57:20 ID:4bT1U2zI
あすみ 「変なことがあったせいで掃除が長引いちまったな。さっさと帰ろうぜ」

マチコ 「はーい」

成幸 「………………」


―――― 『……今日も一日がんばりましゅみー! 小妖精メイド、あしゅみぃ復活でーっす!』

―――― 『あ、あしゅみーだー! 俺、注文あるからこっち来てー!』

―――― 『はーい、ただいま参りましゅみー!』

―――― 『その次こっち来てねー!』

―――― 『はいはーい。お嬢様もちょっと待っててくださいねー』

―――― 『あしゅみー、あとで愛してるゲームお願い! 今日こそ勝つからねー!』

―――― 『きゃー、今日こそ負けちゃうかもー!』


成幸 (……こんなこと言ったら絶対不機嫌になるから言わないけど、)

成幸 (たしかに、店での先輩を見ている限り、先輩にアイドルってぴったりなんじゃないか?)

成幸 (本人が気にしている通り背は低いけど美人さんだし、顔が小さいから全体のスタイルだって悪くない)

成幸 (……まぁ、絶対本人には言わないけど)

514以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 14:58:06 ID:4bT1U2zI
あすみ 「………………」 コソッ 「……おい、後輩」

成幸 「わっ……き、急に距離を詰めないでくださいよ。びっくりした……」

あすみ 「店で発情してんじゃねーよ、スケベ君。それより、この後暇か?」

成幸 「へ? まぁ、家に帰って勉強するだけですけど……」

あすみ 「じゃあ、悪いけどちょっと付き合えよ。親父がお前を家に連れてこいってうるさいんだよ」

あすみ 「お前のことえらく気に入ったみたいでな。最近じゃあの人お前のこと息子って呼んでるぞ……」

成幸 「待ってください。怖くなってきました。嘘だってバレたらどうなるんですか!?」

あすみ 「……まぁ、そんときゃそんときだ。それに……」

ギュッ

成幸 「!?」 (ち、ちかっ……つか、なんで腰に手を回して……!?)

あすみ 「嘘を本当にするのも、アリかな、なんて……」

成幸 「へっ!? そ、それって……」

あすみ 「……お前、いい加減学習しろよ。冗談だよ」

成幸 「だぁあああああ!! そういう冗談やめろって言ってるでしょーが!」

成幸 「っていうか肉体的接触は冗談でもなんでもないですよ!?」

515以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 14:58:46 ID:4bT1U2zI
あすみ 「怒るなって。帰りにコンビニで肉まんおごってやるから」

成幸 「ごちそうさまです!」

あすみ 「……肉まんひとつで機嫌を直しちまうお前の将来が少し心配だよ」

マチコ 「ほらー、唯我クンもあしゅみーも、じゃれてないで早くかえろーよー」

あすみ 「ああ、悪い悪い。じゃあ行くぞ、後輩」

成幸 「あ、はい。ちょっと待ってください、荷物取ってきます!」

あすみ 「おうよー」

あすみ 「………………」

あすみ (……アイドルかぁ)

あすみ (考えたこともなかったし、そんなことを急に言われたって、全然実感わかねぇよ……)

あすみ (ジャムレーズン、ねぇ……)


―――― 『君に光り輝くアイドルのオーラを見た。うちの事務所でアイドルとしてデビューしないか?』


あすみ 「………………」

あすみ (……いや、光り輝くアイドルのオーラってなんだよ)

516以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 15:00:01 ID:4bT1U2zI
………………小美浪家

あすみ 「………………」

成幸 「………………」

小美浪父 「………………」

プロデューサー 「………………」

あすみ (……なぜだ。なぜ、こんなことになっている?)

あすみ (途中まではなんの問題もなかった。ピザまんと肉まんを買い、後輩と交換こしながら食べたりしたくらいまでは)

あすみ (家に帰ってすぐ、違和感があった。いつもは父の靴しかないはずの玄関に、なぜか女物のパンプスがあった)

あすみ (よもや女でも連れ込んでるのかクソ親父と息巻いて居間に行ったら、ほんの数十分前に会ったうさんくさいプロデューサーの姿がそこにあった)

あすみ 「……いや、あんた明日電話をくれとか言ってなかったか!?」

プロデューサー 「いやー、私も途中まではそのつもりだったんだけどなぁ」

プロデューサー 「社長として、いや、プロデューサーとしての直感で 「あ、こいつ断るつもりだな」 って分かったからさ」

プロデューサー 「先手を打って外堀を埋めるためにおうちにお邪魔しちゃいました」

あすみ 「笑顔でえげつないこと言うなあんた!」

517以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 15:01:30 ID:4bT1U2zI
成幸 「……えっと、とりあえず、俺はお邪魔みたいですから、帰りますね」

ガシッ

成幸 「へ……? 先輩?」

あすみ (……このカオスな空間にアタシひとり置いていくつもりか!?) コソッ

成幸 (そんなこと言われたって、俺にもどうすることもできないですよ!?) コソッ

あすみ (いいから、ここにいてくれるだけでいいから! 頼む……)

成幸 (うっ……そ、そんな顔しないでくださいよ。わかりました。俺もここに残りますから)

あすみ (……悪い。サンキュな、後輩)

プロデューサー 「……ふむ」

プロデューサー 「突然申し訳ないが、その仲睦まじい様子、君たちは付き合っているのか?」

成幸 「はい!? え、えっと……」

小美浪父 「………………」

成幸 「は、はい。付き合ってます……」 (お父さんの手前、この人にもうそをつかなくちゃ……)

あすみ 「そ、そうだ! アタシと後輩は付き合ってるんだ。だからアイドルなんて――」

プロデューサー 「――その点なら安心して欲しい。恋人がいようがなんだろうが、私は構わない」

518以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 15:02:12 ID:4bT1U2zI
あすみ 「は……? い、いや、でも、アイドルって普通、そういうの厳禁なんじゃ……」

プロデューサー 「普通はね。でも、私はべつにそうとは思わない」

プロデューサー 「現に、君とユニットを組んでもらおうと思っているこの写真の子、一ノ瀬一乃というが、」

プロデューサー 「ファンのヨシくんと清く正しいお付き合いをしている」

プロデューサー 「他のファンもそれを理解した上で、ファンでい続けてくれているよ」

あすみ 「いや、えっと……」

あすみ 「お、親父! なんでさっきから黙ってるんだよ! 娘がわけわからんアイドル事務所に勧誘されてるんだぞ!」

あすみ 「親父、あんたこういうの好きじゃないだろ? ビシッと言ってやってくれよ」

小美浪父 「………………」

小美浪父 「……この事務所の中期経営計画を見せてもらった。堅実な経営方針だ」

あすみ 「は……?」

小美浪父 「上場も視野に入れているようだし、何より投資も積極的に行っている。副業の喫茶店経営の方も順調そのものだ」

あすみ 「親父……?」

小美浪父 「……そして何より、娘がアイドル……」 パァアアア 「……パパ、アリかな、なんて思うんだ」

成幸 「お、お父さん……?」 (見たこともないような晴れやかな顔だ……)

519以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 15:03:13 ID:4bT1U2zI
あすみ 「ダメだこの親父! 完全に向こう側についてやがる!!」

あすみ 「ああ、くそ! 誰がなんと言おうとダメなものはダメだ! アタシは、この病院を継ぐって決めてるんだよ!」

あすみ 「アイドルなんかやってられるか! アタシは勉強で忙しいんだよ!」

プロデューサー 「ほう。では、あしゅみーさんはいま、医学部の学生さんということかな?」

あすみ 「っ……」 ギリッ 「まだ、違うけど……」

プロデューサー 「そうか。それはそれで構わない。医者を目指しながらでも、アイドルはやれる」

あすみ 「舐めんな! アタシは、そんな半端な気持ちで何かをやるつもりはない!」

小美浪父 「……なぁ、あすみ」

あすみ 「……なんだよ、親父」

小美浪父 「……なら、本気でやってみたらどうだ?」

あすみ 「なっ……。お、親父、あんた……」

小美浪父 「……色々なことを考えた。お前の将来のことや、この病院のことも」

小美浪父 「お前は、私がどんなに諦めろと言っても、医学部受験を諦めなかったな」

小美浪父 「他の道など考えられないと。他にやりたいことなどないと」

520以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 15:03:49 ID:4bT1U2zI
あすみ 「親父……。何が言いたいんだよ」

小美浪父 「たしかに、他にやりたいことがないのに、適当な進路を目指すのは苦痛だろう」

小美浪父 「なら、アイドルはどうだ? 今まで考えたこともなかった進路が目の前にあるんだ」

小美浪父 「少し考えてみろ。そうやって、そのときの気持ちで感情的になるのは、お前の悪いところだ」

あすみ 「っ……」

小美浪父 「お前、人前で歌ったりするの好きだろう? 高校でも軽音をやっていたじゃないか」

小美浪父 「今だってときどき、ギターの練習をしているのを聞いているぞ」

あすみ 「そ、それは! ただの趣味だよ……そんなの……」

小美浪父 「もちろん、本当のアイドルになるのはとても大変なことだろう。なれる保証もない」

小美浪父 「だが、お前の苦手な理科科目を苦しい思いをして乗り越えて、その先にお前は本当に幸せになれるのか?」

小美浪父 「……なぁ、あすみ」


小美浪父 「……お前は、本当に医者になりたいと思っているのか?」


あすみ 「ッ……!」

小美浪父 「……これはずっと、言おうと思って言えなかったことだ。言ってしまえば、戻れないと思ってな」

521以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 15:04:36 ID:4bT1U2zI
あすみ 「……なんで」

あすみ (なんで、あんたがそんなことを言うんだよ……)

あすみ (なんで……!)


―――― 『……お前は、本当に医者になりたいと思っているのか?』


あすみ (……そんなの)


―――― 『あたし、おとなになったら、このびょーいんのせんせーになる!』

―――― 『お医者さんになるのかい?』

―――― 『うん! それでね、おとーさんのお手伝いするの!』

―――― 『……そうかぁ。嬉しいな。じゃあ、お父さん、お前がお医者さんになるの、楽しみに待ってるよ』


あすみ (そんなの、あんたが一番よく知ってるだろうが!!)

グスッ

あすみ 「ッ……」 ガタッ

成幸 「先輩!? ど、どこに行くんですか!!」

522以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 15:05:26 ID:4bT1U2zI
成幸 「っ……お、お父さん! 今のはいくらなんでも……」

小美浪父 「……なぁ、唯我くん。あすみは本当に国立医学部に入れると思うかい?」

成幸 「そ、そんなの……」

成幸 「やってみなくちゃわからないじゃないですか!!」

成幸 「わからないから、がんばってるんでしょう。わからないから、やるしかないんですよ」

成幸 「少なくとも、先輩はそのために最大限の努力をしていると、俺は思いますよ」

小美浪父 「………………」

成幸 「……すみません。言いすぎました。先輩を追いかけます。失礼します」

タタタタ……

小美浪父 「……と、いうことです。足を運んでいただいたのに、申し訳ない」

プロデューサー 「いえいえ。というか、私のせいで家庭不和を起こしてしまったのなら、謝っても謝りきれないのですが……」

小美浪父 「いや、避けては通れない道ですから。いい機会でした」

小美浪父 「……彼がそばにいてくれるなら、私ももう少し、あすみの自由にさせてあげようかと思います」

小美浪父 「すみません。お引き取りください」

プロデューサー 「わかりました。それでは、失礼します」

523以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 15:06:14 ID:4bT1U2zI
………………公園

あすみ 「………………」

グスッ

あすみ (……情けねぇ。泣き止めよ、アタシ。そんなに弱かねぇだろうが)

あすみ (べつに、アタシは、アタシがなりたいから医者を目指してるだけだ)

あすみ (アタシが、あの医院を継ぎたいから、医者になろうとしているだけだ)

あすみ (親父なんか関係ない。親父のことなんか……)

グスッ

あすみ 「っだー!! ちくしょう! いい加減止まれよー!!」

  「……珍しく荒れてますね。先輩らしくないですよ」

あすみ 「へっ……こ、後輩……?」

ハッ

あすみ 「こ、こっち見んな!」

成幸 「……泣き顔見せたくないのはわかりますけど、今さら見ても見なくても変わりませんからね?」

あすみ 「う、うるせー!」

524以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 15:06:57 ID:4bT1U2zI
成幸 「あと……」

ファサッ

あすみ 「へ……? これ、お前の上着……」

成幸 「さすがに夜は冷えますよ。ノースリーブじゃ寒いでしょ」

成幸 「へくしっ……」

あすみ 「……お前がくしゃみしてるじゃねぇか」

成幸 「俺はいいんですよ。女性が身体を冷やすのはよくないって、医者志望なら知ってるでしょ」

あすみ 「……調子狂うこと言いやがるな。なんだ? 弱ったアタシなら勝てると踏んだか?」

成幸 「先輩と勝ち負けを競った憶えはありませんよ。でも、良かった」

あすみ 「あん?」

成幸 「泣き止みましたね」

あすみ 「ぐっ……」 ジロッ 「なんだ、後輩。今日はえらく調子狂うことばっかり言うじゃねぇか」

成幸 「先輩の方こそ、やけに弱気で調子狂いますよ。お父さんに何も言い返さずに逃げるなんて、らしくない」

あすみ 「……うるせぇ」

525以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 15:07:51 ID:4bT1U2zI
あすみ 「お小言垂れるためにアタシを追いかけてきたのか?」

成幸 「それもありますけどね。“いてくれ” って言ったくせに、自分が逃げ出すし……」

あすみ 「うっ……。それは、悪いとは思ってるけど……」

成幸 「それに、お父さんの手前、追いかけないわけにもいかないでしょう?」

成幸 「俺は、先輩の彼氏なんですから」

あすみ 「っ……」

あすみ (……本当に、調子狂うことばっかり言いやがる)

あすみ 「……お前は、」

成幸 「はい?」

あすみ 「……お前も、アタシにアイドルになれって言うのか?」

成幸 「………………」

成幸 「……まぁ、正直、先輩はアイドル気質っていうか、ぴったりだと思いますけどね」

あすみ 「………………」

成幸 「でも、先輩は医者になりたいんでしょう? あの病院を継ぎたいんでしょう?」

あすみ 「……ああ」

526以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 15:08:35 ID:4bT1U2zI
成幸 「じゃあ、アイドルなんて目指してる場合じゃないでしょう」

あすみ 「え……?」

成幸 「……一次試験も近いんです。気は抜いてられませんよ」

成幸 「早く帰って勉強しましょう? 波の部分、俺がまとめたノート、ちゃんと読んでおいてくださいよ?」

成幸 「せっかくがんばって書いたんだから……」

あすみ 「………………」 クスッ (……そうか。そうだよな。お前は、)

あすみ (……お前は、アタシのことを、よく分かってやがるな)

成幸 「……先輩? 聞いてます?」

あすみ 「聞いてるよ。わかってる。お前がせっかく書いてくれたんだから、ちゃんと読んでおくよ」

あすみ 「……読んでおくから、明日、また勉強付き合ってくれ。すぐ確認したい」

成幸 「いいですよ。さっさと苦手を潰しちゃいましょう」

あすみ 「ああ。頼むぜ、後輩」

成幸 「はい、先輩」

527以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 15:09:15 ID:4bT1U2zI
………………小美浪家

小美浪父 「………………」


―――― 『あたし、おとなになったら、このびょーいんのせんせーになる!』

―――― 『お医者さんになるのかい?』

―――― 『うん! それでね、おとーさんのお手伝いするの!』

―――― 『……そうかぁ。嬉しいな。じゃあ、お父さん、お前がお医者さんになるの、楽しみに待ってるよ』


小美浪父 「……もちろん、覚えているさ」

小美浪父 「覚えているからこそ、お前が昔の約束に縛られているんじゃないかと不安になるんだ」

小美浪父 「私が不用意に言ったことで、お前が不自由な思いをしているんじゃないかと、怖いんだ」

小美浪父 「だから……――」


あすみ 「――関係ねぇよ。そんなの」


小美浪父 「……!? か、帰っていたのか、あすみ」

あすみ 「おう。ただいま」

528以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 15:09:48 ID:4bT1U2zI
あすみ 「………………」

小美浪父 「………………」

あすみ 「……アタシは、べつに、そんな昔のことを引きずってるわけじゃない」

あすみ 「たしかに、きっかけはそれだったかもしれない」

あすみ 「でも、もっと色んなことを考えて、医者っていう進路を選んだんだ」

小美浪父 「あすみ……」

あすみ 「だから、べつにあんたが責任感じる必要はねぇよ。アタシはアタシだ」

小美浪父 「………………」

小美浪父 「……そうか。それもそうだな」

小美浪父 「まぁ、無理だとは思うが、せいぜいがんばりなさい。国立大医学部」

あすみ 「……けっ。後で吠え面かいてもしらねぇからな」

小美浪父 「唯我くんに迷惑をかけるのもほどほどにな」

あすみ 「うるせぇ。……わかってるよ」

529以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 15:10:43 ID:4bT1U2zI
小美浪父 「……ところで、その上着は、唯我くんのか?」

あすみ 「ん……あ、やべ、返すの忘れた……」

小美浪父 「……なぁ、あすみ」

あすみ 「あん?」

小美浪父 「……医学部を目指そうとアイドルを目指そうと何を目指そうといい」

小美浪父 「後生だから、唯我くんだけは離すなよ。私は将来、彼と酒を酌み交わすのを楽しみに今を生きているんだ……」

小美浪父 「ああ、息子よ……」 キラキラキラ……

あすみ 「………………」

あすみ (……悪い、後輩)

あすみ (お前、マジでアタシと結婚することになるかもな)

あすみ (……まぁ、) クスッ (アタシはべつに構わないけど、なんて……)

あすみ (……明日言ってやったら、また顔、真っ赤にするかな)

あすみ (楽しみだな。また明日、後輩と勉強……)

あすみ (あいつ、どんな顔をするのかな)


おわり

530以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 15:11:24 ID:4bT1U2zI
………………幕間 「IDOROLL 受難のスカウト」

プロデューサー 「……もしもし? 一乃か? ああ、悪い。取りそこねたよ、新人」

プロデューサー 「お前と身長的にもぴったりだから、期待したんだけどな」

プロデューサー 「しかも、ギターもやってたっていうし、こりゃ願ったり叶ったりって感じだったんだが……」

プロデューサー 「琴弾をセンターにおいて、お前と新人で両サイドギター……なんて……」

プロデューサー 「……あー、わかってるよ。できるだけ早くメジャーデビューさせてやるから焦るなって」

プロデューサー 「じゃあな。明日の公演もあるんだから、早く寝ろよ?」 ピッ

プロデューサー 「……あしゅみー、かぁ。惜しいなぁ。アイドルやってくれないかなぁ」

プロデューサー 「……まぁ、仕方ない。大人しく次の候補を……――」

トトトトトト……

理珠 「……えっと、次の出前先は……」

プロデューサー 「!?」 (あ、あの小ささに、あの凶悪なブツ……そして和服に眼鏡!? 萌え要素の怪物か!?)

プロデューサー 「き、君! アイドルやらないか!?」

理珠 「は? やりませんけど?」

おわり

531以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 15:15:14 ID:4bT1U2zI
>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございました。

興味がある方は、IDOROLLもぜひ読んでみてください。


では、また折を見て投下します。

532以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 16:58:52 ID:r2IFscTc

筆早いっすね

533以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:24:01 ID:4bT1U2zI
>>1です。
投下します。


【ぼく勉】うるか 「フルピュアダンスショー?」

534以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:24:47 ID:4bT1U2zI
………………水泳部

滝沢先生 「そうなんだ。文化祭でのダンスが好評だったみたいでな」

滝沢先生 「ぜひダンスショーをお前たちにやってほしいと、近くの幼稚園たってのお願いなんだそうだ」

滝沢先生 「近隣の幼稚園や保育園の子どもたちと、地域の子どもたちを集めて、学校で開催するらしい」

海原 「センセー、一応私たち受験生なんですけど」

滝沢先生 「んなことわかってるよ。私だって悪いと思ってるんだ。武元は国体も控えてるしな」

滝沢先生 (学園長め。近隣の幼稚園からほいほい仕事を引き受けてきやがって、)

滝沢先生 (最終的に生徒にお願いするのは私たち教員だって分かってんのか、あの人……)

滝沢先生 「こういう言い方をするといやらしいが、ボランティアの実績にもなるし、推薦書や願書にも書ける」

滝沢先生 「あと、やってくれたら飯くらい奢ってやるよ。だから引き受けてくれ、頼む」

海原 「んー、まぁ、わたしは構わないけど……」

川瀬 「私もだ。先生にここまで言われちゃ、やるしかないっしょ」

滝沢先生 「本当か? 悪い、助かる」

うるか 「………………」

滝沢先生 「武元……? やっぱりお前は、国体もあるし、難しいか?」

535以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:26:03 ID:4bT1U2zI
うるか 「へっ? あ、いや、そうじゃなくて、ちょっと考え事してて……」

うるか 「あたしも、やってもいいです。ただ、衣装が……」

滝沢先生 「衣装? 文化祭で踊ったときの衣装が三人分あるだろ?」

うるか 「いや、あれだけだと、主人公のフルピュア・ピンクがいなくてバランスが悪いっていうか……」

うるか 「そもそもフルピュア・ダークネスを含めた四人でフルピュアというか……」

うるか 「あ、いや、もちろんダークネスはまだライバルキャラですけど、気持ちは完全にピンクに傾いているし……」

うるか 「そろそろ正式にフルピュアに加入する気がするんですよね。そうしたら名実ともに――」

滝沢先生 「――ま、待て、武元。お前が何を言っているのか少しも理解できん」

滝沢先生 「ともあれ、私の記憶違いかもしれんが、ピンク色の衣装も文化祭の予算で買っていたはずだが……」

うるか 「……あー、えっと……桐須先生が着て……」

滝沢先生 「着て?」

うるか (……破いちゃったとか言ったらかわいそうだよね……えっと……)

うるか 「……気に入ったって言って、持って帰っちゃいました」

滝沢先生 「………………」

滝沢先生 (……驚いた。桐須先生にそんな趣味があったのか。これは、聞かなかったことにした方がよさそうだ)

536以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:30:55 ID:4bT1U2zI
滝沢先生 「……まぁ、なんにせよ三着しか衣装がない上に、踊れるのがお前たち三人だけなら、」

滝沢先生 「三人でやってもらうしかないだろうな」

うるか (……うーん、でもなぁ。ピンクがいないんじゃ、きっと子どもたちもガッカリだよ)

うるか (なんとか手はないかな……)

ハッ

うるか 「あっ……」

滝沢先生 「どうかしたか?」

うるか 「……良いコト思いついちゃいました!」

うるか 「先生、ちょっとあたしに任せてもらってもいいですか?」

うるか 「絶対、かんぺきなフルピュアダンスショーを開いて見せますから!」

滝沢先生 「お、おう。いきなりやる気だな」

滝沢先生 「わかった。お前に任せる。頼んだぞ、武元」

うるか 「はい!」

537以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:31:34 ID:4bT1U2zI
………………

うるか 「……っていうことで、お願い、成幸。フルピュア・ピンクの衣装作って?」

成幸 「………………」

ハァ

成幸 「お前なぁ……。俺だって暇じゃないんだぞ?」

うるか 「わかってるよー。でも、他にお願いできる人なんていないしさ」

うるか 「つ、作ってくれたらさ、お礼にまた今度、うちでご飯ごちそうしてあげるし……」

海原 「おー、いつになく積極的ですな、川瀬隊員。お礼にかこつけて家に連れ込もうとしてますしな」

川瀬 「そうですな、海原隊員。というか、すでに一度家に入れたことがある的な発言が気になりますな」

うるか 「も、もー! 海っち川っちうるさい!」

成幸 「……まぁ、お前たちも先生に頼まれて仕方なくってところだろうし、」

成幸 (きっと滝沢先生もあの学園長に振り回されてるだけだろうし、)

成幸 「仕方ない。協力してやるよ。それに、お前の作る料理、本当に美味かったからまた食べたいしな」

うるか 「は、はうっ……///」

538以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:32:11 ID:4bT1U2zI
川瀬 「おーおー、甘すぎて砂糖吐きそうだ。なぁ、海原隊員?」

海原 「ほんと、早く付き合っちゃえばいいのに……」

ピロリン

海原 「ん、メール……あ、陽真くんからだっ……」

川瀬 「………………」 (私も早く彼氏作ろう……)

成幸 「ところで、衣装を作るのはいいが、誰が踊るんだ? 当たり前だけど、お前らだけじゃ無理だろ?」

うるか 「ふっふっふ、このうるかちゃんを舐めてもらっちゃ困るぜ、成幸」

うるか 「そんなの、頼める相手なんてひとりしかいないじゃん。今からお願いに行くから、付き合ってよ」

成幸 (あっ、なんか猛烈に嫌な予感がする)

海原 「わたし、ちょっと陽真くんからメール来たから行くね。あとよろしく、うるかっ」

川瀬 「……私もちょっと気分が落ち込み気味だから先帰るわ。あとは頼んだ、唯我」

成幸 「お、お前ら!? ち、ちょっと待て――」

――ガシッ

うるか 「さ、行くよ、成幸!」

ズルズルズルズル…………

539以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:32:54 ID:4bT1U2zI
………………職員室

うるか 「ということなんで、先生、また一緒に踊りませんか?」

真冬 「………………」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 (怖え!! 半端なく怖え!!)

成幸 (絶対怒ってる絶対怒ってる絶対怒ってる! 顔がいつもの怒ってる顔だし! なのになんで……)

うるか 「……? 先生? 聞いてます? お留守ですかー? なんちってー」

成幸 (なんでうるかはそれに気づけないんだよぉぉおおおおおお!!)

真冬 「……唯我くん」 ギロリ

成幸 「は、はい!?」 (何で俺を睨み付けるの!?)

真冬 「これはどういうことなのか、もう一度説明してほしいのだけど」

成幸 「せ、説明も何も、俺も今さっきうるかに巻き込まれただけで、詳しくは……」

真冬 「……は?」

成幸 (いや俺を威圧されてもー!?)

540以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:33:41 ID:4bT1U2zI
成幸 「えっと……」 コソッ 「先生、嫌だったら断ってもらっても大丈夫ですよ?」

真冬 「そうしたいのはやまやまなのだけれど、」 コソッ

真冬 「学園長からのお願いに付き合わされている水泳部の子たちのことを考えると、そういうわけにもいかないわ」

真冬 「学校側のお願いを聞いている彼女たちの希望なら、できる限り叶えてあげる必要があるもの」

成幸 (相変わらず律儀というか、面倒くさいというか……生きづらそうな人だよな、この人)

真冬 「………………」

真冬 「……あなたが衣装を作るのよね?」

成幸 「え、ええ。一応、その予定ですが……」

真冬 「……わかったわ。引き受けます」

うるか 「!? ホントですか!? ありがとうございます、桐須先生!」

真冬 「ただし、ボランティアとはいえ、手をぬくことは許されないわ」

真冬 「あなたたちの振り付けまですべて私がコーチします。いいですね?」

うるか 「願ったり叶ったりです! よろしくお願いします、先生!」

真冬 「え、ええ……」 (……普通の生徒であれば、怖じ気づくところだというのに、)

真冬 (武元うるかさん。不思議な子だわ)

541以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:34:14 ID:4bT1U2zI
成幸 「先生、本当に引き受けちゃっていいんですか?」

真冬 「仕方ないでしょう。私だって気乗りはしないけれど、生徒だけにやらせるわけにもいかないわ」

真冬 「それに、子どもたちのことを考えれば、ピンクが必要というのも分かる話だわ」

真冬 「キャラクターが欠けるというのは、どうであれ子どもたちが気にする要因になりかねないもの」

成幸 「先生がいいならいいんですけどね……」

真冬 「それより、」

コソッ

真冬 (後で時間をちょうだい。約束よ)

成幸 (へ……? べつにいいですけど……)

542以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:35:00 ID:4bT1U2zI
………………放課後 真冬の家

真冬 「……こ、これでいいかしら?」

成幸 「……は、はい……」

真冬 「へ、変な顔をしないでもらえるかしら? 私だって恥ずかしいのだから……」

成幸 「すみません……。じゃあ、行きますよ?」

真冬 「ええ」

スッ

真冬 「んっ……あっ……」

成幸 「へっ、変な声、出さないでください……」

真冬 「ごめんなさい。こんなの、初めてだから……」

成幸 「俺だって初めてですよ……」

成幸 (こんな……)


成幸 (女性の部屋で女性の採寸をするなんてー!!)


成幸 「っていうか大体のサイズ分かりますよね!? 何でわざわざ採寸するんですか!?」

543以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:36:12 ID:4bT1U2zI
真冬 「そんなの決まっているでしょう?」

真冬 「もしも幼稚園でのダンスショー中に衣装がはじけ飛んだりしたら……」

ガタガタガタガタ……

真冬 「私は間違いなくクビだわ……」

成幸 「あ、ああ、なるほど……」

成幸 (文化祭のとき、衣装がはじけ飛んだことがよっぽどショックだったんだな……)

成幸 「……ん、肩幅は終わったので、次、腕の長さを測ります」

真冬 「ええ。お願いするわ」

成幸 (桐須先生、ジャージは身につけてるけど……)

成幸 (丈を計るってことは、否応なしに身体に触れることになるわけで……)

真冬 「あっ、ん……」

成幸 (先生は先生で俺の指が触れるたびに変な声を上げるしー!)

544以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:37:17 ID:4bT1U2zI
成幸 「これ俺じゃなくてもいいですよね!? うるかにやってもらったら良かったじゃないですか!」

真冬 「愚問。あなたが裁縫をするのだから、あなたが採寸すれば私の丈を知るのはあなただけになるじゃない」

成幸 「理屈は分かりますけどね……」

真冬 「それに、武元さんに私の色々なサイズを知られるのは、少し怖いし……」


―――― 『それにせんせー……すっごいいい体してましたしっ! マジソンケーですっ!!』


真冬 「っ……」 ブルッ

成幸 (一体うるかとの間に何があったのだろうか……)

成幸 「……っと、ほとんど丈を計り終えましたけど、スリーサイズは――」

真冬 「――は?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!

成幸 「当たり前ですけど俺が測るわけないですよね。すみません、失言でした」

真冬 「……スリーサイズは私がメモしておくわ。後で見てちょうだい」

成幸 「えっ……で、でも、それだと俺が先生のスリーサイズを知ることに……」

真冬 「し、仕方ないでしょう! 衣装がはじけ飛ぶよりマシだわ……」

545以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:38:02 ID:4bT1U2zI
成幸 「わかりました。じゃあ、スリーサイズも頂きますけど……」

成幸 「天地神明に誓って、衣装作り以外には使いません!」

真冬 「ふ、不潔! 私の体のサイズを衣装作り以外の何に使うと言うの!?」

成幸 「ち、違います! そういう意味で言ったわけじゃありません!」

真冬 「……オホン。では、衣装作り、よろしくね。あなたの勉強時間を取ってしまって恐縮だけど……」

成幸 「いやいや、先生こそ、忙しいでしょうに、うるかのお願いを聞いてくれてありがとうございます」

成幸 「本当に、先生って実は生徒想いで優しいですよね」

真冬 「っ……。あまり変なことを言わないでくれるかしら? 不愉快だわ」

成幸 「不愉快って……」

成幸 (生徒想いって言われて不愉快に思う先生もなかなかいないだろうなぁ……)

成幸 (まぁ、照れ隠しってわかるからいいんだけど)

真冬 「さっそく明日からダンスの練習ね。振り付けをしっかり覚えておかないと……」

成幸 「へ? 振り付けはうるかたちと明日覚えるんじゃ……」

真冬 「それは生徒側のことでしょう? 生徒が覚えるときに教師も一緒に覚えるなんてお話にならないわ。教師は先んじて覚えておくのが筋でしょう?」

546以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:45:39 ID:4bT1U2zI
成幸 「さ、さすがは桐須先生……すごいプロ意識だ」

真冬 「当然。教師として当たり前のことを言っているだけよ」

ファサッ

成幸 (髪をかき上げて、悠然と微笑む桐須先生。画になるけど……)

成幸 「……得意げな顔になるのは、掃除してからにしましょうか」

真冬 「し、失礼! これでも定期的に掃除機はかけているのよ?」

成幸 「掃除機かける以前にゴミを定期的に出してください! あと片付けをしてください!」

成幸 「……とりあえず、今日も帰る前に掃除していきますね」

真冬 「面目ないわ……。いつもありがとう、唯我くん」

成幸 「あ、先生は振り付けを覚えていていいですよ。どうせまた夜遅くまでやるつもりだったんでしょう?」

真冬 「えっ……?」

成幸 「また学校で眠くなっちゃいますよ? 掃除は俺が勝手にやるだけですから、気にしないで振り付けを覚えるのに集中してください」

真冬 「………………」 プイッ 「……わかったわ。ありがとう」

真冬 (まったく、生徒にこんなに気遣われるなんて、調子狂うわ。でも……)

真冬 (……悪い気は、しないけれど)

547以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:46:15 ID:4bT1U2zI
………………翌日 放課後

真冬 「……と、いうことで、講師兼ダンスチームの一員の、桐須真冬よ」

真冬 「ビシバシ鍛えていくからそのつもりで。ボランティアとはいえ、手を抜くなんてことのないように」

海原 「うわぁ……」

川瀬 「マジか……」

うるか 「はーい、桐須センセ! よろしくお願いしまーす! ほら、海っちも川っちも!」

海原 「よ、よろしく……」  川瀬 「お願いします……」

真冬 「ええ。こちらこそよろしくお願いするわ」

真冬 「……では、早速だけれど、振り付けを指導していくわ」

うるか 「幼稚園生のためにがんばろー!」

成幸 (……うんうん。桐須先生のことが苦手じゃないうるかが、海原と川瀬を引っ張ってるな)

チクチクチクチク……

成幸 (いいことだ。心配になってきてみたけど、桐須先生と他のふたりの距離を縮めてくれそうな気がするぞ)

成幸 (……っと、サイズを間違えるわけにもいかないし、裁縫に集中しないと)

川瀬 (なぜ唯我はここで衣装製作をしているんだ……?)

548以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:47:20 ID:4bT1U2zI
………………

真冬 「――はい、そこでターン、からの両手を上げて、下ろす。右足、左足、右手……」

真冬 「……いいでしょう。少し休憩にしましょう」

ヘタリ

川瀬 (ほ、本当にすごいスパルタだ。間違えた瞬間指摘が飛んでくるし)

海原 (それなりに鍛えてたつもりだけど、引退してしばらくたつし、結構きつい……)

真冬 「……ふむ。やや遅れ気味ではあるものの、問題なさそうね」

真冬 「さすが、運動神経抜群なのね。こんなに早く振り付けを覚えるとは思ってなかったわ」

うるか 「はい! あたし、勉強は苦手だけど、身体を使うことはすぐ覚えられます!」

真冬 「そう。でも、勉強もがんばってね」

うるか 「あちゃー、言われちったー」

川瀬 (うるか、よくあの氷の女王にそんなフランクに行けるな……)

海原 (桐須先生、私から謝ります! ごめんなさい……!)

真冬 「……さて、休憩できたかしら。では、今やったところをもう一回反復しましょうか」

川瀬 (休憩終わるの早くない!?)

549以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:48:26 ID:4bT1U2zI
………………一時間後

海原 「………………」

川瀬 「………………」

ゼェゼェゼェ……

海原 (……あれから休み無しで一時間ちょい)

川瀬 (現役のときならいざ知らず、引退して一ヶ月以上経ってると、さすがに……)

海原&川瀬 ((きつい……))

うるか 「海っち川っち、大丈夫?」

海原 「う、うん。ちょっと、久々に本格的な運動したから疲れちゃって……」

真冬 「……? 海原さん、川瀬さん」

海原&川瀬 「「は、はい!」」

真冬 「ひょっとして、きつかったかしら?」

川瀬 「い、いやいや、とんでもない! 滅相もないです!」

海原 「ちょっと疲れただけなんで、全然大丈夫です!」

真冬 「そう……?」

550以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:49:03 ID:4bT1U2zI
成幸 「……よし。できた」

成幸 「桐須先生! まだ仮縫いですけど、大まかにできたので、一回試着してもらってもいいですか?」

真冬 「ん、わかったわ。じゃあ、武元さん、海原さん、川瀬さん、今日はこのくらいにしましょう」

真冬 「三人とも、明日までに振り付けをすべて完ぺきにしておいてね」

真冬 「武元さんはこの後国体の練習ね。がんばって」

うるか 「はい! ありがとうございました!」

海原&川瀬 「「ありがとうございました……」」

ヨロヨロ……

成幸 「……?」 (なんか、海原と川瀬の奴、顔色悪いな。大丈夫か?)

真冬 「唯我くん。それが私の衣装ね?」

成幸 「あ、はい! 仮縫いなのでゆっくり著てくださいね」

真冬 「わかったわ。着てくるから、ちょっと待っててちょうだい」

551以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:49:41 ID:4bT1U2zI
………………

成幸 「………………」

カリカリカリ……

成幸 (桐須先生を待っている時間ももったいないし、フラッシュカード作りを……とは思ったものの)

成幸 (やっぱり、机の上じゃないと腰が痛くなってくるな……)

成幸 (それにしても、海原と川瀬、大丈夫かな)

成幸 (裁縫をしながらときどき練習を見たけど、どうも緊張しているというか……)

成幸 (いつもの元気さがないし、一挙手一投足が震えているというか……)

成幸 (……ひょっとして、桐須先生のことが怖いのか?)

成幸 (文化祭でだいぶ打ち解けたと思ってたんだけどなぁ……)

「ゆ、唯我くん……」

成幸 「あ、桐須先生。どうですか? ゆるいところとか、きついところとかありませ――」

成幸 「……!?」

真冬 「ど、どうかしら……? 変なところはない?」

成幸 「何でフルピュアの格好をしたまま戻ってきたんですか!?」

552以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:50:40 ID:4bT1U2zI
真冬 「し、仕方ないでしょう。私だって恥ずかしいのよ」

真冬 「でも、自分で着てみた限りは違和感はないけど、誰かに見てもらわなきゃ確かなことは言えないもの」

真冬 「……間違っても、衣装が弾け飛ばないように」

成幸 (よっぽどトラウマなんだな、文化祭のときのこと……そりゃそうか)

成幸 (そ、それにしても……) チラッ

真冬 「……?」

成幸 (子ども向けアニメの衣装のはずなのに、桐須先生が着ると……)

成幸 (……いやらしい)

ハッ

成幸 (お、俺は何をバカなことを考えているんだ!?)

成幸 (うるかや子どもたちのために一肌脱いでくれている先生に対して、なんて失礼なことを!)

成幸 (俺のバカ! バカ! バカ!)

真冬 「な、何をしているのか知らないけれど、早くしてくれないかしら?」

真冬 「こんな格好をしているところを、他の先生に見られたりしたら……――」

滝沢先生 「――……あ、いたいた。おーい、唯我。お前、明日の体育だけ、ど……って」

553以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:52:44 ID:4bT1U2zI
滝沢先生 「……き、桐須先生?」

真冬 「………………」 ガクッ 「……いっそ殺してください」

滝沢先生 「な、何も見てない! 私は何も見てないから! 安心して、桐須先生!」

滝沢先生 「唯我! 明日の体育から長距離だから、今日は早く寝ろよ! 体力ない奴は大体明日きついからな!」

滝沢先生 「ってことで以上! じゃあな! 桐須先生! 私は何も見てないから!」

成幸 「あっ、た、滝沢先生! 逃げたな……!」

真冬 「………………」 ズーン

成幸 「え、えっと、桐須先生? 丈は俺の目から見ても問題なさそうですし、」

成幸 「もう着替えてきては……?」

真冬 「……そうさせてもらうわ」 ズズーン

成幸 (まだへこんでる……うーん、こういうとき、どうやって慰めたら……)

成幸 「せ、先生! 大丈夫ですよ! だって、すごく似合ってますし!」

真冬 「……は?」 ゴゴゴゴゴゴ……!! 「君は、子ども向けアニメの衣装が、私にはお似合いだと言いたいの?」

成幸 「言葉を選び間違えましたすみません!」

成幸 (女性を慰めるのって難しい……!!)

554以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:53:23 ID:4bT1U2zI
………………

真冬 「はい、唯我くん。では、あとはミシンをよろしくお願いします」

成幸 「任せてください! 完ぺきに仕上げて見せますよ!」

真冬 「………………」

成幸 「……桐須先生? どうかしました?」

真冬 「あっ……いいえ、なんでもないわ」

成幸 「滝沢先生のことだったら、気にしなくてもいいと思いますよ?」

成幸 「言いふらすような先生じゃないですし、本当に見なかったことにしてくれるかと……」

真冬 「ち、違うわ。というか、思い出させないでくれるかしら」

真冬 「……滝沢先生のことではなくて、海原さんと川瀬さんのことよ」

成幸 「海原と川瀬……?」

真冬 「……厳しくしすぎたかしら、私。あの子達のためと思い、やり過ぎてしまったかしら」

真冬 「そもそも、あの子達が頼まれたことだというのに、出しゃばりすぎかしら……」

成幸 「あー……」

成幸 (……本当にまじめな人だなぁ)

555以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:54:15 ID:4bT1U2zI
成幸 (でも、たしかに不思議なんだよな……)

成幸 (桐須先生のこと、そりゃ俺だって怖くないと言えば嘘になるけど……)

成幸 (なんか、今日の海原と川瀬はそれだけじゃないような……)

真冬 「……まぁいいわ。私は仕事に戻るから、唯我くんもそろそろ帰りなさい」

成幸 「まだ仕事があるんですか? だってもう、結構な時間ですけど……」

真冬 「教員なんてサービス残業も織り込み済みじゃないとやれないものよ」

成幸 (ブラックだ……)

成幸 「……っていうか、うるかと俺がボランティアの手伝いをお願いしたからですよね」

真冬 「……?」

成幸 「うるかと俺が先生にこんなことお願いしなければ、先生は自分の仕事にもっと早く取りかかれて……」

成幸 「すみません。先生に迷惑をかけて……」

真冬 「……きみは何を言っているのかしら」

成幸 「えっ……で、でも、実際そうですよね?」

真冬 「違うわ。これも私の仕事だというだけ。私の仕事だから、私がやっている。それだけよ」

真冬 「実際、滝沢先生だって、武元さんの指導でまだ学校にいらっしゃるでしょう? それと変わらないわ」

556以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:54:52 ID:4bT1U2zI
成幸 「桐須先生……」

真冬 (それに、まだこの時間なら、ほぼ全教職員が職員室で仕事していると思うけど……)

真冬 (あまり教職員の忙しさをひけらかすものでもないし、言う必要はないわね)

真冬 「さ、行くわよ、唯我くん」

成幸 「はい!」

キュッ……キュッ、キュッ……

真冬 「……ん?」

成幸 「? なんか、音が聞こえますね。人が動き回ってるような……」

真冬 「生徒がまだ残っているのかしら。部活とかでない限り早く帰さないと」

成幸 「あっ、俺も行きます!」

557以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:55:47 ID:4bT1U2zI
………………同時刻 体育館裏

川瀬 「………………」

海原 「………………」

グタッ

川瀬 「うおお……ダンスの演目が増えるだけでこんなにきついとは……」

海原 「振り付け覚えるだけで精いっぱいだねぇ。でもこの自主練のおかげで、身体もだいぶ動くようになってきたよ」

川瀬 「だな。あともう一周だけして帰るか」

海原 「そだね。うるかも国体の練習がんばってるだろうし、うるかに明日教えられるくらいがんばらないとね」

川瀬 「……それに、桐須先生にもあんまり迷惑をかけられないしな」

海原 「うるかは考えなしだからなぁ。桐須先生、責任感強そうだし、生徒にお願いされたら断れないよね」

川瀬 「最初はただの怖い先生だと思ってたけどな」

海原 「文化祭でもお世話になったしね。唯我くんに水泳教えてるときも優しそうだったし」

川瀬 「……先生に迷惑はかけられないよ。だから、私たちががんばらないと」

海原 「よーし、じゃあ、最初から行くよ!」

川瀬 「どんとこい、だ!」

558以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:56:25 ID:4bT1U2zI
………………物陰

真冬 「………………」

成幸 「……あのふたりの様子がおかしかった理由、わかりましたね」

成幸 「先生の指導が厳しかったというよりは、指導についていけなかったのが悔しかったみたいですね」

真冬 「……唯我くん。あのふたりは、とても良くできた子たちね」

成幸 「そりゃ、まぁ。あの武元うるかを陰から支え続けている立役者ですから」

真冬 「納得したわ。……これは、私も気を抜けないわね」

クスッ

真冬 「明日からもビシバシ行くわ。すべての演目を寸分の狂いもなく仕上げるわよ……」

成幸 (微笑怖っ……)

真冬 「ふふ、昔の血が騒ぐわ……ふふふふふ……」

成幸 「……はぁ。ま、いっか」

成幸 (この四人ならきっと、ダンスショー大成功間違いなしだな)

559以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:56:58 ID:4bT1U2zI
………………当日 学校

成幸 「………………」

ワイワイガヤガヤ……

成幸 (なぜ、衣装はしっかりと仕上げたのに、俺までかり出されているのだろう……)

成幸 (まぁ、いいけどさ)

園児1 「楽しみねー、フルピュア!」

園児2 「あたし、ぶんかさいで見たけど、すごいんだよ!」

園児3 「たのしみー!」

葉月 「わたしたちも楽しみねー! うるかお姉ちゃんも出るのよー」

和樹 「おれはべつに、葉月の付き合いできただけだし!」

葉月 「いつもフルピュアわたしより楽しそうに見てるくせにー」

成幸 (うちの弟妹も参加させてもらえたしな)

成幸 (さて、あとはうるかたちがうまくやってくれることを祈るばかりだな……)

成幸 (……あと、桐須先生の衣装が破けないように、祈るばかりだ)

成幸 (もし万が一破れたりしたら、間違いなく殺される……)

560以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:58:47 ID:4bT1U2zI
理珠 「あ、成幸さん!」

成幸 「ん……? 緒方に古橋!? どうしてここに?」

文乃 「うるかちゃんが教えてくれたからさ。どうせならわたしたちも見たいかな、って」

文乃 「プロデューサー業おつかれさま。完成度はどうかな?」

成幸 「……あー、それは期待してもいいと思うぞ? なんせ、あの桐須先生がガチだから」

理珠 「ガチ……。なるほど、それは見物ですね」

理珠 「私たちの本気を疑う桐須先生の本気とやらはどの程度なのか、しっかりと見定めさせてもらいます」

成幸 (相変わらず桐須先生には敵愾心丸出しだな……)

成幸 (……さて、そろそろスタートだな。がんばれよ、うるか、海原、川瀬……それから、桐須先生)

561以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:58:54 ID:5rp/YjTM
先輩ぐうかわ

562以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 22:59:35 ID:4bT1U2zI
………………舞台裏

うるか 「わー、すごい数の子どもたちだよ!」

川瀬 「やめろうるか。これ以上緊張させんな……」

海原 「文化祭のときは知り合いも多かったからまだ冗談で済んだけど……」

海原 「子どもたちっていう無邪気な視線が突き刺さることを考えると、絶対失敗はできないね」

真冬 「………………」

真冬 「……大丈夫よ。あなたたちはよく練習したわ。全曲かんぺきな仕上がりよ」

真冬 「私が言うんだから間違いないわ。あとは、精いっぱい楽しみましょう」

うるか 「はい!」

海原 「りょーかいです!」

川瀬 「……楽しむ、か。そうですね、先生」

うるか 「ね、ね、先生、円陣組もう?」

真冬 「えっ……?」

563以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 23:00:10 ID:4bT1U2zI
真冬 「わ、私は遠慮しておくわ。あなたたちだけでやったら……」

うるか 「だーめ! 四人でがんばったんだから、四人でやらないと!」

海原 「………………」

川瀬 「………………」

クスッ

川瀬 「だな、うるか。ってことで、」

海原 「桐須先生も、ほら!」

ギュッ

真冬 「あっ……」 (……生徒からこんな風に密着されたこと、初めてだわ)

真冬 (……まぁ、悪い気は、しないわね)

うるか 「ほら、先生。フルピュア・ピンクはリーダーですよ? かけ声お願いします!」

真冬 「……まったく、仕方ないわね」

真冬 「子どもたちのために、私たちのがんばりのために、精いっぱいがんばりましょう!」

うるか&海原&川瀬 「「「おー!!」」」

564以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 23:02:36 ID:4bT1U2zI
すみません。>>563訂正。

真冬 「わ、私は遠慮しておくわ。あなたたちだけでやったら……」

うるか 「だーめ! 四人でがんばったんだから、四人でやらないと!」

海原 「………………」

川瀬 「………………」

クスッ

川瀬 「だな、うるか。ってことで、」

海原 「桐須先生も、ほら!」

ギュッ

真冬 「あっ……」 (……生徒にこんな風に密着されるなんて、初めてだわ)

真冬 (……まぁ、悪い気は、しないわね)

うるか 「ほら、先生。フルピュア・ピンクはリーダーですよ? かけ声お願いします!」

真冬 「……まったく、仕方ないわね」

真冬 「子どもたちのために、私たち自身の努力に報いるために、精いっぱい踊りきりましょう!」

うるか&海原&川瀬 「「「おー!!」」」

565以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 23:03:29 ID:4bT1U2zI
………………開演

文乃 「おおー……。すごいね。文化祭のときもこんな感じだったのかな?」

理珠 「……いえ。こんな、いや、まさか……」

文乃 「……りっちゃん?」

理珠 「動きのキレが比べものになりません! どれだけ練習したのですか!?」

理珠 「しかもキレがいいだけじゃありません。四人の動きが完全にそろっています……」

理珠 「……たしかに受け取りました、桐須先生」

メラメラメラ……

理珠 「あなたの本気に負けないように、私も文系受験に全力で挑みます!」

文乃 (……なぜ急に対抗意識を燃やしだしたんだろう)

566以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 23:04:09 ID:4bT1U2zI
成幸 「……いやはや、改めて見るとこれはすごいな」

成幸 「本職のダンサー顔負けなんじゃないか? さすがは水泳部の精鋭と桐須先生だな」

文乃 「……かっこいいね」

成幸 「ああ。本当にな。さすがだよ」

文乃 「……うん。四人もだけどさ」

成幸 「?」

文乃 「成幸くんが作った衣装も、だよ。お疲れ様でした、プロデューサーくん」

成幸 「あ、ああ……」 ドキッ

成幸 「……そういう風に言ってもらえると嬉しいな。ありがとう、古橋」

文乃 「いえいえ。どういたしまして」 ニコッ

567以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 23:04:54 ID:4bT1U2zI
………………

真冬 (不思議だわ。フィギュアをやめた後、人前でダンスをするなんて、もうないと思っていたのに)

真冬 (私はまたこうして、カタチは違えど、舞台に立ち、踊っている……)

真冬 (……ただ先生でいることだけが、残りの人生だと思っていたのに)

真冬 (生徒からつまらないと言われ、怖いと恐れられ、それだけの先生でいると思っていたのに)


―――― 『桐須先生も、ほら!』


真冬 (変われるものね。私、こんなことを生徒と一緒にやることになるとは思っていなかったわ)

真冬 (……変われる、か。私、変われているのね)

真冬 (きっと、唯我くんと、武元さんのおかげね……)

真冬 (このまま、私が変わっていったら、私はどんな先生になるのだろか)

真冬 (はたまた、先生以外の何かに……)

真冬 (……不思議だわ。いつもだったら、こんなことを考えた瞬間、自己嫌悪に襲われるのに)

真冬 (この子たちと踊っていると、そんな気持ちにもならない)

真冬 (本当に、良い子たち。ありがとう、武元さん、海原さん、川瀬さん)

568以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 23:06:38 ID:4bT1U2zI
………………

うるか (どうしよう、すごく楽しい……!)

うるか (終わるのがもったいない、けど、もう終わっちゃう……)

うるか (……きっと、受験も、国体も、こんな感じだろうな)

うるか (悔いなく、がんばりきって挑めば、きっと……)

うるか (今とおなじくらい、満足した気持ちで挑めるんだ……!)

うるか (成幸が作ってくれた衣装があるから踊れる)

うるか (成幸が英語を教えてくれるから、受験にも挑める)

うるか (成幸が傍にいてくれるから、国体だって負けられない!)

うるか (……あー、もうっ。あたしの全部が成幸ばっかりだ)

うるか (成幸からたくさんのものをもらって、あたしがあるんだ)

うるか (たくさんたくさん、本当にたくさん、ありがとう、成幸)

うるか (……だから、待っててね、成幸)

うるか (あたし、いつか成幸に、絶対絶対、たくさん恩返しするからね!)


おわり

569以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 23:07:21 ID:4bT1U2zI
………………幕間1 「アニ研部長」

アニ研部長 (例のフルピュアショーがもう一度観られるというから、休日の学校に出向いてみれば……)

アニ研部長 「なんだと!? 今朝出たばかりの新装備、」

アニ研部長 「とうとう主人公についたダークネスとの友情によって生み出された、」

アニ研部長 「スーパーフルピュアティアラを装備しているだと!?」

アニ研部長 「やはり……! このダンスユニットのプロデューサーは、凄まじいフルピュアラーだ……」

アニ研部長 「ぜひいずれ、熱く語り合い、握手を交わしたい……!!」

和樹 「そういや兄ちゃん、朝せっせとカチューシャ改造してたなー」

葉月 「兄ちゃんにかかれば、ティアラを作るのなんて文字通り朝飯前よー」

570以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 23:08:32 ID:4bT1U2zI
………………幕間2 「生暖かい目」

滝沢先生 (すごい完成度のダンスだな……。さすが桐須先生が指導してくれただけはある)

滝沢先生 (そして、桐須先生のダンス……やはり、あれはすごすぎる)

滝沢先生 (やはりか。衣装を持って帰ったり、ダンスにノリノリだったり、桐須先生はきっと……)

滝沢先生 (……子ども向けアニメの大ファンなんだな)

滝沢先生 (……大丈夫だ、桐須先生。私はそんなことで先生を見下したりはしない)

滝沢先生 (趣味は人それぞれだ。私は、先生を理解しているから……)

滝沢先生 (桐須先生が怖い教師のフリをした、実は魔法少女に憧れる成人女性であったとしても、)

滝沢先生 (私は気にしないからな!)

………………舞台

真冬 「……!?」 ゾクッ (な、何かしら……今の寒気……)

真冬 (いま、社会人として大切な何かをひとつ、失った気がするわ……!)



おわり

571以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/14(日) 23:11:01 ID:4bT1U2zI
>>1です。
読んでくださった方ありがとうございました。

ぼく勉ファンが増えることを祈りつつ書き始めたSSですが、こんなにたくさん書けるとは思っていませんでした。
ないとは思いますが、もしも万が一、書いてほしいキャラやシチュがあったらかき込んでくれれば考えます。
考えた結果書けない可能性も高いですが、もしも書けたらレスして投下します。
もしも万が一そういう希望があればの話ですので、スルーしてくださって構いません。

また折を見て投下します。

572以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/15(月) 01:43:00 ID:YN.CTYVA
2つも投下とは流石だ
もっと僕勉ss増えないかな
おつ

573以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/15(月) 23:25:17 ID:sAGENk3U
ふと思ったけどあしゅみー先輩と先生の妹って年齢近いけど同い年?

574以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 07:08:55 ID:x9tM8fqM
神スレ

575以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:19:02 ID:gdQsRlws
>>1です。投下します。


【ぼく勉】真冬 「いつかきみが大人になったとき」

576以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:19:52 ID:gdQsRlws
………………一ノ瀬学園 3-B教室

成幸 「………………」

成幸 「ふぁ……ふぁー……ああ……」

成幸 (……でかいあくびだな、我ながら)

成幸 (一次試験も近づいてきたとはいえ、睡眠時間が短すぎるか……)

成幸 (いやしかし、気は抜けない。俺はいいとしても、緒方と古橋とうるかの勉強は油断ができない状況だからな)

小林 「おはよ、成ちゃん。なんか眠そうだね」

成幸 「おう、おはよう、小林。眠くなんかないぞ。今日の授業もしっかりと受けなきゃだからな」

小林 「あの三人のお姫様たちのために、ね」

成幸 「む……。まぁ、それもそうだけど、あくまで俺のVIP推薦のためだぞ?」

小林 「そう? ま、それくらい利己的なら俺としても心配ないんだけどさ」

小林 「あんまり無理しないようにね? 隈がすごいよ?」

成幸 「わかってるよ。ありがとな、小林」

成幸 (とはいえ、今日もあの三人との勉強会や、あしゅみー先輩との勉強会がある)

成幸 (……さぁ、今日も気合い入れてがんばるぞ)

577以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:20:39 ID:gdQsRlws
………………世界史 授業中

文乃 「………………」

カクッ……カクッ……

成幸 (古橋の奴、早速寝こけ始めてるな……)

成幸 「おい、古橋。おーい」 コソッ

文乃 「………………」 ピクッ 「……しょんな〜、もう食べられないよぅ〜」

成幸 (何の夢を見てるんだこの食いしん坊眠り姫は!)

真冬 「……?」

成幸 (……!? やばい! 桐須先生がこっち見てる!)

真冬 「………………」 ジーッ

成幸 (めちゃくちゃ見てる!)

578以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:21:33 ID:gdQsRlws
成幸 「お、おい! 古橋ってば!」 コソコソ

文乃 「むにゃぁ……肉まんは別腹だよぉ……」

成幸 (こいつほんとご機嫌な夢を見てやがるな!?)

成幸 「お、おい、古橋……――」

真冬 「――それ以上は結構よ、唯我くん」

ゴゴゴゴゴゴ……

成幸 (き、桐須先生!? 怖え! いつの間にか目の前に立ってた!)

文乃 「むにゃむにゃ……んぅ? あ、しまったしまった。わたし、また寝ちゃってた……」

真冬 「おはようございます、古橋さん」

文乃 「………………」 ニコッ 「……おはようございます、桐須先生」

真冬 「笑顔で誤魔化そうとしても無駄よ、古橋さん」

真冬 「昼休みに職員室に来なさい。いいわね?」

文乃 「はい……」 ズーン

成幸 (自業自得だから何も言えねぇ……)

579以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:22:17 ID:gdQsRlws
文乃 「うぅ、やってしまったよぅ……」

真冬 (まったく。仕方ないわね……)

真冬 (……それにしても、)

成幸 「ふぁ……あー……」

真冬 (唯我くんが授業中にあくびなんて珍しいわ。目の下の隈もすごいし……)

真冬 (大丈夫かしら? しっかり寝ているのかしら?)

ジーッ

成幸 「!?」 (めっちゃ見られてる!?)

成幸 (ひょっとして暢気にあくびをしたのがまずかったか!?)

真冬 (顔色も良くないみたいだし、古橋さんよりよっぽど眠そうだけど……)

真冬 (心配だわ……)

ジーッ

成幸 (まだ見られてる!? めっちゃ怖い!)

580以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:23:05 ID:gdQsRlws
………………数学 授業中

藤田先生 「定期考査の傾向を見る限り、この教室でも数列を苦手としている生徒がたくさんいると思います」

藤田先生 「今日は、数列をもう一度基本に立ち返って学習していきましょう」

藤田先生 「数列の基本は、数字として理解するのではなく、数字の流れを考えるところから始まります」

藤田先生 「ゆくゆくはそれが積分へと繋がっていき、流れが面になるイメージです」

藤田先生 「まぁ、あまり難しく考えず、反復を重ねていきましょう。数学は積み重ねが基本です」

成幸 「ふむふむ……」 (数列は数字の流れ、か。これは古橋に数列を教えるときにも役立ちそうな言葉だな。しっかりメモしておかないと)

成幸 「ん……?」

理珠 「………………」 ガリガリガリガリ……

成幸 (緒方が数学の授業で一生懸命ノートを取るなんて珍しいな)

成幸 (緒方に数学で分からないことなんてないだろうし、何をやってるんだ?)

理珠 「……よし、できました」

成幸 「何やってんだ、緒方?」

理珠 「ふふ、驚かないでくださいね。成幸さんにいつも教わってばかりで恐縮ですから、私なりに文乃のための教材を作っていたんです」

成幸 (内職かーい。とはいえ、古橋のためにがんばるなんて、成長したな、こいつも……)

581以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:25:34 ID:gdQsRlws
成幸 「どれどれ。見せてもらってもいいか?」

理珠 「はい、どうぞ。自信作です」 フンスフンス

成幸 「ふむふむ……なるほどなるほど……」

成幸 「……これは一体何を書き殴ってあるんだ?」

理珠 「連立漸化式の解法のひとつです! 文乃が等比数列に苦戦しているようでしたので、行列を用いてみました!」

理珠 「基本的に高校数学では使わない解法ですが、多くの場合でこの解法の方が簡単になります!」

成幸 「……うん。高校では行列は基本的に習わないもんな」

成幸 「じゃあ、この解法を教えるために、まずは古橋に行列を教えないとな?」

理珠 「はっ……!? あ、あの文乃に、行列の概念や扱い方を教える……!?」

成幸 「自分で答えを導き出せたようで嬉しいよ。うん。無理だろ?」

理珠 「……不覚! こんなことに気づかないなんて……」

成幸 「まぁ、その気持ちだけで俺は嬉しいし、古橋も嬉しいんじゃないかな。偉いぞ、緒方」

ポンポン

理珠 「ふぁっ……/// こ、子ども扱いしないでください!」

成幸 「ん、ああ、悪い悪い」

582以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:27:21 ID:gdQsRlws
藤田先生 「え、えーっと、唯我くん、緒方さん?」

成幸 「!?」 (し、しまった! 俺としたことが、授業中に騒いでしまった……!)

藤田先生 「イチャつきたい気持ちも分かるけど、授業中は静かにね?」

理珠 「い、いちゃ……!? イチャついてなんかいません!」

藤田先生 (いや、どう見てもイチャついてるカップルなんだけど……)

成幸 「や、やめろ緒方! 先生にたてつくな! すみません、藤田先生、授業の続きをお願いします!」

理珠 「で、でも、成幸さん……」

成幸 「いいじゃないか。俺たちがイチャついているように見えるなら、それはそれで」

理珠 「へ……?」 カァアアア…… 「へぇ……!?」

成幸 「俺たちがカップルに見えるなら好きにそう見てもらおう。な、とりあえず授業に戻らなきゃ、他の奴らにも迷惑だし」

成幸 (何より俺の推薦に響く!)

理珠 「わ、わかりました……。成幸さんが、それでいいなら……私も、いいです……」

理珠 (……な、成幸さんは、私とイチャついているように見られたいということでしょうか……////)

藤田先生 (……やっぱりカップルね)

生徒1 (カップルだよ)  生徒2 (ラブラブバカップルね)  生徒3 (あれが噂のフィアンセカップル)

583以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:28:31 ID:gdQsRlws
………………昼休み

成幸 「………………」

ガリガリガリ……

成幸 (今日、あいつらに渡す分のフラッシュカード、早く仕上げないと……)

成幸 (水希がおにぎりにしてくれて助かった。昼を食いながら作業ができる……)

大森 「………………」

大森 「……すげぇな、唯我って」

小林 「ん? いきなりどうしたの、大森」

大森 「俺だったら、あのお姫様たちと懇意になれるって言っても、絶対にあんなにがんばれねぇよ」

大森 「だからすげぇな、唯我」

小林 「……まぁ、成ちゃんは昔からお人好しだからね。誰かのために全力でがんばれるんだよ」

大森 「ふーん。俺にはよくわからねーなー」

小林 「俺もどっちかと言えばそっち側だよ。俺にも、絶対にあんなことできないし」

584以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:29:28 ID:gdQsRlws
成幸 「………………」

成幸 (三人とも危機的状況というのに変わりはないが、特に、うるかの推薦は目前まで迫っている)

成幸 (早くあいつの英語をできる限り仕上げてやらねぇと……っ)

クラッ……

成幸 「っ……」

成幸 (ん、なんだ……少し、目の前が暗くなったな。立ってもいないのに、立ちくらみになったみたいだ)

成幸 (とはいえ、大したことじゃないか。もうなんともないし……)

成幸 (いくらなんでも根を詰めすぎたか)

成幸 「ふぁーー……ああ……」

成幸 (……さっきからあくびも止まらないし、今日は早く寝よう)

成幸 (とにかく、今日の約束だけは全部やりきらないと……)

585以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:30:29 ID:gdQsRlws
………………職員室

真冬 「………………」

真冬 (唯我くん、大丈夫かしら。あまり生徒の事情に深入りするのも良くないことだけれど)

真冬 (……他の授業ではどうだったのかしら)

真冬 「………………」

真冬 (……聞いてみようかしら)

藤田先生 「………………」

真冬 「あの、藤田先生。少しお時間よろしいですか?」

藤田先生 「? どうかされました、桐須先生?」

真冬 「大したことではないのですが、先生の三年生向けの数学の授業、唯我成幸という生徒も受けていますよね」

藤田先生 「唯我くんですか? 確かにいますけど、彼がどうかしましたか?」

真冬 「今日、体調があまりよくなさそうだったので、気になって……」

藤田先生 「……うーん……あ、そういえば」

藤田先生 「めずらしく授業中に私語をしていましたね。隣の席の緒方さんと」

真冬 「……緒方さんと?」

586以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:32:02 ID:gdQsRlws
藤田先生 「ええ。でも、私語というよりは、驚いて声を上げてしまったという感じでしょうか」

藤田先生 「普段はすごくまじめだから、少し驚きました」

真冬 「……たしかに彼が私語というのは珍しいですね」

藤田先生 「はい。ただ、それ以外は特に変わったところはなかったと思います」

藤田先生 「強いて言うなら、いつもより顔色が悪いかな、くらいで……」

真冬 「そうですか……」

真冬 「お時間を取らせました。ありがとうございます」

藤田先生 「いえいえ。また何かあればいつでも」

587以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:32:50 ID:gdQsRlws
真冬 「………………」

真冬 (……唯我くん、どうしたのかしら)

真冬 (推薦狙いの彼が授業中に騒ぐとは思えない。むしろそれは、彼にとってもっとも忌むべきことのはず)

真冬 (……一体どうしたというのかしら)

ハッ

真冬 (な、なぜ、私はこんなに彼のことばかり考えているのかしら)

真冬 (生徒は平等よ。あまり彼だけに肩入れしてはいけないわ)

真冬 (……きっと、少し体調が悪くて、頭が回らなかっただけよ)

真冬 (私が心配することじゃない。きっと明日にはけろっと普段通りの彼が見られるわ)

真冬 (……そう。きっと)

ガラッ

文乃 「……失礼します。3年A組の古橋文乃です。桐須先生、お願いします」

588以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:34:29 ID:gdQsRlws
真冬 「来たわね」

真冬 (……ともあれ、こちらが先決。授業中に寝るなど言語道断)

文乃 「はい、来ました……」

真冬 「では、行きましょうか。生徒指導室に」

文乃 「はいぃ……」

真冬 「もう二度と授業中に寝ることがないように、しっかりと指導をしなくてはね?」

文乃 「お、お手柔らかに……」

真冬 「それはあなた次第よ。ほら、早く来なさい」

文乃 「……はい」

真冬 (……眠いとき、素直に寝られるこの子のほうが、よっぽど健康的よね)

真冬 (唯我くんでは、きっとこうは……――)

――――ハッ

真冬 (わ、私ったら、また唯我くんのことを考えて……! 今は古橋さんの指導が最優先よ!)

文乃 「……?」 (桐須先生、さっきから物憂げな顔をしたり顔を真っ赤にしたり、忙しいなぁ)

文乃 (どうかしたのかな?)

589以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:35:08 ID:gdQsRlws
………………放課後

文乃 「………………」

ズーン

文乃 「……本当に申し訳ありませんでした、唯我くん」

成幸 「……うん。一体どうした?」

文乃 「昼休み桐須先生にめっちゃ怒られたんだよぅ……」

成幸 「うん。それは知ってる。居眠りして呼び出されてたもんな」

文乃 「普通に怒られるだけだったらいいんだけどね、ちょっと心にクることを言われて……」

理珠 「む、何を言われたのですか? ひどいことですか?」

うるか 「まっさかー。桐須先生がそんなひどいこと言うわけないじゃん」

文乃 「……うん。あのね……」


―――― “唯我くんはあなたたちのために寝る間も惜しんでがんばっているというのに、”

―――― “その当のあなたが、授業中に寝るとはどういう了見かしら?”


文乃 「……って」

590以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:36:06 ID:gdQsRlws
うるか 「うぉぅ……」

理珠 「………………」

ポン

理珠 「……文乃、それは何も言い返せません。文乃が悪いです」

文乃 「だから申し訳なくってさぁ〜! 桐須先生気づかせてくれてありがとう、なんだよ〜!」

成幸 (……いや、べつに俺は自分のVIP推薦のためにやってるだけだから、気にしなくていいんだけど)

成幸 (まぁいいや。これで古橋の授業中の居眠りがなくなるなら助かるし)

文乃 「唯我くん、本当にごめんね?」

成幸 「いや、べつに俺に謝る必要はねぇよ。これからは気をつけろよ?」

文乃 「うん! もう授業中に寝ないようにできるだけがんばるよ!」

成幸 「……そこはうそでもいいから “もう二度と寝ない” くらい言っとけよ」

成幸 「ま、いいや。ほら、勉強始めるぞ」

文乃 「はーい」

591以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:37:12 ID:gdQsRlws
………………夕方

成幸 「……よし、全員だいたい今日進めておきたい範囲は終わったな」

うるか 「はー、アルファベットがぐるぐる目の前を回ってる気がするよー……」

文乃 「わたし、すごい発見しちゃった。なんで数学なのに数字より記号の方が多いのかな?」

理珠 「私もひとつ大発見をしました。小説の登場人物の心情を理解してどうなるというのですか? 謎です」

成幸 「現実逃避するなよ。全員一歩一歩進んでるのは確かなんだから、自信持てって」

パサッ

成幸 「これ、今日の全範囲を網羅したフラッシュカード。今夜あたり、しっかり復習しておけよ」

うるか 「わっ……あ、ありがとう、成幸」

文乃 「いつもありがとう。こんな教材まで作ってもらっちゃって……」

理珠 「……すみません。本当に、ありがとうございます」

成幸 「いいさ。お前たちがこれを使ってしっかり勉強してくれれば、それだけで十分だ」

成幸 「……ん、悪い、この後小美浪先輩と約束があるから、もう行くな」

成幸 「うるかはこの後水泳部だよな。練習、がんばってな」

うるか 「……うん! ありがとう、成幸。国体で全力出せるようがんばるよー!」

592以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:37:56 ID:gdQsRlws
………………メイド喫茶 High Stage

あすみ 「……なぁ、後輩」

成幸 「なんですか? 何か分からないことでもありました?」

あすみ 「いやな、お前、もし将来結婚して子どもが生まれるとしてさ、」

成幸 「……急になんですか」

あすみ 「いいから聞けよ。もし子どもが生まれるとして、その子どもの血液型って気になるか?」

成幸 「………………」

成幸 「……いや、あまり気にならないと思いますけど」

あすみ 「だよなぁ。じゃあ、なんでメンデルの法則なんか覚えなくちゃいけないんだ? どうでもいいだろ、血液型なんて」

成幸 「先輩、本当に医者になりたいんですよね……?」

あすみ 「……まぁ、ちょっと現実逃避したくなっただけだ。冗談だよ」

成幸 「っていうか、先輩って暗記も計算も苦手じゃないのに、何で理科系科目になった途端点数下がるんですか?」

成幸 「メンデルの法則だって、基本的な遺伝大系を覚えてしまえばそう難しいものじゃないと思うんですが……」

593以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:39:04 ID:gdQsRlws
あすみ 「アタシだって不思議だよ。でも、理科系になった瞬間、計算しづらくなるし、暗記もしづらくなるんだ」

あすみ 「アタシはこれを神の見えざる手と呼んでいる」

成幸 「それは政経の用語ですけどね」

成幸 「ほら、アホなこと言ってないでさっさと覚えちゃいましょう。生物なんか暗記あるのみですよ」

あすみ 「わーってるよー。ちくしょう。“この法則だとアタシたちの間に生まれる子どもは何型だなっ” 、とか言えばよかったか?」

成幸 「俺のからかい方を研究してどうするんですか。ほら、覚える。ほら、早く」

あすみ 「? なんだよ、今日はえらくからかい甲斐がないというか、余裕がなさそうだな?」

成幸 「へ……? いや、そんなつもりはないんですが……」

あすみ (……っつーか、隈すげーなこいつ。ちとがんばりすぎなんじゃねーのか)

あすみ 「後輩、お前……――」

成幸 「――あ、先輩。そういえば、古橋がこの前まで使ってたフラッシュカードありますよ」

成幸 「ちょうど遺伝のあたりの範囲の用語を網羅してますから、これ使ってください」

あすみ 「お、おう……ありがとう」 (自作のカードか……。改めてすげぇな、こいつ……)

あすみ (……こんなにがんばってる奴に、“がんばりすぎるなよ” なんて、それこそ野暮か)

594以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:39:43 ID:gdQsRlws
成幸 「そういえば先輩、いま何か言いかけました? すみません、遮っちゃって……」

あすみ 「……いや、何でもねぇよ。カード、使わせてもらうな」

成幸 「はい!」

あすみ (ったく、嬉しそうな顔しやがって。自分の努力が人のためになるのが大好きなんだよな、こいつ)

あすみ (損な性分だと思うが、本人がそういう生き方しかできねぇんだから仕方ないよな)

あすみ (だからこそ、古橋たちもこいつを信頼しているんだろうし……)

あすみ (それにしたって、あいつらは幸せモンだよな。こいつみたいな “先生” がいてさ)

あすみ 「………………」

あすみ (……いや、まぁ、それはアタシも一緒か)

あすみ 「……よし、もう一回遺伝の法則を口頭で説明するから、聞いててくれ」

成幸 「はい、どうぞ」

あすみ (アタシたちにできるのは、せいぜいがんばって、こいつの努力を無駄にしないこと)

あすみ (……家を継ぐために、そして、こいつにしてもらったことを無駄にしないために)

あすみ (死に物狂いで勉強しねぇとな)

595以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:40:18 ID:gdQsRlws
成幸 「………………」

成幸 (……あー、いかん。目がかすんできた。なんだろう。あんまり前が見えない)

成幸 (めちゃくちゃ目が乾いてる気がする。不思議と眠くはないけど……)

成幸 (少し、頭が痛い。目の奥から、側頭部にかけて、血流に合わせてドクドクと痛む……)

成幸 (あきらかに学校にいたときより体調が悪い。けど不思議と眠気はない)

成幸 「っ……」

成幸 (あしゅみー先輩との約束では、今日は店が混んでくるまで勉強の予定だ)

成幸 (早く帰って布団に飛び込みたいけど……約束はしっかり守らないと)

成幸 (約束……そう、約束、だから……)

成幸 (がんばらないと……)

596以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:41:03 ID:gdQsRlws
………………帰路

真冬 「ふぅ……」

真冬 (……まったく。次から次へと仕事が舞い込んできて嫌になるわ。帰りが遅くなってしまう)

真冬 (二学期は本当に仕事が多い。イベントも重なるし、三年生の進路がらみのことも多いし)

真冬 (とはいえ、手をぬくわけにはいかないもの。がんばらなければならないわね)

真冬 (……あら?)

成幸 「………………」

真冬 (唯我くん? 未成年が外を出歩くにはやや遅い時間だけれど、いま帰りなのかしら?)

真冬 (まったく。まだ補導されるような時間ではないけれど、学校帰りに制服姿でうろつくのは感心しないわね)

真冬 (どうせどこかで勉強をしていただけなのでしょうけど、それでも注意をしておかなければ)

真冬 「……唯我くん」

成幸 「……ん、あ、えっと……」

フラッ

成幸 「ああ、桐須先生。こんばんは……」

597以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:41:44 ID:gdQsRlws
真冬 「ゆ、唯我くん……? 大丈夫? 顔色が悪いわ」

成幸 「え? そうですかぁ……? あんまり、よくわからないですけど……」

成幸 「そういえば、目がかすんで、少し頭が痛くて……」

成幸 「早く、家に帰らないと……」

フラフラ……

真冬 「!? 唯我くん、そっちは電柱……――」

――パコン

成幸 「……きゅう」

パタリ

真冬 「……ゆ、唯我くん!? 唯我くん!?」

真冬 (電柱にぶつかって倒れる人って初めて見たわ! 私だってそんなことやったことないのに!)

真冬 「唯我くん! しっかりしなさい! 唯我くん!」

成幸 「………………」 zzzz……

真冬 (どうやら倒れた拍子にそのまま眠ってしまっただけのようね。頭も打っていないようだし……) ホッ

真冬 「……とはいえ、起きそうにもないし、どうしたらいいかしら」

598以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:42:32 ID:gdQsRlws
真冬 「………………」


―――― 『屈辱……屈辱よ……生徒におんぶだなんて……っ』

―――― 『ホラ先生 むくれてないで 救護スペースつきましたよ』

―――― 『むくれてなんていません』


真冬 (……あのとき、彼はケガをした私を、救護テントまで運んでくれた)

真冬 (分かってる。私がするべきことなんて、ひとつだけだって)

真冬 (……いいえ。私が彼にしてあげたいこと、と言うべきかしら)

スッ……グイッ

真冬 「んっ……さすがに、重いというか……」

真冬 「意識のない人間を背負うのって、結構大変なのよね……」

真冬 「……んっ、よし……っと。おんぶしてしまえば運べそうね」

真冬 (でも、唯我くんが軽くて助かったわ。一般的な男子生徒だったら背負えてたかどうか……)

真冬 (……というか、軽すぎないかしら。ちゃんと食べているのかしら)

599以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:43:33 ID:gdQsRlws
………………真冬の家

真冬 (彼の家は近所なのだろうけど、あいにく私は場所を知らない)

真冬 (まさか、“唯我” という表札を探して歩き回るわけにもいかない)

真冬 (……仕方ないわ。これは緊急避難というやつよ、真冬)

真冬 (意識をなくした生徒を、仕方なく、緊急避難させただけよ)

真冬 (たまたま避難先に適した場所の我が家が、近くにあったというだけ)

真冬 「………………」

真冬 (……意識を失った男子生徒を家に連れ込む女性教諭。傍から聞いたらとんでもないことね)

真冬 (男女が逆転していたらどんな状況であったとしても真っ黒だわ)

成幸 「………………」 zzz……

真冬 (……まったく、こっちの気も知らないで、人のベッドで安からに寝息を立ててくれるものね)

真冬 (さて、早いところ彼の自宅に電話して、引き取りに来てもらわなければ)

真冬 (電話番号が分かりそうなものといえば、生徒証だけれど、彼の鞄の中にそれらしいものはなかった)

真冬 (つまり彼は、校則に記してあるとおり、律儀に肌身離さず携帯しているのだろう。生徒証が入った生徒手帳を)

真冬 (……仕方ないわ。彼の制服から、生徒手帳を取り出さなければ)

600以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:44:05 ID:gdQsRlws
真冬 「………………」

ドキドキドキドキ……

真冬 (こ、これは仕方がないことよ、真冬。だって、彼の家に連絡を取らなければならないもの)

成幸 「………………」 zzz……

真冬 (べつに、やましいことがあるわけじゃない)

真冬 (ただ、少し彼の身体に触れて、生徒手帳を探さなければならないというだけ)

真冬 (だ、だから、何の問題もない……)

ピトッ

成幸 「んっ……」

真冬 「……!?」

成幸 「ん……ぅ……」 zzz……

真冬 (び、びっくりした……。まったく……)

601以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:44:45 ID:gdQsRlws
………………数分後

真冬 「………………」

ゼェゼェゼェ……

真冬 (……無事、生徒手帳は手に入ったわ。生徒とはいえ、意識のない男子の身体をまさぐるなんて……)

真冬 「っ……///」

真冬 (……わ、忘れるのよ、真冬。仕方がないことだったのよ。それより早くご家族に連絡をしなければ)

真冬 (担任を飛び越す形での連絡になってしまうけど、仕方ないわね。緊急事態だもの)

ピッ……ピッピッ……prrr……

『もしもし?』

真冬 「夜分に申し訳ありません。一ノ瀬学園で社会科の教員をしております、桐須と申します」

真冬 「唯我さんのお宅で間違いないでしょうか?」

『あっ……はい。お世話になっております。唯我成幸の母です』

真冬 「お世話になっております。成幸くんのことでお話があるのですが、いま、大丈夫でしょうか?」

花枝 『大丈夫です。あの、息子がどうかしたでしょうか……?』

真冬 「実はですね……」

602以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:46:12 ID:gdQsRlws
………………

花枝 『……それはなんというか、本当に、ご迷惑をおかけして申し訳ありません』

真冬 (……さすがは唯我くんのお母様だわ。電話口でペコペコと頭を下げている姿が想像できるくらい)

真冬 「教員として当然のことをしただけですから、お気になさらないでください」

真冬 「ただ、彼をひとりで帰すのは不安ですので、迎えに来ていただけると助かるのですが……」

花枝 『そうですね……。でしたら、妹の水希を向かわせます」

花枝 『私は弟妹たちの世話で手が離せないので……』

真冬 「わかりました。マンションの下で待っていますので、住所だけお伝えします」

花枝 『本当にご迷惑をおかけします。申し訳ありません……』

真冬 「お母様、どうかお気になさらずに。では、お待ちしております」

603以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:47:01 ID:gdQsRlws
………………唯我家

水希 「お、お兄ちゃんが倒れた!?」

水希 「それで、お兄ちゃんはどこ!? 病院!? 大変! 急いで行かなきゃ!」

花枝 「お願いだから話は最後まで聞いてね水希」

花枝 「心配しなくても大丈夫よ。道ばたで倒れて眠っちゃっただけみたいだから」

花枝 「いま、成幸の学校の先生が家につれて帰って寝かせてくれてるみたいなの」

水希 「………………」 ヘナヘナ 「よ、よかったよぅ……」

花枝 「親切な先生がいてくれてよかったわ。水希、ちょっと迎えに行ってきてくれない?」

水希 「もちろん行くよ! すぐ行くよ! いってきます!」

花枝 「ちょっと待って。お願い、話を最後まで聞いて」

花枝 「これ、教えてもらった住所。マンションの下で待っててくれるそうだから」

水希 「うん、わかったよ。その先生の名前は?」

花枝 「桐須真冬さんという方よ。まだ若い女性の声なのに、すごくしっかりしていそうだったわ」

水希 「へ……? わ、若い女の先生……?」

604以下、名無しが深夜にお送りします:2018/10/16(火) 23:47:40 ID:gdQsRlws
花枝 「声もきれいだったし、きっときれいな方なんでしょうね……」

水希 「………………」

ワナワナワナワナ……

花枝 「水希……?」

水希 (わ、若い女の先生……!? ダメよ! お兄ちゃんには刺激が強すぎる!)

水希 (それに、なんだか知らないけど、猛烈に嫌な予感がする!)

水希 「お母さん、わたしもう行くね! いってきます!」

ドヒュン……!!

花枝 「気をつけてねー……って、もう行っちゃったわ」

花枝 「まったく。お兄ちゃんのことになるとああなんだから……」

和樹 「水希姉ちゃんはもうしょうがないよ」

葉月 「もう諦めた方がいいと思うわー」




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