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野良兵器を拾った少女のお話
1
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/10(月) 16:25:10 ID:5dG7Rtlc
少女は一人で暮らしていた。
曲がりくねった山道をしばらく登った先に、
その家は建っていた。
一人で住むには幾分か広すぎる木造の古い平屋で、
中庭と倉をも備えていた。
中庭には小さな菜園があって、
じゃがいもやらネギやらが雑多に植えられている隣には、
プチトマトの苗が一種類だけ不釣り合いなほど、
やたらと多く並んでいた。
少女の祖父母は、菜園の世話について事細かに教えてくれていたし、
そんなにひろい畑でもなかったから、
少女一人でもどうにか枯らさないようにできていた。
2
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/10(月) 16:32:13 ID:5dG7Rtlc
訪れる者はほとんどいなかった。
週に一度、単車に乗った配達人が訪れるのが、
来客のほぼ全てを占めた。
食料やら何やらの入った袋を携えた彼は、
玄関に現れる少女と、時々短い会話をした。
少女はひどくゆっくりと話した。
まるでくしゃくしゃになった紙に書きなぐられた文字を、
一つ一つ読みあげていくかのようだった。
3
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/10(月) 16:34:41 ID:5dG7Rtlc
ごめんね、今日も手紙はないみたいだ。
わかりました。
まだ戦争は続いているようだよ。
そうですか。
奴らはどんどん送り込まれてきているらしい。
兵隊さんたちも頑張って、
奴らを倒してはいるそうだけどね。
そうですか。
この辺りに現れるってことはないだろうけれど。
戦場はまだまだ遠いから。
まあ、それでも一応、気を付けてね。
大丈夫です。
何かあったら僕に言うんだよ。
頼りないかもしれないけれど、君よりは大人だからさ。
わかりました。
4
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/10(月) 16:37:01 ID:5dG7Rtlc
本当はこんなところに一人にしておくよりも、
軍隊も自警団もいる下の街に来てもらった方が安全なんだけど。
少女は首を左右に振った。
その反応は、青年には見慣れたものだった。
少女は家を離れたがらなかった。
いくら一人は危ないと彼が言い聞かせても。
大丈夫です、と少女は言った。
わたしはここで、父と母を待ってます。
青年は、諦めたようにため息をついて、
気を付けてね、ともう一度繰り返した。
5
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/10(月) 16:40:04 ID:5dG7Rtlc
それじゃあまた来週、と青年は手を振って、
単車に跨って走り去った。
少女は彼の背中が山道を曲がって見えなくなるまで、
注意深く、じっと眺めていた。
それから少女は玄関の扉を閉めて、
外から中庭の方へと回った。
そして、家の裏手から中庭へと続く
広い引戸に向かって、声をかけた。
もう大丈夫。
でておいで。
戸ががらりと開いて、
家の中からそれが姿を現した。
6
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/10(月) 16:43:22 ID:5dG7Rtlc
それは金属製の蜘蛛のように見えた。
少女の胸くらいまでの大きさ。
大きな弾丸のような細長い胴体に、
四本の脚と二本の腕が備わっていた。
側面には何らかの銃身らしき装置がついていて、
胴体の前方からは、眼球のようなカメラが一本、
上へとまっすぐ、にょきっと生えていた。
それは配達人の青年が言ったところの“奴ら”であり、
少女の国と戦争中にある敵国が作り出した破壊兵器であって、
視界に入る人間全てを撃ち殺し、
形あるもの全てを焼き尽くすと恐れられている、
機械仕掛けの死神だった。
7
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/10(月) 16:45:34 ID:5dG7Rtlc
恐るべき破壊兵器は、どこか心細そうに、
小さな電子音を、ピー、と鳴らした。
もう大丈夫、と少女は言った。
8
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/10(月) 20:18:15 ID:QzFaaWw2
乙期待
9
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/11(火) 01:32:27 ID:xlYFNv9o
***
少女が初めてそれと出会ったのはその数日前、
梅雨になる直前の、季節外れの夕立が降った日だった。
滝のように降りしきる雨の中、ずぶ濡れになった少女は、
右手に釣竿を、左手にバケツを、力なく提げて歩いていた。
午前中に畑の世話を終え、午後からは少し歩いたところにある渓流で、
釣りをするのが少女の日課だった。
の日はさっぱり釣果が上がらず、
おまけに突然の大雨に、早々に彼女は引き上げた。
魚のいないブリキのバケツには雨水が溜まるばかりで、
その重さがいっそう少女の気を滅入らせた。
ちくしょう、と少女は呟いて、
足元に転がっていた石ころを蹴り飛ばそうとした。
途端、足を滑らせて思いきり転んだ。
少女は大の字で仰向けに寝転がったまま、
もう一度ちくしょうと呟いた。
10
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/11(火) 01:36:45 ID:xlYFNv9o
その時だった。
少女の頭上で、ガシャリ、と音が鳴った。
少女は首を反らして、物音の方向を見た。
そして、それと目が合った。
しばらく、少女はそれが何なのかわからなかった。
それは少女が手を伸ばせば届きそうな位置に立っていて、
首を伸ばして泥まみれになった少女の顔を覗き込んでいた。
泥や木の葉があちこちに纏わりついたそれは、
野生の猪か何かのように少女には見えた。
眼が、ジジ、と音を鳴らし、
少女にピントを合わせるのを少女は見た。
少女はカメラのレンズと見つめあった。
そこで、少女は初めて、それが機械であることに気付いた。
少女はごろりと寝返って、うつ伏せになった。
突然の動作に驚いたのか、それは首を引っ込めて、
ガシャガシャと後ずさった。
それから、フラフラとたたらを踏み、ピーピーと鳴いた。
その動きは、なんだか怯えた仔犬のようで、
少女は思わず吹き出してしまった。
11
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/11(火) 01:39:44 ID:xlYFNv9o
寝転がったまま、少女は尋ねた。
なにをしてるの。
ピー。
後ろ、つけてたの。
ピー。
どこから来たの。
ピー、ピー。
どこへ行くの
ピー、ピー。
わかんないや、と少女は言った。
ピー、とそれは鳴いた。
12
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/11(火) 01:46:02 ID:xlYFNv9o
少女は立ち上がって、道端に転がっていた
釣竿とバケツを拾い上げた。
それから、振り返って声をかけた。
おいで。
少女は歩き始めた。
それは、少し踏みとどまってから、
意を決したように少女の後ろをついていった。
13
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/11(火) 01:56:43 ID:xlYFNv9o
***
家に辿り着くと、少女はお風呂を沸かし、
それを浴室に押し込んだ。
浴室の扉は少し狭すぎるように見えたが、
それは脚をぴったりと胴体に押し付けるように折りたたみ、
器用に扉をすり抜けた。
少女はそれを洗ってやった。
真新しいスポンジを取り出し、洗剤をたっぷり付けて、
頭らしき部位から胴体、手脚まで、しっかりと汚れを落としていった。
関節部分にこびり付いた泥は使い古しの歯ブラシで取り除いた。
胴体には数か所穴が空いていて、そこから水が中に入らないよう、
少女は細心の注意を払った。
洗えば洗うほど、それは銀白色の光沢を取り戻していった。
胴体には、あちこちに引っ掻き傷やへこみがついていた。
時々、それはくすぐったそうに声を上げたが、
少女はお構いなく、一心不乱に磨き続けた。
14
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/11(火) 02:09:17 ID:xlYFNv9o
お風呂から上がると、少女はそれを居間に連れて行った。
広い部屋で、真ん中に小さな円座卓が据えられていた。
少女は座り、机の向かい側を指差して、
どうぞ、と言った。
それは先ほど扉を通り抜けたときのように脚を身体にくっつけて、
胴体を落とし、床の上に腹ばいになるようにして座り込んだ。
少しの静寂があって、
少女とそれは見つめあった。
それから、少女は質問を投げかけた。
15
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/11(火) 02:14:50 ID:xlYFNv9o
君は、なに?
それは平坦にピーと鳴いた。
言葉、話せない?
もう一度ピーと鳴いた。
今度は低い音で、下がり調子だった。
できないってことかな、と少女は考えた。
しばらく考え込んでから、少女は、
文字は書けるの、とそれに尋ねた。
ピッ、と短く、甲高い返事があった。
少女は立ち上がって、居間の隅にあった箪笥の引き出しを開け、
そこから何かを取り出して、机の上に置いた。
真新しいノートと、数本のボールペンだった。
じゃあ、これが、君の言葉だ。
16
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/11(火) 02:19:19 ID:xlYFNv9o
それは腕を伸ばしてノートを大きく、少女にも見えるように開き、
ボールペンを掴んで、活字のように端正な文字でこう記した。
あんたは俺が怖くないのか。
言葉遣いがかわいくないなあ、と少女は思った。
それから少女は、今その存在に気付いたとでもいうように、
それの胴体についた、何やら武器らしいものをしげしげと眺めた。
ああ、と少女は言った。
君が、うわさの、ざんぎゃくひどうな兵器ってやつか。
17
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/11(火) 02:22:18 ID:xlYFNv9o
少女はもう一度箪笥に近寄って、一番下の引き出しから、
細長いトランクケースを重たそうに取り出し、開いた。
そこには散弾猟銃が入っていた。
それを見た残虐非道な兵器はピィと悲鳴を上げた。
少女は銃口を兵器に向けた。
残虐非道な兵器は慌てて両手を挙げた。
わたしを殺すの、と少女は尋ねた。
それは急いでノートとペンを手に取り、
殺さない、と書いた。
少女はその文字を読んで、それから数秒間兵器を睨んで、
視線を何度か行ったり来たりさせたあと、
じゃあいいか、と呟いて、猟銃を降ろした。
18
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/11(火) 02:26:52 ID:xlYFNv9o
それから、少女とそれは会話をした。
どこから来たの?
わからない。
どうしてこんな山の中に?
逃げてきた。
どこから逃げてきたの?
一番古い記録はどこかの街中にいたこと。
建物はみな崩れるか燃えるかしていた。
周りには自分と同じ姿をした奴らが大勢いて、
自分たちとは違う姿をした奴らと撃ち合っていた。
彼らがどうしてそんなことをしているのか分からなかったし
俺は撃たれたくなかったから、そこから逃げ出した。
19
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/11(火) 02:27:38 ID:xlYFNv9o
その前のことは何にも覚えてないの?
何も。
俺は突然あの街で目覚めた。
目覚める前に何をしていたのかは記録に残っていない。
そこで撃たれて、どこか、壊れちゃったのかな。
俺は壊れているのか。
わからないよ、わたしにはそんなの。
でも、穴空いてた。背中に。
20
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/11(火) 02:30:46 ID:xlYFNv9o
あんたは俺が怖くないのか。
どうしてそんなこと聞くの?
俺は逃げる途中、たくさん人間を見かけた。
誰もが皆、俺を見るとすぐに悲鳴を上げて逃げだした。
銃を撃ってきた人もいた。
人間は全員俺のことが怖いんだと思った。
だからなるべく人間に会わないようにひたすら逃げてきた。
うん、まあ、そうだね。
怖い、だろうね。
あんたは俺が怖くないのか?
少女は首をひねって、考え込んだ。
それから、こう言った。
だって、殺さないんでしょ。
殺さない、とそれはもう一度書いた。
じゃあ、怖がらなくて、いいじゃん。
21
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/11(火) 02:32:37 ID:xlYFNv9o
少女の言葉を聞いて、それはしばらく固まった。
そして、ノートに文章を一気に書きつけた。
俺は逃げ続けてここまで来た。
俺には行くべき場所もやるべき仕事も分からない。
記録を失う前はあったのだろう。でも今は思い出せない。
良ければ、俺をここに置いてくれないだろうか。
俺になすべきことを与えてほしい。
もしあんたが構わないのなら。
いいよ、と少女は答えた。
でも、あなたが何をすべきかなんて、わたし教えられない。
それはあなたが考えなきゃ。
22
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/11(火) 02:36:52 ID:xlYFNv9o
ねえ、名前は?
Lethal Autonomous Weapon
Type: walkalone, restricted
Code: MONOEYE ver.4.3.06
なにそれ、読めないよ。
呼び名というか、あだ名というか、
そんなのはないの。
ロットNoならある。
それは、書かなくていいや。
どうせ、よくわかんないし。
俺は人間ではない。ただの物だ。
だからこれら以外に名前は無い。
えーっと、と少女は呟いた。
じゃあ、名前、つけたげる。
23
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/11(火) 02:38:46 ID:xlYFNv9o
少女はノートをひったくり、何回かペンを回してから、
表紙に大きく、こう書いた。
“モノ”
よろしく、モノ。
少女の言葉に、それはピィと声を上げた。
その鳴き声の意図は少女にはよくわからなかったけど、
分かったってことだと、勝手に解釈することにした。
そんな風にして、少女はモノと暮らし始めた。
24
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/12(水) 21:38:30 ID:TTd4.9iI
***
人間と同じように、モノも眠るらしかった。
その理由を、モノは充電がどうの記録容量がこうのと説明したが、
少女にはちっとも分からなかったので全部読み飛ばした。
少女の寝室の片隅で、
脚を畳み、首を縮めてモノは眠った。
小さな洋室の、ベッドと机、本棚の隙間を縫うように、
モノは自分の定位置を確保した。
少女には新しい日課ができた。
目を覚ますと、モノの頭をぺしぺし叩いて、
少女はモノに朝の到来を伝えた。
じっと眠っているときのモノはどこまでも静かで、
ただの調度品のように少女には見えた。
だから、モノが鈍く唸る音を立てながら眼を開くと、
少女はその度に少しほっとした。
25
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2018/09/12(水) 21:40:36 ID:TTd4.9iI
夢は、見るの?
見ない。
それはつまらないね。
人間はどうして夢を見るんだ?
どうしてだろ。
現実ばかり見てると、疲れちゃうからかな。
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