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【艦これ】五十鈴「何それ?」 提督「ロードバイクだ」【2スレ目】

1 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/13(日) 21:53:56 ID:XmBArZ8Y

※深海棲艦と仮初の和平を以て平和になった世界観における、とある鎮守府での一コマを描くほのぼの系

 艦娘がロードバイクに乗るだけのお話

 実在のメーカーも出てきます

 基本差別はしません

 メーカーアンチはシカトでよろしく


※以下ご都合主義
・小柄な駆逐艦や他艦種の一部艦娘もフツーに乗ったりする(本来適正サイズがないモデルにも適正サイズがあると捏造)
・大会のレギュレーション(特に自転車重量の下限設定)としては失格のバイクパーツ構成(※軽すぎると大会では出場できなかったりする)
・一部艦娘達が修羅道至高天
・亀更新

上記のことは認めないという方はバック推奨。
また、上記のことはOK、もしくは「規定とかサイズとかなぁにそれぇ」って方は読み進めても大丈夫です


【前スレ】

【艦これ】長良「なんですかそれ?」 提督「ロードバイクだ」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1454251122/

911 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 00:01:49 ID:mo4oA./w

………
……


 提督から手渡されたのは、折り畳みのウォータータンクが二つと、スマートフォン――北上のもの――だった。

 そういえば、鎮守府に忘れてきたなと思っていたそれは、提督が持ってきてくれていたらしい。


『トラブルがあれば連絡しろ』

『……うい』


 使い切ったシャンプーの詰め替えパックみたいに薄っぺらいボトルを小脇に、通知の有無を確認する気力もなく、スマートフォンをポケットにねじ込んだ。

 提督に送り出されて一人、とぼとぼと大自然の中を歩く。縄張り競争に負けた野生動物だってもう少しばかり元気があるだろうと、北上は今の自分をそう卑下した。

 視界の右端にちらちら映る、うねるように生い茂った木立の種類はなんだろう。杉か欅か、はたまた白樺か明日桧(あすなろ)か、今の北上には判然としなかった。

 間違いなく落葉松(からまつ)というわけはないだろう。アレは確か国内では唯一の落葉針葉樹だったはずだ。そんな益体もないことを思い浮かべながら、背を丸めて林道を下っていく。

 今度は視界の左端が気になってきた。小さな沢かと思ったら、道を下っていくうちに本流にたどり着いていたらしい。水音が嫌でも耳に届いてくる、豊かな渓流だった。

 渓流釣りを楽しむ人たちの姿も見える。遠く漏れ聞こえてくる声は甲高いもの。良く通る声――きっと子供だ。と、北上は思い、寄せた眉根に落ちた影が、更に色を深くした。


 ――子供は、苦手だ。

912 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 00:20:29 ID:mo4oA./w

 うるさいし、泣くし、そのくせ次の瞬間にはケロッと泣き止んでて、何が面白いのかケラケラ笑う。

 なによりウザい。遠慮というものを知らない。こちらの都合をまるで考えない。そして、できもしないことを言う。

 『――駆逐艦たちは最悪だ。特に阿武隈旗下の駆逐艦など最悪中の最悪だったな』と、北上は三年間苦楽を共にしたはずの部下たちのことを思い浮かべると、脳裏にそんな血も涙もねえカスみたいな感想を浮かべた。

 だって、思い出すとどうしようもなくいらいらするのだ。

 意味のない会話。よくわからないやり取りに、北上の知らない遊び。

 そして――つまらないことばかりを言う。

 それを聞くたびに、北上はどうしようもなく苛ついた。

 ああそうだ、あたしはあいつらなんて――。


 ――本当に?


 迷宮の出口を指し示す糸が、強制的に断絶されたような感覚。そんな問いが泡沫のように脳裏に浮かび、しかし弾ける。

 どれだけ歩いただろう。提督の話ならそろそろたどり着いてもいいはずだ――そう思った頃合いに、うねった林道のカーブを曲がった。

 このキャンプ地の中心となるサイトはここいららしい――と、目の前に広がる光景から、北上はそう判断した。

 林を抜けた右側には大きく風が抜ける広場があり、その奥には林がある。その林の中にちらほらとカラフルなテントの姿が見て取れたし、見晴らしががよさそうな丘の向こう側にはデッキサイトやバンガロー、ひときわ大きな建物は管理棟か、もしくはコテージか――が、軒を連ねている。

 何より、子供が――それだけ確認して、視線を切った。前を見れば目的の水飲み場がある。隣接しているのはキッチンだろうか。昼時ということもあって、炊飯の煙があちこちでもくもくと立ち上がっていて、青空を白くフィルタリングしている。

913 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 00:22:44 ID:mo4oA./w

 また、甲高い声が聞こえる。きっと子供の声だ。なんとも無邪気で、無理解で、無遠慮な、笑い声。

 ――ウザい。

 心の中でそう思う。

 ――本当に?

 心の中でそう訝しむ。

 ――そうに決まってる。

 心の中でそう返答する。

 だって子供なんてものは、そういうものだ。そういうものだから。北上の感性やライフスタイルには合わず、どうしても苦手なのだ。

 それが無責任だとか言われても困ってしまう。人として欠けていると言われても、そう感じるのだから仕方がないだろうと思う。


『あれ?』


 また子供の声がするが、意識から切る。さっさと水を汲んで提督のところに戻ろう。そして今度こそ問いただすのだ。

 ……彼の、無駄においしい手料理を食べた後にだ。

914 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 00:33:08 ID:mo4oA./w

『ねえ、ねえ、あれって』

『……どうした? なんぞあったかの?』


 本当にウザい。北上は嘆息する。子供は好奇心が旺盛だ。あれが知りたいこれも知りたいあれはなんだ鳥か飛行機かいやUFOだと現実と空想の入り乱れた妄言を吐き散らかす暴走超特急だ。そして口調もなんかおかしかったりする。
一人称がコロコロ変わったりするぐらい、いろんなものに影響を受ける。つまりアレコレ意見が変わるのだ。こんなに面倒な存在はあるまい。

 どうせ大したこともないものを見て興味を惹かれているのだろう。そう判断し、やはり無視する。


『……む!? た、確かに』

『!? ま、間違いありません! 行きましょう!』


 聞こえてくるのは、先ほどより幾ばくか落ち着きのある声と、礼節を滲ませた声がふたつ――だが子供だ。おそらく年長者なのだろう。だが子供だ。

 北上は目的だけを果たすために――目的だけを果たすために、己の機能を単一化することに長けている。即ち集中力。この場合は無視することに集中する。


『ねのひだーっしゅ!』


 ……だが、それがどうやら難しい。何せ、何かがおかしいことに北上は気づきかけていた。

 なんでガキの声がだんだんとあたしに近づいてきている? というか今、絶対聞き捨てならないことを言っていたような―――!

915 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 00:36:33 ID:mo4oA./w

 かくしてその子供たちの足音までもが聞こえはじめ――よりにもよって水道にたどり着こうとしていた北上の目の前で、止まった。


『―――は?』


 呆けた声が出る。だってそうだろう。

 ……なして?


『わーーー! 北上さんだーーーーー!!』


 ――なんで?


『おお! やはり北上殿! わらわたちと同じく行楽目的かの?』


 ――なんで、初春型の駆逐艦どもが、姉妹勢ぞろいでここにいんの?

 その答えはすぐに出た。

 ――あ、あの野郎、は、ハメやがった……!!

 こういう想定外に遭遇するとき、事件の裏にはやつがいる―――そう。

 主に提督が悪いのだ。

916 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 00:51:10 ID:mo4oA./w
※キリのいいところまで書ききれなかったので明日(今日)

917以下、名無しが深夜にお送りします:2021/09/20(月) 16:46:12 ID:WdP4vMWQ
おつ

918 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 23:08:08 ID:mo4oA./w
※またまたキリが悪いけれど、不定期に投下してきます

 ――まずいことになった。

 この後に待ち受ける展開は目に見えている。駆逐艦の奴らときたら、あたしを見るや否やいつもいつも――。


『すっごい偶然だー! ねえねえ北上さんはひとり? ひとりできたの? 大井さんは?』

『え、え、あ、いや』

『あ! ご存じですかっ! ここってキャンプ場だけど近くに温泉あるんですよ! 知ってます? 知ってますよね! だから来たんですよね、すっごい評判いいんだって! 子日も楽しみにしてたんだ!』

『あ、そ、そう』

『でもでもアスレチックもあるんだよっ! そこで一緒に、子日たちと遊びましょっ! それで、いっぱい遊んだら、一緒に温泉入りましょう!』


 ――そら来た。一番槍は子日だ。こいつはいつも人の話を聞かない。阿武隈がよく手を焼いていた。


『これはやっちゃダメなんです。分りましたかぁ、子日ちゃん。OK?』

『おーけー!』


 OKと叫びながらダメなことをやる。そういうガキだ。これには阿武隈も『ンンンンン……!』と半角で唸っていたのを思い出す。正直笑ったが、今のあたしの状況があの時に笑ったことのツケであるとすればひでえよ神様。


『こ、これ、子日……そう矢継ぎ早に捲し立てるでない。北上殿が混乱するであろう』

919 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 23:12:55 ID:mo4oA./w

 困ったように眉根を寄せて子日を窘めるのは初春――だったが、その言葉に咎めるような棘がない。出せよその棘。

 叢雲と張り合ってるときみたいな殺意混じりの、すっげえヤベーやつの眼光を出せよと思う。二水戦の眼光だけは戦艦クラスとか言われてたあのピンク髪に負けず劣らずのやつ。

 あたしのそんな祈りは通じず――それどころか少しだけ期待するような目であたしにちらちらと流し目を送ってくる始末。この時代錯誤の麻呂眉公家雌が! そんなにあたしが好きか!


『お久しぶり、というべきだろうか、北上さん。終戦後の祝勝会以来だったと記憶している』

『お、おう』


 姉二人を無視して挨拶してくるのは若葉だ。サドマゾ具合が結構理解不能なやつだったのを覚えている。


『ご機嫌よう、北上さん。初霜です。ここでお会いしたのも何かの縁』


 そして――まずい――初霜だ。こいつが一番厄介だ。断る際のいつもの常套句『鍛錬があるから』が使えない。そしておそらく、初霜はそれを理解している。

 『ぼっちで来てる』と言うべきか? リスクが大きい。何より駆逐艦なんぞに『え? ぼっち?』って目で見られた日には多分泣く。

 かといって正直に『提督と来ている』なんて言った日には状況は悪化の一途をたどる。あの悪魔の権化みたいな男は、艦娘達からそれはそれはモテる。

 異常だ。理不尽だ。やっぱり世の中間違ってる。顔か、顔がいいせいか。しかも口がよく回るからか。大戦果上げた超エリートだからか。金持ちだからか。多分全部だ。

 クソむかつくのはそれらがおまけ扱いなぐらい、あいつは艦娘に厳しくも優しい。あたしだってその点においては好感を持ってるぐらいで――だから分かるのだ。

 そんな男に連れられて、しかも二人きりで―――二人きりで!―――こんなところに来ていると知られれば、果たしてどうなる?

920 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 23:14:51 ID:mo4oA./w

 このメンツ、子日と初霜は純粋に提督を慕っているようだが、若葉は間違いなく提督に淡い感情を抱いてるし、初霜も怪しい。

 仮に全員が提督に恋愛感情持っていないとしてもだめだ。

 噂話好きのこいつらは間違いなく鎮守府にいる仲間――温厚なやつらからヤベーやつらまで一切の区別なし――にあたしと提督がここにいることを連絡するだろう。そうなればもう最期だ。


 ――あたしはきっと、明日の朝日を拝めない……!


 足柄、鈴谷、摩耶の重巡・愛のクソ重三銃士がバイクやらスポーツカーやらすっ飛ばしてこの地へとやってくるだろう。

 鳳翔さんもやばい。淑女心掛けない奴は艦種なんぞ知るかと言わんばかりに粛清してくる鎮守府影の番長格だ。

 軽巡もやばい。ここは山だ。多摩姉の海に次ぐ第二のホームと言っても過言ではない。山狩りを行われれば間違いなく焙り出されてあたしは火だるまになる……!

 五十鈴あたりは例のなんちゃら理論を駆使して林道を一切傷つけることなく、濃ゆい顔でハンドリングを切って10t級トラックを操り、必ずやあたしを轢き殺しにかかってくるだろう。

 利根さんあたりも最悪だ。あの人は自分が気に入らないものをしばしば『ポッター』と呼ぶ。『おぬし、ポッターか?』『ポッター……なのじゃろ?』と圧をかけてくる。

 もちろんあたしは『ポッター』じゃない。っていうかそんなの知らない。人違いだ! だけど彼女にとって『北上=ポッター』と確信する何かがあればもう終わりだ。

 『アズカバァアアアン』とか、アバラがどうとかの謎の単語を叫びながらあたしを消し炭にしてくるに違いない。


『? 北上さん?』


 まずい。初霜が黙ったままのあたしを訝しんでる。こいつはやったら勘が良かったのを覚えてる。変に黙りこくってると勝手に推測して、しかもそれが8割当たるという驚異の的中率だ。

921 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 23:17:09 ID:mo4oA./w

 究極の選択だ。

 一人というか。

 提督と来ているというか。


『その、もしお一人でしたら、良かったら私たちと』


 ――決めた。


『ん……一人で来てるけど。ここへは観光で来てる。あんたらはあんたらで楽しみなよ。あたしは一人でゆっくりしたいんだ』


 そう言って、彼女たちの間を切り裂くように横切って、水道へと向かう。

 あたしはぼっちの汚名を着ることにした。提督、あんたは本日限りはイマジナリー提督だ。どこにもいない。


『ええー!? そんなぁ、遊んでくださいよぉ、北上さんっ!』

『うるさい。いやだ。ウザい。どっかいけ。きえろ』

『子日ショォオオオック!!? うわああん! 若葉ぁーーー! 北上さんが戦争中の時と同じかそれ以上に辛辣だよぉーーーっ! おかしいよぉーーっ!』

『いや、妥当では。普通に旅行中なのだろう。たまたま知り合いに逢ったとはいえ、それが同じ軽巡クラスの方々ならばともかく、我々は駆逐艦だ。一緒にいては気疲れしてしまおう』

922 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 23:27:15 ID:mo4oA./w

『あ、あのっ。お水を汲むんですよね。二つあるみたいですが、よかったら私も運び』

『いらない。ヤワなあんたらと違って、あたしは毎日鍛えてるから。このぐらいどうってことないから』


 これに関しては嘘ではない。あたしは毎日、毎日、鍛錬を積んでいる。部屋に引きこもってるときも、運動は怠らなかった。


『あたしは一人で楽しむから、ついでこないで』


 意識して――意識して、冷たい声で拒絶する。一言に付された初霜はしょぼんと俯いた。

 15ℓずつ入るタンクに満載された水を、左右のわきに抱え込むようにして持ち上げ、初霜を見ないように歩き出す。


『え、えっと! 水のタンク使うってことは、コテージじゃなくて、テントで一泊するんですよね! 子日、大推理っ!』

『…………』


 背中からかかる子日の質問を無視してのっしのっし歩く。


『ど、どんなテントか、子日、見てみたいなって』

『……』

923 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 23:34:13 ID:mo4oA./w

『……その』

『…………』

『……えっと』

『……………………………………………………………………………………』

『……うわあああああん! 初春お姉ぇちゃぁあーーー! 北上さんが子日を無視するんだよぉおっ!!』

『ええいまとわりつくでないわ! 行楽地で偶然出会う縁こそあったが、共に楽しむ縁はなかった。そう思って諦めい』

『しょ、しょんなぁ……今日は、今日は、何の日? 今日こそ、北上さんと遊べる日だと、思ったのに』


 ――子日の言葉に、何かが引っ掛かる。だが足を止めるほどでもない。そのまま彼女たちから距離を取ろう。たまに振り返って尾行されていないか確認する必要はあるだろうが。

 我ながら、本当に冷たい。

 提督が言う言葉なんて、やっぱり思わせぶりの嘘だった。

 あたしが、誰に夢を見せた? こいつらに優しかった? 酷い冗談だ。

 こいつらは、この通り、勝手に夢を見て―――。


 ――そこまで考えて、頭痛が走った。

924 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 23:35:33 ID:mo4oA./w

 思わず脚が、止まる。それほどの激痛だった。

 幸い、あたしの足が止まったことに彼女たちは気づいていないのだろう。背後から、声が聞こえる。


『大丈夫ですよ、子日姉さん。もう平和な世の中になったんです――北上さんや、阿武隈さん、大井さんに、木曾さん。皆の活躍で、平和になったんです』

『うむ。そうだぞ子日姉。だから、遊べる日はきっと今日じゃなかったってだけなんだ』


 ――失敗した。聞くべきではなかった。だって、頭痛が、ひどくなった。

 再び、重い足を動かす。そんなあたしのの背に、明確に呼びかける声があった。

 その一言だった。


『うん! それじゃあ――■■■! 北上さん!』

『ええ、■■。次はご都合を合わせて、共に時間を過ごしましょうぞ』

『■■■■■しましょうね、北上さん』

『うん。北上さん――■■』



 ――あ。

925 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 23:37:18 ID:mo4oA./w

 あっさりだった。

 あっけなかった。

 それほどまでにすんなりと、凍り付いていた記憶の扉が開く。

 そうして過去が、北上に追いついた。



 彼女が、どうして雷神と呼ばれるに至ったのか。

 その結果ではなく、過程でもなく、その前提にあった。

 そうならねばならないとすら思った、原点を。

 北上のオリジンが、展開する――。



……
………

926 ◆gBmENbmfgY:2021/09/20(月) 23:38:42 ID:mo4oA./w
※次こそ、北上&阿武隈のクソ重感情まき散らす場面
 みんなは予想できるかななんて
 知ってるか、ワクチンをうつと、筋肉痛に似た痛みで肩が上がらないし、熱まで出てくる

927以下、名無しが深夜にお送りします:2021/09/22(水) 00:00:22 ID:bonBlGt2
>>926
知ってるぜ、俺も今絶賛堪能中だ……

明石と似て非なるタイプのあれなのかな
こいつらが沈んでも自分が耐えられるように、自分が沈んでもこいつらが耐えられるように、ってのと、子どもに戦わせる、戦わせざるを得ない事への罪悪感みたいな
マージナル・オペレーションのアラタみたいな心境が個人的にはイメージに近い

928以下、名無しが深夜にお送りします:2021/09/22(水) 13:34:16 ID:kc/ZWwGE
またね
また
またお会い
また

929 ◆gBmENbmfgY:2021/09/25(土) 23:56:04 ID:09ysfSis

………
……



 重雷装巡洋艦・北上改二は、幾度も天才と呼ばれた。

 雷撃の天才。

 どんな深海棲艦でも一撃で倒してのける。北上の放った魚雷は、まるで『神のように』動いて、吸い込まれるように敵の急所へと突き進んでいくのだ。

 いつしか『雷神』と呼ばれるようになった。


 ――それは、いつからだ?


 そう呼ばれるようになったのはたしか、南西諸島海域を――沖ノ島を突破し、北方海域の攻略を大本営が懇願してくるまでにあった、しばしのモラトリアムの時期だ。半年程度の期間だったが、その間は本土にいる時間が多かった。自然と、他の鎮守府との交流が増える。

 その交流は、北上を大いに失望させた。天才と持てはやす者の大半は、よその鎮守府の艦娘や、入ってきたばかりの艦娘で、後者が抱く憧れの視線はともかく、前者の本心が嫉妬していることなど見え透いていた。

 北上という艦娘の好悪を決める基準はひどくシンプルである。北上は何の努力もしない、することも期待できない怠け者が嫌いだった。

 彼女が現代の日本に対しても同様に思うところはそこだ。余りにも『どうでもいい輩が生き易すぎる』し、いくらなんでも『自称弱者で事実として弱者なロクデナシが多すぎる』と思う。北上以外の艦娘も少なからずこの疑問を抱えている。

 年長者が尊敬され尊重される文化の土台には『現在に至るまでの厳しい状況を乗り越えて今に至った』というバックボーンがあるからだ。そこには厚みがあり重みがある。それを軽んじることは、先人の知恵や努力があって今に至った歴史そのものの否定だ。

 だが現代の日本から、それが失われようとしていると北上は思う。国の庇護がある。最低限の生活基盤が保障され、衣食住に困ることはない。技術は発展し、人の生活は豊かになった。

930 ◆gBmENbmfgY:2021/09/25(土) 23:58:53 ID:09ysfSis

 成程、幸せなことだろう。だがこの『努力しなくてもほどほどにはなれる』という状況こそが曲者だ。尻に火が点かなければ必死になれない輩は案外多い。むしろ自然と言えよう。水が低きに向かって流れるように、自らを厳しく律する理性のないものはどんどんと堕落していく。そしてそうした姿勢でも「どうにかなってしまう」ものだから、堕落する人間は増える一方だ。

 納得はする。理解もできる。問題なのはそれらが平等という在り方だ。

 助け合いの精神はわかる。例えば、健常者が非健常者に対して配慮する。これこそが気配りであり、余裕であり度量である。それが、ただの甘えや馴れ合いになりつつある。己の弱さを他人を攻撃するための理由とする。己が優遇されてしかるべきだと主張する。生まれついてのハンディをプラスに変えようとする意欲である――と好意的に見るには少し厳しい。何せどうしたって性根の卑しさが見えてくるのだ。無論、そんな身障者ばかりではないことは理解している。とはいえ悪目立ちしすぎているし、何が困ったかと言えばそんな声の大きい身障者は実際に優遇されてしまうことだろう。助け合いとは自然に発露した純然たる善意によって行われるもので、それを強請るのはもはや助け合いとは言えない。こういった事例があまりにも多いせいで、声を上げることができない善良な身障者が肩身の狭い思いをする。これすら平等だという。それらを不平等にするのは差別だという。成程、それもわかる。極端なのもよくない。じゃあ――何が区別なんだ、という疑問には誰も答えてはくれなかった。

 歪な仕組みだ、と北上は思った。健康上の都合で仕事ができないとかも理解できる。頭痛が鳴りやまないとか、腰がイカれてるとかはわかる。だが心の病ってなんだ――北上は戦前脳なので、北上基準でそんなナメ腐ったことを抜かす奴は尻を蹴っ飛ばして適当な肉体労働で汗水流させ、きちんとした報酬払って酒でも飲ませ、女なら男を、男なら女を、ホモにはホモを、レズにはレズを、変態には変態をあてがえて鉄兜持たせて駆け込み宿に放り込めばあら不思議――さくばんはおたのしみでしたねという締めの言葉で、一発快癒するんじゃあないかと思ってる節があった。『目にそれとは見えない病なんだからそんな単純な問題じゃないんだ』なんて言う輩がいそうだが、そんなに複雑に考えるのもどうかと、北上は思う。そもそも精神の病なんて、北上からすれば酷くうっさん臭かった。その目に見えないものは精神科医とやらは見えてんのかと思う。スタンド能力者かと。人だってミスするのにそんな診断で精神病んでますとか言われて「はあそうですか」って受け取るならなるほど確かに精神的にヤベえんだなと思う。北上ならそんなこと言われたら五連装酸素魚雷の二十射線×2で病院ごと火の海にしてやるだろう。と言うか、なんだ、銃弾飛び交う戦場よりヤベーのか現代社会はとも思う。戦場のど真ん中に自称・精神病患者を放り込めば多分メッチャ元気に走って逃げ出すと北上は思っている――そのあとに本当にトラウマで精神病になってしまう可能性は置いておくとしても。

 ギャアアアギダガミザァアアン
 閑  話  休  題。

 何も北上は『自分は努力しているのだからもっと優遇されたい』などと言うつもりはない。いや、優遇されるべきだとは思っているしなんなら自分という存在に対して『様』を付けない奴はスーパー不敬なので即スーパー死刑にしたいとすら考えている――なんてやつだ――が、それは強請るものではなく、それに相応しい『何か』を勝ち取ってから要求すべきものだと考えている。

 北上は自らの才能を理解している。それは酷く幸運だと思っている。そして才能がある物事を、北上自身の嗜好が好ましく思うことが多かった。好きこそものの上手なれとはまさにこのことである。

 決戦兵力として期待を受ける――理解できる。むしろ歓迎だ。もっと自分を頼れとすら思う。

 だが嫉妬を受ける。嫌がらせされる――まるで理解できない。

931 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:02:24 ID:CcyWen1s

 北上は陰湿なやり口も嫌う。善悪の問題ではない。ただムカつく。この北上様に嫌がらせするとか、さては雷巡アンチだなオメー。だから殴る。この鎮守府では必修項目に入ってる日本拳法――北上に奥歯ガタガタ言わされるほど殴られた――主に北上の怖さを知らないよその鎮守府の哀れな艦娘である――は30名を下らない。北上がブチギレて誰かぶん殴るときは大抵コレである。摩耶とか隼鷹あたりも似たようなことをやったし、北上が最初にやらかせばそれを止めるどころかむしろ便乗してぶっ殺されてえかヒャッハーヒャッハーした。そういう時に限って、大井とか阿武隈がいないもんだからストッパーもおらず、当然のように当該鎮守府には出禁を喰らう。こればかりは提督からも怒られた。やるならもっとやるしかねえという状況を詰めてから徹底的にやれと。うん? 似た者同士かな? こうして彼女らを出禁にした鎮守府は結構な確率で後ろ暗いことをやっていた――ことにされたか本当にそうだったかは定かではないが――ことが判明し、後に解体されることは多かった。バラされた鎮守府の提督のその後の行方は知れない。多分、鎮守府同様にバラされたのだろう。提督は個人で陸軍憲兵一個師団より怖い。

 さておき、北上の才能に追いすがろうとしてくるなら可愛げもあろう――やることと言えば足を引っ張ることばかり。それを卑劣だと咎めるつもりはない。その卑劣さもろとも敗北を噛み締めさせ
てやるという気概はあった。

 まるで笑えもしない。

 ――こみ上げてくるものがあった。

 ならば翻って、駆逐艦はどうか――幼く生まれてきた。精神も幼い。

 そして北上は駆逐艦が苦手だ。才能の有無はあり、優劣もある。

 ――だが、嫌いになれない。北上は誰一人として嫌いではなかった。

 ――何故だ?


『なあ北上よ。覚えてるか? 君に質問したことがある――駆逐艦は嫌いか、と聞いた時だ。君はこう言ったんだよ。

 『ううん。ただウザくて苦手だけど』ってな。だから俺は、『ああこの子は優しい子なんだな』って思ったんだ』


 提督からそう言われたことを、不意に思い出す。あれは確か、秘書艦として書類仕事したりお茶入れたりスケジュール確認したりと、北上がらしくなくも、案外そつなくこなしたことを褒めちぎられて『畜生この畜将が耳からあたしを孕ませようとしてきやがる……!』と悶えていた時に言われた言葉だ。

932 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:07:34 ID:CcyWen1s

『否定とは得てして強く聞こえる言葉だ。嫌い、って言葉は特にな。でも北上。君はしょっちゅう駆逐艦ウザいとか駆逐艦苦手だとは言ってたが――終ぞ、駆逐艦たちのことを『嫌い』とは言わなかったよ』


 そんなの、当たり前だろうと思った。北上にとって、それは当たり前だった。深く考えるまでもなかったことなのだ。その当たり前の中に、答えはあった。

 ――だって、あいつらはちゃんと『努力している』からだ。

 駆逐艦は弱い。脆い。すぐにベソをかく。泣きだしたかと思えば次にはけろりとしていたり、何がおかしいのかけらけらと笑う。今泣いた烏がもう笑うとはよく言ったものだ。人懐っこい笑みを浮かべて、なれなれしく北上にまとわりついてきた。


 桜色の髪色をした人懐っこい駆逐艦――子日。これで結構なバーサーカーだ。後にレ級の中で特にヤベーのを単艦で血祭りにあげるぐらいの成長を遂げるやつだ。

 いつでもどこでも思いつめたような無表情を晒しながら、天然入った発言をしばしば繰り出す駆逐艦――若葉。確か綺麗好きだった。二つ名もあった。確か『海の掃除屋』とか言われていた。

 真面目が服を着て歩いているかのようなおりこうさんの駆逐艦――初霜。良く物事を見ていた。たまに二水戦に駆り出されて、なんと旗艦まで張っていたことさえある。なかなかのやつだ。

 似非公家口調が鼻につくも、個性的な妹を抱えるだけあってかよく気が利き面倒見がよい駆逐艦――初春。日本舞踊が趣味という、なんというか見た目通りのやつだった。

 こまっしゃくれた発言が目立つも、見栄っ張りなところに妙な可愛げがある駆逐艦――暁。レディになるのが憧れらしいが、そのレディってなんか定義あんのかとちょっと気になった。

 ハラショーハラショーとロシア語で語りかけてくる駆逐艦――響。これでなかなか姉妹思いでしっかり者だ。時々、寂しそうな眼をするやつだった。

 小さな八重歯を覗かせた人好きする笑みを浮かべる駆逐艦――雷。料理やお菓子作りが得意で、頼んでもいないのに北上におすそ分けしてきたこともある。メチャクチャうまかった。年貢を納めてくるとか大したやつだ。

 その雷の背に隠れながらおずおずと、しかし憧れを見る目で見つめてくる駆逐艦――電。あまり言葉を交わすことはなかったけれど、海の上ではしっかりしていた。たまにバグッていたのはなんなのだろう。大したやつだ。

 一番一番と壊れたレコーダーのようにそればっかりを連呼する駆逐艦――白露。雷撃術の教授を一番多い頻度で乞うてきたのが、この子だった。

 そして――時雨。一水戦に編入された当初は、まるで笑わない子だった。だけど、いつのころかケラケラとよく笑うようになって、他の駆逐艦の子たちとの交流も増えて――レイテ沖では、ニシムラセブンの一隻として八面六臂の活躍をみせた。すごいやつだ。

933 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:09:32 ID:CcyWen1s

 全員が、阿武隈率いる第一水雷戦隊旗下の駆逐艦たちだ。後に巡り合うことがあれば、第十七駆逐隊や、他のちびっこどももここに加わるのだろうかと思うと、北上はひどく眩暈がした。

 オフのタイミングで彼女たちにかち合うと最悪だった。やれ魚雷を上手に当てるための砲撃による誘導術を教えてほしいだの、どうやったらあんなに正確な雷撃術が身につくのかだの、北上の都合などお構いなしに質問の雨を降らせてくる。

 諦めていなかった。諦めたくないと顔に書いてあった。できることはなんだってやっていた。できないことができるようになるまでなるにはどうすればいいのか必死だった。

 何度、雷撃術の教授を乞われただろう――頑張っていたんだ。

 幾度、海上演習の相手を務めることを願われただろう――苦悩していたんだ。

 何回、彼女たちの涙を見ただろう――足掻いていたんだ。

 幾回、彼女たちが勝利を喜び合っただろう――全身がそれを主張していた。

 ――だから、力及ないことがあると、本気で悔しがっていた。

 涙を流すほどに。食いしばった口元から血が滲むほどに。血走った瞳に涙を溜めて、懸命に言葉を紡いだ。

 あとは頼みます、頼みます、お願いします、決めてきてください、と。

 そして、最後に決まってこの言葉で締めるのだ。

 ――無事に、帰ってきてください、と。

 願われることはあった。乞われることはあった。だがこんな悲壮な顔で懇願してくることは、なかった。

 何で、そんな顔するんだ。なんでそんな顔して、そんなこと言うんだ。そんな奴らのことを、嫌いだなんて、口が裂けたって言えるわけがないし、そもそも思うわけがなかった。

934 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:11:33 ID:CcyWen1s

『お前らは、お役目をしっかり果たしたじゃあないか。こんな素っ気なくて意地悪なあたしの心配よりも、自分の心配をしろよ』

 幾度も口元から出かかった言葉を飲み込む。どうしても、それが言えなかった。

 軽巡――雷巡・北上は決戦兵力だ。決戦と目された戦場において、主力艦隊の撃滅を期待されて送り出される。だから第一水雷戦隊が北上の護衛につく。そうして北上を守って傷ついたのが彼女たちだ。とても言えなかった。よくやったとしか、言えない。だけどその言葉も言えなかった。よくやったなんて、言いたくなかった。

 そんな心中とは裏腹に、北上の口は言葉を紡ぐ。


『任せな。あんたたちの分まで、この北上様が叩き込んできてあげるよ』


 情動にあふれた言葉だった。どの記憶を切り取っても、北上はいつもそんな大言壮語を吐いている。

 どうしてそんな言葉が出てきたのか、北上自身にもわからなかった。

 ――そう、わからなかったんだ。

 わからずじまいで、理由もわからぬ苛立ちを抱えたまま、敵中枢艦隊が待ち構えている海域を目指し、海を駆ける。

 覚えていることがある。その道中、一秒ごとに体に力がみなぎる感覚を覚えた。

 何かを成そうと望み、必ず成就させんとする気持ちがあれば、なりたい自分になれる――否だ。そんなアタマ日向なことを信じてはいない。

 ただ、健気なほどに才の無い者たちが、懸命に努力している姿を見てきた。

 認めたくなかった。

935 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:12:10 ID:CcyWen1s

 でも、本当は悪くないと感じていた。

 悪くないな、と思った

 ああ、そうだ。

 北上が――あたしが、この鎮守府の艦娘たちに、駆逐艦たちに感じていたものは。


『痺れるねえ』


 未来を、見たのだ。

 勝利を喜び合う未来を。

 戦争が終わって、誰もがその顔に満面の笑みを浮かべる、そんな優しい未来を。

 だけど、ある日気づいてしまった。



 駆逐艦たちが、夢を見ないのだ。



……
………

936 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:14:09 ID:CcyWen1s

………
……


https://www.youtube.com/watch?v=OLClkB9cnHY


 いつの日だっただろう。

 それは、駆逐艦の何気ない一言を聞いたときだった。


『今日は、どんな日かなあ』


 そう、つぶやく駆逐艦がいた。子日だ。幾度か聞いたことのあるフレーズ。口癖のようだった。

 口癖、だ。だからよせばよかったのだ。

 何の気まぐれか、北上にしては珍しく――自ら彼女へ話しかけた。魔が差したのだ。

 らしくなかった。らしくないといえば、その駆逐艦もそうだった。どこか悲しそうに、その口癖を呟いていたから、だからつい聞いてしまったのだろう。

 沖ノ島海域を抜けてさあこれから北方だといったところにストップがかけられたせいで出来上がった、長い長いモラトリアム。提督が言うには大本営のクソどもがどーあがいたって一年、最悪半年程度で悲鳴交じりの音を上げてくるからそれまで鍛錬だと。こうして得た余暇を鍛錬に充てる日々が続いた中でのちょっとした稚気だった。

 ――なんだって今日の話ばかりする、と

 ――もうじき日付も変わる頃合いだ。どうして今日なんだ。なんだって明日の話をしないんだ。

937 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:15:13 ID:CcyWen1s

 そう聞けば、彼女は言った。


 子日は、言った。


『またねって』


 その言葉を聞きながら見た、彼女の表情に、北上は酷く動揺した。


『――またねって』

『――そう言える日がいいなって、思うんです』


 子日は言う。北上の目を見ながら――何も見えていない目で、言う。


『明日は、明日は……どうなるか、わからないから』


 なんだそれは、と思った。乾いた笑い声が出た。タチの悪い冗談を言うようになったんだなと――そう、思いたかった。

 ――明日は、明日だよ。何をない頭使ってんのさ。今日は勝った。昨日も勝った。一昨日も勝った。勝って勝って、勝ち続けて、そうしてたどり着いた今日だろう。

 ――馬鹿なこと言ってないで、アンタは能天気に笑ってりゃいいんだ。

938 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:16:12 ID:CcyWen1s

 そうせせら笑うように言って見せた。だけど、帰ってくるのは悲しそうな笑みと、湿った言葉だった。


『そう、そうですね……そうです、よね。でも、でもね、でもね北上さん――』


 子日は言う。

 微笑んで言う。

 だけど、死んだ魚のような目で、言った。


 ――その明日は、誰が約束してくれるんですか?


 何も、言えなかった。立ち去る子日の背に、何も言えなかったのだ。

 他の駆逐艦にも同様の話題を振ってみる。

 初霜。


『……すいません、北上さん。笑顔で終われるかわからない今日なのに、明日のことなんて考えられないです。ただ一隻でも一人でも救えるのならば』

『それで私は――それで、満足、なんです』


 なんで、と思った。なんだってそんなことを言うんだ。酷いジョークだ。こんなのが駆逐艦の中では流行ってるのか。そう言って茶化したが、初霜は笑わない。

939 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:17:35 ID:CcyWen1s

 子日と同じ目をして、言う。

 ――本当に満足しているものが、そんな目をするものか。そんな、今にも泣きだしそうな顔をするものか。

 そう問い詰めた。

 それでも、初霜は言う。何も見ていない目で、言うのだ。


『――明日。明日もしも、私がいなくても。ちゃんとみんなで、笑いあえる『明日』を掴んでくださいね。北上さんがそう約束してくれるなら、私も安心できますから』


 ――ああ、北上さんなら安心です、と。安らいだような顔で、言った。

 何の悪い冗談だ。何の悪い夢だ。また、何も言えなかった。小さな初霜の背を、黙って見送るしかなかった。

 気が付けば北上は基地内を走り回っていた。目についた駆逐艦たちに、同様の質問を投げかける。

 だけど、誰も彼もが、似たようなことを言った。

 若葉。

 ただでさえ何を考えているのかよくわからないやつだ。だけどむっつり顔で、時々間の抜けたことを言う子だ。きっと、きっと何か、違う答えを持ってるはずだ。

 ――北上の心は、そう願った。

 だけど。

940 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:19:13 ID:CcyWen1s

『明日? ……ああ、そういえば、そんなことは、あまり考えないようにしていた。ただ――』

『朝焼け空を見上げると、とても心が安らぐ。だけど、何か、とても落ち着かない心地になる。胸がざわつくんだ』


 本当は、この時にこそ、本当はわかっていたのに。


『若葉の、夢……ゆめ、か。人の夢と書いて、儚いというのだったっか……なるほど、と思う。確かに、その通りだと』


 ――やめて。

 悲鳴を上げそうになる口元を必死で手で塞ぐ。

 それでも、若葉は言う。死人のような瞳で、言う。


『そうだな……北上さん。もし若葉が沈んでしまっても、不肖の姉二人と立派な妹を、よろしくお願いしたい。北上さんの口からそれが聞ければ、若葉は――大丈夫だ』


 この時に感じた激情を、北上は忘れてしまっていたのだ。

 余りのおぞましさに、酷い嫌悪感のあまり、記憶からないものとしようとしたのだ。

 何も、言えなかった。何も、何一つ、消えてしまいそうな背に、言葉一つかけることができなかった。

941 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:20:44 ID:CcyWen1s

 初春。

 そうだ、きっと初春なら、と思った。

 初春が日本舞踊を学んでいることを知っていた。いろいろと手広く趣味を広げていることを聞いたことがある。

 だからきっと彼女ならば、と。

 そう思ったのだ。

 ――北上の甘い心は、そう願った。


 だけど。


『……先週、救難信号を受けて駆け付けた他の鎮守府の艦隊に、わらわと同じ初春がおりました。

 ――腕が、ありませんでした。わらわはそれを見て、何も言えなんだ……何も、言えなかったのです』

『ただ、ただ恐ろしかった』

『もし、もしもわらわが、ああなってしまったとき、それを受け入れることができるのかと……思いました』

『だって、だって、わらわは……あやつに、提督に……手慰みにと日本舞踊の手ほどきを受けたことを、思い出すと……心が、温かくなります。

 だけど、腕がなくなってしまったら、もう踊れないのだと……きっと、それを受け入れることができないのではないか……そう、思ったのです。心が、冷たくなりました。

 不意に、頭の中をよぎったのです。腕がなくなったのが、わらわじゃなくて……妹たちではなくてよかった、と……そう、思ってしまったのじゃ……酷い女だと、そう思うじゃろう?』

942 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:26:05 ID:CcyWen1s

 何も、言えなかった。


『北上殿……わらわには、まだ、まだ、まだまだ夢を、それを望むだけの強さが、足りませぬ。

 まだまだ、精進せば……ですが、それでも一つだけわらわの望みがあるとすれば……そうじゃなあ。

 うん……わらわたち姉妹、そして一水戦の子らの誰一人欠けることなく……なかった、と言える……そんなめでたき日を迎えることができたなら』


 北上には、何も言えなかった。


『――祝福の舞をひとさし、披露してみたいものです。北上殿にも、是非』


 あまりの怒りで。総毛立つほどの激情で、言葉を紡ぐ余裕なんて、なくしていた。

 ああ、そうだ。北上には――絶対に。

 絶対に許せないことがあったのだ。

 かつて己に積まれていた、忌まわしい兵器の記憶がよぎる。豪奢な椅子にふんぞり返った老害が言う。敵の死を望む。ゆえに死ねと命じる。それは誉れだと。


 ――ならば貴様が真っ先に死ね。


 北上にはどちらも等しく害悪だ。同じ糞垂れだ。

943 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:26:37 ID:CcyWen1s

『戦うことしか知らないなんて悲しいじゃあないか』


 そう言った提督の真意を、知った。

 提督が軽巡に、そしてそれ以上の大型艦種に、駆逐艦たちに相対する自分たちに、何を求めていたのかを知った。

 なんでだ、という疑問が水泡のように心の内海に湧き上がる。


 ――この状況を作っているのは、誰だ。


 誰のせいだ。誰がやった。誰だ。


 ――貴様らの、せいか。


 深海棲艦のせいだ。駆逐艦どもが、夢を見ないのは。見れないのは。

 痛ましいぐらいの、ささやかな夢しか見れないのは。


 ――なんだって貴様らは、駆逐艦どもを泣かせて、嗤っていやがる。

 ――あたしの前で、ガキの夢を踏み潰そうとしてんじゃあねえよ。

944 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:27:13 ID:CcyWen1s

 頭にきた。

 明日を願うことを夢だと語る駆逐艦に怒った。

 それ以上に、その夢を嘲笑うかように攻めてくる深海棲艦どもに激昂した。

 あんな水底から湧いて出た、顔色の悪い連中が、誰の怒りを買ったと思う。

 その激情のままに奴らを殲滅してやりたいと思う。

 だけど、深海棲艦どもをどれだけ叩き潰そうと、きっと駆逐艦たちは夢を見ない。

 何かがいるのだ。劇的な何かが。起爆剤としての何かが。

 ならば。

 ならば。


「だから、あたしたちが見せてやらなきゃならないんだろ―――夢は、あるんだって」


 ――そうだろう、阿武隈。



……
………

945 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:28:14 ID:CcyWen1s
………
……


https://www.youtube.com/watch?v=tumceOX2_Hk

『――おかしいだろう。こんなの、まかり通っていいわけないだろう』


 北上さんは言う。

 あたし
 阿武隈に、言う。

 これは胸のからこみ上げてくる衝動の正体を、北上さんがきっと掴んでいた時の記憶。

 理解しないままに自覚した、世にも珍しい阿呆の――だけど、心優しい艦娘に出会えた時の、あたしの記憶だ。


 北上さんは、子供が苦手で。

 それ以上に、努力しないものが嫌いで。

 足を引っ張ってくる輩が大嫌いで。

 そして、絶対に許せないものがあった。

 ――あたしと、同じで。

 それをきっと、大井さんはわかっていたんだ。だからあたしを叩いたんだ。どうして、よりにもよって貴女にそれがわからないのだと、失望を滲ませていたのだ。

946 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:29:32 ID:CcyWen1s

 戦いにおいても、才能は存在する。向き不向きがある。素養や素質がある。運が左右する場面だってある。それは艦娘とて例外ではない。

 ならば、その差も存在する。ダメな奴は何をどうやったってダメだ。あきらめなければ夢は叶うなんて、それこそ夢想論だ。あり得ない。

 生まれ変わって出直せなんて、人を揶揄し侮蔑する言葉だってあるけれど、それすら北上さんは認めない。「馬鹿は死んだって治りゃしない」というのが、北上さんの持論だ。

 曰く――やり直そうがダメな奴は何度やったってダメなのだという。そんな見下げ果てたやつが、今の世の中には溢れんばかりだ。

 赤ん坊で生まれて、成長して、多くの人と交流して、それでもなお社会に適合できない?

 そんな輩は、たとえ生まれ変わる奇跡があったとしても、『その程度の奇跡ではどうにもなりませんでした』という結果にしてしまう。その程度では――そんな奇跡ですら――台無しだ。うまくできるわけがない。やれるわけがないのだ、と。

 完全に同意したわけではない。でも一理あると思った――何せ次の人生など、あるわけがないのだから。

 いつだって今なんだ。今の人生しかないのだ。今を精一杯生きるしかないんだ。

 だがそれでも、北上さんの心は『違う』と叫んでいたのだ。

 精一杯に叫んでいた。狂いそうなほどの感情を心の奥底に秘めていた。

 嗚呼、これは違う。

 違うんだ、と叫ぶ。

 あたしの心も、北上さんの心も、痛切に、叫ぶのだ。

 ――艦種の違い? 役割の違い? 駆逐艦は脆い? 火力が貧弱だ? 弱い物は弱い? それはどうしようもならないことなのだと?

 そうだということを、知っている。それでも『これは違う』と感じるのだ。思いたいだけなのかもしれない。だけど、認めない。認められないのだ。

947 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:33:02 ID:CcyWen1s

 これは理屈ではない。これは合理的ではない。これは現実主義ではない。

 そんなことは百も承知だった。それでも、北上には受け入れられない。

 ああ、確かにそれは事実だろう。だが、事実を事実のまま、それが現実なんだと示すのが、賢しいのか。

 夢を見れない子供に『それが正しいんだ』と、どこの良識ある大人が笑顔で言ってのける?

 それが、そんなことが、大人のやることか。

 ――糞っくらえだ。

 北上さんにとって、それはまさに糞そのものだと言うのだ。

 どぶ底ような濁った眼をした子供が、大人になって何者になれるというのだ。同じだ。まるで同じ糞溜めだ。澱みの中で育まれ生まれでたものが、同じ糞になっていくだけで、なんにも変わるわけがない。

 あの頃は、そんな諦観がそこかしこに満ちていた。すでにここは腐ったどぶ底だ。深海棲艦は世界中の海で蔓延っている。ただ人類はその命脈を引き延ばしているに過ぎなかった。命の終わりを先延ばしにしているだけ――言葉にせずとも、そんな諦めは伝わってきた。

 勝利を積み重ねてきたこの鎮守府にさえ、そんな空気が漂った時期があった。正面海域を抜き、沖ノ島を突破して、決して浮かれ切っていたわけではない。

 だって、駆逐艦たちが、夢を見ない。自分たちよりもはるかに、現実を見ていた。現実に、囚われていたのだ。ここはマイナスなんだ、と。思い知らされた。

 ――ッざけんな。生まれた時からマイナススタートだなんて、そんなことがあってたまるか。

 何のための艦娘か。何のための命か。それを打破するために、あたしたちはここにいるのだと。

 だけど、駆逐艦たちは夢を見なかった。

948 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:35:30 ID:CcyWen1s

 いつしか人は現実を知るだろう。子供が大人になるときは、いつだって現実を知るときだ。

 ――じゃあ、夢はどこにある?

 ――この世に希望はないのか?

 北上さんはあたしに、問う。あたしは答える。

 否。否。否だ。断じて否。

 あるとも。夢はある。希望はある。未来を見据えている限り、そこに確かに夢も希望も存在する。

 なるほど、それは夢だ。いかにも朧気で、幼げで、未だ形をしていない不定形の幻だ。

 ならば、と。北上さんは言う。


 ――あるんだ。ここにある。ここにあるとも。それを見せてやる。あたしはただ、やるだけだ。いつも通りにやって、それが『ある』のを証明する。


 それを形にして見せてやる。未来は捨てたもんなんかじゃあないのだと。夢はあるんだと。ここに確かにあるんだと。

 彼女の内側には、理性を越えた、もっと原始的な、いっそ幼稚なほどに、頑固なまでの情念が渦巻いている。

 一流の悲劇なんて、いらない。

 三流のハッピーエンドで構わない。

 駆逐艦たちは努力していた。駆逐艦を苦手とする彼女の目をして、そう評価するにいささかの躊躁も忖度も不要であり、ましてや彼女の本質はシンプルに清廉だった。誰かを不当に評価する発想すら持っていないひとだ。

949 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:36:58 ID:CcyWen1s

 駆逐艦たちは、そんな彼女が戸惑いなくそう評価するに足るほどの鍛錬を積んでいた。だけど、彼女たちは夢を見ているようで、見ていなかったのだ。

 阿武隈は、駆逐艦の子たちが言っていたことを、覚えている。


 『いつか平和な海を取り戻したい。それで、みんなで、笑顔でお話するんだ。そよ風の中で、笑って話をしたいんだ! 誰よりも、いっちばんに!』

 『平和な世界で、気持ちのいい春の陽気に、みんなでピクニックにいきたい』

 『またって言って、またって返せる、笑顔で過ごせる日が欲しい』


 それを聞いたときに抱いた感情の正体が、ようやくわかった。

 やはりそれは――苛立ちだった。

 頭の中がざらざらして、瞳の奥がかっかと熱を持つほどに、気に入らなかった。

 なにせそんなもの、北上さんにとって――あたしにとっても――夢なんかじゃあなかった

 夢で終わるような代物であっていいはずがなかった。

 そんなもの。

 そんなありふれたものを。

 ありふれているはずの、ものを。

 どこにだってあってしかるべき日常を、夢だなんて語る、ましてや子供の口からそんな夢など聞きたくもなかった。

950 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:40:33 ID:CcyWen1s

 だけど、言わせてしまう現状があるのも事実だ。現実としてそこにあった。

 頭の中がざらざらして、胸の奥がかっかとした。

 翻って、深海棲艦はどうだ? その挙動、その砲撃術、その雷撃術、その命中精度、どれもこれもがお粗末だ。

 人類への恨み辛み嫉みばかりを口にして、ただただ憎悪の感情だけを撒き散らしては、数を頼りに海を荒らしまわっている。

 どこに夢がある? 夢があるから努力ができる。やってやるという決意へと変わる。

 あたしにはとても、深海棲艦たちに努力した形跡を見い出せなかった。


 ――深海棲艦どもが、いつ努力した。奴らが、いったい何を、頑張ったってんだ。


 北上さんも、そう思っていた。沸き上がる感情の塊を、彼女はこの時に自覚したのだ。自覚して、いたのに。


 ――なんで頑張ってるあいつらが泣いてるのに、チャラけたやつらは嗤ってる。

 ――嗤っていやがる。あいつら、嗤いやがる。深海棲艦どもは、なんで嗤いやがる。


 その感情の正体を、捕まえた。捕まえて、いたのに。


 ――ガキが頑張ってるのを、どうして嘲笑いやがる。ざっけんじゃあねえ。

951 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:41:55 ID:CcyWen1s

 北上さんの持論――と言えるほど、彼女はまだ己の思いを言語化できてはいなかったのだと思う。

 現実は過酷なのだろう。夢は必ず叶うわけではないのだろう。

 それでも『ならぬものはならぬ』と、何にはばかることなく、胸を張って言えることがある。建前やお為ごかしなどではない。

 この世で最も惨めことは夢を見ないことだと、あたしは信じている。だがこの世で最も残なことは、夢が叶わないことなんかじゃあない。夢破れることじゃあない。夢が踏み潰されることですら、ない。

 ――夢見たところへ繋がる道を、絶たれることだ。

 夢とすら呼べないほど小さな、ありふれたものを見ることさえできないことだ。

 夢を見ることさえ許されないことだ。

 ――だから。

 ――ええ、だから。


 ――北上さんには、絶対に許せないことがあった。

 ――あたしにも、絶対に許せないことがあった。


……
………

952 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:43:34 ID:CcyWen1s

………
……


https://www.youtube.com/watch?v=VnqzL26-SNM

『ガキなんてのはさ』


 北上が言う。


『少しばかり無様なぐらいで、ちょうどいいんだ。好き勝手に遊んで、はしゃいで、喚いて、笑ってりゃあいいんだ。

 現実のしがらみなんて知ったこっちゃないって顔で、夢と現の違いも知らないままに、楽しんでりゃあいいんだよ』


 阿武隈は肯定する。

 『そう、ですね』と言って、頷く。

 『その通りです』と同意する。

 そして思う――果たして自分は、阿武隈は、これまで本当の意味で北上という艦娘に向き合っていたのだろうか。

 こうして腹を割って話すのは、これが最初ではなかったか。

 北上は言う。

953 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:44:21 ID:CcyWen1s

『ガキなんて、そんなウザい生き物なんだよ。……そういう、もんじゃないかよ。

 少しずつ現実を知っていくんだ。上下関係とか、目上に対する口の利き方とか、そういう煩わしいもんを、嫌でも覚えていくんだ。

 あたしが許せなかったのは、あいつらはガキなのに、ちっともガキらしくないんだ。考え方も、やることも、何もかも』


 阿武隈は答えない。

 だが瞳の形も、そこに宿る色も、北上の言葉に同意していた。

 北上は言う。


『あいつらに、夢はあるかって聞いたんだ。聞かなきゃよかった。知らずに済んだ。こんなに頭にくること、知らなくてよかったのに』


 それでも、北上は聞いてしまった。知ってしまった。


『友達にまたねって言って、またって返せる、そんな一日の終わりが来ることが『夢』なんだとさ!

 友達が今日、いなくなるかもしれない。姉が、妹が、自分だって沈んでしまうかもしれない。またねって言うこともできないし、言える相手がいなくなるかもしれない。

 そんな不安ばっかり抱えて出撃していくんだあいつら。でもな、悲壮感はなかったよ。自分が死んでしまうことより嫌なことがあるって、決意を秘めた目をしてた。

 それどころか、明日が無くなることを受けいれるような顔して、一生懸命に頑張って―――だけど、一日の終わりに、本当にほっとした顔をするんだ。今日も生き延びることができたって、ほっとするんだ』

954 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:45:57 ID:CcyWen1s

 だから、北上は言う。血を吐くように、言う。


『夜が深まると、本当に寂しそうな顔をするんだよ。震えてる子もいたよ。しょぼくれた顔してたよ。

 ああ、あいつらだって悪戯したりするさ。悪いことだってするさ。だけどそれは、明日自分がいなくなっても「せいせいした」とか「いなくなってくれてよかった」って、残った奴らの心が少しでも痛まないようになんて、ふざけた気遣いだ。じゃなきゃあ、あんなに悲しそうな顔で悪戯なんかするもんか。げんこつ喰らって、嬉しそうになんかするもんか。時たまそれでも、寂しそうな顔なんて、するもんか。

 ……ふざけんな。そんなガキがどこにいる。いていいわけ、ないだろ』


 阿武隈は静かに話を聞いていた。先ほどまで彼女の中で凝り固まり、ついに噴き出した北上への激情は鳴りを潜めていた。大井に叩かれた頬だけが、やけに熱い。

 それでも阿武隈の心には喜びがあった。激しい歓喜だ。北上という誇り高い艦娘が――こんなにも優しいひとが、自らと肩を並べて戦っていること。

 それがどうしようもなく頼もしく、そして誇らしいことに思えた。

 北上は言う。


『さよならを言えない日が欲しい。さよならを言わなくていい明日が欲しい。またねって言える、そんな日が毎日ほしい。

 その日が多く得られたら幸せだ。そんなことを……言ってた、んだ。笑って、言ってたよ。あんな、あんなの、子供の、ガキの、笑い方じゃ、ない。

 それが『夢』なんだと。そんな明日が来たら、どれだけ素晴らしいんだろうね――無邪気な顔だった。だけど怯えた目で言ってやがったよ』


 一瞬で歓喜は失せ、押し寄せた真紅の激情が、阿武隈の内を満たした。

955 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:46:40 ID:CcyWen1s

 阿武隈は、口元に痛みを感じた。何のことはない――気づけば、唇をかみしめていた。血がにじむほど強く。その痛みで、今にもあふれ出そうになる涙を、かろうじて堪えていた。

 必死に口を動かし『そう、ですね』と相槌を打った。

 本来なら、否定せねばならないのだろう。艦娘として生を受けたのだ。戦う運命を背負っている。人類を守らなくてはならない。自分たちが戦わなければ、誰も戦えない。

 そんな正論はいくらでも言えただろう。

 だけど、終ぞ阿武隈の口から、そんな非情な『現実』を叩きつける言葉は、出てこなかった。

 阿武隈は言う。

 『その通り、です』と。

 『それは、絶対に許せないことです――』と、心の底からそう思って、同意する。

 そして北上は言う。


『ああ、そうだ…………なんだそれ。ざけんなよ。まるで笑えない。なんでだ。あいつら、真面目に生きてるじゃないか。ただのガキじゃあないか。一生懸命、生きてるじゃあないか』


 一呼吸。唇を一度引き結んでから、北上は言う。

956 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:47:40 ID:CcyWen1s

『あれをしたい。これをしたい。あれが好きだ、これが嫌いだ、明日は何をしよう。何をして遊ぼう。今日はとても楽しかった。だから、だから――きっと楽しい明日がやってくるって。

 何かに阿ることもなく、遠慮することもなく、歯に衣着せることもなく、世の中の価値観なんかに左右されることもなく、物おじせずに、それを当然のように言ってのけるのがガキだろ。自分だけの宝石を持ってるのが、ガキだろう。善も悪も超越した自分だけの価値を持ってるのがガキなんだよ。かっこいいとかカワイイとか、そう思ったものに憧れて、目指していくもんだ。

 そうだ、ガキなんてのはそうして馬鹿みたいにウザく笑ってるもんだ。大きくなったら何になりたいとか、こんな遊びをしたいとか、空を飛びたいとか、それこそ夢みたいなことを語ってりゃあいいんだよ。

 当たり前のように明日が来ることを信じてりゃあいいんだ。明日が来ないなんてこと、明日が来ないことの不安なんぞ、考えなくていいんだ。

 それを窘め、時に叱って、やらなきゃならないこと、夢に向かって生きる方法を、一つずつ教えてやるのが大人と子供の健全な関係だろ……?』


 そんな子供も、やがて成長していくのだろう。無慈悲な現実の前に打ちのめされるものもいるだろう。

 阿武隈は、いつも悩んでいた。

 駆逐艦へ、どのように向き合うべきなのかを。

 より強い艦娘を前線へ。ならば弱い艦娘は、強い艦娘を守る盾にならなくてはならない。第一水雷戦隊とは、元より決戦兵力を前線へ押し上げる護衛任務を主としている。

 警戒を厳とし、敵影を補足すれば即座にこれを殲滅――その長たる己は、何をすべきだろう。どのように駆逐艦たちに向き合うべきなのだろう。

 冷徹にあるべきか。ありったけの愛情を注ぐべきか。この時の阿武隈はまだ決めかねていた。考えあぐね、迷った末に――姉たちに問うた。阿武隈には偉大な姉が五人もいる。だが異口同音に、誰もが言う。

 『沈むときには沈む。だからベストを尽くせ。いつだって全力で当たれ。それでも駄目ならばもう、割り切るしかないのだ』と。

 阿武隈は納得できなかった。だって、姉たちは誰もが気丈にそう言うけれど、誰もが泣きそうな顔をしていたのだ。鬼怒に至っては泣きながら言っていた。

957 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:49:54 ID:CcyWen1s

 なんて様だろう。天下の長良型が雁首揃えて、誰一人納得できないことばかりを抱えている。


 長良は言う――自分の持てる全てを惜しまず、駆逐艦たちに教えていく。目を見張るほどの技術を持つ子がいるならば、こちらから乞うぐらいの姿勢で行く。そうでなければその日が来た時に必ず後悔する、と。

 五十鈴は言う――私が上であいつらは下よ。五十鈴の命令には絶対服従。それで沈んだならば、すべての責はこの五十鈴にある。誰のものでもない、誇りも疵も全てこの五十鈴のものだ、と。

 名取は言う――焦りだけは駄目です。つまらないミス一つで沈まれた日には、悔やんでも悔やみきれない。天龍さんたちが積み上げた基礎を外さず、応用を一つずつ丁寧に教えていくことが肝要です、と。

 由良は言う――ありったけの情を注ぐ。由良ができる目いっぱいに愛します。頼ってくれてもいい、だけど捨て鉢になることだけは許さぬと言い聞かせるんだ、と。

 鬼怒は言う――わからない。だけど鬼怒は鬼怒らしくいたい。たとえその日が来たとしても、きっと、泣いちゃうんだろうけれど、笑顔で送れるぐらいに強くなりたいし、絶対沈まないぐらい、そのぐらい強くしてあげたい、と。


 阿武隈は沈思する。きっと、多くの艦娘が抱えているジレンマなのだろう。部隊を率いる艦娘たちは誰もが葛藤しているのだろう。

 お役目だから割り切れと、死ぬことも仕事だと、そう冷酷に言い放つのか――それは阿武隈の心に逆らう。

 決して傷つくな、沈むな、だが敵の攻撃から決戦兵力を守れと、欺瞞と矛盾に満ちたことを言い放つのか――それはお役目に逆らう。

 どっちつかずだ。駆逐艦たちが言うことを聞かないのも当たり前だと、阿武隈自身が納得する。

 だけど。それでも。否、だからこそ――何を目指しているのかだけは、忘れてはならない。

 簡単なことだった。示せばいいのだ。自分たちが向かっている未来は、正しいものなのだと、自信をもって、胸を張って駆逐艦たちを引っ張っていけばいい。引っ張っていくしかないのだ。

958 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:51:27 ID:CcyWen1s

 北上はそれを己の内側で言語化できていなかったが、やることなすこと全てが圧倒的に正しかった。

 夢へと続く道を閉ざすものがいるなら――。

 子供達の笑顔を曇らせる、どうしようもないものであるのなら――。

 それこそが、北上にとって絶対に許せないものだった。

 そしてそれは、阿武隈にとっても絶対に許せないものだった。

 だから。

 これを必ずや殲滅し、未来を切り開く。やらねばならないのだ。


『大人が、なんとかしてやらなきゃあダメなんだろ。ガキに夢見せてやらなきゃあならないんだろ……!!

 迎えられるかどうかもわからないと、毎日に怯えるガキなんか、うっざいぐらいはしゃぎまわってるのを見てた方が幾分マシってもんだよ。

 あたしは、あんな、あんな……あんな、まるでドブ底みたいな目をしたガキなんざ、見たかないんだよ。うざい通り越しておぞましいんだ。

 またねって言える日? さよならを言わずに済む日?

 それは今日だ。そんな明日だって毎日来る。いつだってくれてやる。いくらだってくれてやるさ。そのぐらいのもんなんだ。夢でも何でもない、ありふれたもんなんだってこと、証明してやるんだ。

 だから―――』


 そう、だから――。

959 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:54:27 ID:CcyWen1s

https://www.youtube.com/watch?v=oPGtAA2HaS8

 誓約する。

 北上は、言う。

 稲妻の如き光を灯した瞳で、言う。


『そんな健気で無様なガキの道すらつけようとするやつは、あたしが一発でひねってやる――あんたの旗下で、最強の重雷装巡洋艦たるこのあたしが、すべてギッタギタにしてやる。

 その姿を、あいつらには特等席で見届けさせてやる。あんな海の害獣ども、なんてことはないんだって、あたしが示し続けてやる』


 その宣誓は成され、未来において成就する。

 何の皮肉か、その純粋さゆえに機能を単一化してしまった――することができてしまった――北上にだけは認識されないままに、目標は完遂された。

 北上は『ただ一撃で敵を滅ぼす』――それだけに特化して、北上はこの日、第二改装された。この鎮守府では初の改二。何のためにそうなったのかすら、理由も、動機も、過去も、記憶すら置き去りにして。


『だから、あんたはあたしを守れ。駆逐艦どもの首根っこ掴んで引っ張ってこい。死ぬ気で鍛えろ。死んでも死なすな。ガキども先に死なすぐらいならおまえが先に死ね。でも死ぬな。死んでもガキども引っ張ってこい。死ぬならあたしが勝ってから死ね。

 その代わり、必ずあたしが決めてくる――あたしが、夢を魅せてやる』


 言ってることが滅茶苦茶だった。だけど不意に、ひ、という音が鳴る。

960 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:55:06 ID:CcyWen1s

 それが己の喉からかき鳴らされた声だということに気づく前に、阿武隈は自分が泣いていることに気づいた。もう、ダメだった。耐えられなかった。

 北上は、彼女が言うことがどれだけ傲慢で、同時にどれだけ高潔であるかなど、まるで自覚してはいないのだろう。

 だけど何一つ自身を飾ることなく、それを叫んだ。

 生きたいと願ういのちの道を、必ず拓いて見せるのだと。

 その道の果てに、輝かしい未来を齎し、その果てにある新しい世界に夢を魁せてやるのだと。

 とめどなく涙を流しながら、阿武隈は「わかりました」と言い、強く頷いた。

 どうしても涙は止まらなかったけれど、声はもう震えていなかった。

 だって。


 ――じゃあ、約束です。あたしは今後、北上さんに傷一つつけさせずに、艦隊決戦へ送り込みます。送り届けてみせます。


 だって。


 ――でも、あたし、嫌ですよ。北上さんがいなくなるなんて、嫌ですよ。だから、だから。


 だって。

961 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:56:54 ID:CcyWen1s

 ――きっちり決めて、ちゃんと、元気な姿で、帰ってきてくださいね。


 上手に笑えて言えたかはわからなかった。だけど、こうでも言わないと、きっとこの人はすぐに死んでしまうから。

 そんなのは、いやだった。

 だって。

 こんなに優しいひとが死ぬのは、いやじゃあないか。

 こんなひとを死なせたら、なんだか自分がとってもいやなやつみたいじゃあないか。

 もう軽口も文句も愚痴すら叩きあえないなんて、いやじゃあないか。

 だから阿武隈は、言ったのだ。

 暴風の如き感情を宿した瞳で、言った。

 北上が絶対に許せないと思うことは、阿武隈にとっても絶対に許せないことで。

 北上が願う、子供が子供らしくいられる未来は、阿武隈が何よりも掴みたかったもので。

 北上の夢は、今まさに阿武隈が見ている夢、そのものだった。

 阿武隈は見た。

 確かに見た。

962 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:58:54 ID:CcyWen1s

 それはきっと幻想だったのだろう。

 それでも確かに阿武隈は見た。

 滲む視界に、見たのだ。


 ――虹を駆ける雷光の姿を、北上の中に見た。


 ならば。

 ああ、ならば。

 ――あたしの、なすべきことは――。


 清廉にして峻烈なる想いを乗せた、この稲妻の軌跡に続くこと。願わくば、稲妻に寄り添う一陣の風でありたいと――そう思いながら、阿武隈は今日も己を研ぎ澄ますのだ。


 この稲光と並び立つに不足無しと、誰もが納得するだけの強さを備える、その時まで。誰よりも早く敵を見つけ、誰よりも迅速に敵を沈める。


 ――『風神』と呼ばれるに至る、その日まで。

963 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 00:59:57 ID:CcyWen1s

 その後に、きっと夢を見よう。

 平和になる夢を。

 平和になった後にも、夢を見よう。

 その頃はきっと、きっと。

 子供が泣かなくてもいい世界が、待ってるはずだから。



……
………

964 ◆gBmENbmfgY:2021/09/26(日) 01:04:40 ID:CcyWen1s

※『疾風迅雷』の第一水雷戦隊の猛攻、これより始まる。

 北上にドチャクソヘヴィな感情持ってるのは何も大井っちだけじゃあないんだな。

 でも『大井っちは親友でちょー好き、木曾っちもといキッソは一家に一台であると便利、阿武隈は下僕で……いてもいなくてもいいかな』とかクソ外道なこと言うクソみたいな雷巡がいるらしい。

 ンンンンン……!!!

 これには阿武隈も半角カナでキレる。北上一流の照れ隠しであることに気づく日は、きっと遠い。HAHAHA! ジョーク! ジョークです! 雷神ジョーク! なんだァ? テメェ……。風神、キレた――!

 なお軽巡内では共に無手の格闘戦においては最弱クラス(当社比)でたまにぽかぽか叩きあってる、ほほえましいシーンが鎮守府で見れる。てぇてぇ、と一部の憲兵から人気だとか。仕事しろ。



>>927 まだあと1回の接種を残している……この意味が分かるな?
 明石と似て非なるタイプのあれというのは正解ではある。軽巡以上は駆逐艦を前に立たせて戦わせることにものすごく葛藤してます。

>>928 大正解です。阿武隈をいじる権利をあげます


 次スレは次回投下時にでも立てます。多分SS速報VIP@VIPサービスに立てますので万一スレ立てる前に埋まったらそちらを探してください。

965以下、名無しが深夜にお送りします:2021/09/26(日) 04:15:11 ID:E.j9lM.Q
乙です
あー めっちゃ良かった
泣かせてもらった
これだよこれ
俺がずっと読みたくて、叶うことなら書きたかった北上さまと阿武隈、あと大井っちの関係性だわ
この後も勿論読み続けるけどこの時点で多大なる感謝を感謝

966以下、名無しが深夜にお送りします:2021/10/01(金) 08:49:25 ID:hnPUz5ys
>>964
泣けたよ…ガチ泣きしちまったよ…
明日が見れない駆逐艦なんて悲しすぎる…

967 ◆gBmENbmfgY:2021/10/06(水) 22:20:05 ID:Ay5k0Gh2
※ご感想ありがとうございます。今週末か来週末にまとめて投下して次スレとなります
次回投下時に次スレ立てます

次回予告風味

ついに己が見ていた夢を、見ていることを自覚すらしていなかった夢を認識した北上が、自嘲するように提督に語りだす。
「こんなにも、ちっぽけだった。あたしの夢、こんな―――こ、こんな、指でつまめるぐらい、ちっちゃかった」
ちゃんと叶っていた夢。見ようとしていなかった夢が現実に溶けた形。それをこれから見ていきたいと、一つずつ、どんな形になっていったのかを見てみたい。
そう語る北上に、提督はバイクなり車なりの免許の取得を進める。世界を広げてみろ、と。
頷き微笑む北上は、改めて提督に問う。戦うことがなくなってしまったら、自分に何が残るんだと。
提督は言う。

「きっと新しい夢を見れるよ。これまで積み上げてきたことは無駄にならない。
 かつての君が無駄と切り捨ててきたすべての中に夢を見出せ。
 これからの君が無駄と断ずる君の戦闘技能、そして鍛えた五体はきっと――次の夢を見るための燃料になる」

北上は免許を取り、大井・木曾たちと共にツーリングに行くことが増えた。
そして北上はロードバイクに出会った。
ロードバイクへ騎乗する彼女の脚質はパンチャー。しかしその両足は、スプリンターをも凌駕するパワーを秘めていた。

次回、ロードバイク鎮守府の日常
【由緒正しい雷巡のポーズ】
絶対面白いよ!

968以下、名無しが深夜にお送りします:2021/10/08(金) 01:05:21 ID:2C8d2JT6

楽しみにしてますねー

969 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:15:46 ID:mpdEdfSE

※ワクチン接種2回目で熱出そうなので予定変更短めです。

………
……



『……水、持ってきたよ、提督』

『――ン。ご苦労様……一個はこっちに。もう一個はそっちの台に乗せておいてくれ』


 そう言って、提督は取り出した食材を軽く洗い、瞬く間にまな板の上で野菜を始め、多くの食材を捌き始めた。水タンクを台に設置しながら、北上は横目でその手際を観察する。

 あっという間に木製の調理台の上に、下ごしらえの済んだ食材が並んだ。牛肉のブロックが一番、北上の目を引いた。北上の好みの赤身肉だが、ほどよくサシが入っている。

 ――あれを焼いてくれるのかな。

 鳴きだしそうなおなかを押さえつつ、思わず期待に満ちた視線を向けてしまう。提督はその期待を裏切る様にファスナー付きの調理袋を取り出す。北上のやる気が下がった。

 熱したスキレットに調理袋の中身がぶちまけられた――じゅわっという景気の良い音が響き、北上の耳を楽しませた。

 次いで食欲をそそる香味野菜の香気が彼女の鼻孔を貫く。

 刻んだニンニクやバター、唐辛子、そしてオリーブオイルの香り。ややあってからそこに混ざり始める、熱の入った殻付きのエビの独特の香気。

 食欲がわいてくる音と香り――エビのアヒージョだろう。北上の好物であり、口中を唾液が満たした。そういえば、朝から何も食べていない。北上のやる気が上がった。

970 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:18:43 ID:mpdEdfSE

『まず一品だ。パンも焼いてる。肉も焼くし、他のも作る。メシも炊いてる。それまでのつなぎだ』


 見れば飯盒がすでに焚火にかけられている。いつ米研いで火にかけたのか。相も変わらず素早い人だな、と北上は思う。


『ほれ、いつまで突っ立てる――そこ座れ』


 提督が指し示す先には、提督から見た焚火の向こう側――アウトドアチェアがある。背もたれや肘当てまでついていて、いかにも快適そうなハイチェアだ。

 北上はその椅子に――腰かけず、調理する提督の後ろに移動する。背もたれもない簡易的なローチェアに腰かけている彼の背中に、自身の背を合わせて、深く深く腰掛けた。ぴたりと密着し
た背中から、互いの体温を交換する。


『んー? スキンシップか?』

『ん』

『寒くないのか?』

『ん』


 まだ春が遠い日だ。寒くないといえば嘘になる。曖昧に頷いて誤魔化した。北上は提督の顔を今は見たくなかったし、提督に顔を見られるのも嫌だった。

 ただ、背中から伝わる温度ぐらいで、ちょうどよかった。

971 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:19:58 ID:mpdEdfSE

『――答えは出たかよ、北上』

『……うん』

『泣いているのか、北上』

『泣いてなんか、いない』


 その声は震えてこそいたが湿ってはいない。

 背後に立っている北上は、確かに泣いていないのだろう――提督はそう思った。


『あたしは、あたしはさ、ホントに、アホだったよ。提督が呆れるのも、当たり前だった……』

『だろ?』

『茶化すな、バカぁ……黙って、聞いてよ』

『はいはい』


 背中から振動が伝わる。きっと、提督が苦笑しているのだろうと、北上は思った。


『あたしが、自分であいつらを遠ざけた。ただ強くあれるんだ、あたしがいれば安心できるんだって、あいつらが、笑えるように』

972 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:24:40 ID:mpdEdfSE
※名物:誤表記
×:背後に立っている
○:背後に座っている



 心の内側から噴き出した言葉が、訥々とあふれだす。


『あたしにも、あったよ。提督、ねえ……ちゃんと、あたしにも夢、あったんだよ。見つからなかったわけじゃ、なかった。捨てたわけでも、なかった。ただ、忘れてただけだったんだ。こん
なアホ、いないよ』


 北上の声の震えが、大きくなった。


『笑っちゃう。あたしの、夢……あるは、あ、あったけど、ちっぽけだった。こんな、こん、な……こ、これぐらいだった。こんな、これっぽっちだった。

 これぐらい……ゆ、指でつまめるぐらい、ちっぽけ、だった。

 だけど、ちゃ、ちゃんと、か、叶ってたんだ。でも……見てなかったから。ちゃんと、見てなかったから、それが叶ってることさえ、気づかなかったんだ』


 提督はそんな北上の在り方を、以前から気づいていた。ずっとずっと気づいていた。

 だけど何もしなかった。できなかったのだ。脇目も振らずに、ただ目的のための手段を磨くことにだけ特化した。研磨した。先鋭化した。

 だから彼女は、夢を忘れた。

 子供たちの夢を叶えさせるために、夢を見させるために、ひたすらに強く。何よりも強く。誰よりも。誰よりも。

973 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:30:44 ID:mpdEdfSE

 姉たちや、親友や、妹の声すら、振り切って。

 阿武隈と共に、夢を賭け、夢を駆け、夢を見て、夢を魅せた。

 そして、夢が覚めて。

 夢が、終わって。

 もう、何も――。


『それでも北上――君は、いつも自分でちゃんと選んできたよ』


 北上が望んだ優しい声が、やっと聞こえた。


『託されたものがあっただろう。背負っていた思いがあっただろう。それを捨てるという選択だけは一度も取らなかっただろう。

 だけど君は――いつも自分の意思で背負っていただろう』


 提督が言う。駆逐艦たちは言っていた、と。幾度となく少女たちと面談してきた彼は、それを知っている。

 特に第一水雷戦隊に所属していた駆逐艦たちは、口々に言っていた、と。

 涙を流しながら、言った。

 ――助けてくれた。

974 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:33:49 ID:mpdEdfSE
 ――北上さんが助けてくれた。

 ――心を、助けてくれたんだ。

 ――沈んでいく心を、救ってくれた。

 ――終わりの見えない戦場にあり、雲霞の如く迫りくる敵を、一筋の雷撃で道を作り出した。

 ――あの強さに憧れた。自分たちにもなれるだろうか。同じ魚雷を使っているんだ。きっとなれる。あんな人になりたい。

 北上は、多くの駆逐艦たちの憧れだった。


『見た夢が小さかったとしても、指でつまめるぐらいちっぽけだったとしても、君が積み上げたものが塵芥であるものか。

 それは星屑だ。何十何百何千何万と、一つずつ積み上げてきたそれは、俺はちっぽけだとは思わない。誰にも言わせやしない』


 北上さんが叶えてくれた。

 北上さんから、たくさんのものを貰った。

 それはささやかな夢のひとかけら。

 されど、それは抱えきれるほどに降り積もった夢のかけらたち。

 明日を夢見る希望を貰った。

 希望を望める明日を、貰った。

975 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:51:47 ID:mpdEdfSE

『もう、遠ざけなくていいんだ。視線を合わせて、腰を据えて、じっくりと話をしてあげなさい。

 初春型の子らも。暁型の子らも。曙も潮も。不知火も霞も。

 第十七駆逐隊の子も。白露も、時雨も。

 君の夢のかけらを両手いっぱいに持っている。もう形をもっているんだから。

 とにかく君は世間知らずすぎるからな――車なりバイクなり、免許取って行動範囲を広げてみたらどうだ?

 慣れてきたら、こうしてキャンプに連れてきてワイワイやるのも、案外オツなもんだぞ』


 喜色に満ちた声と共に、後ろ手に延ばされた提督の手が、放り出された北上の手と重なる。

 北上は思う――大きく、温かい手だ。

 長い指に触れると、ごつごつした感触がある。その温もりが嬉しくて、北上から指を絡めた。


『うん……そうする。そうするよ、提督。でも――』

『ん?』


 再度、問わねばならないことがあった。


『あたしに、何が残ってるんだろう。夢を叶えてた。じゃあ、じゃあ――』

976 ◆gBmENbmfgY:2021/10/17(日) 22:52:19 ID:mpdEdfSE

 次の、夢は?


『だから君はアホだと言ってるんだ、北上』

『えっ』

『今しがた言ったとおりだ。君はいささか世間知らずすぎる。何が世の中にあんのかもロクにしらねえで夢なんぞ見れるか。

 見分を広げろ。人と話せ。ときに仲たがいすることもあろう。失敗することも後悔することもあろうよ。

 そうして自分がその世の中で何ができんのか一つずつ見つけて、やりたいことも見つけるんだよ』

『で、でも、見つからなかったら』

『ホント、今日の君は別人みたいにしおらしいな――北上様。天才なんだろ? 見つかるさ。見つけるよ、君は。

 それでも不安なら――君以上の天才たる、この俺が保証してやる。君は新しい夢を見つける。OK?』

『…………ぁ、は』


 北上は笑った。苦笑ではなかった。本当にうれしくて、うれしくて、安心して、安堵して、声が漏れた。

 ぎゅうと手を掴む。こんなに温かい手の持ち主がそう言うんだ。とりあえず騙されてみよう――そう思えた。

977以下、名無しが深夜にお送りします:2021/10/18(月) 05:00:45 ID:2mx9BDJA
おつです 
(������������)����グッ!

978以下、名無しが深夜にお送りします:2021/10/18(月) 05:02:05 ID:2mx9BDJA
変換できずだった
(・∀・)bグッ!

979以下、名無しが深夜にお送りします:2021/12/16(木) 02:59:43 ID:JRY8knIQ
年末か
そろそろ向こうのマジカルな方の更新も待たれる時期だ

980 ◆gBmENbmfgY:2022/03/01(火) 00:16:22 ID:1gsFED7k
※ロードじゃないほうのバイク乗って信号待ちしてたら唐突に黒塗りのア○アに乗った老人が後ろからシューーーッ! 超、大惨事! ってな具合に入院してました。死ぬところでした。

 両腕が動くようになったら少しずつ投下していきますよオホホ

981以下、名無しが深夜にお送りします:2022/03/01(火) 04:26:10 ID:J.banIVQ
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/

982以下、名無しが深夜にお送りします:2022/03/02(水) 18:05:35 ID:okNIwJtY
>>980
なんとまあ……
お大事にー
気長に待ってます(人*´∀`)。*゚+

983以下、名無しが深夜にお送りします:2022/08/04(木) 11:28:10 ID:hvv7kbAA
待ってる

984 ◆gBmENbmfgY:2022/09/25(日) 00:36:52 ID:vtn8ixcc
>>1です
 事故から八ヶ月以上たちましたが未だ通院中です。相手の保険会社とは弁護士にやりあっていただく予定です。
 リハビリ中ですが、ぎこちないまでも手が少しずつ動くようになりました。障害は残らないようですので一安心。
 すぐにとはいきませんが、どれだけ遅くても年内にはぼちぼちこっちも「あっち」も再開していけたらと思います。
 まだ読んでいただける方がいてもいなくても「最低限このSSを最後まで書き切ってから筆を置く」を目標にやっていきます。

 新しいスレはまだ立てていませんが、https://jbbs.shitaraba.net/bbs/subject.cgi/internet/20196/
 もしくはこっちで立てる予定です。https://ex14.vip2ch.com/news4ssnip//threadlist.html
 仮にこのスレが埋まってしまった場合は、>>1が気づき次第、上記いずれかに立てておきます。

985以下、名無しが深夜にお送りします:2022/09/29(木) 21:44:21 ID:3oyCpo3c
>>984
マジかぁお大事に
ずっと待ってるよ

986以下、名無しが深夜にお送りします:2023/10/19(木) 11:51:16 ID:Aa0Rhd0.
まだ待ってる


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