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【艦これ】五十鈴「何それ?」 提督「ロードバイクだ」【2スレ目】
1
:
◆9.kFoFDWlA
:2017/08/13(日) 21:53:56 ID:XmBArZ8Y
※深海棲艦と仮初の和平を以て平和になった世界観における、とある鎮守府での一コマを描くほのぼの系
艦娘がロードバイクに乗るだけのお話
実在のメーカーも出てきます
基本差別はしません
メーカーアンチはシカトでよろしく
※以下ご都合主義
・小柄な駆逐艦や他艦種の一部艦娘もフツーに乗ったりする(本来適正サイズがないモデルにも適正サイズがあると捏造)
・大会のレギュレーション(特に自転車重量の下限設定)としては失格のバイクパーツ構成(※軽すぎると大会では出場できなかったりする)
・一部艦娘達が修羅道至高天
・亀更新
上記のことは認めないという方はバック推奨。
また、上記のことはOK、もしくは「規定とかサイズとかなぁにそれぇ」って方は読み進めても大丈夫です
【前スレ】
【艦これ】長良「なんですかそれ?」 提督「ロードバイクだ」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1454251122/
849
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/04/13(火) 15:36:25 ID:qwWKxxd.
応援してる
850
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:29:49 ID:iO5JmBRg
………
……
…
――いつも通りだ。あたしは、いつも通りにやってやるだけだよ。
北上は思う。
『いつも通り』が、『いつも通り』じゃなくなった時のことを、思う。
ありったけの気持ちで、思う――。
かつて、俯いたままに溢した言葉がある。
薄暗い部屋の中、寝台の上で膝を抱えて座っていた。
無理矢理にこじ開けられた扉から、見知った軍帽を被った、着任当初とは見違えるほどの成長を遂げた彼が入ってくる。
見なくても分かった。こんな強硬手段を取るのは、彼か自分の親友ぐらいのものだと北上は知っている。
そして後者ならば既に声を発しているだろう。ただの消去法だ。
彼はベッドの前に立ち、膝を曲げてかがむ。
851
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:34:20 ID:iO5JmBRg
――よう。辛そうな空気吸ってんなおい。助けてやろうか? 俺ならどんな絶体絶命の状況からでも救い上げてやれるぞ。
落ち込んでる様子を察すると、決まって彼は北上をそうやって茶化す。いつもの調子の声だった。
からかい半分、心配半分。北上という艦娘を知り尽くしている彼一流の励ましの言葉だ。
ああ、それはきっと、かつての北上であれば頭にかちんとくる言葉だったろう。誰が助けてもらうものかと突っぱねて、目論見通りに奮起してやっただろう。
だけど、今はもうそんな気力もなかった。
どこにでもいる、ありふれた負け犬みたいに泣きじゃくる。
――あたしはもう、心の形が歪んじゃったんだよ、提督。
我ながら酷い声だった。錆びた鉄がこすれるような情けない声に、ますます惨めさが募って涙がこみ上げる。
あんなにも赤く滾っていた鉄の心は、すっかり冷めて罅割れた。
――こんなはずじゃあなかった。
――こんなざまじゃあなかった。
いつからか、何かが壊れ始めていたのだろう。それがようやくわかったのは、戦争が終わってすぐのことだ。
それまで、自分の心の形がどうあったのかは思い出せる。
852
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:35:57 ID:iO5JmBRg
硝煙交じりの血風吹きすさぶ海上に在ることこそが日常だった。鎮守府での日々こそが非日常。ただの待機時間にすぎなかった。
戦いを日常とする非日常こそが愛しかった。
鍛えた技を巧みに使い、ただその時を待つ。凡百の雑魚どもを屠り弑し制し穿ち撃ち、これを沈め、機を伺う。
本命が顔を出してからが、あたしの仕事の始まりだ。
頬をかすめる砲撃の熱に肌が粟立つ感触を侍らせながら、生死の境界線をなぞる。
返す刀で魚雷を放つ。『ただこれのみ』と己で定めた己の誇りに命運を委ねる。
その瞬間にこそ、心が真っ赤に燃え上がった。寝ても覚めてもそればかり。このスリルこそが生き甲斐だった。
自らの武器がなんであるかなど、敵味方どちらにも知れ渡っている。
それしか武器がない事だって知られている。
タネが割れればはいそれまで。
――だがそれがどうした。
その筈だった只の一芸、それだけだった一発屋、それでもあたしはやってきた。これまであたしはやってきた。
そうとも、これは見せ札だ。されどされども虚仮の一念、虚仮の一心。ただそれだけの死に札を、誰であろうと見過ごせぬ鬼札となるまで鍛え上げた。
これよりお見せするのは北上、一世一代の一芸。
853
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:37:01 ID:iO5JmBRg
避けるは至難。当たらば絶死。振るわば最期、死出の旅路を約束する死神の大鎌。
遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ――必殺必中の一発芸。
かつて四海はおろか七海の果てまで轟きし、門外不出の妙技こそ――『雷神』北上改二の雷撃術。
これにて終幕、水平線に勝利は刻まれ大団円。
――それが、もう、なくなった。
だって、戦争が終わった。
終わってしまったんだ。それでも鍛錬に励む。いつものように繰り返す。
繰り返す。
決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。
繰り返す。
決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。
繰り返す。
決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。
繰り返す。
854
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:39:58 ID:iO5JmBRg
http://www.youtube.com/watch?v=WwVrHOe93Ek
繰り返して。
繰り返して。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して―――。
目を、覚ます。
違和感に、気づいた。
――そういえば、最近、ちっとも実戦で戦ってないや。
だけど、繰り返す。そうだ、繰り返さなくちゃいけない。
決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。
855
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:41:49 ID:iO5JmBRg
繰り返して。
決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。
繰り返して。
決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。
繰り返して。
繰り返して。繰り返して。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
だって、それしか知らないから。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
それ以外のことを知らないから。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
だって、だって。
だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって。
――誰も教えてくれなかったじゃないか。
856
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:42:29 ID:iO5JmBRg
呪詛に等しい言葉が頭の中に浮かび上がる。だけどその中で、覚えている言葉がある。
かつて提督がみんなに言っていた言葉が、いまさらになって脳裏をよぎる。
『戦う事しか知らないなんて、辛いじゃないか』
ああ、そうだ。機会はあった。選択肢はあった。だけど戦う事しか知らない。心の形はもう、歪みにゆがんで、元の形も覚えていない。
もう、ただの廃品だ。アレはきっと提督が与えてくれたチャンスだったのだ。ただ一つの機会だったのだ。
……本当にそうか?
誰かに、お茶に誘われた記憶がある――訓練があるから嫌だと突っぱねた。
一緒に遊ぼう、と袖を引っ張ってきた駆逐艦がいた気がする――うざい、きえろ、どっかいけ。そう言ってあしらった。
自分には無用のことだと、どうでもいいと、必要なのは力だけだと、そう突っぱねた。
姉妹艦の球磨型とはよく話をした。だけど、頭の中では戦うことでいっぱいだった。何を話していたのか、あまり覚えていなかった。
――だからきっと、あたしは最初から壊れていたのだ。
なんだ? やりたいことって、なんだ? 戦う以外のことって、なんだ?
――辛いって、なんだ? このどうしようもない無力感のことか?
それが何の因果か、日頃の行いがむしろ良かったのか、戦後になって気が付いた。
857
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:43:30 ID:iO5JmBRg
こんな壊れてしまった兵器に価値はない。
まして、戦えない兵器に、戦う機会もない兵器には、価値がないどころか――存在するだけで、害悪だ。
だけど、あたしにはそれしかなかった。
それだけだった。戦うことだけだった。
なのに、それを取り上げられたら。
あたしは、どうすればいいんだ?
『ねえ、提督……教えてよ。何が、あるの? あたしに、あたしから、戦うこと取っちゃったら、何が残るんだよ』
――才とは何か。
この鎮守府において、この問いに対して最も冴えた回答を持つのが提督だろう。
天才。非凡。才人。
凡才。非才。凡人。
「才には数え切れぬほどの種類がある一方で、それぞれの手が及ぶ範囲があり、足を踏み込める深度がある」と、かつて彼が言っていたことを北上は覚えている。
そして次いで言った――「重要なことは、本人の才の有無ではなく、それを教育・指導する側にこそある」と。
858
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:44:11 ID:iO5JmBRg
指導する側がその才の有無、広さ狭さ、深さ浅さを把握し、才の性質を正しく見極め、そしてその才を伸ばし深めるための手法を誤らぬことだと。
時にはあえてその才の幅を狭めること、浅く留めることもまた必要な手法であると。
何より才を有する本人のモチベーション。それを引き出すのが提督として最も腕の振るいがいのある所の一つなのだと、確かに彼はそう言った。
北上は確信している。他の艦娘たちの例に漏れず、この提督はそれが神がかって上手い。
才能と本人の嗜好が一致していないことなど珍しいことではない。
好きこそものの上手なれ。これは理想的な才能の伸ばし方だ。本人にやる気があり、向上心があり、技術をみるみる身に着けていく黄金の時である。
下手の横好き。これは典型的な才能の腐らせ方だ。興味のある事柄に対して、悲しいかな才能がまるでない。これはある一定以上のレベルに達すると頭打ちが来る。その頭打ちに直面した時こそ、現実の壁に直面する。
提督は、その才を見極める。
黄金の素質をもって積み重ねてきたはずの素養が、銀に落ちることもある。
銅程度の素質しかないものが積み重ねた素養が、黄金の輝きを放つこともある。
まさに指導者としての、提督の腕の見せ所だな――提督は笑いながら北上にそう言ったのだ。
だから、と思う。
そんな提督だからこそ、北上に。
この壊れてしまったガラクタに。
まだ価値を見出してくれるんじゃあないか。
859
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:46:49 ID:iO5JmBRg
そんな縋るような希望があった。
ああ、だけど。
北上は思い出す。提督が言ってくれた言葉は、こうだった。
『あぁ? ――ねえよ、ンなモン』
――ぶっちゃけ、こんな酷い返しがこの世にあるのか。あっていいのか。
当時のあたしはそう思った。これが世界の戦力をひっくり返すとまで言われた鎮守府の長が、仮にもそのなかでも指折りレベルに武勲を上げた艦娘に対して放つ台詞だろうか。
信じられねえ天魔鬼神っぷりである。
『それがない、ない、見つからない。だからおまえはべえべえ泣いてんだろう。違うか?』
――返す言葉もなかった。その通りだった。
あたしには、何もない。
だから……?
だから、なんだろう。
860
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:50:14 ID:iO5JmBRg
そうだ、どうして――どうして、それが嫌だと思ったのだろう。
今までは、それでも、やってこれたのに。
『それが嫌だって泣いてんだろう。戦うこと以外知らない自分が嫌になったんだろう。おっせえんだアホめが――だが許す。ないものねだりしてえなら大井を困らせてねえで、こうしてハナッから素直に俺に言え』
あたしが欲しかったのはなんだろう。
戦果に対する、賞賛?
痺れるような戦いのスリル?
わからない。
『北上よ。いや、アホがみよ。おまえが探すべきものはな、ハナッから存在しないものもそうだが、もう一つある』
わからない。ここまでアホ扱いされる理由がわからない。少なくとも、当時のあたしは、とても内心で憤慨した。
『お前に一番必要なのは、どうしてお前がそこまでして戦おうと思ったか、だ。その理由だ。そいつを思い出せ』
そう言って、提督はあたしの手を引いて立ち上がらせた。
861
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:55:55 ID:iO5JmBRg
『まあそっちはすぐにとはいかんだろう。だからな――ヘイ! そこの三つ編みがちょっと芋いがワリと整ったツラしたお嬢さん! ちょっと俺がデートしてやるぞ……いや、しろ!』
『えっ』
こうしてあたしは、そんな最低のお誘いの言葉と共に。
『ないものをあるようにするには足し算しかないだろ。掛け算したってゼロはゼロだ。ないない嘆いてるやつを見つけに行こうぜっつってんだよ――北上』
攫われるような勢いで――人生初の異性とのお出かけを経験したのだ。
ときめいてはいない。
断じて。
そうだとも。ときめくものか。
だってあたしを抱き上げたのは王子様ではなく、魔王の類で。
しかもあたしを運ぶ足は白馬ではなく、鉄の馬で。
ちょっとだけ。ほ、ほんのちょっとだけ、提督の背中の大きさとか、しがみついた時の筋肉の感触とかに思わず心臓が高鳴ったけれど。
862
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:56:46 ID:iO5JmBRg
それでも、その日、あたしはやっとわかったんだ。
あたしは、ただ知らないだけだった。
なら知ればいいんだってこと。
そして思い出す。
――どうして、あたしは強くなろうと思ったのか。
…
……
………
863
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:57:55 ID:iO5JmBRg
※病み上さんフラグを即座にへし折る提督にあるまじき卑劣漢の活躍は次回かもかも
864
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/04/20(火) 08:33:01 ID:VW4VFnkE
乙!
ずっと、ずっと待ってたんだよこの話を……!
北上さまを病ませてから救い上げて笑顔にさせたい派の俺大歓喜
全力で応援してるから無理のない範囲でな
865
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/04/23(金) 08:51:42 ID:trYJ4nZE
乙です どうかお大事に・・・
866
:
◆gBmENbmfgY
:2021/05/10(月) 02:10:03 ID:utqhtWyg
…
……
………
風を切って走る、なんて表現がある。
絶対嘘だと、あたしはそう思っていた。
『ヒィぃぃいィぃいイぃィイイイイイ――――!!』
あたしはいま、風に叩き潰されながら走っている――否、走らされている?
走りに付き合わされている――うん、これが正解だ。
提督のバイクに2ケツ――だとはしたない言い方だから――タンデムしている。
久しぶりに、軽巡寮の外に出た。
あたしを攫った魔王は随分と当世風だった。『この張艶が気位と値段の高さを示しているのよ』と言わんばかりの本革製ダブルジャケットに、明らかにビンテージ物の革パンツ、いかにもなオーダーメイドのワーキングブーツに身を包んでいた。
それがどうにもバッチリ決まって似合ってるもんだから、あたしも思わず見とれてしまった。女所帯の鎮守府である。男の憲兵は少なくないけれど、あたしは人づきあいが苦手で、良く話すのは姉妹や同僚ばかりだった。
言い訳にしかならないのだけれど、あたしってあんまり男への免疫がないんだな、と思い知らされた。
そんなバッチリとバイカースタイルがキマってる男――提督にヘルメットを被せられ――ご丁寧にレシーバーも付属されている――あれよあれよという間にバイクのパッセンジャーポジションに押し込められて鎮守府を飛び出したのは、まだ中天に日が昇り切っていない、午前中のことだったと思う。
『意外と、乗り心地いい?』
867
:
◆gBmENbmfgY
:2021/05/10(月) 02:10:35 ID:utqhtWyg
…
……
………
風を切って走る、なんて表現がある。
絶対嘘だと、あたしはそう思っていた。
『ヒィぃぃいィぃいイぃィイイイイイ――――!!』
あたしはいま、風に叩き潰されながら走っている――否、走らされている?
走りに付き合わされている――うん、これが正解だ。
提督のバイクに2ケツ――だとはしたない言い方だから――タンデムしている。
久しぶりに、軽巡寮の外に出た。
あたしを攫った魔王は随分と当世風だった。『この張艶が気位と値段の高さを示しているのよ』と言わんばかりの本革製ダブルジャケットに、明らかにビンテージ物の革パンツ、いかにもなオーダーメイドのワーキングブーツに身を包んでいた。
それがどうにもバッチリ決まって似合ってるもんだから、あたしも思わず見とれてしまった。女所帯の鎮守府である。男の憲兵は少なくないけれど、あたしは人づきあいが苦手で、良く話すのは姉妹や同僚ばかりだった。
言い訳にしかならないのだけれど、あたしってあんまり男への免疫がないんだな、と思い知らされた。
そんなバッチリとバイカースタイルがキマってる男――提督にヘルメットを被せられ――ご丁寧にレシーバーも付属されている――あれよあれよという間にバイクのパッセンジャーポジションに押し込められて鎮守府を飛び出したのは、まだ中天に日が昇り切っていない、午前中のことだったと思う。
『意外と、乗り心地いい?』
868
:
◆gBmENbmfgY
:2021/05/10(月) 02:17:18 ID:utqhtWyg
水冷4ストローク並列6気筒エンジンの加速はシルキーだ。そう思っていたのも、高速道路に入るまでのことだった。
吐き出される音も急速に高まることも吠え出すこともなく、粛々としつつ、しかし確実に伸びあがっていく様は、さながら知恵ある獣の咆哮のよう。
その反面、前方から間断なく叩きつけられてくる風の威力に、あたしはもう圧倒されるばかりだった。路面が綺麗に整地されていることもあって突き上げによる尻へのダメージこそないが、目まぐるしく流れていく景色の速さときたら、海上で見えるそれとは雲泥の違いがある。
はっきりと言ってしまえば――怖い。
『贅沢を言えばスポーツ系、ストリートファイターかカフェレーサーの系統がいいんだが、タンデムかつ持ってきたい荷物を積み切るにゃあ、他のだと心もとない。
アドベンチャーバイクは納車前だし――となればこのツアラーよな』
当時のあたしには横文字の意味がまるでよくわからなかったが、わかろうと思う気力もなかった。
もう好きにしてほしいと思った。どこへなりとも連れて行けばいい。行きつく先が死体処理場でもかまわないし、あたしなんかの女でよければそれこそ好きなだけ弄んだっていいと思えた。
この男が最初にして最期の相手ならば、この北上様としてもやぶさかでもない――なんて、捨て鉢になってたことは否めない。
重雷装巡洋艦・北上改二は乾いていた。
少なくとも彼女は自身をそう認識している。それが誤りであろうとも『そうである』と定義していた。
しばしばドライだと称されることはあった。
何を考えているのかわからないといわれることもあった。
869
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/05/10(月) 13:27:17 ID:R8AjfTt6
来たああああああああ
870
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 22:35:05 ID:F.816xeo
――そんなの、あたしが知りたいよ。
これまで、何を考えていたのだろう。
どうして、何一つ疑問に思わなかったのだろう。
なんで、あんなにもがんばっていたのだろう。
『そうしていくのが間違いなく正しいんだ』と、あたしは信じられたのだろう。
何を思って、戦っていたんだろう。
その理由が、闘志を燃え上がらせていたものがなんだったのか、もう思い出せない。
思い出そうとすると、胸の中がちくちくして、頭の中がガンガンする。ひどく苛立つ。ムカムカした気持ちになる。
この行くあてのわからないツーリングと同じように、あたしの目の前には厚い霧が広がっているようだった。
『次のICで降りるぞ。したら目的地はすぐだ』
ヘルメット内のスピーカーから聞きなれた声が耳朶を打ち、堂々巡りの思考の迷宮から意識が浮上した。
『あんま深く考えるな』
871
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 22:36:37 ID:F.816xeo
柔らかな日差しのような声だった。あたしのささくれた心を慰める、気遣いの声だ。
惨めだとわかっていても、思わず目元に涙がにじむ。提督の背中にしがみつく手に、わずかに力がこもって――。
『おまえが忘れちまったモンを思い出させるため、提督様が回りくどくも完璧な質問して思考誘導の末に解決してやっからさ――俺の掌の上で無様に踊れ』
――すぐ緩んだ。感動を返せ。前言――といっても言葉にしたわけではないのだけれど――撤回だ。
あるのか? こんな上から目線でかつ『これから君の思考を誘導して救ってあげるから気に病むなよパペット』なんて気遣いが? この世にあっていいのか?
『あるだろここに。俺が言ってんだから、それはもうあるだろ。この世に絶対があるとすりゃあ、そら俺の言葉だろ』
――ナチュラルに心読むなよ。うっかり能力と才能を備えてしまった知性と暴力と自尊心の権化め!
『おお、俺を讃えるならいいのよもっと褒めても!』
――そういえばビスマルクとかいうウカレトンチキな馬鹿戦艦、まだドイツだったかな。あいつの雷撃は本当にひどかった。今は元気でやってんのかねえ……。
『そうそう、別のこと考えてろ。無駄に思い悩むのはダメだ。ダメダメだ。
馬鹿の考え休むに似たり。どん底にあるおまえの気持ちが更に暗く深く湿度を増すだけだ』
872
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 22:40:33 ID:F.816xeo
ははん、さては現実逃避すらさせる気がないと見た。
『だから無い頭使って考えんな。日頃から天才、天才と呼ばれてきたせいで実は知らなかったかもしれないがな北上――君ってば賢いけど、実はだいぶアホなんだぞ。俺の中じゃあそういう評価だ』
すっごく気持ちが沈んだ。悪魔だこの男は。人がこんなに落ち込んでるというのに、慰めるどころか足を引っ張ってきやがる。
あげく人をアホだという。実はかなり尊敬してた人に、そんな風にずっと思われていたというのが何よりも効く追い打ちだ。
――悪魔と呼ばれた艦娘は何人かいた気がするが、この男が本当の悪魔ではないのか? スーパー北上様は訝しんだ。
この読心術と話術を駆使するだけで、彼は稀代の詐欺師にだってなれるだろう。
油断していた――というか無気力で隙だらけすぎるのもあるが、あたしの精神状態から考えていることまで、完璧に読み取ってくるこの提督。大戦の時だって通信越しにこっちの被害状況を察していた節がある。それどころか敵の心理状態までもだ。
そういえば敵の取ってくる配置や戦術は無論、海域ごとの些細な違和感や最低限の調査で、敵編成から戦術的目標やら何から何まで見通していたような。
あまりに状況予測が的確過ぎて、一時期は深海棲艦と人類側でのダブルスパイなのではないかなんて実しやかな噂が流れたものの、提督が取った軍事的行動は全て人類側に利するもの――しょっちゅう近いが遠い隣の国が悲鳴を上げたが、要約すると『必要な犠牲だった、いいね』『アッ、ハイ』と黙らざるを得ない状況に持っていき、その主張を押し通した――で、そうした噂は軍の上層部や手柄を妬んだ他提督たちの負け惜しみだと切って捨てられた。
なんせ黙らなければその犠牲が増える。切って捨てられるのが命になってしまう。提督はやるといったらやる。今でこそ海軍内で一大派閥の頂点に立っているものの、当時はガラスの綱を渡っていたのだ。高潔な武人肌の艦娘にはとても聞かせられない類のあくどいこともやっている。北上は一端とはいえ、その所業を知っている。
閑話休題。
そもそも彼は生誕から現在に至るまでの足取りがきっちり追えるだけの身元が確保されている生粋の人間である。信じがたいほどデビルだが、北上はそれを知っている。だからこそ『マジで人間かこいつ』と思う事がしばしばあった。
『人間だぞ。昔は自信失くしたこともあった。俺だってそういうおセンチな時期はあったんだ』
873
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 22:43:48 ID:F.816xeo
嘘だ。まだ19歳のくせに昔話をするように言うんじゃあない。
爽やか極まる声で言おうが、それは絶対嘘だ。自分以外の存在なんて虫けら同然としか考えていないに違いない。
『嘘じゃないぞ。そうだな、あれはたしか――幸せの絶頂にいる人間が陰で行っていた後ろ暗いことを盛大に暴露し、あることないことのうち説得力があることばかりを上げ連ね、不幸のどん底に陥れてやったときのことだ。あの時、俺は人間なのかと自信を失いかけた』
――なんてこと例に挙げやがる。そしてなんてひでえことしやがる。
『なんていいことをしたんだ俺はって気持ちになった。あの時、あいつが浮かべたツラときたら本当に最高だったぜ』
――なんて気持ちになっていやがる……!!
『これっぽっちも罪悪感が湧かないどころかもっとしたいもっと貶めたいもっと踏みにじりたいもっと苦しめたいと、ときめきにも似た何かを覚えたんだよな。『人』って文字の成り立ちを考えて、俺って最高に人の一画目だなって思った』
おそらく提督が言いたいことは、『人』という文字は、一方がもう一方を踏みにじっていると……違う違う、そうじゃ、そうじゃない。
この人は悪魔じゃなくて魔神の類だった。海軍内で自分に敵対する派閥はあの手この手で貶めて、社会の底辺はおろか地獄の底へと落とすのだ。怖いのはあることないことではなく、必死で隠していたあることばかりを発掘してはそいつを鬼札に証拠付きで脅迫するのである。
見てるだけの時もあれば手ずから沙汰を下す時もあるあたりが酷く有能な働き者然としていた。あたしの視界からはヘルメット付きの後頭部しか見えないけれど、きっとすごくいい笑顔で笑っているのだろう。目に浮かぶ。夢に出てきそうだ。悪夢の類だが。
『そう感じてる自分にハッとしてだな。俺ってひょっとして悪魔なんじゃねえのかって思って落ち込む……そんな紅顔の美少年時代が俺にもあったんだよ。ほかにも深海棲艦の悲鳴を聞かないと寝つきが悪かったりしたときとか、ほら……ね?』
874
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 22:46:57 ID:F.816xeo
嘘をつくな。いや、嘘だと言ってほしい。そんなサイコなやつじゃないと思わせてほしい。
何より由良ボイスで同意を求めるな。とても怖い。この北上様に怖いものなんて何一つないけど、絶対に異論を認めないという意思を感じる由良ボイスで迫られるのは怖いのだ。
きっと遺伝子学上で彼は人であっても、おそらく人でなしと言われる類の破綻者なのだ。どんなジャンルでも経済的・社会的に成功する人間には酷くこういうタイプが多いからもう笑うしかない。
まあ、あたしの冷めた心は『そらそうでしょう』と思う――誠実なだけの人間がどうして狡猾な悪に勝るというのか。
なんせ資本主義を是とする社会は競争こそを是とするのだから、人を陥れるのに躊躇しない輩が当然強いに決まっている。
だけど開けっぴろげで抜き身なのはダメだ。陰でそういうことをやっていながらも外面が良ければもう最悪に最強である。真の善人など偽善者にも劣る害悪未満だ。摩耶の言葉じゃあないけれど、真っ当な人格者などクソの役にも立ちはしないのである。
その点において、提督は完璧だった。善人の皮を被った悪人である。
アレは確か二年ぐらい前だったかなあ……提督が武道交流という体面で他鎮守府――もちろん嘘であり、実際は事前の内偵による調査の結果、一切の擁護ができないぐらい真っ黒と判断された鎮守府への粛清である――を訪れた。
結論から言えば、提督はそこの真っ黒提督モドキを散々にボコしたあげくに消した。おまけに海軍内の自浄作用が働いていることをアピールするため、海軍の将官の告発という形でマスコミにリークし生贄にした。要は物理的にも社会的にもブッ殺したのである。
そんなひどい実績がある。
傍目には恐怖の権化だった。我ながら酷い回想の仕方だが、当時はまるで笑えやしなかった。
なんせ出会いがしら、懐から抜いた投げナイフを両手両足にそれぞれ一本ずつブチ込んだのだ。当事者たる憲兵らはおろか、付き添いのあたしも、武蔵も、誰もが驚愕に体を硬直させた。
だけど驚くのは早かった。無駄に生きぎたない真っ黒提督は誰よりも速く自らに訪れた運命を悟ったのだろう。
血まみれで命乞いする真っ黒提督に――提督は字面通りにマウントポジションを取り、
875
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 22:52:17 ID:F.816xeo
『おやすみの時間よ! おやすみ! ハローグッドナイト! 褒美だ! 受け取れ! 二階級特進だ! 嘘だがな! 喜びに打ち震えながら夢を抱いてねんねしな! 二度と起きなくていいぞ!
オラッ! ねんねしろッ!! すぐに敵前逃亡した行方不明者扱いにして、切り刻んで海に沈(チン)してやる!!』
一切の弁明を聞かず、顔面が物理的に陥没するほど殴った。
死刑宣告も同然のことを爽やかさすら感じさせるイイ笑顔で――しかし歴戦の艦娘を自負するあたしも武蔵も、正規の軍人として訓練を積んできた憲兵らも、微動だにできないほどの怒気を纏いながら――告げる提督。
当時でジャークで200kgを軽々上げてた人外パワーのちびっこ提督が、グラウンドパンチ連発である。オイオイオイオイ、死んだわアイツ。
あんな物理的な子守歌を効かされた――誤字ではない――ならば、誰だっておやすみせざるを得ない。
一発目で眼球が破裂し、二発目で鼻がひしゃげ飛び、三発目で歯が根元から千切れ、悲鳴は金切り声からどんどんと意味をなさぬ獣めいた咆哮へと変貌し、四発、五発とぶち込まれ、真っ黒提督が痙攣し始めたあたりで提督の攻撃が止んだ。
『片づけとけ』
『……はっ? はッ!!』
血まみれの手袋を新品に付け替えながら、底冷えする声音で命令された提督子飼いの――控えめに言っても優秀極まるはずの――憲兵たちが身震いするほどの暴力の化身。
その手際は鮮やかだった。鮮やかすぎた。明らかに手慣れている。というか憲兵らの動きもその後はやたらキビキビしてて手慣れていたような気がする。
あたしが知る提督の闇はそれである。末路? そりゃ宣言通りに見事に海の藻屑でしょうよ、ははは。憲兵さんがうまく処理してくれたんでしょーねえ……。
流石のこの北上様もあれには顔色悪くなったなぁ……。目を覆いたくなるような悪行が明らかになった以上、もともとこの真っ黒提督は消されることが確定していたものの、当時のあたしは提督が自ら手を汚す類の人だとは思っていなかった。それほどまでに怒り心頭だったのだろう。
876
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 22:56:07 ID:F.816xeo
――……?
提督が激怒していた理由を考えていたら、何やら心に引っかかるものを感じた。だけどその感覚は、すぐに消えていく。
――……? なんだろう?
まあ、いいか……その後すぐに件の鎮守府はなくなったのは言うまでもない。所属していた艦娘たちの多くは自主的に解体を希望したが、ごく一部の艦娘はあたしらの鎮守府への異動を望み、因果関係を含めたうえで、表向きは転属として受け入れた。酷い事件だった。まるで笑えない。
『自分が強い、偉いと思ってるやつに身の程弁えさせるのって楽しいよね――神だとでも思ってんだろうな。そういう輩は神に逢わせてやることにしているとも。
人類である以上はたいていの輩は死ぬんだぜ。忌まわしきは深海棲艦よ――俺が全力で蹴っても『なかなか死なねえ』とか不敬極まる』
同意を求めないでほしいと本気で思った。こんな話を一部の提督のことを妄信してる艦娘らが知ったら卒倒する。
もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。
提督は茶化しているのか、それこそこれも思考誘導の類なのかはわからない。だけど、もう耐えられなかった。
辛いんだ。
苦しいんだ。
どうして優しくしてくれないんだ。
あたしは頑張ったじゃないか。
なのにどうして。
877
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 23:00:11 ID:F.816xeo
――駆逐艦や潜水艦らのちっこい艦娘らがぴぃぴぃ泣いてたら、大抵優しくするくせに、どうしてあたしにはこんなにも厳しいんだよぅ……!
思わず、弱音を吐いた。
『今、なんつった? ――それをお前が言うのか、北上?』
は? 事実じゃあないか。
『俺が駆逐艦娘や潜水艦娘に優しい? まあ確かにそうだろうさ。
だがそれを、誰あろうお前が言うのか。
誰よりも駆逐艦らに優しくて、誰よりも己に厳しく当たることを求めていたお前が、それを言うのか?』
――あいつらに夢を見せたのは、おまえだろう?
そう続ける声に、あたしの思考が停止する。
提督がマジトーンの声だったこともある。だが、まるで心当たりがなかった。
『……アホだアホだとは思っていたし、球磨も多摩も愚痴っていたが、そこまで重症か。もういい、続きはついてからだ』
878
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 23:03:23 ID:F.816xeo
――どうして、そこで球磨姉や多摩姉の話になるんだ。
だけどそれっきり、提督はバイクの運転に集中しだして、あたしの呼びかけにも何も答えてくれなくなった。
諦めの心境で、ただ目的地に到着するのを待つ。
高速域で駆動するバイクの挙動にも少しばかり慣れてきた。見上げた空は、ついさきほどまで晴天だったのに、どこか涙を湛えているように見えた。
曇天の空を見上げながらぼんやりと、提督が言った言葉の意味を考える。
――あたしは。
駆逐艦が、苦手だ。
弱いから。弱っちいから。好きじゃない。
見た目がガキで、ガキそのまんまでうるさくて、よく騒いで、同じ艦娘で軽巡洋艦っていうだけの理由で懐いてくる。
所かまわず走り回るし、コケればぴぃぴぃ泣くやつがいると思えば、すぐにケロッとして、何が面白いのかまたニコニコ笑いだす。
率直にうざいのだ。あたしはそんな態度を隠すつもりもなかったし、適当にあしらっていたと思う。
それを己に厳しく当たることを求めていたというなら、そうなんだろう。
879
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 23:06:47 ID:F.816xeo
――だけど、優しくした、とか、夢を見せた、とか。それに関してはわからない。
提督が嘘を言っていた気配はなかった。声の響きからして、きっとそれは彼にとっては間違いない真実なのだろう。
あたしが、駆逐艦に優しい?
厳しく当たられることを、求めていた?
……夢を見せた?
冗談にしても笑えない。
あんな奴らに振り回されるのは、いい迷惑だ。
空にかかる雲はますます厚さを増していく。今にも涙がこぼれ落ちそうな気配がする。
――ああ、涙といえば。
『あいつ』もしょっちゅう振り回されて、半べそかいてたっけね。
ねえ、そうだよね――――阿武隈。
…
……
………
880
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 23:12:48 ID:F.816xeo
………
……
…
あたしは、駆逐艦の子たちが苦手でした。何、あの子たち……。
普段は言うことを聞かないくせに、やれと言ってないことばっかりやる。
――あたしの指示に従ってください。
何度、訓練でそう言っただろう。何度困らせられたかわからない。
だけど、ああ、だけど。
訓練ではなく、戦場で――彼女たちがやってしまうことは、あたしが命じなければならない、『正しい』ことだった。
その命令を下さなきゃいけなかったのは、あたしなのだ。意にそぐわぬものだろう。命を台無しにする言葉なのだろう。それでも、言わなければならなかったのだろう。
盾になれ、と。
北上さんを前線へ、と。
そのためなら、ここで死ぬのも貴女たちの仕事だ、と――そう伝えるのは、伝えなければならなかったのは、あたしだったのに。
あたしが背負うべき責任を、駆逐艦の子たちは自ら持ち去っていくのだ。
普段は全然、あたしの指示なんか聞いてもくれないくせに。
881
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 23:15:42 ID:F.816xeo
どうして、この子たちは、こうなんだろう。
どうして、あたしはそれを言うことができないんだろう。
この子たちだけじゃあない。
あの人も。
北上さんも。
『――邪魔だよ。阿武隈、そこの負傷した駆逐艦、下がらせて』
冷たい人だ、と最初は思った。
子日ちゃんも、初霜ちゃんも、貴女をかばって被弾したのに。
本当は最後までついていきたいと思っているのに。
そんな言い方をするなんてひどいと思った。
だけど。どこまでも北上さんの言うことは正しかった。
そんなことはわかってる。だけど抑えられなかった。声を荒げて、北上さんを罵った。
だけど。
882
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 23:24:28 ID:F.816xeo
『なんてことを――……なんてことを言うのよ、阿武隈』
大井さんに、頬をぶたれた。叩かれた頬が熱を持っている。
その一方で煮えた頭が、酷く冷え切っていくのを自覚した。
それはきっと、あたしを叩いた大井さんの方が、ずっとずっと辛そうな顔をしていたからで。
冷えた頭で、もう一度北上さんを見て――それで分かったのだ。
――あ。
そこにいた北上さんは。
その表情は。
決して、冷たいだけの、酷いだけの人には、できない顔をしていたのだ。
…
……
………
883
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/06/21(月) 11:25:20 ID:Z0F0M.Xk
北上さまスキーとしては泣くわ(。´Д⊂)
大井っちを佳い女に書くSSは名作
884
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/08/20(金) 04:54:57 ID:YlFevYCU
こっちもあっちも更新ないけど忙しいのかな
885
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/08/24(火) 17:46:11 ID:6/FQCQIk
飽きたんだろ
色々スレ立てるけど完走した試しがないからね
886
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/08/24(火) 20:36:57 ID:a/tPO0aI
>>1
の完結作品いっぱいあるんだよなぁ
誰と勘違いしてんだ?
887
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/08/29(日) 18:43:09 ID:AndogQ2A
つづきまってます!
888
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 20:53:09 ID:1vsmXa8Y
※復活しました。データがいくつが死んだので書き直し中。とりま書き溜めたところで見直したやつを投下してきます。
………
……
…
提督が球磨と多摩の二名からそれを問われたのは、随分と昔のことだった気がする。
『なぜ頻繁に北上・大井を阿武隈率いる第一水雷戦隊に同行させ、作戦行動を共にさせるのか』という、多くの艦娘たちにとっては至極もっともな疑問。
北上と阿武隈。一見して相性が最悪の二人である。
それを組ませることを咎めているわけではないのだろう。
だが組ませる意図を尋ねるというのも、少し違う。
その意図など、球磨と多摩にはわかっていた。
だから問いというより、確認だったと提督は認識していたし、まさに球磨も多摩も同様の意図をもってその質問を発していた。
もしも認識が異なっていたのならば諭さねばならない。分っていて組ませているのならばよし。だが分らず組ませているのならば、殴る。
そんな暴力の気配が己に近づいていることを知ってか知らずか、提督はあっさりとこう答えた。
『そうだな……阿武隈はしっかり己の原動力を言語化できていて、その一方で北上は、それができてないアホだからだ』
889
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 20:55:54 ID:1vsmXa8Y
球磨と多摩は、頷く。
それが完璧な回答だったと、満足して。
『――……ならいいんだクマ』
『――にゃ。よしなに頼むにゃ』
球磨と多摩は笑う。安堵があった。この提督はきちんとわかってくれている。事前に確認した大井も同様に、ちゃんと理解していた。
わかりやすい阿武隈。わかりづらい北上。
その二人の艦娘としての本質がどのようなものかを正しく理解した上で組ませ、交流させようとしているのだろう、と。
球磨と多摩。
この二人にとって、北上とは。
同型艦であり、妹であり、そして――
『提督。あいつアホだけど、よろしく頼むクマ』
『ホントにアホな妹だけど、見捨てないでほしいにゃ』
『見捨てねえよ。アホなだけなら話は変わるが、阿武隈も北上も、そうじゃあないだろう?』
890
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 20:57:32 ID:1vsmXa8Y
そう言って苦笑する提督は、果たして何に対して笑ったのか。
散々な言われようの北上に対して?
それとも照れくさくて誤魔化すような言い方しかできなかった、目の前の二人に対して?
あるいはその両方か。
――球磨と多摩。
この二人にとって、北上とは。
言葉通りにアホで――だけど
それでも――大井が支えたい思うのも納得する、そんな艦娘で。
『優しい子だよ――お前たちに、よく似て』
柔らかく笑んだ顔を向けられた球磨と多摩は、この人たらしがと内心で悪態をつきつつも、ひどく赤面した。
…
……
………
891
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 20:58:56 ID:1vsmXa8Y
………
……
…
目指した場所は、鬱蒼とした緑が生い茂る山の中にあった。
北上をパッセンジャーポジションに乗せたバイクが、熱くなったエンジンの回転数を引っ張り気味に上げながら山道を登っている。
『…………ねえ。そろそろ教えてよ、提督』
『あと十分もせず到着だ。そこで勝手に見て、聞いて、勝手に納得して、そして思い知ればいい』
バイクを走らせてから、何度か繰り返されたやり取りだ。
北上が幾度問うても、提督は似たり寄ったりの返答で取り付く島もない。
『それでもわからない場合にだけ、教えてやる』と、そう締めて終わりだ。
『は―――あ』
新緑が芽吹く、若い生命力の香り漂う山中を走っているというのに、北上には苛立ちばかりが募った。
それでも、北上は思い出したこともあった。
――許せないことががあった。
892
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 20:59:44 ID:1vsmXa8Y
確かにあった。
記憶の底を覗き込む。掘り返してみる。そのたびにイライラした感情が邪魔をする。ざらざらした気分の奥をほじくるように探る。
未だ定かならぬ、怒りの根源。それを思い出そうとするとき――覚える感覚が一つだけある。
――許せないことがあった。
最初に感じたのは、確かに『怒り』だった。激しい怒りだった。
紅蓮色を纏う怒りの渦が、激しい嵐が、身の胸の中で渦巻くを感じた。
――許せないことがあった。
間違いなくそれがあった。
怒り。これが一つのヒントなのかもしれない。
それでは何に対して、怒りを抱いているのか?
次に思い出すのは、傷ついた駆逐艦たちの姿――多くは阿武隈率いる第一水雷戦隊の駆逐艦たちだった。
小破、中破が主だった損傷。被害状況から、次の会敵があれば、おそらく集中的に狙い撃ちされ、数合と持たぬであろう――それが容易に想像できるほど
に大破した子もいた。
893
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:00:27 ID:1vsmXa8Y
――許せないことがあった。
阿武隈を通し、後方へ退避するように告げる。
退避を命じられた駆逐艦たちの誰もが泣いていた。
無念だ、悔しい、一緒に行きたかった。誰も彼もが似たようなことを言っていた。
まだやれる、とついてこようとする駆逐艦がいた。頭を割と強めにハタく。ギャン泣きし始めたその顔にパンチして黙らせた。
『うるせえ。そんなザマで何ができんのさ。とっとと帰れ』――我ながら血も涙もねえことを言った記憶がある。阿武隈がキレて何やら喚いていたことを覚えている。
そんな阿武隈に、あたしは確か――。
『■■■■様が、■■■■の■まで――』
思考にノイズが走る。そこでまた『怒り』を覚えた。その感情の渦が、そこから先の記憶の閲覧を阻害してくる。
――許せないことがあった。
言うことを聞かない駆逐艦に対しての怒り?
それは――少し違う気がした。
それとは明らかに違う『何か』に、北上は怒りを覚えたのだ。
894
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:01:44 ID:1vsmXa8Y
どうして、あんなにも激しい怒りを感じたのだろう。
どうして、決して許さぬと思ったのだろう。
何に怒り、何を許せないと思ったのだろう。
思い出せぬ怒りの矛先を思い出そうとする時、北上はいらいらする。
だけど、そのきっかけを思い出そうとする時、北上は――
――どうして、あたしの心は、こんなにも甘くなるのだろう。
『着いたぞ。降りろ』
『あ……ぁ、うん』
停止したバイクのサイドスタンドが立てられ、左に傾く。言われるがままにバイクから降りた。
数時間ぶりに地に足がつく。鎮守府敷地それよりもるかに柔らかい芝の感触に、少しだけ心が躍った。
ヘルメットを脱ぎ去ると、僅かに蒸れた頬を、ひんやりとした空気が撫ぜてくる。
風の出所を探る様に視線を向ければ、見事な野原が広がっていた。その向こう側には波の如き木々の群れ。
さらにその先には海における高波を思わせる緑の山々が連なっていた。
895
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:03:22 ID:1vsmXa8Y
次いで見上げた空もまた広い。
いつの間にか重苦しいほどに連なっていた雲は風に流されていたらしく、燦々とした陽光が降り注いでいた。高所にあるせいか、僅かに流れる雲の輪郭が掴めるほどに近い錯覚を覚えた。
後方からの水音に振り返れば、正体が小川せせらぎであったことを悟る。
清らかな水と光錦が複雑に織り込まれた流れには、海で見るそれとはまた趣が異なる美しさがあった。
山紫水明とはこうした光景のことを言うのだろう。ささくれた心にも染み渡る風景だった。
だった、が――。
さくり、さくりと、蒼いカーペット上を数歩歩き、
『ねえ、提督――――ここがあたしを連れてきたかったとこ?』
背後の提督に、振り返らずに問う。
この光景に何を感じ、何を得て、何を思い出すことを期待したのかはわからない。だがここから何かを思い出すことを期待したのならば、それは間違いだったと言わざるを得ない。
だが。
『…………何やってんのさ、提督』
返事がないことに訝しみ、振り返ると――提督は話を聞いているのかいないのか、あんちくしょうは脇目も振らずに荷解きをしていた。
896
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:11:02 ID:1vsmXa8Y
『見ての通りだ。何ためにツアラーバイクにしたと思ってる……見ろこの荷物を』
『はあ』
『はあ、じゃねえが。手伝え、ホレ。キャンプすんぞ』
『…………ほあ?』
『ほあ、じゃねえが。さっさと枯れ枝拾ってこい。焚火すんぞ。多摩の妹たる君が、まさか野営の仕方を忘れたとは言わせねーぞ』
多摩ーズブートキャンプ――通称『リアル猫ごっこ』で知られる野営訓練という名の拷問。当然、古参の北上はその経験がある。そしてクリアした。
クリアしたならばメタルマッチ一本とナイフ、そしてそこに大自然さえあればどこでもサバイバル可能になるが、人として大切な何かを失う、そんなキャンプだった。
『とにかく拾ってこい。話はそれからだ』
『……ちゃんと、教えてよね』
『くどい。拾ってこい』
『…………あいよー』
投げ渡された丈夫な麻袋を小脇に抱えて、深い深いため息をつきながら――それでも足は動いた。
見たところ針葉樹が多い林の中を探ると、いい感じの枝が大量に落ちており、触ってみたところかなり乾燥していた。この数日雨がなかったことが見て取れる。手慣れた――手慣れたくはなかった――手つきでひょいひょいと薪を拾い集め、ついでに数個の松ぼっくりも拾得。火種にする目的もあったが、いざとなれば提督に投げてぶつけてやろうという意志があった。
897
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:16:49 ID:1vsmXa8Y
かくして戦利品を手に、提督が『ここをキャンプ地とする!』としてしまった場所へ帰ってみれば――。
『…………ねえ、なんでテント、一つだけなのさ』
『そりゃあ一個しか持ってきてねえからな。ほれ、よこせ。火ィ起こすから』
設営は完了していた。大きめのポールテント。おそらくは三〜四人用だろう。中には幅広ではあるが、一つしかないコット(寝台)が設置されている。
男と女が一人ずつ。
テントは一つ。
寝具も一つ。
それが指し示すことは、つまり――。
『あー、そのー、うん。提督……さすがあたしも、その……初めてが野外ってのは、ちょっと……お風呂も入りたいし』
『君が何言ってんのかわかるけどわかりたくないかな俺は。ここからちょっと山道下っていくと管理棟と入浴施設あるから汗とか気になるなら入ってこい』
『もっとムードがあるとこが……せめて屋根のある場所で……』
北上は思った――夜空の下での破瓜はロマンチックなのかもしれないけど、もうちょっとこう、ノーマルなのがいいな、と。
898
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:18:22 ID:1vsmXa8Y
『……すけべと勘違いが過ぎるぞアホかみ。マジで脳髄からイカレたか? 俺がそのつもりなら古式ゆかしい伝統ある手法に則り、事前に書面にしたためて下着を同封した上で花束と共にお前の部屋に送り付けるってことぐらいわかんだろ?』
『わかんねえよ』
『最初から決めつけずにわかろうとしてみろ』
『…………………………わかんねえよ!』
『実にアホだな君は』
北上の忠誠心が、ぐーんとさがった!
提督を殴れるようになった!
メタルマッチで火起こし中の提督、その無防備な背中におそいかかった!!
『オラァッ!!』
北上のハイパー雷巡右ストレート!
ミス! あんちくしょうは首を傾けただけで回避! かすりもしない!
続けて左のハイパー雷巡ブロー!
ミス! あんちくしょうめはバネ足ジャック君を発動! 座ったままの姿勢でジャンプ! ひらりとかわした!
899
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:20:13 ID:1vsmXa8Y
そのまま無事に火の付いた焚火を飛び越えて着地。火を挟んで対峙する。怒り心頭の北上に対し、提督はむかつくジョジョ立ちのまま諭すように北上へ語り掛ける。
『ヌルいヌルい。引きこもってたにしてはなかなかどうして、踏み込みは相変わらず鋭いし、体幹の強さも見て取れる。鍛錬は怠っていなかったようで感心だ。だが格闘者としての身体の使い方がなっちゃいねえぜ。俺を手籠めにしたきゃあ、せめてヤ
ハギンレベルの武の理を身に着けてからにするがいい』
『…………こ、この怪物が』
ちなみにヤハギンレベルとは矢矧のことを指し、艤装補助一切なしでプロの格闘技者を一方的に撲殺できる軍人格闘技式の体を成したどういい繕っても暴力な破壊の化身を指す。
大ぶりのナイフ一本さえあれば、野生の熊に遭遇したとしてもこれを容易く仕留めるだろう。矢矧は軽巡内ステゴロ最強であり、戦艦・空母を含めても鎮守府内で十指に入る実力者、すなわち暴力装置だ。
素手の矢矧に、天龍と龍田がそれぞれ野太刀と長刀を装備し、一対二の状況で対峙してようやく五分なのである。
その矢矧でさえ提督は軽くあしらえる。艤装補助なしとはいえ、100mを10秒フラット、しかも素足で駆け抜ける矢矧をである。
掴まれたならワリとヤバいが掴まれなければどうとでもなるあたり、提督に対する化け物呼ばわりも納得であった。鎮守府の古参たちはみんな提督のことを人間っぽい何かだと思っている。
『…………はあ。ちなみになんて書くの? あと、どんな下着を送り付ける気?』
『はあ? お前相手なら、そうだな――『処女膜貰ってやるからせいぜい処女らしい妄想しながら身を清めて待ってろ。その貧弱貧弱ゥ!な脳みそからひりだした想定なんぞ軽く凌駕するレベルで可愛がってやる……! 泣こうが喚こうが無駄無駄無駄
無駄』って内容をすごく丁寧に書いて送り付けるわ。君ってムッツリだし?』
『む、ムッツリじゃない!』
900
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:21:26 ID:1vsmXa8Y
『いいや、ムッツリだね。君がムッツリじゃなかったら世の中全員清純派だ。ところで話戻すけど、きっと北上は芋っぽい下着しか持ってないだろうから、優しい俺は赤くて薄くてやったらエロいやつめを同封してあげよう。サイズに不備があったら返信用封筒に入れて送り返してこい』
『最低だなアンタ!!』
『は? 最高なんだが? 最高級の下着を同封するに決まっているのだが? 俺の財力をナメないでほしいのだが?』
『う、うぜッ……今世紀最大級にうぜえ……!!』
『え? 何? 聞こえない』ってな具合で北上の顔を覗き込む提督の顔芸は、実際最高にウザかった。
『そもそもそんなラブレターがあってたまるか……! 世間知らずのあたしでもおかしいってわかる……!!』
『はぁ? 世間知らずって理解してんなら世間を知り尽くしてる俺の言ってる方が正しいって思って素直に聞けよ』
『どこからその自信がくるの? ねえ?』
『納得いかんならちゃんと説明してやる。いいかね、北上くん。そもそも男が女に送る手紙は「やりたくなりました。君という素晴らしいメスに、俺という最高のオスは魅力を感じむらむらとした日々を過ごしています。だからやりましょ? イエスと言え! 天国に連れて行ってやるぜ!」ってのを上品に書いてその気にさせるためのモンだぞ。それが古式ゆかしい恋文というものだ。古事記には残念ながらそう書いてないがこれは事実だ。懸想文(けそうぶみ)というものがあってな。平安文学の代表作に数えられる源氏物語などではしばしば和歌が含まれた文がやりとりされて……』
『やめろ……! それっぽい知識や単語を使って、あたしを騙そうとしてるんだろ……!! ホントだとしたら古式ゆかしいというか頭がおかしい……! 嘘だ、絶対嘘だ……本当だとしたら最低すぎる……!』
『俺もそう思う。だからこそ知ってほしい――恋文なんてものはそもそも最低だってことに。詐欺の魁こそが恋文だということに』
『呼吸するような自然さで嘘つくな! 夢もへったくれもねえ……!!』
901
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:25:10 ID:1vsmXa8Y
『ねえよ。ただの遺伝子に刻み込まれた本能をより理性的かつ崇高なものとして実行するための冴えたやり方にすぎん。すけべしようやという言葉を崇高にしたのが愛って単語だ。
だからおまえが俺に不埒な妄想を抱くのは構わんが、そういう気分になったらちゃんと書面にしたためて俺に渡せ。奥ゆかしい子は好きだ。ちゃんと読めるモンだったら解消してやらんでもない』
『っ、するか、ばか』
そんな折、パチパチと乾いた薪に煌々と赤い火が滾り始めた。
『ン。メシ作るぞ。今度は水汲んで来い――ここから300mほど川沿いに下った先に水道あるから』
『は? 自分で行けば?』
『メシ作るんだけど? 働かざる者は食うべからずだぜ』
『別にあたしはおなかすいてなんて――』
まさかのタイミングで、盛大な腹の音が響く。
北上の肉体は、持ち主たる北上を裏切った。つまり、ごはん食べたい。
『行け。聞かなかったことにしてやる』
『……あい』
902
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:26:24 ID:1vsmXa8Y
※とりあえずここまで
こっから先はただ北上様が本当に尊かったって話が続きますが、マジで次スレどうしようかな
週1ぐらいの更新頻度に戻していきたいです。無理な時は事前にここに書き込むのでよろしくー。病気は一応完治しました。死ぬかと思いました。
903
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/09/06(月) 04:44:31 ID:G/736wDc
生きてたか
向こうの方のデータも死んじゃってるのかな
書き直し頑張れ頑張れ
904
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/09/06(月) 07:29:46 ID:fCZLtk8w
乙
次スレは有志が立てた深夜の避難所に立てるかSS速報に移住するかの二択だろうな
905
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/09/06(月) 22:09:06 ID:wklU8OH2
おつ
906
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/09/07(火) 22:55:06 ID:c.Q8KIKM
無事でよかった!
続き楽しみにしてます!
907
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/09/10(金) 08:49:40 ID:RVOP8ev.
おつおつ
完治おめ
待ってるよー
908
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/13(月) 01:08:34 ID:2998YFuE
※来週末ぐらいにはキリのいいところまで書けそうです
北上と阿武隈の過去についてはそこでおしまい。タバタ完結までまとめられると良いな……。
矢矧……矢矧か……あのバーサーカーどうしようかな……。
909
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/09/13(月) 01:22:41 ID:qitz.J0Q
りょーかい
マジカルの方も期待してるぞ
910
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/09/13(月) 02:20:11 ID:d8.3Lc5I
乙でした
911
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 00:01:49 ID:mo4oA./w
………
……
…
提督から手渡されたのは、折り畳みのウォータータンクが二つと、スマートフォン――北上のもの――だった。
そういえば、鎮守府に忘れてきたなと思っていたそれは、提督が持ってきてくれていたらしい。
『トラブルがあれば連絡しろ』
『……うい』
使い切ったシャンプーの詰め替えパックみたいに薄っぺらいボトルを小脇に、通知の有無を確認する気力もなく、スマートフォンをポケットにねじ込んだ。
提督に送り出されて一人、とぼとぼと大自然の中を歩く。縄張り競争に負けた野生動物だってもう少しばかり元気があるだろうと、北上は今の自分をそう卑下した。
視界の右端にちらちら映る、うねるように生い茂った木立の種類はなんだろう。杉か欅か、はたまた白樺か明日桧(あすなろ)か、今の北上には判然としなかった。
間違いなく落葉松(からまつ)というわけはないだろう。アレは確か国内では唯一の落葉針葉樹だったはずだ。そんな益体もないことを思い浮かべながら、背を丸めて林道を下っていく。
今度は視界の左端が気になってきた。小さな沢かと思ったら、道を下っていくうちに本流にたどり着いていたらしい。水音が嫌でも耳に届いてくる、豊かな渓流だった。
渓流釣りを楽しむ人たちの姿も見える。遠く漏れ聞こえてくる声は甲高いもの。良く通る声――きっと子供だ。と、北上は思い、寄せた眉根に落ちた影が、更に色を深くした。
――子供は、苦手だ。
912
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 00:20:29 ID:mo4oA./w
うるさいし、泣くし、そのくせ次の瞬間にはケロッと泣き止んでて、何が面白いのかケラケラ笑う。
なによりウザい。遠慮というものを知らない。こちらの都合をまるで考えない。そして、できもしないことを言う。
『――駆逐艦たちは最悪だ。特に阿武隈旗下の駆逐艦など最悪中の最悪だったな』と、北上は三年間苦楽を共にしたはずの部下たちのことを思い浮かべると、脳裏にそんな血も涙もねえカスみたいな感想を浮かべた。
だって、思い出すとどうしようもなくいらいらするのだ。
意味のない会話。よくわからないやり取りに、北上の知らない遊び。
そして――つまらないことばかりを言う。
それを聞くたびに、北上はどうしようもなく苛ついた。
ああそうだ、あたしはあいつらなんて――。
――本当に?
迷宮の出口を指し示す糸が、強制的に断絶されたような感覚。そんな問いが泡沫のように脳裏に浮かび、しかし弾ける。
どれだけ歩いただろう。提督の話ならそろそろたどり着いてもいいはずだ――そう思った頃合いに、うねった林道のカーブを曲がった。
このキャンプ地の中心となるサイトはここいららしい――と、目の前に広がる光景から、北上はそう判断した。
林を抜けた右側には大きく風が抜ける広場があり、その奥には林がある。その林の中にちらほらとカラフルなテントの姿が見て取れたし、見晴らしががよさそうな丘の向こう側にはデッキサイトやバンガロー、ひときわ大きな建物は管理棟か、もしくはコテージか――が、軒を連ねている。
何より、子供が――それだけ確認して、視線を切った。前を見れば目的の水飲み場がある。隣接しているのはキッチンだろうか。昼時ということもあって、炊飯の煙があちこちでもくもくと立ち上がっていて、青空を白くフィルタリングしている。
913
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 00:22:44 ID:mo4oA./w
また、甲高い声が聞こえる。きっと子供の声だ。なんとも無邪気で、無理解で、無遠慮な、笑い声。
――ウザい。
心の中でそう思う。
――本当に?
心の中でそう訝しむ。
――そうに決まってる。
心の中でそう返答する。
だって子供なんてものは、そういうものだ。そういうものだから。北上の感性やライフスタイルには合わず、どうしても苦手なのだ。
それが無責任だとか言われても困ってしまう。人として欠けていると言われても、そう感じるのだから仕方がないだろうと思う。
『あれ?』
また子供の声がするが、意識から切る。さっさと水を汲んで提督のところに戻ろう。そして今度こそ問いただすのだ。
……彼の、無駄においしい手料理を食べた後にだ。
914
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 00:33:08 ID:mo4oA./w
『ねえ、ねえ、あれって』
『……どうした? なんぞあったかの?』
本当にウザい。北上は嘆息する。子供は好奇心が旺盛だ。あれが知りたいこれも知りたいあれはなんだ鳥か飛行機かいやUFOだと現実と空想の入り乱れた妄言を吐き散らかす暴走超特急だ。そして口調もなんかおかしかったりする。
一人称がコロコロ変わったりするぐらい、いろんなものに影響を受ける。つまりアレコレ意見が変わるのだ。こんなに面倒な存在はあるまい。
どうせ大したこともないものを見て興味を惹かれているのだろう。そう判断し、やはり無視する。
『……む!? た、確かに』
『!? ま、間違いありません! 行きましょう!』
聞こえてくるのは、先ほどより幾ばくか落ち着きのある声と、礼節を滲ませた声がふたつ――だが子供だ。おそらく年長者なのだろう。だが子供だ。
北上は目的だけを果たすために――目的だけを果たすために、己の機能を単一化することに長けている。即ち集中力。この場合は無視することに集中する。
『ねのひだーっしゅ!』
……だが、それがどうやら難しい。何せ、何かがおかしいことに北上は気づきかけていた。
なんでガキの声がだんだんとあたしに近づいてきている? というか今、絶対聞き捨てならないことを言っていたような―――!
915
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 00:36:33 ID:mo4oA./w
かくしてその子供たちの足音までもが聞こえはじめ――よりにもよって水道にたどり着こうとしていた北上の目の前で、止まった。
『―――は?』
呆けた声が出る。だってそうだろう。
……なして?
『わーーー! 北上さんだーーーーー!!』
――なんで?
『おお! やはり北上殿! わらわたちと同じく行楽目的かの?』
――なんで、初春型の駆逐艦どもが、姉妹勢ぞろいでここにいんの?
その答えはすぐに出た。
――あ、あの野郎、は、ハメやがった……!!
こういう想定外に遭遇するとき、事件の裏にはやつがいる―――そう。
主に提督が悪いのだ。
916
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 00:51:10 ID:mo4oA./w
※キリのいいところまで書ききれなかったので明日(今日)
917
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/09/20(月) 16:46:12 ID:WdP4vMWQ
おつ
918
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 23:08:08 ID:mo4oA./w
※またまたキリが悪いけれど、不定期に投下してきます
――まずいことになった。
この後に待ち受ける展開は目に見えている。駆逐艦の奴らときたら、あたしを見るや否やいつもいつも――。
『すっごい偶然だー! ねえねえ北上さんはひとり? ひとりできたの? 大井さんは?』
『え、え、あ、いや』
『あ! ご存じですかっ! ここってキャンプ場だけど近くに温泉あるんですよ! 知ってます? 知ってますよね! だから来たんですよね、すっごい評判いいんだって! 子日も楽しみにしてたんだ!』
『あ、そ、そう』
『でもでもアスレチックもあるんだよっ! そこで一緒に、子日たちと遊びましょっ! それで、いっぱい遊んだら、一緒に温泉入りましょう!』
――そら来た。一番槍は子日だ。こいつはいつも人の話を聞かない。阿武隈がよく手を焼いていた。
『これはやっちゃダメなんです。分りましたかぁ、子日ちゃん。OK?』
『おーけー!』
OKと叫びながらダメなことをやる。そういうガキだ。これには阿武隈も『ンンンンン……!』と半角で唸っていたのを思い出す。正直笑ったが、今のあたしの状況があの時に笑ったことのツケであるとすればひでえよ神様。
『こ、これ、子日……そう矢継ぎ早に捲し立てるでない。北上殿が混乱するであろう』
919
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 23:12:55 ID:mo4oA./w
困ったように眉根を寄せて子日を窘めるのは初春――だったが、その言葉に咎めるような棘がない。出せよその棘。
叢雲と張り合ってるときみたいな殺意混じりの、すっげえヤベーやつの眼光を出せよと思う。二水戦の眼光だけは戦艦クラスとか言われてたあのピンク髪に負けず劣らずのやつ。
あたしのそんな祈りは通じず――それどころか少しだけ期待するような目であたしにちらちらと流し目を送ってくる始末。この時代錯誤の麻呂眉公家雌が! そんなにあたしが好きか!
『お久しぶり、というべきだろうか、北上さん。終戦後の祝勝会以来だったと記憶している』
『お、おう』
姉二人を無視して挨拶してくるのは若葉だ。サドマゾ具合が結構理解不能なやつだったのを覚えている。
『ご機嫌よう、北上さん。初霜です。ここでお会いしたのも何かの縁』
そして――まずい――初霜だ。こいつが一番厄介だ。断る際のいつもの常套句『鍛錬があるから』が使えない。そしておそらく、初霜はそれを理解している。
『ぼっちで来てる』と言うべきか? リスクが大きい。何より駆逐艦なんぞに『え? ぼっち?』って目で見られた日には多分泣く。
かといって正直に『提督と来ている』なんて言った日には状況は悪化の一途をたどる。あの悪魔の権化みたいな男は、艦娘達からそれはそれはモテる。
異常だ。理不尽だ。やっぱり世の中間違ってる。顔か、顔がいいせいか。しかも口がよく回るからか。大戦果上げた超エリートだからか。金持ちだからか。多分全部だ。
クソむかつくのはそれらがおまけ扱いなぐらい、あいつは艦娘に厳しくも優しい。あたしだってその点においては好感を持ってるぐらいで――だから分かるのだ。
そんな男に連れられて、しかも二人きりで―――二人きりで!―――こんなところに来ていると知られれば、果たしてどうなる?
920
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 23:14:51 ID:mo4oA./w
このメンツ、子日と初霜は純粋に提督を慕っているようだが、若葉は間違いなく提督に淡い感情を抱いてるし、初霜も怪しい。
仮に全員が提督に恋愛感情持っていないとしてもだめだ。
噂話好きのこいつらは間違いなく鎮守府にいる仲間――温厚なやつらからヤベーやつらまで一切の区別なし――にあたしと提督がここにいることを連絡するだろう。そうなればもう最期だ。
――あたしはきっと、明日の朝日を拝めない……!
足柄、鈴谷、摩耶の重巡・愛のクソ重三銃士がバイクやらスポーツカーやらすっ飛ばしてこの地へとやってくるだろう。
鳳翔さんもやばい。淑女心掛けない奴は艦種なんぞ知るかと言わんばかりに粛清してくる鎮守府影の番長格だ。
軽巡もやばい。ここは山だ。多摩姉の海に次ぐ第二のホームと言っても過言ではない。山狩りを行われれば間違いなく焙り出されてあたしは火だるまになる……!
五十鈴あたりは例のなんちゃら理論を駆使して林道を一切傷つけることなく、濃ゆい顔でハンドリングを切って10t級トラックを操り、必ずやあたしを轢き殺しにかかってくるだろう。
利根さんあたりも最悪だ。あの人は自分が気に入らないものをしばしば『ポッター』と呼ぶ。『おぬし、ポッターか?』『ポッター……なのじゃろ?』と圧をかけてくる。
もちろんあたしは『ポッター』じゃない。っていうかそんなの知らない。人違いだ! だけど彼女にとって『北上=ポッター』と確信する何かがあればもう終わりだ。
『アズカバァアアアン』とか、アバラがどうとかの謎の単語を叫びながらあたしを消し炭にしてくるに違いない。
『? 北上さん?』
まずい。初霜が黙ったままのあたしを訝しんでる。こいつはやったら勘が良かったのを覚えてる。変に黙りこくってると勝手に推測して、しかもそれが8割当たるという驚異の的中率だ。
921
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 23:17:09 ID:mo4oA./w
究極の選択だ。
一人というか。
提督と来ているというか。
『その、もしお一人でしたら、良かったら私たちと』
――決めた。
『ん……一人で来てるけど。ここへは観光で来てる。あんたらはあんたらで楽しみなよ。あたしは一人でゆっくりしたいんだ』
そう言って、彼女たちの間を切り裂くように横切って、水道へと向かう。
あたしはぼっちの汚名を着ることにした。提督、あんたは本日限りはイマジナリー提督だ。どこにもいない。
『ええー!? そんなぁ、遊んでくださいよぉ、北上さんっ!』
『うるさい。いやだ。ウザい。どっかいけ。きえろ』
『子日ショォオオオック!!? うわああん! 若葉ぁーーー! 北上さんが戦争中の時と同じかそれ以上に辛辣だよぉーーーっ! おかしいよぉーーっ!』
『いや、妥当では。普通に旅行中なのだろう。たまたま知り合いに逢ったとはいえ、それが同じ軽巡クラスの方々ならばともかく、我々は駆逐艦だ。一緒にいては気疲れしてしまおう』
922
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 23:27:15 ID:mo4oA./w
『あ、あのっ。お水を汲むんですよね。二つあるみたいですが、よかったら私も運び』
『いらない。ヤワなあんたらと違って、あたしは毎日鍛えてるから。このぐらいどうってことないから』
これに関しては嘘ではない。あたしは毎日、毎日、鍛錬を積んでいる。部屋に引きこもってるときも、運動は怠らなかった。
『あたしは一人で楽しむから、ついでこないで』
意識して――意識して、冷たい声で拒絶する。一言に付された初霜はしょぼんと俯いた。
15ℓずつ入るタンクに満載された水を、左右のわきに抱え込むようにして持ち上げ、初霜を見ないように歩き出す。
『え、えっと! 水のタンク使うってことは、コテージじゃなくて、テントで一泊するんですよね! 子日、大推理っ!』
『…………』
背中からかかる子日の質問を無視してのっしのっし歩く。
『ど、どんなテントか、子日、見てみたいなって』
『……』
923
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 23:34:13 ID:mo4oA./w
『……その』
『…………』
『……えっと』
『……………………………………………………………………………………』
『……うわあああああん! 初春お姉ぇちゃぁあーーー! 北上さんが子日を無視するんだよぉおっ!!』
『ええいまとわりつくでないわ! 行楽地で偶然出会う縁こそあったが、共に楽しむ縁はなかった。そう思って諦めい』
『しょ、しょんなぁ……今日は、今日は、何の日? 今日こそ、北上さんと遊べる日だと、思ったのに』
――子日の言葉に、何かが引っ掛かる。だが足を止めるほどでもない。そのまま彼女たちから距離を取ろう。たまに振り返って尾行されていないか確認する必要はあるだろうが。
我ながら、本当に冷たい。
提督が言う言葉なんて、やっぱり思わせぶりの嘘だった。
あたしが、誰に夢を見せた? こいつらに優しかった? 酷い冗談だ。
こいつらは、この通り、勝手に夢を見て―――。
――そこまで考えて、頭痛が走った。
924
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 23:35:33 ID:mo4oA./w
思わず脚が、止まる。それほどの激痛だった。
幸い、あたしの足が止まったことに彼女たちは気づいていないのだろう。背後から、声が聞こえる。
『大丈夫ですよ、子日姉さん。もう平和な世の中になったんです――北上さんや、阿武隈さん、大井さんに、木曾さん。皆の活躍で、平和になったんです』
『うむ。そうだぞ子日姉。だから、遊べる日はきっと今日じゃなかったってだけなんだ』
――失敗した。聞くべきではなかった。だって、頭痛が、ひどくなった。
再び、重い足を動かす。そんなあたしのの背に、明確に呼びかける声があった。
その一言だった。
『うん! それじゃあ――■■■! 北上さん!』
『ええ、■■。次はご都合を合わせて、共に時間を過ごしましょうぞ』
『■■■■■しましょうね、北上さん』
『うん。北上さん――■■』
――あ。
925
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 23:37:18 ID:mo4oA./w
あっさりだった。
あっけなかった。
それほどまでにすんなりと、凍り付いていた記憶の扉が開く。
そうして過去が、北上に追いついた。
彼女が、どうして雷神と呼ばれるに至ったのか。
その結果ではなく、過程でもなく、その前提にあった。
そうならねばならないとすら思った、原点を。
北上のオリジンが、展開する――。
…
……
………
926
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 23:38:42 ID:mo4oA./w
※次こそ、北上&阿武隈のクソ重感情まき散らす場面
みんなは予想できるかななんて
知ってるか、ワクチンをうつと、筋肉痛に似た痛みで肩が上がらないし、熱まで出てくる
927
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/09/22(水) 00:00:22 ID:bonBlGt2
>>926
知ってるぜ、俺も今絶賛堪能中だ……
明石と似て非なるタイプのあれなのかな
こいつらが沈んでも自分が耐えられるように、自分が沈んでもこいつらが耐えられるように、ってのと、子どもに戦わせる、戦わせざるを得ない事への罪悪感みたいな
マージナル・オペレーションのアラタみたいな心境が個人的にはイメージに近い
928
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/09/22(水) 13:34:16 ID:kc/ZWwGE
またね
また
またお会い
また
929
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/25(土) 23:56:04 ID:09ysfSis
………
……
…
重雷装巡洋艦・北上改二は、幾度も天才と呼ばれた。
雷撃の天才。
どんな深海棲艦でも一撃で倒してのける。北上の放った魚雷は、まるで『神のように』動いて、吸い込まれるように敵の急所へと突き進んでいくのだ。
いつしか『雷神』と呼ばれるようになった。
――それは、いつからだ?
そう呼ばれるようになったのはたしか、南西諸島海域を――沖ノ島を突破し、北方海域の攻略を大本営が懇願してくるまでにあった、しばしのモラトリアムの時期だ。半年程度の期間だったが、その間は本土にいる時間が多かった。自然と、他の鎮守府との交流が増える。
その交流は、北上を大いに失望させた。天才と持てはやす者の大半は、よその鎮守府の艦娘や、入ってきたばかりの艦娘で、後者が抱く憧れの視線はともかく、前者の本心が嫉妬していることなど見え透いていた。
北上という艦娘の好悪を決める基準はひどくシンプルである。北上は何の努力もしない、することも期待できない怠け者が嫌いだった。
彼女が現代の日本に対しても同様に思うところはそこだ。余りにも『どうでもいい輩が生き易すぎる』し、いくらなんでも『自称弱者で事実として弱者なロクデナシが多すぎる』と思う。北上以外の艦娘も少なからずこの疑問を抱えている。
年長者が尊敬され尊重される文化の土台には『現在に至るまでの厳しい状況を乗り越えて今に至った』というバックボーンがあるからだ。そこには厚みがあり重みがある。それを軽んじることは、先人の知恵や努力があって今に至った歴史そのものの否定だ。
だが現代の日本から、それが失われようとしていると北上は思う。国の庇護がある。最低限の生活基盤が保障され、衣食住に困ることはない。技術は発展し、人の生活は豊かになった。
930
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/25(土) 23:58:53 ID:09ysfSis
成程、幸せなことだろう。だがこの『努力しなくてもほどほどにはなれる』という状況こそが曲者だ。尻に火が点かなければ必死になれない輩は案外多い。むしろ自然と言えよう。水が低きに向かって流れるように、自らを厳しく律する理性のないものはどんどんと堕落していく。そしてそうした姿勢でも「どうにかなってしまう」ものだから、堕落する人間は増える一方だ。
納得はする。理解もできる。問題なのはそれらが平等という在り方だ。
助け合いの精神はわかる。例えば、健常者が非健常者に対して配慮する。これこそが気配りであり、余裕であり度量である。それが、ただの甘えや馴れ合いになりつつある。己の弱さを他人を攻撃するための理由とする。己が優遇されてしかるべきだと主張する。生まれついてのハンディをプラスに変えようとする意欲である――と好意的に見るには少し厳しい。何せどうしたって性根の卑しさが見えてくるのだ。無論、そんな身障者ばかりではないことは理解している。とはいえ悪目立ちしすぎているし、何が困ったかと言えばそんな声の大きい身障者は実際に優遇されてしまうことだろう。助け合いとは自然に発露した純然たる善意によって行われるもので、それを強請るのはもはや助け合いとは言えない。こういった事例があまりにも多いせいで、声を上げることができない善良な身障者が肩身の狭い思いをする。これすら平等だという。それらを不平等にするのは差別だという。成程、それもわかる。極端なのもよくない。じゃあ――何が区別なんだ、という疑問には誰も答えてはくれなかった。
歪な仕組みだ、と北上は思った。健康上の都合で仕事ができないとかも理解できる。頭痛が鳴りやまないとか、腰がイカれてるとかはわかる。だが心の病ってなんだ――北上は戦前脳なので、北上基準でそんなナメ腐ったことを抜かす奴は尻を蹴っ飛ばして適当な肉体労働で汗水流させ、きちんとした報酬払って酒でも飲ませ、女なら男を、男なら女を、ホモにはホモを、レズにはレズを、変態には変態をあてがえて鉄兜持たせて駆け込み宿に放り込めばあら不思議――さくばんはおたのしみでしたねという締めの言葉で、一発快癒するんじゃあないかと思ってる節があった。『目にそれとは見えない病なんだからそんな単純な問題じゃないんだ』なんて言う輩がいそうだが、そんなに複雑に考えるのもどうかと、北上は思う。そもそも精神の病なんて、北上からすれば酷くうっさん臭かった。その目に見えないものは精神科医とやらは見えてんのかと思う。スタンド能力者かと。人だってミスするのにそんな診断で精神病んでますとか言われて「はあそうですか」って受け取るならなるほど確かに精神的にヤベえんだなと思う。北上ならそんなこと言われたら五連装酸素魚雷の二十射線×2で病院ごと火の海にしてやるだろう。と言うか、なんだ、銃弾飛び交う戦場よりヤベーのか現代社会はとも思う。戦場のど真ん中に自称・精神病患者を放り込めば多分メッチャ元気に走って逃げ出すと北上は思っている――そのあとに本当にトラウマで精神病になってしまう可能性は置いておくとしても。
ギャアアアギダガミザァアアン
閑 話 休 題。
何も北上は『自分は努力しているのだからもっと優遇されたい』などと言うつもりはない。いや、優遇されるべきだとは思っているしなんなら自分という存在に対して『様』を付けない奴はスーパー不敬なので即スーパー死刑にしたいとすら考えている――なんてやつだ――が、それは強請るものではなく、それに相応しい『何か』を勝ち取ってから要求すべきものだと考えている。
北上は自らの才能を理解している。それは酷く幸運だと思っている。そして才能がある物事を、北上自身の嗜好が好ましく思うことが多かった。好きこそものの上手なれとはまさにこのことである。
決戦兵力として期待を受ける――理解できる。むしろ歓迎だ。もっと自分を頼れとすら思う。
だが嫉妬を受ける。嫌がらせされる――まるで理解できない。
931
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/26(日) 00:02:24 ID:CcyWen1s
北上は陰湿なやり口も嫌う。善悪の問題ではない。ただムカつく。この北上様に嫌がらせするとか、さては雷巡アンチだなオメー。だから殴る。この鎮守府では必修項目に入ってる日本拳法――北上に奥歯ガタガタ言わされるほど殴られた――主に北上の怖さを知らないよその鎮守府の哀れな艦娘である――は30名を下らない。北上がブチギレて誰かぶん殴るときは大抵コレである。摩耶とか隼鷹あたりも似たようなことをやったし、北上が最初にやらかせばそれを止めるどころかむしろ便乗してぶっ殺されてえかヒャッハーヒャッハーした。そういう時に限って、大井とか阿武隈がいないもんだからストッパーもおらず、当然のように当該鎮守府には出禁を喰らう。こればかりは提督からも怒られた。やるならもっとやるしかねえという状況を詰めてから徹底的にやれと。うん? 似た者同士かな? こうして彼女らを出禁にした鎮守府は結構な確率で後ろ暗いことをやっていた――ことにされたか本当にそうだったかは定かではないが――ことが判明し、後に解体されることは多かった。バラされた鎮守府の提督のその後の行方は知れない。多分、鎮守府同様にバラされたのだろう。提督は個人で陸軍憲兵一個師団より怖い。
さておき、北上の才能に追いすがろうとしてくるなら可愛げもあろう――やることと言えば足を引っ張ることばかり。それを卑劣だと咎めるつもりはない。その卑劣さもろとも敗北を噛み締めさせ
てやるという気概はあった。
まるで笑えもしない。
――こみ上げてくるものがあった。
ならば翻って、駆逐艦はどうか――幼く生まれてきた。精神も幼い。
そして北上は駆逐艦が苦手だ。才能の有無はあり、優劣もある。
――だが、嫌いになれない。北上は誰一人として嫌いではなかった。
――何故だ?
『なあ北上よ。覚えてるか? 君に質問したことがある――駆逐艦は嫌いか、と聞いた時だ。君はこう言ったんだよ。
『ううん。ただウザくて苦手だけど』ってな。だから俺は、『ああこの子は優しい子なんだな』って思ったんだ』
提督からそう言われたことを、不意に思い出す。あれは確か、秘書艦として書類仕事したりお茶入れたりスケジュール確認したりと、北上がらしくなくも、案外そつなくこなしたことを褒めちぎられて『畜生この畜将が耳からあたしを孕ませようとしてきやがる……!』と悶えていた時に言われた言葉だ。
932
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/26(日) 00:07:34 ID:CcyWen1s
『否定とは得てして強く聞こえる言葉だ。嫌い、って言葉は特にな。でも北上。君はしょっちゅう駆逐艦ウザいとか駆逐艦苦手だとは言ってたが――終ぞ、駆逐艦たちのことを『嫌い』とは言わなかったよ』
そんなの、当たり前だろうと思った。北上にとって、それは当たり前だった。深く考えるまでもなかったことなのだ。その当たり前の中に、答えはあった。
――だって、あいつらはちゃんと『努力している』からだ。
駆逐艦は弱い。脆い。すぐにベソをかく。泣きだしたかと思えば次にはけろりとしていたり、何がおかしいのかけらけらと笑う。今泣いた烏がもう笑うとはよく言ったものだ。人懐っこい笑みを浮かべて、なれなれしく北上にまとわりついてきた。
桜色の髪色をした人懐っこい駆逐艦――子日。これで結構なバーサーカーだ。後にレ級の中で特にヤベーのを単艦で血祭りにあげるぐらいの成長を遂げるやつだ。
いつでもどこでも思いつめたような無表情を晒しながら、天然入った発言をしばしば繰り出す駆逐艦――若葉。確か綺麗好きだった。二つ名もあった。確か『海の掃除屋』とか言われていた。
真面目が服を着て歩いているかのようなおりこうさんの駆逐艦――初霜。良く物事を見ていた。たまに二水戦に駆り出されて、なんと旗艦まで張っていたことさえある。なかなかのやつだ。
似非公家口調が鼻につくも、個性的な妹を抱えるだけあってかよく気が利き面倒見がよい駆逐艦――初春。日本舞踊が趣味という、なんというか見た目通りのやつだった。
こまっしゃくれた発言が目立つも、見栄っ張りなところに妙な可愛げがある駆逐艦――暁。レディになるのが憧れらしいが、そのレディってなんか定義あんのかとちょっと気になった。
ハラショーハラショーとロシア語で語りかけてくる駆逐艦――響。これでなかなか姉妹思いでしっかり者だ。時々、寂しそうな眼をするやつだった。
小さな八重歯を覗かせた人好きする笑みを浮かべる駆逐艦――雷。料理やお菓子作りが得意で、頼んでもいないのに北上におすそ分けしてきたこともある。メチャクチャうまかった。年貢を納めてくるとか大したやつだ。
その雷の背に隠れながらおずおずと、しかし憧れを見る目で見つめてくる駆逐艦――電。あまり言葉を交わすことはなかったけれど、海の上ではしっかりしていた。たまにバグッていたのはなんなのだろう。大したやつだ。
一番一番と壊れたレコーダーのようにそればっかりを連呼する駆逐艦――白露。雷撃術の教授を一番多い頻度で乞うてきたのが、この子だった。
そして――時雨。一水戦に編入された当初は、まるで笑わない子だった。だけど、いつのころかケラケラとよく笑うようになって、他の駆逐艦の子たちとの交流も増えて――レイテ沖では、ニシムラセブンの一隻として八面六臂の活躍をみせた。すごいやつだ。
933
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/26(日) 00:09:32 ID:CcyWen1s
全員が、阿武隈率いる第一水雷戦隊旗下の駆逐艦たちだ。後に巡り合うことがあれば、第十七駆逐隊や、他のちびっこどももここに加わるのだろうかと思うと、北上はひどく眩暈がした。
オフのタイミングで彼女たちにかち合うと最悪だった。やれ魚雷を上手に当てるための砲撃による誘導術を教えてほしいだの、どうやったらあんなに正確な雷撃術が身につくのかだの、北上の都合などお構いなしに質問の雨を降らせてくる。
諦めていなかった。諦めたくないと顔に書いてあった。できることはなんだってやっていた。できないことができるようになるまでなるにはどうすればいいのか必死だった。
何度、雷撃術の教授を乞われただろう――頑張っていたんだ。
幾度、海上演習の相手を務めることを願われただろう――苦悩していたんだ。
何回、彼女たちの涙を見ただろう――足掻いていたんだ。
幾回、彼女たちが勝利を喜び合っただろう――全身がそれを主張していた。
――だから、力及ないことがあると、本気で悔しがっていた。
涙を流すほどに。食いしばった口元から血が滲むほどに。血走った瞳に涙を溜めて、懸命に言葉を紡いだ。
あとは頼みます、頼みます、お願いします、決めてきてください、と。
そして、最後に決まってこの言葉で締めるのだ。
――無事に、帰ってきてください、と。
願われることはあった。乞われることはあった。だがこんな悲壮な顔で懇願してくることは、なかった。
何で、そんな顔するんだ。なんでそんな顔して、そんなこと言うんだ。そんな奴らのことを、嫌いだなんて、口が裂けたって言えるわけがないし、そもそも思うわけがなかった。
934
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/26(日) 00:11:33 ID:CcyWen1s
『お前らは、お役目をしっかり果たしたじゃあないか。こんな素っ気なくて意地悪なあたしの心配よりも、自分の心配をしろよ』
幾度も口元から出かかった言葉を飲み込む。どうしても、それが言えなかった。
軽巡――雷巡・北上は決戦兵力だ。決戦と目された戦場において、主力艦隊の撃滅を期待されて送り出される。だから第一水雷戦隊が北上の護衛につく。そうして北上を守って傷ついたのが彼女たちだ。とても言えなかった。よくやったとしか、言えない。だけどその言葉も言えなかった。よくやったなんて、言いたくなかった。
そんな心中とは裏腹に、北上の口は言葉を紡ぐ。
『任せな。あんたたちの分まで、この北上様が叩き込んできてあげるよ』
情動にあふれた言葉だった。どの記憶を切り取っても、北上はいつもそんな大言壮語を吐いている。
どうしてそんな言葉が出てきたのか、北上自身にもわからなかった。
――そう、わからなかったんだ。
わからずじまいで、理由もわからぬ苛立ちを抱えたまま、敵中枢艦隊が待ち構えている海域を目指し、海を駆ける。
覚えていることがある。その道中、一秒ごとに体に力がみなぎる感覚を覚えた。
何かを成そうと望み、必ず成就させんとする気持ちがあれば、なりたい自分になれる――否だ。そんなアタマ日向なことを信じてはいない。
ただ、健気なほどに才の無い者たちが、懸命に努力している姿を見てきた。
認めたくなかった。
935
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/26(日) 00:12:10 ID:CcyWen1s
でも、本当は悪くないと感じていた。
悪くないな、と思った
ああ、そうだ。
北上が――あたしが、この鎮守府の艦娘たちに、駆逐艦たちに感じていたものは。
『痺れるねえ』
未来を、見たのだ。
勝利を喜び合う未来を。
戦争が終わって、誰もがその顔に満面の笑みを浮かべる、そんな優しい未来を。
だけど、ある日気づいてしまった。
駆逐艦たちが、夢を見ないのだ。
…
……
………
936
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/26(日) 00:14:09 ID:CcyWen1s
………
……
…
https://www.youtube.com/watch?v=OLClkB9cnHY
いつの日だっただろう。
それは、駆逐艦の何気ない一言を聞いたときだった。
『今日は、どんな日かなあ』
そう、つぶやく駆逐艦がいた。子日だ。幾度か聞いたことのあるフレーズ。口癖のようだった。
口癖、だ。だからよせばよかったのだ。
何の気まぐれか、北上にしては珍しく――自ら彼女へ話しかけた。魔が差したのだ。
らしくなかった。らしくないといえば、その駆逐艦もそうだった。どこか悲しそうに、その口癖を呟いていたから、だからつい聞いてしまったのだろう。
沖ノ島海域を抜けてさあこれから北方だといったところにストップがかけられたせいで出来上がった、長い長いモラトリアム。提督が言うには大本営のクソどもがどーあがいたって一年、最悪半年程度で悲鳴交じりの音を上げてくるからそれまで鍛錬だと。こうして得た余暇を鍛錬に充てる日々が続いた中でのちょっとした稚気だった。
――なんだって今日の話ばかりする、と
――もうじき日付も変わる頃合いだ。どうして今日なんだ。なんだって明日の話をしないんだ。
937
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/26(日) 00:15:13 ID:CcyWen1s
そう聞けば、彼女は言った。
子日は、言った。
『またねって』
その言葉を聞きながら見た、彼女の表情に、北上は酷く動揺した。
『――またねって』
『――そう言える日がいいなって、思うんです』
子日は言う。北上の目を見ながら――何も見えていない目で、言う。
『明日は、明日は……どうなるか、わからないから』
なんだそれは、と思った。乾いた笑い声が出た。タチの悪い冗談を言うようになったんだなと――そう、思いたかった。
――明日は、明日だよ。何をない頭使ってんのさ。今日は勝った。昨日も勝った。一昨日も勝った。勝って勝って、勝ち続けて、そうしてたどり着いた今日だろう。
――馬鹿なこと言ってないで、アンタは能天気に笑ってりゃいいんだ。
938
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/26(日) 00:16:12 ID:CcyWen1s
そうせせら笑うように言って見せた。だけど、帰ってくるのは悲しそうな笑みと、湿った言葉だった。
『そう、そうですね……そうです、よね。でも、でもね、でもね北上さん――』
子日は言う。
微笑んで言う。
だけど、死んだ魚のような目で、言った。
――その明日は、誰が約束してくれるんですか?
何も、言えなかった。立ち去る子日の背に、何も言えなかったのだ。
他の駆逐艦にも同様の話題を振ってみる。
初霜。
『……すいません、北上さん。笑顔で終われるかわからない今日なのに、明日のことなんて考えられないです。ただ一隻でも一人でも救えるのならば』
『それで私は――それで、満足、なんです』
なんで、と思った。なんだってそんなことを言うんだ。酷いジョークだ。こんなのが駆逐艦の中では流行ってるのか。そう言って茶化したが、初霜は笑わない。
939
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/26(日) 00:17:35 ID:CcyWen1s
子日と同じ目をして、言う。
――本当に満足しているものが、そんな目をするものか。そんな、今にも泣きだしそうな顔をするものか。
そう問い詰めた。
それでも、初霜は言う。何も見ていない目で、言うのだ。
『――明日。明日もしも、私がいなくても。ちゃんとみんなで、笑いあえる『明日』を掴んでくださいね。北上さんがそう約束してくれるなら、私も安心できますから』
――ああ、北上さんなら安心です、と。安らいだような顔で、言った。
何の悪い冗談だ。何の悪い夢だ。また、何も言えなかった。小さな初霜の背を、黙って見送るしかなかった。
気が付けば北上は基地内を走り回っていた。目についた駆逐艦たちに、同様の質問を投げかける。
だけど、誰も彼もが、似たようなことを言った。
若葉。
ただでさえ何を考えているのかよくわからないやつだ。だけどむっつり顔で、時々間の抜けたことを言う子だ。きっと、きっと何か、違う答えを持ってるはずだ。
――北上の心は、そう願った。
だけど。
940
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/26(日) 00:19:13 ID:CcyWen1s
『明日? ……ああ、そういえば、そんなことは、あまり考えないようにしていた。ただ――』
『朝焼け空を見上げると、とても心が安らぐ。だけど、何か、とても落ち着かない心地になる。胸がざわつくんだ』
本当は、この時にこそ、本当はわかっていたのに。
『若葉の、夢……ゆめ、か。人の夢と書いて、儚いというのだったっか……なるほど、と思う。確かに、その通りだと』
――やめて。
悲鳴を上げそうになる口元を必死で手で塞ぐ。
それでも、若葉は言う。死人のような瞳で、言う。
『そうだな……北上さん。もし若葉が沈んでしまっても、不肖の姉二人と立派な妹を、よろしくお願いしたい。北上さんの口からそれが聞ければ、若葉は――大丈夫だ』
この時に感じた激情を、北上は忘れてしまっていたのだ。
余りのおぞましさに、酷い嫌悪感のあまり、記憶からないものとしようとしたのだ。
何も、言えなかった。何も、何一つ、消えてしまいそうな背に、言葉一つかけることができなかった。
941
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/26(日) 00:20:44 ID:CcyWen1s
初春。
そうだ、きっと初春なら、と思った。
初春が日本舞踊を学んでいることを知っていた。いろいろと手広く趣味を広げていることを聞いたことがある。
だからきっと彼女ならば、と。
そう思ったのだ。
――北上の甘い心は、そう願った。
だけど。
『……先週、救難信号を受けて駆け付けた他の鎮守府の艦隊に、わらわと同じ初春がおりました。
――腕が、ありませんでした。わらわはそれを見て、何も言えなんだ……何も、言えなかったのです』
『ただ、ただ恐ろしかった』
『もし、もしもわらわが、ああなってしまったとき、それを受け入れることができるのかと……思いました』
『だって、だって、わらわは……あやつに、提督に……手慰みにと日本舞踊の手ほどきを受けたことを、思い出すと……心が、温かくなります。
だけど、腕がなくなってしまったら、もう踊れないのだと……きっと、それを受け入れることができないのではないか……そう、思ったのです。心が、冷たくなりました。
不意に、頭の中をよぎったのです。腕がなくなったのが、わらわじゃなくて……妹たちではなくてよかった、と……そう、思ってしまったのじゃ……酷い女だと、そう思うじゃろう?』
942
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/26(日) 00:26:05 ID:CcyWen1s
何も、言えなかった。
『北上殿……わらわには、まだ、まだ、まだまだ夢を、それを望むだけの強さが、足りませぬ。
まだまだ、精進せば……ですが、それでも一つだけわらわの望みがあるとすれば……そうじゃなあ。
うん……わらわたち姉妹、そして一水戦の子らの誰一人欠けることなく……なかった、と言える……そんなめでたき日を迎えることができたなら』
北上には、何も言えなかった。
『――祝福の舞をひとさし、披露してみたいものです。北上殿にも、是非』
あまりの怒りで。総毛立つほどの激情で、言葉を紡ぐ余裕なんて、なくしていた。
ああ、そうだ。北上には――絶対に。
絶対に許せないことがあったのだ。
かつて己に積まれていた、忌まわしい兵器の記憶がよぎる。豪奢な椅子にふんぞり返った老害が言う。敵の死を望む。ゆえに死ねと命じる。それは誉れだと。
――ならば貴様が真っ先に死ね。
北上にはどちらも等しく害悪だ。同じ糞垂れだ。
943
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/26(日) 00:26:37 ID:CcyWen1s
『戦うことしか知らないなんて悲しいじゃあないか』
そう言った提督の真意を、知った。
提督が軽巡に、そしてそれ以上の大型艦種に、駆逐艦たちに相対する自分たちに、何を求めていたのかを知った。
なんでだ、という疑問が水泡のように心の内海に湧き上がる。
――この状況を作っているのは、誰だ。
誰のせいだ。誰がやった。誰だ。
――貴様らの、せいか。
深海棲艦のせいだ。駆逐艦どもが、夢を見ないのは。見れないのは。
痛ましいぐらいの、ささやかな夢しか見れないのは。
――なんだって貴様らは、駆逐艦どもを泣かせて、嗤っていやがる。
――あたしの前で、ガキの夢を踏み潰そうとしてんじゃあねえよ。
944
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/26(日) 00:27:13 ID:CcyWen1s
頭にきた。
明日を願うことを夢だと語る駆逐艦に怒った。
それ以上に、その夢を嘲笑うかように攻めてくる深海棲艦どもに激昂した。
あんな水底から湧いて出た、顔色の悪い連中が、誰の怒りを買ったと思う。
その激情のままに奴らを殲滅してやりたいと思う。
だけど、深海棲艦どもをどれだけ叩き潰そうと、きっと駆逐艦たちは夢を見ない。
何かがいるのだ。劇的な何かが。起爆剤としての何かが。
ならば。
ならば。
「だから、あたしたちが見せてやらなきゃならないんだろ―――夢は、あるんだって」
――そうだろう、阿武隈。
…
……
………
945
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/26(日) 00:28:14 ID:CcyWen1s
………
……
…
https://www.youtube.com/watch?v=tumceOX2_Hk
『――おかしいだろう。こんなの、まかり通っていいわけないだろう』
北上さんは言う。
あたし
阿武隈に、言う。
これは胸のからこみ上げてくる衝動の正体を、北上さんがきっと掴んでいた時の記憶。
理解しないままに自覚した、世にも珍しい阿呆の――だけど、心優しい艦娘に出会えた時の、あたしの記憶だ。
北上さんは、子供が苦手で。
それ以上に、努力しないものが嫌いで。
足を引っ張ってくる輩が大嫌いで。
そして、絶対に許せないものがあった。
――あたしと、同じで。
それをきっと、大井さんはわかっていたんだ。だからあたしを叩いたんだ。どうして、よりにもよって貴女にそれがわからないのだと、失望を滲ませていたのだ。
946
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/26(日) 00:29:32 ID:CcyWen1s
戦いにおいても、才能は存在する。向き不向きがある。素養や素質がある。運が左右する場面だってある。それは艦娘とて例外ではない。
ならば、その差も存在する。ダメな奴は何をどうやったってダメだ。あきらめなければ夢は叶うなんて、それこそ夢想論だ。あり得ない。
生まれ変わって出直せなんて、人を揶揄し侮蔑する言葉だってあるけれど、それすら北上さんは認めない。「馬鹿は死んだって治りゃしない」というのが、北上さんの持論だ。
曰く――やり直そうがダメな奴は何度やったってダメなのだという。そんな見下げ果てたやつが、今の世の中には溢れんばかりだ。
赤ん坊で生まれて、成長して、多くの人と交流して、それでもなお社会に適合できない?
そんな輩は、たとえ生まれ変わる奇跡があったとしても、『その程度の奇跡ではどうにもなりませんでした』という結果にしてしまう。その程度では――そんな奇跡ですら――台無しだ。うまくできるわけがない。やれるわけがないのだ、と。
完全に同意したわけではない。でも一理あると思った――何せ次の人生など、あるわけがないのだから。
いつだって今なんだ。今の人生しかないのだ。今を精一杯生きるしかないんだ。
だがそれでも、北上さんの心は『違う』と叫んでいたのだ。
精一杯に叫んでいた。狂いそうなほどの感情を心の奥底に秘めていた。
嗚呼、これは違う。
違うんだ、と叫ぶ。
あたしの心も、北上さんの心も、痛切に、叫ぶのだ。
――艦種の違い? 役割の違い? 駆逐艦は脆い? 火力が貧弱だ? 弱い物は弱い? それはどうしようもならないことなのだと?
そうだということを、知っている。それでも『これは違う』と感じるのだ。思いたいだけなのかもしれない。だけど、認めない。認められないのだ。
947
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/26(日) 00:33:02 ID:CcyWen1s
これは理屈ではない。これは合理的ではない。これは現実主義ではない。
そんなことは百も承知だった。それでも、北上には受け入れられない。
ああ、確かにそれは事実だろう。だが、事実を事実のまま、それが現実なんだと示すのが、賢しいのか。
夢を見れない子供に『それが正しいんだ』と、どこの良識ある大人が笑顔で言ってのける?
それが、そんなことが、大人のやることか。
――糞っくらえだ。
北上さんにとって、それはまさに糞そのものだと言うのだ。
どぶ底ような濁った眼をした子供が、大人になって何者になれるというのだ。同じだ。まるで同じ糞溜めだ。澱みの中で育まれ生まれでたものが、同じ糞になっていくだけで、なんにも変わるわけがない。
あの頃は、そんな諦観がそこかしこに満ちていた。すでにここは腐ったどぶ底だ。深海棲艦は世界中の海で蔓延っている。ただ人類はその命脈を引き延ばしているに過ぎなかった。命の終わりを先延ばしにしているだけ――言葉にせずとも、そんな諦めは伝わってきた。
勝利を積み重ねてきたこの鎮守府にさえ、そんな空気が漂った時期があった。正面海域を抜き、沖ノ島を突破して、決して浮かれ切っていたわけではない。
だって、駆逐艦たちが、夢を見ない。自分たちよりもはるかに、現実を見ていた。現実に、囚われていたのだ。ここはマイナスなんだ、と。思い知らされた。
――ッざけんな。生まれた時からマイナススタートだなんて、そんなことがあってたまるか。
何のための艦娘か。何のための命か。それを打破するために、あたしたちはここにいるのだと。
だけど、駆逐艦たちは夢を見なかった。
948
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/26(日) 00:35:30 ID:CcyWen1s
いつしか人は現実を知るだろう。子供が大人になるときは、いつだって現実を知るときだ。
――じゃあ、夢はどこにある?
――この世に希望はないのか?
北上さんはあたしに、問う。あたしは答える。
否。否。否だ。断じて否。
あるとも。夢はある。希望はある。未来を見据えている限り、そこに確かに夢も希望も存在する。
なるほど、それは夢だ。いかにも朧気で、幼げで、未だ形をしていない不定形の幻だ。
ならば、と。北上さんは言う。
――あるんだ。ここにある。ここにあるとも。それを見せてやる。あたしはただ、やるだけだ。いつも通りにやって、それが『ある』のを証明する。
それを形にして見せてやる。未来は捨てたもんなんかじゃあないのだと。夢はあるんだと。ここに確かにあるんだと。
彼女の内側には、理性を越えた、もっと原始的な、いっそ幼稚なほどに、頑固なまでの情念が渦巻いている。
一流の悲劇なんて、いらない。
三流のハッピーエンドで構わない。
駆逐艦たちは努力していた。駆逐艦を苦手とする彼女の目をして、そう評価するにいささかの躊躁も忖度も不要であり、ましてや彼女の本質はシンプルに清廉だった。誰かを不当に評価する発想すら持っていないひとだ。
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