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【艦これ】五十鈴「何それ?」 提督「ロードバイクだ」【2スレ目】
1
:
◆9.kFoFDWlA
:2017/08/13(日) 21:53:56 ID:XmBArZ8Y
※深海棲艦と仮初の和平を以て平和になった世界観における、とある鎮守府での一コマを描くほのぼの系
艦娘がロードバイクに乗るだけのお話
実在のメーカーも出てきます
基本差別はしません
メーカーアンチはシカトでよろしく
※以下ご都合主義
・小柄な駆逐艦や他艦種の一部艦娘もフツーに乗ったりする(本来適正サイズがないモデルにも適正サイズがあると捏造)
・大会のレギュレーション(特に自転車重量の下限設定)としては失格のバイクパーツ構成(※軽すぎると大会では出場できなかったりする)
・一部艦娘達が修羅道至高天
・亀更新
上記のことは認めないという方はバック推奨。
また、上記のことはOK、もしくは「規定とかサイズとかなぁにそれぇ」って方は読み進めても大丈夫です
【前スレ】
【艦これ】長良「なんですかそれ?」 提督「ロードバイクだ」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1454251122/
821
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 21:59:10 ID:Ee3fDlXc
『天龍みたいに……あいつみたいに、つ、つよ、つよく、なるには……どうずればいいがなぁ……?』
涙と鼻水まみれの顔を隠すこともなく、縋るように強さを求めるのは、こんな情けない思いをするのはもう、これで最後だ。
自分に誇れる自分でいたい。
天龍と正しく肩を並べられる存在になりたい。
強くなりたい。
『履き違えるんじゃあない』
それだけで事情を察したのだろう。提督は何があった、どうしてそう思ったとは、聞かなかった。
『お前はお前だ。木曾は木曾だ。『これが俺だ』と言えるお前になれ。まずは胸を張れ。前を見ろ。少なくとも、いつだって天龍はそうしてきた』
椅子から立ち上がり、提督は泣きじゃくる木曾に近づくと、その両肩を強く掴んだ。
真っすぐに木曾の目を見据える。
眼帯の奥で、提督の両目が優しげな光を湛えているのが見えた。
『強くなれ。お前が見ている天龍が強いならば、そこに強さを感じるならば――お前が求める強さが何なのか、その右目にはもう見えているだろう?』
822
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:00:16 ID:Ee3fDlXc
そう言って、笑った。
『俺に最高の勝利をくれるんだろ? 忘れてないぜ。俺はその日を必ず掴みに行くぞ、木曾――おまえと一緒にな』
天龍に感じた強さと、同じ強さを感じる笑みだった。
もう、木曾の涙は止まっていた。
…
……
………
823
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:13:06 ID:Ee3fDlXc
………
……
…
https://www.youtube.com/watch?v=EHOPTVBFpgM
――何かが伝わるでしょう。
タバタ・プロトコルに挑む軽巡たちの背を見つめる多くの艦娘たちの中、朝潮の脳裏で、神通の言った言葉が蘇る。
小さな胸の内側で、何かが音を立てた。
(――なんだろう。胸が、高鳴る)
想起される思い出がある。いくつもの思い出だ。
その多くは、海の上で戦っていた日々のこと。
あの頃の朝潮には、何物にも侵すこと叶わぬ不壊の決意があった。
(ある、のでしょうか。今の私に……この朝潮に)
824
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:15:18 ID:Ee3fDlXc
朝潮だけではない。
レストタイムにはいる度、息も絶え絶えに呼吸を乱す軽巡たちの姿を見て――強者たちはかつての自分たちを想う。
(第二水雷戦隊を率いることの意味。艦艇としてではなく、艦娘としてそれに向き合うことの意味。功名心や嫉妬に曇り、真に盲いていた私の目を開かせてくれたのは――それを私に教えてくれたのは貴女です、天龍さん)
後に二水戦を受け継いだ軽巡は思う。当時の天龍ほど、自分は配下の駆逐艦たちのことを思っていただろうか。ただ強さだけに囚われていた自分自身に恥じて猛省し、鍛錬を積み天龍を超え、その魂ごと二水戦を受け継いだ――あの時。
(天龍、木曾……その面だ。その目に宿る魂だ。諦めなどもはや知らぬと言わんばかりの面魂だ。前だけを見ているようで、後ろから続く者たちをも見据えている、その恐るべき独眼だ。この武蔵の敵は持ち合わせず、味方だけが持っているそれにこそ、私が求める強さがある)
最強と呼ばれるに至った戦艦は思う。弱者と見下していた者に命を救われた。己がいかに無力で、どれだけ愚かだったかを痛感させられた――あの時。
(私は……一航戦であることの意味を……強さの意味を履き違えていた。鎧袖一触? 違う。託されたものを背負い、乗り越えねばならぬものに立ち向かう? 即ち期待の重みに耐えること? 違う! ――私は、私は、ただ)
一航戦として在った空母は思う。そう在った過去という礎の後に生まれるという奇跡。己が滅びた後に起こった悲劇と向き合った。抱いた覚悟と決意。それを胸に誓った――あの時。
(ああ、やはりそうだ。そうなのだ。お前たち軽巡もだ。その輝きが、ひたむきさが、この長門の胸を奥底から熱くさせる……艦種は違えど、絶えず鍛錬に励んでいたお前たちの姿に、私は幾度となく救われたんだ)
落ちこぼれと揶揄された戦艦は思う。妹と比較され、その妹から励まされることが屈辱で。明日を夢見ることさえ叶わぬ無力感に絶望した――あの時。
825
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:16:25 ID:Ee3fDlXc
(私は……今の私は、とても強くなったのに。今の私があるのは――私という重巡洋艦に影響を与えたのは、貴女たちよ……貴女たちに、私はかつて負けた。あれほどの衝撃はなかった。喰らっても喰らっても足りぬ、まだ足りぬと、功名餓鬼に過ぎなかった私に、正しい餓えを教えてくれたのは、貴女たちよ)
強者として生まれた重巡は思う。才に驕り、餓えることもなく凡才を嘲り、その執念を見せつけられて敗北した――あの時。
(秋津洲は、夢を見ていたかも。強くなる夢を。高く羽ばたく夢を。だけどそれはただの夢だった。夢でしかなかったそれを、秋津洲は叶えた――叶えさせてもらえた。みんなも見ているかも? 新しい夢を。生まれ変わる、夢を。自分だけの力でそれを掴む、夢を)
出来損ないと蔑まれた水上機母艦は思う。この鎮守府に拾われ、強い人達を見てきた。だからもう一度だけ夢を見てみようと決意した――あの時。
多くの強者たちが、その背を見た。否、惹きつけられてやまなかった。自然と目を引かれているのだ。
そして、一人の駆逐艦もまた、その背を見ていた。
「………思い、だした」
特Ⅰ型。吹雪型駆逐艦の四番艦・深雪は、ぽつりとつぶやく。
脳裏に、色鮮やかに描きなおされる記憶がある。
――初出撃をしたあの日。
あの日も、天龍は深雪の前にいた。まだ両目が揃っていて、旗艦として十全の力が揮えた頃の天龍だ。
826
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:18:38 ID:Ee3fDlXc
今だからわかることがある。
――天龍だって、あの頃は新人だった。怖かったはずなのだ。
誰だってそうなのだ。
だけど、そんな怖じる様子など欠片ほども見せず、随伴となる駆逐艦たちを鼓舞し続けた。
――ビビるな。臆すな。前を見ろ。オレの後に続け。
――敵を見ろ。砲を構えろ。練習通りに狙いをつけてろ。オレの合図で一斉に発射だ。簡単だろ?
いつだって最初に切り込んでいくのが天龍だった。
「ああ……そうだ、深雪は。思い出した。あの時、こう思って……あこがれたんだ」
あの日からずっと変わらない。
あの頃の天龍には、まだ左目は見えていたけれど。
変わらないものがある。
いつだって、深雪が見ていた天龍は――。
827
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:24:55 ID:Ee3fDlXc
「なあ、吹雪。なあ白雪、初雪。叢雲、磯波、浦波よう……天龍は、とってもカッコ良かったんだぜ」
――今や名実ともに最強の艦娘が集うこの鎮守府にも、他の鎮守府と横並びでスタートした時期があった。
鎮守府発足から一年の間、ある水雷戦隊の長として君臨した軽巡洋艦がいた。
その水雷戦隊は、第二水雷戦隊。華の二水戦。
「そうだろ? 心強いって思ったんだ、すごく。いつの間にか、戦うことにビビることはなくなってて、それで――」
その座を、設立当初から実力主義の鎮守府にあって、一年だ。
北方海域攻略を半年近く足止めされ、すべての艦娘が前線から離れ演習や鍛錬に明け暮れていた日々のなかにあったとはいえ、北方海域の完全な奪還まで――最強の華として咲き誇った。
第二水雷戦隊・初代旗艦は――深雪にとっての、憧れだった。
「深雪様はさ――天龍に……天龍に頼りにされるような駆逐艦に、なりたかったんだ」
強かった。だけど、深雪が見ていたのはそこではなかった。
いつだって誰よりも果敢に敵に攻め立てた。
いつだって深雪の前に立っていた。旗艦が先頭に立つことの戦術的な意味は皆無とは言えない。それを深雪は知っていた。
828
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:31:01 ID:Ee3fDlXc
https://www.youtube.com/watch?v=8x1AGTxQffQ
いつだって誰よりも果敢に敵に攻め立てた。
いつだって深雪の前に立っていた。旗艦が先頭に立つことの戦術的な意味は皆無とは言えない。それを深雪は知っていた。
その力強い笑みを浮かべた顔が、振り返るさまが好きだった。最初は、こんな艦娘になりたいという憧憬だった。
やがて焦がれるように思ったのだ。
――彼女たちは思う。
戦争が終わった。
そこに悔いが残っている。
見せたい力がある。
その力を見せたい人がいる。
こんなにも強くなったんだと、報告したい人がいる。
こんなにも強い人にだって勝てるようになったんだと。
戦ってみたいと、誰かは思う。競ってみたいと、誰かは思う。レースで、覇を争いたいと、誰かは思う。
そして、深雪は。
829
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:33:42 ID:Ee3fDlXc
「あたしは、天龍と一緒に走りたい」
だから目指す場所が見えた。
隣で走って競うのではない。
後ろから付いていくのでもない。
「だって、これまでずっと、引っ張ってもらってきたんだ――いいだろ、あたしが引っ張ったって」
天龍の背を見つめながら、熱い涙が頬を伝った。
彼女から貰ったものがなんだったか、それに気づく。
「深雪様は――天龍を、王様(カンピオニッシモ)にするよ」
貰ったのは――熱いど根性だった。
…
……
………
830
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:49:52 ID:Ee3fDlXc
https://www.youtube.com/watch?v=A358-QODoI0
………
……
…
(――まだだ。こんな、もん、じゃ、なかった……)
順位を指してのものではない。ただ己と向き合っての、自己評価に過ぎない。
――現状三位。夕張はただひたすらに自分と戦っていた。
タバタ・プロトコル、その3セット目が間もなく開始される。
その時――夕張が思い起こしたのは、島風と勝負した日のこと。
(自分にだけは、二度と負けない。負けられない……負けたく、ない)
だって覚えている。
なりたい自分が、そこに見えている。
そう言ってくれた人の事を、その言葉を覚えている。
まだそこに、なりたい自分が見えている。
831
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:50:32 ID:Ee3fDlXc
――最速となった自分がいる。
見失ってなんかいない。もう二度と見失うことはない。見失いたくない。
だから走る。
義務感などではない。焦燥なんてない。
いつだって夕張の両脚には、それが絡みついていた。
(あの時――――確かに私の指が、そこに引っかかっていた。『栄光』という名前の付いた星に、指が掛かっていたんだ)
ずっと縁のないものだと、どこか諦めていた。せめて人並みになりたいという、小さな願いすら叶わなかった。それでも遅い自分は嫌だと、これ以上遅くなりたくなかったから走り続けた。
少なくとも『速度』という分野においては、絶対に手に入らないものだと。
勝利の二文字に。
最速の二文字に。
だから。
まごついているうちに、その二文字が消えてしまうことが何よりも怖いから。
何よりも、嬉しかったのだ。
速く走れるという自分自身が嬉しかった。
832
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:51:34 ID:Ee3fDlXc
トレーニングの苦しさなんてどうでもよくなるほど、速くなっていく自分に高揚する。
その心の躍動が力となって、
(私の両脚は、動く)
両足に絡みついていた何かが――――鎖が砕けたような気分だった。
諦め悪く走り続けた日々は、無駄ではなかった。
報われようとしているのだ。
結実する日が、訪れる予感があった。
その予感を、勘違いにしないためにも――。
(――走るんだ。私はもう、見失わない。見続けている。見上げていた。見惚れていた。
あの星を、一瞬の輝きを、この手でつかみ取りたい。一回だけでもいい。ただ一度きりだってかまわない。
だから、ゴールを目指す。そこに辿り着きたい――――この両脚で。誰よりも先に、誰よりも速く)
夕張は、あの日の敗北を受け入れていた。
掴んだものは黒星だったけれど、それはどんな玉にも勝る黒星だった。
833
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:53:40 ID:Ee3fDlXc
ならばそれが白となったときは、どれほどの輝きを放つのだろうか。
心が躍った。
胸が高鳴った。
目の奥がかっと熱くなる。
――――これまで己が絶対に追いつけないと思ってきたものに、指が掛かったのだ。
その事実こそが、夕張をかつてないほどに燃え上がらせた。
それは、提督のみならず、一部の艦娘達も察知する。
「あら……あんないい顔ができる子でしたか、夕張さんは?」
「いいえ。ですが彼女がああなったことの心当たりならば」
「島風とのレースですね。あれは佳かったです。胸に来ました」
「うん。良い顔してますね、今の夕張」
赤城と加賀、そして蒼龍と飛龍――四人は夕張の変化を感じ取っていた。
834
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 23:03:54 ID:Ee3fDlXc
「……ふーん? 技術屋傾向のある子だと思ってたけど、見誤ってたみたいね。すっごい覇気だわ。それでいて攻撃的じゃあない――好きだな、ああいう子。翔鶴姉はどう?」
「ええ、私も好きですよ。自分自身の到達点を見据えて走っている……とても清らかな闘志です。透き通っている」
鶴姉妹もまた瞠目し、感心したように夕張の疾走を見やる。
そして、多くの戦艦たちもまた――特に注目していたのが、夕張だった。
「ふむ……強者が持つ共通項、独特の雰囲気……オーラやカリスマと呼べるものを備え始めています」
「自然と目が引き寄せられるわよね。こうしてみていると、自然と応援したくなってきちゃうわ」
大和、そして陸奥。
「並の深海棲艦なら今のあいつを前にすれば、一目散に逃げだすだろうな」
「ふうん……一皮むけたじゃない。あの子ったら案外、大器晩成型なのかもね」
天龍を注視していた筈の、日向と山城さえ目を惹かれた。
「これまではその大器の注ぎ口に蓋がされていましたからね…………あの子は島風と伍した。その事実が、夕張に足りなかった自信を備えさせたのでしょう。ええ、この霧島の計算によれば間違いなく」
「実際に凄いことですよ? なにせ島風ちゃん……あの子、単・中距離のスプリント勝負だと軽巡や重巡の子たちはおろか、榛名たちにすら勝ちますからね。霧島も不覚を取っていましたし」
835
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 23:05:28 ID:Ee3fDlXc
「う゛っ……あ、あれはその、まだ不慣れだったからよ!?」
「まあまあ、それにしたって夕張ガールはガンバッていましたからネ。よくリバーサイドでスプリントのプラクティスしてました」
「大げさなことなんかじゃなくても――いえ、あの子にとっては大層な出来事だったんでしょうね、アレ」
「……ええ。私たちにも分かりますよ。私たち戦艦は――わからないはずがない」
――足が遅い。
届くはずの手が届かない。
そんな悔しさを味わったことがない戦艦は、この鎮守府には一人もいない。他の鎮守府でもそうだろう。
最前線に立っていても、痛感するのだ。
本当の最前線に立っているのは、先行する駆逐艦や軽巡、重巡らだと。
彼女たちが決死の覚悟で切り開いた先端をこじ開け、ねじ伏せるのが戦艦の役目。主力を叩き潰し、必ず勝利して帰ってくることが使命である。
『その時』が来るまでは、血がにじむほどに口元を力ませながらも見据えているしかできない。
射程距離に劣る軽巡にあっては、おそらくそれ以上の苦悩があったのだろうと、戦艦達は各々が夕張の心情を推し量り、刮目して彼女を見た。
836
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 23:10:08 ID:Ee3fDlXc
そんな彼女たちよりも熱心に夕張を見る視線が一対存在する。
それは言わずと知れた最速――『神速』の異名を持つ駆逐艦。
「あ。夕張のスプリントフォーム、すごく綺麗になってる……前より姿勢が低い。なんだろ……どっかで見たような」
(おまえのスプリントを参考にしたんだろって、言ってやるべきかな……いや、黙っとくか。野暮だし。この長波サマは空気読める女だからな)
「夕張さんのスプリントかっこいいね! 島風ちゃんみたいだ!」
(そうだな。お前はそういう奴だったな、子日)
長波は乱暴に頭を掻いた。野暮天にもほどがあると子日を注意しようとした、その時だった。
「島風なら、こう。こうやって……いや、こうかな? こう……もっとハンドルを」
「あれ? 島風ちゃん? 島風ちゃーん」
「! …………あー、子日。黙ってような。今の島風にゃ聞こえてねーよ」
島風はつぶやきながら、座ったまま手足を小刻みに動かしていた。
それは紛れもなくロードバイクのギアチェンジや、ペダルにトルクをかける際の動作である。
837
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 23:12:11 ID:Ee3fDlXc
「おうっ!? シッティングからスプリントに移行する動き、すごくスムーズだ。ギアチェンジも上手くなってる……レースを想定して、いっぱい練習したんだろうな……島風も練習に取り入れないと」
(すげー集中力だな、島風。身体は此処に在るのに、ハハハ……島風、おまえ……ここで見ているだけなのに。
――おまえの心は、夕張と一緒に走ってんだな)
長波は苦笑した。そして、心に僅かながら憧憬が浮かぶ。
「……あれだけの出力を、二十秒維持できちゃうのか。緩やかな山なりだけど、確実に速度がじわじわ伸びてく……島風はあの時も、後半に追いつかれそうになった。夕張は疲労耐性が高いのね……。
――今の島風と戦ったら、どうかな……? わからないな……わからないのが、こんなに嬉しい。こんなの、考えたこともなかった」
(羨ましいぜ、島風。妬けるよ、夕張……あんたらの関係。だって、すごく楽しそうだ。夕張、あんたのそのスプリント――――島風にそっくり……ん?)
憧憬の眼差しを向ける長波の肩を、ちょんちょんとつつく感覚。
「………ん!」
「は? え? 何?」
自らを指さしながら満面の笑みを浮かべる子日がいた。
838
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 23:13:41 ID:Ee3fDlXc
「子日だよ!」
「お、おう。知ってるよ? それが、どした?」
「むぅ……ねのひー!」
(何が言いたいんだよおまえさんは……――ライバルは私だってか? ハハ、まさかな)」
――そのまさかが来ることを、この時の長波はまだ知らない。
…
……
………
839
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 23:16:55 ID:Ee3fDlXc
※今日はこんなところでレストタイム
今回はフフ怖てんりゅーちゃんとキャプテンキッソとばりちゃんでお送りしました
次回は北上様とあぶちゃんかな
一人足りない? 知らんな……
840
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2020/12/14(月) 21:43:40 ID:8j/yWv66
乙
そりゃな、現代栄養学を古典的根性論で否定するような角材ガールは顔じゃない
841
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/04/02(金) 18:31:56 ID:fie/KCIo
年が明けましたね
>>1
さんマダかなー
842
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/04/07(水) 16:57:18 ID:FOY4CTdA
いよいよ向こうのスレの更新かなとwktkして全裸待機してたらSS速報逝っちゃって悲しい
深夜でもスレ数上限で建てられなくなってるけどお蔵入りしないでどこでもいいので日の目を見るといいなあって
843
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/11(日) 23:02:48 ID:eYaJYtvI
※
>>1
です。
この度、自宅での病気療養となりすっぽり時間が空いてしまいました。
命に係わる類の病気ではなく、怪我というわけではないのですがちょっと現状は普通に働くのが厳しい。
ろ、ロードバイクに、乗れない……。
少しずつ書き溜めてはいますので、この機会に無理しない範囲で少しずつ投下していこうと思います。
とはいえスレ上限問題はどうしよう。
ま、まあぼちぼち投下していきますので気長にお待ちいただけたら幸いです
844
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/04/11(日) 23:14:59 ID:/hlS3QMI
乙
えっ待って現状でその報告だとコロナ感染発症の可能性あるじゃんマジお大事に!?
845
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/11(日) 23:26:15 ID:eYaJYtvI
※コロナは3回ほど受けましたが全部(-)でした。
入院して検査したら、身バレがアレなので伏せますが、そこまで珍しくない病気だけどおっそろしく重篤化しているという厄介な状況になってしまい……。
846
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/11(日) 23:31:26 ID:eYaJYtvI
※途中で送ってしまった。
該当する病気が疑われる検査値以外は医者から「うっそだろおまえwww」って言われるぐらい健康的な数値でした。
んで今回症状が快方に向かったので自宅療養へ切り替えと相成りました。
厄介なのが「物理的に動くとヤバい」「動かなければ大丈夫」ってとこですな。
仕事? リモートだろうとだめだってドクターストップですよ。
物理ってのが喋ったりするのも含むらしいのでHAHAHA畜生。
そんなわけで無理しない範囲でちょっとずつ……
847
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/04/12(月) 10:24:40 ID:OMwB9aVw
なんともまぁ…
無理せずお大事に…
848
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/04/13(火) 14:07:26 ID:2KmLr4cI
SS速報復旧したっぽいね
849
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/04/13(火) 15:36:25 ID:qwWKxxd.
応援してる
850
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:29:49 ID:iO5JmBRg
………
……
…
――いつも通りだ。あたしは、いつも通りにやってやるだけだよ。
北上は思う。
『いつも通り』が、『いつも通り』じゃなくなった時のことを、思う。
ありったけの気持ちで、思う――。
かつて、俯いたままに溢した言葉がある。
薄暗い部屋の中、寝台の上で膝を抱えて座っていた。
無理矢理にこじ開けられた扉から、見知った軍帽を被った、着任当初とは見違えるほどの成長を遂げた彼が入ってくる。
見なくても分かった。こんな強硬手段を取るのは、彼か自分の親友ぐらいのものだと北上は知っている。
そして後者ならば既に声を発しているだろう。ただの消去法だ。
彼はベッドの前に立ち、膝を曲げてかがむ。
851
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:34:20 ID:iO5JmBRg
――よう。辛そうな空気吸ってんなおい。助けてやろうか? 俺ならどんな絶体絶命の状況からでも救い上げてやれるぞ。
落ち込んでる様子を察すると、決まって彼は北上をそうやって茶化す。いつもの調子の声だった。
からかい半分、心配半分。北上という艦娘を知り尽くしている彼一流の励ましの言葉だ。
ああ、それはきっと、かつての北上であれば頭にかちんとくる言葉だったろう。誰が助けてもらうものかと突っぱねて、目論見通りに奮起してやっただろう。
だけど、今はもうそんな気力もなかった。
どこにでもいる、ありふれた負け犬みたいに泣きじゃくる。
――あたしはもう、心の形が歪んじゃったんだよ、提督。
我ながら酷い声だった。錆びた鉄がこすれるような情けない声に、ますます惨めさが募って涙がこみ上げる。
あんなにも赤く滾っていた鉄の心は、すっかり冷めて罅割れた。
――こんなはずじゃあなかった。
――こんなざまじゃあなかった。
いつからか、何かが壊れ始めていたのだろう。それがようやくわかったのは、戦争が終わってすぐのことだ。
それまで、自分の心の形がどうあったのかは思い出せる。
852
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:35:57 ID:iO5JmBRg
硝煙交じりの血風吹きすさぶ海上に在ることこそが日常だった。鎮守府での日々こそが非日常。ただの待機時間にすぎなかった。
戦いを日常とする非日常こそが愛しかった。
鍛えた技を巧みに使い、ただその時を待つ。凡百の雑魚どもを屠り弑し制し穿ち撃ち、これを沈め、機を伺う。
本命が顔を出してからが、あたしの仕事の始まりだ。
頬をかすめる砲撃の熱に肌が粟立つ感触を侍らせながら、生死の境界線をなぞる。
返す刀で魚雷を放つ。『ただこれのみ』と己で定めた己の誇りに命運を委ねる。
その瞬間にこそ、心が真っ赤に燃え上がった。寝ても覚めてもそればかり。このスリルこそが生き甲斐だった。
自らの武器がなんであるかなど、敵味方どちらにも知れ渡っている。
それしか武器がない事だって知られている。
タネが割れればはいそれまで。
――だがそれがどうした。
その筈だった只の一芸、それだけだった一発屋、それでもあたしはやってきた。これまであたしはやってきた。
そうとも、これは見せ札だ。されどされども虚仮の一念、虚仮の一心。ただそれだけの死に札を、誰であろうと見過ごせぬ鬼札となるまで鍛え上げた。
これよりお見せするのは北上、一世一代の一芸。
853
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:37:01 ID:iO5JmBRg
避けるは至難。当たらば絶死。振るわば最期、死出の旅路を約束する死神の大鎌。
遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ――必殺必中の一発芸。
かつて四海はおろか七海の果てまで轟きし、門外不出の妙技こそ――『雷神』北上改二の雷撃術。
これにて終幕、水平線に勝利は刻まれ大団円。
――それが、もう、なくなった。
だって、戦争が終わった。
終わってしまったんだ。それでも鍛錬に励む。いつものように繰り返す。
繰り返す。
決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。
繰り返す。
決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。
繰り返す。
決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。
繰り返す。
854
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:39:58 ID:iO5JmBRg
http://www.youtube.com/watch?v=WwVrHOe93Ek
繰り返して。
繰り返して。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して―――。
目を、覚ます。
違和感に、気づいた。
――そういえば、最近、ちっとも実戦で戦ってないや。
だけど、繰り返す。そうだ、繰り返さなくちゃいけない。
決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。
855
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:41:49 ID:iO5JmBRg
繰り返して。
決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。
繰り返して。
決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。
繰り返して。
繰り返して。繰り返して。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
だって、それしか知らないから。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
それ以外のことを知らないから。
繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
だって、だって。
だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって。
――誰も教えてくれなかったじゃないか。
856
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:42:29 ID:iO5JmBRg
呪詛に等しい言葉が頭の中に浮かび上がる。だけどその中で、覚えている言葉がある。
かつて提督がみんなに言っていた言葉が、いまさらになって脳裏をよぎる。
『戦う事しか知らないなんて、辛いじゃないか』
ああ、そうだ。機会はあった。選択肢はあった。だけど戦う事しか知らない。心の形はもう、歪みにゆがんで、元の形も覚えていない。
もう、ただの廃品だ。アレはきっと提督が与えてくれたチャンスだったのだ。ただ一つの機会だったのだ。
……本当にそうか?
誰かに、お茶に誘われた記憶がある――訓練があるから嫌だと突っぱねた。
一緒に遊ぼう、と袖を引っ張ってきた駆逐艦がいた気がする――うざい、きえろ、どっかいけ。そう言ってあしらった。
自分には無用のことだと、どうでもいいと、必要なのは力だけだと、そう突っぱねた。
姉妹艦の球磨型とはよく話をした。だけど、頭の中では戦うことでいっぱいだった。何を話していたのか、あまり覚えていなかった。
――だからきっと、あたしは最初から壊れていたのだ。
なんだ? やりたいことって、なんだ? 戦う以外のことって、なんだ?
――辛いって、なんだ? このどうしようもない無力感のことか?
それが何の因果か、日頃の行いがむしろ良かったのか、戦後になって気が付いた。
857
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:43:30 ID:iO5JmBRg
こんな壊れてしまった兵器に価値はない。
まして、戦えない兵器に、戦う機会もない兵器には、価値がないどころか――存在するだけで、害悪だ。
だけど、あたしにはそれしかなかった。
それだけだった。戦うことだけだった。
なのに、それを取り上げられたら。
あたしは、どうすればいいんだ?
『ねえ、提督……教えてよ。何が、あるの? あたしに、あたしから、戦うこと取っちゃったら、何が残るんだよ』
――才とは何か。
この鎮守府において、この問いに対して最も冴えた回答を持つのが提督だろう。
天才。非凡。才人。
凡才。非才。凡人。
「才には数え切れぬほどの種類がある一方で、それぞれの手が及ぶ範囲があり、足を踏み込める深度がある」と、かつて彼が言っていたことを北上は覚えている。
そして次いで言った――「重要なことは、本人の才の有無ではなく、それを教育・指導する側にこそある」と。
858
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:44:11 ID:iO5JmBRg
指導する側がその才の有無、広さ狭さ、深さ浅さを把握し、才の性質を正しく見極め、そしてその才を伸ばし深めるための手法を誤らぬことだと。
時にはあえてその才の幅を狭めること、浅く留めることもまた必要な手法であると。
何より才を有する本人のモチベーション。それを引き出すのが提督として最も腕の振るいがいのある所の一つなのだと、確かに彼はそう言った。
北上は確信している。他の艦娘たちの例に漏れず、この提督はそれが神がかって上手い。
才能と本人の嗜好が一致していないことなど珍しいことではない。
好きこそものの上手なれ。これは理想的な才能の伸ばし方だ。本人にやる気があり、向上心があり、技術をみるみる身に着けていく黄金の時である。
下手の横好き。これは典型的な才能の腐らせ方だ。興味のある事柄に対して、悲しいかな才能がまるでない。これはある一定以上のレベルに達すると頭打ちが来る。その頭打ちに直面した時こそ、現実の壁に直面する。
提督は、その才を見極める。
黄金の素質をもって積み重ねてきたはずの素養が、銀に落ちることもある。
銅程度の素質しかないものが積み重ねた素養が、黄金の輝きを放つこともある。
まさに指導者としての、提督の腕の見せ所だな――提督は笑いながら北上にそう言ったのだ。
だから、と思う。
そんな提督だからこそ、北上に。
この壊れてしまったガラクタに。
まだ価値を見出してくれるんじゃあないか。
859
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:46:49 ID:iO5JmBRg
そんな縋るような希望があった。
ああ、だけど。
北上は思い出す。提督が言ってくれた言葉は、こうだった。
『あぁ? ――ねえよ、ンなモン』
――ぶっちゃけ、こんな酷い返しがこの世にあるのか。あっていいのか。
当時のあたしはそう思った。これが世界の戦力をひっくり返すとまで言われた鎮守府の長が、仮にもそのなかでも指折りレベルに武勲を上げた艦娘に対して放つ台詞だろうか。
信じられねえ天魔鬼神っぷりである。
『それがない、ない、見つからない。だからおまえはべえべえ泣いてんだろう。違うか?』
――返す言葉もなかった。その通りだった。
あたしには、何もない。
だから……?
だから、なんだろう。
860
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:50:14 ID:iO5JmBRg
そうだ、どうして――どうして、それが嫌だと思ったのだろう。
今までは、それでも、やってこれたのに。
『それが嫌だって泣いてんだろう。戦うこと以外知らない自分が嫌になったんだろう。おっせえんだアホめが――だが許す。ないものねだりしてえなら大井を困らせてねえで、こうしてハナッから素直に俺に言え』
あたしが欲しかったのはなんだろう。
戦果に対する、賞賛?
痺れるような戦いのスリル?
わからない。
『北上よ。いや、アホがみよ。おまえが探すべきものはな、ハナッから存在しないものもそうだが、もう一つある』
わからない。ここまでアホ扱いされる理由がわからない。少なくとも、当時のあたしは、とても内心で憤慨した。
『お前に一番必要なのは、どうしてお前がそこまでして戦おうと思ったか、だ。その理由だ。そいつを思い出せ』
そう言って、提督はあたしの手を引いて立ち上がらせた。
861
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:55:55 ID:iO5JmBRg
『まあそっちはすぐにとはいかんだろう。だからな――ヘイ! そこの三つ編みがちょっと芋いがワリと整ったツラしたお嬢さん! ちょっと俺がデートしてやるぞ……いや、しろ!』
『えっ』
こうしてあたしは、そんな最低のお誘いの言葉と共に。
『ないものをあるようにするには足し算しかないだろ。掛け算したってゼロはゼロだ。ないない嘆いてるやつを見つけに行こうぜっつってんだよ――北上』
攫われるような勢いで――人生初の異性とのお出かけを経験したのだ。
ときめいてはいない。
断じて。
そうだとも。ときめくものか。
だってあたしを抱き上げたのは王子様ではなく、魔王の類で。
しかもあたしを運ぶ足は白馬ではなく、鉄の馬で。
ちょっとだけ。ほ、ほんのちょっとだけ、提督の背中の大きさとか、しがみついた時の筋肉の感触とかに思わず心臓が高鳴ったけれど。
862
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:56:46 ID:iO5JmBRg
それでも、その日、あたしはやっとわかったんだ。
あたしは、ただ知らないだけだった。
なら知ればいいんだってこと。
そして思い出す。
――どうして、あたしは強くなろうと思ったのか。
…
……
………
863
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/19(月) 02:57:55 ID:iO5JmBRg
※病み上さんフラグを即座にへし折る提督にあるまじき卑劣漢の活躍は次回かもかも
864
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/04/20(火) 08:33:01 ID:VW4VFnkE
乙!
ずっと、ずっと待ってたんだよこの話を……!
北上さまを病ませてから救い上げて笑顔にさせたい派の俺大歓喜
全力で応援してるから無理のない範囲でな
865
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/04/23(金) 08:51:42 ID:trYJ4nZE
乙です どうかお大事に・・・
866
:
◆gBmENbmfgY
:2021/05/10(月) 02:10:03 ID:utqhtWyg
…
……
………
風を切って走る、なんて表現がある。
絶対嘘だと、あたしはそう思っていた。
『ヒィぃぃいィぃいイぃィイイイイイ――――!!』
あたしはいま、風に叩き潰されながら走っている――否、走らされている?
走りに付き合わされている――うん、これが正解だ。
提督のバイクに2ケツ――だとはしたない言い方だから――タンデムしている。
久しぶりに、軽巡寮の外に出た。
あたしを攫った魔王は随分と当世風だった。『この張艶が気位と値段の高さを示しているのよ』と言わんばかりの本革製ダブルジャケットに、明らかにビンテージ物の革パンツ、いかにもなオーダーメイドのワーキングブーツに身を包んでいた。
それがどうにもバッチリ決まって似合ってるもんだから、あたしも思わず見とれてしまった。女所帯の鎮守府である。男の憲兵は少なくないけれど、あたしは人づきあいが苦手で、良く話すのは姉妹や同僚ばかりだった。
言い訳にしかならないのだけれど、あたしってあんまり男への免疫がないんだな、と思い知らされた。
そんなバッチリとバイカースタイルがキマってる男――提督にヘルメットを被せられ――ご丁寧にレシーバーも付属されている――あれよあれよという間にバイクのパッセンジャーポジションに押し込められて鎮守府を飛び出したのは、まだ中天に日が昇り切っていない、午前中のことだったと思う。
『意外と、乗り心地いい?』
867
:
◆gBmENbmfgY
:2021/05/10(月) 02:10:35 ID:utqhtWyg
…
……
………
風を切って走る、なんて表現がある。
絶対嘘だと、あたしはそう思っていた。
『ヒィぃぃいィぃいイぃィイイイイイ――――!!』
あたしはいま、風に叩き潰されながら走っている――否、走らされている?
走りに付き合わされている――うん、これが正解だ。
提督のバイクに2ケツ――だとはしたない言い方だから――タンデムしている。
久しぶりに、軽巡寮の外に出た。
あたしを攫った魔王は随分と当世風だった。『この張艶が気位と値段の高さを示しているのよ』と言わんばかりの本革製ダブルジャケットに、明らかにビンテージ物の革パンツ、いかにもなオーダーメイドのワーキングブーツに身を包んでいた。
それがどうにもバッチリ決まって似合ってるもんだから、あたしも思わず見とれてしまった。女所帯の鎮守府である。男の憲兵は少なくないけれど、あたしは人づきあいが苦手で、良く話すのは姉妹や同僚ばかりだった。
言い訳にしかならないのだけれど、あたしってあんまり男への免疫がないんだな、と思い知らされた。
そんなバッチリとバイカースタイルがキマってる男――提督にヘルメットを被せられ――ご丁寧にレシーバーも付属されている――あれよあれよという間にバイクのパッセンジャーポジションに押し込められて鎮守府を飛び出したのは、まだ中天に日が昇り切っていない、午前中のことだったと思う。
『意外と、乗り心地いい?』
868
:
◆gBmENbmfgY
:2021/05/10(月) 02:17:18 ID:utqhtWyg
水冷4ストローク並列6気筒エンジンの加速はシルキーだ。そう思っていたのも、高速道路に入るまでのことだった。
吐き出される音も急速に高まることも吠え出すこともなく、粛々としつつ、しかし確実に伸びあがっていく様は、さながら知恵ある獣の咆哮のよう。
その反面、前方から間断なく叩きつけられてくる風の威力に、あたしはもう圧倒されるばかりだった。路面が綺麗に整地されていることもあって突き上げによる尻へのダメージこそないが、目まぐるしく流れていく景色の速さときたら、海上で見えるそれとは雲泥の違いがある。
はっきりと言ってしまえば――怖い。
『贅沢を言えばスポーツ系、ストリートファイターかカフェレーサーの系統がいいんだが、タンデムかつ持ってきたい荷物を積み切るにゃあ、他のだと心もとない。
アドベンチャーバイクは納車前だし――となればこのツアラーよな』
当時のあたしには横文字の意味がまるでよくわからなかったが、わかろうと思う気力もなかった。
もう好きにしてほしいと思った。どこへなりとも連れて行けばいい。行きつく先が死体処理場でもかまわないし、あたしなんかの女でよければそれこそ好きなだけ弄んだっていいと思えた。
この男が最初にして最期の相手ならば、この北上様としてもやぶさかでもない――なんて、捨て鉢になってたことは否めない。
重雷装巡洋艦・北上改二は乾いていた。
少なくとも彼女は自身をそう認識している。それが誤りであろうとも『そうである』と定義していた。
しばしばドライだと称されることはあった。
何を考えているのかわからないといわれることもあった。
869
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/05/10(月) 13:27:17 ID:R8AjfTt6
来たああああああああ
870
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 22:35:05 ID:F.816xeo
――そんなの、あたしが知りたいよ。
これまで、何を考えていたのだろう。
どうして、何一つ疑問に思わなかったのだろう。
なんで、あんなにもがんばっていたのだろう。
『そうしていくのが間違いなく正しいんだ』と、あたしは信じられたのだろう。
何を思って、戦っていたんだろう。
その理由が、闘志を燃え上がらせていたものがなんだったのか、もう思い出せない。
思い出そうとすると、胸の中がちくちくして、頭の中がガンガンする。ひどく苛立つ。ムカムカした気持ちになる。
この行くあてのわからないツーリングと同じように、あたしの目の前には厚い霧が広がっているようだった。
『次のICで降りるぞ。したら目的地はすぐだ』
ヘルメット内のスピーカーから聞きなれた声が耳朶を打ち、堂々巡りの思考の迷宮から意識が浮上した。
『あんま深く考えるな』
871
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 22:36:37 ID:F.816xeo
柔らかな日差しのような声だった。あたしのささくれた心を慰める、気遣いの声だ。
惨めだとわかっていても、思わず目元に涙がにじむ。提督の背中にしがみつく手に、わずかに力がこもって――。
『おまえが忘れちまったモンを思い出させるため、提督様が回りくどくも完璧な質問して思考誘導の末に解決してやっからさ――俺の掌の上で無様に踊れ』
――すぐ緩んだ。感動を返せ。前言――といっても言葉にしたわけではないのだけれど――撤回だ。
あるのか? こんな上から目線でかつ『これから君の思考を誘導して救ってあげるから気に病むなよパペット』なんて気遣いが? この世にあっていいのか?
『あるだろここに。俺が言ってんだから、それはもうあるだろ。この世に絶対があるとすりゃあ、そら俺の言葉だろ』
――ナチュラルに心読むなよ。うっかり能力と才能を備えてしまった知性と暴力と自尊心の権化め!
『おお、俺を讃えるならいいのよもっと褒めても!』
――そういえばビスマルクとかいうウカレトンチキな馬鹿戦艦、まだドイツだったかな。あいつの雷撃は本当にひどかった。今は元気でやってんのかねえ……。
『そうそう、別のこと考えてろ。無駄に思い悩むのはダメだ。ダメダメだ。
馬鹿の考え休むに似たり。どん底にあるおまえの気持ちが更に暗く深く湿度を増すだけだ』
872
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 22:40:33 ID:F.816xeo
ははん、さては現実逃避すらさせる気がないと見た。
『だから無い頭使って考えんな。日頃から天才、天才と呼ばれてきたせいで実は知らなかったかもしれないがな北上――君ってば賢いけど、実はだいぶアホなんだぞ。俺の中じゃあそういう評価だ』
すっごく気持ちが沈んだ。悪魔だこの男は。人がこんなに落ち込んでるというのに、慰めるどころか足を引っ張ってきやがる。
あげく人をアホだという。実はかなり尊敬してた人に、そんな風にずっと思われていたというのが何よりも効く追い打ちだ。
――悪魔と呼ばれた艦娘は何人かいた気がするが、この男が本当の悪魔ではないのか? スーパー北上様は訝しんだ。
この読心術と話術を駆使するだけで、彼は稀代の詐欺師にだってなれるだろう。
油断していた――というか無気力で隙だらけすぎるのもあるが、あたしの精神状態から考えていることまで、完璧に読み取ってくるこの提督。大戦の時だって通信越しにこっちの被害状況を察していた節がある。それどころか敵の心理状態までもだ。
そういえば敵の取ってくる配置や戦術は無論、海域ごとの些細な違和感や最低限の調査で、敵編成から戦術的目標やら何から何まで見通していたような。
あまりに状況予測が的確過ぎて、一時期は深海棲艦と人類側でのダブルスパイなのではないかなんて実しやかな噂が流れたものの、提督が取った軍事的行動は全て人類側に利するもの――しょっちゅう近いが遠い隣の国が悲鳴を上げたが、要約すると『必要な犠牲だった、いいね』『アッ、ハイ』と黙らざるを得ない状況に持っていき、その主張を押し通した――で、そうした噂は軍の上層部や手柄を妬んだ他提督たちの負け惜しみだと切って捨てられた。
なんせ黙らなければその犠牲が増える。切って捨てられるのが命になってしまう。提督はやるといったらやる。今でこそ海軍内で一大派閥の頂点に立っているものの、当時はガラスの綱を渡っていたのだ。高潔な武人肌の艦娘にはとても聞かせられない類のあくどいこともやっている。北上は一端とはいえ、その所業を知っている。
閑話休題。
そもそも彼は生誕から現在に至るまでの足取りがきっちり追えるだけの身元が確保されている生粋の人間である。信じがたいほどデビルだが、北上はそれを知っている。だからこそ『マジで人間かこいつ』と思う事がしばしばあった。
『人間だぞ。昔は自信失くしたこともあった。俺だってそういうおセンチな時期はあったんだ』
873
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 22:43:48 ID:F.816xeo
嘘だ。まだ19歳のくせに昔話をするように言うんじゃあない。
爽やか極まる声で言おうが、それは絶対嘘だ。自分以外の存在なんて虫けら同然としか考えていないに違いない。
『嘘じゃないぞ。そうだな、あれはたしか――幸せの絶頂にいる人間が陰で行っていた後ろ暗いことを盛大に暴露し、あることないことのうち説得力があることばかりを上げ連ね、不幸のどん底に陥れてやったときのことだ。あの時、俺は人間なのかと自信を失いかけた』
――なんてこと例に挙げやがる。そしてなんてひでえことしやがる。
『なんていいことをしたんだ俺はって気持ちになった。あの時、あいつが浮かべたツラときたら本当に最高だったぜ』
――なんて気持ちになっていやがる……!!
『これっぽっちも罪悪感が湧かないどころかもっとしたいもっと貶めたいもっと踏みにじりたいもっと苦しめたいと、ときめきにも似た何かを覚えたんだよな。『人』って文字の成り立ちを考えて、俺って最高に人の一画目だなって思った』
おそらく提督が言いたいことは、『人』という文字は、一方がもう一方を踏みにじっていると……違う違う、そうじゃ、そうじゃない。
この人は悪魔じゃなくて魔神の類だった。海軍内で自分に敵対する派閥はあの手この手で貶めて、社会の底辺はおろか地獄の底へと落とすのだ。怖いのはあることないことではなく、必死で隠していたあることばかりを発掘してはそいつを鬼札に証拠付きで脅迫するのである。
見てるだけの時もあれば手ずから沙汰を下す時もあるあたりが酷く有能な働き者然としていた。あたしの視界からはヘルメット付きの後頭部しか見えないけれど、きっとすごくいい笑顔で笑っているのだろう。目に浮かぶ。夢に出てきそうだ。悪夢の類だが。
『そう感じてる自分にハッとしてだな。俺ってひょっとして悪魔なんじゃねえのかって思って落ち込む……そんな紅顔の美少年時代が俺にもあったんだよ。ほかにも深海棲艦の悲鳴を聞かないと寝つきが悪かったりしたときとか、ほら……ね?』
874
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 22:46:57 ID:F.816xeo
嘘をつくな。いや、嘘だと言ってほしい。そんなサイコなやつじゃないと思わせてほしい。
何より由良ボイスで同意を求めるな。とても怖い。この北上様に怖いものなんて何一つないけど、絶対に異論を認めないという意思を感じる由良ボイスで迫られるのは怖いのだ。
きっと遺伝子学上で彼は人であっても、おそらく人でなしと言われる類の破綻者なのだ。どんなジャンルでも経済的・社会的に成功する人間には酷くこういうタイプが多いからもう笑うしかない。
まあ、あたしの冷めた心は『そらそうでしょう』と思う――誠実なだけの人間がどうして狡猾な悪に勝るというのか。
なんせ資本主義を是とする社会は競争こそを是とするのだから、人を陥れるのに躊躇しない輩が当然強いに決まっている。
だけど開けっぴろげで抜き身なのはダメだ。陰でそういうことをやっていながらも外面が良ければもう最悪に最強である。真の善人など偽善者にも劣る害悪未満だ。摩耶の言葉じゃあないけれど、真っ当な人格者などクソの役にも立ちはしないのである。
その点において、提督は完璧だった。善人の皮を被った悪人である。
アレは確か二年ぐらい前だったかなあ……提督が武道交流という体面で他鎮守府――もちろん嘘であり、実際は事前の内偵による調査の結果、一切の擁護ができないぐらい真っ黒と判断された鎮守府への粛清である――を訪れた。
結論から言えば、提督はそこの真っ黒提督モドキを散々にボコしたあげくに消した。おまけに海軍内の自浄作用が働いていることをアピールするため、海軍の将官の告発という形でマスコミにリークし生贄にした。要は物理的にも社会的にもブッ殺したのである。
そんなひどい実績がある。
傍目には恐怖の権化だった。我ながら酷い回想の仕方だが、当時はまるで笑えやしなかった。
なんせ出会いがしら、懐から抜いた投げナイフを両手両足にそれぞれ一本ずつブチ込んだのだ。当事者たる憲兵らはおろか、付き添いのあたしも、武蔵も、誰もが驚愕に体を硬直させた。
だけど驚くのは早かった。無駄に生きぎたない真っ黒提督は誰よりも速く自らに訪れた運命を悟ったのだろう。
血まみれで命乞いする真っ黒提督に――提督は字面通りにマウントポジションを取り、
875
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 22:52:17 ID:F.816xeo
『おやすみの時間よ! おやすみ! ハローグッドナイト! 褒美だ! 受け取れ! 二階級特進だ! 嘘だがな! 喜びに打ち震えながら夢を抱いてねんねしな! 二度と起きなくていいぞ!
オラッ! ねんねしろッ!! すぐに敵前逃亡した行方不明者扱いにして、切り刻んで海に沈(チン)してやる!!』
一切の弁明を聞かず、顔面が物理的に陥没するほど殴った。
死刑宣告も同然のことを爽やかさすら感じさせるイイ笑顔で――しかし歴戦の艦娘を自負するあたしも武蔵も、正規の軍人として訓練を積んできた憲兵らも、微動だにできないほどの怒気を纏いながら――告げる提督。
当時でジャークで200kgを軽々上げてた人外パワーのちびっこ提督が、グラウンドパンチ連発である。オイオイオイオイ、死んだわアイツ。
あんな物理的な子守歌を効かされた――誤字ではない――ならば、誰だっておやすみせざるを得ない。
一発目で眼球が破裂し、二発目で鼻がひしゃげ飛び、三発目で歯が根元から千切れ、悲鳴は金切り声からどんどんと意味をなさぬ獣めいた咆哮へと変貌し、四発、五発とぶち込まれ、真っ黒提督が痙攣し始めたあたりで提督の攻撃が止んだ。
『片づけとけ』
『……はっ? はッ!!』
血まみれの手袋を新品に付け替えながら、底冷えする声音で命令された提督子飼いの――控えめに言っても優秀極まるはずの――憲兵たちが身震いするほどの暴力の化身。
その手際は鮮やかだった。鮮やかすぎた。明らかに手慣れている。というか憲兵らの動きもその後はやたらキビキビしてて手慣れていたような気がする。
あたしが知る提督の闇はそれである。末路? そりゃ宣言通りに見事に海の藻屑でしょうよ、ははは。憲兵さんがうまく処理してくれたんでしょーねえ……。
流石のこの北上様もあれには顔色悪くなったなぁ……。目を覆いたくなるような悪行が明らかになった以上、もともとこの真っ黒提督は消されることが確定していたものの、当時のあたしは提督が自ら手を汚す類の人だとは思っていなかった。それほどまでに怒り心頭だったのだろう。
876
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 22:56:07 ID:F.816xeo
――……?
提督が激怒していた理由を考えていたら、何やら心に引っかかるものを感じた。だけどその感覚は、すぐに消えていく。
――……? なんだろう?
まあ、いいか……その後すぐに件の鎮守府はなくなったのは言うまでもない。所属していた艦娘たちの多くは自主的に解体を希望したが、ごく一部の艦娘はあたしらの鎮守府への異動を望み、因果関係を含めたうえで、表向きは転属として受け入れた。酷い事件だった。まるで笑えない。
『自分が強い、偉いと思ってるやつに身の程弁えさせるのって楽しいよね――神だとでも思ってんだろうな。そういう輩は神に逢わせてやることにしているとも。
人類である以上はたいていの輩は死ぬんだぜ。忌まわしきは深海棲艦よ――俺が全力で蹴っても『なかなか死なねえ』とか不敬極まる』
同意を求めないでほしいと本気で思った。こんな話を一部の提督のことを妄信してる艦娘らが知ったら卒倒する。
もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。
提督は茶化しているのか、それこそこれも思考誘導の類なのかはわからない。だけど、もう耐えられなかった。
辛いんだ。
苦しいんだ。
どうして優しくしてくれないんだ。
あたしは頑張ったじゃないか。
なのにどうして。
877
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 23:00:11 ID:F.816xeo
――駆逐艦や潜水艦らのちっこい艦娘らがぴぃぴぃ泣いてたら、大抵優しくするくせに、どうしてあたしにはこんなにも厳しいんだよぅ……!
思わず、弱音を吐いた。
『今、なんつった? ――それをお前が言うのか、北上?』
は? 事実じゃあないか。
『俺が駆逐艦娘や潜水艦娘に優しい? まあ確かにそうだろうさ。
だがそれを、誰あろうお前が言うのか。
誰よりも駆逐艦らに優しくて、誰よりも己に厳しく当たることを求めていたお前が、それを言うのか?』
――あいつらに夢を見せたのは、おまえだろう?
そう続ける声に、あたしの思考が停止する。
提督がマジトーンの声だったこともある。だが、まるで心当たりがなかった。
『……アホだアホだとは思っていたし、球磨も多摩も愚痴っていたが、そこまで重症か。もういい、続きはついてからだ』
878
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 23:03:23 ID:F.816xeo
――どうして、そこで球磨姉や多摩姉の話になるんだ。
だけどそれっきり、提督はバイクの運転に集中しだして、あたしの呼びかけにも何も答えてくれなくなった。
諦めの心境で、ただ目的地に到着するのを待つ。
高速域で駆動するバイクの挙動にも少しばかり慣れてきた。見上げた空は、ついさきほどまで晴天だったのに、どこか涙を湛えているように見えた。
曇天の空を見上げながらぼんやりと、提督が言った言葉の意味を考える。
――あたしは。
駆逐艦が、苦手だ。
弱いから。弱っちいから。好きじゃない。
見た目がガキで、ガキそのまんまでうるさくて、よく騒いで、同じ艦娘で軽巡洋艦っていうだけの理由で懐いてくる。
所かまわず走り回るし、コケればぴぃぴぃ泣くやつがいると思えば、すぐにケロッとして、何が面白いのかまたニコニコ笑いだす。
率直にうざいのだ。あたしはそんな態度を隠すつもりもなかったし、適当にあしらっていたと思う。
それを己に厳しく当たることを求めていたというなら、そうなんだろう。
879
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 23:06:47 ID:F.816xeo
――だけど、優しくした、とか、夢を見せた、とか。それに関してはわからない。
提督が嘘を言っていた気配はなかった。声の響きからして、きっとそれは彼にとっては間違いない真実なのだろう。
あたしが、駆逐艦に優しい?
厳しく当たられることを、求めていた?
……夢を見せた?
冗談にしても笑えない。
あんな奴らに振り回されるのは、いい迷惑だ。
空にかかる雲はますます厚さを増していく。今にも涙がこぼれ落ちそうな気配がする。
――ああ、涙といえば。
『あいつ』もしょっちゅう振り回されて、半べそかいてたっけね。
ねえ、そうだよね――――阿武隈。
…
……
………
880
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 23:12:48 ID:F.816xeo
………
……
…
あたしは、駆逐艦の子たちが苦手でした。何、あの子たち……。
普段は言うことを聞かないくせに、やれと言ってないことばっかりやる。
――あたしの指示に従ってください。
何度、訓練でそう言っただろう。何度困らせられたかわからない。
だけど、ああ、だけど。
訓練ではなく、戦場で――彼女たちがやってしまうことは、あたしが命じなければならない、『正しい』ことだった。
その命令を下さなきゃいけなかったのは、あたしなのだ。意にそぐわぬものだろう。命を台無しにする言葉なのだろう。それでも、言わなければならなかったのだろう。
盾になれ、と。
北上さんを前線へ、と。
そのためなら、ここで死ぬのも貴女たちの仕事だ、と――そう伝えるのは、伝えなければならなかったのは、あたしだったのに。
あたしが背負うべき責任を、駆逐艦の子たちは自ら持ち去っていくのだ。
普段は全然、あたしの指示なんか聞いてもくれないくせに。
881
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 23:15:42 ID:F.816xeo
どうして、この子たちは、こうなんだろう。
どうして、あたしはそれを言うことができないんだろう。
この子たちだけじゃあない。
あの人も。
北上さんも。
『――邪魔だよ。阿武隈、そこの負傷した駆逐艦、下がらせて』
冷たい人だ、と最初は思った。
子日ちゃんも、初霜ちゃんも、貴女をかばって被弾したのに。
本当は最後までついていきたいと思っているのに。
そんな言い方をするなんてひどいと思った。
だけど。どこまでも北上さんの言うことは正しかった。
そんなことはわかってる。だけど抑えられなかった。声を荒げて、北上さんを罵った。
だけど。
882
:
◆gBmENbmfgY
:2021/06/20(日) 23:24:28 ID:F.816xeo
『なんてことを――……なんてことを言うのよ、阿武隈』
大井さんに、頬をぶたれた。叩かれた頬が熱を持っている。
その一方で煮えた頭が、酷く冷え切っていくのを自覚した。
それはきっと、あたしを叩いた大井さんの方が、ずっとずっと辛そうな顔をしていたからで。
冷えた頭で、もう一度北上さんを見て――それで分かったのだ。
――あ。
そこにいた北上さんは。
その表情は。
決して、冷たいだけの、酷いだけの人には、できない顔をしていたのだ。
…
……
………
883
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/06/21(月) 11:25:20 ID:Z0F0M.Xk
北上さまスキーとしては泣くわ(。´Д⊂)
大井っちを佳い女に書くSSは名作
884
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/08/20(金) 04:54:57 ID:YlFevYCU
こっちもあっちも更新ないけど忙しいのかな
885
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/08/24(火) 17:46:11 ID:6/FQCQIk
飽きたんだろ
色々スレ立てるけど完走した試しがないからね
886
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/08/24(火) 20:36:57 ID:a/tPO0aI
>>1
の完結作品いっぱいあるんだよなぁ
誰と勘違いしてんだ?
887
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/08/29(日) 18:43:09 ID:AndogQ2A
つづきまってます!
888
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 20:53:09 ID:1vsmXa8Y
※復活しました。データがいくつが死んだので書き直し中。とりま書き溜めたところで見直したやつを投下してきます。
………
……
…
提督が球磨と多摩の二名からそれを問われたのは、随分と昔のことだった気がする。
『なぜ頻繁に北上・大井を阿武隈率いる第一水雷戦隊に同行させ、作戦行動を共にさせるのか』という、多くの艦娘たちにとっては至極もっともな疑問。
北上と阿武隈。一見して相性が最悪の二人である。
それを組ませることを咎めているわけではないのだろう。
だが組ませる意図を尋ねるというのも、少し違う。
その意図など、球磨と多摩にはわかっていた。
だから問いというより、確認だったと提督は認識していたし、まさに球磨も多摩も同様の意図をもってその質問を発していた。
もしも認識が異なっていたのならば諭さねばならない。分っていて組ませているのならばよし。だが分らず組ませているのならば、殴る。
そんな暴力の気配が己に近づいていることを知ってか知らずか、提督はあっさりとこう答えた。
『そうだな……阿武隈はしっかり己の原動力を言語化できていて、その一方で北上は、それができてないアホだからだ』
889
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 20:55:54 ID:1vsmXa8Y
球磨と多摩は、頷く。
それが完璧な回答だったと、満足して。
『――……ならいいんだクマ』
『――にゃ。よしなに頼むにゃ』
球磨と多摩は笑う。安堵があった。この提督はきちんとわかってくれている。事前に確認した大井も同様に、ちゃんと理解していた。
わかりやすい阿武隈。わかりづらい北上。
その二人の艦娘としての本質がどのようなものかを正しく理解した上で組ませ、交流させようとしているのだろう、と。
球磨と多摩。
この二人にとって、北上とは。
同型艦であり、妹であり、そして――
『提督。あいつアホだけど、よろしく頼むクマ』
『ホントにアホな妹だけど、見捨てないでほしいにゃ』
『見捨てねえよ。アホなだけなら話は変わるが、阿武隈も北上も、そうじゃあないだろう?』
890
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 20:57:32 ID:1vsmXa8Y
そう言って苦笑する提督は、果たして何に対して笑ったのか。
散々な言われようの北上に対して?
それとも照れくさくて誤魔化すような言い方しかできなかった、目の前の二人に対して?
あるいはその両方か。
――球磨と多摩。
この二人にとって、北上とは。
言葉通りにアホで――だけど
それでも――大井が支えたい思うのも納得する、そんな艦娘で。
『優しい子だよ――お前たちに、よく似て』
柔らかく笑んだ顔を向けられた球磨と多摩は、この人たらしがと内心で悪態をつきつつも、ひどく赤面した。
…
……
………
891
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 20:58:56 ID:1vsmXa8Y
………
……
…
目指した場所は、鬱蒼とした緑が生い茂る山の中にあった。
北上をパッセンジャーポジションに乗せたバイクが、熱くなったエンジンの回転数を引っ張り気味に上げながら山道を登っている。
『…………ねえ。そろそろ教えてよ、提督』
『あと十分もせず到着だ。そこで勝手に見て、聞いて、勝手に納得して、そして思い知ればいい』
バイクを走らせてから、何度か繰り返されたやり取りだ。
北上が幾度問うても、提督は似たり寄ったりの返答で取り付く島もない。
『それでもわからない場合にだけ、教えてやる』と、そう締めて終わりだ。
『は―――あ』
新緑が芽吹く、若い生命力の香り漂う山中を走っているというのに、北上には苛立ちばかりが募った。
それでも、北上は思い出したこともあった。
――許せないことががあった。
892
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 20:59:44 ID:1vsmXa8Y
確かにあった。
記憶の底を覗き込む。掘り返してみる。そのたびにイライラした感情が邪魔をする。ざらざらした気分の奥をほじくるように探る。
未だ定かならぬ、怒りの根源。それを思い出そうとするとき――覚える感覚が一つだけある。
――許せないことがあった。
最初に感じたのは、確かに『怒り』だった。激しい怒りだった。
紅蓮色を纏う怒りの渦が、激しい嵐が、身の胸の中で渦巻くを感じた。
――許せないことがあった。
間違いなくそれがあった。
怒り。これが一つのヒントなのかもしれない。
それでは何に対して、怒りを抱いているのか?
次に思い出すのは、傷ついた駆逐艦たちの姿――多くは阿武隈率いる第一水雷戦隊の駆逐艦たちだった。
小破、中破が主だった損傷。被害状況から、次の会敵があれば、おそらく集中的に狙い撃ちされ、数合と持たぬであろう――それが容易に想像できるほど
に大破した子もいた。
893
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:00:27 ID:1vsmXa8Y
――許せないことがあった。
阿武隈を通し、後方へ退避するように告げる。
退避を命じられた駆逐艦たちの誰もが泣いていた。
無念だ、悔しい、一緒に行きたかった。誰も彼もが似たようなことを言っていた。
まだやれる、とついてこようとする駆逐艦がいた。頭を割と強めにハタく。ギャン泣きし始めたその顔にパンチして黙らせた。
『うるせえ。そんなザマで何ができんのさ。とっとと帰れ』――我ながら血も涙もねえことを言った記憶がある。阿武隈がキレて何やら喚いていたことを覚えている。
そんな阿武隈に、あたしは確か――。
『■■■■様が、■■■■の■まで――』
思考にノイズが走る。そこでまた『怒り』を覚えた。その感情の渦が、そこから先の記憶の閲覧を阻害してくる。
――許せないことがあった。
言うことを聞かない駆逐艦に対しての怒り?
それは――少し違う気がした。
それとは明らかに違う『何か』に、北上は怒りを覚えたのだ。
894
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:01:44 ID:1vsmXa8Y
どうして、あんなにも激しい怒りを感じたのだろう。
どうして、決して許さぬと思ったのだろう。
何に怒り、何を許せないと思ったのだろう。
思い出せぬ怒りの矛先を思い出そうとする時、北上はいらいらする。
だけど、そのきっかけを思い出そうとする時、北上は――
――どうして、あたしの心は、こんなにも甘くなるのだろう。
『着いたぞ。降りろ』
『あ……ぁ、うん』
停止したバイクのサイドスタンドが立てられ、左に傾く。言われるがままにバイクから降りた。
数時間ぶりに地に足がつく。鎮守府敷地それよりもるかに柔らかい芝の感触に、少しだけ心が躍った。
ヘルメットを脱ぎ去ると、僅かに蒸れた頬を、ひんやりとした空気が撫ぜてくる。
風の出所を探る様に視線を向ければ、見事な野原が広がっていた。その向こう側には波の如き木々の群れ。
さらにその先には海における高波を思わせる緑の山々が連なっていた。
895
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:03:22 ID:1vsmXa8Y
次いで見上げた空もまた広い。
いつの間にか重苦しいほどに連なっていた雲は風に流されていたらしく、燦々とした陽光が降り注いでいた。高所にあるせいか、僅かに流れる雲の輪郭が掴めるほどに近い錯覚を覚えた。
後方からの水音に振り返れば、正体が小川せせらぎであったことを悟る。
清らかな水と光錦が複雑に織り込まれた流れには、海で見るそれとはまた趣が異なる美しさがあった。
山紫水明とはこうした光景のことを言うのだろう。ささくれた心にも染み渡る風景だった。
だった、が――。
さくり、さくりと、蒼いカーペット上を数歩歩き、
『ねえ、提督――――ここがあたしを連れてきたかったとこ?』
背後の提督に、振り返らずに問う。
この光景に何を感じ、何を得て、何を思い出すことを期待したのかはわからない。だがここから何かを思い出すことを期待したのならば、それは間違いだったと言わざるを得ない。
だが。
『…………何やってんのさ、提督』
返事がないことに訝しみ、振り返ると――提督は話を聞いているのかいないのか、あんちくしょうは脇目も振らずに荷解きをしていた。
896
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:11:02 ID:1vsmXa8Y
『見ての通りだ。何ためにツアラーバイクにしたと思ってる……見ろこの荷物を』
『はあ』
『はあ、じゃねえが。手伝え、ホレ。キャンプすんぞ』
『…………ほあ?』
『ほあ、じゃねえが。さっさと枯れ枝拾ってこい。焚火すんぞ。多摩の妹たる君が、まさか野営の仕方を忘れたとは言わせねーぞ』
多摩ーズブートキャンプ――通称『リアル猫ごっこ』で知られる野営訓練という名の拷問。当然、古参の北上はその経験がある。そしてクリアした。
クリアしたならばメタルマッチ一本とナイフ、そしてそこに大自然さえあればどこでもサバイバル可能になるが、人として大切な何かを失う、そんなキャンプだった。
『とにかく拾ってこい。話はそれからだ』
『……ちゃんと、教えてよね』
『くどい。拾ってこい』
『…………あいよー』
投げ渡された丈夫な麻袋を小脇に抱えて、深い深いため息をつきながら――それでも足は動いた。
見たところ針葉樹が多い林の中を探ると、いい感じの枝が大量に落ちており、触ってみたところかなり乾燥していた。この数日雨がなかったことが見て取れる。手慣れた――手慣れたくはなかった――手つきでひょいひょいと薪を拾い集め、ついでに数個の松ぼっくりも拾得。火種にする目的もあったが、いざとなれば提督に投げてぶつけてやろうという意志があった。
897
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:16:49 ID:1vsmXa8Y
かくして戦利品を手に、提督が『ここをキャンプ地とする!』としてしまった場所へ帰ってみれば――。
『…………ねえ、なんでテント、一つだけなのさ』
『そりゃあ一個しか持ってきてねえからな。ほれ、よこせ。火ィ起こすから』
設営は完了していた。大きめのポールテント。おそらくは三〜四人用だろう。中には幅広ではあるが、一つしかないコット(寝台)が設置されている。
男と女が一人ずつ。
テントは一つ。
寝具も一つ。
それが指し示すことは、つまり――。
『あー、そのー、うん。提督……さすがあたしも、その……初めてが野外ってのは、ちょっと……お風呂も入りたいし』
『君が何言ってんのかわかるけどわかりたくないかな俺は。ここからちょっと山道下っていくと管理棟と入浴施設あるから汗とか気になるなら入ってこい』
『もっとムードがあるとこが……せめて屋根のある場所で……』
北上は思った――夜空の下での破瓜はロマンチックなのかもしれないけど、もうちょっとこう、ノーマルなのがいいな、と。
898
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:18:22 ID:1vsmXa8Y
『……すけべと勘違いが過ぎるぞアホかみ。マジで脳髄からイカレたか? 俺がそのつもりなら古式ゆかしい伝統ある手法に則り、事前に書面にしたためて下着を同封した上で花束と共にお前の部屋に送り付けるってことぐらいわかんだろ?』
『わかんねえよ』
『最初から決めつけずにわかろうとしてみろ』
『…………………………わかんねえよ!』
『実にアホだな君は』
北上の忠誠心が、ぐーんとさがった!
提督を殴れるようになった!
メタルマッチで火起こし中の提督、その無防備な背中におそいかかった!!
『オラァッ!!』
北上のハイパー雷巡右ストレート!
ミス! あんちくしょうは首を傾けただけで回避! かすりもしない!
続けて左のハイパー雷巡ブロー!
ミス! あんちくしょうめはバネ足ジャック君を発動! 座ったままの姿勢でジャンプ! ひらりとかわした!
899
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:20:13 ID:1vsmXa8Y
そのまま無事に火の付いた焚火を飛び越えて着地。火を挟んで対峙する。怒り心頭の北上に対し、提督はむかつくジョジョ立ちのまま諭すように北上へ語り掛ける。
『ヌルいヌルい。引きこもってたにしてはなかなかどうして、踏み込みは相変わらず鋭いし、体幹の強さも見て取れる。鍛錬は怠っていなかったようで感心だ。だが格闘者としての身体の使い方がなっちゃいねえぜ。俺を手籠めにしたきゃあ、せめてヤ
ハギンレベルの武の理を身に着けてからにするがいい』
『…………こ、この怪物が』
ちなみにヤハギンレベルとは矢矧のことを指し、艤装補助一切なしでプロの格闘技者を一方的に撲殺できる軍人格闘技式の体を成したどういい繕っても暴力な破壊の化身を指す。
大ぶりのナイフ一本さえあれば、野生の熊に遭遇したとしてもこれを容易く仕留めるだろう。矢矧は軽巡内ステゴロ最強であり、戦艦・空母を含めても鎮守府内で十指に入る実力者、すなわち暴力装置だ。
素手の矢矧に、天龍と龍田がそれぞれ野太刀と長刀を装備し、一対二の状況で対峙してようやく五分なのである。
その矢矧でさえ提督は軽くあしらえる。艤装補助なしとはいえ、100mを10秒フラット、しかも素足で駆け抜ける矢矧をである。
掴まれたならワリとヤバいが掴まれなければどうとでもなるあたり、提督に対する化け物呼ばわりも納得であった。鎮守府の古参たちはみんな提督のことを人間っぽい何かだと思っている。
『…………はあ。ちなみになんて書くの? あと、どんな下着を送り付ける気?』
『はあ? お前相手なら、そうだな――『処女膜貰ってやるからせいぜい処女らしい妄想しながら身を清めて待ってろ。その貧弱貧弱ゥ!な脳みそからひりだした想定なんぞ軽く凌駕するレベルで可愛がってやる……! 泣こうが喚こうが無駄無駄無駄
無駄』って内容をすごく丁寧に書いて送り付けるわ。君ってムッツリだし?』
『む、ムッツリじゃない!』
900
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:21:26 ID:1vsmXa8Y
『いいや、ムッツリだね。君がムッツリじゃなかったら世の中全員清純派だ。ところで話戻すけど、きっと北上は芋っぽい下着しか持ってないだろうから、優しい俺は赤くて薄くてやったらエロいやつめを同封してあげよう。サイズに不備があったら返信用封筒に入れて送り返してこい』
『最低だなアンタ!!』
『は? 最高なんだが? 最高級の下着を同封するに決まっているのだが? 俺の財力をナメないでほしいのだが?』
『う、うぜッ……今世紀最大級にうぜえ……!!』
『え? 何? 聞こえない』ってな具合で北上の顔を覗き込む提督の顔芸は、実際最高にウザかった。
『そもそもそんなラブレターがあってたまるか……! 世間知らずのあたしでもおかしいってわかる……!!』
『はぁ? 世間知らずって理解してんなら世間を知り尽くしてる俺の言ってる方が正しいって思って素直に聞けよ』
『どこからその自信がくるの? ねえ?』
『納得いかんならちゃんと説明してやる。いいかね、北上くん。そもそも男が女に送る手紙は「やりたくなりました。君という素晴らしいメスに、俺という最高のオスは魅力を感じむらむらとした日々を過ごしています。だからやりましょ? イエスと言え! 天国に連れて行ってやるぜ!」ってのを上品に書いてその気にさせるためのモンだぞ。それが古式ゆかしい恋文というものだ。古事記には残念ながらそう書いてないがこれは事実だ。懸想文(けそうぶみ)というものがあってな。平安文学の代表作に数えられる源氏物語などではしばしば和歌が含まれた文がやりとりされて……』
『やめろ……! それっぽい知識や単語を使って、あたしを騙そうとしてるんだろ……!! ホントだとしたら古式ゆかしいというか頭がおかしい……! 嘘だ、絶対嘘だ……本当だとしたら最低すぎる……!』
『俺もそう思う。だからこそ知ってほしい――恋文なんてものはそもそも最低だってことに。詐欺の魁こそが恋文だということに』
『呼吸するような自然さで嘘つくな! 夢もへったくれもねえ……!!』
901
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:25:10 ID:1vsmXa8Y
『ねえよ。ただの遺伝子に刻み込まれた本能をより理性的かつ崇高なものとして実行するための冴えたやり方にすぎん。すけべしようやという言葉を崇高にしたのが愛って単語だ。
だからおまえが俺に不埒な妄想を抱くのは構わんが、そういう気分になったらちゃんと書面にしたためて俺に渡せ。奥ゆかしい子は好きだ。ちゃんと読めるモンだったら解消してやらんでもない』
『っ、するか、ばか』
そんな折、パチパチと乾いた薪に煌々と赤い火が滾り始めた。
『ン。メシ作るぞ。今度は水汲んで来い――ここから300mほど川沿いに下った先に水道あるから』
『は? 自分で行けば?』
『メシ作るんだけど? 働かざる者は食うべからずだぜ』
『別にあたしはおなかすいてなんて――』
まさかのタイミングで、盛大な腹の音が響く。
北上の肉体は、持ち主たる北上を裏切った。つまり、ごはん食べたい。
『行け。聞かなかったことにしてやる』
『……あい』
902
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/05(日) 21:26:24 ID:1vsmXa8Y
※とりあえずここまで
こっから先はただ北上様が本当に尊かったって話が続きますが、マジで次スレどうしようかな
週1ぐらいの更新頻度に戻していきたいです。無理な時は事前にここに書き込むのでよろしくー。病気は一応完治しました。死ぬかと思いました。
903
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/09/06(月) 04:44:31 ID:G/736wDc
生きてたか
向こうの方のデータも死んじゃってるのかな
書き直し頑張れ頑張れ
904
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/09/06(月) 07:29:46 ID:fCZLtk8w
乙
次スレは有志が立てた深夜の避難所に立てるかSS速報に移住するかの二択だろうな
905
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/09/06(月) 22:09:06 ID:wklU8OH2
おつ
906
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/09/07(火) 22:55:06 ID:c.Q8KIKM
無事でよかった!
続き楽しみにしてます!
907
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/09/10(金) 08:49:40 ID:RVOP8ev.
おつおつ
完治おめ
待ってるよー
908
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/13(月) 01:08:34 ID:2998YFuE
※来週末ぐらいにはキリのいいところまで書けそうです
北上と阿武隈の過去についてはそこでおしまい。タバタ完結までまとめられると良いな……。
矢矧……矢矧か……あのバーサーカーどうしようかな……。
909
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/09/13(月) 01:22:41 ID:qitz.J0Q
りょーかい
マジカルの方も期待してるぞ
910
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/09/13(月) 02:20:11 ID:d8.3Lc5I
乙でした
911
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 00:01:49 ID:mo4oA./w
………
……
…
提督から手渡されたのは、折り畳みのウォータータンクが二つと、スマートフォン――北上のもの――だった。
そういえば、鎮守府に忘れてきたなと思っていたそれは、提督が持ってきてくれていたらしい。
『トラブルがあれば連絡しろ』
『……うい』
使い切ったシャンプーの詰め替えパックみたいに薄っぺらいボトルを小脇に、通知の有無を確認する気力もなく、スマートフォンをポケットにねじ込んだ。
提督に送り出されて一人、とぼとぼと大自然の中を歩く。縄張り競争に負けた野生動物だってもう少しばかり元気があるだろうと、北上は今の自分をそう卑下した。
視界の右端にちらちら映る、うねるように生い茂った木立の種類はなんだろう。杉か欅か、はたまた白樺か明日桧(あすなろ)か、今の北上には判然としなかった。
間違いなく落葉松(からまつ)というわけはないだろう。アレは確か国内では唯一の落葉針葉樹だったはずだ。そんな益体もないことを思い浮かべながら、背を丸めて林道を下っていく。
今度は視界の左端が気になってきた。小さな沢かと思ったら、道を下っていくうちに本流にたどり着いていたらしい。水音が嫌でも耳に届いてくる、豊かな渓流だった。
渓流釣りを楽しむ人たちの姿も見える。遠く漏れ聞こえてくる声は甲高いもの。良く通る声――きっと子供だ。と、北上は思い、寄せた眉根に落ちた影が、更に色を深くした。
――子供は、苦手だ。
912
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◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 00:20:29 ID:mo4oA./w
うるさいし、泣くし、そのくせ次の瞬間にはケロッと泣き止んでて、何が面白いのかケラケラ笑う。
なによりウザい。遠慮というものを知らない。こちらの都合をまるで考えない。そして、できもしないことを言う。
『――駆逐艦たちは最悪だ。特に阿武隈旗下の駆逐艦など最悪中の最悪だったな』と、北上は三年間苦楽を共にしたはずの部下たちのことを思い浮かべると、脳裏にそんな血も涙もねえカスみたいな感想を浮かべた。
だって、思い出すとどうしようもなくいらいらするのだ。
意味のない会話。よくわからないやり取りに、北上の知らない遊び。
そして――つまらないことばかりを言う。
それを聞くたびに、北上はどうしようもなく苛ついた。
ああそうだ、あたしはあいつらなんて――。
――本当に?
迷宮の出口を指し示す糸が、強制的に断絶されたような感覚。そんな問いが泡沫のように脳裏に浮かび、しかし弾ける。
どれだけ歩いただろう。提督の話ならそろそろたどり着いてもいいはずだ――そう思った頃合いに、うねった林道のカーブを曲がった。
このキャンプ地の中心となるサイトはここいららしい――と、目の前に広がる光景から、北上はそう判断した。
林を抜けた右側には大きく風が抜ける広場があり、その奥には林がある。その林の中にちらほらとカラフルなテントの姿が見て取れたし、見晴らしががよさそうな丘の向こう側にはデッキサイトやバンガロー、ひときわ大きな建物は管理棟か、もしくはコテージか――が、軒を連ねている。
何より、子供が――それだけ確認して、視線を切った。前を見れば目的の水飲み場がある。隣接しているのはキッチンだろうか。昼時ということもあって、炊飯の煙があちこちでもくもくと立ち上がっていて、青空を白くフィルタリングしている。
913
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◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 00:22:44 ID:mo4oA./w
また、甲高い声が聞こえる。きっと子供の声だ。なんとも無邪気で、無理解で、無遠慮な、笑い声。
――ウザい。
心の中でそう思う。
――本当に?
心の中でそう訝しむ。
――そうに決まってる。
心の中でそう返答する。
だって子供なんてものは、そういうものだ。そういうものだから。北上の感性やライフスタイルには合わず、どうしても苦手なのだ。
それが無責任だとか言われても困ってしまう。人として欠けていると言われても、そう感じるのだから仕方がないだろうと思う。
『あれ?』
また子供の声がするが、意識から切る。さっさと水を汲んで提督のところに戻ろう。そして今度こそ問いただすのだ。
……彼の、無駄においしい手料理を食べた後にだ。
914
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◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 00:33:08 ID:mo4oA./w
『ねえ、ねえ、あれって』
『……どうした? なんぞあったかの?』
本当にウザい。北上は嘆息する。子供は好奇心が旺盛だ。あれが知りたいこれも知りたいあれはなんだ鳥か飛行機かいやUFOだと現実と空想の入り乱れた妄言を吐き散らかす暴走超特急だ。そして口調もなんかおかしかったりする。
一人称がコロコロ変わったりするぐらい、いろんなものに影響を受ける。つまりアレコレ意見が変わるのだ。こんなに面倒な存在はあるまい。
どうせ大したこともないものを見て興味を惹かれているのだろう。そう判断し、やはり無視する。
『……む!? た、確かに』
『!? ま、間違いありません! 行きましょう!』
聞こえてくるのは、先ほどより幾ばくか落ち着きのある声と、礼節を滲ませた声がふたつ――だが子供だ。おそらく年長者なのだろう。だが子供だ。
北上は目的だけを果たすために――目的だけを果たすために、己の機能を単一化することに長けている。即ち集中力。この場合は無視することに集中する。
『ねのひだーっしゅ!』
……だが、それがどうやら難しい。何せ、何かがおかしいことに北上は気づきかけていた。
なんでガキの声がだんだんとあたしに近づいてきている? というか今、絶対聞き捨てならないことを言っていたような―――!
915
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 00:36:33 ID:mo4oA./w
かくしてその子供たちの足音までもが聞こえはじめ――よりにもよって水道にたどり着こうとしていた北上の目の前で、止まった。
『―――は?』
呆けた声が出る。だってそうだろう。
……なして?
『わーーー! 北上さんだーーーーー!!』
――なんで?
『おお! やはり北上殿! わらわたちと同じく行楽目的かの?』
――なんで、初春型の駆逐艦どもが、姉妹勢ぞろいでここにいんの?
その答えはすぐに出た。
――あ、あの野郎、は、ハメやがった……!!
こういう想定外に遭遇するとき、事件の裏にはやつがいる―――そう。
主に提督が悪いのだ。
916
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◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 00:51:10 ID:mo4oA./w
※キリのいいところまで書ききれなかったので明日(今日)
917
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以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/09/20(月) 16:46:12 ID:WdP4vMWQ
おつ
918
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◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 23:08:08 ID:mo4oA./w
※またまたキリが悪いけれど、不定期に投下してきます
――まずいことになった。
この後に待ち受ける展開は目に見えている。駆逐艦の奴らときたら、あたしを見るや否やいつもいつも――。
『すっごい偶然だー! ねえねえ北上さんはひとり? ひとりできたの? 大井さんは?』
『え、え、あ、いや』
『あ! ご存じですかっ! ここってキャンプ場だけど近くに温泉あるんですよ! 知ってます? 知ってますよね! だから来たんですよね、すっごい評判いいんだって! 子日も楽しみにしてたんだ!』
『あ、そ、そう』
『でもでもアスレチックもあるんだよっ! そこで一緒に、子日たちと遊びましょっ! それで、いっぱい遊んだら、一緒に温泉入りましょう!』
――そら来た。一番槍は子日だ。こいつはいつも人の話を聞かない。阿武隈がよく手を焼いていた。
『これはやっちゃダメなんです。分りましたかぁ、子日ちゃん。OK?』
『おーけー!』
OKと叫びながらダメなことをやる。そういうガキだ。これには阿武隈も『ンンンンン……!』と半角で唸っていたのを思い出す。正直笑ったが、今のあたしの状況があの時に笑ったことのツケであるとすればひでえよ神様。
『こ、これ、子日……そう矢継ぎ早に捲し立てるでない。北上殿が混乱するであろう』
919
:
◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 23:12:55 ID:mo4oA./w
困ったように眉根を寄せて子日を窘めるのは初春――だったが、その言葉に咎めるような棘がない。出せよその棘。
叢雲と張り合ってるときみたいな殺意混じりの、すっげえヤベーやつの眼光を出せよと思う。二水戦の眼光だけは戦艦クラスとか言われてたあのピンク髪に負けず劣らずのやつ。
あたしのそんな祈りは通じず――それどころか少しだけ期待するような目であたしにちらちらと流し目を送ってくる始末。この時代錯誤の麻呂眉公家雌が! そんなにあたしが好きか!
『お久しぶり、というべきだろうか、北上さん。終戦後の祝勝会以来だったと記憶している』
『お、おう』
姉二人を無視して挨拶してくるのは若葉だ。サドマゾ具合が結構理解不能なやつだったのを覚えている。
『ご機嫌よう、北上さん。初霜です。ここでお会いしたのも何かの縁』
そして――まずい――初霜だ。こいつが一番厄介だ。断る際のいつもの常套句『鍛錬があるから』が使えない。そしておそらく、初霜はそれを理解している。
『ぼっちで来てる』と言うべきか? リスクが大きい。何より駆逐艦なんぞに『え? ぼっち?』って目で見られた日には多分泣く。
かといって正直に『提督と来ている』なんて言った日には状況は悪化の一途をたどる。あの悪魔の権化みたいな男は、艦娘達からそれはそれはモテる。
異常だ。理不尽だ。やっぱり世の中間違ってる。顔か、顔がいいせいか。しかも口がよく回るからか。大戦果上げた超エリートだからか。金持ちだからか。多分全部だ。
クソむかつくのはそれらがおまけ扱いなぐらい、あいつは艦娘に厳しくも優しい。あたしだってその点においては好感を持ってるぐらいで――だから分かるのだ。
そんな男に連れられて、しかも二人きりで―――二人きりで!―――こんなところに来ていると知られれば、果たしてどうなる?
920
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◆gBmENbmfgY
:2021/09/20(月) 23:14:51 ID:mo4oA./w
このメンツ、子日と初霜は純粋に提督を慕っているようだが、若葉は間違いなく提督に淡い感情を抱いてるし、初霜も怪しい。
仮に全員が提督に恋愛感情持っていないとしてもだめだ。
噂話好きのこいつらは間違いなく鎮守府にいる仲間――温厚なやつらからヤベーやつらまで一切の区別なし――にあたしと提督がここにいることを連絡するだろう。そうなればもう最期だ。
――あたしはきっと、明日の朝日を拝めない……!
足柄、鈴谷、摩耶の重巡・愛のクソ重三銃士がバイクやらスポーツカーやらすっ飛ばしてこの地へとやってくるだろう。
鳳翔さんもやばい。淑女心掛けない奴は艦種なんぞ知るかと言わんばかりに粛清してくる鎮守府影の番長格だ。
軽巡もやばい。ここは山だ。多摩姉の海に次ぐ第二のホームと言っても過言ではない。山狩りを行われれば間違いなく焙り出されてあたしは火だるまになる……!
五十鈴あたりは例のなんちゃら理論を駆使して林道を一切傷つけることなく、濃ゆい顔でハンドリングを切って10t級トラックを操り、必ずやあたしを轢き殺しにかかってくるだろう。
利根さんあたりも最悪だ。あの人は自分が気に入らないものをしばしば『ポッター』と呼ぶ。『おぬし、ポッターか?』『ポッター……なのじゃろ?』と圧をかけてくる。
もちろんあたしは『ポッター』じゃない。っていうかそんなの知らない。人違いだ! だけど彼女にとって『北上=ポッター』と確信する何かがあればもう終わりだ。
『アズカバァアアアン』とか、アバラがどうとかの謎の単語を叫びながらあたしを消し炭にしてくるに違いない。
『? 北上さん?』
まずい。初霜が黙ったままのあたしを訝しんでる。こいつはやったら勘が良かったのを覚えてる。変に黙りこくってると勝手に推測して、しかもそれが8割当たるという驚異の的中率だ。
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