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【艦これ】五十鈴「何それ?」 提督「ロードバイクだ」【2スレ目】

1 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/13(日) 21:53:56 ID:XmBArZ8Y

※深海棲艦と仮初の和平を以て平和になった世界観における、とある鎮守府での一コマを描くほのぼの系

 艦娘がロードバイクに乗るだけのお話

 実在のメーカーも出てきます

 基本差別はしません

 メーカーアンチはシカトでよろしく


※以下ご都合主義
・小柄な駆逐艦や他艦種の一部艦娘もフツーに乗ったりする(本来適正サイズがないモデルにも適正サイズがあると捏造)
・大会のレギュレーション(特に自転車重量の下限設定)としては失格のバイクパーツ構成(※軽すぎると大会では出場できなかったりする)
・一部艦娘達が修羅道至高天
・亀更新

上記のことは認めないという方はバック推奨。
また、上記のことはOK、もしくは「規定とかサイズとかなぁにそれぇ」って方は読み進めても大丈夫です


【前スレ】

【艦これ】長良「なんですかそれ?」 提督「ロードバイクだ」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1454251122/

57 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/20(日) 00:37:27 ID:tBpXZ5OY

速吸「おいひ……フゥフゥ、ごく……わちちっ、はむ、もぐ……」

間宮「あむ、あむ……ごくごく……ふー、ふーっ」

伊良湖「はふ、はふ……はちちっ、はふ、もっもっ……」


 チーズを齧り、良質の鶏ササミとトマトベースのダシで煮込んだジャガイモやキャベツの入ったスープを、はふはふと啜る。

 食感の残った野菜が磨り潰されるまで、よく咀嚼する。ひと噛みひと噛みを大事にして食べ、啜る。

 簡素であるが味わい深い食事である、と阿賀野は感じた。とても美味しいと。

 固めのチーズがスープの温度で口の中に溶け込んでいき、カロリー不足を訴える肉体に染みわたっていくようだった。ほっくりしたゆで卵も胃袋に充足感をもたらす。

 デザートにリンゴをシャクシャクと齧る。旬を外れていたリンゴはどこか味気なく酷い食感だったが、甘味が運動後の頭をリフレッシュさせていくのを感じた。

 腹2〜3分目ぐらいまでの食事を摂取した後、次いで熱いシャワーを浴びて、運動の汗を流す。


阿賀野(………ん? ちょっと、お腹のお肉、減ってきた?)


 当初はこの段階で、阿賀野の全身は悲鳴を上げた。更なるカロリー摂取への欲望が阿賀野の五体を駆け巡る。

 食欲との戦いだったが、一週間たった今ではそれもさほどではない。

 ちょっとした己の身体の変化に気づき、阿賀野のモチベーションが僅かに上がる。

58 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/20(日) 00:43:54 ID:tBpXZ5OY

 一連の運動と後処理を終え、これで大体朝七時になるのだ。

 この時間帯になると総員起こしのかかった艦娘達も身支度を整えて、各々が食堂へやってくる。阿賀野もまた身支度を整えて食堂へと向かう。

 ここから本格的に朝食を取る。

 提督特製の野菜炒めに、速吸特製のたっぷりのご飯と納豆にお味噌汁。メインはもちろん間宮特製のオリーブオイルで炒めたさくさくのサケである。

 オリーブオイルの使用も最低限。上質なエキストラバージンオリーブオイルを用いたサケのソテーは旨味がぎっしりとつまった塩味で、高タンパクでかつ栄養満点の献立だ。

 自然と箸が進む。この時も、よく噛んで食べる。


阿賀野「はふ、もぐ、さく……もぐ、もぐ、もぐもぐ……ごくん」

提督「納豆はいいよねぇ、納豆はさぁ(裏声)」


 川内ボイスで言うとなんでもかんでも野戦に聞こえてくる不思議であった。

 幸せな食事を終えた後は、休日なら再びロードバイクに乗る準備を始める。間宮・伊良湖と速吸に頼んでいた補給食とドリンクを受け取った後、ジャージを纏う。

 ロードバイクを押しながら向かう先は外――――ではなく、まずは駆逐艦寮である。

 駆逐艦寮の鎮守府道路沿いのD5出口横には、通称『魔法使いの喫茶店』があった。

 オーダー後、程なくして差し出された蜂蜜と一匙のココナッツオイルの入った特製のエスプレッソ・ソロを、三口で飲み干す。

59 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/20(日) 00:44:45 ID:tBpXZ5OY

阿賀野「ごきゅん。ふぅーーーーー…………――――よし」


 気合の入った瞳をアイウェアで覆い隠し、ロードバイクに跨る。

 鎮守府外へと遠乗りに出かける。提督の監視は絶対に外れることがない。

 提督自身もオフならば同行し、提督自身に仕事があれば能代ら妹たちが同行。それも無理ならば、島風の連装砲ちゃんが走行中の阿賀野を追跡する。

 そう――――遂に完成したホバーボードのテスト走行も兼ねた、阿賀野の監視である。その頭には小型カメラが取り付けられていた。

 小型カメラの映像は提督の執務室内のモニターにリアルタイムで配信されている。

 執務の傍ら、サボったりヘタレた走りをしようものなら即座に罵詈雑言を浴びせかけるという本気っぷりである。

 プライバシーの侵害などというものはない。これも一つの任務であるゆえだ。軍人たるもの基礎訓練は必須。まして堕落した者を教導するものが目を光らせるのは当然であった。

 むしろこれは有情である。提督が無情ならば神通や鳳翔を同行させているからだ。


提督『20m先を左折』

阿賀野「えっ!? そ、そっちって確か……」

提督『――――山だ。といっても丘みたいなモンだ。平均斜度は5%、距離8km程度のとっても優しいコースだよ? 平らげて帰って来い』

阿賀野「っ、う、うん! あ、阿賀野、がんばる!!」

60 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/20(日) 00:45:38 ID:tBpXZ5OY

提督(――――おや。当初は悲鳴を上げていたのに、随分といい顔するようになった)

連装砲ちゃん【>ω<】キュイ

提督『心拍維持を忘れるな。旨いもん作って待ってるからさ』

阿賀野「ほ、ほんと!? 提督さんのお料理、阿賀野大好きだから! 期待しちゃうからね!!」


 一見すると可愛らしい連装砲ちゃんから、男である提督の声が響くのは実にシュールであった。裏声使えば別であるがそれはそれで恐ろしいものがある。

 すれ違う一般のサイクリストたちが奇異の目で阿賀野と連装砲ちゃんを見ていたが、地元のローディはすぐに気づいた――――ああ、あの鎮守府の艦娘だ、と。

 それで納得するあたり地域に密着した鎮守府運営が出来ていると取るべきか、それだけ奇行っぷりが広まっていると取るべきか、判断に悩むところである。


阿賀野「はっ、はっ、はぁっ……」

提督『頃合いだな。そろそろ補給しろ』

阿賀野「は、はぁい、あむ、あむ……」

提督(ふむ…………当初は食欲も失せるぐらいバテてたのが嘘のようだな)


 阿賀野は気づくことはなかったが、提督のコース選択が良かったこともある。違う景色が見え、かつペース維持しやすい平坦を選定していた。

 毎度、走りに飽きが出てこないようにという提督の配慮であったが、これが提督の想定を上回る効果を発揮した。

61 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/20(日) 00:51:10 ID:tBpXZ5OY

提督(ッ―――――80km/h、だと? 向かい風の中の、平地で?)


 阿賀野は、たぐいまれなスプリント能力を備えていた。元々太る前は、運動神経は長良に迫るほどであった。

 未だ調整中でベストから遠い体型に在ってなお、この走りだ。これが完成したならば、それは一体どれほどのものか――――提督は考えるだけで口元の笑みを隠せないほどに滾った。

 任務のある日は、早くロードに乗るためにてきぱきと働き、昼食以降の食事は軽めだがきっちりと取り、仕事が終わり次第、夕食までくたくたになるまで走る。

 夜は夜で入浴後に入念にストレッチを行い、歴代三大ツールのDVDを姉妹で鑑賞したり読書をしたり、日課の提督日誌を付けた後は、夜九時にはぐっすりだ。

 およそ七時間ほどの睡眠で次の日には軽い疲労こそあれど、朝の有酸素運動ですっかり調子が良くなるという永久機関めいたダイエット生活である。

 それまでは不規則かつ自堕落な生活を送っていた阿賀野の睡眠の質はとても良いとはいえなかった。

 しかし運動を日課とすることでくたくたになった体は、自然と睡眠を欲するようになり、朝まで熟睡である。


提督(ま……いっぱい食べていっぱい運動していっぱい休む。健康的なダイエットはこうでないとなァ)

提督「こんなものが阿賀野であるものか!!!」

能代「提督! 本音と建前が逆になってます!!」

矢矧「気持ちはわかるけれど、落ち着いて頂戴」

阿賀野「お願い、少しは頑張った私に優しくしてくれない!?」

62 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/20(日) 23:02:51 ID:tBpXZ5OY
※里帰りしてー、帰ってきてー、投下してたらー、先日の落雷でー、停電でー、漏電してー、お察しだよー
 ピンポイントで阿賀野編データ破損
 メッチャ今日書き直したらより面白いので来たから良しとする
 肉付けして来週ぐらいに投下予定でつ

63以下、名無しが深夜にお送りします:2017/08/21(月) 01:41:59 ID:f9DNgD7U
>>62
乙&どんまい
毎回楽しみにしてる

……マジカルもな

64以下、名無しが深夜にお送りします:2017/08/21(月) 01:42:56 ID:qlpKZjX6
>>62
おお、お気の毒でしたがより面白いと聞いてwktkが止まらぬい

65以下、名無しが深夜にお送りします:2017/08/21(月) 23:39:34 ID:VAhoZsMA
>>62
どんまいと言いつつ面白いとかテンション上がるわー

阿賀野知っているか?
レース体重に対して8パーセントまでなら「太るべき体重」の範囲だからへーきへーき
女子のレース体重が25〜27パーセントだから春先の体脂肪率は……まぁうん……

66 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 21:04:16 ID:HlTZ5qj2

 涙目の阿賀野は腹の底から叫んだ。その腹は見事に引っこんで、駄肉は消え去っていた。

 僅か三週間で元の体重に戻ったのだ。しかも胸部装甲に着いた肉をそのままに、そっくり腹の肉だけ落とすという芸当である。

 それで元の体重になったということはつまり、


提督(選んだ色で塗った世界に囲まれていたのに、選べない筈の減量箇所まで選びやがった……)


 扶桑型や千歳、潮や浜風の如く一部分だけがそのままという有様である。那珂といい阿武隈といいチート体質の軽巡は多いものの、これには提督も苦笑いである。

 肥満で僅かに太った胸はその大きさ・ハリ・美しさを保ったままに、余分な肉だけが引っこみ筋肉の質が上がるという奇跡的な結果である。その後のリバウンドも一切ない。むしろ更にプロポーションが良くなった。

 というのも――――。


阿賀野(――――楽しいかも、これ)


 阿賀野自体がロードバイクの速度に魅了された。より速く走るためにどうすれば良いのかを考えた末、行きついた答えはやはりダイエットである。

 毎日規則正しい生活を心がけるようになったのだ。

 苦痛を伴うダイエットは地獄だ。しかし楽しいダイエットならば、それは一日ごとにモチベーションを高めていくだけの好循環である。

 天国というほどの法悦は、この世界にはない。だが阿賀野にとってこのダイエット生活は、そこまで地獄ではなかったのは確かだった。

67 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 21:15:47 ID:HlTZ5qj2

酒匂「うんうん、阿賀野お姉ちゃん、すごいよ! お腹周り、すっきりしてきてるよー! もうちょっとだよ!」

阿賀野「!! う、うん! お姉ちゃん、もっと頑張るわ!」


 痛烈な言葉ばかりを浴びせる提督と妹×2と違い、酒匂は阿賀野を大いに励ました。

 ――――提督と能代・矢矧の仕込みである。


提督(これも飴と鞭だ)

能代(うん……私たちの仕込みとはいえ、妹に与えられる飴でモチベーション上げる姉ってどうなのよ阿賀野姉……)

矢矧(とても複雑だけれど、いい傾向ね)


 阿賀野は鈴谷ら一部の艦娘らと同じで褒められて伸びるタイプであった。

 大戦時、阿賀野は軽巡の戦果ランキングにおいて首位争いを繰り広げていた長良・球磨の間に割り込める程に、高い実力のある軽巡だったのだ。

 当時は戦果を競える相手が上にも下にも沢山いた。それ故に阿賀野という子の本質を提督も妹たちも少し見誤っていた。自己を高めるストイックな面も持ち合わせているのだと、誤解していた。

 そう、阿賀野は――――典型的な「他人と競う」タイプであった。鞭を入れてくれる誰かが、競う誰かがいないと堕落していく。

 平和になった途端に堕落したのは当たり前であった。

68 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 21:27:28 ID:HlTZ5qj2

提督(何にせよ、頃合いか)


 提督が何かを企み始めた頃、阿賀野のダイエット生活がついに四週目に入った。

 7月某日――――それは夏の日差しが大気を焦がすような、とても暑い日であった。

 阿賀野の朝は早い。

 朝四時に起床、というか提督に布団を引っぺがされて起こされていた。

 過去形である。


阿賀野「………んゅ」ムクリ


 今や「目覚ましの音に一秒で反応し、即座にタイマーを切る。しっかりとした足取りで洗面台に移動し、


阿賀野「んー…………しゃこしゃこ……しゅっしゅー、しゅっしゅー、りーしゅりゅーりゅー」


 顔を洗い、歯を磨き、髪を梳く。

 その時、小さなノックの音が響いた。「はーい」と声を出してドアを開くと、


提督「ん………よし、起きてるな」

69 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 21:29:07 ID:HlTZ5qj2

 ドリンクを手に持った提督が、ジャージ姿で立っている。もう日課となった光景であった。


提督「飲め。いつものだ」

阿賀野「くぴくぴ……」


 提督の差し出したドリンクを摂取する。


提督「じゃあいつも通りだ。サクッと着替えて寮の前に。5分で支度しろ」

阿賀野「うふふ、着替えさせてくれてもいいのよ?」

提督「お前のような可愛い子が、迂闊にそんなことを言うもんじゃないよ」


 そう言って提督が扉を閉める。ぽつんと自室の玄関に残された阿賀野は、 


阿賀野「…………ふえ?」


 少しだけ、その日の提督の反応が違ったことに――――その意味を考えて、頬を染めた。

70 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 21:31:34 ID:HlTZ5qj2

阿賀野「……こ、好感度が上がってる!? い、いつ!? いつフラグたったの!?

    お腹引っこんだから!? 龍驤さんたちが歯ぎしりするような洗練バディに戻ったから!?

    まさか―――――提督さんはツンデレ属性だったのかな!?」


 阿賀野はどこまで行っても阿賀野であった――――飴と鞭作戦の成功である。

 その日、少しだけ指示時間をオーバーした阿賀野は、いつものように提督と鎮守府内道路を周回する有酸素サイクリングを行った。

 その日は阿賀野が秘書艦を務める日だった。

 代謝量が増えたことで食事量が増え始めたことを大喜びする阿賀野だったが、油断せずに毎日運動に励んでいた。

 提督と共に朝の有酸素サイクリングを終えた後、シャワーを浴びて朝食の時間が訪れた時、阿賀野は違和感を覚え始めた。


提督「ほい、朝飯」

阿賀野「えっ? 量……多くないかな? 脂質は少な目だけど……」

提督「いつも通りの食事じゃ、今日は多分もたんぞ」

阿賀野「え゛っ? そんなにキツいお仕事なの、今日って!?」

提督「いいや? ある意味キツくはあるだろうが、それ以上にきっと―――楽しいぞ」

阿賀野「……?」

71 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 21:33:46 ID:HlTZ5qj2

提督「ほれ、食え。冷めるぞ」

阿賀野「うーん……まぁ、いいや! いただきまーす!」


 少しだけ違和感を覚えたものの、阿賀野はある種のチートデイのようなものと判断した。筋トレやロードバイクによる有酸素運動を積み上げ、阿賀野の身体はすっかり引き締まっていた。

 やや低燃費モードに入っている肉体を誤魔化すために、多くの食事を採ることで肉体の低燃費モードを解除するトレーニング方法があると、速吸から聞いたことがある。

 これはきっとそれなのだと、阿賀野は思った。


提督「…………」


 ――――もちろん真実は違う。阿賀野の体重は順調に落ちて行っている。現在は四週目だが、そのペースは三週目に入ってからずっと一定であった。体質からしてチートであった。

 阿賀野が感じた些細な違和感は、提督がそれを言わなかったこと――――提督は嘘をつかない。だが隠し事や言わないことはいっぱいある。

 目の前に出されたのは朝に食べるには少しヘヴィ気味な、薄切り牛肉をトマトソース炒め、その大盛だ。

 いつもの野菜スープとは違う、鶏ガラを使ったコンソメスープもある。

 千切りのキャベツをふんだんに使ったサラダの添え物のマカロニもまた美味しそうであった。ひじきたっぷりの副菜もある。

 更にデザートにはバナナヨーグルトだ。


阿賀野(………ツバが出てきた。運動するようになって、本当にご飯が美味しくて困る)ゴクリ

72 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 21:36:25 ID:HlTZ5qj2

 どれもが阿賀野の大好物であった。とろんとろんになるまで煮込んだ濃厚なトマト、その旨みがぎゅっと詰まったソースで香ばしく炒めた、赤味の薄切り牛肉。

 ボリューミィな見た目と味わい深さに反して、カロリーはかなり抑えてある。旨みがあってカロリーが少ないという素晴らしさである。


阿賀野「おいしーい♪」

提督「たんとお食べ」


 久々に満腹感を覚える食事を堪能する。


阿賀野「ぷぅ…………あぁ、おいしかったぁ」


 腹八分目をやや通り過ぎたぐらいに満たされた胃袋をぽんぽんと押さえて執務室に向かおうとすると、


提督「阿賀野、突然だがお前の秘書艦業務は明日に変更となった」

阿賀野「本当に突然だね!?」

提督「俺のスケジュール管理ミスでな。すまんが今日はオフだ。別に有給使わせるつもりはない」

阿賀野「う、うん……それは、別にいいんだけど……」


 その後、自室に戻った阿賀野は少しだけストレッチした後、明石のロードバイク工房へ向かう――――その時、違和感が疑惑へと変わる。

73 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 21:39:35 ID:HlTZ5qj2

阿賀野「え!? 今日、借りれるロードバイクないの!?」

明石「う、うん。そうなの、そうなのよー」

阿賀野「うわぁ、まいったなぁ……」


 まずは明石である。いつもの共用のロードバイクを借りに行った際、阿賀野がほぼ占有状態だったロードバイクがレンタル済みであった。

 朝四時台ではもちろん余裕でレンタル出来たが、昼間となればそうもいかないこともあるとは思ったが、


阿賀野「………じー」

明石「な、なんですかその疑いの目は? 私が嘘をついているとでも?」


 あからさまに明石の目は泳いでいた。嘘が下手過ぎである。

 というか、言いたくて言いたくて仕方ないといった風であった。笑っているような引き攣っているような、とても不謹慎な顔であったと阿賀野は後に述懐する。

 それに対し提督は「だってばかしだからねあの子は」とにべもなかった。


阿賀野「しょーがない……うーん……そうだ、能代たちは自分のロードバイク納車してたっけ! 借りてこよっと」

明石「!?」

74 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 21:43:43 ID:HlTZ5qj2

 目に見えて明石が狼狽えだす。

 その反応をうかがっていた阿賀野は、明石を疑いの視線で見やった。


阿賀野「…………じー」

明石「えあ゛」

阿賀野「…………じー」

明石「ぅ、うう……!」


 確定であった。明石は何かを隠している。

 そんな折だった。


天龍「――――ほらな。やっぱダメだったろ」

川内「もうちょっと持つと思ったんだけど……」

球磨「明石は嘘が下手すぎクマ……」


 そんな声が明石のロードバイク工房の入り口から響いたのは。

75 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 21:51:28 ID:HlTZ5qj2

香取「はぁ……10時ぐらいまで引っ張ってほしいと言ったじゃないですか、明石さん」

夕張「まぁまぁ、それを見越して私たち間に合ったんだからいいんじゃない?」

大淀「結果論でしょうそれは……」

阿賀野「え?」


 阿賀野が振り返った先には、軽巡級・練巡級の巡洋艦、そのネームシップたちがいた。

 それぞれが、各々のロードバイクを携えている。


天龍「よお、阿賀野――――あれからちったあ走れるようになったかよ」

阿賀野「ふぇ? て、天龍ちゃ……さん?」

天龍「ちゃん言おうとしたなオマエ」


 「ちゃん」呼びを嫌うロードバイク鎮守府最古の軽巡、天龍。

 愛車はスコット・フォイルプレミアム。脚質はオールラウンダー。

 雪風と島風が着任し、初期艦と共に出撃した戦果――――正面海域で邂逅した、初めての軽巡であった。

76 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 22:05:22 ID:HlTZ5qj2

香取「ダイエット、無事に成功したそうですね」

大淀「ダイエット作戦成功、おめでとうございます!」


 共に柔らかな微笑みを湛える知性的な二人は、多くの駆逐艦たちから「先生」と呼ばれる練習巡洋艦・香取。

 そして「鎮守府影の支配者」とか「裏ボス」とか「あの眼鏡マジ鬼畜」とか「解体はやめて」など一部から誤解を受ける連合艦隊旗艦・大淀である。

 香取の愛車はビーエムシー・チームマシーン――――その脚質はパンチャー。

 大淀の愛車はトマジーニ・シンテシー……のはずが、何故か携えているバイクは異なった。

 自費購入したレース用の愛車は、サーヴェロ・S5――――判明した脚質はTTスペシャリスト。


夕張「おめでとー! これで名実ともに最新鋭軽巡よね! 羨ましーぐらいのスタイル、取り戻したじゃない! 見違えちゃった!」

阿賀野「え、あ、うん、あ、ありがと……?」


 快活な笑みを浮かべて手を叩く、兵装実験巡洋艦として多くの兵装の改良に貢献した夕張。

 愛車はビアンキ・スペシャリッシマ――――脚質はスプリンターである――――現時点では。

77 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 22:12:32 ID:HlTZ5qj2

球磨「ちょっくら球磨が揉んでやるクマ!」

川内「さ! 私たちとサイクリングしよ!!」

阿賀野「え、え、え……? い、いきなり、なに? 何が起こってるの?」


 その天龍に遅れること一週間、同時に建造された球磨と川内。

 それぞれの愛車はクオータ・カーン、デローザ・プロトス――――共にスプリンター寄りのオールラウンダーである。


阿賀野「………どゆこと?」


 いくつもの疑問符を頭上に浮かび上がらせる阿賀野の耳に、とても気まずそうな咳払いが聞こえた。


明石「…………えっと、その…………『今の阿賀野になら、まあいいだろ』って!」

阿賀野「ふぇあ? え、ロードバイク……それ、誰の?」


 不謹慎極まる表情をした明石が携えるロードバイク。白地に紅のカラーリングが施されたカーボンバイクだった。

 見るからに気品のある、独特な美しさを備えたそのバイクは、

78 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 22:19:37 ID:HlTZ5qj2

    タイム  サイロン 
明石「TIME SCYLONです! 提督からの、阿賀野へのプレゼントですよォ!!」

阿賀野「えっ」


 ほとんどやけっぱちで明石が叫び、押し付けるように阿賀野に引き渡しを完了させる。

 そして明石はぽかんとする阿賀野を尻目に、己の愛車たるデ・アニマに颯爽と跨り、


明石「どーせ私は嘘の下手くそなばかしですよぉおおおおおおお!!!」


 涙の帯を作りながら、叫びのドップラー効果を残して己が工房から脱兎のごとく逃げ出した。明石が足止め役を買って出た時、提督が物凄く渋面を作ったことにカチンと来て、やってみた結果がこれである。

 本日の明石のロードバイク工房は、秋津洲と高波が臨時店主として代行することが決定した瞬間であった。


阿賀野「」


 阿賀野は展開についていけなかった。

 以前、提督にこのロードバイクが欲しい、といった話をしたことはある。このロードバイクがまさにそうだ。

 それが突然納車され、突然軽巡ネームシップたちが自分の元を訪れ、一体何が自分の身に起こっているのか、わからなかった。

 分からないままに、再び視線を工房の前へと向けると、

79 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 22:30:24 ID:HlTZ5qj2

https://www.youtube.com/watch?v=s8aeVI6XBKc



阿賀野「――――――――あ」


 すとんと腑に落ちた。

 阿賀野の脳裏に、提督の言葉が蘇る。


長良「そろそろいいよね!! 一緒に走ろう!! いっぱい走ろう!」


 喜悦に染まった満面の笑みで立つのは、提督が初めて建造した軽巡洋艦・長良。

 愛車はピナレロ・ドグマF8―――――脚質はピュアスプリンター。


長良「ずっと阿賀野と、一緒に走ってみたかったんだ!!」

阿賀野「長良……ちゃん」


 阿賀野にとって、長良は前世においても、今世においても憧れの先輩だった。

 練習巡洋艦たる香取と、中堅の大淀を除けば、ほとんどが先任だらけの軽巡洋艦たちの中にあり、阿賀野が特に世話になったのが長良だった。

80 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 22:43:28 ID:HlTZ5qj2

 軍艦であった頃も――――阿賀野が艦娘として生まれた時点でも、既に長良は歴戦の強者だった。


阿賀野(かっこいいなあ……)


 艦娘としてある今もそうだった――――阿賀野が着任した頃、長良は既に球磨とツートップで戦果を争う軽巡で、多くの人に慕われていた。


阿賀野(なんで、阿賀野は、ああなれなかったんだろう……)


 そんな疑問がふっと浮かび上がった瞬間、阿賀野は理解した。

 まさに氷解するように、あっさりと。


阿賀野「あ……」


 阿賀野はその時、己が燻った理由が、腐った理由が、何が阿賀野を停滞させたのか、分かった気がした。


阿賀野(そっか――――――長良ちゃんに、勝ちたいんだ、私。他でもない、長良ちゃんだから)


 ずっと憧れていた。

 前世の頃から、ずっとそうだった。

81 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 22:47:01 ID:HlTZ5qj2

 トラック島沖で曳航してもらった時から、ずっとずっとそうだったのだ。

 だから大戦時―――長良に追いつこうと、努力した。

 いつだってその背中は目の前にあった。

 もう少しで、届きそうだった。


 ―――――戦争が終わったのは、ちょうどその時期だった。


阿賀野(……しょうがないよ。平和になったんだもん。それを残念に思うなんて、おかしいよ)


 そう言い聞かせた。それでも、阿賀野は自分の中で、何かがすっぽりと抜け落ちたような音が聞こえた。


阿賀野(……何か、あるとおもったんだけどな。阿賀野、頑張れば、きっと、阿賀野は、きっと……)


 目標を見失ってしまった、そんな気がした。

 見たい光景が、掴みたかったものが、指がかかる寸前で消え去ってしまった感覚。

 だけど。


阿賀野(ああ、だけど――――)

82 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 22:48:38 ID:HlTZ5qj2

長良「行こう、阿賀野! 一緒に走ろう!!」


 その声が聞こえた。かつて戦場にあった頃とは違う、ロードバイクのジャージを纏った姿でも、同じ声で。

 いつだって自分の前にいる人だ。

 島風にとって夕張がそうであったように。

 夕張にとって島風がそうであるように。

 二人にとって、提督がいつもそうであるように。

 阿賀野の前にはいつも、長良がいた。いつだってそこにいたのだ。


阿賀野(見失ってなんか、いない)


 動けなくなった自分を牽いてくれるこの人は、それを恩に着せることなく、いつも楽しそうだった。

 歴史をなぞるように、艦娘になってからもそれはあった。深追いしすぎて魚雷を喰らい、中破してしまったことがあった。

 母港へ――――鎮守府へ帰還した時も、阿賀野を牽いたのは、長良だった。


長良『陣形乱しちゃ駄目だよ、阿賀野。次はちゃんとやらなきゃね』

阿賀野『は、はぁい……ごめんなさい、長良先輩』

83 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 22:51:48 ID:HlTZ5qj2

長良『長良でいいのにー』

阿賀野『じゃ、じゃあ、長良……ちゃん?』

長良『長良ちゃんかー! うん、じゃあそれで!』


 阿賀野はメキメキと力を伸ばした。その成長は留まることなく伸び続け、いずれは長良・球磨を追い抜くことすら期待された。最強の軽巡と呼ばれたこともある。

 それでも、長良にだけは勝てる気がしなかった。他の軽巡ならば、球磨だって、北上や神通にだって負ける気はしなかった。

 なのに、長良だけはだめだった。

 弱みがあるから―――違う。

 相性が悪い―――違う。

 いつだって阿賀野を見る長良の目は優しかった。そして尊敬する者を見る目だった。


長良『長良って旧型だからさ、ちょっと羨ましいんだ。阿賀野は新型だけど、新型だからってそこに胡坐をかいているわけじゃないって、わかるよ』

阿賀野『―――――』


 自分の頑張りを、見てくれていた。尊敬しているとまで言ってくれた。

 私の前にいるのに、振り返ってみてくれている。勝ちたいと思う一方で、ずっとその背中を見ていたいという、相反する思いがあった。

84 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 22:53:16 ID:HlTZ5qj2

阿賀野(だけど―――――)


 いつしか長良の目が、何を望んでいるのかが分かってきた。

 笑みの底に、少しだけ悲しさが滲んでいたのだ。


 ――――追いついて、こないの? と。


 泣き出す寸前の子供のような目で、阿賀野を見るのだ。憐みではない。残念そうに、寂しそうに、阿賀野を見るのだ。

 遊び相手を探す、子供のような目だった。

 何故か、一月以上前の思い出がよみがえる。

 島風が叫んだ言葉を、思い出す。

 見つけた、と。

 新しい世界は、あったと。

 私が望んでいたものが、あったと。

 ここにあった、と。


 そして阿賀野もまた――――。

85 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 22:59:30 ID:HlTZ5qj2

阿賀野「…………あ」


 もうダメだった。胸の内側から瞳へと集まっていく熱量が、抑えきれなくなった。

 まるで火を噴くように、阿賀野の全身から熱が溢れだす。


阿賀野「…………うん!!」


 ぎゅうとハンドルを握りしめて、涙の浮かんだ瞳のままに頷いた。

 失ったはずの目標を見つけて。失っていないことに気づいて。

 海の上では追いつけなかったけれど、陸の上でも先輩として前にいるこの人に、


阿賀野「――――――――阿賀野と一緒に走ろう、長良ちゃん!」

長良「そうこなくっちゃ!!!」


 遊び相手を見つけた子供のように笑う、長良の笑みが大好きだったから。 

 今度こそ――――長良に追いつこうと思った。

 
【夢の後日談(裏):艦】

86 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/27(日) 23:04:12 ID:HlTZ5qj2
※今日はここまで

 阿賀野型・香取型のバイクは平日に余裕があったら投下予定。なけりゃ来週末。

 それと大淀が物欲に負けた小話も。その後、提督vs雪風、その悪夢の後日談。

 その後はどうしよう。オリョクルズか、睦月型か、白露型か、初春型か、妙高型か、高雄型か、軽空母組か……未定!

87以下、名無しが深夜にお送りします:2017/08/27(日) 23:15:53 ID:SEjYgLlI
>>1
投下乙。

88以下、名無しが深夜にお送りします:2017/08/27(日) 23:35:26 ID:u40hcYXw
乙おつ
全部読みたいけど白露型が気になるねえ

89以下、名無しが深夜にお送りします:2017/08/27(日) 23:38:05 ID:61enPSUI
オリョクルズと白露型から希望かな?

島風vs夕張の裏話だった青葉衣笠加古古鷹のサイクルフェアレポートなどはいかがでしょうか?

90以下、名無しが深夜にお送りします:2017/08/28(月) 01:21:58 ID:tO2fWNBY
やったぜ待ってました!
相変わらず熱くていいなあ……

91以下、名無しが深夜にお送りします:2017/08/28(月) 01:24:38 ID:tO2fWNBY
思ったけどそろそろ足柄さんにバイクあげないとキレて暴れるんじゃねww

92以下、名無しが深夜にお送りします:2017/08/30(水) 08:24:49 ID:Vz9vWCTs

軽巡+練巡の8人でオリオンをなぞるのか

93以下、名無しが深夜にお送りします:2017/08/30(水) 20:56:32 ID:i0Vln7XI
軽空母組見てみたいけどロードに目覚めて酒の抜けた隼鷹なんて
ただの美人お嬢様になってしまうのでは…

94以下、名無しが深夜にお送りします:2017/08/30(水) 22:56:12 ID:snQ22Ni6
>>67
> 典型的な「他人と競う」タイプ
うわ、何か解る。
普段はスピードとか興味無いけど、ポタリング中に追い抜かれると追尾したくなるし、追い抜き直後にペース落とすような舐めたガキは抜き返したくなる

>>93
まぁここの提督だと自転車飲酒運転なんてする輩には強烈な厳罰を課しそうだしなぁ
あと、隼膺は「自分がお嬢様であることを自覚した上でフランクな付き合いができるお姉さん」というポジションを意識して狙ってる感
酒飲みすら含めて割と自覚的にやってると思うので、ソコこそが隼膺の個性なのだと思うのだが

95 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/30(水) 23:14:37 ID:fvWun.Qs

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阿賀野型軽巡洋艦:阿賀野

【脚質】:スプリンター

 ――――行かなきゃ……長良ちゃんが呼んでる。

 後に長良の最大にして最強のライバルとして立ちはだかるスプリンターは、まさかの阿賀野であった。
 島風にとっての夕張であり、夕張にとっての島風である。意外にも超アウトドアでスポーツ大好きな長良とインドア派の阿賀野は仲良し。
 軍艦時代の先輩後輩として、そして艦娘としては良き友達としての関係を築いている。でも長良のハイペースに付き合うのだけはカンベンなって感じ。
 なんせ長良はTTもこなせるタイプのスプリンターで、坂も嫌いだが苦手ではない癖してスプリントはピュアスプリンターのそれという特級脚質である。
 女子力低めな長良とは結構持ちつ持たれつの関係である。なお長良と違い、山は別に嫌いでも苦手でもない。
 大戦時、球磨と長良の戦果争いこそ半年以上後任の阿賀野は及ばなかったものの、あと数ヶ月ほど戦争が続いていたら並んでいたと言われている。
 自他ともに認めるスロースターターで尻上がり。一度コツを掴むと際限なく応用発展していくタイプで、大戦でも戦果グラフは右肩上がりどころかほぼ垂直方向に向かう物凄いことになっていた。
 戦争が終わって安心した一方、ぽっかりと胸に穴が開いたような気持ちでこれまでの日々を過ごしていた。
 ピュアスプリンターばりの剛脚を持ちながらも、山岳や高速巡航にも対応したバランスの良いスプリンター。実は運動神経抜群でバランス感覚に優れる。
 五十鈴や多摩らが己を天才と自覚してなおそれに驕らなかった理由は、優秀な同僚や姉に恵まれたこともあるが、特に阿賀野という存在に集約している。
 究極の理不尽とも呼べる才能の権化が阿賀野という軽巡であった。ちなみに五十鈴は阿賀野が苦手である。努力が結果に直結しすぎなのは悲劇に近い。
 天才ゆえに感動が少ない。

【使用バイク】:TIME SCYLON AKTIV (Factory Racing color)
 きらり〜ん☆ 最新鋭軽巡! 阿賀野のバイクはフランスの老舗タイム! そのフラッグシップ・サイロンよ!
 同じフランスのルックと並び称される「いつかはタイム」――――カーボンの老舗の本領、発揮しちゃうからね!
 この洗練されたデザイン、いいでしょ? フロントフォークには独自のチューンドマスダンパーが内蔵されてるのよ!
 どれだけ荒れたパヴェ(フランス語で石畳・敷石を意味する)だってへっちゃらへーよ! とっても高性能なんだから!
 提督さん、ありがとう! 今度こそ阿賀野、長良ちゃんにも勝って見せるからね!

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96 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/30(水) 23:18:41 ID:fvWun.Qs

長良「タイム? ……ビンディングペダルにそういうのあったような。記憶違いかなあ……?」


 なお長良はスピードプレイ使いである――――ロードバイクにおけるホイールやハンドルなどの装備選択は提督とまるで変わらない。


阿賀野「違わないよ? 阿賀野はペダルもタイムよ? ほらほら」

長良「あ、やっぱり? へぇ、タイムってペダルだけじゃなくてフレームもあるんだねー」

阿賀野「えっ」

長良「えっ」

香取「あ、あのう。誰も突っ込まないんですか、あのやり取り……」

天龍「ほっとけ。目に見えてる」

大淀「…………タイムは元々ルックと同じ会社から分裂して生まれたカーボンバイクの老舗メーカーでして。

   その確かな技術を活かしたフレームはプロライダーすら唸らせる性能を有しています。ロードバイクにおけるF1マシンという高評価です。

   フランス車らしいルックスなどで人気を博していて、ルックと並び「いつかは」と称される憧れのバイクの一つです。

   またタイムは軽量なビンディングペダルにも定評があり……RTM(Resin Transfer Molding)工法を採用したカーボンの使い方は流石は老舗というべき精度を誇って……」

夕張「大淀、その辺りで」

大淀「え? ここからが本番で――――」

97 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/30(水) 23:20:57 ID:fvWun.Qs

夕張「私個人としてはすっごく楽しいお話なんだけど、肝心の相手には無駄だから、その説明」

天龍「おう。よく見てみろ、あいつらの顔」

大淀「…………え?」


阿賀野「? ???? ???!?!?!?」プシュウ

長良「!? !?!??? ??????」プシュー


 阿賀野も長良も耳から煙を上げていた。今にも爆発しそうである。


大淀「」

天龍「…………アレだ。要はなんだ、スゲーバイクメーカーなんだよ。フレームはおろかペダルまで作っちゃってプロからも高評価っていうアレだ。うん、スゲー、スゲーよ、マジスゲー」

香取(ふわっとしすぎです!!?)

阿賀野「な、なるほどー! 流石は天龍さん! 超わかりやすい!!」

長良「大淀の説明って小難しくてよく分かんないんだよねー。さっすが天龍さん!!」

天龍「おう……ま、まあ、世界水準軽く越えてるからな……」


 天龍にとって出来が良いがとても出来の悪い妹分共であった。

98 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/30(水) 23:24:08 ID:fvWun.Qs

阿賀野「タイムはすごい!」

長良「タイムすごい!」

天龍「…………後でアイス奢ってやるよ」

阿賀野「本当!? 御馳走様です! 阿賀野、今日は大目に走らなきゃ!」

長良「やったぁ!! 天龍さん大好き!」

天龍「は、ははは……大淀にもな」


 天龍が長良と阿賀野に接する時は、幼い駆逐艦娘らに接する時の態度と寸分変わらないという。


大淀(#^ω^)

球磨(納得いかねえって顔に書いてあるクマ……)

川内(何が納得いかないって、この二人が大戦の後半からウチの軽巡単艦最強を競ってたってのが納得いかない)


 北上や大井を差し置いてである。

 長良は考えた。そして阿賀野も考えた。

 そして同じ答えに辿り着いたのだ。

99 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/30(水) 23:34:40 ID:fvWun.Qs

 『夜戦で勝てないなら夜戦に入る前に倒せばいいじゃない』と。


 言葉にするには易く、実行するには恐ろしく難題である――――何せそれを自覚した上で北上も大井も動く。

 だが逃げられない――――そんな理不尽が長良と阿賀野である。

 球磨に至っては『昼戦だろーが夜戦だろーが、撃って当てりゃ同じことクマ』と好き嫌いがなかったもよう。北上・大井と夜戦しても、勝率こそ低いが勝てないこともないというデタラメさ。

 アクの強い球磨型姉妹をまとめる長女として一目置かれるのは当然の帰結であった。そんな長良・阿賀野・球磨でも夜戦に持ち込まれたら勝てないのが川内である。

 何せ夜戦馬鹿と言われるこの軽巡だが――――その実、どうやって夜戦をするかではなく、どんないい状態で夜戦に持ち込むかを重要視している。

 否、それどころか、どうすれば昼の内に終わらせられるかすら考え、極力夜戦に持ち込まないスタンスを保っているから演習時の旗艦は大混乱である。

 なのにいざ夜戦が始まれば、川内に対峙することは絶対の敗北を意味した。さながら瀑布に晒された木の葉の如き有様である。


香取(私にはわからない世界です……)


 練習巡洋艦としては破格の実力を持ちながらも、教導艦としての分を弁えている香取は大人であった。

 夕張もまたその兵装実験巡洋艦としての本分を弁えており、第六水雷戦隊旗艦としてもお役目を全うした。

 大淀は事務メインのデスクワーク派と思いきや、連合艦隊規模の艦隊率いさせたら右に出る者がいない。

 提督曰く『それこそ適材適所よ』――――今日もロードバイク鎮守府は修羅道至高天。

100 ◆9.kFoFDWlA:2017/08/30(水) 23:36:39 ID:fvWun.Qs
※先に阿賀野
 もう二度とだらし姉などと言わせないという覚悟

101以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/01(金) 00:13:05 ID:IrhYR/fc
設定が明かされる……というか登場する艦娘が出揃って来れば来るほど、全艦娘が参加するような大規模レースが待ち遠しくなるが、他の艦娘もどんな感じなのか色々知りたくなってくる

けど全員紹介されるの待ってたら、レースとかどんだけ先になるのか分からないというジレンマ

大規模レースが出てくるのは何年後なんだろうww

102以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/02(土) 07:29:28 ID:RvfNXI7.
>>1
投下乙

103以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/02(土) 18:18:10 ID:7sASAaB6
イタリア・フランス系の艦娘とかが楽しみ
でもリシュリューがロードレーサーに乗ってる風景が見えない
あいつ古い自転車をメンテして乗るタイプだろ・・・

104 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/03(日) 22:40:15 ID:CShpk41w
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阿賀野型軽巡洋艦:能代

【脚質】:ルーラー(スピードマン)

 ――――今度は私が、阿賀野姉を牽くから!!

 パーフェクトルーラー。(ただし阿賀野限定でしか全てを発揮できない)
 アレだ、龍田や大井と同じタイプ。
 阿賀野に補給食を運んだり、阿賀野を牽いたり、阿賀野にちょっかいかける敵チームの牽制やアタック潰しにおいて一人で全てをこなすマルチプレイヤーである。
 ヒルクライムがやや苦手なのが現在の課題である。やっぱり、その搗き立ての餅のような柔くて重いものがついているせいじゃないですかね。(小並艦)
 大戦中は大先輩たる神通と、妹の矢矧と共に第二水雷戦隊の運用に携わった。苦労人タイプ。
 島風にとって史実の第二水雷戦隊旗艦は神通というより能代の印象が強いが、神通・能代は島風が「さん」づけで呼ぶ数少ない軽巡である。矢矧? 矢矧は矢矧だよ?
 何気に史実では第二水雷戦隊旗艦として、神通に次ぐ長い期間を務めている。戦果が地味? うん、確かに地味。
 大戦においても『海の精華』と謳われた第二水雷戦隊の旗艦として、神通からも目をかけられた逸材なのだが、何故か地味。
 三つ編みなのは関係ない。磯波と浦波がガンダムハンマーばりに錨を振り回しながら深淵から見てる。
 なお鎮守府内でも事務に旗艦に調練にと、大淀ばりに八面六臂の大活躍なのだ――――が、やはり影が薄いと言われることしばしば。ステルス艦かな?
 きっと軽巡の次女に個性派が多い中、常識人だからだ。神通? 神通はまともに見えるだけである。
 余談だがかなりのシスコン。大戦時の阿賀野が派手な戦果を上げ続けたこともあって、阿賀野を尊敬している。
 精神的に依存しているのは果たしてどっちなのか。

【使用バイク】TIME RXRS ULTEAM(White silver)
 能代のロードバイクですか? 阿賀野姉と同じ、フランスのタイム、そのかつてのフラッグシップ・RXRSアルチームです!
 はい、ルックと並ぶカーボンの老舗とあって、流石の乗り味です!
 少し型は古いですけれど、カチカチのカーボンよりこのぐらいが丁度いい感じですね。
 長丁場のレースだとその恩恵はとても有難いです。このバネ感は癖になりますよ。
 阿賀野姉を良いポジションまで持っていけるよう、能代、リタイアするわけにはいきませんね!

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105 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/03(日) 22:52:01 ID:CShpk41w

能代「やっぱり私って……影薄いのかな……」

山城「ふふ……影が薄くても幸が薄いよりマシだって、私をディスる気ね?」

能代「!?(ど、どっから出てきたのこの人!?)」

山城「そうなんでしょ?」

能代「え、なんで私いきなり絡まれてるの……やだ……怖いんですけどこの人……」

山城「なんですって……その影の薄さをなんとかしようと提督の正妻の座を狙っているのね?」

能代「本当に何!?」

山城「ステルス性能を活かして気が付かぬうちにそんな状態に持って行こうとしてるんでしょ……?」

能代「阿賀野姉! たすけて! 阿賀野姉! 話の通じない怖い人が! あがのねええええええええ!!!」

時雨「やめないか、山城」ポコン

山城「いたい……不幸だわ。どうして叩くの、時雨……私の事、嫌いになった……?」

時雨「そんなわけないよ。君が集合場所にいつまでたっても来ないから……ほら、今日は扶桑たちと一緒にサイクリングしてくれるんだろう? 楽しみにしてたんだ、早く行こうよ」

山城「……ええ、そうだったわね。行きましょう。私も楽しみにしてたわ」

時雨「うん、行こう………ごめんね、能代さん」

能代「え、ええ………なんだったのかしら……一体なんだったの――――ハッ!?」

106 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/03(日) 23:00:59 ID:CShpk41w

龍驤「影が薄かろうと胸が薄いよりマシやってウチを――――」

能代「ディスりませんから! なんなんですか次から次へと!?」

龍驤「まあ冗談や冗談。うち、みんなが言うほど胸のこと気にしてへんし」

能代「は、はぁ……」

龍驤「そんなことよりな、能代」

能代「なんでしょう、龍驤さん」

龍驤「キミんとこの妹の矢矧――――なんか更衣室でベソかいでたで」

能代「矢矧が!? なんで!?」

龍驤「ウチが知るかいな。たまたま通りがかって見ただけやし、一応伝えとこ思ってな」

能代「あ、ありがとうございます! 私、行ってきますね!」

龍驤「ダッシュでか? 揺らすんか? やっぱ胸が薄いより影が薄いのはマシやってウチを――――」

能代「絶対気にしてるでしょう龍驤さん!?」


 能代は自分の影の薄さを気にするお年頃であった。

 華々しい戦果を上げる神通と己を比較し、なんやかんやで大活躍な阿賀野へ尊敬と憧憬と劣等感を感じている。

107 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/03(日) 23:02:41 ID:CShpk41w

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阿賀野型軽巡洋艦:矢矧

【脚質】:TTスペシャリスト/ダウンヒラー

 ――――そんなアタックで! この矢矧を! 刺せると思うかァアアア!!

 スプリントも得意なTTスペシャリスト。「筋力と心拍が枯渇したとて、この矢矧、脚から肉が削げ落ちるまでペダルを回し続けるわ……!」というタイプ。
 幾度となく提督の魂を震わせる逆転劇を魅せ付けた軽巡洋艦の一人。散り際の花火のような儚げな危うさの中にぞっとするほどの色香を讃えている。
 「放たれた矢のような生をありったけ」という信念。深海棲艦が死ぬまで撃てば良い。撃ちきったなら拳で殴ればよい。腕が千切れたなら歯で喉笛を噛み千切れば良い。
 この提督をして「何が何だかわからない……」という顔をする。
 軽巡のベルセルク枠。深海棲艦絶対皆殺す軽巡。矢矧のストッパーとなりうる霞と初霜は、矢矧本人もお気に入り。
 というのも矢矧自身、己の猪武者っぷりを自覚しているからである。霞と初霜にしょっちゅうやらかしに関して説教されている。
 超前時代的な根性論とか特に説教される。色んな所で誰かのやらかしを説教しに行く霞と初霜の胃はどこまで大丈夫か、軽空母でトトカルチョされているのは内緒だ。
 神通・能代とは第二水雷戦隊を共に率いた仲で、ライバルでもあり絶対の信頼を寄せる相手でもある。みんな大和に優しくも厳しい。
 おう、ロングライドしろよ。そうだよ、300kmだよ。あくしろよ。おう。五秒で支度しな。ドーラより厳しい。
 深海棲艦からは通称「宇宙艦獣・ヤハギン」として恐れられている。あれが艦娘? ハハッ、ナイスジョーク。
 余談だが女子力/ZERO。木曾でさえ掃除・洗濯・炊事・裁縫にパシリと完璧だというのに。
 無手の組み打ちという条件下ならこの修羅揃いのロードバイク鎮守府内でも艦種問わず十指に入るという化け物。

【使用バイク】:TIME ZXRS
 フランスのタイム、そのです。
 ええ、フランスバイク特有のヒラヒラ感は嫌いじゃないの。
 イタリアンのどっしりとした重厚な味わいもいいとは思うけれどね。
 反応性? ええ、素晴らしいわ。パリッとした踏み心地にギュンッと反応してくれる。
 ええ、いずれは第二水雷戦隊の子達をお預かりして、ロングライドにも出かけたいわね。
 
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108 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/03(日) 23:04:57 ID:CShpk41w

 提督や速吸らが阿賀野のダイエットに付き合う裏で、実は大和のダイエットも進行していた――――のだが。


大和「」


 一週間目で失敗していた。体重計の指し示す数値は、一週間前とまるで変わらぬどころか、やや増えている有様である。

 なお大和の名誉として記述しておくが、決して彼女が怠惰であるとか計画性がないというわけではない。

 むしろ日本の秘密兵器として、大和の名を冠する者として、それはもうストイックにロードバイクに乗った。

 初霜や霞がフォローに付き、運動量も食事量についても間宮と伊良湖が計算の上で適切な管理を行っていた。

 なのにこの有様である。その理由は、そう――――。


矢矧「おかしいわね……」

初霜「や、矢矧、さん……? 貴女、何を、何をしたのですか?」


 最近料理の勉強をしている矢矧――――意外と器用な彼女は優秀な生徒だと鳳翔と磯波からの評価も高い。

 そんな話を覚えていた初霜は、なんとなく予想がついていたが、怖いもの見たさに等しき好奇心からそれを問うた。

109 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/03(日) 23:06:42 ID:CShpk41w

矢矧「え? 夜食の差し入れよ? 昨晩のステーキはどうだった、大和?」

大和「………お、いし、かった、わ」

初霜「や、や―――――矢矧さぁああああん!?」

霞「なんてことしてくれてんのよあんた……? ダイエットしてる人に、よりにもよって夜食……それもステーキ!? は!? 食事制限させてんのに何考えてんの!?」


 大和はしくしくと泣き出した。大和はかなり量を食べる方である。そして善良な性格をしている。

 せっかく差し入れてくれたものを食べずに捨てるなどできるわけがなかった。まして、矢矧にはまるで悪意がないのだ。全くの善意でやっている。


矢矧「食事制限? 何を言っているの――――食べなきゃパワー出ないわ」

初霜「」

霞「」


 初霜も霞も「何言ってんだこいつ」って顔をして矢矧を見ていた。


朝霜「ぶひゃひゃひゃひゃwwwww」


 朝霜は腹を抱えて嗤った。

110 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/03(日) 23:08:36 ID:CShpk41w

雪風「ぐにぐにです!!」グニー

大和「や、やめて……雪風、お腹つままないで……!」

雪風「つまんでません!」

浜風「ええ、つかんでますね。つかめるって凄いですね」

磯風「つかめるな。凄いなこれ。大和、これは乙女としてどうだろう……居住性は確かに良さそうだがな……枕として使ったらふかふかしてそうだ」

大和「」

朝霜「やめたげろおまえらwwwwwあたいのwwww腹がwwww死ぬwwwww」


 矢矧は太らない体質であった――――そして三食ガッツリモリモリ食べて運動で限界まで発散するタイプ。

 故に持ち込む料理もまたボリューミィでカロリー地獄である。

 なお阿賀野も、この時期は矢矧の善意の夜食の犠牲になりそうだったが、提督や速吸らが親身になってダイエットに付き合ってくれていることを想い、なんとか断っていた。

 もう二度とだらし姉などとは言わせないという覚悟は、本物であったのだ。


矢矧「大和の食事を見たわ。あんな貧相な食べ物……量も少ないし……あれっぽっちの食事じゃ、戦艦としての強さを維持なんてとても――――」

初霜「…………正座です」

111 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/03(日) 23:10:10 ID:CShpk41w

矢矧「え、え? あ、あの、初霜? いきなり何を言い出すの?」

霞「誰が口ごたえをしていいと言ったの? 正座しろと言ったのよ初霜は」

矢矧「え、え……やだ……怖い……」

初霜「座りなさい! お説教します!!」

霞「そこ座れ、一秒で座れ……クズ鉄にするわよ? あの軽巡棲姫のようにね!」

矢矧「はい」ストン


 鎮守府に着任したタイミングとして先輩にあたり――――駆逐艦内で数少ない第二水雷戦隊の旗艦経験者たる霞と初霜に、


霞「よく聞きなさい……その悍ましいほど前時代的なクズ脳味噌に、改めて現代のスポーツ医学の基礎と」

初霜「減量時の食事制限の大切さ、そして夜食がどれだけ健康に良くないのかを教えて込んであげますよ……」

矢矧「」


 矢矧は逆らえなかった。性格的に勝てる気がしなかった。

112 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/03(日) 23:11:39 ID:CShpk41w

霞「このバカ! どーしよーもないアホ! 落ち武者! 脳筋! あんたの姉ちゃん阿賀野!」

初霜「もぉー! だめっ! だめっ! だめったらだめ! 矢矧さんのおばかさん! メニューを考えてる間宮さんと伊良湖さんに謝りなさい!」

矢矧「はい……はい……すいません……ごめんなさい……姉が阿賀野ねえでごめんなさい……おばかさんですいません……間宮さん、伊良湖さん、ごめんなさい……」


 迫力満点な霞と、まるで迫力はないが一生懸命な初霜のお説教の二重奏に、ただ静かに項垂れながら矢矧は落涙した。

 龍驤が見かけたのはこの光景である。能代の到着まであと数分の時を要した。



 なお無事に大和のダイエットは、阿賀野と同時期に終了することになる。

113 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/03(日) 23:12:46 ID:CShpk41w

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阿賀野型軽巡洋艦:酒匂

【脚質】:オールラウンダー

 ――――今、酒匂が行くからね。

 姉たちと同様に瞬発系に優れながらも高い持久力と適応力をも備えた、阿賀野型の完成形。
 夕張の次に軽巡では小柄で体重が軽いためか、パンチャー型のオールラウンダー。
 100km未満のレースならいい結果を出せるが、長距離となるとスタミナ不足が目立つ。
 なお提督が阿賀野型で最も警戒しているのが酒匂。隙あれば度を超えたスキンシップを迫ってくる。
 木曾は提督を素で風呂に誘ってくるが、酒匂は無知を装って誘ってくる。顔が真っ赤なのでバレバレであるが、酒匂、恐ろしい子……!
 長門やプリンツ・オイゲンによく懐いており、大戦時から二人を陰に日向に、ほぼ無自覚で支え続けた。
 酒匂が水雷戦隊を率いると駆逐艦たちが必死にフォローに走る傾向にあるが、他の軽巡が軒並み化け物のためあまり旗艦経験はない。
 それでも艦隊指揮能力は及第点をクリアしている。だがむしろ随伴艦となってはじめて輝く不思議な軽巡洋艦である。
 そんな酒匂はロードレースではエース級の脚を備えていた。どんな活躍を見せてくれるか、提督はとても楽しみにしている。

【使用バイク】:TIME VXRS ULTEAM World Star(2009年モデル)
 酒匂のバイクもフランスのタイム! その名車中の名車と呼ばれた、VXRSアルチーム・ワールドスターだよ、ぴゅぅ!
 カタログ落ち? 古い? ………えっへっへぇ。
 ……実はねえ、このバイクって確かにお下がりなんだけど……。
 なんと! ななんと! なな、なーんと!
 しれぇが着任前に乗ってたバイクなんだよー♪ ぴゃー♪
 しれぇのサイズが合わなくなったから、酒匂にくれたの! しーれーえーのバーイクぅー♪
 ねえねえしれぇ、そのF8も乗らなくなったら、次も酒匂でよろしくね!
 大丈夫、酒匂、おっきくなるから! これから!

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114 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/03(日) 23:16:14 ID:CShpk41w

 矢矧がぽろぽろ泣き出し、能代が更衣室まで疾走していたのと同時刻、明石のロードバイク工房ではVXRSの検査が行われていた。

 組み立て前に明石による入念なチェックが行われたのだ。

 その結果――――。


明石「結論から言えば………極上の保存状態です。ほぼ新品同様と言って差し支えありません。

   塗装の退色は皆無、よほどいいコーティングをされたのでしょう。

   素地のカーボンの劣化もなく、ボトムブラケット部も問題ないものと……(綺麗なネジ切り……提督、愛車のF8といい、雪風ちゃんの586SLといい、ネジ切り好きなのかな?)」


 明石はなかなかいい着眼点をしていた。

 提督はネジ切りタイプのBBを好む。整備面で楽という点で一つ、BB周囲に過剰な剛性は必要ありませんねえという提督の好みが一つである。

 圧入式BBも嫌いではないが、無用なトラブルが起こる可能性がある、というのはそれだけで軽いストレスである。


酒匂「じゃ、じゃあいいの? しれぇ、いいよね? 酒匂、これ乗ってもいいよね!?」

提督「むしろ酒匂がいいのか? 試乗車に回そうと思ってたバイクなんだが……」

酒匂「酒匂は全然オーケーだよぅ! しーれぇーのばーいくー♪ ぴゃー♪ ぴゅう!」

提督「まあ酒匂がいいならいいんだが……」

115 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/03(日) 23:19:04 ID:CShpk41w
※あ、>>107ミスった。修正

【使用バイク】:TIME ZXRS TEAM12
 フランスのタイム、その旧フラッグシップ・ZXRSです。有難く戴くわ。
 ええ、フランスバイク特有のヒラヒラ感は嫌いじゃないの。
 イタリアンのどっしりとした重厚な味わいもいいとは思うけれどね。
 反応性? ええ、素晴らしいわ。パリッとした踏み心地にギュンッと反応してくれる。
 ええ、いずれは第二水雷戦隊の子達をお預かりして、ロングライドにも出かけたいわね。

116 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/03(日) 23:26:11 ID:CShpk41w
酒匂「いいの! これがいいの! しれぇが乗ってたバイクに変えられるものなんてないよぅ!」

提督「愛い奴め」

酒匂「褒められた! ういって!」

明石「あははは、良かったわね酒匂ちゃん。しかしそこまで状態がいいものを、どうして乗っていなかったんです?」

提督「いや、こればっかりはな……当時よりかなーり身長が伸びたからもう乗れないんだよ。思い出もあるバイクだし、売るのもちょっとなーと」

酒匂「しれぇの思い出の詰まったバイクだね! 酒匂、とっても大事にするからね!!」

提督「おう、託したぞ酒匂」


 そんな折であった。


神風「ち ょ っ と ま っ て」

朝風「いい話してるところ待って、ねえ待って」

春風「お待ちになって……私、今、とても混乱しています」

松風「僕もだ。少し待て。情報を整理させてくれ……」

旗風「お待ちください、司令」


 ――――六月の護衛遠征ラッシュ時に、朝風と松風、旗風が発見され、艦隊に加わり、ついに勢揃いした神風型の面々が待ったをかけていた。

117 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/03(日) 23:35:29 ID:CShpk41w

提督「おお、神風、朝風、春風、松風、旗風。ウチにはもう慣れたか? 青葉と衣笠から聞いたが、ウォーターベッドが届いたって?」

酒匂「アレって寝心地いーよねえ。疲れの取れ方が段違いだよね!」

神風「あ、その節はお世話に……じゃなくて、質問いいかしら?」

提督「何だ? ロードバイクなら遅くても三週間後、早ければ来週には納車予定だぞ」

朝風「えっ、ホント? やったあ!」

春風「ふふ、楽しみですね朝風さん」

松風「それは嬉しいニュースだね。だけど今、僕たちがキミに聞きたいのはそれじゃあないんだよ」

旗風「ええ……きっと、神姉さんも松姉さんも、旗風と同じ疑問を抱いているものと」

酒匂「ぴゃ?」

明石「どうしたの?」


 彼女たちは同時に息を吸い、同時に言葉を発した。


神風型「「「「「「司令官(様)、(お)歳はいくつ(なの)(よ)(ですの)(なんだい)(ですか)?」」」」」


 思いのほか大声となったその声は、工房内でロードバイクの調整をしていた他の艦娘達の耳にも届く。

118 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/03(日) 23:44:05 ID:CShpk41w
親潮「―――――そういえば、おいくつなのでしょう? 黒潮さんはご存知かしら……」

浦波「……着任前ということは、三年以上前……背が伸びたって……若い方だとは思ったけれど……磯波姉さん、ご存知ですか?」

磯波「えっ、あ、はい……知ってます、けど……心して聞いた方がいいと思いますよ?」

沖波「あっ……え、えっと、沖波は姉さまから聞いたけれど……」

藤波「あー……私も。うん、びっくりするよね」

水無月「水無月もうーちゃんから聞いてるから知ってるよ? 司令官はさんじゅ――――」



提督「――――今年で二十歳だ。これ乗ってた頃は七年前ぐらいだから……まだ中学上がりだったな」



 水無月は得意げに口を開いたまま、硬直した。

 その背後で卯月がうっそぴょーんと笑いながらぴょんぴょん跳ねていた。


朝風・松風「嘘だッッッ!!!」

神風「その落ち着きようはどう低く見繕ったって三十代でしょ!? だ、騙そうったってそうはいかないんだから!!」

旗風「さ、流石に、それは……それですと、逆算すると、とんでもないことに…………」

春風「!? !?!? !?!?!?」

119 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/03(日) 23:49:08 ID:CShpk41w

 神風たち新参の狼狽えっぷりは相当なものであった。


神威「流石に冗談だと思いますよね……神威もそうでした」

江風「……まあ、ビックリすンよなァ。車の免許証見せてもらうまで信じられなかったし」

初月「着任当時16歳とはな……聞かされた時は本当に驚いたものだ」

嵐「なー?」

萩風「本当に」


 すでに姉妹や先輩たちに聞いていた艦娘の表情は苦笑いである。

 水無月は絶句していた。その背後でしてやったりとばっかりに卯月が笑っている――――なお三十代と伝えられて、水無月は本気で信じていたもよう。


提督「俺……そんなに老けてるかな……」


 地味に傷ついている提督に対し、艦娘達は思った――――顔云々ではなく精神性の話をしているのだと。


神通「神風さん達……気持ちはわからなくもありませんが、嘘じゃあありませんよ」

最上「あははっ、ボクも最初は驚いたけど、嬉しかったよ。同じぐらいの年頃の男の子とお話しできるって、なんかわくわくしない?」

120 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/03(日) 23:53:22 ID:CShpk41w

鈴谷「鈴谷もー! 厳格そうなおじさま提督より風通しよさそうだし、賑やかだったし! 鈴谷はうまくやってけそーって思ったし、うまくやってこれたじゃん?」

千代田「ま、まあ、昔っから頼りにはなったけど、ね。最初はちょっぴり不安だったわよ? ちょっとだけよ? ちょっとだけ……い、今は、心から信じてるから」

提督「サンキュー最上、鈴谷、千代田」

青葉「! 司令官! 青葉、気づいちゃいました!」

提督「何に?」

青葉「司令官が今乗られているバイクが少しサイズ小さめのに乗ってるのって、一年前ぐらいに買ったからですか?」

提督「……正解。特にF8な……予約注文した時にはサイズはベストフィットだったんだよ。でも……」


 提督は見るからに肩を落とし、深く息を吐く。


提督「もう背が伸びるのはそろそろ止まるだろうと思ったんだが……まさかこの一年で8cm以上伸びるとは思わなんだ……」

明石「流石の提督も己の身長の伸びまでは予測できませんでしたか」

提督「できるかンなもん。まあ、その分はステム伸ばして調整して……誤魔化し誤魔化しで乗ってんだよな」

武蔵「昨年まで私や大和と同じぐらいの身長だったものな」

長門「うむ! 着任当時は私より小さかった!」

提督「……………そうだな」

121 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/04(月) 00:08:41 ID:hdRmy4Ao

 目に見えてテンションが下がる提督。男にはちっぽけなプライドがあるのだ。安いプライドだ。誰もがそれにしがみ付いて生きている。


金剛「何を暗い顔してるのサー、提督ぅー! あの頃の提督も、今と変わらずとってもステキデース!」

提督「キュン」


 提督のテンションがやや上昇。


比叡「はい! 当時は私とあんまり身長変わりませんでしたね!」

提督「シット」


 元通り。


榛名「なんだか遠い昔のことみたいですね」

霧島「あの頃の司令は、今よりも余裕のない顔をされていましたね……今のお顔の方が、その、す、す……よ、良いと思います、よ」

提督「キュン」


 提督のテンションがかなり上昇。

122 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/04(月) 00:18:59 ID:hdRmy4Ao

日向「どちらの頃の提督も、私は嫌いではないぞ」

伊勢「あはは、懐かしいねえ。あの頃の提督は可愛かったなー♪」

扶桑「あの頃からとても素敵な殿方でしたが……ますます魅力的になりました」

提督「サンキュー日向、ファッキュー伊勢、空が青くて綺麗ですね扶桑」


 日向と伊勢でプラマイゼロ。扶桑でテンションはかなりアゲアゲに。


長門「? 今や私より拳大ほど背が高いではないか。何を一喜一憂している?」

陸奥「長門。提督はね、男の子だからよ」

長門「??? 何を言っているのだ陸奥? 男児だろうが女児だろうが、身長の高低など大した問題ではない。大切なのは心根だ」

提督「キュンキュンキュンキュンキュンキュン」

扶桑「提督が未だかつてなくときめいたわ!?」


 提督は熱血に弱かった。今も昔も熱くさせるものが好きである。

 さておき。


提督「ま、話を戻すが――――ニ十歳だ。今年で」

123 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/04(月) 00:26:54 ID:hdRmy4Ao

神風「ほ、本当、なの……?」

朝風・松風「「ぶ、ブラック鎮守府……?」」

春風「むしろ大本営がブラックすぎでは……?」

旗風「今も未成年の司令官を……どういうことです?」

提督「――――ま、その辺りの話は、機会があったらおいおいな。長い話になるから……こんなところで気軽に話すことでもなし」


 話は終わりとばかりにパン、と手を打ち鳴らす。


提督「そんなことより、試乗車でサイクリングに行くんだろ? 酒匂のシェイクダウンもある――――ついていってやれよ、神風型」

酒匂「そ、そうだ! そうそう! 神風さんたちー! 酒匂と一緒にサイクリング行こうよー!」

神風「え、あ、は、はい! 酒匂さんって言ったかしら?」

朝風「いいわね! 納車される前にしっかり身体づくりしておかなきゃだし、朝の優しい日差しも好きだけど、昼の暑い日差しの中を走るのもいいわよね!」

松風「そのおでこで日光を反射するもんな、姉貴は」

朝風「――――表に出ろ」

松風「勿論出るさ。ロードバイクでね。一勝負、するかい?」

朝風「じょ〜〜〜〜っとうよ! 泣きべそかかせてあげるからね!」

124 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/04(月) 00:36:41 ID:hdRmy4Ao

春風「も、もう……朝風さんと松風さんったら」

旗風「ふふ、いいではありませんか、春姉さん。喧嘩するほどなんとやら、ですよ」

提督「球磨と川内みたいなもんだな」

春風(それはありえません)


 視線がぶつかり合うだけで空間が歪むほどの殺気が撒き散らされるのは、喧嘩の枠中には入らない。入ってはいけない類のものだ。

 唸り声を上げる朝風の視線を見えないもののように飄々とした態度で、松風はロードバイクを転がしながら外へ出る。

 朝風がそれに続き、神風・春風・旗風もまた酒匂と共に工房を去っていく。

 そのタイミングだった。提督の横に立つ艦娘が――――武蔵が口を開く。


武蔵「そう気に病むこともあるまいよ……ナリだけでもなく、実力だけでもない。実績を積み重ね、名実ともに太くなった。匂い立つような男ぶりではないか。思わず見とれてしまうぐらいだ」

提督「お前に言われると悪い気はしないな」

武蔵「私だけじゃあないぜ。みんなそう思ってるさ――――その横に、立ちたいとな」


 着任当初……というか古参から中堅にかけての艦娘達は、当時16〜17歳の提督を知っている。

 多くの艦娘が提督を認めた。

125 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/04(月) 00:38:30 ID:hdRmy4Ao

 提督・司令官として。

 人間として。父として。兄として。男として。

 多くの理由で、艦娘達はこの提督を求めている。


提督「………何が言いたい?」

武蔵「なあに、物は相談だ――――提督よ」


 あっけらかんと、実に気軽に、武蔵は言った。

 提督だけに聞こえる声で、言った。





武蔵「ケッコンは、しないのか?」






……
………

126 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/04(月) 00:43:55 ID:hdRmy4Ao
※っかしーな。香取と鹿島と大淀のニューバイクまで投下できなかった

 日中にロードバイクに乗りつつ艦これのイベントをこなし、SSも書くのは結構キツいのかもしれんね

127以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/04(月) 01:35:27 ID:ORC/UjRw
投下乙!

128以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/04(月) 06:01:01 ID:L3cL/bvc
乙です

129以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/04(月) 06:20:16 ID:A97tuqoE
乙!のんびりやっていけばいいさ

130以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/04(月) 06:31:29 ID:JmLq9Wzw
乙!

推定中学生時代に有名ブランドのフラグシップモデルを乗り回し、終いには暗峠の住人になっていただと!?
ヘタクソな関西弁からすると関西地元民ではなく恐らく転勤族、つまりロード提督は空自の官品か大企業幹部級の子息あたりか

131 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/05(火) 23:24:47 ID:h0uvfdGA
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香取型練習巡洋艦:香取

【脚質】:パンチャー/ルーラー

 ――――それでは単位はあげられませんね。

 ミスパーフェクト練習巡洋艦・香取。鎮守府内の風紀維持を司る執行部の部長でもある。
 日常生活における隼鷹らの天敵。あの鞭伸びる上に分裂するんですけど。禁鞭か何か? 躾! 躾です!
 ロードレースにおいても野生や爆発力を売りにする連中にとっては天敵。むしろ手玉。あっさりスカされる。理の極点に到達している。
 大淀と共に軽巡ではガチの頭脳派。事務も経理も総務も、鎮守府内のあらゆることは大淀や香取に聞けば何でも分かるレベル。
 ルーラーやオールラウンダーと見まがうほどの万能性を持ちながらも鋭いアタックに平地巡航維持力、スプリント能力を持つ。
 如何せん小柄であり、バリバリの前線組に比べると流石にスタミナに不安要素があるため、提督は悩みながらもパンチャー脚質と判断した。役割としてはルーラーもこなせるという極めてオイシイ万能さ。
 ぶっちゃけ脚質なんて、所詮は目安でしかないというのを体現している乗り手である。
 彼女の元で航海のイロハを叩き込まれた駆逐艦は、座学にせよ実戦にせよ何一つ苦手がない、どれもこれも一線級の性能に仕上げるという仕事人、否、教育者である。
 ただし良くも悪くも無理をさせない。また、教導対象となる本人の嗜好を無視した分かりやすい万能を作るため、特化させるなら別の艦娘。
 本人が苦手がないゆえか、万遍なく鍛えて苦手を消すのが得意で、伸びしろをより伸ばす方針は苦手。ルーラー製造機と呼ばれるようになる。
 多用な艤装を使いこなした経験からか、非常に器用でもある。大淀や夕張と仲良し。野分と舞風がとても懐いている。
 空母や重巡、潜水艦、幅広く交流を持つ。コミュ力がおっそろしく高い。
 物事のコツを掴み、それを他人に理論として教え込むことにかけては神通と並び特級クラス。物覚えの悪い子ですら香取にかかればあっさりモノになる。『先生』の異名は伊達ではない。
 練習巡洋艦としての兵装から火力には乏しいものの、敵の主砲の砲口にピンポイントワンホールショットというキチガイ染みた魔技を編み出した元凶の一人である。
 「豆鉄砲でも使いようです。強さは弱さ。弱さは強さ。強さを伸ばすことも大事でしょうが、弱さから目を逸らさぬこともまた大事なことですよ」とは本人の言。
 実演として12cm単装砲を用いてル級の主砲を爆裂四散させるところを見せつけられながらにそう言われた新参駆逐艦らはただ汗ダラッダラな顔で頷くしかなかったという。
 駆逐艦未満の火力であろうと砲口をピンポイントで狙い撃ちされてはひとたまりもない。
 まさにパーフェクトである。鹿島は憧れの目で香取と大井を見てる。

132 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/05(火) 23:27:47 ID:h0uvfdGA

【使用バイク】:BMC Teammachine SLR01 TWO(carbon yellow)
 スイスのBMC、そのオールラウンドモデルのフラグシップ、チームマシン・SLR01・ツーです。スラムe-tapに乗せ換えています。
 2011年のツール……カデル・エヴァンスの大活躍は燃えましたね。ええ、それでBMCです。ふふ、結構ミーハーなのかもしれませんね、私。
 ですが、もちろんそれだけではないですよ? デザインも気に入っています。意外ですか?
 シートに繋がるトップチューブ部後端の上下の分岐には、どこか全体的に柔らかさを抱かさせる調和がありますよね。
 はい、試乗して決めました。乗ってみてわかることもありますが、とてもふしぎな子ですね、このマシン。
 きわめて剛性が高くはなく、大きなトルクをかけて爆発力を発揮するわけでもない。
 ですが、その力の伝導率は決して柔なものではなく、しっかりと推進力へ変わっていく。
 どっしりとした見た目と裏腹に、軽いのですよ。とてもしなやかに坂道を登ってくれる子です。この軽やかな加速力にやられましたね。
 軽快さ、即ち楽しさ――――楽しいアタックを、山ほど掛けられますね。
 ふふ、提督? 私、運動は得意なんですよ? 特に――――何かに乗るのって……とても。
 乗ったことのないものはまだいっぱいあるんですけれど……ふふ♪ 何を想像したんですか? 『乗り物』のお話ですよ、提督?
 でも……乗られたりすること、あるのかしら……♥

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133 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/05(火) 23:29:25 ID:h0uvfdGA

 姉妹揃って魔性の女。それがロードバイク鎮守府の香取型である。


球磨「おおー!? 鹿島のバイク、見るからに強そうだクマ!?」

川内「いいじゃーん! 分かりやすい! 好きだなー、こういうの!」

天龍「ダウンチューブ太ッ! デカッ!?」

香取「そうでしょうか? ふふ、五年ぐらい前に比べると、これでも大分大人しくなったんですよ、この子」

大淀「こ、これでですか……? あっちこっち角ばってますね。丹念に削り出された彫刻のような……」

夕張「おおお! BMCだ! それも2018年度モデル! シート部のブリッジなくなったんだ、へぇー、へぇー……これはこれでいいなぁ、かっこいいなぁ」


 「ところで今、西暦何年?」というツッコミを入れてはいけない。決して……。


香取「ふふ、夕張さんには提督からいただいた大事な『特別』があるじゃないですか。他の皆さんも」

川内「そうそう。いいなー、妬けちゃうなー」

夕張「あ、ははは……て、照れちゃうよ。もちろん私にはスペシャリッシマが一番だけど、いろんなバイク見ると楽しくなってきちゃってさ」

球磨「それは分からなくもないクマ。でもやっぱり自分のバイクが一番だクマー……カーン……カーン……カーン……♪」

川内「連呼すんな。うちの那珂ちゃんがやけに怯えんのよそのバイク」

134 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/05(火) 23:33:54 ID:h0uvfdGA
>>133修正
球磨「おおー!? 香取のバイク、見るからに強そうだクマ!?」

135 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/05(火) 23:35:16 ID:h0uvfdGA

球磨「ここに那珂はいねークマ。それに夜戦夜戦と所かまわずうるせえバカにどーこー言われる筋合いはねークマ」

川内「あ? やんの? レース? レースしたいの? 私のおしり眺めながら敗北噛みしめたいの?」

球磨「お? 球磨に勝てると思ってんのかクマ? おしりどころか視界に入らないぐらい大差付けて負かしてやるクマ」

長良「やめなよ二人とも。今日はレースとかそういうの無しって取り決めしたでしょ? 鬼怒呼ぶよ、鬼怒」

川内「やめて! 分かった、喧嘩しないから!!」

球磨「やめろクマ! それだけはやめるクマ!!」


 川内・球磨は鬼怒を交えてサイクリングロード周回コースを走ったことがある―――――詳細は省くが、平地でハンガーノックになりかけたという。

 坂があるならともかく、平地オンリーはTTスペシャリストばりの高速巡航と馬鹿げたタフネスを備えたスプリンターたる鬼怒の独壇場であった。

 二人とて体力に自信はあるが、いわゆるコドモの体力にはついていけないというアレだ。


天龍「それはさておきだな……ウチの試乗車のラインナップにBMCのエントリーモデルがあったよな? 敷波や沖波がやたら気に入ってたぞ、そのメーカー」


 提督曰く「サイコガンダム的な立ち位置のロードバイク」だという。「成程、わからん」と天龍は首を傾げた。分かる筈もない。

136 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/05(火) 23:36:33 ID:h0uvfdGA

阿賀野「はぁー、いろんなバイクがあるのね。阿賀野、それは乗ったことなかったなぁ」

長良「みんな違うからいいよねえ……同じじゃ面白みないよ!」

香取「ふふ、ですよね」

大淀「そういえば妹さん――――鹿島さんは何のバイクを? 彼女もBMCですか?」

香取「…………あの子は、その」


 香取は頭痛をこらえるような渋面を作った。というのも、なんと鹿島は提督に――――。

137 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/05(火) 23:37:13 ID:h0uvfdGA
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香取型練習巡洋艦:鹿島

【趣味】:ヴィンテージバイクコレクション(ポタリング派)

 ――――行きたい場所はいっぱいあるけれど、生きたい場所はいつも一つですよ。

 全ての提督にとって最大最強の敵の一人。ナチュラルボーンエンチャントレスこと魔性の鹿島。本人に自覚があるタイプなのでタチが悪い。
 戦艦は伊勢・日向やウォースパイト、空母/軽空母はグラーフや鳳翔、水母なら神威や瑞穂らがヴィンテージバイク好き。ポタリング用のサブバイク持ちは他にも結構いる。
 足柄や多摩をヴィンテージバイク好きと見るかが問題である。どっちかと言えばファニーバイク好きと見るべきか。
 レアパーツ集めが好きな子も出てくる。最上型と古鷹型がはまさにそう。クラシカルなバイク大好き。駆逐艦では菊月やマックスなどは実にシブいのに乗っている。ダブルレバーって素敵やん?
 どいつもこいつも提督が持っているロードバイクのヴィンテージこれくしょんを1話の時の長良ばりのヤバい目で狙っている。
 サンツアーのシュパーブプロのコンポフルセットとか、カンパの初期レコードとか、マジストローニ社のヘッドパーツとか、各メーカーのコロンバスフレームとか50年代のオルモとか、スピナジーのバトンホイールとか、往年のプロ選手のレースジャージとか。
 やらん! やらんぞ! やらんからな! なお結局上げることになるもよう。「お父様、私たち、お嫁に参りますわ」と言われた父親気分で送り出したという。馬鹿だ。
 まだ新参の域を出ない鹿島だが、姉の香取の教育もありすくすく成長中。香取曰く「練度は99になってからが本番」。ケッコンカッコカリもしてねえのになんだここの艦娘共の強さは。
 軍艦時代の井上提督の教えをそのまま体現したような香取の教育方針に共感を示すとともに尊敬と敬意を払っており、姉妹仲は極めて良好。
 第四艦隊の旗艦繋がりで那珂、練習艦として大井と交流を持つ。この鎮守府の那珂と大井はやたら女子力高いので色々学んでいる最中。甘えるのが非常に上手い。
 最近だと提督の持つ80年代のピナレロ・モンテロを恋する乙女の目で見てる。袖をくいくい引っ張って何かを訴える潤んだ眼差しで提督を見上げるとか。
 やめろ鹿島……その視線はここの提督にすら効く。やめて差し上げろ。

【使用バイク】:CHINELLI LASER(1980年モデル極上品)
 鹿島のバイクは当時一世を風靡したエアロデザイン! 御存じイタリアブランド・チネリ――――走る芸術品、レーザーです!
 えっ、知らない? ……うふふっ、それじゃあ手取り足取り、鹿島が優しく教えてあげますね♥
 自転車の伝説的なメーカーがチネリ、80年代当時は全盛だったスチールフレームにおいて数々の伝説を生み出した名車中の名車なんですよ!
 なによりもこの外見、どうです? 素敵でしょ? ロードレーサーとしての獰猛さと繊細な佇まい、無駄のないフォルム……。
 コンポーネントはカンパのCレコード組です! ペダルもトゥークリップ式! ふふっ、いいでしょ? ダブルレバーもすごく使い心地良くって♪
 一目惚れだったんですよ、提督さん。貴方と出会った時みたいにね……♥

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138 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/05(火) 23:40:50 ID:h0uvfdGA

 提督が手勢の艦隊を率い、イタリアの窮地を救ったのは何年前のことだったか。

 現地のロードバイク好事家から新品のチネリ・レーザーを始め、多くのヴィンテージロードを譲り受けたのは、果たして何年前のことか。

 二年前? いや、二年半前だったか。

 ……まぁいい、彼にとってはつい昨日の出来事だが、彼女にとっては多分明日の出来事だ。

 彼女には『有明の女王』とかいろんな通り名があるから、何て呼べばいいのか。

 とにかく提督にとっての彼女の名前は一つきり――――鹿島。

 そう、彼女は最初から言う事を聞かなかった。提督の言うとおりにしていればな。まあ、可愛い子だよ。


提督「」


 提督が鹿島に出逢ったのは、確か昨年の秋のことだ。

 鹿島は最初からいうことを聞かなかった。特にこのロードバイクを一目見てからというのも、そのまんまるの瞳の中にはハートマークが浮かびっぱなしだった。


提督「そんな装備で大丈夫か(震え声)」

鹿島「鹿島、これがいいです。これじゃなきゃ、嫌です」

139 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/05(火) 23:46:18 ID:h0uvfdGA

提督「ふ、古いバイクだよ……? ほ、他にもほら、いっぱい、最新のバイクが……」

鹿島「ヤです! これがいいです!! これ欲しい! 下さい、提督! 私、私、なんでもしますから!」


 鹿島は言っている――――このロードバイクを寄越せと――――。

 鹿島にとっては幸運なことに、そのチネリ・レーザーは鹿島の身体にベストフィットサイズであった。


鹿島「くれないの……? なんでも、何でも言う事、聞きますよ……?」

提督「あ、いや、その……こ、これは、これは俺の大事なこれくしょ……」

鹿島「鹿島より、大事なんだ……?」

提督「い、いや、おまえをこれくしょんにした覚えはないって言うか……モノとおまえを比べようがないっていうか」

鹿島「ぐすっ……て、提督さん、だめ? だめ?」

提督「あ げ る」



 ――――ああ、やっぱりダメだったよ。提督は演技ではない女の涙にめっぽう弱いからな。


 提督のロードバイクこれくしょんの中でも一二を争うお気に入りの一台であった。ここまで極上の状態を保つレーザーは世界広しと言えど十台存在するかどうか。

140 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/05(火) 23:49:17 ID:h0uvfdGA

鹿島「やったぁ! ぐしゅっ……提督さん、ありがとう……優しいんですね」

提督「」 


 こぼれる涙を拭いながら、しかし逆の手でしっかりと絶対にもう話すものかとハンドルを握りしめる鹿島。ああ、もうあれは二度と俺の元に戻ってくることはないのだろうなと、提督は思った。

 提督は鹿島の笑顔を護れたが、代わりにロードバイクを失った。

 サイズ的に乗れないとはいえ、盆栽バイクは提督の癒しの一つであった。


 盆栽バイク:まさに盆栽の如くディスプレイされるだけのロードバイク。


 なおどんどん提督の凡才バイクは奪われていくことになる。三隈とか三隈とか、特に三隈とかに。くまりんこ♪



……
………

141 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/05(火) 23:51:03 ID:h0uvfdGA
※鹿島といい三隈といい、ラグの綺麗なクロモリロードが似合うと思います

142以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/06(水) 00:02:21 ID:vif.Utxc
富は再分配されてこそ富なのだ

143以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/06(水) 08:30:19 ID:vUhMhiAo
下手な最新フラッグシップより貴重なロードバイクじゃねーかww
くまりんこ楽しみです

144以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/06(水) 09:04:19 ID:NrfKtZmI
どんなものかとCHINELLI LASERの画像検索したけど……

TTフレームの前傾姿勢エグいなww

145 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/06(水) 22:38:47 ID:SZBCgztg
※やだ……読み返したら私、チネリの綴り間違えてる上に盆栽バイクが凡才バイクに……!

×:CHINELLI
〇:CINELLI

Hがあったら健全じゃなくなっちゃうというオチ(ry
誤字が多いだらしない>>1ですまない

146以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/08(金) 00:30:06 ID:jT1oclO6
>>145
Hの後にちゃんとアイ(愛)があったから大丈夫だよ!
いつも楽しみにしてる
気にせず頑張れ

147 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/10(日) 22:17:35 ID:XF27tXNU

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大淀型軽巡洋艦:大淀〜その2〜

【脚質】:クラシックスペシャリスト(TTスペシャリスト型)

 ――――私だって、たまには一人で思いっきり走りたい時ぐらいありますっ。

 ミスパーフェクト軽巡洋艦・大淀。執行部副部長。
 副部長なのはかつて部長だったが別の仕事が多岐に渡りすぎて流石に手が回らず香取に引き継いだため。要は副部長という名の相談役、最後にして最恐の監査である。
 秋雲を旗艦とする同人サークルの天敵。この淫らな本を書いたのは誰ですか……? 明らかに重力が増したような威圧。盤古幡か何か?

 軽巡内では矢矧や天龍に並ぶ長身。シルエットが細身で足がおっそろしく長いので目立たないが、下半身の肉付きが素晴らしい。
 細身だが馬鹿げた出力を持つ脚を持っており、蓋を開ければ素晴らしい回転効率を保ちながら高速回転させるTTスペシャリストだったというお話。
 提督も前々から「いい脚してんなー」と(性的な意味皆無で)思われてた。
 登坂で爆発できるカンチェラーラタイプのTTスペシャリスト。(という名の宇宙人)
 楽しいことは苦ではない、という意外なことにシンプルな嗜好。天龍に良い影響を受けた軽巡の一人でもある。性格はまるで正反対だがウマが合う。意外なこと!
 頭脳明晰でレースでもその頭の回転の速さは活かされるが、本領はプレッシャーや期待を掛けられれば掛けられるほど強くなるところ。本番で120%出せるタイプ。
 自己管理能力が極めて高く、レースまでに肉体・精神の両方でベストな状態に仕上げてくるところも脅威である。キラ付けは完璧です!
 足柄も似たようなものだが、大淀の場合はもはやライフワークと化している。
 半面、複数日にわたって開催されるステージレースは好きではない。できなくもないが、ワンデーレースで搾り切る感覚が好きらしい。
 デスクワークが主体ではあったものの、もともと運動好きで、レース用ロードバイクに乗ったことで己がスピード狂であることにも気づいてしまった。足柄ァ!

 公私ともにまさにパーフェクト――――なのだが、恋愛には奥手で消極的。
 なまじ頭が回るせいで色々とロジカルに考え過ぎて、恋愛的な選択は最終的に心に従う。女としての自分を選ぶというの?
 そういう意味でロードバイクにハマッたのは必然とも言える。頭の中を真っ白にしたいお年頃。
 戦後となり現状は比重の重すぎる作業の引継ぎを順次行っている。気が楽になった反面、その分提督と接する時間が少なくなってちょっと寂しいとか思う自分に赤面。乙女か。
 なお以前はうやむやになった提督とのサイクリングデートは無事に履行されたもよう。ドイツの洋館風な喫茶店に赴き、提督と二人きりで至福のひとときを過ごしたとか。

148 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/10(日) 22:21:20 ID:XF27tXNU

【使用バイク2】:Cervélo S5 2013 Tour de France 100th special edition
 本拠地をカナダ・トロントに置くロードバイクメーカー、サーヴェロ。
 そのエアロロードのフラッグシップ、S5です。サーヴェロがエアロロードに極めて高い評価を持つのは御存じですよね。
 トライアスロン用のバイクだけじゃないんですよ、ふふ。
 そしてこのバイクは、2013年に通算100周年を迎えたツール・ド・フランス――――その記念モデルとして販売されたスペシャルエディションです。
 黒地のフレームに蒼の格子模様を施したロゴがマッチしています……意外なこと!
 ところで皆さん、サーヴェロの名前の由来を御存じですか?
 Cerveloの「e」は「é」と表記されます。Cerveloではなく、Cervéloです。
 イタリア語で「頭脳」を意味する「cervello」とフランス語で「自転車」を意味する「vélo」を掛けてサーヴェロ……。
 あらゆる風を切り裂く鋭利なデザインの、卓越した頭脳を備えたロードバイクなんです。

 え、っと……提督も、その……私に似合うと、仰って、くれたので。

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149 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/10(日) 22:29:35 ID:XF27tXNU

川内「…………まあ、御覧あそばせ阿賀野さん。あの大淀って子、提督に買って貰ったバイクをほったらかして早々に別のバイクに浮気してるわ……!」ヒソヒソ

大淀「………(貴女の妹だって二台買ってるじゃないですか……!!)」


 ポタリングも好きだが、足柄のレース用ロードバイクを借りて走ってるうちに頭の中が真っ白になるぐらいシャカリキに回す魅力に気づいた大淀は、日に日にその欲望に抗えなくなった。


阿賀野「川内さんもご存知? 全くけしからん子だわ! アレコレとっかえひっかえなんて品性を疑うわ……!」ヒソヒソ

夕張「スカートにスリットまで入ってて、卑猥、卑猥よ……執行部副部長が聞いてあきれるわ」ヒソヒソ

大淀「………(貴女たちだっておへそ出してるじゃないですか!?)」プルプル


 もちろん、大淀は今でもトマジーニ・シンテシーの見た目も乗り味も好きである。

 ラグフレームの美しさは近年のカーボンバイクからは失われたものだ。細身のパイプを繋ぎ合わせたフレームは実にスマート。

 レトロな外観は歴史の重みを感じさせる一方で、上品な高級感をも纏っている。

 年代を重ねて味わいが深まる色褪せない魅力がそこにあった。

 ――――だがポタリングの楽しさとサイクリングでガッツリ走る楽しさは似て非なる別物である。


球磨「まったく卑しい軽巡クマ! 司令部施設でナニをしてるんだクマ……? それはとっても意外なことクマ?」ヒソヒソ

大淀「」ブチッ

150 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/10(日) 22:52:47 ID:XF27tXNU

 気が付けば大淀は虚ろな目で、足柄から借りていたロードバイクと同じタイプのエアロフレームを発注していた。

 100周年記念のS5……税込み100万円の完成車である。

 しかもコンポは最新のシマノDi2に乗せ換え、ホイールもライトウェイトのマイレンシュタイン・オーバーマイヤーという大盤振る舞い。

 ジャージにペダルにハンドルにと、出費は更に加速した。

 ――――なお自腹である。

 当初は2〜3万でロードバイク買おうとしていた子がロードの暗黒面に堕した瞬間であった。


大淀「次のボーナス査定を楽しみにしていなさい貴女達……!!」

川内「ちょっ!? 何言ってくれてんのこの鬼畜メガネェ!? 神通と那珂ちゃんと一緒に伊豆半島ナイトライドする計画がおじゃんになるじゃんか!!」

香取(……私は琵琶湖がいいですね。湖岸の道は丁寧に整備されていて、とても走りやすいと聞きます)

球磨「そ、それはヒドいクマ! 職権乱用だクマ!! 球磨の楽しいしまなみ海道旅行がポシャになるクマ!?」

長良(しまなみ海道かぁ……長良も行きたいなぁ……妹たちや第十戦隊のみんなと一緒に走りたいなあ……きっと楽しいだろうなあ……)

151 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/10(日) 22:57:07 ID:XF27tXNU
夕張「やめて!? 私だって次の長期休暇に秩父のダム巡りとかしたいし、さみちゃんやらぎちゃん連れて軽井沢サイクリングにも行きたい! 欲しいホイールやペダルがいっぱいあるの!」

天龍(…………オレは断然、沖縄だな。やっぱあの景観は一度観ときてえ)

阿賀野「あ、阿賀野だって妹たちと乗鞍に行きたいのに! 白川郷を観たいの! 買いたいローラー台だってあるのに!」

大淀「だまらっしゃい。訂正してください! 私、う、浮気なんてしませんっ! それはそれ、これはこれなんですっ! 別物なんですっ! 思いっきり走りたいときだってあるんですっ!」

長良「すっごくわかる」

大淀「そりゃあなたはわかるでしょうよ!!」

長良(なんで長良、怒られてるんだろう)

香取「お、落ち着いて大淀さん」

天龍「ああ、落ち着け。いろんな試乗車乗ってるのはおめーらもだろ……あんまからかったりすんなよ」

川内「じょ、じょーだんだってば、あははは………すいませんでした」

球磨「そ、そうクマそうクマ………ごめんなさいクマ」

夕張「悪乗りが過ぎた。ごめんごめん」

阿賀野「ごめーんね♪」

大淀「まったくもう!!!」


 大淀がそんな感じで、物欲に負けた話であった。

152 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/10(日) 23:01:53 ID:XF27tXNU

【悪夢の後日談】


 阿賀野のダイエット生活が始まって三日が過ぎた頃のことだ。

 いつも通り書類関係の雑務を速攻で終わらせた提督の元を、武蔵が訪ねてきた。


武蔵「なぁ、提督よ。一つ頼みがあるんだが」

提督「ロードバイクか? 発注なら先日済ませたが、変更があるならまだ間に合うぞ」

武蔵「先読みで答えるのやめろ」

提督「違うのか?」

武蔵「………いや、ある意味で間違ってはいないのだが、おまえのロードバイクを貸してくれないか? 試乗車が余ってなくてな」

提督「ああ、そっちか。武蔵なら丁度いいサイズだと思うが、何に乗る?」

武蔵「私はやはりレース向けのモデルに乗るからな。件のF8をお貸し願いたい――――んだが」

提督「はは、考えることは同じだな。1時間ぐらい前に長門がホクホク顔で持ってったよ」

武蔵「むぅ……先を越されたか。なら、他のバイクは?」

提督「御覧の通り、そこにあるのだけ」

153以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/10(日) 23:02:05 ID:tm21D846
乗りたいバイクがあったら仕方ないね

154以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/10(日) 23:12:20 ID:CL6v3Gc2
琵琶湖の湖岸はルートによっては地交通量多いから獄見るよ...
けど桜並木がすごく綺麗な場所あるから咲き始めたらほぼ毎週走りに行ってしまうな

155 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/10(日) 23:17:10 ID:XF27tXNU

武蔵「……まぁ、それならそこのクロモリ――――カザーティ・ピエトロ1920を。大和のダイエットがてらだし、精々のんびり走るとするさ」

提督「そうしろそうしろ。あ、コケるなよ?」

武蔵「誰に言ってる、ははは。それではありがたく――――――しかしなんだな、提督」

提督「ん?」

武蔵「雪風から聞いたぞ。一勝負したんだって?」

提督「自分で言いふらしてんのか雪風は……」

武蔵「ああ、しれぇは凄いって、子供みたいに目を輝かせてな……色々聞いたよ」


 提督からルック・586をプレゼントされて機嫌を直した雪風は、その日の提督との勝負の顛末を、あちこちで語った。

 いっぱいいっぱい頑張ったけど勝てなかった。

 しれぇは凄いハンデを持っていたのに、負けてしまった。

 武蔵が言うには、悔しさをにじませない、憧憬ばかりが募った声と口調だったという。


提督「…………そっか(いい負け方、させてやれなかったな)」

武蔵「その日、提督が乗っていたのはF8じゃなかったそうじゃないか―――――『これ』で雪風に勝ったんだって?」

提督「あー、うん。まあ」

156 ◆9.kFoFDWlA:2017/09/10(日) 23:24:39 ID:XF27tXNU

 武蔵が呆れた表情で指さすのは、件のカザーティ・ピエトロ1920である。

 クロモリ製のロードバイクフレームだ。フレーム重量は優に1.74kgにも達する。900gに達しないF8と比して、その重さはヒルクライムにおいて致命的である。

 ましてその時の提督は、ヒルクライムにまるで向かないカーボンディープホイールを穿いていたというのだから呆れるほかなかった。

 純粋なレーシング仕様のロードバイクではなかった故に、島風もサイクリングロードを走っていた時点でそれに気づき、挑むのを諦めた――――否、見送ったのだ。

 提督の技量ならばそれでも勝負はできただろう。だが「ベストな提督に挑んで勝ってこそ、その勝利を誇れる」というのは島風の矜持の問題であった。


武蔵「クロモリの重量にホイール不一致のハンデ……ナメてかかったのか?」

提督「馬鹿言え。そもそも最初は勝負する心算もなかったんだよ。あくまでトレーニングのつもりだったからな」

武蔵「フ、そうか……ああ、おまえが疲労困憊だったことも聞いたぞ? 辛勝とはらしくもない」


 からかうように口元を釣り上げ、武蔵が台座からピエトロ1920を持ち上げようと手を伸ばす。


提督「馬鹿言うな、アレは他にも理由が――――って、あ」

武蔵「ん? なん……なんだと」


 提督の声に少し注意を取られながらロードバイクを持ち上げた武蔵は――――口を大きく開けたままに、硬直した。


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