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【艦これ】五十鈴「何それ?」 提督「ロードバイクだ」【2スレ目】
1
:
◆9.kFoFDWlA
:2017/08/13(日) 21:53:56 ID:XmBArZ8Y
※深海棲艦と仮初の和平を以て平和になった世界観における、とある鎮守府での一コマを描くほのぼの系
艦娘がロードバイクに乗るだけのお話
実在のメーカーも出てきます
基本差別はしません
メーカーアンチはシカトでよろしく
※以下ご都合主義
・小柄な駆逐艦や他艦種の一部艦娘もフツーに乗ったりする(本来適正サイズがないモデルにも適正サイズがあると捏造)
・大会のレギュレーション(特に自転車重量の下限設定)としては失格のバイクパーツ構成(※軽すぎると大会では出場できなかったりする)
・一部艦娘達が修羅道至高天
・亀更新
上記のことは認めないという方はバック推奨。
また、上記のことはOK、もしくは「規定とかサイズとかなぁにそれぇ」って方は読み進めても大丈夫です
【前スレ】
【艦これ】長良「なんですかそれ?」 提督「ロードバイクだ」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1454251122/
533
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/08(日) 04:00:48 ID:zDNbxelo
図星だった。トレーニング直後に脳裏をよぎった『僕は、駄目な奴なのだろうか』という考え。
必死に否定しようとしたけれど、その考えは少しずつ、初月の心を侵していった。軋みを上げる心の内側の感覚が、次第に鈍くなっていく。
そこに、滑り込んでくる言葉がある。
――だから照月はこう言うわ。『そんなことはないよ』と。その人が駄目にならないうちに。
じわりと少しずつ腐っていくような感覚が走る心に、確かな震えを感じた。
――小さな勝利を積み上げる。大きく勝つことを知る。それを知ることで、『負けたくない』という気持ちが強まる。障害が発生した時、闘争か逃避かを選択する。自然な在り方です。健全と言えますね。知性を備えた生物は、選択していくことによって強くなる。誰かが言った言葉だったかしら。
続く翔鶴の言葉もまた、小さく、しかし確実に心を揺らす。
――負けることは怖いわよね。私だって怖いわよ。だって負けるのって嫌だもの。悔しいもの。不甲斐ないって思うもの。でもね、初月。それ以上に怖い事ってあるのよ。
立ち上がった瑞鶴は、真剣な面立ちで言う。
――冷たくなっていくこと。自分の中に確かにあった情熱が、崩れ落ちていくこと。強くなりたいと誓った自分を、嘘つきにすること。
534
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/08(日) 04:15:46 ID:zDNbxelo
鼓動が熱を持った。初月は己の内側で、『それ』が跳ねる音を聞いた。
思い出したことがある。
いくつもの思い出があった。
着任した時の事。提督との初顔合わせの時、酷く緊張していたことを思い出す。
姉と再会したこと。右も左もわからない初月に、姉たちは張り切って鎮守府を案内してくれた。
その時に鶴姉妹に抱き締められたこと。二人とも本当に嬉しそうに、初月との再会を喜んでいた。
そして、共に訓練に励んだこと。充実した日々だった。訓練は辛く厳しかったけれど、それでもあの時の初月は、一度だって弱音を吐かなかった。
『海を平和にするんだ。皆で笑い合うんだ』
そんな気持ちが、確かに胸の内側で燃えていた。
その時の熱とは異なる、確かな熱が心の内側で燃えている。
――ここにあったんだと、心が叫ぶ。
「あ」
535
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/08(日) 04:20:28 ID:zDNbxelo
すとんと、二つの事が理解できた。
終戦後、初月がどこか漫然と日々を過ごしていた時だった。遠く、雷鳴のように聞こえる声があった。
『――見つけた!! これだよ!! 提督!! これだった!! 私が欲しかったのは!! これだった!!』
その声に導かれ、出逢ったものがある。
『ッ……おッ、りゃあああああああああああ!!!』
雷鳴のような声が、幾度も聞こえた。
『――――な、んです、か、あれは……?』
窓の外には、初月の知らない乗り物を駆る、島風と夕張の姿があった。
『し、知らない。し、新兵器?』
姉二人も知らないその乗り物は、銀輪を携えた漆黒の馬と青緑の馬だった。
536
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/08(日) 04:46:59 ID:zDNbxelo
『おお……!! アレは凄いな、姉さん!』
あれを見た時の興奮を、今でも覚えている。あんなにも速く、大地を駆け抜けることができる乗り物があるのかと思った。
――僕も、あれに乗ってみたい。
始まりは、そんな単純な欲求だった。
それが提督から与えられた時のことも思い出す。ぴかぴかのフレームだった。これが今日から自分の者になると思うと、心が弾んだ。
一日中、飽きもせず乗り回して、体中のあちこちが痛くなって、姉たちと笑いあったことを覚えている。
それに乗った人たちが集まって、誰が一番速いかを競うレースがあると知ったときの興奮を覚えている。
個人レースもあれば、チーム編成でのレースがある――それを知った時のことを。
初月は、覚えている。
――ああ、そうだ。僕は、僕は……僕がやりたいことは。譲れないことは……。
それを思い出して、初月はぎゅうと強く左胸を押さえた。掌に伝わる鼓動は、熱く、そして速かった。
537
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/08(日) 04:47:46 ID:zDNbxelo
――それでもはき違えて欲しくないことがあります。艦娘の本分は、海上での戦いにこそある。
初月の思考に、秋月の言葉が割り込んだ。とても優しい声だった。
――貴女が今感じていること、想像はできる。だけど、正確なところはわからないの。
そうだ。初月はまだ一度も伝えていない。呆然としていたところに姉と鶴姉妹に話しかけられて、ただ伝えられる言葉を聞いていただけだった。
何がしたいのか。
どうしたいのか。
その意思を、伝えていない。
初月は自分が甘ったれていたことを自覚する。
手を差し伸べられるのを、待っていたのだ。助けてあげると、言ってほしかったのだ。浅ましくも。女々しくも。
初月はそんな自分に、腹が立った。
538
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/08(日) 04:48:55 ID:zDNbxelo
――どうしたいの、初月。これは趣味に過ぎない。本気でやろうと、手を抜いてやろうと、どっちだっていいのよ。
諦める、と言えば、きっとそれでもいいと言ってくれるのだろう。
どうもしたくないなんて、誤魔化そうとすれば、きっとすぐにバレてしまうのだろう。
怒られるのかもしれない。
悲しまれるのかもしれない。
呆れられてしまうかもしれない。
……見捨てられてしまうかも、しれない。
それはとてもイヤだった。
だけど、それよりもずっとずっとイヤなことがある。
――……ロードバイクで、速くなりたい。レースに出たい。ぼ、僕は―――。
胸から、熱があふれ出た。言葉が閊(つか)えた。行き場を失った熱量が、瞳から火のように溢れ出して、ぼろぼろと零れ落ちた。
それでも熱は失われなかった。次々に胸の内側に溢れ出す熱が、大粒の涙となっていく。
未だ心に燃えているこの熱を、もう失いたくなかった。誤魔化したくなかった。
539
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/08(日) 04:52:32 ID:zDNbxelo
http://www.youtube.com/watch?v=BIZ-4jUJLk8
「姉さんたちと、ロードレースに出て、優勝したい……みん、など、いっじょ、に……はじりだい、でず……それを、あ、あぎらめだぐ、ない……」
悔しかった。提督に言われた言葉が辛くて、苦しくて、それでもあの三人みたいにすぐに動けなかった自分は『負けた』と思ったのだ。
――だけど負けたという思いから目を逸らした。僕は駄目な奴なんだと、姉さんたちに思われたくなくて。
――悔しくなんてないと、自分に嘘をつこうとした。
だけどもう駄目だった。抑えられなかった。誰が好きとか、何を失いたくないだとか、もう関係なかった。
「僕を、鍛えて、ぐだざい……おねがいじまず、おねがい、じまず」
――ロードバイクが、好きなんだ。
提督が好きだったからじゃなかった。
初月自身が、既に惹かれていた。
呆れたように―――だけど瑞鶴は、優しく笑った。翔鶴と同じ笑みだった。
「ちゃあんと言えるし、泣いちゃうぐらい悔しいなら――――そこにあるじゃない。貴女の燃料」
540
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/12/08(日) 14:44:40 ID:KO6M2MQ6
いっぱい更新されてる!
レースはまだ先かな
541
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/12/08(日) 23:18:47 ID:6ORMXbQA
やっぱ胸熱な台詞は良いな
乙です
542
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/09(月) 23:52:07 ID:y4axZzL6
※忘年会、を、わすれて、た
今のテンションだと邪神系列のしか書けないので明日明後日あたりにどうか、どうか……
543
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/12/10(火) 20:25:43 ID:ugT8qspg
待ってる
544
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/12/10(火) 21:31:21 ID:VlYsF7RQ
>>1
のおかげでクロスバイクを買って自転車にハマって今日ピナレロの17年式GAN S アルテグラを新車で買ったわ
>>1
本当にありがとう
545
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/12(木) 23:28:38 ID:uvs5v5VM
>>544
おお、おめでとうございます! 私のSSの影響で買ってくれたと言われるとすごくうれしいです。こちらこそありがとう。
初のロードバイクでPINARELLO GAN S ULTEGRAとはお目が高い。レースもロングライドもイケちゃいますな。
世界中で高評価な東レのカーボンt700を使用、安心と信頼のスレッド式BB、そして所有欲を満たしバッチリ変速が決まるアルテグラ。
素晴らしい選択だと思います。
艦娘でGAN Sに乗せる予定の子がすでにいたりしますのでお楽しみに。
546
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/12(木) 23:29:53 ID:uvs5v5VM
………
……
…
同日同刻、同鎮守府の異なる場所においても、初月が願ったように、他の艦娘達も同じことを願った。
ロードバイクで速くなりたい、と。
弱い自分に負けたくない、と。
強い自分ですら上回る自分になりたい、と。
吹雪「――ありますよ」
こともなげに、深雪の姉……吹雪はそう言った。己の限界を超える方法は、確かにあるのだと。
深雪は、その言葉を信じた。否応なく信じられた。
何故ならば――誰あろう吹雪こそが、その限界を次々に越えてきた艦娘だからだ。
それは深雪のみならず、彼女の経歴を知る誰もが認めるところだった。その軌跡は決して華やかではなかったかもしれない。だが、深雪は知っている。
決して才能があるとは言えない吹雪は、人よりも多く失敗した。時に涙を流し、時に辛酸を舐めることもあったが、それでも一切腐ることなく、できることを探し、見つけ、挑み、失敗し、成功し、弛まずに歩み続けた。
深雪はそれを知っている。恥ずかしくて本人に言うことはできなかったけれど、いつだって尊敬している姉だった。
547
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/12(木) 23:47:35 ID:uvs5v5VM
吹雪は変わらない。自らを衒うことなく、極端に卑下することもなかった。ありのままの自然体で、いつだって一生懸命だった。
それでも雪風や島風すら上回る駆逐艦最多の出撃数、誰よりも多くの海を越えてきた経験は、確かな自負となって吹雪の中で根付いている。確かな背骨が、真っ直ぐに彼女を立たせている。
その吹雪が言うのだ。同情でもおためごかしでもない。深雪の瞳を真っ直ぐに見つめる瞳には、真実だけがあった。
吹雪「耐久力や強さ、そしてスピード……あらゆるものには物理的な限界というものがあるよね。それは人間でも、もちろん私たち艦娘にもそれはある。
だけどね、深雪ちゃん――『自分の事を自分以上に知ってる人』がいないと思うのは大間違いだよ?
案外、自分で思ってるよりもずっとずっと高い能力があるもの。当の本人が気づいていないだけで、深雪ちゃんもそうだよ」
深雪「……根性論、か?」
吹雪「うーん、それがないわけじゃあないんだけど……それを言っちゃうと、ホラ」
吹雪は苦笑いしながら深雪の背後を指さした。釣られるように深雪が振り返ると、果たしてそこには根性なんて欠片もなさそうなのがいた。
初雪だ。初雪は先ほどのタバタ・プロトコルで見事に結果を出していた。単純な出力だけならば、吹雪型でも最高の結果を叩き出していた。
そんな初雪はゲームをしている。据え置きハードでの格闘ゲームだ。対戦相手は叢雲であるが、その優劣は一目瞭然である。
初雪「なぁにその甘えた攻撃……本気出していいのよ叢雲?」
叢雲「ア、アンタ、この叢雲様を煽って……!?」
548
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/12(木) 23:53:10 ID:uvs5v5VM
淡々と処理を行うように淀みなくスティックとボタンを操作する初雪に対し、叢雲の表情は必死であった。
程なくして、叢雲の本日初めてとなる「きぃいいいいい」という叫び声が上がった。勝敗は、もう見るまでもなかった。
初雪「ハチュユキィ、ウィン」
叢雲「く、き、ぎぎぎ……も、もう一度よ! もう一度勝負!」
初雪「頭まで槍女と化した叢雲に初雪が負ける理由はかけらもないし……」
ぎゃあぎゃあと喚きながらTVゲーム――鳳翔や磯波が言うところのぴこぴこ―――に興じる彼女たちは、とても楽しそうであった。
ひとしきりその様子を眺めた後、深雪は吹雪へ向き直った。
苦虫をかみつぶしたような顔だった。別に勝負していたわけではないが、深雪は思った。
――あたしはあんなのにすら劣るのか、と。
吹雪「深雪ちゃんがさっき言ってた根性論……初雪ちゃんにあると思う?」
深雪「ハハッ、ナイスジョーク」
吹雪「あるよ」
深雪「あるのかよ!!」
549
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/12(木) 23:56:32 ID:uvs5v5VM
猛烈にツッコミを入れる深雪に、助け船を入れるのは白雪だった。
白雪「健全な精神は健全な身体に宿れかし、という言葉がありますね。そう、誤用されまくっているあの言葉です。
正しくは『健全な精神は健全な身体に宿れかし』です。
意味するところは『健全な精神は健全な体に宿るべきなのになあ』という願望というか、そうあれかし、そうあるべきという意味なんですよ」
叢雲「デキムス・ユニウス・ユウェナリスだったかしら? パンとサーカスで有名な?」
白雪「この白雪と格ゲーしながら会話するとか余裕ぶっこいてますねその余裕を撃たせていただくし……!!」
二度目の「きぃいいいいいい!」が響いた。
白雪「……誤用された原因は大体、世界大戦で主要各国が上げたスローガンのせいですが、まあそれは置いておくとして――」
深雪「あたしは……鍛え方、足りねえのか?」
白雪「う、うーん、そっちのネガティブ思考になっちゃいますか、深雪ちゃんは」
叢雲「鍛えは足りてるけれど、単に頭が悪いのよアンタの場合」
いつの間にか叢雲が深雪の横に仏頂面で立っていた。振り返った先では、初雪がうつぶせのまま倒れ伏していた。恐らく槍女に槍されたのだろう。ぴくりとも動かなかった。
550
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/12(木) 23:57:33 ID:uvs5v5VM
※助け船入れるってなんだよ脳味噌邪神かよ
助け船を出すだよね。出す方が邪神っぽい気がしてきた。ので今日はここまで。
551
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/12/13(金) 07:22:53 ID:zBKJ3Lds
乙
それにしても秋月姉妹や鶴姉妹が
身体中から色々なもの排出しつつゼエゼエしている空間に出くわしたら
絶対正気や理性失う自信あるわ
552
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/13(金) 20:26:07 ID:YTX8C94c
※先日の投下で誤字脱字誤記多すぎて死にたくなったので投下し直していいですかダメっすかそうすか
>>548
×:初雪「頭まで槍女と化した叢雲に初雪が負ける理由はかけらもないし……」
○:初雪「頭まで槍女と化した叢雲に初雪が負ける要素はかけらもないし……」
>>549
×:白雪「健全な精神は健全な身体に宿る、という言葉がありますね。そう、誤用されまくっているあの言葉です。
○:白雪「健全な精神は健全な身体に宿れかし、という言葉がありますね。そう、誤用されまくっているあの言葉です。
×:白雪「この白雪と格ゲーしながら会話するとか余裕ぶっこいてますねその余裕を撃たせていただくし……!!」
○:初雪「この初雪と格ゲーしながら会話するとか余裕ぶっこいてますねその余裕を撃たせていただくし……!!」
今日は頑張って投下しよう。
>>551
その反応はきっと健康的な男子としては健全ですが、きっと
>>551
が望む描写はどっかの邪神に満たされたSSの方にあると思うんだ
553
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/14(土) 00:02:18 ID:39liyFfo
そして深雪も動けなくなった。膝をついて五体投地だ。いつもの深雪ならば馬鹿呼ばわりされた怒りで叢雲に噛みついているところだったが、タバタを達成できなかったのが殊の外堪えていたらしい。
吹雪「叢雲ちゃん、言い方」
叢雲「何よ。本当の事じゃない? できるはずのないことをやろうとして、当たり前のように達成できなくて、当たり前の事なのに落ち込む。馬鹿以外のなんだっていうの?」
深雪「た、達成できないのが当たり前なんてわけねえだろ?」
叢雲「――いいえ、少なくとも今のアンタには達成不可能よ。さっき白雪が言ったのとは別に、原因はいくつかあるけれど……まずアンタ、司令官の言うことを鵜呑みにして、馬鹿正直に全力でやりすぎたんだもの」
深雪「………どゆこと? だって全力でやらなきゃ意味がねえトレーニングだろ? そんぐらいあたしだって知ってる……やったことだって、ある」
深雪とて最古参の一人だ。大戦時から提督が指導するトレーニングの中にはタバタ・プロトコルはもちろん、様々なHIIT(High Intensity Interval Training)が含まれていた。
そのやり方は提督から艦隊旗艦たちへと伝えられており、軽巡たちも非常にこのトレーニングを好んでいたし、深雪たちが所属する三水戦――川内もまた頻繁に訓練へ取り入れていた。
名取率いる五水戦――皐月が所属する水雷戦隊もそうだ。神通らが率いる二水戦――朝潮もまた、それを好んだ。だが三者ともに、自転車では失敗した。
深雪も、皐月も、朝潮も、それらを全て達成してきた。だからこそ、今回の失敗はショックだったのだ。
叢雲「自転車でタバタやるのは今回が初めてだったでしょ?」
深雪「そりゃそうだけどよ。結局のところやることは同じだろ!? 全力で20秒間体を動かして、10秒休む! あたしはちゃんとやったぞ? やって、やったけど…………8本目のラストで、全力出せなくなっちまった、けど」
言葉を紡ぐごとに、深雪の気勢が萎れていく。その一方で、叢雲は頭痛を抑え込むようにこめかみを揉んだ――呆れたのだ。深雪が自信なさげに言ったことの、あまりの凄さにである。
554
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/14(土) 00:11:39 ID:39liyFfo
なのに当の深雪が、どれだけ凄まじいことをしているのか、気づいていないのだ。
吹雪もまた気付いていた。白雪も。そして初雪もだ。磯波は深雪と同じグループ枠でタバタ・プロトコルに参加していたため、おそらく気付いていなかっただろう。
叢雲「だからアンタは馬鹿なのよ。いえ、司令官の言葉を借りれば『いい子』なのよ」
深雪「いい子じゃ、駄目だって……だ、だけど」
叢雲「そう。司令官がトレーニング後に言ってたでしょ――『いい子』のままじゃあ、勝てないって」
深雪は目に見えて落ち込んだ。意味が分からなかった。分かったことは一つだけだ。司令官が言うなら、きっと自分はいい子なのだろう、と。だけどそれじゃ勝てないという。
ならば悪い子になろうと思う。だけどその方法が分からない。自分がどうしていい子と呼ばれてしまったか、その原因が分からないからだ。手を抜く、というのはきっと違うと思う。それじゃあトレーニングは、本当に達成できなくなってしまうからだ。
初雪「呆れた――じゃあぶっちゃけ初雪がもう答えの一つを教えてあげるんだけど……」
ピクリとも動かなかった槍女に槍された被害者・初雪がむっくりと起き上がり、深雪にダウナーな雰囲気のままに告げる。
初雪「あのさ、深雪。朝潮も皐月もそうだったけどさ……タバタやってたときはひたすらに『踏む』ペダリングしか、してなかったじゃん?」
深雪「…………え? 駄目なのかあれ?」
叢雲「この、馬鹿……できるわけないでしょ。むしろできるギリギリまでやってのけたアンタは凄いのよ、あんな馬鹿丸出しの手法で!」
555
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/14(土) 22:46:29 ID:39liyFfo
全力、と提督は言った。これが『いい子』にとっての罠なのだ。吹雪たちが推測するに、恐らくは提督が意図的に伏せた罠である。
その全力とはその時折のセットで出せる全力の事を指しており、別にペダルの回し方、使っていい筋肉については指定していない。
だが『己と戦うタイプ』の乗り手は、更に自分を追い込む。
即ち使える筋肉すら特定して、自身を追い込んでいくのだ。
朝潮も、皐月も、深雪も、見事にその罠に嵌ったのだ。だがもし分かっていたとしても、おそらく同様の結果になっただろう。
この三人には、ロードバイクにおいて共通する欠点がある。
――――ペダリングが凄まじく下手という点だ。三名共に、ペダリング時に重要となる引き足を活用できていない。
ペダルをひたすらに踏み続ける。クランクを引き上げる際にも力を籠め続け、あっという間に呼吸は乱れ体力は目減りし、ライディングポジションも崩れ、生簀で餌をねだる鯉の如くに口をパクパクし始めるのだ。
正しい姿勢で正しいペダリングが出来ないというのは、それだけで余計な体力を消耗する要因となる。
吹雪(まあ、だからこそ本当の意味で全力すぎて、正しい意味ではタバタ・プロトコルを行えているんだけれど……それをどうにかしないと、ロードバイクで速くなるという目的には届かないよ)
吹雪はそれをあえて口にしなかった。言わない方が深雪の成長につながるという確信があったのだ。
吹雪自身もペダリングは上手くない。むしろ下手な部類に入る。
だからこそ、吹雪は工夫する。亀の歩みであっても、己の成長を諦めることはしない。
クランクのひと回しひと回しを丁寧に。新雪の野を征くがごとく、己の両脚に、そして足のみならず、自らの肉体の動きに集中して、その反復動作を馴染ませる。
556
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/14(土) 23:20:41 ID:39liyFfo
吹雪「それにね、深雪ちゃん。深雪ちゃん、レストの時にちゃんと休めてた?」
深雪「や、休めてたよ。ちゃんと、次の20秒間で走れるように、必死こいて息を整えてたさ」
吹雪「その時に考えてたことを当てようか? 『はやく呼吸を整えなきゃ』とか『こんなに苦しいのに次の20秒間を走り切れるんだろうか』とか、焦ったり不安に思ってた。そんなところじゃない?」
深雪「…………!」
驚きのあまり言葉が出てこない様子で、深雪は硬直した。まさにその通りだったからだ。
吹雪「それは休めてないよ、深雪ちゃん」
深雪「吹雪は、違う……のか? そんな不安は、なかったの、か?」
吹雪「私がレストの時に考えていたのは、少し違うかな。私はただひたすらに体を楽にできるように姿勢を整えたり、今自分の身体でどこが一番疲弊しているのか探ったり、次のセットではこうやって足を回そうとかイメージしながら、正しいペースで息を吸って吐いて――ただひたすらに回復することに『集中』してたの」
深雪「そ、それ、あたしのと、なんか違うのか?」
初雪「そりゃあ違うよ」
白雪「全然違います」
叢雲「そういうのはオタついてるって言うのよ」
深雪「おめーらあたしにセメントだな!? つーか磯波よぅ!? さっきから黙ってねえで深雪様を助けてくれよ!? 弾幕薄いよ!? 何やってんの!?」
磯波「ごめんなさい。今、浦波ちゃんのマッサージで忙しいから、深雪ちゃんはまた後で……」
557
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/14(土) 23:28:34 ID:39liyFfo
うつぶせにマットに倒れ、息も絶え絶えに喘ぐ浦波と、その浦波の身体を跨ぎ、四肢を献身的に揉み解す磯波に、流石の深雪も押し黙るほかなかった。
浦波はタバタ・プロトコルが終わった瞬間に、支えを失った丸太のように横倒れとなった。
横で監督役としてついていた軽巡が受け止めたため大事なかったが、それが深雪の劣等感をますます煽ったのは言うまでもない。
深雪も本当は気付いていた。吹雪が前述したとおりだ。
「今のあたしには、決定的に集中力が欠けている」と。
――集中するということ。
――精神と肉体は、密接に影響を及ぼし合っているということ。
先ほど白雪が言いかけた、そして言いたかったことの真意はそこにある。
そして初雪もだ。深雪がタバタ・プロトコルに失敗した答え―――その「『一つ』を教えてあげる」と前述したのはそこだ。
肉体と精神のバランス。
心ばかりが先行していては、肉体はついてこない。逆も然りなのだ。精神が肉体の在り方を正しく認識し、それに応じて肉体を動かさねばならない。それこそが健全な精神と健全な肉体の理想的な在り方なのだ。
深雪が失敗した原因は、ペダリングだけに非ず。
何に集中すべきなのかを見定める判断力。そしてその集中をどうやって持ってくるか。どうやったらそれをより強く深く、そして長く維持できるのか。
目的を定め、その目標を達成するための手段として、自身が何をどうすべきかを選択し、それに没頭する力。それが集中力だ。
558
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/15(日) 23:46:10 ID:CfDvoho.
即ち、己の心の火を―――提督が言うところの『燃料』を―――モチベーションを向上・維持するための引き出しが、深雪には足りていない。それが最大の要因と言っても過言ではなかった。
吹雪「集中力を鍛えるということ、高めた集中力を維持できるということ、それは己のパフォーマンスを引き出すことに繋がります。本番で緊張して実力が発揮できないなんてことはよく聞くでしょう? というか、体験がある筈です」
吹雪の丁寧な説明を受け、深雪は頷いた。覚えがある。今でも覚えていることだった。
深雪がまだ鎮守府に着任して、さほど時間が経っていない頃の時だ。
今の新人たちは、しっかりと座学や訓練で実力の下地を作ってから実戦投入――表向きは平和なためあくまでも遠征や資材調達の体ではあるが――されている。
深雪たちの時は、それはなかった。必要最低限な情報を与えられ、軽巡に率いられ、海に飛び出し、敵と戦う。それほどまでに情勢は悪化の一途を辿っていた。沖ノ島を突破するまでの一ヶ月間の内に着任した艦娘達は、皆そんなものだった。
初陣となる深雪はその日、まるで緊張はしていなかった。むしろ浮かれていた。生前は果たせなかった実戦だ。意気軒高で海へと飛び出した。
だけど、そんな気分は続かなかった。海に出てしばらくして、同伴の艦娘達の様子がおかしくなった。深雪と同様、今回が初陣となる駆逐艦たちだ。
単縦陣が――陣形が乱れだす。それに檄を飛ばそうと口を開いて、深雪は声が出ないことに気付いた。喉がカラカラだった。
持たされた水筒で水分を補給しようとした。だけど、どうにもうまく蓋が開かないのだ。
深雪が、自分の指先が震えていることに気付いたのは、その時だった。
艦娘とは大雑把に言えば――人の血と肉と骨でできた身体に、艤装の補助が入った存在。ベースは艦なのか、それとも人なのか。いずれにせよ、艦艇だった頃には存在しなかった感触と心がそこにある。
――出来上がったばかりの心が叫ぶのだ。怖いと。死にたくないと。戦いに赴く前は、あんなにも戦いたかったのに。
気づけば深雪は、他の随伴艦たちと同様に、カチカチと歯を鳴らせて、涙でにじむ視界のまま、朧げな航海をしていた。後悔しながらだ。
559
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/15(日) 23:57:55 ID:CfDvoho.
とても戦える状態ではなかった。だが敵は待たず、確実に航海の先に待ち受けている。そして敵が迫って――――それでも深雪は、いま生きている。
実戦とスポーツの違いが明確に存在するとすれば。軍人と一般人の違いを、あえて明文化するのならば。その答えの一端は、そこにある。
記者会見で、試合前の選手が言う――『命懸けで戦う』と。同じく言う――『全力を尽くす』と。
その言葉は、軍人はもちろん、艦娘の心には響かない。
『お前ら、負けても死ぬわけではないだろう? その死はキャリアや選手としての寿命って意味だ』
『私たちは違う――私たちは負けたら死ぬんだ。死ぬんだよ。本当に』
蔑んでいたわけじゃない。ただ羨ましかった。そういうことができるのが平和なんだって、信じられた。取り戻さなきゃと思った。そのときはそう思ったが――その羨んだ存在に、今の深雪は届かない。
初月もそうだったが、深雪もまたそうだった。大戦時は『海を平和にしたい、静かな海を取り戻したい』という一念があった。執念と言っていい。
提督から発せられるその意思が、艦娘達にも伝播した。何が何でも己でそれを成し遂げて見せるという覚悟を感じたのだ。それが自らの力を高め、信じられないほどの力をひねり出した。
深雪「みんなは、何を燃料にしてんだ?」
吹雪「燃料……集中する時のモチベーションって事だよね? 私はもちろん、楽しむことかな」
深雪「なるほど」
深雪はしっかりとメモした。――芋い、と。
560
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/15(日) 23:58:38 ID:CfDvoho.
白雪「より自分を高めたいって欲求ですね。乗り始めの頃はあちこち体が痛くなって、10kmも走ったところでお尻が痛くなっちゃったりしたけれど、だんだん走れるようになる、速くなってるって言う実感は嬉しいものです」
深雪「なるほどなるほど、あんがと」
深雪はしっかりとメモした。――意識高い系、と。
初雪「達成感以外に何がある? ダルいしツラいことでもさ、できずに終わるのとできて終わるのじゃあ、その後の気持ちに違いが出てくるし……初雪はやればちゃんとできる子だって、ちゃんと証明したいし」
深雪「すげえ納得した」
深雪はしっかりとメモした。――意外とストイック、と。
叢雲「私以外の速いヤツはどいつもこいつも脚攣ってしまえという気持ち」
深雪「前から思ってたけど、やっぱり叢雲ってヤベーやつだな」
深雪はしっかりとメモした。――叢雲はヤベーやつ、と。
深雪「………天龍、は?」
初雪「天龍、好きだよね……深雪は」
白雪「お世話になった人だものね。深雪ちゃん、すごく懐いていましたし。川内さんが妬けちゃうなあなんて茶化すように言ってましたね」
561
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/16(月) 00:05:25 ID:dYxR59vA
叢雲「その天龍がどうやってるのか知りたいなら、明日トレーニングルームに行けばいいじゃない――――今日私たちがやったタバタ、明日は軽巡と重巡の方々がやるそうよ」
――軽巡。つまり、天龍も参加するということだ。
吹雪「深雪ちゃんの心の燃料が、「負けたくない」ってだけなら、いい勉強になると思う。見ているだけできっと、深雪ちゃんに伝わってくるものがある筈」
初雪「ん。初雪も川内さんがどうやってクリアするのか見てみたい」
白雪「私もです」
深雪「そっか……天龍が、走るのか」
呟きながらも、深雪の意識はとても似てはいるが、別のところに集中していた。
深雪の初陣の時。あの時、何があったのか、あまり覚えていなかった。必死に戦ったことは覚えている。駆逐艦一隻を撃破する戦果を上げて、意気軒昂に鎮守府に帰還したころまで、時間が飛んでいる。
――どうして、という言葉が頭にリフレインする。
深雪(あの時、この深雪様はどうして強くなりたいと思ったんだろう―――)
その一端、あるいはすべてが、明日わかる。深雪がロードバイクで速くなりたいという目的を達成するための、燃料は何なのか。その燃料を燃やしつくすほどの火は何なのか。
それが分かるのが、明日の軽巡洋艦・重巡洋艦が実施するタバタ・プロトコルで判明する。
562
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/17(火) 00:13:49 ID:cSOC.1m2
………
……
…
――いい子のままじゃあ、勝てないんだよ。
司令官に言われた言葉がぐるぐると頭の中で廻っている。
朝潮は自分という存在が真っ白になっていくような、得も言えぬ虚脱感に包まれていた。
皐月や深雪もまた悔しがり、落ち込んでいたのは何となく覚えていた。
けれど、朝潮は分かっていた。呼吸を整え、体をほぐし、再びロードバイクにまたがっていても、鬱屈とした心地は晴れない。
朝潮は分かっていた。
――司令官が仰ったあのお言葉は、きっと私にだ。
――私に『だけ』向けられていたんだと。
朝潮の認識は、間違ってはいない。単なる被害妄想というわけではない。概ね間違ってはいない。
実際のところ提督は、その言葉のほとんどを朝潮に向けて放っていた。
だが――肝心な受け手である朝潮が、言葉の真意を勘違いしていた。あえて提督がそれを言わなかったこともある。朝潮本人が気づかねば意味がないと判断したのだろう。
563
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/17(火) 00:20:45 ID:cSOC.1m2
それに気付くことができたならば、朝潮は信じられないほどの成長を遂げると、期待を――否、確信していた。
朝潮(だって、朝潮は……私は、あの言葉を、昔も言われたことが、あった……司令官にも、そして――)
『そんな『いい子』は戦場では通用しませんよ』
――厳しい顔立ちで叱責する神通さん。そして。
『あんたさ……融通が利かなすぎだよ。『いい子』なのは結構だけど、それだけじゃ疲れない? あたしにはさ、なんかさ……あんたが酷く余裕のない奴に見えるよ』
――心配そうに朝潮に構ってきた、敷波にも。
朝潮(お三方とも、きっと清濁を併せて呑むことの重要さを、私に諭してくれていたのだと思う)
正義のみを受け入れるのは狭量なのだと。悪徳を受け入れられる器を持たねばならないのだと。そう説かれていたのだと思う。
朝潮は優秀な艦娘だ。座学においても、訓練においても、この鎮守府における水準以上の成績を残している。
だが、演習や実戦で、まるで結果が振るわなかった時期があった。
564
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/12/17(火) 00:25:30 ID:hOag6kpE
朝潮ちゃん!
565
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/17(火) 00:27:20 ID:cSOC.1m2
ある演習の総評で、朝潮は名指しで神通にとがめられたことがある。
二班に分かれた二水戦の模擬演習結果――もちろん朝潮は惨敗した。
神通『立ち回りが素直すぎます。基本に忠実で、教本通りであることは否定しません。
実に素晴らしい――素晴らしく愚かです。教わったことをなぞるのみ。それをなぞることの難しさはあるでしょう。
ですが朝潮。貴女にとってそれは『とても簡単』でしょう? 楽な方へ楽な方へという考えです』
その言葉の意味が、言われた時には理解できなかった。
だって、正しいことは正しい事じゃあないか――そう思った心を、言葉にして言い返せない自分が、とても惨めに思えた。
神通の言葉の意味を正しく理解できたのは、しばらく経ってからのことだ。
妹たちが、どんどん強くなっていった。
座学でも、訓練でも、そして演習でも。
朝潮は勝てない艦娘だと言われたこともあった。
朝潮(ああ、そうだ……私は、『何も考えていなかった』んだ。勉強して、砲撃や雷撃の訓練を頑張って……だけど、私には人の心が分からない)
目標があっても、そこに至るまでの道筋はいつも一本道だった。それは明確に道が見えているという意味ではない。たった一つの事しかしていない、それ以外にやれることをしらないのだ。
566
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/12/17(火) 00:33:38 ID:GgJjZJWo
神通=サンだって、根はそういう真面目一辺倒だろうに
潜った地獄の数の差か、ソレとも蕨の死が「扉を開けて」しまったのか
567
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/17(火) 00:36:29 ID:cSOC.1m2
――北上さんとは、大違いだ。北上さんはいくつも枝分かれした岐路で、己の道を『それのみ』と選び取った。
――朝潮は、私は……自分がこうなりたいという願望はあっても、ただ我武者羅にやるばかりだった。
――それ以外に道はないのか、探そうともしなかった。何も考えていなかった。なりたい自分が、わからない。
明確なヴィジョンがないのだ。かつて香取の授業で行われた『将来の自分』というテーマの作文で、朝潮は目指すべき目標だけは書けたが、自分がどうなりたいのかだけは、ついに書けなかった。
言われたことをやる。言われたことをやり遂げる。言われたことだけは、教わったことだけは、できた。きっと誰よりもできたという自負がある。
それでも、言われなかったことは? 教わらなかったことは? 初めて相対する物事に、どうやって取り組めばいい?
失敗と敗北を繰り返した。それを経験していれば、未知は既知となる。だが再び新しいことに遭遇してしまえば、朝潮はあっけなく敗北した。
そして今回もまた、朝潮は失敗した。
だから、聞きに来たのだ――神通に。
神通「――貴女は常に気を張っています。常在戦場を問うのであれば素晴らしい事です。ですが日常生活においてのそれは、ただの注意力散漫です」
朝潮は膝をついた。今日も神通の言葉は的確に朝潮の小さな腎臓を狙い打つキドニーブローである。流石だ、と朝潮の表情が苦悶に満ちる。
神通「対潜哨戒任務においては実に頼もしいの一言なのですが、そうして普段から集中力を常に垂れ流していると、いざという時にはからっぽで使えないでしょう?」
朝潮は立ち上がった。今日も神通の言葉は下げてから上げてくる。長良型とは一味違うフォロー溢れた素晴らしい上司の鑑であった。長良型なら下げた後に奈落へ落としてくるという徹底的というか容赦のなさがある。流石だ、と朝潮は口元をへの字にして、再びむんと神通へ向き直る。
568
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/12/17(火) 02:28:14 ID:I0y3/rdk
長良型の方が神通さんより辛口なのか意外だ
569
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/12/17(火) 02:45:52 ID:3gCPMPSs
某所の即堕ち時空の朝潮ちゃんならここらへん上手くやりそう
570
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/12/17(火) 22:30:35 ID:gj/6NAiw
この鎮守府の長良型で、落とすつもりで落とすのは五十鈴だけ
残りは落とす気は特に無いけどナチュラルに落とすねん
571
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/17(火) 23:43:27 ID:cSOC.1m2
神通「ロードバイクは好きですか、朝潮」
力強い声で肯定を返答し、こくこくと頷く。
神通「その気持ちを大事にしましょうね。大事にしながら乗り続けなさい。そして、嫌いになってしまったなら、降りてしまうのもいいでしょう」
今度は返答できなかった。困惑がある。神通の言葉とはとても思えなかった。優しいという意味ではなく、厳しくないという意味だ。
同じことのように思えるが、全く意味が異なる。これが訓練だとして、訓練をやめるなんて言い出した途端――もちろんそんな馬鹿は艦娘に居なかったので想像ではあるが、十中八九―――。
――死ぬでしょう。
朝潮には確信があった。駆逐艦なら誰もがそう思うだろう。つまり確率としては100%ではない『十中八九』が付いていても、そう思った子が十割なので確実絶対に死ぬということだ。
神通「ふふ。不思議ですか? 私の言葉とは思えない、と?」
朝潮は神通がエスパーだと思った。朝潮は顔に出るタイプなので、誰が見ても「ありゃそう思ってやがるな」と確信されてしまう。つまり朝潮の落ち度だ。
神通「貴女がこれからもずっとロードバイクの事が大好きならばいいでしょう。
ですがレースでの結果を求めるというのなら、いくつかの覚悟が必要です。正しさだけではどうにもならないことを、楽しいだけではどうにもできないことを、乗り越える覚悟。
そしてロードバイクの事が、嫌いになってしまう覚悟です」
572
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/19(木) 00:08:24 ID:.GjKxMqA
今度こそ朝潮は、ぽかんと口を開けて固まった。
自ら望んでロードバイクに乗り、それを競わんとレースに参加する。そこまではわかる。だがそれでどうして嫌いになってしまうのか。
神通「分かりませんか、朝潮。それは次までの宿題としておきましょう。あまり時間はありませんよ。遅かれ早かれ、その答えは貴女のもとにやってくる」
提督と違い、神通はあっさりと答えを教えてくれることは少ない。だがその言葉が脅しでないことと、朝潮の事を軽んじて言っているわけではないことは、長い付き合いもあって理解できた。
神通がそう言うのならば、そうなのだろう。必死にならねばならないと、朝潮は強く心に刻んだ――その必死さこそが、彼女に残酷な答えを迎え入れさせることになるとも知らず。
そのアドバイスをしっかりと心の中で反芻することに夢中で――――今の神通がどんな顔をしているのか、朝潮は気付けなかった。
神通(…………その素直さは美徳ですが、争いごとにおいては決して利点とはならない。気付きなさい、朝潮。
――海戦と、レースは、違う。今まで、敵は敵に過ぎなかった。だけど朝潮――レースで争うのは、味方なのですよ。
やはり朝潮、貴女は……)
そこまで考え、神通は首を横に振った。
神通(いいえ)
まだ結論を出すには早いと、二水戦所属の可愛い部下を見定めるには、まだいくつかの段階を経なければならないと、そう自分を戒める。
573
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/19(木) 00:23:14 ID:.GjKxMqA
神通「……いずれにせよ、私から言えることはあまり多くありません。だから――」
神通は薄く笑みを浮かべ、それを見た朝潮の表情が凍った。戦いに赴く際の神通が、時折見せる表情と寸分たがわぬ笑みだった。
神通「明日実施されるタバタ・プロトコルで、私や……他の軽巡・重巡の方々をよく見ておきなさい。きっと――何か伝わるものがあるでしょう」
奇しくも吹雪が深雪へと告げた言葉と同義であった。
硬い唾を飲み込みながら、朝潮は敬礼した。今の時点でも、既に伝わるものがあった。
――神通さんの瞳には、確かな闘志があります。
一体何を見据えての物なのか朝潮には窺い知れぬことだったが、確実に分かるものがある。
――越えたい、と思っている。
自分に。誰かに。その意志で押し通らんとする覇気がある。
歌が聞こえた。二水戦の歌。戦いの歌。意を貫く歌。
――通りませ、通りませ、ここは神通の路なれば。
…
……
………
574
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/19(木) 00:42:12 ID:.GjKxMqA
※キリ良しとする。皐月? さっちゃんは殺月と書いてさつきと読めになっちゃうからね。(嘘です)
次回は皐月視点にするか軽巡・重巡らのタバタにするかは少し考え中です。どっちの方が面白いかな。面白いと思った方にします。
>>564
かわいい!
>>566
真面目にも種類があります。極論を言えば、真面目さが目的になっちゃってるのがこの朝潮。朝潮、その先は地獄ゾ。
ここの神通にとって真面目さは手段に過ぎない。神通、とっくの昔に地獄に在住してるゾ。
神通さんは『いい子』です。提督によって『いい子』の仮面を付けられていますが、その留め金が誰あろう提督の手によって外されようとしている。外れる時にその時の回想シーン入ります。おっぞましいぞ。
>>568
>>570
神通の辛口は入り口に過ぎず、結果的に相手の成長につなげられるようにフォローすることが多いので優しさに通じています。ご立派、旗艦の鑑。
長良型の辛口はありのままそこに起こっている事実を指してセメント攻撃である。
そしてセメント攻撃で落ち込んでるところに「落ち込んでたらまたダメな結果に終わっちゃうよ?」と事実だけど突き付けられると大激痛で救いはねえ物言いが待っている。
「ピンチの自分はヒーローの自分で救うんだお前を救ってくれる都合のいいヒーローはこの世に提督ぐらいしかいねえ」というスパルタ形式。特に五十鈴。提督という保険があるのをわかってる分、とても容赦がない。
>>569
あっちの節穴提督ならまだしも、ここの提督が見抜けない訳ないんだよなあ……。
575
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/12/19(木) 09:58:00 ID:1ryxtM9A
>>574
節(くれだったモノを)穴(に挿れる)提督の方も待ってるよー
576
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/12/19(木) 21:36:46 ID:Ph6AT11g
腹黒朝潮ちゃんすこ
577
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/19(木) 23:05:16 ID:.GjKxMqA
………
……
…
この世界に生まれ落ちた時の事を、今でも覚えている。
聞こえたのは潮騒。鼻孔に広がるむせ返るほどに満ちるのは磯の香り。瞳に映るのは青く澄み渡った空と、どこまでも広がっていく水平線。
それまでは漣一つ立たぬ鏡面の水面へ立っていたはずなのに、足元が酷く揺れていた。鏡面は既にその形を失い、波立った海面となっている。
背後に誰かの気配を感じる。意のままに動く両足を――船首を返せば、見たことのないヒトガタがいる。本来ならば戸惑い、驚き、あるいは恐怖する場面だったのかもしれない。
だけど、どうしようもないほどに彼女たちが『自分の仲間』だとわかった。
初めて耳にする音、初めて嗅ぐ香り、初めて見た風景、初めて出会ったヒト。
全てに奇妙な懐かしさを感じ、どこか温かいものを覚えた。
奇妙というよりそれは異常なのだろうと知ったのは、彼女たちに迎え入れられて、自らが『艦娘』と呼ばれる存在であると、頭で理解した時の事だった。
人は世に生まれ落ちた時、自らが何者なのか理解していることなどないという。周囲の環境を学習し、次第に自己を確立していくものだ。
だけど、彼女にはすぐに自分の名前が分かった。そしてその役割も。何をするべく、この世に生まれたのかも。
元大日本帝国海軍の艦艇。峯風型・神風型の流れを汲む最後の艦型。
――ボクは睦月型駆逐艦五番艦――『皐月』なんだと。
578
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/19(木) 23:21:44 ID:.GjKxMqA
だけど、今はもうそれが分からなくなっていた。戦うために生まれたはずだ。そのためだったのに、戦争は終わったという。
終わったことを聞いて、皐月は当初こそ素直にそれを喜んだ。もう戦わなくていいんだと思えた。これからは楽しい日々が待っているんだと、無邪気にそう信じられた。
その平和が見せかけの平和だと知ったのは、すぐのこと。皐月はとてもしょんぼりした。
鍛錬は続く。訓練は続く。密かに、戦争は続く。大人の事情というものらしいとは、皐月が所属する第五水雷戦隊旗艦・名取からの説明だ。
皐月には難しくてよくわからない話だったが、日本が一人勝ちをしている状況や、深海棲艦によって皮肉にも人の悪行が制限されているという事実、そして戦後の艦娘達の扱い――それを考えた時、提督がブチ切れながら出した結論はこれが限りなく最善に近い次善なのだという。
それでも皐月は納得した。よくわからないけれど、司令官がいいというならそれでいいのだ。カワイイのだ。だからよしなのである。
何より――提督に貰ったロードバイクに乗るのは、すごく楽しかった。
だけど、いつからだろう。どこか頭にチラつくものがあった。それがはっきりとわかったのは、先刻のタバタ・プロトコルに挑んだ時の事。
自らが生きる理由を。
存在することの価値を。
戦争するために生まれてきたはずの自分は、一体何をやっている?
冷めた自分が頭の中で自分に囁くのだ。
『いい子では勝てない』と提督は――司令官は、そう言った。だけど、もしもそのことで思い悩む自分が『いい子』なのだとしたら。
――ボクは、悪い子になりたくない。
579
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/19(木) 23:42:21 ID:.GjKxMqA
提督「――――で、皐月よ。そんなことを悩んじゃった君は真っ先に俺のところに飛んで来るんだな。さてはおまえ俺の事が好きすぎだろ? 今日も最強にカワイイやつだなおまえは」
皐月「いっ……な、なんで司令官はいきなり茶化すかなあ!? ボク、大真面目に言ってるんだよ!? 可愛くないなあ!!」
提督「おまかわ。そんな怒るな。そしてあんま詰め寄るな。それ以上近づかれると不可抗力とはいえ、皐月のカワイイスカートのカワイイ中身が見えちまうぞ」
皐月「ッ、司令官のえっち!! セクハラだぁ!!」
ムキー、とスカートを押さえながら顔を真っ赤にしてぷんぷん怒る皐月のやや下方から、からからと笑い声が響く。むしろ未然に防いでるあたり超健全だろうがと、欠片も悪びれない男だった。
人気のなくなったトレーニングルーム内、トレーニングマットが敷かれた区画内で、提督は逆立ちしていた。
提督が前述した言葉通り、皐月はタバタ・プロトコルを終えて解散となった後、ルーム内に人気がなくなったのを見計らって司令官と話をすべく突撃した。
どうして逆立ちしているのかを問いただせば、『軍人としてのトレーニング』だという。成程、体力の向上や維持に努めるのは軍人として正しい在り方だろう。皐月はそれを咎めるほど狭量ではないし、その権限もない。
だが、皐月とて突っ込みたいところがいっぱいある。
例えばその逆立ちが、一般的にイメージされるそれとは逸脱しすぎた代物だとか。
片手倒立である。しかもマットに接地しているのは左手の指先だけだ。75kgはあるだろう提督の肉体――両脚先を綺麗に揃えて、天井から糸で釣られているのではないかと錯覚するほどの見事な倒立を成し遂げている。
そんな状態で制止するならまだしも、あろうことか腕立て伏せをやっていた。皐月はこんなエグい倒立を見たことがなかった。メッチャキレッキレであった。よどみなく提督の身体は上下する。
皐月は筋肉が好きである。ぶっちゃけ提督ほど素晴らしい筋肉の持ち主には、鎮守府広しトレーニングスタッフや憲兵多しといえど、同性ではお目にかかったことがない。女性では長良とか長門とか、同じ駆逐艦なら天霧や朧だ。ありゃあすごい。
しかも提督は上半身裸で、余すところなく筋肉の躍動が皐月の視界に飛び込んでくる。プッシュアップ動作で身体が上下するたびに玉のような汗がデコボコとした肉体を滑り落ちていく様は、皐月には目の毒すぎた。
580
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/21(土) 01:25:52 ID:7mbL1rnA
提督「それでどうするんだ? ああ、悪いが話は引き続きこのままの体勢で聞くぞ? コレも俺の仕事の内だからな。今日は加圧スーツ着てないから回数こなさにゃならん。なあに、あとたった50回だ」
なお既に右手は実施済みだという。左手側では皐月が覚えている限り、既に50回を数えている。
皐月「司令官は一体何を目指してるんだい!? 最強かな!?」
提督「馬鹿言え、とっくの昔に世界最強の艦隊司令官だ。しかも現役。交流がてらの他鎮守府との演習で負けなし。実戦でもブッチギリでトップの戦果。違うか?」
皐月(フィジカルの話してんのになんか強引に話が変えられた気がするんだけど、本気で言ってるなあ! 事実だもんね!)
提督の言葉には事実を背景とした凄みがあった。少しばかり話がねじ曲がったとしても、そこに確かな実績や肩書、立場というものが付随すると妙に説得力のある言葉に聞こえてくる。これも一つの力である。
提督「……さて、話の続きだ。君の言いたいことはわかった。そのうえで問うが、皐月はどうしたい?」
皐月「ど、どうしたいって……」
提督「よし、聞き方を変えよう。皐月はどうなりたい? 少しずつでいいから、自分の中にある望みを口に出してみろ。その望みを叶える過程や、立ちはだかるであろう障害は無視していい」
皐月「無視していいって……でも、それが一番大事なんじゃ……」
提督「忘れたか、皐月。かつて俺は教えたはずだな? 夢はデカく持てって」
皐月「あの、ボク……そういう不安があって、どうにも集中できないって話をしてたと思うんだけど」
提督「ああ、そうだな。その話からブレてねーぞ」
581
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/21(土) 01:36:15 ID:7mbL1rnA
皐月「えっ」
提督「集中力を発揮するために必要な要素はいくつかある。その中の一つが『喜び』や『楽しみ』と言ったプラスの感情だ……っと、ぷはー、これで終わりだ」
エグいプッシュアップを終え、器用に体を折り曲げて両脚でマットの上に立つ提督。いい汗かいたと言わんばかりに微笑む姿に、皐月はドギマギした。
先ほどまでは鬼が宿ってそうな提督の背中を見て会話していたのが、急に提督の胸元が視界に飛び込んでくればキョドりもする。
司令官は、皐月がかつて知っていた司令官とは違う。こうして対峙するとますます理解できた。
着任当初から、皐月と比べて頭一つ分大きかった司令官は、既に頭二つ分以上身長で引き離されていた。
かつては少年の域を出ない、どこか女性的ですらあった端正な顔立ちも変わった。綺麗な顔立ちは変わらないが、背丈が伸びてしっかりと筋肉が付き、匂い立つような男の風格を備え始めている。
熱い吐息を腹式呼吸で整えながら、汗拭きタオルで首元を拭うさまも、その度に収縮と弛緩を交互に繰り返す筋肉の動きも、皐月の眼を惹き付けてやまなかった。
提督「夢中になれることって楽しいよな。終わってみるとあっという間に時間が過ぎていたような錯覚を覚えたことがあるだろう? 皐月が俺の胸をさっきからチラチラ見てるのもある意味では集中力が働いている結果だ」
皐月「ッ、ボ、ボボボボボクをいつ司令官のムネに大好きで夢中だって証拠だよ!?」
提督(初々しいなあ。この純朴さの一割ほどが木曾にもあって欲しかった)
結果はあの進駐軍も真っ青な、風呂場への強制連行である。苦笑しながらタオルを首にかけ、マット横のベンチに腰掛ける。
ちょいちょいと手招きすれば、真っ赤な顔をした皐月はしぶしぶながら提督の横にちょこんと腰かけた。
582
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/21(土) 01:47:09 ID:7mbL1rnA
提督「矛盾しているように聞こえるかもしれんがな。苦しいことをやり遂げるために必要なものがまさにそれだ。楽しむということ。よく言うだろ?」
――『楽しいことは、苦にならない』。この言葉を聞いて皐月が思い出すのは、やはり天龍だった。皐月は第五水雷戦隊所属だったが、数えきれないほど天龍や龍田と共に出撃や輸送任務を行ったことがある。
何のことはない。天龍の口癖がまさにそれだったのだ。そこまで考えたところで、ふと皐月は気づいた。その言葉の意味を、深く考えたことは今まであっただろうかと。
提督「文字通りそれよ。楽しさで苦しさを忘れちまおうかって手法だ。苦しさそのものを楽しめと言っているわけじゃあない。それは若葉だ」
皐月「若葉ちゃんへの熱い風評被害をやめよう!」
提督「根も葉もある時点で事実なんだよなあ。話ズレそうだから戻すけど、要は苦しさの中に、あるいはそれを乗り切った先にある楽しさを見出すことで、モチベーションも上がれば発揮できるパフォーマンスも上がる。一種の自己暗示だな」
提督はいくつか例を挙げて説明を続けてくれた。
純粋にフィットネスとしての側面で、これをやり切れば筋肉が増強するぞ、代謝が増えて痩せることができるぞ、とか。心肺機能が上がるぞ、強い強度でもっと長く走ることができるようになるぞ、とか。
こんな苦しいことができる自分って凄いなという達成感。それは自信と誇りに繋がる、確かにプラスとなることだと。短期的な夢ならばそれでいいのだという。だがもっと大きなことを目指すのならば、
提督「レースで勝ちたいって思うなら、勝った自分を……『勝てる自分』をイメージしなきゃな」
皐月「ッ……」
工夫が必要だという。
583
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/12/21(土) 10:27:48 ID:6Pxom5.I
F1のチームよろしく鎮守府の人間サイドで
提督以外にロードバイクに関わってるスタッフはおらんのかね
ふと思ってしまった
584
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/22(日) 01:55:15 ID:5NNworRw
提督「それにな、皐月よ。前提からして少しズレてるぞ君は。集中できない理由があるのならそれを排除しちまえばいいだけの事だし、何より集中しよう集中しようと思って集中できないなら、集中へ至るためのアプローチを変えていかねばならない」
皐月「え? そ、それってどういう……?」
提督「まずは気が散る要素からな。コイツを消すぞ。これから集中しなきゃって時に、君が言った『こんなことをしてていいのか』っていう、ミョーな罪悪感にも似た疑問が湧くってところ。ブチ消すぞ。こいつは簡単だぜ。速攻で消し去ることができる――スライム相手に使うニフラムのようにな」
皐月「じょ、冗談だろう、司令官? そんな都合のいい呪文みたいな……」
提督「冗談なんかじゃない。本当に一言で済む」
皐月「ど、どうすればいいの?」
提督「よろしい、魔法の言葉を教えてやろう」
もったいつけるように腕を組み、提督はカッと目を見開いて――言った。
提督「そんな疑問が浮かんで来たら、次からこう思え……あるいは叫べ!」
皐月「はい!」
提督「『全部司令官のせいだ。あの野郎……!!』だ!」
皐月「はい! ………は!? え!? ええ…………?」
提督「あるいはこうだ……『よし、司令官に相談して、そういう悩みは全部考えてもらおう!』だ!」
585
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/22(日) 01:59:09 ID:5NNworRw
皐月「ボク……いい子じゃなきゃ絶対嫌ってわけじゃないけれど……そんな最低最悪な子にはなりたくないよ……」
それは丸投げである、と皐月は思った。
絶対にやってはいけないことだし、やりたくないことだとも思った。
提督「何がだ?」
皐月「だ、だって、そんな……ボク、そんな大事なこと、司令官に押し付けられない……」
提督「押し付けられてないぞ?」
皐月「え?」
皐月は見上げるように首を傾けた。心底不思議と言わんばかりの表情をした提督は、ぽつりと零すように言う。
提督「今、ちゃんと俺に相談してくれたろ?」
皐月「――――」
今度こそ皐月は、思考が止まった。微笑む提督が手を伸ばし、金色の髪の頭頂部を、ぽんぽんと叩くように撫ぜる。
かっと皐月の胸の中に、熱がこもった。それはきっと、足りないと言われていた『燃料』だ。そこに火がつこうとしている。
586
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/22(日) 02:03:16 ID:5NNworRw
提督「ごめんな、皐月。君は真面目で頑張り屋で、いつも明るい笑顔で俺を元気にしてくれる。だからきっと、甘えちまってたんだな――そんなに悩んでたなんて、気づかなかったのは俺の落ち度だ」
その表情に嘘はなかった。皐月にはないとしか感じられなかったし、頭を撫でてくれる掌がとても温かくて優しかったから、司令官は本当にそう思っているんだと確信できた。
提督「相談してくれてありがとう。すぐに答えは出ないかもしれないけれど、考えような――俺と皐月で、一緒にだ。皆も巻き込んじまおうか?」
皐月「っ…………」
提督「ん」
皐月「う゛ん……」
声が濁り、皐月の瞳にはまた涙が滲みそうになった。タバタ・プロトコルを失敗した時の悔しさとは違う、嬉しさに端を発する涙は、止められそうになかった。
自分の頭に乗っている、節くれだった男の指から伝わる温かさが嬉しかった。この絶対的な安堵を与えてくれる掌が、皐月は好きだった。
それでも、零れ落ちる寸前で、乱暴に袖で目元を拭った。今は泣くときじゃないと、そんな意地があった。
提督「よし、一個解決だ。じゃあ次な。集中したいって時だ。そもそも『集中しよう』とか、『集中しなきゃ駄目』とか思ってる時点で力みが入ってる。それはわかるよな?」
皐月「あっ、そ、そうか……前に座学で教わったっけ。ルーティンとか、ゾーンとか……集中に入る、技法」
皐月もまた古参だ。そうした海戦で役立つ集中力の底上げや、それを発揮するための準備など、座学で一通り叩き込まれている。
587
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/22(日) 23:43:25 ID:5NNworRw
提督「皐月。君は俺の事を信じているか?」
皐月「う、うん! もちろんだよ、司令官!」
提督「んじゃ、少し付き合え――ロードバイク乗るぞ。ローラー台でだ。ただし――」
指を立てて、提督は言う。
提督「今度は負荷をかけず、ゆっくり乗る」
皐月「え? それって、トレーニングじゃ……」
提督「有酸素レベルだからな。俺の筋トレ後のサイクリングに付き合ってくれ。皐月は好きに回していいよ。ただし丁寧にな」
皐月「わ、わかった! ボク、ロードバイク取ってくるね!」
ぱたぱたと忙しない様子でロードバイクを取りに行く皐月は、まだ気づいていない。
これが提督からの教導なのだと。
バイクを二揃え。一つは提督のピナレロ・ドグマF8。並ぶのは皐月のロードバイク。
提督「俺の言葉をイメージしながら走れ。勝つイメージのプロセスの一例を、おまえに刷り込ませる」
皐月「わ、わかった! いつでもこい!」
588
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/22(日) 23:59:06 ID:5NNworRw
皐月は自然と、目を閉じていた。体幹を意識し、両足の回転にのみ意識を費やす。
――思考にノイズが走る。こんなことをしてていいのだろうか。
皐月「し、司令官や皆と考える! 今はロードバイク!」
提督「お、いいぞ。その意気だ。次はこう考えろ」
提督の言葉に耳を傾ける。これは簡単に集中できた。何を言ってくれるのだろう、何を教えてくれるのだろう、心の中にわくわくがいっぱいだ。
提督「まずは己のレベルを知れ。お前たちは今、ロードバイク乗りとしての練度は1だ。どいつもこいつも団栗の背比べよ」
――そうだ。みんな一緒なんだ。海戦の時とは違う。才能が有る無しは仕方ないことかもしれないけれど、始めた時期はそう変わらない。
提督「ロードバイクに勝つためのトレーニングは厳しい。今日のタバタ・プロコトルなんて序の口だ。アレを30分にわたって行うHIITだってある。
それは想像するにも恐ろしくキツいだろう。勝利のためとはいえ、その前に凄まじい艱難を極め、乗り越えるために幾多の難渋を強いる」
皐月の眉根が苦渋によって寄せられる。そんな苦しいトレーニングじゃ、とても達成できている自分をイメージできない。
だけど、提督はどんどん言葉を紡ぐ。
589
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/23(月) 00:01:22 ID:1nwj.P5c
提督「しょうがねえさ。最初はちっぽけなもんだ。振り返ってみてみれば、なんのこたあない。あんなちっぽけなもんに自分は苦戦してたのか――――後になればそう思うさ」
――それは皐月がもう強くなっていくことをイメージさせてくれる言葉。
提督「でもな、思い返すべきはそこではない。そこについてきたモノこそが、原動力になる」
――思い返すこと。即ち実績。司令官に褒められた。旗艦の名取さんに褒めてもらえた。MVPを取った時。つまり敵をやっつけた時だ。
この時、皐月の中からは『今それをすべきなのに、どうしてここでロードバイクに乗っているのか』という疑問は想起されなかった。
提督「思い返してみろ。海の上でも、陸の上でもどこでもいい。クリアできなかった課題をクリアできたときの達成感を」
倒せなかった敵を倒せた。演習で勝った。お料理ができるようになった。将棋で勝った。
次は――ロードバイクで勝つ。
提督「その時、褒めてくれた友達はいたか? 仲間はいたか? 憧れた者でもいい。部下でも上司でもいい。あるだろう、そんな思い出が。無い子はいない筈だ」
――ロードレースでは、それはまだいない。だけど勝てばきっと褒めてくれる。
――睦月型の姉や妹たち。艦娘の友達。名取さん。そして、司令官。
590
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/23(月) 00:01:58 ID:1nwj.P5c
提督「仲間たちと掴んだ勝利は、どんな気持ちだった?」
あれは、あれは―――言葉にできなかった。あんなに嬉しくて、そのあまり疲れが完全にどこかへ消えていく心地だった。
提督「それを誇らしいと思えるなら、きっとそれはお前たちの中で黄金にも勝る宝だろうよ」
――そうだ、誇らしかった。ボクが頑張れば頑張るだけ、海は平和に近づいていくのが分かった。あんなに嬉しかったものはない。こんなにも頼もしい自信はない。
提督「悔しいこともあっただろう。辛いこともあっただろう。これからもある。今日かもしれない。明日かもしれない。だけど」
――ロードバイクにおける悔しい事、辛い事、それはわかる。練習だろう。毎日毎日乗り続ける。きっとしんどいものだろう。
提督「笑っていた時の記憶が多い方が、嬉しいよな。笑える記憶にしたいよな。だから今のうちにズルして備えちまおうぜ。レースやるって話は聞いただろう?」
――それでも、それに見合うものがあると信じて足を回す。
提督「お客さんもいっぱいくる。艦娘が陸上で、ロードバイクで走ったらどんなことになるのか――――好奇心で来る人もいる。応援に来てくれるファンだって来るぞ。知ってたか、おまえらには少なくないファンがいる」
――お客さん。外部の一般国民の人たちすら集めてのロードレース大会。
591
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/23(月) 00:03:35 ID:1nwj.P5c
提督「友達だって来てくれる。他の鎮守府にも、いくつか招待状を出した」
――容易くイメージできた。知っている艦娘達が大勢来てくれる。
提督「苦しいレースになるだろうか。いやいや、自分が大きく逃げ切って、大勝ちしてしまうかも」
――ああ、きっとそれはとても苦しい。悔しい思いを味わうかもしれない。あるいはとても楽しい気分になれるのかもしれない。皆を出し抜いて逃げなんて、とてもワクワクしてしまう。観客のみんなが、誰もがボクを見ている。
提督「だけど、やっぱり苦しいよな。そんな時に、声をかけてくれる。見知らぬ女性が、男性かもしれない、おじいさんやおばあさん、子供かもしれない」
――見える。コースの両脇に設置された仕切り板の向こうで、観客が叫んでる。その名前が、ボクのだったら、ボクの名前を呼んでくれるなら。
提督「口を大きく開けて、言ってくれるんですよ――――皐月、がんばれ、がんばって……って」
――ふと、力が入った。すっかりタバタ・プロトコルで腑抜けた両脚が、どんどん回転数とトルクを上げていく。そうしたかったからだ。まるで苦しくないからだ。
何よりも――楽しかった。
提督「海の上じゃ、仲間同士で掛け合っていた言葉だろ。通信越しだったこともある。直接かけられる時は、曳航する時される時だ。それが、かけられる」
592
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/23(月) 00:05:51 ID:1nwj.P5c
万雷の声が聞こえるのだ。島風と夕張がやり合った時の、数十倍もの言葉だ。
提督「嬉しい、だろうなあ。でももっと嬉しい声をかけてくれる――――ゴール前で」
――皐月のイメージは、像を結んだ。あっさりと想像できる。今自分が置かれている状況を正しい意味で幻覚し、その世界で――。
提督「そんな衆人環視の中で―――――この中の誰かがチャンピオンに……カンピオニッシモになる」
チームレースじゃ、エースをゴール前へ送り出すアシストがいるだろう。その姿を見届けることができる位置にいるだろうか。いないのならば、歓声が答えを運んでくれるかもしれない」
勝利する。駆逐艦・潜水艦で厄介なエースは限られている。その厄介な奴らのどんなちょっかいがあろうと、理想のボクはへっちゃらへーな飄々さで、彼女たちを出し抜く。そして――。
提督「接戦のスプリントか? 白熱のヒルクライムか? 怒涛の逃げ切り大勝利か? いやいや意外な結末に終わるかもしれない。己がその勝利を掴める時を、想え。ありったけの気持ちで想え――――」
スプリントでも! ヒルクライムでも! 逃げ切りでも! ダウンヒルやアップダウンでだって!! ボクが勝つ! 勝ったら、それは――。
提督「勝った。勝ったぞ! 自分が! 自分のチームが! 勝った! 勝ったんだ!! ってな!」
――うれしい。うれしい! うれしい! こんなに、うれしいことはないと思えた!
593
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/23(月) 00:11:18 ID:1nwj.P5c
提督「……目を開けろ、皐月」
皐月「……はぁ、はぁ、はぁっ、はぁっ」
提督「――できたじゃねえか、タバタ」
皐月「はぁ、はぁ……は? え、え? あ、あれ……?」
自転車から降りようとビンディングペダルを外した途端、身体から力が抜けた。そのまま引力に従うまま、皐月の身体はゆっくりとマットレスに頭から吸い込まれていき――。
――提督の両腕で、抱きとめられる。
皐月「し、しれぇ、か……ぼ、ボク……?」
提督「その感覚を覚えておけ。お前は今、タバタ・プロトコルを実施した。あっという間だったろ?」
提督の話術に従っていたら、自然とペダルを回す速度が速くなり、時にゆっくりと回し、再び激しく―――皐月が気付いていないだけで、それは20秒×10秒×8セットの、タバタ・プロトコルだった。
それを皐月は今度こそ見事に――達成していた。もちろん出力はガタ落ちしていた。でも持てる全てを『出し尽くした』のだ。
提督「――それが、集中だ」
皐月だけはこの日――掟破りの二度目のタバタ・プロトコルに挑み、それを見事に達成した。
594
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/23(月) 00:21:00 ID:1nwj.P5c
提督「この世で最も得難く、そして心を躍らせるものの一つは、いつだって最高の勝利だ。堪らないだろ、今感じてる充足感は」
皐月「はぁっ、はぁっ、う、ぅん……そ、だ、ね、けほっ、けほ、これ、くせに、な、り……こほっ」
提督「ああ、まだ無理に喋んな。筋肉も疲弊してんだし、呼吸整ったらプロテイン飲め、ほら」
皐月「はぁっ、あ、ありが、と……はっ、はぁっ、ぐ、ごく……ッ!? げほっ、げっほ!!」
提督「呼吸整ったらって言っただろ? 落ち着け、皐月。ほら、口元拭くぞ。零れちまってる」
皐月「ご、ごめ、ん。で、でも、う、うれしくて、はぁ、ぜぇっ」
心に満ちる炎。まだ燃料がそこにあった。
尽きることなく燃え上がっている。
心臓の音の高鳴りと同時に、熱く熱く全身に燃え広がりそうな気分だった。
皐月「司令官、ボ、ボク……悪い子、に、なっちゃ、った……?」
提督「――ハッ、何言ってやがる。皐月はいい子のままだ。いい子のままで――やってのけちまったな。凄いやつだぜ」
皐月「そ、そっか、あは、あははっ……ボク、嬉しい」
――ボクはきゅっと抱き留めてくれる司令官の首に抱き着いた。本当に嬉しかったのだ。
595
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/12/23(月) 22:53:16 ID:y00LOtAg
熱いじゃねぇか……!
596
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/12/23(月) 23:21:23 ID:vqxSdj1o
素晴らしいアツさ
597
:
◆gBmENbmfgY
:2019/12/24(火) 23:31:44 ID:jcHdMFYE
※今日明日(ヘタすりゃ明後日まで)は書き溜め中。
比較にならんほど熱いヤツを。
ストーブもヒーターもいらん奴を頑張ります
598
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/12/24(火) 23:42:09 ID:TxAfZSrc
待ってる
599
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2019/12/25(水) 01:03:53 ID:y48bl8x.
ロード提督(もはやロードバイク提督ですらなくLord提督)が規格外にストイック過ぎて、実家の老舗料亭に行ったらドーピングコンソメスープとか喰わされるんちゃうか疑惑ががが
正直、軽重問わず巡洋艦でタバタ失敗する面子はなかなか想像つかない
加古なんか失敗しそうだけど、初雪が達成してると途端にヤれそうに見えるから恐い
「典型的な『他人と競うタイプ』」の阿賀野はちょっと怪しいかもだが、むしろ長良への対抗意識を自覚したら捩じ伏せるくらいの馬力ありそう
那珂ちゃん・・・は無いな、此所の那珂ちゃんは那珂ちゃん=サンだから
600
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2020/01/19(日) 05:43:45 ID:mZ6Wicb2
待ってます
601
:
◆gBmENbmfgY
:2020/01/21(火) 23:09:56 ID:ML9/ZEiM
見た目通りにか細く、弱々しい腕で縋りついてくる皐月の身体を抱き上げる。掌から伝わる運動の熱、吐息と共に上下する胸元、しっとりとした汗までもが熱い。
苦しげに息を乱し、くったりと力の抜けた皐月の軽い体は、すんなりと持ち上がった。
煽情的でさえある汗だくの肢体の熱さは湯殿のそれ、若い活力の漲る肌には張りがあった。そんな皐月を抱き上げる提督は、不埒とは程遠いことを考えていた。
提督(――ふむ。俺の言霊にずっぽりはまり込む子は他にも何人かはいた。司令部施設を用いた海戦においてだが……皐月はこれほど高い適応率は示さなかった筈。
それは海戦ではなくレース――自身の勝利を空想する、イメージするという点において適性があるということ。
ならば皐月、おまえは――)
提督は確信する。
――皐月はチームレースにおけるエースが備えて然るべき勝利へのヴィジョンを持てるようになるかもしれない、と。
提督(文月や望月が向いていると思ったが、皐月も負けていないな。皐月は、勝利することをモチベーションにできる引き出しを得た。これでコイツに好敵手が出てくれば……楽しくなってきた)
そんな乗り手になるのだろう。提督の最近の楽しみはそれだ。
艦娘が新たに艦隊に加わるたびに、提督は喜びと期待で胸がわくわくした。その気持ちが、今度はロードバイクに乗る艦娘の数だけ同時にやってくる。
酷く高揚した。提督はロードバイクが大好きで、艦娘達の事も大好きなのだ。彼女たちはそれぞれどんな乗り手を目指すのだろう。どんなレースを見せてくれるのだろう。
個人では? チームでは? ステージレースでは? 時にはロングライドもいいだろう。シクロクロスも悪くない。
602
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2020/01/27(月) 22:05:22 ID:gpl.IXiE
きたー( ・∇・)
603
:
◆gBmENbmfgY
:2020/02/02(日) 23:57:44 ID:fwcE2siY
そんな折だ。
――司令官は、立派だもの。なんだってできる人だもの。
ふとそんな言葉が脳裏をよぎる。イムヤに言われた言葉だ。イムヤだけではない。二十年に満たない人生の中で、似たような言葉を聞いた。
時に称賛として。
時に嫉妬として。
時に怨嗟として。
時に憎悪として。
時に嫌味として。
言われ続けてきた。そんな人生を送って来た。出来ない事なんてなかった。
提督(なんでもできるってことはな、イムヤ。なんにもできないことと同じだよ)
その未知の最高峰に立つ人間には勝てないということだ。それ一辺倒にやってきた人には絶対に勝てないのだ。
それでも勝てたとしたら、それは最初から底の浅いものだったのだろう。才能で努力を覆してしまえる程度のものなのだろう。
だから提督は選んだのだ。
604
:
◆gBmENbmfgY
:2020/02/03(月) 00:00:55 ID:RuHXJyBE
なんでもできる彼が、何か一つだけは『誰よりも』できるようになりたいと。
深海棲艦の侵攻により、提督は『誰よりも』を一つ手に入れた。
――司令官としての能力だ。
では、次は?
提督(――ロードバイクにも、才能というものはある。あらゆるスポーツには全てあると言っても過言ではない)
提督は見たかった。才能の輝きに惹かれている一方で、才無き者たちがどこまでやってくれるのか。
ロードバイク――ロードレースは過酷なスポーツだ。それに参加することは、時に楽しみを奪ってしまう。神通が朝潮に対し危惧していたことがまさにそれだった。
一踏みで軽く進んでいく自転車への高揚を楽しむ余地は、そこにはない。
移り変わる風景を眺める暇はない。困難な坂道を駆けあがった後の達成感もない。
心地よい風や、時に障害となる風を感じて、時にはしゃぎ、時に悲鳴を上げて、しかしそこにいる誰かと笑いながら走る――そんな潤いはない。
――勝利のために、走るからだ。
定められた食事制限。ステージレースともなれば日に日に体力と共に体重が落ちていく。それでも食べねば走れない。娯楽と化した食事は、機械的な栄養摂取の場に成り代わる。
好きなものを好きな時に食べられない。これまでは好きなことをできていた余暇の時間を、ロードレースの練習や勉強が埋めてしまう。
605
:
◆gBmENbmfgY
:2020/02/03(月) 00:06:37 ID:RuHXJyBE
練習に次ぐ練習。好きな分野、得意な分野のみならず、苦手な走り方、苦痛に感じるコース、全てを走り続ける。
辛く、苦しく、もう嫌だと思う――それでも走る。その果てにある栄光を信じてだ。
ロードバイクはまさに『努力が結果に反映しやすい』スポーツなのだ。努力が報われてくれる。素晴らしいことだと提督は思う。その一方で――。
提督(皮肉なことに、俺の大好きなあいつらには、頑張る奴らしかいない)
個人レースの頂点に立つ者は一人。チームレースでは1チーム。
スプリント賞はある。山岳賞もある。敢闘賞や、新たに着任した艦娘達がロードレースに興味を示し、その身を投じていくのならば、新人賞も用意されるのだろう。
しかしその枠は限られている。涙の味を知るものは出てくる。何度大会を開催するだろう。十回だろうか、それとも百回だろうか。
その全てで負け続ける者は、きっと出てくる。
それでも、と提督は思った。
提督(俺の想定を覆す偉大な結果を、俺の予想を凌駕する見事な成長を、俺の期待を上回る灼熱のレースを。
それを見せてくれないかと、見せて欲しいと、願う自分がいる)
きっとこれは己のエゴなのだろうと提督は思った。レースの楽しさを知って欲しいと思う一方で、負けて泣き出す子の顔を見たくはない。
606
:
◆B2mIQalgXs
:2020/03/10(火) 23:19:25 ID:mIVCJMso
これが艦隊戦ならば、敵が深海棲艦ならば。
何が何でも勝つという気概を持って、出来ることをやればよかった。
勝利を目指せばいい。
全ての艦娘に共通する勝利だ。目指す場所は同じで、辿り着く場所は一つだ。
艦隊の勝利は全員の勝利。
だが今回の勝利は、得られる枠がひとつっきりだ。
提督(我ながら度し難い。俺が長良に告げた言葉がそっくりそのまま俺を呪っている)
『俺は、司令官だからな』
――提督は、誰も贔屓することができない。
レースに出場するならば、もう全員が平等なのだ。海戦とは違う。最前線には最前線の、突撃部隊には突撃部隊への、支援艦隊には支援艦隊への、それに応じた指示を出せる。
――提督は、誰も助けることができない。
艦娘達が日常を送る上での労働シフトも各々が異なる。即ち練習時間や、練習する相手の質や量にも差が出てくる。
この合宿一つとってもそうだった。初日から七日間通しで参加できる艦娘もいれば、途中から参加する者もいる。隔日参加する者もいる。
――提督は、誰も平等に接することができない。
607
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/10(火) 23:26:59 ID:mIVCJMso
提督(皐月が俺に直接聞きに来たのは、まァ……セーフと言えるか。せめて多くの気づきの機会を与えてやりたい)
艦娘が求めるならば、提督は己の持つ全てを授けるつもりでいる。
新人も古参も区別なくだ。ロードバイクの基本的なテクニックから、レースでの戦略・戦術、ちょっとした戦法に至るまで、その何もかもを。
――提督に教わってなかったから負けた。
そう謗られることを覚悟の上で。
提督「……」
皐月「……? 司令官?」
思案に耽る様子に気付いたか、訝し気に腕の中で声を上げる皐月に、提督は「なんでもないよ」とかぶりを振った。
皐月の呼吸が整ったことを確認して、彼女の身体をゆっくりと床に降ろす。
提督「――間を置かずに励め、皐月。レースする時には、カッコイイとこ見せてくれよな」
皐月「う、うん!! 了解だよ!」
快活に笑って敬礼する彼女の金糸の髪を撫でつけながら、提督は微笑んだ。
608
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/10(火) 23:40:29 ID:mIVCJMso
一方その頃、その日にタバタに参加していなかった艦娘達が何をしていたかと言えば――提督の指示のもと、鳳翔に率いられ、とある山岳にいた。
クライマーやパンチャー脚質の艦娘や、アップダウンの対応力をつけたい子たち、そして一部問題を抱えてた艦娘――主に体重的な意味でだが全員がダイエット成功している――を連れて、彼女は近所の初心者向けの峠にいる。
大和「」
赤城「」
蒼龍「」
翔鶴「」
高雄「」
摩耶「」
鈴谷「」
羽黒「」
望月「」
初雪「」
死屍累々の有様であった。
誰もが『酸素を下さい』って顔で疲労困憊の極致にある。
609
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/10(火) 23:55:41 ID:mIVCJMso
彼女たちはこそこそダイエット生活を送ることで、元通りのカタログスペックを取り戻した。へっこんだ腹部に喜ぶ彼女たち。
高雄『これで提督の前に出れますよ!』
摩耶『やったな姉貴!』
初雪(あっ)
望月(おい馬鹿やめろ)
――だがそれが逆に提督の逆鱗に触れた!
そう、結局のところ太ったことがバレたのだ。自主的に申し出てくるならまだしもこっそりと己が怠惰だったことの事実を脂肪ごと消滅させようとしたことが提督の勘気に触れたのである。
軍人のみならず艦娘とて体が資本。まして最古参から古参揃いだったことが提督の怒りを加速させた。それはそれ、これはこれである。
怠惰に日常を過ごし、腹に慢心を抱え込んだ事実は消えることはない。
かくして鳳翔に命じての特別トレーニングと相成った。
なお阿賀野は翌日のタバタ参加予定のため、不参加だ。ホッと安心する阿賀野だったが提督がそんな逃げ道を赦すはずもなく、後日マンツーマン指導が待っている。
武蔵「…………」
時間はおよそ2時間ほどさかのぼる――アップダウンの対応力を身に付けたい艦娘の一人――同伴する武蔵の顔色は極めて悪かった。
610
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 00:10:03 ID:MMem8xpE
はしゃいでいるのは中堅どころの艦娘ぐらいである。武蔵を始めとする古参や最古参の顔色は極めて悪い。まるで厳冬期に屋外で放置された腐れ芋の如しである。
顔色が悪い理由、それはもちろん―――この先頭を曳く存在である。
鳳翔「もうすぐ提督指定の坂道に着きますよ」
龍驤「せやな」
鳳翔と、龍驤――もう嫌な予感しかしなかった。ここで嫌な予感を覚えない奴は古参じゃない。もしくは長良とか鬼怒とか島風とかだ。
なお軽空母は脚質問わず強制参加であった。瑞鳳は「ぴよぴよ」とひよこみたいに鳴いて現実逃避していたし、祥鳳は「このロードバイクジャージ、露出が多くて派手じゃないかしら」とトチ狂ったことをほざく有様。
隼鷹はいつも通り「うひひ」とか「うへへ」とか呟いててとても隼鷹だったし、飛鷹もまたいつも通りしっかりと遺書をしたためてからトレーニングに参加するという念の入れよう。
千歳と千代田は初夏の陽気で青々と高い空を眺めては「あの空にかかる虹の向こうでまた会いましょう」「うん、千歳お姉」とかやたら私的なことをのたまっている。虹はどこにもかかっていない。
春日丸は「よいしょ、よいしょ」とペダルをこいでいる。まだ立ちごけが怖いのかビンディングではなくフラットペダルだ。一生懸命であった。
かくして辿り着いた山岳――斜面の手前で停車した彼女たちは、一様にその坂を見上げ、絶望した。
前日に現地で指示を出した提督曰く。
提督『――――この激坂(笑)を登って降ってを繰り返しだ。なあに――ほんの勾配12〜15%をたったの800mだ』
鳳翔『なるほど』
611
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 00:12:25 ID:MMem8xpE
悪魔のような顔をした提督がいたという。
鳳翔「この坂を登って下さい。そうですね、7割から9割ほどの力です。ええっと、え、『えふてーぴー』換算です」
赤城(かたこと!)
加賀(相変わらず、なんとお可愛らしい方……! ですが仰る内容が鬼のそれ)
――FTPとは!
Functional Threshold Powerの略称であり、ペダリングパワーの一つの指数である。
その数値は「1時間維持できる限界出力」を示し、その数値はW(ワット)数で記される。
これは絶対的な数値ではない。というのも数値が高いからといって一概に凄いと言えるものではないのだ。高いほど良いのは間違いないが、この数値は乗り手の体重によって大したものではないものに成り下がる。
例えば体重50kgの乗り手が出す400w。
例えば体重70kgの乗り手が出す550w。
さて、凄いのはどちらか? それを測るにはwをkgで割ればいい。
前者は8.0w/kg。後者は7.85w/kg。つまり1kg当たりの重量に対する出力比が高い前者の方が速く走れることになる。
ピンと来ない方もいると思われるので補足しよう。
612
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 00:16:41 ID:MMem8xpE
FTPとは! 「意識がなくなる寸前くらいのギリッギリの限界パワー」で! 「1時間ペダルを回し続けた時」の! 平均パワーであるッ!!
鳳翔さんはそれを7割から9割出せとの仰せだ。提督の指示とはいえこれはひどい。
そして続く鳳翔のアナウンスを聞いた艦娘達の顔は一様に引き攣ることになる。
武蔵「ど、どれぐらい走ればいいのかな、鳳翔さん?」
鳳翔「そうですね。2時間程度でいいでしょう」
武蔵(死んだ)
武蔵は遺書をしたためてこなかったことを酷く後悔した。
赤城(一航戦だって死にます)
加賀(死は免れません)
赤城と加賀も、各々の微笑と鉄面皮が崩壊気味であった。
鳳翔「だ、大丈夫です。私も坂道はとても苦手ですが、がんばりますからね! それに今日は帰ったら腕を揮いますから――美味しいご飯がみんなを待っていますよ!」
むんっ! と力こぶを作るポーズで微笑む鳳翔の姿がそこにあった。
613
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 00:21:22 ID:MMem8xpE
加賀(だからこそ死ぬのです。終わったわね)
――鳳翔は、坂がめっぽう苦手であった。その鳳翔が死ぬほど頑張るのである。古参にとっては死の宣告に等しい。
「鳳翔さんが頑張ってるのに、自分は頑張らないのか?」
そう問いかけられているようなもので――できる訳がなかった。酷い人質作戦もあったものである。提督の思惑通りであった。
頑張らないとかクソだと思った。そんな不届き千万な艦娘がいたら武蔵が手ずから海の藻屑にするだろう。否、武蔵が手を下すまでもなく、おそらくは――。
龍驤「なんや? なんか文句でもあるんか……おどれら……司令官の命令で指示出しとるウチと鳳翔に……つまり売っとるんか……司令官と、ウチに」
付き合いの長い軽空母達は言わずもがな――その場にいる艦娘の誰もが、明らかに龍驤の雰囲気が変わったことに気付く。
龍鳳「い、いえいえ、滅相もありません。質問がありまして、よろしいでしょうか」
龍驤「さよか。ええでええで、龍鳳! なんでも聞いてええんやで〜」
コロコロと殺人鬼と美少女の顔を切り替える龍驤。
鎮守府において鳳翔と並ぶ最古参であり。
着任から現在に至るまで一貫して――最強の軽空母である。
614
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 00:36:03 ID:MMem8xpE
龍鳳「こ、このトレーニングの名前と、その目的を教えていただきたく」
龍驤「おお、説明したるでー! 鳳翔が!」
鳳翔「はい! こほん、それではご清聴下さい……トレーニングの名前はえ、えすえふあーるトレーニングです!」
赤城・加賀(尊い)
一航戦が香ばしくなっているが説明は続く。
鳳翔「激坂を重いギアの高負荷で登ることで、高いトルクで回す能力を獲得するのが目的の『一つ』――と、提督は仰っていました」
提督『このトレーニングにはもう一つ狙いがある。
呼吸器や循環器系、そしてスポーツにおいてエネルギー供給の要となる身体の代謝と分解能力の改善だ。
正しく行うことで効率的かつ滑らかなペダリングスキルを身に付け、有酸素運動能力強化に大いに効果がある』
提督に受けた事前説明を思い出しながら鳳翔が語り終えると、再び質問が上がる。蒼龍だ。
蒼龍「ちゅ、注意点や、その―――制限などはありますか?」
龍驤「あるで」
615
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 00:51:19 ID:MMem8xpE
赤城(あるんですかやっぱり)
加賀(あるのねやっぱり……)
龍驤「このトレーニングはいわば筋持久力トレーニング……低ケイデンスで重いギアを回すことが肝要や。故に速度の下限は問わん。
ただし…………インナーローは禁止な♪ 最低でもミドル寄りで走れや」
※インナーロー:最も軽いギアの組み合わせ。フロントギアはアウター(重)・インナー(軽)、リアギアはトップ(重)・ロー(軽)で表記される。
ミドル寄り:この場合「フロントをインナー、リアギアは11速の場合は4速から8速程度のギアを使用しろ」ということである。
瑞鳳「――ぴよ?」
――瑞鳳はクライマーである。そしてギア管理を走りの武器とするタイプだ。
瑞鳳は、おそらくこの中で最も自転車の専門知識が薄い。だが、最もヒルクライムを知っている。坂道を登るのが大好きなのだ。彼女にとっては平地である。『なぜか自分以外が遅くなってしまう平地』なのだ。
その彼女がインナーローを封じられる。
瑞鳳「……………ぴよ?」
雛鳥を彷彿とさせる顔で硬直する瑞鳳であった。これがエンガノ沖で伝説を打ち建てた栄えある軽空母がしていい顔であろうか。
616
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 00:57:58 ID:MMem8xpE
だが誰もそれを嗤わなかった。地獄オブ地獄の訓練で名高い一航戦・二航戦でさえ顔色が悪い。
そして悟る――――あ、これって自転車を動かす筋力の徹底的な底上げが狙いだ、と。鳳翔が言ったとおりであるが、これは特に非力な奴を狙い打ちにしている。まさに坂道での基礎能力を身に付けるのにもうってつけであろう。
ぶっちゃけSFRトレーニングとはそういうものである。
ケイデンス40〜60程度でギリギリ回せるギアでひたすら坂を上り続けるという、想像するだけで地獄が垣間見える類の。
なお提督は2時間を指定したが、これが完全に罠である。
提督『――2時間は無理だ。ケイデンス50〜60ならいいとこ1時間。ケイデンス40〜50程度だと、限界は40〜45分程度だと見ておけ』
鳳翔『? ではなぜ2時間を指定して……――ああ、そういうことですね』
提督『1時間真面目にやればブッ倒れる。武蔵や赤城、加賀……それに飛龍あたりはそれでもやりかねないから君たちで止めろ。根性云々の話じゃなく、膝への負担も大きいから絶対にやめさせるんだ。
だが他の奴が1時間経過してもまだ走れるようならば、それは――』
龍驤『――サボッてたと判断してええってことやな?』
日常の練習にも地雷を設置することに勤しむ提督である。これだから地獄鎮守府と陰で言われるのだ。
かくして説明の後にトレーニングが開始し、冒頭の死屍累々へと至ったのである。
617
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 00:59:48 ID:MMem8xpE
トレーニングが始まってすぐ、龍驤は思い出していた。
龍驤『なぁなぁキミぃ。これって前に教えてもらったタバタと何がちゃうん? 同じ全身フル稼働の筋トレちっくやん?』
提督『大いに違う。タバタプロトコルは短時間で限界のちょっと上まで『死ねよ』って勢いで急な追い込みかけることで心肺機能と筋力それぞれの上限値をアップさせるのが主な狙いだ。
が、それを成すために試されるのは心根。
なんせ本気で取り組んだら本当に死ぬ。こっちの方は少しばかり実戦志向が強めだ』
龍驤『? それって実走やからか? タバタは固定ローラーやもんね』
提督『まあそれもあるんだが、走ってるうちに、すぐ気づくよ……このトレーニングのコンセプトはな――『筋力を上げてトルクで走れ』だ』
800m――――ロードバイクならばあっという間の距離だろう。全力で飛ばせば1分と掛からない。これが平地であれば。
それが12%の坂道となれば話はまるで別物になる。
龍驤(た、たったの、800m……そのはず、そのはずや……いつもの、ウチなら、すいすいやぞ、こんなん……け、けど――――)
ギア管理を制限されることがどれだけ恐ろしいか、それを龍驤は身をもって味わっていた。
シンプルに『キツい』のだ。
618
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 01:15:46 ID:MMem8xpE
蒼龍(お、重ッ……重ッ、重ぉぉおおおおぉい!!!? し、しかもこの坂、後半にかけて14%に、徐々に、傾斜が、ましてるぅ……!?)
それは蒼龍もまた同じだ。空母内では低身長、だがやや重めの彼女は、2〜5km/h程度の速度で、錆び付いた歯車のようにのろい動きで坂道を登っていく。
飛龍(すっごく、キツ……い! でも、その分、しっかりペダルを回せば、身に付く……高負荷での、回し方が……!)
呼吸を乱しつつも、目的に沿ったスキルを身に付けんと意識を集中させるあたりが飛龍が飛龍たる所以である。逆境にあってこそその判断力、観察力が輝く艦娘であった。
加賀(ッ、もう、脚に来ましたか……呼吸も、乱れる。整えながら……速さは、いらないと、そう仰っていましたね。ならば、丁寧、にっ……)
赤城(エネルギーが、エネルギーが、枯渇していく……ほ、補給食を食べてもいいかと、事前に聞いておいて、良かった……)
二人が取り出したるは間宮印の羊羹だ。もぐもぐして、クラスターデキストリンもたっぷり溶かしたBCAAドリンクもごくごくして、必死にペダルを回し続ける。
1kgにも満たないボトルの重さすら今は恨めしいと思いながらも、適切な摂取量を心がける当たりは流石の一航戦であった。
武蔵(と、遠い……800mが……そ、それが……永久に思えるぐらい、遠い……と、遠ぉい……と、と……遠ォオオオオオオオオオオ!)
大和(死、死んじゃう、死んじゃうぅ……!!)
大和・武蔵もびっくりの高負荷である。それでもギアを決して軽くしようとしないのは、連合艦隊旗艦を務めたものの意地か、戦艦としての誇りか、大和型としての自負か、或いはすべてか。
619
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 01:18:26 ID:MMem8xpE
※このSSの欠点はわかってるんだ
酷く個人的なことになるんだけど、書くと乗りたくなるのよ
だから深夜帯に書くわけなんだけど、日中に疲れ果ててるとどうにもこうにもならん
遅い投下で本当に申し訳ないですが、エタるつもりはないので気長に待って楽しんで下されば本望
早くレースさせてあげたいなあ
620
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2020/03/11(水) 09:47:52 ID:RlGjpQx2
乙乙
自分もここ見ると乗り行きたくなる
コロコロでシーズン初めのレースが中止になって寂しい…
621
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 22:52:43 ID:MMem8xpE
初雪(なん、で……初雪、と……望月、だけ……? きょ、今日はもう、タバタ、やってる、のに……き、きつい……だらけてたから、司令官、怒ってるんだ……)
望月(太ったの、隠してた、から、か……ち、ちきしょお……)
先ほどのタバタ・プロトコルを走り切った中で、この二人だけは更に強制参加だ。提督の名指しである。
寝正月を過ごしたことを悔やむ二人であったが、実はそれは不正解である。どっちにしろ二人は参加させられていただろう。
この両名に共通している点がある。ロードレースにおいて、それは島風や雪風が今は持っていない武器になりうるのだ。
提督『ああそうそう――鳳翔、龍驤。初雪と望月には目をかけてやってくれるか』
龍驤『はいよー…………ん? 聞き間違いか? 目を『付ける』、じゃなくて? 目を『かける』?』
提督『聞き間違いじゃあない。目を『かけて』やれ。むしろよく観察してみろ……あの二人に自覚はないだろうが、以前ヒルクライムに同行した時、かなり面白いことをやっていた。
特に鳳翔はよく見ておくといい。君の抱えている課題の解決策が見つかるかもしれん。クライマーの龍驤にとっても十分に参考に値するほどのことをやっているぞ』
龍驤『ふーん……? ようわからんけど、了解や。バッチシ目をかけとくで!』
鳳翔『は、はい…………?(クライマーとしては、確か特型では磯波ちゃん、睦月型では菊月ちゃんが実力を備えつつあると聞いていましたが……初雪ちゃんと、望月ちゃんを?)』
提督『まァ、タバタ・プロトコル後だからな……膝壊されても困るし、長くても30分程度で上がらせてやってくれ』
提督の言葉通りだ。二人はまだ自覚していないだろうが、初雪と望月の両名は『休むことが上手い』のだ。
622
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 23:00:51 ID:MMem8xpE
サボリ癖が……ないという意味ではないが、そうではない。
力を最小限にとどめるための運動効率――即ち『課題の条件を満たしつつ手を抜く余地があれば必ずそこを見つけ出してサボる』――そんな能力が高いのだ。
鳳翔(…………!? これ、は)
龍驤(なんや、こいつら)
鳳翔と龍驤は二人の後ろに位置取りし、その動きを観察していた。
否、それはもはや観察というより――。
鳳翔(こ、これは……休んで、いる? この二人……!! 提示した条件を、きちんと満たしたまま! 休めている!? で、出来るのですか、こんな……?)
龍驤(…………う、巧い。何が上手いって――何もかも巧い)
――魅入っていた。
坂道では、己の脚に嘘を付けない。かつて前述したとおりだ。常に己の体重とロードバイク自体の重量が重くのしかかる。鳳翔も龍驤もそれを知っている。まさに味わっている。
だがそこで消耗する体力を温存する走り方というものはある。あるのだ。それを実践している者達が、目の前にいる。
それをそうとは知らず実践している――初雪と望月。ひたすらに無駄を省く――即ち『疲れたくない』という欲求からだ。
623
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 23:02:55 ID:MMem8xpE
鳳翔(提督のペダリングとは違う。純粋なペダリングとしてならば、提督や赤城さん、加賀さん、神通ちゃんに比べればまだ粗がある。
けれど……下死点における足の脱力を、ダンシング時もシッティング時も完璧に成し遂げています……二人ともが! これに限れば、神通ちゃんを超えているかも……?)
龍驤(つーかライン取りがメチャウマやなおどれら?! よぉ路面を見とるわ……路面のクラックはもちろん、アスファルトの僅かなギャップまで……きっちり躱しとる!?
それでいて登坂のラインは最短、或いは最も傾斜が楽な場所を選んで……!? 上体を起こして、姿勢も斜面に合わせて変えとる……!)
環境を認識し、最善を選ぶ――それは雪風の持つ『眼』と同じであったが、発想が違う。使い方が異なるのだ。そして最善に対する認識も違う。
より速く己を頂上へ連れていくためにではなく、いかにして疲れないように最大を発揮するか。
似ているようで違う。雪風のそれは残った体力・気力を全て使い潰すためだ。だが初雪と望月はそうではない。坂を登り切った後にまだ続いているコースを見据えているような走り方だった。
山岳をゴールとするヒルクライムレースならば、雪風の走り方は正しい。
だが、あくまでも山岳賞が狙いではない、その先にあるポイント賞や優勝を狙っていくレースであれば――。
鳳翔(この二人――化けますね)
龍驤(こんな走り方が、あったんか……!)
二人は勘違いしていたが、まさに提督の言葉通り、鳳翔と龍驤は初雪と望月から学んでいた。
何せこの二人は、今もなおサボろうとしている。
624
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 23:07:41 ID:MMem8xpE
初雪(うう、駄目だ。力任せで踏むと、つ、疲れる……踏み抜いちゃ、駄目だねこれ……クランクが0時〜3時のところできっちり力入れて、後はもうぷらーんとさせよう……こっちの方が、疲れない)
望月(うへぇ……足がプルプルしてきたぁ……サドルやハンドルに持たれちゃダメだこりゃ……足の使い方変えよ……上体起こそう……すーはーはー、すーはーはぁーーーーー……あー、少し整ったぞぅ)
弟子に教わる、とは少し異なるが、鳳翔と龍驤は瞠目した。
鳳翔はただ耐え忍ぶようにペダルを回し続けるだけだった。
龍驤は本来の適正ギアに変えられないことに歯がゆい思いをしながら、同じく回していただけだった。
鳳翔(初雪ちゃんも、望月ちゃんも……今、まさに成長しようとしている……! タバタで消耗した二人を参加させると聞いたときはどうかと思いましたが、これが狙いだったのですね。
そして私への提督の狙いも……二人のこれを見せるため! 私は、坂道が苦手です。こいでも回しても速度が出ない、耐え忍ぶだけの競技だと……こんな走り方があったのですか。
この二人は、『疲れずにペダルを回す動作』を、知らず習得している……!! 私に足りないものを持っています……!!)
龍驤(やるやないか、この二人……サボリ常習犯の悪ガキどもとしか見とらんかったが……悔しいけど、見習わせてもらう! そんで盗ませてもらうで、そのスキル!!)
二人の目に火が灯った。その視線を感じ取った初雪と望月は――げんなりとした。
初雪(う、うー……龍驤さんが、見てる……なんですか、初雪、サボりませんよ……? 信用無いのかな……司令官、初雪に、がっかりしちゃったのかな……帰ったら、ちゃんとごめんなさいしよう……許して、くれる、よね……?)
望月(な、なんだよぉ鳳翔さん……ちゃんとケイデンスも維持してるし、ギアだってミドル寄りでやってるじゃんかぁ……ただでさえしんどいのに、プレッシャーまでとか……ホントに司令官、怒ってんだな……嫌われたら、泣きそう)
625
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 23:24:17 ID:MMem8xpE
なお帰った後に提督に謝ったところ、纏めてぎゅうと抱き締められて幸せいっぱいな顔する二人である。
だが――提督にとって想定外だったのは。
武蔵(――成程、ああいう走り方が)
大和(取り入れましょう。艦種は違えど、序列も違えど―――彼女たちは私たちの、先輩なのですから)
赤城(加賀さん……あの子たちにできて、私たちにできないことはあってはいけません)
加賀(もちろんです、赤城さん――二航戦は無論、五航戦たちも日に日に練度を上げている……強くなるための糧は、全て喰らいつくしていきましょう)
蒼龍(あー、うん、なるほど…………なんだ、意外と簡単。最初からこうすれば良かったんだね……といってもキツいものはキツいけど、大分マシだ)
飛龍(ッ、私が辿り着いたやり方と、ほぼ同じ……!? いえ、二人の方が上手い……!?)
翔鶴(提示された条件の中で、やれることを探す……私は探していたでしょうか、あの二人のように――――今からでも、遅くはないわよね)
意識の変化だった。
瑞鳳(そ、そっか……ペダリング改善が、目的なら……試さなきゃ、ね)
祥鳳(ええ、やりましょう……良き技術、素晴らしいやり方は、どんどん取り入れて糧とする――それが私たちの鎮守府の力。私たちの絆なんですから)
飛鷹(ふ、う……どうやら、あの二人のマネすれば、遺書は無駄になってくれるかもね……)
626
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 23:27:00 ID:MMem8xpE
モン
隼鷹(いい技術もってんじゃねえのおチビども――あたしに寄越しな、ソレ)
高雄(馬鹿め、と言って差し上げますわ……今の私に。そしてそれでいいのよ、と言って差し上げます――これからの私に!)
摩耶(ガキどもより、頭漬かってねえのか私は……ああクソ、クソが! 頭来るぜ! 頭来るけど――あとで褒めてやるよ、初雪ェ! 望月ィ!!)
鈴谷(マジあり得ないし……この鈴谷が、あんなちびっこたちに教わるとか……頭切り替えてかないとダメだねこれは)
羽黒(すごい、すごい……二人とも、戦艦や空母の方々が出来なかったこと、出来てる……!! わ、私だって、やってみせます!)
千代田(あ、あー……なるほど、そういう。それじゃあ――いただきね!!)
千歳(凄いじゃない、あの二人……!!)
春日丸(へひ、はひぃっ……す、すごい。小さな子たちも、あんなに、がんばって……私も、がんばらなきゃ……がんばらなきゃ)
武蔵も、大和も、そして他の重巡や空母・軽空母達も、この二人を見習いだしたことだろう。
軍艦としての誇りとは、目下の者を軽んじることに非ず。むしろ正しく評価し、優れた技術を生み出したのならば諸手を挙げて称賛し、受け入れるべきことこそが大器であると認識している。
提督がまさにそうだった。
古参・最古参が多いこのメンツで、提督がそうして成長してきたのを、彼女たちは見ている。
水雷戦隊の運用――駆逐艦や軽巡洋艦に分からないことがあれば積極的に質問し、疑問点を洗い出しては戦術に組み込む。
空母機動部隊も、連合艦隊も、提督に問われなかった者は一人としていない。そして二度同じことを聞かれることは、一度たりともなかった。
627
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 23:33:12 ID:MMem8xpE
鳳翔(ふ、ふふ――私と貴女のお目付けは、最初からいなかったのかもしれませんね、龍驤さん)
龍驤(せやなぁ……そうかもしれん。んじゃまあ、このやり方を研ぎ澄ませて……行ってみよう!!)
全員の瞳に火が灯る。いつだって駆逐艦の奮闘が、彼女たちの心に火を点けた。
小さな体、短い射程、ちょこまかと動き回る敏捷性――だけどいつも不安だった。
手の届かないところで、沈んでしまうかもしれない。あんな装甲で、敵の攻撃を耐えられるのか。
そんな子が、今また頑張っている。
――――ここで燃えなきゃ、軍艦として恥だと。
誰もがそう認識したのだ。
そんなこんなで一時間が経過し――。
武蔵「ま、まだ、だァ……ごっ、ごの、むざじは、まだっ、い、いけるぞぉ……!!」
加賀「が、鎧袖、い、一触、よ……たかが、あと一時間程度……私ならばやれる。やれます……私は、一航戦……ここは、譲れません」
鳳翔(提督の予想通りに!?)
龍驤「はいはい、終わりやでー。最初にいた二時間はな――ウソや」
628
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 23:36:00 ID:MMem8xpE
その龍驤の宣告に、一同は一瞬凍り付いたように押し黙る。
そして叫ぶ。
例の言葉をだ。
―――よくも騙したァアアアアアアアアアアア!!!
その大咆哮は、峠の奥の奥まで、遠く遠く染み渡っていったそうな。
…
……
………
629
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/11(水) 23:38:25 ID:MMem8xpE
※提督は嘘をつかないと言ったな
アレは嘘だ
騙して悪いが、提督は地雷を設置するのが好きなのだ
さて、いよいよ合宿初日が佳境。お食事の後は睡眠。
二日目には、軽巡・重巡ら(一部不参加あり)のタバタ・プロトコルが開始です。
ただし普通のタバタとはちょっと毛色が違います。そう、いつもいつも提督って奴が悪いんだ。
630
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2020/03/12(木) 00:45:53 ID:r0yaSN/w
乙。
あぁうん、全盛期くらいの時期ですら42-26なんて甘えたギアで登坂してたオレには耳が痛い
631
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2020/03/13(金) 00:26:19 ID:Q1Y.OFME
バイクに浮気してたけど、このスレ読んでると乗りたくなる……
足も細くなってきたし、さっさとフレーム組み終えて乗ろう
632
:
◆gBmENbmfgY
:2020/03/13(金) 00:43:41 ID:a0vO2vQc
………
……
…
合宿一日目のプログラムは、日の入りと共に完遂された。
座学においては大淀と明石主催による自転車の整備方法やパンク時の対応、レースにおける基本的なルールや特記事項の説明が行われた。
嵐『すぴすぴ、すやり……』
大淀『てい!』
嵐『ぁぅ』
まるゆ『明石さん、明石さん、まるゆ、シマニョーロという画期的ないいとこどりを考えて――』
明石『そぉい』
まるゆ『ぅゃっ』
寝てる子や関係のない質問を飛ばす子には、容赦なく二人のチョークが飛んだ。時速120kmぐらいで。
白露『す、すいません大淀さん! 夕立が! ウチの夕立が!!』
時雨『ハンモック持ってきて堂々寝始めてるんだ……ごめんなさい。今日合宿があるのを楽しみにしすぎて、昨日はロクに寝付けなかったんだ……』
大淀『いい度胸してますねこの子……』
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