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もこっち「モテないし、フィギュアスケーターになる」

1以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/28(月) 16:08:52 ID:nZGs9u6k
※わたモテ×アイレボのクロスSS

※初投稿なので、生暖かく見守ってくれると嬉しい。もこっちのゲス度は一年生の夏前なので低め(?)
 対人スキルが極端に低いだけの女の子と化してる。

※書き溜めは少ないけど速い頻度で投下していく予定。



もこっち「……ん?」
もこっち(スポーツ雑誌か……普段読まないけど、ゆうちゃん来るまでこれ立ち読みして時間潰すか。
     アニメージュとかキモヲタですって自己紹介してるようなもんだしな……
     これ読んで爽やかなスポーツファンの女子高生装おう)スッ

【NHK杯はこれでバッチリ!フィギュアスケート完全特集】

もこっち(……フィギュアか……お母さんがたまに見てる、審査員席に向かって股開いて胸突き出す公開AVの事か)ペラッ

注:イナバウアーしか見たことないもこっちの偏見です

【日本男子の華.橘カオル 今シーズンは四回転の安定度が飛躍的にアップ!】

もこっち(うお、三次元でこのイケオーラって、こいつ本当に人間か!?
     高3か、2歳違いでこの差は何なんだ……)ペラッ

【世界女王.片倉沙綾 世界を魅了したステップに磨きをかける】

もこっち(見た目は完全に悪役令嬢じゃねーか。絶対普段ぼっちだろこいつ)ペラッ

98以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 16:44:35 ID:k8togrlA
カーテンをバサッと持ち上げて、リンクに踊り出た人影。
それを視認した瞬間、会場のボルテージが一気に高まる。

優   「あ、さっき道教えてくれた人!」

司会  『GPファイナル3連覇、ソチ五輪銀メダリスト!日本男子の華はまさにこの人にふさわしい!
     橘ァァァ、カオルゥゥゥ!!』

カオルは観客席の最前列にいる優を見つけると、笑いながら軽く会釈した。
袖の広がったドレスシャツにボウタイ、黒ベストを合わせたクラシカルなスタイルで、髪をオールバックにしている。
智貴にとっては、名前しか知らない選手だったが、その装いは彼の個性を存分に引き出しているように思えた。

カオル (……久しぶりだな、このリンクも……)シャーーッッ、ザッ

カオル (……懐かしむのは後だ。今は全力で滑ろう……)

リンクの真ん中で、両手を広げ天を仰ぐカオル。

〜〜♫♪

優   「……なんだっけ、この曲」

智貴  「待って下さい」

スマホの音声認識をONにすると、すぐに『The Pantom of the Opera』と答えが出た。

99以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 16:45:10 ID:k8togrlA
カオルはゆっくりと滑り出したかと思うと、一気にスピードを上げた。
そのまま前向きに踏み切って、軽々と回って着地する。

ワアアアッ……

智貴  「すごいのか、あれ……?」

優   「あれはトリプルアクセルっていうの、アクセルは前向きに踏み切って
     跳ぶから、半回転余計に回んなきゃいけないの。だから、一番むずかしいジャンプなんだよ……って、ネットに書いてあった」

テヘッと笑う優に、「簡単そうに見えるけどなあ」と智貴は首をかしげる。

ワアアア…

司会  『橘カオルさんの演技でした!』

観客席から投げこまれる花束やぬいぐるみを、前座の少女たちが再び出てきて拾い集める。
優によるとこれは『キスアンドクライ』というらしいが、智貴にはさっぱり意味がわからない。
その後も小学生や中学生の選手が何人か、ぎこちないながらも演技を終える。

優   「もこっち、もうすぐかな……」ソワソワ

その時だった。

モブA  「ねえ、この"天才美少女"って誰かな」

???  「さあ……まあ、期待しないで待っとこうぜ」

100以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 16:45:41 ID:k8togrlA
聞こえてきた声に、優はなりげなく振り向いた。

優   「……こみちゃん!?」

琴美  「あ、ゆうち……成瀬さん!(くそう、タイミング逃した……自然にゆうちゃん呼びするチャンスを……)」ギリギリ

智貴  「誰?」

優   「この子はこみちゃん。もこっちと私の中学時代のお友達だよ」

琴美  「小宮山琴美です、よろしく」ペコッ

智貴  「あ、弟の黒木智貴です。(成瀬さん以外にも友達いたのかあいつ)」ペコッ

優   「その子、高校の友だち?」

琴美  「えっ?ああ。同じクラスの奴。アイスショーのチラシ配ってたの駅前で貰ったらしくてさ。
     夏休みも後半になると暇だから、付き合って来たんだ」

優   「そうなんだー。私てっきり、もこっちを見に来たんだと思ったよー」

琴美  「は?……っていうか、あいついつからフィギュアなんか『それでは皆さんお待ちかね!』

司会  『スケート歴2ヶ月の天才……少女!目指すはもちろん金メダル!未来のスターの、今日がその第一歩だァ!
     ……黒木ィィィ、智子ォォォ!』

智子  (……やばい、来た、来ちゃった!私の番!)バサッ

101以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 16:46:11 ID:k8togrlA
ワァァァ…

カーテンをあげて出てきた智子に、琴美は「マジか!?」と叫び、優は「もこっち、可愛い…!」と口をおさえて、智貴は。

智貴  「……」クチアングリ

優   「とっ、智貴くん!?どうしたの、すっごい白目になってるよ!」ガクガク

琴美  「大丈夫かおい、水飲むか!?」キュポッ

会場の期待値は、かなり高い。だが智子は、案の定というべきか、その空気に気圧されていた。

智子  (嘘だろ……このリンクって、こんなに人入ったのか!?)

人、人、人。知らない人達が、自分を見ている。最前列で手を振る優と、智貴が見えた。
そこだけがスポットライトが当たったように光って、後は全部灰色の、同じ顔ばかりに見える。

智子  (……妄想してたのと全然違うじゃねーか!足震えるし、胸がぞわぞわするし、……怖え!!)

助けを求めるようにリンク横を見ると、西園寺が両手で丸を作って、「がんばれ」と口を動かした。

智子  (そうだ……待ってたはずだろ、この瞬間をよぉ……!)

智子はリンクの真ん中に滑り出て、止まる。瞬間、ぴたっと会場の拍手が止んで、静寂があたりを包み込んだ。

智子  (……落ち着け、落ち着け私。あれは全部ジャガイモ、あれは全部ジャガイモ、あれはジャガイモ…)

ぎゅっと拳を握りしめて、鼓動を抑えようとするが、智子の耳にはやけに大きく聞こえる自分の呼吸音だけが届く。

102以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 16:46:43 ID:k8togrlA
智子  (ハーッ、ハーッ……ハァ……)ドクン、ドクン

〜〜♪♫

ガーシュウィン作曲『ラプソディー・イン・ブルー』智子は『のだめのアレ』としか知らなかったが、
西園寺によるといくつかのメロディーパターンが繰り返されるらしく、2日間エンドレスで聴いてなんとか覚えられた。
クラリネットの、低いグリッサンドが響く間、智子は直立のまま立っている。そして。

タタタタラタタ タラタタ タラタタ…♫

智子  (最初は……ダブルルッツ!)シャーー…ザッ

西園寺 「ああっ!(軸がななめに…)」

タラタタタラタタ タラタタ…♪

智子  「――っ!」ベシャッ

観客  「あああー……」

智子  「うぅ……」ヨロヨロ

タラタタン…

智子  (あ、曲が進んでる!やばい、次ステップ……あ、ダメだリズムがずれて……)シャーーッ、シャーー

〜タララン…♪

103以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 16:47:22 ID:k8togrlA
智貴  「あーあ、しょっぱなから……」

優   「しっ、しょうがないよ。ルッツってすごく難しいジャンプなんだもん」アセアセ

琴美  「つーかあいつ、表情硬くね?(微妙にキモい……なんだよあのニヤケ面……)」

智子  (笑顔、笑顔!この曲はとにかく笑顔!)シャーー、シャーー

冒頭のダブルルッツは失敗したが、その後のステップはさすがに得意なだけあって、
白けかけた会場の空気も、徐々に温まっていく。

ターラララ…タラタタン…♪

智子  (今度こそっ……)シャーーッ…ザッ

智子  (ぐっ、回転が足りない!でも転ぶわけには……)クルク…スタッ、シャーー…

優   「決まったー!」パチパチ

琴美  「ふう…危なっかしいなあいつの滑り」

シャーー…シャーー

智子  (よし、なんとか持ちこたえた!)

西園寺 (あっちゃー、スッポ抜けちまった……実際の試合なら、回転不足で減点だ……)

智子  (次はアラベスク…)グッ

104以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 16:47:54 ID:k8togrlA
両手を水平に広げて、足を高く上げる。毎日股関節をゆるめるストレッチをしていたおかげか、
初級バッジテストの時よりはすんなり上がった。

智子  (くっ…足痛い…特にふくらはぎのあたりと、股が痛いっ…)プルプル

智子  (で、次は……)シャーーッッ

キャメルスピン。それは片足を軸に体を横向きに倒し、もう片方の足を水平に上げて
T字型になって回る、スピンの基礎の一つである。しかし、まだ体の硬い智子には…

智子  (イッ…痛いイタイイタイ!!)グルグル…

優   「わー、綺麗だねー」

琴美  「顔引きつってっけどな」

西園寺 (しょっぱなで転んだせいで、テンパっちまったのがまずかったか。
     一つ一つの要素の繋ぎが悪い……正直、ガタガタだ。でも)

西園寺はちらっと観客席を見た。
ダブルルッツを転んだ時の失望感はすでになく、今はただ、一生懸命に滑る一人の少女を見守っている。

西園寺 (智子の根性が、客席を惹きつけてるんだ)

105以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 16:48:27 ID:k8togrlA
2分30秒に編集された曲は、いよいよ最後の盛り上がりに入った。
智子はやっと大人数の視線を浴びるのに慣れてきたのか、最初と比べて動きが軽快になっている。

智子  (ダブルサルコウ……!)ザッ、クルクル…スタッ

智子  (着地すると同時に、トゥループ……)ガッ、クルクル…

西園寺 『いいか智子、コンビネーションジャンプは、流れが一番大事なんだ。2本目のジャンプは間を空けるな。
     空中にいる間に、次のジャンプの準備をしろ』

智子  (決まった!)ザーーッ

ワアッ…パチパチパチ…

優   「もこっちー!」キャーッ

琴美  「おお、いいじゃん今の!」

智貴  「姉ちゃん……」

トランペットに合わせての、ステップ。エッジを右、左と軽快に動かし、氷の上に複雑なパターンを描く。
時々ぱっと両足を広げてバレエのように跳んだり、トトトッとエッジで歩いたりと、バリエーションをつける。

西園寺 (最後だ。きれいに決めろよ、智子――!)

智子  (シットからの……)クルクル

106以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 16:48:57 ID:k8togrlA
智子  (アップライトスピン!)クルクルクル…

タラタタ…ジャンッ♪

智子  (終わった……!)ピタッ

ワアアアア…パチパチパチ…ヒューヒュー

司会  『黒木智子さんの、演技でした!』

終わった。
智子の頭の中にあったのはそれだけ。ゼー、ハーと呼吸を整えて汗だくの額をぐいっとぬぐう。
段々聞こえてくる、拍手と大歓声。

西園寺 「智子、お辞儀だお辞儀!」パクパク

智子  「えっ?あ……」ペコッ

西園寺 「笑顔で!あと、全方向に!」パクパク

智子  「細けえよ!」ペコッ、ニタァ……

リンクを去って、エッジカバーをつけながら。ちらっと観客席の最前列を見る。
一眼レフを構えたままの優が大きく手を振った。振りながら、隣で顔をそらしている智貴の腕をぐいっとあげて、無理矢理左右に振らせる。

107以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 16:49:28 ID:k8togrlA
智子  (優ちゃん……ほんとに来てくれたんだな……)ブンブン

智子  (ありがと……)

真崎  「うっし、じゃあ次あたしか」スッ(エッジカバー外す)

智子  「あ、あの……」

真崎  「ん?」

智子  「がんばって……下さい……」

真崎  「うん、お疲れ」ニコッ

ワァァァ…

ロッカールームに続く廊下を歩く間も、智子の耳の中でその大歓声が止むことはなかった。

□ □ □ □ □ □

初めての大舞台を終えた後。
ロッカールームでジャージに戻った智子に、西園寺は待ちに待った一言を告げた。

西園寺 「えー、2学期が始まるまでの、11日間は……レッスンお休みにします!」

智子  「いやっほおおおう!!」グッ

108以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 16:50:05 ID:k8togrlA
西園寺 「ただし!トレーニングはちゃんと毎日続けるように!」

智子  「うへえ…」ゲンナリ

西園寺 「夏休みが明けたら、また厳しいレッスンに入るからな…今だけはゆっくり遊んどけ」ポンポン

真崎  「フィギュアのシーズンって、10月からなんだよ。シーズンに入っちまえば、遠征してバッジテスト受けたり、
     ジュニアの大会を見に行ったり、レッスン以外も忙しくなっからな。コーチの言うとおり、 
     今はちゃんと遊んどけ」

智子  「は、はい」

西園寺 「というわけで、今日は解散!…と、言いたい所だが……このリンクで学んだ先輩をもう一人、紹介するのを忘れてた」

西園寺 「……カオル!」

はい、と爽やかな返事があって、ロッカールームのドアが開く。
今までリンクの片付けを手伝っていたのか、衣装の上にジャージを羽織った青年。

カオル 「橘カオル、17歳。クラスはシニアだから、一緒の大会には出られないけど、よろしくね」ニコッ

智子  「ふぁ、ふぁい!よろしく、お願いしまふっ…」ペコー

カオル 「これから一緒の時間帯に滑ることも多くなると思うから、その時はお互い頑張ろうね。ええと……
     智子ちゃん、どうしたの?具合悪い?」

109以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 16:50:40 ID:k8togrlA
真崎  「こいつ、人見知りなんだよ」

カオル 「そっか……ちょっと距離感近すぎたかな。ごめんね」

智子  「い、いえっ!大丈夫です……(スー、ハー…すげえ、男子なのにいい匂いする……こんなイケメンと合法的に
     お近づきになれるとか、フィギュアスケート様様やでえ……)」

カオル 「さっきの演技、とてもよかった。2ヶ月であんなに滑れるんなら、これからが楽しみだよ」ニコニコ

智子  (ああ……なんて心洗われる笑顔なんだ……)ポーッ

西園寺 「さて、今度こそ解散にするか。じゃあ皆、また夏休み明けに!」

真智カ 「「「ありがとうございましたー!」」」


□ □ □ □ □ □ □

アイスショー翌日。
撮り溜めていたアニメを見終わった智子は、スマホ画面を見つめてゲスい笑い声を漏らしていた。

智子  「むふふ……へへっ、うへへ……」ニタニタ

110以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 16:51:15 ID:k8togrlA
智子  (ついにっ…ついに、私のスマホに男子の番号が!弟とお父さん以外の番号がアップデートされた……!
     全国の喪女の皆さんごめんなさい!フィギュアヲタのBBAども涙拭けよ!)

智子  (橘カオル様の番号とメアドだぞーっ!ひゃっほーう!)ゴロゴロジタバタ

智子  「ふふ…しかも向こうから"赤外線出る?"だぞ……」

智子  「……まあ、真崎さんの彼氏なんですけどね……」ズーン

智子  (……あんな美少女でフリーとかありえねーしな……なんかもう、罵る気も起きねえ……)

智子  「……ゲームでもするか」ムクッ

それから2学期が始まるまでの10日間。智子はリンクで軽く滑って調整したり、
家の周りをジョギングする以外はほとんど外出せず過ごした。
そして迎えた始業式当日――。

智子  「……ふっふっふ、ついにこの日がやってきた……」

智子  (一学期までの冴えない私とはサヨナラだ。クラスのアイドルとして、今日からモテモテリア充ライフが始まる……!)

智子  「あっ…あれ?上手くリボン結べないぞ……あ、そっか。まず最初に髪束分けて……」アセアセ

母   「智子―!朝ごはんできたわよー!さっさと食べちゃいなさい!」

智子  「……な、なんとか形になったけど……なんか、形崩れてる……」ヘローン

111以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 16:51:46 ID:k8togrlA

智子  「しかも、クマが微妙に復活してきてる!……最近またちょっと夜更かしだったせいか!?」ガーン

智子  「……」

母   「智子―、まだ支度できないのー?」

智子  「これが、4歩進んで3歩下がるというやつか……ふふ、ふふふ……」ズーン

―リビングにて―

智貴  「あ、姉ちゃん髪型変えたんだ」モグモグ

智子  「へっ?ま、まあな……」

智貴  「……いいじゃん」

智子  「えっ?」

智貴  「前のボサボサ頭よりはいいじゃんって、言ってんだよ。カタムツリ並の速度でも、進歩してたらそれで上等だろ」モグモグ

智貴  「んじゃ、俺今日日直だから」ガタッ

智子  「……」モグモグ

智子  「一歩ずつ……か」ゴクン

112以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 16:52:18 ID:k8togrlA
―校門前―

ハヨーザイマース オハヨウ オハヨウゴザイマース…

先生  「おはよう!」 

智子  「おっ…おはようございます!」

智子  (ふふふ…確かに進歩している…一学期までの私がいわば修行開始前の桑原だとすれば、今は智子100%といった所か……)ガラッ

モブA  「でさー、夏休み海行ってきたわけよ」

モブB  「へー。それで焼けてんだ。いい感じじゃん」

智子   (……準備はできている。こうして頬杖をついていたら、"あれ、黒木さんなんか一学期と違わない?”とか言い出す奴いて……)ガタッ、ストン

モブC  「はよーっす!」

モブD  「お前朝から元気だな―。俺なんてまだ7月気分だぜ」

智子  ("えー、知らないの?黒木さんフィギュアやってんだよー。アイスショーで見た―"とか言う奴が……それでクラスメイトに囲まれて、
     質問攻めにあって、私は顔を真っ赤にして、あたふたしながら"そ、そんな……まだ始めたばっかだもん"とか言っちゃって……)

キーンコーンカーンコーン

先生  「皆廊下に背の順で並べー。体育館まで移動するぞー」

ザワザワ…スタスタ

113以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 16:52:52 ID:k8togrlA
智子  「……」ガタッ

モブA  「あ、そーいやこの前アイスショー見たんだけど。常葉スケートリンクってとこで」

智子  「……!」ピクッ

モブA  「なんかー、スケート歴2ヶ月の天才美少女とか出てた」

モブB  「えー、どんな感じだった?」

モブA  「うーん、覚えてない。つーか名前も忘れた」

智子  (……その天才美少女、お前らの隣にいるよ!気づけよクソども!)ドンッ 智子「いたっ」

モブA 「あ、ごめん。えーと……」

モブB 「黒木さんだよ」

モブA 「あ、そーだった。黒木さんごめんねー」

智子  「い、いや……別に平気……」

智子  (……そうか。そもそも私という存在がクラスで認識されてないから、結びつかないのか……)

智子 (……チクショーーーッ!!)

114以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 16:53:35 ID:k8togrlA
今日はここまで。
そう簡単に行くわけがなかろうという話。

>>93
誰か竹村絵で描いてくれと願望を抱きつつ。
個人的には、アニメのツインテもこっちをイメージしてます。

115以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 18:09:51 ID:JUsnP1sw
花見
u.xsm.jp/cGoU

116以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/03(日) 21:19:19 ID:HC/EfqkY
乙。

117以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 21:46:56 ID:UkomGyPk
西園寺(智子が本格的にフィギュアスケートを始めたのが、6月。そしていまは10月…
    4ヶ月の間に2級まで取得できた。ジュニアに上がるためにはあと4級)

智子 (……)シャーーッッ、シャーッ、ガッ、クルッ

智子 「いたっ!」ベシャッ、ザザーッ…

西園寺「回転が遅いぞ、軸もぶれてる。もう一回!」ピーッ

智子 「てて……」ヨロヨロ

西園寺「アクセルの形はできている。お前の場合、上半身が弱いから回転不足になって転ぶんだ。
    ついでにいうと、前を向くタイミングも合ってない!」

西園寺(むしろ今までが順調すぎたのか……真崎は一発で跳べたのに……ん、真崎……?)

西園寺「そうだ、真崎だ!」ポン

智子 「!?」ツルッ、ザシャーーッ

118以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 21:47:35 ID:UkomGyPk
―翌日―

智子 (昼休みにコーチからメール来たと思ったら、"今日の練習はここに行け"って住所だけ書いてやがった…)トコトコ

智子 (……ここか?……ここじゃないよな……でも住所は合ってるし……)

目の前にそびえたつ、大きな木の門。看板には『大沢流空手道場』と仰々しい文字が刻まれている。

真崎 「おう智子、来たのか!」ギィッ

智子 「え!?え、え、なんでましゃきさんがこんな、オスの巣窟に…」

真崎 「落ち着け、まずは深呼吸。ビックリしただろ、ここあたしの家」クイクイ

真崎 「オスの巣窟ってのは当たってるぜ?母さんはちっさい頃に死んじまったから、男所帯なんだよ。
    女はあたし一人。門下生も男ばっかだしな。ま、とりあえず入れよ」

真崎の案内で門をくぐり、道場の方へ向かう。広々とした敷地内に広がる日本庭園を歩いているうち、
「えいっ」「やあ!」と野太いかけ声が近づいてきた。

智子 (……ダメだ、孕まされる。筋骨隆々とした毛むくじゃらの腕におさえつけられて集団レ)ガクガク

真崎 「親父!ちょっと邪魔するぜ―!」ガラガラッ

真崎の大声に、練習していた門下生が一斉にこちらを見る。
その中から、ひときわ立派な体躯の中年男が、のそっとこちらにやってきた。

119以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 21:48:09 ID:UkomGyPk
???「ん〜?」ズイッ

智子 (ひィ!)ガタガタブルブル

???「なんだ、女の子じゃねえか!お前、どこでこんな可愛い子さらってきたんだ」ニカッ

智子 (あれ、見た目より怖くなさそう……ていうか、チョロそう……?)

真崎 「人聞きのわりい事言うな!最近常葉に入ってきた子だよ。西園寺コーチが教えてんだ」

???「へえ、あの西園寺がねえ……あいつが直々に教えてんだったら、確かだな」

大五郎「俺は大沢大五郎。真崎の父親で、この道場の師範だ。よろしくな、嬢ちゃん」スッ

智子 「えっ…え、と…あの、くろき……ともこ、でしゅ……よ、よろしくおねがい、しまふ……」

大五郎「智子ちゃんか、んで、智子ちゃんはいくつなんだ?……5年生ぐらいか?」

智子 「えっ…」ガーン

真崎 「親父、智子は高1だよ」

大五郎「えぇ!?嘘だろ、こんなにちんまいのに……」

智子 「ちんまい……」ズーン

ない胸に手を当てて落ちこむ智子に、無意識に罪を重ねた大五郎は「ごめん、本当にごめんな!」と平謝りしている。
その様子を見ていた門下生の中から「親父、デリカシーなさすぎ」と呆れた声がした。

120以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 21:48:48 ID:UkomGyPk
???「つーか原幕の制服着てんだから、高校生に決まってんだろ」

???「だよなあ…つーか原幕!?すげーな、あそこって、偏差値70ぐらいのとこだろ!?はー、お前よく姉貴と話合うな」

真崎 「うっせー!」ドゴッ

???「おごっ…」

智子 (チャリで来そうなDQNキター!!…あれ、よく見ると真崎さんに顔似てるような……)

智子 「あ、あの…もしかして、真崎さんのご兄弟…」

大翔 「正解!俺は弟の大翔、高2。んで、こっちが兄貴の荒野!三兄弟の一番上で、空手は…2番目」

荒野 「ぐっ…」プルプル

大翔 「姉貴は全日本で優勝してっけど、兄貴はたしか…10位にもかすってないんだよなー」ニヤニヤ

真崎 「おまけにここだけの話……」コソッ

荒野 「やめろ、それだけは!」

真崎 「彼女いない歴=年齢の、喪男だぜ」

智子 「!」ピクッ

荒野 「あああ…」ガクーン、サラサラ…

膝から崩れ落ち、灰化していく荒野を見て、智子は不思議な親近感が沸いていた。

121以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 21:49:19 ID:UkomGyPk
智子 (喪男か…こんなビッチ釣れそうなスペックでも喪男なのか…なんか、元気出るな)

真崎 「さて、じゃあそろそろ始めっか!とりあえず智子、これ着ろ」スッ

智子 「へっ、道着!?」

真崎 「今からお前に、アクセル習得の極意を教えてやるよ」ニッ


□ □ □ □ □ □


真崎 「いーち!」シュバッ

智子 「い、いーち!」バッ

真崎 「にーい!」シュバッ

智子 「にー!」バッ

道着(一番小さいサイズ)に着替えた智子は、真崎と一緒に正拳突きの練習をしていた。
真崎いわく、幼い頃から空手をやっていた自分は、ごく自然にアクセルの動きができていたという。
そのヒントがこの前蹴りと、回転蹴りにあるというのだが……

122以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 21:49:55 ID:UkomGyPk
智子 (なんで空手やってんだ私!……こんなんで本当にアクセル跳べるようになんのか!?)

荒野 「うっし、じゃあ次、前蹴り100発!行くぞォ!いーち!」シュッ

智子 「(ひぃぃ!)いーち!」シュッ

―2時間後―

智子 「うう、……もう一歩も動けない……」グター

真崎 「だ、大丈夫か智子!つい…」アセアセ

荒野 「お前根性あんなあ、普通の奴なら30分でヘバってんぞ」グビグビ

智子 「…だって、上手くなりたいから……」ボソッ

荒野 「……そっか。智ちゃんも好きなんだな、フィギュア」

智子 「好き……かあ(考えたことなかったな…褒められて嬉しいとか、自慢したいとか、そっちばっかで……)」

荒野 「んでも、前蹴りと回転蹴りは形になったし、これでもうアクセルはバッチシだと思うぜ?」

智子 「バッチシ…」

荒野 「まあ、それを確認するのは明日のお楽しみにして……とりあえず」

真崎 「風呂と夕飯、食ってけ!……覗くなよ」

荒野 「もうしねーよ!」カァァ

123以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 21:50:26 ID:UkomGyPk
智子 ("もう"ってことは、前覗いたのか……)

□ □ □ □ □ □ □

大五郎「はっはっは、んじゃ、智子ちゃんの前途を祝って……カンパーイ!」

全員 「カンパーイ!」

ワイワイ…ガヤガヤ

真崎 「悪いな、無理矢理引き止めちまったみたいで」

智子 「い、いや…その……お、お風呂までいただいちゃって……そ、それに…」カチャッ

真崎 「うまいだろ、うちの特製チャンコ鍋」ニヘヘ

智子 「は、はい……(味なんかしねーよ!落ち着かねえ……)」

真崎 「遠慮しないでどんどん食えよ、お代わりいっぱいあっからな」ズズッ

大翔 「なあ、智ちゃんって最近フィギュア始めたの?」ヒョイッ

真崎 「だから、さっき言っただろ!まだ4ヶ月目だよ」

大翔 「ふーん。なんか、姉貴がフィギュア始めた頃思い出すな」

智子 「えっ!?い、いえっ、私ごときが真崎さんなんか…」アセアセ

124以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 21:51:01 ID:UkomGyPk
大翔 「いや、こいつ今でこそ世界女王だけどよ?始めたばっかの頃はそりゃもう、酷いもんだったぜ。
    動きなんてガッタガタだし、女らしさの欠片もない滑りだったし、初めてのアイスショーでしょっぱなからコケたし!」

智子 「えっ…(真崎さんも、同じ失敗を……)」

真崎 「ひ〜ろ〜と〜」グイーーッ

大翔 「ひでででっ!いひゃい、いひゃい!」ジタバタ

荒野 「ま、あれだ。智ちゃんはこっからどんどん上手くなっから、気にすんなってことだ」ストンッ

智子 「お兄さん……」

智子 (あれ、なんでこいつごく自然に隣座ってんの?)ダラダラ

荒野 「明日、俺もリンク行くわ。今日一日の特訓の成果、見てやんよ!」グッ

智子 (……やめろおおお!嫌だ、もし跳べなかったらリンチだ……公衆便所に連れこんで個室で集団リンチだあああ!
    お前らDQNの思考回路なんて読めてんだよ!絶対来んじゃねえ、朝の卵で下痢して寝込め!)

智子 「そ、そうですか……がんばり、ます……」ダラダラ

荒野 (……奥ゆかしい子だなあ……真崎とは大違いじゃねーか)ホワーン

真崎 (我が兄ながら、見る目のなさに泣けてくる)

125以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 21:51:36 ID:UkomGyPk
―翌日―

西園寺「じゃ、早速行ってみるか!」

智子 「はい!……よし、あいつ来てないな」キョロキョロ

シャーーーッ…シャーーーッ

荒野 『いいか、体を軸にして、足を半月形に回すんだ』

荒野 『俺は滑れないから、そっちの方は智ちゃん任せだけど…この回転蹴りの動きをそのまま応用すれば、
    多分タイミングもばっちり合うんじゃねーのか?』

智子 (……行ける!)ガッ

回転蹴りの要領で足を動かすのと同時に、離氷。

智子 (すごい……引っ張られるみたいだ!)

体は軽々と跳び上がり、遠心力でくるくると回った。

智子 「……できた!」ザーーーッ

パチパチパチ…

聞こえてきた拍手に振り向くと、観客席の所から荒野が手を振っている。

智子 (あいつマジで来たよ……)

とりあえず振り返すと、笑顔で親指をグッと立てた。

126以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 21:52:35 ID:UkomGyPk
智子 (ま、まあよかった……リンチは回避したしな……変なフラグは立てないで済んだ…)シャーーッ

智子 (ん?そういやあいつ、私と真崎さんの後に風呂入ってたな……)シャーーッ、キュッ

智子 「〜〜〜!?」ボンッ

西園寺「どうした智子!?」

その後の2ヶ月で、智子は無事3級、1回は落ちたものの、なんとか4級に合格した。
西園寺いわく「驚異的なスピード」とのことだが、4級の試験内容は今までの総復習なので、特に苦ではなかった。
そして12月――。

西園寺「智子、来週の5級バッジテストなんだが……」

智子 (なんだ、なんで渋い顔してんだ……やめろよ、不安になるだろうが!)

西園寺「……名古屋で、受けることになった。学校の方は悪いんだが、休んでくれ」

智子 (そんな顔で言うことじゃねえだろ!大体、学校でもソロプレイだから私が休んでも何も起きねえよ!)

西園寺「すまんが、そういうことだ。名古屋に1泊することになるから、費用の面が、ちょっとな……」

智子 「あ……」

西園寺「ま、お前は気にしなくていい。万全の状態でテストを受けて、一発合格しちまえ!」ポンポン

智子 「は、はい……」

127以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 21:53:27 ID:UkomGyPk
智貴 「おはよ……姉ちゃんは?」

母  「今頃、名古屋行きの新幹線の中よ。名古屋のリンクで次の級を受けるんですって」

智貴 「ふーん……」ガタッ

母  「あんたの願書、駅前のポストに出してくれるって言ってたから。帰ってきたらちゃんとありがとう言いなさいよ?」

智貴 「何、姉ちゃんが出しに行ったのかよ」

母  「ついでよ……トーストは2枚でいい?」

智貴 「ん」

母の朝食を待っている間、智貴は頬杖をついてリビングの壁を眺めていた。
額の中に飾られたバッジが、いつの間にか増えている。チェストには、優が現像してくれたアイスショーで滑る智子の写真。

智貴 「母さん、皿は俺が洗うから」

母  「何言ってるのよ、家事は主婦の仕事じゃない。あんたは受験勉強……」

智貴 「勉強なんて手伝いながらでも出来るよ。だって母さん、最近働いてんだろ、姉ちゃんは全然手伝いしないし……」

母  「嫌ねえ、あの子にも練習帰りにお使いとか頼んでるわよ。願書出してもらったのもそうじゃない。
    それに私、お家で校正のお仕事してるだけよ。外に出てないんだし、全然楽……」

智貴 「母さん、ずっと主婦だったじゃねーか。姉ちゃんに金がかかるから――」

128以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 21:54:00 ID:UkomGyPk
その言葉が出た瞬間、母はガチャンと調理器具を置いた。怒りをこめた表情で振り返り、智貴を睨みつける。

母  「……そんなこと、二度と言わないで」

くるりと背中を向けて調理に戻った母の背中を見つめながら、智貴はテーブルの上の拳を握りしめた。

□ □ □ □ □ □ □

一方その頃、名古屋へ向かう新幹線の中では。

西園寺「智子、お弁当買ってきたぞ!お前の大好きな回鍋肉丼と、俺の大好きな鯖の押し寿司…」〜♫

智子 「コーチ……まさか、ホテルって二人部屋ですか……?」

西園寺「まさか!」

智子 「……」ホッ

129以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 21:55:00 ID:UkomGyPk
西園寺「10人部屋だ」

智子 「……は?」ポロッ

西園寺「スケート連盟が持ってる宿舎があるんだ。露天ありの大浴場つき、朝夕は食堂で30種類のバイキング、男女別の宿泊棟……
    あ、部屋にモーニングコールがついてるから、安心しろ!」

西園寺「それと、5級テストでは3分半のフリー演技があるんだが、曲は自由だからお前の好きに選んで……」

智子 「だからそれを、もっと早く言えーーっ!!」

波乱の予感を含みながら、新幹線は名古屋への線路をひた走っていった。

______

とりあえず、大沢兄弟とイベントを起こしてみた。
打ち切りになった時一番悲しかったのは真崎の家族があんまり見れなかったことです。

130以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 23:22:50 ID:qU8PkEIo
130げっちゅぅぅぅぅぅ!!
130取れなかった奴ざまああああああ
こんなところで130も取れない奴は惨めな人生送るんだろうな
↓以下130取れなかった負け犬の遠吠えをお楽しみくださいwwww








マジすいません

131以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/05(火) 01:15:13 ID:KDtuQxjs
オォン!アォン!

132以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/06(水) 12:46:38 ID:evjsFycI
まじおもしろ

133以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/08(金) 13:52:55 ID:QvcDFlR2
名古屋駅からタクシーで15分。
リンクに併設された宿舎は、智子の『60年代あたりに建った白いコンクリートのボロい建物』という予想に反して、
近代的で清潔なデザインだった。案内されたのは和室の40畳で、布団がひとつだけぽつん、と敷かれている。

智子 「えっ…ここって、マジで10人部屋かよ!私しかいねえじゃねえか!」ドサッ

智子 「ひゃっほーーい!自由だ、私は自由だあああ!!」ゴロゴロゴロ

智子 「はっ…そうだ、明日バッジテスト受けて、終わったらすぐ帰るんだ……」ピタッ

智子 「じゃあいつ名古屋観光すんだよ!?シャチホコ見てえよ、手羽先食いてえよー!!」ゴロゴロゴロ

智子 「その前に、これ覚えないといけないんだったな…」カサッ

取り出した紙には、プログラムの要素が矢印で結ばれて書かれている。新幹線の中で、30分で決めた振り付けだ。
しかもステップシークエンスに至っては『好きにしろ』と丸投げされている。

智子 「椿姫か……」

―回想―

西園寺『好きな曲をやるのはまだ先の話だ。バッジテストの審査員は全員クラシック信仰持ってると思え。
    公式戦に出るようになっても、ショートはクラシックにしとくのが無難だ』

智子 『えっ…でも、つべで見た動画ではヤマトとか、ルパンとかやってましたけど……』

134以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/08(金) 13:54:14 ID:QvcDFlR2
西園寺『それはアイスショーか、もしくは審査がないエキシビジョンだろ?公式戦やテストでは受けのいい曲を選ぶのが常識だ』

智子 『マジですか…』ゲンナリ

西園寺『じゃあ、こうしよう。ジュニア大会では好きな曲を選んでいい。ただしバッジテストは俺が選ぶ。
    これを期にクラシックに詳しくなるのもいいんじゃないか?』

智子 『うー…』

―翌朝―

智子 (緊張してあんま眠れなかった…)ドヨーン

西園寺「大丈夫か?なるべく後ろの方だといいんだがな…」

5級バッジテストは、宿泊施設に併設されたリンクで行われる事になっていた。
常葉のリンクより天井が高く、客席も多い。

智子 (中学生っぽいのが多いな……)キョロキョロ

すっかりお馴染みになった赤い受験者手帳を提出して、
審査員が滑走順を決めるのを待つ。西園寺の願いに反して、智子は2番目だった。

135以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/08(金) 13:56:04 ID:QvcDFlR2
智子 「げっ、2番!?」

西園寺「あちゃー…くじ運が悪かったな…ま、当たったもんは仕方ない。トップバッターよりはいいさ」

トップバッターは、背の高い中学生男子だった。地元クラブの選手らしく
無難な滑りだったが、2番めのジャンプコンビネーションを失敗。満足いかないという顔で演技を終えた。

西園寺「よし、だいぶ気持ち楽になったろ」

智子 「……あんな、上手そうな子でも失敗、するんですね…」

西園寺「俺の言ったの、覚えてるか?バッジテストは1回までならやり直しが許される。だから、
    コケても手ついても、とにかく滑り切る。それが大事だ」ポンポン

審査員「次、常葉アイススケートクラブ、黒木智子さん」

智子 「は、はい!」

西園寺「頑張れよ、ここを通過したらいよいよ6級だからな」ポンッ

西園寺に背中を押されて、審査員の前に進み出る。
緊張をほぐすために、真崎に教わった腹式呼吸を3回繰り返して、目を開けた。

智子 (最初は、スピンか……えーと、スポッティングのポイントは…こいつらでいいか)シャーーッ、ガッ

136以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/08(金) 13:56:53 ID:QvcDFlR2
審査員を目印にして、くるくる回転する。腕を水平に広げてピタッと止まると、
間髪入れずに次の要素が始まる。

智子 (次が、ダブルルッツ…うげ、一番苦手なジャンプだ…)シャーーッ、ガッ

微妙によろけたが、なんとかこらえた。

智子 (ダブルフリップ、からの……コンビネーション)シャーーッ、ガッ、クルクル…ザーーッ

智子 (そしたら、またスピン)クルクルクル…

智子 (6回転したら、チェンジエッジ…そうすると、回転方向が変わるから…うぷっ、なんか喉上がってきた!)ガッ、クルクル

西園寺(よし、ここまでは順調だぞ、智子!)グッ

智子 (うう、回りすぎて頭が痛い…でも、スピンは確かこれで最後だ……ここさえ乗り切れば…!)シャーーッ、シャーッ、ガッ

最後のスピンは、フライングキャメルだ。
これは、キャメルスピンに入る際、フライング(跳び上がり)して入るもので、
ステップから入る通常のスピンよりやや難易度が高い。

智子 (あっ、やべっ……)クルクルクル

審査員(足が水平になってない……微妙に下がってる…フライングは出来ていたが…うーん)カリカリ

西園寺(智子もだいぶ股関節柔らかくなってるんだがな……スパイラルのレッスンを増やすか)

137以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/08(金) 13:57:35 ID:QvcDFlR2
智子 (やっとステップか……もう回るのはこりごりだ……)シャーーッ、ガッ、シャーー

エッジを左右外内に細かく動かし、リンクを縦横無尽に滑る。
そのステップに、審査員からも「おお…」と思わず感心したようなため息が漏れた。

智子 (ここからは延々ステップか……バリエーションはあるけど、結構キツいな……)シャーーッ

〜〜♫♪

智子 (音楽来た!あれ、BPM結構ゆっくりだな、やりやすいかも)シャーーッ、ガッ、クルクル…

西園寺(テンポは合ってる。鍛え始めたとはいえ、智子はまだまだ体力値が低いから、
    速い曲だとついていきづらいからな、いい選曲だった。しかし…)

審査員「……」

智子 (あれ、審査員がなんか渋い顔してる!…何でだ!?私まだコケてないぞ!)シャーーッ

西園寺(智子には重大な欠点がもう一つある……)

その後も、審査員は終始厳しい表情ながらも、冷静にジャッジしていった。

審査員「はい、お疲れ様でした」

智子 「うう…精神的にキツかった…」ヨロヨロ

西園寺「頑張ったな、智子。合計で10分近く滑って、よくノーミスにとどめた。偉いぞ!」ポンポン

138以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/08(金) 13:58:06 ID:QvcDFlR2
西園寺(まあ、ジャッジに響くほどじゃない……この問題点は、帰ってからにするか)

その後も20人ほどの受験者が滑り……1時間近くかけて、全員の演技が終わった。

審査員「はい、合格です。おめでとう」スッ

智子 「よかった…名古屋まで来て不合格だったら殺されるとこだった…」

審査員「ころ…」

西園寺「気にしないでください。じゃ、智子。そろそろ帰るか」

智子 (やっぱり手羽先は食えない運命なんだな)ガックシ

西園寺「……と、言いたいとこだが……お家におみやげが必要だろ?新幹線の時間まであと3時間ある。
    短いが、存分に楽しんでこい」

ご褒美だ、とウィンクする西園寺に、智子は「やったー!」と万歳した。

□ □ □ □ □ □ □

智子 「ただいまー!」

母  「おかえり智子、遅かったわね」

智子 「お母さん、これおみやげのういろうと手羽先!」

母  「まあ、美味しそう……で、バッジテストは?」

139以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/08(金) 13:58:45 ID:QvcDFlR2
智子 「えへへ」パラッ

母  「あらっ、しっかり合格してるじゃない。おめでとう!お母さんますます鼻が高いわ〜」ニコニコ

智子 「まだだよ、今年中に6級取って、ジュニアに上がんないと」

智子 (ああ、お母さんにこういう顔させられるようになったのは、素直に嬉しいな…)

母  「無理しないの。西園寺さんだって言ったでしょ?毎日の積み重ねが…あら、智貴おかえり。
    じゃ、母さんすぐにご飯準備するからね」タタッ

ガチャッ

智貴 「ただいま…姉ちゃん、帰ってたのか」

智子 「出してきてやったぞ、お前の願書」フフン

智貴 「そんなエバることじゃねーだろ……」

智子 「お前なんで原幕受けなかったんだ?あれか、頭足りないのか。我が弟ながら可哀想な奴だな―」プププ

智貴 「……」

智子 「なんなら姉ちゃんが勉強教えてやってもいいぞ、私今機嫌いいからな」

智貴 「……のんきなもんだな」

智子 「へっ?」

140以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/08(金) 14:00:04 ID:QvcDFlR2
智貴 「姉ちゃんがスケートなんてお遊び始めたせいで、俺はこんな時間まで学校で補習受けてんだよ!」

智子 「お前、何言って…」

智貴 「姉ちゃんに金かかってんのに、俺まで私立行けるわけねえだろ!」ガンッ

智貴 「くそっ…」ガシガシ

智子 「あ、お前飯は…」

智貴 「いらねえよ!」タンタンタン

智貴はわざと大きな音をたててドアを閉めた。ドアを閉めた振動で家がぐらぐらと揺れて、
キッチンで調理していた母が「何なの今の!?」と顔を出す。

智子 「……智貴……」

141以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/08(金) 14:01:10 ID:QvcDFlR2
とりあえず今日はここまで。
受験ストレスで当たり散らしたりしなかった原作智貴は偉いと思う

142以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/08(金) 18:25:05 ID:BM8p8mJc
乙です

143以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/10(日) 11:35:33 ID:hk7GUKIk


144以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/12(火) 22:01:57 ID:K.UJ5fXU
願書出し忘れの話ホントかわいそう

145以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/14(木) 15:15:28 ID:x4mokhjE
智子 「……」シャーーッ、シャーーッ、ガッ

智子 「!」ザシャーーッ

西園寺「おい智子、大丈夫か!?」

智子 「だ、だいじょ…いたっ」グキッ

西園寺「!……足ひねってるじゃないか、今冷やすもの持ってくるから、そのまま待ってろ!」タタッ

真崎 「お前らしくないぜ、ステップで転ぶなんて」

智子 「……」

真崎 「なあ、なんかあったのか?」

智子 「別に、何も……」

真崎 「嘘つけ。そんな泣きそうな顔してて、何が別にだよ。いいからお姉さんに言ってみ?」ポンポン

西園寺「スプレー持ってきたぞ!」タッ

真崎 「さんきゅ、コーチ。んじゃちょっと、あっち行っててくれよ」

西園寺「なぬ!?」ガーン

真崎 「女同士の話なんだよ!ほら、さっさと行った行った!……で、何あったんだ?ゆっくりでいいから、話してくれよ。
    スケートのことなら、あたしが何でも相談乗ってやるからさ」

146以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/14(木) 15:16:14 ID:x4mokhjE
智子 「えっと…」

智子 (バカ弟の受験ストレスとか私の知ったことじゃねえよ……ていうかなんだよあいつ、
    こっちは週六日もレッスン入れられて、毎日死ぬ気でやってるってのに……)

真崎 「……」

智子 (……もう言っちまうか?)

智子 「あの……実はですね……」

―翌日―

智貴 (はあ…日曜だってのに補習か……ほぼ毎日学校行ってるせいで制服洗ってる暇がねえよ……)

ピンポーン

智貴 (…また姉貴が着払いでグッズでも買ったのか)

智貴 「はい」ガチャッ

真崎 「よっ」

智貴 「……えっ?……あの、大沢……選手?」ピシッ

真崎 「へー、智子から聞いてたけど、マジで全然似てねえな」ジロジロ

真崎 「お前が智貴だろ?ちょっと面貸せ」グイッ

147以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/14(木) 15:18:20 ID:x4mokhjE
智貴 「へっ!?お、俺今から補習…」

真崎 「んーなもん、1日ぐらい休んだって死なねえだろ。ほら、いいから来いっての!」

□ □ □ □ □ □

智貴 「いって!」ズルッ、ザシャーーッ

真崎 「あっちゃー、軸がぶれてんのに手離すからだろ」

智貴 「くそ…」ヒリヒリ

真崎 「いきなりは無理だって、まずはスケート靴をハの字に…そう、そうやって、バーにつかまって……」

真崎が智貴を引きずっていったのは、智子がいつも練習しているリンクだ。
当の智子は、貴重な練習休みを満喫するべく部屋で爆睡しているので、
リンクには智貴と真崎しかいない。

智貴 (なんで俺は補習サボってこんなこと…)

真崎 「つまんなそーな顔すんなよ。世界女王が気分転換に付き合ってやってんだぜ」

智貴 「……」グッ

シャーーッ

真崎 「おっ、段々安定してきたな。さすがサッカー部」

148以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/14(木) 15:19:08 ID:x4mokhjE
智貴 (……なんだ、簡単じゃねーか…)シャーーッ

真崎 「やっぱ姉弟だな。バランス感覚いいじゃん2人とも。
    お前もさ、高校から趣味で始めてみたらいいだろ」

智貴 「趣味って…」ガッ、キュッ

真崎 「大学から始めてプロになってる奴もいんぜ。アイススケートで滑ったり、人に教えたりすんだ。
    世界で戦うんじゃなきゃ、大学からでも遅くないし、むしろ遅く始めたほうが
    選手生命も長くなって、どうかすると一生現役で滑れるらしいぜ」

智貴 「そんなの、できるわけっ…」

真崎 「できるよ。そんぐらいなら、そこまで金かかんないからな。やろうと思えば、姉弟でフィギュア選手だって夢じゃねえぞ」

智貴 「……」

真崎 「お前、智子に言ったんだってな。"スケートなんてお遊び"って」

真崎 「たしかに、フィギュアって見てる分には綺麗だし、楽しそうに見える。でもさ、
    10代のうちからジャンプ跳ばされて、冷たい氷の上で重いスケート靴履いて無理な動きばっかして、
    フィギュア選手なんて20代で皆体ボロボロだぜ」

智貴 「……大沢さんも?」

149以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/14(木) 15:19:45 ID:x4mokhjE
真崎 「あたしは元々丈夫だから、まだ大丈夫だけど。でも腰はいてえし、膝もガタが来てっから、
    23ぐらいで限界くっかもな。スポーツってのは多かれ少なかれ、そういうもんだ。遊びで出来るスポーツなんてほとんどねえよ」

智貴 「……」

真崎 「お前が受験で不安なのは分かる。でも、高校受験ってのは皆が通過しなきゃいけないポイントだろ。
    落ちたって滑り止めに行きゃいいじゃねえか。そこもダメなら通信でも定時制でも行けるじゃねえか。
    ……高い金出してもらって、後がない智子とは違うだろ」

智貴 「それは……分かってるんです」

真崎 「うん」

智貴 「でも……」

真崎 「今すぐとは言わない。でもいつかは、智子の頑張りが形になるから。その時は智子を思いっきり褒めてやれよ。
    お前が辛いって気持ちは、あたしが受け取ったから。これからもなんかあったらあたしに言えよ。
    智貴一人分ぐらいのスキマは空いてるぜ」

□ □ □ □ □ □ □

150以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/14(木) 15:20:30 ID:x4mokhjE
―翌日―

智子はスケート靴を履いて、長い髪を後ろでまとめながら考えていた。

智子 (……真崎さん、"あたしに任せとけ"って言ったけど…)

智子 (何したんだ?今朝になってバカ弟のやつ、"この前は悪かった、俺もイライラしてた"なんて言ってきやがって…)

西園寺「よしっ、じゃあ今日から6級に向けてビシバシ特訓してく予定だが…行けるか?」

智子 「……はい!」

智子 (あいつ、私立は併願しないのか……そういえば、願書出してた学校……)シャーーッ

智子 (あれ、優ちゃんが行った、偏差値低いとこじゃねえか……)シャーーッシャーーッ



優  『そういえば、智貴くんにうちの学校のこと色々聞かれたんだけど、もこっちなんか知らない?』

智子 『えっ?いや、なんも…』

優  『なんかね、偏差値どれくらい?とか、大学進学率とか…すごく現実的だったよ』

151以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/14(木) 15:21:07 ID:x4mokhjE
智子 『あの…実際、どんぐらいなの?』

優  『うーん、偏差値は平均だと55ぐらいかな。滑り止めにする人が多いよ。大学はスポーツ推薦が多いし。
    智貴くんはサッカーだっけ?』

智子 『えっ、あ、うん』

優  『そっかー。うち、サッカー部は強いからそれで聞いてきたのかなあ。でも、
    智貴くんなら、もっと頭いい学校行けると思うんだけど、なんでだろ…』


智子 (あいつ…偏差値15も下げて、確実に受かるとこを選んだんだ…)グスッ

智子 (バカじゃねーの。当たり散らすぐらいなら気遣うなよ……)ガッ、クルクル

ザシャーーーッ

西園寺「よーし、いいぞ智子!その調子だ!」パチパチ

智子 (……がんばろう)

152以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/14(木) 15:22:25 ID:x4mokhjE
>>148

×アイススケート
○アイスショー

誤字すんません。もこっちの家は子供二人を私立にやれているので、
お父さんの年収はおそらく1000万円台だとは思いますが、
家のローンもあるので、智貴には公立に行っていただこうかと。

153以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/14(木) 18:59:56 ID:Gt2q3UJI
アイレボ知らなかったけどこのSS面白いな
続き楽しみにしてます

154以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/14(木) 19:44:02 ID:dU9ilDlM
原作とは異なる選択をした故のその後の展開の違い
二次創作の醍醐味やな

155以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/15(金) 18:30:38 ID:sti7wmfU
>>153
ありがとー。
アイレボは打ち切り漫画だから駆け足なのが残念だけど、絵も可愛いしおすすめだよ。
フィギュア漫画のテニヌことブリアクも出したかったけど、そうなるとダブルクロスだな…どうしようか…

>>154

原作の時は真面目に「優ちゃんの後輩になるのかー」と予想していましたが、
普通に考えてあんだけ賢そうな子がアホな高校行く訳ありませんでした。
_______________________________

厳しい練習をこなすうちに、智子にとって受験に匹敵する難関だったクリスマスが過ぎ、
正月が終わって、冬休みが明けた。西園寺は「万全の状態で、一発合格を目指す」と目標をかかげ、
6級への挑戦は春休み中に行うことになった。

智子 「順調に行けば、2年生が始まる頃にはジュニアに上がってんのか…」

智子 「ふふ、うへへっ……1年でジュニアまで上がるとか、ヤバいぐらいの才能やでえ…」

智子は自宅で靴のブレードを磨きながら妄想に浸った。

156以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/15(金) 18:31:17 ID:sti7wmfU
智子 (いつもクラスの窓際で外を眺めている、目立たない女子。しかしその正体は華麗なる氷上の舞姫……)

智子 (韓流ドラマかっ!!)ガンッ

久しぶりの妄想があまりにこっ恥ずかしいので、壁に頭を打ちつけてツッコミを入れる。

智子 (ロリ体型で一見地味だけど髪の毛下ろすと途端に美少女に変身して、料理とお菓子作りはプロ級で
    家事を一通りこなす、実はモテモテだけど気づいていない天然ボケ夢主かっ!)ガンッガンッ

智貴 「うるせーぞ!単語が頭に入んねーだろ!」ゴスッ

壁越しに怒鳴られ、智子はようやく止まる。

智子 (……でも、一番ヤバいのは……)

智子 (それが現実、ってことなんだよな……)ハァーッ

智子は部屋の鏡に映った自分を眺めた。前は思わず吐いてしまったほど酷かった顔面が、
規則正しい生活と運動のおかげで、だいぶマシになっている。

智子 (眉毛整えてもらって、目の濁りとクマ取って、顔出してるだけ……)

智子 (私って、実は美少女だったのか……いや、美ってのは言いすぎだな。
    お直ししなくてもAKBで20位以内ぐらいには入れるレベルだったのか……)ウヘヘ

157以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/15(金) 18:31:52 ID:sti7wmfU
―翌日―

廊下を歩いていた智子に、手を拭きながらトイレから出てきた女子が気づいて「お」と声をあげた。

琴美 「久しぶり」

智子 「……お、おお……」

琴美 「……」

琴美 「あのさ、もしかしてなんだけど」

琴美 「私の事、忘れてねえかお前」

智子は、漫画なら『ギクッ』という擬音がつくレベルで動揺した。

智子 「えっ!?わ、わわわ忘れてないよ、もちろん」ブンブン

琴美 (……記憶力と偏差値って比例しねえんだな)

琴美 「じゃあヒント。お前中学時代はいつも3人でつるんでたろ。成瀬さんと、あと1人は誰だっけ?」

智子 「えーと……」

琴美 「こ」

智子 「こ……あ!こみちゃんか!?こみちゃんだろ!」

琴美はハァーッとため息をついて、ハンカチを四折にしてポケットにしまう。

158以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/15(金) 18:32:28 ID:sti7wmfU
琴美 「お前にそう呼ばれるのはなんか嫌だから、覚えなおせよ。小宮山、琴美」

智子 「小宮山さん……琴美ちゃん……」

琴美 「まあどっちでもいいけど。夏休みにアイスショーあったろ?あれ、実は私も見に行ってたんだよ」

智子 「え?」

智子はそこでやっと、優の後ろにチラッと見えたショートカットの女子を思い出す。
記憶の中の顔が、目の前の呆れ顔と重なった。

智子 「そ、そうなんですか…それはどうも……」

琴美 「(なんで敬語?)結構よかったよ。私も思わず応援しちゃったぐらいだし」

智子 「あ、ありがとう……こ、こみ……やまさんも、同じ高校だったん、だね……」

琴美 「まーな。クラス違うから会わなかったけど。もしかしたら来年は一緒になるかもしんないな」

智子 「えっ、あ、あはは……」

キーンコーンカーンコーン

琴美 「あ、チャイム鳴ったから戻るわ。じゃ、私いつも図書室いるから、気が向いたら来いよ」タッ

智子 「あ、ちょっと…」

智子 (これも縁なのか……)

159以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/15(金) 18:33:15 ID:sti7wmfU
―放課後、常葉アイススケートリンク―

西園寺「そういえば、真崎。沙綾から連絡来てないんだが、お前はなんか知らないか?」

6級のバッジテストのため、ショートとフリーの振り付けを決めようと
ホワイトボードを出していた西園寺が、ふと思い出したように聞く。
ウォーミングアップをしていた真崎は、「知らねえけど」と答えた。

西園寺「そうか……」

智子 「あの…サーヤ、って?」

西園寺「ああ。お前も知ってるだろうが、片倉沙綾。去年まで俺が指導していた選手で、
    元世界女王。実力は確かなんだが、周りとぶつかりやすい性格でな……まあ、
    孤高の天才っていうのか。アメリカに行ったんだが、今のコーチと上手くやれてるのか……」

真崎 「ていうか、コーチに連絡来てないんだったら、あたしに来てるわけねーだろ」

西園寺「まあ、それもそうか。沙綾はあれで、メンタルがそこまで強くないから……心配だな……」

真崎 「片倉を心配すんのはいいけどさ、コーチは今智子と二人三脚なんだぜ?
    智子に集中しろよ」

西園寺「あ、ああ…そうだな」

160以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/15(金) 18:34:00 ID:sti7wmfU
智子 (片倉沙綾…あの悪役令嬢か。写真ではそんな風に見えなかったけど……)

西園寺「よしっ、じゃあいよいよ始めるか!受かればジュニア昇格。
    本格的に試合に出て、ライバルと競い合うことになる。
    この6級は一発合格を目指すぞ!」

真崎 「おー!」グッ

西園寺「……お前は新しいコーチの方に帰れよ」ハァー

真崎 「だってあいつ、教えるのは上手いけど女の子と遊んでばっかなんだもんよー」

西園寺「クビにしろそんな奴!……じゃあまずは、曲からだな。
    6級は、2分30秒のショートプログラムと、3分30秒のフリープログラムを続けて滑る。
    5級の時は俺が決めたが……今回は特別な級だから、お前が決めていいぞ」

智子 「えっ!?ま…まじですか…!?」

西園寺「ああ。だが、あまりにも長い曲は編集が難しいから勘弁してくれ」

智子 「でも、審査員ってクラシックの方が受けいいとか……」

西園寺「受けの良し悪しがあるとはいえ、最終的には技術だからな。しっかり練習してノーミスに抑えれば、
    まず大丈夫だ。ルール改正で、歌詞入りの曲も使えるようになったから、何でもありだぞ」

161以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/15(金) 18:34:33 ID:sti7wmfU
智子 (うっひょおおお!マジかよ、私の妄想現実にktkr!)

智子 (何にしようかな…巫女みこナースとかは狙い過ぎだよな……ちゃんと滑れて、なおかつ
    あまり不興を買わないレベルの……うーん……)

いざ自由な曲でいい、と言われた智子は考えこんでしまった。
頭のなかでいくつか候補が上がるが、どれも決定打に欠ける。

智子 (うう…フィギュアの曲決めってこんな難しかったのか…アニソンだと使えそうなのがほとんど思いつかねえし……)

西園寺「大丈夫か?決められないようだったら、ショートを前と同じ椿姫、フリーをラプソディ・イン・ブルーでもいいぞ」

真崎 「智子、とりあえずノリがいいやつ選んどけよ。疲れっけどリズムに乗るの楽だし、滑ってて楽しいぜ?」

悩む智子に、2人が助け舟を出す。

智子 「2分30秒……スムーチ……」ボソッ

真崎 「あ、あたしそれ知ってる!あのちっさいキャラがぴこぴこ踊るやつだろ?」

智子 (はっ!つい思いつきを…)

真崎 「でもあれ、結構速い曲だよなあ……げっ、BPM177…こりゃ人間の限界超えちまうぞ。
    おまけに秒単位で時間足りねえし……」

スマホで曲情報を調べた真崎は、「あたしでも無理」と首を左右にブンブン振った。

162以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/15(金) 18:35:15 ID:sti7wmfU
智子 (うーん……パッと思いついたノリノリな曲、がこれだったんだけどな……
    滑ってて楽しい…ノリがいい……)

智子 「あ」

真崎 「ん、なんか思いついたか?」

智子 「あの、中学の体育祭で踊らされたやつなんですけど……
    オーミキラブミキペコリミキー、ってやつ…あれ、なんでしたっけ」

真崎 「ああ、あれゴリエの……なんだっけ?」

西園寺「Mickeyだろ?元はイギリスのバンドの曲で、ゴリエのはカバーVerだ」

智子 「それ、いいかな……なんて……」モジモジ

西園寺「ああ、ちょっと待て。Youtubeで曲出してみよう」ピッ

西園寺がスマホで検索する。動画では、アメリカンスタイルのチアガール達が
一斉に並んで足を上げる、カンカンダンスを踊っていた。

〜♫ Oh Mickey Love Mickey ペコリMickey
恋する乙女のおまじない  〜♪

智子 「あ、なんか見てるうちに段々思い出してきた……(このゴリエの人、今何してんだろ)」

163以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/15(金) 18:35:49 ID:sti7wmfU
真崎 「これもう15年近く前なのかー。衣装はチアで決定だな!小道具…はたしかダメだったよな……」

〜♬Come on! Do Mickey Do Mickey
Don't break my heart Mickey〜♪

西園寺「うん、BPMもちょうどいいし、素直な譜面だから振り付けも組みやすい。
    ただ、どっちかというとフリーに回したほうがいいな」

智子 「?」

西園寺「ショートで落ち着いた演技を見せて、フリーでバーンッと弾ける!
    そのギャップは点数高くなるぞ。"あ、この子こんな演技もできるんだ!"って感じになるからな。
    お前は体つきも小柄で華奢な方だし、この前の椿姫みたいに、大人っぽく静かな演技の方が
    それっぽく見えるんだ」

智子 「(大人っぽい!?そんな評価始めて貰ったぞ……)じゃあ、フリーはこれで」

西園寺「よし、フリーは"Mickey"だな。振り付けはジャンプとステップ主体で、
    弾けるような元気な感じに仕上げよう。その前座になるショートは、体力を温存する意味でも、おとなしい印象の曲を選ぶか」

智子 「大人しい……」ウーン

164以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/15(金) 18:36:34 ID:sti7wmfU
だいぶ範囲が決まったものの、やはり難しいものは難しい。
ゲーセン通いのおかげで智子の音楽のジャンルは幅広い。だが、そのほとんどがゲーム性をつけるためかBPMが高めで、
いうなれば『アゲアゲ』な曲ばかりだ。しっとりしたバラードなどもいいが、そうなると逆に合わせづらかったりする。

智子 「……あ、これなんかいいかも…」スッ

〜〜♫♪

真崎 「ん?……マミさんのテーマ?……なんだ、アニメのBGMにしちゃフツーというか、
    クラシカルな曲だなー。賛美歌みたいで」

正式な曲名は『Credens Justitiam』
ト長調のイントロから、変イ長調のメインメロディー。

西園寺「全体的に優美な印象のアレンジだな、『大人しい』という条件からはやや外れるが、
    チアダンス風のフリーに続く曲としては悪くない。オーケイ、じゃあショートはこれでいこう。
    ただ、間を引き伸ばして2分30秒に編集するぞ」

智子 「はい!」(ああ、これがやりたくてフィギュア続けてたんだよ私は……!振り付けにはぜひ
         ティロフィナ(ry)

165以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/15(金) 18:37:08 ID:sti7wmfU
真崎 (……智子のやつ、すげえイキイキしてんなー。あたしは音楽とか聴かないし、結局いつも
    コーチに選んでもらってるから、羨ましいな)ポワポワ

それから2週間は、苦手な要素を徹底的に特訓することになった。

西園寺「軸がブレてるぞ、もう一回!」ピーッ

智子 「は…はひ…」ゼエゼエ

智子の苦手なジャンプは、まず最高難度のアクセル。それと、踏みきるタイミングでエッジの向きが変わるルッツの2つ。
6級からはダブルアクセルが必須になる。智子はどうしてもアクセルの苦手意識が抜けないせいで、
回転不足になる傾向が強いため、西園寺はアクセルを集中特訓させた。

西園寺「上半身をもっと傾けろ!レイバックは下半身でしっかり回転を支えるんだ!」

智子 「うぶっ…」グルグルグル

スピンでは、体の柔軟性が要求されるキャメルや、そこから派生するレイバックが苦手。
股関節を半年かけてゆるめたおかげで、なんとか180°開脚はできるようになったが…

西園寺「次はビールマン……ああ、ダメだ智子!もっと足を上げろ!そう、骨盤を意識して……
    それじゃ非常口だろ!もっとしっかり上に!」ピーッ

智子 (ひぃぃ!鬼コーチ降臨!?)ググーッ

166以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/15(金) 18:37:46 ID:sti7wmfU
なまじステップが完璧なせいか、小さな欠点が大きく目立つのが智子の弱点でもある。
本番ではジャッジに響く危険性が高いため、西園寺はいつもより5割増しで厳しく教えた。

智子 (うぅ…だいぶ慣れてきたと思ってたけど、やっぱりスポ根は向いてないな私…)ヨロヨロ

□ □ □ □ □ □ □ □

―昼休みの教室―

ワイワイ…ガヤガヤ…

智子 「……」チーン

智子 (疲れた…もう髪の毛まとめる気力もない…おかげで頭が入学当時に逆戻りしてる……)

連日の猛特訓で活動限界を迎えている智子は、昼休みは机に突っ伏して寝るのが定番になっていた。
最近では授業中でもこっくり、こっくりと居眠りしているが、元々影が薄いのが幸いしてか、
あまり注意されることはない。

智子 (あー、気持ちいいな……)ウトウト

モブA 「そういえばさ、昨日すっごい人見た!」

モブB 「えー、だれだれ?」

モブA 「あのね、フィギュアの片倉選手!」

智子  「!?(今片倉っていったかこいつ)」ピクッ

167以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/15(金) 18:38:36 ID:sti7wmfU
モブA 「駅前のスポーツ用品店にいたんだけどさ、足とかスラーッって長くて、すっごい美人!」

モブB 「マジで!?すごいじゃん!で、で、サインとか貰った?」

モブA 「それがさー。"プライベートでは話しかけないで、マナーよ"とか言っちゃって、スーッっていっちゃってさー」

モブB 「うわー、感じ悪…」

智子 (写真通りじゃねーか…何が"メンタル弱い"だコーチ…出来損ないの切原みたいな頭して…)

―その頃の西園寺―

西園寺「くしゅんっ!?」

智子 「って、今こっち来てんのか!?」ガバッ

モブA 「うわっ、びっくりした!」ビクッ

モブB 「黒木さんフィギュア好きなの?意外だねー」

智子 「えっ、あ、いや…その、うん…まあ……ごめん、続けていいよ」ススス

智子 (リンクに顔出すかも……つーか、確実に来るよな……まあ、適当に挨拶だけして、後はなるべく関わんないでおこう……
    どうせすぐアメリカ帰るんだろうし……)ガタッ

しかし、智子の願いは最悪な形で裏目に出ることになる。

168以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/15(金) 18:39:11 ID:sti7wmfU
その日の放課後。智子はロッカールームでジャージに着替えて髪をまとめていた。
襟足で1つに縛ってみたが、鏡に映ったのは片倉選手リスペクトStyleの自分だった。

智子 (……いつも通りにしとこう)

ゴムを口にくわえて、高い位置でまとめ直す。
だいぶすんなりできるようになったが、これも自分の成長の1つと考えると、自然と顔がほころぶ。

ガタッ

智子 「あ、真崎さん?今鏡空けます……」クルッ

振り返った先にいたのは、いつもの人懐っこい笑みではなく、冷たい無表情。

智子 「か……片倉、さん」

言い直したのは、いつか真崎が『試合以外で大沢選手って言われると、なんか疲れんだよな』と言っていたのを思い出したから。
しかし、すでにジャージに着替えて準備万端の沙綾は、智子を上から下まで見て言った。

沙綾 「……小さい」

智子 「は?(ちゃんと喋れよ悪役令嬢!主語抜きは綾波にしか許されない高等テクだろーが!)」

沙綾 「中学の頃の私より小さいじゃない。……本当にあんたが、西園寺コーチの言っていた"金の卵"なの?」

智子 (あのコーチ、何勝手に人のハードル上げてんだ!)

169以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/15(金) 18:39:55 ID:sti7wmfU
智子 「あの、片倉さんは何を……」

沙綾 「……準備が終わったんなら、早くリンクに来て」スッ

智子 「……やっぱ、感じ悪い奴……よくイジメらんないなあいつ」

腹はたつが、行き先は同じなのでさっさと髪をまとめてリンクに向かう。
ウォーミングアップで滑っている沙綾はすらりと背が高く、3つ違いとは思えないほど大人びている。
滑りも、だいぶ上手いと自負している智子を凹ませる程度に美しい。

智子 (うっ、考えてみりゃこの人、世界一になったことあるんだもんな……
    それに比べて私は……)

智子 (まだ、ジュニアにすら上がってない……)

西園寺「沙綾!お前、いつ日本に帰ってきて…」

沙綾 「……昨日です」

西園寺「じゃあ、時差ボケもあるだろ。今日はゆっくり休んだほうが……」

沙綾 「問題ありません」シャーーッ

西園寺「あーあ……智子、沙綾のことは気にしないでいいからな。お前はお前の練習をしろ」

智子 「あ、はい…」

170以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/15(金) 18:40:30 ID:sti7wmfU

西園寺「よし、じゃあ今日は音楽かけて通しでやってみよう」

〜♫

音楽が鳴り出すと、リンクを大きく使って滑っていた沙綾はサッと隅っこにどいた。

智子 (暗黙のルールってやつか……)シャーーッ

荘厳なメロディを歌い上げる、聖歌にも似た女の高い声。
いきなりのダブルアクセルだが、曲がわりとゆっくりなおかげで、落ち着いて踏み切れる。

智子 (よしっ、決まった!)クルクルッ、ザシャーーッ

智子 (すごい、すごいぞ私!一年足らずでこれって、天才なんじゃねーの!?)ウヘヘ

沙綾 「……」

ノーミスでショート、続いてフリーも滑り、天上天下唯我独尊ポーズ(智子命名)で〆る。
西園寺は「いいぞー!」と拍手していたが、一通り見た沙綾はぷいっと横を向いた。

沙綾 「……なんだ、この程度」

智子 「なっ…」カチンッ

西園寺「沙綾、一応智子はお前の後輩なんだぞ。それだけで済ませたらただの悪口だ。
    改善点があるならしっかり言え」

171以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/15(金) 18:41:08 ID:sti7wmfU
沙綾 「……そんなことも分からないんなら、やるだけ無駄だと思う」

智子 「えっ……」

沙綾 「あんた、空手でもやってるつもり?……フィギュアはただのスポーツじゃない。
    あんな滑りでよく世界を目指すなんて言えるわね」

沙綾 「はっきり言って、全然美しくない。ジャンプもスピンも、ただの技になってる。
    女らしさの欠片もないし、動きが硬すぎて、見ていてイライラしてくる」

智子 「……」

西園寺(くっ……普段の指導で少しずつ言っていたのに、こんなビシバシ言っちまうと……)

沙綾 「あんな滑りじゃ芸術点はつかない。ただ曲に合わせて動いてるだけにしか見えない。
    ……あんたのそれは、フィギュアスケートじゃない」

西園寺「あ、智子!」

後ろから西園寺の声が追いかけてきたが、智子は構わずエッジカバーをつけて、靴を脱ぎ捨てた。
泣きながら走っていく智子とあやうくぶつかりそうになった真崎は、「おい片倉、テメー何しやがった!」と
鬼の形相でリンクに滑り出る。

西園寺「……最悪のタイミングだ」

172以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/18(月) 16:13:34 ID:KSPHjt/w
リンクを飛び出した智子は、足が赴くままトボトボと歩いていた。

智子 (ゲーセンか……)

気がつくと、中学時代から通っていたゲームセンターの前に来ていた。
ポケットを探ると、小銭が何枚か入っていたので、とりあえず音ゲーのフロアに向かってみる。

智子 (……あ、筐体変わってる)

智子 (……)チャリンッ

『Welcome to Jubet Qubell』

智子 (……今更な新曲が多いな……とりあえずLv9の逆詐称で肩慣らしすっか)タカタカタカ

『Clear B』ドーン

智子 「嘘だろ!?」ガーン

智子 (たった半年やんなかっただけでこんな下手くそになってんのか……)

ベンチに座った智子は、何の気なしにあたりを見回した。
と、カードトレード掲示板を見ていたガラの悪い男がくるっと振り返って、「あ」と声を上げる。

荒野 「智ちゃん?何してんだこんなとこで」

智子 「えっ、あの……」

173以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/18(月) 16:14:16 ID:KSPHjt/w
西園寺「……お前のいらだちと、智子の問題は何の関係もない」

沙綾 「……」

西園寺「でも、お前の口からあんな言葉が飛び出した理由ってのはあるはずだ。
    元コーチのよしみで、教えてくれないか。お前は考えなしに人を罵るような子じゃないだろ」

真崎 「……片倉……」

沙綾 「……間違いだったの」

真崎 「?」

沙綾 「月刊スポーツの記者が……謝ってきたの。"フィギュアスケート完全特集"で、
    私の肩書を"世界女王"って書いちゃったって。本当は"元"がつくのにすいませんって」

沙綾 「世界女王から転落した瞬間、嫌がらせが多くなって……"あの採点は疑わしい"とか
    "芸術点なんて不明瞭な基準だから、加点してもらったんだろ"とか
    酷いことばっかり言われて……全然、楽しく滑れなくなって……」

沙綾 「だから……羨ましかったのかもしれない……あんなガタガタな滑りで、それでもがんばってるのが……」

真崎 「……」

174以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/18(月) 16:14:56 ID:KSPHjt/w
真崎 (そっか…こいつを天才美少女って持ち上げてた奴らなんて…2位になったらあっという間に興味なくすような
    バカばっかだったって事か……)

西園寺「そうか。自分の気持ちに整理がついたんならそれでいい。ただ、後で真摯に謝るんだぞ。
    それに…智子の欠点は、はっきり指摘しなかった俺も悪い。智子が自分で乗り越えなきゃ意味ないからな」

西園寺「最後はやっぱり、自分次第なんだ。沙綾もちゃんと、それを分かっただろ」

□ □ □ □ □ □ □

一瞬逃げようかと考えた智子に構わず、荒野は隣に座って「で、何してんだ?今日は練習ねえの?」と聞いてきた。

荒野 「ふんふん、片倉ね……って、あの片倉紗綾か!?」

智子 「えっ、しし…知ってるんですか!?」

荒野 「知ってるも何も、真崎のライバルだっつーの。……いやー、しかしあいつなら言うよなあ」

荒野 「あいつ、親父に金的蹴りかましたんだぜ。真崎がフィギュア始めるって言い出した時、
    猛反対した親父が"フィギュアなんてお遊び"って言ったのにブチギレて」

智子 「ひょっ!?き、きんてきっ…」

175以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/18(月) 16:15:38 ID:KSPHjt/w
荒野 「……真剣にやってる事バカにされたら、まあ……誰だってそうなるだろうなとは思った。
    でも、智ちゃんのそれとは別だよなあ」

智子 「……」シュン

荒野 「智ちゃんだって、片手間にやってるわけじゃないんだからさあ。そんな言い方ねえよなあ。
    せめてどこが悪いかぐらい、教えてやったっていいじゃねーかよ。先輩なんだからさ」

智子 「……私、どうすれば、い、いいんでしょうか……」

荒野 「とりあえず今日は遊ぼうぜ!俺も付き合うからよ!」スクッ

智子 「えっ!?あ、遊ぶって…」

荒野 「パーッと遊んで、飯食って、寝る!ほんで明日、片倉に謝らせて、コーチに教えを請う!」

一気に言い切った荒野のニコニコ笑う顔を、智子はあっけにとられながら見た。

荒野 「片倉のそれは八つ当たりだけど、智ちゃんに問題点があるのは本当なんだろ?
    だから、それはコーチに聞く!なんてたって、プロだから!
    今はとにかく、前向きになること!」フフン

智子 「……」

176以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/18(月) 16:16:41 ID:KSPHjt/w
ごめん、一文抜けてた。

>>174

仕方なく、さっきの出来事を話す。
全部聞き終わると荒野は「ほうほう」と頷いた。

177以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/18(月) 16:17:44 ID:KSPHjt/w
智子 「……はい、わかり……まし、た…」コクン

荒野 「うっし、んじゃ、さっき智ちゃんやってた奴教えてくれよ!」

智子 「お兄さん、さっきポップンやってたじゃないですか…」

荒野 「え?わかんねーからとりあえずボタンテキトーに押してたらクリアできたぜ」

智子 「…!!」

それから2時間、2人は小銭が無くなるまで遊び倒した。
疲れたらベンチで他人のプレイを眺め、遅くなったのでファーストフード店で夕食をとる。

智子 (も、もしやこれはデートというやつでは!?…ふふふ、喪男の素人童貞なんて妄想だけで生きてるような  
    人種だからな…黙ってるだけで好感度バク上げやでえ…)

荒野 「智ちゃんセットでいいんだっけ」

智子 (DQN系も悪くねーか…なんてったってスクールカーストの最上位はDQNか優等生だからな… 
    頭空っぽな分こっちで動かせそうだし……こいつ、ちょっと突けば貢ぎそうだし)

荒野 「おーい?」

智子 「はっ!」

荒野 「セットで大丈夫?」

178以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/18(月) 16:18:42 ID:KSPHjt/w
智子 「は、はひ…」コクコク

荒野 (緊張してんのかあ…可愛いなあ…)ホワーン

智子 (なんだ、使えるじゃねえか…ギャルゲーの法則)グヒヒ

―翌日―

智子 「……」ゴクリ

智子 「お、おはようございm ???「おはよう」

智子 「へっ!?」クルッ

沙綾 「……」

智子 (やっ…やっべええ!!いきなりラスボスがっ…)

沙綾 「…昨日は、ごめんなさい」

智子 「えっ」

沙綾 「私も、イライラしてて……だからって、八つ当たりしていい理由には、ならなかったわね。
    ……本当に、ごめんなさい」

智子 「えっ、あ、あの…その、か、顔上げてっ…」アワアワ

西園寺「お、二人とも早いな」ガチャッ

智子 「あの、コーチっ、昨日は…」

179以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/18(月) 16:19:47 ID:KSPHjt/w
西園寺「大丈夫だ」

智子 「……」シューン

西園寺「……だが、このままというわけにもいかんしな……沙綾にはちょっと、頼みたいことがあるんだが」

沙綾 「……分かりました」

西園寺「よし、じゃあ二人ともついて来てくれ。今日のレッスンは別の場所でやるから」

智子 「え?」


―リンク近く.バレエスタジオ―


智子 「……って、バレエスタジオかよ!」

沙綾 「……まさかと思ったけど、ここまで何も知らないとは思わなかったわ。怒鳴った自分がバカみたい」ハァ…

智子 「なっ!?」ガビーン

沙綾 「フィギュアスケートが、ただのスポーツじゃないってことぐらい知ってるでしょ?
    氷の上で、自分なりに広げた音楽の世界を、スケーティングで表現する。つまり、
    スポーツ的側面が、ジャンプやスピンといった要素。芸術的要素が、その他の身のこなしに現れるってこと」

180以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/18(月) 16:20:43 ID:KSPHjt/w
紗綾の説明は一見長いが、的を射ていた。続けて「ただのスポーツなら、スピードスケートでいいでしょ」と溜息をつく。

西園寺「その通り。そして、智子に一番欠けているのがこの…"芸術性"なんだ」

智子 「だから、昨日"フィギュアスケートじゃない"って…」

西園寺「ああ。沙綾の言い方はキツかったが、ここまでバッジテストの審査員が誰も指摘しなかったのが不思議なくらいだ。
    智子。お前のスケーティングは、力任せで、曲を表現する段階まで至ってない。
    ただ、曲に合わせて滑っているだけなんだ」

智子 「えぇ!?」ガーン

西園寺「ちょこちょこ指摘してきたんだが、お前は気づかなかったからな…」

智子 「もし、実際の試合だったら…」

西園寺「芸術点が大幅に低くなって、表彰台が遠ざかる」

智子 (……なら、指摘してもらっただけでもありがたいじゃねえか……飛び出した自分がバカみたいだ…)ズーン

沙綾 「あんた、バレエとかやったことある?」

智子 「い、いえ…」

沙綾 「じゃあ、日本舞踊とか、茶道は?」

智子 「と、とととんでもない!」ブンブン

181以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/18(月) 16:21:14 ID:KSPHjt/w
西園寺「一流の選手は、ほとんど全員がバレエと両立してレッスンを進めている。
    演技に取り入れることで、優美な動きになるんだな。だが、お前は未経験だから…とりあえず」

西園寺は、トゥシューズとレオタードを取り出した。

西園寺「論より証拠!まずは、俺が基礎から教えていくから、真似してやってみろ」

―30分後―

智子 「……くっ、キツ…」ゼエゼエ

西園寺「がに股になってるぞ!あと、背筋は伸ばして!」

智子 「の、伸ばすって……言って、も…」ピーン

沙綾 「……」

西園寺「やっぱり、一朝一夕には行かないか……真崎の時も苦労したっけなあ…」ウーン

沙綾 「……ちょっと、いい?」スッ

智子 「へっ?…ひゃ!く、くすぐった…」

沙綾 「暴れないで。体で覚えてもらう方が早いから」グッ

182以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/18(月) 16:21:56 ID:KSPHjt/w
レッスンの成り行きを見守っていた沙綾は、バーにつかまった智子の内股に手をかけ、
片足をグッと上げる。さらに背中が弧を描くように伸ばし、天井に向けた右手首を内側に返す。

沙綾 「……審査員は指先まで見てるの。……一瞬でも、気を抜かないで。
    でも、体の力は抜いて。骨だけで立つのをイメージするの」ググッ

揃えさせた右手の指のうち、人差指と中指を残した指を、すっと自然に落とさせる。

沙綾 「……はい、完成。どう?」

智子 「うわっ…!すっご…」

全面鏡に映ったのは、腰と水平に片足を上げた、アティチュードのポーズ。
指も美しく広げられて、まるでしなやかな鳥のようだ。

智子 「わあ……」

沙綾 「この感覚をしっかり覚えて滑れば、多分、大丈夫……」

沙綾 「私も、6級は1回落ちてるから…」

智子 「え、片倉、さんも?」

沙綾はこくんと頷いて、「6級からは、この芸術性が足りないと駄目なの」と答える。

智子 「だから、昨日…」

西園寺「よかったじゃないか!これで6級はバッチリだな!」

183以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/18(月) 16:22:31 ID:KSPHjt/w
沙綾 「……じゃあ、私もう帰るから」クルッ

西園寺「おう!智子の試験日が決まったら、連絡するからな!今日はありがとう!」

沙綾 「……」

智子 「あ、あの!」

沙綾 「なに?」

智子 「そ、その……」

智子は口ごもった。別に何かあるというわけでもないのに呼び止めてしまったので、言葉が出ない。

沙綾 「……頑張って」

智子 「え?今…」

バタン…

智子 「行っちゃった…何なんだあの人…」

西園寺「まあ、らしいっちゃらしいな」ハハハ


かくして、自身の最大の弱点ともいえる『芸術性の欠如』を自覚した智子。
しかし、6級試験は、彼女が想像している以上にプレッシャーのかかるものだった!

184以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/18(月) 16:23:07 ID:KSPHjt/w
今日はここまで。明日は6級バッジテスト編。

185以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/18(月) 16:47:15 ID:dvPB/936
http://jump.cx/G7H2l

186以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/18(月) 22:36:17 ID:UzROANyY


スケートに釣られただけでわたもてすら殆ど知らないんだが、面白いな

187以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/19(火) 13:44:18 ID:./v6ymZs
>>186
ありがとう。なるべくスケートの方は分かりやすくに留めたいんだが、
どうしてもクドくなる…ルール細かいよ……

作者都合でルールを変えてる部分がありますので、ご容赦下さい。

_________________


6級バッジテストの試験日は、奇しくも始業式の前日に決まった。

西園寺「すまん…新学期が始まる前に休みを確保してやりたかったんだが……」

智子 「(チッ、結局春休みは練習漬けかよ……)で、試験会場は…」

西園寺「今回は横浜のリンクだ。当日は朝9時に駅で一旦集合して、俺と一緒に現地入りだ」

智子 「一人で…」

西園寺「だめだ。万が一乗り換えが分からなくて遅刻とかになったら困るからな。
    不測の事態があっても、一緒にいれば俺がリンクの方に連絡できるだろ?」

智子 「ま、まあ…それは、そうですけど…」

智子 (なんだろう。この人、全体的に私を子供扱いしている気がする)

188以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/19(火) 13:45:13 ID:./v6ymZs
―試験当日―

智子 「コーチまだ来てないのか…」ピロンッ

智子 「ん?ゆうちゃんからメールだ」

優  『もこっち、おはよー!もうリンクには着いた?今日はこみちゃんと応援に行くから、がんばってね!』

智子 「……こみちゃん……あ、小宮山か」

琴美 『結構良かったよ。私も思わず応援しちゃったくらいだし』

智子 (……あいつも来んのか、確かあいつライトヲタだったし、休日はどうせ予定ないか)

西園寺「おーい、智子―!来る途中でお母さんに会ってな、お前に渡すの間に合わなかったお弁当預かってきたぞ―!」ブンブン

智子 (……6段、だと……!?……花見か!)

一旦都心に出て、そこから東海道線に乗り換える。
たまたま快速が捕まったので、ボックス席をキープして、ゆったりと車窓の景色を楽しみながら行くことにした。

智子 (……どんどん、のどかになるな……海見えねえかな)ソワソワ

西園寺「なあ、智子」

智子 「はい?」クルッ

西園寺「去年の今頃はお前、スケートやるとか考えらんなかっただろ」

智子 「それは、まあ…」

189以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/19(火) 13:45:56 ID:./v6ymZs
西園寺「そっから1年で、お前はここまで来たんだ…」

西園寺「すごいことだよ、本当に」

智子 「……」

西園寺「だから、今までの力を全部出し切って、ジュニアの舞台に殴りこみだ」

な?とウィンクする西園寺に、智子は「はい」と頷いた。

智子 (今日、合格すれば…いよいよ、ジュニアクラス!)

智子 (そしたら…そしたら、今度こそ…!)

モヤモヤーン…

モブA 『すごーい、黒木さんフィギュアやってたの!?なんで言ってくれなかったのー?』

モブB 『ウチのクラスにそんなすごい人いるなんて…』

モブC 『ねえねえ、今度の大会は出るの?クラス皆で垂れ幕作ろうかと思うんだけど……』

キャーキャー

モヤモヤ…

智子 (う、うふふ……うへへ…)ニマー

西園寺「智子は想像力が豊かだなあ」

190以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/19(火) 13:47:20 ID:./v6ymZs
智子 「はっ!え、そ、そうぞ…(恥ずっ、バレてた!)」アワアワ

西園寺「イメージトレーニングは存分にしろよ!人間はな、頭で考えてるとおりに運命が動くもんなんだ。 
    俺もよく、インタビューに来た女子アナと結婚する妄想してたなあ……」ジーン

智子 (実現してねえじゃねーか!)

智子 (まあ、妄想がコーチ公認になったのはありがたいけど…) 

横浜までは、一時間ほどで到着した。タクシーでリンクに向かうと、常葉とたいして変わらない、やや古い建物だった。

西園寺「俺はちょっと手続きをしてくるから、お前は先にロッカーで着替えとけ。もちろん、衣装にな」

智子 「…!(いよっ、っしゃあああ!キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!)はい!」

意気揚々とロッカールームに入った智子は、中学生の受験者たちの間に場所を確保する。

智子 (チラッと見た限りでは…結構顔面偏差値低いな、向こうの女なんてエラ張ってるし…
    親は自分の子供の容姿見てから習わせろよwww顔面凶器じゃねえかw
    うん、ノーメイクでも私が一番マシだ)ムフフッ

モブ女(何この人、一人で笑ってる。気持ち悪…)

智子 (えーと、ショートの衣装は…真崎さんのお古っと)ガサゴソ

191以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/19(火) 13:48:45 ID:./v6ymZs
無印良品の紙袋を漁って、丁寧に畳まれた衣装を取り出す。
透け感のある、半袖Aラインワンピース。色はサックスで、裾と袖口、襟ぐりには
少し深い青のレースがあしらわれている。

智子 (贅沢を言えば、マミさんコスで滑りたい所だったけど、まあ、いっか)ゴソゴソ

智子はジャージを脱いで、肌色のストッキングの上からレースのニーソックスを履いた。
髪は迷った末、左に寄せてひとまとめにする。なぜか沙綾が貸してくれた花のヘアゴムで結んだ後、
いざワンピースを着ようとしたところで、智子は真崎の重大な見落としに気づいてしまった。

智子 「ん!?」ピタッ

智子 「胸が…足りない……」ペターン

智子 (……どうしよう、胸のあたりがパフパフして気持ち悪いし、袖がずり落ちるし……)ズーン

???「あの」

智子 「へっ!?」クルッ

振り返った先に立っていたのは、おっとりした雰囲気の少女だった。
髪を後ろでひとまとめにしていて、胸元に3本のラインが入ったジャージを着ている。

???「胸、足りないんでしょ?私のでよければ、詰め物貸してあげる」スッ

192以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/19(火) 13:49:40 ID:./v6ymZs
智子 「あ、ありがとう……あれ?でも、どうやって…」

???「ふふ、こうやるんだよ」ギュッ

智子 「ひゃあっ!?む、胸に……」ビクッ

???「んっ…と、胸を寄せて……よしっ、入った!後はピンで固定して、っと……あ、この羽飾りもつけるの?」

智子 (可愛い顔して、大胆な奴だな……こんなボディタッチ、百合漫画でしかお目にかかれねえぞ…!)

???「これもつけとくよ。背中って大変だもんね」パチンッ

???「わあ、すっごく可愛い衣装だねー!」

智子 「おっ…おお、谷間が…!」ジーン

???「よかった、衣装着れなかったらテンション下がっちゃうもんね」ニコニコ

智子 「ありがとう、えっと…」

小雪 「桜田小雪、高校2年。今日は後輩の子が滑るのを応援に来たの。
    ……常葉FSCの西園寺コーチと一緒に来た子だよね?」

智子 「は、はい…あの、もしかして私の名前……」

小雪 「知ってるよ。黒木智子ちゃん。まだ始めて1年しか経ってないのに、すごい子がいるって、
    私のクラブでもちょっと話題になってたんだよ」

193以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/19(火) 13:50:27 ID:./v6ymZs
智子 「えっ!?い、いつのまに……」

小雪 「だって、うちの…白帝FSCのオーナーと常葉の西園寺コーチは、昔からの知り合いだから」

小雪 「ねえ、智子ちゃんって呼んでいい?」

智子 「あ、それはもうお好きなように…(智子ちゃん…女子にそう呼ばれるの、生まれて初めてだ…)」アワアワ

智子 「こ、小雪さん……」

小雪 「うん、よろしくね!」パアッ

智子 (可愛い……あやうくロリコンに目覚めそうな可愛さや……)ホワーン

ガチャッ

審査員「6級バッジテストを受験する方は、リンクに集合して下さい!」

小雪 「じゃあ、がんばってね智子ちゃん。私も観てるから」

智子 「はい……一発合格、目指します!」

小雪 「ん、その調子だよ!」

智子 (小雪さんはもうとっくにシニアなんだろうな……いや、上がっちまえば全員同じだ、
    ここまで来て、失敗できっか!絶対に一発で受かる!)ギュッ

194以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/19(火) 13:51:26 ID:./v6ymZs
―リンクにて―

西園寺「……智子。お前のくじ運、前回より悪化してないか?」

智子 (……あばばばば)チーン

滑走順は、「せめて真ん中、ダメでも後半」と願っていた智子の意に反して、堂々のトップバッターだった。

西園寺「ま、まあポジティブに考えろ。トップということは、早く終われるしな」

智子 「あれ、そういえばショートとフリーの滑走順が決まってないような…」

西園寺「ああ、それは全員の必須要素試験が終わった後に決めるんだ。今は何も考えず、一つ一つの課題を丁寧に滑ろう」

智子 「……」

西園寺「大丈夫だ。もし再試験になったとしても、その時は落とした必須要素だけを滑る。
    ……着実に、上がっていこう」

審査員「ではこれより、バッジテスト6級の試験を始めます!」

審査員「1番、常葉FSC、黒木智子さん!」

智子 「は、はひっ!」

クスクス…

智子 (やっべ、声裏返った…)カァァ

西園寺「智子、お前なら大丈夫だ。毎日の練習が証明してる。……お前はもう、去年の6月のお前じゃない」

195以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/19(火) 13:51:59 ID:./v6ymZs
智子 「…!」

西園寺「じゃあ、行って来い!」ドンッ

いつか妄想した時のように、西園寺に背中を押されて真ん中へ滑り出る。
智子はそこでやっと、周りを見回す余裕ができた。

智子 (あ、みんな大会用の衣装着てる……観客席は……ゆうちゃん!と、小宮山も!)

観客席で、『もこっち Fight!』とマジックで書かれただけの応援垂れ幕を持った小宮山が手を振っている。
その横でカメラを構えた優も、両手でハートマークを作って左右に揺れて、「がんばってー」と声をあげた。

智子 「……うん、頑張る」

小さくつぶやいて、智子は姿勢を整えた。

智子 (最初は、ダブルアクセル……くそ、しょっぱなから一番苦手な奴だ……!)シャーーッ、シャーーッ…ガッ

智子 (――あっ、微妙にタイミングが…)クルク…

智子 「あっ!」ベシャッ、ザーーッ

優  「ああっ…」

琴美 「……あいつ、苦手な奴はとことん苦手なんだな…」

審査員(ダブルアクセル、転倒……と)カキカキ

196以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/19(火) 13:52:37 ID:./v6ymZs
西園寺「智子、もう一回だ!」

智子 「うう…」フラッ

シャーーッ、シャー…ガッ

智子 (うっ、尻が痛いっ…)クルクル…ザシャーーッ

審査員(手をついている…が、減点ほどではない。……ただ、一回目の失敗もある。再試験項目だな)カキカキ

智子 (えーと、次は…うっ、たしか三連続ジャンプ…尻も足も痛いけど、ここは失敗できない…)シャーーッ

女子の場合は、2回転を3連続跳ぶのが課題となる。
ルール上、着氷する際にエッジの向きを変えたり、足を入れ替えたりといった行為は認められない。
つまり、バックアウト(後ろ向き外側)に踏み切れるジャンプしか、コンビネーションには使えないのだ。

智子 (最初は、ダブルルッツ…くそ、もっと練習しとくんだった……何でこんなジャンプがあんだよ、
    ルッツとアクセルの考案者、絶対ドSだ……いたいけな女の子で777つ道具試すような奴だったに違いない…)グッ

クルクル…ザシャーッ

智子 (で、すぐにループ…)ガッ、クルクル…

197以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/19(火) 13:53:19 ID:./v6ymZs
た、回転方向が逆になるのも認められないため、
2回目以降のジャンプは、自動的にトゥループかループということになる。

智子 (よし、最後のトゥループは余裕だ!)ザッ、クルクル…ザシャーーッ

西園寺「よしっ!」グッ

優  「はあ……」ホッ

次の課題は、バックエントランスによるスピン。
西園寺は「簡単なクロスフットで行け」とアドバイスをした。

智子 (う、上がってきた…スピンっていつになったら慣れるんだ…)ガッ、クルクル…

バックエントランス、とは。通常は左足を軸に反時計回りに回転するのを、
右足を軸にして、内側に深く踏み込んだ状態からターンしてスピンに入ることを言う。(ただし、回転方向は同じ)

優  「普通のスピンより難しい動きなんだって」

琴美 「ふーん…級が上がるとさすがにレベルも高くなんだな…つーか、成瀬さん勉強してんの?すごいじゃん」

優  「えへへ、もこっちが始めてから、いろんな選手の動画見て研究してるんだー」テレッ

優  「あ、スピン終わった……と思ったら、またスピン?」

次は、フライング(跳び上がって)入るシットスピン。


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