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上条「I'll destroy your fuck'n fantasy!」

74以下、名無しが深夜にお送りします:2015/11/28(土) 22:04:09 ID:4uFg9jPE
???2「しかし、記念撮影しといて正解やったね。いくらトムが不幸体質や言うても、火事と大怪我を同時にやらかすなんてそう何度もあるとは思えんし」

モンティ・マッカンダル(土御門元春)「ははっ、違えねえや」

アメフトのユニフォームを着た方がおどけて言った内容にモンティが笑ったのを見て、俺も笑顔を作ろうとしたが、こわばった笑みになってしまった。
テキサス訛りのような口調で軽口を叩いた方の大男は白人だ。細い目をしていて、短く刈り込まれて青く染められた髪と耳についた金色のピアスが白いユニフォームに映え、目を引く。
こちらに関しては、結局名前は分からずじまいだった。もっとも、普段は「青い髪」で「ピアス」をしていることから「ブルーピアス」というあだ名で呼ばれているらしい。本人がマーシャに対して「ブルーピアスでええよ」と言っていたんだから間違いない。そこで、俺もこの呼び方に従うことにする。

二人とも、身長は優に6フィートは超えており、センチメートルに直しても190は下らないはずだ。対して俺はかろうじて170に届くか否か。
おまけに二人とも筋骨逞しい体つきなので、より一層威圧感が増す。もっとも、俺が小柄なため相対的にでかく見えるだけかもしれないが。

そして、最も驚くべきことは、この二人が俺のクラスメイトにして大親友だーーいや、『だったらしい』と言うべきかーーということである。

75以下、名無しが深夜にお送りします:2015/11/28(土) 22:05:38 ID:4uFg9jPE
上条「でもさ、昼食まで奢ってもらうのは流石に悪いって」

モンティ「一体誰に対して悪いって思っちゅうが? 俺たちはあくまでやりたくてやってるだけだぜよ」

ブルーピアス(青髪ピアス)「せやせや。今日はトムの退院祝い、キミが主役なんやから遠慮することはあらへんて。ボクら友達やろ?」

上条「そう……だな。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。二人とも本当にありがとう」

インデックス「お世話になります」

ブルーピアス「かめへんかめへん、お礼には及ばんて」

しかし、これまでの行動を見るに、どうやら彼らは悪い人間ではなさそうだ。

まず最初に二人と会ったのは入院した次の日のことだった。俺の父親(と名乗る人)の次、クラスメイトや担任の先生(と名乗る人々)の中では最も早く見舞いに来てくれた。続いて二度目は今日。他の人達は予定があって来れなかったらしく、結局俺を迎えに来てくれ、退院を祝ってくれたのはこの二人とマーシャ、インデックスの四人だけだった。しかも、それだけにとどまらず、こうして昼食までご馳走してくれるというのだ。
何だ、いい奴らじゃないか。その厳つい見た目や胡散臭い喋り方からは想像ができない。やはり人は見た目にはよらないものだな。例え記憶を失っていたとしても、これなら安心して『また』友達になれそうだ。


ただ一つ、過去の記憶が一切ないことさえバレなければ。

76以下、名無しが深夜にお送りします:2015/11/28(土) 22:07:57 ID:4uFg9jPE
しかし、今のところ記憶喪失のことは医師以外の誰にもバレていない模様。この調子で行けば何も問題は起こらないだろう。

マーシャ「あー、お取り込み中悪いんだがー、もう写真撮り終わったから私はここで失礼させてもらっていいかー?」

声を聞き、皆一斉にマーシャの方を振り向いた。そうだ、こっちにもお礼言わないと。

上条「ああ、色々とありがとな、マーシャ!」

インデックス「ありがとう!」

ブルーピアス「ホンマおおきに!」

マーシャ「いいってことよー。こういう細かいサービスも仕事のうちだからなー」

口々に礼を言う中、モンティ・マッカンダルだけは違った。

モンティ「なあマーシャ、この後は空いてるかにゃー……?」

急に何を言い出すんだこいつは。まさか実の妹を口説こうとしている?

マーシャ「いや、悪いけど兄貴、この後すぐ学校に……」

あまり乗り気ではなさそうなマーシャ。モンティはそれに構わず近づいて行く。

モンティ「どうせ遅刻なんだし、別に構やしないだろ? ちょっとだけでいいから……」

彼はそのまま肩に長い腕を回そうとして……

マーシャ「だから外にいる時はやめてくれっつったろうが! またストマックブローぶちかますぞ!」


77以下、名無しが深夜にお送りします:2015/11/28(土) 22:09:17 ID:4uFg9jPE

ビクッとし、慌てて離れるモンティ。わけが分からずその場に立ち尽くすばかりの俺たち。きっと馬鹿になったみたいに口をあんぐり開けていたことだろう。
すると、マーシャはこちらを振り向いて、おれたちが唖然としているのに構わず言った。

マーシャ「じゃ、私はここで失礼するから、馬鹿兄貴をよろしくなー」

上条「あ、ああ。良い一日を」

どう返したらいいのか分からないうちに、マーシャはそのまま歩いて行ってしまった。何が起こったのかさっぱり分からず、マーシャの去った方向を向いたまま突っ立っていると、ブルーピアスが会話の口火を切った。

ブルーピアス「いやぁ、なんと言うか……たくましい妹はんやな……」

しばらく呆然としていたモンティも、落ち着きを取り戻したのかそれに答える。

モンティ「ああ、いじめられんよう、妹には昔からボクシングを習わせちょるき……一時期はグラジアノから直接手ほどきを受けていたことだってあるぜよ」

ブルーピアス「グラジアノって、あのロッキー・グラジアノ? つまり妹はんは元世界チャンピオンの直弟子ってことかいな!? それってすっごいやん!」

モンティ「ああ、ホントにすっごいことだぜい。お陰で何度死にかけたことか……」

何が何やら、俺にはさっぱり理解できなかったが、ただ一つ言えることがある。人は見かけによらないということだ。少なくとも、彼女に対する認識は改めるべきだろう。

と、俺がぼんやりと二人の会話を聞いていると、

ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!



78以下、名無しが深夜にお送りします:2015/11/28(土) 22:10:03 ID:4uFg9jPE
突然雷鳴が聞こえてきた。しかし変だ、空はこんなに晴れているのに。
俺たち三人は音のした方向を振り向いて、それから一斉に大笑いした。笑わずにいられなかった。
三人の視線の先では、インデックスが膨れっ面で腕組みをしていたのだ。どうやら雷鳴のように聞こえたのは彼女の腹が鳴った音だったらしい。空腹なのに長時間待たされてかなり不機嫌そうだ。

ブルーピアス「いやぁいやぁ、ごめんなぁインデックスちゃん。お腹減っとるのにいつまでも待たせてもうて」

ブルーピアスが笑いながらも言った。

ブルーピアス「ほな、ここでいつまでも立ち話しとるわけにもいかへんし、ぼちぼち行こか?」

79以下、名無しが深夜にお送りします:2015/12/01(火) 13:21:55 ID:EgPkAD2o
まだ上条目線が続いているのに表記を忘れておりました。失礼いたしました。

ヘ(^o^)ヘ
第7学区39号線、通称『リーブズ・ストリート』ーー


今俺達が歩いているのは中心市街の目抜き通りである。三車線と幅広な石畳の道路の中央レーンにはトラム(路面電車)の軌道が敷かれ、両脇には南国らしくホウオウボクが街路樹として植えられている。道路沿いには商業施設などが入った背の低いビルが立ち並んでいる。夏休みらしく、道は多くの人でごった返している。

目覚めたばかりの頃の俺は、思い出とは全く関係がないはずのこの街の地理を全くと言っていいほど知らなかった。いや、「忘れてしまった」と言うべきか。長年住んでいたにもかかわらず、である。
俺を診たドク・クロウク自身も不思議がっていたが、彼によるとどうやら思い出にあたる『エピソード記憶』と知識にあたる『意味記憶』の境界は極めて曖昧なものなので、地名や場所に関する記憶も知識として定着する事なく消えてなくなってしまったのではないか、とのことだった。あるいは、記憶喪失以前からまともに知らなかったか。
とにかく、入院中は必死でこの街の地図を頭に叩き込んだ。だから今ではどこに何があるのかほとんど知っているし、自分が現在どこを歩いているのかも理解しているつもりだ。

しかしそれでも、初めて目にする様々な光景に驚かされずにはいられなかった。別に街並みがそうだと言うわけではない。俺は今日、初めて『超能力』というものをこの目で見たのだ。

思い込みの力によって、物理的にあり得ない現象を引き起こす超能力。脳を人為的に開発し、高度に発達させることで始めて可能になるとされており、その開発が行われている世界で唯一の場所がここ、アカデミック・シティだ。知識としてあらかじめ知ってはいたが、実際に目にするまではどのようなものか分からなかった。

実際に見てみると異様だ。道路沿いの公園でキャッチボールに興じていた小さな子供達は、一切ボールに触れずに飛ばしたり投げた瞬間遠くに瞬間移動させたりしていた。街の中を歩いていても、周りでは女子高生や男子高生が頭から火花を出したり口から火を吹いたりしており、中には空を飛んでいるものさえいる。ここが本当に地球なのか疑いたくなってきそうだ。
新鮮な驚きがあまりにも多すぎたお陰で、頭上から太陽が強く照りつけてきているにもかかわらず、暑さはほとんど気にならなかった。

80以下、名無しが深夜にお送りします:2015/12/02(水) 20:53:57 ID:wV3pY0ag


81以下、名無しが深夜にお送りします:2015/12/03(木) 16:46:05 ID:RQxMRXpk
>>80 ありがとうございます。

また、今更ですが訂正すべき箇所がございます。

>>74「テキサス訛りのような口調で軽口を叩いた方の大男は白人だ」の「叩いた」の後ろに「腹のそこに響く野太い声をした」を補ってください。

82以下、名無しが深夜にお送りします:2015/12/08(火) 00:47:03 ID:s03YVjOQ
と、俺が周りの様子を観察していると、すぐ隣を歩いていたブルーピアスが言った。

ブルーピアス「瑞分と興味津々やね、いつも見慣れた光景や思うけど。一体どないしたん? 夏の暑さにやられて記憶でも飛んでもうたんかい?」

『記憶が飛んだ』?
俺はギョッとして立ち止まり、ブルーピアスの方を向いた。まさか、勘付かれている……?
彼はなおも続けた。

ブルーピアス「ちょ、急にそないなけったいな顔をしてホンマにどないしたんやトム? そこまで慌てる事無いやんけ。まさか、本当に記憶飛んでたりする?」

相変わらずニコニコしているが、それがかえって不気味に思える。

ブルーピアス「今日のトムなんか怪しすぎやで。ひょっとして、ボクらに何か隠してることあらへん? さっきも随分と他人行儀やったし、ホンマに何か大事なこと隠してたりせえへんよね……?」

くそっ、早速バレてしまったのか。この男、見かけによらず中々勘が働くようだ。どうしよう。誤魔化すべきか、それとも……。

83以下、名無しが深夜にお送りします:2015/12/08(火) 00:47:38 ID:s03YVjOQ
その時、頭の後ろで手を組みながら俺たちのすぐ後ろをのんびりと歩いていたモンティが口を開いた。

モンティ「おいおい、その辺でよしてやれよブルーピー! いくら補講常連のトミーだってそこまで物覚えが悪いはずないぜい。ちょっといつもより重傷だったくらいで簡単に記憶が壊れるわきゃあないだろうに、冗談きついぜよ」

ブルーピアスはそれを聞いて大笑いした。思わぬ救世主!

ブルーピアス「せやな。よう考えたらそない簡単に記憶喪失になっとったら怖くて外も出歩けへんよね、『心の旅路』の主人公やあるまいし。疑って堪忍な」

上条「いいって事よ。俺はこの通り平常運転、怪我には慣れっこですよ」

このチャンスを生かさなくては。俺はモンティに調子を合わせてその場を切り抜けようとする。

インデックス「この炎天下の中、お腹を空かせたまま長時間彷徨うのは応えるんだよ……。もう少し急いでもらうことはできないかな?」

最後尾を這うように歩いていたインデックスが恨めしげに言ったのもこの時だった。振り向けば、彼女の額には玉のような汗が浮かんでおり、頭のフードで影になっている事もあってか、とても険しい表情をしているようだ。かなり暑そうに見える。

ブルーピアス「いやあ、すまんすまん。この道まっすぐ行けばあと二、三分で着くからもう少し辛抱しといてや。ほな、急ごか」

どうやら無事ピンチを切り抜けられたようだ。俺は目的地に着くまでの間、心の中で二人に感謝する事を忘れなかった。ありがとう、 君達が助け舟を出してくれなければどうなっていた事やら……。

いや、待てよ。『補講常連』だって?

84以下、名無しが深夜にお送りします:2015/12/08(火) 04:47:29 ID:8zmtVneo


85以下、名無しが深夜にお送りします:2015/12/24(木) 17:17:07 ID:ZfOj/LI6
>>84 ありがとうございます。
また、今更ですが訂正がございます。インデックスの上条に対する呼び方についてですが、
×トーマス→○トーマ でお願いします。遅くなって申し訳ありません。

86それでは再開いたします:2015/12/24(木) 17:19:08 ID:ZfOj/LI6
****
ウェイトレス「ご注文は以上でお済みでしょうか?」

俺達がはいと言うと、ウェイトレスは「どうぞごゆっくり」と言いながら勘定書を置いていった。
四人掛けの広いテーブルの上に残されたのは沢山の料理だ。サラダにポテトフライにパスタにピッツァ……。

ブルーピアス「ほな、いただこか。四人の健康を祝って……」

俺のすぐ右隣に座っているブルーピアスがドクターペッパーの入ったグラスを掲げ、乾杯の音頭を取る。それに倣って、俺と反対側に座るモンティもそれぞれコカ・コーラとクアーズ・ビールの入ったグラスを持ち上げようとした時。

インデックス「主、願わくは我らを祝し、また主の御恵みによりて我らの食せんとするこの賜物を祝し給え。我らの主、キリストによりて願い奉る。アーメン」

モンティの左隣に腰掛けていたインデックスが、早口で祈りを捧げるや否や物凄い勢いで掻き込み始めた。よほど空腹だったらしいが、ちゃんと祈りを捧げたのは流石シスターと言ったところか。

87以下、名無しが深夜にお送りします:2015/12/24(木) 17:19:45 ID:ZfOj/LI6
モンティ「おいおい、そんなに急いで食わなくても料理は逃げやしないぜい」

モンティは笑いながらそう言った後、俺の方を向いて、

モンティ「ほら、トムも遠慮せずどんどん食べてくれよ。代金の事は気にしなさんな」

ブルーピアス「そうそう、気にせんといてや。ボクらついこないだバイトの給料が入ったばかりで不自由してへんし」

モンティ「そういうこった」

上条「あ、うん。ありがとう、それじゃお言葉に甘えて……」

インデックスが食べ始めたのに倣って、俺達も食事を始める事にした。まずは前菜として、目の前にある皿からガーリックトースト(ブルスケッタと言うらしい)を一つとって口に運ぶ。「カリカリのパンにニンニクの風味が程よく馴染んでいて美味い」そうだが……なるほど、これがニンニクの味か。悪くない。

現在俺達がいるのは通りに面したダイナーだ。この店はどうやらアメリカナイズされたイタリア料理が売りらしく、昼時ということもあってか空調のよく効いた広い店内はかなり混み合っている。ブルーピアスの話を聞くに、かなり人気な店のためかいつもは席が全て埋まっている事が多く、今日の俺達はかなりラッキーらしい。

どの料理も、今まで口にして来た病院食よりも味がしっかりしていて、種類も豊富だ。そして、食べるといい気分になる。『美味い』とはこういう感覚の事を言うのか。言葉は知っていても、実際に経験してみないことには分からないものだ。
とにかく、今は食事に専念しよう。あれこれ思案するのはそのあとだ。今のところ記憶喪失もバレていないようだし。記憶を無くす前の俺が成績の悪い劣等生だったかもしれないという事実は少しショックだったが。

88以下、名無しが深夜にお送りします:2015/12/24(木) 17:21:33 ID:ZfOj/LI6

ブルーピアス「せっかく食事を楽しんでるとこ邪魔して悪いんやけど、ちなみにこの娘誰なんトミー? ずっと気になっとったんやけど……」
突然ブルーピアスが、白いクリームソースと海老の載った平たいスパゲティ(フェットゥチーネと言うらしい)を食べながら尋ねてきた。「この娘」とはインデックスの事だ。

俺はびっくりして、食べようとしていたキノコのピザの切れ端を取り皿に置いた。お前らの知り合いじゃないのかと訊き返したくなるのを慌ててこらえる。
インデックスが俺の記憶喪失に関係しているという事以外、何も知らない。入院中、彼女が二人と会話する所を幾度となく見かけているが、まるで旧来の友人であるように見えたし実際そう思っていた。まさか初対面だったとは……。インデックスが何者なのか。それは俺自身が一番知りたい事だ。

しかし、彼女の事は何も知らないだなんて正直に言う訳にはいかない。ここで下手な受け答えをすると記憶喪失がバレてしまうだろう。やはりここは、適当な嘘で誤魔化すしかない。

ブルーピアス「やっぱり第12学区の修道院かいな? いくら女日照りやゆうても、流石に尼さんに手を出すのは……」

上条「違うって。こいつは、その……」チラリとインデックスの方に目をやったところ、食事に夢中でこちらの話に注意は向いていない様子。これなら小声でなくても大丈夫だろう。

上条「イギリスにいる親戚の子で、訳あってここで預かることになってるんだ」

ブルーピアス「イギリスに親戚なんていたんかいな? アメリカと日本に親戚がいるとは前々から聞いとったけど」

上条「つい最近見つかったんだよそれが! 長らく音信不通だったんだけどさ……」

反対側の席でフリットをつまんでいたモンティまで、少し身を乗り出してこちらの話に耳を傾けている。

ブルーピアス「そうかいな。あと、『インデックス』なんて随分とけったいな名前やね」

上条「ペンネームみたいなものさ。この街に来たのも政治的な理由で、命を狙われるから本国にいられなくなっちまったんだよ。だから、こうして偽名を名乗りながら修道女に身をやつすしかなくて……」

俺はもっともらしい表情で言った。

89以下、名無しが深夜にお送りします:2015/12/24(木) 17:23:35 ID:ZfOj/LI6
ブルーピアス「ああ、ホンマに……」ブルーピアスは悲しそうな表情でインデックスの方を見やる。うう、少し申し訳なくなってきた。

ブルーピアス「こんな可愛らしい娘がそないな重いモン背負わされるとは……。残酷な話やね」

モンティも頷く。

モンティ「そうだにゃー。これ以上は詮索しない方がこの娘のためになりそうだぜい」

上条「ああ頼むよ。そうしてくれ」

とにかく、これで危機は去ったようだ。と思ったら。

ブルーピアス「けどまあ、安心したわ。一瞬先越された思うたけど、流石に親戚の女の子、しかも貞潔を守らなけりゃならない修道女にまで手を出すほど非常識とは思えんしね。もしそんな事したら大スキャンダル待ったなしや」

上条「なっ……当たり前だろ! そんな事しねぇよ!」まるで俺がとんだ色情魔であるかのような言い草だ。いや、もしかしたらすると、記憶を失う前の俺はそんな人間だったのかも……。

ブルーピアス「いやー、しっかしホンマ羨ましいわぁ……」ブルーピアスは頬杖を突き、ただでさえ細い目をさらに細めながら続ける。

ブルーピアス「トミーは女の子と同棲できて、モンティは童貞卒業。ボクはまだどっちも満たしてへんのに」

それを聞いたモンティはニヤニヤ笑いながら、

モンティ「男の嫉妬ほど見苦しい物はないぜい。まあ落胆せず気長に待つこったな。そのうちいい女の子が見つかるかも」

ブルーピアス「モンティは確か、妹はんで済ませたんやったねぇ……」

90以下、名無しが深夜にお送りします:2015/12/24(木) 17:24:17 ID:ZfOj/LI6
モンティの顔から笑みが消えた。
モンティ「お前……一体どこでそれを?!」

上条「え? 妹? 妹ってあの……」

あのマイペースなようで気の強そうな妹が?にわかには想像できない。いやそれよりも、こいつ自分の妹に手を出しているのか……?

モンティ「貴様……まさかあいつに、マーシャに手え出しちゃいねぇよなぁ……?」

ブルーピアス「さあ、どうやろねぇ」ブルーピアスが意地悪そうな笑みを浮かべる。

ブルーピアス「それでもボクかて、流石に実の肉親に手を出すほどにまでは堕ちたくないわぁ。そんなのケダモノと変わらへんもん」

モンティ「おいやめろ、こんな所でそんな話をするんじゃねえ! 人に聞かれたらどうする気だよ!」

実際、辺りを見回してみると、何名かこちらをチラチラ見ているのが見えた。そりゃそうだ。こんな人混みの中で卑猥な話をしていれば嫌でも目立つ。記憶喪失でもそれくらいわかる。

モンティ「さっさと口を噤め似非テキサン! お前が実はネブラスカ出身だって事バラすぞ」

ブルーピアス「ちょっと! それは言わへん約束やろ!」攻守所を変える。今度はブルーピアスの方が慌てる番だ。というか、そこまで知られたくない事なのかよ。

モンティ「呪いってのはヒヨコが巣に帰るようなもんだ。他人を陥れようとする奴はまた他人に陥れられるんだぜい」

ブルーピアス「せや、ブリトーや! ブリトーは無いん? チリフライでもええけど。いや〜、やっぱりドクターペッパーに合うのはテクス・メクスやねぇ」

モンティ「今更取り繕おうにもとっくにメッキが剥がれてるんだよ間抜け。あと、いつか覚えておけよ」

ブルーピアス「いやいや、誤解や! ボクは何もしてへんよ?! ただ小耳に挟んだだけで……」

よく分からないが、ただ一つ言える事がある。それは、最初俺が考えていた以上にこの二人が馬鹿らしいという事だ。

91以下、名無しが深夜にお送りします:2015/12/24(木) 17:25:34 ID:ZfOj/LI6
インデックス「一体何を話し合ってるの?」

インデックスまで会話に加わろうとしてきた。しかし、とてもじゃないが(まだ幼いとはいえ)レディに聞かせていい内容じゃない。

上条「なんでもないさ。くだらない内容だから」気にしなくていいよ、と言おうとしてインデックスの方に向き直ろうとした時、驚きで思わず目をひん剥いた。
彼女は瞬く間にマルゲリータをーー普通の人間ならそれだけでメイン・ディッシュになるほどの大きさだーー胃袋に収め、すぐさま大盛りのスパゲティ・ペスカトーレへと手を伸ばしている所だった。彼女の周囲には何枚も空いた皿が重ねてある。
目を疑いたくなる光景だ。一体あの小さい体のどこに入ってると言うんだ。

ブルーピアス「わあ、見事な食べっぷりやね! ど? ここの料理気に入ってもらえた?」今度はブルーピアスも参入してきた。彼はようやく論戦の矛先をずらす相手を見つけたようだ。

インデックス「うん! 最高なんだよ!」

ブルーピアス「さいでっか、それは良かったわぁ。ボクもここのピッツァが大好きなんやで。また食べたくなったらいつでも言うてや。いつでも連れてきたげる」

続いてモンティも、一杯ぐいっと呷ると会話に入ってきた。顔が紅潮しているようだ。何杯飲んだんだろう。

モンティ「おい見ろよ、こいつ今度は年下のシスター口説き出したぜい。止めなくていいのかいトミー?」

ブルーピアス「別に口説いてへんわ! アンタはええ加減黙っとれや!」

大食いのシスター、猥談に花を咲かせる「友人」、実の兄と……いや、想像したくもない。
現在俺にとって知り合いと呼べる人間は、いずれもまともとは到底言えない奴らばっかりだ。かつての俺の友人がたまたまおかしな奴ばかりだったのか、あるいはこの街の住民がどれも変人揃いなのか。頭がおかしくなりそうだ。
俺に出来る事といえば、悩ましげに右肘をつきながらこう呟く事だけだった。

上条「訳が分からない……」

92以下、名無しが深夜にお送りします:2015/12/24(木) 17:27:03 ID:ZfOj/LI6
食事が始まって、20分ほど経っただろうか。
テーブルの上に残されたのは空になったたくさんの食器。インデックスが平らげている最中のティラミスを除けば、料理はほとんど残っていない。
現在席に残っているのは、彼女と俺とモンティの三人だけだ。ブルーピアスは途中で離脱した。なんでも午後からチームの練習があるとの事。モンティによると、すでに代金は徴収してあるから心配しなくてもいいそうだが、言った本人はすっかり酔い潰れ、テーブルに突っ伏して高いびきをかいているのでどこまで信じていいのやら。そもそもこいつ未成年じゃなかったっけ?

それに、テーブルを埋め尽くすほどの料理である。いくら金銭的に余裕があるからって、一学生が負担するにはちと重すぎやしないか? やっぱり俺も、お礼の意味を兼ねて少しはお金を出そうと思い始めた時、デザートを完食したインデックスが言った。


インデックス「ねぇトーマ、まだ他にはないの、料理?」

93以下、名無しが深夜にお送りします:2015/12/24(木) 17:28:59 ID:ZfOj/LI6
上条「いや、もうないけど……。だってもう食べたじゃん」

次に彼女の口から出た言葉に、俺は思わず耳を疑った。

インデックス「ちょっと少なかったかも。もう少し食べたいな」

いきなりとんでもない事を言い出しやがった。どの料理もボリュームがすごく、普通なら二、三品食べただけで満腹にならなければおかしいというのに。第一、全て合わせればかなりの金額になるだろう。

上条「誰よりも食ったくせに何言ってんだよ。一人だけデザートまで食べたんだからもう満足だろ」

インデックス「正直あれじゃまだ食べ足りないよ! あと二、三品は欲しいんだよ!」

上条「お前、これ全部でいくらになるのか分かってるのか? 多分相当だぞ! ただでさえこんなにご馳走になったってのに、これ以上わがまま言って迷惑かける気かよ!」

するとインデックスは不満げに口を尖らせた。しかし、ここで引き下がる訳にはいかない。なんとしてでも思いとどまらせなくては……。

上条「なんだよその顔は。俺が何か間違った事言った? 第一、修道女を名乗っている以上、もう少し禁欲的に生きるべきじゃないのか? 十字教(Crossianity)では強欲と暴食は固く戒められているはずだろ」

インデックス「あくまでも修行中の身だから完全なる聖人の振る舞いは出来ないよ」

上条「屁理屈こねるなよ!」

インデックス「じゃあ一品だけ! 一品だけならいいでしょ?」

上条「だーめですっ! 帰りに何か買ってやるからそれまで我慢! OK?」

94以下、名無しが深夜にお送りします:2015/12/24(木) 17:30:01 ID:ZfOj/LI6
インデックス「トーマ」急に声が低くなった。喋り方も先程までとは打って変わって静かだ。
様子がおかしいと思って身構えていると、インデックスは犬歯を剥き出しにし、こちらを睨みつけながら唸るように言った。

インデックス「十字教において、癇癪を起こす事が固く戒められているのも事実。でも、私はあくまでも『修行の身』だからね?」

その時俺の頭をよぎったのは、病院で彼女と初めて会った時の事だった。おまけに今度は食事中ときている。前よりももっと酷い目に遭うかもしれないという事に気付いた時、俺の体は恐怖で震え始めた。


???「あの……」

背後から声がかかったのはそんな時で、俺は一瞬びっくりしてそのまま椅子からずり落ちそうになった。

95以下、名無しが深夜にお送りします:2015/12/25(金) 15:57:39 ID:nQDwquLI
しかし、割に細い声だったので、それほど恐れる事はないと思い直し、声のした方向を振り向いた。

すぐ真後ろのテーブル席。家畜を満載した貨車のように混み合っている店内の中で、そこだけぽっかりと穴が空いているかのように客がいなかった。否、一人だけいた。

テーブルを挟んで反対側の席に腰掛けた、驚くほど長く、真っ黒な髪の少女がこちらを見ている。彼女は体に巻いた布とショールからなる、ギリシャ神話に登場する女神達のような白い服を着ている。
長い黒髪に古代ギリシャの服装。これだけでも随分と周囲から浮いて見えるのに、彼女をさらに目立たせていたのはその容姿だった。

少女の顔は、ぱっと見た限りでも目鼻立ちがかなり整っているようだ。その瞳は髪と同様に黒く、眠たげながらも澄み切っている。瞳と髪の黒が、透き通るほどに白い肌と鮮やかなコントラストを成す。美人というのはこういう人の事を言うのだろう。

端麗と言ってよさそうな容姿に、浮世離れした衣装(こんな格好の人間がそうそういないという事くらい、俺にも分かる)が加わってかなり近寄りがたい印象を与えている。それが、この席だけ空いている原因だろう。

???「注文したピッツァ。私一人では食べきれないから。もしよかったらどうぞ」

そう言って(あたかも文章の切れ目にピリオドが打たれているかのように区切りながら話す、変わった喋り方だ)、少女が指差したテーブルの上には優に直径40cmはあろうかと思われる大振りのピッツァが載っている。それも、分厚い生地に具がぎっしりと詰まった所謂「シカゴタイプ」という奴だ。切れ目が少ししか入ってない所を見るに、どうやら数切れ食べただけでギブアップしたらしい。見ているだけで胃もたれを起こしそうな代物だ。

上条「いえいえ、こちらの事はどうぞお気になさらず……」

せっかくの申し出だったが、俺は丁重にお断りする事にした。ピッツァのボリュームに恐れをなした訳ではなく、人様の物をもらうというのは気が引けたからである。こいつだって、幾ら大食いだからって流石にそこまで食い意地が張っている訳ではないだろうし……

インデックス「本当に?! ありがとう! お言葉に甘えて頂戴させてもらうんだよ!」

言うが早いか、インデックスはあっという間に少女の反対側の席に移った。
どうやら俺の認識が甘かったらしい。

上条「いやぁ……すみませんね、どうも」

96以下、名無しが深夜にお送りします:2015/12/30(水) 23:19:31 ID:6.399trY


97明けましておめでとうございます:2016/01/06(水) 12:43:01 ID:oXLhJHD.
>>96 ありがとうございます

上条「『食い倒れた』?」俺がそう訊ねると、反対側に座る古代ギリシャ少女はコクリと頷いた。

 現在俺達は、飲み物だけ持って彼女の席に移っている。俺の右隣では、インデックスが無我夢中でピッツァを平らげている。後から来る客の迷惑になるといけないので、モンティも少女の右隣に移動させたが、相変わらず眠り続けている。どれだけ呑んだんだか。

上条「それって、食べ過ぎで動けないって意味? それとも金銭的な意味で……」

???「その両方。食べ過ぎで動けないし。お金ももうない」
 そう言って少女は、インデックスの方を向いた。俺も続いてそちらを向く。
 相変わらずインデックスの食欲はとどまる事を知らない。あれほど大きかったピッツァは、瞬く間に半分ほど彼女の口の中に消えていった。

上条「じゃあ、せめて俺がピッツァ代を払うよ。連れがご馳走になった訳だし」

???「大丈夫。どうぞお気になさらず」

上条「そうは言っても、申し訳ないよ。第一、メニューによるとこれ、一番値が張る奴みたいじゃないか」

???「全部の料理が半額になるお得用の割引券。これ一杯持ってるから」

 彼女はそう言って、何枚にも綴られた切り離し式の紙の券を懐から取り出し、ひらひらと振って見せた。

上条「ああ、なるほどね。と言うか、そんな便利な物あったんだな」

???「貰えるのは。常連さんだけ。後は友達にお店を紹介した時の特典など」

 彼女と会話をしてみて分かった事が二つある。一つ目は、彼女が自分とほぼ同い年らしいという事。二つ目は、お互いに今回が初対面のようだという事だ。
 もし記憶を失う前に何らかの形で付き合いがあった場合は、不審に思われないよう細心の注意を払わなくてはならない。それ以前の人間関係がどのようなものだったのか、全く分からないからだ。誰が家族で誰が友達なのか。
 しかし、過去に面識が一度もなかったとなれば話は別だ。あまり言葉選びに神経を使う必要はない。どちらにせよ初めての出会いである事には変わりはないからだ。

98以下、名無しが深夜にお送りします:2016/01/06(水) 12:45:26 ID:oXLhJHD.
上条「それで……君はなんでそんな事になったのかな?」
 とはいえ、お互い出会って間もなく、相手の事を何も知らないのだから馴れ馴れしい態度は控えてしかるべきだろう。取り敢えず、彼女がこの店で立ち往生する羽目になった経緯について聞いておく事にした。

???「やけ食い」

 やけ食いでわざわざ一番高いピッツァ、それも食い切れない量のやつを頼むだなんて。この女も馬鹿なのか?

上条「でも、何故やけ食いなんて?」

???「3$。帰りのバス代」

 ギリシャ少女は相変わらず途切れがちに話す。1$を超えている、という事はここから大分離れた場所に住んでいる、という事か。入院中に聞いた話だと、この街の交通機関の運賃はかなり高いらしい。

99以下、名無しが深夜にお送りします:2016/01/06(水) 12:46:01 ID:oXLhJHD.
上条「で、それがやけ食いにどうつながるわけ?」

???「10¢(セント)」

上条「……へ?」話が断片的すぎて、どうもついていけない。少女は、そんな俺に構わず続けた。

???「今の全財産」

上条「どうしてそんなことに?」

???「買いすぎ。無計画」

 無計画な買い物のせいで金欠? 抑揚のない途切れがちな喋り方とあまりにも馬鹿げた内容とがあいまって、頭が変になりそうだ。

上条「えーっと、確か割引券のお陰でこのピッツァは2$80¢になるんだったよな?」俺がそう訊ねると少女はコクリと頷いた。
 ピッツァの通常の価格は5$60¢。2$もあれば映画が見れるご時世に、だ。

上条「つまり、買い物が終わった時には手元に2$90¢しか残っていなかったのでもうバスには乗れない。それでやけくそになり、なけなしの残金も昼食ではたいちゃって、事実上の文無し状態に陥ったと……これで合ってるか?」

 俺がそう確認すると、彼女は再び頷いた。元々無口なのだろうか。危うく口から出かかった「やっぱり馬鹿じゃないか」という言葉を辛うじて飲み込み、なるべく呆れの色も隠しつつ俺は言った。

上条「あのさ、もう少し計画的に生きた方がいいんじゃないかな? いずれ取り返しのつかない事にもなりかねないよ?」

 すると彼女は、黙ったまま俯いた。恥ずかしがっているのだろうか。

上条「取り敢えずさ、トラムなら安いだろうから、何区間かそれに乗って、途中から歩くってのはどうだろう。あるいは誰か親切な人を見つけてお金を借りるとか」

???「——。それは良い案」

上条「おい、なんで急に真っ直ぐこっちを見るんだ」

100以下、名無しが深夜にお送りします:2016/01/06(水) 12:46:56 ID:oXLhJHD.
 顔を上げたギリシャ少女が期待のこもった視線を向ける先には、俺の上着の胸ポケットがある。中からは、革製の二つ折り財布——着替えてからずっと胸ポケットに入っていたもので、今の今まで誰からも何も言われていないから俺の物と見なして問題無いだろう——が顔を覗かせる。
 どうやら俺にバス代を出させるつもりらしい。つくづく呆れた女だ。

 そもそも本当にバス代に使うのか。病院にいた時に「この街には乞食が多いから気を付けた方がいい」と聞いた。彼女もそうなのだろうか。俺はまんまと物乞いの手口に引っかかってしまったのか。あるいは店とグルで、客から必要以上にぼったくろうと言うのか……。嫌な考えばかり頭をよぎる。

 しかし、連れがご馳走になってる以上、強い態度には出られない。

上条「仕方ない、じゃあ俺が出すよ。お礼の意味も兼ねてね。でも、ちょっと待って」

 俺は『自分の』財布の中身を確認する。当然ながら、俺は中に何が入っているのか全く知らないのだ。
 まず最初に、自分名義のクレジットカードを見つけた。これで財布が俺の物だという事が立証された。肝心の小銭や紙幣はどうだろう。隅々まで探したが、結局見つかったのは2$と10¢だけだった。少女の所持金と合わせても2$20¢、目標の金額には程遠い。

101以下、名無しが深夜にお送りします:2016/01/06(水) 12:47:37 ID:oXLhJHD.
上条「ごめん、これしか持ってない」

???「それは残念」

 ギリシャ少女は心底残念そうな表情で再び俯いた。相当落胆している様子。俺は急に申し訳ない気持ちになった。

上条「でも、この後すぐに銀行に立ち寄るつもりだから、それまで待ってくれれば出せるよ」

???「ありがとう。でも。もういいから。自力で歩いてみる」

 納得したような口調とは裏腹に、依然として表情は残念そうなままだ。

上条「なあ、なんでそんなに外を出歩くのが嫌なんだ? 確かに距離があるし、こんなに暑い日は出来るだけ冷房の効いた室内に篭っていたいという気持ちも分かるよ。でも、だからってそこまで嫌がる事は……」

???「最近。この辺りは。治安が悪い」

上条「あー……」

 俺はすぐに納得できた。治安の悪さは、十分外出を避ける動機たり得る。この辺りでは、強盗や婦女暴行が多発しているらしい。否、ここだけじゃない。この街全体でだ。

 最近の世の中の動きが激しい事も、彼女が懸念を抱く理由として挙げられるだろう。入院中、新聞やテレビなどで世相について詳しく知る機会があった。それによると、どうやら俺が入院している間、病院の外でも色々あったようだ。さる7月29日にはヴェトナム・トンキン湾にて展開中の米空母の甲板上で大火災が起きたらしい。31日からはキューバで『中南米人民連帯会議』とかいうのが催されているとか。

 この街も例外じゃない。ちょうど俺が入院した日には人工衛星が何者かに撃ち落とされたそうだし、退院の前日にはロケットの燃料を載せた貨物列車がテロリストに乗っ取られる事件が発生。その時の戦闘によって生じた大量の怪我人が病院に搬送されてきて、人手が足りなくなるということがあった。マーシャに面倒を見てもらったのはこの時だ。おまけに今日は、第10学区というで所で労働者の大規模な賃上げデモがあるらしい。
 どうやら、この街はあまり平和だとは言えないようだ。我ながら、よくこんな所で四年もやってこれたものだと思う。

102以下、名無しが深夜にお送りします:2016/01/06(水) 21:06:10 ID:oXLhJHD.
>>101 訂正箇所がございます。すみません

×第10学区というで所で→○第10学区という所で

103以下、名無しが深夜にお送りします:2016/01/06(水) 23:38:12 ID:oXLhJHD.
 ふと、相変わらず眠りこけているモンティの方へ無意識のうちに視線が向いていた事に気が付き、慌てて頭から邪な考えを振り払った。ダメだ、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
 今のうちに、急いで銀行を探そう。そう考え直した時、さっきまで俺の隣で黙々とピッツァを食べていたインデックスが——残すところあとわずか数口分のみだ——突然食事を中断し、ギリシャ少女に話しかけた。

インデックス「私からも少し訊きたい事があるんだけど、いいかな?」

???「うん。何?」

 インデックスの方を向くギリシャ少女。

インデックス「ペプロス(毛織物の布を体に巻き、肩でピン留めした下着兼用の女性用衣服)にヒマティオン(ショール型の外衣)……古代ギリシャの民族衣装を纏っているけれど、あなたはピューティアなの?」

 聞き慣れない単語が幾つか出てきた。俺はインデックスの肩を小突いて尋ねた。

トーマス「あの……ピューティアって何? そもそもペプロスとヒマティオンて?」

インデックス「こういう服の事。ピューティアって言うのは、デルフォイのアポロン神殿に仕えて、神託を人々に伝える役目を負った女性神官達の事だよ。シビュラとも呼ばれるけどね。彼女達の神託は、時に政治を左右するほどの権威を持っていたんだよ」

上条「なるほど、巫女さんね」

 俺はインデックスの知識に感心すると同時に、そんな大昔の存在が今でもいるという事に驚いた。古代ギリシャの巫女さんが現代の、こんな街中にいるだなんてとても信じられない。

???「……違う。私は預言したりしない」

 ギリシャ少女は首を横に振って言った。


???「私。魔法使い」

104以下、名無しが深夜にお送りします:2016/01/06(水) 23:47:11 ID:oXLhJHD.
>>103 再び訂正箇所がございます。何度も申し訳ありません

×トーマス「あの……ピューティアって何?→○上条「あの……ピューティアって何?

105以下、名無しが深夜にお送りします:2016/01/09(土) 02:36:49 ID:HAaU2wyw
 思いがけない発言だった。席を沈黙が支配し、聞こえるのは周囲の話し声と有線放送の音楽のみだ。少なくとも俺にはそう感じられた。俺は暫く彼女の話した内容について考え、そして結論づけた。
 ああなるほど、頭が少し気の毒な事になっている娘なんだな。そう考えれば、先ほどまでの突飛な言動にも納得が行く。ただ夢見がちなだけかもしれないが、だとしてもこんな格好でこんな事を言うのはちょっとどころじゃなくおかしい。あまり関わり合いにならない方が良さそうだ。
 よし決めた。さっさと銀行を見つけてお金を下ろして——いくら預金があるのか、そもそも口座があるのかすら不明だが——この娘に交通費とピッツァ代を渡し、早いところお引き取り願おう。だがその前に、まずは彼女が逃げてきたであろう病院に連絡を入れなくては。
 そう決意を固めた俺が、彼女のいた病院の名前、さらに彼女自身の名前も訊こうとした時だ。

インデックス「奇遇だね。どうやら私も魔術師らしいんだよ」

 俺はギョッとしてインデックスの方を向いた。彼女はそんな事にはお構いなしに、ピッツァの最後の一切れを口に放り込みながらギリシャ少女に尋ねた。

インデックス「一口に魔術師と言っても色々いるけど、あなたの宗派はどこ? 私はイギリス清教所属なんだよ」

???「私は。特に属している宗派はない。フリーの魔法使い」

インデックス「それは変だよ。何らかの信仰に基づかないと魔術は使えないんだから。あなたの場合、その衣装を見るにギリシャ・ローマ系の新異教主義(ネオ・ペイガニズム)って事でいいのかな?」

106以下、名無しが深夜にお送りします:2016/01/09(土) 02:38:32 ID:HAaU2wyw
 二人の常軌を逸した会話に俺の入る余地はなかった。何を話しているのか全く理解不能だが、入院が必要な患者は一人だけではないという事だけは分かった。そう言えば、こいつも出会い頭に噛み付いて来たっけ。そもそも修道服が白いという時点で疑うべきだったのかもしれない。第一、十字教においては魔術の使用は禁止されていたはずだ。聖書を百遍ほど読み返して来い。

 いや、もしかすると俺も頭がおかしいのかもしれない。入院中に聞いた、俺が『記憶を失う』事になった経緯。確か、魔術がどうとか言ってたな。もしその発言が俺に配慮したものだとしたら? 記憶を失う前の俺が魔法の類を平気で信じているような人間で、今でも完治していないのだとしたら? そもそも記憶を失ったのが脳を治療した結果だとしたら? 医師は脳そのものが破壊されたと言った。それに、前頭葉を切り出して精神疾患を治すロボトミーという治療法があるらしい。俺もそれと同じで、どうしても手の施しようがないから脳の狂った部分だけ摘出されたとか……?
 背筋が寒くなった。改めて、自分の事を何も知らないという事がいかに恐ろしい事か実感させられた。
 そんな俺の不安をよそに二人は会話に没頭している。インデックスに至っては興奮しているようだ。そろそろ止めなくては。周囲の目も気になり出したところだし。実際、周りの客が何事かとばかりに、こちらへ視線を注いでいる。
 嫌だ、俺は狂人なんかじゃない! 俺はたまりかねて立ち上がった。

上条「お前ら、良い加減に……」




「「「全員動くな! 命が惜しかったら言う通りにするんだ!」」」

107以下、名無しが深夜にお送りします:2016/01/17(日) 01:20:09 ID:nVHK1M.M
おつ

108以下、名無しが深夜にお送りします:2016/01/31(日) 23:41:33 ID:lI4bZeyA
>>107 ありがとうございます

 鋭い声が響いた途端、店内が一瞬静まり返ったと思ったら、再びそれまで以上に騒然とし始めた。何事かと思い、俺は声のした方向を振り返った。広い店内の真ん中に、三人の白人の男が立っているのが見えた。 三人はいずれも拳銃や自動小銃で武装しており、中でも俺から見て左端にいるスキンヘッドで筋肉隆々とした大男は大きなガトリング銃を担いでいる。また、三人の足元には大きな麻袋がある。

男1「この店は我々が占拠した。現在我々は、訳あってこの街の警察組織に追われる身だが、生憎逃げるための手段がない……。そこで、諸君らには逃走用の足が見つかるまでの間人質になってもらおう。我々の邪魔をしないのなら、諸君らに危害は加えないから安心してくれ」

 中央の男が声高らかにそう告げた。男は背が高くて目つきが鋭く、長い黒髪だ。恐らくこいつがリーダー格だろう。
 リーダーらしき男が宣言しても、店内は静かになるどころかより一層騒がしくなるばかりだ。三人組に向かって猛抗議するものもいれば泣き出すものもおり、人々の反応は様々である。

男2「うるせぇ、静かにしないと殺すぞ! 俺達は本気だ!」

 すると今度は、その右隣にいたやや背が低くて少し顔立ちが幼く、栗色の短い髪をした少年が前に出て、天井に向けて自動小銃を撃ちながら言った。まだ声変わりしてないようだし、多分こいつが最年少だろう。
 一番若そうな童顔の少年が銃をぶっ放した途端、店内は再び静かになった。

男2「今度許可なく喋ったら、こいつを眉間にぶち込むからな」

109以下、名無しが深夜にお送りします:2016/01/31(日) 23:42:12 ID:lI4bZeyA
男1「全員手を頭の後ろで組み、床に跪け!」

 リーダーらしき男が命じると、言われるままに手を頭の後ろで組んで床に跪いていく客達。

男1「全員床に膝を突いたか? よし、しばらくそのままでいろよ。俺はこれから店主と話をしてくるから、くれぐれも変な気を起こすんじゃないぞ」

 店内を見渡してそう言ったリーダーらしき男は、客達に銃を向けながら店の奥へと消えて行った。残った男二人のうち、童顔の方は銃を構えながら客席の間を巡回して見張りを行い、少しでも立ち上がったり歩こうとした者がいれば銃口を向けて威嚇している。スキンヘッドの方は麻袋の番をしている。

 俺はしばらく状況を掴めずにいたが、ここに来てようやく自分達が犯罪に巻き込まれたのだと理解できた。相手はテロリストか。いや、麻袋を持っているところを見ると、銀行強盗かな。袋には引き出す予定だった俺の財産も入っているかもしれない。
 やり方によっては回避できただろう。例えば、店内で流れるラジオ放送に注意深く耳を傾けていれば、ニュースに気付いたかもしれない。また、食べ終わった後にインデックスのわがままを聞かず、そのまま店を後にしていれば巻き込まれずに済んだかもしれない。いずれにせよ、どんなに悔やんだところで今となっては後の祭りだが。やれやれ、退院したばかりだと言うのにとんだ災難だ。

110以下、名無しが深夜にお送りします:2016/01/31(日) 23:42:59 ID:lI4bZeyA
???「ねえ。ちょっと君。ちょっとってば」

 突然、誰かが左袖を掴んで引っ張った事で我に返った。左を向くと、袖を引っ張っていたのは古代ギリシャ少女だった。彼女はすでに通路の床に跪いている。そして、彼女のすぐ上を向くと、銃口が目に飛び込んで来た。例の童顔男だ。

上条「ひいっ?! すみません今すぐ跪きますから!」

 素早く横目で右を伺うと、インデックスも跪いているのが見えた。いや、跪くどころか頭を抑えて蹲っているように見える。余程恐怖を感じているのだろう。一方、モンティは熟睡しているという事で見逃されているようだ。
 とにかく、今は逆らわない方が良さそうだな。俺は先程の指示に従おうと椅子から立ち上が…………ろうとしてうっかりバランスを崩して前のめりになり、勢い良く童顔を突き倒してしまった。しかも間が悪い事に、ちょうど童顔の顔面目掛けて頭突きをかます体勢だった。
 マズイ、と思った時にはすでに手遅れだった。

男2「痛え……よくもやりやがったな貴様!」

 激昂した童顔は鼻血を滴らせながら立ち上がり、銃口を俺の胸に押し付けて来た。怒りで歪んだ顔はすっかり真っ赤になっており、今すぐにでも引き金を引きかねない剣幕だ。命令に従わなかった事も合わせて、俺に虚仮にされたとでも思っているのだろう。

上条「いや違うんですよ! これは不慮の事故ってヤツでして……」

男2「不慮の事故だぁ? じゃあなんで顔に当たるんだよ! 大方『こいつ餓鬼っぽいから何やっても事故だとか適当に言っとけば誤魔化せそうだな』とでも考えてたんだろうが! 人のコンプレックスを馬鹿にしやがってこの野郎!」

 俺は必死で弁解したが、聞く耳を持ってくれそうにない。それどころか、かえって火に油を注いでしまったようだ。見かけによらず、頭に血が上りやすい質らしい。

111以下、名無しが深夜にお送りします:2016/01/31(日) 23:43:33 ID:lI4bZeyA
男2「こいつ、どこまでも舐めくさった口利きやがって!」

 突然左頬に強い衝撃を感じたと思ったら、次の瞬間には仰向けで床に倒れており、額に銃口を突きつけられていた。口の中に病院内で幾度となく嗅いだ血の臭いが広がりはじめた事で、ようやく自分が銃床で殴り倒されたのだということを理解できた。

 一連のやりとりを受けて、店内は再び騒然とし始めたが、

男2「騒ぐな! 死にてえのか!」

 童顔が再び天井目掛けて銃をぶっ放して威嚇すると、瞬く間に静かになった。

???「ねえ。危害を加えないって話は……」

男2「あくまでも『邪魔をしなければ』の話だ。その約束を、こいつは自分から反故にした。外野の分際でこれ以上余計な口出しするならアンタも容赦しねえぞ」

 そう言って童顔は、恐る恐る尋ねてきた古代ギリシャ少女を睨み付けて黙らせ、再び銃口を俺に向けた。
 一連の会話から、ただではすまなさそうだという事は容易に理解できたが、それでも一応念のために訊いてみる事にした。

上条「あの……これからどうなさるおつもりで?」

男2「さっき警告した通りだ。見せしめとしてお前を殺す」童顔は冷たい声でそう宣言した。

男2「『風紀委員(ジュジュマン)』の回し者なのかどうか知らないが、銃を持った相手にここまでしたんだ。当然覚悟は出来ているんだろ?」

 言葉の端々から殺意が強くにじみ出ている。ああ、これは本当に死ぬな。しかし、病室に正体不明な大男が現れた時とは異なり、不思議と恐怖は湧かなかった。いや、『湧く暇がなかった』と言うべきか。俺のすぐ近くには女の子が二人いる。俺の命一つで彼女達に危害が加えられずに済むというのなら安い物だ。
 でも、たった5日とは……短い人生だったな。セミやカゲロウの方がまだマシだ。もう少し長生きして、色々な事を知りたかったが、どうやらその願いは叶いそうにない。あのインデックスという少女が俺に好意を寄せているらしいという事だけが残念だ。ごめんな、インデックスちゃん。君を悲しませないという約束を守れなくて。
 俺は観念して、目を閉じようとした……が、すぐにまた見開く事になった。

112以下、名無しが深夜にお送りします:2016/01/31(日) 23:44:12 ID:lI4bZeyA
インデックス「やめてよ! 今すぐトーマから離れて!」

 突然インデックスが童顔に飛びかかったのだ。彼女は童顔の持っている銃を両手で掴み、そのまま取り上げようと格闘している。俺を守ろうとしてくれているらしい。

男2「何しやがる! このチビ!」

 童顔はインデックスを突き飛ばし、尻餅をついた彼女の方に銃を向けた。

男2「ちゃんと警告はしてやったからな。そんなに死にたけりゃあ、お望み通りまずテメエから……」そう言ってゆっくりと引き金に指をかける。

上条「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 我ながら驚くべきスピードだった。童顔が何をしようとしているのかに気付くや否や、俺は瞬時に起き上がり、そのまま走り出していた。俺にとってどのような存在なのか知らないが、身を挺して自分を守ろうとしてくれた少女を見捨てるわけにはいかない。
 一瞬の出来事であったはずなのに、一連の動作はひどくゆっくりに感じられた。それでも、このままだと俺がインデックスのもとに着くまでに引き金が完全に引かれてしまうのは確実だという事だけは分かる。頼む、間に合ってくれ。

 ——と、だしぬけに脇から短くて淡い栗色の髪をした少女が飛び出してきて、童顔とインデックスの間に立ちふさがった。俺はびっくりして一瞬その場で立ち止まった。
 その一瞬がまずかった。童顔も驚いたようだが、すでに引き金が引かれてしまっていた。
 気付いた時にはもう手遅れだった。
 銃声が轟いた瞬間、少女はインデックスを抱きかかえたまま数m後ろに吹っ飛ばされた。

113以下、名無しが深夜にお送りします:2016/02/02(火) 22:04:02 ID:44gvR78o
おつ

114以下、名無しが深夜にお送りします:2016/02/03(水) 00:19:43 ID:F7jcGLmM
>>113 ありがとうございます
 一瞬だけ店内を沈黙が支配した。が、次の瞬間にはあちこちで悲鳴が上がった。店内は瞬く間にパニックに陥ったが、今度は誰も止めなかった。当の童顔は、自分のしでかした事に自分でショックを受けているようだ。

上条「嘘……そんな……」

 俺にはまだ目の前で起きた事が信じられなかった。しかし、事実二人の少女は、床に仰向けで倒れたままピクリとも動かずにいる。わざわざ確かめるまでもなかった。あんな至近距離で撃たれたんだから。
 モンティを起こし、インデックスも連れてもっと早く店を後にしていれば。昼食の誘いを断っていれば。そもそも、自分が記憶喪失だとはっきり告白していれば。しかし、どんなに悔やんだところでもう手遅れだった。『すまなかった、申し訳なかった』というレベルじゃない。『存在しなければよかった』という思い。これが罪悪感かな。
 二人は俺の身代わりとして死んだ。そう考えると頭がおかしくなりそうで、なるべくその事実から目を逸らしたかった。しかし、そのような罪悪感と自己嫌悪の感情は瞬く間に燃えるような怒りに変わっていった。その怒りは、今も『信じられない』とでも言いたげな表情で震えている童顔野郎に向かった。

上条「この人殺し野郎が!」

 俺は両手の拳をぐっと硬く握りしめて童顔の方に歩き出した。殴るなり銃を奪うなりして殺してしまうかもしれなかった。こいつさえいなければ、彼女達が命を落とす事はなかったのだ。
 童顔は俺の姿を認めて一瞬怯んだが、すぐに元の威勢を取り戻して銃口を向けてきた。声が上ずっていたが。

男2「そ、それ以上近付くなっ! さもないとこいつらみたいに……」



「誰みたいに、ですって?」

115以下、名無しが深夜にお送りします:2016/02/03(水) 00:20:25 ID:F7jcGLmM
 え? と思った次の瞬間、童顔の構えていた銃がものすごい速さで床に落ち、ガーンと大きな音を立ててぶつかった。いや、吸い寄せられたと言った方がいい。その勢いはかなりのもので、童顔はそのまま両手を銃と床の間に挟まれてしまった。

男2「ぐあっ! かっ、痛えええ! 指が折れたぁっ!」

 銃を離し、手を押さえて悶絶する童顔。

少女「二人も殺しておいて、さらに罪を重ねようとは見上げた度胸だわ……」

 声のした方向を見て、俺はさらに驚いた。

少女「まっ、死んでないんだけどね」

 ついさっきまで死んだと思われていた女の子が上半身を起こしていた。彼女はさらに、隣で倒れていたインデックスに声をかける。

少女「大丈夫? 怪我してない?」

インデックス「おかげさまで何ともないんだよ。ありがとう」

 驚くべき事に、二人とも生きていた。血が少しも流れていない時点で気付くべきだったかもしれない。

少女「そう、それはよかった」

 少女はそう言って、すっくと立ち上がった。薄茶色の瞳をしたその娘は目鼻立ちの整った顔をしており、傍目にも美人に見えるが、少し日焼けしていて活発な印象も与える。身長は5フィートより少し高いようであり、筋肉質で引き締まった体つきをしている。また、彼女は灰色のプリーツスカートに半袖のブラウス、そしてその上に袖無しのサマーセーターを着ていた。どこかの制服なのだろうか。
 彼女の体には、傷一つなかった。銃弾はかすりもしなかったようだ。しかし、あの距離では躱す暇などなかったはず。
 驚きに満ちた表情をしながら周りで成り行きを見守っている他の客も、多分俺と同じ事を考えているだろう。どうやって銃弾から身を守ったのかと。

116以下、名無しが深夜にお送りします:2016/02/03(水) 00:21:21 ID:F7jcGLmM
 少女はそんな観衆の疑問にも答えるかのように、床に蹲ったままこちらを恐怖に満ちた表情で見ている童顔に向かって言った。

少女「どうして無事だったのか知りたい? 特別に教えてあげるわ。種明かししたところで何か有効な対策を取れるわけじゃなさそうだしね。
 簡単な事よ。まず斥力で弾道を逸らした。ほら、銃弾に使われる鉛って反磁性体でしょ? だからこの辺りに磁場を発生させた。磁力に反発して銃弾が逸れたというわけ。次に床に電流を流し、床そのものを電磁石にしたのよ。銃身は磁石に良くくっ付く鋼鉄製だからね。この建物が鉄筋コンクリート造で本当に助かったわ」

 少女はそう言って辺りの床を指し示した。フォークやナイフなどの金属製品が散らばったり突き刺さっている。

男2「そ、そんな馬鹿な話……」

 少女は童顔の方へ歩み寄りながら続けた。

少女「そう思うのも無理はないかもね、すごく高度な技術が必要だもの。周囲への影響をいかに抑えるか。引き寄せられた金属製品で誰かが怪我してもいけないしね。そのためには、どれほどの範囲と力が必要か精密に演算しなければならない。これと同じ事をするためには莫大な電力や大掛かりな設備が必要になるだろうし、発生した磁界が周りへ与える被害も計り知れない。実際、なかなか骨の折れる作業よ。でもね」

 少女はそう言ってニヤリと不敵な笑みを浮かべた。



少女「仮にも『電撃使い(エレクトロマスター)』の中で唯一の『L5』である以上、これくらい余裕で出来ないと話にならない……そうでしょ?」

117以下、名無しが深夜にお送りします:2016/02/20(土) 22:15:43 ID:/4dsh2ZA


118以下、名無しが深夜にお送りします:2016/02/23(火) 21:20:36 ID:Dal0MOzk
>>117 ありがとうございます

 童顔が何か言おうとしたが、

少女「説明はここまで。しばらくおねんねしましょーね」

少女が彼の額に触れた途端、糸が切れた人形のようにクタッと倒れた。

 『L5』という単語が彼女の口から出た途端、先ほどまで静まりかえっていた店内は再びざわつき始めた。それも無理からぬ事だった。俺も、目の前の少女に対して胸の動悸を静められずにいる。とんでもない相手と出くわしてしまったという、圧倒的な恐怖感。それが俺の心の中のほとんどを占めていた。

 まずは、『L5』という言葉の何たるかについて説明しなければならないだろう。もっとも、俺も病院でごく基本的な話を聞いただけなので、説明も簡単な物だ。このアカデミック・シティが超能力者の街だという事は先に説明した通り。しかし、みんながみんな強い力を持っているわけではない。街の全人口230万人のうち、超能力開発を受けた学生は約8割、180万人ほどだ。その中でも約6割は、全く能力がないか、あってもほとんど発現しない者である。

119以下、名無しが深夜にお送りします:2016/02/23(火) 21:21:29 ID:Dal0MOzk
 この街の超能力者は、その強さに応じて0から5までの6等級に分けられていて、どういうわけかフランス語で呼ばれている。全体の6割を占める『無能力者(アンカパシテ)』L0(LとはLevelの略だ)、せいぜいスプーンを触れずに曲げるくらいしかできない『低能力者(フェーブル)』L1、と言った具合に。その中で最強とされ、唯一『超能力者(シュルナテュレル)』を名乗る事が許されているのが(外で言う『超能力者』は、ここでは一般的に『能力者』と呼ばれる)彼女達L5である。

 何がすごいかと言うと、まずその希少性が挙げられるだろう。能力者は、等級が上がるのに反比例して人数もどんどん減っていくのだが、L5ほどにもなると街全体でたった7人しかいないと言う。180万からなるピラミッドの頂点に君臨する7人。

 L5がすごいのは数の少なさだけじゃない。その強さも図抜けている。L5の定義は『単独で軍隊と戦える程の、人を超える強力な能力』らしい。どれくらい強いかと言うと、7人だけで北米州の安全保障が全て賄えるほどとか。たった7人だけで、だ。ここまで来るともはや人間なのかすら怪しい。
 てっきり今後の人生の中で一度もお近づきになることはないとばかり考えていただけに、退院初日に、こんなところでばったり遭遇する事になったのが信じられない。しかも、目の前の明らかに自分より年下の女の子だが、だ。


 ちなみに俺はL0、つまり無能力者らしい。特別な力を何も持たないのは、自分でも実感できる。いくら力んでも何も出ないのがその証拠だ。それでも、初めて聞かされた時は少し残念に思った。
 しかし、今はそんな悠長な事を考えている暇はない。あの攻撃の矛先が今にも自分に向いたらと考えるとぞっとする。なるべく機嫌を損ねないようにしなければ……。

 すると、少女が突然俺の方を向いた。

120以下、名無しが深夜にお送りします:2016/02/23(火) 21:22:57 ID:Dal0MOzk
少女「さっきは危ないところだったわ。相変わらず無茶な事をするのね、丸腰だってのに。お節介なところは昔からね」

 急に何を言い出すんだこの女は。俺のそんな戸惑いにも構わず、少女は腰に手を当てながら続けた。

少女「それにしても、こんなところで鉢合わせるとは奇遇ね。アンタもランチを食べに来たの? ここのピッツァは美味しいものね」

 まるで親しい友達にでも話しかけるような口調だ。過去の俺と面識があったのだろうか。だとしても、俺は向こうの事をなに一つとして知らないわけで、急にそんな事を言われても困る。
 かと言って、『俺の事を知っているのか?』だなんて 尋ねるわけにもいかなかった。もし本当に『前の俺』と知り合いだった場合、記憶喪失が一発で露呈する事となる。どう受け答えしたものか全く分からない俺の事など一向に意に介さず、彼女の話は続く。

少女「しかし本当についてないわね。ただ食事しようとしただけでこんな面倒に巻き込まれて。トーマス・カミジョーの行くところトラブル有り、なんてね」

 俺の名前を知っていた。もうこれで知り合いだった事は確定だ。もっとも、俺からすれば初対面だが。
 しかし、今は初対面の女の子が自分の事を知っていた事よりも、むしろ女の子の背後から片手でガトリング銃を構えた大男が接近している事の方が最大の懸案事項になりつつあった。
 少女はそんな事にはお構いなしに喋り続けている。

少女「困るわよねぇ。これじゃあおちおちカフェオレも飲めやしないわ」

上条「いや、それよりも後ろ……」

男3「動くな」

 遅かった。注意を促そうとした瞬間、少女の背中に銃口が突きつけられ、彼女はそこでようやく後ろを振り向いた。

121以下、名無しが深夜にお送りします:2016/02/23(火) 21:23:45 ID:Dal0MOzk
少女「あら、てっきり口が利けないのかと思ってたけど喋れたんだ。声も想像していたほど低くないし……それはひょっとしてM134ミニガン? 本土じゃ軽量化に失敗したって聞いてたけどね」

 しかし、それでもなお余裕綽々としている。と、少女は再び俺の方を向いて言った。

少女「店内にいる人達、今から全員避難させなさい」

上条「へ? でも、なんで……」

少女「ここにいたら危ないからよ」

 逆らわない方がよさそうだ。俺は言われた通り、周りに向かって呼び掛けた。

上条「みなさーん! ここにいたら危険だそうなので、早急に避難してくださーい!」

 意外な事に、客達は指示に素直に従ってくれた。俺と同様、少女の実力を目で見て思い知ったからだろうか。

男3「おい! 勝手な事をするんじゃ……」

 大男が銃を発射しようとした瞬間、その前に少女が立ちはだかった。

少女「ちょっと! 用があるのは私でしょ?」

 どうやらあっちは任せっきりでよさそうだ。俺はインデックス達を真っ先に連れ出してから、急いで店の出入り口付近の通路に移動し、整然と並んだ客達を誘導した。店員達も手伝ってくれた。
 とにかく、迅速に済ませるべきだろう。大変な事が起こる前に。

男1「さっきから、何の騒ぎだ?」

 その時、店の奥からリーダー格が戻ってきた。

122以下、名無しが深夜にお送りします:2016/02/23(火) 21:24:31 ID:Dal0MOzk

男1「店の裏に宅配用のバンが停めてあるらしい。連れて行く人質を選んだら、それに乗ってさっさとずらか……おやおや」

 リーダー格はすぐに自分の仲間に誰が何をしたのか見て取ったらしく、銃を構えながら少女の方へ近づいた。

男1「『超電磁砲(カノン・ア・ライユ)』だな?」

少女「あら、よくご存知で。でも、出来れば本名で呼んで欲しいわね」少女はリーダー格の方を向きながら言った。

少女「あいにく私には、ミカエラ・ミシェル・モハカというちゃんとした名前があるのよ」

123以下、名無しが深夜にお送りします:2016/02/29(月) 15:56:48 ID:vfN59Cvw
モブ1「『超電磁砲』だって?!」

モブ2「ミカエラ・ミシェル・モハカって、エヴァーグリーン・プラトーの?」

 二人のやりとりを聞くや否や、それまでちゃんと列を作っていた客達は俺や店員達をはねのけて我先にと出口へ殺到した。どうやらこの娘はかなりの有名人で、相当恐れられているらしい。

男1「それは失礼、以後気をつけるよ。それと、うちの馬鹿がとんだ粗相をしちまったようで済まなかった。まさか第三位様御用達の店だとは思わなかったんだ。こうと知っていれば、別の所にしたのに」

ミカエラ・モハカ(御坂美琴)「全くだわ。部下の教育がなってないんじゃないの? せっかくの『ニガウリとエスカルゴの悪魔風ラザニア』が冷めちゃったじゃない」

 ミカエラ・モハカと名乗った少女は、さも不機嫌そうにその可愛らしい鼻をフンと鳴らして見せた。

男1「後できつく言っておくからそれで勘弁してくれ……さて、お次はアンタの番だぜ、ミス・モハカ?」

ミカエラ「何が?」

男1「これは一体、どういう事か説明してもらおうか」

 リーダー格はそう言って、手に構えた銃で床に転がっている部下を指し示した。表情は険しくなり、心なしか口調に怒りがこもっているようだ。

124以下、名無しが深夜にお送りします:2016/02/29(月) 15:57:47 ID:vfN59Cvw
男1「近頃、あちこちで同志が命を落としているんだが、どう見ても高位の能力者に殺されたとしか思えない死に方をしているんだよ。もしそれがアンタの仕業なら、今ここで謝ってもらわないとな」

ミカエラ「人聞きが悪いわね。それとは一切関係ないし、彼にはちょっと眠ってもらってるだけよ。まあ、指の2、3本は無事じゃ済まなかったかもだけど。心配しなくても、あと何分か待てば病院に連れてってもらえると思うわよ」

 ミカエラ・モハカがそう言うと同時に、遠くからサイレンが聞こえてきた。しかしそれは、入院中に何度も耳にした救急車の物とは違うようだった。

ミカエラ「あら、結構早かったわね。別に通報しなくてもよさそう」

 サイレンを聞いて、二人のテロリストは目に見えて狼狽え始めた。

男1「もう追いついてきやがるとは! 一体どうして……」

ミカエラ「アンタ、こんな時に白昼堂々とあんな事して目立たないとでも思ってるの?」ミカエラ・モハカは、大男がもう片方の手で持ってきた麻袋を手で指し示しながら呆れ顔で言った。

ミカエラ「さっきラジオでアンタ達の事言ってたわよ、隣の学区で現金輸送車を襲撃した強盗三人組がこの辺りに逃げ込んだってね。今頃しらみつぶしに捜しているはずよ。もう諦めた方がいいんじゃない?」

 やっぱりラジオのニュースか。もう少し注意深く聞いておけばよかったな。

125以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/01(火) 13:01:26 ID:VklOrZYY
男1「そうはいかん。この金は、罪なき人民から不当に搾取した膏血。だから」

ミカエラ「『正当な持ち主の元に返さないといけない』。アンタ達が言いたい事はもう大体分かってるのよ。昨日燃料を分捕ろうとした奴も大義のためとかほざいてたし。でも」そこで彼女は、軽蔑するかのように目を細めた。

ミカエラ「不当な手段で人からお金を奪い、全く無関係の他人の命を平気で危険に晒せる連中に大義なんてあるとは思えないわね」

 仲間を傷つけられた挙句、自分達のしている事にケチをつけられたので頭に来たのか、リーダー格はギリ、と歯ぎしりした。

男1「話が平行線だ。どうやら、お互いに分かり合えそうにないな、ミス・モハカ。所詮お前らは支配階級、俺達『持たざる者』の苦悩など理解出来やしない」

ミカエラ「まさか! 理解はしているつもりよ、人並みにはね。私はただ」ミカエラ・モハカの額からバチッと小さな火花が出た。

ミカエラ「アンタ達みたいな連中が気に入らない。それだけよ」

 すでに店員達もあらかた店外に脱出していた。俺もすぐ外に出るべきだったのだろうが、少女とテロリスト達の会話をもう少し聞いてみたいという衝動の方が勝っていた。

男1「おいサイモン」リーダー格は大男に向かって言った。

男1「俺はこれから車を取りに行く。そこで倒れてるジョニーも連れてな。店の玄関に停めるまでの間、こいつを足止めしてくれ」

 そろそろだな。その後の展開が気になるが、命には替えられない。これ以上の長居は無用。そう思って俺も逃げようとした時、

ミカエラ「あら、逃がすとでも?」

126以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/01(火) 13:02:23 ID:VklOrZYY
 そう言ってミカエラ・モハカが足を踏み鳴らすと、突然天井から見るからに頑丈そうな防火シャッターがモーター音とともにするすると降りて来て、瞬く間に出入り口を完全に閉鎖してしまった。遅かった! 周りを見回すと、窓にも小さな鎧戸が降りつつあった。

ミカエラ「最新の全自動セキュリティーシステム、ちなみに電動よ。最近この辺りの店はどこも防犯に力を入れているからね。タイミングも悪けりゃ場所も悪かったのよアンタ達」

 そう言って彼女は厨房の方を指差した。その先では、格子状のシャッターが店の奥に通じる通路の上に降りつつあった。

男1「クソッ!」

 リーダー格は毒づくと、床に伸びていた仲間を抱え上げ、勢い良くシャッターの隙間から滑り込んだ。意外と仲間思いのようだ。

男1「出来る限り長く食い止めろ! 脱出口も確保しておけよ! いいな!」そう命じてリーダー格が店の奥へ消えて行ったのを合図に、大男は近くにあったテーブルを台座にしてガトリング銃をモハカに向けて構え直した。
 そこまではいい。さっきまでの一連の出来事を見る限り、彼女にはどんな銃も効かないだろうから。問題は、どういうわけか大男から見て彼女とだいたい同じ方向に俺もいるという事だ。二人の距離はせいぜい15mほどだろう。

ミカエラ「いくら軽量化したとは言え、やっぱり支えがないと一人じゃ扱えないのね。わざわざそんなデカブツせっせと持ち歩いてたなんてご苦労な事だわ。ま、どっちにしろ私には……」

 そう言いながらこちらを振り向いた時、彼女の顔から余裕に満ちた笑みが消えた。俺が中に取り残された事を知って慌てているようだ。

ミカエラ「……ちょっと! アンタまだ逃げてなかったの?!」

 その時、大男の構えたガトリング銃がモハカの方を向いたまま目にも留まらぬスピードで回り始めた。

127以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/01(火) 13:03:13 ID:VklOrZYY
 全て、ごく短い時間のうちに起こった事だった。まず、モハカは近くにあったパン切り包丁を手に取って素早く振り返り、ものすごいスピードでガトリング銃めがけて投げつけた。パン切り包丁は正確に回転部分の隙間に突き刺さり、そのまま引っかかって銃身の回転を止めた。1秒とかからなかったはずだ。
 呆気にとられていたら、彼女はほぼ一瞬で俺のすぐ目の前まで『飛んで』きた。

ミカエラ「じっとして!」

 突然胸の辺りを強い力で抱えられたと思ったら、次の瞬間に俺は宙を舞っていた。俺が飛び立ったすぐ後、さっきまで立っていた床や近くの壁が一瞬で粉々になり、すぐ後ろにあったシャッターまでもがズタボロになった。
 訳も分からないまま、俺は店内の空中をかなりの速度で飛んだ。通過した場所にはことごとく銃弾の雨が降り注ぎ、そこにあったテーブルや食器、調度品の類を塵に変えていった。

128以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/01(火) 22:50:53 ID:VklOrZYY
 掃射を間一髪で躱しながら、モハカは器用に側転宙返りをしながら店の片隅の物陰まで移動した。俺を抱きかかえたまま。わずか2秒ほどの出来事だった。

ミカエラ「流石、痛みを感じる暇すらなくあの世に逝ける『無痛ガン』と呼ばれるだけの威力はあるわね。あんなの一発でも食らったらおしまいだわ……大丈夫、怪我はない?」

上条「ああ、うん。おかげさまで」

 状況が飲み込めないまま、俺はそう返事するしかなかった。少女は筋力や運動神経も相当な物らしい。電気を自由自在に操れるらしいから、多分地磁気に干渉するなり筋肉に伝わる電気信号をコントロールするなりしていたのだろうが、それでもすぐ目の前で起きた事が信じられなかった。
 おまけに、生きるか死ぬかの瀬戸際だと言うのに彼女はやけに楽しそうにしている。どうやら俺は、とんでもない所に居合わせてしまったみたいだ。

ミカエラ「ねえ、ああいう銃の弱点知ってる?」

 突然尋ねられた。当然ながら、そんな事知るわけがない。そう言うと彼女は、

ミカエラ「幾つかあるんだけど、まず二つ挙げられるわ。まず一つは……」

 その時、銃声が止んだ。それに合わせて、相手に聞こえまいと彼女も声をひそめた。

ミカエラ「……すぐに弾切れになる事よ。1分間で3000発も消費するらしいし、何より本体が重すぎるせいで一度に持ち運べる弾丸の量が限られるからね。それからもう一つは、これから説明するんだけど……」

 言うなり彼女はすぐ近くの壁に触れた。すると、それまで煌々と灯っていた店内の照明が全て消えた。暗闇の中から聞こえるカチャカチャという音から察するに、大男は急な停電に困惑しているようだ。

ミカエラ「助けが必要な時に呼ぶから、それまでここで待ってて」

 俺にそう耳打ちすると、彼女は辺り一面真っ暗だと言うのに立ち上がり、そのまま大男がいた方向へ駆け出した。何も見えないはずなのに自信に満ちた足取りで、実際何かにぶつかったようには見えなかった。
 その時、室内の照明が再び点いた。

129以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/01(火) 22:51:57 ID:VklOrZYY
ミカエラ「ガトリングガンのもう一つの弱点、それは……」

 突然全ての明かりが消えたと思ったらまたすぐに灯ったうえ、同時に少女がすぐ目の前に現れた事に驚いたらしく、迎撃どころではなさそうだった。彼女はそれに構わず、姿勢を低くして猛スピードで大男目掛けて突進した。

ミカエラ「装填してから発射するまでに時間がかかる事よ!」

 それからはあっという間で、俺に出来た事と言えば相手に見つからない程度に頭を出して、戦いの行く末を見守る事くらいだった。彼女はそのまま台座のテーブルに勢い良くタックルをかまし(やはり見た目によらず力が強いらしい)、相手をテーブル諸共突き飛ばした。銃を構えたまま仰向けに倒れた大男目掛けて彼女はすぐに飛びかかり、隙を与えない。

ミカエラ「バッテリーで動く武器でこの私に挑もうだなんて、無謀もいい所だわ!」

 彼女は馬乗りになりながら左手で銃身を掴み、右手で大男の顔を鷲掴みにした。大男が右手を払いのけようとした所で、突然ビクンビクンッと何回か大きく痙攣して、床に倒れ込んだきり動かなくなった。

ミカエラ「一丁上がりっと」モハカは両手をパンパンとはたきながらこちらを振り返った。

ミカエラ「済んだからもう出て来ても大丈夫……あら、見てたのね」途端に得意げな表情になった。

ミカエラ「ねえ、今のどうだった? ほら、あの銃は電動だから、バッテリーの中に残ってた電気を全部アイツに流し込んでみたの。なかなかユニークだったと……なんで目をそんなにまん丸にしてるのよ。別にそこまで驚く事はないじゃない。ただ気絶させただけなんだし」

 驚くどころの話ではなかった。筋肉隆々の、馬鹿でかい銃を持った大男。普通の人間ならまず勝てないだろうし、俺はそもそも戦いたいとも思わない。それを嫋やかな女の子が一方的に制圧してしまった。それも、せいぜい5秒ほどで。戦いそのものが始まった時から数えたとしても、20秒もかかっていないはずだ。
 目の前で繰り広げられた出来事も不可解な点ばかりだ。まず明かりはどうやって消したのか。大量の電流を放出してブレーカーを落としたのだとしても、あんなに早く復旧するものなのか。なぜ一介の女子学生にあんな巨漢を突き飛ばすだけの力が出せたのか。そもそもなぜあんなに銃に詳しいのか。
 そして何よりすごいのは、あれだけの大立ち回りを演じたのにもかかわらず、疲れた素振りを全く見せていない事だ。息も切らしていない。彼女は本当に人間なのか。そして、こんな化け物と知り合いだった記憶をなくす前の俺は一体……。そんな訳で、俺が抱いていたのは驚きというよりむしろ恐怖に近い感情だった。きっと表情にも現れていた事だろう。

130以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/01(火) 22:52:56 ID:VklOrZYY
 ……と、彼女は何を思ったか、倒れた大男の手からガトリング銃をもぎ取ると引きずりながらこちらへ歩いてきた。

ミカエラ「うう……ホントに重い……」彼女はしばらく進むと立ち止まり、銃を杖のように立てて体を支えながら話しかけてきた。

ミカエラ「アンタもちょっと触ってみる? こんな機会滅多にないわよ? 何、心配する事はないって、バッテリーの電気は全部抜いて——」
 全て言い終わる事はなかった。突然店内に突風が吹き込んで来て、彼女を吹き倒したのだ。

ミカエラ「イテテ……一体何事なの?」
 盛大に尻餅をついたモハカはそう言って立ち上がろうとしたが、すぐにどこからか細い鎖が飛んで来て彼女の両腕に絡みつき、近くに転がっていた銃身に括り付けた。

男1「嫌な予感がしたんで、急いで戻って来てみたら案の定このザマだ。ちょっと目を離しただけでな」

 そう言いながら現れたのは、つい数十秒前に店の奥へ逃げたはずのリーダー格だった。もう戻ってきたとは! リーダー格はさっきの銃撃で壊れたシャッターの隙間から入ってきたらしい。そして、奴が左腕に抱え、頭に拳銃を突き付けていたのは……

上条「インデックス!」
 俺はモハカの指示も忘れて飛び出していた。

131以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/01(火) 22:53:45 ID:VklOrZYY
インデックス「トーマ!」
 インデックスはリーダー格の腕を振りほどこうと必死でもがいているが、何かに邪魔されてできずにいるようだ。

上条「テメェ、その娘を今すぐ離し……」

男1「悪いが外野は黙っていてもらおうか」

 突然、まるで大きな石でもぶつかったかのような重い衝撃を胸から腹にかけて感じ、そのまま5mほど後ろへ吹っ飛ばされた。俺はむせながら、肺から一気に吐き出された空気を必死で吸い込もうとした。腹だけでなく、強めに打った背中も痛い。それでも、奴とモハカの会話は耳に入ってきた。

ミカエラ「なるほど。目的の為なら罪のない女の子も平気で盾にするのがアンタ達の正義ってわけね。これで心置き無くぶっ潰せそうだわ」

男1「なんとでも言うがいいさ。おっと、能力を使おうとしたって無駄だぜ。言い忘れていたが、俺の能力はL3の『念動力(プシコキネーズ)』だ。英語で言うところのサイコキネシス」

 サイコキネシス、つまり念力か。道理で何も触っていない筈なのに殴られた感触があったわけだ。リーダー格はさらに続けた。

男1「しかもただの念動力じゃない。俺の能力で生み出された力には、どういうわけか電気を弾く効果があるのだ。絶縁体ってやつだな。そして、その力のフィールドでお前を取り囲ませてもらった。だから、得意の電撃はできないぜ」

 『電気を弾く』だって?
 俺は体の向きを変えてモハカの方を見た。なるほど、だからずっとあのまま反撃できずにいるのか。彼女は、鎖をほどこうと懸命に両手を動かしているが、能力を発動させているようには見えなかった。

男1「能力の効果が切れる頃には、俺達はもう安全な所へ逃げた後さ。さて、俺は戦友と軍資金を回収させてもらうとしよう」リーダー格はそう言いながら拳銃をしまい、どういう訳かさっきの戦いでも無事だった麻袋を右手で床から拾い上げた。同時に、床に伸びていた大男の体が少し宙に浮かんだ。

ミカエラ「今、はっきり軍資金って言ったわね。確かに聞いたわよ」

男1「民衆の金でもあるし、俺達の金でもある。そもそも俺達は民衆の為に戦ってるんだから当然だろう。揚げ足を取ろうったって、言質を与えるつもりはないぞ」

ミカエラ「結局ピンハネするのが目的なんだ。先に言っとくけど、アンタ達は絶対ロビン・フッドにはなれやしないわ。せいぜいジャコバン派かスターリニストが関の山ね」そう言ってモハカは再び口元に蔑むような笑みを浮かべた。鎖に悪戦苦闘してはいるものの、まだ軽口を叩くだけの余裕があるようだ。

132以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/01(火) 22:55:07 ID:VklOrZYY
男1「どこまでも癪に障るお嬢さんだな。でも、一体どこまで威勢を保っていられるかな?」そう言うリーダー格の左手の周りで、急に空気が揺らぎ始めた。まるで、何か目に見えない力が集まっているかのように。

男1「そういえば同志を散々いたぶってくれたそうじゃないか。その礼がまだだった事を思い出したよ。そこでだ、是非とも受け取ってくれ、この念力ボールをな」

 しかし、それはボールと呼ぶにはあまりにも大きそうだった。むしろ砲弾と呼ぶべきだろう。
 モハカは、さっきまでとは打って変わって焦りと恐怖に満ちた表情をしている。それもそのはずだ。全く身動きが取れず、能力も使えない無防備な状態であんな物を食らったらひとたまりもないだろう。

男1「さて、こいつを食らった後も減らず口が叩けるかどうか見ものだな」

上条「やめろぉっ!」

 割合とダメージが軽かったようで、すでに痛みは引いていた。俺は気付いた時には再び立ち上がり、丁度モハカを守るような格好でリーダー格の前に立ちはだかっていた。いくら相手が強すぎるからと言って、こんな卑怯な事が許されていい筈がない。

男1「おや、まだ懲りていないらしいな。もう少し痛いのをくれてやるとするか……」リーダー格がそう呟いた途端、念力「弾」は瞬時に1mほどにまで急成長し、奴の手を離れた。
 俺が何の対策も考えずにただ突っ立っている事に気付いたのは、丁度弾が放たれた時だった。どうしよう、どうやって防げばいい? しかし、じっくりと考えている暇はなさそうだった——と言うより、考えようとした時にはすでに弾が目の前に迫っていた。思わず目を瞑る。
 何もしないよりはましだ! 気付けば俺は、目を瞑ったまま無我夢中で右手を突き出していた——

ピキィィィィィィィィィィン!



133以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/01(火) 22:57:46 ID:VklOrZYY
 何か硬い物が砕けるような鋭い音と、スポンジが衝撃を吸収するかのような奇妙な感触。ああ、いよいよか……。

 それっきりだった。先ほどのような衝撃と痛みは、何秒待っても来なかった。
 一体何が起こったんだ……? 俺は恐る恐る目を開けた。右手は相変わらず前に伸びたままで、傷一つ付いていない。試しに手のひらを開いて、また閉じてみたらちゃんとその通り動いた。周りで何かが壊れたようにも見えない。一見、特に何かが変わったようには見えない。
 いや、一つだけ変化があった。リーダー格がさっきまでとは打って変わり、酷く動揺している事だ。

男1「お、お前! 何者なんだ、一体どうやって……」

 そんな事、俺にも分からない。なぜ念力「弾」が当たらなかったのか。俺に当たる直前で消えたのか、それともどこかへ飛んで行ったのか。消えたのなら、どうして消えたのか。そもそもあの音と感触は一体……。

 その時、インデックスがリーダー格の手に噛み付いた。

男1「ん!? アイテテテテテテ!」
 
 実際に噛まれた事があるので、その痛みは容易に想像出来た。それでもよほど痛かったらしく、奴は腕を少し緩めた。彼女はその隙を見逃さず、そこから素早く抜け出した。

インデックス「トーマ!」

上条「インデックス!」

 俺は駆け寄ってきたインデックスをひしと抱き締め、彼女もまた抱き返してきた。

134以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/01(火) 22:58:19 ID:VklOrZYY
男1「くそう! すまんが置いてくぞサイモン!」

 リーダー格が麻袋だけ抱えて転がるように店の外へ飛び出して行くのが見えた。しかし、今はそれよりインデックスとお互いの無事を確かめ合いたかった。

上条「怪我はないか、インデックス?」

インデックス「私は大丈夫なんだよ!」実際、見た所では特に怪我をしているようには見えなかった。

インデックス「私なんかより、トーマの方が……!」心配してくれるのか。

上条「いや、俺も大した事ないさ」そう言うと、インデックスはホッとしたようだった。

インデックス「そう、よかった……」

上条「ああ……」

 全くだ。二度も殺されかけたと言うのに、生きているどころかお互いほとんど無傷で、こうして再会出来たのは奇跡と言ってもいいだろう。神様に感謝しなければいけないかもしれない。とにかく、何事もなくて本当によかった。

135以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/01(火) 22:59:21 ID:VklOrZYY
ミカエラ「あのー、盛り上がってる所申し訳ないんだけど……」

 突然モハカに呼びかけられ、俺達二人は再会の喜びから一気に現実に引き戻された。

ミカエラ「これ、ほどいてくれない? 能力で縛ってるみたいなんだけど」
 彼女はそう言って、鎖で縛られた両手を差し出した。
 鎖は雁字搦めに彼女の腕に巻きついており、さっきと比べても、あまり緩くなったようには見えない。これをほどくのは容易な事ではないだろう。

上条「でも、どうやって?」俺がそう言うと、彼女は少し驚いた顔をした。

ミカエラ「どうやってって……右手で触ればいいだけじゃない。さっきみたいにさ」

 『さっきみたいに』って、あれか? 俺は、先ほどリーダー格の放った攻撃が突然影も形もなくなった事を思い出した。あれは、俺が右手で何かしたって事なのか……?

 その時、店の外からエンジンのかかる音が聞こえた。

ミカエラ「早くしてよ! このままじゃアイツ逃げちゃうじゃない!」

 モハカにそう急かされた俺は、腑に落ちないながらも仕方なくやってみる事にした。こんな簡単な事だけで解決するとは到底思えなかったが。
 俺は試しに、軽く指先だけで恐る恐る鎖に触れた。


ピキィィィィィィィィィィン!



136以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/03(木) 11:28:24 ID:aHUF6jzM
 嘘だろ? またしても、あの音とあの感触。そして、俺が触れた途端、鎖は一瞬でほどけて床に落ちた。あんなに複雑な絡み付き方をしていたのに、だ。

ミカエラ「サンキュー!」

 鎖がほどけるや否や、モハカはそう礼を言って、シャッターの残骸を蹴飛ばしながらものすごい勢いで店の外へ走り去っていった。俺達も急いで後を追った。

 店の外では、テロリスト二人と麻袋を乗せた宅配用バンがすでに出発した後だった。それを見つめるモハカの一挙一動を、先に避難させた客や店員達が遠巻きに見守っている。

ミカエラ「随分と舐められた物ね……私の通り名を知らない訳じゃないでしょうに」

 彼女はそう呟きながら、スカートのポケットから何か銀色の物を取り出し、右手の親指で空中に弾き飛ばした。太陽に照ってキラキラと光るにつれ、投げた物が何なのか分かった。コインだ。

モブ3「あれは、2ペソ銀貨……」

 誰かがそう呟くと、すかさずもう一人の誰かが叫んだ。

モブ4「伏せろ! 例のヤツが来るぞ!」

 すると、俺の周りにいた人達が一斉に頭を押さえながら地面にしゃがみ込んだ。何事なんだ? 突然の出来事に戸惑い、どうすればいいか分からずにいるうちに、その瞬間がやってきた。

 高く放り投げられた銀貨は、クルクル回りながらそれを弾き飛ばした右手の親指の上に再び落ちて来た。彼女の右手は、走り去る前方のバンに向かってピンと伸ばされている。

ミカエラ「もし忘れたのなら、思い出させてあげる……」

 銀貨が親指に触れた瞬間、

ミカエラ「こ れ が 私 の レ ー ル ガ ン よ!」

凄まじい速度でバン目掛けてまっすぐ飛んで行った。

137以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/03(木) 12:19:19 ID:s3CaLjjU
http://urx.red/rNMk

138以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/06(日) 08:30:17 ID:vJYZ2jco
おつ

139以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/20(日) 00:07:47 ID:C.44/9MI
 もしこの時に何が起こるか知っていたなら、俺もうまく対処していただろう。しかし、その時の俺は周りの人達が何を警戒しているのかいるのかさっぱり分からなかったし、何より別の事で頭がいっぱいになっていて伏せるどころではなかったのでそのまま立ち尽くしたままだった。今から思えば、少ししゃがむだけでもまだマシだったろう。

 まず来たのは、とてつもなく大きな音と物凄い爆風だった。いや、超音速で銀貨を飛ばした事による衝撃波だったのかもしれない。俺はその衝撃波と轟音に打ちのめされ、派手にひっくり返った。強烈すぎて目を開ける事すらままならない。
 衝撃波が治まり、ようやく目を開けた時に見えたのは、後部の荷台が大きくひしゃげたバンが麻袋の中身らしき大量の札束を撒き散らしながら宙を舞っている光景だった。バンは宙返りしながらモハカのすぐ目の前の路上に屋根から落下し、壊れた荷台の扉や窓と言う窓から残りのお札を吐き出した。全て合わせるとかなりの金額になりそうだ。
 一生遊んで暮らせるほどの物凄い大金がすぐ手の届く所に転がっているとなれば、誰だって素通りなど出来やしないだろう。事実、俺の周りの客や店員達、偶然通りかかった野次馬達が我先にと群がり始めたが、

ミカエラ「コラ! ネコババするんじゃない!」

電撃で威嚇され、不服そうな表情をしながら離れて行った。俺も、もし頭の中が他の考えでいっぱいでなかったら、一緒に拾いに行ってただろう。しかし、実際には大金よりもはるかに気になる事があったのだ。
 俺の右手だ。強い念力をいとも簡単に無効化してしまったこの右手。最初の攻撃も、恐らくこいつが打ち消したのだろう。通算2回だ。一体どうやって?
 先ほどの出来事について考えているうちに、ある事も思い出した。それは、病院内で俺が「言わされた」話。『魔術で生み出された羽を右手で打ち消した』とかなんとか。『魔術』とやらがなんなのかさっぱりだが、もしあの話が真実なら、俺の右手にはそういった特殊な効果を打ち消す事のできる特別な力が備わっている事になる。この何の変哲もないただの右手に、だ。
 いや、もしかしたら左手もか? ひょっとしたら全身そうかもしれない。そもそも、一体俺はなんなんだ? いくら考えても謎が尽きる事がない。それどころか深まるばかり、次第に自分が人間であるという確信すら持てなくなってくる。

140>>139もです。大変遅くなって申し訳ありません:2016/03/20(日) 00:08:44 ID:C.44/9MI
モンティ「いやぁ、こいつァおったまげ、噂に違わぬ威力だにゃー。あんなの至近距離で見せられたら酔いなんて一発で吹っ飛んじまうぜ」

 突然おかしな訛りで話しかけられて、俺はまたしても思考を中断させられた。声のする方を向くと、いつの間にか隣でモンティ・マッカンダルがニヤニヤと笑っている。ああ、コイツの事をすっかり忘れていた。顔が赤く、フラフラしている所を見るに、まだ酔いが完全に抜けきっていないようだ。

モンティ「前々から噂で耳にはしていたが、やっぱり百聞は一見に如かずだぜい。しっかし、今日はなかなかのラッキー・デイだにゃー。まさか、こうして本物の『レールガン』を間近で拝めるとは、俺達ゃホントにツイてる。なぁ、トミー?」

上条「お前、いたのかよ! と言うか、よく無事だったな! 一体いつ起きたんだよ?」

モンティ「シャッターが降りた音で目が覚めた。そんでしばらく店の隅に隠れながら隙を伺い、シャッターがぶっ壊れた拍子に脱出した」

 それって凄いのか、凄くないのか。驚嘆すべきか呆れるべきか迷っていると、サイレンの音が前後から近づいて来た。

141以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/20(日) 00:09:51 ID:C.44/9MI
 警備員(アンチ・カパシテ)と風紀委員(ジュジュマン)が到着してからの展開はあっという間だった。まず、全員仲良く気絶していたため、テロリスト共は呆気なく逮捕された。グチャグチャになったバンの中からは、目を回したリーダー格と童顔の二人と共に(あんな目にあってよく無事だったものだ)盗まれていた大金もしっかりと回収された。その後店の奥から縛られた店主も発見、救出された事で事件は一段落ついた。

 そして俺達は、現場の中心に居合わせていたという事で、店の前の道路で事情聴取……と言うほどではないものの、ごくを簡単に事件について説明する事となった。応じたのは俺とインデックスとモンティとミカエラ・モハカの4人。しかし、そのうちモンティは当時泥酔して寝ていたという事で対象から外されたばかりか、未成年なのに飲酒をしたという事で逆に検挙される事となった。なお、支払いはもう済ませたらしい。間抜けにもほどがあるが、それでも昼飯を奢ってくれた事には変わりはないのだから礼儀を欠かす訳にはいかない。

上条「今日はホントにありがとう!」

 おさげをした気の強そうな風紀委員の女の子に連れて行かれるモンティに、そう大声で礼を言うと、

モンティ「いいって事よ! その代わり、俺が困った時には頼むぜい!」そう叫び返しながら、

風紀委員の少女「いいから早く乗ってくださいまし! あなたこれで何度目ですの!?」

俺達の周りに何台も停まっているポリスカーのうち一台に押し込まれてそのまま去って行った。

142以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/20(日) 00:10:57 ID:C.44/9MI

 説明とは言っても、2、3個のごく簡単な質問に答えるだけで終わった。

女性警備員「犯人逮捕、並びに調査へのご協力に感謝します。あなた達がいなければ彼らを捕まえる事は出来ませんでした。本当にありがとう」

 聞き手の警備員は、説明が一通り終わるとそう言って律儀にもぺこりと頭を下げた。大きな眼鏡をかけ、長い髪を後ろで束ねた若いヨーロッパ系女性だ。少し幼さの残る顔立ちをしている。

ミカエラ「いえ、私は大して役に立ちませんでしたから……ほとんどは彼のお陰ですよ」モハカはそう言って俺の方を向く。

 すると女性警備員は、眼鏡の後ろの大きなまん丸い目をさらに丸くした。

女性警備員「まあ、あなたが……」

 一体何をそんなに驚く事があるのか。

143以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/20(日) 00:11:53 ID:C.44/9MI
女性警備員「あなた、カミジョーくんね? スティクス先生からお話は聞いてるわよ。気だてが良くて、空手の練習にも毎日顔を出す真面目な子だって……おっと、今日が初対面だったね」

 初対面の相手が自分を知っている事ほど怖い事はない。まだ名乗ってもいないのにこの反応。どうやら相当広い範囲の人間に面が割れているらしい。俺はそんなに有名なのか?
 俺が何か反応する前に、彼女は自己紹介を始めた。

女性警備員「初めまして。アムステルダム大学から教育実習に来たツェツィーリア・テソー(鉄装綴里)です。今は警備員第七三活動支部でお手伝いをさせていただいています。どうぞよろしく」

上条「いえいえ、こちらこそどうぞよろしく」

 ツェツィーリア・テソーか。英語読みだとセシリア・テセルかな? アムステルダム大学から来たとか言ってたけれど、世界中から学生が来るって話は本当だったんだな。ああ、俺もそうか。
 その後はしばらく一方的に話しかけられ続けた。その内容は、いずれも空手の大会で優勝しただの人助けをしただのと言ったもので、こんな高潔な人に会えた事が嬉しいとでも言いたげな口ぶりで滔々と語ってくれた。賞賛してくれるのはありがたいが、生憎俺にとって全く身に覚えのない事だ。ちょっと一区切り入れたくなった。

テソー「お店のご主人は、あなた達にお礼がしたいと……」

上条「あの、少し誤解なさっているようですが」

 急に遮られ、相手がまた少しビックリした様子したのにも関わらず俺は続ける。

上条「今回の件に関して僕はほとんど何もしていません。少し手伝っただけで、ほとんど彼女の手柄ですよ」そう言って、隣のモハカを手で示した。

モハカ「いえいえ、私は褒められるような事は何一つしていませんよ? お店を滅茶苦茶にしちゃったし、むしろ弁償しないといけないほどです」

テソー「保険に入っているから大丈夫だそうですよ。と言うか、あなた達もっとこの事を誇っていいのよ?」

144以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/20(日) 00:12:26 ID:C.44/9MI
 俺達二人の手柄譲り合い合戦にテソーさんは少し戸惑っていたようだったが、結局後日警備員の方から何らかの形で二人に返礼をするという事になったようだった。俺達は礼を言ってテソーさんと別れた。

ミカエラ「正直私、こういうのにはどうしても賛成出来ないのよね」話が終わってすぐに、モハカはこんな事を言った。

上条「それはまた、どうして?」

ミカエラ「問題の根本的な解決にはならないからよ。何か事件が起こるたびに強い能力者に手伝ってもらい、いちいち表彰するなり報奨金を出すなりするなんてあまりにも非効率的だわ。こんな事よりも先にやるべき事はたくさんあるでしょうに。だから私は断ろうとしたのよ」

 そう言いながら、モハカはつい先ほど別れ、自分の持ち場に戻ったテソーさんの方を振り向いた。俺が断ろうとしたのは、自分が褒められるほどの活躍をしていないと思ったからなんだけどな。そう思いながら、俺も続いてそちらを向く。

ミカエラ「先生や生徒が片手間に治安維持をやってるような有様じゃあ、この先増える凶悪犯罪には到底対応出来っこないわ。あの人なんか特にね」

 確かに、言われてみればそんな感じがする。ただでさえ童顔と大きな眼鏡のせいで実際の年齢より幼そうな印象を与えるのに、小柄な体躯なものだからまるで俺と同年代かもっと若い女の子のように見える。とても銀行強盗やテロリストのような凶悪な手合と切った張ったできるようには見えないし、正直言ってかなり頼りなさそうだ。彼女がカーキ色(で合っているはずだ)の軍服を着ていなかったら恐らく誰にも分からないだろうし、正直似合っていない。

 とはいえ、仕方のない事かもしれない。そもそもこの街の治安制度に問題があるのだから。詳しい事はよく知らないが、この街では教師の志願者からなる警備員(アンチ・カパシテ)と学生の志願者からなる風紀委員(ジュジュマン)が治安を守っているらしい。ボランティアの自警団に頼っているようではダメだという事ぐらい、いくら記憶喪失でも分かる。負担も大きいだろうし……


インデックス「トーマ! ほら、さっきの娘じゃない?」

145以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/20(日) 00:13:05 ID:C.44/9MI
 突然、隣にいたインデックスが俺の服を引っ張りながら前方を指差した。インデックスに促されながらそちらへ注意を向ける。
10mほど離れた所に、確かにいた。さっきの騒ぎですっかり存在を忘れていたが、例の古代ギリシャガールだ。いくら人混みの中とはいえ、あんな服装をしていれば見間違えようがない。それどころか、ある特徴が加わった事で先ほどまで以上に異常性が際立っている。それは、お揃いの黒いスーツに身を包んだ男達が周りにいるという事だ。男は10人ほど、いずれも20代から30代に見える。彼らのうちの一人が少女に2$ほどのお金を手渡しているのが見えた。恐らく先ほど言っていた交通費だろう。彼女の話は本当だったようだ。また、どうやら危害を加えられるわけではなさそうなので安心した。
 それにしても、古代ギリシャ風の衣装と黒服。明らかに異質な組み合わせだ。何よりおかしいのは、周りの野次馬や店にいた客達が彼らに対して全く注意を向けておらず、そもそも気付いてすらいないように見えるという事だ。普通、そんな人間が集団で移動していれば嫌でも目立つ筈なのに、誰一人として注目していない。と言うか、俺も指摘されるまで気付かなかった。
 しかし、その二つの点を抜きにしても、彼らは明らかに周りの人間とは異なっているように思える。それが何かは分からないが、とにかく決定的に違うのである。
 
インデックス「トーマ、まだあの娘の名前と電話番号聞いてないんだよね? 今聞きに行った方がいいんじゃない?」

 無茶を言ってくれるなよ。話しかけるどころか目を合わせる気にもなれないのに。

ミカエラ「え? アンタ達あの人と友達なの?」

インデックス「ついさっき知り合ったんだよ。ピッツァを分けてくれた優しい人なんだよ」インデックスが代わりに話してくれた。かつての俺の人間関係を知っている数少ない人間だろうから、こうして説明してくれると本当に助かる。

ミカエラ「へぇー。友達を作るのがホントにうまいわねアンタ」

インデックス「お褒めいただきどうも」

 まるで、親しい間柄であるかのように会話をしている。と言うか、かなり仲がよさそうだ。まさかこの二人は、以前にも面識があったのか?
 いや、この事について考えるのは後回しだ。今は目の前の問題に専念しなくては。やはり彼女の言う通り、話しかけた方がいいかもしれない。何の挨拶もなく別れるのは流石にどうかと思われるので、お互い無事にまた再会できた事を喜び、後腐れないように別れよう。二度と会わない相手だからこそ礼を欠いてはいけないのだ。
 まずは軽く会釈でもするか。そう思って足を踏み出した時、男達のうち一人の目がチラリと見えた。

146今更ですが娘の呼び方は「こ」です。:2016/03/20(日) 00:14:36 ID:C.44/9MI

 服装と気配のなさ。さっきからこの二点ですら説明しきれない違和感を感じていたが、この瞬間ようやくその理由が分かった。
 今まで見てきた多くの人間の目は、皆何かしらの感情や考えに従って変化していたし、それが普通だと思っていた。ところが、彼の瞳にはそれがない。それどころか生気すら感じられない。鏡のように周りの景色を映し出しているだけ。生きている人間の目とはとても思えない。俺の足は、一歩前に踏み出したきりそのまま動かなくなった。


インデックス「ねえ、トーマ! トーマってば!」

 インデックスの声で、ハッと我に返った。俺はあのまましばらく立ち尽くしていたらしい。

インデックス「もう行っちゃうよ。追いかけなくていいの?」
 そう言われて前を見ると、ちょうど古代ギリシャ少女が歩き去って行く所だった。男達を影のように従えて。
 しかし、追いかける気にはなれなかった。気配といい目つきといい、人間どころかこの世のものとすら思えない連中だ。一瞬目が合っただけであれなのだ。ましてや付いて行った日にはどうなるか。正直なところ、さっきのテロリスト共よりも怖い。直感も、これ以上関わり合いにならない方がいいと告げている。あの娘だって、色々とまともじゃなかったじゃないか。

147誠に勝手ながら、今回から話数の表示方法を変えさせていただきます。:2016/03/20(日) 00:34:28 ID:C.44/9MI
上条「いや、いいさ。もう会う事のない相手だろうし」

インデックス「そう……なら無理強いはしないけど」

 それでも、本当の理由は黙っておく事にした。ごく短い間だけの関係だったとはいえ、友達を悪く言われるのは嫌だろう。今出来ることは、今の俺達が誘拐事件の犯行現場に居合わせているわけではないのを祈る事だけだ。通報する事も考えたが、これ以上彼女と関わる事も警備員の事情聴取を受ける事もごめんだったので結局やめにした。

ミカエラ「あの人達、もしかして学校の先生じゃないかしら? 今のは生活指導とか?」先生は先生でも精神病院じゃなく学校の……。なるほど、そう考えるのが妥当かもしれない。医師なら白衣を着ていないとおかしいだろうし。どうやら彼女が誘拐される可能性はなさそうだ。
 彼女は学校の先生方に付き添われながら帰って行った。これで一件落着だ。もう彼女の事で頭を悩ませる必要はないじゃないか。頭の中ではそう考えながらも、遠ざかる彼女の後ろ姿から視線を逸らす事がどうしてもできなかった。

ミカエラ「それにしても変ね。先生が生徒の生活費の面倒を見るだなんて。奨学金は十分貰っている筈でしょう?」

 何の気なしに言った事なのだろうが、今の俺には何かの不気味な前触れにしか聞こえない。「近いうちにあの娘と何らかの形で再会するかもしれない」という先ほどから脳裏をチラチラとよぎっていた不吉な考えが、その言葉を聞いた途端に少し強まったのを感じた。

 とにかく、何故だかちょっと嫌な予感がした。しかし、あくまでもただの予感であり、取り越し苦労で済むかもしれない程度の物であった。
 この時の俺には知る由もなかったのだ。まさか彼女との出会いがこの後の夏休み、さらには俺の運命そのものを大きく変える事になるだなんて。


#2 'Out of the frying pan' to be continued.



148以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/20(日) 00:37:02 ID:C.44/9MI
本日の投下はここまでとなります。半年以上もダラダラと進行が遅れて申し訳ありませんでした。次回から本格的に2巻の内容に入りますので、もうしばらくのご辛抱をお願いいたします。

149以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/20(日) 09:08:35 ID:C.44/9MI
あと、遅くなりましたが
>>138 ありがとうございました。

150以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/20(日) 09:09:28 ID:dYQgW21M


みさきちも早めに出しとくれ

151以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/20(日) 09:14:51 ID:C.44/9MI
>>150 ありがとうございます。
なるべく早く登場させるように努力いたしますので、どうかよろしくお願いいたします

152以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/20(日) 19:33:43 ID:C.44/9MI
>>147 訂正箇所がございます。

「まさか彼女との出会いがこの後の夏休み、さらには俺の運命そのものを大きく変える事になるだなんて。」

「まさか彼女との出会いがこの後の夏休みのあり方、さらには俺の運命そのものを決定する事になるだなんて。」

でお願いいたします。
記憶喪失なのに運命が「変わる」事が分かるなんておかしいですね。

153お待たせしました。ひとまず導入部だけ投下します:2016/04/04(月) 16:38:44 ID:s5pXcWp.
1957年夏、英領キプロス――

 明け方。島の南部、トロードス山脈の山間にある街道沿いの小さな町からあらゆる連絡が途絶えて6時間、派遣された警官隊が最後に消息を絶ってから3時間がすでに経過していた。
生い茂る灌木を掻き分けながら、先槍騎士団(1st Lancer)の一部隊が山中を進んでいた。英国王室直属の十三の騎士団――この3年後、一つに統合される事になるが――の一つである彼らは、その名の通り「何者よりも早く敵陣を視察する」という彼らのみに課された任務に就いていた。

 『敵陣』は、連絡の途絶えた町からそう遠くない山奥にあるごく小さな集落。『異常なまでに膨れ上がった魔力の流れ』。その出処を早急に突き止め、害意があれば排除せよ。これが、女王陛下の代理人たるキプロス総督から伝えられた任務の内容だった。そして、魔力の出処を突き止めた所、どうやらその集落がそうらしいという事が分かったのだ。
 もっとも、支給されたのは施術鎧――装甲に魔力を通し、装着者の運動能力を20倍に高めるというもので、これ自体は第一級の霊装(talisman)であるが――と十字槍のみ、という通常通りの装備。これは、上層部が今回の事件をさほど深刻な物と見なしていない事を表していた。そして、彼ら自身も。
 件の町及び集落はすでに壊滅している事が予想されたが、この島では別段珍しい事ではない。近年、ギリシャ系住民とトルコ系住民の対立は目に見えて高まっており、互いにテロを仕掛け合うまでに先鋭化している。犠牲者が出る事もしばしば、むしろ誰も死なない方が珍しい。本来ならイングランド本国で王室の藩屏として機能すべき彼らがリチャード獅子心王ゆかりのこの島に駐留しているのも、ひとえに治安悪化のためだ。そして今回の事件も、トルコ系魔術結社が南部に多いギリシャ系住民を標的に引き起こした惨劇の一つだと推測された。すぐに片付く。我々はもっととんでもない連中を相手にしてきたではないか。サギーに太平天国……そいつらと比べれば大した敵ではない。誰もがそう考えた。
 しかし、そうは考えていても歴戦の騎士達は心中穏やかざる物を感じていた。

154以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 16:41:12 ID:s5pXcWp.
 まず第一の理由が、生存者が電話に残した最後のメッセージ。

「助、け——。あれは——人間じゃな……い。あれは   だ」

 その中には、古来より実在を否定されてきたある生き物の名前があった。古くから文書にその名が記されつつも、誰も姿を見た者がおらず、記録すら残されていない生き物。その強大な力を考えたら、存在しない以前にそもそも存在してはいけない生き物。人類など、とうの昔に駆逐されていなければおかしいからだ。まともな人間ならまず信じないだろう。事実、上層部はまともに取り合わなかったからこそロクな装備を支給しなかったのであるし、彼ら自身も馬鹿馬鹿しい戯言だと考えていた。
 しかし、ならばこの異様な雰囲気は何なのか。目的地にある程度近付いた辺りで、急に人の気配が全くなくなった。進路上にあった町や村、民家……それらのどこにも人っ子一人いないのだ。もちろん、最後に連絡のあった町にも。
 これが第二の理由。どうやら、件の集落を中心とした一定の範囲内で住民がいなくなったらしい。何よりおかしいのが、そのいずれにも直前まで使用されていた形跡がはっきりと残されている事だ。竈には火が灯ったままで、家の灯りも煌々としている。明らかに、打ち捨てられて数時間ほどしか経っていないと考えられた。

 本来存在しない筈の生き物について言及したメッセージ、そしてその内容を裏付けるような住民の謎の集団失踪。彼らが不安を完全に払拭しきれずにいたのはそのためで、むしろ高まりつつある。
 隊員達の士気が下がっている事を察知した隊長は、道すがら彼らを鼓舞し続ける事に苦労した。しかし、その努力は問題の村に着き、そこの光景を目にした時に全て水泡に帰してしまった。

155以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 16:42:17 ID:s5pXcWp.
 見渡す限り、灰、灰、灰。文明の発達から完全に取り残されたような小さな廃村は、粉雪のように真っ白な灰で覆い尽くされていた。農道、畑、民家の根、家畜の死骸。その全ての上に降り積もった夥しい量の灰は、風が吹くたび吹雪のように舞い上がった。

 『ある生き物』の死骸なのだろうか。もしそうであれば、その数は十や二十ではきかないだろう。だが、彼らが驚いたのはそれだけではない。

 夜明け前の薄明の中、吹きすさぶ灰の吹雪の中心に一人の少女が佇んでいた。黒く美しい髪を持つ、愛らしい顔の少女。歳は5歳か6歳か。なぜかその少女の足元にだけは灰が降り積もっていなかった。聖域に守られているか、或いは灰が怯えているかのように。
 そして、何より驚くべき事に、

「わたし————————」

少女はその身体に傷一つ負っていなかった。

「————————またころしたのね」

156以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 16:48:41 ID:1m6Fnh1s
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157以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 17:00:31 ID:YbK8QrC2
4円

158以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 17:26:31 ID:s5pXcWp.
>>155 訂正がございます

4行目、「民家の根」となっているところは、正しくは「民家の屋根」です。申し訳ありません

159以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 17:27:05 ID:s5pXcWp.
>>157 ありがとうございます

160以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/04(月) 20:12:47 ID:bvsMlfz.
おつ

161以下、名無しが深夜にお送りします:2016/04/05(火) 10:57:16 ID:f/D.GY7o
>>160 ありがとうございます

何度も申し訳ありませんが、またしても訂正がございます
>>155のラストですが、

 そして、何より驚くべき事に、

「わたし————————」

少女はその身体に傷一つ負っていなかった。

「————————またころしたのね」

 少女は、これがごく当たり前の事であるかのような口ぶりで言った。

↑こちらでお願いいたします

162続きを投下します:2016/05/30(月) 10:08:21 ID:cPRZi3gE
更新が長らく遅れて申し訳ありませんでした。

ヘ(^o^)ヘ
 ミカエラ・モハカと別れた後、俺達はひとまず俺が普段暮らしているという学生寮へ戻る事にした。しばらく学区内を散策して、観光がてら辺りの地理についてより詳しく覚えようかとも考えなかったわけではないが、それよりも今までに得た情報を整理し、考えるための時間が欲しい。何より、例の謎めいた古代ギリシャ少女の事を一刻も早く忘れ去りたかった。
 それに、この暑さだ。この辺りは熱帯に属しているらしく、周りの海のせいで湿度が高くなっている事もあってか、まるで蒸篭の中にいるようだ。ただでさえ一連の騒動でヘトヘトに疲れたのに、これ以上動き回ったら本当にどうかなってしまうだろう。まずは休息だ。学生寮でシャワーでも浴び、しばらく休もう。考え事はそれからだ。

 幸い、寮は中心市街地からそう離れていない所にあった。昼食をとった店から何分か歩けば着く距離にある。
 道中、スムージーの屋台があった。入院中に見舞ったり世話をしてくれた事、身の危険を顧みずにテロリストから守ろうとしてくれた事……それらへの感謝の意味を込め、インデックスに三つ買ってやると喜んでくれた。笑顔がすごく可愛い。

163以下、名無しが深夜にお送りします:2016/05/30(月) 10:10:12 ID:cPRZi3gE
インデックス「あれ? トーマは飲まないの?」

上条「ああ、俺は別の物を買うから」

 本当の事を言うと、何かを口にしたいという気分ではなかった。不思議と喉の渇きもそれほど感じていない。
 すると、彼女は、

インデックス「一つあげる」

上条「本当にいいのかい? 俺が飲んじゃっても。数が減っちゃうのに?」

インデックス「私はまだ二つもあるから大丈夫。トーマは私の事よりまずは自分の身体の事を心配すべきなんだよ。こんな暑い日は何か飲まないと」

 そこまで気遣ってくれるとは……。ここまで優しいと、何か裏があるんじゃないかと勘繰りたくなる。そして次の瞬間には、人の親切を素直に受け入れられずに一度でもそんな疑い心を持った今の自分に嫌悪感が湧く。
 好意はありがたく受け取っておかなくては。今のところ、信用する事の出来る唯一の相手が彼女なのだから。疑うなんてもってのほかだ。それにしても、本当にいい娘だな。

上条「ありがとう!」
 俺は礼を言って差し出されたカップを受け取り、中に入った緑色の半固形物を勢い良く喉に流し込んだ。マスクメロン味らしい。氷の混じった『甘く』『冷たい』ジュースが、焼け付くように『熱い』喉を滴り落ちて潤していく感覚。とても『気持ちがいい』。それにしても、味や感覚を表す単語やその意味は知っていても、それがどんな物か知らないというのも我ながらおかしな話だ。

164以下、名無しが深夜にお送りします:2016/05/30(月) 10:10:55 ID:cPRZi3gE
 俺が普段暮らしているという学生寮は7階建て、多分鉄筋コンクリート造だろう。薄汚れた白塗りのアパートメントで、所々塗装が剥げ落ちているなど、およそ最先端の街に似つかわしくない外観。建てられて4、50年は経ってそうだ。学生寮は街路沿いにあり、その両隣にもビルや集合住宅がおよそ2m間隔で立ち並んでいる。
 見た感じ、とても学生寮には見えない。むしろ産業革命期の労働者用集合住宅といった趣だ。しかし、手前に建っている看板には俺が在籍しているらしい『サートン高校』の名が書かれている。ここで間違いないようだ。

 中に入り、寮の管理人らしい中年男性が高いびきをかいている『管理人室』を横目に通路を進む。壁に掛けられた部屋の間取り図を確認してから奥にある古びたエレベーターに乗り込む。歩くたびにミシミシ言うので正直不安だが、かといって階段を使う気にもなれなかった。俺の部屋は4階にあるようだ。エレベーターに乗ると、インデックスがすぐさま4階のボタンを押した。中々物覚えもいいみたいだな。
 何十秒か経ったところでチャイムが鳴り、ガタガタと大きな音を立てながら扉が開く。降りた先は室内の共用廊下だった。俺の住んでいる寮は、3個か4個ほどの小さな部屋と共有のシャワー、トイレ、居間などからなるsuiteと呼ばれる幾つかの大部屋を何人かの同居人とシェアするタイプのものらしい。部屋は男女共用で、幸いルームメイトの中におっかない上級生はいないようだ。
 俺の属しているsuiteのドアは、廊下の突き当たりにあり、財布に付いていた鍵で中に入れた。中は意外にも広々としていて、外観に反して小綺麗だった。居間・キッチン・ダイニングルームなどを兼ねた共有の大広間から、幾つかの個室に枝分かれしているようだ。そして、その個室はsuiteの全員に割り当てられているらしいが、今いるのは俺達二人だけだ。他の住人はどこかへ出かけているらしい。
 プライバシーは申し分なし。でも、肝心の個室は? 部屋は狭くベッドが一つある他は、勉強机と幾つかの小さな本棚とクローゼットがあるのみだ。だいたい10㎡ほどのそれほど広いとは言えない部屋だが、住み心地は悪くなさそうだ。ただ、壁紙やカーペットが所々真っ黒に焼け焦げたり、ドアが新品だったりするのが引っかかるが。小火は本当だったらしい。

165以下、名無しが深夜にお送りします:2016/05/30(月) 10:11:49 ID:cPRZi3gE
 大広間の隅にあるエアー・コンディショナーのスイッチを入れると、suite全体に涼しい風が行き渡り始めた。火照った体が冷めてくるうちに、冷静な思考も戻ってきた。しばらく涼んでからシャワーを浴びて、さっさと寝よう。そう思い立った俺は腰掛けていたソファーから立ち上がって個室に戻り、何か暇つぶしになる読み物を本棚から探したが、火事で焼けてしまったためか大した物は残っていない。仕方ない、備え付けのテレビでも見るか。スイッチを入れると、何やら劇がやっている。内容は夫の不倫を妻が問い詰めているという物。所謂ソープ・オペラってヤツだろう。
 それをぼんやり眺めながら考える。教科書の類も殆ど見当たらなかったし、このままでは今後の勉強にも差し支えるだろう。どんな本が入っていたのか知らないが、いずれ買い直しに行かないとな。
 勉強……そう言えば今は夏休みだったっけ。宿題の類は出されているんだろうか。そもそも俺は、普段学校でどんな勉強をしていたんだろうか……?ようやく一息つけたと思ったのに、また余計な考えが頭をもたげてきた。これではテレビに集中出来ない——と言いたいところだが生憎テレビの方も特に面白そうな内容ではなさそうだ。

 一方、インデックスの方は俺の事などお構いなしにキッチンの冷蔵庫を物色している。何か冷たい飲み物でも探しているんだろうか。俺もまた喉が渇いてきたところだし、ちょうどいい。

上条「おーい、俺にも何か持ってきてくれないか?」 


インデックス「でも、中に何も入ってないよ?」

166以下、名無しが深夜にお送りします:2016/05/30(月) 10:12:33 ID:cPRZi3gE
 何だって? 俺は徐ろに立ち上がり、一緒に冷蔵庫の中を見に行った。大人数で共同生活を送っているのに食べ物も飲み物もないだなんて、そんな馬鹿な事がある訳——
 本当だ。何もない。ちょっとした物置ほどもある大きな冷蔵庫の中に入っていたのは、ソースやケチャップなどといった調味料ばかり。そんな物じゃ喉の渇きも癒えないし腹も膨れない。

上条「えっと、スムージーの残りは……」

インデックス「さっき全部飲んじゃったじゃない」

 頭が痛くなってきた。疲労感も先ほどよりも増しているようだ。炎天下の中また外へ買い物しに行けと言うのか、疲れて帰って来たばかりの俺に。他の連中、いつ出かけたのか知らないが気付いたら補充してくれても良いだろうに。

上条「そっか。じゃあ何か買ってくるから、それまで留守番頼むよ」

 ダルいやら、イライラするやらであまり動きたい気分ではないが仕方ない。まさか水道水を飲む訳にはいかないだろう。何が混じっているかも分からないのに。俺は財布を再び手に取り、ポケットに入れた。
 幾らかの冷たい飲み物と、あとはインデックスに何かアイスでも買ってやれば十分だろう。あの修道服は暑そうだ。食べ物は……今日はいいかな。元々シャワーを浴びたらそのまま早めにベッドに入るつもりだったのだ。先ほど食事を済ませたばかりなので腹は減っておらず、夕食を取るつもりはない。もっとも、インデックスが何か食べたがったら作るかも知れないけれど…………インデックスがここで夕食を?
 ふと、ある疑問が浮かんだ。そして俺は、彼女の方に背を向けたままその疑問を口に出した。

上条「そう言えば、インデックスってここに住んでるんだよな?」

インデックス「そうだよ。しばらくここでお世話になるってつい先週言ったばかりじゃない。そしたらトーマスも『いいよ』って言ってくれて……もう忘れちゃった?」

 それだけ聞けば十分だった。俺はぎこちなく返事をしてから急いで外へ出た。

167以下、名無しが深夜にお送りします:2016/06/12(日) 07:26:35 ID:H8IYDiN2


168以下、名無しが深夜にお送りします:2016/08/04(木) 20:21:28 ID:baIYk7TY
>>167ありがとうございます

 正直、あれほどの騒動があった直後なのでまた外に出るのはあまり気が進まなかったが、仕方がない。まずは学区の中心市街にある銀行へ向かう。口座を確認すると、顔も知らない両親が仕送りしてくれているためかアルバイトのためか分からないが、結構な金額が入っていた。それをなるたけ引き出した。クレジットカードが問題なく使えた事からも、財布は俺の物で間違いなさそうだ。
 それにしても、記憶を失う前の俺は一体何を考えていたのか。自分より年下の女の子、それもシスターと同居するだなんて、罰当たりもいいところだ。いや、シスターでなくても、あんな象みたいな食欲の持ち主、よほどの経済力かなければ養えやしないだろう。どちらにしろまともな神経の持ち主とは到底思えない。理性より性欲が勝っていたのか? いくら思春期だったり女日照りだからと言っても、若気の至りで済ませるにはあまりにも大それているぞ……。

 いや、あれこれ悩むのは後だ。まずは買い物。そのために出てきたわけだし。必要なのは野菜、肉といった生鮮食品と幾らかの加工食品、そしてパンだ。一番上等なのは第11学区の生鮮市場の物らしい(第11学区には港があるのだ)が、ここからだと少し距離がありすぎる。この暑さで長距離歩くのは堪えるし、移動中に食材が傷むといけない。何より値段が高そうだ。だからなるべく近場の手頃な店で済ませたかった。
 そこで俺は、中心市街周辺にある食料雑貨店(グロサリー)やスーパーマーケット、ベーカリーのうち、なるべく安くて品揃えの豊富な店を探して巡り歩く事にした。

169以下、名無しが深夜にお送りします:2016/08/07(日) 15:07:25 ID:UjSST7Bw
 最後に見つけた店、「『フォー・オール・ジョックス』マート("For all jocks" Mart)」でオートミールとコーンフレークを買って外に出た時(この店が一番安くて品数も多かった。最初からここにしておくんだった)、日は依然として高い位置にあるとはいえ、寮を出た時と比べてだいぶ傾いていた。
 俺は最初のオーストラリア系資本のチェーン店で借りたショッピングカート(名前は確か……ウールワースとか言った)に買った食料をしこたま載せると、それを押しつつ悠々と帰路につき始めた。カートを家まで持ち帰ってもいいというのは実に助かる。玄関前に置いておけば後日勝手に回収してくれるらしい。元々オーストラリア独自の制度らしいが、是非とも他の地域にも広めるべきだ。
 買い込んだ食料の総重量は優に10kgを越え、積載量を大幅に上回っていたが、安い店ばかり選んだので合計しても6$を越えなかった。
 我ながら大戦果だ。そしてこれだけ買い溜めすれば当分は食うに困らない筈。あの娘も流石にこれを全部一度に平らげるのは無理な筈だ。
 荷物はとんでもない重さになっているに違いないのに、全然苦にならなかった。緊張が解けて気持ちが軽くなったからかな。鼻歌の一つでも歌いたい、爽やかな気分だ。

 時間を確認した所、今はもう夕方のようだ。まだ昼間のように明るいというのに通りを歩く学生がどんどん増えているのもその証拠。きっとみんな寮や家に帰るのだろう。夏のフロリダの日照時間は長い。さて、だいぶインデックスを待たせちまってるようだし、俺も早く帰らないと。保冷剤として大量に入れてもらったドライアイスもだいぶ溶けてしまっている事だし。

170以下、名無しが深夜にお送りします:2016/08/10(水) 13:37:28 ID:MaKnIu7U
 10分ほど歩いた所で、見覚えのある道路に出た。片側一車線と決して広いとは言えない道幅、2m間隔で立ち並ぶ古い建物、その中でも特に老朽化の進んでそうなアパートメント。間違いない、俺の寮とそれが面している道だ。幸い、最後の店からそんなに離れていなかったようで助かった。これならいつでも買い物に行ける。
 さっきからすぐ後ろに人の気配を感じているが、多分俺と同じように自分の住処に帰る途中の人だろう。警戒する必要はなさそうだ。それにしても、随分と静まり返っているな。

 買った物はカートに載せたままエレベーターで運ぼうか、それともインデックスを呼んで下まで取りに来てもらおうか。そんな事を考えながら、俺は建物の中へ入ろうとした。
 その時だった。


「また会ったね。元気にしてたかい、トーマス・カミジョー?」



 同時に、背中にものすごく熱い何か。咄嗟に俺は振り向きざまに右腕を突き出した。

171以下、名無しが深夜にお送りします:2016/08/25(木) 00:17:31 ID:Iw.sTPvA
ピキィィィィィィィィィィン!

 ああ、またこの感触だ。またしても例の音が鳴り響き、今にも俺を飲み込もうとしていた猛炎の奔流は一瞬で氷が砕けるかのように消滅した。初めから存在しなかったかのように、わずかな熱も残さず。そして通りには再び静けさが戻る。

 しかし、俺の心境は静けさとは程遠かった。バクバクという音がはっきり自分の耳にも聞こえるほど心拍数が跳ね上がり、息も荒くなっている。危機はすでに去ったというのにまだ右腕を下ろせない。
 そう意識する前に、ごく当たり前のように瞬間的に右手で対処した自分の反射神経にも驚かされたが、問題はそこではない。再び頭をもたげてきた右手に関する疑問も、いまやごく些末な事だ。

???「流石だね。あの瞬発力は健在みたいで、本当にほっとしたよ。やっぱり君はそうでなきゃ」

 目の前でニヤニヤ笑っている背の高い男に比べたら。そう、俺が恐怖を感じているのは、主に俺を背後から焼き殺そうとしたこの男に対してだ。というのも、以前にも見覚えがあったからだ。何を隠そう、こいつこそ俺が目覚めた日に突然病室に現れてカーテンを燃やしながら脅迫してきた大男に他ならない。

172以下、名無しが深夜にお送りします:2016/08/25(木) 00:18:17 ID:Iw.sTPvA
 決して忘れはしない。10代の少年そのものな若々しい顔立ちと不釣り合いな7ft(フィート)近い長身の聖職者——恐らく神父だろう。しかし、それは真っ黒な司祭平服(カソック)の上からローブを羽織っている事からかろうじて窺えるだけである。耳にはピアス、両手指には銀の指輪がはめられており、ひどく目立つ。中でも一番目を引くのが毒々しいほどにまで赤く染められた長髪であり、それが肩まで伸びている。
 一度見たらそう簡単には忘れられない外見。おまけに今は近くで良く観察する時間があるので尚更脳裏に強く焼き付いて離れなさそうだ。
 普通ならかなりの威圧感を伴ってそうだし、実際最初の印象もそうだった。しかし、こうして見ていると、体格の割に幼い顔立ちをしているお陰でいくらか緩和されているようだ。とはいえ、右目下まぶたには縦縞の刺青が彫られているし、口には火の着いた紙巻きタバコを咥えているので、やはりロクでもなさそうな印象を与える。それに、今気付いた事だが、強い香水を付けているらしく匂いが強烈だ。

 全体的に、博愛の精神を持って神の教えと共に慎ましく暮らすという一般的な神父像と大きくかけ離れた風体だ。むしろそこら辺にいるヒッピーや不良の仲間だと言われた方が遥かに納得がゆく。ちぐはぐな格好といい、行動といい、あまりにも怖すぎる。それこそ昼間のテロリスト共以上にだ。

173以下、名無しが深夜にお送りします:2016/08/25(木) 00:18:57 ID:Iw.sTPvA
上条「おっ、おまっ……え……」
 緊張で喉が引きつり、上手く声が出せない。一旦深呼吸してからもう一度話す。

上条「……お前、あの時病室にいた奴だな! 忘れちゃいないぞ! 今度は何をしに来やがった! そもそも一体誰なんだ!?」
 ようやく絞り出した声は、変に上擦って震えていた。

 一瞬奴は驚いたような表情を浮かべたが、すぐにクスリと小さく笑って
???「いや何、ちょっとした相談事があってね」
そう言いながら、懐からいくつかの大きな厚紙封筒を取り出した。

???「さっきはごめんよ。挨拶がてらちょっと脅かしてみたくなってね。まあ、ほんの冗談だと思って大目に見てくれよ。君は覚えてないだろうけど、僕らは親友だしね」

 冗談だと? あれが冗談で済むものか。もし一秒でも反応が遅れてたら今頃立ったまま消し炭になっていたところだというのに。それにこいつ、俺の名前だけでなく、記憶喪失だという事まで知っているのか? いや、でも知っていなければ病室であんな事言わないか……さっぱり訳が分からない。俺にはかつての人間関係に関する記憶が一切ないからなんとも言えないが、果たして本当にこんな奴と親しかったのだろうか?
 こいつは一体何がしたいんだ? 危うく人を焼き殺しかけたかと思ったら今度は挨拶もそこそこに頼み事とは……。


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