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宿命との戦い・勇気ある体験談スレッド
1
:
副管理人Z
:2008/12/23(火) 17:55:35
皆さんの体験談をお願い致します。
2
:
副管理人Z
:2008/12/23(火) 17:58:03
47 :しげきょん:2008/12/20(土) 23:36:45
しずくさんでしたか。まあ元気です
医療データ的に健康です
生命感からは先生の心に触れ健康な精神に至ったという状態です
しずくさんも元気で祈ります
3
:
副管理人Z
:2008/12/23(火) 17:59:40
49 :しげきょん:2008/12/21(日) 17:42:48
さばさん 始めまして
僕の病気は1型糖尿病で
支部の人たちにもなかなかその大変さを理解できずに
結局自分が悶々と苦しみました19の時病気発症して
仕事も インスリン投与してるので、 車を使った仕事を低血糖の不安から
止めました、 牙城会の任務も まず自己の無事故を祈念しながらの任務でした
おかげで安全運転を心がけるようになったので
ゴールドカードが三回目です
ある日自分の血糖値のコントロールの出来なさにご本尊に祈ってたとき
もっとコントロール出来るインスリンの投与の仕方があると思いに至って
目の手術の時に合わせ、内分泌にも入院しました
その時にドクターに相談した所 強化型インスリン投与を知りその時
僕の糖尿のタイプはスロープロレッシングタイプの1型と診断され
ゆっくりインスリンがまったくでなくなる糖尿だと診断され
話を聞くうちにいままでのインスリン投与の仕方じゃ駄目だとわかり
強化型に変えさせてもらいました 強化型は間食も含めインスリンを食事のパターンで
再追加するような感じの投与の仕方です
一時はHbcA!cが12%もありましたが、その後7,2%に落ち着いてきました
糖尿病は自分のタイプの糖尿を認識しないと適切な治療が出来にくいということがわかりました
今では目のガラス体摘出のオペも無事成功でき
血糖値もヘモグロビンA1Cが7.2と後7%を切るのを目標にしています
今人口透析を受けていますが、この病にへこむ事と不注意になることを克服しました
斉藤教学部長の講義を聞いていて 病に対しいたずらの恐れず甘くみない
との指導をよく自分のものにすることが出来たと思います
その後支部の会合の時幹部の方が僕の糖尿は重いタイプだと言ってくれて
理解をしてくれたのです
4
:
副管理人Z
:2008/12/23(火) 18:00:30
50 :ゴンちゃん ◆JktPtoesQ2:2008/12/21(日) 18:02:10
しげきょんさん。
私もですが、皆さんも、いろんな宿業を持たれているんですね。。。
願兼於業と言いながらそれを理解し、受け入れるのに何年費やした事か。。。
若し、信心がなければその時点で諦めていた事でしょう。。。
5
:
副管理人Z
:2008/12/23(火) 18:01:18
51 :鯖:2008/12/21(日) 18:29:49
しげきょんさん、大変な病気をお持ちなんですね。早速の体験のご披露、ありがとうございます。
それにしても、御自分の努力で、病気にあう薬の投与法を勝ち取られた。その強い生命力を心から尊敬いたします。
私は大きな病はしたことがないのですが、親類を数人、ガン等で亡くしており、もし自分がなったら、いつも偉そうな事を言っているこのオレが、真正面から病と戦えるだろうか、と自問すると甚だ疑問です。ですから、大変な病と堂々と戦うあなたのような方を見ると、お世辞ではなく本当に尊敬いたします。「仏様が人間の着ぐるみを着て出てきたんではないか?」とさえ思います(笑)
インスリン投与と聞いて思い出したのですが、新・人間革命10巻の「桂冠」の章で、患者の方に先生が指導される場面が出てきますね。
以下、長いですが引用させてください。
===========
伸一は答えた。
「強盛に信心に励んでいくならば、持病があっても、必ず希望に満ちあふれた、最高に幸福で、充実した人生が歩めます。御書には、『南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや』(御書一一二四ページ)と仰せです。南無妙法蓮華経は師子吼です。その声を聞けば、どんなに獰猛な動物も逃げ出すように、いかなる病も、幸福への、また、広宣流布への障害にはなりません。
現代人は、みんな\"半健康\"であるといわれるぐらい、なんらかの病気をかかえているし、年齢とともに、体も弱っていきます。
では、病気だから不幸なのか。決して、そうではない。病に負けて、希望を失ってしまうから不幸なんです。広布の使命を忘れてしまうから不幸なんです。
体は健康でも、精神が不健康で、不幸な人は、たくさんいます。反対に、病気をかかえたり、体が不自由であっても、自らも幸福を満喫し、人をも幸福にしている同志もいる。
生命の根源においては、健康と病気は、本来、一体であり、\"健病不二\"なんです。ある時は、健康な状態として現れることもあれば、ある時は病気の状態となって現れることもある。この両者は、互いに関連し合っているがゆえに、信心に励み、病気と闘うことによって、心身ともに、真実の健康を確立していくことができるんです」
話を聞くうちに、この壮年の頬にも、赤みが差してきた。
伸一は、壮年の肩に手をかけて言った。
「インシュリンの注射を続けることは、大変かもしれない。でも、考えてみれば、人間は、毎日、食事をし、睡眠をとらなければ、生きていけないではないですか。そこに、もう一つ、やることが加わっただけだと思えばいいではないですか。打ちひしがれていても、何も開けません。
あなたの場合は、病気をかかえていても、『あそこまで、元気に生きられるんだ』『あれほど、長生きができるんだ』『あんなに幸福になれるんだ』と、同じ病をもった方が、感嘆するような、人生を歩んでいってください。そうすれば、仏法の力の見事な証明になります。それが、あなたの使命です。絶対に、自分に負けてはいけない。頑張るんです。挑戦し抜くんですよ」
===========
6
:
副管理人Z
:2008/12/23(火) 18:02:02
52 :粛坊:2008/12/21(日) 20:06:15
>>49
しげきょんさん、そうでしたか・・・。
やはり、それぞれ何らかの事情を抱えての闘いですね。
私も36歳のとき深夜型の不摂生が祟って、糖尿病・境界型と診断されました。
そのときMRI撮ったのですが膵臓に影があるといわれ、「すい臓がん」初期の可能性あり
といわれ目の前が真っ暗になりました。丁度、本部長から区主任部長になったばかりで
やっと人並み(笑)の生活が送れると思った矢先でした。
部員さんの事はそれまで祈れましたが、さすがにこのときは自分のことを祈りましたよ。
翌週、再検査したところ、「やはり、ただの影でした」だって(笑)。
しかし、その後全く別次元での病魔が潜んでいたとは・・・。
つづく
7
:
副管理人Z
:2008/12/23(火) 18:02:48
54 :しげきょん:2008/12/22(月) 20:02:17
粛坊さん 病気で人生の事悩むから仏法を保つ喜びが深い
病の人は道心が起こるは 虚しくない人生の幕開けです
苦しいから勝つ喜びが深い 人生勝利の人を別しては仏という
釈迦も大聖人も人生の根本苦を解決されたから 仏というなり
我々と別のことではないを知るを本仏の弟子なり獅子の子なり
8
:
副管理人Z
:2008/12/23(火) 18:03:32
55 :しげきょん:2008/12/22(月) 20:09:11
さばさん 病の信心の人を思いやるだけでも 仏の人ですよ慈悲の人ですよ
ありがとうございます
9
:
副管理人Z
:2008/12/23(火) 18:04:24
56 :しげきょん:2008/12/22(月) 20:34:17
ごんちゃんさん 僕もがんけんおごうの先輩の祈念(先輩のご本尊にかかげてあった)
を観てこの病になった意味を見出せましたよ
宿命と格闘しなければ 強い自分になれなかった
教学も学べなかった、先生の弟子になることもなかったなどなど
今では病のおかげで生きてるのが楽しい広宣流布のこと考えるのが楽しい
最近先生に言われて親孝行してるんですが家にいても家族が楽しいになりました
病と先生のおかげです!
10
:
副管理人Z
:2008/12/23(火) 18:05:04
57 :説教オヤジ:2008/12/22(月) 23:14:34
>>56
素晴らしい境涯じゃ!
11
:
副管理人Z
:2008/12/23(火) 18:05:58
58 :鯖:2008/12/23(火) 00:01:18
>>55
しげきょんさん!
願ってわざわざ宿命を持って生まれてくることは、勇気ある魂の持ち主である証拠ですね。
「病と先生のおかげです!」と師子吼するそのお姿が、既に病に打ち勝っていると拝します。
12
:
副管理人Z
:2008/12/23(火) 18:06:43
59 :ひでき:2008/12/23(火) 00:07:46
>>56
素晴らしい体験だと思います。
13
:
副管理人Z
:2008/12/23(火) 18:08:20
60 :しげきょん:2008/12/23(火) 17:16:04
さばさん 多分生きる勇気の姿をしらしめたい欲求が人間にはあるのだと思います
こう乗り越えて生きたとか 勇猛精進の姿ですね
それがガンジーの言うところの「真理の把握」だと思います
真実の自分になること これは勇気をださなきゃなかなかでない
14
:
鯖
:2008/12/23(火) 18:34:23
>>13
「生きる勇気の姿をしらしめたい欲求が人間にはあるのだと思います」
至言です。しげきょんさんが命をかけて編み出した、尊い結論ですね。メモっときます。
15
:
粛坊
:2008/12/26(金) 00:27:02
しげきょんさん、こんばんは。
昨夜未明、ニュースゼロみましたよ。そこで阪神の一選手も一型糖尿病と闘っいながら
マウンドに立っている姿が映像に出てました。
一型は二型と違い、本人の不摂生とは全然別次元の病気であるであることも再確認いたしました。
私も半分辛いことではありますが、ここで今までの病気克服(いまだ未克服でもありますが)の
体験を少しずつ語っていきたいと思います。増上慢にならない程度でね。
必見ですよ(笑)。
16
:
しげきょん
:2008/12/27(土) 01:33:03
粛坊さん 1型の治療は強化型投与、インスリンポンプ(おなかに植え込み)
すいとう移植(各都道府県の大学病院で)特に最新のカナダでの手術方法が今のところ
成功しているなどが妥当と考えられるが、2型は基礎の食事療法と運動療法
軽いインスリン投与などでHBA1Cが6%代(合併症起こさない値)が大事です
17
:
粛坊
:2008/12/28(日) 00:04:59
>>16
実はウチの母(72歳)が2型で闘病生活中です。母方は三兄弟なんですが一昨年、昨年
と同じ糖尿病を患い、合併症で続けて亡くなりました。
現在、母はインスリン投与と服薬してます。食事には気を使っていますね。甘いもの大好き
だった。彼女は最初、目にきました。
18
:
しげきょん
:2008/12/30(火) 01:04:18
粛坊さん お母さんがそうですか
糖尿病は治療ストレスとの闘い方もあるのです
好きなものが食べれないという観念に僕も最初いらいらしそれでは駄目だと
好きなものをたくさん 種類にわけて カロリー的に少なくして
こんなに食べれるのだとストレスを退治しました
題目で悩みをあげて糖尿について自分で研究すると思いこみとかが晴れて
智恵が湧きそれで還っていい食事の生活のリズムが出来上がりますよ
多分同じ1型の病気のドクターが言っていたけど
栄養学の基礎的な知識とかこんなことと思うような思いこみを糖尿の患者さんはもってるので
それを解きはなつと顔に明るみが出るようになりますよ
甘いものは無害な人口甘味料でおやつを作ってあげたりすると
血糖値の心配は減ると思います
それかおやつの時にカロリー分インスリンを僕は追加してますね
19
:
しげきょん
:2008/12/30(火) 01:13:06
人口甘味料、マービー、シュガーカットと違ってサッカリンが入ってないもの
後カロリーの少ない惣菜をたくさん食事の時に食べる
20
:
粛坊
:2008/12/31(水) 00:05:21
>18
しげきょんさん、こんばんは。
>糖尿病は治療ストレスとの闘い方
ほんと、そのようですね。母は、お酒やたばこといった嗜好品は一切嫌いでしたが、甘いものが好きでした。
会合から帰ると、サイダーがぶ飲みしていた時期がありました。そのころ、既に病気は進行していたのだと思います。
それで入院をし食事制限の生活がもう10年以上になります。
しげきょんさんがいうように好きなものを種類に分け、カロリー計算をしながら食事しています。
野菜中心の食事です。最近イライラが目立ったのですが、どうやら治療ストレスですね。でも母は毎年百万遍の唱題を根本に
学会活動をしていますが、元気ですね。息子の私が病気になった時はさすがに落ち込んだようですが。
21
:
しげきょん
:2009/01/05(月) 19:18:29
粛坊さん 母親は自分の病より息子の病の方が心配なありがたい親です
生きてるうちに親を喜ばすのが本物の親孝行の信心です
池田先生も数々母親の教えをあげておられます
まず「嘘をつかない」これは先生は「真実の人たれ」と成ったと言ってます
もう一つは「人さまに迷惑かけるな」ですこれは「人の不幸の上に自分の幸福を築くな
」という信念に成りました僕たちは仏法の恩を知れる者として
親からも愛され立派な孝行の広布を人生に刻んで行こうではありませんか
22
:
ヒューレボ
◆DlyW/s8ibQ
:2009/01/05(月) 22:41:27
横レス失礼します。
私事ですが眼瞼黄色腫(がんけんおうしょくしゅ)というので皮膚科に2回目行きました。
血液検査の結果が中性脂肪〜149までのところが五百数十いってました。
今、血中の脂肪を抑える薬を飲み始めて2週間ぐらいです。
1日1本の缶コーヒーを止めます。
食事療法や運動療法が良いそうです。
ネットで調べてみると、酒も良くないそうです。
またこれを機に、水泳へ頻繁に行くように決意しています。
水泳1年で50数kmという、過去の自己記録に挑戦も考えてます。
なんたって我々庶民は身体が資本ですから、大事にしてあげましょう。
23
:
粛坊
:2009/01/06(火) 01:14:46
>>21
しげきょんさん、私も恥ずかしながら、この歳でやっと両親の大事さ・偉大さを知りましたよ。
父は77歳・母は72歳なのですが、私も病気や怪我で40代の前半を過ごし、多大な心配をかけて
しまった。今後は両親が存命中に仏法の報恩感謝の思いで、親孝行したいと決意してます。
24
:
粛坊
:2009/01/06(火) 01:28:04
>>22
ヒューレボさん、なんかお久しぶりですね。と思ったら、これまた新たな病魔との
闘いをされていたのですね。
中性脂肪を抑える薬ですか…。実は私も一昨年服用して居りました。半年ぐらいかな。
薬価高いでしょ?
私は外出時、缶コーヒーを平均で一日4・5本ぐらいは飲んでましたね。それとタバコ。
水泳は良いと思います。自分は怪我をしたあとのリハビリに良いと聞いたので実行しました。
水中ウオーキング(我流)ですが筋力・体力ともに付きました。プールに通ってるあいだ、知らぬ間に
泳げるように(笑)なりました(カナヅチ君だった)
なんといっても体が資本ですね。
25
:
オオバコ
:2009/01/06(火) 02:00:27
粛坊さん、しげきょんさん、ヒューレボさんをはじめ諸先輩方の決意には本当に頭が下がります。
今では風邪ひとつ引かない頑強な体の私も、13年前にウイルス性胃腸炎で1週間入院、
後にも先にも入院はそれっきりですが、奇しくも池田先生から健康長寿の押印和紙の激励を
頂いた直後の出来事でした。
今でもその押印を見るたびに、御本尊様、先生、同志のみんな、親や家族への感謝の気持ちが
溢れ出てきます。
また不思議なことに、まる12年経った昨年の夏に今度は家内が入院、その直前に幸福大道の
押印和紙の激励を頂きました。
我が家の押印和紙も二つになり、今では家内も見違えるほど健康になりました。
自分も、
「報恩」とは何か? 「忘恩」とは何か? その一念の差は何処から来るのか?
を絶えず反芻しながら「常に報恩」の一念で進む所存です。
26
:
粛坊
:2009/01/06(火) 19:34:11
テレビを見ていたら「正月太り」チェックサイトを紹介していた。
気になる方はやってみたまえ(笑)。ちなみに粛の字は大丈夫の様子。
↓
http://kurashi.hi-ho.ne.jp/diet/style/input24.html
27
:
粛坊
:2009/01/06(火) 22:20:30
>>25
オオバコさん、先生からの激励といえば私も数々の思い出があります。
私はうつ病を発症したのが2003・7・7。
翌年、先生から押印「栄光勝利」を2004・3・16の日付で頂いた。その日を目標に
唱題と活動に全力を掲げて闘った。当時は冷凍庫の倉庫で防寒着を着て働いていた。
その渦中、当時未病扱いだった「過活動膀胱」になり、経済難にも陥り、まさに四苦八苦であった。
結果、3・16の数日後、市臨時職員の推薦があり4月採用、市教育局での再就職を勝ち取った。
その時はもう「寛解」間近であった。
つづく
28
:
ぜんまい忍者
:2009/01/06(火) 23:24:51
>>26
私は「要注意タイプ」でした・・・・・★
30
:
粛坊
:2009/01/09(金) 01:41:58
>>28
ぜんまい忍者さん、こんばんは。「要注意」でしたか!
アラフォー世代は立派な中年(笑)。お互い気をつけましょうね。
31
:
しげきょん
:2009/01/23(金) 23:28:51
オオバコさんこんばんわ
病にも 鬼人(ウイルスや環境ホルモンなど)が付く病と
ただ諸天善神が試してる場合もある信じられない苦難を与えてそれを克服して
境涯を強くなっていたということもある
このことは、よく病魔と魔のひとつと忌み嫌うきらいがあるが
病そのものは魔でもなくなんでもなく、それによって不幸しかなくなると言う失望の病=不幸にしかとらえられない悪い考え方が
魔性(無明)そのものであり 、病をバネに信心の幸福な生命に成長しようと言うとき
諸天の鍛えと捉えられる境涯が確立するものであると思うのである
32
:
オオバコ
:2009/01/24(土) 00:39:39
しげきょんさん、こんばんは。レスありがとうございます。
本当にそう思います。とは言っても私の場合は「頭では」という但し書きつきです。
いざ自分がその身になったら・・・いくら頭で想定していても、結局はその時に自分の信心が試される。
でも、その時には「同志の応援」「同志の体験」が大きな後押しになるのかな。
私の家内が言ってました。
先生からの激励、同志の応援、同志の体験、があったからこそ、強い気持ちで手術に臨めた、と。
21日の聖教新聞の体験にはこうありましたね。
「(○○さんは)同じ重病と闘う友に、希望の光を送ってきた。「○○さんと出会って、生きているという実感がわきました」
と感謝の声は全国に及ぶ。」
しげきょんさんのおっしゃる「諸天の鍛えと捉えられる境涯」は自分を強くするだけじゃないんですよね。
33
:
しげきょん
:2009/01/24(土) 18:02:58
そうです諸天の試しとは 勝ったならば自他共に幸福の報恩に開けるということですね
だから諸天の計らいであると言えるのです
これも普段激励の生命や薫陶の志にもう生命の内に芽生えているものです
生命の確信から来る大丈夫なんだ=病(障害など)は信心活動の障りをなさないんだ
というものです
34
:
オオバコ
:2009/01/24(土) 21:43:27
>>33
「自他共に幸福の報恩に開ける」
だから「引き分けでよし」ではなく「勝つ」ことが大事なんですね。
しげきょんさん、ありがとうございました。
35
:
オオバコ
:2009/01/24(土) 21:55:22
もひとつ。
同志の応援、同志の体験が自分の気持ちを後押しし、自分が勝利することで、周囲に希望の光を送る。
なんか自分の存在は希望を砂にした砂時計の真ん中の部分みたいです。信心は一人では成り立ちませんね。
39
:
副管理人Z
:2009/01/24(土) 22:46:57
>>36
>>37
>>38
エキステラオ様の書き込みは「週刊テラオ(でもカキコは毎日・・・ヘヘヘ・)」に移動しました。
41
:
副管理人Z
:2009/01/24(土) 23:15:27
>>40
エキステラオ様の書き込みは「週刊テラオ(でもカキコは毎日・・・ヘヘヘ・)」に移動しました。
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