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食るようです

1名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:27:37 ID:nzAw85Ys0
世の中には変わった建物が多い。
現在僕の通っている大学なんかその最たるものだったという。
一部のマニアでは熱狂的な人気を持つらしい建築家が手掛けた教室棟の数々は、よく映画やドラマなんかの撮影場所にもなったのだそうだ。
とはいえ素晴らしい建物にも老朽化はやってくる。
僕が入学した頃、まさに工事の真っ最中ですあった。
一部の学生、特にデザイン学科からは元のデザインを尊重した作りにして欲しいという要望も出ていたようだが、それが受け入れられたかどうかは定かではない。
ただ新しく出来上がった建物を見る限り、その意見を汲んでもらえたようには思えなかった。
とにもかくにも僕の大学生活の始まりといえば、灰色の養生シートとキンキンうるさい金属音で彩られることとなった。

日府大学は、とにかく辺鄙なところだった。
元が山だったせいで急な坂道だの階段だのがあちこちにあるし、馬鹿みたいに広いので移動にも時間がかかった。
加えて今までの教室棟は鮮やかな、悪く言えば気違い染みた彩色をしていたものがみんな布に覆われて見分けがつかなかった。
学内に林が点在するせいで見通しが悪かったせいもあり、上級生に場所を聞いても一緒に迷子になってしまうことが多々あった。
知らない人に話せば馬鹿げた話だと思われるだろう。
僕だってそう思っていた。
だけど最初からそういうものだと思っていたら、急激な変化に対応できないのかもしれない、とも思った。

さて前置きは長くなったが、唯一改修工事を免れた棟があった。
三号館こと、「ミカン」と呼ばれている教室棟だ。
あまり目に優しくない黄緑色の屋根と、ベージュが混ざったような橙色の壁が「ミカン」の特徴であった。
一階のロビーには売店とソファーがずらりと並んでいる。
昼休みになると近くの棟から学生たちが押し寄せてきて、ロビーは地獄絵図と化すのが恒例であった。
二階には自習室が、三階と四階には小さい教室が四つずつ作られていて、よくゼミの発表や話し合いなんかに使われているらしい。
まぁそれも昼休みになったら関係ないのだが。
ところで三階のトイレの近くにはもう一つ階段が存在する。
「立ち入り禁止」の札がチェーンでぶら下げられているそこは、きっと屋上に続いているのだろうと今まで興味を持ったことがなかった。
そう、今までは。

184名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:53:40 ID:elzXkpGg0
きっと両親たちは怒り狂うだろうが、結局は貞子を甘やかすことになるだろう。
今まで貞子のわがままを通してきた罰が、両親たちに降りかかるのだと思うと僕は少し愉快な気分になった。

(-_-)「で、二つ目は?」

川д川「お爺ちゃんのお墓参りに来て欲しいの」

(-_-)「えっ、死んだの?」

僕の言葉に、貞子は呆れたようだった。

川д川「……何度か手紙を入れたとは思うんだけど」

(-_-)「……開けてない」

川д川「なんで!」

(-_-)「だ、だっていつも家に帰ってこいって書いてあるから……」

川д川「もー」

わざとらしく頬を膨らませ、貞子はコーヒーに口をつけた。

(-_-)「ごめんて……」

川д川「……別に良いけどさ」

全く良くなさそうな顔で貞子はそう言った。

185名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:55:53 ID:elzXkpGg0
(-_-)(墓参りかぁ)

僕は正直行くのが嫌だった。
嫌いな祖父の墓参りに行くというのもあるが、もっと嫌なのは風習のせいだった。

(-_-)「……それ、忌屋に泊まらなきゃいけないんだろ?」

僕の言葉に貞子は頷いた。
先祖代々から続く墓場には忌屋と呼ばれる小屋があり、墓参りをした際には必ずそこで一晩を過ごさなくてはいけないのだ。
誰かが亡くなってから一年間は、この奇習をこなさなくてはいけないので僕は苦手で仕方がなかった。
なにせ忌屋には簡易的な風呂場と寝所しかない。
山奥だから電波は届かないし、食事は持参しなくてはいけない。
何よりもうすぐ隣に墓があるもんだから、落ち着いて寝られるわけがないのだ。
弔いの為だとか、穢れを祓う為だとか言われているが僕はどうしても納得がいかなかった。

(-_-)(わざわざ怖いところに泊まるなんてどうかしてるわほんと……)

とはいえ貞子は、どうしてもこの風習を守りたいようだった。

川д川「流石にお兄ちゃん一人じゃ怖いだろうから、その時は貞子も一緒に泊まるから……」

(;-_-)「……考えとく」

結局その場では結論を出さずに、僕たちは連絡先を交換することにした。
行くとなったら、彼女に教えておかないと僕一人で忌屋に行かなきゃいけないからだ。

(;-_-)(面倒な事が次から次へと出てくるなぁ)

カツサンドを頬張りながら、僕はそう思った。

186名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:56:57 ID:elzXkpGg0







食事は話し合いの場です






.

187名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:57:56 ID:elzXkpGg0
登場人物紹介

(-_-) 疋田
分かってるようで分かっていない人

川д川 貞子
全部分かっている人

川 ゚ -゚) 素直クール
まだ分かっていない人

( ・∀・) モララー
分かろうとしている人


カツサンド
四枚切りの食パン二枚を使ってソースをたっぷり染み込ませた分厚いカツとシャキシャキのキャベツが挟んである、また付け合わせにプチトマト五個とゆで卵がのっている、一皿五百九十円

188名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:59:14 ID:elzXkpGg0
おまけ

川д川「貞子トマトきらーい」

(-_-)「好き嫌いしないでちゃんと食べろよ」

川д川「えー……うーん……」

(-_-)(あ、食べた)

川д川「……やっぱりおいしくなあい」

(-_-)「でもちゃんと食べたな、前だったら絶対吐き出してたのに」

川д川「貞子成長したからね!」

(-_-)「まあ、高校生だしな……」

川д川「むう、褒めてよ!」

(-_-)「はいはい偉い偉い」

川ー川「……えへへ」

189名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 14:37:26 ID:PjTTnyd20
貞子が左利きじゃありませんように

190名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 14:55:09 ID:NRj0FUNM0
乙!!
ミステリアスだな…

191名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 15:38:09 ID:CfhjuGWg0
乙乙!クーの過去が辛すぎる
あと読んでてヒッキーの田舎がちょっと怖いと感じた
何かこう、じわじわ不安を煽る感じというか……

192名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 16:31:27 ID:/r19CKP60
ヤンデレだいしゅき

193名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 20:02:07 ID:pnIUiJ3.0

ヒッキーの過去もクーの過去も辛いなぁ

194名も無きAAのようです:2015/11/17(火) 16:33:15 ID:4zk90Y5A0
後少し?
何かどんどん解ってきた気がする!おつ!

195名も無きAAのようです:2015/11/17(火) 21:15:36 ID:D90sEHJUO
ヒッキーも何らかしらの解離があるという予想

びくびくしながら期待

196名も無きAAのようです:2015/11/18(水) 17:25:43 ID:dxe9NAng0
もしかしてクールー病もかかってるのか?だとしたら……

197名も無きAAのようです:2015/12/06(日) 00:38:35 ID:jqtq.Z1w0
七把一絡げ思い出した……
すげぇ引き込まれる期待して待ってる

198名も無きAAのようです:2015/12/06(日) 18:57:03 ID:HgdJUOCQ0
コンビーフが出てきた瞬間、反射的にスレを閉じてしまったが読んでみたら面白かった

199名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:23:11 ID:v37dldgU0
午後十二時半きっかり。
区切りのいい時間に、そのメールは届いた。

川 ゚ -゚)『悪いけど今日もそっちに行けそうにない。すまない』

さくっと書かれた文章に、僕は少し引っかかっていた。

(-_-)(今日も……?)

昨日、僕は屋上に行けないとメールをした。
クーはそれに対して、了解としか返さなかった。
だから僕は、例の場所にクーが来ていると思い込んでいた。
けれどもこの書き方だと、昨日も大学に来ていないようだった。

(-_-)『何かあったんですか?』

返事はすぐに来た。

川 ゚ -゚)『何でもないよ』

(-_-)(いや絶対あるだろ……)

そう思って、深く突っ込もうとした矢先にもう一通メールが入ってきた。

200名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:24:01 ID:v37dldgU0
川 ゚ -゚)『肉が食べたい』

画面をスクロールすると、下の方には地図が添付してあった。

(-_-)『これは……?』

川 ゚ -゚)『わたしの家までの地図だ。悪いがお金はあとで払うから肉をたくさん買ってくれないか。来るのは何時でもいいから』

(-_-)(……具合悪いのかな)

一人暮らしを始めてすぐ風邪をひいた時のことを思い出す。
食事も作れないし、買い物にも出かけられない。
ただひたすら寝る以外何もできず、じわじわと体力が削られていって、とても心細くて。
あの時はたしかブーンに助けてもらい、なんとかなったのだ。

(-_-)(んー……、あっちに安いスーパーってあるかなぁ)

どんなものならクーが喜んでくれるのか。
そんなことを考えながら、僕の昼休みは過ぎていった。

201名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:24:48 ID:v37dldgU0
結局、僕は行きつけのスーパーで食料を調達した。
ネットで配布されていたチラシやクーポンを駆使した結果、七百円近くも安く買えるとわかったからだ。

(*-_-)(いい買い物したわぁ)

一人ほくそ笑み、両手に提げた袋を持ち直す。
右手の袋にはきゅうりと人参とほうれん草が一袋ずつとサトウのご飯。
左手の袋には豚バラ肉二キロとゴマドレッシングの瓶が入っている。

(-_-)(初めて降りたなー)

きょろきょろと辺りを見回しながら、改札を出る。
北口、西口、と書かれた看板が目につく。
送られてきた地図によると西口に出ればいいらしい。
僕はゆっくりと階段を降りていった。

202名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:25:34 ID:v37dldgU0
西口には飲食店が多く立ち並んでいた。
ラーメン、居酒屋、焼肉、もつ鍋、串焼き、スペインバル、カラオケ。
そんなお店が三階建てのビルや地下に詰まっていた。
中にはテナント募集や新規オープン準備中の看板がつけられている所もあった。
入れ替わりの激しさを感じさせるそれに、世知辛さを感じた。

(-_-)(どこも人がいっぱいだ)

会社帰りのサラリーマンやおじさんを連れたケバい化粧の女性がそこへ吸い込まれていくのを見て、僕はそう思った。

(-_-)(クーはいつもこの賑やかな通りを歩いているんだ)

たまにどこかへ立ち寄ったりするんだろうか。

(-_-)(……でも肉以外食べないもんなぁ)

刺身もダメ、野菜もダメ、お菓子もダメ。
知らない人と楽しく会話もできなさそうである。

(-_-)「おっと」

酒屋の角を右に曲がる。
どうやら店の裏側になるらしく、そこは人通りが少なかった。
びかびかと光る電飾看板に目がやられかけていたので、僕的にはこっちの方がホッとする雰囲気であった。

(-_-)(でも女性が通るには危ない気がするなぁ……)

なにせ明かりが少なかった。
せっかく見つけた街灯も、疎らな光を発しているあたり、すぐにでも真っ暗になってしまいそうだった。

203名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:26:20 ID:v37dldgU0
(;-_-)(ええっと、ここの角を左に……)

そっと路地を覗き込み、僕は固まった。
ピンク色の看板に、六十分コースの文字。
その意味を理解した瞬間、僕の顔は熱くなった。
しかしそこから目が離せなかった。
チカチカと瞬くストロボの光によって、否が応でも視線はそっちに誘導されてしまうのだ。

(;-_-)(どこからどう見ても風俗街です本当にありがとうございました)

所狭しとそんな看板が立ち並ぶ通りには、数人の男が暇そうに立っていた。
きっと客引きを担っているのだろう。

(;-_-)(ど、ど、どうしよう……)

どうもこうもなかった。
地図によればこの先にある雑居ビルがクーの家なので、進むより他ないのだ。

(;-_-)(よ、よし! ……行こう!)

ビニール袋を持つ手に力を入れ、路地に足を踏み入れようとした時だった。

「おにーさんおにーさん」

(;-_-)「ヒェッ!?」

いきなり声をかけられ、僕は慌てて振り向いた。

爪'ー`)y‐「見ない顔だね、ご新規さん?」

(;-_-)「あ、えっと……」

爪'ー`)y‐「ここはどーんな子でも揃ってるよ! 要望さえ言ってくれれば口きいてあげるからさぁ」

204名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:27:33 ID:v37dldgU0
遠慮します、の一言も言えずに僕は後ずさる。
さらに男が踏み込む。
さらにさらに僕は後退する。

爪'ー`)y‐「あっはっは、そんなに怖がらないでよ」

男は人の良さそうな笑みを浮かべるが、なにせガラの悪さがすべてを相殺していた。
胸元の開いた黒いシャツ、暗灰色のスーツ、傷み始めている革靴、黙々と煙を上げているタバコ。
何もかもが恐ろしく見える。
僕はそっと後ろを見る。
が、他の客引きたちは慌てて僕から目を背けた。

(;-_-)(関わりたくないってことか)

となるとはっきり断らなくてはいけない。

爪'ー`)y‐「今の時間帯は空いてるよー、なんなら三十分タダでサービスするよう言ってあげてもいいからさ」

(;-_-)「ぁ、ぁ、あ、あの」

爪'ー`)y‐「んー?」

はくはくと口から息が逃げていく。
それをしっかり捕らえるように、僕はこう言った。

(-_-)「僕そういうんじゃなくて……」

爪'ー`)y‐「……え、女の子より男の方が好きとか?」

(;-_-)「ち、違います! 友達に会いに来たんです!」

205名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:28:48 ID:v37dldgU0
すると目の前の男は一瞬考えるような顔をし、

爪'ー`)y‐「……もしかしてその友達っていうのは、この先にあるビルに住んでたりする?」

珍獣を見るような眼差しで、そう言った。

(-_-)「そ、そうですけど。なにか?」

爪'ー`)y‐「いやあ、あの人にもとうとう最良さん以外に友達が出来たのかぁ、って思ってたのさ」

さいよし。
聞き覚えのない名前だが、クーの唯一の友達といえばモララーさんしかいない。
きっと彼の名字なのだろう。

爪'ー`)y‐「素直さんところに案内してやるよ」

ぴん、と男の指からタバコが放たれた。
タバコはころころと転がりながら地面に落ち、彼は小さく舌打ちをした。
どうやらその隣にあった水溜りにタバコを入れたかったらしい。
大股でタバコに近付き、男はそれを踏みにじった。

爪'ー`)「自己紹介、まだだったな。フォックスっていうんだ」

(-_-)「あ、えっと、疋田、です」

206名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:29:45 ID:v37dldgU0
爪'ー`)「……もしかして叢作のほうに住んでました?」

(-_-)「えっ」

思わぬところでその地名を聞き、胸が騒いだ。
なにも言えない僕に、フォックスは慌ててこう言った。

爪'ー`)「あー、昔唯田に住んでて。っていってもその後すぐ少年院に入ったりしちゃったんすけどね」

(;-_-)「そ、そうなんですか……」

こういう話にはなんて答えればいいんだろうか。
困惑しながら僕はなるべく笑うように心掛けた。

爪'ー`)「んじゃ、行きますか」

おもむろにそう言い、フォックスさんは歩き出した。
慌てて僕はその後に続いた。

207名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:32:57 ID:v37dldgU0
彼は人懐っこくて、話好きな性格だった。
普段僕がなにをやっているのか、クーとはどうやって出会ったのかを根掘り葉掘り聞かれた。
怒涛の質問攻めが終わったあと、今度は自分の兄について語り始めた。

爪'ー`)「いやービックリしたよね。院から帰ってきたら兄貴死んでるからさ。しかも同級生が刺したっていうしさ」

驚くことに、彼の兄はあの鬱田ドクオさんだった。

(-_-)「……大変でしたね」

爪'ー`)「いやぁ、オレは全然。母ちゃんの方が大変だったと思うよ」

カラカラと空っぽな笑みと共に、僕の言葉は一蹴された。

爪'ー`)「そん時に最良さんと素直さんに出会ってさぁ。二人から事情聞いて、あー兄貴にも友達いたんだーってなんか嬉しくなって」

(-_-)「ドクオさんと仲はよかったんですか?」

爪'ー`)「ぜーんぜん」

(-_-)「えっ……」

軽く言われたそれに、頭から血の気が引いた。
その直後、「別に悪くもなかったんだけど」と彼は付け加えた。

爪'ー`)「んー、なんていうの。兄貴って結構周りと距離置いてるタイプで親ともそんなにべったりって感じでもなかったし。一匹狼的な?」

(-_-)「ふうん……」

爪'ー`)「だから話し掛ければ相手してくれんだけど、あっちからはそういう事もなくて。黙々とパズルで遊んだり自分で作ったりしてる方が多かったよ」

208名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:34:05 ID:v37dldgU0
孤独を好んでいた人なのだろうか。
一人でいても苦痛ではない。
それって、どんな感じなのだろう。

爪'ー`)「ああでも別に兄貴のことは嫌いじゃないんだぜ。むしろ今でもスゲーって思ってる」

(-_-)「……どうして?」

爪'ー`)「ロクデナシだからさぁ、オレは。こんなちっせえ区画の元締めなんかどんなバカにでも出来るけど、兄貴のパズルは兄貴にしか作れねえもん」

気付くと風俗店は疎らになり、空きビルや空き店舗が目に入るようになってきた。
フォックスさんはその中でも一際目立つ大きなビルを指差した。

爪'ー`)「あそこの三階にいるよ」

(-_-)「ありがとうございます」

頭を下げると、フォックスさんは照れたように笑った。

爪'ー`)「気が向いたら店に来てもいいんだぜ」

そう言って彼はポケットティッシュを差し出した。
裏にはコスプレ風俗のチラシが差し込まれていた。
僕はなんとも答えられずに、ただはにかんだ。

209名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:35:10 ID:v37dldgU0
雑居ビルは五階建てで、一階はコインランドリーになっていた。
それ以外の部屋は真っ暗だったりダンボールやカーテンで閉め切られていた。
こんなところに人が住んでいるなんて誰が思うだろうか。

(-_-)(……エレベーター動いてるかな)

コインランドリー横のエントランスにあったそれは、かなり年季が入っていた。
恐る恐るボタンを押すと、凄まじい音を立てながら箱が降りてきた。
中に入ると機械油や埃が混ざった臭いがする。
あまり気持ちのいいものではなかった。

(-_-)(三階、ガールズラウンジ、カリブの海……)

階層表示の横には、昔の店名がそのままになっていた。
そこから察するに、一階から三階まで飲み屋やいかがわしいマッサージ店が、四階から五階はヤクザの事務所が入っていたらしい。
廃墟の海へと続くボタンを押すと、エレベーターの扉が乱雑に閉まる。
やおら動き出し、モーターが唸る音が聞こえた。

(-_-)(これ本当に大丈夫かな)

箱が持ち上げられ、すとんと落とされるような感覚。
そしてまた、扉がぶっきらぼうに開いた。
エレベーターホールには、真っ赤な絨毯が敷かれていた。
といっても土埃にまみれてかなり汚れているのだが。
そのまま真っ直ぐ進んだ突き当たりに、漆黒のドアがあった。

(-_-)(着いた)

インターホンがないので、ドアをノックしてみる。

210名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:36:18 ID:v37dldgU0
すると、

「開いてる」

と久々に聞く声がした。

(-_-)「お邪魔しまーす」

部屋の中は薄暗く、それでも物が散乱しているのが見えた。
奥に進むとカウンターとソファーを見つけた。
カウンターには発泡スチロールや本が山積みになっていて、今にも崩れ落ちそうだった。
ソファーには、人影が寝転んでいた。

(-_-)「クー?」

川  - )「ああ、悪いね、疋田くん」

ややかすれ気味の、やつれた様なクーの声。

(-_-)「大丈夫ですか?」

川  - )「まあ、それなりに」

ソファーのそばにあったローテーブルに荷物を置く僕に、クーはそう答えた。

川  - )「暗いだろう。壁際に明度を調節するつまみがあるから、好きにしてくれ」

(-_-)「はいはい」

床に落ちているコードや服らしき影を踏まない様に気をつけて、僕はつまみを探した。

211名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:37:22 ID:v37dldgU0
(-_-)(……これかな?)

つまみは思ったよりも低い位置にあった。
くるりくるりとそれを回せば、部屋は浅い夕陽色に染まった。

(-_-)「こんなもんでいいで、」

すか、という言葉は出なかった。
ソファーからちょうど起き上がったらしいクーは、何も着ていなかった。

(;-_-)「あぁああぁあああああ!?!?!?!?」

思わず手で目をふさぐ。
が、時は既に遅かった。
華奢な体つき、すらりと伸びた腕、全身に広がる火傷や沈着した痣の跡と白い肌のコントラスト、それらを隠すような黒髪。
全てが瞬時に、そして鮮烈に、脳裏に焼き付いた。

川 ゚ -゚)「すまない。君が来る前にシャワーを浴びようとしたんだけど、目眩がしてそれからずっと寝ていたんだ」

(;n_n)「わかったんでいいからなんか服着てください……」

手の隙間から漏れる光さえも、なんだか恥ずかしかった。
衣擦れの音が静かに響き、僕はため息をついた。

(;n_n)「まだですかね」

川 ゚ -゚)「着替え終わったよ」

212名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:38:40 ID:v37dldgU0
そっと手をどかす。
灰色のスウェットを着たクーが、どこか申し訳なさそうに僕を見つめていた。

川 ゚ -゚)「すまなかった」

(-_-)「……気にしてないですよ、具合が悪かったんなら仕方ないですし」

川 ゚ -゚)「それもあるけど」

(-_-)「けど?」

川 ゚ -゚)「別に君に裸を見られてもなんとも思わないというか」

(-_-)「いいからシャワー浴びて下さいよ」

川 ゚ -゚)「……それもそうだな」

そうっと立ち上がり、彼女はゆっくりと僕の横を通り抜けていった。

川 ゚ -゚)「ほんとに、ごめん」

もう一度クーが謝って、だけど僕は怒っても悲しんでもいなかった。
だから僕は、なにも言わずに台所へと向かった。

213名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:39:56 ID:v37dldgU0
カウンターを超えた先に台所はあった。
台所、といっても元は飲み屋の厨房である。
床は打ちっ放しのコン.クリートなのでいかにも寒々しく、壁紙にはヤニがすっかり染み付いていた。
二層シンクの隣には昔ながらの電熱ヒーターがたった一つだけ設置されていた。
その脇には調理器具が散乱していた。
計量カップの中に菜箸や小さいお玉が突っ込んであったり、鍋が適当に重ねられていたり。
包丁だけはさすがに危ないと思ったのか、きちんと鞘にしまわれていた。
食器棚の中にはなぜか電子レンジが突っ込んであり、長らく使われてはいない様だった。
そして一番奥の壁際には、これまた大きい業務用の冷蔵庫と冷凍庫が聳え立っていた。

(-_-)(一人暮らしならこんなでかいのは要らないだろうに)

試しに冷蔵庫の上段を開けてみる。
中はほとんどすっからかんで、味噌や砂糖や塩などの調味料しか入っていなかった。
下段を開けてみると、そこにはニリットルサイズのペットボトルが所狭しに入れられていた。

(-_-)(コーラと天然水……)

コーラはともかく、なんで水がこんなにあるのだろうか。

川 ゚ -゚)「言うのを忘れていたけれども、」

(;-_-)「ひゃっ!?」

川 ゚ -゚)「料理には必ずその水を使ってくれ。茹で水とか、野菜を洗うのも全部」

(-_-)「分かったけどいきなり後ろから声かけられると……」

川 ゚ -゚)「ん」

わかったのかわかってないのか掴めない返事をし、クーは去っていった。

214名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:41:15 ID:v37dldgU0
(-_-)「……生活用水かぁ」

ここの水が気に入らない原因があるのだろうか。
気にはなったが、今は夕飯を作るのが先である。
僕はボトルを何本か取り出した。
一本は鍋でお湯を沸かすために。
もう一本は野菜を洗うために。
残りはまた後で使うので、そのまま空いたスペースへ。

(-_-)(やっぱり変わってる)

洗う水まで指定されてるなんて、と思いつつほうれん草の泥を落とす。
それから人参の皮をむいて、いちょう切りにしてしまう。
きゅうりも同じ様に切る。
お湯が沸いてきたところで塩を少し入れ、人参を茹でる。
火が通ったら、水で冷やしてきゅうりと一緒にボウルに入れる。
ほうれん草も茹でて、食べやすい大きさに切る。
それもまたボウルの中に入れる。
さて、ここでまた新しくお湯を沸かさなくてはいけない。
今度は豚肉を茹でなくてはいけないのだ。

(-_-)(あー、クーのは別にしとこうかな)

どうせ野菜と混ぜても、彼女は食べないだろう。
お湯を沸かす間に僕はもう一つボウルを用意した。
こっちにはたくさんお肉を入れてあげよう。
そうすればきっと喜んでくれるだろうから。

215名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:42:37 ID:v37dldgU0
(-_-)「よい、しょっと!」

鍋にどさどさと豚肉を投入。
しゃぶしゃぶ用の薄切り肉なのですぐに火は通ってくれる。
とはいえ二キロもあるから、分割しないと茹できれないのだけど。
茹で上がった肉はせっせせっせと空のボウルに肉を入れる。
鍋が空いたらまた肉を入れる。
ボールに肉を移し、また肉を入れて……。

(-_-)「……」

その間、クーの体についた傷跡のことを考えていた。
肩から胸には白さを含んだ赤茶色の肌は、きっと火傷の跡だ。
形からして、熱湯かなにかをかけられたような。
二の腕や腹にかけて斑らに広がっていた青黒い痣は、古いものだろう。
あまりにも内出血がひどいと消えるまでに時間がかかってしまうのだ。
そして、クーの左手首で膨れていた一本の線。
あれは、どう見てもためらい傷であった。

(-_-)(何があったんだろう)

自傷を繰り返すうちについたものではなさそうだ。
リストカットというのは、最初はひっかき傷のようなものから始まるのだ。
痛みや血を得ようとするうちにそれはどんどん悪化し、しまいには洗濯板のような腕になる。
だけどクーの体にある切り傷は、あれ以外にないのだ。
だから、あれは、

(-_-)(彼女が死のうとした跡だ)

216名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:43:34 ID:v37dldgU0
考えがまとまるのと豚肉が茹で上がるのはほぼ同時であった。
それぞれのボウルにゴマドレッシングをどっぷりとかける。

(-_-)(聞いたらダメだよなぁ)

電子レンジにサトウのご飯を突っ込む。
ボウルの中身を混ぜ終えたら、ちょうどそれも温まるだろう。

(-_-)(でも気になるし)

味の馴染んだそれを、味見程度に食む。
しゃきしゃきとしたきゅうりの食感。
ほうれん草の甘み。
脂が適度に落ちた豚肉のさっぱりさ。
食欲をそそる人参の彩り。
香ばしいゴマの風味とまろやかな酸味。

(-_-)(おいしい)

もう一口だけ、と言い聞かせて肉を頬張る。

(-_-)(喜んでくれるといいな)

そう思いながら僕はホールへ食事を運んだ。

217名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:44:15 ID:v37dldgU0
ほどなくして、クーはホールに戻ってきた。

(-_-)「髪濡れてると風邪引きますよ」

川 ゚ -゚)「タオルでよく拭いたし大丈夫さ」

それよりも食事だ、と言わんばかりにクーは割り箸を取り出した。

川 ゚ -゚)「おいしそうだな」

肉の山を見て、クーは心底感動したように言った。

(-_-)「茹でた豚肉にゴマドレをかけただけですよ」

パキン、と割り箸を割る音が二つ。
それからいただきますという声。
僕もそれに倣い、肉へと手を伸ばした。

川 ゚ -゚)「うん、おいしいな」

(-_-)「ならよかった」

よほどお腹が減っていたんだろうか。
それきりクーは黙って、ボウルを抱え込んだ。
むしゃり、むしゃり、と肉を咀嚼する音だけが響く。
食べ進めながら僕はボウルを持つ左手を盗み見ていた。
やっぱりどうしても気になってしまうのだ。

川 ゚ -゚)「本当においしいよ」

(-_-)「え? あ、ああ……」

急にこちらを見て言うもんだから、僕は慌てて目を逸らした。

218名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:45:22 ID:v37dldgU0
川 ゚ -゚)「……疋田くん?」

(-_-)「なんでもない」

クーを視界から外し、僕はぐるりと部屋を見回した。
窓際にはチェストが置かれていた。
その上には唇の形をした置き物と、柘榴色の着物を着た女性の写真が乗っていた。

(-_-)「あの写真は……」

川 ゚ -゚)「成人式の時の写真だよ」

肉を飲み込みながら、器用にクーは答える。

川 ゚ -゚)「あんまり似合わないだろう」

(-_-)「そんなことないですよ」

川 ゚ -゚)「そうか?」

(-_-)「というか……、綺麗すぎて一瞬誰なのかと」

川 ゚ -゚)「化粧と髪型のせいだろう」

言葉は素っ気ないが、どうもクーは照れているようだった。
一瞬咀嚼音が途切れたからである。

川 ゚ -゚)「成人式なんてわたしは本当はどうでもよかったんだ」

(-_-)「そうしたらモララーさんに怒られたとか」

川 ゚ -゚)「よくわかったな」

(-_-)「だってクーの話は大体モララーさんのことばっかりだし」

219名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:46:07 ID:v37dldgU0
一瞬キョトンとしたあと、くつくつとクーは笑った。

川 ゚ -゚)「たしかに、そうだな」

着物や草履の一式は、モララーさんが用意したものだという。
もちろんレンタルなどではなく、買ったもので今でも部屋の隅に保管してあるらしい。
帯や着物全体に金糸や銀糸が織り込んであるし、正絹でできているというのだから値段はさぞかし高いだろう。

(-_-)(お金持ちのやることはスケールがでかくて怖いな)

川 ゚ -゚)「あいつは育ちがいいせいか、行事にはうるさくてね。必要ないと言っても絶対に折れなかったんだ」

気付けばクーのボウルは空になっていた。
僕のボウルには、まだ肉が数切れ残っていた。
黙ってそれを差し出すと、肉はクーの口へとさらわれていった。

川 ゚ -゚)「ごちそうさま」

(-_-)「お粗末様でした」

残った野菜で僕はもそもそとご飯を食べる。
ついつい話していると、箸が止まってしまうのだ。
それにしたって、いつもよりも食べるスピードが速かった。

(-_-)「ちゃんとご飯、食べてなかったんですか?」

川 ゚ -゚)「……食べたさ」

バツの悪そうな顔で、クーはこう言った。

220名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:46:52 ID:v37dldgU0
川 ゚ -゚)「本当は君にハンバーグを作ってあげたかったんだけど、その肉も食べてしまってね」

(-_-)「ハンバーグ?」

川 ゚ -゚)「そう、ハンバーグ」

クーは目を閉じて、それからなにかを決意したようだった。

川 ゚ -゚)「昔の話を聞いてもらうために、必要なものだった。それが、ちょっとしたトラブルでふいになってしまったんだけども、」

(-_-)「そんなの、いつでも聞きますよ」

川 ゚ -゚)「…………」

(-_-)「僕、さっきから気になってたんです。クーになにがあったのか、どうして手首にそんな傷を負っているのか」

川 ゚ -゚)「……気付いていたよ。見ていて気分のいいものじゃなかったろう?」

(-_-)「僕はそうは思いませんでした」

本心だった。
不愉快でもなく、醜悪なものでもなく。
僕が知らない空白の時間を手にしたかった。

(-_-)「教えてください」

川 ゚ -゚)「…………」

(-_-)「お願いだから」

だから、

(-_-)「クーの地獄を見せてよ」

221名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:47:41 ID:v37dldgU0




君の地獄に恋してる



.

222名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:48:36 ID:v37dldgU0
登場人物紹介

(-_-) 疋田
タバコは臭いから苦手

川 ゚ -゚) 素直クール
タバコは臭くなるから嫌い

爪'ー`)y‐ 鬱田フォックス
タバコを吸うのはクー避けのためである

223名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:49:33 ID:v37dldgU0
おまけ

爪'ー`)「おつかれーっす」

(・∀ ・)「おつかれっす! 持ち場離れてどこ行ってたんすかー?」

爪'ー`)「んー? 道案内的な?」

(・∀ ・)「またお客さん捕まえたんすか! 流石っすね、こんな暇な時に」

爪'ー`)「んーん、違うよ。コインランドリー入ってるビルあんじゃん」

(・∀ ・)「ああ、あの幽霊ビルの」

爪'ー`)「あそこに住んでる子に用事があるんだと」

(;・∀ ・)「…………」

爪'ー`)y‐「それより火くんない?」

(;・∀ ・)「あ、は、はい……」

爪'ー`)y‐「ありがと」

(;・∀ ・)「…………」

爪'ー`)y‐(素直さんに友達、ねえ)

224名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:50:30 ID:v37dldgU0
あけましておめでとうございました

225食べ物メモ忘れてた:2016/01/08(金) 17:15:05 ID:v37dldgU0
>>222
冷しゃぶサラダ
作り方は作中の通り、野菜と肉が同時に食べられる優れもの、ブーンから作り方を教わった

226名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 17:45:43 ID:W7/8/RCc0
久しぶりだなあけおめ
午後十二時半=24時間制でいう12時30分って解釈でいいんかな……? 考えてたら昼か夜かわからなくなってきた

227名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 18:56:24 ID:FmLMEktA0
乙、支援

クーとヒッキー
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1907.png
ドクオ
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1908.png

228名も無きAAのようです:2016/01/13(水) 02:28:32 ID:bUgmObqk0
乙です
食の描写いいな
読んでたらつい食べたくなって冷しゃぶサラダ作ってしまった

229名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 09:53:29 ID:HjtaKTU60
午後七時十三分。
クーの話が始まってから三十分が経とうとしていた。
実の両親に何故か捨てられてしまったこと。
橋の下で一人泣いていたクーを拾ってくれた夫婦のこと。
なのにその夫婦から手酷く暴力をふるわれたこと。
その暴力の跡が、未だに消えないこと。
それに耐えかねて、五歳の時に家出したこと。
約半日放浪した末に、日府市内のとある神社にたどり着いたこと。
そして、そこでモララーさんと出会い助けられたこと。

川 ゚ -゚)「……警察が来るまでの間、モララーはずっとわたしのそばにいてくれた」

淡々と過去を語っていたクーは、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。

川 ゚ -゚)「その間にね、わたしのお腹がぐうぐう鳴りだしてしまってね。とても恥ずかしかったんだけど、でも仕方がなかったんだ、家にいた時はろくに食べさせてもらえなかったから」

(-_-)「そうなんですか……」

川 ゚ -゚)「ああでも、それを聞いたモララーがハンバーガーをくれたんだよ。その時に初めてまともな食事をとれたような気がする」

暗い顔をしていた僕を気遣ってか、クーは明るくそう言った。
だけど僕の心配事は、その内容の悲惨さからくるものではなかった。

(-_-)(授業で見た映像と同じだ)

現実と虚構の間で生きていた少女、S。
両親からの虐待、夏の逃避行、お祭りで出会った少年。
合致する情報があまりにも多すぎた。

230名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 09:54:18 ID:HjtaKTU60
(-_-)(……いや、でも、違うかもしれないし)

この時点ではまだ確信が持てなかった。
しかし、裏付けが取れるエピソードがまだ一つだけ残っていた。

川 ゚ -゚)「――だからね、わたしにとって肉はとても、」

(-_-)「クー」

饒舌に語っていたらしいクーを遮り、僕はじっと彼女を見つめた。
クーは、気まずそうに僕を見返した。

川 ゚ -゚)「……すまない、こんなつまらない話をして」

(-_-)「……つまらなくないよ」

川 ゚ -゚)「そうかな」

(-_-)「むしろ、こんなに大事な話を聞かせてくれてありがたいって思っているんだ」

川 ゚ -゚)「ありがたい、か」

(-_-)「滅多に話せることじゃないでしょう、それを僕に託してくれたんだから」

川 ゚ -゚)「……そういう見方も、たしかに出来るな」

柔らかな声で、彼女はそう言った。

(-_-)「……聞きたいことがあるんだ」

川 ゚ -゚)「…………」

彼女の目から左手首へ、そっと視線を移す。

(-_-)「その手首の傷は、どうしたの」

231名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:04:18 ID:HjtaKTU60
嫌だったら言わなくても、と付け加えかけて僕はやめた。
彼女は自ら袖口を捲って、僕にその傷を見せてきたからだ。

川 ゚ -゚)「モララーに助けられて以来、わたしはずっと彼に頼りっぱなしだった」

何をするにしても、何処に行くにしても、彼がいれば無敵になれる気がしたとクーは語る。

川 ゚ -゚)「わたしはね、何も持っていなかったんだ。生まれも育ちもあんな有様で、何一つとして自分の芯になり得るものがなかったんだ」

(-_-)(それは、クーのせいじゃないのに)

悪いのは彼女の両親なのだ。
生まれた時から彼らが愛情を注がなかったせいで、クーの自尊心や精神はぐちゃぐちゃに踏み潰されてしまったのだ。

川 ゚ -゚)「成りこそ人間の格好をしているが、本当に中身と言えるものはないんだ。生きていたいという意志もなかったんだ」

だけど、と小さく彼女は呟いた。

川 ゚ -゚)「モララーはそれを分けてくれたんだ。わたしに、生きていていいと教えてくれたんだ。遊びにも連れて行ってくれたしたくさんご飯も食べさせてくれた。勉強も教えてくれた、馬鹿なりに彼について行こうと必死になった。他人や生き物は大事に扱うべきだということも学んだ。傷付けてはいけないと、彼は優しいからよくよく教えてくれた」

夢を見ているような目で、クーは喋る。
僕は黙ってそれを受け止めていた。
ちりちりと、心の片隅ではつまらないという気持ちが燻っていたけど。
それでもクーの過去を知るためには必要な話であった。

川 ゚ -゚)「……だけどある日、絶交されたんだ」

昔からよくクーはいじめられていたらしい。
というのも、養護施設で度々問題を起こしていたからだそうだ。
まあそうだろう。
あの映像の情報を信じるならば、彼女の起こした行動は異常そのものであったからだ。

232名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:05:53 ID:HjtaKTU60
川 ゚ -゚)「モララーに何度か怒られて、大人しく、誰も傷付けないように、普通に生きようと思っていたんだ。なのに」

(-_-)「なのに?」

川 ゚ -゚)「わたしが抵抗しなくなっても、誰もいじめを止めてくれなかった」

(-_-)「…………」

川 ゚ -゚)「モララーだけはずっと助けてくれていた。だけど、わたしが十一歳の時に……」

(-_-)「…………」

川 ゚ -゚)「……モララーのお父さんが逮捕されて」

(;-_-)「えっ……?」

川 ゚ -゚)「知り合いから預かった荷物に薬物が入っていたとかいないとか……。まあ言い方が悪くて申し訳ないけど、親の後ろ盾がなくなった途端に彼もいじめられ始めたんだ」

(;-_-)「……!」

川 ゚ -゚)「それで、もうわたしを庇いきれなくなって彼もいじめに加わりだしたんだ」

いじめはますますエスカレートした。
物が無くなったり罵倒を浴びるのは日常茶飯事だったのが、今度は度々暴力もふるわれるようになった。

川 ゚ -゚)「わたしは一人になってしまった」

クーは誰にも頼ることができなかった。
彼女にとって大人は怖くて恐ろしいものだった。
同級生たちはすべて敵に見えた。
モララーさんは、遠く離れた存在になってしまった。

233名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:06:57 ID:HjtaKTU60
川 ゚ -゚)「わたしは次第に生きる気力を失っていった」

もう何をされてもクーは反応しなかった。
無視しているわけではなかった。
たしかに危害を加えられたり、口に出すのも憚れるようなえげつない罵倒を浴びせられたりもした。
けれどもその実感は、まるでなかった。
すべての事象が、他人事のように見えていたのだという。

(;-_-)(解離、状態……)

川 ゚ -゚)「そんなことが毎日続いていたから時間の流れも狂ってしまったのだけども……。果たしていつだったかなぁ」

いよいよ話は核心へと迫る。

川 ゚ -゚)「モララーに死ねと言われたんだ」

(-_-)(……ああ、)

ぴったりと、符号が合ってしまった。

川 ゚ -゚)「モララーが言うには他のクラスメイトたちが囃し立てていて、それに巻き込まれてしまったようなのだけどね。だけどはっきりと、唯一聞こえたのは彼の言葉だけだったんだ」

(-_-)「…………」

川 ゚ -゚)「だから手首を切ったんだ。薄々いつかこんな日が来るだろうと、そう思って準備していたカッターナイフで」

(-_-)「……死んでいい人なんかいないんですよ」

川 ゚ -゚)「死にたくて死んだというよりは、生きる気力が失われたから死んだだけなのさ」

苦笑いを希釈したような表情で、クーはそう言った。
この違いが君には分かるだろうか?
そんな意味合いを含んでいるような、薄い笑みだった。

234名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:09:02 ID:HjtaKTU60
川 ゚ -゚)「結局死にきれなかった」

(-_-)「…………、」

それでよかったんですよとはなかなか言えなかった。
そんな適当な相槌では、彼女を傷付けてしまう気がしたからだ。

川 ゚ -゚)「その後は病院のお世話になったり、モララーからしこたま謝られて腐れ縁が続いたり、仕事を適当にあてがってもらったり……。色々なことがあったよ」

(-_-)「随分端折りましたね」

川 ゚ -゚)「一度に語っても面白くないからな、こんなつまらない身の上話なんて」

(-_-)「そんなことないです、だって」

川 ゚ -゚)「だって?」

(-_-)「……言ったでしょう、最初に。託してくれたことが嬉しいって」

川 ゚ -゚)「…………」

クーは、一度口を開けた。

川 ゚ -゚)「…………、」

けれども、そのまま再び閉ざしてしまった。
代わりに視線は宙を彷徨い、やがて床へと落ちていった。

235名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:09:50 ID:HjtaKTU60
川 ゚ -゚)「……その、話されて嬉しいという感情にも限度があるじゃないか」

(-_-)「……クーの話ならなんでも受け入れるし、その覚悟もあるよ」

川 ゚ -゚)「君が考えているような話じゃないんだ」

(-_-)「クー、」

川 ゚ -゚)「だってわたしは――」

(-_-)「!」

部屋に、電話の着信音が一つ鳴り響いた。
その音で、クーははっとしたような表情をした。
僕はそれを横目で見ながら、慌ててスマホを取り出した。

(-_-)(貞子かよ……)

ブーンだったらシカトしているのに、なんてタイミングが悪いのだろう。

(-_-)(切ったら後々面倒くさいよなぁ)

きゃんきゃんと噛みついてくる様が容易に想像できる。
小声でクーに謝って、それから通話ボタンを押した。

236名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:10:33 ID:HjtaKTU60
(;-_-)「なんだよ」

川д川「あっ、もしもしお兄ちゃん? 今どこにいるの?」

(;-_-)「どこって……えーっと、友達の家?」

川д川「えー家にいないのぉ?」

むくれた声で、大げさに貞子は騒ぎ立てる。

川д川「お兄ちゃんに会おうとしたらね間違えて違う駅降りちゃったの!」

(-_-)「バカだなお前」

川д川「しかもね、出かける前にお財布チェックするの忘れてたからお金もうないの!」

(-_-)「ほんとにバカだなお前」

川д川「だからー、迎えに来て欲しいのー。ねっ、ねっ、いいでしょおー?」

(-_-)「うーん……」

ちらりとクーを見る。

川 ゚ -゚)「……この話はまた今度にしよう」

どこかホッとしたような表情でそう言うから、僕も黙って頷いた。

(-_-)「わかったよ、迎えに行く」

川д川「ほんとー? よかったあ」

(-_-)「で、今どこにいんの」

川д川「うんとねー、北日府だよっ」

237名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:11:46 ID:HjtaKTU60
(;-_-)「北日府!?」

川д川「そーだよー。……どうかした?」

(;-_-)「いや、友達の家もそこにあるからさ。すぐ迎え行けるわ……」

川д川「ほんとー? じゃああたし待ってるからね! 早く来てよね!」

ぷつり、つー、つー、と電話の切れた音。

(-_-)「はあ、まったく」

ごちながら僕はもう一度クーに頭を下げた。

(-_-)「すいません、うちのバカ妹を迎えに行かなきゃいけなくなって……」

川 ゚ -゚)「気にしないでくれよ」

手早く身支度をし、外へ出る。
ぢか、ぢか、と切れかけの蛍光灯が鳴いている。
老朽化した廊下の雰囲気と相まって、なかなか怖いものに見えた。

川 ゚ -゚)「エレベーターまで送るよ」

背後からそんな声がして、僕は少しホッとした。

川 ゚ -゚)「ボロいビルだからね、何か出そうで嫌だろう」

(-_-)「ははは……」

まして昔死体が隠されていたビルなのだから、怖いはずがなかった。
むしろこんなところに一人で住んでいるクーこそがちょっとおかしいのだ。

238名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:12:52 ID:HjtaKTU60
川 ゚ -゚)「今失礼なことを考えていただろう」

エレベーターのボタンを押しながら、クーはそう言った。
僕は何も言わずに微笑んだ。
一階に降りていたエレベーターが、ゆっくりと上がる。
またあの揺れを体験しないといけないのかと思うと、少し気が滅入る。
が、仕方ない。
がたがたと扉が開き、僕はエレベーターに乗り込んだ。

川 ゚ -゚)「……今日は来てくれてありがとう」

(-_-)「どういたしまして」

会釈する彼女につられ、僕も頭をさげる。
すると、クーは茶封筒を差し出してきた。

川 ゚ -゚)「受け取ってくれ」

(-_-)「でも、」

川 ゚ -゚)「苦学生からは流石に集れないよ」

(-_-)「……、」

たしかに僕は貧乏だけど、後ろめたい気持ちになった。
しかしクーは引かないようだった。

(-_-)「……体調が良くなったら、またご飯食べましょうよ」

川 ゚ -゚)「うん、ありがとう」

239名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:13:50 ID:HjtaKTU60
そそくさと封筒をしまう僕を、クーはじっと見つめていた。
それがまた、情けない気持ちにさせた。

川 ゚ -゚)「そのうち連絡するよ」

クーの指がボタンから離れる。
途端、待ち構えていたように扉はあっという間に閉ざされてしまった。

(-_-)(今度はいつ会えるかな)

早くまた話したい。
その気持ちを、古びた箱の中に置いて僕はビルを後にした。
風俗通りは、とても静かであった。
客も、客引きも、フォックスも、誰もいなかったのだ。
ただ、看板だけが相変わらず明滅している。

(-_-)(その方が都合はいいや)

どうにもああいう、品定めするような視線は好きじゃなかった。
フォックスも、僕のことをあまり良い目では見てないような気がしていた。

(-_-)(根は悪い感じはしないんだけど、ちょっとなぁ)

するすると元来た道を辿り、あっという間に駅に着く。

「お兄ちゃーん!」

と、前方から妹の声がする。

240名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:15:48 ID:HjtaKTU60
ただし人が多すぎて、どこにいるのかすぐにはわからなかった。

(-_-)(あ、いた)

ばたばたと、左手を振りながら彼女はやってきた。

川д川「ほんとにすぐ来てくれた!」

(-_-)「すぐそこだったからな」

川д川「えへへーよかったあ」

(-_-)「というか、こんな時間になんで来たんだよ」

川д川「お泊りしようかなーって」

(-_-)「はあ????」

手にぶら下げたボストンバッグは、そういうことだったのか。

(-_-)「いやお前、学校は?」

川д川「お休み」

(-_-)「そうなのか」

川д川「……にしたの」

(-_-)「サボってんじゃねえよバカ」

ゴチンと一発ゲンコツをくれてやると、貞子は涙目で謝った。

241名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:16:45 ID:HjtaKTU60
川д川「……だってさあ、あたしが悪いけどさ、今まで話することなかったじゃん?」

(-_-)「……うん」

川д川「だから、少しでも今までの関係を変えたいなー的な……」

(-_-)「…………」

川д川「明日の朝になったらちゃんと帰るから、ねっ?」

(-_-)「……帰ったらちゃんと勉強しろよな」

川д川「はあい」

気乗りしていない貞子の返事。
と、同時にぎゅるるとお腹の鳴る音。

(-_-)「飯は?」

川д川「食べてなーい、だってお金ないし」

(-_-)「……適当でいいならなんか作ろうか?」

途端、貞子はにっこりと笑った。

川*д川「いいの!?」

(-_-)「コンビニで弁当買うよか安いしさ」

242名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:17:25 ID:HjtaKTU60
ご飯は炊いていないが、幸い手元にはサトウのご飯がある。
あとは適当なおかずを作れば、少食な貞子の胃袋は満たされるだろう。

川*д川「ごっはん、ごっはん、おっにーちゃんのごっはん……!」

(;-_-)「頼むから大人しくしてくれ……」

スキップしながら券売機へと向かう貞子。
それを追う僕。

(-_-)(こんなこと、昔は絶対ありえなかったのに)

恥ずかしくなりながらも、どこか嬉しい気持ちがこみ上げてきた。

(-_-)(ちゃんとした兄妹みたいだ)

僕は、幸せだった。

243名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:18:21 ID:HjtaKTU60
疋田を見送った後、素直は部屋に戻った。
するとソファーには見慣れた男が座っていた。

川 ゚ -゚)「モララー」

特に驚きもせず、素直はその隣へと座る。

( ・∀・)「ちゃんと話せたのか?」

川 ゚ -゚)「いいや、まだ」

( ・∀・)「なんだ、そうなのか」

川 ゚ -゚)「今日はただ食事を作りに来てくれただけだから」

自分の話をするつもりなんてなかったんだ、と言い訳するように素直は呟く。

川 ゚ -゚)「……それにあと二、三日休めば、屋上にだってきっと行ける」

( ・∀・)「そうやって大事なことを先延ばしにするのがお前のダメなところだよな」

川 ゚ -゚)「うるさい」

くつくつと笑うモララーに、素直はいやに腹が立った。

川 ゚ -゚)「洗い物してくる」

テーブルの上に置かれていたボウルをまとめ、そう宣言すると、

( ・∀・)「何食べたんだ?」

と、モララーも立ち上がった。

244名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:19:01 ID:HjtaKTU60
川 ゚ -゚)「ついてくるな」

( ・∀・)「気になるじゃん」

川 ゚ -゚)「……冷しゃぶだった」

( ・∀・)「おー、いいなぁ」

川 ゚ -゚)「どこまでついてくるつもりなんだ、君は」

( ・∀・)「久々に会ったんだ、話しようぜ」

川 ゚ -゚)「そういう気分じゃない」

台所に金属質の音が響いた。
苛立った素直が、ボウルをシンクの中に放り投げたのだ。

川 ゚ -゚)「なんだか調子がおかしいんだ」

( ・∀・)「……大丈夫かよ」

川 ゚ -゚)「わからない。とても胸騒ぎがする」

( ・∀・)「なんか悪いもんでも食べたんじゃ」

川 ゚ -゚)「ただの豚肉だぞ」

( ・∀・)「いやほら、アレとか」

川 ゚ -゚)「…………」

245名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:20:11 ID:HjtaKTU60
素直の視線は、自然と蛇口へ向かっていった。
ぴちょ、り、ぴちょ、り。
水が、少しずつ落ちている。

川 ゚ -゚)「っ……」

ぎゅぅっと力を込め、蛇口を閉める。
水は、止まった。
それから素直は、空のペットボトルが積まれた床を見た。

( ・∀・)「どうよ?」

川 ゚ -゚)「四本増えてる。ちゃんと使ってくれたんだ」

( ・∀・)「多分な」

川 ゚ -゚)「……そうだな」

調理に関する水は全てミネラルウォーターを使えと言われ、疋田はさぞ困惑しただろう。
もしかしたら、少しくらいは水道水を使っていいじゃないかと思っていた可能性もある。
素直は疋田にその理由を伝えなかった。
疋田もまた、それを聞かなかった。
お互いに、あるいはどちらかが踏み込めば、その理由を話したのかもしれないのに。

( ・∀・)「話せると思うかよ」

モララーは苦笑した。
それにまた素直も、苦い顔をして首を振った。

246名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:22:18 ID:HjtaKTU60
( ・∀・)「流石に話せないだろ、アレは」

川 ゚ -゚)「……もういい、寝る」

( ・∀・)「おーい、洗い物は?」

川 ゚ -゚)「今はその水に触りたくない」

生気のない足取りで、クーは台所を後にした。

( ・∀・)「……意地悪くするんじゃなかったな」

取り残されたモララーは、そうごちた。
ソファーにどさりと倒れこみ、素直は目を閉じた。

川  - )(気分が悪い)

素直は、自分の意思で、ちゃんと動いているはずだった。
そのつもりであった。
が、その体を機械で操作しているような違和感を覚えていた。

川  - )(世界が速く見える)

体と意志とが噛み合わないため、素直は自分の行動を把握するのに一拍遅れを取っていた。
素人撮りしたビデオのように突然場面が転換する視界。
ごうごうと耳の中で吹き荒れるような風。
否、耳鳴り。

川  - )「はー……、はー……、はー……」

素直の呼吸が乱れた。
まるで肺が鞴になってしまって、誰かが勝手にそれを操作しているようだった。

247名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:23:35 ID:HjtaKTU60
川  - )(たすけて、)

かひゅ、と口から息が漏れ、すは、と短く息が舞い戻る。
喉はからからに乾いていた。

川  - )(モララー、)

不規則な呼吸が途切れる隙を狙い、僅かな唾液を飲み込む。

川  - )「もららー、」

努めて冷静に出した声は、拙く震えていた。
そもそもこれが本当に自分の声だったのか、素直の耳は判断できていなかった。
素直はもう一度その名前を呼ぶことにした。

川  A )「モララー、」

声は若干低かった。
陰鬱な印象を与える、男の声だった。

川  - )(ちがう、ドクオはもういない)

鬱田は死んでしまったのだ。
素直が手を尽くしても、彼が蘇ることはなかったのだ。

川  - )(これはわたしのこえじゃない)

素直は再び口を開いた。

248名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:24:25 ID:HjtaKTU60
川  ー )「モララー、」

自然と口角が上がっていた。
あたりを和ませるような、人当たりのいい声だった。

川  - )(やめろ、)

またしても素直の口から、素直ではない声が出た。

川* ー )「モララーくん、」

都合の悪いことに、素直はその声を抑止できなかった。

川* ー )「モララーくん、その子は?」

川  - )(やめろ、)

川* ー )「なあんだ、モララーくんの彼女じゃないんだ」

川  - )(やめろと言っているだろう、)

川* ー )「クー! また会ったね!」

川; - )(やめろ、)

川* ー )「ねえモララー、今度屋上に行かない?」

川; - )(やめろ、)

川* ー )「ほらギコくんが前に言ってたじゃない、「ミカン」に変な小屋があるって」

川; - )(やめろ、)

249名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:25:15 ID:HjtaKTU60
川* ー )「鍵なんか壊しちゃえばいいでしょ? それで新しいのをつけちゃうの!」

川; - )(やめて、)

川* ー )「ごめーん、モララーくん。妹に話したらどーしても行きたいって言うからさぁ」

川; - )(だまって、)

川* ー )「ほら挨拶して、ミセリ」

川; - )「うぁ、」

ようやく出たその呻きは、それこそ本当の声であった。
しかし素直には、それを判断する余裕を持っていなかった。
その声はなおも主導権を握り続けた。

川* ー )「クーって本当は面倒見がいいのね。いつもだまぁってモララーくんの後ろにいるから、子供嫌いかと思ってたの」

川; - )(う、う、ぁ、)

川* ー )「いつも病気しがちで学校行けてなかったし……、ミセリも喜んでたよ。ありがとうね」

川; - )(クソおんなが、)

川* ー )「ミセリ? ああ……。ごめんね、今入院してるの。……ううん! そんなに酷くないのよ、きっとすぐ退院できるわ」

川; - )(しね、)

川* ー )「モララーは進路どうするの? やっぱり会社継ぐの? ……あたし? あたしは卒業したらギコくんと結婚するかなー」

川; - )(おまえのせいで、)

250名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:27:09 ID:HjtaKTU60
川* ー )「うん、もう同棲してるよ! ミセリもギコくんに懐いてるみたいだし……。やっと普通の家族になれたって感じかな」

川; - )(ミセリは、)

川* ー )「…………モララー、クー、」

川; - )(死んで、)

川* ー )「……うん。川で一人遊びしてるうちに、溺れたみたいで」

川; - )(違う、)

川* ー )「……あたしが、そばにいたら」

川  - )(お前が殺したんだ)

その瞬間、素直の心は憎悪を掴んだ。
ぐるぐると体の中を巡る血液が、怒りによって煮えていくのがわかった。
同時に腹の中が、すぅっと冷えていった。
が、

川  ∀ )「君がミセリを殺したんだ」

その声は、素直のものではなかった。

川  ∀ )「君が犯人だったんだ、しぃ」

――ぷつん、と素直の意識は途切れた。

251名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:28:14 ID:HjtaKTU60
かつん、と調理台に卵を一当て。
ぴりりと入った亀裂に両親指を添え、熱したフライパン目掛けて卵を割った。
じゅわわっという音が響き、それはたちまち換気扇によって吸い上げられていった。

(-_-)(今日の僕は人のために料理してばっかりだ)

フライパンの余白にソーセージを三本投入。
それから卵とソーセージに、塩胡椒を少々。
白身におおよそ火が通ってきた。
普通ならここで水をいれるらしいが、僕はそうしない。
蓋をして、弱火にしてしまうのだ。
そうすれば、ぷるぷるとろとろの半熟目玉焼きが出来るのだ。

(-_-)(よし、ご飯もチンしよう)

川д川「お兄ちゃん、なにか手伝うことあるー?」

(-_-)「大丈夫、いいよ座ってて」

川д川「そーう?」

首を傾げながら僕を見つめる貞子に、僕は頷いてみせた。
気持ちは嬉しいのだが、残念ながら台所が狭すぎた。
二人もここに立っていたら身動きは取れないだろう。

(-_-)「もうすぐ出来るからな」

蓋をそっとずらす。
塩胡椒が溶け込んだ白身。
つやつやの黄身。
軽く焦げ目のついたソーセージ。
その皮は裂けていて、脂がじわわと噴き出していた。

252名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:53:41 ID:HjtaKTU60
(-_-)「よし」

菜箸でソーセージを皿に移す。
目玉焼きも移してしまう。
自慢じゃないけど、箸使いは結構上手な方なのだ。

(-_-)「おっと」

ピーピーと鳴り出す電子レンジ。
が、いかんせん盛り付ける場所がなかった。

(-_-)「貞子ー、これ持ってって」

川д川「はーい」

目玉焼きを乗せた皿を差し出すと、貞子はわぁと小さく声をあげた。

川*д川「すごい美味しそう!」

(-_-)「そーか?」

ただの目玉焼きとソーセージ、誰にでも作れる料理だ。
にも関わらず、貞子はじいっとそれを見つめていた。

(-_-)「……あっちに座ってから落ち着いて見なよ」

川*д川「うんっ」

とてとてと貞子は台所を後にした。

253名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:17:22 ID:yK4lo2RI0
支援
しぃ何者だ

254名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:26:40 ID:HjtaKTU60
(-_-)(さてと)

レンジの扉を開け、ご飯を取り出す。
一つしかない茶碗にそれを盛り付けて、僕も居間へと移動した。

(-_-)「はいよ」

川*д川「ありがと!」

待っていましたと言わんばかりの貞子に、思わず笑みがこぼれた。
妹は、こんなにも無邪気に笑う人だったんだ。

(-_-)(初めて見た)

川*д川「ねーね、食べていい?」

(-_-)「うん、いいよ」

川*д川「わーい!」

いっただきまーす!と手を合わせ、貞子はソーセージを攫った。

川*д川「っ!!!!」

(-_-)「な、なに、どうしたの?」

川*д川「ううんっ…………、おいしいの……!!」

(;-_-)「……焼いただけだよ、それ」

川*д川「でもすっごくおいしいんだよ、お兄ちゃんのご飯」

(*-_-)「……そっか」

255名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:27:20 ID:HjtaKTU60
むしゃむしゃとご飯を口に放り込み、飲み込んで、またソーセージに手をつけて、ご飯を咀嚼して。
一生懸命食べている、という感じがして、ついつい眺めてしまった。
今度は白身に箸がのびた。

川*д川「なんでこんなに綺麗なんだろ……」

(-_-)「綺麗か?」

川*д川「お母さんの作るやつはなんか水っぽいじゃん」

(-_-)「ああ……」

お世辞にも僕の母親は、料理上手だとは言えなかった。
目玉焼きの黄身はかちかちに火が通っているし、水を入れすぎるせいで白身はぐじゅぐしゅになっていた。
しかもそれはまだ食べられるほうの話で、時折底がぶすぶすに焦げていることもあった。
それに関して文句を言うと、問答無用で外に放り出されてしまうから黙って食べる他なかったのだけれども。

川*д川「おいひい……」

(-_-)「ん? ああ、そう、よかった……」

だからこそこうして、そこそこ料理が作れるようになったのだろう。
そのおかげで妹も喜んでご飯を食べてくれている。

(-_-)(そう考えたら悪いものでもなかったのかもしれない)

ふ、と笑いがこみ上げてきた。

川д川「? どうしたの、お兄ちゃん」

256名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:28:13 ID:HjtaKTU60
不自然なタイミングで笑ったせいだろう。
貞子は怪訝そうに僕を見つめていた。

(-_-)「なんでもない。水、持ってくるわ」

適当なことを言って、その場から逃げる。

(-_-)(コップもう一個出さなきゃなー)

小さな食器棚を漁ると、一回も使っていないグラスが出てきた。
薄く光を通す白地に、赤い縁取り。
たしかこれは、お酒が飲めるようになった時に使おうと思って買ったものだった。

(-_-)(ま、でもいっか)

川д川「あ、ありがとー」

テーブルにそれを置くと、貞子はすぐに手を伸ばした。
見ればほぼ茶碗は空に近く、皿の上には食べかけのソーセージが一本残っているだけ。

(-_-)(もしかして喉乾いてたのな)

だとすれば悪いことをしてしまったなぁ、なんて思いながら水を飲み始めた時だった。

川д川「……お兄ちゃんは好きな人いるの?」

途端、気管に水が入り僕は盛大に噎せた。

257名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:29:23 ID:HjtaKTU60
(;-_-)「水飲んでる時にそういうこと言うなよ」

川д川「ごめんってばー。だって気になっちゃったんだもん」

(-_-)「お前なぁ……」

呆れつつも考える。
好きな人。
恋心。
この人と一緒にずっといられたら、と願いたくなるような人。

(-_-)(クー、かなぁ)

一瞬そう考えて、首を横に振った。
違う。
僕は彼女を助けたいのだ。

(-_-)(これは、恋愛感情とは、違う、ような)

川д川「いないの?」

(-_-)「んー、そうかなぁ」

断定はせず、言葉を濁しておいた。
恋とも言えるような、言えないような。
だけど今は、そうだと認めたくはなかった。

(-_-)「貞子は?」

川д川「……あたしはいるよ」

(-_-)「マジか」

258名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:31:28 ID:HjtaKTU60
心なしか貞子の頬が赤く染まった。
どんな人なのか根掘り葉掘りしたくなった。
が、いきなりそういう事を聞くのも無粋な気がした。

(-_-)「頑張れよ」

ただ一言そう言うと、貞子はにへらと笑った。
なんだか柔らかい紙でできた折り鶴のような笑みだった。

川д川「頑張るよ。いつかその人に白無垢着せるんだー」

(-_-)「……いや着るのは貞子のほうだろ」

それともあれか、同性愛者なのだろうか。
だとしたら両親はめちゃくちゃ怒るだろう。
あれは本当に古いタイプの人間で、頭は固い。
いくら可愛がられてきた貞子でも包丁を持って追い掛け回すだろう。

(-_-)(もしそうなっても僕は味方しよう)

そりゃまあ、たしかに、びっくりはした。
だけど彼らのように偏見を持たずに、受け入れてあげたかった。

(-_-)「……貞子は和服似合うだろうなぁ」

七五三の時に撮った写真を僕は思い浮かべた。
当時腰よりも下まであった髪は、美しくまとめ上げられ色とりどりの花が咲いていた。
また、燃えるような赤地の着物には大輪の薔薇が咲いていた。
帯は深緑色で、帯留めは銀糸で出来ていた。
とても素晴らしい着物で、よく似合っていた。
が、着付けが苦しかったのか、貞子はぶすっとした表情をしていた。

259名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:32:38 ID:HjtaKTU60
川д川「そうだといいなー」

最後の一口を咀嚼し終え、貞子はぽつりと呟いた。
……ふと、僕自身の七五三は全く祝われていないことを思い出した。
けれどももう、その時代には戻れないのだ。

(-_-)「似合うよ、きっとね」

胸にこみ上げてきた惨めさを、愛想笑いで封じてみせた。

260名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:33:32 ID:HjtaKTU60




それぞれの過去には様々な事情がある




.

261名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:35:45 ID:HjtaKTU60
登場人物紹介

(-_-) 疋田
いいお兄ちゃんでいたい

川д川 貞子
一線を超えたい

川 ゚ -゚) 素直クール
全てを肯定してもらいたい

( ・∀・) モララー
形が変わったとしてもずっと側にいたい

目玉焼きとソーセージ
先週疋田が特売で買ってきたものの集大成、なお卵の賞味期限はあと二日で切れてしまう

262名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:46:50 ID:HjtaKTU60
おまけ

爪'ー`)y‐(さーてそろそろ詰所から出るかぁ)

(;・∀ ・)「あっ、フォックスさん! 今日はこのまま待機でって……」

爪'ー`)y‐「は? なんで?」

(;・∀ ・)「なんかサツがうろうろしてるみたいで……」

爪'ー`)y‐「マジか」

(・∀ ・)「マジです」

爪'ー`)y‐「……ったく、客引きでとっ捕まってもつまんねえし、しゃーねえな」

(・∀ ・)「……誰か通報でもしたんですかね」

爪'ー`)y‐「んなことしたらとんでもねえことになるって、暗黙の了解なのにな」

(・∀ ・)「ほんとですよねえ」

爪'ー`)y‐(誰だ、こんなことをした奴は)

263名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:52:23 ID:HjtaKTU60
>>226
昼の十二時ですね
分かりにくくて申し訳ないです

>>227
まさか支援絵をいただけるとは思いませんでした
ありがとうございます!

ちなみにあと1、2回で連載終了します

264名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 15:14:59 ID:hBK0mjFc0
乙乙!毎回じわじわと不安になるな
白無垢……

265名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 17:37:32 ID:wWpPf2UI0
表現が一々美しいな。
貞子の一線越えたいって、やはりそういうことなのだろうか…
続きが楽しみだ、乙

266名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 19:54:52 ID:weDhq4Rs0
最終回期待乙

267名も無きAAのようです:2016/04/12(火) 17:39:02 ID:d5ws4Nc.0
追いついてしもうた……
いろいろと謎が残っていてハラハラするなぁ

268名も無きAAのようです:2016/06/21(火) 09:32:53 ID:OQav4f/g0
まってる

269名も無きAAのようです:2017/02/16(木) 21:57:37 ID:dHKtdF2M0
ご無沙汰してます
やっとこさ最終話の書き溜めに終わりが見えて来たので報告いたします
今月中の完成を目標に明るく楽しく幸せなお話にするので待っててくれてる人は待っててください

270名も無きAAのようです:2017/02/16(木) 22:06:59 ID:kv9ZDcSs0
明るく楽しく幸せなお話とな

271名も無きAAのようです:2017/02/16(木) 23:43:25 ID:7ABT2Z260
待ってる!

272名も無きAAのようです:2017/02/17(金) 20:47:32 ID:mcPbp.tU0
楽しみだ

273名も無きAAのようです:2017/02/17(金) 22:38:12 ID:pfKTxSG.0
続き気になってたから嬉しい!
待ってます!

274名も無きAAのようです:2017/02/23(木) 02:14:04 ID:gN1x53ew0
やったー!!

275名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 18:33:54 ID:BMATtBqk0
今夜か遅くても明日明後日に最終話投下します
長らくお待たせしました

276名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 18:52:20 ID:pWjMwLrU0
待った甲斐があった

277名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:29:55 ID:BMATtBqk0
夢を見た。
那由他阿僧祇の和室にただ一人、正座している子供の夢。
姿はとても小さく、顔は俯いているので様子は分からない。
その佇まいは、銅像のようだった。
身動ぎ一つせず、実は精巧に作られた人形であると言われても
納得してしまう程に、生気のない子供であった。
普通であれば、走り回って遊びたがるような年頃に見える。
まして和室には、大人の姿は見えない。
では、なぜ動かないのか。
理由を鑑みて、はたと気付く。
子供は、着物を着ていた。
赤い着物だ。
業火にも見える、血色の赤だ。
着物には、大輪の薔薇が咲き乱れている。
黄金や桃色、浅葱に藤色。
目がくらむほど花は鮮やかで、だというのに、不気味だ。
ああ、そうか。
これは、別れ花だ。
死者への手向けとして、棺桶に身をやつす花々だ。
これからその人と共に燃やされてしまう、儚い花だ。
だってほら、その長い黒髪にも花は、編み込まれている。
きっと子供は死者に違いない。
納得、確信。
同時に、何故そう思ったのだろうと疑問を感じる。
その時、子供は微かに身動いだ。
体を舐める炎のように、布はゆうらり赤を揺らす。
赤。
思い出す。
僕は、思い出す。

278名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:30:38 ID:BMATtBqk0
(-_-)(貞子)

これは、七五三だ。
写真で何度も見たじゃないか。
端午の節句、誕生日、七夕、年の瀬。
僕にはそういった行事と縁を持つことがなかった。
だから、これは僕の記憶ではない。
朝早くから叩き起こされて不機嫌になったのは貞子だ。
近所の美容室からやって来たおばさんに、髪の色艶を褒めてもらえたのは貞子だ。
曽祖母の代から引き継がれて来た着物を着たのは貞子だ。
化粧品特有の粉っぽい臭いに顔をしかめたのは貞子だ。
写真屋さんが遅刻したために、一人で和室に取り残されたのも貞子だ。

(-_-)(僕は、何もしてもらえなかった)

お祝いなんて、してもらったことがない。
あの家の中で僕は、いないも同然であった。
貞子ばかりが持て囃されて、僕はいつも隠れるように生きていて。

(-_-)(そうだ、僕は影の子供だった)

そして、影から出ることのできなかった子供だ。
はたと思い出して、怒りとも絶望ともつかない熱が、僕の腹を抉る。
痛みはない。
しかし、刺されたように熱かった。

(-_-)「僕は、要らない子供だった」

何度だって受け入れて来た事実だ。
自覚した当初は気が狂いそうな程に孤独をしみじみと感じ取ってしまった。

279名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:31:34 ID:BMATtBqk0
だけどもう、それを飲むことには慣れているはずだ。
だからいちいち動揺することもない。
それなのに、

(-_-)(どうして、こんなにも胸が痛いのか)

置物のごとくそこに配置されている赤。
髪に寄せられた花々。
金太郎飴のごとく延々と引き伸ばされた室内の暗さ。
それが、僕を狂わせている原因らしかった。
平常心で見られる色といえば、帯だけ。
蕩かした闇色の中に、少しずつ抹茶を混ぜ合わせたような深緑色。
それだけが僕の好きな色だった。
そして、唯一僕が選ぶことの出来た色だった。

(-_-)(――――選ぶことの出来た色……?)

何かが狂っていた。
僕の認識が、それは違うと言っていた。
齟齬が発生している。
直ちに修正しなくてはならないと。

(-_-)(どこがおかしい?)

直すべき箇所はただ一つ。
七五三の主役は貞子であって、僕ではない。
僕ではないのだから、帯を選んだのは僕ではない。
選んだのはきっと貞子か母さんだろう。
だって貞子を可愛がっていたのは母さんだから。

280名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:32:30 ID:BMATtBqk0
母さんは、男じゃなくて女の子が欲しかったから。
欲しかったから、でも、

(-_-)(どうして)

僕は、無意識に子供と距離を詰めていた。
足を動かした覚えはない。
部屋が縮んでいた。
畳の繊維一つ一つが消失し、それを埋めるようにして、距離を詰めているのだ。
逃げてしまいたかった。
僕は、ここにいてはいけないのだ。
僕は、男だ。
紛れもなく男だ。
息が詰まる。
もう、子供は間近に迫っていた。
動けない。
僕も、子供も。

( _ )「君、は……」

誰なんだ?
声に出さぬうちに、子供はゆっくりと面を上げる。
僕は、見てしまうのが怖かった。
はっきり言うなら思い出したくなかった。
その子の顔を、きっと僕はよく知っていた。
何度も写真で見たことがあるから。
母さんや、貞子が見せてきたから。

281名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:33:12 ID:BMATtBqk0
だけど僕は、一度もその写真を見たことがない。
自力で見たことはない。
見たくなかったから。
見てしまったら、だって……。
声が漏れる。
掠れた声だ。
散々暴れまわったものの、結局何一つとして解決出来ず、
啜り泣くことしかできなかった声だ。
下腹部を、汗ばんだ手が撫で付けた。
僕の手ではない。
細くて柔い、華奢な作りをした指だ。
くすぐるようにして、僕の腹を撫でていた。

「起きた?」

バカみたいに甘ったるくて、聞いている方までバカになりそうな声が聞こえてきた。

「起きてるんでしょ?」

ぎ、と爪が右の腹に食い込んだ。
大した痛みではないはずなのに、
これ以上彼女を無視してはならないと脳は学習していた。

(; _ )「ひっ……」

媚びの代わりに、悲鳴が一つ飛び出した。
閉じたままにしておきたかった目が、はちはちと浅く瞬いた。

282名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:33:52 ID:BMATtBqk0
川ー川「おはよぉ、お兄ちゃん」

緩やかに笑んで、貞子は腰を揺らした。

ぱちゅ、ぱちゅ、

間抜けな音が、忌屋に響く。
結合部はかろうじて、お互いのスカートに隠れているので見ずに済んだ。
しかしどういう事になっているのかは、ここ数日の間に
嫌というほど覚え込んでしまった。

(; _ )「うっ、くぅぅ……」

脊髄か腰のあたりに、蛇がうねっているような感覚。
快楽に限りなく違い苦痛だ。
湿っぽい布団に、出来る限り臀部を埋め込むようにして、
なんとか逃れたいと考えていた。

川ー川「お兄ちゃん」

熱っぽい声が、耳へと寄せられる。

川ー川「すき」

我慢しないで、という甘言と共に耳を噛まれる。
くすぐったい。
同時に、疼きが酷いものへと変化していく。
情けない声を我慢していた口を緩めるには、十分すぎる刺激だった。

283名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:34:36 ID:BMATtBqk0
女のような声を出して、僕は手を振り上げる。
かしゃ、かしゃ、と鉄の擦れる音。
手錠。
墓参りを目当てに来たというのに、着いて早々に僕は殴られた。
そして気付いた時には、手も足も枷をつけられて、
どこにも行けないような風体にされていた。
分かっていても、抵抗を止めることはできない。
義理とはいえ、僕と貞子は兄妹なのだ。
なのに、こんな……。

川ー川「我慢しなくていいよ」

わざとらしい女の声に、今度こそ我慢が効かなくなった。

(; _ )「い、ゃ……ぁ、あ……っ!」

がくがくと痙攣する腰。
貞子の奥深くを突き上げるようにして、射精した。
尿意を我慢出来ずに漏らしてしまった時と同じ種類の絶望感。
しかも、避妊していない。

川*д川「いっぱい出たね、お兄ちゃん」

泣きそうになっている僕を尻目に、貞子は嬉しそうに呟いた。

川*д川「ふふ」

貞子は、スカートを捲りあげる。
今度こそ、セックスしてしまったのだという証拠をまざまざと見せつけられてしまった。


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