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食るようです
1
:
名も無きAAのようです
:2015/09/01(火) 23:27:37 ID:nzAw85Ys0
世の中には変わった建物が多い。
現在僕の通っている大学なんかその最たるものだったという。
一部のマニアでは熱狂的な人気を持つらしい建築家が手掛けた教室棟の数々は、よく映画やドラマなんかの撮影場所にもなったのだそうだ。
とはいえ素晴らしい建物にも老朽化はやってくる。
僕が入学した頃、まさに工事の真っ最中ですあった。
一部の学生、特にデザイン学科からは元のデザインを尊重した作りにして欲しいという要望も出ていたようだが、それが受け入れられたかどうかは定かではない。
ただ新しく出来上がった建物を見る限り、その意見を汲んでもらえたようには思えなかった。
とにもかくにも僕の大学生活の始まりといえば、灰色の養生シートとキンキンうるさい金属音で彩られることとなった。
日府大学は、とにかく辺鄙なところだった。
元が山だったせいで急な坂道だの階段だのがあちこちにあるし、馬鹿みたいに広いので移動にも時間がかかった。
加えて今までの教室棟は鮮やかな、悪く言えば気違い染みた彩色をしていたものがみんな布に覆われて見分けがつかなかった。
学内に林が点在するせいで見通しが悪かったせいもあり、上級生に場所を聞いても一緒に迷子になってしまうことが多々あった。
知らない人に話せば馬鹿げた話だと思われるだろう。
僕だってそう思っていた。
だけど最初からそういうものだと思っていたら、急激な変化に対応できないのかもしれない、とも思った。
さて前置きは長くなったが、唯一改修工事を免れた棟があった。
三号館こと、「ミカン」と呼ばれている教室棟だ。
あまり目に優しくない黄緑色の屋根と、ベージュが混ざったような橙色の壁が「ミカン」の特徴であった。
一階のロビーには売店とソファーがずらりと並んでいる。
昼休みになると近くの棟から学生たちが押し寄せてきて、ロビーは地獄絵図と化すのが恒例であった。
二階には自習室が、三階と四階には小さい教室が四つずつ作られていて、よくゼミの発表や話し合いなんかに使われているらしい。
まぁそれも昼休みになったら関係ないのだが。
ところで三階のトイレの近くにはもう一つ階段が存在する。
「立ち入り禁止」の札がチェーンでぶら下げられているそこは、きっと屋上に続いているのだろうと今まで興味を持ったことがなかった。
そう、今までは。
2
:
名も無きAAのようです
:2015/09/01(火) 23:28:49 ID:nzAw85Ys0
(;-_-)(うーん、)
どうしよう、と僕はその階段の前で悩んでいた。
時刻は午後一時十五分。
講義はまだ始まったばかり。
といっても僕には関係ない、今日は午前中で授業はおしまいだったからだ。
ただそのまま、空き教室でレポートのまとめをしているうちにこんな時間になってしまったのだ。
お昼を食いっぱぐれた腹からぎゅぅと悲鳴が聞こえてくる。
で、僕はなんでこんなところに立っているのかというと、この階段を上っていった人を見かけてしまったのだ。
長い黒髪、鮮やかな青色のジーンズ、細くて指。
一瞬幽霊かと思ったのだが、その生白い手はチェーンをつまみ、そいつはさっとその下を潜っていった。
たまたまそれを見てしまってから五分は経っている。
けれどもそいつは、階段から降りてこなかった。
(-_-)(何してるんだろ)
下衆な好奇心と、見つかったらどうするという叱責が鬩ぎ合う。
結局僕は、そいつと同じようにチェーンを潜ることにした。
改装されていない唯一の教室棟。
その屋上にある景色。
もしかしたらもうすぐ無くなってしまう風景。
そして、そこに入り込んだ誰か。
どれをとっても気になるものばかりだった。
緊張で荒くなる息をいなしつつ、足早に、しかし静かに階段を駆け上った。
3
:
名も無きAAのようです
:2015/09/01(火) 23:29:57 ID:nzAw85Ys0
踊り場にたどり着き、深呼吸をする。
階段は、思いの外長かった。
しかしここまで来てしまえば、廊下からは僕の姿を見られることはない。
未だに落ち着かない心臓に空気を送り込むように、僕は息をたくさん吸い込んだ。
今までに僕は、校則を破ったことがなかった。
今まで田舎に住んでいたせいもあり、変な噂がすぐに回ってしまうからそれを恐れていたというのもある。
だから、もしもここに来たことがばれてしまったら……と考えると気が気でなかった。
それでも僕は階段を上った。
どうしてなのかはわからない。
憑き物にでも憑かれたように、段差に足をかける。
(-_-)「ん……?」
薄暗いそこで、きらりと光るものを見つけた。
しゃがんでそっとつまんでみる。
よく見ると階段には埃が溜まっていた。
掃除があまりされていないのだろう。
もしかしたら警備員ですらもここに来ないのかもしれない。
そんなことを考えながらつまみ上げたそれに、ふぅっと息を吹きかけた。
綿ぼこりがふんわりとはがれていく。
それは銀色で、鍵のような形状をしていた。
しかし鍵というにはあまりにも細すぎるし、何より凹凸が何もなかった。
先端の方にピッと細長い穴が開けられているばかりで、僕はこれがなんなのか考え込んでしまった。
(-_-)「あっ……!」
これは、あれだ。
コンビーフの缶を巻き取る時に使う棒だったのだ!
しかしなんでそんなものがこんなところに落ちているのだろう。
もしかすると例の人物の落し物なのかもしれない、と思いつつ僕は歩みを進めた。
4
:
名も無きAAのようです
:2015/09/01(火) 23:31:26 ID:nzAw85Ys0
……それにしても屋上にコンビーフを持っていく人って、何が目的なのだろう。
色々と訳がわからなくなりつつも、腹が鳴った。
(-_-)(コンビーフ、最近食べてないな)
塩辛い味が勝手に舌に蘇り、よだれが滲み出てきた。
それを無理やり喉奥へと追いやった。
階段を上りきると、左側に鉄扉が見えた。
鉄扉の小窓から差し込む日差しはとても明るく、少し落ち着いた気分になった。
(-_-)(開いてる)
ダイアル式の南京錠がぷらぷらとぶら下がっていた。
ドアノブに触れるとそれは存外に冷たかった。
しっかり握りしめて、右に回す。
鉄扉を押すと、それは、ゆっくりと開いた。
眩い陽光が両目を焼く。
それでもまもなくその明るさに慣れて、僕は外へと踏み出した。
(-_-)「…………!」
所詮四階建ての小さな建物、と先ほどまでは思っていた。
しかし「ミカン」の屋上は、素晴らしい眺めだった。
小高い山に位置するので、他の教室棟や町並みを見下ろすようにすべてを見ることが出来た。
(-_-)(もっと違うところも見よう)
そう思い、反対側に回ろうとした時だった。
(-_-)「!」
5
:
名も無きAAのようです
:2015/09/01(火) 23:33:09 ID:nzAw85Ys0
ガラス張りの、瀟洒な建物があった。
これは、温室だろうか。
それにしては平屋のような作りで、ちょっと違うような気がした。
ふらふらと足取りがそちらに向く。
赤錆びた看板が転がっていて、「喫煙所」と描かれているのが読めた。
中には脚の高い丸椅子が散乱していた。
そして何故か、中では扇風機が回っていた。
(-_-)「え……」
なんで、なんで、という言葉が頭の中で渦巻く。
どう見ても不釣り合いだった。
廃墟然とした喫煙所で、稼働している扇風機なんて、どうして……。
「ああ」
と、背後で声がして、僕は悲鳴をあげた。
川 ゚ -゚)「…………」
風にたなびく黒い髪。
真っ白なワイシャツ。
藍色のジーンズ。
爽やかな印象とは裏腹に、無感動な目が僕を射る。
6
:
名も無きAAのようです
:2015/09/01(火) 23:36:00 ID:nzAw85Ys0
(;-_-)「こ、ここで、なにして……」
川 ゚ -゚)「それはこっちの質問だ」
(;-_-)「え、えっと、……」
川 ゚ -゚)「……と言いたいところだが、答えよう」
ふ、と女の雰囲気が和らぐ。
そして、女は得意げにコンビーフの缶を取り出した。
川 ゚ -゚)「これを開ける道具を探していたんだ」
(;-_-)「……え?」
女は無表情のまま滔々と語る。
川 ゚ -゚)「ここで昼食をとるのがわたしの日課でね、今日はコンビーフにしようと昨日から心に決めていたんだよ。ところがわたしとしたことが、缶についている巻き巻きするアレをなくしてしまったのだよ」
(-_-)「あ、あの、それ」
もしかしてこれですか、と僕は階段で拾った棒を差し出した。
というか、どう考えてもこれだった。
川 ゚ -゚)「おお、ありがたい。どこで落としたのかわからなくて屋上中を探し回っていたんだよ」
嬉々とした声で、しかしやはり表情筋が一切動かないまま女はそれを受け取った。
7
:
名も無きAAのようです
:2015/09/01(火) 23:36:54 ID:nzAw85Ys0
川 ゚ -゚)「本当にありがとう」
(-_-)「いやそんな、はは……」
と笑って誤魔化していた時に、ぎゅうぐうと一際大きく腹が鳴ってしまった。
僕は気恥ずかしくて、思わず俯いた。
初対面の人にこんな情けないところを見られるなんて、僕は本当についていなかった。
川 ゚ -゚)「なんだ、君、まだお昼を食べていないのか」
女はそう言って、僕の真横を通り抜ける。
目で追うと、彼女は自動ドアの隙間に手を突っ込んでいた。
(-_-)(いや、電気が来ていないから自動ではないか)
とにかく彼女がそれをぐいと引っ張るとドアは緩やかに隙間を開けた。
そして、
川 ゚ -゚)「よかったら、一緒に食事をしないか」
(-_-)「え、いいんですか?」
川 ゚ -゚)「構わないよ、鍵を拾ってくれたお礼だ」
(-_-)「鍵?」
隙間に体をねじ込みながら問う。
川 ゚ -゚)「コンビーフの缶を開けるやつ」
(-_-)「ああ……」
8
:
名も無きAAのようです
:2015/09/01(火) 23:38:59 ID:nzAw85Ys0
するん、とガラス戸を通り抜ける。
女は再びドアを押して、その隙間を閉じた。
煙草の嫌な臭いは薄く、日差しが照っているわりには涼しく、案外中は快適であった。
女は丸椅子の山に近づいた。
よく見るとそこにナップザックがぶら下がっていた。
川 ゚ -゚)「はい」
(-_-)「おっと……!」
投げ渡されたそれは台形の缶であった。
(-_-)「……え?」
川 ゚ -゚)「だから今日の昼食はコンビーフと言っていただろう」
(-_-)「えっ、ちょっ、これだけ?」
川 ゚ -゚)「そうだが」
(-_-)「……うそぉ」
川 ゚ -゚)「ほんとほんと」
キコキコと手を動かしながら、彼女は答える。
どうすればいいのかわからず、僕はぼんやりとそれを見ていた。
茶と白の斑が特徴の牛と目が合う。
しかし次の瞬間には、その牛の四肢は鍵によって巻き取られ、切り離されていった。
かろうじて土台に描かれているコンビーフの文字だけが寂しく残る。
巻き取り終えた蓋は、彼女の足に踏んづけられている袋へと消えていった。
扇風機の風にたなびいていたそれは、重みが加わって若干大人しくなったように見えた。
9
:
名も無きAAのようです
:2015/09/01(火) 23:41:10 ID:nzAw85Ys0
赤くて柔らかいほぐし肉と、半溶けの黄色い油脂。
それを眺める彼女の目線は、初めて感情を晒し出していた。
しかしそれがどんなものなのかまでは捉えられなかった。
さばさばと言葉を吐き出していた口は、いまや目の前の肉塊を食べるための器官に過ぎなかった。
川 ゚ -゚)「ん……」
恍惚さが滲み出た声が、鼻から抜けていく。
かじり取られたコンビーフは、このペースで行くとあと三口で終わってしまいそうだった。
ふとその時、彼女と視線がかちあった。
川 ゚ -゚)「食べないのか」
怪訝そうなその声に、僕は黙って首を振った。
最初はこんなものしか食べられないなんて、と思っていた。
だけど今ではなぜか、食べたくて仕方がなかった。
(-_-)「いただきます」
キコキコと、缶を開ける音が再び響いた……。
10
:
名も無きAAのようです
:2015/09/01(火) 23:42:35 ID:nzAw85Ys0
(-_-)「素直さん、よく食べますね」
川 ゚ -゚)「そうかね」
コンビーフ女こと、素直クールは六缶目に手を伸ばしていた。
よくあれだけ脂っこいものを連続して食べられるなぁと僕は感心していた。
ちなみに二缶目を食べ終えたところで、もう満腹になっていた。
川 ゚ -゚)「疋田くんこそ、随分少食じゃないかね」
(-_-)「これでも今日は食べた方ですよ。僕あんまりご飯食べる方ではないので」
川 ゚ -゚)「もっと食べた方がいい。君は少し細すぎる」
(-_-)「ええ……」
細い、と言われてもピンとこない。
成長期に横ではなく縦に伸びすぎたので、肉がつくという感覚が僕にはわからなかったのだ。
(-_-)「というか素直さんこそそんなに食べててよく太りませんね」
ぴたっと手が止まる。
肉を咀嚼する音だけが響き、気まずい空気が流れた。
しまった、よく考えなくたって女性に体型ネタを振るのは悪かった。
(;-_-)(どうやって詫びようか……)
そんな算段をしていると、素直さんはごきゅりと肉を飲み込んだ。
11
:
名も無きAAのようです
:2015/09/01(火) 23:43:32 ID:nzAw85Ys0
川 ゚ -゚)「食べても身に付かないんだ」
(-_-)「え、あ、そうなんですか」
はは、と笑い飛ばそうとして、僕は踏みとどまった。
彼女の眼差しがとても真剣だったからだ。
川 ゚ -゚)「食べたら自分のものになるはずなのにな」
(-_-)「…………」
むしゃり、と白い歯が肉を攫う。
空っぽになった缶は、そのまま袋に入れられた。
川 ゚ -゚)「もっと買ってくればよかったな」
(-_-)「あー……僕が食べたから、ですよね」
すみません、と言おうとしてそれは制止されてしまった。
川 ゚ -゚)「君のせいじゃない。もともとこういう質なんだ」
そう言って、素直さんは伸びをした。
12
:
名も無きAAのようです
:2015/09/01(火) 23:44:43 ID:nzAw85Ys0
川 ゚ -゚)「疋田くん、明日は忙しいかね」
(-_-)「や、そんなことないですよ」
明日はお昼のあとに一時限だけ授業が入っていない。
川 ゚ -゚)「よかったらまた来てくれ。食事ならいくらでも用意するから」
(-_-)「素直さん……」
貧乏学生にはありがたい申し出であった。
(-_-)「……明日もまたコンビーフとか言いませんよね?」
川 ゚ -゚)「いや、明日は魚の日だ」
(-_-)「へ、魚?」
川 ゚ -゚)「そう、魚だ。楽しみにしていたまえ」
その言葉に、僕は頷くことしか出来なかった。
13
:
名も無きAAのようです
:2015/09/01(火) 23:46:41 ID:nzAw85Ys0
午後一時過ぎに、またこの喫煙所で。
.
14
:
名も無きAAのようです
:2015/09/01(火) 23:48:56 ID:nzAw85Ys0
登場人物紹介
(-_-) 疋田
貧乏な大学生さん。こう見えてもお坊ちゃんでした
川 ゚ -゚) 素直クール
大食漢さん。こう見えても超偏食です
コンビーフ
意外とお高い缶詰。ノザキなのはクールのこだわり
15
:
名も無きAAのようです
:2015/09/01(火) 23:50:06 ID:nzAw85Ys0
おまけ
(-_-)「ところで素直さん、なんでコンビーフの鍵なんか探してたんですか? 今まで出した缶詰にはみんなついてましたよね?」
川 ゚ -゚)「ああ、あれか。あれは今までに収集したやつだ」
(-_-)「えっ」
川 ゚ -゚)「どうも鞄が軽いと思って数えてみたら一本足りなくて探していたんだよ」
(-_-)(変態だ)
16
:
名も無きAAのようです
:2015/09/02(水) 00:06:33 ID:gqYBxvhw0
乙
>>2
の細くて指って所はミス?
17
:
名も無きAAのようです
:2015/09/02(水) 02:40:00 ID:KEeRrZzI0
鍵一本ないだけで分かるとかプロすぎる
18
:
名も無きAAのようです
:2015/09/02(水) 07:52:25 ID:9j6/h7rE0
おつおつ!面白いな
続きも期待してる
19
:
名も無きAAのようです
:2015/09/02(水) 10:51:47 ID:8c3xHhSw0
電気とおってないのに扇風機回るのか?
20
:
名も無きAAのようです
:2015/09/02(水) 21:57:11 ID:.8o4TqY.0
>>19
すきま風で回ってたんじゃ??
21
:
名も無きAAのようです
:2015/09/02(水) 22:00:39 ID:KEeRrZzI0
こまけえこたあいいんだよ!
22
:
名も無きAAのようです
:2015/09/02(水) 23:58:27 ID:PGNpvtOc0
>>16
細い指の間違えですね
投下します
23
:
名も無きAAのようです
:2015/09/03(木) 00:00:05 ID:Mr035lQg0
午後一時を少し過ぎた頃。
「ミカン」の屋上階に行ってみると、鉄扉の鍵は既に開いていた。
(-_-)(来るのが早い!)
少し早く来たつもりだったので、僕はショックを受けながら外へ出た。
屋上には様々な大きさの水たまりが出来ていた。
深夜から明け方まで雨が降り続いていたからだろう。
それを避けつつ喫煙所を目指した。
(-_-)(あっちいな)
じっとりと汗が滲み出てくる。
猛暑も苦手だが、どっちかいうとこういう蒸し暑さの方が僕は苦手だった。
天気予報では午後になれば晴れるとは言っていたが、ここ最近のはずれっぷりを見るとあまり期待はできなかった。
(-_-)「あれ?」
喫煙所に、素直さんの姿はなかった。
その代わりに青いレジャーシートの上にナップザックと充電式の扇風機が置かれていた。
(-_-)(荷物はあるから、すぐ戻ってくるかな)
そう思いながら僕はガラス戸をこじ開けた。
(;-_-)「うええ……」
中はひどく蒸していた。
ガラス戸を開けっ放しにし、そのまま扇風機の元へと急ぐ。
靴を脱ぎ、レジャーシートの上に座り込んでスイッチを押した。
緩やかに羽根が回転し、生温い風が僕の顔面に張り付いてきた。
あまり涼しくはないが、ないよりはマシだった。
24
:
名も無きAAのようです
:2015/09/03(木) 00:01:43 ID:Mr035lQg0
(-_-)(勝手に弄っても大丈夫だったのかな)
今更そう思いつつもう止める気にもならなかった。
そういえば素直さんはいつもこれを持って帰っているんだろうか。
(-_-)(というかあの人何者なんだろ)
どこの学科に所属しているのかとか住んでいる場所だとか、年齢すらもまだ知らない。
大人びた雰囲気や日府大の勝手には詳しそうなのでなんとなく先輩そうだという印象はある。
(-_-)(あとで本人が帰ってきたら聞いてみよう)
そう思いながら僕は扇風機の向きを調節した。
(-_-)(……昔はよく妹と扇風機の取り合いをしてたよなー)
ふと昔の記憶が蘇る。
幼い僕は風呂上がりに母親の持つバスタオルからよく逃げ回っていた。
あの乱暴な手つきで体や頭を揺さぶるように拭かれるのがどうにも苦手だったのだ。
逃げた先にはいつも扇風機があった。
そこを陣取れば僕の勝ちだという謎のルールが、その時染み付いていた。
妹は、大人しい子であった。
母親にひとしきり体を拭かれてから、僕のあとを追いかけてくるのが常であった。
川д川「おにいちゃん、さだにもおかぜちょーだい」
(-_-)「やだ」
川д川「どーして?」
25
:
名も無きAAのようです
:2015/09/03(木) 00:03:42 ID:Mr035lQg0
(-_-)「一番先にとったのぼくだもん」
川д川「さだにもちょーだい、おねがい」
(-_-)「やだ」
川д川「ちょーだい! ちょーだい!」
(#-_-)「やだ!!」
川д川「う、うぅうう……! おにいちゃんのいじわるぅーーっ!」
びいびいぎゃあぎゃあと、子供の泣き声が頭の中に響く。
僕は扇風機から目線を外した。
「疋田くん」
(;-_-)「うぇっ……!?」
慌てて振り向くと、素直さんがこちらを見下ろしていた。
川 ゚ -゚)「待たせてしまったな、すまない」
(-_-)「い、いや平気……。っていうか僕のほうこそごめん、扇風機勝手に使って……」
川 ゚ -゚)「構わないよ、好きに使ってくれ」
スニーカーを脱ぎながら素直さんはあっさり許してくれた。
それでも居心地が悪くて、僕はうっすらと赤面した。
素直さんは僕の隣に座ると、まずこう言った。
26
:
名も無きAAのようです
:2015/09/03(木) 00:04:41 ID:Mr035lQg0
川 ゚ -゚)「疋田くんはコカコーラとペプシコーラ、どっちが好きかね」
(-_-)「こだわりはないですけど……」
川 ゚ -゚)「そうか」
(-_-)「え、それが昼食とか言いませんよね?」
川 ゚ -゚)「まさか、だって今日は魚の日だって言っただろう」
(-_-)「あ、ありがとうございます……」
差し出されたペプシコーラを受け取りつつ、間抜けに礼を言った。
……とはいえコンビーフのみで昼食を済ませるような人である。
ツナ缶だって魚なのだから、そういう類のものが出てくるのではないかと僕は考えていた。
どうして、こんな食感覚を持つ人と食事をとろうという約束をしてしまったのだろうか。
レジャーシートの上に紙皿を広げる彼女を眺めながらつくづく考える。
(-_-)(うーん)
自分のことなのに、どうにもわからなかった。
川 ゚ -゚)「今日の昼食はこれだ」
(-_-)「……え?」
素直さんのナップザックから出てきたのは、ジップロックだった。
中にはマグロの赤身が四本、醤油らしき液体に浸かっている。
しかも、さくの状態で。
27
:
名も無きAAのようです
:2015/09/03(木) 00:06:19 ID:Mr035lQg0
(-_-)「え、え、え?」
ジップロックの口が開く。
素直さんの手にはプラスチック製の先割れスプーンが握られていた。
それをさっくりと、マグロに突き刺した。
川 ゚ -゚)「よいしょっと」
彼女は器用にマグロをジップロックから引きずり出して、紙皿に乗せた。
ぺちょり、醤油が跳ね飛ぶ。
さらにもう一本も乗せる。
ぺちゃり、盛り付けもへったくれもない光景だ。
川 ゚ -゚)「はい」
(-_-)「はいと言われましても」
川 ゚ -゚)「一人二本じゃ足らなかったかな」
(-_-)「いや多いくらいですし、というか僕が言いたいのはそういうことじゃなくて!」
素直さんはさっと僕から視線を外した。
そして空いている皿に残りのマグロを盛り付けた。
(;-_-)(マグロとコーラって)
しかも素直さんはさらにワサビマヨネーズなるものを取り出した。
川 ゚ -゚)「これはセルフサービスでよろしく」
(-_-)「いや、僕は要らないです……」
28
:
名も無きAAのようです
:2015/09/03(木) 00:07:53 ID:Mr035lQg0
渡された先割れスプーンをもらいながら僕はやっとそう返した。
魚の日。
それに偽りは、ない。
(-_-)「……素直さん、いつもこんな食事なんですか?」
川 ゚ -゚)「はぁ、ふぁいふぁひはひょうふぁふぁ」
(-_-)「あ、返事は飲み込んでからでいいです」
ぶちりと赤身を食いちぎった素直さんの口周りは醤油でベタベタであった。
もぎりもぎりと咀嚼する口。
こくんと小さく喉が鳴り、マグロがすとんと胃袋へと落ちていった。
口内に余裕ができたのだろう。
素直さんの真っ赤な舌が、ぺろりと醤油を舐め取った。
その瞬間、ほんの少し素直さんの目元が緩んだ。
川 ゚ -゚)「そうだなぁ、大体こんなもんだよ」
そう答えると、またすぐに素直さんは続きに取り掛かった。
むしりとられる赤い肉。
滴る茶褐色の液体。
おもむろに絞り出されるワサビマヨネーズ。
混沌としたその光景を見ながら、僕もマグロにかじりつく。
(-_-)「うわ、」
思ったよりも甘かった。
てっきりしょっぱいと思っていた僕は怯む。その瞬間、先割れスプーンからマグロが逃げ出した。
29
:
名も無きAAのようです
:2015/09/03(木) 00:09:05 ID:Mr035lQg0
(-_-)(落ちる!)
慌てて皿を顔に近付ける。
べちゃ。
マグロ同士がぶつかり合い、顔に醤油が飛んだ。
(-_-)(あ、)
訂正、服にも、だ。
よりによって白いTシャツを着てきた日にこんなことになるなんて。
川 ゚ -゚)「疋田くん、勢いよく食べないと」
素直さんはそう言って、コーラを口に流し込んだ。
やっぱりいかれてる組み合わせだと僕は思った。
(-_-)「素直さん」
川 ゚ -゚)「ん」
(-_-)「なんでこんな食事ばっかりなんですか」
そう言って、腹たちまぎれにマグロにかじりついた。
ひんやりした食感は、咀嚼するごとに温くなっていく。
30
:
名も無きAAのようです
:2015/09/03(木) 00:10:14 ID:Mr035lQg0
川 ゚ -゚)「好き嫌いが多いんだ」
(-_-)「はあ」
川 ゚ -゚)「まず米も小麦も嫌い」
(;-_-)(野菜じゃないんだ)
そんな心の声が聞こえたのだろうか。
川 ゚ -゚)「もちろん野菜も嫌いだ」
(-_-)「食べられないものばっかりじゃないですか!」
川 ゚ -゚)「そんなことはない、魚ならマグロとカツオとかつお節くらいなら食べられる」
(-_-)「少なっ」
川 ゚ -゚)「肉ならなんでも好きなんだけどな」
(;-_-)「偏食すぎますって…。ちゃんとご飯食べましょうよ」
川 ゚ -゚)「…………」
そう言った瞬間、素直さんは懐かしむような表情をした。
川 ゚ -゚)「……うん、まぁそうだな」
(-_-)「どうしたんです?」
川 ゚ -゚)「いや、同じようなことをしょっちゅう言ってきた友人のことを思い出してね」
31
:
名も無きAAのようです
:2015/09/03(木) 00:11:21 ID:Mr035lQg0
(-_-)「友達、いたんですか」
思わずそう言って、はっとする。
(;-_-)「あ、ちが、す、すみませ……」
川 ゚ -゚)「失礼な、一人はいたよ」
(;-_-)「ひ、一人ですか……」
反応しづらい答えだった。
しかし別に気を悪くしたような雰囲気でもないので、僕はその話を聞くことにした。
川 ゚ -゚)「男なんだけど料理が上手な人でね、だから食事に関してはずいぶん口うるさく言われたよ」
(-_-)(男の、友達)
川 ゚ -゚)「最終的には諦めていたけどね。せめて週に一度魚と野菜食べてくれればいいやで妥協されたよ」
(-_-)「ああ、それでマグロ……」
川 ゚ -゚)「そういうこと」
(-_-)「お付き合い、長いんですか?」
川 ゚ -゚)「わたしが五歳ぐらいのときに知り合って、それ以来ずーっと付き合いがあるんだ」
(-_-)「長いんですね」
32
:
名も無きAAのようです
:2015/09/03(木) 00:13:47 ID:Mr035lQg0
相槌を打ちつつ、どんな人なのか僕は想像しようとした。
しかしどうにもうまく出来なくて、ただ話を聞くだけに止まった。
川 ゚ -゚)「ここの大学にも通っていたんだよ。卒業できなかったんだけどね、彼……」
(-_-)「へえ……。あ、そうだ、素直さんって学科はどこに所属してるんですか?」
すると、素直さんの眉が一瞬動いた。
川 ゚ -゚)「あー……大学に通ってたのはその友達だけでね。わたしは通ってないんだよ」
(-_-)「……へ?」
川 ゚ -゚)「中卒なんだよ、わたし。で、その友達が色々と面倒を見てくれて仕事にもありつけて」
(-_-)「は、はぁ」
川 ゚ -゚)「ちょっと特殊な仕事だから暇な時が多くてね。そういう時に彼の元に押しかけてよく課題の邪魔をしたもんだ」
(;-_-)「…………」
気付くと素直さんの皿も、ペットボトルも空になっていた。
一方の僕はというと、マグロが半分と丸々一本残っていた。
話を聞いているうちに食欲が失せてしまったのだ。
コーラを飲んでお腹が膨れていたせいもあるのだろう。
川 ゚ -゚)「食べないのか?」
(-_-)「あー、はい。それにもうすぐ授業が終わっちゃいますし」
33
:
名も無きAAのようです
:2015/09/03(木) 00:15:50 ID:Mr035lQg0
シートの上に皿を置いて、僕は頭を下げた。
この後授業を控えている身としては今のうちに撤退しなければいけなかった。
でないと廊下に人が溢れかえって、階段を降りられなくなるからだった。
川 ゚ -゚)「明日は暇かね」
(-_-)「午後一で授業あるんですよねー……」
川 ゚ -゚)「そうか」
素直さんは僕の皿を拾い、短く返事をした。
川 ゚ -゚)「なら明後日は」
(-_-)「明後日はー……、二限空いてますね、午後」
川 ゚ -゚)「そうか、だったら」
(-_-)「もう僕の分のお昼はいいですよ」
川 ゚ -゚)「……そうか」
(-_-)「あの、今度からは自分のお弁当持って行くんで」
川 ゚ -゚)「…………」
(-_-)「それでもよかったら、明後日お昼食べましょうよ」
すんなりと、噛まずにそんな言葉が出ていった。
深く考えて言ったわけではない。
でも、不思議と悪い気はしなかった。
34
:
名も無きAAのようです
:2015/09/03(木) 00:17:10 ID:Mr035lQg0
川 ゚ -゚)「わかった」
素直さんはそう言って、またマグロにかじりついた。
(-_-)「マグロ、ごちそうさまでした」
川 ゚ -゚)「ん」
短い返事を聞いて、僕は喫煙所を出た。
雲間からは弱々しく日差しが差し込んでいた。
今日の天気予報は、少しだけ当たっていたらしい。
若干晴れやかな気分になり、僕は屋上を後にした。
35
:
名も無きAAのようです
:2015/09/03(木) 00:18:52 ID:Mr035lQg0
明後日午後一時過ぎに、またこの喫煙所で。
.
36
:
名も無きAAのようです
:2015/09/03(木) 00:21:28 ID:Mr035lQg0
登場人物紹介
(-_-) 疋田
うっかり失言するタイプ。悪気はない
川 ゚ -゚) 素直クール
うっかり絶食するタイプ。胸はない
マグロのヅケ
特売日に買って冷凍していたマグロを使用。半解凍の状態で大学に持ってきたので食べる頃にはいい感じに溶けてたらしい
37
:
名も無きAAのようです
:2015/09/03(木) 00:23:22 ID:Mr035lQg0
おまけ
(-_-)(うっわ醤油くさ……。まだこの後にも授業あるのにやだなー……)
(-_-)(というか素直さん、躊躇いもなく僕の食べかけ食べてたよな)
(-_-)(僕ああいうの出来ないんだよなー、やっぱりちょっと変わってるよ素直さん)
38
:
名も無きAAのようです
:2015/09/03(木) 01:03:11 ID:QGFr1zHM0
乙
うっかり絶食ってうっかりし過ぎだろwww
39
:
名も無きAAのようです
:2015/09/03(木) 07:28:03 ID:dRi/hnnk0
なるほど充電式だったか
40
:
名も無きAAのようです
:2015/09/03(木) 10:25:16 ID:5AlfFK0k0
おつ
41
:
名も無きAAのようです
:2015/09/04(金) 08:41:11 ID:YBKwIkug0
胸がない、だと……!?
42
:
名も無きAAのようです
:2015/09/04(金) 12:13:49 ID:s3BJXeBA0
午前十一時五十分。
僕は学食にいた。
この後一緒に授業を受けるブーンとここで落ち合う約束をしていたのだ。
(-_-)「よっす」
( ^ω^)「おいすー。相変わらずヒッキー来るの早いお」
(-_-)「さっき受けてた授業の先生、いつも早く切り上げるからさ」
( ^ω^)「羨ましいおー、はい」
(-_-)「さんきゅ」
渡されたトレイを台に乗せ、僕たちは列に並んだ。
( ^ω^)「ヒッキー何にするんだお?」
(-_-)「ミックスフライ定食かなー。今日ハムとメンチと肉じゃがコロッケだってよ」
(*^ω^)「おっおっ、じゃあ僕もそれにするお、好きなものばかりだおー」
そう言って舌ったらずなこの友人は、ふくよかな頬を蕩かして笑みを浮かべた。
(-_-)「お前嫌いなものないじゃん」
フライと千切りのキャベツが死ぬほど乗った皿を貰いつつ、僕はそう返す。
( ^ω^)「好き嫌いないと人生楽しいおー。あ、ご飯大盛りで」
(-_-)「僕少なめで」
43
:
名も無きAAのようです
:2015/09/04(金) 12:15:27 ID:s3BJXeBA0
気風のいいおばちゃんたちの声が返ってくる。
無造作に置かれた茶碗と味噌汁をトレイに乗せて、惣菜のコーナーへと向かう。
ここでは毎日三品ずつ惣菜が置かれていて、好きなものを取っていっていいのだ。
一皿百円という安さと素朴な味が売りでついつい手が伸びてしまう魔のスポットでもある。
( ^ω^)「ひじきと切り干し、どっちにしようかおー」
(-_-)「高野豆腐の煮物は?」
( ^ω^)「あれは飲み物だお」
(-_-)「頭おかしい」
( ^ω^)「だって噛めば噛むほどダシがじゅわっとするんだお?」
(-_-)「まあそうだけど……。うわ全部取ったよ、デブだ」
( ^ω^)「そんなの知ってるおー」
鼻歌交じりにブーンは答える。
僕は何も取らずにそのまま後を追う。
(-_-)「いいよなー実家暮らしのブルジョア様は」
お金を払いながら、思わず僕は呟く。
( ^ω^)「それならまだ素直にすねかじりって言われた方が気持ちいいお」
言い回しが嫌みったらしいと言われ、僕は笑って誤魔化した。
だけどそんなに怒ってはいないだろう。
ブーンは優しい奴だった。
44
:
名も無きAAのようです
:2015/09/04(金) 12:16:21 ID:s3BJXeBA0
僕が実家とうまくいっていないことをやんわりと話した時、彼はそれ以来僕に気を使ってくれるようになった。
無理に実家と和解した方がいいとかそういう事も言わないので、とても気が楽であった。
(-_-)「うわお前醤油かけすぎじゃね?」
( ^ω^)「そうかお?」
(-_-)「つーか前から思ってたけどなんでフライに醤油かけんの?」
( ^ω^)「こっちの方が香ばしくておいしいおー、ヒッキーこそ毎回毎回中濃ソースとか飽きないのかお」
(-_-)「昔からこれ一筋だもん」
そんな事を話しながら席に座る。
(-_-)「ブーンレモンくれよ、どうせ要らないだろ?」
( ^ω^)「おっおー、助かるお」
(-_-)「さんきゅー」
フライにレモンをかけるのは好きだった。
唐揚げにも当然かける派だ。
さっぱりするし風味だって良くなる気がするのに、どうしてみんな嫌がるんだろうかと時々考える事もあった。
(-_-)(あーでも醤油とレモンは合わないかもなぁ)
大口を開けてハムカツにかじりついているブーンを見ながらそんな事を思った。
相変わらずでかい口である。
僕なら五口で食べるそれを、ブーンは二口で食べてしまうのだ。
45
:
名も無きAAのようです
:2015/09/04(金) 12:17:16 ID:s3BJXeBA0
ご飯をもりもりとかっこむ姿に釣られて僕もどんどん食が進んでいった。
なんといっても今日のお楽しみは肉じゃがコロッケである。
粗めに潰したじゃがいもに甘辛い白滝や牛肉、ちょっと濃いめのこの味がいいのだ。
一度食べればもう病みつきになってしまうと僕は確信していた。
( ^ω^)「あー幸せだお」
(-_-)「それな」
短く言葉を交わし、再び咀嚼に集中する。
そういえば素直さんはじゃがいもも嫌いなんだろうか。
一応野菜の部類ではあるから嫌いなのかもしれない。
こんなにおいしいものも食べられないんだとしたら、それはずいぶん損している気がした。
(-_-)「なー、ブーン」
( ^ω^)「なんだお、ハムカツくれるのかお」
(-_-)「あげねえよ。じゃなくて、ブーンって昔からなんでも食えた方なの?」
うーん、とブーンは考え込む。
考えながら味噌汁をずぞぞぞとすすり、高野豆腐を口に放り込んだ。
(;^ω^)「……ゔっ!」
えづくような、しかしそれが不発に終わったような声。
胸元をどんどんと叩く仕草。
(;-_-)「ちょっ」
46
:
名も無きAAのようです
:2015/09/04(金) 12:18:35 ID:s3BJXeBA0
慌てて水を差し出すと、ブーンは奪い取った。
そしてごきゅごきゅと盛大な音を立て、飲み下した。
( ^ω^)「危なかったおー……。ありがとだお……」
(-_-)「いっぺんに高野豆腐二個も食うからだろ」
( ^ω^)「気をつけるお」
(-_-)「つーか高野豆腐は飲み物だったんじゃないんかよ」
( ^ω^)「謹んで訂正するお。で、好き嫌いの話だっけお?」
頷くと、ブーンはキャベツをわしわしと食べながらこう言った。
( ^ω^)「子供の頃はハンバーグとフライドポテト以外食べなかったお」
(-_-)「うわデブだ」
( ^ω^)「はいはい」
(-_-)「それはともかくすごい偏食だな。親苦労したんじゃねえの?」
( ^ω^)「よく幼稚園の先生にお弁当の彩りを良くしろって怒られたってかーちゃん言ってたお」
(-_-)「それが今じゃ雑食だもんな」
( ^ω^)「夏休みにばーちゃんの家に泊まったらぬか漬けと煮物のオンパレードで食べるものなかったんだお。しかも二週間くらい預けられてたから仕方なく食べてみたら意外と慣れちゃったっていう」
(-_-)「へー」
47
:
名も無きAAのようです
:2015/09/04(金) 12:20:11 ID:s3BJXeBA0
他に食べるものがなければ出されたものを食べるしかない。
そういうある意味極限の状態になれば素直さんも肉以外のものを食べるのかもしれないな、と僕はおもった。
( ^ω^)「突然どうしたんだお」
(-_-)「いや、よく食べるよなーってふと思っただけ」
( ^ω^)「そうかおー」
むしゃむしゃと切り干し大根をつまむ様を見ながら僕は考える。
(-_-)(素直さん、今なにしてんだろ)
48
:
名も無きAAのようです
:2015/09/04(金) 12:21:20 ID:s3BJXeBA0
川 ゚ -゚)(ふう)
心の中でため息を吐きながら、素直クールは部屋の中を見渡した。
真夏の時よりも幾分か和らいだ日差しが喫煙所を明るく照らし、先ほどセットしたばかりの扇風機がせっせと動いていた。
川 ゚ -゚)(静かだ)
そう思いながら素直はレジャーシートに座り込んだ。
履いてきたサンダルを適当に床へ置くと、彼女の心はもう食事のことで頭がいっぱいであった。
川 ゚ -゚)(うまくできてるといいな)
なにせ昨夜から仕込んでいたものである。
初めて作った料理に、素直は緊張と興奮を抱いていた。
ナップザックからタッパーが取り出される。
その中に入っていたのは、鳥モモ肉の煮込みであった。
骨付きのそれを素直は引っ掴むとすぐさま口へ運んだ。
川 ゚ -゚)(うまい)
ことこと三時間ほど煮ていた甲斐があった、と素直は微笑んだ。
といっても実際には口角がほんの少しあがっただけであった。
昔から素直は感情を表に出すのが苦手だった。
いつも無表情で、気持ちを言語として吐き出すこともなく、露骨に声色が変わることもなかった。
これはもう素直が子供の時からの癖であった。
あまりにもそれが不気味だったせいか、彼女は無視されることが多かった。
いじめにもあったが、あまりにも反応がないためすぐに飽きられた。
優しく接する人もいたが、彼女は口を鎖し続けた。
どうしてだろうか、この世のものにあまり素直は興味を持つことが出来なかったのだ。
ごく少数の人間と、食事以外に関しては。
ふと素直の手が止まる。
49
:
名も無きAAのようです
:2015/09/04(金) 12:22:22 ID:s3BJXeBA0
川 ゚ -゚)(静かすぎる)
知り合ったばかりの疋田との会話は決して弾んでいるとはいえなかった。
しかし、それでも素直はこの静寂にどことなく落ち着くことが出来なかった。
高速で運転する羽根の回転音。
それに煽られ時折揺れるレジャーシートの軽やかさ。
肉をむしられて軋む骨。
咀嚼と嚥下によって内に響く音色。
それだけでは物足りない。
川 ゚ -゚)「…………」
素直は六本目に着手した。
これが最後の一本であった。
川 ゚ -゚)(食べるのは簡単だよな)
それに至るまでの過程は膨大な時間がかかるというのに、と素直はいつも思っていた。
交わり、孕んで、産み、育て、管理し、〆て、バラして、卸し、並べ、買い、調理して、やっと口に入るというのに。
川 ゚ -゚)(噛んで飲み込むだけ)
その食事の容易さというのは、どうにも不思議で仕方がなかった。
他の命を奪い、生の糧にするという行為は、どうしてこんなにも気兼ねがないのだろう。
素直は時々そんなことを考えながら、食事をしていた。
川 ゚ -゚)「ああ」
食べ終わってしまった。
文字通り骨だけになってしまった鳥をタッパーに仕舞いこむ。
それをまたナップザックに入れた素直は、それを枕にごろりと寝転んだ。
50
:
名も無きAAのようです
:2015/09/04(金) 12:24:08 ID:s3BJXeBA0
川 ゚ -゚)(お腹いっぱいだ)
満たされた。
これで今日を生きていける。
生きたとて、何の意味もない無為な生だが。
川 ゚ -゚)(だけども生きなければ)
ゆっくりと目が閉じられる。
素直は瞑想した。
そして心の音へ耳をそばだてた。
一定のリズムで刻まれるそれは眠気を誘った。
川 ゚ -゚)(…………)
何も考えず、何も感じず、ただその行為に集中した。
そのうち、とくんとくんという音に混ざって足音が聞こえてきた。
とくん、さり、とくん、さり。
とくん、さり、さり、とくん、さり、さり。
さり、……、さり、……。
足音が、止まる。
素直は目を開けた。
( ・∀・)「あ、起きた」
柔和な表情の男が、素直の顔を覗き込んでいた。
51
:
名も無きAAのようです
:2015/09/04(金) 12:25:09 ID:s3BJXeBA0
川 ゚ -゚)「……久しぶりだな、モララー」
無意識に素直は笑いかけた。
モララーと呼ばれた男は、シートに座り込んだ。
川 ゚ -゚)「靴くらいちゃんと揃えたほうがいいと思うぞ」
無造作に脱ぎ散らかされたそれを見て、素直はそう言った。
モララーは全く気にせずに笑った。
( ・∀・)「相変わらずだなー」
川 ゚ -゚)「わたしより育ちがいい癖にそれはどうかと思うんだ」
( ・∀・)「お前だから別にいいかなって」
川 ゚ -゚)「おい」
( ・∀・)「遠慮しなくていい相手だからさ」
川 ゚ -゚)「まったく」
そう言いながら素直はコカコーラを取り出した。
川 ゚ -゚)「飲む? 昼食はさっき全部食べてしまったから何も残ってないんだ」
( ・∀・)「お気遣いなく。ところでまだ肉しか食ってないわけ?」
川 ゚ -゚)「たまには野菜も魚も食べてるよ」
( ・∀・)「ああそう、ちっとはマシになったのか」
52
:
名も無きAAのようです
:2015/09/04(金) 12:25:54 ID:s3BJXeBA0
川 ゚ -゚)「ただ未だに油断すると食事を忘れてしまうんだけどな」
( ・∀・)「おいおい」
川 ゚ -゚)「一日に一食は食べるようにしてるぞ」
( ・∀・)「三食食えっての、そんなんだからガリガリなんだよ」
川 ゚ -゚)「別にいいよ、そんなに食べたいと思わないんだ」
( ・∀・)「そういや昔一週間食い忘れて部屋で倒れてたよな、貧血で」
川 ゚ -゚)「そんなこともあったな」
( ・∀・)「しかもお粥作ろうとしたら要らないとか言いやがるし」
川 ゚ -゚)「米は嫌いだって君も知ってるだろう」
( ・∀・)「胃に優しいものから食べさせないとって頭があったんだよ。なのに結局アクエリアスと牛のハラミがほしいとか言うし」
川 ゚ -゚)「肉がいいんだよ、その方が元気になるから」
( ・∀・)「まあまさか一キロもハラミ食うと思わなかったけどな!」
川 ゚ -゚)「あの時のハラミはおいしかったなぁ」
懐かしむような一言の後、会話は途切れた。
といってもほんの数秒の出来事であった。
53
:
名も無きAAのようです
:2015/09/04(金) 12:29:52 ID:s3BJXeBA0
( ・∀・)「……昨日のことみたいに思い出せるな」
川 ゚ -゚)「忘れるわけがないだろう、君との記憶なんだから」
( ・∀・)「はは、そうか」
軽く笑い、モララーはクーの手首へと視線を移した。
( ・∀・)「長袖で暑くねえの?」
川 ゚ -゚)「慣れればどうということもない」
( ・∀・)「ああ、そう」
川 ゚ -゚)「なんだ、まだ負い目を感じてるのか?」
( ・∀・)「別に」
川 ゚ -゚)「からの?」
( ・∀・)「嘘、まだ気にしてる」
川 ゚ -゚)「気にしなくていいのに」
無意識に左手首を撫でながら、素直はそう返す。
川 ゚ -゚)「切ったのは君のせいじゃない」
( ・∀・)「俺のせいだよ、お前に死ねって言ったんだぞ」
54
:
名も無きAAのようです
:2015/09/04(金) 12:31:09 ID:s3BJXeBA0
川 ゚ -゚)「でもそれを真に受けて切ったのはわたしだ」
( ・∀・)「ばーか、俺が言わなきゃそんなことにならなかった」
川 ゚ -゚)「馬鹿って言った方が馬鹿だ。でも悪いことばかりでもなかったよ」
( ・∀・)「たとえば」
川 ゚ -゚)「自殺未遂したってのがたちまち伝わって友達が君以外に出来なかった」
( ・∀・)「恨み言かっ」
川 ゚ -゚)「いや、わたしは君以外に友達は欲しくなかったから」
( ・∀・)「コミュ障め」
川 ゚ -゚)「でもこの間ここに人が来てさ」
( ・∀・)「……へえ、俺たち以外にここに来ようって思った奴がいるんだな」
川 ゚ -゚)「懐かしいよな、わざわざここの鍵壊して勝手に鍵を新調してさ」
( ・∀・)「まだばれてないっていうのがすごいよな」
川 ゚ -゚)「だれも立ち寄らない寂しいところだからだろう。まさか喫煙所があるとは思わなかったけども」
( ・∀・)「掃除したなー、あと扇風機も買って」
川 ゚ -゚)「冬はカイロでしのいでさ」
55
:
名も無きAAのようです
:2015/09/04(金) 12:32:46 ID:s3BJXeBA0
( ・∀・)「そもそも誰が屋上でご飯食べたいって言ったんだっけ?」
モララーの言葉に、素直は考え込んだ。
どちらが先だったんだろうか。
それとも、違う誰かが言ったのか。
川 ゚ -゚)「忘れた」
( ・∀・)「俺も」
川 ゚ -゚)「忘れることもあるんだな」
( ・∀・)「そりゃあるだろうよ、全部のことは覚えてられないんだから」
川 ゚ -゚)「…………」
( ・∀・)「なんだよ」
川 ゚ -゚)「……寂しいことだよな、って思ったんだよ」
それを最後に、素直は再び寝転がった。
( ・∀・)「クー」
呼びかけられても、素直は瞼を閉じたまま押し黙った。
モララーは何か言いたげな表情をしたものの、結局それを言うことはなかった。
「またな」
その言葉とともに、足音が素直の鼓膜を揺らした。
さり、さり、と遠ざかる音を聞きながら、素直は眠気に身を任せることにした。
56
:
名も無きAAのようです
:2015/09/04(金) 12:34:22 ID:s3BJXeBA0
午後一時を過ぎれば、また彼が来る。
.
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