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食るようです

1名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:27:37 ID:nzAw85Ys0
世の中には変わった建物が多い。
現在僕の通っている大学なんかその最たるものだったという。
一部のマニアでは熱狂的な人気を持つらしい建築家が手掛けた教室棟の数々は、よく映画やドラマなんかの撮影場所にもなったのだそうだ。
とはいえ素晴らしい建物にも老朽化はやってくる。
僕が入学した頃、まさに工事の真っ最中ですあった。
一部の学生、特にデザイン学科からは元のデザインを尊重した作りにして欲しいという要望も出ていたようだが、それが受け入れられたかどうかは定かではない。
ただ新しく出来上がった建物を見る限り、その意見を汲んでもらえたようには思えなかった。
とにもかくにも僕の大学生活の始まりといえば、灰色の養生シートとキンキンうるさい金属音で彩られることとなった。

日府大学は、とにかく辺鄙なところだった。
元が山だったせいで急な坂道だの階段だのがあちこちにあるし、馬鹿みたいに広いので移動にも時間がかかった。
加えて今までの教室棟は鮮やかな、悪く言えば気違い染みた彩色をしていたものがみんな布に覆われて見分けがつかなかった。
学内に林が点在するせいで見通しが悪かったせいもあり、上級生に場所を聞いても一緒に迷子になってしまうことが多々あった。
知らない人に話せば馬鹿げた話だと思われるだろう。
僕だってそう思っていた。
だけど最初からそういうものだと思っていたら、急激な変化に対応できないのかもしれない、とも思った。

さて前置きは長くなったが、唯一改修工事を免れた棟があった。
三号館こと、「ミカン」と呼ばれている教室棟だ。
あまり目に優しくない黄緑色の屋根と、ベージュが混ざったような橙色の壁が「ミカン」の特徴であった。
一階のロビーには売店とソファーがずらりと並んでいる。
昼休みになると近くの棟から学生たちが押し寄せてきて、ロビーは地獄絵図と化すのが恒例であった。
二階には自習室が、三階と四階には小さい教室が四つずつ作られていて、よくゼミの発表や話し合いなんかに使われているらしい。
まぁそれも昼休みになったら関係ないのだが。
ところで三階のトイレの近くにはもう一つ階段が存在する。
「立ち入り禁止」の札がチェーンでぶら下げられているそこは、きっと屋上に続いているのだろうと今まで興味を持ったことがなかった。
そう、今までは。

2名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:28:49 ID:nzAw85Ys0
(;-_-)(うーん、)

どうしよう、と僕はその階段の前で悩んでいた。
時刻は午後一時十五分。
講義はまだ始まったばかり。
といっても僕には関係ない、今日は午前中で授業はおしまいだったからだ。
ただそのまま、空き教室でレポートのまとめをしているうちにこんな時間になってしまったのだ。
お昼を食いっぱぐれた腹からぎゅぅと悲鳴が聞こえてくる。

で、僕はなんでこんなところに立っているのかというと、この階段を上っていった人を見かけてしまったのだ。
長い黒髪、鮮やかな青色のジーンズ、細くて指。
一瞬幽霊かと思ったのだが、その生白い手はチェーンをつまみ、そいつはさっとその下を潜っていった。
たまたまそれを見てしまってから五分は経っている。
けれどもそいつは、階段から降りてこなかった。

(-_-)(何してるんだろ)

下衆な好奇心と、見つかったらどうするという叱責が鬩ぎ合う。
結局僕は、そいつと同じようにチェーンを潜ることにした。
改装されていない唯一の教室棟。
その屋上にある景色。
もしかしたらもうすぐ無くなってしまう風景。
そして、そこに入り込んだ誰か。
どれをとっても気になるものばかりだった。
緊張で荒くなる息をいなしつつ、足早に、しかし静かに階段を駆け上った。

3名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:29:57 ID:nzAw85Ys0
踊り場にたどり着き、深呼吸をする。
階段は、思いの外長かった。
しかしここまで来てしまえば、廊下からは僕の姿を見られることはない。
未だに落ち着かない心臓に空気を送り込むように、僕は息をたくさん吸い込んだ。
今までに僕は、校則を破ったことがなかった。
今まで田舎に住んでいたせいもあり、変な噂がすぐに回ってしまうからそれを恐れていたというのもある。
だから、もしもここに来たことがばれてしまったら……と考えると気が気でなかった。
それでも僕は階段を上った。
どうしてなのかはわからない。
憑き物にでも憑かれたように、段差に足をかける。

(-_-)「ん……?」

薄暗いそこで、きらりと光るものを見つけた。
しゃがんでそっとつまんでみる。
よく見ると階段には埃が溜まっていた。
掃除があまりされていないのだろう。
もしかしたら警備員ですらもここに来ないのかもしれない。
そんなことを考えながらつまみ上げたそれに、ふぅっと息を吹きかけた。
綿ぼこりがふんわりとはがれていく。
それは銀色で、鍵のような形状をしていた。
しかし鍵というにはあまりにも細すぎるし、何より凹凸が何もなかった。
先端の方にピッと細長い穴が開けられているばかりで、僕はこれがなんなのか考え込んでしまった。

(-_-)「あっ……!」

これは、あれだ。
コンビーフの缶を巻き取る時に使う棒だったのだ!
しかしなんでそんなものがこんなところに落ちているのだろう。
もしかすると例の人物の落し物なのかもしれない、と思いつつ僕は歩みを進めた。

4名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:31:26 ID:nzAw85Ys0
……それにしても屋上にコンビーフを持っていく人って、何が目的なのだろう。
色々と訳がわからなくなりつつも、腹が鳴った。

(-_-)(コンビーフ、最近食べてないな)

塩辛い味が勝手に舌に蘇り、よだれが滲み出てきた。
それを無理やり喉奥へと追いやった。
階段を上りきると、左側に鉄扉が見えた。
鉄扉の小窓から差し込む日差しはとても明るく、少し落ち着いた気分になった。

(-_-)(開いてる)

ダイアル式の南京錠がぷらぷらとぶら下がっていた。
ドアノブに触れるとそれは存外に冷たかった。
しっかり握りしめて、右に回す。
鉄扉を押すと、それは、ゆっくりと開いた。
眩い陽光が両目を焼く。
それでもまもなくその明るさに慣れて、僕は外へと踏み出した。

(-_-)「…………!」

所詮四階建ての小さな建物、と先ほどまでは思っていた。
しかし「ミカン」の屋上は、素晴らしい眺めだった。
小高い山に位置するので、他の教室棟や町並みを見下ろすようにすべてを見ることが出来た。

(-_-)(もっと違うところも見よう)

そう思い、反対側に回ろうとした時だった。

(-_-)「!」

5名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:33:09 ID:nzAw85Ys0
ガラス張りの、瀟洒な建物があった。
これは、温室だろうか。
それにしては平屋のような作りで、ちょっと違うような気がした。
ふらふらと足取りがそちらに向く。
赤錆びた看板が転がっていて、「喫煙所」と描かれているのが読めた。
中には脚の高い丸椅子が散乱していた。
そして何故か、中では扇風機が回っていた。

(-_-)「え……」

なんで、なんで、という言葉が頭の中で渦巻く。
どう見ても不釣り合いだった。
廃墟然とした喫煙所で、稼働している扇風機なんて、どうして……。

「ああ」

と、背後で声がして、僕は悲鳴をあげた。

川 ゚ -゚)「…………」

風にたなびく黒い髪。
真っ白なワイシャツ。
藍色のジーンズ。
爽やかな印象とは裏腹に、無感動な目が僕を射る。

6名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:36:00 ID:nzAw85Ys0
(;-_-)「こ、ここで、なにして……」

川 ゚ -゚)「それはこっちの質問だ」

(;-_-)「え、えっと、……」

川 ゚ -゚)「……と言いたいところだが、答えよう」

ふ、と女の雰囲気が和らぐ。
そして、女は得意げにコンビーフの缶を取り出した。

川 ゚ -゚)「これを開ける道具を探していたんだ」

(;-_-)「……え?」

女は無表情のまま滔々と語る。

川 ゚ -゚)「ここで昼食をとるのがわたしの日課でね、今日はコンビーフにしようと昨日から心に決めていたんだよ。ところがわたしとしたことが、缶についている巻き巻きするアレをなくしてしまったのだよ」

(-_-)「あ、あの、それ」

もしかしてこれですか、と僕は階段で拾った棒を差し出した。
というか、どう考えてもこれだった。

川 ゚ -゚)「おお、ありがたい。どこで落としたのかわからなくて屋上中を探し回っていたんだよ」

嬉々とした声で、しかしやはり表情筋が一切動かないまま女はそれを受け取った。

7名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:36:54 ID:nzAw85Ys0
川 ゚ -゚)「本当にありがとう」

(-_-)「いやそんな、はは……」

と笑って誤魔化していた時に、ぎゅうぐうと一際大きく腹が鳴ってしまった。
僕は気恥ずかしくて、思わず俯いた。
初対面の人にこんな情けないところを見られるなんて、僕は本当についていなかった。

川 ゚ -゚)「なんだ、君、まだお昼を食べていないのか」

女はそう言って、僕の真横を通り抜ける。
目で追うと、彼女は自動ドアの隙間に手を突っ込んでいた。

(-_-)(いや、電気が来ていないから自動ではないか)

とにかく彼女がそれをぐいと引っ張るとドアは緩やかに隙間を開けた。
そして、

川 ゚ -゚)「よかったら、一緒に食事をしないか」

(-_-)「え、いいんですか?」

川 ゚ -゚)「構わないよ、鍵を拾ってくれたお礼だ」

(-_-)「鍵?」

隙間に体をねじ込みながら問う。

川 ゚ -゚)「コンビーフの缶を開けるやつ」

(-_-)「ああ……」

8名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:38:59 ID:nzAw85Ys0
するん、とガラス戸を通り抜ける。
女は再びドアを押して、その隙間を閉じた。

煙草の嫌な臭いは薄く、日差しが照っているわりには涼しく、案外中は快適であった。

女は丸椅子の山に近づいた。
よく見るとそこにナップザックがぶら下がっていた。

川 ゚ -゚)「はい」

(-_-)「おっと……!」

投げ渡されたそれは台形の缶であった。

(-_-)「……え?」

川 ゚ -゚)「だから今日の昼食はコンビーフと言っていただろう」

(-_-)「えっ、ちょっ、これだけ?」

川 ゚ -゚)「そうだが」

(-_-)「……うそぉ」

川 ゚ -゚)「ほんとほんと」

キコキコと手を動かしながら、彼女は答える。
どうすればいいのかわからず、僕はぼんやりとそれを見ていた。
茶と白の斑が特徴の牛と目が合う。
しかし次の瞬間には、その牛の四肢は鍵によって巻き取られ、切り離されていった。
かろうじて土台に描かれているコンビーフの文字だけが寂しく残る。
巻き取り終えた蓋は、彼女の足に踏んづけられている袋へと消えていった。
扇風機の風にたなびいていたそれは、重みが加わって若干大人しくなったように見えた。

9名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:41:10 ID:nzAw85Ys0
赤くて柔らかいほぐし肉と、半溶けの黄色い油脂。
それを眺める彼女の目線は、初めて感情を晒し出していた。
しかしそれがどんなものなのかまでは捉えられなかった。
さばさばと言葉を吐き出していた口は、いまや目の前の肉塊を食べるための器官に過ぎなかった。

川 ゚ -゚)「ん……」

恍惚さが滲み出た声が、鼻から抜けていく。
かじり取られたコンビーフは、このペースで行くとあと三口で終わってしまいそうだった。

ふとその時、彼女と視線がかちあった。

川 ゚ -゚)「食べないのか」

怪訝そうなその声に、僕は黙って首を振った。
最初はこんなものしか食べられないなんて、と思っていた。
だけど今ではなぜか、食べたくて仕方がなかった。

(-_-)「いただきます」

キコキコと、缶を開ける音が再び響いた……。

10名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:42:35 ID:nzAw85Ys0
(-_-)「素直さん、よく食べますね」

川 ゚ -゚)「そうかね」

コンビーフ女こと、素直クールは六缶目に手を伸ばしていた。
よくあれだけ脂っこいものを連続して食べられるなぁと僕は感心していた。
ちなみに二缶目を食べ終えたところで、もう満腹になっていた。

川 ゚ -゚)「疋田くんこそ、随分少食じゃないかね」

(-_-)「これでも今日は食べた方ですよ。僕あんまりご飯食べる方ではないので」

川 ゚ -゚)「もっと食べた方がいい。君は少し細すぎる」

(-_-)「ええ……」

細い、と言われてもピンとこない。
成長期に横ではなく縦に伸びすぎたので、肉がつくという感覚が僕にはわからなかったのだ。

(-_-)「というか素直さんこそそんなに食べててよく太りませんね」

ぴたっと手が止まる。
肉を咀嚼する音だけが響き、気まずい空気が流れた。
しまった、よく考えなくたって女性に体型ネタを振るのは悪かった。

(;-_-)(どうやって詫びようか……)

そんな算段をしていると、素直さんはごきゅりと肉を飲み込んだ。


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