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Last Album

238 ◆xh7i0CWaMo:2014/10/06(月) 21:46:47 ID:ok723CeU0
私の頭を漂流する記憶に、最早整然とした順序など存在していない。
全ての場面が、パノラマ状の壁に貼り出されているような具合だ。
だから、時々ひょいと思考の中へ飛び込んでくる言葉や光景が、いったい何時のものであったか、判然としない。

件の婆さんの言葉とて、もうどれぐらい前のことであったか。
彼女はどこまでも健康的な人間で、此れと言った大病を患うこともなかった。
けれども耳だけは老いて早々に衰え始め、私を苛立たせることも度々であった。

何しろ私の声質は低くくぐもっていたため、それが理由で会社員の頃、上司によく叱責されたのだ。
その当時のトラウマがどうしても蘇ってならなかったのだ。
 
婆さんもそのことは重々承知していた。
然し、どうも日常的に機械を自身の身体に装着することには並々ならぬ抵抗感があったらしい。
無論、逆の立場となれば私だって拒絶していただろう。

その婆さんが自ら私に、補聴器の購入を言い出したのだから、彼女の中で余程の決心があったのは確かだ。
二十万というのは結構な大金であったが、私はすぐさま承知した筈だ。
 
それから一ヶ月程してオーダーメイドの補聴器が届けられた時、
耳につけた婆さんは、それはもう大層な喜びようであった。口には出さずとも、
矢張り普段から随分と鬱憤を溜めていたらしく、それが一遍に吹き飛んでいったような具合だった。

それを見た私は……表面上は、年甲斐もなくはしゃぐ婆さんを鼻で笑っていたようにも思う。
けれども本心では、そんな婆さんが微笑ましくて仕方がなかった。そして、どこかしら安堵のような感情もあった。

婆さんが耳を悪くしたのは、仕方のないことではある。
だがそれは婆さんの、引いては我ら夫婦の老いをまざまざと見せつけられるものであった。

機械に介助されているとはいえ、彼女の聴力が昔に戻ったことは、
何よりも、我々がこれから先もまだ、やっていけるという重大な展望を示唆してくれるものだったのだ。

昔ながらの精神論だけで言うのではない。
そうした日々の所作の一つ一つが、我らの生き延びてゆくことに肝要であるのだと、
改めて気付かされた瞬間であった。
 
そして皮肉にも、その体験は婆さんの死によって訪れた絶望の深さを更に拡げる結果となってしまったのだ……。


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