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スーパーロボット大戦∞ オムニバス

100はばたき:2012/03/19(月) 21:57:41 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp
赤薔薇「っ!?」

 走り出す脚

 突き出した拳は赤い薔薇に阻まれる

赤薔薇「何を?」

純星「何が解る・・・」

 アンタに何が解る!

純星「知った風な口利きやがって、永遠だ?不変だぁ?」

 それじゃ、まるであたしが進歩の無いバカみたいじゃないか!!

赤薔薇「気に障ったのなら謝ろう。そういう意味では―――」

純星「うっさい!ボケェ!!」

 思いっきり蹴り飛ばす。
 何があろうと変わらない?
 ふざけんな!
 皆と出会って、皆と一緒に過ごして、皆と別れて・・・
 その時、あたしがどんな気持ちでいたかも知りもしない癖に!!

純星「あたしはアンタみたいに表面だけ見て中身を見ようとしないやつが大嫌いなんだ!変わらないだぁ?あたしが喜ぶのも楽しいのも、寂しいのも腹が立つのも全部嘘だって言いたいのか!!」

 思いっきり殴りつけようとするけど、相変わらず薔薇一本であしらわれる。
 ちくしょう、こいつ強ぇ・・・。
 いや、あたしが弱いのかな?

赤薔薇「理解しがたい。君は何に激昂する?変わらぬことは強さだろう?私は賛辞を贈ったまでだ」

純星「んの、バカたれ!!変わらないから強いなんて・・・人は硬けりゃいい石っころとは違うんだよ!!」

 めまぐるしく変わっていくから楽しいのに。
 ”今”っていう時間は一瞬しか無いから大事なのに。
 あたしはいつだって全力だ。
 それは変わらない事かもしれないけど
 あたしの中でマグマみたいに煮えたぎって感情は、いつだって変わり続けてる。
 嬉しいのは悲しいのを知ってるから。
 楽しいのは寂しいを知ってるから。
 だから、悲しいを嬉しいに
 寂しいを楽しいに変えようと頑張るんだ!!

純星「ヒトをお前の枠組みにあてはめんなぁっ!!」

赤薔薇「悲しいな。君も私の虚を埋めてはくれないのか」

 薔薇が咲き誇る。
 無数の変幻を繰り返す薔薇が、あたしを貫いた。

赤薔薇「さようなら、変わりゆく定めのモノよ・・・せめて、永遠に変わらぬ死と言う終着点へ送ろう」

 だから―――!!

純星「あたしを止めるんじゃねぇやい!!」

 あたしの腕に顕れる武器。
 それは弓のようであり、琴のようであり

赤薔薇「それはっ!?」

純星「調子乗って今まで使ってこなかったけどさ・・・」

101はばたき:2012/03/19(月) 21:58:24 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp
 お前だけは徹底的にぶっ潰す。
 だから、この技を使う。
 本気になったあたしの力。
 これは決別の意思表示だ。

純星「虹の彼方に吹き飛べ!!」

 弦を弾くと同時に、七色の層が相手を包む。
 絶対不可避の包囲。
 七色の音色に沿った事象で相手を包んで圧潰させる。
 これがあたしの切り札だ!

赤薔薇「止まらぬ決意・・・それは不変の意思か?」

 さあね。
 こんな想いもいつかは変わるかもしれない。
 それが進むって事だから。

純星「あちち・・・思いっきりぶち抜かれた」

 不味いなぁ、血が足りるかな?
 一人ぼっちかぁ。
 こういう時皆が居ると助かるんだけどな・・・

純星「ええい、悩んでても始まるかぁっ!根性!!」

 腕組みして立ち上がる。
 ふっ、風が心地いいぜ。

レナ「ふざけんな!ボケェっ!!」

純星「おぶ!?」

 すぱーん、と頭をはたかれた。

レナ「アンタねぇ、死にかけたかと思って焦った瞬間、なんでそんなピンシャンしてるのよ!?」

純星「おう、レナっち!生きてたか!」

レナ「その言葉、そっくりアンタにバットで打ち返すわ」

 青筋なんて立てて、おっかないにゃあ。
 まあ、元気そうで何よりだ。

零「つか、少しは凹んでるかと思えば・・・お前の心配をした己を呪う」

純星「んだよー!あたしだって寂しかったんだぞ?それなのにお二人はしっぽりおデートですかにゃぎゃあああぁぁぁっ!!!?」

レナ「ったく、ほら、こっち来なよ。幾らアンタが頑丈でも、失血死するよ」

純星「かたじけねぇ・・・」

 あ〜、やっぱいいなぁ。
 皆といるって・・・。


 ◇あとがき◇

鈴燈純星というキャラクターのコンセプトは『変革』です。
初出演である
∞‐Infinity−(千編万華)と言う作品は、暗く陰湿な要素の多い設定だったのですが、純星の物語はそれらを勢いだけでブッ飛ばしていく底抜けに明るい物語です。
過去に縛られたモノが跋扈する世界を駆け抜ける新しい風。
次代を担う変革者と言うのが純星のコンセプトです。
どこまでも平常運転に見えて、常に目まぐるしく変化していく自分の中の感情を大切にしている女の子。
激しくおバカに見えるけど、誰よりも強い革命者。
鈴燈純星のそう言った一面が、少しでも伝われば嬉しく思います。

  【完】

102藍三郎:2012/03/21(水) 21:37:07 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp
『鬼神、天を震わす』


 世界の権力を一手に握ると称される八大貴族、その一角たる夜天蛾家の邸宅は、富士山麓の広大な樹海に存在した。
 その富と権力、そして公爵としての格を象徴するような、和洋入り混じった瀟洒な邸宅であるが、部外者が上空からその全容を見ることは叶わない。
 富士山を中心とした樹海全体に魔術的な結界が張られ、その全貌を外海から閉ざしている。
 また、富士山一帯は夜天蛾家の私有地で、周囲を軍施設が取り囲んでいる。
 無断で立ち入ろうとする者は、駐屯している国連軍と、樹海に潜む夜天蛾家の私設軍隊による、容赦のない攻撃が浴びせられるだろう。
 また、この地は彼岸の主催する魔術ギルドの総本山でもある。
 百を越える魔術師達が詰めており、侵入者は単純な武力だけでなく、常識の枠外の法を繰る魔術師達とも戦わなければならない。
 従来の機動兵器を用いた戦闘と、魔術による攻防は根本的に異なる。高位魔術師に掛かれば、コクピットの外から呪殺することもたやすい。
 そして多くの反政府組織やレジスタンスは、そうした魔術的な戦闘に対する備えをしていない。
 樹海に立ち入ったが最後、幻覚魔術と干渉魔術で五感を狂わせられ、訳も分からぬまま、潜んでいた部隊に撃墜されるのだ。
 夜天蛾家はその権力に比例して敵も多い。過去多くの人間が、良からぬ考えでこの禁足地に踏み入ろうとしたが、全て闇に葬られている。



 夜天蛾邸にて。
 夜天蛾家現当主、夜天蛾霊道公爵の妻、夜天蛾彼岸は、配下の魔術師からの報告を受け取っていた。

「ふゥん。東シナ海で夜天蛾(ウチ)が調査中の遺跡が……ねェ」

 彼岸は指先で紅色の煙管を弄いながら、報告と共に送られた映像を見遣る。そこに映し出された光景は、まさに惨状と呼ぶ他ないものだった。
 引き裂かれ、ただの鉄屑となった機動兵器の残骸。あちこちに散らばる調査員や兵士達の屍。
 五体を裂かれた者、頭蓋を砕かれた者、地面ごと黒焦げにされた者、そして、原型を留めぬ程に押し潰され、肉の味噌になっている者。
 圧倒的な暴力が、この場を襲った事は、容易に想像できた。
 破壊の痕跡はあちこちに残されていたが、その陥没の内の一つは、拳を叩き付けたような形をしていた。
 やがて、カメラはこの破壊の実行者へと移る。それを目の当たりにした彼岸は、瞳孔を開き、「ほゥ……」と感心したように息を零した。

「どうやら、“アタリ”を引き当てたようだねェ……ふふふ。よくやったと誉めておくよ。うっかり封印を解いちまったのは失敗だったがね」

 自身の配下を含む大勢の人間が犠牲になったというのに、彼岸は映像に映るモノを見て、満足げに笑った。

「で、調査隊は全滅かい?」
「いえ、辛うじて脱出した者が数名います。“それ”は、島にあるモノを徹底的に破壊しましたが、島からは一歩も出なかったようです」
「はン、成る程ね。どうやら、島に立ち入った異物に対してのみ攻撃するように仕込まれているようだ。とりあえず、島から移動しない分、面倒は少なくなったが……」

 厄介なことには変わりない。果たして、どれだけの戦力を投入すれば、“あれ”を鹵獲できるのだろう。この作戦は極力秘密裏に行わねばならない。国連軍の介入は避けたい。

「ここは、奴らの力を使う他ないねェ。生き残った連中は拘禁してあるんだろうね。後で詳しい話を聞き出すよ」
「はい。それは勿論ですが……」

 魔術師は言いにくそうに、次の言葉を繋いだ。

「生き残り達は、軍の基地に助けを求めました。そこに御曹司が……皇鬼様が補給に立ち寄っておられまして……」
「…………」

 彼岸は紫煙を吐き出す。長男の性格を考えれば、そんな“怪物”の話を聞いた後で何をするのか、容易に想像がつく。

「こりゃ、急かせた方が良さそうだねェ」

 彼岸は、煙管で部屋の柱に描かれた紋様を叩く。すると、中空に赤く光る魔法陣が浮かび上がった。
 彼岸は、通信の魔術式に向かって話し掛ける。
 遠隔地の通信は、通信技術の発達により、誰にでも使える科学的な機構にが、魔術による通信には傍受されにくいという利点がある。

「儡魔(らいま)、いるんだろ? あたしだ、彼岸だよ。あンたんところの悪餓鬼どもを動かしたくてねェ……今奴らはどこにいる?」

103藍三郎:2012/03/21(水) 21:38:32 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

 夜天蛾皇鬼は、マレーシアの軍基地を出立し、ザウリ島へと向かっていた。

 ザウリ島。東南アジア、マレー半島の沖数キロに位置する無人島である。
 島全体が巨大な火山となっている、というより、海底火山の山頂が海上に突き出している、と言った方が正しい。
 この火山は常に噴火の危険を孕んでおり、実際に年に数回は噴火し、島全体を溶岩で包む。
 そんな危険を承知で島に住もうとする物好きもいない。故に、ザウリ島は長年人間の立ち入りを拒んで来た。
 地元民からは『鬼神の住む島』と呼ばれ、畏怖と崇敬の念を向けられている。
 火山の噴火は、島を浄化し、聖域を護るための鬼神の意志である。信心深い地元民らはそう信じている。
 また、島には実際に、天を突くがごとき巨体の鬼神が眠っているという伝承もある。

「母君は、その伝承に基づいて、あの島の調査を始めたのか」

 予(かね)てより夜天蛾家は、世界各地の古代遺跡の調査に投資して来た。多くの名家に見られるような、単に名声を得るための文化事業ではない。
 その狙いは、古代文明のテクノロジーを手に入れ、己の軍を更に増強すること。
 あるいは、その技術を国連軍に導入し、軍内部で確固たる地位を築くこと。
 
 スペースコロニーが生まれ、機動兵器の存在が日常となる程に科学技術の進展した現代だが、一万年以上昔の古代には、その現代を遥かに越える水準の文明が存在していた。
 そのテクノロジーは現代のそれを上回り、遺跡から発掘された未知の技術が、科学の進展をもたらすことも少なくない。
 そして、古の世には、地上を治め、人類を守護してきた、機械仕掛けの神々がいたとされる。


 その名を鋼神(こうしん)――


 それらは古代文明の技術の粋を結集して創られ、当時それぞれの国家を守護していた。鋼神の伝承は、世界各地に残されている。
 
 伝承に曰く、その拳は天を割り、その脚は地を砕き、絶対の存在として崇められ、畏れられたと言う。
 
 一度鋼神が戦えば、国を焦土と化すだけの力を持った鋼神が、各国に一体ずついることで、どの国家も正面から戦おうとはしなかった。
 鋼神は、各国家の全面衝突を防ぐ、今でいう核の役割を果たしていたとされる。
 かくして、鋼神と言う傘の下で、古代文明は栄華を極めたと言う。


 では何故、それだけの繁栄を誇った古代文明が、突如として歴史から姿を消したのか。
 それに諸説あるが、多くの伝承に共通しているのが、万魔(ばんま)との戦いだ。
 魔術と科学の両面で繁栄を極めた古代地球文明の末期、何処(いずこ)かより、万の――実際には、それを遥かに越える――悪鬼が現れ、人類文明の破壊を開始した。
 天から、地から、あるいは、現世(うつしよ)とは異なる世界から。その起源は、伝承によって異なり、はっきりしたことは分かっていない。

 いずれにせよ、万魔の襲来により壊滅寸前に陥った当時の人類は、切り札たる鋼神を用いて対抗。
 激戦の末、鋼神は地上から万魔を残らず殲滅するも、その頃には人類の文明もまた、再生不可能なまでに破壊されていた。
 鋼神も力を使い果たし、各地に眠りにつくことになる。
 以上が、世界各地の伝承から伺える、鋼神伝説の概要だ。


「ふ――」

 その鋼神の一体が、ザウリ島に眠っているのかもしれない。はっきりしたことは何も判っていないのだが、予感はある。
 あの島に待ち受けているものは、己の想像を越える怪物であろうと。

「昨日のゲリラ共との戦は、退屈の極みであった。次こそは真の戦が出来ると期待しているぞ。まだ見ぬ“鬼”よ……」

 激闘の予感に、夜天蛾皇鬼は体を震わせた。

104藍三郎:2012/03/21(水) 21:40:46 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

「〜〜♪〜〜♪〜〜♪」

 真っ赤な薔薇の花びらを浮かべた、乳白色の浴槽に、裸身が横たわっている。乳首が見えるか見えないかの辺りまで体を沈め、気持ち良さそうに鼻歌を歌っている。

「ふふふふ……」

 水に浸かった赤い髪が、海藻のように揺蕩う。湯舟から脚を上げ、自らの脚線美を愛おしむように、水の滴る右脚を見詰める。
 その、巌で出来た、丸太のように太い右脚を。

 大人二人が余裕で入れるほど大きな浴槽であるが、その者にとってはこれでも狭すぎるようだ。
 がっしりした肩から伸びる両腕の肘を、浴槽の縁に乗せている。筋肉で覆われた鎧のような胸板には、咲き乱れる薔薇の入れ墨が刻まれていた。

「ふゥ〜〜〜。やはり、この美しさを保つのにモォォォニングに入る薔薇のお風呂は欠かせないわねぇ」

 黒薔院魔魅羅は、上機嫌そのものだった。薔薇を浮かべた風呂に入浴する時間は、彼の何よりの楽しみなのだ。


『魔魅羅様……黒薔院魔魅羅様……』

 だから、彼に当てた艦内通信が流れた時、彼が不快な顔をするのも当然のことだった。

『なぁにぃ? 私の魅惑のフローラルビューティーバスタイムを邪魔したら死刑って言ってあるわよねぇ? 
 何、そんなに私の上腕二等筋に挟まれて、快楽の絶頂のまま昇天したいのぉ?」

 通信兵の声が、戦慄に震え出す。

『も、申し訳ありません!で、ですが、瑠璃夜様より緊張の呼び出しとあっては……』
「何ですって!? 瑠璃夜お兄様が!? それを早く言いなさい!!」

 魔魅羅は即座に浴槽から立ち上がる。水に濡れた一糸纏わぬ雄々しき裸体が、シャンデリアの光で照り輝いていた。

 己の肉体美のみを絶対と信じ、この世の全てを己が美しさの引き立て役と見做している魔魅羅にとって、彼は数少ない、特別な意味を持つ人物だった。

「こうしてはいられないわ! 待っていてお兄様!! 今すぐ参りますわ〜〜!」

 魔魅羅が飛び上がっただけで、浴室に激震が走り、浴槽に皹か入る。
 ノブを捻る時間も惜しいのか、ドアを蹴破り、湯気の立ち上る裸体のまま飛び出した。
 


 黒薔院家旗艦『黒薔薇館(くろばらかん)』。

 遠目からでは、その名の通り巨大な黒い薔薇に見えるそれは、黒薔院家が所有し、彼らの拠点となる空中要塞だった。
 夜天蛾家に忠誠を誓う黒薔院の従者たち、及びその機体はここに集められ、本家の求めに応じて世界各地へと出動している。
 全長約六百メートルほどだが、人々の目に留まることはない。
 光学迷彩に電波撹乱(ジャミング)、更には魔術による存在隠蔽を施され、人里には出てこないこともあり、部外者が発見することは不可能に近い。

 内装は、黒薔院本家の館を模して作られており、中世ヨーロッパの洋館にいるかのような錯覚を覚える。

「ねーねー、やっぱり止めようよーお兄さまー。あいつなんかいなくても、あたし達だけで十分だってば」

 黒薔薇館の中心である大広間で、弟・魔魅羅の到着を待つ兄・瑠璃夜に、妹・鴉凛栖はぶつぶつと抗議を続けていた。

 夜天蛾公爵家が方々よりかき集め、あるいは生み出した、有象無象の異能者が集まる黒薔院……その中で、高位の使い手には『騎士』の称号が与えられる。
 更に、瑠璃夜、魔魅羅、鴉凛栖、黒薔院家現当主、黒薔院儡魔の血を引く三人の異母兄弟は、
 “黒薔薇の三騎士”と称され、黒薔院の異能者達の頂点に立つ者達である。
 黒いゴスロリ服に身を包んだあどけない少女に見える黒薔院鴉凛栖も、夜天蛾公爵の近衛であり、高位の死霊使い(ネクロマンサー)であった。

105藍三郎:2012/03/21(水) 21:43:17 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

 見える者には分かるだろうが、彼女の周囲には無数の死霊が飛び回っている。
 現世への怨み、妬み、憎しみ等の負の妄念を宿すこれら死霊が集まる場所は、霊的な意味において空間を歪ませる。
 特に、彼女が抱き抱えている人形の発する歪みは尋常なものではない。

 高位の死霊使いは己自身を動く地獄と化す。
 霊的耐性のない一般人では、ただ近づくだけで恐怖に飲まれ、最悪、死霊に取り殺されるだろう。
 そのような死霊達に常に囲まれていながら、黒薔院鴉凛栖は平然としたまま、年相応の明るさを保っている。

 一般的に、死霊使いは根暗で陰欝な性格が多い。死霊と交信する内に、いやがおうでもその怨念に当てられ、生きる気力を奪われ、現世に絶望するようになるからだ。

 死霊使いは死を操りながら、同時に死へと引きずられている。

 生者でありながら、死者と極めて近くに寄りそう死霊使いは、生と死の境界線の上を、危ういバランスで歩き続ける者達なのだ。


 しかし、この少女にそんな類型は当て嵌まらない。
 彼女は常日頃から多数の死霊に囲まれているが、彼らに恐れを抱いたことなど一度もない。
 それどころか死者や死霊は彼女にとって大切な“オトモダチ”であり、彼らと共にいることは、心安らぐ日常なのだ。
 だから、彼女は濃密な死霊の中にあっても、明るい態度を崩さない。
 死に惹かれながらも生に留まる、そんな矛盾した己の在り方を何の違和も無く受け入れている。
 さもありなん、彼女(アリス)は最初からそうしたモノとして“創られた”のだから。


 死霊使いは死に近い程力を増す。
 夜天蛾の重臣、虚空寺裂舟が風と精神を通わせることで力を得るように、死霊使いは死霊と対話することで彼らを使役する。
 死者と心を通わすには、自身が死に近づかなければならない。しかし、死に近付く行為は生ある人間からの逸脱と同義。
 過ぎれば己が身を滅ぼす毒薬となる。死霊使いとて、死ねばただの骸に過ぎぬのた。
 ならば、生ける屍ならばどうか。

 生者であり、同時に死者でもある。その矛盾を内包する存在ならば、理想的な死霊使いになることができるのではないか。

 そんな、一族最強のネクロマンサーを創り出す目的の下、鴉凛栖は黒薔院家に伝わる禁断の秘法により産み出された。

 その秘法とは、堕胎した子供に母親の命を吸わせて蘇生・誕生させると言うもので、
 これによって生まれた子供は、生と死の狭間を繋ぐ“死霊使い”に最も相応しい肉体と精神を持つ。

 アリスは、母親の胎内で一度死を迎えている。
 彼女は術式に導かれるまま、胎内で母親の魂を吸い取り……命を得た。

 魔道の歴史は長いが、未だ死者を完全に蘇生させる術は確立されていない。

 だが、生まれる前の赤子ならば、人格を構成する記憶や身体的特徴が全く無い状態ならば……例外が生まれる。


 魔道とは、この世の法則を捻じ曲げること。術の行使により生じる“歪み”が大きければ大きいほど、術の成功率は低いものとなる。
 世界には、常に修正力が働いており、元来自然にはありえない異物を排除しようとするからだ。

 成功率を上げるには、魔術によって引き起こす現象を、自然に起こるそれに近いものにする必要がある。
 それによって、この魔術は自然法則に則ったものであると、“神”に錯誤させるのだ。
 魔術師の中に、炎や風と言った自然現象を扱う者が多いのは、それがこの世界に存在しやすい魔術の“カタチ”だからだ。

 ブードゥーチャイルドの儀式の要諦は、無から有へと至る誕生と、死から生へと至る蘇生を重ね合わせることで、二つは同じものなのだと誤認させることにある。
 だが、失われたものは、別の何かを使って埋め合わせねばならない。代用品となるのが、子を産み落とす母親の魂だ。

106藍三郎:2012/03/21(水) 21:44:40 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

 そして、黒薔院鴉凛栖は、屍骸となった母親の腹を破ってこの世に生を受ける。
 生まれて初めて触れたモノは、洪水のように溢れる血と、冷たくなった母親の皮膚だった。
 
 しかし、完全に蘇ったわけではない。
 母親の魂を動力源として生命活動を行っているとはいえ、
 彼女は元々屍骸……今もそれが代わる事はなく、生者か死者かの線引きは、限りなく曖昧となっている。
 16歳にしては成長が遅いのも、そのためだと思われる。

 さらに、強力な死霊使いとして仕立てるべく、
 彼女は物心付く前から他者との交流を絶たれ、半ば監禁状態に置かれてひたすらに霊魂との交信を強要されてきた。
 最初は人形のように無感動・無表情だったが、霊達と会話するにつれ、徐々に人間らしい感情が芽生えるようになる。
 長い間霊とだけ接してきたため、彼女にとっては生きた人間よりも、死した霊魂達の方が身近な存在となっていった。
 彼女は霊のことを“トモダチ”と呼ぶが、実際に彼女の友達は死霊達だけだったのだ。

 こうして成長した彼女は、年相応の明るさを持つ一方で、黒く歪んだ人格を形成するようになる。
 限りなく“死”に近い場所にいる彼女にとって、
 生きるためにあがく人間の姿はこの上なく滑稽かつ醜く映り、
 彼らを嘲り、嬲り、死の淵に追い込む事に快感を見出すようになっていった。
 複雑で陰惨な境遇の下に育った彼女だが、アリス自身はそれを気にする様子は全く無い。



「あんなの力借りなくてもいいじゃん」

 余程、二人目の兄と行動を共にするのが嫌なのか、鴉凛栖は抗議を続けている。

「彼岸様は、父上を通して我ら三人に出動するよう命ぜられた。魔魅羅を外すわけにはいかない」

 穏やかになだめる兄に、鴉凛栖は頬を膨らせて、不満を露にする。
 人中の地獄たる妹を前にしても、瑠璃夜は平静を保っている。片方だけとはいえ、血の繋がった兄だからか。それとも、彼もまた“外れて”いるからか。


 まだ承諾できないのか、鴉凛栖が兄に口を開いたその時……

「おにぃさまぁ――――っ!!!」

 大声と共に、広間に繋がる両開きの扉が開け放たれる。

「きゃあああああああっ!?」

 その声の主を目の当たりにした鴉凛栖は思わず目を覆い、絹を裂く悲鳴を上げる。

「黒薔院魔魅羅っ! 愛しい愛しいお兄様の求めに応じ、只今参上つかまつりましたわっ!!」


 鉄柱のような両腕を後ろに回し、筋肉で覆われた腰をくねらせ、魔魅羅は決めポーズを取る。
 世界一美しいと自分で思っている、分厚い胸筋に腹筋、両腕に両脚、全身のあらゆる筋肉を見せ付けるように。

 全身の。そう、今の魔魅羅は殆ど全裸に等しかった。申し訳程度の慎みとして、股間に薔薇の花を当てている。
 それも、角度によっては見えかねないものであったが。

「な、な、な……」

 鴉凛栖は顔を赤くして、全身を震わせている。最初に驚愕、次に羞恥、そして、それが憤怒へ転じるのに、殆ど時間はかからなかった。

「なんてモノ見せてくれんのよこのド変態――ッ!!」

 次の瞬間、鴉凛栖の周囲に多数の包丁が出現する。
 霊体具現化(エクトプラズマー)……彼女の周囲を浮揚している霊を凝縮し、物質化することで、物理的な殺傷力を持たせる、死霊使いの業の一つだ。
 顕現した刃物群は、魔魅羅目掛けてミサイルのように真っ直ぐ飛んで行く。

107藍三郎:2012/03/21(水) 21:46:22 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

「のおおおおっ!?」

 魔魅羅は最初驚いたものの、即座に拳を振るい、飛来する刃を叩き落とす。それは、散弾銃の弾を全て叩き落とすがごとき神速だった。

「ちょ!何すんのよ!!この珠のお肌に傷がついたらどうしてくれるの!!」

 声を荒げながらも、迫り来る刃物を手刀で叩き落としていく。刃の嵐に晒されながら、両手を含め、彼の自慢の肌はかすり傷一つ負っていない。
 彼の、単純な鍛練、気功、魔術と、あらゆる手段を用いて鍛え抜かれた肉体は鋼に等しい。金づちで包丁を叩き割っても、金づちが傷付くことはないのと同じことだ。

 それでも、手で刃に直接触れていれば、僅かな傷を負うはずだ。そうはならないのは、彼が刃の切れない部位を見切って、そこだけを叩き落としているからだ。
 常軌を逸した動態視力と反射神経。黒薔院魔魅羅はただの剛力自慢ではない、技巧を極めた戦闘者だった。

 
 彼がその気になれば、飛び散る滝の飛沫や、散弾銃の弾丸さえも掴み取ることが出来るだろう。
 やがて、刃の嵐はその数と勢いを弱めて行く。刃(タマ)切れか。いや、鴉凛栖のエクトプラズマーは周囲の霊を物質化して射出する。
 それは、一度魔魅羅に叩き落とされ、刃から霊体に戻った死霊とて例外ではない。
 破壊された刃を構成していた霊は、再び鴉凛栖の周囲へと還る。
“今の状態では”連れていける死霊の数に限界があるものの、死霊は破壊されても再利用できるのだ。実質、無尽蔵の燃料を持つに等しかった。

 鴉凛栖は憤怒で脳を殺意一色に染めているが、彼女は黒薔院の超一級の戦闘人形。
 一度殺すと決めた以上は、いかな状態であろうと、冷静さを維持したまま対象を殲滅できる。
 感情と、戦闘用の思考回路は切り離されていながら、連結している。感情に従い、回路を起動させているのだ。
 刃はただの牽制であり、本命を撃つまでの時間稼ぎ。
 いつしか、鴉凛栖の周囲は、霊的な視覚抜きでも空間が歪んで見える程の、大量の死霊が集まっていた。広大なホールを圧する程の巨体が今、具現化する。

「いっけぇーっ!!」

 エクトプラズマーによって顕現したのは、何と蒸気機関車の先頭車両だった。
 正面には青白く引き攣った人間の顔面が張り付き、天へ向かって伸びる煙突からは、白い死霊を吐き出し続けている。

「いっけぇ、幽霊鉄道666(ゴーストトレインスリーシックス)!!
 変態を轢き潰してぐちゃぐちゃにしちゃえぇーっ!!」

 鴉凛栖の号令一下、幽霊機関車は鈍い汽笛を響かせ、魔魅羅目掛けて驀進する。
 しかし、魔魅羅はそれを鼻で笑って見せた。
 彼は、無数の刃を叩くのに両の手しか使っていない。力を溜めていたのは、鴉凛栖だけではなかった。
 魔魅羅の右脚が黄金色に輝く。

「ビューティー・ゴールデン・ソバットォォォォォッ!!」

 魔魅羅の腰が、神速で回転する。同時に解き放たれる黄金の剛脚。大気を薙ぐ肉の鞭が、幽霊機関車の顔面に炸裂する。
 無数の死霊を凝縮した幽霊機関車の時速と質量は、本物のそれと比して遜色ない。
 だが、魔魅羅の剛力はそれすらも凌駕する。正面に減り込んだ右脚は、幽霊機関車の巨体を水平に引き裂いていく。

「フォォォォォォォォッ!!」

 やがて、魔魅羅が右脚を完全に振り抜く頃には、幽霊機関車も横に真っ二つにされていた。
 左右に落下した幽霊機関車は、無数の霊魂を飛び散らせ、爆散する。

108藍三郎:2012/03/21(水) 21:47:35 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

 エクトプラズマーの原理は、鴉凛栖の脳内にあるイメージを投射し、霊を用いて具象化することにある。
 そのイメージは、術者にとってより鮮明なもの、現実に存在する物に近しい程望ましいのだ。
 全くの空想の産物は、どうしてもイメージが曖昧にならざるを得ず、弱く脆い、あるいは、物質化が不十分で透けてしまうものしか作れない。
 実体化した霊は、その性質も引きずられる。

 だからこそ、鴉凛栖はエクトプラズマーを用いる際、刃物や機関車など、現実にある物を具象化するのだ。そちらの方が、より強度を持たせることが出来る。
 更に死霊使いの力量によっては、更なる強度を付加することも可能となる。

 しかし、具象化した霊は、元となった物体の性質も引きずられる。折れた刃物は最早刃物として用を成さず、破壊された機関車はもう走れない。
 その物が道具として用を成す状態が失われた時点で、エクトプラズマーは解除される。残骸は元の死霊へと分散され、鴉凛栖の下へと還る。
 鴉凛栖の召喚した幽霊列車666は、外見こそ古ぼけた蒸気機関車だが、鴉凛栖の霊力でその強度は機動兵器の装甲に匹敵する。
 それを正面から打ち砕いた魔魅羅の蹴りの破壊力も、尋常なものではない。

 それでも、黒薔院最強の異能者たる彼女らにとって、この程度は力のほんの一端でしかない。


「アイ・アム・ビューティー! アイ・アム・ジャスティス!
 オホホホホホホ! 聴こえるわぁ、美の女神ヴィィィィナスの嫉妬の歯軋りがねぇ!!」
「む・か・つ・くぅ〜〜! 変態の癖に、変態の癖に!」
「あんたにゃ言われたくないわねぇ。死霊だのゾンビだの、キモい人形だのを可愛いとか言ってるアンタにはね」
「何よぉ、私のオトモダチを馬鹿にすると許さないんだから!!」

 鴉凛栖は死霊を集め、更なる攻撃を繰り出そうとするが……



 魔魅羅の股間を隠していた薔薇がずり落ちた。
 
 先程の蹴りで、腰を大きく回したためだ。当然の結果と言えるだろう。

「あ」

 ぽろりと落ちた薔薇を見下ろす魔魅羅。彼は、それ以外の衣類を一切身に付けていなかった。
 そして、彼女は当然……

「いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!」

 目潰しでも喰らったように、両手で目を抑え、大きくのけ反る鴉凛栖。彼女の感情の高ぶりに呼応するように、先程の十倍以上の死霊達が溢れ出て、渦を巻く。
 その規模に、魔魅羅も一瞬怯む。彼は既に、薔薇のぱんつを穿き直していた。

「な、何よ! 言っとくけど、泣きたいのは私の方よ! 清らかな乙女の秘密の花園を人前で晒すなんて……」

 見せるのが嫌なら最初からちゃんと服を着て来い。そんな冷静なツッコミをする余裕は、鴉凛栖には無かった。



「殺す!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ!! 憑り殺すっ! 呪い殺すっ! 怨み殺すっ! 刺し殺すっ! 焼き殺すっ! 刻み殺すっ!
 生首腕脚引き裂いて!その汚い物もろとも原型留めなくなるまで挽き肉にして、屍鬼(ゾンビ)共の餌にしてやる!!クロチルドォォォ――ッ!!」

「あぶご、げろろろろ!!」

 目を塞いだ鴉凛栖の呼びかけに彼女の抱いていた人形、クロチルドが応じる。
 つるつる頭の赤子を不気味にデフォルメしたこの人形は、鴉凛栖の手を離れ、宙に浮いていた。
 人造の眼に上下に開閉する長方形の口と、いかにも人形然としていた顔が一変する。充血した瞳に、牙の生えそろった円形の口腔。瞬く間に、悪鬼の形相に変じていた。
 濁った声を上げ、口から周囲の死霊達を吸収する。

「びょおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――」


「仕方ないわねぇ……」

 魔魅羅をしても、あのクロチルドには寒気を感じずにはいられなかった。
 あれを放置しておくと、流石にまずい。魔魅羅は真剣な顔つきになると、拳に力を込め、一撃で鴉凛栖を葬ろうとする。
 自分に殺意を向ける相手は、例え誰であろうと容赦はしない。

 二人が同時に、地面を蹴ったその時――

109藍三郎:2012/03/21(水) 21:48:25 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

「そこまでにしておきなさい」

 鴉凛栖と魔魅羅は一瞬、驚嘆する。
 互いに互いを抹殺せんと飛び出したはずが……自分達の正面には、対峙していた相手ではなく、壁があるだけだった。
 直ちに背後を振り向く。そこには、眼を閉じて立つ兄、瑠璃夜と、その向こうに先程まで戦っていた相手が見えた。

 瑠璃夜は最初にいた位置から一歩も動いていない。鴉凛栖と魔魅羅が、向きはそのままで瑠璃夜を挟む位置へと移動させられている。

 状況が分かれば、鴉凛栖も魔魅羅も、この現象について困惑することは無かった。
 彼女ら兄妹は、これが長兄、黒薔院瑠璃夜の能力であると知っていたから。

「これ以上争えば、いずれかが死ぬことになりかねない。それでは、私達は命令を達成することができない。
 我ら黒薔院は公爵家がために戦い、殺し、死ぬことこそ務め。無益な内紛で、死ぬことなど許されない」

 瑠璃夜は、弟妹と眼を合わせることなく、淡々と言い放つ。

「はぁい、お兄様♪ この魔魅羅、お兄様の頼みならば、子供の駄々ぐらい水に流しますわ!」

 眼を輝かせ、態度を豹変させる魔魅羅。

「そんなに心配しなくてもいいのに。あのまま戦ってても、どーせ私が勝ってたよ。
 無駄にでかくてキモいオカマッチョが死んだって、粗大ごみが一つ増えるだけじゃない」

 鴉凛栖は悪びれもせずにこう答えた。

「ぐぎぎぎぎ……お兄様がお止めにならなければ、今すぐ捻り潰してやるものを……」

 いつか殺してやる。両者殺意を込めた視線を飛ばしながらも、兄の意を汲んで、これ以上戦うつもりはないようだ。
 黒薔院家長兄、黒薔院瑠璃夜。犬猿の仲である鴉凛栖と魔魅羅を、武力を用いず仲裁できる唯一の人間だった。

「それで、お兄様!私達は何処へ行くんですの?」
「既に黒薔館はそこに移動している。だが、その前に……」

 瑠璃夜は、魔魅羅の方を見ずに、微かに嘆息する。

「魔魅羅、服を着ろ」

110藍三郎:2012/03/21(水) 21:50:48 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

 この日、ザウリ島を中心とした半径五十キロにいる鳥や鼠、その他数多の生物が、一斉に逃げ出した。
 未来の災厄を予知したように。何処まで逃げても、十分では無いことを知っているように。

 その、大異変の中心地、ザウリ島では……

 極小の天変地異が起こっていた。

「ふ、ふふ……残ったのは、俺だけか」

 夜天蛾皇鬼は、周囲の惨状を眺めて、一人呟く。
 島の景観は、元の地形がどのようなものだったか想像できぬ程に、破壊し尽くされていた。
 また、辺り一面に機動兵器の残骸が転がり、あるいは大地の亀裂に飲まれている。原型を留めているものは何一つとしてない。
 人工物でありながら、それらは天然の無人島であるこの島と調和していた。


 破壊された機体群は、全て夜天蛾皇鬼直属の兵士達のもの。皇鬼の苛烈な用兵にも適応できる精兵ばかりだ。
 無慈悲に、冷徹に、あるいは、戦の愉悦に酔いしれながら、容赦なく敵軍を殲滅する皇鬼の部隊は、『鬼の兵ども』として敵味方双方に恐れられていた。

 しかし、彼らですら、まるで太刀打ち出来なかった。
 彼らの中には、人体改造を受け超人と化した者もいた。黒薔院から派遣された異能者もいた。人のままで武練を極めんとす古参兵もいた。
 だが、それらがまるで有象無象でしかないように、木っ端同然に蹴散らされた。
 蹴散らされ、踏み潰され、殴り潰され、ザウリ島の新たな景観へと変えられた。
 それ程までに、この島に封じられていたモノは絶大だった。
 絶対で、絶世で、絶望的な存在だった。

 ただ一人生き残った皇鬼の前に、それは聳え立っていた。
 くすんだ青銅色の装甲が、長い時間封じられていたことを伺わせる。
 全長およそ五十メートル以上、容貌はまさに鬼と呼ぶに相応しい。だが、この魂を戦慄(わなな)かせる圧力は、大きさや姿形だけから来るものではない。


「――――――――――!!!」

 牙の生えた口を開き、鬼神は咆哮する。
 
 それだけで、周囲に散らばる機体の残骸は纏めて吹き飛ばされ、大地を真っさらな平野に変える。

「ぬぅぅ……!!」

 皇鬼は武器を地面に刺し、吹き飛ばされまいと耐え抜く。
 今のは攻撃ですらない。ただ吼えただけだ。それだけで、装甲の薄い機体ならば、それだけで圧殺されるほどの大気圧が、皇鬼を打ちのめした。

「これが、“鋼神”の力だと言うのか……」

 夜天蛾皇鬼は生唾を飲み込む。母君の予想は的中していた。
 生き残りは自分ただ一人。立ちはだかるは、規格外の絶望。

 そんな状況下にあって、皇鬼の口許には笑みが浮かんでいた。

「面白いッ!!」

 自分はずっとこんな敵を求めていたのだ。弱者を駆逐するだけの戦など戦に非ず。

(殺るか殺られるか。ぎりぎりのせめぎあいこそ、俺の求める戦よ!!)

 皇鬼はノスフェラトゥを青の鬼神目掛けて走らせる。

「――――――!!!」

 再度咆哮し、ついに青鬼が自ら動く。ノスフェラトゥとのサイズ差は大人と子供どころか巨人と小人。山が動いて殴り掛かって来るような超迫力。
 その身に纏う戦意と鬼気が、実物より更に大きく見せている。青銅の鬼神は、ノスフェラトゥ目掛けて、無造作に拳を振り下ろす。
 ただそれだけの動作が、地を進む矮小なる者達にとっては、大山が崩れてくるような感覚を覚えさせる。
 つい先程も、この一発で、五機近いファントムが粉微塵に砕け散った。
 単調な攻撃故、回避はたやすい。しかし、規格外の膂力と重量は、ただの拳に広域殲滅爆弾並みの破壊力を与える。
 拳が墜ちた後には、クレーターが形成されている。回避を試みた機体も、拳が生む衝撃波に飲まれ、塵屑と化した。

111藍三郎:2012/03/21(水) 21:53:33 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

 皇鬼の下にも、鬼神の鉄槌が振り下ろされる。
 防御も回避も不可能な、単純極まる力の一撃に、皇鬼の選んだ道は無謀にも……否、夜天蛾皇鬼という男の必然として、正面から打ち合うことだった。

「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 夜天蛾の長兄に後退はない。敵が立ち向かってくるならば、真っ向から迎え撃つのみ。
 デスメタル・チェーンソーの刃が高速で駆動し、鬼神の拳と火花を散らす。


「ぬ……おおおおっ!!」

 皇鬼の荒ぶる闘志が、遂に鬼神の拳を打ち払った。しかし、その代償として、チェーンソーは粉々に砕け散ってしまう。
 一方鬼神の拳は、亀裂こそ生じているものの、砕けるところまでは行っていない。相打ちにすら程遠い結果だった。しかし、皇鬼はこの機を逃さず天へと跳躍する。

 得物一本を犠牲にして得たのは、相手が僅かなりとものけ反るこの瞬間だ。
 ノスフェラトゥは、空中でもう一本の得物を抜き放つ。ただの日本刀でしか無かったそれが、皇鬼の闘気を吸い、身の丈ほどもある大剣へと形状を変える。
 この刀……鬼生羅刹刃(きしょうらせつじん)は、使い手の戦意や闘気を吸収し、破壊のエネルギーへと変換する効果を持つ。

「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 出し惜しみはしない。そんな遊びに耽る余裕もない。
 相手は今の自分を遥かに凌駕する怪物。ならば、ただ殺すことに全力を傾け、刹那の一閃に総てを懸けるのみ。
 例え全力をぶつけたとしても、あの巨体に堅牢なる装甲、一撃必殺とは行かぬだろう。
 狙うは首の一点、あの鬼神を一撃で仕留めるには、そっ首を叩き落とすより他にない。


「鬼哭! 恐皇斬ぁぁぁぁぁぁん!!」

 極大の鬼火を纏わせた刃が、鬼神の首へと伸びる。全身全霊を込めた一撃。直撃すれば、戦艦さえも一撃で沈めうる破壊力を秘めている。
 鬼神は両手を組み合わせ、護りを固めるかのような体勢を取る。しかし、その程度は想定済み。
 例え防御を固めようとも、それを撃ち破って仕留める……そのような気構えでいた。
 その闘志は、久しく遭遇していなかった強敵の出現と合わせ、皇鬼の技の威力を更に底上げしていた。

 だが……


「――――――――!!!」

 またも轟く咆哮。鬼神の合わせた手が光り輝く。

(! そうか、あれは、防御(まもり)などではなく……)

 鬼神の纏うオーラが組んだ両手へと集束し、光の刃を形成する。
 両者の技が真正面からぶつかり、中空に光の華を咲かせる。圧倒的な力の奔流が、皇鬼の体を飲み込む。
 持てる力の総てを振り絞り、それに抗おうとするが、遂に均衡は撃ち破られる。


「ぬぅぅぅっ!!」

 彼の意志に関係なく、機体は後方へと吹き飛ばされてしまう。
 光の刃はノスフェラトゥの半身を掠め、中心のコクピットより左側を、残らず削ぎ取った。

112藍三郎:2012/03/21(水) 21:56:22 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

「ぐ……」

 地面に墜ちたノスフェラトゥは、戦闘不能になるまで破壊されていた。
 コクピットから火花が散り、いつ爆発してもおかしくない。
 皇鬼に止めを刺そうと、鬼神は一歩一歩、こちらに近付いて来る。その動きが鈍く思えるのは、肩に負った損壊のためか。

 皇鬼の放った技は、鬼神の光剣と衝突し、軌道を変えて肩へと命中していた。無論、肩では一撃必殺になりえぬ上に、技の相殺で威力も本来より著しく減衰している。
 これでは、僅かに寿命を伸ばす程度の効果しか見込めない。

(俺の敗北(まけ)……か!!)

 状況は、赤子でも分かるほど明確に、皇鬼の敗北を告げていた。左半身を丸ごと破壊され、立ち上がることさえ出来ないのだ。
 鬼神が拳を振り下ろせば、それだけで皇鬼の命は潰える。
 まな板の上の鯉とは、まさに今の自分のことを言うのだろう。

(戦場では、弱い者から消えて行く……)

 常々自分が言っている台詞だ。自分より弱い部下達は、尽く死に絶えた。残ったのは自分とあの鬼神のみ。
 ならば、次により弱い自分が消えるのは、必然。自然の摂理であり、己自身の理に則った結果だ。

(……だから?)

 皇鬼は残った右腕を動かし、剣を掴む。この剣も半ばへし折れ、武器としての用を成さぬ。まさしく蟷螂の斧。棒きれ一本で巨象に立ち向かうに等しい。

(刀が折れたなら、その刃で! 刃が砕けるなら、この拳で! 機体が壊れるなら、この生身で! 抗い続けてやろう!!)

 絶望的な状況下にあって、今の皇鬼を突き動かすもの。夜天蛾家嫡男としての誇りか。一人の戦士としての意地か。
 それらも勿論あるが、最も大きな要因は、今の内から溢れ出る歓喜だった。
 
 あの鬼神は、皇鬼の技に対し、防御ではなく打って出ることを選んだ。結果的には、自らも傷を負いながらも、皇鬼の技を凌駕し、打ち勝った。
 ただ本能の赴くまま、暴れ狂った結果そうなっただけかもしれないが、皇鬼はその姿に、己と近しいものを感じていた。

(そうだ……貴様のような敵を、俺は求めていた!!)

 鬼神の拳に、青白い光が宿る。蟻を殺すのに金鎚を使うがごとき行為であるが、それだけ皇鬼を脅威と見做しているのか。
 これで万に一つも、皇鬼の勝ち目は消え失せた。しかし、皇鬼の胸に湧く感情は、あくまでも歓喜。
 あの鬼神は、勝利を前にしても加減することなくこちらを潰そうとしている。その事実が嬉しいのだ。


 遂に振り下ろされる絶壊の拳。皇鬼は一瞬、幻視する。
 腰に刀を差した、黒衣の男の姿を。それは、皇鬼にとっての絶望の象徴だった。


「っ!! おおおおっ!!」

 それでも皇鬼は諦めない。その顔には歓喜の笑みが張り付いている。
 勝利に驕った敵の隙を突いて逆転しても、そんなものは勝利を偶然掠め取ったようなもの。誇るに値しない。
 こちらを全力で潰しに来る相手を、真正面から乗り越え、そして勝つ。
 それが、常に進化と超克を求める皇鬼の生き様であり、強者への彼なりの敬意でもあった。

 後少し……先程の激突の際に、僅かに垣間見えた、限界の向こう側。



 “見る”ことには成功した。後は踏み越えるだけだ。


「おおおおぉぉぉぉぉぉ――――――――!!!」

 
 皇鬼の咆哮は、大地が砕ける轟音に掻き消された。
 全霊を込めたであろう鬼神の拳の破壊力は、これまでの比ではなく、自身を中心とする、広大なクレーターを作り出した。
 例え皇鬼が全力で逃走したとしても、到底逃げ切れる距離ではない。まして、ノスフェラトゥはほぼ大破し、動くのもままならぬ状態だったのだ。

113藍三郎:2012/03/21(水) 21:57:54 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

 だから……

 皇鬼は、自分が何故まだ生きているのか、すぐには理解できなかった。
 彼の視線の先には、青の巨神と、それが発生させた広大な陥没。つい先程まで自分がいた場所を、爆発の及ばぬ遠方から眺めている。

「あまり、御無理をなさらないで下さいませ。皇鬼様」

 背後から聞こえる慇懃な口調は、知っている男の者だった。
 見れば、ノスフェラトゥの体は後ろから二本の大きな黒い手に掴まれている。

「……瑠璃夜か」

 黒薔院瑠璃夜。
 夜天蛾家の騎士家系である、黒薔院家の長兄。
 そして、現当主にして皇鬼の父、夜天蛾霊道の側近でもある。

 寡黙で冷静。霊道の命令で裏方に徹する事が多く、何かと派手な弟妹と比べて目立たぬ男であるが、あの父の傍にいることを許されているのだから、有能な人物なのは間違いない。
 異形揃いの黒薔院の中では数少ない、まともに話せる人物であり、表向きの軍事行動において、何度も顔を合わせたことがある。父の代理を務めることも多かった。
 彼がまだ若く、夜天蛾本家で暮らしていた頃からの知己であり、黒薔院の中では最も見知った人物だ。

 それでも、自分が瑠璃夜について知っていることはあまりに少ない。彼が前線に出て来るのを見たのは、これが初めてだ。当然、彼の機体も初めて目にする。

 背後には、ノスフェラトゥより更に一回り大きい、黒い揚羽蝶のようなシルエットが浮遊していた。
 光沢すらない、完全なる黒。確かにそこにあり、皇鬼の機体を掴んでいるのに、その腕からは質感のようなものが感じられない。
 ただ、黒いだけだ。機体がそこにあるのではなく、機体の形に空間を削り取ったような……

「お前が来たのは、母君の命令か?」
「はい。貴方様は将来夜天蛾家の当主になられるお方。どうか、御自愛くださいませ」

 慇懃に答える瑠璃夜。


 彼の能力は“影”を操ること。正確には、対象の影を媒介とすることで様々な事象を発現する魔術師だ。
 影と影との間に擬似的なワームホールを発生させ、物質を転送する術は、その代表的なものと言える。
 転送する物質の規模や距離など、使用には少なくない制限がある。

 まず、転送できる物質の大きさは、影の面積より小さくなくてはならない。また、距離は最大で瑠璃夜の視界に映る範囲まで。
 当然、地中のような見えない場所へは転送できない。
 ただし、瑠璃夜は能力で影を拡張することが出来るため、最初の制約はないに等しい。
 だが、その場合には相応の負荷が伴う。彼とて、生身で機動兵器サイズの物体を転送できない。
 機体を転送するには、自分も機体を具現化しなければならない。

 魔影機ナハツェーラー……それが、黒薔院瑠璃夜が召喚した機体の名である。

 ナハツェーラーは、ノスフェラトゥを地面へと下ろす。

「間一髪でした。今の転送にはかなりの魔力を消費しましたので、申し訳ありませんが、再度転送を行うには、しばし時を要します。
 ですがご安心を。その間、御身はこの瑠璃夜が守護致します」

 貴様にお守りなど必要ない――そう言いかけたものの、今のこの状態では、ただの強がりにしか聞こえぬと思い、押し黙る。

「あの鋼神も、私の弟妹が処理することでしょう」
「何……?」

 瑠璃夜の弟妹と言えば……そうか、あの二人も来ているのか。

114藍三郎:2012/03/21(水) 21:59:56 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

「おーっほっほっほっほっほっ!!」

 島中に響き渡る高笑いと共に、ピンク色の装甲を持つ機械巨人が舞い降りる。

「真夏の太陽が照らし出すは、不壊不朽の永遠の美……黒薔院魔魅羅と美麗天使アクラシエル、ここに見参っ!!」

 魔魅羅の動きに合わせて、決めポーズを取るアクラシエル。
 円筒形の頭部に黄色いバイザーを付け、白い顔面に一際目立つ、真っ赤な唇が妖艶な微笑を象っている。
 全身を覆う装甲と人工筋肉は魔魅羅自身を模したようであり、どぎつい蛍光色のピンクで塗られていた。背中には、申し訳程度に翼が生えていた。

 黒薔院魔魅羅専用機、美麗天使アクラシエルは、魔魅羅の動作に従って動き、その肉体美を見せ付けるように辺りを睥睨した。

「はぁい、御曹司。この私が来たからにはもう大丈夫よぉん。お兄様と一緒に、そこでこの黒薔院魔魅羅の超美麗な超活躍を、その眼に焼き付けて下さいなっ♪」

 遠方にいる瑠璃夜と皇鬼に、投げキッスを送る魔魅羅。

「さぁーっ、掛かって来なさい!この美しき私の引き立て役にしてあげ……」

 そこまで言ったところでアクラシエルの巨体が大きく揺らぐ。
 巨体に似合わぬ素早さで、鬼神がタックルを喰らわせたのだ。


「お、おおおっ!?」

 自分と同程度の巨体の突進を喰らい、よろめくアクラシエル。そこに、鬼神は両の拳を同時に放つ。

「全く……せっかちねぇ」

 だが、その拳は、アクラシエルに刺さることはなかった。
 瞬時に体勢を立て直したアクラシエルは、鬼神の拳を掴み、受け止めていた。

「そんなに逸らなくても、これからじっくりねっとり、遊んでア・ゲ・ルわよ?」

 共に特機級の巨体同士、がっぷり四つに組んで押し合う。
 鬼神の剛力は島の地形を変える程のものであるが、魔魅羅のアクラシエルはそのパワーと五分に渡り合っていた。
 だが、その均衡もほんのつかの間。

「――――――――!!!」
 
 咆哮する鬼神。二の腕が青白く輝き、更なる力が加わる。
 鬼神の底知れぬ力に、アクラシエルも押され始めていた。

「ぬ……ご、強引なのは、嫌いじゃなくてよ?」

 軽口を叩いて見たが、今の鬼神の力は魔魅羅としても予想外だった。

「流石は伝説に謳われた鋼神、伊達じゃないってことね」

 その時……

「!!」

 魔魅羅は突然、組んでいた腕を離す。
 追い詰められつつあるこの状態で、鬼神を自由にするのは自殺行為でしかない。
 実際、鬼神はすぐに攻撃を仕掛けようとするが……

115藍三郎:2012/03/21(水) 22:02:53 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

 ――ぎょおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぇぇぇぇぇあああああぁあああああぁあああぁぁおおぉぉぉぉぉおおおお――――


 声というより、空気を叩きつけるような鬼神の咆哮とはまた別の、圧倒的な憎悪と怨念を煮詰めた、精神を侵す声が上空から響いた。
 大気が不自然に歪み、鬼神の動きを縛り付ける。続けて、機動兵器サイズの包丁に鉈、血まみれの槍や斧といった凶器が、鬼神目掛けて降り注ぐ。
 たちまち、鬼神の体は剣山のごとき有様と化す。しかし、突き刺さった刃は、程なくして白い霧となって雲散する。

「きゃはははははは!! 惜しい惜しい」

 空に浮いていたものは、巨大なつるつる頭の人形だった。

 無機質な人工の瞳で、眼下の鬼神を見下ろしている。
 瞳の更に奥には、黒いゴスロリ服の少女が笑っている。

 死霊人形ブードゥーチャイルド。
 黒薔院鴉凛栖の持つ人形、クロチルドが、大量の死霊を取り込んで巨大化した姿で、鴉凛栖の専用機に当たる。
 機体という呼び方は適切ではないだろう。その内部は、元のクロチルドと同じくほぼ空洞であるが、機械の代わりに無数の死霊が渦巻いている。
 鴉凛栖の意思で動くそれらはOS、内燃機関の役割も果たし、巨大化したクロチルドを動かしている。

「鴉凛栖っ! あんた、私も巻き添えにしようとしたわね!?」

 魔魅羅は抗議の声を上げる。もし逃げるのが遅れていれば、彼も無数の刃に串刺しにされたことだろう。


「えー、だって、見るからに「今だ!俺ごとこいつを討て!!」って言いたげな背中してたんだもん。そこはもう、討つっきゃないというか」

 鴉凛栖は悪びれもせずに答えた。

「言ってないわよ!!」
「ふーんだ。せっかく空気を読んで、華々しく散らせてあげようと思ったのに。
 存在自体が失敗作な人生を送って来たあんたに、最高の見せ場を作ったげようとした可愛い妹の厚意を無にするなんて、姿形だけじゃなく性根まで腐ってるのね。最低!!」

 一方的にまくし立てる鴉凛栖に、魔魅羅の顔面に太い血管が浮く。

「よくもまあそこまで訳の分からない戯言をほざけるものね!!あんたの頭こそ、ゾンビみたいに腐ってんじゃないの?」
「やだもう、冗談だってばぁ。本音は、暑苦しく踏ん張ってるあんたが、最高にキモくてムカついたから、つい攻撃しちゃった♪」
「ムキィィィィィィィ!! なお悪いわよ!! もう許せないわ。その気味の悪い人形の頭もろとも、あんたの頭もかち割ってあげましょうか!?」

 筋肉を隆起させ、威嚇する魔魅羅。

「マッスルキモい。略してマモい」

 一触即発の両者だったが、緊迫した空気は突如打ち砕かれた。二人の姿が瞬時に光に包まれる……

「――――――――!!!」

 鬼神の両手から放たれた光の波動が、彼らのいた場所を薙ぎ払った。
 波動は大地をえぐりながら、島の縁まで伸びていく。後に残されたのは、破壊の痕跡のみだった。

「ほらほらぁ、アンタがあまりにマモすぎるから、あいつ怒っちゃったみたい。
 そうだよね〜〜確かに一分一秒足りとて、アンタの姿なんか視界に入れたくないよね〜〜」

 空から鴉凛栖の呑気な声が響く。ブードゥーチャイルドは、更に上空へと昇り、難を逃れていた。

「それはこっちの台詞よ!アンタこそねぇ……」

 魔魅羅のアクラシエルも健在だ。彼の場合は、防御を固め、光の波動を凌ぎ切った。
 しかし、魔魅羅に言い返す余裕は無かった。
 

 すぐ眼前に迫って来た鬼神が、両手を組み合わせた腕を振り下ろす。即席の鎚は、瞬時に身を引いたアクラシエルの鼻先を掠め、大地に大穴を穿つ。
 
「あははははは! 良かったねオカマッチョ。そいつはあんたの魅力にメロメロみたいだよ!!」
「うふふ、当然のことよ! 私の肉体美は古今東西未来永劫、老若男女問わず魅了する普遍にして不変の美……おおっ!?」

 鬼神は魔魅羅に標的を絞ったのか、執拗に攻撃を仕掛ける。
 理由は、空にいる鴉凛栖と違い、単に手近だったからというものだが。

116藍三郎:2012/03/21(水) 22:04:42 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

「…………」

 皇鬼は厳しい目つきで、遥か遠くの戦場を見据えていた。壊れていたノスフェラトゥのハッチを無理矢理にこじ開け、生身で外に出ている。

「申し訳ありません、皇鬼様。見苦しい姿をお目にかけてしまったようで……」

 身内の恥を謝罪する瑠璃夜。皇鬼はそれには答えず、魔魅羅の戦闘を見て、眉根を寄せる。

「……遊んでいるな」
「流石です。お分かりですか」

 ふざけているようだが、魔魅羅は先程からあの鬼神を相手に、殆ど損傷を受けていない。
 無論、ほぼ同サイズの特機を扱っているというのが大きいが、あそこまで立ち回れるのは、魔魅羅の確かな技量があればこそ。
 しかも、まだまだ余裕を残しているように思える。

「ですが、もう魔魅羅も敵の力量を計り終えた頃でしょう。ここからは……」




「――――――――!!!!」

 
 瑠璃夜の言葉は、鬼神の咆哮によって掻き消された。拳に青白い闘気を込め、殴り付ける。皇鬼の知るあの威力ならば、アクラシエルの防御ごと撃ち貫くだろう。

 だが……

「!」

 何かが変わった……皇鬼が漠然とそれを察した時……




 鬼神は、雄叫びを上げて後方へと吹っ飛んでいた。


「……美しい私に抱き着きたくなる気持ち、それは当然過ぎる程に当然、樹から離れた林檎が地面に落ちるぐらい自然ってものよ。
 でもね、がっつくのは駄目。これでも私、身持ちは堅い方なのよ?」

 アクラシエルは右脚を高く掲げていた。クロスカウンター。鬼神の拳より、蹴撃の方が先に決まり、その威力を倍加させたのだ。

「ま……お兄様も見ていることだし、これ以上かっこ悪いところ見せられないわ。だから……」


 雄叫びを上げ、上体を起こす鬼神。そこへ……

「さっさと、潰すわ」

 アクラシエルの飛び膝蹴りが、鬼神の顔面に直撃していた。錆びた青銅色の破片が、辺りに飛び散る。
 魔魅羅は、口許に笑みを浮かべつつも、凍えるような殺気を込めて宣言した。

「夜天蛾公爵家麾下、黒薔薇騎士団序列第三位、黒薔院魔魅羅。貴方が眠る棺桶に、死の薔薇を手向ける者よ」

 黒薔薇の肩書を名乗る……それは、これまでの遊びとは違う、絶殺の意志の表明だった。



 そこから先は、一方的な展開となる。

「――――――!!!」

 咆哮し、掴み掛かって来る鬼神に、今度は拳でカウンターを決める。よろめいたところで懐に飛び込み、両腕を胴へと回す。
 鬼神をも上回るパワーで、力の限り締め上げる。アクラシエルの機体からは、桃色の闘気が噴き上がっている。

「ほあああぁぁぁぁぁっ!! ビューティー・バックドローーップッ!!」

 そのまま大きく体を反らし、鬼神を脳天から大地に叩き付ける。

117藍三郎:2012/03/21(水) 22:06:52 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

 アクラシエルは、操縦者の動きをダイレクトに反映するトレースシステムを搭載している。

 だがそれだけでは、魔魅羅の格闘技を忠実に再現出来ても、魔魅羅自身の強さは再現しきれない。

 アクラシエルには、闘気、魂、精神力と言った、科学では説明しきれない力を現実へと表出する、とあるオーパーツを搭載している。
 それは……鋼神の動力源とされる、鋼神の心臓。ボディが修復不能なまでに破壊され、唯一残っていた心臓を、アクラシエルに搭載したのだ。
 その効果は絶大で、ただの重量級の機動兵器に過ぎなかったアクラシエルを、魔魅羅の力にも耐えうる怪物へと変貌させた。
 人目を奪わずにはおれない異様な外見も、魔魅羅の嗜好を反映させたものだ。
 現在のアクラシエルは、機体こそ人の手によるものの、極めて鋼神に近い存在になっている。
 アクラシエルは、青い鬼神と兄弟に当たる存在と言えた。

「お寝んねするにはまだ早くてよ……」

 アクラシエルは、重力の網を突き破るように、上空へと飛翔する。
 鋼神は、操者の意志力によって物理法則を改変する。
 鬼神やアクラシエル程の巨体でありながら、重力の制約をほとんど受けずに行動できるのはこのためだ。

「ビューティー・スカイ・ストンピングッ!!」

 大の字になって倒れた鬼神へ落ちてくるアクラシエル。
 両足で腹部を踏み砕かれ、鋼神はうめき声を上げた。


 完全に鬼神を圧倒している今の魔魅羅を見下ろし、鴉凛栖は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「ふん、だからオカマッチョは嫌いなのよ。あんなにアホでキモくて不細工な筋肉馬鹿のくせに……強いだなんて」

 犬猿の仲である鴉凛栖も、魔魅羅の強さは認めざるを得ない。
 そもそも、あそこまで不快な輩、弱ければとっくに殺している。
 魔魅羅は、瑠璃夜を敬愛しているため、兄の言葉で矛を収めるが、鴉凛栖には兄弟の情などはない。
 母親が違うから、そんな俗な理由ではなく、彼らを含めた全ての“生きている”人間は、自分とは違う存在なのだから。
 そんな彼女が魔魅羅を殺さない理由はただ一つ、彼が強すぎて殺せないからだ。

「あの変態、死霊を憑りつかせて殺そうとしても、全部跳ね返しちゃうんだよね。ホント、どーやったら死ぬんだろ」

 鴉凛栖には、黒薔院魔魅羅が負ける姿が想像できない。
 それが出来るのは、彼女の主人であり、唯一自分より強いと認めるあの男ぐらいだが、彼はあの男に忠誠を誓っている。
 道具として有用である以上、彼が魔魅羅を切ることはないだろう。

「結局、私がどーにかするしかないか……」

 卓越した戦技に無尽蔵のパワー、そしていかな暗示や呪縛も受け付けぬ、強靭窮まる精神力。
 彼は何が起ころうと、何が立ちはだかろうと、己の美意識を貫き続けるだろう。
 それを押し通すだけの力……“生きる力”に満ち溢れている。
 鴉凛栖には、それが忌々しくてならないのだ。


「……何だ、あれは……」

 夜天蛾皇鬼は絶句していた。自身の部隊を壊滅させ、自分も手酷く打ちのめされたあの鬼神を……
 鋼神の一体とも言われるあの怪物を、黒薔院魔魅羅は一方的に叩きのめしている。

「……驚かれましたか? ですが、そう不思議なことでもないのですよ。魔魅羅が乗っているアクラシエル……あれもまた、同じ鋼神の一体と言える機体なのですから」
「何……」
「アクラシエルの動力源には、過去に夜天蛾家が手に入れた鋼神の心臓を使っています。
 最も、魔魅羅でなければあそこまでの力は引き出せないでしょうね。彼は黒薔院歴代最高の天才ですから」

 瑠璃夜の口調には身内への自慢のようなものはなく、ただ淡々と、己の知る事実のみを語っていた。

118藍三郎:2012/03/21(水) 22:08:34 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

「しかし、久方ぶりですね。彼の80%の力を見るのは」
「! あれで全力ではないというのか!?」

「はい。魔魅羅は魔魅羅で本気ですよ。限られた制約の範囲内での話ですが。
 魔魅羅は……鴉凛栖もですが、二人は我らが主、夜天蛾公爵から、全力で戦うことを禁じられています」
「父君が……しかし、何故?」
「80%とは、魔魅羅が理性を保ったまま全力で戦える域を指します。
 そこから先は、闘争本能の荒れ狂うまま、全てを破壊するまで暴れるだけの悪鬼と化します。
 下手をすれば、一つの国を滅ぼしかねません。
 制すことが出来るのは霊道様のみ。故に、鴉凛栖共々、公爵様の手の届かぬ場所で全力を出すことを禁じられています」


 黒薔院魔魅羅に黒薔院鴉凛栖。黒薔院歴代最高の天才と至上の傑作。
 自然に生まれ落ちた者と人の手で創られた者との違いこそあれ、共に黒薔院の頂点に立つ怪物だ。
 自分の役目は、強さに反比例して人格に問題のある二人の手綱を握り、操ることだ。
 それを除けば自分など、ただ家柄に恵まれただけの……十万人に一人程度の、ありふれた異能者に過ぎない。



 皇鬼は、爪が掌に食い込む程、拳を強く握り締めていた。

「……これが、父君がその力を認めし者達の力……今の俺では、その側近にすら遠く及ばぬということか……」



「…………」

 不遜の極み故、口には出せないが、
 瑠璃夜には、この時の皇鬼の気持ちが分かる気がした。

 自分を遥かに越える圧倒的な存在に出会った時の感覚。
 努力や才能、そんな凡庸な尺度では量れぬ、真の怪物を前にすれば、下らぬ自尊心などは根こそぎ吹き飛ぶ。

 自分にとっては、弟と妹がそれに当たる存在だった。
 当時、黒薔院の中でも秀才の誉れ高かった自分は、血を分けた二体の怪物に、激しい劣等感と嫉妬心、そして、恐怖を抱いたものだ。

 天才と凡人の絶望的なまでの力の差。いや、例え天才と呼ばれようとも、更に上の天才との間には、天と地ほどの隔絶が存在する。
 世界は広く、強さの深淵は果てしなく深い。魔魅羅のような天性の力で無くとも、鴉凛栖のように人の手により生み出された強者もいる。
 自分も人の子。弟妹達との間の、絶対的な差を知った時は、悔しく思うこともあった。

 しかし、それも過去の事。それが、諦めの境地に至るまで、そう長い時間はかからなかった。
 歴然たる力の差を認めてしまえば、二人とも癖こそ強いが、それなりに愛おしむに足る弟妹だった。
 元より黒薔院の本質とは、夜天蛾の騎士であり剣であり、盤上に並べられた駒だ。
 銀が飛車や角を羨むことに、何の意味があろう。
 個の意志など無価値。ここでの強さは、誇りや矜持などではなく、ただの道具としての特性でしかない。
 それを再認識した後、瑠璃夜は己に何が出来るかを考えた。自分は所詮、小手先の技に長けた凡夫でしかない。
 だが、自分には二人の弟妹に決定的に欠けている、常識的な視点を持ち合わせている。
 また、血の繋がった兄弟の情という鎖は、霊道以外には従わぬ二人を、より有効に動かすことが出来るだろう。
 瑠璃夜は、それこそが己が最も存在意義を発揮できる役割だと悟ったのだ。

 瑠璃夜が弟妹に向ける情は、決して偽りのものではない。だが、究極的にはそれも、黒薔院という巨大な集団(きかい)の機能(システム)でしかない。
 黒薔院瑠璃夜が黒薔院の時期当主であり、夜天蛾霊道に重用されている理由は、彼がどこまでも純粋な“黒薔院”だからであった。


 だが、自分と彼は違う……地位も、立場も、その器も……
 瑠璃夜のように、諦め切れるはずがない。

119藍三郎:2012/03/21(水) 22:10:32 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

 皇鬼は、かつて味わったあの感情を、今また思い出していた。

 そう、あれは自分がまだ若い小僧だった頃……
 夜天蛾本家で、血が半分繋がった弟の灯馬や、篁槻鷲司郎と共に、祖父の十風斎や虚空寺裂舟の下で修行に明け暮れていた時代。
 世観はこの時分から惰弱であったし、灯馬は妾の子。長子である自分が夜天蛾家を継ぐことは、既に決定していた。
 その重責を感じながら、跡取りに相応しい男になろうと闘志を燃やした。
 実際、彼は十代にして、本家に仕える数多の武人、練達者を上回る力量を手にしていた。 
 例外は裂舟ぐらいのものであるが、彼をして、「本気で戦えば、儂とて危ういやもしれぬ」とまで言わしめた。
 夜天蛾家に忠義を尽くす彼が、皇鬼と殺す気で戦うなど、有り得ぬことであったが。

 研鑽を積む内に、皇鬼も己の力量に自信が持てる程になっていた。
 天狗になっていたことは否定できない。そうで無ければ、あのような愚行に走るはずがなかった。


 気付いた時には、己の体は血塗れになって、道場の床に倒れ伏していた。

 何もさせてもらえず、何をされたのかも分からない。後で聞いた話によれば、自分は全身を鋭利な刃物のようなもので切り刻まれ、九死に一生ものの重傷を負ったという。
 霞む意識の中、虚ろな視界の先に居たのは、夜天蛾霊道……実の父だった。

 ――霊道様! 

 裂舟の声が割って入る。

 ――これ以上はお止め下さい!御子息を殺すおつもりですか!


 この諌めが無ければ、皇鬼は殺されていただろう。あるいは、関係なく皇鬼は生かされていたのかもしれない。
 夜天蛾霊道が本気の殺意を抱けば、配下のいかなる諌めも聞き入れはすまい。
 死んでもおかしくない重傷だった。彼岸配下の魔術医を総動員して、ようやく一命を取り留めた。


 霊道は、武器を持たず、素手だけで、皇鬼をズタズタにしてみせた。あの時の夜天蛾霊道の冷たい眼を、自分は生涯忘れないだろう。
 失望……とはまた違う。それならばまだ良かった。ただ、夜天蛾皇鬼とはその程度のものなのだと、冷静に値踏みしていた。
 魔術医の話によれば、皇鬼が助かったのは殆ど奇跡だったという。奇跡的に、傷口が急所をそれ、治療を間に合わせることができた。
 そんな都合のいい奇跡を、信じる気になどなれない。霊道は、あれでも手心を加えたのだ。
 それは、親の情愛などでは断じてない。活かさず殺さず、絶対的な力の差を教え込み、従順な駒に仕立てあげるために。

 父はこの世の総てを道具として見做す。価値基準は、使えるか、使えないか。
 そこに一切の例外はなく、肉親や我が子に対しても一片の情を抱かない。そんな彼が自分を生かしたのは、その強さではない。
 夜天蛾家の嫡男、その立場が、自分の計画を進める上で有益だったからだ。もしも死んでしまえば、所詮それまで。代用品を用意するまで。

 屈辱だった。こんな手心を加えられる己の弱さに、憤怒した。

 一方で、父との間に横たわる絶対的な差についても、理解せざるを得なかった。


 今の自分の気持ちは、あの頃と同じだ。圧倒的な力を前に、まるで太刀打ち出来ず、あまつさえ他人の助けを借りて、命を拾う始末……
 あの日、父に挑んで敗れた時、自分は生き延びる道を選んだ。強者が弱者を従えるのが自然の摂理ならば、父が自分を駒として使うのも当然の権利だ。
 そう自分に言い聞かせ、皇鬼は夜天蛾家の世継ぎとして、その後の十余年を戦い続け、己が地位に相応しい戦果を上げて来た。
 今や、彼が後継者だと認めぬ者はいない。それは自分で勝ち取ったものだ。
 
 だが、果たしてそれが本心だったのか……行き場のない闘志を、他へぶつけていただけではないか。


 打破すべき真の敵は――

120藍三郎:2012/03/21(水) 22:11:33 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

 己の願望を、はっきりと理解した瞬間――今まで閉ざされていた道が、開けたことを実感する。

 心臓が急速に動き、全身を熱い血が駆け巡る。

 自身でも言葉に出来ぬ衝動に動かされ、皇鬼は、一歩前へと踏み出した。

 当然の如く、瑠璃夜が制止に入る。

「皇鬼様。その先は危険です。どうかお下がり下さい」
「…………」
「何も案ずる必要などございません。あの鋼神は、既に魔魅羅が制しております。どうか、自重くださいませ」

 瑠璃夜の言う通りだ。そもそも彼ら黒薔院は、夜天蛾の人間を守るために存在している。
 皇鬼の自殺行為を、止めないはずがなかった。


 皇鬼は、構わず一歩前へと脚を踏み出す。瑠璃夜は、無言のまま自らの影に命令(コマンド)を与える。
 彼は、夜天蛾彼岸から皇鬼の護衛を命じられている。
 それは、いざとなれば、皇鬼を気絶させてでも止める権限すら持つことを意味する。
 瑠璃夜の能力で実体化した影が、音も無く皇鬼の足元に近づく。
 流石に傷付けることは許されないため、影を通しての空間転送を試みる。これで、この場所より更に遠くへと皇鬼を飛ばす。
 例え彼が戻って来ても、何度でも転移させてやるまで。その間に、魔魅羅は決着をつけるだろう。


 瑠璃夜の伸ばした影が、皇鬼に触れかけた瞬間……
 総身を震わす衝動が、彼の足元から頭まで貫いた。瑠璃夜の目には、皇鬼の背中が映っている。だが、彼の魔道としての感覚は、巨大な悪鬼のイメージを感じ取っていた。
 あれに触れてはならない。

 ――喰われる。

 問答無用で閃いたその直感が、瑠璃夜を止めさせた。もし影を接触させようものなら、影ごと引き抜かれ、食い殺される。
 そうされてもおかしくないだけの凄みが、今の皇鬼にはあった。自分は所詮、凡人だ。超常の秘術を得てはいても、魔術師という枠の中では、中堅どころに過ぎない。だからこそ分かる。“壁”を越えたものの凄みを、自分では、どう足掻いても手に入れられない力を。


皇鬼「オオオオオオォォォォォォォォォ――――――ッ!!」

 皇鬼の全身の筋肉が隆起し、青色のオーラを噴出する。その輝きは、ナハツェーラーの巨体を掻き消す程で、到底生身の人間が放ったものとは思えない。

 いや、今瑠璃夜の前にいるのは、人ではなく、一匹の、鬼――

 皇鬼の黒髪が青く染まり、天に向かって雄々しく逆立つ。
 その様は、青鬼の双角か、あるいは燃え盛る蒼炎の如し。オーラの規模と輝きは、更に拡がっていく。
 だが、真に恐るべきは、この状態でさえ、力を解き放つ前の“溜め”に過ぎないということ……!

皇鬼「ぬぅぅぅ……うおあああああああ―――――ッ!!」

 かつてない咆哮が大気を揺るがせたその時……皇鬼の体はミサイルの如く、前方へと飛翔する。
 蒼い闘気を身に纏い、ミサイル以上の速さで驀進する。目的地は当然、古代鬼神と魔魅羅が争う、戦の場――

121藍三郎:2012/03/21(水) 22:13:01 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp
(血の……覚醒!!)

 瑠璃夜は、今の夜天蛾皇鬼の身に起こった現象に心当たりがあった。
 あれこそは血の覚醒。夜天蛾家が、黒薔院を始めとする数多の異能者の頂点に立つ、最大の理由。
 異能や魔道の力関係は単純だ。より力を持つ者が、下位の者らを従える。
 黒薔院が夜天蛾に従属しているのは、古くから続く慣例ゆえだ。だが、その根本は異能者として、夜天蛾がより強い力を持っているからに他ならない。

 太古の世、鋼神を創り出し、その操者として戦った原初の魔術師。
 夜天蛾家は、その一族の末裔だ。その身に流れる血は、他の魔道のそれとは一線を画す。

 長い歴史の中で、一族は世界へと散り、他の血が交わることで、その力は失われていった。
 夜天蛾家は、その中でも、純度の高い血統を維持する血族の一つだ。
 彼らは親族間の交配により、血の純度を保ち続け、魔道が跋扈する裏の世界に君臨して来た。
 原初の魔術師の血を現代へと伝える八つの血統。
 それを継ぐ者達こそが、古来より世界を牛耳ってきた八大貴族だ。
 彼らの権勢を支えているのは、数多の異能者を従える、彼らの血に他ならない。

 だが、長い時を経るにつれて、血は薄まり、かつての絶大な力を振るう血族はいなくなりつつあった。
 それでも、極稀に、血に秘められた太古の記憶を呼び覚まし、原初魔術師と同等の力を振るう者達がいる。


 それは、多岐に渡る現代魔術のように大系化されていない、純粋にして限りなく万能に近い、超絶的な力(パワー)。
 現代魔術のほぼ全てが、細分化され、素養のある者になら誰でも使えるよう法則化されている中で、原初魔術師の血統は、理屈や法則を超越した力を宿す。

 つい先程、皇鬼が眼前で見せた力のように。



「ビューティー・パイルドライバーッ!!」

 古代鬼神を抱えて天空へと昇り、脳天から地面へと叩き落とす。
 頭から全身へと皹が入るダメージを負ってなお、鬼神は立ち上がった。その瞳に、消えぬ闘志を宿したまま

「んまー、ホントタフな奴ね。でも、この魔魅羅様の美しい技の数々を存分に味わえるんだから、」
「魔魅羅のへたれー、へっぽこー、へたくそー。いつまでも気持ち悪い戦い見せられるなんて御免だから、さっさと終わらせてよ」
 
 野次を飛ばす鴉凛栖に、魔魅羅のこめかみに太い血管が浮く。

「……言われなくても、すぐにケリをつけて、次はあんたをぶっ殺してやるわ」

 そんなことを言いながらも、魔魅羅に一切の油断はない。
 次こそは、あの鬼神を仕留めるつもりだった。

 だが……


「――――――――――!!」

 鴉凛栖と魔魅羅は、全く同時に同じ方向を見た。
 あの鬼神をも上回る、巨大な力の接近を感じ取った。

(あれは……)
(まさか……)

 この時、魔魅羅と鴉凛栖は同じ人物を思い浮かべていた。
 天然と人造の違いこそあれ、生まれながらにして絶大なる力を持ち、思うがままに振る舞っていた彼らが、初めて屈服させられ、恐れを抱いた相手。
 夜天蛾家現当主、夜天蛾霊道。彼の放つ、問答無用で他者を押さえ付ける、覇王の殺意によく似ていた。


 周囲を圧する闘気を放ちながら、夜天蛾皇鬼が飛んで来る。

「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 青の闘気を凝縮した拳が、古代鬼神の脇腹へと直撃する。

「――――――――!!!」

 人間と山のようなサイズ差がありながら、その一撃は鬼神の巨体を揺るがせた。
 鴉凛栖や魔魅羅も、これには絶句するしかなかった。

「御曹司……」
「ねぇ……あれ、何て生き物?」

 生者にも、死者にも、あのような力を振るう存在は、鴉凛栖の知る限り、ただ一人しかない。

122藍三郎:2012/03/21(水) 22:14:52 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

 熱い…! 熱い…!
 全身から力が溢れ出て、燃え尽きてしまいそうだ!

 体内に核融合炉を宿したような感覚。荒れ狂うように見える皇鬼だが、実際は必死で、己が内から出ずる力を押さえ付けていた。

 足りぬ……

 この脆い人体(うつわ)では、“血”が生み出す力に耐えられぬ。
 後十秒が限度……! 時が来れば、この肉体は内側から焼け砕け、四散するだろう。
 手に入れねば……
 この巨大な力を受け入れるに足る器を……
 何でもいいわけではない。この魂と波長の合う、自らの半身のごとき存在(モノ)でなければ……



 ある。

 器ならば、そう、自分の目の前に。



「――――――!!!」
「――――――!!!」

 声にならない雄叫びを上げ、激突する鬼神と鬼人。

 牙を剥き、大きく開かれた鬼神の口へと、皇鬼は逡巡することなく飛び込んでいった。






 飛び込んだ先は、荒れ狂う嵐のただ中だった。そこは煮えたぎる野性と暴性のみが在る世界。彼の魂は今にもちぎれそうになる。
 獣の本能を呼び覚ます激流の中で、意識は撹拌され、自己と周囲との境界は酷く曖昧なものとなり、溶けてしまいそうになる。
 そうなってしまえば、自分もまたこれと同じ、ただのあらぶる暴嵐と化すのだろう。
 闘争本能の赴くまま、戦いに明け暮れる。それは彼にとって、何より甘美な誘惑であった。
 それが、それが真に己が望みならば……


 否――


 意識を呼び覚ます。熔けかかっていた肉体が輪郭を取り戻す。五体を引き裂く激流の中で、己が魂を繋ぎ止めるように拳を強く握り締める。

 己の戦は、己の意志。己が定めた、己だけの道だ。
 暴力(おまえ)には譲らぬ。

 なおも拳に力を込める。嵐に飲まれぬためだけではない……今己がいる領域全てを、“力”で捩じ伏せるために。

「俺は……俺は……!」

 彼から拡がる青の闘気が、嵐を制していく。
 力を鎮めるのではない。暴力を保ったまま、己が意志の下で統制する。
 その時初めて、自分は、この力を己が物とすることができる。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」





「あ、あらまぁ……」
「食べられちゃった!」

 皇鬼を飲み込んだ鬼神は、両の手をだらりと下げ、直立不動のままでいた。吹き荒れる嵐のような殺気も、凪が来たように鎮まっている。

「結局、御曹司の負け……ってこと?」

 夜天蛾皇鬼は鬼神に喰われて死んだ。当然と言えば当然の結果だが、魔魅羅の脳には、先程の皇鬼の凄まじい闘気がこびりついているせいか、すぐに現実を認識できなかった。

「ううん、まだ終わりじゃないみたいよ?」

 そう言う鴉凛栖の声には、珍しく魔魅羅を馬鹿にする響きが無かった。
 微笑みを浮かべてはいるが、銀色の眼は一辺の遊びもなく、眼前の巨神に警戒を払い続けている。

123藍三郎:2012/03/21(水) 22:16:42 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

 その時……

 巨神から発せられた輝きが、辺り一面を青く染め上げる。
 その光は、先程皇鬼が放っていたものと同じだった。

「ウオオオ――――――ッ!!」

 皇鬼と鬼神、二人の声が混ざり合ったような雄叫びを上げ、巨神は再び動き出す。
 錆び付いたようにくすんだ青銅色の装甲は、胸の辺りから鮮やかかつ深い蒼に染まっていく。それは、死したはずの肉体に、新たな生命が宿ったかのようであった。

「――――――!!」

 咆哮した直後、蒼い鬼神は、最も近くにいたアクラシエルへと殴り掛かった。
 魔魅羅は、両手を合わせてその拳を受け止める。拳圧がアクラシエルを突き抜け、大地をも震わせる。速度、気魄共に、先程までの比ではない。
 その気魄を感じ取ったからこそ、魔魅羅は完全なる防御に回ることを選んだ。しかし……

「……!」

 アクラシエルの両腕の壁を、鬼神の拳は力任せにこじ開けた。胸に鉄杭を撃ち込まれたような衝撃が、アクラシエルに、操縦者である魔魅羅に伝わる。

「ごはっ……!」

(私の防御を、打ち崩すなんて……っ!!)

 
 意識を防御に集中していてもなお、撃ち貫く豪拳。それでも、胸部を貫かれずに済んだのは、防御に専念したからであろうが。

「――――――!!」

 蒼い鬼神の両の掌が、淡い水色に発光する。
 膨張した光は球形を成し、やがて別の形へと変じていく。それが凄まじい力を宿していることは、目で見ずとも分かる。

 鬼神の掌から発射された氣の塊は、飛翔する獣の姿へと変わる。霊力の獣は、ブードゥーチャイルドとアクラシエルに、その牙を突き立てようとする。

「ふん、これしきっ!」

 魔魅羅の闘気を乗せたハイキックが、獣の胴を刈り取る。
 鴉凛栖も、エクトプラズマーで具現化したチェーンソーで、獣を八つ裂きにする。

「私まで相手にしようっての? なら、容赦しないよ!」

 怒気を孕んだ声を発する鴉凛栖。今日初めて、明確な殺意を、鬼神へと向けた。
 
 だが……

 鴉凛栖と魔魅羅は、共に驚愕する。
 鬼神の拳には、先程の十倍以上はある氣の塊が生み出され、解放の時を待っていた。
 獣の氣弾は、次なる大技のためのただの牽制。戦いの基本だが、よもや、あの化け物がそんな人間のような戦い方はすまいと、意識の外にやっていた。
 いや、そんな余裕は無かったと言うべきか。
 鴉凛栖、魔魅羅共に防御を固めたところで、鬼神の拳が大地へと炸裂する。円形に拡がる衝撃波が、人形と美神を飲み込み、青の光へと還していく。

 噴煙を風が払った後に広がるは、数キロに渡る広大な陥没だった。島の中心地がごっそり刔られた形になる。
 入り組んだ山岳地帯の面影は、もう何処にもない。その空間の中で、元の形を保っているのは、たったの三体だった。

124藍三郎:2012/03/21(水) 22:23:07 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

「ふぅ――い、今のはヤバかったわね……」

 青の衝撃波を受けたマミラエルの機体は、少なからず損壊していた。
 あの一瞬、両腕を掲げてガードしたものの、腕の装甲が相当数抉られている。
 損傷した箇所は、ナノマシン装甲によって修復されているが、一瞬でと言うわけにはいかない。

 一方、ブードゥーチャイルドもまた、周囲の死霊を吸収することで、人形の欠損を埋め合わせていく。
 あたかもクロチルドが巨大化したように見えるブードゥーチャイルドだが、その実態は鴉凛栖が使役する大量の死霊を凝縮させた巨大なエクトプラズムだ。
 人形そのものが巨大化しているわけではない。機体を構成しているのは物質化した死霊のため、同じ死霊によって損傷を修復出来る。
 しかし、それとて有限ではない。周囲の死霊が尽きるか、再生能力を上回る速度と威力で攻撃を叩き込まれれば、一たまりもないだろう。
 そこは魔魅羅のアクラシエルも似たようなものだ。

 そして……あの青い鬼神は、それをなしうるだけの力を持っている。
 今回は、広範囲を一度に薙ぎ払う攻撃だったため、何とか耐え切れたのだ。もし、あのパワーを拳に凝縮し、一度に叩き込まれたら……



「……これは……本当に出し惜しみしていられる状況じゃないわね……」

 彼らしからぬ厳しい顔をした魔魅羅は、覚悟を決めていた。このまま防戦一方になれば、近い内に防御ごと叩き潰されるは必定……
 こちらから仕掛け、一撃で相手をとどむ以外生き延びる術はない。
 自分には、その力がある。

「出来れば、使いたくはないけれど……」

 魔魅羅は腕を自らの左胸へと伸ばし、心臓の位置に手を当てる。

「ふんっ!!」

 気合一閃、胸をもぎ取らんばかりの力で、心臓を強く圧迫する。
 余りに巨大すぎるが故、解き放ったが最後、魔魅羅を理性を持たぬ怪物へと変える彼自身の魔力……
 心臓へと封印していたそれを、解放する。

「グゥ……ウゥ……ゥゥゥゥ…………」

 魔魅羅の腕が、骨の折れる音を立てて、いびつに変形していく。
 筋肉が、中の骨を砕く程に増殖し、形状(かたち)を作り変えているのだ。
 やがて、魔魅羅の腕は、黒く濁った色へと変わる。
 その変化は、やがて全身に……自分が乗るアクラシエルへと拡がっていくだろう。
 

「………………」

 鴉凛栖の体からも、黒い霊気が漏れ出ていた。普段彼女が使役している死霊とは明らかに違う色。
 これは、彼女自身の魂の色。
 己が生者でないが故、生者に惹かれ、焦がれ、妬み、憎しみ、愛し……死者(おのれ)の側へ引き込みたいと願う渇望の具現。
 触れた物全てに死を与える、絶対致死の黒い霊だ。

 鴉凛栖の表情からは、完全に笑みが消えていた。
 虚ろな瞳に青白い肌……感情の彩りを一切持たぬ、死者の形相だ。


 力の解放と同時に、彼らの狂気もまた、理性の鎖を引き千切る。
 そうなれば、彼らは本能の赴くまま、死と破壊を撒き散らすだけの生ける災害と化すだろう。
 それは、近隣の国家の一つや二つは軽く滅ぼすほどの……
 
 まして同じく規格外の力を持つ、今の鬼神との戦いとなれば、その争いの規模たるや計り知れない。

125藍三郎:2012/03/21(水) 22:25:04 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

「待ちなさい。魔魅羅、鴉凛栖」

 一触即発のアクラシエルとブードゥーチャイルドの間に、瑠璃夜のナハツェーラーが入って来る。

「仲良く敵に立ち向かおうとするのは結構ですか……」

 その言葉に、魔魅羅と鴉凛栖は同時に敵意の眼差しを向ける。

「はぁ? 寝ぼけたこと言わないでよ。私はキモマミラもまとめてぶっ殺すつもりだったんだから!」
「いくらお兄様でも、言っていい冗談と悪い冗談があってよ? 後鴉凛栖、あんたは殺す、絶対に殺すわ」

「……済まない、失言でした。しかし……お前達、二人とも『力』を解放する気でいたでしょう?」

 図星を突かれ、魔魅羅と鴉凛栖は押し黙る。

 
「お前達の“あの力”は、公爵様の許し無くば、決して使ってはならない。
 公爵様の監視者として、お前達の軽挙を見過ごすわけにはいきません」

 自分より遥か上の力を持つ弟妹に対し、断固たる態度で告げる瑠璃夜。

「で、でもお兄様。“あれ”は出し惜しみして勝てる相手ではなくってよ?」
「……戦うかどうかは、これから決まります」

 瑠璃夜はそれには答えず、ナハツェーラーを前進させる。

「……貴方に問います。貴方は一体何者ですか? ただ荒れ狂うだけの怪物ですか?それとも……」

 どこか試すような響きを込めて、問い掛ける瑠璃夜。鴉凛栖と魔魅羅は全く同じ考えを抱いた。
 あの荒ぶる闘神とコミュニケーションを取ろうなどと、不可能としか思えなかった。

 だが……


『……俺は……』


 鬼神の口から、確かに人の言葉が漏れる。そして、ただ答えるだけでなく、己の存在をこの世界に刻みつけるように、高らかに吠える。

『我が名は皇鬼……夜天蛾皇鬼だ!!』

「え……」
「御曹司……なの?」

 驚く二人と違い、瑠璃夜はこうなることを期待していたかのように、微笑みを浮かべる。

「どうやら、その鋼神を見事“掌握”なされたようですね。心より、御祝い申し上げます」

 現在、皇鬼と蒼の鬼神は、完全に一体化していた。
 どちらの意志が主導権を握るか……混沌の中での、魂と魂のぶつかり合いに、皇鬼は勝利したのだ。


『ゼツオーガだ』

「ゼツオーガ……」
『この鋼神の名だ。こいつの中にいる間に伝わって来た。これからはそう呼べ』
「……かしこまりました」

 皇鬼とゼツオーガは、今や魂が根の部分で融合している。
 鴉凛栖も魔魅羅も動かず、あの天地を揺るがす戦いは、いつしか休戦状態になっていた。

126藍三郎:2012/03/21(水) 22:27:45 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

『ふん……貴様、俺がこうなることを予測していたのか?』
「はい。可能性と致しましては……」
『構わぬ。正直に申せ』
「は……失礼ながら、本当に、可能性として考慮に入れている程度でございました。
 皇鬼様は既に識っておられると思いますが……そのゼツオーガを初めとする鋼神は、原初の魔導師が、その力を十全に振るう器として生み出したもの……
 原初魔導師の血族たる、夜天蛾の血を引く皇鬼様にも、鋼神に適合する可能性は、確かにございました」
『本当にそうなるとは思っていなかった……か?』
「我々……いえ、彼岸様は、ここは一時鋼神を確保し、皇鬼様が更に力を付けた後、試すおつもりであられたようですが……
 よもや、この場で皇鬼様が血の覚醒を果たされ、鋼神を己が物とされるとは。この黒薔院瑠璃夜、心より感服致しました」

 深々と頭を下げるナハツェーラー。

「貴方様こそは、疑う余地なき夜天蛾の次期当主。この瑠璃夜、改めて永劫の忠誠を誓います」

 ナハツェーラーは、ゼツオーガの前でかしずく。
 両隣のアクラシエルとブードゥーチャイルドもそれに倣う。

「何かすっきりしないけど、これにて一件落着……ってコトでいいのかしら?」
「じゃないの? 正直シラけちゃった。あ、おんぞーしを傷付けようとした魔魅羅は死刑だね。あはははは!」
「それを言うならあんたもでしょーがっ!?」

 先程までの、極限まで張り詰めていた殺意は、既に霧散している。



(……父君のように、力のみでこいつらを屈服させるには、まだ早いか………)

 ゼツオーガがその力の差を見せ付けるかのような戦いだったが、皇鬼は、鴉凛栖と魔魅羅がまだ奥の手を隠していることを見抜いていた。
 それが、瑠璃夜の言う彼らの全力……一国を滅ぼしかねない力なのだろう。

(だが……)

 彼らを超えぬ限り、自分は真の望みを果たすことは出来ない。

「皇鬼様、間もなく、彼岸様の艦隊が到着されるようです」
「お前達の後詰めか」


 皇鬼は首の向きを変える。ゼツオーガと同化したことで、気配を感知する能力も飛躍的に拡張されていた。
 自分の母を含む、複数の人間がこちらに近付いて来るのが感じられる。

「我らを遣わしたのは、他ならぬ彼岸様です。彼岸様は、皇鬼様の身を心から案じておられます。
 今の勇姿を御覧になられたら、さぞお喜びになられることでしょう」
「ふ……」

 確かに喜ぶことだろう。鋼神という最高の鬼札を、適合者付きで手にすることが出来たのだから。
 母の思惑は見えすいている。だからといって、その事に心を痛めることはないが。
 いずれ母が、父を倒して夜天蛾の……いや、世界の覇権を握ろうとしていることも。

 夜天蛾は分裂し、世界全土を巻き込む争いに発展するだろう。
 ゼツオーガが目覚めたのも、大戦の到来を感じとったからではないか。
 いや、ゼツオーガと同化した自分は、確かに感じ取ることが出来た。
 間近に迫った戦乱の予兆を……
 それは、単に未来の出来事というだけでなく、今己が立っている地の底から感じるようで……

127藍三郎:2012/03/21(水) 22:28:54 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

「さぁ、凱旋致しましょう、皇鬼様。霊道様も彼岸様も、お慶びになられることでしょう」
「ああ……」

 先導するナハツェーラーの後に、付いていくゼツオーガ。

(父君のため……か)

 今の皇鬼の胸には、確たる意志が生まれていた。

 打倒・夜天蛾霊道という目標が。

 だが、ゼツオーガを手にした今の自分であっても、まだ父には及ばないだろう。
 更なる成長と進化を果たすには、もっと多くの闘争が必要だ。
 並み居る強者を討ち果たし、無数の屍を積み上げた果てに、自分は父に挑むだけの力を得る。
 父と母との決裂が、未曾有の争乱を呼んでくれるなら、それに乗らぬ手はない。


 だが、一つ気に掛かることがある。ゼツオーガと同化した今の自分は、強者の気配を広範囲で察知できる。
 今も、世界各地にいる強者の拍動を、朧げながらに感じている。
 にも関わらず、父の気配だけは、全く感じ取ることが出来ないのだ。
 例え眠っていたとしても、父ほどの強者の存在を、感じ取れないなどあり得ない。
 ならば……
 
 今、父は、この地上にはいない……?


 次の瞬間――

 足の裏、地の底から、膨大な量の念が感じられた。
 殺意、憎悪、恐怖、それらの感情を煮詰めた念……
 一瞬感じ取れただけだが、それは間違いなく、己に向けられたものだった。
 
 

 地の底の底……世界の深奥にて、ソレらは蠢いていた。一筋の明かりもない至純の暗黒。
 そこには空間や隙間といったものはなく、夥しい数のソレらで埋め尽くされていた。
 蟻や蜂の巣の中身を、大陸レベルにまで巨大化すれば、このような光景になるだろうか。
 しかし、昆虫の巣とは決定的に違う点があった。

 此処は無限の闘争に満ちた蠱毒の壺。傍にいる同類を引き裂き、噛み砕き、貪り喰らう。
 喰らった相手を己の力として取り込み、やがて分裂し、またも喰らいあう。
 ソレらは、ただひたすらにそれだけを繰り返してきた。同類が憎いわけではない。
 本能として、殺し、喰らい、奪わずにはおれぬ存在なのだ。
 しかし、ソレらにも憎しみの念は存在していた。

 憎しみの矛先は、ソレラを闇底に追いやった、鋼の神らにのみ向けられていた。


 その内の一体の目覚めの波動は、この地球(ほし)の中心核にいる彼らにも届いていた。
 喰らい合いを続ける彼らの中に、当時と同じ個体は生き残っていない。
 だが、ソレらは喰らった個体から本能を、魂を、そして憎しみをそのまま引き継ぐ。
 数千年の時を経ても、群れ全体を塗り潰す憎しみが薄まることは無い。

 そして、その事実は、鋼の神の波動を感じ取れるほどに、今彼らを封じ込めている結界が、薄くなっていることを意味していた。
 

「…………」


 その、喰らうことしか知らぬ悪鬼どもの巣窟で、彼がただ一人、超然と屹立していた。
 あろうことか、その人物は人間だった。

 近くにいるものを無差別に襲うソレらであっても、男に爪や牙を突き立てようとする物はいない。

 ソレらが男に向ける感情は、恐怖の一色。
 その男に手を出せば死ぬことを、ソレらは刻み付けられている。

 黒髪を背中まで伸ばしたその男は、冷然とした瞳でソレらを眺めていた。
 

 ――また一つ鋼神(ハガネガミ)が目覚めたか。


 ――封印が解ける日も近い。さすればこの獣どもは地上へ溢れ出る。
 

 ――旧人類どもは淘汰され、より強き種のみが生き残る。この星は、より強く生まれ変わるのだ。


 ――それこそ、俺が統べる星(くに)に相応しい。



 血を分けた親も子も。自分に忠誠を誓う配下達も。先人の築き上げた古代の文明も。地の底に眠る万魔どもも。

 この世界に住まう生きとし生けるもの全て――

 己以外の全てを踏み台として、覇道を歩む者――

 
 夜天蛾霊道は、来るべき“刻”をじっと待ち続けていた。

128藍三郎:2012/03/21(水) 22:29:41 HOST:199.159.183.58.megaegg.ne.jp

 それから――


 解き放たれた万魔で溢れ返り、地獄と化した地上にて……


「フンッ!!!」
 
 蒼き鬼神の豪拳が、万魔の群れを地形ごと消し飛ばす。
 血に飢えた悪鬼どもは、休む暇も与えず鬼神へと襲い掛かるが、かすり傷一つ与えることは出来なかった。
 

 夜天蛾皇鬼とゼツオーガは、並み居る万魔の屍を踏み越え、紅蓮の炎に包まれた街を闊歩していた。


 遥か彼方には、天空をも圧するように聳え立つ、巨大な山が見える。

 風に乗って吹き付けるは、幾千幾万の憎悪と殺意。 
 山のように見えるあれは、無数の万魔が積み重なってできた“城”だ。
 “万魔神殿(パンディモニウム)”と呼ばれるあの城の頂上には、今やこの星を支配する王が鎮座している。

 己がかつて、父と呼んだ男の玉座だ。


 だが、そんなことはもうどうでもいい。

 父も、母も、夜天蛾の血も、この星の命運も……今の皇鬼にとっては、遍く無価値なものだ。

 彼の頭を埋めているのは、これから始まる闘争のことだけ。

 強さを求める者が、より強き者へと戦いを挑む。
 あまりに単純で、さりとて、弱肉強食の掟に縛られた野生の獣にはできない、ヒトとしての闘争だ。

 一頭の雄が、もう一頭の雄を喰らう――ただそれだけの戦いだ。


 昂ぶる心を抑えきれず、皇鬼は奔り出す。
 衛兵代わりの万魔など、一瞬たりとてその脚を止めることは出来ない。


 終末と再生に向かうこの世界で――

 血を分けた二匹の鬼が拳を交える時は、間近に迫っていた。


【完】

129はばたき:2012/03/22(木) 21:03:26 HOST:zaq3d7389da.zaq.ne.jp
◆『DISSIDIA HABATAKI INFINITY』 Take7◆


 去っていく背中が遠い。
 追いかける事が出来なかった。
 危ないって解ってるのに
 一人じゃいけないって思うのに
 足がすくんで動かない。

 そう

 私は震えてるんだ

 追いかけないのは彼女の気持ちが解ったからじゃない

 その逆

 解らないから怖いんだ

 よくは思い出せないけれど

 私はかつて同じ事をしたんだと思う

 解った振りをして、その実何も知らないで

 仮面だけの見解で誰かを傷付けた

 その記憶があるから

 私は怖くて踏み出せない

 誰かの心に踏み入るのが―――

純星「ふい〜、完勝完勝。どうよ!レナっち、お嬢。あたしの活躍は見てたかい?」

 崩れかけてた気持ちを引っ張り起こすような明るい声。
 それに現実へと引き戻される。

純星「って、あれ?レナっちは?」

エレ「一人で・・・行くって・・・」

 ”元々皆、個人の個人の事情があるんだ。共闘する必要なんて元から無いよ”

 そう言って去って行った仲間の事を思い出して、私の心はまた重くなる。

純星「ちょ!?あんた、そりゃヤバいじゃんよ!?バラバラになったら各個撃破だって姫っちからさんざん言われて―――」

エレ「解ってる!」

 思うより強い口調で叫んでしまった。
 八つ当たりしたみたいで申し訳ない。
 でも・・・

エレ「レナが・・・そう決めたんだもん。しょうがないよ・・・」

 突き放された事は辛い。
 頼りにされない自分の力の無さは悔しい。
 でも、解らないんだもん。
 皆が何を考えているか・・・。
 それぞれが戦う理由があって、自分の手で決着を付けるからって皆一人で歩き出す。
 仲間だから、今まで一緒に戦うんだって思ってたのに、それは間違いだったのかな?
 この戦いの意味って、何なのかな?

純星「あ〜、あたしは難しい事はよく解んないんだけど、今回はレナっちが悪いと思う」

エレ「そ、そこまでは・・・」

 言ってないよ、と言う私の脳天に鋭い痛みが走った。

純星「黙りゃ!そんなへろへろで言ったって説得力あるかい!」

エレ「っつ〜〜。な、何するの!?」

純星「泣きたい時は泣く!怒りたい時は怒る!お嬢はいい娘過ぎ。自分の気持ちを腹にため込むと、脳が爆発するぜ?」

 なんでお腹にため込むと脳が爆発するのかは解らないけど、言わんとしていることは何となくわかる。
 同時に励ましてくれてるんだって事も。

エレ「ありがとう、純星」

純星「おう、解ったらさっさと行くぜ!レナっち見つけて奴の奢りで一杯やろう!」

 スキップしながら歩き出す姿が頼もしい。
 ―――いいな。
 私もあんな風に、皆の力になれたらいいのに・・・。
 

 ○私らしく

130はばたき:2012/03/22(木) 21:04:17 HOST:zaq3d7389da.zaq.ne.jp
エレ「皆、大丈夫かな・・・」

リフィア「居ないものを心配しても仕方あるまい」

 至極当たり前の返事。
 姫らしいと思うけど、それがちょっと寂しい。
 この世界に召喚されて、私達は神様の代わりに戦う事を義務付けられた。
 それ自体に不満はない。
 そうしなきゃ帰れないってこともあるけど、困ってる人を見捨てたくなかった。
 そうやって皆と戦う内に、連帯感みたいなものは生まれていたと思う。
 ・・・・・・いや、そう信じたい。
 そこだけは、皆変わらないと思ってたのに・・・。

エレ「皆、そうなのかな?戦いが終わったらバラバラになっちゃうから、一緒にいる意味なんてないのかな・・・」

 レナの言葉が胸に重い。
 私達は違う世界から喚ばれたから。
 だから、価値観も違うのかもしれない。
 この先、道が・・・若しかしたら、今までだって一度も交わったことがなかったのかもしれない。

リフィア「何にせよ、連中には後できつく言っておかねばな―――」

アルフィー「あら?そんな暇があるかしら?」

 降ってきた声に、鼓動が跳ね上がる。
 そう、この声はいつも怖い。
 思考の糸を断ち切るくらい、私の心を引き裂く声だ。
 そして、彼女が開いた爪を見て、脳裏を掠める感情。

アルフィー「さて?これは誰の血でしょう?」

エレ「あ、ああ・・・」

 塔が崩れる音も

 激しい撃剣の音も

 純星や姫の叫びも

 遠い世界の事の様に思える

 記憶が無くても心が覚えてる

 この情景を

純星「んの、お嬢!ぼさっとしてないで応戦しろい!」

 殆ど反射的に純星の声に従って銃を構える。
 でも、頭の中は恐怖で一杯だ。
 奪われる恐怖。
 無くなっていく恐怖。
 何より―――

アルフィー「かわいそうにね。エリアル」

 その声を聴くだけで、金縛りにあったように動かなくなる体。

アルフィー「どう?大切なものが消えていく恐怖は辛い?」

 ビクン、と体が反応する。
 近い。
 こんなに近くに敵の顔がある筈なのに、身動きが取れない。

アルフィー「でも、これからよ。貴女にはもっと絶望を味わってもらわないと。まずはあの自動人形のお嬢さん。次は、誰がいいかしらね」

 撃たなきゃ。
 今撃たなきゃ、またこの人は仲間を襲う。
 なのに・・・

アルフィー「うふふ、ごきげんよう」
 
 引き金は引けなかった。
 恐怖が、迷いが・・・私に動くことを静止した。


 ◇interlude


麗「おや、お早いお帰りで」

 氷山の一角に腰を下ろしていた女が、仮面の帰還を迎えた。

アルフィー「また、貴女?よく絡むわね」

131はばたき:2012/03/22(木) 21:05:01 HOST:zaq3d7389da.zaq.ne.jp
麗「そう言わないでくれ。私は社交的な性質なんだが、他の連中はどうにもそういう会話を好かないらしくてね」

 だからこうして話し相手を探してる。
 そう言ってからからと笑う。

アルフィー「お生憎様、私も本当はそんなにお喋りじゃないの。あまり、手間を取らせないでくれないかしら?」

麗「珍しいね、苛立っている」

 つっけどんとした仮面の態度に、女は薄い笑みを浮かべたままでそう問いかける。

麗「彼女に会ってきたんじゃないのかい?」

アルフィー「それが解るくらいなら、少しは遠慮したらどう?奥ゆかしさも淑女のたしなみよ?」

麗「生憎と淑女より紳士を目指したいのだけど・・・」

 この体では、とドレスの端を摘まんで優雅なポーズをとって見せる。

麗「ままならないね。”自分の姿見に誰かの影を見てしまうというのは”」

 刹那
 閃光が奔り、氷山に鋭い爪痕が刻まれる。

アルフィー「次は確実に殺すわ」

 本気の殺気を込めた言葉が虚空に吸われる。

麗「いやいや、悪かった。でも、私はキミを嫌いじゃなくてね」

 声だけが冷えた空に響く。

麗「そうだね、後は・・・”同病相哀れむ”と言う奴かな?」


 ◇interlude【閉】


 脚が重い。
 今、私の周りには誰もいない。
 姫とも純星とも、襲ってくる偽物達との戦いで逸れてしまった。
 どうしよう
 皆いなくなる
 私の前から、皆―――

槇月「お、お嬢か!」

 途方に暮れていた私に救いの手を差し伸べるように、仲間の声が聞こえた。
 でも・・・

エレ「あ・・・」

 触れるのが怖い。
 また離れ離れになるのが怖い。
 何より―――

槇月「おい、お嬢。聞いてるのか?真っ青じゃねぇか」

 嫌だ

 聴きたくない

 これ以上歩み寄ったら

 また離れ離れになる時が怖いから

槇月「ったく、こりゃ戦える状況じゃねぇな。雪花霞、後任せていいか?」

132はばたき:2012/03/22(木) 21:05:42 HOST:zaq3d7389da.zaq.ne.jp
なつき「ああ?どうしろってんだよ」

 二人の会話がすごく遠い。
 耳に入ってくるのに、頭が理解しない。
 今、私を支配しているのは―――

エレ「置いてかないで・・・」

 いや、もう離れ離れは嫌

 これ以上、誰からも拒絶されたくない!

槇月「心配すんな、聖域に戻れば皆いるから。おら、雪花霞お前も帰れ。まともに戦える状態じゃねぇだろ」

なつき「ち、また子守かよ。しょうがねぇな」

槇月「愚痴言うな。これも年配者の仕事だ。じゃ、俺は他の連中を探しに行くから」

エレ「あ!」

 やだ!
 いっちゃ、やだ!!

なつき「こ、こら!暴れんな。どうしたよ、一体!?」

 やだやだやだやだやだやだ!!
 皆居なくなる!
 私の前から消えていく。
 もういや!
 皆、私を置いていかないで!!

なつき「ったく・・・ほら」

 ぎゅ、て抱きしめられた。
 鼓動が優しい。

なつき「俺はちゃんと一緒にいてやるから。だから、帰ろう、な?」

 うん、って
 私は子供みたいにその言葉に従った。


 §


なつき「・・・・・・」

 帰る道すがら、私達は終始無言だった。
 少しだけ落ち着いてきた私に、なつきちゃんは何も言わずに付いて来てくれた。
 正確には、私の方が引っ張られる感じだったけど。

なつき「たく、ホント皆勝手だよな。どいつもこいつも単独行動ばかっかだ」

 私が喋らないから、時々ぶつぶつと零す様ななつきちゃんの声だけが辺りに響く。
 何か喋らなきゃって思うけど
 頭がぐるぐるして何も考えられない。

なつき「・・・何があったかは聞かないけどよ」

 そんな私の状態を見かねてか、不機嫌そうに話しかけられた。

なつき「そういうの似合わねぇぞ?お前は、もうちっとバカみたいに笑ってる方が、その・・・かわいいというか・・・」

 照れているのか、ちょっと頬を染めて言ってくれる言葉。
 それが嬉しい。
 私の傍に誰かいるんだって
 それを思い出させてくれるから。

赤薔薇「その言葉には同意しよう」

133はばたき:2012/03/22(木) 21:06:25 HOST:zaq3d7389da.zaq.ne.jp
 けれど
 それを引き裂くみたいに無残に現れる声。
 ここが戦場だって事を否でも思い出させる。

赤薔薇「しかし、陽は沈み、無限の魂は欠片と消えたか」

 落胆したような言霊が降ってくる。
 ああ、ダメだ。
 このまままじゃ、また誰かが・・・

なつき「御託の多い奴だな。たく、羽根つきは何やってやがるんだ。こんなトコまで敵の侵入を許すたぁ」

 そう言って構えるなつきちゃんだけど・・・だけど・・・

なつき「くっ・・・!」

 数歩進む間もなくよろめく。

赤薔薇「無残な。永遠を目指して造られた君らが、こうも脆く消え行く定めとは・・・」

なつき「うるせぇよ。てめぇを喜ばしてやる理由なんざ、欠片も―――!?」

 すっ、と
 我知らず進み出ていた。

なつき「おい、お前・・・」

エレ「させない・・・」

 これ以上はさせない。
 私が、仲間を守る!

赤薔薇「陽はまた昇るか・・・。その様もまた永遠。君はまだ死んでいないようだ」

 薔薇の花が咲く。
 でも恐れない。
 銃を構えて一つ一つを丁寧に撃ち落とす。
 まるで機械みたいに正確に
 私は私の中の記憶に全てを委ねる。
 埋没していく意識。
 体に残った記憶が、私を戦わせる。
 魂の底に刻まれた記憶が、私の体を動かしていく。

赤薔薇「その身に宿る別個の記憶に任せる事で、動けぬ体を動かすか・・・。オウマ辺りなら興味深いというところだが・・・」

 天に咲く薔薇。
 それが無数の刃と化す。

赤薔薇「私の求めるものとは程遠い・・・」

 残念そうな声と共にそれが降ってくる。
 でも、慌てない。
 照準を合わせて全てを撃ち落し―――

ハヅキ「やらせるかって―の!」

 滑り込む様な勢いで飛び込んできた鷹が私より先に全てを撃ち落す。

ハヅキ「ふい〜、セーフ。無事かな?マドモアゼル」

赤薔薇「ふむ、形勢不利か。仕方あるまい。刹那の命のモノばかり、私の興味に値しないな」

 そう言って、消えていく敵。
 同時に、私の中からも何かが消えていく。
 私を動かしていたものが―――


 §

134はばたき:2012/03/22(木) 21:07:04 HOST:zaq3d7389da.zaq.ne.jp
ハヅキ「あっぶねぇあぶねぇ。槇月のアホ。人をパシリにする位なら、最初から自分が行けっての」

なつき「何、やり遂げた顔してやがる」

 戦いが終わって、私の体から何かが抜けて行って
 それからほんの少しまた皆の元へ、心が戻っていく。

なつき「大体お前、姫達と一緒じゃなかったのかよ?」

 そうだ。
 安堵していたけど、皆は無事なのだろうか?
 混乱していたけど、なつきちゃんも無事だった。
 なら他の皆は?

ハヅキ「概ね無事っぽいぜ。皆、自分なりのケリをつけ始めてる頃だ。今頃聖域に向かってるだろ」

 よかった。
 ハヅキちゃんの情報なら安心できる。
 皆、頑張ってるんだ。
 でも・・・

ハヅキ「兎に角、俺らも急ごうぜ。お前らマトモに戦えないって聞いたしな」

なつき「ちょっと調子が悪いだけだ。バカにすんな」

 まだ安心は出来ない。
 あの人がいるから・・・。

”次は誰がいいかしらね”

 そう言って笑ったあの顔が忘れられない。
 水面に映ったように私に訴え掛けるあの顔は―――

エレ「私―――」

ハヅキ「ん?」

なつき「何か言ったか?」

エレ「私、私が戦わなきゃ・・・あの人は、”私”が生んだ影だから・・・」

 それが皆を傷付けようとするのなら
 ”私”のせいで皆が傷つくのなら―――

なつき「おい、ちょっとおかしいぞ、お前」

エレ「え?」

 言われて、我に返る。
 あれ?
 私、何を話してたんだっけ?
 ぼんやりとした頭は霞が掛かったみたいに判然としないけど
 何か、私の中に、私以外の”私”がいるような・・・。

ハヅキ「何の因縁があるかは知らないけどな」

エレ「ん?」

ハヅキ「あんまし、記憶に振り回されんな」

 その一言で直感的に悟る。
 彼は何か知ってる。
 私とあの人との因縁
 ”私”とあの人と関係

エレ「それ―――」

ハヅキ「ストップ!」

135はばたき:2012/03/22(木) 21:07:38 HOST:zaq3d7389da.zaq.ne.jp
 思わず聞き返しかけた私を制す掌。

ハヅキ「俺も又聞きの情報だから信憑性は解らん。でもな、一つだけ言っておく”アンタはアンタだ”」

 それだけ。
 私が貰った言葉はそれだけだけど
 それで十分過ぎた。
 記憶が戻ったわけじゃない。
 でも、
 何をするべきかは解った。

エレ「ありがとう。私、間違ってた」

 怯えていたのは皆が消えることじゃない。
 恐れていたのは離れ離れになる事じゃない。

エレ「ハヅキって、なんだか私の知ってる人に似てる気がする」

ハヅキ「ほう、そいつは大したイケメンだろうさ」

エレ「うん、カッコいいんだ。いつでも私を護ってくれた」

 よくは思い出せないけど
 
 その影に向かって言わなきゃいけない気がする

 ―――さいって

アルフィー「麗しき友情ね。吐き気がする」


 §


 一面の氷の世界で、私達は再び対峙する。
 ”私”の影同士が。
 いや―――

エレ「違う」

アルフィー「何が・・・かしらね」

 薄く笑う口元に浮かんでいるのは憎悪だ。
 消しても消しきれない、どうしようもないほどの。
 私も、あんな顔をしていた事があったのかな。

アルフィー「当然よ。貴女も”私”だもの」

 その言葉に、ふるふると頭を振る。
 違う。

エレ「私は私。誰かの影じゃない」

アルフィー「うふふ、あはは、あっははははっ!!」

 私の言葉が心底可笑しいとばかりに、あの人は笑う。

アルフィー「バカみたい。模造品がホンモノになんかなれやしない。玩具が人間の振りをするなんて馬鹿げてるわ」

エレ「そうやって、あなたは諦めたんだ」

 私の言葉に、一層強くなる憎悪の炎。

アルフィー「気に入らないわ。”私”である事以上に、そうやって自分はホンモノだと言わんばかりの態度が―――」

エレ「そうじゃないよ」

 私は私。
 エリアル・A・ギーゼルシュタイン。

136はばたき:2012/03/22(木) 21:08:15 HOST:zaq3d7389da.zaq.ne.jp
 それ以上でもそれ以下でもない。
 そして、

エレ「あなただってそう」

アルフィー「っ!!」

 その一言が引き金になった。
 しなやかなネコ科の動物を思わせる勢いで肉薄する爪。
 かわし切れず、傷つく体。

アルフィー「馬鹿馬鹿しい!貴女も私も同じよ!!あの人の玩具。代用品の模造品!求められた結果に至らなかったから捨てられる、劣悪なコピー品!!」

 その証拠に、と叫ぶあの人の爪が私を抉る。

アルフィー「貴女だって怖いでしょう?”捨てられるのが”」

 その一言が私の胸を穿つ。

 そう

 私が本当に怖かったのは

 皆が離れていく事よりも

 皆が居なくなる事よりも

 誰かに”いらない”と言われるのが怖かった・・・・

アルフィー「そうよ!それが私達の起源!!いらないと言われ、違うと蔑まれ、その先に打ち捨てられる。全ては私達の中にあるホンモノのせいで!!」

エレ「違う!!」

 叫んで
 私は改めて引き金に指をかける。

エレ「確かに私は怖かった!誰かに必要とされない自分を怖がっていた。でも、それは自分が紛い物だからじゃない!!」

 それは本当の絆を育んできたから。
 それは”私”じゃない私が見つけた出会いだから。
 それは私が生きた中で得た掛け替えのない人達だから!

エレ「あなたにだってある筈。あなたの向けてきた想いは決して嘘なんかじゃ無かった筈!」

アルフィー「黙れ!私にそんなものがあるとすれば・・・それはこの憎悪だけだ!!」

 なら

 それなら

アルフィー「なっ!!?」

 爪を受け入れる。
 あの人の憎悪を受け入れる。
 憎しみを
 恨みを
 妬みを
 怒りを

 愛情を―――

エレ「満足した?」

アルフィー「なに・・・を・・・」

 突き放そうとする手をがっちりと掴む。
 離したりなんかするもんか。
 この人を受け止められるのは私だけだから。

137はばたき:2012/03/22(木) 21:08:45 HOST:zaq3d7389da.zaq.ne.jp
 同じ苦しみを味わってきた私だけだから。

エレ「でも私はあなたとは違う!違ってみせる!!」

 この距離では銃は使えない。
 だから虚空に向けて撃ちだす。
 それは天に仕掛けた星に跳ね返り、あの人を背中から撃ちぬいた。

アルフィー「な・・・」

 ぐらりと倒れる体。
 私の体から抜けて行く爪。

アルフィー「なぜ・・・」

 銃を杖代わりにして、ようやく立てる体。

アルフィー「何故、とどめを刺さない!!」

 無理だよ。
 だって

エレ「私はあなたも救いたいもの・・・」

 久しぶりに
 笑えたような気がする
 心から

アルフィー「後悔・・・するわよ・・・」

エレ「しないよ。自分で決めた事だもん」

 だから

 また一緒に笑おう

 私の知ってる皆の所で

 優しくって暖かい

 仲間の所で

アルフィー「・・・・・・吐き気がするわ」

 そう言って

 笑ったあの人の顔は

 ちょっと綺麗だった


 ◇あとがき◇

エリアル・A・ギーゼルシュタインと言うキャラクターの起源は『女の子同士の友情』でした。
「『存在意義』とかじゃないの?」と言う向きの在るかもしれませんが、発端は上記の通りです。
兎に角当時の自分は、某番組の影響で「女の子同士の純粋は友情物語ってなんて素晴らしいんだ!!」と感銘を受けていました。
エレの物語は、その話へのオマージュを練りこんでいるのですが、登場作品であるロストセンチュリーの継続に伴い更なる要素が組み込まれ、進化していきました。
ある意味で、最も成長し、独り歩きしてくれたキャラクターであり、愛着もひとしおです。
その分、本文に詰め込み過ぎかと思うくらい色々書いた為、若干わかりにくくなってやしないかと不安ですが(^^;。
エレはアイラとセットで主人公なので、一人で物語を書いてやるのは難しいかとも思っていましたが、書いてみると案外するすると書けた、と言う印象がありました。
エレの物語はまだ完結しておらず、現在山場を迎えています。
一度心が折れそうになって、放置してしまいましたが、やはり決着をつけさせてやりたい思いは強いです。 

  【完】

138はばたき:2012/03/23(金) 21:37:26 HOST:zaq3d738866.zaq.ne.jp
※これは、本来『スーパーロボット大戦 ロスセンチュリー』の48話にて差し込む予定だった内容です。
自分の不手際と自信喪失が原因で書き込む機会を逃してしまったため、已む無くこちらにて発表させていただきます。
本来なら、別の形で次な話にて繋ぎ直すのが筋なのでしょうが、今回は途中まで話を進めてしまった事、次に持ち越す整合性が取れない事からこちらでの発表と相成りました。
ロストスタッフの皆様には、大変ご迷惑をお掛けする事になります。
申し訳ありませんでした。

以上の経緯より、本文を読む際には、『スーパーロボット大戦 ロストセンチュリー』シリーズをお読みくださった上で読まれる事をお勧めします。


○スーパーロボット大戦 ロストセンチュリー番外編 『Episode of Marital vows』


 遠い

 遠い夢を見ていた

 それは、在りし日の日々

 今は昔の物語

 還らない夢(とき)

 戻らない時(ゆめ)

 笑いあった幼い日々は

 今は昔の夢物語―――


 §


 ひどく、悲しい夢を視ていた気がする。
 とてもとても懐かしいのに、どこか曖昧で色あせた夢。
 古い映写機に映った映画の様に、静かに流れていく映像を眺めていた気分。
 でも、それも目覚めと同時に泡沫に消える。
 とてもとても儚い夢。

「―――か?」

 覚醒していく意識が、夢に沈んだ心を引き上げる。
 遠くから聞こえる声が、幻のしじまにいる心を引き戻す。

「―――大丈夫か?」

 徐々にクリアになっていく視界。
 心の檻が解き放たれて、体が自由を取り戻していく。

「エレ・・・大丈夫か?」

 自分の名前を呼ぶ声。
 知ってる。
 この声の主を自分は知っている。

エレ「あい・・・ら・・・」

 その名を呼んだ途端に、ブラックアウトする視界。
 それはわずか一瞬の事。
 だが、その一瞬で彼女の意識は駆け抜ける。
 自分が今までどこにいたのかを。
 自分が見つけた答えを得た場所へと―――


 §

139はばたき:2012/03/23(金) 21:38:35 HOST:zaq3d738866.zaq.ne.jp
 それは戦いにすらなっていなかった。
 一方的な蹂躙ですらない。
 男は文字通り、壊れた玩具を処理するように。
 少女は反射に従って体を動かしていただけだ。
 殺意も闘志もない空しい追いかけっこ。
 互いに何かの戯れの様に攻防を交わすのみ。
 激しい熱気に包まれた他の戦場とはかけ離れた、あまりに諾々とした手慰み。
 それは、疲れ果てた両者の心の顕れであるかのようであった。

―――何、してるのかな。私―――

 捨てられた

 大切な人にも

 宿敵とも言うべき相手にも

 目の前の相手を満足させるために生まれ

 縋った友情は見せかけ

 誰からも必要とされない

 唯の玩具

 壊れた玩具

 何もない

 何もかもがどうでもいい

 それなのに

エレ「なんで、まだ生きようとしてるのかな・・・?」

 そう

 自分は生きている

 生き汚く

 みっともなく

 生にしがみ付いている


                                 捨てられたのに

 止めてしまえば楽になるに

 それでも動きを止めないのは

 未練があるから―――

エレ「おかしいね・・・全部嘘っぱちだったのに・・・」

 見せかけの生

 見せかけの友情

 見せかけの自分

 それはもう痛いほど解っている事なのに

エレ「でも、まだ思ってる。助けって私は、まだ叫んでる」

 捨てられたのに

 いらないと言われたのに

 まだ、その影を追っている

エレ「アイラ・・・」

 脳裏を掠めていく友人”だった”モノの顔。
 笑っていた顔も、凛々しい横顔も、憤怒した顔も、泣いた顔も

140はばたき:2012/03/23(金) 21:39:45 HOST:zaq3d738866.zaq.ne.jp
エレ「全部・・・嘘なのに―――!!」

 何も見ていなかった自分。
 何も知らなかった自分。
 視ようともしなかった、ある事すら知らなかった想いに傷つけられて、捨てられたのに。

エレ「でも、でもやっぱり嘘だなんて思いたくないよ・・・」

 涙が頬を伝う。
 苦しい時、悲しい時、励ましてくれた彼女の声が自分を支えた。
 自分の生まれた理由を知って、絶望して、その時も彼女は抱きしめてくれた。
 誰よりも強く、誰よりも身近で自分を支えてくれたトモダチ。
 それが、嘘―――

エレ「やだ、やだやだやだやだ!そんなのやだ!!助けてよアイラ!!嘘だって言ってよ!!すっと、一緒だったのに・・・私を捨てないで!!」

 自分を捨てた相手に、自分を捨てるという事から助けて欲しいという矛盾。
 その矛盾に気づいても、心は言う事を聞かない。
 駄々っ子の様に無理な注文を付け続ける。
 心がひび割れて消えるまで。

ルドルフ「いつまで、生きあがく?」

 対して、男は苛立ちを覚える。
 未だに動き回る出来の悪い模造品。
 失敗作が今尚彼の手を離れて生存してる事実に心がざわめく。
 必要ない。
 ”彼女”でないなら必要ないのに。
 それが、未だに抵抗を続ける事実が気に入らない。
 否
 事実彼が本気を出せば、目の前の玩具など塵芥だ。
 ハーメルシステムまで起動しているのだ。
 これで一瞬で片が付かない方がどうかしている。

ルドルフ「情けをかけているのか?俺が・・・?」

 馬鹿馬鹿しい。
 劣化品などに様はないのに。
 掛ける情など一片も残ってはしない。
 元よりそうしてきた。
 友と呼んだ相手すら斬り捨てて、本気で殺しに掛かった自分だ。
 今、この失敗作を相手に情を見せるなどあり得ない。

ルドルフ「もういい。これ以上無意味な時間の浪費は出来ん。このボディもそろそろ限界だ。”次”に備えて俺も動かねばなんのでな」

 ”次”
 そう次こそは、長年の願いを成就させる。
 その為に、邪魔になった玩具は始末しなければならない。
 そうして本当の殺意を見せた時、少女はそれに反応する。

エレ「あ・・・」

 ”消えろ”

 その言葉がリフレインする。

 消される

 消える

 自分が

 否定されて

エレ「嫌だ・・・消えたくない・・・」

141はばたき:2012/03/23(金) 21:40:35 HOST:zaq3d738866.zaq.ne.jp
―――どうして?―――

エレ「アイラ・・・助けて・・・」

 違う

ルドルフ「さらばだ」

エレ「助けてよ。アイラぁっ!!」

 違う

 そうじゃない!!

エレ「あ・・・・・・」

 一瞬の時間が無限に引き延ばされる。
 その中で、浮かぶのは親友と呼んだ人の笑顔―――ではない。
 最後に見た、あの氷の様な笑み。
 儚く、冷たく、寂しい、”本当の顔”。

エレ「そっか・・・そうだよね・・・」

 自分は

 彼女の何を見ていただろうか?

 親友と呼んで

 その強さに惹かれて

 誰よりも頼った

 誰よりも慕った

 誰よりも、一緒に居たいと思った

エレ「でも・・・」

 自分は視ていなかった

 彼女の闇を

 それを目にしても

 それは違うと思いたかった

 苦しんで悲しんで

 そんな姿は彼女じゃないと

 本当の気持ちじゃないと信じようとしていた

 だが

 だが、それは目の前の相手と何が違うだろうか?

 自分は彼女に押し付けた

 自分の理想を

 在って欲しい形を

 自分が視てきた彼女の在り方こそが真実だと思って

 そこに救いを、助けを求めた

 それは傲慢だ

 彼女の闇を否定して

 自分に都合の良い彼女で居て欲しいと願った―――

142はばたき:2012/03/23(金) 21:41:19 HOST:zaq3d738866.zaq.ne.jp
ルドルフ「ぬっ!?」

 振り下ろした刃が受け止められる。

エレ「でも、それじゃダメだよね・・・」

 救いを、助けを求めていたのは彼女も同じだったのに

 自分はそれから目を背けるばかりで

 自分だけが捨てられたと思い込んでいた

 何が親友か

 何が友情か

 結局、自分達は相手の何を見ていたというのか?

エレ「でも、それでも―――!!」

 彼女の存在は自分にとって救いだった

 自分を支えてくれた、抱きしめてくれた事が今まで自分を守ってくれた事に変わりはない

 彼女の闇は本物だ

 だが、自分を助けてくれた彼女の存在もまた本物なのだ

 だから―――

エレ「今度は私がアイラを救う」

 全部受け入れて

 全部抱きしめて

 本当の彼女を見据えて

 言わなきゃいけない言葉がある!

エレ「だから、消えない!あなたに消されはしない!!」

ルドルフ「何を・・・!」

 弾かれた刃。
 驚きは隠せないが、それでも慌てはしない。
 戦力差は歴然。
 この相手に負ける要素は微塵もない。
 その筈だ―――

エレ「行くよ」

―――ええ―――

 飛び立つ金糸の鶴。
 輝く翼を翻し、優雅に舞う。
 それは怨念の剣を追い詰める。
 失われし想いを乗せた剣を圧倒する動きで、全ての攻撃をかわしていく。

ルドルフ「バカな?何故当たらん!」

 機動力はこちらが勝っている。
 アンフィニを発動した以上反射で後れを取る筈もない。
 にも拘らず、こちらの攻撃をかわす。
 そして向こうの攻撃は此方を捉える。
 圧倒される。
 機体の性能も、パイロットの技量も比べるべくもないというのに。

ルドルフ「アンフィニ?いや、違う。奴に適正は無いはず。それに・・・」

143はばたき:2012/03/23(金) 21:42:07 HOST:zaq3d738866.zaq.ne.jp
 この劣勢はスペックの差によるものではない。
 まるでこちらの動きを先読みされるような・・・。

ルドルフ「まさか・・・!?」

―――次はこっち―――

エレ「うん、解った」

 その動きには見覚えがある。
 こちらの攻撃を、いや癖を完璧に読まれている。
 それは・・・

ルドルフ「君なのか・・・ユイナ?」

 自分の癖を知り尽くした攻め。
 こんな事が出来るのは、この世に二人しかいない筈だ。

―――ごめんなさい、エリアル―――

 身勝手なのは解っている。
 でも―――

―――彼を、救ってあげて―――

エレ「解ってるよ」

 流麗な動きで紫紺の機体を追い込む。
 彼に舞う白鶴は、鋭い一撃で確実に相手の体を削っていく。

ルドルフ「は、ははは!刷り込んだ記憶が混ざり合った結果とでも?バカな!!」

 だが、自分が追い込まれているのは、彼女の手で追い込まれているのは敢然たる事実。
 認めなければならない。
 今、彼女の中にはユイナ・サイベルがいる。

ルドルフ「だが、それならこちらにもやり様はあるという事だ」

 向こうがこちらの動きを読めるように。
 こちらも向こうの動きを読むのは容易い。
 それだけの時間を、自分達は共に過ごしてきたのだから―――

ルドルフ「そら、胴ががら空きだ!」

 癖などは百も承知。
 滑り込んだ懐で、剣を振るう。
 しかし―――

エレ「ううわあああぁぁっ!!!」

ルドルフ「何!?」

 振り上げた脚が頭部を蹴り上げる。
 そのまま密着姿勢を崩さず拳の嵐。

ルドルフ「なんだ・・・これは?」

 知らない。
 自分の記憶の中の彼女に、こんな戦い方は存在しない。

ルドルフ「っ!調子に乗るな!模造品が!!」

 振り抜いた剣もかわされる。
 飛び退いた勢いそのまま、相手は付近の壁に”着地した”。

ルドルフ「なっ!?」

 前傾姿勢で壁に蹲る。
 その姿には見覚えがある。

ルドルフ「まさか・・・そんな事が―――」

144はばたき:2012/03/23(金) 21:42:55 HOST:zaq3d738866.zaq.ne.jp
 あり得るのか?
 そう叫ぼうとした刹那、仮面の女の姿を幻視した。

ルドルフ「ひっ!?」

 飛び出す鶴は猛禽の如く。
 その姿に怯えて背を向けた。
 それが、決定的な敗北を生む。

―――さよなら―――

―――さよなら―――

エレ「さよなら」

 光条が、怨念の剣を撃ち抜いた―――


 §


 長い、長い微睡の時間は終わった。
 目の前には泣きそうな顔で自分を見る彼女の顔。

エレ「アイラ・・・」

アイラ「エレ!大丈夫か?どこも痛くないか!?」

 一心に自分の身を案じてくれる彼女の顔に、あの冷たい笑みはない。
 体を抱く手はとても暖かい。
 だから

エレ「ごめんね・・・」

アイラ「っ!!」

 ようやく言えた

 その一言が

アイラ「わた・・・私の方こそ・・・」

 積を切ったように溢れ出す涙と感情に任せて抱きしめる

アイラ「ごめん!ごめん!!エレ!!」

エレ「ごめんね・・・ごめんね、アイラ」

 ゆっくりと

 互いの傷を癒すように

 少女達は謝り合う

 自分達のこれまでと

 これからの為に―――


 §


 暗い

 どこまでも暗い闇の中

 男は微睡んでいた

―――ックス―――

 誰だ?

145はばたき:2012/03/23(金) 21:43:30 HOST:zaq3d738866.zaq.ne.jp
 俺を呼ぶのは

―――帰りましょう―――

 帰る?

 どこへだ?

 俺には帰る場所などない

 そう

 俺には何も必要ない

―――もういいの。貴方をそんな風にしたのも私の罪だから―――

 違う

 俺は俺だ

 俺の傍には誰もいない

 居るわけがない

―――大丈夫。これからは私がいるから。また帰ろう。三人で―――

 三人で?

 ああ―――

 それは懐かしい響きだ

 だが、それはもうない

 俺が壊したから

―――違うわ。壊したのは私。だから、今度こそ一緒にいてあげる。貴方と、ガリアと―――

 今度こそ

 そんな事が許されていいのか?

―――誰も許してはくれないかもしれない。でも私は貴方達を見捨てないわ―――

 例えそこが煉獄の炎であろうとも

 また一緒にいようと

―――私達の撒いた種は、今連理の枝となった。比翼の翼になって羽ばたいていく。それが―――


                          せめてもの私達の救い

 遠い

 遠い夢を見ていた

 それは、在りし日の日々

 今は昔の物語

 還らない夢(とき)

 戻らない時(ゆめ)

 笑いあった幼い日々は

 今は昔の夢物語―――でも

 それは形を変えて巣立っていく

 優しい微睡の夢から

 本当の優しさを身に着けて

  【完】

146はばたき(新パソ):2012/04/20(金) 21:14:47 HOST:zaq3d2e4296.zaq.ne.jp

◆『DISSIDIA HABATAKI INFINITY』 Take8◆


”獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす”

 うん、我ながらいい事を言った。
 仲間を信じてあえて苦境に置く。
 こういうのを伊達男と言うのかね。
 似合いやしないだろうが、こういう俺もありかもな。
 だだ下がりの俺の評価もこれで持ち直すって―――

なつき「お前との子供なんて世界が滅んでも嫌だな」

槇月「そこかよ!?」

 いや、気持ちは解るよ?
 解るけどさ。
 もうちょっとオブラートに包むとか、そういう配慮って必要じゃね?

なつき「知るか。甘やかすと付け上がるだろ。お前」

 おいおい、そりゃちょっとひどいんじゃないですかね?
 俺一応最年長よ?
 皆より一回りは人生経験多いのよ?
 そんな俺を労わろうとか、そういう気持ちってあってもいいんじゃない?

なつき「頭は中学生並みだろ?落着きないどころか、逆に気力もへったくれもない乾物の癖に」

槇月「待てこら。無気力なのは否定しないが干物扱いは見過ごせねぇぞ、おい」

 烏賊の次は乾物かよ。
 俺の扱いがドンドンひどくなっていくじゃねぇか。
 そもそも、さっきの戦いだって俺がいなけりゃ―――

槇月「・・・で?本当に何でもないんだな?」

 あの時、確かに此奴は胸を貫かれたはずだ。
 それが、今ではしっかり回復している。

なつき「何だよ急に。気持ち悪いな」

 んなドン引きする事はねぇだろうに。
 心配して損したぜ。
 俺ら凡人とは体の造りが違うって事か・・・。

槇月「ま、どっちにせよ。暫く休んだ方がよさそうだな。坊主を送り出しといて何だが、こっちの分が悪いみたいだし」

 俺らモドキがうろちょろしてる以上、安全なのは本丸位だ。
 他の連中の事も気になるし、一旦合流した方がいいだろ。
 しかし・・・ホント面倒くさい世界だ。
 全部敵を倒してはい終わり、かと思ってたが、そうは問屋が卸さないってか?
 俺はさっさとこの戦いだらけの世界とはおさらばしたいんだが・・・

槇月「ホント、面倒くせぇな・・・」


 ○意地


 ホント面倒くせぇ。
 面倒くさいけど、悲しいけど、これが戦争なのよねってか?

槇月「ったく、こりゃ戦える状況じゃねぇな。雪花霞、後任せていいか?」

 目の前にいるのが恐怖でぶるっちまってるお嬢とさっきまで死人だった雪花霞。
 どっちもマトモに戦いに集中できるような気はしねぇ。
 此奴らは本丸に帰らせた方が無難だろう。
 本当なら引率すべきなんだろうが・・・

147はばたき(新パソ):2012/04/20(金) 21:15:27 HOST:zaq3d2e4296.zaq.ne.jp
なつき「ち、また子守かよ。しょうがねぇな」

槇月「愚痴言うな。これも年配者の仕事だ。じゃ、俺は他の連中を探しに行くから」

 お嬢の言ってた仮面女の動向が気になる。
 案外精神的に脆い連中の多いウチの所帯としちゃあ、他の連中も追い詰められてる可能性もある。
 看過は出来ねぇ。
 ここは俺が踏ん張るしかねぇか。


 §


 久方ぶりに気合を入れて駆けだしたけど、よくよく考えりゃ無計画にも程があった。
 我ながら間抜けだが、程なくして俺は誰がどこにいるのかも判らない事に気づく。
 まずったな。
 どうにも気合が空回りしやがる。
 やっぱ自分に似合わない事はするもんじゃねぇってか?
 
槇月「ちくしょう、俺は馬鹿か?」

オウマ「自覚できる程度の頭はあるという事か」

 気取りやがっていけすかねぇ。
 仲間を探せば敵に当たる。
 なんかのジンクスかよこりゃあ。

槇月「まあ、いいや。お前を潰せばちっとは楽になるだろうしな」

 あの巫女リスには悪いが、出会ったからには見過ごす事はできねぇ。
 ここで叩けば間接的にだが他の連中の負担を減らせる。

オウマ「出来るか?”幻想殺し”に悖る劣化品が」

槇月「なんだと?」

オウマ「付喪神の呪い、刀剣の呪詛とはいえ、お前の剣は”神殺し”には届かない。同じ属性であっても剣を極めたあの業とは天地の開きがある」

 だから俺には用はない。
 そう言い切りやがった。
 ・・・舐めやがって!

槇月「試してみるかよ?」

オウマ「元より戦う覚悟であろう?」

 そう言って、野郎の周りに渦巻く鬼火が襲い来る。
 だが

槇月「うだらっしゃぁっ!!」

 真っ向から竹割ってか?
 飛んでくる鬼火も幽霊共も、俺の前には紙くず同然だ。

槇月「おらおら!誰が劣化だと?」

 護りも攻撃も、死霊の力なんぞ俺の敵じゃねぇ。
 そういうのを斬れる能力ってのが俺に備わってる。
 斬って斬って斬りまくり、すかした顔面に蹴りの一つも叩き込んでやるか。

オウマ「ちっ、やはり相性は最悪のようだな・・・」

槇月「今さら気づいたかよ!お兄ちゃん!」

 思いっきり振り込んだ刀が奴の持つ小剣に受け止められる。
 だが、裏を返せばそれ位でしか此奴は俺の攻撃を受けられねぇ。

槇月「エラそうな口訊いた割にゃ大したことねぇな」

オウマ「確かに私ではお前に勝つのは難しいだろう」

148はばたき(新パソ):2012/04/20(金) 21:16:02 HOST:zaq3d2e4296.zaq.ne.jp
 だが、なんて前置きして野郎は一歩下がる。

オウマ「お前ではあの吸心鬼には勝てまい」

槇月「あ?」

オウマ「確かに腕っぷしには自信があるようだが、お前は所詮その程度だ。生まれ持った力を武器に本能だけで暴れる獣。お前は自分以上の存在には勝てない」

 言ってくれるじゃねぇか。
 まるで俺が弱い者いじめしかできない弱虫みてぇな言い様だな。

オウマ「だが、事実お前はあの化け物には敵うまい」

 ぎり、と奥歯が鳴るのが聞こえる。
 イラついたのもあるが、本音を言えば事実を言い当てられたからだ。
 あの吐き気のする外道。
 人の心を喰らう化け物は、斬っても斬っても再生しやがる。
 俺の剣は確かに悪霊とかそういうモノは斬れるが、物理的に再生する相手には通じない。

オウマ「多少腕に覚えがあろうと、お前は所詮喧嘩屋。神に挑むステージに立つには分不相応よ」

 言いたい事だけ言って、奴は姿を消す。
 ちくしょう、動揺した隙を突かれた。
 情けねぇ・・・。


 §


 面倒だ・・・なんていうのも疲れてきた。
 折角見つけた相手も魂の籠ってねぇ人形ばかり。
 これをイラつくなって言う方が無理だぜ。

槇月「ったくよぉ、ホントに終わりがあんのか?この戦い」

 疑う材料もねぇが、信じる材料もありゃしねぇ。
 神様だっていう俺らの大将も本物かどうかも解りやしない。

槇月「はあ、面倒くせぇ・・・」

 いっそ馬鹿らしくなってその辺に腰掛ける。
 せめて仲間の安否ぐらいは確かめときたかったが、こうもスカばかりだと嫌気も差してくる。
 全く、他の連中はよくやる気が保つもんだ。
 元いた世界の因縁とか、自分の信念とか、こんな所まで来てそれを貫けるってのは正直感服する。

槇月「でよぉ、お前さんは何の用で俺を付け回すわけ?」

 俺の声に驚きもせず、岩陰にいた女がすいと歩み出てくる。

ルシア「気付いていたのね」

槇月「女の匂いにゃ敏感でね」

 悪態染みたセクハラも涼しい顔して受け流される。
 ぽーかーふぇいす、って言うんだっけか?
 冷静すぎるのも困りもんだぜ。
 ここで白黒着けたいところだが、生憎今はやる気がねぇ。
 雪花霞と因縁があるようだし、ここで俺がでしゃばる事はねぇ。

ルシア「達観・・・いや諦観かしら。貴方はひどく疲れているのね」

槇月「こんな無意味な戦いに駆り出されたら、嫌でもそうなるだろ」

 金を貰うわけでもない、名誉も無い。
 いきなり引っ張り出されて、世界の安定の為に戦ってくれだの、唐突過ぎる。
 記憶やら元の世界やら、あんまり未練の無い俺には特に関係もない話だ。

149はばたき(新パソ):2012/04/20(金) 21:17:26 HOST:zaq3d2e4296.zaq.ne.jp
槇月「とっとと行けよ。お前の相手は雪花霞だろ?あいつの獲物とったら怒られるからな」

ルシア「そのなつきの魂が失われているとしても?」

 ・・・・・・今、なんて言った?

ルシア「なつきは死んだ。貴方も目の前で見ているはず」

 おい、ちょっと待て。
 それはおかしいだろ?
 だってあいつはあの後すぐ・・・

ルシア「貴方も戦場に身を置いていたなら解る筈。命の燃え尽きる瞬間を。あの子は今、別の魂の糧に無理に体を動かしているに過ぎない」

槇月「どういう・・・こった!」

 がむしゃらに斬りかかったが、あえなくかわされる。
 ちくしょう、訳が分からねぇ。
 話に頭が付いて行かない。

ルシア「時計の針は進んでしまった。なつきの事は私が責任を持って決着を着けるわ」

槇月「待てこらぁっ!」

 言いたいことだけ言って、去って行きやがる。
 どいつもこいつも、勝手過ぎるぜ・・・。


 §


 ホントに訳が分からねぇ・・・。
 仲間が死んだ?
 俺が気づいて無かっただけで、とっくに取り返しの付かない所まで来てるってのか?
 否
 無理をしてるのには気付いてた筈なのに
 どうして俺はあと一歩、踏み込めなかったよ・・・。
 そんな自分に腹が立つ所で、俺はあいつに出会っちまった。

零「亜酉か?無事だったか」

槇月「よお・・・」

 気のない返事をする俺の様子に、表情が強張るのが解る。
 ああ、そうか。
 此奴だったら気付いたかもしれなかったな。

槇月「情けねぇ・・・」

零「何があった?」

 どうするか。
 ここで話さないでもいつかは解るこった。
 だけど、心労を重ねてやるのは忍びない気もする。
 いや、それも言い訳みてぇで恰好付かないな。

槇月「実はよ・・・」

 あった事、視た事聞いたこと洗いざらい話す。
 少しはすっきりするかと思ったが、そうは問屋が卸さないらしい。

零「・・・・・・」

 黙って俺の話を聞いていた野郎もさすがに神妙な顔をしている。
 やっぱ堪えたか?

零「・・・さっき、雪花霞の奴にあった」

槇月「だからそれは・・・」

零「あれは間違いなく雪花霞だった」

150はばたき(新パソ):2012/04/20(金) 21:17:59 HOST:zaq3d2e4296.zaq.ne.jp
 すっぱりと
 自信に満ちた声で言い切りやがる。

零「確かに、お前の言う通り別の魂で動いてる時もあったみたいだが、どういうカラクリかは知らないけど、あいつは生きてる」

槇月「・・・そりゃ、本当か?」

 こくんと自信あり気に頷く。
 その根拠がどこにあるのか知らないが
 なぜか俺にはそれが真実だと確信させれる。
 理由は単純
 淀みなく言い切った此奴の姿にどうしようもない”強さ”があったからだ。

槇月「お前、なんか変わってねぇか?」

零「ん?別に?」

 否
 変わった。
 前から軸の定まった奴とは思っていたけど、今の此奴には何か強烈な芯がある。

零「まあ、あえて言うなら、”戦う理由に決着が着いた”って所かな」

 何でもないように言い切るけど、そりゃ俺が今一番欲しいものだ。

槇月「なあ、一手手合せ願えねぇか?」

 俺の言葉に驚いたような顔をする。
 そりゃそうだ。
 仲間同士で戦うなんてそうあるこっちゃねぇ。
 でも俺は、此奴の強さの根源を知りたいと思った。
 耳じゃなくて体で、魂で感じてみたいと思った。

零「解った、そこまで言うなら」

 そう言っていお互い刀を抜く。
 あれ?
 此奴の武器って小刀じゃなかったか?
 と、思う間もなく一瞬で間合いを詰められる。
 辛うじて受けたが、次の瞬間には横からの追撃。
 速い
 そして重い

槇月「この野郎!今まで本気なんて出してなかったのかよ!?」

零「そんな事はないさ」

 唯、自分の剣を振るう理由が出来た。
 だから今は刀を抜ける。
 そうかい。
 成程、自分を戒めてた鎖を解き放ったからこうして自分の全てを出し切れるってわけか。
 数合打ち合うが、その度に翻弄される。
 ちくしょう
 強えなぁ
 体格も武装もこっちに分があるってぇのに。
 それも、当然か
 此奴は自分の護りたいモノ見つけて必死こいて自分を磨き上げてきたんだ。
 自分を削る勢いで研磨し続けた。
 才能とか努力とか、そういう次元じゃなくて、只管に積み重ねたモノが此奴を強くした。
 俺みたいに腕っぷしの自信で這い上がってきたやつとは違う。
 地べたを這い回って泥水を啜って、生き血を燃やして高みへ上ってきた。
 勝てるはずのないモノに、只管挑んで打ち勝ってきた。
 俺には真似できねぇな。

零「そうか?俺にしてみりゃ、才能と実戦経験の数だけでそこまでの力持ってるアンタの方が凄いと思うが」

槇月「ま、お互い無い物ねだりってわけだな」

 同じにはなれねぇかもしれない。

151はばたき:2012/04/20(金) 21:19:03 HOST:zaq3d2e4296.zaq.ne.jp
 でも、お蔭で心の整理はついた。
 此奴に譲れないものがあるように、俺にも譲れないものがある。


 §


アーヴィング「おや?誰かと思えば、同郷の士ではないか」

槇月「お前と同郷なんて吐き気がるけどな」

 ぺっと唾を吐いて俺は化け物と相対した。

アーヴィング「ふむ、吾輩も貴公のような下賤な動物と同一視は遺憾だが・・・む?」

 高みから見下ろしていた視線がようやく俺の所へ降りて来たらしい。

アーヴィング「随分と薄汚れた身なりだが・・・何かあったかね?」

槇月「うるせぇ、これが今の流行なんだよ」

 さっきの手合せでかなりボロボロだが、そんな事はどうでもいい。
 どうせ、万全でも割に合う勝負にはならないだろうからな。

アーヴィング「吾輩と戦うと?んっん〜〜、吾輩、貴公の様な叩いても折れない鈍感者には聊かも興味はないのだが・・・」

槇月「おめぇになくても・・・」

 一足飛びで間合いを詰める。

槇月「俺にはあるんだよ!!」

 袈裟がけに斬りつける。
 これは決別の意思表示だ。

槇月「お前はブッ飛ばしとかないと気が済まねぇんだ」

 バッサリと肩口から切り裂いた手応えはある。
 だが・・・

アーヴィング「んっん〜〜、吾輩は空腹なのであまりカロリーは消費したくはないのだが・・・」

 斬られたこともまるで意に介してやがらねぇ。
 斬ったはずの体も数俊後には元通りだ。

アーヴィング「しかし、ここで貴公を倒せば、他の者達は嘆き悲しんでくれるかな?」

 ニタリ、と嫌な笑みを浮かべて野郎のマントが翻る。
 鉄板か何かできてるみてぇに硬いその一撃が、俺を吹っ飛ばす。

槇月「ぐっ・・・」

アーヴィング「まあ、少しは楽しませてくれたまえよ」

 言って、野郎のマントが猛烈に襲い来る。
 楽しませてくれとは言ったが、此奴にとって”楽しむ”ってのは猫がネズミを玩ぶのと同義だ。
 俺の攻撃が微塵も効かねぇと知ったうえで、俺の足掻きを楽しんでやがる。
 案の定、こっちの攻撃は当たるに任せ、適当に爪やらなんやらで俺を嬲ってくる。

アーヴィング「どうした?さっきから、貴公ばかりが呻き声をあげているではないか?」

 可笑しげに笑うその面がムカつく。
 斬っても斬っても斬る端から再生していきやがるその姿に、だけど諦めるわけにはいかねぇ。

アーヴィング「解らんなぁ。貴公はなぜ勝てぬ戦いを挑む?何故勝てぬと判っていて尚、そう絶望せずに足掻くのだ?」

 それでは食いでがない。

152はばたき(新パソ):2012/04/20(金) 21:20:21 HOST:zaq3d2e4296.zaq.ne.jp
 そんな事言いながら、俺を居詰めていく。
 何故か、だと?
 そんなもん、決まってやがる!

”お前は自分以上の存在には勝てない”

 その言葉気に入らねぇ。

槇月「俺に、俺にも意地があるからだ!!」

 負けられねぇ。
 負けたくねぇ。
 誰よりも、とかいうつもりはねぇが、自分のやらなきゃいけない事が何一つできねぇままってのは腹が立つんだよ!

アーヴィング「根性論では生物としての格は越えられんよ」

 そんな嘲りなんぞ知ったことか。
 俺は、てめぇをぶっ倒す!

槇月「うおらっ!!」

 真一文字の一刀が入る。
 奴には傷一つねぇ。

アーヴィング「ふむ、どうやらここまでの様だな」

 渾身の一撃を放って、俺はその場に頽れる。

アーヴィング「如何に魔性を斬れども、我が身は不滅。貴公の剣ではなにも斬れぬ」

槇月「どうかな・・・?」

アーヴィング「何を・・・?」

 言って
 奴の表情が初めて苦悶に歪む。

槇月「俺が斬るのはてめぇの体じゃねぇ。てめぇのその薄汚れた汚い魂だ!!」

アーヴィング「バカ・・・な!?」

 ああ、自分でも驚いてるよ。
 でもやってやったぜ。
 根性の魂斬りって奴。

槇月「ふぃ〜〜・・・」

 野郎が消え去った所で、今度こそ限界を迎えた体が倒れた。
 無理はするもんじゃねぇな、やっぱ。

槇月「でも、無茶してこそ意地だろうよ」


 ◇あとがき◇

亜酉槇月は『泥臭さ』をテーマに生まれたキャラクターです。
自分のキャラは、比較的優雅な戦闘スタイルな性格を有したキャラが多かったので、泥臭い戦い方と性格のキャラクターを目指して造られました。
基本ダメ人間でいざと言うとき以外は煌めかない。
でも、魅せる時は魅せる、というコンセプトのキャラクターだったのですが、なんやかんやで搭乗の機会を逸してしまった悲劇のキャラでもあります。
なんとかサルベージした記憶をもとにこうして書き上げたのですが、さて上手く書けたかどうか。

  【完】

153はばたき:2012/12/12(水) 20:40:47 HOST:zaq3d2e543a.zaq.ne.jp
◆『DISSIDIA HABATAKI INFINITY』 Take9◆

 深い

 深い微睡から目を覚ます

 ゆくっりと開く眼が捉えるのは、見覚えのない風景

 そこで何かを頼まれた

 色々と理由はあったけど

 ”戦ってくれ”

 要約すればそんなものだ

 それに

 ”YES”とだけ応えた

 それは、なんて自然な行為で

 なんて不自然な理由だったのだろう―――


 ○祈り


 だだっ広い草原を奔る風が心地いい。
 気分は爽快。

零「いやに溌剌してるな、アンタ」

なつき「んだよ、ネコミミ。文句あっか?」

 たく、辛気臭い顔しちまって。
 空気もメシも美味い。
 これに勝る環境ってのはちょっと無いぜ?
 おまけに・・・

なつき「喧嘩相手も事欠かねぇ!」

 ブッ飛ばした俺らモドキが塵になっていく。
 うん、今日も快調!

レナ「その能天気さに頭が下がるわ」

 渋面作った巫女リスの野郎も不満を言ってきやがる。
 ったく、ノリ悪いなぁ。
 好きなだけ寝て食って暴れて。
 全く、俺らを呼んだとかいう神様様々だな。

零「うわー、シリアルキラー真っ青な発言ですねこのバトルジャンキー」

 物凄い棒読みだ。
 コイツも失礼な頭してんなぁ。
 シリアルキラーって、俺は誰彼構わず殺して回るような節操無しじゃねぇっての。
 吹っ掛けられたら戦うけど、俺はあくまで仕事でこの戦いやってんの。

零「どうだか・・・。その辺どうでしょうね?殺人鬼先生」

 溜息なんて付きやがって、ムカつくなぁ。
 でも、もっとムカつくのは、こっちになんか興味もありませんってな顔で居座る白色殺人鬼だけどな。

ジン「・・・・ふう」

 此奴も溜息かよ。
 どいつもこいつも憂鬱そうな顔しやがって。
 おら、やるならとっとと始めちまおうぜ?

ジン「断る」

154はばたき:2012/12/12(水) 20:42:05 HOST:zaq3d2e543a.zaq.ne.jp
 ・・・・・・・あん?

ジン「全く詰まらない。人形達に任せてばかりもと思っていたけど・・・」

 つ、と流し目で値踏みするように俺らを見やる。

ジン「半死人の概念破壊者に・・・」

零「・・・・・・」

ジン「生きる屍同然のがらんどう」

レナ「・・・・・・」

 あ、ムっとしてる。
 言われてやんの、と茶化したくなるが、此奴らも割とマジで凹んでるからなぁ。
 こういう時は上辺だけでもビシッと決めるか。

ジン「いや、君が一番詰まらないんだ」

 ・・・・・・あん?

ジン「死人以前の人形。何もない。君には本当に何もない・・・」

 はあ、なんて露骨な溜息を付いて、本気で蔑んだ目でこっちを見やがる。
 その目線に、否が応でも沸々と怒りが・・・

なつき「喧嘩売ってんのか?高く買うぜ?」

 理性を総動員して聞くだけ聞いてやる。

ジン「いや、それは御免だ。君の様な人形を壊しても、私には何の感慨もないもの・・・」

 ははは
 よし、ぶっ殺す!
 一足飛びに間合いを詰めるが、流石に向こうもすばしっこい。
 ひらりなんて音がしそうに躱して飛び退いた。

ジン「君には執着が無い。撒かれた捻子で動いている本当の人形だ。そんなモノを手に掛けても、ね」

 それだけ言ってさっさと退散しやがる。
 ったく、何しにきやがったんだ、本当に。

なつき「あ〜あ、やだねぇ。理由が無いと戦えない、なんて面倒な輩は」

レナ「誰も彼もアンタみたいに図太くないのよ」

 聞えよがしだったのは嫌味に聞こえたか?
 巫女リスが口を尖らしてるのを見てバツが悪くなる。
 この調子だとネコミミも・・・

零「・・・・・・」

なつき「んだよ、神妙そうな顔つきしちゃって」

 ちょっと意外だったんで目をぱちくりさせちまった。

なつき「まさか、あの野郎の言葉に賛成、なんて言い出さないだろうな?」

零「いや、認めるつもりはないさ。ただ・・・」

 ただ?何だよ。

零「いや、多分気のせいだ。気にしないでくれ」

 煮え切らねぇなぁ。
 こういうのは性に合わないけど、まあ無理に聞いてもしょうがねぇやね。


 §

155はばたき:2012/12/12(水) 20:43:00 HOST:zaq3d2e543a.zaq.ne.jp
道元「お前らの相手など、ワシ自らが務めるまでもない」

槇月「っ!雪花霞!アオナ!!」

なつき「あぶねぇっ!!」

 心より、体が先に動いていた。
 気が付いたら俺はガキンチョを突き飛ばしてて
 そんで胸を背中からざっくりやられた

 ああ、

 こりゃ、死ぬな
 
 直感する

 雪花霞なつきはこれで終いだ

 指先から熱が奪われていく

 他人の死を看取るなんてのは幾らでもあったけど

 自分のがそうなる時ってのもさして変わらないもんだな

 ゆっくりゆっくり自分が消えていく

 そのままテレビの電源を落とすように

 ブラックアウト―――


 ―――それは、ダメ―――


 §


アオナ「雪花霞さん・・・ですよね?」

なつき「まだ寝ぼけてんのか?それ以外の何に見えるってんだよ」

 ったくしょうがねぇな、ホントに。
 俺の胸に飛び込んで嗚咽を堪えてるガキンチョを見てそんな感想が漏れた。
 まあ、実際の所。
 俺も何が何だか解らない。

アオナ「でも、どうして?」

なつき「バカにすんじゃねーよ。あんなのでくたばってたまるか」

 とは言ってはみたものの、俺もあの時は確実に死んだと思ったんだけどなぁ・・・。
 我ながら頑丈な事で。

なつき「――――――っ」

 そんで

 心底安堵したかのようなガキンチョの細い首筋が目に入って

 その白い肌に

 指を喰いこませたいという

 華を手折る様に

 その骨の砕ける音がキキタイトオモ―――

なつき「っ!?」

 白昼夢みたいな衝動から帰ってくる。

156はばたき:2012/12/12(水) 20:43:53 HOST:zaq3d2e543a.zaq.ne.jp
 反吐が出そうなくらい黒い感情が自分の中に湧き上がったのをはっきり意識した。

 いや・・・

 それはダメだ

 違う

 それの方がダメだ

 ダメだ駄目だダメだ駄目だダメだ駄目だダメ駄目だめ駄目ダメだめ駄目だめ駄目だめダメだめ駄目ダメ駄目だめダメダメ駄目だめ駄目ダメだめ駄目だめ駄目だめダメだめ駄目ダメ駄目だめダメダメ駄目だめ駄目ダメだめ駄目だめ駄目だめダメだめ駄目ダメ駄目だめダメダメ駄目だめ駄目ダメだめ駄目だめ駄目だめダメだめ駄目ダメ駄目だめダメ――――――!

なつき「くっ!?」

 湧き立つような感情を無理矢理殺す。
 理性を侵食しようとする本能を喰い殺し、俺は努めて平静を装う。
 そんな状態で、無理矢理口論を交わして、ガキンチョが一人で行くと言い出した時―――

 俺は心底安堵した


 §


 頭が重い

 自分が薄い

 フラフラなお嬢の手前、弱音は吐けなかったけど

 正直そろそろ限界かもしれない

 一人で決着を着けに行ったお嬢を見送って

 安堵したのがいけなかったか

 張りつめていた何かが

 プツリと切れるような―――

ハヅキ「おい、なつき?おい、どうした?」

 名前を呼ぶ声が遠い

 自分の名前を呼ばれてるのに、それが自分だと認識できないような

ハヅキ「お!零、いいトコに!なつきのやつが・・・」

 視界に映る人影が駆けて来る

 それが誰かを認識すると同時に

 そいつが構えた剣と言葉が

零「お前―――雪花霞じゃないな?」

 それで終わり

 ぞぶりと沈む泥のような闇に堕ちて

―――そう。初めましてですね。私は―――

 自分の声で自分じゃない言葉が出て

 ブラックアウト―――

157はばたき:2012/12/12(水) 20:44:40 HOST:zaq3d2e543a.zaq.ne.jp
 ◇interlude

 荒野に佇むは白と黒。
 白の少女は黒の淑女に問いかける。

ジン「一人、消えたね」

 ほう、とため息を付くように洩れた言葉に感情は無い。

ルシア「鋭いのね」

ジン「職業病の様なものさ。でもいいのかい?君は彼女、いや彼かな?どっちでもいいか。それが消えるのを避けたかったんじゃないのかい?」

 何の感慨もない一方で、その反応だけが興味があるとばかりに問いかける。

ルシア「さて、どうかしら」

 表情も微塵も崩さずに、黒の淑女はあくまで淡々と告げる。

ルシア「貴女こそ奇妙ね。彼女に興味が無かったんではなくて?」

ジン「まあね。”モノ”が壊れようと興味は無い。私は命を輝かせないモノには興味が無いよ」

 その言葉を叔として受け止めるように、瞑目する黒。

ルシア「そう、あの子は未だに自分の使い方を解っていない」

ジン「君は違うのかい?」

 起源を同じくする存在である二人の自動人形。
 それが黒の淑女と彼女との接点の筈。
 しかし・・・

ジン「解らないね。君とならギリギリの所まで熱くなれそうなのに、どうして彼女とは違うのだろう?」

 その問いに答える気はない、とばかりに歩き出す黒。
 対してその答えを聞きたがるように、白はその後を追う。

 ◇interlude【閉】
 

 微睡

 またこの微睡だ

 目が覚めた時、最初は戦いを懇願された

 それには否も応もない

 自分はそういう目的で作られたのだから

 受けるのは自然な事だ

 それが仕事であり、役目なのだから―――

なつき「―――」

 光が射す。
 今度こそ本当に消えたと思ったのに。
 どうなってやがんだ、この体。

ハヅキ「気が付いたか」

なつき「ああ、ちょっと寝てた」

 言って

 我ながら嘘くさいな、と思った

158はばたき:2012/12/12(水) 20:45:25 HOST:zaq3d2e543a.zaq.ne.jp
零「その様子じゃ今の自分がどういう状態か解ってるみたいだな」

 ああ、言われるまでもねぇ。
 それで?
 ”この躰の本当の持ち主”はなんて?

ハヅキ「・・・・・・」

零「・・・・・・”支えてやってくれ”だと」

 難しい注文だ、とその場にいる皆を代表して言ってくれた。

なつき「そっか、面倒掛けるな」

ハヅキ「面倒ついでだ。吸血鬼のおねーさんからも伝言。”待ってる”だと・・・」

 そうか
 あの人もケリ着けようって腹か。

なつき「あんがと」

エレ「やだよ・・・」

 礼を言った俺の言葉に被さる様に、泣きそうな声が聞こえてきた。

エレ「やっと皆乗り越えたのに。やっと終わりが視えそうなのに・・・なんで、なんでなつきちゃんだけ!」

 顔をくしゃくしゃにして泣き出すお嬢。
 ったく、少しは逞しくなって来るかと思えば・・・

なつき「あんがとよ。でも、これは俺の問題なんだと思う」

 ポンポンと頭を撫でてやって歩き出す。
 お嬢も何かを乗り越えたんだ。
 それなら俺も前に進まなきゃ恰好がつかない。
 例えそれが破滅に続いてるとしても。

零「俺はまだ何も解決しちゃいない・・・」

 そうやって歩き出す俺の背中に声が掛かる。

零「そんな俺が言えた義理じゃないけど・・・”アンタの物語は何も始まっちゃいない筈だ”」

 だから
 だから、帰ってこい、と
 背中を向けた仲間達が言ってくれた

なつき「ありがとうよ」


 §


 決着ってのは多分引導を渡してくれるって事だろうさ。
 俺の中に眠ってる”本当の私”は世界を滅ぼす最終兵器だ。
 俺はそのストッパー。
 だから鍵の壊れた地獄の窯は、中身が溢れだす前に壊さなきゃいけない。
 そんな役回りを、姉貴みたいな立場の人に任せるのは心苦しいが、それが出来るのもあの人だけだ。

なつき「よう、来てやった・・・ぜ?」

 そうやって何でもない事の様にやってきたつもりが

零霄「・・・・」

 なんでこんな事になってやがる?

ルシア「遅かったわね」

159はばたき:2012/12/12(水) 20:46:15 HOST:zaq3d2e543a.zaq.ne.jp
 そんで、なんでアンタはそう平然としている?

ジン「ああ、やってしまった・・・」

 項垂れてんじゃねぇ・・・

なつき「何やってんだ!てめぇら!!」

 後はもう無我夢中だった。
 これから死に行くはずの俺が生きてて
 なんで、この先を生きていかなくちゃいけない奴がくたばるんだよ!!

ジン「ああ、君か。少し見ない間に随分と人間らしくなったじゃないか・・・」

 今なら或いは、なんて事言いながら一歩踏み出すそいつの顔面に・・・・

ルシア「待ちなさい」

 拳を向けようとした俺を制するような声。

ルシア「ここからは私とこの子の戦い。退きなさい」

ジン「そうは言うが、君だって私の獲物を取ってしまったろう?ここは・・・」

ルシア「退きなさい」

 無言の圧力。
 絶対的な言葉。
 怒りで沸騰していた俺ですら覚めそうなくらい、圧倒的な威圧感を以てその場を制した。


 §


 土の味がする。
 これで何度目だろう?

ルシア「もう、終わりかしら?」

 俺を見下ろす冷たい瞳。
 くそ、
 どうにもならない力の差ってのはホントにあるんだな・・・。

ルシア「私を許せない、そう言ったのは貴女の筈。ならば立ちなさい」

 立て。
 立って剣を取れって言葉が聞こえてくる。
 言われるまでもねぇ。
 俺はせめてけじめを取る為に挑んだ。
 そして・・・

なつき「かっ・・・!」

 再度土の味を味わった。

ルシア「もう一度問うわ・・・」

 薄れていく意識

 ああ、
 
 もうホントにこれで終わりかもな

 なのに

 なんだか、身に覚えのない記憶が流れ込んでくる―――

―――俺が死んでも俺の夢は誰かが受け継いでいくからさ―――

 ・・・バカハヅキか

―――生まれや種族なんか関係ないです。僕は未来を奪うモノを許さない。始まりで物事を決めつけるのは許せない―――

160はばたき:2012/12/12(水) 20:46:49 HOST:zaq3d2e543a.zaq.ne.jp
 ・・・ガキンチョが、エラそうに

―――私は、私でいたいから。誰かの影じゃない私で―――

 お嬢、なんでぇ、元気じゃねぇか

―――ならば、彼女を支えて下さい。皆さんが得た答えで―――

 俺じゃない俺の声がする

 皆すげーな

 なんだかんだで、戦う理由がある

 いや

ルシア「貴女は何の為に生きるのかしら」

 そんなもん

 そんなもん決まってる・・・!

―――フェイス、いえ、あなたは私の道具じゃない。だから名前を上げなきゃね―――

なつき「この・・・命を貰ったからだ!!」

 俺は、俺一人で立ってるんじゃない!
 誰かが産み落としてくれた命だから、真っ新な心で生きろと、そう願われたから!

なつき「俺は・・・ここにいるんだよ!!」

 我武者羅に振り切った拳が柔らかいものを打った感触がある。
 目を上げれば、そこに在ったのは―――

ルシア「あなたの心、届いたわ」

 そう言った優しい瞳に気が緩んだか

 体の中から暴力みたいな力が競りあがってくる

 ああ、そうか

 もう、俺や”私”じゃ抑えの利かない所まできてるのか―――

 これで終わりか

 俺、ようやく皆と同じスタートラインに立ったってのにな

 始まりが終わりとか、悪い冗談―――

なつき「っ!!」

 視界を覆う闇で我に返った。
 自分を覆うそれは、暗い筈なのに暖かい。
 まるで、母親の腕の中に抱かれているようなぬくもり。
 それで理解した。
 その闇があの人の変化したモノだって。

なつき「何してる!?このままじゃアンタごと吹っ飛ぶぞ!!」

 我ながら間抜けな叫びだ。
 どこに居ようと関係ない。
 この力は世界を吹き飛ばすモノだ。
 解放されたらそれで終わり。
 文字通りの黙示録。

ルシア「いいえ、終わらないわ」

 静かな、でも確固たる意志での言葉が返ってくる。

161はばたき:2012/12/12(水) 20:47:23 HOST:zaq3d2e543a.zaq.ne.jp
ルシア「世界を滅ぼすという概念があなたであるなら、更なる小世界であなたを包めば崩壊するのはその内だけ」

 それで悟ってしまった。
 それはつまり、この人は―――

ルシア「なつき」

 何か言いかける俺を制してあの人は言う

ルシア「私は母の願いの為、自らの業の為、過去を清算すべく生きた。でも、あなたに込められた名前は”希望”と”信仰”。それは未来へ対する祈りよ」

 消えていく意識の中で

 解けていく自分と世界の中で

ルシア「あなたは未来にいきなさい―――」

 最後の言葉聴こえた


 §


 ・・・どの位眠っていただろう?
 気が付けば青天の空の元、横たわっている自分の身体。
 解ってる。
 これが、最期の仕掛けなんだってこと。
 破壊の後に再生がある様に
 ”雪花霞なつき”は再誕した

―――あなたは未来にいきなさい―――

 二つの声音で響く言葉

 母と姉が残してくれたもの

なつき「ああ、行ってくるよ」

 
 ◇あとがき◇

雪花霞なつきというキャラクターの原点は、『未来への祈り』です。
当時、伝奇と言うモノに感化されていた自分がふと思った疑問。
「神話や伝説の中で、歴史に埋もれて消えてしまったものがあるのはなんでだろう?」
生物界だけでなく、概念的なモノにも自然淘汰、というものはあり得るのではないか?
旧きモノの中で、必要とされなくなったモノは、”現代”に置いては或いは”悪”とされる事は多々あると思います。
例えば、戦国時代の慣習風習を現代に適用すれば、軋みは当然生じてしまうだろう。
そう言った概念を敵対者としたら、面白いものが描けるのではないか?
そのヒントを元に生み出したのが雪花霞なつき、というキャラクターです。
でも、そうなってくると、”善”の立場になるなつきとはどういう存在であるべきか?となった時に悩んだ末に出た答えが、『未来に生きるという希望』でした。
旧きを屠る始末屋から、未来を目指し育んでいく者への脱皮。
ルシアの持っていた、”母と子”と言うテーゼに絡めた時、この二人で一人の主人公は誕生しました。
未来を育む者としての、過去と未来を生きる者。
自分自身の希望染みた願いも運んでくれたのであれば、彼女達を描いた甲斐はあったように思いますが、如何でしたでしょうか?

  【完】

162はばたき:2012/12/24(月) 20:52:13 HOST:zaqd37c95d8.zaq.ne.jp
◆『DISSIDIA HABATAKI INFINITY』 Take10◆

リフィア「では、後の護りは任せた」

 送り出した影は九つ。
 皆が一様に戦いに向かう。
 それぞれ理由は違えども
 それぞれ所縁は違えども
 今は確たる”仲間”という事だけは信じられる。
 全く、頼もしいにも程がある。
 理由?
 そんなものは簡単だ。
 何故なら―――

 そこまで考えた俺の思考を遮る様に、”貴方は行かないのですか?”と我らが神に問われた。

零霄「さて、行くと言われてもどこへ、と問い返すしかないですな」

 俺は守を任された。
 そこに不満も不安もない。
 何より

零霄「俺が歩む先は戦場と言うのが常でしてね。当てどない旅路が故郷なもので」


 ○翼の行方


 銀光が迫る。
 弧を描くそれが、蛇に様に蛇行する軌道に変化する。
 鮮やかな技巧だ。
 いやはや、惚れ惚れするとはこの事か。
 捻子返った斬撃が次の瞬間には、針みたいな点を貫く突きに変わる。
 変幻自在。
 刃物を芸術(アート)に変身させるなんてのは、未だかつてない体験だ。

零「何が惚れ惚れするだ。変幻自在はそっちの方だろ?」

 これは失礼。
 忌憚ない感想だったつもりだが、どうも嫌味に取られてしまったらしい。

零「褒められるのは満更じゃない。それが自分より上手の技量を魅せられてなけりゃ、な!」

 腕の一振り。
 俺の周り包んでいた炎はマッチのそれの様に軽く吹き消える。
 いやいや、上手と言うが今のは中々に本気だったんだが。
 鉄柱位なら軽くひん曲げれる位の火力を、刃を通しただけで消すなんてのは神業と呼べるんじゃなかろうか?

零「お前ね。鍛錬ついでに出す火力じゃないだろ?それ。俺はスパーリングの事故で焦げた骨格標本になるのは御免だぞ」

零霄「ある程度本気じゃないと訓練にならないだろう?信頼の証と思って欲しい」

零「お前の中で俺がどんな位置にいるのか知らんが、こっちは生身だ。割と切実に物差しは人間の尺度で計って欲しい」

 やれやれ。
 それじゃあ俺がまるで生身じゃないような言い草だ。
 俺だってきられれば痛いし、血だって出る。
 赤い水が流れすぎたら死んじゃうのだ。
 ちょっと翼があるからって怪物扱いは勘弁して欲しい。

零「同胞が聞いたら卒倒するだろうよ。”お前は本当に自分達と同じ存在か?”ってな」

 はあ、なんて溜息を溢しながら、天然は性質の悪いと首を振る。
 しかし、そうは言うが・・・

零霄「易者身の上知らず。自負の無い力量はお互い様さ」

 あの技の冴えは尋常じゃないというのが俺の見解だ。

163はばたき:2012/12/24(月) 20:53:09 HOST:zaqd37c95d8.zaq.ne.jp
 一念岩をも通すというが、コイツはその典型例だろう。
 炎の様な猛き想いと、清水の様な淀みなさが創り上げた一種の芸術品。
 その鋳錬は刀のそれだ。
 己を刃と鍛え上げた、渾身の一振り。
 此奴自身が一本の剣としてたたき上げられた、至高の刀と言えるだろう。

零「おだてるなよ。俺の剣なんて唯の邪剣だ。斬るっていう剣の基本しかない、ド三流の奥義さ」

 そう悲観にくれる事もあるまいに。
 俺が言いたいのは技の質じゃない。
 心、魂の在り方として一振りの剣として自分を鍛えた。
 その本質は―――まあ、俺が語っても詮無きことか。

零「さて、それじゃちょっくら出てくる。気になる奴もいる事だしな」

 皆色々と戦っているようで、目の前の相手もようやく重い腰を上げたようだ。
 願わくば、その先に光明の在らんこと―――

零「ああ、そうそう」

 柄にもない心中での祈りを遮られる。

零「俺が刀剣なら、お前はさしずめ炎だな」


 §


 戦いの音が遠く。
 一つまた一つと、向かうべき未来への勝利を手にしていくのが聞こえてくる。
 迷いもある、悩みもある。
 それでも皆前に進んでいる。
 善き事かな。

零霄「だけど・・・」

 今自分の戦いの意義を見いだせないまま死地に向おうとしている奴が居る。
 それは見過ごせない。
 例えこの戦いが終わりなき輪廻であろうと
 無闇な死は、決して尊ばれるものではない。

ルシア「それで、貴方が私を止めると?」

零霄「生憎とあんたを止められそうなのは俺しかいなくてね」

 哀しい事だが、これも現実なのよ。

ルシア「でしょうね。秩序の戦士の最強の一駒。それが相手であれば私も憂いも加減も無い。いえ、出来ないでしょう」

 故にここからは本気の戦いだと。
 宵闇の様なドレスを翻して吸血鬼は駆けて来る。
 それに応えるように、俺も翼を広げて炎を纏う。

ルシア「戦いに愉悦は無い。でも、栄誉と言うものがあるなら、貴方を向うに回したことは誉と言えるでしょうね」

 闇が蠢く。
 その姿を翼に、角に、牙に、更には炎に氷に雷に―――
 自在自由に変幻させて、俺を襲う闇は渦となる。
 さしずめそれは世界の縮図か。
 万象に変幻する怪物の頂点。
 正直、これは吸血鬼なんて生易しいもんじゃないな。

ルシア「お褒めの言葉、光栄だわ、堕天使。ならその世界を焼き払う貴方は終末の炎、ラグナロクとでも言うべきかしら」

 恐悦至極。
 無数の姿に対して俺に出来るのは、精々が火を灯す程度。
 まあ、それで繰り出す全てを撃ち落されては敵うまいが、それでも此方もいっぱいいっぱい。

164はばたき:2012/12/24(月) 20:54:07 HOST:zaqd37c95d8.zaq.ne.jp
 俺を秩序最強と呼んだが、あんたは間違いなく世界最強だ。

ルシア「小競り合いなどお互いすべきではないようね」

零霄「ご尤も。故に、次の一撃で―――!」

 全てを決する!

 と、お互い気を張ったのがいけなかったのか

 目の前の相手に全力で挑むあまり、周りが視えなかったのか

 肝心な事を忘れていた

ジン「ああ、やちゃった・・・」

 全く

 我が終生のライバル殿の事を忘れるとは

 そう言えば

 彼女の本業は暗殺者だったか―――


 ◇interlude

 ほう、という溜息が漏れる。
 白雪の様な少女が持つのは、紫色の羽。
 勝利の証たるそれを見ても、彼女の心は揺るがない。

アルフィー「随分と、残念そうね。とても勝者の顔には視えないわ」

ジン「やあ、生きてたのかい」

 他の皆は消えてしまったのに、と興味も無さげな調子で呟く。

麗「悲願を達成したというのに、随分亜凹みようじゃないか。何が不満なのかな?」

 混沌の軍勢、その場にいる誰もが少女の心残りを理解できない。
 小首を傾げる彼らに彼女は

ジン「もっと、殺し愛いたかったなぁ・・・」

 至極残念そうにそう告げた

ジン「彼となら、本当の高みまで、それこそギリギリの所まで逝けると思っていたのに・・・」

 それを自分で壊してしまった

ジン「最高の相手だったのに。あんなに生き輝く命を視たのは初めてだったのに・・・」

 もっとあの輝きを感じたかった

 それが潰えるその瞬間に焦がれ続けた

 恋する乙女のような気持ちで心待ちにした瞬間を

ジン「自分の我慢が効かないばかりに台無しだ・・・」

 声音に交じる癇癪。
 子供の様に拗ねるその様は、語った言葉とは不釣り合いだ。

アルフィー「イカれてるわ・・・」

 勝利では無く、褒賞でもなく、或いは欲望ですらない―――

 歪に歪んだ戦いへの理由を前に、その場の誰もが口を紡ぐ

 混沌において尚異端

 誰にも計れぬ理由を糧に、殺人鬼は虚空を見上げた―――

 ◇interlude【閉】

165はばたき:2012/12/24(月) 20:54:59 HOST:zaqd37c95d8.zaq.ne.jp
 微睡の中、夢を視る

 これまで歩んだ軌跡が走馬灯の様に過ぎ去っていく

 いずれもが戦いの記憶だ

 どこへ行っても自分は戦いの渦中にいた

 拳を交え、剣を交え、命を交えた

 その繰り返し

 その道程に後悔は無い

 喜悦も無い

 あるのはそれが当然だったという想いだけ

 唯、ほんの少し人より秀でていただけ

 唯、ほんの少し人より生き残るのが上手かっただけ

 休もうと思った事は一度もない

 休む場所が無かったと言うより

 休む必要を感じなかっただけだろう

 渡り鳥は飛ぶだけだ

 翼を失い落ちるまで―――

零霄「そして、我が翼殿は今日も元気だ」

 全く
 ほとほと自分のしぶとさに恐れ入る。
 確実に、文句のつけようも無く死んだと思ったが、体の方が勝手に蘇生準備に入ってしまった。
 そも、致命的な隙を晒して、その上で偶然でも何でもなく、自分の経験則だけで致命傷を免れたのだ。
 我ながら、どうかしている。

零霄「さて、生き残ってしまったものはしょうがない。これからどうするべきか・・・」

 そんな事は問うまでもない。
 生きているのなら自分に出来る事は一つだけ。
 ふと、遠くに轟音を聞いた。
 恐らくなつきの奴だろう。
 あいつも決着を着けたようだ。
 それだけじゃない。
 皆の猛っていた空気が少しずつ和らいでいる。
 ああ、皆己の戦いを終えているんだな。
 なら―――

零霄「さて、戦いますか」


 §


 すっかり寂しくなった荒野を行く。
 元々人口密度は高くは無いが、偽物も数が減って、敵も減ればこういうモノかと思う。
 此度の戦いもそろそろ終わりかね。

アルフィー「感慨深いのね。惜しくは無いの?」

零霄「惜しくは無いな。寧ろ平和結構じゃないか」

 混沌だろうが秩序だろうが、それは変わらないだろう。
 皆、自分の欲望を通しに戦いに来てるんだ。
 終わりが視えるのは誰にだって嬉しい筈。
 永劫に戦い続けたいなんて本気で考える存在なんていやしない。

アルフィー「どの口が言うのかしらね。戦いしか知らない癖に・・・」

 憎々しげに言ってくれるが、俺だって平和が一番だと思ってる。
 戦いなんてのは代償と褒賞が釣り合わないものだ。
 得る者に比べて、失うものが重すぎる。

アルフィー「でも、現として人は戦うわ。生業とする人間だっている」

零霄「戦わなきゃ勝ち取れないものがあるからだろ?」

166はばたき:2012/12/24(月) 20:55:44 HOST:zaqd37c95d8.zaq.ne.jp
 富、名誉、愛、憎しみ、悲しみ、快感・・・etc,,,
 なんだって本質は変わらない。
 自分が持っていないから他人から奪うしかない。
 単純な理屈だ。
 勝利と言う結果、それで得られるものがあるから戦いは起こる。
 ”奪う事を決めた存在”
 それが戦うモノ―――戦士だ。
 欲しいモノは勝利によって齎される。
 見返りを求めての戦いなど悪辣だ。
 そも、戦いそのものに意義や理由を見出す等、その時点で戦士として壊れている。

アルフィー「なら、貴方が勝利によって得るモノって何なの?」

零霄「何も?」

 別に何もない
 勝利の報酬は平和でこそ享受できる。
 なら、平和に生きれない俺が得るモノなどあろう筈がない。

アルフィー「どうかしてるわ!戦う理由もないくせに、そこまで戦えるなんて!矛盾してるくせに、どこまでも強いなんてありえない!!奪う事を決めたモノが戦士と言うくせに、何も求めないのに貴方が戦士でいられる理由は何なの!!?」

零霄「理由ねぇ・・・」

 瞼を閉じれば浮かんでくる

 夢を追って、次を信じて未来を運ぶ大馬鹿野郎―――

 餓える愛情を求めて、それでも自分の居場所を探す小動物―――

 誰かを想って、誰かを幸せにしてやりたくて、自分自身すら造り替えてきた刀剣―――

 愛し合される事を知らず、それでも自分を囲う者達の有難さに気付いた覇王―――

 呪われ、蔑まされても、陽の光を信じて立ち上がった小僧―――

 何も考えて無いようで、その実誰よりも今を大切にして駆け抜けていった暴走特急―――

 自分を見失って、全てを壊されても自分である事を止めなかったお嬢―――

 ものぐさなくせに、お人好しで意地っ張りで自分を曲げられねぇロクデナシ―――

 造られた意義から脱却して、自分で未来を目指せるようになった自動人形―――

零霄「―――多分、俺が皆を好きだから、じゃないかな?」

 それで十分だ。
 皆が見せてくれた平和の中の幸せが、多分俺にとっての報酬なんだろう

アルフィー「―――ッ!!」

 パチパチパチ、と
 激高しそうな女の声を遮る拍手。
 相手は解ってる。

零霄「Hur ar kansligt? En princess(ご機嫌如何かな?お姫様)」


 §


 ここは墓標。
 俺達の終着点としては中々悪くないステージだ。

ジン「素晴らしいね。私は確実に君を殺したと思った。なのに・・・」

零霄「ご覧の通り」

 自分の生き汚さに恐れ入る。

ジン「いいや、私は嬉しいんだ。また、君とこうして死合えるのだから」

 随分と饒舌な口調。
 それは此奴が高揚している証拠だ。

ジン「秩序と混沌の神に感謝を。永劫に続く輪廻の中での殺し愛いの舞台。それを整えてくれた事に」

 心よりを感謝を

 そう告げる殺人鬼を

 俺は鼻で笑った

零霄「馬鹿げている。勝利者のいない戦いなどない。誰かの望みが叶うから戦いなのさ。結末の無い家庭など無と同じだ」

ジン「いいや、それでも私の願いは叶う。君と何度でも、永久に殺し逢うという逢瀬を成し遂げる私の願いは」

零霄「だが、俺が完全に死ななきゃお前の真の望みは叶わない。ほらな、永劫の闘争なんて夢物語なのさ」

167はばたき:2012/12/24(月) 20:56:26 HOST:zaqd37c95d8.zaq.ne.jp
 話は平行線。
 だが、これでいい。
 これは決別の意思表示だ!

ジン「では・・・」

零霄「答えはこの一戦の後に―――」

 どちらからともなく駆けだす

 舞うは粉雪

 踊るは火花

 全てを撃ち抜く蒼い軌跡と

 全てを焼き尽くす紅い軌跡が混じり合う

 相克する螺旋

 渦を巻く刃と刃

 高揚は無い

 唯只管に

 生きる為に我が身を燃やす―――!

ジン「激しいね。君の心が伝わってくる」

 その喜悦に興味もない

 俺は只管焼き尽くす

 眼前に立ちはだかる全てを灰燼と化し

 そして俺は先へと進む

ジン「全てが消えていく。君の炎はまるで紅い闇だ。全てを呑みこみ、消し去っていく。生者はこれに抗えない」

 故に

ジン「ならば私は死者と成ろう―――」

 刹那

 刻が凍った

ジン「ここでは生者の法は意味をなさない。幾星霜死を見続けた私の辿り着いた境地。全てのモノに遍くやってくる死の時間。これはその縮図。停止した世界で君が動くすべは―――」

 無い

 否

 ある!

ジン「な!?」

 驚きの声は初めて聴いたか?

 紅刃一閃

 焔の鎌を一薙ぎにして

 凍った世界を、俺は”焼き切った”

―――俺が刀剣なら、お前はさしずめ炎だな―――

168はばたき:2012/12/24(月) 20:57:11 HOST:zaqd37c95d8.zaq.ne.jp
 あらゆる願いを呑みこみ広がっていく

 くべられる願いがある限り、どこまでも消えずに不死鳥の様に蘇る

 篝となって道を照らす

 その様を賞して炎と呼ばれた

 故に―――

ジン「参ったな・・・私の負けか・・・」

零霄「そうでもない」

 俺には戦う事しかない

 そんな俺は勝利の先にあるモノ―――勝利者としての喜びなどとは無縁だ

 だから俺は勝利者には成れない

 勝ったとすればそれは―――

零霄「俺の後ろにいる、俺を燃やし続けた仲間だろうさ」

 その言葉に

ジン「嬉しい事言ってくれるね・・・」

 消えゆく殺人鬼は笑う

ジン「君が勝利者でないなら、この輪廻は続いていく。私と君の輪舞は終わらない。だから・・・」

 ―――次の輪廻で会おう―――

 それが今回の別れの言葉となった

零霄「ああ、そうだな―――」

 難儀な道だが付き合ってやるさ

 この見果てぬ夢が終わるまで―――


 ◇あとがき◇

零霄に求めたモノ、それは『強さ』です。
兎に角強い、精神的にも能力的にも最強の、自分の理想とする強さを残らずぶち込んだ”最強”というテーゼを体現するキャラクターです。
しかし、ただ強いだけでは物語として成り立たない。
最強である、と言う事は全てにおいて完全無欠でなければなりません。
ならばそれを逆手に取れば?
最強であるからこそ物語の中心足りえない。
完成されているからこそ、精神的支柱であっても表舞台には顔を出さない。
狂言回しの様なトリックスター。
完成されているのに破綻している彼が辿り着く場所とは―――?
それが零霄の物語です。

長らく続いた『DISSIDIA HABATAKI INFINITY』一先ずこれにて閉幕です。
どの位の方がこれを読まれているかは解りませんが、自分にとっての区切りとも言うべき十人の物語を書き終える事が出来ました。
今後、自分がどのようなカタチで創作活動を続けていくのか、まだまだ見えない部分は多いですが、これほどやりがいのある趣味もありません。

『DISSIDIA HABATAKI INFINITY』にしても、また何か思いついたらサブストーリーなどを描くやもしれません。
まあ、要するに底なしって事ですね☆

では、最後までお付き合い頂いた読者様に感謝の言葉を。
ご愛顧、ありがとうございました。
また、次の輪廻でお会いしましょう!

  【完】


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