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スーパーロボット大戦∞ オムニバス

1蒼ウサギ:2011/04/08(金) 23:11:24 HOST:i114-189-97-35.s10.a033.ap.plala.or.jp
これまでこのサイトで生まれた数々のキャラクターやリレー小説、オリジナル作品。
ここでは、それらの隠されたエピソードやキャラの魅力を引きだすエピソードなどをオムニバス形式で掲載しちゃいましょうというものです。

*最低限のルールはもちろんお守りください。(荒らし等)

*なるべく一括で投稿してもらいたいですが、やむなく日をまたぐ場合は切りの良い所で【続く】などの一文を示して終わらせましょう。
 次の人が書きやすいようにお互いに配慮した投稿を心がけていただければありがたいです。
 また、終わる時も【完】などでちゃんとこのストーリーは終了しました、ということを宣言したほうが良いと思います。

*文体にこれという制限はありません。本格的な小説風でもよし、いつものリレー風でもよしです。

それでは、スタート!

2はばたき:2011/04/20(水) 22:17:53 HOST:zaq3d2e4476.zaq.ne.jp
※このシリーズは、はばたきが今まで書き溜めた小説の主人公格達の物語を、圧縮して披露するためのものです。
設定として使いやすかったのでディシディアっぽい設定を借りて書いてますが、あくまで都合がいいからであり、また『DISSIDIA INFINITY』とも設定を同じくしていますが、直接の繋がりはない事を明記しておきます。


◆『DISSIDIA HABATAKI INFINITY』 Take1◆

ハヅキ「なあ、前々から思ってたんだけど、お前結局誰が好きなの?」

 何気なく言った俺の質問に、口に含んだ茶を盛大に噴出しかけるネコミミ頭。

零「いきなりなんだ、全く・・・」

 憮然とした表情を浮かべやがりまりますが、愛を原動力として憚らないのは何処のどなたでしょうね?
 同じ愛の狩人としては、この潤いのない無味乾燥な世界での清涼剤をどうしているのか興味があるのだが・・・。

零「お前と俺を同次元で扱うな。ナンパ師が」

 失礼なこと言いやがるね、このネコミミ頭は。
 俺が興味あるのは素敵なお姉さまだけ。
 18歳以上がストライクゾーンな、健全な男子ですよ?
 だってぇのに・・・

ハヅキ「なんで、こっちにはこう、美人のお姉さまがいないかね?」

零「年上ねぇ・・・・。エレとかか?」

ハヅキ「あれは頭がぱーぷーだから・・・」

 黙ってさえいれば、元はいいだけに勿体無い。
 つくづく悔やまれる。
 敵さんには結構な頻度で俺のストライクゾーンが多いというのに・・・。
 そうそう敵といえば、

ハヅキ「なんか、向こうにお前のそっくりさんがいるけど、アレは双子かなんか?」

零「あん?あー・・・あれか・・・・。説明すると長いんだが、まあ、そんなモンとでも思っといてくれ」

 歯切れの悪い言い方するなぁ、こいつは。

零「・・・・・・口説くなよ?」

 心底嫌そうな顔をしてそう釘を刺してくる。
 そんなに、俺をお義兄様と呼ぶのがor呼ばれるのが嫌か?

リフィア「何を下らない話をしている。さっさと行くぞ」

 おっと姫様がお怒りだ。
 さて、これからどうなる事やら・・・。


 ○繋いでいくもの


 碌でもないこと続きのこの世界だが、それでも来て良かったと思うこともある。
 例えばこの夜空。
 人の生活感皆無なせいか、空気が澄んでいて見通しがいい。
 俺の記憶の中じゃあ、こうも綺麗な満天の星空は拝めない。

ハヅキ「なあ、姫さん。”夢”ってあるか?」

 星空を見ていると心が騒ぐ。
 おぼろげな記憶だけど、俺の中には星空への憧れがあるらしい。

リフィア「何を言うかと思えば・・・夢だと?そんなものは義務を真っ当出来ないものの見る現実逃避だ」

 うわ、ばっさりですかそうですか。
 浪漫ねぇなぁ、この堅物姫。

3はばたき:2011/04/20(水) 22:18:54 HOST:zaq3d2e4476.zaq.ne.jp
ハヅキ「俺はあるぜ。いつか星の海を行く夢」

リフィア「夢物語だな」

 いや、だから夢の話なんですって。
 因みに零のヤツは、喫茶店のマスターとか言ってたが、それは夢というより将来設計だと言ったら怒らせてしまい、今は別行動中。

リフィア「星は遠くに観るからこそ輝く。手に届かないからこそ価値がある・・・」

 おや、意外とロマンチストなのか?この娘。
 と、口に出したら睨まれた。
 くわばらくわばら。
 でも・・・

ハヅキ「俺の夢か・・・」

 口に出してみて、酷く滑稽に思えた。
 記憶が曖昧だからか、ここに来てからよく思う。
 ”本当にそれは俺の想いなのか?”
 もしかしたら・・・いや、この気持だって或いは・・・


 §


リフィア「どうした?マヌケ面が更にひどい事になっているぞ?」

 ある日の事、旅の途中で出し抜けにそんな酷い事を言われる。

リフィア「顔に締りが無い。呆け過ぎだ」

 むう、そんなに酷いか?
 顔に手をやってみるが、この割かし端正な顔立ちは崩れているようには思えない。
 まあ、確かに少し前から煩悶としてるのは確かなので、それが顔に出ているのかも・・・。

リフィア「悩みを抱えているなら、誰かに相談しておけ。ただでさえ弱いのだから、集中力まで切らすな」

 何気にまた酷い事を言われた気がする。
 そりゃ、俺はあんた達みたいに剣からビームとか出せませんよ。
 俺は本来諜報員、裏方なの。
 たく、何が悲しくて、こんな前線でバンバン銃撃ってなきゃいかんのだ。

リフィア「無駄口を叩くな。向こうは任せる」

 言って勝手に右の集団へ突っ込んでいく姫さん。
 人使いの粗いこって。
 あー、もう凝りもしねぇでぞろぞろ団体様のご到着だよ。
 お人形さんの相手はもう飽きたっつーの。

麗「ならば、私がお相手をしようか?」

ハヅキ「・・・へ、冗談」

 全く。
 冗談がきついにも程がある。
 量産型のコンパチどもに混じって”ホンモノ”が居やがった。

ハヅキ「こんな所に何の用だよ?知った顔に似てるだけに、急に出てこられると心臓に悪いぜ」

麗「ふふ、その知った顔に用があったのだけれど、行き違いになってしまったようだ。全くあの仮面女の情報は遅くて困る」

ハヅキ「そりゃ、残念。俺ならもうちょっと早くて正確な情報を送れるぜ」

麗「それは頼もしい。が、その耳の早さもこの間合いでは・・・」

4はばたき:2011/04/20(水) 22:19:46 HOST:zaq3d2e4476.zaq.ne.jp
 大仰な動作で肩をすくめて見せやがる。
 確かに、情報戦が俺の武器だ。
 で、ある以上、こうして真っ向勝負になると聊か分が悪い。
 というか、正直ピンチだ。
 どうにかして見逃してもらいたいものだが・・・

麗「いやいや、折角来たんだ。彼の代わりを務めてもらうよ」

 言うと同時に、ヤツの周りに剣呑な気配が湧き上がる。
 咄嗟に横っ飛びして地面を転がるが、脇で起こった爆発に吹っ飛ばされて鞠のように転がされる。
 この化け物!
 相変わらず、ワケのわからん能力使いやがって!

ハヅキ「役者不足ってヤツじゃないか?」

 言ってて悲しくなるが、事実だからしょうがない。
 その辺の瓦礫に身を隠して隙を伺うが、正直勝てる気はしない。

麗「そうでもないさ。キミと彼は似ているからね」

ハヅキ「あ?」

麗「違う点があるとすれば、彼は一の為に全てを賭けるが、キミは全の為に動くという事かな?」

 その点では真逆だね、などと言いながら此方にゆっくりと近づく足音がする。

麗「誰かの為に、”誰かがいないと動けない”。この閑散とした世界で、それは辛いだろう?」

 それに、と声に少し含みが入った。

麗「”後、どのくらいもつのかな?”」

 反射的に発砲していた。
 案の定、あっさりかわされた上に、一気に間合いを詰められる。
 やば、これ死んだか?
 と思った瞬間、眼前を火の弾が通り過ぎた。

リフィア「そこまでだ。後は私が引き受けよう」

 頼もしい姫様のお声。
 ホント助かったけど、後一センチずれてたら俺の鼻もげてたよね?とは言わぬが華か・・・。

麗「ふむ、残念。タイムアップか。さすがに二対一で戦おうとするほど自惚れてはいないしね」

 よく言いやがる。
 余裕が滲み出てるぜ?
 まあ、確かにコイツだって姫さんとやり合ってまともで済むとは思っちゃいないだろうが・・・。

麗「楽しかったよ」

 クスクスなんてあからさまな笑い声を残して去っていきやがった。
 まあ、こっちとしては大助かりなんだが・・・。

リフィア「ふん、逃したか」

 こっちもこっちで殺る気満々ですよ。
 まあ、何はともあれ助かった。
 と、礼を言おうとしたけど、なんか姫さんの視線が厳しい?

ハヅキ「あー、スンマセン。結局足引っ張ったみた・・・」

リフィア「どの位、とはどういうことだ?」

 押し殺したような声で遮られた。

リフィア「”どの位もつ”とは、どういうことだ」

 今度は語気を強めて詰め寄られる。

5はばたき:2011/04/20(水) 22:20:39 HOST:zaq3d2e4476.zaq.ne.jp
 ヤバイ、聞かれてたか・・・。

ハヅキ「あー。それはそのぅ・・・」

リフィア「よもや、お前・・・」

ハヅキ「あー、俺ちょっと用事を思い出した!」

 殆ど逃げるようにその場を後にする。
 幸いな事に機動力には定評があるから、背後からの「待て!」という声も無視できる。
 ったく、知られずにすみゃ、どれだけ良かったか・・・


 ◇interlude


 夜風に晒される岩荒野。
 一際高い石段の上に、一人の男が座して瞑想をしている。
 巌のような顔つきに、深い苦悩の皺を刻んだその顔は、修験者にも見える。
 閉じた瞳で微動だにしないその顔が、ふと何かに気付いたようにピクリと揺れる。

アグル「何用か?」

ジン「おや、気付かれるとは思わなかった」

 閉じられた瞳が見開かれ、足音のしない来客を捉える。

ジン「私の暗殺術も錆付いたかな?」

アグル「用向きが無いなら帰ってもらおう」

 にべも無し、といった風情で男はけんと突っぱねる。
 対して女は少し意地悪く口の端を歪め、

ジン「それは、寿命が減るから?」

 あえて婉曲的な言い回しをせずに言葉を選ぶ。
 しかし、それに動じた様子は無く、

アグル「まさか。貴様のその性根がうつっては敵わぬからよ、殺人鬼」

 寧ろ此方も言葉を選ばず、直球を返す。

ジン「つれないね。そんなに人と付き合うのが嫌?」

アグル「殺しでしか人を知らぬお主が言うか。私は人が嫌いなのではない。我が身の業を心底嫌悪するが故」

ジン「業、ね・・・。他人の意識を否応無く受けるその体質、そんなに嫌かい?」

アグル「然り。我らは存在を許されぬもの。我が身は存在そのものが搾取するだけの罪」

 男の返事に、女は軽く笑って

ジン「あくまで他者の影響を受けるその魂は不健全と言い張るか。それは、貴方の同類も同じ?」

アグル「然り。故に、我は彼奴を許さぬ」

 言って、男は座を崩して立ち上がる。
 その言葉を実証する為に。


 ◇interlude【閉】


 頭痛がするようになってきた。
 脳への負担が大きくなってる証拠だ。
 手に入れた力に見合わないリスクだと常々思うが、嘆いてもしょうがない。
 寧ろ、本当に辛いのは・・・

ハヅキ「この気持も、”貰い物”なのかねぇ・・・」

6はばたき:2011/04/20(水) 22:21:37 HOST:zaq3d2e4476.zaq.ne.jp
 俺って言う人間の中身は、常に誰かの影響を受けてる。
 何も哲学的な話じゃない。
 俺の脳は、他人の脳波を常に受信し続ける電波体質だ。
 必然的に、思考も人格にも影響は出る。
 その反面、脳はキャパシティを超える情報に、ぶっ壊れる危険をいつでも孕んでる・・・。

ハヅキ「死にたくねぇ・・・なんて喚く時期はとうに過ぎたけどさ」

 その悟ったような諦めさえ、自分の中から生まれたものだと言い切る自信がない。
 だから、

ハヅキ「こんな俺だからこそ、せめて皆の役に位立たないとな・・・」

 そうだ。
 こんな借り物で出来た俺が、誰かの為になれるなら本望を通り越して僥倖だ。
 せめて、真っ当な奴らの糧になってこそ、恩返しも出来るってモンだろう?

ハヅキ「さて、それじゃあ、一丁忍び込むとしますか」

 目の前は敵の本拠地。
 俺の役目は情報戦だ。
 なら、少しでも多く真実を調べるまで!


 §


ハヅキ「いやはや、全く、トホホだねぇ」

 敵地潜入して暫く経ったが、出くわすのは相変わらずパチモン連中ばかり。
 この世界のからくりはおろか、敵の目的さえ掴めやしねぇ。

ハヅキ「ちょいとばかり、自信過剰だったか?」

 誰ともなしにぼやいてみるが・・・

オウマ「いや、そうでもないぞ」

 反応が返ってきやがったことに驚く。
 少し弛みすぎたか。
 ここまで敵の接近を許すとは・・・。
 だが、まあ向こうから出てきてくれたのは都合がいい。

オウマ「沿う構えるな。私は別に戦いに来たわけではない」

ハヅキ「何だよ。俺如きに怖気づくとは格好付いてないぜ?」

オウマ「常に悲観したその態度。弱気を演じ、道化を被りその裏で姦計を巡らすか」

 ちょっと冷や汗が出てくる。
 ちくしょう、読まれてやがる。

オウマ「構えるなと言った。私はお前を導きに来た」

ハヅキ「あ?」

オウマ「他の者はお前を雑魚と軽んじているようだが、私は違う。常に冷静に一歩退いた視点から戦況を見定める目。卓越した適応力と観察力と人物眼」

 何より、と言葉を切って、鷹揚な態度で告げる。

オウマ「全の為に個を滅すその在り方は、私が理想とするものだ」

 そりゃどうも。
 敵に褒められても何も嬉かないけど。

オウマ「敵か。その様な矮小な括りで物事を見るとはらしくない」

ハヅキ「何が言いたい?」

オウマ「私の下に付け」

7はばたき:2011/04/20(水) 22:22:24 HOST:zaq3d2e4476.zaq.ne.jp
 そう来ますか。

オウマ「私ならお前を存分に使うことが出来る。何より此方に付く方が真実に近づき、勝利への道筋も見えてこよう。お前とて、神に義理立てする道理はあるまい。ならば・・・」

 我が元へ来い、と熱烈なラブコール。
 確かに、神様に義理立てする理由もない。
 さっさと元の世界に帰る為なら、どちらについても変わりやしない。
 それに、

ハヅキ「確かに、お前らの方がこの世界のからくりには詳しいのは確かだな」

 今まで集めた情報からそれは簡単に類推できた。
 だから銃は下ろす。

ハヅキ「お前らに付く方が、お得な話ではある」

 諸手を上げて、降参のポーズ。
 ある意味、全て理に適ってる。
 だが、

ハヅキ「―――一つ、見誤ったな」

 クイックドローでぶっ放す。
 残念ながら仕留めるには至らなかったようだが・・・。

オウマ「貴様・・・」

ハヅキ「悪いな。仲間はやっぱ裏切れないわ」

 それとありがとうよ。
 お陰で大切な事に気付けたぜ。

オウマ「買いかぶりすぎたか。も少し利口な男と思ったが・・・」

 頬に付いた傷を指で撫でて振り返る。
 なんだ、やる気は無いのか?

オウマ「お前の相手は別にいる。私が手を下すまでも無い」

 随分とテンプレな悪役台詞ですこと。
 だが、まあそれには同意する。
 さっきからビンビン殺気を放ってる野朗が直そこまで来てるしな・・・。


 §


 まるきり隠れる気もない、ってのはこの事か。
 ガンガン伝わってくる殺気を辿ってみれば、案の定予想通りの顔がいた。
 全く、そこまで俺が憎いかね?

アグル「否、我が憎むは我らの業。存在を許されぬ、この身の罪よ」

ハヅキ「はっ、罪ねぇ・・・」

 ご同輩はあくまでこの体が気に入らないらしい。

アグル「貴様は受け入れていると?この紛い物で出来た魂を、あくまで己のものと過信するか」

ハヅキ「受け入れてるなんて言い方は違うな。確かにこれは借り物の思想、借り物の気持かも知れない」

アグル「なれば・・・」

ハヅキ「だがな!」

 銃を引き抜いて突きつける。
 これは決別の意思表示だ。

8はばたき:2011/04/20(水) 22:23:14 HOST:zaq3d2e4476.zaq.ne.jp
ハヅキ「この気持は、俺の中に蟠る感情は、”仲間達から貰ったもんだ!”」

アグル「奪ったの間違いであろう」

ハヅキ「違うね。こいつは、皆から受け継いできたもんだ。例え、始まりが自分じゃなかったとしても、そこには真実の想いがあった。それを偽者という事は、それをくれた奴らの事も偽者と言い切っちまう事だ!」

アグル「受け継いだ?他者の意志も同意も得ずに、掠め取ったものをそう呼ぶか!」

 よほど逆鱗に触れたらしい。
 ヤツの十八番のサーベルを飛ばして仕掛けてきやがった。

アグル「朽ちる体で何をほざく!受け継ぐだと?節操無く全てを取り込む結果、その果てにあるのは、路傍の石の様に消え去る死ではないか!」

ハヅキ「だとしても、俺は受け継いだものを未来に運ぶ!例え俺が倒れても、俺が伝えた想いは本物になって後の奴らが引き継いでいく!残せるものはあるんだ!!」

アグル「戯言をぉっ!!」

 雨あられなサーベルの乱舞をかわして必殺の機会を伺う。

アグル「未来だと!?後へ託すだと!?それでは我らはただの通過点ではないか!!」

ハヅキ「それの何が悪い。認められないならそれでいい。一生お前はそうやって地べたを這いずり回ってろ。俺は飛ぶ!!」

アグル「黙れぇっ!!!」

 サーベルが爆炎を上げて突き刺さる。
 その場に倒れ伏した俺の体からも血が流れ落ちる。

アグル「・・・・・・」

 肩で息をしてる。
 全身全霊を込めた一撃だったのだろう。
 それに見合う威力だったし、俺はこの様だ。
 勝敗は決した。



 俺の勝ちだ!

アグル「貴様!?」

 油断してヤツが振り返った所で、バネクジャコのように起き上がってピンポイントショット!

アグル「卑怯な!」

 お生憎様。
 こちとら騙し打ちのプロよ。
 奇襲、不意打ち上等ってモンだ。

アグル「どこまで行っても・・・我らは決して赦される事はない。我らは他者のより搾取するだけモノに過ぎぬ・・・」

 頑なに、自分の存在を認めようとせず、ヤツは消えていった。
 でもさ、違うんだよ。
 俺達は、夢の託し方が、他人と少し違うだけなんだ―――


 ◇あとがき◇

ハヅキ・ガウェインというキャラクターは、「仲間へ託すもの」です。
昨今、シルヴィ姐さんへのラブが目立ってますが(笑)、基本は友情が肝になっています。
タイムリミットのある体、自分のレゾンテートルへの苦悩。
ハヅキは、それらを乗りこえて、仲間達の想いを繋いでいくキャラクターとしてデザインしました。
SAGAでの彼の後継者達が乗る機体もアルデリオン(アルデバラン、続いていくものとかいう意味だったかと)。
受け継ぐ想い、が彼のテーマです。


  【完】

9はばたき:2011/06/05(日) 20:55:37 HOST:zaq3d2e4491.zaq.ne.jp
◆『DISSIDIA HABATAKI INFINITY』 Take2◆


 私ってつくづく不幸だな―――
 いつからだろう?
 そんな風に思うようになったのは・・・。
 あそこにいても楽しい事なんて何も無かった。
 だから、
 ”帰れない”って知った時も、ホントはどうでも良かった。
 『帰る場所』なんて本当は何処にも無いんだから・・・。
 なのに・・・

エレ「見て見てぇ!おっさかな〜♪大漁だよ」

純星「にゃははは、よくやったぜ相棒。よっしゃ、帰ったらあのトリとネコミミに豪勢な食事を用意させようぜ」

 無理だって。
 あいつら、料理なんて基本ナヨナヨした軽食かデザートしか作れないんだもん。

エレ「うんうん、やっぱ食事は人生の潤いだよ。おいしいもの食べれば元気も出るって♪」

 能天気な談笑が、思考に埋没していた私の意識を現実に呼び戻す。
 水辺で年甲斐もなくきゃっきゃしているお仲間さん達。
 女ばかりをいい事に、ろくすっぽ服も着ないで水遊びなんて何を考えてるんだか・・・。

純星「おう、レナっち!そんな所で一人寝そべってないで、あんたも読者サービスに貢献しろい」

 読者サービス?
 何だか良く解らないけど、不愉快だ。

純星「またまたぁ、そんな扇情的な素足を披露しといてそりゃねーぜ?」

 うぐ
 確かに、あまりの暑さにこいつらに釣られて我ながらだらしのない格好はしていたけど・・・。
 こいつら、ここが戦場だという自覚はあるのだろうか?

エレ「かたい事言わない言わない。レナも泳ごうよ♪気持ちいいよ〜」

レナ「いい、私はここで休んでるから、アンタ等は存分に遊んでればいいよ」

純星「おんや〜?さてはカナヅチというヤツですかにゃ?」

 カチン、と来た。
 挑発に乗るのは癪だけど、そのニヤニヤ笑いでバカにされるのはなおの事ムカつく。
 何も言わずに、にやけた純星の横を通り過ぎて、高台に立つ。
 そして、そのまま無造作に飛び込み。

エレ・純星「「おお〜〜〜!」」

 感嘆の声と軽い拍手。
 自慢じゃないけど泳ぎは得意だ。
 水面から顔を出すと、紅い髪が流れた。
 血を想起させる鮮烈な紅。
 嫌いだ。

エレ「ねえ、レナ」

 軽く泳いで二人の横を通り過ぎようとした時、遠慮がちな声で話しかけてくる。

エレ「レナってさ、敵にお兄さんがいるよね?」

 割かし真剣な声だったから何かと思えば、そんな事か。

レナ「いるよ、それがどうかした?」

エレ「ううん、ただ辛くないのかなって・・・」

 そんな事、こっちに呼ばれてから何度も言われ続けた事だ。
 でも心配なんて必要ない。

10はばたき:2011/06/05(日) 20:57:08 HOST:zaq3d2e4491.zaq.ne.jp
レナ「私はあのクソ兄貴をぶっ潰す・・・」

 だからこの敵味方という状況は寧ろ望むところだ。
 私にとってアイツはぶっ飛ばさなきゃいけない相手でしかない。
 肉親の情なんて欠片も持っちゃいない。

エレ「それでいいの?だって、ちゃんと血の繋がったお兄さんなんでしょ?」

レナ「関係ないよ。大体、アンタだって元いた場所じゃ同じようなモンだったんでしょ?」

エレ「私は・・・血が繋がってなかったから・・・」

 そんなモンかな?
 私にとって”兄”ってもんは、唯の憎悪の対象でしかなかった。
 いつの頃からそうだったのか、それとも最初からそうだったのか・・・。
 兎に角、同情される謂れはない。
 私は私の意志でアイツと戦うって決めたんだ。

エレ「うん、そうだね。レナが決めた事だもんね」

 そう、だからこれ以上踏み込むのは止めて欲しい。
 私は、唯アイツの顔面に一発入れるためにこの戦いに参加してるだけ。
 仲間なんて・・・呼べる相手はいない・・・。


 ○家族


エレ「ん〜、空気が美味しい!なんか、ここが戦場だなんて忘れちゃいそうだよね♪」

 召喚されて早数日。
 今日も同行者達は能天気だ。

エレ「ねね、レナはさ、好きな人とかいないの?」

 急に何の話題を振ってくるのか。
 女三人寄ればその手の話題はありきたりだけど、このぱーぷーなパーティーでこんな話を聞くとは思わなかった。

レナ「別に。そういうアンタは?」

エレ「へ、私?」

 何でそこでハトが豆鉄砲食らったような顔をするかな・・・。

エレ「いないいない♪まあ、記憶が戻ってないから当てにならないけどね」

レナ「・・・・・・アイツには聞かないの?」

 ちょっと先で放浪してる偽者を見つけてボコっているもう一人を顎で示す。

純星「ふははは!!敵がゴミのようだ!!」

エレ「・・・・・・いると思う?」

レナ「我ながら、バカな事言ってると思う・・・」

 全く・・・。
 にしても、やっぱり変だ。
 コイツからこんな話題が出てくるなんて・・・。

エレ「え?そ、そんな事ないよ?ほら、だっているじゃない、愛とか恋とかうるさい人が」

 そんな明らかにキョドって言っても説得力なんて無いよ。
 怪しい。
 けど、相手するのも面倒だ。

エレ「う〜ん・・・あ、そうそう、そういえばこの前お茶立てて貰ったんだけどね・・・」

レナ「ふうん」

11はばたき:2011/06/05(日) 20:58:17 HOST:zaq3d2e4491.zaq.ne.jp
エレ「その時、お茶菓子も貰ったんだけど、そしたら今度は零霄の方も乱入してきて・・・」

レナ「へえ〜」

エレ「ああ、と・・・そうそうこの前なつきさんとアオナ君が・・・」

レナ「・・・・・」

エレ「うう〜、え〜と・・・」

 完全に言葉に詰まってうろたえてる。
 やっぱりそうか。

レナ「無理しなくていいよ」

エレ「え?」

レナ「無理に気を遣わなくていいよ」

 寧ろ迷惑だ。
 そんなに干渉されても、私が感じ入る所は何もない。

エレ「え・・・あ・・・」

 明らかに呆けたような表情を浮かべてるけど構うものか。
 歩み寄りたい、なんて感情は私には余計なお世話だ。

エレ「ゴメン・・・」

 ・・・別に謝られる謂れも無いんだけど。
 どうせ、全てが終わったら皆、元の世界に帰るんだ。
 バラバラになって二度と会うことは無い。
 それなのに、馴れ合って何が楽しいのか・・・。

エレ「でも、一人は、寂しいよ・・・・」

 ・・・ちょっときつく言い過ぎたかな?
 いや、そんなことは無いはずだ。
 一緒にいる時間が長ければ、それだけしんどい荷物を背負い込む事になる。

エレ「そうかな・・・。でも私は皆と会えて良かったって思ってるよ」

 なんてベタな台詞。
 お約束ってヤツになんだか胸がチクチクとする。

エレ「いずれは元の世界に戻るって事は解ってる。でも、ここで一緒に過ごした日々は無駄じゃない。レナだって・・・」

 チリチリと肌が泡立つのを感じる。
 そんなありきたりの言葉、ありきたりの考え。
 そんなものが、縁になるのか?

レナ「・・・・煩い」

エレ「―――だから、え?」

 何で
 何でそこまで私を気遣う?
 何でそこまで私に歩み寄ろうとする?
 私はそんなもの求めちゃいない!
 私は、私の怒りをぶつける為だけに戦ってるのに。
 私と馴れ合おうなんて、何で考えられる?

レナ「・・・・ここからは一人で行く」

エレ「そんな、危ないよ!?」

レナ「元々皆、個人の個人の事情があるんだ。共闘する必要なんて元から無いよ」

エレ「でも・・・」

レナ「煩いって言った!」

12はばたき:2011/06/05(日) 20:59:07 HOST:zaq3d2e4491.zaq.ne.jp
 これ以上、私に係わるな!
 アンタと私は違う。
 同じ土俵で生きてなんていけない。
 なら、ここで離れた方が、お互いの為だ。


 §


 何もかも振り切って一人になりたかった。
 何もかも放り出して一人でいたかった。
 何もかも捨てて一人でやらなきゃと思った。
 なのに・・・

レナ「何で、こんなに痛いのかな・・・」

 怪我や病気なんて慣れっこだ。
 両親が死んで、兄貴がいなくなって、それからはずっと一人でやってきた。
 痛いのも苦しいのも、全部一人で乗り越えてきた。
 だから平気。
 こんな痛みは痛みの内に入らない。
 胸をチクチク刺されるような痛みは、けれど消えてはくれない・・・。

レナ「一人で・・・か」

 一人で、何をするつもりだったんだろう?
 決着を着ける?
 何を?どうやって?
 そもそも決着って何のこと?
 何をどうすれば・・・私は満足だったんだろう・・・。

レナ「何で・・。私生きてるのかな?」

 こんな所まで来て、誰かの代理で戦って・・・
 そうまでして、生きて、私何を求めてるんだろう?

イグナイトス「なんだ、気配を辿ってきてみれば・・・。こりゃまた随分辛気臭い顔をしとるのう」

 どんなに思考に埋没していても、体は戦いに慣れている。
 反射的に、体勢を立て直した私がホルスターから薙刀を抜き放つまで、1秒も掛かっていないだろう。

イグナイトス「ほう、中々戦慣れしとるの。そっち側は若造ばかりと思うとったが、気骨は十分と見える」

レナ「御託はいいよ。やるんならさっさと始めよう」

 丁度ムシャクシャしていたところだ。
 この鬱陶しい蟠りをぶつける相手が出てきてくれたことは好都合。
 折角だからその顔面に一発・・・

オウマ「その必要は無い」

レナ「なっ!?」

 踏み出そうとした瞬間、聞こえた声に思考が一瞬真っ白になる。
 見上げた視線の先に映る、黒衣を見つけて脳は更に沸騰する。
 気付けば私の口からは、意味不明の絶叫がもれ、脚は大地を蹴って跳んでいた。

レナ「っの、クソ兄貴ぃぃぃっ!!」

 イラつく位鋭い視線でこっちを見据えるそいつを前に、理性の箍の外れた私の刃が迫る。
 でも、その一撃は届く事無く、金ぴかに光る槍に受け止められていた。

イグナイトス「っとと、危ないのう。お主、やる気あるんか?」

オウマ「ふん、木偶がいくら吼えようと、私に届く刃は無い」

 相変わらずの上から目線。
 それが尚の事私を苛立たせる。

13はばたき:2011/06/05(日) 20:59:55 HOST:zaq3d2e4491.zaq.ne.jp
 木偶?私なんて相手にする価値も無いって事か?
 好き放題言いやがって・・・!

レナ「ふざけんな!アンタはここで私が仕留める!」

オウマ「出来ぬ事を口走るな。虚勢の張り方にも品性というものはあるぞ」

 一々一々・・・何処までも見下した口調で言ってくれる!

オウマ「自分の感情もコントロールできず、行動理念も制御できていない。自分を偽り、欺く事で真実から目をそらし、自ら築いた虚構の幻影に縋る。お前は死人だ。ここにいる人形達と何も変らない」

 奥歯を砕けそうになるほど、噛み締める。
 コイツはいつもそうだ。
 もって廻った言い方で、韜晦して、いつもいつも本音を見せない。
 そうして、自分だけ解った様な顔で、上から見下して・・・

オウマ「ふん・・・」

 興味も失せた様な顔で、アイツは去っていった。
 私の体から、一気に力が抜ける。
 やり場のないほどの虚無感。

イグナイトス「ありゃりゃ、行っちまいおった。まあいいか。命拾いしたの」

レナ「ああっ!!?」

 思いっきり、ふざけた事を抜かした奴を睨み据える。

イグナイトス「とと、なんじゃい。心ここにあらずかと思ったら、随分元気だのう」

レナ「ふざけんな!やるなら相手してやる!」

 薙刀を構えなおして身構える。
 けど、このおっさんは所在無さげに頭をかいて、槍の穂先を下ろしやがった。

イグナイトス「あ〜、まあ、それが仕事なんだが、今日はそういう感じでもないのう」

 こっちの憤りとは正反対に、やる気なさげな様子が癪に障る。

イグナイトス「まあ、なんだ。弱った相手を嬲るのは武人の沽券にかかわるのでの」

レナ「だ、誰が弱ってるって!!」

 もう怒った。
 コイツはボコる。
 だけど、こっちが仕掛ける前に、急に真面目な顔になって、

イグナイトス「言い方が悪かったなら謝ろう。だがの、お主もうちょっと自分を見つめなおした方がいいぞ」

 言うに事欠いて、アイツと同じような事を・・・!

イグナイトス「実際そうであろう。お主、奴が去るのを見逃したではないか。思うところがあったのではないか?」

レナ「それは、アンタが邪魔したからで・・・・」

イグナイトス「・・・・・・」

 無言の圧力に、語尾がか細くなっていくのが解る。
 解ってる。
 私は・・・今、何かに迷ってる。

イグナイトス「何か、と言えると言う事は、それが何なのか解り始めているのではないか?」

レナ「だったらどうだって言うんだ!」

 敵のアンタには関係ない話だ!
 危うく呑まれかけた思考を無理矢理に戻す。

14はばたき:2011/06/05(日) 21:00:42 HOST:zaq3d2e4491.zaq.ne.jp
イグナイトス「やっぱ無理しとるの。そんな状態じゃ、奴には勝てんぞ」

レナ「――――っ!!」

 心底
 心底同情されたのが悔しくって、がむしゃらに斬りかかったけど、ひらりとかわされてそれで終わりだ。

イグナイトス「全く、年頃の娘と言うのは難しいの」

 そんな言葉を残して、奴は去っていった。
 悔しかった。
 取り残されたようなこの状況もだけど、何より誰にも彼にも見透かされてるような自分が堪らなく惨めだった。
 そうさ、解ってるんだ。
 私が求めているものは・・・怒りの矛先なんかじゃ無いって事位。
 でも、その先が見えなくて
 私は膝を抱えて蹲った。


 ◇interlude


イグナイトス「おお、やっと追いついたわい」

 黒のローブの後姿を認めて、金色の鎧を纏う武人は安堵の息を吐いた。

イグナイトス「全く、お主も薄情だのう」

 横に並ぶように歩きながら、黒の死霊術師にも気さくに声を掛ける。

オウマ「薄情か・・・余分な感情だな」

 言葉の意図するところを読み取ったように、鼻で笑う。

イグナイトス「・・・妹だろうに」

 対してこちらもその言葉の裏を読み取って憮然とした表所を浮かべる。

イグナイトス「もうちと優しくしてやってもバチは当たらんと思うがの」

オウマ「敵と味方に別れているこの状況でか?第一アレはそれを望んでいまい」

 そして、と目を細めて、今度こそ冷淡の極みの声で言い放つ。

オウマ「先程も言った通り、死人風情など駒にも劣る。私には必要の無いものだ」

 傲然と言い切る表情には、微塵の葛藤すらない。
 その言葉を受けて、金色の武人は深くため息をつき

イグナイトス「人の血の通わん言葉よな」

 この冷徹とも言うべき全体主義を貫く男に、諦念と畏怖を抱かずにはおれない。
 鋼のような、という言葉は、この男の精神にこそ相応しい。

イグナイト「我欲、我執、我慢・・・いずれもお主には無用の品か。我に溺れるも覇王の器ではないが、我をもたぬのも人として間違っておるぞ?何処までも人であることを捨てるか」

オウマ「違うな。私は”正しく人間だ”」

 諭すような、諦めるような言葉にも、黒衣は揺るぐ事無く答える。

オウマ「人には役割というものがある。脆弱きわまる人類が生き延びるには、個を捨て歯車の塊として動かねばならない。人は機能となることで初めて世界の覇者足りえるのだ」

イグナイトス「我を殺す事を全ての者に強要するか。では、王とはなんぞ?」

オウマ「知れた事」

 全ての個を殺せという。
 王者の威風を纏いながら、それすら不要と言い切る男の答えは・・・

15はばたき:2011/06/05(日) 21:01:29 HOST:zaq3d2e4491.zaq.ne.jp
オウマ「王もまた機能の一つ。臓器ですらない細胞の一つだ」

 ヒトという群体において、司令塔たる王すら脳にも及ばぬ。
 一の考えで動くのではない。
 全こそがヒトのあるべきカタチ。

イグナイトス「お主は王である事さえ放棄するか。大器を持ち、君臨者としての威厳をなしながら・・・」

 贅沢か、或いは賢者か愚者か・・・。
 いずれにせよ、一つだけ確かな事がある。

イグナイトス「どうも、お主とは、相容れそうに無いの」


 ◇interlude【閉】


 歩みが止まった
 遮二無二に目指してきた道が無くなって
 私は目的も無くふらふらしている
 答えが無い
 足元が無いってことがこんなに不安だとは思わなかった
 記憶なんてどうでもいい、って思ってたけど
 今この時は縋るものが欲しかった
 曖昧じゃない
 憎しみとか、悲しみとかじゃない
 私にも暖かい思い出があった事を―――

アーヴィング「信じたい。されどのその想いは叶う事無く」

 ああ
 また出てきた

アーヴィング「悲哀、虚無、そして絶望・・・。んっん〜、実にいい魂の色だ。喰らいでがある」

 耳障りな高笑いが鬱陶しい
 目の前にいる奴が敵で
 ぶちのめしていい外道だって事はわかってる
 でも・・・

アーヴィング「虚ろな瞳、実に・・・いい!目的も無く、足場もない。確固たる自身を持たない者の魂のなんと甘美なことか!今宵はご馳走だ!!」

レナ「・・・・・消えろ」

アーヴィング「んっん〜〜?」

 消えろ
 出て失せろ
 今は、誰にも会いたくないんだ

アーヴィング「それは出来ない相談だなぁ、お嬢さん!君は、目の前にたわわに実った果実を前にして、喉を潤す事をしない頓珍漢なのか?」

レナ「・・・・どうでもいいよ、そんな事」

 ああ、もう
 本当にどうでもいい
 喉が渇いてそのまま飢えて死ぬのも一興か

アーヴィング「そ れ は !実に勿体無いぃぃぃ!!さあさ、その様な捨て鉢になるくらいならもっと足掻いておくれ!真なる絶望は希望を砕いた先にこそあるのだから!!」

 言って
 高笑いを続けるそいつは跳んだ
 くるくる回って、体を包んだマントがドリルみたいになって
 ああ、あれに突かれたら一発で死ぬな
 それも―――

16はばたき:2011/06/05(日) 21:02:35 HOST:zaq3d2e4491.zaq.ne.jp
アーヴィング「おや?」

 砂煙が上がった時
 自分でもよく解らなかった
 気が付いたら、私は攻撃をかわしていて
 気が付いたら、私は獲物を構えていた

アーヴィング「結構。生き足掻く覚悟はいい様だ。その瞳が死んでいない」

 これは壊れた時が楽しみだ、とか何とか言って
 奴は鼠を嬲る猫みたいに、適当な攻撃を仕掛けてくる
 私はそれをかわす
 心は凍ったままなのに
 体が勝手に動く
 何度か掠めた攻撃が
 私の体から血を流させる
 熱い
 凍った心がほぐれていくみたいに
 血潮の熱気が否が応でも思い出させる

レナ「・・・・ってたまるか」

アーヴィング「んっん〜〜?」

 生きてる
 私は生きてる
 今を生きてる
 何かが心の端っこに引っかかって
 それが私に叫ばせる

レナ「・・・こんな所で、こんな所で!こんな所でやられて・・・死んでたまるかぁっ!!」

 ありったけの声量で出てきたのはその言葉。
 それに従って動く、奔る、跳ぶ!
 唯がむしゃらに、その気持に従って奔り続ける!

アーヴィング「んっん〜〜瞳に灯が入ってるなぁ。これは正直予想外だ。お嬢さんの心はまだ折れてないらしい!」

 何が楽しいのか、ケタケタケタケタ笑うその顔がムカつく。
 こんな奴に舐められて、喜ばせる為に沈んでるなんてバカらしい。
 私は、私は・・・

レナ「生きてやる!生き抜いてやる!!そして答えを見つけ出す!!」

アーヴィング「その・・・」

零「その粋やよし!!」

 何度目かの交叉の瞬間、光が奔ったように割って入る影が見えた。

零「全く、今にも死にそうな顔してた時はどうしようかと思ったが・・・」

 無事で何より、なんていいながらひらりと舞い降りる。
 カッコ付け過ぎだっての。

零「窮地を救いに来たヒーローに対する第一声がそれかい・・・」

 呆れたような顔で言ってくれるけど、アンタだって登場のタイミング伺ってたんじゃないの?

零「そんだけ、憎まれ口が叩けりゃ心配は要らんな」

レナ「ふん」

 ぷいっとそっぽを向いてやる。
 我ながら可愛くないけど、別に可愛がられたいとも思わないから別にいい。

アーヴィング「ふむ、これは形勢逆転、と言う奴か。聊か興も殺がれたし・・・なにより」

 私の顔を見て、心底落胆したような表情を浮かべる。
 失礼な奴だ。

17はばたき:2011/06/05(日) 21:03:55 HOST:zaq3d2e4491.zaq.ne.jp
アーヴィング「完全に光を取り戻したな。これでは我輩が喰らうには味も質ももとるというもの」

 お〜、上等だ。
 さっさと帰れ。
 さもなくばここで黙って斬られろ。

アーヴィング「それは頂けない。ここに来てから我輩は空腹で仕方ないのでね。諸君らの希望が費える時を、今しばらく待たせていただこう」

 大仰な動作でマントを翻して去っていく。
 全く、どいつもコイツも、カッコつけたがりばっかか。


 §


 色々悩むのがバカらしくて、吹っ切ったけど吹っ切れてない。
 心は相変わらずそんな状態だ。

零「思ったより面倒くさいな、お前」

レナ「うっさい!」

 確かに生きるのを止める気は無いけど、それとこれとは話が別だ。
 大体、そんな簡単に答えが出たら悩んだりはしないんだ。

零「まあ、そらそうだわな。それで?これからどうするつもりだ?」

レナ「兄さんを追っかける」

 胸の内のモヤモヤは晴れないけど、原因はハッキリしてる。
 とりあえず、もう一度奴に会えば多分、それで何か見える気がするから・・・。
 
零「はあ、ったく、堂々巡りで結局目的は変わらないわけか」

 五月蝿い。
 少なくとも会う理由には少し変化が出たと思う。
 まあ、別にアイツを許したわけじゃないけど。
 どっちにせよ、私の問題である事には変わりない。

零「・・・エレが心配してたぞ?」

 一拍溜めて言われた台詞に、ジンとした痛みが走った。

レナ「・・・・・・」

 そういえば殆ど一方的に噛み付いて放り出してきたんだっけ。
 あれだけ息巻いて出て行ったのに、結局一人では何も出来ちゃいない。
 思い返すとどうにも締まらない。
 格好悪い事この上ない。
 それに・・・

零「悪い事した、って思うなら、後で謝っとけ」

レナ「解ってる!」

 反射的に出た自分の言葉に、自分でも目を丸くしたのはマヌケだと思う。
 解ってる?
 それってつまり私は罪悪感を感じてるわけで・・・。

零「自分の台詞にテンパるなよ」

 う、五月蝿い!
 さっきからポンポンこっちの意表をつきやがって!
 ああ、もう。
 ワケが解らなくなってくる。
 別に仲間意識なんて必要ない、自分の問題は自分で片付けるべきだと思って一人になったのに、なのに何で他の奴の事が気がかりなんだろう。

零「そんだけ大事だってことだろ」

18はばたき:2011/06/05(日) 21:04:46 HOST:zaq3d2e4491.zaq.ne.jp
 カーっと頭が熱くなった。
 しれ、っとコイツは臆面もなく言い切って・・・。

レナ「と、兎に角!私はもう行くからね!」

 大事なら・・・。
 大事に思うなら、余計にここから先の話に付き合わせるべきじゃない。
 これは私闘だ。
 それも行ってしまえば兄妹喧嘩の延長みたいなものだし。
 まあ、アイツは私の事を妹なんて見ちゃいないだろうけど。

零「解らんなぁ。何でそこまで解ってて、あの兄貴にそこまで拘る?」

レナ「兄貴だからこそだよ。いつも姉さん姉さん、ぴょこぴょこしてるアンタにはわかんないだろうけど・・・」

 血が繋がってるからこそ、許せないものもあるって現実もあるんだ。

零「ん?別に、俺は”姉さん”と血は繋がってないぞ?」

 ・・・・・・・へ?

零「いや、親戚筋位には当たるのかも知れんけど、基本的に俺は姉さんの家に厄介になってただけで、養子縁組もしてないし」

レナ「はあ?」

 じゃあ、なんでアンタこそそこまでその”姉さん”とやらに拘るわけ?

零「別に血の繋がりだけが家族ってワケじゃないだろ。縁が出来て大切なら、それはもう家族に勝る絆さ」

 雷に打たれたような、ってのはこういうことを言うのかな。
 コイツにとっては何気ない一言だったのかもしれないけど、私には霧を払うような大事な言葉に聞こえた。
 ”血の繋がった家族だから”
 だから、あの兄貴のやってる事が許せないと思った。
 でもそれなら何で”許せない”と思ったんだろう?
 いや、その前に”何を”許せない、と思ったんだろう?
 少しずつ、何かが見てきたような気がした。

レナ「・・・・・・とう」

零「ん?なんか言ったか?」

レナ「なんでもない!行くよ」

 そう言って私は歩き出す。
 本当の意味で決着つけるために。


 §


 広い夜空を見渡せる空間で、アイツは相変わらず偉ぶって佇んでいた。

オウマ「ほう、”幻想殺し”か。お前の方から直々に着てくれるとはな」

 此方事など気にも留めない。
 そんな風体で私が連れて来た奴にまずは声を掛ける。
 何処までも、倣岸な奴だと思う。

オウマ「我が軍門に下る気になったか?私の求める“神殺し”の刃として」

零「ノーサンキューの極みだ。それに、生憎と今日は付き添いでね」

 そこでようやくアイツは私に目を移した。
 私と同じ、翡翠色の瞳。
 それが否でも血の繋がりを意識させる。
 ・・・臆すな、私。

19はばたき:2011/06/05(日) 21:05:34 HOST:zaq3d2e4491.zaq.ne.jp
レナ「兄さん、アンタは何を求めて戦ってるの?」

 深呼吸して、真っ直ぐ瞳を見返して問う。

オウマ「知れたこと。神を廃し、世界を人の手に取り戻す為」

レナ「こんな誰もいない世界で?」

オウマ「私をその辺の凡百の駒と一緒にするな。私はこの神々の戦いとやらが終わった先の向こうを見据えている」

 また、途方もない事を途方もない自信で言い切る。
 神様の思惑を超えて、その先に人間の為の世界を見ている。
 それはきっと間違いのない事実だと思う。

レナ「じゃあさ、兄さんの言う”人の為の世界”って何?」

オウマ「その問いに答えるのは飽きたが・・・」

 そして、何度となく聞いたアイツの野望を・・・違う、理想に耳を傾ける。
 今日はいつもとは違う。
 色眼鏡を外して、憎しみを、この心に刺さった棘を抜いて、本当の姿を見定めなきゃいけない。

オウマ「―――理解したか?人は機能を発揮せねば、脆弱きわまる。故に機能を十全に発揮する群隊こそがその理想系」

 全てを聞き終えた後、私はまた深呼吸をする。
 肺から出て行く空気が、圧倒的に呑まれそうな私の魂を支えてくれる。

レナ「やっぱり、違うと思う」

 それが、私の答えだった。

レナ「兄さんの言いたい事は解るよ。でも、兄さんが創る世界は、きっと何も無い。前に兄さんが私に言った様に、死人のような木偶ばっかりの世界だ」

 それは、本当に人の為の世界と言えるのか。
 改めてその言葉を自分の意志で聞いた今、それは違うと思う。
 自分の脚で立つ事を決めたから。
 そうしたら、やっぱりその言葉はどこか矛盾を孕んでいるように聞こえるから。

オウマ「ふむ、いっぱしの目をするようになったな」

 真っ直ぐに、見据えて答えた私に、対してどこか満足そうな表情を浮かべる。

オウマ「今のお前ならおそらく私の期待にも応えよう。私の元へ来い。麗奈」

 ピキリ、と何か決定的な皹が入った気がした。
 久しぶりに、若しかしたら初めて名前を呼ばれたかもしれない。
 だから、解る。
 兄さんにとって、人の裁定基準は、駒になるかならないかなんだって。
 それはとても傲慢で
 それはとても悲しい
 だから、

レナ「解ったよ・・・」

 そう、今ハッキリと解った。

レナ「アンタは、私の敵だ」

 薙刀の刃を突きつける。
 これは決別の意思表示だ。

オウマ「・・・所詮は子供か」

 僅かの落胆の表情も無しに、アイツは応える様に小剣を抜き放った。

零「さて、ようやっと決着付ける時ってやつですか」

 隣でじっと私の問答が終わるのを待っててくれた奴が剣を抜こうとする。

20はばたき:2011/06/05(日) 21:06:23 HOST:zaq3d2e4491.zaq.ne.jp
 でも私はあえてそれを手で制す。

レナ「ごめん、我侭かも知れないけど、ここは一人で決着を付けたい」

 一瞬、躊躇いを見せたけど、私を信頼しているのか、黙って剣を引いてくれた。

零「我侭だって解る位には成長したか」

 五月蝿い。

オウマ「手を借りれば勝機もあったものを。何処までも愚かな娘だ」

レナ「黙れ!アンタはここで私が倒す!」

 叫んで駆け出した私の周囲を濃密な気配が多い尽くす。
 解ってる。
 これは奴の十八番だ。

オウマ「私自ら手を下すまでもない。戦場に散った無限の魂の嘆きの糧となれ」

 グルグルと私の周りを覆う死霊の類。
 それを裂帛の気合で跳ね除け、私は武器を展開する。

レナ「どっせぇぇぇぇい!!」

 宙に浮かんだ火器達に命令を加えて一斉射撃。
 長引けば不利になる、初撃に全てを賭ける!

オウマ「ふん、浅知恵だな」

 四方八方から仕掛けた筈の射撃は、でもあいつの周りを覆う骨やら鬼火やらに阻まれて届かない。

レナ「くっ・・・!」

オウマ「貴様と私では研鑽に費やした時間が違うのだ。俄仕込みの技で私に届くと思うな」

 無数の死霊が束になって私に押しかかる。
 さすがにこれはかわし切れない。
 全身を、魂ごと裂かれるような痛みに意識が飛びかける。

レナ「ぐう・・・」

 インドア派だと思ってたのに、思ったよりやるじゃない。
 でも、私だって負けられない理由が出来たんだ!

レナ「こ、のおおおおっ!!」

オウマ「何度やっても無駄だ。私の力の源は怨霊の力。憎しみで力を振るう貴様には、倍して返ってくるだけだ」

レナ「違う!」

 確かに今までは憎んでいたかもしれない。
 でも、今はそれが違うって解ったんだ。
 私は”兄さん”を恨んだわけじゃなかった。
 私が本当に憎かったのは、”家族なのに手を差し伸べ合わなかった自分達”なんだって事。
 血が繋がっているはずなのに、お互いに目も向け合わなかった。
 そんなものは壊れて当然だったのに、それなのに私はいつまでも”家族”っていう幻想に囚われ続けていたんだ。

レナ「でも、今は違う!本当の意味で心配してくれる友達が出来た!信じあえる絆が出来た!もう血の繋がりには甘えない!私は、私の意志で世界を変えていける!!」

 目を閉じてちゃいけない。
 真っ直ぐアイツを見つめるんだ。
 これは力比べじゃない。
 アイツに勝つには、心の強さが必要なんだ。
 アイツが、世界から集めた怨霊の力を振るうなら
 私は、私に繋がる皆の想いをぶつけるまでだ!!

21はばたき:2011/06/05(日) 21:07:07 HOST:zaq3d2e4491.zaq.ne.jp
オウマ「ぬうううう!!」

レナ「ああああああ!!」

 一瞬、フラッシュする視界。
 意識が飛んでしまったかと思った時、倒れこむ私の体を支える腕があった。

零「と、無茶しすぎだろ」

レナ「はあ・・・はあ・・・手を出すなって・・・まだ決着・・・」

零「付いてるよ」

 言われてようやく視界の隅に、膝を突いてる人影が視えた。

オウマ「よもや、お前に遅れを取ろう、とはな・・・・」

 肩で息をするアイツの姿がぼやけていく。

オウマ「私は自分を過ちと認めるつもりはない」

 どこまでも強情な奴。
 映画なんかだったら、ここで気の利いた台詞も出て来るんだろうけど・・・。

レナ「ばいばい、兄さん」

 それで、全ては終わった。

レナ「ふう・・・」

 ようやく終わってどっと疲れが出てきたけど、危うく寄りかかったまま眠りそうになって慌てて飛びのいた。
 やれやれ、なんて様子で手を振ってるのがちょっとムカつく。

エレ「お〜〜い!!」

 そんな風にしてると遠くから此方を呼ぶ声が聞こえた。

零「どうやら、皆色々と解決したみたいだな」

 遠くに数人の人影を認める。
 そっか、皆戦ってたんだ。
 当たり前のことなのに、何で今まで気づかなかったのかな。
 憑物が落ちたって言うのかな。
 今なら皆に素直に言える気がする。

レナ「ねえ、零」

零「ん?」

 私、今ちょっと幸せかな


 ◇あとがき◇

レナ・サラマンドラに与えたキーワードは『家族』です。
と言っても血の繋がりのある兄オウマと最後まで敵対したまま。
『家族』と言うテーマに沿っていながら、彼女の持つテーゼは「血の繋がりを超えた絆」です。
昨今、子殺しなど痛ましい事件が多い中で、大事なのは『血が繋がっている事』ではなく、『相手を慈しむ事』。
その想いがあれば、例え血の繋がりがあろうと無かろうと、ちゃんとした『家族』として絆を作っていける。
逆に言えば、それが無ければ、血の通った家族にはなり得ないのではないか。
そんなイメージの元生まれたキャラクターでした。
まあ、ツンデレしたり、巫女だったり、リスだったりと色々と付加要素の増えたキャラクターではありましたが、結構これが愛されてるようで、人気投票とかでははばたきキャラの中では上位に食い込んだりもするので嬉しい限り。
個人的には、1,2を争うお気に入りキャラだけに、またどこかで活躍させたいです。

  【完】

22璃九:2011/06/16(木) 22:27:28 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
※このSSには多大なカオスを含みます。
※パロディ、キャラ崩壊、といった要素を受け入れられる方のみの閲覧を推奨します。










 これは、風上月がまだハイスクールライフを満喫していた頃の物語である。


『びー・ばっぷ・はいすくーるなるな』


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 <風上月・高校一年・春>
<皐月・上旬>
 

「家庭教師のバイトしてぇ〜」

 学校に登校し、朝のHRが始まるまでの僅かな時間、
 ルナは教室の机に突っ伏しながら、前の席に座る友人「ムーたん(あだ名)」と駄弁っていた。

 上の一言は、その最中に、突然発せられたルナ自身の言葉である。


ムーたん「はぁ? “かてきょー”?」

 訝しげに首を傾げるムーたんと、その原因を作ったルナは、
 この高校に入学してからの付き合いであるものの、
 入学式で席が隣同士であったこと、教室での席が前後であったこと、
 何より妙に会話がウマが合い、今では立派な友人同士になっていた。

ルナ「そう、家庭教師。ト○イとか色々あんじゃん、最近。」
ムーたん「そりゃ知ってるけどね。 でも、何で“かてきょー”?
      すっげぇ面倒そうじゃんか、あれ。」
 
 砕けた口調で話すムーたんは、ギャル風の女の子だ。
 肩まで伸びたクセ毛は淡い赤色に染まっていて、
 まだ高校一年生だというのに、顔の至る所に化粧を施している。
 腕には高価そうなブレスレッド、
 反対の腕には、これまた高価そうな時計。
 スカートは短く、服装は全体的に、だらしなかった。

 だが侮るなかれ。
 こう見えて、学年トップクラスの頭脳を持つ、優秀者なのだ。
 運動神経も抜群で、帰宅部なのが勿体ないと嘆かれている程である。

 後はまぁ、それなりに常識人で、わずかにツッコミ属性持ちってことかな。
 特筆すべきなのは。

ルナ「やー、だってさー」

ムーたん「うん」

ルナ「合法的に小学生くらいの女の子の部屋に入り込めるじゃん(キリッ」


 風上月。
 高校一年にして、既に手遅れであった。


ムーたん「えぇと・・・(ピポパ
     あ、もしもぉ〜し、すんません。警察の方っすかー?」

ルナ「ウェイトウェイト! 国家権力に通報するのはやめなさい!」

ムーたん「いやぁ、通報するっしょ、そこは。
      つーか、ルナっちが子ども好きってのは知ってたけど、
      今の顔は軽〜く犯罪臭がしたっつーの。」

ルナ「私的にかっこいいキメ顔をしたつもりだったんだけど?」

ムーたん「キメ顔じゃなくて、キモ顔の間違いじゃねー?」

ルナ「酷ッ! つーかね、ムーたん。 私、別に小さい子の部屋に入りたいと思っただけで、
    別にその子に何かしたいとか思ったりしないのよ?
    私はロリコンを自負しているけど、ロリコンはロリコンでもお触りとかしない健全なロリコンなのよ?
    小さい子が元気に走り回ってるのを見て、満足するタチなのよ?
    むしろお触りを求める輩とか、絶滅すればいいのにとか思ってるよ、私は。」

ムーたん「頼むから私に向かってロリコンって連呼するのやめてくんない?
      ここ教室だから。皆いるから。下手したら私まで同類とか思われるから。」

ルナ「むっふっふ。 そうして否定していられるのも今の内・・・
    こうして何度も何度もムーたんに呟いていけば、いずれはムーたんも私の同士になるはず!
    さぁ! おまえも〜! な〜か〜ま〜に〜な〜れ〜!」

ムーたん「ならねーっつの!」

 グサッ

ルナ「あだぁっ! ちょ! 付け爪で額を刺すのはやめて! 地味に痛いからそれぇえええ!」

23璃九:2011/06/16(木) 22:29:09 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・


 キーンコーンカーンコーン♪


 そんなこんなでチャイムが鳴り、間もなく教室に担任の先生(女性、29歳独身)が現れた。

先生「はい、おはよう。それじゃあ、早速出席を取るぞ〜」

 教壇の上に立ち、名前を読み上げる。
 とりあえず、朝のHRはつつがなく始まり、いつも通りに終わろうとしていた。

先生「あ〜、そうそう。お前らに一応、伝えとかなきゃならんことがあるから。
    はいそこ、私語してないで大人しく聞けコラー」

 出席簿を閉じ、気だるそうに先生は言葉の先を続けた。

先生「最近、この近辺で不審者の目撃情報が相次いでいるそうだ。
    昨日、一昨日と、近所の小・中学校の児童の何人かが声をかけられて、中には連れてかれそうになった奴もいるらしい。
    今んところ、高校生が被害にあったって話は聞かないけど、お前らも一応注意はしとけ〜」

 それだけ言うと、先生は「1時限目の準備をしてくる」と言って、一時、教室を後にした。

ムーたん「・・・ル〜ナ〜」

 先生がいなくなると同時に、ルナの前に座るムーたんが、首を後ろに向ける。
 いわゆる“ジト目”で。

ムーたん「流石に引くわー。実際に声までかけて、連れ去ろうとするとか、正気の沙汰じゃねーわー・・・」

ルナ「ちょっとぉおおおおおお!? 何で私を疑ってんの!? 実際にお触りとかやらないっつったじゃん!」

ムーたん「にゃは♪ 冗談よ、冗談♪ ・・・っても、あれだね。とうとう、この近辺にもそーゆー変態が現れるようになったかー」

 顔をしかめながら、ムーたんは呟く。
 対するルナは、顔を赤らめながら腕を振るわしていた。

 “怒り”によって。

ルナ「おのれ不審者・・・! 純粋な子どもたちを恐怖に陥れようとする輩は、
    例え、お天道様が許しても、この風上ルナさんが絶対に、ゆ゛る゛さ゛ん゛!」

ムーたん「何で声音が特撮の俳優風になってんの?」

 主にBLACKとかRXとか。

ルナ「これはその不審者とやらを、早急に縛り上げる必要がありそうね・・・」

ムーたん「なに、ルナっち。まさか不審者探しでもするつもり?」

ルナ「あたぼうよ! これ以上、被害を拡大させるわけにゃいかねぇってもんでぇ!」

ムーたん「なぜ江戸っ子・・・」

ルナ「子どもたちの笑顔を守るためならば、私は命だってかけられる・・・!
    さぁ、いくわよムーたん!(ガタッ」

 勢いよく椅子から立ち上がるルナ。
 それを驚いた表情で、ムーたんは見つめていた。

24璃九:2011/06/16(木) 22:29:46 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
ムーたん「・・・は? 行くって、今から?」

ルナ「善は急げってやつよ! 待ってろ、街の子どもたち! お姉ちゃんが助けに今行くぞー!」

 と、言葉もそこそこに、本当にルナは教室を飛び出していく。

先生「はぁ〜、メンドくさ・・・って、風上? お前、どこ行くつもりだ!?」

ルナ「先生! ちょっと町の平和守ってきます!Σd(−−」

先生「平和!?お前、何言って―――って、おい! 風上ー!」

 先生が止めるのも聞かず、ルナは凄い勢いで廊下を走り、間もなく姿を消していった。
 
先生「・・・・・・・・・・・・まぁ、いいや。」

生徒数十名「「「「「「いいの!?」」」」」」

 呆れ顔で教室に入ってくる先生に、思わず突っ込む、クラスの生徒一同。
 対する先生は、何のことは無いといった声音で言葉を返す。

先生「アイツの奇行は、今に始まったことじゃないだろー。
    お前ら、もう入学して、同じクラスメイトになって一ヶ月が経つじゃん。
    いい加減慣れろよ。アタシはもう慣れた。つーか、諦めた。」

ムーたん「諦めたんかい・・・」
 
 早すぎだろ、という生徒たちの声は届かず。
 先生は持ってきた教材を机の上に置き、授業の始まりを告げた。

先生「んじゃー、教科書開けー。今日は一昨日の続きからやんぞー。
    ・・・ま、風上の奴は、放っときゃその内帰ってくんだろ。」


 §


 この後、町をうろうろしている所を警察に補導されそうになったり、
 逆に不審者に間違えられて通報されそうになったり、
 不審者を見つけはしたものの、予想外の激烈バトルに発展したりと、
 色々な展開がてんこ盛りだったのだが―――


 それはまた別のお話―――


【完】



ムーたん「・・・ぶっちゃけ、書くのが面倒になってきただけじゃ―――」

ルナ「しーっ! 余計なことは言わないで良いの!!」


【今度こそ完】

25璃九:2011/06/18(土) 21:54:53 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp

『びー・ばっぷ・はいすくーるなるな2nd』



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 <風上月・高校一年・春>
<皐月・中旬>


 “昼休み”

 それは学校に通う全ての生徒が解き放たれる時間。
 突入するが否や、彼らは『空腹』という欲望を満たすため、一斉に動き始める。

 この時の動きは、大きく分けて“二つ”。

 一つは、学校にある“食堂”へ向かい、僅かな金銭と引き換えに、職人(おばちゃん)達が作る料理を求めるというもの。
 もう一つは、あらかじめ用意していた“お弁当箱”と言う名のパンドラの箱(?)に手をかけ、それを教室で開封するというもの。


 この物語の主人公(?)、風上月もまた、欲望を満たすための行動を始める。
 彼女の動きは後者。
 そう、丁寧に包まれた黒塗りの箱を、ゆっくりゆっくりと、開いていく。
 

 その先に、何が待つかも知らずに―――


 §


ルナ「って、厨二病全開な始まり方をしたわけだけど、結局、教室で普通に弁当を食べてるってだけなのよね〜」

ムーたん「なに一人でぶつぶつ喋ってんの? 激しくキモいよ?」

ルナ「キモいゆーなっ!」

 というわけで教室。
 机を前後に合わせ、ルナとムーたんは向かい合って弁当を食べていた。

 そして、そんな彼女たちの隣、
 向かい合った机の真横に椅子を付けて座る、もう一人の少女(新キャラ)。
 彼女もまた、ルナの高校入学以来の友人の一人だった。

ルナ「ねー、レーコ。 別に私、キモくなんてないよね〜?」

レーコ「う、うん・・・そうだね・・・」

 照れ笑いながら、細々した声で、彼女―――レーコ(あだ名)は言う。
 おかっぱ頭の薄い茶髪の女の子。
 体格が小さく、まだ中学生だと言っても信じてしまう人もいるだろう。

ムーたん「レーコさぁ、この際だからハッキリ言った方がいいと思うよ? 本人のためだと思ってさぁ。」

レーコ「わ、私は、ハッキリ言ってるよ? ルナちゃんは、キモくなんてないし・・・
     むしろ、いつも可愛いと思う・・・」

ルナ「れ、レーコぉぉぉ・・・」

 感動して、目を潤ませるルナ。
 そんなルナに微笑するレーコ。
 その愛くるしさに、思わずルナは―――

ルナ「レーコ、私と結婚しましょう。」

 一緒になることを求めた。
 早い話、求婚である。

ムーたん「いやおかしいから。今の流れで何で求婚したの? というか、それ以前に性別的な意味でアウトなのに、何でそれ無視した?」

レーコ「け、け、け、け、け、けっ・・・こん・・・?(ボッ」

ムーたん「はいそこ本気にして顔を赤らめない。後、微妙に脈があるような素振りを見せないの。」

 地の文で断わっておくが、レーコに同性を愛するような気はないのであしからず。

 閑話休題

レーコ「び、びっくりしたぁ〜・・・私、求婚されたの初めてだったよ・・・」

ムーたん「そりゃそーでしょうねぇ・・・しかも、よりによってルナからって―――あ〜、大丈夫?トラウマとかになってない?」

ルナ「こりゃ、ムーたん。人の真摯な気持ちをトラウマ扱いとは、失礼じゃないかね?」

ムーたん「アンタの場合、存在自体がトラウマになりかねないじゃん。」

 主に小さなお子様たちにとって、ね。

ルナ「レーコぉぉぉ!ムーたんがいじめるよぉ〜!(泣」

レーコ「ふぇええええええ!? だ、駄目だよ、ムーちゃん! 友達をいじめちゃ!」

ムーたん「おいマテコラ。なに二人して、いじめっ子認定してんだ、私を!」


 この後、ムーたんの付け爪が「グサッグサッ」と、二人の額に見事にクリーンヒットしたとか何とか。

26璃九:2011/06/18(土) 21:55:27 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・


 とまぁ、そんなやりとりをしながら、各自、持参したお弁当箱を御開帳。
 いかにも女子らしい彩り鮮やかな弁当(箱はともかく)が机に三つ並んだわけだが、その中でも特に―――

ムーたん「・・・ホント、レーコの弁当は、いつ見ても綺麗よねぇ。」

 お弁当に対して『綺麗』という表現を使うのが、果たして正しいのかどうかは分からないが、
 しかし、そうとしか表現のしようがないほど、レーコが持参したお弁当は鮮やかに輝いていた。

 うん、そう。グルメ漫画とかでよく料理が光ったりする描写があるが、
 脚色なく、本当にレーコのお弁当は光り輝いているのだ。

 そしてその見た目通り、味も一級品である。
 以前、ルナとムーたんはそれぞれ一品ずつ、レーコのおかずを頂いたことがあったのだが、
 口に入れた瞬間、そのあまりのおいしさに、二人して涙を流して感動してしまった程である。

ムーたん「というかそれ、自分で作ってるんでしょ? どーやったら、そんなに綺麗でおいしい弁当が作れるわけ?」

レーコ「え? 別に、私、レシピ通りに作ってるだけだよ? 食材だって、近くのスーパーで買ってるものだし・・・」

ムーたん「・・・どうしよう、ルナっち。私、全く同じ食材と手順で、同じようなお弁当を作ってるはずなのに、
      完成後のクオリティがまるで違うんだけど。軽く次元超越しちゃってるんだけど。」

ルナ「可愛い上に、料理がプロ級・・・素晴らしい。パーフェクトだ、ウォルター。 是非、私のお嫁さんになって欲しい。」

ムーたん「いや話聞けよ。というか、ウォルターって誰? 後、さりげなくまた求婚すんな。」

レーコ「は、はわわわわ・・・」

 
 §

 といった具合に

 笑ったり、怒ったり、はわわしながら

 彼女達女子高生は、楽しく日々を過ごしていたとか何とか―――


 【特にこれといったオチもなく完】

27璃九:2011/07/01(金) 21:40:28 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
○『びー・ばっぷ・はいすくーるなるな3rd』


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 『大槍山市(おおやりやまし)』は、首都圏から僅かに離れた場所に存在する都市である。

 周辺都市に比べ都市面積は広く、人口も多いが、
 都会と呼べる程発展しているわけではなく、かといって田舎と呼ぶ程のんびりとした場所でもない。

 少なくとも住人が平均的で不自由のない生活を送り、時に流行りの娯楽に興じることが出来る程の、
 全国規模で見れば、どこにでもあるような、良くも悪くも普通の『都市』の一つであった。

 そんな大槍山市の北東部に『大槍学園高校』はある。
 総生徒数約1100人、男女共学で、都市内一の進学校。

 このお話の主人公(笑)である風上月も、一応、その学園の生徒なのであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 <風上月・高校一年・春>
 <皐月・中旬>

「風上ー!」

 放課後。

 帰りのHRが終わり、前席のムーたんと談笑しながら、鞄に教科書類を片付けていたルナは、
 傍らで、自分の名前が呼ばれたのを聞いて、そちらに顔を向ける。

 聞き覚えのある、少し低めの女子の声。

 その声の主であると思われる一人の女子生徒が、ルナの席に向かって歩いて来ていた。

 黒い短髪、高身長、広い肩幅、と一見すると男子に間違えられかねない外見のこの少女もまた、
 ムーたんやレーコと同じ、ルナの高校入学以来の友人の一人である。

ルナ「おっす、『ウニ』。どした?」
ウニ「おっす、風上。どうしたもこうしたもないだろ。」

 ウニ(あだ名)は、拳をぐっと握り締め、ニカッと笑いながら教室に乗りこんできた目的を口にした。

ウニ「誘いに来たんだよ、お前を。 今日こそは、ウチの武道館に来てくれるよなー!?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 大槍山市が普通の一都市であると言うことは前述したが、
 そんな一都市にも、他の都市にはない、特徴がある。

 それが、大槍山市の中心に建つ、巨大な『武道館』だ。

 首都圏にある“それ”と同じくらいの知名度を誇る、全国的にも有名な建造物。
 年に何度も様々な武道の大会が開かれ、時に歌手のコンサートや、芸能人によるイベントが開催されるその武道館は、
 大槍山市の顔と言っても良い程であった。

 さて、そんな武道館では、恒常的に様々な武道教室が開催されている。
 
 老若男女問わず、多くの人が通う武道教室―――
 ウニは、その武道教室に通っている一人で、立派な格闘娘であった。

 何を隠そう、両親がこの武道館の経営者であり、
 その影響か、小さな頃から格闘技や武術というものに興味を持っていた彼女は、
 小学生になると同時に武道館に足を踏み入れ、その道に入門。
 決して一つの武術だけを学ぶのではなく、その場所で開かれる様々な武道教室を通じて、様々な武術を彼女は学び続け―――

 そしてそれは今でも続いている。

 実力は折り紙つき。
 負け知らず。
 少なくとも同年代で―――いや、相手が成人男性だったとしても、
 ウニの実力ならば軽くあしらってしまうだろう。
 それがどんな武術や格闘技を用いたものだったとしても、

 ウニは勝ち続ける。

 そのはずだったのだが―――


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

28璃九:2011/07/01(金) 21:42:04 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
ウニ「一度、手合わせでお前に負けて以来、アタシは心を入れ替えて練習してきたんだ! 今度はゼッテー負けねー!」
ルナ「まぁ〜た、その話か・・・」

 熱意を持って話すウニ。
 対照的に、ルナはどこか呆れているかのように、苦笑を浮かべる。

 ルナもまた、ウニと同様、武術を習っている。
 尤も、ルナが通っているのは大槍山市の武道館ではなく、
 『別の町の道場』なのだが、そのことについては置いておくとしよう。

 事の発端は、今からおよそ三週間ほど前。
 そもそもルナとウニはクラスが違い、本来は縁遠い間柄だった。

 が、そんな二人を結びつけたのが、何を隠そう『ムーたん』である。
 実はムーたんとウニは、小学校時代からの幼馴染であった。
 そんなわけで、彼女からの紹介で、ルナとウニの二人は出会い、そしてすぐ、互いが武術を習う同士であることを知った。
 
 当時、ルナの方は、「ふ〜ん、アンタも武術を習ってるんだ」くらいの感想しか抱かなかったようだが、
 対照的に、ウニはというと、同年代のルナの実力に興味津々だったようで、それを知るなり、ルナに手合わせを挑んだのである。
 最初はルナも頑なに拒んでいたようだが、ウニのしつこい誘いに折れ、
 通っていないはずの武道館、そして武道教室へ飛び入り参加。

 わずかな準備の後、ルナとウニの二人は早速、手合わせ―――という名の真剣試合を始めて―――


 一撃


 それで勝負は終わった。
 ルナの勝利という形でもって。


 ・・・というわけで現在、あの日からルナはまた、ウニにしつこくリベンジマッチを誘われているのであった。
 

ウニ「以上! 状況説明終わり! っつーわけで、風上、今日こそはいいだろ〜? な〜?」
ルナ「や、最初の方は誰に向けて言ったのよ―――まぁいいや。そうじゃなくって・・・」

 手を横に振りながら、ルナはウニのお誘いをお断りする。

ルナ「無理。つーか嫌。絶対に嫌。死んでも嫌。」

ウニ「・・・え? そんなに強く拒絶する程なの?」

ルナ「や、これくらい強めにお断りしとかないと、いつまでもしつこいからって―――」

 ルナが視線をウニから体の正面へと変えた。
 その先には、先程までルナと話をしていた、ムーたんの姿が。

ムーたん「ん、それでオッケーオッケー。 これで食い下がってくるなら、ぶん殴ってやれば良いから。」

ウニ「む〜ぅ〜! お〜ま〜え〜な〜!」

ムーたん「何よ。事実じゃん。アンタ、ただでさえ空気読めない上にしつこいんだから。
      このくらい言わないと、分からないでしょ。」

ウニ「うぅぅ・・・幼馴染が私をズタボロに虐めてくる・・・」

ムーたん「幼馴染だからだっつの。 実際、ルナっちも困ってんでしょーが。」

ウニ「そう! それだよ!」


 ムーたんの話もそこそこに、ウニはルナに向かってほとんど叫ぶような声で尋ねた。


ウニ「何で困るんだよ! 風上ー! 真面目に武術家やってるなら、誰かと勝負したいって思うのが普通じゃんかー!」
ルナ「って、言われてもねぇ・・・」


 頬杖をつきながら、ルナは一息ついて続ける。


ルナ「私、別に他人と競うために武術をやってるわけじゃないからなぁ・・・」
ウニ「へあ?」

 ルナのその言葉が意外だったようで、ウニは素っ頓狂な声を上げた。
 が、すぐに元の勢いに戻り、質問を続ける。

29璃九:2011/07/01(金) 21:44:39 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
ウニ「え、じゃあ何だよ。 何のために武術をやってるんだよ、お前。
     昔っから今まで、ずっとずっと続けてきたんだろ?
     でもさ、それって何かハッキリした理由―――つーか、信念とかがない限り、
     続けられるもんじゃないだろ、普通。それに―――あんなに強くはなれないだろ。」
ルナ「ん? 私、別に理由が無いとは言ってないわよ。」

 首を傾げるウニに、ルナは一拍置いて続けた。

ルナ「ウニ、私はね・・・純粋に強くなりたいのよ。そりゃ自分の強さの指標を図るために、他人と戦う時もあるけどね。
     でも、私は強い相手と戦うために、戦いたいがために、武術をやってるんじゃないわ。
     少し乱暴な言い方をするとね、私は単に“力が欲しいだけ”なのよ。」

ウニ「力が欲しいだけ・・・?」

ルナ「・・・ま〜、実際、そう言いながらも最終目標はハッキリといるわけで。
     いずれはそれと“戦う”ことになっちゃうんでしょうから、
    結果的に、他人と競い戦うために武術をやってることになるじゃないか、って言われれば、それもそうなんだけどさ。」

ウニ「?」

ルナ「けど、あくまで“それ”も一つだけだし。ぶっちゃけ、争う必要が無いなら、それはそれで是非とも回避したい所なんだけど。
     きっとそれも上手くいかないだろうからなぁ〜・・・だから私はやるしかないわけ。
     それにまぁ、強くなりたいってのも、深く見ていけば別の理由にも繋がっていて―――」

ウニ「ん?んんん?? ちょ、ちょっとタンマ! 言ってる意味が分からないぞ・・・!」

ルナ「・・・あ、あ〜、ごめんごめん。途中からは、完全な一人語りになっちゃったね。
    うん、分かんないなら、分かんないでスルーしといて。
    ・・・っても、分かられても凄く困るんだけどね。」


 手を振りながら、笑顔で言うルナ。
 尤も、その言葉の最後の部分は小声で呟いただけのため、ウニにもムーたんにも届いてはいないが。


ルナ「で、とにかくまとめるとだね・・・私は強くはなりたいけど、他人と競ったり闘ったりするつもりはないってこと。オーケィ?」
ウニ「え〜・・・」

 顔をしかめるウニ。
 ルナの言葉に、納得しかねているようだ。

ウニ「ん〜・・・悪い、アタシには分かんねーや。
    強くなりたいなら、人と競うのが当然だって・・・
    人と競ったり戦うために、強くなるのが普通なんだって、私は思うんだ。
    そうとしか、思えないんだよ。」
ムーたん「・・・そこはさ―――」


 と、これまで大人しく話を聞き続けていたムーたんが、ゆっくりと口を開いた。

30璃九:2011/07/01(金) 21:46:37 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
ムーたん「人によってモノに対する考え方や価値が違う、ってことでいいんじゃない。
      ウニにはウニの、ルナにはルナの考えがあるってことで。」

ウニ「で、でもさぁ〜・・・」

ムーたん「ルナの考えが納得出来ない? ルナの考えが間違っていると思う? それもいいんじゃない? アンタの考え方なんだから。
       でもさ、アンタ・・・ルナに負けたんでしょ? ルナは強かったんでしょ?」

ウニ「・・・・・・」

ムーたん「ルナがこれまで何年、武術やら格闘技やらをやってきたかは知らないけどさ、
       それでも―――今の今まで、ルナはルナ自身の、さっき言った信念とか目的とかを持って、武術をやってたわけじゃん。
       ・・・それにアンタは負けた。
       どんな信念や理由だろうと、それを持って練習なり修業なりをやってきたルナは、アンタより強かった。
       確かな実力を持っていた・・・んでしょ?」

ウニ「それは・・・うん、その通りだ。」

ムーたん「だったら、それを易々と否定しちゃいかんでしょーが。
       アンタは実際に、ルナの実力を見てるんだから、尚更でしょうに。
       私は格闘技とか武術とかのことはよく知らんけれど、
       相手を認めて、受け入れて、初めて手に入るモノとかもあるんじゃないの?」


 ここまで真面目に説教めいたことを言うムーたんは、ルナにとっては初めて見る、彼女の一面だった。
 意外と言えば意外―――が、友人のそんな姿に、ルナは嬉しさを感じずにはいられなかった。
 「彼女と友人で良かった」と、素直にそう思える程に。


ウニ「うん・・・うん・・・そうか、言われてみれば、確かにその通りだ・・・」

 ムーたんの言葉に、ウニは腕を組んで、うんうんと頷いていた。
 ゆっくりゆっくりと、自分自身に言い聞かせるように、彼女の言葉を反芻して―――

ウニ「そうだな! 正直、未だに詳しい理由とかはよく分からんけれど、まぁいいや!
    重要なのは、風上が確かに強かったってことだしな!」

 ルナに真っ直ぐに向き合うウニ。

ウニ「分かった! 風上の気持ちはよ〜く分かった! 他人と競うつもりが無いってのも、受け入れることにする!
     でも、その上で言わせてもらうと―――」

 と、そこで突然、ウニは地面に両脚を、次いで両掌と額を付ける格好となった。
 いわゆる『土下座』である。

ウニ「私の気持ちは全然これっぽちも変わってないから! やっぱ戦ってほしいデス!」
ルナ「ちょ、ちょっとウニ!?」
ウニ「純粋に強い相手と戦いたいんだよ〜! アタシは、やっぱりそれが生き甲斐なんだ!
     後、正直に言うとさ〜! アタシ自身の名誉のためでもあるんだよ〜!」
ルナ「名誉?」

 そう言えば。
 以前、ウニやムーたんから聞いたことがあったが、
 ウニは大槍山市武道館に通う武術家達の中でも、それなりに高い位置にいるらしい。
 無論、実力的な意味で。
 だから他の生徒たちからは、それなりに尊敬の眼差しで見られることもあったという。

 確かに、負け知らずの強い人―――が道場にいるとなれば、
 その人の性別がどうであろうと関係なく、憧れの気持ちを抱いたりする人も多いだろう。

 だが、ほんの数週間ほど前に、ウニはルナに敗北した。
 それも、同じ武道館に通う者ではなく、他の道場から飛び入りでやって来た、誰とも知らない者に。

 なるほど―――それで名誉のため、というわけだ。
 ウニが敗北したことが、おおかた、武道館で広く知られ、
 ウニに対する尊敬のまなざしが薄れてきた、ということなのだろう。

 とはいえ、ルナは微妙な違和感を感じた。
 ウニは何だかんだで、人懐こく、社交性が高い。
 別に一度、誰かに負けたところで、仲の良い他人や、ウニを尊敬していた人達からの、
 そういった思いや気持ちが、簡単に薄れていくとは思えない。
 現に、ルナは手合わせのため、一度だけ武道館に行ったわけだが、
 その際、老若男女問わず、ウニは色んな人から非常に慕われていたように感じた。
 一度だけしか行っていないルナがそう感じたほどなのだから、間違いはないだろう。

 それに、ウニは“おおらか”だ。
 自分に対する信頼や尊敬が薄れたところで、それを気にする人柄ではないと思うのだが―――

31璃九:2011/07/01(金) 21:47:08 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
ウニ「お前に負けてからさ〜! 武道館の―――年上の兄さんとか姉さんとか、おじちゃんとかおばちゃんとかは、
    ずっと気にせずアタシに接してくれてんだけどさ〜・・・何が変わったって―――」

 一拍置いて、ウニは口にする。
 ルナが激しく反応するであろう言葉を。

ウニ「“チビ”達がさ〜! からかってくるんだよ〜!
    『蹴り一発で倒れたらしいじゃんカッコワルイ!』とかさ〜!」
ルナ「“チビ”・・・?」

 ルナの眉がピクリと動く。

ムーたん「ガキはねぇ、そこら辺容赦ないからなぁ。」

ウニ「そーなんだよー! アイツら、人をイジれるポイントを一つでも見つけたら、すぐにイジって来るからな!
    でも相手は小学生とか、幼稚園とかに通ってる正真正銘の“チビ”達だから、怒るにも怒れなくて―――」

ルナ「・・・(ピクピクピク」

ウニ「だからさ〜! ここで一つ、リベンジして勝って、アイツらにアタシの凄さを思い知らせてやりたいんだよ!
    そうすりゃ、アイツらだって、これ以上アタシをイジって来ることはないだろ!?」

ムーたん「どーだかねぇ・・・つーか、小学生からのイジりを気にするとか、アンタ意外とメンタル弱いわね。」

ウニ「ばっか! お前は実際に体験したこと無いから、そんなことが言えるんだ!
    アイツら、ホント容赦ないから! 後、流石に武術習ってるだけあって、地味に強かったりもするしな!
     中には隙を見て『寝技』とか仕掛けてくる奴もいるくらいなんだぞ!」

ルナ「ね・・・寝技・・・!?(ピクピクピクピク」

ウニ「しかも集団で!」

ルナ「集団ッ!?」


 「ダンッ」と、その瞬間、机を勢いよく叩きながら、ルナが立ち上がった。
 呆然とするウニを、床から無理やり引き起こし、ルナはウニに顔を近づけて尋ねる。
 その表情は満面の笑みだったが、どこか威圧感のようなものも放出していた。


ルナ「ウニ、これから私の質問に可及的速やかかつ正直に答えなさい。」

ウニ「へ・・・え、うん・・・」

ルナ「そのチビちゃん・・・小さな子ども達も、あの武道館に通っているわけよね?」

ウニ「も、もちろん」

ルナ「前回、私が武道館に行った時、誰一人としてそんな年代の子どもたちはいなかったような気がするんだけど?」

ウニ「そりゃ・・・チビ達にはチビ達用の教室とか、先生がいるからさ。
    あの日は、チビ達用の武術教室は開かれてなかったし。」

ルナ「その教室とやらは、いつ開かれるのかしら?」

ウニ「あ〜・・・確か、基本的には○曜日と×曜日と△曜日の週三日かな。
    試合とかがあると、また曜日がズレたりもするんだけど。」

ルナ「そう・・・ところで、今日はその○曜日よね。
    これから、そのチビちゃ―――子どもたち用の武術教室も開かれるわけ?」

ウニ「あぁ、今週は特に大きな試合とかイベントも無かったはずだから、いつも通りやってると思うぞ。
     大体、夕方の4時過ぎくらいから始まるから、今から行けば、ちょうどチビ達がやり始める時間に遭遇することに―――」

ルナ「―――っしゃぁああああ!」

 何故か大きくガッツポーズを取り、次いで空中で、鞄を片手に派手な一回転を見せるルナ。
 一回転した彼女は、教卓の近くへと降り立ち、そしてウニへと振り返る。
 
ルナ「ウニ! なにボ〜ッとしてんの!? さっさと行くわよ! アンタがいないと私、不審者に思われちゃうじゃない!」

ウニ「え、あ―――」

 呆然としながらも―――しかし、ウニはすぐに状況を理解して、満面の笑みを浮かべた。

ウニ「い、一緒に来てくれるのか!? アタシのリベンジマッチを受けてくれるのか!?」

ルナ「何言ってるの。当り前でしょーが! ほら、早く!」

ウニ「お、おう!」

 言うが否や、素早く駆けだすウニ。

ルナ「じゃ、ムーたん! 今日はこれで!」

ウニ「じゃあな、ムー! また今度遊ぼうぜ〜!」

ムーたん「あ〜・・・うん、とりあえずバイバイ・・・」

 振り返る二人に、ムーたんは何とも言えない微妙な表情で手を振る。
 それを確認して、二人は間もなく、超スピードで教室から出て行った。

ウニ「よっし!今日こそはアタシが勝つぞ〜!」
ルナ「子どもたちと寝技で“くんずほぐれつ”か・・・グヘヘヘヘヘヘ!」

 去り際にそんな言葉を残しながら。

ムーたん「・・・嫌な予感しかしないんだけど。」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

32璃九:2011/07/01(金) 21:49:09 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
 ―――特に詳しく語ることも無い、その後のお話。


 全速力で武道館に着いた二人は、素早く道着(当然ながら何の用意もしていなかったルナは武道館から借りることになった)に着替え、武道場へと足を踏み入れた。

 着いた時間が早かったためか、ウニの言うチビッ子達はちらほら道場内にいたものの、教室は始まっておらず、
 それを幸いとし、二人はすぐに試合を始めることにした(尤も、すぐに始めたと言いながらも、ルナがチビッ子達に気を取られたせいで、若干時間が流れてしまったが)。

 で、肝心の結果の方だが―――単直に言って、今回もルナの勝ち。

 前回のように一撃で終わるということは無かったが、それでも呆気なく、決着はついたのである。

 そしてルナはというと、床に倒れ伏したウニを尻目に、周りで見守っていたチビッ子達の下へと駆け出そうとしたのだが―――
 そんなルナを取り囲む、武道着を着た十数名の謎の“おばちゃん”達が出現。
 どうやらチビッ子達の保護者の方々で、自分の子どもと一緒に武道館に通っているらしい。
 
 口々に「あのウニちゃんを倒すなんて、お譲ちゃん何者なの!?」とか「どうやったらそんなに強くなれるの!?」とか、
 とにかく激しい質問攻めを受け続け―――

 結局、チビッ子達の武道教室開始の時間になってしまい、ルナがチビッ子達と触れ合うことは出来なかったとさ―――


ルナ「ちょ、あの、私、それよりもあのコ達とお話がががって、痛い! あの!服を掴まないで下さいっ!?
    え、なに!?聞こえない!聞こえないです!?順番に順番にんぎゃあぁあああああああああ!!!?(壊」



『びー・ばっぷ・はいすくーるなるな3rd』

【完】

33璃九:2011/07/01(金) 21:51:37 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・



「あ〜、もう! おばちゃん達め〜!」

 武道館からの帰り道。
 残る体力を振り絞り、全速力で自転車を漕ぐ。

 一応、今日は帰るのが少し遅くなる、と家の留守電に連絡を入れてはいるが、
 それでもここまで、武道館に長居するつもりは無かった。

 時刻は18時58分。
 本当ならばとっくに家に帰って、夕食の準備を終えている時間である。

 マズい。
 流石にこの時間なら、弟も妹も家に帰り着いているはずだ。
 夕食は私しか作れないのだから、さぞかし二人とも、お腹を空かせていることだろう。

 ごめん。ごめんね。

 心の中で謝った所で、誰にも届くはずもないのに。
 それでも、止まらない。
 何とも言い難い―――罪悪感のようなものが、私の心に渦巻いている。

「ッ―――到着っと!」

 たどり着いたのは、東西に伸びる―――横は広いが縦は小さいタイプのマンション。
 私が現在(いま)、住んでいる所だ。

 腕時計を確認すると、武道館を出てからおよそ15分が経過していた。
 普段なら25分はかかる所を、10分も短縮出来たというのは我ながら素晴らしいと思う。
 や、今はそんなことを思っている場合じゃない。

34璃九:2011/07/01(金) 21:52:13 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
 駐輪所に自転車を置き、すぐに外付けの階段を駆け上がっていく。
 たどり着いたのは3階。
 その、東端の部屋。

 見れば玄関の明かりは消えており、外から見ると真っ暗にしか見えなかったが、

「ただいま!」

 ドアを開け、中を除く。
 短い廊下の先、リビングへと繋がる扉の向こうから、ハッキリとした明かりが漏れている。
 それを確認し、靴を脱いで玄関を上がった所で、ハッと気づく。
 
 やけに良い匂いが、ルナの鼻腔を突く。
 これは―――あぁ、そうだ。
 カレーの匂い。

 おそらく、帰りの遅い私を待ち切れず、弟妹たちが用意したのだろう。
 確かにレトルトのカレーならば、彼らでも簡単に用意が出来る。
 が、それを食べなければならない程、彼らがお腹を空かせていたのだと思うと―――
 
 胸が少し傷んだ。

 ―――ガチャ!

 玄関のドアに鍵をかけ、すぐさまリビングへと向かい、
 少し乱暴ではあったが、思い切りリビングのドアを開いた。

 目線の先には、広い長方形型のテーブル。
 そのテーブルに座る二つの人影。

 男の子と女の子。

 弟と妹。

 広いテーブルを二人で伸び伸び使うのではなく―――二人して、寄り添うように、並んで座っている。
 いや、座っているというよりも、女の子の方が、男の子の方に腕を組んで寄りかかっているように見えた。

 私がリビングに入ると同時に、二人の視線がこちらに向く。

 先に反応したのは、女の子―――妹の方。
 顔を綻ばせ、心底から安堵しているかのような、そんな穏やかで可愛らしい微笑みを浮かべて―――

「おかえりなさい。“おねえさま”。」

 温かく私を迎えてくれる。
 
 こちらへの気遣いすら感じさせる、そんな微笑みに胸を打たれながら、

「ただいま、ルル。ごめんなさい、遅くなっちゃって。」

 私は謝って―――そして彼女に近づいて、そっと頭を撫でた。

「わたしは、だいじょうぶです。だって、ずっと“おにいさま”がいてくれたから。」

 妹が寄り添っている男の子―――弟は、こちらに視線を向けながらも、ずっと無表情のままだった。
 私は、そんな彼にも手を伸ばして、妹と同じように頭を撫でながら言う。


 持てる限り
 注げる限り
 
 いっぱいの愛情を込めて―――


「ただいま、カズくん。 ごめんね。そして―――ありがとう。」


【To Be Continued...】

35璃九:2011/07/28(木) 22:33:44 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
○『びー・ばっぷ・はいすくーるなるな4th』


 <風上月・高校?年・?>
 <?月・?>



 ―――私には10歳以前の『記憶』が無い。


 いや、正確に言えば、10歳以前の出来事を『記憶』として認識出来ないのだ。

 
 2歳の夏の日に、両親と初めて動物園に行ったこと。

 3歳の冬の日に、少し重い病気に罹って長期入院したこと。

 4歳の秋の日に、親友だった女の子と初めて大喧嘩したこと。

 5歳の春の日に、大好きな弟が生まれたこと。

 時に笑い
 
 時に泣き

 時に怒り

 今なんかよりもずっと純粋で

 ずっと感情豊かだった

 あの小さい頃の日々―――

 忘れられない

 忘れてはならないあの日々は―――


 されど、私の中に『記憶』として存在してはおらず

 あくまでただの『知識』としてのみ、存在していた。

 例えるならば、知らない誰かの日記を読んだ感覚。

 誰かの『経験』を、『知識』として得ただけの感覚。

 誰かの『記憶』を知ってはいても、それは決して自分のものではない。


 そう、私は私の10歳以前の『記憶』を、自分のものだと受け入れられなかった。

 知ってはいても、ただそれだけ。

 自分が経験して得た記憶であることは間違いないのに

 心は違和感を感じ、受け入れようとしない。


 そんな馬鹿なこと、あるはずがないというのに―――

36璃九:2011/07/28(木) 22:34:44 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


オンちゃん「―――なんて、シリアス展開が続くと思っていましたかぁ?
        馬鹿め! ここからは私のターンですぅ!」

ルナ「雰囲気ぶち壊しだぁああああああああああああああああああああああ!!」


 などと新キャラの意味不明な供述と共に、本編の始まり始まり〜である。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 <風上月・高校一年・春>
 <水無月・中旬>


 この日のお昼休みは、いつもと少しだけ様相が違っていた。

 ムーたん、レーコの二人と一緒に、教室でお弁当を食べながら、ほんわか過ごすというのが、
 ルナにとって“いつものお昼休み”のはずだった。

 が、まず、今日はムーたんがお弁当を持って来なかった。
 珍しいことに、ムーたんは今日、寝坊してしまったらしい。
 もっとも、始業チャイムギリギリに教室に突入してきたため、遅刻扱いにはなっていないのだが。

 お陰で、お弁当を作る時間は無く、まともにお化粧をする時間も無かったらしい。
 だから化粧の無い、いつもと違うムーたんのお顔に戸惑ってしまったというのが、今朝のルナの正直なところである(これは本人には秘密だ)。
 
 閑話休題。

 そんなわけで、お弁当の無いムーたんは、別クラスのウニと一緒に、食堂へと向かっていった。
 だからまぁ、今日の昼休みはレーコと二人きりでラヴラヴに(ルナ個人の希望)過ごそうと思っていたのだが、

 ここで思わぬ来客。

 遅刻してお弁当を作れなかった人もいれば、
 いつもは食堂に行くのに、今日に限ってたまたま早起きして、お弁当を作った人もいたということらしい。

 同じクラスの―――入学以来初めての席替えを経た最近になって、席が隣同士になったがために徐々に仲良くなり始めた―――
 そんな友人が、ルナとレーコの二人が座る席に、お弁当を持ちながら割って入って来た。

 僅かに青みのかかった黒い長髪に、たれ目。
 『外見』に関して言えば、特にそれ以外の主立った特徴を持たない―――どこにでもいるような普通の女の子。


 ルナやレーコは、そんな彼女のことを『オンちゃん(あだ名)』と呼んでいた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

37璃九:2011/07/28(木) 22:35:44 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
オンちゃん「というわけで、新キャラ『私』の登場ですぅ!
        さぁ、どんどんプッシュして、∞界一の人気キャラに押し上げやがって下さい!」

ルナ「とんでもない無茶振りとメタ発言は止めなさい!」

 風上月。
 今回は珍しくツッコミ役である。

オンちゃん「とと、失礼。 冗談はこの辺にして話を戻しましょうか。
        えぇと・・・そう、確か、街にはびこる『リア充』どもを、いかにして殲滅するかというお話をしていましたね!」

ルナ「んな物騒な話、欠片もやっとらんわい!」

レーコ「り、りあ・・・じゅー・・・?」

オンちゃん「ん〜も〜♪ レーコは知らなくていいことですよぅ! むしろ知っちゃ駄目ですぅ!」

レーコ「え・・・う、うん・・・?」


 女子の中でも一際高い声音の、そしてゆっくりとした口調のオンちゃんは、
 上記の通り『外見』こそ普通の少女でありながら、中身はもの凄く“腹黒い”のであった。
 
 しかし、そんなオンちゃんも、レーコにだけは何故かデレデレのメロメロだったりする。
 まぁ、それだけレーコが魅力的なのだろうと、ルナは勝手に解釈しているのだが(実際、ルナ自身もレーコにデレデレである)。


オンちゃん「―――あぁ! 思い出しました。確か『記憶』がどうこう、ってお話でしたね。」

ルナ「うん、そう。 ・・・無事に思い出してくれたようで何よりよ。」

 ぶっちゃけ、わずか数分前までの話を忘れるのはどうなのかとも思ったが、ここは口には出さないでおくルナ。


 『自分の過去を自分自身の記憶として認識できない』
 ふいに、口に出して、友人二人に言ってしまったルナの悩み。
 いや、悩みという程に大きなことではないのかもしれないが、
 時折ルナは、このことを思い出しては、心の中で靄のようなものを感じ続けていた。

 
オンちゃん「ん〜・・・私はルナ自身じゃないので、ルナが感じてるその“違和感”が、どの程度のなのかは分かりませんが―――」

 と、腕を組んで、真面目な表情でオンちゃんは言う。
 一応、やれば出来る娘なんです。

オンちゃん「別に気にする必要はないと思いますよぉ?
        記憶なんていい加減なものですし、時間が経てば経つほど不確かになっていくじゃないですかぁ。
        ・・・それにですねぇ、誰にだってそんな違和感や感覚の一つや二つ、あるはずですぅ。」

ルナ「・・・そーゆーもんかなぁ。」

オンちゃん「そーゆーもんですぅ。 ルナの場合、10歳以前というそこそこ長くて具体的な期間なのが気に掛かりますが・・・」

 けれども、オンちゃんは、不安や違和感を吹き飛ばすように笑って―――

オンちゃん「まぁ、いいじゃないですかぁ! 過去は所詮過去ですから。今更、気にしたってどうしようもありません。
        そんなことよりも、重要なのは現在(いま)でしょう現在(いま)! 現在(いま)を精いっぱい、楽しむことが重要ですぅ。」

ルナ「あはは♪ まるで、漫画か何かのセリフみたいね♪」

オンちゃん「おぉ、よく分かりましたねぇ! 実は、昨日見た“とある熱血アニメ”の主人公がこんなことを言ってましてねぇ。」

ルナ「って、ホントにセリフを流用してたの!?」

オンちゃん「えぇ♪ でも―――その通りだと思いませんか?」

 不敵な笑み。
 普段のルナならば、見ただけで戸惑ってしまうそんな表情も、今はどこか安堵感を覚えさせてくれた。

38璃九:2011/07/28(木) 22:36:18 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
ルナ「・・・そうね」

 だからルナも、静かに微笑んでみせる。
 
 ―――そうやって笑ったからだろうか。
 頭に残る違和感は、まだ完全には消えずにいるものの、
 それでも彼女の心はスッキリと―――


オンちゃん「―――はいはいはい! このお話はここでストップですぅ!
        真面目でシリアス風味の会話なんて、リア充だけがやってりゃいいんですぅ!」

ルナ「私の感動(シリアス)を返せこらぁあああああああ!!」

オンちゃん「その感動(シリアス)をぶち殺す(キリッ」

ルナ「どや顔すんな! 後、その台詞は色々と危ないから!!」

オンちゃん「危険を気にしてリア充殲滅が出来るか、って話ですぅ!
        私達が現在(いま)を、そして未来(あす)を平穏に過ごすためには、奴らを野放しにすることは出来ません!」

ルナ「『現在(いま)』とか『未来(あす)』とか! この状況でさっきみたいな小説の主人公の台詞を言ったってカッコよくないから!
     というか、さっきから『リア充』とか『殲滅』とか言ってるけどそんな気は―――ゲホッゲハッガハッ!」

オンちゃん「る、ルルルルルルナぁ!? いきなり咳き込むなんて、一体どうし―――はっ!? まさか、既にリア充どもの魔の手が!?」 

ルナ「ゴホッゴホッ・・・は、早口で喋り続けて息が詰まっただけよ!」


 風上月。
 普段はボケ寄りだけに、ツッコミを長くは続けていられないようである。


レーコ「る、ルナちゃん・・・大丈夫? これ、お茶だけど・・・飲む・・・?(オロオロ」

ルナ「ゴホッ・・・ふぅ、あ、ありがとうレーコ。優しいのね・・・結婚する?」

レーコ「え、えと・・・お友達で・・・」


 流石にレーコでも、出会って数カ月経つと、いきなり求婚されても慌てなくなったようだった。


ルナ「―――プハァッ! あ〜、生き返った・・・」

オンちゃん「全く・・・人騒がせなんですからぁ。」

ルナ「誰のせいでこうなったと思ってるのよ!?」

 と、ここでまたペースに乗せられて声を荒げると、先程の二の舞になりかねない。
 一息ついて、ルナは落ち着いてから、言葉を続けることにした。

ルナ「あのねぇ、オンちゃん。 私は別に『リア充』だとか、そーゆーのに興味は無いから。」

オンちゃん「え〝?」

 今日一番の訝しげな表情を、オンちゃんは浮かべた。

39璃九:2011/07/28(木) 22:37:17 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
オンちゃん「きょ、興味が無いとは、どういうことです?」

ルナ「や、だから、リア充―――って、要するに、日々を充実して生きてる人のことを言うんでしょ?
     別に、全く知らない他人の人生が充実してようとしていまいと、私達には関係のない話じゃ―――」

オンちゃん「シャラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァップ!」


 オンちゃん の 『めつぶし』 こうげき !
 
 ルナ の りょうめ に ゆび が クリティカルヒット !


ルナ「んぎゃぁあああああああああああああああああ!!?」

レーコ「ルナちゃん!?」

オンちゃん「甘いぞド○ン! この世は所詮『椅子取りゲーム』だということに、何故気づかん!?」

 某師匠風に、腕を組んで声を荒げるオンちゃん。
 一方、突然、両目に奔った衝撃に、ルナはのた打ち回り中(そしてレーコが介抱中)。

オンちゃん「『一人の幸せは皆の不幸の上に成り立つ』・・・これがこの世の真理!
        一人のリア充が生まれるということは、その何倍もの人間が非リア充になるということ!
        いわゆる等価交換!いわゆる『賢者の石』!
        そう! リア充とは『賢者の石』に等しい価値と危険性を持つ存在なんですよぅ!」

ルナ「いやそのりくつはおかしい」

 両目を押さえて、何故か息も絶え絶えのルナであったが、辛うじて反論の言葉を口にした。

 尚、先程のオンちゃんの発言はあくまで彼女個人の考えに基づくものであり、
 実在の人物や組織には決して関係しておりませんので、そこのところ、どうかご理解ください。

オンちゃん「そんなわけで・・・リア充は見つけ次第、この世から抹消しなくてはならないんですぅ。
        これは私のため、そして私の周りの人々のためなんですぅ。
        ルナなら、分かってくれますよねぇ〜?」

 唐突にオンちゃんの両目が怪しく光った。
 その様子は、さながら怒り状態のナル○クルガである。

ルナ「・・・いやいやいやいや! 何で私!? というか、いつの間に私、アンタの同志みたいな扱いになってんの!?」

オンちゃん「私と一緒にリア充と戦おうゼッ!」

ルナ「どこかの魔法使いか、おのれは!?」

オンちゃん「私的には“マーカー使い”を意識したんですがねぇ〜♪」

 果たしてネタが通じる人がいるのだろうか・・・と、閑話休題。

ルナ「とにかく! さっきも言ったけど、他人が充実してるかどうかなんて、そこまで気にすることじゃないでしょ!
     だから私はアンタに協力はしない!
     後、ハッキリ言わせてもらうけど、アンタの考えは間違ってる!」

オンちゃん「ひでぶっ!?」

 精神に何らかの大ダメージを負ったらしい。
 椅子に座りながら、オンちゃんは勢いよくのけ反った。

オンちゃん「そ、そこまでキッパリと言うだなんて・・・う、裏切られた気分ですぅ・・・」

ルナ「裏切るも何も、最初から違うって言ってんでしょ・・・大体さぁ―――」

 と、呆れ顔でため息をつきながら、ルナは続けた。

ルナ「日々が充実してるってんなら・・・私、結構充実しちゃってるわよ。」

オンちゃん「なっ―――」

ルナ「あ〜、勘違いしないでね。完全に満たされてるとか、そういうわけじゃないから。
     ・・・ただ、私は今の高校生活は、凄く楽しいって思ってる。
     その・・・“アンタ達”のお陰でね。」

オンちゃん「・・・へ?」

 呆然とするオンちゃん。
 一方、ルナは、顔を仄かに赤らめて、オンちゃんから視線を逸らしながらも、彼女に続きを話した。

40璃九:2011/07/28(木) 22:37:59 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
ルナ「だから、ムーたんとか、レーコとか、ウニとか・・・・・・もちろん、オンちゃんも含めて、ね?
     あ、アンタ達といると、楽しいし、気が楽になるっつーか・・・だから充実してると言えば、してるわけ。」

オンちゃん「・・・・・・・・・・・・」

レーコ「あ、わ、私も・・・ルナちゃんやオンちゃん達と一緒にいると・・・凄く楽しいよ・・・」

ルナ「レーコ・・・ということは、私と結婚すれば、一生楽しいまま過ごせるということに―――」

レーコ「・・・ずっと仲の良いお友達でいて下さい。」

オンちゃん「・・・・・・・・・・・・」

 はにかむルナとレーコ。
 どこかズレた会話をしながらも、場に和やかな空気が流れ始めていた。

 が、普段ならここでその空気をブレイクしにくるはずのオンちゃんが、何の反応も無く沈黙している。
 その様子に気づいたルナとレーコが、彼女の顔をマジマジと見つめると―――


オンちゃん「ナ、ナニイッテルンデスカ! モー!」


 「沸騰してんのか」と聞きたくなるほどに顔を真っ赤にして、鼻の下を伸ばしながら、オンちゃんは笑った。
 しかも、妙にかん高い声で。

ルナ「うわっ!? なにその顔!?」

オンちゃん「ソ、ソリャ、ワタシダッテ、アナタタチト、イッショニイルト、タノシイデスケド・・・」

ルナ「ちょっと、オンちゃん!? 聞いてる!?」

オンちゃん「デモ、ダカラッテ、リアジュウダナンテ・・・アガガガガガガガガガガガガ」

 何故か震え始めるオンちゃん。
 ここまでくると、もはやホラーである。

ルナ「オンちゃん!? 怖い! 怖いよ! オンちゃぁぁぁぁん!?」

オンちゃん「ガガガガガガガガガガガガ・・・フシュ〜」

 パタリ、と、顔から蒸気を放出して、彼女は机に顔面から倒れ込んでしまった。


 オンちゃん―――

 赤の他人のことならばともかく、自分自身や、自分の身近な人からの“少し恥ずかしい言葉”や“真面目な感謝”には、意外にも弱かったりするのであった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

41璃九:2011/07/28(木) 22:38:40 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
 ―――特に詳しく語ることも無い、その後のお話。


 倒れたオンちゃんを、ルナとレーコの二人掛かりで保健室まで運んだところで、
 校内に昼休み終了のチャイムが響き渡ったため、オンちゃんを保険医に任せ、彼女達は教室へと戻ることにした。

 途中、食堂を出たムーたんと合流し―――尚、ムーたんと一緒にいたはずのウニは、一足先に彼女の教室へと戻ったらしい―――
 急ぎ足で教室へと足を踏み入れた瞬間、先生も教室に到着。

 間もなく午後からの授業が始まりを告げたのだが―――


 結局、放課後まで、オンちゃんが教室に戻って来ることはなかったという。



 【完】

42璃九:2011/08/29(月) 22:28:56 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
○『びー・ばっぷ・はいすくーるなるな5th』

 『彼女達の日常編』


 <風上月・高校一年・春>
 <水無月・下旬>


 ―――午前中
 ―――1時限目と2時限目の間の休み時間


ムーたん「―――ルナっちさぁ、そーいや、ずっと前に“かてきょー”のバイトやりたいって言ってたじゃんかー」

 詳しくは『びー・ばっぷ・はいすくーるなるな 第一話』をチェックだ!

ムーたん「あれ、結局どーなったん?」

ルナ「あ〜、家庭教師ね・・・実はあれから、ちょっと本格的にバイトの募集してないか探してみたんだよね〜。
     色んなトコロに電話して、問い合わせてみたりして。」

ムーたん「うん」

ルナ「でも、結局、どこからも断られちゃった。 大学生ならともかく、高校生のバイト募集はしてないってさ。」

ムーたん「そっかぁ・・・まぁ、確かに高校生で“かてきょー”のバイトしてる奴なんて、全然聞いたことないし・・・やっぱ無理なんだねぇ。」

ルナ「むしろ、バイトを断られた後―――『ところで君、まだ高校一年生なんだろ? 良かったらウチに入会しない?』とか勧誘されちゃってさぁ・・・
     しかも問い合わせたトコロ“全部”から!」

ムーたん「あはは! 向こうもそれが商売だかんね。 こっちの事情を知ったら、そりゃ猛アタックしてくるっしょ。
       ―――で、そっからどうしたの? もしかして、勢いでどっかに入会しちゃった?」

ルナ「まっさか。 全部、丁重にお断りしたわよ。 一応、勉強の方は間に合っているつもりだし。
     ・・・大体さぁ、どこの家庭教師センターにも、私の希望に見合う“先生”がいなかったもの!」

ムーたん「希望に見合う先生? どんな?」

ルナ「『10歳の天才ちびっこ先生』」

ムーたん「いるわけねーっしょ! んな先生!
       つーか、それ! 全部の“かてきょー”に聞いたの!?」

43璃九:2011/08/29(月) 22:29:40 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
§


 ―――昼休み


ルナ「ごちそうさま〜♪ や〜、お腹一杯だわ〜」

 教室にて、いつものように机を繋げて昼食を取る、ルナ、ムーたん、レーコの三人。
 ルナは他の二人よりも一足先に昼食を食べ終え、持参した弁当箱を袋で包み、鞄に仕舞う。

レーコ「あ、そうだ。ルナちゃん―――」

 そんな彼女を見て、レーコはふと思い出したかのように声をかける。
 彼女自身はまだ食事の途中であったが、一旦、箸を置いて、傍にある彼女の小さな鞄に手を伸ばす。

レーコ「はい、これ・・・」

 鞄の中から、彼女は一冊の本を取り出す。
 革製の黒いブックカバーに包まれた、文庫本サイズの、少々厚みのある本。
 それを彼女は、やんわりと微笑みながら、ルナに差し出した。

レーコ「この前、ルナちゃんが読みたいって言ってた本・・・持って来たよ。」

ルナ「マジで!?」

 机に身を勢い良く乗り出し、ルナはぐいとレーコに顔を近づけた。
 一方、驚いて後ろに仰け反りながらも、レーコは優しい笑みを浮かべたまま、小さく頷いた。

レーコ「見つけたの・・・たまたまだったんだけど・・・書斎にあって・・・ルナちゃん、読むかなぁって・・・」

ルナ「わぁ〜・・・わぁ〜・・・しかも、こんな高そうなブックカバーまで・・・
     い、いいの? 借りてっても?」

レーコ「うん、もちろんだよ」

ルナ「あ、ありがとう〜〜〜! レーコぉ〜〜〜!」

 差し出された本を両腕で、それはもう大事そうに抱きかかえ、ルナは頬を緩ませた。

ルナ「本当にありがとう! なるべくすぐに読んで返すわね!
     や〜、嬉しいわぁ♪ 本当に嬉しい♪」

レーコ「あ、焦らなくても良いよ・・・自分のペースで読んでくれれば。
      でも、その・・・一応、それ、おじいちゃんの本だから・・・」

ルナ「大丈夫よ! 大事にするから♪
     ・・・あ、もちろん、私と結婚してくれれば、本だけじゃなくてレーコのことも一生大事にすると―――」

レーコ「一生大事なお友達でいて下さい♪」

 やんわり拒否するレーコ。
 少しだけショックを受けながらも、しかしルナは感謝の言葉を繰り返しながら、受けとった本を大事に胸に抱えていた。

ムーたん「・・・つーかそれ、何の本なの?」

 と、ここで二人の様子を大人しく見守っていたムーたんが、気になっていた疑問を口にする。
 それを聞いたルナは、待ってましたとばかりに妖しい笑みを浮かべ、抱えていた本のブックカバーを丁寧に外していく。

ルナ「ふふふ、気になるかい? 気になると言うならば教えようじゃないか!この本のタイトルはぁ―――」

 高らかに叫んだルナが、ムーたんの眼前に突きだした本。
 その表紙には、小さな少女のような絵が描かれており、そしてその上部には控え目な感じで、こうタイトルが書かれていたのだった―――


ルナ「―――『ロリータ』よ!」

ムーたん「おいまてこら」


 この時、ムーたんは今まで誰にも見せたことのないような複雑な表情をしていたという。

44璃九:2011/08/29(月) 22:30:22 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
§


ムーたん「―――いやまぁ、知ってんよ? “それ”がさぁ、立派な小説だってことは。」

 さて、その後の昼休みのお話―――
 微妙な表情のムーたんを見かねて、ルナはその作品の概要、成り立ち、そして素晴らしさを(勝手に)語り始めたのだ―――
 という所で、現在。
 
ムーたん「だから別に、それを読むこと自体は別に悪いことじゃないと思う。
       レーコのお爺さんの書斎から見つかった本だったとしても、何の不思議も無い。」

 ムーたんの口調はあくまで落ち着いていた。
 しかし一方で、どこか冷たい“気”のようなものが含まれてはいる。

ムーたん「分かってる。私も、頑固じゃねーから。
       ルナの趣味趣向がどーだったとしても、一々、文句とか言ったりするつもりはない。
       今までだって、そーだったっしょ? 『アンタが人様に迷惑をかけない限り』は。」

 ムーたんが人差し指を、天上に向ける。
 その指には、綺麗に装飾された鋭利な“つけ爪”が。

ムーたん「うん、ここまで言ったら、私の言いたいことも分かってくれたっしょ?
       そりゃ、何も言わずにイキナリ攻撃したのは悪かったよ。でもさぁ―――」

 ムーたんの対面の机に座るルナは―――
 しかし、普通に座してはいない。

 なぜならば、額から血を吹き出しながら、白目をむいて机に突っ伏していたからだった―――

ムーたん「―――教室で何回も私に向かって! “ロリータ”って叫んでんじゃねーよ!」

ルナ「・・・ゴ、ゴメンナサイ」


 まぁ、要するに、いつも通り―――

 ムーたんのつけ爪攻撃がルナの額にクリーンヒットし、FATAL K.O.

 という、日常光景なのだった。



【完】


ルナ「・・・って、ここで終わるの!? 何か今回、随分と中途半端じゃ―――」

ムーたん「いやもう、さっさと終われ(−−#」




『びー・ばっぷ・はいすくーるなるな5th』

【今度こそ完】

45璃九:2011/08/29(月) 22:35:18 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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・・・・・・


 <風上月・高校?年・?>
 <?月・?>


 『一番古い記憶は何か?』と問われたならば、あなたは何を思い出すだろうか。

 そういえば以前、自分がまだ胎児だった頃の記憶がある、という人を見たことがある。

 親のお腹の中で、確かな温もりを感じていたという記憶を、その人は覚えているという。

 別にその事を疑うつもりはない。

 記憶は不完全だから。

 記憶は唯一のものだから。

 時と共に風化し

 それでも、その人の中“だけ”に確かに残る。

 時に美しく

 時に残酷に生まれ変わるけれど。

 だからきっと、自分の記憶を正しいと信じる人がいて

 それがどんなに荒唐無稽なモノだったとしても 

 それを私が

 その人ではない私が

 否定して、疑ってはいけないのだと思う。


 ―――話が逸れてしまったようだ。

 ならばここで、私は私の問いに応えようと思う。

 私の中に残る『一番古い記憶』―――

 私が胸を張って、私の『記憶』だと言える、最も古いものは―――


 “泣き顔”


 私が10歳だった頃

 暗い暗い部屋で見た

 私がこの世で一番“愛している人”の


 胸を突き刺すような―――それは“泣き顔”だった。

46璃九:2011/08/29(月) 22:36:15 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『WARNING』


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 日付が変わる

 午前零時

 暗い真夜中の部屋の中に

 響き渡る無機質な電子音


「―――もしもし」

 
 就寝前

 机の上に無造作に置かれた携帯電話に手を伸ばし

 電話をかけて来たのが誰なのかも確認せず
  
 ボタンを押して、通話を始める


「―――はい、私です・・・えぇ、お疲れ様です」


 電話の“向こう”にいて

 “向こう”から私に語りかけてくる“誰か”は

 私が予想した通りの人で

 だからこそ

 携帯電話を持つ手が僅かに震えた


「はい・・・大丈夫です。
  ・・・そうですか。それでは、その時にまた―――」


 交わした言葉は少ないのに
 
 私の喉は、砂漠のようにカラカラに渇いていた

 けれど、こんなのはまだ序の口

 始まったばかり


 あぁ

 今夜はとても

 眠れそうにないな―――



「では、お体にお気をつけて。 お会いするのを楽しみにしていますね・・・“あなた”―――」




【To Be Continued...】

47璃九:2011/09/15(木) 22:45:42 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
○『びー・ばっぷ・はいすくーるなるな6th・前編』


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 『男』が嫌いだ。

 昔はそれ程でもなかったのに

 “ある時”を境に、私の男嫌いは拍車をかけるようになった。

 
 とはいっても、年下の男の子は平気。

 同年代の男の子も―――まぁ、特別、大きな人でなければ、何とか大丈夫。

 
 でも、大人の男の人は駄目だ。

 背が高くて

 掌が大きい

 そんな大人の男の人は、耐えられない。


 頭じゃ無害だと分かっていても

 体が拒絶する。

 息が出来なくなる。


 だから私は弱いまま。

 いつまでもいつまでも弱いままで。


 私はいつまでも守られ続けているのだ―――




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

48璃九:2011/09/15(木) 22:47:01 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp

 <風上月・高校?年・?>
 <?月・?>


ウニ「かーぜーう―――おふっ!?」

ルナ「うわっ!?」


 とある日の放課後。
 全ての授業が終わり、担任の先生が教室前方のドアから出ていったのとほぼ同時に、
 教室後方のドアを開けて姿を現したのは、別のクラスにいるはずのウニだった。

 彼女達が入学して、およそ半年が過ぎようというこの時期、
 これまで何度も何度もルナと道場で戦い、その度に破れ続けてきたウニは、
 しかし、現在も変わらず、ほとんど毎日のように、放課後になってはルナを訪ね続けていた。
 もちろん、リベンジを果たすために。
 
 その光景は、もはやこのクラスにとっては馴染みのものであり、
 ウニの出現に最初は戸惑っていたこのクラスの生徒達も、今では全く気にしないようになっていた。


 ―――ところが、クラスにとって、もはや当たり前になったそんな光景が、この日は少し異なった様相を呈していた。


ウニ「ぐ、ぐぉおおおお・・・み、鳩尾がぁああ・・・」

ルナ「あ、たたた・・・うん? なんだ、ウニか・・・」

ウニ「『なんだ、ウニか』・・・じゃねーよっ!? いきなり体当たりかましてくるとか、どーゆーつもりだコラ!!」

 後方の扉を開けた瞬間、ウニの体にぶつかったのは、ウニの訪ね人である、風上ルナ、その人であった。
 どうやらウニがドアを開けた瞬間、彼女(ルナ)は既にドアの向こう側にいたようで―――
 おそらくルナは、ドアを開けようとした瞬間に、ウニによって勝手にドアが開かれたものだから、
 ついバランスを崩してしまい、扉の前で躓いてしまったのだろう。

 結果、前のめりになったルナの頭部が、ウニの鳩尾に激突。
 両者とも、廊下に転げ落ちる形になったというわけである。

 ―――さて、ウニと同時に転んでしまったルナは、素早くその場に置き上がり、
 自分に向かって文句を言い続けているウニの腕をがしりとつかみ、強引に起き上がらせたのだった。

ルナ「ごめん。怪我とかしてない?」

ウニ「・・・お腹が痛い」

ルナ「オッケー。 その程度なら大丈夫そうね。」

 落ち着いた笑顔を見せながら、ウニにそう言うルナだったが―――

ルナ「じゃ、そゆことで〜」

 次の瞬間には踵を返し、鞄を肩にかけて廊下を走り始める。

ウニ「って、待てよ! お前、今日は道場に―――」

ルナ「ごめ〜ん! 今日はちょっと忙しいから〜!」

 廊下の向こうで、ウニの方を振り返りながら、
 彼女は手を振ってそう応え―――そして間もなく、廊下の端の階段を駆け下りていく。
 完全に姿が見えなくなった。

49璃九:2011/09/15(木) 22:47:36 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
ウニ「・・・なんだ、アイツ?」

 きょとんとした表情で、それを見続けていたウニだったが、

ムーたん「―――つーか、邪魔なんだけど?」

 教室から出てきたムーたんが、いつの間にか彼女の眼前に立っていた。

ウニ「お、ムーじゃん」

ムーたん「アンタ、ただでさえ図体デカいんだから、いつまでもドアの前に立ってんなっつーの。」

ウニ「いや、悪い悪い♪ ・・・ところでさ、風上の奴、どーしたんだ? すげー急いでたみたいだけど?」

ムーたん「さぁ? 今日は『どうしても外せない用事がある』とか言ってたけど・・・」

ウニ「ふぅん? 外せない用事ねぇ・・・」

ムーたん「一緒に買い物に行こうと思ってたんだけどなぁ・・・ま、無理だってんならしょーがないわ。」

 と、そこまで言って、ムーたんは教室から廊下に足を踏み出し、そのまま階段の方へと歩み始めた。
 そんな彼女の背中を、ウニは少し遅れて追う。

ウニ「待てよ〜! ムー! 何だったらさ、アタシが一緒に―――」

ムーたん「嫌よ」

 一刀両断。
 全てを言い終える前に、きっぱりと断られたウニ。

ウニ「な、なぜに!?」

ムーたん「や、今日、新しい服を身に行く予定だったし・・・
       とりあえず、服を選ぶ時のアンタの意見は、全くアテになんないし。」

ウニ「そ、そんなことは―――」

ムーたん「前、『私に似合うから〜』っつって、“髑髏のプリントシャツ”を買ってきやがった、
       センスの欠片も無い大馬鹿者は、どこのどいつよ?」

ウニ「え、あれ、カッコ良かっただろ!? それに髑髏とか、お前のイメージにピッタリだと―――」

ムーたん「!!」

ウニ「ぎゃあああああああ!!?」

 無言でつけ爪をウニの額に突き刺すムーたんと、叫びながら崩れ落ちるウニ。

 それは彼女達のいつもの風景で
 
 彼女達のいつもの日常で


 この場にはいない一人の少女―――“ルナ”が、幸せに感じていた時間だった―――

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

50璃九:2011/09/15(木) 22:48:29 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 自宅マンションの駐輪場に自転車を置き、急いで外付けの階段を駆け上げる。
 
 真夏はとうに終わり、季節は既に秋を迎えようとしているというのに、
 
 全力で自転車を漕ぎ続けてきた私の体は、全身汗だくでベトベトだった。

 けれどもそんなこと、少しも気にしない。

 少しも気にならない。

 まずは確認することの方が大事だったから。

 果たして今、私達の家には“誰がいるのか”―――

「・・・・・・・・・・・・」

 マンションの三階、東端の部屋。

 部屋の前にたどり着いた私は、でも、いつものように鞄から鍵を取り出すことはなく、

 “確認”のためにドアノブの手をかけた。

 冷たい金属性のドアノブに手が触れる。
 
 何故かその瞬間、心臓が思い切り跳ねた。

「・・・・・・・・・・・・」

 自然に唇を噛みしめてしまう。

 大丈夫よ

 何を怖がっているの

 ただ、誰か家に“帰ってきているかどうか”

 それを確かめるだけじゃない

 ただ、ドアを握って

 ゆっくりと引いて

 開かなければ誰もいない

 開いていれば―――

「・・・・・・・・・・・・」

 果たして

 ドアは開かなかった。

 ガチャという無機質な音が鳴り響くだけで、

 ドアは前にも後ろにも動かない

 ―――いや、頭では分かってはいた

 予定通りなら、本来は誰も家にいないのだから、これで問題ない。

 今のは念のため、ただ確認しただけ
 
 確認して、予定通りに進んでいることが分かった

 ただ、それだけのこと

「・・・・・・・・・・・・」

 ―――けれどそれだけで

 私はとてつもない安堵を感じてしまうのだ。

51璃九:2011/09/15(木) 22:49:18 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
 §


 ドアを開いて玄関に入る。

 クツの一つも置かれていない殺風景な玄関の様子は、私に『家には誰もいない』という事実を、改めて認識させてくれた。

 ため息を一つついて、すぐさま玄関のドアを閉じ、自分の部屋へと直行。

 一先ず、学校の鞄を部屋の隅に放り投げ、制服を脱いで着替えを始める。

 上は薄地のTシャツ、下はジャージ。
 
 あまりに簡易で、動きやすさのみを重視した格好だが、今はこれで良い。

 脱いだ制服を、シワにならないようにハンガーにかけ、私は次いで、リビングへと向かった。

 
 §


 誰もいないリビングは閑散として、いつもより広く感じる。

 前日にある程度の掃除をしていたので、物は片付いているし、大きな汚れは一切ない。

 それでも、細かい部分はまだ掃除が行き届いておらず、

 注意して目を凝らせば、至る所で小さな汚れが確認できる。

 ―――今日は、その部分も綺麗にする。

 それはもう、行き届いていない部分がないくらい、完璧に。 

「うっし、やるか!」

 出来るだけ早く家に帰ってきたとはいえ、時間が余りあるとは言えない。

 私は洗面所から、箒と水を入れたバケツ、そして二種類の雑巾を素早く持参し、

 リビング全体の掃除に取り掛かった。


 §


 リビングの掃除を終えた次は、すぐ隣のキッチンを掃除。

 キッチンの掃除が終われば、一度手を綺麗に洗ってから、その場で米を研ぎ、炊飯器にかけておく。

 そのまま、廊下、玄関、風呂場、トイレと掃除場所を移し―――

 結局、全ての掃除が終わったのは、掃除を初めて約2時間半が経過した後だった。

 現在時刻は、18時27分。

 結局、夕方を過ぎても家には誰も“帰って”来なかった。 
 
 うん、当初の予定通りに進んでいる。

 これまでは、夜遅くまで帰って来ないはずの弟が急に帰ってきたり、

 妹を病院まで迎えに行かなければならなくなったり、

 色々な不安定要素を抱えてしまった時もあったが、

 今回に関しては、イレギュラーはない。

 何の不安も無く、大人しく過ごすことが出来そうだ。

「・・・って、駄目駄目!」

 思わず安堵してリビングのソファーにへたり込んでしまったが、まだやるべきことは残っている。

「とりあえず、着替えないとね」

 掃除で服は汚れてしまったし、そもそも家に帰って来てからずっと汗だくのままだ。

 このままでいるのは、衛生上よろしくないだろう。

「というわけでお風呂タイムだこら〜!」

 少女入浴中 

 プライバシー保護のため、詳しい描写はしないが、

 とにかく体の隅から隅までを、徹底的に綺麗にした。

52璃九:2011/09/15(木) 22:50:32 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
§


 ―――風呂から上がる直前に、一度お湯を抜いて、新しい綺麗なお湯を張り直す。

 その時点で、現在時刻は18時55分。

 時刻を確認した後、私は洗面台の前に立つ。

 腰まで伸びた髪をドライヤーで乾かし、いつものように結ってポニーテールにはせず、梳いてそのままストレートに。

 髪のセットが出来たら、次は着替えだ。

 部屋に戻り、押し入れにかけてある服を取り出す。

 いつもならば、決して“着ることのない”種類の服。

 白い生地に、薄い花柄模様が描かれた“ワンピース”。 

「・・・・・・・・・・・・」

 毎回、これを着る時、激しい抵抗感が私を襲う。

 昔ならばともかく、今の私は正真正銘のズボン派だ。

 スカートは、出来れば制服以外で着用したくない。

「や、まぁ、四の五の言ってられないんだけどね・・・」

 自分にそう言い聞かせ、着替えを始めた。

 終わった時点で、時計を確認する。

 19時23分。

 結構、時間が経ったな―――

 予定の時間まで、後37分程。

 余裕はないが、焦るような時間でもない。

「後は・・・」

 この後、やるべきことを確認して、私は自分の部屋を出た。


§


 洗面所に帰還。

 目的は化粧。

 とはいえ、私はそれ程、お化粧に詳しいわけでも、また上手なわけでもない。

 ぶっちゃけ面倒くさい。

 ムーたんなんかは、ほぼ毎日、ほぼ毎朝、化粧をして学校に来ていて、正直感心したりする部分はあるけれど、

 私自身は今のところ、それを必ずしも必要なものだと思ったことは無いし。

「というかね、花の女子高生が、化粧なんかで変に着飾っちゃいけないと思うんですよ!」

 鏡の中の私に、思いの丈をぶつけてみる。

 ―――まぁ、こんなこと、自分で自分にしか言えないしね。

 特にムーたんには、絶対言っちゃいけない言葉だ。

 ・・・や、別に、ムーたんのお化粧が変だって言ってるわけじゃあないですよ?

 だってあれはあれで、凄く可愛いんだからね―――っとと、閑話休題。

 とにかく、私の場合、ゴテゴテに気合の入った化粧をする必要はないのだから、

 あくまで簡単に

 あくまで自然に

 ほんの少し整えるだけ・・・ね。

53璃九:2011/09/15(木) 22:51:09 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
§


 洗面所を後にして、最後にキッチンへ。

 お米は既に炊けているようで、香ばしい匂いが辺りに漂っていた。

「うん! 良い感じ♪」

 炊飯器の中が十分に出来上がっていることを確認し、次に冷蔵庫へ。

 中には作り置きの惣菜や、お酒のつまみが、それぞれ数種類置かれている。

 昨晩から、私が用意していたものだ。

 それをいくつか取り出して、必要なものをレンジで適宜、温めていく。

 並行して、キッチンの棚から食器を取り出し、一度水で洗って、リビングのテーブルへ。

 “二人分”の食器を並べ終え、それから順番に、各料理とつまみを並べていく。

 そして―――最後に、一番欠かせないモノを、

「え〜っと・・・あ、ここね」

 キッチンの一番下の棚の中に、そっと置いて保存していた、数本の瓶。

 その中に満たされている、濃厚な色の液体は―――ワインだ。

 それも、結構なお値段のやつ。

「・・・や、まぁ、私が飲むわけじゃないんだけどさ―――」

 置かれていた数本の瓶を、全て取り出す。

 でも、テーブルに持っていくのは一本だけ。

 残りは、必要になったら、キッチンまで取りに来ればいい。

「今日もすぐに無くなりそうだけどねぇ・・・」

 それならそれで良いのだが。

 とにかく、私はワイン瓶を一本と、グラスを二つ取り出して、それをテーブルにゆっくりと置く。

「・・・・・・・・・・・・」

 これで準備は完了―――のはず。

 時計を見る

 現在時刻は19時58分

 ギリギリセーフ

「・・・・・・・・・・・・」

 準備を終えて、後は待つだけの身となった私は、そこでやっと“気がついた”。

 
 心臓、物凄いバクバク鳴ってら・・・私―――

54璃九:2011/09/15(木) 22:51:44 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
§


 テーブル前の椅子に座る。

 食器や料理を目の前に、ただ大人しく。

 テレビもつけず、明りだけが灯った静かなリビングで、

 私は一人、何もせずに―――ただ、待っているだけ。

「・・・・・・・・・・・・」

 カチコチカチコチ

 時計の針がゆっくり動く

 その音だけが部屋中に響く

 ドクドクドクドク

 心臓が脈打つ

 激しく速く凶暴に

 その音だけが私の中に響く

 
 カチコチドクドク

 カチコチドクドク


 あぁ、すぐにでも狂ってしまいそうだ―――
 
 
 カシャン


 少しだけ大きな、それでいて無機質な音。

 時計の長い針が、3600秒の時を経て奏でる―――時の移り変わりを意味する独特の音。


 ―――時計の針が20時を刺す

 ―――約束の時間だ

55璃九:2011/09/15(木) 22:52:23 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
「・・・・・・・・・・・・」

 一層、強い鼓動が、私の中を奔る。

 気絶してしまいそうな程の衝撃を身に感じて―――

 それでもまだ“誰も帰ってこない”。

「・・・・・・・・・・・・」

 一秒

 二秒

 新たな時を刻み始めた短針と共に

 頭の中で、自然とカウントが始まる。


 ―――私の『心』が削られていく


 何があっても大丈夫なように

 何が起こっても対応出来るように

 強く保っていたのに

 時間の流れが

 心を削る


 「早く来い」
 「まだ来ないでくれ」


 相反する思いが重なって

 どうすればいいのかが分からなくなる

 分からなくて

 眩暈がして

 倒れそうになって

 それでも何とか持ち直して

 そうやって一秒一秒

 時間が経過していく

 時間が―――

56璃九:2011/09/15(木) 22:52:56 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
「―――!」


 ガチャリという金属音

 リビングの扉を隔てた向こう側から聞こえてきた。

 聞き間違い―――ではない。

 同じ音が、次の瞬間、確かにもう一度聞こえたから。

 扉を開いて、そして閉める―――その音が。

「・・・・・・・・・・・・」

 革靴の落ちる軽い音

 布のすれる微かな音
 
 玄関からリビングまで歩を進める小さな音

 全て聞こえてくる。

 予定通りに

 これまで経験してきたのと同じ様に

 あるいは予定通りだからか
 
 あるいは経験してきたのと同じだからか

「・・・・・・・・・・・・」

 足音が止まる。

 リビングを隔てる一枚の扉―――その前で。

 キィィィ...

 その扉が間髪いれずに開いていく。


 ゆっくり―――やがて全て
 

「ただいま」


 おかえりなさい


 真っ先にそう言うつもりだったのに

 口が全然動いてくれなかった―――

57璃九:2011/09/15(木) 22:53:32 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
§


 リビングに現れたのは

 私が確かに待っていた人だ。

 でも同時に―――待ちたくなかった人でもある。

 
 2メートル近い巨躯は、よく見ると所々が情けなく弛(たる)んでいるが、
 それでも引き締まる部分は、最低限引き締まっていて、非常に威圧的だ。

 しかし、表情はとても穏やかだった。
 にこやかな笑みを浮かべている顔には不思議な愛嬌がある。

 七三分けにした髪に白髪が混じっている以外は、全体的に若々しい外見をしている、
 少しくたびれたスーツを着た、大人の男性は―――


 この家の主で


 私の“父親”だった。


§


「あ―――」

 一瞬、言葉に詰まってしまった事実を恨みがましく思いながらも、

 その裏では冷静さと平常心を意識する。

 ほんの少しの間を置いて

 私は深呼吸でもするかのように

 ゆっくり大きく言葉を口にした。

「―――おかえりなさい」

 にこやかな表情を浮かべた男性―――私の待ち人―――は、

 私の言葉に満足そうに頷いてみせた。

 それを確認して、私は言葉を続ける。

「長い出張、お疲れ様でした。
   ・・・どうぞ、荷物をお預かりします」

「あぁ、すまないね」

 手を差し出し、私は父の手荷物を受け取る。

 次いで、父の後ろに立ち、羽織っていたコートを慎重に脱がせて受け取った。

「ご飯と・・・それから、お風呂の用意も出来ていますが・・・どうしましょう?」

「そうだな・・・」

 ネクタイ、ピンといった小物を外し、それを順番に私に手渡していく父は、

 僅かに戸惑った表情を浮かべて迷いながらも、しかしまたすぐに微笑んでこう言った。

「・・・先にご飯にしようか。僕も空腹で仕方ないし、何より、君を待たせるのは忍びない」

 優しい言葉

 私はその言葉に―――


 出来る限り自然な偽笑(ほほえみ)を浮かべてみせた

58璃九:2011/09/15(木) 22:54:09 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
「あら、お気遣いありがとうございます。 ・・・では、そのように。」

 とはいえ、食事の前に、預かった荷物や服を父の部屋に持って行かねば。

 私は簡単にお辞儀をして―――その間、決して偽笑(ほほえみ)を止めることなく―――リビングを後にしようと、父に背を向けた。

「うん、頼む―――」

 背後から父の声がかかる。

 それは間違いなく

 私に向けて

 風上月(わたし)に向けて

 かけられたはずの言葉だ―――というのに・・・



「ありがとう―――“×××”」 


 
 ―――父に背を向けていなければ

 ―――父に表情を隠していなければ

 危なかったかもしれない。

 動揺を悟られていただろうから。


 “×××”


 その言葉を聞いただけで

 いや、その“名前”を聞いただけで

 偽笑(ほほえみ)が崩れ

 口元が引きつり

 ドアを開こうとした指が震えたことが

 私自身、よく分かった。


「・・・・・・・・・・・・」


 本当ならば、何か返事をするべきだったのかもしれない。

 いや、これまでの経験上、そうするべきであったと私は知っていて

 だからこそ『そうしよう』と思っていたのに

 ―――結局、私は何もしないで

 ただ静かにリビングを後にした。

 ・・・後にすることしか出来なかった。



 “×××”



 これは“名前”

 私にとって特別な人の

 決して忘れることのない大切な名前

「・・・ママ―――」

 そう―――
 
 これは『母の名前』。

 5年前、この世界から“いなくなった”―――私の母親の名前だった。

59璃九:2011/09/15(木) 22:55:21 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
§


 ―――私の両親の話をしよう。

 とはいえ、話の主軸になるのは一人―――父の方だけなのだが。


 ―――母はもういない
 
 5年前―――

 当時、軍人だった母は、同じく軍人だった父と共にとある戦争に赴き、そのまま帰らぬ人となった。

 
 優しくて

 強くて

 いつだって私たちのことを愛してくれた母は

 あの日、突然、私達の前から姿を消してしまった。

 二度と会えない存在になってしまった。

 その事実は

 私達家族に決して消えることのない

 大きな傷跡を残していった。


 ―――ハッキリと覚えている。

 『5年前以前の記憶を受け入れられない』私でも、そのことは確かに記憶に刻まれている。

 あるいは、それが原因なのだろうか。

 あまりに強いショックだったからこそ、私の記憶が錯乱してしまった―――そういうことなのだろうか。


 ―――閑話休題

 いくら考えたって、その答えは出ない。

 これまで何度もその思考にたどり着いて―――結局、何も解決しなかったのだから。

 いい加減分かっている。

 だから、記憶(この)話はここでおしまい。

 それよりも今、私には、続けて語るべきことがある。
 

 母の死は

 私達に大きな傷を残して―――

 その傷はやがて

 私達を

 私達の心を

 ゆっくりと歪めていった。

60璃九:2011/09/15(木) 22:56:00 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
 例えば父は

 母のことを愛していた父は―――

 母の死をきっかけに軍人を辞めた。

 ―――いや、辞めさせられた。

 当時の父の様子を、私は覚えている。

 戦争から帰って来た父は、それまで見たことがないくらいに憔悴し、錯乱していた。

 母の死を受け入れようとせず

 母の死を唯一、全身全霊で否定し続けていた。

 だから―――父方、母方の両家の人達が家に集まって

 大人同士で、大事な話をしていた時も

 父はずっと錯乱したまま

 母の死をずっとずっと否定し続けていた。

 ・・・まともな精神状態ではなかったのだろう。

 だから―――父方の実家から

 軍を無理やり、退役させられた。


 後に人伝に聞いた話だが、父方の実家はそれなりに有名な『軍家』であり、

 父は家長を継ぐと同時に、軍人になったのだという。

 そんな父が軍人ではなくなったのだから、


 ―――父は家長の座を落とされ、実家から必要とされなくなった。


 祖父達から縁を一方的に切られて

 見捨てられた。

 それはすなわち―――
 
 父の子である私達も見捨てられたのと同じことだった。

 
 唯一の救いだったのは、母方の実家から、いくつか援助が受けられるようになったことだった。

 しばらくの間、生活に必要な資金を援助してくれることになり、

 また、病弱だった妹のために、専門の病院を紹介してくれたり(尤も、これは私や妹にとって必ずしも良いことではなかったが・・・)

 父の新たな職場を斡旋してくれたり、と―――

 母方の実家は、私達をバッサリと切り捨てた父方の実家に比べれば、相当親切に対応してくれた。

 今振り返れば、いっそ不気味なほどに。

 ―――まぁ、とはいえその援助も、期間自体は短く、

 それ以降、母方の実家とも縁が薄くなってしまったのだが・・・


 ―――閑話休題

 愛した母がいなくなり

 実家から見捨てられた父は

 その時から完全に“狂って”しまった―――

61璃九:2011/09/15(木) 22:56:30 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
 自分の部屋に何日も何日も閉じこもっていた父。

 自身に幼い息子が、娘がいることなど、まるで知らないといった風に

 父はずっと部屋で、何をするでもなく過ごしていた。


 ―――私自身は、そんな父に何もしなかったわけではない。

 父の部屋に入って、虚ろな瞳で空を見る父に話しかけて、

 食事を食べさせたり、部屋を掃除したり―――

 でも父は、私のやることなど、まるで眼に入っていないようで

 私のやることに、何の反応も示さなかったが

 当時の私は、それでもめげずに

 ただ、父に元気になってもらいたくて

 ずっと父に話しかけ続けた。

 あの頃は純粋に 

 ただ純粋に

 元通りの父に戻って欲しかった

 ただ、それだけだったのに―――


 “×××”


 母が死んで

 父が見捨てられて

 そして父が部屋に閉じこもるようになってから

 果たして十数日の時が流れた後―――

 私は久しぶりに、父の声を聞いた。

 母の名を呼ぶ父の声を。


 ―――私は嬉しかった。

 その瞬間までは、間違いなく。

 その時、父の部屋で、いつものように父に話しかけながら掃除をしていた私は

 思わず父に駆け寄って

 もう一度、父の声を聞こうとした。


 ―――思えばそれが、悪夢の始まりだった。

62璃九:2011/09/15(木) 22:57:14 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
 “×××”

 虚ろな眼の父は、ゆっくりと母の名を呟く。

 時間が経つにつれて、何度も何度も、段々速く。

 ―――初めは嬉しくて

 父の言葉に笑顔で何度も何度も微笑んでいた私は

 ある瞬間、ふとした違和感に気づいた。

 母の名を呼ぶ父は


 ずっと―――私のことを見ていた。


 虚ろな目に光が戻り

 やがてハッキリと露わになった父の瞳は

 私を

 私だけをしっかりと捕えていた―――


§


 “×××”

「お父・・・さん・・・?」

 “×××”

「お父さん、私―――」

 なんだ、やっぱり“×××”は“いる”じゃないか。

「私、は―――」

 “×××”―――そうだよ。君がいなくなるはずなんてないんだ!

「ま、ママじゃ―――」

 おかえり、“×××”

「私・・・!」

 “×××”―――!



「私は・・・“ルナ”だよ? お父さん―――!」

63璃九:2011/09/15(木) 22:57:53 HOST:27-54-124-54.flets.tribe.ne.jp
§


 ―――あの日

 あの後のことは、あまり覚えていない。

 ・・・真面目な話

 ショックで記憶が跳んだからだ。

 ―――あの後、私が唯一覚えているのは

 “ルナ”と、

 私の名前を聞いた瞬間―――

 鬼のような表情で怒り狂い始めた父の姿だけだ。


 私が“×××”ではなく

 私が“ルナ”だったから


 父は―――

 心を病んで

 狂ってしまった父は

 ただ母だけを求め続けた父は


 あの日―――

 私の存在を、母に“書き換えた”。

 私の中に母を見て

 私を母に―――“×××”にした。

 心の中で変換して

 “×××”はまだ生きているのだと。

 当時の私は、それをすぐに理解して、

 そしてすぐに絶望した。
 

 父にとって本当に必要なのは母―――“×××”の存在だけ。

 “×××”さえいれば―――私は必要ない。

 例えそれが“×××”との間に生まれた

 『実の娘』だろうと―――


 ―――その日以来、

 父は私に強要するようになった。

 姿も

 立ち振舞いも

 言葉も

 全て、母【“×××”】のものにするように、と

 私【ルナ】を消して、母【“×××”】になれ、と


 ―――もう父は、私を私【ルナ】とは認識しない。

 父にとって、私【ルナ】などは最初から存在していないのだ。



 ―――父にとっての私は、母【“×××”】でしかないのだから。



【To Be Continued...】

64はばたき:2012/01/24(火) 21:25:43 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp
◆『DISSIDIA HABATAKI INFINITY』 Take3◆



 ―――雨が降っていた

 暗く湿った冷たい冬の雨の中、立ち尽くしていた

 目の前に転がるのは少女の体

 真っ赤な着物を、更に栄える真っ赤な血で染めて

 身動き一つせずに横たわる

―――――ッ!!

 我知らず叫んでいた

 だが声は出ない

 喉は涸れ果てた様に焼きつき、声を絞り出そうとしても、粘つく粘液が不快にまとわりついてくるだけ

 それもその筈

 倒れているのは自分だから

 いつの間にか、血の海に沈んでいるのは自身へとすりかわっていた

 全身に纏わりつく血の重みが煩わしい

 行かなければならないのに

 あの人の下へ

 雨が降っていた―――


 §


 ・・・・・・・・・・・・

 体が重い。
 ひどく、悲しい夢を見ていた気がする。
 それでいて、何故か大切な夢。
 記憶の糸を引っ張ろうとするが、判然としない記録はぷつり、とあっけなく切れて終わりだ。
 全く、難儀な世界だと思う。

エレ「・・・・・・」

零「うお!?」

 そのまま、ぼけーっと蒼い空を眺めて寝転んでいると、ふいに横からぴょこんと出てくる顔。

零「いきなり出てくるな。心臓に悪い・・・」

エレ「むー、人の顔を見るなりそれはひどいよ。失礼だよ」

 ぷんむくれられても困る。
 寝起きに眼前に人の顔があったら誰だって驚く。
 なまじ整った顔だけに、余計に心拍数も跳ね上がる寸法だ。
 全く、眠気も夢の記憶も吹っ飛ぶってもんだ・・・。

エレ「寝てたの?何かぶつぶつ言いながらゴロゴロ転げまわるから、体調でも悪いのかと思ったよ」

零「ご心配どーも」

65はばたき:2012/01/24(火) 21:26:25 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp
 ったく、とんだ醜態晒した。
 これで寝言まで聴かれてたら、もうどうしようかと・・・

なつき「なんだ、怖い夢でも見たのか?姉さん姉さんって、お前の姉さんどんな奴だよ」

 ・・・どうしようか。
 きっついなぁ、これ。

リフィア「記憶が戻ってきているならいい兆候ではないか。しかし、相当うなされていたが、本当に大丈夫か?」

 姫がこうもあからさまに気遣ってくれるのは珍しい。
 そんなにひどい状態だったのか?
 記憶は全く戻らないんだが・・・。

零「まあ、事もなし。判然としない記憶に振り回されるほど落ちぶれちゃいないさ」

リフィア「ならばいいが・・・」

 若干不満そうにしながらも、皆思い思いに歩き出していく。
 まあ、お互い過去が曖昧なんだ。
 深く追求する意味がないのは解ってるんだろう。
 でも・・・

零「姉さんか・・・」

 俺の中には大切な人の影がある。
 ”姉さん”って呼ぶ人も勿論そうだ。
 けど、それとは別に自分の中に慄然としてある想いがある。
 どうしようもない位切なくて
 どうしようもない程暖かい
 この感情の意味は解ってる。
 誰かを大切に想う事、一人の人の為に全てを賭けたいと想う心。
 俺の原動力
 俺が俺であるカタチを為す中核
 自分でもバカみたいだと思える位、誰かを好きになった感情

零「マヌケだな」

 自然と自嘲の声が漏れた。
 全くその通り。
 ”誰かの為に”って謳っておきながら、俺はそれが誰か解らない。
 本当にマヌケな話だ。
 自分の中核といいながら、それがぽっかり抜け落ちている。
 でも、一つだけ確かな事がある。
 この戦いを通していけば、俺はその”誰か”に出会える。
 よく解らないが、何故かそれだけは信じられる。
 我ながら何を言っているのやら、だがここに俺の求める何かが、自分の虚を埋める何かがあるような気がするんだ・・・。
 

 ○恋剣絆刀


レナ「私、今ちょっと幸せかな」

 そう言って笑った顔に、不覚にも見惚れた。
 全く、いつもいつもツンケンした顔ばかりだから不安になったが・・・なんだ、あんな顔も出来るんじゃないか。
 晴れやかな顔で仲間達の方へ駆けていくのを見やって安堵した。

零「あいつはあいつで決着付けたってことか」

 悩み悩んで、それでも覚悟を決めて勝利した。
 いつ終わるともしれない戦いに皆疲れているが、それでも一歩ずつ進んでいるってわけだ。
 なら、俺も休んではいられない。
 でも、俺がやるべき事ってなんだろうな・・・。

零「―――ああ、そうか、そんな難しい話でもなかったか」

66はばたき:2012/01/24(火) 21:27:08 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp
 答えなんてすぐにぽろっと出てくるもんだ。
 レナの笑顔を見て、瞼の裏に過ぎる映像。
 霞が掛かって判別もできないが、俺が戦う理由なんて一つしかないじゃないか。
 ”あいつ”の笑顔が見たい。
 何に代えても幸せにしたいと思った
 誰にもその傍にあることを譲りたくないと思った・・・
 それが俺の縁だ。
 だからこそ、譲れない戦いもある。

零「俺も決着付けますか」


 §


 負けられない、負けちゃあいけない相手がいる。
 俺自身の鏡像でもある相手。
 俺が勝たなくちゃいけないのはそういう相手だ。
 だが・・・

零「全く、こんな偽物斬ったところでどうなるわけでもなし・・・」

 やれやれ。
 人がいない割に無駄に広い世界だこと。
 自分と瓜二つの相手を斬り捨てても、それは大抵意思のない人形だ。
 これじゃ、いつになったらあいつに会えるやら・・・。
 ったく、また姫さんにどやされるの覚悟で一人でここまで来たってのに。

零「なぁんで、招かれざる客ってやつには出くわすかな」

 はあ、なんて露骨にため息をついて、今回のパチもん共のボスを見上げる。

ジン「つれないね。他の駒はよく話し相手が出来たって喜んでくれるのに」

 お生憎様、こちとら平和主義者でね。
 降りかかる火の粉は払うが、無暗に戦いたがるほど酔狂でもないんで。

ジン「平和主義ね・・・ジョークのセンスは今一つだね」

 クスクスと笑って訳のわからん事を言う。

ジン「キミとは良い友達になれると思うんだけどな。それだけの殺法を極めているんだ。私と同じ人種じゃないかい?」

零「同族扱い止めてもらえませんかね?」

 確かに俺の剣が邪道の部類とは思ってるけどな。
 それで思考が殺しに直結するほど短絡的じゃない。

ジン「そうかな?死に耽溺し、死を通して生を知る私と、死を受け入れ、死を操るキミ。似た者同士じゃないか?」

零「ラブコール送る相手間違えてないか?」

 面倒な相手に目をつけられたもんだ・・・。

ジン「まあいいじゃないか。答えは命を交えれば解るものさ」

 間合いを一瞬で詰められる。
 飛び退いた先の地面に生えた草花が一瞬にして枯れた。
 物騒な手足してやがるな・・・ホント。
 とはいえ、油断すれば即あの世行きは免れない。
 手加減して勝てる相手じゃないし、正直に言えば相当の難敵だ。
 掠っただけで致命傷な猛毒なんて、常人の身には耐えがたい。
 回るようなステップを踏んで、手刀が迫る。
 身を捻って交わしざまに、こちらも短刀を一突き。

 回る

 かわす

 廻る

 かわす

 鮮やかな動きで互いの命を奪い合う

 必倒の一撃を繰り出し合いながら、その様子はまるで舞踏のよう

 俺の剣技を舞の様だと評した人もいるが、

 成程、こういう戦いなら様になっているのかもしれない。

67はばたき:2012/01/24(火) 21:27:50 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp
 そうして何度目の交錯か。
 お互い致命傷どころか掠り一つ負わない勝負は唐突に終わった。
 いや、実際一撃はいれば、おそらくその時点で勝負は決していただろう。
 特に向こうさんの毒手は。
 そんな風なこちらにしてみれば綱渡りのような勝負を終えたのは、他ならぬその一撃必殺の毒手がご自慢の暗殺者だ。

ジン「やっぱり駄目だね」

 僅かに落胆の色を見せながら、そう呟く。
 勝手に仕掛けてきておいて、それはないんじゃないですかね?

ジン「いいや、キミの強さは称賛に値する。その小枝のようなナイフでよくそこまで・・・」

 クスクス笑うそいつの余裕が気にらない。
 おそらく本気なんて出しちゃいないだろう。
 文字通り、さっきの攻防なんてお遊びだ。

零「ご期待に添えずに申し訳ありませんね」

ジン「残念だよ。キミが本気で殺しに掛かれば、私はここにはいなかったろうに」

 そりゃお互い様だろうに・・・
 そう言ってやると、向こうは首を左右に振って更に落胆した声で、

ジン「いいや、キミは不完全だ。最高の殺し手なのに、肝心のそれを覚えていない」

零「どういう意味だ・・・?」

 確かにナイフの扱いなんて俺にとっちゃ護身術だ。
 だが、何か引っ掛かる物言いをしやがる。
 一体何が言いたい?

ジン「記憶の不備なんてものじゃない。キミはキミの核を失っている。それじゃあ、全てを出しきれなくて当然だ・・・」

 ちくり、と胸の奥を刺されたような痛み。
 ずくん、と這い上がる言い知れない不安。
 開けてはいけない扉の鍵に、綻びが生じたような違和感。

ジン「今のキミじゃ燃えようもない・・・。残念だよ」

 言って、興味を亡くしたように白雪の暗殺者は去って行った。


 §


 言い知れない不安というやつは一度生まれると、そう簡単には拭えない。
 霞が掛かったような感覚が一層増したように思う。

 ”全てを出しけれなくて当然だ”

 その言葉が嫌が応にも胸を突く。
 それは多分、実力とかそういう事ではなくて
 もっと根本的な何かが―――

ルシア「気付いているようね」

 声を聴いてすぐに臨戦態勢を整える。
 だがそれもポーズだ。
 こういう時の対応は物心つく前から叩き込まれた習慣だ。
 相手に敵意が無いことくらい判ってる。

ルシア「貴方は何のために戦っているのですか?」

零「惚れた女の為って答えじゃ不満ですか?」

 飽きるほど口にした言葉だ。
 俺には世界を救うとか、正義や大義の為といった理由で戦う感覚はない。
 俺はただ、些細な幸せでいいから”あいつ”に笑っていて欲しいだけで・・・

ルシア「本当に?」

 ・・・痛いところを突く。
 自分の言葉を否定するつもりはないが、確かに言うとおりだ。
 俺は俺の中の”あいつ”の顔も声も、はっきりと思い出せちゃいない。
 それはつまり・・・

68はばたき:2012/01/24(火) 21:28:32 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp
ルシア「貴方の内には虚無がある。己の核を認識できていない。それ故あなたは完全に非ず」

零「ご忠告どうも。それで?アンタがその洞を埋めてくれると?」

ルシア「虚勢を張るのはお止しなさい」

 すっぱり、と言い切られた。

ルシア「貴方は自身の核を失っている。でも、貴方はそのために動いている。それは矛盾していることよ。自身の中枢を失って動ける者はいない」

 なら・・・
 なら何だっていうんだ?
 今のこの気持ちが偽物とでも?
 俺の縁は偽りだとでも?

ルシア「迷いがあるようね。そこで立ち止まってしまうのが貴方の敗因。それでは彼女には勝てない」

零「勝てないなんて言葉好きじゃないな。勝てるかじゃない。勝ちに行くんだ」

 それはいつでも変わらない信念だ。
 負ける事を意識したら、そこで歩みは止まる。

ルシア「その信念は素晴らしいわ。でも、貴方はそれを支える屋台骨がない」

 ”信念の薄い奴から食い潰される。全霊を賭けて退けない奴らとぶつかった時、勝つのは胸に一本芯を通してる奴だけだ”

 それは、他ならぬ俺自身の言葉だ。
 つまりそれは―――

ルシア「全てを覚えている貴方の鏡像の方がその信念は強いでしょう。努々揺らがないことね」

 ・・・言いたい事だけ言って帰りやがって。
 すべてを覚えているから、奴の方が強い?
 それじゃ
 それなら・・・

零「まるであいつの方がホンモノみたいじゃないか・・・」


 ◇interlude


 碧い海の底のような街角。
 生命の息吹を感じぬ、眠りに付いたような舞台で、二人の男女が向かい合う。

赤薔薇「秩序の駒達は美しいな」

 身なりの良い紳士が言葉を漏らす。

赤薔薇「皆一様に己の信じるものの為に戦っている。傷ついても倒れても変わらぬ精神は正に”永遠”だ」

麗「永遠・・・ね」

 男の言葉に、モノトーンの着物姿の女が自嘲気味に笑う。

赤薔薇「何を悲観している?君と君の鏡像こそ、最も不変の覚悟を持っているのではないかね?」

麗「さて、どうだろう?私の想いは俗物的な感傷かもしれないよ?」

 肩をすくめて笑う女に、男は慈しみの笑顔を浮かべる。

赤薔薇「故に気高いのだ。原初にして最も強い情動。それを軸とするが故に君は変わらぬ世界を目指すのだろう?」

麗「まあね。でもだからこそ彼(わたし)はそれが気に入らないらしい」

 女の言葉に、男は理解できぬとばかりに首を振る。

赤薔薇「解らぬ。彼も同じ存在のはずだ。君の強さは彼の強さ。そこに違いが生まれるのは如何様な理由か?」

麗「簡単なことさ。私は君らと違って”四象零”というカタチから生まれるもの。記憶ではなく、いずれ至る未来の”記録”が元だからね」

 それ故に彼女は記憶を奪われない。
 現世に存在しえない夢幻。
 元となる存在が経験するであろうことをベースに生まれる存在であるからこそ、彼女は”全てを知っていなくてはならない”。

麗「でも、彼は記憶を奪われている。一番大切だったものを忘れているから、自分の根底を認識できていない。今はその虚を埋めるために動いているに過ぎない」

69はばたき:2012/01/24(火) 21:29:10 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp
 原初の想いを認識できない。
 それでもその想いを信じて戦う矛盾。
 それは”四象零”を”四象零”足らしめるパーツが欠けている。
 半身を絶たれたような状態だと、その鏡像は語る。

赤薔薇「なれば彼がその全てを取り戻したら?」

麗「その時が来るの怖いね。その強さは私が一番よく知っている」

 からからと、どこか楽しげに笑った。


 ◇interlude【閉】


 雨か
 全く、気の利かないシチュエーションだ。
 嫌な夢を思い起こさせる天気に、少し憂鬱だ。

零「努々揺るがない事か・・・」

 揺らいでいるつもりはない

 だが、自分の中にある感情を処理しきれない

 不安が胸を打つ

 一番大切だった想いが幻のようで

 俺の戦う理由が見えない

 元から調和なんてものに興味はないのに

 神様はなんだって俺を選んだのか―――

零「恋、ねえ・・・」

 今まで

 口にするのが怖かった言葉が出てきた

 俺の縁

 俺の希望

 俺の願い

 俺自身がすっぱり抜け落ちた気分

 奴を倒して

 それで俺は何を得る?

なつき「時化た顔してんな、珍しい」

 そんな声で現実へ引き戻される。

零「何時からいたよ・・・?」

なつき「『恋、ねえ・・・』辺りからだな」

 ・・・随分具体的なタイミングだな。

レナ「らしくもなく迷ってんじゃん。いつものシスコンとラブパワーをどうしたさ?」

零「妙な言霊を吐くようになったな」

 元気になって何よりだ。
 それに比べて俺は随分と情けない恰好をさらしたろう。

リフィア「確かに、少々恰好が悪いな」

 気付けばいつの間にか姫まで居やがる。
 会いたいときには会えなくて、会いたくない時会えるってのもなんだかなぁ。

リフィア「ふん、迷う程度で止まるとは情けない。大体、今さら何を迷う?」

零「何をって・・・」

なつき「お前さ、最初っから記憶も無くたって戦えてたじゃねぇか」

 戦えてたか。
 確かに、何も考えずに目の前の事を片付けるつもりで頑張―――

70はばたき:2012/01/24(火) 21:29:47 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp
レナ「ああ!もう、そうじゃないでしょ!!」

 がっ、と頭を掴まれて目線を無理やりあわされる。

レナ「アンタの戦いは誰かの為だった!私達は誰かは知らないけど、アンタはその人の為にずっと戦ってきたじゃない」

リフィア「そう、記憶も無いのにいっそ間抜けなほどにな」

 言われて、

 頭をハンマーで殴られた気分だ

 ああ、成程

 そういう事か

 記憶がないとか

 そういうのはどうでもよくて

 俺の中に確として”あいつ”の存在はあった

 間抜けだ

 全く

 今になって何を迷う?

 俺は

 俺は何も失ってなんかいやしなかったのに―――

零「すまん。俺が呆けてた」

 そうだよな。
 考えてみりゃそうなんだ。
 記憶を失ってようが、皆自分の底に信念があるから戦ってた。
 心に譲れないものがなけりゃ、神様の頼みだからって剣を取るやつはいない。

リフィア「解ればよし」

 全く、頭が下がる思いだ。
 俺って奴は、一人じゃこうも脆いもんか。
 こういう時、仲間の存在ってのはありがたいね。

レナ「べ、別にそんなんじゃないからね!?」

リフィア「そ、そうだ。あくまで礼のようなものだ!以前の助けの・・・」

ハヅキ「ははは、相変わらず素直じぇねぇの。知ってっか?姫さん、俺らが死んだと思って焦りまくってたんだぜ?」

 本当に、仲間って奴は有難い。
 今も照れ隠しで必死に追いかけっこやってるけど、そういうことが出来る位には時間を共にしてきたんだよな。

零「おっけ。おかげさまで助かった。俺も俺の決着付けに行くわ」

 そうして、今度こそ本当に皆に背中を押されて俺は歩き出した。


 §


 碧い世界。
 御伽話に出てくる海底の都市みたいな場所で、俺達は向かい合っていた。

麗「まさかそちらから出向いてくるなんてね」

 俺と同じ顔、同じ声でそいつは笑った。
 俺もあんな顔をしているんだろうか?

麗「それで?記憶は戻った?」

 その問いには残念ながらNOと答えるしかない。
 意外そうな顔をされたが、それも仕方ないと言える。

麗「いいのかい?大切なものもわからず、ただ反射と思考だけで戦う愚は知っているだろう?そもそも我々の根源は―――」

零「半身で十分だってことだ」

 言葉をさえぎって、俺は柄に手をかける。
 いつ以来だろう?
 自分の手でこの刀を抜くのは。

零「虚があろうがなかろうが、俺には前に進む力がある。背中を押してくれた奴らの気持ちがある。なにより心の中心に、代え難い想いがある」

 それで十分だ。
 理屈じゃない。
 俺は俺の大切なものがあるからここへ来た。
 その人への想いは目の前の相手も同じだろう。
 だから、だからこそ

71はばたき:2012/01/24(火) 21:30:20 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp
零「お前に負けるのも、任せるのも許されない」

 そう、全てを止めて永劫に大切なものだけとの理想郷を望むその在り方は認めない。
 だから俺は、”俺”に挑む。
 刀を抜き放つ。
 これは決別の意思表示だ。

麗「結局こうなるのか。我ながら頑固なことだ」

 言って、奴の周りに圧倒的な力が吹き上がる。
 夢幻を現実とする力。
 あまねく人の理想を現実とする幻想使い。
 その幻想が咆哮する。
 大地を砕く刃
 必中必殺の魔槍
 天を突く弓矢
 様々な人の夢が俺に立ちはだかる。
 だが

零「それがどうした?」

 聖剣を、宝槍を、神弓を、魔斧を、無数の幻想を俺は”殺した”。

麗「おや、そこまでは取り戻したか」

 静かに流れるように脚を、手を動かす。
 呼吸をするように目の前に現れる奇跡達を斬って捨てる。

 呼 歩 体 剣 

 全てを揃えて、幻想に挑む。
 例え相手が人の夢、人の理想であろうと
 視えているなら斬り裂けぬ道理はない。

麗「ふむ、これでは無理か」

 絶対的な相性の悪さを悟って、攻撃の仕方を切り替える。
 刹那、目の前に無数の剣閃が奔るのを幻視した。
 思うだけで対象を切り裂く。
 如何様に動けば相手を斬れるかを研磨し続けた”俺”が辿り着いた極みの姿。
 思考の速さで全てを切り裂く魔剣。
 だが・・・

零「はっ!」

 一呼吸で
 俺を囲っていた斬撃の嵐は消え去った。

麗「驚いたね。思考より速く動く斬撃とは」

 目を丸くして、これでは勝てぬと判ったか、俺の鏡像は鏡合わせの様に、刀を抜いた。

麗「やはり、我々の戦いはこうでないと」

 どこか楽しげな響きで打ち合う。
 全く、やりにくいもんだ。
 自分と同じ顔ってやつは。

麗「それは仕方がない。我々はカウンター同士。殺し愛うのも当然さ」

 ならば、その”未来(俺)”を乗り越えるまで!

麗「出来るかな?零とは”0”。伽藍に近づくほどに強くなるのが我らの在り方」

零「違う!」

 戟剣の音に紛れて叫ぶ。
 そう違う。
 ”四象零”とは失って強くなったのではない。
 失ってもそれを捨てきれず背負い込んできたからこそ強さ。
 絶望を飲み下し、屍の上に立つ道程でありながら、それら全てを背負ったからこそ最強の”幻想殺し”足りえたんだ。

麗「ならば砕こう。その背負い込んだ傷とともに・・・」

72はばたき:2012/01/24(火) 21:30:52 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp
 一打ちして離れる体。
 そして奴の剣に濃密な、それこそ息をするのも辛くなるような重たい、されど荘厳な気配が蟠る。
 これは知ってる。
 あまねく全ての幻想を、対象の破壊のみに特化させた最大の攻性陣形。
 世界を塗り潰す、無限大の幻想。
 抗う力はない。
 あれは人に理解する最大にして最強の攻撃。
 陳腐な言葉だが、それ以外に形容のしようの無い絶対の絶望。
 
 だが、

 だが、それでも俺は―――!

零「――――」

 奔った声の内容は聞き取れない

 瞳に映った最愛の人の顔も霞の様に消えた

 それでも

 その想いは最高の一太刀を生んだ


                      無空の剣閃(アカシック・ブレイク)


麗「・・・・・・半身を絶たれていたのは私も同じだったか」

 気が付けば、戦いは終わっていた。
 袈裟切りに入った傷を見ながら、その姿が薄らいでいく。

麗「やはり肌に感じてこその愛、というわけか。それも我らの在り方なのかもね」

 そう言って
 未練も感じさせぬ表情で

麗「次の輪廻で会おう」

 蝋燭の火を吹き消すように、鏡像は消えた。

零「悪いが、二度目はこうむりたいんだがな」

 どっと疲れた。
 その場に大の字で寝っころがる。

―――――――

 ふと、誰かの声を聴いた気がした。
 いや、それが誰かは解っている。


 ああ、すぐに会いにいくさ



 ◇あとがき◇

四象零に求めたもの、それはずばり『愛』です。
使い古されたテーマですが、恋とか愛ってやっぱ一番素敵な感情だと思うのです。
誰かを想う、誰かを大事にする。
どうしようもなく切なくて、その人には何があっても幸せでいてほしい。
そういう欲求を素直に出せるって、素敵な事だと思います。
幻想と割り切っちゃうことは簡単ですが、そういう斜に構えた諦めみたいな態度よりも、理想でもいいから信じていける事が出来れば、人間ってどうしようもない生物にも救いがあるんじゃないかなぁ、と。
人に優しく出来るなら、愛や恋って幻想を信じていいじゃない。
そんなイメージで出来上がったのが四象零でした。
まあ、元々が二次創作から出てきた存在なので、最後まで誰への想いで動いていたかをぼかすしかなかったのは痛いところですが(^^;

  【完】

73はばたき:2012/01/25(水) 21:42:38 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp

◆『DISSIDIA HABATAKI INFINITY』 Take4◆


 神々の戦いか。
 何とも大層な舞台に呼ばれたものだ。
 だが招かれたからには応えねばなるまい。
 神の意向、などというものに沿う気はさらさら無いが、戦場となれば先陣を切るのが将の務め。
 この珍妙な状況を終わらせねば還れぬとあらば、立ち向かうより他にない。
 道が無ければ切り開く。
 それが覇道というものだ。

リフィア「ふ、揃いも揃って曲者だらけだが、いいだろう。この戦、勝ちにいくぞ」

槇月「お〜い、酒取ってくれ」

リフィア「全く、奇妙な縁ではあるが・・・」

ハヅキ「つーか、色気ねぇ。俺の女運ってそんなに悪いのか?」

リフィア「・・・ここに集った以上は、皆目的は同じ・・・」

エレ「ひっど〜い、私らの何が不満なのさ」

純星「他のちんちくりんドモは兎も角、あたしに対してそれは許せねぇ発言だぜ!」

レナ「アンタが一番ちんちくりんでしょうが・・・」

リフィア「・・・如何様な相手が立ち塞がろうと・・・」

純星「聞き捨てならねぇ!?」

なつき「たはは!吼えるならあたし位の色気を持ってからいいな」

アオナ「酒瓶片手に色気を語られても・・・」

リフィア「・・・我らの行く道は一つ・・・」

なつき「んだよ、ガキンチョ。なんなら触ってみるか?」

アオナ「い、いいですよ!?そんなの・・・」

エレ「あははは、かわい〜。照れてる♪」

零「会話が既におっさんのそれだな」

リフィア「・・・勝利への栄光・・・」

なつき「あんだよ、ネコミミ。すかしてないでてめぇも呑め」

零「人をネコミミでしかキャラ立ってないような言い方をするな」

レナ「いいじゃん、シスコンで十分稼いでんだから」

零「シスコンの何が悪い!いや、例えシスコンだとしても、俺はシスコンという名の紳士だ!」

槇月「酒ぇ〜」

リフィア「聞けぇっ!!!!」

 全く。
 揃いも揃って莫迦ばかりか・・・


 ○背を押すもの


 頭が痛い。
 別に偏頭痛とかではなく、あまりにも纏まりの無い仲間達のせいだ。
 仮にも私は王だ。
 人の適材適所は理解しているつもりだが・・・。

74はばたき:2012/01/25(水) 21:43:32 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp
リフィア「手持ちの戦力があれか・・・。どのように運用しろというのか、全く」

 どうにも、記憶は怪しいが、これでもそれなりにクセのある部下達でも纏め上げてきた自負はあるのだが・・・。

リフィア「前途多難だな・・・」

 はあ、と自分でも解る位深いため息が出た。

零霄「Hur ar kansligt? En princess(ご機嫌如何かな?お姫様)」

 流暢に気取った言い回しの声が聞こえて振り返った。

リフィア「見て解らんか?最悪だ」

零霄「それは大変だ」

 肩を竦めて笑ってみせる。
 こいつもこいつで面倒な性分をしているな。
 だが・・・

リフィア「神々の戦いか・・・。皮肉だな」

零霄「?」

リフィア「私は、”私達の半分は魔の血筋”だ。本来は神に抗する存在のはず」

 それがあろう事か秩序の側に立って戦う事になろうとは・・・。

零霄「関係ないんじゃないか?」

リフィア「何?」

零霄「神も魔も関係ない。俺らは生きてここにいる。そんで頼まれて、でも後は自分の意志で決めて戦ってる。それ以上でもそれ以下でもないさ」

 所属の拘りなど、瑣末ごと。
 そんな風に自然体で言い切られては、私がまるで莫迦のようではないか・・・。

リフィア「何とも気楽な考えよな」

零霄「気楽でもないさ。半分ずつって事でこれでも苦労してる」

 そうは言うが、その態度に全く気負いは無い。
 きっと、こやつは様々な試練を乗り越えて、それでも今のような事を口に出せるだけの強さを身に着けて来たのだろう。
 それが、少し羨ましい。

リフィア「ふ、中々にいい男だな、お前も」

零霄「お褒めに預かり光栄の極み」

 わざとらしい気取った会釈。
 だが不思議と嫌味には見えない。
 それはきっと、信じられる仲間だから。
 問題児ばかりだが、何とかなるような気になってきた。


 §


 馬鹿者。
 馬鹿者め、馬鹿者め・・・馬鹿者め!

リフィア「ああ、全く大馬鹿者だ」

 苛立ちが自然と口から洩れた。
 全く、怪我か病かは知らぬが、万全を期さぬ状態で従軍するとは・・・。
 一人の無茶が、全員にとっても致命的な結果をもたらす場合もあるのだ。
 奴とてそれが判らぬ訳ではあるまいに・・・。

リフィア「何を抱えているが知らぬが、馬鹿にもほどがある」

 馬鹿者、と先程から繰り返して口を突く。
 自然足が早まっているのも気に入らない。
 なぜ、私があの愚か者の行動に、こうも苛立ちを覚えねばならんのだ・・。
 いや
 本当に馬鹿なのは・・・

75はばたき:2012/01/25(水) 21:44:59 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp
エレ「あれ?姫!!」

 遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。
 振り仰げば駆けて来る二人の姿がある。
 少し、安堵の息が漏れた。

エレ「よかった。姫無事だったんだ」

 そして、そんな私より遥かに安堵したような表情を浮かべるその姿に、思わず顔が綻びそうになる。
 全く、こいつらの様に素直に感情を表に出せるのは少し羨ましい。

純星「それどこじゃねぇって!おい、姫っち!レナっちを見なかったか?」

 それどこと言われて少しカチンと来たが、続く言葉に嫌な予感を覚えた。
 見れば、向こうも共に行動していた筈の赤毛の姿が見えない。

エレ「そうだよ!レナが一人で行くって言い出して・・・それで・・・」

 そこまで言って、あちらも私の現状に気付いたようだ。

エレ「ねえ、ハヅキちゃんと零くんは?」

 恐る恐るといった調子の言葉に、思わず渋面で返しそうになったが堪えた。
 私は王だ。
 これまでその記憶に頼って皆を率いて来たのだ。
 ここで徒に不安がらせる態度を見せてはいけない。

リフィア「別れた。零の方は聖域の守護に付かせたが、ハヅキの方は・・・」

 そちらと同じだ、という私の言葉にやはりという顔で項垂れる。

リフィア「そんな顔をするな。連中がそう簡単にくたばらんのはお前もよく知っているだろう?」

 努めて、強気に発言したつもりだ。
 動揺を悟られるのはよくない。

純星「でもにゃあ、あたしという最高戦力を欠いての一人旅は危険がつきものだぜ?」

リフィア「そうだな、逸れたのがお前でなくてよかった」

純星「ですよねー、ってどういう意味だチクショウ!?」

 言葉通りの意味だが・・・沈んでいるエレとは対照的に、こいつはえらく能天気だ。


 §


 兎に角、数で劣る以上、単独行動の危険性は目に見えている。
 別れた連中の事は気がかりだが、一旦体勢を立て直すべきだろう。
 ・・・・・・全く、どいつもこいつも身勝手で困る。

エレ「皆、大丈夫かな・・・」

 またか。
 陣地へ帰る道すがら、この娘の呟きを何度耳したことか・・・。

リフィア「居ないものを心配しても仕方あるまい」

 我ながらぶっきらぼうに返したものだ。

エレ「うん、でもね・・・レナが別れる時、これは自分の戦いだって・・・」

リフィア「なに?」

エレ「同じ世界に生きてきたわけじゃないから、馴れ合う必要はないって・・・」

 成程。
 いつも太陽の様に明るかったこの娘の弱気な表情には、そういう裏があったか。

エレ「皆、そうなのかな?戦いが終わったらバラバラになっちゃうから、一緒にいる意味なんてないのかな・・・」

 気持ちは解る。
 記憶を奪われ、居場所を奪われ、あるのはただ戦いのみ。
 そんな世界で拠り所にすべきは、やはり”仲間”として呼ばれた連中くらいなものだ。
 しかし、その共闘も、思えば薄氷を踏むような危うげな関係だったろう。
 陣営が同じ。
 還るために戦う。
 私達を結びつけているのは、そんな儚い関係だ。
 それならば、自分の為に動くものが出たとしても、それを咎める権利が我々に・・・誰にあるだろう?
 ・・・・・・いや、それを考えたところで状況が一転するわけではない。
 道は一つしかないのだ。
 ならば最善の一手を尽くすより他あるまい。

76はばたき:2012/01/25(水) 21:45:49 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp
リフィア「何にせよ、連中には後できつく言っておかねばな―――」

アルフィー「あら?そんな暇があるかしら?」

 宙から降ってきた声に身構える。
 どこの世界のものかは知らぬが、捻子くれた鉄塔の先、仮面を被った女の姿が見えた。

リフィア「ふん、ようやく話の出来る相手に会えてうれしいぞ?」

 少々苛立っていたところだ。
 ここは少し痛めつけてやるのも悪くない。

アルフィー「ふふふ、余裕ね。いきり立っちゃって。でもその余裕、いつまでもつかしら?」

リフィア「なに?」

 どういう意味だ、と問う前に、カチリと音を鳴らして鋼の爪が姿を見せた。
 いや、あの色は・・・

アルフィー「さて?これは誰の血でしょう?」

 やはり、と思う間もなく私は飛んでいた。
 振り下ろした愛剣が鉄塔を砕く。

アルフィー「過激ね。いつも余裕のお姫様が、今日は随分お熱いこと」

リフィア「貴様・・・」

 仲間に何をした?
 内から湧き出す感情に任せるのはいつ以来か・・・。
 鉄塔を上から輪切りにしながら、奴を追うが、寸での所で避けられる。
 くっ、動揺している。
 焦るな私・・・。

アルフィー「うふふ、予想以上の反応で嬉しいわ」

 爪が舞う。
 鎖に繋がれた十爪が八方から私襲う。
 ・・・・・・それがどうした?

リフィア「はっ!!」

 ギリギリまで引き付けての一刀。
 手応えはある。
 砕けた爪が宙を舞う。

アルフィー「さすがはお姫様。冷静さを欠いても力押しでどうにかしちゃうなんて、熱いわ」

リフィア「ふん、次はそのよく回る舌を三枚に下ろしてくれる」

アルフィー「あら、怖い。でもいいの?」

 言われて私は我に返る。
 振り返れば、大量の偽物どもに囲まれた二人の姿があった。
 くっ、私としたことが迂闊な・・・

アルフィー「うふふ、ごきげんよう」

 そう要って跳躍した奴はすれ違いざま、エレと二言三言言葉を交わしたようだが、雑魚を相手取っている私にはその声まで聞き取ることは出来なかった。

リフィア「無事か?」

 何とか偽物の群れを撃退し、二人の元へと駆け寄る。
 二人とも大事はないようだが、純星は兎も角、エレの様子がおかしい。

リフィア「どうした?」

エレ「あ、あいつが・・・なつきちゃん、殺したって・・・」

 言葉の内容はある程度予想は出来たことだ。
 だが、それにしてもこの怯え方は尋常ではない。

エレ「私のせいだって・・・私に絶望を与えるからって・・・一人ずつ殺していくって・・・」

 歯をカチカチと鳴らしておびえる姿に、ようやく合点がいった。
 成程、奴の目的はそれか・・・。

リフィア「それは―――」

純星「心配すんな!なつきっちがあんな仮面野郎に殺されるほどやわじゃねぇのは知ってるっしょ!?」

77はばたき:2012/01/25(水) 21:46:47 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp
 私が何か言うより早く、力強い宣言をする純星。

エレ「うん・・・でも・・・」

純星「ばっきゃろう!仲間を信じないでどうする!!なあ、姫っち!?」

リフィア「あ、ああ、そうだな」

 私がこうも押し切られるとは・・・。
 不甲斐ないが、こういう時の純星の動じなさは正直頼りになる。
 だが・・・

純星「うっし!そうと決まりゃあ、なつきっちを探し行こうぜ!」

 あくまで前向きに行動する姿勢は評価できる。
 だが・・・
 最悪の事態は想定しておかねばなるまい・・・。


 §


 予定を繰り越しての仲間との合流。
 判っている。
 これは下策だ。
 冷静に考えれば、反撃の準備整えるために、聖域に戻って手持ちの戦力を確認すべきだろう。
 無闇に動き回ることで消耗を続けるのは回避するべき事の筈。
 だというのに、

リフィア「くっ、全く皆どこへ行った!?」

 焦る。
 切り倒した偽物を後目に周囲を見回る。
 今、私は一人だ。
 先程まで共にいた者達も、混戦の中で逸れてしまった。
 いや・・・

リフィア「嵌められたか・・・」

 奇妙ではあったのだ。
 聖域へ近づく程に激しくなる抵抗。
 本来こちらの陣営に向かうのだから、普通は逆になる筈だ。
 迂回路を通る事で、本陣に近づくはずが、いつの間にか堂々巡りになる。
 連戦が続いたことで、数の利に流されて、気付けば一人・・・。
 やられた。
 最初から、こちらを分断するための布陣は敷かれていたのだ。
 連中には奸智に長けた者が多いが、こうした大軍と地形を有効に利用するものといえば・・・。

リフィア「やってくれたな」

イグナイトス「悪く思うな。これも戦での」

 不覚にも程がある。
 この相手とは、恐らくかつて何度となく知略の限りを尽くして争ったというのに。
 他ならぬ私がこの策に嵌るとは・・・。

イグナイトス「まあ、お前さんが居る以上、勝率は五分五分だったがの。余程焦っていたと見える」

リフィア「戯言を・・・」

 押し殺した声で答えるが、心中は確かに穏やかではない。
 このまま、各個撃破されるのは一番恐れていた事態だ―――

イグナイトス「ああ、そうじゃない。お主、仲間がやられて頭に血が上っとろう?」

リフィア「何を!・・・」

イグナイトス「お前さん、口じゃ偉ぶってはいるが寂しがり屋だからのう」

 ギリ、と奥歯を噛む音が聞こえてきそうだった。

リフィア「愚弄するか!」

イグナイトス「何をそんなにいきり立つ。別段恥じ入る事でもなかろうに?」

リフィア「私は王だ・・・」

 民を導く立場にいる。
 大局でものを見なければならぬ身故に、常に冷静でいなくてはならない。
 大を生かすために小を殺す。
 我を殺し、常に一歩二歩先を見据えて動かねばならない。
 なればこそ、動揺などというものとは―――

78はばたき:2012/01/25(水) 21:47:51 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp
イグナイトス「無縁と言い張るか?それは間違いぞ?」

リフィア「何を根拠に!」

イグナイトス「王とて人よ。人の心を理解できぬものがどうして人心を掴めよう?大を生かし小を殺すと言うたが、小の集まりこそが大ぞ。それを切り捨てられる者に王は務まるまいよ」

 人のまま王であれと?
 戯言を。
 小を切り捨てる痛みに耐えれぬ者が、王として全を導くことなどできはしない。

イグナイトス「最もな話だがの。耐える事と感じぬことは別物だろうに。お主、他でもない自分自身を蔑にして王様やっとるんか?だとしたら、なんも得るものはないぞ」

リフィア「元より得るものなどありはしない。我が旗の下での人民の繁栄こそ、為政者の本懐であろう」

 私の信念の言葉。
 だが、奴は解ってない、とばかりに首を振って

イグナイトス「では、聞くがの?なんでお主はそれを成そうと思っとるんだ?」

 何故?
 決まっている。

リフィア「私が王だからだ」

イグナイトス「はあ、莫迦よな・・・」

リフィア「その言葉、二度目は無いと思え・・・」

 これ以上の愚弄は許さぬ。
 歯が覇道を否定するならば・・・

イグナイトス「閉じた輪っかではないか。己が王故、人民を救い、そうする理由は己が王だからという。ならば、お主自身の出発点はどこぞ?」

リフィア「私、自身だと・・・」

 私は、王だ。
 それは後にも先にも信じるべき道であったが故。
 しかし、”いつから私は王だった?”。

イグナイトス「気付かんのならそれでいいがの。これ以上の問答は不要か」

 そう言って、身を翻していく奴を追う事が出来なかった。
 私の中に生まれた小さな綻び。
 それが私の足を止めていた・・・。


 §


 聖域が目に見えるところまで辿り着いた。
 誰とも合流することなく。

リフィア「私の理想・・・信念は・・・」

 心に突き刺さった言い知れない敗北感が、私の足を止めていた。

 何一つ言い返せなかった私

 思い返せば、激昂するばかりだった

 私は、”王”という在り方に縋っていただけで

 心をそれで鎧う事で誤魔化していたのだろうか?

 何もない自分を―――

リフィア「ふっ、無様な。これが皆の頭と気取っていた小娘の本音か?」

 仲間達は、私をどういう目で見ていたのだろうか?

 この愚かしい小娘の姿に、何を感じ、何を思ったろう?

 身を斬られるより辛い恥

 情けない

 情けないが、今は無性に人恋しかった

ジン「寂しいなんて言葉が、あなたの口から出るなんてね」

リフィア「間抜けか?笑いたければ笑え」

 殺気も感じない。
 今の私など、戦うにも分不相応という事か・・・。

ジン「そうだね。覇気の無い抜け殻など殺しても、何の感慨も湧きもしない」

79はばたき:2012/01/25(水) 21:49:11 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp
 そう言って指先で何かを玩ぶ。
 虚ろだった私の瞳でも、それが何かは解った。
 羽。
 美しい紫色の。

リフィア「・・・貴様、それをどうした?」

 多分

 声は震えていただろう

 答えを聴くのが怖くて

 ああ、でも

ジン「殺しちゃった」

 私の心の準備なんて待たずに

 決定的な言葉が吐かれた

ジン「本当に、残念だ。一番輝いて見えた宝は、どうしてこんな簡単に儚くも消えてしまうのだろうね」

 これからどうしよう

 なんて言葉を吐きながら天を見上げるそいつを前に

 私の中の決定的な何かが切れた

リフィア「貴様ぁぁぁっ!!」

 飛んで

 打ち付けた黄金の刃を

 同じく黄金が受け止める

イグナイトス「おいおい、お主まで。やる気はあるんか?」


 §


 広がる湖畔の草原の中で、私達は対峙していた。

イグナイトス「どうしてもやるんか?」

 はあ、等とため息を付いて槍を取り出す。
 私は剣を構えてそれに応える。

リフィア「当たり前だ。これ以上私の仲間に手を出すことは許さぬ」

 全てに興味を亡くしたような殺人鬼は去り、代わりに私の相手を買って出たのがこの金色の武人だ。

イグナイトス「まあ、やるというなら相手はするがの。迷いは晴れたんか?」

 正直に言えば、何もかもどうでもいい。
 記憶を無くした。
 民を無くした。
 国を無くした。
 居場所を無くした。
 誇りを無くした。
 ただ、これ以上自分にとって大切なものを失いたくないだけだ。

リフィア「故に、貴様ら混沌に与する者を殲滅する」

 最も、こんな事は皆にとっては唯のお節介かもしれぬが・・・。

イグナイトス「随分悲観的になっとるのう。まあ、儂も悪いんだが・・・」

 そうでもない。
 少なくともこの愚かさに気付かせてくれたことには感謝している。

80はばたき:2012/01/25(水) 21:50:25 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp
イグナイトス「そう拗ねるな。少なくともお主の仲間はお主に感謝しとるよ」

リフィア「何を根拠に・・・」

イグナイトス「儂も結構ここに来て長いでの。話し相手くらいにはなっとるが・・・お主は仲間達からは随分慕われておるぞ?」

 馬鹿な。
 こんな無知蒙昧な王様気取りの小娘のどこに―――

イグナイトス「こんな嘘ついてどうする。お主が居ったからこそ戦えた者もおるぞ。大体、もう気づいておるのではないか?」

 気付く?
 今さら何に・・・

イグナイトス「もう自分が王でないと言いながら、お主仲間の為に戦おうとしているではないか。何故そうする?何がお前をそうさせる?」

 それは、最初に言った通り―――

リフィア「あ・・・」

 なんと愚かな

 私にとっての出発点

 最初に王たろうとした気持ち

 それは、民の笑顔が見たかったから

 例え理解されずとも

 例え無償の奉仕であろうと

 私に得るものがあったから

 ああ、そうか

 幸せはこんな近くに―――

イグナイトス「むっ!?」

 遠くで何かが爆ぜる音が聞こえた。
 それが私を現実に引き戻す。
 爆発?
 いや、この大気を、次元そのものを震わせるような衝撃は・・・

イグナイトス「向こうも決着がついたか」

 何?

イグナイトス「あの自動人形の嬢ちゃん達もやりあっとったんだが・・・どうにも碌な決着の仕方ではなさそうだの」

 沈痛な面持ちで語る言葉の意味が解らない

 碌な決着?

 それは一体・・・

イグナイトス「命と引き換えにでもせにゃ、あんな衝撃は起こるまいよ。あれは・・・助からんの」

 その言葉が、私の最後の砦を決壊させた。

リフィア「あ・・・」

 思えば

 心のどこかで信じていた

 いや、信じていなかった

 誰も死ぬはずがないと

 そんな軟な連中ではないと

 だけど

 あのい衝撃は決定的で

 どうしようもなく私に理解させた

リフィア「ああああぁぁぁぁっ!!」

81はばたき:2012/01/25(水) 21:52:14 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp
 遮二無二になって斬りかかる。
 私の全てを目の前の相手にぶつける。
 駄々っ子のように、全ての憤りをぶつける。

イグナイトス「仕方ないの」

 只管に打ち付ける剣戟も
 打ち込む魔術も
 全てが黄金色の壁に跳ね返される
 一方で、私も槍撃を、火炎を、その全てを黄金の壁で跳ね返す

イグナイトス「互いに同じ属性。儂の後を継いだならそれも当然だが、こりゃ勝負とは言えんの」

 お互いが一撃必殺の意を込めても、お互いの護りがそれを跳ね返す
 絶対安定元素
 不変を象徴する黄金の力同士は、どちらも破る事を許さない

イグナイトス「しかし、それも者は使いようだて」

 言って、奴の拳に渾身の力が集まる
 突き出される拳には黄金の闘気
 それは金色の龍を象り

イグナイトス「むうん!!」

 振り上げた拳が龍の軌道を捻じ曲げる
 正面に張った私の盾を、迂回するように上から乗り越え降ってくる

イグナイトス「頭に血が上った状態では、幾ら力があっても無駄ぞ?」

 叩きつけられた衝撃で襤褸雑巾のようになった私を見る目は憐みか
 思えば、確かに頭に血が上っているどころではなかった
 あの時の私は、只々全てが憎くて
 この世界の全てを焼き尽くすほどの力を欲しって

リフィア「無駄なものか・・・」

イグナイトス「ん?」

リフィア「無駄なものかぁっ!!」

 振り上げた剣に全てを込める
 それは異界の空
 それは世界の秩序を乱す力
 故に人はこう呼んだ

                           ”魔王”

リフィア「立ちふさがるなら、全てを砕いて進むまで!道が無ければ切り開く!!」


                        天 魔 竜 爪 斬 ! ! !


 全てが終わった時、私の前にはボロボロになった奴の姿があった。
 振り下ろした剣の手応えで、ようやく私は正気に戻る。

イグナイトス「やれやれ、とんだじゃじゃ馬だの」

リフィア「あ・・・」

 私は、何をしていた?

リフィア「わ、私は・・・」

イグナイトス「何も言わんでもいい」

 震える手から落ちる剣と、私の頭を優しくなでる大きな掌。

イグナイトス「悔しかったんであろう?歯痒かったんであろう?それだけ、大事であったんだろう?」

 そうだ。
 大切なものを奪われた痛みに耐えかねて・・・それで私は・・・

イグナイトス「そう責めるでないよ。お主の怒りは尤もだ」

 泣きそうな顔をしていると思った。
 いや、実際私は泣いていたかもしれない。
 でも・・・

イグナイトス「こんな老いぼれだがの、最期位は若者の礎になるのも悪くないでの」

リフィア「お前・・・全部承知で・・・」

イグナイトス「お主は愛されとるよ」

 私の問いを遮るようにそう言って―――

イグナイトス「その剣を継いだのがお主でよかった。儂も娘みたいに思うとったかもしれぬの・・・」

82はばたき:2012/01/25(水) 21:53:17 HOST:zaq3d738a12.zaq.ne.jp
 ”強く生きろ”

 そう言って、陽炎みたいにその人は消えていった。

リフィア「あ・・・」

 かくん、と

 力が抜ける

リフィア「何が・・・神々の戦いだ」

 何が秩序だ

 何が混沌だ

 何が・・・何が覇道だ

リフィア「うわああああぁぁぁぁぁっ!!」

 記憶を無くした!
 民を無くした!
 国を無くした!
 居場所を無くした!
 誇りを無くした!
 仲間を・・・父を亡くした!!

リフィア「返せ!返せ!返せ!返せ!!」

 虚空に向かってがむしゃらに剣を振り回す

リフィア「返せよぉ・・・」

 ひとしきり、泣きじゃくった後で、私は立ち上がる

 何もかも無くしたけど

 それでもまだ私は生きている

 私を仲間と呼んでくれた人がいた

 私を娘と呼んでくれた人がいた

 私の背中を守ってくれた人がいた

 私に生きろと言ってくれた人がいた・・・

 だから・・・

リフィア「さて、これからどこに行こう・・・」


 ◇あとがき◇

リフィアというキャラクターのテーマは『愛』です。
というとTAKE3と被るのですが、零が”愛の為に戦う”のに対し、リフィアは”愛されること”がテーマとなっています。
一人の孤独な王様が、沢山の人に愛されているのを知って成長していく物語。
それがリフィアに課した課題でした。
因みに解る人には一発でわかるかもですが、モチーフはFateシリーズのセイバー(どっちかっていうとZero寄りです)・・・だったんですが、諸々の暴走の結果、理想:アルトリア、性格:ギルガメッシュ、思考回路:イスカンダル、というわけ解らん状態に(汗。
尚、原典であるFDにおいては、今作のイグナイトス同様、彼女に関わった光剣使いはリフィアに後事を託して全員死亡!という中々アレな展開を迎える予定でした。
それの再現が最後のシーンなわけですが・・・ちょっと、短いストーリーでは積み重ねが足りなかったかな、と力不足を痛感する結果になりました。
また、機会があったら描いてやりたいキャラクターの一人です。
後、DHIにおいては、元が元だけに、”誰も死んでません!”。
全て姫の早とちりです(爆)。

  【完】

83はばたき:2012/03/19(月) 21:38:29 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp

◆『DISSIDIA HABATAKI INFINITY』 Take5◆


 雨という奴はどうしてこう、陰鬱な気持ちを連れてくるのだろう?
 雨の日だって楽しい事はあるさと、陽気な詩人は詠う。
 だが現実として、体は濡れる、洗濯物は干せない、湿気が多くてじめじめすると、凡そ外出を控えたくなる要素はてんこ盛りだ。
 雨の日は晴れている時に比べて日が射さない分暗い。
 暗いのは嫌いだ。
 夜でも、路地裏の袋小路でも、決まって暗い場所には何かが、日の元の世界には出てこれない、何か陰湿なわだかまりの様なものが渦巻いている気がする。
 そこにいるだけで何か悪い事が起きるんじゃないかという不安。
 東洋の易学風にいうと『気の流れが悪い』とか言うのだろうか?

なつき「腐ってんなぁ」

アオナ「ほっといてください」

 僕だって好き好んで塞ぎ込みたいわけじゃない。
 雨が嫌いなのはもう性分です。
 15年間、日陰を生きてきた体に染み付いたモノがそう簡単に剥がれ落ちるわけが無い。

槇月「だが辛気臭い顔してるとツキまで逃げるぞ青少年」

なつき「お前が言う資格はねぇよ」

 ダランと、陸に揚げられた烏賊の様にだれきった姿勢でそんな事言われても。
 全く雪花霞さんの言う事は正しい。

槇月「バッカおめぇ、俺はいざという時の為に体力温存してるんだよ。いざって時に柔軟に対応できるように。いつ敵に襲われても自然体でいる事が大事なんだよ」

なつき「ニートの理論じゃねぇか」

 僕もそう思う。
 普通はそういう時は、神経を研ぎ澄まして警戒心を抱かないといけないんじゃないかな。

槇月「リラックスは大事だぞ。肩に力を入れてりゃいいってモンじゃねぇ。人間余裕を見せて平常運転に努める事が明日への第一歩だ」

 む、言ってる事には一理あるかもしれない。
 かも知れないけど・・・

なつき「お前の平常運転って、その万年ぐったりした魚みたいな状態だろ?」

 酷い言い様だけど、全く間違いは無い。
 いや、寧ろ魚に失礼だと思う。

槇月「おめぇにだきゃ言われたくねぇよ!このアンニュイ系の男女!お前だって召喚されてからこっち、だらけてるか喧嘩してるかじゃねぇか」

なつき「ああ?俺は依頼されたらちゃんと仕事はするんだよ!喧嘩はついでだ」

槇月「俺だってそうですぅ!寧ろ周りのもの壊さない分、俺の方が環境に優しいね!」

なつき「ふざけんな、このゴロツキのロクデナシ!少しは鉄の棒ぶん回す以外の事してみろってんだ!」

槇月「あんだと?」

なつき「やるのか?」

 シャーッ、とか叫んで威嚇しあってる。
 ああ、また始まった・・・。
 何で僕はこんな人達と一緒なんだろう?
 また憂鬱な気分になった・・・。


 ○罪か呪いか

84はばたき:2012/03/19(月) 21:43:05 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp
 右の掌に、ぞぶりとした感覚が湧き上がる。
 手の中に生まれた黒い”種”を見ながら僕はまた少し陰鬱になる。

アオナ「僕の・・・”呪い”か」

 記憶の全てが戻ったわけじゃない。
 でも、”これ”の使い方だけは、何故か克明に覚えてる。
 それは単に戦う手段だから体が覚えているからだろうか?
 それとも・・・

アオナ「僕は、これで何人”呪った”のかな・・・」

 死者に仮初の生を与える力。
 より正確に言うなら、これは『他人の力を奪う為に一時的にヒトを別の存在にして蘇らせる力』だ。
 僕と同じ、ヒトではない何かに・・・。
 これの使い方を覚えているのは・・・僕がかつてこの力で何人ものヒトを呪ったからかもしれない。

なつき「だったら、どうするってんだ?」

アオナ「僕の中には、確かに僕じゃない、僕の知らない”力”があるんです。それってつまり・・・」

 少なくとも、僕は何人ものヒトの死に目に会ってきたのだろう。
 それを正確に思い出せない薄情さも嫌になるが、何よりその相手に僕はこの力を振るってきたんだ。
 その事実が怖い。
 なまじこの力の意味を知ってるだけに、尚の事胸に苦しい。

なつき「気にしすぎじゃねぇの?別に、お前が望んでそれをやってきたわけじゃないんだろ?」

アオナ「そう・・・だと思いますけど」

 記憶が無いんだ、言い切れる自信が無い。
 確かにこの力を使えば、相手が神様でもその力だって奪い取れる。
 幾らでも強くなれる証明でもあるかもしれない。
 でも、それはつまり僕が強くなるって事は、それは誰かを犠牲にしなけりゃいけないって事で・・・。

なつき「そうかねぇ、俺は便利だと思うけど」

アオナ「便利だなんて・・・」

なつき「だって、もし俺が死んでもその時は、俺の能力をお前が再利用してくれんだろ?」

アオナ「っ!?」

 言われた言葉に、背筋を這い上がる悪寒。
 喉が詰まるような感覚に、嘔吐感すら覚える。

アオナ「冗談でも、そんな事言わないで下さい・・・」

なつき「あん?割と本気だぞ?」

 尚更始末に悪い。
 どうして、皆そんな何気なく戦いを受け入れられるんだろう・・・。


 §


槇月「ああ、ちくしょう。嫌だねぇ、こう数ばっかある連中ってのは!」

 言いながら目の前の”僕のような何か”を斬り倒す。
 偽者だっていう事は解っていても、やっぱり気分のいいものじゃあないな。
 実際今しがた僕が倒した相手も、仲間の模造品だ。
 正直、辛い。

槇月「紛いモンに情けなんて掛けてたら身が持たねぇぞ」

85はばたき:2012/03/19(月) 21:44:00 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp
アオナ「解ってます」

 こいつらにマトモな思考回路があるかは疑わしい。
 ただ猛然と襲い掛かって来るだけの相手に、一々感傷なんてしてられないのだろうけど

アオナ「気分は、いいものじゃない」

 憂鬱だ。
 吐き気がする。
 敵も味方も、何人同じ顔を打ち倒しただろう?
 数えるのも嫌になるし、数える気も起きない。

なつき「かぁー、つまんねぇ。こんな木偶の集まり幾ら潰しても退屈しのぎにもなりゃしねぇ」

 何で、皆は平気なのかな。
 僕より強い気持があるからだろうか?
 仲間や自分と戦っても、揺らぐ事が無いのは皆が強いからだろうか・・・。

道元「ふん、木偶が木偶を倒していい気になりおって」

なつき「ああ!?」

 僕ら以外の声を聴いて、思考に沈みかけた意識が引き戻らされる。
 そうだ、ここは戦場。
 油断なんてしていい場所じゃない。

道元「無駄な足掻きをしおる。幾ら戦おうが、貴様らに勝ち目など無いというのに」

なつき「言ってくれんじゃねぇの。数に頼むしか能のねぇチキンどもが。雑魚の相手は飽き飽きしてたんだ。丁度いい機会だしここでぶっ飛ばしてやんよ!」

 そうだ。
 僕等は一刻も早く戦いを終わらせないといけない。
 その為にもようやく姿を顕した本物の敵を逃す手は無い。

道元「お前らの相手など、ワシ自らが務めるまでもない」

槇月「っ!雪花霞!アオナ!!」

アオナ「え?」

 危機を告げる叫び声に。ヒートアップしていた頭が冷える。
 それと同時に、僕の体は誰かに突き飛ばされていた。

アオナ「っ!なに、が・・・」

 一瞬
 目の前に映るものが理解できなかった
 僕がさっきまでいた場所には風変わりなオブジェ
 ヒトのカタチに長い爪のようなモノを生やした物体
 白い肌の色に、一際栄える鮮血の紅・・・

アオナ「あ・・・あ?」

アルフィー「残念。二人同時に仕留めるつもりだったのに♪」

道元「ふん、咎人は逃したか。自動人形風情が余計な真似を」

槇月「てめぇら!!」

 ガン、て鋼が地面を打つ音も

アルフィー「ふふふ、惜しかったけど、一人でもやれば十分かしら」

道元「肝心の奴が残っては話しにならん・・・が、まあいい。ここで欲を出して元も子も亡くしてはお笑い草よ」

アルフィー「では、ごきげんよう」

 煙に紛れて消えていく敵の姿も、視えてはいても理解できない。

槇月「くそったれ!おい、無事か!?」

86はばたき:2012/03/19(月) 21:44:42 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp
 目の前にあるものが何なのか
 脳が理解を拒む

なつき「・・・・」

 おかしい
 おかしいよ
 さっきまであんなに元気に動いていたはずなのに
 何で?
 どうして?
 どうしてもう、動かな―――

アオナ「うわあああああっ!!?」

 頭の中を色んな情報が駆け巡る。
 脳が割れそうに、心が砕けそうに僕の心に様々な映像が浮かび上がる。
 その全てが判然としない記憶だったけど
 その全てが、僕の魂に焼きついた記憶で
 頭が完全にどうかしてしまいそうになる寸前

槇月「このバカ・・・」

 首筋に感じた鈍い痛みに、僕の意識は刈り取られた。


 §


 ずるずると

 暗い滑った池の中でもがく

 体に絡みつく泥は不愉快で

 一刻も早くここから抜け出したいのに

 ―――返せ

 ここに居ちゃいけない

 こんなことしてる場合じゃないのに

 ―――カエセ

 脚に、腕に、肌に泥が絡み付く

 否

 ―――チカラヲカエセ

 僕の腕を取っているのは無数の・・・

 ―――イノチヲ、カエセ!!

アオナ「うわあああぁぁぁぁっ!!?」

 文字通り、飛び跳ねる勢いで起き上がる。
 全身は汗だく。
 鼓動は早鐘。
 ようやく悪夢から解放されても、体にはその余韻が残っている。
 ひどく苦しい。
 ・・・いや、悪夢?
 そうだ、悪夢はまだ終わっていない。
 これから突き付けられる現実はきっと―――

なつき「お、やっと起きたか」

 ・・・・・・へ?

なつき「全く、心配させんじゃねぇよ。ぶっ倒れて魘されて、どいつもこいつも苦労が絶えねぇな」

アオナ「し、心配って、それは・・・!」

 こっちのセリフだ。
 あの時確かに、この人は胸を貫かれて・・・

87はばたき:2012/03/19(月) 21:45:27 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp
アオナ「雪花霞さん・・・ですよね?」

なつき「まだ寝ぼけてんのか?それ以外の何に見えるってんだよ」

 無事、だったのか。
 よかった。
 本当に良かった!

なつき「な!?おい、こら!」

 よかった、生きてる。
 体温もある。
 鼓動も感じる。
 ちゃんと生きてるんだ。

槇月「おお、なんつー熱烈な抱擁だ。よかったじゃねぇか」

 と、ふいに掛かった声に、我に返る。
 熱烈?抱擁?

アオナ「・・・・・・」

 腕の中に感じる、絹のような肌の感触。
 見上げれば、空が見えないくらい豊かな胸。
 しがみついた僕の体は、身長の差からその谷間に頭を突っ込む形をとってて・・・

アオナ「うわわわっ!!?」

 我ながら、自分がこんなに素早く動けるなんて知らなかった。
 飛び退いた僕の様子に、雪花霞さんは冷めた目で

なつき「んだよ、そんなにご不満だったか?お前は貧乳派か?」

 正直、そういう問題じゃないと思う。

槇月「まあ、少年には刺激が強すぎたんだろうさ」

 ニマニマ笑ってるこの人は、確実に楽しんでいる。

槇月「で、正直どうだった?まんざらでもないか?それともやはりあの質量は兵器か?」

アオナ「ええ、まあ・・・って違う!」

 普段から女らしさも欠片もない雪花霞さんだけど、今改めてぶすっと頬を膨らませているのを見ると・・・

なつき「つまねー。ベタなリアクション取りやがって」

 うん、やっぱり無いな、これ。
 正直ちょっと頭が痛い。
 いや、そんな事より、

アオナ「でも、どうして?」

 あの時、確実に致命傷を負った筈だ。
 体温が失われていく感覚も、忘れようがない。

なつき「バカにすんじゃねーよ。あんなのでくたばってたまるか」

槇月「ま、俺らとは体の造りが違うって事だろうよ」

 そういうものなのかな?
 いまいち釈然としないけど、生きていてくれたのは素直に嬉しい。
 けど・・・

なつき「おめぇ程じゃねぇよ。ゴキブリみたいな生命力してるくせに」

槇月「おいこら、折角ピンチを救った仲間をゴキブリ扱いか?俺がゴキブリなら、お前はプラナリアだろうが」

なつき「なんだと・・・?」

槇月「なんだよ?」

アオナ「・・・・・・」

 メンチを切り合っていた二人の視線がふいに僕を向く。

88はばたき:2012/03/19(月) 21:46:04 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp
槇月「どした?いつもならため息でもついてるだろうに、何をそんな暗い顔してんだ?」

 確かによかった。
 雪花霞さんが無事で。
 でも、あの時の感触が忘れられない。
 脳裏を奔った記憶の残光が―――

アオナ「いやだ・・・」

 カラン、と音を立てて僕の手から銃が落ちる。
 同時に、僕の中から大切なものが落ちていく。

アオナ「もう、嫌だ。敵も味方も、誰かが死ぬのを見るのは嫌だ」

槇月「お前・・・」

 好き好んで戦ってきたわけじゃない。
 ただ、命じられるまま、頼まれるまま、記憶を取り戻すために、元の世界に還るためにと戦ってきた。
 でもそれも限界だ。

アオナ「僕は皆みたいに強くない・・・」

 この戦いを終わらせようとする人。
 元の世界に還ろうとする人。
 因縁に決着をつけようとする人。
 大切なものを守るために戦う人。
 信念を貫き通そうとする人。
 色んな人が色んな理由で戦ってる。
 でも僕は・・・

アオナ「耐えられない。殺し合ってまで取り戻したい自分なんてない。人を殺してまで帰りたい場所があるようにも思えない」

 何より

アオナ「何の為に戦うのか。その理由が僕にはない・・・」

なつき「おいおい、何を呆けてるんだよ。それじゃあ、お前はこんな世界で何をしようっていうんだ?」

アオナ「解りません・・・」

 解ってる。
 ここに呼ばれた以上、僕らは戦うしかないってことも。
 でも、僕の心はそれに耐えきれない。
 引き金を引く覚悟が、僕には足りなさ過ぎる。

なつき「バカかお前?ならむざむざやられて消えるのを待つ気かよ!」

アオナ「そうなっても仕方ないじゃないですか!」

 僕には戦う覚悟無い。
 強い気持ちで戦いを乗り越えていく気概が無い。
 僕は―――戦士にはなれない。

アオナ「・・・すみません、暫く一人にさせてください」

 僕の言葉に雪花霞さんが反論しかけるが、それを制す腕があった。

槇月「まあ、戦いたくないってんならそれもありだろうけどよ」

なつき「おい!」

槇月「戦えない、ってんなら話は別だ。ちゃんと理由見つけてくれば戦えるはずだからな」

 理由か・・・。
 そんなの見つかるのかな?

槇月「見つけてこいや。その為にお前、一人になりたいんだろ?」

アオナ「っ!すみません・・・」

 その心遣いを無駄にしたくない。
 だから僕は歩き出す。
 せめて、自分が戦う理由を見つけるために―――

89はばたき:2012/03/19(月) 21:46:41 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp
 ◇interlude


なつき「いいのかよ。行かせちまって」

 歩き出した少年の背中が見えなくなった所で、ぶっきらぼうな声で尋ねる。

槇月「こればっかはあいつの問題だからな。外野がとやかく言って解決するようなモンでもないだろ」

 やれやれ、とばかりにため息を付いて、侍はその場に腰掛ける。

なつき「ま、確かに甘やかすばかりが仲間じゃねぇよな」

槇月「そういうこった。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすってな」

 その言葉に、自動人形の少女は複雑な表情を浮かべる。

なつき「お前との子供なんて世界が滅んでも嫌だな」

槇月「そこかよ!?」

 それはそれは味のある、心底いやそうな表情だった。


 ◇interlude【閉】


 僕が戦う答え。
 それは考えて得られるものじゃないかもしれない。
 だって僕には確かに元の世界で”戦っていた”記憶があるんだ。
 判然としない記憶だけど、僕の体に染みついた動きが否が応でもそれを思い知らせてくれる。
 なら、記憶が戻れば僕は戦えるのかな?

アオナ「でも、それは怖いな・・・」

 誰ともなしにごちてみる。
 そう、怖い。
 僕の力は呪いだ。
 その力を振るってきた僕が戻るってことは、また誰かを呪うことかもしれない。
 何より
 その恐怖を乗り越えるんじゃなくて、感じなくなるのかもしれない。
 そう考えると無性に自分が怖かった。

アグル「そこまでわかっていて何故あがく」

 そんな僕の呟きを拾う様に姿を現す敵。
 いや、今の僕に敵と呼んでいい相手がいるのかも疑問だけど。

アグル「他者より掠め取るだけの業に苦悩する。貴様の方が少しは彼奴よりマシかもしれんな」

アオナ「そんな事はないですよ・・・」

 少なくともハヅキさんは僕よりずっと強い。
 ちゃんと理由を見つけて、自分の宿命に立ち向かっているから。

アグル「宿命?笑わせる。我らに与えられたのは他者から簒奪する”呪い”のみよ」

 ”呪い”
 その言葉が何より重い。
 この人は、立ち向かう事もよしとしないのか。

アグル「故にそれは滅さねばならぬ。貴様も彼奴も、そして私も許されざる咎人よ」

 言って、サーベルを抜き放つ。
 僕も応えるように銃を抜くけど、正直戦える自信はない。

アグル「戦意も無しに構えを取るか。だが容赦はせん!」

 宙を自在に舞うサーベルをかわして転がる。
 戦う意志も覚悟もないけど、それはイコール死んでもいいって事じゃないから。

アグル「抵抗するか。それも已む無し。死を忌避するは本能故」

 本能か。
 そんな安い言葉で片付けて欲しくない。
 僕は戦う理由を見つけて、皆の信頼に応えなきゃいけないから。

アグル「だが、それは無意味だ。この場で貴様は散らねばならぬ」

 言葉通り、容赦のない攻撃。
 僕が生きていられるのは、如何なる幸運なのかと思う程だ。
 でもそんなのは長く続かない。
 次第に追い詰められていく体。
 心の強さで負けてる僕が、この相手に適う筈なんてないんだ。
 でも・・・

90はばたき:2012/03/19(月) 21:47:17 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp
アグル「さらばだ。恨むなら、その生まれ持った業を呪うがいい!!」

 瞬間

 僕の中で何かのスイッチが入った

アオナ「・・・・・・ない」

アグル「むっ?」

アオナ「好き好んでこんな風に生まれてきたわけじゃない!!」

 遮二無二に撃った閃光が、明らかに油断していた相手に諸に直撃する。
 全くの偶然だけど
 致命傷には至っていないけど
 それでも

アグル「くっ、侮ったか」

 退かせるには十分。
 それ位強い思いを込めての一撃だった。

アオナ「罪ってなんだよ。僕だって望んでこんな力を欲したわけじゃない!」

アグル「望もうと望むまいと変わらぬ。ヒトは生まれを選べぬのだから、生まれ落ちた事が間違いであるモノとていよう」

 なんだよ・・・

 なんだよ、それ
 
 そんな理由が罷り通っていいのか?

 去っていく影を見送る。
 僕には追撃を続ける強い気持ちはない。
 それでも、僕の中に何かが生まれ始めた。


 §


 煩悶とした思考は消えない。
 自分の中にやるせなさが溜まってイライラする。
 なんだよ、なんでだよ。
 生まれを選べないから呪われたモノだっている?
 そんなの・・・

アオナ「そんなの誰かが決める事なのかよ・・・」

 ぞぶりと浮かんだ手の中の”種”を見る。
 僕の呪い、僕の罪。
 でも、それって何なんだ?
 生まれを嫌悪したって無理はない人だっているだろう。
 でも、それを他人が決めるのは間違っている気がする。
 そんなのは、

アオナ「そんなのは思想の押しつけじゃないか」

 それは、許しちゃいけないことだと思う。
 だから、だから僕は探さなきゃ。
 この問いの答えを。
 せめてこの世界にいる皆はどう思っているのか。それを聞かなきゃいけない。


 §


道元「それで儂のところへ来たと?」

 歩き回った挙句最初に出会ったのは、多分雪花霞さんの仇と言える相手。
 でも今は憎しみより、この問いへの疑問の方が勝っている。
 だけど・・・

91はばたき:2012/03/19(月) 21:47:53 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp
道元「下らぬ」

 一笑に付されてしまった。

道元「咎人風情が一端に生きる意味を探るとは。貴様は所詮、他者を呪う禍よ」

アオナ「僕が望んだものでなくとも?」

道元「ふん、どんな理屈を捏ねようと自然の理に反するモノは禍しか呼ばぬ。理の外にあるモノは人間にとって害でしかないのだ」

 問答をするのも嫌だとでもいう様に謳い上げる文句には確かに一理あるのかもしれない。
 人間は自分の認識の外にあるモノを忌避するから。

道元「解ったか?貴様らは存在を許されぬ。貴様も、あの自動人形の娘共も、魔の血を引く小僧共も、そしてあの紛い物の小娘も、簒奪者共も」

 その言葉は毒の様だ。
 僕の中を蝕んでいく。

 怒りで

アオナ「そんな理屈で傷つけたのか?」

道元「何?」

 そんな、そんな手前勝手で狭量な思考が雪花霞さんを、仲間を傷つけたのか?

アオナ「僕を咎人と言うのはいい。自分だってそうかもしれないって思ってる」

 でも

 でも、あの人達を

 自分を信じて懸命に生きてるあの人達を

 嘲笑うのだけは許せない!

アオナ「皆生きてるんだ!受け入れてもらって、大事だって思う人がいて繋がりを持って生きてるんだ!」

 そう叫んだ僕の周りを光球が舞う。
 これは決別の意思表示だ。

道元「吠えるな小僧!繋がりだと?隣人を気取って人に仇名す禍が!存在そのものが人を脅かすモノが人といられるものか!」

 光球を束ねて螺旋と化す。
 その一撃は、相手の張った結界に事如くが弾かれる。

道元「忌々しい。我が流派の技を使うか。それも奪ったものであろう?何の苦も無くその力を得て、我らの千年の歴史を愚弄する咎人めが!」

アオナ「苦も無く?ふざけるな・・・僕だって苦しんだ。この力を使う事の意味も知らないで・・・誰かの気持ちを受け継ぐ事の重みも知らないで、あなたこそ人の想いを愚弄している!」

 この力は呪いかもしれない。
 でも奪う為に使ったのなら、僕は迷ったりなんてしなかった。
 この力はきっと託されたのだから。
 死にゆく人が僕に未来を託して渡してくれたものだから!

道元「戯言を!我らが守ってきたのだ。人を、この世を!我らがいたから人は栄華を極めた。その我らの成すことが正しくないわけがない!」

アオナ「それが本音かぁっ!!」

 この人は妄執なんだ。
 過去に縛られ、過去に固執し、前に進むことを忘れた老人だ。
 何も見ようとしないで、かつての記録に自分の正しさを委ねる。
 自分で考えもしないで、止まったままで過去の栄光を自分のモノと取り違えた。

92はばたき:2012/03/19(月) 21:48:24 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp
アオナ「だから、僕はあなたに負けない。あなたを許さない!旧い記録に踊らされて、未来を奪おうとするモノと・・・」

 僕は、戦う!

アオナ「解」

道元「バカな!?我が結界を悉く祓うだと!?」

 これも、受け取ったものだ。
 記憶の裏にある誰かが、僕を守るためにくれた力だ。

道元「ありえん、ありえん!咎人が我らの流儀を我ら以上に使うなど・・・」

アオナ「僕じゃない」

 これは、未来を見据えて研ぎ澄ましてきた誰かが僕に任せてくれたから

 だから、あなたを超えるんだ

アオナ「解」

 背理法。
 この世が全て理によって成されるならば
 それを解き放つのが天薙の奥義ならば
 今ある”理”を解くのもまた可能

道元「ありえん・・・儂ら以外のものが、その極みを使うなど・・・あっては・・・ならん・・・」

 最期まで
 あの人は頑なに自分の殻に籠って消えていった。

アオナ「ふう・・・」

 思わずため息とともに、その場に頽れた。
 無我夢中で戦っていたけど

アオナ「僕なりの答えは、見つかったのかな?」

 ◇あとがき◇

アオナ・オーシェットというキャラクターの肝は『旧き因習』です。
旧い価値観、旧い思想。
長い時の中で、進化していかねばならない筈のモノが停滞してしまった世界。
それが彼の登場する物語のキーであり、四人いた主人公の中でもアオナはそれに真っ向から向き合う事になるキャラクターでした。
伝統を歴史を大事にすることは大切な事ですが、そこに固執して新しく目に映るモノに向き合おうとしないのは愚かしい事だと思います。
社会と言うのは生き物であり、変化ではなく”進化”していくものだと思います。
多くの人が先人の言った事を吟味し、考え、これじゃダメだ、ならこうしたらどうだ!と試行錯誤を重ねてきたからこその今がある。
”過去”は学ぶべきものであり、”今”は造り替えていくもの、そして”未来”は成長していくもの。
区切る事は出来ないし、価値観と言うのは、良い悪い、旧い新しいで括れるほど甘いもんじゃない。
積み重ねる事、それを忘れてしまわない事が大事、と言うテーゼでしたか、上手く回せたかどうか・・・(苦笑)。

  【完】

93はばたき:2012/03/19(月) 21:53:18 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp

◆『DISSIDIA HABATAKI INFINITY』 Take6◆


 ザザーン、なんて波音が心地よい。
 澄み渡るような空気がおいしい。
 本日も晴天なり。
 世界はこんなにも綺麗で、
 我が心はこんなにも空虚―――

 だが

 それがどうしたというのだろう?
 記憶を失い、秩序に仕える戦士として、世界の安定のために戦う。
 我ながら似合わない舞台だと思うが、それもよし。
 世界の安定の為、元の世界に戻る為。
 その為に我が力が必要とされているのなら喜んで力になろう。
 神を、世界を救うために。
 戦いを終わらせるために。
 何よりも―――!!

純星「この空前絶後の美少女怪盗、鈴燈純星の名を三千世界に刻み込むために!!!!」

零「うるせぇ」

純星「にゃぎゃあああぁぁぁっ!!!?」

 こ、この脳を貫く雷光の様な痛み!
 まずい、これは奴の攻撃だ。
 そう

純星「こ、これが噂に名高き精神矯正宝具『四象伝来究極奥義地獄ウメボシ(あーぱーめっさつけん)』・・・わなわな」

零「さらっと設定を追加するな。後、なんだそのルビ」

純星「つーか、仲間相手にHP攻撃とかエグくね?あたしら仲間だよね?」

零「HP攻撃?よくわからんが、そのメタメタしい言霊を続けて吐くようなら、次は姫のところに放り込む」

 ゲェーーーッ!!?
 この折檻ネコミミ、マジ容赦ねぇ!
 あたしは女の子よ?
 美少女よ?
 もうちっと丁寧に扱っても罰は当たらないどころか福が来るってもんよ。
 たく、あたしがバカになったらどうしてくれるんよ。

ハヅキ「安心しろ、それ以上バカになったら一周廻ってお前はヒロインだ」

純星「そうそう、ってなんだそりゃ!?あたしはヒロインじゃないってか!!?」

 そんなバカな話があってたまるか!
 残されたメンツの中で、あたし程ヒロインに相応しい存在もいないだろうに!

純星「秩序の為に戦う美少女!これ程絵になる存在もあるめぇっ!そう、あたしが、あたし達が!ヒロインだ!!」

アオナ「達って・・・増えてるじゃないですか」

零「そもそもお前、そんな殊勝なキャラじゃないだろ。最初の心象風景とセリフが何一つ一致してないだろうが」

 なあ!?
 まさか心を読まれていたのか?
 くそう、ニュータイプだからって心を読むのはズルい。

零「誰がニュータイプか。そもそも心の声が駄々洩れなんだよ、お前」

 フッ、そういう事か・・・。
 隠し事の出来ない正直なあたし。
 そんなピュアなあたしにトキメクぜ?

94はばたき:2012/03/19(月) 21:53:56 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp
零「ときめくか」

純星「にゃぎゃあああぁぁぁっ!!!?」

槇月「大丈夫か?あいつら・・・」

リフィア「知らん」


 ○純真


 ザザーン、なんて波音が心地よい。
 澄み渡るような空気がおいしい。
 本日も晴天なり―――

純星「って、これじゃオープニングの繰り返しじゃんよ!?」

 ひゅー・・・なんて風音が通り過ぎる。
 孤独の表現としてはお約束だ。
 うん、結構結構。

純星「そうじゃねぇよ!チクショウ、皆どこ行ったぁ!!」

 たぁーーたぁーーたぁーー・・・なんて木霊が通り過ぎる。
 これまた孤独の表現としてはお約束だ。
 うん、結構結構―――

純星「だから、そうじゃねぇって言ってんだろ!?」

 おかしいでしょ、これ?
 あたしらは皆と合流するために、ねぐらへ帰ろうとしてしてた筈なのに・・・。
 ったく、姫っちの案内当てになんねー。
 ふう
 やはり、この空間把握能力的なノリはある、と言われたあたしが先導すべきだったか・・・。

純星「なあ、お嬢。お嬢もそう思うよな!」

 シーン、という擬音が画面に映る。
 またまた孤独の表現としてはお約束だ。
 うん、結―――

純星「ち・が・う!っつてんだろーがぁっ!!」

 全く、ここに卓袱台があったらひっくり返してる所だったぜ・・・。
 巫女リス、姫に続いてお嬢も戦線離脱か。
 まあ、簡単にやられるような連中ではないし、あたし程じゃないにしても、皆しぶとさには定評がある。
 だけど、ここまで消耗が激しいのはきついかもしれない。
 これは厳しい戦いになってきたぜ。

純星「・・・・・・っていうか、あたし、はぐれた?」

 カァーカァー、なんてカラスの鳴き声が幻聴で聴こえた。ここカラスとかいないしね。
 飽くなき孤独の表現としてはお約束だ。
 う―――

純星「だからもうそれはいいっつーの!!」

 うわ〜ん!なんだよ、皆して居なくなることないじゃんよ〜。
 そりゃ、あたしは最強だー!!とか調子乗りましたよ?
 でもでも、あたし言うほど強くないからね?
 カミングアウトするけど最弱自信あるからね?

純星「あ〜、でも、ハヅキちゃんよりは強いかな?」

 ・・・・・・
 うん、孤独の解りやすい表現もネタ切れだ。

純星「はあ・・・誰もいないって、なんかやだな」

95はばたき:2012/03/19(月) 21:54:32 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp

 §


 ぽちゃん、なんて音が空しい。
 ちょっとその辺の水辺で小休止。
 ちょっち青い水に映ったあたしの顔色も微妙に不健康。
 センチメンタルなブルーな気分をよく表しててて大変よろしい。
 その皮肉っぷりが無性に腹立つっていうか、誰もいなくてもそういう風に思える辺り、世界ってよく出来てると思う。
 でも、幾らそう思っても、この静寂は消えてくれないわけで。
 はあ、つまんない・・・。

純星「ツッコミって大事だったんだなぁ・・・」

イグナイトス「いや、お主、心象風景とセリフが何一つ一致しとらんよ」

 何!?
 いつの間にか、また心を読まれた!?
 くそう、ニュータイプのバーゲンセールだな・・・。

イグナイトス「いや、お主心の声が駄々洩れ―――」

道元「つまらん茶番に付き合うな」

 む?もう一人居やがったか・・・。
 これは・・・

道元「ふん、理から外れた化け物風情の言葉に耳を傾けるも不愉快よ。さっさと始末していくぞ」

イグナイトス「おいおい、随分な言い様だの。相手は子供ぞ?多少大目に見てやらんか?」

純星「・・・・・・」

道元「外れモノに子供も大人もあるか。アレも存在を許されぬモノ。討ち果たされて消えるが世の為」

イグナイトス「どいつもこいつも・・・。こんなだから儂らは混沌の軍勢なんぞと呼ばれるんよな」

純星「・・・・・・」

イグナイトス「見てみい。お嬢ちゃん泣いておるではないか。いや、怒っとるんか?」

純星「・・・・・・いやっはぁーーーー!!!あたしの時代到来!!」

イグナイトス「は?」

純星「ふふん、あたしのミリキに引き寄せられ、やってきちまうとは運がない・・・」

イグナイトス「あ・・・もしもし?」

純星「まあ、おっさん二人と言うのが頂けないが、ロマンスグレーのナイスミドルも誘蛾灯の如く引き寄せちまう我が身が憎い!」

イグナイトス「お〜い・・・」

純星「おおと!何も言う事はない。あたしが秩序の最強、基最高の美少女というのは揺るがぬ事実だ。恥じ入る事はない」

イグナイトス「いや、あのな―――」

道元「ふざけおって!!」

 ビーンと大気を震わす絶叫。
 こ、これは・・・

道元「戦場において貴様のような不埒者がいる等度し難い!戦いの気概もなく惚ける浅ましいその様、許し難し!!貴様ここを何と心得る!!」

純星「ツッコミキター!!これで勝る!!」

96はばたき:2012/03/19(月) 21:55:07 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp

道元、イグナイトス「「何にだ!?」」

 細かい事気にするんじゃないよこのロートルどもが。
 あたしは今、猛烈に歓喜してるんだから。
 いやぁ、やっぱツッコミは大事だね!
 ようやく話の合う相手と会えて嬉しいよ。

道元「何一つ話が合っていないではないか!?」

 なんかもう怒りを通り越して絶望的な顔してるけどまあいいや。
 ふっふっふ、ようやく調子が出てきた。
 これからがこの純星様のオンステージよ!!

道元「・・・・・・」

イグナイトス「呵々呵々。開いた口が塞がらんのう。なかなかタフな娘御だて」

純星「褒めたって何もでねぇぜ?」

 ファファファ、と笑いあうあたしと金色のおっさん。
 ん〜、ノリのいいのが居てくれて助かるよ。

道元「・・・莫迦共が。儂は貴様らのようなふざけた輩が一番癪に障るのだ」

 んだよ〜、こっちのおっさんはノリ悪いなぁ。
 なんか殺気がビリビリ来てるし、やるの?やる気?

道元「それ以外の何がある!イグナイトス、貴様は下がっとれ。こやつの様な外道の部類は儂が調伏する!」

イグナイトス「あ〜、お主がそれでいいなら儂は手を出さんよ」

 ほっほう、一対一をお望みかい?
 馬鹿な奴め。
 手を借りれば勝機もあったものを・・・。

道元「滅却だ!塵一つ残さずこの世から―――!!」

純星「SHU☆BA☆RU☆チョーーーップ!!!」

道元「げふあっ!?」

 先手必勝!
 背景は星々を砕くようなイメージの車○テクスチャーで吹っ飛ぶおっさん!!

道元「に、肉弾戦だと・・・?き、貴様―――」

純星「純星チョップ!純星チョップ!純星チョップ!!」

 間髪入れずにドイツの超人の様にチョップの雨を降らせるあたし!
 いやぁ、様になるね!

道元「ま、待て!き、貴様、異能の力はどうした!?」

純星「にゃ?」

 異能?
 え?あたしってばなんか超能力とか持ってるの?

道元「戦い方すら思い出していないのか!?このアホ娘は!?」

純星「んなモン知るかぁっ!つか、その言葉は聞き捨てならねぇ!!」

 渾身の純星チョップを叩き込むが、寸での所で逃げられる。
 ち、もう一息だったものを。

道元「お、おのれ・・・折角張った結界の事如くが役に立たんではないか!!」

 にゃははは!
 地団駄踏んでも戦力差は覆らねぇぜ?
 大人しく、あたしの手刀の錆となれ!

97はばたき:2012/03/19(月) 21:55:56 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp
純星「とりゃあ・・・す〜ば〜る〜―――」

イグナイトス「呵々、全く面白い娘よ。しかし、相性は最悪だのう。どうする?」

道元「くっ!釈然としないが、ここは退くしかあるまい」

イグナイトス「だのう。折角の策もすべて裏目に出てはのう。くっくっく・・・」

純星「ダイナミッ―――あれ?」

 必殺の純星斬りを見せてやろうとしたら、いつの間にか敵の姿がない?

純星「くっ、格好いいからと言って、技の瞬間に目を瞑っちゃそりゃ、ダメだよね・・・」

 とんだ盲点だったぜ。
 ていうか・・・

純星「また一人じゃんよー!!うわ〜ん!!」


 ◇interlude


麗「ねぇねぇ、聞いたぁ?道元のおじさんがボコボコにされた話♪」

 一面の岩荒野。
 軽いノリのセリフに、仮面の女は訝しむ様な声で答える。

アルフィー「何のその喋り方。気持ち悪いわね」

麗「失礼。折角の女同士の会話なんだ。こういうノリも偶には楽しいかと思ってね」

 肩を竦めて笑う着物ドレスの女。
 その眼は喋るのが楽しくて仕方がないといった風情だ。

麗「しかし、彼も間抜けだ。まさかあんなのに遅れを取るなんてね」

 あんなの、とは言うまでもない。
 秩序の戦士の中で一人だけ明らかに毛色の違う少女。

アルフィー「全くね。秩序の神も耄碌したかしら?」

 明らかに喚ぶモノを間違えたとしか思えないイロモノ。
 それが鈴燈純星という少女に対する混沌の・・・いや、若しかしたら秩序も含めた戦士達の総意であるかもしれない。
 いや・・・

赤薔薇「そうかな?私には彼女が戦士達の中で一番強く見える」

 意外な所から意外な意見が飛び出したことに、二人の女は目を丸くする。

アルフィー「あら、永遠の求道者さんがあんな騒がしい娘に肩入れ?」

赤薔薇「騒がしいか・・・確かにそうかもしれない」

 手に持った、自分と同じ名前の花を見ながら男は笑う。

赤薔薇「だが、彼女は微塵も揺るがない。どの様な敵、どのような世界に直面しようと、何があっても揺るぐことはない」

 その在り方は不変だ。
 ならばその姿こそ、自分の求める”永遠”かもしれない。
 そう語る男の瞳は、錆び付いた色から一瞬の熱を湛える。

麗「買いかぶりすぎじゃないかな?」

赤薔薇「それは自ら確かめるまで」

 そう言って男は歩き出す。
 自らの求める答えに辿り着くために―――。


 ◇interlude【閉】

98はばたき:2012/03/19(月) 21:56:29 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp
 気付けばまた一人。
 いや、所々にうろつくパチモン共は居るんだけど、やっぱり話の出来る相手じゃないのでスルー。
 八つ当たり気味にボコボコ殴るんだけど、そうするとなんか胸の中がモヤモヤする。
 理由は簡単だ。
 此奴らの顔は皆とそっくりだから・・・。

純星「はあ・・・皆、今頃どうしてるのかな?」

 レナっちは言ってた。
 元々皆、個人の個人の事情があるんだ。共闘する必要なんて元から無い、って。
 それは確かにその通りだと思うし、何よりあたし自身が一番好き勝手やってる。
 ぶっちゃけ、神様とかどうでもいい。
 今は、今を楽しむのが何より大事。
 ”今”は”今しか”無いんだもの。

純星「チクショーーー!!敵でも味方でもいいから、誰か出てこぉい!!」

 山の上で思いっきり叫ぶ。
 今しかないのに。
 皆といられるのは今だけなのに。
 なのに、これじゃああたしがバカみたいだ。

ルシア「戦いがお望みかしら?」

 うお!?
 ホントに出た。
 何事も試してみるもんだにゃあ・・・。
 まあ、いいや!
 折角会えたのだから、ここは一つ・・・

純星「よう!吸血鬼のねーちゃん!今日も相変わらず美―――」

ルシア「寂しいのね」

 にゃ?

ルシア「強がっているけど、貴女は誰よりも孤独を疎んでいる。あるいは恐れて」

純星「にゃ、にゃにゃにゃ、にゃにを言う。あたしが怖いモノなんか・・・」

ルシア「貴女は誰よりも優しい。誰よりも失うことを恐れてる」

 いやぁ、そんな言い方照れるにゃぁ・・・

ルシア「・・・・・・」

 うう、冗談も通じねー。

ルシア「その名の通り、鈴の様に人を落ち着け、燈の様に眩しい。純粋な星の如く瞬き、道を照らす者。でも、それは全て他人に影響を与える力」

 ”他人が居なければ輝きを失う”
 そう締めくくられた言葉がなんだか胸に痛い。

ルシア「でも、それ故の秩序の戦士なのかもしれないわ。貴女の様に、誰かが居てこそ輝く者達。一人ではない、互いを支え合うからこそ貴女達が選ばれた。そんな風な気がするわ」

 だから、て言って剣を抜かれた

 試したいって事なんだろうけど

 でも変だな

 全然、やる気が起きないや・・・

ルシア「死地において見せなさい。貴女の覚悟を―――」

99はばたき:2012/03/19(月) 21:57:06 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp
赤薔薇「無粋な真似はよしてもらおう」

 殺気を吹き消すような声で我に返る。

赤薔薇「彼女の輝きは永遠だ。孤独に吹き消されるような軟なものではないよ」

ルシア「そう、貴方は彼女をそう捉えるのね」

 何か問題でも?
 なんてやり取りが交わされる。
 あの、なんかあたし置いてけぼりじゃね?

赤薔薇「この場は私に譲ってもらいたい。夜の女王よ」

ルシア「構わないわ。私は私でやる事がある」

 でも、と。
 ちらっとこっちを見られた気がした。

ルシア「努々、見誤らない事ね」


 §


 なんか、バカでっかい樹の上みたいな所で置いてきぼりにされたあたし。
 え〜と、これって助けられたって事なのかな?
 多分、マトモにやってたらあのおねーちゃんには勝てなかったろうし。

赤薔薇「何、礼を言うのは私の方だ」

 へ?
 あたし、何かしたっけ?
 ていうか、こいつ誰だっけ?

赤薔薇「有難う。私に”永遠”を魅せてくれて」

 えいえん?

赤薔薇「この身になって幾星霜。私は幾度となく朽ちていく世界を見続けてきた。如何なる生物、如何なる国、如何なる法、如何なる秩序も全ては時間とともに風化し、消えゆくばかり・・・」

 え〜と、スンマセン。
 話が難しくてわけ解らないんですが・・・。
 でも、そんな訴えは聞こえているのかいないのか、あちらは歌うみたいに喋りつづける。

赤薔薇「私は不変なるものを求めた。幾度とない試行錯誤。変わらぬ事象を求めて探求し続けた。しかし、真実の”永遠”を見つける事は―――」

 叶わなかった。
 なんて言うけど、それとあたしにどういう関係が?

赤薔薇「君は強い」

 うん、それは知ってる。
 いやぁ、あたしの実力を見極めるたぁ、大した彗眼じゃないか。

赤薔薇「そう、それだ。君は揺らがない。何があろうと、何を前にしようと。何も至高の存在に永遠があるのではない。身近にある唯人の在り方にも不変のモノは隠れていると、君はそれを教えてくれた」

 故に

 ありがとう、と

 お辞儀をするそいつに

 あたしは

 ムカっ腹が立った

100はばたき:2012/03/19(月) 21:57:41 HOST:zaq3d2e529b.zaq.ne.jp
赤薔薇「っ!?」

 走り出す脚

 突き出した拳は赤い薔薇に阻まれる

赤薔薇「何を?」

純星「何が解る・・・」

 アンタに何が解る!

純星「知った風な口利きやがって、永遠だ?不変だぁ?」

 それじゃ、まるであたしが進歩の無いバカみたいじゃないか!!

赤薔薇「気に障ったのなら謝ろう。そういう意味では―――」

純星「うっさい!ボケェ!!」

 思いっきり蹴り飛ばす。
 何があろうと変わらない?
 ふざけんな!
 皆と出会って、皆と一緒に過ごして、皆と別れて・・・
 その時、あたしがどんな気持ちでいたかも知りもしない癖に!!

純星「あたしはアンタみたいに表面だけ見て中身を見ようとしないやつが大嫌いなんだ!変わらないだぁ?あたしが喜ぶのも楽しいのも、寂しいのも腹が立つのも全部嘘だって言いたいのか!!」

 思いっきり殴りつけようとするけど、相変わらず薔薇一本であしらわれる。
 ちくしょう、こいつ強ぇ・・・。
 いや、あたしが弱いのかな?

赤薔薇「理解しがたい。君は何に激昂する?変わらぬことは強さだろう?私は賛辞を贈ったまでだ」

純星「んの、バカたれ!!変わらないから強いなんて・・・人は硬けりゃいい石っころとは違うんだよ!!」

 めまぐるしく変わっていくから楽しいのに。
 ”今”っていう時間は一瞬しか無いから大事なのに。
 あたしはいつだって全力だ。
 それは変わらない事かもしれないけど
 あたしの中でマグマみたいに煮えたぎって感情は、いつだって変わり続けてる。
 嬉しいのは悲しいのを知ってるから。
 楽しいのは寂しいを知ってるから。
 だから、悲しいを嬉しいに
 寂しいを楽しいに変えようと頑張るんだ!!

純星「ヒトをお前の枠組みにあてはめんなぁっ!!」

赤薔薇「悲しいな。君も私の虚を埋めてはくれないのか」

 薔薇が咲き誇る。
 無数の変幻を繰り返す薔薇が、あたしを貫いた。

赤薔薇「さようなら、変わりゆく定めのモノよ・・・せめて、永遠に変わらぬ死と言う終着点へ送ろう」

 だから―――!!

純星「あたしを止めるんじゃねぇやい!!」

 あたしの腕に顕れる武器。
 それは弓のようであり、琴のようであり

赤薔薇「それはっ!?」

純星「調子乗って今まで使ってこなかったけどさ・・・」


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