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スーパーRPG大戦α

1ゲロロ軍曹:2005/05/10(火) 20:57:42 HOST:p6140-ipad30okayamaima.okayama.ocn.ne.jp
参加作品
勇者指令ダグオン
仮面ライダー剣(ブレイド)Missing・Ace(ミッシング・エース)
仮面ライダー555(ファイズ)
仮面ライダーアギト
仮面ライダークウガ
ウルトラマンコスモス
金色のガッシュベル
鋼の錬金術師(想い出のソナタ編)
幻星神ジャスティライザー
特捜戦隊デカレンジャー
GetRide!アムドライバー
GetBackers=奪還屋=
ロックマンエクゼアクセス
最遊記(Gunlockまで)
テイルズ・オブ・シンフォニア
オリジナル
えー・・、とりあえず、上のような参加作品で進めたいと思います。オリキャラの設定などは、BBSの方をご覧ください。

449暗闇:2006/08/17(木) 22:41:13 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
そして外では副院長が、笑顔を崩さず、
副院長「……あの、聞いておられます?繰り返すようですが、ここは立ち入り禁止になっておりまして。遠慮していただきたいのですが?」
額からは、冷や汗が滴っている。ただの作り笑いだったようだ。
男の方は、やはり筆を止めなかったが、やっと口を開いた。
???「……近い内に消えてなくなる定めの風景。描き留めておきたくてね」
副院長「消えて……なくなるですって?なんのことですの……?」
???「それに……この山は国有地のはず。ならば、君達には来客を拒む権利はないはずだ。敷地内部ならいざ知らず……少し黙っていてくれないか」
副院長「な……!で、ですが、私たちは……」
???「……禁断の井戸と、フレイア異伝を守る義務がある……かね?」
淡々と言い、画家は副院長のシスターを一瞥した。
副院長「い、井戸……ですって?どうしてそれを……!」
修道女の顔を、旋律が駆け抜けた。画家の腕を掴むと、彼女はムリヤリ引き摺り立てるように、
副院長「い、行って!行ってください!ここはあなたたちの来るようなところでは――」
しかしシスターは手を止めた。
――画家の頬に、赤い筋が走ったからだ。
修道女の胸のロザリオが、男の顔に引っかかったのである。画家の痩せこけた頬から、先決が滴った。
副院長「あ……!」
副院長が口元を押さえ、絵描きは無言で、傷口に指を伸ばした。
指先に付着した真っ赤な液体を目にするなり、男の顔を、衝撃が駆け抜けた。
――男のパレットナイフが、空気を切り裂いた。
中年のシスターの喉から噴き出した鮮血は、空中で弧を描いた。
くずれおちる中年の修道女などには目もくれず、画家は自分の血を指で口元に運んだ。
筋が浮かぶ喉が、静かに上下する。
そして――男は呟いた。
???「……うん。血だ。血の味だ。私は人間だ」

450暗闇:2006/08/17(木) 22:41:49 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
ルイーゼ「ひ……!」
正門前で立ちすくむルイーゼの手から、トレイが落ちた。ポットと3つのティーカップが地面で砕け散る。一つは一緒に飲もうと思って用意した自分のカップだった。
やってきた若いシスターも、硬直した。
シスター「まさか……あれがノイエの言ってた……!?」
中年のシスター痙攣が終わるのと同時に、ゴツゴツした岩の陰から一斉に人影が立ち上った。揃って黒い戦闘機姿――手に持っているのは自動小銃である。彼らの中心にいたのは、美沙と鷲士がエジプトで戦った、例の肥満漢だ。
ヴァッテン「へっへっへ……タウンゼントさん?」
タウンゼント「……回る水を確保しろ、ヴァッテン」
呼応して、ヴァッテン――黒豚――がニヤリと笑った。
呆然と、ルイーゼは後退った。
ルイーゼ「そ、そんな……!画家さんなのに……画家さんなのに……!」
ボロボロと、涙が落ちていく。ささやかな夢を壊された少女の涙であった。
シスター「……来なさい、ルイーゼ」
幼い修道女の腕を取ると、シスターは大聖堂に向かった。回る水が封入された装置の横を通り、教壇に立つ。後ろを向くと、右脇の壁にかかる蝋燭立てを引っ張った。
ゴゴゴゴ……
鈍い音を立てて、壁が裂けた。隠し扉だった。
暗い空間が現れたと同時に、冷たい風が、ルイーゼの頬を叩いた。
シスターは首飾りを外すと、ルイーゼの手を取り、強く握らせた。
シスター「あなたはお行きなさい、ルイーゼ!」
ルイーゼ「で、でもっ、わたしっ……!」
シスター「この“フレイアの小鍵”を奪われたら、世界はあいつらの思い通りになってしまう!リッター村の惨劇を繰り返させるわけにはいかないの!外に出れば、ロープウェイの傍――街に下りたら、エルネストのお爺さんを頼りなさい!さあ!」
ルイーゼ「で、でも……シスターっ……」
口をパクパクさせるルイーゼだ。
すると――年上の修道女は、緊張の汗にまみれた顔で、微笑んだ。
シスター「本当の妹ができたようで嬉しかったわ、ルイーゼ。あなたも大人になれば分かる――未来へなにかを繋ぐということが、いかに難しくて面倒なことか。だけど――同時にないよりも大切だということが」
1人の人間としての正直な言葉だった。
それを最後に、壁は閉まった。幼い少女がなにか言おうとした刹那、壁越しに銃声が聞こえた。爆音の中に混じる悲鳴はシスターのものに間違いなかった。ルイーゼは動かなかった。動けなかった。
やがて――辺りが静まり返った頃、少女は背を向けた。歩き出したルイーゼの顔は、涙でクシャクシャになっていた――

451ゲロロ軍曹(別パソ):2006/08/30(水) 17:08:21 HOST:i219-167-180-103.s06.a033.ap.plala.or.jp
一方・・・
=日本=
ライオンオルフェノクを撃破したのを確認した巧は、すぐさまファイズドライバーからファイズフォンを取り外し、変身を解除するボタンをおす。それにより、元の生身の姿へと即座に戻った・・。
真理「巧、おつかれさま。」
啓太郎「たっくん、大丈夫?さっきので怪我とかしてない?」
巧「別にどーってことねーよ、あのくらい・・。」
そういってぶっきらぼうに答えながら、ファイズフォンなどの変身ツールをトランクにしまい、銀色のバイクに乗ろうとする巧・・。すると・・
睦月「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
慌てて彼を呼び止めるものがいた。それは、先ほどまでライオンオルフェノクとファイズになった巧の戦いを見ていた、睦月だった・・。
巧「・・なんだよ?わりーけど、俺たち急いでるんだよ・・・。」
睦月「・・それは、わかってる。けど、俺知りたいだ!あの化け物が一体何なのか、それに、あんたがさっき変身した、ファイズっていう仮面ライダーの事を・・!」
巧「・・仮面、ライダー・・?」
睦月のその言葉に、少し反応する巧・・。
真理「それってもしかして・・、ノンフィクション作家の白井虎太郎さんが書いた、あの本の・・?」
啓太郎「あ、あの本なら、俺も読んだことあるよ。・・でも、なんでファイズのことを『仮面ライダー』って呼ぶんですか?」
啓太郎の言葉に、睦月は「はっ!」となりながらも、答えることにした・・。
睦月「・・姿が、結構似てるからさ。・・4年前、俺もその、『仮面ライダー』の一人だったし・・。」
睦月のその言葉に、3人は「えっ!?」という驚きの表情を浮かべるのだった・・。そして、このままでは拉致があかないと思い、近くのファミレスに立ち寄ることにした・・。

452暗闇:2006/08/31(木) 17:50:21 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
=シルヴァランド・トリエット=
トリエットには、ひどい風が吹き荒れていた。
砂漠の花と呼ばれるこの街の半分は砂でできているのではないかと思えるくらい、いたるところに黄味を帯びた細かい砂が舞っている。
ジーニアス「止まって、ロイド!」
ひと通り街の中を歩いてみようと、砂の積もった小道を曲がろうとしたときだった。
ロイド「なんだよ、急に」
ジーニアス「ディザイアンがいる!」
ロイド「なんだって」
ふたりは曲がり角からそっと様子を窺った。
鞭を持ったディザイアンが4人、その場に立てられた掲示板の前で声高に話している。
ディザイアンA「フォシテス様からの緊急命令だ。ロイドという人間がエクスフィアを持って逃走中」
ディザイアンB「認識番号は?」
ディザイアンA「不明だ。至急全土に非常線を張れ!詳細はこの手配所にある」
ディザイアンB「はっ!」
彼らはあっという間に四方に散った。
用心深く掲示板に近づいたジーニアスは、ロイドを手招きする。
ジーニアス「手配書だ。ははっ、似顔絵までついているよ」
ロイドは、自分の顔だというその絵を一目見て絶句した。
ぼさぼさの髪、ひしゃげた顎のライン。目つきが悪いのも気に入らないが、全体の印象が間抜けっぽいのが一番カンに触る。
ジーニアス「ね。ロイドでしょ。すごいデフォルメなりに、けっこう特徴をとらえて……」
ロイド「……俺、こんな不細工じゃねえよなあ」
ジーニアス「え?そ、そうだね。これなら絶対捕まらないよ。よかったじゃない」
ジーニアスは、あわてて笑ってみせた。
ジーニアス「とにかく用心だけはしながら、早くコレットを探さないと」
ロイド「ああ。誰かに聞いてみよう」
ロイドは辺りをキョロキョロと見回した。
ロイド「あそこがいいかな」
彼は、ボロボロの小屋を修理している男を見つけると、熱い砂の上を歩いて行った。
ロイド「おじさん」
男「ああん?店なら今日は休みだぞ。昨日の砂嵐で屋根が飛んじまってなあ。やっといま直したとこだよ」
ロイド「ちょうどいいや。ふたつ頼まれてくれないか?」
男「なんだい?」
男は金槌を持つ手を休め、日に焼けた人のよさそうな顔をロイドに向けた。
ロイド「世界再生の旅をしている神子について、知ってることがあったら教えてくれないか」
男「神子様だって?ああ、それならちょっと前に占い師のところに来てたそうだ。俺はあいにくそれどころじゃなかったから、見てないがね。いろいろ聞いていったらしい」
ロイド「ほんとか?」
ロイドは、パッと顔を輝かす。
男「占い師はテントにいるはずだから行ってみな。で、ふたつ目はなんだい?」
ロイド「こいつをちょっと預かっててほしいんだ」
男「うわっ。でけー犬だな」
走ってきたノイシュに、男は金槌を取り落としそうになる。
ロイド「話がわかるな、おっさん。人見知りがちょっと激しいかもしれないけど大人しい奴だし、日陰にいさせてやってよ。じゃ、よろしく」
男「あ、ああ」
おっかなびっくりの男を残し、ロイドはジーニアスの元へと戻った。

453暗闇:2006/09/01(金) 18:05:05 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
占い師はすぐに見つかった。
この街の貴重な水源であるオアシスの岸に沿って歩いたいちばん奥に椰子の林がある。彼女はその中にテントを張り、客を待っていた。
占い師「いらっしゃい。なにを占いましょう?」
まだ若い占い師は、テントの中央に置いた大きな水晶玉の前で、ニッコリと微笑んだ。
ジーニアス「ごめんなさい。お客じゃないんです。僕達、神子様のことを知りたくて」
占い師「あら、可愛い子ね」
占い師はジーニアスが気に入ったらしい。
占い師「いいですよ。一件につき100ガルドいただくのですけど」
ロイド「ひえっ、たけーよ」
ロイドの言葉を無視して、彼女は水晶を覗き込み、厳かに続けた。
占い師「見えました――神子様たちは、イフリートの暴走で滅んだというオアシスへ向かっています」
ロイド「本当か?そのガラス玉に映ってるってのか?」
ロイドが笑うと、彼女はキッとなった。
占い師「疑ってますのね?神子様のお供の方に聞いたのだから間違いありません!」
ジーニアス「占いじゃないじゃないか。それで100ガルドも取るの?」
ジーニアスが唇を尖らせると、
占い師「いいえ、特別にタダにしてさしあげます。今度はぜひ恋愛相談でいらっしゃっいね」
占い師は、ニッコリしながら2人を送り出した。
ジーニアス「……大丈夫かな、あの人。なんかインチキくさいよねー」
ロイド「まあ、いいじゃねえか。コレットのお供って、きっと先生のことだよ。先生の言うことなら間違いないだろうから、そのオアシスへ行ってみよう」
ジーニアス「そうだね。うまく追いつけるといいね」
ロイドとジーニアスが話ながら、街の出口近くまで来たときだった。
突然、目の前にディザイアンが3人現れた。巡回中らしい。
ジーニアス「知らん顔しよう、ロイド」
ジーニアスが呟く。
ジーニアス「ここのディザイアンはロイドの顔を知らないんだから、大丈夫だよ」
ロイド「ああ」
だが、1人のディザイアンが、すれ違いざまロイドを見るなり大声を上げた。
ディザイアンC「おい、手配書とそっくりな奴がいるぞ!」
ディザイアンD「本当だ。似顔絵と瓜二つだ。貴様、ロイドだな!」
3人が頷き合うのに、ロイドはムッとなった。
ロイド「なんだとぅ!?俺はあんなに不細工じゃねえぞ!」
彼はブツブツ言いながら、人気のない街の外まで走り、ディザイアンを引きつけた。
できるだけ広い場所で戦いたいという思いの他に、イセリアでの苦い記憶が、無意識の内に街の人々から自分を遠ざけているようだった。
ロイド「行くぞっ!」
ロイドは、丸く取り巻いていた鞭をまるで槍のように真っ直ぐ的確に繰り出してくるディザイアンの脇へ回り込むと、鋭い突きを浴びせる。
ディザイアンC「ぐううっ」
ジーニアス「こっちは僕に任せて!」
一人が倒れると、ジーニアスはけん玉を構えた。
ジーニアス「ウィンドカッター!」
ビュウッと空気が唸り、風の刃が次のディザイアンを宙に巻き上げる。
ロイドはディザイアンが地上に落下する前にそれを左腕で斬り捨てると、ちょうど最後のディザイアンが放ったボウガンの矢――すんでのところで肩口に突き刺さるところだった――を右手の剣で払いのけた。そのまま男に突進し、返す刀で切り倒す。
ロイド「ふっ、残念だったな」
ジーニアス「ロイド、油断したね」
ロイドの横に立ったジーニアスが、肩をすくめた。
ロイド「けど、こいつら相手だと負ける気がしないよなあ」
ジーニアス「いいの?そんなこと言って。そのうち痛い目にあっても知らな……!」
背後に異様な気配を感じたジーニアスは、振り向きざま悲鳴をあげそうになる。
新たなディザイアンたちが4、5人、立っていたからだった。

454暗闇:2006/09/01(金) 18:06:22 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
ロイド「……!?あ、ああ……っ」
ジーニアス「ロイド!」
ジーニアスは、ロイドの体が丸く薄い膜に包まれ、発光するのを見た。
ジーニアス(なにこれ!?光る玉みたいだ……こんな武器、見たことないよ!)
ロイドはそれ以上声を出すこともできず、バッタリとその場に倒れてしまう。
ジーニアス「うわああ。僕、怖いっ!」
ジーニアスはとっさに鳴き声をあげた。
ディザイアンのひとりが、意識を失ったロイドを肩に担ぎ上げる。
ジーニアス「ねえ。おとなしくするからぶたないで!お願いだよ!」
男達はうるさそうにジーニアスを一瞥すると、
ディザイアンE「どうする?この子供。仲間のようだが」
ディザイアンF「連れてくのも面倒だ」
と、相談を始めた。
ジーニアス「わああん!僕、ロイドに無理矢理ここまで連れてこられただけなんだ。なんにもわかんないよぉぉ!」
ジーニアスは顔を覆い、ここぞとばかりに嘘泣きをしてみせる。
ディザイアンE「泣くな、ガキっ。あああ、うるさい!」
ディザイアンF「リーダーが欲しがっているのはロイドだけだろう?必要ない」
ディザイアンたちは厄介なものから逃れるように、足早に去って行った。
ジーニアス「……行っちゃった……ロイド、何処へ連れて行かれるんだろう?」
ジーニアスが顔を上げた時、
ノイシュ「クゥ、クゥゥ〜ン、ワウウゥ」
悲しげな声が聞こえてきた。
ジーニアス「ノイシュ!?」
ジーニアスは、近づいてきたノイシュに駆け寄った。
ジーニアス「勝手に来ちゃダメじゃないか……いや、そうじゃないよね」
ロイドの危険を感じ取ってあの小屋から飛び出してきたのかもしれない、とジーニアスは思う。
ジーニアス「よし。まずはロイドの行き先を一緒に確かめよう。何とか助けなくちゃ!」
ノイシュ「ウオオォ〜ン!」
ジーニアス「しっ。奴らに気付かれちゃうよ。当分、吠えるのは禁止。いいね?」
ジーニアスは慌ててノイシュの口を両手で押さえた。

455暗闇:2006/09/27(水) 18:38:14 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
=夢幻心母=

ブラックロッジの本拠地、夢幻心母の中心部にある玉座で、ドクター・ウェストは冷や汗を流していた。
傲岸不遜で恐れる物など何も無い彼であるが、目の前の少年だけは別である。
ブラックロッジの大導師<グランドマスター>・マスターテリオン。
彼は床に跪くウェストの姿が目に入らないのか、憂いを帯びた目でどこかを見つめていた。
それは現世ではなく、どこか別の次元を見つめているかのようだ。
ウェスト「……というわけで、我輩の報告は以上であります」
滝のような汗を流しながら、ウェストは報告を終えた。
内容はもちろん先程のデモンベインとの戦闘とその顛末である。
任務の失敗を報告するにあたり、ウェストは極度に緊張していたがマスターテリオンは聞いているのかいないのか、退屈そうに枝毛をちぎっている。
そんな主に代わり、横から口を出す者がいた。
アウグストゥス「つまり、アル・アジフの回収に失敗した挙句、逃げ帰ってきたわけですな、ドクター」
玉座の横に立つ褐色肌が特徴の長身の男性・アウグストゥスは、目鼻立ちのハッキリとした精悍な顔にあからさまな冷笑を貼りつけ、ウェストを見下ろしている。酷く冷たい切れ長の目は侮蔑の色に染まっており、気品すら与えてくれる仕立ての良いスーツも、その前では色褪せて見えた。
アウグストゥス「全く持って情けない有様ですな。大天才の名が聞いて呆れますぞ」
アウグストゥスの鋭く冷ややかな視線を受け、ウェストの顔は苦痛に歪む。
ウェスト「それは不意打ちを突かれたからで、我輩は負けたなどとは思っていないのである」
不意打ちを食らったのは事実であり、万全の状態であれば負けるわけがない。少なくともウェストはそう考えていたし、負けを認めるなどというのは彼のプライドが許さなかった。
だが、そんな彼の自尊心を踏みにじろうとでもいうのか、アウグストゥスは容赦ない嫌味を浴びせた。
アウグストゥス「ほう。ご自慢の破壊ロボは素性も知れないロボットに歯が立たなかったと?」
アウグストゥスはスーツを正すと、口元に皮肉な笑みをウェストに向けた。
ウェスト「貴様ぁ、言わせておけば!」
両者の間に不協和音が流れる中、ずっと黙っていたマスターテリオンが突然口を開いた。
マスターテリオン「――――やめろ、2人とも。気が滅入る」
マスターテリオンから静かな口調で咎めの言葉を告げられた2人はそれだけで気勢が削がれ、熱した身体は一気に冷え切ってしまった。
マスターテリオン「ドクター、余が貴公を咎めるつもりはない。あのロボットがどのような理論で造られているのかは知らぬが、破壊ロボットとは違う理論に基づいているのであろう。遅れをとるのも無理からぬこと」
ウェスト「お言葉ではありますが、大導師……我輩の破壊ロボットが遅れをとるなどとは……」
おずおずと進言するが、すぐに口をつぐんだ。マスターテリオンが見据えていたからだ。
アウグストゥス「大導師。あのロボット、おそらくは覇道財閥が極秘裏に開発を進めていたロボットではないかと」
アウグストゥスは腰を屈め、マスターテリオンに耳打ちする。
ウェスト(あやつめ、あれが覇道のロボットだと知っていたのであるな!)
ウェストが食って掛かろうとしたその時だ。
???「そのとおり、あれは覇道が造りし鬼械神・デモンベインさ」
ウェストは目を疑った。どこから現われたのか、胸元が開いたスーツを身に纏った、長身の女性が玉座の脇に控えていた。
突然の出来事に驚いたのはウェストだけではない。アウグストゥスは表情を凍らせ、身体をわななかせていた。
アウグストゥス「き、貴様ッ!」
アウグストゥスは声を裏返すと、戸惑う表情を見せながらも素早く身構えた。
次の瞬間、彼の指先から輝く光の糸のようなものが現われる。
アウグストゥスが巧みな指さばきでそれを編み上げていくと、やがてそれは一冊の書物と化した。
魔導書『金枝篇』である。

456暗闇:2006/09/27(水) 18:38:49 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
マスターテリオン「よい、アウグストゥス。古い友人だ」
マスターテリオンは手でアウグストゥスを制し、謎の女性に目を向ける。
マスターテリオン「久しいな。“今回は”なんと名乗っている?」
ナイア「ナイアでいいよ。今回はそう名乗ってる」
マスターテリオン「ナイアとは、なんとも捻りの無い名前ではないか」
ナイア「どうもセンスがなくってね。次回があれば、君がつけてくれてもいいんだよ?」
マスターテリオン「次回とは。心にもないことを」
マスターテリオンはつまらなさそうにつぶやく。
ウェスト(あの女、何者であるか?それに今回とは一体?)
断片的に語られる奇妙な言葉に、ウェストは不安感を覚えた。
マスターテリオン「して、何用か?」
ナイア「おっとっと。僕としたことが、肝心なことを忘れてしまうところだったよ」
ナイアは頭をコツンと叩いて、軽く舌を出すと、マスターテリオンに向き直った。
ナイア「アル・アジフとデモンベインの搭乗者について、知りたくはないかい?」
「――――ッ!」
ナイアの話に反応したのはマスターテリオンではなく、ウェストとアウグストゥスである。
ウェスト(訊きたい、訊きたいのであるっ!)
名誉挽回のために、そしてボロ雑巾のようになってしまったプライドを修復するためにも、デモンベインにリベンジする必要があった。
ナイア「大十字九郎。うだつのあがらない、三流の探偵さ」
マスターテリオン「探偵?ミスカトニックの魔術師ではないのか?」
マスターテリオンはほんの少しだけ意外そうな顔をした。
ナイア「あの、アル・アジフが選んだのだから、間違いはないと思うけどね」
マスターテリオン「ふむ」
ナイア「どうだい?面白そうだろう?」
マスターテリオン「……今回はずいぶん向こうに肩入れしているではないか。――で、実際のところ、どうなのだ?」
ナイア「今までに比べたら力は劣るやね。だけど大導師殿?そんなものは関係ないだろう?」
マスターテリオン「ふむ」
しばし熟考していたマスターテリオンは、玉座から緩慢な仕草で立ちあがった。
マスターテリオン「アウグストゥス、留守を頼む」
突然のことに、アウグストゥスは惚けた表情をする。
ナイア「おやおや、大導師殿、自らご出陣で?」
とぼけた口調のナイアに対し、マスターテリオンは薄く笑って答える。
マスターテリオン「挨拶せねばなるまい?それに、余とて遊びに興じたくなる時もある」
マスターテリオンは言い終わると同時にその姿をかき消した。

457暗闇:2006/10/01(日) 18:12:31 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
=シルヴァラントベース=
ロイド「くそうっ。なんなんだ、ここは。出せよ!」
牢の中で目覚めたロイドは、鉄格子を掴み、先刻から叫び続けていた。
トリエットの出口で襲われ、意識を失いかけたところまでは覚えている。
目の前を行ったり来たりしている見張りが制服を着ていることからも、ここがディザイアンの施設の中であるだけは理解できた。
ディザイアン「やかましいぞ。どうせお前は事と次第によっちゃあ、見せしめのために公開処刑になるんだ。おとなしくしていろ」
見張りの男の言葉に、ロイドは愕然となった。
ロイド(処刑!?や、やべぇ。グズグズしてたら殺されちまう)
剣は取り上げられてしまっている。彼は、なにか武器になるものはないかと、ポケットを探った。
ロイド(あ、これは……)
指先に当たったのは、マーテル教会聖堂から持ってきたソーサラーリングだった。
ロイドはリングを指先にはめると、見張りに向ける。
ロイド「ようし、当たれっ!」
リングの石と同じ赤い光が発射された。それを首筋に受けたディザイアンがあっけなく倒れたと思うと、ほとんど同時に鉄格子が音もなく開いた。
ロイドは通路に投げ出されていた自分の剣を拾い上げる。そして、急いでその場から逃れた。

458暗闇:2006/10/17(火) 01:52:46 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
出口を探して施設の中を歩き回るうち、ロイドは不思議な気分になった。
とにかく広いのだ。しかし、複雑な造りでは決してない。
開放感のある通路には、ひとりでに開くいくつもの扉やチカチカと瞬いている明かりなどが、すっきりと組み込まれている。
ディザイアンと鉢合わせしそうになるたび、彼は今まで見たこともない機械類の陰に隠れてやり過ごし、観察してみたが、彼らがこの施設のシステムを自在に使いこなしていることは間違いなかった。
ロイド(ここは、どういう技術で建てられたものなんだ?ディザイアンの奴らっていったい……。とにかく早く外へ出ないと)
ロイドは、自分がここで時間を食っているせいで、ますますコレットとの距離が開いてしますことに苛立ちを覚える。
その時だった。てっきり据え置きの機械だと思っていた金属の塊が2体、いきなり動き出すと襲いかかってきた。
ロイド「なにっ、こいつらモンスターかよ!?」
ロイドはとっさに抜いた剣で金色に輝くモンスターの頭部を斬りつけたが、刃がたつ固さではなかった。
ロイド「くそっ!」
今頃はもう、牢から脱走したことがディザイアンたちに知れ渡っているに違いない。
グズグズ戦っている暇はなかった。
ロイドは一番近い所にある扉めがけて突進した。自動的に開いたそれは、モンスターの侵入を許さない速度で再び閉まった。
ロイド「ふう。危ないところだったぜ」
ロイドは、自分が飛び込んだ場所が、誰かの私室らしいことに気が付いた。
いくらかの機械類とは別に、本棚やソファが置かれている。
???「何者だ!?」
ロイドは驚き、声のする方へ顔を向けた。
長身の男が立っていた。まだ若く、端正な顔立ちをしている。イセリアの空の色に似た青い長髪を後ろで一つに束ねており、長いマントを羽織っていた。
男はロイドをまっすぐに見据えると、スッと拳を上げる。そこから滲むように光が溢れ出すのを見て、ロイドは咄嗟にグローブで顔を庇った。
???「そ、それは、エクスフィア!」
男が驚愕の声をあげる。彼の視線はロイドの左手に注がれていた。
???「まさか、貴様がロイドか」
ロイド「……だったら?」
ロイドは、男の強い視線に負けまいと、睨み返す。
ロイド(なんだ?こいつ。人の顔をジロジロ見やがって)
???「……なるほど。面影はあるな」
ロイド「面影はある?なんのことだよ」
ロイドがオウム返しに聞いた時、甲高い音が響き渡った。警報装置らしい。
続いて扉が開き、数人の男が駆け込んできた。

459暗闇:2006/10/17(火) 01:53:40 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
ボータ「リーダー!神子たちが侵入してきた模様ですぞ!」
ロイド「コレットが?」
思わずそう口にしたロイドは、聞き覚えのある声にハッとする。
ロイド「お前……マーテル教会聖堂で襲ってきた……あの時のディザイアンじゃないか!」
確か、ボータと呼ばれていた男だ。
ボータ「ん?そうか、お前がロイドだったのか。ははは、これは傑作だ!」
???「ボータ、私はいったん退く。ここで“奴”に私のことを知られてはせっかくの計画が水の泡だ。後のことは頼んだぞ」
おかしそうに笑っていたボータは、慌てて表情を引き締めると、
ボータ「はっ、リーダー。それでは神子の処遇はいかが致しますか?」
と、訊ねた。
???「……お前に任せる」
青い髪の男は、再びロイドに視線を注いだ。
???「ロイドよ。次こそは無事ですむと思うな。必ず貴様を……覚悟しておくのだな!」
ロイド「なんだとっ!?」
気色ばむロイドを睨み付けると、男は奥の扉の向こうに姿を消した。
と、まるで入れ違いのようにジーニアスが転げ込んできた。
ジーニアス「ロイド!よかったぁ、生きてる?」
続いてコレットとクラトスも入ってくる。
ここへ到達するまでにかなりの数のディザイアンとモンスターに遭遇したのだろう、クラトスは抜き身の剣を握ったままだ。
コレット「ロイド、大丈夫?ケガしてない?手は大丈夫そう、足も大丈夫そう?」
コレットは、ボータたちが目をギラつかせていることなどお構いなしで、ロイドの身体を気遣った。
クラトス「無事のようだな」
その様子を見て、クラトスが短く呟いた。
ロイド「……みんな。来てくれたんだな。俺の方から捜しに行こうと思ってたのに」
ジーニアス「僕一人でコレットたちを見つけるの、大変だったんだからね」
ジーニアスは自慢げに胸をそらした。
ボータ「仲間がみんな勢揃いか。ちょうどいい、神子もろとも始末してくれる!」
クラトスは、古めかしい大刀を構えるボータと対峙する。
ロイド「ジーニアス!コレットを頼む!」
ロイドは剣の切っ先をユラユラさせながら、
ロイド「ほら、こっちだ。来いよ」
と、からかうようにディザイアンを誘った。
ディザイアンA「くそう、小僧、行くぞ!」

460暗闇:2006/10/17(火) 01:54:13 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
コレット「レイトラスト!」
そこへ突っ込んできたうちの一人の背にコレットのチャクラムが命中する。
ディザイアンA「ぐわぅ!」
バランスを失い、一人が倒れた。残った一方をすかさずロイドが斬り捨てる。
それを見届けたジーニアスは、クラトスの援護に向かおうと絨毯を蹴った。
ジーニアス「ストーンブラスト!」
ボータの足許から、次々に石つぶてが飛び出した。大刀を振りかざしていたボータに一瞬の隙が出来る。
クラトスはそれを逃さず、瞬迅剣を繰り出した。
ボータは激しい突きを必死にかわしていたが、何度か右腕に刃を受け、低く呻く。ロイドが迫ってくるのを見てこれ以上は無理だと踏んだらしかった。
ゴトリ、と大刀が落ちる。
ボータ「き、貴様……やはり、さすがというべきか」
ボータは怒りに燃えた目でクラトスを睨み付けると、血の滴る腕を押さえながら、先程リーダーと呼ばれる男がくぐった扉の方へヨロヨロと近づいて行く。
ロイド「いいのか?」
ロイドの問いに、クラトスは答えない。ボータはそのまま、消えた。
と、その時、リフィルが入ってきた。
ロイド「先生!」
リフィル「あら、それは確か……!」
彼女は、ロイドの声も耳に入らない様子で、ボータが落としていった古めかしい大刀を拾い上げ、食い入るように見つめている。
リフィル「……うーん。そうかもしれない……!」
ロイドは、なぜ彼女だけここに来るのが遅れたのだろう、と疑問に思った。
ロイド「先生ってば。俺だよ、ロ・イ・ド」
リフィル「やっと顔を上げたリフィルは、ジーニアスをチラリと見てから、ロイドに言った。
リフィル「ここに案内される途中、あの子からいろいろ聞いたわ。迷惑をかけたそうね」
ロイド「そんなことない!巻き込んだのはむしろ俺の方だ。先生の弟なのに……ごめん」
クラトス「2人とも」
クラトスが割って入る。
クラトス「話は後にしろ。こんなところに長居は無用だ」

461暗闇:2006/10/18(水) 15:07:10 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
ロイド「こんなところって、ここはディザイアンの……」
クラトス「シルヴァランドベース。奴らの基地といったところだな」
クラトスは答え、リフィルに水を向けた。
クラトス「どうだ、うまくいったか?」
水を向けられたリフィルは頷いた。
リフィル「ええ、もちろんよ。たったいま脱出口を開いてきたところ。さ、行きましょう」

462暗闇:2006/10/18(水) 18:40:56 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
=とある異世界=
雪をかぶった山々が防壁のように空を狭めていた。アメストリス北の終わりの街、ヴァルドラ。天嶮ブリッグズ山の麓に抱かれたこの街では、1年のどの季節でも、街のどこにいても、白い峰を望むことができる。
大気の状態や雲のかかり具合によって、山が白いドレスの裾を引く女の姿に見えることもあるという。だからヴァルドラの新しい住人の多くは、この地方に昔から伝わっているある魔女の伝説はそこから生まれたと勘違いしている。白き魔女はおとぎ話の中の存在にすぎない、と。
しかし、古くからの住人達は知っている。白き衣を纏いし魔女は実在した。遠い昔、その魔力の巨大さゆえに地の底深く封印されたことを。
目覚めさせてはならない、と少女は小さな声で呟いた。ヴァルドラの中心部に建てられた魔女の像を見上げながら。
その像は、恐ろしい魔女とは思えないほど、やさしく慈愛に満ちた顔をしていた。いつの時代に造られたのかはわからないが、魔女がおとぎ話の中の存在だと思いこんでいる者の手によるものだろうと、少女は考えた。
それは、全てを滅ぼす大いなる力。
古くからの住人達の間で語り伝えられている言葉だ。それを知っている者が、このように穏やかな微笑をたたえた魔女の像を造るはずがない。

『彼女の力は人の手に負えるものではないのだよ。たとえ彼女の一族である私達であっても』

父の言葉が少女の耳元に蘇った。
???「お父さん……」
少女は俯いた。父の死から1年。もう泣かないと決めたのに、鼻の奥がつんと痛くなる。久しぶりにヴァルドラに帰ってきたせいだろうか。いや、この街を離れたのは物心つく前。思い出など一つもないのだから、感傷的になる理由などない。
もう一度、魔女の像を見上げる。
きっとこの像のせいだ、いつになく涙もろくなっているのは。だって、こんなに優しげな像だとは思わなかった。まるで……お母さんのよう。……何を考えているの、私ったら。お母さんの顔なんて覚えていないのに。
もともと体の弱かった母は、自分を産むとすぐに死んでしまったと聞いている。父にとってもつらい思い出だったのだろう、決して多くを教えてくれたわけではないが。それでも言葉の端々から、母の人柄を推し量ることはできた。
母の名――イルゼ――は、北の国の言葉で「神は我が誓い」の意味だという。その名に相応しく、信仰心に厚い女性だったと、父は語った。

『お前はお母さんにとっても、お父さんにとっても大切な宝物なんだよ』

だから何としてでも逃げ延びて、生き続けるようにと父は言った。底冷えのする晩だった。あれが、父とすごした最後の日となった。

『おまえこそが……希望の光』

父はそう言って微笑むと、少女の身体を隠し通路へと押し込んだ。追っ手が迫っていた。物心ついたときからずっと逃亡生活を続けてきたのだ。父が何をしようとしているのか、わからない少女ではなかった。
声を上げて泣きたくなるのを我慢して、少女は隠し通路の奥で息を殺していた。荒々しい足音や言い争う声が聞こえ、やがて大きな物音がした。それでも少女はじっとしていた。自分が捕まれば、父の死が無駄になる。
絶対に生き延びる、そう誓った。父の願いを叶える為に。

463暗闇:2006/10/18(水) 18:41:49 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
???「私が必ず……」
止めてみせる、魔女を決して目覚めさせたりしない、と心の中で呟く。
時計台の鐘が正午を告げた。広場の噴水がひときわ高く上がり、陽光を受けてきらめく。噴水の周りで子供達が歓声を上げている。
ヴァルドラへ来るのはまだ早かったかもしれない。のどかな光景を眺めながら、少女は不安になった。もう少し、追ってから隠れて時期を待った方がよかったのではないだろうか。この街へ来るということは、敵の真っただ中へ飛び込むということなのだ。
でも、と少女は小さく頭を振る。夢の中で母に呼ばれた。はっきりとした言葉ではなかったけれども、その声は確かに自分を呼んでいた。あれは母の声だ。少女はそう感じた。声どころか、顔すら覚えていないけれども、間違いないと思った。
北の地に葬られた母が教えてくれたのだ。時期がきた、と。その予感を信じて、少女はヴァルド行きを決めた。
とはいえ、平和そのものといった光景を目にすると、予感などあてにならないのではないかという疑念が湧き上がってくる。何かが起きると思ったのは錯覚にすぎなかったとしたら。
その時だった。不意に地面が小刻みに揺れ動いた。
???「地震?」
違う。魔女の像が地面とは異なる揺れを示していた。足許から伝わる揺れよりも、ずっと長く、不規則な間隔。あたかも像が自ら動き出そうとしているかのように。やがて、地鳴りにも似た音が聞こえた。立て続けに3回、それぞれ別の方角からだ。
予感は、母の声は、正しかった。始まったのだ。
少女は魔女の像に背を向け、走り出す。既に行き先はわかっていた。

464暗闇:2006/10/18(水) 18:42:40 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
子供A「うわあ、でっかい!」
子供B「ヘンな鎧!」
子供達が無遠慮に指をさしてくる。平均的な大人より頭ふたつ分は大きい鎧が、わずかに低くなった。これでも本人は思いきり身を縮めているつもりだったが、そこは鎧である。これ以上、背中を丸めることも首をすくめることもできなかった。
ウィンリィ「アル、ごめんね。ずっと人混みばっかで」
アル(以後、鋼)「いいんだ、ウィンリィ。慣れてるから」
ため息のつける身体であれば、間違いなく最大級のため息が吐き出されていたに違いない。しかし、彼、アルフォンス・エルリックは肉体がなかった。空っぽの鎧に魂だけを定着させた姿は、初めて見る人を九割九分九厘驚かせ、この世のものとは思えぬ悲鳴を上げさせる。
ウィンリィ「裏通りが分かってれば、そっちを通るんだけど」
ウィンリィと呼ばれた少女が、すまなそうに周囲を見回した。石畳の歩道には、肩が触れ合いそうなほどの人数が行き交っていた。
ヴァルドラはアメストリス北方では人口の多い街である。古くからの城塞都市で、中心部から広い道路が何本も放射線状に校外へと延びている。それらの大通りをつないでいるのが細い裏通りだったが、こちらは計画的に敷かれた道路ではない。ゆえに、おかしな具合に曲がりくねっていたり、袋小路になっていたりして、土地勘がない者には迷路に等しい。どうしても大通りに人が集中することになる。
ウィンリィ「ヴァルドラは道がややこしいから、表通りを行くようにってガーフィルさんが……」
不意にウィンリィの言葉を不機嫌な少年の声が遮った。
???「あー、鬱陶しいったらねえ。これだから人混みはヤなんだよ」
小柄な少年が顔をしかめながら背伸びをした。
ウィンリィ「ちょっと見通しが悪いくらいで文句を言わないの」
金の瞳が剣呑な色を帯びる。せっかく鬱陶しいという遠回しな表現を使っていたのに、直接的な言い方をされたせいだった。
ウィンリィ「アルと違って、エドのは気の持ちようってやつなんだから」
エド「ウィンリィ、てめ……」
異を唱えようとしたその時、エドことエドワード・エルリックの後頭部を何かが直撃した。ごつ、という鈍い音とともに、星とも花火ともつかないものが目の前で弾ける。
???A「ああ、悪ぃ」
痛む後頭部をさすりながら見上げると、人の好さそうな青年がエドを見下ろしている。そして、その青年の隣にいる男が彼に気をつけろと諫めるような表情――どうやら友人同士のようだ――をしていた。2人ともこの街の人間ではなく旅行者なのだろう、その内の1人は首からカメラをぶら下げている。たった今、ウィンリィのスパナに匹敵する打撃を放ってきたのは、そのカメラだった。彼が友人と話している時に振り向いた矢先、位置が悪かったせいで軽い遠心力で振られたカメラがエドの頭に命中したのだ。
しかし、誰にでも不注意はある。相手も反省しているようだしここはひとつ、大人の対応というやつをするべきだろうと、エドは右手を挙げ、応用に構えてみせる。
エド「いや、大丈……」
???A「悪かったな、坊主」
口を開きかけたまま、エドはその場に固まった。男はエドの頭をなでると、にっこりと笑って友人の男と共に歩み去っていく。
エド「ぼ、坊主?」
ウィンリィは口元を両手で押さえ、クルリと回れ右をした。肩が小刻みに震えている。アルがその隣に並ぶ。正面に回ってみるまでもなく、2人が笑いをこらえているのは明らかだった。
酸素不足の魚のように口をパクパクさせるばかりのエドだったが、すぐに両腕を振り上げて叫んだ。大人の対応、という文字が跡形もなく吹っ飛ぶ。
エド「待ちやがれーっ!オレにケンカ売るたぁ上等だっ!」
アル(鋼)「兄さん、落ち着いて」
エド「だ〜れ〜が〜就学前のお子様サイズのミニマムどチビだ〜ッ!」
アル(鋼)「そこまで言っていない……っていうか、そんなこと全然言ってないでしょ」
呆れたというよりは諦めた様子で、アルが暴れるエドを押さえつける。慣れた動作だった。
ウィンリィ「これじゃ、どっちが兄なんだか」
ウィンリィが肩をすくめる。
エド「オレが兄!」
エドが「オレが」の部分を強調して答える。大きな鎧という外見に惑わされて、アルが兄だと勘違いする者も少なくない。だが、実際にはアルは14歳、小柄なエドが15歳だった。
エド「ったく。あのクソ大佐!これで何も出てこなかったら、ただじゃおかねえ」
アル(鋼)「何も出てこないってことはないと思うよ。わざわざ手紙で知らせてきたんだから」
エドがロイ・マスタング大佐からの手紙を受け取ったのは、ラッシュバレーだった。ほんの数日前である。機械鎧<オートメイル>の修理の為に、幼馴染みであり機械鎧技師であるウィンリィの許を訊ねたときのことだった。

465暗闇:2006/10/18(水) 18:43:13 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
ウィンリィ『そういえば、エドに手紙が届いてたんだっけ』
機械鎧の扱いが雑すぎる、なぜもっと丁寧に使わないのかと、いつものようにひとしきり説教した<ボコった>後だった。ウィンリィは思い出したように立ち上がり、手紙を出してきた。
エド『オレに手紙?』
アメストリス国内を転々と旅しているエドたちに手紙を届けるには、これが最も早く確実な方法だと踏んだのだろう。差出人の読みはどうやら正しかった。
ウィンリィ『一昨日届いたばかりなの。まさか、こんなに早く渡せるとは思わなかった』
エド『手紙なんて、いったい誰が……げっ!』
差出人の名前を見るなり、エドはのけぞった。
アル(鋼)『兄さんがそういう反応を示すってことは、大佐からだね。何かあったの?』
エド『こっちが訊きてえ』
エドが顔をしかめて、開封した手紙をアルに手渡した。
アル(鋼)『え?たったこれだけ?』
軍の紋章入りの便箋には、見覚えのある文字でたった一行、こう書かれていた。ヴァルドラに君達の求めるものがあるかもしれない、と。
エド『何のことだかさっぱりだろ?』
アル(鋼)『うん……せめて、もうちょっと具体的に書いてくれればいいのに』
裏に追伸文が書かれていないか、或いは透かしでも入っているのではないかと、アルが手紙をためつすがめして見ている。
エド『具体的なことを書くと、ヤバいってことかもな』
自分たちが求めているものを思えば、ありえない話ではない。過去に多くの錬金術師たちが探し求めてきた術法増幅装置である賢者の石。そして、それは関わった者を不幸にするとも言われていた。実際、賢者の石に関わったがために、命を落とした者たちを知っている。
エド『ちょっくら行ってみっか』
ヴァルドラとやらへ、とエドが言ったときだった。
???『あら、あんたたち、ヴァルドラへ行くの?』
ウィンリィの師匠であり、この攻防の主でもあるガーフィールが奥から顔を出した。外見こそむくつけき男であるガーフィールだったが、言葉づかいや物腰は極めて“女らしい”。それは繊細にして豪快という、機械鎧技師として彼の技術を体現していた。
ガーフィール『ちょうどよかったわ。頼まれてくれないかしら。あたしの昔なじみがヴァルドラにいるんだけど、届けて欲しいものがあるのよ』
エド『オレたちなら、いいけど?』
ロイからの短い手紙では、ヴァルドラという地名以外に何も手がかりがない。ガーフィールの申し出は渡りに船だった。地元の人間につてができれば、情報収集に役立つ。
ガーフィール『助かるわぁ。そうね……』
ガーフィールはチラリとウィンリィを振り返った。
ガーフィール『ウィンリィちゃんも行ってきてくれない?金ヅルもいることだし』
エド『費用はオレ持ちかよ!』
エドの抗議をあっさり聞き流し、ガーフィールはにっこりと笑った。
ガーフィール『ついでに彼の工房を見学してらっしゃいな。彼の技術はすごいわよぉ。きっとウィンリィちゃんと話が合うと思うわ』
ウィンリィと話が合うと聞いて、機関銃を仕込んだ義手だの、キャタピラ付きの義足などを思い浮かべたエドだったが、口には出さなかった。不吉な予感がしたのだ。ガーフィールにあっさり肯定されるのではないかという……

466暗闇:2006/10/18(水) 18:43:50 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
そういう次第で、ウィンリィが同行してヴァルドラ行きは3人の旅となった。南部の街ラッシュバレーから北方都市ヴァルドラまで、汽車を乗り継いで数日。旅の疲れをものともせず、ウィンリィはホテルに荷物を置くなり出かけると言い出した。ガーフィールの行っていた「すごい技術」とやらが見たくて居ても立ってもいられなかったらしい。
フロントで市街地の地図をもらい、勇んでホテルを出たまでは良かったが、大通りをいくらも進まないうちにエドとアルは意気阻喪した。もともと人混みが極端に苦手な2人である。
エド「なんなんだよ、この人の多さは」
アル(鋼)「お祭り……なんてことはないよね」
確かに風船売りや露天の類が所々に出ていたが、それに対する人々の反応は鈍い。おそらく、大通りの人の多さを当てこんで店を出しているだけで、祭りや祝典というわけではないのだろう。
ウィンリィ「はいはいはい、文句言わないの。さっさと歩く!」
ウィンリィ一人が気を吐いている。
アル(鋼)「しょうがないね。がんばって歩こうよ」
エド「だな」
気を取り直して再び人混みへと突撃を開始したときだった。足許に揺れを感じた。
エド「ん?地震か?」
小刻みな揺れがいきなり突き上げるような衝撃に変わった。あちこちで悲鳴が上がる。遅れて何かが爆発したような音が聞こえてくる。かなり近い。あれは何だ、と誰かが叫ぶ。何のことを言っているのだろう?
アル(鋼)「兄さん、あれ!」
アルが指さす方向に目をやる。積み木のように並ぶ建物の向こうに、奇妙な形の塔が見えた。いや、塔なのか、石像の一部なのか、或いは全く別のものなのかは定かではない。ただ、一番高い建物よりもさらに高い位置に見えることと、その形状から塔ではないかと思っただけだ。
元からあったものではない。あれだけの高さなら、大通りを歩いていればいやでも目につく。今の振動は、あれが地面を突き破って生えてきたことによるものだろうか。が、それ以上、考えることはできなかった。
不意に人の群れが動き始めたのである。たちまちそれは速度を上げ、エドたちを呑みこみかける。パニックだ。
エド「アル!ウィンリィ!離れるなっ!」
とっさに近くにいたウィンリィの腕をつかむ。人の流れに押されてはぐれてしまったら、おそらく互いの安否を確認することすらできなくなる。ここは見知らぬ土地なのだ。
銃声が聞こえた。今度もまた近い。それがさらに群衆の不安を煽った。怒号と悲鳴とが飛び交い、押し流す力が勢いを増す。
石畳に足を取られた。身体が前のめりになる。体勢を立て直そうにも、人の流れが速すぎる。パニック状態の人混みで転倒することが何を意味するか。エドは焦った。まずい。せめて、ウィンリィを巻き込まないように手を放して……
アル(鋼)「兄さん」
襟首をつかまれた。鎧の腕がエドとウィンリィを人混みから引きずり出す。
アルの身体を盾にしながら、流れから抜け出し、裏通りへと飛び込んだ。ガーフィールにも、ホテルのフロントでも、不用意に裏通りに入るなと言われていたが、
あのパニックに比べれば道に迷うほうがマシだった。
エド「アルの御陰で助かった」
エドは大きく息を吐いた。もう少し遅かったら、あの怒濤の人混みに踏みつぶされていたかもしれない。
ウィンリィ「いったい何が起きたの?」
ウィンリィが不安そうに大通りに目をやった。雷鳴を短く区切ったような音にエドは口をつぐんだ。
アル(鋼)「兄さん、あれってもしかして……砲弾?」
もしかしなくても砲弾だ。間違いない。
エド「おいおい、冗談じゃねえ。街中で戦争おっ始めやがったってか」
内乱という言葉が脳裏をよぎった。この国では決してとっぴな連想ではない。急速に軍事化したアメストリスは、お世辞にも国家として安定しているとは言いがたい。中央から遠い地方、つまり国境周辺は軍の力が及びにくいために、常に内乱の火種がくすぶっている。数年前には、少数民族であるイシュヴァール人が内乱を起こしていた。
エド「とにかくホテルに戻ろう」
もしも内乱が勃発したのであれば、ホテルに戻ったからといっても安全とは言えないわけだが、何が起きているかくらいはわかるだろう。そう判断したエドはウィンリィとアルに提案すると、2人も頷き裏通りを歩み出した。

467アーク:2006/10/19(木) 20:23:07 HOST:softbank220022215218.bbtec.net
マグナス「地震の次は砲弾か・・・・この世界は面白いなぁ」
クラウス達と別れて次元を渡っていたマグナスは奇妙な気配に引かれ
この世界に降り立っていたのだった
この世界は一度来た事がありその時に聞いていたエルリック兄弟を見つけ
後を追っていたのだ
マグナス「最近時空のバランスが保っていないな。念の為彼らを追いながら
     この世界を調査するか。この錬金術が発展したこの世界を」
三人に気づかれないようにマグナスは後を追った

468暗闇:2006/10/22(日) 23:14:49 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
その頃、此方の世界では……
界魔「相変わらず、お前たちには恐れ入るよ……」
叢魔「そういうものか?父も言っているが、生まれつきの障害あったりする者等を除けば、本来人間のスペックはさほど……」
界魔「それは確かにそうだが……お前たちと一般人をあまり一緒に考えない方が良いぞ」
これまで数え切れないほど聞かされている台詞を界魔はサラリと流すと、周りを見渡していた。
如何にも豪華な席に座って満足気味になっている子供らを見て、彼はため息をつく。
日本に向かうべく、辿り着いた空港でジェナスたちと別れた彼らは叢魔と天美に偽造して貰ったパスポートを用いて飛行機に乗っていた。
あれほど短時間でこの世界には存在しないはずの自分たちのことをでっち上げた2人の才能には驚嘆するが、まさかファーストクラスの席まで手に入れるとは……
界魔自身は小さい頃から義父とは犬猿の仲である叢魔の父の元へ遊びに行ったりしていたので、豪華な待遇にもあまり気を引くこともないが……
界魔(昨日のあいつは……一体……)
界魔が昨日の夜中に出会った謎の人物のことはまだ誰にも言っていない。
余計なことを言って混乱を広げるのもいけないということもあるのだが、それ以上に気になることがあった。
界魔(あいつも……あのスライムも言っていたが……俺のことを知っているのか?)
界魔は元々天上家の人間ではない……身寄りのない子供だった彼を現在の天上夫妻が引き取ったのだ。
最初は養父とはウマが合わないこともあってか散々ケンカしたりして、一度はそれが原因で家を飛び出してしまったこともある。
だが、その直後に起こったある出来事によって養父と仲直りし、それまでと比べ衝突することは減った。
しかし、その出来事のさいに初めて自分に関する出生を界魔は知ることになった。
界魔は元いた世界の人間ではない……違う世界から流れ着いた人間だということだ。
しかも、自分は特別な存在らしい。
その事実を知った彼も最初は戸惑ったものの、幼い頃から非常識を経験していたこともありそれは結構早く受け入れ、割り切ることが出来た。
それでも、自分の出生が度々気になり、情報を集めようかと思ったこともあったが、そのことを詳しく知ると思われるある者たちとはまず出会うことがない為、諦めていた。
その者たちは基本的に界魔しか、まともな接触をあまりしておらず、おまけに敵として立ちはだかってきたこともあるので養父たちからは不信の目で見られている。
その者たちは11年前の戦い以来、自分の目の前に姿を現していない。
まあ、あれから大きな戦いも無かったのでそれはそうだろうが……
が、これは自分のあくまでも直感にすぎないが、今回の件はあの時の戦いと同じかそれ以上のものになるだろう……界魔自身はそれを薄々と察していた。
もしそうなら、彼らもまた自分達の目の前に姿を現してくるはず……今は当時と違って界魔も心身共に成長した。
今の自分なら彼らから自分に関する真実を聞き出すことはできるはずだ。
考えを纏めた界魔は目を閉じた。
実はあの後、輪廻に捕まりまともな睡眠が取れず、少し疲れが溜まっていたので、日本に着くまでの間少し寝ることにした。

469暗闇:2006/11/27(月) 02:25:51 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
=ヴァルドラ=
あれからエドたちは地図を頼りに歩き始めたものの、すぐに方向を見失ってしまった。裏通りには、目印になるようなものが何もないのである。建物はどれも似たようなアパートばかり、看板の類もなければ標識さえもない。さらに間の悪いことに、にわかに広がりを始めた雨雲が太陽を覆い隠してしまった。これでは方角が全く分からない。
ウィンリィ「ねえ、もしかして……」
アル(鋼)「僕達って迷子になってない?」
アル(鋼)とウィンリィが顔を見合わせる。もしかしなくても迷子だとエドが答えようとしたときだった。
奇妙な服装の男達が行く手を阻んできた。おかしな模様を描いた仮面をかぶり、銃を手に武装している。その銃も、白っぽい衣服も、明らかに軍のものではない。もっとも、装備を見るまでもなく敵か味方かの判別はついた。彼らが一斉に銃口を向けてきたからである。
エド「問答無用かよ」
エドが両手の平を合わせながら、アル(鋼)にチラリと視線を投げかける。同じように手を合わせながら、アル(鋼)が頷いた。
アル(鋼)「ウィンリィ、下がって!」
2人同時に両手を地面に押し付ける。練成反応特有の光が弾け、石畳から無数のトゲが飛び出した。男達が銃を持ったまま跳ね飛んだ。が、彼らは怯むことなく起き上がってくる。
再び2人そろって石畳に両手を押し付ける。またトゲが練成されると思ったのだろう、男達が一斉に飛び退った。が、トゲではなかった。彼らの足許から迫り上がってきたのは、分厚い石の壁である。壁はみるみる高さを増し、エドたちと彼らとを完全に分断した。
3人そろって回れ右をして走る。これで、連中が壁をよじ登るなり、壊すなりする間に逃げられる。
アル(鋼)「狭い道でよかった」
全力で走りながら、アル(鋼)がつぶやく。練成速度は、練成物の質量に大きく左右される。狭い道幅に合わせた壁なら一瞬で練成できるが、大通りではこうはいかなかっただろう。
しばらく走った後、エドたちは足を止めた。これ以上、走ろうにも息が続かなくなったのだ。鎧戸を下ろした建物にもたれながら、エドとウィンリィはただただ荒い息をついていた。
動けない2人の代わりに、アル(鋼)は怪しい者が潜んでいないか、周囲を点検しに回った。肉体を持たないアル(鋼)だけはどれだけ走っても疲労を感じることがない。
それにしても、ここヴァルドラは最悪の事態に陥ってしまったらしい。やはり内乱が勃発したのだ。さっきの男達は単なる民間人ではない。あの統率のとれた動きは、一般軍人並みの訓練を経て初めて身につくレベルのものだった。
ウィンリィ「ねえ、エド……これからどうする?」
エド「とりあえず大通りに出る」
あんな連中がうろついているのでは、危なくて裏通りを歩けない。大通り沿いに歩きながら、街を脱出する方法を考えるしかなかった。内乱である以上、汽車は動いていないだろう。公共の交通手段に頼らずに街を出ることができるかどうか。しかし、グズグズしているうちに街が封鎖される恐れもある……

470暗闇:2006/11/27(月) 02:26:29 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
アル(鋼)「さっきの人たちが!」
アル(鋼)の鋭い叫びで我に返った。あの物騒な連中がまだいたらしい。
エド「おい、そんな大声出したら、連中に見つかって……」
アル(鋼)「違うよ。助けなきゃ!」
アル(鋼)が駆け出した。どうやら誰かが襲われているらしい。慌ててエドもその後を追う。ここでアル(鋼)とはぐれるわけにはいかない。
アル(鋼)「あっちの角を曲がってった!先に行くよ、兄さん」
ウィンリィがついてきているのを確かめ、さらにアル(鋼)を追いかける。幸いなことに追跡は短かった。
アル(鋼)「いた!」
アル(鋼)の指さす先、袋小路に誰かが追いつめられているのが見える。追いつめているのはさっき見たのと同じ服に身を包んだ男達だ。いや、もう一人いる。白ずくめの連中に交じって、一人だけ灰色のコートを着た男がいる。濃紺とも青紫ともつかない髪の色が遠くからでもよく目立つ。
男がゆっくり歩いている。いや、女かもしれない。背の高さから男だと思ったが、歩き方や身のこなしは遠目に見てもわかるほど女性的だった。さらに
近づいてみると、襟と袖に毛皮をあしらったコートも、男物というより女物に見える。
女はこの上なく優雅なしぐさで紫の髪をかき上げた。が、次の瞬間。エドは最初の判断こそが正しかったのだと悟った。
???A「さあて……どうしようかねえ」
その声ははっきりと男のものだった。過剰に女であることを強調しようとしている裏返った声色をもってしても、彼本来の性別はごまかしようがない。
???A「これ以上手間をとらせるようなら」
そして、壁際に追いつめられているのは、ちょうどウィンリィと同じくらいの少女だった。男がじりじりと少女に歩み寄る。その掌が光っているのをエドは見た。
練成反応の光に似ているが、この距離では断定できない。
アル(鋼)「やめろ!」
アル(鋼)の叫び声に、男が振り向く。きっちりと化粧が施されてはいたものの、あの顔立ちはまぎれもなく男である。

471暗闇:2006/11/27(月) 02:28:23 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
???A「あら。何か御用?」
からかうように男が言った。が、その灰色の瞳は全く笑っていない。ここに至ってエドも確信を持った。この男は少女に危害を加えようとしている。
男の口許に嘲笑の色が浮かんだ。が、すぐにそれは消え、退屈そうな表情に取って代わる。鬱陶しげに、男が片手を挙げる。光を帯びているほうの手だった。男が何かを投げつけてくる。
光だ。太陽をそのまま地上に持ってきたかのような、真っ白な光の玉。それがエドとアル(鋼)に向かって飛んでくる。と、それは無数の氷に、次の瞬間にその氷は矢に転じた。とっさに後ろへ跳ぶ。石畳が砕ける音。
2人が立っていた場所に何本もの氷の矢が突き刺さった。氷の矢はガラスのように透き通っていたが、強度の方はガラスとは桁違いらしい。
エド「野郎……ッ!」
エドは男に向かって跳んだ。すでに右手は甲剣へと形を変えている。同じ術師ならばその練成速度が並のものでないとわかるはずだ。が、男は相変わらず嘲りの表情を崩さない。
男の利き腕めがけて甲剣を突き出す。避けようとするかと思いきや、男はまっすぐに前へと足を踏み出した。エドの甲剣と男の手とがぶつかった。
鈍い音とともに甲剣が止まる。生身の手が鋼鉄製の機械鎧で練成した剣を止めている。
エド「な……」
次の瞬間。身体が浮いた。男は甲剣を受け止めたばかりか、同時にエドを蹴り飛ばすという荒技をやってのけたのだ。とっさに受け身をとったものの、衝撃を殺しきれなかった。背中を走り抜ける痛みに、エドは顔をしかめる。どうにか上体を起こしたものの、すぐには立ち上がれない。
???B「やめて!その人たちは関係ないわ!」
絶叫する少女を、白ずくめの連中が押さえつけられる。
???A「黙って見てなさい。すぐに終わらせるから」
紫の髪の男は笑い含みに告げると、再び掌を払った。さっきと同じ光の玉がエドめがけて飛んでくる。
無理だ。避けきれない。光球が無数の氷の矢へと変じる。思わず目をつぶる。
突然、鼓膜に衝撃がきた。鉄板の上に砂利を勢いよくばらまいたかのような音。エドは目を見開く。アル(鋼)が立ちはだかり、盾となってエドを守っていた。あのけたたましい音は、無数の氷の矢が鎧めがけて降り注いでいたせいだった。
しかし、石畳に突き刺さる氷の矢である。その威力はすさまじいらしく、アルがジリジリと押され始める。
ついに耐えきれなくなったのか、アルが仰向けにひっくり返った。
エド&アル(鋼)「うわあっ!」
2人分の悲鳴が響き渡る。アル(鋼)の倒れた先にはエドがいた。
エド「アル〜!どけ〜!重いぃぃぃ!」
鎧の下敷きになったエドがはみ出した足をばたつかせてわめく。不自然な体勢でひっくり返ったせいか、アル(鋼)もすぐには起き上がれずに、同じように足をばたつかせている。

472暗闇:2006/11/27(月) 02:28:57 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
???A「あら、以外としぶといわね」
紫の髪の男が声をたてて笑うのが聞こえた。いつの間にか、降り注ぐ矢は止んでいた。
???A「子供だと思ってなめてたわ。今度はもっと……」
???B「やめてっ!」
悲鳴にも似た声で少女が叫ぶ。
???B「お願い……やめて……やめ…て……ッ!」
少女の声がどこかおかしい。どうしたのだろう?が、鎧の下敷きになっているエドにはそれを確かめる術がない。
???B「だめえええええっ!」
衝撃はいきなりやってきた。突風なのか、爆風なのか、それとも別の何かのか定かではないが、激しい力の奔流を感じた。アル(鋼)もろとも弾き飛ばされ、石畳に叩きつけられた。ウィンリィの悲鳴が遠くで聞こえる。
何が起きているのか、さっぱりわからない。ただただ視界が白い。それでも、正体不明の力は少しも衰えることなく押し寄せてきている。
きつく閉じてしまいそうになる瞼をこじ開けると、少女が見えた、その身体が光っている。視界が白いのは、そのまばゆい光のせいだったのだと気づく。
???A「なるほど恐ろしい力ね」
光の中で、男が苦しげに身体を曲げるのが見えた。
???A「また……会いましょう」
男が消えた。本当に消滅したのか、単にどこかへ駆け去っただけなのかはわからない。それ以上、目を開けていられなかったのだ。
もう視神経が限界だ、と思った瞬間、辺りが暗くなった。不意に手足に自由が戻る。静かだ。耳までおかしくなったのではないかと思うほど。
いつの間にか、少女の身体から光が消えている。ドサリ、という音が沈黙を破った。少女がその場に倒れ伏したのである。
エド「おい!大丈夫か!」
跳ね起きながら叫ぶ。返事はない。エドは慌てて駆け寄った。アル(鋼)が少女を抱き起こす。
アル(鋼)「しっかりして!」
が、彼女はふったりとして動かない。その手の甲が淡く光っている。
アル(鋼)「兄さん、この光……」
さっきのまばゆい光と同一のものにしては、あまりにもかすかで弱々しい。やがて、残り火が消えるようにその光は消えた。
エド「アザ?」
少女の手の甲には、赤紫色のアザがあった。いや、アザではなく、人の手によって描かれたものだろう。自然に出来たものにしては整いすぎていた。形は花によく似ている。入れ墨だろうか。
ウィンリィ「何がどうなってんのよ。まったくもう」
咳き込みながらウィンリィが歩み寄ってくる。が、意識を失っている少女を見るなり、ほとんど飛びつくようにして彼女の首を掴んだ。まず脈を確かめようとするあたりは、医者の家系に生まれたウィンリィらしい。
ウィンリィ「よかった……脈は異常ないわ」
アル(鋼)「でも、目を覚まさないよ。どうしよう」
エド「どこか横になれる場所を探さないと」
確かに、ここではいつまた白ずくめの連中が襲いかかってくるかわからない。
エド「横になれる場所って言っても、こんな裏通りじゃなあ」
ウィンリィ「近くに病院があればいいんだけど……あ!」
周囲を見回していたウィンリィが、ピタリと視線を止めた。
エド「どうした?」
ウィンリィ「あそこ。教会があるわ」
教会ならば、応急手当くらいしてもらえるかもしれない。少なくとも、少女を休ませる場所は提供してもらえるはずだ。誰からともなく頷き合う。
アル(鋼)が少女を抱えて立ち上がった。

473暗闇:2006/11/27(月) 23:32:39 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
間近に見ると、古い教会だった。扉を開けて中を覗いても、人の気配は全くない。
アル(鋼)「もう使われていないのかな。それとも、出かけてるだけだとか?」
エド「鍵もかけずに外出ってことはないだろ」
建物の中はたいして埃くさくもなく、蜘蛛の巣が張っていたりsることもなかった。使われなくなったとしても、最近のことなのだろう。いずれにしても好都合だった。
礼拝堂を抜け、2階に上がると、小さいながらも客室があった。こちらはうっすらと埃をかぶっていたものの、カーテンもベッドもそのまま残されている。もしかしたら、近い内に何かの施設として再利用される予定でもあるのかもしれない。
ベッドカバーを剥がすと、枕やシーツは実用に耐える程度の清潔さが保たれていた。アル(鋼)が少女をそっと下ろす。
アル(鋼)「いいよね、勝手に使っちゃっても」
エド「ったり前だ。この非常時に文句は言わせねえ」
アル(鋼)「当たり前っていうのは、いくらなんでも……」
何か言いたげなアル(鋼)をとりあえず黙殺し、エドは改めて少女の手の甲を覗き込んだ。
エド「この模様、さっきの光と関係があるのか?」
練成反応を何十倍にも強めたような光だった。手の甲に描かれているのが錬成陣ならば、少女の使った力は錬金術の一種ということになる。だが、この単純な模様はどう見ても錬成陣とは思えなかった。
いやな夢でも見ているのか、少女が顔をしかめた。汗ばんだ額に銀色の髪が貼りついている。ウィンリィがハンカチを取り出し、少女の顔をそっと拭う。と、少女の瞼が動いた。
???「お…とうさ…ん……」
ハッとしたように、少女が目を見開いた。瞳に戸惑いの色が浮かぶ。
ウィンリィ「気がついた?」
???「ここは……」
飛び起きようとする少女をウィンリィが手で制した。
ウィンリィ「まだ寝てなきゃだめ。ここは教会よ」
少女の視線がウィンリィからエド、そしてアル(鋼)へと移る。
エド「もう心配しなくていい。さっきの奴らはいなくなった。ここなら安全だろう」
安全という言葉を出しても、少女は固い表情を崩そうとしない。警戒しているのだ。辺りの様子を確かめるかのように視線が室内をさまよう。少女がゆっくりと起き上がる。ウィンリィも今度は止めなかった。
エド「俺はエドワード・エルリック」
アル(鋼)「ボクは弟のアルフォンス・エルリックです」
少女は無言のまま、エドとアル(鋼)を見比べている。
ウィンリィ「ウィンリィ・ロックベルよ。よろしくね」
同じ年頃のウィンリィに対してなら警戒心も解けるかと思ったが、少女の表情は相変わらずだった。

474暗闇:2006/11/27(月) 23:33:14 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
エド「で、あんたは何者なんだ?」
何か妙な力を使ってはいたが、錬金術師には見えない。いったい何者なのだろう。が、少女はエドの疑問に答えてくれなかった。名乗れない事情でもあるのだろうか。エドは質問を変えることにした。
エド「さっきの白ずくめの連中、何者なんだ。あんた、何か事情を知ってるんだろ?教えてくれないか」
あの紫の髪の男は、はっきりと少女を狙っていた。手近にいた者を無差別に襲っているという様子ではなかった。何より彼女自身の言葉がそれを裏付けている。あの男がエドたちを攻撃しようとした時、彼女は言った。その人たちは関係ないわ、と。裏を返せば、彼女自身は関係者であり、自分が襲われる理由を知っていたということになる。
エド「おい、なんで黙ってるんだよ」
いっこうに答えようとしない少女に、エドは苛立った。
???「助けてくれたことには感謝してる」
俯いたまま、やっと少女が口を開いた。
???「でも、これ以上このことには……私には関わらないほうがいいわ」
エド「なんだって?」
少女が顔を上げた。その瞳には、うって変わって強い光が宿っている。
???「それより、早くここから逃げて。このヴァルドラを離れて。まだ間に合うから」
エド「ちょっと待った!オレたちは事情を知りたいんだ。今、この街で何が起きているのか」
間違いなく、少女は何かを知っている。
エド「それくらい話してもいいだろ」
???「事情を知ったところで……あなたたちじゃ、どうすることもできないわ」
ひどくカンにさわる物言いだった。つい、エドもとげとげしい言葉を返してしまった。
エド「別にどうこうしようとは言ってねえだろ。事情を教えてくれって言ってるだけで」
少女が黙って目を逸らす。薄い色の唇をきつく引き結んだまま。
ウィンリィ「ねえ、話だけでもしてみてくれないかな」
ウィンリィが少女の肩に手を置いた。
ウィンリィ「話すだけでも気が楽になるってこと、あるでしょう?」
少女の視線が迷うように揺れた。ウィンリィはここぞとばかりにたたみかける。
ウィンリィ「こいつ、見た目は小さいけど、以外と頼りになるのよ」
エド「そうそう。小さいけど意外と頼りに……って、おい!誰が小さいってっ?」
エドの抗議をウィンリィがあっさりと受け流す。
ウィンリィ「せっかく褒めてあげてんのに、いちいち絡んでこないでよ。すぐ小さいことにこだわるんだから」
エド「小さい言うなっ!」
ウィンリィ「実際、小さいんだから、小さいって言って何が悪いのよ」
エド「あーっ!2回も言いやがったっ!」
ウィンリィ「まったくもう。身体が小さいと心まで小さくなるのかしらね。さすが史上最小国家錬金術師だわ」
エド「史・上・最・年・少だーっ!」
エドの絶叫が辺りに響き渡った。古い窓ガラスがビリビリと震え、窓枠が軋む。
ウィンリィ「ちょっとエド!もう少し小さい声で話してくれない」
エド「だから、ちっさい言うな〜ッ!」
ぜいぜいと肩で息をしているエドのかたわらで、クスッと笑う声がした。アル(鋼)ではない。いつの間にか、少女が笑っていたのだ。
ソフィ「私の名前はソフィ。ソフィ・ベルクマン」
ひとしきり笑うと、少女はようやく名乗った。
ソフィ「いいわ。事情を説明する。助けてもらったお礼もあるし」
ソフィが再び真顔に戻った。

475暗闇:2006/11/27(月) 23:34:00 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
ソフィ「さっき襲ってきたのは……この街を襲っているのは、ヴェルザの一族と呼ばれる者達」
エド&アル(鋼)&ウィンリィ「ヴェルザ……?」
エドたちが顔を見合わせる。どこかで聞いた名だ。
ソフィ「私は彼らの計画を防ぐためにヴァルドラへきたの」
アル(鋼)「計画って?」
それには答えず、ソフィは小さく息を吸い込んだ。
ソフィ「かつて、白き衣を纏いし魔女がいた」
目を閉じ、一語一語確かめるようにソフィは言葉を紡いでいく。
ソフィ「魔女は怪しい術で人々を惑わせた
    魔女は怒った王に討たれた
    魔女は死なず復讐を誓った
    魔女は赤き悪魔の力を借りた」
赤き悪魔、という言葉にエドは思わずアル(鋼)を見る。アル(鋼)もまたエドのほうを見ている。全く同じものを連想したのだろう。
ソフィ「魔女が一度手を打ち鳴らすと、魔女を罵る者たちが死んだ
    魔女が二度手を打ち鳴らすと、城は崩れて王が死んだ
    魔女が三度手を打ち鳴らすと、怪物たちがこの地を襲った
魔女はますます荒れ狂い、許しを請う人々を苦しめた
魔女は人々を殺し続け、国は滅びた
やがて勇気ある者たちが現れた
やがて戦いが始まった。
やがて魔女は眠りについた
やがてこの地に城が建ち
ついに魔女は封印された」
アル(鋼)「ソフィ、その歌はいったい……?」
ソフィ「これがヴァルドラに伝わる魔女の伝承。その魔女の名はヴェルザ」
ウィンリィ「あ、思い出した!」
ウィンリィが指を鳴らした。
ウィンリィ「地図にあったじゃない。ヴェルザ像って」
さっき、どこかで聞いたことがあるような気がしたはずだ。ホテルで道を教えてもらったときに、ヴェルザ像のある広場が出てきた。
エド「そういや、その近くに遺跡か何かがあったよな。ってことは、この地に城が建ちって、それのことか?」
アル(鋼)「でも、言い伝えなんでしょ。ほんとにあったことじゃなくて」
いいえ、とソフィが首を左右に振った。
ソフィ「単なる言い伝えじゃないわ。街の人たちはおとぎ話だって思ってるけど、これは事実を基にした伝承なの」
アル(鋼)「じゃあ、魔女も実在した?」
ソフィは大きく頷いた。
ソフィ「ヴェルザの一族は、魔女ヴェルザを祀り、自分たちの神として信仰している一族。彼らはヴェルザを目覚めさせて、世界を滅ぼそうとしているの」
エド「世界を……滅ぼす?」
突拍子もないことを言われて、エドたちは面食らった。おとぎ話が一転して世界の命運に関わる話である。が、ソフィは構わず言葉を継いだ。
ソフィ「この伝承には続きがあるの。ヴェルザの一族だけに伝えられてきた続きが」
おごそかな口調でソフィは続けた。
ソフィ「それはすべてを滅ぼす大いなる力。決して目覚めさせてはならない」
沈黙が訪れた。はいそうですかと信じられるような話ではないが、かといって絵空事と切り捨てるのもはばかられた。何より、それを語るソフィが真剣そのものなのだ。
ソフィ「封印を解いてヴェルザを復活させるには、たくさんの生贄が、人の命のエネルギーが必要になる。だから、彼らはオベリスクと呼ばれる尖塔を造り、それを集めようとしているの。私はそれを阻止するためにこの街へ来た……」
エド「もしかして、それで追われていたのか?」
ソフィ「ええ、紫色の髪の男がいたでしょう。彼はヴェルザの四神官の一人、氷塵のレオニードと呼ばれる男だと思うわ。氷の矢を操っていたから」
大いなる力、オベリスクと呼ばれる尖塔、人の命のエネルギー。やはり突拍子もない話だが、引き込まれずにいられない。細部は違っているのだが、大筋の部分がエドたちの知っているあるものを連想させるからだ。
アル(鋼)「どう思う、兄さん」
エド「どうもこうも、いきなり世界を滅ぼす云々だろ?ただ……」
常識で考えれば、話半分に聞いておくべきなのだろう。が、エドたちがヴァルドラにきた目的自体が同じように雲をつかむような話なのである。生きた人間を材料として精製する「賢者の石」。それを思えば、ソフィの話をただ聞き流すなどできようはずがなかった。

476暗闇:2006/11/27(月) 23:34:52 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
ソフィ「信じられないのも無理ないわ」
エドが黙り込んだのを否定的な反応だと勘違いしたらしい。ソフィが立ち上がった。
ソフィ「私、もう行くわね。これで事情は話したから」
エド「おい、ちょっと待てよ。そういう意味じゃなくて……」
引き留めようと伸ばした手が空をつかんだ。
ソフィ「あ……」
ソフィの身体が大きく傾いだ。エドは慌てて立ち上がると、今度こそ彼女の腕をつかんだ。そのまま身体を支え、ベッドに座らせる。
エド「大丈夫か?」
ソフィ「ええ。ちょっと目眩がしただけ」
ソフィは笑おうとしているようだったが、その唇には血の気がなく、頬は紙のように白い。ウィンリィとアル(鋼)が口々にソフィを引き留めにかかる。
ウィンリィ「まだ無理しちゃダメよ」
アル(鋼)「そうだよ。もう少し休まないと」
ソフィ「いいえ!」
ソフィが叫んだ。3人が思わず黙りこむほどの強い声だった。
ソフィ「そんなこと言っていられない。早くしないと、ヴェルザが復活してしまう!」
悲痛な声だった。ソフィをベッドに寝かせようとしていたウィンリィも手が止まる。
アル(鋼)「兄さん」
アル(鋼)がエドを振り返った。わかっているよね、と言いたげに。そして、再びソフィのほうへと向き直る。
アル(鋼)「ヴェルザの復活を止める方法をボクたちに教えて!」
ソフィ「え?」
アル(鋼)「こんなに弱ってる人をほっておけないよ」
ソフィ「な、何を言ってるの」
ソフィがうろたえたようにアル(鋼)を見上げる。
エド「別にあんたのためってわけじゃない」
エドは2人の会話に割って入った。
エド「オレたちはオレたちなりの思惑があって、ヴァルドラに来た。だから、さっきも事情を教えてくれって言ったんだ」
ソフィ「あ……」
エド「で、その事情を聞いてみると、だ。そのヴェルザとやらが、オレたちの探し物と関係があるんじゃねえかと」
アル(鋼)「赤き悪魔、だね」
アル(鋼)が言葉をはさんだ。さっき、あの歌の同じ言葉にアル(鋼)も反応していた。自分だけではない。
エド「魔女が赤き悪魔の力を借りたってのが、どうしても引っかかる」
伝説に聞く賢者の石の色は赤。もしもヴェルザが賢者の石を使って術を増幅させていたとしたら、錬金術を知らない人々には、「赤き悪魔の力を借りて」いるように見えたのではないか。
エド「さっき、ヴェルザの復活には人の命のエネルギーが必要だって言ったよな」
アル(鋼)「やっぱり、それって……」
エドはアル(鋼)に頷いてみせる。賢者の石は生きた人間を材料にして造られる。これもまた、賢者の石とヴェルザの共通項だった。
エド「とにかく、オレたちがあんたの代わりにやってやる」
ヴェルザをたどっていけば、賢者の石にたどりつけるかもしれない。いや、その可能性は極めて高い。ロイの手紙にあった「君達の求めるもの」とは、おそらくこれだ。
エド「ヴェルザの復活を防ぐ方法を教えてくれ。半病人みたいなあんたより、オレたちがやったほうが早い」
ソフィ「あなたたちには関係ないのよ。代わりだなんて……」
アル(鋼)「関係なくないよ!」
アル(鋼)が強く頭を振った。
アル(鋼)「ヴェルザの復活で世界が滅んじゃうなら、ボクたちだって無関係じゃいられない」
ソフィ「だめよ!これは私がやらなきゃいけないことなの!あなたたちを巻き込むわけにはいかないわ」
エド「だーかーらー!あんたのためじゃないって言ってんだろーがっ!」
思わずエドが怒鳴った。話がちっとも進まない。と、不意に頭が後ろに引っ張られた。ウィンリィだった。下がってなさい、と言いたげな視線をエドに投げてよこすと、ウィンリィはソフィの肩に手を置いた。

477暗闇:2006/11/27(月) 23:35:29 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
ウィンリィ「ねえ、ソフィ。誰かを巻き込みたくないくらい大変なことなら、それこそ仲間と協力したほうがうまくいくんじゃない」
ソフィ「仲間……」
ソフィの口許がそのままの形で固まった。まるで仲間という言葉を初めて聞いて戸惑っているかのように。
ウィンリィ「それに、この2人って、すっごくガンコだからね。一度言い出したら引かないわよ」
ウィンリィが冗談めかして言う。
ソフィ「そういえば、さっき国家錬金術師って……」
ウィンリィ「それはエドのほうね。国家資格はとってないけど、アル(鋼)も錬金術師よ」
ソフィはしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
ソフィ「わかった。あなたたちにお願いするわ」
錬金術が使えるのなら、とソフィが呟いた。
ソフィ「エド、アル(鋼)、ウィンリィ。よろしくお願いします」
改まって挨拶されると、照れが先に立つ。エドとアル(鋼)は、ギクシャクと頭を下げた。
ウィンリィ「ほらほら、堅っ苦しい挨拶なんて抜きにして」
ウィンリィに言われて、3人はそろって頭を上げ、噴き出した。
エド「ウィンリィの言うとおりだよな。早いとこ片付けようぜ。で、どうすればいいんだ?」
ソフィ「ヴェルザの復活には人の命のエネルギーを集める必要がある。これはさっき言ったわね」
エドとアル(鋼)が頷いた。
ソフィ「だから、エネルギーを集めているオベリスクの動きを止めればいい」
エド「どうやって?」
ソフィ「今からあなたたちに聖印を渡すわ。それがあれば、オベリスクを封印することができる」
利き手を出して、と言われてエドは機械鎧の右手を差し出した。
エド「これで……いいのか?」
ソフィは頷くと、エドの腕に両の手のひらをかざした。やがて機械鎧の手の甲に、ソフィと同じ模様が浮かび上がってくる。練成されているといった感触はない。陽の光や街灯に手をかざしているのと変わらなかった。
エドが終わると、アル(鋼)にも同じようにソフィが手をかざした。ただ、その模様は手をかざした場所に現れるというわけではないらしい。アル(鋼)の場合、模様が現れたのは肩だった。
ソフィ「あなたたちに聖印を渡したわ。これであなたたちもオベリスクを封印できるはず」
エド「これ、どうやって使えばいいんだ?」
赤紫色の模様を指先でつついてみる。特に何かが変わったとも思えない。何なのだろう、これは。
ソフィ「オベリスクに手を触れて、術を使えばいいの。あとはその聖印が力を必要な方向へ増幅してくれるわ」
アル(鋼)「これ、さっきの力の?」
ソフィ「ええ。聖印は私の力の源。オベリスクの封印だけじゃなくて、神兵たちと対等に戦うこともできるはずよ」
エド「神兵?」
ソフィ「白い服の兵士達がいたでしょう?彼らのことよ」
見た目にはただの模様だが、錬成陣と似たような効果を持つものなのだろう。レオニードという名の男も、さっきの戦いで錬金術らしき力を使った。ヴェルザと錬金術との間にこれほど明白な関連性があるのだから、賢者の石とも必ず繋がっているはずだ。
ソフィ「3つのオベリスクのうち、西にあるのは私が封印したから残りはふたつ。そのひとつは街の北にあるわ。病院前の広場に」
エド「病院前だな。……って、オレたち、今どの辺にいるんだっけ?」
裏通りで迷子になったあげく、妙な連中に遭遇して、わけもわからずに走った。おかげで、現在位置がさっぱりわからなくなってしまった。ここが自分たちの泊まるはずだったホテルから近いのか、遠いのかさえも。ウィンリィが地図を広げる。
ウィンリィ「ソフィ、この教会がどの辺にあるのか、わかる?」
ソフィ「たぶん。ちょっと見せて」
地図を覗き込んだソフィは、指先で複雑に入り組んだ道をたどっていたが、すぐに顔を上げた。
ソフィ「ここよ。教会の記号があるでしょう。そして、ここが病院前広場」
ウィンリィ「見て!すぐ近くまで鉄道が通ってる」
ウィンリィが地図を指さした。
ウィンリィ「これって、ガーフィールさんが言ってた汽車のことじゃない?」
ヴァルドラの市街地には、地下遺跡を利用した鉄道が敷かれているという。それは市街地をグルリと一周していて、ヴァルドラの住人にとっても、旅行者にとっても、なかなかに便利な乗り物らしい。
エド「地下遺跡の中を走る汽車……か。使えるかもしれねえな」
アル(鋼)「線路に沿って歩いていけば道にも迷わないし、さっきの人たちにも見つからずにすむよ」
幸い、その鉄道の駅ならこの教会の近くにもある。この状況では汽車そのものは走っていないだろうが、線路沿いに歩くことくらいできるはずだ。

478暗闇:2006/11/27(月) 23:36:02 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
エド「ソフィはヴァルドラにくわしいんだな。もしかして、昔、住んでいたとか?」
ソフィ「ええ……でも、物心つく前だから、全然覚えてないけど。ヴァルドラの市街を知っているのは、父が地図を見ながら何度も説明してくれたから。父には分かっていたんだわ。いつかこんな日がくるって」
エド「お父さん?」
ソフィ「ええ。父は1年前に亡くなったの」
悪いことを聞いてしまったかもしれない。気まずく黙り込むと、ソフィは静かに首を左右に振った。
ソフィ「いいのよ」
ソフィの細い指先が地図を元通りに折りたたむ。平静を保とうとしている姿が痛々しい。
ソフィ「あとは……お願い」
ソフィの身体がグラリと揺れた。
エド「おい!」
エドとアル(鋼)は慌てて両側からソフィを支える。
ソフィ「ごめんなさい。緊張が解けたら、急に……安心して気がゆるんだみたい」
穏やかな表情を浮かべているが、ソフィの顔色がますます悪くなったように思える。
ウィンリィ「少し眠ったほうがいいわ」
ソフィ「……ええ。ありがとう」
ウィンリィが抱きかかえるようにしてベッドに寝かせると、ソフィは目を閉じた。疲れと緊張もあるのかもしれないが、一番の理由はさっきの戦闘で消耗したためであろう。気丈に振る舞っていたものの、やはり回復にはほど遠い状態だったのだ。
エド「ウィンリィ、ソフィのことは頼んだ」
ソフィ「まかせといて」
エドとアル(鋼)は互いに頷き合う。気をつけて、と消え入りそうなソフィの声に送り出されて、2人は部屋を後にした。

479暗闇:2007/02/28(水) 19:21:37 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
=とある平行世界・ドイツ=
冴葉「――以上の理由により、まずはガルミッシュ・パルテンキルヒェン――ここから30kmほど南下したところにある街です――に行き、ツークシュピッツェ山の中腹へ。回る水とフレイア異伝を今に伝えているという、グランツホルン修道院に向かいます。修道女たちの身の安全を確保したあとに、水のサンプリングを行い、可能ならば現地で性質を分析。その後、禁断の井戸本体の情報を追ってください」
地形図のホログラフィを背に、片桐冴葉は言葉を切った。
冴葉「ここまででご質問は?」
美沙とノイエは、冴葉の視線を追って振り返った。肝心の鷲士はガックリと肩を落とし、ぼんやりと窓から湖を眺めている。

ああ、こんなことになるなんて……

鷲士はうなだれ、ため息をついた。
ここはフランクフルトから200kmほど南東に進んだ地点――シュタインベルガー湖の傍に建つキャビンのリビングだった。澄んだ湖面に、写真でも見たことのない美しい山並みが映り込んだが、心を晴らすには至らない。
これからこのドイツで彼らは大波乱に巻き込まれていくのだが、その前に話を少し遡ることにする。

480暗闇:2007/02/28(水) 20:46:35 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
鷲士『北欧神話の……フレイア異伝だって?』
昨晩のボロアパート――眉を潜める鷲士に、ノイエは頷いてみせた。
彼女は、次いでポテチをつっつく美沙に目を見やり、
ノイエ『あなたは北欧神話って……分かる』
美沙は鼻を鳴らした。
美沙『はん、誰にそんなくだんないこと訊いてるわけ? 要は“散文のエッダでしょ?』
ノイエ『まあ、その歳でそんなことまで!あなた、偉いわ!』
と嬉しそうに、ナデナデ。日本はボロクソにけなすくせに、ヨーロッパの文化が浸透しているのは嬉しいらしい。
鷲士『神話はともかく……あの……なんなんですか、それ?』
ノイエ『……シュージ、あなたそんなことも分からないの?それでも大学生?』
鷲士『い、いや、文学部ってワケじゃないんで……』
凄い差別を感じたが、鷲士は引きつった笑みで誤魔化した。
ノイエ『仕方ないヒトね。じゃあ最初から話すわ。そもそも現在、一般的に北欧神話と呼ばれているものは、12世紀中頃に――』
そしてノイエは語り始めた。

481暗闇:2007/02/28(水) 21:26:11 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
冷徹な隻眼の魔神オーディン、酒飲みバイキングの化身とも言える雷神トール、ピエロ同然のトリックスター・ロキ、豊穣を司る双子のフレイ・フレイア兄妹神――彼らの名は、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。強烈な個性を持つ神々が衝突や旅を享楽的に繰り返し、巨人族と戦う物語――これが俗にアスガルド神話、アース神話などと呼ばれる、北欧神話の概略だ。
起源をたどれば、紀元前のスカンジナビアにまで遡るという。神々の性格が一人一人ハッキリ差別化がなされているのは、各部族の神を、当時にしては珍しく、ほぼそのままの形で取り込んだからだと思われている。神話の骨格が成立したのは、13世紀。サクソ・グラマティクスが記した9冊にわたるデンマークの歴史書『デーン人の事跡』と、詩人であり政治家でもあったスノリ・ストルルソンが著した教本『散文のエッダ』――この2作が完成した。
北欧神話の中では、神々は2つの神族に大別される。オーディン、トール等をはじめとしたアース神族と、フレイ・フレイアの双子を主神にいただくヴァン神族だ。前者は天神の直径とされ、後者はむしろ巨人族よりの一族だった。
アースとヴァン、これらの二大神族は、共同で巨人族にあたることが多いため、時として混同されるが、あくまで政治的な同盟関係にすぎなかったようだ。アース神族が始めた侵略によってヴァンの領土は奪われ、フレイアはオーディンに人質に捕られている。もっとも、神話が高度な政治的部分を含むのは、北欧神話だけではない。この神話の珍しさは、極端に退廃的な部分がある。
まず主役級のオーディン。彼からして、知識と色と死を追求する貴族の神である。彼は冥界の言語であるルーン文字を読み解くため、物語の主な舞台で天空と地上を繋ぐ世界樹ユグドラシルに、自らの体を槍で貫いた状態で9日9晩も吊した。欲しいものを手に入れるためなら手段を選ばないのだ。さらに暇になると、己のヴァルハラ宮殿で、不死の戦士エインヘルヤル同士を戦わせ、酒宴に酔う。飽きてくると、使いである鷲とワタリガラス、そしてヴァルキューリ同士の娘たちを派遣し、勇敢な戦士を連れてこさせ、また戦わせる。
雷神トールのような一部の例外を除けば、北欧神話の神々には常に死の影が付きまとう。ロキに至っては、意図的に仲間内で揉め事を起こし、神々の殺し合いを見物と洒落込む。幻想的に語られる叙事詩の側面を持つ一方で、ヒトはまるでゴミのように扱われ、そして神々の退屈しのぎに殺されるのだ。
このような退廃思考は、北欧神話の究極的な終末思想が原因であるとされる。神々は最後の戦い・ラグナロクにおいて滅亡は免れないことを悟っており、死を少しでも有利に迎えるために、日夜通して体を鍛えたり、勇敢な兵士を徴兵しているという。しかし死が確実なことが分かっていれば、あとは刹那的に楽しむしかあるまい。
結局、神話の中で、彼らは強大な邪狼フェンリルと世界蛇ヨムンガルド、そして炎の国からやってきた謎の死神・スルトによって、皆殺しにされてしまう。天と地は滅び、最後に残ったのは、スルトと世界樹だけだったのだ――

482暗闇:2007/03/16(金) 00:54:02 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
ノイエ『ただ、世界樹の中には、リーヴとリーヴスラシルという一組の男女がいたの。彼らはスルトが去り、再生された世界で、新たな生活を始めた。彼らはの子供たちは、やがて全世界に広がり、今の人類は、みんな彼らの子孫だと言われてるわ』
美沙『はーい、ちょっと補足ね』
と美沙が投げやりに手を挙げ、
美沙『スルトによって滅ぼされた大地は、結局、海の中に沈んじゃうワケ。でも、スルトの放った炎は決して消えなくて、海底でも燃え続けて悪しきものを完全に焼き尽くした。で、海水が引いて、一組の男女が世界の始祖となる、と。まあ、この辺りはよくある洪水伝説の一つとも言えるかな?』
鷲士『あ、ノアの方舟とか、その辺りだね。なるほどー』
ノイエは驚いたように、
ノイエ『ミ、ミサ……あなた、本当に博学ね。ラグナロクは知ってても、その結末まで知っている人間は、意外と少ないのに。ヨーロッパでさえも、世界が滅んで終わりだと思ってるヒトが多いものよ。素晴らしいわ』
美沙『ま、フツーはそんなもんでしょ。日本人だって、浦島太郎は玉手箱開けてジジイになって終わりだと思ってる奴がほとんどだし』
鷲士『ええっ!?続きがあったのかい!?』
しかし鷲士の発言は無視された。美沙は肩をすくめて、
美沙『とにかく、そのフレイア異伝ってのぉ、聞かせてよ。話はそれからね』
鷲士『あの……浦島……』
ノイエ『そうね、ミサ。あなたの言う通りだわ』
ノイエは真面目な顔で頷いた。
ノイエ『……これから言う話は、バイエルン州の中でも、一部の地域で口伝として知られているにすぎないわ。草の根の民間伝承とでも言うべきで……わたしの歳で知っている人間は珍しいぐらいね』
美沙『ふーん。続けて』
ノイエ『物語は、フレイアという人間の奴隷の少女の視点で語られているわ。そしてこの異伝の中では、世界を滅ぼした死神スルトは、救国の大英雄なのよ――』

483暗闇:2007/03/16(金) 02:56:14 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
“ヴァン神族は、ただの人間だった”

これがフレイア異伝の中核である。二大神族の片翼を、いきなりただの人間に貶めているのも珍しい。しかも、実質的な奴隷だったようである。ただ、異伝と言っても、本のような形で存在するわけでなく、ある種の詩編として今に残っているだけで、細部は曖昧を極めるという。ノイエの話では、遡ることを約3500年ほど前――紀元前15世紀頃。ゲルマン人どころか、その大元であるガリアの支配さえ及んでいない時代――ケルト人が住んでいたとされる頃よりも、数世紀も前の話である。
――とにかく詩編を解釈すると、次のようになる。
フレイとフレイヤ――双子の兄妹は、ヴァンと呼ばれる農耕民族として生まれた。有力者の子供だったそうだ。しかし物心つく前に、国――理由を伏しながらも、なぜかノイエは現在のドイツ南端だと言い切った――はアスガルドの神々によって制圧され、双子は奴隷たちのまとめ役的な存在にさせられた。ただ課せられる労役は全く一緒だったというから、見せしめのように扱われていたのだろう。
“神は昔、空の砦から来たれり――”

空の砦――この言葉がどこを指すのかわからない。アスガルドとは本来アースの砦という意味だが、ではアースはどこかというと、それは世界樹ユグドラシルの麓というだけで、やはり場所の特定などできはしないのである。起源を遡れば、スカンジナビア周辺のどこかなのかも知れないが、異伝は北欧神話起源の定説をも覆す古さだ。とにかく空の砦からやってきた神々から、ヴァン族が受けた仕打ちは、常軌を逸したものだった。
このときの様子を、ノイエはアウシュビッツにたとえている。
神々はたまに奴隷を連れていき、体に手を加えたというのだ。四肢を切られたり、逆に加えられたり――は日常茶飯事。全く別の怪物に変えられることも少なくなかった。年端もいかない子供すらも巨大なキマイラにされ、仲間の元へ戻される。彼らは皆、長く生きることはなかった。失意のうちに死んだ。
神々は己の魔術――これがどういったものか、今となっては知る由もないが――を、ヒトで試していたらしい。神は時には病疫の種を故意に蒔き、冷静な目で、ヒトが死ぬ様を観測した。逆らえば、魔術の武器によって殺される。労役と病疫が重なり、奴隷は健康な者を探すのが難しいほどになった。
やがて真の悲劇が、ヴァン全体を覆った。
――子供が生まれなくなったのである。
直接的ではなかったが、神の行いの影響だった。しかし神々は嘲笑った。おまえたちは増えすぎる、だからちょうどいい、と。
我慢の限界を超えた兄のフレイが、怒り狂って剣を取った。しかしオーディンの霊槍グングニルによって胸を刺し貫かれ、息絶えた。
ヒトは家畜も同然だった。いや、牛や豚の方が、まだマシに扱われる。
希望もなにもなく、むしろ死を願う日々。
涙など、既に涸れていた。フレイアはぼんやりと生きた。

484暗闇:2007/03/16(金) 02:57:11 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
そして蹂躙されて十何度目かの冬が訪れた。
――そんな中に、男はやってきた。
いや、正確には運ばれてきたのだ。雪の中に、男は倒れていたという。
助けるように命じたのは、フレイアだった。情けではない。単に労働力の確保と、子を作る能力を持つ新しい血を求めたのだ。しかし期待してはいなかった。投げやりな意向だった。男は虫の息だったが、解放の甲斐あって、やがて立ち上がれるようになった。
男は筋骨隆々とした、見上げるような大男だった。髪は伸びるがままに任せ、背には巨大な黒い大剣、腰にも優雅な曲線を描く真紅の剣。異国の人間らしく、見たこともないような飾りを、マントの下に色々と身につけていた。
剣を除けば、ほとんど黒ずくめ――フレイアは便宜上、男をスルトと呼ぶことにした。黒き者という意味である。男も、嫌がりはしなかった。
しかし――彼がフレイアの期待に応えることはなかった。
スルトの目は、半ば死んでいた。村人が歩く死人とたとえたほどである。さらにありとあらゆる部族の言葉を話すにも拘らず、無口。必要なこと以外、ほとんど喋ることがない。彼が村の女を抱くこともなかった。触れようともしない。
物珍しさでスルトに近付く者も、やがていなくなった。男は孤独になった。しかし困っている様子もなかった。
フレイアがスルトに興味を抱くようになったのは、さる事件がきっかけだったという。ある日――川の傍で一組の若い夫婦がケンカを始めた。最初は言葉でなじり合い、やがて掴み合いにまで発展した。しかしどちらともなく謝り、最後には肩を寄せ合った。それを見ていたスルトの口元に、薄らと笑みがよぎったのだ。
フレイアは謎の男に話しかけるようになった。スルトは完全には復調しておらず、無口なのは相変わらずだったが、次第に彼のことも明らかになった。
スルトは死の国――北方――の果てからやってきたという。ヒトの住める場所ではないはずである。さらに、彼はいくつかの魔術も使った。身につけた道具で、指も触れず呪文も唱えずに火を起こす。とにかく不思議な男だった。
彼から感じる潜在的な力強さに、何か期待していたのかも知れない。それとも純粋な恋だったのかもしれない。とにかくフレイアは、男に抱くように頼んだ。
しかし――彼は断った。
辱められたフレイアは怒り、口をきかなくなった。ノイエは、単に痴話喧嘩のレベルだったのだろう、と言っている。村から放り出せばいいのに、そうしなかったからだ。しかしスルトの体も癒え、彼は村を出ることに決めた。

485暗闇:2007/03/16(金) 02:58:12 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
事件が起きたのは、男が旅支度を整えていたときだったという。
神々の使い――エインヘルヤルの戦士たちが、銅の馬――ある種の機械のことらしい――に乗り、アスガルドで使う奴隷を狩りに来たのである。
事情を知らない男は通り過ぎようとした。
その時、ある女が斬られた。かつて川でケンカしていた、例の妻であった。病気を患っていた夫を、連れて行かないようにと、戦士たちに頼んだからである。
呆然と立ちすくむ男の腕を、駆けつけたフレイアが引っ張った。早く逃げなさい、神々の使いに勝てるはずがない――と。
――なぜかこの一言が、スルトを豹変させた。黒衣の剣士はエインヘルヤルどもの前に出ると。腰の剣を抜いた。
勝負は一瞬でついた。
絶命したのは、髪の戦士の方であった。馬上に槍という圧倒的優位な状態にも拘らず、エインヘルヤルどもは鎧ごと叩き斬られた。100本の槍を使っても貫けぬはずの鎧であった。さらに逃げた残りの兵士たちは、天から降った炎に、生きたまま焼かれた。スルトの呪文の叫びに呼応し、空が裂けたのだという。
フレイヤは、スルトを激しく避難した。殺せぬはずの戦士たちを殺した。このままでは、きっと神々がやってくる――と。しかし事情を知ったスルトの怒り狂いようは、言葉にならないほどだったという。彼は村人を集めさせると、威圧的に言い放った。

“これから半日の間、家に籠もり、戸を閉じよ!さもなければ汝等の身にも災いがふりかかるであろう――”

この旅の男は、自分たちとは根本的に違う存在である――そう感じたヴァンの人々は、震え上がって、言う通りにした。スルトは馬にも乗らず、たった一人でアスガルドへ向かった。フレイアも家に戻り、戸締まりを終え、さらに耳を塞いだ。
間を置かず地が震え始め、天も唸り声を上げた。まるで天地創造のようだったという。そしてその状態は、スルトの言った通り、半日続いた。
人々は、不安の時を過ごし――やがて静寂が訪れた。
最初にフレイアが外に出たとき、世界は破滅していた。
異伝のこの部分は、論理的に成立しえない。世界が滅亡したのなら、内も外もないはずだが、ノイエは、世界の解釈が今とは全く違ったのだろうと言った。とにかくアスガルドと支える大木ユグドラシル――それらは地に落ち、倒れ、燃え上がっていた。
突き上げる炎は、空の雲すら焼いたという。呆然と立ちすくむフレイアの前に戻ってきたスルトは、足下に2つの首級を放り投げた。
魔神オーディンと、雷神トールの首であった。
神々を滅ぼしたスルトは、川に薬を流した。水を飲んだ人々の体からは、毒素が消え、みんな元気を取り戻したという。
圧政から解放されたフレイアたちだが、途方に暮れた。神々の消滅――それは社会体制の完全な崩壊を意味する。特に紀元前である、不安が広がったという、ただそれだけの理由で即滅亡に繋がりかねない。
しかし、スルトは言った。

“おまえたちで新しき世をつくり、広げるがいい。この世には果てなどない――”

彼の言葉が、どこまでの意味を含むのかは知る由もないが、やがてスルトの旅立ちの時がきた。フレイアは泣き喚いて、とどまってくれるよう頼んだが、彼が頷くことはなかった。どうやら、何か大きな目的があって、旅を続けているようだった。しかし――地を耕して一緒に暮らそうと頼んだとき、スルトは初めて笑った。人々を極限の圧政から救った大剣士は、礼を言われる立場にありながら、なぜか何度も頭を下げたという。
そしてスルトは村を後にした。やがて――スルトが去り、3回目の春が来た頃、人々に新たな希望が芽生えた。
――若夫婦の間に、双子の子供が生まれたのである。
人々は2人に、リーヴとリーヴスラシルと名付けた。スルトの教えを守ったヴァン民族は再び繁栄し、人々は永久に平和に暮らしたという――

486暗闇:2007/03/16(金) 21:12:03 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
美沙『……なんか単なる英雄譚って感じ。で、回る水ってのは、どこに出てくるワケ?』
美沙が白い目をノイエに向け、鷲士もうんうん頷いた。
ノイエはため息混じりに、続けた。
ノイエ『……最後まで聞いて。スルトを忘れられなかった。フレイアは、彼の思い出を追い求めるあまりに、アスガルドの跡地にまで踏み入れたの』
美沙『おー、新展開。んでんで?』
ノイエ『そこは壊れた神々の道具が転がっていたけど、彼女には使い方が分からなかった。でも廃墟の中に1つの井戸があった。回る水の井戸ね。フレイアが覗き込むと、水は彼女の想いを反映し、スルトを映し出したというわ』
美沙『望む者の顔を、水が?でもなんかイマイチねぇ。北欧神話の方にも、そんなおかしな水のコト、出てないし。ま、こっちもハンターだからさ、ザルな情報でも信憑性があれば乗り出すけど……これはちょっとなぁ』
と、美沙は、少し不満顔だった。
うっ、と引いたノイエだが、すぐに身を乗り出した。
ノイエ『と、とにかく!フレイアはスルト見たさに井戸の近くに村を作り、毎日のように覗き込んだ。そこに映るスルトが、今どうしているかを思い浮かべながらね。結局、フレイアは一生独り身だったそうよ。フレイア異伝は、これでおしまい』
鷲士『結ばれないのか、ちょっと哀しいお話だなぁ。で、その井戸の鍵になるのが、バレッタってワケだね?でも、どうして水をミュージアムが狙うの?』
今度は鷲士が首を傾げ、美沙もうんうん頷いた。
するとノイエは、少しでも慌てたように、
ノイエ『そ、そんなこと、知らないわ!あいつらは狂的な歴史遺産回収集団――伝説上のものなら何でもいいんでしょ!それにミュージアムは、かなりの人数を投入してるわ!今分かっているだけで、500人もの工作員が既にドイツ入りしてるもの!』
美沙『ご、ごひゃくにん〜!顔を映す水に!?』
ノイエ『と、とにかく!わたしは話したわ!あなたたちの返事を聞かせて!』

487暗闇:2007/03/17(土) 04:45:22 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
そして睡眠薬を経て――現在に至る。回る水のことも分かった。しかしミュージアムの動きが大袈裟すぎる。どうも裏があるような気がしてならないのだ。
ノイエは、何かを隠している。それが気にかかる。
冴葉「……鷲士さん、ここまででご質問は?」
冴葉が重ね訊き、ボケ青年を我に返らせた。
鷲士「あ――すすす、すみません!聞いてませんでした!」
冴葉「ガルミッシュ・パルテンキルヒェンからグランツホルン修道院へ、です」
鷲士「グ、グランツホルン修道院って? そこにも水があるんですか?」
冴葉「その件に関しては、ノイエさんから」
頷いて、碧眼の麗女が口を開いた。
ノイエ「なんと言えばいいのか……グランツホルンは、異伝を伝える小さな組織の中心地のような者で……水の一部が貯えられているわ。ミュージアムの動きを察知したのも、彼等よ。わたしも……関係者ということになるのかしら」
鷲士「異伝を伝える組織……?じゃ、じゃあさ、どうしてバレたの?ミュージアムに、水の存在がさ?関係者に、内通者がいたってことかい?」
するとノイエはため息混じりに、
ノイエ「……山で遭難しかけてた2人のイギリス人を泊めたのよ。そこから、ね。わたしのおばあさまが、揉み消しをはかろうとしたんだけど、その……院長が、やけに潔癖な方で。お金の力に頼るのはよくないし、沈黙を誓った彼等の言葉を信じよう、と」
美沙「はぁ。でも裏切られちゃったっての?あっまーい」
冴葉「権力は使うべきときに使うものなのですが――ちなみにシュライヒャー一族はバイエルンでは名の知れた富豪です。デパート経営――大地主でもありますね。昔から、ある日本の企業とも繋がりがあります」
鷲士「へー。確かに、ノイエってお嬢様っぽいとこあるしね。そうだったのか」
美沙「企業ねえ。どこ?名前は?」
冴葉「お聞きにならない方がよろしいかと」
美沙「……なによぉ、言いなさいよ。わたしフォーチュン・テラーの会長だぞぉ〜」
うがぁ〜、と両手を振り上げる美沙に、秘書は咳払いをしてみせ、
冴葉「結城グループ――しかもその中心母体である結城海運です。100年以上前から一族の長レベルでの交流があります。現在、結城側の代表を務めているのは――」
美沙「……次期総帥」
冴葉「ご賢察」
美沙「では次に、我々の真の目標である井戸の位置ですが、これはノイエさんもご存じではありません。ただ、昔、リッターと呼ばれた村のどこかに存在するという話があるだけです。そのリッター村の所在はというと――」
――異変が起こった。
冴葉のスーツが、けたたましく鳴ったのだ。携帯のコール音だった。冴葉は例によって淡々と電話を抜き、耳に押し当てた。

488暗闇:2007/03/17(土) 04:45:57 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
冴葉「わたしよ。……ええ。……タイフーン?ドイツ空軍もなの?」
目を細めると、冴葉は顔を上げた。
冴葉「ボス」
美沙「なぁに?またミュージアムに動き?」
冴葉「ええ。視力が一番いいのはあなた――外に何が見えます?」
美沙「外ぉ?」
ヒョイ、と立ち上がり、トコトコトコ、と美沙はベランダに出た。
――すぐに振り返った。
美沙「タタタ、タイフーン!タイフーン戦闘機!突っ込んでくる!」
と血相を変えて、全力疾走。ソファの前で止まると、足踏みしながら、脇のリュックと銃に腕を通す。
鷲士「えっえっ?」
呆然とする鷲士の前で、彼等は、
美沙「敵にこの場所はバレてたってワケね!ここは別行動ってパターンでしょ!」
ノイエ「分かったわ!じゃあ、合流場所は、ガルミッシュの登山鉄道駅!ミサ、シュージ、場所は知ってるわね!」
美沙「OK!じゃ、登山鉄道駅で!」
と女性3人は、頷き合うと、部屋を飛び出した。
鷲士「待ってよ!?いったい何が――」
と振り返った鷲士の目にはとんでもないものが飛び込んできた。
――ユーロファイター2000・タイフーン。
ヨーロピアン・ファイター・エアークラフト計画のもと、ドイツ、イギリス、スペイン、イタリアが共同で開発した、クローズド・カップル・デルタ翼の全天候型戦闘機だ。美沙の愛機F22ラプターと並ぶ性能を持つが、現在は試作機を調整中で、実戦配備はされてない。機体は湖面スレスレを飛び、一直線にキャビンに突っ込んできた。
鷲士「なっ――」
鷲士が背を向けたのと、機体ノーズがベランダの手すりを吹き飛ばしたのが同時。
爆発は、すぐに訪れた。
まず窓という窓が一斉に吹っ飛び、縛圧に耐えきれず壁そのものが炸裂した。吹き出してきたのは、生き物のように蠢く、火柱だった。地響きを思わせる衝撃と轟音は、そのあとでアルプスを走り抜けた。
炎が湖面に反射し、映り込む月を掻き消した。
禁断の井戸を巡る戦いは、始まったばかりだった――

489暗闇:2007/03/18(日) 00:40:10 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
同時刻――ミュンヘン郊外。ローゼンヘイム市へ続く街道から、山側に逸れた場所――杉に囲まれた場所には、寂れた一軒家が建っていた。
――リリリン
昔ながらのベル音が廷内に鳴り響き、リビングから家政婦が顔を出した。エプロンで手を拭き、階段傍の電話を取る。
家政婦「はいはい、もしもし、こちらエルネスト先生の――あらあら!久しぶりね〜!分かったわ、ちょっと待って」
おばさんは耳を離すと顔を上げ、思い切り息を吸い込んだ。
家政婦「せんせー!電話ですよ〜!」
しばらく、間があった。
???「やかましいわ!急患なら、街の病院に頼むように言え!シトロエンの機嫌が悪くて話にならん!ダメじゃダメじゃ!」
――2階から声はすれど、顔は見えず。
家政婦は呆れたように、
家政婦「違いますよ、グランツホルンからです!ルイーゼちゃんですよ、ルイーズ!」
???「……なぁにィ?」
ドタドタドタ、と足音を響かせ、2階手すりの隙間から、老人が顔を出した。
――頭頂部が禿げ上がり、頬もこけている。
???「ルイーゼ?本当か!」
家政婦「公衆電話からだそうです!切れても知りませんよ!」
老人――エルネストは、弾かれたように階段を駆け下りた。ガウン姿である。家政婦の前で立ち止まり、慌てて受話器を奪い取る。
エルネスト「もしもし、ルイーゼかい?わしじゃ、エルネストのおじいちゃんじゃよ〜」
声をかけたときには、好々爺の顔つきだった。

夜の街――とある通りに面した電話ボックス。幼い修道女が、しゃがみ込んで電話に囁いた。
ルイーゼ「……あ、あのっ、わたし……です」
大きな瞳で、不安そうに周りを見回す。

エルネスト「なに……!?そうか、みんなは……?そ、そうか……!」
エルネストの顔に、不安の影が広がっていく。
少し考え込む素振りを見せた後、老医師は再び受話器に口を寄せ、
エルネスト「とにかく、ガルミッシュは危険じゃ!あの連中は、既にその街に大量の人員を送り込んだ可能性がある!ルイーゼ、カネは……?そうか!わしのことは既にバレとると考えた方がいい、こっちから動くのは……そうじゃな、ミュンヘンに来れるか?よし!今はオクトーバー・フェストの最中じゃ、明日、ヴァイエンシュテファンのテントで――そうじゃそうじゃ、ルイーゼは賢いな!うむ、気をつけるのじゃぞ!」
言うと、老人は受話器を置いた。
しかし――エルネストは動かない。
家政婦「あの……先生?」
エルネスト「……明日からは来んでええぞ。しばらく家を空けることになりそうじゃ。戻ってきたら、わしの方から電話するよ」
短く言うと、老人は階段をのぼった。重い足取りで自分の部屋に戻ると、机の前で立ち止まり、引き出しを開けた。汗を流しつつ、中のものを掴む。
――銀色のリボルバーだ。
エルネスト「50年前の悲劇……繰り返させるわけにはいかんのじゃ……!」
呻くように言うと、老医師は、銃を机に置いた。
エルネスト「ノイエよ、ダーティ・フェイスはまだ来んのか……?」

490暗闇:2007/03/18(日) 01:58:43 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
さらに深夜を回った頃――グランツホルン。
占領された修道院前の敷地には、異様な光景が現出していた。
――磔である。
手足を縛られた5人の修道女が、金属の杭に括りつけられていた。少し離れた位置から彼女たちを照らすのは、4柱の巨大なライトだ。地肌を埋めるように、パイプやケーブルが走っており、それらはすべて中央コンピューターに繋がっている。
事情を知らない人間なら、映画の撮影だと思ったかもしれない。あちこちに銃を持った見張りや、白衣を着た科学者の男たちまでいたからである。さらには、赤いコートで身を包んだ者が複数いる。
院長「わ、わたしたちをどうするおつもり?」
中央の杭に縛られた老シスターが、震えながら声を放った。
呼応するように、逆光の中から、やせ細った影が浮かび上がった。
――ディーン・タウンゼント。
タウンゼント「……これは院長。なに、ちょっとした実験に付き合ってもらうだけだ。回る水の有効性に関する実験をね。被験者は……あなたたちだが」
院長「なっ……!」
老女の顔を、旋律が走り抜けた。
タウンゼントは目を細め、笑みを浮かべた。冷たい笑いだった。
タウンゼント「どうした?ヒトの顔を映すだけの水……恐れることはないはずだ」
シスター「それは……その……」
タウンゼント「もっとも、我々の質問に答えていただければ、その限りではない。わたしが訊きたいのは、フレイアの子鍵を持ち出した、少女の行方についてだ」
ミュージアムの絵師は、言葉を切った。老女は汗まみれになりながらも、視線を背けた。タウンゼントは苦笑して背を向けた。
タウンゼント「いいかね?実験はなにもあなた方でやる必要はないのだ。ミュージアムには、死を恐れぬ者はいくらでもいる。たとえば、そう――そこの男、前に出ろ」
戦闘員「アイ、サー!」
戦闘員の一人が、前に出て不動の姿勢を取った。
タウンゼント「ミュージアムのために死ねるか」
戦闘員「アイ、サー!」
タウンゼント「それが無益なものであっても?」
戦闘員「もちろんであります、サー!」
タウンゼント「よし。では自分の足を撃て」
戦闘員「どちらの足でしょうか、サー!」
タウンゼント「左にしよう」
タウンゼント「イエッサー!」
叫ぶなり、男は片付けに自動小銃を構えた。マズルを向けた先は、己の左足――その大腿部であった。
――ドドドドド!
フルオートで発射された弾丸は、戦闘員の大腿部を木っ端みじんに粉砕した。筋肉繊維が細切れになったのは言うまでもない。左足は切断されて、宙に舞った。
戦闘員「ウギャアアアアッッッ!」
吹き出す鮮血が、闇夜で弧を描いた。バランスを崩して倒れた男の腿からは血がビュウビュウと流れ続け、シスターたちの顔面は蒼白になった。狂気の沙汰であった。
タウンゼント「押さえつけろ」
タウンゼントの指図によって、別の戦闘員らに、男は手足を掴まれた。そして続いて画家の行動は、奇妙という他はなかった。彼はコートの胸元を広げると、なぜか一本の小筆を抜いたのである。インナーに挿してあったのは、数十本もの絵筆だった。
タウンゼント「第27番筆……銘はトルキアの乙女……これにしよう」
呟くと、彼は毛先を、もがく男の足に押しつけた。
血を吸った刹那、毛先が光った。ホタルのようだった。
膝をつくと、タウンゼントは目を細めた。画家の顔であった。
タウンゼント「とくとご覧あれ――我がハイアート」

491暗闇:2007/03/18(日) 02:00:03 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
その瞬間、腕が霞んだ。
――恐ろしいことが起こった。
タウンゼントの筆先は凄まじい速度で動き、次第に空中に像を作っていった。足の絵だ。なぜか絵の具――鮮血――は、空中から垂れることはなかった。そしてそれは、傷口に癒着し始めたのである。
院長「なっ、なんてことなの……!その筆は、まさか……!?」
呆然と呟く院長の目先で、奇妙な“創作”は完了した。
画家の腕が制止したとき、筆の下に存在したのは、血まみれの新たな足であった。
自らの偉業を誇ることもせず、妖画家は老婆を見た。
タウンゼント「……19世紀末のロンドンに、ヴィタリスという名の画家がいた。吃る癖がある気弱な青年だったそうだ。彼が描く絵は、構図といいデッサンといい取るに足らないもので――実際に一枚の絵も残っていなければ、正確な名も分かっていない――しかし、ある特徴があった。彼が描いた絵は、すべて厚みを有し、生き物は魂を持ったというのだ」
タウンゼントはコートに絵筆を収めながら続けた。
タウンゼント「彼は食事に事欠くほどだったので、請われれば何でも――しかも安価で描いた。肉屋の看板がクックルーと鳴き、酒場の壁から抜け出た女が踊り出す。おかげで彼は有名になったが、不幸なことに、そのスピードが速すぎた。財と名声、そしてそれらを使う知性を築く前に、宮廷に呼ばれてしまったのだ」
冷たい風が、痩せ細った画家の髪を揺らした。
タウンゼント「ヴィタリスは王女に命じられ、御前で虎を描いた。ただ、学のない青年は虎というものを知らなかった。そこで彼は“想像の虎”を描いた。目が4つで足が6本、尻尾が2本で背中には翼が2枚――まあ、キマイラだな。見かけは狂獣だが、ただ、性質は大人しかったそうだ。しかし、ここで問題が起きた。王女のスピッツが、虎に噛みついたのだ。虎が軽く足を振っただけで、スピッツは頭を吹き飛ばされて死んだ」
淡々と言いながら、タウンゼントは、院長の前で止まった。
老齢のシスターの体は、小刻みに震えていた。
タウンゼント「気弱な青年はすくみ上がった。処刑されると思ったのだろう。頭も弱かったというから、彼が感じた恐怖は察するに余りある。そしてヴィタリスは意外な行動に出た」
院長「な……何をしたのです……?」
タウンゼント「壁に描いたのだよ。一枚の扉をな」
タウンゼントの口元に、陰鬱な笑みがよぎった。
タウンゼント「扉の向こうには2つの太陽と石の山並み、草木も一本も生えぬ荒野が広がっていたという。そして彼は、自分のお気に入りの筆を一本だけ掴み、扉の中に逃げ込んだ。ご丁寧に、扉を閉める間際に、ノブを白く塗りつぶしてな。それがヴィタリスの目撃された最後の姿となった。戻ってくるほどの度胸がなかったのだろうな」
院長「で、ではその筆は、やはり……!」
タウンゼント「ヴィタリスの魔筆――彼がこの世界に遺した57本に及ぶ筆のセットさ。日記によると、灌漑工事の手伝いをしていた時に、貝塚の中からケースと共に出土したそうだ。もっとも、魔筆と言えど長いときには勝てないのか、今では描いたものが著しい速度で劣化するようになってしまっているがな。オーパーツというにはオカルトじみているうえ、なぜかこの筆は、自分とヴィタリスにしか使えない――わたしがハイ・キュレーターの中でも異端派と呼ばれる由縁だよ。ちなみに虎の方は48年後に天寿をまっとうしたらしい。骨は現在、我々ミュージアムの所蔵になっているがね」
タウンゼントは淡々と頷くと、部下に命じた。
タウンゼント「痛みが取れるわけではない、時が来れば加筆した足も消える。騒ぐようなら彼等に献上し、吸血鬼<ヴァンピール>か喰屍鬼<グール>にでも変えてもらえ」
戦闘員たち「はっ!」
タウンゼントは赤いコートの集団に向き直り、
タウンゼント「というわけで、あの男を処理はあなた方に任せてよろしいな、ミスタージェンス」
赤いコートの男たちの中心にいたスーツ姿の男に妖画家の声がかかる。整った顔立ちはその辺のタレントや芸能人等と比べても遜色ない美貌の持ち主――ジェンスと呼ばれた男は取り巻きの赤コートたちに首を振って促すと、彼等は揃って首肯し、戦闘員たちと共に男を連れて行った。

492暗闇:2007/03/18(日) 02:01:19 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
タウンゼント「――というわけで、無理にあなたたちを使う必要はないわけだ。幸か不幸か、我々にとって修道女の命など、ゴミクズも同然――生死などどうでもいい。小鍵を持つ少女も、時間をかければ探し出せる。ただ、無駄な手間は省くにこしたことはないのでね。わたしとしては、合理的な提案をしているつもりなのだが」
しかし院長は答えず、呆然と、
院長「……ああ、エルネストさんの話を信じていればよかった……!ではやはりあなたが無から有を作り出すと言われ……ザ・クリエイターの異名を持つハイ・キュレーター……」
タウンゼント「ディーン・タウンゼントと申します、シスター」
丁寧に画家はお辞儀した。
院長「でもどうして……!私がその名を初めて聞いたのは、子供の頃よ……!それなのにあなたは……まるで青年のよう……!」
タウンゼント「……お喋りがすぎたようだ」
髪を下ろすと、妖画家は向き直って目を細めた。
タウンゼント「……答えを聞こう。さもなければ、あなたたちは己の願いを叶える代わりに、最も大切なものを失うことになるが?」
院長「ああ……!ではすべて知っていて……!」
俯いた老シスターの顔に、絶望の陰が差した。
タウンゼント「断っておくが“ミーミルの井戸”はいずれ探し出す。少女の行方は?」
院長「……お好きになさい」
顔を上げ、苦渋に満ちた表情で、院長は言った。
院長「……ある者の願いを受けて井戸からあふれ出した水は、かつてリッターの村を襲い、全住民をこの世から消し去った。その悲劇を、再び繰り返させるわけにはいきません。それにわたしたちには、まだ希望がある」
スプレイ「希望ってさ、こいつのこと?」
茫洋とした声と共に、あるものが、タウンゼントの足下に転がった。
――黄金のバレッタだ。
闇から現れたのは、部下の肩を借りたスプレイだった。

493暗闇:2007/03/18(日) 02:02:21 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
タウンゼント「……お前か。遅かったな」
スプレイ「ども。ちょっと心臓潰されてるもんで」
と半壊した自分の胸を指す。
院長「そ、そんな、バレッタが……!では、ノイエは……!」
スプレイ「安心しなよ。キンパツはフェイスの野郎と一緒だ。この国に戻ってる。明日には、ガルミッシュの方に着いてるはずだ」
タウンゼント「戦闘機一機突っ込ませた程度ではどうにもならんか。小鍵が奴の手に渡っている可能性を考えると、全力で叩くこともできん」
忌々しげに吐き捨てると、タウンゼントは再び老シスターを見た。
院長は青い顔をしていたが、言葉を翻すことはなかった。
院長「……答えは同じで。わたしたちは、秘密を守るために存在しているのですから。少し希望が残っている限り……いえ、たとえ残っていなくとも、手助けになるようなことはいたしません」
タウンゼント「結構だ。では水の実用性を、あなたたちで検証させていただくとしよう」
頷くと、タウンゼントは指を鳴らした。
白衣の男が頷き、コンソールのスイッチを押した。
ガラス筒に繋がる装置の底部から、泡が生じた。接続されたパイプに無色透明の液体が流れ出す。水は分配器を通ると、8本のホースに分かれ、シスターたちを括りつけた鉄柱へと突き進んだ。
シスターA「ああっ、院長!水が、水がこっちに!」
院長「主のことを考えるのです、シスター・アマンダ!主とその御国のことを!」
老シスターが叫んだ瞬間だった。
――金属柱の先端が開き、水が噴き出した。
シスターたちの変化は、水を浴びたと同時に始まった。体全体が、ぼんやりと光り始めたのである。蛍光色のペンキをかけられたようだった。
見つめるタウンゼントの顔は、やはり画家のそれだった。
タウンゼント「水の成分に変化は?」
研究員「H2O――やはりただ水です。センサーの数値上は全く差異がありません」
後ろの白衣が、モニターを見ながら答えた。
タウンゼント「……光っているのにか?ミスタージェンス、あなたも何も感じませんかな?」
冷笑して、タウンゼントは額にかかる髪を払った。
ジェンス「確かに魔力や霊力、気などといった霊的エネルギーは何も感じない。だが――」
シスターB「主よ、主よ……!」
シスターC「天にまします我らが神よ、願わくば、我らの子羊の魂を――」
――異変は、一瞬で起こった。
シスターたちの体が、目が眩むような閃光を放ったのである。
次の瞬間には、修道女たちは消えていた。いなくなったのである。縛めるべきものを失った柱のベルトが、少し遅れて、地面に落ちた。
ただ、例外が一人。
ソバカスの残る右端のシスターがそうだ。
シスターD「そ、そんな!ではわたしの信仰は……!」
戸惑ったように辺りを見回す彼女の前に、おかしなものが降ってきた。
―――1枚のエプロン・ドレス。
ジェンス「やはりな、一人だけ無意識下から微かな願望の波長を感じてはいたが――」
タウンゼント「ハハハ!信仰の砦グランツホルンと言えど、例外はいるか!しかしドレスの対価に、君は何を支払った?」
タウンゼントが嘲笑した直後だった。
シスターの口から、血が噴き出した。
壊れた人形のようだった。呻く間もなくシスターはうなだれ、動かなくなった。
処刑場を、悽愴の風が吹き抜けた。
やがて――タウンゼントは肩越しに振り返り、
タウンゼント「そちらの見解は?」
ジェンス「さっきも言った通り、魔力等の霊的エネルギーはいっさい感じられなかった。即ちこれは純粋な科学技術による産物だろう。しかし、あのシスターの無意識下にある僅かな欲求を叶える際に、その精神の波長に干渉する謎の力の動きは感じられた。消えた他のシスターに関してもそれは同様だ。」
タウンゼント「ふむ。そっちはどうだ?」
研究員「7人については揃って特異点の発生を。別の次元に飛ばされたようですね。最後の1人については空中の原子変換を確認しました。ただ、厳密に測定するためには、密室での再実験が必要かと思われます」
タウンゼント「やはり源は水か」
研究員「ええ。推測にすぎませんが――原子間に存在する素粒子という形で、水分子に特殊な機能を持たせているのかも知れません。物質の形で性質を与えてしまうと、毒性を持つのかも。こればかりは観測不可能です」
ジェンス「こちらもほぼ同文だ。強力な解析能力を持つ魔眼や心眼の類を用いればまだ何か分かるかもしれんがな」
タウンゼント「……しかし識閾下の願望までも顕在化させてしまうとなれば、実用性には疑問を抱かざるをえんな。現状では使い物にならない……か」
妖画家は目を細めて呟くと、スプレイに振り返り、
タウンゼント「……時間の無駄は避けよう。寝ろ、心臓を書き直してやる」

494暗闇:2007/03/18(日) 02:02:56 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
スプレイ「どーも」
スプレイは軽く頭を下げると、パーカーを脱いで横たわった。歯車や青味がかった液体が行き来するガラスパイプ、駆動ベルト――不条理なほど原始的な構造が露わになる。
タウンゼントは、やはりコートを開くと、
タウンゼント「第14番筆――銘はドワーフのヒゲでいくか」
スプレイ「ふざけた名前ッスね。マジに大丈夫ッスか?」
その首を、タウンゼントの骨張った長い指が掴んだ。
呻く改造人間を、画家は陰鬱な相貌で睨み、
タウンゼント「……いいか、忘れるな。今やお前の体となっているプロトタイプ・タロスだが、サルベージされたときには頭部と心臓がなかった。本来なら、高さ2m、幅5mに達する外部動力源を引き摺らねば、お前は寝返りすら打てんのだ――ミュージアムのロスト・テクノロジーを持ってしてもな。それを動けるようにしてやったいるのは、このわたしだ。侮辱は許さん」
スプレイ「ぐぐ……すいません、タウンゼントさん……」
呻いて、スプレイは押し黙った。
タウンゼントは無言で筆を取った。壊れた胸部に満ちる液体を絵の具に、自分の手のひらの上で、またもや筆を霞ませた。
数秒後――出来上がったのは、膨伸縮を繰り返す、機械仕掛けのリンゴを思わせる代物だった。まさにザ・クリエイター。創造主の異名を持つだけはある。
スプレイ「……ども」
既存の心臓を外し、スプレイは新品を受け取った。素早くパイプを繋ぎ直して蓋を閉め、パーカーに頭を通して立ち上がる。
妖画家は数歩進むと、腰を屈めてバレッタに指を伸ばし、
タウンゼント「おまえの装甲を破壊したのは、最新兵器を駆使する小娘の方か」
スプレイ「あ、いや。やっぱフェイスです」
タウンゼント「……なに?」
黄金の髪飾りに指が触れる直前、タウンゼントの動きが止まった。彼は眉をひそめて、肩越しに振り返った。
タウンゼント「どういう状況だった」
スプレイ「いや、まあ。頭上から鉄パイプ攻撃で動き固めて、着地と同時に腹に蹴りを入れたんス。たぶん、そのときに。実はこっちもワンパン食らってたみたいで」
タウンゼント「……おまえの拳と足、そして胸部の装甲は、チタン合金で作り直したはずだ。素手でチタンを砕く、生身の人間が存在するというのか?」
スプレイ「ヘロヘロな感じの野郎だったんですけどね。近寄らせたら、ヤバいのはチビじゃなくて、あっちの方ですよ」
タウンゼント「厄介な男め……!九頭竜という古武道、一筋縄ではいかんようだな……!」
顔をしかめて、タウンゼントは吐き捨てた。
ジェンス(フェイスをまだ個の存在と見ているのか――情報操作に惑わされおって……しかし、それをまだ話してやるわけにはいかんが、こちらにも都合があるのでな。伯爵様とあやつらにもすぐに連絡を入れておくか)
そこで突然、部下の一人がやってきて、画家の耳元で、何か囁いた。
タウンゼントは頷いてバレッタを拾い直すと、
タウンゼント「ヴァッテン!」
呼ばれて建物の方から、慌てて肥満漢がやってきた。脂ぎった顔に下卑た笑いを浮かべ、
ヴァッテン「は、はい、タウンゼントさん、なんでしょう?」
タウンゼント「おまえは手勢を連れ、街に下りろ。残った地区の選挙だ」
ヴァッテン「へへへ……任してください!」
小走りで去っていく肥満漢を尻目に、妖画家は改造人間に向き直り、
タウンゼント「……ミュンヘン行きの列車に、修道女らしき姿の子供が乗り込んだらしい。あのブタでは話にならん、スプレイ、お前が“彼等”と合流し共に後を追え。伯爵の了解はミスタージェンスを通して得ておく、小鍵は任せる」
スプレイ「え……でも、フェイスはこっちに近付いているんでしょ?」
タウンゼント「わたしがあいてをするさ。どちらにせよ、今度はリッター大惨事を引き起こした老婆も探さねばならん。それに……妹のためを思うなら、功を上げておくことだ」
スプレイは束の間、目を細めた。妹という言葉に反応したのだ。
スプレイ「……分かったッス。じゃ」
軽く頷くと、青年は山道を下る道へと歩き始めた。
が――途中、突然立ち止まると、
スプレイ「おれの元の体をボロボロにしやがったのは、てめえだろうが……!ええ?ガリガリな絵描きのおっさんよ……!ユーリのためじゃなきゃ、誰がこんなこと……」
のっぺりした顔に、初めて感情が生じた。

495暗闇:2007/03/18(日) 02:03:31 HOST:softbank220020057170.bbtec.net
場所は戻って――シュタインベルガー湖の湖畔。
細々と燃え続けるキャビンの残骸から、人影が飛び出してきた。
鷲士「あちゃちゃちゃちゃ!」
鷲士である。彼は飛び跳ねながら、体を被う火の粉をはたき落とした。最新技術が投入された機械式コートでも、全身をパックしてくれるわけではないようだ。
やがて一息ついて中腰になると、顔を上げ、
鷲士「美沙ちゃ〜ん?」
――シーン。
鷲士「ノイエ〜?冴葉さぁ〜ん?」
返事はない。先に行ってしまったのだろう。冴葉やノイエはともかく、美沙が大人しくやられるはずがない。ため息混じりに鷲士は惨状に目を戻した。
疲労の濃い顔が、さらに青くなった。
鷲士「……ああっ、ダメだダメだ。やっぱりやめさせなくちゃ、宝探しなんて。こんなことを続けてたらそのうちあの子、大ケガしちゃうよ」
が、視線を落とし、
鷲士「……でもなー、あっさり言いくるめられちゃうんだよなー。なんでなんだろ?12歳で宝探しやってる子を説得する本って、どこかに売ってないかなー」
ある意味、見上げた親バカぶりだが、さすがに今は事情が事情だ。肌寒さに震えると、彼はコートの襟を合わせた。
鷲士「と、とにかく――登山鉄道駅だっけ?に向かわないと」
顔を引き締めて、左右を見渡す。
鷲士「えっと……ガルミッシュなんとかって……どっち?」
あっけなく、鷲士は途方に暮れた。
“場所がぜんぜん分からない!”
何の予備知識もなく、眠らされて連れてこられたのである。秘宝や登山鉄道駅がどうとかいう以前に、自分の居場所すらも分かっていなかった。
鷲士「思い出せ、思い出すんだ、鷲士……!ドイツについて、なんでもいいから……」
ドイツ……正式国名、ドイツ連邦共和国。
人工は……ええっと……首都がベルリン。
……
鷲士「ああっ、ぜんぜんダメだ!」
鷲士は身悶えた。大学生と言っても、しょせんはこんなもんである。
……あ、でも待てよ?確か、南下するって、冴葉さんが……!
さんざん左右を見回した挙げ句、鷲士は、足を踏み出した。とにかく、ここにいては始まる者も始まらない。
――3歩進まないところで、鷲士は急に腹を押さえた。顔をしかめながら、あてた手を目の前に持ってくる。
指先に付着するのは、ぬるりとした液体だった。
――鮮血だ。

496ゲロロ軍曹(別パソ):2008/01/29(火) 22:04:03 HOST:i219-167-180-50.s06.a033.ap.plala.or.jp
>395の続き
その後、みのりから夜も遅いこともあってか『こんな所に居続けたら、風邪を引くかもしれない』…という事をいわれ、一応は断りを入れたものの、半ば強引な形で、彼女が時々お手伝いをしてる喫茶店へと連れて行かれる剣崎だった…。

=喫茶『ポレポレ』・店内=
みのり「こんばんは〜♪」
?「はーい、いらっしゃ…、な〜んだ、みのりっちか。どしたの、こんな遅くに?…って、あれ?そちらさん、どなた??」

この店のマスターらしき中年の男性が、みのりに少し遅れて店に入ってきた剣崎の姿をみて、みのりに尋ねてくる。

みのり「えっと…、この人は剣崎一真さん。さっき、公園でちょっと知り合って。…あ、剣崎さん。この人はこの店のマスターの『飾玉三郎(かざり たまさぶろう)』さん。皆からは『おやっさん』て呼ばれてるの」
剣崎「へぇ…、そう、なんだ。あ、初めまして、剣崎一真です。えっと…飾さんって、呼んだ方がいいですよね?」

みのりの説明を聞いた後、一応丁寧に頭を下げて挨拶する剣崎…。

おやっさん「あ〜、気にすんなって。おやっさんでいーよ、おやっさんで。そー呼ばれた方が落ち着キングコング…、なぁ〜んてな!はっはっはっは!!」
剣崎「…ぇ??」

何でか急に寒い駄洒落(?)らしき事を言ってきたおやっさんに対し、思わず固まる剣崎。すると、みのりは慌てて剣崎に小声で説明する。

みのり「ご、ごめんなさい。おやっさんって、あーゆーギャグを言うのが大好きでして…」
剣崎「そ、そうなんだ…」

みのりの説明を聞き、「変わった人もいるもんだなぁ…」と、心の中で思う剣崎であった…。

497ことは:2012/04/13(金) 23:03:23 HOST:p852a7d.tokynt01.ap.so-net.ne.jp
麗「ねぇ、見てよこれ。」
と、麗が、指をさした所には

498 ◆zv577ZusFQ:2016/04/26(火) 12:24:00 HOST:zaq31fa4e22.zaq.ne.jp
y


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