そして君を探しに行く - 1632127810

1：うさんくさい名無し：2021/09/20(月) 17:50:10 ID:LhSqt.120: 雪原に散った、季節を問わぬ真っ赤なバラの花びら。
　我にかえれば、それは寝台に滴り落ちた血の雫。
　夜は明けようとしていた。
　だが俺は数刻前の時間に、捕われていた。

「陛下、姫様は無事、シルベールをお出になりました」
「ああ」
　誰かの声が、俺の頭の中でうつろに響く。
　これは、もう、俺の中で絶対なことなのだ。
　今日、停戦を奏上する。
　腰抜けと嘲られ、腰抜けは必要無いと罵られ、無名の騎士の剣にかかるだろう。
　それで終わり、それでよいのだ。

　数時間前まで、彼女はここにいた。
　俺の運命を悟って、知らず震えている肩を抱いてくれた。唇を許し、肌を許し、赦されぬ血の円環をともに作り上げた。
　その瞬間、彼女は小さく叫んだ。破瓜に歪むその表情すらもたまらず愛おしくて、俺は泣いてしまった。
「…お兄様、泣いていらっしゃるの？」
小さい声だった。
「泣かないで下さいまし、お願い。
　もう会えないのではないのでしょう？
　お願い、お兄様」
彼女は抱きすくめた俺の耳もとのあたりに、息のような声を吹き掛けた。
　俺は、情けのほとばしるままに、その小さなからだの奥深くに万感の思いを刻み込んでいた。

「…」
　支度を再び整えて、彼女は再び、高雅さこの上ない王女の姿になった。
　理想の姿を求めて、はたしてその通りに、天使妖精もひれ伏すその姿に、俺は呆然とする。
　これが、彼女の本当の姿だったのかと、俺は言葉を失うよりなかった。
　限りなく清らかに、毅然と立ち、そして艶やかに。
　俺は、「器」であることを、彼女に強いていたのだろう。
　俺が望むように、その魂を包んでいたのは、過去にとらわれて、自ら目をおおって歩く俺への哀れみでしかなかったのだと…俺はいやおうもなく気づかされている。
　彼女の声が、りんと豊かに響く。
「お兄様、真実は、私が必ず伝えます」
「…ああ」
「御心配なく。私一人の力はちいさいですけれど、きっと皆様の協力をあおいで、この戦いは静まりますわ。
　真実さえ、あれば」
　そう言って、彼女は俺を見た。
　研ぎ澄まされた魂に体を支配された彼女の瞳がまぶしい。
　そしてその瞳の中に、一割程ひそんでいた別の輝きに、俺は本当は気がつきたくなかった。
　穏やかなはしばみの奥に、無限に広がるのは、夜明けの直前の、深く空をおおう青。
　守るべき次の運命を定めたことを、潤んだような輝きは如実に語っていた。
　一抹の寂しさ。
　うまれてより十数年を見守り続けて、磨きあげた珠を、結果として俺は、見も知らぬ誰かに放り投げた。
　誰も、それを受け取らぬと言うことはないだろうという、打算も若干はあったかも知れない。
　願わくば、受け取らん手が、色も輝きも傷もそれとして、ただその手の内で温めてくれるように。
2：うさんくさい名無し：2022/03/23(水) 20:54:57 ID:eYGJ2LYM0: ；ｌｋ
3：うさんくさい名無し：2024/02/14(水) 02:04:13 ID:CL8hzBt60: age
4：うさんくさい名無し：2024/02/14(水) 02:34:09 ID:CL8hzBt60: age
5：うさんくさい名無し：2024/02/14(水) 08:54:43 ID:uFTPvwGY0: age
6：うさんくさい名無し：2024/02/14(水) 09:48:04 ID:1reYsKIM0: age
7：うさんくさい名無し：2024/02/14(水) 09:57:47 ID:1reYsKIM0: age
8：うさんくさい名無し：2024/02/14(水) 10:44:25 ID:1reYsKIM0: age
9：うさんくさい名無し：2024/02/14(水) 14:24:57 ID:1reYsKIM0: age
10：うさんくさい名無し：2024/02/14(水) 20:15:23 ID:1reYsKIM0: age
11：うさんくさい名無し：2024/02/16(金) 10:52:59 ID:8Mzvac760: age
12：うさんくさい名無し：2024/03/04(月) 08:56:58 ID:Xk56kT/I0: age
13：うさんくさい名無し：2024/03/09(土) 21:14:17 ID:hVq1ZtY20: age
14：うさんくさい名無し：2024/03/09(土) 21:19:40 ID:hVq1ZtY20: age
15：うさんくさい名無し：2024/03/28(木) 20:13:24 ID:T8lEk8ks0: age