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夜桜学園強化合宿 Date et dabitur vobis

1前日譚 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/04(木) 21:46:21 ID:FZqbjWPA0

海馬市内の病院の一室で、佐倉斎はペンを走らせる。

「──なるほど。で、三人は命からがら逃げ延びた、と。
 まぁ兎に角、無事でよかった。二人とも、俺の自慢の後輩だよ。桜井くんも、よくやってくれた。」
「いや、俺は何も……頑張ったのは大宮と春日です。」
「……。」 「……。」

洗脳を受けた、という大宮陽子は検査入院。だが、数日中には退院できるとのことだったので、聴取の仕事を引き受けて病室に寄った。
すると、見舞いに来たらしい春日縁と桜井直斗が居たので、一括で話を聞くことにしたのだ。
佐倉斎がAPOHの人間だと初めて知った桜井は驚きを隠せない様子だったが、すぐに落ち着いて、あらましを語ってくれた。
中々肝が座っている。──寧ろ、問題は大宮と春日か。何があったのか知らないが、気まずそうな雰囲気を隠そうとしない。
少年二人を見つけた時も、病室に入りたがらない春日を、桜井が引っ張り込もうとしていたぐらいだ。

「……あの二人、何かあったの。」
「……い、いや──昨日、事件の前に喧嘩はしてましたけど、詳しくは……。」

──とにかく、事のあらましは、こういう事らしい。
大宮陽子が、行方不明の多発している“ニューシネマ海馬”に入っていったという事を、咲羽翼音から聞いた。
二人は心配になって、映画館に向かった。すると、“シアター666”で洗脳されている大宮を見つけ、何とか二人で取り押さえた。
春日も桜井も、その過程で気絶。正気に戻った大宮が二人を連れて、何とか逃げた。

「(……ふぅん。)」

まぁ、はっきり言って信じろという方が無理筋だ。偶然が多すぎる。
咲羽翼音は何故、映画館に入っていったことを目撃した後、わざわざ学校近くに戻ってきたのか。
春日が気絶した後、どうやって桜井が大宮を取り押さえたのか──特にこの辺りは、退魔師としての鼻がムズムズする。
と、考えていると、先程まで視線を落としていた大宮と春日が、ほぼ同時に此方に目線を上げた。

「……あの、先生、すいませんでした。私が軽率に」「いや、悪いのは自分です。処罰なら、自分の方に──」「黙ってて、春日縁。私が今、喋ってるの。」
「おい、二人共いい加減やめろよ。……こんな所で。」

「あはは……いや、俺も別に、監査に来たわけじゃないからさ。さっきも言ったけど、君達が無事ならそれでいい。
 うん、今日はそろそろ帰るよ。どら焼き買ってきたから、皆で食べなさい。」

彼らと別れの言葉を交わしながら、佐倉は病室を後にした。
かつん、かつん、と、リノリウム張りの床に杖の音を奏でながら、携帯電話を取り出し──病院を出て、電話を二件掛ける。
一件は海馬市役所第三総務課に、用件は三名への聞き取りが終わったということ。
そして、もう一件は──

「あ、上野君?佐倉だけど、明日の朝、暇かな。」

7前日譚 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/04(木) 21:52:28 ID:FZqbjWPA0

──合宿前日。書籍がうず高く積み上げられた自室の中央で、佐倉は書類を並べていた。
内容は合宿参加者の履歴書。夜桜学園の所蔵資料だが、この程度なら幾らでも持ち出せた。

「(……改めて見ると、我ながら劇薬だ。)」

大宮、矢張身については、問題はない。出自が確りしている。
春日も出自は文句なし。だが、“悪魔への憎悪”が瞳の奥に渦巻いている。その点が危うい。
大宮が彼と険悪なのも問題だろう。──危なっかしくて、一緒に戦闘させられた物ではない。

咲羽翼音は、悪魔だ。だが、だからと言って、即座に敵とは断じられない。
大宮陽子の行方を桜井と春日に教えた、という話から、“此方側”に引き込める目はあると感じた。
先刻の言葉を聞いて、その目算は高いと感じた。──というのは、自分の“生徒”への甘さも原因だろうか。まぁ、どっちでもいい。
兎に角、彼女は“合宿”に呼ぶことにした。見極めるのは、その期間中でも遅くはない。
そんな事を正直に話すと、咲羽は意外とあっさり、

──「いいわ。」

と、笑んでいた。

桜井直斗も同様。彼は恐らく、“黒獣”だろう。だが、現に大宮、春日の両名と良好な関係を築いている。
──彼らがその事を知っているのか、という点では、疑問が残る。だが、やって行けているのだ。
こちらも、合宿期間中の様子見枠。

篠崎マヤ・マユの姉妹は一番の問題と言っていいだろう。
劇場で手に入れた形代──紙人形。あんな物を使いこなすのは、かの姉妹としか思えない。
悪魔の根城で式神を使った。それはどちらの意味なのか。
彼女達に関しては、ある意味で咲羽・桜井に関する以上の警戒が必要だろう。

──ともかく、これで役者も揃った。
ヴァイオレットは指導者向き。教練はかの淑女に任せれば、大方間違いはない。
セリエに頼んでいる“例のもの”も、三日目までには完成するだろう。

後は、彼ら彼女らの頑張り次第。どうなるかは、誰にも分からない。

8一日目 朝 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/04(木) 21:54:13 ID:FZqbjWPA0

合宿会場として用いられるのは、夜桜学園だ。確かに、学校という場所は便利なものだった。
特に設備が豊富なこの学園。食堂はあるし、部活動用の宿舎もある。浴場もあれば、グラウンドも広々としている。早い話が、大体何でもある。
そして、幸運だったのは二泊三日の期間中、その全ての施設を貸し切りで使えることだ。祝日を加えての三連休があったことが幸いした。
当然、佐倉の手で“人払いの結界”も張られている。合宿の存在を知らない者は、学校に近寄れないのだ。

──1日目の朝、教室に集められた生徒達の表情は様々だった。

「……ちょっと、何で貴女が居るの。」
「佐倉先生に誘われたのよ。……ふふ、私には“才能”がある、って。」
「そんな、見え透いた嘘で──」

大宮陽子は教室に入った瞬間、卒倒しそうになった。──なにせ、咲羽翼音が笑顔で手を振って来たのだ。
そして、彼女と話していたのは春日縁。彼は馬鹿なのだろうか。“佐倉に誘われた”という彼女の説明を信じていた。
だが、彼に悪魔だと告げると、それはそれで収集がつかなくなる。同じく青い顔をした桜井に春日を引き受けさせ、大宮は小声で話し込んでいた。

「……咲羽と大宮は仲が悪いのか、桜井?」
「い、いや……そ、それよりもさ、春日。あの子──」
「“ノラ・クラーク”。悪魔と人間のハーフだ。APOHでは既に把握している。危険はない。」
「……。」
「心配するな。暴れてもいないハーフを生まれで咎めるほど、自分は馬鹿ではないさ。」
「……ん、そうか。」

少し離れた場所で話す、桜井と春日。──桜井の無言から、常々自分が口にする“悪魔への敵愾心”を懸念したのだ、と思い当たったのだろう。
春日は苦笑して、桜井に返す。ノラの場合は、むしろ悪魔の“被害者”の様な物だ。討滅すべき敵ではない。
その、彼らの口の端に上った彼女──ノラ・クラークは

「えーっ!角生えてるっ!ねぇねぇ、触っていい?いいよね!?
 うわー、かっくいー!って言うかほっぺたもちもちー!これが1年の歳月がもたらす差という物なのか!そうなのか!」
「ふぇ、ひゃ、ひゃめへふらはいひのはひへんはい!(や、やめて下さい篠崎先輩!)」
「えーい、不敬モノめ!それだとどっちの事か分かんないでしょうがぁ!マヤ先輩と呼ぶのだ!」

篠崎姉妹の片割れ、マヤに絡まれている。これは仲良くしている、というより、絡まれている、の方が正しい。
──姉妹はメモリーの命を受けて“潜り込んでいる”形だが、逆に言えば、期間中は一切のボロを出さないことが役目だ。
洗脳されていない、至って普通の“篠崎姉妹”であるように、洗脳された篠崎姉妹は命じられている。

「……。」
「……。(……き、気まずい。)」

教室の中で黙り込み席に座っているのは、篠崎姉妹のもう一人、マユ。それと、矢張身夕。
前者はぼーっとしているだけに見えるが──後者は、落ち着かないようだ。
もう少しAPOHと密に連絡をとっておくべきだったか、と、後悔の念が生まれ始めていた。

9一日目 朝 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/04(木) 21:55:00 ID:FZqbjWPA0


「はーい、着席ー。日直……は、居ないか。」

暫くするとこの合宿の責任者──佐倉斎が、授業でも始めるような調子で教室に入ってきた。
話し込んでいた各々は、取り敢えず会話を切り上げ、席につく。
佐倉は丸くしたポスターの様なものを抱えていた。それを広げ、黒板に磁石でくっつける。

「ま、皆には個別に説明してるから分かってると思うけど、今日から二泊三日の強化合宿だ。
 予定はここに貼っとくから、これに従って動くように。」

大宮陽子、そして、桜井直斗が眉根を寄せる。──この人は、咲羽の正体を知っているのか?
特に桜井は、先日の面談の際の記憶が蘇り、顔が青くなった。混乱で、声が遠く聞こえる、気がする。
……だが、眉根を寄せているのはその二人だけではなかった。
面白がるような笑みを浮かべる咲羽と、元から無表情なマユ以外は、驚きを隠そうともしない。

── 一日目、運動。(ヴァイオレット担当) (晩ごはんはカレー!)
── 二日目、座学。(佐倉担当) (晩ごはんはバーベキュー!)
── 三日目、朝から夕方、フリー。(ゆっくり寝れる!そして遊べる!) 夜、テスト。

“予定表”に書いているのは、これだけ。予定も何もあったものではない。
何かパンダの化物のようなキャラクターが描かれ、()内の台詞を放っているのが非常に腹が立つ。
だが、彼らを真に驚かせたのは、その下に大きく書いてある“課題”と銘打たれた欄。
そこには、赤い文字で大きく、こう書いていた。

── 三日目の夜までに、皆と友だちになること (達成できない奴は見込みナシ!)

小学生ではないのだ。これが、“強化合宿”と何の関係があるのか。
殆ど全員が疑惑の、或いは困惑の瞳を佐倉に向ける。だが、佐倉は気にする様子もない。

「何か質問は?ないなら早速、体操服に着替えてグラウンドへ。
 特別講師のヴァイオレット・クラークさんが、ビシバシ鍛えてくださる。……質問ないね、じゃ、解散!」

絶句しているだけだ。質問なら腐るほどあるが、佐倉はさっさと教室から去っていく。
──両手いっぱいに抱えても溢れ出る不安の中、“夜桜学園強化合宿”は始まった。

10桜井直斗 ◆o/zdiZN8A2:2016/02/04(木) 22:26:37 ID:if7ZXLvA0
「..............と、友達ぃ?」

桜井は席を立って前に出た
黒板に貼られた空白の多い予定表をもう一度見返す
....うん、誤字もない。間違いなくそう書いてある

うぅ...と、一瞬項垂れる

APOHの思惑や咲羽の存在で頭が処理しきれないのに
これはまた、不思議な課題を押し付けられたようだ
友達云々は簡単だと思う、一応自分はそのつもりだが

「──────出来るのか?」

チラッと振り返って、とある人物を一瞥
まぁ他でもない咲羽なのだが、彼奴と...友達に?
彼奴とは浅からぬ因縁がある
他の後輩達やまだ話してない奴らはともかく、...彼奴と友達になるビジョンを思い浮かべる


──────いや、思いつかん
頭を横に振って脳内にイメージしようとして結局出来なかった満面の笑みの咲羽を搔き消して

「......まぁ、なるようになるか。 成せば成るってヤツだ」

やるからには仕方がない
課題はともかく、せっかくの合宿を楽しもうと頭を切り替えた
となれば、さっさと着替えて運動場だ

「じゃあ着替えるか。 女子は隣の教室にでも行くのか?」

と、席に戻って自分の荷物に手を掛けながら問い掛けた

11フリューゲルス、セリエ、黄泉の前 ◆yd4GcNX4hQ:2016/02/04(木) 23:00:05 ID:EQaCMdl60
出演:桜井直斗、咲羽翼音(フリューゲルス)、大宮陽子、春日緑

>>10

「えぇ、そうじゃないかしら?
…あ、それとも私たちの着替えを見たかったり?」

クスクスと笑いながら冗談めかしに咲羽が言う。先程の桜井の視線に気づいていたのだろうか。
相変わらず掴みどころのないその姿は、これからの合宿を引っ掻き回そうという意気込みを感じられる。

「え?い、いやそんなつもりじゃ……」

「桜井…お前……」

「い、いやだから違うって!!」

冗談の通じない相手というのはこういう人を言うのだろう。慌ててそういうことは思っていないということを春日に伝えようとしていると、いつの間にか咲羽が居なくなっている。
どこに行ったのかと探してみれば、大宮に引っ張られ教室から出されようとしている直前だった。

「まったく余計なことしかしないんだから…じゃあ桜井くん、私たち着替えてくるから」

「あ、あぁ分かった、じゃあまた後で」

とりあえず咲羽は大宮がいればどうにかなるだろう。咲羽の方も今すぐには騒ぎを起こそうとも思ってはいないようだし、とりあえずは自分たちも早く着替えて運動場へ向かおう。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「言っとくけど、私は貴女に感謝とかは一切無いから」

「あら、桜井くんたちに知らせたのは私なのよ?そんな事言われると私傷ついちゃうなぁ」

今更こんなことで咲羽は傷つくたまではない。むしろこっちの反応を楽しんでいるようにも見える。隣の教室への廊下を歩きながら、これからのことを思いついため息をが出てしまう。
佐倉は本当に、なんでこんな奴を連れてきたのだろうか。もしも佐倉が咲羽を悪魔と知っているのならば尚更だ。優先討伐対象にも指定されている彼女をこんなところに放り込むなど正気の沙汰とは思えない。何か考えがあるのだろうか……

そうこうしているうちに隣の教室へと入っていく。さっさと着替えてこの悪魔から離れよう。ヴァイオレットさんの前ならば咲羽も不用意な行動はしないはず。

「陽子って胸あんまり無いのねぇ、まぁ知ってたけど」

「う、うっさい!!」

いつの間にか咲羽が自分の目の前で胸を凝視し失礼なことをほざき始めた。咄嗟の判断でつい拳が出てしまったが正当な判断だ。セクハラ反対。

「いったぁ…ちょっと嫉妬?
大丈夫よ、桜井くんがまだ大きい方か小さい方かどっちが好きなのかは分からないから」

「──咲羽さん?貴女、この場で死にたいのかしら?」

あぁ、本当に気が遠くなる合宿だ。

12桜井直斗 ◆o/zdiZN8A2:2016/02/04(木) 23:41:12 ID:if7ZXLvA0
>>11
出演者:桜井直斗、春日縁、矢張身夕、大宮陽子、咲羽翼音

「──────で、矢張身は転校で最近来たわけだ」
「は、はいっ! それでこの街で何か起こってるって分かったんで...」
「ふむ、良い心がけだ。それならこちらも協力しよう」

打って変わってこちらは男子勢
教室に残っているのは桜井、春日、矢張身の3人だ
よくよく気付けばこの合宿に参加してる男子は自分たちだけか
人数が少なくなると自然と話す機会も多い
2年生と1年生、先輩後輩の間はあるがそれでも積極的に話しかけるようで

「うんうん、俺も小学生まで転校ばっかだから気持ちは分かるぞー。
...なんというか、慣れないよな? 疎外感みたいな」
「へー...桜井先輩も転校経験してたんですか? 春日先輩は...」
「俺も最近こっちに来たばかりだ。 この面子じゃ桜井が一番古株だな」

その甲斐あってか、隣の教室と比べて円滑なコミュケーションは取れてるようだ
何より、お互いが互いに歩み寄る意思があるのがでかいからだろう

「──────何見てるんだ桜井」
「いやさ、2人ともやっぱ鍛えてる? ちょーっと筋肉付いてるからさ」
「僕はそんな...」

よく見れば2人とも良い身体をしている────変なイミでなく

うーむ、と腕を組んで思い悩む桜井
やっぱりこうやって戦う彼らは体を鍛えるものなのか
運動部の範囲内の自分には難しい領域かと、自分の腕の力こぶとか触ってみたり

「何1人で黄昏てるんだ。さっさと行くぞ」
「急がないと怒られるかもですよっ!」
「お、おお! 分かった分かった!」

とっくに着替え終わった2人に追いつくように着替えながら教室を後にする

「────っと」
『......!.......!』

廊下に出たところで隣の教室から声がまだ聞こえる
カーテンも閉めきってるし、中の様子なんて分からないが

────いや、中の確認なんてしないが
女子はまだ着替えてるのか
トントン、とノックして扉の外から声をかける

「大宮...と咲羽か? まだ着替えてるのか? 急げy──────」
『ひゃああああああっっ!!』
『ふふっ...噂をしたら影、かしら?』

何をしてるんだ、と思ったが
改めて「急げよ」と声をかけて桜井は運動場へ向かった

13 ◆CELnfXWNTc:2016/02/05(金) 00:33:03 ID:jqga79pI0
出演:ヴァイオレット、ノラ、マヤ

「皆、着替え終わったね?知ってると思うけど、アタシがあんた達の面倒を見るヴァイオレット・クラークさ。」

グラウンドへ集合した参加者一同を待っていたのは、本日彼等を鍛えることになったヴァイオレットだった。

「今日は、厳しくいくから覚悟するんだね。」

ノラは思う、マザーは本気で厳しくいくつもりなのだと。そして、こういう時のマザーは物凄く怖い、と。

「そういう挨拶とかいーからさー、早く始めてよおばさん!」

「し、篠崎先輩……なんて怖い物知らずな……」

「だから、マヤ先輩だってばー!」

そんな怖いマザーに対し、軽口を叩く者が。篠崎マヤである。

「せっかちな子も居るもんだね。じゃ、始めようか。」
「そうだね、アンタらは皆それなり以上に鍛えられてるようだし、足りない物を補って貰おうかね。」

「足りない物?」

疑問符を浮かべ考えるノラ。その答えは、すぐにヴァイオレットの口から発せられる。

「足りない物、ずばり、経験だね。つまり、これから実践経験を積んでもらう。」

「今から君達には殺し合いをしてもらいます、的な?」

冗談半分で言うマヤであったが、ヴァイオレットはそれに否定の言葉を示さなかった。

「近いと言えば近いね。ただ、奪うのは勿論命じゃない、これさ。これを二人一組のチームに分かれ、奪い合って貰う。ちなみに、チームはこっちで決めてきたからね。」

合宿参加者達に手渡されたのは、首から下げるタイプのドッグタグ。ヴァイオレットは、このタグの争奪戦を行わせるようだ。
そして、ヴァイオレットから発表されたルール、そしてチームは以下の通り。



ルール
・参加者は二人一組に分かれて、ドッグタグの争奪戦を行う。
・参加者は首から、一人一つドッグタグを下げる。他の部位にはつけてはならない。
・範囲は学園内全域。
・制限時間は、昼まで。その時点で自分の分を含め、持っているタグの数を競う。
・攻撃や能力の使用は有り。但し、大怪我をしない程度に。
・タグを取られても行動は可。
・各チームの開始位置は、くじで決める。

チーム
・大宮&咲羽
・桜井&春日
・ノラ&マヤ
・矢張身&マユ



「首や胸付近つまり急所、そこにあるタグを取られる、即ち実戦での死だ。なんとしてでも守りな。」

まぁ、取られて終わりじゃ修行にならないだろうと考え、取られても動けるけルールにしたのだが。
また、チーム戦にした理由は、実戦での連携に生かす為だ。実際、強力な悪魔相手には複数人で連携を組み、戦うことも多い。ならば、ここで経験をしておいて、損にはならない筈だ。

「さ、チームの代表者がくじを引いたら、そこに書かれた開始位置に移動しな。暫くしたら、アタシが開始の合図として空砲を鳴らすからね。ちなみに、最下位のチームは昼飯抜きだよ!」

チーム分けに対する不満や最下位は昼飯抜き、それらに動揺する者もいるだろうが、参加者達は順にくじを引いていくだろう。

14桜井直斗 ◆o/zdiZN8A2:2016/02/05(金) 20:20:54 ID:if7ZXLvA0
>>13
それぞれのチームが順番に引いていく
全員が引き終わって一斉にクジを開いた

大宮&咲羽チーム
「...中庭?」
「普通教棟と特別教棟の間ね。左右が高所にもなってるしちょっとイヤね」

桜井&春日チーム
「体育館か...」
「広い上に出入り口も多い。2人じゃ籠城も無理だな」

ノラ&マヤチーム
「プールかー! 泳ごっか!」
「この季節じゃあ水抜いてますよ...」

矢張身&マユチーム
「食...堂...お腹...すいた...」
「そっちですか...?」

各々自分の立ち位置を把握した
室内室外の差はあれど、それぞれがそれなりに離れて配置されることになる

「さァ! さっさと行きな! 5分後にスタートの合図鳴らすよ!」

と、全員が思い悩み続ける思考をリセットするように手を叩く
同時に、スタートまでの作戦会議が5分しかない事を意味するが驚く時間もない
このゲーム、守りに徹するのは得策ではない
そもそも戦略的な思想を育むに、攻めの思想で行かねばならない
それだけは全員が分かっていた

「────高所に」
「索敵は私が────」
「────盾役は任せろ」
「つまみ食い良い────?」
「ダメです」

口々に交わされる作戦
各々の持てる全力で挑む

「...さて、そろそろ5分だね。では、スタート!」

空砲の音が学校中に木霊した

15桜井直斗 ◆o/zdiZN8A2:2016/02/05(金) 20:40:00 ID:if7ZXLvA0
>>14
──────桜井&春日チーム

「...いるか?」
「いない。 大丈夫だ、行こう」

2人は開始と同時にスタート地点の体育館は放棄した
分かってはいたがあの広く何もない空間を2人では分が悪い
それにこちらは戦う手段が乏しい
相手は人間である以上、本気を出す訳にもいかない
春日のお札が貴重な戦力で桜井に関してはほぼ一般人だ
悪魔化する訳にもいかず、結果他のチームの不意打ちを狙う事になる

「一番近いのは誰だ?」
「動いてなけりゃ大宮と咲羽だが...まぁいないよな」

案の定、既に中庭はもぬけの殻だ
壁から覗いたが人の気配すらない
見れば僅かな泥に残った足跡が2人がいた証拠になる

「急ごう。俺たちは攻められたら終わりだ。やられる前にやれ、だ」
「あぁ、分かっ...」

と、振り返った時に
桜井の靴がくしゃっと、何かを踏みつけた

「...ん?...紙...か?」

何だろうか、人型の和紙だろうか
拾い上げたそれは何処かで見覚えがあるような────ないような
こんなものが学校にあるのかと、思った瞬間

「──────ッ! 桜井!」
「え────うわァ!!」

上から、鞘に納めた日本刀を振りかざした矢張身が飛び降りてくる────!!

避けれたのは偶然だった
桜井は紙一重で矢張身を躱して後ろに下がる

「惜しかったですね、アレでうまくタグを取ろうと思ったのですが...
ゴメンなさい先輩。本気で行きます」

ぺこりと頭は下げるが、その鞘に納めた得物を構えて
矢張身は少しだけ申し訳なさそうにそう呟く

「────周囲の警戒をしてたのに何で俺たちを追えた?」
「マユ先輩の式神────その紙人形ですよ
スタートと同時にばら撒いたんです
室内はまだですが屋外となると結構把握できるらしいですよ」

と、さっき彼が飛び降りたであろう2階の教室から「ヤッホー」とマユが手を振る

「戦闘は情報戦なのだー。 夕くん頑張ってねー
私が2人の動きを追うから〜」
「ハイッ!!」
「ヤバイな...桜井逃げるぞ!!」

得物の有無、"目"の数
先ほどの様子から矢張身とマユは桜井、春日を上回ってる
そういえば先ほどから視界の端々に紙人形があると思ったらそういう事か────。

「向こうは得物がある分、こっちよりも遅い。
紙人形がある限りこっちが不利だが...振り切るぞ!」
「あぁ! 分かった!」

桜井と春日は再び走り出す
目的地などない。見られてる以上、どこに向かおうと不利だ
逆転の手は、まだ見えない────。

16 ◆OqtBqfYuxc:2016/02/06(土) 01:12:17 ID:L9uFHi1M0
>>15
──────矢張身&マユチーム

パァン、と何処かで空砲が音を立てる。
それと同時に、矢張身とマユは行動を起こした。

事前の打ち合わせ通りに、マユと矢張身が同時に式神をあたりに撒いた。
それだけでは足りず、更にマユが矢張身に式神を渡すと、屋外にも撒いていく。

そして、それだけ撒くと矢張身は刀を持つ。

「マユ先輩、見つかりました?」
「んー、っとねー。あ、居た。じゃあ私の指示通りに動いてね」
「了解」

マユが指示を出し、同時に矢張身が駆け出す。矢張身が目指すのは当然、桜井、春日両名である。
しかし、単純に正面から当たるのは得策ではない。式神という情報網もあるので、それを最大限活用することに勝機を見出したのだろう。

「夕くん、この教室の下に少ししたら来るよ」

彼らが居るのは二階の教室である。そして、マユは戦略を持って彼らの足を止めようとする。
炸裂させる必要はない、ただ、足元にその式神を置いておくだけで良い。

「...ん?...紙...か?」

狙い通り、桜井が足元の式神に気づき、足を止めた。
その瞬間、矢張身が窓から飛び降りる。
鞘に収まったままの日本刀を振りかぶり、峰打ちとタグに狙いを定める。

「──────ッ! 桜井!」
「え────うわァ!!」

しかし、運が悪かったのか桜井はそれを回避してしまう。
矢張身はそのまま回転して勢いを殺し、立ち上がる。

「惜しかったですね、アレでうまくタグを取ろうと思ったのですが...
ゴメンなさい先輩。本気で行きます」

申し訳なさからか、頭を下げる矢張身。
そして同時に、身体強化などの効果を使用するために刀に手をかけた。
今は昼間、日光を浴びつつ能力を使用できるので、実質的な消費は殆どゼロである。
今使っても問題はないだろう。

「────周囲の警戒をしてたのに何で俺たちを追えた?」
「マユ先輩の式神────その紙人形ですよ
スタートと同時にばら撒いたんです
室内はまだですが屋外となると結構把握できるらしいですよ」

聞かれれば素直に種を明かす。原理は相手も分かっているだろうし、そもそもマユの能力によるものなので、種を明かしたところで模倣することは出来ないだろう。
そんな会話をしていると、上からその式神の使い手が見下ろしていた。

「戦闘は情報戦なのだー。 夕くん頑張ってねー
私が2人の動きを追うから〜」
「ハイッ!!」
「ヤバイな...桜井逃げるぞ!!」

そう言って駆け出した桜井、春日。それを追いかける矢張身、別の意味で追っているのがマユである。

「向こうは得物がある分、こっちよりも遅い。
紙人形がある限りこっちが不利だが...振り切るぞ!」
「あぁ! 分かった!」

そんな会話が聞こえてきて、矢張身は刀を構える。

「(僕の場合はそれは例外ですよ、先輩ッ!)」

そして、徐に抜刀すると、その真っ黒な刀身が露わになる。
更に、矢張身の体が僅かに輝いて見える。この日本刀、《白夜》が矢張身に身体強化の加護を与えたのだ。

「────逃がしませんよ、先輩ッ!」

彼らの動きは式神が追っている、このまま十分追いつけるだろう。
そう確信していた、"彼女たち"が来るまでは。

ズドンッ、という炸裂音と共に、矢張身の足元で爆発が起きる。完全に不意を突かれた形となり、矢張身はバランスを崩した。

「なっ!?」
「えっ?」

なんとか体勢を立て直し、矢張身が上を見上げる。追ってマユがその方向を見た。そこには二人の女性が見えた。
矢張身と同い年であり白髪の少女、ノラ。
そしてマユの双子の姉であるマヤだ。
それを見た瞬間に、矢張身は内心で舌打ちをする。

「(そうだ、式神を使えるのはマユ先輩一人じゃない!)」

この組を相手にするときは、情報戦の優位が使えない。そして何よりマズイのは、マユと矢張身がそれぞれ離れてしまっている事だ。
このままでは各個撃破の的になる、そう考えた矢張身はマユの方へ向かいながら手で招く。

「マユ先輩! こっちへ!」
「……っ、うん……」

彼は自分で受け止めるつもりなのだろうか。それは可能かもしれない。ただ、当初の目標であった桜井、春日の二人は既に見失ってしまっていた。
そして、未だに場所が割れていない大宮、咲羽の二人についても気がかりである。

もしやすると、先に大宮、桜羽が桜井、春日のペアと接触しているかもしれない。

17 ◆CELnfXWNTc:2016/02/06(土) 08:41:03 ID:UOYQKugw0
(>>16の少し前)

「マユの奴、やっぱり式神をバラ撒いてきたか〜」

プールから移動し、全力で学校へ向かうのは、ノラ&マヤ組。マヤは、マユが式神をバラ撒き、索敵を行うと開始前から予想していた。彼女らは双子、ずっと一緒だったのだ。それ故に、マユはマヤの考えが分かった。

「それで、私達はどうするんですか?」

「とりあえず、まだ式神は学校内へは撒かれてないと思うんだよね。だから、学校へ移動!そんで、屋上からこっちも式神をバラ撒く!」

相手の居場所や動きが分かる、式神による索敵は、有効な作戦。これを行うだけで、争奪戦を有利に進められる。ならば、やらないという手は無い。
屋上という高所から式神に監視させれば、索敵範囲も広がり更に効果は倍増だ。それを狙い、二人は学内へと入って行った。



一方、大宮&咲羽組。二人は、中庭というどうにも戦いにくい場所から移動していた。移動先は、貯水槽の他には何も無い屋上。咲羽の提案だ。何でも、作戦が有るとか

「それで、作戦って何なの?」

よりにもよって、何でこいつと組まなきゃならないのか?こいつ、やる気あるのか?そもそも、何で合宿に参加したのか?
そんな思いから、やや機嫌が悪そうに尋ねる大宮。

「あら、また随分と不機嫌じゃない。やっぱり、桜井君と組みたかったの?」

「ただ、貴女とは組みたくなかっただけよ!……それより、作戦ってのは」

「つれないわねぇ。私は、貴女と組めて嬉しいわよ?」
「……それで、作戦ってのはね。こういうことよ。」

すると、いきなり咲羽は氷の結晶を作り出すと、大宮へ向けて飛ばしたのであった。

「なっ!?」

何のつもりなのか!?いきなりの事で、防御も間に合わない。そのまま結晶は、大宮へ向かう……と思われたが、大宮へ当たる直前、結晶は軌道を変え、貯水槽の方へと向かい、そこへ突き刺さった。
貯水槽は無惨に破壊され、穴から水を撒き散らしていく。

「ぷっ……あはははは……冗談よ。驚いちゃって、可愛いわね。ふふふ……」

「な、あ、貴女ねぇ!」

冗談にしても、タチが悪すぎると、当然怒る大宮であった。そして、やっぱりこんな奴とはチームとしてやっていけないと思った。



18 ◆CELnfXWNTc:2016/02/06(土) 08:41:37 ID:UOYQKugw0
「ねぇねぇ、これってチャンスじゃない?」

「ですね。」

屋上へと辿り着いたノラ&マヤが目撃したのは、何やら言い争うような大宮&咲羽の姿。
仲間割れだろうか?なんにせよ、二人はまだ此方に気づいていない、好都合だ。言い争っている隙を突いて、タグを奪い取る!

「行くよっ!」

ノラとマヤの二人は、大宮と咲羽の二人に向かい、駆け出した。そして、あと少しで二人に手が届く距離まで近づく。

「覚悟っ!」

「あ、あれ……足が……」

……が、そこから足が動かない。いったい何故か?疑問に思った二人が、下を見ると、なんと足元が足ごと凍りついていた。



「大成功ね。」

「え?ちょ……何?どういうこと?」

いきなり姿を現した二人が、何故か動けなくなっている。そんな光景を目の当たりにして、大宮は困惑するばかりであった。
対する咲羽は、策が成功し上機嫌といったところか

「言ったでしょ?作戦が有るって」

そう、二人が足元を凍らされ、動けなくなったのは咲羽による作戦の成果だったのだ。
まず、咲羽は校外に居る連中を索敵しやすくする為と、ばら撒かれたマヤもしくはマユの式神の索敵から逃れる為に、屋上を目指した。そして、その結果、見事此方へ逃げるように移動するノラ&マヤ組を発見したのだ。その様子から、式神を仕掛けたのはマユ。そして、マヤが妹と同じように式神を索敵に使うとも予想できた。
索敵に適した場所、それは屋上。これも容易に予想できた。ならば、後は簡単、二人が来る前に屋上に罠を仕掛ければ良いだけだ。
あらかじめ貯水槽を破壊しておき水を撒き散らす。そして、屋上へ上がって来た二人がその大量の水溜まりに足を踏み入れた瞬間、凍らせればいい。いくら太陽の下で弱体化していようと、これだけ氷の元となる水があるのだ。凍らせるのは、然程大変ではない。

「本当に作戦有ったんだ……」

からかっているだけかと思いきや、ちゃんと作戦を考えていた。少しだけ、感心してしまう大宮だった。事前に説明をしないのは気に入らないが。

「さ、後はタグを取るだけよ。」

「え、ええ、そうね。」

「あ、だ、駄目です!」

まずは、大宮がノラのタグを素早く奪取。ノラは両手で必至に抵抗するが、足元が凍って動けない為、離れられれば無力であった。
続いて、咲羽がマヤのタグを取ろうと、手を伸ばすが……

「させるかっ!」

「っ!?」

マヤは咄嗟に取り出した式神で、結界を発動し、タグを守った。悪魔である咲羽は、特に結界には手出しできない。そこに生じた隙を利用し、式神で氷を破壊しようとする。

「油断したわ……ま、一個取れたから、上出来ね。退くわよ。」

「そうね。それにしても、貴女、ちゃんと考えてたのね。」

彼女の式神は厄介だ。そう判断し、咲羽と大宮は、屋上から撤退していく。その二人の雰囲気は、最初とは少し違う様子であった。



一方、屋上に残された二人は、氷から解放されていた。これでまた、自由に動けるというのに、ノラは浮かない顔をしている。 何故なら、ドッグタグを取られてしまったからだ。

「ごめんなさい……タグ、取られちゃいました……」

「まぁまぁ、まだあたしのは残ってるし、挽回出来るよ!次頑張ろっ!」

しかし、そんなノラを攻めることなく、マヤは快活な笑顔を見せた。
そうだ、まだまだ挽回出来る。ノラもその笑顔につられ、前向きな気持ちになった。
そして、マヤは屋上から索敵用の式神を撒くと、二人は屋上を後にした。(そして>>16へ)

19秋宮渚 桜井直斗 ◆o/zdiZN8A2:2016/02/06(土) 20:03:34 ID:if7ZXLvA0
>>18
戦術というのだろうか
勝つためにはどうすべきか、どう動くべきかを自然と把握していた
武器、能力をどう活かせば戦えるか
また、己は相手の動きにどう対応するか



「よし、一個取れたわ」
「それは大宮さんが付けて、私が前衛ってヤツね」

場所は屋上から降りて廊下
手にした一個のタグを握りしめて壁にもたれた大宮と咲羽は走った息を整えていた
まさか咲羽に助けられるなんてと、大宮は少し頭を抱えながら手に入れたタグを首に巻く

「────随分やる気ね」
「似合わない? ふふっ...私も負けない程度の勝ちたいのよ」

────笑っていうが、彼女の本心はいつだって読めない
今も騙されてるんじゃないかとも思うぐらいだ
だが、この手に入れた一個は彼女の手柄だ。それは事実
むむむと顔を苦くする大宮を尻目に

「...じゃあどうしようかしら。屋上は取りたかっただけどね」
「...屋上がそんなに重要?」

そういえば屋上に行こうと提案したのは咲羽だ
何をそんなにあの場所が良いのか────何もないの、に

「.......あ」
「そう、何もないから良いのよ。出入り口は1つ
遮蔽物もないから大宮さんの弓も問題なく使えるの」

そうか、この直線に長いこの廊下では弓矢は不利だ
前後はともかく横からの攻撃は対応しきれない

「....タグが取れたから良かったけどね。一個ない状態なら上の子も籠城はできないわ
そのうち降りてくるしそこを狙っ────」
「────────ッ」

咲羽のそのセリフを言い終わらなかった
廊下の窓、そこから伸びる腕に両者に気がついた
男子生徒の腕だ。それは大宮の首に届く前

「誰ッ!!」
「クソッ!!」

わずかに届かなかった
壁から飛び起きて窓を見ればそこにいたのは春日の姿だ

「チッ────失敗だ!」
「ま、待ちなさい!!」

教室に隠れていたのか────。
反射的に大宮が矢を放っても、それは僅かに逸れて春日の背中を掠める
逃すわけにはいかない。敵に位置を知らされたのならせめてタグの1つでも────!

「咲羽さんッ!」
「さっきみたいには凍らないわよ?」

水を張ってる訳でもない、先ほどのような技は難しいが

春日はどこに逃げるのか、直線の廊下をまっすぐ走る
その背中を射抜くような大宮の矢と、凍てつくような咲羽の氷が走る

「────これなら、なんとか!」

それを、春日も把握していたのか自分の背後に防御用の結界を張る
このゲームのルール上、相手の攻撃は極端に弱くなる
この結界も十分に作用できる────!

「逃げられる! 追いかけるよ!」
「はいはい...」

そう言ってるうちに春日は教室の扉に手をかけるが、
2人の攻撃が直撃し、春日は地面を転がった

「よし! 2つ目ゲット!」
「────そうはさせねぇって!」

と、意気揚々と近づく大宮の背後
通り過ぎた教室の陰から桜井が飛び出してきた────!

反応しても遅いだろう、反応できても既に動きを止められた
彼の手は大宮の細い右腕を掴み、首の2本のタグに指を掛けて
後ろから押さえるように

「さ、桜井くん────!?」
「よっしゃ成功! 悪いな大宮。俺も卑怯なことはしたくないけどな」

春日は囮だったのか
2人は息を揃えて不意打ちという戦術を成功させた
己が勝利をつかむために出来る戦略を

「大丈夫か、春日。怪我してないか?」
「あぁ...全く人使いが荒い...」

転がっていた春日も起き上がって構える
これは、挟み討ちという状況だ
しかも桜井が指を少し引けば、大宮の2本のタグが彼の元に行くだろう
少々、マズい状況か──────。

20 ◆CELnfXWNTc:2016/02/07(日) 00:27:22 ID:8CyM0NHs0
>>16
窓から飛び降り、矢張身と合流しようとするマユだったが……

「痛っ……」

「マユ先輩!?」

窓は開いている筈なのに、何かに頭をぶつけ、行動を遮られてしまった。

「これは……マヤ姉の……」

「ふっふっふ、もう逃げられないよマユ!姉より優れた妹はいないってこと、思い知らせてやる!」

得意気に現れたマヤ、彼女が窓に結界を張っていたのだ。

「甘いよ、マヤ姉、これくらい破壊出来る。」

「させません!」

式神を取り出し、結界を破壊しようとするマユだが、そこに低空飛行で翼を生やした少女が突っ込んでくる。悪魔化の力を使うノラだ。ノラは、胸元のタグに掴みかかろうとする。
だが、マユも無抵抗ではない。咄嗟に結界破壊に使おうと取り出した式神を、結界を張ることに使う。結界はマユを囲み、ノラを弾き飛ばした。

「わあっ!?」

「あちゃー、結界張られちゃったか。マユの結界は硬いんだよなぁ。」
「だけど、あたしにかかれば、破壊も不可能じゃない!」

防御に優れたマユの結界を突破するのは、かなり厳しい。だが、マヤは攻撃に優れているし、さらにノラも居る。決して、不可能では無いだろう。
そして、繰り出されるのは、隙の少ない連続攻撃。マヤが式神を爆破させ、ノラが悪魔の力を持つ拳を振るう。二人の苛烈な攻撃で、マユを囲む結界に皹が入っていく。

(このままじゃ、結界が壊される。そうなれば……)

タグは間違いなく取られる。なにより、調子に乗った姉に負けることになる。それは、なんだか腹が立つし、避けたいところだ。何か、この窮地を脱出する方法は……
辺りを見回すと、マユの左手側に、消火器が設置されていた。これを使えば、脱出も可能かもしれない。だが、下手に動けば狙いが気づかれてしまう。さて、どうするか……?

「降参。姉より優れた妹なんて、やっぱりいなかったよ。」

「ふふん、やっと分かったか!それじゃ、タグを」

「マヤ先輩!足元っ!」

「え?」

結界を解き偽りの降参、それにマヤの気を取らせ、その隙に足元に式神を設置する。だが、それはノラに気付かれてしまう。いや、違う、気付かせたのだ。
足元の式神にノラの気を取らせ、本命の式神に気付かれないように振る舞ったのだ。そして、本命の式神、それは消火器へと張り付いていた。

「あ、危なかった!騙し討ちとは卑怯な!そんな子に育てた覚えはないぞ!」
「だけど、あたし達には通用しない!」

「マヤ姉に育てられた覚えはないよ。それに、通用しなくないよ?」

「え?うわっ!?」

言い終わると同時に、爆音。それと共に、白い消火剤が舞い上がり、マヤとノラの結界を遮った。
その隙に、窓際へと移動し、脱出しようとするが、結界が未だに張ってあり、すぐには脱出が出来ない。早くしなければ、白煙が晴れてしまう。急ぎ式神を使い、爆発させるもまだ壊れない。マユの表情に焦りが見えたその時、結界が外側から斬り裂かれた。

「すみません、マユ先輩。結界の破壊に手間取りました。」

「ありがとー、助かったよ。」

外側からは、刀を構えた矢張身の姿が。彼の手助けで、マユはタグを取られることなく、学校内から無事脱出した。
そして、去り際に……

「妹より優れた姉など、存在しない。」

それだけ言い残して行った。

21フリューゲルス、セリエ、黄泉の前 ◆yd4GcNX4hQ:2016/02/07(日) 14:49:13 ID:EQaCMdl60
>>19

抜かった、これは完全に相手の作戦勝ちだ。このままではタグ二つが桜井たちのもとへ渡ってしまう。そうなれば私たちの勝利は絶望的になってしまう。
なにか、なにか方法は無いか。
しかし咲羽はこんな昼間では全力は出せず、また春日が居るため悪魔の姿になることも出来ない。
一方自分は身動きができない状態。誰が見ても敗北は明らかだった。


─────だったのだが。

「はぁ…もう仕方ないわねぇ……」

咲羽がそう言った刹那、彼女の身体に異変が起こる。
なんと、"腕"が"翼"へと変化したのだ。そしてみるみるうちに咲羽は、蒼銀の鴉、魔鳥へと、悪魔フリューゲルスへと姿を変えたのだ。

「な!?咲羽、お前まさか───」

この中で彼女の正体を知る者は桜井と大宮だけ。しかし魔鳥としてフリューゲルスは既にAPOHで優先討伐対象に指定されている。
それは当然春日も知っていることで、その特徴を見れば彼女が魔鳥だと気付いてしまう。これで気づかないのならばそれこそ────

「お前まさか──それが本当の───」

まずい。非常にまずい。
言い訳もできない。このままではこの場で即殺し合いに……

「それが本当の能力だったのか!!」

………は?
もしかして春日の方は気付いていない…?桜井の方を見れば彼も顔をポカーンとしている。
そりゃ誰だってこんな顔になるだろう。

「えぇそうよ、身体の構造を変える…所謂変身能力ね」

咲羽は咲羽で出鱈目なことを平気な顔で言っている。
とにかく助かったことは確かだ、春日は咲羽が悪魔だとは思っていない。

「それじゃ、陽子行くわよ」

「…へ?えぇええ!?」

この一連で桜井の指は緩み大宮は脱出できるようになっている。咲羽は大きく羽ばたくと、その脚で陽子を掴みそのまま窓ガラスを割り外へと飛び出す。
それは一瞬の出来事で、桜井も春日もすぐには対応出来ず結果2人を逃がしてしまう結果になってしまったのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あなた馬鹿じゃないの!?もしも悪魔だって気付かれたら……」

「大丈夫よ、私ペテンは得意だから。
…まぁ、あまりこの姿で居ない方がいいのは確かね、あのハーフの子に見られたらバレるだろうし」

確かに人間にならともかくハーフならば雰囲気などで気付いてもおかしくはない。
とにかく危機は脱した、今の内に体勢を整えなければ────

22桜井直斗 ◆o/zdiZN8A2:2016/02/07(日) 19:28:06 ID:if7ZXLvA0
「.......さて」

校舎寄りのグランドの木々の下
木陰の中にあるベンチに腰掛けたヴァイオレット・クラークは懐中時計を見て呟く
刻一刻と、時計の針は進む

篠咲姉妹の式神により屋外の戦闘は困難になった
索敵の意もあるだろうが、この広いフィールドを制限する事で互いの遭遇率を上げるいい手だ
それを知ってか知らずか他のメンバーも屋内へと戦場を移す

地の利、戦略、戦術
全員がそれを少しずつだが意識している
短い時間で把握し、仲間とのコミュニケーション
自分にとって優位な状況へと持っていく

その事実に僅かに彼女の微笑があった

────時間は僅か。
今全員がそれぞれ同じ場所に少しずつ集まっている
決着の時だ────!

23桜井直斗 ◆o/zdiZN8A2:2016/02/07(日) 21:23:23 ID:if7ZXLvA0
「時間がない! 急ごう!」
「あぁ!」

昼までという時間制限
教室の時計を見れば既に時刻は12時まで後十分もない
他のチームのタグの個数は分からないが自分たちが未だに増えてもいない事実が辛い
桜井と春日は逃げた大宮を追おうと窓から見下ろすが、幾分この高さだ
一階まで走っていくには時間が────。

「あー! 見つけた!」

と、後ろから聞こえる声
振り返ればそこにいたのはノラとマヤ、屋上から降りてきたのか
タグは──────1つ!
大宮が持っていたものか、と桜井と春日は身構えるが

「よっしゃ! ノラちゃん! ゴー!」
「はい!」

マヤの掛け声で、ノラが走ってきた
深い意図はない、言うなれば突進だ
普通に来るなら受け止めてタグも奪えるだろう
だが、彼女の能力────その外殻の形成で威力を一気に上げた

「──────ッ!!」
「ちょっ...!!」

もちろん、この真昼時
屋内では直射日光は無くとも、その威力は侮れない
春日は即座に自分の身を守る結界を張った
一撃では破れないと悟ったのだろう
ノラはその足を止めずに、目標を桜井へと向けた

「こっちか────!!」
「先輩...ごめんなさいっ!!」

向かうは直線
来るのは分かっていた、反応も間に合う
足を一歩引いて両手を前に広げる
受け止める、もしくは受け流すつもりか

「あああああああっ!!」
「────────ッ!」

ただ、必死に立ち向かう彼女の顔を見て──────。

ドスン!!と嫌な音がした
突っ込んでくるノラを真正面から受け止めきれず
桜井はそのまま床に仰向けに倒れたのだ

「────ああああっ!! と、取った...?」

ノラも何が起きたか分からなかったのだろう
仰向けの桜井の上から起き上がって辺りを見回す
そして自分の手が握っていたソレに気付いたのだ

目をつぶってぶつかって行って、気が付けば自分の手に桜井のタグがあったのだ

24 ◆CELnfXWNTc:2016/02/07(日) 23:39:36 ID:FNWTVh1I0
パァン……
二度目の空砲が鳴る。時刻は12時、ドッグタグ争奪戦終了の合図だ。

「これにてドッグタグ争奪戦を終了するよ。」

再びグラウンドへと集まった一同に、ヴァイオレットはそう宣言した。
そして、気になる結果は……



1位 咲羽&大宮 タグ×3
2位タイ 矢張身&マユ タグ×2
2位タイノラ&マヤ タグ×2
4位 桜井&春日 タグ×1



「ということで、最下位の桜井と春日は昼食抜きだね。」

「まぁ、私達名コンビにかかれば、1位は当然よね。」
「よく言うわ……貴女のお陰で助かった面もあるけどね。」

「結局、一つも取れませんでしたね。」
「前半有利に進んでたんだけどね……」

「ありがとーノラちゃん!お陰で昼ご飯抜きじゃないよ!」
「マヤ先輩が励ましてくれたからですよ。」

皆よく頑張った。各々の反省点や、課題も見えてきただろう。午後は、それを補う形で修行させるか。
だが、その前に昼食だ。皆、腹が減っていることだろう。弁当を用意したので、皆で食べてほしいと、ヴァイオレットが弁当を人数分取り出した。最下位の二人の分は無いが……

「はぁ……悪いな、春日、最後に俺がタグを守りきれてたら良かったんだけど……」

「いや、謝るな。俺の方こそ、お前を狙うって少し考えれば読めたのに……それにしても……」

「「腹減った……」」

皆が楽しく弁当を食べている片隅で、腹の虫を鳴かせつつ反省会モードの二人。そんな二人に、近づいてきたのは、大宮と咲羽だった。

「これ、よかったら食べなさいよ。」

なんと、二人は少しおかずを分けてくれた。

「あ、ありがとう!」

「でも良いのか?」

「いいから、受け取っときなさいよ。」

「食べさせてあげたりは、しないのね。」
「しないわよ!」

あれだけ動いた後に、飯抜きは本当にキツい。それだけに、有り難かった。それに続き……

「あの……最後にタグを取れたのは、偶然みたいなものですし……これ……」

「お裾分けって奴だね。」

「マヤ姉は嫌いなものを押し付けてるだけだけどね。」

「先輩方が空腹なのに、後輩の自分が食べるってのはどうも納得が……」

皆が少しずつ弁当を分けてくれた。
皆、桜井も春日も頑張っていたことを知っている。なら、やることは一つだ。労いの気持ちと共に、弁当を分け与えるだけ。

「ふふ……皆、良い顔してるじゃないか。だけど、アタシは甘やかしたりはしないよ。後半もビシバシいくからね。」

こうして、皆で昼食を楽しんだ。そして、その光景を、離れた位置から見守るヴァイオレットであった。

25桜井直斗 ◆o/zdiZN8A2:2016/02/08(月) 06:25:25 ID:if7ZXLvA0
>>24
「さぁ! 昼食済んだら訓練の続きだよ!
お次は能力なしの戦闘訓練! 容赦しないから覚悟しな!!」
「「え、え〜...」」

まだ訓練があるのかと全員が項垂れる
その後予告通りビシビシとヴァイオレットの厳しい指導のもと、素手での戦闘訓練が行われた

ある者は投げ飛ばされ、ある者は押し倒され
ある者はねじ伏せられ、ある者は何度地面を舐めたか

──────こうして、1日目の午後は過ぎていく
ぶっ通しでの訓練の後は待望のカレーが待っていた

「ば、晩飯だああああああ!!」
「桜井落ち着け、手を洗え汚いぞ」

時刻は既に6時
昼の訓練が1時から始まっての5時間訓練、みんなお腹はペコペコだ
全員で円になって座って「いただきます!」と行って食べ始める

「...美味い」
「訓練後だもんな。 ん? 大宮、肉いらないなら貰っても...」
「あげないわよ!...もう」
「ところでこのカレー誰が作ったの?」
「佐倉先生...? イヤ、普通に美味しいのは美味しいんだけどさ」
「レトルトじゃない味ですねー」

思い思いに喋って夕食の時間は過ぎていく
この後の予定は特にない。
入浴、睡眠という事になっている

入浴は大浴場を使うが男子が入る時間女子が入る時間があるので間違えないようにとの事
宿泊する部屋も間違いないようにとの事だった

26桜井直斗 ◆o/zdiZN8A2:2016/02/08(月) 18:21:05 ID:if7ZXLvA0
>>25

────。

夜は自由時間だ
夕食後は荷物を宿泊の部屋に持って好きに過ごすという
こういった時間の交流も大切らしい
────だが、

「........何時だ。今」
「...9時」

男子勢の宿泊部屋では並べられた布団の上に3人は倒れ込んでいた
一日中の疲れにその反動でバカ食いしたカレー
彼らは色々限界で、部屋に帰れば速攻で意識を失っていたようだ

「女子の風呂時間はいつですか?」
「8時...45分だっけ、もう過ぎてると思うぞ」

そして目が覚めれば午後9時
男子の入浴時間はとっくに過ぎてるが、女子の入浴時間も過ぎている
このまま寝たら色々ヤバいのは全員が分かってる

「........行こう。今寝たらヤバい」
「ですね。行きましょう」

覚束ない足取りで立ち上がって入浴準備をする


...だが、女子の入浴時間に関しては記憶が薄かった気がする
お互い寝ぼけたままでその事実に気づかない
そのまま彼らは、風呂へと向かった────。

27 ◆OqtBqfYuxc:2016/02/08(月) 20:54:35 ID:P4zCgiCw0
>>26

浴室にて。
8時45分という入浴時間に関して男子勢の記憶は間違っていなかった。
────それが入浴"開始"時刻である事を除けば。

入浴に使える時間は25分となっている。長風呂は良くないと思って設定されたのだろうが、その思惑はこの際どうだって構わない。
問題なのは、未だ女子の入浴時間が終わっていないということだけだ。

「やっぱ気持ち良いわね〜! お風呂!!」
「あはは……テンション高いわねマヤちゃん」
「姉はいつも通りなので、ほっといてください」

「ノラちゃーん?」
「え、あ、あの、咲羽、さん?」

風呂場で何かと暴走しがちなのは女子風呂の中では恒例行事とでも言うのだろうか。
風呂場の中の時計が9時を指し示し、小さいながらも時報が鳴る。

「私……もう行くね」
「あれ? マユ、もう出るの?」
「このまま長風呂しても逆上せる……」
「あー、確かに。私も出よっかなぁ」
「ありゃ、大宮さんも出るんだ……私はもうちょっと入ってくね」
「わ、私も出ます」

「まだあと10分ぐらいあるから、私は残ってよっかなぁ」
「そうしててください」

そうして、大宮・マユ・ノラの三人が先に脱衣所へと向かう。ノラは咲羽から逃げるような形ではあったが。

「あぁ……それにしても良いわね、このお風呂」
「全面的に同意するわぁ」

28フリューゲルス、セリエ、黄泉の前 ◆yd4GcNX4hQ:2016/02/08(月) 21:55:22 ID:EQaCMdl60
>>27

「ふふっ、行ったわね」

「ふっふっふっ、行きましたなぁ」

三人が風呂場から出てすぐ、咲羽とマヤは顔を見合わせ意味深な笑みを浮かべる。その顔は明らかに良からぬことを考えている様子。

「さて、じゃあ作戦会議といきましょう…?」

「今から決行するときが楽しみで堪りませぬ!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


場面は変わって脱衣所。三人はそれぞれの着替えの前で未だ下着の状態だった。

「…ねぇ、そういえばノラちゃん、なんだかさっき咲羽さんから逃げてる…みたいに見えたんだけど」

大宮がふと、ノラにそんなことを問いかける。確かに先ほどのノラはどこかおかしかった。
咲羽のことを恐がっている…とは違うがやはり違和感を感じた。それが気にかかり大宮はノラへとそのことを聞いたのだった。

「いえ…あのなんというか……
咲羽さんって人間ぽくないというか…雰囲気が不思議というか……」

……これはやはりハーフだからだろうか。ノラが言っていることは全てあっている。咲羽は悪魔だ。それを参加者で知っているのは自分と桜井だけ。
これが今バレれば厄介なことになりかねない。

「あー…き、気のせいじゃない?
ほ、ほら、咲羽さんって元からああいう思わせぶりな態度ばっかり────」

そこまで言ったその時だった。脱衣所の扉から音が聞こえた。
今ここに来るとしたらヴァイオレットさんだろうか。入浴時間はまだギリギリ過ぎていないと思うが──

「ふぅ…早く風呂に入りた───」

「「……え」」

入ってきたのは桜井たちだった。きっと風呂に入りに来たのだろう。
自分たちも早く着替えてここを出なければ。


出なければ────?


「じゃあそういうことで行きましょう」

「了解っ!!」

「ってあれ?あなたたちまだ着替えて……へ?」

ついに咲羽たちも上がってきてしまった。
固まる全員。あの咲羽さえも頬を赤らめている。あぁ咲羽もあんな顔をするのだな。
篠崎姉妹は姉妹で反応は違う。マユの方は表情は薄いが驚いているのが分かる。マヤの方は完璧に固まってしまっている。
ノラはどうしていいか分からずアワアワとしている。彼女らしい反応と言えるだろう。
そして自分、大宮といえば────

「…き…き…きゃあぁぁああああああっっっ!?!?!?」

そう大きく悲鳴を上げるのだった。

29桜井直斗 ◆o/zdiZN8A2:2016/02/08(月) 22:21:08 ID:if7ZXLvA0
>>28

「────どうです?彼らは」
「まだまだ子供だね。とても前線に立てやしない」

応接間、そこには佐倉とヴァイオレットが向かい合って座っていた
テーブルに置かれた紅茶を一口飲んで、ヴァイオレットは続ける

「全員の結果不足、技量........総合的に見てもあれは期待しちゃいけないよ」
「では、彼らはやはり....」
「────だが、あくまで"今は"だ」

今日の訓練で見せた彼らの顔
アレは不屈なんてもんじゃない。彼らの意思は確かだ
積み重ねれば、きっと届く
あの悪魔にだって、立ち向かうだろう

「私の見立てじゃあ、きっと────」
『きゃああああああああああああ!!!』

風呂場の、悲鳴

「.............」
「.........きっと?」
「なんでもないよ.........」

と、ヴァイオレットはコップの紅茶を飲み干した

ーーーーーー

「聞いてくれ大宮、これは事故だ。不運だっただけなんだ」
「ふーん...最期の言葉はそれでいいのね」
「ちょ! 待って待って!! 死にたくない死にたくない!!
咲羽!! 大宮を止めれるのはお前だけだ!!お前からもフォローを────」
「.......うるさい。バカ」
「なんだその反応はァ!? 」

事情説明はしたが、それで許されるほど女性の柔肌というのは安くないだろう
少なくとも男子勢3人が正座で座らされる事では許されない
流石に春日も申し訳なさそうに顔を歪めているし、矢張身はガタガタ震えている
結果、事を穏便に済ませようと笑顔で交渉しようとした

『あー...コホン。すまないなお嬢さん達、大丈夫、何も見ていないよ!(にっこり)』

なんてふざけた交渉(憎たらしい笑顔付き)で決裂したのだ
ネゴシエーター桜井は今まさに執行人大宮によって処刑されそうになっている

「な、何故あの2人は正座で済んで俺は実刑!?
差別ですよ大宮サン!! どうかお許しをー!!」

彼なりの思惑はあっただろうが笑顔で交渉に挑む姿勢がダメだった

「と、というか!! 実刑は受けるからせめて服着ろ!!
寒いだろ!! 俺は逃げねぇから早く!!」

と、死の間際に被告人はそう言い放った
確かに女子勢は結構きわどい格好だ
下着姿かタオルを巻いただけである

一応、こんな状況でもそういうとこは気付くのか

30 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/09(火) 01:03:29 ID:FZqbjWPA0
>>29

風呂場での一件は、佐倉とヴァイオレットの介入で何とか収束を迎えた。
とりあえず、服を着た女子をヴァイオレットが連れ出し誤解を解く間、男子三人は呆れ顔の佐倉と一緒に風呂に入り、慰められた。
……その後、牛乳を奢ってもらう段になって、彼はいかに上手く覗くか、ということを経験談と共に語っていたのだが。
その話が戻ってきたヴァイオレットに聞かれ、彼が叱られると──流石に、男子達は揃って笑ってしまった。

「……あれ、春日先輩は部屋に戻らないんですか。」
「あぁ。少し、夜風に当たりたい。」
「ふわぁ〜あ。……俺、疲れたから先に寝とくぜ。」

風呂場からの帰り、春日は二人と別れると、校舎の中庭に出た。──海馬市の夜風は、京都よりも気持ちが良い気がする。
ベンチに寝転び、そのまま暫く空を見上げていると、北極星が此方を見下ろす顔で隠された。

「湯冷めするわよ、春日くん。」

──咲羽翼音だ。先ほどのことを詰りに来たのだろうか。

「……済まなかった。」
「もういいわ。誤解だったのでしょう?それより、隣、空けて頂戴。」

春日が起き上がり、ベンチに腰かけ直すと、彼女は春日の隣に座った。

「ねぇ、佐倉先生から聞いたけれど、春日くんのご実家って有名なんでしょう?
 やっぱり、しきたり、とか、厳しい修行、とかあるのかしら。」
「……そうだな。大体、思ってる通りだろう。だがそれも、春日家に生まれた者の責務だ。」
「ふぅん。……でも、楽しくはなさそう。自由じゃないもの。」
「楽しい、楽しくないという話ではない。」

咲羽はまた、ふぅん、と言いながら、空を見上げた。釣られて春日も空を見る。
今日は空気が綺麗なのか、それとも普段から海馬市は空気が良いのか分からないが、空には満天の星空。

「──あれが“鳩座”。」

咲羽が空を指差す。……あれ、と言われても、占星術は門外だ。どれが鳩なのか分からない。
だが、そんな事はどうでもいいのか、彼女は話を続ける。

「私はね、鳥が好きなの。……だって、自由じゃない。あんな風に人目も憚らず飛べたら、きっと楽しい。
 もし鳥なら、気分の良い朝には東に飛んで、気落ちした夜には南に下るの。それでも、誰も文句は言わないわ。」

そう語る咲羽の顔はまるで、子供のような純粋さを湛えていた。
彼女は真に、自由を愛しているのだろう。──自分の身では、望むべくもないことだ。
そんなことを思っていると、咲羽は顔を下げる。春日と彼女の目が、合った。

「……ねぇ、春日くん。今はどうなのかしら。」
「……今?」
「さっき、楽しいかどうかじゃない、って言ったじゃない。……でも、今は春日家なんて関係ないわ。」

少しだけ、考える。今日、あったこと。

「……あぁ、楽しいよ。」

彼ら彼女らと笑っている時には、心の奥底を焦がす憎悪も、少しは薄れる様な気がした。
大宮との軋轢はまだ残っているが、それは今、触れるべきことではない。時間が解決することもあるのだろう。
──お互いの前では久しく浮かべていなかった自然な笑みも、無意識に出ていた気がする。

「……それにしては、表情が固いわ。」
「は?」
「表情だけじゃなくて、春日くんは全部固いのよ。そうね……“友達”なら、下の名前で呼び合うべきじゃないかしら。“縁くん”?」
「……いや、待て。それは関係ないだろう。」
「はい、復唱。“翼音さん”。」
「何故、俺の方だけ敬称なんだ。」
「なら仕方ないわ。“翼音ちゃん”でいいわよ。それとも、呼び捨てがいいかしら。」
「……湯冷めするから、そろそろ部屋に──」
「あら。うら若き乙女にあんな仕打ちしておいて、自分は逃げる気。」
「それはさっき、もういいと言っていただろう──!!」

かれこれ数十分の攻防の後、呼び捨てとすることで纏まった。完全に湯冷めだ。
だが、その遣り取りは楽しくもあった。

いつの間にか、“春日家の嗣子”ではなく、“春日縁”として──“友人”と呼べる存在が、できている。
そう教えてやれば、“×××”も喜ぶだろうか。それとも、自分を忘れるな、と怒るのだろうか。
──悪魔への怒りも、憎しみも抜きにそんな事を考えられるほど、春日は楽しかったのだ。この、一日が。

31一日目 夜 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/09(火) 01:04:45 ID:FZqbjWPA0

──夜桜学園、正門前。
厚着のヴァイオレット・クラークと、対象的に薄着の佐倉斎は、街頭の光の下で向き合っていた。

「じゃあ、後は引き継ぎます。ヴァイオレットさんはどうぞ、お家でゆっくり休んでてください。」
「ああ、後は頼んだよ。」

指導を終え、佐倉への報告も終えたヴァイオレットは、今日いっぱいでお役御免ということになっている。
あと2日は、佐倉に全権委任。それが、彼が「会議」で出した条件だった。
寒さに見を縮めながら手を振る佐倉に背を向け、ヴァイオレットは歩み出し──数歩、進んだ所で振り向いた。

「……斎。」
「はい。……すいません、寒いんで早めに済ませて貰っていいですか。」
「……さっきも言ったけど、あの子達は確かに有望だ。でも、退魔師である以前に、まだ子供だよ。
 いざとなれば、アタシや風祭が泥を被りゃいい話さ。──そこまで衰えたつもりはないよ。」

佐倉は会議の時から、“自分一人でやる”事に拘っていた。ヴァイオレットが一日目に参加する、という事で手打ちにしたのも、渋々だ。
そして、二泊三日で何とかする、と断言していたこと。──今日の訓練では目に見えた成果など無かったのに、気にした様子もない。
もし彼が“何か”をする気なら、それは“明日から”だ。釘だけは刺しておきたかった。

「……水臭いなぁ、ヴァイオレットさん。その時は俺も被りますよ。最近、足の調子も悪くはないんです。
 メンタルとフィジカルはリンクしますし、やっぱり、教師って俺に合って──」
「混ぜっ返すんじゃないよ。それに、アタシから言わせりゃ、アンタもまだ子供だ。」
「……分かってますよ。」

──笑む佐倉。了承の言葉は、どちらに掛かった物なのかは定かで無い。
だが、これ以上は追求しても無駄だろう。いつものとぼけた調子で、のらりくらりと躱されるに決まっている。
APOHという退魔師の伏魔殿で育った彼は、歳相応以上に老練だった。それこそ、ヴァイオレットにも底が見えないほどに。



改めて別れを告げ、ヴァイオレットは去っていく。その姿が曲がり角で消えてから、佐倉は校内に戻り、職員室へ。
抽斗の中に閉まっておいた“ノート”をめくり、昼間、“大宮神社”で聞いた話に目を通す。これで恐らく、“全部揃った”。
……改めて、悪趣味すぎて吐き気を催しそうになる。一人になると、ふつふつと感情が湧いてきた。

「……分かってんだよ、そんな事。」

──足元のゴミ箱を左足で蹴り飛ばす。中のプリント類が、室内に散乱した。
少しだけ冷えた頭で、もう一度考える。あちらの戦力、こちらの戦力、要求される戦果。
防衛戦の一択で考えるにしても、春日・大宮を“今の状態”で戦わせては、確実に一人は死ぬ。矢張身も含めて全滅も在り得る。
“黒獣”と“魔鳥”を彼らと“共に”戦わせなければならない。“篠崎姉妹”の旗色を確認しなければならない。そうしなければ、“泥をかぶって”も、どうにもならない。

「……。」

彼らを、死なせないためだ。自分自身をそう言い聞かせ、佐倉は職員室の照明を消した。


──合宿の一日目は、こうして終わる。

32二日目 朝〜夕 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/09(火) 01:05:47 ID:FZqbjWPA0

二日目。

朝食を終えると、生徒達は教室に集められた。二日目に予定された「座学」を受けるためだ。
担当は佐倉斎。今は一線を退いたとはいえ、彼らと同じ年頃には既に一級の戦力として活躍していた人物だ。
当然、そのことを知る者はある程度の“期待”を持っていたし、知らぬ者も噂を聞けば、真面目に聞こうか、という程度の興味は持っていた。

「……うん。まあこれぐらいで良いかな。
 今日教えたことは基本でしかないけど、基本を忘れるとどうにもならない。
 合宿が終わった後も、ちゃんと復習しておくように。」

だが──授業の内容に関しては、彼の言う通り、拍子抜けするほどに基礎的。
退魔師ならば誰でも知っている“いろは”だ。数度の休憩を挟んで夕方には終了。
よく練られたヴァイオレットの“運動”と比べると、果たしてこの佐倉斎にやる気があるのかどうか、疑問だった。

「さて。じゃあ授業は終わるとして──そうだな。皆、“課題”の方はどうだい。明日の夜までには、達成できそうかな。」
「先生。その事について、質問があります。」

ノートを閉じ、手を挙げたのは大宮優子。この癖の強い生徒達の中にいると、いかにも“委員長”という感じだ。
佐倉が杖を持った手で発言を促すと、こほん、と一つ咳き込みしてから、きりりとした瞳を彼に向けた。

「その課題の意図が、よく分かりません。仲良くすることと、私たちに“見込み”があるかどうかに何の関係があるんでしょうか。」
「ゆっちーの言う通りだよー、トッキー。」
「その……僕も意味が、よく……。」

同調するマヤと夕だけではなく、瞳の奥では誰もが同じ意見を持っている。
12の視線が佐倉に集中。それを受けた佐倉はうん、と頷き、伊達眼鏡を外してスーツの胸ポケットにしまった。


「……この合宿の“意味”について、まだ話してなかったね。」




33二日目 夕 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/09(火) 01:07:03 ID:FZqbjWPA0

「まず、現在の海馬市の状況について、あらましを話しておこうか。」

「ノラちゃんが見た夢、それから、小黒博士の分析結果の話は聞いてるだろう。
 ……桜井くんと咲羽さんは知らないかな。でもまぁ、君達に“説明”は要らない筈だ。
 ともかく今後、悪魔との戦いでは“夜桜学園”がキースポットになる。現に“ミスターセキ”は強力な悪魔だった。」

「だが、だからと言って、全戦力をこの学園に集めて警備させるわけにもいかない。
 今の海馬市における戦力配置は完璧“すぎる”。……風祭さんは優秀だからね。どっかから戦力を動かせば、そこが狙われる状況だ。
 だったら、どうするか。結論は簡単だ。“君達を戦力として鍛える”しかないんだよ。そのための、この合宿だ。」

「ただ──時間は限られてる。二泊三日で君達個々人を強くするなんて、到底無理だよ。
 一部の天才を除いて、退魔師の力量は経験の積み重ねに比例する。ヴァイオレットさんにも言われなかったかな。
 君達には経験が足りない、って。……昨日の“運動”は無意味じゃないけど、アレで一変できる訳でもない。」

「……じゃあ、この合宿でどうやって“鍛える”って言うんですか。」

漸く、大宮優子の合いの手が挟まった。

「君達に、仲良くなって貰うんだよ。──“背中合わせで戦えるぐらいに”、ね。」

簡単な話だ。一人で無理なら、二人で。二人で無理なら、三人で協力して事に当たればいい。
戦闘の基本。数と連携で、戦果は加速度的に向上する。それは、先程の“座学”で佐倉が言っていた。
だが、生徒達の一部には、それでも尚氷解しない“疑問”が残っていた。

「……で、でも、佐倉先生。ここに居る人たちは、皆良い人です。
 ハーフの私にだって、優しくて。……わざわざ、“課題”にしなくても──」

ノラが彼らを代弁する。わざわざ、取り立てて念押しするほどの事でもないだろう。
連携が必要なら、3日丸々、それに充てればいい。何故、課題として、もっと言うなら、合宿などという迂遠な手段を採ったのか。

「そうかな。……一緒に戦う上での、“懸念材料”は幾らでもあるよ。例えば──」



「──“大宮優子と春日縁は許嫁。だけど、これは四家が一方的に決めた形”。だから君達は、仲が悪いのかな。」

大宮が絶句する。この話は、隠しているわけではないが有名なわけでもない。誰かが佐倉に教えたのか。
佐倉は同じく、驚きの表情を浮かべる春日に瞳を向ける。

「──“春日縁は悪魔を憎んでいる。何故なら、幼馴染を悪魔に殺されたから”。まぁ、君に限ったことでもないのかな。
 “矢張身夕も、故郷を悪魔に襲われてる”。どっちにしろ、君達が“悪魔と仲良く出来るかは”、疑問だ。
 まぁ、普通の退魔師ならそんな必要はないんだけどね。でも──」

眉根を寄せる春日と矢張身を後目に、視線は桜井直斗へ。

「──“桜井直斗は黒獣”だよ。……証拠は君の立ち寄った映画館で拾った“これ”と、祓い煙草への反応。」

内ポケットから取り出された小袋。それを見て、桜井の顔が蒼くなる。小袋に入った“毛”──それは間違いなく、“黒獣”たる自分の物だった。
それに、先日の面談で佐倉が煙草を吸っていた光景が、フラッシュバックする。
佐倉の視線が、今度は咲羽へ。

「──あと、“咲羽翼音も悪魔”。これは、本人が認めてる。」

「……あぁ、でも安心するといい。この二人は、俺の見る限り“友好的”だ。
 君達を襲うなら、昨日の戦闘訓練で襲ってる。折角の“二人一組”で、“事故に見せかけて殺せる”機会だったんだから。
 だから、APOHの上層にも伝えてない。知ってるのは俺だけ。安心して、皆で仲良くして欲しい。」

咲羽は、自身が悪魔であると公表する、と、予め佐倉から伝えられていた。
だから、その点に関して驚きはない。ただ──“悪魔的”だと思った。こんな“発表方法”、滅茶苦茶ではないか。
全ての退魔師と悪魔が相容れるものか。皆が仲良くなんて、できる訳がない。


「さぁ、今日はこれで終わり。もう一度言うけど、“明日の夜までに友達になろう”。 出来ない奴は、“生き残る見込み”なしだ。」


佐倉斎は、高らかに宣言する。──彼が教室を去った後には、八者八様の沈黙が残るだけ。
教室の窓から見える日の傾き始めた中庭には、まるで皮肉のように、バーベキューの用意が整えられていた。

34矢張身 夕 ◆OqtBqfYuxc:2016/02/09(火) 02:11:52 ID:L9uFHi1M0
>>33

待て────と。

何を待ってほしいのか、彼にはそれすらも分からなかった。
ただ、その言葉だけが口元から紡がれた。

佐倉の強引とも言える荒療治が、彼の思考回路へと辿るには時間がかかったのだろう。暫く沈黙が降り、誰も動こうとはしていなかった。

「……僕は先に準備手伝ってきますね」

あの場に居ても自分には何もできないだろう、と考える。
咲羽が悪魔であること、桜井が噂で聞く"黒獣"であることは分かった。
だが、それを受けて自分は、どうすれば良いのだろう。

──いや、この言い方は正しくない。

"本来憎むべき相手である筈なのに、大した嫌悪感も湧いてこない自分は何なのだろう"という考えが彼を埋め尽くしていた。
事実、彼女たちが悪魔であると聞かされた時、大したショックは受けていなかった。
それは直接悪魔の所業を目にしていないからかもしれないし、"咲羽や桜井が望んで敵対する者ではない"と信じたいからかもしれない。
だが、春日を始めとする他者がそれをどう思っているのは分からない。そして、それに自分が無理に首を突っ込むのもおかしな話だ。

だとすれば。

少なくともそれぞれの意見が、考え方が纏まるまでは、口を出すべきではないだろう。

そして、佐倉の言葉を反芻する。

──「さぁ、今日はこれで終わり。もう一度言うけど、“明日の夜までに友達になろう”。 出来ない奴は、“生き残る見込み”なしだ。」

なるほど確かに、これを乗り越えれば自分たちは新しい次元へと踏み込めるのかもしれない。
取り敢えず、落ち着いた人から話して友好関係を結んで行きたい。余りこんなことでゴチャゴチャと考えるのは好きではないからだ。

「バーベキュー……美味しそうだなコレ……焼くか」

少年は取り敢えずバーベキューの串を握りながら他の人を待つことにした。

35桜井直斗 ◆o/zdiZN8A2:2016/02/09(火) 02:20:06 ID:if7ZXLvA0
>>34

教室

沈黙、というのだろうか
それはあまりにも心を締め付ける苦しいものだ

────────動悸。
動悸が聞こえる
自分のものだ、自分の心臓が爆ぜるように動くのを感じる
吐き気すら感じる────口から吐き出せるほどの心臓の音が

「.......おい、桜井...咲羽。アレは本当か」

口を開いて問うたのは春日だった
誰もが、彼らを見る
桜井は答えられない、顔を伏せて声が出ない
咲羽は表情こそ変えずにいつもの声色で

「...ええ、そうよ」

と答えた

その言葉に、春日は机が倒れる勢いで立ち上がる
2人の元へ──────殺意を持ったような目で
春日の行動がどうなるか、彼の性格を知るものなら分かっただろう
さっきの倒れた彼の机と椅子で分かったのだろう
立ち塞がるように桜井が春日の前に立った

「......どういうつもりだ。桜井」
「................」

今でも、なんと答えたらいいのか分からない
それでもこの殺意がヒシヒシと伝わるこの空気は誰もが感じるものだ

「────答えろって言ってんだろッ!!」

その彼の拳が桜井の顔に振るわれた

机と椅子を倒しながら、桜井の体は壁に叩きつけられる
皆が静止するよりも早く春日は桜井の胸ぐらを掴んで

「......騙したのかよ、俺を」
「...................そうだな。俺は嘘をついた」

そう、笑って答えた
こんなにも近いのに春日の顔すら見れない
春日は桜井の答えにもう一度拳を握って叩き込んだ

36フリューゲルス、セリエ、黄泉の前、ヴェルゾリッチ ◆yd4GcNX4hQ:2016/02/09(火) 07:33:42 ID:EQaCMdl60
>>34

「まぁ、少し落ち着きなさいな」

桜井へともう一度拳が振るわれる直前、春日の腕を掴みそれを止めたのは咲羽だった。誰も俯いて動けない中、咲羽だけはいつもと変わらない平然とした顔でいる。
それが春日の心をさらに逆撫でたようで春日は今度は咲羽を睨みつける。

「だから落ち着きなさい
桜井くんは最近まで自分が悪魔ということも知らなかったのよ?言い出せなくても無理はないわ」

「なんだと…?」

春日は桜井を見るが、顔を背けこちらを見ずに沈黙。これは恐らく肯定という意味だろう。

「まぁ私は正真正銘、最初から悪魔だけど
ほらみんな、早く中庭に向かったら?
バーベキューでもすれば頭も冷えるわ」

そう言うと咲羽は教室の扉の方へと歩いていく。しかしその行く先は中庭への方向とは真逆、屋上へと向かう道へと咲羽は歩いていく。

「ち、ちょっと咲羽さん!どこいくのよ!」

「屋上よ、少し風が寂しく感じちゃって
あぁ、あなたたちはバーベキューを楽しんでらっしゃい
じゃあ陽子、後は任せたわよ」

これは咲羽なりの気遣いなのだろうか。確かに彼女がいれば進む話も進まないだろう。
それに桜井へのフォローも入れていた。
いや、これら全てただの思い違いなのかもしれない。咲羽翼音は悪魔だ。


──でも、それでも今は、彼女を信じてみようと思うのだった。

「…じゃあ、とりあえず中庭に行きましょうか
ここで言い合ってても仕方がないし」

しかし場の雰囲気はやはり変わらない。不安と怒り、失望といった負の感情が渦巻く少年少女たちは、今何を思い何をすべきなのだろうか────

37 ◆OqtBqfYuxc:2016/02/09(火) 12:37:44 ID:Se1Ot6560
>>36

ドン、と。
先程まで居た教室から、何かを壁に叩きつけたような音が中庭に反響する。恐らくは誰か人が叩きつけられたのだろう。

「……」

矢張身の耳にも、様々な声が届いてくる。
激昂しているのであろう春日の怒声が主だが、その場に居る他の人の会話も微かだが聞こえていた。当然その内容までは分からないが。

「ん……咲羽、さん?」

そんな教室からただ一人、咲羽の姿が現れた。彼女は中庭とは反対側へと歩いていく。

「屋上にでも行くんですかね……」

すると、他の生徒たちも続々と教室から出てきた。彼らは中庭に来るらしい。
網の上には先程矢張身が置いた肉や魚、野菜の類が並べられており、幾らかは丁度いい焼き加減になっている。

「持って行くとしますか……っと」

矢張身はプラスチック製の容器を幾つか持ってくると、程よく火が通った物だけ選んで入れていく。
残りは、他の生徒が来る頃には丁度良い焼き加減になっているだろう。
そこに一つ、ペンとメモ帳を取り出して置き手紙を置いていく。

──"半ナマで食べちゃダメですよ!!"

シリアスとはかけ離れた謎の忠告を後に、矢張身は屋上へ向かう階段を駆け上がって行った。


────屋上にて。

咲羽の手によって破壊された貯水槽は応急処置として一応修復されており、発生した氷も溶けていた。

そんな中、咲羽の頬を風が撫でる。

「しっかし、佐倉センセイも荒療治するもんだね……」

咲羽は先程の一幕を思い出していた。
春日の出自を考えれば、彼が激昂するのは容易く予想できる。よって、佐倉もそう思い切った手段には出ないだろう、と考えていた。
だが現実は、これ以上ないという程の荒療治。どこかで踏み越えなければならない一線であるとはいえ、早計ではないだろうか。

そして、あの場からいち早く離れた矢張身についても、その思うところは分からない。純粋に嫌悪感から逃げ出したのかもしれないし、或いは気を遣って出て行っただけなのだろうか。

少し下を見れば、先程まで教室に居た面々が中庭へと移動していた。だが、そこに矢張身の姿はない。あるのは煙を立てながら熱を発し続ける火と、その上に置かれた──焼き上がったのだろうか──食材だけだ。

そんな様子を見ていると、ガチャッ、と屋上の扉が音を立てる。

敵か? と警戒心を高める咲羽に対して、しかしそこから姿を現したのは手に物を持った矢張身の姿だった。
その手に握られているのは普段から携行している刀ではなく──串を打たれ、プラスチック容器に入れられた食材だった。

「咲羽先輩、これ食べませんか?」

丸腰で、しかも笑顔で食事を勧めてくる矢張身に、咲羽は困惑を通り越して呆れた。
先程の雰囲気とはかけ離れたその様子に、拍子抜けしてしまったのだろうか。警戒心も何処かに行ってしまい、咲羽はこう返した。

「頂こうかしら……一緒に食べましょ?」

38桜井直斗 ◆o/zdiZN8A2:2016/02/09(火) 20:01:11 ID:if7ZXLvA0
この空気に耐えられないのは全員一致の意見だった
とにかくこの止まった時間を動かさねばと口々に言葉が出る

「さ、さぁ食べに行きましょう! ほら、先輩も!」
「そうだよ! とりあえず今は晩御飯です! ほら桜井くんも────」
「俺はいい、みんな行っててくれ」

そう、桜井直斗は立ち上がって提案を断った
自分がいたら気まずいだろう。と付け加えて
その言葉に誰もが反論しようとしたが、思わず口を閉じる
今、桜井と春日は一緒にいたらいけないと

「.......わかった。行こうみんな」

桜井を置いて次々と教室を後にする一同
教室を出る間際、大宮と春日は桜井を一瞥して────。

桜井以外の皆が教室からいなくなった
階段を降りる音が聞こえて、暫く経って────。

「.........痛っ」

人がいない教室とはなんと寂しいものだろう
一気に気温が落ちた気がするし、変に不気味になる
そんな中で桜井は壁に寄りかかって殴られた顔を摩った
多分赤く腫れてる、歯は折れてないだろうけど口の中で血の味がする

「──────。」

本気で殴らられたことなんてほとんど無い
彼奴に食らったあの拳が今も響いている

──────春日の顔を思い出す。
あの時、殴った彼奴の顔は怒りではなかった

落胆というか、失望というか
とにかく、悲しい顔だった
「何故なんだ」とあの拳に込められたメッセージを、受け取った

「ッ.......くっ...」

彼奴は、俺が悪魔だったことを怒りではなくて悲しみだったのだと
その行き場のない感情がこの頬の痛みだと
その時、桜井直斗は理解した

「──────」

何か温かいものが頬を伝っていく
涙だと気づくには時間がかからなかった

痛みで泣くのではない
分かっていたのに、いつかこうなると理解していたのに

桜井膝から崩れて、膝を抱えて顔を伏せた
誰にもこんな姿は見られたくないがただただ悲しかった

俺が自分の手で友を、裏切った
親友の気持ちを踏みにじったというあまりにも辛い事実が
頬を伝って床に落ちた

その啜り泣く僅かな息遣いは教室の外の廊下からも聞こえるだろう─────。
────今の彼には、彼の思いを受け止めてくれる人が必要だ。

39 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/09(火) 21:04:51 ID:kJhGnRY60
>>38

特徴的な杖の音が聞こえる。……この事態を招いた、張本人。
佐倉斎。何事もなかったかのように杖を突き、“ただの煙草”を吸いながら、こちらを見下ろしていた。
桜井の心には、怒りすら湧かない。みっともないとは思いながらも、涙はまだ止まらなかった。

「──見込み違い、だったかな。」

紫煙を吹きながら、佐倉は話す。
駄々をこねる子供を見るような諦観がその顔にはあった。
……だが、表情とは対照的に、佐倉はしゃがみ込むと、ハンカチを桜井の目元に当てる。

「ここで泣いてたいなら、それでいい。帰りたいなら帰っていいよ。
 APOHには黙ってるし、アイツらにも黙らせとく。……俺からの忠告として、二度と“この件”には関わるな、とは付け足させて貰うけどね。
 謝って欲しいなら、謝ろう。済まなかったね、桜井くん。」

本心なのだろう。先程の飄々とした様子はなく、思いやりに溢れた声音。
佐倉は桜井にハンカチを持たせ、立ち上がる。中庭の見える窓際に寄り、夕日に目を細める。

「……だけどね、もし君が“春日縁”を裏切ったとでも思って泣いてるのなら、話は違うな。」

桜井の目線が、ゆっくりと、初めて上を向く。
佐倉は煙草を窓で揉み消し、懐にしまった。それから、窓の外に煙を吐き、やっと此方を向く。

「間違ってるのは君だけじゃない。アイツもだよ。
 ……幼馴染を殺されました。だから、“友人”でも悪魔なら憎い、なんて、笑わせる。それはあの坊っちゃんの都合だ。知るか、そんなもん。
 アホさ加減は隠してた君と、五分五分だろう。……なのに、どっちかだけが泣いたり、殴られたりするのは“友達”としてどうかと思うね。」

かん、と杖の音が鳴る。今度は凱歌の如く、高らかに。マーチの如く、高らかに。
しゅっ、と風を切る音と共に、杖の先が桜井の鼻先に向けられた。


「──さて、問おう。君は、今も、春日縁と“友達”かな。」


もし、そうなら。するべきことは自明だ。

40桜井直斗 ◆o/zdiZN8A2:2016/02/09(火) 21:35:36 ID:if7ZXLvA0
>>39
「佐倉...先生」

いつの間にかそこに居た先生の姿に思わず顔を上げる
差し出されたハンカチで涙を拭いて再び佐倉を見た
男が人前で泣くわけにはいかないのだろう
それでも、未だに赤くなってる目元は隠せないが

「先生は...悪くないです。謝る必要もない
遅かれ早かれ、こうなる事は分かってました」

初めて会ったあの日から、俺は嘘をついてきた
春日縁に何も伝えずに────。
先生の言葉は胸に刺さる

そう...ここで逃げることもできる
全てを忘れてこの闘争の外で暮らすことになれる
でも、それはできない──────心で誰かが口にした

そして、俺と春日をこのままで終わらせてはいけない

何故なら──────。

「俺、は」

その言葉を口にする

「俺は、彼奴の...春日縁のダチです。」

桜井は立ち上がってその言葉を口にした
たとえ嘘をついても彼奴と共に過ごした時間は本物だ
失うわけにはいかない。ここで終わらせてはいけないものだ
こんな形で終わらせてはいけないものだ

「ありがとうございます先生。 俺、ちょっと行ってきます!」

もう迷いはない
桜井は手を握り締めて、春日のいるバーベキュー場所へ向かう
さっき口にできなかった彼奴への思いを拳に込めて
桜井直斗は笑顔で駆けて行った────。

41 ◆CELnfXWNTc:2016/02/09(火) 22:31:08 ID:RTLx7IyI0
肉や野菜を焼きながら、ノラ・クラークは思い詰めたように考え込んでいた。

まさか、咲羽先輩と桜井先輩が悪魔だったなんて。そして、桜井先輩と春日先輩があんなことになるなんて。
でも、当然なんだろう。悪魔というのは、それほどにまで忌み嫌われている人類の敵。私も嫌いだ。それこそ、この身体に流れている汚れた血を何度憎んだかわからない。
そう……私は、人でも悪魔でもない混ざりもの。そんな私は、こんな時どうしたら良いんだろう……

「はぁ……」

一人思い悩むノラ、その手元からは焦げ臭い煙が立ち込める。考え込むあまり、肉や野菜が目に入らなかったのだ。

「ちょっ!ノラちゃん!焦げてる焦げてる!」

「わわっ!?」

それを指摘したのは、マヤであった。慌てて肉を皿に移し、一安心。そんな様子を見て、マヤはおもむろにノラの身体を擽り始めた。

「こちょこちょこちょ!」

「ひゃっ!?マヤ先輩!?な、なにを……あははっ……そ、そこはダメですっ……あはっ!あはははっ!」
「も、もう!いきなり、何するんですか!?」

「だってノラちゃん、暗ーい顔してたんだもん!ノラちゃんは笑ってた方が可愛いよ。」

マヤは、思い悩むノラを励まそうと擽ったようだ。だが、ノラはこんな状況で笑うなんて出来ないと続ける。

「でも……こんな状況で笑うなんて……」

「あの二人のこと考えてたんでしょ?だったら大丈夫だよ。」
「あたしもさ、たまにマユと喧嘩しちゃうんだ。昨日だってほら、争奪戦の最中煽りあってたりしたじゃん。でも、今はこんなに仲良し!」

「マヤ姉……暑苦しい……」

そう言って、側に居たマユに抱き付くマヤ。マユは若干、鬱陶しく思いつつも、拒絶はしなかった。やはり、仲の良い姉妹なのだろう。

「紡いできた絆ってのは、そう簡単に無くならないんだよ。それは、あの二人も同じ。だから、きっと分かり合えるって!」

「マヤ先輩……ありがとうございます。」

そうだ、私は悪魔が嫌いだ。だけど、桜井先輩や咲羽先輩が嫌いな訳じゃない。それはきっと、春日先輩も同じ筈だ。
だから、マヤ先輩の言うように、二人は分かり合える筈だ。マザーが私を、ハーフ悪魔としてじゃなく、ノラという個人として理解し、受け入れてくれたように。きっと春日先輩も悪魔という種じゃなく、桜井先輩という個人として理解し、受け入れてくれる筈だ。それほどの絆を、二人は紡いできたのだから。

そうと分かれば、今ここに居る三人で、二人が仲直りしやすい環境を作るべきだ。そう思い、再びバーベキューの準備に戻った。

42桜井直斗 ◆o/zdiZN8A2:2016/02/09(火) 23:20:25 ID:if7ZXLvA0
>>41
「....ほら、噂をしたら」

と、マヤは後者の方を指差すとそこには桜井の姿がある
走ってきたのか息が上がっているようだ
桜井は歩みを止めずに、こちらへと向かってくる

「────────」
「か、春日先輩!?」

その姿を見ると先程まで夕食にも手を付けず、上の空だった春日も立ち上がった
周囲に先程の出来事がフラッシュバックするだろう
もう一度喧嘩になればどうなるかは目に見える

「ふ、2人とも止め──────」
「いや止めなくていいよ。大宮さん」

大宮の言葉を止めるように佐倉が静止した
彼もまた、2人がどうなるか見定めている
少なくとも今2人はまだ言いたいことも言い合ってない
賭けだ。ここでどう転ぶかで今後の戦局も左右される
だから、どうか──────。

「何の用だ。桜井」
「────先に言っとく、嘘ついてた事は詫びる
騙し続けておいてダチみたいにしてたことも謝る」

2人の距離は互いに胸ぐらを掴めるほど近い

「だがな、俺にだって目指す理想がある...だから──────。」

そう、この拳に込める
これが俺がお前に伝えるメッセージ

「話も聞かずに、殴ってんじゃ──────っねええええええええええええッッッ!!!!」

ゴウッと鈍い音を響かせながら桜井の拳が春日の顔を殴り抜けた

それを見た人はどう思っただろうか
思わず固まっただろう。地面に転がった春日の姿でやっと状況が飲み込めた

「ゴフッ....桜井..テメェ....」
「これで借りィ返したぞ。1対1だ─────ちょっとケンカしようぜ。春日」

そう桜井が不敵に笑って挑発して
春日も飛びかかるように桜井に殴りかかった

「ちょ、ちょっと!! 先生! あれでいいんですか!?」
「まぁ見てるといいよ。 君たち女性陣は知らないと思うけどさ──────」

佐倉は杖でそのケンカしてる2人を指す
その先では2人が殴って蹴っての大乱闘だ

「結構バカなんだよ。男ってのは」

そう笑ってタバコに火をつけた

43桜井直斗 ◆o/zdiZN8A2:2016/02/10(水) 00:10:11 ID:if7ZXLvA0
>>42
「何がッ悪魔は全員殺すだァ!? そんなん...できるわけねぇだろうが!!!」
「うるせぇ!! テメェには分からねェ癖に...知った口聞いてんじゃねぇぞ!!」

桜井の拳は春日の顔面を捉えれば、春日の蹴りは桜井の脇腹を抉るように決める
打撃音だけでなく、肉を裂くような音さえも聞こえる気がする

互いに鼻血や打撲で済むとは思えないほど殴り合っていた
それはあまりに痛々しく残酷なもので──────。
だが同時に、2人が伝えたい言葉のようだった
ずっと胸にしまって伝えれなかった、感情の嵐

「大体...じゃあテメェが目的はなんだッ!! ...言いやがれッ!! この馬鹿が!!!」
「じゃあ言ってやるよ!! 耳かっぽじって聞きやがれクソがァ!!
俺はァ!! 悪魔も人間もォ!! 戦わねェように...したいだけだァ!!!」
「やってることが...真逆じゃねぇかあああ!!」

相手の顔を握り潰すかの如く喰らいつき
自分の手が悲鳴をあげようとも殴る
相手に自分の言葉を言い聞かせるために

「テメェのやり方じゃあ...終わらねェんだよ!!! 憎み憎まれて...殺されるだけだァ!!!」
「だから...全員殺すんだろうがァ!!!」

これが、2人の違いだ
悪魔とか人間とかの違い以前の道筋の違い
共に目指す最終的な結末は同じなのに、そこに至る過程が違う

「お前こそッ!!所詮理想論だ!!所詮、人を殺しか能がない悪魔が...人と暮らせる訳ねぇだろ!!!」
「それこそテメェの思い違いだ馬鹿野郎!!! テメェの物差しで他人測ってんじゃねええええ!!」

互いに胸ぐら掴んで睨み合う
その目は本気の目だ。互いの譲り合えない信念のぶつかり合い
目の前の相手を屈服させるために殴り合う
俺が/俺が、正しいと揺るぎない信念は鋼の様

「全部が全部クソみてぇな悪魔な訳ねぇだろうが!!!
平和愛してる奴まで殺すのかテメェはァ!!!」
「俺は俺達守るだけで精一杯なんだよ!!! 何もかも守れる訳ねぇだろうが!! ガキかテメェは!!!」
「やってみなくちゃわかんねぇだろうがあああああああ!!!」

そうだ。俺たちの相違点をぶつけ合う
そうして俺たちは互いに互いを理解していく

「だからァ...ぶっ飛ばす相手がいる...」
「あぁそうだ。...ぜってぇ会わなきゃいけねー奴がいる」

2人は左手で胸ぐらを掴み合った
右手を構え、睨み合う
そう、そのために戦う。俺は────────。

「だから俺は復讐の為に──────。」
「だから俺は平和の為に──────。」


「「 ルシファをぶっ飛ばす!!! 」」

そう叫んで最後の一撃が、互いの顔面に叩きつけられた
それが決め手だろうか、2人ともそれで手を離して仰向けで地面に倒れた


こうして、バカ2人のケンカは幕を閉じる
──────互いに薄くなる意識の中で、何故か2人は笑っていたような気がした

44桜井直斗 ◆o/zdiZN8A2:2016/02/12(金) 18:11:25 ID:if7ZXLvA0
「痛っ! 痛い痛い! もっと丁寧にやってくれよ!」
「我慢我慢。 逃げないの」
「歯とか折れてないか...? 骨とかも」
「うーん、2人とも大丈夫みたいだねー」

殴り合いを終えて、ぶっ倒れた2人をなんとか保健室まで運んだ
傷口の消毒など、お互い治療が必要な殴り合いだったようでこうして受けている
打撲による内出血や、傷口は多々あるが処置をきちんとすれば大丈夫みたいだ

「全くバカ2人は...で、2人はもういいの? 殴り合った結果の結論は出た?」

処置を受ける2人の前で腕を組んで頭を抱える大宮がそう問いかけた
悪魔を憎む人間と共に生きようとする悪魔
対極に位置する2人は────────。

「ああ!」
「当面は、な。まぁこいつの考えが聞けてよかった」

そう、2人は満足げに笑った
譲れない思いだが、それでも────。

45フリューゲルス、セリエ、黄泉の前、ヴェルゾリッチ ◆yd4GcNX4hQ:2016/02/13(土) 21:12:45 ID:EQaCMdl60
>>37

「あれ見た?まったく、ほんと馬鹿ねぇ」

下の殴り合いを眺めながら咲羽は笑う。矢張身もそれを見てやれやれと言ったような顔をする。
咲羽はやはりどう見ても人間だ、とても悪魔には見えない。いや、今までの悪魔も人間に擬態していたときは見分けはつかなかったか。
ならば何が違うのか────


そうだ、雰囲気だ。咲羽からは今までの悪魔から感じた強い欲の感情を感じない。
しかしどこか歪んだものは感じる。そもそも何故彼女は人間を襲わず、しかも味方をするようなことをしているのか。それが気になった。

「…咲羽先輩は、なんでこんなことをしてるんですか?
あぁいえ、別に咲羽先輩を疑っているわけじゃないんです、ただ気になって……」

そう言うと咲羽は一瞬呆気に取られた顔をするが、その後に目を細め薄い笑みを浮かべると咲羽は口を開いた。

「私はただやりたいことをやってるだけよ、私は自由が好きだから。
今はここに居る方が楽しいから、ここに居るだけ」

そういうと彼女はこちらへと身を寄せてくる。悪魔だとは分かっていても、やはり意識してしまう。
身体は平均以上の発育、悪魔に発育と言っていいのかは微妙なところだがそれが普通よりも大きいことは確かだ。それがこんな近くまで寄ってこられては嫌でも意識してしまう。

「なぁに?さっきからジロジロ見て……あ、ふふっ、そうよね。矢張身くんも男の子だもんね」

「あ、い、いやそんなつもりじゃ…!!」

咲羽はこちらをからかうように笑いかけてくる。どこか子供扱いされているようであまりいい気分では無い。
そういう様子を含めれば、彼女は世間でいう小悪魔系と呼ばれるものに分類されるのだろうか。本物の悪魔に小悪魔系と言うのはどうかと思うが。

「冗談よ、冗談。
じゃあそろそろあの馬鹿二人をからかいに行きましょうか」

いつの間にか二人とも食べ終わっていて、咲羽は屋上の入口へと歩いていく。それに続いて矢張身も後を追うように付いていく。
しかし入口の前まで来たところで咲羽は振り返る。

「一つ…警告してあげるわ。
桜井くんは別にしても、私は純粋な悪魔、決して心を許さない方が身のためよ……」

唇に指を当て、妖艶な声でそう囁いた。吐息がかかるほどの距離、一瞬彼女に翼があるように見えたのは気のせいだろうか。
それを言い終えると咲羽はまるで何も無かったかのように扉を開ける。
咲羽から感じた、人間からは決して感じない人外の魅力。なるほどこれは確かに、彼女は正真正銘"悪魔"のようだ。

46三日目 夜 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/15(月) 23:11:16 ID:FZqbjWPA0

三日目。

日の暮れ始める頃になって、生徒達は教室に集められた。予定されていた“テスト”を始めるのだという。
テスト、とは伝えられているが、何をするのかは全く伝えられていなかった。

「ねーねー、さっきトッキーに聞いてたけど、何か言ってた?」
「……いいえ。“大したことはしない”って言ってたけど──。」

篠崎姉妹の片割れ、マヤが大宮優子に問う。
そもそも、佐倉の出した“課題”と“テスト”が別なのかどうかすら、よく分からない。──横目で春日縁をちらり、と見て、大宮は思う。
少なくとも、現時点では“課題”の方は不合格なのだろうか。だとすれば多分、その原因は自分と彼の件だろう。
自分達以外の関係性は、佐倉の暴露した“秘密”を前にして尚、“背中を預けられる”程度のものではある、と思う。

「……先生、遅いな。」
「準備もあるんだろう。──今、この学園に居る教員は佐倉先生だけだからな。」

春日と同じく、傷だらけの桜井直斗。彼は、その痛みと引き換えに、春日との一定の信頼を取り戻した。
……恐らく、それは“一定”だ。幾年も積み重ねた憎しみが、一度の殴り合いで氷解する訳でもない。
桜井を襲わないのは、“例外”と位置づけるからだろう。それでも、本当の“友達”になる第一歩を踏み出したのは間違いない。
現に、あの後は普通に話している。春日は心の底に警戒は残しても、“背中を合わせる”ことについて納得はしているのだ。

「矢張身君。……テスト、自信ありますか?」
「……どうだろう。APOHの筆記試験とかやらされたら、自信ない。
 一応、昨日の佐倉先生の授業はノート取っておいたから、昨日寝る前に見直したけど──。」
「うん、私も。」
「でもさ、そこまで心配しなくても大丈夫だよ。
 佐倉先生、たまにテスト問題作ってるみたいだけど、そこまで難しくないし。」
「……。国語、得意なんですね。」
「……あ、いや、そんなつもりで言ったわけじゃ──。」

他の者にとっても、桜井を受け入れることは容易だったのかも知れない。──ハーフであるノラ・クラークが既に、受け入れられているのだから。
詳しいことは分からないままだが、“心は人間”という点では、桜井も、言ってしまえばハーフのような物だろう。
ノラはこの数日で、随分周りと打ち解けている。同学年の矢張身とは特に話しやすいようで、自分から話しかけていた。
矢張身もそれに、きちんと応える。──これもまた、“友達”になる努力か。或いはもう、友達と言って過言ではあるまい。

「……──♪♪」
「……それ、何の唄?」
「知らないわ。──でも、いい唄でしょう?」
「うん。」

──そして、咲羽翼音。彼女に関しては、空恐ろしいほどに“何も変わっていない”。
今も、窓際の席で外を見ながら、鼻唄など唄っている。どうも、自分のことを“暴露”されるのは想定内だったらしい。
マユが話しているのは性格上、さもありなん。だが、矢張身やノラ、春日等の、悪魔に決して良い感情を抱かぬ者とも、何もなかったように話している。
各人、心中に思うところはあるのだろう。だが、佐倉が彼女を放置していることもあって、少なくとも“敵”とは思っていないようだ。
それとも、未だ彼女が“悪魔”という実感が湧かないのか。大宮自身も、彼女をソリの合わない“人間”として見てしまうことが多々ある。

「……はぁ。」

自分は色々と、悩みすぎなのだろうか。一日目は、この合宿で殺し合いが始まってしまうのでは、とまで思い悩んだが、杞憂に終わりそうだ。
皆、問題を前にしても、それと何とか折り合いをつけて、上手くやっている。できていないのは、自分だけなのかも知れない。
だが、こんな数日で片付けられるほど、根の浅い問題ではないのだ。──あのヘラヘラした教師に、また、怒りが湧いてきた。




47三日目 夜 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/15(月) 23:12:03 ID:FZqbjWPA0

その時、“異変”は起こった。

「おい、何だよ、アレ──空が、“割れてる”。」

桜井の声に全員が窓の外を見る。沈みゆく夕焼けに照らされた空。その一部に、罅が入っていた。
まるで、学園を包み込む不可視のドームが存在し、そこに穴が空いたようなあり得ない光景。
──何かを察したのか、篠崎姉妹にノラ、大宮と春日、それに矢張身が窓へと駆け寄る。

「……“結界”──。」

矢張身が譫言の様に呟く。確か、佐倉は“人払いの結界”を学園にかけている、と言っていた。
結界が“割れて見える”のは、それが破られたことに他ならない、と、退魔師は常識的に知っている。
まさか、本当に破られたのか。──全員はほぼ同時に、その結論に達した。何が起こっているのか。
思い当たるフシは、一つしかない。“悪魔の襲撃”だ。結界の主たる佐倉は、一体どこに──。

「──っ。ほら、あそこ!」

マヤが指差したのは、遠く離れた別棟の校舎の屋上。
そこには、この学園に居るはずのない“ナニカ”が居た。


 夜闇を凝縮し、封じ込めたかのような漆黒の鎧。白の乱髪兜の下、面頬で貌が覆い隠されている。
 鎧を纏った人のような外見だが、頭頂に屹立する双角が、人ならざるモノであることを如実に表していた。
 右手に提げた日本刀からは、この距離からも“霊気”が感じられる。一分の慈しみもなく、ただ、尖った霊気。
 光すら押し避けて、視界が歪む。“それ”が結界を破ったのだ、ということに疑いはなかった。
 

大きさは人とほぼ変わらない。遠くでもそう分かったのは、“比較対象”が近くに居たからだ。
佐倉が、その“鎧武者”の足元に倒れている。──最早夕陽は隠れており、傷のほどは見えないが、間違いない。
“鎧武者”は足元の彼を蹴り飛ばすと、“こちら”を向く。射竦められるように、全員の身体が凍りついた。
佐倉を討った“悪魔”は、今度は此方を狙うのだ。対手は、左手を彼らに向ける。その手に“光”──

「伏せろッ!!」

叫びとと共に、春日が窓の外へ結界を展開した。
咄嗟に全員が伏せ、ほぼ同時に、窓の外を皓光が包む。

“遠距離砲撃”だ。

結界一枚では、すぐに破られる。二枚、三枚、と同時展開。それでも尚、次々に罅が入ってゆく。
春日は片端から符を取り出すが、光は更に強く、視界が白く包まれ、全員は思わず瞳を閉じた。
──轟音が支配する中、瞳の裏が明滅する。照明が落ちたのだろう。それから暫くして、音は止んだ。




48三日目 夜 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/15(月) 23:12:56 ID:FZqbjWPA0

そう。照明が落ちた、と、分かったのだ。瞳を開ければ、既に白光は去っていた。
暗い室内に差し込む、中庭に置かれた照明の光が、お互いの顔を照らす。だが、その光も不自然に屈折していた。
見れば窓には一面、罅が入っていた。もう使い物にならないだろう──だが、それだけで済んだとも言える。
動悸が収まらない。数秒して、辛うじてマユと、桜井が口を開いた。

「……止ん、だ──?」
「何、だったんだよ。……今の。」

死ぬかと思った、という軽口すら、出てこない。今のが本当の“戦場”。その、一部だったのか。
何が起こったのか分からない内に、生命が掻き消えようとしていた。強烈な吐き気が、“人間達”を襲ってくる。

「……か、春日先輩!?」
「…………ッ。……叫ぶな……矢張身。生きてると、勘付か、れる。」

矢張身の叫びに釣られて、全員の視線が春日に向く。窓際に背を預け、崩れ落ちるように座り込んでいた。
周囲には破れた符が無数に散乱している。これだけの符を一度に使うことは、心身に重大な負担を与える。
肌のあちらこちらに裂傷。だらり、と鼻血が垂れる。それでも、頭だけはまだ回っている。

「……いいか、お前達は逃げろ。……“あれ”は、じき、この教室に来る。
 俺が、時間を稼ぐ。……結界符なら、まだ、幾らかある。この教室を……中心に。結界を張れば、奴を閉じ込め──」

「自殺願望もいい加減にする事ね、“春日くん”。」

言葉を遮ったのは、咲羽だった。その瞳に冷めた色が浮かんでいることと、わざと“苗字”で彼を呼んだことは、無関係ではない。
先ほどから、彼女だけは冷静だった。──そのことが、彼女自身にも“自覚”を思い出させた。
相手が何であれ、恐れることはない。何故なら、自分と彼らは、“違う存在”だから。

「……“咲羽”。」
「咲羽じゃないわ。翼音でもない。」


 「 私は“悪魔”。 私は、“フリューゲルス”。 」


“フリューゲルス”は、高らかに謳う。窓際に立つと、屈折した光がスポットライトのように、彼女を照らした。
彼女の拳が窓を叩く。罅の入っていた窓は一面が、粉々に割れた。“悪魔”の拳は、これしきで傷つきはしない。
耳が尖り、八重歯が鋭くなる。翼が生え、身体を羽毛が包む。服は破れ──“魔鳥”の姿が顕現した。


「夜の空は私のもの。だから私は、好きに飛ぶわ。もし、邪魔するモノがあれば、私は容赦しない。
 たとえ貴方達でも、それは変わらないわ。だって、それは飛べる私だけの特権なんですもの。
 “ごっこ遊び”もここまで。私は私で、好きに飛ぶわ。

 ──今日は、北に飛びたいの気分なの。」


フリューゲルスは羽ばたく。教室の窓から、夜闇の中へと。
空を見上げれば、渡り鳥の群れが見えた。──もし叶うなら、彼らが無事、南へ辿り着ければいいと思う。
私は元から、明るい空を飛べない鳥なのだから。せめて、地上を浚うくらいができること。彼らが雲に隠れれば、行方すら追えない。
だけど、それでもいいと、今は思える。何故なのかは、どうでもいい。

──“魔鳥”は夜の空を、真っ直ぐに。“鎧武者”の姿を捉えんと、自由に飛ぶのだ。




49三日目 夜 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/15(月) 23:14:05 ID:FZqbjWPA0

──再び、教室を沈黙が支配する。
誰もが分かっていた。“自殺願望”は、春日だけではない。

だが、逆に言えば、今の段階で覚悟を決められたのも、彼らだけだということだ。
右足に障碍を持っているとはいえ、佐倉が遅れを取るほどの相手。そして、加えられた容赦の無い攻撃。
訓練や伝聞では感じることのない“圧倒的な相手への恐怖”に、持っていた筈の覚悟が崩れ落ちようとする。

「……私、行きます。」

その沈黙を打ち破ったのは、意外な人物──ノラだった。全員の瞳が、驚きに開かれる。
彼女は立ち上がり、教室の扉に手をかける。その肩を、桜井の手が掴んだ。

「……止めないでください。咲羽さんも、春日さんも、佐倉先生も──皆さんを、死なせません。
 皆さんは、私を──“ハーフ”の私を、認めてくれた。友達に、なってくれた。
 だから、今度は私が、助けるんですっ!! 私が、助けに行くんです!!」
「違うって。」
「えっ──。」

ノラが振り返ると、桜井も、篠崎姉妹も、大宮も、春日も、笑んでいた。
笑うような状況ではないのは、分かっている。──だが、笑えば、勇気が湧き出てくる。

「あー、もうノラちゃんは成長したのかしてないのか分かんないなぁ!
 私達をお友達って言ってくれるようになったのは、ぐっすんおよよだけど!心の育ての親的な!?」
「……絡んでただけじゃない?」
「マユうるさーい!」

篠崎姉妹は、“メモリーの命令”でここに居る筈だった。本来なら、ここは離脱するべきだ。それが、“メモリーのため”。
だが、何故かここは、こんな言葉が出た。彼らとともに戦う、という行動を取るのが、“メモリーにとって”正しいのか、確証は持てない。
だが、それは“少なくとも正しい”気がした。姉妹は扉を開けて、廊下へと出て行く。

「マヤさんの言ってることは、相変わらずよく分かんないけど……僕達も、君の“友達”だ、って事じゃないかな。」
「皆さん──。」

矢張身の言葉に、ノラも、釣られて笑みが出る。そうだ、ここにいる全員が力を合わせれば、きっと何とかなる。
ぺこり、と礼をして、ノラも廊下に駈け出した。その背を見送って、春日がゆっくりと、腰を上げ始める。

「……よし。なら俺も打って出──」
「お前は大宮とここに居ろよ。」
「なっ──!」「何──ッ!」

ほぼ同時に春日と大宮が血相を変える。ふざけるな、戦えるぞ、というのが半分。自分達二人をわざわざ残すのか、というのが半分。
桜井もその反応は理解できるが、一応、彼なりに考えてのことだ。こんな時でも意地を張るのか、と、少し呆れもする。
遣り取りを見ていた矢張身が、横から補足した。

「春日先輩、流石にその身体で動くのは無茶ですよ。
 ……それに、あの“鎧武者”がまず向かうのは、先輩がさっき仰ったように、この教室です。
 もし、僕達の網にアイツがかからなかったら、ここが“最前線”ですよ。」
「……む。」
「だ、だとしても、私まで残る必要は──。」
「春日一人で置いてたら、敵にぶち当たった時に死んじまう。
 どっちにしろ、一人は残るべきだろ。でも、俺は狼化をまだ完全に制御できねぇから、いざとなってもコイツ守れねぇし──」
「僕は、そういうのは苦手なので。……あ、性格の話じゃないですよ。」

大宮は、ぐうの音も出ない。確かに“九曜護符”の中には、守りに適したものも多い。
この中では自分が一番の適任だろう。──反論を押し潰される間に、桜井と矢張身は教室を出て行った。
春日も諦めて腰を下ろす。実際、立ち上がるだけでも重労働だったのか、息が上がっていた。
……大宮も観念して、彼の隣に、腰を下ろすのだった。




50三日目 夜 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/15(月) 23:15:05 ID:FZqbjWPA0

夜桜学園、第二グラウンド。
先ほど、“鎧武者”の居た校舎と、教室とのちょうど中間点で、フリューゲルスは敵を見つけた。
空中から羽を射出するが、鎧武者の身体には、僅かに傷がつくのみ。鉄をも穿つ技も、決定的な1打とはならない。

「随分、丈夫なのね。──なら、“これ”はどうかしら。」

彼女の身体から冷気が立つ。空気中の水分が凝縮し、結合。“鎧武者”の頭上に、大氷塊が現れた。
破れぬなら、押し潰すのみ。押し潰した上で更に凍らせれば、それで終わりだ。氷塊が、落下を始める。

「……!!」

だが、“鎧武者”は無言の気合とともに、フリューゲルスが展開した氷を切り裂く。
“妖刀”は刀身が届かぬ筈の規模を両断した。どさり、と大きく二つに割れた氷が、グラウンドを滑り、フェンスに激突する。
内心、舌を巻く。単純な力で両断できるものではない。妖刀の力と、遣い手の技量が合わさっている。
このような悪魔は聞いたことがないが、名のある武将の亡霊だろう。だが、それでも尚、彼女には“余裕”があった。

 《地獄から響く死の魔声》“アビス・ザ・ララバイ”。

聞かせた上で、もう一度、氷塊をぶつけてやればいい。感覚に頼る達人は、感覚を狂わせれば素人と変わりない。
そして、氷塊を避けたということは、押しつぶしは効果がある、ということだ。

「相手が、悪かったわね。」

《蒼銀の鴉》の本領を、かの者に見せてやろう。





「──居た!第二グラウンド!」

教室棟の屋上。篠崎姉妹の放った式神は、対峙するフリューゲルスと“鎧武者”の姿を捉えた。
彼女達は、偵察用の式神を引き払うと、“次”の式神を用意する。

現れたのは、“巨大な紙人形”。式神に使用する形代を、そのまま巨大化させたものだ。
特別な能力を付与したわけではないが、ただ一つ、利点がある。──人を背中に乗せて飛べること。
その背に、桜井、矢張身、ノラが乗り込む。マヤも続こうとしたが、マユが押しとどめる。

「ちょ、ちょちょ!何で止めるのさ、マユ!」
「……私達は、ここで操作に集中したほうがいいと思う。」
「私も、そっちの方がいいと思います。」
「ノラちゃんまで!何さ、私が信頼出来ないってこと!」
「あー、もう。……お前らのことを信頼するから、こっちはこんなよく分かんないモノに乗れんだよ。」
「桜井先輩の言う通りです。ここで、サポートお願いします。篠崎先輩。」
「……よく分かんないものじゃなくて、“式神”。」

それで漸く、ぎゃーぎゃーと騒いでいたマヤは、乗り込むことを断念した。
確かに、操作型の式神は当人の集中力に動きが比例する。本人も動きながら、というのは、相当の手練でなければ難しい。
姉妹を屋上に留めたまま、式神は屋上から滑り出すように飛び出す。

「──よし、行くぞお前ら!!」
「「はい!!」」

式神は真っ直ぐに、第二グラウンドへと飛んでゆく──。




51三日目 夜 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/15(月) 23:16:13 ID:FZqbjWPA0

衝撃が、校舎を揺らす。
遠くで何か重いものが落ちたかのような振動。──大宮は立ち上がり、窓の外を見た。
方角としては第二グラウンドか。彼らの友人として、そして、“護符矢の巫女”として、今すぐにでも走り出したい衝動に駆られる。

「……行けよ、大宮。」

と。──押し黙っていた春日が、急に口を開いた。
意味が分からない。先程の話を聞いていなかったのか。大宮は再び、彼の隣に座り込む。

「私が行ったら、あなたが死ぬわよ。」
「分かっている。……俺が死んだ方が、お前にとっては都合がい──。」

言い終わらぬ内に、大宮の平手が春日の頬を捉える。
怒りで顔が紅潮する。手についた彼の血が、冷たく感じられた。──対照的に、春日は苦笑を浮かべて顔を下げた。

「……いい加減にして。貴方が自殺する片棒を担ぐのは御免よ。」
「そうだな。これ以上、お前に迷惑をかけるのも悪い。」

それから、また、沈黙。



 春日縁と初めて会ったのは、十年ほど前。父母が死んで間もない頃の“四家”の会合だったと思う。
 会合と言っても、子供は参加しない。大人に、その辺りで遊んでおいで、と言われて、放り出された。
 父母はもう居ない。初めて来る場所。──心細く、屋敷の裏手でべそをかいていた。

 そんなとき、裏手から入ってきた“あの子”が、目ざとく自分を見つけて、手を引かれたのを覚えている。
 半ば無理矢理に連れて行かれ、そこに、春日が居たのだ。何をして遊んだのかは、よく覚えていない。
 僅かな時間だったが、楽しかった気がする。それから、春日とも、“あの子”とも会っていない。

 ただ、風の噂で。──“許嫁である春日の嗣子は、幼馴染を悪魔に殺されて変わってしまった”。と、そう聞いていた。



次に沈黙を破ったのは、大宮の方だった。

「まさか、死んだら“あの子”の所に行ける、とでも思ってるの?」

この前と同じようにまた怒り出すか、と思ったが、春日は暫く黙りこんだままだった。
同じく、大宮も黙りこむ。今度は無視する気なのだろうか、と思い始めた所で、彼が口を開いた。

「そうじゃない。……だけど、俺は多分、“俺が憎い”んだと思う。
 今でも“あの子”の最期の声が、耳に残ってる。……俺の名前を呼んでたんだよ。
 俺は、彼女を助けることが出来なかった。それもこれも、俺に力がなかったからだ。」
「……悪いのは、悪魔でしょう。」

大宮からすれば、そう思う。幾ら四家の跡継ぎとはいえ、子供が悪魔に対抗することなど出来まい。
悔みこそすれ──病的に、自分の無力を憎み、悪魔を憎むことなどない。
そのようなことを告げると、春日は疲れきったような笑みと共に、こう言った。


 「悪魔だったんだよ、“あの子”。」





52三日目 夜 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/15(月) 23:16:59 ID:FZqbjWPA0



 ある日、縁は“あの子”と蔵に忍び込んだことがある。
 蔵の中には幾多の古道具がある。その中に、布をかけた姿見があった。
 おかしなことに、その姿見には、“あの子”の姿だけが映らなかった。

 いつも、“あの子”と会うのを助けてくれる使用人が居た。
 彼女が帰った後、彼に、そのことを尋ねてみた。女の子だけ映らない姿見なんて、おかしいなあ、と、そう思っていた。
 だが、その姿見が除外するのは、“女”ではなく──“悪魔”。使用人は、そのことを知っていた。
 
 春日の嗣子が悪魔と親しくしていた、など、あってはならないことだ。
 戦前の衰退を再び招くような真似は、如何に小さな芽でも摘まねばなるまい。
 ──その使用人は、そう考えた。主家に対する忠誠心故のことだ。

 その晩、厠に立った時、話し声が聞こえた。

 ≪── “かの悪魔に殺された子は、幾人も” /“縁は、気づいているのか” / ── ≫

 その時は分からなかったが、彼は“縁が凶悪な悪魔に魅入られている”とでも、嘘をついたのだろう。
 父はそれを信じ、即座に討伐隊を派遣した。──その晩、屋敷の裏山で、篝火が煌々と照っていたのを覚えている。
 そして、山を追われ、縁の部屋まで逃げて来た“あの子”が、

 「助けて、縁。」

 そう、叫んで、父に斬られたことも、よく覚えている。

 父を憎んではいない。使用人も。退魔師として、当然のことだ。──寧ろ、憎いのは、助けられなかった自分。
 そして“悪魔”。悪魔さえ居なければ、“あの子”が死ぬこともなかった。
 矛盾しているのは分かっている。だが、自分は、そう考えるしかなかった。
 悪魔は須らく邪悪であり、“あの子”のような例外など、他には居ない。

 ──その筈だったのだ。今までは。



いつの間にか、息もせず彼の話に耳を傾けていた。──歪んでいる。だが、前よりは、彼の気持ちも理解できる気がする。
結局彼も、“春日”という家に生まれたばかりに、悲劇に見舞われた。“朱御門”という家に縛られている自分と同じだ。
“四家に決められた許嫁”ではなく、“春日縁”として、初めて彼を捉えられたような、そんな気がする。

「桜井くんと……それから、気には食わないけど、咲羽翼音も。
 ……“例外”って、考えることはできない?」
「……即断はできない。……だけど、良い奴らだ。」
「うん。──そう考えられるなら、貴方は、頑張ってるんだと思う。」
「……そうか。」

お互いに、笑顔を浮かべる。こうやって話すことなど、それこそ10年ぶりだろうか。

「……でも、何で私に話したの?」
「お前の話も、この前聞かせて貰ったからな。これであいこだ。」
「は?」
「……覚えてないのか?」
「何の話!?」
「いや、覚えていないのならいい。……お前も大変だな、と思っただけだ。頑張ってるよ、お前も。」
「だから何が──っ!?ちょ、ちょっと!!」

──春日が頭をぽんぽん、と叩き、次いで、何故か肩に手を回してくる。大宮は、声にならない悲鳴をあげた。
最近、男子と話すことが多くなってきたとはいえ、こういうことには慣れていない。
と言うか、春日はこんな事をするキャラだっただろうか。もっと、こう、硬派だった気が──

「息も整ってきた。──助けてくれ、大宮。」
「……へ?」




53三日目 夜 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/15(月) 23:17:35 ID:FZqbjWPA0


「……!!」

──予想外だった。先ほど放った、《地獄から響く死の魔声》が全く効いていない。
どんな生物にも、“聴覚”はある筈だ。だが、唄が効かないということは、それが無いのだろうか。
“鎧武者”の放つ光線をすんでの所で躱す。このままでは、防戦一方だ。だが、羽が効かない以上、打つ手はない。

「(こいつ……段々、私の動きに“慣れて”)──ッ!」

遂に、光線がフリューゲルスの翼を捉える。貫通した穴は傷とも言えない些細な物だが、灼けるように痛い。
何の“細工”があるのか理解できない内に、風を捕まえられなくなる。フリューゲルスの身体は仰向けに、地上に叩きつけられた。
再び力を込めようとするが、翼は動かない。翼にとって致命傷ではないにしろ、今すぐ羽ばたくことは、不可能だった。
地上に在って、そして、自らの能力も効かない相手に勝てるだろうか。相手は相当強力だ。無理だろう。
ざく、ざく、と、“鎧武者”が地を踏み、こちらに歩み寄る音が聞こえる。──空に向いた瞳が、星を捉えた。“鳩座”だ。

「(……私、どうしてこんな所で、戦ってるのかしら。)」

ふと、そう思った。彼らは人間で、私は悪魔。そう、線引きをしたのなら、自分は“悪魔”として逃げてしまえば良かったのだ。
何故、わざわざ“悪魔”を相手に戦っているのだろう。全く自由じゃない。──いや、分かりきった話か。

彼らは無事、南へ飛び去っただろうか。長らく続いた生も、こんな気分で終えるのなら、決して悪いものではなかった。
瞳を閉じる。悪魔の身で神など信じる訳ではないが、もし、生まれ変わるのなら──




 「 「 「 “咲羽”!!」 先輩っ!!! 」 」



── あの子達の、“本当の友達”になるのも、悪くないと思ったのだ。





上空からの声に、“鎧武者”の動きが止まる。否、正確には、“地に落ちた影”に。

「行くぞ──“白夜”。」

まず紙人形から飛び降りたのは、矢張身。その手に持った《日本刀"白夜"》が、闇を切り裂くように煌めく。
飛び降りながら、重力を加味した上段の一撃。“鎧武者”は妖刀でそれを受けるが、流石に一歩、後退する。
その隙を逃す矢張身ではない。──《超剣士(アルトラ)》の能力を発揮した彼は、最早、“鎧武者”にも引けをとらないのだ。

「そこッ!!」

見た目通り、一撃は重くとも動きは鈍重。剣が下がり、無防備となった兜に“白夜”を叩き込む。
──人間相手なら、気絶した手応え。だが、相手は人ならざるモノ。一定のダメージは入っても、この程度で倒せはしない。
刃を兜で受けた“鎧武者”が、右足で矢張身の肚に蹴りを入れると、彼は“咲羽”の傍まで吹き飛んだ。

「………… 本、当に。私が、どうして、戦ってたと、思うのよ。」
「げほっ。……くそっ、タフだな、アイツ。……え? ……知りませんよ、そんな事。
 ただ……そうだな、先輩、昨日言ってたじゃないですか。“自由が好き”って。僕達は、自分達の好きな方に飛んで来ただけです。」

咳き込みながら矢張身が笑むと、傍にノラも着地。二人で両翼を支えて、咲羽を助け起こす。

「そうですよ。矢張身くんの言う通り、私達は、好きでここに来たんですから。
 ……さぁ、後は私たちに任せて下さい。先輩は、この上で休んで──ちょっとその姿だと、この子が辛いかも知れないので。はい、どうぞ。」

まるでマネージャーの様にタオルを差し出すノラを見て、妙におかしくなった。
人化すれば着る服がないだろう、と、彼女なりに心配して持ってきたのだろう。本当に、気の利くいい子だ。
半ば無理矢理紙人形に載せられると、咲羽はタオルを巻いて、人化する。
紙人形は上昇を始めた。既に桜井は居ない。あの二人より先に、降りたのか。

──人の姿で飛ぶのは、不思議な気分だった。




54三日目 夜 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/15(月) 23:18:38 ID:FZqbjWPA0

飛び上がった紙人形を見届けて、桜井はグラウンドの傍の茂みから身体を出した。
作戦としては、こうだ。矢張身が何とかして“鎧武者”を怯ませた隙に、ノラが咲羽を救出。
矢張身が丁度いい方向に飛ばされたこともあって、ここまではスムーズ。そして、次の一手は──“桜井の奇襲”。
ちょうど、ここから襲えば後方を取れる。後輩達と挟み撃ちだ。

「(──“あの鎧武者だけを倒す”──
  ──“あの鎧武者だけを倒す”──
   ──“あの鎧武者だけを倒す”──ッ!!)」

念じ続ける。少し複雑な“命令”だが、成し遂げるしか無い。
変身した上で何もしないことはできた。なら、“何かだけする”事もできる筈だ。いや。しなければならない。
友を守るため。そして、悪魔と人間の争いをなくすため。こんな所で斃れる訳にはいかない。

「(……頼むぜ、“俺”ッ!!)」

──桜井の意識は、一旦、その手を離れた。



剣戟の音が夜空の下、鳴り響く。

「──はっ!!」
「──っ!!」

咲羽を退避させた後、即座に矢張身と、身体を“硬化”させたノラは“鎧武者”に斬りかかった。
距離を取れば、先程の光線を撃たせてしまう。紙人形に対する射撃を許してはならない。
矢張身は元より、ノラの剣術も中々のものだ。──だが、その二人を相手にして、“鎧武者”は互角に切り結んでいる。
彼らの太刀筋に“慣れる”のが異常に速い。身体能力よりも、“感覚”で競り負けている。だが──

「“ウオオオオオオオ────ォォオォオォォォ”!!!!」
「──!?」

高らかな鳴き声と共に、“鎧武者”へ襲いかかる“狼男”。桜井だ。
虚を突かれた“鎧武者”をその豪腕で薙ぎ払う。さしもの“鎧武者”も吹き飛び、フェンスに激突。
“狼男”は眼前のノラと矢張身を一顧だにせず、追撃。フェンスに身を預ける相手に、無数の殴打を浴びせ始める。

「……す、凄い。これなら──」 「“グオォォォ────ッ”!!!!?」

矢張身が呟いた瞬間、異変が起こった。──“狼男”が苦しみの声を上げ始めたのだ。
じゅう、と、肉が灼けるような音がする。“狼男”が怯んだ様子を見せた隙に、左拳がその身体を捉えた。
信じられないことに、“狼男”の巨体が浮き、吹き飛ぶ。信じられない膂力だ。
地を滑るようにノラ達の傍まで到達した巨体は、溶けるようにして消え始め、元の桜井に戻ってしまった。

「げほ、っ。……クソっ。」
「さ、桜井先輩、大丈夫ですか!!」
「──そん、な。」

桜井の殴打によって、既に“鎧武者”の頭は吹き飛び、装甲もあちこち凹んでいた。それでも、立っている。
恐らく、桜井に近接で光線を食らわせたのだろう。だが、頭を飛ばされた上でそんなこと、悪魔ですらできたものではない。
痛覚がないのか。──どうすれば、このバケモノを倒すことができるのか。
絶望に染まる三名に向けて、“鎧武者”の左手が向けられる。

──死の閃光。先程のそれが、脳裏にフラッシュバックした。




55三日目 夜 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/16(火) 00:19:20 ID:FZqbjWPA0



「「 “臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前”──!!!! 」」

だが。二名の退魔師が、決してそれを現実にはさせない。
フェンスの向こう側に現れた大宮優子と、春日縁。彼らは揃って“四家”式の九字を切り、霊気をその身に集める。
大宮は護符を取り出し、破魔矢で穿つ。春日は“逆説符”を、“結界符”と共に、右拳へ貼り付ける。

「 大宮 “朱御門” っ!! 」    「 “春日式” !!」

   “日符の破魔矢”。 そして、“逆結界の拳”。

“四家”に連なる彼女達にとって、斜線を塞ぐ鉄のフェンスなど、物の数に入らない。
叫ぶのは、自分達を縛る“家”の名。だがそれは同時に、友人たちを守る力ともなる。
思えば、彼女は、そして、彼は。その名を初めて、崇高な“誇り”と共に、唄い上げたのかもしれない。
 
拳と破魔矢が振るわれると、周囲は再度、“閃光”に包まれる。だが、それは恐れるものではない。
爆音と共に、“鎧武者”の姿は掻き消える。光が晴れれば、そこでは──きっと。“彼ら”は、皆で分かち合った勝利を喜び合うのだろう。






そう、合宿の前とは違った“彼ら”の姿が、そこにはあるのだ。
それは、ここで書き記される事ではない。彼らが得たのは、きっと、そこまで浅薄な物ではない。
書き手は運命。切り開くのは彼ら自身。ただ、そう。彼らに向けて一つ、餞の言葉を与えるとすれば、だ。
それはきっと、彼ら自身が分かりきったことの、繰り返しでしかないのだろうが──










     “Date et dabitur vobis.”( 友に与えれば、友からは帰ってくるものだ )










◆ ──“夜桜学園強化合宿” 終幕

56後日談 ◆ovLCTgzg4s:2016/02/16(火) 01:44:46 ID:FZqbjWPA0

数日後、海馬市役所地下研究所。
セリエ=A=サラスフィールの城とでも言うべきここは、APOHの者であってもそうそう入りはしない。
何を触って何が起こるか分からないからだ。──例外は小黒博士だろうが、彼はセリエと研究思想を異にしている。

「……あー、疲れた。セリエさん、お茶とかないんですか、お茶。」
「お客様気分は、前の分の借金を払ってからにしろ。──次は10分30秒から45秒の再現だ。」
「暫くはビーム撃ってるだけですって。抜かせば──」
「それが重要なんだ。それとも、今からでも“今回”の金を払うか?」

そんな所に招かれたのは、佐倉斎。セリエの要請で一日休みを取ったのだが、時刻は既に昼に差し掛かっている。
そして、彼らの前で動いているのは──


「──。」


“鎧武者”。 正しくは、型番“BSW-29-b”の強化外骨格を纏った、“佐倉の式神”。
等身大の関節人形に操作型の符を張って、その上から強化外骨格を装備することで、“佐倉の意のままに動く鎧武者”となる。

早い話が、“鎧武者”を操作していたのは佐倉だった、ということだ。勿論、彼らには内緒にしている。これ以上嫌われたくない。
だが、実際、合宿を開く前から彼らをこれで“試す”ことは決めていた。──強化外骨格の製作は、セリエが引き受けてくれたので助かった。
ついでに、“妖刀に見える細工をした超合金の刀”までオマケにつけてくれた。“櫻殺”を左手に装備してくれ、という頼みも快諾。
セリエさんも丸くなったなぁ、と思っていれば、オチはこの、地獄のデータ採集なのだが。

「……まぁいい。少し休憩だ。動きが悪くなっても困る。」
「あ、じゃあ昼飯に──」
「そんな時間はない。どうせコンビニ飯だろう。体に悪いから食うな。」

凄い。優しいフリして此方のことは全く考えていない。しかもそれを隠そうともしない。
佐倉は息をつき、近くの椅子に身を預ける。それを横目で見ながら、セリエはモニターに眼を落とした。
彼の“感覚”を使って、それも退魔師を相手にテストできるのは、非常に貴重な機会だ。現に、実地データも、再現データも非常に良い。
だが──彼の身体が十全だった時代のデータと見比べると、見劣りする。

「……佐倉。貴様、手を抜いたな。」
「いや。式符の伝達でコンマ7秒、強化外骨格の反応が遅れるんですよ。
 ……ほら、“実地”の15分辺りとか、桜井への反応が遅れてるでしょ。」
「それを差し引いても、ここは比較値がおかしい。避けようと思えば避けられた筈だ。」
「……敵わないな。でも、その辺も分かってて、セリエさんも協力してくれたんでしょ。」

佐倉の目的は、彼らの実力を試すだけではなかった。──“死の寸前まで彼らを追い詰める”ことだ。
彼らに足りないのは、ヴァイオレットも言っていた通り“経験”。それも、“死地”での。
そこで逃げるような腰抜けなら、要らない。逃げずに戦うならよし。“課題”を達成し、協力して戦うなら更に良し。
こんな“無理やりな手法”が裏テーマだったと知れば、他の者は猛反対だったろう。セリエを除いては。

結果、彼らは想像以上の成果を上げてくれた訳だが──。もちろん、その過程で殺すわけにはいかない。
所々、手を抜いたことは認める。だが、最終的に式神を破壊するにまで至ったのは、確実に彼らの力だ。
強化外骨格の破壊までは見越していたが、形代ごと破壊されるとは思っていなかった。等身大関節人形、高かったのに。

「……? いや、私は貴様が本気で奴らを潰すものだと思って、協力したのだが。」
「えっ。」
「まぁ、どちらでもいい。なら最初からデータの採り直しだ。実地データとの比較はいらん。本気で動かしてみろ。」
「えっ。えっ。」
「私にも予定がある。休んでいる暇はない。明日の朝6時までに終わらせるぞ。」
「えっ。えっ。えっ。」

煙草ぐらい吸う時間をくれ、と。──悲痛な叫びが地下への階段に響いた。



◆ 後日談 “Cave quid dicis, quando, et cui.”(何を、いつ、そして誰にいうかに注意せよ)──了


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