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ここだけ悪魔が侵食する都市・ロールスレ 1月17日〜

1管理人:2016/01/17(日) 17:56:02 ID:???0
ここだけ悪魔が侵食する都市のロールスレッドです。
自作のキャラクター一人を描写する「通常ロール」と
操作フリーのキャラクターを描写できる「物語ロール」があります。

置き主体になる場合は、再会時間を明記して置いてください。
その他ルールはwikiを参照にしてください。

191メモリー  ◆3wYYqYON3.:2016/02/21(日) 23:21:10 ID:tVFZhA6M0
>>186

“いらっしゃいませ”

カウンター越しに立つ福居へ向かい、渾身の笑顔を投げかける。
放って置くにしても、記憶を改竄し洗脳するにしても、まずはその記憶を読まなければ話にならない。
うっかり本性をさらし、逃げられるわけにはいかない。その計算からの、笑顔だ。
アルバイトとして身分を偽るうえで、業務に関しては一通り頭に入れている。スタッフの振る舞いとしては、完璧……と、メモリーは自負している。

“どちらも、Mサイズでよろしいでしょうか?では、少々お待ちください”

注文を終えた福居へ向け軽く頭を下げ、注文されたメニューを用意するべく、カウンターを離れる。

“(……ふむ、成程)”

しかし、その目は手元のカップではなく、福居の記憶へと注がれている。
ニューシネマ海馬のロビーは、シネコンの例にもれず、外部から日光を積極的に取り入れていくような作りではない。
真の姿ではないため本調子とはいかずとも、無警戒な少女の記憶を読むことなど、造作もない。
それはまた、操作もしかり。
今、福居の運命は、完全にメモリーの手の中にある……!

“お待たせしました”

厚紙で仕切られた紙バケツへ詰められた塩とキャラメルのポップコーンと、オレンジジュースの入ったカップをトレイに並べたころ、メモリーは福居の持つ全ての記憶を読み終えた。
彼女が今から見るであろう映画のタイトルは分かっている。後を追い、真の姿をもってすれば、福居は「生まれ変わる」こととなるだろう。
メモリーの下した決断は______

“ありがとうございました”

追わない。
頭を下げ、スクリーンの方へ向かう福居をただ、見送るだけ。
それは即ち、「記憶を操作しなかった」ということを意味する……

それには、いくつかの理由がある。
一つは、夜桜学園については篠崎姉妹、APOHについては職員と、スパイ行為をさせる人員についてはもう間に合っていたことがある。
福居をスパイに仕立て上げて追加で得られるであろう情報と、露見した際のリスクを天秤にかけた際、前者をとるものは少ないだろう。
しかし、スパイにせずとも、その他にもいくつか操り人形の活用法はある。先ほどスクリーンから出てきた、処女たちがその典型だ。
彼女たちは巧妙な記憶操作を施され、日常生活を送らせながらも、キーワード一つで自らその魂を捧げるように仕立て上げられているのだ。
言わば、「悪魔相手の交渉カード」兼、「人間相手の人質」兼、「非常食」とでも呼ぶべき存在だ。
では、なぜ福居がそうならなかったのか?
その答えが、もう一つの理由となる。例えば、魂を捧げさせることを考えたらどうか。
この社会で他者の介入なしで最も怪しまれないように魂を捧げさせるには、必然的に自殺という形を取ることとなる。しかし、福居は周囲の環境に恵まれ、また本人の性格も自殺を思い立つような人柄ではない。
そんな人間が、突然自殺をしたらどうなるか?
周囲の人間は怪しみ、自殺の経緯を調べるだろう。遺書を書かせ取り繕うという手もある……が、福居の場合周囲にはAPOHの人間が山ほどいる。
彼ないしは彼女らに調べられ、ニューシネマ海馬にたどり着く可能性は0ではない。そうなれば、弔い合戦と言わんばかりに徒党を組んでメモリーをつぶしにかかる、というシナリオもあり得る。
友情というものは、時に予想もつかない局面を導き出すことは、先日の一件で痛いほど理解している。
また、操り人形の状態を維持させるためには定期的な記憶操作が必要であり、ニューシネマ海馬へ頻繁へ足を運ばせるその時点で怪しまれてしまうということも考えられた。

長々と書いたが、結論として、「平凡な少女であったために」、福居沙里亜は魔の手から知らず知らずのうちに逃れたのであった。

192福居沙里亜 ◆UBnbrNVoXQ:2016/02/22(月) 01:05:40 ID:R3rU1bJo0
>>191

自身の記憶を読み取られていたとも知らず、福居はカウンターで注文したものが来るのを待っていた。
ただ、胸元のお守りがまた揺れたような気がして、服の上から押さえる。
動いてないのにおかしいなと、小さく首を傾けるが、それきりだ。
――彼女の危機に自動で作動する結界が、危害を加えるというには細やかすぎる接触に発動し損ねたのである。

トレイにポップコーンとオレンジジュースを持ってきた店員の動きは、そつなく完璧なものだ。
福居が無警戒であることを差し引いても、このアルバイトが身分を偽った悪魔だと見抜くのは難しいだろう。
渡されたものを受け取り、ありがとうございます、とアルバイト……メモリーだが……に礼を述べてスクリーンの方へ向かう。

知らず魔の手を逃れた福居が席に着いたとき、鞄の中でスマホが震えた。
来ていた連絡は二つ。

一つ目は、仕事が一段落したらしい父親からの、変わりはないか、最近そちらは物騒なようだが大丈夫か、という文面。
男親が娘に過保護になるのは友人たちの間でもよくあることで、福居も、大丈夫だよ心配しないで、とお決まりの言葉を返す。
分からないでもないのだ。自分も、弟に何かあれば我が身を投げ出すだろうほどに、家族は大事だから。
……彼女が自殺など有り得ない性格を形成し得たのは、メモリーの推測通り、周囲の恵まれた環境にある。
逆に言えば、そのうちのひとつでも欠けていれば、いくらでも自殺の理由をこじつけられる娘となっていたかもしれない。
その「ひとつ欠ければいくらでも落ちるが、現状欠けが全くない」ことを短時間で見抜いたのは、メモリーの洞察力があってこそだろう。

二つ目は、懇意にしてくれているチェスの指南教室の講師たるプロのチェス棋士からの提案。
同じく、最近物騒だから、と前置いて、同じ学園の男子生徒や教師も教室に来ているから日時を合わせて来たらどうか、というものだ。
最後にはご丁寧に、格式ばった手紙のごとく、差出人の名前が添えられている。

――神村春英、と。

お気遣いありがとうございます、ではそうさせて貰います、と返した少女も、彼女を見逃した悪魔も、気付かない。
この日が平和であったがゆえに、後の海馬市同時多発襲撃の対象箇所に、ニューシネマ海馬が外れたことを。
スクリーンの画面が切り替わる。照明が落ちる。
決して現実に侵食してこない優しい虚構の世界が、2時間後には必ず終わることを約束して、始まりを告げる。

//勝手ながら、次のイベントと少しばかりリンクさせてみました。これで〆でしょうか?

193 ◆xZ2R3SX0QQ:2016/02/23(火) 00:21:15 ID:/hFq9EzI0
>>188

「待ちなさい――――っ!!」

まだ聞きたいことは幾つもある。
然し、日々菜の声がべオルクススに届くことはない。
虚空に響く自身の苦い声が静かに木霊した。

「っ!」

日々菜は強く歯を噛み締め、突き刺す視線でベオルクススの器を見据える。
複雑そうな桜井の表情が目に入り、日々菜はやり場のない、不思議な怒りを覚えていた。
その怒りが何に対するものなのかは不明だが、言い知れぬ不快感と共に確実に日々菜の胸の中で、その感情は広がっていた。

「桜井……アンタは―――――――」

桜井の今の心情など理解できない。
だからか、日々菜は何を話せば良いか、何を問いかければ良いか、それすらも分からなかった。
自分と彼は似ている――――そう思っていた、そう確信していた頃の考えが恥ずかしく感じる。
類は相似していようが実際は全くの別物。
抱え込んだ理想も半悪魔という立場も、全てが同じであり、全てが異種だった。
――――――――何も言えない。
ただ、黙りこくるしか日々菜には出来なかった。
励ましの言葉も蔑みの言葉も普段の言葉も、それら全部を含めた台詞を日々菜は吐き出すことができない。
喉に詰まる空気しか口から出せなかった。

「――――!」

沈黙が時間を埋めてから僅かして、複数を足音と微妙な話し声が耳に入った。
おそらく、先程黒獣こと桜井を取り逃がしたという連絡を受けて、捜査を始めたAPOHの職員達だろう。
日々菜はいち早くそれに気が付くと、一度物音のする方向へと顔を向ける。

「APOHの……私の同僚達かしら。こんな時に限って、鼻が効くから面倒臭いわ。
 アンタは先に帰りなさい。追ってには私が適当に嘘言っとくから……」

正直、桜井をこのまま返すのは嫌だった。
今の心理状態では何をするか分かったものではない。
それに中身のことを考慮すれば、尚更野放しには出来なかった。
せめて、数日間は自分の目が届く範囲で保護したい。
然し、話が話だ――――APOHに事情を説明したところで殺されるかモルモットにされるかの二択だ。
日々菜は苦渋の選択で桜井を逃がすことを決意すると、彼を守るために足を進めた。

「―――――――アンタ、少し自分勝手なんじゃない?
 昔は知らないけど、その命……今はアンタだけのものじゃないのよ」

公園の出口に差し掛かった時、日々菜は不意にそんな言葉を口にしていた。
無意識的に出た台詞は、いつか自分が我が身を我が身と思わず、戦地に行っていた、まだ未熟者だった頃に上司から――――黄金の英雄の一人から言われたものだった。
何故、それを桜井へ言ったのかは分からない。
然し、日々菜は桜井直斗という人間が、自分の命を自分のものとしか認知していないのではないかと―――そんなふうに思えた。

「中身は立派でも、アンタは……桜井はまだまだ未熟者ね」

いつかの面影を感じながら、日々菜は桜井を公園に置いていくとAPOH職員達の元へと走り去っていった。

/こんな感じで〆ですかねーっ。
ありがとうございました!

194四羽音久 ◆UBnbrNVoXQ:2016/02/23(火) 00:50:14 ID:R3rU1bJo0
欧州。名もなき古城。
退魔師の左手から現れた血の霧が、盾となり悪魔の障壁となる。
突破を厭って唸り、右側へと回り込んだ悪魔が――

「この程度の壁突破する気概も実力もなしに、悪霊気取ってんじゃねぇ」

――彼の右手で生まれた剣に貫かれる。
断末魔。その後の静寂を乱すのは、退魔師の息遣いのみ。
鉄臭の立ち込める中、自身の血と悪魔の体液で汚れた腕を拭い、その場に座り込んで無線を取り出した。

「ヒトナナマルマル、任務完了しました」
『お疲れ様、オト。相変わらずの手腕ね、貴方の若さが羨ましいわ』
「何を仰いますやら。貴女のお声もお姿も、今が一番お美しいでしょう、我等が女王」

口説き落とすかのような声で囁いた後、一切の甘さを削いで続ける。

「それで、報酬の首尾は?」
『私の烏は頭も腕も良い分、警戒心も高いのね。古巣で存分に羽を伸ばして来なさい』

上司から告げられた【休暇】に、彼……四羽音久は口端を吊り上げ了承の意を告げた。

* * *

欧州で中級悪魔が屠られたと一部の者は知る、翌日の夕方。
海馬市の市役所にて、女性職員を呼び止める男の姿があった。

「すみません、第三総務課はどちらでしょう? こんななりですが、防衛省から研修に参りまして」

金髪赤目というおおよそ公職には向きそうにない容貌を、お仕着せの笑みに僅かばかり艶を含んで相殺する。
珍しく折り目正しく着ているスーツ姿も功を奏したのだろう、快く目的地への道順を告げた相手に会釈を返す。
角を曲がり、人影の殆どない廊下を進む。

――足音が、掻き消える。

殊更に警戒を増したわけではない。むしろ、先程までが「無警戒を装った状態」であり、これが彼の常だ。
視線を滑らせ気配を手繰る。おもむろに取り出したイヤフォンを耳にかけ、「声」と共に進んでいく。
殉職した「独立戦闘部隊の三羽烏」の、残り「二羽」の声だ。
もっとも、他の仲間や当時を知る者が見れば、今の彼はむしろその「二羽」のほうに見えるだろう。
「三羽烏の四羽音久」は、色素は薄いが日本人によくある容姿で、女顔と言われても仕方ない顔つきをしていたはずなのだから。

第三総務課へと至る数歩前でイヤフォンを外し、鞄へと丁寧に仕舞い込む。
代わるようにスマートフォンを操作しつつ、口と手で別の言葉を紡ぐ。

「ただいま。そして、はじめまして。Abnormal phenomena observed Headquarters」
《Tages Arbeit Abends Gaeste》

口にしたのは、内部の者は略称で呼び習わして久しい、機関の正式名称。
手にしたのは、来客を迎えるべきだという古語にして、かつての組織で自分が気取って使っていた遊撃隊到着の隠語。
――眼前の組織にいる仲間に使ったことはさほどないが、連絡先が変わっていなければ届きはするだろう。

そして彼は、同僚となる者たちへの挨拶へと、敢えて足音を立てて踏み出す。
今はまだ、多少軽薄な若者のふりをして。
夜目にも目立つ亡霊烏が、古巣へと舞い戻った――。



//ソロールですが、APOH関係者の方で絡んでくださる方がいれば、置きでもどうぞ。

195桜井直斗 ◆o/zdiZN8A2:2016/02/23(火) 02:36:22 ID:if7ZXLvA0
>>193
「────俺、は」

これ以上、人も悪魔も傷付かない世界を作る
その為に戦って戦って戦い続けなければいけない
そして、最後は俺は俺自身を止める為に────。

そう。これが正しい
正しいことなんだ。皆を救う為に俺をという最後の障害を排除する事が

動悸と息切れがする
自分に言い聞かせる「正しい」という言葉に埋もれていく

「俺の命が──────か...」

俺の命は、俺だけのものじゃない
そんな事は昔から分かっている──────。

役に立たねば殴られ、使えなければ捨てられるあの幼少期に全て経験している
だから、俺は俺以外が幸せになれるように生きてきた筈だ
皆が笑えるようにこの役を演じて、この悪魔の力を得た時にその役割を理解した
自分の命をどう使うかも──────。

──────だから、この命は。

そう思った。そう思おうとしたけど
日々奈の言いたい事も──────分かる

「じゃあ────どうすりゃいいんだよ...俺は」

そう呟いて、彼も去っていく
闇夜に消え去る彼の瞳浮かんだのは
一筋の涙だったかもしれない──────。

/ありがとうございましたー!

196草薙・フランケ・秀逸 操作フリー  ◆sF/KB3MJeA:2016/02/23(火) 10:10:36 ID:fZ6SeY/I0
「何もない地方都市だねェ……。その何もなさが、ある意味、ちょうどいい……ね」

 黒塗りの高級車から降り、運転手に行くように指示すると、
 ポマードで髪をきっちりとなでつけた初老の男性は、唇をゆがませながら「海馬市・市役所」を訪れる。
 市役所の役人たちが、一列になって男を迎えて入れるが、男はさも当たり前のように手をあげると、
 ずかずかと「第三会議室」に入っていく。
 ――役所の人間も、うっすらとこの「第三会議室」が、ただの役場ではないことが感づいているが、
 小役人のサガなのか、「触らぬ神に祟りなし」とばかり、無関係を装っている。
 男はそんな役人たちの性質を心得ているのか、圧倒的な威圧感で彼らの歓待を制している。

 会議室の中に入ると――
 前任の風祭の私物は綺麗に片づけられており、その支部長の席に当然のように座る。
 
「……風祭一太郎。あれほどたやすく死ぬとは、それだけが想定外だったねぇ……」

 風祭がなぜ単独で悪魔の探索に出ていたのか。
 それはこの男の手引きでもあったのだ。
 悪魔頻発の報告と、その「居城」の可能性と、強力な結界の存在を彼に示唆したのはこの男である。
 風祭の「悪魔の存在を筋肉で感知する」という性質を利用し、単独で潜入させるよう仕向けたのち――
 街の中で巨大な悪魔事件を起こして悪魔の存在をこの街の人々に知らしめようと陰謀を立てたのである。
 しかしながら、風祭は命と引き換えに悪魔の攻撃を受け止め、死亡した……

「想定外というのは、常に想定されてしかるべき、といったところか。
 ククク……私がここに来るのは、早すぎたのか、それとも、しかるべき時だった、ともいえるか……」

 一人で笑っている、草薙・フランケ・秀逸。
 彼はある野心を持って、この街の第三会議室にやってきたのだった。
 風祭を、謀殺して――。

>>194

「ただいま。そして、はじめまして。Abnormal phenomena observed Headquarters」

 突如足音が出現したかと思えば、平素は口にすることのない組織の正式名称が告げられる。

「……どうぞ」

 草薙は所長机に座りながら短く、簡素に返事を返す。

「誰かと思えば……『亡霊鳥』。いまだ死んでなかったとはな。
 しかし、君がここに赴任を希望するとは意外だな。
 ヨーロッパ方面の悪魔事変は今だ未解決であろう?
 日本にバカンス気分でこの街に来られても、迷惑なんだがな……」

 草薙は歪んだ唇のまま、皮肉めいた言葉で彼を歓待する。

「新任の草薙だ。君の評判は聞いている。
 君の仲間は名誉の死を遂げたそうだが、君一人がなぜ生き残っているのか……
 APOHの中でも不審に思っている者も多いと聞くよ。
 クックック……」

 挑発するような言葉を投げかける草薙。
 草薙はある程度、目の前の青年については知っていた。だが、あくまで表面的な情報。
 軽薄な若者を装っているその姿から、わずかに感情が崩れる、その隙間を見て、
 彼の本質を観察しようと、煽る言葉を投げつけたのだが……はたしてその反応はどうなるか。

197メモリー他  ◆3wYYqYON3.:2016/02/23(火) 22:38:42 ID:tVFZhA6M0
>>192

“お待ちのお客様、どうぞ”

スクリーンへと消えた福居の姿をちらりと見た後、後ろに並んでいた客の接客に移る。
メモリーにとって、福居は「ただの客」であり、思考における優先順位は二の次だ。
彼女が後に、この街を揺るがす大事件に巻き込まれることは、知る由もないのだから。



“マユ……どういうことか、説明してもらいましょうか”

列を捌いてからしばらく経ったのちの、ニューシネマ海馬の一室。
肘かけ付きの座椅子に座るメモリーの傍らに、篠崎姉妹は立たされている。

『……巻き込みたく……なかった……。福居先輩は……この件に関係ない……。それに……』

『……私の、大切な、先輩だから』

その言葉に、メモリーのマユがピクリと上がる。
篠崎姉妹の支配は、完璧であると自負していた。しかし、先ほどのマユの言葉は、僅かとはいえそれが崩されたことを示す。
親愛の情、友情、愛。
それらが、メモリーの計算を狂わせたのだ______

“……解せません”
「メモリー……?」

呟きと共に、ふらりと座椅子から立ち、真の姿へとその身を変える。

“……不確定要素は、少しでも減らさないといけません”

____そして、姉妹の記憶へと不可視の手を伸ばす。
「不確定要素」たる、友情を消し去るために……!

「っ!ううっ……!」
『メモリー……!やめて……お願い……ぁああぁっ』
“無駄なことを”

姉妹は、合宿でできた友や、福居の記憶を必死にとどめようと、頭を抱え悶える。
しかし、二人は既に深層意識まで、メモリーの魔の手の侵入を許している。当然、抵抗は長くは続かず____

「ぁぁっ……」
『……せん……ぱい……』

ほどなくして、二人の視界は横倒しになり、意識は闇へと包まれた。
その二人の頬には、一筋の涙が流れていた……



「ん……んっ……?」
“目が覚めましたか”
「あっ……メモリー……おはよー。あれ?何でここに?マユは?」
“大丈夫ですよ、向こうで寝ています。二人そろって貧血を起こすなんて、思いもしませんでした”
「……んー?そうだった……っけ……?」
“そんな事より、一つ貴女に聞きたいことがあるのですが”
「なあに、メモリー?」
“「福居沙里亜」さんを知っていますか?”

「……?ふくい、さりあ?誰それ?」

“知らないなら、構いません。それでいいのですよ……それで”

キョトンとした顔のマヤを見て、満足げな表情をメモリーは浮かべる。
友情などという下らないものを、操り人形から消し去り、より忠実な人形へ姉妹は生まれ変わったのだから______

//長々とお付き合いいただきありがとうございました。楽しかったです

198四羽音久 ◆UBnbrNVoXQ:2016/02/23(火) 23:43:36 ID:R3rU1bJo0
>>196

簡素な返事を受けて所長机の前に立った四羽の心の内を、そのまま晒すとするならば。
――よりにもよって『世界蛇』かよ、APOH上層部のボンクラジジイども。
舌打ちとともにこう吐き捨てる青年の姿を思い浮かべて貰えれば概ね間違いではない。

草薙の性情や用いる手段が気に食わない、……というわけではない。
描く最終的なそれの内容はともかくとして、己の野心のために権力と能力を保持する人間は、むしろ高く評価する。
四羽自身が、そういう人間だからだ。「野心」の向かう先が草薙とは異なるというだけで。

風祭は、そうではなかった。
知る情報はほとんど風聞、という状況でも言い切れるほど、この場所の先代の長は自己保身とは無縁の男だった。

故人は、英雄となる。
人格者であれば尚更だ。彼を慕う者は自然、彼と違う者が上に立つことを厭い憂う。
後任が有能であっても……否、有能であればなまじ有力者が黙るだけに、下の不満不安は蓄積される。
――そして四羽ならば戦場での姿で全員黙らせれば良いと思う状況で、草薙が部下の心情を気に留めるはずがない。

そう考えつつも表面上はにこやかな顔に僅かな申し訳なさを混ぜて、自身の鞄から一通の封筒を取り出す。

「また随分と耳の痛いことを。
 自分の持ち場もろくに制圧しきれぬ部外者の若造が何をというのはごもっともですが……。
 生憎、徒党を組むことしか能のない連中が休暇中に足を引っ張ろうとする有様でして。
 日本に飛ばしてやるからほとぼりが冷めるまで古巣を手伝って来いと女王様……ああいや、上司のお達しなんです。
 どうぞ、寛大なお心でもってご了承ください」

嫉み僻みを受けているのは本当だ。
机の上を滑らせた手紙の差出人……彼の上司は、昔、草薙に破綻させられそうになり欧州へと逃げた女である。
良く言えば世界蛇から逃げ切った女傑であり、悪く言えば人一人の策謀に逃げるしかなかった負け犬だ。
それら全てを率直に口に出してしまうのは扱いやすい馬鹿の証拠だと、凡人なら彼の本質を見誤っただろう。

更に本質をと煽る言葉で踏み込んだ草薙の観察眼は、感嘆に値する。
事実、その言葉は、四羽の胸に刻まれた一番深い傷跡に、容易く触れた。

「――私が、彼等を謀殺した、と?」

笑顔が消え、冷え切った悼みの色が赤い瞳を湛える。それを悔恨と呼ぶなら、見出すのは容易だろう。
能力の都合上傷だらけの手が、四羽自身の耳朶へ触れるように伸ばされる。

――しかし、傷跡は、跡であって傷ではない。悼みはあれど、既にそこに痛みはない。
耳にかかる髪を鬱陶しげに払った四羽は、映し出してしまった悔恨の色を敢えて隠さず前面に押し出した。

「そう疑われても致し方ないでしょう。――当時の私は、命が惜しかった」

全滅することで犬死にとされるかもしれない自分と仲間の命の価値が、惜しかった。

故人は、英雄となる。
語り継ぐ者がいるならば、彼らは確かに英雄となれる。しかし、その評価の有無も内容も、生きて勝った者が決めるのだ。
自分が生き残ることで彼らが『正義』となるならば、血と泥に塗れても生存者となり勝者となる。
出来ることならば、今度は仲間も生かしたうえで。
それが、悔恨を映すことで包み隠した、四羽の「野心」だ。

「そんな臆病者に、同格の相手を謀殺する技量も度胸もあるはずがないでしょう? ……全てを揉み消す権力も」

自身に向ける形をとって、嘲笑を浮かべる。
目には目を、歯には歯を。眼前の相手の暗殺の能力と権力を認め賛美するからこそ、それを皮肉であげつらう。

「もっとも、私もあの時よりは研鑽を積んでおります。足手まといになる気はありません。
 こちらで更に精進する心積もりでおりますので、ご指導ご鞭撻のほど、どうぞお願いします」

そして一礼する姿は、軽薄さと不慣れな場での対応特有の堅さを混ぜ損なったような、『どこにでもいる若者』だった。

199草薙・フランケ・秀逸 操作フリー  ◆sF/KB3MJeA:2016/02/24(水) 04:50:50 ID:29ud7iCA0
>>198

「ああ、あの女ね……。
 威圧するような口調のわりに、ベッドの上は意外にも子猫のような嬌声をあげる……クク。
 君はずいぶんと気に入られているようだが……一度は添い寝くらいはしてやったのか? 
 あの女は、君のような童顔の男に弱いんだ。」

 封筒の封を切、中の書類を死んだような目で一読すると、
 さっとどうでもいい書類類が満載のファイルに投げ捨てるように放り込む。
 彼の元上司は、女傑に見えて繊細な勇気と悪魔に対する正義心の持ち主だった。
 ……罠にかけ、キャリアを破壊するにはあまりに容易なほどの。

「謀殺とは、大げさだねぇ、君。」

 笑顔が消えた顔を、蛇か下から睨むように見つめる草薙。

「命は惜しんで当然の事。卑下することはないさ、ククッ……。」

 腹芸ができぬ男だ。
 と、草薙は悔恨を隠しようもないその顔を見て、すっかり油断する。
 あのつまらぬ女が重用している能力者だ。
 おおかた、「裏表なく、純粋で、使命感と責任感に長けた、善人」だろう……。
 そう、分析する草薙であった。
 四羽の深い深い内面に噛みつくには、草薙自身の闇が深すぎたのかもしれない。

「結構結構。
 ……まずは前任の風祭が探索していた商店街地域、並びに……
 『腐乱死体の連続遺棄事件』はすでに聞いているか?
 警察からの報告もあるが、あれはほぼ間違いなく、悪魔の仕業。
 しかも、あるメッセージが込められていると推測される。」

 仕事そのものは有能なのか、すでに草薙には報告と悪魔遭遇事例がすべて頭に入っているようだ。
 後方にある海馬市の地図。
 夜桜学園を中心に印が書かれているのは、

 ……商店街、寺社仏閣、市役所、海馬岬――といった、夜陰を好む悪魔が出現しそうな候補を、この男なりにすでに割り出している。

「“櫻殺斎”がこちらに派遣されているな。
 奴はまあ、前線では役に立つまいが……現場指揮はまあまあ有能だろう。
 近いうち、必ずや大きな事件が起こる。
 その際、独立遊軍の君が奴の”手駒”の一つとなって、指示を仰ぐがいい。
 さっそく彼とコンタクトを取り、事件の前に機先を制するがいい。
 悪魔より、早く動き給え。”狡猾かつ、クレバー”にな」

 言外に、「貴様には”狡猾”は無理だろうが……」という皮肉をもたせつつ、
 草薙は彼に佐倉斎の指示を仰ぎつつ、積極的に行動するよう促した。

200四羽音久 ◆UBnbrNVoXQ:2016/02/25(木) 00:25:14 ID:R3rU1bJo0
>>199

「食事ならお付き合いしましたし、ご機嫌伺いを兼ねて口説いたことは一度や二度ではありませんが……
 それ以上は、愛人の座と一緒に後継の座をあげるとでも言われない限り、やりませんよ」

肩をすくめる。女慣れした演技は慣れたものだ。独立戦闘部隊を抜けてからやったことを思えば、あながち演技でもない。
もしも彼女が本当にそう言ったならば、四羽は敬愛を失望と憐憫に代えて、その望みを聞いてやるだろう。

下から睨み上げるような視線は、感じていた。
眼光から観察の色合いが薄れるのを見て取って、息をつきそうになる己を律する。

既にこの町での悪魔遭遇事例を全て把握しているかのような草薙の口ぶりに、真実感嘆を覚えて目が瞬く。
後方の地図を見やれば、もっとも警戒すべき場所として事前情報のあった学園を中心に目星が立てられていた。
迅速果断。そんな言葉が浮かぶ。この手腕だけならば申し分ない後任だろう。

「死体が海からあがったという事件のことでしたら、こちらへ来る道中、概要だけ」

確かその手の能力を持った悪魔がいたな、と、此処への挨拶が終わり次第手持ちの資料を漁ろうと思っていたためよく覚えていた。四羽の最悪の想像が当たっていれば、まず間違いなく大きな事件が起こる前触れだ。
同じように考えているらしい草薙に、上官としては尊敬出来る、と判断する。
そして続く言葉に、人としては絶対に尊敬などしない、と鞄を持つ手を強く握った。

“櫻殺斎”――佐倉斎は、四羽が救いたかった仲間の一人だ。
前線では役立たず、それは妥当な評価だろう。だが、それをわざわざあげつらう人間を、四羽は敬えない。

「佐倉の指揮能力は、同僚だった時期によく存じております。
 彼の“手駒”になれと命じて下さるのでしたら、喜んでなりましょう。
 それでは、失礼いたします」

指示を受け、最後に草薙に向けた笑顔は、実はそこまで愛想の要素が入っていなかった。
佐倉と共に戦えるのであれば、これ以上に働き甲斐のある職場はない。
草薙が呼び止めなければ、四羽はそのままその場を辞するだろう。

//そろそろ〆でしょうか? お相手いただきありがとうございました!

201稲葉竜也  ◆3wYYqYON3.:2016/02/25(木) 02:56:23 ID:tVFZhA6M0

出演:車上荒らしのテツ、ボズ、稲葉竜也

「ヒヒ……こォんないい車をこんなところに置いとくたあ、不用心なこった」

深夜。
人気もなく、街灯もまばらな路地裏に停められた一台の乗用車のそばに、車上荒らしのテツはいた。
乗用車は少し旧式で、盗難防止のアラームといったものもない。おまけに、換気のつもりだろうか、窓が少し開いている。
これなら、舎弟が戻ってくる前に仕事を終わらせられそうだ……と、格好の獲物を前にほくそ笑みながら、工具を取り出し作業へ移ろうとした、その時。

『おい……お前』
「……アァ?」

声のした方を向くと、そこには男の人影があった。
しかし、顔こそ男が光源である街灯を背にしている見えないものの、派手な服装であることが推測されるシルエットから、テツは男がチンピラか何かであると推測した。

「……どこの誰だか知んないけどサぁ……俺、お仕事中。邪魔すンな」

そう男に言い放ち、前を向き直し作業へと戻る。
テツの顔は、この街のチンピラには知られている。テツだと分かれば、襲い掛かってくるような真似はしないだろう。
それに、そんじょそこらのチンピラであれば負ける道理はない……
テツは、そう思っていた。

……男に背後から、頭を車のガラスへ叩き込まれるまでは。

「がアッ!てめえ、この野郎……!」

不意打ちと、顔面に飛び散るガラスの破片に悲鳴をあげながら、男から距離を取ろうとする……が、離れられない。
がっちりとテツの頭を掴んでいる腕は、いくらもがいても緩む気配すらない。
携行している獲物を取ろうにも、もう片方の腕で両手はがっちりと塞がれている。
そうしているうちに、再び頭は車のドアへ向かって強制的に加速され、再び叩きつけられる。
1発、2発、3発、4発。
間髪入れずに繰り返される執拗な攻撃にテツの前歯は折れ、顔面は血まみれといった酷い有様へ変わっていく……

「……ぁァッ……」

激痛が走る意識の中、ちらりと男の顔が見える。
そして、テツは戦慄する……

(……稲葉………竜也……!!)

確定しているだけで、数件の殺人事件の犯人であり、数年以上逃亡生活を続けているはずの指名手配犯。
男の顔は、要所に貼られている指名手配ポスターの鋭い目つきをしたそれと、全く同一であった。
それと出くわした自らが、これからどうなるか。
テツが不吉な想像をし始めた、その時。

202稲葉竜也  ◆3wYYqYON3.:2016/02/25(木) 02:57:28 ID:tVFZhA6M0

「おいてめえ!俺のアニキに何してくれてんだオラァ!」
「ボズ!いいところに来た、助けてくれ!」

テツの射程であるボズが、コンビニ袋を下げ、息を切らして現れたのだ。
恐らくは、テツの危機を千里眼により察知したのだろう。

「アニキを離せ、さもないと……」

コンビニ袋を放り投げ、ボズはその真の姿を晒す。
ゴム風船のような胴体に、三対の脚が生えたその姿は、人間の物ではない。
今の時間帯は深夜。いくら低級悪魔でも、ただの人間であれば圧倒できる。

「……おいお前、命が惜しかったら俺を早く……」

いくら殺人犯であろうと、全力のボズと自分の二人がかりであれば勝てる。
離さずとも両手がふさがっているのだから、竜也に勝つ見込みはない。
その確信から出た言葉と、ほぼ同時であった。

「は……!?」

竜也が、さも当然のように、緑色の光と共に「3本目の」腕を生やしたのは。

『……ハハハ……お前、悪魔だったのか』

ニヤリと笑う竜也の手に、緑色の0と1が一つの塊を作り出す。
それはたちまち、黒色の無骨な、直線的なデザインで構成された物体___短機関銃へと変貌し____

『本当にいい所に来たな、お前』

唖然とするボズへ、火を噴いた。
容赦のない銃弾のシャワーが、ボズの身体へととめり込んでゆく。
威圧的な巨大な体と打撃を吸収するための柔らかさが、弾丸の前に全て裏目に出た結果___ボズは、数十発もの弾丸を喰らい、地へ斃れた。

「ぁ……アニキ……」
「ボズー!おい、しっかりしろ!ボ……グワァアッ」

全身から血を流し、息も絶え絶えの状態で横たわるボズへの呼びかけは、顔面への一撃で強制終了させられる。

『あいつが悪魔だったってことは……お前は退魔師か?それともAPOHか?』
「……お……お前……何言ってんだ……」
『まあ、何でもいい……大して持ちそうにないが、少しの間だけでも俺を楽しませてくれよ』

この男は退魔師なのか?それとも悪魔なのか?
だとしたら、悪魔と退魔師やAPOHに関することをまるで理解していないように見えるのはなぜなのか?
そもそも、この男がなぜこの街にいるのか?
生命の危機にフル回転する脳味噌は、とめどなく疑問を垂れ流す。
テツにもまた、銃口が向けられる。
どうしたら生き延びられるか_____

「ま……待ってくれ!頼む、命だけは助けてくれ!」

____その疑問の答えが、口を突いて出た。

「あ、あんた、悪魔や、退魔師……APOHを探してるんじゃないのか?」
『そうだが……どうした』
「それなら、この街にいる奴らのことなら教えられる……俺は情報屋なんだ、この街のことは大体知ってる。大物殺人犯のあんたのことだ、俺たちみたいな小物相手にするより、もっと大物を狙ってるんだろ、そうだろ!?」
『……要するに、それを教える代わりに助けてくれ、と?』
「そうだ、この街にいる悪魔と退魔師のこと、俺の知ってる限り全部あんたに教える!それで許してくれ!」

テツは無我夢中で喋っていた。ここで竜也の機嫌を損ねれば、ボズも自分も惨たらしく殺されることは間違いない。
その恐怖が、テツの脳と舌を突き動かしていた。

『……いいぜ、早く書け』

その許しとともに、頭と腕を固めていた手は離された。
テツは急いで懐からメモ帳を取り出し、思いつく限りの退魔師や悪魔の名前と、その居所を書き留めていく。
竜也にナイフを向けたり、約束を反故にして逃げ出したり、嘘を書くような真似をする勇気は、もうテツには残されていなかった。

「ほら、これで全部だ……!約束の……!」

震える字で書き上げられたリストを竜也に渡し、顔面の痛みと満身創痍のボズの重みによろめきながら、テツは去っていった。
竜也に対する恐怖と、命が助かった安堵感を胸にしながら……



『ハハハ……これで俺の退屈も、暫くは紛らわせる』

退屈。
それが、数件の殺人を犯し、テツを襲い、ボズを蜂の巣にし、悪魔と退魔師を追う、ただ一つの理由であった。

『……精々長く、楽しませてくれよ』

猛獣は、海馬の地を彷徨う。

//ソロールです

203 ◆xZ2R3SX0QQ:2016/02/25(木) 09:07:06 ID:/hFq9EzI0
出演 始祖悪魔ルシファ、オセ・ザバブ、ブロンドバロン・ジェトルハウス、リリスバシレイア、キャンデロロロミィーナ

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 始祖悪魔ルシファが海馬市を侵略しようと、眷属を始めとする幾万の悪魔を人間界に派遣してから、僅かな時が経った。
 未だ海馬市が魔界へと生まれ変わることはなく、それどころか、目的の為の第一歩である生贄すらも満足に捧げられていない。
 上級悪魔を始めとする魔界でも名のある悪魔や、堕六芒星と呼ばれる幹部達が重い腰を上げ、海馬市へと向かったにも関わらず、ルシファの企てた計画は困難している。
 この現状自体は、そもそもの黒幕であるルシファの人間界や人間に対しての興味をより一層強める要因になっているのだが、それを知らぬ一部悪魔達は総じて、心の何処かで無意識的に焦りを感じていた。

「いやはや、今回は流石に我慢の限界ですよ。
 堕六芒星の方々もそうですが、その他上級悪魔達もルシファ様の期待を裏切る行動ばかり……!
 いったい彼等は、何を考えているのか……分ったものではありません。
 やはり、絶対の支配者であられるルシファ様の意図を汲み取っていないのか……どちらにせよ、あの者達のせいで計画の達成が遅れているのは事実です」

 そして、その焦慮が限界に達した悪魔――――オセ・ザバブは本来の役割を一度放棄し、我が故郷である魔界へと帰還を果たすと、すぐさまルシファの仮住いである''幻影城''へと足を運んだ。
 距離はおよそ数メートル先か―――影しか伺うことのできない始祖に対して、オセは同胞を蔑む口調で現状を報告する。
 彼にとって始祖悪魔ルシファとは、絶対の支配者であり至高の御身、敬愛を捧げる神そのもの。
 そのような存在が企てた計画は完璧なものであり、自分を始めとした下位次元の住人にはそれを理解することすらできない。
 故に、ルシファの作戦を理解できなかった同胞達が悪いのだ――――とそう考えているのだ。

「良い機会です。最早人間界へと侵攻を始めた者達は皆見捨ててしまい、新しく部隊を編成させてカイバシを侵略しましょーーーっ!?」

 オセは指を立てると名案だと言わんばかりの表情を浮かべるが、一瞬だけ感じたルシファの圧倒的な力を前にすぐさま、口が過ぎましたと頭を下げ後退をした。

「…………たしかに、作戦が遅れているのは事実だね。
 けれど、だからといって私のために働いてくれてる部下達を見捨てるわけにはいかないよ」

 慈悲深いルシファの言葉がオセを刺激する。
 至高の御身の玉音が鼓膜を振動させるたびに、オセは意識を朦朧とさせ、身を震わせた。
 自分の考えが如何に愚の骨頂だったか思い知らされたオセは敬愛を示すかのように、その場にひざまづくと、深々と再び頭を下げた。

「然し……この現状、如何致しますか?
 正直、このまま待っていてもカイバシを制圧するのは難しいかと………。達成はいつになるやら……」

「……………………………………………」

 海馬市に息を潜める悪魔の数は計り知れない。
 だが、その中でルシファの計画を達成させるために動いている者はごく僅かだ。
 つい最近では、上級悪魔のフリューゲルスが裏切りに等しい行動を起こしていた。
 オセの考えは的を得ているためか妙な説得力があり、ルシファも珍しく口を黙らせ、神妙な表情を浮かべた。
 最も、海馬市侵攻の真意は人間の抗う姿が可愛い故のルシファの遊びでしかないため、その表情すらもが演技であるが――――――――。

「……………………っ」

 然し、その真意を知らぬオセは沈黙するルシファを前に、何か口答えをしてしまったのではないかと静かに焦りと恐怖を感じていた。
 幻影城の一室に満ちる沈黙がまるで重力の如く、オセへと重くのし掛かる。
 不気味な静寂は悪魔の装飾品であるが始祖悪魔がそれを付属すれば、最早恐怖そのものへと姿を変え、周りの者へとトラウマを与える。
 そしてその対象は悪魔も例外ではない。

204 ◆xZ2R3SX0QQ:2016/02/25(木) 09:07:53 ID:/hFq9EzI0

「おや……先客がいましたか」

 オセが恐怖を体感している中、忽然と沈黙が重い空間に一人の男の声が響いた。

「やあ……やっと来てくれたね。待ってたよ」

「あなたはっ!?」

 ルシファは目を細めて、その男――――ブロンドバロン・ジェトルハウスを見据え、オセは声を上げて驚きを露わにした。
 ルシファは勿論、オセもバロンとは面識がある。
 それゆえ、この幻影城の御身の前で出会うとは思っていなかったのか、その表情は普段のオセからは想像できないものだった。

「いったい何故、あなたがここに?」

「それはこちらの台詞ですよ」

 バロンは堕六芒星の一人であり、地位ならば幹部にあたいする存在、然し、今現在は海馬市に遠征中だとオセは記憶していた。
 では、一体何故彼が幻影城にいるのか――――。

「………………私が呼んだんだ」

「そういうことです。
 まあ、私自身……なぜお呼び出ししていただいたのかは分かりませぬが………」

 ルシファの簡潔な説明に同意をするバロンだったが、当の本人は何故呼ばれたのか理解していない。
 その事実にますます疑問を抱くオセは、顔を顰めて、バロンを凝視した。

「それについては今から話すよ……ついでだし、この役割、オセにも担ってもらおうかな」

 ふと、ルシファの言葉でバロンへと集中させていた意識が戻る。
 バロンも玉音を耳にし、身体を玉座に座るルシファへと向け、表現を強張らせた。

「実はね―――――――――――」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ピンク色の壁にピンク色ソファー、淡いピンク色絨毯と部屋全体がファンシーでピンクに染められた一室。
 幻影城のそんなとある一室に四体の悪魔が身を置いていた。
 禍々しい外装をした幻影城からは想像出来ない、可愛らしいを通り越した部屋の内装にオセとバロンは目を丸くさせ、三体の中で唯一女性のキャンデロロロですらも顔を引きつらせている。

「―――――――で、なんでアンタ達が居るのよ?」

「………。」「………。」「…………。」

 淡い青髪が珍しい少女の姿をした悪魔が不意に口を開いた。
 不機嫌そうな表情を浮かべる少女は、人間界でいうゴシックロリータに相似する服装をしているが、人間とは違い別段違和感は感じさせず、寧ろ似合っているほうだろ。
 少女の問いかけに対し沈黙を貫く三体は、柄にもなく正座をして横一列に並ぶだけで、それ以外の行動を起こそうとしない。

「なんで私がこんな目に………」

「「はぁ………」」

 ぽつり、とキャンデロロロが独り言を零す。
 するとそれに同調するかのようにオセとバロンは溜息を吐いて肩を落とした。
 先程、ルシファにより教えられた詳細。
 それは今回もやはり簡易的な説明であったが、今回ほど内容が伝わった例は他にない。

「ルシファ様からのお願いですよ……」

「お願い?」

 仕方がないとオセは気が乗らないながらも、目の前で偉そうに踏ん反り返っている少女へと説明を始める。

「ええ。リリス様を人間界へ連れていってくれ……と」

 ルシファからの頼み――――それは娘である悪魔リリスバシレイアを海馬市へと連れていけ、というものだった。
 本来この役目は堕六芒星の一人であるバロン、リリスと同じ女性という理由からキャンデロロロの二体が選ばれていたのだが、都合良くオセがやって来たため、彼にもその役割を与えたのだ。

205 ◆xZ2R3SX0QQ:2016/02/25(木) 09:08:39 ID:/hFq9EzI0


「人間界………なんで?」

 少女は――――リリスバシレイアは首を傾げた。
 何故自分が人間界へと赴かなければいけないのか。
 リリスはそんな当たり前の疑問を感じた。

「なんでって言われてもなあ………」

 リリスを人間界へ連れて行く意味は、正直三体にも分からなかった。
 ルシファからその辺の説明をされていなかった故に、キャンデロロロは逡巡する。

「ふーん。まあ、いいわ。
 人間界には前々から興味あったし、いい機会だから行くわ!」

「まじですか……」

「なによ、文句あるわけ?」

「ないです」

 リリスは深く理由を追求することもなく、キャンデロロロが驚くほど、軽くその話を承諾した。
 ルシファ同様、余裕がありすぎる精神を持っているとバロンは密かに思いながらも、リリスの海馬市侵攻により恐らく、今後計画に大きな動きがあるだろうと予測すると、オセとキャンデロロロへと静かに近付き――――

「他の悪魔には――――」

「ええ……分かっています。
 リリス様の海馬市での存在は………」

「秘密ってことねー」

 リリスバシレイアという悪魔の存在は魔界においても、重鎮や従者しか知らされていない。
 それゆえ、唯の上級悪魔やその他悪魔が認知すれば混乱を招き、海馬市侵攻どころではなくなるだろう。
 ルシファの計画を円滑に進めるためには、そういった混乱は避けるべきだ。
 三体は顔を見合わせると同時に力強く頷き、小さく手を重ねる。
 特に接点のない三体の悪魔だけの秘密が生まれた瞬間であった。

「じゃか、行こっか! 人間界っ!!」

 今日初めて見せた純粋無垢なリリスの笑顔には人間界への期待や夢が詰め込められていた――――。
 この日、時間にして深夜二時の海馬市へ一体の最上級悪魔が舞い降りる。

「ところで、あなた誰?」

「キャンデロロロミィーナよっ!!」

キャンデロロロミィーナとは初対面であることに、今更気がつくリリスバシレイアであった。

/ソロールです

206桜井直斗(ベオルクスス) ◆o/zdiZN8A2:2016/02/29(月) 21:24:34 ID:if7ZXLvA0
闇夜を駆ける獣がいる
月に照らされた黒き毛並みを揺らしながらビルの谷間を飛ぶ
獰猛な怪物はその牙を噛み締めながら、当てもなく走り続けた

「──────ハァッハァッ...ゲホッゲホッ...」
『これ以上は止めておけ、貴様に余の獣化の制御など不可能だ。
本来無い機能を無理矢理拡張させると同義。繰り返せばそのうち────』
「知ってる...さ。ゲホッゲホッ...無茶な事くらい...」

獣化させては解き、獣化させるの繰り返し
己の身体を慣れさせるいつも通りのトレーニングだが、この日は少々やり過ぎだった

桜井自身も無茶だとはわかってる
自分が元人間か、それとも先天的な悪魔であってもベオルクススという大悪魔の力は抑えることは難しい
使いこなすということは、それは自分が自分でなくなるという事
桜井直斗から、一歩ずつベオルクススに近づいていくという事だ───身体が悲鳴をあげるのも分かる

『────それに、今の貴様には何か焦りが見えるなァ?』
「何が、言いたい...」


『────行方不明のあの娘だとか...か?』
「────────ッッ!!」

ガァン!!と右腕を壁に叩きつけた
プラスチック製のパイプがグシャリと曲がる
それで奴が痛がるでもなく、自分が痛いだけだったが
それでも、奴の言う通りだった

確かに焦っている。あの戦い以降、彼奴の姿が見当たらない
死んだ────という訳でも無いのに、勝手にどこかへと消えていった

なぜ、どうして。と言葉は浮かんでは消えていく
きっと俺は無意識で探していたのだろう────。

「────痛っ」

一人、黒獣の少年は路地裏にうずくまり
その消える白い息と、夜空の星を眺めて過労に痛む身体に耐えていた────。

207笑う狂研究者 ◆CELnfXWNTc:2016/03/01(火) 09:11:51 ID:JhrKI9k20
修道院の庭先。ノラは、相変わらず過酷な修行を続けていた。皆を守る為の、死なせない為の強さを求め。

「はぁっ……はぁっ……」

剣を置き、小休止。呼吸を整える。落ち着いたら、また再開だ。
そんなノラに、声をかける者が居た。

「頑張っているようだね。ノラ君。」

それは、白衣の男、小黒無甚。海馬市が大変だったというのに、研究室に籠り、何かをやっていた男だ。

「あなたは……?」

「小黒無甚。APOHの研究者で、君の師匠の友人だよ。ヴァイオレット君のこと、残念だったね。私も息子と妻を失ったから、君の気持ちは分かるよ。」

「……辛い、ですよね。残された側って……私のせいなんです。私がもっと強かったら……」

無甚の妻と息子を失ったという言葉から、この人も私と同じなんだと思うノラ。そして、その事により無甚を信用し、自身の気持ちを語った。無甚の本性を知らずに……

「力が欲しいかい?」

「……はい。」

そんなノラに、無甚は怪しく囁く。力が欲しいか、と。その誘いに、ノラは乗ってしまった。

◆◆◆

私、小黒無甚は、悪魔の細胞を人間に埋め込み、人工的にハーフ悪魔を作り出す実験をしている。だが、普通の人間では、悪魔の細胞を埋め込んだとしても、耐えきれないと分かった。そこで、考えたのがハーフ悪魔に悪魔の細胞を埋め込み、強化するという名付けて『ネオハーフプロジェクト』だ。
だが、あの風祭の後釜の男は、ハーフ悪魔の粛清を考えているという。そんなことになる前にと行動を起こしたのだが……
チョロいものだな。傷心中に声をかけただけで、こうも簡単に上手く行くとは。後は、彼女をあの廃ホテルへ連れ、ククク……

やがて、廃ホテルへと辿り着く二人、そこで無甚は本性を現すことになる。

「あ、あの……本当にこんなところに強くなる秘訣が……?」

「ククク……ノラ君、君はお師匠さんから、知らない人に着いていくなと教わらなかったのかね?」

「え?」

「まだ分からないか?君は、まんまと利用されたということだよ。」

辺りを落ち着きなく見回すノラに、背後から近づき、その首筋に麻酔の注射器を突き刺した。

「そ……んな……」

「ククク……さぁて、どうしてやろうかな……」

気を失ったノラを前に、無甚は不気味な笑みを浮かべた。

◆◆◆

その日から、廃ホテル付近で怪物を見たという噂が街に流れた。
また、APOHの内部では、小黒博士がその廃ホテルに入って行くのを目撃したと言う者も居た。

208フリューゲルス、セリエ、黄泉の前、ヴェルゾリッチ ◆yd4GcNX4hQ:2016/03/01(火) 23:27:27 ID:EQaCMdl60
>>207

本部からとある指令があった。
最近廃ホテル近くに出没している"怪物"について調査せよ、とのことだ。
まだ"あの戦い"のダメージが多少なりとも残っている佐倉だったが、本部からの指令ともなれば断れない。幸い調査だけで戦闘行為はしなくていいとのことで少しばかりは気が楽だ。
だがもし相手が悪魔なら戦闘は避けられない。ならばこちらは逃げに徹するしかない。そんな時のために本部は"護衛役"を用意した。

「それでなんで俺が使われるんですかね。
オトのとこにも行ってやりたいし、第一まだ身体も完全じゃ無いっていうのに……」

「人手が足りなくなっているらしいが……
私もあの無甚の目撃情報もあるからと同じ科学者として選ばれたようだ。
まぁ十中八九草薙の差し金だろうがな」

こんな時でも彼女は草薙を敵視しているようだ。
本日の護衛役、セリエ=A=サラスフィールはいつにもまして機嫌が悪い。
話を聞けば新兵器の開発の最中に呼び出されたのだという。それに小黒無甚絡みのことが加わり一層それが増していた。
それもその筈、以前自身が佐倉を使って得た戦闘データに、何者かのハッキング跡が残っていた。これに興味があり、セリエのモノにハッキングが出来る命知らずな人物といえば小黒無甚しか居ない。
しかし確証が得られず結局真相は闇の中、自分のテリトリーを侵された彼女は今までよりも無甚に対する嫌悪感が増している。

「なんでそんなことが言えるんです?
ただの偶然かもしれないじゃないですか」

「馬鹿が、偶然なものか。
ヴァイオレットが死に、もはやこの地域の有力な退魔師は残り僅かだ。奴はそれらを邪魔に思っている、私は日頃奴を敵視しているから勿論だ。
無甚も奴にとっては邪魔な存在だろう。これで私達の両方が倒れる、又は無甚もろとも共倒れになることを期待してるんだろう」

「それはちょっと強引じゃないですか…?」

しかし有り得ない話ではない。だが所詮はそれまで。
それはもはや予想であり、ただの憶測だ───いや、彼女の場合は違うのか?
しっかりと脳内で一番可能性の高いことを弾き出したのであれば信憑性は増してくる。
だがやはりあまりにも出来すぎだ。それを信じる者はほとんど居ないだろう。

「───着いたぞ、目的地だ」

セリエの言葉を聞いて佐倉はその廃ホテルを見上げる。どこかおどろおどろしい雰囲気に、周りの人気の無さも相まってそれなりの雰囲気を醸し出している。
確かにここなら怪物も出そうな感じだが……

「でも本当にここに───」

「ッ!?佐倉ッッ!!」

刹那、佐倉の身体に衝撃が走る。
油断した。そう思った瞬間身体が空中に投げ出された。
ダメージは多少あるが思ったほどではない。ただ突き飛ばされただけだ。恐らく突き飛ばしたのはセリエだろう。その理由は───

209フリューゲルス、セリエ、黄泉の前、ヴェルゾリッチ ◆yd4GcNX4hQ:2016/03/01(火) 23:28:08 ID:EQaCMdl60
「セリエさん!!」

見ればセリエは脇の辺りを抉られている。抉られた箇所は青い電流が走り、彼女の機械の身体を浮き彫りにさせる。
あんなことは並の力では到底不可能。ならば一体────

「え…?ノラ…ちゃん……?」

それは右腕に黒い外殻を纏い、血管を浮き上がらせ荒い息を立てていた。
背中には羽のような何かが生え、その姿はあのノラ・クラークとは似ても似つかない。
しかしその顔は、ノラ・クラークそのものだった。

「小黒…無甚ッ……!!!」

巫山戯るな、巫山戯るな。何度も心の中で叫び続ける。
あいつはこんなことをしていたのか。俺の生徒を、こんな姿に───!

「───佐倉、落ち着け」

「でもセリ…!?」

佐倉はセリエの顔を振り返る。その表情は今までに見たことがない、怒りを浮かべていた。

「あいつはヴァイオレットの弟子だろう?
私も話したことはないが見たことはある。
ヴァイオレットから話も聞いていた。
危うい奴だったそうだな、だが人一倍人のことを思えたと聞いている」

彼女の口からこんな言葉が出るなんて。
今までこんなセリエは見たことがない。こんなに怒りを表にさせるところなど、ましてや怒るところなど。

「きっとこれは同族嫌悪だろう、奴と私は結局は同類だ。
だが───」

そう言うとセリエは一歩踏み出す。強く、強く。

「何故だろうな。お前の生徒を、お前にそんな顔をさせる無甚を私は許せない。
───たかが機械の私が、こんなことを言うのは変な話だがな」

「安心しろ、私も悪魔の細胞には精通している。まだあれは定着していない。今あの背中の羽を切り落とせば間に合う」

それを聞くと佐倉の顔に落ち着きが戻る。まだ助かる。それが佐倉の心に希望を灯した。

「だから、今は私に任せろ。
お前の生徒を失わせたりはしない」

頼もしい、そう佐倉は感じた。
任せよう、きっとなんとかなる、そんな風に思える。
本当にありがとう────

「──お願いします、セリエさん。
ノラちゃんを助けてやってください」

「あぁ、任された」

それと同時に、この戦いの火蓋は切って落とされた。

210佐倉 斎 ◆ovLCTgzg4s:2016/03/02(水) 00:39:20 ID:FZqbjWPA0


「……ふぁぁ。」

入院というのは、とにかく暇だ。
海馬市の総合病院、個室病室。ベッドの上で、入院服姿の佐倉斎は、欠伸をした。

ブロンドバロンとの一戦の後、四羽のお陰で死の淵からは舞い戻った佐倉である。
それでも、身体に残ったダメージは大きい。数日は絶対安静。その後も、戦闘への参加は暫く避けろ、というのが、APOHの息がかかった担当医の診断だった。
身体的なダメージはサヴァノックの治癒能力で回復できても、“魔術的回復故の副作用的なダメージ”とやらがあるらしい。
自然治癒力の減退やら、神経系の麻痺やら何やら言っていたが、詳しいことはよく覚えていない。

少なくとも確かなことは、佐倉の身体が普段以上に思うように動かないこと。節々に麻痺が残っている。
そして、それに伴う微妙な“感覚”のズレ。戦闘への復帰は暫く無理だろう、ということが、佐倉本人にも実感できる。

それでもデスクワークはできるが、市役所の人間は、佐倉を休ませてやろうと気を遣っているのか、連絡をしてこない。
電話をしても取ってくれないから、半ば病院への軟禁に近い。だが、それが有り難いのも確かだった。
……それでも、もし草薙辺りから命令が降りれば、従わざるを得ないのだろう──あまり、その事は考えたくなかった。

「(だけど、本当に暇だな。……煙草吸いたいけど、また怒られるのは嫌だし。)」

何度か隠れながら喫煙所に向かったが、その都度看護師に見つかり、説教された。
身体はもう大丈夫、と反論したが、そういう問題ではない、と更に怒られる。その上で煙草を吸うほどのヘビースモーカーではない。
煙草を吸うのはどちらかと言うと、手慰みに近い。別に、美味いから吸う訳ではない──と、どうでもいい理屈で、自分を納得させた。

悪魔の大規模攻撃があったのに、こんな暢気な気分で居られるのは、何とか“マシ”な結末を迎えられたからだろうか。
──ヴァイオレットの死は聞いている。悲しかったが、それで沈痛な気分になることを、かの淑女は望むまい。
それでも、退院すれば、まずは真っ先に経でも上げに行こう。宗派が違うよ、と、怒られそうだが、それはそれで、楽しい気もする。
それよりも、ノラの身寄りの世話の方が先だろうか。そっちの方が、ヴァイオレットは喜びそうでもある。誰かが既に、してくれているといいのだが。
ハーフである彼女を偏見なく世話してくれそうな人といえば、確か──

「……ダメだな、結局仕事のこと考えてる。」

兎に角。──今は同僚達の厚意に甘えて、休むべきだろう。
見舞いも誰も来ないから、暇なのは確かだった。明日か明後日かの退院まで、自分は欠伸をし続ける事になるのだろうか、と思うと、ぞっとしないのだった。

/置きになりますが、よろしければ
/時系列的にはイベントの二日後、>>208>>209より前を想定しています

211 ◆CELnfXWNTc:2016/03/02(水) 21:07:55 ID:WMSJckpE0
>>208,>>209
ホテル管理室、モニターには佐倉、セリエ、ノラの姿が写し出されている。仕掛けられた隠しカメラで、彼らの様子を伺うのは、今回の首謀者小黒無甚だ。その傍らには、ケルベロスのルイアの姿もあった。

「セリエ君まで来てしまったか……」

ノラ・クラークには、現在、グレイ、ルイア、アリオクと、三体もの悪魔の細胞が埋め込まれている。これを剥がすことは、簡単じゃない。無理に剥がそうとすれば、ノラの命に関わるだろう。
だが、技術や知識が有る場合は、その限りではない。そして、その技術者はこの場ではセリエに当たる。故に、セリエが来るのはマズかった。

「悪魔の細胞が定着した後なら、まだ良かったのだがな……」
「……先に始末するか。」

今、ノラを解放されたら、計画は失敗だ。ならば、先にセリエを始末してしまおう。そう思う無甚。
だが、右腕が機械の無甚と全身が機械のセリエ、戦ったらどちらが勝つかは明白だろう。だから、無甚は真っ当に戦うつもりが無かった。

「ルイア、君に作戦を授けよう。ククク……これで奴等を一網打尽に出来る……」

ルイアに何かを命じると、一人と一匹は管理室を後にした。

◆◆◆

「ククク……どうだね、私の最高傑作は?」

「!?」

「無甚っ!!」

廃ホテルの朽ち果てかけた扉が、音を立てて開く。中から現れたのは、小黒無甚。

「しかし、彼女も馬鹿だな。私が息子と妻を失ったと言ったら、簡単に信用して……クク、その妻を殺したのは、私自身だというのに……」
「そして、私を信用した結果が、この醜い怪物の姿さ。ククク……ハハハハハ!全く、滑稽だよ!」

無甚は、挑発的な口調でノラを罵る台詞を吐いた。しかし、その様子は、あまりに無防備だ。これは、本当に小黒無甚なのだろうか?
否、これは小黒無甚ではない。無甚に化けたルイアだ。そう、無甚はルイアに自身に化けるよう命じていたのだ。そして、本物の無甚は……

「ククク……ルイアに気を取られているうちに私は……」

ホテルの二階窓際から、右腕の光線の準備をしつつ、外に向けている。
ルイアが隙を作り、無甚がそれを突く。本人曰く、完璧な作戦だが……

212四羽音久 ◆UBnbrNVoXQ:2016/03/03(木) 02:18:43 ID:R3rU1bJo0
>>210

海馬市にバブル期に建てられたまま放置され朽ち果てるに任せるホテルがあることは、多少地理に詳しければ周知の事実だが、中には勿論生き残っているホテルもある。
夏場の客の入りでどうにか閑散期を凌ぐホテルや、交通の便が程良いが特に何もないという立地を生かして文筆家の缶詰用に特化したホテルなどだ。
後者の場合、従業員は客の風貌と懐具合は合致しないということを重々承知しており、軽薄そうな青年が月単位で仮の住処としていても不躾な詮索をしてくることはない。

そのため、霊力回復という大義名分での自宅待機二日目の四羽は、ベッドに寝転びながら、最早親指の傷ひとつ治す気のないペンダントを弄んでいた。サヴァノックが死んで数日経ったために効力が切れたのか、それとも使い魔が近くにいないから発動しないのか、後者であるという真実を確信するには手元の情報が少なく、あの白馬を観察対象悪魔とする申告をした以上は結果を待つばかりだ。

四羽の周りには解ききったクロスワードパズルが散乱し、少し離れた場所にある小机には海外から持ってきた書類と資料が整理し直されている。映画観賞用に使っていたテレビはスタッフロールが流れてから久しく、女王と冗談交じりで呼ぶ女性には昨日諸々と報告済で、そもそも時差を考えれば連絡すべき時間ではない。

――端的に言えば、暇潰しにやることが尽きたのだ。

更に補足すると、霊力枯渇の副作用で起き上がりたくないほどの倦怠感に襲われていたのは約一日で、今は大技でなければ問題なく発動できる。推測ではなく、確信だ。試し斬りに使われたワインの瓶が室内灯に照らされ物言いたげに輝いている。
四羽にとって「大技」は、自分ひとりで幹部の悪魔を仕留めなければ仲間が死ぬときにしか使わない、と心に決めるほどにリスクが高い技である以上、切りたくない切り札があるかないかというだけである。

大事をとって明後日まで休め、とは言われているが、それが草薙の指示だと思うとどうにも従いたくない。
こちらを裏表のない男だと認識してくれている以上、表立って反抗してはいないが、全ては佐倉や彼が信頼する同僚たちが姦計に嵌められそうになったときに掌を返すためであり、元からなかった彼の人間性への信用は地に落ちている。
余談だが、ヴァイオレットが亡くなった今、四羽が一方的に信用している海馬市のAPOH職員は、片手で足りる。戦闘が出来る面々に限れば佐倉さえ境界線に立つため、セリエと華野だけだ。目下、学生に「同僚として、さもなくば数年中には背中を預けられる者として」信用出来る者がいないか考えているところである。

閑話休題。
結果的に降って湧いた余暇を若干持て余していた四羽が、自分以上に退屈な一日を強いられている戦友のことに思い当たるまで、さほど時間はかからない。半身を起こし、佐倉へと簡潔な文章を打って飛ばす。

『要るものあるなら持って行くけど何かあるか?』

病室で携帯端末の類を使えるのかどうか知らないが、佐倉の性格を思えば一日一回くらいは確認するだろう。どちらにしろ、気になることも幾つかあるのだから、今日は一度外に出よう。
勝手にそう自己完結して、窓辺に近づくと薄く窓を押し開け、ライターで煙草に火をつけた。



// >>208 で「オトのとこにも行ってやりたいし」という台詞があるので、この夜にモブ悪魔(中級程度)相手にちょっと無理して自宅待機が延びたことにしようかと思っています。何か頼むにしろ頼まないにしろ整合性は取れる見込みなので、遠慮なく何か頼んでくれても「上官」として自宅待機破ろうとしてるの窘めてくれても。お任せします。

213佐倉 斎 ◆ovLCTgzg4s:2016/03/03(木) 14:18:21 ID:FZqbjWPA0
>>212

四羽がメッセージを送ってから間もなく、彼の携帯電話が鳴動する。
発信者は佐倉。──同じくメッセージで済ませればいいものを、わざわざ電話を掛けて来ている。
幾ら個室でも病院内で電話を使っていいものなのだろうか、と、四羽の懸念は度を増すことになるだろう。

「あぁ、オト? ちょっと持って来て欲しい物と、ついでに頼みごとがあるんだけど──」

数分の会話の後、看護師の怒鳴り声と共に、佐倉からの電話は尻切れで終わった。喫煙所に居たらしい。



持って来て欲しい物、とは、自宅にある悪魔関連の書籍らしい。どれでもいいから何冊か。
郵便受けの裏に鍵を貼り付けているから、それで勝手に入ってくれ、との事だ。

恐らく四羽にとって、この用件は結構な驚きだろう。数年前まで佐倉は本などまるで読まなかった。
勿論、任務上必要なデータぐらいには目を通す。だが、普段から研究することは殆ど無い。むしろ、人の研究成果をよく聞いていた。
そういう事を好んでしていたのは──と記憶を探って、佐倉と同班に居たある人物に思い当たったなら、何か思うこともあるかも知れない。
“隊長”が殉職し、“天羽々斬”が解散した暫く後。娘である“彼女”は、APOHを抜け、行方は杳として知れない。

まぁ、今はどうでもいい話だ。寧ろ、四羽にとって面倒なのは、もう1つ、“頼みごと”の話だろうか。

まず、佐倉が話したことには、彼は夜桜学園教師の職を辞するつもりらしい。

理由は幾つかある。まず、先頃の戦闘の後、ただでさえ不自由な身体が満足に動かない。
時間が経てば戻ると医師には言われているが、問題はブロンドバロンの生存だ。佐倉の呪いが拡大していない以上、ブロンドバロンは生きている。
先の戦闘を受けて奴が佐倉を狙う可能性は高い。その場所が学校なら、今度は生徒を守り切る自信はない。寧ろ、足手まといになる。
自分しか人材が居なければ残っていたが、幸い、四羽が学園に赴任したので、佐倉が現場を離れても問題はない。

もう1つは、福居沙理亜の存在だ。
あの時、彼女は恐らく気を失っていたとは思うが、万が一、自分の姿を、朧気にでも見られていたなら不味い。
問われれば言い逃れはできないし、佐倉に会って記憶が戻る、ということも有り得るだろう。
その場合、APOHの存在を秘匿するという方針からもそうだし、何より、福居夫妻に申し訳が立たない。

こういった必要性と許容性から、彼は辞職、という結論に至った。
既に草薙にも、学園の方にも話は通している。

そこで、“頼みごと”に戻る。 ──「自宅にあるタオルを福居沙理亜に返しておいて欲しい」というのが、その内容だった。
もう会うことはないだろうし、会うべきでもない。だが、それを返さないのは申し訳ない、と、彼は言っていた。

214四羽 音久 ◆UBnbrNVoXQ:2016/03/04(金) 02:44:37 ID:R3rU1bJo0
>>213

電話着信を告げる携帯電話に、四羽は吸っていた煙草を惜しげもなく灰皿で潰して着信ボタンを押す。
懸念はあるが、まずは出ることが先決だ。
こちらの確認も早々に本題に入られ、目を細めながら耳を傾ける。

「……本? ……分かった」

問い返した際の半音上がった声は、驚いていることが十分に伝わっただろう。
無意識に数年前の記憶を辿り、ふっと意識が逸れる。
だが、続く頼み事にすぐさま意識が戻った。

“頼みごと”の前提に思わず聞き返しそうになる四羽。
それが苦い笑みに取って代わる。
佐倉が語る懸念と結論は、どこまでも妥当だ。
──生徒のためを思うなら、佐倉は学園を去らねばならない。今のAPOH職員で最もそれを考えているのは佐倉だというのに。
浅く息をつく。

「……お前なあ。……分かった。春日あたりに愚痴零される覚悟はしとけよ」

自分は、背で庇って追いつく時間をやることしか出来ない。
泣いていても涙は拭ってやれないし、手段を間違って傷ついても助けない。
それで矜持も覚悟も打ち砕かれたとしても、知るか自分の足で追いついて来い、としか言わない。

それでもいいと、佐倉は言うのかもしれない。それで折れるほど、俺の生徒はやわじゃないよ、と。
佐倉がこの短期間で、そうなるよう導いたから。

「福居、な。了解。家行ったときに回収して、渡しとく。ところで斎、」

次の言葉は言わずに終わる。怒号が聞こえ、慌ただしく途切れる会話。
成程、喫煙室からかけてきていたのか。得心が入って、四羽はくつくつと笑った。



悪魔関係の蔵書が所狭しと積み上げられた佐倉の自宅を眺め回した四羽が、全く驚かなかったと言えば嘘になる。
四羽自身、悪魔絡みの知識には強い自負があるが、それは再発する可能性のある事件に深く関わるものに特化する。
書籍化されたような知識に限れば、太刀打ち出来ないことが量だけで知れた。
題名を一瞥した後、目星をつけて目次と冒頭を確認し、該当書籍だけで完結しているものを選ぶ。
調べ物が出来ない環境で造詣が多岐に渡る書籍を読むとストレスになるものだ。

頁を捲っていた四羽の手が止まる。
ふとよぎった記憶の中で笑うのは、“隊長”の娘だ。
四羽とは別の班だったが、好んで書物を紐解き独自の研究を進めていた姿は、今も記憶に鮮やかに残っている。

四羽は、父親が殉職したという意味で彼女に近い立場に立てる。
しかし、父親の声すら知らない四羽には、父親と共に戦いさえした彼女の気持ちは分からない。
分かるとするならば、それは四羽ではなく、むしろ、職員を家族代わりに育った佐倉なのだろう。

静寂が降る。本を閉じた四羽は、見繕った書籍をまとめ、頼まれていたタオルを手に取る。

過去に浸っていたはずの双眸に迷いはない。
救えなかった悔恨に身を焦がした過去があるからこそ、四羽は今ある命を見据えて動くことに躊躇わない。
ただ……『佐倉先生』がいなくなれば悲しむ生徒は少なくないだろうなと、それもまた強く感じていた。



電話でのやりとりの後、すぐに佐倉の家に向かえばそろそろ病院に到着するだろうかという頃、佐倉の病室の扉が開く。

「よう不良患者。怒鳴り声が聞こえてたが、何回抜け出したんだよ」

病院に入る前に一服してきたのだろう紫煙の匂いを纏わせた状態ではからかいの効力も薄い。
書籍を見せ、手渡すか、そうでなければ佐倉が取りやすい位置に置いた。

「とりあえず本な。この文量なら暇潰しにはなるだろ。
 これだけしてやったんだから、全部終わったら一回ぐらい飯付き合えよ。酒も料理も美味い店」

わざと恩に着せ、当然のように未来を語る。
いつ死んでもおかしくない独立部隊での激務の中で、一部の人間がよくやっていた癖だ。

そのまま見舞客用の椅子を引き寄せて腰かける。瞳の奥の色が、僅かばかり真剣みを帯びる。

「『上級悪魔倒したばかりだろうと内乱中だろうと悪魔は待ってくれない』ってのはうちの女王様の言葉だが……
 現状の懸案事項は、サヴァノックの後釜狙いの悪魔の台頭と、世界蛇が何かやらかさないかってことくらいか。
 斎、他にあれば教えてくれ。特に学園内」

結局仕事の話になるのは、もしかしたら部隊の生き残り共通の性分なのかもしれない。
そのまま話に乗るなら情報共有や推論が飛び交うことになるだろうし、苦笑するなり何なりの反応を見せれば、気にしすぎかと笑い返してしばし雑談に興じるだろう。

215佐倉 斎 ◆ovLCTgzg4s:2016/03/04(金) 15:44:11 ID:FZqbjWPA0
>>214

礼を言ってベッド脇のテーブルに置かれた本を取り、題名を確認する。悪くない。
ぱらぱら、とページを捲りながら四羽の話に耳を傾けた。
新たな悪魔の台頭。成程、その懸念もあるだろう。だが──

「……草薙次官補の方が、俺は心配かな。」

ぱたん、と本を閉じ、佐倉は呟いた。半分は勘だが、もう半分は推量。
堕天六芒星の二柱を撃退して尚、ルシファは海馬市の侵攻を続けるのだろうか。
人と悪魔のラグナロクを演じるには、海馬市は“何もなさすぎる”。

自分が敵の指揮官なら、引き時。或いは、できてもう一戦。
勿論、自分達が気づいていないだけで、悪魔には、海馬市を何としても陥としたい理由があるのかも知れない。
だが、それよりも、確実に“意図を持って”此処に来ている草薙の方が現状、気がかりだ。

尤も、佐倉はその呟きを最後に、“仕事”関係の会話をすることはない。
適当に四方山話をすることだろう。──だが、四羽が帰ろうと立ち上がった際。
佐倉は窓の外を見ながら、わざとらしく、こう言った。

「……これは、独り言だけどさ。

 咲羽翼音は“フリューゲルス”。桜井直斗は“黒獣”。
 合宿の参加者は、その事を全員諒解してる。草薙次官補は勿論、他の人間も知らない。」

もし、それについて四羽が何か問うても、佐倉はすっとぼける事だろう。
だが、意図は分かるはずだ。これこそが、“学園内の懸念事項”だ、と。
彼らが悪魔と露見した場合に加え、ノラも。草薙が“標的”とすることは、想像に難くないだろう。

──これは、夜桜学園“教師”としての、佐倉なりの引き継ぎだったのかも知れない。

/では、此方はこれで〆させて頂きます、お疲れ様でした!

216 ◆xZ2R3SX0QQ:2016/03/05(土) 00:44:19 ID:/hFq9EzI0
「暇ね…………」

誰もいない平日昼間の公園。
太陽の放つ眩い陽射しに嫌悪感を抱きながら、リリスバシレイアは暇を持て余していた。
人間界に知り合いという存在が多くいるわけでもない彼女にとって、平日の昼間という時間帯は退屈極まりないものであり、文字通り無意味な時間である。それゆえ彼女は今、虫の居所が悪い。生憎生まれつきの、根っからの我が儘娘であるリリスバシレイアにとって、暇な時間という概念は生涯の敵であり、決して相容れない存在である。魔界にいた頃から、暇があれば部下を呼び出し、暇潰しをしていた故に、部下がいなければ暇潰しさえできないのだ。勿論、やり方を知らないわけではない。ただ単純に面倒臭いのだ。
暇潰しをするということは、自分から何かをしなければならないということ。我が儘且つめんどくさがり屋兼気分屋の彼女にとって、暇潰しをするために自ら動き出すこと自体が既に面倒臭い領域であるということは言うまでもない。
リリスバシレイアの中では暇潰しとはするものではなく、してもらうもの、潰すもではなく、潰させるものであり、その理は魔界にいた時から変わりなく、仮に暇潰しをしようと動き出した時は、彼女の気分が変わった時だけ―――。
故にリリスバシレイアは暇だ暇だと、公園のブランコに座りながら小一時間ボヤいているのである。

「あー………暇ね」

そしてたった今も、何度目かわからない呟きが彼女の口から零れた。然し、リリスバシレイアは動かない。
意地でも動かない。行動を取らない。
このまま夜まで時間を無駄遣いするのかは、彼女の気分が変わるまで分からないが、少なくとも今現状の気分ではやはり無駄に時間を過ごしてしまうのだろう。
つまり、簡潔に言えば待ち人来るか――――だ。
先日、サヴァノックの起こした出来事を思い返しながら、リリスバシレイアは人を待つ。来るべき人は誰でも良い。あの一件以来、より一層人間に興味を持った彼女にとって、期待外れの人間の客人などいないのだ。
堕六芒星の悪魔を二体退けた力持つ人間がリリスバシレイアの前に立ち塞がる、あるいは彼等人間の前にリリスバシレイアが立ち塞がる未来は遠くないのだから。今のうちに、崩れる交流を深めるのも悪くない。

217四羽 音久 ◆UBnbrNVoXQ:2016/03/05(土) 01:13:26 ID:R3rU1bJo0
>>215

草薙をより警戒すべき対象とした佐倉の見立て。
明確に悪感情を向けていない彼が言うのであれば自分の感情の問題だけではないと、四羽は確信する。

ルシファの海馬市侵攻が終わったと判断するのは、まだ時期尚早だ。
しかし、そう判断してもおかしくないほどに、そちらの危険性は下がっている。
否、下がっているとしか言えないほどに、元から草薙の危険性が高かったと言うべきか。
──欲も力も強い存在は、古今東西たちが悪い。

しばらく他愛無い話を交わす。
性根が穏やかで聞き手に回るのが上手い佐倉の声は、存外隠れ蓑だったはずの教師も向いていたのではと思わせる。
彼らが此処で再会してからというもの、緊迫感を欠片も孕まない会話というものは、これが初めてだったかもしれない。

そろそろ場を辞そうと立ち上がった時、佐倉の眼差しが窓の外へと移った。
わざとらしい「独り言」に視線で問えば、おそらく気づいているだろう彼は、はぐらかすように何も答えない。

まったくお前は、と胸中で呟く。
悪魔と分かり合えるとは思っていない、とかつて四羽が豪語していたことを佐倉は覚えているはずだ。
──その後を、だが、と逆説で繋いで、共通の認識か抑止力があれば『停戦』は出来る筈だ、と言っていたことも覚えているからこそ、四羽を引き継ぎ先として選んだのだろうか。

「了解。お前がそいつらも教え子だって言うなら、これからは僕が生かすべき教え子だ。
 ……道を踏み外したら容赦はしないが、そうじゃない限りは死なせない」

咲羽も、桜井も、名は挙がらなかったが誰より気にかけているだろうノラも、他の合宿参加者たちも。
引き継がれたからには、責任を持ってやろうじゃないか。

扉を開き、出ていく四羽は、この日ようやく、夜桜学園“教師”としての覚悟を定めたのかもしれなかった。



草薙の狙いを推察するに当たって、四羽には気になっていることがあった。
赴任初日、草薙が「前任の風祭が探索していた」と言っていた商店街地域だ。
組織の長ともあろう者が、何の当てもなく探索することはないだろう。単独で、となれば尚更である。
……本来は、むしろ今の四羽自身の立場のような者がやるべきことだ。

もっとも、風祭のような気配感知の能力を持たない四羽に悪魔の居城が視認出来ようはずがない。
日が落ち、辺りが魔の領域となってしまえば、むしろ別のものを感知出来たことさえ僥倖だろう。

四羽が見つけたのは、人間を玩具のように扱い弄んでいる悪魔三体だった。
彼は知る由もないが、バー『クロヤギ』でしこたま呑んだ帰りだったのだろう、先の作戦の失敗を嘆いては互いが捕まえた人間を操り殺し合わせている。

ちっ、と舌打ちひとつ。
今回の一件に大きな進歩をもたらすならば、彼らがこれだけ酔える場所を探索すべきだ。
また、漂う魔力から察するに、一気に畳みかけて屠ってしまえば四羽ならば霊力の消費もさほどない。
──だが、そうすれば確実に捕まっている人間が……学生らしき者も混じる幾人かが、死ぬ。
時間と手間をかければ救命を視野に入れてもどうにかなる相手である以上、割り切りも出来ない。
……明後日まで自宅待機が確定するということが、わざわざ草薙の指示に帳尻を合わせるようで、どうしようもなく腹立たしいだけだ。

「Blut ist――……」

苛立ち任せに指を噛み、血を流す。
ああ面倒だ。力こそ全てだと思っていながら、その訳はただ目の前で消える命をひとつでも減らしたいという我儘である自分が。なまじ教師という立場を演じることになってしまえば、特に失いたくない「身内」を増やしてしまうだろう自分が。
自分で選んで踏み込んで至った結果だから、後悔も何もないけれど――!



その日、中級悪魔との交戦後行方知れずとなっていた、未成年者を含むAPOH職員が帰還した。
彼等を助けた四羽音久は代わりに酷く霊力と血液を消費しており、元より二日残っていた自宅待機の期間を改めて申請した。
この程度のことで『亡霊烏』の畏怖や揶揄が晴れることはなかったが、彼の自主的な休暇申請に異を唱える者も、少なくともその場にはいなかった。

/お疲れ様でした!

218 ◆CELnfXWNTc:2016/03/07(月) 20:38:06 ID:6NXacEA.0
「無甚っ!」

挑発的な台詞を吐く無甚に、佐倉は怒りを示す。だが、怒りのままに攻撃を仕掛けたりはしなかった。
何故なら、あまりに無防備過ぎるからだ。それに、わざとらしい挑発的な言葉。まるで、近づいて攻撃して欲しいような……つまりこれは、罠だ。佐倉もセリエも、すぐに気が付いた。経験が浅い退魔師にならば、無甚の策も通じただろうが、二人には看破された。
そして、無甚が二階から放った光線は、誰にも当たらず、ルイアの手前の地面を抉るだけだった。これにより、無甚の居場所はホテル二階だと特定できる。更に、二回目の光線は来ない。これは、無甚の右腕がエネルギー切れを起こしたことを意味していた。恐らくは、先程の一撃で二人を葬るつもりだったのだろう。

「偽物か……眷属を配下にしていたとはな……だが……」

ルイアは、無甚の姿から本来の三つ首の狼の姿に戻ると、セリエへ飛び掛かった。だが、難なく回避し、エネルギーブレイドを起動。攻撃の隙を突き、ルイアを串刺しにした。
しかし、セリエの相手はルイアだけではない。今度は、ノラがセリエに剣を降り下ろす。セリエは、それを串刺しになったルイアを盾変わりにして防ぐ。
二対一だが、まったく引けを取らない戦いだ。

「佐倉、向こうは任せたぞ。」

「了解です!」

場所も特定し、エネルギー切
れも分かった。そして、相手は人間の無甚。右腕の怪力は危険だが、リーチは短く気を付ければ当たる事はない。数で攻めてこないことを考えると、他に悪魔の配下が居るとも考えにくい。二重の策という可能性も、低いだろう。これならば、佐倉でも十分に戦える。佐倉は、無甚に引導を渡すべくホテルへ向かった。

◆◆◆

「少しマズいか……?」

佐倉がホテルへ向かい暫くたった頃、戦いを続けながら呟くセリエ。だが、劣勢な訳ではない。ノラの攻撃は、強力だが単調。防ぐのは難しくない。
ならば、何がマズいのかと言うと、ルイアが逃げ出してしまったのだ。エネルギーブレイドで刺された傷は深く、戦闘の続行は不可能と判断したのか、ノラの攻撃を防ぐセリエの隙を見て、撤退を選んだルイア。そして、その撤退先は……佐倉が向かったホテルであった。

「まぁ、あいつが眷属ごときにやられるとは思えないが……」

死にかけのルイアだが、佐倉ではルイアを殺すことが出来ない。だが、ルイアもあの体では、佐倉を殺すことは出来ないだろう。つまり、無甚に注意さえすれば、問題は無い筈だが……

◆◆◆

「「ククク……遅かったじゃないか、佐倉君。」」

廃ホテル二階、そこには二つの小黒無甚の姿があった。佐倉は、到着してすぐに、先程の悪魔が此方に逃げてきたのだと理解した。
佐倉の呪われた足よりも、怪我をしているとはいえ、ルイアの獣の足の方が早いのは当然だったのだ。

「「いや、役立たず君と呼んだ方が良いかね?」」
「「知っているよ、君の呪いのことをね。悪魔を殺したら大変なんだろう?」」

二人の無甚は、同時に話す。どちらかがルイアなのだろうが、見ただけでは判断が着かない。

「「さぁて、私を攻撃出来るかな?間違えて悪魔を殺したら君は……クク……」」

「無甚……お前っ……!」

佐倉の呪いを利用した卑劣な作戦。だが、佐倉には突破口が見えていた。
祓い煙草。これを使えば、悪魔を判別出来る。佐倉は、取り出した祓い煙草に火をつけると、その煙を二人の無甚に向けた。これで、悪魔だけが苦しむ筈。そう思われたが……

「「グ……グオ……ゲホッ……グェエ……!」」

なんと、苦しんだのは両方だった。いや、無甚は苦しむ演技をしているだけだろう。だが、その演技は完璧。見ただけでは、判別不可能だ。恐らく無甚は、実際にルイアに祓い煙草の煙を向け、その苦しみ方を研究したのだろう。

「対策済みって訳か……」

「「ク……クク……驚いたかね?これでも私は、学生時代演劇部でね。さて、私の番だ!」」

「くっ……!」

二人の内の一人の無甚が、佐倉の腕を殴り、祓い煙草を叩き落とした。
追い詰められた佐倉は、再び煙草を取り出し、火をつけた。

219 ◆CELnfXWNTc:2016/03/07(月) 20:39:01 ID:6NXacEA.0
◆◆◆

「「ククク……無駄だよ。いくら、祓い煙草を使おうと結果は同じ。」」

佐倉君は、また祓い煙草か。無駄だと言うのに。また私の演技を見せてやるとするか。

「ガハッ……グオッ……ゲホッ……」

クク……どうかね?私の名演技は?

煙に包まれ、苦しむ演技をする無甚。内心得意気に、佐倉の方を見る。そこには……

「な!?なにぃっ!?まさか、見抜いて……」

櫻殺から展開された光刃と共に、無甚に迫る佐倉の姿があった。
避けられない!無甚がそう思った頃には、もう遅い。その体は、光刃により両断された。

「ぐうああああぁ……こ、この私が……や、役立たずなんかにぃ……ぐえぇ……」

演技ではない苦しみと共に、無甚は息絶えた。

「無甚、一つ教えてやる。確かに祓い煙草をいくら使おうと、結果は同じだ。だが、俺が二回目に吸ったのは祓い煙草じゃない。普通の煙草だ。」

息絶えた無甚の前で、種明かしをする。佐倉は、普通の煙草を祓い煙草に見せかけて吸ったのだ。それに気づかず、無甚は一人で苦しむ演技をしてしまった。ただ唖然としている様子のルイアの隣で。

「もっと周囲に目を向けていれば、防げたのにな。自分の研究のことしか、考えていないお前らしい最期だよ。」

自分の研究しか頭に無い無甚は、研究材料であるルイアのことなど、よく見ていなかったのだ。そして、その結果負けた。

「さて、悪魔。お前はどうする?」

「グゥ……」

尋ねられたルイアは、急ぎ撤退した。佐倉には敵わないと判断したのだろう。そもそも、ルイアはグレイの配下だ。彼の命で無甚に従っていただけだ。無甚が死ねば、ここに留まる必要は無かったのだ。

この戦い、佐倉の方が一枚上手であった。

◆◆◆

一方、廃ホテル前の雑木林。ノラと戦っていたセリエは……

「これは少々厄介だな……」

ノラの能力に苦戦しているようだった。尤も、ノラが本来持っている能力ではない。それは、悪魔の細胞により手にした能力。悪魔グレイの構成能力だ。
グレイ本人のもの程強力では無いが、ノラを必要以上に傷つけることが出来ない今のセリエを苦戦させるには、十分であった。

「くっ……」

銃を作り出し、発砲。避けて近づけば、剣を作り出し斬りかかる。攻撃を避けるのは、難しくないが、中々羽を狙うことが出来ない。このままでは、ノラに埋め込まれた細胞が、より侵食してしまう。
それに、どうやらこの細胞、学習をするらしい。先程よりも動きが良くなっている。こういった面でも、長期戦は、危険だろう。

「埒が開かないな……だが、学習する細胞か……つまり……」

一旦、体制を立て直し、策を練るか。そう考え、セリエは上空へと飛んでいく。そして、一つの木の枝の上へと飛び乗った。それにより、ノラの目から逃れられた。そこで一旦思考する。この状況を突破する策を。

さて、学習をするということは、相手も策を使うかもしれないということだ。そして、林で姿を隠した相手に使う策といったら……

木の上から、下を見ると、火炎放射器を作り出し、周囲の木々を燃やす火計を実行しようとするノラの姿が。

「そう、炙り出す為の火計……これを逆手に取れば……」

策を練り終わったセリエは、木々を次々と飛び移り、ノラの周囲をぐるぐる回る。ノラに発見されるが、目が捕らえきれていないので、攻撃は食らわない。だが、これだけでは反撃は出来ない。
やがて火は、周囲の木殆どに燃え移り、煙を充満させた。

「もはや、これまでだな……」

そう呟くセリエ。策は失敗したのだろうか?

「お前の暴走は」

「……っ!?」

否、これまでなのは、ノラの方だった。煙を吸ったノラは、苦しみだし、動きを止めた。
しかし、悪魔が火災の煙を吸って、動きを止めるなど有り得るのだろうか?いや、無いだろう。それなのに、何故か?答えは、祓い煙草を使ったからだ。
セリエは、木々を飛び移った時に各所に祓い煙草を設置しておいたのだ。そして、火が燃え広がった時にその煙草も燃やし、悪魔を苦しめる煙を発生させる。それが、セリエの策だ。

「待っていろ。今、解放してやる。」

そして、木の上から、動きを止めたノラの羽に向け、一閃。見事、羽を切り落とした。

220 ◆CELnfXWNTc:2016/03/07(月) 20:39:36 ID:6NXacEA.0
◆◆◆

「佐倉の援護を……いや、その必要は無いな。」
「あっちも終わったようだ……」

ホテルの方を見れば、佐倉が此方に戻って来ている。
暫くすれば、ノラは目覚めるだろう。ただ、これだけのことをされたのだから、後遺症が無いかの検査入院は避けられないだろうが。

「セリエさん……ありがとうございます。本当に、何て言ったらいいか……」

「いや、礼はいい。私も、お前と同じ気持ちだったからな。」

「セリエさん……」

やはり、この人は、自分の研究のことしか考えていなかった無甚とは違う。同類なんかじゃない。確かな人の暖かさを感じられる。そう思う佐倉だった。

……無甚が死に、戦いは終わり、ノラを助けられた。合流したセリエと佐倉は、気を失ったノラを連れ、APOHへと帰還した。

221 ◆CELnfXWNTc:2016/03/07(月) 20:40:56 ID:6NXacEA.0
//>>218->>220は、>>211宛てです。

222思いはこの胸に ◆CELnfXWNTc:2016/03/09(水) 21:45:51 ID:WMSJckpE0
クラーク修道院、ヴァイオレットの部屋。主を失ったその部屋は、いつまでも主の帰りを待っているかのように、生前のヴァイオレットの生活の跡を残していた。

「……ただいま帰りました……」

そこへ、一人の少女が入ってくる。検査入院を終えたノラだ。だが、彼女の声に答える部屋の主は、もう居ない。
検査の結果、体に大きな異常は見られなかった。ただ、悪魔の細胞を取り込んだ影響なのか、それとも自身が成長した結果なのか、今まで使えなかった炎を操る能力に目覚めていた。
結果的にこれで、また強くなった。それは喜ばしいことなのだが……

「……マザー……私、どうしたら……」

私は、強くなんてなれない。私が弱いせいで、佐倉先生やセリエさんに迷惑をかけてしまった。私は、弱い。私は……

「マザーみたいに……強くなれませんよ……」

写真立てに入った、ヴァイオレットとノラが映った写真を手に取り、涙を流す。
マザーという支えを失った私は、こんなにも弱いのかと……

「マザー……」

写真立てに零れた涙を拭こうとした瞬間、写真の裏にもう一枚何か紙が入っていることに気が付いた。

「これは……?」

取り出して広げてみると、それはヴァイオレットが書いた遺書であった。

『ノラへ。これを読む頃には、アタシはもう居なくなっているだろうね。本当は、直接伝えたいんだけど、アタシの体じゃそれも厳しいかもしれないから、ここに記しておくよ。
いいかい、ノラ。アンタは、アタシを守るとかなんだとか言ってたけど、アタシはそんなに弱くない。勿論、佐倉やアンタと共に合宿に参加した奴等もだ。だけど、一人でやっていける程、皆強くもないんだ。人は、強くもあり、弱くもある。強い奴ってのは、皆、誰かを守り、守られている。それは、アンタも同じさ。
だから、守るな、とは言わない。だけど、守られな。一人で皆を守るために、強くなるなんて、出来やしない。守り合い、助け合うんだ。それが、仲間さ。』

「仲間……」

そうだ、合宿の時に学んだことじゃないか。それなのに、私はマザーを失って、他の皆まで居なくなってしまうんじゃないかって、怖くなって……それであの男に……
大切なことを忘れていた。マザーごめんなさい。そして、ありがとうございます。
居なくなってからも、マザーに助けられるなんて。何だか情けなく感じつつも、嬉しかった。
そのまま、続きを読むノラ。

『それに、アタシは居なくなっても、アタシの思いは、受け継がれしクラークの魂は、アンタの心に生き続けるよ。アンタは、一人じゃない。アタシの思いが付いている。仲間が居る。だから、強く生きな、ノラ。』

「マザー……」

マザーが最期に言いたかったこと、これだったんだ。
涙を拭き、前を向くノラ。すると、更にもう一枚紙が入っていることに気付く。そこには……

『……最後に、アタシからのプレゼントだ。アタシの遺した聖具、今のアンタなら、使えると思う。』

「マザー……私、強くなります。強くなってみせます。」

胸に、マザーの思いを抱き、本当の強さを理解したノラ。彼女は、強くなること、そしてこの戦いを終わらせることを決意し、再び歩き出した。その両手には、黒い外殻の剣と銀の剣が握られていた。

223先生と生徒 ◆UBnbrNVoXQ:2016/03/09(水) 23:34:08 ID:R3rU1bJo0
夜桜学園の窓越しに、夕日が落ちる。
今日も今日とて最後まで図書室に残っていた福居は、鍵を返すために職員室までの道程を辿っていた。

「失礼します。図書委員の福居です。図書室の鍵を返しに来ました」

扉を開けると、お疲れ様、と声がした。
つい最近世界史教師として赴任してきた四羽だ。
こちらに笑いかける面差しは若々しくも華やかで、軽薄そうだと眉を寄せる一部生徒を除けば概ね好かれている。
福居としては、少々駆け足ながらも的確な授業をする良い先生だ、という印象だ。

「そうだ、福居。ちょっと」

鍵を受け取った四羽が手招く。一瞬戸惑った後、四羽に近づきすぎない距離でついていく。
何かに怯え警戒した態度だが、四羽が指摘しないため福居も自覚することはない。

四羽の机の上は、書類と教材、私物なのだろう洋書が整頓された状態で並んでいる。
その机の引き出しから、四羽は薄い何かを取り出した。

「はい、これ。お前に返しておいてくれって、佐倉先生が」

一瞬、福居の鼓動が跳ねた。
反射的に差し出した手で受け取ったのは、間違いなくあの日佐倉に貸したタオルだ。

佐倉は、もう福居のいる学園の先生ではない。

辞職したのだという話を、念の為の検査で学園を休む日が時折あった福居は、友人越しにしか聞けなかった。
福居が、対外的には「通り魔に襲われて軽傷」と説明される事件に遭った日から、佐倉も学園に来ていなかった。
正確には、佐倉とセキモトが。
だから、生徒たちの間では専ら、通り魔に襲われた福居を佐倉とセキモトが助けに入って深手を負ったのだろうと噂されている。
その日の記憶が曖昧な福居には肯定も否定も出来ず、そんな彼女に周囲は余程怖い思いをしたのだろうと労わってくれる。

けれど。
確かに自分は数日経てば消える傷だけで済んで、それは桜井たち後輩のおかげらしいと聞いたけれど。
あのとき、自分に深々と刃を突き立てて嗤ったのはセキモトで、直前の明瞭な記憶からしてもセキモト以外に有り得なくて。
そして、これは自分の願望が生み出した幻だろうけれど、それならばもう少し優しくあってほしかったけれど。
意識が暗闇に沈む中、自分の命が死に傾いていることをまざまざと突きつけられる中で、聞いた底冷えのする声は――……

「今度佐倉先生と送別会兼ねて飲みに行くから、何か伝言あるなら聞くよ」

斜め上から降ってきた声音に、弾けるように顔を上げる福居。
視線を一度横に流し、目を伏せ、そのままで言葉を紡ぐ。

「…………ありがとうございました、って、伝えてくれますか?」

当たり障りのない謝辞だ。生徒が職場を去る教師に贈る言葉としては間違いなど何処にもない。
しかし、四羽は了承の意を示さなかった。代わりに、静かに告げる。

「なあ、福居。教師、ってな、お前が思うほど優しくないんだ。少なくとも、僕は。だから」

手が伸ばされる。体がすくむ。
体温の低い掌が、頬に張り付く髪を払う。張り付いたのは、湿っているのは。

「もしも佐倉先生にお前の様子を訊かれたら、僕は嘘をつかない。それでも、いいか?」

――全ては、眦から滑り落ちる雫のせい。
ぶんぶんと首を横に振る。視界が滲んで揺れる。喉の奥で絡まる声を、必死で押し出す。
もしも今から返すものがただの我儘だとしても、これだけは譲れない。

「言わないで、くださいっ……」

泣いていたなど。泣いて別れを惜しんでいたなど。
生徒にそこまで思われるのは、もしかしたら教師冥利に尽きるのかもしれない。
それでも、佐倉は自分が泣くことを喜ばない。そんな気がした。
いつも穏やかに自分たちを見守ってくれていた、守ると言ってくれていた、……きっと、本当に守ってくれていた。
そんな彼の人知れぬ尽力で、今の自分の学園生活があるのなら。

「泣かない、って、決めたん、です。
 ……二度と会えないかもしれなくなったとき、思い出して貰うのは、笑顔で、って」

――何も知らない顔で笑うことが、自分の義務で、恩返しだ。
その言葉は、ぼろぼろと涙を零す姿からは、矛盾に過ぎる言葉だったけれど。

「……分かった。寂しがってたとは、伝えとくぞ?」

四羽は頷き、福居が落ち着くまで、彼女の髪を梳くようにして、ずっと待ってくれていた。



//ソロールです。エンドイベントで何があってもいいように、諸々回収。

224四羽 音久 ◆UBnbrNVoXQ:2016/03/10(木) 23:49:15 ID:R3rU1bJo0

寒さが僅かに和らいだ日の夜桜学園。
二年生の教室では、四限の世界史の授業が行われている。

「……で、この内乱を契機にグラナダの包囲が始まり、1942年に陥落、レコンキスタが集結する。
 このときに滅亡したのがナスル朝な、覚えとけよ」

派手な見目とは裏腹に、四羽の授業は簡潔で、板書も要所に赤が僅かに引かれるばかりだ。
ふと話題が横道に逸れたのも、腕時計が授業終了まであと数分残っていると主張しただけだと殆どの生徒は感じるだろう。

「難攻不落と言われた壁が、こともあろうに内部の争いで落ちるってのは皮肉だよな。
 このとき再征服軍側に囚われた捕虜への仕打ちは残酷極まりなかったとも言われてる。
 異教を信じる者は悪魔も同然、ってな。……今、当時の仕打ちを反省する動きがあるんだったか。
 何を悪とするか、『悪魔』とは分かり合えないとするかどうか、滅ぼすべきとするかどうかは時代次第、っていう好例だ」

一部の者には劇薬にも等しい『雑談』である。
語り終えたところでチャイムが鳴った。四羽は教本を閉じて授業を締めくくる。

「よし、授業終わり。分からないところあった奴は聞きに来い。後で泣いても助けてやらねぇぞ」

忠告を聞いているのかいないのか、教卓近くに集まる真面目な生徒は一人もいない。
教室を出る直前で女子生徒の甘ったるい声がかかるが、ひとつ頭を撫でてやってすり抜ける。

教本を置きに職員室に戻り、携帯栄養食と缶コーヒー、煙草を手に屋上へ……時計塔の見える場所へと向かう。
夜桜学園に赴任してからというもの、業務に携わらなくていい時間は悪魔たちの目標の監視に費やすことが四羽の日常になっていた。
簡素極まりない昼食もそこそこに、手すりにもたれて煙草に火をつける。
余談だが、四羽は料理が出来ないわけではない。折角大体のものが美味しい母国に戻っているのにわざわざ自炊する気にはなれないというだけの話だ。もっとも、そのわりに口にしているものは味も何もあったものではないのだが。

まだ肌寒い風が吹く。紫煙が揺蕩う。
流石に昼間から攻め込む蛮勇の輩はもういないか、と携帯を取り出す。
その中には、彼が手ずから英訳した海馬市絡みの事件の報告書が詰め込まれていた。
人名も適宜仮名を当てているため、何も知らない者ならば仮に訳しきっても荒唐無稽な小説の類に思えるだろう。
だが、どれもこの市内で現実に起こった事件で……その功労者の名前に、四羽音久の名前はひとつとしてない。

当然だ。四羽はAPOHの人間ではない。権謀術数渦巻く上層部が、今更亡霊烏に勲章を授けるはずがない。
四羽としても、本来の戦場を欧米に移した以上、古巣での栄光は、貰えるなら拒まないが奪い取るほどでもない。

そして、助言を求められたわけでもない現状、四羽に人命救助を要する場面以外で積極的に動く動機はない。
助けなど必要ないと言うのであれば、上官の命令でもない限り、わざわざ部外者が口出しする必要はないのだから。
それが四羽の礼儀であり、優しさであり、穿った見方をすれば最初から切り捨て見下す冷酷さだ。

──死なせはしない。だが、その心まで汲むかどうかは、全く別の話だ。……少なくとも、今は。

有害だと分かっているものを肺まで吸い込む。息を吐く。
空へと昇る煙を眺めながら、四羽は警戒を崩さない。
いつ生徒が来てもいいように、表情だけはどこか軽薄な雰囲気を保ったまま。
誰かが屋上に現れるか、携帯で連絡を取るか……あるいは予鈴が鳴るまで、彼はこのままだろう。
その姿は、まるで信じ託せるのは最早この場では自分ひとりだとでも驕るように見えるだろうか……。



//25時以降は置きになりますが、それでも宜しければ。

225佐倉 斎 ◆ovLCTgzg4s:2017/08/27(日) 23:36:44 ID:vSPbIRFM0

海馬市で巻き起こった嵐が収束してから数週間後。佐倉斎は、京都に召喚された。
APOHの施設での検診というのが名目だったが、海馬市の件も絡んでくるのは明らかだ。
事態の困窮もさることながら、堕天六芒星との交戦、草薙の死。佐倉の話を聞かせろという者は片手で数え切れない。
この日も、行き先は研究機関ではなく邸宅。市街から車で数十分。それから少し、竹林の道を歩いた奥に、その邸宅はあった。

「君は酒を飲んだかな。秘蔵のワインがある。」
「頂きます。……けど、いいんですか。まだ昼間ですよ。」

──“相手”は旧知という意味では簡単だが、状況としては難しい人物だった。
家主の名は、“灰條 嵐馬”。若き頃からAPOHの実務畑を渡り歩き、未だ40代ながら、現在は西日本監査部門のトップにある男だ。
応接間に通された佐倉に、和服姿の灰條が手慣れた様子で饗応する。白髪交じりの髪を撫で付けた彼がグラスに注ぐ姿は、妙な色気があった。

「だから、秘蔵なんだ。家人には他言無用という事さ。……うん、馨香だ。悠久を感じる。どうぞ。」

近い将来、更なる上を狙うとの噂も喧しいが──佐倉からすれば、それは単なる噂にしか聞こえない。
上に行くのは確かだろう。だが、狙う、と言うよりは、彼の能力と人格が秀でているが故に、上り詰めざるを得ない人間だ。

「春日のご隠居から頂いた物でね。……そう言えば、あそこの嗣子だが、朱御門の分家との婚姻は取り止めとなったらしい。」

元々、春日縁と大宮優子の婚約は、春日家が更なる跡継ぎを望んで頼み込んだ、という形だったらしい。
つまり、春日縁は危うすぎて跡継ぎにできたものではない。するにしても、その期間は最小限にしておきたい。
できれば高校を出ると同時に婚姻させ、子を産ませたかったのだろう。だが、春日縁が幾分か“マトモ”になったので、その必要はなくなった。
聞いた話だと、春日縁本人が反対の意思も示したらしい。朱御門の方も、裏向きでは春日との接近を望んでいなかったのだろう。すんなりと、話は立ち消え。
無論、後半は佐倉の推測だ。四家政治の舞台裏など、権謀術数が渦巻き過ぎで、考えるのも阿呆らしくなる。

「── さて、海馬市の一件については報告を受けている。」

彼が言う一件、というのは、主に草薙絡みの話だ。彼の策謀と死。──そして、それに伴い、佐倉がフォンと馨を連れ、裏で動いたこと。
バレなければ万々歳だったが、まぁ、呼ばれた時点でバレてるのは分かっている。問題は、ここからの話の持って行き方だ。
他所の管轄から無断で人員を引き抜き動いたとなれば、それなりの処分を受ける。下手を打つことはできない。

226佐倉 斎 ◆ovLCTgzg4s:2017/08/27(日) 23:38:04 ID:vSPbIRFM0


「事の成り行きについて君に訊く積もりはない。それに、君の考えは理解できているつもりだ。」

灰條の話は早い。こちらから切り出す暇もなく、本題に入り込んでいく。

「李風覇の方は近々、本国への帰還が決まっている。彼は元からあちらの人間だ。処分の下しようがない。
 もう一人──あの跳ね返りは大方、向こうから君に連れて行けと言い出したのだろう。草薙の首さえ取れば、“事の終わりは始めに勝る”と。」
「……それも、“秘蔵”ですね。俺の口からは是とも非とも言えません。」

血のように紅いワインを口にするが、味がしない。ここまで全ての思惑を見破られていると話が早い、というより底冷えする思いだ。
灰條からすれば、草薙が消えるのは悪い話ではない。上のポストが1つ空けば、自らも自動的に上がる。だが、灰條はそれだけで勝手を見逃す人間ではない。
もうひとつ、彼がこの件を追求できない理由がある。

「ただ、1つ言えるとすれば“娘さん”は賢い人間ですよ。あと、勇敢です。うんざりするほど。」
「賢(かしこ)い女性は引く手数多だが、賢(さか)しくてはね。親としては頭が痛い。君が貰ってくれるなら助かるんだが。」
「俺には勿体無いです。40になっても独り身なら、頂きましょう。」
「本人にはそう伝えておこう。」

くつくつ、と灰條が笑い声を漏らし、佐倉が笑みを浮かべる。
これで、“灰條 馨”の件も不問と考えていいだろう。海馬市絡みで引きずった面倒事は、精算できた。

残っているのは悪くない思い出。久々に誰かを守れたし、誰かに助けられた。誰かが死ぬのを見送るのも。
それに、数年間、死んだように生きていた自分とは対照的に輝いていた子どもたち。──色々なものに当てられたのだろうか。
本当に、久しぶりに、未来のことを考えてみる気が湧いてきた。身体は満足に動かないが、心には火が点き始めている。
その明かりがついて、やっと見えるようになった。伽藍堂の俺の中に注ぎ込まれていた、色々な人の、色々な物が。


 「……それで、灰條さん。少し、相談があるんですが。」

 「相談、か。──橘が死んで、“天羽々斬”が折れてから、何年になるかな。」


だから、やれるだけはやってみよう。折れた物を鍛え直すぐらいなら、俺にでもできるかも知れない。


/佐倉斎の1期エンディングです

227そして烏は巣に戻る1 ◆UBnbrNVoXQ:2017/09/05(火) 01:09:10 ID:R3rU1bJo0
 海馬市の一連の事件は終結した。しかし、他の魔変は良くも悪くも変わらぬままだ。そして、息のつけない争いと駆け引きは、時として退魔師の日常である。

『……,Let me mail her and you later.Bye』
「Thank you for kalling. Good bye. ――Sie hat davon gehoert,night wahr?」
『Ja.Bis bald』
「Auf wiedersehen」

 歩きながら二つの携帯端末を操作して情報共有を行っていた四羽は、会話を終えると後ろを振り返った。現在の時刻は夕食時には今少し余裕がある頃、場所は大通りを僅かに外れた街道、四羽の背後には李と馨、その二人をまとめて見守る形で佐倉がいる。先の戦いの代償として入院を余儀なくされていた四羽が、快気祝い代わりに食事に付き合えと、かつて轡を並べて戦い今回の戦いでも街の防衛に限れば自分より功績を上げたと言える三人を呼び出したのだ。

「悪いな、お前ら」
「相変わらずkとcの区別がなってないネ、四羽先輩」
「うるせぇお前が言うな」

 一方の通話相手にもう一方の通話内容を盗聴させていた、その事実に触れない李の察しの良さに、薄々感付いている言語能力を知らぬふりであげつらう形にして返す。そのまま残り二人にも問う形で声をかけた。

「さて、お前ら和洋中のうち何食いたい?」
「何でもいいよ、任せる」
「そうだね、四羽先輩の連れてってくれる店なら……ああ、あんまり堅苦しい店はなしで」
「もちろん中華一択ネ!」
「待て風覇、お前は帰ればいくらでも本場の食えるだろうが」

 至極まっとうな差し戻しを行えば、豊かな袖がばさばさと翻っての抗議が起こる。

「分かってない! 分かってないネ四羽先輩、あくまでラーメンが一菜に過ぎないアチラと違って日本は最早主食! ならばラーメンの本場は最早日本と」
「よし後でラーメン奢ってやるから考え直せ」
「肉」
「和洋中で答えろっつったろ馬鹿」

 まだ本調子ではない側の足で蹴りの構えに入る四羽、心得た顔でわざとらしく佐倉の影に隠れようとする李、それを片手で阻んで追い払う馨、様式美を一通り済ませた後に、冗談の範疇で言い争う後輩を眺めて脳内での検索を終えた行き先を告げる。数年前にも向かった店だ。
 くすくすと、差し挟まれた穏やかな笑声に水を向ける。

「何だよ斎」
「いや……懐かしいなって。飯のことで騒ぐのってさ、三羽烏が帰ってきた合図みたいなものだったろ」

 何の他意もなく語られた過去。そうした形で告げられれば、四羽も心を乱すことなく返せる遠い日。

「そうだったな」

 ガキはちゃんと食えとうるさく言っていた女の声も、奢ってやるから食いに行くぞと片手をあげた男の背も、四羽の中で鮮やかだ。今から向かう店で、こういう場所を覚えておくと役に立つと言ったのはどちらだったか。

228そして烏は巣に戻る2 ◆UBnbrNVoXQ:2017/09/05(火) 01:10:20 ID:R3rU1bJo0
 我知らず述懐に耽っていると、いつの間にやら李と代わる形で距離を詰めてきていた馨が、四羽の前に回りこみ顔を覗き込んだ。

「懐かしいと言えば。四羽先輩、今日はカラコンしてないんだね?」
「ああ。向こう半年はカラコン禁止。任務の時は眼鏡だな」
「見えるの?」
「裸眼両目で0.5……って分かんねぇよな、仕事や運転はともかく、普通に街歩く程度なら問題ない。店も道覚えてるし」

 数メートル先にある信号機を見やる。その下の通りの表記はぼやけて読めないが、記憶と照合すれば、直下の横断歩道を渡って左、そこから二つ目の角の先が目的地だ。

「もし万一のことがあったら、ナビ頼むな、馨?」
「任せて。なんなら今ここでハグしてくれるなら先輩の為の盲導犬にでも執事にでも何にでもなるよ」
「お前言葉のチョイスどうかと思うぜ? まあでも」

 赤に変わった信号。横断歩道の直前で、腕を広げる。

「今回お前頑張ってくれたらしいからな。おいで」

 馨、と言い切るか否かのところで先程から通り過ぎる者の目を奪っていた麗人が飛び込んでくる。かつてはこのやりとりで散々非難を受けたが、四羽にしてみれば毛並みの美しい獣が偶然懐いたようなものだ、先輩後輩としての情はあれどそれ以上でもそれ以下でもない。

「先輩」
「んー?」


「――このまま、APOHに戻ってくる気はないのかい?」


 賢しい女だ、と思うのはこういうときだ。
 単純に昔馴染みの先輩に甘えているのか、組織を見捨てたも同然の自分の覚悟を問うているのか、斟酌する間があればその間をこそ詰る理由とするのだろう。だからこそ、何でもないかのように、間髪入れずに答える。

「今は国外にいるほうが動きやすいからな。悪魔屠るにも、たまにお前ら助けに来るにも」

 とうの昔にAPOHへの帰属意識を捨てた四羽には。

 ――二年前、二十三歳のとき。
 追いかけていた人間を立て続けに喪い、盟友達も一人また一人といなくなり。
 その中で、元々遊撃隊と本隊の気質の差があり、同世代の中では幾らか交渉術に長けていて、心身共に無事な部類だった……だからこそ見聞きし理解したものが、ある。
 そうして胸に抱えたものは、仲間と思う眼前の三人であっても、話す気はない。少なくとも、今は。

 失望し、諦観し、まだ同胞や後進の残る場所だと分かっていて、APOHを捨てた。それが、APOHの上層部が今も『独立戦闘部隊の亡霊烏』と呼ぶ男の全てだ。

「それに、今回の件と二年前の件で上司に恩がある、しばらくは離れらんねえよ」
「四羽先輩がそこまでご執心だなんて、ちょっと妬けるね」
「やめろ。うちの女王は近距離戦にはめっぽう弱いんだよ、戦おうとすんな」

 わしゃわしゃと頭を撫でれば機嫌の良い猫が喉を鳴らすような声が返る。目の前で車が通り抜け、横に並び立つ気配がふたつ。

「オト、馨、そろそろ信号変わるよ」
「馨が頭おかしいのはいつものことネ、無視するが吉ヨ」
「りょーかい。続きはまた後でな、馨」
「先輩のまた後ではいまいち信用ならないなあ」

 そこだけ切り取ってしまえば、久しぶりの再会を懐かしむ若者達に間違いはなく。少なくとも流れる空気の軽やかさだけは、彼らに由来する何を持ち出したとしても疑いようがないひとときが、そこには確かに存在していた。

229そして烏は巣に戻る3 ◆UBnbrNVoXQ:2017/09/05(火) 01:11:43 ID:R3rU1bJo0

 そして、時計が少しばかり短針を動かした頃。
 皆に一言断って中座し、路地裏に出た四羽は、壁を背に携帯端末を取り出す。健気に着信音を鳴らし続けていた端末を操作すれば、聞こえるのは流暢な日本語だ。

『ごめんなさいねオト、休暇中に。今大丈夫?』
「貴女のためなら例え旧友との語らいの最中でも空けますよ、女王」

 相手の国の現在時刻は、と腕時計が示す時刻から換算している四羽の耳に、ひそやかな声が忍び込む。

『古巣に、戻りたくなった?』

 そこに、嫌疑や焦燥はない。ひたすらに穏やかな、言うなれば放蕩息子からの電話に肩をすくめる母親のような声だ。

「いいえと、即答しては嘘になりますね。あいつらの為の遊軍に戻れるなら何が出来るかと、考えなかったわけではありません。ですが、……言葉遊びではないですが、友軍のほうが守れるものもある。――今回の件、そちらでは?」
『これ以上皆が帰ってこないようならアンジェリカが動くつもりだったみたいだけど、何事もなく終わったらいくらお転婆娘でも少しはお淑やかにするわ。フランチェスカが漁夫の利を狙って横槍を入れていたから、私からも口添えを、ね』
「それはどうも」

 挙がった名前は、見目も頭も良い女性達……ではない。人ですらない。盗聴の危険性を恐れ名前を出すことすら憚られる組織の、隠喩だ。
 大きく息を吐き、目元を空いた手で覆う四羽。今回の草薙からの指令で何より案じていた部分はそれだ。他の場所での魔変は終わっていない。他の場所での権謀術数は、終わっていない。――しびれを切らした他の組織の侵略を良しとしない程度には、まだ愛着はある。

 自分を遺して逝った者たちは、APOHの為ではなく誰かを悪魔から守る為に戦っていた。
 ゆえに、より悪魔と戦いやすい場所を選ぶことに、躊躇いはない。
 けれど、彼らがAPOHとして守ったものを踏みにじられ塗り替えられることには、まだ耐えられない。

『……ねえ、オト? 私は野心家な男は好きよ、それこそ身を滅ぼしかけたくらいにはね』

 不意に、電話越しの声が纏う色を変えた。誰のことを指していることは察せど、何を言わんとしているかには理解が遅れる。



「私の烏は、西も東も見はるかす双頭の烏になるような強欲さは見せてくれないのかしら?」



 数拍の後。理解して、笑う。

「いつ盲目になるかも知れない男に、とんだ皮肉を言いますね、女王。……もし、また今回のようなことがあったら、――『休暇』を、いただきますよ」
「きっと許してあげるから、諸方面の挨拶まわりを終えたらまっすぐ帰ってきてちょうだい。しばらくはそばを離れさせないわ。今回と、……『次』の分まで」

230 ◆SWPOXuu/ls:2017/09/06(水) 20:26:44 ID:XcQX46DQ0
4月某日、朝の日が差し込める中、修道院から姿を現したのは、フードを被った少女、ノラ・クラークであった。

「もう4月なんですね……」

日差しに対し、眩しそうに目を細める。相変わらず、日差しは苦手な体質だが、嫌いではない。

「この前まで、雪が降ってたのになぁ……」

雪の痕跡など、残っていない庭を見てあの日を思い出す。

あれは、クリスマスのころだったか、あの雪降る聖夜。思えばあの日、秋宮さんと出会ったことが、私が変わる切欠だったのだろう。マザー以外に信頼できる人が、出来たのは初めてだった。

「さて、そろそろ行きましょう。暫くは、この街にも戻ってこれなくなりそうですから……」

修道院から、外へ移動する。私は、ある決意をし、この街を一旦去ることにしたのだ。その名残惜しさから、この街を今のうちに周っておきたかった。



時は少し遡り、コピールシファとの決戦から間もなかった頃。

「えっ?私がマザーの名を……」

修道院では、次期修道院長に私ノラを推す声が高まっていた。修道女達が言うには、近頃マザー・ヴァイオレットに似てきたからだと言う。

『そう、弟子の貴方なら、ふさわしいと思うのだけれど』

「う、嬉しいですけど、それはまだ、私には重いです。」

私は確かに強くなったのだろう。心身共に。だけれど、それは、マザーや支えてくれる皆が居てくれたから。今回の戦いだって、私一人じゃ乗り越えられなかった。助けられてばかりだった。
勿論、私だって、皆の助けになれたとは思うが……それでも、やはりマザーの名は“今は”重く感じる。そう、“今は”……

「分かりました……私、マザーの名を継ぎます。ですが、少し時間を下さい。修行に出かけたいんです。私が、その名にふさわしいエクソシストになる為の修行に」

そこで、以前からより強くなる為に考えていた海外の修道院に修行に行くことを、決意したのだった。

231 ◆SWPOXuu/ls:2017/09/06(水) 20:27:18 ID:XcQX46DQ0


「それで、秋宮さんと出会った暫く後に、佐倉先生に私の正体を打ち明けたんだっけ……」

修道院を出た私は、外から修道院を眺め、佐倉先生に自分の正体を打ち明けた日の事を思い出す。あの頃は、とにかく自分の正体を知られるのが怖かった。けれど、先生は、ありのままの私を受け入れてくれた。本当に、いくら感謝してもしきれないくらいだ。

私は、そんなことを思いながら、夜桜学園へと足を進める。4月ということもあって、綺麗な桜が咲き誇っていた。

夜桜学園、ここでも色々あったが、やはり一番記憶に残っているのは、あの強化合宿だろう。あの時、力を合わせることになった皆、桜井先輩や春日先輩、咲羽先輩に大宮先輩、マヤ先輩にマユ先輩、矢張身さん。皆、大切な仲間になれた。特に、マヤ先輩には何度も励まされたな。
桜井先輩や咲羽先輩の正体には、驚いたし、どうなるかと思ったけど、紡いだ絆はそう簡単に無くならなかった。そして、皆が力を合わせ、あの鎧姿の悪魔を倒すことが出来た。

「この学校とも、暫くはお別れですね。」

もう少しここに居たい気持ちもあったが、まだ行きたい所もある。そう思い、舞い散る桜の花弁をバックに、夜桜学園を後にする。

続いて、訪れたのは、街中の小さな神社。あのマザーを失ってしまう切欠となった戦いの舞台だった。

「あの時は、本当に辛かったな……」

自分は強くなったと思い込んで、結局マザーを戦わせてしまって……
そして、その後も、強くなることだけに固執して……あの研究者に拐われ、悪魔の細胞を埋め込まれて、佐倉先生とセリエさんに助けて貰って……
それで、やっと気付けた。守ることと守られることの強さに

感傷に浸っていたが、もう行こう。まだまだ、行っておきたい場所はあるのだから。

次に訪れたのは、ルシファのコピーとの決戦の後、皆で日の出を見たあの山だった。ついこの間のことなのに、なんだか懐かしく思える。
あの時は、黒の月の影響で、自分を見失いかけたけど、黄昏さんや皆のお陰で、自分を取り戻すことが出来た。そして、最後にはコピーのルシファを共に打ち倒した。

「ここは、太陽が良く見えますね。」

今は昼ということもあり、日差しが少し辛い。そう感じ、やはり、私はハーフ悪魔なのだなと思う。けれど、その血を、私の中に流れる悪魔の血を、今は嫌いとは思わない。この力で、皆の役に立てたのだから。

「私は強くなった……けれど、まだまだ……」

山を降り、私は最後に行きたかった場所へと足を運ぶ。

「マザー……」

十字の形をした墓石に向かい、私は語り掛ける。最後に行きたかった場所、マザーのお墓だ。

「私、海外の修道院へ修行に行くことに決めました。私は、確かに強くなったけれど、まだまだマザーの後を継ぐのは、重いと感じたから……」
「だから、ええと、マザー……ありがとうございます。そして、行ってきます。きっと、いえ、絶対マザーの跡継ぎに相応しい強さを手にして帰ってきますから。」

色々、思い出してしまった。マザーと過ごした暖かい日々。涙は見せるつもりじゃなかったのに、どんどん私の両の目から溢れてくる。
涙を拭き、マザーのお墓を後にする。もう出発の準備をしなくてはならない時間だからだ。それに、皆に暫しの別れの挨拶もしなくてはいけない。けれども、未だに涙は止まらない。こんなんじゃ、マザーに呆れられちゃうかな。
……けれど、私の決意は本物ですよ、マザー。絶対に強くなって、帰ってきますから。

最後に涙をぐっとこらえて、墓石の方を振り向き、精一杯の笑顔をマザーへと向けた。

232福居 沙里亜 ◆UBnbrNVoXQ:2017/09/16(土) 23:20:54 ID:R3rU1bJo0
 7駅進めば県庁所在地に辿り着く海馬市で、駅構内が喧騒に溢れるのは、春の夕刻から夜にかけての時間帯だ。ベッドタウンとしての側面を持つがゆえに、新入生、あるいは新入社員によって、一時的とはいえ利用者が増加したように映るのである。

 市内の大学に進学した福居もまた、群衆の中の一人として、普段は使わない路線の改札へと向かっていた。
 卒業してしまえば見る見るうちに遠い記憶へと移り変わる高校生活最後の冬、「通り魔事件」の被害者となった彼女を案じ、父親からは滑り止めで受けていた県庁所在地の私立大学に行ってはどうかという提案も受けたが、受話器越しに笑って首を横に振った。
 海馬市での生活が、生まれてから変わらない彼女の日常で、クラス替えで友人と離れずに済んだと喜んでいた弟の日常だ。それに、せめて自分が就職や結婚で離れざるを得なくなるまでは、両親の故郷で二人の帰りを待っていたい。

 そう思えているのは、後輩達の存在もあるだろう。つい先日学園前の桜並木ですれ違った桜井達は、福居に軽く目礼すると学舎に向かって軽やかに歩いていた。知らない学生が増えており、逆に姿が見えない後輩もいたが、福居は彼らの全てを知っているわけではないし、転入転出は夜桜学園の日常だ。
 学園生活の中で袖が擦り合う程度のきっかけがあって、人知れず助けて貰った。きちんとお礼も言えた。それだけのことだ。

 ──直接お礼を言えなかったひとも、いるけれども。

 今日も今日とてヘアゴムでハーフアップにまとめている髪が揺れる。改札口へと続く階段を上がりながら、胸元を一度握りしめる。あの夜を境に御守りは僅かに色をくすませ、そのことを伝え聞いた母親から新たに銀細工のペンダントを郵送で贈られた。今はどちらも、肌身離さず身に着けている。

「……お母さん、すぐ気づくんだろうなあ」 

 口の中で小さく呟いて、苦笑する。せっかく新しいのをあげたのに、と叱っているのか拗ねているのか分からない顔をされるだろうか。
 そう、今日は数か月……否、半年以上ぶりに、両親が帰ってくる日だ。弟も一緒に行くと駄々をこねたが、母の友人に預かって貰った。これくらいは姉の特権だ。

 最後の段を上がったところで、前方に人だかりが出来ていることに気付く。延長線上には確か液晶の画面があったな、と思い返しながら、福居はちらりと周囲を行き交う人々に目を向ける。拾ったのは、遅延、という言葉。ああ、遅れているのか、と得心する。

 人だかりの後ろに立つ形で、踵を軽く持ち上げる。長身の人間ならばそんなことをせずとも易々と情報を読み取れるのだろうが、同世代の平均でしかない福居には、何が原因でどの路線が遅れているのか分からない。鞄の持ち手を強く握り、眉を寄せる。

 県庁所在地にて低優先対象の悪魔が電車に細工を施し、偶然居合わせた退魔師によって迅速に討伐されたものの結果として15分程度の遅れが出てしまったのだが、それは福居が与り知ることなどない話。彼女はただ、両親が定刻通りに帰って来られるのか、情報さえ足りればすぐに霧散する憂いに、誰にも見られていないだろうと思っている自身の顔を、素直に曇らせている。

233佐倉 斎 ◆ovLCTgzg4s:2017/09/17(日) 20:02:36 ID:Zp4VpA3k0
>>232

人集りに動きが出始める。間もなく運転再開ということで、改札が開放されたのだ。
一旦、改札口が閑散としたことで彼女の目にも液晶がよく見えるだろう。浮かび上がった表示は、“20分程度の遅れ”に変わっている。

それから五分ほどして、今度は改札口の向こうから人々が吐き出されてきた。
彼女には知る由もないが、この乗客達が乗っていたのが、まさに“細工”をされた電車だった。心なしか皆、疲れた顔をしている。
よもや悪魔の仕業と勘付いてはいるまいが、電車が急停車しては急発進を繰り返したというのは、神経を磨り減らせる経験だ。

──もし、彼女が人々の中に両親の姿を求め、その目を凝らすのなら、残念ながらその姿は見当たらない。
だが、一瞬。見覚えのある顔が、見覚えのある歩き方で。改札を抜けて、エレベーターに消えていくのが見えるだろう。



エレベーターの扉が開くと、見慣れた町並みは夕焼けに照らされていた。
電車の悪魔を撃破したのは海馬支部の管内だったので、事情の説明に向かうべき相手方は海馬市役所となる。
仕事の帰りの道すがら、出会した悪魔を撃破したことで、更にタスクが重なり面倒なことこの上ないが、これも自らが望んだことだ。

「海馬支部なら顔見知りも多いし、それほど時間はかからないと思う。
 この駅からは少し距離があるけ、ど、──タクシーは居ない、か。電車遅れてるからな。」

海馬市を離れてから数ヶ月。灰條嵐馬の後ろ盾で、“独立戦闘部隊”としての権限は確保できた。
否。権限“だけ”、と言った方が正しいか。設備も予算も人員も、何も与えられていない。
逆に言えば、戦闘遂行が困難な佐倉の身一つだからこそ、管轄を無視して首を突っ込む、という権限が、ギリギリで与えられたともいえる。
現在、何とか集めた構成員は、佐倉を含めて三名。そのうち一人はオペレーター。佐倉は悪魔と戦闘ができても、倒し切ることはできない。

「レンタカーを借りて来ます。」
「いいよ、歩こう。無駄金使ったら怒られる。」
「……帰りが遅れても、怒りを買うのでは。」
「……なるほど。どっちにしろ怒られるなら使おうか。」

都合、唯一のまともな戦力は佐倉の隣に立つ、表情と口数の乏しい男──藤堂真一郎のみということになる。
電車に細工をした悪魔を撃破したのも、この男だ。歳は1つ下。背丈は佐倉よりも少し高いので、人混みの中にあっても、公務員らしい刈り上げの頭が目立つ。
無言で頷くと、彼はロータリーから少し離れた所に見える、レンタカー店へと歩いていった。諸々の手続で20分弱はかかるだろうか。

手持ち無沙汰となった佐倉は、残ってたか、と呟いて、ポケットの箱に手を伸ばす。いくらか入っていた煙草の一本を取り出すと、口に咥え、ライターで火を点けた。
恐らく路上は禁煙だが、ロータリーの端も端だ。人が通ることはまずないから許して貰おう。

こうして町並みを見つめていると、この街であった色々なことを思い出す。
此処に来る前の自分は、今思えば枯れ切っていたのだろう。それでも自分はまだ枯れていない、と言い聞かせて、無理矢理立っていた。
だが、教師として接した生徒達、退魔師として接した同僚達。彼らが何か、言葉では表せないものを色々と、思い出させてくれたような気がする。
こうして煙草を吸うようになった理由も、前の自分には分からなかった。だが、今ではそれも、何となく向き合えるように思う。
知らぬ間に欠けていた自分が、この土地で少しだけ取り戻せた。──だからこそ、今、思いがけなく此処に戻ってきているというのも、因果だ。


── そんな、益体にもならないことを考えながら。佐倉斎は、いつかと同じように、ぼう、と立ち尽くしていた。

234福居 沙里亜 ◆UBnbrNVoXQ:2017/09/18(月) 14:46:54 ID:R3rU1bJo0
>>233

 閑散とした改札口で、福居は液晶に駆け寄り、安堵と軽微な落胆の混ざった息をつく。
 両親が当初予定していた時刻に戻って来なくとも不要な心配をしなくて済む。が、久々の再会に水を差されてしまうように感じてしまうかどうかは別の話だ。
 取り急ぎ、母に向けてメッセージを送る。遅延情報を見た旨だけ記せば、身内から見ても聡明な母は、おそらく全てを察して、父が余計な気を揉まないように伝えてくれる。

 さて、宙に浮いた時間をどうしようか、と、ひとまずは人の流れの邪魔にならないよう、切符売場の端、柱によって窪みとなっているスペースで壁に背を預ける。
 ちょうど改札から出てきた者達は福居がいることに気づかない形になるが、待ち人はこの電車では来ないのだ、問題はあるまい。
 そして、それでも人の波を見るでもなく眺めてしまうのは、本当なら今頃、というただの些細な感傷だ。

 ――だからこそ、人混みの中でも目立つ長身に何となく視線を向けた福居は、その隣を見覚えのある歩き方で進む姿に、目を見開いた。
 え、という声を出す時間もあればこそ、その見覚えのある顔は、エレベーターへと向かっていく。

 踏み出そうとして、逡巡する。見覚えはあったが、眼鏡をかけていない顔はあの雨の日に見たきりだ。隣にいた相手に見覚えはない、学園の教員ではない、……そもそも佐倉はもう教員ではなく、福居ももう生徒ではない。
 そもそもエレベーターで降りた先はロータリーだ、今から追いかけても。

 不意に鳴った着信音に、びくりと肩を震わせる。差出人は母からだ。
 駅前の喫茶店か本屋さんで待ってなさい、という言葉。
 ……嘘をつくのは不本意だが、この言葉に従ったことにすれば、此処で待つ理由はなくなる。
 本屋にいたことにしよう、そう即座に結論付けて、福居は改札に背を向けエレベーターへと向かった。







 ロータリーに着いてすぐ、タクシー乗り場を見に行った福居は、当然目当ての人影を見つけることは出来なかった。
 遅かった、と落胆するも束の間、大学で新しく出来た友人がレンタカーの話をしていたことを思い出す。脳内の朧げな構内図では、現在地からレンタカー店までいささか遠い。

「……出てきたところ、会えたらラッキー、くらいかなあ」

 正直、そこまでやるのは迷惑では、と思わないでもない。
 だから決めた。レンタカー店までの道すがら、いなければすっぱり諦めよう、と。

 ──果たして、少々足早に進んだロータリーの端、学園ではついぞ見ることのなかった煙草を吸う姿に、足が止まる。
 ぼう、と立ち尽くす姿はそれこそあの日と同じで、けれど福居の手元には声をかける大義名分はない。ただ、叶うならもう一度話したい、それだけだ。

 困ったときの癖で、肩口にかかる髪をいじる。
 学園では毎日リボンで結っていた髪は、今はコンビニの景品だったゴムでまとめているだけだ。
 否、今日、偶然そのような髪型にしているだけなのだが……これも何かの因果だろうか。

 髪から手を離し、鞄を両手で持ち直して、歩を進める。
 戦闘の知識などまるでない一般人が近づいてきているのだ、彼が少しでも周囲に気を配れば察知出来るだろう。
 明らかにこちらを目指しているにも関わらず敵意が一切感じられないことに、“独立戦闘部隊”に戻った彼は違和感を覚えてもおかしくないだろう。
 どちらにしろ福居は、あまり声量の大きくない、けれど相手に届くには問題ないだろう声で、呼びかける。



「――佐倉先生……?」

235佐倉 斎 ◆ovLCTgzg4s:2017/09/18(月) 16:46:02 ID:Zp4VpA3k0
>>234

誰かが来ているな、とは思っていたが、別段気になるものでもなかった。
煙草を注意しに来ているようにも思えない。大方、此方の方角に用事でもあるのだろう、と。
だから、その姿が、明確に佐倉へ近付いていると気付いて、目線を向けたとき。

「……ぁー。」

相手に聞こえない程度の小声で唸る。彼女の姿を見た最後は、あの時計台だったろうか。
進路指導担当でもなかったし、意図的に学校との接触も避けていたので、その後の様子は聞いていない。
だが、見る限り、彼女は変わりない様子だった。──そんなことを考えている場合ではないが、安心する。

携帯灰皿を取り出し、煙草を消して、吸い殻を中に入れる。
どういう表情を作ればいいのかよく分からない。彼女はあの夜を、どこまで覚えているのか。
── 1つ間違えば、彼女の日常を崩すような気もする。それは嫌だ。



「……福居さん。」


出せた言葉は、いつかと同じように名前を呼び返すだけ。
表情も、自分でも分かるように張り付いた、弱い笑み。
突然職を辞した教師が、路上喫煙を見られて所在なげにしている、とでも見てくれれば、と思った。

236福居 沙里亜 ◆UBnbrNVoXQ:2017/09/18(月) 20:41:51 ID:R3rU1bJo0
>>235

 幸か不幸か、福居は佐倉の弱い笑みの意味を、彼の意図通りに受け取った。
 ──正確には、そう受け取ることがこの場の最適解だと、無意識のうちに理解した。
 両親の仕事に関することへの距離感を適切に育んできた賜物だろう。

「はい、お久しぶりです。……えっと」

 何も気づいていないように、何も知らないように、笑って頷き、僅かに首を傾ける。
 在学中はお世話になりました、は堅苦しいだろうか。
 そもそも、それでは会話が続かず、遅かれ早かれ気まずい空気が流れてしまう。
 何かないか、と佐倉から視線を外し、目に映ったのは夕暮れ時の緋色。
 ……本人から口にするには周囲を逆に気遣わせる話題だが、思いつくものはこれしかない。

「──あの、色々とお世話になりました。
 私が、……よく覚えてないんですけど、通り魔? に襲われたとき、
 廊下に鍵が落ちてたから、先生方や学校に残ってた後輩たちが必死に探してくれたって」

 だからこそ発見が迅速で、彼女は失血による昏睡状態に陥ったとは思えないほど早く回復出来たのだ、と。
 未だ薄く痕が残る傷も、一年も経てば治るだろうと医者から説明を受けている。
 犯人らしき少女連続殺人事件の容疑者の遺体……APOHがスケープゴートとして用意した、悪魔に憑依され悪事を成した人間の死体だが福居は知る由もない……も見つかったとのことで、彼女が沈黙を守っていても、誰も何も困らない。

 だから、忘れたふりをしている。
 自分を刺した男がセキモトであることも。
 オカルトか何かでしか有り得ないような事件に巻き込まれかけていたということも。
 あの日、恐ろしいほど底冷えのする、しかし、助けてと願った声を聴いた気がすることも。



『学園内なら、俺達教師が──うん。君達を守るんだけど。』
『よう、“ブロンドバロン・ジェントルハウス”。 ……用件は、言わなくても分かるだろう。』

「あの日の鍵閉め、佐倉先生でしたよね?
 だから、……ありがとうございます、探してくれて」



 視界にきちんと佐倉が映るよう眼差しを戻して、告げる。
 あの日の鍵閉めはセキモトだ。佐倉ではない。いくら記憶が混濁しても、それくらいは覚えている。
 ただ。
 「守ってくれて」と言えば、目の前の大人は困る気がした、だから。
 本当に全て忘れていて、第三者から聞いた当たり障りのないことへの謝意を述べている子ども、そういう風に見えていればいいと、切に願った。

237佐倉 斎 ◆ovLCTgzg4s:2017/09/18(月) 22:11:42 ID:Zp4VpA3k0
>>236

本当に“通り魔”に襲われたと信じている人間は、語尾を上げない。
そして、福居沙里亜ほど聡明な人間が、混濁した記憶をそのままに、礼を述べたりはしない。
きっと、彼女は大方を分かった上で、佐倉の心中まで慮っているのだろう。家族のこともあって、慣れているに違いない。
福居夫妻と彼女の間で“それ”があることには、佐倉は関知しない。──家族のことだ。きっと、それでいいのだろう。

「少し、おかしな話をするかも知れない。意味が分からなかったら忘れて。」

だけれど、佐倉が“それ”を彼女に強いるのは違う気がした。
佐倉は礼に応じることなく、不自然な笑みを消し去って、彼女と瞳を合わせる。
表情は固まった。──しかし、声色は、それとは対照的に。校内で彼女と話していたときのような。

「君が本当にそう覚えてるのなら、それでいい。
 でも、俺が覚えていることは少し違う。だから俺は、俺の覚えてる通りのことを元に、話そうと思う。
 ……いや、話す、はちょっと違うか。俺が言いたいのは、少しだけのことでさ。」

話しながら、これはこれで自分勝手だな、と心中苦笑した。確かに、彼女に無理をさせたくないという気持ちもある。
だけど、多分それは半分ぐらいで。もう半分ぐらいは、これから言う言葉を、自分が取り繕いたくないだけなのだろう。
これではどちらが大人なのか分からない。  けど、まあいいか。   いつの間にか、自然な笑みが湧き出ていた。



  「 ……本当に、無事でよかった。 ありがとう。 」



彼の紡いだ言葉は自己満足でしかない。彼が思っていることなど、幾ばくも彼女には伝わらないだろう。
それでも、佐倉は彼女に、伝えておきたかった。彼女が生きていてくれたことが、本当に、嬉しかったのだということを。
その嬉しさが、壊れかけた身体と心に、理由を与えてくれた。──そこに、勝手な欺瞞など、あってはならなかった。

238福居 沙里亜 ◆UBnbrNVoXQ:2017/09/20(水) 02:02:26 ID:R3rU1bJo0
>>237

 おかしな話をするかも知れない、という台詞には、少し不思議そうな顔をすることで了承とした。あくまで話を聞く合図としての表情の変化だ。
 しかし彼の、ありがとう、という言葉に、福居の瞳が揺れる。
 単に驚いただけで負の感情が呼び起こされたわけではないと、瞳を合わせていれば容易に分かるだろう。
 本当に、本当に驚いているのだということも。

 彼女の周りの「大人」は皆、知らせないことで守ろうとする者ばかりだったから。
 だから「子ども」は、知らないふりをすることが、礼儀で彼等への貢献だった。

 笑って告げてくれた彼に、小さくひとつ頷く。言葉を選ぶ。
 周囲に愛されて育った彼女は、校内と変わらぬ優しい声音の「教師」が、時間が許す限り自分を待ってくれると何の疑問もなく思っている。
 ──佐倉が助けてくれたから、最後の一線で「教師」全てに絶望を覚えず、まだ信じ続けることが出来ている。

「……はい。皆さんが守ってくれたおかげで、此処で普通に大学生活を送れてます」

 はにかみ、ゆっくりと答える。
 常の笑顔と比べれば明るさの度合いが少々低いが、「いい子」をやめて残るのはこれだ。
 彼女には、彼の紡いだ言葉の意味の全ては伝わらない。胸中もその過去も知らない。
 ただ、自分が生きていたことで、彼が感謝に値することがあったのだろうと、それだけは分かる。
 だから、生かされたことが嬉しいのだと、幸せなのだと、それが偽らず伝えられる言葉だ。

「あの……佐倉先生」

 そして彼女は、……彼のおかげで日常に戻れた彼女は、本当に何も知らないから。



「ひとつ、我儘を言っていいなら。
 ……後悔しないでいてくれると嬉しいです。
 あの時助けられなかったらとか、今話さなかったらとか、絶対、思わないので。
 ──高校生活最後に佐倉先生がいて、今話せて、良かったです」



 少しだけ、重みの加わる言葉を零す。
 それは、どうせ全部覚えていることを許してくれるならもっと早くお礼を言いたかった、という、最後の最後で少しだけ拗ねた意趣返しだ。
 同時に、これから自分の知らない場所へ行く……否、きっと『戻る』のだろう彼への、「日常」に暮らす者からの精一杯の餞。



 ──貴方に守られた「日常」は確かに此処にあるのだと。それを忘れないでほしい、と。



 駅に設えられた時計の針が動く。その音が聞こえたわけでもないだろうが、彼女はふと彼から視線を外して振り向く。
 ……そろそろ、彼女の待ち人も彼の移動手段も、やってきておかしくない頃合いだろう。

239佐倉 斎 ◆ovLCTgzg4s:2017/09/21(木) 00:54:38 ID:Zp4VpA3k0
>>238

「……うん。」

佐倉はただ、彼女の言葉に頷いた。 頷くことしかできなかった、というのが、正しいか。
言葉を紡げば、どうしたって嘘になる。これほど素直な言葉に、取り繕って応えることはできない。
── そして、多分、自分は放っておけば、後悔したのだろうけど。 こうして約束した以上、もう後悔はできない。

彼女がこれで良かった、と思うのなら、佐倉も、これで良かった、と思うのだ。
欺瞞ではない。遠く繋がるために、同じものを持っただけ。だからこそ、こうして笑って頷けた。

ロータリーに青い車が滑り込み、停まった。時を同じくして、電車がホームに着いた音が聞こえる。
佐倉はゆっくりとした歩き方で、彼女の脇を抜ける。車の助手席の扉に手を掛け、力を籠める。緩く、扉が開く。
最後に、彼女に何か言い残すべきか迷った。──またね、は違う。じゃあね、も違うか。もっと、どうでもいい話がいい。
それなら、最後に自分が守れた、彼女の日常を見て、この場を去れるのだろうから。 何がいいだろう。
そういえば、彼女の“それ”は初めて見た。 誰かに薦められたのか、それとも、自分でそうしているのかは分からないけど。
無関係の男が話すには、丁度いいどうでも良さの話だ。 ──、佐倉は、顔だけ彼女に向けて、自分の後頭部に手を当てた。


「 そのゴムで留めてるの、初めて見たけど似合ってるよ。 」





「喫煙車です。」
「── ん、あぁ。ありがとう。」

ほぼ無意識に懐を探り、煙草を一本取り出す。先程と同じように口に咥えると、指を空に遊ばせ、術式を描いた。
人差し指の先端に赤い光が宿り、それを、煙草の先端に近付け──、そこで、指が止まった。
数瞬、流れていく外を見遣る。 それから、軽く手を振って光を払って、煙草を口から離す。

「煙草やめようかな。」

話しかけるでもなく、呟く。 何を思ったという訳でもない。ただ、やめるなら今かな、と思っただけだ。
藤堂も、話しかけられたわけではないと分かっているのか返答はしない。良い意味で気を遣わない男だ。
付き合いが長い訳ではないが、彼の、こういう所が佐倉は気に入っていた。

「 俺の実家が、寺なんですが。」

だが、数分経ったろうかという頃。信号に捕まり、交差点で車が停まると、藤堂はぽつり、と言葉を発した。
佐倉はまだ、手に煙草を持ったまま。目線だけを、石仏のような彼の横顔に向けた。

「“一念発心”と云うのは紛い物だと、父が言っていました。」
「坊さんにしては、随分な言い草だな。
 洋の東西を問わず、回心っていうのはあるんじゃないか。」
「そんなものは、過去の自分を切り捨てたことへの言い訳だ、と。」
「……なるほど。なら、どうしようか。」
「数を減らしていく方が、現実的かと思います。」
「あはは。うん、道理だ。」

笑って、煙草に火を点けた。 嗅ぎ慣れた過去の香りは、いつか、未来の香りになればいい。

240福居 沙里亜 ◆UBnbrNVoXQ:2017/09/23(土) 13:27:53 ID:R3rU1bJo0
>>239

 脇を抜け、車へと乗り込む佐倉を送る形で見つめる。
 去り際、告げられた言葉に、相手の仕草を真似するようにゴムで纏めた髪に触れた。
 言葉としては何も返す暇もなく、佐倉を乗せた車は市役所のある方角へと進んでいった。
 反射的に手を振ったが、見えていない可能性のほうが高いだろう。

 「……ずるい」

 機嫌を損ねたような言葉だが、彼女の表情はどこまでも穏やかだ。
 そして、この場合その胸中を的確に表しているのは後者である。
 以前、福居が『事件』に巻き込まれる前、コンビニの抽選で当たったのだと何の他意もなくくれたものの中にヘアゴムの類があったことを、佐倉は知っているのだろうか。
 ……十中八九知らないだろうな、と結論付ける。
 それでいい。構わない。
 多分、これからしばらくは、この髪型でい続けるのだろう。それだけの話だ。



 ◆



 エレベーターを使い、改札前に戻る。
 電車から吐き出された人の中に、二人分の荷物を持ち周囲を見渡す男性と、その姿に苦笑しながらいち早く彼女に気づいて手を緩く挙げ示す女性がいる。
 福居は、普段のそれよりほんの少しだけ幼い笑顔を浮かべた。歩調もこころもち速めに。

 何の話をしよう。
 ううん、まずは、聞いていい範囲で『仕事』の話を聞かせてもらおう。
 それから、大学の話、『事件』があってきちんと話せなかった高校の話をしよう。
 守ってもらった、『日常』の話を。

 それから、それから。





「── おかえりなさい、お父さん、お母さん!!」


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