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SSスレッド

1板</b><font color=#FF0000>(ItaYaZ4k)</font><b>:2002/07/11(木) 00:39
支援目的以外のSSを発表する場です

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   IEで2000文字以内
   かちゅ〜しゃで1500文字以内(どちらも参考値です)

   以下のサイトで文字数をチェックできます
   ttp://www5.tok2.com/home/cau85300/tool/count_check.html

 ・エロSSについては各自の判断でお願いします

このスレッドで発表されたSSについての感想も、ここに書いて頂いて結構です

120(編集人):2002/11/01(金) 04:09
『The Sleep'n beauty…』レン・支援
2002年7月13日(土)3時7分。
ROUND3.648レス目「七死さん」様によって投下。
 レン   (月姫)
 ロリ秋葉 (月姫)

121(編集人):2002/11/01(金) 04:10
「The Sleep'n beauty...」

「う〜ん…いい天気だなぁ…」
 今日は快晴、空には雲一つ無い。俺――遠野志貴は、遠野家の庭を散策していた。別に何がしたいというわけでもない、ただ単なる散歩である。こんなに天気がいいのに、外に出ずに家の中にずっといるというのはやはり勿体無い気がしたから。俺は折角なので外で昼寝でもしようと思い、離れの方に向かっていた。離れの裏庭の方には、絶好の昼寝場所がある。そこは恐らく俺しか知らない秘密の場所のような物だった。場所自体は遠野家の他の人たちも知っているだろうけど、流石にそこで昼寝をしようと考える人間はこの家では俺ぐらいのものだろう。特に秋葉なんて、そんなことは思いもよらないだろうなぁ。そんなことを提案でもしようものなら、一言で一蹴されるに違いない。
 そうして、俺は離れの辺りへと来た。誰もいないことを予想してきていたんだけど、意外なことに、その場所には先客がいたのだった。その先客は、小さな黒猫。勿論、ただの黒猫というわけではない。少し前に家の一員となった、レンである。
 レンが俺の使い魔になってから、数ヶ月がたった。レンと俺の関係は、別段何も変わることも無い。使い魔と言っても、レンは何しろ夢魔――しかもよりによってサキュバス――なので、俺としては別に使い道が無いのだった。その為、今では殆どレンは遠野家の飼い猫と化していた。…まあ、契約主としてはちょっと複雑な気分かもしれない。でも、レンはなんだかんだ言いながら遠野家での生活を楽しんでくれているようなので、それはそれでいいと思ってもいる。そんなレンが今凝っている事というのが、昼寝である。まぁ、猫とは一般的にそうなのだけれど。それに、レンを猫だといってしまっていいのかどうかはちょっと疑問だけど。いつも俺が学校に言っている間は、よく家のどこかで寝ているのだ。そして今回はここで寝ていたということだろう。俺はレンを起こさないようにそっとレンの隣に移動すると、そのまま大の字に寝転んだ。…空が、蒼い。今日は、本当に空が綺麗だ――。
 ふと気がつくと、太陽が先程よりも傾いている。どうやら、そのまま微睡んでいたらしい。俺は身体を起こす。隣を見ると、レンはまだ寝ているようだった。太陽の位置から換算すると、午後3時といったところか。2時間弱ほど寝ていたことになる。俺は隣で寝ているレンを起こさないように、慎重に抱き上げると、俺の下腹部の辺りに持って来る。そしてレンの背中を撫でてやりながら辺りの風景を見回した。ここは、本当に昔と変わっていない。そのことに何故か奇妙な安堵感を感じた。俺は暫くそうやって、レンの背中を撫でながら再び微睡んでいた。すると、どうやらレンの方が気付いたらしい。今までぴくりとも動かなかった黒猫が、もそもそと動き出した。起き出して頭がまだ働いていないのか、なんだかぼ〜っとしている様子だ。…なんだか、非常に可愛い。
「レン、起きた?」
 俺が声をかけると、レンはやはりゆっくりとした動作でこちらを振り向いた。そして小さく頷く。
「もしかして、起こしちゃったかな」
 ふるふる、とレンは首を振った。

122(編集人):2002/11/01(金) 04:12
「そっか。だったらいいんだけど」
 そこで、俺たちの会話は途切れた。会話といっても、レンは喋っていないので、会話とはいわないのかもしれないけれど。
 暫く経つと、レンはいきなり人間の姿になった。最近、レンは俺と二人きりになると殆どこの姿になる。どうしてかは聞いていないので分からないけど、多分心境の変化なんだろう。人の姿になるのは俺にだけという訳でなく、遠野家の他の面々にも以前よりはずっとその姿をさらすようになっていた。でも、人で居る頻度が高いのは俺の傍に居る時らしい。これはレンから聞いたんじゃなくて、屋敷の皆から聞いたことなんだけれど。
俺は未だにレンを抱いたままだったので、流石に少し驚いたものの、それほど驚きはしなかった。だが、俺は別の問題があった。それは、今俺が、レンを後ろから抱きすくめているような状態になっているということだ。身体を起こし、下腹部の辺りでレンを撫でていたので、急に人型になったために、このような状態になってしまったのだった。誰も見ていないからいいものの、流石にこの体勢はちょっと…どころではなくかなり恥ずかしい。
「ちょ、ちょっとレン…いきなり人型になるのは困るって」
 しかしそうは言ったものの、レンが悲しそうな顔をして振り向いたのを見ると、俺の言葉は何だか尻すぼみになってしまった。レンはそれこそしかられた子供のような表情をしていた。…こんな顔をされてしまっては、言うに言えない…。
「う…わ、分かってくれたなら、それでいいから…」
 俺がそれほど咎めなかったからか、レンは目に見えて安堵の表情をして、ほっと息を漏らした。
 …むぅ、なんかこんな表情のレンも可愛いなぁ、なんて思ってしまった。もしや俺、ロリコンか?

123(編集人):2002/11/01(金) 04:13
そうして、俺たちは。再び空を見上げていた。俺は目を閉じて、辺りの音を身体で感じていた。遠くから聞こえてくる鳥の囀り、春の到来を告げる暖かき風による、木々のそよぎ。それらが耳朶を打つ。それはとても気持ちの良いことだった。こういうのは、能率とかそういうものを考えた場合は無駄な時間だという事で片付けられてしまうのだろうけれど、少なくとも俺は、その一瞬一瞬をとても充実した時間だと感じていた。それは、多分レンも同じなんだと思う。目を開けてレンの方を見てみると、レンも同じように目を閉じて辺りの音に聞き入っていたからだ。それは、まるで御伽噺の眠り姫のようだった――そう、そのとき見えたレンは本当にその様に思えたんだ――。…が、暫くして気付いたことが一つあった。どうやら、レンは本当に眠っているようだ。何故分かったのかと言うと、レンが俺の方へともたれかかってきたからだった。いくらレンの身体が小さくて、体重が殆ど無いと言っても、流石に自分の方へもたれかかられてきたら皆から鈍い鈍いといわれている俺でも気付く。もっとも俺は、別に鈍いとは思ってはいないんだけれど。しかし、レンが俺の方へともたれかかってきたことで、俺は完全に身動きが取れなくなってしまった。流石にこんな安らかな顔で眠られたら、俺には起こすことなんて出来はしない。
 …さて、どうしたものかなぁ。まあ、暫くはこのままでもいいかな…。
 等と思いながら、俺は再び辺りの音に聞き入っていった…。

124(編集人):2002/11/01(金) 04:15
「…あれ?」
 気がつけば。辺りは当の昔に深い闇に包まれていた。どうも、また眠ってしまっていたらしい。レンの方を見ると、案の定レンもまだ眠っていた。流石にこれ以上ここで寝ている訳にもいかないので、レンを起こすことにする。さっき書いたことと矛盾していると思われているかもしれないが、あれは家の中や、ずっと寝ていてもいい場所での場合の事である。流石にこのまま外で眠らせておく訳にはいかない。風邪をひいちゃうからな。レンなんて、身体弱そうだし。それについては俺もあんまり人の事は言えないけど、俺の場合は貧血や眩暈だからあまり風邪とは関係ないし。ともあれ俺は、さっさとレンを起こすことにする。いくら暖かくなってきたとは言えど、季節はまだ春とは言えるほどではないのだから。
「レン、レン…。起きて、そろそろ屋敷に戻るよ」
 俺はレンに呼びかけるが、どれだけ呼んでもレンは反応しない。…もしかしなくても、朝の俺ってこんな感じなのかなぁ。だったら翡翠にはいつも悪いことをしてるな…。これからは気をつけよう。しかし、困ったな…どうやって起こそうか。とりあえず、ほっぺをつついて呼びかけながら起こしてみる。
「ん…んぅ…」
 お。少し反応があった。…しかし、結局レンはすぐにまた元通りになった。
「う〜ん…どうしたものか…」
 考えては見るものの、具体的ないい案は思いつかなかった。仕方が無いので、とりあえず俺はレンを仰向けに寝かせた。そして再び呼びかけてみる。が、当然の様に返事は無かった。…ペットは飼主に似るって言うけど、使い魔ももしかしてそうなんだろうか…なんて考えが頭に浮かんで、つい苦笑してしまう。
 暫くレンを起こそうと努力はしてみたものの、その努力は全く報われなかった。努力とは得てしてそういうものだと分かってはいるが、やはり虚しくなってしまう。今度からは、絶対に自分で起きられるように何とかやってみようと、本気で思った。俺はレンに顔を近づけて、更に呼びかける。

125(編集人):2002/11/01(金) 04:16
「レン、レン…。いい加減に起きてくれ…」
 すると、レンの顔になんだか少しだけ赤味が差したような気がした。翡翠からは、俺が起きるときの兆候としてそういうものが現れる、ということは聞いていた。よかった…やっと起きるのか…。
 そしてレンは、漸く目を覚ました。これだけしても起きなかったのが、勝手に起きるのだから、なんというか、まぁ…。本当に、眠り姫みたいだな。
 その時、俺にとっても、勿論レンにとっても全く予期しないことが起きた。俺がレンの目の前に顔を寄せていた為に――俺とレンの唇が一瞬ではあったのだが、触れ合ったのだった。俺は恥ずかしさより先に、こんなことを思ってしまった。
 …順番が逆になってるけど、本当に眠り姫だな…。
 そして、レンの方はと言うと、まさに顔から火が出るといった表現の通りになっていた。顔全体が真っ赤になっている。しかもなんだか慌てた様子だった。普段こう言った表情や行動が見られることはあまり無いので、ちょっと嬉しかったりする。…勿論、それ以上に恥ずかしいけど。俺の顔も恐らく真っ赤になっているだろう。
「レ、レン…。そろそろ家のほうに、入ろう…」
 俺はどもりながらレンに言葉をかける。恥ずかしくて、上手く言葉が出てこない。
 レンはこくこくと頷いた。しかもやたらと早いスピードでだ。レンの方もかなり恥ずかしいようだった。まあ偶然とはいえ、キスしてしまったのだから当然か。こうやって表現してしまうと、俺のほうの恥ずかしさも更に増してきた。…参ったな、心臓の鼓動が早鐘みたいだ。全然収まる気配も無い。うぅ、この状態で家の誰かと顔あわせたら、まずいなぁ。
 そうして俺は、遠野家の方へと向かって歩き出す。レンも、それにいくらかのスペースを開けて付いて来る。レンが俺の歩く後をスペースを開けてついてくるというのは、最近ではお馴染みの事となってしまっている。こう言うと、レンは怒るかもしれないんだけど、懐きかけの猫と同じだと思う。気になって、寄りたいんだけれど――寄るには怖い。この場合は怖いというわけじゃなくて気まずいんだろうけど。レンはそんな微妙な距離を保って俺の後をついてくる。なんだか、そんなジレンマが俺にも伝わってきた。レンにはちょっと悪いと思ったけど、なんだか可笑しくて、笑ってしまった。

126(編集人):2002/11/01(金) 04:17
『背徳の数字』ネロ・カオス支援
2002年7月14日(日)16時1分。
ROUND3.731レス目「no」様によって投下。
 ネロ・カオス    (月姫)
 ひすこはのお母さん (月姫)

外部リンク型。
ttp://www5d.biglobe.ne.jp/~sini/SS/motoharu.htm

127(編集人):2002/11/01(金) 04:18
『ネロ・カオスの優雅な生活』ネロ・カオス支援
2002年7月14日(日)20時13分。
ROUND3.738レス目「七死さん」様によって投下。
 ネロ・カオス    (月姫)
 ひすこはのお母さん (月姫)

外部リンク型。
ttp://jtpd.virtualave.net/text/nero.html

128(編集人):2002/11/01(金) 04:19
『さっちんの支援SS②』弓塚さつき・支援
2002年7月17日(水)0時5分。
ROUND3.890レス目「七視さん」様によって投下。
 乾一子   (月姫)
 弓塚さつき (月姫)

129(編集人):2002/11/01(金) 04:20
さっちんの支援SS②

その時の私は、きっと恐怖のあまり狂っていたのだろう。
だって、目の前に世間を騒がせている本物の殺人鬼がいて、他でもないこの私を「殺す」と言っているっていうのに、
私は、本当に場違いなことを考えていたのだから。

『この人、なんとなく、志貴くんに似ている―――』

そんな思考も一瞬だった。
殺人鬼がその朱い右手を振り上げる。
これまで何人もの犠牲者の血液を吸ったその腕の形は、私の眼にはひどく歪んで映った。
「や、め、て……」
必死に拒絶の言葉を口にする。しかし、唇も、舌も、喉も、肺でさえも、まるで自分のモノではないかのように動かない。
いや、動かないのはそれだけではない。手、足、首、目蓋、眼球に至るまで、完全に硬直していた。
(なんで!?どうして!?)
もはや恐怖で硬直しているのではないのは明らかだった。
今すぐ逃げなければいけないのに、どうしてこの脚は動かない!?
ジリ……
右足が僅かに、数センチほど後ずさる。
しかし、ただそれだけだ。
私は、視線をそらすことも、悲鳴をあげることもできないまま、迫り来る朱い「死」を見つめていた。

「―――志貴くん

              助けて―――」

ようやく動いた私の口は、それだけ言うのが精一杯だった。
「なんだと……?」
殺人鬼は動きを止めた。
「なんで、喋れんだ……?魔眼使ってんのに……」
ジッと、値踏みするように私の顔を見つめる。
朱く染まった顔が近づく。血の匂いに、吐きそうになった。
そして、何か新しい玩具を見つけた子供のような、いや、悪い悪戯を思いついた子供のような顔をしてこう言った。
「殺すのはやめだ。俺の『子』になってもらう」

130(編集人):2002/11/01(金) 04:21
『無題』弓塚さつき・支援
2002年7月17日(水)0時26分。
ROUND3.895レス目「偽洗脳探偵」様によって投下。
 乾一子   (月姫)
 弓塚さつき (月姫)

131(編集人):2002/11/01(金) 04:22
青い、蒼い月が好きです。
 誰一人わけ隔てなく、その光で照らし出しながら、この広い星空にただ一人、孤独だから――
 一片の光さえ注さない夜闇が好きです。
 なにもかもを覆い尽くすその闇は、変わってしまった私という存在をも、優しく包みこんでくれるから――
 秋という季節が好きです。
 仮初めの死を迎えようとする世界が、全ての命を赤く、紅く燃え上がらせるから――
 今まで通い続けた、あの学校が好きです。
 日常―失われてしまった日常だけど……貴方とともにいることの出来た場所だから――
 日々を共に過ごした、友人たちが好きです。
 なんでもないことに泣いて、笑って…精一杯生きて……本当に楽しかったから――
 暖かな、私の家族たちが好きです。
 私を生み、育て、守ってくれて……そして、私も守りたかった人達。……でも、それももう適わないね、ちょっとだけ、心残りかな――

 そして、最後に…、なによりも、誰よりも、遠野志貴君。あなたの事が、大好きです。
 ――あなたは誰よりも優しいから
 ――あなたは誰よりも暖かいから

 でも、お別れです。これは出すことのない手紙。今にも消えてしまう私が、心の中にだけ書く、大切な想い出。

 ――本当に大好きだった志貴君……でも、でも。本当に――ごめんなさい。

                                      さつき

 P・S――約束……守ってくれて嬉しかった。ありがとう……バイバイ。

132(編集人):2002/11/01(金) 04:23
『さっちんのちょっと長い散歩』弓塚さつき・支援
2002年7月17日(水)3時51分。
ROUND3.914レス目「奇譚」様によって投下。
 乾一子   (月姫)
 弓塚さつき (月姫)

133(編集人):2002/11/01(金) 04:24
『さっちんのちょっと長い散歩』

(1)
 今日はからっと晴れ上がった夏の日。
私、弓塚さつきは近くの公園まで散歩に出かけることにしました。
こんな晴れてる日だもん。家の中にいるのはもったいないよね。
今日の私は、白に近い青のワンピース、そして日よけにリボンの付いたわら帽子。
日差しの強い夏はこれがお気に入りです。
外に出たのはお昼過ぎでした。太陽は今日もかんかん照りです。
「今日は公園に行こうかな…」
つい、口に出しちゃいます。けど、これで心構えもばっちり。元気よく出かけます。
空を見上げると大きな入道雲。そして、目の前には見慣れた、思い出が染みこんでいる道。
私はこれからもこの道を歩くんだろうな。
横の家々の前には打ち水がしてあって、少し涼しくなっています。
涼しくてとてもいい気持ち。遠野君とこの道を歩けたら素敵だろうな…。
…ねえ、遠野君、とっても涼しいね。(ああ、そうだね)
…遠野君、とってもいい気持ちだね。(うん、そうだね)
……え、えと、遠野君、あの、て、手をつないでいい?(え、うん、いいよ)
…遠野君、あったかい。(大丈夫、暑くない?)
…ううん、大丈夫。遠野君のあったかさは特別だから…
えへへへっ。
パシャー…
「わ、わわっ!」
気が付くと、おばさんがまいている水を体にかぶっちゃいました。
「あら、ごめんなさい!大丈夫?」
「だ、大丈夫です…。濡れたのスカートの端の方だし…乾きますから…あはは…」

 公園に着くとそこかしこのベンチに人が座っていました。
噴水の水が光をきらきらと反射してとても涼しそう。
芝生や木も青々としていて、思い思いの所でみんなのんびりしています。
…私もちょっとのんびりしよっと。
池のほとりのベンチに腰掛けて、日光を体いっぱいに浴びます。
ちょっと暑いけど、のんびり。さらさらと風が吹いて、私の髪を揺らします。
わら帽子がふわふわと飛んでいっちゃいそうになったのであわてて手で押さえました。
わわっ、と。あぶないあぶない…あれ?あれは…遠野君?

134(編集人):2002/11/01(金) 04:25
(2)
と、遠野君も散歩かな。それだったら私と一緒だから…
あっ、遠野君、こんにちは…一緒に散歩しよう…この後どうするの…
うん!自然に会話できる…よね?…えっと、私おかしなとこ、ないかな…。
池の水面に私を映してみます。出かける前に鏡で見た通りの自分の顔。
うん、これでいいかな。あ、でももう一回髪、直しとこっと。
…よし。これなら。あ、どうしよう、どきどきしてきちゃった…。
スーハースーハーと大げさに息をして胸がどきどきするのを抑えます。
…準備よし。ようし、遠野君とお話…あれ、遠野君がいない?
遠野君、遠野君…いた!…って、え、ええっ!
あの…その、隣にいる女の子は誰?

 遠野志貴は日曜日、瀬尾晶と会う約束をしていた。
晶と会う事に、毎回何かと理由を付けているが、
結局の所、志貴は晶と会うのが好きだった。
晶も志貴と会うのが好きなようで、たまに日曜日などを利用して会っている。
行く所はいつもの所、アーネンエルベである。
「あ、晶ちゃん、こんにちは」
晶は走ってきたようで、息を切らしている。
「す、すいません。待たせてしまって…」
「いや、俺が早めに来ただけだし。それじゃ、行こうか」
「あ、はい」そうして、二人は歩き出した。

「あっ…遠野君…」
いつのまにか二人の後に付いて行ってました。
悪い事だって解ってる。解ってるつもり。解ってるけど…けど…。
遠野君はもてるから、こんな事は慣れてるって思いたいけど。
足が動いてしまいます。どうしても遠野君を目で追ってしまいます。
遠野君のそばにいたい。遠野君のそばで笑っていたい…。

135(編集人):2002/11/01(金) 04:27
(3)
夕暮れ。
私は堤防の上にいました。
遠野君達の後を追って、行き交う人に流されて、見失って、気が付いたらここにいました。
空がきれい。昼の時より少し低くなった、青くて、赤くて、少し紫の空。
ほんとにきれいで…ちょっぴり涙が出ました。
「はぁ…もう帰らなきゃ」
堤防の上の道を歩きます。
いつの間にか風は冷たくなっていたけれど、気になりませんでした。
「遠野君…」
ダメ、言葉にしちゃ。
ポロッ…
「あ…」ほら、また泣いちゃった。
その時、風が強く吹きました。
風は私の頭からわら帽子をさらって、どこかへ連れて行こうとしました。
「待って…!」
走ったとたん、世界がひっくり返りました。
ごろ、ごろ、ごろ、ずしゃっ
「いたた…」
そこは草むらでした。堤防で転んで、草むらに落ちて。
ほんとに私、何してるんだろう…。
伝えたい事も伝えられなくて。追いかける事もできなくて。私は、私は…
「……ぅ、ひっく、うっ…」
また、涙。私、こんなに泣き虫じゃなかったのに…。

空が黒くなっていって、風もやんできた時。
最後の残り光で生まれた影が私の上に落ちました。
「大丈夫か、弓塚?」
その声は私の頭の上から唐突に聞こえてきました。
「えっ…」
私はうつむいていた顔を上げました。
そこにその人はいました。いつもと同じように。いつものままで。
「遠野君…」
「堤防の下でだれかが泣いてるから、来てみたんだ。そしたら…」
「え?あ…」
そこで私は気づいて、目頭をゴシゴシこすりました。
遠野君には、遠野君にだけはこんな顔見られたくない…。
そしてもう一回遠野君を見た時、気づきました。遠野君が持ってるそれは…
「…遠野君、その帽子は?」
「ああ、さっき川辺で拾ったんだ。…弓塚のか?」
「う、うん…」
「そうか、じゃあ、はい」
そう言うと遠野君は私の頭の上にわら帽子を載せてくれました。
…あっ……。
「弓塚、大丈夫か?立てるか?」
「う、うん、平気……痛っ!」
立とうとしたら、足首がひどく痛みました。見てみたら、少し腫れていました。
「………」
無言だった遠野君がしゃがんで背中を見せました。
「病院へ行こう。立てなかったら、乗ってくれ」
「え…と、遠野君。そんな…」
「……痛いままだったら、夜、ぐっすり寝られないだろ?」
「………そう、だね」

136(編集人):2002/11/01(金) 04:28
(4)
そうして、私は遠野君におんぶしてもらって病院に行きました。
堤防の上には私たち二人だけ。遠くの空には沈んでいく夕日が見えます。
夕日がゆらゆらと揺れているようで、私たちの影もゆらゆらと揺れて見えました。
病院は郊外の病院なので、途中誰にも会いませんでした。
私たちはずっと無言でした。
私は遠野君の広くて暖かい背中で、安心して目を閉じているだけで、
遠野君はというと黙々と足を運ぶだけでした。
けれど。この時間は、とてもとても大切な時間として心の引き出しにしまうつもりです。

病院に着いたら、私は遠野君にありがとう、といって帰ってもらいました。
遠野君は、付き合うって言ってくれたけど、
遠野君にこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかないから。
 ”私は大丈夫だから。また明日学校でね”
 ”うん。じゃあな、弓塚。また明日”
そうして遠野君は帰っていきました。
私は遠野君の背中をずっとずっと見つめていました。

 …また。また、遠野君は私を助けてくれた…

夜。家に帰ってきた私は食事もそこそこにベッドで横になりました。
今日はいろいろな事がありました。
もう寝てしまう事にします。
遠野君と約束したから。また、明日学校で、って。
約束を守るために、早起きしなくちゃ。
学校へ行って、遠野君と挨拶を交わして、少しお話しして…。
とりあえずは、そこから。
おやすみなさい、遠野君…。
(おわり)

137(編集人):2002/11/01(金) 04:29
『(さっちん小祭り)』弓塚さつき・支援
2002年7月17日(水)7時18分。
ROUND3.923レス目「七死さん」様によって投下。
 乾一子   (月姫)
 弓塚さつき (月姫)

外部リンク型。このURLはSSコーナーにつながっています。
ttp://www16.u-page.so-net.ne.jp/zb4/fbird/satuki/index.html

138(編集人):2002/11/01(金) 04:30
『Dry?』乾一子・支援
2002年7月17日(水)13時49分。
ROUND3.932レス目「七死さん」様によって投下。
 乾一子   (月姫)
 弓塚さつき (月姫)

外部リンク型。
ttp://moongazer.f-o-r.net/himejou/dry_1.htm

139(編集人):2002/11/01(金) 04:31
『ともだちのおねーさん』乾一子・支援
2002年7月17日(水)13時49分。
ROUND3.932レス目「七死さん」様によって投下。
 乾一子   (月姫)
 弓塚さつき (月姫)

外部リンク型。
ttp://moongazer.f-o-r.net/himejou/one_1.htm

140(編集人):2002/11/01(金) 04:33
『男の甲斐性』乾一子・支援
2002年7月17日(水)13時49分。
ROUND3.932レス目「七死さん」様によって投下。
 乾一子   (月姫)
 弓塚さつき (月姫)

外部リンク型。
ttp://www5d.biglobe.ne.jp/~sini/SS/kaisyou.htm

141(編集人):2002/11/01(金) 04:34
『日陰の夢』弓塚さつき・支援
2002年7月17日(水)21時52分。
ROUND3.949レス目「はね〜〜」様によって投下。
 乾一子   (月姫)
 弓塚さつき (月姫)

142(編集人):2002/11/01(金) 04:35
【日陰の夢】


 俺は遠野志貴。遠野家の長男で高校2年生、のはずだった。つい1ヶ月までは……全てはあの日に遡る。そう、全てが変わったあの日。
「志貴君、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
 そう。俺にとっての大事な約束をした日。
「ちょっと、昔の事を思い出しててね」
「ねえ、志貴くん……あのときの事、後悔してない?」
 もう何回聞いたか分からない質問。そして、いつも同じ俺の返答……。
「他の全てを後悔しても、あの時の事だけは後悔しないよ」
「うん……ありがとう。今、すごい大変だけど、でもつらくないよ。側に志貴君がいるんだもん」
 それは俺にとってもそうだ……他には何もいらない。
 俺は君のために他の全てを捨てたんだから。
「俺も、弓塚さんがいれば……」
「もう! 一体いつになったら私のこと『さつき』って呼んでくれるの? もうかなり長い間一緒にいるのに!」
 俺はいまだに弓塚の事が名前で呼べずにいる。慣れというのは恐ろしいものだ……でも、正直名前で呼ぶことに何と言ったらいいのか、理由をうまくはいえないがまだ抵抗がある。
「ごめん。どうにもまだいまいち慣れなくて。まあ、時間は無限に有るんだからゆっくり行こうよ」
「うん……そうだね。でも、はやく名前で呼んで欲しいなぁ」
 そういって上目遣いに僕のほうを見る。どうにも俺は弓塚に、こういう目で見られるのが弱……。
「って、弓塚さん! 力使ってない?」
「あはは、冗談。でも志貴君のほうが力、強いんだからあんまりきかないでしょ?」
「もう……」
 吸血種と呼ばれる存在にはいろんな力がある。その内の1つに自分の目をみた相手の意志を一時的に操る『魔眼』という能力もそのひとつ。でも、元は俺も弓塚も人間だからそんなに大きな力ではないけど。

143(編集人):2002/11/01(金) 04:36
「弓塚さん、そんなことよりそろそろ夜だよ。気は進まないけど行かないと」
「あ……うん」
 そして、元は人間だったものが吸血種になった場合は……生き続けるために人間の血を吸わなければならない。そうしないと体が急速に崩れて生きていけなくなるのだ。
 かくいう俺も他人の血を吸うのが嫌で最初は我慢しようとしたけれど。あれは耐えられるなんて次元のものじゃなかった。
『食事なんて言えば聞こえはいいけど、早い話が人殺しに行くんだよな』
 そう俺は考えずにはいられなかった。
「でも、もうすこし経ってからの方がいいよ。まだ明るいもん」
 弓塚の言うとおりだ。結局、俺達はその間寝る事にした。でも、俺はあまり寝るのが好きではなくなった。夢で見るものは大抵いつも悪夢なのだから……。
 屋敷のみんなは一体どうしているだろうか。前に住んでいた街から遠く離れて別の国に来てから、秋葉や翡翠、琥珀さんの事はもう俺にはさっぱりわからない。
 やっぱりみんな、俺はもう死んだと思ってるんだろうか? そんなことを考えているうちに俺はいつのまにか眠りについていた……。



『弓塚さん俺の血を吸ってくれていいよ』
『えっ……志貴くん? ……本当に……いいの?』
『いままでその為に追い掛け回していたのに、どうしてここで遠慮するかな、弓塚さんは』
『だって、そうだけど、そうしたら志貴くんは……』
『いいんだよ。これで今度こそいつでも君を助けられる』
『志貴くん、志貴くぅん……私……わたしっ!』
『これで、ずっと一緒だ……弓塚さんずっと寒いっていってたけど2人なら寒くないだろ……』
『うん……』

144(編集人):2002/11/01(金) 04:37
 シキく……ん……志キくん……志貴君……
 誰かが俺を呼ぶ声で目が覚めた。
「ん、弓塚さん? ひょっとして、もう時間?」
「志貴君、泣いてたよ……どうしたの、何かあったの?」
 そっか。俺は不覚にも夢の中で泣いてたのか。
「懐かしい夢だったよ、あの時の……」
「そうだったんだ……」
 そう、君以外の全てを捨てたあの日の事。あの日からかなりの時間が経ったのに、俺は今でもよくこうしてあの日の夢を見る。
「でも、不思議だよね。あれから私たち結構多くの人の血を吸ってるけれど、誰も私達みたいにならないから。やっぱり本に書いてあるとおりだったのかな……」
 あのあと、俺達2人は色々と吸血鬼について調べてみたのだが、普通は噛まれた上で血を送られたからといって必ずこうなる訳じゃないらしい。事実俺達に血を吸われた大抵の人間はそのまま死んでしまうか、あるいはただの知性を持たない人形となってしまった。
 仮にそうならないとしても、俺や弓塚みたいに一気に力のある吸血鬼までいくのは数百万人に1人くらいらしい。全然うれしくないが。
「だろうね……だとすると俺達は凄い確率の上でこうやって一緒に話してる事になるんだろうね」
「そうかな? 私の場合は単なる偶然かもしれないけど、志貴君の場合は違うんじゃないかな……何かしら人と違う力をもとから持ってる人の場合こうなる率は違うような気がするよ」
 そうだ、俺には前から人の死が黒い点や線のようになって視える、という力がある。その力は今でも……うっ!!
「ぐ……ゴホッ!」
「あ、志貴くんっ!!」
 どうやら、派手に血を吐いたようだ……まったく、少し血を採らないだけでこうなるってのは……
「あんまり話してる場合じゃないよ志貴君、そろそろいった方がいいよ! でも大丈夫……? 私1人で行ってこようか?」
 冗談じゃない、俺はもう二度と君を一人にしないって決めたんだ……第一、ここまで弓塚に人をひきずって来させるわけにも行かない……今の彼女なら簡単にできるだろうが、そんな光景俺は見たくない。

145(編集人):2002/11/01(金) 04:39
「大丈夫、これくらい全然なんともないよ。じゃ行こうか……」
 そう言って、俺は無理矢理に笑顔を作って立ち上がる。
「あ、うん……」
 不安げな弓塚の表情は変わらなかったけれど……そうして俺達は夜の街に出た、獲物となる人間を狩るために……。


 ゴキンッ!
 首の折れる音はいつ聞いても嫌な音だ。目の前にはさっきまで助けをこうていた女性が死んでいるし、横にはさっき殺した男の死体が転がってる……。
 もう何十回と繰り返してきた光景が目の前に広がっている……そうして血を吸い尽くした後にはさっきまでの体の痛みは嘘のように消えた。
「終わったよ……」
「うん、こっちも」
 俺が4人、弓塚が3人……全部で7つの血を抜かれた死体が転がっている……抵抗しようとした者も
いたけど俺達に敵うわけがない。
「志貴くん、痛みの方は?」
「大丈夫、すっかり消えたよ……」
 既に罪悪感なんて非常に薄くなってしまっている。もし、毎日肉や魚を食べる度にいちいち罪悪感なんて覚えていたら気が狂ってしまうに違いない……多分それと同じ事なのだろうか。いや、それともこんな事を考えてる時点で既に俺は狂ってるんだろうか。
「よかった……じゃあ志貴君、そろそろ帰ろうか。ここにいても寒いよ」
「ああ、そうだね」
 そうして俺達がここから立ち去ろうとした時に、何か強烈な悪寒を感じた。
「誰っ?」
「誰だ!」
 2人共同時に振り返る。そこには、神父のような格好をしてそれでいて巨大な剣のような物を携えた女の人が立っていた。

146(編集人):2002/11/01(金) 04:40
「こんな近くに来るまで気配がわからなかったなんて……あなた誰っ!」
 確かに弓塚の言う通りだ。並みの野生動物なんかよりはるかに気配に関して鋭い俺達にこんな近くまで存在を気づかせないなんて……
「吸血鬼同士が行動を共にしてるなんて、珍しい例ですね。でも、そんな事どうでもいい事です。汚らわしい吸血鬼よ、滅びなさい!」
 いうが早いか、いきなり巨大な剣のような物がこっちに向かって何本も飛んでくる。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
 いきなりの攻撃をなんとか避けたものの、そのせいで弓塚と離れてしまった。
「くっ、何よ、いきなり出てきて!! そんなに死にたいんなら殺してあげるわよっ!!」
 そう言い捨てて、力を解放して使い魔をはなつ弓塚。
「遅いですね……」
 そうつぶやいたかと思うと……正直見ていて俺も信じられなかったが女は弓塚の使い魔の攻撃を簡単
にかわした後、いともあっさりと切り伏せた。
「うそ……」
 まずい! 弓塚、呆然としてる場合じゃない!! 逃げるんだ!!
「死になさい……」
 くっ、させるかっ!!
「弓塚さん、後ろに飛んで!!」
 叫んで、俺は出せるだけの力を出して衝撃波をあの女にぶつけた。
「うっ……」
 まともに食らって吹き飛ぶ女。そして、思い切り壁に叩きつけられる。流石にあれだけ激しく叩きつ
ければ生きてはいないだろう。って、そんなことどうでもいい!
「大丈夫か、弓塚! 怪我は無いか!」
「うん、大丈夫だよ志貴君……。でもこんな時くらいは……さつきって呼んで欲しいな」
 よかった、大丈夫みたいだ。でもさっきの女は一体……。
「!! 志貴君、あれ!」
 どうしたんだろう、弓塚が震えている。そして、俺が後ろをふりかえった時。

147(編集人):2002/11/01(金) 04:41
 どうしたんだろう、弓塚が震えている。そして、俺が後ろをふりかえった時。
「! そんな馬鹿な……」
 そう、確かに即死するだけの勢いで叩きつけたはずなのに、あの女は傷すらなくそこに立っていた。
「個々の力はそれほど大きくもありませんが、連携されると少しきついですね。仕方ありません、一旦出直しましょう」
「あっ、待ちなさい!!」
 ものすごい速さで弓塚さんが間を詰める。けれど、それを軽くよけると、女は夜の街へと俺達よりも速く走っていく。
「次は必ず殺します……」
 最後に俺達の方を見る女の目は氷のように冷徹だった。
「いいよ弓塚さん、追わなくていい……追いつけそうにないから」
 その俺の言葉に一気に気が抜けたのか、弓塚は座り込んでしまった。
「さっきの人なに……あれって絶対人間なんかじゃない。恐ろしいって……初めて感じた……」
「弓塚さん、落ち着こうよ。もうさっきの人はもうここにはいないんだから」
「だって!! 志貴くんがいなかったら……私多分最初の攻撃で殺されてた……絶対に間違いないよ、まだ体の震えが止まらないもの……」
 そういってまだ座り込んだままの弓塚は見ていて気の毒なくらいに震えていた。俺は、そんな彼女を抱きしめずに入られなかった。
「大丈夫だよ、俺がついてる。さつきは僕が守ってみせる……必ず」
「志貴くん……」
 そうやってしばらくいた俺達……。気がつくと、弓塚の体の震えは止まっていた。
「どう、弓塚さん、落ち着いた?」
「うん、ありがとう……でも、なんで呼び方がまた戻ってるの?」
 あ……そうか、さっきはつい弓塚の事、名前で呼んでたのか。
「あ、そ、それは……」
「うふふ、冗談だよ。帰ろうか、志貴くん」
 そして、俺達はこの場所を後にした。
 後ろにあったはずの死体は跡形もなく消えて、灰になっていた。

148(編集人):2002/11/01(金) 04:43
「でも、このままこの街にはいない方がいいな」
「うん、そうだね……」
 寝床に戻ってきた僕達はそんな事を話していた。
 俺達は本来やろうとさえ思えば血を吸ったあとに、自分の血をわずかでもいいから送り込む事によって自分の意のままに操れる人形を作る事が出来る。そうすれば、俺達が直接動かなくてもその人形が吸った血を力に代えて本体に送らせる事が出来る……けれど。
 前に試しに何度かやった事があるけれど、あまりにひどすぎる気がして……結局やめにした。でも、やっぱり俺達が直接動くとあんな教会の連中がたまにやってくる。以前は返り討ちにしたけれど。
「でも、前の人と違ってあの女の人……なんであれで死なないの?」 
 そうだ、確かに俺は軽く即死するくらいの力で叩きつけたはずなのに。
「見てたらわかるけど、志貴君、本気であの人に力ぶつけてた……志貴君、私より魔力強いのに……じゃあ……私達じゃあの女の人に勝てないの……」
「いや、なんか違うような気がする」
 そう俺はつぶやく。けっして慰めとかじゃない。確かにあの時あの女は『死んだ』はずなんだ。人の死が視える俺にはわかる。
「考えられるのは、1度死んだ後にものすごい速さで蘇生した、という事だろうか」
「ええっ! そんな私達でも出来ないような事、無理だよ!」
 そう、吸血鬼にだってそんな事は出来ない。でも考えられるのはそれくらいしか……。
「いずれにしても、この街は今日にでも離れよう。夜明けまでにはまだ時間もあるんだし」
 夜が明けてからの行動は俺達にはほとんど自殺行為に近い。だから、動くなら今のうちだけだ。幸い200キロくらいなら本気で走れば1時間も経たずに着く。
「うん。だけど……あ〜あ、結構このお城気に入ってたのになぁ」
 俺達がいたのは中世の古城だった。かなり汚れてたのを、掃除の為に2人で力をフル動員させて綺麗にしたのが少し前。
「どうせあちこちを転々とするんだから又戻って来れるって」
「うん。その時は2人でまた大掃除だね」
 今度、戻ってくるときも必ず2人で戻って来れるように……声には出さなかったけれど、俺はそんな事を考えてこの城を後にした。きっと弓塚も同じ気持ちだっただろう……声に出さなくてもそんな彼女の気持ちがその横顔から伝わってきた。

149(編集人):2002/11/01(金) 04:44
『起きなさい』
『ん?だれだ!』
『お前達吸血鬼は不浄の物……消え去りなさい……』
『何だ、お前は誰だ! 断りなく人の夢に出てきて何を……』 
『どこに行こうと、お前達に安息の場などありません』
 そういって振り向く声の主…
『お前はあの時の女神父……』
『人を殺しその血をすする悪鬼よ、お前達の存在は悪そのものです』
『うるさい!お前に俺達の何がわかるって言うんだ!!』
 何だ……何かを手に持ってるように見える……あれは一体なんだ?
『すぐにあなたもこんな風にしてあげますよ』
 そして、手に持ってる物を投げつけてくる。
 それは確かに……俺の愛する弓塚さつきの首だった。



「さつきーーーーーーっ!!!!」
「志貴くんっ!!」 
 そして、お互いに相手の叫び声で目が覚めた。
 でも、本当に夢、だったのか? まるで現実のような。
「志貴君! しきくんっ!!」
 力いっぱい全身でしがみついてくる弓塚。
「志貴くん……本物だよね……生きてるよね……幻なんかじゃないよね……」
「ああ、本物だよ……」
 そういって俺も離すまいとぎゅっと弓塚を抱きしめる。
 どのくらいそうしていただろう……小声で弓塚が話しかけてきた。
「ねえ、私もの凄い嫌な夢を見たの」
「それは奇遇だね、俺もだよ」
 ひょっとして……同じ内容なんだろうか。

150(編集人):2002/11/01(金) 04:45
「志貴君の方は一体どんな内容だったの?」
「俺から先に話していいかな」
「ううん私から先に話させて」
 お互いに譲ろうとしない……こんな事は珍しい。
「じゃあ2人一緒に話そうか」
「うん……」
 そして、俺達はせーので、話をした。
「志貴君があの女の人に殺される夢」
「弓塚さんがあの女神父に殺される夢」
 台詞のほとんどがかぶった。
「やっぱり弓塚さんも……」
「志貴君も同じ夢……」
 もう、間違いない、これはただの夢じゃない。
「これは絶対に、あの女神父が悪意をもって俺達の意識に入ってきたんだ」
 聞いたことがある。相手の手がかりさえあれば、力のある者ならその相手の意識に入れるって事を。
「あの女の人……ううん! もうあの女でいいよね!! なんでこんなひどい事!」
「これはすぐにでもここにもくるね、確実に」
「でも、なんでこんなに早く私達の場所がわかっちゃったんだろう」
 そうだ、普通はこんなすぐに場所がわかるはずがないんだ。
「いくら強い力があったって、なにかたどる物がない限りこんな事はできないはずなんだけど……」
「ああーっ!!」
 急に何かに気づいたように大声を上げる弓塚。
「ど、どうしたの弓塚さん?」
「ごめんなさい、志貴くん。私、その、使い魔の体戻すの……忘れてた」
「あ」
 そうか、使い魔っていっても、元は弓塚の体の一部。そっからたどったんならこれだけ早くばれるの
もうなずける。
「ごめんなさい、私のせいで……」
「いや、気にする事はないよ。どうせほっといてもいつか見つかったんだし」
 教会の連中ならどうせどうにか方法を見つけていつか追ってきただろう。早いか遅いかの違いだから別に弓塚が気にすることでもない。この場合早くなっても、こっちになんら影響があるわけじゃないし。

151(編集人):2002/11/01(金) 04:46
「しかし許されないな、これは」
「う、うん。そうだよね、私のドジのせいでこんな事になっちゃって……」
 いや、だから違うって。そんな落ち込まないでくれよ。
「弓塚さんを夢の中とはいえ殺すなんて絶対にただじゃ帰さない……」
 あの女、俺を本気で怒らせたな……
「あ……うん!! 志貴君を殺したあの女、絶対に殺してやるんだから!!」
「まあ、夢の中の話なんだけどね……」
 お互い、夢で自分が殺された事はどうでもいいらしい。でも、これで普通に使う気になった……死が視える、この力ならあの女でも耐えられないだろう。
「来るなら今夜、だろうね。むこうとしては可能な限り早く終わらせたいだろうし……」
 時間があけば空くほど死ぬ人間が増えるんだ、当然だろう。
「大丈夫よ、志貴君。本気になった私達の力、思い知らせてあげるんだから!」
 あ、弓塚も本気で怒ってるよ。
「今は7時くらいか。結構長い間寝てたんだな……」
 もう、日の光もほとんど沈んでいる。外に出てもなんら問題ないだろう。
「それじゃあ、今のうちに出よう、志貴君。せっかく綺麗にしたこの家を壊されるのもしゃくだしね」
「うん、そうだね。じゃあ、とりあえず決闘にふさわしい所にでも行こうか」
 と、そこで俺はある事を思い出した。
「弓塚さん」
「ん? どうしたの、志貴君」
 そう、2度と約束を違えたりしないように……その決心をこめて俺は言った。
「君がピンチの時は僕が守るからね、安心していいよ」
「あ……うんっ!」
 そうして、俺達は決着をつける為に人気のいない原野まで向かった。

152(編集人):2002/11/01(金) 04:47
そして、待つ事3時間くらいして。
「やっと来たわね……寒いんだからもっとはやく来なさいよっ!!」
「まったくだね、さっさと終わらせたいもんだよ」
 多分、俺達をこれだけ怒らせたのは目の前にいるこの女が初めてだろう。にしても、弓塚がこんなに怒るとは思わなかったけれど。
「おまえたちの都合など、私の知った事ではありません。それにしても以外でしたね……こんな風に、そっちから現われるとは思いませんでした。人質でも取って来る位予想してたんですけどね」
「あ、あのねぇっ!! 私達は、あなたみたいに陰険じゃないわよっ!」
「人を殺して血を吸う化け物に陰険などと呼ばれたくはありませんね」
「う……」
 その言葉に言葉をつまらせて悲しそうな顔をする弓塚。その顔が俺には痛かった。
「いい度胸じゃないか……俺達を甘く見た事、後悔させてやるよ」 
「後悔するのはお前達の方です。今日はこれをもってきましたから」
 そういうや、背中から大きな銃のような物を取り出す女。
「なんなのよ? そのへんな武器?」
「第7聖典、速射可能に改良したもの……といってもお前達にはわからないでしょう……これ以上の話は無意味です。死になさい!!」
 すると、いきなり後方にとんで、弾を撃ってくる!
「うわっ!」
 弾は俺をかすめて後ろにぶつかる、しかし……なんで弾がぶつかった後に聖書になって消えるんだ?
「無茶苦茶だな、はっきり言って」
「お前達の存在の方がよっぽど異常です」
 かまわず、連射して撃ってくる。はっきり言って避けるのもきつい。
「志貴君! あんなのにまともにあたったらきっと……」
 そんな事、言われなくてもさっきからわかってる。本能がずっと悲鳴を上げてるんだから。くそ……せめて単発撃ちだったなら何とかなるのに、これじゃあ相手の懐にすら入れそうにない。
「考え事してる場合ですか」
 その時、一瞬の隙をついて1発がこっちに飛んでくる。
 まずい、このタイミングだと避けられない……それでも、とっさに俺の周囲に気を張ってはじき返そうとしたというのに。

153(編集人):2002/11/01(金) 04:48
ボンッ!!
 間に何もないかのように無視して突き進んだ銃弾は、あっさり俺の左腕を吹き飛ばした。
「う……うああああっ!!」
「このっ、よくも志貴君を!!」
「だ、駄目だ不用意に近づいたら……」
 銃を構えなおすと素早く弓塚さんにむけて引き金を引いてくる。
「きゃぁっ!!」
 かわしきれずに、弓塚の右足に思いっきり突き刺さった……。
「弓塚ーーっ!」
「やれやれ、思った以上にてこずりましたね。それじゃあ、先にこの女のほうから……」
「くっ、させるかぁぁっ!!」
 この間以上の、最大の力で力をぶつける。
「その程度では不意さえ討たれなければ、どうということはありません」
 しかし、女神父は微動だにしなかった。
「そ、そんな馬鹿な……」
「でも、あなたの力の方が強いみたいですし、先にそっちを片付けましょうか……」
「志貴君、逃げてーーっ!! 今なら志貴君の足なら逃げられるから!」
 悪い冗談だ弓塚。そんな選択肢最初からないよ……。
 その言葉を鼻で笑ってゆっくりとあの女はこっちにやってくる。
「ずいぶん、美しいことですね。同情する気などありませんが」
「あんたなんかに同情してもらいたいとは思わないさ……それにしてもやけに余裕があるじゃないか……窮鼠猫をかむって……聞いた事ないか?」
「いくら噛もうと、私には効きませんよ。私は死なないんですから。死ねないといったほうが正しいか
もしれませんが」
 やっぱり思った通りだな。けど、そのあんたの油断をついてやるよ。
「何か最後に言い残す事は?」
 恐らくチャンスは一度だけ、あいつが銃を発射する瞬間……それを逃したらもうチャンスはない。
「そうだな、一太刀もあびせずに死ぬのは嫌だからせめて1度くらいは切りつけたいもんだ」
 そして眼鏡を外す俺。あいつの死の点は……心臓の少し上!!
「無駄な事を……好きなだけやって下さい。それでは、さようなら」
 そういって、あいつは引き金をひこうとする。

154(編集人):2002/11/01(金) 04:49
今だ!! ここしかない!!
「うぉぉーーーーーーっ!!」
 ドォォーン!!
 トスッ。
 大きく響く銃の音。そして、静かにこっちの爪が刺さる音……狙いは寸分違わず、死の点を貫いていた。そして、銃弾は俺の腹にまともに突き刺さっていた。
「え……」
 手にもっていた銃を取り落とす女。
「なぜこの程度の傷で……」
 ひざを折って地面に倒れこむ。
「いっただろ、窮鼠……猫を……かむって」
 そのまま、女は動かなくなった。2度と動き出す事はないだろう。
 終わった……。ん、なんだろう、なにかを引きずってるような音がするな……。
「志貴君、しきくんっ!!」
 ああ、さつきか。よかった、きみだけでも無事で……。
「ねえっ志貴君!! 目を開けてよっ!! もう、終わったんだよ!!」
「さ、さつ……き……」
「志貴くんっ!!」
 いけないな、そんなに涙を流して……。そんなに泣いてると、きれいな顔が台無しじゃないか……。
「よかった……危なくおれは……に、二度も……約束を破る……ところだったよ」
「約束なんかいいから!! 志貴くぅん……ねえ、お願いだから大丈夫って……何ともないって言って一緒に……いっしょに帰ろうよ……」
「今度はいえの外も……なおしたいな……」
「うん……うん!! だから!」
 あ、そういえばもう城の方に帰れるんだから別に、直さなくてもいいのかな。
 でも……俺はちょっと無理みたいだよ、残念だな……
「ねえ、冗談なんだよね……私を驚かせようと……してるだけなんだよね、ねぇ……」
「あはは……だんだんさつきの……かおが……みえな……く……なる……よ……」
「こ、こんな時だけさつきなんて呼ばないでよ! ねえ、志貴くん、私を……一人にしないで……」
 ああ……そういえば、さつきの泣き顔を見るのって……初めてなんだ。
「志貴くん!! しきくん!!」
 そして……俺の風景はゼロになった……。

155(編集人):2002/11/01(金) 04:50
『ここは、どこだ?』 
 真っ暗でなにも見えない。
『誰かいないのか?』
 さつきは、さつきはここにはいないんだろうか……。
『ここにいるのは君だけだよ』
『誰だ?』
『僕だよ……』
 そこには少年がいた。どこかで会ったような気がする少年だ。
『僕は君だよ……そして君は僕だ』
『何だって!?』
 訳がわからない……何を言っているんだ?
『遠野志貴、そう呼ばれる前の君だよ。まだ七夜だったころの僕だ』
 あ……どうして俺は今までそんな事も忘れていたんだろう……。
『僕は6年前に死んだ、死んだことになったんだ』
 そうだ、それも知ってる。
『そして、遠野志貴はついさっき死んだ』
 死んだって……そうなのか。
『でもね……君がそして僕が望むのなら何とかならない事もないよ』
『そんな事ができるのか? 一体どうやって……』
 この際、方法なんてなんだっていい。ひとつでも方法があるんなら……。
『七夜志貴でもなく、遠野志貴でもない。ただの志貴として生きる事だよ』
 それは……わからない。どういう事なんだ、それは。
『君には、そして僕にはまだ未練があるんだよ。いや、僕のほうにはあまりないけれど、君の方にはか
なりあるね』
 訳がわからない。
『つまり、遠野志貴という存在だったときの未練がまだ君にはかなりあるんだ。妹の秋葉のこと、翡翠や琥珀のこと。そうじゃないかい?』
 そういうことか……。

156(編集人):2002/11/01(金) 04:51
『それらを全て捨ててでも戻りたいかをもう1度君に、そして僕自身に聞きたい、そう思って僕はここに来たんだ』
『もし、お前が俺自身なら……そんなの聞かなくてもわかってるだろう……』
『そうだね、わかってる。でもあえて僕は聞きたい。僕と僕達自身のその思いの強さをもう1度確認するために……』
 そうか、そうだな。
『決まってるさ、そんな事。僕は全てを投げ捨ててでも、さつきの、弓塚さつきの為だけに、あの世界に戻りたい』
 決まりきったはずの答え。でも、少し前の俺だったらもしかすると迷ったのかもしれない。でも、今この瞬間、俺には一片の迷いも無かった。
『そうか……良かったよ。それじゃあこれでさよならだね』
『待ってくれ、ここは一体どこなんだ?』
『君、そして僕そのものだ、とでも言っておくよ。それじゃあ……』
 急に世界が真っ白になった。そして……


「志貴君、志貴君っ!!目をさましてよぅ……お願いだから……」
 俺が目を覚まして最初に見た物は……さつきの泣き顔だった。
「さ……さつき……」
「しきくんっ!!」
 どうしたんだろう……さつきが随分ふらふらしているように見える……あれ?
「どうしたんだ、その手首は……」
 手首には、なにかで切ったような傷があって……服は血だらけだった……
「なんでもないよ、これくらい……それより志貴君、動いちゃ駄目……だよ」
「おねがいだ、さつき。教えてくれ」
 俺には、何が何でもさつきに聞かなければいけない気がした。

157(編集人):2002/11/01(金) 04:53
「ただ志貴君に……私の血をのませただけだから……」
「!!」
 確かに……俺はさつきの血が入って吸血鬼になった。だから……さつきの血を大量に飲ませれば蘇生させられるのかもしれない。
 考えは間違ってはいない……けれど……どれだけの量が必要かもわからないし、成功するかどうかも全然わからないっていうのに……
「ばか……一歩間違えたら、さつきも死んでたかもしれないだろ……」
 そんな事になったら、何のために助けたのかわからないじゃないか。
「でも……でも志貴くんがいなくなるなんて……考えられなかったから……そんな事になるくらいなら……私が死んだ方がいいから……」
「大馬鹿だよ……本当馬鹿だ、救いようがないくらい……」
「ひどいよ……志貴君……」
 どうやら怒りたかったらしい……でも、その顔も涙で崩れてしまってる。
「こんな馬鹿な女の子……俺くらいしか欲しい奴なんていないだろうな……」
「うん……私は志貴くんだけのものだよ……」
「さつき……」
「し……しきくぅん……」
 そして、俺達は力強くお互いにキスをした……どんな事があっても二度と離れる事のないように。



「ほら、志貴君、ぶつぶついわない!!」
「だって、弓塚さん……もうここは離れるんだから外観なんか直さなくても」
「駄目!! あの時直すって約束したんだから」
 で、結局……全快したあと、俺達はもうすぐ離れる家の外を直している。しかも手作業で。なんだかなあ、絶対に意味無いと思うけど。
「それに! また、『弓塚さん』なんていってる志貴君には、これくらいやってもらわないとね!」
 ぐう……しかし、前と今とではもうその台詞の意味は違うんだ。今、面と向かってさつきと呼べない訳はただ……照れくさいだけなのに。
「もう、志貴君! ほら、作業作業!」
「はいはい、今やりますよ」
 俺達はこうやってずっと同じ道を2人3脚で歩いていくんだろう。
 これまでも、そしてこれからもずっと……。
 屋根を直しながら……俺はいま、この瞬間の幸せを体全体で感じていた。これからどうなるのかはわからない。きっと多くの困難もあるだろう。
 でも、2人一緒ならば例えどんな事でも乗り越えられると……俺達は信じている。



 日陰の夢      完

158(編集人):2002/11/01(金) 04:55
『さっちん支援SS③』弓塚さつき・支援
2002年7月17日(水)22時25分。
ROUND4.10レス目「七視さん」様によって投下。
 乾一子   (月姫)
 弓塚さつき (月姫)

159(編集人):2002/11/01(金) 04:56
さっちん支援SS③

最初は、何を言っているのか理解できなかった。
ちゃんと聞こえてはいるのに、脳がその意味を理解しようとしない。
コイツは、今、ナント言ッタノダ?
「ククク……俺の力に抗うだけの意志を持っているんだしなァ。ただ殺すなんてもったいないよなァ」
殺人鬼は、よくわからない事を言ってニタリ、と笑った。
その眼は、何か、得体の知れない期待に色付いていた。
私は、その妖しい輝きを放つ瞳に、言いしれない恐怖を覚えた。
それは、これまでの恐怖とはまったく違った種類のものだった。
「ひ―――」
それでも、私の喉からは引きつった音しか出なかった。
それを聞いて、殺人鬼はますます楽しそうな顔をする。
「そう怖がるんじゃねェよ。これから、すげーキモチイイコトしてやるんだからよ」
ぐいっ、と体が引き寄せられる。

―――全身が怖気立った。

首筋から言い表しようのない嫌悪感が溢れ出した。
舐められている―――!?
そう気付いたのはもう一度舐められてからだった。
もうそれだけで、身体中が汚された気分だった。
そして、これから行われる陵辱に全身で抵抗した。

いや―――

いやだ―――

いやだ――――――!


「いやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」


その瞬間、頭の奥がスパークした。
視界が一瞬にして真っ白になる。
私は死にもの狂いで『突き飛ばした』。
「ぐあっ!?」
不意を突かれた殺人鬼は、無様にも尻餅をついて倒れた。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
動いた―――?
さっきまでまったく動かなかった体が、急に思い通りに機能するようになった。
「―――っのアマぁ!」
驚いている暇はなかった。激昂した殺人鬼が憎悪の視線を向けてくる。
今度こそ逃げなくては―――
そう思って振り返った先には、絶望が立ちはだかっていた。
「ははっ。そうだよ、テメエにはもう逃げ場はないんだぜ―――!?」
「そ、そんな……」
行き止まりだった。袋小路だったのだ。
そして、その奥には―――
「ひぃっ!?」
もはや男か女か判別できないほどにバラバラにされた、おそらくは人間であったろう死体―――
「ひゃはははははは!!!」
殺人鬼が笑う。絶望に打ちひしがれている獲物を見て。
この世のすべてを嘲笑うかのように。

「そんなに楽しいか?殺人鬼―――」

そんな、およそこの場にはまったく相応しくないほどの冷静な声が聞こえたのは、その時だった。

160(編集人):2002/11/01(金) 04:57
『(某式乳祭り)』両儀式・支援
2002年7月18日(木)0時29分。
ROUND4.54レス目「七死さん」様によって投下。
 両儀式 (空の境界)
 スミレ (月姫)

外部リンク型。このURLは「式乳祭り」を扱っておられるHPにつながります。
ttp://www.geocities.co.jp/Bookend-Hemingway/7902/

161(編集人):2002/11/01(金) 04:58
(130)
『愛(謎)』両儀式・支援
2002年7月18日(木)18時20分。
ROUND4.88レス目「七死さん」様によって投下。
 両儀式 (空の境界)
 スミレ (月姫)

外部リンク型。このURLはHPのトップページにつながります。
作品へは「入り口」→「ぱそこん部屋」→月姫→◆SS◆→◆愛(謎)◆
という手順でたどり着けます。
ttp://www9.plala.or.jp/ntclub/

162(編集人):2002/11/01(金) 05:00
『(無題)』浅上藤乃・支援
2002年7月21日(日)17時8分。
ROUND4.395レス目「弐歳」様によって投下。
 浅上藤乃            (空の境界)
 アルクェイド・ブリュンスタッド (月姫)

163(編集人):2002/11/01(金) 05:02
「あ。そういえばこれの片付けを忘れたわ。どうしようかなー」

 二月になって、机の整理をしてる鮮花が一本の、パンを切る為にあるナイフ
を取り出す。それを見て、わたしは少し唖然となった。

「鮮花、どうしてそんな物を部屋まで持って来るんですか?一応、部屋での夜
食は禁止されてるはずですけど…」

「しないわよ、夜食なんか。これは式が勝手に盗んで、わたしに見破られて没
収したもの。でも流石に2本も盗んだのは思わなかったわ、あの異常者め。ま
あ、結局彼女も先生に勝てなかったからいいけど。」

 いきなり愚痴始める鮮花に、わたしはきょとんとしていた。話の経緯が全然
掴めないんですけど…

「あ。ごめんね、ぺらぺら喋ってて。ほら、去年の七月、藤乃の先輩を探すた
めにウチの兄さんに会わせようとしたじゃない。で、その人が出て、『今日は
これないとさ。すっぽかされたぞ、おまえ。』ですって。本当、腹立つわね。
藤乃も確か、式のこと嫌いとか言ったじゃないの?」

 …本当、兄や式さんのことになると性格が丸ごと変わるね、この人。

 ――去年の七月。忘れる訳が無い夏だった。ずっと何も感じないまま生きて
きたわたしが、「痛い」という感覚と、生まれつきの禁忌の能力を取り戻した夏
。わたしが、ただ「生きている」実感が欲しいから、何人も殺した――そして
、式さんと出会った。自分が殺人という罪を悦んだことを気付かせ、その眼の
力に圧倒させ、そして――

 ――彼女は、わたしを救った。

 その時は勘違いしたけど、わたしはナイフに刺されなかったらしい。腹の痛
みは腹膜炎によるものだった。しかも、致死末期まで悪化していた。そんなわ
たしを――彼女を凶(まが)ろうとしたわたしを、式さんは勝利の果てに、病
気だけ「殺して」おいた。

 今思えば運が良かったかもしれない。そのあと目覚めたから、わたしは何も
感じない、不自由だが「普通」の体に戻りました。確か、路地裏の時に言った
かな。「今のおまえなんか知らない」って。最後に感覚が薄れていくのは、死
んだではなく、戻ったのか…ああ、きっと「そんな浅上藤乃なんか殺す価値は
無い。仕方ないんで、ハラん中の病気だけ殺しておいた。」とか憎めそうに言
ったんでしょう、彼女は。

 それから一度も彼女と会うことが無かった。わたしも回復したら、やたらと
平和な学園生活に戻った。

 …わたしは、罪を重ね過ぎたのに。人を、何人も殺したのに。でも、わたし
はその罰を受けず、こうして平然と生きている。

 苦しい、悲しい、虚ろしい。

 眼を瞑ると、わたしが殺した人達の最期が映る。そしてその人たちの家族や
親友、友達の悲しい顔、嘆わしい言葉が浮かぶ。どうしようもなく苦しかった
。それは多分、生きる事を感じられないより苦しいでしょう。

 しかし、わたしはこうして生きている。周りを感じれないわけではない。わ
たしは確かに生きている。殺人はこれ以上ない虚ろしいことを、式さんは教え
てくれた。言葉ではない。彼女自身、その存在がわたしにそう告げた。だから
、もう迷わない。殺人なんかもう二度としない。わたしはきっと、答えを見つ
けたんだ――

164(編集人):2002/11/01(金) 05:03
「…っと。ちょっと、藤乃?もしもーし、生きてますかー?」

 鮮花に呼ばれて、はっと我を帰す。

「あ、うん。聞いてるよ。って…なんです?」

「やっぱり聞いてなかった…もう、何一人ぼーとしてるのよ。お陰でこっちが
ばかみたいじゃない。」

 不満そうに、鮮花がぶーぶー言ってる。

「えーと…すみません…」

 とりあえず謝っておく。

「まあいいわ。式のことなんかをこれ以上触ると本当に鬱になるから。で、問
題のこのナイフ…あっ!」

 ぽろり。

 ナイフを取り出して、鮮花は手を滑った。ナイフはそのまま落ちて――

「痛っ!!」

 わたしの足を、少しだけ劃(きずつ)いた。

「あ、藤乃ごめん!」

 慌てて謝って、劃いた足を見る鮮花がいきなり透けて、わたしはここにあら
ず、どこかも知らない風景を視えた。

 そこは雨風景の不気味な倉庫。雨に打たれて、式さん、そして先輩が抱き合
っているんだ。酷い怪我を負っている、泣いてる式さんに、同じ状態の先輩は
なにかを言い出したようだ――

「…そうですか。あなたも、答えを見つかりましたね。よかった――」

「え?」

 鮮花の声と共に、その風景が靄のように消えた。同時に、先一瞬感じた、足
の痛みも。

「ううん、なにもありません。それでは、おやすみなさい、鮮花。兄さんの事
、大事にして下さいね。」

 呆然とする鮮花から離れて、わたしは、意識を落ちた――

165(編集人):2002/11/01(金) 05:04
『目覚めて、のち』浅上藤乃・支援
2002年7月21日(日)19時44分。
ROUND4.408レス目「ぴーおー」様によって投下。
 浅上藤乃            (空の境界)
 アルクェイド・ブリュンスタッド (月姫)

166(編集人):2002/11/01(金) 05:05
「目覚めて、のち」

「なんで、そんなに白いの……?」
 目覚めて、呟いた私のその声は、かすれてそれはひどいものだった。でも仕方ない、と思う。
 だってほんとに白いのだもの。世界は白と白と白しかない。瞬きする短い瞬間だけ、黒色が少しだけ混じる。そんな世界。
「なんの、白さなんでしょう……?」
 今度の呟きは、少しましな声になっていた。けれど、胸が痛くて、私は咳き込んだ。
咳をすると、お腹の辺りが痛くなって、目を閉じてうめいてしまった。
 痛い。
 痛い。
 イタイ?
「い、たい……」
 痛みがある。お腹と、胸と、頭の奥の方が、痛い。それはとても確かなこと。
 なんとなく、胸が変な感じになった。よく、説明できない感じだけれど不快な気分ではない。懐かしいような、わくわくするような、そんな感じ。

 私は、痛みを感じることを、嬉しく思いました。それがいいことなのか、悪いことなのか、
 そして――誰のおかげなのか――はさておき。

 見ると、視界は白色ばかりではなくなってきた。白い色にはシミがあったりで、完璧ではなかった。横にはゴチャゴチャと沢山のなにかもある。ピン、ピンと電子音が鳴る機械もある。
「ああ、そう……ここは病院なのね」
 そして私はようやく全てを思い出した。罪の意識と罰の重みとともに。
 罪、それは殺人。罰、それは枷。
 私は人を殺してしまった。何人も殺してしまった。あまつさえ忘れていた。それは世間一般で許されざるべき。
 けれど、とも思う。それは両儀式に殺されて、私という存在といっしょくたになって全部消えてしまったのでは?

167(編集人):2002/11/01(金) 05:07
突然、不意打ちのように腹部の痛みが高鳴った。
「ぐ、……あぅ、あ、ぅ……くぅ……」
 身動きさえ取れない私はただうめくしかなかった。体を丸めて転げ回ることもできない、ただ寝たままで痛みに耐えなければいけない。とても苦しい。清々しいまでに苦しい。
 はぁはぁ、と吸って吐く息は笛みたい。痛みはしばらくして薄まっていく。私は布団の下で全身がじんわりと汗ばんでいるのを感じた。
 こんなに痛いのは、両儀式のことを思い出したから。やっぱり、私はあの人が嫌い。初対面の時以上に私はあの人が、今では嫌い。

 あれ?

 そういえば、私は両儀式に胸を貫かれたというのに、

――どうして呼吸をしてるのだろう?
 
 
 まさか両儀式が手加減をした、ということはないと思う。そんな生易しいことをする人ではないことは、殺し合った当人の私が一番よくわかる。きっとヒドクたやすく私の胸にナイフを捻じ込んだに違いない。
 じゃあ何かの偶然で助かった? 死ぬ間際に違う誰かが私のことを救ってくれたのかもしれない。あの状況では限りなく可能性は低いけれど、ありえなくはない。
 
 私はベッドの上で、時折襲ってくるもどかしい痛みを感じながら、漠然とそのことについて考え続けた。
 けれど答えがでるわけなく、結論の変わりに浮かんできたのは、心からの、感謝の言葉だった。
 何はともあれ、私を助けてくれた人のおかげで、まだ私は生きている。心臓が動き、呼吸し思考できる。
 つまり、罰を受けることができるということ。 
 人を殺した罰を、受けることができる。涙がでてきそうになるくらい、切実にありがたかった。
 罪は償えない。けど罰は受けることができる。
 そう、私は今こそ罰を受けるべき。罪を自覚しつつ、

 死ななくちゃ。

 とにかく、死ななくちゃ。私は色の混じる世界を茫然と見ながらそう思った。
 まずはこの場から動かなければ。なにから始めればいいのか分からないけれど、ただ寝てるだけ、それは駄目なような気がした。
 けれど、手も、足も、首も、全身のどこもかしこもズキズキと鈍い痛みがするだけで一切動いてはくれなかった。

168(編集人):2002/11/01(金) 05:08
「くぅ、か、はぅぅ……っ!」
 ビキビキ、ビキビキと少し動くだけで不気味で嫌な音が耳に聞こえる。それは体の内側から聞こえて、痛みを伴って私に動くなと警鐘を鳴らしているよう。
 けれど、痛みというのは生きてるということ。とても生きてるということ。それは私の今の目的に反する状況。

 その痛みが、逆に私を死へと動かすエネルギーへと変わっていく。

 こういう表現、皮肉というのだろうか。鮮花あたりに聞いてみたいと、痛みに悶えながら私はなんとなく思った。
 何分くらい経ったか、私は全身を痺れさす痛覚をあますところなく感じつつ、ベッドにもたれるように半身を起こした。
 普通なら、こんな病人がこんな虚弱な体で自殺なんてできるわけがないだろうけれど、あいにく私は普通な体をしていなかった。
 ベッドの脇の、棚のようなところに置いてある鏡に手を伸ばす。そのとき腕についている点滴にはじめて気付いて、妙におかしくて、私は腕を動かすだけで痛いという状況のに、声をだして笑ってしまった。
 鏡は長方形でそんなに小さくないし大きくない。ポケットに入りそうで入りきらない、というような大きさだった。パカリと、開ける。
 姿をさらした鏡面にはわずかながらホコリがついていて、私はそれを白い袖で拭いた。はぁー、と息を吹きかけ、キュッ、という音がなるまで手を動かした。
 音がなるころには曇り一つない、完璧に光を反射するそれが、見たこともないびっくりするほど血の気のない私の顔を映し出していた。
 顔色は蒼白そのもの。死人と大差ないのだから、と。鏡が自殺行為を後押ししているのではないかと、錯覚してしまいそうになった。

169(編集人):2002/11/01(金) 05:09
 死ぬことを怖い、とは何故か感じなかった。
 そもそも、死ぬということは痛みから脱皮すること。つまりは、痛みを知らなかった前の私に戻ること。

――そこに、何の、恐怖も、あるわけなく――

 ねじる。ひねる。凶げる。
 やり方は、覚えているはず。自分に試してみたことはないけれど、多分できると思う。
 念のため、練習をすることにした。ベッドの脇の、肘掛のような手すりのような乳白色の鉄の棒。
「凶がって」
 確かに固いその棒はいとも容易く二方向に捩れ捩れて、最後には千切れた。
「ちゃんと、できる」
 声に出す。勇気を出すとかそんなことではなく、ただなんとなく呟いてみただけだった。

 いつの間にか声はまともに出るようになっている。

 鏡を見入った。そこには無表情な浅上藤乃の頭部。朝にいつも見ていた眉、目、鼻に口。髪。
 でも見るのもこれで最後。私は罪を償う。罰を受ける。楽になる。
「今から、浅上藤乃は死にます」
 声に出していう。なにか、自殺するときの約束事のようなものがあったような気がした。
「あ、遺書……」
 書けるはずもない。紙とペンがあったとしてもミミズのようになるだろう。
「じゃあ、なにが……」 
 遺言。
「そう、遺言……」
 聞いてくれる人もいないのに何が遺言なのか。でも、きっと何か、私には感じることの出来ない何かはきっと聞いていて記録して残してくれる、そんな気がした。
「お母さん、先立つ不幸をお許しください……」
 ありきたりだけれど、自殺時のノウハウのありきたり以上のものを私が知ってるはずもなかった。
「そして、」

――『痛いの?』

――『馬鹿だな、君は』

――『いいかい、傷は耐えるものじゃない。痛みは訴えるものなんだよ、
 
                               藤乃ちゃん』――

「先輩……」
 昔のあの日、この前のあの時、藤乃は死んでも忘れないでしょう。好きだという気持ちも忘れないでしょう。
 好きでした。ほんとに。
「じゃあ……」
 あとは鏡に映った自分を見つめて凶がれと念じるだけ。

――ああ、藤乃は最後まで罪深いです。こんなときまで貴方に会いたいと思うだなんて。

「さようなら」

170(編集人):2002/11/01(金) 05:10
「先輩……」
 昔のあの日、この前のあの時、藤乃は死んでも忘れないでしょう。好きだという気持ちも忘れないでしょう。
 好きでした。ほんとに。
「じゃあ……」
 あとは鏡に映った自分を見つめて凶がれと念じるだけ。

――ああ、藤乃は最後まで罪深いです。こんなときまで貴方に会いたいと思うだなんて。

「さようなら」

 凶って……

171(編集人):2002/11/01(金) 05:11
そうやって私がこの世との繋がりを断つ瞬間、電子音以外は神聖なまでの静寂に包まれていた辺りは、無粋な足音で派手に破壊された。
 それと声と。
「あのー、看護婦さん! 浅上藤乃さんの病室はほんとに402号室でいいんですか? 名札に何もかいてなんですけど!」
 どこかで聞いたような声。
「あ、すいません。病院では静かに、はい。すいません」
 気のせいか、そうであるはずだった。だってここに来るわけない。

 そうは、思っても。

――コンコン
 
 もしかしたら、あの人なら、優しすぎるようなあの人なら。

――ガチャリ

「えと、黒桐幹也です。失礼します」

 先輩……

「ってなに挨拶してるんだ。おきてるわけないのに……」
 
 コツコツと、近づいてくる足音。ベッドにはカーテンがかかっていて数秒後にあの人がそれを払いのける。
 痛い。痛いです。
 体はもちろん、心は、もっともっと痛かった。そのままショック死してしまうのではないかというほどの痛み。
 痛いということは生きるということ。
 私は、あの人を感じて、こんなに切実に生を実感している。
 ああ、お母さん。私の不孝はもう少し先になりそうです。
 あの人の顔を見れば、生きたいと、思ってしまう、絶対に……
 なんて罪深い私……
 ああ、でももっと貴方という『痛み』を感じたいんです。私は。
 罰は、もう少し後でも構いませんか? 背負って、払うのは後でいいですか? 
 生きたい……
 
 シャッ、という音とともにカーテンが取れて……

「な、なんで起きてるんだ! 大手術だったのに! ほら、寝ないと、あれ、なんで涙……痛いの? 藤乃ちゃん、大丈夫?」



 はい。とてもとても、痛いです、先輩――

172(編集人):2002/11/01(金) 05:13
『湯煙でいたずら』浅上藤乃・支援
2002年7月21日(日)22時57分。
ROUND4.441レス目「ぴーおー」様によって投下。
 浅上藤乃            (空の境界)
 アルクェイド・ブリュンスタッド (月姫)

173(編集人):2002/11/01(金) 05:14
「湯煙でいたずら」

 かぽーん……

 私はいまお風呂に入っています。
 女学院には、お風呂が各部屋と、離れに大きな露天風呂があって、私は今その離れの露天で入浴中。
 病み上がり、ということでシスターが半ば強引という形で私をここに入れるのには、もう慣れてきた。
 けれど、
「……ふ、ぅ……」
 ため息がでるくらい、気持ちよかった。体は疲れるということにひどく敏感になって、実は日常生活にもわずかながら支障が出ていた。
 退院してからそんなに時は経ってないのだ。事実、露天風呂に入るだけで体が芯から溶けていきそうな気分になるのは、その証拠だと私は思う。 
「は、ぁ……」
 しばらく、なにも考えずにお湯につかった。長い髪は気にしていない。湯の上で四方八方に広がりをみせている。
 黒い髪は、最近少しだけ好きになりかけている。
 がらがらぁ、と。ドアが開く音が聞こえたのはそんなときだった。

174(編集人):2002/11/01(金) 05:16
「藤乃〜、貴方いいわよね。いつもここの露天風呂に入れるんだもの」
 黒桐鮮花は、ヒタヒタと石の上を歩いてきながら、溶けそうな私にそう言った。
「え、でも皆さんも入れるとばっかり」
「知らなかったの? 普通の子がここに入るには一苦労いるのよ?」
 そう言いつつ、黒桐さんは右手の人差し指をくいっ、とまげて見せた。
 正直、それが何の意味なのかよく分からなかったけれど、私はとりあえず微笑んで、再び湯をたんのうすることにした。

 そうやって、しばらく。お互い無言のまま昼間のお湯を楽しむ。少なくとも私は。
 黒桐さんの刺すような視線はあえて気付かない振りをして。
 ほんとに刺すような視線、少し痛いです。
 私は耐え切れずに、聞いた。
「あの、なにか?」
「藤乃、胸いくつ?」
「……は?」
 黒桐さんは手を、わきわき、と動かして、ゆっくりとゆっくりと、近づいて……
 
 目が、怖い、です。

175(編集人):2002/11/01(金) 05:17
「ほら、見せなさい!」
「あ、ちょっと、そんな乱暴な、ぁ」
「み・せ・る・の! 藤乃!」
「見せます、見せますから……さ、触るのは……」
 恥ずかしい、という文字が頭を駆け巡った。同姓であろうと胸を見せるというのは、非常に恥ずかしい。
 黒桐さんは、なんでこんなことを私にさせるんでしょう?
 私は疑問をかかえつつ、ゆっくりと、湯が音を立てないように、ゆっくりと立ち上がった。
 
 黒桐さんは、茫然としたような、そんな表情でしばらく私をみて、というよりにらんで口を開いた。
「美しいわね」
 おもわず、顔が赤くなった。そんなことを言われるのはもちろん生まれて初めてだった。
「それに、小さくないし……」
 胸、のことだろうか。顔をまともに向けられなかった。自然と俯いてしまう。
「綺麗な形。きっと、殿方も喜んでくれるわ」
 はっきり言って、いい加減にして欲しかった。恥ずかしすぎて、熱が出そうだった。
 だから言った。
「あの、もう……」
 黒桐さんの視線は、なんというか、変だった。

176(編集人):2002/11/01(金) 05:19
「も、」
 ……え?
「も、」
 黒桐さんの言うことは良く聞こえない。
 そして、
「揉ませなさい!!」
「えぇ!?」
 飛び掛ってきた黒桐さんを湯の中ではねのけられるわけもなく、私にいとも容易く組み付かれてしまった。
 ふに。
「き、きゃ、ぁ……」
 手が、胸に強引によってくる。まったく容赦なかった。
「大きい、大きいわね! 藤乃!」 
 声まで変だった。けれどそれ以上に私まで変になりそうだった。
 手が、私の胸を掴んだ。
「ぁぁ、ん! ぁ! だ、……め、や!」
 もみもみもみもみ。
 しつこいまでに、情け容赦なく黒桐さんの手は私の二つの胸をもみしだいた。
「ぅぅん! 、あっぁん!」
 もみもみもみっもみもみ……
「ぁぁぁ!!」
  

 延々と。

177(編集人):2002/11/01(金) 13:08
『(無題)』浅上藤乃・支援
2002年7月21日(日)22時58分。
ROUND4.443レス目「七死さん」様によって投下。
 浅上藤乃            (空の境界)
 アルクェイド・ブリュンスタッド (月姫)

178(編集人):2002/11/01(金) 13:09
────冷えた空気を肺いっぱいに深く吸い込んで、天を見上げる。
 眠りについた街を照らし続ける人工の灯りだけが、静まり返った公園を照らす。
 見透かすような月もなく、射抜くような星もない。
 それだけのことで、酷く落ち着いた。

 あれから──どうしようもなくひとりになりたい時は、こうして時々寮を抜け出す。
 わたしも随分と不良さんになったものだなぁ、と思う。鮮花あたりが知ったら目をむくのではないだろうか。
 動揺する彼女の姿を想像すると、ほんの少しだけ笑えた。

 ……今座っているこのベンチは、わたしの夜の占有席だ。
 いつかあの人と隣り合わせて座れればいいなと思う、ささやかな願掛けのようなものなのだけど。
 夜空の下でひとりきり、たった一人の遠い人のことを考える。
 それだけでつらい気持ちはおとなしくなるから、だから一生懸命考える。
 あの人の言葉を。声を。姿を。
 鮮明に思い描いて、わたしはまた『人間』に戻る。

 瞼を開けばそこはまた現実だけど──だからこそ、つよくあれ。
 明日のわたしが笑顔でいるために。

179(編集人):2002/11/01(金) 13:10
『それあまり関係ない。むしろ燃えます』シエル・支援
2002年7月22日(月)22時47分。
ROUND4.551レス目「ぴーおー」様によって投下。
 朱い月のブリュンスタッド(月姫)
 シエル         (月姫)

180(編集人):2002/11/01(金) 13:11
「それあんまり関係ない。むしろ燃えます」

 
 天気は晴れ。それを形容する言葉なんて、世間に山ほど溢れすぎてどれも陳腐に思える。
 抜けるような青、雲ひとつない空、秋晴れ、快晴。
 どれもこれも、聞き飽きるほど聞いた。それでも、その数々の言葉たちを使いたくなるのは、
その空の蒼さが普遍的なまでに人の心を捉えて離さないからだろうか。
 特に俺の心は。あの空の青さは、条件反射のようにあの人の面影を浮かばせる。
 吸い込まれるようなブルー。まるで彼女の髪みたいだ。


 なんて、11月の日曜日。
 ぽん、ぽん、と外れたテンポでスキップしながら、そんな人に言えないような詩情を脳裏に漂わせて目的地にむかって坂道を下っていく。
 調子っぱずれの鼻歌でも出てきそうな勢いだった。
 だって、こんなにも空が青い。

181(編集人):2002/11/01(金) 13:12
 長い坂道を下り終え、ちょっとだけ冷え出した晩秋の空気に肺を湿らしながら、道を行く。
 時間は10時半。人通りは多くもなく少なくもなく。微妙にうきうきな気分は、たまにはいいものだった。
 公園を横切ってまた道を行く。冷たい風が吹いてきても、アップテンポな気持ちははやってばかりで止まりそうもなかった。
 もうしばらくの辛抱だ、遠野志貴。
 道を行く。走り出すのをこらえるのが大変だった。余裕を見せるのがカッコイイのだ。
 さてさて、先輩はどんな顔をするのだろうか、と内心にやける。
 気分はもう英国諜報員である。
 万全を期すため、もう一度今日の目的を確認する。 

 今日の主旨。
「びっくりどっきり! 志貴の突撃シエルの家〜」
 
 なにもかもダサいのは、うきうきしてるから、ということにしよう。
 要するに真っ昼間から先輩を驚かせたいだけなのだ。
 というわけでもちろんアポなし訪問。

 そんなわけで、俺はシエル先輩のアパートの部屋の前へ。
 一度だけ深呼吸をして、ベルへと手を伸ばす。

 ぴんぽん〜。
 は〜い。
 パタパタ。
 ガチャリ。

182(編集人):2002/11/01(金) 13:14
「遠野くん!」
「きちゃいました」

 都合15分。先輩が俺を追い出して再び招き入れるまでの時間。その間部屋の中からは凶暴なまでの音が間断なく響いてきていた。
 何事もなかったのように扉を開けて、こんにちは遠野くんどうしたんですかこんな早くから。といわれた時には何故かビリビリ背中に何かは知ったけれど、気にしないことにした。
 だって、ねぇ?
 
「うわっ」
 部屋に入って一呼吸。思わず俺は鼻をつまんでしまった。
 強烈なスパイス臭。当然のごとくカレーなのだろう。
「そこに、座っていてください。実は自慢の一品がもうすぐできるんですよー。ちょっと早いけどお昼にしましょうね♪」
 10時と少しという時間を先輩にとっては昼飯時の範疇らしい。いやいや、そんなことは分かって、覚悟はもちろんしてきましたが。
 俺は、テーブルにちょこんと腰掛けて鍋に向かう先輩を待った。

 あの、結論からいえばエプロンは素敵だ。はい。
 
 俺は立ち上がり、先輩の背後に近づいた。
 もちろん最初からその気。

183(編集人):2002/11/01(金) 13:15
 朝からなんだ、とは言うな。最近ご無沙汰だったんです。

「ちょ、ちょっと! 遠野くん!」
「何?」
「どこに手をやってるんですか!?」
「先輩のおっぱい」
 ふにふに。
「あ!」
「気持ちいい」
 もう、先輩ガマンできません。
「あの、先輩」
「だめ、だめだめ。今日はダメです!」
 先輩の態度は、不思議なまでに強固だった。
「……なんで?」
 瞬間、耳まで真っ赤。そしてぼそりと一言。


「あ、あの、あの日、なんです……」
 
 つまり、女の子の日。


 えと……


 むしろ全然OK!


 がばちょ。

「っぁぁあん、ん! ぁあ!」


 延々と。(終われ

184(編集人):2002/11/01(金) 13:16
『人形戯び』紅秋葉・支援
2002年7月27日(土)14時57分。
ROUND5.36レス目「(32)七死さん」様によって投下。
 蒼崎橙子(空の境界)
 紅秋葉 (月姫)

外部リンク型。
ttp://moongazer.f-o-r.net/akiha/ningyo_1.htm

185(編集人):2002/11/01(金) 13:18
『出逢いの庭で』紅秋葉・支援
2002年7月27日(土)14時57分。
ROUND5.36レス目「(32)七死さん」様によって投下。
 蒼崎橙子(空の境界)
 紅秋葉 (月姫)

外部リンク型。
ttp://moongazer.f-o-r.net/akiha/deai_1.htm

186(編集人):2002/11/01(金) 13:19
『(無題)』蒼崎橙子・支援
2002年7月27日(土)21時39分。
ROUND5.57レス目「ぴーおー」様によって投下。
 蒼崎橙子(空の境界)
 紅秋葉 (月姫)

187(編集人):2002/11/01(金) 13:20
秋雨が音もなく降る、とある10月の夜。蒼崎橙子は隣に黒桐幹也を乗せ、人気のない道をライトで闇を裂きながら事務所へと車を走らせていた。
 その日は、隣町でのアトリエの下見であったので、その帰りというわけになる。
 人気のない町、道。橙子はハイビームで車を滑らしていく。とりわけ楽しいことがあったわけではなく、とりわけ腹立つこともなかったから、
狭い車内は居心地の悪い沈黙に、幾度か支配されていた。
 そして何か話題は、と思案に暮れていた黒桐幹也が口を開いた。
「暗いですね」
「そうね」
 橙子の答えも味も素っ気もない。何しろ遠くまで来て大して何もなかったのだ。わずかに気だるい感じになってきていた。
「もしかして、眠いんですか?」
「今すぐにでも眠りの世界へ旅立てそうよ」
「違う所に旅立てそうなんで絶対にやめてください」
 残念、そう呟いて橙子は一つ、ふわぅ、と情けないあくびを漏らした。
 擦れ違っていくトラックが静寂を突き破る大音量のクラクションを鳴らしたのは、そんな時だった

188(編集人):2002/11/01(金) 13:21
ミニクーパーの車高よりも高いタイヤを装着した巨大なトラック。
 それが断絶魔のような響きを立てながら盛大に横転し、崖へと突っ込んで大破するのに、さしたる時間は必要としなかった。せいぜい5秒ほどだろうか。
「な、事故……?」
 目の前で事故が起きたのだ、当然のように車を止め、救急車や警察の一つや二つ呼ぶのが道理。黒桐幹也はそう思っていた。
 しかしその思惑とは裏腹に、小さな車はするりと迫ってくるコーナーを回ろうとしている。
「先に言うが、車は止めんぞ。黒桐」
 あぁ、と心の中で呟く。こっちの橙子さんが出てきたか。
「止めないにしても、救急車くらい呼んで下さいよ。運転手が危ないじゃないですか」
「運転手なら死んでるよ」
 本当に何気なく、新しく咥えた煙草に火をつけながら、橙子はそう言った。
「お前、今のトラックがなんで横転したと思ってるんだ?」
「そりゃ、どこぞの誰かさんみたいに居眠りしちゃったとか、脇見とか」
「違うね、避けたんだよ。人を」
「人、っていたんですか?」
「ああ、いたさ。紛れもない人、がね。死んじゃいるが」
 ふー、と煙を吐きながら、魔術師の女は車を止めた。面倒なことになったな、と内心思いながら。
 サイドミラーは絵を刻んでしまったかのように、さっきからずっと走る男の姿が映されている。

189(編集人):2002/11/01(金) 13:22
「死んじゃいるが、って幽霊ですか?」
 橙子はもう一度チラリとサイドミラーを見やった。影は止まっている。出方をみているのか、そんな風に思えるが知能などないのだ。本能に従ったまま追いかけてきたのだろう。あいにくこのオンボロな車はこれ以上スピードは出ない代物だった。
 動き出すまで黒桐につきあってやるか、そう思った。
「色々とね、ややこしい話になる。面倒で大嫌いな事柄なんで分かりやすく言おう」
 クスリ、と笑みを零しながら、
「ゾンビってやつさ」
 そう告げた。
 ポカンとした黒桐を放っといたまま、橙子は続ける。
「理解できないか? まぁそうだろうけど。ゾンビと一言で言っても色々とある。死者をそのまま使った人形もそう呼ぶし、ネクロマンシーの扱う媒体も時にはそう呼ばれる。さっきの――いや。この、か――やつはこの国では特殊でね。何を間違ったか紛れ込んでしまったようだ。吸血鬼は知ってるだろう? 血を吸う鬼さ。あれはその食べ残し。哀れにも、死んだのに他者の肉と血を求め、歩き続けなければならない、生きた屍。それがさっきの事故を引き起こした」
 黒桐幹也は話の半分についていけたことに、少しだけ誇りを持てた。さすがに吸血鬼やゾンビの名前は知っている。その他は聞いたこともなかった。
「じゃあ、さっきの運転手は」
「ああ。喰われた後さ。まぁあの事故じゃあその前に息絶えてたろうが……」
 さて、話は終わりだ。そう言って蒼崎橙子は細い雨が降り続ける闇の中、その細い足で降り立った。
 カツン、という音。優雅な、そして邪悪なまでに妖しい仕草だった。

190(編集人):2002/11/01(金) 13:23
 反射的に黒桐幹也も飛び降りる。雨は柔らかくてさして気にはならなかった。
 そして目の前に誰かいる。流石の僕でもわかる、あまり嬉しくない感情だった。
「当たり前だが、初めて見るな。じゃあ自慢してやるといい。この火葬の国でゾンビだぞ。ほら、もっと喜ばんか。結構、価値あるものだぞこれは」
 サラリーマンか、くたびれたネクタイを締めた『それ』は、不気味なまでに蒼白で、虚ろな表情のまま、虚空に視点を漂わせている。
 はっきり言えば得体の知れない物体であった。そして明らかに超常的な物体だった。
 黒桐幹也は、寒気を感じた。『それ』にではない。非現実的な物体を目の前にして、悠々としている目の前の女性に、正体不明の感情を抱いたからだった。
 
 それは、憧れか、羨望か、恐れか、憎しみか。
 どれも否であった。強いて言えば、名もなき画家が一生を費やして描いた、誰も知らない壮絶なキャンパスを自分ひとりだけ見た、そんなわけの分からない感情だった。
「さて、今更だがね、黒桐」
 雨で濡れてしまった煙草を吐き捨てながら、橙子は口を開いた。
「私は、あの類のモノが大嫌いなんだ。嫌悪とかそんなんじゃない。いらだつんだ。死してなお死を集め続ける歩く死体。この矛盾が嫌いだ。私にしては珍しく、哀れみの気持ちもあるかもしれない」
 だからね、と。
「そのままにしてやるつもりだった。だけど追いかけてきた。残念だよ」

 カツン。

「せめて跡形もなく消してあげよう」
 その言葉は黒桐幹也ではなく、目の前の名もなき死者への手向けだった。

 そして。

 カツン。

 黒桐幹也は思う。
 ああ―――――――――――――――――――――――

 ―――――――――――――――――――――――この人には、暗闇が怖いくらいに似合う。

 かくして蒼崎橙子は矛盾を内包した滅びたはずの肉体に、真なる死を与える。
 オレンジ色の魔術師は雨に洗われる闇の中で、笑った。

191(編集人):2002/11/01(金) 13:24
『(無題)』翡翠・支援
2002年7月29日(月)21時44分。
ROUND5.247レス目「ぴーおー」様によって投下。
 四条つかさ(月姫)
 翡翠   (月姫)

192(編集人):2002/11/01(金) 13:26
朝です。
 今日も今日とて翡翠は志貴を起こしに来ました。
 もちろん、翡翠は志貴のメイドでありますし、起床を手伝うというのは当然の仕事であります。
 けど、仕事だから、と翡翠は割り切って志貴の部屋に訪れたりはしません。
 たとえ寝ていても、たとえ寝ぼけて見ていなくても、身だしなみはいつもキチンとしすぎるくらいにキチンとするし、
 扉の前では聞こえないように何度もコホンコホンと声を整えます。

 なぜでしょう? 聞くまでもありませんね。
 そう、一日に一番早く、誰よりも早く彼に会えるのがとても嬉しいからです。
 
 今日も翡翠は志貴を起こしに部屋に来ます。身嗜みもきっちりと。

「志貴さま、おはようございます」

 さて、志貴の目には、窓から差し込んでくる朝日と彼女の笑顔、
                              どちらがまぶしいでしょうか?

193(編集人):2002/11/01(金) 13:27
『(無題)』両儀式・支援
2002年7月30日(火)0時1分。
ROUND5.303レス目「ぴーおー」様によって投下。
 弓塚さつき(月姫)
 両儀式  (空の境界)

194(編集人):2002/11/01(金) 13:28
猟奇殺人事件。式が先輩を殺してしまった事件、僕が片瞳を失った事件でもある。
 あの日から、二週間と少しが経った。
 世間ではまだ狂気の垢が拭いきれず、夜の街には防弾チョッキに身を固めた警官が、巡回を怠らない。
 三月初旬の空は例年より寒く、どんよりと暗く、下界の人の心を映し出しているように思える。
 それでも人々の心の乱れは終息にむかっているに、違いなかった。やがて春が巡ってくるように。
 片方の瞳を失った僕は、そうやってセンチメンタルにおちいりつつも、怪我による休養を認められずに仕事をこなす毎日である。
 いや、あの人には期待する方が無駄だったというのは言うまでもないけれど。
 ただ、それは僕と式を二人きりにするために気を使ってくれていると思うのは、考えすぎというやつだろうか?

195(編集人):2002/11/01(金) 13:30
「幹也、危ない。ボーっとするなよ。轢かれちまう」
 ガーッ、と音を立てながら車が通り過ぎていく。排気ガスに咳き込みながら僕は顔をしかめた。
「あれは、スピード違反だよ。危ないなぁ。前もここで事故があったんだ。知ってたかい?」
「知らない」
 式は不満気に口を尖らす。苦笑して、今度はちゃんと向いた。最近、彼女は僕の体調等にひどく敏感になっている。無論、そんな彼女を見ながら僕は内心喜んだりしてる。
「ほら、もっとこっちに」
 左腕を、式の手がつかんで引き寄せてきた。よろりとよろけて、彼女の肩にもたれるような格好になった。見える右目でちらりとのぞくと、式は耳まで真っ赤にして、それでも真っ直ぐ前を見ている。
 式、なんで顔が赤いの?
 そう聞こうとして、やめておいた。そのセリフは昨日も一昨日も放っていて、新鮮味にかけるような気がしたから。
 頭の中で言葉を巡らす。どうやったら、一番かわいい式を見れるだろうか、そんなバチあたりなことを考えながら。

196(編集人):2002/11/01(金) 13:31
「寒い、な」
 隣で呟くような声。僕は発作のように、式の手に、自分の手を絡めた。
 式は何も言わない。ただ一度こっちを見ただけだ。
 三月の空気はそれでも冷たく鋭い。キンキンと冷えたそれは吐く息さえ白く濁らせる。
 体は冷えている。その中で左手だけがとんでもないくらいに、温かい。びっくりしてしまうほど、体温が伝わりあう。
 そして僕は、かたわらで子犬のような仕草でもじもじしている彼女を、抱きしめたい衝動を必死にこらえるのだ。

 この日々は間違いなく幸せだ。支え、支えられ、そんな関係。
 両儀式。
 殺人衝動を内包している。だから何なのか。
 直死の魔眼を持っている。だから何なのか。
 人を殺した。だから何なのか。 
 黒桐幹也は何度目になるだろうか、もう一度誓った。

「式、僕は君が好きだ。周りが全部敵だらけでも、一生、離さないよ」

「……望むところだ」

 今は三月。寒い三月。それでもしばらくすれば、温かい春がやってくる。
 けれど、と思う。
 春でも夏でも秋でも冬でも、僕らは寄り添いあい、流れていく季節を、ともに暮らしていく。

 

 終

197(編集人):2002/11/01(金) 13:32
『さっちん支援SS④』弓塚さつき・支援
2002年7月30日(火)0時1分。
ROUND5.382レス目「七視さん」様によって投下。
 弓塚さつき(月姫)
 両儀式  (空の境界)

198(編集人):2002/11/01(金) 13:33
さっちん支援SS④

やはり、私はオカシクなっていたんだろう。
その、路地裏の入り口から聞こえてきた、透き通るような綺麗な声。
ここにはいる筈のない、でも私がずっと求めていた人の声。
ああ、なんですぐに気付かなかったんだろう―――
もうずいぶんと前から、一言一句聞き漏らすまいと思っていた声なのに。
「あ……?」
緩慢な動きで殺人鬼が振り返る。
そこには、ついさっきまで私が必死になって探していた人だった。
「志貴くん……!」
嬉しかった。やっぱり志貴くんは約束を守ってくれた。
私が本当にピンチの時は、彼は間違いなく助けに来てくれるのだ。
「テメエ……!まさか、そんな筈は……!」
殺人鬼は、突然の邪魔者に驚いている。しかし、それはすぐにくぐもった笑いに変わった。
「ヒヒヒ……ヒャヒャヒャヒャヒャヒャァ!!!そんなことはどうでもいいか!そうだよな、兄弟!」
狂ったように―――実際狂っているのだろうが―――大口を開けて笑い、殺人鬼は愉悦に満ちた表情を浮かべた。
しかし、私にはそんな殺人鬼の行動には見向きもできなかった。
兄弟―――?

―――『なんだ、オマエ、あいつの女か?』―――

殺人鬼は、志貴くんの事を知っている―――?
そこまで考えて、ハッとなった。
ここは袋小路になっている路地裏で、深夜であり、人がまったく通らない。
そして、そこにいるのは、私と、志貴くんと―――殺人鬼。
結果は火を見るよりも明らかだ。
「に、逃げて、遠野くん!」
このままでは二人とも殺されてしまう―――
「―――大丈夫だよ、弓塚さん」
しかし遠野くんは、いつか私に向けてくれた優しい、それでいて壊れそうな笑顔でそう言った。
しかし、私は見てしまった。
夜の闇のなかでもはっきりと判るほど、遠野くんの顔色が悪い。息づかいも荒い。
こんな状態ではとても―――
「もう何年前だか忘れちまったが……長年の恨みだ、死ねよ」
そこで私は、信じられないものを見た。
殺人鬼の体が、「消えた」。
次の瞬間、3メートルは離れた所にいた遠野くんが「こちらに」吹っ飛んできた。
「きゃあっ!」
「がっ……!」
とっさに、吹っ飛んできた遠野くんを受け止め、そのまま倒れこんだ。
「うう……と、遠野くん……」
「ゆ、弓塚さん……怪我はない?」
怪我はないが、それよりも遠野くんの方が心配だ。
「大丈夫だから……それよりも遠野くん、なんで、なんで……」
自分の喉が恨めしい。こんな時に限って思うように動いてくれない。
「約束は、守らないとね……」
私の台詞を悟って、遠野くんは冗談めかして微笑む。
それはちょっと、私には致命的だった。

「……バカ……」

違う、そんなこと言いたくないのに。

「これじゃあ、私のせいで……」

こんな事言ってもどうしようもない。

「そうだね、自分でもバカだと思う」

こんな時でも、遠野くんはいつも通りだった。

「でも、それでも、約束は約束だ」

ああ、もうダメだ。私はもう、ダメになってしまう―――

「テメエら、何いちゃついてやがんだよ……!」
再び近づいてきた殺人鬼が、その禍々しい腕を振るう。
反射的に身を引いた遠野くんは、なんとかそれをかわした。

―――カシャン

渇いた硬質の音が響いた。
それは地面を滑って行き、壁に当たって止まった。
その時私は、一瞬だけゾクッとした。
音に驚いたわけではない。ましてや殺人鬼の攻撃に怖気づいたのでもない。
ただ、それがはずれた、という事実に、訳のわからない感覚が体中に走ったのだ。

私の視線の先には、遠野くんの眼鏡があった―――

199(編集人):2002/11/01(金) 13:35
『(無題)』両儀式・支援
2002年7月30日(火)12時45分。
ROUND5.388レス目「瀬尾的」様によって投下。
 弓塚さつき(月姫)
 両儀式  (空の境界)

200(編集人):2002/11/01(金) 13:36
彼女の目はひどく綺麗で、それでいてとても繊細だった。
自分という存在がちっぽけに思えてしまうぐらい、彼女の眼差しは凛としていて、
瞬きする瞬間に自分が殺されて、息もせぬ物体に成り果てることを
ただ単純にその瞳は示唆していた。
 「コクトー……。何でお前は」
 彼女の言葉は僕に届く前に、その瞳から流麗に滴り落ちる涙によって掻き消された。
彼女が何て言おうとしているのか、僕には漠然とわかる気がする。
だから、躊躇わずに、僕は無意識のうちに声を発していた。
 「違うよ。僕は式を邪魔しにきたんじゃない」
 穏やかな微笑を投げかけ、僕は一歩近づく。
 「頼むから、近づかないでくれ……コクトー」
 大事に握られているナイフが心なしか寒さに震えているような気がした。
 ……式がもう一人の自分と対峙し、式自身の為に
そいつを殺さなければならないことは僕にだってわかる。
だけど、僕は、式を、少女のように泣いている式を、止めなければならない。

201(編集人):2002/11/01(金) 13:37
『(無題)』弓塚さつき・支援
2002年7月30日(火)14時57分。
ROUND5.398レス目「鳥」様によって投下。
 弓塚さつき(月姫)
 両儀式  (空の境界)

202(編集人):2002/11/01(金) 13:38
夏になると、セーラー服の学校が羨ましく感じる。
 ブレザーのブラウスと違って、なんだか涼しそうなんだもの。

 職員室の扉を開けると、熱気を帯びた空気が漂ってきた。わたしは
うんざりしながら一歩外に出ると、失礼しました、と言って扉を閉めた。
 わたしは先ほど担任からもらった薄っぺらな紙を眺めた。『長期
休暇中の旅行届け』という見出しに、あとは氏名やクラスを書くための
スペースが数箇所記されている。
 まったく、こんな紙をもらうだけのために、なんで夏休みの学校に
来なきゃならないんだろ。そう思いながら、それを四つ折にして胸
ポケットに入れた。
 昇降口の前に冷水機に向かい、カラカラの喉を潤した。
 冷水機は学食の前にしかないので、嫌でも外に出なければならない。
水分を補給したばかりだというのに、夏の日差しは相変わらず強くて
ただれそうになる。
 風が吹いた。涼しげな風が足元をさらっていった。髪の毛の隙間から
入りこんだそれが汗ばんだうなじを撫であげる。気持ちいい。
 グラウンドからは運動部の掛け声が聞こえてきて、セミの大合唱と入り
混じる。ブラスバンド部の間延びした音がそれらのあとからついてくる。
 夏は好きじゃない。でも夏の学校は好き。
 わたしは唐突に学校中を廻ってみたくなった。

203(編集人):2002/11/01(金) 13:39
階段を上がって3階へ。教室棟の廊下はずっと奥まで続いている。
わたしの教室は、奥から2番目。
 夏休みの校舎ってどこか浮世離れしている気がして、冒険心がくすぐ
られる。
 リノリウムで敷き詰められた廊下を、ゆっくりと歩く。通り過ぎる教室
をひとつひとつ見ていく(夏休みの間中、窓は開けられているのだ)。
もちろん誰もいない。
 黒板の隅に書かれた『今日の日付』は一週間も前の終業式のままだった
り、既に2学期の始業式に合わせられていたり。その下に書かれた日番
の欄に見知った名前を見かけると、よくわからないけど嬉しくなる。
 そんな調子で自分の教室を覗いたときだ。
 わたしはドキリとして、思わず声を上げそうになった。
 そこに見知った顔が座っていた。知っているどころじゃない。一日たり
とも名前を忘れたことのないくらいだ。
 彼はただ何をするでもなく、窓から外を見ていた。
 時おり吹きこんでくる風に気持ちよさそうに目を細め、ひじをついて
この真夏の空気に身を委ねているようだった。
 見えた横顔があまりに綺麗で、わたしはその場から動けなかった。まる
で白昼夢のよう。
 やがて彼がわたしに気づいた。まるでわたしがそこにいるのがわかって
いたように振り向くと、柔らかに微笑んで言った。

204(編集人):2002/11/01(金) 13:41
「こんにちは、弓塚さん」
 そこでわたしは我に返った。
 なんでここに? どうしてわたしに声を? いろんな疑問が頭の中で
ぐるぐると混ざりあって、結局何も言い出せない。
「今日も暑いね」
「あ、えっと、うん。暑いね」
「弓塚さん、なんで学校に? ひょっとして補習?」
「え、違うよ。ちょっと職員室に用があって」
「そっか。そうだよなー。弓塚さん成績いいし、補習なんてあるわけないか。
俺、補習だったんだ。さっきまで」
「あ、そうなんだ」
 そう言うと彼は再び窓に向き直った。わたしはどうすればいいのかわか
らず、そのまま立ち尽くす。
「かき氷でも食べにいこっか」
 彼はそのまま言った。
 一瞬、頭の中のゴタゴタがピタ、と止まり、再び動き出した頃にはもう
わけがわからなくなっている。
「え?」
「かき氷。俺、今食べたいなーって思ってたんんだけど」
「え、え?」
「かき氷嫌い? あ、それともこれから用とかある?」
「え、あ、そんなことないけど」
「じゃ、行く?」
「あ、うん」
「それじゃ、決まり」
 彼はこっちを向いてにっこりと笑うと、ゆっくりと立ち上がった。
 鞄を手にとって廊下に出てくると、昇降口のほうに歩き出す。
「弓塚さん」
「え?」
「置いてくよ」
 我に返ったわたしは急いで彼の、遠野くんの背中を追った。

 −END

205(編集人):2002/11/01(金) 13:42
『(無題)』両儀式・支援
2002年7月30日(火)21時50分。
ROUND5.435レス目「七子さん」様によって投下。
 弓塚さつき(月姫)
 両儀式  (空の境界)

206(編集人):2002/11/01(金) 13:43
1/4
はじめて着た私服のスカートは足がすーすーして落ち着かない。
はじめて履いたハイヒールは歩きにくく、ひどくアンバランスな棒の上に立って歩い
ているかのよう。地面を全然噛み締められない。
習ったばかりの化粧を施した顔は、他人の視線を気にして真っ赤に染まりそうになる。
恥ずかしくて、俯きながら赤子のように覚束ない足取りで歩く。

----まるで拷問だ。
今まで他人(ひと)の目を気にしたことなんて無かったのに。
私の格好は周囲から見ておかしくないだろうか、なんて考えるなんて----

それに------------それに------------
----------------今の私を、幹也はどう思うんだろう?

どんっ!
「きゃっ!!」

頭がぐらぐらするほどの衝撃。

羞恥と煩悶で混沌とした思いに囚われていた私は、人にぶつかってしまったらしい。
どうしよう。
(化粧はずれなかっただろうか)
どうしよう。
(相手に謝らないと。幹也はこういう時ちゃんとしない女は嫌いだ)
どうしよう。
(でも、相手をしている内に待ち合わせに遅れてしまうかも知れない。
幹也が怒ってしまうかも知れない)
どうしよう-------!

207(編集人):2002/11/01(金) 13:44
2/4
「あ………」

------------------------なんて、無様。
何のことはない、私は電柱に激突したのだ。

信じられない。
どうかしている。
本当にどうかしている。
両儀式は洋服を着てデートになんて行く女じゃない。
周囲の目を気にしたことなんて金輪際無い。
こんなおどおどした私は----私じゃない。

それが、女のような悲鳴を上げるなんて------------!!

むかむかしてきた。
本当にむかむかしてきた。
憤然と身を起こすと、駅に向かってずかずかと歩き出す。
幼い頃からの訓練で培われた足腰は、慣れない履き物の違和感をでもまるで問題に
することなく歩道を進ませる。
こっぴどくぶつけた顔面は怒りで発する体温以上に熱を帯び、おそらくは軽い痣で
もできてしまっているだろう。

あいつのせいだ。
幹也のせいだ。
あいつが全部、悪い--------!

208(編集人):2002/11/01(金) 13:45
3/4
文句を言ってやる。
お前が悪いんだって。
どうしてくれるんだって。
謝ったって許してやらない。
そうだ、許してなどやるものか------!!

化粧なんて落ちてしまった。
こんな歩き方では、スカートもハイヒールも台無しだ。
かまうもんか。思えば中学の制服だってスカートだった。その時だって、歩き方に
気を遣ったことなんて無かった。

昨日は鏡の前で一晩眠れなかった。
それだけの苦労も、一瞬で台無しだ。なんて無駄で無意味なことをしてしまったん
だろう?
あいつのせいだと思うと腑が煮えたぎる。
あいつのせいで、私はあれほど心細い思いをした。殺してやりたい位むかむかする。
こんなに身体が震えるほど怒ったのは久しぶりだ。
だっていうのになんで------------私はこんなにも泣きそうになっているんだろう?

駅前にあいつの姿が見えた。
いつも通りの黒ずくめの姿。

こっちは一晩中悩み抜いたというのに。
あいつは平素のいつも通りだなんて。どうしてだ?
これじゃ私は莫迦みたいだ。
もう我慢できない。許せない。許せない。許せない。

だがあいつと目があった途端、私は金縛りにあったように動けなくなってしまった。

209(編集人):2002/11/01(金) 13:46
4/4
信号を渡ってくる式が見えた。

目を疑った。あの式が和服を着ていない。
スカートからすらりと伸びた足が覗くその歩みは颯爽と。
和服と比べれば式の女性らしい肢体の線が浮き出る洋装はとても-----

息が止まるかと思った。
僕の目には今日の式は神々しいまでに美しく見えた。

その眼差しが僕を見据え、刹那、もの凄い一瞥が僕を射殺した。
「ひっ!!」
こ、殺される?!
ドウシテ、ナンデ……
先ほどまでの天国からすさまじい高さを墜落し、僕は戦慄の地獄に叩き落とされる。
恐怖に心臓を鷲づかみにされた僕は、瞬時に氷の彫像と化した。

永遠とも感じられる瞬間が過ぎ、ふと急に式の顔がくしゃ、と歪んで…………

------------赤子のように泣き出した。

大通りの角に立つ雑居ビルの屋上では、二人の出刃亀が交差点を見下ろしていた。
横断歩道に立ちつくして身も世もなく泣き叫ぶ少女に、黒衣の青年が慌てて駆け寄る
姿が見える。

「式がこちらを見なくてよかったな。もし気づかれていたら結界ごと斬り捨てられた
かもしれん」
「驚きました。見せたかったいいものってこれのことですか、師匠」

集まりだした人だかりの中、少女は困惑する青年の胸をポカポカと殴っている。
しばらくおろおろとしていた青年は、意を決したかのように衆人環視の中、少女を
その腕に抱きしめた。

「……なんて、はずかしいやつらだ。そう思うだろう?鮮花」
「………やってられません」
言うと、鮮花は身を翻して去っていく。きっと、この著しい劣勢を立て直す起死回生
の策を練るために。その姿を見送った後、魔術師はつぶやく。
「伽藍洞だということはいくらでも詰め込めるという事だろう。この幸せ者め。
それ以上の未来が一体どこにあるというんだ」

210(編集人):2002/11/01(金) 13:48
『(無題)』両儀式・支援
2002年7月30日(火)22時13分。
ROUND5.445レス目「ぴーおー」様によって投下。
 弓塚さつき(月姫)
 両儀式  (空の境界)

211(編集人):2002/11/01(金) 13:49
とある日曜日の昼。僕は橙子さんに頼まれていた調査に、なんとか一段落をつけた。
 まだまだ物足りないところはあるけれど、とりあえず簡易報告くらいは出来そうではある。
 少しだけ満足な気分に浸りながら、僕は一度部屋に戻ることにして強い日差しの中、歩いて家へと戻った。
「ただいま……って誰もいない……あ、式が来てるのか」
 開け放ったドアの向こう、散らかった玄関には式の履物が行儀よくキチンと置かれていた。
「おーい、式? 返事くらいしなよ。もしかして寝てる?」
 靴をぬぎながら式に呼びかけて見るけれど、どうやらホントに寝てるようで返事はない。はぁ、と一つため息を零しながら部屋へと入った。
 案の定、寝床の上には着物のまま、体を丸めた式が静かに眠りに落ちている。
 このとき、もう慣れてしまったとはいえ、僕はいつも心配になる。
 彼女の寝ている姿は、ひどく静かだ。寝息は聞こえない。身じろぎもしない。死人と見間違えてもおかしくないくらい、静かだった。
 今すぐ起こしたくなる。目をあけて名前を呼んで欲しくなる。けれどそれは彼女にあまりにも悪い。
 注意深く見て、傷一つない白磁のような美しい肌に朱色の血の気が帯びているので、ようやく無事だということに一安心をつけるのだ。
「けど、」
 一歩、近づく。
 何故か、頭の奥が痺れるような感じがした。それはまるで何かにとり憑かれたような……
「ほんとに、綺麗だ」
 中性的で、まるで抜き身の真剣のような、危うさを漂わせる美しい顔。
 
 導かれるように、僕は禁断のそれに手を伸ばした。

212(編集人):2002/11/01(金) 13:50
やわらかく、それでいて芯のしっかりした黒髪に手を伸ばす。
 さらりと触れて、ただそれだけの事なのに心臓は今にも爆発しそうなほど鼓動を繰り返している。
「式……」
 それでも、離れる気にはならない。離れたくない。
 ギシリとベッドを軋ませて、寝ている彼女の横に座った。
「君は、なんでそんなに綺麗なんだ」
 手を伸ばし、頬に触れる。一度だけ人差し指で押してみて、彼女は、うぅん、と初めて声を漏らした。
 とても可愛らしい声だ。もう一度押してみて、また、ぅぅん、と声を漏らす。
 なにかしら、背徳感のただよう秘密を手に入れたようで、僕は一人笑った。
 もっと彼女の顔を見たくなった。手を頬に添えたまま、顔を近づけていく。長いまつ毛に、またドキマギしながら。
「式」 
 小声で呼びかける。まぶたがピクリと動いたようだけれど、多分気のせいだ。
「式、僕は君を愛している」
 だから、
「だから、君が欲しい」

 もっと近づこうとして、やめた。自分がヒドイ愚か者のように思えてきた。寝ている女性に付け入るなんて、あまりに情けない行為だから。
 でも、正直に本音を言えば、もったいない。そう感じた。
 だから一度だけその頬に唇を触れて、僕は飛び跳ねるように彼女から離れた。
 心臓は口から飛び出てきそうで、寝れそうもないのに恥ずかしくて目を閉じた。
 式のほっぺたは、とんでもないくらい、柔らかかった。

213(編集人):2002/11/01(金) 13:51
 まだ鼓動が耳に届く。こんなことは生まれて初めてのこと。きっと耳まで真っ赤になっている。
 一度身を起こして、そっちの方を向いてみた。
 スヤスヤと、実に気持ちよさそうに眠っている。こっちの気も知らないで。 
 そして、まだ熱をもっている頬に手を伸ばして、そっと撫でた。
 ここに、唇が。
 しばらく眺めて、触れた指を、そっと、ペロリと舐めてみた。
 すぐに顔が真っ赤になる。私は何をしているのか。自分がヒドイ愚か者のように思えた。
 腹が立って、私は立ち上がった。なんであいつのために、こんな思いをしなくちゃならないんだ。
 ベッドから降りて近づく。毛布に包まった幹也はムニャムニャ言いながら夢心地を味わっている。
「このバカ。私の気も知らないで」
 はたして、私の気とはなんなのか。深く考えないようにした。これ以上顔が赤くなっては困る。
 ストンと寝ている幹也の横に腰を下ろした。覗き込んで見る。傷痕が痛々しかった。けれどそれ以上に、自分のドキドキする気持ちに困惑した。
 ゆっくりと、手を伸ばしてみる。触れた幹也の頬は、柔らかく、けれど男らしさを少しだけ感じた。
 私は一度だけ深呼吸し、唇を幹也の頬に近づけようとした。
 高鳴る心臓に、これはさっきの仕返しなんだ、と言い訳をしながら。
 そのとき、口は勝手に何かを口走っていた。
「幹也、愛している」
 そして、
「そして私も、お前を感じたい」
 意を決して、幹也の頬に口付けしようとしたのを、止め、
 素早く、幹也の唇に、キスをした。
 ほんとに、チュッ、という音がして、私は顔を真っ赤、頭の中を真っ白にさせながら、ベッドに飛び込んだ。
 毛布で頭をくるめながら、起きたら絶対に文句を言ってやる。そう思った。


 そっと唇に手を伸ばす。そこには、ずっと求めていた相手の温もりが……

214(編集人):2002/11/01(金) 13:52
『さっちん支援SS⑤』弓塚さつき・支援
2002年7月30日(火)22時32分。
ROUND5.454レス目「七視さん」様によって投下。
 弓塚さつき(月姫)
 両儀式  (空の境界)

215(編集人):2002/11/01(金) 13:54
さっちん支援SS⑤

空気が変わった、なんて生易しいものじゃなかった気がする。
もうすぐ夏も終わるというのに、いまだにねっとりと纏わりつく熱気が、凍りついたように止まった。少なくとも自分の感覚では。
その変化は、殺人鬼にも伝わったらしい。いぶかしげな表情でこちらを睨みつけていた。
「なんだ……?おい、テメエ何しやがった?」
答えられるはずもない。
ただ、どうしようもないほどに緊張した空気が三人の間を流れた。

「ハァ―――ハァ―――ハァ―――ハァ―――」

唐突に、荒い呼吸音が静寂を破った。
ハッとして見ると、遠野くんの顔色が今まで以上に悪い。
「ハァ―――ハァ―――ハァ―――ハァ―――ハァ―――ハァ―――ハァ―――ハァ―――!」
「ど、どうしたの遠野くん!?」
「ヒ、ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!なんだよ、もう限界かァ?そうだよな、夜は俺の時間だ」

ひた―――

殺人鬼が、一歩近づく。
「ひっ!?」
「ハァ―――ハァ―――ハァ―――ハァ―――ゼェ―――ゼェ―――ゼェ―――」

ひた―――

殺人鬼がまた一歩近づく。
遠野くんの息は荒くなるばかりだ。
「とお―――志貴くん―――!」
私は、志貴くんの身体をギュッと抱きしめた。
どうしてそうしたかは自分でも分からない。ただ恐怖に怯えていたのか、助けてもらおうと思ったのか、助けようと思ったのか、諦めて覚悟を決めたのか―――
分かっていたのは、私の腕が震えていたという事だけだった。

ぽん―――

暖かい感触が頬に触れる。
「え―――?」
まだ息が荒いままの志貴くんは、ゆっくりと、優しく私の身体をほどいた。
そして、今まで私が見たなかで、最高に優しく、崩れ落ちそうな笑顔を向けると、ふらつきながらも立ち上がった。
「し、志貴くん―――」
「いいねェいいねェ、そうこなくちゃなァ」
「……」
志貴くんは応えない。
そこで私は気がついた。
呼吸が落ち着いている―――?
そう思った瞬間、志貴くんは目にも留まらないほどの速さで駆け出した。
「ぬあっ!?」
完全に不意を突かれた殺人鬼は体勢を崩し、志貴くんはその脇をすり抜けていく。
そのまま走り抜けるかと思いきや、袋小路の入り口で振り返った。片手にはいつの間にかナイフが握られている。

―――その蒼く輝く瞳に、ぞくり、とした―――

「―――んの野郎ォ!」
殺人鬼は腹部を押さえて志貴くんを振り返った。どうやら、すれ違ったときに一撃いれられたらしい。
殺人鬼が、まさに人外の動きで志貴くんに跳びかかる。
その一撃がとどく前に、志貴くんはすでに走り出していた。
殺人鬼は、志貴くんを追って駆け出していった。

袋小路には、腰を抜かして情けない格好をした。私、弓塚さつきだけが残された。
私はそのままの体勢で、
(そうだ、あの時の笑顔に似ているんだ―――私を助けてくれた時の笑顔に―――)
なんて事をぼんやりと考えていた。

216(編集人):2002/11/01(金) 13:55
『夢の名残』両儀式・支援
2002年7月30日(火)22時54分。
ROUND5.462レス目「七死さん」様によって投下。
 弓塚さつき(月姫)
 両儀式  (空の境界)

217(編集人):2002/11/01(金) 13:56
両儀式支援SS「夢の名残」

―――きみがいて、わらっているだけで幸せだった。

「黒桐だから、黒を着る? 莫迦じゃないのか、お前」
「別に、いいじゃないか、好きなんだから。黒。
 ・・・まあ、さっきの発言は、我ながらアレだったとは思うけど」

「じゃあ、式が選んでよ。僕の服」
「・・・いいぜ」
「え? ほんと?!」
「でも、いいんだな。俺は安物なんか選ばないからな?」
「え、あ、それは」



―――安心できて、不安なのに。

「そろそろ、ちゃんとご両親に会うようにしないと駄目だ」
「そんなこと、関係ないだろ。俺の居場所は、あそこじゃない」

「俺がここにいたら、邪魔なのか」
「あのね、誰もそんなこといってないだろ」

「じゃあ、別にいいだろ。幹也には関係ない」
「そんなことない」
「何で!!」
「式のご両親は、僕の義理の親になる人たちだから、関係なくなんて無い」
「・・・え、あ、それは」
 


―――君がいて、あるいているだけで、嬉しかった。


「ちゃんと、出席日数は足りてるんだ。えらい、えらい」
「どこかの大学中退者と一緒にするな」
「うっ、でも、僕も高校はちゃんと卒業したじゃないか」
「こんなとこに就職するぐらいなら、高校中退の方がましだ」

「ふむ、一理あるか」
「納得しないで下さい、所長」

「ちゃんと稼げよ、幹也。じゃないと――――」
「大丈夫。わかってる」
「・・・うん」




一緒にいれて、一緒じゃないのに。




「ねえ、式」
「何?」



「―――今、幸せかな?」


「何をいきなり、馬鹿なこと言ってるんだ、お前」
「あ、そんな言い方ないだろ!」
「馬鹿に馬鹿に言うのに、言い方なんて関係ない」
「・・・ますます酷いよ、それ」





――――それは、ほんとうに。




「――――幸せじゃないはず、ないだろ。馬鹿」





―――夢のような、日々の名残。


―――夢のような、日々の続き。

218(編集人):2002/11/01(金) 13:58
『(無題)』コルネリウス・アルバ支援
2002年7月31日(水)20時41分。
ROUND5.558レス目「ぴーおー」様によって投下。
 コルネリウス・アルバ(空の境界)
 三澤羽居      (月姫)

219(編集人):2002/11/01(金) 13:59
この計画に乗ったのは、アオザキへの復讐だ。
 私は、そう公言していた。彼にも、彼女にも、そして自分にも。
 否定はしない。ただ、真実ではない。
 アオザキに復讐しようと思ってたのは、魔術の実力による嫉妬なんかじゃない。
 私が彼女を嫌う理由は、唯一つ。

         
                  アラヤが、彼女のことを好いているから。

 
 昔からだった。いつも、彼の目には私など映っていない。きっとただの虫けらのように見えるのだろう。
 けれど、アオザキトウコは違う。あの二人が親密な関係だということなど、私の目から一目瞭然だった。
 不愉快極まりなかった。アオザキはきっと、私のアラヤに対する気持ちを知っていた上で、ルーンを専攻したのだ。そうに違いない。
 実力主義の世界観をもつ彼のこと。一番でない人間に興味を示すはずもなかった。
 かくして、私の思慕は伝えきれぬまま封印することにした。悔しいけれど、アオザキの能力の上を行くのは、不可能だったから。
 一時期はほんとに荒れた。アグリッパの末裔など何の関係もない。次期学院長がなんだというのか。
 一番、大切なモノが手に入らないのなら、何の意味もない。

 そして数年の月日。まさかの、アラヤからの連絡。
 それは、忘れようとして、ようやく重い枷から抜け出そうとしていた時だった。
 アラヤの言うことは、簡単で、根源にいたるための協力要請だった。
 嬉しかった。
 場所は日本。アオザキを始末させてやる。彼はそう言った。
 涙声を悟られないように私は必死に声を押し殺した。彼にもう一度会える。断る理由などどこにもない。
 正直アオザキのことなどどうでもよかった。ただ彼が望むのなら、そう思ってアオザキを殺すためという仮面を被って私は来日した。
 

 この仕事が終わったら、彼に気持ちを伝えよう。拒まれても仕方がないけれど、ケジメはきちんとしなければ。

 
『アラヤは、コルネリウス・アルバは、君が好きだ』



             終わっとけ(悶絶


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