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ギャングエラ

32名無しさん:2004/02/09(月) 00:55
クリスマス

 聖書の舞台となるイスラエルは中東の砂漠の中にあります。アブラハムをはじ
め、多くの聖書の登場人物は、果てしない砂漠を渡り、旅をしました。そして、
当時の人々が砂漠で迷ったとき仰ぎみたものがあります。

 それは、「星」です。そのため、旅をする人々、砂漠の国に生きる人々にとっ
て、星は希望の象徴であり、目標を示す星は、理想でした。

 こんな詩があります。「砂漠を旅する者は、星に導かれて進む。星に向かって
歩んでいく。星に到着することはないが、星に近づこうとすることによって、目
的地である町に着くのだ。人がそれぞれ掲げる理想は、星のようなものである」。

 数年前、当時私は設計事務所に勤務し慌しい日々を過ごしておりましたが、初
めて、教会のクリスマスに出席しました。その時、感じたこと、それは、教会の
クリスマスは“静かである”ということでした。

 12月は、忙しい季節です。師走という言葉がありますが、人々は忙しく走り
まわります。そんな中で経験する“静”でした。美歌「きよしこの夜」の調べ、
牧師によるメッセージ。それらは、“動”というよりも、立ち止まって聴く、心
静かになる“静”という経験でした。

 世は闇である。“静”という経験は、そんな闇にあって生きる私が、「わたし
は世の光である」と言われたイエス・キリストを垣間見た時であったかも知れま
せん。砂漠で生きる私が、道を示す星を仰ぎ見た時であったかもしれません。




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