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戦争 兵器2
主に兵器に関するネタ
前スレ
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/computer/648/1238062652/
イタリア軍
ttps://wiki.chakuriki.net/index.php/%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2%E8%BB%8D
102号哨戒艇
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%88_(DD-224)
スチュワート (USS Stewart, DD-224)
アメリカ海軍の駆逐艦。クレムソン級駆逐艦。
スチュワートは日本海軍に鹵獲され、第百二号哨戒艇として就役したが、
1945年に進駐してきたアメリカ軍によって発見、再編入された。
1942年2月20日にバリ島沖海戦で第8駆逐隊(阿部俊雄大佐)の朝潮型駆逐艦4隻(朝潮、大潮、満潮、荒潮)に遭遇して交戦し、12.7cm砲弾数発を被弾して小破した。
蘭印・スラバヤ軍港の浮きドックに入渠
修理中の24日に日本軍による空襲や日本陸軍の侵攻を受けたために3月1日に修理は放棄され、鹵獲を防ぐために3月2日に浮きドックごと爆破して自沈処分とした。
第百二号哨戒艇(日本海軍)
1942年3月8日、ジャワ島を占領した日本軍がスラバヤに到着した。
この時、海底に沈んでいる完全には破壊されていなかったスチュワートを発見し鹵獲。
スチュワートはスラバヤの第百二海軍工作部で損傷復旧工事と改造を受けた
艤装中の1943年6月15日、第百二号哨戒艇と命名
本籍を呉鎮守府に定められ[5]、哨戒艇に類別された。
第二南遣艦隊附属に編入
1944年1月8日、バリクパパンからパラオを経由しトラック諸島へと向かう輸送船団の護衛に早波、島風と共に参加
輸送船3隻が撃沈され輸送作戦自体は失敗
8月24日、ルソン島のダソル湾沖で輸送船の救援のため、第三南遣艦隊の命でマニラから第22号海防艦と共に差し向けられた。
第22号海防艦が米潜水艦ハーダー(USS Harder, SS-257) を発見し、対潜戦闘の末これを撃沈。
11月25日に米潜水艦アトゥル (USS Atule, SS-403) の魚雷攻撃を受け第38号哨戒艇が轟沈。
続け様にさんとす丸も撃沈され、第33号駆潜艇と共に生存者の救助にあたった
(この時、さんとす丸には撃沈された戦艦武蔵の生存者420名程が乗り込んでおり、この攻撃で300名が死亡、120名が救助されたという)。
その後は呉において電探の設置や装備の換装といった兵装強化を施され、新たに創設された海軍総隊の呉鎮守府部隊に所属。
大分の佐伯港へと移動し終戦を迎える。
10月5日除籍
スチュワート(DD-224)
『海原を彷徨う幽霊船』
http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%88(dd-224)
日本海軍に鹵獲され、第102号哨戒艇として活躍し、終戦まで生き残り、その後23年ぶりに帰還している
USSスチュワート(DD-224)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm27521570
カルチベーター No. 6
第二次世界大戦時にイギリス海軍によって開発された塹壕を掘る時に使用された機械。
ttps://en.wikipedia.org/wiki/Cultivator_No._6
ttps://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4d/Nellie-front-three-quarters.jpg
ttp://livedoor.blogimg.jp/janome_gotyou/imgs/a/b/ab57cf5b.jpg
地面を掘りながら、敵の陣地に近づくモグラ戦車!
なんと、あのウィストン・チャーチルが熱心に開発を支援していました。
試作車両までは造られましたが、ドイツ軍の電撃戦の登場によって塹壕戦は過去のものとなり開発は中止されました。
ttps://matome.naver.jp/odai/2143546044892288001/2143547528417319203
奇想天外!?世界の珍兵器・失敗兵器まとめ イギリス編
ttps://matome.naver.jp/odai/2143546044892288001
奇想天外!?世界の珍兵器・失敗兵器まとめ ロシア編
ttps://matome.naver.jp/odai/2145656813503924101
奇想天外!?世界の珍兵器・失敗兵器まとめ ドイツ編 修正版
ttps://matome.naver.jp/odai/2143557456923227401
奇想天外!?世界の珍兵器・失敗兵器まとめ アメリカ編
ttps://matome.naver.jp/odai/2146503814086072901
珍兵器続出!?第一次世界大戦に開発された戦車たち その1
ttps://matome.naver.jp/odai/2143477998723980601
珍兵器続出!?第一次世界大戦に開発された戦車たち その2
ttps://matome.naver.jp/odai/2143480581153220201
珍兵器続出!?第一次世界大戦に開発された戦車たち その3
ttps://matome.naver.jp/odai/2143481333359777301
珍兵器続出!?第一次世界大戦に開発された戦車たち その4+@
ttps://matome.naver.jp/odai/2143498146005758101
核カバン
ttp://japanese.donga.com/List/3/all/27/280091/1
1. 米国とロシアなどの核大国の首脳が核兵器を統制する通信装備が入った「ブラック・ボックス」
2. 小型戦術用核爆弾
破壊用特殊核爆弾(SADM)
高層ビル2、3個を一気に破壊できる威力を持ちながら、重さは、最も小さなもので30kg程度しかならない
リュックサックのような形で背負って運ぶことができることから、「核リュック」とも呼ばれる。
ロシア軍は、これまで公式にはこの兵器の存在さえ明らかにせず沈黙してきた。
しかしビクトル将軍は、RA115という名はもとより、この兵器が実際に存在し、戦略ミサイル軍が保有しているという事実まで明らかにした。
97年にも、この兵器をめぐり論議があった。
2年前、ヘリコプター事故で死亡した元将軍の政治家アレクサンドル・レベド氏が初めてこの兵器の存在を明らかにし、「旧ソ連が保有した132個の核カバンのうち、48個が消えた」と暴露した
「核のボタン」
ttp://www.cnn.co.jp/fringe/35088327.html
実際には「核のボタン」は存在しない。
代わりに大統領は「ビスケット」と呼ばれる、核兵器の発射コードを記したカードを持つ。
また米軍の将校が「フットボール」の通称で知られるブリーフケースを持っており、その中に核攻撃を発動するのに必要な装置と情報が収められている。
大統領が職務を遂行できなくなった場合に備え、副大統領用のフットボールも用意されている。
米国は現在、約900発の核弾頭を配備しており、個々の核弾頭は広島や長崎を壊滅させた核兵器の10〜20倍の威力を持っている。
戦車対決「アラクールの戦い」より
戦車は爆撃機からナパーム弾落として潰す
火炎にあおられた戦車は中の乗員が焼け
燃料や砲弾をを誘爆させ爆発する
擲弾兵をタンクデサントで運用した
ドイツ装甲旅団も
対空砲は同行させていない
彼らは爆撃機の的と化した
有刺鉄線
英語でデビルズロープの異名
有刺鉄線の博物館
Devils Rope Barbed Wire Museum
ttps://en.wikipedia.org/wiki/Devils_Rope_Barbed_Wire_Museum
最初は宇宙ステーションに物資輸送するだけの用途だった自動ロケット
「神の杖」を迎撃するのにつかわれる
マジで凄い第二次大戦時の日本の技術!アメリカ人も驚愕!
歴史を変えたかもしれない日本軍の化け物兵器10選。
ttps://www.youtube.com/watch?v=uWpDIt6XtRU
ブラックナイト衛星
古代文明が打ち上げ、現代も地球の周囲を回っているとされる衛星
ディスカバラー計画
CIAのコロナ偵察衛星
1960年代に極軌道を周回し地球の偵察写真を撮り続けた
写真を撮り終えるとフィルムを地上に落下させ軍が回収する
ヴェラ衛星
地球を周回し核実験を監視する衛星
放射線を感知する
これにより宇宙のガンマ線バーストが観測された
ヴェラ (人工衛星)
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%A9_(%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E8%A1%9B%E6%98%9F)
HARP計画 スペース・カノン
バルバドス シーウェル空港
ttp://karapaia.com/archives/52130232.html
弾道学を使って投射物を宇宙に送り出す高高度研究プロジェクト
ただ宇宙に狙いを定め、巨大な大砲から弾を発射して大気圏を突破するというもの
今はオリジナルの大砲のみが残り、緑豊かなバルバドスの植物達に囲まれつつ錆びるがままになっている。
マスドライバー(Mass driver)
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%90%E3%83%BC
惑星の衛星軌道上や衛星の周回軌道上に物資輸送を大量輸送に向くよう効率良く行うための装置
地上から第一宇宙速度にまで加速したコンテナなどを「放り上げる」
多薬室砲、ライトガスガン、コイルガン、レールガン等が考えられている
ローンチ・リング
巨大な円形のレール上を回りながらレールガンの原理を利用して加速し、第一宇宙速度に達した時点で発射用のレールに入り打ち上げられる。
約2000Gの加速度がかかる
スリンガトロン
渦巻状のレールの上にボールを載せた状態でレールの円心から外れた位置を中心として回転させるとボールが外側にいくにつれて徐々に加速していく原理を応用する。
ttp://zapzapjp.com/archives/31236403.html
スムース・ボア
滑空銃、マスケット銃の事を現代ではこう呼ぶ
沖縄に配備されていた核ミサイルは1300発
NHK「沖縄と核」より
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170910
プロジェクト・リーズ Projekt Riese (巨人計画)
「ナチスの巨大建造物2」より
ナチスがポーランドで行った計画
ナチスの遺産・プロジェクト・リーズ
http://worldtv.blog.fc2.com/blog-entry-273.html
1943〜1945年、ナチスドイツがオウル山脈に建設した巨大な地下施設「Project Riese(プロジェクト・リーズ)」
当時連合軍の空襲が相次いでいたドイツ軍が軍事施設を安全な場所に移すために計画されたプロジェクト
地下施設の通路の長さは60kmほど
プロジェクト・リーズ
http://ukobayashi.tumblr.com/post/13336109869/%EF%BD%8E%EF%BD%81%EF%BD%9A%EF%BD%89-%EF%BD%95%EF%BD%86%EF%BD%8F%EF%BD%93
ナチスドイツにとって最大規模の計画
ポーランドのシレジア南部にあり、開発されたのは空飛ぶ円盤と原子爆弾でした。
Projekt Riese
https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=1&cad=rja&uact=8&ved=0ahUKEwiRw_Gy8fTXAhVKnJQKHQYaCMkQFggnMAA&url=https%3A%2F%2Fde.wikipedia.org%2Fwiki%2FProjekt_Riese&usg=AOvVaw16neFWbpUaXTyV1oJKOpgi
プロジェクトリーズ
http://as1tae.blog.fc2.com/blog-entry-7.html
Osowka :1943-45にナチス・ドイツのヒトラーのプロジェクト・リーズという作戦のために多くの奴隷を遣い掘られた洞窟。
プロジェクトリーズとは武器の製造、そして運輸をするネットワークを確立させることが目的だった
このプロジェクトに動員された奴隷の数はなんと13,000人。
その内の約9,000人がユダヤ系の民族だ。
ヒトラーの指示の元、ハンガリー、ポーランド、ギリシャ、ルーマニア、スロベニア、オランダ、ベルギー、ドイツ、ロシア...と様々な国から奴隷を集めた。
1944-45にかけてタイファスという疫病が猛威をふるい、奴隷の殆どが亡くなってしまいます。
Red army 旧ソ連軍の侵攻の影響も受け、このプロジェクトリースは失敗に終わる。
Project Riese
https://en.wikipedia.org/wiki/Project_Riese
W?odarz - Wolfsberg - underground complex of nazi secret project RIESE - Gory Sowie
https://www.youtube.com/watch?v=6p4FFOLf8Qw
湾岸戦争の地上戦はわずか100時間で終了した
GPSによる精密爆撃と
GPSによる砂漠で迷わない高速戦車移動と
ナイトビジョンによる夜間攻撃が
それを可能とした
ボーイング 空と宇宙の開拓者S2 #1より
ICBM保有国
わずか6ヶ国
japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2017/07/04/0200000000AJP20170704005900882.HTML
ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%99%B8%E9%96%93%E5%BC%BE%E9%81%93%E3%83%9F%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AB
米・ロ・中・印・イスラエル・北朝鮮
核保有国の一覧
ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B8%E4%BF%9D%E6%9C%89%E5%9B%BD%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7
米・ロ・中・英・仏・印・パ・イスラエル・北朝鮮
北朝鮮核ミサイル
一番いいのは北朝鮮上空で核ミサイルによる迎撃かな
高高度核爆発によるEMP被害をモロ北朝鮮が被るし
高高度核爆発
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%AB%98%E5%BA%A6%E6%A0%B8%E7%88%86%E7%99%BA
日本刀
遺品に発見されたら諸葛の警察に持っていく
登録する場合教育委員会に持っていく
軍刀の場合古物品と認められないため没収となる
ドーラ強制収容所解放から70年 ナチスがV2号ミサイルを製造した地下工場
https://www.huffingtonpost.jp/toru-kumagai/dora-concentration-camp_b_7068450.html
V2ロケット
https://ja.wikipedia.org/wiki/V2%E3%83%AD%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88
ミッテルバウ=ドーラ強制収容所
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%86%E3%83%AB%E3%83%90%E3%82%A6%EF%BC%9D%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%A9%E5%BC%B7%E5%88%B6%E5%8F%8E%E5%AE%B9%E6%89%80
ヘルムート・グレトルップ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%83%E3%83%97
<再現>ミグ25、ベレンコ中尉亡命事件
https://www.youtube.com/watch?v=GWQPjTWeVIg
対空レーダーは海面30m以内を探知できない
ファントムのレーダーは前方50km探知できるが、
自分より低空で飛ぶものは探知しづらい
電波吸収体(Radar absorbent material、RAM)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E6%B3%A2%E5%90%B8%E5%8F%8E%E4%BD%93
電波を吸収し反射波を減らす物質である。
主にステルス機などで、形状制御技術ではコントロールしきれなかった鋭角などに使用される。
誘電性電波吸収材料
分子の分極反応に起因する誘電損失を利用するが、誘電体単体では大きな損失は望めないので、
カーボン粉などをゴム、発泡ウレタン、発泡ポリスチロールなどの誘電体に混合して見かけ上の誘電損失を大きくしたものが開発されている。
貼付型
外面に電波吸収体を貼り付ける形態であり、ゴムシート状のフェライトやカーボンが使用される。
電波暗室では発泡スチロールが使われる。重量が増す。
問題点
今のところRAMの塗装型は高価であるという点やメンテナンスに手間がかかるという点で問題がある。
一部には、赤外線放射率が異なる塗装で各部を塗りわけ、赤外線映像として見た際に、航空機の形状として認識されづらいように配慮した機種もある。
現時点で実用化されたステルス航空機の機体色は、たいていがマットブラックかダークグレー系であるが、これは夜間運用時に効果的であると同時に、極端に高度を下げない限り日中でも比較的に目立たない色だから、そのように色を調合されただけであり、レーダー反射塗料そのものがダーク系カラーというわけではない。
なお航空機に高度なステルス性を持たせる場合、やはり機体をステルス性の高い形状にしなければならないが、航空機の場合、単純に「ステルス性に優れる形状」であれば良い訳では無く、同時に「良好な飛行が可能な形状」すなわち航空工学に基づいた形状も求められる。
それらを両立する為に、設計には非常に複雑な計算を必要とする。
また、開発・生産・維持のいずれの段階においても、高技術力と高コストの両方が要求される。
特に維持は困難で、飛行中に水滴や埃が機体に付着したり、ビスの締めが甘く頭が少し表面から浮いただけでも、ステルス性は損なわれるといわれている。
(例えばB-2爆撃機の場合、一機あたりの価格が高いうえに、整備には専用の格納庫を必要とする。
国外の基地へ展開する場合、専用格納庫も一緒に展開する必要がある。
それらの影響だけが原因では無いが、総生産数は当初の予定を下回る21機にとどまっている)
したがって費用対効果も悪くなりがちである。
その為、技術力が追いつかない、あまりコストを割けない等の理由で形状の工夫が出来ない場合は、RAMを使用する等して、少しでもステルス性の改善を求めることも多い。
艦船や車両では、運用上の理由から、高価なRAMは使用せず、外観の形状に配慮をする程度である。
(RAM塗料は劣化が早く長期間の野外活動に耐えられない、陸上兵器は少しでもカムフラージュを行えばレーダーには元々映りにくい等)
S2スォッカ
旧ソ連時代の沿岸防衛航空機
核搭載ドローン
ベルリンの壁崩壊時代にソ連軍から売り払われた
ステルス機にマーカーを付ける広域煙幕爆散弾
NASA グリーンランド北極圏基地
1968.1.21
水素爆弾4個を搭載していたB-52爆撃機が墜落
機体は海に墜落
爆弾の起爆剤が爆発し放射性物質が焼けて拡散した
チューレ空軍基地から11kmの地点に墜落
ツンドラの8平方kmが汚染され
氷が溶け核爆弾の一つが海に沈んだ
2年前には地中海のスペイン沖に墜落していた
広島型の20倍の威力を持つ水爆が今も海に沈んでいる
デイビー・クロケット
半径100mの範囲に爆炎
半径400mの敵を放射線被害に負わせる
2000発以上生産され西ドイツを中心に欧州へ配備された
デイビー・クロケット積んだドローンとか使えんかな
ロケットベルト
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88
背中につけたロケットエンジンを備えた推進器
マイクロガスタービン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%B3%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%B3 #%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%B3
ドイツ、Lambert製のマイクロタービンエンジン「Kolibri」
http://tachino.o.oo7.jp/en-jet.html
市販の実用タービンエンジンとしては多分、世界最小クラス
ウイングスーツ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%84
手と足の間に布を張った滑空用特殊ジャンプスーツ
ジェットスーツ
https://www.gizmodo.jp/2018/07/gravity-jet-suit-for-sale.html
リチャード・ブロウニング発明
日本円にして約4,970万円(340,000ポンド)
時速52kmで地表を滑空
英空母フュリアス
http://www.warbirds.jp/truth/ukcv/ukcv.html
1918年7月17日
ソッピーズ・キャメルによりドイツ軍空港を爆撃に成功
ツェッペリン飛行船をが撃破
世界初の空母艦載機による爆撃事例となる
世界初の空母による航空攻撃・トンデルン攻撃の詳しいお話
https://togetter.com/li/1314920
・世界初の”航空母艦”
・世界初の”発艦・着艦”
・空母から発艦した航空機による世界初の攻撃(トンデルン攻撃 F.7作戦 飛行船二機破壊)
『空母運用のいろんな初めての歴史』
https://togetter.com/li/1314918
【アーガスの保持記録】
・世界初の全通甲板を持つ航空母艦
【ハーミーズの保持記録】
・世界で初めて最初から空母として起工された艦
【鳳翔の保持記録】
・世界で初めて最初から空母として完成した艦
【イラストリアスの保持記録】
・世界初の航空機による戦艦撃沈(ジャッジメント作戦)
・世界初のカタパルト装備空母(アークロイヤル)
・世界初のアングルドデッキ空母(トライアンフ)
・世界初のジェット対応空母(オリスカニー 米)
・世界初の原子力空母(エンタープライズ 米)
※艦上ジェット機運用自体は「オーシャン」が世界初。
世界初の空母艦載機による敵艦撃沈(擱座着底)
1937年9月23日〜24日の加賀による寧海、平海撃沈
航行中の戦艦の初の撃沈(レイテ沖の戦艦武蔵)
エンタープライズ(?)
フライングベッド
月着陸船の原型として有名だが
英国ではこのシステムを元に
垂直離着陸機ハリアーを開発した
B29の開発に費やされた総額は
原爆の1.5倍に及んだ
映像の世紀プレミアム13集より
コルダイト (cordite)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%88
1889年に発明された無煙火薬
ニトログリセリンとニトロセルロース(綿火薬)からなり、安定剤のワセリンを添加した物をアセトンで溶かして練って粒子状に加工することで製造される。
弾丸、砲弾等の火薬として使用される
ユトランド沖海戦(英語: Battle of Jutland、ドイツ語: Schlacht von Jutland)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E6%B2%96%E6%B5%B7%E6%88%A6
第一次世界大戦中デンマークのユトランド半島(ジャトランド半島)沖で1916年5月31日から6月1日にかけて戦われた、イギリス海軍とドイツ海軍との海戦を指す。
同大戦中最大の海戦であり、唯一の主力艦隊同士による決戦であった。
18時30分から20時30分ごろまで両国艦隊(151隻のイギリス艦隊、99隻のドイツ艦隊)がほぼ全面的に交戦し、イギリス艦隊は14隻、ドイツ艦隊は11隻の艦艇が沈没した。ジェリコーは21時以降は夜戦を避けながらドイツ艦隊の基地への退路を絶ち、翌朝の戦闘再開で劣勢と推測した敵艦隊の撃滅を目論んだ。しかしシェアは夜陰に乗じてイギリス艦隊の航跡を横切り本国へ帰還を成功させた。
海戦後双方とも勝利を主張した。しかしイギリスはドイツより多くの艦船と乗員を失い、またドイツ海軍の作戦も失敗に終わった。その後、ドイツ海軍は、1916年8月と1918年4月の短い出撃を除いて、終戦まで大洋艦隊を港に留め、2度と制海権を争うことはなかった。ただしドイツ艦隊の脅威は続き、イギリス艦隊主力は北海に集中せざるを得なかった。またドイツ海軍は直前より開始していた潜水艦を用いた通商破壊作戦(無制限潜水艦戦)を本格化させた。
なお、日本海軍の東郷平八郎元帥は、この海戦の勝敗について「ドイツ艦隊が負けて逃げ帰った」と評したという
冥王計画(Project PLUTO)
http://blog.livedoor.jp/janome_gotyou/archives/1910899.html
1957年から1964年まで米国で開発が進められていた巡航ミサイルの計画名。
ミサイルそのものはSLAM(Supersonic Low-Altitude Missile=超音速低高度ミサイル)という素っ気ない名前で呼ばれていたが、
そのプロファイルは「冥王」のプロジェクト名にふさわしいものだった。
米国本土のサイロから発射されたSLAMは補助ロケットブースターで加速・急上昇した後、高空の「フェイルセーフ」空域で周回待機する。
最終的なゴー・サインをもって敵国の防空圏手前で高度300mまで降下。
地形照合式の誘導装置によってマッハ3で巡航しながら機内に格納された核爆弾を複数の目標上空にデリバリーして廻るというものだった。
マッハ2.8の対気速度をシミュレートした実験(巨大な空気圧搾施設が作られた)では38000ポンドの推力を生み出した。
計画で予定された最大速度はマッハ4(高度35000ft=10700mにおいて)、航続距離は10万km以上だった。
しかし核爆弾にたよらずとも、マッハ3で飛行する機体が発生する衝撃波で進路上に存在する地上構造物はほぼ全て破壊されるだろう。
そのうえ放射能を帯びた排気で汚染される事になる。
SLAM自体も最終的には墜落し、炉心の核物質を一帯に撒き散らす。
しかも熱核ラムジェットに点火した時点から攻撃側にとっても危険な存在となり、
「フェイルセーフ」空域から引き返す事態となった場合、おそらく回収も困難だったはずだ。
兵器としては最悪の部類に属する。
プルート計画
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%88%E8%A8%88%E7%94%BB
アメリカ合衆国政府が実施した巡航ミサイル用原子力ラムジェットエンジンの開発プロジェクト。
試験エンジンが2基製造され、1961年と1964年に米国エネルギー省ネバダ核実験場で試験が行われた。
大陸間弾道ミサイルの開発は容易であることが実証されたことから、原子力巡航ミサイルを開発する動機は薄れていった。
このため、開始から7年6か月を経た1964年7月1日にプルート計画は取り止めとなった。
SR-71
運用コスト 飛行1回100万ドルだそうな
「兵器革命 : ステルス性」より
https://www.discoverychannel.jp/channel/?mt=search&k=%E5%85%B5%E5%99%A8%E9%9D%A9%E5%91%BD&tv=1
音速の5倍、時速6000kmで飛ぶ超音速偵察機「Son of Blackbird」の構想をボーイングが発表
https://gigazine.net/news/20180117-boeing-son-of-blackbird/
最高時速がマッハ3だったSR-71を上回るマッハ5、時速約6000kmで飛行することを前提に構想が練られており、動力源としてはジェットエンジンに加えて超音速飛行に適したスクラムジェットエンジンが採用されることになっています。
ウェイブライダー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC
超音速機の超音速飛行において、衝撃波によって圧縮された空気により揚力を得るような飛行形態、ないし、そのような飛行形態の飛行を目的としたリフティングボディ機。
衝撃波の上に波乗りするような形からこう呼ばれる。
X-51 (航空機) - 極超音速試験機である同機の愛称。
https://ja.wikipedia.org/wiki/X-51_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)
TBF アヴェンジャー
https://ja.wikipedia.org/wiki/TBF_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)
第二次世界大戦中にアメリカ海軍などで運用された主力雷撃機。
電子産業やMITの技術者は新型レーダーの改善を行ったが、
1943年の真空管を使ったレーダーは非常に大きいために小型の戦闘機には搭載できず、
TBFにレーダーを搭載してASW(対潜哨戒:Anti-submarine warfare)やEAW(早期空中警戒:Early Air Warning)などの任務にも従事させた。
派生型として、
銃塔を撤去して対潜任務専用とした-S型、
-S型とペアを組んで運用される索敵レーダー搭載型の-W型、
電子戦用装備を搭載した-E/Q型、
機銃塔と腹部機銃を撤去して兵装庫を貨物庫に改装し、並列複座の座席を3席設けて合計6名を搭乗させられるようにした艦上輸送機の-R型なども開発された。
また、艦上空中給油機としても各種のテストに使用されている。
対潜哨戒機
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BE%E6%BD%9C%E5%93%A8%E6%88%92%E6%A9%9F
対潜水艦戦を重視して設計・装備された航空機。
海上哨戒機(MPA)や対潜戦機(ASW)とも呼ばれる。
対潜哨戒機は潜水艦の探知・攻撃を主任務とする航空機である。最大の特徴は、探知から攻撃までを単独で遂行する機材を搭載している自己完結性と、強力な通信機器により遠方の地上基地とも通信可能な情報共有能力を併せ持つ点である。
初期の対潜哨戒機は肉眼に頼っていたが、技術の進化によりレーダーや電子戦支援(ESM)装を搭載するようになり、
第二次世界大戦中期にはMAD(磁気探知装置)、
後期にはソノブイが追加された。
現在ではより高性能な合成開口レーダーや赤外線監視装置も導入されている。
これらの装備化により、水上艦船への対応も可能となった他、洋上監視、捜索救難支援、軽貨物輸送、映像・電波情報収集、通信中継など、任務の多目的化が進んでいるため、近年では単に哨戒機と呼ばれることが多い。
早期警戒管制機 AWACS
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A9%E6%9C%9F%E8%AD%A6%E6%88%92%E7%AE%A1%E5%88%B6%E6%A9%9F
大型レーダーを搭載し、一定空域を監視し、敵性・友軍の航空機などの空中目標等を探知・追跡し、なおかつ友軍への航空管制や指揮・統制を行う機体
「AWACS」は「エーワックス」と読まれることが多い。
アメリカ軍は、第二次世界大戦中にTBMにレーダーを搭載し、空載レーダーによる早期警戒を行なっている。
1950年代にはEC-121 ウォーニングスター早期警戒機が開発され、遠距離探知が可能な大型レーダー搭載航空機が出現してきた。
しかし、これらはレーダーとその取り扱い要員程度しか搭載できず、指揮管制要員は別所にあった。
また、レーダー情報の指揮管制部署への転送が必要など非効率な部分があった。
ボディアーマー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%BC
銃弾や爆発による破片などから身を守るために使用されるベスト状の身体防護服。フラックジャケット(flak jacket)、バリスティックベスト(ballistic vest)、ブリットプルーフベスト(bulletproof vest)とも呼ばれる。
フラックジャケット(flak jacket)
第二次世界大戦ではソビエト赤軍のSN-42や日本陸軍の九二式防弾具など、一部で鋼鉄製のボディアーマーが使用されていた。
金属は銃が開発される以前から防具として使用されてきた素材であり、繊維系の防弾素材に比して劣化しにくい(チタンの場合は海水でも錆びない)
という利点があるものの、重量が他の素材よりも重い、跳弾の危険がある、防弾性能が低い、水に浮かないなどの欠点を持つ。
また、イギリス軍の爆撃機の乗員向けにナイロンを用いた対砲弾片用の"flak jacket" が開発され、以後の軍用ボディアーマーの開発に大きな影響を与えた。
Unknown B-17 Crewman, WWII
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WWII Uniforms and Flight Gear
http://www.303rdbg.com/uniforms-gear6.html
Ww2 Flak Vest Stock Photos and Images (8)
https://www.alamy.com/stock-photo/ww2-flak-vest.html
Body Armor
https://www.google.co.jp/imgres?imgurl=https%3A%2F%2Folive-drab.com%2Fimages%2Fbody_armor_1951_b29.gif&imgrefurl=https%3A%2F%2Folive-drab.com%2Fod_soldiers_gear_body_armor.php&tbnid=EN9njOMnHBiJbM&vet=12ahUKEwjegO7o3NvlAhUdTZQKHTDOCssQMygkegQIARBM..i&docid=IQcF4D7MLsc17M&w=473&h=600&q=flak%20jacket%E3%80%80WW2&ved=2ahUKEwjegO7o3NvlAhUdTZQKHTDOCssQMygkegQIARBM
The History of the Bulletproof Vest ? BulletSafe Bulletproof Vests
https://www.google.co.jp/imgres?imgurl=https%3A%2F%2Fupload.wikimedia.org%2Fwikipedia%2Fcommons%2Fthumb%2Fd%2Fdf%2FFirst_bulletproof_vest.jpg%2F170px-First_bulletproof_vest.jpg&imgrefurl=https%3A%2F%2Fen.wikipedia.org%2Fwiki%2FBulletproof_vest&tbnid=uapAFyb3whocUM&vet=12ahUKEwjegO7o3NvlAhUdTZQKHTDOCssQMyghegQIARBG..i&docid=bNWip8HDRXFLwM&w=170&h=222&q=flak%20jacket%E3%80%80WW2&ved=2ahUKEwjegO7o3NvlAhUdTZQKHTDOCssQMyghegQIARBG #h=222&imgdii=9iDOfyItdI5v_M:&vet=12ahUKEwjegO7o3NvlAhUdTZQKHTDOCssQMyghegQIARBG..i&w=170
Reconstruction of a WW11 USAAF airman C.1944. He is wearing the Stock Photo: 35993693 - Alamy
https://www.google.co.jp/imgres?imgurl=https%3A%2F%2Fvignette.wikia.nocookie.net%2Fworld-war-2%2Fimages%2Fd%2Fd4%2FM1_Flyers_Vest_and_M3_Flyers_Apron.jpg%2Frevision%2Flatest%3Fcb%3D20160208042221&imgrefurl=https%3A%2F%2Fworld-war-2.wikia.org%2Fwiki%2FM1_Flyers_Vest&tbnid=qmmLgn3BFoZLrM&vet=12ahUKEwjegO7o3NvlAhUdTZQKHTDOCssQMygSegUIARDwAQ..i&docid=fhlnA_KOlpB8BM&w=717&h=773&q=flak%20jacket%E3%80%80WW2&ved=2ahUKEwjegO7o3NvlAhUdTZQKHTDOCssQMygSegUIARDwAQ #h=773&imgdii=J5ehYqfVklSydM:&vet=12ahUKEwjegO7o3NvlAhUdTZQKHTDOCssQMygSegUIARDwAQ..i&w=717
Pin on Body Armor
https://www.google.co.jp/imgres?imgurl=https%3A%2F%2Fi.pinimg.com%2Foriginals%2F60%2Fa5%2F4d%2F60a54de8abf6f8ed565485d505abca8e.jpg&imgrefurl=https%3A%2F%2Fwww.pinterest.com%2Fpin%2F548524429592729619%2F&tbnid=_B-KHyKnPiprjM&vet=12ahUKEwjegO7o3NvlAhUdTZQKHTDOCssQMygNegUIARDmAQ..i&docid=uQMh03zhdsOT8M&w=423&h=1024&q=flak%20jacket%E3%80%80WW2&ved=2ahUKEwjegO7o3NvlAhUdTZQKHTDOCssQMygNegUIARDmAQ
フィヨルド ノルウェーの三角州要塞
河底に秘密の魚雷発射口を持ち、ナチスの戦艦を撃沈した
空中機雷
【Long Aerial Mine:空中機雷】 1940英
ALARM 空中発射対レーダーミサイル 1990英
https://www.nicovideo.jp/watch/sm32773394
https://twitter.com/HMS_Glowworm/status/1055770109187252224
Schatton Modellbau[SM3574]独空中機雷 ツェッペリンV-7「ファイアーボール」
ドイツが計画した対空兵器 WW2
ラムジェットによって垂直離陸、敵爆撃機編隊に突っ込んで、内蔵炸薬を爆発し、重爆撃機を一網打尽に撃墜する
http://www.hobbyshop-sunny.co.jp/models/index.php?main_page=product_info&cPath=10&products_id=231081365
●フィクション
RERIAL M. (メタルギアソリッドピースウォーカー)
対空(浮遊型)地雷。バルーンによって浮遊する、 待ち伏せ用自爆兵器。
http://mgspw.x0.com/weapons/set/detail/rerial.html
空中機雷 (Heroes in the Sky PATRIOT)
時限式爆弾にパラシュートを付けたような物、「キノコ」や撃墜マークから「うに」などと呼ばれたりする。
https://wikiwiki.jp/hitsky/%E8%A3%85%E5%82%99/%E7%A9%BA%E4%B8%AD%E6%A9%9F%E9%9B%B7
浮遊機雷(Swarm mine) (クローン・ウォーズ)
独立星系連合が使用した機雷の一種である。空中に大量に放たれ、防衛目標への敵の接近を妨げた。
https://starwars.fandom.com/ja/wiki/%E6%B5%AE%E9%81%8A%E6%A9%9F%E9%9B%B7
能動空中機雷(アクティブ・エアー・マイン) 「魔法科高校の劣等生」
振動系の系統魔法
「空中を複数の仮想立体で区分けし、標的が侵入したエリアに仮想的な波動を送り、仮想的な波動をうけた固形物に本物の振動を与える」仮想領域を生み出す魔法。
https://w.atwiki.jp/mahouka/pages/276.html
MiG-25と航空機用エタノール
http://gunji.blog.jp/archives/1068919666.html
有名な話ですが、ソ連の航空機はエタノールを搭載していました。
同様の例としてF-104Jがコクピットおよび機器冷却用の水を搭載しますが、ソ連機の場合は凍結防止の観点でエタノールが用いられ、MiG-25は高速飛行時の空力加熱に耐える必要もあって、特に大量のエタノールを必要としました。
主に用いられたのはエタノールと水1:1の「水割り」で、空調システムに260L、発電機の冷却に140L搭載され、純エタノールもレーダー冷却に27L、HF通信機に6.9L、風防で4L使用されています。
これらのエタノールは各部を循環して機器から熱を奪い、気化すると機外へ噴射されました。エアインテイクにも噴出口があるようですが、水エタノール噴射装置としての効果を狙ったものかは不明です。
戊辰戦争
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%8A%E8%BE%B0%E6%88%A6%E4%BA%89
戊辰戦争の銃はスナイドル銃、Starr carbine、ドライゼ銃
日本におけるスナイドル銃
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%AB%E9%8A%83
スナイドル銃は戊辰戦争期にイギリスを通じて薩摩藩に導入され、先進的軍備の整備を目指した長岡藩や、仙台藩の額兵隊など幕府諸軍によっても使用された。
大倉組によると幕末に輸入された本銃は、当時の価格で一挺9ドル30セント
戊辰戦争当時、日本に入っていたスナイドル銃の数は少なかったが、後装式で連射性に優れていたため、会津戦争での戸ノ口原の戦いでは僅か10挺のスナイドル銃が、旧式のゲベール銃を装備した会津藩白虎隊を打ち破るなどの活躍を見せた
倒幕派諸藩が導入していた前装式エンフィールド銃に簡単な改造を施すだけで後裝銃を製造できたため、諸藩で改造が行われた
ただし、当時の日本での改造銃の多くはベルギー製のアルビニー銃と同じ、薬室が前方に開閉する活罨式(かつあんしき)と呼ばれる方式だった。
新生日本陸軍の誕生とともに、信頼性の高い金属薬莢を使用するスナイドル銃が主力装備とされ、陸軍の歩兵・工兵ならびに海軍(後にマルティニ・ヘンリー銃を採用)が装備し、大量に調達されていた
近代工業基盤が存在した鹿児島(旧薩摩藩)が弾薬を国産化して、ほぼ独占的に供給していた
スナイドル銃は西南戦争で政府軍の主力装備として用いられ、農民層からの徴兵を主体とする政府軍は銃撃戦で士族中心の薩軍と対峙したため、陸軍省は諸外国の商会を通じて大量の弾薬の調達に奔走し、清国から弾薬を借用する交渉まで進められていた
鹿児島にあった主装備を大阪に持ち去られ、草牟田や磯の火薬局・造船所から強奪した旧式のエンフィールド銃しか装備できなかった薩軍は、緒戦からスナイドル銃の連射能力の前に多大の出血を強いられ圧倒された
ウエンデル銃 アルビーニ方式の銃
http://www.xn--u9j370humdba539qcybpym.jp/part1/archives/348
スペンサー銃
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%BC%E9%8A%83
米南北戦争中の北軍、特に騎兵隊に採用された。
南北戦争後、アメリカで余剰となったスペンサー銃、スペンサー騎兵銃が、幕末の日本に輸入された。
当時の日本では英語の「スペンサー・カービン」よりも、蘭語読みの「スペンセル・カーバイン」と呼称される方が多い。
総督府の発注で慶応4年(1868年)に大村益次郎が横浜で入手した際の価格は一挺37ドル80セントと記録されており、当時の官軍主力銃であったスナイドル銃の価格(一挺9ドル30セント)に比べると四倍近くも高価であった。
幕府歩兵隊(後の大鳥圭介配下含む)と主に佐賀藩・黒羽藩が購入して装備し、戊辰戦争で使用したが、高価さに加えて専用弾薬の入手難易度が高い(内製化されておらず、全て輸入に頼っていた)ため、弾薬補給の観点から他の輸入銃に比べて数は多くはない。
この他に、郡上藩の凌霜隊(同藩の佐幕派から成る諸隊の一つ)も装備していたとみられ、少数とはいえ討幕・佐幕双方で使用していたといわれる。
会津藩士の山本覚馬は長崎でスペンサー騎兵銃を購入し、会津に居た妹の八重に送った。彼女が戊辰戦争の会津若松城籠城戦で城に入り、この銃で奮戦したエピソードが知られている。
西南戦争後の1878年当時、近衛砲兵大隊ではスペンサー銃が主力小銃となっていたが、銃剣装備が不可能であったため同年の竹橋事件ではスナイドル銃のほうが良いと言われたという。
ドライゼ銃
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BC%E9%8A%83
1841年にプロイセン軍に採用された軍用小銃であり、世界初の実用的ボルトアクション小銃
幕末期には様々な洋式銃が日本に流入したが、ドライゼ銃も例外ではない。
ドライゼ銃(日本では普式ツンナール銃と呼ばれた)は開国以前から兵学のテキストに最新式の後装銃として記載されていたため、その存在は多くの洋学者に知られていたが、開国後のオイレンブルク使節団で実物を観察することができた。
また文久遣欧使節は現地で性能調査を行い、横浜鎖港談判使節団では特別任務としてベルリンでの購入が計画されていたが、実際に日本へ輸入されるようになったのは、上海から日本にやって来たプロイセン人のスネル兄弟が活動を開始した1860年以降の事である。
その後、明治維新後になって徳川御三家のひとつである紀州藩(和歌山)が、津田出(つだいづる)・陸奥宗光等の指導下で独自の徴兵制(農兵)とプロイセン軍制を導入し、カール・ケッペンを軍事顧問に招聘すると共にドライゼ銃はその主装備として大阪のレーマン・ハルトマン商会から購入された。
廃藩置県が断行され新生日本陸軍が誕生した後、紀州藩から政府が弁済購入した兵器類の中にドライゼ銃が多数含まれていた。
ドライゼ銃は、日本陸軍の主装備とされたスナイドル銃や幕府から継承されたシャスポー銃とともに、台湾出兵や西南戦争などの戦役で使用された後、村田銃の採用以降は、射撃訓練用・電信・砲兵等の後方部隊に使用され、最終的には教練銃として払い下げられたり、銃剣術の訓練用に改造されて使用されたほか、千島列島・占守島への入植者の申請を受けて護身用に販売されていた事[23]なども記録されており、最終的に廃棄処分となったのは明治30年代になってから。
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