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959WS:2022/03/09(水) 09:46:14
魔女狩り witch-hunt
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%94%E5%A5%B3%E7%8B%A9%E3%82%8A
魔女とされた被疑者に対する訴追、裁判、刑罰、あるいは法的手続を経ない私刑(リンチ)等の一連の迫害を指す。
魔術を使ったと疑われる者を裁いたり制裁を加えたりすることは古代から行われていた。
ヨーロッパ中世末の15世紀には、悪魔と契約してキリスト教社会の破壊を企む背教者という新種の「魔女」の概念が生まれるとともに、最初の大規模な魔女裁判が興った。
そして初期近代の16世紀後半から17世紀にかけて魔女熱狂とも大迫害時代とも呼ばれる魔女裁判の最盛期が到来した。

かつて魔女狩りといえば、「12世紀以降キリスト教会の主導によって行われ、数百万人が犠牲になった」
と言われていたが、現代では「近世の魔女迫害の主たる原動力は教会や世俗権力ではなく民衆の側にあり、15世紀から18世紀までに全ヨーロッパで推定4万人から6万人が処刑された」と考えられている。
「魔女」とされた者の大半は女性であるが、その一部には男性も含んでおり、例えばセイラム魔女裁判やベナンダンティ弾圧が挙げられる。

魔女狩りとは必ずしも過去の出来事ではなく、現代でもアジアやアフリカを中心に行われている。
例えば、インドでは2000年から2019年までに少なくとも2975人が殺害された他、多くの女性が「魔女」として暴行や追放を受けているという。

かつて「魔女狩り」といえば、「中世ヨーロッパにおいて12世紀のカタリ派の弾圧やテンプル騎士団への迫害以降にローマ教皇庁の主導によって異端審問が活発化し、それに伴って教会の主導による魔女狩りが盛んに行われるようになり、数百万人が犠牲になった」などと語られることが多かった。
しかし1970年代以降、様々な研究によってこのようなステレオタイプな見方は覆されることになった。
ノーマン・コーンとリチャード・キークヘファー (Richard Kieckhefer) はそれぞれ独自に、それまで14世紀前半の南仏で大規模な魔女迫害が起こったと言われていたのは、実は19世紀の小説家ラモト=ランゴンの空想の産物を歴史家が真に受けたものにすぎない、ということを明らかにした
実際には、記録に残っている最初の大規模な魔女裁判が起こったのは中世も終わりに近づいた15世紀前半のことであった




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